7月21日から一部競技の開催が予定されている東京オリンピック・パラリンピックを中止させようと、女性たちが「抗議リレー」を毎週火曜日に行っている。医療従事者や弁護士、学者、在外ジャーナリストなど多くの女性たちがあきらめずに声をあげている。

なぜ五輪開催に反対するのか。五輪強行の何が問題なのか。「民の声新聞」では取り上げ切れなかった発言を軸に改めて考えたい。黙ってまま〝消極的容認〟で、あなたは本当に良いですか?

福島県福島市では野球・ソフトボールの試合が行われる予定。元から影の薄かった〝復興五輪〟だが、今や東京五輪と〝復興〟を結び付けて考える人はほとんどいるまい

「約15年間、貧困問題の取材と支援を続けていますが、この15年を足しても足りないくらい、この1年は濃密です。昨年4月にメールによる相談フォームを立ち上げました。今日に至るまで相談メールが毎日のように来ています。職を失ったとか、家賃滞納で追い出されそうだとか、既に追い出されてしまったとか、ネットカフェに寝泊まりしていたが路上生活になってしまったとか、そういうメールが700件届いています」

作家で「反貧困ネットワーク」世話人の雨宮処凜さんは、貧困問題の視点から五輪反対の想いを語った。SOSが寄せられると支援者が駆け付けて当座の現金を手渡し、公的支援につなげる。それが連日、繰り返される。まさに「五輪どころじゃない」のだ。

「まずここにお金を入れるべきだろうと思います。あと、住まいを失った人たちが入れるシェルター、住所があって身体を休めることができる場所が緊急に必要なんです。反貧困ネットワークでは緊急にシェルターを増やしていますが、すぐに満室になってしまいます」

リーマンショックの頃と比べて、女性の貧困問題が悪化しているという。

「この年末年始に『コロナ被害相談村』を3日間行ったら344人のうち62人が女性でした。18%です。13年前(『年越し派遣村』)1%だったのが18%にまで増えている。62人のうち29%が既に住まいがないホームレス状態で、21%が所持金が1000円以下。42%収入がゼロ円でした。きちんと実態調査をやれば大規模な女性のホームレス化が起きているというのは明らかだと思います。炊き出しにも若い女性や子連れの方とか、夫が失業して夫と子どもが家で待ってるから炊き出しを廻って家族の食糧を集めているという人もいます。そういうなかで、誰もオリンピックどころじゃないというか、まず生存、生きるということを保障しなくてはいけません。餓死か自殺かホームレスか刑務所かという究極の四択みたいな状況なんです。まずは死なせない。命や住まいを保障しないで路上に出しておいてオリンピックというのは通らないんじゃないかというのが率直な反対理由です」

毎週火曜の夜にリモート形式で行われている「女性たちの抗議リレー」

昭和大学病院泌尿器科の医師で、昨年5月まで日本女医会長を務めた前田佳子さん(国際婦人年連絡会共同代表)は「多くの病院では感染対策とコロナ患者の受け入れにたくさんの労力とコストが投入されていて、経済的にも労働力としても疲弊が続いています。それもこれも、オリパラ開催ありきで突き進んできた安倍菅政権による人災です。これ以上、大切な命が失われるようなことがあってはなりません」と語り、開業医で日本女医会理事の青木正美さんは「大会さえ始まってしまえば国民はテレビに釘付けなのですか?後は野となれ山となれなのですか?」、「このまま強引にオリパラが開催されてしまったら、消極的とはいえ認めたことになります。共犯ですよ」と厳しい言葉を並べた。

「五輪を機に来日する関係者などは20万人とも言われています。この人たちが真夏の東京で動き回るわけです。もし五輪を機に新たな変異株が出て多くの人が感染したら、本州全体をハードロックダウンしなければならなくなります。新たな変異株を選手が母国に持ち帰ったとしたら提訴されます。世界中から賠償金を払えと言われてしまいます」(青木医師)

関西大学の井谷聡子准教授は、スポーツとジェンダーをテーマに研究している立場から「行く先々で開発業者と政府が結託して、人々を土地から無理矢理引きはがす。そこに居る権利を奪う、環境を破壊するということが繰り返されてきたんです。人々の命を脅かすのが五輪。こういう長い歴史があるんだということを覚えていただきたい」と述べ、法政大学の上西充子教授は「五輪後の感染爆発に対して私たち自身が責任を負えないからこそ、当事者として止めなきゃいけないと考えています。『どうせ開催しちゃうんだよね』、『だったら何を言ってもしょうがない』と考えるのは責任放棄だと思います」と訴えた。

責任放棄などしない。だから、漫画家のぼうごなつこさんはこう強調した。

「散々言って来たことや、もう言わなくても当たり前でしょということも引っ込めないでどんどん表に出すのが良いと思います。少しでもあきらめずにくらいついて、引きずりおろしたいと思います。今年は総選挙もあるので、地元の議員に伝えてみたり。五輪を中止させるというと大それたことのように思えるけれど、小さなことでも多くの人がやれば大きな力になる。どんなことでもやらないことには始まらないと思います。最後の最後まであらゆることをしようと思います」

企画の中心となっている「フラワーデモ」の松尾亜紀子さんは「この抗議リレーの告知をしたら、ツイッター上で『お前らに止める権利はない』という声が、ものすごく飛んで来た」と明かした。

「女性たちに止められるはずがない、ということだと思うんですけど…。いえ、やっぱり止めなきゃいけないので、ここから続けていきたいと考えています」
「正直言って、私自身も含めて、海外が止めてくれるんじゃないかという期待があったと思います」と語った松尾さん。

「コロナ禍であぶり出されたように、五輪開催の犠牲を最も被るのは社会的に弱い立場にいる方たちです。貧困問題はジェンダーに大きく関係します。オリパラがはらむ性差別、ハラスメントなどのジェンダー問題も深刻です。これまで各国で抵抗運動に立ち上がる人たちの多くは女性でした。オリパラを何としても私たちの声で止めたいです」

◎FLOWER DEMO https://www.youtube.com/c/FLOWERDEMO/videos

東京保険医協会は先月、五輪中止をIOCに打診するよう求める意見書を菅首相などに提出している

▼鈴木博喜(すずき ひろき)
神奈川県横須賀市生まれ。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

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そもそも、国も福島県も、避難指示区域以外からの住民避難に消極的だった。口では「避難者いじめはやめよう」などと言いながら、「避難の権利」を認めて来なかった。

福島県災害対策本部が2011年7月に発行した「今、子どもたちのためにできること~放射能から子どもたちの心身の健康を守るために~保護者の皆様へ」では、「地表には放射性セシウムが沈着していますが、空気中の放射性ヨウ素や放射性セシウムの心配はありませんので、風が強くほこりが舞うようなときを除いて、散歩、洗濯物の外干し、エアコンの使用、部屋の換気、半袖を着るなど、日常生活には影響ありません」と「安全安心」を説いた。

福島県広報誌「うつくしまゆめだより」特別号(2011年8月1日発行)には、こんな表現すらあった。

「今回、原発事故の被災地として『フクシマ』の名は世界中の人々の心に刻まれました。しかし、この災害を乗り越える姿は、被災したことと同じくらいの驚きで世界に受け止められるはずです。ピンチをチャンスに変え、世界に誇れるふくしまとなることを信じて、前を向いて歩んでいきましょう」

ピンチをチャンスに変える。つい最近も似たような言葉が政権内部から聞えて来たことがあった。中日新聞によると自民党の下村博文政調会長は5月3日、改憲派のウェブ会合で「日本は今、国難だ。コロナのピンチを逆にチャンスに変えるべきだ」と述べている。被曝リスクもパンデミックも、チャンスに変えるような事態ではないことは言うまでもない。

福島県は震災・原発事故から丸5年の2016年3月12日、全国で配られる朝刊に全面広告を出して、こうアピールした。

「避難区域以外のほとんどの地域は、日常を歩んでいます」

こうして、初めから「避難の権利」は否定され「出て行くな」と言われ続けて来た。福島県立いわき総合高校の石井路子さんは、雑誌「シアターアーツ」47号(2011年6月25日、国際演劇評論家協会日本センター発行)の中で、次のように綴っている。

「できることなら若い世代は福島から出て、放射線のない世界で生活するべきだと私は考えていた。けれどもそうはならなかった。保護者の仕事の関係、経済的な理由、離郷への拒否感、様々な理由で子どもたちは避難先からこの地へ戻ってきた」

「また、学校の早期再開が避難していた子どもたちを呼び寄せることになった。被曝のリスクを回避させたい。なのに毎日放射線の中を投稿させているジレンマ。国は『直ちに健康に影響はない』と言い続け、学校はその方針に従わざるを得ない。『安全だ』と繰り返されたことで、マスクもせず、雨にぬれることにも躊躇を示さない無防備さ。低線量被曝のリスクについて何の説明も受けていないのだから当然だろう」

避難当事者たちは何年にもわたって訴えているが、帰還一辺倒、避難者切り捨てにばかり注力する福島県の内堀雅雄知事はいまだに避難当事者と面会していない

この動きは福島県に限らず、隣接する宮城県丸森町も2011年3月22日の時点で「3月20日現在、宮城県内における空間放射線は、健康に影響を与えるレベルではありません」、「3月21日に東北大学が町内で測定した1・48μSv/hは、日常生活を行ううえで特に影響を与えるものではありません」と町民に周知している(「3月11日に発生した東日本大震災による東京電力福島第一原子力発電所の事故に関する情報」より)。

「出て行くな」の次は「戻って来い」だ。福島県の職員は、区域外避難者への住宅無償提供打ち切りが決まった頃から「県内における除染が進み、帰還が可能な環境が整ってきている。そもそも大多数の県民が避難していない」と盛んに言いだした。瀬戸大作さんが述懐する。

「福島県議会の各会派を訪問したが、共産党と立憲民主党の一部を除いて、皆一様に『福島に帰ってくれば良いじゃないか』と言う。県議のほとんどが避難者支援継続に反対。福島県選出の野党系国会議員にも会いに行ったが、同行した区域外避難者に向かって『もう帰って良いっぺ』と。都議会の議員たちにも『福島県の県民感情を考えると、区域外避難者だけを支援するわけにはいかないんです』、『自力で国家公務員宿舎を退去した人たちとの公平性を考えたら駄目です』と言われた」

2018年7月11日の参議院「東日本大震災復興特別委員会」。参考人として出席した森松明希子さん(郡山市から大阪府に避難)は、石井苗子参院議員から「何があったら戻ろうかというお気持ちになっていただけますか」と問われ、こう答えた。

「何があったら戻ろうかという御質問自体が、戻ることが前提とした御質問だというふうに私は受け止めてしまう」

「先生の御質問は、何があったら帰ってくれるのかではなくて、どんな被曝防護を考えましょうかという御質問だったらうれしい」

福島県内の首長も「避難者を戻らせる」ことが前提だった。

前福島市長の小林香氏は当選直後、「自主的な避難による人口流出への対応として、県外に避難されている方々に対し、福島市からの情報提供をもっとこまめに行っていく必要がある」(「東北ジャーナル」2014年3月号)と述べ、2017年2月の毎日新聞インタビューでは「当然、自主避難者の方々には戻っていただきたいが、強制するわけにいかない」と語っている。

国も同じだ。「第三文明」2018年3月号に掲載された浜田昌良復興副大臣のインタビュー記事では、「故郷・福島へ戻る被災者にも、県外で自主避難を続ける被災者にも、私たちは引き続き支援を惜しみません」などの美辞麗句が並べられた。

「原発事故直後には放射線に関する十分な情報が届かなかったわけですし、当時の政権のあいまいな説明は人々に大きな不安を与えました。震災から6年以上も他の地域で暮らしていれば、福島に帰りにくい方がいるのもうなずけます」

「2015年8月に改定した『子ども被災者支援法』の基本方針で、福島県外へ自主避難している方々にも支援を続行することを決めました。公営住宅に円滑に入居できるように入居要件を緩和したり、一部の自治体では自主避難者への優先入居枠を設けています。福島県内外で民間賃貸住宅に入る人には、家賃補助制度も作られました」

だったらなぜ、いま〝追い出し訴訟〟などという事態になっているのだろう。「戻って来い」一辺倒で全く寄り添って来なかった結果では無いのか。(終わり)

2016年には19万筆を上回る署名が超党派の国会議員に提出された。しかし、原発避難者から住まいを奪う国や福島県の横暴は止まらない

▼鈴木博喜(すずき ひろき)
神奈川県横須賀市生まれ。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

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2018年7月11日、参議院の「東日本大震災復興特別委員会」に参考人として出席した熊本美彌子さん(「避難の協同センター」世話人、田村市から都内に避難)は、国会議員に頼み込むように訴えた。

「住宅無償提供打ち切り後の実態調査を福島県に対して、被害者の団体、三つの団体が共同して、きちんと調査をするように、実態調査をするようにという要請を昨年から何度も何度もしておりますけれども、福島県は一度もそれに応じてくれていません」

「私どもは、やはり生活の実態が明らかになるような調査をしていただかないといけない」、「まず、実態を知ることから始めなければいけないのではないか」として、「もし具体的にこういった形で調査をしたいということがあるならば、私どももお手伝いしたい」とまで口にした。熊本さんの言う通り、「避難の協同センター」や「ひだんれん」が何度、福島県に要請しても、生活実態調査は行われていない。

そのくせ、国は「生活実態把握の重要性」を認めて来た。例えば、2018年3月の参議院「東日本大震災復興特別委員会」。吉野正芳復興大臣(当時)は、「避難者も大きな被災を受けた方々という理解で、私は、避難者も被災者も同じく支援をしていきたい、このように考えています。特に、区域外避難者を含め避難者の実態を把握することは重要なことと認識をしております」と答弁している。

「これまで福島県において様々な意向調査をするとともに、戸別訪問も実施し、実態把握に努めてまいりました。また、生活再建支援拠点、いわゆる全国の26か所のよろず拠点等、被災者の生活再建支援に携わっている支援団体を通じ実態を把握していくことは、被災者の生活再建のため、重要と認識をしているところです」

「重要と認識」しているのに一向に調べない。福島県も区域外避難者の生活実態を調べもしないで、追い出しありきの施策を進めた。県民を守るべき福島県が調べずに、なぜか避難先の東京都が2017年夏に、新潟県は昨年にアンケート調査を行っている。

東京都の「平成29年3月末に応急仮設住宅の供与が終了となった福島県からの避難者に対するアンケート調査結果」では、世帯月収10万円から20万円が30・2%と最も多かった。

新潟県の「避難生活の状況に関する調査」では、「困っていること・不安なこと」として「生活費の負担が重い」、「先行き不透明で将来不安」、「家族離ればなれの生活、孤立、頼れる人がいない」などが挙げられた。

避難者団体はこれまで、何度も何度も国や福島県に原発避難者の生活実態調査をするよう求めている。しかし、国も福島県も拒否。福島県の回答も全く正面から答えていない

同上

同上

2017年5月25日の衆議院「東日本大震災復興特別委員会」には、内科医で2014年の福島県知事選挙に立候補した熊坂義裕さん(前宮古市長)も参考人として出席していた。熊坂さんは、震災後に無料電話相談「よりそいホットライン」を運営する一般社団法人社会的包摂サポートセンターの代表理事に就任した経験をふまえ、「被災者の実情を早急に可視化、見える化することが必要」と訴えた。

「孤立を防ぐためにも、今以上に、被災者への見守り支援など、相談にたどり着けない当事者の掘り起こし、アウトリーチを行い、家族にも職場にも言えないことが言えるような安全な場所を地域に設置していく居場所づくりを進めていく必要がある。福島県がこの3月で住宅支援を打ち切ったことは、被災者に深刻な動揺をもたらした。被災は自己責任ではないと政策で示す必要がある。経済的困窮者に対しての就労支援と避難者の住居確保の総合的な支援が求められていると思う」

「福島県だけが震災関連死は自殺も含めて増えている。震災直接死よりも既にはるかに多い。こういったところも光を当てて、なぜなのかというところをやはりもう少し見える化していかなければいけないのではないか」

「先ほどから可視化という話が何回も出てきているが、福島から避難した方、あるいは実際に被災三県で暮らしていて、もう良いんだ、言ってもなかなか分かってもらえないんだというような、あきらめの気持ちみたいなもの。でも訴えたいんだということが私どもの電話にたくさん来ている。そういったニーズに細かく寄り添っていく、要するに一人一人に寄り添っていく政策というのが大事じゃないか」

昨年5月、コロナ禍で原発避難者がどのような苦しみを抱えているか、避難の協同センターなど3団体がインターネット上でアンケート調査を行った。福島県庁で行われた記者会見で、松本徳子さんは「私たち区域外避難者(いわゆる〝自主避難者〟)は2017年3月末でいろいろな支援策が打ち切られ、福島県から棄民扱いされた。私たち区域外避難者はもはや、『避難者』として人数にカウントされていない。国も福島県も避難者の実情を調べようとしない。避難者として、福島県民として扱われていない」と怒りをぶつけるように訴えた。

村田弘さんは「決定的に欠けているのが、避難者の生活状況がどうなっているのかという事。そういう調査は今まで1回もされていない。その中で住宅無償提供が次々と打ち切られていった。昨年4月以降は帰還困難区域の住宅提供すら打ち切られている。避難者がどこでどういう生活をしているのか、という事をきっちりととらえる必要が絶対にあると思う。きちんとした調査をやろうと思えば出来るはず。生活実態に踏み込んだ調査を国としてやっていただきたい」と復興庁に求めたが「復興庁が主体となって実態調査を行う? 正直に申し上げて、現時点では難しい」と拒否された。

まず避難者の実態を調べて新たな施策に反映する。誰でも考えられることがなされない。なぜ、そんな簡単なことさえできないのか。村田さんは言う。

「原発避難者の実態が分かってしまったら救済しなければならなくなってしまうからではないか。実際どうなのか調べちゃうと、自分たちが進めてきた支援策と生活実態との差が歴然としてしまうから、だからやらないんだよ」

調べもせずに切り捨てる。これが国と福島県の10年間だった(つづく)

▼鈴木博喜(すずき ひろき)
神奈川県横須賀市生まれ。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

『NO NUKES voice』Vol.28 《総力特集》〈当たり前の理論〉で実現させる〈原発なき社会〉

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「避難の協同センター」事務局長の瀬戸大作さんは2019年6月に埼玉県川越市内で行われた講演会で、こんな想いを口にしている。

「僕が貧困問題に取り組んでいて、一番嫌いな言葉が『自立』。原発事故から8年経ったのだから避難者の人たちもそろそろ自立してください、と自立を強制している。国家公務員宿舎からの追い出しはまさにその典型。自立をして出て行けという事。この事を〝加害者〟である国や東電が言うのは絶対に許せない。福島県庁の担当者もこの話ばかりします」

一方的に期限を決めての自立強制。なぜ避難者は避難したのか。国も電力会社も「絶対に壊れない」と言い続けた原発が爆発し、放射性物質が拡散されたからだ。生活圏に被曝リスクが入り込んで来たからだ。それをなぜ、〝加害者〟側に止められなければいけないのか。行政ばかりではない。立憲民主党系の福島県議でさえ「そろそろ戻ってきたらどうか」と口にするほどなのだ。

郡山市から静岡県内に避難し「避難の協同センター」世話人の1人である長谷川克己さんは2018年5月、衆議院議員会館で行われた政府交渉の席上、こんな言葉を口にしている。

「私は避難後に収入が少しだけ増えたので、住宅無償提供打ち切り後に始まった福島県の家賃補助制度を利用することが出来ない。それでも生きていかなければならない。2人の子どもたちを路頭に迷わすわけにはいかない。この流れに飲みこまれるわけにはいかないと必死に生きているし、自分なりのやり方で抜け出そうとしている。でも周囲を見たときに、本当にこれで大丈夫なのか、みんなちゃんと濁流から抜け出せるのかと思う。結果的に抜け出せた側に立って『公平性を保つ』と言うのは、それは違うと思う。私は私のやり方で、目の前の子どもたちを濁流の中から救い出さなくちゃいけないとやってきた。でも、はっと後ろを見た時に、そう出来ていない人もいる。『(生活再建を)している人もいるのだから、この人たちのように、あなた達もやらなくちゃ駄目ですよ』と言われてしまうのは心外だ」

自己責任社会などと言われるようになって久しい。区域外避難者も例外ではなく、インターネット上には「いつまでも支援を求めるな」、「早く自立しろ」などの罵詈雑言が並ぶ。長谷川さんは、それらの言葉を「ある意味正論、もっともだと思う。どこにあっても自立を目指すのがまともな大人の姿だから」と冷静に受け止めている。

「でも…」と長谷川さんは続ける。

「それでも、何らかの事情で自立出来ない避難者がいれば、救済の手を考えるのが本来、政府のするべきこと。加害責任者でもある『政府』が必ず果たすべき責任だ」

避難当事者はこれまで、何度も「追い出さないで」と訴えてきた。しかし、福島県の内堀知事は「自立しろ」との姿勢を貫いている

区域外避難者が常に直面して来た「自立の強制」と「孤立」の問題。それを指摘しているのは瀬戸さんたちだけではない。山形県山形市のNPO法人「やまがた育児サークルランド」の野口比呂美代表は、福島県社会福祉協議会が2012年11月に発行した情報誌「はあとふる・ふくしま」で次のように語っている。

「避難されてきたお母さんにはいくつかの共通点があります。①母子世帯が多い、②経済的な負担感が多い、③健康や先行きに不安が大きい、④孤立傾向にある」

「避難するにしてもしないにしても、福島のお母さんたちは本当に大変な選択を迫られています。私たちは皆さんの選択を尊重していきたいし、それを尊重できる場所が必要なのだと思います」

しかし、国も福島県も孤立する区域外避難者には目もくれず、2020年東京五輪に向かって「原発事故からの復興」演出に躍起になって来た。

「福島原発事故の責任を棚上げにしたまま『日本再生』を演出しようとする政府の方針は、被害者であるはずの原発避難者に対して、有形無形の圧力を加えた。避難者の中には、公的支援や賠償の打ち切りによって生活困窮者に転落していく当事者も少なくない。母子避難者はその典型だ。彼女たちは制度的支援を打ち切られ、社会的に『自己責任』のレッテルを貼られたまま孤立に追い込まれています」と瀬戸さん。

孤立の果てに、避難先で自ら命を絶った女性もいる。そういう事例を目の当たりにしているからこそ、瀬戸さんは国や福島県がただ相談を待っているのではなく、自ら出て行く『アウトリーチ』の必要性を強調する。

「離婚などで家族関係が壊れると相談相手がいなくなります。SOSを受けて僕らが電話をすると、まず言われるのが『こういう話を久しぶりに出来て良かった』という言葉。具体的な要望についてはあまり語らない。『話を聴いてくれる人がいてうれしかったです』、『また電話して良いですか』と。だから、行政にはアウトリーチをやって欲しい。アウトリーチをする中で、何度か会話をする中から本当の苦境が分かってくる」

復興庁は言う。「全国26カ所に相談拠点を設けています」。

しかし、避難者が必死に想いで相談しても、傾聴されて終わってしまうケースもある。行政の福祉部門につなぐだけのこともある。「『相談拠点』への相談件数がなぜ、少ないのか。福島県が避難者宅への個別訪問を行っても何故、大半の世帯が会おうとしないのか。その理由は、福島県からの説明は常に支援終了や縮小ありきで、避難者の事情を考慮できない一方的な説明だからだ」と瀬戸さん。。これでは、避難先での孤立は解消されない。

「確かに相談窓口は拠点化されていますが、とても事務的。そして、仕事を二つも抱えている避難者はなかなか行かれない。だから避難の協同センターに連絡が来る。やはりもう少し、ただ開いているのではなくて、あそこに行けば本当に相談に乗ってくれる、自分の悩みが話せる、本当にその場づくりをもう一度きちっと初めから考え直していただいた方がよいのではないか」

松本さんの願いはしかし、叶えられていない。「結局、〝自主避難者〟は根なし草のような存在なのだろう」という長谷川さんの言葉が重い(つづく)

都内にも原発避難者向けの相談拠点が設けられたが、どこも「待ち」の姿勢。瀬戸さんは行政の側から避難者にアプローチする「アウトリーチ」の必要性を訴え続けている

▼鈴木博喜(すずき ひろき)
神奈川県横須賀市生まれ。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』7月号

「避難の協同センター」が設立されたのは5年前の2016年7月12日。避難当事者や支援者、弁護士などが名を連ねた。長く貧困問題に取り組んでいる瀬戸大作さんは、事務局長として参議院議員会館で行われた記者会見に出席。「経済的、精神的に追い詰められて孤立化している避難当事者の皆さんと支援者が『共助の力』で支え合う。『身体を心を温める』支援から始めたい」と話した。本来は国や福島県がやるべきことを民間団体が担わなければいけない。それが区域外避難者支援の現実だった。設立に至る経緯を、瀬戸さんが後に講演会で語っている。

「2016年の5月に入り、自主避難者個々に一斉に福島県から通知文書が届いた。入居している応急仮設住宅の退去通告だった。都内では、都営住宅での個別説明が始まった。団地集会所での個別説明会が計6カ所で開かれた。約1時間、集会所に呼ばれて1人ずつ面談。避難者1人に福島県や東京都の担当者が4人、対応した」

まるで〝圧迫面接〟だった。ある女性は面談後、食事も睡眠もままならなくなり、40日にわたって入院してしまった。母子避難した後に離婚したので行政の区分では『母子避難』ではないので支援対象外。面談では、退去を前提に「改めて都営住宅に申し込まないのであれば、自ら民間住宅を借りて2年間じっくり考える時間をつくったらどうか」などと迫られたという。

しかし当時、この女性が入居していた都営住宅の倍率は160倍に達していた。そもそも、公営住宅はどこも入居希望者が多く、申し込んだところで当選する可能性は低い。国家公務員宿舎からの追い出し支障を起こされた避難者は、これまでに14回も都営住宅の抽選に外れている。それでも、とにかく区域外避難者を追い出そうと福島県は動いていた。

「避難の協同センター」が設立されたのは2016年7月。5年経った現在も、孤立と困窮から原発避難者を救おうと奔走している

瀬戸さんたちの動きも早かった。都営住宅での「個別相談会」で退去を通告され、避難者一人一人が精神的に追い込まれている状況を知り、避難者や支援者有志が急きょ「避難の協同センター準備会」を立ち上げた。同時に相談ダイヤルを開設。別の都営アパート集会所でチラシを配り、何人もの避難当事者と話したという。

「多くの区域外避難者たちが『自主避難者も賠償をもらっているんだろ?いつまで甘えているんだよ』という世間の偏見と中傷の中、東京の片隅で避難生活を送っていた事に気付いた」

瀬戸さんは、事務局長として政府交渉や福島県との交渉に参加するばかりでなく、24時間365日携帯電話に寄せられるSOSに対応し、車を走らせた。時には宿泊費や当座の生活費を手渡すこともある。生活保護申請にも何度も同行した。

「避難者の方々は、様々な公的支援制度について詳しく知らない。自分が置かれた状態であればどういう支援を受けられるのか、分かるはずがない。単独で行政窓口に行って『生活に困っているんです』と言った時、窓口の人は生活困窮者の制度を念頭に置いて対応するから『あなた、車持っていますね。福島には土地がありますね。それならば保護は出来ません』と、まず断られる」。

国や福島県が本当に「避難者一人一人に丁寧に対応」しているのなら、瀬戸さんたちの出番は少ないはずだ。しかし現実には、瀬戸さんの携帯電話が鳴らない日はない。

「寄せられるSOSは、住まいの相談から生活困窮の相談に内容が変化していった。ただでさえ母子世帯の暮らしは厳しい事が分かっていながら一律に住宅無償提供を打ち切り、生活支援策を講じなかった。国も福島県も『一人一人に寄り添う』と言う。寄り添うならなぜ、これまで出会った母子避難のお母さんが『いのちのSOS』を発するのだろう。なぜ放置されているのだろうか」

それは、「寄り添う」だの「ていねい」だのという美辞麗句と真逆の施策が展開されてきたからだ。

「左手で執拗に退去を迫り、『時期が来たら訴えるぞ』と拳を振り上げ、右手では『個別に相談に応じます。住まい相談に応じます』などと振る舞う福島県に、いったい誰が本音で相談出来るだろうか。経済的に厳しいと嘆く避難者に容赦なく家賃2倍請求をし、転居費支援も一切しない。住宅相談にしても、不動産業者につないで『あとは直接、業者に相談してください』で終わり。だから新しい住まいが決まらない。私たちは転居費が不足している避難者への給付金補助、保証人代行もしっかり行っています」

福島県との話し合いでは毎回、厳しい視線を送る瀬戸大作さん

世話人の1人で、自身も田村市から都内に避難した熊本美彌子さんも、2018年7月11日に開かれた参議院の東日本大震災復興特別委員会でセンターに寄せられるSOSの深刻さを述べている。

「川崎市内の雇用促進住宅に入居していた40代の男性は、体を壊して仕事ができない状態でいるときに、『もう住宅の提供は打切りだ』、『出ていけ』と言われた。雇用促進住宅というのは、家賃の3倍の収入がなければ継続入居ができない。とても困って、出ろ出ろと言われるから男性は退去した。退去したけれども職がない、働けない。それで所持金が1000円ぐらいになって、どうしていいか分からないとセンターに相談があった」

2018年7月11日には、「避難の協同センター」として、①区域外避難者が安心して生活できる『居住の保障』、②民間賃貸家賃補助の継続、③希望する避難者を公営住宅特定入居の対象とする(区域外避難者を対象に加える)、④安心して生活できる『居住の保障』が実現するまで国家公務員宿舎の継続居住期間の延長(住まいの確保の制度的保障)の4項目を提起したが、政策に加えられることはなかった。

「そもそも日本の居住政策には、住まいは基本的人権として保障するという考え方が欠けている」と瀬戸さん。2019年1月には、「原発事故被害で苦しみ、家族と自らを守るために避難してきた皆さんの身体と心を少しずつ温める事もせずに、この国は自立を強制し、身体をまた冷えさせている。私たちは『身体と心を温め合う社会』づくりに向けて、少しずつでも活動を続けたい」と語っている。「自立の強制」に抗いながら、今日も奔走している(つづく)

▼鈴木博喜(すずき ひろき)
神奈川県横須賀市生まれ。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

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5月14日、福島地裁で2件の〝追い出し訴訟〟の口頭弁論が行われた。被告は福島県から区域外避難(いわゆる自主避難)し、国家公民宿舎に入居する福島県民。これで4世帯すべての審理が始まった。人数も生活実態も把握されないまま10年が経った区域外避難者。4年前に住宅の無償提供が打ち切られてから切り捨てが加速している。間もなく設立5年を迎える「避難の協同センター」の活動を中心に、原発事故後の区域外避難者の置かれた状況を確認しておきたい。

2020年9月17日、菅義偉政権の誕生とともに就任した平沢勝栄復興大臣もまた、就任会見で歴代大臣と同じ言葉を何度も口にした。

「被災地に寄り添って、各省庁の縦割りを排して、現場主義に徹して福島の本格的な再生再興、東北の再生再興に取り組んでほしいと、こういうことでございました」

今年3月30日の定例会見でも「私自身が先頭に立って現場主義を徹底し、被災地に寄り添いながら1日も早い復興に全力で取り組んでいきたい」と語っている。前大臣の田中和徳氏も「現場主義」と「被災者に寄り添う」を盛んに強調していた。歴代大臣は皆、判を押したように役人の用意したペーパーを読み上げた。

国だけではない。福島県の担当者も、事あるごとに「内堀(雅雄)知事からは、避難者一人一人の個別の事情をお伺いし丁寧に対応していくよう、常日頃から言われております」と口にしている。では、国や福島県に「寄り添われた」と考える原発避難者はいるだろうか。

2017年5月25日、衆議院の「東日本大震災復興特別委員会」に参考人として招かれた松本徳子さん(「避難の協同センター」代表世話人、福島県郡山市から神奈川県に避難)は、こんな言葉で避難者の思いを代弁した。

「口をそろえて『避難者に寄り添って』など、全て嘘でした。今思えば、私たちは行政、国の言葉を信じ、必ず私たちを守ってくれると夢を描いていました。しかし、それは夢でしかありませんでした。現在の政権を握っているトップは、私たちの苦しみなど何とも思っていないということです」

松本さんのように、被曝リスクを避けるために避難した人々は、避難元が政府の避難指示が出されなかった区域にあるということで〝自主避難者〟(区域外避難者)と呼ばれ、避難指示による強制避難者とは支援や賠償の点で大きく差がつけられた。

公的支援と言えば家賃6万円までの無償化と日本赤十字からの「家電6点セット」くらい。それとて、福島県は積極的に県民に知らせず、それどころか新規申し込み受付を2012年12月28日で一方的に打ち切ったのだ。松本さんは、子どもを被曝リスクから守ろうと保護者が立ち上げたグループのメーリングリストで偶然、神奈川県内の住まいを「みなし仮設住宅」として借りられると知り、動けたのだった。

「あの当時、災害救助法に基づく住宅提供を知り得た家族はどのくらいいたでしょう」と松本さん。実は長女は住宅支援を受けられていない。同じ原発避難でも、動くのに時間がかかったというだけで住まいも何もかもが「自力」。松本さんは国会議員たちを前にその現実を訴えた。

「2016年5月にようやく、家族3人で〝自力避難〟しました。長女夫婦も悩んだあげくの移住だったと思います。長女家族は住宅提供を受けていません。2012年12月末で住宅提供を締め切られていたためです。このように、住宅提供を受けられず避難をしている家族がいます」

唯一の公的支援であった住宅の無償提供もしかし「もはや災害救助法で言う『応急救護』の状況ではなくなった」として2017年3月末で終了。アパートなど民間賃貸住宅への住み替えを促し、収入要件に該当する世帯に限って2年間の家賃補助制度(初年度月額3万円、2年目同2万円)に移行した。国会でも県議会でも十分な議論がないまま、これも一方的に決められた。

福島県から〝追い出し訴訟〟を起こされている男性は、国家公務員宿舎から退去する意思はあるものの都営住宅に当たらない。14回も外れている

「福島原発かながわ訴訟」の原告団長を務める村田弘さん(南相馬市小高区から神奈川県に避難)は、区域外避難者切り捨てが加速した背景に「原発事故後10年にあたる2020年の東京五輪までに『原発事故を克服し、福島の復興を成し遂げた』と世界に宣言するという目標を国が掲げた」ことがあると指摘する。2019年12月20日に東京高裁で行われた控訴審の第1回口頭弁論では、自ら法廷で意見陳述した。

「避難指示が出されなかった地域については大人1人8万円、子ども・妊婦40万円という原子力損害賠償紛争審査会の『中間指針』に依拠した賠償のみで良しとされてきました。唯一、避難生活の支えになっていた住宅の無償提供も、福島県による災害救助法の適用終了宣言によって2017年3月末で打ち切られました」

「避難者は生活の基盤である住宅提供を打ち切られ、『帰還か自立かの二者択一』を迫られているのです。被害者・避難者は、原発事故による癒えない傷を抱えたまま、かさぶたを引き剥がし、塩をすりこむような非情な政策によって二重三重の被害を強いられ続けているのです」

打ち切りを4カ月後に控えた2016年11月30日には、福島市などから多くの人が避難した山形県米沢市の中川勝市長が福島県を訪れ、直接「住宅無償提供の継続」を求めたが、内堀知事は面会すらせず、担当者に要望書を受け取らせただけ。普段は煮え切らない発言の目立つ内堀知事も、区域外避難者切り捨てに関しては決断も動きも早かったのだった。

区域外避難者との面会を拒み続けている福島県の内堀雅雄知事。2017年には1年を表す漢字に「共」を選んだが、実際には避難者に寄り添ってなどいない

住宅無償提供が打ち切られた翌年の秋に実施された福島県知事選挙で圧勝し、再選されたが、公開質問状で「知事に就任した場合、区域外避難者への経済的支援を含む住宅支援の再開などを提案する意思がありますか」と問われると「ない」ときっぱりと答えた。「避難者の方々は、健康、仕事、教育、生活など様々な課題を抱えていると受け止めております」、「避難者一人一人の状況に応じた支援をしっかりしてまいります」とも答えていた。

だが、「一人一人の状況に応じた支援」はやがて「みなし仮設住宅からの追い出し」に姿を変えた。昨年3月には国家公務員住宅「東雲住宅」に入居する4世帯を相手取り、追い出し訴訟を福島地裁に起こした。松本さんの言うように「口をそろえて『避難者に寄り添って』など、全て嘘」だった。国も福島県も見放すばかりの事態に急きょ、民間支援団体がつくられた。「避難の協同センター」と名付けられた。(つづく)

▼鈴木博喜(すずき ひろき)
神奈川県横須賀市生まれ。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

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10度目の「3・11」が過ぎ、この4月、県立高校に入学した女の子(福島市在住)に「あの頃」と「これから」について語ってもらった。そこには取材者が喜ぶような言葉は無く、等身大の15歳の言葉が並んだ。「福島が大好きだから、あまり福島を汚染地、被曝地とは呼んで欲しくないな」と語る彼女は、一方で「汚染が存在するのは事実だし、危険だと考える人がいるのも当然」とも。今月から高校生活が始まったばかりの15歳の本音に、あなたは「矛盾だらけじゃないか」と眉をひそめるだろうか。

10年前は、5歳の幼稚園児。大きな揺れは今でも鮮明に覚えているという。

「自宅に居ました。祖父母や母、妹とおやつを食べる準備をしていたら揺れが始まりました。私は手を洗っていたため、石けんの泡がついたままの手で庭に飛び出したのを覚えています。母や祖父の車が車庫で今にもひっくり返るのではないかと思うくらい大きく揺れていました」

ほどなく電気が止まり、水も出なくなった。父親と一緒に給水車の列に並んだ。その時、大量の放射性物質が降り注いでいた事など、5歳の女の子に分かるはずも無い。いや、大人でさえ被曝リスクに意識が向いていた人がどれだけいたか。誰もが今日明日を生きるのに必死だった。だからこそ、行政が積極的に情報発信するべきだったが、逆に市民には「安全安心」ばかりが伝えられていた。

震災・原発事故当時は幼稚園児だったが今春、晴れて県立高校に入学した。「当時、被曝しただろうから甲状腺検査は受け続けたい」と話す

福島市の広報紙「ふくしま市政だより」速報版第8号(2011年3月17日発行)によると、2011年3月15日19時に「県北保健福祉事務所」で毎時23.88マイクロシーベルトが記録されている(原発事故前は毎時約0.04マイクロシーベルト)。だが、福島市は次のように掲載するだけで市民に注意を呼び掛ける事はしなかった。

「これは胃のX線集団検診1回当りの量の約25分の1です。県からは健康に問題ないレベルであるとの見解が示されています」

当時を「被曝する可能性は大いにあったと思います」と振り返る。「あの頃は被曝リスクなど考えてもいなかったのですが、今思うと、国や行政が注意を呼び掛けるべきだったのかなとも思います」

給水車の列に並んでいた頃、母親は妊娠中だった。3月17日に弟が誕生。翌18日に弟の小さな顔を病院で見てから福島を離れた。祖父母、妹と4人で〝自主避難〟した。関東を何カ所か移動した後、埼玉県内のアパートに入居した。母と姉妹、生まれたばかりの弟と4人での避難生活が始まった。

「幼かったので、原発事故に対する危機感などほとんど無い状態でした。言われるままに避難しました。結局、幼稚園は合計で3園、小学校は2校通いました。どこに行ってもみんな優しくしてくれて本当にありがたかったです。沢山の友達ができました。今でも連絡を取り合っている友達もいます。その友達とは『感染症が終息したら久しぶりにお泊まり会をしたいね』と話しています」

8歳で福島に戻った。自身は小学3年生、妹が小学校に入学するタイミングでの帰還だった。5歳の少女は、親や祖父母に言われるままについて行った。では、もし今の年齢で再び避難を要するような事故が起こったら再び福島を離れるか。その問いには明確に「NO」と答えた。

「絶対に福島を離れたくありません。確かにとても危険な選択だとは思っています。でも、ようやく親友と呼べる友達と離れて避難などしたくありません。今まで頑張ってきたバレーボールの仲間たちとも離れなくてはならなくなります。他校の友達も沢山います。高校生になって試合をするのをとても楽しみにしています。子どもっぽい理由ではあるかもしれませんが、やっぱり福島を離れる事は嫌です」

「何も分かってないな」とか「でも被曝リスクが…」と責めるのは簡単だ。でも、これが15歳の正直な気持ちなのだろう。学校で親友と呼べる友達が出来、部活動を頑張っている中高生に「被曝の危険があるから逃げよう」と言って、果たして何人が応じるだろうか。ましてや福島市など中通りには、様々な思惑が絡み合った結果、政府の避難指示が出されなかった。「子どもが部活動をするような年齢だったら避難出来なかった」と述懐する声は少なくない。だからこそ、初期被曝から避けるために、中通りも含めて広範囲での避難指示が必要だった。

「福島が大好きだから、被曝リスクがあると言われるのはやっぱり嫌だなと感じることはあります」とも話す。だからと言って、放射能汚染や被曝リスクから完全に目をそむけているわけでは無い。「被曝リスクが存在するのは事実だし、危険だと考える人がいるのも当然だと思います。残念ですが原発事故が起こってしまったという事実がある限り放射能がゼロになることはないと思います。考えられないような量の放射性物質が撒き散らされ、未だ放射線量が高い地域も沢山あるため、そこの近くにいる人はもちろん福島市も線量が高い所が少なくないからです」。

「任意性に乏しい」などの理由で打ち切りを求める意見も出ている学校での甲状腺検査についても「検査は全然嫌ではないです。むしろ学校でやってくれてありがたいです。これからも続けて欲しいと思っています」と話す。もし学校での検査が無くなってしまったら? と尋ねると「そうしたら医療機関で検査を受けます。少なからず放射能を浴びている事は確かです。それがきっかけでガンになる可能性もあるので、検査はしっかり継続して受けていきたいと思います。仮に甲状腺ガンが発見されたとしても早い段階で手術などをする事が出来るようにしたいからです」と話した。

筆者は残念ながら、10年経った今でも福島を含む広範囲が「汚染地」だと考えている。これには「『被曝リスクが存在するのは事実だし、危険だと考える人がいるのも当然』と言っておきながら矛盾しているかもしれないけど、福島を『汚染地』、『被曝地』とは呼んで欲しくないという思いが一番強いです」と胸の内を明かした。

そんな〝矛盾〟を子どもに抱えさせる事こそ、原発事故の重い罪のひとつなのかもしれない。

福島市の名所「花見山公園」では手元の線量計で依然として0.3μSv/hを超えるが、女の子は「放射能汚染は事実だけれど…汚染地と呼んで欲しくないな」と本音も口にした

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

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「なぜですか? なぜですか?」。毎日新聞記者が福島県原子力安全対策課職員に詰め寄った。県職員は小さな声で「昨日申し上げた通りです」と答えるばかり。不透明な汚染水の海洋放出方針決定劇を象徴する場面だった。

政府の基本方針決定から2日後の4月15日午前に開かれた「第2回原子力関係部局長会議」。この日、内堀雅雄知事が上京し、17時から梶山弘志経産大臣と面会して県の意見を伝える事が既に県政記者クラブには伝えられている。つまり、この会議が国に物を言う前の最後の会議。当然、そこで何が話し合われるのかを県民に伝えなくてはならない。しかし、同課は前日の「第1回会議」に続き、この日も非公開で話し合う事を決めた。毎日新聞記者はそれに納得出来ず、抗議をしたのだった。

「会議を取材させるよう記者クラブとして抗議しています。でも変わらない。13日も知事に会見に応じるよう申し入れたのですが、ぶら下がり取材すら行われませんでした」

県政記者クラブ加盟社の記者は言った。梶山大臣から政府の基本方針決定を伝えられても何も語らず、会議も非公開では「透明性」も何も無い。しかし、司会役の鈴木正晃副知事は開始1分足らずでメディアに退出を求めた。廊下には複数の原子力安全対策課職員が門番のように立ち、扉の前で中の様子を伺おうとする記者を排除した。配られた資料にも県の意見は全く無かった。国に「幅広い関係者の意見を丁寧に聴け」と求めて来た内堀知事は、最後まで議論を密室に封じ込めたのだった。

20分ほどで会議を終えると、内堀知事はようやく隣室に姿を現した。アクリル板越しの会見が始まった。しかし、ここでも記者たちは内堀知事の発言に驚かされる事になる。

「福島県自身が容認する、容認しないと言う立場にあるとは考えておりません」
朝日新聞記者の質問に、内堀知事はそう言い放ったのだった。頭の中で何かが音を立てて崩れていくのを感じた。それは民主主義であり、地方自治であった。政府が決めた汚染水の海洋放出方針を伝えられてから丸2日。内堀知事の口から出たのは「賛否を明らかにしない形での事実上の〝容認〟」という最悪の結論だった。結局、2日前と何ら変わらなかったのだ。

上京前の会見でも「容認する、しないを言う立場に無い」と語り、海洋放出への賛否を示さなかった内堀知事

「早期に国に対してまとめた福島県としての意見を申し上げるため、われわれとしては最大限の対応を行っている」と言う割には、梶山大臣に手渡された「福島第一原子力発電所における処理水の処分における申し入れ」には、ほとんど中身が無かったと言って良い。内堀知事は「関係者に対する説明と理解」、「浄化処理の確実な実施」、「正確な情報発信」、「万全な風評対策と将来に向けた事業者支援」、「処理技術の継続的な検討」を国に求めたが、これらは、これまで県議会や定例会見などの場で発言してきた内容と変わらない。河北新報記者も「これまでと同じ事を改めて要望するように聞こえる」と質したが、明確な答えは無かった。

しかも、賛否を示さない一方で国に求めている内容は海洋放出を前提にしたものばかり。筆者は「県内7割の市町村議会から出されている海洋放出に否定的な意見書は無視されるのか」と質問したが、内堀知事は「福島県内においては海洋放出に反対される意見、タンク保管継続を求める意見、風評を懸念する意見、あるいは一方で、このままタンク保管を継続されると特に地元自治体の復興やふるさとへの住民の帰還を阻害する。こういった事を心配する意見など様々なご意見があります」としか答えない。「様々なご意見」はどこへ行ったのか。何をどう判断して〝容認〟に至ったのか。全く答えないまま、内堀知事は東京へ向かったのだった。

ちなみに、前述の毎日新聞記者は当然、なぜ会議を非公開にしたのか質している。それについても、内堀知事は「やはり県として意見全体として取りまとめるうえで、これまで、様々な原子力関係の意見を整理する際には一定程度クローズで行い、そのうえでその結果をオープンにするという形をとっているところであり、それと同様の対応を行っているところであります」と述べるばかりで、全く答えになっていなかった。

2日間にわたって開かれた福島県の「原子力関係部局長会議」は非公開。取材陣を閉め出して行われた

知事が県民への説明責任すら果たさないまま、国や東電に責任を押し付ける形でなし崩し的に〝ゴーサイン〟が出た汚染水の海洋放出。海に流す事自体の是非など話し合われず、海洋放出による影響は「風評被害」という都合の良い言葉に収れんされた。そもそも海洋放出の影響は福島県近海にとどまらないが、福島県内でさえ、議論が十分になされているとは言えない。実際、小名浜港で釣り人に声をかけたが、返って来た答えはどれも「原発汚染水?反対も何もねえよ。気にしていたら、ここに釣り人なんかいねえっぺよ」や「どうでしょうねえ。私らが何を言ったって海洋放出は変わらないだろうし、賛成も何もねえ…」だった。

廃炉作業を進める東電の不祥事が続いた事も、国や福島県にとっては好都合だった。

自民党の佐藤憲保県議は、内堀知事への申し入れの際「再三の指摘にもかかわらず繰り返される不祥事が後を絶たない。こういう中にあって本当に事業者として県民が信頼を置いて処理水含めて廃炉作業にあたって行かれるのか」と述べ、内堀知事も「私自身、特に柏崎刈羽原発の核物質防護策の問題、これは極めて重大な問題だと受け止めております」と答えた。公明党県議も「度重なる東電の不祥事。東電に対する信頼関係は本当に全く途絶えていると言っても過言でない」と語っている。

東大経済学部を卒業後、旧自治省、旧大蔵省、総務省を経て福島県生活環境部長、企画調整部長、副知事を務めた後に福島県知事になった内堀知事が国の意向に絶対に逆らわないのは周知の通り。だから、東電を責める事が出来たのは渡りに船だったのだ。

いわき市・小名浜港近くの食堂でメヒカリ定食を食べた際、店主は「汚染水はどうなることやら。私たちにはさっぱり分からない」とぼやいていた。内堀知事はそういう声にも何も答えていない。〝風評被害〟に対する補償の話だけが独り歩きしている。物言わぬ内堀知事の罪は重い。(おわり)

◎鈴木博喜《NO NUKES voice》物言わぬ福島県知事の罪──汚染水の海洋放出決定の舞台裏
〈1〉 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=38723
〈2〉 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=38726
〈3〉 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=38729
〈4〉 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=38732

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復興や風評払拭に貢献するような団体は喜んで知事室に招き入れる内堀雅雄知事。逆に原発事故で福島県外に避難した県民とは頑なに面会しようとしないが、その姿勢は汚染水問題でも同じだった。梶山弘志経産大臣が去った福島県庁では、県議会の4つの会派が内堀知事に緊急申し入れを行ったが、共産党県議団だけ原子力安全対策課長に対応させたのだ。これにはある県議も「そこが役人。全ての会派と会えばいいのに」と呆れた。

知事が最も手厚く迎えたのは当然、最大会派・自民党福島県議会議員会(29議席)だ。

「国内外に対して科学的根拠に基づく海洋放出の安全性・妥当性についてのていねいな説明を繰り返すとともに、専門家によるトリチウムの性質や処理水に関する正確な情報の発信に全力で取り組むよう国に求めること」などを要望されると、わざわざ佐藤憲保県議に「よろしければ」と水を向け、マイクを握らせるサービスぶり。そして「ひとつ踏み込んで申し上げますと、東京電力の信頼性の問題があります。先般、小早川(智明)社長がこの部屋に来られて最近、さまざまな不祥事あるいはトラブルが相次いでいる事について謝罪がありました。私自身、特に柏崎刈羽原発の核物質防護策の問題、これは極めて重大な問題だと受け止めております。そういう状況下における今回の方針決定について県民の皆さんには不安、懸念がある、これが現実だと思います。こういった点を十分に考慮に入れ、国に対して今後県として言うべき事を伝えて参ります」と答えてみせた。

自らの考えを県民に示す事はせず、県民の見ていないところで海洋放出を〝容認〟する。民主主義もどこ吹く風。これが〝オール与党〟の弊害か。それとも支持率8割のおごりなのか。しかし、議会側も弱腰だった。第二会派・県民連合議員会(立憲民主党系、18議席)は結局、「海洋放出反対」を明確に打ち出す事は出来なかった。「慎重な判断を求める緊急申し入れ」では「処分方法を含め安易な判断は避け、責任をもって県民に説明するよう国に強く求めること」などを内堀知事に要望するにとどまったのだ。

申し入れ後に会派控え室を訪ねると、所属県議たちは一様に歯切れが悪かった。

「汚染水を海に流しちゃ駄目だとは言ってない? そうだね。断言はしていない。要は慎重に判断しろって事で…駄目だと文字では言ってねえけど、やっぱり基本的には賛成出来ないっていうかな。んだ。海に流して良いとは思ってはいないけれども、思ってないよ。うん。だけど、そういうのも含めて、良く県民の意見を聴いてもっと過程を大事にしてまとめるようにしなさいと。まだ努力が足りないし、認識もまだ…」

「まだ考える時間もありますし、そういったところは県民の立場で慎重な判断をしろってことで…」

「県議会なので、やっぱり県民の意識がどうなっているかが一番大事で、例えば大方の県民が海に捨てろと言えばわれわれ単独で判断する問題では無いし、今の段階では7割近い県民が駄目だって言っているわけだから…われわれとしてはそれを大切にしているということです」

県議会への対応では露骨に差をつけた内堀知事。自民党など3会派からの申し入れには自身で対応したが(写真上)、共産党からの申し入れは原子力安全対策課長に受け取らせた(写真下)

実は、立憲民主党の金子恵美衆院議員(福島県伊達市出身)は前夜の緊急街宣にリモート参加し、海洋放出反対を明言している。

「私たちは復興庁、環境省、農水省に申し入れをしました。経産省には9日に申し入れました。昨秋の申し入れから全く何も進んでいないじゃないかという事です。十分な国民的議論も無い。陸上保管を続ける間に海洋放出以外の処分方法を検討せよと求めてきましたが、この半年間何もやって来なかったじゃないですか。恐らく明日の午前中には海洋放出方針が決定されるでしょう。でも、それであきらめてはいけない。安易な海洋放出はあってはならないと言い続けたいと思います」

自分たちが担ぎ上げた知事と身内の国会議員との間に板挟みになりながら苦し紛れに出した申し入れ。一方、公明党福島県議会議員団(4議席)も民意と国政とのはざまで決して「海洋放出反対」を打ち出す事はしなかった。幹事長を務める伊藤達也県議が廊下で取材に応じた。

「公明党福島県本部に『ALPS処理水海洋放出検証委員会』を設置しましたので、そこで風評対策や処分方法、環境モニタリングなど、しっかりと安全性の担保をとれるように検証をして(容認するか否かを)決めていきたいと思っています。科学的な安全性とかその辺は理解していますし、双葉町や大熊町が『タンクがある事自体風評が続いている』と言っている事も理解していますので………それは分かるのですが、風評対策とかそれをしっかりしないまま流されると大変な福島にとっては復興が遅れますので、そこをしっかり見ながらやっていきたいと思います」

結局、明確に「海洋放出方針の撤回」を申し入れたのは日本共産党福島県議団(5議席)のみ。しかし、内堀知事に代わって申し入れを受け取った原子力安全対策課の伊藤繁課長は、取材に対し知事と同じような物言いをした。

「基本方針の決定については梶山大臣から報告を受けました。その中身についてはこれから精査をして県としての意見を国に伝えるという事になりますので、あの内容でOKだとか駄目だとか、そういう判断をするものではありません。これから必要な意見は国に申し上げていくので、海洋放出に対してイエスでもノーでもありません。ですが、処理水の問題はこれまでも『海洋放出反対』とか『タンク保管継続』とか、あとは『早くタンクを無くしてくれ』とかいろいろな意見があってですね、やっぱりそれぞれの地域とかそれぞれの立場、業種に応じてやっぱりそれぞれの意見というのがあるんですね。知事もたびたび言いますけれども、特に原子力に限っては、やはり一つの意見として取りまとめるのは難しい問題があるのです。なので単純にイエスとかノーとか言えるものでは無いというところがあります」

県民に何も語らないまま、一方で県議会には露骨な態度を見せながら、内堀知事の言う「政府の基本方針の精査」が始まった。いつまでに県の意見を取りまとめるのかも分からない。そして2日後、ついに内堀知事が記者団の前に立った。(つづく)

◎鈴木博喜《NO NUKES voice》物言わぬ福島県知事の罪──汚染水の海洋放出決定の舞台裏
〈1〉 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=38723
〈2〉 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=38726
〈3〉 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=38729
〈4〉 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=38732

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4月13日昼。心配された雨予報は外れた。来県する梶山弘志経産大臣に直接、海洋放出反対を伝えようと福島県庁前には多くの人が集まっていた。そこに浪江町からやって来た吉沢正巳さん(希望の牧場・ふくしま)の街宣車「カウゴジラ」も加わり、普段は静かな庁舎前は熱気に包まれていた。時折、雲の間から太陽が顔をのぞかせた。この時、よもや内堀知事が梶山大臣に何も意見を述べなかったとは、誰も考えていなかった。

そもそも、なぜ反対の声があがっているのか。いわき市小名浜で11日に緊急スタンディングを行った「これ以上海を汚すな!市民会議」共同代表の佐藤和良さん(いわき市議)は、「決定過程」、「実害」、「陸上保管の可能性」の面から次のように語っている。

「汚染水の海洋放出方針は閣議決定しないんです。閣議決定すれば大きな意味を持ちますが、閣議決定しないで原子力災害対策本部の下部組織である『廃炉・汚染水関係閣僚等会議』で基本方針を決定して、それを東電に実施させようという事なのです。これは一見、当たり前のように見えて実は無責任きわまりない決定の手法です。政府のどこが責任をとるのか分からないような、そういう決め方というのはいかがなものか。責任ある政治ではありません」

「彼ら(国や東電)が言う『風評被害』。しかし『風評』では無いんですね。『実害』がずっと続いている、『実害の連続』なんですよ。それで、必要があったら賠償しますよと。これは、事故以降続いている被災者切り捨てそのものではないでしょうか。絶対に認めるわけにはいきません」

「(汚染水を溜める)タンクを置く場所が無いと言いますが、あります。燃料デブリの保管庫を5、6号機の陸側につくるというんです。あの空間だけでも相当数のタンクを保管出来る。それと、そもそも汚染水が発生しているのは水冷しているからですよね。水冷しないで空冷に転換するのはいつなんだ。実際には崩壊熱は相当下がっていますから。空冷に転換すれば汚染水自体は発生しなくなるわけです。タンク貯蔵を続けていっても可能だという事です」

4月13日昼、梶山経産大臣に直接、海洋放出反対を伝えようと福島県庁前には多くの市民が集まった。陸上保管継続を訴えたが、政府も内堀知事も耳を貸さなかった

一方、福島県の内堀雅雄知事は県議会の答弁で、何度も「トリチウムに関する正確な情報発信」という言葉を使っている。まるで海洋放出を後押ししてきたかのようだ。

昨年6月議会では「トリチウムを含む処理水の取扱いにつきましては、4月に関係者の御意見を伺う場が開催され、その取り扱い方針を決めるに当たり、具体的な風評対策の提示とトリチウムに関する正確な情報発信に国及び東京電力が責任を持って取り組むよう意見を申し上げてまいりました」と延べ、9月議会でも「私は、これまで国及び東京電力において、具体的な風評対策の提示とトリチウムに関する正確な情報発信に責任を持って取り組むとともに………求めてまいりました」と答弁。12月議会でも「トリチウムを含む処理水の取扱いにつきましては、これまでも機会を捉え正確な情報発信に取り組むとともに………国と東京電力に求めてまいりました」

では、トリチウムだけが問題なのだろうか。昨年2月には、当時の県危機管理部長が汚染水について「燃料デブリを冷却するために注入した水が放射性物質に汚染され、この水と建屋に流入する雨水や地下水が混ざることにより発生」と定義したうえで、次のように答弁している。

「タンクには放射性物質を含む汚染水を多核種除去設備で浄化した、いわゆる『ALPS処理水』が約94%、多核種除去設備で浄化する前のいわゆる『ストロンチウム処理水』が約6%の割合で貯蔵されております。『ALPS処理水』はトリチウムを除く62種類の放射性物質の濃度を低減した処理水のことであり、約111万トンが貯蔵されております。多核種除去設備でトリチウムを除く放射性物質を告示濃度未満まで低減することが可能とされております」

「『ストロンチウム処理水』はセシウム吸着装置等でセシウムやストロンチウムの濃度を低減した処理水のことであり、約7万トンが貯蔵されております。『ALPS処理水』に残存する放射性物質につきましては、コバルト60、ストロンチウム90、セシウム134などのいわゆる主要7核種などがあり、告示濃度を超える処理水の貯蔵量は約78万トンとされております」

これについて、福島大学共生システム理工学類の柴崎直明教授(地下水盆管理学・水文地質学・応用地質学)は、12日夜に福島駅前で行われた「DAPPE」(Democracy Action to Protect Peace and Equality=平和と平等を守る民主主義アクション)の緊急街宣に参加し、「トリチウムトリチウムと言われますが、タンクの中にはトリチウム以外にもALPSで除去し切れていない放射性物質がまだたくさん残っています」と警鐘を鳴らしている。

「ALPS(多核種除去設備)では62核種を除去できると言っていますが、これまでの東電の評価ではそのうちの主要7核種だけを測って、他は推定して放出出来る濃度を下回っているかを判断しています。ところが昨年、いくつかのタンクのサンプルを細かく測ったところ、ALPSでは除去出来ない核種も含まれている事が判明しました。海に流すと言うのなら、きちんと測るべきです。福島県の『原子力発電所の廃炉に関する安全監視協議会』専門委員を2013年から務めていますが、今もってどのような技術的方法で薄めて流すのかという説明は全くありません。非常に心配になります」

海洋放出容認派の多くが、トリチウムだけを取り上げ「国内外の他の原発からも日常的に海に放出されている」と口にする。だが、前述の佐藤さんは次のように反論する。

「IAEA体制、ICRP体制の下で原発推進側がやっている事であって、世界の原発がやっているから安全が担保されているかと言えばそうではない。過酷事故を経験した福島こそ一番安全な原子力防護策をとるべきではないか。それが私たち被災者の義務だと思います」

内堀知事との面談の後、福島県庁内の廊下で「大臣、海洋放出に反対する市民の声は聞こえませんでしたか?」と声をかけた。梶山大臣はにらむようにこちらを一瞥しただけで何も答えなかった。そして、反対の声をあげる市民を避けるように、次の目的地である浜通り(双葉町、大熊町、福島県漁連)に向かった。(つづく)

 

◎鈴木博喜《NO NUKES voice》物言わぬ福島県知事の罪──汚染水の海洋放出決定の舞台裏
〈1〉 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=38723
〈2〉 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=38726
〈3〉 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=38729
〈4〉 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=38732

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

『NO NUKES voice』Vol.27 《総力特集》〈3・11〉から10年 震災列島から原発をなくす道

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