9月16日。新横浜プリンスホテルで、参議院平和安全法制特別委員会の地方公聴会が開かれた。会場の雰囲気を知りたかったので、その日はホテルのなかでランチを食べることにした。

午前11時過ぎに新横浜駅に到着すると、警察官がすでに警備にあたっていた。公聴会は13時からの予定になっている。コンコースを抜けて駅前の広場に差し掛かると、「強行採決NO」「アベ政治を許さない」などのプラカードを抱える人たちと、何人もすれ違った。少し歩いてホテル入口に向かおうとすると「メンテナンス中のため閉鎖中」と、メンテナンスの様子がさっぱりわからない柵で封鎖されていた。

「中のレストランに行きたいんですけど」

警察官にそう話しかけて、正面入口まで誘導をお願いする。道路を挟んだ向かいには、すでにプラカードや幟を持参した人たちが集まり、抗議の声をあげていた。外に出て写真を撮ろうとすると、「中に入ってください!」と、ホテルマンに制止された。

吹き抜けになっているエスカレーターホールを、腕に緑色の腕章を巻いた警官がぐるりと取り囲んでいる。マスク姿の者も6、7名ほどいて、なんともいえない異様さを醸していた。

ランチを終え、公聴会が終わる15時過ぎまでホテル内で時間を潰す。公聴会は5階の宴会場でおこなわれることになっていたが、「宴会場 ご宴席名」の案内にはそれらしい表示がなく、異様さが増した気がした。

15時半までの予定だった公聴会が10分ほどおしたため、15時半に外に出た。正面入口から駐車場まで、ホテルを抗議者達がぐるりと取り囲んでいた。「採決中止!」「強行採決絶対反対!」「子どもを守れ!」などのシュプレヒコールが、あちこちからあがり騒然としている。じりじりと増す緊張感が、ビリビリと伝わってきた。

15時50分頃、ホテル駐車場からスモークを貼った車がゆっくりと現れた。すると一人の男性が何かにはじかれたように、わっと車道に躍り出た。瞬時に四方から、人々が道路に飛び出してシットインが始まった。

「危ないから押さないで!」

警官の1人はそう言いながら、なぜか私をシットインの方向に突き飛ばした。ダチョウ倶楽部かよ! 寝転んでいる人たちの中に立つことになった私は、そこにいる1人1人の表情に視線を向けた。

かたく目を閉じる者、腕を隣の人に絡ませて身を硬くする者……。これとよく似た光景を私は2年前の9月に、新大久保で目にしている。あの時はヘイトスピーチデモを通さないために、カウンター達が路上に飛び出していた。今回は委員の車を通さないために、みずからの身体で抗議をしている。警察は少しの間、彼ら彼女らを対応しあぐねていたが、すぐにごぼう抜きしていた、新大久保の時とは様子が違った。とはいえ彼らも複数の警察官に手足を持たれて、移動を余儀なくされたのは同じだった。しかしまた寝転ぶ上に、シットインに加わる者が次々と現れる。車は完全に、立ち往生していた。

20分ほど経った頃、右の後ろが騒がしくなった。ホテル正面入口付近に、「戦争させない」のプラカードを貼った軽自動車が、道路を横切る形で停められたからだ。運転手のいないその車は神奈川県警によって持ち上げられ、人力で後方に動かされていく。わずかな空間ができると、座り込む人たちが瞬く間に現れた。排除されては戻り、再度排除されてもまた戻る。安保法案に反対したいという強い思いに突き動かされながら、多くの人が不服従の意志表示をおこなっていた。

ほとんどの人は無言か、「採決中止!」「ノー・パサラン(奴らを通すな)!」といった声をあげるにとどまっていた。警察と対立するのが目的ではなく、廃案にするための行動だという信念が、痛いほど伝わってきた。

「民主党の委員が乗ってるんだよ!」

「これは蓮舫さんの車!」

そんなことを叫ぶ警察官もいた。しかし意志表示が目的であるなら、誰の車であるかよりも何をするかが優先される。抗議は止むことがなかったが、16時30分を少し廻った頃、足止めされていた車が後退して走り去っていった。ほんのわずかな出来事だった。警察も役目を終えたと言わんばかりに、ホテルの正面に戻って整列を始める。その背中に向かって人々は「ノー・パサラン!」と叫び、ある者は家路に、別のある者は国会前の抗議に加わるべく三々五々散っていった。

翌17日の午後、参議院の特別委員会では総括質疑をおこなわないまま、しかも速記停止中に、誰が何を言ったのかわからないまま、まるでだまし討ちのように法案が可決された。

連日の国会前抗議や16日のシットインは、果たして意味がなかったのか? そんなことは決してない。16日夜のニュース番組では、民主党幹部の「雰囲気は確実に変わった 国民が求めていることをやる」というコメントを紹介していた。市民の本気の怒りが議員に伝わったのは、紛れもない事実のようだ。

民意など意に介さない政権を民衆の力で倒すのは、決して容易なことではない。しかし諦めてしまったら、みずから国家の奴隷になるようなものだ。取り返しのつかない時代を迎えたくないのであれば、小さくても苦しくても声を出し続けること。私も、そうしていきたいと思う。

▼朴 順梨(ボク ジュンリ)
1972年、群馬県生まれ。早稲田大学卒業後、テレビマンユニオンに参加。雑誌編集者を経てフリーライターに。主な著作に北原みのりとの共著『奥さまは愛国』(河出書房新社)、『離島の本屋』(ころから)など。2015年8月に発売された、3.11をきっかけにして生まれた新しいカルチャー・中津川THE SOLAR BUDOKANを追う『太陽のひと ソーラーエネルギーで音楽を鳴らせ!』(ころから)も話題。

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