先日、エンペディア(Enpedia)というオンライン百科事典に設けられた「飯塚事件」のページ(https://enpedia.rxy.jp/wiki/%E9%A3%AF%E5%A1%9A%E4%BA%8B%E4%BB%B6)で、私の編著『絶望の牢獄から無実を叫ぶ—冤罪死刑囚八人の書画集』(鹿砦社)が〈鳥越俊太郎や清水潔に比べるとかなり無名のジャーナリストの本〉として紹介されていることに気づいた。

同書の第1章では、1992年に福岡県飯塚市で小1の女児2人が殺害されたこの事件の犯人とされ、2008年に死刑執行された久間三千年さん(享年70)が冤罪であることをわかりやすく説明しつつ、久間さんが死刑執行直前に獄中で綴った手記を紹介したり、この冤罪処刑に関与した警察、検察、法務省の責任者らに取材した結果を報告したりしているのだが、エンペディアでは拙著の内容に批判的なことばかり書かれている。

つまり、このエンペディアの執筆者は久間さんのことを「クロ」だと思っているのだろう。

そのこと自体は構わないが、この人は久間さんに対する福岡地裁の死刑判決(以下、確定死刑判決)に目を通していながら、その内容をよく理解できていないように思える点がある。この人は当欄も見てくれているようなので、この場で指摘しておきたい。

◆「片岡も陰茎出血といった証拠には言及していない」と批判されているが…

エンペディアの「飯塚事件」のページの記述のうち、それにあたるのは以下の部分だ。

〈当然ながら、片岡も陰茎出血といった証拠には言及していない。〉(エンペディアより。2022年2月24日アクセス)

この記述の趣旨は以下のようなことだと思われる。

確定死刑判決では、久間さんが事件当時、亀頭包皮炎を患っており、外部からの刺激により容易に出血する状態だったと認定されたうえ、被害女児2人の性器やその周辺、彼女たちの遺体遺棄現場で採取された血痕は久間さんが犯行時に出血したものであるかのように判示されている。このエンペディアの執筆者は、拙著がそのことに言及していないのは、久間さんに不利な事実を隠すためだと考えたようだ。

これは完全な誤解だ。なぜなら、事件当時、陰茎から容易に出血する状態だったことは、むしろ久間さんの無実を裏づける事実だからだ。

エンペディアの「飯塚事件」のページ

◆「陰茎出血」に関する久間さんの供述は「無知の暴露」

というのも、峠道沿いに遺棄されていた被害女児2人の遺体は、処女膜などの損傷の状況から性器に犯人の指と爪が挿入されていたと認められたが、犯人の陰茎が挿入された形跡は確認されていない。それにもかかわらず、久間さんは逮捕前、警察官に対して亀頭包皮炎の病状を次のように供述していたのである。

「シンボル(陰茎)の皮がやぶけてパンツ等にくっついて歩けないほど血がにじんでしまう。オキシドールをかけたら飛び上がるほど痛かった。シンボルが赤く腫れ上がった。事件当時ごろも挿入できない状態で、食事療法のため体力的にもセックスに対する興味もなかった」(確定死刑判決より)

この証言を見ると、久間さんは犯人が被害女児たちとセックスしたことを前提に、警察官に身の潔白を訴えていたことがわかる。実際には、犯人は被害女児たちの性器に自分の陰茎を挿入しておらず、すなわち、犯人は被害女児たちとセックスしていないにもかかわらずに、だ。

このような供述は、供述心理学で「無知の暴露」と言われる。本当の犯人の供述には、犯人でなければ知りえない「秘密の暴露」が現れるが、本当は犯人ではない被疑者の供述には、実際の犯行を知らないことを示す「無知の暴露」が現れる。久間さんは、犯人ではないため、わいせつ目的の小児性愛者であることが想像されるこの事件の犯人が「被害女児たちとセックスしている」と勘違いしていたわけである。

私が拙著で久間さんの「陰茎出血」に言及し、このことを説明しなかったのは、情報過多になると本は読みにくくなり、読者の理解を妨げるためだ。エンペディアの執筆者のおかげで、この機会にそのことが説明できてよかった。

無実の罪により処刑された久間さんの生命はもう戻らない。せめて遺族が現在請求中の再審が実現し、一日でも早く久間さんの雪冤がなされることを願うばかりだ。

▼片岡健(かたおか けん)
ノンフィクションライター。stand.fmの音声番組『私が会った死刑囚』に出演中。編著に電子書籍版『絶望の牢獄から無実を叫ぶ―冤罪死刑囚八人の書画集―』(鹿砦社)。

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ[改訂版]―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

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河井克行議員夫妻の大型買収事件で現金を受領していた広島の地元議員35人が今年1月、検察審査会で「起訴相当」と議決されて以来、「起訴相当」とされた議員の辞職が相次いでいる。現在、東京地検特捜部が再捜査を行っているという。

そんな事件について、筆者が個人的に注目しているのが、捜査の指揮をとる東京地検特捜部の市川宏部長の動向だ。今年1月に就任したばかりの市川部長は、筆者が10年余り前から取材している「冤罪疑惑事件」に深く関わっているからだ。

◆冤罪疑惑事件で新特捜部長は捜査と公判を担当

その「冤罪疑惑事件」とは、当欄でも何度か紹介した東広島市の女性暴行死事件だ。

2007年に東広島市の短期賃貸アパートで会社員の女性が何者かに顔面や頭部を執拗に殴られ、亡くなっているのが見つかったこの事件では、女性の不倫トラブルの相談にのっていた探偵業の男性M氏が逮捕された。その逮捕の決め手は、現場のアパートの室内でM氏のDNA型が検出されたことだった。

しかし、M氏は逮捕後、現場アパートに事件当日に立ち入ったことを認めたうえ、「アパートに立ち入ったのは、女性に不倫トラブルの相手方との示談契約書の書き方を教えるためだった」と説明。この説明を否定する確たる証拠は存在せず、それ以外の有罪証拠もめぼしいものは皆無。M氏は懲役10年の判決が確定したが、一貫して冤罪を訴え続けていたこともあり、現在も地元では冤罪を疑う声は少なくない。

市川氏は当時広島地検に在籍しており、この事件の捜査と第一審の公判立会を担当した。1つの事件で捜査と公判の両方を同じ検事が担当することは珍しいから、仮にこの事件が本当に冤罪だった場合、市川氏の責任はその他多くの冤罪事件で検事が負うべき責任より重いと言える。

しかも、この事件には、きな臭い事情がある。それは、「M氏以外の真犯人」が存在する可能性を示す証拠がありながら、警察と検察が隠蔽した疑いがあることだ。

東京地検特捜部長就任に際し、力強い抱負を語った市川氏だが……(日テレNEWS1月17日)

◆真犯人の隠蔽疑惑も

当欄では既報の通り、広島県警はM氏を逮捕後もしばらく複数犯を前提に捜査を展開しており、「M氏の共犯者」と「M氏に車を貸した人物」を見つけるために大がかりな聞き込みを重ねていた。これはつまり、この事件が本当は複数犯であり、M氏が普段乗っていた車以外の車が事件に使われたことを示す有力な証拠が存在したということだ。

しかし、その「M氏以外の真犯人」が存在する可能性を示す証拠の存在は、M氏の裁判では一切隠されたままだったのだ。

この事件の捜査、公判を両方担当した市川氏がその裏事情を知らないはずはない。それはつまり、市川氏は重大事件で冤罪の疑いのある男性を犯人にするため、別の真犯人を隠蔽する不正に関与した疑いを抱かれても仕方がない立場だということだ。

東京地検特捜部の新部長が、かつて自分自身も不正を行った疑いのある広島の地を舞台にした大型汚職事件の再捜査でどんな指揮をとるのだろうか。何か気づく点や新しい情報があれば、今後も当欄で紹介したい。

【関連記事】
《殺人事件秘話10》冤罪・東広島女性暴行死事件 隠された「別の真犯人」の証拠(2018年1月8日配信)

▼片岡健(かたおか けん)
ノンフィクションライター。stand.fmの音声番組『私が会った死刑囚』に出演中。編著に電子書籍版『絶望の牢獄から無実を叫ぶ―冤罪死刑囚八人の書画集―』(鹿砦社)。

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やはり「司法取引」はあったようだ。

2019年の参院選をめぐる大型買収事件で今月2日、懲役3年の実刑が確定した元法務大臣の河井克行氏から金を受け取っていた広島市議5人が同市内で代理人の久保豊年弁護士と共に会見を開き、うち4人が検察官との間で事実上の「司法取引」があったことを明かした。

この事件では、河井氏から金を受け取った地方議員ら100人全員が不起訴に。そのため、議員らと検察との間に「司法取引」があった疑いが指摘され、うち35人が先日、検察審査会で「起訴相当」と議決された。会見を開いた5人も全員、「起訴相当」と議決されており、当事者が公の場で検察との司法取引があったことを明かす形となった。

しかし、会見は新聞社、通信社、テレビ局の取材陣が多数来ていたにもかかわらず、この事実はほとんど報道されていない。そこで、この場で報告しておきたい。

会見した議員ら。左から三宅議員、木山議員、谷口議員、久保弁護士、藤田議員、伊藤議員

◆検察官はあからさまに司法取引にあたる言葉を言わなかったようだが…

会見した広島市議は三宅正明議員、木山徳和議員、谷口修議員、藤田博之議員、伊藤昭善議員。5人は河井氏から現金を受け取っており、河井氏の裁判が行われていた頃は誰もが「買収された認識があった」と認めていた。

しかし、2日の会見では、5人は河井氏から受け取った金について、「お中元やお歳暮のようなもので普通のことだった。買収された認識はなかった」と主張を一変。これまで買収された認識があったことを認めていたことについては、事情聴取が長期間に及ぶなどして疲弊したり、検察官から家宅捜索に入ることをほのめかされたりしたためだと説明した。

特筆すべきは5人のうち、藤田議員以外の4人が検察官から「検察の主張に沿う供述をすれば、起訴しない」と持ちかけられる司法取引が事実上存在したのを認めたことだ。

まず、三宅氏は「検察官はプロだから、司法取引にあたる『起訴しないから、(検察の主張に沿うことを)言って頂けませんか』という言葉は使わなかった」としたうえで、検察官から「正直者がバカを見てはいけません」「議員を続けてください」などと言われたことを明かした。木山議員も検察官から「おそらく証人として呼ばれることはないでしょう。協力できることは協力して欲しい」と依頼されたという。

また、谷口議員は「具体的には言われていないが、その趣旨の話は言われました」とコメント。伊藤議員もベテラン検事から「『協力してくれた人には、起訴しない方向で便宜を図る』という約束はできないが、そういう事件の解決の仕方もある立場だということを理解して欲しい」と言われたという。

この4人の説明が事実なら、検察は河井氏から金を受け取った地方議員らに対し、言葉巧みに事実上の司法取引をして河井氏を有罪に追い込んだことになる。

4人が会見で検察官との間で事実上の司法取引があったことを明かしたのは、「起訴相当」の議決をうけたため、自分たちが本当は罪を犯していないことを主張する意図からだとみられる。しかし、選挙違反事件が司法取引制度の対象外であることに照らせば、4人は検察の不正を告発したに等しい。

◆議員らの「司法取引」の告白を明瞭に伝えないメディア

しかし、この会見に関する新聞社、通信社、テレビ局の報道では、議員らが会見で事実上の司法取引があったことを明かしたことが明瞭に伝えられていない。

たとえば、この事件で河井氏と妻の案里氏のみならず、金を受け取っていた地方議員らを強く批判していた地元紙・中国新聞や、当時の安倍政権の責任も厳しく追及していた朝日新聞、毎日新聞は次のような報じ方だった。

◎河井元法相から現金受領「みじんの罪悪感もなかった」 「起訴相当」の広島市議5人(中国新聞)

「罪の意識みじんもない」 起訴相当の広島市議5人が反論会見(朝日新聞)

「罪悪感ない」…「起訴相当」の広島市議5人、会見で捜査批判(毎日新聞)

このような見出しでは、会見した市議5人が河井氏から違法に金を受け取ったことを反省せず、開き直っていただけであるような印象だ。どの記事も本文を見ても、市議らが事実上の司法取引があったことを明かしたことを明瞭に伝える記述は見当たらない。

事実上の司法取引があったという市議らの告白が事実であれば、河井氏は本来、裁判で無罪とされるべきだったという見方もできる。河井氏と共に起訴され、執行猶予付きの有罪判決を受けた妻で元参議院議員の案里氏も同様だ。その点に照らせば、河井夫妻や金を受け取った議員らを散々批判してきたメディアが今回の市議らの事実上の司法取引の告白を明瞭に報道しないのは、ずるい印象が否めない。

検察審査会で「起訴相当」の議決を受けた地方議員らが今後、裁判を受けることになれば、この問題はまた再燃する可能性がある。

▼片岡健(かたおか けん)
ノンフィクションライター。stand.fmの音声番組『私が会った死刑囚』に出演中。編著に電子書籍版『絶望の牢獄から無実を叫ぶ―冤罪死刑囚八人の書画集―』(鹿砦社)。

『紙の爆弾』と『季節』──今こそ鹿砦社の雑誌を定期購読で!

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ[改訂版]―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

1992年2月20日、福岡県飯塚市で小1の女の子2人が殺害された「飯塚事件」は、犯人として処刑された男性・久間三千年さん(享年70)に冤罪の疑いがあることで有名だ。久間氏は一貫して容疑を否認していたうえ、有罪の決め手とされた警察庁科警研のDNA型鑑定が実は当時技術的に稚拙だったことが発覚したためだ。

私は2016年に編著『絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―』(鹿砦社・2021年に内容を改訂した電子書籍も上梓)を上梓した際、この事件の捜査や裁判に関わった責任者たちを特定し、この事件にどんな思いや考えを抱いているかを直撃取材したことがある。事件から30年になる今、同書に収録された責任者たちの声を改めて紹介したい。

第3回は法務大臣・法務官僚編(所属・肩書は取材当時)。

◆座右の銘に反する態度で取材拒否した法務大臣

個々の死刑囚の死刑執行の可否については、法務省で審査される。その結果、死刑を執行して構わないと判断された死刑囚については、法務大臣の命令により死刑が執行される。そこで、久間氏に対する死刑の執行命令を発出した法務大臣と死刑執行を決裁した法務省の官僚たちにも取材を申し入れた。

まず、法務大臣だった森英介氏。2008年9月に法務大臣に就任し、その翌月に久間氏に対する死刑執行命令を発した森氏は、取材当時も現職の衆議院議員だった。電話とファックスで取材を申し入れたところ、担当秘書から次のような回答があった。

「森に確認したところ、とくにお答えすることがないと申しております」

公式ホームページによると、森氏の座右の銘は「人生の最も苦しい、いやな、辛い損な場面を真っ先に微笑をもって担当せよ」であるそうだが、森氏の態度はこれに反するように思われた。

◆法務事務次官は強い拒絶の意思が感じられる文面で取材拒否

一方、死刑執行を決裁した法務官僚は計11人存在するが、その中から2人に取材を申し入れた。

まず、法務省の事務方ではトップの事務次官だった小津氏。1974年の検事任官以来、主に法務省で勤務し、最終的に法務・検察の最高位である検事総長に上り詰めたエリートだ。退官後は弁護士に転じ、トヨタ自動車や三井物産の監査役を務めている。

小津氏に手紙で取材を申し入れたところ、次のような返事の手紙が届いた。

〈6月16日付のお手紙拝受いたしました。小生に対する取材のお申し込みですが、退官後、このような取材は全くお受けしておりません。この度のお申し出もお受けすることはできませんので、悪しからずご了解いただき、今後の連絡もお控えいただきますよう、お願いいたします。用件のみにて失礼いたします。〉

言葉は丁寧だが、強い拒絶の意思が感じ取れる文面だ。

小津氏は最高検の次長検事だった2009年、郵便不正事件で無罪判決が確定した厚生労働省元局長の村木厚子氏(のちに同省事務次官)に面会し、謝罪している。久間氏の再審が実現し、無罪判決が出た場合にも潔い態度をとってもらいたいものだ。

法務省。久間氏の死刑はここで決裁された

◆検事総長に代わって取材を断る検察事務官までナーバスに

法務官僚の中から取材対象者に選んだもう1人は、刑事局長だった大野恒太郎氏だ。法務省において、久間氏の死刑執行に問題はないか否かを検討し、死刑執行に必要な文書を起案したのが刑事局だからだ。

大野氏も検事任官後、主に法務省で勤務し、取材当時は小津氏の後任として法務・検察の最高位である検事総長の地位にあった。そんな大野氏に手紙で取材を申し入れたところ、最高検企画調査課の検察事務官から電話がかかってきた。

「今回の取材申し入れに関しては、大変恐縮なんですが、お断りさせて頂きたいということです」

いかなる理由で取材を断るのか尋ねると、「とくに賜っておりません」とのこと。取材を断られたのは予想通りだったが、大野氏はもちろん、周辺の検察職員たちも飯塚事件関係の取材にはナーバスになっている雰囲気が窺えた。

以上、今回まで3回に渡って、冤罪処刑疑惑のある飯塚事件の捜査、裁判、死刑執行に関わった責任者たちへの直撃取材の結果を紹介してきたが、誰もが飯塚事件にやましい思いを抱いていることがおわかり頂けたのではないかと思われる。

この取材結果を最初に紹介した前掲の私の編著『絶望の牢獄から無実を叫ぶ』では、久間氏本人が死刑執行直前に綴っていた手記を掲載しているほか、死刑執行手続きに関与した2人の福岡高検検事長が私の取材に応じ、死刑執行の杜撰な内幕を明かしたコメントも紹介している。関心のある方は参照して頂きたい。

▼片岡健(かたおか けん)
ノンフィクションライター。stand.fmの音声番組『私が会った死刑囚』に出演中。編著に電子書籍版『絶望の牢獄から無実を叫ぶ―冤罪死刑囚八人の書画集―』(鹿砦社)。

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1992年2月20日、福岡県飯塚市で小1の女の子2人が殺害された「飯塚事件」は、犯人として処刑された男性・久間三千年さん(享年70)に冤罪の疑いがあることで有名だ。久間氏は一貫して容疑を否認していたうえ、有罪の決め手とされた警察庁科警研のDNA型鑑定が実は当時技術的に稚拙だったことが発覚したためだ。

私は2016年に編著『絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―』(鹿砦社・2021年に内容を改訂した電子書籍も上梓)を上梓した際、この事件の捜査や裁判に関わった責任者たちを特定し、この事件にどんな思いや考えを抱いているかを直撃取材したことがある。事件から30年になる今、同書に収録された責任者たちの声を改めて紹介したい。

第2回は裁判官編(所属・肩書は取材当時)。

◆確定死刑判決を宣告した裁判官は強固な姿勢で取材拒否

一貫して無実を訴えた久間氏に対し、裁判の第一審で死刑判決を宣告したのは福岡地裁の陶山博生裁判長だ。この死刑判決を控訴審で福岡高裁の小出錞一裁判長、上告審で最高裁の滝井繁男裁判長が追認し、久間氏の死刑は確定した。この3人の裁判長のうち、滝井氏は2015年2月に78歳で死去しており、残る2人に取材を申し入れた。

陶山氏は2013年3月、福岡高裁の部総括判事を最後に依願退職し、現在は福岡市を拠点に弁護士をしている。

私は以前、本書とは別の仕事で陶山氏に取材を申し入れたことがあり、その時は電話で取材を断られたため、氏が所属する羽田野総合法律事務所の入ったビルの前まで訪ねて再度取材依頼したのだが、「全然お話するつもりはありません」「黙秘です」「急ぎますので」などと頑なに拒否された。

そして今回、改めて取材依頼の手紙を出したうえ、返事を聞くために事務所に電話したのだが、陶山氏は電話にも出てくれなかった。取材拒否の姿勢がいっそう強固になった印象だった。

福岡高裁・地裁の旧庁舎。ここで久間氏は死刑判決を宣告された

◆控訴審の裁判官からは丁重に取材を断る手紙が届いたが……

一方、控訴審の裁判長だった小出氏は2006年2月に名古屋高裁の部総括判事を最後に依願退官。その後は2012年まで専修大学法学部で教授を務め、取材当時は大学生らに奨学金の給与などを行う中山報恩会という公益財団法人で選考委員に名を連ねていた。

手紙で取材を申し入れたところ、小出氏から以下のような返事があった。

〈お手紙の転送を受け、拝見いたしました。ご丁重なお手紙をありがとうございました。

担当した事件については、すべて、立場上、 取材をお受けすることはできないと考えております。これまで、担当した少なからぬ事件について、新聞社、放送局の記者、そのほかのジャーナリストの方々からこのような申し込みをいただいたことがありますが、趣旨如何にかかわらず、すべてお断りして参りました。担当しない事件などについてのコメントを退官後求められることも少なくありませんでしたが、小生としてはこれもすべてお断りしてきております。

そのようなわけで、取材のご希望は一切お受けすることはできませんので、今後はご放念いただきたく、よろしくお願しい申し上げます。

末筆ながら、今後のご活躍とご健勝をお祈り申し上げます。〉

誠実さを感じさせる文面だが、実を言うと、小出氏は名古屋高裁の裁判長だった2005年、世間の多くの人が冤罪と信じる名張毒ぶどう酒事件の奥西勝死刑囚に対し、再審を開始する決定を出した裁判でもある(この再審開始決定は検察官の異議申し立てをうけ、同高裁の門野博裁判長に取り消された)。そのため、冤罪問題に詳しい人たちの間でも小出氏の評判は決して悪くない。

そんな裁判長でも飯塚事件のような酷い死刑判決を追認してしまうところに、事実を見きわめる難しさが示されている。(つづく)

▼片岡健(かたおか けん)
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私は2016年に編著『絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―』(鹿砦社・2021年に内容を改訂した電子書籍も上梓)を上梓した際、この事件の捜査や裁判に関わった責任者たちを特定し、この事件にどんな思いや考えを抱いているかを直撃取材したことがある。事件から30年になる今、同書に収録された責任者たちの声を改めて紹介したい。

第1回は捜査関係者編(所属・肩書は取材当時)。

◆嘘をついて取材を回避した福岡県警本部長

まず、福岡県警が久間氏の逮捕に踏み切った際、県警本部長を務めていたのが村井温氏。取材当時は実父が創業した大手警備会社、綜合警備保障の代表取締役会長の地位にあった。私の取材依頼に対し、同氏の秘書はこう回答してきた。

「村井は警察時代の職務については、取材を受けないようにしているとのことです」

しかし調べたところ、「賢者グローバル」という無料動画配信サイトには、村井氏が同サイトの取材に応じ、福岡県警本部長時代に「一万何千人」もいた部下をいかにマネージしたか、当時の経験が今の会社でいかに役立っているかを笑顔で語っている動画がアップされていた。村井氏は嘘をついてまで取材を回避したわけで、それはつまり飯塚事件にやましい思いがあるということだ。

◆取材を断る理由も説明しなかった福岡地検検事正

一方、久間氏を起訴した福岡地検の村山弘義検事正はその後、法務・検察の世界では検事総長に次ぐナンバー2のポスト・東京高検検事長まで出世している。1999年に弁護士に転身後は三菱電機やJTに社外監査役として迎えられ、外部理事を務めた日本相撲協会では2010年の大相撲野球賭博騒動の際に理事長代行も務めている。

村山氏に手紙で取材を申し込んだうえ、返事を聞くために電話をしたところ、村山氏本人がこう回答した。

「実は昨日付けで返事を差し上げました。ご要望には沿いがたいということで、取材お断りの趣旨のことが書いてあります」

そこで取材を断る理由を尋ねると、「理由なんか申し上げることはありません。色々考えて、お断りしたということでございます」とのこと。この事件について何か語るべきことがないのかと尋ねても「そんなことを申し上げることもありません」、冤罪だと思っていないということかと確認しても「はいはい、すみません」という感じで、とりつく島がなかった。

後日、入れ違いで届いた返事の手紙には「取材お断りの趣旨」が簡潔に綴られているのみだったが、飯塚事件に関与した過去に触れられたくないという強い意思が感じ取れた。

◆問題のDNA型鑑定を行った科警研技官たちも沈黙

一方、有罪の決め手になったDNA型鑑定を行った科警研の技官は、坂井活子(いくこ)氏、笠井賢太郎氏、佐藤元(はじめ)氏の3人だ。警察庁によると、坂井氏は2007年3月31日付けで、佐藤氏は2011年3月31日付けでそれぞれ定年退職しており、同庁にはこの2人への取材の取次を依頼したが、断られた。

残る1人の笠井氏は取材当時も科警研で勤務していたが、手紙で取材を申し入れたうえ、意思確認のために科警研に電話をしたところ、総務課の職員に笠井氏への取次を頑なに拒否された。そこで笠井氏には再度、返信用の郵便書簡を同封した手紙により、取材を受けるか否かの返事をくれるように依頼したが、音沙汰はなかった。

以上の通り、久間氏を処刑台に送った捜査関係者たちの中には、冤罪処刑疑惑に関する取材に真正面から応じる者は皆無だった。(つづく)

福岡拘置所。ここで久間三千年氏の死刑が執行された

▼片岡健(かたおか けん)
ノンフィクションライター。stand.fmの音声番組『私が会った死刑囚』に出演中。編著に電子書籍版『絶望の牢獄から無実を叫ぶ―冤罪死刑囚八人の書画集―』(鹿砦社)。

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ[改訂版]―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2022年2月号!

筆者は今年も当欄であれこれと冤罪に関する記事を書いてきた。そこでこの1年を総括し、2021年の冤罪ニューストップ5を報告したい。なお、この選考は筆者個人の完全なる独断と偏見によることをあらかじめお断りしておく。

◆第5位 布川事件・桜井昌司さんが国家賠償請求訴訟で勝訴確定

29年の獄中生活を送ったのち、再審で無罪を勝ち取った布川事件の冤罪被害者・桜井昌司さんが国と茨城県を相手に起こしていた国家賠償請求訴訟は今年8月、東京高裁の控訴審で判決があり、村上正敏裁判長は国と県に連帯して約7400万円を支払うように命じた。判決では、一審判決でも認められていた警察捜査の違法性に加え、一審判決では認められなかった検察官取り調べの違法性も認定された。その後、国と県が上告しなかったため、桜井さんの勝訴が確定した。

勝訴という結果は予想通りだったが、一審判決以上に捜査の違法性が詳しく認定されたこと、体調が心配された桜井さんが無事に勝訴を確定させられたことが喜ばしいニュースだった。

◆第4位 飯塚事件で第2次再審請求

1992年に福岡県飯塚市で小1の女の子2人が殺害された「飯塚事件」で死刑判決を受け、2008年に絞首刑に処された男性・久間三千年さんについては、DNA型鑑定のミスによる冤罪の疑いを指摘する声が根強い。筆者も10年以上この事件を取材してきて、久間さんは冤罪だと確信している。

第1次再審請求は今年4月に最高裁で請求棄却が確定したが、弁護団と遺族は7月に早くも第2次再審請求を実施。この際、久間さんとは別の真犯人とみられる人物を目撃したという男性の証言を新証拠として福岡地裁に提出した。証言内容の信ぴょう性もさることながら、こういう有力な目撃証人が今になって現れるのは飯塚事件が冤罪であることが社会に浸透したことを示している。

長く取材している事件でもあり、個人的に弁護団や遺族を応援したい気持ちもあり、第4位に選んだ。

冤罪の可能性を伝える報道が続出(上段左・まいどなニュース、同右・東スポweb、下段左・日刊SPA!、同右・東洋経済ONLINE)

◆第3位 鶴見事件の高橋和利さんが獄中で死去

高橋和利さんは、1988年に横浜市鶴見区で起きた金融業者の夫婦に対する強盗殺人事件の容疑で検挙され、2006年に死刑が確定した男性だ。捜査段階に自白したものの、裁判では無罪を主張し、死刑確定後も冤罪を訴え続けていた。しかし雪冤の願いはかなわず、今年10月、収容先の東京拘置所で肺炎のために亡くなった。享年87歳。

高橋さんは、世間一般にはあまり知られていないが、専門筋の間では有名な冤罪被害者だった。2017年には日弁連が再審請求を支援する決定をしたことも話題になった。この際、真犯人の可能性がある人物が証拠から浮上したという話もあっただけに、高橋さんの死去により事件の真相が闇に葬り去られることになってしまったのも残念だ。

なお、拙編著『絶望の牢獄から無実を叫ぶ』(鹿砦社)には、高橋さんが獄中で捜査や裁判に対する批判や怒りを綴った遺稿が掲載されているので、関心がある方はご参照頂きたい。

◆第2位 米子ラブホテル支配人殺害事件の石田美実さんが3度目の控訴審で控訴を棄却される

米子ラブホテル支配人殺害事件については、当欄では何度か注目の冤罪事件として紹介した。今年11月、被告人の石田美実さんは広島高裁松江支部であった「3度目の控訴審」で控訴棄却の判決を受けたが、ここに至るまでに、(1)一審で懲役18年、(2)控訴審で逆転無罪、(3)上告審で控訴審に差戻し、(4)2度目の控訴審で一審に差戻し、(5)2度目の一審で無期懲役――という異例の経過を辿っていた。

検察官が無罪判決を不服として上訴し、そのために冤罪被害者が一度は勝ち取った無罪判決を破棄され、その後も延々と身柄を勾留されて苦しめられているという点において、検察官上訴が制度上許されている日本ならではの酷い冤罪事件だと言える。それにもかかわらず、世間的にほとんど注目されていないので、少しでもこの事件の存在を世に広めたく第2位に選んだ。

そして、いよいよ第1位だが…。

◆第1位 紀州のドン・ファン事件で冤罪説が渦巻く

2018年に和歌山県田辺市の資産家で、「紀州のドン・ファン」と呼ばれた男性(当時77)が亡くなった事件では、55歳年下の元妻・須藤早貴さん(25)が当初から疑いの目を向けられていた。そして今年4月、ついに和歌山県警が須藤さんを殺人などの容疑で逮捕した。

しかし、警察が確たる証拠を確保した様子は見受けられず、そのために早くもメディアでは冤罪の可能性をほのめかす報道が相次ぎ、あのダウンタウン松本人志氏もテレビで冤罪の疑いを示唆するような見解を示した。ひいては、現在はネット上でも冤罪説が渦巻く事態になっている。

このニュースが第1位に選ばれるとは誰も思っていなかったろうが、これは決してウケ狙いではない。このような、かつてならメディアが容疑者を犯人扱いして騒ぎ立てることが確実な事件で、逮捕当初から冤罪の可能性を疑う声が渦巻く現象は、冤罪問題に対する日本人の見識がかなり向上したことを示している。そのような理由で1位に選ばせてもらった。

冤罪の話題など存在しないほうが良いのは間違いないが、冤罪は決して無くなるものではない。来年以降も当欄で埋もれた冤罪の話題を少しでも多く取り上げたいと思う。

▼片岡健(かたおか けん)
ノンフィクションライター。stand.fmの音声番組『私が会った死刑囚』(MC石井しおりさん)に出演中。近著に『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(リミアンドテッド)。

◎片岡健のデジタル鹿砦社通信掲載記事 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=26

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2022年1月号!

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1992年に福岡県飯塚市で小1の女の子2人が殺害された「飯塚事件」は、その犯人とされて2008年に死刑執行された男性・久間三千年さん(享年70)に冤罪の疑いがあることで有名だ。そして近年、一部の人たちがこの久間さんの冤罪処刑疑惑にからめ、あれこれと陰謀論的な説を主張するようになっている。

たとえば、「久間さんは口封じのために死刑執行された」という説や、「警察が足利事件の真犯人を捕まえないのは、飯塚事件で無実の男性を死刑執行したのがばれるからだ」という説だ。

私は10年余り前から飯塚事件を取材してきて、久間さんが冤罪であることは確信しているが、一方でこれらの陰謀論的な説に信ぴょう性が感じられないでいる。私が以前、久間さんの死刑執行手続きに関与した法務・検察幹部らを取材した際のエピソードを紹介しつつ、その理由を説明しよう。

◆死刑執行に関与した検事長2人は「飯塚事件」を知らなかった…

死刑は法務大臣の命令によって執行されるが、法務大臣が死刑執行の命令を出す前後では、法務省と検察庁の多数の幹部が死刑執行の手続きに関わっている。私は、久間さんの死刑執行手続きに関与した法務省と検察庁の幹部の大半に取材したが、中でも印象に残っている人物が2人いる。

1人目は検察OBのA氏だ。A氏は福岡高検の検事長を務めていた2007年、当時の長勢甚遠法務大臣に対し、久間さんへの死刑執行命令を発するように求める上申を行った人物だ。

このA氏に対し、久間さんの死刑執行に関する取材を申し入れたところ、最初は文書で「その事件には関わってないので、お答えできない」と断られ、私は「ごまかしているのかな?」と思った。私は事前に法務省に情報公開請求し、A氏が長勢法務大臣に対し、久間さんへの死刑執行命令を発するように求める上申を行った文書を入手していたからだ。

そこで、この文書をA氏に郵送し、改めて取材を申し入れたところ、A氏は久間さんへの死刑執行命令を発するように長勢法務大臣に上申していたことを認め、電話でこう釈明した。

「あれはたしかに僕の名前になっているけど、執行事務手続きなんで、僕はこの事件のことは何も知らないんだな」

A氏によると、長勢法務大臣に対し、久間さんへの死刑執行命令を発するように求める上申を行ったのは、たくさんの決裁の一部。記録の点検などもしないため、記憶になかったというのだ。その口ぶりは自然で、嘘をついているようにはまったく感じられなかった。

印象に残っているもう1人は、同じく検察OBのB氏だ。久間さんの死刑が執行された2008年当時の福岡高検検事長だった人物である。久間さんに対する死刑執行を指揮したのは福岡高検の検察官だが、同高検の検事長だったB氏は当時の森英介法務大臣が発した死刑執行命令書の名宛人となっている。

しかし、久間さんの死刑執行に関する取材を申し入れたところ、このB氏も電話口で「僕は知らないなあ、その事件」とサラリと言った。飯塚事件のことも、久間さんのことも、そもそも本当に存在すら知らないような口ぶりだった。

私は法務省への情報公開請求により、森法務大臣の死刑執行命令書を受領したというB氏名義の文書も入手しており、その文書には福岡高検検事長の職印も押されているのだが、B氏はそのような文書にも覚えがないという。

B氏によると、検察庁では、そのような事務手続きの決裁文書は事務官が作成しており、福岡高検検事長の職印を押すのも事務官に任せていたそうだ。

福岡拘置所。ここで久間三千年さんの死刑が執行された

◆本質的な問題を見失わせる不確かな陰謀論

とまあ、このように久間さんの死刑執行手続きに関わった2人の福岡高検検事長経験者の話を聞く限り、久間さんの死刑執行は流れ作業的に行われていたことは明白だ。私が久間さんの死刑執行をめぐる陰謀論的な説について、信ぴょう性を感じられない事情はそこにある。法務省や検察庁にとって1人1人の死刑囚の死刑執行は単なる事務手続きに過ぎず、あれこれと陰謀を企てるほど手間をかけているとは到底思い難いのだ。

妙な陰謀論が渦巻くと、本質的な問題が見失われてしまう。久間さんの死刑執行に関し、法務省や検察庁が本当に触れられて欲しくない問題は、むしろ冤罪性の検証をろくにせず、流れ作業的に死刑を執行したことだとみるのが妥当だ。この本質的な問題が見失われないように、不確かな陰謀論が広まらないことを願う。

なお、私は上記の通り、久間さんの死刑執行手続きに関与した法務省と検察庁の幹部の大半に取材したが、その詳細は9月に発行された拙編著『絶望の牢獄から無実を叫ぶ―冤罪死刑囚八人の書画集』電子書籍版(鹿砦社)に収録されている。同書では、A氏、B氏も実名で登場するので、関心のある人は参照して欲しい。

▼片岡 健(かたおか けん)

ノンフィクションライター。編著に『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(著者・久保田祥史、発行元・リミアンドテッド)など。

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』12月号!

フィギュアスケート元五輪代表の織田信成氏(34)が一昨年(2019年)11月、「モラルハラスメントを受けた」などと主張し、関西大学アイススケート部の濱田美栄コーチ(61)を相手に1000万円の損害賠償などを求めて大阪地裁に起こしていた訴訟で、気になる動きがあった。

織田氏がこの紛争に関する自身の主張を伝えるなどした出版社1社と新聞社4社に対し、「訴訟告知」を行ったのだ。あまり報道されていない話のようなので、ここで紹介したい。

織田の主張を伝えた週刊新潮2019年10月31日号 ※修正は筆者による

◆濱田コーチも反訴して反撃

まず、この訴訟の経緯を簡単にまとめておく。

織田氏は日本を代表するフィギュアスケーターの1人だが、かたや濱田コーチも宮原知子選手や紀平梨花選手ら多くのトップフィギュアスケーターを育てた有名な指導者だ。織田氏がこの濱田氏からモラルハラスメントを受けたと主張しているのは、2017年4月から2019年9月まで母校の関大でアイススケート部監督を務めた時期のことだ。

織田氏の主張によると、当時、濱田コーチは自分の指導に意見した織田氏に対し、「あなたの考えは間違っている!と激怒し、それ以来、織田氏を無視するようになった。さらに「監督に就任して偉そうになった」「勝手に物事を決める」などと真実と異なる噂を流布するように。織田氏はそのせいで40度を超える熱が出て、動悸、目眩、吐き気などの体調不良に陥ったため、選手を指導できなくなり、監督を辞任せざるをえなかったという。

一方、訴訟が始まると、濱田コーチが「織田氏へのモラハラは事実無根だ」と主張。そのうえで、織田氏がブログや週刊誌のインタビュー、提訴時の会見でモラハラを受けたと主張したせいで名誉を棄損されたとして、織田氏に対して330万円の損害賠償を求め、反訴したのだ。

そんな訴訟は今年3月、デイリースポーツで「双方が和解に向かっている」と報じられた。しかし、濱田コーチが「自分が織田氏にモラハラや嫌がらせをしたことは証拠上明らかになっていない」と謝罪を拒否。そのうえで、「自分は織田氏のせいでマスコミに追われ、街中でも後ろ指を指されるなどした」と主張し、和解の条件として織田氏が自分に謝罪することを求めた。そのため、和解は成立しなかったのだ。

◆「訴訟告知」は敗訴した場合に備えた措置

こうして訴訟が続く中、織田氏の代理人弁護士が講じた措置が出版社1社と新聞社4社への「訴訟告知」だった。モラハラ被害に関する織田氏の主張を伝えた週刊新潮、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、産経新聞の発行元各社に対し、書面で次のような告知を行ったのだ。

「週刊誌や新聞の記事については、編集、発行を担った出版社、新聞社が不法行為責任を負うべきだ。織田氏の主張を伝えた週刊誌や新聞の記事により、織田氏が濱田コーチへの損害賠償を強いられた場合、織田氏は発行元の出版社と新聞社に対し、訴訟を提起せざるをえない」(告知内容の要旨)

つまり、織田氏が敗訴した場合、今度は織田氏が出版社や新聞社相手に訴訟を起こすことになる可能性を伝えたというわけだ。

もっとも、新聞各紙は織田氏が提訴時に会見で主張したことを伝えただけで、織田氏から責任を追及される筋合いがあるかは疑問だ。一方、織田氏の代理人弁護士によると、週刊新潮は織田氏が濱田コーチのことを「関大の女帝」と呼んでいるかのように書くなど、記事中に編集部が創作した表現を数多く使用していたという。それが事実なら、織田氏が「あの記事の内容について、自分に責任はない」と主張したくなる気持ちもわからないでもない。

訴訟告知を受けた各社はどのように対応しているのか。織田氏の代理人弁護士はこう説明した。

「訴訟告知に対し、何か対応してきた社はありません。それぞれ検討されたうえでのことと思うので、各社のことを無責任だと思うことはありません。我々は、粛々と裁判を進めるだけです」

フィギュアスケート界の有名人同士の訴訟は、はた目には不毛な争いが続いているように見える。早く解決して欲しいと他人事ながら思う。

▼片岡 健(かたおか けん)
ノンフィクションライター。編著に『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(著者・久保田祥史、発行元・リミアンドテッド)など。

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』12月号!

先月初め、車で移動中に「弟子入り志願者だった男」からツルハシで襲撃される被害に遭ったビートたけし(74)。とんだ災難に見舞われたものだが、一方で少し前にマスコミで騒がれた「元弟子とのトラブル」が人知れず解決していたことがわかった。

◆報道では、元弟子が「被害者」のようなイメージだったが……

元弟子とは、石塚康介氏(43)。たけしの運転手を8年務め、たけしの監督映画にも出演していた人物だ。石塚氏は一昨年11月、たけしが社長を務める所属事務所『T.Nゴン』とたけしの再婚相手A子さんを相手に損害賠償1千万円などを求めて東京地裁に提訴した。その主張によると、『T.Nゴン』で役員を務めるA子さんからパワハラを受け、自律神経失調症に陥ったとのことだった。

そして石塚氏は当時、週刊新潮誌上でこんな「告発」も行っていた――。

〈カメラで監視され、24時間、いつ理不尽なメールや電話が来るか分からない地獄の生活が続いたことで、ストレスで胃が痛み、夏なのにどうしようもなく寒く感じられ、鼻水が止まらなくなってしまい、私は仕事の途中に公園で倒れ込むようになってしまいました〉(同誌19年11月21日号)

これが事実なら酷いパワハラだ。実際、当時はそのような論調で後追い報道をしたメディアも散見され、石塚氏は「被害者」のようなイメージになっていた。

ただ、実際にはA子さん側にも色々言い分があった。それは昨年、筆者が当欄で次のように伝えた通りだ。

●2020年3月17日:元弟子に訴えられた「ビートたけし再婚相手」が訴訟の書面で過激反論〈前編〉

●2020年3月24日:元弟子に訴えられた「ビートたけし再婚相手」が訴訟の書面で過激反論〈後編〉

この訴訟の現状を取材したところ、実は今年3月、すでに「和解」という形で終結していたのだ。

◆ツイッターアカウントを削除していた元弟子

では、和解はどんな内容なのか。東京地裁で訴訟記録を閲覧したところ、「和解条項」として、まずはこんなことが挙げられていた。

〈被告ら(引用者注・『T.Nゴン』とA子さんのこと)は、長年弟子として被告会社代表者(前同・たけしのこと)に仕えてきた原告(前同・石塚氏のこと)が、被告らに対して本訴の主張をするに至ったことに思いを致し、遺憾の意を表する〉

これだけを見ると、A子さんと『T.Nゴン』に落ち度があったような印象だ。しかし一方で、以下のような記述もある。

〈原告(前同・石塚氏のこと)は、得難い機会を与えてきた被告会社代表者(前同・たけしのこと)等に対して、自らの言動によりその社会的評価に影響を及ぼし、それによって負担をかけたことについて遺憾の意を表する〉

これを見ると、石塚氏も自分の落ち度を認めたような印象を受ける。さらに注目すべきは、以下の記述だ。

石塚氏は和解成立後、ツイッターカウントを削除していた……

〈原告(前同・石塚氏のこと)は、本和解成立後3日以内に現在原告がツイッターアカウント(@ki_szk)で行っている各投稿を削除するとともに、今後相互に名誉棄損又はプライバシー侵害となる内容の発信や言動は行わないと誓約する〉

石塚氏は提訴後、ツイッターで自分の告発に関する記事を拡散するなどしていた。そのツイッターの投稿を削除することが和解条項に盛り込まれたことは、石塚氏にとって決して喜ばしいことではないだろう。

しかも確認すると、石塚氏はツイッターの一部の投稿を削除したのみならず、ツイッターアカウントそのものを削除していた。そして今年6月、ラッパーのARK2として活動をスタートさせ、YouTubeに動画を発表したり、新しいツイッターアカウントをもうけたりしていたが、本稿入稿時点でYouTubeの視聴回数は299回、ツイッターのフォロワー数は2人にとどまっている。その活動はとても順調とは思い難い。

◆和解に至った真相はもはや藪の中だが……

双方の代理人弁護士に、この和解をどう受け止めているのかを質した。

「守秘義務が和解条項に入っているため、取材対応はできません」(石塚氏の代理人弁護士)

「ノーコメントとさせて頂きます」(『T.Nゴン』とA子氏の代理人弁護士)

和解に至った真相はもはや藪の中だというほかない。しかし、1つだけ確かなことがある。たけしの監督映画にも出演していた石塚氏が今後、芸能界で再浮上する可能性は極めて低いだろう。

私には、石塚氏がマスコミに利用されるだけ利用され、使い捨てられたように思える。

▼片岡 健(かたおか けん)
ノンフィクションライター。編著に『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(著者・久保田祥史、発行元・リミアンドテッド)など

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