この「通信」前号(7月27日)において、くだんのM君リンチ事件にまで引き続く〈差別と暴力〉について忌憚なく申し述べました。特に私の大学の先輩が巻き込まれた1974年の「八鹿(ようか)高校事件」を引き合いに出して記述しました。以前だったら、タブーの中のタブーで、こうした形で述べることなどできなかった問題ですが、李信恵さんらによるM君リンチ事件を論じる際に、どうしても避けて通れない問題です。少なくとも私にとっては……。そうは言っても、やはり構えてしまいましたが、勇気を奮って書き綴りました。〈差別と暴力〉── 45年余り経ってもいまだにはっきり総括されていませんし、加えてM君リンチ事件(被害者M君支援と真相究明)に関わることになり、私なりに悩みながら真剣に考えてきたつもりです。

しかし、M君リンチ事件を本質的に検証・総括する際には、この〈差別と暴力〉の問題は避けて通ることはできません。ひいては、反差別運動、社会運動、市民運動の内部における暴力(言葉の暴力も含め)は決してあってはいけません。それを、M君リンチ事件では、いわゆる「反差別」運動の中心とされる者らがやったということで深刻であることは言うまでもありません。この問題を隠蔽したり逃げている人たちに、人間としての真摯さを見ることはできませんし、「八鹿高校事件」のように、この問題が将来的に運動に深刻な〈影〉を与えるとは思わないのでしょうか。

くだんの「通信」について、ノンフィクションライターの立石泰則氏はご自身のFBで次のように述べておられます。──

〈「目的は手段を正当化しない」とは、ずっと言われ続けてきたことだが、左右のイデオロギーに関係なく暴力に走る者は後を絶たない。「正義が暴走して何が悪い」と公然と言い放つ弁護士まで現れる始末で、世の中の腐敗・堕落が全体に進んでいるように思います。
「差別問題」はイデオロギーやどんな組織に所属しているかなどに惑わされることなく、「事実」と向き合うことがもっとも大切なことだと改めて実感させられています。〉

まったく同感です。

ところで、対李信恵第2訴訟(大阪地裁第24民事部)、この訴訟は、李信恵さんによる鹿砦社に対する止まることのない「クソ鹿砦社」「鹿砦社はクソ」等という誹謗中傷について不法行為が認定された訴訟の「反訴」として出され併合審理を求めながら裁判所に認められず独立した「別訴」とされたものです。李信恵さんは原告として鹿砦社に賠償金550万円と出版差止めを求めています。これまで非公開の弁論準備手続きが続いてきました。この間、李信恵さんはただ1回出廷したのみで、私は突然目が見えなくなるという急病で1度は休ませていただきましたが(この時、提訴の材料とされた証拠資料の原本を提出しようとして前任の裁判長は頑なに拒否するという事件が起きました。一部分のコピーでいいというのです)、こういうことが再びあってはいけないということもあり、これ以外は全回出廷し陳述書も4通も提出しましたが、ようやく来る11月24日(大阪地裁1007号法廷)に本人尋問が行われることが決まるところまで来ました。午前11時から被告(鹿砦社)側、こちらは取材班キャップ・田所敏夫さん、昼休みを挟んで午後1時20分から原告・李信恵さんの、それぞれ尋問となります。李信恵さんは、この訴訟のみならず、今さして訴訟も抱えていないようですので、おそらくこれが最後の尋問になるのではないでしょうか。

ちなみに、前任の増森珠美裁判長は、李信恵さんが在特会らを提訴した訴訟で、李信恵勝訴の判決を下した裁判長です。さすがに不公平は否めず(ですから、冒頭から証拠資料の原本を拒絶したり強権的で不可解な訴訟指揮をやったのでしょう)、私たちは裁判官忌避申し立てを行おうとした、まさに当日、急に京都地裁に異動になりました。新たな裁判長に交替になりましたが、増森裁判長のままだったら、「闘わずして敗北する」ことは必至だったでしょ

少し先になりますが、今から日程の都合を調整されぜひ傍聴をお願いいたします。おそらくカウンター/しばき隊側は、以前のようにいつもの顔ぶれを大挙動員してくるものと思われます。「俺を倒してから世界を動かせ!」(学生時代に学費値上げ阻止闘争で仲間と立て込もったバリケードに書いた言葉)という心構えで、常にたった一人ででも権力・権威や不条理と闘う気概を持った私や田所さんと違い、徒党を組まないと何もできない人たちですからね。M君裁判を支援する会も解散した今、支援されてきた皆様のどれほどが傍聴されるかわかりませんが、彼ら「反差別チンピラ」(森奈津子さんの規定)に対峙するには私と田所さんとで十分です。それでもできるだけ多くのみなさんが、李信恵さんの酒焼けした顔を見るぐらいの気持ちでご参集ください。

ちょうど田所さんは8月6日にみずからが広島原爆被爆二世であることをカミングアウトされました。被爆者やその二世、三世がどれほどの後遺症や差別に苦しめられてきたか、言うまでもありませんが、いつもは「差別」という言葉を“錦の御旗”にみずからが「被差別者」であることを殊更喧伝し、相手にカマシを入れ萎縮させる李信恵さん、あるいは彼女の熱烈支持者たる神原・上瀧両弁護士らが、在日コリアンとは違う被差別者の田所さんにどう対応するか──決戦は11月24日です。

さらには、この4年有余にわたる「カウンター大学院生リンチ事件」、別称「しばき隊リンチ事件」の検証・総括本(タイトル未定)の集稿。編集作業も開始しました。いちおう11月24日の上記尋問までの出版を目指しています。本質的に「カウンター大学院生リンチ事件」(別称「しばき隊リンチ事件」)とは一体何であったのかを広く深く探ります。加えて、M君訴訟の控訴審以降の最終報告と総括、鹿砦社vs李信恵/藤井正美訴訟の経過報告などてんこ盛りの内容です。執筆陣も特別取材班はじめ山口正紀、黒藪哲哉、森奈津子、合田夏樹、尾崎美代子さんら、もちろんM君も、多士済々の人たちによって、運動内部での激しいリンチを惹き起こした「反差別」―カウンター運動の問題を検証、総括いたします。これまでの5冊の本同様、期待を裏切りません。ご期待ください。

リンチ事件を隠蔽しても、一時的には事実をカモフラージュできるかもしれませんが、それは本来の反差別運動、社会運動、市民運動の正しい姿ではありません。私たちは、徹底した調査・取材によってリンチ事件の真相究明をなし遂げ、将来への〈生きた教訓〉にせねばなりません。私の言っていることは間違っているでしょうか? 「間違っている」と言うのであれば、「言論には(暴言・暴力ではなく)言論で」きちんと反論していただきたい。逃げても何も解決しません。

そのように春先から膨大な資料を整理してきましたが、目についた李信恵さんによる鹿砦社に対する倒錯したツイートのほんの一部をアトランダムに以下掲載しておきます。今読むと、怒りを通り越して笑止千万です。中でも、鹿砦社取材班のメンバーによる「嫌がらせ」や「妨害」で、警察に相談したとか(警察からは何の連絡もありませんし、これを李信恵さんは裁判で主張してもいません。おそらく虚言、カマシだと推察されます)、目が痛くなった、体調を崩した等々と、被害妄想もいい加減にしてほしいものです。李信恵さん、あなたの「被害」なるものよりも、酷いリンチを受けたM君の心身にわたる〈被害〉のほうが遙かに深刻です。もういい加減、血の通った人間の心を取り戻してください。

「反差別」運動の女帝の素晴らしいツイート

同上

同上

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あらためて申し述べておきたいのは、本件リンチ事件もその一つのケースである〈差別と暴力〉についてです。

ここでは、私の大学の先輩が実際に巻き込まれた、1974年11月、兵庫県山間部・但馬地方で起きた「八鹿高校事件」について少し申し述べます。こう言うだけで構えてしまいそうですが、あえて以下記述します。私の意見に反発や批判などあるやもしれませんが、誤解を恐れず、このまま記述を進めます。

◆「八鹿高校事件」のショック 先輩が暴行を受けた!

「八鹿高校事件」とは、部落解放同盟の一団が八鹿高校を襲い、みずからの主張に賛同しない教職員らに対し激しい暴力を加えた事件です。背景には、部落問題についての解放同盟と日本共産党の根深い対立があり主なターゲットは共産党員だったとのことですが、運悪く私の先輩は同校に勤務していました。解放同盟、共産党のどちらにも与しないにも関わらず激しいリンチを加えられています。今「どちらにも与しない」と述べましたが、先輩は学生時代、赤ヘルメットを被り、日本共産党(この下部組織・民青)と激しく対立する全学闘争委員会(文学部共闘会議)の一員で、60年代後半から70年代初頭の学生運動に関わりました。

共産党系のライターが書いた本で被害者リストに先輩の名を発見して大きなショックを受けた記憶があります。今でもネットでは判決文全文が載っていて被害者・加害者とも多くが実名で出ています(いいんでしょうか?)。

この事件はあまりにも有名な事件で書籍や記録なども多くありますので詳しくは述べませんが、残念なのは、解放同盟と共産党のどちらからのものがほとんどで、多かれ少なかれ主観や自己弁護が入り、誇張、歪曲されているので割り引いて読まなければなりません。被害者の大半の教師(とりわけ私の先輩のように共産党に所属しない人たち)の立場、解放同盟でも共産党でもどちらでもない中立の立場からのものはわずかしかありません。

この事件が、わが国の反差別運動に大きな汚点となったことは紛れもない事実です。それでも解放同盟は「暴力はなかった」「リンチはなかった」と言い張っています。本件リンチ事件に於ける李信恵らの詭弁とよく似ています。

この後解放同盟は、いわゆる「糾弾闘争」に走るのですが、これが誤りだということは、10年余り経った80年代半ばに私は、師岡佑行氏(京都部落史研究所所長。日本近現代史専攻。故人)や土方鉄氏(『解放新聞』編集長。作家。故人)ら解放同盟内部の幹部(良識派=非主流派)から「糾弾闘争は誤りだった」との聞き取りを直接得ています。そうした内部からの批判や社会的批判を受け、今では、さすがに暴力的糾弾闘争はなくなってきています。

同時に、当時から狭山裁判など解放運動は時に大きな盛り上がりを見せ、私もたびたび誘いを受け賛同するところはありましたが、実際に参加することはありませんでした。解放運動のみならず反差別運動に私が直接関われない大きな要因に、よく知る先輩が暴行被害を受けた「八鹿高校事件」が精神的な澱になっているからです。

このように、「反差別」運動内部で起きた、「八鹿高校事件」や本件リンチ事件など、暴力によって批判者を封じ込めようとすることは、逆に〈差別に反対する〉という崇高な営みを台無しにするもので、運動からの理解者の離反を招くものです。実際に、「八鹿高校事件」や「糾弾闘争」によって部落解放運動は社会の理解を得られず後退しました。八鹿高校でも、部落研(共産党系)も解放研(解放同盟系)も数年でなくなったといいます。

また、本件リンチ事件が私たちの真相究明(具体的には5冊の出版物など)によって〈真実〉が照らし出され、李信恵らによる「反差別」運動、「カウンター」活動から少なからずの人たちが離れたとも聞いています。

ですから李信恵には、彼女がリンチ被害者・M君に出した「謝罪文」(別掲。1~2ページのみを掲載。のちに撤回)に立ち返り真摯に反省していただきたいと心から願っています。いったんはリンチの存在を認め「謝罪」し活動自粛を約束しつつも、これを撤回するということは、いやしくも「反差別」や「人権」を叫ぶ者のやることではありません。李信恵さん、あなたの態度次第で、この国の「反差別」運動、いや社会運動全般の将来が決まると言っても過言ではありません。きちんとみずからの所業を見据え、胸に手を当て反省してください。

リンチ事件後、李信恵が被害者M君に出した「謝罪文」(2ページのみ掲載。全7ページ)

◆李信恵にリンチ事件への真摯な反省と、リンチ被害者M君への心からの謝罪を求めます

M君の写真を何者かが加工し拡散させた画像。“悪意”を超えて〈殺意〉さえ感じる。これこそ〈ヘイト行為〉ではないのか!?

私たちはこれまで、上記したようなことを対外的にあからさまに述べて来ませんでした。しかし李信恵が反省もなく、実際に李信恵らが関与し起きたリンチ事件(李信恵らは「リンチ」という言葉が嫌いなようですので「集団暴行」事件と言っても構いません)の存在を無かったことにしようとしていることを憂慮しています。間違いを犯したことを率直に認め、真摯に反省し、それを教訓化して今後の運動に関わっていくことを強く望みます。

そうでないと、かつての部落解放同盟の「八鹿高校事件」や「糾弾闘争」により「同和は怖い」というイメージを社会に植え付け、反差別運動(部落解放運動)の真の精神が誤解され、逆にその後退をもたらしたように、李信恵らの無反省な姿勢により、もうひとつの反差別運動(在日差別に反対し権利を獲得する運動)の後退をもたらすことを懸念します。李信恵らの心無い言動と暴力・暴言により、「在日は怖い」というイメージを植え付け(残念ながら、くだんのリンチ事件を見て実際にこう言った方もいました)、多くの在日コリアンの方々が迷惑を蒙っていることを自覚していただきたいものです。こうしたことに無自覚ならば、反差別運動や社会運動などから退くべきでしょう。

◆おわりに

前回も申し述べましたように、このたび、広島原爆被爆二世の田所敏夫さんが、体内被曝の影響と推認されるご自身の体調不良にもかかわらず、気力、体力を振り絞り陳述書を書き、尋問に出廷することを承諾され、また被爆二世ということを公にカミングアウトされたことに触発され、〈差別〉、そして〈差別と暴力〉について思うところをコンパクトに申し述べさせていただきました。

本件訴訟では、勝訴/敗訴ということが本質的な問題ではなく、李信恵が、みずから関与した大学院生リンチ事件について真摯な反省もなく、開き直りのような対抗訴訟を起こしたことを強く批判し、改めて真摯な反省を求めるものです。

私は歳と共に丸くなっていると言われますが(喜んでいいのか悪いのか、「好々爺」と言う人もいます)、李信恵に対しては声高に糾弾するのではなく、仏心から彼女が「反差別」運動のリーダーとして真に悔い改めることを願っています。

長い私の人生の中で、なかんずく破邪顕正の精神を持った出版人として、何がいいことで何が悪いことかの判断ぐらいはできます。そうであれば、李信恵が真摯に反省し公にも謝罪がなされるのならば、万が一私方が敗訴しても、本件リンチ事件(被害者支援と真相究明)やリンチ被害者M君訴訟、本件訴訟(前記した、この訴訟の元々の訴訟含む)に一所懸命に関わってきた目的の一つが達成されたといえるでしょう。

皆様方も血の通った人間ならば、私たちがこれまで申し述べてきた内容をどうか理解され、あれこれ屁理屈を付けた李信恵らの三百代言を歴史の屑カゴに投げ入れられるものと信じてやみません。

最後にもう一言述べさせてください。──

田所敏夫さんにしても私にしても、このリンチ事件を、あれこれ“解釈”しようとするものではなく、この4年余り、〈生きた現実〉から逃げ回る人たち(メディア人、国会議員、学者、弁護士、知識人、活動家ら)とはきっぱり距離を置き、ある時は義絶し、他人事ではなく自分自身の問題として関わり取材・調査に汗を流し事実を積み上げ〈真実〉に迫ってきたつもりです。出版人生の最終ステージでやるべきことだったかどうかは後々誰かが語ってくれたら、これでよしとしますが、目の前にリンチに遭った青年が助けを求めながら相手にされなかったり村八分にされ困っているのを見て黙ってはいられませんでした。果たしてあなたが、こういう場面に直面したらどうしますか? しかとお考えください。

釘バットで威嚇する有田芳生参議院議員。こんな徒輩が「人権」「反差別」を騙る国会議員とは!

取材班の直撃取材に逃げ回る岸政彦教授(李信恵さんの裁判を支援する会事務局長)

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対李信恵第2訴訟が大詰めに近づいています。ここにおいて当方は田所敏夫さん(ペンネーム。鹿砦社社員ではなく、下記に述べるようなことから畏敬の念を持って「さん」付けとしました)と私が陳述書を提出しました。

私は2018年9月5日、19年1月7日、2020年5月14日に続いて、去る8月20日、この日は裁判所が長い“休業”明けで久しぶりに期日が入り、4度目の陳述書を提出しました。

この陳述書に於いて私は、田所さんの陳述書と、8月6日付けの本通信での広島原爆被爆二世であるとのみずからの出自を公にカミングアウトされたことに触発され、この訴訟にも密接にリンクする、〈差別〉、そして〈差別と暴力〉について、私の体験や身近の出来事を中心に思う所を申し述べてみました。

そもそもこの対李信恵第2訴訟は、「鹿砦社はクソ」「クソ鹿砦社」と誹謗中傷した訴訟の終盤になって突如「反訴」として提訴(賠償金550万円と出版差止め等)してきたものですが、裁判所にも考えがあってのことで、「反訴」とはならず「別訴」として独立した訴訟として係争中のものです。

尚、元々の訴訟は李信恵の不法行為が認定され〈鹿砦社勝訴─李信恵敗訴〉が確定しています。

以下は、この「第4陳述書」を下敷きにして、訴訟用語を排し一般向けに書き直したものです。2回に分けて分載します。

◆「反差別」は李信恵らの“専売特許”ではありません

そもそも李信恵らが殊更に「反差別」を叫ぶことで、一般的には「反差別」が李信恵らの“専売特許”のように広まっています。特に朝日新聞はじめ大手メディアが李信恵を、リンチ事件に関わったことを隠し、事あるごとに持ち上げることで、李信恵がリンチ事件に関わったことが隠蔽され、闇に葬られつつあることは遺憾なことです。

確かに私たちは実際に反差別の運動や組織に関わっているわけではありません。しかし、だからといって私たちが〈差別〉について考えていないということではありません。私たちなりに考え、悩み、差別解消へみずからの身の回りから努めてきたつもりです。世の中、ほとんどの人々が“もの言わぬ大衆”で、“もの言わぬ大衆”が〈差別〉について考えていないということではありません。

また、私たちが李信恵らの「反差別」運動を批判することをもって、私たちが〈差別〉について考えていないように意図的に喧伝する者がいますが、とんでもありません。私たちはあくまでも李信恵らの“歪曲された反差別運動”を批判しているのであり、だからといって、反差別運動全般を否定しているわけでも“反差別に反対”しているわけでもありません。これまでは「あらゆる差別に反対する」とファジーに述べてきましたが、このたび勇気を持ってみずからの差別体験をカミングアウトした田所敏夫さんらの存在を明らかにすることで、私たちの差別に対するスタンス、これを元に李信恵の「反差別」の言動に対する違和感を示します。

◆広島原爆被爆二世の田所敏夫さんの想いと怒り

今回、田所敏夫さんが、陳述書を書いてくれ、また尋問に出廷することを承諾されました。

彼の〈差別〉に対する想いと怒り、感情と認識は、彼が広島原爆被爆二世という出自に基づいています。私たちは内々に聞いていて、私たちの〈差別〉に対する考え方に大きく影響しています。つい最近、彼は李信恵の提訴の一部になっている「デジタル鹿砦社通信」に於いて、2020年8月6日、広島原爆投下75年の日に公にカミングアウトしました(同通信参照。この文をはじめ田所さんは常々ペンネームの「田所敏夫」を使っていますが、これは、実生活での不利益を最大限防止するためと、大学職員時代の上司〔故人〕の、権威に屈しない精神と遺志を継承するという決意から来ています)。

広島原爆被爆者や、その二世、三世は、戦後75年間ずっと〈差別〉に晒されてきました。「マイノリティ」という、李信恵らが頻繁に使う言葉を借りれば、原爆被爆者や、その二世、三世は日本の人口からすれば「マイノリティ」です。李信恵ら在日コリアンよりも圧倒的に少数です。

田所さんは、多くの病気を罹患され、最近ではがんを罹患されています。そうした症状は、原爆被爆二世(からくる体内被曝)から来ることは容易に推認されることで、容貌にも表われています(田所さんは白内障や顔面皮膚疾患も患っており、よほど親しい間柄でない限り写真の撮影を断っていました)。

こうしたことを顧みず、李信恵を支持し連携する野間易通という者が、田所さんの本名や職歴(大学職員)などと共に顔写真を意気揚々とネットに晒しましたが、田所さん本人や私たちの怒りは相当なものでした。

野間は、李信恵同様「反差別」運動界隈のリーダー的存在ですが、彼には田所さんの人権への配慮はなかったのでしょうか? また、この際に野間と親しい李信恵や彼女の代理人弁護士(神原元、上瀧浩子弁護士)らは叱責し止めさせたのでしょうか? 当時は田所さんが広島原爆被爆二世ということをカミングアウトしないのをいいことに、やんややんやと囃し立てていたんじゃないですか?

こうしたことからしても、李信恵らが語る「反差別」や「人権」が贋物だということが窺えます。「反差別」や「人権」に名を借りたまがい物です。偽物のメッキはいつかは剥がれます。

◆田所さんらから多くを学びました

被差別者である田所さんとの付き合いで、私は多くのことを学び、くだんのリンチ事件に対する認識や関わり方に於いても参考になることも多々ありました。李信恵の言動に対する受け止め方も、彼の違和感や意見に基づいています。

田所さんは、本件リンチ事件の調査・取材に中心になって奔走してくれましたが、彼の動きは私の期待以上でした。それは、生を受けて以来〈差別〉を身を持って体感し、身に付いた〈真に差別に反対する〉という意識が、李信恵らの“歪曲された反差別運動”に対する怒りとなって、これが基になっているのではないか、と私は思っています。

田所さんに加え、私たちの周囲や、取材に協力してくれた方々には、多くの在日二世、三世の方々や被差別部落出身の方々、さらに戦後から差別を受けてきた沖縄の方々や、2011年東日本大震災での原発事故以降避難先で差別を受けている福島の方々がおられます。ほとんどの方が生活に追われ日常的に何らかの差別を受け、しかし多くは実際の運動に関わっているわけではありません。前述したように、いわゆる“もの言わぬ大衆”です。

私たちは、田所さんはじめ、上記の心ある方々に多くの意見やサジェッションをいただき、これらは5冊の出版物に反映させています。

「反差別」は決して李信恵らの“専売特許”ではありません。なにか「自分らは差別されている」と殊更強調し、だからといって、過剰に批判者に対し汚い言葉で個人攻撃したり暴力を振るっていいわけではありません。

この第2訴訟に先立つ元の訴訟では、鹿砦社に対する暴言や誹謗中傷で裁判所は李信恵の不法行為を認定しています。また、リンチ関連本弾5弾『真実と暴力の隠蔽』巻頭グラビア「李信恵という人格の不可思議」には李信恵の暴言の数々(のほんの一部)が掲載されていて驚かされます。さらには、リンチの最中、被害者M君が痛めつけられているのを見ても、李信恵は、“名台詞”として有名になった「まぁ殺されるんやったら店の中入ったらいいんちゃう?」という非人間的で冷酷な言葉を言い放つ──李信恵の非人間性を表わしています。本件リンチ事件を調べていって本当に驚きました。現代の「反差別」運動は、ここまで堕落しているのか、言葉がありませんでした。

李信恵の暴言の一部。これを見て、この人が反差別運動のリーダーにふさわしいと誰が思うのか!?

後述(次回に掲載)する「八鹿高校事件」や「糾弾闘争」から変わっていないじゃないか、と率直に感じました。

そのように、本件リンチ事件についての当該出版物や「デジタル鹿砦社通信」の記事に於いて、バックには、取材に協力してくれた多くの方々という“もの言わぬ大衆”の“声なき声”を取材者が拾い上げ、それが深く反映されているものと思っています。

本来なら、運動家、特にこのリーダー格の人間こそ、“もの言わぬ大衆”の“声なき声”を汲み取り、それを代弁しなくてはいけないわけですが、果たして李信恵にその姿勢があるかどうか、ここ4年余りのリンチ事件に対する取材や被害者支援の活動から大いに疑問を感じています。

リンチ直後の被害者M君の顔写真。この写真を見て平静でいられる人はいるのか?

5軒の飲食店を飲み歩き「日本酒に換算して一升近く飲んだ」と告白した李信恵のツイート。泥酔してリンチがあったのを知らなかったと弁解したつもりだが、「語るに落ちる」とはこのことで、5軒の飲食店を飲み歩き「日本酒に換算して一升近く飲んだ」ことを自己暴露

日頃から夜な夜な飲み遊び、くだんのリンチ事件の日も前日夕方から5軒飲み歩き「日本酒にして一升」を飲んだと豪語し泥酔、日付が変わった深夜、その勢いで集団でリンチに及ぶような者にリーダーとしての品格を見て取ることなどできるでしょうか。いやしくも「反差別」や「人権」運動のリーダーたる者は、日頃からみずからを律し、飲み遊ぶ時間を自己研鑽に当てるべきでしょう。そうではないですか? 私の言っていることは間違っているでしょうか?

私はこれまで、田所さんのことは知っていても、本人がカミングアウトしていないことで内に秘めてきました。このたび期することがあって公にカミングアウトされたことに強く衝撃を受けました。

次回に掲載する〈差別と暴力〉についても、これまで部分的に述べてはいても、まだまだ不十分さが否めませんでした。

私にしても田所さんにしても、〈差別〉や〈差別と暴力〉の問題、つまりそれと密接にリンクするM君に対するリンチ事件についても、薄っぺらい“コメント”や“評論”に終始してこなかったことだけは自信があります。被差別者である田所さんは勿論、私も田所さんらに学び、徹底して取材・調査し、私の能力の限り本質的に迫ろうと努めてきたつもりです。リンチ事件は私自身の問題として関わってきたことだけは申し上げることができます。(本文中、田所さんを除き敬称なし)
                     

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前回の通信(7月8日)後、あらい商店・朴敏用が反応したようだと知人がそのtwの魚拓を送ってくれました。

7月10日付けの朴敏用のtw

「あらい商店って屋号に反応するしょーもないやつらが多い」とは私たちのことでしょうか? 私たちが「あらい商店」に「反応」するのは、リンチ被害者M君を精神的に追い詰めた村八分運動=「エル金は友達」祭りをあらい商店店主・朴敏用が主唱し煽ったからです。そうでなければ、カウンター/しばき隊の面々がたむろする飲み屋のオヤジぐらいの認識で、さほど問題にはしません。

◆「黒田ジャーナル」の流れを汲む『うずみ火』

『新聞うずみ火』は、かつて毎年戦争展を開いたり関西で多大の社会的影響力を持った読売新聞大阪社会部長・黒田清が読売内の権力闘争に敗れ(いろいろ評価はありますが私はそう見なしています)不本意ながら同社を去った後に部下の大谷宏昭と創設した「黒田ジャーナル」の流れを汲んでいます。発行部数は1500部前後と少ないながら、ある意味で関西メディア界の「名門」の流れといえるでしょう。黒田死後、「黒田ジャーナル」は解散し、大谷は矢野らと袂を分かちフリーのジャーナリストとして大阪読売本社の近くに事務所を構え活躍しています。

一方、「黒田ジャーナル」のスタッフだった矢野宏(現・株式会社うずみ火の代表兼編集長)と、のちに「黒田ジャーナル」に参画した栗原佳子(上毛新聞出身。現・『新聞うずみ火』副編集長)らは「株式会社うずみ火」を設立し大阪駅北側の古いビルに事務所を構え月刊『新聞うずみ火』(以下『うずみ火』と略記)の発行を始めます。私が「名誉毀損」事件で逮捕され勾留中の2005年暮れのことで、前回記したように、創刊メンバーで戦場ジャーナリストの西谷文和が神戸拘置所を訪れ創刊号に私のインタビュー記事を掲載しました。義理と仁義を人生のモットーとする私は、このことにより、鹿砦社再建後『うずみ火』に有料広告を毎月掲載してきたわけです。もう7、8年になります。

なお、リンチ本で私は、矢野が読売から黒田、大谷と「黒田ジャーナル」にスライドしたと従前から誤認し、「元読売新聞記者」と記載していましたが、矢野の前職は読売ではなく『日刊新愛媛』でした。この場を借りて訂正します。

◆「あらい商店」に通い詰めた『うずみ火』矢野、栗原は、店主・朴敏用が主唱した村八分運動=「エル金は友達」祭りを知っているのか?

ところで、何の因縁か知りませんが『うずみ火』の矢野、栗原は旧「あらい商店」にはよく通ったようで、これまでも彼らのFacebookなどでその様子が記載されていました。一例を挙げておきます。

『うずみ火』代表兼編集長・矢野宏(左)/あらい商店がご贔屓の副編集長・栗原佳子のFB(右)

そうして今回の朴敏用のインタビュー記事、不本意ながら閉店し再起を期してキムチの通販を始め新店舗開店を準備しつつある朴を応援しようということでしょうが、その前に朴がリンチ被害者M君にやった陰湿きわまる「ネットリンチ」「セカンドリンチ」である村八分運動=「エル金は友達」祭りについて総括した上でやっていただきたいものです。M君を支援してきた私たちとしては不快感を覚えざるをえません。激しいリンチを受けたM君が今でもその後遺症(PTSD)に悩まされているのが判っているのでしょうか!?

◆黒田清が生きていればリンチ事件に毅然たる態度をとった! 私たちの「質問書」に真摯に答えない『うずみ火』代表・矢野と、逆ギレした副編集長・栗原

生前の黒田清

黒田清という人は、私個人としては、以前に対談をいったんは承諾しつつも謝礼が安いことで断られたことがありましたが、それはそれとしても、時に独善的に見える、その強権的体質(昔風に言えば「スタ官」)は好きではありません。しかし、彼の正義感というか、悪いことは悪いと断じる性格は高く評価しています。矢野らもその黒田の性格を継承し、くだんのリンチ事件に対しても断固たる態度をとるものと思っていましたが、実際はまったく優柔不断なものでした。

ある方は、次のように述べられました。──

「今にして思えば、『うずみ火』の矢野さんらも事件の後に比較的早い段階で、あらい商店や呉光現らから自分たちに都合のいいような説明を聞いていて、鹿砦社からの話や質問に耳を傾ける気など微塵もなかったのではないでしょうか。
 コリアNGOセンターのマスコミへの売り込み方も相当なものです。
 自分たちを正義の被害者とするためになりふり構わず売り込んで、それが現時点ではうまくいっているのでしょう。」

おっしゃるとおりかもしれないですね。

ある時は、旧知のジャーナリスト・山口正紀(元読売記者)が『うずみ火』主催の講演会に来られるというので、鹿砦社社員が挨拶に伺ったところ、栗原は、何をとち狂ったのか、当社社員に対し凄い勢いで怒り狂い詰め寄ったということです。幸い傍に知人(証人!)がいたこともあり大事には至りませんでした。この頃、リンチ加害者に繋がる人物やメディア関係者らに「質問書」(別掲)を送りましたが、これに「もし黒田さんが生きておられたら、どう対応されたとお思いでしょうか? 正義感を奮って採り上げられたか、逆にずるく立ち振る舞われたか、いかがお考えですか?」(質問書)という箇所があったことが気に触ったからだったようです。

『うずみ火』への「質問書」

ヌエ的な矢野の回答書

「質問書」への回答がまだでしたが、催促し、別掲のような回答書を送ってきました。う~む、黒田精神を継承した者にしては弱いし、誠意のない、ずるい対応だと思いますが、読者の皆様はどうお感じになりますか? 生来鈍愚な私は当時さほど敏感に感じることなく、「回答してくれたんだから、まあいいか」と思いましたが、今あらためて読むと、真摯さに欠け、人を小バカにした回答です。

先の栗原佳子の横暴や、この回答書を読み、普通だったらこれで広告掲載も関係も終わったのでしょうが、人の好い私は、金銭的にさほどの負担でもありませんし、「もうしばらく様子を見るか」と広告掲載を今に至るまで続けたのでした。さすがに関係は疎遠にはなりましたが……。

しかし、専らリンチ被害者を村八分にし精神的に追い詰めることを目的に「エル金は友達」祭りを主唱した「あらい商店」経営者・朴敏用を、あたかもあれほどの村八分行為をやったことなど度外視し、まるでコロナ解雇の被害者の如く持て囃すに至り、私も重大な決断をする決意をしています。遅きに失したかもしれませんが……。

ところで、黒田が生きていたら、どういう態度をとったでしょうか? 黒田の性格、正義感から、リンチやこの加害者らに対しきっぱりした態度をとったとのではないでしょうか。矢野や栗原らが真に黒田精神を継承するというのであれば、リンチという不浄な蛮行に対しては毅然とした態度をとるべきではないのか!? ここでも、私が言っているのは間違っていますか? はっきり答えよ!

ちなみに、講師として講演した山口正紀は、さすがに元新聞記者、その時までリンチ事件を知りませんでしたが、みずから調べM君訴訟で詳細かつ適格で長文の「意見書」まで書いてくれたのでした。ジャーナリストたる者、こうでないといけません。

矢野の回答に対する取材班のコメント(リンチ本第2弾『反差別と暴力の正体』より)

◆「鹿砦社、潰れたらええな」だって!?

呉光現の名誉毀損ツイート

さて、『うずみ火』に幾つか問題のある人物の記事が大きく掲載されています。

まずは、呉光現(オ・グァンヒョン。日本聖公会生野センター総主事/在日本済州4・3犠牲者遺族会会長)。この人はキリスト教団体の幹部ということですが、宗教が決して人格に影響しないことの見本のようなツイートをしています。「鹿砦社、潰れたらええな」だって!? 「文句あったら言ってこいやあ」だって!? 

そう言うから、かの香山リカの「どこに送ったか、ちょっと書いてみては?」と同じく、取材班スタッフが抗議したところ、あえなく謝罪し撤回。鹿砦社に限らずひとつの会社を「潰れたええな」と非難するなど問題ありと判断、鹿砦社として、彼が所属するキリスト教団体上部組織に正式に抗議の内容証明を送ろうと考えましたが、謝罪、撤回したので、心優しい私たちはこれ以上の追及はやめた次第です。

3ページにわたり呉光現が登場する『うずみ火』2018年5月号

◆リンチ事件解決に日和見主義的態度をとり続ける「コリアNGOセンター」を弾劾する!

コリアNGOセンターは、李信恵による「保守速報」らネトウヨに対する訴訟の事務局となり、郭辰雄(カク・チヌン。代表理事)、金光敏(キム・グヮンミン。事務局長)の2人はセンターの執行部を務めています。

リンチ直後には、李信恵ら加害者に対して事情聴取を行っています。当初は、李信恵らに「謝罪文」を書かせたり、それなりに常識的な態度をとり「中立」的立場をとっていたようですが、次第に日和見主義的態度をとり明確に加害者側に立つようになっていきました。

ですから、リンチ事件の真相究明のためにも解決のためにもコリアNGOセンターがどう対応するかが極めて重要だと考え、その2人には各々「質問書」と本を数度送り、その考えを聞こうとしました。

しかし、金光敏は電話取材に応じましたが、郭辰雄はナシの飛礫で一貫して無視しました。コリアNGOセンター、とりわけ幹部の2人が血の通った人間として対応し続けたら、事件の解決も可能だったと私は思っています(甘いかな?)。

なぜ、コリアNGOセンターは日和見主義的対応をとり続けたのでしょうか? 李信恵に弱みを握られているのでしょうか? 私たちが与り知らぬ利害関係があるのでしょうか? あなた方がしっかりしないから、訴訟は中途半端な形で終結したとはいえ、本質的解決には至らないのです。本質的解決には至らないとは、リンチ事件を起こした者たちも、その隠蔽に加担した者らも、M君を誹謗中傷した者らも何ら事件を反省せず、畢竟しばき隊/カウンターやその周辺の社会運動において今後同様の、あるいはもっと取り返しのつかない暴力事件が起こり得るということです。そうではないですか?

そうした中で、『うずみ火』は能天気に2人についてページを多く割きレポートを掲載しています。ジャーナリズムの大義に立ち、真に黒田精神を継承すると言うのなら、こんな偏頗でキレイ事ばかり書き記すのはやめるべきでしょう。

3ページにわたりコリアNGOセンター代表理事・郭辰徳が登場する『うずみ火』2020年1月号(左)/同じく3ぺージにわたりコリアNGOセンター事務局長・金光敏が登場する『うずみ火』2019年9月号(右)

取材班と金光敏との電話のやり取り

同上

矢野さん、栗原さん、あなた方が「反差別」とか「人権」を声高に叫ぶのであれば、リンチ被害者M君を村八分にし、一人の大学院生の人権を物理的に暴力で痛めつけた凄惨なリンチについて、また事後、社会的地位のある者らが多数関与し事件の隠蔽と被害者への不当極まる誹謗中傷が繰り返されたことについて、彼らがとった態度をまずしかと見据え、その上でインタビューなどやればいいでしょう。

また、あなた方も、私たちが投げかけたM君リンチ事件の内容を知り、もっと人間的な対応をとるべきではないでしょうか? すでに5冊のリンチ関連本も送っているので、知らないなどとは言わせません。黒田清の遺志を継ぎ黒田精神を体現するというのは、歯の浮くようなキレイ事を言うのではなく、身近に起きた具体的事件に対して毅然たる態度をとることから始まるのではないでしょうか? 私の言っていることは間違っていますか? 答えてください。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

4月から始めたこの連載も16回が済みました。M君の訴訟は一応終わりましたが、鹿砦社が抱える2つの対カウンター/しばき隊訴訟(対李信恵、藤井正美)は、このかんのコロナによる非常事態で一時休戦状態に入ったとはいえ、まだまだ続きます。それら訴訟の報告はじめリンチ事件の検証と総括を行うため、この連載も不定期ながら続けていく所存です。ぜひ続けてお読みください。(本文中敬称略)

《関連過去記事カテゴリー》
 M君リンチ事件 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=62

Amazon https://www.amazon.co.jp/dp/B07CXC368T/
鹿砦社 http://www.rokusaisha.com/kikan.php?bookid=000541

私の会社・鹿砦社が、ここ7、8年広告を出している月刊『新聞うずみ火』(代表・矢野宏)7月号が届き、ざっと開いてみて驚きました。別掲の通りですが、ここに見開き2ページに渡りインタビュー記事が掲載されている「あらい商店」と、この経営者・朴敏用(パク・ミニョン。日本名・新井俊秀)は、私たちが被害者救済・支援と真相究明に携わってきた「カウンター大学院生リンチ事件」に深く関わっているからです。

『うずみ火』ともあろうものが、あろうことかリンチ事件に深く関わっている者を大きく採り上げるとは……『うずみ火』代表・矢野宏には質問書も送り、リンチ本5冊も発行の都度送ってきました。私たちがこのリンチ事件の被害者M君救済・支援と真相究明に携わってきたことを知らないわけはありません。矢野さん、そうではないですか?

『うずみ火』については別途記述いたしますが、元読売新聞大阪社会部出身の黒田清(故人)が始めた「黒田ジャーナル」の流れを汲み、創刊は『紙の爆弾』と同じ2005年。その創設メンバーの一人、西谷文和が、神戸拘置所に勾留中の私に面会に訪れ、この記事が『新聞うずみ火』創刊号に掲載されました。西谷とは、彼がまだ大阪・吹田市の公務員で、その労組の雑誌に寄稿して以来面識がありました。この恩義もあり、鹿砦社が再起して以来、長年広告を出してきました(『うずみ火』に毎月有料広告を出しているのは鹿砦社のみ)。だからといって内容に口出ししたこともありませんし、くだんのリンチ事件に多少なりとも関わっている者(コリアNGOセンター理事・金光敏ら)が登場しても、これを詰ったこともありません。しかしあらい商店・朴敏用の場合は違います。「『うずみ火』も遂にしばき隊化したのか」との感が否めません。

矢野さん、なんだよ、このインタビュー記事は!? あなたも「反差別」とか「人権」とか言うのなら、朴敏用が首謀者となってリンチ被害者M君に行った村八分行為「エル金は友達」祭りの事実をきちんと踏まえた上でインタビューを行い記事を書くべきではなかったのか? 村八分が差別行為だということは分かっていますよね? 冒頭に記したように、『うずみ火』には、リンチ本は発行の都度送っていますしリンチ本の広告も出していて、知らないわけはないでしょう。知らないなどとは言わせません。朴敏用について耳触りの良い内容の一方で、度し難い村八分行為を黙過しているのなら偏頗な内容と断じざるをえません。

『新聞うずみ火』2020年7月号

◆リンチ事件に至る道程は「あらい商店」から始まった!

私たちが「カウンター大学院生リンチ事件」と呼び、一般に「しばき隊リンチ事件」といわれる集団暴力事件は、かつて「十三(じゅうそう)ベース事件」と呼ばれていました。これは、リンチの舞台が、大阪・十三のホルモン料理屋「あらい商店」で行われたと噂されていたことから発しています。

その後、この事件の全貌が私たちの真相究明の中で明るみに出るに従い、リンチが大阪最大の飲食店街「北新地」で行われていたことが明らかになり「十三ベース事件」は死語になっていきました。

しかし、このリンチ事件は、2014年12月16日、この日は李信恵が「保守速報」らネトウヨを訴えた民事訴訟の弁論の日で、これが終了し、李信恵ら5人はまず「あらい商店」から始め5軒目の北新地のワインバーに至るまで泥酔するほど飲み歩いています。リンチ事件は、日付が変わった17日深夜に起きました。

泥酔した李信恵らはM君を呼び出し激しいリンチを加えたのです。一説には、リンチの謀議をあらい商店で行ったと言った人もいました。リンチ事件はあらい商店で起きたのではありませんが、李信恵ら5人は、このあらい商店から飲み歩きに出発したのです。

また、あらい商店は、カウンター/しばき隊のメンバーらがたむろする根城になっていたことは自他共に認めるものです。有田芳生参議院議員は、なぜかリンチ事件の翌日に訪れています。このことはじめ、有田議員には、四国の自動車販売会社社長・合田夏樹脅迫事件への関与など聞きたいことが山ほどありますが、頑なに取材を拒否していますので確認は今のところできていません。国会議員たる公人は、合田脅迫事件に自らの宣伝カーが使われたという疑惑や、「反差別」運動の中心メンバー5人が行った集団リンチ事件について説明責任があるというのは当然です。私の言っていることは間違っていますか? 有田は「鹿砦社には答えない」と言っていますが、じゃあ鹿砦社以外の者がたずねたら答えるのか? どうですか?

あらい商店の経営者・朴敏用は、カウンター/しばき隊の中心メンバーと言ってよく、娘もかのSEALDs KANSAIの活動家で、名を出してメディアにも登場しています。あらい商店の屋号は、日本名の「新井(あらい)」から名づけているものと思われますが、朴みずから言っているように客を選び、客のほとんどはカウンター/しばき隊界隈の人間だったようで、いきおい一般の客は寄せ付けなかった、あるいは寄り付かなかったのではないでしょうか。あらい商店は、有田議員ら“上客”を常連としつつも3年半ほど前に潰れましたが、このことが要因になっているものと考えられます。

あらい商店閉鎖後、朴は、ある焼肉屋に就職しますが、これもみずから言っていますが厨房でタバコを吸っていて先輩に叱られたということで、勤務態度には疑問符が付くようです。このたびのコロナによる休業で解雇されたということですが、そんな勤務態度だと経営者としては渡りに船だったのかもしれません。

◆朴敏用が主唱した「エル金は友達」祭りとは?

朴敏用について、どうしても忘れられないのは、2015年5月初頭の「エル金は友達」祭りです。これは、朴敏用が主唱しカウンター/しばき隊関係者ぐるみで行ったもので、リンチの実行犯・エル金こと金良平は友達と多人数で発信することで、被害者M君に対し「お前の味方は誰もいない」と見せつけ、M君を村八分にするという陰湿極まる「ネットリンチ」「セカンドリンチ」でした。

M君いわく、「これだけ多くの人物らが自分一人に対し悪意を向けているのか……」と精神的にかなり参ったというものです。かつての仲間だった多くが「エル金は友達」祭りに加担し、M君は「あいつも」「こいつも」と仲間外れされ追い詰められていったそうです。この時期ITOKENこと伊藤健一郎(当時大学院生)が悪名高い「説明テンプレ」をカウンター/しばき隊関係者に送り共有し、M君を悪者にでっち上げる口裏合わせの済んだ後のことですから、「エル金は友達」祭りの参加者相互にM君に対する悪意が共有されていたと考えて間違いないでしょう。

「エル金は友達」祭りに加担した者はかなり多数にわたりますが、なかには、例によって中沢けい、金明秀らの名もありました。

朴が、「エル金は友達」祭りを主唱し、エル金やリンチ加害者らを応援しても、店の売上に貢献し経営を応援してくれる仲間はいなかったのか、旧あらい商店は2016年10月末日に閉店となります。有田芳生や中沢けい、伊藤大介ら高額所得者は金銭的応援はしなかったのでしょうか? 「エル金は友達」ならぬ「あらい商店は友達」なら、閉店するかどうかの正念場にはポンと50万円、100万円出して助けてやれよ。

リンチ被害者M君を村八分にした「エル金は友達」祭り。これに参加した者の人権感覚を問う!

同上

同上

◆「あらい商店」再開後は以前の言動を反省し、特に衛生面には留意してください! 

旧「あらい商店」厨房内でふざける朴敏用(左)と野間易通(右)。朴の後ろに吸い殻山盛りの灰皿が見える

朴は解雇後、キムチの製造・販売(通販)に乗り出し、遂に物件の契約も済ませ店舗の再開に漕ぎ着けようとしているということで慶賀の至りです。早速、西岡研介や中沢けいらがエールを送っています。まだオープンしていませんが、再開後は、以前の反省から、客を選んだり仕事中に厨房でタバコを吸ったりせずに広く愛される店になってほしいものです(以前のあらい商店の写真を見ると、調理台の上に吸い殻が山盛りになった灰皿が無造作に置かれているのが確認できますが、これも飲食店としては大いに問題があると言わざるを得ず、新店舗では、こうしたことも改善してくれるものと期待します)。

ところで、キムチの製造・販売(通販)ですが、値段は高くはありませんか? 相場よりちょっと高いんじゃないかとの声も聞かれますが、従前からの競合業者に割って入るには、まず値段が問題、高いと勝てません。いやいやオレには有田先生や中沢先生ら高くても買ってくれる人がいっぱいいる……とか思っているのかな? 有田先生、中沢先生、大量注文お願いしますね。

読者は目敏い! 吸い殻山盛りの灰皿を拡大しツイート

また、「食品衛生法」とか、こちらはクリアしているのでしょうか? キムチは、自宅の台所で製造して自家用とするのは問題ないとして、素朴な疑問ですが、対外的に販売用に製造するのには保健所の許可など要らないのでしょうか? 

「食品衛生法」は、かなり厳しく、対外的に販売用に家庭の台所で製造することはできないとされていて、「住居部分と完全に区画された専用の製造施設、販売施設が必要です」と定められていますし、また「容器包装に入れられた加工食品は正しく表示しなければ販売できません」と記されています。「正しく表示」していますか?

当初からあらい商店の通販サイトを見ていると、そうしたことは明示してありませんし、そんなことなど眼中になく製造と販売(通販)を始めたように思われますが、問題ないのでしょうか? 問題ないのならいいんですが、くれぐれも衛生面には留意し(作業中にタバコなど吸ったらいけません!)、食中毒とか出さないように頼みますよ。

あっ、それから、再開前にすでに仲間内で齟齬も発生しているようです(別掲画像参照)。なにか新生「あらい商店」の近未来を予兆させる齟齬です。商売人、特に飲食関係なら、もっと鷹揚に対応してほしいものです。(続く。本文中敬称略)

新生「あらい商店」の近未来を予兆させる齟齬

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私は、このかん標記の「カウンター大学院生リンチ事件(別称「しばき隊リンチ事件」)」の検証と総括作業に取り掛かっています。このブレーンストーミングを兼ねて、くだんのリンチ関連本5冊や「デジタル鹿砦社通信」の記事などを読み直し、資料を整理してきました。この作業の一端として4月からこの連載をやって来ました。

誰が撮ったか、ネットに出回る香山リカの雄姿!怖い!

今「平気で嘘をつく人たち」について記述していますが、やはり忘れてならないのが香山リカでしょう。彼女が鹿砦社に対して行った誹謗中傷ツイートはひときわ多いです。

本来なら名誉毀損で提訴するところ、今のところは対李信恵、対藤井正美との訴訟に集中するためにペンディングにしていますが、決して諦めたわけではありません。

「売られた喧嘩は買う!」「挑発には乗る!」を信条としてきた「棺桶に片足を突っ込んだ爺さん」(by藤井正美)としては、このままでは終われません。ここでは、香山のツイートを幾つか挙げてコメントしておくに留めます。

「ガチャ切り」されたとの大ウソ!

◆鹿砦社取材班が電話を「ガチャ切り」した!?

香山には、他のリンチ隠蔽に関わったと推認される者らと同様、質問書を送っています。当初は、自宅住所が把握できませんでしたので大学宛に郵送し回答がないので、彼女が業務委託している事務所に電話しました。ところが、「ガチャ切り」されたなどとの事務所の者の言葉か、香山自身が盛った言葉かわかりませんが、そうツイートしています。

しかし、これはウソです! 取材者は「ガチャ切り」などしていませんし、終始慇懃丁寧に対応しました。これは音声データがありますので、香山のツイートがウソだとわかります。

だってそうでしょう、相手が録音しているかもしれないのに「ガチャ切り」などするわけがありません。取材者は鹿砦社本社から電話しましたが、この場に私もいて聞いていましたので間違いありません。あまりに稚拙なウソです。

◆質問書を「どこに送付したか、ちょっと書いてみては?」というから素直に書いてみましたが……

次は、鹿砦社のツイッターアカウントが一時止められ有名になりましたが、質問書を「どこに送付したか、ちょっと書いてみては?」というから、素直に応じ送った住所を答えました。この頃には、各方面からの情報提供もあり自宅住所も把握でき直撃取材するかと思っていたところでした。

ところが香山は、自らの挑発に私たちが率直に対応したことに慌てふためき、神原元弁護士に連絡し助けを求めたのでした。香山先生、あなたが「どこに送付したか、ちょっと書いてみては?」と言ったんじゃなかったんですか!? 

[左]「どこに送付したかちょっと書いてみては?」というから書いてみました。[右]慌てふためいて守護神・神原元弁護士に事態収拾を依頼

◆鹿砦社が裁判を起こし「小口ビジネスモデルに活路を見出した」という大ウソを捏造した香山の「責任は重い」!

「小口ビジネスモデルに活路を見出した」?

さらに香山は、創業50年にわたり一貫として出版社としての矜持を堅持して出版活動を継続してきた鹿砦社に対し、あろうことか、「『裁判を起こす→支援者からカンパで費用を集める→本を出して支援者に買わせる』という小口ビジネスモデルに活路を見出したのだろうか」などと倒錯した記述をしています。

「カンパで費用を集める」? 「本を出して支援者に買わせる」? M君裁判は、あえて鹿砦社は費用は出さず、広く心ある皆様からのカンパで賄いましたが、そのカンパを鹿砦社が流用し、これで本を出したことは断じてありません。会計報告を出さず資金の行方に疑問譜が付く「李信恵さんの裁判を支援する会」と違い、M君裁判支援会では、弁護士が管理し、皆様方の前に収支を報告しています。

作った5冊の本の費用は鹿砦社が出しカンパ金は1円も使ってはいません。また、本は、広く関心のあるみなさんには任意で買っていただきましたが、(半)強制的に「支援者に買わせる」ことなどしてはいません。むしろ、取材や支援会運営に協力してくれた者には献本しました。さらに鹿砦社 vs 李信恵/藤井正美訴訟の費用は、M君訴訟へのカンパは1円も流用せず、全て鹿砦社自身の資金で遂行しています。

「小口ビジネスモデル」? いい加減なことを言わないでください。香山による、このツイートは鹿砦社に対する度し難い名誉毀損です。

◆私たちに「しつこく嫌がらせをされ続けている」とウソを公言している香山の「責任は重い」!

「お金取り尽くしたらそれで終わり」? 失礼なことを言わないでください!

香山の“毒舌”は続く──「その後しつこく嫌がらせされ続けている。私だけではない。今日、高裁でそれは『リンチ』ですらなかったと確定した。鹿砦社の責任は重い。」

私たちにいつ、どのような「嫌がらせされ続けている」のでしょうか? 具体的に明らかにしていただきたいものです。私たちは、あくまでも取材の範囲内でのアプローチであると認識していて「嫌がらせ」などやったことはありません。このかん特ダネを連発している「文春砲」の足元にも及びません。

裁判所は、判決文のどこに「『リンチですらなかった」と書いていますか? リンチがあったからこそエル金こと金良平らに罰金(刑事)や賠償金(民事)を課したのではないですか? リンチ被害者M君のリンチ直後の写真をしかと見よ! リンチの最中の音声データを聴け! 凄絶な殴る音を聴いて、香山先生、どう感じますか?

「鹿砦社の責任は重い」だって?── 私たちは(少なくとも私は)出版社(者)としての「責任」から、このリンチ事件の被害者救済/支援と真相究明に乗り出しました。これはリンチという現実に直面した時に、一人の血の通った人間として、また出版人の末席を汚す者として、私(たち)の選択は正しかったと今でも思っています。みなさん、そうではないですか? 私の言っていることは間違っていますか?

香山こそ、リンチ事件の隠蔽に加担し、逆に私たちの真相究明の作業に茶々を入れたり、「小口ビジネスモデル」など、ありもしないことを公言したりし、私たちを誹謗中傷し名誉を毀損しました。その「責任は重い」と断じざるを得ません。

「しつこく嫌がらせされ続けてる」というウソをつく香山先生の「責任は重い」!

◆高橋直輝こと添田充啓の死についても香山らの「責任は重い」!

同志・安田浩一と(沖縄にて取材班撮影)

最後にもう一言。高橋直輝こと添田充啓が、死因不明で亡くなり2年が経ちました。香山先生、三回忌はされましたか?

高橋(添田)は、執行猶予中で沖縄に、まさに“鉄砲玉”として送られ逮捕、勾留されました。精神的に追い詰められていたとも耳にしましたが、事実はどうなのでしょうか? 

高橋(添田)の死因が、彼を精神的に追い詰めたことにあるのならば、香山やしばき隊界隈の者らの「責任は重い」と言わざるをえません。

香山は精神科医として、精神的に病んだとされる高橋(添田)に親身になって寄り添うべきではなかったのか、この意味でも香山の「責任は重い」と言わざるをえません。(本文中敬称略)

この連載は今後も続きます。次回は、最近明らかになった“あること”に対し怒りを持って糾弾します。

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朝日新聞・北野隆一編集員渾身の連載、6月19日は第5回目で、これでお終いということです(やれやれ)。

師岡康子弁護士

最後を飾るのは、カウンターの東の理論的支柱で『ヘイト・スピーチとは何か』(岩波書店)の著書もある師岡康子弁護士です。

師岡登場となると、私としては、やはり一言申し述べておかねばならないでしょう。

師岡、外面的なイメージは悪くはなく、カウンターのスポークスマンとして記者会見にもよく出ています。

しかし、M君リンチ事件について取材班からの質問書はことごとく無視、やむなく電話取材を試みたところ、記者会見での堂々とした態度とは異なり、逃げの一手でした。

師岡との電話のやり取りを再録しておきましょう。──

朝日新聞6月19日夕刊

師岡 はい、もしもし。
── お邪魔いたします。師岡先生の携帯電話で間違いございませんでしょうか?
師岡 はい、師岡です。
── お忙しいところを申し訳ございません。先生に鹿砦社から、郵送で『ご質問』を送らせていただいていると思うのですが、ご覧いただきましたでしょうか?
師岡 あの~、この携帯電話番号は、どちらで聞かれたんでしょうか?
── 取材の情報源は秘匿しなければいけないので、申し訳ございませんが、それは申し上げられません。
師岡 ああ、そうですか。
── はい。
師岡 ちょっと、あの~対応する気はありませんので。
── (『ご質問』は)ご覧はいただいているのでしょうか? 郵送したものは。
師岡 それについてもちょっとノーコメントで。
── 一応レターパック便で送らせていただいておりますので、こちらで届いたという記録は残っているのですけれども(注:レターパックは質問者の誤認で、正確には普通郵便)。
師岡 ええと、あの~私のほうでちょっと対応する気がありませんので、失礼します。
── 対応なさるおつもりがないと……。」(第3弾『人権と暴力の深層』より)

リライトは全然改ざんなどしていません。これを見て読者のみなさんは、私たちがいかに丁寧かつ穏やかに取材したかがイメージできるでしょう。どこに「恐怖」を感じるというのでしょうか?

なぜ、私たちは師岡に対して質問書を送り回答を求め、リンチについての意見を求めたのでしょうか──それは、カウンター運動の理論的支柱として著書もあり、そのスポークスマンとしての役割をし、たびたびマスコミに登場していること、それから、例の「師岡メール」といわれる書面の存在がささやかれていてリンチ事件隠蔽活動の一端を担っていたと推察されたこと、隠蔽のための会議(例えば辛淑玉文書への対応のため)を師岡の事務所で行ったとの情報が入ったこと等によります。「ヘイトスピーチ」を糾弾しながら、それでいてリンチ被害者M君への、カウンターやしばき隊メンバーらによる、まさに〈ヘイトスピーチ〉やネットリンチ、村八分行為を是認(黙認)してきたキーマンとして、ここはぜひ師岡の意見表明を求めなければならないと考えたのです。

「師岡メール」は、第5弾本を出すまで遂に見つけることができませんでした。存在の真偽もあやふやでしたし、『もうないのか』と思っていたところ、第5弾本出版直後、メールの相手・金展克みずからが暴露したのです。

予想した以上の衝撃でした。『やはり本当だったんだ』と思い、金展克はなんでもっと早く公にしてくれなかったのか、と金展克が秘してきたことを嘆いたものです。「師岡メール」がもっと早く公になっていたならば、リンチ事件をめぐる転回もM君の訴訟も、もっと違ったものになっていたとさえ思いました。こういうA級資料は、タイムリーに出さないと効果半減です(金展克さん、聞いてるか?)。

師岡は「人権派」の看板とは裏腹に、トンデモないことを金展克に求めています。歴史に残るほどの内容です。すでにこの連載の「7」(6月8日掲載)でも掲載し私見を申し述べておりますが、あらためて再録しておきますので、とくとご覧ください。これが「人権派」と持て囃される弁護士がやることか!?(喝)

いわゆる「師岡メール」

ヘイトスピーチ規正法の成立のために、凄絶なリンチ被害者M君を黙らせ泣き寝入りするように金展克に説得させようとしています。師岡は、リンチの被害者が刑事告訴すれば、「これからずっと一生、反レイシズム運動の破壊者、運動の中心を担ってきた人たち(注:李信恵ら)を権力に売った人、法制化のチャンスをつぶしたという重い批判を背負いつづけることになります。そのような重い十字架を背負うことは、人生を狂わせることになるのではないでしょうか。」と言っています。

頭の中が倒錯していると言わざるをえません。「重い十字架を背負う」のはリンチ加害者の李信恵らでしょう。盛り上がってきた反ヘイトや反差別の運動に水を差したのですから。リンチ事件は、そうした運動の盛り上がりを「破壊」するに足る蛮行ですから、リンチの加害者が「反レイシズム運動の破壊者」というのならまだしも、なんでリンチ被害者が「重い十字架を背負」い「反レイシズム運動の破壊者」になるのでしょうか? そうならないために泣き寝入りを求めるとは常識的には到底考えられません。

この「師岡メール」、李信恵の「まぁ殺されるんやったら店の中入ったらいいんちゃう?」という“名台詞”と同じぐらいの歴史的“名文”だと思います。みなさん、心して熟読されたい。

私は、この4年余り、全くの白紙の状態から、カウンターとかしばき隊とかいう人たちの「反差別」運動、その主な担い手の言動を見てきました。差別問題については、私なりに若い時から体験したり見聞きしてきました。いつかあらためて書き綴っておこうとも思っていますが、例えば、学生時代1年下の在日の学友と深夜飲んで騒ぎ自転車に二人乗りして警官に呼び止められ、私はすぐに解放されたのに、彼は延々長時間拘束され、幸いそれ以上にはなりませんでしたが、釈放後の彼の悄然とした表情が忘れられません。

また、これもこれまで公には話してはいませんでしたが、かの「八鹿高校事件」に先輩が巻き込まれたことがありました。彼は解放同盟(以下解同)側にも逆の側(共産党系)にもつかない立場を取り、どちらからも責められています(かつて共産党系のライターが書いた、この事件についての本に解同による暴行の被害者に実名で記されていたのを発見し驚きました)。これ以降、解同による激しい糾弾闘争が先鋭化していきました。

こうした事件から、私なりに差別について長年考えてきました。悩んでいた時期にアドバイスいただいたのは、師岡佑行(故人。歴史学者、元京都部落史研究所所長。同じ「師岡」でも師岡康子とは関係がないと思われますが、一時、師岡佑行の父親か縁者ではないかと思ったこともありました)と土方鉄(故人。作家、『解放新聞』元編集長)でした(お二人には対談していただき、これは記録として残っています)。お二人は、いわゆる「糾弾闘争」を批判されていました。

そうした中で、くだんのリンチ事件に遭遇し、現今の「反差別」運動の実態を具体的に知り、驚くと共に義憤、悲哀を感じました。全然進歩していませんし、逆行しているではないか、というのが長年、私なりに差別について考えてきたことからする感想でした。さらに悪いことには、このリンチ事件が起きたことを、真正面から真摯かつ主体的に対応するのではなく、事件をなかったものにしようと隠蔽活動に精を出しています。

本来なら、師岡康子らのような中心的な人物が率先して、人間的な解決の指揮を執るべきではなかったのか? 前田朗の言葉を借りれば、「今からでも遅くない」、真正面から真摯かつ主体的に対応することが必要ではないのでしょうか? 何度でも繰り返します、私の言っていることは間違っていますか?

この朝日の5回連載の執筆者の北野隆一、ちょっと調べてみると“確信犯”だったことが判明しました。けっこう執拗な取材もやり、かの小林よしのりのマンガにもなっているそうですが、北野さんもこれをお読みなっているのなら決して逃げないでください。関西の朝日の記者らは、都合が悪くなると「広報を通してくれ」と逃げましたが、北野編集委員についてはそういうことはないと信じます。今、調査・取材を始めましたので、後日、あらためてこの「通信」にて記述したいと考えています。(本文中敬称略)

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6月18日の朝日新聞夕刊は北野隆一署名記事で、性懲りもなく李信恵らを持ち上げています。安田浩一、上瀧浩子といった、いつもの名(笑)もありますが、これまでのこの連載との関連で、ここでは李信恵のみを採り上げます。

リンチ直後の被害者M君の写真。血の通った人間なら、これを見て恐怖を感じませんか?

人を正確に評価するには、その人の表面だけでなく裏面、光だけでなく影、陽の部分だけでなく陰の部分、上辺だけでなく暗部なども採り上げ検討しないと評価が不正確で偏頗なものになってしまうのではないでしょうか? ジャーナリズムの世界では基本中の基本です。そうですよね?

北野編集委員の一連の文章を読んでみると、表面のみ、光のみ、陽のみ、上辺のみをキレイごとにまとめ掲載しているだけで、私如き地方小出版社のオヤジが批判するまでもなく、不正確で偏頗なものになっています。これが現在の、わが国を代表する大新聞社の編集委員ともいう者のレベルというのなら嘆かわしい限りです。みなさん、そう思いませんか?

そうすると、李信恵という人を評価する場合、彼女が連座した大学院生M君リンチ事件という暗部にも触れずに「彼女は差別されてきた」ということばかりを殊更に強調すると、読者に不正確な人物像を伝えることになるのではないでしょうか? 
特に、くだんのリンチ事件は、カウンター運動に関連して、その中心メンバーによって惹起されたのですし、北野の記事にある裁判後に、懇親会のみならず5軒も飲み歩き「日本酒にして一升」(李信恵談)余りも泥酔した中で起きました。

さらに、リンチ被害者M君は、李信恵の仲間やカウンター運動に関わる者らによって激しいネットリンチをなされ村八分にされます。私たちは、この事件を知るまで1年余りも一部の知人ぐらいがM君をサポートするぐらいでM君は孤立していました。

李信恵が発信したツイートの数々

朝日新聞6月18日夕刊

確かに民事訴訟や刑事手続きで李信恵は賠償金も罪も課されませんでした。李信恵や神原元弁護士らは「正義は勝つ」とか狂喜乱舞し酒場でのバカ騒ぎをネットで発信(別掲)していますが、これは、裁判所がよく使う言葉「一般読者の普通の注意と読み方」によれば、明らかに〈誤判〉だと思います。激しいリンチで冒頭の写真のような重傷を負ったM君の気持ちを更に傷つかせた判決でした。ひとりの生身の人間に激しい物理的暴力を加えることは、加えられた人の人権を蔑ろにすることですよね? 裁判所は「人権の砦」ではなかったのではないでしょうか?

李信恵らは、くだんの対ネトウヨ裁判後、飲み歩き泥酔した勢いで日付も変わった深夜、M君を呼び出し、M君が到着するや、李信恵は「なんやねん、お前! おら!」(「反差別」や「人権」の旗手はこんな汚い言葉を使うようです)と胸倉を掴み一発手を出し、これをきっかけにして主に「エル金」こと金良平を実行犯として長時間のリンチが続きました。李信恵はリンチの最中も悠然とワインをたしなみ、なんとそれをSNSで発信しています(別掲記載右側中)。殴られ続け、リンチ直後の写真(別掲)を見れば誰もが恐怖を感じるように、リンチ最中のM君の恐怖はいかばかりだったでしょうか? M君はその後、現在に至るまでPTSDに苦しみ深夜に知人に電話してくるほどだといいます。それはそうでしょう。

さらに、リンチも時間が経ちM君がぐったりしているところで、
「まぁ殺されるんやったら店の中入ったらいいんちゃう?」
と、一躍有名になった“名台詞”を吐いています。「反差別」の旗手で「人権」を声高に叫ぶ人は、こんな残酷な言葉を吐くのでしょうか。

李信恵が賠償を免れたことで狂喜する李信恵と神原元弁護士ら。不法行為と賠償金を押し付けられた格好になったエル金(金良平)の浮かぬ表情が印象的。エル金は、この後、賠償金支払いに苦慮した

本稿では、李信恵がリンチ後、被害者M君に出した「謝罪文」を全文挙げておきます。これはその後、M君が孤立しているのを見計らってか撤回しますが、「反差別」の旗手で「人権」意識の高い(ん?)人は、時に常人には理解できないことをなされるようです。

李信恵「謝罪文」(P01-P02/全7枚)

李信恵「謝罪文」(P03-P04/全7枚)

李信恵「謝罪文」(P05-P06/全7枚)

李信恵「謝罪文」(P07/全7枚)

李信恵が連座した大学院生M君リンチ事件は、李信恵に連携する徒輩による隠蔽活動にもかかわらず、知る人ぞ知ることになりました。

上瀧浩子弁護士が、李信恵がネトウヨを訴えた件の訴訟に「意見書」執筆を依頼し、これに応じた前田朗東京造形大学教授は、鹿砦社の本で、このリンチ事件を知り李信恵に対し「唾棄すべき低劣さは反差別の倫理を損なう」とまで批判しています。

李信恵が「唾棄すべき低劣さ」から脱するには、まずこの「謝罪文」に立ち返り、M君に心から謝罪し、真に主体的に反省するところから始まると思います。

私の言っていることは間違っているでしょうか?(本文中敬称略)

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朝日新聞6月17日夕刊

帰宅し夕食前に朝日新聞6月17日夕刊を見て驚きました。われらが野間易通が写真入りで登場しているではありませんか。一気に食欲を失くしました。朝日は、いまだにこういう記事を書くのか――「北野隆一」名の署名記事です。なんだ駆け出しの記者かと思いきや、なんと編集委員だということです。

記事を読むと、目新しい内容はなく、私たちから見れば、どうということもない記事ですが、逆に綺麗事で粉飾されているからこそ、事情を知らない人が読めば、野間易通という人に良いイメージを抱き、“ヘイトスピーチと闘う正義の人”と誤認するでしょう。

この北野編集委員は、野間が、ヘイトスピーチと見紛うような汚い言葉を、自らの意に添わない人たちに浴びせ、リンチ被害者M君や某地方公務員から提訴され、裁判所は野間の不法行為を断罪し賠償金を課したこと(2件とも確定)や、あるいは何度もツイッターでアカウントを変えたりして汚い言葉(言葉の暴力!)で相手を攻撃したり誹謗中傷したことで相次いでアカウントを閉鎖され、「永久追放」されたとも聞きますが、こういうことを知った上で、こんな歯の浮くような記事を公にしているのでしょうか。「在日コリアンを助けるためではなく、自分たちの問題として取り組む」(本文より)──失笑せざるをえません。少しは事情をご存知の方なら、私と同じく感じられることでしょう。

私が「しばき隊」とか「カウンター」とかいわれる人たち、さらにはこれに繋がる「反原連」「SEALDs」に疑問を持ったのは、2015年、彼らによる、韓国から親子で日本に研究に来ていた京都大学研修員(当時。現在も日本で大学の非常勤講師を務め滞在)だった鄭玹汀(チョン・ヒョンジョン)に対する激しい攻撃、誹謗中傷、ネットリンチでした。詳しい内容は、野間らによる「誹謗中傷・罵倒の限りをきわめ、彼女の全人格を根本的に否定するものでした。果ては名誉毀損や脅迫とおぼしき行為にまで至り」、鄭の研究者仲間が鄭を守るために奮闘し支援者らが作ったサイト「社会運動上の人権侵害を許さない」(https://www.facebook.com/groups/1612146335704041/1618038885114786/?notif_t=group_activity)をご覧ください。野間は「闇のしばき隊@kdxn」なるハンドルネームで先頭になって鄭攻撃を行い、カウンター/しばき隊/SEALDs関係者がこぞってこれに倣っています。これこそ、言葉の真の意味で、まさに〈ヘイトスピーチ〉そのものだと思いました。

リンチ本第5弾『真実と暴力の隠蔽』(2018年5月28日発行)P79~83

それまでは深い事情も知らず「反原連」(首都圏反原発連合)に毎月相当の資金援助も行っていました(1年間で300万円余り!)が、私が『NO NUKES voice』誌上に書いた記事(6号「解題 現代の学生運動──私の体験に照らして」2015年11月25日発行)が彼らの意に添わないということで有無を言わさず公に絶縁宣言を出され、そうこうしているうちに(2016年2月~3月頃)彼らと連携する者(李信恵ら)によるM君リンチ事件を知り、「いくらなんでも、これは酷いだろ」とM君救済と真相究明に取り掛かり、それまでの蜜月関係から一気に対立関係へと転換しました。一時は多額の経済的支援をしたのなら、少しは感謝してもよさそうなものですが、感謝の気持ちなどなく、国会周辺では「たんぽぽ舎」に委嘱した『NO NUKES voice』のチラシの配布は妨害されるということです。まあ、これが彼らの人間性でしょうが……。

野間は、一貫して加害者側に立ち、このリンチ事件の被害者M君を執拗に攻撃し、M君から提訴され敗訴しています。朝日の編集委員ともいう者が、こういうことはちょっと調べればすぐに判るはずなのに、全くスルーしています。いや、知っていてスルーしているのなら、さらに悪質と言わねばなりません。こうしたことをスルーして、歯の浮くように野間を美化する記事を書くことに問題はないのでしょうか? 社会の公器としての大手新聞人がやることではありません。

野間らは言う、「リンチはなかった」! まさに「南京大虐殺はなかった」、あるいは「ガス室はなかった」などというに等しい三百代言です。

野間による〈言葉の暴力〉=〈ヘイトスピーチ〉は数限りなくあります。リンチ本第5弾『真実と暴力の隠蔽』で、ほんの一部を掲載してみました。「糞チョソン人」「南洋土人」──沖縄で機動隊が現地住民に「土人」と詰(なじ)りマスコミに大きく報じられ問題になったことがありましたが、野間が言ってもマスコミはなぜ黙っているのでしょうか? 大いに疑問です。北野編集委員、どう思われますか? ぜひお答えいただきたいものです。

リンチ本第5弾『真実と暴力の隠蔽』(2018年5月28日発行)P79~83

リンチ本第5弾『真実と暴力の隠蔽』(2018年5月28日発行)P79~83

◎翌日の6月18日夕刊にも安田浩一、李信恵、上瀧浩子といったリンチ事件加害者(擁護者)が登場しています。もうこの人らのしらじらしい言説には飽き飽きしました。後日、この記事に対してもコメントいたします。(本文中敬称略)

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ずいぶん前に話題になった『平気でうそをつく人たち~虚偽と邪悪の心理学』(M・スコット・ペック著、草思社刊、1996年。現在は草思社文庫)というタイトルの本を思い出しました。出版直後、タイトルに惹かれて購読した記憶がありますが、書棚に見当たらず、今は文庫になっているというのでアマゾンで取り寄せました。思ったように分厚い本で、今読み直しているところです。「平気で嘘をつく人」の心理や気持ちを知るために。

松岡と裁判前に喫茶店で「偶然の遭遇」をしたという李信恵の虚偽のツイート

先の李信恵の「陳述書」でも、例えば「李信恵さんの裁判を支援する会」事務局長の要職にありリンチ事件直後に加害者らに対する事情聴取の場に同席した岸政彦教授が「『リンチ事件』と称する暴行事件に関して、事実関係も何も全く知らないのです」という記述は誰が読んても嘘だと判ります。

私たちが事情を知らないと思ってか、李信恵という人は、こうした嘘を平然と書く──取材などで会った多くの人から、李信恵が「平気で嘘をつく人」だとたびたび言われました。当初は半信半疑だったのですが、別掲のツイートで、「ああそうか、こういうふうにして、この人は物語を作り嘘をつくのか」と思った次第です。

ここで李信恵は、「月曜日の裁判の日、早く到着したので入った喫茶店で。ずっとこっちを見て立ち上がったり、辺りを見回したり、近くまで来る男性がいて。怖いし何だろうかと思ったら、鹿砦社の松岡氏ってことを後で知ったり。」とツイートしています。

残念ながら、こういう事実はありません。虚偽のツイートで、まさに名誉毀損ものです。私松岡が初めて彼女の顔を拝したのは、この裁判の本人尋問ででした。それまでは一面識もありませんでしたし、当日の尋問の前に喫茶店で会ったこともありません。顔かたちも知りません。何という名の喫茶店ですか?この件をネットで批判しましたが、李信恵からの反応はなく、沈黙し逃げています。よくこんな見え透いた嘘が平気でつけるものです。

そして今回の「陳述書」での岸政彦教授が「『リンチ事件』と称する暴行事件に関して、事実関係も何も全く知らない」という、誰が読んても嘘と判ることを平然と、まことしやかに記述しています。

くだんのリンチ事件が発生するまで李信恵や上瀧浩子弁護士の仲間で昵懇だった凜七星(上瀧弁護士とは「友だち守る団」というグループで一時一緒に活動)は、『真実と暴力の隠蔽』(134ページ)で、「たぶんねぇ、悪いのはだいたい李信恵なんですよ。彼女は言い訳だとか、話を捻じ曲げて自分の都合のいいようにするのが得意」と私に仰いました。なるほど、合点がいきました。

さらに、このたびリンチ事件について調べ直す過程で、神原元弁護士と、しばき隊/カウンターグループのボス・野間易通のツイッターのやり取りが出てきました。

リンチ被害者M君が必死で録音した音声データを、あろうことかリンチがなかったことの「証明」だと、恣意的に事実を捻じ曲げています。この人たちの頭の構造が理解できません。この音声データが明るみに出るや、こうした三百代言を思い付き、まことしやかに公言しています。

リンチの最中の音声データが「リンチがなかった」ことの「証明」だと言い張る神原弁護士と野間易通のツイート

ナチスの宣伝相・ゲッベルスは、「ウソも百回つけば本当になる」との有名な言葉を遺していますが、いやしくも「人権」だ「反差別」だと声高く語る人がやる手法ではありません。

このように彼らにかかっては、いかなる証拠も自分らの都合のいいようにこじつけられ偽造されてしまいます。

みなさん、リンチの最中の録音(『真実と暴力の隠蔽』に付けたCD)をお聴きください。ちょっと聴いただけで吐き気がしますが、これがなんでリンチがなかった「証明」になるのでしょうか?

しかし、賢明なみなさんは、私たちが額に汗し這うように調査・取材しまとめ上げた5冊の本によって、彼らがいくらまことしやかに言い募っても、その中のウソを見抜いているでしょう。もうウソは通用しません。(本文中敬称略)

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