《11月のことば》今日だけがんばれ

松岡利康

《11月のことば》今日だけがんばれ(鹿砦社カレンダー2026より。龍一郎揮毫)
《11月のことば》今日だけがんばれ(鹿砦社カレンダー2026より。龍一郎揮毫)

11月に入り一気に肌寒くなりました。北の国ではもう雪化粧とのこと、今年もあと2カ月となりました。すなわち、このカレンダーもあと2枚を残すのみとなりました。というよりも、書家・龍一郎ががん闘病により体力的にカレンダーを揮毫する力が失くなり、15年続いた鹿砦社カレンダーももうすぐお終いとなります。私と、大学の後輩でもある書家・龍一郎が、3.11の福島原発事故に衝撃を受け、このことを忘れず見つめ続け、復旧・復興に向け頑張る人たちを応援して行こうという、私たちなりの決意表明でした。手にされた方は、この立派さに驚かれますが、これを無料で、書店様や『紙の爆弾』の定期購読者の皆様に配布し、当初1000部だったところ、好評で最終的には1800部となりました。私たちは決して無駄だったとは思っておらず、むしろ、これを15年も続けてきたことで清々しい気持ちです。

福島は今年、震災から15年を迎えました。すっかり忘れられた感があり、はっきり言って政府の棄民政策も進められています。このかん、私のふるさと熊本に10年前と今年、二度の大地震が襲い、福島ほどではありませんが、大きな被害をもたらしました。さらには集中豪雨、水害など大きな自然災害も続き、この国には大きな自然災害が起きやすいということも、あらためて悟りました。こんな中でも、懲りずに原発を再稼働させたり(しかも老朽原発を)、あらたに造ろうなど言語道断です。

このカレンダーは今年で終わりますが、私たちが続けて来た営為の欠片ぐらいはご理解くだされば嬉しいです。

ほら、今月も龍一郎は、みずからの病に冒された体に鞭打ち、私たちを元気づける珠玉のような言葉を書いているでしょ!?

このかんお伝えしているように、11月1日付けで私は株式会社鹿砦社の代表取締役を退任し、これまで『紙の爆弾』編集長を創刊以来務め、この創刊直後の出版弾圧で壊滅的だ気を受けた中でも一人会社を守り、さらには取締役として東京編集室を守って来た中川志大(もとひろ)が新代表取締役に就任いたします。苦難の中の船出となりますが、皆様方にありましては、これまで以上のご支援、ご厚誼、若い故に未熟な中川への叱咤激励のほど、よろしくお願い申し上げます。私は、取締役会長として、代表権は外れながらも、あと何年続けられるか解りませんが、「前門の虎」中川をバックから支える「後門の狼」として、一老編集者として、ぼろぼろになるまで、栄光の時代も暗黒の時代もあった、歴史ある、唯一無二の〈独立メディア〉たる鹿砦社の旗を守り続けます。今後共、よろしくお願いいたします。

残念ながら、カレンダーは今年で最後となりますが、これまでの龍一郎の珠玉の言葉と揮毫をまとめた手帳「Monthly Free Note 龍一郎作品集抄」を製作中です。12月初め発行の『紙の爆弾』『季節』の定期購読者、会員の皆様方らには、両誌と共に贈らせていただきます。

11・1 同志社大学ホームカミングデー高橋博子さん講演会、いよいよ明日開催! 多くの皆様方のご参集をお願いいたします!

松岡利康

たびたびお知らせしておりますが、私も関係している同志社大学学友会倶楽部が10数年にわたり行っている、大学が創立記念日にちなみ毎年この頃に行っているホームカミングデー(同大OBらにキャンパスを公開し、同窓会やイベントを行う場を提供するという趣旨で始められた)での講演会も本年が第12回となります。

今回は、研究者としても反核活動家としても国際的に活躍されている高橋博子さん講演会を、母校同志社大学京田辺キャンパスにて明日午後1時から開催いたします。

ウクライナ、ガザ、イランと戦火が続く中、まさに時機に合った講演会です。一人でも多くの皆様のご参加を切望しています!

高橋さんは母校での講演に際し、張り切って10ページにわたる詳細なレジメを準備、万全の構えで明日の講演に臨まれます。

また、先着30名の方には、高橋さんの論考が掲載された反原発情報誌『季節』夏号を贈呈いたします!

講演会の概要は次の通り。詳細は添付ファイルのチラシをご覧ください。

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  • 日時: 2026年11月1日 日曜日 13:00〜16:00 (開場12:30)
  • 場所: 同志社大学 京田辺キャンパス 知真館3号館(TC3)202教室
  • 講師: 高橋博子(同志社大学卒業生、奈良大学教授)
  • テーマ: 日米両政府の核兵器観:広島・長崎・核実験・原発事故
  • オープニングライブ(カオリンズ)
  • 参加費: 無料(一般の方も参加自由)
  • 主催:同志社大学学友会倶楽部 ホームカミングデー講演会実行委員会
  • 同志社大学京田辺キャンパスアクセス↓
    https://www.doshisha.ac.jp/information/access/index.html
    新田辺駅からバスが便利かも↓
    https://www.youtube.com/watch?v=9NjSvzuwky4
    明日は臨時バスも増便されます。 よろしくお願いいたします!

■臨時バス運行のお知らせ■

皆様にできるだけスムーズにご来場いただけるよう、近鉄電車「新田辺駅」「三山木駅」、JR「京田辺駅」から京田辺キャンパスまでの臨時バスを運行いたします。
当日は周辺道路の混雑が予想されますので、ご来場の際は、公共交通機関および臨時バスをご利用ください。各駅からの臨時バスの運行時刻は、以下よりご確認いただけます。

【往路】
新田辺駅(近鉄) 発→同志社大学正門 着 所要時間:約15分 運賃:300円
京田辺駅(JR) 発→同志社大学正門 着 所要時間:約14分 運賃:270円
三山木駅(近鉄) 発→同志社大学正門 着 所要時間:約6分 運賃:220円
【復路】
同志社大学正門 発 降車駅により運賃が異なります。

11・1同志社大学ホームカミングデー高橋博子さん講演会 矢谷暢一郎(ニューヨーク州立大学心理学名誉教授)さんから熱い連帯のメッセージが届きました!

松岡利康

11・1同志社大学ホームカミングデー高橋博子さん講演会に、激動の1960年代後半、ヴェトナム反戦運動が世界的に盛り上がる中、「伝説の学友会委員長」といわれ先頭で闘った、アメリカ在住の先輩・矢谷暢一郎(ニューヨーク州立大学心理学名誉教授)さんから熱い連帯のメッセージが届きました!

全関西の労働者、学生、市民のみなさん! 11・1には同大京田辺キャンパスに圧倒的に結集し、今こそ反戦、反核、反原発の声を拡げていこうではありませんか! 同志社大学キャンパス内での講演会ですが、同志社OB・関係者でなくても、他大学OBでもどなたでも自由に参加できます。

以下、矢谷さんからのメッセージを掲載いたします。(松岡)

◇     ◇     ◇     ◇

60年前同志社大学学友会の反戦・反核運動と今日の挑戦

矢谷暢一郎
Professor Emeritus of Psychology at Alfred State College

奈良大学・高橋博子先生を招いて行われる2026.11.1 同志社大学ホームカミングデー講演会に、ニューヨークの片田舎アルフレッドより連帯のメッセージを送ります。

高橋教授(文化史学博士)は1969年生まれ、同志社大学文学部卒業とあります。それよりも23年前1946年生まれの私は、1965年に同志社の英文科に入学しました。第二次世界大戦・太平洋戦争直後に生れた日本人はアメリカ民主主義の第一世代と言われます。1945年の夏、広島・長崎に落とされた世界で初めての原子爆弾で、21万人以上の(1945年12月末までに)犠牲者たちの死の上にもたらせた民主主義と平和憲法でした。自治と民主主義、平和は日本だけではなく世界共通の国際主義が要求されるとは、アメリカ民主主義第一世代が突き付けられた1960年代の教訓でもありました。

大戦中、浜松航空隊の「特攻隊候補生」だった父親は7月幸いにも(!?)大病に見舞われて、死の突撃の前に矢谷家の跡取りを産むために日本海の漁村の田舎に一時帰省が許され、娶った母親に私を産ませて浜松航空隊に戻る直前に民主主義国家アメリカの原子爆弾で「生き長られる羽目になりました」。(10年ほど前、生前の母親に、「原爆が落とされず、浜松に戻った親父が太平洋でゼロ戦で爆死して後、ボクを妊娠していなかったとわかったら、お母さんどうなっていた?」と訊いたら、そげなこと誰にもわからへんかった。同じような境遇の女の人は私ひとりじゃなかったんだよ…」と応えた。)

1965年に隠岐の島出身の私が入学した京都の同志社は、ヴェトナム反戦運動が盛り上がり、あっちこっちに、学術団、文連、新聞局、学生放送局、各自治会などを総括する全学自治組織「学友会」の反戦の看板が立ち並び、先生方、生協の組合員たちも一緒になって、同志社は全体としてアメリカのヴェトナム戦争反対、「非核三原則」を支持し、戦争放棄した日本国憲法を守る運動、「護憲運動」を繰り広げていました。1968年1月17日~21日、原子空母エンタープライズがヴェトナム北爆に参加した戦闘機を搭載していたことから、この空母が日本初の佐世保寄港をすることがわかり、日本がヴェトナム戦争の出撃基地になることへの不安、反発、そしてエンタープライズの寄港が日本への核兵器の持ち込みと放射能汚染の懸念が広まり、日本全国から原子力空母寄港反対派の労働組合員や新左翼系の学生たち(三派全学連など)が佐世保に結集し、「エンプラ反対」の激しい運動を繰り広げました(当時の詳細や映像はNHKアーカイブスや佐世保エンタープライズ寄港阻止闘争 – Wikipedia参照)

同志社英文科の新入生となった私は、1967年の2回生で文学部英文科自治委員3人の1人に選出され、1月の「エンプラ反対」に他の自治会委員・学友会執行部委員たちと京都から鉄道深夜便で佐世保に入り、エンプラ寄港反対運動に参加しました。全国から集まった若い労働組合員たち、そしてたくさんの佐世保市民たちと4日間にわたる、あのような大きい反戦・反核・護憲運動を体験したことはありません。

1968年、2万人を擁する同志社の学友会中央委員長に選ばれた私は、10月21日の国際反戦闘争に全学ストライキで参加しました。フランスでは5月革命・5月危機と言われたパリのカルチェ・ラタン闘争に続き、アメリカ、ドイツとヨーロッパ各地で起こったヴェトナム反戦の学生運動は文字通りのinternational anti-war dayと世界的な規模となりました。

この年の2年前、英文科助教授として就任したばかりの矢内原伊作の招待で同志社にやって来たジャン=ポール・サルトルとシモーヌ・ド・ボ―ヴォワールが、実存主義をベースに「人間は社会に対してどのように主体的に関わるべきか(政治参加すべきか)」を強く説いた講演をしましたが、後の日本の学生運動や大学闘争の思想的背景に大きな刺激を与えた実例としても語られるべき60年代の同志社の社会政治的態度、行動の表明でした。

一国の良心として育成される同志社の教育精神は受け継いだものの、私は同志社を卒業していません。60年代の反戦学生運動が三派全学連内の「日本革命運動を巡る党派・党内闘争」の結果に責任が負えず、同志社を中退、2、3年のサラリーマン生活にも満足できず、1977年アメリカに渡りました。

ユタ州の大学で学士、オレゴン州の大学院で修士、そしてニューヨーク州のストニー・ブルック大学院で心理学の博士号を取りつつあった1986年、オランダであった国際政治心理学会での論文発表後、帰国したニューヨークのジョン・F・ケネデイー空港で逮捕され、アメリカ連邦拘置所に44日間拘留。学生ヴィサも取り消され、国外追放の危機に見舞われました。

拘留・追放の容疑・罪状は「日本でのアメリカのヴェトナム反戦活動、共産主義団体のメンバーもしくはそれに関係ある組織の反米活動に従事、アメリカ人とアメリカ国家に不利益な、undesirable alienとしてMcCarran-Walter Act(1952)のブラック・リストに載せられ、国外追放の処罰」。国際学会の研究発表は、アメリカの「反核態度と反核運動の不一致:不一致を正当化する心理的詭弁としてのアメリカ国家主義と個人主義」。国外追放の直前、私を「救出」したのは、日本のパスポートを発給した日本政府ではなく、アメリカの大学・法曹界・人権団体・新聞テレビラジオのマス・メディア、ワシントンDCの議員たちのアメリカ政府批判などで、名もしれぬ多くのアメリカ人の抗議によって、レーガン・アメリカ政府は国外追放を諦め、私は妻とアメリカ生まれの二人の息子たちのアメリカの土地に戻されました。

家に帰った後博士号学位を取りましたが、アメリカ政府のブラックリストに載せられた私のアメリカでの就職探しはなかなか大変でした。それでもニューヨークの片田舎で、30年間ニューヨーク州立大学のアルフレッド工科大学で教授職に携わり、現在心理学名誉教授としてアルフレッドで田舎暮らしをしています。

来年6月,University of Split in Croatiaの“Archipelagos of Meaning”をテーマとした人文科学国際学会で、“Living in the Kafkaesque:An Undesirable Alien in America”と題して、「ヤタニ・ケース」の発表を行う予定です。

アメリカ帰りの新島譲は同志社の創設精神として、一国の良心たらんと若い学生たちを鼓舞しました。今年80歳になった私はアメリカに在って、夢を託した未来を「明日があるさ」と期待しましたが、「明日」は早く来すぎてしまい「明日の明日」を期待しなければならないスーパーパワーの混乱を見る今日です。

米国政府もロシア政府も、外国人排斥政策と不必要な戦争で自らの失策を覆い隠そうと躍起です。グローバル化した世界にあって、日本政府も外国人排斥に戦争と繁栄の道を求めていませんか?

あらためて鹿砦社代表退任にあたって ──

株式会社 鹿砦社 現代表取締役(10月31日まで)
松岡利康

1988年以来長いか、年務めてまいりました鹿砦社代表ですが、いよいよあと10日ほどになりました。

以下は、これまで書き連ねてきたことと一部重複いたしますが、現在の私の想いを申し述べます。

これは、去る16日に会員さんらコアな支持・支援の方々に送ったものに加筆したものです。

鹿砦社 https://www.rokusaisha.com/

ご報告とお礼

松岡利康

7月の熊本地震につきまして、私が代表を務めている高校の同窓会「紫紺会関西支部」(熊本学園大学付属高校同窓会)でも、これが所属する「関西熊本県人会連絡協議会」(46団体+個人会員16名)明珍しず江会長からの呼びかけに応じ義援金を募集しておりましたが、10月9日で締め切り、同13日に集計し、146,500円の浄財をお寄せいただきました。

さっそく同14日に県人会本部口座に送金いたしましたのでご報告いたします。有り難うございました。

なお、県人会全体としての金額は、来る11月14日の総会(熊本金民の集い)にて発表されるとのことで、発表されましたらまたこの欄にてお知らせいたします。

以下、県人会本部・明珍会長からのお礼のお言葉です。

紫紺会関西支部
事務局 宮﨑 様

いつもお世話になっております。
ご連絡ありがとうございました。
確かにお振込み確認致しております。
ご協力いただき有難うございました。
会長様はじめ皆様にくれぐれもよろしくお伝えください。

関西熊本県人会連絡協議会
会長  明珍しず江

※復旧・復興の営みはこれからも続きます。引き続きご支援のほど、よろしくお願いいたします。総会にて今後の義援金募集はじめ支援の方法について審議、決定があると思いますので、あらためてお知らせし、継続的なご支援をお願いいたします。(松岡)

ご報告と更なるご支援の要請

中川志大新代表を中心に若返りを図り、心機一転、心ある人たちに支えられた〈独立メディア〉として『紙の爆弾』を更に拡大、発展させよう! 半世紀余り幾多の困難を乗り越えてきた鹿砦社を、堅忍不抜の〈言論の砦〉に鍛えよう! 苦境を突破し勝機を掴み“第三の奇跡”を勝ち取ろう! 中川新体制に圧倒的なご祝儀を贈ってください! 心ある皆様のご支援で新生鹿砦社の新たな船出を祝おう!

株式会社 鹿砦社 現代表取締役(10月31日まで)
松岡利康

『紙の爆弾』を愛し鹿砦社の言論・出版活動を支持・支援される皆様! 

先の中川の爽やかな抱負は多くの皆様の共感を得たようですが、これに比して以下の私の文は、いささかどろどろしたリアルな話になることをあらかじめご承知おきください。

中川の文、これに先立ち『紙の爆弾』11・12月合併号において公表しましたように、私たちは重大な決意をもって11月1日付けで鹿砦社の代表交替を決定いたしました。

そして、新たな態勢の元、若返りを図り、苦境を突破し、現在ほぼ見なくなった〈独立メディア〉として貴重な存在になった『紙の爆弾』の拡大・発展を図りましょう! 更に、1969年の創業以来半世紀余り数多の困難を乗り越えてきた鹿砦社を、心ある皆様方のお力をお借りし、その力で支えられ、いかなる権威・権力に屈しない〈言論の砦〉に鍛え上げましょう!

私松岡は去る9月25日で75歳、いわゆる後期高齢者になったのを機に、決算が終わる10月31日付けで鹿砦社の代表取締役を辞し、21年前の「名誉毀損」に名を借りた言論・出版弾圧でも、ただ一人残り会社を守ってくれた中川志大(もとひろ)に代表を禅譲し、心機一転、若返りを図り、若い発想で必ずや新型コロナによってもたらされた苦境を突破してくれるものと信じています。

だからといって、私は逃げるのではなく、日々午前8時には出社し、抱えていたり残っている仕事もかなりありますので、これまでと変わらず実務を続けます。背後から中川を支え、彼を「前門の虎」とすれは、私は、いわば「後門の狼」として後押しします。平取締役兼大株主としては当面残り“老人力”を発揮し、中川を防衛します。

世代交代は、いつかはやらなければならない課題で、どこの会社も直面し後継者不足に悩んでいます。皆様に祝っていただいた創業50周年の2019年から念頭にありましたが、その後新型コロナが襲来し、この対策に追われ手付かずでした。しかし、75歳を一つの区切りとして行うことを決断しました。

鹿砦社、また『紙の爆弾』のような〈独立メディア〉にとっては、広告も入らず巨大なバックがいるわけでもなく、頼りは読者の皆様方のご支援、浄財です。読者の皆様こそ最大のスポンサーです。

クラウドファンディングで資金を集めたらいいではないか、という声もよくあります。あまり知られていませんが、クラウドファンディングは、手続きは面倒で、集まったお金から、相当の手数料を引かれます。1円でも皆様方のご支援を出版活動に使いたい私たちには向いていないようです。

代表取締役として私の最後の仕事は、皆様方にご支援を請い、浄財をお寄せいただくことをお願いし当面の運転資金を集め後任の中川が自由に活動できる基盤を用意することです。先月からご支援をお願いしていますが、本年残りの3カ月は年末にもかかり、かなり厳しい情況を迎えます。なんとしても、ここを乗り切らねばなりません。

私たちはこれまで、当地を襲った阪神大震災前後の混乱の中、逆にこれをバネとして年間売上10億円を達成した1994年から97年はじめの頃を“第一の奇跡”とすれば、本誌『紙の爆弾』創刊直後、「名誉毀損」に名を借りた言論・出版弾圧で壊滅的打撃を被ったにもかかわらず、皆様方のご支援で再起した2009年から2010年にかけての時期が“第二の奇跡”と見なしています。

これでもう大丈夫かなと思ったところ、神はみたび私たちに試練を与えました。新型コロナの襲来です。正直、これを舐めていました。再興を果たし、せっかくの蓄えもすべて溶かしてしまいました。一時は絶望的になりましたが、心ある皆様方の叱咤激励により、なんとしても会社を維持し、本誌『紙の爆弾』、また唯一の反原発情報誌『季節』の発行を継続させ、半世紀余り続く鹿砦社の言論・出版活動を継続することを決意しました。しかし、遺憾ながら、なかなか苦境を脱しえないまま現在に至っています。

後継者不在に悩む経営者は多いですが、当社には幸い、『紙の爆弾』創刊直後の弾圧で私が逮捕・勾留された後、不在中もただ一人会社を守ってきた本誌編集長・中川がおります。彼は新卒で入社し、本誌の編集長のみならず当社全体の編集長、また東京事務所の責任者として、さらに取締役として獅子奮迅に頑張ってきました。

まだ50歳にも達せず経営トップとしては未熟ですが(私が鹿砦社を引き継いだ時は30代。ずいぶん試行錯誤し失敗ばかりしました)、何卒皆様方に可愛がっていただき叱咤激励のほどよろしくお願い申し上げる次第です。私の代で“第三の奇跡”を成しえなかったことには忸怩たる想いがしますが、それを彼に託します。

私は鹿砦社の代表としての最後の仕事を、当面を乗り切り、よしんば余裕を持って中川が采配を振るえるように資金を集めることに決め、ここに皆様方にご支援、資金援助を切にお願い申し上げる次第です。

ご支援はお一人おひとりのお考えやご事情などから、無理のないところで行ってください。例えば、新態勢にご祝儀を贈る、普通にカンパ(寄付)する、『紙の爆弾』、あるいは唯一の反原発雑誌『季節』を定期購読する、すでに定期購読中の方は前倒しで更新する、会員になる、すでに会員の方は会員のランクアップをする、等々です。

事情ご賢察の上、何卒よろしくお願い申し上げます! 心ある皆様のご支援で新代表・中川体制による新たな船出を祝ってください!

※ご祝儀、会費、ご支援金は以下のどちらかにご入金お願いいたします。

① 郵便振替 01100-9-48334 株式会社鹿砦社
また、『紙の爆弾』『季節』に挟み込みの「払込取扱票」にてご送金くだされば、送金費用かからず簡便です。                

② 銀行振込 三井住友銀行 甲子園支店 カ)ロクサイシャ
 普通口座 4304399 ㈱鹿砦社 
 (お振り込みの後にお名前、ご住所をメールかファックスにてお知らせください。メールj-info@rokusaisha.com ファックス0798-49―5309.匿名寄付の方は結構です)

■上の文は『紙の爆弾』11月/12月合併号を、定期購読者・会員の皆様方らへ送る際に同封した文に加筆したものです。

■下の写真は、2020年1月18日、手弁当で全国の刑務所・少年院を回りプリズン・コンサートを続けている女性デュオ「Paix2(ぺぺ)」、その500回目(於・横浜刑務所)の後で記念品を渡しました。こののち、新型コロナ旋風が吹き荒れ、私たちを翻弄することになります。

Paix2は昨年4月、『紙の爆弾』創刊20周年の「反転攻勢の集い」(東京・日本プレスセンター)にて司会を務めてくれ、また私が逮捕されたメモリアルデー7・12の同集い・関西(西宮・カフェインティライミ)では魂を込めたミニライブを行ってくれました。Paix2はもっと社会的に認められてしかるべきだと思っています。

「古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう」 ―― 今の心境

松岡利康

すでに鹿砦社の代表交替を公表し、おおむね受け入れられたと思っています。ふと、若い頃に馴染んだ吉田拓郎のアルバムのタイトルを想起いたしました。

「古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう」

これは広島から東京に出て自費出版した吉田拓郎のアルバム(LP)のタイトルです。「古い船」=創業57年になる鹿砦社、「古い水夫」=私松岡です。このアルバムを若き拓郎は自費出版し、次いでこの中から、私も好きな『イメージの詩』をシングルカットします。あまり知られていませんが、若き拓郎のデビュー曲です。拓郎はその後『結婚しようよ』『旅の宿』などがヒットし、これらがデビュー曲のように誤認されますが、そうではありません。

『イメージの歌』は長い曲です。拓郎の前に「フォークの神様」といわれた岡林信康の曲『それで自由になったのかい』も長い曲です。どちらも若い頃から好きな曲です。

『イメージの詩』には、
「闘い続ける人の心を誰もがわかっているのなら、闘い続ける人の心はあんなには燃えないだろう」
という歌詞があり、涙が出る想いです。

ちなみに、『イメージの詩』は拓郎の作詞・作曲ですが、初期の拓郎を支えたのは、レコード大賞受賞曲『襟裳岬』を作詞した作詞家・岡本おさみです。岡本と組んで、『襟裳岬』はじめ数々の楽曲を出します。『旅の宿』『落陽』……。思い出すなあ。

さらに、岡本おさみはネーネーズの『黄金(こがね)の花』『山河、今は遠く』(いずれも作曲は知名定男)も作詞しています。これらも私の好きな曲です。こういう話をすれば止まりません(苦笑)。
「黄金で心を捨てないで 黄金の花はいつか散る」

鹿砦社の代表交替と、新代表に就任するにあたって

株式会社鹿砦社 新代表取締役(11月1日より)
『紙の爆弾』編集長 中川志大

現在発売中の『紙の爆弾』11月/12月合併号の誌面にも記載のとおり、本年11月1日より株式会社鹿砦社の代表取締役社長に就任します。

現代表・松岡も述べていますとおり、出版業界、特に小規模出版社にとって苦境の中で舵取りを交代するわけで、必ずしも“目出度い”とは言い切れないのが正直な心情です。いままで出版実務面は多くを担ってきたものの、経営はまったく違うもので、現代表に教えを請いつつ、試行錯誤を新たに始めることになります。また、経営の立て直しから着手することになるため、実際には1年ほどは、移行期間のような形です。とはいえ、徐々にでも、私のカラーをにじませていければと思っていますので、本誌とともにぜひご注目ください。

私・中川というと、本誌では現代表から、2005年の鹿砦社出版弾圧事件で、ただ一人残った社員として紹介されますが、一度立場を決めたらそこで最大限の努力をするという精神(旗を立てたら動くな)は、当時から変わっていません。こと言論を扱う身としては、目先の利益を追いかけ立場を変えるのを「合理的」と呼ぶような社会にあっても、異論を投げかけ続けることが、この社会に違和感を持つ人にとっての励みになるのではないか。そこにこそ、鹿砦社や『紙の爆弾』の存在意義を持ちたいというのが、私の考えです。

それが具体化できつつあるのか、本誌は大手誌が休刊する中で、相対的に売上を伸ばしています。そして、ここ数年、「『紙の爆弾』が面白くなった」という声をたびたびいただきます。「本を出版する」ということが本当に難しくなっている中で、小出版社が生き残る道は、そういった声を大事にしていくことだと思います。なかなか展望が開けない社会にあっても、「まだ、鹿砦社がある」と思っていただけるような出版社を目指します。今後とも激励とご支援を、よろしくお願いいたします。

中川志大新代表取締役。画像は2015年の『紙の爆弾』創刊10周年のイベントでのショット。於・たんぽぽ舎。

※この挨拶文は、『紙の爆弾』11月/12月合併号を定期購読者/会員の皆様らへ送る際に同封した挨拶文を、表題を替えて転載したものです。

板倉善之監督の「Ich war, ich bin, ich werde sein!」が東京、岡山、大阪で上映決定。必見です!

尾﨑美代子

釜ヶ崎を撮った16ミリ映画「月夜釜合戦」で撮影を担当した板倉善之監督の「Ich war, ich bin, ich werde sein!」(ドイツ語で「私はかつて在り、いま在り、今後も在る」ローザ・ルクセンブルクの言葉)の上映が全国何か所かで行われます。

この作品では「月釜」監督の佐藤零郎君がインタビュー、録画を担当。2019年釜ヶ崎のあいりん総合センターが閉鎖され、それまで釜ヶ崎のあちこちでおっちゃんらを撮り続けていた板倉君と零郎君が、もうおっちゃんらを撮れなくなるのではとこれまで撮り続けたフィルムをまとめた作品。釜ヶ崎を歩き「あの人、気になるな」と目星をつけた方にインタビューを申しこみ、話を聞いたものをまとめてます。

登場した方の半分位の方を私も知っています。でもみなさんに、そんな過去や釜ヶ崎にきたいきさつがあったのかと驚かされました。三角公園などでハトを自由自在にあやつるハトおじさん、しょっちゅう見てたのに、おじさんにそんな過去があったのかと……。そのハトおじさんも、車椅子で生活しながら「野宿の方がいい」と言ってたおばちゃんも、今はもう見なくなりました。白ヘルメットの「丹下左膳」のおじさんは、どれだけ長い間野宿生活をしていたことか。いつも店の近くに台車を止めて休んでいました。今は生活保護を受けているそうで、板倉君らが会いに行ったら、見違えるほど元気になっていたといいます。本当に良かった。

この映画が山形国際ドキュメンタリー映画祭で上映されることが決まったのが昨年。その暮れに一夜限りの上映会がありました。 ある日、板倉君と零郎君が案内のチラシを店に持ってきました。その映画祭で上映されることがどれだけ価値あることか知らない私は「へえ、山形の映画祭に応募したのね。夕張ではなく山形の方ね」と軽くいなしました。すると2人は(はなママはわかってないな)という顔をして、「あのですね。この映画祭には世界中のドキュメンタリー映画が1500作品も集まるんです。その中から15作品が選ばれ、上映されるんですよっ」と説明。「あらま、それは凄い」、私がそう驚くと、零郎君は(もっと凄いことがあるんですよ)といわんばかりに、「本当は僕たちはこの映画をひとつ下のランクで応募したんです。しかし、それを見た審査員の方々が『これはその上のランクでいくべきだ』と1番上のインターナショナル部門に格上げしてくれたんですよっ」と言ったのです。いわば「松・竹・梅」とランクがあって、ちょっと気弱に「竹」で応募したが、審査員たちが「これは松ランクでいくべきだ」と言ってくれたということでしょうか。それもまた凄い。

昨年12月28日、大阪市九条のシネ・ヌーヴォで上映された後のトークショー。左から佐藤零郎、板倉善之、小田香(映画監督)
昨年12月28日、大阪市九条のシネ・ヌーヴォで上映された後のトークショー。左から佐藤零郎、板倉善之、小田香(映画監督)

どうぞ皆さん、この機会にぜひご覧になってください。釜ヶ崎は、映画に登場したような様々な個性を持つ人たちが、いくらでも自由に生きていける、人生をやり直せる場所でした。しかし、この間、維新の会らが進めるジェントリフィケーションによってどんどん住みにくい町に変えられようとしています。いや、すっかり変えられ、多くのおっちゃんたちは住みにくさを感じていることでしょう。どんな人でも生きていける釜ヶ崎を少しでも残したい……そんな思いで観てください。

以下、板倉監督からの案内です。
どうぞ、みなさん、お近くの会場に足を運んでください。

「ドキュメンタリー・ドリーム・ショー 山形イン東京」
※昨年ノミネートされた映画祭の関連企画です。
10月30日(土) K’s cinema(新宿)
11月11日(水) アテネ・フランセ文化センター

「岡山映画祭2026」
11月21日(土)

・大阪の劇場公開
12月19日(土) シネ・ヌーヴォ(九条)

映画のホームページも開設しました。
https://caldrons.net/ich

大阪は12月19日、これは見逃せない。シネヌーヴォでお会いしましょう。

▼尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
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『紙の爆弾』11・12月合併号に寄せて

『紙の爆弾』編集長 中川志大

米国産生鮮じゃがいもの輸入解禁問題が大炎上中です。この件は病害虫の問題を中心として語られています。ただし本誌記事の農民連の分析にあるとおり、残留農薬は見逃せません。また、八百屋やスーパーに行けば、じゃがいもに輸入の必要性がないことは誰にでもわかります。「食料自給率100%を目指す」と言っていた高市政権が、日本の農業・農地と国民の健康よりもアメリカを優先している。そのことが、はっきりと可視化されたケースといえ、ゆえに右からも左からも批判の声が挙がっているのだと思います。

農薬問題については、9月号で山田正彦元農水相が、具体的な危険性と「有機農業でやっていける」ことを解説しました。少なくともポストハーベストからなくしていくことが、第一の手順だと考えています。生産と消費を近づけること、つまり食料自給率を上げていくことです。エネルギー問題もそうで、まず送電ロスを減らすのが、もっともシンプルで有効であり、今月号の平宮康広氏の提案は明快です。さらに本誌校了直前には、千葉県で太陽光発電設備のショートによる火災が発生。まさに記事の指摘が現実化しました。報道では「発火と自然鎮火を繰り返し、十回以上の爆発音」とあります。記事にある「東京大火災」の警告を直視しなければなりません。

沖縄県知事選は、沖縄が押し付けられた問題が、沖縄以外によって「沖縄の問題」に固定化されてきたことが根本的な敗因ではないかと思います。「SNSのせい」では何も変えられません。今月号で、アメリカのシンクタンクが新たに提案した在外米軍戦略について解説しました。在日米軍の撤退にまで言及した抜本的転換といえるものですが、読むほどに、現実に即した内容であることがわかります。仮にこの提案どおりになった場合、沖縄の沖縄以外に対する地位が逆転することになるでしょう。まさに“必読”の内容です。

大阪・関西万博の閉幕から1年。想定された以上の“闇”の深さを示しているのが11カ国のパビリオンで発生した「建設費未払い問題」です。万博協会と吉村洋文・大阪府知事は「民・民の問題」として被害企業の救済に動きませんが、本誌記事にあるとおり、大手ゼネコンがパビリオン建設から逃げたために、吉村知事が関西の中小建設業者・設備業者に協力要請をした経緯を考えれば、知事らに責任がないとは絶対にいえず、それどころか、彼らは問題が生じることを、ある程度認識していたのではないかと思われます。さらに経緯を見ていくと、この問題が「事前に仕組まれていた」可能性を指摘せざるをえません。

また、今月号では駐日イラン大使が行なった講演を収録。「アメリカがなぜ“戦争国家”なのか」を具体的に説明しています。一水会代表・木村三浩氏と、実業家として外交に携わるNGOレインボーブリッヂ・小坂浩彰氏の対談は、展望の見えない中でも時代を打開するアイディアの詰まった内容です。ほか、赤根智子ICC所長への“制裁”に関するマスコミが取り上げない事実、小川敏夫・元立憲民主党参院議員は検察・法務省の問題とともに、7月号で指摘した中道問題についても再び触れています。

なお、制作上の事情により、今月号は合併号とさせていただきました。次号は12月7日発売となります。盛りだくさんの内容を詰め込んだ11・12月号を、ぜひご一読ください。全国書店で発売中です。

『紙の爆弾』編集長 中川志大

『紙の爆弾』11・12月合併号
A5判 130頁 定価800円(税込み)
2026年10月7日発売

米国の目標は「日本の消費量の半分」病害虫と残留農薬を運ぶ米国産生ジャガイモ輸入 八田純人(農民連食品分析センター所長)
閉幕から一年、底の見えない闇 仕組まれていた万博未払い問題 西谷文和
駐日イラン大使講演 アメリカの戦略的敗北と日本国民の役割
中道分裂と沖縄県知事選で創価学会・公明党は何をしたのか 大山友樹
【対談】小坂浩彰(NGOレインボーブリッヂ)× 木村三浩(一水会代表)
低迷する日本が活路を見出す自主独立の極東地政学
クレジットカードを止めたのは誰か? ICC裁判所長“制裁”の「本当の問題」昼間たかし
国民の存在を無視した改憲「緊急事態条項イメージ案」の欺瞞 足立昌勝
特捜検事が捜査対象女性と交際 法務省が事実隠蔽する理由 小川敏夫
「人手が足りない」のに「仕事がない」理由 労働の貧困化と「人手不足社会」の実態 片岡亮
成年後見制度という宿痾7 突然、行方不明になった妻を返せ!鈴木愼哉
シリーズ 日本の冤罪 栃木・今市事件 尾崎美代子
LGBT問題の現在 性自認という「内心」なりすましという「故意」三浦俊彦
アメリカの戦略シンクタンクが提起した米軍アジア戦略の抜本的転換 佐藤雅彦
原発も太陽光パネルもいらない 東京23区の電力自給自足は可能である 平宮康広

〈連載〉
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