4名の患者及びその遺族が、滋賀医大附属病院泌尿器科の河内明宏科長と成田充弘医師を相手取り、440万円の支払いを求める損害賠償請求を大津地裁に起こした(事件番号平成30わ第381号)事件の判決言い渡しが、14日大津地裁で15時からおこなわれた。

西岡前裁判長の転勤にともない、裁判長となった堀部亮一裁判長は「主文、原告らの請求をいずれも却下する」と飄々と短時間で判決言い渡しを終えた。退廷しようとする裁判官に向かい傍聴席から「ナンセンス!」の声が飛んだ。

この事件の期日には、これまで「患者会」のメンバーが裁判前に集合し、大津駅前で集会を行ったのち傍聴を埋めるのが常であったが、判決日は折からの「新型コロナウイルス」への配慮から、「患者会」は集会や傍聴の呼びかけをおこなわなかった。したがって本来であれば判決を裁判所の外で待ち受けていたであろう、約100名(毎回裁判期日には100人ほどの人が集まっていた)の姿はなく、静かな法廷のなかで冷酷無比な判決言い渡しの声が響いた。

判決言い渡し後、滋賀弁護士会館で記者会見がおこなわれた。当初は16時開始予定であったが、諸事情で開始が16時半過ぎへとずれこんだ。井戸謙一弁護団長が判決を解説した。

この日の判決を解説する井戸謙一弁護団長

「今回の判決は現実に起こった人権侵害を救済しなかった点で、不当な判決であると考えています。判決を30分ほどで読んだばかりで、弁護団としての見解は定まっていませんが、私の評価を申し上げさせていただきます。この事件は説明義務違反を理由とする損害賠償請求事件で、実際に施術しようとした成田医師が小線源治療の経験がなかった。そして同じ病院内で大ベテランである岡本医師の治療をうけることができる、と説明しなかった。説明義務違反が違法であると、その損害の賠償を求めた事件です。一般的に成田医師が小線源治療をしようとした患者に対して、同じ病院内で別のベテラン医師の治療を受けることができる。ということについて説明する義務があるかどうかということについて、裁判所の判断は『すべての患者に対して、一律に他の選択可能な治療として、岡本医師による小線源治療を説明しなければ、説明義務違反になるとはいえない。あくまで患者の意向、症状、適応などを踏まえ、個別に診療計画上の説明義務の存否を判断する』というのが判断です。一律に説明しなくともよい、個別の事情によっては説明する必要がある、そういう判断です。

なぜそういう判断になったのかについては、かなり細かい事実を認定し、かつああでもない、こうでもないといろんなことを検討しています。その中で『一律に他の選択可能な治療として説明の必要がない』を導いた理由としては、成田医師が行おうとした手術方法。これは成田医師と放射線科の河野医師がペアで行います。成田医師は小線源治療の経験がないとしても前立腺癌についてはベテラン医師である。河野医師は放射線医師として多数の症例を持っているということで、この二人が行おうとした治療は『大学病院での小線源治療の医療水準を満たしている』という判断をしています。彼ら行おうとしていた手術が、医療水準を満たしていたのかどうか、という問題提起を(原告は)していなかったのですが、裁判所は『医療水準を満たしている』と判断しています。

補助参加人として判決を傍聴した岡本圭生医師

一方で岡本医師による岡本メソッドは、『成田医師たちが行おうとしていた治療とは質的に異なる治療である』と述べています。岡本メソッドにについて被告側は、裁判の中でその評価を貶めて、誹謗しようとしてきたわけですが、それについて裁判所は採用していません。河野医師は小線源治療は『放射線医がしっかりしていればいいんだ。泌尿器科医が放射線医の指示通り針を刺すだけでよいので、泌尿器科医の役割は小さなものだ』との趣旨の証言をしましたが、それについても裁判所はその考え方を採用していません。

ただ成田医師が行おうとしていた治療と、岡本医師が実施していた治療は同一病院内の選択可能な治療、という位置づけになっており、ここの理屈がわかりません。『質的に違う』と言っているわけです。

そのあとに4名の原告の方の判断ですが、お二人の方は『岡本医師の治療を受けたい』ということで滋賀医大にかかられたかたです。しかし岡本医師にまわされないで、成田医師が治療をしようとしていたのですが、このお二人については『説明義務はあった』と認めています。ただそれでも請求が棄却されているのは、結果的に岡本医師の治療を受けることができた。これにはいろんな経緯があったわけですけども。結果的に岡本医師の治療を受けることができたのだから、損害はないでしょうという評価のようです。

あとのお二人については『法的な説明義務違反までは認められない』という判断です。ただ『道義的にはともかく』という言葉がついているので、医師の倫理上は説明すべきであったと、暗に裁判所としては言いたいようです。

非常に残念なのは、この判決の『説明義務』のとらえ方が非常に狭いことです。質的に異なる治療方法が同一病院内であるわけですから、説明して患者が選択する機会を与えるべきである。それが患者の自己決定権を保証する医師の責務であると考えます。裁判例でも説明義務の範囲は、どんどん拡張される流れにある中で、説明義務違反の範囲を非常に狭くとらえたのは、大変残念な判決だと思います。

もう一点は、説明義務違反を認めていながら、結果的に岡本医師の治療をうけることができたから、損害はないだろうという判断です。結果的に岡本医師の治療が受けられたといっても、岡本医師の問題提起があったから岡本医師の治療を受けることができた。それがなければ岡本医師の治療を受けることができなかった可能性が高いわけで、原告の精神的・心理的な苦痛が法的保護に値しない、ということです。しかしそれは、精神的損害のとらえ方を非常に狭く評価するものであって、この判断も承服しがたいものがあります。

判決全体としては、被告が一番力を入れていたのは『治療ユニット論』というもので、成田医師が行おうとしていた治療は、岡本医師をリーダーとするチーム医療、医療ユニットとして計画されていたのだから、成田医師が自分が未経験だと説明する義務はなかった。これが一番被告が力を入れていた主張です。しかし、それについて裁判所は、その主張は採用していません。岡本メソッドの評価を低からしめようとした主張にも、裁判所は乗っていません。ですから主な事実認定についてはこちらの主張が取り入れられています。成田医師が『小線源治療をあまりやる気がない』と発言した事実も取り上げられています。いろんなところでこちらの主張は取り上げられているのですが、結論として説明義務違反のとらえ方が狭く、かつ損害のとらえ方が狭い。請求棄却との判断になった。そのことにより中身的にはこちらの主張を取り入れたにしても、患者の人権救済の役割を果たさなかった。極めて残念です。」

ついで、この日法廷で判決を聞いたAさんが感想を述べた。

法廷で判決を聞いたAさん

「意外な判決だと感じました。この裁判で私は3つ課題があり社会に訴えたいと考えております。一つ目は(成田医師が)未経験であって施術しようとしたこと。私が知らないことをいいことに、モルモット扱いしているという点です。こういうことが許されてよいのか。これが説明義務違反です。医師の育て方に問題があるのではないか。二つ目はその事実を私が知ったのは、岡本先生の内部告発によってです。それによって救われました。しかし日本の社会ではまだ人権が守られない。権力の暴走を止められない。三つめは岡本医師が、職を賭して阻止してくれ、23人の手術をしてくれ、(仮処分勝利により)待機患者50数名の命を救ったことです。敬意と感謝の念に堪えません。ありがとうございました」

その後に、補助参加人としてこの日も判決を傍聴した岡本圭生医師からのコメントがあった。

わたしはこの裁判を提訴から判決まですべて傍聴してきた。この原稿も予定稿では原告勝利を前提としたものを準備していた。

14日大津地裁に早めに到着し、裁判長が変更になっている(転勤はあらかじめ告げられてはいたが)担当表を見て、嫌な予感が浮かんだ。法廷で「原告の請求を原告らの請求をいずれも却下する」との裁判長の声をきいたとき、思わず「えっつ!」と声を出してしまった。

井戸弁護士の解説にある通り原告側の主張が、かなり取り入れられているとはいえ、法廷での証言内容や態度を考えると被告たちには、主文にしか注意を向けないだろう。民事の裁判では法律家には理解できても、一般市民感覚では「訳の分からない」文章や判断が横行する。そういった判決や裁判官に当たるたびに、裁判所や司法への信頼は薄れ、司法への期待も希薄になる。そういった意味では、結果ゼロ回答の判決を出した、この裁判の合議体はわたしにとって、「また司法への信頼を限りなく低減した」裁判官たちであった。判決言い渡し後に法廷に響いた傍聴者の声に、私も同意する。

ナンセンス!

◎カテゴリーリンク《滋賀医科大学附属病院問題》

▼田所敏夫(たどころ としお)

兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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