ファシズム日本の予言書──辺見庸「抵抗3部作」がどれも絶版になっていた!

3・11後に日本社会の不条理を初めて考え出した若い知人に「最近の社会問題がわかりやすくて役に立つ本はないか」とかなり前に問われたので、10冊ほどを推薦したが、その中に辺見庸の『永遠の不服従のために』、『いま抗暴のときに』、『抵抗論』(いずれも単行本は毎日新聞社、文庫本は講談社)を入れておいた。

彼の人は私に意見を求めておきながら、なかなか腰が重かったようでつい最近になって連絡があった。「教えてもらった3冊とも、もう絶版になっていて、本屋に売っていませんでした」とのことだった。先般の船戸与一の逝去についで、また「え!」とメールを見ながら声を上げてしまった。

この3冊は21世紀に入っていきなりの9・11から米国のアフガニスタン侵攻、イラク殲滅の時代に対する辺見のエッセーや取材が収められているものだが、文庫の初版は2005年だった。今日的な国家主義、ファシズム急加速の序章を詳述した10年ほど前のこの3冊は、今読んでも(否、まだ未読の方々には今の時代にこそ)示唆と警告に満ちているのだが、あろうことか絶版だそうだ。

単行本ならばともかく、文庫でも買い求める人がいなくなったということなのだろうか。この事実、私にはかなりショックである。

いつのまにか絶版本になっていた辺見庸「抵抗3部作」(『永遠の不服従のために』、 『いま、抗暴のときに』、『抵抗論』いずれも講談社文庫)

◆辺見の「悪い予感」を上回って加速する日本の終末状況

絶版になっているの知ったので、まことに大雑把な種明かしをしておこう。「抵抗3部作」とも呼ばれたこの物々しいタイトルの3冊は辺見による「戦後民主主義終了、国家主義ファシズム完成、そして戦争へ」との警鐘が綴られたものだ。往時の米国大統領はブッシュで、日本の総理は小泉純一郎。前述の通り9・11、NYでは貿易センタービルに航空機が突っ込み2つの高層ビルが崩壊、ワシントンではペンタゴン(国防総省)へも同様の航空機突入など米国史上初めて本国に甚大な攻撃を受けた事件(これに絡んでは米国の謀略説も根強いが)を引き金に、猛獣と化した米国は戦争に猛進する。小泉もあろうことか憲法前文を「解釈抽出」して実質的海外派兵を行った。

「改革の本丸は郵政民営化」とのわかったようなわからないようなワンフレーズを多用する総理は、不幸にも絶大な人気を得、共産党支持者の中でも70%が支持をした。

また小泉は朝鮮を訪問し拉致被害者の一部が帰国を果たす(当時の官房副長官は現首相安倍)が、それにより在日韓国朝鮮人への差別が一層激化した時代でもあった。排外主義の激化があからさまになりだした。

一連の出来事は主として13-14年前で、この「抵抗3部作」が文庫化されたのが10年前である。

辺見の悪い予感を上回る第一次安倍内閣誕生から、いっときの民主党政権、そして3・11を経て自民党政権回帰へと、語られるべきテーマや登場人物は明らかに悪化の一途を猛進する。戦後最悪、否新たな戦争を運命付けられた「戦前」とも言うべき時代を迎えている。

2003年頃にいわば「終末」宣言を出していた辺見にすれば、もうこの期に及んで紡ぐ言葉などない、というのが本音なのだろうか、ここ数年の辺見の文章は「最後のアジテーション」とでも表現すべき「抵抗3部作」の激情的ともいう文体ではなく、総じて詩的である。

だからこそ「抵抗3部作」は戦後民主主義の死滅がいかなるものであったかを個々が総括するために、今日的終末状況が21世紀に入りどのように加速化したかを再確認するために(この書群では当然それ以前の状況への言及も豊かだが)是非ともこの時代に読まれるべき価値があると思う。

これからさらに暴虐の時代に突入することは間違いない。その心構えはあなたにあるだろうか。

◆辺見庸「抵抗3部作」絶版は単に「売れなくなった」ことだけが理由だろうか?

戦争の時代がやってくる。どうやらそれは辺見や私が懸念していたよりも到来の時期は大幅に早まるようだ。辺見は相当な危機感とそれまでの小説やエッセーで見せたことのない(たぶん辺見自身が忌み嫌う)直接的な表現をあえて多用し危機の深刻さと重大さを吼えまくっていたのだけれども、今読み返せば辺見の咆哮はそれでもまだ足らなかったのだ。

「抵抗3部作」絶版は単に「売れなくなった」ことだけが理由だろうか、などと意味もない詮索をしてしまう自分の未練たらっしさもみっともないけれども、げに、恐ろしい時代に生きているのだと痛感する。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ

◎5月17日熊本で知名定男プロデュースのライブイベント「琉球の風」2015開催!
◎基地も国民も「粛々」と無視して無為な外遊をし続ける安倍の「狂気と末期」
◎廃炉は出来ない──東電廃炉責任者がNHKで語る現実を無視する「自粛」の狂気
◎「テロとの戦い」に出向くほど日本は中東・アフリカ情勢を理解しているのか?

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関西大学の教壇で鹿砦社の松岡社長が〈生きた現実〉を語る!

松岡利康=鹿砦社社長(2015年5月22日関西大学)

関西大学で共通教養科目の中のチャレンジ科目として開講されている『人間の尊厳について』で5月22日、講師としてついに松岡社長が教壇に立った。浅野健一同志社大学大学院社会学研究科博士課程教授(京都地裁で地位確認係争中)に次いでの登場で、出版人として受講学生に松岡節が披露された。

さて、どんな講義が展開されるやら。鹿砦社、松岡社長が学生にどんな球を投げかけるのか。ど真ん中の直球か、胸元すれすれのブラッシュボールか、と期待半分に案じていたが、内容は至極穏やか、かつ優しさに満ちた講義となった。

◆〈社会〉との関わりの中で〈死んだ教条〉ではなく〈生きた現実〉を語る

配布されたレジュメは「はじめに─〈人〉と〈社会〉との関わりの中で、〈死んだ教条〉ではなく〈生きた現実〉を語れ!」と勢いのある書き出しから始まる。学生運動経験のある松岡社長のことだ、その後にアジビラ風の文章が続くと思いきやそうではなかった。レジュメは出版のあれこれというよりは松岡社長が社会的に手掛けている活動紹介が中心となっている。

したがって講義内容も出版人というよりも松岡社長(鹿砦社)がどのように「社会」と関わっているか、関わりを創造しているか、の紹介に主眼が置かれていた。

◆「人権破壊」としての福島原発事故への衝撃から『NO NUKES voice』発刊

最初に言及されたのが「人権破壊」としての「脱(反)原発」活動への関わりだ。福島原発事故に強い衝撃を受け、また怒った出版人として『NO NUKES voice』を発刊したことがまず紹介された。

『NO NUKES voice』Vol.1(2014年08月25日刊)~Vol.4(2015年05月25日刊)

◆左右問わず生きた思想」を学ぶ場としての「西宮ゼミ」

次いで、鹿砦社本拠地で続けられている「西宮ゼミ」に寄せる思いと意義に言及した。関西で鹿砦社と言えば「西宮ゼミ」と言われるほど浸透した感のあるこの企画も、単なる出版にとどまらず、「左右問わず生きた思想」を学ぶ場として市民に提供してきた意義を述べ、これまでの登場した全ての講師陣が資料で紹介された。

2015年の「西宮ゼミ」は「前田日明ゼミin西宮」。第3回は2015年6月7日(日)14:00よりノボテル甲子園にて開催。ゲストはジャーナリストの田原総一朗さん。お題は「戦後レジームの正体を総括する!」

◆鹿砦社はなぜ、Paix2(ぺぺ)「プリズンコンサート」や熊本「琉球の風」を支援し続けてきたのか?

その後は、これまた鹿砦社が長年応援している女性デュオ「Paix2(ぺぺ)」の紹介だ。「プリズンコンサート」でついに全国すべての刑務所を制覇した「Paix2(ぺぺ)」。その活動を高く評価する松岡社長が支援する意味と出版の結びつきについて思いが語られたが、その真意は次週の講義で更に重みを増し、学生に伝わることになろう。

『逢えたらいいな プリズン・コンサート三〇〇回達成への道のり 』(2012年04月20日鹿砦社)


◎[参考動画]Paix2(ペペ)「受刑者のアイドル 網走刑務所」(2014年12月NHK放送)
◎[参考動画]Paix2(ぺぺ)公式youtubeチャンネル

更にはつい先ごろ7回目の開催となった「琉球の風」への協賛とそれに至る経緯が語られ。主たる講義部分は終了した。どれもこれも「社会」、「人間」との生きた繋がりを示す実践であり、素人が想像する専門職的な出版や編集の話とはほとんど無縁だ。

『島唄よ、風になれ!「琉球の風」と東濱弘憲』(2013年11月25日鹿砦社)


◎[参考動画]「熊本に流れる琉球の風」(2012年9月NHK放送)

これは一般的な出版社社長の講義ではない。自社発行物の紹介が無かったわけではないけれども、月刊誌『紙の爆弾』 に言及することもなければ、出版差し止めの苦い経験も語られなかった。敢えて名づければ「社会派企画出版社」の活動実績報告に近いだろうか。

「琉球の風」を語り終わった後には同イベントの様子を記録したDVDが約30分教室で流された。昼食直後の時間帯ということもあり、講義の最中には安らかにお休みになっている学生諸君の姿も散見されたが、DVDの映像が流れると目を覚まし熱心に見入る姿が印象的だった。

島唄の大御所で琉球の風」総合プロデューサー知名定男さん(写真中央)、「かりゆし58」前川真悟さん(右)、松岡利康鹿砦社代表(2015年5月17日「琉球の風~島から島へ2015」会場にて)

◆次回5・29関西大講義の「松岡弾」がいかなるものになるか?

2回連続の講義の初回、松岡社長はたぶん、学生に「言葉」で伝えようと内心弾倉に込めている弾薬を放ちはしなかった。学生に理解しやすい内容でまずは肩に力を抜いてもらい、胸襟を開いた学生たちに「価値観」を揺さぶる衝撃を次回講義に準備しているのではないか。

松岡社長によると、講義の感想を記した学生の感想文は「琉球の風」DVDの内容に感激した内容が多かったそうだ。学生の多くは初回講義である種の「油断」をしたのではなかと私は目星をつけている。そして、それは松岡社長の狙い通りだ。次回講義の「松岡弾」がいかなるものになるか、恐らく松岡社長の壮絶な過去を知らない学生諸君よりも私の方が楽しみにしているかもしれない。5・29関西大学で何が起こるだろうか。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

◎公正な社会を求める企業は脱原発に動く──『NO NUKES voice』第4号発売!

脱原発情報マガジン『NO NUKES voice』Vol.4、5月25日発売開始!

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「在日特権」は実在する!──『紙の爆弾』6月号の注目記事

「在日特権」は存在する。「在特会」が登場する30年以上前から、「在日特権」を有するこの連中を何とかできないだろうか、と問題視はしてきた。「在日特権」を持つこの集団はしかし、武器の扱いや殺人術を職業的に習得している。「在特会」が行うような、お気楽な「示威行動」で太刀打ちできる相手ではない。しかもその「特権」は日本と米国間で締結された数々の「協定」により公然と認められているからたちが悪い。

私が意味するところの「在日特権」を保持する集団とは、言わずもがな「駐留米軍」のことだ。まかり間違っても「在日韓国・朝鮮人」の方々を指すものではない。

◆緻密に史実を掘り起した「裁かれないヤンキー犯罪天国ニッポン」

今発売中の「紙の爆弾」6月号に佐藤雅彦氏による「裁かれないヤンキー犯罪天国ニッポン」が掲載されている。佐藤氏の論考は常に緻密な歴史事実の掘り起しと、事実の積み重ねにより問題点を浮かび上がらせ私たちに示唆を与えてくれる。この記事は日本と米国の歪(いびつ)な関係、その中で起こった数々の事件を紹介し戦後連綿と続いてきた「日米連盟」の本質を教えてくれる。

沖縄に限ったことではなく、全国各地で「駐留米軍」による犯罪・事件は起きていた。仮に日本人がその犯罪・事件の被疑者であれば確実に重罪に処されることが確実なのだが、「駐留米軍」にはそんな裁きが行われない。ひどい場合は犯罪を犯したものが「名誉除隊」をして、さっさと本国に帰国してしまう。
何故か?

その理由と数々の事例を「裁かれないヤンキー犯罪天国ニッポン」は紹介し問題の本質を解き明かしてくれる。

折しも安倍が「一国の最高責任者が人前で恥ずかしげもなく、よくこんな話が出来るな」と世界中から大笑いを浴びた米国への「忠誠宣言」を米国議会で行った直後だ。

「オール沖縄」の人々が反対する中、辺野古の基地建設は「粛々」と進められようとしている。どうして日本政府はそんなにやっきなのか?

これらを理解するための力強い武器を「裁かれないヤンキー犯罪天国ニッポン」与えてくれる。小学校から大学まで通っても教えてはくれない「駐留米軍」問題の本質を知るのに最も優れた論考だ。

◆「多様な視野」で差別を撃つ「渋谷区マイノリティー政策は誰のためのもの?」

また、一見、問題の性質を異にするように見えるマイノリティー差別問題を焦点にした朴順梨氏による「渋谷区マイノリティー政策は誰のためのもの?」も掲載されている。この2本の論考は意識的に同じ号に掲載された訳ではないのだろうが、実は分かちがたい、同根の問題への異なる視点からのスポットライトと言えよう。

「在日特権」と「差別」。どちらも厄介だが問題を溶解させるためには「現実を知る」ことと「多様な視野」は必須だ。

上記2本の記事は必読! まだ、未読の読者には一刻も早い購入をお勧めする。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ

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「書籍」の定義を変えた衝撃の本──「Mr.都市伝説 関暁夫の都市伝説5」

「Mr.都市伝説 関暁夫の都市伝説5 メディアの洗脳から覚めた皆さんへ」(関暁夫著・竹書房) ?の登場は、実に衝撃だった。

そう、「書籍の来るべき未来」を追及する僕にとっては3つの意味で衝撃だった。まずひとつめ。

『Mr.都市伝説 関暁夫の都市伝説5』(関暁夫著・竹書房)

◆まるでYouTubeを見ているような感覚になるほどAR動画が満載

この「都市伝説」は、1万円札に織り込まれた暗号やフリーメイソンなどの陰謀などを展開してヒットを生んでいるのだが、この「5」については、AR動画がいくつものページに織り込まれて、動画を楽しめる構成になっている。つまり、動画を見るためのシールにスマートフォンをかざせば、簡単に動画が始まり、まさにYouTubeを見ている感覚になる。そのシールが随所に織り込まれているのだ。

ということは、この本は「動画を楽しむための導入キー」として機能しているということである。この本の虜になった何人かの読者に聞いたが「動画は見たが、本はあまり読まなかった」という。ということは、書籍の将来への方向性として「動画を楽しみたい人のためのマスターキー」たるものとして書籍が存在し、人たちが求めていくかもしれない、ということだ。もしもそうなら、芸能人の水着も、それから幽霊の写真も、これからは「AR動画つき」として本が売られていき、「動画が主で、文字が従」となる可能性が大きくあることを示す。

◆書籍が「パーティグッズ」として人気アイテムになるならば

ふたつめは、これもまた肉眼で見て驚いたが、この書籍を開いて、スマートフォンで怖い動画を見せる、という行為をキャバクラで見たときも驚いた。見たことはないが、パーティや合コンでの「つかみ」として男が自慢げに見せている人もいるだろう。

もし、書籍が「パーティグッズ」として人気アイテムになるならば、いい傾向なのではないかと思う。「読む」書籍としてはもはや日本については二人にひとりは年に一冊も読まない時代だからだ。

◆マイクロソフトからクレームが入るほど壮絶な陰謀説

話を「都市伝説」に戻すが、じつはマイクロソフトの陰謀を関氏が語りすぎて、マイクロソフトからクレームが入っているという。これは3つめの衝撃だ。 関氏は、テレビ番組でビルゲイツの財団が関わっている事業の一つであるワクチンについて触れ、そこで恐るべき陰謀説を語りだした。

「ビル・ゲイツは、ワクチン事業の裏で、密かに世界人口をコントロールしようとしている」という、壮絶な陰謀説を披露したのだ。これがマイクロソフトの逆鱗に触れたようだ。

◆「都市伝説」のルーツ「消えるヒッチハイカー」

「都市伝説」は、発祥がアメリカとされる。81年に流行した「消えるヒッチハイカー」はそれなりに衝撃的だった。

こんな内容だ。

(類話1) スパーダンバーグに住むひとりの男が、ある夜、家へ帰る途中、ひとりの女が道端を歩いているのを見た。彼は車を停めて「送りましょうか」と言った。彼女は、3マイルほど先の兄の所へ行くところだと言った。彼は「助手席へどうぞ」と言ったが、彼女は後ろのシートに座ると言った。途中、しばらく話をしたが、やがて彼女はおとなしくなってしまった。彼はその兄の家まで車を走らせた。その兄のことは彼も知っていたのだ。そこに着き、彼女を降ろそうと車を停め、後ろを振り向くと、そこには誰もいなかった。彼は妙に思い、その家へ行ってその兄に言った。「おまえさんに会うという女を乗せたんだけど、ここに着いたら消えちまってたよ」。その兄はまったく驚いた様子もなくこう言った。「その子は2年前に死んだ妹だよ。彼女を道で拾ったのは君で7人目さ。でも、妹はまだここまで本当にやってきたことはないよ」(http://roanoke.web.fc2.com/foreign/Vanishing_Hitchhiker.htm

◆都市伝説とは「みんなの間で語られているが、真実かどうか分別がつかないもの」

つまり、「都市伝説」とは、あえて定義すれば「みんなの間で語られているが、真実かどうか分別がつかないもの」ということだ。誰も知らない話は都市伝説にはならない。だから日本では「口裂け女」は都市伝説だ。いい女が寝てくれた。先に帰ったが、鏡にルージュで「エイズの世界へようこそ」と書いてあった。これが90年に流行した有名な「エイズ・メアリー」という都市伝説だ。都市伝説がひとり歩きしていくとき、語り部としては誰が浮上するだろう。

それは「時代が誰を選ぶか」という話となってくるが、関氏については、もはやあまりにもレジェンドとして存在が大きくなりすぎ、「それは裏がとれているのか」というわけがわからない方向に読者の関心が向かってしまうのだろうと思う。
いずれにせよ「6」が楽しみだ。いつ出るのか知らないが、それはおそらく、「書籍」の将来を示す可能性に満ちているのだから。

(小林俊之)

◎占領期日本の闇──731部隊「殺戮軍医」石井四郎はなぜ裁かれなかったのか?
◎自粛しない、潰されない──『紙の爆弾』創刊10周年記念の集い報告
◎「書籍のPDF化」を拒み、本作りを殺す──経産省の「電子書籍化」国策利権

募集して「放置」の竹書房新人賞──日本推理作家協会作家が語るその真相

前にも報じたが、竹書房が去年3月に文学賞を募集したまま、発表せずに1年以上たったまま「放置」した事件がかなり文学界でも問題になり始めているようだ。

とくに重鎮の作家たちが、応募した弟子に「どうなっているか竹書房に確認してください」とせっつかれて頭にきて「もうあそこには書かない」とぶんむくれている小説家が増えているのだ。

「文学賞が一年間、発表されないケースはちょっと記憶がありません。もしかしてまだ審議しているのでしょうかね」(月刊公募ガイド編集長・澤田香織さん)

◆受賞作が発表されない3つの事情

また、竹書房でも仕事をしたことがある、中堅の日本推理作家協会のA氏がインタビューに応じてくれた。匿名を条件に冷静にこう分析してくれる。

―― いったい、竹書房の文学賞をめぐる状況では、何が起きていると思いますか?

A氏 受賞作が発表されない理由、端的に三つの事情があるかと思います。

1.竹書房に金がない

2.小説に将来性を認めていない

3.社内に意見の相違がある

新人賞賞金50万円といっても、出版社が負担する金額はもっと大きくなります。選考を外部に依頼するなら選考員に報酬を支払わなければならない、書籍として刊行するなら、著者印税の数倍の費用が発生します。竹書房と言えば資本金7500万円の中規模出版社で苦しいのかという疑問がありますが、たとえ50万円といえども、抑えたいのが本音でしょう。

出版社も営利企業ですから、取引各社に様々支払いの義務が発生します。銀行、印刷会社、取次、製本所、社員の給与などです。手形決済をしていれば、不渡りを出せば大問題になります。ですが、著者に対しては手形ではない。きわめて踏み倒しやすい相手です。

―― 募集したが、もはや募集当時とはちがって小説はいらなくなった、ということでしょうか。

A氏 同様に新人賞というのは出版社にとって一種の投資と見ることができます。前述のように新人を発掘して本を書かせるためには、費用がかかります。ところが新人を売り出しても書籍の売り上げが期待できない、投資した金額が回収できないと判断すれば、投資を中止することもするでしょう。特に現在では小説の市場規模は縮小する一方です。どの出版社も著者に対して非常にシビアになっています。

私自身も昨年、ある出版社から増刷印税を待ってくれ、という申し入れを受けました。増刷印税ですから微々たる額です。わずか5万円で、延期するにしてもいつの払いになるかと聞いても「判らない」。

遅れていた初版印税の支払いを請求して裁判になったこともあります。支払いが遅れるという連絡があって、分割で支払いを受けていました。ところが編集さんから同社に原稿注文を受けました。未払いがあるままで新規に仕事は受けられないので出版社の経理に請求したところ、支払う理由がないとして裁判になり、二審まで行きました。この時の金額が20万円です。

―― お金の問題で、「発表どころではなくなった」ということでしょうか。『お金がないので中止します』とアナウンスすればすむことではないでしょうか。

A氏 新人賞を途中で中止するにしても、費用を削減する方法は色々あります。一番簡単なのは該当作無しにする。賞の第1回で該当作無し、というのは珍しいのですが、前例もあります。古い話ですが1961年早川書房のコンテストで該当作無しでした。あるいは印税、ないしは賞金を支払って書籍は出版しないという方法もあります。雑誌ですが、編集者側のハンドリングミスで使えない原稿ができてしまった。こういう時、原稿料は支払うが掲載されません。私自身も経験がありますし、著名作家もエッセイの中で同じことを書かれています。最近ですと新聞社主催の新人賞でも書籍化はしないが、ネット上で発表というケースもあります。

ネット上の噂では『受賞に値する作品が表に出せない地下アイドルがゴーストに書かせたので、確認がとれないから発表できない』という話もありますが、これも考えづらい。覆面作家など今も昔も珍しくないわけです。

他にも税務署との関わり合いとか、理由は色々考えることはできますが、動きがない、というのは社内での意見がまとまっていない、と見るべきだと思います。特に竹書房は毎年のように経営陣が刷新され、引き継ぎなり、意見統一が不完全と見たほうがいいでしょう。

◆募集しておいて「放置」では……

とはいうものの、「募集しておいて」「放置しておく」のが許されるはずはない。応募者は、人生を賭けて投稿しているのだ。

同じく日本推理作家協会のW氏も憤る。

「経費節減したいなら、授賞だけして書籍化しなければ良い。実名を挙げれば、『幽』怪談文学賞は、佳作や奨励賞だと刊行されない。去年で募集を終えた学研の歴史群像大賞も、佳作は刊行しない(以前は刊行していた)。大賞賞金は謳っていても、佳作とか優秀賞などの賞金額までは謳っていないから、5万円とか10万円とかの”薄謝”を支払って済ませば良い。刊行経費は抑えられるし、本人たちには、一応は『受賞者』の箔が付く。いついつ新人賞受賞作を発表します、と言っておいて実行せずに社会的信用を失墜させるよりは、よほどマシだと思うが、どうだろうか」

竹書房の担当編集部に直撃すると「今のところ初夏ぐらい(6月か7月)に発表する予定です」とのこと。確か去年の12月には「年明け早々に発表します」と言っていたが。

「ちゃんと発表しないと、小説家たちの間で『あそこは信用ならぬ』という話になって作家たちがそっぽを向きますよ。今度こそちゃんと発表してほしいですね」(応募者)

果たして初夏に文学賞は発表されるのだろうか。注目したい。

竹書房では、「原稿料未払い」の情報もいくつか耳に入ってきている。

もし機会があれば、レポートしよう。

(鈴木雅久)

◎竹書房に新疑惑──なぜ、第1回文芸新人賞の選考結果を発表できないのか?

◎「書籍のPDF化」を拒み、本作りを殺す──経産省の「電子書籍化」国策利権

◎自粛しない、潰されない──『紙の爆弾』創刊10周年記念の集い報告

これはサスペンス小説ではなく、事実です(鎌仲ひとみ=映画監督) 青木泰『引き裂かれた「絆」――がれきトリック、環境省との攻防1000日』

 

《追悼》船戸与一には何度も思いっきり殴られた

『砂のクロニクル』(1991年11月毎日新聞社)
『砂のクロニクル』(1991年11月毎日新聞社)

「本文からではなく、解説から読む癖のある読者諸兄姉のために、ひとこと申し上げる。あなたの身は間違いなく本書の放つ劫火(ごうか)に焼かれ、その力に薙ぎ倒されるであろう。勝利者たちのこしらえる『正史』に激しく抗う者たちの瞋恚(しんに)の炎が、頁という頁にめらめらと燃えているからだ。真実の『外史』が、虚偽の正史を力ずくで覆しているからである。しっかりと心の準備をしておいたほうがいい。備えが済んだら、ひとつ深呼吸をして『飾り棚のうえの暦に関する舌足らずな注釈』から、目を凝らして、ゆっくりと読み進むがいい。熱くたぎる中東の坩堝に(るつぼ)に足もとから徐々に呑みこまれてゆくだろう。そして、読破した時、あなたの見る世界はそら恐ろしいほどに色合いを変えているはずだ。以上のみを言いたい。以下は蛇足である」

船戸与一代表作『砂のクロニクル』の解説に辺見庸が寄せた文章の書き出しである。

辺見のこの絶賛に誇張はない。大方の船戸作品の解説にも援用できそうな比類ない名解説だと思う。

とうとう船戸与一が鬼籍に入ってしまった。いつかこの日が来ることは覚悟はしていたけれども、ニュースサイトで船戸の訃報に接したとき、「え!」と声を上げてしまった。

◆船戸の内部に横たわっていた絶対的な物差し

私は船戸に何度も思いっきり殴られた。喧嘩の仕方も教わったし、語学習得のコツも教わった。気が付けば銃器の扱いの基礎も船戸から教わっていたので初めて自動小銃に触れた時も思いのほか違和感がなかった。

船戸は私にとって歴史、政治学、地理学、人類学の教師でもあった。意外かもしれないが「倫理学」も時々示唆してくれた。どちらかと言えば「左巻き」の私の思考傾向をいつもハンマーでぶち壊してくれた。船戸の内部には「正義」などなかった。もちろん「革命」への幻想など持ち合わせていなかった。でも船戸は「正義」を信じ行動する人間や「革命」に命を懸ける人間を決して軽蔑しなかった。

船戸の内部に横たわっていた絶対的な物差しがある。それは船戸が(自身がそうであるように)「硬派」を一貫して支持つづけた姿勢だ。「硬派」は右にも左にも国家の中にも国家の滅亡を目指すものの中にもいる。船戸の着眼は常にそういった「硬派」へ向けられていた。

◆「彼らを日和らせたくないから、そのためには殺すしかない」

『蝦夷地別件』(新潮社1995年のち新潮文庫、小学館文庫)
『蝦夷地別件』(新潮社1995年のち新潮文庫、小学館文庫)

船戸作品にあっては主たる登場人物は必ず死ぬ。私自身勝手に「船戸ファイナル」と名付けていた極端も過ぎるダダイスティックな結末が必ず準備されている。不謹慎ながら読者としては愛すべき「硬派」達が最後には破局に向かうのが必定と解りながらもそわそわしながらページをめくる。

そしていざ導火線に火が付けば、それこそ書籍の中から戦場が立ち上がって来る。ありもしないヘモグロビンの血生臭さや、硝煙が生のように感じられるから不思議であることこの上ない。

あるインタビューで船戸は最後に登場人物を何故殺してしまうのか、と問われて答えていた。

「生きていると人間は日和るんです。彼らを日和らせたくない。その為には語らせないように、つまり殺すしかないわけです」

随分と恐ろしことを平気で言ってのける。さすが船戸だと感じいった。

船戸の中にはよって立つべき「主義」や「主張」など一切なかった。ただ船戸自身の皮膚感覚と常人を逸した取材力の賜物が奇跡を可能にせしめたのだろう。

「私は船戸に何度も思いっきり殴られた」と書いたが、勿論実際に殴られたわけではない。書物を通しての一方的受信しかなかった。

ただ一度だけ船戸と短い時間電話で言葉を交わしたことがある。講演を依頼しようと思い自宅に電話をかけたのだ。講演の趣旨とに日程を伝えると船戸は、

「その時は日本にいません」

とだけ語り電話を切った。

船戸に語らせるなど、無粋に過ぎる。断られてよかったと思っている。前出の辺見庸が『屈せざる者』(角川文庫)で船戸に人生論を語らせようとして、見事に失敗している。読んでいて心地よい失敗は珍しい。

船戸は自身の時代認識を時折登場人物に語らせる。

『炎流れる彼方』(集英社文庫)で元ブラックパンサー活動家が語る。

「1960年代の終わりから70年代のはじめにかけて、1日たりともぐっすり眠る暇なくおれたちは動きまわった。燃えさかる炎のようにな。状況は厳しかったが、精神は躍動していたんだよ。ところがいまはどうだ?80年代は最低だ。ほとんどだれもが健康のことしか考えていない。ジョギングと禁煙、ライトビールだけの時代だ。それで百歳まで生き延びたから何だというんだ?もうすぐ90年代にはいるが、それがどういう時代になるのかわからねえ。だがな、あのころのようにはなるまい。おれたちがめまぐるしく動きまわったあの頃みたいにはな」

『炎流れる彼方』の中で「最低だ」と言われた80年代から20余年、船戸は私の勘ではたぶん自覚的に人生の集大成として『満州国演義』(新潮社)を10年がかりで昨年完成させ力尽きた。『満州国演義』を読み進むうちに私は懇願にも似た気分になった。

「分かった。情熱は痛いほどわかった。でも船戸与一にはもっともっと世界を書いてほしい。

『満州国演義』こんなに入れ込んだら次書けるのだろうか」

懸念が現実になってしまった。もう新しい船戸作品は読めない。悲しい。

2015年3月18日、日比谷の帝国ホテルで開かれた第18回「日本ミステリー文学大賞」贈呈式に車椅子姿で出席した船戸与一氏。(撮影=ハイセーヤスダ)
2015年3月18日、日比谷の帝国ホテルで開かれた第18回「日本ミステリー文学大賞」贈呈式に車椅子姿で出席した船戸与一氏。(撮影=ハイセーヤスダ)

『満州国演義』全9巻(新潮社2007-2015年)の広告コピー文(新潮社HPより)

【1巻】『風の払暁―満州国演義1』2007年4月20日(383頁)あの地が日本を、俺たちを狂わせた――。四兄弟が生きざまを競う冒険大河ロマン! 第二次大戦前夜。麻布・霊南坂の名家に生れながらも外交官、馬賊の長、陸軍士官、劇団員の早大生と立場を全く異にする敷島四兄弟が、それぞれの運命に導かれ満州の地に集うとき……中国と朝鮮、そして世界を巻き込む謀略が動き出そうとしていた。相克する四つの視点がつむぎだす著者渾身の満州クロニクル、いよいよ開幕!

【2巻】『事変の夜―満州国演義2』2007年4月20日(415頁)※1巻と同時発売

【3巻】『群狼の舞―満州国演義3』2007年12月20日(420頁) 国家を創りあげるのは、男の最高の浪漫だ――昭和七年、ついに満州国建国。 国際世論を押し切り、新京を首都とする満州国が建国された。関東軍に反目しながらも国家建設にのめりこんでゆく太郎、腹心の部下だった少年と敵対する次郎、国のために殺した人間たちの亡霊に悩まされる三郎、ひとり満州の荒野を流浪する四郎……二十世紀最大の浪漫と添寝を始めた男たちの、熾烈な戦いは続く。白熱の第三巻。

【4巻】『炎の回廊―満州国演義4』2008年6月20日(462頁) 希望に満ちた未来は消え、恐怖と狂気が大地に滲む――帝国の終焉が始まる最新刊。 「増殖する反乱分子を防ぐ方法はただひとつ――“恐怖”しかない」。脅威を増す抗日連軍、二・二六事件に揺れる帝都、虎視眈々と利を狙う欧米諸国。夢と理想に隠されていた、満州の真の姿が明らかになる。混沌が加速するなか、別々の道を歩んだはずの敷島四兄弟の運命も重なり、そして捩れてゆく……怒濤の書き下ろし850枚!

【5巻】『灰塵の暦―満州国演義5』2009年1月30日(470頁) 「見たんですよ、この世の地獄を」日支全面戦争に突入! 戦火は上海、そして南京へ――。 満州事変から六年。理想を捨てた太郎は満州国国務院で地位を固め、皇国に忠誠を誓う三郎は待望の長男を得、記者となった四郎は初の戦場取材に臨む。そして、特務機関の下で働く次郎を悲劇が襲った――四兄弟が人生の岐路に立つとき、満州国の運命を大きく動かす事件が起こる。「南京大虐殺」の全容を描く最新刊。

【6巻】『大地の牙―満州国演義6』2011年4月28日(428頁) 国家に失望したとき、人々が縋ったものは――現在をも読み解く待望の最新刊! この国はもはや王道楽土ではなく、関東軍と日系官吏に蹂躙し尽くされた――昭和13年。形骸と化した理想郷では、誰もが何かを失っていく。ある者は志を、または情を、あるいは熱意を、そして反抗心を。虚無と栄華が入り混じる満州に、北の大国が襲い掛かる。未曾有のスケールで紡ぐ満州全史、「ノモンハン事件」を描く第6巻。

【7巻】『雷の波濤―満州国演義7』2012年6月22日(478頁) バルバロッサ作戦、始動――日本有史以来の難局を、いったい誰が乗り越えられるのか。 昭和十六年。ナチス・ドイツによるソビエト連邦奇襲攻撃作戦が実施された。ドイツに呼応して日米開戦に踏み切るか、南進論を中断させて開戦を回避するか……重要な岐路に立つ皇国を見守る敷島四兄弟がさらなる混沌に巻き込まれていくなか、ついにマレー半島のコタバルに戦火が起きる。「マレー進攻」に至る軌跡を描く待望の最新刊!

【8巻】『南冥の雫―満州国演義8』2013年12月20日(430頁) 追ってくるのは宿命か、自らの犯した罪の報いか――完結へのカウントダウン。 昭和十七年。南方作戦の勝利に沸く満州に、米軍による本土襲撃の一報がもたらされる。次々と反撃の牙を剥く大国、真実を隠蔽する大本営、無意味な派閥争いに夢中の司令官たち……敗戦の予感に人々が恐慌するなか、敷島次郎はあえて“死が約束された地”インパールへと向かう??唯一無二の満州クロニクル、いよいよ終焉へ。

 

【9巻】『残夢の骸―満州国演義9』2015年2月20日(476頁) 満州帝国が消えて70年――日本人が描いた“理想の国家”がよみがえる! 今こそ必読の満州全史。 権力、金銭、そして理想。かつて満州には、男たちの欲望のすべてがあった――。事変の夜から十四年が経ち、ついに大日本帝国はポツダム宣言を受諾する。己の無力さに打ちのめされながらも、それぞれの道を貫こうとあがく敷島兄弟の行く末は……敗戦後の満州を描くシリーズ最終巻、堂々完結。

 

▼田所敏夫(たどころ としお)兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ

◎廃炉は出来ない──東電廃炉責任者がNHKで語る現実を無視する「自粛」の狂気

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◎3.11以後の世界──日本で具現化された「ニュースピーク」の時代に抗す

内田樹×鈴木邦男『慨世(がいせい)の遠吠え 強い国になりたい症候群』大好評発売中!

 

 

内田樹×鈴木邦男『慨世の遠吠え』生対談がジュンク堂難波店で実現!

内田樹氏と鈴木邦男氏の対談がファン待望の中、実現し書籍となった。『慨世の遠吠え 強い国になりたい症候群』が鹿砦社から3月16日発売になり、それを記念してのトークショーが4月20日ジュンク堂難波店で行われた。

会場には立ち見が出るほどの盛況ぶりで内田、鈴木両氏の人気と同書への関心の高さが伺われた。

意外と言えば意外なのだが、両氏の対談は鹿砦社の福本氏が持ち掛けるまでどの出版社からもオファーが無かったという。

鈴木邦男氏と内田樹氏(2015年4月20日ジュンク堂難波店)

巻頭で鈴木氏が「これはもう、対談本ではない。『対談本』の概念・領域を超えている。これだけお互いの全存在を賭けて話し合い、闘った本は他にはないだろう」との告白で始まる同書は映画館や、会議室など幾度も場所をかえての対談が行われ、その真骨頂として鈴木氏が内田氏が師範を勤める道場に乗り込み合気道で闘う。

その貴重な「闘い」の場面を記録した写真も収められているので、両氏の愛読者には欠かすことのできない貴重な「対談本を超えた対談本」となろう。

◆武道家で読書家の二人が織りなす「しなやか」な言葉の織物

この様に紹介すると誤解されるおそれがあるが、本書の対談は「右・左」といった位相から語るのではなく、共に武道家でもあり驚異的な読書家で博覧強記のお二人が織りなす言葉の織物のように「しなやか」に進んでいく。ある種の芸術作品のようだ。

トークショーでは主として内田氏のパワーが炸裂していた。立て板に水の語り。しかも対談者は聞き出すことにかけても天才的な才能を持つ鈴木氏となれば、時間がいくらあっても足りない印象を受けた。

内田 樹 氏

戦国時代に日本人はかなり世界に広く出かけて行っていて、今で言うところの「グローバル」の先端を行っていたこと、源平の戦いは水を司る者と陸を司る者の闘いであったこと、水を司る勢力が権力を握った時代、日本は外国に開かれていた……。と興味を誘う話題は尽きない。

同書のエッセンスをお伝えすることは出来るにしても、やはり読者諸氏が実際に手に取ってお読みいただきたい。そして受動的な「読者」としてではなく、この「対談本を超えた対談本」への更なる知的格闘の参加者として挑まれれば「書籍」の域を超えた刺激が待っていることだろう。

 

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ

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出版界に春は来たらず──老舗文学賞も予算削減で軒並み廃止の「冬」続く

3月18日、午後5時半から光文文化財団が主宰する『第18回「日本ミステリー文学大賞・特別賞・新人賞」「鶴屋南北戯曲賞」贈呈式が東京・日比谷の帝国ホテルで開催された。この式典は、あいかわらず豪華で、作家、文芸評論家、編集者、装丁家、デザイナーや文芸雑誌関係者ら400人近くが会場に訪れた。

今年の日本ミステリー文学大賞に選ばれた船戸与一氏の歴史巨編『満州国演義』(新潮社全9巻)。執筆には10年の歳月を要し、第1巻『風の払暁』(2007年4月刊)に始まり、ついに今年2月刊行された第9巻『残夢の骸』(2015年2月刊)で完結

『日本ミステリー文学大賞』に輝いたのは、さまざまな外国に出かけ、辺境や少数民族、そして常に虐げられる弱者を力強い筆致で描く船戸与一氏、『日本ミステリー文学大賞特別賞』には2013年10月に急逝した連城三紀彦氏、『日本ミステリー文学大賞新人賞』には、『十二月八日の幻影』を書いた直原冬明氏が、そして優れた戯曲に送られる「鶴屋南北戯曲賞」には『跡跡』を書いた桑原裕子氏が選ばれた。どちらかといえばこの賞は、「大賞」は功労に対して贈られ、「新人大賞」には可能性に対して贈られる。大賞は佐野洋、笹沢佐保、森村誠一らの大御所が、新人賞は大石直紀や緒川怜など、後に活躍することになる新鋭が受賞してきた。

◆出版不況で軒並み廃止されていく文学賞

それぞれにめでたいことだが、このところの文学賞は出版不況のあおりを受けて「審査員を減らす」「下読みを減らす」「賞金を減らす」の三重苦時代に入っており、老舗の賞がつぎつぎと廃止されている。

たとえば、椋鳩十児童文学賞が2013年の第24回をもって廃止されることが決定、長い歴史があり、「角川三賞」と呼ばれた角川小説賞、日本ノンフィクション賞、野性時代新人文学賞も2010年に廃止となった。島清恋愛文学賞は2011年に廃止、黒川弘行を生んだサントリーミステリー大賞は、2003年にとっくに廃止されている。また、一説によると「大賞作品が売れなくなってきているので、江戸川乱歩賞も存続が危ぶまれている」(中堅作家)のだとか。

「日本ミステリー文学大賞」の受賞パーティの様子(帝国ホテル)

会場で配られた光文社の文芸雑誌「ジャーロ」春号をめくつていると『本格ミステリー新人発掘企画 「カッパ・ツー」!』の募集要項ページがあり、『応募するのに、ページの応募券が必要で、しかも先着20名しか応募を受け付けない』とある。

「これこそ、審査を最小の単位でやりたいという出版社の消極的態度の表れです。応募中が多ければ多いほど、秀逸な作品があるわけですから。まあ審査する出版側も金がないからでしょうね。下読みの人たちの人数も減らしているわけですが、人数は減っても読む応募作の分量は変わらないわけですからね」(日本推理作家協会員)

◆「作家を育てる」文学賞が「自費出版ビジネス」にシフトしかねない本末転倒

まずいな、と感じるのは、出版社たちの間で「文学賞にエントリーするのに手数料をとったらどうか」という議論がなされ始めた事実だ。その背景には、文学賞を(一義的には)募集しておいて落選者に対して「惜しい作品なので自費出版をしませんか」という『自費出版ビジネス』へとシフトしたい版元の意向が透けてみえる。

自費出版を批判したいわけではなく、文学賞が「作家を育てる」という観点から、「応募者の純粋な執筆欲を利益に変換する」ことにシフトしていくなら、もはや本末転倒である。

「作家を育てることができる編集者が減っている。作家を育てるはずの私塾は、森村誠一氏が主宰の『山村正夫記念小説講座』(略称 山村教室)やおびただしい数の作家を輩出している『若桜木虔小説教室』などが気を吐いているが、ほとんどの小説講座は金儲けのためにやっているだけで、育てようなどという気はさらさらない。はっきりいって文学というか小説は、もはや死んだも同然だね」(文芸雑誌編集者)

「賞には届かない」が、将来にブレイクしそうで、叩けば伸びる才能がある小説家を見つけたときの編集者の対応はこうだ。

まず、「次は賞がとれるように根回しするから」と言われて、小遣いを作家志望者に渡して抱え込み、個人的に「ほかでは書かないようにアドバイス」を重ねる。それで賞がとれないと「ごめん。でも次はきっと根回しをするから」と再び志望者を丸め込んで、ひたすら書かせていく。厚顔無恥とはこのことだ。
「そんなに抱え込みたいなら、毎月の生活費を払え、と言いたいですね」(中堅作家)

不景気なわりに、大手の作家の抱え込みかたはもはや尋常ではない。講談社は、大御所作家の宮部みゆきや京極夏彦などの人気作家に、毎年1月に「とりあえず、今年もよろしくという意味で(書くか書かないかわからないのに)前金を2000万円振り込みます」(事情通)という都市伝説がはびこるほど。

まあ、それは話として眉唾だが、銀座に行くと、いまだに大御所作家と編集者が数十万円を落としていった話をよく聞く。

先月も「文藝春秋ご用達の作家が300万円も銀座で落とした」と聞いた。文芸の編集者たちなど、まったくもって、金の使い道がわかっていない連中なのだ。

◆新たなプラットフォーム「E☆エブリスタ」の可能性

しかし希望もある。スマホ小説サイト「E☆エブリスタ」なるプラットフォームの登場だ。これは、携帯やスマートフォンから投稿できる新しいタイプの読み物だ。ここから「王様ゲーム」(金沢伸明)や「奴隷区」(岡田伸一)などのヒット作品が生まれた。また、文学賞を投稿する際「投稿フォームは、E☆エブリスタの形式で」などと応募要項が明記されている。

時代は大きくうねりあげて変わりつつある。もはや文学賞という概念は古いのかもしれない。その証拠に文学賞なんかとれなくても、「本屋大賞」をとった小説は「海賊と呼ばれた男」(百田尚樹)や、「村上海賊の娘」(和田竜)などはバカ売れしたし、「奴隷区」などは口込みで爆発的に広がったのだ。

いずれにせよ、文学賞はもう「権威」ではない。ただ、「商売の道具」ではなく、「レガシー」として残ることを願う。

▼ハイセーヤスダ(編集者&ライター)
テレビ製作会社、編集プロダクション、出版社勤務を経て、現在に至る。週刊誌のデータマン、コンテンツ制作、著述業、落語の原作、官能小説、AV寸評、広告製作とマルチに活躍。座右の銘は「思いたったが吉日」。格闘技通信ブログ「拳論!」の管理人。

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『噂の眞相』から『紙の爆弾』へと連なる反権力とスキャンダリズムの現在

本コラムをお読みいただいている皆さんには言うまでもないことだが、鹿砦社は月刊誌『紙の爆弾』を発行している。『紙の爆弾』は創刊直後の2005年7月に名誉棄損の咎で松岡社長が逮捕されるという前代未聞の「言論弾圧」を乗り越えてこの4月で創刊10周年を迎えることになる。

◆2004年に休刊した『噂の眞相』と2005年に創刊した『紙の爆弾』

『紙の爆弾』が産声を上げる一年ほど前まで、やはり「タブーなきスキャンダりズム」を標榜する『噂の眞相』という月刊誌があった。「ウワシン」と愛読者から呼ばれた『噂の眞相』は政治経済から芸能、風俗までを扱う反権力・反権威雑誌としての立ち位置を確立し、広告収入に頼らずに20万部の購読者を持つ雑誌だった。

編集長は岡留安則氏で彼の個性が強く反映された『噂の眞相』は黒字経営だったが「2000年に廃刊」を宣言していた。だが岡留氏の美学の実践ともいうべき「2000年黒字廃刊」は検察の弾圧の前に実現を阻まれる。後の『紙の爆弾』弾圧に範を示すように、岡留編集長と同誌編集者が「和久俊三・西川りゅうじん」への名誉棄損の刑事被告人とされ、起訴、有罪が確定する(松岡社長のように逮捕はなかったが)。そのため『噂の眞相』の「休刊」は最高裁判決を待ち2004年にずれ込む。とはいえ、2004年時点でも20万部を売り上げる月刊誌は『文芸春秋』をおいて他にはなく、各界から惜しまれながらの「黒字休刊」となった。

◆『噂の眞相』岡留編集長が「読んで欲しくない」と封印した対談本

『闘論・スキャンダリズムの眞相』2001年鹿砦社

「ウワシン」を襲った「和久・西川」事件が争われている最中2001年9月に『闘論・スキャンダリズムの眞相』と題した岡留氏と松岡氏の対談本が鹿砦社から出版されている。これがとてつもなく面白い。

「反権力スキャンダル」雑誌の編集長を自認していたはずの岡留氏が同書「はじめに」で腰を抜かしている。

「『してやられた!』というのが、率直な感想である。表紙のキャッチコピーには『これが究極の闘争白書だ?』とあり、『これが最強のタッグだ?』と続く。前者はともかく後者は『エッ!』と絶句してしまった。かねてより鹿砦社の芸能界暴露本シリーズと『噂の真相』の反権力・反権威スキャンダリズム路線は似て非なるものと考えてきたし、ジャーナリズムの志や指向性にいては天と地ほどの差があると認識してきた。それが『最強のタッグ』などと言われるのは実に心外である」

この原稿のゲラを読んで松岡社長は「フフフ」とほくそ笑んだことだろう。4頁にわたる岡留氏の「はじめに」は次のように結ばれる。

「正直言ってこの本は裁判官や検察官には読んで欲しくない。個人的には完全に封印したい本である。『噂眞』読者にもなるべく読んで欲しくないし、口コミで宣伝することは一切やらず、くれぐれも自分ひとりの密かな蔵書としておさめて欲しい。筆者にとってはブランキスト・松岡利康に挑発されて本音本心を吐露した生涯一度のハズカシイ本だからである」

「読んで欲しくない」と絶叫する巻頭言など読んだ記憶がない。それほどに松岡社長の「岡留籠絡作戦」は完全に成功を収めていたというだ。

もっとも本書の中で岡留氏から繰り返し松岡社長の「イケイケ」振りに注意が促されたにもかかわらず、前述の通り『紙の爆弾』創刊直後に逮捕までされるという前代未聞の苦難に直面することになったのだから、岡留氏の「指導」は命中していたということにはなる。

さて、『噂の眞相』なきあと読者は放り出された形になった。読者として接する限り、創刊当初から『紙の爆弾』は『噂の眞相』の意思を引き継ぐ、という心意気が伺えた。が、正直実力的にはかなりの差があるように感じた。

◆惨憺たる時代の中で「タブーなきメディア」を貫くこと

それから10年余りが過ぎた。週刊誌の凋落ぶりは目を覆うばかりだ。ごくまれに政治家のスキャンダルをネタにすることはあってもそれに腰を据えて権力を撃とうという姿勢はない。固い姿勢を維持しているのは『週刊金曜日』くらいだろうか。月刊誌に至ってはもう右翼の宴会議事録か、ヒステリックな排外主義だけがモチーフの雑誌しかない。

『紙の爆弾」は検察による社長逮捕という弾圧を乗り越え、じわじわと実力を高めてきた。『噂の眞相』は次期検事総長確実と見られた「則貞衛」の首を飛ばしたり、元首相森喜朗の学生時代の売春防止法違反による逮捕を実質的に暴いたりと、華々しいスクープも数々モノにしてきた。

『紙の爆弾』には検察や国家権力に対する十分な反撃理由がある。販売部数はまだまだ『噂の眞相』には及ばないが読者層は確実に広がっている。当然だろう。だって読むに値する月刊誌がないのだ。それに販売部数以上に『紙の爆弾』の存在感が増してきていることには言及しておかなければならないだろう。

これまた、社長のキャラクターによるところであろうが、多彩な講師を招いての「西宮ゼミ」は毎回盛況ながら営業的には赤字のはずだ。イベントを後援したり、昨年にはコンサートを主催したり、地道ながら出版業にとどまらない活動に鹿砦社はウイングを広げている。

◆「石原慎太郎は必要悪」と漏らしてしまった岡留編集長の脇の甘さ

実はその際にぜひ「他山の石」として頂きたい岡留氏の脇の甘さを他ならぬ『闘論・スキャンダリズムの眞相』の中に発見した。第5章「御用文化人の仮面を剥ぐ」の中で岡留氏は以下のように発言している。

「青島幸男なんか、結局何もできなかった。石原慎太郎は嫌いなんだけど、慎太郎の手法はある種必要悪の部分もあると思う。あのくらいやんなきゃ官僚政治は変わらない。県議会、都議をうまく操るくらいしたたかにやらないとね」

この部分、岡留氏にしては珍しく取り返しのつかない過ちを犯している。

石原慎太郎が嫌い、まではよしとしても「慎太郎の手法はある種必要悪の部分もあると思う。あのくらいやんなきゃ官僚政治は変わらない。県議会、都議をうまく操るくらいしたたかにやらないとね」は今日的ファシズム土台作り猛進してきたファシスト=石原への賛意に他ならない。岡留氏にしてこのような初歩的な危機意識の欠如に陥れた「時代」を無視してはいけないのかもしれないが、まかり間違っても私は同意しない。「青島幸男なんか、何もしなかった」のは事実にしても悪政の限りを働いた石原に比べれば、何もしない青島の方が数倍ましだったと私は考える。今岡留氏に当該部分を見せて意見を聞けば彼は撤回するのではないだろうか(それとも沖縄で綺麗なねーちゃんに囲まれた暮らしが気に入り、「そんなことはどーでもいい」と一蹴されるか)。それほどの地雷源が言論の世界だということをこの「岡留の石原部分肯定発言」は雄弁に語っている。

10年ひと昔というが、『闘論・スキャンダリズムの眞相』を手にすると時代の速度が加速しているのではないかと感じるとともに、その間の読者諸氏個々の変化にも思いが至ることだろう。今日の言論の惨憺たる状況を理解する「教養書」としても是非ご一読をお勧めする。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ

◎恣意的に「危機」を煽る日本政府のご都合主義は在特会とよく似ている
◎橋下の手下=中原徹大阪府教育長のパワハラ騒動から関西ファシズムを撃て!
◎「福島の叫び」を要とした百家争鳴を!『NO NUKES Voice』第3号発売!
◎秘密保護法紛いの就業規則改定で社員に「言論封殺」を強いる岩波書店の錯乱

4月7日発売の『紙の爆弾』は特別付録付きの創刊10周年号!
4月7日発売の『紙の爆弾』は特別付録付きの創刊10周年号!

 

「書籍のPDF化」を拒み、本作りを殺す──経産省の「電子書籍化」国策利権

3月17日、装丁家でイラストレーターの桂川潤氏のトークライブ『改正著作権法施行!「製作」から考える「本はモノである」ということ』(池袋ジュンク堂書店池袋本店4Fカフェ)に行ってみた。

僕の中では、この時点では、桂川氏は「電子書籍をPDFにせよと主張しているデザイナー」という認識しかない。だが桂川氏は「一流の中でも一流」の装丁家・イラストレーターであり、業界では、誰もが一目置いている「雲の上の人」である。くわえて、電子書籍市場が1000億円を突破した。紙の書籍が8000億円市場だから、電子書籍がじわじわと売り上げを伸ばしている。計算すると、もうあと20年以内には、紙と電子書籍のシェアは逆転するとも言われている。ただし、電子書籍市場を支えているのは、コミックだ。

◆『大辞林』でさえ定義できていない「本」とは何か?

さて、「本が電子書籍になる」ということは、簡単にいえば「装丁の仕事がなくなる」ことを意味する。そうして仕事を失いつつある立場の桂川氏がどんな見解で発言するのか、興味があった。冒頭でつかみのトークとして、桂川氏はこんな話をした。

「本というものは、定義されていないのです。たとえば、『大辞林』を引いてみると「本」→「書籍」→「図書」→「本」と堂々巡りになっている。まさに、天下の『大辞林』でさえ定義できないのです」

桂川氏の奥方によると「カレーのルー」ですら、箱に入っているのだから、あれも『本』だという。だが、僕自身は「本」といえば、付録でバッグがついていようが、DVDがついていようが、カレンダー形式であろうが、巻物であろうが、やはり「文字の集積」だ。

『トークライブ』は、彩流社の編集担当、河野和憲氏や、日本出版者協議会の人が桂川氏のコメントを補強する形で進行した。

「平成27年1月1日から施行された著作権法の一部改正で、これまでは、中小の版元がヒットを生み出しても、文庫化するにあたり、作家が著作を大手にもっていってしまい、泣き寝入りするしかなかったのですが、今度からは、二次著作物は、版元も権利を主張できるようになったのです」と、日本出版者協議会のスタッフが声高に叫んだ。これは、大きなことだと思う。どんなに力を入れて作家を育てても、中小の出版社たちは、作家が大手にコンテンツを移動するのを、指をくわえて見ているしかない、そんな痛い過去があったからだ。

桂川氏は、参加者に「私はデザイナーですが、デザイナーの仕事がなくなると思いますが」と質問されると「そうなのです。私たちの仕事がなくなる」と桂川氏が泣きを入れるかと思いきや、実にいさぎよく、「私たちの仕事がなくなるのなら、それはそれでしょうがない。だが、デザインソフトのインデザインが出始めた当初は、書体が2種類しかなく、かえってそのことが『未来』を感じさせた。案の定、インデザインによるDTPが主流になり、写植屋は5年かけて消えていきました。電子書籍はもう少し、長く時間をかけて浸透させるでしょう。電子書籍も制約があるぶん、おもしろいと思うのです」と言う。

「本はモノである」「誰も言わないなら私が(本はモノであると)言う」と力説しつつ「電子書籍もおもしろい」と断定する。ここに、クリエイターとしての器の大きさがある。要するに桂川氏は「変化」を楽しんでいるのだ。

◆「まずデバイスありき」にこだわる経産省「コンテンツ緊急電子化事業」の利権性

桂川氏は、経済産業省の「コンテンツ緊急電子化事業」(以下、緊デジ)について、「新文化」に寄稿し、警鐘をこう鳴らしている。

『「被災地域の知へのアクセスの向上」をうたい、〝国策〟としてスタートした緊デジは、発足から半年経っても、満足に機能していない。あまつさえ、フォーマットや、デバイス(読書端末)からして定かではない。その結果、被災地・南三陸町の『知性』が『知へのアクセス』の蚊帳の外に置かれる現状がある。

疑問は、それだけではない。特定のデバイスに向けた電子書籍が、他のデバイスに向けた電子書籍が、他のデバイスやパソコン上で閲覧できないことはわかりきっているのに、なぜか『緊デジ』は、PDFを電子書籍フォーマットに加えることを渋り続けてきた。費用も手間もかからず、個人レベルで製作できる「PDFによる電子書籍化」では、なぜダメなのだろう。

PDFなら、パソコンから各種デバイス、スマートフォンまで、ほぼすべての端末で表示できる。また、リフロー型電子書籍(端末に合わせてテクストを再流し込みする主流方式)では不可能な、ノンブル(ページ番号)によるテクストの参照・引証が、書籍版/電子版を問わず可能だ。「まずはともかく具体的なモデルを」と考えた私は、自らの著作物?写真集と、単行本『本は物(モノ)である』を素材に、試作を開始した。(中略)PDFによる電子化は、書物の「乾物(ひもの)」に例えられよう。乾物はシンプルな製造工程ながら、保存がきき携行にも便利だ。そのまま食べてもいいし元の食材にも戻せる。乾アワビやナマコのように、元の食材以上の『旨味』を引き出すこともできる。一方、リフロー型電子書籍は、「食材のサプリメント化」だ。販売社は「栄養化は同じ」だというだろうが、製造に手間がかかるわりに味気なく、元の食材にも戻せない。同様に、ノンブルとページ概念を失ったタグ付きテクストは、紙の本には戻せない。PDFの何よりの強みは、印刷すればいつでも紙の本に戻せることだ。「紙の本と電子書籍の共存」を今こそ本気で考えるなら、PDFこそ、最良の選択肢といえよう。(出版業界専門紙「新文化」2012年11月29日付[第2961号]記事)

2009年に、中堅作家の小説を『文庫ビューア?』で読んで以来、久しぶりに電子書籍で読んだが、確かに、「E-PUB」などリフロー型の電子書籍では、ノンブルがなく、違和感を感じる。対して、PDFは、紙の本のテイストに近い。文字を大きくしたりもできるので、使いやすいと言える。「古い世代にやさしい」のだ。

◆経産省が復興予算10億円を計上し、約6万5千冊の書籍をむやみに電子化

「電子書籍を作るのに『PDFのほかのフォーマットとなる』ことは、本を作る協力者をないがしろにしているのと同じ意味です」

話を「すべった国策としての電子書籍事業」に戻すと、もともと禁デジの意義は、「3.11からの復興事業」だった。

「ところが、出版社には金が落ちない仕組みなので、あまり、人気のないコンテンツも大量にこの事業に提供されたのです」(経済産業省関係者)

事業は出版社が書籍を電子化する際、費用の半分(東北の出版社は3分の2)を国が補助する。総事業費は20億円で、うち10億円は経済産業省が復興予算として計上。約6万5千冊の書籍を電子化した。

この事業を受託した団体の日本出版インフラセンター(JPO、東京)は、たとえば昨年の6月20日に、内容に問題のある本が含まれていたとして、相当する補助金を返納すると発表した。

事業をめぐっては、東北の情報発信を目的に掲げながら、電子化された東北関連の書籍は全体の3.5%の2287冊にすぎず、成人向け書籍やグラビア写真集など100冊以上が補助対象に含まれていたことが明らかになっている。

「出版社が、適当に自社の書籍リストを出し、真剣に震災からの復興を考えてない証拠です。くわえて、電子書籍がPDF化されないのは、そうするとデザイナーや印刷屋にも著作隣接権が派生して、ギャラを払わざるを得なくなるから。つまり、電子書籍が、『PDFのほかのフォーマットとなる』ことは、本を作る協力者をないがしろにしているのと同じ意味です」(出版社幹部)

悲しいかな、本作りを助けるデザイナーや印刷屋、校正スタッフ、装丁家など「著作隣接権」のある人たちは、電子書籍市場にとって「邪魔」な存在のようだ。

▼ハイセーヤスダ(編集者&ライター)

テレビ製作会社、編集プロダクション、出版社勤務を経て、現在に至る。週刊誌のデータマン、コンテンツ制作、著述業、落語の原作、官能小説、AV寸評、広告製作とマルチに活躍。座右の銘は「思いたったが吉日」。格闘技通信ブログ「拳論!」の管理人。

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