内戦続く南スーダンに自衛隊をPKO派兵する安倍と稲田の悪魔のような真意

ANN2016年10月9日

綿密に注意深く、原則的な悪事は企図され、真意とは全く異なる言辞を纏いながら5年、10年と時間をかけひたむきな準備が進められる。いかなるステップも当初は踏み外されてはならない。まだ、周りには「目」があったのだ。連中がどのように美辞麗句でその一歩を称賛し、また国際社会の一部にも同意を求める働きかけをしても、揚げ足を取られればその野望が水泡に帰す可能性だって無くはなかった。「目」はたしかに奴らの魂胆を見抜き、最大級の注意で凝視していた。

ANN2016年10月9日

◆はじまりの1992年カンボジアPKO

私が今話題にしようとしているのは自衛隊によるPKO活動だ。1992年カンボジアに送られたPKO自衛隊部隊は「日本軍が第二次世界大戦以降、武器を携行して初めて他国に足を踏み入れる」ことに対して、相当の注意と批判を覚悟していた。この場合の「注意」とはカンボジア現地で自衛隊の犠牲者を出さないことと、自衛隊による発砲により、現地での被害者を出さないことだ。もっとも私は憲法を読む限り「PKO」(平和維持活動)などという欺瞞に満ちた名前であれ「海外派兵」が認められる余地など全くないと考え、さらにPKOは本格的軍事行動解禁への一里塚と感じていたから、絶対反対の立場だった。

ANN2016年10月9日

カンボジアでPKO活動を行った自衛隊は小火器(拳銃、小銃)だけを携行し、当然のことながら「戦闘」を前提とした作戦や計画は公的には準備されていなかった。ポルポト政権下でクメールルージュが虐殺を行い収拾がつかないアジアの国、カンボジア。そのイメージが自衛隊の初「PKO」を可能ならしめた理由のひとつにはあろう。確かにカンボジア内戦は混乱を極めた。ポルポト派、シアヌーク派、ヘンサムリン派などが、時に米国、時に中国、ソ連といった大国を後ろ盾にし、隣国ベトナムでの戦争の余波もあり混乱が繰り広げられた。

ANN2016年10月9日

◆南スーダンを知らない私たち

と、カンボジアの混乱とその大雑把な衝突勢力、背後関係については、曖昧ながら語ることが出来るけれども、例えばボスニア紛争や、南スーダンの内戦、あるいはイエメン内戦の理由と勢力構成を簡略にでも説明できる人はどのくらいいるだろうか。シハヌーク殿下と言えばなんとなく顔が浮かび、ポルポト派と聞けば「虐殺」のイメージが定着してはいる。

他方どうして今、南スーダンで内戦が起こっているのか、南スーダンはいつ、どうしてスーダンから独立したのか、その背後で操る大国がどこで、どのような権益をめぐって争いが起きているのか。それらを熟知している人が一体どれほどこの国にいるだろうか。

知られていない。私だって自信をもってとても語ることはできない。地理的にも情報量も「遠い国」南スーダン。だから自衛隊の初めての「戦闘の地」となる可能性の場所として敢えて「南スーダン」は選ばれたのではないかと私は訝る。


◎[参考動画]「駆けつけ警護」判断へ 稲田大臣が南スーダン訪問(ANNnews2016年10月9日)

◆「駆けつけ警護」と「PKO参加5原則」の明らかな齟齬

ANN2016年10月24日

「駆けつけ警護」が間もなく閣議決定されるという。「駆けつけ警護」とは一体どのような行動を指すのであろうか。

防衛白書は、
いわゆる「駆け付け警護」は、PKOの文民職員やPKOに関わるNGO等が暴徒や難民に取り囲まれるといった危険が生じている状況等において、施設整備等を行う自衛隊の部隊が、現地の治安当局や国連PKO歩兵部隊等よりも現場近くに所在している場合などに、安全を確保しつつ対応できる範囲内で、緊急の要請に応じて応急的、一時的に警護するものです。

いわゆる「駆け付け警護」の実施にあたっては、参加5原則が満たされており、かつ、派遣先国及び紛争当事者の受入れ同意が、国連の活動及びわが国の業務が行われる期間を通じて安定的に維持されると認められることを前提に、「駆け付け警護」を行うことができることとしました。

これらが満たされていれば、「国家」又は「国家に準ずる組織」が敵対するものとして登場することはないので、仮に武器使用を行ったとしても、憲法で禁じられた「武力の行使」にはあたらず、憲法違反となることはありません。
http://www.mod.go.jp/j/publication/wp/wp2016/html/nc018000.html

と解説している。

ANN2016年10月24日

しかしこの防衛白書は昨年成立した「戦争推進法案」(正式には安保法制と呼ぶらしい)に立脚したものではない。ここで重要なポイントは「参加5原則が満たされており」の5原則である。外務省によると5原則とは、

1)紛争当事者の間で停戦合意が成立していること
2)当該平和維持隊が活動する地域の属する国を含む紛争当事者が当該平和維持隊の活動及び当該平和維持隊へのわが国の参加に同意していること。
3)当該平和維持隊が特定の紛争当事者に偏ることなく、中立的立場を厳守すること。
4)上記の基本方針のいずれかが満たされない状況が生じた場合には、我が国から参加した部隊は、撤収することが出来ること。
5)武器の使用は、要員の生命等の防護のために必要な最小限のものに限られること。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/pko/q_a.html#05

と定義されている。

◆「紛争当事者の間で停戦合意が成立」していない南スーダン

ANN2016年10月24日

では南スーダンでは「紛争当事者の間で停戦合意が成立」しているであろうか。してはない。戦闘は続いている。2014年に一旦政府と反政府勢力の間で停戦合意がなされたが、その後停戦合意は崩れ、首都ジェバでは今年夏からだけで300人以上が死亡している(正式な犠牲者数は不明だが戦闘が継続していることは国際的に了解されている状態だ)。

さらに7月11日~12日にかけては、すでに派遣されている自衛隊の宿営地から100mの至近距離で戦闘が行われ、自衛隊は防弾チョッキ、ヘルメットを装着し、身を低く構えていたという。岡部俊哉陸上幕僚長は7月21日の会見で、「宿営地近くでの発砲にともなう流れ弾が上空を通過しているという報告は受けていた。弾頭は日本隊を狙って撃たれたものではないとみている」と「実戦」が行われていたことを認めている。

◆7時間の南スーダン滞在で稲田防衛大臣が掌握した実情とは?

ANN2016年10月24日

稲田防衛大臣は10月8日に7時間だけ南スーダンを訪問し、「(治安が)落ち着いていることを見ることができ、関係者からもそういう風に聞くことができた。持ち帰って政府全体で議論したい」と述べている。わずか7時間の滞在で実情が掌握できるものであろうか。(治安)が落ち着いているというのであれば、南スーダンの政府関係者や、各国のNGOなどと今後の対策について、せめて意見交換くらいはしないものだろうか。

ANN2016年10月24日

私の想像だが、南スーダンの治安状況を鑑みれば「7時間以上の滞在は危険」と防衛省、もしくは政府が判断したのだろう。また、あきれたことに11日参議院の予算委員会で民進党の大野元裕議員の「戦闘ではなかったのか」との質問に稲田は「戦闘行為とは、国際的な武力紛争の一環として行われる人を殺傷しまたは物を破壊する行為」とした上で、南スーダンの事例は「こういった意味における戦闘行為ではない。衝突であると認識している」と答弁している。

稲田のこの答弁は注意深く記録され、記憶されなければならない。純粋な言葉の意味において稲田の「戦闘」の乱暴な「言葉の定義変え」は犯罪的である。どの辞書を開いたら「戦闘」の定義を「国際紛争」を前提としてのみ限定しているというのだ。国内における「戦闘」(内戦)は稲田の定義によれば、「戦闘」ではなく、すべからく「衝突」ということになる。内戦はすべて衝突?そんな馬鹿な解釈があるか。


◎[参考動画]稲田防衛大臣、「駆けつけ警護」訓練を視察(ANNnews2016年10月24日)

◆戦闘が継続している南スーダンに自衛隊を「派兵」させるという実績

要するに岡部俊哉陸上幕僚長が7月21日の会見で述べた通り、戦闘は継続している。したがってPKO5原則に照らせば自衛隊の派遣は出来ない。しかし、政権は是が非でも「駆けつけ警護」を伴った自衛隊の「派兵」実績を作りたい。どうするか。言葉の定義を曲げてしまうのだ。現状認識の議論では太刀打ちできない。屁理屈で「治安は安定している」と言い張ったところで、奴らも戦闘が継続していることはわかっている。そこで「言葉の定義変え」だ。近年政権の得意とする常套手段だ。

現状が法制や憲法に合致せずとも政策を通したい。その際法律に従うのではなく、言葉の意味を変えてしまうのだ。そうまでして奴らは何を目指しているのか。日本から距離と情報量の少ない南スーダンで。奴らは自衛隊の犠牲者が出ることをまさか期待をしてはいまいな。「国際社会のために、日本の名誉を守り平和に貢献した尊い犠牲」とか「この卑怯な暴力にひるむことなく、日本は引き続き国際社会で責任ある態度を断固として取り続けてゆく、そのためには憲法についての議論も深めなければならない。国民の皆さんの真剣な議論を期待する」などといった、予定稿が安倍の上着の内ポケットには準備されてはいまいか(錯覚か)。

奴らの策謀の本質を射抜く「目」の力が弱い。「目」はどこに行った(本当はどこに行ったのか私は何となく心当たりがあるけれど)。「目」を取り戻せ!

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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捜査難航の横浜・大口病院「点滴殺人事件」は本当に殺人事件なのか?

横浜市の大口病院で点滴を受けた高齢の男性入院患者2人が相次いで死亡した「点滴殺人事件」は、表面化してから1カ月以上過ぎても容疑者が捕まらない。テレビや新聞では、警察の捜査が難航している様子が伝えられているが、もうそろそろ、こんな疑問が指摘されてもいい頃だろう。この事件はそもそも、本当に殺人事件なのだろうか――。

事件の舞台となった大口病院(横浜市)

◆思い出される「あの事件」

報道によると、大口病院で点滴を受けて亡くなった2人の入院患者、西川惣藏さん(88)と八巻信雄さん(88)の体内からはいずれも医療用消毒液「ヂアミトール」に含まれる界面活性剤の成分が検出されたという。神奈川県警は何者かが注射器を使って点滴にヂアミトールを混入し、2人を中毒死させたと殺人事件とみて、捜査を展開しているとのことである。

しかし、物証は乏しく、捜査は難航。さらに事件後、ナースステーションにあった約10個の未使用点滴袋のゴム栓部分にも針で刺したような小さな穴があいていることがわかり、そのうちのいくつかからは消毒液の成分が検出され、無差別に患者を狙った犯行である可能性も浮上。そのため、動機から犯人を絞り込むこともできないでいる――。

とまあ、報道されている捜査状況を見る限り、容疑者が検挙されそうな雰囲気はまったく感じられないが、こうした情報から、私の脳裏には、かつて日本全国を騒がせた「あの事件」が蘇ってきた。1998年7月に起きた和歌山カレー事件である。

◆1998年の過ち

夏祭りのカレーに何者かがヒ素を混入し、それを食べた60人以上がヒ素中毒に罹患、うち4人が死亡した和歌山カレー事件では、当初、和歌山県警科捜研がカレーに混入された毒物を青酸化合物と誤認。これにより、無差別の大量毒殺事件という見立てで大々的に報じられ、のちに原因毒物が青酸化合物ではなく、ヒ素だったと判明しても、マスコミはその見立てを改めなかった。

そして事件発生の1カ月後、現場近くに住んでいた主婦の林眞須美(55)が事件前にヒ素を使って保険金詐欺を繰り返していた疑惑が浮上すると、マスコミは一斉に犯人と決めつけた報道を展開。結果、眞須美は無実を訴えながら死刑判決を受けたが、動機は未解明のままで、やがて冤罪疑惑が持ち上がる。そうなってからようやく、毒物に関する知識のない人間には「白い粉」にしか見えないヒ素ならば、犯人は殺害目的ではなく、「いたずら」や「いやがらせ」でカレーに混入した可能性もあるのでは・・・という疑問が指摘されるようになった。

「点滴殺人事件」とか「入院患者連続殺人事件」などと報道されている大口病院事件で、同じ過ちが繰り返されている恐れはないだろうか。

◆「傷害致死事件」の可能性

実際、大口病院事件の捜査が難航する中では、「過去にヂアミトールが人体に注入されたケースは少なく、どの程度の量を投与すると死に至るのか明らかではない」(毎日新聞ホームページ10月23日配信記事)などという報道も出始めた。それはつまり、他ならぬ犯人もヂアミトールを点滴に混入することにより、患者が死ぬとは思いもよらなかった可能性もあるということだ。本当にそうならば殺意は認定できないので、この事件は殺人事件ではなく、傷害致死事件ということになり、想定される犯人像も当然変わってくる。

もちろん、神奈川県警はそういう可能性も踏まえて、捜査を展開しているだろう。しかし、テレビや新聞の報道で「殺人事件」と決めつけられている状態と、「本当に殺人事件なのか」という疑問も提示されている状態では、警察のもとに集まる情報も違ってくる。捜査の難航が続く中、この事件を「殺人事件」と決めつけるのは、そろそろやめたほうがいいのではないか。

大口病院の正面入口の貼り紙。外来診療は現在、すべて休診中

▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。

 「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)
 タブーなきスキャンダル・マガジン『紙の爆弾』!

任期延長をめぐる安倍晋三と朴槿恵の相違 2021年9月まで安倍政権の悪夢

安倍晋三と朴槿恵。この二人には共通点が多い。最大の相似要素は、ご存知のとおり世襲政治家の末裔であることだ。

安倍は農林大臣などを歴任した安倍晋太郎の息子にして、元首相岸信介の孫にあたる。
朴槿恵は元大領領、朴正煕の娘である。軍事独裁政権で民主運動家を散々弾圧したのが朴正煕であった。

両国の歴史上、朴正煕も岸信介も国民から、決して評価の高い最高権力者ではない。しかし残念かつ不幸なことに、両国は「決して評価の高くない」最高権力者よりも、さらに悪質で劣化の激しいその末裔に、再び大統領、首相の地位を与えてしまっている。

◆朴槿恵は自身の能力不足を露骨に口にしながら任期延長を主張

毎日新聞2016年10月26日
朝日新聞2016年10月24日

そして密儀でも交わしたようにこの二人は最高権力者としての任期延長を主張し始めた。

韓国の大統領任期は韓国憲法により、1期5年までで再選は認められていない。朴槿恵は10月24日「1987年に改正された現行憲法について、「韓国政治は大統領選を実施した翌日から再び次期大統領選が始まる政治体制によって、極端な政争と対決構図が日常になってしまった」と指摘。「(任期5年1期という)大統領単任制で政策の連続性が失われ、持続可能な国政課題の推進と結実が難しく、対外的に一貫した外交政策をとることも困難が大きい」と語った。 ※朝日新聞2016年10月24日 

歴代韓国の大統領で、任期半ばにここまで露骨に自身の能力不足を口にした人物は数少ない。

「大統領選を実施した翌日から再び次期大統領選が始まる政治体制」とはよく言い切ったものである。すべての政治活動は権力闘争の一端だ。しかしその中で最も強い権力を手中に収めている人物が、かような発言を行うのは、韓国の憲法が定める規定に問題があるのではなく、朴槿恵自身の政権運営能力が欠如していることを自白しているに過ぎない。

◆来年3月の党大会で党則改正を正式決定する安倍自民

2014年自民党広報
2012年自民党広報

他方、日本の憲法に首相の任期規定はないが、実質的には衆議院議員の投票により選出されるのが首相であるから、現在の議席数を鑑みれば、残念ながら自民党の総裁任期=首相任期ということになる(勿論政権交代の可能性や自民党分裂の可能性がないわけではないが)。現在自民党の総裁任期は党の規定により「2期6年」(1期3年)と定められているが、8月に安倍はそれを「延長したい」と言い始めた。

当初は党内からも異論があった。岸田外相や石破茂らが疑問や異議を唱えていたが、ついに自民党は10月26日、総裁任期について議論する「党・政治制度改革実行本部」の総会を開き、本部長の高村正彦副総裁が示した現行任期の「連続2期6年」を「連続3期9年」に延長する案を了承した。近く総務会にはかり、来年3月の党大会で党則改正を正式決定する、と発表した。 ※毎日新聞2016年10月26日 

◆状況が大きく異なる日韓首脳「任期延長」
──2021年9月まで安倍政権という日本の悪夢

2015年自民党広報

もっとも二人の目指すもの、「任期延長」は同じでも、その足元の状態は大きく異なる。目出度くも日本は大マスコミが政権批判を行わないので、「暴政の牽引車」安倍の支持率が5割以上もあるけれども、朴槿恵の支持率は10月28日現在18%だ。

相次ぐスキャンダル報道により、国民がその実情を知り得るという点で、日本のマスコミは残念ながら韓国の政権批判機能よりも格段に退行している。朴槿恵が浴びせられるスキャンダルやスクープの数に比すれば、安倍に対しての国内報道機関の批判はなんとか弱く、腰が引けていることであろうか。

そして、朴槿恵の思惑は恐らくは成就しないが、安部の模索する自民党総裁の任期延長は実現するだろう。

仮に安倍がこのまま3期目を全うすればその任期は2021年9月までとなる。悪い冗談、いや悪夢はたいがいにしてくれ。

韓国も日本も少子高齢化、経済状態・財政赤字の悪化、資本の寡占化という同様の問題を擁している。経済規模や人口は日本と異なるけれども中国、朝鮮との関係などより深刻な問題に直面する韓国にはそれでも、大きな変化を望む声が日本よりは大きくある。

2016年自民党広報

大学では学生がストライキに立ち上がり、労組が大規模なゼネストを打ったりしている(こういったニュースも日本ではほぼ報じられない。したがって日本にいるとよほど意欲がなければ隣国の実情もマスコミから知ることはできない)。

18%の支持率という死に体大統領と、是が非でも東京オリンピックを首相で迎えたい、改憲主義、好戦主義首相。不幸な時代には頭脳の貧しい指導者が似つかわしいのか。それとも最悪の時代を迎えるにあたって、この二人を最高権力者の座に導いた有権者こそが指弾されるべきなのであろうか。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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元憂歌団・内田勘太郎さんと会った夜に届いた新潟県知事選「一陣の風」

10月16日、大阪は夏の暑さが戻ったようだった。最高気温は28度。

「僕みたいな市井の人間が難しいことは解らないけど」と何度も、何度も繰り返し断った上で、内田さんは「何となく感じる気持ち悪さ」、「普通に話せるはずなのに、そうはいっていない」状況への違和感を終始紳士的に語って下さった。

内田勘太郎さん(2016年10月16日大阪にて)

◆屈指のギタリスト内田勘太郎さんと大阪で会う

内田さんとは、憂歌団のギタリスト内田勘太郎さんのことだ。次回発行『NO NUKES voice』10号のインタビューに10月16日大阪市内で応じて頂けた。憂歌団を知っている若者は少ないかも知れないが、70年代から80年代関西で(いや関西だけでなく、全国で)音楽を聴いていた人ならば知らない人はいないだろう。内田さんは世界にも名を知られたギターリストだ。

これが日本の、しかも高校を出たばかりの若者が作った曲か、と仰天半分で彼らの楽曲を聞いた記憶がある。憂歌団の楽曲は40代、いや50代くらいの齢を重ねていなければ奏でるのが不相応にも思える、ある種「老成」したかに聞こえるブルースの珠玉の数々だ。でも私より年上の彼らが実際に、楽曲を織りなし、カルピスの瓶をはめた内田さんの左手はギターが、「こうも語るんだよ」と言わんばかりに独自の味わいを70年代から奏でていた。私は観客席から内田さんの演奏を何度も聴いたことがあるけれども、直接まとまった時間お話を伺うことができる機会が訪れるとは、幸運も極まれりである。

内田さんは1995年から沖縄に住んでいる。2011年3月、初めてのお子さんをもうけた。だから「2011年3月は大変な月だった」と語っていた。いつも頭の中で幾通りもの位相が織りなされて、片意地を張るわけではないけれどもモノを深く考えている人、優しい人だなあと感じた。

10月2日熊本で行われた『琉球の風』に常連ミュージシャンとして参加していた内田さんが、打ち上げの席で(酔った勢いのためか)、「『NO NUKES voice』いいですね。何でも協力しますよ!」と鹿砦社社長、松岡に声をかけて頂いたのをきっかけにこの日インタビューは実現した。詳しい内容は『NO NUKES voice』次号でお伝えする予定なので乞うご期待!


◎[参考動画]内田勘太郎「一陣の風」(2014年「DES’E MY BLUES」より)内田勘太郎さんオフィシャルサイト 

米山隆一=次期新潟県知事(NHK2016年10月16日付記事)

◆同じ日の夜、新潟県知事選で米山隆一氏当選という「一陣の風」

内田さんのインタビューを終えて帰宅後、夜は新潟県知事選の開票が気になっていた。国政選挙や知事選でも最近大手マスコミや、通信社の事前予測は与党候補有利の報道が当たり前のようになり、信用できない。また投票行動にもその影響は及んでいるだろう。しかし、新潟は先の参議院選挙で1人区ながら、野党統一候補の森裕子がギリギリ当選している。

米山隆一さん公式ブログより

保守大国、なぜか最近ちょっとした「田中角栄回顧ブーム」もあり、選挙の行方は自公が推す森民夫が有利に思われた。ところがパソコンの画面を眺めていると、予想外に早く米山隆一に「当確」が出た。

現職泉田知事は原発に関して、全国の知事の中で最も明確に「再稼働反対」を打ち出し、それが理由で元々自民党の一部も推していたのにもかかわらず、地元経済界や議会から大いに足を引っ張られていた。足を引っ張られていたなどという表現では軽すぎるだろう。「私は絶対に自殺はしませんから、遺書が残っていても自殺ではないから必ず調べてださい」とまで発言していた。

米山隆一さん公式ブログより

5月、別件の取材で新潟に出向いたとき、泉田知事はほかの地域から評価されているのと真反対に、地元では相当な窮地に追い込まれていることを人々から聞かされていた。地元紙、「新潟日報」の泉田氏攻撃が殊に激烈だと聞いた。だから泉田氏が「出馬をしない」と表明した時にも「ああ、そこまでシビアだったんだ」と残念ながらもその理由の一端は理解できた。

一方、米山候補は出馬への準備時間も短く、繰り返すがイメージとしては「保守大国」新潟でどこまで戦えるのか、当選は厳しいのではないか、と危惧していた。しかし、米山候補は「原発再稼働を止める」ことを公約とし、新潟県内に留まらず、全国の反原発陣営の応援も取り付けた。

米山隆一さん公式ブログより

反自公統一候補であると同時に「反原発」象徴候補として全国からの支援を取り付けることに成功した。広瀬隆氏(作家)、鎌仲ひとみ氏(映画監督)、佐高信氏(週刊金曜日編集委員)、山本太郎氏(参議院議員)らが応援しているのはなるほど、と頷けたが、なんと「政治は大嫌いです」と常々発言してきた小出裕章(元京大原子炉実験所助教)氏までが応援のメッセージを寄せていた。

反自公の野党統一候補が「原発再稼働反対」を公約に知事に当選した意味は大きい。新潟県民は中越地震を忘れてはいなかった。黒い煙を上げた柏崎刈羽原発事故を忘れていなかったのだろう。

もし、インタビューの後に内田さんと飲んでいればきっとこの話題で盛り上がったに違いない。


◎[参考動画]新潟県知事選 再稼働に慎重 米山隆一氏が初当選(ANN=テレビ朝日2016年10月17日)


◎[参考動画]新潟県知事選立候補者 米山隆一氏インタビュー(kenohcom2016年10月14日公開)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

  『NO NUKES voice』第9号 好評連載!本間龍さん「原発プロパガンダとは何か?」
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日露首脳会談──心知体も経験も格下の安倍首相は故郷に錦を飾れるか?

国でも人でも「仲が良い」ことにこしたことはない。お近く同志であれば尚更のことだ。日本政府はかつての「仮想敵国」であったロシアと何故か最近やけに仲が良さそうだ。

12月15日に山口県長門市で行われる安倍とプーチンの首脳会談を前に10月7日「1兆円超の対露経済協力」が発表された。この首脳会談で、安倍は歴史的な「日ロ平和条約」締結を結実させ、一気に歴史を残す名宰相に上り詰めようとの目論見があるらしい。外務省ロシア課は大わらわで交渉準備にあたっているそうだ。

◆借金大国が気前よく他国に「経済協力」する理由

平和条約締結に異論はない。しかし素朴な疑問だが、借金大国日本は、気前よく他国に「経済協力」をばら撒いていられる場合なのだろうか。安倍は外遊に出ては行く先々で勝手に気前よく「経済支援」を約束して帰ってくる。9月23日にはキューバを訪れロシア支援に比較すれば少額ではあるが14億円の無償資金協力を約束している。

高度成長期、日本のアジアを中心とする国々へのODAは、一見当該国への純然たる資金援助に見せかけて、実は現地で日本の総合商社やゼネコンがプロジェクトを請け負い、資金は再び日本に還流してそれが与党政治家への献金に繋がるという、誠に汚い還流の構造があった。

ロシアへの経済協力にしても伊藤忠をはじめとする総合商社が石油の共同採掘にあたることが報じられており、単なる「援助」というわけではなく、それなりの先行投資的な読みがあるのだろう。しかし対ロシアでは経済と無関係に未解決の問題がある。ご存知「北方領土」問題だ。国後・歯舞・色丹・択捉の4島を占有するロシアに対して日本政府はロシア(ソ連時代)から返還交渉を呼びかけてきたが、全く進展を見ていない。

◆「4島一括返還」の可能性などありえない現状

領土問題に私が口を突っ込むのはあまり気が進まないのだけれども、こと北方領土に関しては、大日本帝国が第二次世界大戦の終結を誤り、いたずらに引き伸ばしたために、生じたことは間違いない。仮に1944年に降伏していればロシアの対日参戦はなかったのである。外交判断能力を完全に失っていた当時の日本は「日ソ不可侵条約」にすがりつき、連合国との講和の橋渡しを暗にソ連に依頼するが一蹴され、欧州でドイツを叩き終えたソ連軍が大挙して当時の満州国境に集結しているのを知りながら、本土決戦(米国を中心とする連合国に上陸されても迎撃する)を本気で敢行するつもりであり、そのために首都を長野県に移す準備に取り掛かり、各家庭には竹槍が2本以上準備されていたという。そこへのソ連参戦だった。

正気の沙汰ではないが、一度勢いがつくと、理性など吹っ飛んでしまうのがこの国の重ねていた歴史であり、その悪癖は今日も抜けることがない。ことさら対立せよなどというつもりは微塵もない。しかしいくらなんでも「1兆円」の経済支援とは破格すぎはしないだろうか。それが北方領土返還のために何らかの呼び水になるのではないか、との期待が政権や外務省にはあるのだろうが、帝政ロシア時代からソ連を経て現在のロシアに至る歴史と日本の関係を振り返れば、「4島一括返還」の可能性などほとんどありえないことは確実だ。

◆エリツィンの時代とは違うプーチンのロシア

過去それが可能だった時代はあった。ソ連崩壊後の混乱期、「独立国家共同体」と呼ばれていた時期であれば外交攻勢により返還交渉のハードルは現在よりはるかに低かっただろう。当時は経済マフィアが国内で利権の奪い合いにしのぎを削り、KGBの職を解かれた人間が民間企業に入り込み相当荒っぽい商売が目に見える形で横行していた。ボリス・エリツィンがかろうじて剛腕で群雄を抑えていたけれども、国内の混乱は極まり切っていた。あの頃日本が「1兆円援助」をちらつかせれば「4島一括返還」は可能だったかもいれない。

しかし、不思議なことに当時の外務省はそのようなアクションを起こしていない。やがてロシアとして復活する帝国はソ連時代に比すれば外交的な影響は低下したかもしれないが、驚くべき短期間で国内の新体制整備を終え、今ではかつてのボルシェビキなどなかったように装いを変えている。しかし、ロシアの国歌として一時新しい曲が使われたものの、歌詞が変更されてはいるがソ連時代の曲に戻っている通り、この国の伝統的な外交やものの考え方は再び落ち着きを取り戻し、マスメディアが報道する以上に力を蓄えてきている。

そのロシアに「1兆円」の経済支援をするから平和条約を締結して北方領土を返してくれ、と頼んでも「うん」とは言わないだろう。かつては禁句だった「2島返還」がオプションとして堂々と語られるようになったが、それすら可能性は非常に低いと私は考えている。平和条約締結は可能だろう。だがその内容は初期の前提から大幅に後退し、「北方領土」返還の前提は骨抜きにされるか、大幅な変更を余儀なくされるに違いない。

◆日露首脳の格差会談

自身もKGB出身で柔道の有段者であるプーチンと、成蹊学園の小学校から大学までエレベーター式に上がった安倍では残念ながら頭の中身も回転も、肉体的な強靭さも比較にならない。「私は行政府の長だ」と言って憚らない総理大臣安倍とは対照的に、プーチンは自らの手でかなり危うい仕事を現場で経験している。安倍は神戸製鋼から政界に進んでも、本質的に「修羅場」をくぐったことのない人間だ。格が違う。

今回の首脳会談が行われる山口県長門市には安倍の本籍が置かれている。故郷に錦を飾りたい安倍の思惑はどこまで通用するだろうか。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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ろくでなし子さんアムネスティ講演会中止未遂事件としばき隊ファシズム

アムネスティ・インターナショナル日本の主催で9月30日開催される予定の講演会「ろくでなし子@AMNESTY~表現の自由と人権をろくでなし子裁判から考える~」が「急遽中止になった」との報に28日接した。アムネスティと言えば「人権」を何より大切にするはずのNGO団体と思っていたが、何があったのだろうか。「表現の自由」をテーマにした講演会が中止に追い込まれるのは尋常な事態ではない。

9月28日、アムネスティ日本本部に電話取材した。以下はその時のやり取りだ。

◆アムネスティ日本本部との一問一答(9月28日)

── ろくでなし子さんの講演会が中止になった様ですが、これはどのような理由でしょうか?

アムネスティ 当初このイベントは『表現の自由』についてアムネスティの人間とろくでなし子さんとお話をさせて頂くという主旨で企画をしていたのですが、色々なご意見がありまして、当初目指していた議論と違う方法になってしまう可能性が出て来ましたので、今回リスクを鑑みまして、中止と決定しました。

── 色々な意見は当然あるでしょうが、企画を中止しなければならないほどの深刻な、例えば、脅しとかがあったということでしょうか?

アムネスティ 具体的にはお伝えは出来ないんですけれど、当方で中止と判断するだけの理由があったと……。

── アムネスティは昔から『人権』についてはリスクを冒しても色々な活動を行って来られたと理解していますが、そのアムネスティが講演会を一方的に中止するのは穏便ならざることだと受け止めています。説明が曖昧過ぎます。もう少し具体的に中止に至った理由をお話頂かないと、言論の自由を自ら放棄する行為だとしか理解できません。

アムネスティ そうですね。矛盾が生まれることは勿論承知の上で対応しております。

── しかもHPで消されていますよね?

アムネスティ イベントの案内をですね。

── これは元々参加しようとしていた人もいるわけですから、中止理由のステートメントを出されるべきではないですか。相当な圧力がかかってきたとしか私たちは理解できないのです。そういうことがあったわけですね?

アムネスティ ちょっと詳しいことはお答えできかねるのですが……。

── なぜですか? 人権を守るために、表現の自由を守るために活動するアムネスティが、このように委縮され出したら、日本は終わりですよ。

アムネスティ そうですね。ご指摘はごもっともです。

── 何を懸念なさっているのですか? 例えば暴力団とかそれに類する人たちから大量の意見があったということなのでしょうか?

アムネスティ お答えできる範囲が限られてくるのですが……。

── なぜ限られるのです? アムネスティは行政機関じゃないじゃないですか? 人権についての活動を長年担ってきておられる大変貴重な組織ですよね。日本の中でも。そのアムネスティが隠蔽なさるということは、日本政府がどんなことをしても文句言えなくなる状態になりますよ!

アムネスティ そうですね、はい。

── その先兵に立たれる訳ですか? アムネスティは?

アムネスティ そういう意図は全くないんですが……。

── 意図がなくともなさっていることは、そのようなことではないですか?

アムネスティ そうですね……。

── 私に中止の理由を教えて頂いて、アムネスティが困ることは何もないでしょ? 中止に追い込まれなければならないほどの深刻な理由があった訳でしょ? それは何なんですか? 何を忖度なさって、何を気になさっているのか分からないと気持ちが悪いですよ。

アムネスティ HPの方でもう少し詳しく述べるように検討します。

── いや、今教えてください。でなければ『人権蹂躙団体』と見方を変えざるを得ませんよ。軽微ならざる重大な言論弾圧事件ですよ!

アムネスティ ご指摘はごもっともだと思います。

── ごもっともと思われるのであれば、中止の理由を教えてください。あなたの身に危険が及びうるということなんですか?

アムネスティ そういうことがあり得る、ということで事務局長が判断したという事です。

── アムネスティの方々に物理的な危害が及ぶ可能性が懸念される、つまり脅しをかけてきた人間がいたということですね?

アムネスティ そうですね。

── それは、かなりの数なのでしょうか?

アムネスティ SNSについてはかなりの数の書き込みがありまして、あとは個別にご意見とか色々連絡が入っている状況です。

── 連絡というより、それは『脅迫』ですね?

アムネスティ こちらで危険性があると判断できるほどのご意見が来ているということです。

── ある種の『脅迫』ですよね。例えばどのようなことを言ってきているのですか? 誰がという事は結構ですから、その例を教えてください。

アムネスティ 例えばですね、ゲストとしてお招きするろくでなし子さんに対して危害が及ぶような可能性なりがあるな、という判断はできます。

── 彼女をどのように評価というか、書いているのですか?

アムネスティ 『レイシスト』であるとか『アムネスティが付き合う相手ではない』とかいう声はあります。

── 『レイシスト』なんですね。発信している人間は特定なさっているのでしょうか?

アムネスティ あくまでSNSですので個人の特定はできませんがハンドルネームは確認し、記録しています。

── 『レイシストだから攻撃するぞ』という脅しがあるわけですね。では、彼女が被害を受けないような防御態勢を準備して講演会を開けば良いのではないですか。彼女は普通に日常生活を送っていますよ。他の場所で個展をやったり、普通に生活していますよ。アムネスティで彼女が講演することを妨害したいが故に、そういう人たちが寄ってたかって言い募っているだけのことですよ。

アムネスティ そうですね。そうとも考えられますね。

── それくらいの雑音と闘えなかったら、アムネスティの存在意義はどこにあるんですか!

アムネスティ はい。

── ハンドルネームも解るわけですね? 無言電話ではないのですね? それなら予定通り講演会は実行されるべきです。そんな書き込みが沢山あるから講演会を止めると言っていたら、日本で講演会なんか開けなくなりますよ。

アムネスティ そうなんですよね。

── 『そうなんですよね』じゃなくて、そうなさっているのがアムネスティでしょ。しっかりしてくださいよ! 今からでも、もう一度、元通り開催をなさってください!

アムネスティ また、検討が必要になるんですけども……。

── いや、元に戻すだけでいいんですよ。私のように『中止はおかしい』という電話はありませんか?

アムネスティ あります。

── SNSの書き込みがあったから講演会が中止に追い込まれた、などとなれば、日本で講演会は出来なくなりますよ。とりわけアムネスティがそのような判断をしていたら世も末です。あなたは職員の方ですね? であればアムネスティのお仕事に就かれるにあたって、それなりの動機や覚悟をもってアムネスティにお入りになったわけですよね? この『中止事件』どうお考えになりますか? アムネスティの自己否定じゃないですか?

アムネスティ そうですね……。

── そう思われますでしょ。であれば、あなたは講演会実現のために闘われるべきではないですか?

アムネスティ はい……。

── 何のためにあなたがアムネスティに入ったかをもう一度思い出していただいたら、隠蔽やいい訳をしている自分の姿がみっともないと思われませんか?

アムネスティ それは、はい……。

── そんなことしなくていいんです。攻撃して来そうな人がいてもその中で対処しながらイベントを行うというのがアムネスティの存在意義ではないですか? 私は批判をしているように聞こえるかもしれませんが、応援しているんですよ!

(ここで担当者受話器を外して小声で泣き始める)

アムネスティ はい、はい、聞いております……。

── こういう時こそ踏んばって、上がだらしない判断をするのだったら、あなたが『こんなことをしていたらアムネスティの存在意義が地に落ちる』と主張されたらいかがですか?

アムネスティ そうですよね。そうですよね。

── あなたは闘っていただけますか?

アムネスティ 努力はします……。

◆「中止未遂劇」の主犯はまたしても「しばき隊」

翌29日、ろくでなし子さんとアムネスティ日本の直接交渉が行われ、講演会は予定通り行われることが決定した。今回の「中止未遂劇」の主犯は誰だろうか?

主犯は「しばき隊」である。中でも過去に「ぱよぱよちーん」とツイッターで呟き、それをろくでなし子さんに「ぱよちん」と書かれた怨みを持つ久保田直己(元エフセキュア株式会社社員)が、またしても関わっている。

その他確認できるだけでも古参のしばき隊が多数批判の書き込みをしている。29日ろくでなし子さんのツイッターで講演会開催決定を知ったので、再度アムネスティ日本に電話取材した。ここには書けない驚くべき事実もあったが、アムネスティは「しばき隊」についての知識が希薄で、過剰反応をしたと推認される。

しかし、この程度の圧力で「開催取りやめ」を一時的であれ判断してしまったことはアムネスティ日本だけでなく、日本社会全体に大きな禍根を残すことになろう。卑怯な手合いをある程度喜ばせてしまったのであるから。

政治権力や行政権力ではなく、「下からのファシズム」で自らの意に沿わない人間は潰そうとする。そのような手合いは言論界に口をはさむ資格はない。

【本日開催!】
ろくでなし子@AMNESTY~表現の自由と人権をろくでなし子裁判から考える~

日時 2016年9月30日(金)19:00~21:00
会場 アムネスティ・インターナショナル日本 東京事務所
   東京都千代田区神田小川町2-12-14 晴花ビル 7F
   TEL : 03-3518-6777 FAX : 03-3518-6778 (代表)
プログラム
報告(19:00~19:30)ろくでなし子氏
対談(19:30~20:30)ろくでなし子氏×若林秀樹(アムネスティ日本 事務局長)※他対談者は調整中
質疑応答(20:30~21:00)
司会・進行:稲野茂正(アムネスティ日本 町田グループ会員)
参加費 500円
主催 表現の自由と人権を考えるアムネスティインターナショナル日本有志実行委員会

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SMAP紅白出場を強弁し、会長職続投に執着する籾井NHK会長の醜態

 
SMAPアーカイブス イベント編(ジャニーズ研究会)

9月8日に定例会見でNHKの籾井勝人会長が、会見で今年の「第67回NHK紅白歌合戦」に、年末での解散を発表したSMAPの出場を「当然、出てもらいたい」と熱望したのには「裏」がある、とNHK関係者は指摘する。なにせ自らジャニーズ喜多川社長を説得してもいいとすら発言した。

これは来年の1月に行われる「NHK会長選」に続投するための好感度とりパフォーマンスとみるむきが多いが、実は「本気だ」という局内の声。「1月に会長選があるので、続投したい籾井会長としては、少しでも点数を稼いでおかないとならない。このままでは籾井会長は辞任、経団連が推薦する人材に交替で落ち着きそうな気配だ」(放送ジャーナリスト)

籾井会長は、独善的な人事を断行する「強硬派」として知られる。今年の4月に発表された人事では、理事10人のうち、空席だった2人を含めて合計6人が入れ替えとなった。会長側近ながら、事業計画について意見画異なる理事を再任しないなど、独断専行がNHK内の反発を招く。 実際、ありとあらゆるルートを辿ってジャーニー喜多川社長との「接見」を探っているようだ。籾井会長は、2013年12月に経営委員会で選出された。三井物産、ユニシスと大企業を渡り歩いた手腕が期待された。

「ですが、尖閣・竹島問題で『日本の立場を国際放送で明確に発信していく、国際放送とはそういうもの。政府が『右』と言っているのに我々が『左』と言うわけにはいかない』と偏った発言をして物議をかもすなど、『舌禍』問題がついてまわりました。そのたびに側近は火消しに奔走。局内では〝自演炎上会長〟などと揶揄される始末です」(同)

SNSでは「NHK籾井会長が辞任するまで受信料不払いします」というスレッドが立つほどに嫌悪している視聴者も一部いる。NHKの歴代会長は経営委員会で決まるが、政府・与党幹部の胸先三寸で選ばれてきた面がある。自民党長期政権の時代には内閣のポスト配分と同じようなものだったと指摘され、実際、九州旅客鉄道(株)相談役の石原進委員長をはじめとして元・三菱商事(株)代表取締役副社長執行役員だった上田良一や阪神高速道路株式会社取締役会長など自民党のシンパで委員も固まっている。

NHK会長の座は「実質的に閣僚と同義」という見方も。今、NHKへは風当たりが強い。ワンセグ受信料も払うようにとの見解でさいたま地裁で裁判をしている。石原進経営委員長は9月13日、将来的にテレビ放送をインターネットで同時に見られるようにする方針を示しつつ「公共放送を維持していくためには、ネット配信であっても何らかの受信料をいただく必要がある」と話している。

 
SMAPアーカイブス コンサート編(ジャニーズ研究会)

続投となると籾井会長が打つ奇手「SMAPの紅白出場」は続投へのバネとなるか。それとも滑るのか。NHKに「スポーツ新聞等で、籾井会長が『SMAPに紅白に出てほしい』としてジャニーズ事務所と交渉すると言っていたが、すでに交渉したのか」と聞いたが、「スポーツ新聞等の報道は承知していませんが、NHKの公式ホームページで発表されたことがすべてです」とした。

またジャニーズ事務所に「その後、NHKからSMAPに対して紅白歌合戦への出演オファーはあったのか」と聞いたが、コメント依頼書を送ってもファックスでの回答はなかった。SMAPが紅白に出場という期待を持たせて失敗したときの風あたりは強い。「ファンは冷めていて、『SMAP』の今のギクシャクとした共演ぶりを見て『5人が歌うのは無理』と見ている。先日、ファンに150ページ以上のボリュームがあるメンバーの盛りだくさんな写真集が送られたそうだが、これが〝最後のファンサービス〟となるだろうね」(芸能記者)

さて1月、NHKの会長のイスに座っているのは誰だろうか。

(伊東北斗)

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 投稿日: カテゴリー 伊東北斗, 社会問題一般, 芸能

蓮舫民進党新代表のアイデンティティを創価学会系雑誌はどう伝えていたか?

民進党代表選が15日投開票され、蓮舫代表代行(48)が503ポイントと1回目の投票で、過半数を獲得し、新代表に選出された。日本と台湾の二重国籍でネガティブな報道が相次ぐ中、それをはねのけての当選は見事だが「隠された爆弾がまだある」と与党のベテラン議員。

蓮舫は、先月の末に台湾を日本の二重国籍問題がもちあがってから「私は昭和60年に国籍選択の宣言をして台湾籍を抜き、日本人です」と主張。その後の発言が二転三転し、苦しい弁明を続けていた。

「今話題の〝二重国籍問題〟は、かつてインタビューに『台湾籍は抜いている』と答えてきたが投票直前、郵送の党員やサポーターの投票が締め切られる13日に蓮舫はとってつけたように二重国籍を発表。これについて松原仁元国家公安委員長が『代表戦の運びとしてよくない』と話すなど、出馬辞退がくすぶっていた中の当選なので、頭に来て『ばかばかしい。こんなのは茶番だ』と選挙会場となったホテルで万歳三唱の中、捨て台詞を吐き捨てて帰る古参議員もいた」(民進党議員秘書)

過去のインタビューの発言で「だから自分の国籍は台湾なんですが」(『CREA』97年2月号)や「私は帰化しているので国籍は日本人だが、アイデンティティーは『台湾人』だ」(「週刊ポスト」2000年10月27日発行号」)、「どこも指摘していないが、隠された爆弾がある」と政治ジャーナリストは言う。

「実は創価学会系の第三文明社からリリースしている母親向け月刊誌『灯台』の2003年3月号で、学生時代をふりかえるインタビュー企画『マイ・スクール・デイズ』で、かつて『自分のアイデンティティー台湾を捨てるのが嫌だ』と父親に反対した記述があるのです」(事情通)

記事にはこうある。

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私は、日本と台湾のハーフです。『国籍』というか、自分のアイデンティティー(自己同一性)について考えはじめたのは小学校一年の頃です。私の名前は「謝蓮舫」なのですが、「舫」という字は常用漢字にも採用されていなくて、なかなか自分の名前を漢字で書けませんでした。このとき「自分と他者はちがう」とはっきりわかるようになり、自分のアイデンティティーを考えはじめ、父に「台湾ってどんな国なの?」と聞いたり、学校の隣の図書館で台湾に関する本を読みふけったりすることもありました。一度だけ、国籍をめぐって父と衝突したことがありました。一九八六年に、国籍法が改正され、それまでは無条件に父方の国籍に入らなければならなかったのですが、未成年でも自分の意思で父と母、どちらかの国籍を選べるようになったのです。両親の結論として「男の兄弟は、いつか結婚や就職があるから、日本国籍にしたほうがいい」ということになりました。私も日本国籍になることを勧められました。私は「自分のアイデンティティーである台湾を捨てるのはいやだ」と断固として反対しました。ですが、父親からは「そうしたほうがいいと思う」というあいまいな答えが返ってきたのです。あとにも先にも、父があいまいな答えをしたのは、そのときが最初で最後だったと思います。結局、私は帰化申請して日本人となりました。ですが、父も「謝」という姓が子どもたちの代でなくなるのはさみしかったと思いますし、本当は父の名前を私に受け継いでほしかったのではないかと思っています。
———————————————————————

インタビューは、出馬する前年の03年の2月に行われた。当時、インタビューしたライターは言う。

「子供を産んだばかりで産休でタレント活動を休んでいました。その中をインタビューに応じてくれて感謝しています。ところが国籍のことになると「父が(台湾籍を外す)手続きをしたので正確にはどうなったかわからない」と顔をくもらせて、しまいには「正確にお知りになりたければ、台湾に行って確認されたほうがいいと思います」と記者に確認を投げ返す始末。本当にあきれかえりましたね。取材した相手に『国籍が正確に知りたければ調べろ』と言われたのはあとにも先にもこれが始めてです」

このインタビュー記事は、一部、民進党幹部の目にとまった。

「これはまずい。公明党の支持団体の創価学会に思い切りウソをついた上に、一部の地方選挙で行っている選挙協力体制にもヒビが入る可能性がある」(前出・民進党議員秘書)

今回の民進党代表選では、とにかくネガティブな情報が流れないように大手新聞やテレビの取材ばかり優先して、「大本営発表」ばかりにしたのもげせない。記者クラブ外の記者は取材に四苦八苦して一週間ほど蓮舫の事務所は電話しても誰もでず、民進党本部に連絡して二重国籍問題について聞いても「それは事務所に聞いていただけますか」とやんわりと逃げられた。

「国会質問でとりあげられてこの雑誌が仮に出されたら、どうこたえるかだね。彼女のブレーン筋から聞くとすでに『想定問答』をしているふしもある。ただし、与党に対して辛口なキャラだけに、創価学会系のメディアに出ているのみならず『ウソをついていた』となるとかなり攻め所を残した印象だ」(同)

そして「03年の2月号の『灯台』で『台湾籍を外して日本人です』とこたえているが、本当のところはいつ外したのか」とメールで聞いたが回答は期日までになく、代表選で忙しいのか、それともこの手の質問を嫌ってか3日連続で電話には誰もでなかった。

「灯台」の版元の第三文明関係者は、蓮舫が過去、国籍を語ったインタビューについて「何も話したくない」と電話を叩ききった。

かつて「仕分けの女王」で世間を賑わせた歯切れのいい新代表が自らの国籍で永田町から「仕分け」られようとしている。

(鈴木雅久)

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辛淑玉さんへの決別状

嫌な予感はあった。彼女の携帯に電話をかけた時、いつも通り「おー! どうしたの?」と明るい声で語りかけてくれたのは5月頃だったろうか。でもその後に取材内容を告げると、声が急に暗くなった。彼女が逡巡していることは手に取るように分かった。会話の最後はたしか、こうだった。「この話ではおしまい! また楽しくご飯食べに行こうね」。

私が彼女に尋ねたのは「しばき隊」による「リンチ事件」だった。私がこの役回りを引き受けなければならないことは、正直かなり辛くはあった。

私が辛さんと知り合ったのはまだ20世紀だった。シンポジウムのパネラーとして参加をお願いしたら、忙しい中、安いギャラで、便の悪い田舎まで快く足を運んでくださった。初体面ながらシンポジウム終了後の懇親会では「意見の合わない主催者とは飲まないよ」と気配りに満ちた言葉をかけて頂いたことが思い起こされる。

その後も私が病で床に臥せた時には、いつも暖かい言葉をメイルで送ってくれた。心優しい人だなと、本心親しく感じていた。

3年程前になろうか。久しぶりに彼女の講演会の知らせを聞いて、大阪に出向いた。講演後の懇親会(出席者は100名以上いただろう)で、辛さんに近づき私は彼女の肩を叩いた。最初彼女は私が誰か認識できなかった。それはそうだろう。初体面の頃とは別人のように容姿が変わった私をほぼ20年近く時間が経過して、分かってくれという方に無理がある。私はサングラスを外した。「ワー生きてたの!」そう言いながら彼女は私をハグしてくれた。

今だから告白するが「のりこえねっと」の運営が大変だと聞いて、「私手伝おうか」と申し出たこともあった。東京に住むのは気が進まないけれども、彼女の進める運動ならば手伝いたい、との気持ちがあり、実際に「のりこえねっと」の事務局が置かれているビルまで出向いたこともある。そこは「のりこえねっと」が専ら借りている事務所ではなく、他の団体に居候しているようだった。その日は事務所の中に誰もおらず引き上げた。

辛淑玉さん。悲しいけれども私はあなたに決別の辞を述べなければならなくなりました。その理由はあなたが記した下記の文章です。

――――――――――――――――――――――――――――――

【関係各位へ】

2014年末に起きた傷害事件とその後のネットの騒ぎについて

 今年の春頃、私がこの事件の加害者3名宛てに書いた手紙が、私の了解を得ることなくネットに流されました。そして、その手紙に書かれていたことを「証拠」として、李信恵さんに対する異常なまでの攻撃が始まりました。

 まず、私は、Twitterを始めとするネットの中で何が起きているのか、逐一追うことはできません。今でも全容は把握できていないと言わざるを得ません。
 この事件に関して様々な方が見解を述べていますが、私は、誰に対して何を伝えなければならないのか、整理ができませんでした。また、様々な制約もあり、コメントを出す機会を逸しました。
 その間、渦中に置かれていた李信恵さんは苦しんだことと思います。どれほど絶望的な思いで過ごしたことでしょう。
 本当に、ごめんなさい。

 私にとって、問題は、私の手紙が私の知らないうちにネットに持ち出されたことに尽きます。

 私が被害者に初めて会ったのは、事件後のことです。被害者の友人Kさん(私は被害者とKさんの関係については何も知りません)から連絡があり、まずKさんと連絡を取り、ついで被害者から写真とテープを頂き、それに基いて手紙を書きました。そして、被害者に手紙を見せ、被害者が望まない箇所は削除し、その了解を得た上で関係者に送りました。

この手紙を持っているのは、事件に関わったとされる5名と被害者1名、双方の弁護士、それと、この事件を知らせてくれたKさんだけのはずです。

 当初、被害者とKさんは、このことが外に漏れることを非常に心配していました。「大変なことになる」というのが口癖でした。彼らの、問題を解決したいという思いが強く感じられたからこそ、私は手紙を書こうと決心しました。
 しかし、今年に入って、関係者ではないのに私の手紙を見たという人たちに出会いました。どこからか出回っていたのです。
 次は、手紙がネットに流されました。それを有料のコラムで紹介した人もいると聞いて、私信をネットに流すだけでも非常識なのに、それで小銭を稼ぐという行為には耳を疑いました。
 被害者とKさんが私に言っていたことは何だったのだろうと混乱しました。
 あの手紙を出した後、加害当事者であるLさんや関係者に会い、あの日起きたことの別の一面を知ることになりました。
 それは、被害者側から聞いた話とは相容れないものでした。

 私がLさんに会ってまず思ったのは、「こんなにちっちゃい子だったんだ」ということでした。あんなに体格のいい被害者を、どうやって殴ったのだろうかと。事件に至るいきさつはいろいろとあったようですが、それは私の知らないことなので、そこに関してはコメントできません。

 あの手紙に書いた内容の中で、決定的に間違っていたのは次の点です。
 事件当夜の飲み会は李信恵さんの裁判関係の流れで予定されていたのですが、その途中で知人の訃報が入り、飲み直そうということで現場となった店に移動したこと、また、みんな悲しみに沈んでいたので、店の外で行われていることには、全く関心が行かなかったということです。
 そして、私が恐怖を覚えたあの「笑い声」は、その場を何とか明るく盛り上げようと必死になっていた李信恵さんの声だったのです。

 音声だけから状況を判断するのがどれほど危ないことか、私は思い知りました。

 多くの方は、加害者側は反省も謝罪もしていないと考えているようですが、裁判所が勧めた和解を被害者が拒絶して告訴した結果、刑事事件となりました。
 私は、解決方法は被害者が決めるべきだと思っていたので、その決断を重く受け止めました。

 しかしその結果、加害者のLさんは仕事も辞めざるを得なくなり、家も引き払い、罰金に弁護士費用も加わるなど、Lさんが彼の人生で受けた制裁は十分に重かったと言えます。今度は、これに民事訴訟が加わります。
 そして、そのLさんのことを心配した李信恵さんが、30数箇所を自傷して血だらけになった自分の写真を送り、「代わりに死んであげたから、死なないで」と言ったことなど、ネットで楽しく叩いている人たちには、想像もつかないことでしょう。
 彼女はそれ以前から、在特会や保守速報との訴訟によるストレスで、身体はボロボロの状態でした。かつて、私は彼女の周囲の人に、裁判はもうやめたらどうかと言ったことすらあります。もう十分だろうと。

 この事件について「正義」を唱え、楽しんでいる人たちは、いったい何がしたいのでしょうか。
 一年半以上も前のことを、まるで今起きたかのように騒ぎ、事件の全体像もその後の経過も知らないのに、ネット上で尋問でもするかのような問い詰め方をし、しかも、自分にはそうすることが許されているのだと思っている。その傲慢さを恐ろしく感じます。生意気な女は叩いてもいい、目障りだから思い知らせてやろう、とでもいうかのようです。

 そして、被害者とその友人Kさんが望んだ「解決」とは何だったのかと考えざるを得ません。
 少なくとも、限られた情報しかなかった初期の段階で書いた私信を、私の許可なく世に出したことからは、彼らがやりたかったのは解決ではなく、復讐だったのだろうと思わざるを得なくなりました。
 そして、マイノリティがマジョリティを叩いたら、報復として何十倍もの血を求められること、その暴力はとりわけ女に向かうということを、あらためて思い知らされました。まして、それを扇動している人たちの中に在日の男たちがいることには、吐き気すら覚えます。

 一方的な情報だけに基いてあの手紙を書いたことは、悔やんでも悔やみきれません。そして、それがネットに公開され、マスコミにまで渡されることを想像できなかった私の責任は重いです。本当に申し訳ありません。

                                                    2016年9月10日
                                                    辛淑玉

※辛淑玉さんのfacebookより https://www.facebook.com/shinsugok/

――――――――――――――――――――――――――――――

もう議論の余地はないでしょう。あなたが立ち上げた「のりこえねっと」は、何を乗り越えるのが目標だったのですか。9月10日のあなたの文章は支離滅裂です。失礼ながら落胆しました。あなたは「その手紙に書かれていたことを『証拠』として、李信恵さんに対する異常なまでの攻撃が始まりました」という。それは大間違いです。李信恵さんは自ら自身のツイッターで、何度も何度も「リンチはなかった」、「嘘に騙されちゃだめだよ」、「喧嘩はあったけどリンチはなかった」とあなたの文章があろうがなかろうが、自ら発信し続けているではないですか。彼女はあなたの指導ではなく、自ら書いた「謝罪文」の中で深い反省を表明しているではないですか。その中には「活動の自粛」も含まれます。

これは被害者に相談してのことではなく、李さんが一方的に提示した反省の姿勢を現すための「自粛」のはずでした。しかしその約束も反故にされます。約束を反故にする文章を目にして、私はその傲慢さに言葉がありませんでした。

「李信恵さんの活動再開については、Mさんが初期からカウンターの最前線に立ってヘイトスピーチに反対する活動をおこなってこられたお気持ちに反することはないものであると考えております」

辛さん。あなたは自分の気持ちを確かめられることもなく、意に反した一方的な「約束反故」を突き付けられたら、それもはらわたが煮えくり返るような内容を「お気持ちに反することはないものであると考えております」などと、穏やかながら意味においてM君の精神を抹殺するような言辞を向けられたら、黙っていられますか。あなたは不条理を許さない人だと、私は今でも思っています。このM君に対する「被害者の精神殺し」を辛さんは容認できるのですか。

あなたはこうも言う。「あの手紙を出した後、加害当事者であるLさんや関係者に会い、あの日起きたことの別の一面を知ることになりました。それは、被害者側から聞いた話とは相容れないものでした。私がLさんに会ってまず思ったのは、『こんなにちっちゃい子だったんだ』ということでした」

これは事実ですか。あなたがしたためた従前の文章によればあなたはLさんを事件の前から知っていた記述になっていますよ。記憶違いでしょうか。

それから、「多くの方は、加害者側は反省も謝罪もしていないと考えているようですが、裁判所が勧めた和解を被害者が拒絶して告訴した結果、刑事事件となりました」は事実誤認、いやはっきり言いましょう。嘘です。「裁判所が勧めた和解を被害者が拒否」した事実などありません。そもそも加害者に対する民事訴訟は、今日(9月12日)初弁論が開かれたばかりです。

加害者達は刑事事件では罰金処分を受けていますが、刑事裁判になっていないことはご存知でしょう。仮に刑事裁判になったら、相手は検察ですよ。刑事裁判で「和解」などあり得ない。では、どの「裁判所」が「和解」を勧めたとお考えなのですか。この部分は非常に大きな間違いです。全く事実と異なります。辛さんの性格であれば直ぐにご訂正頂けるものと信じます。

あなたは、悲しくもこうも言っている「事件当夜の飲み会は李信恵さんの裁判関係の流れで予定されていたのですが、その途中で知人の訃報が入り、飲み直そうということで現場となった店に移動したこと、また、みんな悲しみに沈んでいたので、店の外で行われていることには、全く関心が行かなかったということです。そして、私が恐怖を覚えたあの『笑い声』は、その場を何とか明るく盛り上げようと必死になっていた李信恵さんの声だったのです」

これは加害者達の言い訳のみに立脚した苦しい言い逃れです。誰かの訃報があろうが、場を盛り上げようと「笑い声」を挙げようが、暴力を受けた(殴る蹴る)被害者にとって、そんなことは関係ないことではないですか。沖縄の米兵が性欲を満たすために沖縄の女性を暴行した。その末に殺害にまで及んだ。でもその兵士は故郷の母親の訃報を聞いた直後だった。これが被害女性に対する加害者の言い訳になりますか。

「この事件について『正義』を唱え、楽しんでいる人たちは、いったい何がしたいのでしょうか。一年半以上も前のことを、まるで今起きたかのように騒ぎ、事件の全体像もその後の経過も知らないのに、ネット上で尋問でもするかのような問い詰め方をし、しかも、自分にはそうすることが許されているのだと思っている。その傲慢さを恐ろしく感じます。生意気な女は叩いてもいい、目障りだから思い知らせてやろう、とでもいうかのようです」

中にはそのような人がいるのかもしれませんが、「1年半以上も前のこと」の真相を今明かそうと努力してはならないのですか。私は日韓両政府が慰安婦問題に10億円でケリをつけようとしたことに腹が立って仕方がありません。慰安婦の方々が何十年も日韓両政府から冷たくあしらわれたことに、辛さんは怒りをお持ちではないですか。当事者の納得を得ず政府間で結ばれた「被害者を疎外した解決」は許せないとお感じになりませんか。事件がいつ起きたなどは重要な問題ではないのです。何が起きたか、そして周辺の人間がどのように動いたか。私はM君から話を聞き「酷い」と感じました。この感覚を辛さんと共有できると思っていました。でも無理なようです。本当に残念です。

そして、私は許せない気持ちであなたのこの言葉を糾弾します。

「そして、マイノリティがマジョリティを叩いたら、報復として何十倍もの血を求められること、その暴力はとりわけ女に向かうということを、あらためて思い知らされました。まして、それを扇動している人たちの中に在日の男たちがいることには、吐き気すら覚えます」

問題のすり替えです。「マイノリティがマジョリティーを叩いた」から加害者は責めを負っている訳ではありません。加害者は「謝罪文」まで書き、一度は反省の態度を現しながら、周囲の弁護士や大学教員が必至で事件の隠蔽に奔走したこと。さらには「事件」自体が無かったものであるとの言説を李信恵氏はじめ、周囲の人間が未だに止めないことが問題の根幹なのです。こんなところに筋違いの差別を持ち込んではいけない。

辛さん、私の顔はご記憶ですよね。私はこの「事件」の取材を始めてから、辛さんが懇意にしておられる野間易通氏のツイッターに無断で顔写真を数回掲載されましたよ。悪口を添えたリツイートも数限りなくありました。野間氏はいまだにM君への攻撃を止めません。

これ以上悲しい離別にしたくはありませんので、ここまでにします。

長い間お世話になりました。私が病床に伏せている時にかけて頂いた優しい言葉は生涯忘れないでしょう。あなたは私の心の友人でした。深く感謝します。

今、私は深く深くあなたに落胆しています。それでも辛さんのご健勝とご多幸をお祈りします。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

 『ヘイトと暴力の連鎖』!
  『NO NUKES voice』第9号 特集〈いのちの闘い〉再稼働・裁判・被曝の最前線
 タブーなきスキャンダル・マガジン『紙の爆弾』!

原一男監督のブログ記事について──松岡利康(鹿砦社代表)

伝説的な映画『ゆきゆきて、神軍』の原一男監督がそのブログ(2016年9月8日付)で「週刊金曜日『鹿砦社広告問題』に触れて」と題して執筆しておられます。

私たちにとって原監督は雲の上の存在です。こういう形ではありますが採り上げていただいて、ある意味、感慨深いものがあります。

同時に、いってしまえば、たかが広告如きで、原一男ともあろう名監督が不快感を覚えられ、『金曜日』と激しくやり合われている様に驚くと共に忸怩たる想いです。

原監督は今後、『金曜日』に連載されるということですが、その連載と当社の広告が再びがち合うこともあるやと思われます。その際も、いちいち『金曜日』とやり合われるのでしょうか?

くだんの広告は、もう数年前から毎月1度(2度の時期もあったり、毎週文中に出広していた時期もありましたが)定期出広していて、SEALDs解散特集とがち合ったのは偶然で、掲載誌が送られてきて私たちも初めて知り驚いた次第です。

問題になった『週刊金曜日』(2016年8月19日号)表紙と、裏面の鹿砦社広告
田中宏和『SEALDsの真実』(2016年5月26日刊)

もし、SEALDs解散特集とがち合うことが予め判っていたならば、右上の広告は『SEALDsの真実』にしたでしょうし、また掲載をずらして欲しい旨打診があれば、これは契約違反で、私どもが『金曜日』に抗議したことでしょう。

これまで新聞などでは内容を検閲されて広告掲載を拒否されたことは何度かありますが、『金曜日』は比較的自由で拒否されたことはありません。だからといって、内容については私たちなりに考慮し、“金曜日向け”に版下を作成しているつもりです。

当社が7月に刊行した『ヘイトと暴力の連鎖』は、一読されたら判りますが(原監督は当然すでにお読みになっているものと察しますが)、タイトルに「ヘイト」の文字を付けているとはいえ、決して、俗に言う「ヘイト本」ではありません。

私たちは、知人を介して当社に相談があった集団リンチ事件に対して、被害者の大学院生は、弁護士やマスコミなどにも相談しても相手にされず、「反差別」の名の下にこんなことをやったらいかんという素朴な感情から取り組んでいるものです。ネット上では本も読まずに非難の言説が横行しておりますが、全く遺憾です。

『ヘイトと暴力の連鎖』(2016年7月14日刊)

SEALDsにつきましては、当初は「新しい学生運動」という印象で好意的に見ていましたが、徐々に疑問を感じるようになりました。実際に奥田愛基君にも話を聞き(『NO NUKES voice』6号掲載)、次第に否定的になっていきました。これも同誌に書き連ねている通りです。

SEALDsにしろ、リンチ事件を起こした「カウンター」にしろ、バックに「しばき隊」とか「あざらし防衛隊」なる黒百人組的暴力装置を控えて、やっていることには疑問を覚えます。作家の辺見庸が喝破した通りです(が、しばき隊や、SEALDs支持者らからの激しいバッシングに遭い、そのブログ記事は削除に追い込まれました)。「しばき隊」の暴力を象徴しているのが集団リンチ事件です。これでいいのでしょうか? 原監督は、しばき隊やあざらし防衛隊の暴力の実態を知った上で発言されておられるのでしょうか?

原監督には本日(9月9日)、上記の内容で手紙と『ヘイトと暴力の連鎖』等関連出版物を送りました。これらをしっかり読まれ、認識を新たにされることを心より願っています。

▼松岡利康(鹿砦社代表)

  『NO NUKES voice』第9号 特集〈いのちの闘い〉再稼働・裁判・被曝の最前線
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