7月27日13時15分から大阪高裁第2民事部82号法廷で、われわれ鹿砦社に対して李信恵が名誉毀損・損害賠償を求め提起した訴訟の控訴審判決が言い渡された。開廷後、清水響裁判長は「主文、原判決を次のとおり変更する」と一審判決で命じられた165万円の賠償を110万円に減額する判決主文を言い渡した。

この日法廷には、被控訴人(一審原告)李信恵、代理人の神原元弁護士、上瀧浩子弁護士が揃って出廷していた。傍聴席には昨年の本人尋問後に酒に酔って暴行傷害事件を起こし保釈中の伊藤大介も神奈川からわざわざ傍聴に来ていた。おそらくは「大阪地裁判決通り」の満額回答を確信して神原、上瀧両弁護士は控えていたのだろう。しかし、主文が読み上げられると3人の表情は「えっ!」と不意を突かれたように変わったかに見えた。

法律的な判断はともかく、3人の表情に、この争いにおける当事者の感情が収斂されていたといえるだろう。

一連の訴訟の判決を受けて、われわれは、事実、真実には確信を持ちながらも、裁判所の判断には、ほとんど“絶望”に近い境地にいた。当たり前であろう。この日の大阪高裁の判決は、大阪地裁の“最悪判決”よりは、丁寧な事実判断を行っているとはいえ、市民感覚からは程遠い。何よりも1時間余り殴る蹴るされた被害者に対する賠償金と、その真相究明(われわれはこれまでに6冊の書籍に結実させ世に問うている)の賠償命令が同額近くである? これが司法の判断であれば、“集団暴力励行判断”といっても過言ではないだろう。

最も重要なことは、李信恵は鹿砦社出版物4冊(提訴当時出版されていたのは4冊だった)の販売停止など、いやしくもライターを生業とする者にとって全く不当極まりない請求を申し立てていたのであるが、この主たる請求は、大阪地裁でも、大阪高裁でも認められていないことである。

すなわち、本論でわれわれは負けていない、どころか〈勝利〉(松岡にいわせれば「敗北における勝利」)しているのであり、誤判によって大阪地裁から不当にも下された賠償命令が、減額されたというのが、客観的な事実である。

これでもこの事件にかんする限り、判決としては“マシ”であったのだ。判決の詳細の分析、今後のわれわれの法廷闘争、及び出版活動などの方針については、近日中にお伝えする。きょうの原稿では本件訴訟及び関連訴訟を一貫して共に闘っていただいた大川伸郎弁護士の言葉で結ぶ。

「事実認定はこれまで通りですが、たとえば『M君対5人訴訟』の控訴審では、全く訳のわからない理屈が持ち出されました。本件訴訟の地裁判決もそうでした。あれらは誤判です。それに比べれば、不満は残りますが、ある程度丁寧な事実認定がなされたと、一定の評価はできると思います。勿論判決に満足はしていませんが」

「結ぶ」とは述べたが、やはりこの男の感想を載せないわけにはいかないだろう。鹿砦社代表・松岡は判決への感想を、
「少しは押し返したかな、というところです。一審大阪地裁判決は素人目にも判る明らかな誤判でしたから。でもね……」
と含みのある言葉を紡いだ。

画像は法廷での李信恵。髪を切りイメチェン?(画・赤木夏)

判決後、相手側は司法記者クラブで、記者会見を行った模様だ。判決言い渡しの法廷には記者席があった。われわれには決して開かせてもらえなかった記者会見を相手方はいとも簡単に行うことができる。28日の新聞には相手側の言い分が掲載されるかもしれない。不公平じゃないか。

この裁判の詳細は、後日詳しくお伝えする。事実の末尾に真実が宿る。なぜ、われわれは、原告であっても被告であっても「記者会見」すら拒否されるのか。

このことが、このリンチ事件の〈本質〉を示唆しているのかもしれない。司法記者クラブに巣くうマスメディアが、被害者の必死の声に耳を貸さず黙殺し、リンチがあったという事実を隠蔽し、李信恵ら加害者側の声をのみ聞く――どこかおかしいのではないか?

われわれは、司法の場であれ、言論の場であれ、退路を持たない。あらゆる欺瞞を暴き出し、指弾し尽くす。それは自己満足のためではない。人間の根本矛盾を、そして〈生き様〉を問う問題だからだ。

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鹿砦社がツイッター上で李信恵から、散々な罵詈雑言を浴びせられたため、仕方なく名誉毀損による損害賠償を求め提起した裁判の終結直前になって、李信恵側は「反訴したい」と主張し出した。裁判官はそれを認めず、別の訴訟として李信恵が原告となり、鹿砦社を被告として訴えた民事訴訟の一審(大阪地裁)判決は、あろうことか165万円の賠償金と、本通信記事の一部削除を命じる〈不当判決〉だった。当然われわれは上級審の大阪高裁に控訴し、その判決をいよいよ7月27日に迎える。(控訴人=株式会社鹿砦社、被控訴人=李信恵)

 

因縁の大阪地裁/高裁

◆不可解な判決の連続に首を傾げる

再度強調しておかなければならないが、この一連の裁判を初めに提起したのはわれわれ鹿砦社であり、その訴訟で一審(大阪地裁)、控訴審(大阪高裁)ともに李信恵の不法行為を認定しわれわれは勝訴しているのだ(上告を取り下げ確定)。にもかかわらず、不可思議な別訴に対し、大阪地裁は数々の事実誤認と、思い込みとしか考えられない筋の通らない理屈を根拠に165万円もの賠償金と本通信記事の一部削除命令を内容とする判決を下したのだ。

「カウンター大学院生リンチ事件」とか「しばき隊リンチ事件」といわれる「M君リンチ事件」に関係する訴訟には、純粋な司法判断とはどこか異なる、不自然な“もや”のようなものが常に付きまとっている。政治的な背景があるのではないか、とすら考えざるをえない判決の連続や(このかん和歌山カレー事件再審で話題の元大阪高裁判事の生田暉雄弁護士によれば「報告事件」というものがあり、これは最高裁からの指図で、これに指定されると、どうあがいても勝てない訴訟があるとされ、当初はそんなバカなと思いつつも、こうも不当判決が続くと真実味を実感する)、マスコミの恣意的な報道管制。本来だれにでも使用権限があるはずの司法記者クラブ(大阪地裁・高裁の中にある記者クラブ)からことごとく締め出され、一度も記者会見を開かせてもらえていない現実。これらはやはり“何らかの背景”なしに起こりうる事象ではない。

本人尋問で大川弁護士の追及に答えきれず涙ぐむ仕草で裁判官の心証に訴える李信恵(画・赤木夏)。後ろに代理人の神原・上瀧弁護士。2020年11月24日、大阪地裁で。この後、傍聴に来ていた伊藤大介は深夜暴行・傷害事件を起す

李信恵の「謝罪文」(全7ページの内の2ページ)。のちに撤回したことに李信恵の人間性が表われている

 

リンチの是非を問うた人に開き直って恫喝する李信恵のツイート

◆われわれは死力を尽くした! 

そういった背景の中、一審の大阪地裁は、上記の通り不当判決を下したのであったが、控訴にあたり、われわれは死力を尽くした。まず元裁判官(大阪高裁にも勤務)の森野俊彦弁護士に弁護団に加わっていただいた。『週刊金曜日』によれば、「裁判所の内外で発言を続けた裁判官は、森野俊彦氏しかいない」とされ、失礼な物言いながら、当初予想した以上に優れた方であることがすぐに判った。従前より一連の訴訟を担当していただいている大川伸郎弁護士、森野弁護士を中心に何度も打ち合せを行い、精神科医・野田正彰先生にM君の「精神鑑定」を行っていただき、ニューヨーク州立大学名誉教授で心理学者の矢谷暢一郎先生からも海の向こうから「意見書」を頂いた。いずれも重厚な内容である。

そして地裁判決が素人目にも粗雑であって(例:証拠として提出してある書籍の中にある人物の電話取材を掲載しているが、判決文では「取材をしていない」と断言している。裁判官はろくろく証拠に目を通していないのだ)、重要な事実認定に妥当性を欠き、判決全体が恣意的な内容であることを「控訴理由書」、およびこの補充書で指摘した。さらには、われわれの委託を受けて取材に飛び回ってくれた、ジャーナリスト寺澤有氏の「陳述書」、さらには鹿砦社代表・松岡の渾身の「陳述書」など、これまでになく力を込めた。

勝ち負けは別として、これだけ衆智を結集した。果たして大阪高裁が、これらの知見を越える判断を示すか、興味津々だ。

大阪地裁判決前に、まさかこのような〈不当判決〉が下されるとは、われわれは予想だにしていなかった。だから、控訴審に向けては限られた時間の中で弁護団の先生にはかなりの無理をお願いし、われわれも死力を尽くした。

これ以上の証拠や、地裁判決を弾劾する法的哲学、論理は探求しようがない、といえるところまで「控訴理由書」、この補充書は研ぎ澄ました。野田正彰先生、矢谷暢一郎先生のご尽力には感謝に堪えない。

論理的にわれわれは、負けるはずはないと確信している。しかし、裁判所は証拠と論理を揃えても、一般人の「市民感覚」から遊離した判決を少なからず出すことがあることも知っている。

李信恵の「名言」の数々(『真実と暴力の隠蔽』巻頭グラビアより)

◆7・27控訴審判決に注目を!

繰り返す。われわれは死力を尽くした。当然地裁判決破棄の判決を期待するが、判決の如何に関わらずできうることはすべてやり尽くした。判決の如何を問わず、「やれることはすべてやり切った」との想いが強い。

だから、大阪高裁には“真っ当”な判決を出してもらわねばならない。7月27日(火)13時15分から大阪高裁(別館)82号法廷で判決言い渡しが行われる。猛暑の中であるが、関西在住の方で都合のつく方は傍聴に結集を! 判決は、結果の如何にかかわらず当日速報を打つ予定だ。圧倒的な注目を! 

 

自ら泥酔したことをツイート。常識的に考えれば、1升近く飲んで泥酔しないわけはない

ちなみに、集団リンチの被害者M君は、いまだにリンチの後遺症に苦しんでいる。一方で、加害者グループの一人として実際にリンチの現場に居合わせ、1時間ものリンチを見聞きしつつも止めもせず、救急車やタクシーを呼びもせず、師走の寒空の下に放置して立ち去った李信恵は何の反省もなく、最近も(コロナ禍で少なくなっているとはいえ)各地の「人権団体」や行政などの招聘で講演旅行に回っている。

李信恵は、この時代「反差別」の象徴、あるいは旗手たり得る人格と思想を備えているであろうか。「日本酒に換算して1升近く飲んだ」(李信恵本人のツイート)と平然と公言するほど泥酔した挙句、集団リンチ事件に連座した責任を、どのように申し開きできるのだろうか。われわれは〈あらゆる差別に原則的に反対する〉が故に、この闘いを貫徹してきた。少なからずの傷も負っている。だが、〈差別〉に関する限り〈原則〉は譲ることはできないのだ。〈本当に撃つべきもの〉は何であるのか?この問いに立脚することをわれわれは一時(いっとき)も忘れはしない。

「因果応報」という言葉がある。この通信でもことあるごとに述べているが(7月12日号参照)、かつて「名誉毀損」に名を借りた言論・出版弾圧事件で鹿砦社弾圧に手を貸した者がことごとく再起不能なまでに失脚したことをわれわれは知っている。それは決して“偶然”だろうか――われわれは「因果応報」という言葉を信じる。リンチの被害者がこの後遺症に苦しみ、加害者が表舞台で「反差別」や「人権」などを語る講演三昧などという世の中は不条理だ。

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先日、ミャンマー・サッカー選手が日本での試合を終え帰国の途につこうという直前で、これを拒否し日本政府に保護を求めるという事件が報道されました(画像1参照)。そして難民認定を求め申請しました(22日)。

[画像1]朝日新聞2021年6月17日夕刊

[画像2]共闘していた頃。1971年4・28沖縄闘争(戦旗257号 1971年5月15日号)

ここで中心的に動いたのが空野佳弘弁護士ということが新聞報道で名が出ていて、これを発見し驚きましたが、空野弁護士は、実は「カウンター大学院生リンチ事件」(別称「しばき隊リンチ事件」)被害者M君の父親と同期で同じグループ「京大C戦線」で1970年代初頭の学生運動に関わっていました。71年から72年前半には、「全京都学生連合会」(京学連)を結成し、私たち同志社大学全学闘と共闘していました(画像2)。

京大C戦線は、私たちと別れた後、ある中国派の党派と共に「マルクス主義青年同盟」(マル青同)を結成、全国党派を目指しますが、しばらくして破綻、空野弁護士は、ご自身から伺った話では、それまでに全く単位を取っておらずゼロから勉強し直し、遅くして司法試験に合格し弁護士になったそうです。弁護士登録が1985年ということですから、学生現役時代に合格した者に比べれば10年遅れています。さすがに“腐っても京大”です。同志社ではこうはいきませんが、元々頭の出来が違います(苦笑)。

この「京大C戦線」の指導者は、吉國恒雄さん(故人。ジンバブエ研究の第一人者。生前は専修大学教授)で、マル青同解体後アメリカ西海岸に逃れ研究生活に入ります。ほぼ同時期に活動した矢谷暢一郎さんと同様です(矢谷さんは東海岸)。

そうして68年6・28 ASPAC御堂筋突破闘争で、吉國さんも矢谷さんも逮捕・起訴されます。この闘争、同志社だけで約800名の部隊だったというから凄いです。その後私たちの頃になると、多い時でこの半分ぐらいでしたから。

そうして、71年10月8日、判決を迎えます。これを報じる新聞記事(画像3)には「寛刑」との文字が躍っていますが、軽かったのは判決だけでなく、検察の求刑も、その後、70年代後半以降に比べると、ずいぶん軽いイメージです。

[画像3]1968年ASPAC闘争の判決を報じる読売新聞1971年10月8日夕刊

71年、この年、裁判官に任官されたばかりの森野俊彦先生は、ASPAC闘争の裁判を担当し判決文を起案されたということです。この判決の記事を、当時学友会ボックスでみなで回覧し、あれこれ歓談したことを覚えています。

71年は、いわゆる「青法協」(青年法律家協会)問題が起き、同期の7名が任官されませんでした。この期(23期)には、私たち一般にも知られる方として、宇都宮健児、澤藤統一郎、梓澤和幸といった弁護士がおられます。森野先生も同期の仲間と共に7名の任官を求め闘いますが、森野先生は唯一裁判所の内部から変革を求めて「日本裁判官ネットワーク」を結成されたり定年まで闘い続けられます(画像4参照)。

定年後は、弁護士として活躍されていますが、ひょんなことから出会い私たち鹿砦社の代理人も務めていただいています。森野先生ら23期の方々が最近『司法はこれでいいのか』(現代書館刊)を上梓されましたので、詳しくはこの本をご覧ください。

[画像4]『週刊金曜日』(2021年5月21日号)の森野俊彦弁護士紹介記事

そうして、対李信恵訴訟控訴審、矢谷暢一郎さん(4月20日付けでニューヨーク州立大学名誉教授を拝命。画像5)が心理学者の立場から「意見書」を書いていただき裁判所(大阪高裁)に提出しました。

一方、森野先生には「控訴理由書」、同補充書などの書面作成にご尽力いただきました。大阪高裁の裁判官をも務められたこともあり、(元)裁判官の目から本件リンチ事件の本質を捉え、非常に有益でした。

ちょうど50年前の1971年に、裁く側と裁かれる側に在った、矢谷さんと森野先生が、50年の年月を超えて今、鹿砦社のために一肌抜いていただいたのです。さらには、「京大C戦線」で活動していた方々には、16年前の「名誉毀損」逮捕事件でも奔走いただき、今回の対李信恵訴訟控訴審でも「公平、公正、慎重な審理を求める要請書」にも重村達郎弁護士と赤川祥夫牧師に提出いただきました。

矢谷さんは、かつて学生運動に関わっていたという理由で1986年、ロンドンの学会から戻りニューヨーク・ケネディ空港に降り立ったとたんに突然逮捕され44日間勾留されますが、同僚教官やオノ・ヨーコさんらが奔走し無罪放免されます。そうして全米を動かした「ブラック・リスト抹消訴訟」、いわゆる「YATANI CASE」といわれ国際的にも司法、法曹関係では有名な事件です。この件は、古い本ですが『アメリカを訴えた日本人』(毎日新聞社刊)を(古書市場で求められるか図書館で借りるかして)お読みください。

[画像5]矢谷さんの講演会の後で加藤登紀子さんが労ってくれました。矢谷さん(左)、加藤さん(中央)、松岡(右)

この50年、矢谷さんは判決前後に大病を患い、これが治り夫婦で再起を期して渡米され、同志社は中退でしたので学士を修めるところからやり直し(この点は先の空野弁護士と同じです)、修士、博士号を取得、ニューヨーク州立大学講師の職も得、ようやく先が見えてきたところで突然逮捕されるなど苦難の人生だったことが窺われます。

一方、森野先生も、若い頃の青法協活動、その後「日本裁判官ネットワーク」の活動など、いわば“危険分子”と見なされていたようで、地方や家裁回りが多かったとのことです。

蛇足ながら私も、お二人に比べれば小さいですが、大波小波、いろいろありました。今では笑って話せますが、一時はもう再起不能と思い絶望の渕にありました。奇跡的と言っていいと思いますが、皆様方のご支援により再起することができました。

今からちょうど50年前の1971年、お二人が法廷で対峙していた年、私たちは、本土「復帰」直前の沖縄返還協定調印→批准阻止闘争、三里塚闘争、そして学費値上げ阻止闘争に走り回っていました。

目をつぶれば走馬灯のように50年前のいろいろな出来事が甦ってきます。もう過去を振り返ってもいい歳になりましたが、当時の初心を想起し、いつまでも社会的不正には怒りを込めて振り返ることを忘れないでいきたいと、あらためて思った次第です。

*鹿砦社からも矢谷さんの著書を出版しています。2014年秋の同志社大学学友会倶楽部主催講演会に間に合わせるために急遽製作しました。『日本人の日本人によるアメリカ人のための心理学——アメリカを訴えた日本人2』です。ぜひご購読お願いいたします。

矢谷暢一郎『日本人の日本人によるアメリカ人のための心理学——アメリカを訴えた日本人2』

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前回に引き続き、今回は主に「ヘイトスピーチ」を理論付けした師岡康子弁護士について思う所を申し述べてみたいと思います。

◆正体不詳の師岡康子という人物──いわゆる「師岡メール」に表われた冷酷な人間性

師岡康子弁護士は「カウンター」活動に理論的根拠を与えた人物で、それは前回(上)の冒頭に挙げたように『ヘイト・スピーチとは何か』として結実しています。ところが、不思議なことに師岡弁護士は自己の正体を秘することに努めているようで、生年や出身大学などもみずから明らかにすることはせず(著書にも不記載)、その他、経歴、プライベートなど不詳です。

わずかに父親が共同通信の幹部であったこと、京都大学卒業ぐらいが判明しているほどですが、これまで、あまり私的なことを詮索したり詳しい調査をしていない私たちにはそれ以上の経歴などは不明です。私見ながら、公人、あるいは準公人の人となりや考え方、全体像などを理解するには、プライベートや経歴、失敗の経験を含めて情報を吟味することが必要だと思っています。人生誰しも「常に正しい」わけではありませんから。

師岡康子弁護士

師岡弁護士が学生時代(京都大学)を語った文章や発信を見たことはありません。あまり評判のよくない政治グループ、△△研で活動していたという噂が伝わってきましたが、真偽不明です。ですからこの件も含め諸々質問を直接ぶつけようと、特別取材班が電話取材を試みましたが取材にも応じていただだけませんでした。諸々の疑問への真偽は想像するしかありません。師岡弁護士には質問したいことが山積しています。いつかリンチ直後のM君の壮絶な写真を持って講演会や記者会見に伺おうか、とさえ思ったものです(本気です)。

弁護士として「ヘイトスピーチ解消法」の立法化にも尽力した師岡弁護士はマスコミにも頻繁に登場する「公人」(あるいは「準公人」)です。私たちは誰かさんたちとは違い、暴力をちらつかせ脅迫的な質問などはしません。今からでも取材に応じていただくのが社会的責任というものでしょう。

師岡弁護士に対する私の印象が最も強いのは、いわゆる「師岡メール」と揶揄される、彼女がリンチ被害者M君と共通の知人・金展克氏に送ったメールです。常識では考えられない暴論、暴行事件被害者への人権的配慮はまったくなく、恣意的な法解釈、非人間性が余すところなく露呈したメールです。呆れるほどの暴論を展開し、M君リンチ事件が表面化することを潰そうとの意思を剥き出しにした醜文です。

師岡は、師走の寒さ厳しき大阪・北新地で、深夜1時間にもわたる凄絶なリンチを受けた大学院生(当時)M君の被害を一顧だにせず、刑事告訴を止めさせようと必死に努めました。M君が刑事告訴すれば、M君は、

「これからずっと一生、反レイシズム運動の破壊者、運動の中心を担ってきた人たちを権力に売った人、法制化のチャンスをつぶしたという重い十字架を背負いつづけることになります。そのような重い十字架を背負うことは、人生を狂わせることになるのではないでしょうか」

とまで言い切っています。

師岡の反人権的人間性を表わした、いわゆる「師岡メール」

 

「ヘイトスピーチ解消法」の性格を象徴する有田芳生と西田昌司の握手

頭の中が倒錯しています。この言葉は直接M君に伝えられたものではないにせよ、周辺人物への明かな恫喝ともいえるでしょう。ここにはリンチ被害者M君への人間的な配慮など微塵もありません。師岡の冷酷な性格が表われています。師岡は「人権派」ではなかったのか!? 少なくともそう装っていましたが、メッキは時として剥げるものです。

「重い十字架を背負いつづける」のはリンチの加害者であるべきであり、被害者が「反レイシズム運動の破壊者」として「重い十字架を背負いつづける」という理論はどうのようにすれば成立するのか。どうして被害者が「重い十字架を背負う」必要があるのか。生起した事実へのあまりにも非道で倒錯した(悪意に満ちた)本音の吐露には吐き気がするほどです。「重い十字架を背負いつづける」べきは李信恵ら加害者5人とその隠蔽に加担した人々のはずです。

有田芳生参議院議員と連携し、ともかく「ヘイトスピーチ解消法」を成立させたかったのでしょう。有田は「ヘイトスピーチ解消法」立法化の最終局面で、自民党の中でもとりわけ悪質な差別主義者である極右政治家・西田昌司参議院議員と不可思議な握手をしました。あの「握手」が意味したことは何だったのでしょうか? 水面下で何があったのでしょうか? 5年前のちょうど今頃6月のことです。

しかし、師岡は、その「ヘイトスピーチ解消法」だけでは不満なようで、更なる罰則強化、もしくは新法を企て、さらには関連の省庁の新設までも構想していることが報じられています。今後の師岡の動きが注目されます。

さらなる罰則強化、あるいは新法制定をアジる師岡康子弁護士

◆呪われた「ヘイトスピーチ解消法」──人ひとりを犠牲にして成立した法律が人を幸せにするはずがない!

リンチ事件の存在は1年以上も隠蔽され、「ヘイトスピーチ解消法」は成立しました。深夜、「日本酒に換算して1升近く飲んだ」(李信恵のツイート)李信恵ら加害者が、5人で1人の若者に凄絶な暴力を加えたリンチ事件を隠蔽することによって「ヘイトスピーチ解消法」は成立しました──あまりに呪われた法律と言わざるを得ません。
 
M君リンチ事件と、これに関係した加害者たち、「ヘイトスピーチ解消法」を制定するために隠蔽活動に狂奔した者たち、リンチ事件を知りながら、「見ざる、言わざる、聞かざる」に終始し、わが取材班の取材から逃げ回った者たち……M君リンチ事件は、人の生き方、人間としてのありようを問うものでした。ふだん立派なことを言っていても、現実にこうした事件に直面した時にどう振る舞うかで、その人の人間性なり人となりが明らかになるものです。特に「知識人」といわれる人たちにとって、みずからの学識と、“今そこに在る現実”への対応の乖離を、どう理解すべきでしょうか? 

リンチ事件が起き1年余り経ってから、このことを知った私は仰天し、「現在のような成熟した民主社会にあって、いまだにこうした野蛮なリンチ事件が起きたのか」とショックを受けました。かつて私は学生運動に関わり、そこで起きた、いわゆる「内ゲバ」にもたびたび遭遇しました。私が大学に入学する前年に先輩活動家が死亡していますし、入学した年には有田芳生参議院議員が所属した政党のゲバルト部隊(「ゲバ民」と呼ばれました)によってノーベル賞受賞者の甥っ子の先輩活動家が一時は生死を彷徨うほどの重傷を負った事件があり衝撃を受けました(ちなみに、大学は異なりますが、有田と私は同期で同時期に京都で活動していました)。

さらには翌年、最近映画でも採り上げられましたが、真面目な同大の年長活動家が他大学のキャンパスで殺されるという事件もありました。私自身も、有田議員が所属した政党のゲバ民に襲撃され病院送りにされていますし、また現在某政党の幹事長が創設した政治グループにも襲撃され後頭部を鉄パイプで殴られ重傷を負いました(数年間、時に偏頭痛に悩まされました)。

私はノンセクトで大学時代に活動したぐらいでしたが、卒業後、内ゲバは激化し多くの学生活動家や青年が亡くなると共に、あれだけ盛り上がった学生運動、反戦運動も衰退化していきました。もちろん他にも原因はあるのでしょうが、内ゲバが最大の要因になっていることは言うまでもありません(このことは、『暴力・暴言型社会運動の終焉』の中で山口正紀さんがガンで療養中に必死に書かれた「〈M君の顔〉から目を逸らした裁判官たち」、「デジタル鹿砦社通信」2019年10月28日付け田所敏夫執筆「松岡はなぜ『内ゲバ』を無視できないのか」を参照してください)。

「内ゲバ」問題もそうですが、外形的な「ヘイトスピーチ」を批判するだけではどうにもなりません。「ヘイトスピーチ解消法」成立に至る過程の裏で起きた凄惨なリンチ事件──この根源的な問題を探究することなくしては、同種・同類の事件は再発するでしょう。このことをリンチの被害者M君や私たちは事あるごとに訴えてきました。実際に、M君リンチに連座した者(伊藤大介)が再び暴行傷害事件を起したことは、この「通信」や『暴力・暴言型社会運動の終焉』などで、すでに明らかにした通りです。

そして、「ヘイトスピーチ解消法」の成立は、果たして、本質的な「差別解消」に寄与したのか──私たちの関心の中心はそこにあります。表現規制を設けても、内面は変えられません。犯罪抑止の法律を厳罰化すれば、より陰湿な犯罪が法律外で多発する現象はよく知られています。表現の規制が本質的な「差別解消」にこの5年間どのように作用してきたのでしょうか。定量的な測定が可能な問題ではありませんが、人々の心の中に宿る「差別の総量」は、減少したのでしょうか? そして司法も行政も、法律や条例を設ければ事足れりという「形式主義」(ことなかれ主義)に傾いてはいないでしょうか?

例えば、「教育改革」「大学改革」「政治改革」「司法改革」……この半世紀、「改革」という言葉が喧伝され法律や条例が設けられたり、あれこれ“制度いじり”がなされましたが、ことごとく失敗しています。「仏作って魂入れず」、古人はよく言ったものです。

さらに加えれば、このリンチ事件の被害者M君救済/支援と真相究明の活動を通して、取材班キャップの田所敏夫が広島被爆二世であることで似非反差別主義者を許さないという強い意志を私たちも共有し、取材班内外に於ける在日コリアンの方々らとの交友を通して「原則的に差別に反対する」姿勢であることを、ことあるたびに明らかにしてきました。

同時に私たちは「あらゆる言論規制にも反対」の立場です。しかし「差別を禁止する法律を作ろう」(さらに師岡は省庁まで作ろうと主張しています)などとの発想は、間違っても浮かびません。人間の内面は法律によって規制されるべきものではなく、また法律は人間の内面まで入り込むことも不可能だと考えるからです。こうした意味で、師岡弁護士の『ヘイト・スピーチとは何か』に述べられた思想には到底納得するわけにはいきません。

リンチ事件から6年半──今に至るもM君はリンチのPTSDに悩まされています。就職、研究などもうまくいかず「人生を狂わせ」(師岡メール)られてしまいました。一方、リンチの中心にいた李信恵は、何もなかったかのように、あたかも「反差別」運動を代表する人物として大阪弁護士会、行政、法務局などあちこちに講演行脚して、まことしやかなことを話しています。講演するなら、この冒頭にリンチについて述べてみよ! 

世の中、なにか変だと思いませんか? (了。本文中一部を除き敬称略)

◎あらためて「ヘイトスピーチとは何か?」について考える
(上)(2021年6月12日)http://www.rokusaisha.com/wp/?p=39239
(下)(2021年6月14日)http://www.rokusaisha.com/wp/?p=39295

*『暴力・暴言型社会運動の終焉』内に「危険なイデオローグ・師岡康子弁護士」とのタイトルで一項設けていますので、こちらもぜひご一読ください。

《関連過去記事カテゴリー》
 M君リンチ事件 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=62

『暴力・暴言型社会運動の終焉』

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『ヘイト・スピーチとは何か』は、極右/ネトウヨのヘイトスピーチに対する「カウンター」や「しばき隊」の理論的根拠となっているとされる本です(詳しくは『暴力・暴言型社会運動の終焉』7項「危険なイデオローグ・師岡康子弁護士」参照)。「ヘイトスピーチ解消法」が制定されて5年になりますが、師岡弁護士とは異なった見地から、あらためて「ヘイトスピーチとは何か?」について考えてみようと思います。

◆元SEALDsの女性活動家の勝訴判決に思う

6月1日、元SEALDsの女性活動家2人が、極右/ネトウヨと思しき人物からSNSで受けた夥しい暴言による精神的傷、名誉毀損に対して民事訴訟を起こし100万円の賠償金を勝ち取り勝訴しました(東京地裁)。判決後記者会見も行っています。また、かの神原元弁護士も代理人に名を連ねているということです。

確かに極右/ネトウヨによるSNSを使った暴言は酷いので、この判決は妥当でしょう。しかし、忘れてならないのは、当時のSEALDsメンバーあるいは周辺の者による、SEALDs批判者に対する彼ら・彼女らが行った同種・同類の暴言についてです。これは問題にならないのでしょうか? 上記の元SEALDsの女性のケースだけを問題にし、SEALD以外の他のケースも同等に問題にしなければ偏頗なものになるのではないでしょうか?

 

「しばき隊」のドン・野間易通

例えば、韓国から母子で日本に研究に来ている女性、鄭玹汀(チョン・ヒョンジョン。当時京大の研修員)さんがSEALDsについての論評を発表するや、野間易通を先頭に「カウンター」「しばき隊」のメンバーによって、SNSを駆使し激しい誹謗中傷、罵詈雑言が鄭さんに浴びせられました。

あまりにも激しい攻撃に、鄭さんの研究者仲間が立ち上がり鄭さんをサポートしました。鄭さん自身も民事訴訟を準備していたようですが、諸事情で断念しています。韓国から来日し、日本人とは同等の権利を持たない不安定さ、また娘さんがいるのも不安だったものと推察します。異国で訴訟沙汰を起こすのが大変なことは容易に想像できます。ここを見透かして野間らが鄭さんを攻撃したのであれば、さらに悪質と言わねばなりません。

 

合田夏樹さんを脅迫する伊藤大介のツイート

「カウンター」「しばき隊」(そしてSEALDs のメンバーの一部は)は、女性や娘さんらに対しては殊に激しく攻撃する傾向がありました。保守系を自称し私たちと思想信条は異なりますが、四国で自動車販売会社を営む合田夏樹さん(当時はツイッター上ではかなりの有名人でした)も恐怖した一人です。合田さんに対しては、伊藤大介らによって有田芳生参議院議員の宣伝カーを使い、会社、自宅(近く)まで出向き、身障者の息子さんを持つ奥さんに恐怖を与え、また東京に進学し一人暮らしを始めた娘さんに対しても襲撃を匂わすツイートを流したり、卑劣な発信が続きました。やりたい放題です。思想信条の違いがあるとはいえ、私たちは数に頼っての卑劣な攻撃は理解できませんし、ましてやそのような手段は絶対に取りません。過去このような行為を主導した(今回の原告個人が関わったかどうかは、わかりません)SEALDs の“負の歴史”は見過ごされ問題にならないのでしょうか? こうしたことを問題にせず、上記の元SEALDsの女性活動家のケースのみを殊更採り上げるのは偏頗だといえるのではないでしょうか? 

さらには、当時は隠蔽され後に発覚するリンチ事件の被害者М君に対する誹謗中傷や罵詈雑言も同様です。М君に対してのツイートは激しい「ヘイト(憎悪)」が満ち満ちており、これこそ「ヘイトスピーチ」「ヘイトクライム」ではないのか、と思います。

さらには、リンチ事件に疑問を持ち私たちより少し遅れてМ君リンチ事件に対する批判を実名で公表した、ある公立病院に勤める金剛(キム・ガン)医師に対する攻撃、彼にはSNSによる誹謗中傷に加え病院に電凸攻撃がなされました。人の生死に関わる病院への数多くの電凸攻撃など常識では考えられません。日頃「人権」を口にする者がここまでやるとは言葉がありません。
 
◆「ヘイトスピーチ解消法」制定5年……

「ヘイトスピーチ解消法」が制定されて5年が経ちました――。俗に「ヘイトスピーチ、ヘイトスピーチ」と言いますが、では「ヘイトスピーチ」とは何でしょうか? 条文によれば「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」と規定され、これを「解消」する法律が「ヘイトスピーチ解消法」だということです。法務省のホームページを見れば、「特定の国の出身者であること又はその子孫であることのみを理由に,日本社会から追い出そうとしたり危害を加えようとしたりするなどの 一方的な内容の言動が,一般に『ヘイトスピーチ』と呼ばれています」とあります。

これによれば、上記の元SEALDs の原告女性に対する暴言が「ヘイトスピーチ」であるかどうか、法的観点から見れば微妙であると考えられます(「ヘイトスピーチ」ではなく「名誉毀損」であれば法的な合理性はあるでしょう)。原告に浴びせられた言葉が発せられた心因には、暴言=言葉の暴力を喚起させる動機があったのでしょうから、法律によらずとも「ヘイト(憎悪)」に満ちた言葉を発し攻撃するということからすれば、先の合田さんへの攻撃同様に、広義の意味においては「ヘイトスピーチ」「ヘイトクライム」と言っていいでしょう。

他方、鄭さんや金剛医師は「本邦外出身者」「特定の国の出身者」です。SEALDs やリンチ事件に批判的な発言をしたからといって、激しい誹謗中傷、罵詈雑言を受けたことは「ヘイトスピーチ解消法」に照らせば、法的には「ヘイトスピーチ」に分類されはしないでしょうか。私は日本人としてこのような言動に加担した属性であることを(私自身の行為ではまったくありませんが)、人間として恥ずかしく思います。「ヘイトスピーチ」を批判する者が、一方で「ヘイトスピーチ」の手法を用いる――「目的のためには手段を選ばず」との疑念がぬぐえません。なにかおかしくはないですか? 

実は私がSEALDsや、これと連携する「反原連(首都圏反原発連合)」や「カウンター」「しばき隊」に、遅ればせながら疑問を持ったのは、彼らによる鄭さんへの攻撃がきっかけでした。それまで「反原連」には年間300万円ほどの資金援助をするほど親密な関係でしたし、反原発雑誌『NO NUKES voice』の6号までは「反原連」色が比較的濃いものでした。

しかし、同誌6号(2015年11月25日発行)で「解題 現代の学生運動――私の体験に照らして」という拙稿で鄭さんへの攻撃やSEALDsの思想、排除の論理などに疑問を呈するや、「反原連」から同年12月2日付けで一方的に「絶縁」を宣せられました。同誌6号発行からわずか1週間後のことです。同誌6号には、SEALDsの代表的人物、奥田愛基のインタビューも掲載されています(帝国ホテルの高級日本料理屋でインタビューするほど厚遇しました)。この時期「反原連」はまだ勢いがあり、カンパもそれなりに集まっていたので、小うるさい私たちなどどうでもよかったのでしょう。

SEALDs奥田愛基と「反原連」ミサオ・レッドウルフ

 

SEALDsとしばき隊の関係を象徴する画像。左からM君リンチに連座した李信恵、伊藤大介、激しいツイートで有名な木野寿紀、SEALDs奥田愛基

「反原連」の「絶縁」宣言に対し私は同誌次号(7号。2016年2月25日発行)で反論、「さらば、反原連」とのタイトルで「反原連」と訣別し独自の道を歩むのですが、「反原連」は世間の関心も薄れ資金的に苦しくなったからと言って、今年3月末で「活動休止」を発表しました。この11日に発売になった同誌28号にて、やはり「反原連」に苛められた植松青児さんが「反原連の運動を乗り越えるために」という題で長文の記事を書かれていますのでぜひご覧になってください。

ともかく、「反原連」「しばき隊」「カウンター」「SEALDs」「TOKYO DEMOCRACY CREW」「SADL」「男組」等々、いろいろな名称を使い、一人でいくつもの団体に関係し、それらをうまく操ることに長けた者(野間易通、ミサオ・レッドウルフ、こたつぬこ=木下ちがやら)が複数名いて、彼らの号令一下、有機的に動いたことは事実であり、一定期間、大衆を惑わせる効果は持ちました。野間、ミサオら非共産党の者らと木下ちがやら共産党系の者らが巧妙に手を組んだといえるでしょう。メディアも彼らの意向に沿って、なにかしら「新しい社会運動」が発生したかのように報じ、M君リンチ事件のような不都合なことは報じず、綺麗事を報道することに終始しました(メディアの社会的責任放棄です)。

反原連「活動休止のご報告」

彼らは暴力をちらつかせ暴言をSNSで発信し、批判者や対抗勢力を排除していきました。リンチ事件が、2015年という安保法制反対運動の盛り上がりに隠れて表面化しなかった背景にはこのような事情もあったのでしょう。「カウンター」や「しばき隊」「SEALDs」らの勢いの蔭に隠れ、あれだけの被害を受けたM君の心中はいかばかりだったのか、と想起すると、若いM君が憐れに思えてきます。M君は、未だにリンチのPTSDに苦しめられています。一方で、リンチに連座した伊藤大介は再び同類の暴行傷害事件を起こしたり、李信恵は、あたかも何もなかったかのように執筆活動や講演などに奔走したり……考えさせられます。なにかおかしいと思うのは私だけでしょうか。(文中、一部を除き敬称略)(つづく)

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当社が出版した「M君リンチ事件」(カウンター大学院生リンチ事件、しばき隊リンチ事件)関連出版物4冊と「デジタル鹿砦社通信」の記事について 一審(大阪地裁)では、李信恵の主張を一方的に認め、私たちに賠償金165万円と「デジタル鹿砦社通信」の一部削除を命じた不当判決に対して、鹿砦社は大阪高裁に控訴していました。この控訴審第1回弁論が、5月25日午前10時、大阪高裁で開かれました。

大阪地裁による不当判決のあと、論理的整合性のある判断を求め、私たちは、全智全能、総力を尽くしました。多くの方々が快く協力してくださいました。

弁護態勢は、当初からの大川伸郎弁護士に加え、元裁判官(大阪高裁にも勤務経験のある)で「日本裁判官ネットワーク」の中心メンバーとして司法を内部から変えようと長年にわたり献身された、良心的法曹人の象徴的な存在、森野俊彦弁護士に代理人として加わっていただきました。

次いで「控訴理由書」と共に「公平、公正で慎重な審理を求める要請書」を法曹、言論関係の専門家を中心に31名の皆さんより頂き、大阪高裁へ提出いたしました。

そうして心理学者・矢谷暢一郎先生(4月20日付けでニューヨーク州立大学名誉教授に任命)の「意見書」、また刑事事件でも数々の精神鑑定実績のある精神科医・野田正彰先生の「精神鑑定書」、さらには取材を手伝ってくれたジャーナリスト・寺澤有氏の「陳述書」、リンチ被害者M君の「陳述書」、加えて控訴人鹿砦社代表・松岡の「陳述書」などを提出しました。

これまでの判断基準では私たちの主張が裁判所に受け入れられないのではないか、と思慮し、松岡、寺澤氏、M君の証人申請も行いましたが、大阪高裁は「陳述書で事足りる」として、いずれも却下されました。

一審判決は、暴力を容認しリンチに加担する判決でした。M君は1時間近くにわたる殴る蹴るの凄絶なリンチによって記憶も曖昧になる中で、李信恵が出合い頭に「なんやねん、おまえ! おら!」とM君の胸倉を摑み(この事実は本人の証言で明らかです)殴り掛かりましたが、その最初の一発が「平手」か「手拳」かに異常に拘泥し、M君の記憶が変遷していることを理由に「信用できない」として李信恵の主張の全体を認めるという、まさに「木を見て森を見ない」判断となりました。この一部分で全体を判断されてはたまったものではありません。地裁の裁判官も、1時間ほどリンチを受けたらどうや、とさえ言いたくもなります。50発も60発も殴られて、正確に記憶している人などいないでしょう。

M君は一方的にリンチに遭い、この間、李信恵らは悠然とワインをたしなみ談笑するという修羅場でした。挙句に“名台詞”となった「死ぬんやったら店の中に入ったらええんちゃう」と言い放ち、リンチが終わるや、師走の寒空の下にM君を放置し立ち去っています。M君は必死でタクシーを拾い帰宅しましたが、血まみれのM君に驚きタクシーの運転手は料金を受け取らなかったといいます。

リンチ直後のM君の悲惨な顔[左]とこれに倣ってその後、ネットで流布された画像[右]。筆舌に尽くし難いネットリンチ! ここまでくると犯罪だ!

リンチ後になされたセカンドリンチの一例。「反差別」とか「人権」とかうそぶく者はここまでやるのか

◆リンチ被害者M君と出会って5年──

私たちがM君と巡り会ったのはリンチ事件から1年余りも経っていましたが、李信恵や彼女の周辺は事件の隠蔽を図り、それは成功するかに見えました。しかし、悪事は必ず発覚します。私たちは偶然にこの事件を知り救済を求めてきたM君に対して、救済・支援と真相究明に関わることにし、それから5年余りが経ちました。断ろうと思えば断れたかもしれませんが、この時の私の選択は間違いなかったと今でも思っています。

鹿砦社は特別取材班と共に地を這うような徹底した取材により、これまでに6冊の出版物にして世に問いました。マスメディアが李信恵を、あたかも「反差別」運動の旗手であるかのように表面的な虚飾を報じ、しかし凄惨なリンチ事件を報じない中、私たちの努力は、心ある少なからずの方々の琴線に触れ共感を得ることができた、との感触が確かにあります。

控訴審は一回結審となりました。私たちは大袈裟かもしれませんが、死力を尽くしました。また一審判決の誤判部分も明らかにしましたので、基礎的な読解力と論理に立脚すれば、即日結審であろうと、私たちに不利な判断はないものと信じます。もし敗訴があるとすれば、一審同様、法務局や大阪弁護士会がイベントの講師として招く李信恵に忖度した場合でしょう。

典型的な村八分行為「エル金は友達」活動。これでM君は精神的に滅入ったという

同上

これだけハッキリ言われるとは……。これをツイートした呉光現は某キリスト教組織の幹部。当然抗議したら腰砕けになった

私たちが問いかけたのは、差別の根源に関わる問いです。表層は若者に対するリンチ事件でありましたが、その深層にはさらに深刻な民族差別(在日コリアンに象徴的な)が横たわってはいないか? このことは何度でも繰り返したいと思います。私たちが取材を通じて知り合った在日コリアンの方々は、「差別」や「人権」を弄ぶ似非反差別主義者を強く批判され、李信恵やコリアNGOセンター幹部らのリンチ事件への狡い対応が、逆に在日コリアン全体が狡いという悪いイメージを増幅、拡大すると言われました(しかしみな報復を怖れ表立っては言えないと忸怩たる表情で語られました)。

詳しくはいずれ「デジタル鹿砦社通信」や続編出版物などで報じたく思っています。

判決がどうなれここで一区切りと言ってよいでしょう。これまで陰に日なたに応援していただいた皆様に深く御礼申し上げます。私も、特別取材班の中心メンバーたちも大阪地裁における不当判決以降、全力で突っ走ってきました。正直25日の期日のあとは、若干の疲れが出たことも事実です。

私はこの件が、きっちり片が付くまでは引退しません。引き続きご注目とご支援をお願いいたします。

【追記】傍聴に、リンチに連座した伊藤大介が来ていました。わざわざ関東から来たようです──彼は保釈期間中だと推察されますが、そうであれば移動制限はないのでしょうか。一審の裁判終了後、李信恵らと出掛け深酔いして深夜極右活動家を呼び出し暴行に及び事後逮捕→起訴→保釈、現在横浜地裁で非公開の争点整理が数回なされたとの噂を聞きました。

伊藤やしばき隊・カウンター界隈は箝口令を敷いているようで、その後の経過が判りません。ふだん饒舌な神原弁護士も一切ツイートしていません。一度のりこえネットの「NO HATE TV」で神原弁護士や、安田浩一、野間易通らは「伊藤の事件を伊藤が被害者であるヘイトクライムだ」と語っているのですから、無罪を確信するのであれば広く社会運動、反差別運動に於いて、きちんと公開し報告すべきでしょう。

伊藤の行為の司法的な処罰は、まだ結果が出ていないようですが、裁判が終わって飲み歩き、酒の勢いで気に食わない者を呼び出し暴行を加える──M君リンチ事件と同じ行動により事件が起こったことは間違いないのですから。蛇足ながら今回は、幸か不幸か非常事態宣言で飲み屋は営業していませんでしたが、果たして伊藤は何事もなく神奈川県平塚市の自宅に戻ったでしょうか。

昨年11月24日の一審本人尋問のあと同日夕方のSNS。これから数時間後の25日未明、伊藤らは極右活動家を呼び出し暴行、後日逮捕される

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◆闘いは高裁で「即日結審」

これまで重ね重ねお伝えしてきた、「M君リンチ事件」から派生した、鹿砦社と李信恵(元は鹿砦社が原告であったが、それを不服として李信恵が反訴も、裁判所に求められず別訴)の大阪地裁における不当判決を受けて、鹿砦社が控訴した大阪高裁における初回にして、結果的には最終期日となった弁論が本日(5月25日)10時から大阪高裁で開かれた。

 

闘いの舞台・大阪高裁

詳細はあすの本通信で松岡が述べることとなろう。

日本は「3審制」だといわれている。けれども「司法改革」以降、民事訴訟の控訴審での「即日結審」割合は8割を超えている。どういうことかといえば、地裁判決に不服があって、控訴しても、高等裁判所はその8割以上を書面だけで判決に結び付け、2回、3回、あるいはそれ以上の弁論が行われることは、非常に少ないということである。

このような司法の現状にわれわれは、無知であったわけではなく、「即日結審」の可能性も大いにありうると思慮し、しかし、そういった場合でも最大限大阪地裁から下された「間違いだらけ」の判決は、取り消してもらわなければ、法治国家の体をなさない、と考え全知全能を控訴審に傾けてきた。

結果は冒頭で述べた通り、「即日結審」であった。だからといって、われわれの主張が控訴審判決に、反映されないという決断が下されたわけではまったくない。大阪地裁と大阪高裁は、異なる価値観や判断を持ちうるし、相互は基本的に「不干渉」の間柄であるはずだ。

そして、われわれは、司法の場に判断を委ねはしたもの、かりに勝とうが負けようが、それが、本質的な価値基準であるとは考えてはいない。これまで繰り返し述べてきたが、裁判所の判断は、いわば法務省(さらには国そして「国家」)傘下での現行法というルールに沿っての争いであり、そこではわれわれが肉感する本質的な「真実」が必ずしも正当に評価されない史例は枚挙にいとまがないからだ。このことは自明だ。

であるから、われわれは、判断の一基準として司法に「この真実をいかに裁くか」を問うたのである。

[左]これを見て、まともな人間なら絶句するだろう/[右]加害者・李信恵と金良平

◆われわれは「正義」に立脚していない!

相手方代理人は「正義だ!」との旨を自身のTwitterでたびたび発信して、ためらわない御仁である。

ここがわれわれと、相手方の決定的な違いなのだ。

[左]「正義だ」「正義だ」とやかましいわい!/[右]「正義」の裏で暴力! 「正義の暴走」は許されない!

 

事件当夜「日本酒に換算して一升近く飲んでいた」と臆面もなくツイート

われわれは、みずからが「正義」であるなどとは、まったく思ってはいない。「正義」は立場により多義的、多様であり、人間界に「絶対正義」などありうるはずがないし、「自分が正義だ!」とある力や立場を持った人間が、妄信、暴走したとききに「歴史の不幸」が必ずおきているからだ。歴史の反転、価値の止揚は想像を超えて多義的であり、「正義」は軽々しく口にすべき概念ではない、とわれわれは認識する。

「M君リンチ事件」は、あまりにも酷い。被害者「M君」のおかれていた境遇は、どう考えても理不尽だ。そして「反差別」を標榜する人たちのあいだで、このような行為が是認されるのであれば、それはあたかも今日的に例えるのであれば「コロナ禍で御託を並べて五輪を強行する」にも似た、人倫に照らして断じて許せない行為だとの直感から生じたのが、われわれの営為であった。そしてその根本には絶対に譲ることのできないわれわれの「反差別」が横たわっていたことを、再度宣言する。

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この5年間、われわれが問うてきた問題の核心は、何であったのだろうか。松岡にとっては2005年に急襲された言論弾圧の際救援の手を差し伸ばしてくれた方々(社会)への謝意もあったであろうし、自身が学生時代に経験した「内ゲバ」が内因になっていたであろうとも推測される。

 

すっかり有名になったリンチ直後のM君の顔写真。血の通った人間なら、これを見たらよほど酷いリンチが行われたことを窺い知るだろう。本人尋問で「李信恵さん、どう思いますか?」との問いに何も答えなかった

では、松岡よりもかなり世代が下のメンバーで構成された特別取材班を突き動かした動機は、どのようなものに由来していたのであろうか。大まかな打ち合わせを行うことはあっても、個々の思想信条には一切立ち入らずに「一致点」を見つけることは可能であり、その「一致点」が5年以上にわたる継続取材を可能にせしめた、ということであろう。その「一致点」とはいかなるものであろうか。

松岡にもたらされた情報は、鹿砦社の複数社員にも共有され、のちに特別取材班の陣頭指揮を執ることになる田所敏夫にもほどなく伝えられた。「特別取材班」などと書けば、大きな所帯を想像されるかもしれないが、結果的に10名以上の協力者を得ることになったものの、当初より戦略的な布陣が引かれていたわけではない。田所がこの問題に腰を上げた理由についても、自身の口から語られたことはない。

◆世界情勢やコロナとも無縁ではない不条理に満ちた「M君リンチ事件」

顧みるのではなく、今日の世界を見渡してみよう。パレスチナではイスラエルとの全面衝突が発生し、第二次大戦後の表出した矛盾の一つである「中東問題」が依然として解決を見ず、悲劇は繰り返されていることにわれわれは、さらなる注意を向けるべきではないか。停戦がなされたとはいえ、世界の歴史を貫く矛盾の結晶が「パレスチナ問題」には内在されている。あたかも「双方に言い分がある」かのごとく報道し、パレスチナへのユダヤ人「入植」という名の「軍事侵略」についての批判を行わない言説には、まったく意味はない。

第二次大戦後冷戦構造を立ち上がらせた「東側陣営(社会主義陣営)」は20世紀の終末を待たずに消滅し、「東西問題」は「民族問題」へと変化を遂げた。かといって残存した「西側陣営」が勝利者であったかと言えば、そうは言い切れない。中国の台頭に怯え、軒並み国家財政が破綻レベルに累積赤字が膨らんだ「先進国」では、産業の成長などは見込めるはずもないのである。ひたすらITの可能性に活路を見出そうとするか、あるいはまったく実体経済とはかけ離れた、担保のない「仮想マネーゲーム」に没頭するしか、未来像は描けていない。つまり西側陣営も、明らかに危機に瀕している。

新型コロナウイルスは、中国の奥地に生息するコウモリに宿る(「宿主」と呼ばれる)ウイルスが人間界に入ったことで生じた疾病であると、ほぼ原因は判明した。その感染症が世界的に広がったことに、われわれは困惑し大騒ぎしているのだ。

こんなことと「M君リンチ事件」がどのように関係するのか、と訝しがられる読者も少なくないであろう。しかし、一見まったく関係のなさそうな「中東情勢」と「新型ウイルス」のパンデミック、さらには「M君リンチ事件」の間には、今となれば幾つもの共通項を見出すことができる。

控訴審から鹿砦社の代理人に就いた森野俊彦弁護士を『週刊金曜日』今週号に3ページにわたり紹介、掲載発売中の号なので1ページのみ紹介、特集は「これでいいのか裁判所」、購読し全体をご覧ください。森野弁護士は元裁判官、大阪高裁にも勤務。1971年任官、この年、同期の7名が任官拒否され異議を申し立てる。「もの言う裁判官」として青法協(青年法律家協会)、「裁判官ネットワーク」などで積極的に活動。宇都宮健児、澤藤統一郎、梓澤和幸弁護士らは同期

◆本質は「体感の痛み」だ

まず、初期対応のまずさだ。「反差別」を標榜する団体なり集団が、暴力事件を起こすのは非常に具合が悪い。差別者に付け入られる隙を与えかねないし、運動内部からも「何をやっているんだ!」との声が上がってくるだろう。だから、加害者(3名)は、被害者M君に宛て「謝罪文」を書いた。そこまでは正しかったし、そのまま被害回復へ向かえばM君が困り果て、鹿砦社に相談してくることはなかったのだ。

同様の初期対応のまずさを「新型コロナウイルス」に対する、日本政府の姿勢に照らしてみよう。2019年冬には武漢での集団発生が、日本でも報じられていた。しかしその時点でウイルスの詳細情報は伝わっていない。感染症予防の原則は、感染者、あるいは感染した可能性のある人の隔離と、徹底した検査だ。しかし、日本は武漢をはじめ、中国全土やその他の国との航空機発着制限を行う意志はまったくなく、結果として2020年初頭から統計に表われる感染者が増加する。

志村けんや岡江久美子が亡くなり、急激に庶民の危機感は高まるが、政府の対策はすべて後手後手であった。「アベノマスク」のバカらしさは誰にでもご理解いただけるだろう。そして無能どころか有害な政府は、あろうことか「Go Toトラベル」などという、税金を注ぎ込んだ「感染拡大策」までを強行してしまった。高校の生物学レベルの知識で判断すれば、「無謀にもほどがある」と簡単にわかる愚策は、当然感染拡大を招いた。

「謝罪文」を書き「活動自粛」を約束しながら、それを一方的に反故にして、被害者の気持ちを踏みにじる行為を選択した李信恵と「李信恵さんの裁判を支援する会」の卑劣さは、わかりやすく例えれば「Go Toトラベル」と同じように大きな間違いであった。

しかし、一度方向を定めると、方針転換は容易ではない。見るがいい。誰が今「東京五輪」開催を望んでいるのか。どの調査を見ても、質問項目にバイアスがかかっていなければ8割以上の人が開催を望んでいない。そうでありながら、日々馬鹿げた「聖火リレー」を感染拡大というおまけ付きで、止めることのない「反知性」はいったい何者なのだ。

ユダヤ人はナチスにより虐殺された。筆舌に尽くしがたい民族浄化の歴史は、世界に知れ渡っている。なのに、どうしてそのユダヤ人の国家・イスラエルがパレスチナの人々を虐殺し続けるのだ。被害者としてユダヤ人は「体の痛み」を持っているはずだ、とわれわれは思うし、思いたい。「体の痛み」は「差別」と置き換えてもよい。ここでイスラエル情勢と「M君リンチ事件」は結び付くのだ。

長く差別されてきた「体の痛み」の歴史を持つのは、在日コリアンとて同様だ。大日本帝国侵略により祖国を蹂躙され、多数が日本に強制連行、あるいは仕方なく渡った歴史は消しがたい。その史実により受ける差別への反対運動は、健全な方向と方法で継続されるべきであるとわれわれも認識する。歴史修正主義者の跋扈は、近年ますます目に余るのだから。

けれども、「M君リンチ事件」のように、誤った(つまりユダヤ人がパレスチナの人々を攻撃し続けるように)事件を起こしてしまう、そしてそれを隠蔽してしまうことは、「反差別」を標榜する団体だからといって、許されるものではない。むしろ反差別をめざす人々には、崇高な思想と行動が伴わなければ、空疎な形骸と化してしまう危険性がある。

李信恵代理人の神原元弁護士(左)。右は師岡康子弁護士

つまり、李信恵や、事件隠蔽の中心的役割を担った「コリアNGOセンター」の幹部たち、または、これらの支持者や隠蔽に関わった者らの「M君リンチ事件」への対応は、極めて不適切であるのだ。「反差別」「人権」に立脚した崇高な思想などは破片も見当たらず、自己保身のために、場当たり的な対応の連続であり、それは「狡い」といわれても仕方のない姿である。そして、「反差別」に立脚していながら、厳しい忠言でも発する一部の人々以外の人間の中には、口には出さずともかえって「差別」感を深める人もいる。在日コリアン全体が狡いと認識し、差別意識は拡大してしまうのだ。これこそわれわれが最も危惧し、それゆえ「火中の栗」を拾わなければならなかった理由でもある。取材班の内部や周囲の在日コリアンの方々も、同様の懸念を示されていた。この点で、リンチ事件を惹き起こした李信恵、その後の対応を誤ったコリアNGOセンターや隠蔽に関わった者らの責任は重いのだ。

 

闘いの舞台は大阪高裁に移る

特別取材班は、2021年5月においてこうしたことを確信できているし、約5年前の松岡の判断も、そのような体験を含んでいたのではないかと想像するのだ。

明日はいよいよ、鹿砦社に対し名誉毀損で賠償金165万円もの支払いと、本通信の記事削除を命じた一審大阪地裁判決に対する控訴審の第1回目期日である。一審原告(被控訴人)は李信恵(当然、一審被告・鹿砦社は控訴人として、くだんの一審判決の取り消しを求めている)。お時間のある読者諸氏は、本文の左側に《M君リンチ事件》とのタグがあるので、是非過去の記事を見返していただきたい。われわれが名誉毀損に当たる記事を書いたかどうかを、裁判所だけではなく、「一般市民」の感覚からもご判断いただきたい。

われわれは、名誉毀損に当たる記事は絶対に書いていないと確信している。思い込みではない。カネとヒトを動員してスクープを連発する「文春砲」にも負けない、徹底した証拠の確認と取材により判明した事実を積み上げた上で、すべての記事を書いているからだ。飛ばし(裏付けを取っていない記事)は一つもない。すでに6冊にまとめ世に問うた関連書籍をお読みいただけた皆様方には、おわかりいただけるだろう。

本件に、引き続きご支援とご注目をお願い申し上げたい。

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「カウンター大学院生リンチ事件」は、別称「しばき隊リンチ事件」とも呼ばれ、かつてはネット上で「十三ベース事件」ともいわれていました。「反差別」運動内部で、その中心メンバーらによって惹き起こされたリンチ事件の被害者救済・支援に私たちが関わり始め、リンチ被害者M君に出会って5年余りが経ちました。

よかれと思って始めた彼への支援活動でしたが、李信恵によって鹿砦社が提訴された、現在控訴中の係争では、あろうことか一審では165万円という高額の賠償金等を課せられるという皮肉な判決を下されました。「まったくおかしい。なにかおかしい」との想いは消えません。

この分載の前回「4」で引き合いに出した16年前のケース同様、壁は厚く、かつての「ベルリンの壁」のようです。

しかし、16年前のケースにおいて私たちは、一敗血にまみれ地獄に落とされはしましたが、私たちをハメた徒輩は、その後相次いで土壺(ドツボ)に嵌っていきました。強い意志を堅持し立ち向かえば、勝利は必ず社会正義のほうに微笑みます。逆に社会的不正義はやがては断罪されるでしょう。

ちなみに、16年前の「名誉毀損」事件について今だからこそ明かしますが、旧アルゼ創業者・岡田和生の逮捕、失脚には、世界的通信社・ロイター通信の国境を越えた取材が貢献しています。ロイターの記者は何度も西宮に足を運び、そのたびごとに私の話に真剣に耳を傾け、少なからずの資料も持ち帰り、粘り強い取材で岡田らの贈収賄疑惑を固め全世界に配信したのでした。今回のリンチ事件も、4冊の書籍(保釈後、裁判報告やパチンコ業界の情況などを編集した2冊の本を出版)にまとめた、その時の取材以上に展開したということを申し述べておきたいと思います。こちらも最新刊の『暴力・暴言型社会運動の終焉』まで6冊を発行しています。

◆李信恵は、いまだにリンチのPTSDに苦しむ被害者M君に真摯な謝罪をすべきです

M君は今でもリンチのPTSDに苦しんでいます。一方リンチの口火を切った李信恵は、彼女の言動から反省の色など見えず、「反差別」「人権」運動の旗手であるかのように持て囃されています。なんという不条理でしょうか。大阪弁護士会や多くの行政、人権団体などが講師として呼ぶ人物。在日コリアンで女性であることに対する「複合差別」で極右団体らに相次いで勝訴判決を出した「反差別」運動の旗手・李信恵には裁判所も忖度をした判決を下さなければならない、かのような“歪んだ事実”があるとは信じたくありません。

「反差別」「人権」を説くのであれば李信恵は、まずは被害者M君に心からの謝罪を行い、できうる限り彼の心を慰撫するところから始めなければならないのではないでしょうか? 「まずは事件直後に出した『謝罪文』に立ち返れ」とは私が何度となく主張していることです。著名な精神科医の野田正彰先生は先に引用した「鑑定書」の結論として「病の改善は、加害者たちの誠実な謝罪と本人の自尊心の回復に影響されるだろう」と指摘されています。同感です。何よりも李信恵は日頃から「人権」という言葉を頻繁に語っているのですから。

裁判所(大阪高裁)には、ぜひ李信恵に厳しく反省を促すような判断を求めたいと思います。

昨年11月24日の本人尋問での李信恵(画・赤木夏)

同じく本人尋問。リンチ後のM君の凄惨な顔写真を示し李信恵を追及する松岡(画・赤木夏)。李信恵はまともに答えず沈黙。

◆裁判所の甘い判断で同じ犯罪を繰り返す人たち

私たちはこの5年間、李信恵ら加害者が、このまま真剣に反省しないならば同種の事件は繰り返すだろうと再三再四警鐘を鳴らしてきました。

私たちの“予感”は不幸な形で当たり現実化しました。昨2020年11月24日の一審本人尋問が終わり、李信恵と傍聴に来ていた伊藤大介氏らは飲食に出掛け、おそらく深夜まで飲み歩いたのでしょう、日付が変わった25日未明、極右団体活動家の荒巻靖彦を電話で呼び出し、伊藤を含む複数の者で激しい暴行を荒巻に加え令状逮捕‐起訴されています(別掲『産経新聞』2020年12月8日朝刊記事参照)。

同日夕方、本人尋問が終わり飲食している様子をSNSで発信。この後、数時間して日付が変わり伊藤大介ら複数で極右活動家・荒巻靖彦を呼び出し暴行

伊藤らによる傷害事件を報じる『産経新聞』2020年12月8日朝刊20面(大阪版)

 

11月25日の神原元弁護士のツイート

伊藤は関東で別途暴行傷害事件を起こし、これと併合して横浜地裁で公判(非公開の争点整理)がすでに数回行われているようです。1年以上も隠蔽されてきた本件リンチ事件もそうでしたが、「男組」(しばき隊の最過激派といわれる)組長・高橋直輝(添田充啓)の不審死などと同じく、伊藤本人、弁護人の神原弁護士、直前まで一緒に飲食を共にしていた李信恵、議員特権で警察への情報収集を行った有田芳生議員、逸早くC.R.A.C.名で声明を出した野間易通、それに賛意を示した中沢けい、香山リカら中心メンバーらが頑なに沈黙を守っているので公判の推移は判りません。これもまた“隠蔽”か? 都合が悪いことはみな隠蔽するのが彼らの流儀らしいです。これはダメでしょう。

そういえば、特別取材班の取材に対して、フリージャーナリストの安田浩一や関西学院大学教授の金明秀は「刑事事件になった時点で、社会に明るみになっている」旨の回答を寄せていましたが、伊藤大介の刑事裁判進行について、私たちは何の情報も持っていません。私たちが無知だからでしょうか。そうではありません。みずから(もしくは代理人弁護士)が報告するか、新聞報道などがない限り、刑事裁判の様子など、一般市民には伝わらないのです。

 

11月27日の有田芳生参議院議員のツイート

伊藤は、M君リンチ事件に連座した者で、M君が加害者5人を訴えた訴訟の一審判決では約80万円の賠償金を課せられていますが、控訴審では取り消されています。別訴一審における伊藤共謀を認めた判断は正しかった(ただし、李信恵の共謀を認めなかった点は論理矛盾です)にもかかわらず、別訴控訴審で大阪高裁は、あろうことか、この部分を取り消し、伊藤の共謀を免責してしまいました。この誤判が、私たちが警告した通り(しかも因果なもので本件一審裁判期日の直後)反省もなく、同種の暴行傷害事件を起こす要因となりました。実際に事件が起こったのですから、ここでは敢えて断言します。

裁判所(2件の裁判で非常識で不当な判決を下した大阪地裁と、別訴一審の伊藤大介への賠償を取り消し免責した高裁)には苦言を呈します。本通信で以前述べたように、この係争は民事であり、刑事事件ではないにもかかわらず一審被告・鹿砦社(控訴人)に捜査機関と同レベルの取材を求めるかのような判断を下しました。それでいて、先日の本通信でお伝えした通り初歩的な(素人的と言っても過言ではありません)証拠資料の見落としがなされています。取材し明確に活字にしているにもかかわらず「取材していない」などと、堂々と判決文に書かれては、勝てる道理がありません。

M君リンチ事件隠蔽活動に勤しむ加害者や支持者ら(『カウンターと暴力の病理』グラビアより)

他にも一審大阪地裁第24民事部は最初から証拠資料を精査するつもりがなかったと感じることがありました。

本件一審第1回期日に証拠資料原本(リンチ関連本5冊)を提出しようとしたところ、当時の増森珠美裁判長は、「必要ない」と受け取りさえ拒絶しました。私は毎回出廷するのですが、この日は急に片目が見えなくなるという不測の事態が発生し出廷できませんでした。こういう時に、問題は起きるものです。

増森裁判長は、以前に李信恵が極右団体・在特会らを訴えた訴訟で彼女に勝訴判決を下した裁判長でした。証拠資料原本を受け取らず「名誉毀損」の裁判でまともな判断ができるでしょうか。

このように過去李信恵に勝訴判決を出した裁判官が裁判長であり、証拠を受け取らず「邪魔になるから持って帰れ」といった趣旨の発言をするので、到底公正な判断は望むべくもなく、裁判官忌避申立をしようと書面も準備していた、まさにその日の朝、増森裁判長は急遽異動になりました。前述の通り冒頭から、増森裁判官の態度には不公平、不公正を感じていました。増森裁判長が異動したとはいえ(異動先の裁判所で『週刊金曜日』敗訴の判決を下しています)、合議体ですから他の裁判官は残り実質的な態勢は維持されたようです。市民感覚からすれば、なにか腑に落ちません。

はじめから結論が決まっていたかのように、証拠原本受け取りを拒絶したり、捜査機関レベルの取材を要求したり、証拠の内容を見落としたり、杜撰な審理をしたりと、加害者(李信恵ら)に甘く被害者(と、これを支援する私たち鹿砦社)に厳しいのが「人権の砦」だといわれる裁判所なのでしょうか? そうではないことを信じたいものです。

◆終わりに──

本件控訴審にあって裁判所(大阪高裁)は、一切の予断と偏見を排し、まさに虚心坦懐に本件資料を読み込み、私たち鹿砦社の主張に謙虚に耳を貸し、公平・公正で慎重な審理を尽くすことを心より願います。

証拠資料にまともに目を通さないような一審判決は、まさに〈誤判〉と断ぜざるをえず、取り消されるべきです。

そうして裁判所が、一審判決のように暴力を容認しリンチに加担するのではなく、人権的見地からリンチ被害者を慮り、真に〈人権の砦〉たる威厳を宣揚することを強く希求いたします。〔了〕
(本文中敬称略)      

《関連過去記事カテゴリー》
 M君リンチ事件 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=62

『暴力・暴言型社会運動の終焉』

◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/B08VBH5W48/

以下は、これまでお伝えしてきた、直近の訴訟とは直接関係はありませんが、私たちがM君を救済・支援しようと思った動因の一つですので、あえて申し述べます。

◆地獄に落とされ多くの方々に助けられた私たちは、リンチ被害者M君を救済・支援することを決めた!

5月10日の本通信でも記述し一部繰り返しにもなりますが、私自身が逮捕された16年前、2005年の鹿砦社に対する“事件”を想起し、本件リンチ事件との関連など記述してみたいと思います。

私はパチンコ業界の闇を追及した「名誉毀損」事件で逮捕‐長期勾留(192日間)されました。今振り返ると、この弾圧は神戸地検と朝日新聞大阪社会部が仕組んだ、いわば“官製スクープ”でした。味方顔して近づいてきた朝日新聞にはまんまとハメられました(ちなみに、昨年この事件から15年ということで、今は大阪社会部の「司法キャップ」で、当時担当だった平賀拓哉記者に会って話を伺おうとしたら逃げ回っていますが、平賀記者にジャーナリストの矜持があるのであれば、もう15年経ったのだから恩讐を越えて会って話をするぐらいすべきでしょう)。

松岡逮捕を報じる朝日新聞(大阪本社版)2005年7月12日朝刊

さて、私は「巨悪に立ち向かう」という、自分なりの正義感と覚悟で事に当たり(どこかの誰かがのたまう軽薄な「正義」ではありません!)ました。有罪判決(1年2月、執行猶予4年)を受けつつも執行猶予も終わりましたので、なんら恥ずべきことでも隠すことでもなく、今は笑って語れます。ところが、世間の眼はそうではないようです(後述)。

あの事件はまさに言論・出版弾圧でした。私たち鹿砦社は壊滅的打撃を蒙りどん底に落とされました。その時、偶然ながらM君の父親の大学の仲間だった方(今回「公平、公正、慎重な審理を求める要請書」に署名賜った重村達郎弁護士、赤川祥夫牧師)らも含め多くの方々(別途画像参照)に助けてもらったではないか、そうしたサポートで会社を再建し今鹿砦社や私が在るのはその時のみなさん方のご支援のお蔭ではないか、と思い返しました。そうであれば、社会に助けていただいた恩返しとしても、私たちのところに助けを求めてきたリンチ被害者M君を救済・支援しようとは思いました。

しかし、小なりと雖も会社の経営者としては、諸事情もあり逡巡しました。当時、私が生業として出版活動を始めて20年余り経っていました。その初心は、修羅場にあってこそ逃げず、巨悪に立ち向かうためだったのではなかったのか。、もしリンチの肉体的被害と、その精神的被害(PTSD)、さらにはセカンドリンチ(ネットリンチと村八分)に苦しむ被害者の青年を見棄てたら、残り少ない私の人生に悔いが残る、と躊躇する自身を叱咤し、問題解決に関わる決意を固めました。こうした私の判断は絶対に間違いなかったと今でも信じています。

先の「名誉毀損」事件は当時、神戸地検からリークされた朝日新聞の一面トップはじめマスメディアで大きく報道され、裁判の経過も継続して報道されました。鹿砦社のイメージは著しく悪化し、この予断と偏見が本件訴訟に影響することはないと信じますが、一審判決を見るに私たちのみならず多くの方々が疑問を感じています。「大阪地裁は、これまで李信恵に勝たせ続けていているので、行きがかり上李信恵を負けさせることはできないだろう。裁判官の中に予断と偏見で悪いイメージのある鹿砦社に勝たせるわけにもいかない、との判断があったのではないか」と感想を述べる専門家もいました。大阪高裁では鹿砦社に対する予断と偏見なく審理されるものと思いたいものです。

松岡逮捕を報じる朝日新聞(大阪本社版)2005年7月12日夕刊

ここで少し“寄り道”をします。刑事事件で判決が確定し、執行猶予付きの場合、この期間、無事に過ごしたら、前科は残り(権力のプロファイリングに記載はされ)ますが、なんら咎められることもなく仕事や社会活動ができなければなりません。本来これが民主主義・法治社会の本来の姿でしょう。しかし、それは建前であって、現実にはそうではありません。

鹿砦社や私の場合、新規に銀行口座を開けなくなりました。銀行口座開設拒否は、1行ではなく複数ありました。そのうち1行には会社、個人合計で5千万円ほどの預金がありました(従前から取引実績があったという意味です)。理不尽な「口座開設拒否」に直面し、やむなく3行に対して民事訴訟を起こしましたが、全部敗訴しました。特にゆうちょは、当初審理さえしないという強硬姿勢でした。

この件については、いずれ詳述したいと思いますが、銀行は口座開設拒否の理由として、くだんの朝日新聞のコピーを示しました。このように、この「名誉毀損」事件は、鹿砦社についての社会的イメージの悪化と共に、現実的なビジネス上の不利益をもたらしているのは遺憾なことです。

多くの方々が支援に名を連ねてくれた

◆「名誉毀損」事件で私たちを苛めた者らに相次いで不思議なことが起きた

また、その後日談として、私たちがみなさん方のご支援を賜りながら会社再建に努めている一方で、不思議な事件や出来事が相次いで起きました。

「名誉毀損事件」時の捜査責任者の神戸地方検察庁特別刑事部長・大坪弘道検事は、のちに厚労省郵便不正事件証拠隠滅で逮捕され有罪判決が確定し失職します。私を取り調べた主任検事の宮本健志検事は深夜泥酔し市民の車を傷つけたことで検挙、被害者との示談が成立し刑事事件としての立件は免れましたが、降格〔徳島地検次席検事から平検事へ〕・戒告処分を受けています。

松岡に手錠を掛けた宮本健志主任検事の泥酔大立ち回りを報じる『徳島新聞』2008年3月26日朝刊

鹿砦社弾圧を指揮した大坪弘道元神戸地検特別刑事部長逮捕を報じる『朝日新聞』2010年10月2日朝刊

 

旧アルゼ創業者オーナー岡田和生逮捕を報じるロイター2018年8月6日付け電子版

さらに、私を「名誉毀損」で刑事告訴し3億円もの巨額損害賠償を求める民事訴訟も同時に起こした当該大手パチンコメーカー「アルゼ」(当時。現ユニバーサルエンターテインメント)について、元警察官僚で参議院議員だった阿南一成社長は、社会的問題企業との不適切な関係で辞任に追い込まれ、創業者オーナー岡田和生は、フィリピンでのカジノホテル開業に伴う贈収賄容疑等により海外で逮捕され、みずからが作り育ててきた会社からも追放されています。

これだけの名うての人物がこぞって鹿砦社と私に対し攻撃してきたわけですから一地方小出版社にすぎない鹿砦社が太刀打ちできるわけがありません。裏に何かあるのは、誰しも想像するところでしょう。

私は「因果応報」という諺を信じます。人をハメた(悪意を持って陥れた)者は、いずれ自分に応報があり、みずからも陥れられるということでしょうか。

何が言いたいかと言えば、当時は彼らのほうが圧倒的に社会的地位も名声も権力もあったわけですが、裏では法的に、あるいは社会通念から逸脱した行為に手を染めていた。そのことが暴露され、鹿砦社弾圧に手を染めた集団の主だった人物は、見事に社会的地位や名声も失くしました。

本件で言えば、李信恵にしろ彼女を庇いリンチを隠蔽してきた国会議員、学者、知識人、ジャーナリストらの社会的地位や名声は、鹿砦社や代表者の私などよりも圧倒的に上位に在ります。しかし、本件リンチ事件の真相や本質、そして隠蔽活動など裏で何が行われていたかが、もっと広く知られれば、関係者の社会的地位や名声は一瞬にして崩壊する、ということです。彼らがリンチの存在を頑ななまでに否定し、あるいは隠蔽活動に必死になったりシラを切ったりするのは、こういうことを自覚しているからかもしれません。(本文中敬称略)

《関連過去記事カテゴリー》
 M君リンチ事件 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=62

『暴力・暴言型社会運動の終焉』

◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/B08VBH5W48/

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