◆陰険な言論統制と強烈な官僚統制

派閥順送りの閣僚人事は無能大臣を生み出し、国政の停滞をもたらすに違いない。今井絵里子内閣府政務官や小泉進次郎環境相ら若手の「育成」登用も、政権の人気浮揚効果とともに政局がらみであることで、今回の改造人事の内実は明らかだ。しかし国会答弁で詰まるような大臣がいても、それは無視して必要な法案が通ればよい。政局が水面下で展開しようと、審議と実効性のある施策が実施されればよい。それよりも問題なのは、国民に負託されない実権者たちが、この国の道筋を「勝手に」つくってしまうことではないだろうか。

閣僚のほかに、官邸人事も刷新された。じつは議員たちがなりたがる大臣や政務官よりも、官邸人事のほうが政権にとっては重要なのだ。補佐官、内閣特別顧問といった肩書の総理のスタッフこそが省庁に指示を出し、人事権をもって霞が関を統制・支配しているのだから。いわば安倍総理の代理人として、親衛隊として暗躍しているのが官邸スタッフなのだ。

かつて、北村滋内閣情報官(警察庁出身)はメディアから「日本のアイヒマン」と呼ばれてきた。その北村滋は今回、国家安全保障局長および内閣特別顧問となった。これまでどおり、安倍政権の情報統制や政敵のプライベート情報を調査する「情報将校」としての役割をつよめるのは必至であろう。

ただし、アイヒマンという表現は必ずしも当たっていない。親衛隊将校アドルフ・アイヒマンは、ユダヤ人虐殺を行なった収容所行政や囚人輸送に大きな役割をはたしたが、かれが虐殺を立案したわけではない。戦後、南米で潜伏中を摘発され、裁判にかけられたときに、アンナ・ハーレントが彼のことを、どこにでもいる普通の人物が虐殺に手を染めたと、ファシズムにとりこまれる人間の凡庸さを論評したもので、そもそもアイヒマンは情報将校ではないし、北村滋を内閣情報官に任命したのは民主党・野田政権である。

◆危険な総理補佐官

木原稔総理補佐官

それはさておき、今回この欄で取り上げるのは、北村滋のような理論肌の官僚出身者ではない。もっと強引に辣腕を振るいかねない、危険な総理補佐官である。その人物の名は、木原稔。熊本県第1区選出の衆議院議員だ。

ご記憶にあるだろうか。2015年に自民党「文化芸術懇話会」(文化人と政治家が参加)において、作家の百田尚樹が「沖縄のふたつの新聞(沖縄タイムス・琉球新報)はつぶさなアカン」と発言したことを。この懇話会の代表をつとめたのが、木原稔総理補佐官(衆議院議員)なのである。

ほかにも出席者から、安保法案を批判する報道に関し「マスコミをこらしめるには広告料収入をなくせばいい。文化人が経団連に働き掛けてほしい」「悪影響を与えている番組を発表し、そのスポンサーを列挙すればいい」との声が上がった懇話会である。内閣官房長官の菅義偉すらも、懇話会での「マスコミを懲らしめる」といった発言について「報じられたことが事実だとすれば、どう考えても非常識だと思う。国民の審判を受けて国会に来た人は、自らの発言に責任を持つべきだ」と会見で述べている。この懇談会での報道圧力発言の責任を問われて、木原が党の青年部長を更迭されたのは言うまでもない。


◎[参考動画]【日いづる国より】木原稔、安倍晋三を支える決意[桜H25/1/18](SakuraSoTV 2013/1/18公開)

同じ2015年の沖縄全戦没者追悼式で、安倍総理に怒号が浴びせられたとき、木原は「主催者は沖縄県である」「たくさんの式典や集会を見ているから分かるが、明らかに動員されていた」「そういったことが式典の異様な雰囲気になった原因ではないか」と、ヤジを飛ばしたのは県の動員による参列者であると示唆している。

主催した県側は「動員などはあり得ない」と反論したが、主催者の一人である県議会議長の喜納昌春に「いくら何でもひどすぎる。ゆゆしき発言で、悲しくなる」「自民党に沖縄のことを何も知らない議員がいることが問題。末期的だ」と批判されたのは記憶に新しい。

青年部長を更迭ののち、木原は三か月で党の文部科学部会長に就任する。問題児ながら40代のはたらき盛り。期待の中堅政治家であることに変わりはなかった。

しかるに2017年には「子どもたちを戦争に送るな」という教育は偏向教育であり、特定のイデオロギーだと主張している。それに関連して、自民党のホームページに学校の教員情報を投稿できるフォームを設置したのも、自民党文部科学部会の会長・木原稔議員だったのだ。そのフォームには「学校教育における政治的中立性についての実態調査」とあった。そして、こう呼びかけていたのだ。

『教育現場の中には「教育の政治的中立はありえない」、あるいは「子供たちを戦場に送るな」と主張し中立性を逸脱した教育を行う先生方がいることも事実です。』

『学校現場における主権者教育が重要な意味を持つ中、偏向した教育が行われることで、生徒の多面的多角的な視点を失わせてしまう恐れがあり、高校等で行われる模擬投票等で意図的に政治色の強い偏向教育を行うことで、特定のイデオロギーに染まった結論が導き出されることをわが党は危惧しております。』

そし木原のツイートがこうだ。

『「子供たちを戦場に送るな」というのは、政治的中立を逸脱している。そんな発言をした「先生方」は自民党に報告してほしい。』と。一時的にとはいえ、自民党のホームページが密告を奨励するサイトと化したのだ。自民党および木原に批判が殺到したのは言うまでもない。


◎[参考動画]【木原稔・稲田朋美】地方に漲る力と絆、伝統と創造の会の役割[桜H26/5/16](SakuraSoTV2014/5/16公開)

ようするに、この男は極右政治家なのである。その意味では、官僚出身の総理補佐官とは違って、国民の負託を受けた独自の活動(行き過ぎ)をおこなう危険性がある。木原稔にはこれらの「前科」があることを確認しておこう。

現在、総理補佐官は官僚出身の今井尚哉と長谷川榮一(経産省)、建設官僚出身の和泉洋人、政治家は薗浦健太郎、秋葉賢也、そして木原稔の6人である。かれらが安倍総理の「分身」として暗躍するとき、官邸主導・一極支配の構造はいやがうえにも強化されるのだ。

国民に負託されていない官僚出身者は言動が慎重だとされるが、この総理補佐官の中には官僚出身でも極めて危険な人物もまぎれている。次回は「影の総理」とまで言われる人物を紹介することにしよう。


◎[参考動画]木原みのる財務副大臣 国政報告 アベノミクスの実績 麻生さんの話も(seikei-jpn2019/2/12公開)

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)
著述業、雑誌編集者。近著に『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)『男組の時代――番長たちが元気だった季節』(明月堂書店)など。

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