浅野健一さん、あけび書房刊/辻井彩子著『石ころの慟哭』こそ、みずからの原稿を「盗用」していると主張! 「いま、チームを組んで、辻井氏本の盗用・無断引用・無断転載を総点検中」で、「出版してはならない本」と決めつけ「絶版」と「回収」を要求!

この問題の結果次第で浅野さんのジャーナリズム生命に関わることなので、一片の虚偽もなく「総点検」の内容を公開してください!

問題の発火点となった出版禁止仮処分申請を即刻取り下げよ! 訴権の濫用をやめよ!

鹿砦社代表 松岡利康

浅野さんは4月24日、長い文章をみずからのフェイスブック(以下FBと記します)に掲載され、相変わらず自著『石ころから石礫へ』(三一書房刊)の自画自賛と、あけび書房本『石ころの慟哭』を「出版してはいけない本」と非難し「直ちに本を絶版にし、回収すべき」と述べられています。

一方の辻井さんは、浅野さんが「盗用」している箇所をマーキングする作業をされているようです。仮処分の呼び出しが来て審尋(しんじん。非公開の審理)までには3部(裁判所、相手方、債務者側各々1部)も提出しないといけませんので大変です。どうせやらないといけない作業ではありますが、仮処分申請や提訴されなければ、やらなくてもいい作業ですから難儀な話です。ようやく本が出来上がり書店販売も始まったというのに面倒なことです。

私が22日夜に浅野さんのFBに書き込んでから、この件については返答ありませんでしたが(だから24日朝から原稿書き始め、夕方に私のFB、25日午前零時に「デジタル鹿砦社通信」に投稿し批判したのです)、行き違いで24日に、あけび書房本こそ「盗用」していると主張されています。浅野さんにブロックされていますので、すぐには読めません。あとになってから、知人らがこの部分を送ってくれましたが、かなり時間差がありました。

また、浅野さんは23日のFBの文章では、盗用問題には触れられず、ほとんど私への非難に費やされました。1日空けて24日になって触れられましたが、この間に「総点検」の「チーム」を組まれたり、善後策を考えられたのでしょうか。

どちらの言っていることが真実なのでしょうか? どちらの言っていることが真実なのかによって、特に辻井さんの言っていることが真実で、浅野さんが意図的に辻井さんのほうが盗用していると強弁しているのなら、浅野さんのジャーナリスト生命はなくなります。

逆に辻井さんが盗用していたら、辻井さんは嘘つき女として今後出版などできなくなるでしょう。

こうした意味で極めて重要な問題ですので、拙速に判断せず、浅野さんの「総点検」と辻井さんのマーキングの結果が公表されることを俟ちたいと思います。

今のところ浅野本は、アマゾンに注文していますがまだ届かないので読めません(浅野さんが100%浅野さんの側に立っていると勝手に自慢する『紙の爆弾』編集長・中川には献本送付され届いていますが。苦笑)。辻井本は、サブタイトルに「私記」とあるように、地元で起きた事件で、宗教三世としてのみずからの生きて来た道のりと重ね合わせ書き綴ったもので、一市民の立場から率直な想いを述べていて、好感が持てる文章です。浅野さんは、辻井さんの職業がメディアに関わる者でないことをなにかしら差別されているようで、このことはいただけません。

浅野さんは、わが国を代表する通信社で20年、同志社の新聞学専攻(現・メディア学科)で20年、ジャーナリズムのエリートコースを歩んでこられましたので、元々位相が異なりますが、浅野さんの文章は雑で難儀するとは浅野さんの文章を編集したことのある人が異口同音に仰います。若くして『犯罪報道の犯罪』で一躍論壇に登場しエリートコースを歩んで来られたので、書き殴った文章を担当編集者に振り、ある意味致し方のないことかもしれませんが。

原稿や校正紙を見れば、私にでも、ある程度、その方の人となりや人間性がわかります。

ちなみに、昨年、私たちが11年余り発行している反原発情報誌『季節』に、われわれの世代にとってはカリスマの山本義隆さんの長大な講演録を掲載しましたが、編集長は、その論理展開や校正にほれぼれし校正紙を「家宝にします」と言っていました。むべなるかなと思った次第です。

◆あけび書房・岡林社長は「素人の」辻井さんを「騙して、実際は岡林氏」が「原稿の大部分を書いた」のか?

浅野さんは、よほど岡林社長が憎いのか、辻井さんを岡林社長に「騙され」「著者に祭り上げられた被害者」とも言い、「辻井氏の本の大部分を書いたのは岡林社長だ、と私は推測しています」とまで述べています。

ここまで言いますかね。まだ外国に行くことが難しい頃の少年時代から海外留学し超難関校・慶應義塾大学を卒業後は共同通信を経て同志社大学新聞学教授と、ジャーナリズムのエリートコースを歩んでこられた浅野さんの頭の中の小宇宙は、常人には計りしれません。

さらには、「私は岡林氏から嫌がらせを受けたが、私が彼に嫌がらせをしたことはありません」とはいかに? 出版禁止の仮処分が決定どころか裁判所から呼び出しも来ていないのに、大手書籍取次会社・トーハンや日販に配本するなと申し入れることは「嫌がらせ」ではないのか? 浅野支持者に、あけび書房に直接訪問することをそそのかしているのは「嫌がらせ」ではないのか? 実際に複数人が行き写真までアップしています。ひっそりと営業している「一人出版社」にそこまでやるのか?

ちなみに、本件について、浅野さんの著書『石ころを石礫に』の出版を引き受けられた老舗出版社「三一書房」にも、お互いに「盗用」していると言い争っていますので、版元として責任をもって「盗用」しているのかどうかの「総点検」にあたられることを願います。

また、出版禁止仮処分という、出版やメディアに関わる者にとって重大問題を浅野さんが企てられたことについて、三一書房の方々は傍観されていることに苦言を呈します。出版禁止は、こと浅野VSあけび書房の間の問題ではありませんので。

「三一書房」といえば、われわれの世代にとっては伝説的な出版社で、今でも私はかなりの数の書籍を持っています。一時は労働争議で出版活動の停止を余儀なくされましたが、頑張っていただきたいものです。この意味からも、本件については責任ある態度で臨んでいただき、今後に禍根を残さないようにお願いいたします。

◆何度も繰り返します、出版禁止仮処分を即刻取り下げ、訴権の濫用をやめよ!

元々、私が本件に異を唱えたのは、浅野VSあけび書房間のトラブルに介入するとか、浅野さんを排斥するとかいった問題ではなく、浅野さんがあけび書房本に対して出版禁止の仮処分を申請するということに、これは明らかに憲法21条に保障された「言論・出版の自由」「表現の自由」に抵触するもので、一老いた出版人として危惧を抱き、こんな危険なことはやめるべきだと警告する目的からでした。

そうしたら浅野さんは、私、鈴木エイトさん、黒薮哲哉さんにも「法的措置」をとり「法的、道義的責任」を問うと、まさに訴権の濫用を行使すると恫喝されています。

何度も申し上げますが、出版禁止仮処分、別途諸法的措置など訴権の濫用は、出版界にとって悪弊と禍根を残すのみならず、将来にわたり黒歴史となるでしょう。

(2026年4月26日記)

浅野健一さんの著書に、著作権侵害等で出版禁止仮処分を求めているあけび書房刊行書籍の著者の原稿を盗用した疑惑発生! 浅野さんはこれに答えるべきです!

鹿砦社代表 松岡利康

浅野健一さんは、彼のFacebookから松岡らをブロック!
浅野さんともあろう方が姑息な策を弄すべきではない!

去る4月22日夜半、私は浅野健一さんのFacebookに次のような投稿を行いました。

「浅野さん、浅野さんに『法的、道義的責任』を問われている松岡利康です。浅野さんのフォロワーの皆様にもお読みいただきたいので、浅野さんのフェイスブックに投稿させていただきます。
 御著、浅野さんが出版禁止の仮処分等を申し立てておられる本の著者・辻井彩子さんにも献本送付されたとのこと、ご立派です。
 辻井さんはすぐに紐解かれ、浅野さんの著書に辻井さんの文章がそのまま使われている(つまり盗用されている)ことに驚き、三一書房に辻井さんの著書を添えて手紙を出されたそうです。また、私にもその旨、メールにてご連絡いただきました。
 浅野さんの著書はアマゾンに注文していますが、まだ届いていないので、辻井さんのおっしゃることが事実かどうかわかりません。もし辻井さんの仰ることが事実であれば、すべての前提が壊れます。このかん自信満々に辻井さんを罵倒するかのように強く非難されておられるので、まさかとは思いますが、辻井さんの仰っているのは事実でしょうか? それとも、デマでしょうか? 重要なことですので、明らかにしていただけないでしょうか。切によろしくお願いいたします。」

そうしたら、翌日(4月23日)朝一番、盗用疑惑についての釈明ではなく、浅野さんのFacebookから私をブロックすることなどの内容がアップされました。どなたかがそのスクショを送ってくださいました。以下にアップしておきます。

ざっと読ませていただくと、浅野さんもかなり苛立っておられるようで、盗用しているしていないの回答ではなく、私のブロックを宣言されました。

著作権侵害を訴えておきながら、みずからが盗用していたんでは冗談にもなりません。なにしろ出版やメディアの世界で最も重大な出版禁止(出版差し止め。浅野さんが仮処分の表題にされた言葉が「出版禁止」ですので、今後は出版禁止という言葉を主に使います)、つまり「言論・出版の自由」「表現の自由」を保障した憲法21条に係る問題ですので、まずは、問いかけているこの件について回答いただきたいものです。

もし辻井さんが仰ることが事実ならば、出版禁止仮処分の前提が壊れます。人は問題の核心を衝かれたら話題を逸らすといわれますが、なにかそんな気がします。そうでないと言うのであれば、浅野さんはみずからの著書に辻井さんの原稿を使ったのか使わなかったのか、明言されるべきではないでしょうか?

◆浅野さんのFacebookでの発言について

浅野さんは冒頭から『紙の爆弾』編集長・中川が、あたかも100%浅野さんの側に立っているかのように書かれています。本当であれば、それは結構なことです。

浅野さんによれば、このかんの私の「諫め」の文が「あまりに『エキセントリック』」だと中川が言っているとされていますが、中川はこういう言葉は使ってなく、またこの件で浅野さんに連絡(返信)などしていないということでした。

昨年4月発売の『紙の爆弾』5月号に掲載の浅野さんが書かれた記事に対して抗議があり、私や中川は相手方の弁護士に真摯に対応し次号に反論を掲載するということで一応の妥結をしました。この際、浅野さんは私たちの対応に不満だったようで、問題の解決から逃げた恰好で相手になんら対応されませんでした。今も放置されているようです。

『紙の爆弾』に書けなくなったのは、私が「業務命令で、浅野に書かせるなと命じています。」とされています。しかし、私は浅野さんの頑なな態度に業を煮やし、「こんなことでは、しばらく浅野さんの寄稿は掲載できないな」と中川に申し述べました。「業務命令」で書かせなかったわけではありません。そうではないですか、問題が起きた際に相手方に真摯に対応しなかった人の原稿を載せれますか? 浅野さんが仰るように、中川が「業務命令で、浅野に書かせるな」と認識したのであれば、私の言葉足らずでした。すみませんねぇ。

浅野さんほどの経験と学識があれば、『紙の爆弾』のような毀誉褒貶の激しい雑誌でなくても、もっとグレードの高い雑誌への寄稿を求められたほうがいいのではないでしょうか。

亡くなった方をこんな問題に引き合いに出したくはありませんが、これまでの浅野さんによる山口正紀さんに対する酷い中傷がありながらも中川が浅野さんの寄稿を掲載してきたのは、あまり愉快ではありませんでしたが、中川にも考えがあってのことだと思い受容してきました。本当は、山口さんへの浅野さんの酷い態度はいろんな人からさんざん聞いていましたので、以前から「業務命令で、浅野に書かせるなと命じ」たかったのですが、あえてそうしませんでした。

AさんやBさんはじめ少なからずの方々から「浅野を外せ」と再三言われても「中川にも考えがあってのことでしょうから、しばらく様子を見てやってください」と言ってきたんですよ。しかし、昨年5月号の『紙の爆弾』の浅野さんの記事についての浅野さんの対応には不愉快でした。

中川が果たして「100%私(注:浅野さん)の側に立っていました」のであれば、浅野さんは中川と共に新規に出版社を立ち上げられたらいいでしょう。おそらく、浅野さんの唯我独尊とパワハラ体質、スタ官(スターリニスト官僚)体質ですぐにおじゃんになるでしょうが。

また、どなたかに「仲介を頼みました」とありますが、誰一人、「仲介」を申し出た人はいませんでした。なので、私が「協議を拒否」できるわけがありません。「仲介」の申し出自体がなかったわけですから。いい加減なことを言わないでいただきたいです。

さらに浅野さんは、私がこの間、「名誉毀損・侮辱・出版妨害」をやったことで「本訴を準備」していると記されています。私の文のどこが「名誉毀損・侮辱・出版妨害」になるのかご指摘していただきたいですが、おそらく浅野さんは自らの意に沿わない文はすべて「名誉毀損・侮辱・出版妨害」にあたると仰るのでしょう。

「最後に再度呼び掛けます。」として浅野さんは手前勝手に、近畿に来て「説明させてください」ということですが、山口正紀さんの件で長らく我慢してきて、昨年4月の件、そして今回の件で、もう無理だと思います。過日の母親の急逝から気持ちが重くなったことも重なり、浅野さんとの関係修復に尽力するエネルギーがありません。今はAさんやBさんらの進言に従い、あえて浅野さんと義絶させていただきます。訴訟をちらつかせて恫喝するような人とまともな「協議」などできるわけがありません。

もう一つ。私が浅野さんによる出版禁止仮処分申し立てや訴権の濫用に対して、その危険性を強く申し述べ批判したからと言って、「メンタルのこと」を持ち出して被害者意識丸出しに私をブロックされるということですが、あけび書房や辻井さんに、人格批判や罵詈雑言の限りを尽くしながら、みずからがちょっと強く批判されたからと言って「法的措置」をとり「法的、道義的責任」を問うと高らかに宣言しつつも、自分が不利になると、「私に説明させてください」「私の言い分を聞いてください」と泣き落としに出る……やめていただきたいものです。

さらには、「一人出版社」の零細出版社であるあけび書房を尋ねるように支持者をそそのかし、実際に何人かは尋ねて行き、まるで鬼の首を取ったかのように“成果”をFB画面にアップされていますが、公的機関でも公人でもないあけび書房と代表者にとってはたまったものではありません。浅野さんが、逆の立場だったら、どうでしょうか? それこそ天地がひっくり返るほどの大騒ぎをされるでしょう。こんなこともやめるべきです。

◆浅野さんに求めること

① 辻井さんが仰る、辻井さんの文章を掲載しないと言いながら掲載(盗用)したのかどうか、明らかにしてください。ここは重要なところです。辻井さんはすでに三一書房にも、みずからの文が掲載(盗用)されている旨知らせたということですが、この件は三一書房にも説明責任があります。もし浅野さんの著書の文に辻井さんの文が使われていなかったら(すなわち浅野さんのオリジナルな文であれば)、それこそデマであり、辻井さんは嘘つき女となります。

② 辻井さんの著書『石ころの慟哭』出版禁止仮処分を取り下げてください。憲法21条に保障された「言論・出版の自由」「表現の自由」に違反しますので。浅野さんが堂々と出版禁止仮処分を申し立てるということなので私は警告したのですが、これがなかったら、よく見聞きする版元と著者との紛争として“高見の見物”をしていたでしょう。あけび書房のような「一人出版社」であれ、『週刊文春』(2004年に大騒ぎになりました)のような大手出版社であれ、出版禁止を宣告された場合の諸問題は、5度の出版禁止を受けた私だからこそ言えることもあるので、あえて警告した次第ですが、浅野さんには私の真意をご理解いただけず、逆に「名誉毀損・侮辱・出版妨害」と認識されたようです。

◆繰り返し警告します!「バカなことをやめろ!」と。

10日ほど前に母親が亡くなり、本来なら喪に服し大人しくしていなければならないところ、重要な問題ですので、みずからに鞭打ち、拙稿を書いてきました。

浅野さんは私の文を「読みたくない」ということですので、お読みにならなくても構いませんが、出版差し止め=出版禁止、あるいは訴権の濫用という問題は、出版社やメディアにとって極めて重大問題ですので、誰に何を言われようと、また浅野さんに「名誉毀損・侮辱・出版妨害」と詰られ「法的措置」をとられ「法的、道義的責任」を問われようと強く警告しておきます。

この私の警告文をお読みの皆様方! 浅野さんが企てておられる出版差し止め=出版禁止仮処分の重大性、危険性を認識され、浅野さんに「バカなことをやめろ!」と叱責してやってください。私の言っていることは間違っていますか?

以上

浅野健一さん、遂にルビコンを渡る! みたび出版差し止め(出版禁止)仮処分について警告します!

鹿砦社代表 松岡利康

「私はあなたの意見には反対だ。だが、あなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」(ヴォルテール) 

いやしくもジャーナリストが、みずからの意に沿わない書籍を司法(~権力)の力を借りて出版差し止め=出版禁止を申し立てるなど前代未聞であり自殺行為です!
このことにより、今後、浅野さんが「言論・出版の自由」や「表現の自由」を語ることはできなくなり、憲法21条の破壊者になりました!
浅野さんは即刻出版禁止仮処分申請を取り下げよ!
浅野さんの言う「共犯者」(=鈴木エイトさん)や「甲子園の方」(=松岡)への訴訟をちらつかせた恫喝をやめよ! 浅野さんは、訴権の濫用をやめ、〈言論には言論で〉勝負せよ!

遂に浅野健一さんは、先週(4月16日と見られる)、あけび書房刊、辻井彩子・著『石ころの慟哭──山上徹也・奈良地裁裁判の私記』に対して出版差し止め(出版禁止)仮処分を申請しました。このかん申し述べていますように、司法に出版差し止め(出版禁止)を申し立てることは、最も言論・出版の自由、表現の自由を遵守すべきジャーナリストとして自殺行為であり前代未聞のことで、出版やメディアに関わる者としては重大問題です。

◆出版差し止め=出版禁止ということの深刻な意味を考えていただきたい。本当にこれでいいのでしょうか?

実は先週、私事になりますが、同居する高齢の母親が突然危篤状態になり急死し、怒涛の1週間で、この件に追われましたが、18日に葬儀も済ませ一段落しましたので、浅野さんのFacebookを見ると、上記書に対し「出版禁止」の仮処分の申し立てを済ませたとありました。浅野さんは遂に“ルビコン”を渡られました。本当にこれでいいのでしょうか? 

出版差し止め=出版禁止を申し立てることは、一般の民事訴訟とは根本的に異なります。このことを浅野さんや代理人の山下幸夫弁護士が解っておられないはずがありません。

「釈迦に説法」でしょうが、日本国憲法21条は「言論・出版の自由」「表現の自由」を保障すると謳っており、出版を差し止める=禁止することが、これに反するということは、浅学菲才の私でも解ることです。バカはバカなりに、このことを信じて私は40年余り出版活動を続けてきました。日本を代表する通信社で20年、私の母校で鶴見俊輔先生や故・藤本敏夫さんがいた新聞学専攻(のちにメディア学科)で20年、こうした問題を追究されてきたはずの浅野さんに説教するつもりは毛頭もありませんが、浅野さんはいつ宗旨替えをされたのでしょうか? 司法(~権力)の力を借りてみずからの意に沿わない出版物の発行・発売を差し止める=禁止するのではなく、〈言論には言論で〉の原則に立ち返るべきではないですか? この文章をお読みの皆様! 浅野さんに与し囃し立てている皆様! 私の言っていることは間違っていますか? 間違っているというのであれば、その理由を説明してください。

◆私が「出版差し止め」=「出版禁止」を懸念する理由

なぜ私が「出版差し止め」=「出版禁止」についてこだわるのかと言えば、これを5度も食らったからです。差し止め=出版禁止を食らった本は、流通しないわけですから、関心を持って検討しようとしても入手できず検討さえできないわけです。差し止め=出版禁止を食らった本を、私が2年間、関西大学の非常勤講師を務めた際に全員に配布し意見を求めたところ学生のほぼ全員が「なぜ差し止めになったのか理解できない」という意見でした。出版差し止めを申請した大企業、検察、裁判所の神経と、一般学生の感覚の違いがわかります。5件のうちの別の1件は事前差し止めで編集途上のことでした。のちにある研究者の論文に「電話番号も記載していた」と書いてあるのを見たことがありますが、これは間違いで、実際に本が出版されませんでしたので、こういう誤認もあるわけです。読者としては、浅野さんの著書もあけび書房の本も、どちらも平等に出版され、そこで読者の判断を俟つべきではないでしょうか? 出版禁止にするなどもってのほかで、これを、いやしくも長年メディアや出版に携わってきた人が意固地になってやることではなく、今からでも取り下げるべきです。勇気ある撤退は決して恥ずべきことではありません。

◆『救援』関係者も本件の意味を考えてください!

ところで、浅野さんも山下幸夫弁護士も、『救援』という新聞に毎月連載されています。『救援』は、学生運動やベトナム反戦運動華やかりし1969年に設立された「救援連絡センター」の機関紙として創刊されました。似たような団体に「国民救援会」という組織がありますが、これは共産党系ということで、逮捕された新左翼系の学生・労働者らの救援を拒否したことで救援連絡センターが設立されたのです。現在では、当時と比べ、逮捕される新左翼系の学生・労働者も激減し、代わって拘置所・刑務所内の処遇問題、死刑廃止問題など主に人権問題に取り組んでいます。

私も以前から交流があり、一時期は大きめの広告を毎号出広していたこともありました。

山下弁護士も、単に依頼されたから受任したというのではなく、もっと出版差し止め=出版禁止の意味を考えていただき、浅野さんをたしなめていただきたかったところです。山下弁護士だけでなく、『紙の爆弾』に毎号寄稿されている救援連絡センター代表の足立昌勝先生(関東学院大学名誉教授)らセンターの方々にも、この問題について真剣にお考えいただきたく願います。

◆「甲子園の方にも、法的措置をとります。」

実は先々週の末、鹿砦社のスタッフに浅野さんから私松岡を提訴するとの1行メールがあり、取り急ぎ過去2回の浅野さんへの警告文を添付し、私と浅野氏を共通して知る方々を中心に、その旨お知らせいたしました。

しかし、この時点ではまだ、提訴されることは表に出ていませんでしたので、私もFBや「デジタル鹿砦社通信」などで表に出さず、水面下で一部の方にメールするにとどめました。こののち、母親の危篤─急死があり、この問題には頭が回りませんでした。

ところが、ここに来て浅野さんのFacebook上に「甲子園の方」、つまり私松岡にも「法的措置をとります」と表に出されましたので、ここで私のスタンスを申し述べておきます。

浅野さんは、すでにあけび書房本の帯を書かれた鈴木エイトさんを「共犯者」呼ばわりし訴訟を臭わせて恫喝しています。

挙句、出版差し止めの危険性を危惧し警告した私に対しても「法的措置」をとるとのこと、あけび書房に対する差し止め仮処分のみならず、「共犯者」鈴木エイトさん、そして「甲子園の方」(=松岡)に対しても提訴するとなれば、まさに訴権の濫用以外の何物でもありません。訴訟を起こすにはお金が要ります。仮処分が決定となれば担保金まで積まないといけません。これまで浅野さんはかなりの数の訴訟を起こし、かなりのお金を遣われています。私もこれまで1億円以上の訴訟費用、賠償金を支払いましたが、これ以上となるでしょう。よほど裕福なようです。ただ、私はほとんど訴訟を起こされての応訴のお金で、浅野さんはほとんど訴訟を起こしてのお金で勝率はいかがでしょうか。

過ぐる1980年代前半、『犯罪報道の犯罪』という名著で名を馳せ、当時出版の真似事を始めた私にとって、この書は衝撃的でした。そして、地元西宮で起きた朝日新聞阪神支局襲撃事件について論究した『テロリズムとメディアの危機』を出版する際に、高野孟さんと対談していただきました。これは感動的な対談でした。

しかし今、浅野さんは、司法(~権力)の力を借りて、みずからの意に沿わない書籍に対して出版差し止め=出版禁止仮処分を起こし、これまで出版やメディアに関わる人たちが血と汗を流して守ってきた憲法21条に高らかに謳われた「言論・出版の自由」「表現の自由」の大原則をかなぐり捨てようとしています。これは絶対に間違っています。そう警告した私に対してまでも「法的措置」をとろうということですから、これに対しては、断固闘わざるをえません。自己防衛のためにも、いわば“武士の情け”でこれまで抑えてきたことも、この際バクロしてでも対抗します。泥仕合になれば浅野さんにとっては致命傷になるでしょう。私は冗談を言わない人間だということは浅野さんもご存知のはず、舐めてもらっては困ります。浅野さんは、『犯罪報道の犯罪』の頃に立ち帰っていただきたいと切に願います。

このかんの浅野さんの言動は異常です。

まだ出版差し止め=出版禁止仮処分の決定がなされないのに大手取次トーハン、日販に配本しないように求めたり(明らかに出版妨害です。これが通用すれば、どんな本も販売がストップできます)、浅野支持者にあけび書房の所在地を訪問するようにけしかけ、あけび書房の事務所がバーチャルなのでISBNコードが無効だと声高に主張し挙句日本図書コード管理センターに緊急に調査するよう要請したり……。相手(この場合あけび書房)が気に食わなくなったからといって、人間、やっていいことと、道義的常識的にやっていけないことがあります。こういうことを弁えないから人が離れていくのではないでしょうか。かつては共著もあり一心同体だった故・山口正紀さんはじめ浅野氏から離れて行った人たちを数多く見てきました。こうした人たちの話や証言だけで何冊も本が出来るほどです。一人っ子の性(さが)でしょうか、唯我独尊の方です。

何度も言いますが、5度の出版差し止めを経験した者として、出版差し止め=出版禁止は、いやしくもジャーナリストであれば自殺行為なので即刻取り下げるべきです。出版やメディアに関わる方々は、出版差し止め=出版禁止の危険性を認識し、浅野さんを強く諫めていただくことを願います。浅野さんは私の文章を読んでいないということですので。

浅野さんには、冒頭に挙げたヴォルテールの有名な言葉を想起していただくことを心より願いたい。浅野さんが私の警告を無視したり蔑ろにされないことも願うものです。

【追記】

以上を書き上げたところで、本日(4月20日)朝の浅野さんのFBにて、「これから、私に一度も取材せず、公然と、岡林・辻井氏側に立って、私を非難してきた松岡利康、鈴木エイト、黒藪哲也各氏らの法的、道義的責任も問います。」と書かれていました。

これが「出版差し止め」でなければ、私はコメントするつもりはありませんでした。時々見聞きする版元と著者とのトラブルとして高見の見物をさせてもらうつもりでした。本件については、浅野さんにもあけび書房にも公平に取材しておらず、特段あけび書房の側に立つつもりもなく、出版差し止め=出版禁止が、出版やメディアに関わる者にとって重大事であるからこそ警告したのですが、これを「非難」としてしか受け止めれないとは……。

あけび書房・岡林信一代表は、西宮ゼミに参加された頃から知っていますが、80年代から知り『紙の爆弾』に毎号のように寄稿されてきた浅野さんほど深い付き合いでもありません。あけび書房を引き継がれた頃、一度電話で短い話をしたぐらいで、西宮ゼミが終わって以来会ったこともありません。辻井さんには会ったことも話したこともありません。

また、本日の浅野さんのFBでは、「甲子園の方」ではなく、ハッキリと「松岡利康」と明記されました。もし提訴されるのであれば、私は故・山口正紀さんの弔い合戦として、浅野さんに裏切られた山口さんの悔しさを共有し、たとえ泥仕合になろうとも徹底的に闘う覚悟です。

なお、「黒藪哲也」→「黒薮哲哉」の誤記です。

※下の画像は、遂に発売になる2つの山上徹也裁判記録本。2つの本共に購読し、双方読み比べ、読者の判断を俟つのが本来の姿だと思います。「買ってはいけない本」(浅野さん)などありません。早速私もAmazonに両書を注文しました。

※浅野さんによる仮処分のタイトルが「出版禁止」ということですから、これも今後は主に「出版禁止」と記載することにいたします。

「成年後見制度」について皆様の体験、ご意見などを求めます!

鹿砦社代表 松岡利康

4月4日の朝日新聞朝刊は、1面、2面を使い「成年後見制度」の問題について大きく採り上げ、さらに4月7日の社説でも改善を求めています。恥ずかしながら私たちもさほど知りませんでしたが、各地各所でいろいろトラブルが起きていることを知りました。

2026年4月4日朝日新聞

それは、これにより被害を被り、ご本人の願望に反し認知症の奥様に会えない方がご相談され問題の深刻度を認識し、私たちも遅ればせながら、この問題に本格的に取り組むことにいたしました。すでに『紙の爆弾』でも2度ほど被害者の方が寄稿され、これから断続的に採り上げていく予定です。一冊にまとめる企画も進行中です。

月刊『紙の爆弾』5月号(最新号。発売中)の誌面の一部

つきましては、「成年後見制度」についての体験やご意見などを広く求めることにしました。

どしどし下記の所にお寄せください。

専用メールアドレス: mt.rokusaisha@gmail.com
ファックス: 0798-49-5309
郵送: 〒663-8178 兵庫県西宮市甲子園八番町2-1-301

◎鹿砦社 https://www.kaminobakudan.com/
◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/B0GVDQJ364/

『紙の爆弾』5月号に寄せて

『紙の爆弾』編集長 中川志大

トランプ大統領が「2~3週間で米軍の作戦を終了する」(3月31日)と語ったアメリカ・イスラエルとイランの戦争。しかし、もはや主導権がアメリカにあるのか疑問です。イランの核開発問題で交渉の進展を止めたいイスラエルが始めた「イスラエルとイランの戦争」という見方もあり、これから実態が見えてくる可能性があります。5月号では、その“起源”と“真相”に真正面から斬り込んだジャーナリスト・乗松聡子氏と鹿児島大学名誉教授・木村朗氏の対談をはじめ、「思想の時間軸」としての戦争、高市早苗政権の対応、トランプ大統領の目的まで、様々な角度から分析を試みました。

イラン戦争について、3月22日付のニューヨーク・タイムズが興味深い報道をしています。いわく「モサド長官が開戦から数日以内にイランの反体制派を鼓舞し、暴動やその他の反乱行為を引き起こし、ひいては政府崩壊にまで至る可能性があると述べた」。情報戦、心理戦はもはや“裏”ではなく、戦争はミサイルやドローンだけではありません。すでに「反戦」の意味も変わっていて、今月号記事のタイトルを「日本もすでに戦場」とした理由でもあります。グーグルが使えないといった中国の国内情報統制を多くの人は独裁体制としてしか理解していませんが、合理性を認めざるをえないような世界情勢の中に、私たちはいます。少なくとも日本の官公庁のシステムがアメリカの巨大テックへの依存を加速していることの危険性が認識される必要があります。

前号の本欄で子どもの自殺増加問題に触れましたが、その対策を問われた高市首相の「7代前の250人のご先祖様」は、旧統一教会の教義との関連性を問わずとも、もっと批判しなければならない発言です。この社会で生きることに絶望した子どもに対して「俺を含む先祖を思って生きろ」とは、そんなことを自分の子どもに言える親がいるはずがなく、政治家としてはこれからの世代のための社会をつくる気がないことの表れです。むしろ、大人として今の社会に責任を感じ、辺野古の海で起きた事故について考え続けています。

暗号資産「サナエトークン」騒動は、高市首相の関与の有無とは別に、今の日本社会が抱えている大きな問題を露呈させたようです。今は「ビジネス右翼」の世界で“信者”からの巻き上げが活発化しつつあるようですが、要するに、お金を集められるなら手段は問わないということ。実体経済の軽視は長らく指摘されるところですが、それもここまで極まったか、との感があります。

さらに今月号では、逮捕者が続発し不正が明らかとなるなかで公正な選挙を求める行政訴訟、高裁でも解散命令が出た統一教会の今後、高市専制を象徴する「国民会議」、エプスタイン事件の本質、3月号に続く成年後見制度問題、自治体を政府が脅す水道民営化など、いずれも重要なテーマについて、深く掘り下げるレポートをお届けします。

『紙の爆弾』は全国の書店で発売中です。ぜひご一読ください。

『紙の爆弾』編集長 中川志大

『紙の爆弾』2026年5月号
A5判 130頁 定価800円(税込み)
2026年4月7日発売

【対談】乗松聡子×木村朗 日本も「情報戦」の戦場だ 米国イスラエル「イラン攻撃」の真実とフェイク
「カルバラー」と「ディール」の思想戦争 アメリカはイランに勝てない 昼間たかし
さらに高まる米国追従リスク 日本を狙うIT軍産複合体 木村三浩
【インタビュー】門脇翔平(ゆうこく連合幹事)「不正選挙」と民主主義を問う行政訴訟
「ネット右翼」はカネになる サナエトークン事件の本質 片岡亮
高裁でも解散命令が出た統一教会の最終戦争計画 青山みつお
国会軽視・民主主義軽視 高市専制政治の象徴「国民会議」の欺瞞 足立昌勝
「悪魔崇拝」と「トランスヒューマニズム」エプスタイン事件を考える 早見慶子
補助金カットで脅す政府の水道民営化“ごり押し策” 高橋清隆
続「成年後見制度」という宿痾 高齢者の人生と家族を奪う法の罠 鈴木慎哉
女性専用スペース法制化めぐる論争 井上恵子
広島県・虚偽公文書作成と公益通報つぶし さとうしゅういち
エプスタイン事件が秘めた闇情報とシンギュラリティの到来 藤原肇
サナエのイチ推し『ヒトラー選挙戦略』を読む① 佐藤雅彦

〈連載〉
例の現場
NEWS レスQ
コイツらのゼニ儲け:西田健
「格差」を読む:中川淳一郎
シアワセのイイ気持ち道講座:東陽片岡
The NEWer WORLD ORDER:Kダブシャイン
「絶望ニッポン」の近未来史:西本頑司
芸能界 深層解剖

◎鹿砦社 https://www.kaminobakudan.com/
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どこまでも終わりの見えない3.11 菅野みずえさんと飛田晋秀さんの4月25日大阪講演会にお集まりを!

尾﨑美代子

2011年3月11日の大震災と原発事故後、釜ヶ崎の仲間で「西成青い空カンパ」を立ち上げた。ちょっと変わった名前だが、以降ライブや上映会で集めたカンパを被災地へ送り続けてきた。最初は日本赤十字社を通じて送ったが、結構な経費が取られると知り、直接送るところを探していた。

そんな時知ったのが飯舘村だった。原発から50キロ以上も離れた飯舘村が、突然「計画的避難区域」に指定されたのは震災から一月後。3月15日、福一から放出された放射性物質は飯舘村がある北西方面に流れ、夕方からの雨や雪で村に大量の放射性物質を落とした。国も県も東電もその事実を隠し、そればかりか御用学者を村に呼び「ニコニコしていれば大丈夫」などと村人を騙していた。

そんななか新聞の小さな記事で、村で最高齢102歳の大久保文雄さんの自死を知った。熾烈な戦火をくぐりぬけてきた人が何故自死したのか? 記事でわかったのは、住み慣れた村を離れるのはいやだと言っていたこと、そして前日の食事中「いやなものを見た」と口にしていたこと、それだけだった。

私たちはこの小さな村にカンパを送ることを決めた。カンパを募るポスターに「細く長く支援しよう」と書いた。最初は村役場に送っていたが、8月初め京都で村で酪農をやっていた長谷川健一さんの講演会を聞いた。「私の話を広めてください」と長谷川さんは訴えていた。「あいよ」。会いたい人にはすぐ会っておく課の私は、休憩中楽屋を訪ね、大阪での講演を依頼し、暮れに講演会が実現。以降長谷川さんが避難した「伊達東仮設住宅」にカンパを送り続けた。

話を戻すと、102歳の大久保さんが自死したのち、「わたしはおはかにひなんします」と遺書を残し、村の92歳のおばあささんが自死した。それほどまでに、みなさん、故郷を離れるのは辛いんだと改めて思わされた。

飯舘村は福島県内でも貧しい村だが「までい」(丁寧に、心を込めて)という言葉で村人が助けあい、暮らしていた。平成の大合併にも加わらず独自の文化を育ててきた。何度か村へ通い、多くの村人が入植者であったことも知った。菅野哲さんなどから「先祖は鍬、鋤一本で未開の土地を耕してきた」とのお話を聞いた。長谷川さんのお父さんはなんと私の故郷の新潟県からの入植者だった。だからか、長谷川さんは、その親父から受け継いだ土地を守るため、あるいは「村に帰りたい」というお母さんのため、両親とともに村に戻り、両親から受け継いだ土地を白いそばの花でいっぱいにして…そして亡くなった。

事故から15年目の今年、ジャーナリスト青木理さんが上梓された『百年の挽歌 原発、戦争、美しい村』を読み、自死した大久保さんが何故自死するに至ったかを少しだけ知ることができた。

戦争と原発、大久保さんは二度国策に「殺された」のだった。いや、長男の大久保さんは戦争には駆り出されることはなかったが、15歳下の次男が駆り出され、悲惨な殺され方をした。自身はいかなかった戦争という国策で大切な兄弟を奪われた大久保さんは、ずっと心に何かを抱えていたのだろうか。そして二度目の国策で福島にやってきた原発。当初は仕事が増え出稼ぎにでることもないと喜んだ人もいただろうが……。結局3.11で、多くの人たちが大好きな故郷から避難を余儀なくされることとなった。大久保さんが最後に見た「いやなもの」が何であったか、これからも考えていきたい。国策が常に常に社会的に弱い者に犠牲を強いて、国そのものは発展し続ける。もうこんな国策に騙されたくない。そう考え、私たち「西成青い空カンパ」は以下の集まりを企画した。被災地に残る人、泣く泣く出ざるを得なかった人、そしてすべての被ばくの危険性にさらされるひとたちと、いつまでもいつまでも細く長く繋がっていくために。

今回も今ぜひお話を聞かせて頂きたいお二人、福島県三春町に残り3.11後の故郷を撮り続ける写真家飛田晋秀さん、関西に移住し、そこで反原発を「毒」を吐きながら訴え続ける菅野みずえさんをお招きします。ぜひ、お集まりを。

尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者X(はなままさん)https://x.com/hanamama58

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季節2026春号
『NO NUKES voice』改題 通巻45号
紙の爆弾2026年4月号増刊
2026年3月11日発行
A5判 総148ページ(本文144ページ+カラーグラビア4ページ)
定価880円(税込み)


《グラビア》わたしはこれから毒を吐く
(文◎菅野みずえ/写真◎飛田晋秀)
《報告》小出裕章(元京都大学原子炉実験所助教)
 浪費による危機と嘘をつく国
《報告》樋口英明(元福井地裁裁判長)
 最後に鍵を握るのは国民
《インタビュー》井戸謙一(弁護士)
 原発訴訟の流れは変わる
 司法の現状と展望


《特集1》東電・福島原発事故十五年 終わりなき核災害

《報告》川島秀一(民俗学者)
 福島の海は今
《報告》北村敏泰(ジャーナリスト)
 原発に抗い続ける宗教者たち
 あらゆる「生きとし生けるもの」のために
《報告》コリン・コバヤシ(ジャーナリスト)
 福島エートス 受忍のプロパガンダ
《報告》渡邊とみ子(飯館村「までい工房美彩恋人」代表)
 3・11から十五年① 種をつなぎ、後継者をつくる
《報告》大河原さき(ひだんれん事務局長、三春町在住)
 3・11から十五年② 未来の世代が住み続けられる地球のために
《報告》森松明希子(原発賠償関西訴訟原告団代表)
 3・11から十五年③ 原発被害者の「絶望」を終わらせてほしい
《報告》鈴木博喜(民の声新聞)
 原発追い出し訴訟 否定され続けた区域外避難者の十五年


《特集2》東電・柏崎刈羽原発再稼働 「第二の福島」は起きないか

《報告》まさのあつこ(ジャーナリスト)
 セキュリティとセーフティの欠陥と再稼働の実態
《報告》後藤政志(元東芝・原子力プラント設計技術者)
 自滅する原子力産業と技術のあり方
 柏崎崎刈羽6号機の制御棒問題と東京電力の劣化
《報告》山崎久隆(たんぽぽ舎共同代表)
 再稼働で起きている深刻な危険
《報告》武本和幸(刈羽村議会議員)
 なぜ不正が繰り返されるのか
 地震想定を過少評価する原発利権の構造
《討論》柏崎刈羽原発再稼働の是非を考える新潟県民ネットワーク
 再稼働 許していいのか 1・11集会
 経過報告とリレートーク
 ○吉田裕史(県民ネットワーク事務局)
 「再稼働容認」判断と今後の課題
 ○石崎誠也(新潟大学名誉教授)
 県内学者・研究者有志による原発再稼働中止を求める声明の概要
 ○浅利親男(柏崎刈羽PAZ住民の会)
 荒浜住民投票は七六%が原発反対だった
 ○笹口孝明(元巻町長)
 東北電力巻原発撤回住民投票の意義 県民こそが真の決定権者であるべき
 ○片岡輝美(会津放射能情報センター代表)
 福島原発事故の経験から 「安心して生きる権利」を諦めない
 ○佐々木かんな(アンダー30の会代表) 
 自分たちの場を立ち上げる


《報告》今中哲二(京都大学複合原子力科学研究所研究員)
 家庭用ソーラー発電 九年間の運用実績
《報告》なすび(被ばく労働を考えるネットワーク)
 国・電力会社の「一〇〇mSv安全論」の非科学性
 「あらかぶ裁判」から広範労災認定を求める運動へ
《報告》中道雅史(核燃料廃棄物搬入阻止実行委員会事務局長)
 《徹底解説》核と軍の拠点・青森県《前編》
《報告》山崎隆敏(元越前市議)
 福井県に溜まり続ける「核のゴミ」
 関電は約束を守れない
《報告》大今歩(高校講師・農業)
 原発は止めたけど風力発電がやってきて
《報告》再稼働阻止全国ネットワーク
 高市軍拡政権という台風が吹き荒れても
 原発再稼働阻止の運動は止まらない
《衆院選》青山晴江(たんぽぽ舎会員)
 絶望させるのも人だが、希望を与えてくれるのも人……
《民主主義》青柳純一(翻訳家)
 “中道改革連合”の大義・理念を問う 
 憲法九条を戦後民主主義の墓標にしてはならない
 《柏崎刈羽》漆原牧久(再稼働阻止全国ネットワーク)
 「柏崎刈羽原発動かすな」官邸前行動の取組み
《規制委》木村雅英(再稼働阻止全国ネットワーク)
 東電柏崎刈羽6号機再稼働、衆議院選挙高市自民勝利に怒り
 敵を知ろう、メディアと若者に働きかけよう
《東海第二》志田文広(とめよう!東海第二原発首都圏連絡会・世話人)
 東海第二原発の地層はどの原発と比べても脆い!
《浜岡原発》けしば誠一(反原発自治体議員・市民連盟事務局長)
 「浜岡原発での耐震設計データの捏造・改ざん」生み出した
 電力事業者任せの審査体制の抜本的改善を求めます
《岐阜》中川敦詞(「さよなら原発・ぎふ」、たんぽぽ舎運営委員)
 過去十五年にわたり「集会&パレード」を三カ月毎に開催
 持続可能で安心して暮らせる社会のあり方を共に考え行動する
《アピール》山谷労働者福祉会館活動委員会 山谷争議団・反失実
 貧者を排除する山谷の再開発に反対!
 これ以上山谷にマンションを建てるな!
《反原発川柳》乱鬼龍選

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「戦争トラウマ」を描いた映画『父と家族とわたしのこと』

尾﨑美代子

3月28日(土)、十三の七芸で上映が始まった『父と家族とわたしのこと』を観てきました。父や祖父が戦争で見ず知らずの罪もない人たちを殺害しなければならないという、過酷な戦闘現場で精神をやられ、復員後アルコール中毒や家族への暴力などさまざまな形ででてくる「戦争トラウマ」を描いた映画。

映画には、藤岡美千代さん、市原和彦さん、佐藤ゆなさん(仮名)という3人の方が登場する。藤岡さん、市原さんはお父さんに、30代の佐藤さんは、祖父の虐待を受けた実の母親に「支配」で複雑性PTSDを抱えている。

実は私は藤岡さんのパートナーさんは知っていたが藤岡さんとは会ったことがなかった。でもフェイスブックではいつも笑ってるイメージだった。そのフェイスブックで藤岡さんが復員兵のお父さんから受けた暴力で苦しめられてきたこと、そのお父さんが亡くなった時、思わず「万歳!」したことを知った。戦争トラウマは、「野火」や「ほかげ」など戦争作品を撮った塚本晋也監督の作品でも触れられている。しかし、現実がこんなにむごいとは……。

ネタバレになるのでここいらで止めておく。実は私は藤岡さんのそんな話を聞きたくて、一度私の店で話してもらったことがあるし、「ルポ 戦争トラウマ」も読ませてもらった。しかし、映画になるとまた違った迫力があった。

藤岡美千代さんと島田監督。美千代さん、お父さんの写真と共に登壇

市原さん、佐藤さんからもこれでもかこれでもかと辛い告白が続く。市原さんの父親は皆で旅行に行くバスの中、酒が入ると突然母親に「この淫売女!」と叫び暴行したという。佐藤さんは、母親の歪んだ「支配下」に置かれ、時には母親の性器を触らせられたりしたという。が、しかし監督は、そんな辛い当事者の告白を相手が話したいときにしか聞かなかったという。そんな優しい監督だからこそ、こんなに素晴らしい作品が撮れたのだと思う。これでもかこれでもかと辛い告白は続くが映画はこれだけでは終わらない。自分が被害者なら、加害者のことをしらなくてはならない。これは、私が冤罪だけでなく、実際にあった凶悪事件を追い続ける理由と同じだ。人間、「オギャー」と産まれたときは誰も犯罪者、殺人鬼ではなかったのだもの。彼・彼女を凶悪な犯人にさせた背景には、社会的な政治的なものがあるはず。私はそれをさぐりたいといつも思っている。

藤岡さんら3人も次の一歩として、そうしてきた。市原さんも父親の軍歴を取り寄せた。父親は満州鉄道の仕事をしていたため、日本人全員を日本へ返し、自分は最後に日本へ戻ってきた。そのため帰国がほかの人よりうんと遅かった。母親は父の生死も知らされぬなか、一時期別の男性と暮らしていた。その事実が父親の脳裏にこびりついて、酒が入るたび、母親を「淫売女」するようになったのだろう。「仕方ないですよね」。そうつぶやく市原さん。市原さんはそうして、父と住んでいた故郷を訪ねる旅にでる。

藤岡さんの故郷を訪ねる旅、更には父親が最後にいたロシアを訪ねる旅で、表情がどんどん変わっていくのがわかる。

映画終了後の島田陽磨督とのトークショーで、藤岡さんはロシアへ行った時の話をされて、帰りの汽車から見えた白樺の木々が兵士に見えたという。延々と並ぶ兵士たちのような白樺の木々を見ながら、初めて嗚咽をもらした藤岡さん、そして絞り出すように出たひとこと。それは内緒。

島田監督のお話。ロシアで訪れた小さな村、でも既に何人もの若者がウクライナで亡くなっている。僻地から戦争に駆り出される人が多い(と、聞こえたような)。島田監督は3.11後の福島を撮った「生きて、生きて、生きろ」も撮った。戦争も原発もいつも弱い者に一層矛盾を押し付ける気がする
「胡桃澤さん、来てるでしょ」と美千代さんのムチャぶりでステージに上げさせられた劇作家で精神科医の胡桃澤伸さん

この映画を一人でも多くの方に見て欲しい。世界中で痛ましい紛争が続き、毎日大量の人たちが殺されている今だからこそ、私たちは二度と戦争に加担してはならない……そんな思いを強く心に刻んで欲しい。

この映画、配給会社を入れず独自に宣伝活動をやっているとのこと。チラシ配布や自主上映などで映画を広めるお手伝いをしたい。

『父と家族とわたしのこと』https://chichito.ndn-news.co.jp/

尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者X(はなままさん)https://x.com/hanamama58

◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/4846315304/

野田正彰著『過ぎし日の映え』、注文殺到! やはり腐っても朝日、影響力は大きいことを、あらためて実感!

鹿砦社代表 松岡利康

野田正彰著『過ぎし日の映え』が2月22日付けの朝日新聞の野田先生インタビュー記事の冒頭で引用され、この5日間(2・24~3・2の営業日)で200冊超の注文が殺到しています! 

本書は、著者の出身地の高知新聞に連載されたものを単行本化したものですが、地方紙のせいか、知られざる事実も多いです。特に、『夜と霧』の著者として有名なフランクルに会い、インタビューした記事内容は衝撃的でした。著者自身が驚いたそうです。「この本(『夜と霧』)では、すべてがアウシュヴィッツでの体験のように読める。ところが、私が移送の行程を順々に聞いていったとき、フランクルは、アウシュヴィッツにいたのは『3日2晩』と答えた。私は驚いて問い直したが、彼は続けて話した。」

あとは本書を読んでいただきたいが、驚いたのは野田先生だけではありません。”通説”とはまったく異なると感じました。2日間に及んだ、この「フランクルとの対話」だけでも本書の価値があります。池田香代子(新版『夜と霧』を翻訳。大学院生リンチ事件では「見ざる、言わざる、聞かざる」の姿勢を貫いた)、聞いとるか!?

もうひとつ付言しておきます。本書を読んで強い感銘を受けた、ある方は、なんと100冊お買い上げになり、友人、知人にプレゼントされました。有り難い話ですが、これほどまでに人を感銘させる本だということでしょう。

掛け値なしに一人でも多くの方に読んでいただきたい一冊です。

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3月21日(土)大阪西成 ~差別に抗う~袖すりあうも集い処はなライブ 皆さんどうぞ聴きにきてください!

尾﨑美代子

今週土曜日、3月21日となりました。~差別に抗う~袖すりあうも集い処はなライブ。今回は尼ヶ崎のオヤジ人権バンド元「ドランカーズ」のギター、ボーカル担当の中島(なかしま)敏也、通称とっしゃんと、カオリンズの夢の共演。投げ銭、要オーダーとなります。

「ドランカーズ」と出会ったのは2011年の正月、釜ヶ崎の越冬闘争のステージで演奏したドランカーズが立ち呑み屋難波屋の奥で呑んでました。そこに、私たち「はなと愉快な仲間たち」が飲みに行きました。そこにはなに時折飲みに来ていた部落解放同盟の西岡智さんが居られ、紹介されたのがドランカーズでした。呑んでるうちに意気投合し、今度一緒にライブをしようとなり、決まったのが3月12日。前日、11日もはなで練習してました。テレビでは津波被害の報道が流れてて。心配しながらも、難波屋に行くと、ちょうどテレビからは「◯◯に何百体の遺体が流れつきました」とアナウンスが…。不安なまま迎えたライブでは……

前置きが長くなりました。ドランカーズは部落出身の人と在日の人の混合バンド。中島さんには新井英一さんの「清河への道」を歌って頂く予定です。カオリンズには、4・3事件の記憶について、キム・ヒャンリことかおりちゃんが作詞した「故郷の石ころ」を歌ってもらう予定。2組の曲はぜったいに心に染み入るはず。どうぞ聴きにきてください。

尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者X(はなままさん)https://x.com/hanamama58

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福島原発事故から15年 ── この意味を問う鹿砦社の書籍と、唯一の脱(反)原発情報誌『季節』を読もう!『季節』の継続発行、鹿砦社の言論・出版活動活性化のため、鹿砦社の本を買って応援してください!

鹿砦社代表 松岡利康

福島原発事故から3・11で15年となります。──

この意味を問い返しための材料として、私たちが丹念に作って来た書籍と、わが国唯一脱(反)原発情報誌『季節』をお薦めいたします。

以前にもお伝えしましたが、このかん倉庫や書庫を整理していく過程で、松岡が本格的に出版の世界に踏み入れる際に、ちょうど縁あって歴史家の小山弘健先生と出会い、「われわれの出版の目的は一、二年で忘れ去られることのない本を作ることである」という、『戦争論』で有名なクラウゼヴィッツの言葉を教えていただきました。果たして私たちは「一、二年で忘れ去られることのない本」をどれほど作って来たであろうか──汗顔の極みです。

このかん、書庫として借りていた2室の撤去→本社書庫への移動、倉庫の在庫削減などで、これまで出版した本を整理してきました。思わぬ“発見”も少なからずあり、自分の〈原点〉を想起、再確認しました。

一冊一冊に想い出があります。自分で言うのも僭越ですが、なかなかいい本もあります。以下に挙げた本もそうです。

また、これも何度も申し上げていますが、いやしくも私たちは本(書籍や雑誌)を出す出版社ですから、本を買ってご支援いただくことが基本です。

今回は福島原発事故から15年について、『季節』最新号やバックナンバー、これまでに出して来た脱(反)原発関係の書籍を、この機会にご購読いただき、その意味を問い返していただきたいと思います。

まずは『季節』の前身『NO NUKES voice』の創刊号から14号の中からセレクトし堂々600ページ余の大冊となった 『3・11の彼方から』、私たちの世代の絶対的カリスマ・山本義隆さんが寄稿された長大な講演録を収録した『季節2025夏・秋合併号』です。10年余り発行してきた『季節』の到達点で今後の方向性を決定づけた号と自認しています。そうした中で『季節』春号は3・11から15年のこの日に増ページ記念号として発行されました。

さらに本誌『季節』については皆様方からの定期購読、会員でのご支援がベースとなりますので、更なる継続・更新、新規拡販協力をよろしくお願い申し上げます。

また、『季節』でもたびたびご登場いただいている精神科医・野田正彰先生の2冊の著書『流行精神病の時代』『過ぎし日の映え』(野田先生によれば、先生の「精神医学の総括、辞世の書」ということです。『過ぎし日の映え』を元に野田先生にインタビューした朝日記事掲載(2月22日)後、『過ぎし日の映え』は5日間で250冊余りの注文が入り、また本書に強く感銘を受けた、ある方は100冊買い取り知人らに配られました)。

さらに『季節』の編集委員の尾﨑美代子さんが日々の冤罪被害者との対話や取材をまとめられた『日本の冤罪』、昨年まで『季節』で長年連載してくれ冤罪(甲山事件)被害者でもある山田悦子さんらが戦後70年に際して編纂された『唯言(ゆいごん) 戦後七十年を越えて』は、資料として「日本国憲法」「あたらしい憲法のはなし」「大日本帝国憲法」「軍人勅諭」「教育勅語」等を収録した貴重な一冊です。

福島原発事故問題を考えるために、ぜひ一連の鹿砦社の書籍・雑誌を参考資料としてお読みいただきたくお願いいたします。

amazon https://www.amazon.co.jp/dp/B0GGX7H2DR/

鹿砦社 https://www.rokusaisha.com/