宝島社新書『大阪ミナミの貧困女子』(共著=村上薫、川澄恵子、角田裕育、河住和美)は、天王寺の書店で一度手にしたことがあった。もちろん表紙に名前の出ている著者の村上薫さんを知っていたからだ。しかし、編集部男性の書いた「はじめに」を読み買う気をなくした。

「もし、大阪に行くことがあったら、この本を読んで欲しい。一生懸命生きている女の子たちが載っている。明日、あなたが会う女の子かもしれない。そんな女の子の気持ちを慮ったら、思わず愛おしくて抱きしめたくなるだろう。でも、おさわり禁止のお店では、追い出されるので、注意が必要だけど」。

その後、村上さんや同じく本書で執筆する河住和美さん、2人の仲間からもこの本の話を聞くことはなかった。「どうしてだろう?」と思っていた矢先、この裁判が始まることを知り、12月15日第一回口頭弁論を傍聴した。

◆コロナ禍の窮状につけ込んできた編集者

人民新聞の記者である村上さんは、記者活動の傍らえん罪・狭山事件や第2、第3土曜日梅田HEP前で行われる「梅田解放区」など様々な社会活動を行っている。一方、学費や生活費を稼ぐために徳島の大学生時代から水商売を経験していたことから、大阪に来てからも水商売などで働いている。活動のため、自由に時間が取りやすいからでもある。

新型コロナウイルスの感染拡大で緊急事態宣言出された大阪は、吉村知事、松井市長ら大阪維新の愚策のせいで、コロナ感染死亡者数、定額給付金や時短協力金などの遅れなど、いずれも全国一位と最悪な状況だ。吉村、松井は、コロナ感染拡大の原因を『夜の街』として、キタやミナミを自粛要請の標的にしてきた。村上さんは、仲間と大阪市役所と交渉を続け、ミナミへの自粛要請を追求する一方、歯科医でミュージシャンの野瀬博之氏らとホステスさんや風俗嬢など困窮する女性たちの相談所「キュア」の運営を始めた。

村上薫さん

そんな村上さんらに「本を出さないか」と声をかけてきたのが、フリーの編集者・角田裕育(すみだ・ひろゆき)氏だ。村上さんらは、困窮する女性たちの実情を広く知ってもらい,ミナミの活性化につながればと出版に協力し、原稿を執筆した。

◆大幅に改ざんされた原稿

村上さんは、原稿を1月頭に入れていたが、1月24日、見せられた原稿は、(私も元原稿を見たが)村上さんの原稿とは別物、しかも「コロナ禍で値崩れした女性を買って応援しよう」という差別的な内容に改ざんされていた。また村上さん担当の原稿や他の原稿に、中国バッシングやセクシャルマイノリティへの差別、偏見などに基づく内容も含まれていた。

これでは、差別と闘う自分が、差別に加担することになるではないか。村上さんは「自分が書いたものではない」と宝島社に抗議。宝島社と角田氏は「2月10日発売だからもう直せない」と主張し、「このまま発行するのであれば、降りるので名前を出さないで」と訴える村上さんに「約束したではないか。(やめるなら)損害賠償1000万を要求する」と要求した。

若い女性に、1000万円請求するとは、かつて武富士がフリーランスのジャーナリストを訴えたスラップ訴訟と同じやり方ではないか。そのため村上さんは、差別的な内容を改めることで仕方なく合意、しかし、最終稿も見せられないまま、2021年2月10日、差別的な内容の本が書店に並ぶこととなった。

◆提訴へ

宝島社はその後、村上さんに対して、契約と原稿料10万円を支払うと申し出たが、村上さんは契約も10万円受け取りも断った。その後法的には「脅迫によって導かれた承諾は無効」なので取り消すとされ、脅迫によって導かれた導かれた承諾は無効となったため、ならば無断で出版したことによって被った損害、ヘイト本が出続けることで、村上さんが本の内容を肯定したようになる信用失墜行為として、絶版、謝罪、損害賠償を請求し、10月12日、大阪地裁に提訴した。

村上さんは意見陳述で提訴の理由をこう述べた。「〈1〉自分が書いた文章ではないとはいえ、夜職や女性、マイノリティを消費する差別的な本を出してしまった責任を取らねばならない。〈2〉社会的地位のない他のもの書きは軽く扱われ、同じような手法で黙らされてきたはずだ。宝島社は私のことも黙らせることが出来ると踏んだのだろう。そのような例を今後出さないよう、問題を明るみにし、物書きやフリーランスの地位の向上を社会的になげかける」。

12月15日の記者会見の様子。左から富崎弁護士、森実千秋さん(「宝島社裁判村上さんを支援する市民の会」会長)、原告の村上薫さん、野瀬博之さん(「キュア」代表)

◆40代男性が書いた原稿が「31歳女性」のものに?

本は村上薫と川澄恵子の共著となっている。執筆者プロフィールには「川澄恵子、女性ライター、31歳」とある。しかし、この川澄恵子さんが取材し原稿にした章は、実際は角田氏が取材し書いたものだ。角田氏のプロフィールは「フリーの記者、年齢40代」だ。なぜ、40代男性の角田氏が30代女性川澄を装わなければならないのか?

報告会で、取材時の角田氏が、女性に対して非常に差別的だったことが、森実千秋さんから報告された。森さんは、4章「ママたちの悲鳴」(執筆・川澄恵子)に出てくる、心斎橋でラウンジ経営する優子さんのお父様だ。森さんは、優子さんが多くのホステスさんを抱え、補助金だけではやっていけないと苦労する様子を見ていたため、角田氏の取材に協力した。

本文で、川澄恵子(角田)は、優子さんの話を熱心に聞き同情しているかのように書かれているが、取材に同席した森さんの話では「ソファに足組んでふんぞり返ってね、ホステスさんに『お姉さんらは、男好きやね』とか聞いて酷かった」という。それでも森さんは「宝島社だから」と信用し,角田氏の態度に怒る優子さんを「我慢してくれ」と宥めたという。

◆宝島社の反論

この件について、宝島社は、「川澄恵子」が書いた原稿は、角田氏が書いた原稿に不適切な内容があったため「前田直子」という女性がリライトした、だから女性が書いたものと反論してきた。何故本名の前田直子を名乗らないかについて宝島社は第一回期日で出された答弁書で「村上が人民新聞の記者なので怖くて隠した」と述べた。

これについては、ミュージシャンでもある野瀬氏が以前角田氏と「宝島社は『前田なおこ』なる女性が、角田氏の原稿をリライトしたといっている。リライトとは、ミュージシャンにとったらアレンジのようなもの。ならば執筆者はやはり角田氏だ」とのやりとりをラインで行っていたと報告した。

また宝島社は「村上さんは1章しか書いていないから共同執筆者ではない。だから本全体に責任とる必要はない」などと反論した。それはないだろう。実際、私も鹿砦社社長松岡氏も「ああ、人民新聞の村上さんが本を出したんだな」と手に取ったり購入したりしている。なお、宝島社は、一番重要な村上さんが名前の掲載を承諾した件について「脅迫ではない。きちんと適切な対応をしている」と反論してきた。

◆執筆者を精神的不調に追い込んだ角田氏

角田氏自身を訴えることはできないのか? これについて村上さんは「仲間で本に執筆している河住和美さんも酷いことをされています。河住さんは私より角田と一緒に取材する時間が長かった。角田は河住さんに対して『自分のいうことを聞け。(素人の河住さんをこれまで本を出したことがある)自分が評価してやっているんだ。従っておけ』と何ヶ月も言い続けられ精神的不調に追い込まれた。自己肯定感を下げられ、訴える気力もなくなるほど追い込まれた。それがこの本をだした宝島社のやり方なんです」と説明した。

もちろん角田氏は証人として出廷することになるだろう。角田氏の原稿をリライトした前田のりこさん30代女性ライターと共に。(ちなみに31歳前田直子はライター歴20年のベテランライターらしい)

全ての出版業者がそうだとは言わないが、少なくとも宝島社の今回の本については、弱い立場の人間を差別し、脅すなどというやり方で作ってきたことは明らかだ。私も執筆する鹿砦社は『紙の爆弾』でも『NO NUKES voice』でも、これでもかと編集部と執筆者との間で校正などの確認作業を繰り返す。確かに、森さんのように「宝島社だから……」や「大きな新聞広告を出せる出版社だから……」と、大手出版社が嘘をつくはずがないと思う人は多いだろう。

しかし、宝島社の本には、そうではない部分があるという実態を、今後裁判で明らかにしていかなくてはならない。宝島社はそもそも、この裁判も、法廷を開かず秘密裏に進めたかったようだ。しかし、15日も予想以上に多くの傍聴者が集まり、今後も堂々と傍聴者を入れ、法廷で争われることが決まった。

次回期日は、2022年2月16日(水)午前10時30分から大阪地裁807号法廷。
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▼尾崎美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58

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