戦後77年を顧みるに、やや思想史的な内容になってしまったのは、筆者の「まとめる」悪癖とご諒解いただきたい。そのうえで、60年安保と70年(68年革命)を結節点に、日本社会が政治(イデオロギー)から経済(エコノミック)へとシフトしたことに触れないわけにはいかない。90年代とは、まさにそのような時代だったからだ。

◆高度成長の仮象

わが国の戦後復興は、敗戦による物不足という需要、朝鮮戦争による軍事特需、そして戦後生まれの分厚いベビーブーマー(団塊の世代)の消費と生産によって果たされてきた。

経済が単に生産の集積(供給)によってではなく、消費(需要)に大きな動力を占めていることは、70年代後半以降の経済停滞にしめされた。過剰生産とインフレ下の不況(スタグフレーション)という、成熟社会に典型的な経済後退が80年代を覆うことになったのだ。

またいっぽうでは、外部不経済(公害などの生産性の弊害)が社会経済を直撃する。そこでのイノベーションは、戦後復興のときの物質的豊富さとは相反する、いわばマイナス成長による分配の補正、社会的補償を必要とするものだった。この分配と社会保障は、70年代・80年代をつうじて充実し、行政的指導(個別の業界保護)による規制も増大し、日本社会に分厚い中間層を生み出した。

この時代を日本社会の成熟と安定の時代と呼ぶことも、今日的には難しくないかもしれない。その安定を土台に経済成長神話、とりわけ有限な資本の構成要素である土地神話が生まれたのだ。バブル経済の序曲である。


◎[参考動画]昭和ニュース リクルート事件(1988年)

◆ジャパン・アズ・ナンバーワン

バブル経済の原理は「土地への投資が超過利潤を生む」「限られた狭隘な土地には高付加価値がある」「土地が限定的である以上、値上がりはしても値下がりはしない」というものだ。

投資によって潤沢な資金が市場に出まわり、カネ余りが消費を刺激する。消費の拡大によって、不動産資産はさらなる利潤を生む。上昇時には加速するばかりの経済となる。

すなわち、資産価格が上昇する局面においては、資産転売による売買益(キャピタル・ゲイン)を求めて資産への投資が行われ、いっそう資産価格が上昇する。資産価格の上昇を見越した消費者による需要が消費需要を一段と増加させ、時価資産増加による帳簿上の資産増加が消費需要を増加させ、連鎖的に資産価格が上昇するインフレスパイラルが生まれるのだ。

だが需要が停止した瞬間(消費の限界点)、このスパイラルは崩壊する。ある日、不動産資産を売ろうとした人が、売れない現実に逢着するのだ。バブルの崩壊である。こうして、土地・建物・株式に投資した資産が価値をうしなう。1000万円を株に投資していたのに対して株価が700万円に、あるいは500万円に下落する。

不動産のほうがわかりやすいだろう。1億円の投資型マンションの市場価格が5000万円に低落するという事態が起きるのだ。その投資原資が金融機関からの融資であれば、投資家は5000万円の借金を背負うことになる。そしてつぎには、不良資産(融資担保物件)を抱えた金融機関が危機に陥るのだ。


◎[参考動画]リクルート疑惑 竹下登首相 国会答弁1

◆バブル崩壊の弱体化した社会は世界同時不況と労働市場自由化で再起不能となった

2000年代後半からは、サブプライムローン問題をきっかけにリーマン・ショックが起き、世界金融危機へと発展した。世界同時不況である。バブル崩壊から10年以上しても、経済低迷が完全に改善されることはなかった。ある意味で当然のことだった。

60年代から80年代後半まで、経済をささえていたのは分厚い中間層の旺盛な消費活動だったのである。若者の話題は「女とクルマ」であり「彼氏は3高」であった。高いマンションは買えないが、あきらめリッチと称して独身貴族は享楽をもとめた。お立ち台のあるディスコやドレスコード付きのクラブがその舞台だった。家族で海外旅行に、ふつうに行くようにもなっていた。その中間層が借金を抱えてしまったのだ。

それでも日本経済は、1990年代初頭にバブル崩壊を経験していらい、低いながらも名目経済成長は続いていた。ところが、橋本政権が村山政権時に内定していた消費税の税率3%から5%への増税を1997年4月に断行した。この時期の増税が消費減退を決定づけた。現在も消費行動を「節約」に走らせている元凶が、この消費税である。

翌年の1998年度には、名目GDPが前年度比約-2%(10兆円)の502兆円まで縮小した。これ以降、日本経済は未経験の本格的デフレーションへと突入し、「失われた10年」を経験することになる。1999年度は1997年度と比べ所得税収と法人税収の合計額が6兆5000億円もの減収となり、失業者数は300万人を超えてしまった。

そして小泉政権における労働市場の自由化、派遣労働者(年収200万円以下)の大量発生として、日本経済の屋台骨である中間層を最終的に崩壊させたのである。若者はクルマを買わなくなり、男子は草食化、女子はパラサイトシングル化し、婚姻数が激減する。失われた世代である。失われた10年は「失われた20年」となり、いまも回復基調は見えない。


◎[参考動画]第87~89代総理大臣 小泉純一郎【歴代総理列伝】

◆好況と社会運動の高揚

戦後77年をふり返って、朝鮮戦争を契機とした50年代の戦後復興、60年代の高度経済成長期には、日本社会では社会運動が活発だった。

政治革命には至らずとも、価値観を転換させる社会革命が起きたのも事実である。それらの社会運動は弱者救済の公的社会保障を生み出し、労働の権利および労使間の手厚い保障制度を結実させてきた。恐慌や貧窮が社会変革をうながすのではなく、好景気が労働者の権利を拡大し、分厚い中間層を生み出してきたのだ。

戦後史をつぶさに見てゆくと、好景気が社会運動の高揚を生み出し、不景気がそれを鎮静化させていることがわかる。

マルクス主義はドイツ哲学(ヘーゲル・フォイエルバッハ)・イギリスの古典派経済学(リカード)・フランス革命思想(パリコミューン)を源泉としている。したがって資本主義の発展の限界が金融恐慌を引き起こし、労働者階級が共産主義革命によって労働と所有を統一しないかぎり、資本と労働の矛盾は解決できないとしてきた。ぎゃくに言えば、恐慌こそ革命の因子であるということになる。

しかしながら、現実の革命は戦争による政治危機に生じた内乱によるものだった(ロシア革命・中国革命)。戦後革命はしたがって、樹立された労働者国家(ソ連・中国。キューバ)と帝国主義国家の体制間矛盾、被抑圧民族の反帝闘争によって、世界革命として実現されるはずだった。

それはしかし、じつは資本主義の盛況を背景にしていたのだ。分配の果実があるからこそ、労働運動の成果には現実性があった。仕事に困らないからこそ、人々は社会運動に熱中できたのではないだろうか。60年安保も68年革命も、好景気の時期である。そうしてみると、サンシモンやフーリエの空想的社会主義を批判してきたマルクスの空想こそ、間違っていたのかもしれない。

そしてもうひとつ、今日的に引きつけておかなければならないのは、80年代以降、マルクス主義などの左翼思想に代わって、宗教とりわけ新興宗教が日本人の心を支配してきたことである。

さかのぼれば、明治維新における廃仏毀釈によって、われわれの祖先は信仰心をうしなった。新渡戸稲造の「武士道」がベストセラーになり、明治後期いらい軍国主義思想の底辺を形づくったことは、あまり注目されて来なかった。武士道を規範とした軍国主義思想とは、じつに日本人の精神生活の空白(廃仏思想)にもたらされたものなのだ。

われわれの現在の日常生活においても、それは同じである。正月の三社参り、節句や七五三、結婚式が神道であり、お彼岸の墓参りは仏教寺院に行く。意味を知らないまま秋のハロウィーン騒動に興じ、クリスチャンでもないのにクリスマスを祝う。これら不定見な宗教観のなかに潜んだのが、カリスマ的なカルト信仰なのである。そのカルトの支援によって、自民党が長期政権をたもってきたことが、ようやく判明したのだ。

戦後77年目に起きた安倍元総理銃殺事件は、選挙運動のさなかに行なわれたテロ事件としてくり返し批判しなければならないが、カルト宗教と結託した戦後政治の帰結を教えたという意味では、象徴的な出来事なのだといえよう。(完)


◎[参考動画]オウムと中沢新一「虹の階梯」麻原彰晃が心酔した宗教学者

◎《戦後77年》日本が歩んだ政治経済と社会【目次】
〈1〉1945~50年代 戦後革命の時代 
〈2〉1960~70年代 価値観の転換 
〈3〉1980年代   ポストモダンと新自由主義
〈4〉1990年代   失われた世代

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

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安倍元総理の国葬が国民を分かつ議論になっているところに、United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland(グレートブリテン及び北アイルランド連合王国)から訃報がとどいた。エリザベス女王の薨去である。

第二次大戦に陸軍整備兵として従軍し、伯父エドワード8世の退位、父ジョージ6世の死去によって70年ものあいだ、世界史的な存在として君臨した女王には謹んで弔意を表したい。


◎[参考動画]英・エリザベス女王死去 96歳 在位70年|TBS NEWS DIG 2022/09/09

さて、国論を分かつ安倍国葬問題そのものが、世界史的な女王の訃報によって色褪せてしまいそう。いや吹き飛びそうな趨勢なのだ。

それには56か国のコモンウェルス・オブ・ネイションズ(旧イギリス領=世界人口の3分の1)の女王とアジアの一国の宰相の差。女王の70年にわたる君臨にたいする安倍の8年余の治世という以上に、相応の理由がある。そのあまりにもトホホな業績のゆえである。

◆自民党+旧統一教会の宰相

法的根拠もないまま、安倍国葬儀を閣議決定した岸田総理は、その根拠に「8回にわたって選挙に勝った」ことを挙げている。選挙に勝ってきたことが「業績」だというのだ。

たしかに、アベノミクスの失敗、領土交渉の完敗、拉致事件の未解決、森友・加計・桜を見る会問題と、失政と疑惑だらけの政権にもかかわらず、安倍晋三は選挙にはめっぽう強かった。官邸による官僚統制と自民党の党公認一元化という武器のほかに、選挙に勝てる根拠があったからだ。

すなわち、その選挙の強さが「旧統一教会」の支援によって可能だったことが、ますます天下に明白な事実として暴露されつつあるのだ。足掛け8年にわたって選挙で強さを誇示してきたのは、安倍「自公」政権ではなく、安倍「自統」政権だったのである。

さてその安倍国葬儀は、海外からの元首級の参列者がほとんどいないという、トホホなものになりそうだ。

◆日本の弔問外交の貧弱

あまりにもトホホな情勢だ。安倍国葬儀における、海外要人の来訪予定である。
現在までの発表によれば、インドのモディ首相、シンガポールのリー・シェンロン首相、欧州連合のミシェル大統領、カナダのトルドー首相、ベトナムのフック国家主席、オーストラリアからアルバニージー首相らの名が挙っているのみだ。
G7関係の出欠はどうか?

アメリカ バイデン大統領(×)
カナダ  トルドー首相(◯)
イギリス ジョンソン元首相・トラス首相(×)
フランス マクロン大統領(×)
ドイツ  シュルツ首相(×)
イタリア マッタレッラ大統領(×)

盟友アメリカからは、ハリス副大統領が訪韓も兼ねての参加となる。欠席が決まっているのは、バイデン大統領、フランスのマクロン大統領のほか、当初は訪日を検討中と伝えられていたドイツのメルケル前首相も参列を見送ることが分かった。つまりG7首脳からは、見向きもされていないのだ。

「G7で一番長く一緒だったメルケル前首相まで来ないのには驚きました。諸外国首脳は、弔意は示しても、国葬にわざわざ行く価値はないと判断したのでしょう。海外の対応はシビアで、安倍元首相が日本の地位を高めたと言うけれど、残念ながら、これが国際社会における実力ということです」(五野井郁夫高千穂大教授=国際政治学、ヤフーニュース9月5日)。

ドイツからはメルケル氏に代わってウルフ元大統領が出席する予定だが、日本での知名度は低い。連邦大統領(名誉職)に就任した翌年(2011年)に汚職が発覚し、その事実を報道しないようメディアに圧力をかけたことが分かり、批判を浴びた人物だ。ウルフ氏は大の親日家だという。

大の親日家といえば、シラク元フランス大統領の国葬に安倍総理(当時)は参加せず、日本は首脳級も送らなかった。

内外に影響を与えた大人物の国葬に、クリントン元米大統領やイタリアのマッタレッラ大統領、ベルギーのミシェル首相らが出席するなか、日本政府からの参列者は木寺昌人駐仏大使だったのだ。このときの特使すら送らなかった「非礼」が、いまフランス首脳の不参加として返ってきたのである。

シラク元大統領は引退後を含めて、40回以上も来日したほどの親日家である。大相撲が好きで、しばしばお忍びで観戦し、それに気づいた国技館の観客から「シラク! シラク!」の喝采を浴びたものだ。優勝力士へのフランス共和国大統領杯(シラク杯)を創設したり、愛犬に「スモウ」の名をつけたりしていたことも報じられた。現職時代には、京都に「カノジョ」がいた、という話も囁かれていたほどである。このような失政は、対フランス外交だけではない。

◆二流の外交政策のツケ

日本はこれまで、ロシアのエリツィン元大統領(2007年)、ローマ法王ヨハネ・パウロ2世(2005年)の葬儀の時、首相級を送らずに弔問外交で失敗しているのだ。
ヨハネ・パウロ2世のときは、米国からブッシュ大統領、英国からチャールズ皇太子及びブレア首相、フランスからシラク大統領、ドイツからケーラー大統領及びシュレーダー首相、イタリアからチャンピ大統領及びベルルスコーニ首相、カナダからマーティン首相、ロシアからフラトコフ首相らが参加し、弔問外交をくりひろげた。

キリスト教国にとってのみ、外交舞台だったかのような印象を受けるが、じつはバチカンは世界レベルの宗教国家であり、仏教界もそれにふくまれる。問題は国家と宗教の関係をただしく理解できない、日本の政界の弱点が顕われたとみるべきであろう。

日本から参列した川口順子元生外相(当時)は首相補佐官なので、大国の首脳と会談することはかなわなかった。ようするに、いくら世界の大国を自認してみても、じっさいの外交力・外交政策は二流国なのである。一昨年のフランシスコ法王の来日にさいしても、国民的な歓迎というにはほど遠く、国会での演説も見送られたのだった。

安倍元総理が重視してきたアジア・アラブ関係ではどうか。今年5月にアラブ首長国連邦のハリファ元大統領が亡くなった際、弔問式に首相特使として自民党の甘利明前幹事長を遣わしている。政権閣僚はおろか、党の本流からもはずれた人物が特使なのである。結果は推して知るべしであろう。

◆警備費という名のお手盛り


◎[参考動画]安倍元総理の国葬 約17億円【WBS】(2022年9月6日)

ところで、国葬儀の費用が当初発表の2.5億円から16億5000万円と発表された。識者の試算では、結果的には37億とも100億とも言われているが、まずは政府発表の予算を検証してみよう。

このうち、警備費用が8億円(延長勤務手当5億円・派遣旅費3億円)、外国要人の接遇費(車両手配や空港の受入体制)が6億円。ほかに細かいところでは、自衛隊の儀じょう隊が使用する車両借り上げなどに1000万円だという。

この「延長勤務手当」(5億円)というのは、要するに警察官(機動隊員)の残業手当および特別手当なのである。3億円の派遣旅費というのは、機動隊員が警備車両で移動すればガソリン代と高速費用(公的・緊急派遣であれば免除される)で済むところ、新幹線で旅行をさせる、ホテルに宿泊させるというものだ。

外国要人の接遇費も、具体的な内容が明らかになっていない。借り上げるハイヤーや警察の警護車両のほかに、空港関係者が「接遇」する何に、6億円かかるのか不明なのだ。自衛隊の儀じょう隊は、自衛隊車両を使用するのではないのか。

ようするに、警備関係者が予算を膨らませることで、国費を「横領」しているのだと指摘せざるをえない。国葬それ自体よりも、警察官僚の予算獲得という副業を問題にするべき時であろう。


◎[参考動画]【ノーカット】安倍元首相の国葬めぐる閉会中審査 岸田首相が説明 立憲・泉代表らが質問

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

党綱領を自ら否定した自民党は即時解散せよ 岸田内閣改造人事の真相 月刊『紙の爆弾』2022年10月号

興味をそそられるのは、安倍元総理殺害事件の「真相」である。山上徹也容疑者ではなく、ほかにスナイパーがいた! というのである。

殺害の黒幕は誰か? 殺害が組織的な犯行だとして、どのような勢力が背後にいるのか? 事件はケネディ暗殺事件なみの疑惑を生じさせている。

というのも、不可解な銃撃音(サイレンサー付き?)が入っている動画(YouTube)が、なぜか閲覧禁止になったからだ。もう読んでいて興奮、ドキドキワクワクである。このドキドキ感は本誌をめくって愉しんで欲しいが、キーワードをいくつか紹介しておこう。

◆二発の銃撃のあいだに「ピュッ」という音が!

事件の謎への糸口を教えてくれるのは、片岡亮の「防衛庁が極秘捜査していた安倍暗殺に残された謎を追う」である。

山上容疑者が海上自衛隊出身ということで、防衛庁は事件当初から捜査に乗り出していたようだ。片岡の記事によると、軍事ジャーナリストの事務所に在籍していたフリーライターの証言として、防衛庁の捜査に協力した詳細が明らかになっている。

またSNSで話題になった動画に、不可解な点があるという。二度目の発砲の前に、安倍元総理の襟が不自然になびいているというのだ。

そして山上容疑者が放った一発目と二発目のあいだに「ピュッ」という音が入っているという。ようするに、第三の銃弾が安倍を襲ったのではないか。安倍の遺体から弾丸が摘出されなかった(警察・執刀医発表)のは、マスコミ報道で明らかになっている。消えた銃弾はどこに行ったのだ? ※安倍の心臓壁をえぐり、外に出た説が有力。

さらに、なぜか8月になると、防衛庁は「これ以上の分析はしないことになった」と、フリーライターに通告してきたのだ。それも「なるべく憶測でモノを言わないでほしい」と釘を刺したという。

いっぽうで、現場近くのビル屋上に「黒人に見える」人影があり、白いテントが確認されたという(タレントのさかきゆい)。本当に散弾銃だったのか? と疑問を呈するのは、マッド・アマノ(世界を裏から見てみよう)である。

アマノはYouTubeやSNSで検証されている疑惑(仮説)について、想像画像付きで解説する。

その仮説では「別の二人の人物」が放った弾は、22ロングライフル銃から撃たれたものだという。問題は役30メートルから狙って、みごとに貫通させた(弾丸が見つかっていない)のである。そんな手腕の持主は、オリンピックのクレー射撃選手だった麻生太郎ではないか、とアマノはいう。したがって、麻生の見解をもとめる必要があると、アマノは主張するのだ。得心させられた(笑)。

◆安倍殺害に暗躍した組織とは?

それでは、どんな組織が安倍殺害に暗躍したのだろうか? 山上容疑者の狙撃を前提(予測=殺害計画の囮)にしながら、なおかつ銃弾が安倍の体内から発見されない犯行(完全犯罪)を可能にする組織とは──。

片岡亮は、安倍が7月30日に台湾を訪れる予定(李登輝総統の命日)があったことから、中国当局の関与を可能性に挙げているが、西本頑司「権力者たちのバトルロイヤル──誰が安倍晋三を殺したのか」は、そうではないという。

西本はまず、CIAの謀略で排除された中川一郎・中川昭一親子を例に挙げ、あまりにも出来過ぎた安倍殺害の背後関係を解説する。

安倍の死後、約一カ月で行なわれたトランプ元大統領への「国家機密漏洩」疑惑捜査が、なぞを解くカギであるという。そう、安倍とトランプがともに親プーチンであり、金正恩を水面下で工作できる存在であること。

大統領当選時、メディアのトランプバッシングに対して、端無くもトランプが発した言葉「クリミナル・ディープステート(DS)」こそが、それを言い当てているというのだ。したがって安倍元総理はDSによって、裏切り者として血祭りに上げられたことになる。安倍の弔問にヌーランド女史(影の参謀総長)が訪れたとき、岸田総理は震えあがったのではないかと、アマノさん。どうです、ドキドキしてきたでしょ。

◆統一教会問題と安倍国葬

統一教会問題の論点としては、「反セクト法」制定について、フランス在住の広岡裕児が、これにたいする宗教学者の反発を批判している。

「反セクト法」は、その対象が一般宗徒におよぶこと、信教の自由を侵害するのではないかとの批判がある。橋下徹が批判の論陣を張ったことでも知られるようになった。

フランス(アブー・ピカール法=反セクト法)でも刑事事犯への適用は少ないという。アメリカでも憲法修正第一条における「信教上の自由を侵してはならない」によって、カルト対策の州法が実現に至っていない。

フランス法の条文を読む限り、かなり危険な法律であることは間違いない。

①法的形態を問わず
②その活動に参加する人の心理または肉体的服従を創造したりすることを目的または効果とするあらゆる法人で
③法人そのものまたはその法的あるいは実質的指導者が以下の一つまたは複数の犯罪について、複数の確定有罪判決を受けた(以下には、刑法・医療・薬事法・不当虚偽広告規制など)。

つまり、③の構成要件(指導メンバーの犯罪)があれば「カルト」と規定し、規制できるというのだ。かぎりなく権力(政権および捜査当局)のデッチ上げを誘発しかねない条文だといえよう。

民事裁判手続きが必要とされているが、指定暴力団の規制が、当事者の抗弁権をほとんど認めていない(聴き取るが、ことごとく却下)現状では、権力の恣意性にまかされることになる。政治団体にたいする破壊活動防止法(新左翼党派の指導者・オウムにのみ適用)とほぼ同じ内容のものが、宗教団体に適用されることになるのだ。

むしろ大山友樹がレポート「政治と宗教・癒着の裏に2つの事件」で明らかにしているとおり、宗教団体への税務調査や宗教指導者への証人喚問(いずれも創価学会を震え上がらせ、公明党の与党参加の一因となった)など、政治と宗教の問題を国民的な議論として行くほうが効果的であろう。

宗教法人は事業収入こそ課税されているが、最大のメリットは寄付金と固定資産税の免税である。そこへの課税は政治議論としても行なわれて来なかったが、宗教法人としての許認可は、宗派としての死活問題である。この議論をやろうではないか。政治と宗教、宗教と国民生活というテーマは、まともになされて来なかったのだから。

末尾になったが、安倍国葬問題にも的確なレポートが掲載されていることを付加しておきたい。秋の訪れとともに、時代への視点を刮目させる、紙爆の購読をよろしく。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

党綱領を自ら否定した自民党は即時解散せよ 岸田内閣改造人事の真相 月刊『紙の爆弾』2022年10月号

◆戦前77年、戦後77年という視点

本稿の執筆中に、編集部から田中良紹(元TBS記者)の「明治維新から77年目の敗戦と敗戦から77年目の惨状」(フーテン老人世直し録662)を紹介いただいた。戦前の77年と戦後の77年を欧米追随の結果として振り返るものだ。田中自身が1945年生まれの77歳である。

敗戦の77年前は日本が封建体制を脱して近代化を始めた明治維新の1868年だ。近代日本は富国強兵策によって西欧に近づき、世界の五大国の一角に食い込んだが、77年後にそのすべてを失った。

戦後の日本は東西冷戦構造を巧みに利用し、焦土から米国に次ぐ経済大国に上り詰めた。しかし1989年の冷戦の崩壊と共に「失われた時代」を迎え、坂道を転がるように転落の一途をたどって77年後の現在に至っている。(田中良紹「フーテン老人世直し録662」)

なるほど、素描は悪くない。帝国主義(独占と金融寡頭制)が日本の後発性ゆえに、世界大戦(市場再分割・領土分割)に乗り出さざるをえなかったこと。そして真珠湾を先制的に叩くことで、アメリカ世論の参戦をうながしてしまったこと。これはアメリカにとって、じつは織り込み済みだった(10年前に真珠湾攻撃を想定した本が出版されていた)。したがって、真珠湾を攻撃した時点で敗戦は決まっていた、というものだ。

だがこの敗戦が、日本にとっても織り込み済み(想定済み)だったことを田中は見ていない(『昭和16年の敗戦』猪瀬直樹)。

負けるとわかっていながら、東条英機以下の政権幹部、山本五十六ら海軍をふくむ戦争指導部・現場指揮官は、みずから戦争に反対しながら開戦に踏み切ったのだ。このことを本来はテーマにしなければならないであろう。アメリカに引きずられた戦後の繁栄と衰退(惨状)もしかり。なぜアメリカに引きずられてきたのか。

ほとんど誰もが対米戦争に反対しながら、展望のない戦争に踏み切った日本人の心性が問題なのである。いったん開戦するや、一億火の玉となって熱狂した戦争……。この思想的分析を抜きに、外的条件を挙げたり陰謀史観を持ち込んでもまともな議論にはならない。

◆ポストモダンとは何だったのか

批評家やジャーナリストは、戦後世界をアメリカ的な合理主義・民主主義(自由主義思想)と、ヨーロッパ的な社会主義思想(ソ連や中国をふくむ)との相克として描きがちである。

冷戦下の思想が資本主義と社会主義として措定され、核熱戦争の危機を背景にイデオロギー闘争が論壇のテーマにすらなってきた。これ自体が誤っているわけではない。

現実に今日も中国の台頭、ロシアの帝国主義的復活と(ウクライナ)侵略戦争への突入として再現されつつある。世界は20世紀へ、いや18・19世紀に回帰してしまったかのようだ。

そのいっぽうで、戦後革命期・60年代~70年代の価値観の転換を通して、左右のイデオロギー対立をこえる思想革命があったのを知っておくべきであろう。そのあまりの難解さゆえに、ほとんど一般には定着しなかったポストモダンという批判思想である。直訳すれば「近代合理主義批判」ということになる。

もとは建築評論家のチャールズ・ジェンクスが、70年代後半に建築用語として発したのがポストモダンである。リオタールの『ポスト・モダンの条件』(1979年)によって、フランスの思想界を席巻する。フランスで流行しそうになるということは、世界の思想論調となるのを意味している。

底辺にあったのは、近代的主体概念(デカルト)である。認識主体が「わたし」であり、わたしは「客体を認識する」主体として存在する。しかるに、わたしはどのような主体なのか、主観的にしか論証できない。むしろマルクスの「社会的諸関係の総体」「相対的にしか諸関係は措定できない」という関係論にいたり、主体の存在が疑われるようになる(構造主義)。日本においては廣松渉の共同主観性やフッサールの間主観性として紹介されていたものだ。ようするに、人間という「主体」は「関係性」をはなれては成立しないのである。

ポストモダンはポスト構造主義でもあり、浅田彰の『構造と力』(1983年)によってニューアカデミズムという批評領域が登場するが、すぐにブームは拡散する。拡散した理由は、ニューアカ自体がカント・ヘーゲルからマルクス、フーコーらの構造主義を対象とし、あまりにも膨大なテキストを前提にしているからだった。マルクスを読んでもいない若者が読むには、ポストモダンの論攷はあまりにも難しすぎたのだ。

とはいえ、ポストモダンがマルクスいらいの生産力主義、近代合理主義を批判していることから、思想をこえる批評として人気を博したのは事実である。マルクス主義が説く共産主義は壊滅的な批判をうけた。マルクス葬送である。


◎[参考動画]浅田彰(1986年放送)


◎[参考動画]フーコー、レヴィ=ストロース、サイード、鈴木大拙、今西錦司


◎[参考動画]フーコーとチョムスキー ~人間本性について~(日本語字幕)1/2

◆歴史は本当に終わったのか?

ここではわかりやすく、大きな歴史の終焉という政治学にそくして解説しておこう。ポストモダンを政治学・歴史学に移し替えたのがフランシス・フクヤマの『歴史の終わり』(1989年)である。

「歴史の終わり」とは、国際社会において 民主主義 と 自由経済 が最終的に勝利し、社会制度の発展が終結することで、社会の平和と安定を無限に維持するという仮説である。民主政治が政治体制の最終形態であり、安定した政治体制が構築されるため、戦争やクーデターのような歴史的大事件はもはや生じなくなる。この状態を「歴史の終わり」と呼ぶ。

すべての民族や文化圏、宗教圏に妥当するグランド・セオリー(大理論)である普遍的な歴史。すなわちリオタールの用語で言えば「大きな物語」としての「歴史の終わり」であり、その他の歴史、文化史、技術史、芸術史、スポーツ史、個人史などの個別的な歴史(リオタールの用語で言えば「小さな物語」)は、もちろん不断に変革を繰り返して、継続されていくというものだ。

フクヤマの仮説に対して、サミュエル・ハンティントンは著書『文明の衝突』の中で「支配的な文明は人類の政治の形態を決定するが、持続はしない」として「歴史は終わらない」と主張した。

フクシマの仮説はソ連と社会主義圏の崩壊を前提にしたものにすぎず、資本主義から社会主義・共産主義というマルクス主義理論(史的唯物論)の否定にすぎない。したがって、その後の中東戦争におけるアメリカ失敗(イラク・アフガン戦争)に逢着する。


◎[参考動画]Full Interview: Stanford Professor Francis Fukuyama Provides Analysis On Ukraine-Russia War

ロシアによるウクライナ侵略戦争について、フクヤマは攻撃が始まった直後の2月26日に台湾の大学が開催したオンライン講演でこう述べている。

「ウクライナへの侵略はリベラルな国際秩序に対する脅威であり、民主政治体制は一致団結して対抗しないとならない。なぜならこれは(民主体制)全体に対する攻撃だからだ」と。

フクヤマは2015年ごろから中国に対して「科学技術を駆使した高いレベルの権威主義体制には成功のチャンスがあり、自由主義世界にとって真の脅威になる」とも述べている。

講演のなかで、台湾に対しての中国の武力行使は、近年の国際環境の変化とウクライナ情勢によって「想像しえる事態になった」とも述べた。別のインタビューでは「究極の悪夢」は中国がロシアのウクライナ侵攻を支持し、ロシアが中国の台湾侵攻を支持する世界であると述べている。もしそれが起これば「非民主的な力によって支配された世界に存在することになる。米国とその他の西側諸国がそれを阻止できなければ、それは本当の歴史の終わりです」つまり、フクヤマが言う「歴史の終焉」とは、世界の終焉でもあるというのだ。

もちろんわれわれは、ロシアの18世紀的な皇帝の帝国戦争・19世紀的な帝国主義戦争を批判するが、アメリカの民主主義がシオニズムのパレスチナ侵略を前提としていること。完成された民主主義などとはほど遠いこと。したがって、民主主義はいまだその途上にあって、必要なのは非民主主義世界が膨大に生み出される帝国主義と専制独裁の世界に生きていることの自覚であろう。

国家の数で言えば、民主主義よりも民主的な選挙に拠らない専制国家のほうが増えているという。開発独裁において、民主主義的な政争が負担になるのは明白で、独裁政権のほうが経済はうまくいく。これもひとつの真理であろう。ポストモダンは生産力を批判し、近代的合理主義を批判したが、世界はあいかわらず戦争と革命、社会的致富をめざしているのだ。人は食うために生きる、けだし当然であろう。80年代は日本人にとってバブル経済の年代だったが、世界史の曲がり角でもあった。その歴史的な曲がり角を、新自由主義というグローバリズムが支配する。そこで日本の衰退がはじまった。(つづく)


◎[参考動画]サミュエル・ハンティントンの文明の衝突またはフランシス・フクヤマの歴史の終わり?(1992年)

◎《戦後77年》日本が歩んだ政治経済と社会【目次】
〈1〉1945~50年代 戦後革命の時代 
〈2〉1960~70年代 価値観の転換 
〈3〉1980年代 ポストモダンと新自由主義
〈4〉1990年代 失われた世代

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

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◆造反有理

それはアメリカのコロンビア大学から始まったとも、パリ大学ナンテール分校(現パリ第10大学)で始まったともされる。68年の学園闘争である。その背景にあったのは、文化的な価値観の転換であった。

若者が大人社会に異議をとなえる。束縛的で伝統的な権威をみとめない。長髪とジーンズ、ミニスカートにサイケデリック。大麻にシンナー、ロックンロール。60年代後半に公然化した、これら体制と秩序にたいする反逆的な事象に代表される価値観の転換である。


◎[参考動画]「想像力へのすべての力」:パリ、1968年5月:学生の反乱

わが国にひきつけて言えば、それは日大と東大の全共闘運動として噴出した。日大においては使途不明金に発した学生の憤懣。マスプロ教育(全員が出席すれば教室に入れない)・大学当局と右翼の暴力支配(日大アウシュビッツ)であった。東大は医学部の処分問題に端を発しながら、産学協同批判・大学解体へと理論的地平がひらかれた。よく言われる「自己否定」は、この産学協同によって、特権的かつ資本に迎合する研究への忌避である。

スタイルは上記の体制への反逆とともに、三派全学連(新左翼)のヘルメットとゲバ棒が採用された。67年の10.8羽田ショック(ゲバ棒で機動隊を撃退した)、佐世保エンプラ闘争への国民の共感が、ひとつの類型としてゲバルト学生を生んだといえよう。

さてこの学生叛乱(造反)は教員たちへとひろがり、学園にとどまらない社会的闘争となった。既存の左翼の枠組み(社会党・共産党・総評)を越えた。いやむしろ、既成左翼指導部への批判を契機としていた。


◎[参考動画]全共闘 日大闘争 東大闘争 – 1968

国際的には56年のハンガリー動乱(ソ連批判)に原点を持ち、68年のプラハの春として世界化された東欧民主化。これに中国共産党(毛沢東)の文化大革命が走資派への批判として大衆的な動きとして、ヨーロッパの若者たちに伝導したのである。世界的には新左翼運動と言った場合、フランスの毛沢東支持派が挙げられる。汎ヨーロッパ的なマルクス主義よりも、それを大衆的に越えたアジア的な思想(毛沢東思想と造反有理)への憧れでもあった。※映画「中国女」の影響。


◎[参考動画]La chinoise – two kind of communism

この異議申し立て運動に、ベトナム反戦という世界史的なファクターが重なっていく。帝国主義(フランス・アメリカ)の植民地(ベトナム)支配と反帝民族解放戦争(北ベトナム・南ベトナム民族解放戦線)と、じつにわかりやすい構造だった。北ベトナムをソ連・中国が支援していようがいまいが、反帝国主義の民族独立戦争を支持するのは左派の独断場である。論壇はさながら、左翼にあらざれば言論人にあらず、という感じだった。


◎[参考動画]ドキュメンタリーベトナム戦争

◆左翼運動の退潮

だがその左翼運動も、ヨーロッパにおいてはユーロコミュニズムと緑色革命の道へと分岐し、日本においては内ゲバという最悪の結果を招いた。

赤軍派に代表される軍事主義、および党・階級一元論(プロレタリア単一党)による他党派解体路線である。マルクスの労働者の団結がひとつである以上、共産主義政党も単一であるならば、革命党いがいの党派は小ブルの宗派にすぎない。

したがって、他党派は解体の対象であるとなるのだ。その党派闘争が暴力的なものになるのが、いわゆる内部ゲバルトである。わが国においては、100人以上もの犠牲者を出すにいたる。

ここにおいて、左翼運動は退潮を余儀なくされた。価値観の転換をもたらした左翼の時代は終わり、反対のための反対をする左翼は「サヨク」「ブサヨ」などと蔑まれるようになったのだ。

じっさいに、内ゲバで「処刑」を公言する人々が政権を取ったら、処刑が日常的な監獄のような殺伐とした社会になるであろう。今日にいたるも内ゲバは総括されず、左翼組織はあいかわらずレーニンの組織原則である公開選挙の否定、分派の禁止(コミンテルン22年大会決定)のままである。北朝鮮(個人独裁)や中国(官僚制国家資本主義)を否定できないのは、日本の左翼が同根である証左にほかならない。


◎[参考動画]「死の総括 -連合赤軍リンチ殺人事件-」No.948_2 #中日ニュース[昭和47年3月]

◆反共主義の時代

価値観の転換をもたらした時代は、68年革命の反動として反共主義の時代でもあった。米ソ冷戦、中国をふくめた核熱戦争の恐怖とイデオロギー戦争である。

今日的なテーマに引きつけていえば、統一教会(現世界平和統一家庭連合)が伸長したのも、左翼運動の退潮期と軌を一にしている。文鮮明は早稲田大学の留学生であり、原理研運動の目標として「きみたちは早稲田を奪権しなければならない」と、日本の学生会員たちに語っていた。各大学原理研の結集軸は国際勝共連合を上部団体にいただく、反憲学連という組織だった。

最初に新左翼運動との攻防拠点になったのは青山学院大学で、原理研の女子学生が「わたしは左翼に殴られた」という告発から始まった。やがて各大学に「原理研」「共産主義研究会」のステッカーが貼られるようになり、日大文理学部では銀ヘルグループと激しい攻防となった。

下高井戸にある文理学部は明治大学の和泉校舎が至近距離で、銀ヘルを支援する首都圏の学生共闘は明治の解放派をはじめ、戦旗派(主流派)や第4インターなどの党派連合が結集したものだ。この時期の反憲学連は青龍刀を携えていたから、文理学部での闘いは命がけになったものだった。

最近の若い人たち(ネット右翼)が、なぜ反日の統一教会が自民党に食い込んだのか、と疑問を呈するのを目にする。両者は相容れないはずだと。

時代と関係性を考察せずに、理念だけ単独で取り出してしまうから、こういう不思議な理解になるのだ。

統一教会の本質は利権団体であり、カネのためなら自民党とも北朝鮮とも提携する。政治を「思想」や「理念」と思い込んでいる朴訥なネトウヨには理解できないのかもしれないが、政治とは「敵の敵は味方」という攻防原理であり、また利用できるものは何でも政治利用するのが本質なのだ。

いわゆる「政治的立ち回り」とは、自分たちの利益を最大に追及する、その意味では集票という自民党の利益、統一教会の会員獲得(のための看板)という利害の一致による以外にない。

今回、安倍元総理狙撃事件によって、暴かれた癒着関係が国民の疑問をまねき「利害一致」にならなくなった以上、統一教会の求心力は急速にうしなわれると予告しておこう。

ただし岸信介の時代の文鮮明との癒着は、反共という大きな政治目的があった。本通信で戦後77年の視点を「戦争と革命」においたのも、現在では考えられないほど共産主義と反共主義の相克が色濃く時代をおおっていたからだ。

60年の学生革命(4.19革命)後、日本の陸軍士官学校留学生で満州国軍将校・朴正煕(高木正雄)を首魁とする軍事クーデター政権は、反共防波堤として日米の全面的なバックアップを受け、韓国兵は血を流した(日韓条約・ベトナム参戦)。

当時の韓国は反共親日国家である。在日学生が帰郷時に政治犯としてデッチあげ逮捕されるなど、韓国社会の左右分断が、日本社会を巻きこんでいた(73年の金大中拉致事件なども)。まさに時代の基調は、反共主義と民主(革命)勢力の対立だったのだ。その意味では、現在の統一教会の存在は70年代・80年代の遺物にほかならない。


◎[参考動画]日本NHK記録片“金大中拉致事件” 中文字幕版 1973年


◎[参考動画]Park Chung hee 1974年8月15日文世光事件(朴正煕暗殺未遂事件)

◆伝統文化におよぶ価値観の変化

価値観の変化は、伝統文化においても劇的なものとなった。それは天皇制(皇室)に集約される。

美智子妃の入内と昭和天皇の死によって、むしろ天皇と皇室は戦後民主主義の庇護者としての立場を獲得した。ふつうの人間としての自由な生き方と制度の更なる民主化によって、天皇制(皇室と政治の結合)はかぎりなく解体に近づいていくであろう。

このように68年革命による価値観の転換はいまも継続し、ゆるやかに旧制度を変えていくのだ。いっぽうで、古代いらいの寺社や皇室御物の伝統的な美の中に、天皇制文化が生き残っていくことを、たとえばタリバンのバーミアン破壊のように、ことさら拒否する志向が日本人のなかに生起することは考えにくい。歴史の否定からは何も生まれない。

男尊女卑を伝統文化というには、その歴史は天皇制に比べれば江戸時代以降という短さである。にもかかわらず、天皇崇拝思想よりもはるかに根強くわが国の社会を支配してきた。体制への異議申し立てであった全共闘運動のバリケードの中において、その頑強な男尊女卑思想は体現されたのだった(上野千鶴子の京大全共闘体験)。時代はゆるやかに、ポストモダン(近代合理主義批判)へと移っていく。(つづく)


◎[参考動画]昭和天皇最期の御姿 1988年8月13日から15日。この1ヶ月後の9月19日に吐血し倒れられ、約4ヶ月後の1月7日に吹上大宮御所にてご崩御された。

《戦後77年》日本が歩んだ政治経済と社会【目次】
〈1〉1945~50年代 戦後革命の時代 
〈2〉1960~70年代 価値観の転換
〈3〉1980年代   ポストモダンと新自由主義
〈4〉1990年代   失われた世代

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

旧統一教会問題と安倍晋三暗殺 タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2022年9月号

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今年は戦後77年である。

領土拡張をめざすロシアおよび中国という、21世紀の帝国主義が世界大戦の危機をもたらしている今。そして、帝国主義間戦争の危機に否応なく巻き込まれる日本の歴史的な立場を考えるうえで、15年戦争と戦後の歩みを振り返るのは、現在のわれわれを認識することとなる。

歴史を振り返ることは、現在がけっして素晴らしいわけではなく、古代や中世、あるいは近現代の一時期に「人類の理念」や「国民の理想」があった可能性をさぐることにほかならない。平和への希求や戦争の恐怖、苛烈な政治抗争と経済発展の展望、いっぽうで政治的危機や国民生活の衰退もふくめて、われわれの77年は平たんではなかった。

今回はとくに編集部の要望もあり、戦後77年を機にわれわれ自身の歩みを捉え返していこう。一般的な素描では面白くないので、戦争と革命という20世紀的な、しかし21世紀に持ち越してしまったテーマに即して解説したい。

【目次】
第1回 1945~50年代 戦後革命の時代
第2回 1960~70年代 価値観の転換
第3回 1980年代 ポストモダンと新自由主義
第4回 1990年代 失われた世代

◆15年戦争とは何だったのか?

1931年の満州事変から太平洋戦争の敗北までを、15年戦争という。

中国における一連の戦争行為を「事変」と呼称しているが、パリ不戦条約および国際連盟規約(11~15条)において、戦争が犯罪とされたからである。現在のロシアがウクライナ侵略を「特別軍事行動」と呼んでいるのと同じだ。後発帝国主義としての大日本帝国が、中国・東アジアにおける権益(市場進出と植民)をめぐって、先発帝国主義諸国(英米仏蘭)と衝突したのがこの15年戦争の基本性格である。日本とドイツは国内外において、後発帝国主義の狂暴さを体現した。

レーニンが『帝国主義論』において明らかにしてきた、生産の集積と独占・金融寡頭制・資本輸出と市場分割・領土分割。この帝国主義の不均等発展による、後発帝国主義の侵略戦争である。まさに第二次世界大戦をふくむ大日本帝国の戦争は、これを体現するものだった。

現在のロシア帝国主義、中国帝国主義が後発ゆえに、米帝一元支配への市場再分割・領土分割戦争に乗り出しているのと、時代は77年以上をへて重なりつつある。歴史はくり返されるのだ。

しかし帝国主義戦争が植民地争奪戦・領土分割線であるところ、15年戦争は植民地従属国の独立・解放戦争でもあった。中国は抗日戦争をつうじて共産党が戦争の主導権をにぎり、最終的に植民地から脱するとともに社会主義革命を実現した。日本の傀儡政権だったとはいえ、ビルマ国の独立、フィリピン第二共和国が太平洋戦争の過程で成立し、半植民地・抗日運動の中からアジア諸国の独立運動(インド・インドシナ諸国)が高揚したのだ。

日本においても、戦争の帰趨は社会主義革命の契機と考えられてきた(31テーゼ)。それゆえに共産主義者においては、太平洋戦争の終結と米軍の進駐は「日本革命のための解放軍」と考えられたのである。


◎[参考動画]昭和天皇 戦争終結 「これ以上戦争を続けることは非常に……」と米記者に

◆GHQ政策と戦後革命

1945年10月、GHQのマッカーサーは幣原内閣に口頭で5つの改革を指示した。秘密警察の廃止・労働組合の奨励・婦人解放・学校教育の自由化・経済の民主化である。具体的には戦争協力者の公職追放や財閥解体、農地改革(大規模地主の解体)をふくむ、徹底的な改革だった。上からの、外部からの革命と言っていいだろう。

司馬遼太郎は「明治維新は徹底的な革命であった」とするが、これは藩閥政治(徳川幕府の解体)に対する過大評価である。明治維新は武士階級の解体のいっぽうで貴族階級を温存し、薩長の軍閥政権が徳川政権に取って代わったにすぎなかった。大規模地主と小作農民の階級分化、財閥という大資本の登場、天皇制権力の強権化は士農工商という古代身分制を歴史的に復古させ、部落差別などの身分差別を顕在化させたのである。そして大陸進出と侵略戦争……。

GHQの基本政策が軍国主義の解体であったから、当初は「日本の民主化」「進歩的なアメリカ化」として、日本社会を激変させた。

とりわけ民主化に沸き立つ国民の進歩的な層の中に、社会主義革命への憧れをもたらした。実際にアメリカの対日政策(極東委員会)はルーズベルトいらいのニューディーラーが多数派であって、軍備と戦争放棄の平和憲法に反映されていく。


◎[参考動画]昭和ニュース GHQ マッカーサー来日(1945年)

◆ターニングポイントとなった2.1スト

上に挙げたGHQの労働組合結成の奨励もあって、日本の労働組合参加組員は民間70万人、官公労260万人になっていた。戦前が42万人(戦争の勃発で活動禁止)だから、飛躍的な伸長であることがわかる。

これら労働組合の伸長は、保守派にとっては政治危機を感じさせるものだった。47年の年初、吉田茂総理は年頭の辞で労働組合運動を批判して言う。

政争の目的の為に徒に経済危機を絶叫し、ただに社会不安を増進せしめ、生産を阻害せんとするのみならず、経済再建のために挙国一致を破らんとするが如き者あるにおいては、私は我が国民の愛国心に訴えて、彼等の行動を排撃せざるを得ない。

各労働組合はこの年頭の辞に一斉に反発した。1月9日には全官公庁労組拡大共同闘争委員会が賃上げ要求のゼネラル・ストライキ実施を決定した。1月11日に4万人が皇居前広場前広場で大会を開き、国鉄の伊井弥四郎共闘委員長が全官公庁のゼネスト実施を宣言する。1月15日には全国労働組合共同闘争委員会が結成され、1月18日には、要求受け入れの期限は2月1日として、要求(現行賃金556円→1200円へ)を受け容れない場合はゼネストに入ると政府に通告した。

実行された場合は、鉄道、電信、電話、郵便、学校が全て停止されることになり、吉田政権がダメージを受けることは確実である。ゼネストのスローガンにも「吉田政権打倒」が明記された。やむなく吉田茂は社会党右派の政権取り込みを策したが、社会党左派の反対で連立構想はとん挫する。ここに社共と吉田政権(自由党)の政治決戦を内包したゼネストが実行段階に入ったのだ。

ところが、横槍を入れたのは労働組合運動を庇護してきたはずのGHQだった。すでにソ連との冷戦を察知していたアメリカは、日本においてソ連の第五列が発生するのを怖れたのである。

ゼネストが強行された場合に備え、アメリカの第8軍は警戒態勢に入った。午後4時、マッカーサーは「衰弱した現在の日本では、ゼネストは公共の福祉に反するものだから、これを許さない」としてゼネストの中止を指令した。

伊井委員長はGHQに強制的に連行され、NHKラジオのマイクに向かってスト中止の放送を要求された。午後9時15分に伊井は、ゼネストを中止することを涙ながらに発表したのだった。GHQ改革を梃子にした戦後革命の第一段階は、こうして終焉した。

◆朝鮮戦争と武装共産党

1950年6月25日、朝鮮半島で大規模な軍事衝突が起きる。

朝鮮戦争の勃発である。日本はアメリカ軍の前進基地となり、デモと集会は全面的禁止となり、アメリカ占領軍の政策への批判や反対は「占領政策違反」の名で弾圧される。またたくまにレッド・パージが吹き荒れた。

これに先立つ6月6日、日本共産党の国会議員を含む全中央委員24人の公職追放指令が出されている。共産党はこの年の1月にコミンフォルム指令によって武装路線に転じていたのである。51年2月の四全協、10月の五全協において、共産党は日本における革命が平和的な手段ではなく、農村部でのゲリラ戦闘に依拠したものであると確認する。

いうまでもなく、これは毛沢東の農村根拠地論をもとにした都市の包囲戦略だった。「山村工作隊」や「中核自衛隊」などの非公然組織が作られ、学生が農村に派遣された。富農を打倒し、貧農や小作農を支援・組織するというものだった。だが、戦後の食糧難がつづく日本において、農村は国民のなかでは比較的豊かだった。共産党系学生の的外れの山村工作は、いきおい農民たちの反発を買うことになるのだ。

共産党の工作は、山村や農村だけではない。都市においては交番焼き討ちなどの武装闘争が行なわれ、警察権力への直接の軍事行動が取り組まれた。北朝鮮軍の勝利によって、やがて朝鮮半島から大量の難民がやってくると想定された。この機をとらえて、日本でも革命情勢をつくり出す。事実、韓国および済州島においては、反共内乱が起きて日本に密航する人々が続出していた。大阪の朝鮮人部落の大半は、この時期に形成されたという。

とくに九州では雪だるま闘争という戦術が採られ、国鉄の操車場に労働者を終結させた。列車が各拠点で労働者を搭載し、町から町へお祭り騒ぎのように労働者を結集させる。

そのいっぽうで、警察や謀略組織(GHQが組織したとされる)によって、三鷹事件や下山事件などの反共謀略事件が続出した。共産党はアメリカによる直接の弾圧に晒されたのである。海の向こうアメリカでも、反共のマッカーシー旋風が吹き荒れていた。2.1ストの中止指令、反共謀略事件と、戦後の日本がアメリカの支配下にあったことを明確に知らないわけにはいかない。それは現在も変っていない。戦後77年とは、米帝支配の77年でもあるのだ。

猛烈な弾圧に遭遇した日本共産党は1955年1月1日、武装闘争が「極左冒険主義」だったとして自己批判を行い、同年7月の六全協で武装闘争路線を否定した。

党の方針に従い、学業を捨て山村工作隊に参加した学生たちは、六全協の方針転換に深い絶望を味わった。この時代の若者たちの感覚は、柴田翔の小説『されどわれらが日々』に表現された。


◎[参考動画]【TBSスパークル】1949年7月5日 下山事件起こる(昭和24年)

◆自衛隊 ── 警察予備隊の創設

朝鮮戦争はまた、日本の再軍備をうながす契機となった。アメリカの要望による、警察予備隊(のちの自衛隊)の発足である。アメリカによる民主化からアメリカ主導の再軍備へと、時代は反転する。

ここに「逆コース」という右傾化批判が生まれ、進歩と反動の相克という戦後民主主義の基本構造が明確になってくるのだ。

いっぽうで、経済は朝鮮戦争特需でおおいに潤った。戦争による焼け太り、急速な戦後復興が果たされていくのだ。

この復興と逆コースの中、日本共産党の体制内化の対極に、新たな批判勢力が生まれてくる。戦後民主主義の擬制的な幻想のなかで、若い世代の革命への熱情は抑えがたく結晶する。60年安保という、時代を画する政治闘争の時代である。(つづく)


◎[参考動画]警察予備隊創設

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

旧統一教会問題と安倍晋三暗殺 タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2022年9月号

『紙の爆弾』と『季節』──今こそ鹿砦社の雑誌を定期購読で!

従来は、政局をふくむ政治情勢と社会問題全般に目配りした「紙の爆弾」が、とくに「【特集】自民党を支える『宗教』」を押し出しているところに注目したい。

すなわち、特集メインの「旧統一教会問題と安倍政権」(鈴木エイト)「創価学会と岸・安倍家」(大山友樹)「カルトに浸食された右派と神社界」(青山みつお)

そのほかに浅野健一の「安倍暗殺事件のマスコミ報道の犯罪」山田厚俊の「安倍後の岸田文雄と自民党」横田一「銃撃事件が参院選挙に与えた影響」青木泰「山上容疑者を誰が利用したのか」など。

マッド・アマノの連載も「安倍晋三狙撃事件の真相」で、事件が事前に知らされていたかのような新聞見出しに疑義を呈する(記事の内容は、過去のパロディ画像に対する安倍事務所の抗議)。そして佐藤雅彦の連載「偽史倭人伝」は「追討・安倍晋三」だ。いずれにしても、世紀の大事件をうけた特集は圧巻だ。

事件の本質は、やはり安倍晋三の教会利用にあった

なかでも、トップ記事の鈴木エイトの記事に注目した。事件の総合的な評価として、馘首できるものがある。これを読んでおけば、事件の本質と今後の課題(カルト対策の重要性)がわかるはずだ。

その鈴木エイト(やや日刊カルト新聞主筆)は、ワイド番組でも知られるようになった。とくに旧統一教会の被害者をサポートし、被害を減らすために活動するスタンスが評価されているジャーナリストだ。あまり自分を押し出すタイプではない、控え目でありながら丁寧なところも好感をもたらす。いっそうの活躍に期待したい。

さて、今回の事件に政治的な背景が皆無であることは明白だが、山上容疑者の犯行はしかし、きわめて「政治的」であるといえよう。なぜならば、事件によって引き起こされる政治的な波乱が、本人にも想像できないほど大きかったからだ。それは鈴木エイトが指摘した、つぎの一文に集約されている。

「教団への憤りが安倍氏へ転嫁されたという文字通りの『逆恨み』などではなく、冷静にどうすれば教団に最もダメージを与えることができるかを考えたうえでの凶行だったとわかる」

その効果を山上が想像しえないほどの結果、まさに旧統一教会にとって致命的な打撃になる犯行となったのだ。それにしても、鈴木が緻密に調べ上げた安倍晋三の教会シンパぶりはすさまじい。犯行がもたらした民主主義に対する破壊の大きさ、安倍氏の災難への同情・憐憫は別としても、やはり自業自得と言いたくなるものだ。

※誤植を指摘=8頁上段1行目の「凶弾」は、正しくは「教団」。自分が編集する雑誌の誤植を必ず発行後に気づくように、他雑誌の誤植にもよく気づく(笑)。真剣に読ませる記事だからだろう。

◆危機にある日本人の宗教生活

この通信でも、今後は政教分離および日本人の宗教をテーマにしていきたいと考えている。80年代・90年代から、統一教会やオウムをはじめとする新興宗教の影響力が社会をゆるがし、だが確実に日本人の精神生活に浸透しているからだ。その大きな理由は、政教分離(これが特異なものであるのは、前回の記事で指摘した)をもたらした天皇制権力の弊害、明治政府の廃仏毀釈による仏教弾圧にある。

「政教分離とはどのような意味なのか? ── 安倍晋三襲撃事件にみる国家と宗教」2022年8月5日 

いわば無宗教状態にされた、われわれ日本人の心の隙を衝くように、カルトはしのび寄るのだ。

そしてカルトは政治との結びつきを通じて、日本社会に定着していく。政治の側もまた、宗教団体を集票マシーンとして活用し、そこにカルトの活躍の場をひらいてきた。その点を、創価学会と岸・安倍家の癒着としてレポートしたのが、上で紹介した大山友樹の記事である。

青山みつおの「カルトに浸食された右派と神社界」も、宗教と政治の結びつきをレポートしたものだが、政局(衆院山口四区)との関係で読ませる記事だ。林芳正外相と安倍晋三のライバル関係に、黒幕として岸田・麻生をからめた構図は唸らせる。

◆事件の真相は、まだ明らかになっていない

政治的な論評記事になりがちな特集の中で、事件の真相解明そのものを提起しているのが、青木泰の「山上容疑者を誰が利用したのか」である。

青木はゴルゴ13(さいとう・たかおプロ作品)を例証に「銃をつくるバックアップ体制なくして、山上容疑者に暗殺を試みることは可能だったのか。まず浮かんだ大きな疑問点」とする。選挙の前に起きる重大事件の数々。青木が疑問を感じる背後関係については、じっさいにお読みいただきたい。背後関係は本当にあるのだろうか。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

旧統一教会問題と安倍晋三暗殺 タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2022年9月号

安倍晋三狙撃事件いらい、政治(政治家・政党)と宗教団体の関係がメディアで顕在化している。政教分離の原則から、自民党は統一教会(現世界平和統一家庭連合)との組織的な関係を否定するのに躍起である。自民党として組織(党機関)的に関係がないとしても、安倍晋三をはじめとする自民党政治家が選挙支援をめぐって、統一教会と組織的に結びついていたのは明白である。

2016年の参院選挙で、宮島喜文議員が安倍晋三に統一教会の票を割り振ってもらったこと。今回の選挙では「井上(義行=元総理秘書官)をアレ(支援)するんだ」と言われて出馬を断念したことで、安倍元総理と統一協会の選挙における緊密な関係は明らかになってきた。政治と反社会的宗派の癒着は由々しき問題である。

とりわけ国家公安委員長(二之湯智)や防衛大臣(岸信夫)が緊密な関係をたもち、今後もその緊密な関係(選挙ボランティア)を否定しないのは、国家権力の中枢に統一教会がリンクしていることを否定しない、政教一致を体現するものだ。


◎[参考動画]二之湯国家公安委員長 旧統一教会の関連団体イベント「名前を貸した」(TBS NEWS DIG 2022年7月26日)

◆政教分離は日本の特殊事情である

いっぽうで、政治家が宗教団体から支援を受けること、それ自体は法理的にとりたてて排除できるものではない。信教の自由が政治権力と融合的な諸国(権力の世俗主義を謳うフランスを除くヨーロッパの大半)に見られるように、宗教生活の尊重と政治的自由の融合(国教制度)、ローマ教会の尊重であるコンコルダート(ローマ教皇との条約締結)は汎世界的である。たとえばキリスト教系の政党が政権与党である場合(ドイツなど)も少なくない。

ここに政治と宗教をめぐる混然とした関係、理論的な問題が横たわっているのだ。わが国においては、公明党という公党と創価学会(排他的な日蓮宗信徒団体)との関係において、賛否両論がある。さて、わが国が戦後憲法に定めている政教分離の原則とは、いかなるものなのだろうか。公明党と創価学会の関係において、タブーとされてきたものに向き合う必要があるだろう。

まずは憲法の政教分離である。

第20条
信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
1 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
2 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

憲法20条の条文は、その大半が戦前の国家神道にたいする反省から成り立っている。国家と宗教の結びつき、およびその権力のもとでの他宗教の弾圧の反省である。
宗教と国家の結びつきは、明治国家が古代の天皇親政を復活することで、権力の実質を形づくってきたからにほかならない。神道は宗教ではなく国家および共同体の行事とされ、その他の宗教と区別されたのである。

天皇を頂点にした神道祭祀が国家の行事、日常生活の形式とされたのである。そのもとに天皇主義権力が軍部の統帥権として君臨し、政治を支配してきた。その意味では、天皇親政の宗教的権威が国民を統括するのみならず、軍隊をも支配(統帥)することで、ぎゃくに軍部の政治的自立を生んできたのである。これが日本型ファシズムの源泉である。

しかし、じつは天皇制それ自体は多宗教であり、歴史的には天皇は仏教徒であった。そして戦後にはキリスト教に改宗することで、天皇制(国体)の延命がはかられもしている。これも戦前の天皇制ファシズムへの批判である。※[参照記事]天皇制はどこからやって来たのか〈41〉日本民主化のための昭和天皇キリスト教改宗計画(2021年10月10日)

◆政治と宗教の共犯性

このように、日本における政教分離は戦前の国家神道への反省であって、じつは普遍的なものではないのだ。したがって、政教分離が民主政治の原点であるかのような論評は、戦前の天皇制権力を批判する以上のものではないのである。

極論すれば、政党もまた宗派性を持っている。教義(政治理念)があり方針(綱領)があり、また原則(規約)がある党派のすべては宗派なのである。教祖の恣意性や絶対権力がなくとも、組織の党派性というものはほぼ例外なく排他的な宗派性を帯びている。このことを理解するならば、政党が宗派に支配されるのは何ら不思議ではないのだ。

故安倍元総理をはじめとする自民党の政治家たちが、選挙支援という果実の対価として、宗教団体の広告塔になるとしても、そこには一定の理念的な共感があったはずだ。神道政治連盟であれ統一教会であれ、あるいは新日本宗教団体連合会や創価学会であれ、平和や自由という表向きの政治理念があったはずだ。問題なのは、統一教会という宗派が持っている反社会性にほかならない。

その問題点に、自民党の政治家たちは無自覚なのである。

岸信夫防衛大臣は「そういうこと(霊感商法などの被害)が言われている団体だということは認識をしていた」としながらも、今後の教団との関わりについて「軽々に答えることはできない」などと、選挙支援などの関係を否定しないのだ。


◎[参考動画]【続々と明らかに】岸防衛相「付き合いある」 “統一教会”と政治家の関係…(日テレNEWS 2022年7月26日)

「党が組織的に強い影響を受けて政治を動かしていれば問題かもしれないが、一切ない。何が問題かよく分からない」(福田達夫自民党総務会長)という。


◎[参考動画]福田総務会長 旧統一教会と政治「何が問題か分からない」発言を釈明|(TBS NEWS DIG 2022年7月30日)

このうち、今後の論点となるのは「党が組織的に強い影響を受けて政治を動かして」いるかどうか、であろう。ジェンダーフリーおよびLGBT、夫婦別姓などにおいて、統一教会や神道政治連盟は自民党につよい影響を与えている。いや、その影響の度合いが問題なのではなく、スローガンをともにすることと選挙支援が並立することこそ、政教一致の証左にほかならないのだ。宗教の必要(必然性)と政治の共軛について、さらに踏み込んだ議論を要するであろう。


◎[参考動画]【報道特集】「我々は世界を支配できると思った」米・統一教会の元幹部が語った”選挙協力”と”高額報酬”の実態(TBS NEWS DIG 2022年7月30日)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

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安倍晋三元総理が銃殺されて以来、メディアと論壇は混迷の様相を呈している。テロ事件(政治暴力)とみるべきか、それとも統一教会への怨恨の延長、すなわち法的には自然犯罪であるのか、と。

典型的な議論は、自民党が統一教会(現・世界平和統一家庭連合)とズブズブの関係にあったから、安倍元総理が殺されたのだ(自業自得)という解釈に対し、それ(自民党と統一教会の関係)とは関係なく、政治テロ自体を批判するべきだという相克がある。

◆福島瑞穂の発言をめぐって

たとえば7月10日のニコニコ選挙特番で、社民党の福島瑞穂が統一教会に触れたところ、出演者の東浩紀氏らが激怒した。

問題となったのは安倍元総理の銃撃事件などの質問を受けた場面で、福島瑞穂が「まだ詳細は分かっておりませんが統一教会との関係も言われています。詳細が明らかになると同時に、もし自民党が統一教会を応援していることが問題とされたのであれば、まさに自民党が統一教会によって大きく影響を受けていることも日本の政治の中で問題になりうると思っています」とコメントした件だ。

この発言を聞いたコメンテーターの三浦瑠麗(国際政治学者)は、やや動揺気味に「現時点で完全な裏取りができていない上に、ましてや統一教会と安倍さん、あるいはファミリーがどういう関係にあるかは何の証拠もない状況なんですよね」と述べ、福島に対して発言を自重するように求めた。

その後、福島瑞穂が居なくなると同時に東浩紀氏が怒り気味に「あのこれさ、自民党は統一教会と関係しているからこのようなテロを招いたということを言った? もしかしたら」というようなコメントをしたところ、主演していた石戸諭や夏野剛らも福島の発言を批判するコメントを連発したのだ。

大変な問題発言だとして、ニュース(放送事故)になるレベルの信じがたい発言だと繰り返した。東らの深読みは否めない。

一連のやり取りはネット上で話題となり、その書き起こしがツイッターで1000回以上リツートされるなど注目を集めたという。

おもに、こういう反応である。

福島瑞穂氏が生放送中に統一教会を語りだす⇒出演者らが大激怒! 三浦瑠麗&東浩紀「裏取りができていない」「テロを許容するって話」。「いや、福島瑞穂は自民党と統一教会の公然たる蜜月関係が、自民党の政策に反映されている、と言っただけ」などと。

三浦瑠璃は、フジテレビの情報番組めざまし8で「彼(容疑者)の妄想に加担してはいけない」と発言。つまり、山上容疑者は安部晋三元総理と統一教会の関係を「妄想」しているのであって、その動機に正当性はないというものであろう。正当性はないが、動機は「妄想」させた事実関係にあるはずだ。

福島発言に激昂した感のある東浩紀は、SNSでこう振り返っている。東には「統一教会を擁護している」との批判が出たので、それへの弁明でもある。

「当該番組を見ていただければわかりますが、ぼく、東浩紀は、統一教会(現在は『世界平和統一家庭連合』ですが、こちらの名称のほうが知られているのでこちらで記します)を擁護しておりません。また安倍元首相銃撃事件犯人の動機が統一教会と関係がないとも発言しておりません。」

「ぼくが当該番組で表明したのは、福島瑞穂・社民党党首という公人が、多くの視聴者が見ている番組で、ほとんど文脈もなく、そのような誤解を生みかねない発言をしたことに対する驚きです。同じ驚きは、番組中、他の共演者にも、また視聴者のコメントでも共有されていました。ぜひ番組をご覧ください。」


◎[参考動画]【参院選2022】開票特番|三浦瑠麗、東浩紀、石戸諭、夏野剛と見守ろう(ニコニコ選挙特番7月10日放送 動画3:01~)

◆自民党の統一教会癒着と暗殺は別問題

それにしても、自民党と統一教会の関係を知らぬ者は少ないであろう。マスコミが意識的に報じて来なかったのも、自民党に忖度したからにほかならない。

「日刊ゲンダイ」が7月18日付で、ジャーナリスト鈴木エイトの調査に基づいて、教団と関係のある国会議員リストを報じた。100人超のリストから、過去に教団側とカネのやりとりがあった議員をピックアップしている。

「旧統一教会に関係する個人や団体から、関連政治団体が献金を受け取っていた国会議員は〈別表〉の計5人。特に下村博文元文科相の場合、代表を務める政党支部が「授受」の双方に関わっていた。12年には旧統一教会の関連団体「世界女性平和連合」に会費として1万5000円を支出。逆に16年は教団の機関紙を発行する「世界日報社」から6万円の献金を受け取った。下村氏本人は13、14年に世界日報のインタビュー記事に登場していた。」

「自民党の閣僚級では萩生田光一経産相、井上信治前万博担当相、加藤勝信前官房長官が、ほかにも小田原潔氏、大岡敏孝氏、高木啓氏、高鳥修一氏、奥野信亮氏の各衆院議員と上野通子氏。」と。

だから「自民党の政治家は殺られても仕方がないのだ」とはしかし、けっして言えない。ロシアのウクライナ侵略の背景に、NATO(アメリカ)の徴発や謀略があったからといって、プーチンの開戦責任を免責できないのと同じである。

そしてこれは、暴力反対を一般的に言っているのでもない。たとえば権力の暴力に対して、人民(市民)が暴力で対抗することも歴史的にはあった。遠い昔の話ではなく、つい数十年前の日大闘争や三里塚闘争がそうであった。右翼や機動隊の殺人を厭わない暴力に対して、暴力をもって反撃する権利が人民にある。だが今回、山上容疑者は選挙中の、言論で行なうべき闘いを銃の暴力に置き換えてしまったのである。

◆報道する側の基本的なスタンスとは

事件を報じる原則に立ち返ってみよう。

MBSの西靖アナウンサーは、報道の基本スタンスをこう述べている。

「容疑者の中での妄想的な殺害に至る思考回路と、安倍さんと旧統一教会とのつながり、統一教会の歴史、そのカルト的な側面というのは、一つずつ切り分けて考えなくてはいけない」と。

「それぞれを、ちゃんと事実を見て、統一教会が過去に話題になった時から今に至るまで、体質として、その体質が残ったまま続いていたことを我々見逃していたというか、ちゃんとクローズアップしていなかったところはメディアも含めて反省だと思う」と自戒の念を込めて語る。

その上で「(統一教会が)その性質を残したまま、自民党なり安倍さんとのつながりがどの程度のものだったのか。それが何かしら影響があったのかなかったのか。そうしたところを丁寧に見ていくということは、彼の犯行が許されないということとは別に、ちゃんと見なきゃいけないところだと思います」と。事件の本質はテロ(選挙の自由妨害)だが、その背景はまた別に論じるべきなのである。

CBC特別解説委員の石塚元章のコメントにも、報道人としての基本が述べられているので、挙げておこう。

山上徹也容疑者が動機について「母親が世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に多額の寄付をして家庭が崩壊した」と供述していることについて、石塚は「だから安倍総理を襲撃していいのか、というのは全く別の話、これは大前提です」と前置きした上で、「ただ、あえて言うと、旧統一教会はかなり問題をはらんでいる団体であることは間違いないので、それを安倍元総理がご存じなかったはずはないと思うんです。有名な話ですから」と指摘する。「じゃあ、なぜそこの広告塔を、安倍元総理はおやりになってしまったのか」と。

石塚は芸能界を例に「ちょっと違うかもしれませんけど、詐欺グループの会社の宣伝にタレントさんが出てたってなると、問題になってタレントさんがしばらく番組に出られないとか自粛するとか、そういうこともいっぱいあるわけでしょ。それで言ったら、こういう“褒められたことをやってないよね”っていう組織の広告塔をやってしまったという事実は間違いなくあるんじゃないか」と云う。政治家が芸能人よりもはるかに、公的な存在であるのは言うまでもない。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2022年8月号

安倍元総理殺害事件が、選挙の自由妨害という民主主義の根幹にかかる犯罪であることは前回も確認した。

そのうえで、事件の背景および暗殺者としての犯人の技量を推し量っておこう。政治史上に刻印された世紀の大事件は、われわれの社会を映し出しているとともに、時代を変える動力もまた暗殺者の技量に反映するものだからだ。

ゲバ棒や火炎瓶の時代の大衆武装、爆弾闘争の非公然時代、そして社会的に孤立し(アトム化され)た時代の犯罪、すなわち今回の事件が社会の変化をどこまで反映しているのか。経済的にも行き詰った現在の日本を占うものとして、考察を深めるべきであろう。先行きのわからない時代にあって、それはひとつの手がかりになるはずだ。

◆動けなかった警備陣

それにしても、ぶざまだったのは奈良県警の警備である。

元総理の背後警備はガラ空きで、要人警備の基本である交通封鎖もしていなかったのだ。そして、第一発目の発射(爆発音)に驚くばかりで、身動きできないという体たらくだった。銃器事件が日常的ではないとはいえ、まさにテロ無防備国家である。

「ザ・シークレット・サービス」のクリント・イーストウッドは、ジョン・マルコビッチ演じる狙撃犯から「身を挺して大統領を護る覚悟はあるのか?」と問われる。JFKを護れなかったトラウマと使命感に懊悩し、そして最後は身を挺して大統領暗殺を防ぐのだった。


◎[参考動画]In the Line of Fire (6/8) Movie CLIP – Blocking the Bullet (1993) HD

この基本的な警護を、奈良県警の警備陣および警視庁から派遣されたSPは、果たせなかったのである。かれらは爆発音に凍り付いたままだった。いや、自分の体を要人の楯にする必要はない。一発目の銃撃音のあと、安倍元総理を押し倒すだけでよかった。運命の3秒間を、かれらは無為にすごすことで、警護対象を銃弾にさらしたのだ。


◎[参考動画]映画CM 「ザ・シークレット・サービス」日本版予告編 In the Line of Fire 1993

その奈良県警は、いわゆる田舎警察というわけではない。奈良県警の鬼塚友章本部長は、じつは安倍元総理の懐刀とも言われた北村滋に見出された人物なのである。
鬼塚は福岡高校から九州大法学部を経て、警察庁に入庁したキャリア組である。内閣情報調査室に勤務、当時の北村滋情報官に見いだされ、北村がNSC(国家安全保障局)に転じる際にこれに従っている。北村の辞職後、警察庁に戻り、そろそろ地方の本部長をということで回ってきたのが奈良県警だったのである。その意味では選ばれた任務であり、今回の失態をうけた更迭はまぬがれないであろう。

◆山上容疑者の武器製造

いっぽう、山上徹也容疑者は手づくりの鉄砲を準備していた。プロの暗殺者なら、カラシニコフの模造銃(中国製)をヤクザから手に入れていたはず、などとうそぶく評論家もいるが、そうではないだろう。暗殺者にとってブラックマーケットで得られる粗悪品の模造銃よりも、自分で調整してその性能を確かめられる武器こそ重要なのだ。

なるほど山上容疑者はプロではないかもしれないが、成功を期するスナイパーは武器をみずから確かめるものだ。山上容疑者の銃は、撃鉄(ハンマー)や撃針(ストライカー)を用いない、側穴(タッチホール)式の精巧なものだった。

その構造に専門家が舌を巻いたのは、着火が電子式である以上に、弾丸が6個の散弾式であることだ。ライフルを切っていない銃身(ブリッド)はしたがって、適度な仰角をもっている。1発で6個、2発目の6個のうちの一発が安倍元総理の喉元をとらえ、心臓と大血管を損傷したのである。

武器の精度・破壊力を確認するのは、小説(映画)だがフォーサイスのジャッカルがそうだった。

「ジャッカルの日」のエドワード・フォックスは、特別注文の狙撃銃(カスタムライフル=ハンドメイド)を念入りに調整する。ドゴール大統領警護の銃包囲網をかいくぐり、絶好の狙撃位置を確保したのは、今回の山上容疑者がやり遂げたのとよく似ている。


◎[参考動画]映画「ジャッカルの日(1973)」のカスタムライフル(日本語吹替版)

ブルース・ウイリス主演の「ジャッカル」もまた狙撃銃を特注するが、こちらは機関砲だった。しかもコンピュータ遠隔制御である。エドワードの細めの特注狙撃銃にたいして、いかにもアメリカらしい荒っぽい設定だ。

エドワードのジャッカルは撃ち殺され、ブルースのジャッカルも「女を護れない」と言いつつ、みずから女を人質にしながら撃ち殺される。

しかるに、山上容疑者は日本人らしく、かれの「大望」を果たして従容と縛についた。風蕭蕭として易水寒く 壮士一たび去りて復(ま)た還らず、の美学を感じさせるものがあった。民主主義の根源をゆるがす犯罪にもかかわらず、われわれは一服の清涼感を味わうのである。


◎[参考動画][映画]ジャッカル 大統領夫人を暗殺しようとするシーン【野沢那智Ver】

さて、その容疑者の内面にせまろう。武器をみずから作るほどの能力を持ち、しかし武器流通の裏社会に接するほどの交際能力はない。そこに、われわれは共同体の崩壊によってアトム化された、現代の諸個人の孤立と内向を見ることが可能だ。資本主義に固有の協働・コミュニティからの排除、労働の分業と細分化によって労働力商品として分断された諸個人が、ひっそりと個的な世界に閉じこもる。そして世界との接点が一方的なメディアやネットに限定されたとき、個的妄想は否応なく世界からの孤立を加速させる。おとなしい人が突如として殺人鬼に変貌するのは、こうした社会的分断と孤立の構造にほかならない。

山上容疑者は旧統一教会への寄付のために、母親が土地を売り借金するなど破産に至ったことを動機に挙げている。旧統一教会の関連団体に安倍元総理がビデオメッセージを送ったことで、標的をかれに絞ったという。安倍元総理の旧統一教会へのコミットがどの程度であったのかは、このさいほとんど関係ない。事件は選挙演説をねらったテロ(政治的殺人)であり、政治家とはそのような運命を抱えもった存在であるということだ。そして熟練のはずの警備陣が動転するほどの爆発音と威力で圧倒した、暗殺者の妄念のつよさが事件をなさしめたという事実である。


◎[参考動画]【独自】銃撃男の母親 旧統一教会に「本当に心酔」 大学友人語る変化…1億円献金か(ANN 2022年7月14日)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2022年8月号

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