さいたま市立指扇(さしおうぎ)中学校の「学校だより」7月号に新井敬二郎校長が「憲法より礼儀が大事」と題した文章を作成し生徒に配布していたことが判明した。私の手元には問題の「憲法より礼儀が大事」はないので、7月3日午前電話取材で新井敬二郎校長に詳しい経緯と見解を伺った。

◆「私には憲法軽視の気持ちは全くありません」

新井校長は開口一番「私には憲法軽視の気持ちは全くありません」と前置きし、「指扇中学の生徒は最近礼儀正しいと近隣住民からお褒めを頂いていることもあり、そのことへの賞賛から文章は始まっている。夏休みを前にして益々精進しようと激励の気持ちで前プロ野球監督の野村克也氏の著作から当該部分を引用した。『礼に始まり礼に終わる』は特に素晴らしい言葉だと考えた」とのことだった。

新井校長は長くソフトボール部の顧問として活躍し埼玉県内では指導した中学では県内でかなりの好成績を収めた実績の持ち主でもある。「学校だより」5月号も陸上で近年活躍をする愛知県の豊川高校の例を挙げ「どうやったら勝てるか」などの実例が紹介されている。

◆「今考えると軽率だったと思います」

それにしてもなぜ、わざわざこの時期に野村氏の引用でなければならなかったのだろうか。新井校長は「憲法軽視ではない」と仰ったけれども、憲法と礼儀を同等(正確には憲法が礼儀より価値的には下位とする)文章を何故中学生に配布したのだろうか? 中学校の校長先生だから話し方は穏やかだったが、新井先生に悪意はないものの、「遵法」意識は極めて希薄だったと言わざるを得ない。

「今考えると軽率だったと思います。ここで『憲法』の部分を削っておけば良かったんですね」と新井校長は語ったが、表題自体が「憲法より礼儀が大事」となっているのだからこの文章を掲載するにあたって新井校長が現在の戦争推進法案を一顧題しなかったとは考えられない。

新井校長に対しては、さいたま市の教育委員会が既に電話で事実確認を行っており、3日午後、新井校長本人が直接教育委員会へ赴き事情を聞かれるとのことだ。新井校長は「始業式の際に生徒には改めて真意を説明するなりしなければいけないですね」と言われたので「始業式が行われる時にはもう『安保関連法案』が成立していたらどうなさいますか? 尊敬する新井校長先生から『憲法より礼儀が大事』を教わった生徒さんの中には夏休み中に保護者にその話をする人もいるでしょう。早急に訂正文を出されてはいかがですか」と伝えると「そうですね」と黙り込んでしまった。

話をしていて新井校長は生徒指導に熱心な先生だということは理解できた。しかし問題は中学、高校の教育現場でこの時代「熱心」とされる教師の中には「礼儀」、「校則」を守ることを熱心に教える先生は沢山いるけれども、その先生たちの大半は日本国憲法を本気で読んだことがある人が殆どいないことだ。

◆「教育指導要領」の憲法軽視

教員採用試験受験の為には大学の資格課程で「憲法」が必須だから今教育現場にいる先生方は「憲法」について大学時代に講義は受けている。資格課程は採っていなかったが私も「憲法」は受講した。しかし大学で「憲法」の講義を受講したことが、現在問題になっている「改憲策動」を理解する材料になるかと言えば、それはかなり疑わしい。

また「礼儀」、「校則順守」に熱心な先生の中には、「遵法意識」から逸脱してしまう先生もいる。「親や家族を大切にしろ」と教えるのはいいけれども、その教材に某右寄り宗教団体のパンフレットを配布して校長に注意された先生は確かに「生徒指導」には熱心な先生ではあった。

問題の核心は初等教育(小学校)中等教育(中学・高校)で教育の指針となる「教育指導要領」に実際の社会生活で重要な法律について教えることが殆ど記載されておらず、従って普通科高校を卒業した人でも「刑事事件」と「民事事件」の違いを明確に説明が出来ないほど「法律」についての教育が手薄だということだ。

◆諸悪の根源は「教育基本法」と「教育指導要領」で教育委員会を縛る文科省

実はこれは大問題で「基本的人権」に属する「逮捕された際の黙秘権」や「接見交通権」などを実践的な知識として持ち合わせている大学生は少数だ。本来ならば義務教育の段階でこの様な「基本権」は教えられるべきだと思うが、それを譲るにしても高校卒業までには教示されておくべき内容ではないか。学校を卒業して仕事に就いたら誰もその様な知識を教えてはくれない。

逆に言えばそのような初歩的な法律も中等教育では教えないし、教育指導要領は改悪された教育基本法に沿ってどんどん「国家に奉仕する」国民養成に邁進しているから教育現場でも「憲法よりも礼儀が大事」という実践的な本音が飛び出すのだろう。

たしかに中学校の中だけで生活している限り、生徒にとって「憲法」は差し迫った課題ではないのかもしれないが、それは生徒レベルの感覚であって校長先生が率先してこのような意見表明をしてはならない。

教育現場は先生たちが忙しくて残業過多のようだ。ヒラの先生から副校長(教頭)、校長までが雑務に追われているという。文科省が押し付けてくるどうでもよい「統計」や「資料」の作成に膨大な時間を割かれ、本務である授業準備や教材作成が後手に回ってしまうと嘆く先生が多い。

改悪された「教育基本法」とそれに準拠する「教育指導要領」の縛りはてきめんで、各市町村の教育委員会はこれにビビりきっている。猛暑だから頭がヒートして「憲法よりも礼儀が大事」と中学校長は間違えたのではない。

文科省、教育指導要領が暗にそれを期待しているのだ。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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