11月24日、大阪地裁では鹿砦社が李信恵氏に訴えられた(もとはと言えば、李信恵氏による「鹿砦社クソ」発言に対する損害賠償請求訴訟で鹿砦社が全面勝訴し判決も確定したけれど、その裁判の後半になって急遽李信恵氏が「反訴」を申し立ててきたが、裁判所には認められず、別の裁判として李信恵氏が提訴した)裁判の本人(証人)尋問が行われた。

午前中は被告である鹿砦社側証人として特別取材班キャップの田所敏夫が証言台に立った。午後からは原告李信恵氏が証言した(この詳細については本通信11月26日27日の記事参照)。

ところが閉廷から数時間後に、思わぬ事件が発生していた。当日傍聴席に姿を現した、伊藤大介氏(「M君リンチ事件」現場にも同座していた人物)が、裁判後なんらかのいきさつで極右活動家・荒巻靖彦氏を呼び出し、逆に荒巻氏が所持していた刃物により、伊藤大介氏は負傷したとの情報が飛び込んできたのだ。

その事件現場に居合わせたのが伊藤大介氏一人であるのか、あるいは複数であるのかの確証を、取材班は確認できていない(2人との情報がある)。しかしながら発生以前の夕刻に、李信恵氏と伊藤大介氏が食事(おそらくアルコールも入っていたであろう)している姿は、李信恵氏のSNS発信により確認できる。

伊藤大介氏を襲ったとして、「殺人未遂」容疑で大阪府警に逮捕された人物の実名は、ネット上に即座に公表されたので特別取材班も確認できている。また、情報が錯綜する中、取材班は経過を冷静に見てきていた。

不思議であったのは、この事件の存在(事実)が報じられていて、あるいは関係者がごく簡単にコメントしていて、それが「一方的」なものであれば、被害者側の人々は、必ずや指弾、糾弾するであろうに、そういった発信がまったくと言っていいほどなされていなかった(特別取材班サイバー班調査結果)事実である。

われわれは、知りえない事実について、軽々に発信をすべきではないと判断し、「伊藤大介襲撃事件(仮称)」についても、最低限の事実を書くにとどめ「考えさせられる事件である」と結んでいた。

しかし、下記の発表が大阪府警からあった。

大阪府警の検挙情報(2020年12月7日付け)

産経新聞2020年12月8日朝刊20面(大阪版)

管轄の大阪府警曽根崎警察署

ここでは匿名ではあるが、一部報道機関では実名で報道されている。念のために大阪府警に詳細を問い合わせたが、「25日事件の被害者が逮捕されたことに間違いはない」と大阪府警広報から回答を得た。

以上が簡単ではあるが、現在明らかになっている事件の概要である。われわれは繰り返すが「刑事事件の被疑者は刑の確定まで、推定無罪が相当」であるとの前提に立つ。したがって、伊藤大介氏を襲撃したという極右活動家・荒巻靖彦氏の行動、あるいはそれ以前に暴行を行ったとされる伊藤大介氏の行動にも、一定の留保を保ちながら論評するものである。

繰り返すが、事件の詳細はわからないのでどちらに非があるのか、といった判断をわれわれは述べない。しかしながら一つだけ断言できることがある。「M君リンチ事件」が発生した際との、恐ろしいほどの共通項が揃っているということである。

前述の通り、11月24日は李信恵氏と鹿砦社の裁判、それも「本人(証人)尋問」期日であり、その後李信恵氏の発信によれば、伊藤大介氏とどこかへ食事に出かけている(18時頃)。そのあと李信恵氏が同行したかどうかは不明である(現時点の情報では「犯行現場に、李信恵氏はいなかった」との情報もある)が、伊藤大介氏が日付けが25日に変わった深夜、荒巻靖彦氏を呼び出し、諍いになり、伊藤大介氏が殴りかかり、逆に反撃に遭い伊藤大介氏が刺された、ということは事実である可能性が濃い。

この展開は、何かに似てはいないか? そうだ、「M君リンチ事件」」の際の展開と同様なのだ。当時は李信恵氏が在特会を相手取っての裁判が展開されていた。その期日のあと、韓国料理店、キャバクラ、ラーメン屋、カレー屋、ワインバーなど5軒ほどはしごをして「日本酒に換算して1升」(李信恵氏の発言)ほど飲酒したあとに、深夜M君を呼び出し「リンチ」に及んだのである。ここでも伊藤大介氏はリンチ現場に居合わせている。

われわれは、これまで「そのような行為は反差別を主張するものとしては、適切ではない」と主張してきたし、24日証人尋問でも田所敏夫は「そのような行為に及ぶのは『反差別』を闘う人への冒涜だと思う」と証言した直後だった。ちなみに、田所自身、広島被爆二世として差別と闘ってきている。

繰り返すが、事件の詳細は不明なのでこれ以上特別取材班は踏み込まない。しかしながら、そのようないきさつであったにせよM君が予言した通り「このままでは、また同様の事件が起こりますよ」が現実になってしまった。

鹿砦社ならびに、特別取材班は「あらゆる差別に原則的に反対」である。であるがゆえに、反差別界隈で発生した「M君リンチ事件」に、重大な関心を持ち取材してきたのである。そこには「このような体質の集団には、また同様の事件を起こす可能性が極めて高い」との懸念もあった。

どうやらわれわれの「懸念」が現実のものとなったようである。24日の期日を終え新横浜到着後「圧勝」宣言をした、李信恵氏の代理人・神原元弁護士は、この事態をどうとらえているのであろうか? 事件直後の11月25日に、「俺の大切な友人を刺したレイシストに抗議する」とツイートしたあとは黙している。同じく李信恵氏の代理人・上瀧浩子弁護士は今、何を考えているのだろうか? そして他ならぬ、李信恵氏ご自身は、再度発生した、深夜の不幸な事件についてどのようにお考えであろうか? 是非とも見解をお伺いしたい。

2020年11月25日の神原元弁護士のツイート

2020年11月27日の有田芳生議員のツイート

繰り返す。李信恵氏は24日の証人尋問で「自分が女だから攻撃された」などと、述べていたが、それは完全に失当である。李信恵氏はひとりぼっちではなく、常に周りに「屈強な」味方が寄り添っている(24日、傍聴席で見かけた伊藤大介氏の振る舞いや開廷中の「ヤジ」にはドスがいたものを感じた)。

11・24裁判後、事件前の伊藤大介氏と李信恵氏

われわれは「弱者」を狙って「攻撃」をしたりはしない。そんなことは自らを辱める行為に他ならず、そもそもそのような発想が浮かばない。このことは断言しておく。

そして、伊藤大介氏の事件を契機に、その周辺の方々は、是非一度立ち止まり、自身を振り返られることをお勧めする。「脚下照顧」という言葉もある。

《関連過去記事カテゴリー》
 M君リンチ事件 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=62

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鹿砦社 http://www.rokusaisha.com/kikan.php?bookid=000541

◆午後:「反差別運動」の女帝・李信恵の本人尋問

昼休みを挟んで13時20分に再開した午後の弁論では、李信恵に対する本人尋問が行われた。李信恵の代理人は神原元と上瀧浩子弁護士。対する鹿砦社の代理人は大川弁護士である。さながらM君リンチ事件裁判における尋問の「再戦」の構図となった。

M君リンチ事件裁判尋問の際、李信恵は大川弁護士の反対尋問に答え「私はダウンタウンの漫才が好きなので日頃から死ねとか殺すとかいう言葉をよく使います」と自身の暴力性を白状する供述を引き出されていた。李信恵サイドからすれば大川弁護士は「紳士的な天敵」であったに違いない。

李信恵への尋問は、上瀧弁護士による主尋問からスタートした。上瀧弁護士はM君がリンチを受けた理由の「整合性」が、あたかもM君の「差別意識」にあるかのような質問を繰り返したが、本訴訟の争いとは全く関係がなく、M君に対するさらなる攻撃が繰り返された(その時傍聴席にM君は座っていた)。法廷におけるM君へのさらなる悪質な攻撃にほかならない。

2020年11月24日李信恵本人尋問の様子(画=赤木夏)

どのような「言い訳」を並べようが、金良平らの卑劣極まる暴力は決して許されるものではない。暴力の正当化や開き直りの口実に「差別」を持ち出すことは在日コリアン全てに対する侮辱である。

そのやり取りを聞いた傍聴席のM君は大きく溜息をついたが、李信恵側の傍聴人でリンチ事件の裁判の被告の一人でもあった伊藤大介が「てめえ何笑ってんだ」等と品性のない罵声を浴びせていた。現在コロナ対策のために、法廷では裁判官以下、傍聴人も含め全員にマスクの着用が要請されている。仮にマスクをしていなければ(個人を特定しやすいので)伊藤大介の「不正規発言」は「退廷」に値したかもしれない。

李信恵の主尋問への回答は、この事件を傍聴したことのある方々には聞き慣れた「被害者」ぶりに終始した。曰く「講演会やイベントに嫌がらせがあった」「周りの人にも迷惑をかけて辛かった」「性的な嫌がらせ記事を書かれて尊厳を傷つけられた」「在日で女だからターゲットにされた」「辛い」「涙が出た」「絶望的な気持ちになった」等々と並べ立てる(最後に述べた「鹿砦社の出版物やブログ記事を全て消してほしい」はまごうことなき本音であろうが)。李信恵は、これまでこうした自身の「差別被害」を声高に訴えてきた。その一方、仲間たちと何軒も飲み歩き(みずから言うところでは5軒、「日本酒に換算して1升」)、血まみれのM君に「まあ殺されるんやったら店の中入ったらいいんちゃう」と言い放った事実は本人も認めている。

この眩暈がするほど落差はなんなのであろうか?

11月24日の裁判の当日夜も、M君を呼び出してリンチに及んだ時と同様、伊藤大介と誰かを従えて飲みに繰り出していたようである(みずからのツイッターやインスタグラムで画像をアップしている)。こうした写真を目にするたびに、われわれは、李信恵が「反差別の旗手」ともてはやされている現実に、深刻な疑問を抱かざるを得ない。

大川弁護士による反対尋問に対しては、それまでの「被害者」ぶりとはまったく変わりのらりくらりとした回答になった。冗長な回答を繰り返そうとした李信恵だったが「イエスかノーで答えてください」とそれを許さなかった大川弁護士の法廷技術が光った。質問がリンチ事件や李信恵らが書いた「謝罪文」のこと、事後の隠蔽工作に及べば「知らない」「記憶にない」を繰り返した。主尋問においては、「謝罪文」は「エル金(金良平)を庇うために書いた」と述べた李信恵であるが、金良平による「謝罪文」や仲間宛のメール等については「知らない」「記憶にない」の一点張りであった。大矛盾である。大川弁護士による反対尋問により何かまずい発言を引き出されることを嫌ったのか、神原はしきりに「異議あり」「誤導だ」と言いがかりをつけようとしたが、結果そのことは遅延行為と見なされ鹿砦社側の反対尋問の時間が10分延長される結果となった。

神原元弁護士の2020年11月24日付けツイート

神原元弁護士の2020年11月24日付けツイート

◆鹿砦社代表・松岡が李信恵に怒りの直接尋問

最後に、時間がギリギリのところで鹿砦社社長の松岡利康が李信恵に被告(鹿砦社)代表による直接尋問を行った。時間も押しており裁判官の制止もあったが、松岡はそれを振り切り、

「私たちは、このリンチ事件で本質的に問うているのは一人の人間としてどう振る舞うかということですが、あなた(李信恵)はふだんから『反差別』とか『人権』というような言葉を声高に語っていますよね?リンチの現場にいて、『なんやねん、お前』とM君の胸倉を掴みリンチの口火を切り、リンチの最中も悠然とワインを飲んでましたよね? 暴行を止めたんですか? 救急車やタクシーを呼んだんですか? あの周辺はよく知っていますが、大きなタクシー会社が2軒ありますよね?」

と、時間もないので一気呵成に問いかけたが、李信恵はほとんど答えなかった。

松岡と裁判前に喫茶店で「偶然の遭遇」をしたという李信恵の虚偽のツイート

また、M君裁判の本人尋問の当日朝、松岡が近くの喫茶店で李信恵につきまとい恫喝したかのごときツイートに対し、「何という名の喫茶店ですか?」と尋ねたところ、「名は忘れた。裁判所を出て右のほうの店」と答えた。松岡はそんな喫茶店には行ってはいない。「フォロワー1万人以上いる人にそんな嘘をツイートしてもらったら困るんですよ!」と一喝。

最後に、リンチを受けた直後の変わり果てたM君の顔写真を李信恵に突きつけ、「あなたは今これを見てどう思いますか?」と問うた。李信恵は、終始目を背けて黙っていた。松岡は閉廷後「李信恵にはどうしてもあれを問わずにはいられなかった」と述べた。松岡の怒りの尋問は、李信恵の逃げの姿勢や、神原、上瀧弁護士らの制止、伊藤大介らのヤジを「圧倒」した。神原弁護士は終了後すぐに川崎に戻り、今回の尋問を「圧勝」したとツイートしているが、李信恵や伊藤陳述書の嘘(後述)も明らかになり、とても「圧勝」とは思えない。

広島被爆二世として、極めて体調の悪い症状に苦しみながら、今回の証人尋問を引き受けてくれた田所の鬼気迫る姿勢や、松岡みずから鹿砦社代表として会社を背負っての尋問などを見ると、鹿砦社側がの迫力が李信恵側を「圧倒」としていたといえよう。本通信昨日記事で述べたように、午前中の尋問では神原の誘導質問に、田所が時に法廷に響き渡る声で、反論し神原をおし黙らせた場面も印象的であった。

本来ならば、被告尋問は会社代表の松岡が尋問を受けるのだろうが、それでは受け答えするだけで李信恵を直接問い質せない。あえて松岡は証言には立たなかった。体調勝れないが取材責任者の田所を尋問に立て、松岡は大川弁護士の横に着席していた。そして尋問の最後に満を持して李信恵に尋問を行った── そうか、さすがの智恵者!これまで数々の修羅場をくぐってきただけのことはある。このことだけでも、狡知に長ける神原弁護士らを「圧倒」したと言えよう。松岡は「いやあ、特にそんな意図はないですよ」と言ったが……。
             
付言する。期日の数日前に伊藤大介が「陳述書」を出し「自分らには何の取材もしていないと」と主張してきた(伊藤はリンチ現場にいた人物であるので、「当事者に取材をしていない」と主張したかったのではないかと推測される)。しかしながら本件を追った第2弾本『反差別と暴力の正体』(書証として提出済み)、あるいは松岡の本年5月14日付け「第3陳述書」で、ジャーナリストの寺澤有が伊藤らを直接取材していることを記述している。

寺澤本人からも尋問期日前夜、取材詳細を明らかにするメールがあったことを田所が証言した。印象操作を企図したわけではないであろうが、動かぬ証拠が既に提出されているのに、提出期限を過ぎて、全く虚偽の陳述を出してきたのはなぜであろうか? 「しまった!」と感じたのか神原弁護士は「陳述書を撤回します」と、苦し紛れの言い訳を裁判官に求めたが、あえなく却下され伊藤大介による虚偽内容の陳述書は撤回されなかった。原告李信恵側の主張の真実性に、裁判所も疑義を抱くことであろう。

鹿砦社対李信恵第2訴訟はこれにて弁論が終結した。判決は年明け2021年1月28日13時10分に大阪地方裁判所1007号法廷にて言い渡される。李信恵ら「反差別運動」を騙る暴力勢力との戦いにおける重要な節目となるであろう。われわれは勝訴を確信する。(本文中敬称略)

【付記】
翌日25日、驚くべきニュースが飛び込んできた。李信恵と伊藤大介が24日裁判終了後、飲食を共にしていたことは李信恵みずからSNSで発信しているが、その後伊藤大介ら2人(うち1人が李信恵かどうかは現在不明)が極右活動家を呼び出し、逆に返り討ちされ刃物で刺されたというのだ(詳細は不明)。現時点では情報が錯綜しているので、これ以上のコメントは差し控えるが、考えさせられる事件である。

裁判後飲食を共にする李信恵と伊藤大介。この後、伊藤は極右活動家に刺される

◎カウンター大学院生リンチ事件(別称・しばき隊リンチ事件)裁判報告
 【前編】 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=37169
 【後編】 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=37209

《関連過去記事カテゴリー》
 M君リンチ事件 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=62

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鹿砦社 http://www.rokusaisha.com/kikan.php?bookid=000541

M君リンチ事件の真相究明のため鹿砦社特別取材班が結成され、取材と出版活動を開始してから4年あまりの時間が経過した。「しばき隊」「カウンター」などと自他称される「反差別運動」の内部において凄惨なリンチが行われ、事件後1年以上M君に対して事件を告発した報復のためネット上で誹謗中傷を殺到させるという異常きわまる光景。李信恵が「反ヘイトスピーチ裁判の旗手」としてマスコミ等に持て囃される一方で被害者M君は正当な救済をまったく受けていなかったという理不尽。──

以来4年余、M君の裁判は終結し、金良平の不誠実極まる対応に最後の最後まで迷惑をかけられながらも、M君にはようやく賠償金が支払われた。これについては社長の松岡以下、鹿砦社特別取材班の面々も安堵しているが、その一方でリンチ事件が本質的な解決をみたとは到底言うことができない。

なぜならば、リンチ事件やその裁判に直接かかわった者たちから、事件の隠蔽工作をした者たちや被害者M君を誹謗中傷した者たちから、どこからも事件に対する真摯な反省は微塵も見えないからである。換言すれば、この者らの関わる「反差別運動」やそれに関連する社会運動において、M君リンチ事件のような陰惨かつ卑劣きわまる事件が、今後も繰り返される可能性は極めて高いということだ。

鹿砦社特別取材班は、われわれの取材の成果が、こうした社会運動における暴力の根絶に向けての歴史の教訓となることを目的の一つとしている。鹿砦社と李信恵の裁判についても、そうした取材活動の一環として報告を続けてきた。

◆M君リンチ事件の概要

鹿砦社と李信恵の裁判の概要を改めて振り返ろう。M君リンチ事件が「しばき隊」「カウンター」関係者総出での隠蔽工作を破って明るみに出され、被害者M君が李信恵ら5人を相手に損害賠償を求める裁判を起こしたのが2016年7月。その後李信恵らその裁判の被告側および支援者(すなわちリンチ事件の加害者サイドの者たち)から、被害者M君や鹿砦社に対する誹謗中傷が繰り返されてきた。

李信恵本人とて例外ではない。「クソ鹿砦社」「鹿砦社の嫌がらせのせいで講演会の告知もできない」「お金目当て」「社長は中核派? 革マル派?」等の誹謗中傷を李信恵は繰り返した。

李信恵の「反ヘイトスピーチ裁判」はマスコミに取り上げられ、李信恵自身は「反差別運動の旗手」として著名であり著書も出版している。このような人物による誹謗中傷を重く見た松岡は、2017年9月、李信恵に対する名誉毀損による損害賠償請求の訴えを大阪地裁に提起した。

この訴訟自体は、2019年2月14日に大阪地裁で鹿砦社が完全勝訴。双方が控訴したが同年7月26日、大阪高裁は双方の控訴を棄却。李信恵側がいったん上告したものの、後にこれを取り下げたので鹿砦社の勝訴が確定している。

鹿砦社の提訴から半年以上が経過した2018年4月、李信恵から鹿砦社に対する反訴が提起された。損害賠償550万円の支払いに加え、なんとこれまで鹿砦社が出版したリンチ事件関連書籍の「販売差止め」が請求の内容となっている。

この反訴は鹿砦社が訴えを起こした訴訟と併合審理が認められず、李信恵側が別訴として改めて訴えを提起し直したという経緯がある。これまで鹿砦社が李を訴えた裁判を鹿砦社対李信恵第1訴訟、李信恵が損害賠償と販売差止めを求めて訴えたものを第2訴訟と便宜的に呼んできたが、去る11月24日に第2訴訟の人証調べが行われた。

第2訴訟は、李信恵が自身の不祥事を明るみに出された書籍を、みずからに都合が悪いから封殺したいという目的であり、この請求自体、憲法第21条が保障する「表現の自由」「言論。出版の自由」に対する重大な挑戦である。出版活動を行ってきた取材班としても絶対に看過することはできない。11月24日は鹿砦社と李信恵の〈直接対決〉の場であり、まさにこれまでの訴訟の天王山であった(李信恵は第1訴訟の時は一度も出廷せず、李信恵への尋問も行われなかった)。以下、当日の様子を報告する。──

◆午前:鹿砦社特別取材班キャップ、田所敏夫の証人尋問

11時に開廷した口頭弁論は、鹿砦社側の尋問から行われた。尋問には社長の松岡ではなく、鹿砦社特別取材班キャップとして取材の現場の陣頭指揮を執ってきた田所敏夫が証人として立った。鹿砦社代理人の大川伸郎弁護士による主尋問において、「あらゆる差別を許さない」という鹿砦社特別取材班の差別問題に対するスタンスを田所は改めて鮮明にした。その上で、李信恵のような人物が反差別運動の先頭に立つことは疑問があると述べた。

鹿砦社側代理人の大川伸郎弁護士による田所敏夫証人への主尋問の様子(画=赤木夏)

ここまでは過去にわれわれが明らかにしてきたことであるが、今回の尋問では田所はさらに踏み込んだ。尋問に先立って田所は広島原爆の被爆二世であり、さまざまな心身の不調があること。尋問中に不具合のある視力のため、サングラスを着用していること。遠近を見分けるために、複数のメガネをかけ替えてよいか?また「可能な限り大きな声で話すよう努力するが、のどにも不具合があるため、必要に応じて水分補給をしてもよいか」と裁判官に尋ね、いずれも許可された。

李信恵や神原元がこれまで鹿砦社による言論、出版活動における自分たちへの批判に「差別」ないしは「差別の助長」とレッテルを貼ろうと何度も試みてきた。しかし田所が証言席で自ら語った「広島原爆被爆二世」という事実は、「差別」が李伸恵や神原元らの専有物ではないことを、明らかにするものとなった。

主尋問は被告(鹿砦社)側代理人、大川伸郎弁護士が担当した。事件を知ったきっかけから、どのように取材班が結成されたのか、社長松岡と田所の関係性、取材方法-対象、どの時点で共謀があったと確信したか。など手際よく質問が展開され、田所はよどみなく回答した。

特筆すべきは大川弁護士による「ご自身は『差別』のようなものを、お感じになったことはありませんか?」との質問だった。

田所は「私は広島原爆被爆二世であり、若年の頃より様々な疾病や体の変調に見舞われてきた。外見上もそうだった。しかしその原因が『被爆二世』であると語ったことはこれまでなかった。そう語らなければ周囲の人間には、どうして体調崩すのかは理解されない。しかし、最近とみに内科・外科疾患の進行が速まっていることから、私が『広島原爆被爆二世』であること本年公開した。これまで経験してきたことの中には『差別』もあった」。田所は淡々と答えた。

 

李信恵側代理人、神原元弁護士による田所敏夫証人への反対尋問の様子(画=赤木夏)

李信恵側の反対尋問は、主として神原元が担当した。神原はM君が李信恵に顔を殴られたのは「平手か拳か?」と、枝葉末節な質問について書証を根拠に田所へしつこく聞いた。

しかし田所は「そんなことは、まったく問題ではない! 何十発も殴られ顔面骨折し、自分が蹴られたことすら記憶していない状態であったM君が、『手拳』か『平手』かを明確に覚えていなくても、全く不思議だとは思わない。今ここで、私が神原先生を私が殴れば、それが『手拳』であろうが『平手』であろうが問題になるのではないか! M君は当初『殴られた』としかわれわれに語っていなかった。刑事記録の中からM君が『蹴られていた』ことを見つけたのは私であり、それまで、彼の記憶の中からは『蹴られた』ことすら残っていなかったのだ」と強い語調で反論した。

慌てた神原はこの質問は得策ではないと考えたのか、突如質問の内容を変えた。

神原が田所に行った質問は、細かな勘違いや記憶違いを突いて供述全体の信用性を低下させようと企図されたものであったが、田所は全く動じず、むしろ質問の不当性をたびたび弾劾した。

これまでの神原であれば田所が展開したような「弾劾」にたいして、発言をさえぎる場面が多く見られたが、この日の神原の質問は、明らかに精彩を欠いており。田所が「圧倒した」と傍聴席の人々は感じたのではないだろうか。

ここ数年来田所は、広島被爆二世からくる宿命的とも推認されるさまざまな体調不良に見舞われてきた。それにもかかわらず、田所は鹿砦社特別取材班キャップとして陣頭指揮を執ってきた。この日の田所の証言は文字通り〈命がけ〉であった。鹿砦社特別取材班キャップとしてその責務を全うしようと、裁判を戦ったのである。──(本文中敬称略。つづく)

《余談》日頃裁判期日の後には、即座に自身のツイッターに「圧勝」を宣言する神原元は、神奈川への帰路新幹線の中で尋問とは無関係な発信を連発。ようやく新横浜に到着したと思われる時刻に「圧勝」宣言を書き込んだ。尋問直後に「圧勝」宣言を書けなかった神原の姿が、彼の心理状態を物語る。敗訴した裁判のあとでも「祝勝会」をあげる神原にして、尋問終了直後に「圧勝」とは書けなかったのである。敗北感があったのではないだろうか。

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いよいよ本日、大阪地裁で鹿砦社対李信恵氏の直接対決、第二ラウンド(たぶん最終ラウンド)の天王山である「本人(証人尋問)」が行われます。

 

リンチ直後の被害者大学院生M君

事情に詳しくない読者のために解説しますと、鹿砦社は李信恵氏ら5人が同席した深夜の会合に呼び出され、当時大学院生M君が1時間近くにわたり「リンチを受けた」との情報を得て、松岡社長以下取材班を結成して、全くゼロの状態から、その事件と背景を解明すべく5冊の調査報道書籍を上梓しました。

その途中から李信恵氏による、鹿砦社、あるいは松岡社長や取材班に対して、主としてTwitterによる誹謗中傷・罵詈雑言が始まりました。李信恵氏だけではなく、相当数の人々が「鹿砦社攻撃」に参加しました。鹿砦社は小さな会社です。関西といっても商都大阪ではなく甲子園球場の近くにある出版社です。社員の数は片手をわずかに超える程度です。

はっきり言えば兵庫県では、一番大きな出版社ですが、会社の規模としては「零細企業」なんです。ですから、出版社として発行物にたいする批判を受けることは仕方ないとかんがえています(意見の違いはありますから)。ですが、さんざん事実無根の書き込みを、世間では「差別と闘う正義の勇者」と思われている人からなされれば、当たり前ですが、商売に悪影響が出まし、信用問題になります。繰り返しますが鹿砦社は、硬軟幅広い出版物を発刊していますから、その内容に対して意見の相違や、お叱りはいつもあります。それは「言論の自由」の前提に立てば、当たり前のことであり、むしろご批判の中には「なるほど」と首肯させられるものもあり、出版社としては当然受け止めるべきものである、と考えています。

松岡と裁判前に喫茶店で「偶然の遭遇」をしたという李信恵の虚偽のツイート

でも、虚偽は困りますし、許せません。李信恵氏は、時として松岡が「ストーカー」であるかのごとき書き込みや、所属したこともない新左翼党派の実名を挙げるなど、ヒートアップは止まりませんでした。どんどん加熱する懸念がありましたので、早めに止めるべく、仕方なく鹿砦社は、顧問弁護士である大川伸郎先生に「そのような行為をやめるように」お願いする通知書を李信恵氏に書いていただきましたが、それでも彼女や彼女の仲間らの書き込みは止まりませんでした。ここまでくると、平常時の仕事にも影響が出ますし、座視できません。やむなく鹿砦社は李信恵氏を相手取り、名誉毀損による損害賠償を求めて、大阪地裁に提訴しました。

大阪地裁では鹿砦社の訴えが全面的に通り李信恵氏の不法行為が認められ勝訴しました。双方が控訴した大阪高裁でも鹿砦社は勝訴しました。被告李信恵氏は上告しましたが、どういう理由かはわかりませんが、途中で上告を取り下げ、鹿砦社勝訴の判決が確定することとなりました。

ところで、大阪地裁での審理後半になって、李信恵氏側は突如「反訴したい」と言い出しました。反訴の意思があるのであれば、提訴から1年以上の時間があったわけですから、その間にそれを明示すればよいものを、これまた不可解な「反訴」提起でした。裁判所は「争いの内容が異なるので反訴は認められない」と判断し別個の訴訟となされました。その結果きょう「本人(証人)尋問」が行われる、李信恵氏が原告で、鹿砦社が被告という(一度は肩がついた問題を蒸し返した感が否めない)別個の訴訟(紛らわしいので、先の訴訟を第1訴訟とし、こちらを第2訴訟といって区別しています)が行われることになったわけです。

一般の方にもご想像頂けると思いますが、裁判には途方もない労力が必要です(さらに、みみっちいことを言えば「お金」もです)。せっかく鹿砦社勝訴判決が確定したのに、私たちはこの別訴自体に納得がいきません。李信恵氏は、あろうことかリンチ事件関連で出版した書籍の販売差止めさえ求めています。ひとことで言えば「無茶苦茶な要求」です。憲法21条で高らかに謳われた「表現の自由」「言論・出版の自由」を蹂躙するもので、いやしくも出版界の末席を汚す者として絶対に譲れません。

これまでは「争点準備手続き」といわれる、公開の弁論ではなく、密室での審議が続いてきましたが、きょうは傍聴席のある通常法廷で、双方の証人が証言します。原告側は、李信恵氏本人。被告である鹿砦社側は、取材班キャップの田所敏夫さんを証人として送り出します。取材班には世間に名の知れた有名フリーライターから、駆け出しの若手、情報収集に従事する人など、ずいぶんたくさんの方が集まってくださいましたが(表には松岡社長や田所さんらが出ましたが、水面下では多くの協力者が存在しましたことを明らかにしておきます)、この裁判の発端になった「リンチ事件」が発生したのが大阪であったこと(そして鹿砦社も兵庫県に本社を置くことから)関西在住の田所さんに取材やとりまとめをお願いしてきました。

「本人(証人尋問)」は第三者を交えた議論の場ではありません。証人はあくまで原告・被告双方の代理人(または本人)からの質問に答えることだけが許されます。田所さんがいくら意気込んでも「大演説」をする場所ではありません(それは李信恵氏にも同様のことです)。ですから華々しい議論が展開されるわけではありませんが、「リンチ事件」が鹿砦社に持ち込まれた当初から事情を知っている田所さんは、落ち着いて、しっかりとした証言をしてくれるものと信じます。戦後75年、この国で故なき差別を受けてきた広島被爆二世である彼は現在、おそらくそれに発する複数の病に罹患し闘病中です。今年は例年の1割も仕事ができなかったようです。それでも「リンチ事件」が鹿砦社に持ち込まれてから、今日までを知る、文字通り〈生きた証人〉として全力で証言してくれることでしょう。

一方、李信恵氏側は、李信恵氏本人も、李氏代理人の神原元・上瀧浩子弁護士らも、かつては、こうした裁判には動員を叫んだり大騒ぎしていた所、今回はなぜか沈黙しています。

本日の裁判の様子は、数日のうちにご報告いたします。

1 尋問期日(11月24日火曜午前11時)
2 法廷番号は1007号です。
3 裁判所書記官(24民事部合議2ニ係)によれば、「整理券を配ったりする予定はない。」とのことでした。
4 当日の予定は下記のとおりです。
  午前11時~   田所敏夫(取材班キャップ。鹿砦社側証人)尋問
  午後1時20分~ 李信恵本人尋問

《関連過去記事カテゴリー》
 M君リンチ事件 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=62

Amazon https://www.amazon.co.jp/dp/B07CXC368T/
鹿砦社 http://www.rokusaisha.com/kikan.php?bookid=000541

反差別・反原発・反天皇制などを闘う、すべての労働者、学生、市民、そして世界中の同志の皆さん(実は本通信は結構な数韓国で読まれている)! われわれは、いよいよ11・24大阪地裁における、「カウンター大学院生リンチ事件」に関連する、司法の場での最終決戦を迎える。

そもそも鹿砦社(鹿砦社だけではなく支援者の皆さん)としばき隊勢力は、何故法廷闘争に至らなければならなかったのか? 答えは簡単である。李信恵氏が同席した場で繰り広げられた、「カウンター大学院生リンチ事件」に対する賠償や治療費さえもが、事件後何年経っても被害者に1円たりとも支払われていなかったことに出発点はある。

刑事事件として2名が罰金刑を受け、2名だけではなく李信恵氏もリンチ事件被害者M君に「謝罪文」を書き、活動の自粛を申し入れながら、勝手にそれを反故にした。被害者は顔面骨折などの重傷を負わせられているのに、1円たりとも賠償や治療費の支払いさえもがなされていなかった。こんな理不尽が許されるか!

李信恵「謝罪文」(P01-P02/全7枚)

李信恵「謝罪文」(P03-P04/全7枚)

リンチ直後に出された金良平(エル金)[画像左]と李普鉉(凡)氏[画像右]による「謝罪文」(いずれも1ページ目のみ。全文は『カウンターと暴力の病理』に掲載)

くどくならないように経過説明は最小限にとどめる。すべては「リンチ被害者が何の賠償も治療費も受けていない」異常事態を回復するための訴訟を援助すること(そのためには事実関係をより詳細に取材する必要があり、取材内容は真実性・公益性・公共性に満ちていたので5冊の書籍出版となったが、鹿砦社は「リンチ事件」が持ち込まれた当時、書籍の出版など考えもしなかった)に端を発している。

「よくわからない」、「誰が何をしてたのかこんがらがる」と読者や事件にあまり詳しくない方々からは感想を聞く。そうなのだ。事柄は非常に入り組んでおり、関連人物も多数だ。国会議員から、大学教員、弁護士から、そのへんにいそうな兄ちゃん、姉ちゃんまで。よって、事件の詳細を御存知ではない方、興味のある方には是非既刊5冊(総ページ700ページ余りにもなるが)をお読みいただきたい。

ところで、皆さん! 来る11月24日は鹿砦社と李信恵氏が「本人(証人)尋問」という形で、直接対峙する局面を迎える。この裁判は原告が李信恵氏であるので原告側は李信恵氏が、鹿砦社は「棺桶に片足を突っ込んだ」(元鹿砦社社員にしてしばき隊幹部、藤井正美が勤務時間中に自分のツイッターアカウントで松岡を描写した表現)松岡ではなく、泣く子も黙る田所敏夫を証人に立てた。田所は知る人ぞ知る武闘派で、かつては国際的にもその名を知られた人物である。武闘派といっても武器を持っていたわけではない。日本人が誰も行かない紛争地帯を取材したり、海外の要人に数々のインタビューをこなし、国際配信された記事も少なくない。ただし田所敏夫はペンネームであり、本名は異なる。田所は広島原爆被爆二世であり、核発電(原子力発電と一般的に呼ばれる)や核兵器には絶対反対の立場の人間だ。自身も数々の疾病に悩まさており、今年は例年の10分の1も仕事ができなかったという。

 

リンチ直後の被害者大学院生M君

体調が悪い中ではあるが、松岡はあえて田所に証言を依頼し、田所は快諾したという。

冒頭陳述や最終陳述ではないので、田所が長時間の演説を繰り広げることはない。しかし、被爆二世としての苦しみを実感し、田所自身がこれまで仕事を通じ、または私生活で「反差別」と関わる生き方をしてきた。そのエッセンスは必ず法廷で、発揮されるものとわれわれは確信する。田所には似非反差別、偽善は通用しない。

取材班には様々な考え方の人間がいる。鹿砦社は「排除の原理」を唾棄するからだ。しかしその中にあって田所の反核・反差別・反天皇制への考えは際立っている。この3つを田所は絶対に譲らない。「天皇制を認める反差別などすべてまやかしだ」と田所は常に口にしている。

コロナ禍の中、限られたられた傍聴席でもあるので、支援傍聴を要請するも、くれぐれもご自身の健康や安全を第一にお考え頂きたい。11・24決戦の様子は数日後にはご報告できるであろう。体調不良の中、鬼気迫る決意で尋問に立つ田所敏夫を応援し、「反差別」に名を借りた偽善者どもを圧倒しようではないか!

1 尋問期日(11月24日火曜午前11時)
2 法廷番号は1007号です。
3 裁判所書記官(24民事部合議2ニ係)によれば、「整理券を配ったりする予定はない。」とのことでした。
4 当日の予定は下記のとおりです。
  午前11時~   田所敏夫(取材班キャップ。鹿砦社側証人)尋問
  午後1時20分~ 李信恵本人尋問

《関連過去記事カテゴリー》
 M君リンチ事件 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=62

Amazon https://www.amazon.co.jp/dp/B07CXC368T/
鹿砦社 http://www.rokusaisha.com/kikan.php?bookid=000541

 

リンチ直後の被害者大学院生M君

松岡 お久しぶりです。取材班の皆さんとは一応お願いした仕事が終わりましたので、コロナもありお声がけしていませんでした。近く鹿砦社が勝訴した名誉毀損裁判で、反訴が認められなかった李信恵が別訴となった裁判の証人尋問があります(11月24日)。今回は発行人である私ではなく、取材班キャップの田所敏夫さんに証言していただくことになりました。田所さんは、あとで触れますが、このかん体調不良で、きょうは欠席です。皆さん思うところもおありだと思いますので、この問題の総括に向けてのお話ができれば、と思います。

A  まず確認しとかなきゃいけませんね。この裁判は李信恵が鹿砦社や松岡社長を誹謗中傷する書き込みをツイッターに多数書き込み、それを「やめてくれ」という弁護士さんを通じての要請も無視され、やむにやまれず訴訟に至った。もちろん原告が鹿砦社で被告が李信恵です。大阪地裁で李信恵の不法行為が認められ全面勝利し、双方控訴した大阪高裁でも鹿砦社が勝った。李信恵は上告しましたが、どういうわけか、それを取り下げ判決は確定した。このいきさつ、結構知らない人多いと思いますよ。

B  そうですね。でも大阪司法記者クラブ(大阪地裁、高裁の記者クラブ)は鹿砦社が「記者会見を開きたい」と申し入れてもすべて門前払いでしたね。だから鹿砦社が勝っても大手メディでは報道されないから、知らない人が多いのは仕方ない面はありますね。

李信恵の暴言の一部。ほんの一部でも、よくこんなにも暴言を吐けるものです(『真実と暴力の隠蔽』巻頭グラビアより)

松岡と裁判前に喫茶店で「偶然の遭遇」をしたという李信恵の虚偽のツイート

C  まったく不公平やな。「記者クラブ」が日本の報道を骨抜きにしてきたことはもはや議論の余地もない。記者クラブに入り浸っている連中は「御用メディア」「情報カルテル」の推進者ですわ。もうここまで来たから言うけど、じつは知り合いの現役朝日新聞記者(司法とは無縁)に事情を話したら、「そんなひどいことをやってるんですか! 載せたくなければ書かなきゃいいだけですよ。求めがあったら少なくとも会見の場所は確保しないと。記者クラブが恣意的に運用されればますますメディアは信頼失いますよ」って怒ってたし、同様に共同通信の記者も「最悪の対応ですわ。言葉ありません」って内緒でメッセージくれたもんな。せやから鹿砦社が自力で「事実」を伝えなあかんかった。ゆうたら失礼やけど、これでは限界がありますわ。

D  ぜんぜん反論はないな。最初の頃、取材班のメンバーの「軽さ」に、俺はしょっちゅうキレてたけど、最近はそんなこともなくなった。突然違う話のようだけど、日本学術会議への菅の介入も広義には同根なんだろうと思う。もうあちらこちらで問題が煮詰まりすぎて、鍋の底に「コゲ」が出来てる状態じゃないかと思う。もうすぐ底に穴が開くだろうよ。コロナが冬になったらまた活性化するのは、インフルエンザの流行をを見ればわかると思うけど。この国は何をやった? 「GO TOトラベル」でしょ。あとは個人の「お行儀任せ」。冬に向かって手を打たないと大拡散するのは素人でもわかる。この「素人でもわかる」常識(?)が通じないのが2020年の現実だな。だから鹿砦社の仕事を追うメディアは、今まで出てきていない。

松岡 そうでしょうか。われわれの問いかけに対しては、少数ながらも手ごたえのある反応はあったと思いますよ。元読売新聞の山口正紀さん、『週刊金曜日』元編集長・元社長の北村肇さん(故人)、大手新聞の「押し紙」告発で有名な黒藪哲哉さん、人民新聞の山田洋一さん…。企業ルポで有名な立石泰則さんも応援してくれていますね。北村さんや立石さんは少しご存知だったようですが、他の方々は私が知らせて初めて知るに至った次第です。

D  社長!

松岡 なんでしょうか?

D  そこが社長の甘さ、と言っては失礼だけど、優しさなんですよ。現状認識の上ではね。

A  ボク、ちょっと、バイトあるからこのへんで失礼します。

D  ド阿呆! こっからが本論やんか、逃げんと最後まで座っとけ!

A  は、はい(内心:やっぱりきょう来るんじゃなかったなぁ。松岡社長とDさんが議論し出すと、入っていかれへんもん)。

松岡 Dさん。続けてください。

D  少々失礼に当たるかもしれませんが、言いますよ。われわれはこの「リンチ事件」を通して「リンチはいけない」、「暴力はいけない」以上の思想的基盤を創造しえたか、否か。私の関心はそこにしかないんです。社長の純粋な思いというか、義侠心からリンチ事件・被害者M君支援は始まりましたよね。私は全く同感だしこの仕事には価値があったと今でも思っています。だけれども、5冊も本を出したわけでしょ。大手メディアには全く無視されながら。そのことに現代というか、今日この社会が包含する問題の本質が、奇しくも出たと思う。こういう仕事をやっていてこんなことを言うと、罰当たりだけど、私は大方の組織ジャーナリズムをほぼ信用していません。それがしっかり証明されたのが、李信恵の裁判では盛大に記者会見を開くけれども、リンチ被害者M君や鹿砦社が提訴しても、勝訴してもどこも取材に来ないし、記者会見すら開かせないマスメディアの姿勢。これはどう考えても〈差別〉だし〈村八分〉です。2005年に社長が「名誉毀損」容疑で逮捕された状況よりも、個別の事情はともかく、全体では明らかに悪化している。ちなみに、その「名誉毀損」事件を神戸地検からリークされて“スクープ”した、朝日の平賀拓哉という記者は、社長からの面談要請からも逃げ回ってます。自分の記事に責任を持てないのか、と言いたいですね。

B  Dさんちょっと待ってください。お説ごもっともとワシも思うし。けど今の話には重たい課題がごちゃ混ぜになってるように思うんですわ。かといって「ほなお前、わかりやすうに説明せい!」言われてもでけへん。それも事実です。

自分ら取材通じて、だいぶ勉強させてもらいました。本100冊読むよりいろんなことが頭に入ったし。あっ、本も読みましたよ。で、ワシはあれこれ言われへんから、やはりこの問題について再度問い直したいんです。そこはDさんと同じなんですわ。

D  B、おまえどっかの寺か大学院でも入って、修行したのか? どうしたんだよ、その鋭さ! 嬉しいな。若いスタッフの成長は何よりもエネルギーになりますよね社長。

松岡 そうですね。今、BさんとDさんから重い問いが投げかけられました。私もまだ不消化な部分があるので、できるだけ早い時期に“総括本”を出そうと考えていたところです。すでに賛同してくれた5人の方が寄稿してくれています。田所さんは広島被爆二世としての症状が出たのか、療養中で、先の5冊の本で、田所さんが草稿を書いてくれたのですが、今回はそれができなくて私が草稿から書かなくてはなりません。なので、すでに寄稿してくれた5人の方には申し訳ありませんが……。必ず“総括本”は出しますよ。

一同 異議なし!(拍手)

「反差別」運動の女帝の素晴らしいツイート

同上

同上

D  おいB。久しぶりに気持ちいいから、これ終わったら、お前の好きなキャバクラ連れって行ってやるよ。

B  なにゆうてるんですか! 東通り商店街も、曽根崎も、北新地も、ワシの好きやった店どこもやってませんがな!

D  そうなんかあ……

A  本当に飲食店や接客業の方々の苦労は言葉にできませんね。ところで24日、田所さんが証言するんですよね。体調大丈夫でしょうか?

松岡 田所さんには「無理をしないでください」と伝えてありますが、田所さんが「最後の仕事をしたい」と言ってくれましたので、あとは彼に任せます。責任感の強い人だし、これまでの彼の取材や記事の実績を見れば、いくら体調が悪くても、それなりの仕事をやってくれるものと信じています。それに彼は、広島原爆投下75周年の8月6日、みずからが被爆二世であることをカミングアウトされ、これまで受けてきた差別は想像を絶するものと察します。が、確かに体調は悪くても、最近の彼には鬼気迫るものがあります。「反差別」の美名の下に散々やりたい放題の李信恵やその守護神・神原弁護士らに堂々と対峙し断罪するものと信じてやみません。少なくとも私が尋問されるよりもいいと思いますよ。私なんか、ある銀行を訴えた裁判の本人尋問で、頭に血が上って書類を投げて「なんばしよっとか!」と郷里の言葉で怒鳴るほどですので(苦笑)。彼は、そんな私と違い、意外と冷静に対処する人だよ。

C  対李信恵裁判を完勝して、来年からは新しいテーマに取り組みたいですね。

松岡 そうですね。私も来年70歳になりますのでそろそろ引退を考えています。どなたか私の後継者に名乗り出てくれる人はいないでしょうか?

(一同無言のまま帰り支度を始める)

大学院生リンチ加害者と隠蔽に加担する懲りない面々(『カウンターと暴力の病理』グラビアより)

【お知らせ!】11月24日、 対李信恵第2訴訟(大阪地裁)、いよいよ最大のヤマ場、李信恵さんと田所敏夫(取材班キャップ。鹿砦社側証人)の尋問!

対李信恵第2訴訟(大阪地裁)、つまり李信恵さんが鹿砦社に「クソ鹿砦社」「鹿砦社はクソ」等々と散々誹謗中傷した訴訟(鹿砦社の勝訴)に対し、訴訟の最終局面になって反訴してきた訴訟(裁判所は別個の訴訟として処置)について次のように本人(証人)尋問が行われます。これまで、論点整理として非公開で審理が進められてきましたが、次回期日は公開の本人(証人)尋問です。多くの皆様の傍聴を要請します。

〈1〉尋問期日(11月24日火曜午前11時)
〈2〉法廷番号は1007号です。10階の法廷はちょっと大きめだったような気がします。
〈3〉裁判所書記官(24民事部合議2ニ係)yによれば、「整理券を配ったりする予定はない。」とのことでした。
〈4〉当日の予定は下記のとおりです。
  午前11時~   田所敏夫(取材班キャップ。鹿砦社側証人)尋問
  午後1時20分~ 李信恵本人尋問

李信恵さんが法廷に出て来るのは、おそらくこれが最後かな、と思います。
ぜひ傍聴お願いいたします。

《関連過去記事カテゴリー》
 M君リンチ事件 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=62

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◆大学院生リンチ事件加害者と繋がる反原連

さらに、偶然(必然か?)とはいえ、鹿砦社には「しばき隊/カウンター」内で発生した、極めて深刻な大学院生リンチ事件が持ち込まれました。反原連とリンチ事件は当初、別個の事案のように思われましたが、取材を進める中で反原連の人間と「しばき隊」の幹部連中が、相当数重なっていることが判明しました(今では常識ですが)。

結語から述べれば、その人々は“「リベラル」を纏った権力別動隊”でした。思慮に乏しく、排他的で、政治・行政権力との緊張関係に欠ける。この集団はリンチ事件発生時、「ヘイトスピーチ規制法」の立法化に力を入れており、それ故にリンチ事件が社会に知れ渡ることを、過剰に警戒しました。その数々の証拠はこれまで5冊の出版物(雑誌増刊号4冊+リンチ最中の音声CDを付けた書籍1冊)として上梓してきた中で詳述してありますが、とりわけ悪質であったのは、集団暴行被害者をあたかも「加害者」のように扱うメールを金展克氏に送付した師岡康子弁護士でしょう。すでに本通信6月25日号でも述べていますので、ここでは詳しくは述べませんが、師岡弁護士こそ、危険なイデオローグだと断じます。

もう一つ注目していただきたいのは、このリンチ事件が2014年12月に起き、加害者側の隠蔽活動で1年余りも隠蔽されてきたことです。この間、安保法制問題が大きく盛り上がり、リンチ問題など世間に公になりませんでした。この実態が公になっていたなら、反原連もSEALDsも、また安保法制反対の運動も、かなりの影響を受けたものと思われます。隠蔽は成功しました。しかし、こういうことはいつか露見します。実際に2016年3月以降露見しました。

◆必要以上に横文字を使い、なにかしら目新しさで人をごまかす反原連(~界隈)の人々

 

ミサオ(2015年6月7日福岡にて)

私たちは、このように人間の尊厳や多様性を無視し、集団暴行を容認・隠蔽する人々を人間として全く信用できません。反原連は横文字が好きで、今回も「ステートメント【活動休止のご報告】」と銘打った文章が公開されていますが、こういった言葉の使い方は使用者の自由であるものの、思考傾向を表わす特徴として捉えることも可能です。カンパと言えばいいものの「ドネーション」と馴染みのない言葉を意気揚々と使ったり……よほど頭のいいことをひけらかせたいのか!?

ラップを採り入れなにかしら目新しさを出し、マスコミの恣意的な報道により世間では評価が高かったSEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動)について、憲法9条改憲派としての本性を出し、私たちは次第に首を傾げざるをえなくなりましたが、このSEALDsがいまだに反原連にとっては「成果」であったように記されています。SEALDsは、「民主主義って何だ!」と叫んだだけで、その、憲法9条改憲を志向していた団体でした。SEALDsは9条改憲派だったのだ!! 世間の人たちも私たちも、このことに気づくのが遅過ぎました。

これまでの学生運動のイメージを覆したことで錯覚してしまいますが畢竟エセ学生運動としか言いようがありません。詰まる所、この学生たちは何がしたくて、何が言いたかったのか全く理解できません。理解しようとして松岡はSEALDsを代表する人物、奥田愛基君にインタビューしましたが(『NO NUKES voice』6号掲載)、松岡も年甲斐もなく、結局は目くらましにあったようです。唯一はっきりしていることは、SEALDsがしばき隊や、時には親御さんに見守られながら展開された事実でしょう。こんなもの評価するのも馬鹿らしい。

SEALDs奥田とミサオ(2015年9月22日帝国ホテル地下の和食屋にて)

◆活動をやめるためにカンパを集めるだって!?

そうして今回の反原連の「活動休止」声明(ステートメント)には以下のくだりがあります。いみじくも彼らの本音が表われています。

〈それは脱原発運動が市民運動の中心から外れてくるに従い寄付金が減少し、これまでの多岐にわたる活動内容に対し、運営資金の捻出が難しくなってきたことがあげられます。〉

福島原発事故の被災者は、金銭を理由に「被害者」であることをやめられるでしょうか。広島・長崎の被爆者や被曝2世、3世は経済理由から「被爆者」であることから自由になれるでしょうか。

私たち(鹿砦社)とて、会社がいつまで存亡できうるか、あるいは出版業界の今後は、コロナ禍の今日見通せません。ですから「未来永劫『NO NUKES voice』の発刊を死守する」などと宣言はできません。しかし、現編集委員会が生存している限り、何らかの方法で反・脱原発運動を微力ながら支えるべく『NO NUKES voice』を発行し続ける所存です。

反原連は活動の休止を告知しながら同時にこれまで通りカンパ(彼らの言葉でいえば「ドネーション」)を求めています。活動をやめるためにカンパを集めるなど聞いたことがありません。幹部の“退職金”にでもしたいのでしょうか!? 活動休止するのであれば、カンパ募集はやめるべきではないでしょうか。「脱原発運動が市民運動の中心から外れてくる」から活動をやめる? こういったジコチューな物言いはみっともないとしか表現できませんね。

反原連「活動休止のご報告」ステートメント(2020年10月2日)

「脱原発運動が市民運動の中心から外れてくる」にしてもしなくても、福島現地で頑張って日々生きている人々や、故郷から遠く離れて避難している人々は生きていかねばなりませんし、多くの方々が裁判闘争を頑張っておられます。私たちは、こういう人たちを見捨てて「活動休止」するわけにはいきません。反原連のみなさん、あなた方も、曲がりなりにも「反原発」の声を挙げたわけでしょう。ならば、「ステートメント」でも記しているように、口先だけではなく真に「初心に戻り」初志を貫徹していただきたいものです。

反原連に私たち鹿砦社は、多額の資金支援をしましたが(少しは感謝しろ!)、にもかかわらず、みずからの意に沿わないならば「絶縁」するぐらいなら、他力本願な「ドネーション」に頼らず、みずから汗を流して働いて資金を集めるという運動の原点に立ち帰ったらどうですか?(ちなみに、ミサオが言うところでは、当時活動をやるために共産党に頼んで生活保護を受けた人物がいました。共産党も、こんなことをやっていいのか!?)反原連の連中の、人の厚意を蔑ろにするような態度から、今日の姿はイメージできましたがね。

私たちは反原連的な社会運動に(それが社会運動であれば)、強烈な違和感しか感じませんし、こんな運動体が大手を振って歩くようになれば、日本のファシズム完成を早めるだけでしょう。

私たちは時に激しい言葉を使うことはありますが汚い言葉を使うことは滅多にありません。しかし今回はあえて使わせていただきます。やはりゴミはゴミでしかありませんでした。秋風に吹かれたゴミは歴史の屑箱に放り込まねばなりません。「お前はただの現在にすぎない」(トロツキー。テレビマンユニオン創設の頃の書籍のタイトルにもなっています。初版田畑書店刊、のちに朝日文庫)── むべなるかなです。

◎ふたたび、さらば反原連! 秋風に吹かれたゴミは歴史の屑箱へ!── 反原連の「活動休止」について(松岡利康&『NO NUKES voice』編集委員会有志)
【前編】http://www.rokusaisha.com/wp/?p=36691
【後編】http://www.rokusaisha.com/wp/?p=36698

月刊『紙の爆弾』2020年11月号!【特集】安倍政治という「負の遺産」他

『NO NUKES voice』Vol.25

『NO NUKES voice』Vol.25
紙の爆弾2020年10月号増刊
2020年9月11日発行
定価680円(本体618円+税)A5判/132ページ

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総力特集 ニューノーマル 脱原発はどうなるか
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[グラビア]〈コロナと原発〉大阪、福島、鹿児島

[報告]小出裕章さん(元京都大学原子炉実験所助教)
 二つの緊急事態宣言とこの国の政治権力組織

[インタビュー]水戸喜世子さん(「子ども脱被ばく裁判」共同代表)
    コロナ収束まで原発を動かすな!

[座談会]天野恵一さん×鎌田 慧さん×横田朔子さん×吉野信次さん×柳田 真さん
    コロナ時代の大衆運動、反原発運動

[講演]井戸謙一さん(弁護士/「関電の原発マネー不正還流を告発する会」代理人)
    原発を巡るせめぎ合いの現段階

[講演]木原壯林さん(若狭の原発を考える会)
    危険すぎる老朽原発

[報告]尾崎美代子さん(西成「集い処はな」店主)
    反原発自治体議員・市民連盟関西ブロック第四回総会報告

[報告]片岡 健さん(ジャーナリスト)
    金品受領問題が浮き彫りにした関西電力と検察のただならぬ関係

[報告]おしどりマコさん(漫才師/記者)
「当たり前」が手に入らない福島県農民連

[報告]島 明美さん(個人被ばく線量計データ利用の検証と市民環境を考える協議会代表)
    当事者から見る「宮崎・早野論文」撤回の実相

[報告]鈴木博喜さん(ジャーナリスト/『民の声新聞』発行人)
   消える校舎と消せない記憶 浪江町立五校、解体前最後の見学会

[報告]伊達信夫さん(原発事故広域避難者団体役員)
    《徹底検証》「原発事故避難」これまでと現在〈9〉
    「原発事故被害者」とは誰のことか

[報告]山崎久隆さん(たんぽぽ舎共同代表)
    多量の放射性物質を拡散する再処理工場の許可
    それより核のゴミをどうするかの議論を開始せよ

[報告]三上 治さん(「経産省前テントひろば」スタッフ)
    具体的なことと全体的なことの二つを

[報告]板坂 剛さん(作家/舞踊家)
    恐怖と不安は蜜の味

[報告]山田悦子さん(甲山事件冤罪被害者)
    山田悦子の語る世界〈9〉普遍性の刹那──原発問題とコロナ禍の関わり

[読者投稿]大今 歩さん(農業/高校講師) 
    マンハッタン計画と人為的二酸化炭素地球温暖化説

[報告]再稼働阻止全国ネットワーク
    コロナ下でも萎縮しない、コロナ対策もして活動する
《北海道》瀬尾英幸さん(脱原発グループ行動隊)
《石川・北陸電力》多名賀哲也さん(命のネットワーク代表)
《福島・東電》郷田みほさん(市民立法「チェルノブイリ法日本版」をつくる郡山の会=しゃがの会)
《規制委・経産省》木村雅英さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
《東京》柳田 真さん(たんぽぽ舎、とめよう!東海第二原発首都圏連絡会)
《浜岡・中部電力》沖 基幸さん(浜岡原発を考える静岡ネットワーク)
《読書案内》天野恵一さん(再稼働阻止全国ネットワーク)

私たちは唯一の脱原発雑誌『NO NUKES voice』を応援しています!

◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/B08H6NL5FX/

◆反原連から「絶縁」された鹿砦社

10月2日、「反原連」(首都圏反原発連合。以下反原連と記します)は同団体のHPで、実質上の「活動休止」(口では「解散せず」と言っていますが、事実上の「解散」と見られます)を告知しました。

反原連「活動休止のご報告」ステートメント(2020年10月2日)

鹿砦社と反原連は、日本での初めての反・脱原発雑誌である『NO NUKES voice』発刊以来6号までは良好な関係を保っていましたが、2015年12月3日、一方的に反原連からの「絶縁宣言」により、関係を途絶していました。これには、反原連、いわば弟分的存在のSEALDs、「しばき隊」「カウンター」の全盛期、これに対し理路整然と批判した、韓国から母子で来日した研究者・鄭玹汀(チョン・ヒョンジョン。当時京大研修員。日本キリスト教史、木下尚江研究)さんへの非人間的暴言攻撃、ネットリンチを複数の人たちから聞いた松岡が、2015年9月以降(これ以前は、いわば「金は出しても口は出さない」のスタンスでした)、この他の疑問などと併せ反原連のリーダー、ミサオ・レッドウルフに問い質してきたことが伏線としてありました。

蜜月状態の頃の懇親会写真。松岡の左右に野間(左端)とミサオ(右)が写っている貴重なショット

そうして「絶縁」の直接の導火線となったのが『NO NUKES voice』6号での松岡稿「解題 現代の学生運動」でした。これが「内容に関して許容範囲を超える」(絶縁宣言)とのことでした。ここでは詳細は省きます(関心のある方は同誌7号「さらば反原連! 私たちはなぜ反原連から絶縁されたのか」をお読みください)。

今となっては、反・脱原発雑誌を発刊するにあたり、反原連関連の人物を多数掲載したことは、致し方のない誤りであったとはいえ、松岡はじめ私たちとしては深く反省するところです。反原連からの一方的「絶縁宣言」とはいえ、6号で関係を途絶したのは、ある意味で正解でした。皮肉なことです。

反原連は、前記しているように「首都圏反原発連合」の略称ですが、その名称から想起すると、いくつもの運動体の“連合”のように聞こえますが、実態は違います。当初は「たんぽぽ舎」など複数の運動体が名前を連ねていました。このことに、東京から遠く離れた関西にいて彼らの活動や実態を直接につぶさに見れない松岡は誤認し、「たんぽぽ舎が入っているから大丈夫だろう」と考え、特段の厚意を持って接触しましたが、数年前から反原連は単独のセクトとなったようです。「たんぽぽ舎」とも事実上断絶しています。たんぽぽ舎にいた今井丈夫(ミサオ同棲者)と原田裕史が反原連に移行しています。

鹿砦社は、反原連に一時は年間300万円余りの資金援助もしてきました。その間会計報告もありませんでした(絶縁後強く催促して、ようやく間に合わせとしか思えない会計報告を行っています)。にもかかわらず、2015年12月3日の鹿砦社への言い掛かりとしかいえない失礼千万な「絶縁宣言」をするように、極めて「排他的」「独善主義」的な集団であることが明らかになっています。松岡も人を見る目がないとボヤいていました。高い“授業料”を払いました。

鹿砦社は今は「たんぽぽ舎」に毎月一定額の支援金をカンパし、チラシ配布や『NO NUKES voice』の販売などに協力していただいていますが(鹿砦社は、ホームグラウンドが関西で東京事務所も2人しかおらず人手不足なので)、最初からこうすればよかったわけです。たんぽぽ舎は、同舎のチラシと一緒に『NO NUKES voice』のチラシを撒いてくれていましたが、官邸近くでは反原連の連中から妨害されて撒けないということでした。これからは大丈夫です(笑)。

反原連が、唯我独尊で極めて排他的であることは、多くの人たちが異口同音に語るところですが、このことを象徴する出来事でした。反原連は共産党と親密な関係にあり、ミサオらが共産党の大会でスピーチしたり機関紙『しんぶん赤旗』にたびたび登場しています。共産党のスターリン主義的体質と同じ体質です。「類は類を呼ぶ」ということでしょうか。

◆警察との親和性が強く、闘う学生を背後から襲う反原連とこの界隈の人たち

 

ミサオ(2015年8月10日鹿児島にて)

実は、『NO NUKES voice』編集委員の中に、早期から反原連の危険性を説いていた人物がいました。当該人物は国会前集会で参加者が路上に溢れた時に、反原連のミサオ・レッド・ウルフが、なんと機動隊の指揮車の上によじ登り(そのような行為は、警察の同意なしに可能なことではありません)集会に参加した人々へ「継続的な首相官邸前抗議行動」ができなくなるから「解散」を要請した現場に居合わせたのです。

これにはジャーナリストの寺澤有氏も現場に居合わせ証言されています。この事実の他にも反原連と警察の癒着を明示する記事は、他ならぬミサオ・レッド・ウルフが、『NO NUKES voice』の中で述べている通りですから、間違いのない事実です。

私たちは、いたずらに警察権力との対立を望むものでは全くありませんが、あの時、国会前に集まった、数千、数万の群衆は「継続的な首相官邸前抗議行動」ではなく、大飯原発再稼働に心底怒っていたのではないかと推測します。

反原連やSEALDsらの警察との親和性(癒着)は、2015年夏の反安保法制運動の中でも見られます。今や有名となった「警察のみなさん、ありがとう」の言葉に象徴され、一部戦闘的な学生らが警察の壁を突破しようとして国会に向かって行動するや、逆に警察と一緒になって弾圧の尖兵にさえなっています。実際に逮捕された学生もいます。これに「警察のみなさん、ありがとう」などどういう神経でしょうか。これに対しては作家・辺見庸も批判し、逆に激しいバッシングに遭い、一時ブログを閉鎖するほどでした。

相手は巨大な国家権力です。必ずしも「一点突破、全面展開」が可能な情勢ではなかったかもしれません。しかしながら、機動隊の指揮車によじ登り、集会参加者に「解散」を求める行為、あるいは「警察のみなさん、ありがとう」と言って直接的抗議行動にはやる学生らへの弾圧に加担する行為を、私たちは断じて容認できないし、今後も容認しないでしょう。そんな行為を一度でも行えば、命懸けで反・脱原発運動に携わっている皆さんや、わが身をもって反安保法制の闘いを体現しようとした先進的学生らの背後から鉄砲を撃つようなものです。彼らは闘う学生を背後から襲うことはあっても、権力と闘うことはありません。(明日掲載の後編につづく)

月刊『紙の爆弾』2020年11月号!【特集】安倍政治という「負の遺産」他

『NO NUKES voice』Vol.25

『NO NUKES voice』Vol.25
紙の爆弾2020年10月号増刊
2020年9月11日発行
定価680円(本体618円+税)A5判/132ページ

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総力特集 ニューノーマル 脱原発はどうなるか
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[グラビア]〈コロナと原発〉大阪、福島、鹿児島

[報告]小出裕章さん(元京都大学原子炉実験所助教)
 二つの緊急事態宣言とこの国の政治権力組織

[インタビュー]水戸喜世子さん(「子ども脱被ばく裁判」共同代表)
    コロナ収束まで原発を動かすな!

[座談会]天野恵一さん×鎌田 慧さん×横田朔子さん×吉野信次さん×柳田 真さん
    コロナ時代の大衆運動、反原発運動

[講演]井戸謙一さん(弁護士/「関電の原発マネー不正還流を告発する会」代理人)
    原発を巡るせめぎ合いの現段階

[講演]木原壯林さん(若狭の原発を考える会)
    危険すぎる老朽原発

[報告]尾崎美代子さん(西成「集い処はな」店主)
    反原発自治体議員・市民連盟関西ブロック第四回総会報告

[報告]片岡 健さん(ジャーナリスト)
    金品受領問題が浮き彫りにした関西電力と検察のただならぬ関係

[報告]おしどりマコさん(漫才師/記者)
「当たり前」が手に入らない福島県農民連

[報告]島 明美さん(個人被ばく線量計データ利用の検証と市民環境を考える協議会代表)
    当事者から見る「宮崎・早野論文」撤回の実相

[報告]鈴木博喜さん(ジャーナリスト/『民の声新聞』発行人)
   消える校舎と消せない記憶 浪江町立五校、解体前最後の見学会

[報告]伊達信夫さん(原発事故広域避難者団体役員)
    《徹底検証》「原発事故避難」これまでと現在〈9〉
    「原発事故被害者」とは誰のことか

[報告]山崎久隆さん(たんぽぽ舎共同代表)
    多量の放射性物質を拡散する再処理工場の許可
    それより核のゴミをどうするかの議論を開始せよ

[報告]三上 治さん(「経産省前テントひろば」スタッフ)
    具体的なことと全体的なことの二つを

[報告]板坂 剛さん(作家/舞踊家)
    恐怖と不安は蜜の味

[報告]山田悦子さん(甲山事件冤罪被害者)
    山田悦子の語る世界〈9〉普遍性の刹那──原発問題とコロナ禍の関わり

[読者投稿]大今 歩さん(農業/高校講師) 
    マンハッタン計画と人為的二酸化炭素地球温暖化説

[報告]再稼働阻止全国ネットワーク
    コロナ下でも萎縮しない、コロナ対策もして活動する
《北海道》瀬尾英幸さん(脱原発グループ行動隊)
《石川・北陸電力》多名賀哲也さん(命のネットワーク代表)
《福島・東電》郷田みほさん(市民立法「チェルノブイリ法日本版」をつくる郡山の会=しゃがの会)
《規制委・経産省》木村雅英さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
《東京》柳田 真さん(たんぽぽ舎、とめよう!東海第二原発首都圏連絡会)
《浜岡・中部電力》沖 基幸さん(浜岡原発を考える静岡ネットワーク)
《読書案内》天野恵一さん(再稼働阻止全国ネットワーク)

私たちは唯一の脱原発雑誌『NO NUKES voice』を応援しています!

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この「通信」前号(7月27日)において、くだんのM君リンチ事件にまで引き続く〈差別と暴力〉について忌憚なく申し述べました。特に私の大学の先輩が巻き込まれた1974年の「八鹿(ようか)高校事件」を引き合いに出して記述しました。以前だったら、タブーの中のタブーで、こうした形で述べることなどできなかった問題ですが、李信恵さんらによるM君リンチ事件を論じる際に、どうしても避けて通れない問題です。少なくとも私にとっては……。そうは言っても、やはり構えてしまいましたが、勇気を奮って書き綴りました。〈差別と暴力〉── 45年余り経ってもいまだにはっきり総括されていませんし、加えてM君リンチ事件(被害者M君支援と真相究明)に関わることになり、私なりに悩みながら真剣に考えてきたつもりです。

しかし、M君リンチ事件を本質的に検証・総括する際には、この〈差別と暴力〉の問題は避けて通ることはできません。ひいては、反差別運動、社会運動、市民運動の内部における暴力(言葉の暴力も含め)は決してあってはいけません。それを、M君リンチ事件では、いわゆる「反差別」運動の中心とされる者らがやったということで深刻であることは言うまでもありません。この問題を隠蔽したり逃げている人たちに、人間としての真摯さを見ることはできませんし、「八鹿高校事件」のように、この問題が将来的に運動に深刻な〈影〉を与えるとは思わないのでしょうか。

くだんの「通信」について、ノンフィクションライターの立石泰則氏はご自身のFBで次のように述べておられます。──

〈「目的は手段を正当化しない」とは、ずっと言われ続けてきたことだが、左右のイデオロギーに関係なく暴力に走る者は後を絶たない。「正義が暴走して何が悪い」と公然と言い放つ弁護士まで現れる始末で、世の中の腐敗・堕落が全体に進んでいるように思います。
「差別問題」はイデオロギーやどんな組織に所属しているかなどに惑わされることなく、「事実」と向き合うことがもっとも大切なことだと改めて実感させられています。〉

まったく同感です。

ところで、対李信恵第2訴訟(大阪地裁第24民事部)、この訴訟は、李信恵さんによる鹿砦社に対する止まることのない「クソ鹿砦社」「鹿砦社はクソ」等という誹謗中傷について不法行為が認定された訴訟の「反訴」として出され併合審理を求めながら裁判所に認められず独立した「別訴」とされたものです。李信恵さんは原告として鹿砦社に賠償金550万円と出版差止めを求めています。これまで非公開の弁論準備手続きが続いてきました。この間、李信恵さんはただ1回出廷したのみで、私は突然目が見えなくなるという急病で1度は休ませていただきましたが(この時、提訴の材料とされた証拠資料の原本を提出しようとして前任の裁判長は頑なに拒否するという事件が起きました。一部分のコピーでいいというのです)、こういうことが再びあってはいけないということもあり、これ以外は全回出廷し陳述書も4通も提出しましたが、ようやく来る11月24日(大阪地裁1007号法廷)に本人尋問が行われることが決まるところまで来ました。午前11時から被告(鹿砦社)側、こちらは取材班キャップ・田所敏夫さん、昼休みを挟んで午後1時20分から原告・李信恵さんの、それぞれ尋問となります。李信恵さんは、この訴訟のみならず、今さして訴訟も抱えていないようですので、おそらくこれが最後の尋問になるのではないでしょうか。

ちなみに、前任の増森珠美裁判長は、李信恵さんが在特会らを提訴した訴訟で、李信恵勝訴の判決を下した裁判長です。さすがに不公平は否めず(ですから、冒頭から証拠資料の原本を拒絶したり強権的で不可解な訴訟指揮をやったのでしょう)、私たちは裁判官忌避申し立てを行おうとした、まさに当日、急に京都地裁に異動になりました。新たな裁判長に交替になりましたが、増森裁判長のままだったら、「闘わずして敗北する」ことは必至だったでしょ

少し先になりますが、今から日程の都合を調整されぜひ傍聴をお願いいたします。おそらくカウンター/しばき隊側は、以前のようにいつもの顔ぶれを大挙動員してくるものと思われます。「俺を倒してから世界を動かせ!」(学生時代に学費値上げ阻止闘争で仲間と立て込もったバリケードに書いた言葉)という心構えで、常にたった一人ででも権力・権威や不条理と闘う気概を持った私や田所さんと違い、徒党を組まないと何もできない人たちですからね。M君裁判を支援する会も解散した今、支援されてきた皆様のどれほどが傍聴されるかわかりませんが、彼ら「反差別チンピラ」(森奈津子さんの規定)に対峙するには私と田所さんとで十分です。それでもできるだけ多くのみなさんが、李信恵さんの酒焼けした顔を見るぐらいの気持ちでご参集ください。

ちょうど田所さんは8月6日にみずからが広島原爆被爆二世であることをカミングアウトされました。被爆者やその二世、三世がどれほどの後遺症や差別に苦しめられてきたか、言うまでもありませんが、いつもは「差別」という言葉を“錦の御旗”にみずからが「被差別者」であることを殊更喧伝し、相手にカマシを入れ萎縮させる李信恵さん、あるいは彼女の熱烈支持者たる神原・上瀧両弁護士らが、在日コリアンとは違う被差別者の田所さんにどう対応するか──決戦は11月24日です。

さらには、この4年有余にわたる「カウンター大学院生リンチ事件」、別称「しばき隊リンチ事件」の検証・総括本(タイトル未定)の集稿。編集作業も開始しました。いちおう11月24日の上記尋問までの出版を目指しています。本質的に「カウンター大学院生リンチ事件」(別称「しばき隊リンチ事件」)とは一体何であったのかを広く深く探ります。加えて、M君訴訟の控訴審以降の最終報告と総括、鹿砦社vs李信恵/藤井正美訴訟の経過報告などてんこ盛りの内容です。執筆陣も特別取材班はじめ山口正紀、黒藪哲哉、森奈津子、合田夏樹、尾崎美代子さんら、もちろんM君も、多士済々の人たちによって、運動内部での激しいリンチを惹き起こした「反差別」―カウンター運動の問題を検証、総括いたします。これまでの5冊の本同様、期待を裏切りません。ご期待ください。

リンチ事件を隠蔽しても、一時的には事実をカモフラージュできるかもしれませんが、それは本来の反差別運動、社会運動、市民運動の正しい姿ではありません。私たちは、徹底した調査・取材によってリンチ事件の真相究明をなし遂げ、将来への〈生きた教訓〉にせねばなりません。私の言っていることは間違っているでしょうか? 「間違っている」と言うのであれば、「言論には(暴言・暴力ではなく)言論で」きちんと反論していただきたい。逃げても何も解決しません。

そのように春先から膨大な資料を整理してきましたが、目についた李信恵さんによる鹿砦社に対する倒錯したツイートのほんの一部をアトランダムに以下掲載しておきます。今読むと、怒りを通り越して笑止千万です。中でも、鹿砦社取材班のメンバーによる「嫌がらせ」や「妨害」で、警察に相談したとか(警察からは何の連絡もありませんし、これを李信恵さんは裁判で主張してもいません。おそらく虚言、カマシだと推察されます)、目が痛くなった、体調を崩した等々と、被害妄想もいい加減にしてほしいものです。李信恵さん、あなたの「被害」なるものよりも、酷いリンチを受けたM君の心身にわたる〈被害〉のほうが遙かに深刻です。もういい加減、血の通った人間の心を取り戻してください。

「反差別」運動の女帝の素晴らしいツイート

同上

同上

《関連過去記事カテゴリー》
 M君リンチ事件 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=62

Amazon https://www.amazon.co.jp/dp/B07CXC368T/
鹿砦社 http://www.rokusaisha.com/kikan.php?bookid=000541

あらためて申し述べておきたいのは、本件リンチ事件もその一つのケースである〈差別と暴力〉についてです。

ここでは、私の大学の先輩が実際に巻き込まれた、1974年11月、兵庫県山間部・但馬地方で起きた「八鹿高校事件」について少し申し述べます。こう言うだけで構えてしまいそうですが、あえて以下記述します。私の意見に反発や批判などあるやもしれませんが、誤解を恐れず、このまま記述を進めます。

◆「八鹿高校事件」のショック 先輩が暴行を受けた!

「八鹿高校事件」とは、部落解放同盟の一団が八鹿高校を襲い、みずからの主張に賛同しない教職員らに対し激しい暴力を加えた事件です。背景には、部落問題についての解放同盟と日本共産党の根深い対立があり主なターゲットは共産党員だったとのことですが、運悪く私の先輩は同校に勤務していました。解放同盟、共産党のどちらにも与しないにも関わらず激しいリンチを加えられています。今「どちらにも与しない」と述べましたが、先輩は学生時代、赤ヘルメットを被り、日本共産党(この下部組織・民青)と激しく対立する全学闘争委員会(文学部共闘会議)の一員で、60年代後半から70年代初頭の学生運動に関わりました。

共産党系のライターが書いた本で被害者リストに先輩の名を発見して大きなショックを受けた記憶があります。今でもネットでは判決文全文が載っていて被害者・加害者とも多くが実名で出ています(いいんでしょうか?)。

この事件はあまりにも有名な事件で書籍や記録なども多くありますので詳しくは述べませんが、残念なのは、解放同盟と共産党のどちらからのものがほとんどで、多かれ少なかれ主観や自己弁護が入り、誇張、歪曲されているので割り引いて読まなければなりません。被害者の大半の教師(とりわけ私の先輩のように共産党に所属しない人たち)の立場、解放同盟でも共産党でもどちらでもない中立の立場からのものはわずかしかありません。

この事件が、わが国の反差別運動に大きな汚点となったことは紛れもない事実です。それでも解放同盟は「暴力はなかった」「リンチはなかった」と言い張っています。本件リンチ事件に於ける李信恵らの詭弁とよく似ています。

この後解放同盟は、いわゆる「糾弾闘争」に走るのですが、これが誤りだということは、10年余り経った80年代半ばに私は、師岡佑行氏(京都部落史研究所所長。日本近現代史専攻。故人)や土方鉄氏(『解放新聞』編集長。作家。故人)ら解放同盟内部の幹部(良識派=非主流派)から「糾弾闘争は誤りだった」との聞き取りを直接得ています。そうした内部からの批判や社会的批判を受け、今では、さすがに暴力的糾弾闘争はなくなってきています。

同時に、当時から狭山裁判など解放運動は時に大きな盛り上がりを見せ、私もたびたび誘いを受け賛同するところはありましたが、実際に参加することはありませんでした。解放運動のみならず反差別運動に私が直接関われない大きな要因に、よく知る先輩が暴行被害を受けた「八鹿高校事件」が精神的な澱になっているからです。

このように、「反差別」運動内部で起きた、「八鹿高校事件」や本件リンチ事件など、暴力によって批判者を封じ込めようとすることは、逆に〈差別に反対する〉という崇高な営みを台無しにするもので、運動からの理解者の離反を招くものです。実際に、「八鹿高校事件」や「糾弾闘争」によって部落解放運動は社会の理解を得られず後退しました。八鹿高校でも、部落研(共産党系)も解放研(解放同盟系)も数年でなくなったといいます。

また、本件リンチ事件が私たちの真相究明(具体的には5冊の出版物など)によって〈真実〉が照らし出され、李信恵らによる「反差別」運動、「カウンター」活動から少なからずの人たちが離れたとも聞いています。

ですから李信恵には、彼女がリンチ被害者・M君に出した「謝罪文」(別掲。1~2ページのみを掲載。のちに撤回)に立ち返り真摯に反省していただきたいと心から願っています。いったんはリンチの存在を認め「謝罪」し活動自粛を約束しつつも、これを撤回するということは、いやしくも「反差別」や「人権」を叫ぶ者のやることではありません。李信恵さん、あなたの態度次第で、この国の「反差別」運動、いや社会運動全般の将来が決まると言っても過言ではありません。きちんとみずからの所業を見据え、胸に手を当て反省してください。

リンチ事件後、李信恵が被害者M君に出した「謝罪文」(2ページのみ掲載。全7ページ)

◆李信恵にリンチ事件への真摯な反省と、リンチ被害者M君への心からの謝罪を求めます

M君の写真を何者かが加工し拡散させた画像。“悪意”を超えて〈殺意〉さえ感じる。これこそ〈ヘイト行為〉ではないのか!?

私たちはこれまで、上記したようなことを対外的にあからさまに述べて来ませんでした。しかし李信恵が反省もなく、実際に李信恵らが関与し起きたリンチ事件(李信恵らは「リンチ」という言葉が嫌いなようですので「集団暴行」事件と言っても構いません)の存在を無かったことにしようとしていることを憂慮しています。間違いを犯したことを率直に認め、真摯に反省し、それを教訓化して今後の運動に関わっていくことを強く望みます。

そうでないと、かつての部落解放同盟の「八鹿高校事件」や「糾弾闘争」により「同和は怖い」というイメージを社会に植え付け、反差別運動(部落解放運動)の真の精神が誤解され、逆にその後退をもたらしたように、李信恵らの無反省な姿勢により、もうひとつの反差別運動(在日差別に反対し権利を獲得する運動)の後退をもたらすことを懸念します。李信恵らの心無い言動と暴力・暴言により、「在日は怖い」というイメージを植え付け(残念ながら、くだんのリンチ事件を見て実際にこう言った方もいました)、多くの在日コリアンの方々が迷惑を蒙っていることを自覚していただきたいものです。こうしたことに無自覚ならば、反差別運動や社会運動などから退くべきでしょう。

◆おわりに

前回も申し述べましたように、このたび、広島原爆被爆二世の田所敏夫さんが、体内被曝の影響と推認されるご自身の体調不良にもかかわらず、気力、体力を振り絞り陳述書を書き、尋問に出廷することを承諾され、また被爆二世ということを公にカミングアウトされたことに触発され、〈差別〉、そして〈差別と暴力〉について思うところをコンパクトに申し述べさせていただきました。

本件訴訟では、勝訴/敗訴ということが本質的な問題ではなく、李信恵が、みずから関与した大学院生リンチ事件について真摯な反省もなく、開き直りのような対抗訴訟を起こしたことを強く批判し、改めて真摯な反省を求めるものです。

私は歳と共に丸くなっていると言われますが(喜んでいいのか悪いのか、「好々爺」と言う人もいます)、李信恵に対しては声高に糾弾するのではなく、仏心から彼女が「反差別」運動のリーダーとして真に悔い改めることを願っています。

長い私の人生の中で、なかんずく破邪顕正の精神を持った出版人として、何がいいことで何が悪いことかの判断ぐらいはできます。そうであれば、李信恵が真摯に反省し公にも謝罪がなされるのならば、万が一私方が敗訴しても、本件リンチ事件(被害者支援と真相究明)やリンチ被害者M君訴訟、本件訴訟(前記した、この訴訟の元々の訴訟含む)に一所懸命に関わってきた目的の一つが達成されたといえるでしょう。

皆様方も血の通った人間ならば、私たちがこれまで申し述べてきた内容をどうか理解され、あれこれ屁理屈を付けた李信恵らの三百代言を歴史の屑カゴに投げ入れられるものと信じてやみません。

最後にもう一言述べさせてください。──

田所敏夫さんにしても私にしても、このリンチ事件を、あれこれ“解釈”しようとするものではなく、この4年余り、〈生きた現実〉から逃げ回る人たち(メディア人、国会議員、学者、弁護士、知識人、活動家ら)とはきっぱり距離を置き、ある時は義絶し、他人事ではなく自分自身の問題として関わり取材・調査に汗を流し事実を積み上げ〈真実〉に迫ってきたつもりです。出版人生の最終ステージでやるべきことだったかどうかは後々誰かが語ってくれたら、これでよしとしますが、目の前にリンチに遭った青年が助けを求めながら相手にされなかったり村八分にされ困っているのを見て黙ってはいられませんでした。果たしてあなたが、こういう場面に直面したらどうしますか? しかとお考えください。

釘バットで威嚇する有田芳生参議院議員。こんな徒輩が「人権」「反差別」を騙る国会議員とは!

取材班の直撃取材に逃げ回る岸政彦教授(李信恵さんの裁判を支援する会事務局長)

《関連過去記事カテゴリー》
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鹿砦社 http://www.rokusaisha.com/kikan.php?bookid=000541

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