2009年5月、愛知県蟹江町で母子3人を殺傷し、2018年に最高裁で死刑が確定した中国人の林振華(37)。中国の名門高校を卒業後、焦がれの日本に留学したエリートは、なぜ異国の地で凶悪犯罪に手を染めたのか。

死刑確定が間近に迫った頃、林は私に宛てた計6通の書簡で、来日後に空腹のためにおにぎりを万引きし、日本語学校で孤立してしまったことを明かした。それでもなお、大学入学のために勉強を続け、国立の静岡大学に合格した林だったが――。

ここで再び、落とし穴に落ちるのだ。

◆万引きが招いた「合格した大学に入学できない」という悲劇

「入学には、高校卒業時の成績表が必要なので大至急用意にするように」

合格発表後、林は静岡大学側からそう告げられ、驚いた。入学のために高校卒業時の成績表が必要という話は聞いたことがなかったからだ。急遽、中国にいる父が動いてくれたが、審査などに時間を要して期限までに必要書類が揃わず、結局、静岡大学に入学できなかった――。

〈後で分かったが、普通、みんなそれを受験前に予め用意するのだけど、先生とも先輩ともコミュニケーションを取らなかった私はそのこと自体を知らなかった。それも後の祭りです〉(※〈〉内は、計6通の書簡のいずれかから引用。以下同じ)

おにぎりを万引きしたことが、合格した大学に入学できない悲劇を招いたのだ。

林が「転落の軌跡」を綴った6通の書簡

◆空き巣に入った家で3人を殺傷

その後、林はコンピュータの専門学校に1年通い、三重大学に合格する。しかし、再び手違いがあった。

〈私が間違ったのか、事務方のミスなのか、経済学科を希望したのに、入ったのは文学学科でした。今でも謎です。でも一つ確かなのは、それが私の学業に対するモチベーションの低下に繋がりました〉

飢えの恐怖を覚えていた林は三重大学入学後、コンビニ、ホンダの工場、焼き鳥屋、ラーメン店、割烹料理の厨房など、様々なアルバイトを掛け持ちした。学業も両立したため、寝る時間がほとんど無く、2年生の時についに倒れてしまった。

〈学校にも、仕事にも、しばらく行けなくなりました。動かないとお金が入りません。しかもその間も学費がべらぼうにかかります(年間53万円)。私はまた金欠になり、その日その日の生活になりました〉

林は再び、万引きに手を染め、警察沙汰に。罰金刑を言い渡されると共に「罰金を払わない場合、労役所に留置し、作業をさせることになる」と説明を受け、うろたえてしまったという。

〈そうなったら、学校を退学させられます。自分のキャリアはもちろんパーになるし、両親の期待も裏切ってしまいます。私は必死でお金を工面しようとしました。しかし3月末に学費を払ったばかりで、その時もアルバイト先のコンビニの店長にいくらか貸してもらったぐらいお金に困っていたので、どうしようもありませんでした〉

労役所に留置されたからといって、本当に大学を退学になるかは疑問だが、当時の林はそう思い込んだ。そして金を得るため、最悪の選択をしてしまうのだ。

〈思いついたのは空き巣でした。何日も眠れない日が続き、頭が混乱したのと、よくテレビニュースで見かけるからです。鉄レンチを持って行ったのは、窓ガラスを割るためでした。初めてのことだから心細く、小刀も持って行きました。それらは結局、事件を起す凶器になってしまいました〉

こうして林は空き巣に入ったはずの被害者宅で、家族たちに鉢合わせし、3人を殺傷してしまった――。

〈母が法廷で、「もし可能なら私が息子に替って罰を受けたいと思います」と言いました。両親が今でも私のことを愛してくれたなと思いました。その反面、自分はとんでもない親不孝だなと思いました〉

筆者が原作を手がけた『マンガ「獄中面会物語」』分冊版第13話でも、林の「転落の軌跡」は詳細に描かれている  © 笠倉出版社/片岡健/塚原洋一

◆「罪を犯したら罰を受けるのは当然」

実を言うと林は死刑が確定前、獄中で首を吊ったり、鉛筆削りの刃で静脈を切ったりするなど自殺を試みている。

〈結果として命は助かったが、病院で酸素マスクを付けて目が覚める時、白い天井を見上げて、走馬燈が頭の中で走り巡らせるうちに(ママ)、自分が一度死んだ感覚でいます〉

林はそのため、死刑確定が間近に迫った時期も〈死ぬことは怖くないです〉と達観していたが、一方で苦痛を感じることもあることを明かした。

〈時々、後悔、被害者、両親、恋人などに対する申し訳ない気持ち、嘆きがいっぺんに押しかけて、押し潰されそうになる。毎日歩く屍のような感じです〉

では、夢を追って留学したはずの異国で死刑囚となり、人生の最期を迎えることをどう思うのか。

〈寂しいと思います。私は犯罪を犯すために日本に来た訳ではありません。自分の力で中日友好の架け橋役になれたらいいなと思いました。日本は法治国家です。罪を犯したら罰を受けるのは当然です。それについては文句を言うつもりはありません。でも、両親に会えなくなるのは、やっぱりすこし心許ない気持ちです〉

そんな林がこれまでの人生で楽しかった思い出とは――。

〈中学と高校の濃密な受験勉強の時間かなと思います。一生懸命頑張って、いい成績が取れて父と母に褒められる。単純だけど楽しい時期だと思います。あとは彼女と付き合う日々です。遠距離恋愛だけど、毎晩モニターを挟んで語り合い、ふたりの将来の設計図を描く。自分は一人じゃないなと実感する幸せな時間でした〉

もっとも、もしも時間を過去に戻せるなら、この「幸せな時間」よりもっと戻りたい時があるという。

〈初めて万引きする自分にストップをかけたい。「その初めの一回はだめだよ」と〉

異国の地で一度の万引きをきっかけに人を殺め、死刑囚となった林振華。死刑執行を先延ばしにすべく再審請求を繰り返す死刑囚は少なくないが、林は潔く死刑を受け入れそうだ。

◎親日家だった元エリートの中国人死刑囚、書簡に綴った「転落の軌跡」
【前編】
【後編】

▼片岡健(かたおか けん)
ノンフィクションライター。原作を手がけた『マンガ「獄中面会物語」』(画・塚原洋一、笠倉出版社)がネット書店で配信中。分冊版の第13話では、林振華を取り上げている。

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