2024年6月5日、LGBT当事者の間に衝撃が走った。LGBT団体「金沢レインボープライド」の事務局長が覚醒剤使用と所持で逮捕・起訴されていたことが、報道で明らかになったのだ。

性的少数者の交流拠点で覚醒剤、事務局長だった男「20年前に友人に勧められ始めた」/読売新聞2024年06月05日 15時38分

以下、読売新聞の記事(https://www.yomiuri.co.jp/national/20240605-OYT1T50061/)を引用する。

性的少数者の交流拠点で覚醒剤、事務局長だった男「20年前に友人に勧められ始めた」

性的少数者の交流拠点「かなざわにじのま」(金沢市池田町)を運営する一般社団法人「金沢レインボープライド」の元事務局長(50)(石川県白山市)が3月下旬、同交流拠点で覚醒剤を使用したなどとして、覚醒剤取締法違反で金沢地裁に起訴されていたことがわかった。

金沢地裁(野村充裁判官)で4日に初公判が開かれ、元事務局長は起訴事実を認めた。検察側は懲役2年を求刑し、弁護側は執行猶予付きの判決を求めて即日結審した。判決は11日。

起訴状などによると、元事務局長は3月28日、勤務先の「かなざわにじのま」で、注射器を用いて覚醒剤を使用し、翌29日に金沢市内の駐車場で覚醒剤2・11グラムなどを所持していたとされる。

被告人質問で、元事務局長は「約20年前に友人に勧められ(覚醒剤の使用を)始め、断薬期間もあったが月1、2回の頻度で使用していた」と説明。検察側は「使用量が少ないとは言えず、常習性も高い」と指弾した。

同社団法人は、性的少数者への正しい理解を深めてもらうため、企業や教育機関で講演などを行ったり、自治体へ政策提言をしたりしている。同法人の松中権・共同代表は取材に対し「知らなかったので驚いた」と話した。

なんで20年前からシャブやってた五十男が実名報道されないんだよ! しかも、この「元事務局長」は、逮捕時には「現事務局長」ですよね? ガチの団体幹部ですよね? それって、「LGBTに配慮」ですかっ?──等のツッコミは置いておいて、とりあえず、読売新聞の勇気ある報道には敬意を表したい。というのも、今やLGBT団体は強大な圧力団体と化しているからだ。

マスコミとしては、下手にLGBT団体幹部の犯罪を報道し、「LGBT差別だ! ヘイトだ!」の大合唱でネットリンチされてはたまらないというのが、本音だろう。LGBT活動家と共闘するしばき隊系活動家による集団いやがらせの標的にされても、厄介だ。あるいは、今後はLGBT活動家に取材を拒否されてしまうかもしれない。

大手マスコミ各社は、日頃から、ニュース提供者としてLGBT活動家には大変お世話になっている。取材に応じてくれるLGBT当事者を苦労して探さなくとも、LGBT活動家がLGBTの代表者ヅラして、顔出し名前出しで取材に応じてくれるのだ。つまり、「取材相手はLGBT活動家、もしくは彼らが紹介するシンパLGBTのみ」という現実は、マスコミの大いなる怠慢の結果である。

ハード系ゲイ雑誌「G-men」元編集長・冨田格氏は、これが大スキャンダルであることを指摘

「ゲイ」ではなく「ホモ・オカマ」を自称する月清氏は、LGBT活動家が支持者以外の当事者を排除している事実に言及

「ゲイのリアル」を知る一般のゲイ当事者による身も蓋もない指摘

LGBT活動家の排他的で差別的な面を知る男性同性愛者は、一貫して辛辣

そして、さらにここでは、大きな問題が生じている。実は、LGBT活動家は大抵は共産党、立憲民主党、社民党の党員もしくはシンパゆえ、LGBT活動家をネタ提供者にすると、シャレにならない偏向報道になり、LGBT当事者から「我々はそんなこと(例/同性婚法制化、企業でのLGBT研修、自治体でのレインボーフラッグ掲揚)など望んでいない!」とブーイングの嵐となる。テレビと新聞でしかLGBTを知らない地方のお年寄りならだませるかもしれないが、ネットではたびたびLGBT当事者が報道批判を展開、大手マスコミのLGBT報道のメッキがどんどんはがれているのが現状だ。

そもそも、この覚醒剤事件は本来ならば、金沢レインボープライド事務局長が逮捕された時点で、報道されるべきではなかったか? 二ヶ月以上のタイムラグは、マスコミがそれまで、そろいもそろってだんまりだったということでもある。

なにしろ、金沢レインボープライドの代表・松中権氏は、LGBT活動家では大物中の大物。活動家事情に疎い異性愛者の皆様には、「松中氏を漫画『鬼滅の刃』の十二鬼月にたとえれば、上弦の壱ぐらいの実力者かつ権力者」とご説明すれば、大抵はご納得いただける。

「鬼滅の刃」をご存じない方には、「敵の鬼には『十二鬼月』という、特に強い12人の鬼がいて、それぞれ6人ずつ『上弦の鬼』『下弦の鬼』に分かれており、上弦のほうが階級が上。上弦の鬼・下弦の鬼にはまた『壱・弐・参・肆・伍・陸』の番号が振られており、数字が若いほうが階級が上」とさらにご説明しなくてはならないのだが。

ちなみに、私の推し鬼は、美しく病的な少年の姿の下弦の伍・累クンです ── って、どうでもいいことですね。すみません。(つづく)

実はLGBT活動家の薬物に対する甘さは、今に始まったことではない

▼森 奈津子(もり・なつこ)
作家。1966年東京生。立教大学法学部卒。1990年代よりバイセクシュアルであることを公言し、同性愛をテーマにSFや官能小説、ファンタジー、ホラー等を執筆。
Xアカウント https://x.com/MORI_Natsuko
森奈津子 LGBTトピック https://x.com/morinatsu_LGBT

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◆神聖な偶像がなぜ必要なのか?

かって親しくしていた宗教関係者の女性がしきりに「神は実在する」と口走っていた。「実在」という言葉が引っかかって、どうしてもこの女性との関係を持続出来なかった。

「宇宙人は実在する」とか「UFOは実在する」と言われればまだ納得しようという気分になれたかもしれないのだが……

しかし、「神は実在する」と言われても、目撃情報が全くないのだから判断することは出来ない。彼女はこうも言った。

「立派な建築物は優秀な設計者がいるから創られる。人間の体も同様で優れた創造者の設計でこれほど見事に完成されたのよ。その創造者が神なのですよ」

こういう理屈はジャーナリズムの世界では、裏づけが取れていない空論として排除される。が、宗教の世界、とりわけキリスト教の信者の間では、空論も正論として認められているようである。前述した私の交際相手の女性も生粋のクリスチャンだった。

ただ最近のキリスト教系の新団体では「神が実在するというのは間違いで、神は人それぞれの心の中にある神聖な領域への憧れの結晶です」と言い切る指導者もいらっしゃるようだ。これまでその種の映画や小説の中で用いられた「神の声を聞いた」等という表現も、「それは自分の内なる神聖に美化された自分の声を聞いた」ということらしい。

そういう言い方をしてくれれば、何となく理解出来る。また、宗教に救いを求める人々の気持ちも判らないではないと思える。そして、その気持ちは、UFO=宇宙人が実在すると信じたい人々のこだわりに通じるものがあるような気がするのである。

UFOが神と異なるのは、目撃情報がやたらに多いという点だが、人間が生存する次元を超えた「物体」に対して精神的に執着したいという人心を惑わすところは同じ。「執着したい」はやがて「帰依したい」となる。

UFOは当初、宇宙からの脅威という不安材料を与えて大衆を結束させる目的で設定されたが、やがてマニアックな人々の意識に導かれ、多くの人々のロマンの対象となっている。

神もまた権力者が支配の口実にして、神の意向が自分の意向であるかのようなプロパガンダを用いた末に、布教活動と商業と時には武力行使をセットにした事実上の侵略を可能にしたという意味で、統治の強力な要(かなめ)であった。

もちろん現在の形骸化した宗教では、教会は結婚式場として若いカップルを祝福する最適なスペースを提供しているわけで、神は1応幸福を求める人々の心の支えとして機能していることになる。

UFOも神も謎めいた一種の偶像として大衆的には定着していると言えるだろう。それもまた害のない帰依ではないかと思う。

では害のある帰依とは何か? 私はそれが松本人志やジャニー喜多川を独裁者の如く崇拝した支持者たちの異常な心理であると思う。

ファンには罪はない。誰が誰を好きになろうが、それは自由だ。また独裁者タイプの人は多くのファンを獲得する以前に、自分は特別な人間であり、偶像として人並みではない扱いを受けるべき大人物であるという自覚と自信を抱いているのも事実。その人たちが放つ特異なオーラは、庶民の目から見れば「神がかった人物」とも「宇宙人」とも見えるかもしれない。

スピリチュアルな世界にはまった人から見れば、なおさらである。足立区の中華料理店で出会った若者の言葉は彼なりの真実であったと言うべきだろう。

彼にも罪はない。彼を含めて鋭敏な感性の持ち主たちが望んでいたのは、偶像を発見する歓びであっただろう。その結果、彼等彼女たちに有害な事象が生じたとしても、それは自己責任というものと思えるが、まあそれにしても、パーティーで初めて会った若い女性に、アルコールが入った上でだとしても「俺の子供産めや」なんてよく言えるよナァ。やっぱりあの男、もしかしたら宇宙人かって、思いたくなる時もある。

そして、あの男。広末涼子とのW不倫で名を売ったカリスマ・シェフ。あいつも東スポの記者に向かって「うらやましいでしょう」と言ったそうだ。このカリスマの特権意識・優生思考。確かにうらやましい。

神も宇宙人もカリスマも所詮大衆の劣性思考に支えられて存在していると考えれば、いつか「うらやましい」が、「うらめしい」に転換することもあるという話である。

◆地震津波は神の怒りか?

能登半島で地震があった。北陸電力も原子力規制委員会も認めていなかった断層が見つかったって……。これをクリスチャンやスピリチュアル・マニアの方々は、何故「神の怒り」「宇宙人からの警告」と声高に叫ばないのだろうか? 

地球とて宇宙全体の無限の広がりの中では、ちっぽけな天体に過ぎない。そこでくり広げられる人間の様々な愚行から生じる問題(領土問題・環境問題・ワクチン禍・LGBT・差別・利権 etc)に、神がいつまでも沈黙を守るはずはないとは考えられないのか。

人智を超えた力を見出すのが宗教であり、精神世界であると思うのだが……。

かつて神戸に在住していたクリスチャンの知人が、個人的な事情で東京に転居した。その直後に阪神大震災が起こり、知人が住んでいた家は半壊したという。

その際の知人のコメントは、「神が私をお守り下さった」

自分の身を護るだけの信仰だったのかと問いたい。

本稿は『季節』2024年春号(2024年03月11日発売号)掲載の同名記事を本通信用に再編集した記事の後編です。

板坂 剛 松本人志はやっぱり宇宙人だったのか?(全2回)
〈前編〉 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=49986
〈後編〉 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=49990

▼板坂 剛(いたさか・ごう)
作家、舞踊家。1948年福岡県生まれ、山口県育ち。日本大学芸術学部在学中に全共闘運動に参画。鹿砦社より『三島由紀夫と1970年』(2010年、鈴木邦男との共著)、『三島由紀夫と全共闘の時代』(2013年)、『三島由紀夫は、なぜ昭和天皇を殺さなかったのか』(2017年)、『思い出そう! 1968年を!! 山本義隆と秋田明大の今と昔……』(紙の爆弾2018年12月号増刊)等多数。

鹿砦社編集部編『ジャニーズ帝国 60年の興亡』

◆「あいつは宇宙人だ」と若者が叫んだ!

もう遠い昔の話だが、たまたま独りで立ち寄った足立区の中華料理店で、店内に設置されたテレビの画面に突然松本人志の姿が現れた時、私より先に食事をすませてビールを飲んでいた若い男が叫んだ。

「あいつは宇宙人だ」

驚いて彼の方を見ると、目が合った私に向かって、また同じトーンの声が発せられた。

「あいつは宇宙人なんだよ。判るんだ、俺には」

そう言われてテレビの画面に見入ると、大写しになった松本人志の顔は、バルタン星人とまでは言わないが、確かに地球上の生態系から生まれた人間のものとは思えない奇怪な形相を呈していた。

十数分後、私の隣の席に移動してきたその若い男は、自分はあるスピリチュアルな団体に属して「人類の中には、実は他の星のシステムから地球に来た訪問者が潜んでいる」と教えられ、ネイティブな地球人と宇宙人のまま人間に化身した生物と識別する能力を身につけることが出来たという。

「そんな馬鹿な」と反論しなかったのは、論より証拠、松本人志の顔が宇宙人にしか見えなかったからである。

若い男はこうも言った。

「あいつ(松本人志)はきっと大物になるよ。お笑い芸人として第一人者になるだろうな」

当時の松本人志はまだ第一人者にはほど遠い存在だったのではないかと(お笑いの世界には無知な私だが)思っていた。そんな人材をいきなり「きっと大物になる」と評されても納得は出来なかったが、今はあの時の彼の見立ては正しかったと思うしかない。

あの時以降、地球上に宇宙人が既に棲みついているという説もちらほらと耳にすることがある。人間の皮をかぶった彼等は大変優秀で、どの分野でもトップに立つ実力者になるとも聞いた。

肯定も否定も出来なかったが、いつか松本人志が自作自演したにもかかわらず、全く不評で興業的にも大失敗だったというワケの判らないSM映画(『R100』)を観た時、なるほど宇宙人ならこういうモノを創るだろうと思った。

監督として彼自身が試写室で完成された作品を鑑賞し、同席していたスタッフや映画評論家らしき人物が「もうダメ」と棄てゼリフを残して退席した後も、一人で興奮状態に陥っている場面が、彼の正体を表現していると思える作品だったのだ。好意的に解釈しても「天才の自爆」悪く言えば「単なる独りよがり」でしかなく、はっきり言って駄作である。

『R100』(監督=松本人志/製作=吉本興業/2013年10月5日公開)より

 

『R100』(監督=松本人志/製作=吉本興業/2013年10月5日公開)より

特にSM映画という前宣伝に煽られたその種のマニア諸氏には、さぞ期待外れであっただろう。主役のパッとしない男性がスタイル抜群の半裸の美女に暴力的に虐げられる場面もあることはあったが、恐らく松本人志にはマゾヒストとしての素質は皆無に等しいと思わせるほど、どの場面もつまらな過ぎた。

更に後半SM映画ならぬSF映画的な展開になると殆どの観客は試写室の場面での映画評論家らしい人物のように「もうダメ」と言い棄てて退席したくなったことと思われる。(ちなみにこの人物の最後のセリフは「(こんな映画)公開すんなよ」であったと記憶する)

しかし、私はむしろ後半のSFもどきのあり得ないシュール・レアリズムに、宇宙人的なセンスを感じて少しばかり感動した。たかがお笑い芸人が、もしかしたら宇宙人かという荒唐無稽な妄想を抱かせる……。スピリチュアルの世界は奥深いと言わなければならない。

◆宇宙人が心配する地球の惨禍
 
ここで話を持ち出すのは却って信憑性を欠くことになると思うが、敢えて書く。あの福島原発の事故の前後、原発附近の上空にUFOが頻繁に出没したというニュースを覚えてる人はいらっしゃるだろうか。

当然フェイク・ニュースとして扱われてしまったようだが、UFOキャッチャー(ゲームの達人ではない)を自認する知人が、確かに原発事故の際、異常な数のUFOが出現したのは事実だと自信を持って語っていた。

また彼はUFOに乗って地球にやって来る宇宙人の多くは、将来地球の住人になるつもりでその時のために下見に来ていると断言していた。従って宇宙人が地球人を攻撃することはなく、むしろ平和に共存する方法を模索しているのだという。

そういうわけで地球上で地震や戦争等の惨禍が起きた際には、心配した宇宙人がUFOに乗って現場を視察することになっているらしい。珍説と笑って黙殺すべきかもしれない。

しかしここ数年、海外で戦争が続発している状態の中でUFOに関する話題がまたチラホラとメディアの片隅に登場しているが、その出所が大半アメリカであるところが気になる。なにしろ謀略が大好物の国である。周期的に大衆の不安をかきたて抑止力(軍事力)を強化する伝統的な国策は建国以来のもので、決して自分たちに危害を与える存在ではなかった北米大陸の原住民を凶暴な「土人」と決めつけて虐げ、社会から排除した。

1960年代、テレビで放映されていたアメリカの西部劇で、白人のガンマンたちが「土人」という言葉を口にするのを何度も聞いた。もちろん邦訳の吹き替えで、実際に俳優が何と言っていたかは判らない。ただストーリーの展開と彼等がそのセリフを口にした時の表情から、相当に差別的な発言があったのだろうと想像出来る。

当時、名画と称された西部劇の劇場用映画の中で、白人が乗った駅馬車が「インディアン」の集団に襲撃され、駆けつけた騎兵隊に救出されるという場面が、そのままテレビにも流用され、何度となく放映されたのを記憶している。

元々先住民であったにもかかわらず「インディアン」は盗賊、白人の開拓者はロマンチスト、騎兵隊は正義の味方と公的に定められているような構成だった。こういう常識が大衆に浸透している国だから、UFOも地球人類に対する潜在的驚異と位置づけて世界中の人々に緊張感を与えようとするのだろう。

数々のUFO目撃談、どうもアメリカの自作自演のような気がしてならない。そう考えると原発事故の際に出現した多数のUFOは、当時福島沖に展開していた米空母ドナルド・レーガンから発進した偵察用のドローンではないかと疑いたくもなる。東日本大震災当時は、一般の市民にとって「ドローンって何?」という程度の認識しかなかったと思うが、米軍ではとっくに兵器として活用することを前提にした開発研究が行われていたはずである。

ただ原発の上空に現れたUFOが、地球上の惨禍を心配して飛来した宇宙人の運航する物体であるという説も私は棄てきれない。そっちの方が気持ちが安らぐのだ。

地球人が醜い争いに没頭したり、自然災害に苦しんでる様子を観察していると思うと、いつか地球人になって生きて行こうという彼等の意欲を損なうには忍びないという自制心が働くではないか。

そして思う。宇宙人だのUFOだのという観念的事実が、たとえ完全な夢想だとしても、そこにはアメリカ軍とその背後にいる産軍共同体の思惑とは真逆に、不安がいっぱいの現実からの救済を求める民衆の願望を感じるのである。(つづく)

本稿は『季節』2024年春号(2024年03月11日発売号)掲載の同名記事を本通信用に再編集した記事の前編です。

▼板坂 剛(いたさか・ごう)
作家、舞踊家。1948年福岡県生まれ、山口県育ち。日本大学芸術学部在学中に全共闘運動に参画。鹿砦社より『三島由紀夫と1970年』(2010年、鈴木邦男との共著)、『三島由紀夫と全共闘の時代』(2013年)、『三島由紀夫は、なぜ昭和天皇を殺さなかったのか』(2017年)、『思い出そう! 1968年を!! 山本義隆と秋田明大の今と昔……』(紙の爆弾2018年12月号増刊)等多数。

鹿砦社編集部編『ジャニーズ帝国 60年の興亡』

 

シャッターの閉められたセンター西側には野宿する人たちがいる。行政はわざとゴミを放置し、「野宿者がいるからこんなに汚いのだ」とアピールする

釜ヶ崎の野宿者追い出し裁判、最高裁が5月27日付で上告を棄却しました。

長い裁判のこれまでの経緯を説明します(不足している部分もありますが)。

JR新今宮駅前にドンと建つ「あいりん総合センター」(以下、センター)は長年西成の日雇い労働者の労働・生活の中核となり、野宿者にとっては最後のセーフティネットの場になっていました。

ところがセンターを管理する国と大阪府は、センターの耐震性に問題があるから解体し建て替えるとして、2019年4月に強制的に閉鎖しました。しかし、その後も周辺には多くの人たちが野宿していました。

すると、国と府はそれも認めないと、2020年4月22日、野宿者と、センターに誰でも泊めれるようバスを置いている釜ヶ崎地域合同労組の稲垣浩氏ら22人に対して立ち退きを求める裁判をおこしました。しかも、そのわずか数か月後の7月、本訴が終わるまで時間がかかるから緊急に立ち退かせる必要があるとして断行の仮処分命令を訴えてきました。

これに対して稲垣氏は、仮処分命令が決まって野宿者らがセンターからばらばらに追い出されては、その後本訴を闘うにも団結することが困難だと考え、断行の仮処分命令にも毅然と闘うべきだと訴え闘ってきました。これと闘わなければ、次の闘いも闘えない、当然の判断だと思います。

センターに停めてある釜ヶ崎地域合同労組の車両。24時間誰でも休めるようになっている

 

明らかにヨソから持ち込まれた粗大ゴミ。行政、西成警察はこうした「不法投棄」を取り締まる気もない

この裁判で大阪地裁は12月1日、国と府の断行の仮処分命令を却下しました。野宿者ら被告側の勝利です。却下した理由ですが、国と府は早く立ち退けとの理由に、2008年から「センターの耐震性に問題がある」と主張していましたが、そのセンター問題を考える「まちづくり会議」などで、肝心の耐震性問題が「喫緊の課題」として論議された形跡がないからだというのです。至極真っ当な理由です。しかもこの時点では、センター解体後の跡地をどうするかも具体的な計画案も決まっていないのでした。

その後、本訴である土地明渡訴訟が始まりました。2021年12月2日、大阪地裁は国と府の主張を認め立ち退きを認める判決を下しました。但し、原告(府)が求めていた、全ての裁判が終わるのを待たずに「すぐに立ち退け!」とできる仮執行宣言は認めませんでした。被告側は敗訴しましたが、実質強制排除されることはなかったのです。これもある意味「勝利」でした。

その間、大阪市や西成区は野宿者に対して、生活保護を受けさせ立ち退かそうと説得などを行ってきました。普段は生活保護を受けさせない、あるいは受けたのちにもあれこれ難癖つけて保護をうち切ろうと必死の行政側も「今なら簡単に保護が受けれますよ」と甘い言葉をかけまくってました。

もちろん生活保護を受けるか否かは本人の自由で、受けたい人は既に受けています。それでもなお、様々な理由で野宿にとどまる人がいることも事実です。しかもこの間には、コロナ禍で職を失い困窮し新たにセンターに来た人を何人も見てきました。釜ヶ崎のセンターは社会的に困窮する人たちの最後の砦になっていることは明らかなのです。

人の背丈の3倍ほどに積み上げられたゴミ。行政は「釜ヶ崎をきれいな町に」とほかでは熱心に清掃してるのに

一審で敗訴した稲垣氏と野宿者らは、大阪高裁に控訴しました。大阪高裁は2022年12月14日、地裁判決を支持し、野宿者側の控訴を棄却しました。一方で地裁判決と同じく、最終的な判決が確定する前に強制退去が可能である「仮執行」(強制排除)は認めませんでした。

弁護団によれば、このような事態は極めて異例であるとのことです。野宿者の強制排除を許さないという主張を訴えてきた被告側の闘いの大きな成果でした。その後、被告らは最高裁に上告していましたが、最高裁は5月27日付で上告を認めないという判決を下した、という経緯です。  

現在、野宿者らはいつ強制排除されるかもしれない事態に晒されています。この問題に関心を持たれるみなさんには、ぜひ、今後の動向に注目して頂きたいと思います。

前述したように、大阪府はセンターを解体して出来た更地に何を作るかの具体案も決めていません。私が一番許せないのが、国と府は、耐震性に問題があるとしてセンターの入っていた第一市営住宅を解体しようとしていますが、同時に耐震性に問題のない第二市営住宅まで公費で解体しようとしていることです。

それは駅前により大きなきれいな形の台形を確保することで、一層儲けることが出来るからです。万博、カジノ同様、大阪維新とその仲間たちだけが儲けようという魂胆です。この間の物価高などで困窮者はますます増えていくでしょう。そんななか、生活保護者、野宿者含め生活困窮者が誰に遠慮なく、堂々と生活していける町、それが釜ヶ崎、こういう地域は本当に必要ではないでしょうか。

みなさん、ぜひご支援とご注目を!

▼尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58

尾﨑美代子著『日本の冤罪』

◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/4846315304/

ジャニー喜多川やカウアン君やデヴィ夫人のそれぞれの言動は、それぞれの必然性に基づいて行われたもので、驚嘆するほどの事象ではない。

驚くべきは7月23日に報道された国連人権理事会の「ビジネスと人権」作業部会の人たちが、この件に関して調査のために来日し、さらにジャニーズ事務所も「再発防止特別チーム」を結成して真相を究明しようとしているというニュースだ。

 

在りし日のジャニー喜多川

再発防止って「加害者」がとっくに死んでいるのに何で再発防止のチェックが必要なのって聞きたいよね。国連もそんなことに人と時間を費やすなら、原発事故の再発防止のためのチェック機関を作ってほしい。

折しもアメリカではスリーマイル島事故後の初の新規原発がジョージア州で営業運転を開始するという。世界中で権力者のやりたい放題による災厄が多くの人民を苦しめている時に、死んだ人間のセクハラ疑惑なんか追求している場合じゃないだろう。

事故が起こらなくても原発で働く作業員は皆被曝していると、定期的に作業員の健康診断を行っていた医師が言っていた。その医師に対して電力会社の社員は診断の結果を絶対にマスコミには知られないようにと忠告したという。また、退職した作業員が1年後に白血病で死んだという話もよく聞かされたそうであるが、そういう事例のチェックは全く行われなかった。

日本の公的機関がそこまでやるとは期待もしていないが、それをやるのが国連ではないかと思う。

無名の作業員たちの生死にかかわる被害より、未成年のお尻の穴の被害の方が大事だろうかと問いたい。

お尻の穴と言えば、先頃鹿砦社から発行されたムック本。『人権と利権』の中で、少々気になる記述があったので書き添えておきたいと思う。

同書は大変に好評で売り切れ間近と聞いているが、編著者の森奈津子さんというバイ・セクシャルの女性と加賀奈々恵さんという埼玉県富士見市議の都の対談。

その中で森さんの次の発言に、つい首をかしげてしまった。

「松岡さんは、やっぱり女性スペースにトランス女性も入れるべきだとおっしゃっているんですけれど、ああいうゲイの方って、ゲイオンリーのイベント、例えばエッチなショーがあったり、あるいはゲイの方々が出会って性的な行為に及ぶハッテン場など、そういうところに『”体が女性のトランス男性”の皆様もどうぞ入ってきてください』とはおっしゃらないんですよね」

(注・ここに記されている「松岡さん」とは、一般社団法人フェアの代表理事の松岡宗嗣という人のことで、鹿砦社の社長、松岡利康とは関係ありません)

「ゲイは女性の体には興味がないので、いくら心が男性だと言っても体が女性の人が入って来られては困る、ということなんですね」

「一方では、ゲイをハッテン場に体が女性のトランス男性を入れないのに、女性にばかり強制をして、おかしいなと思うんです」

筆者は今は亡き『噂の真相』の岡留安則編集長の紹介で、かつて同性愛者に対する差別反対運動のリーダーとして一世を風靡していた「オカマの東郷健」が発行する『ザ・ゲイ』という雑誌の編集を受けおったことがあり、その関係で全国のゲイバーやハッテン場となった映画館を取材したことがあった。

そこでも目撃したことは、ゲイバーにも女性客が度々訪れるという事実、もちろん体が女性のトランス男性もお見えになっていた。

また、ハッテン場として有名なポルノ映画館では女装した男性が大モテで、の周囲には常に大勢のファンが群がっていた。男装した女性に関しても同様。

また、男性とのカップルで女性客も入れる映画館では自分の彼女を全裸にして性交までする男性もいたが、2人の周囲には男たちがスクリーンに背を向けて羨望の眼差しで男女のプレイを鑑賞し、2人が帰る時には「ありがとね。また来てね」と声をかける御仁にもいた。

つまり、彼等の中には本当は女性の方が好きなのに相手に恵まれず、風俗に行く金もないので仕方なくハッテン場に身を寄せている人も多くいるということである。
こういう人たちがトランス男性やトランス女性の参入を拒むということは考えられない。

女性が単独で入場することは許されない映画館も確かにあるが、それは映画館側が警察の介入を恐れてバリアーをはっているだけのことで、そこにたむろするゲイたちが女性を排除してるわけではない。

ハッテン場に集う人たちを統1された理念と美意識で結ばれた集合体だと思ったら大間違いなのだ。このへんは正確に把握してないと、同好諸氏に足元をすくわれる危険がありますのでご注意下さい。

それにしても純粋なハッテン場とも言えるジャニーズ事務所が、はたしてジュニアたちにとって有害な場所だったのか。歴史の査定を待つ他はないが、今なおジャニーズジュニアに熱い声援を送り続けている女性たちの姿に、どうしても原発再稼働を阻止するだけの民意を表明出来ずに流されてしまう大衆の「嫌なことは忘れる」「醜いことから目を背ける」集団心理が重なって見えるのはどうしたものだろうか。

8月4日の国連メンバーによる記者会見では、原発事故の被害者の方々についてのコメントもあったことを忘れなく。

愚か……という言葉を使いたくはない。1970年に「天皇陛下万歳」と叫んで自決した三島由紀夫の気持ちが判る。それがパロディーであるのなら、幾らでも叫んでいいだろう。ジャニーズよ、永遠なれ、と。

結局それは滅びの美学なのかもしれない。確かに男が皆ゲイになったら、その民族は滅びるしかないのだから。

笑える。

板坂 剛 ジャニーズよ 永遠なれ(全3回)
〈1〉死して尚、放たれる威光
〈2〉「性加害」という表現への疑問
〈3〉真に許されない愚かしさとは

本稿は『季節』2023年秋号掲載(2023年9月11日発売号)掲載の同名記事を本通信用に再編集した全3回の連載記事です。

▼板坂 剛(いたさか・ごう)
作家、舞踊家。1948年福岡県生まれ、山口県育ち。日本大学芸術学部在学中に全共闘運動に参画。鹿砦社より『三島由紀夫と1970年』(2010年、鈴木邦男との共著)、『三島由紀夫と全共闘の時代』(2013年)、『三島由紀夫は、なぜ昭和天皇を殺さなかったのか』(2017年)、『思い出そう! 1968年を!! 山本義隆と秋田明大の今と昔……』(紙の爆弾2018年12月号増刊)等多数。

鹿砦社編集部編『ジャニーズ帝国 60年の興亡』A5判 320ページ 定価1980円(税込み)

【主な内容】
Ⅰ 苦境に立たされるジャニーズ
  2023年はジャニーズ帝国崩壊の歴史的一年となった!
  文春以前(1990年代後半)の鹿砦社のジャニーズ告発出版
  文春vsジャニーズ裁判の記録(当時の記事復刻)
 [資料 国会議事録]国会で論議されたジャニーズの児童虐待

Ⅱ ジャニーズ60年史 その誕生、栄華、そして……
1 ジャニーズ・フォーリーブス時代 1958-1978
2 たのきん・少年隊・光GENJI時代 1979-1992
3 SMAP時代前期 1993-2003
4 SMAP時代後期 2004-2008
5 嵐・SMAPツートップ時代 2009-2014
6 世代交代、そしてジュリー時代へ 2015-2019
7 揺らぎ始めたジャニーズ 2020-2023

◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/4846315290/

カウアンオカモトという青年の登場によって「性加害」という表現が爆発的に広まったと思う。

彼の証言によれば、しかるべき場所で喜多川氏から「マッサージしてあげる」と言われて、素直にその好意に応じたところ、マッサージする手が上半身から次第に下半身に、そして下腹部の性器にまで達したということなのであるが……。

 

在りし日のジャニー喜多川

しかし、その先がはっきりしない。マッサージの延長行為の末に、カウアン君の性器はしかるべき反応を示したのか、それとも無反応であったのか。もしこの問題が裁判で争われるとすれば、そこが肝であると思われる。

ただ、どちらにせよ、私にはそれが「性加害」と言えるほどの事態であったとは、残念ながら思えない。無理矢理しかるべきでない場所に引きずり込まれて、暴力的に衣服を剥がされてレイプされたというわけではない。

それを「性加害」と言い切ってしまうと、刑法上の犯罪行為であるというイメージを、聞く者の耳に与えてしまう。

さらに不思議なのは、カウアン君がジャニー喜多川の性癖を知らずに、ジャニーズ事務所の合宿所のようなスペースで想定外の行為を強いられて傷ついたという証言をしていることである。

はっきり言って耳を疑う証言である。ジャニーズ事務所でその種のいかがわしい行為が行われているという醜聞は、国民的常識とまでは言わないが、1970年代後半にはもう少なくとも私の周囲には知らない者はいなかった。

ジャニーズ事務所に所属するタレントのファンの間でさえ、その噂は公然と囁かれていた。郷ひろみのファンだった女性は、私に向かって「それが芸のこやしになっているんだから、それでいいんじゃないんですか」と言い切った。彼女の表情から不快感は全く感じられず、むしろ必要枠として評価したいという気持ちが伝わってきた。

そこまで広まった噂の真相をカウアン君が知らずにジャニーズ事務所に身を寄せたとしたら、あまりにも無防備であったと言わなければならない。「自己責任」という嫌な言葉が口をついて出そうにもなる。

今回の騒動に関して「僕には楽しい思い出しか残っていない」と田原俊彦が語っていたそうだが、タレント志望のジュニアの多くもジャニー喜多川の愛玩物となることを覚悟して(あるいは甘受するつもりで)その場に身を置いたと思われる。そこを通らなければ、デビューさせて貰えなかったそうだから。

解散してしまったSMAPの木村拓哉と中居正広はジュニアの時代に在学していた都立代々木高校で、周囲が心配するほどの犬猿の仲であったという。かなり遠くからでもお互いの存在に気づくと、しばらくの間にらみ合っていたというほど険悪な関係であったと、当時同校に在学していた女子高校生が語っていた。2人の不仲の原因が、ジャニー喜多川の寵愛を競う争いであったことは明らかだったという。

その話も、後に2人がSMAPというグループのメンバーとしてデヴューすることになった途端に和解してしまうと「個人的な感情を棄てて仕事に徹する……さすがプロだ」という美談にすり替わってしまったようだが。

SMAP時代の木村拓哉と中居正広

概してジャニタレファンは、鷹揚で包容力に富んでいる。木村拓哉が工藤静香と結婚するというニュースが流れた時、彼のファンの多くは「何であんなヤンキーと一緒になるの!」と激しい怒りを露わにしたが、それでもファンであることをやめようとはしなかった。

カウアン君の突然の告発にも動じる気配はない。逆にカウアン君のことを「被害妄想っていうか、被害者意識が過剰なのよね。かわいそうな人ね」と同情したり、「ああいう人はジャニーズでは例外でしょう」と完全に自分の意識から排除したりする。

その反面、カウアン君を「日本の恥」と切り棄てたデヴィ夫人に対しては「お前こそ。日本の恥だ」「お前だって。元は高級売春婦じゃねえか」「地位と名誉が欲しくて、色仕掛けで某国の大統領夫人にまで成り上がったくせに」と、何もそこまでいと言いたくなるほどの悪罵を投げつける。「吐いた唾は飲まんとけよ」という映画『仁義なき戦い』の名ゼリフを彷彿とさせる言い草ではないか……

しかし、「日本の恥」というデヴィ夫人の表現を、必ずしも不適切だと私は思わない。カウアンは今まで恥ずかしくてとても言えなかった心の傷をジャーナリスト相手に堂々と公表し、ついに国連にまでその「性加害」問題が取り上げられるに至った。

それは確かに「日本の恥」を世界に晒す行為であると言えるだろう。だが、「恥をかけ、とことん恥をかけ」というアントニオ猪木の警句を実践したと解釈すれば、勇気ある行動と言えなくもない。

昭和のプロレスの悪役の如く、未だにマスコミに重宝されているデヴィ夫人としては、憎まれ役は自分の本領と自覚しているに違いない。「日本の恥」という表現は、意地悪な悪女が純朴な青年をイジメている演出に沿ったものであるに違いない。むろん彼女自身の演出である。

そして、ラストシーンは、闇の奥に潜んだまま鬼籍に入ったジャニー喜多川を、死後世界史に稀代の変人として名を連ねることになると、筆者は予想するのである。
そしていつか、彼の名声と共に「性加害」という言葉も軽い恋愛感情を示す表現になっているのではないかと思う。(つづく)

板坂 剛 ジャニーズよ 永遠なれ(全3回)
〈1〉死して尚、放たれる威光
〈2〉「性加害」という表現への疑問

本稿は『季節』2023年秋号掲載(2023年9月11日発売号)掲載の同名記事を本通信用に再編集した全3回の連載記事です。

▼板坂 剛(いたさか・ごう)
作家、舞踊家。1948年福岡県生まれ、山口県育ち。日本大学芸術学部在学中に全共闘運動に参画。鹿砦社より『三島由紀夫と1970年』(2010年、鈴木邦男との共著)、『三島由紀夫と全共闘の時代』(2013年)、『三島由紀夫は、なぜ昭和天皇を殺さなかったのか』(2017年)、『思い出そう! 1968年を!! 山本義隆と秋田明大の今と昔……』(紙の爆弾2018年12月号増刊)等多数。

鹿砦社編集部編『ジャニーズ帝国 60年の興亡』A5判 320ページ 定価1980円(税込み)

【主な内容】
Ⅰ 苦境に立たされるジャニーズ
  2023年はジャニーズ帝国崩壊の歴史的一年となった!
  文春以前(1990年代後半)の鹿砦社のジャニーズ告発出版
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前田和男さんは鹿砦社創業メンバーの一人、現在ただ一人生き残っている方です。当時、創業時の社長・天野洋一(故人)らと『マルクス主義軍事論』などを編纂し、最近では『続全共闘白書』を編纂したことで有名です。

昨年前田さんは、『昭和 街場のはやり歌 ── 戦後日本の希みと躓きと祈りと災いと』を刊行、好評を博しました。このたび、その続編が刊行され届きました。

詳しい内容は省きますが、書店で手に取って、どうぞご購読お願いいたします! または、私への手紙(下記)の末尾に記された前田さんの事務所に直接ご注文ください。

鹿砦社 代表
松岡利康

前田和男『続昭和街場のはやり歌 ── 戦後日本の希(のぞ)みと躓(つまず)きと祈りと災いと』彩流社刊 A5判 240ページ 定価2420円〔税込み〕

前田和男さん(2019年、鹿砦社創業50年インタビューの時のもの)

本に挟まれた前田さんから松岡への手紙 ※書籍のご注文は、〒102-0072 東京都千代田区飯田橋4-10-1 セントラルプラザ507 同文社気付 Tel.03-5228-2140

朝日新聞2023年11月4日付け朝刊読書欄

世界で唯一、広島にだけあった乗り物「スカイレール」が2024年4月30日、26年の歴史に幕を閉じました。

 

「スカイレール」は神戸製鋼所と三菱重工が開発した、モノレールのような軌道に小さなゴンドラを吊り下げて運行する乗り物でした。

1998年8月、積水ハウスなどが開発した約2200世帯、人口7700人の「住宅団地スカイレールみどり坂」のみどり中央駅とみどり口駅(JR山陽線瀬野駅)の1.3km、高低差130mを5分、片道170円で結んでいました。山陽線を通じての通勤客はもちろん、小中学生も登下校の手段として使っていました。

特徴としては、悪天候に強いことがあげられます。西日本大水害2018では被災地に向かうボランティアを輸送するなど活躍していました。また、1998年の運輸白書でも、今後の活躍が期待されていました。

しかし、利用者数が低迷し、赤字が累積する一方でした。それでも、地域の交通手段として貴重であれば、行政の補助などで存続もあり得たでしょう。しかしながら、世界で唯一ということで、部品業者にとってはマーケットが極めて小さい=商売にならない=ということで、部品業者が撤退してしまい、設備の更新が困難になったことが決定だったようです。

2024年3月からは、すでに電気バスが先行して運行しており、瀬野駅までの交通手段となるそうです。確かに、スーパーにも寄るなど、バスの方が便利です。ただ、運賃はバスの方が200円と、スカイレールより高くなっています。

 

筆者は4月28日にスカイレールに乗車しました。この日は、夜勤明けで、かなり眠かったのです。しかし、翌日29日は雨だということで、それなら、今日のうちに行ってみようと思ったのです。

ちなみに安芸区は、筆者の妻の実家もあります。広島市西区の勤務先から自転車で東区の自宅に帰宅した筆者は、妻と二人で、自宅の最寄りの広島駅から山陽線に乗り、瀬野駅へ向かいました。そして瀬野駅で降りると、接続しているスカイレールの「みどり口駅」に向かいました。

このスカイレールはICOCAなどICカードが使えません。この点が不便と感じました。一々、切符を買わないといけないのです。その切符を買うのに並んでいる人がたくさんおられました。

時刻表を見ると15分おきにしか運行していません。前の人が切符を買っているうちに発車時刻が過ぎてしまい、がっかりしてしまいました。それでも気を取り直して、改札に向かいました。切符のQRコードを機械にかざすのがスカイレールの改札方法です。改札を過ぎて階段を上がると、なんと、次から次へとゴンドラが登場していました。混雑しているときには臨時便を運行する。これがスカイレールなのです。

筆者たちがゴンドラに乗り込むと、すぐに出発しました。グーンと上に上がっていく感じがしました。たしかに、ゴンドラからの眺めは最高でした。

「みどり中央駅」で降りると、周囲は瀟洒な住宅街でした。「きれいな家が多いね」と妻も感想を述べました。

みどり中央駅の近くには電気バスの車庫もありました。ただ、駅の周りには商業施設などはなく、たしかにこの点は不便だな、と感じました。みどり中央口駅には町の地図もあり「スカイレールタウンみどり坂」と、文字通り、スカイレールがこの街の象徴だったことを強く感じました。

広島県内もご多分に漏れず、高い場所にある団地の交通手段の確保が焦眉の急となっています。バスは運転手不足。アストラムラインのような軌道系交通の駅までは距離がある。一方で、高齢化の中で、住民の皆様の車の運転が困難になってきている。八方ふさがりの状況もありました。無人運転ができていたスカイレールは、これからを担う交通システムになった可能性もあったのでしょうが、残念ながら、この路線だけだったために、部品業者が撤退してしまったのが痛かったということでしょう。

いずれにせよ、住民の移動の権利を保障するため、今後も県民的な議論を進めるとともに、国にも地方交通の維持へ向けて財源などの面でのバックアップをお願いしたいものです。
 
▼さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士/参院選再選挙立候補者。1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)、片目失明者友の会参与。
◎Twitter @hiroseto https://twitter.com/hiroseto?s=20
◎facebook https://www.facebook.com/satoh.shuichi
◎広島瀬戸内新聞ニュース(社主:さとうしゅういち)https://hiroseto.exblog.jp/

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2024年5月号

◎鹿砦社 https://www.kaminobakudan.com/

出し遅れの告発に水をさすつもりはない。むしろ拍手喝采したい気持ちである。「そんなに嫌だったら何故その時に言わなかったのか」というデヴィ夫人の逆ギレ的批判もまた大いに結構。

 

在りし日のジャニー喜多川

死して尚、賛否両論渦巻くのは天才の証明であると言えるだろう。ジャニー喜多川は天才であったと確認しておきたい。むろん天才が常に正しいとは誰も思ってはいないという前提があっての話であるが。

天才とは時代の常識を覆すことで存在の意義を誇示する人間であり、狂人と紙一重とよく評されるように危険人物である例は枚挙にいとまがない。

彼(彼女)の人生は、正常な市民生活を営むという選択とは無縁である。異常性愛お手のもの。W不倫なんてまだまだ甘い。トリプル不倫か、いっそ無差別不倫でも行けそうな気迫をむき出しにして、モラリストと対立することになる。

ジャニー喜多川の場合、従来の完全無欠なヒーローとは違った新種の《あまり強そうではない、つまり強靭な体力と精神力を見せつけない、要するに女性的、あるいは中性的な、優しさを内に秘めた》美男子像を大量に輩出することで、昭和の後半から日本の大衆にリアルな感動を提供し続けた。その功績は決して過小に評価してはならないだろう。

彼等ジャニーズ事務所出身の俳優兼歌手たちがいなかったら、日本の芸能界から生み出される映画やテレビドラマ、音楽シーンは随分と淋しいものになっていたとは思う。

むろん彼等のうちの誰一人も「桃太郎侍」を演じることは出来なかったし、演じても以前にチラ見したテレビドラマ『華麗なる一族』の木村拓哉も(はるか以前にやはりテレビドラマとして放映された同作品で、同じ役を演じた加山雄三と比べてしまうと)私の目には全くサマになっていなかった。

しかし、その割に原作者の山崎豊子はベタ褒めだったし、女性ファンには好評だったと聞く。そこには性別と世代の違いから生じる美意識の混乱という他はない現象が表れている。ひと口に言えばアイドルの多様化。

いつの時代にも色々なタイプのアイドルがいてそれぞれの好みにあったファンが、彼(彼女)を追いかけてはいた。ただ多様化と言って悪いならバラエティーに富だ大量のアイドル群を増産し続けたのがジャニーズ事務所であることは認めなければならない。

ある時、電車の中で2人の女性が語り合っていたのを思い出す。20代の後半と思われる女性が、熱っぽく語っていた。

「私の青春は嵐だったわ」

嵐の何たるかを知らなかった私は、彼女の青春は嵐のように荒れ狂い、乱れまくっていたのだろうかと想像したのだが、実は違っていた。

彼女の話相手であった年配の女性が次のように語ったのだ。

「そうねえ。私の青春は田原俊彦だったわね」

突出したアイドルがファンの青春に忘れられぬ感情的な発作の痕跡を残すのはよくある話だが、何世代にも渡って青春の通過儀礼を司るアイドルが同じ出所から生み出されたという実績を「伝統芸能」と称されるべきだと考えるのは私だけではないだろう。前時代から伝統芸能の大先輩として国家にまで認知されている歌舞伎もまた男色文化の典型であり、長らく歌舞伎座の2階の客席は「ハッテン場」と称されるゲイの交流場所として知られていた。

今回のジャニー喜多川による「性加害」問題等、歌舞伎の世界では日常茶飯事だったであろうと想像がつく。(つづく)

本稿は『季節』2023年秋号掲載(2023年9月11日発売号)掲載の同名記事を本通信用に再編集した全3回の連載記事です。

▼板坂 剛(いたさか・ごう)
作家、舞踊家。1948年福岡県生まれ、山口県育ち。日本大学芸術学部在学中に全共闘運動に参画。鹿砦社より『三島由紀夫と1970年』(2010年、鈴木邦男との共著)、『三島由紀夫と全共闘の時代』(2013年)、『三島由紀夫は、なぜ昭和天皇を殺さなかったのか』(2017年)、『思い出そう! 1968年を!! 山本義隆と秋田明大の今と昔……』(紙の爆弾2018年12月号増刊)等多数。

鹿砦社編集部編『ジャニーズ帝国 60年の興亡』A5判 320ページ 定価1980円(税込み)

【主な内容】
Ⅰ 苦境に立たされるジャニーズ
  2023年はジャニーズ帝国崩壊の歴史的一年となった!
  文春以前(1990年代後半)の鹿砦社のジャニーズ告発出版
  文春vsジャニーズ裁判の記録(当時の記事復刻)
 [資料 国会議事録]国会で論議されたジャニーズの児童虐待

Ⅱ ジャニーズ60年史 その誕生、栄華、そして……
1 ジャニーズ・フォーリーブス時代 1958-1978
2 たのきん・少年隊・光GENJI時代 1979-1992
3 SMAP時代前期 1993-2003
4 SMAP時代後期 2004-2008
5 嵐・SMAPツートップ時代 2009-2014
6 世代交代、そしてジュリー時代へ 2015-2019
7 揺らぎ始めたジャニーズ 2020-2023

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◆大村藩の謎は板坂家の謎

そろそろ本題に入る。前述したとおり江戸時代の初期から大村藩の御典医であった板坂家初代の板坂卜庵という人物、いったい何者だったのか。言語学者だった叔父の板坂元が調査したところ、何と「徳川家康から当時は超高級品だった朝鮮人参を直々に拝受、その時着ていた上下(かみしも)の肩衣を脱ぎ、包んで持ち帰った」という嘘か本当か判らないような話が残っていたそうである。

要するに徳川家康に仕えていたのだがすぐに大村藩に出向したわけで、叔父は「多分、監視役も兼ねていたんだろう」と推測していた。それってほとんど忍者のような存在だったってこと?と私は勘繰ってしまった。

大村喜前の棄教と禁教は全国に先駆けて実行されたが、先代の大村純忠が日本初のキリシタン大名として知られていた史実と照らし合わせると、キリスト教への対応は真逆だが、親子とも変わり身の早さが目に付くのが何となくいかがわしい。

「喜前の突然の棄教の理由として、キリスト教が幕府により厳しく取り締まられることを、喜前は見越していたと考えられます。いち早い禁教政策のおかげで全国禁教令を問題なく乗り切りましたが、多くの潜伏キリシタンを生み出すことになり、後に「郡崩(こおりくず)れ」という潜伏キリシタンが大量発覚する重大事件がおこる要因を作りました」(大村市立資料館特別展『解大藩書─大村藩を解く』)

こういう状況だったのなら、幕府側が禁教政策を実施されているか、いつまた藩主の気が変わってキリスト教を容認することになるのではないか。そもそも大村喜前の棄教は偽装では……といった疑念にかられるのは当然だろう。監視役が必要だったという説にも頷ける。

それにしても私の先祖が、その昔、江戸から長崎大村の地まで派遣された『公儀隠密渡り鳥』であったとは、嗚呼……。

◆その日、歴史館にて

長い間、故意に興味の対象から外していた家系という縦軸の共同体が、いきなり私を呼び寄せているような気がして、行ってみた。

コロナ禍まだ治らぬ折り、国論を2分した「ぼったくられ5輪」に対する憤懣も、原発事故や放射能に関する問題は封印されたかのような世相への反発も胸に秘めたまま、遠隔地への移動は現実からの逃避かとも思えたが、現実を解明する鍵は過去にある、現在は過去の結末であるという自説に基づいての旅路だった。

先祖が大村藩でどんな役割を果たしのか、そんなことは調べても判るはずはない。ただ先祖がどこに住んでいたのか、そこはどんな場所だったのかが判ればいい。そこからきっと伝わって来るものがある……と霊感豊かな私は予測していたのだった。

写真提供=小滝勝

写真提供=小滝勝

そしてその通りになった。

市の中心地にあった大村市立史料館に足を踏み入れてから、数分後に私はその場所に行き着いたのだ。その場所、と言っても、史料館内の最も目立つ展示室に設置されていた城下町の立体的な復元図面内の話だが、百を超える武家屋敷の中に板坂俊道という名前が記された札が置かれていた。

この人は江戸時代の最後を飾った14代目、祖父の先代板坂立栄の父親にあたる板坂家の13代目である。この図面は江戸時代末期の状態を復元したものだものなのだろう。

しかし、江戸時代の末期と言えば、大村藩は長州藩と同盟を結び、倒幕運動に加担している。秋田の角舘にまで出兵して徳川の残党を討伐する戦いにまで決起している。

大村藩を監視するために徳川幕府から派遣された初代の子孫たちは、幕末にはどのようにふるまったのか、気になるところであるが、立体図面をじっと眺めていると何となく判ってしまうことがある。

板坂の邸の前には広い河川敷があり、河川敷はそのまま砂浜に連なっている。江戸時代の板坂家の人々は屋敷を出て河に沿った道を海辺まで歩き、左折して海を眺めながら登城したのだろう。

250年を経て、大村の地が故郷となった人々には初代の思惑はもはや風化していたに違いない。

ただこの立体図面を見て、あらためて感じるのは復元されているのは城と家臣の武家屋敷のみで、農家はもちろん町民の家も全くないことだった。そこには当時の農民や町民、つまり一般民衆にとって、城はあまりにも遠い異次元の世界であり、民意は決して支配者には届かないという過去の「現実」が示されていた。

長崎の原爆による惨禍も、隣県の原発に対する反感もそこからは感じられない。当たり前だ。しかし人間には支配する者と支配される者の2種類がある。その結果が原爆や原発であり、あらゆる争いごとが利権の奪い合いに過ぎないことが感じられると、今はただ沈黙するしかないのだろうか。(おわり)

本稿は『季節』2022年春号掲載(2022年3月11日発売号)掲載の同名記事を本通信用に再編集した全3回の連載記事です。

◎板坂 剛 長崎・大村紀行 キリシタン弾圧・原爆の惨禍 そして原発への複雑な思い[全3回]
〈1〉家系という負の遺産を背負って
〈2〉暗い過去を秘めた大村藩
〈3〉大村藩の謎は板坂家の謎

▼板坂 剛(いたさか・ごう)さん(作家/舞踊家)
1948年、福岡県生まれ、山口県育ち。日本大学芸術学部在学中に全共闘運動に参画。現在はフラメンコ舞踊家、作家、三島由紀夫研究家。鹿砦社より『三島由紀夫と1970年』(2010年、鈴木邦男との共著)、『三島由紀夫と全共闘の時代』(2013年)、『三島由紀夫は、なぜ昭和天皇を殺さなかったのか』(2017年)、『思い出そう! 1968年を!! 山本義隆と秋田明大の今と昔……』(紙の爆弾2018年12月号増刊)等多数。

〈原発なき社会〉を求めて集う 不屈の〈脱原発〉季刊誌『季節』2024年春号 能登大震災と13年後の福島 地震列島に原発は不適切

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