2009年に裁判員制度が始まって以来、裁判員裁判の死刑判決が控訴審で破棄され、無期懲役に減刑されるケースが相次いでいるが、今年1月の淡路島5人殺害事件でそれは7件目となった。死刑を破棄された殺人犯たちは一体どんな人物なのか。筆者が実際に会った3人の素顔を3回に分けて紹介する。

第3回目の今回は、君野康弘(53)。わいせつ目的で小1の少女を誘拐し、惨殺したうえ、遺体におぞましい凌辱をした男だ。

◆獄中でラジオの音楽やおいしい食事を堪能

裁判の認定によると、神戸市長田区で暮らしていた君野は2014年9月、小1の女の子・生田美玲ちゃん(当時6)にわいせつ目的で声をかけ、自宅アパートに連れ込むと、ビニールロープで首を締めつけたうえ、包丁で首を刺して殺害。そのうえで性的欲求を満たすため、遺体の腹部を切り裂いて内臓を摘出し、頭部や両脚を切断したり、胸の皮膚をそぎ取ったりした。その挙げ句、遺体を複数のビニール袋に入れ、雑木林などに捨てたとされる。

そんな君野は神戸地裁の裁判員裁判で死刑判決を受けたが、大阪高裁の控訴審で無期懲役に減刑された。そして2019年7月、最高裁で無期懲役が確定し、正式に死刑を免れた。

〈犯行全体からうかがわれる被告人の生命軽視の姿勢は明らかではあるが、甚だしく顕著であるとまでいうことはできない〉(最高裁判決より)というのが、君野に対して司法が示した最終判断だったのだ。

この君野は裁判中に大阪拘置所に収容されていた頃、別の殺人事件の犯人と獄中者同士で手紙のやりとりをしていたのだが、その手紙が筆者の手元にある。それには、こう書かれている。

〈オウム事件の死刑確定者13人、7月全員死刑執行されたですね。死刑求刑されてる私は人事とは思えなく、気分が悪いです〉

君野が獄中で書き綴っていた手紙の一節

オウム死刑囚が一斉に執行された昨年7月の時点で、君野の裁判は検察側が控訴審の無期懲役判決を不服として最高裁に上告しており、君野は死刑判決を受ける可能性がまだ残っていた。そのため、「人事とは思えなく、気分が悪い」という心境になったようである。

さらに君野は別の手紙で、楽しげにこう書いている。

〈先週の歌ようスクランブルは、1970年代~1980年代の曲が何曲か流れてなつかしかったです。中森明菜の難破船も流れましたね。高田みづえの曲も流れました。なつかしかったです。さあこの手紙が着いた明くる日7日20日は白身魚のかばやきが夕食で出ます。久々のごちそうですよ。楽しみですね!〉

〈12月12日夕食マーボカレーはうまくて、とうふも食べました。毎日マーボカレー出ればいいな〉

一読しておわかりの通り、控訴審で無期懲役に減刑された君野が大阪拘置所内のラジオで音楽を聴いたり、おいしい食事をとったりして、日々の生活を楽しんでいることがよく伝わってくる。自分に惨殺された美玲ちゃんはもう音楽を聴けず、美味しい物も食べられないことは、君野にはどうでもいいことなのだと思われる。

◆公判では写経により反省をアピールしたが・・・

君野がこんな手紙を書く男だというのは、実は筆者には想定内だった。君野と面会したり、裁判を傍聴したりした際、無反省である様子がよく伝わってきたからだ。

2016年12月、大阪高裁で控訴審の初公判を傍聴した時のこと。君野は、ダウンジャケットにスウェットパンツという普段着姿で法廷に現れた。報道では、暴力団に所属したこともあると伝えられたが、顔は青白く、弱々しい感じの男だった。

君野はこの日の被告人質問で、弁護人から現在の気持ちを聞かれると、「申し訳ないという思いが一審の時よりますます深まっています」などと反省の言葉を口にした。さらに獄中で日々、美玲ちゃんの冥福を祈りながら般若心経の写経をしているのだとアピールし、「死刑になるより、生きて償いたいです」と主張した。

だが、検察官の反対尋問では、すぐにぼろが出た。検察官から事実関係を質されるたび、言葉に窮してしまうのだ。

検察官「一審の時より具体的にどういう点で反省が深くなったのですか?」
君野「・・・」
検察官「答えられませんか?」
君野「はい・・・」
検察官「写経している般若心経の意味を本などで調べたことはありますか?」
君野「あります」
検察官「どんなことが書いてありましたか?」
君野「・・・」

こうしたやりとりを見ていると、君野が写経をしながら願っていたのは美玲ちゃんの冥福ではなく、自分の減刑なのだろうと思わざるをえなかった。

公判に参加した美玲ちゃんの母親から、「なぜ、生きたいと思うのですか?」「遺族がどんな気持ちかがわかりますか?」などと問われても、君野は沈黙したり、小さな声でボソボソつぶやいたりするのみ。遺族からこういう質問があるのは予想できそうなものだが、深く考えずに公判に臨んだのだろう。

裁判終了後、筆者は大阪拘置所を訪ねて君野と面会し、率直に「『生きて償いたい』と言っても、死刑になるのが怖いだけだとわかりますよ」と伝えた。君野は顔を紅潮させ、「わ、私は生きて、つ、償いたいと思っているんです」と言ったが、まったく真実味が感じられなかった。

最高裁で君野の無期懲役が確定した際、筆者は再び大阪拘置所まで面会に訪ねたが、君野は面会を拒否した。筆者と会っても何の得にもならないと思ったのだろう。美玲ちゃんの母親は最高裁の決定を受け、「納得できないし、娘に報告できない」とのコメントを発表したが、ここで紹介した君野の手紙を目にすれば、改めて悔しさがこみ上げてくるはずだ。

一方、君野は今頃、大阪拘置所からどこかの刑務所に移され、懲役生活をスタートさせているはずだが、税金で衣食住を保証され、無反省のまま日々を過ごしているのだと思う。

美玲ちゃんの遺体が遺棄された現場には花が手向けられていた

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。近著に『平成監獄面会記 重大殺人犯7人と1人のリアル』(笠倉出版社)。同書のコミカライズ版『マンガ「獄中面会物語」』(笠倉出版社)も発売中。

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