10度目の「3・11」が過ぎ、この4月、県立高校に入学した女の子(福島市在住)に「あの頃」と「これから」について語ってもらった。そこには取材者が喜ぶような言葉は無く、等身大の15歳の言葉が並んだ。「福島が大好きだから、あまり福島を汚染地、被曝地とは呼んで欲しくないな」と語る彼女は、一方で「汚染が存在するのは事実だし、危険だと考える人がいるのも当然」とも。今月から高校生活が始まったばかりの15歳の本音に、あなたは「矛盾だらけじゃないか」と眉をひそめるだろうか。

10年前は、5歳の幼稚園児。大きな揺れは今でも鮮明に覚えているという。

「自宅に居ました。祖父母や母、妹とおやつを食べる準備をしていたら揺れが始まりました。私は手を洗っていたため、石けんの泡がついたままの手で庭に飛び出したのを覚えています。母や祖父の車が車庫で今にもひっくり返るのではないかと思うくらい大きく揺れていました」

ほどなく電気が止まり、水も出なくなった。父親と一緒に給水車の列に並んだ。その時、大量の放射性物質が降り注いでいた事など、5歳の女の子に分かるはずも無い。いや、大人でさえ被曝リスクに意識が向いていた人がどれだけいたか。誰もが今日明日を生きるのに必死だった。だからこそ、行政が積極的に情報発信するべきだったが、逆に市民には「安全安心」ばかりが伝えられていた。

震災・原発事故当時は幼稚園児だったが今春、晴れて県立高校に入学した。「当時、被曝しただろうから甲状腺検査は受け続けたい」と話す

福島市の広報紙「ふくしま市政だより」速報版第8号(2011年3月17日発行)によると、2011年3月15日19時に「県北保健福祉事務所」で毎時23.88マイクロシーベルトが記録されている(原発事故前は毎時約0.04マイクロシーベルト)。だが、福島市は次のように掲載するだけで市民に注意を呼び掛ける事はしなかった。

「これは胃のX線集団検診1回当りの量の約25分の1です。県からは健康に問題ないレベルであるとの見解が示されています」

当時を「被曝する可能性は大いにあったと思います」と振り返る。「あの頃は被曝リスクなど考えてもいなかったのですが、今思うと、国や行政が注意を呼び掛けるべきだったのかなとも思います」

給水車の列に並んでいた頃、母親は妊娠中だった。3月17日に弟が誕生。翌18日に弟の小さな顔を病院で見てから福島を離れた。祖父母、妹と4人で〝自主避難〟した。関東を何カ所か移動した後、埼玉県内のアパートに入居した。母と姉妹、生まれたばかりの弟と4人での避難生活が始まった。

「幼かったので、原発事故に対する危機感などほとんど無い状態でした。言われるままに避難しました。結局、幼稚園は合計で3園、小学校は2校通いました。どこに行ってもみんな優しくしてくれて本当にありがたかったです。沢山の友達ができました。今でも連絡を取り合っている友達もいます。その友達とは『感染症が終息したら久しぶりにお泊まり会をしたいね』と話しています」

8歳で福島に戻った。自身は小学3年生、妹が小学校に入学するタイミングでの帰還だった。5歳の少女は、親や祖父母に言われるままについて行った。では、もし今の年齢で再び避難を要するような事故が起こったら再び福島を離れるか。その問いには明確に「NO」と答えた。

「絶対に福島を離れたくありません。確かにとても危険な選択だとは思っています。でも、ようやく親友と呼べる友達と離れて避難などしたくありません。今まで頑張ってきたバレーボールの仲間たちとも離れなくてはならなくなります。他校の友達も沢山います。高校生になって試合をするのをとても楽しみにしています。子どもっぽい理由ではあるかもしれませんが、やっぱり福島を離れる事は嫌です」

「何も分かってないな」とか「でも被曝リスクが…」と責めるのは簡単だ。でも、これが15歳の正直な気持ちなのだろう。学校で親友と呼べる友達が出来、部活動を頑張っている中高生に「被曝の危険があるから逃げよう」と言って、果たして何人が応じるだろうか。ましてや福島市など中通りには、様々な思惑が絡み合った結果、政府の避難指示が出されなかった。「子どもが部活動をするような年齢だったら避難出来なかった」と述懐する声は少なくない。だからこそ、初期被曝から避けるために、中通りも含めて広範囲での避難指示が必要だった。

「福島が大好きだから、被曝リスクがあると言われるのはやっぱり嫌だなと感じることはあります」とも話す。だからと言って、放射能汚染や被曝リスクから完全に目をそむけているわけでは無い。「被曝リスクが存在するのは事実だし、危険だと考える人がいるのも当然だと思います。残念ですが原発事故が起こってしまったという事実がある限り放射能がゼロになることはないと思います。考えられないような量の放射性物質が撒き散らされ、未だ放射線量が高い地域も沢山あるため、そこの近くにいる人はもちろん福島市も線量が高い所が少なくないからです」。

「任意性に乏しい」などの理由で打ち切りを求める意見も出ている学校での甲状腺検査についても「検査は全然嫌ではないです。むしろ学校でやってくれてありがたいです。これからも続けて欲しいと思っています」と話す。もし学校での検査が無くなってしまったら? と尋ねると「そうしたら医療機関で検査を受けます。少なからず放射能を浴びている事は確かです。それがきっかけでガンになる可能性もあるので、検査はしっかり継続して受けていきたいと思います。仮に甲状腺ガンが発見されたとしても早い段階で手術などをする事が出来るようにしたいからです」と話した。

筆者は残念ながら、10年経った今でも福島を含む広範囲が「汚染地」だと考えている。これには「『被曝リスクが存在するのは事実だし、危険だと考える人がいるのも当然』と言っておきながら矛盾しているかもしれないけど、福島を『汚染地』、『被曝地』とは呼んで欲しくないという思いが一番強いです」と胸の内を明かした。

そんな〝矛盾〟を子どもに抱えさせる事こそ、原発事故の重い罪のひとつなのかもしれない。

福島市の名所「花見山公園」では手元の線量計で依然として0.3μSv/hを超えるが、女の子は「放射能汚染は事実だけれど…汚染地と呼んで欲しくないな」と本音も口にした

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

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「なぜですか? なぜですか?」。毎日新聞記者が福島県原子力安全対策課職員に詰め寄った。県職員は小さな声で「昨日申し上げた通りです」と答えるばかり。不透明な汚染水の海洋放出方針決定劇を象徴する場面だった。

政府の基本方針決定から2日後の4月15日午前に開かれた「第2回原子力関係部局長会議」。この日、内堀雅雄知事が上京し、17時から梶山弘志経産大臣と面会して県の意見を伝える事が既に県政記者クラブには伝えられている。つまり、この会議が国に物を言う前の最後の会議。当然、そこで何が話し合われるのかを県民に伝えなくてはならない。しかし、同課は前日の「第1回会議」に続き、この日も非公開で話し合う事を決めた。毎日新聞記者はそれに納得出来ず、抗議をしたのだった。

「会議を取材させるよう記者クラブとして抗議しています。でも変わらない。13日も知事に会見に応じるよう申し入れたのですが、ぶら下がり取材すら行われませんでした」

県政記者クラブ加盟社の記者は言った。梶山大臣から政府の基本方針決定を伝えられても何も語らず、会議も非公開では「透明性」も何も無い。しかし、司会役の鈴木正晃副知事は開始1分足らずでメディアに退出を求めた。廊下には複数の原子力安全対策課職員が門番のように立ち、扉の前で中の様子を伺おうとする記者を排除した。配られた資料にも県の意見は全く無かった。国に「幅広い関係者の意見を丁寧に聴け」と求めて来た内堀知事は、最後まで議論を密室に封じ込めたのだった。

20分ほどで会議を終えると、内堀知事はようやく隣室に姿を現した。アクリル板越しの会見が始まった。しかし、ここでも記者たちは内堀知事の発言に驚かされる事になる。

「福島県自身が容認する、容認しないと言う立場にあるとは考えておりません」
朝日新聞記者の質問に、内堀知事はそう言い放ったのだった。頭の中で何かが音を立てて崩れていくのを感じた。それは民主主義であり、地方自治であった。政府が決めた汚染水の海洋放出方針を伝えられてから丸2日。内堀知事の口から出たのは「賛否を明らかにしない形での事実上の〝容認〟」という最悪の結論だった。結局、2日前と何ら変わらなかったのだ。

上京前の会見でも「容認する、しないを言う立場に無い」と語り、海洋放出への賛否を示さなかった内堀知事

「早期に国に対してまとめた福島県としての意見を申し上げるため、われわれとしては最大限の対応を行っている」と言う割には、梶山大臣に手渡された「福島第一原子力発電所における処理水の処分における申し入れ」には、ほとんど中身が無かったと言って良い。内堀知事は「関係者に対する説明と理解」、「浄化処理の確実な実施」、「正確な情報発信」、「万全な風評対策と将来に向けた事業者支援」、「処理技術の継続的な検討」を国に求めたが、これらは、これまで県議会や定例会見などの場で発言してきた内容と変わらない。河北新報記者も「これまでと同じ事を改めて要望するように聞こえる」と質したが、明確な答えは無かった。

しかも、賛否を示さない一方で国に求めている内容は海洋放出を前提にしたものばかり。筆者は「県内7割の市町村議会から出されている海洋放出に否定的な意見書は無視されるのか」と質問したが、内堀知事は「福島県内においては海洋放出に反対される意見、タンク保管継続を求める意見、風評を懸念する意見、あるいは一方で、このままタンク保管を継続されると特に地元自治体の復興やふるさとへの住民の帰還を阻害する。こういった事を心配する意見など様々なご意見があります」としか答えない。「様々なご意見」はどこへ行ったのか。何をどう判断して〝容認〟に至ったのか。全く答えないまま、内堀知事は東京へ向かったのだった。

ちなみに、前述の毎日新聞記者は当然、なぜ会議を非公開にしたのか質している。それについても、内堀知事は「やはり県として意見全体として取りまとめるうえで、これまで、様々な原子力関係の意見を整理する際には一定程度クローズで行い、そのうえでその結果をオープンにするという形をとっているところであり、それと同様の対応を行っているところであります」と述べるばかりで、全く答えになっていなかった。

2日間にわたって開かれた福島県の「原子力関係部局長会議」は非公開。取材陣を閉め出して行われた

知事が県民への説明責任すら果たさないまま、国や東電に責任を押し付ける形でなし崩し的に〝ゴーサイン〟が出た汚染水の海洋放出。海に流す事自体の是非など話し合われず、海洋放出による影響は「風評被害」という都合の良い言葉に収れんされた。そもそも海洋放出の影響は福島県近海にとどまらないが、福島県内でさえ、議論が十分になされているとは言えない。実際、小名浜港で釣り人に声をかけたが、返って来た答えはどれも「原発汚染水?反対も何もねえよ。気にしていたら、ここに釣り人なんかいねえっぺよ」や「どうでしょうねえ。私らが何を言ったって海洋放出は変わらないだろうし、賛成も何もねえ…」だった。

廃炉作業を進める東電の不祥事が続いた事も、国や福島県にとっては好都合だった。

自民党の佐藤憲保県議は、内堀知事への申し入れの際「再三の指摘にもかかわらず繰り返される不祥事が後を絶たない。こういう中にあって本当に事業者として県民が信頼を置いて処理水含めて廃炉作業にあたって行かれるのか」と述べ、内堀知事も「私自身、特に柏崎刈羽原発の核物質防護策の問題、これは極めて重大な問題だと受け止めております」と答えた。公明党県議も「度重なる東電の不祥事。東電に対する信頼関係は本当に全く途絶えていると言っても過言でない」と語っている。

東大経済学部を卒業後、旧自治省、旧大蔵省、総務省を経て福島県生活環境部長、企画調整部長、副知事を務めた後に福島県知事になった内堀知事が国の意向に絶対に逆らわないのは周知の通り。だから、東電を責める事が出来たのは渡りに船だったのだ。

いわき市・小名浜港近くの食堂でメヒカリ定食を食べた際、店主は「汚染水はどうなることやら。私たちにはさっぱり分からない」とぼやいていた。内堀知事はそういう声にも何も答えていない。〝風評被害〟に対する補償の話だけが独り歩きしている。物言わぬ内堀知事の罪は重い。(おわり)

◎鈴木博喜《NO NUKES voice》物言わぬ福島県知事の罪──汚染水の海洋放出決定の舞台裏
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▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

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復興や風評払拭に貢献するような団体は喜んで知事室に招き入れる内堀雅雄知事。逆に原発事故で福島県外に避難した県民とは頑なに面会しようとしないが、その姿勢は汚染水問題でも同じだった。梶山弘志経産大臣が去った福島県庁では、県議会の4つの会派が内堀知事に緊急申し入れを行ったが、共産党県議団だけ原子力安全対策課長に対応させたのだ。これにはある県議も「そこが役人。全ての会派と会えばいいのに」と呆れた。

知事が最も手厚く迎えたのは当然、最大会派・自民党福島県議会議員会(29議席)だ。

「国内外に対して科学的根拠に基づく海洋放出の安全性・妥当性についてのていねいな説明を繰り返すとともに、専門家によるトリチウムの性質や処理水に関する正確な情報の発信に全力で取り組むよう国に求めること」などを要望されると、わざわざ佐藤憲保県議に「よろしければ」と水を向け、マイクを握らせるサービスぶり。そして「ひとつ踏み込んで申し上げますと、東京電力の信頼性の問題があります。先般、小早川(智明)社長がこの部屋に来られて最近、さまざまな不祥事あるいはトラブルが相次いでいる事について謝罪がありました。私自身、特に柏崎刈羽原発の核物質防護策の問題、これは極めて重大な問題だと受け止めております。そういう状況下における今回の方針決定について県民の皆さんには不安、懸念がある、これが現実だと思います。こういった点を十分に考慮に入れ、国に対して今後県として言うべき事を伝えて参ります」と答えてみせた。

自らの考えを県民に示す事はせず、県民の見ていないところで海洋放出を〝容認〟する。民主主義もどこ吹く風。これが〝オール与党〟の弊害か。それとも支持率8割のおごりなのか。しかし、議会側も弱腰だった。第二会派・県民連合議員会(立憲民主党系、18議席)は結局、「海洋放出反対」を明確に打ち出す事は出来なかった。「慎重な判断を求める緊急申し入れ」では「処分方法を含め安易な判断は避け、責任をもって県民に説明するよう国に強く求めること」などを内堀知事に要望するにとどまったのだ。

申し入れ後に会派控え室を訪ねると、所属県議たちは一様に歯切れが悪かった。

「汚染水を海に流しちゃ駄目だとは言ってない? そうだね。断言はしていない。要は慎重に判断しろって事で…駄目だと文字では言ってねえけど、やっぱり基本的には賛成出来ないっていうかな。んだ。海に流して良いとは思ってはいないけれども、思ってないよ。うん。だけど、そういうのも含めて、良く県民の意見を聴いてもっと過程を大事にしてまとめるようにしなさいと。まだ努力が足りないし、認識もまだ…」

「まだ考える時間もありますし、そういったところは県民の立場で慎重な判断をしろってことで…」

「県議会なので、やっぱり県民の意識がどうなっているかが一番大事で、例えば大方の県民が海に捨てろと言えばわれわれ単独で判断する問題では無いし、今の段階では7割近い県民が駄目だって言っているわけだから…われわれとしてはそれを大切にしているということです」

県議会への対応では露骨に差をつけた内堀知事。自民党など3会派からの申し入れには自身で対応したが(写真上)、共産党からの申し入れは原子力安全対策課長に受け取らせた(写真下)

実は、立憲民主党の金子恵美衆院議員(福島県伊達市出身)は前夜の緊急街宣にリモート参加し、海洋放出反対を明言している。

「私たちは復興庁、環境省、農水省に申し入れをしました。経産省には9日に申し入れました。昨秋の申し入れから全く何も進んでいないじゃないかという事です。十分な国民的議論も無い。陸上保管を続ける間に海洋放出以外の処分方法を検討せよと求めてきましたが、この半年間何もやって来なかったじゃないですか。恐らく明日の午前中には海洋放出方針が決定されるでしょう。でも、それであきらめてはいけない。安易な海洋放出はあってはならないと言い続けたいと思います」

自分たちが担ぎ上げた知事と身内の国会議員との間に板挟みになりながら苦し紛れに出した申し入れ。一方、公明党福島県議会議員団(4議席)も民意と国政とのはざまで決して「海洋放出反対」を打ち出す事はしなかった。幹事長を務める伊藤達也県議が廊下で取材に応じた。

「公明党福島県本部に『ALPS処理水海洋放出検証委員会』を設置しましたので、そこで風評対策や処分方法、環境モニタリングなど、しっかりと安全性の担保をとれるように検証をして(容認するか否かを)決めていきたいと思っています。科学的な安全性とかその辺は理解していますし、双葉町や大熊町が『タンクがある事自体風評が続いている』と言っている事も理解していますので………それは分かるのですが、風評対策とかそれをしっかりしないまま流されると大変な福島にとっては復興が遅れますので、そこをしっかり見ながらやっていきたいと思います」

結局、明確に「海洋放出方針の撤回」を申し入れたのは日本共産党福島県議団(5議席)のみ。しかし、内堀知事に代わって申し入れを受け取った原子力安全対策課の伊藤繁課長は、取材に対し知事と同じような物言いをした。

「基本方針の決定については梶山大臣から報告を受けました。その中身についてはこれから精査をして県としての意見を国に伝えるという事になりますので、あの内容でOKだとか駄目だとか、そういう判断をするものではありません。これから必要な意見は国に申し上げていくので、海洋放出に対してイエスでもノーでもありません。ですが、処理水の問題はこれまでも『海洋放出反対』とか『タンク保管継続』とか、あとは『早くタンクを無くしてくれ』とかいろいろな意見があってですね、やっぱりそれぞれの地域とかそれぞれの立場、業種に応じてやっぱりそれぞれの意見というのがあるんですね。知事もたびたび言いますけれども、特に原子力に限っては、やはり一つの意見として取りまとめるのは難しい問題があるのです。なので単純にイエスとかノーとか言えるものでは無いというところがあります」

県民に何も語らないまま、一方で県議会には露骨な態度を見せながら、内堀知事の言う「政府の基本方針の精査」が始まった。いつまでに県の意見を取りまとめるのかも分からない。そして2日後、ついに内堀知事が記者団の前に立った。(つづく)

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神奈川県横須賀市生まれ。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

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4月13日昼。心配された雨予報は外れた。来県する梶山弘志経産大臣に直接、海洋放出反対を伝えようと福島県庁前には多くの人が集まっていた。そこに浪江町からやって来た吉沢正巳さん(希望の牧場・ふくしま)の街宣車「カウゴジラ」も加わり、普段は静かな庁舎前は熱気に包まれていた。時折、雲の間から太陽が顔をのぞかせた。この時、よもや内堀知事が梶山大臣に何も意見を述べなかったとは、誰も考えていなかった。

そもそも、なぜ反対の声があがっているのか。いわき市小名浜で11日に緊急スタンディングを行った「これ以上海を汚すな!市民会議」共同代表の佐藤和良さん(いわき市議)は、「決定過程」、「実害」、「陸上保管の可能性」の面から次のように語っている。

「汚染水の海洋放出方針は閣議決定しないんです。閣議決定すれば大きな意味を持ちますが、閣議決定しないで原子力災害対策本部の下部組織である『廃炉・汚染水関係閣僚等会議』で基本方針を決定して、それを東電に実施させようという事なのです。これは一見、当たり前のように見えて実は無責任きわまりない決定の手法です。政府のどこが責任をとるのか分からないような、そういう決め方というのはいかがなものか。責任ある政治ではありません」

「彼ら(国や東電)が言う『風評被害』。しかし『風評』では無いんですね。『実害』がずっと続いている、『実害の連続』なんですよ。それで、必要があったら賠償しますよと。これは、事故以降続いている被災者切り捨てそのものではないでしょうか。絶対に認めるわけにはいきません」

「(汚染水を溜める)タンクを置く場所が無いと言いますが、あります。燃料デブリの保管庫を5、6号機の陸側につくるというんです。あの空間だけでも相当数のタンクを保管出来る。それと、そもそも汚染水が発生しているのは水冷しているからですよね。水冷しないで空冷に転換するのはいつなんだ。実際には崩壊熱は相当下がっていますから。空冷に転換すれば汚染水自体は発生しなくなるわけです。タンク貯蔵を続けていっても可能だという事です」

4月13日昼、梶山経産大臣に直接、海洋放出反対を伝えようと福島県庁前には多くの市民が集まった。陸上保管継続を訴えたが、政府も内堀知事も耳を貸さなかった

一方、福島県の内堀雅雄知事は県議会の答弁で、何度も「トリチウムに関する正確な情報発信」という言葉を使っている。まるで海洋放出を後押ししてきたかのようだ。

昨年6月議会では「トリチウムを含む処理水の取扱いにつきましては、4月に関係者の御意見を伺う場が開催され、その取り扱い方針を決めるに当たり、具体的な風評対策の提示とトリチウムに関する正確な情報発信に国及び東京電力が責任を持って取り組むよう意見を申し上げてまいりました」と延べ、9月議会でも「私は、これまで国及び東京電力において、具体的な風評対策の提示とトリチウムに関する正確な情報発信に責任を持って取り組むとともに………求めてまいりました」と答弁。12月議会でも「トリチウムを含む処理水の取扱いにつきましては、これまでも機会を捉え正確な情報発信に取り組むとともに………国と東京電力に求めてまいりました」

では、トリチウムだけが問題なのだろうか。昨年2月には、当時の県危機管理部長が汚染水について「燃料デブリを冷却するために注入した水が放射性物質に汚染され、この水と建屋に流入する雨水や地下水が混ざることにより発生」と定義したうえで、次のように答弁している。

「タンクには放射性物質を含む汚染水を多核種除去設備で浄化した、いわゆる『ALPS処理水』が約94%、多核種除去設備で浄化する前のいわゆる『ストロンチウム処理水』が約6%の割合で貯蔵されております。『ALPS処理水』はトリチウムを除く62種類の放射性物質の濃度を低減した処理水のことであり、約111万トンが貯蔵されております。多核種除去設備でトリチウムを除く放射性物質を告示濃度未満まで低減することが可能とされております」

「『ストロンチウム処理水』はセシウム吸着装置等でセシウムやストロンチウムの濃度を低減した処理水のことであり、約7万トンが貯蔵されております。『ALPS処理水』に残存する放射性物質につきましては、コバルト60、ストロンチウム90、セシウム134などのいわゆる主要7核種などがあり、告示濃度を超える処理水の貯蔵量は約78万トンとされております」

これについて、福島大学共生システム理工学類の柴崎直明教授(地下水盆管理学・水文地質学・応用地質学)は、12日夜に福島駅前で行われた「DAPPE」(Democracy Action to Protect Peace and Equality=平和と平等を守る民主主義アクション)の緊急街宣に参加し、「トリチウムトリチウムと言われますが、タンクの中にはトリチウム以外にもALPSで除去し切れていない放射性物質がまだたくさん残っています」と警鐘を鳴らしている。

「ALPS(多核種除去設備)では62核種を除去できると言っていますが、これまでの東電の評価ではそのうちの主要7核種だけを測って、他は推定して放出出来る濃度を下回っているかを判断しています。ところが昨年、いくつかのタンクのサンプルを細かく測ったところ、ALPSでは除去出来ない核種も含まれている事が判明しました。海に流すと言うのなら、きちんと測るべきです。福島県の『原子力発電所の廃炉に関する安全監視協議会』専門委員を2013年から務めていますが、今もってどのような技術的方法で薄めて流すのかという説明は全くありません。非常に心配になります」

海洋放出容認派の多くが、トリチウムだけを取り上げ「国内外の他の原発からも日常的に海に放出されている」と口にする。だが、前述の佐藤さんは次のように反論する。

「IAEA体制、ICRP体制の下で原発推進側がやっている事であって、世界の原発がやっているから安全が担保されているかと言えばそうではない。過酷事故を経験した福島こそ一番安全な原子力防護策をとるべきではないか。それが私たち被災者の義務だと思います」

内堀知事との面談の後、福島県庁内の廊下で「大臣、海洋放出に反対する市民の声は聞こえませんでしたか?」と声をかけた。梶山大臣はにらむようにこちらを一瞥しただけで何も答えなかった。そして、反対の声をあげる市民を避けるように、次の目的地である浜通り(双葉町、大熊町、福島県漁連)に向かった。(つづく)

 

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昨秋の正式決定先送りから半年。ついに「汚染水の海洋放出」が政府の基本方針として正式決定された。今月13日昼過ぎ、決定を伝えるべく梶山弘志経産大臣が福島県庁を訪れた。部屋を埋め尽くした取材者の関心はただ一つ。正式決定を伝えられた内堀雅雄知事が何を語るのか。これまで自らの言葉で賛否を明確にして来なかった内堀知事も、さすがに経産大臣の前では(たとえそれがポーズであったとしても)海洋放出に少しでも否定的な言葉を述べると思われた。だがしかし、内堀知事は思いもよらぬ言葉を発して取材陣を驚かせた。

「この処理水の問題は、福島県の復興にとって重く、また困難な課題であります。県としてこの基本方針について今後精査を行い、改めて福島県としての意見を述べさせていただきます」

時間にしてわずか30秒。会談もわずか6分で終了した。感染症対策のため距離を空けて相対した内堀知事は、梶山大臣が官僚の用意したペーパーを棒読みするのをひたすら聴くだけだった。原発事故発生から10年が過ぎ、県内の漁業者だけでなく国内外からも反対の声があがっている「汚染水の海洋放出」はこうして、首長が言葉を発しないという形で〝容認〟を示し、2年後の放出開始に向かって大きく動き出したのだった。

福島県庁を訪れ、汚染水の海洋放出方針決定を伝えた梶山経産大臣(右)。内堀知事は何も意見を語らぬまま、事実上容認した

内堀知事は日頃から、意見が鋭く対立するような懸案に対する自身の考えを口にしない。汚染水問題でも、業を煮やした県政記者クラブがどれだけ質しても、のらりくらりの内堀話法は健在だった。

「海洋放出にかなり傾いているという報道もありますが、海洋放出とされた場合、2021年4月の本格操業は可能だと思われますか」

「仮定の話にお答えする段階にはないと思います」(2020年10月12日)

「先日、政府の決定後には見解を述べたいと知事は話しておりました。それは今も変わりありませんか」

「現時点においては、そういった状況にはないと思いますが、国から何らかの対応方針が示されれば、それに対する県としての意見は申し上げてまいります」(2020年10月19日)

「県は、これまで処理水の処分方法については賛否を示しておりませんが、その情報が十分に伝わって風評対策が整えば、処分を容認するというお考えでしょうか」

「現時点において、仮定の前提に対してお答えをする段階にはないと考えております」(2020年11月2日)

地元紙が号外を出した後に行われた今月12日の定例会見で、河北新報記者から「知事は以前から『方針決定がされた後に県として言うべき事を言う』とご説明されてきましたが、その点はお変わりありませんでしょうか」と問われても、「現在まだ国として最終的な方針が出ているわけではありません。今後の国の動向を注視して参ります」とかわしたほどだった。

海洋放出方針決定報道を受けて、既に郡山駅前やいわき市小名浜での抗議行動が始まっていた。県内の7割の市町村議会からは、昨秋の段階で海洋放出に否定的な内容の意見書が国に出されている。それら県民の想いをふまえた言動をするどころか、完全に無視する知事。今月13日午前には、市民団体「これ以上海を汚すな!市民会議」が海洋放出方針を県として拒否する事などを申し入れたが、席上、水藤周三さん(福島市在住)は業を煮やしたようにこう訴えた。

「内堀知事はこれまで、『政府の方針決定後に意見を述べる』、『処理水の処分については、まだ具体的に言及する段階には無い』などと記者会見等で述べ続けてきました。しかし今、時は来ました。今こそ県民に寄り添った意見、『海洋放出は容認出来ない』という意見を明確に述べるべきだと思います。これ以上、意見表明の先延ばしは許されません」

海洋放出を拒むよう福島県に申し入れた「これ以上海を汚すな!市民会議」。水藤周三さんは「今こそ県民に寄り添った意見を国に伝えるべき」と語ったが、内堀知事には届かなかった

郡山市議の蛇石郁子さんも「内堀知事自らがしっかりと発言していただきたいと思います。それが県知事の役割です。当然の事です。私たちの想いをきちんと国に伝える。そういう知事の姿を見せていただきたいと思います」と語気を強めた。

だが、そこは県職員も〝わきまえて〟いる。要請書を受け取った原子力安全対策課の加藤英治副課長は「本日、海洋放出の方針が決定されたという事はマスコミを通じて承知をしておりますけれども、まだ国の方から説明を受けておりませんので『詳細については不明』という事になっております。今後、正式な申込書を確認したうえで、今後の取り組み、対応について検討していきたいと思います」と述べるにとどめた。

三春町から駆け付けた大河原さきさんは、誰もが抱いている疑問をストレートにぶつけた。

「内堀知事が海洋放出に反対の立場をはっきりと示さないのはなぜなのでしょうか?」

加藤副課長は答えられない。答えられるはずが無い。15秒ほどの沈黙が続いた後、力無い声で「海洋放出は国の責任において決定するものだというふうに考えております」と答えるのが精一杯だった。そんな言葉で納得出来ない大河原さん。こみあげる怒りを必死に抑えるように、涙声で想いをぶつけた。

「国の方針を聴いてからでしか答えられないというのは、国の方だけを向いているからではないですか。市町村議会の7割が否定的なのに、なぜ県知事はそれに応えないのでしょうか。(処分方針を)早く決めろという意見はあったけれども、海に流して良いという意見はひとつもありませんでした。この場に知事に来てもらって、県民の意見を聴いてもらいたいんです。梶山大臣とだけ会うのでは無くて、知事が会わなくてはいけないのは県民なんですよ。きちんと意見を聴くべきですよ。本当に怒っています。県民の方を向かない知事でとても哀しいです。県民は怒っているという事を内堀知事に伝えてください。次の世代に対して本当に申し訳が立たない。2年後に流すと政府は言っていますが、県も県民と一緒になって動いて欲しいと思います」

加藤副課長は黙ったままだった。梶山経産大臣が到着する時刻が迫っていた。(つづく)

◎鈴木博喜《NO NUKES voice》物言わぬ福島県知事の罪──汚染水の海洋放出決定の舞台裏
〈1〉 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=38723
〈2〉 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=38726
〈3〉 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=38729
〈4〉 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=38732

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

『NO NUKES voice』Vol.27 《総力特集》〈3・11〉から10年 震災列島から原発をなくす道

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タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』5月号

翌日に「3・11」を控えた10日、その人は大凧揚げに興じていた。

新潟県三条市から駆け付けた凧揚げ職人が強風で苦労する中、軍手を借りて太いロープをつかむ。凧が上昇気流に乗って大空に舞い上がる。凧に書かれていたのは「伝承」の二文字。笑顔で青空を見上げていた人物こそ、「東日本大震災・原子力災害伝承館」(以下、伝承館)の館長、高村昇氏だった。

伝承館が2020年9月に開館してから半年が経つ。菅野典雄氏は15日に行った講演で「テレビや雑誌などでずいぶんと話題になっていたので来てみたが、大変素晴らしい。いろいろな意見に惑わされないように頑張って欲しい」と称賛してみせた。だが、開館前から疑問や批判の多い施設だ。

その一つが、高村氏の館長就任。

1993年に長崎大学医学部を卒業した高村氏は、2013年度から長崎大学原爆後障害医療研究所の教授を務めている。原発事故直後の2011年3月19日、山下俊一氏とともに福島県の「放射線健康リスク管理アドバイザー」に就任。福島県内各地を巡って講演し、次のように語った。

「100ミリシーベルトを下回る場合、現在の科学ではガンや疾患のリスクの上昇が証明されていない。一方、煙草を吸う人のガンになるリスクは、1000mSvの放射線を被曝するのと同程度のリスクと考えられている」

「鼻血が止まらなくなったとか、同じような質問をよく受けます。そのような急性の症状が出現する被曝線量は500から1000mSv以上と言われています。福島の人がそのような線量を被曝しているとは考えられないので、放射線の影響ではないと思う」(公益財団法人福島県国際交流協会発行の講演録より)

2013年6月の第11回委員会からは、福島県の「県民健康管理調査」検討委員も務めている。復興庁が2018年3月に発行した冊子「放射線のホント~知るという復興支援があります。」では、「作成にあたり、お話を聞いた先生」に名を連ねている。冊子は「原発事故の放射線で健康に影響が出たとは証明されていません」と断言している。

凧揚げに興じる高村昇館長。原発事故発生直後から山下俊一氏とともに被ばくリスクを否定し続けている

そもそも、博物館や「アーカイブ」の専門家では無い。その上、事故発生当初から放射線被曝のリスクを否定し続けている。しかし、福島県の担当者は選定理由をこう説明した。

「考え方に偏りが無い、人格的に温厚で高潔な方である。これが1つ目の理由です。もう1つは本県の復興、避難地域等の支援に関わってこられた方であるという事です。そして、伝承館の運営に必要な能力を持っている方であるという事。これらの3点が推薦理由です。検討過程で何人かの名前が候補に上がりましたが、最終的に高村先生が適任だろうという結論に至りました。高村先生には数カ月前に推薦の打診をし、『ご協力出来るのであれば』と快諾していただきました」

そうして初代館長に就任する事になった高村氏は、福島県の内堀雅雄知事を表敬訪問した際、囲み取材で筆者にこう答えている。

「ご指摘の通り、私自身はいわゆるアーカイブを専門としているわけではございません。それは事実。しかし、この伝承館の1つの主眼というのが、原子力災害からの復興に関する資料収集という目的がある。それを展示する。収集して展示して情報発信するという目的がある。原発事故直後の説明会から、地域の復興、県民健康調査もそうですが、そういった形で原子力災害からの復興に多少なりともかかわった人間としてですね、そういった側面から伝承館の館長としての役割を果たしていきたいと考えています」

「私も最初、この依頼があった時はかなり驚きました。まさに今おっしゃったとおり、私はアーカイブの専門家ではありませんので、自分で良いのかなと確かに思いました。ただし、今言ったように伝承館というのは原子力災害からの復興という事を主眼としていると聞きましたので、それであれば、この9年間福島で地域の復興に携わってきた者としてお手伝い出来る事があるんじゃないかと考えました」
果たして「復興PR館」と化した伝承館は、展示スペースの3分の1が「復興」と「イノベーションコースト構想」に割かれた。だから、来館者から不満の声が上がるのも必然だった。

凧には「伝承」と書かれていた。だがしかし、今の展示内容では原発事故被害の実相は伝わらないとの指摘は多い

館内に置かれたノートには「子どもの健康を考えて自主避難している人もいます。復興だけではなく、まだまだ復興できていない部分も伝えることが、この館の役目かと思いました」、「誰に何を伝えたいのか。教訓は何なのか分からなかった。もっとできることは多いと思う」、「この建物は『原子力被害伝承館』ではなかったの?」、小学校5年生の時に、栃木県と福島県の境で原発事故の被害を受けました…展示は正直、大大大落胆でした…なんできちんと見せてくれないのですか?」など厳しい書き込みも多い。いまだ避難を強いられている人たちの多くは「あんな所、見に行ったってしょうがない」と口にする。

50億円超の金を出した国も、都合の悪い事には言葉を濁す。平沢勝栄復興大臣は昨年11月の記念式典に出席した際、筆者の質問に「これは福島県のあれなんで、福島県の方でこれから展示物のやり方、内容等についてはこれからしっかり検討して行かれる事と思います」と投げ、この展示内容で原発事故被害の実相が伝わると思うか、との問いにも「それは福島県の方で御判断されるだろうと思いますけどね」と言い放つばかりだった。

凧上げがひと段落した後、高村館長に声をかけると「『復興のあゆみを伝える』という役目は変わらない? そうですね、はい」と答えた。

「福島イノベーションコースト構想」のPRには大きなスペースを割く。一方、避難指示区域外も含めた原発避難者の苦悩や怒り、哀しみを伝えようとする努力は感じられない

伝承館の入り口に設置されたモニターには、こんな言葉が映し出されている。
「この東日本大震災・原子力災害伝承館は、2011年(平成23年)3月11日に発生した東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所事故による災害の記録と記憶を後世に伝えるとともに、復興に向けて力強く進む福島県の姿や国内外からいただいたご支援に感謝する思いを発信していく施設です」

「記録」、「記憶」、「伝える」、「福島県の姿」、「感謝」は赤い字で書かれている。しかし、区域外避難者も含めて避難者の想いや、様々な葛藤を抱きながら福島県内で暮らす人々の苦悩など伝わらない。何を「伝承」するのか。考え直さないと本当に「53億円のハリボテ」で終わってしまう。

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

『NO NUKES voice』Vol.27 《総力特集》〈3・11〉から10年 震災列島から原発をなくす道

『NO NUKES voice』Vol.27
紙の爆弾2021年4月号増刊

[グラビア]
3.11時の内閣総理大臣が振り返る原発震災の軌跡
原発被災地・記憶の〈風化〉に抗う

————————————————————————-
《総力特集》〈3・11〉から10年 震災列島から原発をなくす道
————————————————————————-

[報告]菅 直人さん(元内閣総理大臣/衆議院議員)
日本の原発は全廃炉しかない
原発から再エネ・水素社会の時代へ

[報告]孫崎 享さん(元外務省国際情報局長/東アジア共同体研究所所長)
二〇二一年 日本と世界はどう変わるか

[講演]小出裕章さん(元京都大学原子炉実験所助教)
六ケ所村再処理工場の大事故は防げるのか
   
[報告]おしどりマコさん(芸人/記者)
東電柏崎刈羽原発IDカード不正使用の酷すぎる実態

[対談]鎌田慧さん(ルポライター)×柳田真さん(たんぽぽ舎共同代表)
コロナ下で大衆運動はどう立ち上がるか
「さようなら原発」とたんぽぽ舎の場合

[報告]大沼勇治さん(双葉町原発PR看板標語考案者)
〈復興〉から〈風化〉へ コロナ禍で消される原発被災地の記憶
   
[報告]森松明希子さん(原発賠償関西訴訟原告団代表)
「被ばくからの自由」という基本的人権の確立を求めて

[報告]島 明美さん(個人被ばく線量計データ利用の検証と市民環境を考える協議会代表)
10年前から「非常事態」が日常だった私たち

[報告]伊達信夫さん(原発事故広域避難者団体役員)
《徹底検証》「原発事故避難」これまでと現在〈11〉
避難者にとっての事故発生後十年

[報告]鈴木博喜さん(『民の声新聞』発行人)
原発事故被害の枠外に置かれた福島県中通りの人たち・法廷闘争の軌跡

[報告]尾崎美代子さん(西成「集い処はな」店主)
コロナ収束まで原発の停止を!
感染防止と放射能防護は両立できない

[報告]山崎久隆さん(たんぽぽ舎共同代表)
柏崎刈羽原発で何が起きているのか

[報告]板坂 剛さん(作家・舞踊家)
新・悪書追放シリーズ 第1弾 
ケント・ギルバート『強い日本が平和をもたらす 日米同盟の真実』

[報告]三上 治さん(「経産省前テントひろば」スタッフ)
コロナ禍の世界では想像しないことが起きる

[書評]横山茂彦さん(編集者・著述業)
《書評》哲学は原子力といかに向かい合ってきたか
戸谷洋志『原子力の哲学』と野家啓一『3・11以後の科学・技術・社会』

[報告]山田悦子さん(甲山事件冤罪被害者)
山田悦子の語る世界〈11〉 人類はこのまま存在し続ける意義があるか否か(下)

[読者投稿]大今 歩さん(農業・高校講師)
「核のごみ」は地層処分してはいけない

[報告]市原みちえさん(いのちのギャラリー)
鎌田慧さんが語る「永山則夫と六ケ所村」で見えてきたこと

[報告]再稼働阻止全国ネットワーク
コロナ下でも工夫して会議開催! 大衆的集会をめざす全国各地!
《全国》柳田 真さん(たんぽぽ舎、再稼働阻止全国ネットワーク)
三月の原発反対大衆行動──関西、東京、仙台などで大きな集会
《女川原発》舘脇章宏さん(みやぎ脱原発・風の会)
民意を無視した女川原発二号機の「地元同意」は許されない!
《福島》橋本あきさん(福島在住)
あれから10年 これから何年? 原発事故の後遺症は果てしなく広がっている
《東海第二》阿部功志さん(東海村議会議員)
東海第二原発をめぐる現状 
原電、工事契約難航 東海村の「自分ごと化会議」の問題点
《東京電力》渡辺秀之さん(東電本店合同抗議実行委員会)
東電本店合同抗議について―二〇一三年から九年目
東電福島第一原発事故を忘れない 柏崎刈羽原発の再稼働許さん
《規制委・経産省》木村雅英さん(再稼働阻止全国ネットワーク/経産省前テントひろば)
新型コロナ下でも毎週続けている抗議行動
《高浜原発》木原壯林さん(老朽原発うごかすな!実行委員会)
関電よ 老朽原発うごかすな! 高浜全国集会
3月20日(土)に大集会と高浜町内デモ
《老朽原発》けしば誠一さん(杉並区議/反原発自治体議員・市民連盟事務局次長)
大飯原発設置許可取り消し判決を活かし、美浜3号機、高浜1・2号機、東海第二を止めよう
《核兵器禁止条約》渡辺寿子さん(たんぽぽ舎ボランティア、核開発に反対する会)
世界のヒバクシャの願い結実 核兵器禁止条約発効
新START延長するも「使える」小型核兵器の開発、配備進む
《読書案内》天野恵一さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
山本行雄『制定しよう 放射能汚染防止法』
《提案》乱 鬼龍さん(川柳人)
『NO NUKES voice』を、もう100部売る方法
本誌の2、3頁を使って「読者文芸欄」を作ることを提案

私たちは唯一の脱原発雑誌『NO NUKES voice』を応援しています!

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嘘つき東電ここに極まれり、とも言うべき内容だった。

「2021年の3月11日を迎えて」と題した小早川智明社長名のコメント。そこには、もはや定型文になっているであろう空虚な言葉が並べられていた。

 

東京電力が3月11日に公表した社長コメント。「3つの誓い」はもはや空虚な定型文になっている

「原子力損害賠償につきましては、『3つの誓い』でお示ししている『最後の一人まで賠償貫徹』との考え方のもと、引き続き、『最後の一人まで賠償貫徹』を実現すべく、しっかりと取り組んでまいります」

これだけでは無かった。

「福島の復興に向けては、未だ避難指示が解除されていない地域や住民の方々のご帰還が進んでいない地域等が多くある中、今後も、復興の加速化に向けて積極的に取り組んでまいります」

「これからも、事故の当事者である当社が、復興・廃炉に向けた責任を果たしていく方針に変わりはありません」

「当社は、10年を区切りとせず、福島第一原子力発電所の事故を決して風化させることなく、事故の反省と教訓を私たちの組織文化に根付かせていくとともに、廃炉関連産業を活性化し、地元企業の廃炉事業への参入を一層促進するなど、福島の地域の皆さまと共に歩ませていただき、地域に根差した活動をさらに展開してまいります」

「そして、「福島の復興と廃炉の両立」に全力で取り組み、福島への責任を全うしてまいります」

公式な場で必ず口にされる「3つの誓い」。それが言葉通りに実行されていると考えている原発事故被害者などいないだろう。

実は11日の地元紙・福島民友に、こんな記事が掲載された。

「東京電力社長、3.11取材拒否 福島来県せず、訓示はオンライン」

記事は「福島民友新聞社などは東電に対し、小早川社長に当日のオンライン取材の対応を申し入れていたが、10日に『限られた時間の中、オンライン取材に応じれば報道各社への対応に差が出る』と拒否回答があった」と報じた。

公の場では「最後の一人まで賠償貫徹」と言う小早川社長(右)だが、法廷などでは原発事故被害者を愚弄し続けている

東電の企業体質が露骨に表れているが、実は「3つの誓い」を自ら足蹴にするような言葉で常に原発事故被害者を愚弄してきたのがこの10年間だった。「民の声新聞」が各地の訴訟を取材しただけでも、それは数知れないほどあった。

2016年9月の東京地裁。「南相馬20mSv訴訟」の女性原告(南相馬市原町区)は、夫の死に対する東電の対応の酷さを意見陳述で訴えた。

自宅の放射線量を少しでも下げようと、夫は自宅周辺の木を伐った。妻が持たせてくれたおにぎりを食べながら一服していると、1本だけ残っていることに気付いた。午後には血圧の薬をもらいに病院に行かなければならない。「病院に行く前に伐っちまうか」。立ち上がり、再び作業に取り掛かった夫の首に、伐ったばかりの木が落ちてきた。夫はそのまま帰らぬ人となった。享年65。2012年2月1日のことだった。

「原発事故が無ければ木を伐る必要も無かった。私は絶対に許さない」

当然、東電に賠償金を請求した。だが、東電の答えは「ご主人の死と原発事故に関連性はありません」。暮れも押し迫ってきた2012年12月に、電話一本で申請却下を告げられた。「せめて書類ぐらい出すべきだ」と迫った。原発事故のせいで夫が亡くなった事を東電に認めさせたかった。特定避難勧奨地点に指定された自宅は、2011年6月の南相馬市職員の測定で3.4μSv/hもあった。しかし、それは玄関先と庭先だけの話で、実際にはさらに高い数値も測定されていた。だから夫は木を伐ったのだ。「原発事故が無ければ…」と考えるのも当然だ。しかし、東電はそれを完全否定した。

夫の命を軽視した東電。たった1本の電話で済まされた。東電の結論は「賠償金0円」だった。書類を提出した後、何をどう審査したのか。過程も決定理由も全く分からない。

2017年7月。福島から都内に原発避難した人々が起こした訴訟で、証人として東京地裁の法廷に立った辻内琢也教授(心療内科医、早稲田大学「災害復興医療人類学研究所」所長)に対する反対尋問。東電の代理人弁護士は「原発事故がストレス度に大きな影響を与えた」という原告側の主張を否定しようと、辻内教授にこう迫った。

「”自主避難者”の中には、原発事故を受けてとっさに逃げたというよりも、自治体も冷静な対応を呼びかけている中で、事故後に時間をかけて避難するかどうかを検討し、最終的に避難をしたという人も少なくないと思う。そういう、放射線の恐怖や死の危険を感じていない人のストレス度を測る事に意味があるのか」

「中通りに生きる会」が起こした損害賠償請求訴訟では、東電は準備書面で住民たちの精神的苦痛を全否定してみせた。

「低線量被ばくの健康影響に関する科学的知見については本件事故直後より新聞報道や専門機関のホームページなどを通じて公表されて広く知られており、原告らの被ばくへの不安については、客観的な根拠に基づかない、漠然とした危惧感にとどまるものである」

「自主的避難等対象区域は政府による避難指示の対象となっていない区域であり、そこでの空間放射線量は避難を要する程度のものではなく、通常通りの生活を送るに支障のないものであり、時間の経過とともにさらに低減している実情にある」

「客観的根拠に基づかない漠然とした不安感をも法的保護の対象とすることになりかねない」

別の準備書面でも「正しい知識を得ることにより不安が解消されるという性質の不安にとどまる(客観的危険に基礎付けられない心理状態である)」、「原告は自己の判断によって避難するかどうかを決めたものであって、中通りにとどまり生活せざるを得なかったという事実は認められない」、「原告が自主的避難を巡って逡巡したとしても、そのこと自体によって、原告の具体的な法的権利・利益の侵害に当たると解することはできない」などと言い放った。

神奈川県内に避難した人々の訴訟では、「コンビニや常磐線も再開された浪江町になぜ戻らないのか」と原告に迫る場面があった。

浪江町津島地区の住民たちが起こした訴訟では、本性をむき出しにした。

「現在の状況としては、下津島の御自宅で生活が出来ない。それと、それに伴って原発事故前に行っていたような地域での、下津島での活動も出来ない。という事だと思うんですが、この点を除けば、あなたの行動や活動自体には特に制約はありません。例えば『ふるさとを失う』と言う場合、村が丸ごとダムの底に沈んでしまうという『公用収用』がある。この場合は、物理的に水面の下になってしまう。立ち入りすら出来ない。こういうケースが世の中では現実に起こっています。物理的に村が無くなってしまうという事。仮にこういうケースと比較した場合、津島地区は帰還や居住は制限されているわけですが、立ち入りは出来ている。接点が全く無くなってしまったわけでは無い…」

こうも言った。

「まだまだ高い、怖い、危険と言うが、具体的な根拠はあるのか。例えば、国際組織であるIAEA(国際原子力機関)は20mSv/年以下、3.8μSv/h以下であれば健康に影響は無いという数字を出している」

これが美辞麗句に隠された原発事故加害当事者の真の顔、本音なのだ。

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

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3.11時の内閣総理大臣が振り返る原発震災の軌跡
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[報告]菅 直人さん(元内閣総理大臣/衆議院議員)
日本の原発は全廃炉しかない
原発から再エネ・水素社会の時代へ

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二〇二一年 日本と世界はどう変わるか

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[対談]鎌田慧さん(ルポライター)×柳田真さん(たんぽぽ舎共同代表)
コロナ下で大衆運動はどう立ち上がるか
「さようなら原発」とたんぽぽ舎の場合

[報告]大沼勇治さん(双葉町原発PR看板標語考案者)
〈復興〉から〈風化〉へ コロナ禍で消される原発被災地の記憶
   
[報告]森松明希子さん(原発賠償関西訴訟原告団代表)
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避難者にとっての事故発生後十年

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コロナ禍の世界では想像しないことが起きる

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「核のごみ」は地層処分してはいけない

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コロナ下でも工夫して会議開催! 大衆的集会をめざす全国各地!
《全国》柳田 真さん(たんぽぽ舎、再稼働阻止全国ネットワーク)
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《女川原発》舘脇章宏さん(みやぎ脱原発・風の会)
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《福島》橋本あきさん(福島在住)
あれから10年 これから何年? 原発事故の後遺症は果てしなく広がっている
《東海第二》阿部功志さん(東海村議会議員)
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《東京電力》渡辺秀之さん(東電本店合同抗議実行委員会)
東電本店合同抗議について―二〇一三年から九年目
東電福島第一原発事故を忘れない 柏崎刈羽原発の再稼働許さん
《規制委・経産省》木村雅英さん(再稼働阻止全国ネットワーク/経産省前テントひろば)
新型コロナ下でも毎週続けている抗議行動
《高浜原発》木原壯林さん(老朽原発うごかすな!実行委員会)
関電よ 老朽原発うごかすな! 高浜全国集会
3月20日(土)に大集会と高浜町内デモ
《老朽原発》けしば誠一さん(杉並区議/反原発自治体議員・市民連盟事務局次長)
大飯原発設置許可取り消し判決を活かし、美浜3号機、高浜1・2号機、東海第二を止めよう
《核兵器禁止条約》渡辺寿子さん(たんぽぽ舎ボランティア、核開発に反対する会)
世界のヒバクシャの願い結実 核兵器禁止条約発効
新START延長するも「使える」小型核兵器の開発、配備進む
《読書案内》天野恵一さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
山本行雄『制定しよう 放射能汚染防止法』
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2月13日夜、「3・11」から3627日に福島県沖を震源として起きたM7・3の大地震は、廃炉作業中の原発への不安とともに、万が一の際の空間線量確認手段としてのモニタリングポスト(リアルタイム線量測定システム、以下MP)の必要性を改めて認識させられた。3年前、原子力規制委員会が避難指示区域外のMP約2400台を撤去する方針を示した際、反対した住民の多くが「有事の際の『知る権利』を保障して欲しい」と訴えていたが、その想いが図らずも証明された形になった。

福島駅西口のモニタリングポスト。今回の大地震で多くの人が必要性を再認識した

だが、住民の想いを当初から全否定していた人がいる。。田中氏はどんな言葉で原発事故後の福島県民を愚弄して来たのか。筆者の取材に対する発言を振り返っておきたい。

MP撤去計画は震災・原発事故から4年後の2015年にさかのぼる。

同年11月25日の原子力規制委員会第42回会合で当時の田中委員長が、会合の終盤に「私の方から少し御報告したいことがある」として、次のような発言をしている。

「原子力規制員会は、これまで(中略)モニタリングの実施とかデータの公表を行ってきましたが、事故から5年が経過しようとする中で、これまでの取組をもう少し整理した上で、先ほどの帰還困難区域の問題もありますので、それを少し見直していく必要があろうかと思います。今までどおりのモニタリングでいいかどうかということも含めてです(中略)是非事務局で、どうすべきかを含め、関係省庁との協議も含めて取り組んでいただくよう、私からお願いしたいと思います。それを受けて、また原子力規制委員会でどうすべきか議論させていただきたいと思いますので、よろしくお願いします」

翌2016年1月6日の第48回会合でも「事故から5年が経過しようとする中で、これまでの取組を整理し、必要な見直しを行う、よい機会であると考えています。事務局においては3月をめどに福島第一原発のリスクマップの改訂と総合モニタリング計画における規制委員会のモニタリングの見直しが行われるよう、検討を進めていただくようにお願いしたい」と改めて発言。それを受ける形で2018年3月、2021年までの撤去方針が正式に示された。MP撤去は3年越しの〝悲願〟だったのだ。

モニタリングポストに対する福島県民の想いを否定し続ける田中俊一氏

撤去反対の声が高まり始めた2018年7月、飯舘村で田中氏は筆者にこう強調した。

「あんな意味の無いものをいつまでも配置し続けたってしょうがない。数値がこれ以上、上がる事は無いのだから。早く撤去するべきだよ。廃炉作業でどんなアクシデントが起こるか分からない?そんな〝母親の不安〟なんて関係ないよ。そんな事ばかりやっているから福島は駄目なんだ」

「福島県庁にしたって非科学的な人間ばっかり。不安があるからMP配置を続けるなんて単なるポピュリズムだよ。ガバナンスが無い。おたくはどこの会社? フリーランス? そんな事も分からないようじゃジャーナリストをやめた方が良いよ」

筆者の資質にまで言及してくださる姿勢には、違う意味で〝感服〟した。

住民説明会では、ほぼ全ての意見が「撤去反対」「配置継続」だった

その年の10月には、福島市内で開いた講演会に登壇。「不安を抱いている事が復興の妨げになっている」と語気を強めた。

「復興のキーワードは『さすけね』。福島の方言で、そんな事は気にしなくて良いよという意味です。今の福島の状況は『さすけね』なんです。全国の皆さん、変な言葉ですけど福島の方言ですので、ぜひ覚えて帰っていただいて、これから福島のものを買うときは『さすけね』と言っていただければありがたい」

終了後に田中氏を直撃すると、再び住民たちの想いを踏みにじる発言に終始した。

「MPを撤去しても『さすけね』だ。設置を継続して欲しいと言っているうちは復興出来ない。不安を抱いている事を美学のように思っているのが間違いなんだよ。それをまた、あなたたちが煽り立てるところもいけない」

「不安に思うのはしょうがないが、福島の復興を考えたら不安に思っていても何の意味も無い。前に進まなくて良いんだったら別に放っておけば良いんだけど。MPなんか値は下がるしか無いんだから。『廃炉作業で何があるか分からない』なんていうのも何の根拠も無い。中通りも双葉町も、廃炉作業でのアクシデントで環境中の放射線量が上がるなんて事は無い。それに(設置し続けるには)お金がかかるんだよ」

もう止まらない。

「MPの撤去も、汚染土壌の再利用も、汚染水の海洋放出も、反対する方がおかしいんだよ。それしか方法が無いんだから…。それしか無いですよ。陸上保管なんてあり得ないですよ」

「当たり前の事が出来ないとね。そんな事をやってたらあんた、『いちえふ』の廃止(廃炉)なんて出来やしないですよ。廃棄物は山ほどあるし、もっともっとリスクの大きい事がいっぱいある。MPもそう、汚染土壌の再利用もそう。もっとリスクを合理的に考えないと。反対してたら福島の復興なんて出来ないですよ。原発事故は原発事故なんだけれども、それをどう克服するかという視点が全く無いのが、あなたとは言わないけど、あなたたちマスコミの…およそ大学で学んだ人たちとは思えない思考力しか無い」

そして、次のような言葉で住民たちにとどめを刺した。

「まるで反対している人が悪いみたいだって? そうですよ。反対するのは構わないけれど、福島の復興の妨げになるような事はやめなさいって。妨げてますよ、ものすごく」

中通りの女性からはこんな言葉が聞かれた。

「地震の後、『MPの値がいつもより高い。原発大丈夫かな?』という声を聞きました。やはり意識して見ているんですよね」

こういう想いも、田中氏には「復興の邪魔」なのだろう。

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

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原発事故後に福島県内の学校で行われている甲状腺検査(集団検診)の継続を求める声が学校現場からあがっている。NPO法人「はっぴーあいらんど☆ネットワーク」(鈴木真理代表)http://happy-island.moo.jp/は12月17日、福島県に対し「学校における甲状腺エコー検査継続を求める要望書」を提出。教職員からの生の声も添えられた。現場の教職員達はなぜ、学校での集団検診が必要だと考えているのだろうか。そのうえで中止と継続、どちらが子どもたちを守る事につながるのか考えたい。

昨年12月に福島県知事などに宛てて提出された要望書には、学校での甲状腺検査を支える教職員からの維持・継続を求める声も添えられた

「甲状腺検査は必要です。本当に必要なことなら、多少業務が増えてもやむを得ないと考えます。また、学校を通して検査しなければ実施数(率)が下がり、意味のある検査にならないのではないでしょうか」

これは、福島県双葉郡富岡町の中学校に勤める教職員の意見。学校での甲状腺検査継続に賛同する教職員の声は200に達した。

「今後、福島の復興を担う子どもたちの健康のためにも、継続維持を要望します。他施設での全員受診は難しいかと……」(いわき市、中学校)

「学校検査の維持継続は、子どもたちの将来のために必要な事です。ぜひ続けてください」(福島市、小学校)

「検査を任意にしてしまうと特に高校生の受診率の低下は顕著に現れます。検査を定期的に受ける事で体の中の変化を早期発見出来ると思いますので、学校検査の継続をよろしくお願い致します」(郡山市、高校)

「福島県において学校での甲状腺検査は必要です。きちんと説明する事でデメリットの部分は解消されるはずです。ぜひ継続してください」(石川町、小学校)

「学校は会場を提供します。ぜひ続けてください。甲状腺の病気が増えて来るのは(原発事故から)時間が経過してからだと聞いています。よろしくお願いします」(会津若松市、小学校)

「原発事故による放射性物質から子どもたちの健康を守る取り組みは10年では終わらないでしょう」(西郷村、小学校)

こんな意見もあった。

「娘は小学校2年生の時に甲状腺検査のおかげで異状が分かり、現在も薬を服用しています。そのため症状は改善され、体力もつきました。甲状腺検査があったからこそ、早い時期にみつける事が出来たので、とてもありがたいと感じています。甲状腺検査の継続を熱望致します」(白河市、小学校)

学校で甲状腺検査を実施するとなれば当然、授業や行事の合い間に行わなければならない。子どもや保護者の意思を尊重するため、検査を受けたくない子どもへの対応も求められる。そのため、現場の教職員からは負担軽減を求める声も多くあがった。

「教職員の負担になっているところをしっかりと洗い出して欲しい。負担が少なければこの先の実施は可能だと思います。(放射線の)影響は未知数なので、出来る事はやった方が良いと思います」(郡山市、中学校)

「前日や休日の準備など検査のための仕事量は多いので、学校や養護教諭の負担を減らす実施方法を考えたうえで学校で甲状腺検査を行って欲しい」(郡山市、養護教諭)

「おおむね賛同致しますが、中学校の多忙化につながらない事を願います。やり方については工夫が必要かと思います」(白河市、中学校)

「授業を圧迫しないように配慮していただきたい」(白河市、小学校)

「検査の前の事務作業がかなり多いので人的支援をお願いしたいです」(矢吹町、小学校)

要望書は星北斗座長以下、県民健康調査検討委員会の委員にも届けられたという。それでも津金昌一郎委員(国立がん研究センター社会と健康研究センター長)は15日の会合で次のように述べ、学校での甲状腺検査継続に反対した。

「(甲状腺検査は)多くの人が期待している甲状腺ガンの早期発見により死亡などを避ける事が出来るという利益はほとんど無くて、特に甲状腺ガンと診断された人たちには重大な不利益をもたらすものと私は考えています。したがって、少なくとも集団での甲状腺検査は望ましいものでは無いと考えています」

猪苗代町の小学校養護教諭は「学校現場は大丈夫です。甲状腺検査はやるべきです」と書いた。多くの教職員が学校での甲状腺検査継続を望んでいる。検討委では、安部郁子委員(福島県臨床心理士会長)が「学校の先生方と話をする機会があるが、学校での甲状腺検査に対して『大変だなあ』と言葉では言うのですが、非常に大事だと言う認識をみんな持っておりまして、不登校のお子さんに対する検査の働きかけも一生懸命やっています。やめてはいけない」と継続を訴えた。津金委員は「不利益を受けている子どもたちがいないのであれば、私も(学校での)検査に賛成です」とだけ述べた。

今月15日に開かれた40回目の県民健康調査検討委員会でも、学校での甲状腺検査に強く反対する意見が出されたが、地元の2委員は継続を強く訴えた(福島市のホテル「ザ・セレクトン福島」)

昨年3月まで4期16年にわたって長野県松本市長を務めた菅谷昭さん(医師、現在は松本大学学長)も、次のような継続賛同のメッセージを寄せている。

「チェルノブイリの原発事故の医療支援に携わり、間近で健康被害を診てきたものとして、甲状腺検査を継続的に行なっていくことは被害を受けた当事者の健康影響を最小限で食い止めるために必要なものであり、今後起こり得る新たな事故に対する対策を後世に残すという意味でも、とても重要なことであると認識しておりました。ところが、東京電力福島第一原発事故から間も無く10年というときに、甲状腺検査の方向性を変える様な事が話し合われているということをお聞きしてとても驚いております」

「チェルノブイリと同様に少なからず汚染のある地域に住んでいた子供たちに甲状腺検査を継続的に行うことは、当時の子供たちの健康を見守るという意味でとても重要なことです。そしてまた長期にわたり同世代の検査を繰り返すことで原発事故の影響が明らかになり、それによって国からの補償を受けることも出来るという意味でも重要なことです」

「2011年の東京電力福島第一原発事故からはまだ9年しか経っておらず、当時の子供たちの健康状況の把握もまだ不完全な現状で、学校での検査(以下「学校検査」)を続けるべきかどうかという議論がなされる事は私には全く理解が出来ません。学校検査は、仕事を休んて゛検査に連れて行くなと゛保護者にかかる負担を軽減し、「検査を希望する子どもたちか゛等しく受診て゛きる機会を確保」するためにはとても重要なものです」

「私は福島の子どもたちに放射線の影響があるから検査を継続すべきであると言いたいのではなく、放射線の影響があるかどうかをしっかりと記録するべきであると言いたいのです。被曝線量が低いという不確かな根拠で軽率に検査縮小を論じるのではなく、少なくとも放射線の影響があるのかないのか明らかになるまでは、現在の検査体制を維持し継続すべきだと思います」

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

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想像してみて欲しい。情報もロクに入って来ない中で「とにかく逃げろ」と言われた時の事を。放射線量も被曝線量も分からない。どこに逃げたら安全なのかも分からない。誰もが「きっと数日で戻れるだろう」と自宅を後にした。避難生活が10年に及ぶ事も、自宅へ続く道にバリケードが設置されて自由に立ち入れなくなる事も、頭に浮かばなかった。それが原発避難の現実だ。

立教大学教授の関礼子さん(環境社会学)は、専門家証人尋問の中で「原告は『土地に根ざして生きる権利』という、一般の人々が享受している権利を全て根こそぎ奪われた」と述べたが、津島の人々はふるさとを「喪失した」のでは無い。まさに「ある日突然、一方的に奪われた」のだ。何も知らされずに。

帰還困難区域に指定された津島地区は10年経ってもなお、自宅へ向かう道にバリケードが設置されている

原和良弁護士は7日の最終弁論で「津島の人々の境遇・想いは、現在に禍根を残す世界規模の問題と共通します」として、ふるさとを追われたユダヤ人について述べた。

「紀元前586年に起きた新バビロニアによるユダ王国の征服で、首都エルサレムに居住していたユダヤ人はふるさとを追われ、バビロンに捕囚されました。『ディアスポラ』という、ギリシャ語で『散らされた人』を意味する言葉の起源は、この『バビロン捕囚』にさかのぼります」

エルサレムの住民たちは突然、他国の征服で囚われの身となり、見知らぬ土地に散り散りバラバラに連行された。「ふるさとを追われたユダヤ人は、異なる言語や文化、伝統の中に放り出され、長い間、様々な差別や迫害に遭遇します」。それはまさに、放射性物質による〝征服〟で見知らぬ土地に散り散りバラバラに避難を強いられ、それまでと異なる生活環境の中で様々な差別や〝迫害〟に遭遇してきた津島の人々と重なる。

「原告らは『現代のディアスポラ』と言えるのです」

それだけ「迫害」された津島の人々が国や東電という巨大な壁に立ち向かうには、周囲の差別や偏見とも闘わねばならなかった。

白井劍弁護士は、原告たちが避難先で味わって来た悔しさを次のように表現した。

「原発被害者に対する偏見、誹謗中傷も根強いのです。この訴訟の原告の中にも、世間の偏見や誹謗中傷に傷付いた人はたくさんいます。ある女性原告は避難先で県営住宅に入居しました。自治会の清掃活動で、住民たちからこう言われました。『ここの御家賃は高いのよ。あなたたちは無料ですってねぇ』、『良いところに入れて良かったわねぇ』、『良いわねぇ、お金もらって』……」

決して少額では無い賠償金を得た人々への妬みには、その金の背景にある「被害」が抜け落ちてしまっているのだ。

絶対に起きないはずの原発で爆発事故が起き、津島の人々は平穏な暮らしを突然、奪われた。自宅は日に日に朽ちて行き、泣く泣く解体に踏み切った原告もいる。それらは全く無視され、避難先で新築の住まいを購入した、津島と違って近くにコンビニもスーパーもある便利な地域に暮らしている、など避難先での暮らしぶりを点でとらえられて傷つけられて来た。避難指示が出された区域からの避難者には精神的賠償として月額10万円が支払われた事から、運動会で走る子どもに「10万円が走っているぞ」と酷い野次が浴びせられた事もあった。

白井弁護士が例に挙げた女性原告は「なぜ悪い事をしているかのように中傷されなければならないのか」と憤りながらも口にする事など出来ず、ついに重いうつ病を患ってしまった。原告の三瓶春江さんは最終弁論で「差別や偏見のために、声をあげたくてもあげられない若者が大勢いる事を忘れないで」と訴えた。

「私の娘は裁判の中で、避難している人への差別や偏見のせいで津島出身である事を隠さなければならない哀しみ、自分が放射線被曝したかもしれない不安で結婚をためらってしまう胸の内を陳述しました。娘のほかにも、原発事故のせいで津島から離れ、つらく哀しい体験をした若者がたくさんいます。しかし、自分の体験や気持ちを素直に話す事が出来ません。避難した人に対する差別や偏見が今も消えないからです」

誰もが願う津島地区の復興。それには、原発事故前の状態に戻すのが大前提となる

避難先で生きて行くだけで精一杯の状況では、拳を振り上げて闘う事がどれだけ難しいか。白井弁護士は「権利主張の声をあげる事、裁判をする事はあまりにもハードルが高い」とした上で、「ひとつの地域の住民たちが、その地域の環境復元をメインに訴えた訴訟は『津島訴訟』だけ。加害者の責任で地域環境を復元しなければならない事を明確にするこの裁判は、原発被害者の歴史を変えようとする裁判です。四大公害裁判が公害被害者の歴史を変えたのと同じように」と、故・田尻宗昭さんの次の言葉を挙げた。

「誰か一人でも、必死になって球を投げ続ければ必ず歴史は変わる」

60年代後半、海上保安庁職員として工場排水などによる海洋汚染を摘発。70年代には東京都職員として土壌汚染問題に取り組んだ。「公害Gメン」と呼ばれるほど、環境問題と徹底して向き合った人物。白井弁護士は、津島の人々が「球を投げ続けた」5年余の、そしてこれからも続くであろう闘いを、次のように表現した。

「津島訴訟の原告たちは独りぼっちではありません。大勢の気心の知れた仲間たちが、力を合わせて連携して『必死になって球を投げ続けて』来ました。これからも、津島地区を自分たちの手に取り戻すまで、あきらめる事無く『必死になって球を投げ続ける』ことでしょう。この人たちが『必死になって球を投げ続ける』限り、必ず歴史は変わる。そう確信します」

2015年9月の提訴以来、口頭弁論期日は33回に上った。裁判所は原告たちが投げ続けた球をどのように返すのか。

「国や東電が私たちの津島を元通りの地域社会にしてくれるであれば、原発事故前と同じような生活が出来る状態に戻してくれるのであれば、お金は要りません」、「津島での元の生活に戻る事が出来るならゼニなんか一銭も要りません。ゼニ金の問題じゃ無いのです」と訴えてきた津島の人々の想いに応えるのか。

判決は半年後、7月30日に言い渡される。(了)

◎ふるさとを返せ 津島原発訴訟
結審(上)「原状回復」への強い想い 
結審(中) 津島の地を汚した者・東京電力の責任を問う
結審(下) 『現代のディアスポラ』たちの闘い

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

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