向山鉄也氏。ヒザ蹴りを顔面に食らって鼻が“くの字”に曲がる痛々しい鼻骨骨折を負った

向山鉄也氏

選手は日々辛い練習と減量に耐え、命がけでリングに立っているにもかかわらず、観衆は試合を観ながら「やっちまえ~」「すげ~」などと叫んだり、「つまんねえぞ~早く終われよ」と無責任な野次を飛ばしたりと勝手な言い分を繰り返すも、お金を払って観ているお客様はそれも自然な姿です。選手はそんな応援や野次を飛ばされながらも、痛手を負ってリングを降りる場合もあります。

◆試合での痛い想いで!

試合での負傷でいちばん多いのはヒジで切られる顔面のカットでしょう。顔の皮膚の厚さというものは他の身体の部分よりかなり薄いと言われます。切れやすいが傷そのものは治りやすい。しかし当分はより一層薄くなるので、また同一箇所が切れやすくなります。

1983年2月に行なわれたウェルター級チャンピオン対決、向山鉄也(北東京キング)vs レイモンド額賀(平戸)戦では、向山の激戦の判定勝利も、額賀のヒザ蹴りを顔面に食らって鼻が“くの字”に曲がる痛々しい鼻骨骨折を負いました。医務室でドクターが「ちょっと痛いけど我慢して」と両手の指で鼻を伸ばそうとする応急処置では形は戻らず、いずれにしても翌日に病院へ向かうことになりました。

同時期に活躍した現NJKF代表理事の斉藤京二氏は1982年7月にヤンガー舟木(仙台青葉)のハイキック(だったと思う)で、アゴを骨折。入院の際には固定の為、アゴを動かさないように上歯茎と下歯茎を糸で縛るという、聞くのも痛々しい話。食事は1ヶ月ほど歯の間から流動食だったようです。

石井宏樹氏。ヒザ蹴りを受けて小腸が裂けたものの、その後再起して翌年にはラジャダムナン王座を奪取

1986年1月には日本ライト級タイトルマッチで挑戦者・甲斐栄二(ニシカワ)の強烈なパンチによるKO負けで王座陥落した長浜勇(市原)は、頬骨陥没で骨を繋ぐ固定の手術。1ヶ月ほど左眼の脇から針金が出たままだったという、これも痛々しく目障りそうな針金の存在でした。

1993年頃に新人選手が蹴りの攻防でダウンし、スネが折れた状態で立ち上がろうとするも、その折れた部分が普段見ることのない方向に曲がり、痛々しく倒れ担架で運ばれるシーンがありました。1995年頃にも同様にあるタイ人選手が現RISE代表の伊藤隆氏のローキックをブロックしてスネが折れる負傷がありました。

2010年7月に起きた負傷で、石井宏樹がヒザ蹴りを受けて小腸が裂けた試合がありました。蹴りを受けた直後は気付かずも次第にスピードが鈍り、ヒジ打ちでアゴを打ち抜かれて倒される初のKO負けとなりました。控室に帰っても平然とし、帰りにジム仲間と食事中、何か腹部全体がおかしいと気付き、やがて立てない状態になり病院へ救急車で運ばれ緊急手術。みぞおちからヘソを避け、その下まで切る大手術でした。石井らしくない展開に、同年3月に3度目のムエタイ・ラジャダムナン王座挑戦も失敗した後で、気力も衰えたかと思われましたが、この負傷で一旦は引退を覚悟も、やり遂げていない夢を掴みにその後再起して翌年、ラジャダムナン王座奪取に至る経緯がありました。

短い現役生活だった渡辺信久氏(現・日本キックボクシング連盟代表理事)。打ち合いも怖くなかったが……

古くは現・日本キックボクシング連盟代表理事で、元・プロボクサーの渡辺信久氏の右眼網膜剥離がありました。またこの症状で多くのボクサー、キックボクサーが引退を余儀無くされたことでしょう。引退勧告を受け、後にキックボクサーとして再起した渡辺氏は再度右眼を打たれる打撃の蓄積で右眼失明に至り引退。入院時は強制的に頭を砂枕に固定して眼球も動かしてはならず寝たまま、トイレもベッドの上で済ませる状態が2週間も続く、これも精神的にキツイ入院生活を2度も味わっています。

古い時代の日本人某選手のタイでの試合中、股間を蹴られて金属製のノーファールカップが破損、しかし股間ローブローでは滅多に止めない当時のムエタイの流れで続行され、更に股間を狙われて割れたカップが睾丸に突き刺さる重症。病院へ運ばれるも睾丸を一個失った悲惨な負傷もありました。

プロボクシングで2004年6月にフライ級で世界王座初挑戦した坂田健史(協栄)は序盤にロレンソ・パーラのパンチでアゴを折り、下の歯ほぼ全部が下顎に喰い込む重症(直後かその後終了までに)を負いながら判定まで戦った試合もありました。試合後のインタビュー時には喋ることも難しい、アゴが自由には動かない状態でした。

◆長い人生、この先は!

これらの負傷はかなり重症ですが、いずれも計り知れない痛みが聞く側にも想像ながら伝わってきます。心折れない選手は、再起に向けてリハビリに励むことでしょう。しかし、進退を左右する負傷の重さは千差万別です。見た目でわかる外傷は治り具合も分かり易いですが、見た目でわからない内部損傷では、脳の損傷はCTスキャンなどの精密検査を受けなければ分からず、健康であっても異常が見つかったり、かなり打たれていても異常が無い頑丈な選手もいます。

脳への障害が懸念されるプロボクシングでは、「選手自身の将来を重く考え、早めのストップを実施しています」とアナウンスされますが、重症を負ってもまたそこから他競技へ転進する道も昔からあり、遺書を残して試合に臨む選手もいて、それぞれの選手の好きなように生きる道と容認するしかないのかもしれません。

キックボクシングに於いてはどの選手も全身のどこかが負傷しがちですが、キツイ練習で得た強靭な身体とディフェンス力で、重い後遺症を引きずる選手は比較的少ないと思われます。そして引退後も五体満足で第二の人生に臨める選手は幸せなことでしょう。

格闘技であるが為、試合では常に危険と隣り合わせですが、無事に試合が終わってもそのダメージは伝わりにくいものです。試合後、リングを降りる選手には、好ファイトを魅せた選手も消極的な試合をする選手であってもリングに立った覚悟に敬意を表したいものです。

[撮影・文]堀田春樹

▼堀田春樹(ほった・はるき)
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

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