今から6年ほど前、養女を強姦した濡れ衣を着せられた大阪の男性が再審で無罪を勝ち取ったニュースが話題になったことがあった。

男性は、大阪市西淀川区の市営住宅で妻と2人で暮らしていた杉岡光春さん(仮名、70代)。2008年の秋、当時一緒に暮らしていた14歳の養女・雪乃さん(仮名)に「強姦された」と告訴され、無実を訴えたが、裁判では懲役12年の判決を受けて服役。2014年になり、雪乃さんが「私が訴えた強姦被害は嘘でした」と打ち明け、2015年10月に再審で無罪判決を受けたが、結果的に6年余りも獄中生活を強いられた。

この事件は当時、まれに見る酷い冤罪であるかのように大きく報道された。

そもそも、雪乃さんは杉岡さんにとって、妻の連れ子の娘であり、戸籍上は養女だが、孫娘にあたる存在だ。そんな少女を強姦した濡れ衣を着せられただけでも相当酷い話だ。

しかも、雪乃さんが「強姦被害は嘘だった」と告白後の再捜査では、捜査段階に雪乃さんが母親に病院に連れて行かれ、「処女膜が破れていない」と診断されていたことも明らかに。つまり、警察や検察がその事実を見過ごして杉岡さんを立件し、杉岡さんは裁判で有罪判決を受けたのだ。こんな話を聞けば、誰もが同情を禁じ得ないだろう。

ところがその後、杉岡さんが大阪府と国を相手取り、合計約1億4000万円の国家賠償を請求する訴訟を大阪地裁に起こしたところ、審理の中で意外な事件の実相が明らかになった。

杉岡さんはすでにこの国賠訴訟で一、二審共に敗訴していたが、このほど最高裁で上告を退けられ、敗訴が確定したので、この機会にこの事件の深層を報告しておきたい。

メディアは男性が国賠訴訟で敗訴したことを同情的に報じたが…(朝日新聞デジタル2019年1月9日配信記事)

◆冤罪以前に犯していた過ち

国賠訴訟の記録によると、杉岡さんは雪乃さんに対する強姦罪に問われた刑事裁判の第一審の被告人質問で、弁護人とこんなやりとりをしていたという。

弁護人「あなたは、雪乃さんの母親である久美さん(仮名)とは性的な関係があったのですか?」

杉岡 「はい。これは本当に申し訳ないのですが、過去の大きな出来事です」

弁護人「久美さんの証言では、小5から高1にかけてのことだったそうですが、そういう記憶はありますか?」

杉岡 「すぐに記憶が出てきませんが…期間は2、3年はあったでしょうね」

これは、要するにこういうことだ。杉岡さんは、養女・雪乃さんが14歳の時に強姦した罪については、確かに冤罪だった。しかし一方で、妻の連れ子であり、雪乃さんの母親である久美さんに対しては、久美さんが小5から高1の頃に性交を繰り返していたのだ。

日本の法律では、13歳未満の男女と性交すれば、相手が同意していても強姦罪(現在の罪名は強制性交等罪)が成立する。つまり杉岡さんは、養女の雪乃さんを強姦したという容疑は冤罪だったが、雪乃さんの母親の久美さんに対しては犯罪になりうる性行為を行っていたわけだ。

事実関係を見ると、そもそも、14歳だった雪乃さんが杉岡さんに強姦されたと嘘をついたのは、母の久美さんが少女時代に杉岡さんに性交をされていたのが遠因のようだ。

というのも、雪乃さんがある日、「(杉岡さんに)お尻を触られた」と大伯母(杉岡さんの妻の姉)に訴えたところ、これを伝え聞いた久美さんが雪乃さんを「他にも何かされたのではないか」と問い詰めた。久美さんは、杉岡さんが「少女と性交をする男」と知っていたため、娘も自分と同じ被害に遭ったと思い込んだのだ。

そして雪乃さんは何日も母の久美さんから執拗に追及され続けた結果、ついに「強姦された」と虚偽の告白をしてしまったというわけだ。

◆不思議な家族の関係

刑事裁判の第一審の被告人質問の続きを見ると、杉岡さんが久美さんに対して犯していた過ちが詳細につまびらかになっている。

弁護人「最初はどういう経緯で、そのような関係に?」

杉岡 「どちらからともなく…成り行きでそうなりました」

弁護人「頻度はどのくらいだったのですか?」

杉岡 「全部で数回とか10回とかという回数ではなかったです」

弁護人「もっと多かったのですか?」

杉岡 「もっと多かったです」

弁護人「場所はどういうところで?」

杉岡 「家もありますし、車もありますし、何回かラブホテルに行ったこともあります」

弁護人「久美さんとの関係は、奥さんに発覚したそうですが、その経緯は?」

杉岡 「久美が『処女を捧げたんだから、責任をとってくれ』と言い出しまして…」

見ておわかりの通り、杉岡さんは弁護人の質問に曖昧にしか答えていない。自分でも過去の罪が相当恥ずかしかったのだろう。当時は子供だった久美さんに罪を押しつけるような言い方も往生際が悪い印象だ。

それにしても、不思議なのは、この家族の関係だ。

まず、杉岡さんが妻の連れ子である久美さんと性行為をしていたことが発覚しても、妻は杉岡さんと離婚していない。普通はありえないことだ。

また、久美さんも成人後に結婚し、雪乃さんのほかにも男の子を出産したのちに離婚しているのだが、その際、雪乃さんと男の子を杉岡さんに預けている。少女時代の自分と性交していた養父に対し、自分の幼い娘を預けられる感覚も理解しにくいところだ。

取り調べを担当した山吉彩子検事も国賠訴訟で証人出廷した際、こう証言している。

「杉岡さんがそういうこと(=幼い久美さんや雪乃さんとの性行為)をしても仕方ないと黙認している家庭環境なのかな? と思っていました」

いずれにせよ、国賠訴訟で杉岡さんが敗訴したのは、この複雑な家庭環境も一因になったことは間違いない。どんな事情があろうとも、冤罪はあってはならないことである。ただ、警察、検察が引き起こした冤罪の責任を問うために起こした国賠訴訟で、杉岡さんが敗訴したのも致し方ないことだったと思う。

▼片岡 健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。近著に『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(著者・久保田祥史、発行元・リミアンドテッド)など。

最新刊!タブーなき月刊『紙の爆弾』6月号

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

「紀州のドン・ファン」と呼ばれた和歌山県田辺市の資産家、野崎幸助さん(享年77)が2018年5月に自宅で亡くなった事件で、殺人の疑いをかけられていた元妻がついに逮捕された。

逮捕されたのは須藤早貴容疑者(25)で、容疑は殺人と覚せい剤取締法違反。証拠の乏しさを伝える報道が散見されるが、須藤容疑者は起訴される可能性が高いだろう。事件の社会的注目度の高さなどからして、和歌山県警は検察に相談しながら捜査を展開したはずだからだ。

ただ、報道を見る限り、証拠は乏しいどころか、むしろ須藤容疑者がシロだと解釈しうる情報も見受けられる。しかも、それは弁護側が裁判に証拠として提出可能なものである。

◆「証拠が乏しい」と指摘されるのは当然

そのことを説明する前にまず、事件の情報を必要最小限まとめておく。

ここまでの報道を見る限り、野崎さんが亡くなった原因は致死量の覚せい剤を口から摂取したことであるのは間違いないようだ。

そして県警は、
(1)須藤容疑者はインターネットで覚せい剤や完全犯罪に関連した情報を検索していた、
(2)野崎さんが自宅で亡くなった時、自宅には野崎さんと須藤容疑者しかいなかった――
などの事実を把握しているように報道されている。

つまり、県警は、「須藤容疑者が自宅で野崎さんと2人きりの時、致死量の覚せい剤を何らかの方法で野崎さんに口から摂取させた」という筋書きを描いているようだ。

そして動機については、県警が「カネ」だと考えているのは間違いないだろう。報道によると、須藤容疑者は「小遣いが月100万円」という条件で野崎さんと結婚したそうだが、野崎さんの死後、野崎さんが営んでいた会社の代表取締役になっていたという。これが事実なら、県警は有罪を裏づける状況証拠としても考えているはずだ。

しかし、仮に須藤容疑者が自宅で野崎さんに致死量の覚せい剤を飲ませていたことが事実だとしても、「野崎さんが自らの意思で飲んだ。私は死ぬとは思わなかった」などと釈明する余地はある。また、野崎さんが営んでいた会社を須藤容疑者が私物化していたとしても、そのこと自体が殺人の有罪を裏づけるわけではない。これでは「証拠が乏しい」と指摘する報道が散見されるのも当然だ。

◆葬儀当日、スマホをいじりながら笑顔だったことの意味

 

週刊ポストがYouTubeで公開した画像より

では、須藤容疑者がシロだと解釈しうる情報とは何か。それは、須藤容疑者が野崎さんの葬儀当日、人前でスマホをいじりながら笑顔だったという報道だ。仮に須藤容疑者がカネ目当てに野崎さんを殺害したのなら、人前ではむしろ悲しんでいるように装っていたほうが自然だからである。

つまり、須藤容疑者が野崎さんの死を悲しんでいないことを人前で堂々と明らかにしていたのは、野崎さんの死について、何もやましいことがなかったからだとも解釈できるということだ。

私はこれまでに何人か、カネのために交際相手の男性や戸籍上の夫を殺害した女性殺人犯を取材したことがある。それはたとえば、鳥取連続不審死事件の上田美由紀死刑囚や関西連続青酸殺人事件の筧千佐子被告だが、この2人はいずれも被害者が死んだ時に自分は悲しんだように言っていた。本当にクロならば、そうやって取り繕うものなのだ。

須藤容疑者が野崎さんの葬儀当日、スマホをいじりながら笑顔だったことについて、メディアは目撃した人の証言だけをもとに報じているわけではない。この須藤容疑者の不謹慎な行為は、その場にいた人によってスマホで動画撮影されており、それを入手したメディアの1つ、週刊ポストはYouTube(https://www.youtube.com/watch?v=li5Ty_iIufI)でも公開している。この動画をダウンロードすれば、刑事裁判の証拠にも十分になりえるはずだ。


◎[参考動画]【独占入手】紀州のドン・ファン事件 野崎幸助氏の葬儀当日、須藤早貴 容疑者はスマホいじって笑顔|NEWSポストセブン(2021年4月28日)

刑事事件では、被疑者の不謹慎な言動は周囲の人にクロの印象を与えがちだが、実際にはそれが逆に被疑者はシロだと示していることがある。須藤容疑者の場合、そういう事実が他にもありそうに思えるので、今後もめぼしい事実が判明すれば、適時指摘したい。

▼片岡 健(かたおか けん)
ノンフィクションライター。編著に『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(著者・久保田祥史、発行元・リミアンドテッド)など。

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「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

先日、テレビで未解決事件の特集をやっていて、京都精華大学生通り魔殺人事件も取り上げられていた。私はこの事件について、数年前、公開されている情報をもとに現地を取材したことがある。「犯人像」について確信に近い思いを抱いていることがあるので、ここに記しておきたい。

◆何より重要な情報はママチャリ

この事件が起きたのは、2007年1月15日夜7時45分頃だった。京都精華大学1年生、千葉大作さん(事件当時20歳)が自転車で帰宅中、京都市左京区岩倉幡枝町の歩道上で見知らぬ男とトラブルになり、刃物で刺され、亡くなった。

目撃情報によると、犯人は年齢が20~30歳、身長は170~180センチ、髪はセンター分けだがボサボサ。服装は黒色ジャンパーに黒色のズボン、登山靴のようなものを履いており、いわゆる「ママチャリ」と呼ばれる婦人用の自転車に乗っていた。顔や上半身を左右に振り、言葉尻に「アホ、ボケ」を連発し、目の焦点が合っていない人物だったという。

以上のことは京都府警がホームページで公開している情報に基づくが、私が何より重要な情報として注目しているのは、犯人がママチャリに乗っていたということだ。

◆犯人は遠方からやってきた可能性

というのも、犯人の移動手段がママチャリであれば、普通は近隣に住んでいる人物だ。したがって警察も当然、近隣の不審な人物はしらみつぶしに調べているはずだ。それでもなお、犯人の検挙に至らないのはなぜなのか。それはつまり、犯人は遠方からやって来た可能性があるからにほかならない。

実際、現場の道路は車通りの多い幹線通り沿いの歩道で、この道は東方に進めば滋賀県や東海地方に、西方に進めば福井県に通じている。何十キロとか何百キロ離れた場所で暮らす犯人が何かのきっかけでママチャリでの大遠征を思い立って移動中、通りかかってもおかしくないような場所なのだ。

現場は幹線沿いの歩道。犯人はママチャリで遠方からやって来た可能性も……

◆犯人の検挙に13年半を擁した事件との複数の共通点

私がそのような推測をする理由は、実は似た前例があるからでもある。当欄で昨年、犯人の裁判員裁判の傍聴記を書かせてもらった広島県の廿日市女子高生殺害事件だ。

この事件も2004年の発生当初、被害者の北口聡美さん(事件当時17歳)が自宅敷地内の離れで殺害されていたことなどから、犯人は顔見知りの人間である可能性が高いように思われていた。しかし発生から13年半が過ぎ、ようやく検挙された犯人の鹿嶋学(検挙当時35)は、隣県の山口県で暮らしており、北口さんとはアカの他人だった。

鹿嶋本人の公判証言によると、朝寝坊で仕事を遅刻しそうになった鹿嶋は、やけになって原付バイクで東京に行こうと考えて移動中、「セックスをしたい」と思い立ち、犯行を決意したという。そして路上で見かけた北口さんを家までつけ、自宅敷地内の離れの部屋にいたところを襲おうとしたが、逃げられて逆上し、持っていたナイフで何度も刺したとのことだった。

ちなみに鹿嶋が持っていたナイフは、東京に行く途中に野宿する予定だったため「ナイフがあればどうにかなる」と考えて購入したものだったという。

千葉さんが殺害された事件とこの広島の事件では、現場が幹線道路沿いであることや犯人の移動手段が「遠方からやって来たとは考え難い乗り物」であることが共通している。千葉さんを殺害した犯人は事前に計画して犯行に及んだとは思い難いため、「なぜナイフを持っていたのか?」も謎の1つだが、鹿嶋のような考えからナイフを所持していた可能性を考えてみることもできる。

いずれにせよ、千葉さんを殺害した犯人は、犯行時の言動からして異常な人格であることは動かし難い。犯行に及んだ経緯なども常識にかからないものである可能性は想定したほうがいいだろう。

▼片岡 健(かたおか けん)
ノンフィクションライター。編著に『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(著者・久保田祥史、発行元・リミアンドテッド)など。

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「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

去る4月8日は、1986年に自ら命を絶ったアイドル歌手・岡田有希子さん(享年18)の35回目の命日だったため、それに関連した報道が散見された。気になったのは、その中にやや正確性を欠いた報道があったことだ。

それは、ある大手メディアが岡田さんの遺書について、「遺族に渡され、中身は明かされていない」と書いていた記事だ。実際には、遺族は「ある本」で岡田さんの遺書の主要部分を明かしているのだが、意外に知られていないようなので、この機会に紹介しておきたい。

◆遺書に確かに書かれていた「あの年上の俳優」への恋心

その本は、1988年に朝日出版社から発行された『岡田有希子 愛をください』(企画・編集/ウルトラ企画)。岡田さんの生前の写真や、岡田さん本人が遺した日記や詩、絵画などを多数収録し、岡田さんが生きた証の数々を一冊に詰め込んだような本だ。

1988年に発行された『岡田有希子 愛をください』(発行元=朝日出版社/企画・編集=ウルトラ企画)

岡田さんは学力が飛び抜けて高かったことは有名だが、この本に収録された文章や絵画を見ると、文化的な才能も秀でていたことがわかる。そして本では、岡田さんの母・佐藤孝子さんが生前の岡田さんを振り返った長文の手記を寄せており、岡田さんの遺書の主要部分はその冒頭で次のように明かされている(以下、〈〉内は『岡田有希子 愛をください』より引用。すべて原文ママ)。

〈佳代(引用者注・岡田さんの本名は佐藤佳代)の遺書――今でも、あれを遺書と言っていいのかどうか私にはわかりませんが――その中に峰岸徹さんの名前はたしかに書かれていました。

峰岸さんが好きだった、と〉

岡田さんが自ら命を絶った原因としては、死の前年に放送された主演ドラマ『禁じられたマリコ』で共演した俳優・峰岸徹さんの存在が当初から取り沙汰されていた。20歳以上も年上の峰岸さんに思いを寄せ、失恋したために命を絶ったという説だ。そのために峰岸さんは当時、記者会見を開き、沈痛な面持ちで自分に責任があるかのように語ったものだった。

つまり、孝子さんは遺書の中身を明かすことにより、その説が本当であることを打ち明けているわけだ。

◆母親が遺書の中身を明かした意図

では、孝子さんはなぜ、そんなことをしたのか。手記を読み進めると、その意図が見えてくる。

〈峰岸さんとのことについては、女性週刊誌、テレビなどであれこれ取沙汰され、そのたび私は峰岸さんに対して申し訳なく、またお気の毒でなりませんでした。

峰岸さんと佳代の間に子どもができ、すでに妊娠何カ月で、佳代はそのことを苦にして自殺したというような噂まで書きたてたところもありました。

全く根も葉もない話です。こんなことまで書きたくはないのですが、佳代は死ぬ十日程前に、生理用品を買っていたのです。妊娠などということは、だから絶対にあり得ないことなのです〉

娘に先立たれて悲しみにくれる中、娘が死を選んだ原因とされる峰岸さんのことまで気遣えるのは凄いことだと思う。それはともかく、この記述を読めば、孝子さんが遺書の中身を明かした意図は明白だろう。岡田さんに関する酷い報道に反論し、本当のことを伝えたかったのだ。

◆いまだにネット上で流布する「あの有名な怪情報」

岡田さんが死を選んだ原因については、有名な怪情報がある。「本当に恋心を寄せていた相手は、事務所の先輩・松田聖子の夫である神田正輝であり、峰岸徹はダミーだった」という説だ。峰岸さんは2008年に65歳で亡くなったが、いまだにその「峰岸ダミー・神田本命説」はネット上で流布し続けている。それも、岡田さんの遺書の中身が明かされたこの本の存在が意外と知られていないためだろう。

この本は、岡田さんが死を選んだ真相のみならず、今もその夭折が惜しまれる伝説の女性アイドルの素顔もうかがい知れる貴重な一冊だ。すでに絶版となり、古書は高額化しているが、公立図書館では蔵書しているところもあるので、関心のある方には一読をお勧めしたい。

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。近著に『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(著者・久保田祥史、発行元・リミアンドテッド)など。

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「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

4月1日から商品やサービスについて、消費税込みの価格を示す「総額表示」が義務化されたが、案の定な展開になっている。昨年秋頃、ツイッター上で「#出版物の総額表示義務化に反対します」というハッシュタグをつけるなどして騒いでいた人たちがいつのまにか、どこかに消えてしまっているのだ。

彼らは当時、「出版物が総額表示を義務化されると、消費税率変更の際にカバーの刷り直しや付け替えを余儀なくされ、少部数の本が絶版になったり、小さな出版社が潰れたりする恐れがある」などと危機感をあおっていたはずだ。しかし、いつのまにかフェイドアウトしてしまったのは、実際はそこまで心配する必要のない話だと気づいたからだろう。

一体、いつまでこういうことを繰り返すのだろう……と私は正直、げんなりせずにいられない。過去にも同じような例をたびたび目にしてきたからだ。

日本書籍出版協会と日本雑誌協会はHPで出版物の総額表示に関するガイドラインを発表した

◆思い出される「ぼったくり防止条例」や「裁判員制度」が始まる時の騒動

たとえば、思い出されるのが、2000年に東京都が全国で初めて、性風俗店や飲み屋でのぼったくり防止条例を施行した時だ。これは当時、新宿・歌舞伎町などで酷いぼったくり事件が相次ぎ、社会問題になっていたのをうけて作られた条例だった。

この条例が施行される前、メディアでは「有識者」たちが条例の不備を色々指摘し、「こんな抜け穴だらけのザル法では、悪質なぼったくり業者は取り締まれない」と読者や視聴者を不安に陥れるようなことを言っていたものだった。

だが、実際に条例が施行されると、新宿、池袋、渋谷、上野という規制対象地域の路上からは、風俗店や飲み屋の客引きが一斉に姿を消した。条例ができた効果により、ぼったくり業者が激減したわけである。私は当時、歌舞伎町のぼったくり業者にそうなった事情を取材したが、彼はこう説明してくれた。

「条例に不備があろうが、ザル法だろうが、そんなのは関係ない。ああいう条例ができたということは、お上が『これからはぼったくり業者を厳しく取り締まる』という意思表示をしたということだから。そうなれば、俺たちはこれまで通りの商売を続けるわけにはいかない。警察がその気になれば、法律なんか関係なく誰だって捕まえられるんだから」

私はこの説明を聞き、深く得心させられた。警察に理屈など通用しない。この現実を知っているぼったくり業者たちからすれば、メディアに出てくる「有識者」たちが解説する「条例の抜け穴」など机上の空論に過ぎないわけである。そして机上の空論で騒ぎ立てていた「有識者」たちは何事も無かったように消えていった。

2009年に裁判員制度が施行された時も同じようなことがあった。制度の施行が間近に迫った時、またメディアでは「有識者」たちが、「裁判員の呼び出しを拒んだら罰則があるというのでは、苦役の強制であり、徴兵制と同じだ」とまで言って、読者・視聴者の不安を煽ろうとしていた。

しかし実際に制度が始まってみると、裁判員の呼び出しを辞退する人はいくらでもいるし、それで罰せられた人がいたという話はまったく聞かない。私はこれまで様々な裁判員裁判を取材し、判決後にある裁判員たちの会見にも出席してきたが、裁判員たちは「参加して良かった」「良い経験になった」と前向きな感想を述べる例が多いのが現実だ。

そしていつしか、裁判員裁判について「徴兵制と同じだ」とまで言っていた「有識者」たちはどこかに消えてしまったのだった。

◆権力に物申す「言論」というのは結局……

そしてまた今回の「#出版物の総額表示義務化に反対します」騒動である。書店に並んだ書籍は4月1日以降もそれ以前と変わらず、新旧の価格表示が混在したたままだが、それで何か問題が起きたという話はまったく聞かない。出版社側も帯やスリップに消費税込みの価格を表示することで、今後消費税率が変わってもカバーの刷り直しや付け替えはせずに済むようにして、事足りているようである。

こうしてこの問題について不安を煽り、騒いだ人たちはどこかに消えてしまったのである。

誰もがそうだというわけではないが、権力に物申すのが好きな人たちの中には、事実関係をほとんど調べず、思い込みだけでものを言っている人が少なくない。「#出版物の総額表示義務化に反対します」と声高に叫んでいた人たちは、そのことを改めて証明した。今後も新しい制度や法律ができるたび、彼らは懲りずに同じ行動を繰り返すはずなので、しっかり観察させてもらいたい。

▼片岡 健(かたおか けん)
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一昨年の参院選に関し、大規模な買収を行った疑いで裁判にかけられている元法務大臣の河井克行被告(58)がついに公判で無罪主張を撤回し、買収を認めた。議員も辞職する。

これをうけ、安倍晋三前首相と菅義偉首相の政治責任が追及されることを期待する人が多いようだが、筆者はまったく別のことを期待している。それは、河井被告がその人生遍歴を自ら語ることである。

◆幼少期を過ごした地で無名だった河井被告

本人が公表しているプロフィールによると、河井被告は昭和38年広島県生まれ。広島市の山本小学校と安小学校(いずれも広島市立)を経て、私立の名門である広島学院中学・高校で学んだ。そして慶應義塾大学法学部政治学科を卒業後、松下政経塾、広島県議会議員を経て、衆議院議員に当選7回。絵に描いたようなエリート街道を歩んだ印象だ。

一方で報道では、性格に問題がある人物だったように伝えられてきた。たとえば2016年に秘書へのパワハラ疑惑を報じられた際には、広島市の小学校時代の後輩が取材に対し、次のようにコメントしている。

「河井先輩のアダ名は“スネ夫”。実家は薬局経営の裕福な家庭で、事あるごとに“僕と君らでは育ちが違う”みたいなことを言う嫌みなヤツでした。当然、皆から嫌われていました」(同年3月3日付け『日刊ゲンダイ』)

このように地元での評判は悪かったらしい河井被告だが、小学校入学前に広島県三原市で過ごした幼少期のことは意外と知られていない。そこで筆者は昨年4月、河井被告の生家があった香積寺という寺院の周辺で取材したのだが、河井被告の幼少期は報道のイメージと随分異なる印象を受けた。

まず何より意外だったのは、河井被告がこの地の出身者であることを地元の人たちがほとんど知らなかったことだ。道行く人たちに、河井被告の幼少期のことを取材しに来たのだと説明しても、「あの河井さんがこのへんに住んでいたんですか!?」「本当ですか?」などと逆に聞き返されるほどだった。

評判が良かろうが悪かろうが、幼少期を過ごした地で河井被告は有名な存在なのだろうと筆者は思い込んでいた。それはまったくの思い違いだったのだ。

◆生家は六畳二間で風呂無し

河井被告はブログで以前、生家が「六畳二間」だったことを明かしていたが、その家は50年以上経った今も入居者募集中の状態で現地に残っていた。だが、平屋の建物は玄関が引き戸になっていて、実につましく、「薬局経営の裕福な家庭」が暮らしていた家には、とても見えなかった。

近所で暮らす高齢の女性によると、「この家はこれまで、色んな家族が借りて住んでいます。以前はお風呂がなく、住んでいる人たちはみんな銭湯に行っていましたよ」とのことだった。河井被告の実家が広島市で薬局を経営するようになった経緯は不明だが、三原市で暮らしていた幼少期は裕福ではなかったのは確かだろう。

河井被告の生家。六畳二間の風呂無しの借家だった

そんな生家周辺で河井被告の幼少期を偲ばせるものが生家以外にも1つあった。上部が地表に露出した半地下式の防火水槽だ。河井被告は自身のブログで、幼少期に防火水槽の上で「黄金バットごっこ」に興じていたことを明かしているが、近所の高齢の女性によると、「このへんの子どもはみんな、ここで遊んでいましたよ」とのことだ。

小学校時代は「事あるごとに“僕と君らでは育ちが違う”みたいなことを言う嫌みなヤツ」だったと言われた河井被告も、幼少期は近所の子どもたちと無邪気に遊んでいたのかもしれない。

つましい幼少期を過ごした少年がその後、エリート街道を歩み、大規模買収事件の罪に問われる政治家になるまでに一体、どんな人生遍歴をたどったのか。裁判で罪を認め、議員も辞職する河井被告がいつの日か自分の言葉でそれを語る日がきたら、ぜひ拝聴したい。

河井被告が黄金バットごっこに興じた防火水槽

▼片岡健(かたおか けん)

全国各地で新旧様々な事件を取材している。近著に『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(著者・久保田祥史、発行元・リミアンドテッド)など。

7日発売!タブーなき月刊『紙の爆弾』2021年5月号

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

明日4月1日から、わいせつ行為によりクビになった教員の名前を簡単に調べられるようになる。文部科学省がわいせつ教員撲滅対策の一環として省令を改正したことによる。

というのも、教員は免許を失効した場合でも、3年たてば免許を再取得できる。そのため、これまではわいせつ行為でクビになった教員が過去を隠し、教員として再雇用されるケースがあった。今回の改正省令はそれを防ぐため、教員が免許を失効するなどした事由が懲戒免職もしくは解雇である場合、処分の理由を5つの類型に分けて官報に記載するように定めたのだ。

5つの類型とは、
(1)18歳未満の者や勤務校の生徒に対するわいせつ行為やセクハラ、
(2)それ以外のわいせつ行為やセクハラ、
(3)交通法規違反もしくは交通事故、
(4)教員の職務に関して行った非違、
(5)前記4点以外の理由──である。

これにより、学校側はわいせつ処分歴のある元教員をそうとは知らずに雇用することを防げるわけだ。

この改正について、世間には歓迎する声が圧倒的多数である。しかし、見過ごせない問題もある。「わいせつ教員」という濡れ衣を着せられた冤罪被害者に対する「セカンド冤罪被害」だ。

文科省の省令改正を歓迎する声が多いが……

◆当欄で紹介した「わいせつ冤罪被害者」の元教員は今……

筆者は当欄で以前、以下の2つの記事を発表した。

◎冤罪・名古屋の小学校教師「強制わいせつ」事件の裁判が年度内に決着へ(2018年2月21日)

◎名古屋の元小学校教師、喜邑拓也さん「強制わいせつ」事件で冤罪判決(2018年4月6日)

この2つの記事に出てくる喜邑拓也さんは、担任していたクラスの小1女児に対し、わいせつ行為をはたらいたとして処罰された元教員だ。裁判での検察側の主張によると、喜村さんは掃除の時間中に「被害児童」に対し、「おっぱい」と言いながら服の中に手を入れ、胸を触った──とのことだった。

しかし、この事件はあまりにも明白な冤罪だった。何しろ、「事件」があったとされる時、教室には20人程度の生徒がいながら、喜邑さんのそのような「犯行」を目撃した生徒は皆無なのだ。そもそも、それほど大勢の生徒がいる場所で、教師がそのような犯行に及ぶということ自体、現実味に欠ける話だというほかない。

実際問題、喜邑さんの犯行を裏づける唯一の直接的証拠である「被害女児」の供述は内容に大きな変遷があり、ただでさえ信頼性に疑問符がついた。心理学者によると、「確証バイアスを持った母親が女児から被害状況を聞き取る中、女児が虚偽の記憶を植え付けられた可能性がある」とのことで、心理学的にも女児は「存在しない被害」を訴えている可能性が指摘されていたわけだ。

一方、冤罪を主張する喜邑さんは裁判で「事件」の真相について、「掃除の時間に教師の事務机で漢字ノートの採点をしていたら、女児がチリトリにゴミをたくさん取って見せてきた。頭を撫でてやろうとしたら、手が女児の首からアゴのあたりに触れてしまっただけです」と主張していたが、きわめて自然な話であり、どちらの主張に信ぴょう性があるかは明らかだったが…。

名古屋地裁の裁判官は、「女児の供述内容は具体的で、実際に体験した者でしか語れない内容」(判決より)であるとして、喜邑さんに懲役2年・執行猶予3年の判決を宣告した。そして喜邑さんは控訴、上告も退けられて有罪が確定。当然、教員はできなくなり、現在は別の職業についている。喜邑さんは事件前、教育熱心な音楽の先生として生徒にも父兄にも慕われていたが、再び教師として働くのは極めて難しいだろう。

◆生徒に対する教員の「わいせつ冤罪」は無実を訴えること自体が難しい

教員が懲戒免職などになった理由を官報で検索できようになるのは、改正省令が施行される4月1日以降の処分についてだけである。それ以前にわいせつ行為で処分を受けた教員に遡って適用されるわけではない。そのため、喜村さんは今回の省令改正により不利益を受けるわけではない。

しかし、筆者のこれまでの取材経験上、同様の冤罪被害に遭っている教員は決して少なくない。しかも、この類型の冤罪は、冤罪被害者が公の場で無実を訴えること自体が極めて難しい。無実を訴えるためには、教え子である未成年の女性の主張が間違っていることを伝えないといけないためである。

今回の省令改正は、わいせつ教師の撲滅のために有効なのは確かだろう。だが一方で、喜邑さんのような冤罪被害に遭った教員が「わいせつ教師」のレッテルを貼られ、今まで以上に長く苦しまないといけなくなるわけで、「セカンド冤罪被害」が深刻化することも確実だ。

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。近著に『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(著者・久保田祥史、発行元・リミアンドテッド)など。

タブーなき月刊『紙の爆弾』2021年4月号

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

1995年3月、警察庁の国松孝次長官が自宅マンション前で狙撃された事件が30日で発生から26年を迎える。この歴史的未解決事件には、自分こそが真犯人だと訴え続けている有名な男がいる。中村泰(ひろし)、90歳。岐阜刑務所で服役している無期懲役囚である。

中村は2002年11月、名古屋市で銀行の現金輸送車を銃撃し、検挙されたのをきっかけに長官狙撃事件の捜査線上に浮上した。当時すでに72歳だったが、警備員2人の足元にほぼ狙い通りに銃弾を発しており、高度の射撃能力が認められた。さらに関係先の捜索では、長官狙撃事件に関する新聞・雑誌の記事の膨大なコピーが見つかったうえ、中村が借りていた新宿区の貸金庫に10丁の拳銃や千発を超す銃弾が保管されていたことも判明した。

中村本人も警視庁刑事部の取り調べに対し、犯行を詳細に自白。さらに獄中にいながらメディアの取材を次々に受け、長官を撃ったのは自分だと訴えた。そんなこんなで、中村こそが長官狙撃事件の犯人だという説が広まったのだ。

事件は結局、捜査を主導した警視庁公安部がオウム犯人説に固執し、2010年に迷宮入りしたが、今も中村こそが犯人だとみている取材関係者は少なくない。かくいう私もその一人だ。これまで8年余り中村を取材し、各種資料や現場の状況を検証した結果も踏まえ、中村のことを警察庁長官狙撃事件の犯人だと確信している。

◆4月で91歳、病気で手紙を書くのも難しい状態

さて、今回なぜ改めてこのような話をするかというと、実は中村の人生の残り時間がいよいよ少なくなってきた兆候が見受けられるからだ。

というのも、中村は2015年に直腸がんの手術をうけ、2017年にはパーキンソン病を患い、手紙のやりとりをするのも難しい状態となっていた。最近はいよいよ手紙を書く気力もないらしく、たまに獄中で読み終わった本を送ってくるだけになっていたのだ。

私は中村が本をたまに送ってくることについて、「手紙は書けないが、無事に生きている」と知らせるための行為だと解釈しているのだが、中村が本を送ってきたのも昨年12月が最後だ。その後は私から手紙を出しても、中村から返信はない。ただでさえ病身のうえ、4月には91歳になるので、生きているだけでも大変なのではないかと思われる。

昨年2月に中村が送っていた本

◆中村が真犯人だと認められたい理由

中村によると、長官狙撃事件の犯行を決意したきっかけは10日前に起きた地下鉄サリン事件だったという。

「地下鉄サリン事件はオウム真理教の犯行であるのは明らかなのに、オウムに対する警察の捜査は腰が引けていました。そこで、警察をオウム制圧に突き動かすため、オウム信者を装って警察庁長官を撃ったのです」(中村の主張の要旨)

実際、長官狙撃事件をオウムによる犯行だと疑った警察は、地下鉄サリン事件でオウムに対する捜査を本格化させ、教祖・麻原彰晃の検挙にまで至った。東大の学生時代に武力革命を志し、テロ活動を繰り広げてきた中村としては、それが自分たちの手柄だと誇示したい思いがあったという。いずれ警察が長官狙撃事件について、オウム犯行説に疑いを抱いた時には、事件の状況を詳細に記述した弾劾状を報道機関に送ることも計画していたそうだ。

しかし結局、警視庁公安部がオウム犯行説に固執したため、中村は自分たちの手柄を誇示する機会を失った。そのためメディアに対し、自分こそが長官を撃った犯人だと訴え続けてきたわけだ。

人は何か思い残すことがあると、死んでも死に切れず、結果的に寿命が延びることがある。重篤な病気を患いながら、90歳になっても生き永らえている中村もそれに該当するように私は思う。中村としては、自分こそが長官狙撃事件の犯人だと社会にもっと広く認められないことには、死んでも死に切れないのだろう。

私は取材者として、この老受刑者の特異な人生を最後まで見届けたいと思っている。

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。近著に『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(著者・久保田祥史、発行元・リミアンドテッド)など。

タブーなき月刊『紙の爆弾』2021年4月号

小さな息子を餓死させた母親は事件前、一緒に逮捕された「ママ友」に洗脳され、離婚に追い込まれたり、多額の金をだまし取られたりしていたという。福岡県篠栗町で起きた5歳児餓死事件について、テレビでは先日来、そんな禍々しい事件内容が大々的に報道されてきた。

[左]『週刊新潮』2021年3月18日号(一部修正)/[右]『女性セブン』2021年3月25日号

一方、大手週刊誌の報道状況を調べたところ、現時点でこの事件を報じたことが確認できたのは週刊文春、週刊新潮、女性セブン、女性自身、週刊女性の5誌にとどまった。週刊現代、週刊ポスト、サンデー毎日、週刊朝日、FRIDAY、FLASHについては、この事件を伝える記事の掲載を確認できなかった。

ひと昔前であれば、大手週刊誌がどこも現地に記者を送り込み、派手な取材合戦を繰り広げたことは確実な事件だが、今回そうなっていない事情は明白だ。本の売れないご時世、大手週刊誌といえども、記者を地方取材に行かせる予算を捻出しづらくなっているのだ。

ただ、大局的に見ると、こうした出版業界の窮状は事件報道を悪くない形に変えつつある。

『女性自身』2021年3月23・30日号(一部修正)

◆地方取材が減った一方、増えてきた面会取材と裁判取材

というのも、ひと昔前であれば、どんな大事件でもメディアが騒ぐのは事件発生当初や被疑者の逮捕当初だけで、裁判段階には報道量が激減するのが一般的だった。とくに週刊誌はその傾向が顕著だった。しかし、現在の週刊誌は地方の大事件を発生当初から現地で取材することが減ったぶん、被告人本人に面会したり、裁判を傍聴して書かれる記事が増えているのだ。

たとえば、最近だと、相模原大量殺傷事件と座間9人殺害事件では、植松聖、白石隆浩の犯人両名と面会したり、裁判を傍聴したりした報道が多く見られた。とくに「金を払わないと取材は受けない」というスタンスだった白石については、新聞、テレビが二の足を踏む中、殺人犯に取材謝礼を払うことをいとわない週刊誌が面会取材でリードしていた。

あえて教科書的に言えば、事件報道の最大の意義は「権力監視」なので、権力と対峙した被疑者(被告人)本人の言い分を聞ける面会取材や裁判取材は本来、事件報道のクライマックスとなるべきものだ。従来の事件報道はそうならず、捜査機関の情報に依拠せざるをえない事件発生当初や被疑者の逮捕当初の報道が中心だったのだが、皮肉にも出版業界の窮状により教科書的な事件報道が増えてきているわけである。

『週刊女性』2021年3月30日号(一部修正)

私が先日、当欄で記事(http://www.rokusaisha.com/wp/?p=38283)を配信した講談社元編集長の「妻殺害」事件にしても、週刊誌のネット版が裁判の控訴審の情報を伝えた記事も参考にしている。これほど注目度の高い事件でも、ひと昔前であれば週刊誌が裁判を控訴審までフォローしたとは思いがたく、私があの記事を書けたのも出版業界の窮状のおかげかもしれない。

私自身、取材では常に経費のことが悩ましい問題だが、取材経費が乏しいからこそ新しい取材手法を思いつくこともある。本が売れないのは仕方のないことで、以前のように本が売れる時代はもう戻ってこないだろうが、それは変革のチャンスでもあるのだろうと思う。

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。近著に『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(著者・久保田祥史、発行元・リミアンドテッド)など。

タブーなき月刊『紙の爆弾』2021年4月号

『NO NUKES voice』Vol.27 《総力特集》〈3・11〉から10年 震災列島から原発をなくす道

◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/B08XCFBVGY/

『七つの大罪』などのヒット作を手がけた講談社の元編集次長・朴鐘顕(パク・チョンヒョン)氏(45)が妻・佳菜子さん(事件当時38)を殺害した容疑で検挙された事件について、私は4年前(2017年1月13日)、当欄で次のような記事を配信した。

◎妻殺害容疑で逮捕された講談社編集者に「冤罪」の疑いはないか?
 
記事のタイトルからわかる通り、私は朴氏が逮捕された当初、報道の情報から冤罪の疑いを読み取り、そのことを指摘したのである。

その後は正直、この事件の動向を熱心にフォローしていなかった。しかし先日、無実を訴える朴氏が裁判で懲役11年を宣告された一審に続き、二審でも有罪にされたというネットメディアの記事を一読し、心にひっかかるものがあった。そこで、公立図書館の判例データベースで一審判決を入手し、目を通してみたのだが――。

結論から言おう。本件はやはり、冤罪を疑わざるをえない事案である。それをここでお伝えしたい。

◆創作できるレベルを超えていた被告人の公判供述

一審判決によると、朴氏は2016年8月9日午前1時過ぎ、東京都文京区の自宅において、殺意をもって妻・佳菜子さんの首を圧迫し、窒息死させたとされる。朴氏は佳菜子さんが亡くなった原因について、「妻は自殺した」と主張したのだが、一、二審共に退けられたのだ。

だが一方で判決によると、佳菜子さんが生前、朴氏にあてていたメールの内容などに照らすと、佳菜子さんは育児などに追われて相当のストレスを抱え込んでいたことが認められるという。さらに事件の際、佳菜子さんは包丁を持ち出したうえで朴氏に対し、「お前が死ぬか、私が死ぬか選んで」と迫るなど尋常ではない状態にあったことが否定できないという。

このような事実関係からすると、「妻は自殺した」という朴氏の主張は特段おかしくない。

さらに上記のような「尋常ではない状態」にあった佳菜子さんが亡くなった原因などに関し、朴氏は公判で以下のようにずいぶん詳細な説明をしていたようである。

「妻の手には包丁が握られていたため、私は2階の子供部屋に避難して妻が入ってこないようにドアを背中で押さえていたのです。すると、数回『ドドドドドン』という音が聞こえた後、静かになったため、子供部屋から出て階段の下を見ると、妻が階段の下から2番目の手すりの留め具にくくりつけた私のジャケットに首を通して自殺していたのです。上から見ると、妻が階段上にうつ伏せで寝そべっているか座っているかのように見えました」(一審判決にまとめられた朴氏の公判供述の要旨を読みやすくなるように再構成)

この供述は全般的にリアリティがあるが、とくに(1)佳菜子さんが首を吊って自殺するのに使った道具が「私のジャケット」だったという部分や、(2)亡くなっていた佳菜子さんについて「階段上にうつ伏せで寝そべっているか座っているかのように見えました」と説明している部分については、創作できるレベルを超えている。

これはつまり、朴氏が本当に自分の経験したことを供述していると考えるのが妥当だということだ。

◆被害者遺族が「加害者」の無罪主張に沿う言動をとる理由とは?

私が今回、心に引っかかるものがあったというネットメディアの記事についても言及しておきたい。それは、以下の記事だ。

◎「講談社元編集次長・妻殺害事件」 “無罪”を信じて帰りを待つ「会社」の異例の対応(デイリー新潮)
 
この記事が私の心に引っかかったのは、佳菜子さんの妹が朴氏のことを擁護していたり、佳菜子さんの父が「佳菜子は病気で亡くなったと思っている」と言っていたりするように書かれていたからだ。

被害者遺族が「加害者」の無罪主張に沿う言動をとること自体が珍しいが、そんな事態になったのは、佳菜子さんが事件前、遺族に「自殺してもおかしくない」と思われるような言動をとっていた可能性があるからに他ならない。

ところが、一審判決を見る限り、佳菜子さんが亡くなった経緯に関する事実関係は、もっぱら佳菜子さんの遺体や、現場の痕跡(血痕や尿班など)に基づいて争われており、佳菜子さんの生前の言動に関する遺族の証言が審理の俎上に載せられた形跡が見受けられない…。

これはつまり、無罪を主張する朴にとって有利な証拠が見過ごされた可能性があるということだ。

朴氏にとって、裁判での無罪主張のチャンスは最高裁の上告審を残すのみとなったが、果たしてどうなるか。この事件については、改めて事実関係を調べてみたいと思うので、何か有意な情報が得られたらまた報告したい。

無実を訴え続ける朴氏は最高裁に上告中

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。近著に『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(著者・久保田祥史、発行元・リミアンドテッド)など

タブーなき月刊『紙の爆弾』2021年4月号

『NO NUKES voice』Vol.27 《総力特集》〈3・11〉から10年 震災列島から原発をなくす道

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