自民党内部文書が示す「しばき隊」利用戦略、「大声をあげていたのは自陣営側の人間」

黒薮哲哉

筆者は、先の衆議院選挙で落選した自民党の杉田水脈氏が、しばき隊による「落選運動」を逆手に取って、支持拡大を図ろうとしていたことをうかがわせる文書を入手した。この文書のタイトルは「第51回衆議院総選挙 総括報告」である。作成者は、水田氏の選挙運動を指揮した大阪市議である。同文書では、選挙敗因の一つとして、しばき隊への対応の失敗を挙げている。

「妨害に集まったプラカードを掲げた人達に囲まれるように自ら入り演説に立つ姿を、(注:杉田氏)自身の公式YouTubeで流した(地域支部からの要請で今は削除)。1月28日夜、塚本駅。なお、大声をあげていたのは自陣営側の人間であることを現地で確認した。」

同文書の記述からは、サクラを使ってまで、しばき隊と堂々と対峙している姿を演出することを意図していたとうかがえる。一種のメディアを使った戦略である。

「さらには、れいわ大石候補やシバキ隊へ敵意むき出しに本人が語る公式動画も流された」

「本来戦うべき相手の維新との対立姿勢が見えず、相手にもならないはずのれいわ新選組や共産党をはやし立てるばかりで、インターネット上の告知もシバキ隊を呼び寄せ、それと戦っている姿を演出するためのものとしか見えない状態であった」

結論として、同文書は、水田氏がしばき隊の暴力的な言動を逆手に取り、危険な現場に身を置きながら、暴力に屈せず正面から立ち向かう姿を演出することで、有権者の支持を集めようとする戦略を試みたが、失敗に終わったと総括している。この文書からは、自民党陣営がしばき隊を政治的な脅威というより、集票のための格好の材料として利用しようとしていたことがうかがえる。

一般の有権者は、罵声を浴びせたり、旗竿を振り回したり、地面に寝転がったりする人々に好感を抱きにくい。そのため、そうした相手と対峙する姿をアピールする戦略が成り立つと考えられていたのだろう。

【緊急報告】演説中に“しばき隊”が出現。選挙妨害を受けたことについて話します。【杉田みお】

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年8月7日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
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鹿砦社の大学院生リンチ関係書籍

しばき隊の弁護士が共産党の演説会に登壇

黒薮哲哉

7月2日に、『しんぶん赤旗』で、暴力的なカウンター運動との決別を発表したばかりの日本共産党の演説会に、なんとしばき隊の弁護士、神原元氏が登場した。下記の写真は、X上の画像のスクリンショットである。わけが分からないというのがわたしの実感だ。ようやく選挙の投票先を共産党へ戻せると思っていた矢先なので残念だ。

共産党は、今年の7月で結成104年を迎えた。100年の活動を経て、国民の支持率が10%(マスコミの調査では3%程度)に満たないのは、やはりどこかに問題があるからだろう。フィデル・カストロは、グランマ号の上陸から、約2年で独裁政権を倒した。エルサルバドルのファラブンド・マルティ民族解放戦線も早かった。時間を費やせば、運動が好調に進展するとは限らない。

共産党はかつては、「押し紙」問題にも熱心に取り組んでいたが、次第にこの問題から遠のいた。マスコミと正面から対峙することを避けたのではないか。

わたしが最初に同党の異変を感じたのは、2014年である。吉良よし子議員が、携帯電話基地局の設置を促進するように、国会で政府に要請した時である。

携帯電話基地局で癌の発生率が高いことを示す疫学調査は複数存在する。予防原則の立場から、規制すべきというのがわたしの見解だ。共産党の紙智子議員も、電磁波に警鐘をならしていた。

ところが、吉良議員がとんでもない言動に及んだのである。わたしの推測になるが、携帯電話が手放せない青年層にこびた結果ではないかと思う。小沢一郎との共闘も間違っていた。

共産党は暴力的なカウンター運動から距離を置くことを宣言しながら、2014年12月の大学院生暴行事件をなかったことにしようとして来た弁護士と共闘したのである。情報弱者なのだろうか?

神原弁護士が、しばき隊を擁護するために、過去にどのような裁判を起こしてきたかを正確に検証すべきだろう。わたしは、共産党の民主集中制を批判するつもりはないが、情報の分析そのものが間違っている場合がままあることに苦言を呈したい。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年7月22日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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貴方は何がやりたいの? M君リンチ事件の加害者へ

尾崎美代子

2013年春から関西で始まったカウンター行動に私も最初数回参加した。その中で起きたM君へのリンチ事件を私は全くしらなかった。その後、鹿砦社松岡氏がM君への支援を始めたというので、私も裁判の傍聴などで支援してきました。

当時、なんていうのですかね、しばき隊らがネトウヨなどと果敢に闘う人々とみられたのか、あるいは「左翼」「人権派」と思われたのか、そんな連中が起こしたリンチ事件だということで、裁判に傍聴に来る方々は右派的な方々が多くて、私は報告会などで彼らと同席するたび少々戸惑ったこともありました(ちなみに鹿砦社が発行した、いわゆる「リンチ本」に、私は「彼らは左翼ではない」を寄稿しました。ぜひ読んでください)。

ええ、ええ。ただ、結果として、当時反差別、反権力を主張してきたカウンター行動に集まっていた皆さんが、ヘイトスピーチ法を可決させたいがために、その運動の中心的人物も関わったM君への凄まじいリンチ事件をないものとしようとしたのですよね。これはあってはならないこと。私自身、当時ネトウヨと闘い始めた李信恵さんの裁判は支援しようと思いましたが、その過程において、李信恵さんが(判決で認定されたように)リンチ事件に加担していたならば、まずはその件を謝罪する、その上で対ネトウヨとの闘いに支援をというならば、幾らでも支援しますよね。当然ですよね。

李信恵さんらリンチ事件後、さすがにまずいと思ったのか、確かに一旦は綺麗な字で謝罪文をM君に出しているものの、その後まもなくその謝罪を撤回するような行為に及んでいますよね。「謝罪したやないか」という方もおりますが、みなさん、その後の流れを含めた全体を見てくださいね。実際、M君にリンチを行った金良平さんを庇うように「エル金は友達」なんて一斉につぶやくこともありました。

私はカウンターに関わった当初、関東のある女性から頻繁にこんなメールを受けていたので、彼らが一斉に同じ行動を取る、いや、取るよう強要することは知っていました。あるときは「本日午後2時にAさん(カウンター界隈の著名人)がTwitter(当時)で重要なことをつぶやきます。ぜひ「いいね」をお願いします」とかのDMがくるんです。さらに「Aさんのつぶやきは午後2時半頃に変更になります。よろしくお願いします」とかね。なぜ「いいね」を強要されるの? ウザい上司が「俺の今日のランチ、Facebookに投稿したから、いいねしとけよ」みたいな感じ。超ウザい!

まあ、反差別、反権力といいながら、それと真逆のことをやる、例えば、冤罪事件の狭山を闘いながら、他者が全く言及してない内容で、彼、彼女は「差別者だ」と言い、反差別、反権力の運動の中心に出張ろうとする人物がいることに、私は憤ってるんです。冤罪はどうやって生まれるの? 警察、検察がありもしない証拠をでっちあげたり、うその自白を強いてできるのですよ。それにどれだけの人が苦しんでいるか? 石川さんなどは、無罪を晴らせないまま、亡くなってしまったのですよ。本人が言ってもいないことを「言った」「差別だ」という。冤罪を闘う者として恥ずかしくないですか?

反権力、反差別を訴える闘いを行う人たち、とりわけ大阪では恥ずかしくなる位だめだめと思います。他者の批判をするのではなく、自身が頑張らないといけないのですが、もう涙も出ませんわ。

「自分が凄え」とアピールするための運動、それに関西のいろんな運動を利用しないで欲しい、私があなたが謝罪しない限り、あなたが参加しそうな運動には一切関わりません。

最後に聞くわ。貴方は何がやりたいの?

リンチ直前の加害者ら。左から李信恵、金良平、伊藤大介

◎関連記事【緊急訴訟報告】対エル金(しばき隊/男組)訴訟、上告棄却の不当決定! 損害賠償11万円+利息等が確定! 大学院生リンチ事件で被害者М君に瀕死の重傷を負わせた徒輩が「プライバシー侵害」とは嗤わせる! 鹿砦社代表 松岡利康

▼尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者X(はなままさん)https://x.com/hanamama58

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【緊急訴訟報告】対エル金(しばき隊/男組)訴訟、上告棄却の不当決定! 損害賠償11万円+利息等が確定! 大学院生リンチ事件で被害者М君に瀕死の重傷を負わせた徒輩が「プライバシー侵害」とは嗤わせる!

鹿砦社代表 松岡利康

2016年に始まった対しばき隊関係訴訟はまだ続いていましたが、くだんのリンチ事件で主たる暴力行使者・エル金こと金(本田)良平が、犯歴をバクロされたとして「プライバシー侵害」を理由に鹿砦社と作家・森奈津子さんを訴えた訴訟の上告審、最高裁第二小法廷は私たちの上告を棄却する決定を下しました。決定日付は7月10日。別掲の通り簡素なものです。これで、すべての対しばき隊関連訴訟が終結したことになります。まさに“10年戦争”でした。

7月10日付け最高裁の決定書

◆将来を嘱望された大学院生(当時)М君の人生を狂わせた徒輩を許せない!

この集団リンチ事件の当事者の中で、加害者側の5人、このうち李信恵は相変わらず講演三昧、伊藤大介は複数の暴力事件を起こし有罪判決が確定しオモテから離れました。1発殴り罰金刑(刑事)と賠償金を課された凡(ハンドルネーム)もオモテから離れました。残りの松本英一はまだ運動に足を突っ込んでいるようですが、詳しい最近の動向は伝わってきません(雑魚にはさほど興味もありません)。

リンチ直前の加害者ら。左から李信恵、金良平、伊藤大介

今回の訴訟の原告、エル金こと金良平は、一時行方不明になったり突然オモテに出たりしながら、住所不明(訴状では代理人の神原元弁護士の事務所を住所としています)、職業不詳です。彼は数十発、М君に激しい暴行を加え、刑事では罰金40万円、民事では賠償金120万円余の判決を受け、なんとかカネを集め支払っています。合計で160万円余り、個人で払うには決して少額ではありません。これに懲りて反省し、もう暴力的行為はしないとけついしたらいいのですが、その後も、一触即発の場面に先頭になって参加しています。

一方の被害者M君は、酷いリンチによるPTSDで、博士課程は修了したものの研究職に就くことができず、肉体労働に近い職業で日々働き暮らしています。本来なら今頃、若い学生に囲まれ学究生活に入っていただろうに……。これを思うと不憫です。

М君は、金良平らによる直接的暴力、「反差別」運動の旗手とマスメディアが喧伝する李信恵らによる集団リンチ、さらには彼らの支持者によるセカンド・リンチにより人生を狂わされました。私や森さんが、一審判決11万円という少額賠償金にかかわらず、控訴審、上告審と最後まで闘ったのは、人生を狂わされたМ君への血の通った人間としての同情心と、金良平らリンチの加害者らや、これに付和雷同してM君にセカンド・リンチを加えた徒輩を許せなかったからです。

リンチ前と後

◆10年経って社会運動から暴力はなくなったのか?

かつて激動の時代60年代後半から70年代にかけて、世界的なベトナム反戦運動の高揚、国内的には、それに加え安保─沖縄闘争、全国学園闘争、三里塚闘争(成田空港反対闘争)などをメルクマールに、学生運動、反戦運動、社会運動全般が盛り上がったことは歴史的事です。

しかし、運動内部では軋轢、対立、分裂が進行し、これが暴力を伴い、「内ゲバ」と総称されるような問題も同時に起きました。問題は、累々たる死者をも出し、これも大きな要因として運動全般が衰退していったことは私ごときが言うまでもありません。

そうしたこともあって、心ある人たちの努力により、わが国の社会運動から次第に暴力はなくなっていったはずでした。私もそう思っていました。

そのかん、私の先輩、後輩らも暴力の場面に遭遇しました。なにより私も病院送りにされましたし、ついこの前に一緒にビラ撒きしていた某党派の活動家が夜間急襲され仲間と共に殺されるというニュースには驚きました。多くの先輩方から対立党派ながら真面目な方と聞き、なんとも言えない気持ちになったことを今でも忘れることができません。

それから連合赤軍事件、内ゲバの激化などが続き、わが国の社会運動にとって大打撃となり、かつて社会運動の拠点となっていたキャンパスから抵抗の声は次第に聞かれなくなりました。かつては林立していた立看も今では見られなくなりました。立看を出しただけで即撤去、処分されたり、裁判になったりする時代です。時折訪れる母校でも、今や綺麗なキャンパスになりました。少なくとも立看、ビラ撒きぐらいは表現の自由の観点から制限なく規制しなくてもいいのではないか、と思います。

キャンパスから暴力的場面がなくなり、同時に立看やビラ撒きも見られなくなりましたが、これを突然打ち消したのが、金良平、李信恵らによるM君リンチ事件だったのです。社会運動の一つ「反差別」運動には根深い暴力が残っていたのです。「反差別」運動における暴力の問題として、本件と共に八鹿(youka)高校事件と併せ、やはり捉え直しが必要ではないかと思います。ちなみに八鹿高校事件では、部落解放同盟と日本共産党の争いもあり、兵庫県の山間の田舎都市での対立以上に大きな問題で、両者は本当にこれを教訓化したのか疑問です。この事件では、私の先輩も巻き込まれ、元々ブント系ノンセクトの活動家でしたから、共産党には批判的で、解放同盟に特段批判的でもないのに暴行を受けています。いまだにネットに流れている裁判記録に先輩の名を発見した時には胸が破裂しそうでした。

このリンチ事件を持ち込まれた際に、私はその先輩の姿を想起しました。金良平、李信恵ら加害者5人は、さんざんM君に暴行を加えた後、瀕死の重傷を負ったМ君を放置し逃げ去ったとのことで、M君はやっとの想いでタクシーを拾い自宅に帰ったのです。なにかを察知した運転手の方は料金を受け取らなかったそうです。

これには、さすがの裁判所も、「最後は、負傷したМの側を通り過ぎながら、その状態を気遣うこともなく放置して立ち去ったことが認められる。」として、「日頃から人権尊重を標榜していながら、金によるMに対する暴行については、これを容認していたという道義的批判を免れない性質のものである。」(大阪高裁、令和3年7月27日判決言渡)と批判したのです。

2016年の初めに、この大学院生リンチ事件を、リンチ直後の被害者の顔写真、リンチの最中の音声データ、その他の資料に接して知った時には、本当に驚き、瞬間湯沸かし器の私は即動き始めたのです。

◆事件後の加害者らの動き──当初反省、謝罪、活動自粛を約束しつつも、しばらくして反故

リンチ事件後、在日の親睦、協力の目的で設立された「コリアNGOセンター」を中心として事態収拾に動き、加害者、被害者双方への事情聴取が行われ、加害者5人のうち直接手を出したとされる金良平、李信恵、凡の3名が「謝罪文」を被害者M君に送り、反省、謝罪、活動自粛を約束していますが、のちにこれを反故、M君を苦しめることになります。約束を反故にし活動再開した理由としては、師岡康子弁護士が金展克さんに送った、いわゆる「師岡メール」に現れています。当時、彼らが当面の目的としていたヘイトスピーチ解消法成立の運動に利にならないとの思惑からだと思われます。研究者として将来を嘱望されたM君一人の人権よりも在日の利益を図ることのほうが重要だとの考えからでしょうが、人ひとりの人権を蔑ろにして、なにをかいわんやです。なので、師岡はじめ、この事件で名が出てくる者らを私は決して許すことができません。

金良平の謝罪文(全文1枚目)
金良平の謝罪文(全文2枚目)
辛淑玉文書の1ページ目。この時は深刻だったと思われるが、その後、この文書も否定

特に、岸政彦、彼は「李信恵さんの裁判を支援する会」の事務局長を務め、このリンチ事件ではコリアNGOセンターが行った事情聴取にも立ち合っています。本来なら、積極的に問題解決に奔走すべき立場です。しかし彼は、私たちが送った質問状にも答えず、馬耳東風のスタンスを貫くつもりだったようなので研究室に直撃取材をかけたのです。李信恵が裁判で述べたところによれば、このあと同会の事務局長を辞任したとのこと、これも、岸の一片の良心を信じていたМ君を苦しめることになります。その後岸は、当時龍谷大学教授から立命館大学教授、そして今や京都大学教授へと上り詰めていくのです。M君を犠牲にして──。岸は芥川賞の候補にもなりましたが、こういう世渡りのうまい人間こそ唾棄すべき人種です。岸よ、恥を知れ、恥を!

われわれの直撃に必死に逃げ回る岸政彦

一方的に活動再開した後、李信恵は講演三昧、彼女の自宅前を通った人によれば、自宅の車庫にベンツが停めてあったとのこと、行政などからの髙い講演料で買ったのかと勘繰ります。彼女は高価なブランド物も好きなようで、集会にどこかのブランドバッグを持って現れたのを見たという人もいました。果たして彼女に人間としての反省はあるのか⁉ 普通に考えて大いに疑問です。罪は逃れても、リンチの場にいて、金良平の激しい暴力を制止もせず、悠然とワインを飲んでいたとは、人間として信じられません。

金良平、伊藤大介らはますますアグレッシブに活動し、伊藤に至ってはネトウヨ活動家に対する暴行容疑で有罪判決を受け、経営する不動産会社の宅建免許取り消しを怖れ自社の代表を辞しています。凡のみが結婚し活動を辞めたようです。正解です。

◆金良平らリンチ加害者は本当に反省したのか? 関係者らは、このリンチ事件の〈負〉の面をいかに教訓化し運動の糧にしたのか?

この問いに、結論から言えば、なんの反省もしていませんし、教訓化もしていません。現在のしばき隊の現状、共産党の苦慮を見れば一目瞭然です。共産党が今、しばき隊との関係を切る、切らないで苦慮しているのは、10年余り前に、このリンチ事件に対して真っ向から取り組まなかった故です。その時のツケが今回ってきていると言えるでしょう。

金良平について言えば、真っ昼間からSNSに相当の時間を費やし、生業に就いているのかどうか疑問で、さらには被告とされた森さんの自宅圏内の関東地方に移住し、彼女に恐怖を与えていました。広義のしばき隊に繋がる者らと思しき者から、彼らを批判しただけで激しい嫌がらせを受けた人たちがいます。森さんもそうですが、自宅の周囲を何者かに徘徊されたこともありました。

私は、このリンチ事件の被害者М君支援、真相究明に関わってきて、いわゆるしばき隊やカウンターといわれる運動を批判した人たちが激しい嫌がらせを受けたことを知りました。2、3例を挙げますと、公立病院に勤める、ある在日の医師は病院に多数の嫌がらせ電話をかけられSNSを閉じられました。人の命に係わる病院にですよ。絶対にやってはいけないことです。小菅信子山梨学院大学教授は、大学に電話攻撃を受けると共に、愛猫が殺されています。作家の室井佑月さんは自宅前に汚物を撒かれました。なぜか、どれも実行犯は逮捕されていません。

本件訴訟の原因ともなっている金良平が森さんに絡んできて日に日にバッシングが激しくなり、危機感を持ち、障碍者の夫と共に暮らす森さんの身を案じ、金良平の犯歴を晒してでも自分の身を守れとアドバイスしたことで、私のアドバイスを受けた森さんは金良平の犯歴=M君へのリンチ事件の有罪判決(罰金刑)の前科を晒したのです。他人の身は他人が守ってくれるわけではありませんから。どのような手段を使ってでも自分の身は自分で守れ、と。その後、森さんには、反LGBT運動の仲間でありオウム信者に殺されかけた滝本太郎弁護士と共に殺人予告もありました。

金良平の犯歴を晒したというが、金良平の犯歴は鹿砦社の一連の出版物で〈公知の事実〉となっており、今更どうこう言うことでもありません。私に言わせれば、将来を嘱望された大学院生М君の将来をぶち壊した徒輩に「プライバシー侵害」などと嗤(わら)わせてくれるな、ということです。

このかん金良平は、Xも長く配信を止め、最近になってぼちぼち動き出してきたようですが、「反差別」運動にとって彼はもはや不要の人物であり厄介者にさえなっています。

今回の最高裁決定で、10年戦争を続けてきた大学院生リンチ事件関係訴訟はすべて終結いたしました。この10年間、私(たち)なりに被害者М君支援、真相究明に努めてまいりました。この過程で「反差別」運動のウラの面を垣間見、なぜ多くの識者がこれに対して声を挙げないのか? また、マスメディアはなぜ、李信恵らを持ち上げるだけで、その暗部を採り上げ批判しないのか、疑問です。

「反差別」が利権であってはならないことはすでに周知のことになっています。差別に反対するという崇高な営為が、どこかで倒錯していないか? 少なくとも真剣に考えても無駄ではないでしょう。いや、前記した大阪高裁判決で、リンチがあったこと、李信恵、金良平らが係わったことは確定しています。「リンチはなかった」だって⁉ 私やМ君の前で言ってみろ!

師岡康子弁護士と、金良平の代理人・神原元弁護士

リンチはあったのです。これを認めた上で、これに真摯に向き合い、「反差別」運動を主体的に切開し、改善すべきは改善し、今後の運動に主体的に取り込んでいくべきではないのか、大学院生リンチ事件に10年関わり、お金もそれなりに使い、私なりに一所懸命に取り組んできました。故・山口正紀さん(ジャーナリスト)や野田正彰さん(精神科医)、先輩の矢谷暢一郎さん(ニューヨーク州立大学アルフレッド校心理学名誉教授)、寺澤有さん(ジャーナリスト)、黒薮哲哉さん(同)、故・北村肇さん(『週刊金曜日』発行人)、今回鹿砦社と共に被告とされた森奈津子さん(作家)ら、決して多くはない心ある方々にご理解いただき、最後まで協力、支援賜りました。感謝申し上げます。

特に山口さんにつきましては、末期ガンで死の直前まで命を削り準備書面をお読みいただき添削も行ってくださいました。

訴訟上は、ヒラメ裁判官ばかりで、М君も賠償金は、決して満足のいく金額ではありませんでしたが、治療費程度は獲得できました。内容的にも満足のいくものではありませんでした。それでも勝訴は勝訴です、私たちは、М君を裏切ることなく最後まで共に頑張りました。

歪曲された反差別運動の犠牲者М君の想いをご理解いただき、このリンチ事件を、今からでも注目され真剣に再検証いただき、反差別運き動を含む社会運動における暴力の問題を考えていただきたいと切に希望いたします。

この大学院生リンチ事件については、言いたいことがまだまだあります。機会を見て、これまで収集した資料を元に総括的にまとめていきたいと考えています。

最後に、本件訴訟は当初、1996年以来、東京での訴訟事を一手に引き受けていただいていた内藤隆弁護士に受任いただきましたが急逝され、慌ただしく清井礼司弁護士が引き受けられました。急なことながら、短期間でリンチ事件の全貌を理解され最後まで、私たちの意を汲み闘っていただきました。心より感謝いたします。

※大学院生リンチ事件については、これまで刊行した6冊の本、これ以降については、「デジタル鹿砦社通信」の「しばき隊リンチ事件」の項や私のFBをご覧ください。

われわれが総力で記録化した大学院生リンチ関係書籍。必読!

しばき隊リンチ事件 https://www.rokusaisha.com/wp/?cat=62

しばき隊と日本共産党の決別

黒薮哲哉

しばき隊と日本共産党の決別は歓迎すべきことだ。共産党を離党した家登氏(右)としばき隊の関係を証拠付ける写真を昨日入手した。

Ⅹ上で公開されていたものだ。写真の中央は、しばき隊の女性リーダー、ジャーナリスト、人権派の李信恵氏。

共産党はなぜ重大な判断ミスを犯したのだろうか。おそらく事実が正確に伝わっていなかたのでは? マスコミ情報を過信したことも裏目に出た。情報の分析があまいのではないか?

※黒薮哲哉FB「メディア黒書」、日本メディアの構造的腐敗を読み解く 2026年7月15日付けより転載

《追記》松岡利康(鹿砦社代表)2026年7月16日記

しばき隊と日本共産党との癒着は、私たちが総力で取り組んだカウンター大学院生リンチ事件、いわゆる「しばき隊リンチ事件」の頃から公然と関係を誇示していました。大学院生リンチ事件は、神原元弁護士をはじめとするしばき隊系の者らが「リンチはなかった」との開き直りとデマを吹聴しても消せない歴史的事実です。

共産党が、今頃になってしばき隊を縁を切ると言っても遅いと言わざるをえないし、おそらく水面下では関係は続くものと考えています。

もし本当に共産党がしばき隊との関係にケリをつけようと思うのならば、まずは歴史を溯り、くだんの大学院生リンチ事件の総括を行うべきでしょう。ちなみに、上記写真の左は、しばき隊と行動を共にする福島恵美鶴ヶ島市議。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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「M君暴行事件」の事実は、共産党へ届いていたのだろうか?何者かが、「事件はなかった」とウソをついていた可能性も

黒薮哲哉

日本共産党が「反動政権、排外主義に反対する運動のあり方について」と題する声明を発表し、その中で、暴力を誘発しかねない運動のあり方について自己批判したことが、SNS上でも話題になっている。この声明をおおむね評価する声は少なくない。

しかし、私はいくつか留意すべき点があると考えている。その一つは、2014年12月16日深夜に、しばき隊が大阪・北新地で起こした「M君暴行事件」について、日本共産党の田村智子委員長らが、どこまで実態を把握していたのかという問題である。

鹿砦社取材班は、共産党関係者への取材を行い、さらに事件を記録した書籍も送付していたという。したがって、党が事件について全く知らなかったとは考えにくい。しかし、党が運動方針の誤りを認めるまでには、10年以上の歳月を要した。なぜ、これほど時間がかかったのだろうか。

私の推測になるが、事件に関係した人々や、その後の対応に携わった人々が、「事件は鹿砦社が作り上げたフェイクニュースであり、事件そのものが存在しなかった」というウソを党側に伝えていた可能性はないだろうか。

実際に、しばき隊側の代理人を務め、自由法曹団常任幹事でもある神原元弁護士は、「事件はなかった」と堂々と繰り返し主張してきた。また、諸岡康子弁護士は、事件の隠蔽を促す趣旨とも受け取れるメールを知人に送信している。

「その人(黒薮注・M君)は、今は怒りで自分のやろうとしていることの客観的な意味が見えないかも知れませんが、これからずっと一生、反レイシズム運動の破壊者、運動の中心を担ってきた人たち(黒薮注・李信恵氏ら)を権力に売った人、法制化(黒薮注・ヘイトスピーチ規制法)のチャンスをつぶした人という重い十字架を背負い続けることになります」

ちなみに、このメールの存在は、受信者が鹿砦社へ情報提供したことで明らかになった。

主要メディアも、この事件について申し合わせたかのように報道を控えた。鹿砦社は司法記者クラブでの記者会見からも締め出され、事件について継続的に情報発信していた媒体は、事実上、鹿砦社以外にほとんど存在しなかった。このような状況であれば、日本共産党にも事件の実態が十分伝わっていなかった可能性は否定できない。

左から、神原元弁護士、師岡康子弁護士、有田芳生衆院議員。出典:東京新聞

◆部落解放同盟からしばき隊へ

共産党の田村委員長らが、「M君暴行事件」を検証したうえで、今回の暴力路線に関する反省声明を発表したのかどうかは明らかではない。しかし、事件から声明の発表まで10年以上を要したことや、その声明の内容を踏まえると、事件そのものについて十分な検証が行われたとは考えにくい。この事件が、カウンター運動の問題点を考える上での原点なのだが。

共産党は、「事件はなかった」という説明を信じていた可能性が高いのではないか。

私の推測が当たっているとすれば、日本共産党が部落解放同盟による暴力には対峙しながら、しばき隊による暴力については問題視しなかった理由も、一応の説明がつくのである。

◆飲酒を続け、最後は……

2014年12月16日深夜に発生した「M君暴行事件」については、大阪高等裁判所も、その際に激しい暴力行為があったことを事実認定している。以下、高裁判決を紹介しよう。

第1審(大阪地裁)も第2審(大阪高裁)も、判決の方向性は同じである。李氏がM君を殴った事実はなく、共謀性も認められないというものだった。ただ、高裁の判決は、事件当日の李氏の言動をより詳細に認定している。「殴った」とする鹿砦社報道は事実ではないとしながらも、はからずもこの事件の性質を浮彫にした。どのような状況の下で、Aが暴行に及んだのかが、事実に即して司法認定されたのである。

たとえば次の新しい事実認定である。

【引用】「被控訴人(注:李氏)は、Mが本件店舗に到着した際、最初にその胸倉を掴み、AとMが本件店舗の外に出た後、聞こえてきた物音から喧嘩になっている可能性を認識しながら、飲酒を続け、本件店舗に戻ってきたMがAからの暴行を受けて相当程度負傷していることを確認した後、「殺されるなら入ったらいいんちゃう。」と述べただけで、警察への通報や医者への連絡等をしないまま、最後は負傷しているMを放置して立ち去ったことが認められる。

この間、BやCはAに対し暴力を振るわないよう求める発言をしているが、被控訴人が暴力を否定するような発言をしたことは一度もなく、被控訴人は遅くともMが本件店舗内に戻った時点では、MがAから暴行を受けた事実を認識していながら、殺されなければよいという態度を示しただけで、本件店舗外に出てAの暴行を制止し、又は他人に依頼して制止させようとすることもなく、本件店舗内で飲食を続けていた。

このような被控訴人の言動は、当時、被控訴人が金による暴行を容認していたことを推認させるものであるということができる。」(略)(控訴審判決、7P、裁判所の判断)

さらに高裁は、李氏による次の言動も新たに認定している。

【引用】「被控訴人は、Cと話をしていたが、カウンター席の奥でAとMが立ち上がり言い争いになり、Bが間に入って止めたことや、AとMが本件店舗から出て行くことを見ていた。被控訴人は本件店舗内に残ったBに対して「ぼんちゃんは座って」などと声をかけていた。」(控訴審判決、5P、裁判所の判断)

BはAによる暴行を止めようとしていたのである。そのBの行動を李氏が制止したことが、控訴審判決で新たに認定されたのだ。

さらにAによる暴行の後、店舗を立ち去る場面に関して、控訴審判決は新しい認定を行った。1審判決では、李氏、C、それにDの3人が、AとBに「帰るで」と声をかけたと認定していたが、高裁判決はそれを取り消し、李氏が「帰るで」と声をかけたと認定した。次のくだりである。

【引用】「被控訴人(注:李氏)が、AとBに対し、「帰るで」と告げて、C及びDと共に、負傷しているMの側を通り過ぎて……」(控訴審判決、5P、裁判所の判断)

この記述から李氏がカウンター運動のリーダーであったことが推測できる。これらの認定を踏まえて、大阪高裁は賠償額を50万円減額した。その理由を次のように控訴審判決の中で集約した。

【引用】被控訴人(注:李氏)は、本件傷害事件と全く関係がなかったのに控訴人により一方的に虚偽の事実をねつ造されたわけではなく、むしろ、前記認定した事実からは、被控訴人は、本件傷害事件の当日、本件店舗において、最初にMに対し胸倉を掴む暴行を加えた上、その後、仲間であるAがMに暴行を加えている事実を認識していながら、これを制止することもなく飲酒を続け、最後は、負傷したMの側を通り過ぎながら、その状態を気遣うこともなく放置して立ち去ったことが認められる。

本件において控訴人の被控訴人に対する名誉毀損の不法行為が成立するのは、被控訴人による暴行が胸倉を掴んだだけでMの顔面を殴打する態様のものではなかったこと、また、法的には暴行を共謀した事実までは認められないということによるものにすぎず、本件傷害事件当日における被控訴人の言動自体は、社会通念上、被控訴人が日頃から人権尊重を標榜していながら、AによるMに対する暴行については、これを容認していたという道徳的批判を免れない性質のものである。」(控訴審判決、10P、裁判所の判断)

繰り返しになるが、M君暴行事件が、カウンター運動のあり方を考えるための原点なのである。避けて通れない事件なのだ。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年7月7日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

《追記》松岡利康(鹿砦社代表)2026年7月8日記

リンチ事件から1年余り、上記写真の3人はじめ加害者に連携する者らの必死の隠蔽工作により事件はなかったもののように表面化しませんでした。何よりも関西にいる私たちも知りませんでした。実は社内に入り込みスパイ活動を行っていた者さえいたという、笑い話にもならない笑止千万な事実もありました(詳しくはリンチ関連本や「デジタル鹿砦社通信」内の「しばき隊リンチ事件」の項を参照してください)。それほど隠蔽工作は徹底していました。

M君に近づいた大手メディア関係者もいましたが弄ばれただけでした。万策尽きようとしたところで、鹿砦社主催の市民向けゼミナールに時折参加していたОさんが、M君の心情を察し私たちのところに持ち込んできて、私たちの知るところとなりました。事件があったのが2014年師走、Оさんが私たちのところに来たのが翌々年の1月、1年余りも経っていました。

この1年余りの間の被害者М君の心情には今でも心が痛みます。驚いた私たちは即座に行動を開始、特別取材班を結成し、M君らが持ち込んだ資料の精査から始め事実関係の調査・取材をスタートした次第です。

この件、話し始めたら長くなりますので、かいつまんで申し述べるに留めますが、メディア・出版関係者で関心を持ち私たちに理解を示してくれたのは黒薮さんや山口正紀さん(故人。元読売記者。裁判所に意見書提出)、野田正彰先生(精神医。裁判所にM君の精神鑑定書を提出)、寺澤有さん(ジャーナリスト)、森奈津子さん(作家)ら数少なかったです。ある公立病院の在日の医師は、その正義感から、みずからのSNSで公然と被害者擁護、加害者(に与する者ら)批判を繰り広げるや病院に嫌がらせの電話が殺到したりで、病院に迷惑を掛けれないとSNSを閉じられました。

おそらく声を挙げたくても挙げれなかった人も少なくはないと思われます。当時のしばき隊、あるいは親しばき隊を中心とする加害者側人脈は元気過ぎるほど元気でした。黒薮さんも仰っているように、この事件は、社会運動と暴力の問題を考える場合、試金石といえるもので、けっして避けては通れない重要な問題です。いくら口先で「暴力反対」と言っても、現実に身近で暴力事件が起きた際に、いかに真剣に対応するのか、このリンチ事件は、このことをリアルに突き付けていると思います。

1970年代初めから幾多の暴力の場面に遭遇し、みずからもその被害を被り病院送りにされ、そうして新左翼間、あるいは新左翼と共産党(この学生・青年組織「民青」)間の、いわゆる「内ゲバ」の時代を迎え社会運動は壊滅的な打撃を被りました。この反省から、この国の社会運動から暴力はなくなっていったものと思っていましたが、M君リンチ事件で〈悪夢〉が甦りました。私は、いてもたってもおれず被害者M君支援、これを裏打ちする真相究明に当たることにした次第です。

ちなみに、現在、M君は、博士課程は何とか修了しましたが、集団リンチのPTSDに苛まれ学究の道を諦め、ブルーカラーに近い給与所得者として生活しています。小出版社の非力を思い知ると共に、加害者を援護し被害者に力を貸さなかったマスメディアの皆さん方の非情さを遺憾に思う次第です。マスメディアの方々は何を迷ったのか!? 加害者らに一切の理はありません!

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

リンチ被害者М君の心情に寄り添い、地を這う取材を元に編纂、出版したリンチ関連本。【第一弾】鹿砦社特別取材班編著『ヘイトと暴力の連鎖 反原連‐SEALDs-しばき隊-カウンター』/【第二弾】同『反差別と暴力の正体 暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』/【第三弾】同『人権と暴力の深層 カウンター内大学院生リンチ事件真相究明、偽善者との闘い』/【第四弾】同『カウンターと暴力の病理 反差別、人権、そして大学院生リンチ事件』/【第五弾】同『暴力・暴言型社会運動の終焉 検証 カウンター大学院生リンチ事件』/【第六弾】同『真実の暴力の隠蔽 カウンター大学院生リンチ事件の闇を解明する!』

共産党を名乗る人々は本当に共産党員だったのか、「反差別運動」についての共産党の見解

黒薮哲哉

日本共産党は、7月2日、機関紙『しんぶん赤旗』で、「反動政権、排外主義に反対する運動のあり方について」と題する声明を発表した。これは、共産党員とされる一部の人々が、インターネット上で共産党を名乗り、「レイシスト」や「差別者」を品位を欠く言葉で糾弾する行為について、党として公式見解を示したものである。見解の表明は、あまりにも遅きに失した感を免れないが、過去の過ちを認めたこと自体は評価できる。

声明は、「日本共産党員が『暴力行為を連想させるようなパフォーマンス』を行ったり、それを支持したりすることは、わが党綱領、党規約および中央委員会総会の決定と相いれないものであり、また、わが党に対する信頼を傷つける」と結論づけている。

実は、「レイシスト」や「差別者」を探し出してインターネット上で誹謗中傷する行為は、私が調べた限りでは、少なくとも2014年ごろには始まっていた。同年12月の深夜、しばき隊のメンバーが大阪市・北新地で大学院生に殴る蹴るの暴行を加え、瀕死の重傷を負わせた。数年後、私がこの事件の取材を始めたところ、私の名前も「レイシスト」としてSNS上で公開された。そして、「今夜もレイシストをやっつけて、酒がうまい」といった投稿がなされた。

大学院生に暴力を振るったメンバーが共産党員だったかどうかは知らない。しかし、共産党の池内沙織衆院議員(当時)がしばき隊と親密な関係にあったことは、鹿砦社取材班の取材によって明らかになっている。また、小池晃議員が、しばき隊のTシャツを着て演説している写真も存在する。

私は、この状況に強い違和感を覚えた。かつて共産党は、部落解放同盟による暴力に対して毅然とした態度で臨んでいたからである。

その後、取材を重ねるにつれ、しばき隊と共産党との関係は、客観的な事実として認識せざるを得なくなった。

◆共産党を名乗る人々による「反差別運動」

ただ、共産党を名乗る人々による「反差別運動」を見るにつけ、私はある疑念を抱くようになった。その発端となったのは、ある人物から聞いた話である。

その人物によれば、保守界隈では過激な「反差別運動」を歓迎する向きがあるという。選挙現場やSNS上で「炎上」を引き起こすことで共産党のイメージダウンを図ることができ、その反作用として保守陣営の支持率向上につながる、というのである。

この話を聞いたとき、共産党員を名乗って暴言を吐く行為は、何者かが意図的に仕組んだ共産党攻撃のイメージ戦略ではないかと考えるようになった。そして、共産党内部に相当数のスパイが潜入している可能性も疑うようになった。

共産党は公安警察の監視対象となっている組織である。そのため、組織内部にスパイを潜入さて、内部から党を崩壊させる戦略が実行されていても不自然ではない。

◆イメージによる世論誘導

仮に共産党が民主集中制を採用していなければ、「反動政権、排外主義に反対する運動のあり方について」と題する声明も発表されなかったのではないか。このまま腐敗へと突き進み、終焉を迎えていた可能性が高い。

民主集中制に対する批判は少なくない。しかし、政党が一つの理念を実現するための組織である以上、一定の規律を維持する制度として民主集中制には合理性がある。党の理念に賛同できないのであれば、党を離れて新党を結成すればよい。それだけの話だ。学校などの公共組織に民主集中制を導入すれば「独裁」となりかねないが、政党という任意団体では事情が異なるだろう。

共産党の支持率が低下してきた背景には、SNS上などで「共産党員」を名乗る人々が作り出したイメージに、有権者が幻滅したことがあるのではないか。ウクライナや中国、ベネズエラ、それにパレスチナ(特にハマスの評価)などについての共産党の見解は完全に間違っていると思うが、国内の時事問題についての見解は、おおむね正しい。それにもかかわらずイメージによる世論誘導の前には、ほとんど対策がない。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年7月4日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

《追記》松岡利康(鹿砦社代表)

いわゆる「しばき隊リンチ事件」は、私たちに、いろいろな教訓を与えました。当時、黒薮さんが指摘するまでもなく「しばき隊」と共産党は強く連携していました。証拠の画像は多々あります。また、当時、多くの知識人やジャーナリストらに質問状を送り、共産党関係では、しばき隊とのつながりが強いとされた池内さおりと志位和夫に出し、回答がないので両事務所に電話で催告をしたところ、「党の判断で答えない」という回答を得ました。共産党は今頃、しばき隊との関係を切ると言っていますが、遅いと言わざるをえません。М君リンチ事件について、真摯に取り組むべきでした。

また、黒薮さんが引き合いに出されている事件(「八鹿高校事件」)で、私の先輩も巻き込まれ(解放同盟に批判的ではない人でしたが)暴行を受けていますので他人事ではありません。この事件もМ君リンチ事件も、「反差別」運動を考える場合、どうしても避けて通れない問題です。なお、黒薮さんとは認識が異なるのですが、当時、共産党が暴力に立ち向かったというのは事実ではなく、「あかつき部隊」という暴力部隊を組織していたように、今では考えられないほど暴力的でした。

あるノーベル賞受賞者の甥っ子の先輩は師走の酷寒の中、激しいリンチを受け、一時は医者も見放すほどでした(奇跡的に回復)。さらには、当の私自身、早朝ビラ巻きを始めようとしたところ集団で襲われ、一緒にビラ巻きしようとしていた仲間と共にリンチを受け病院送りにされ数日入院を余儀なくされました。

いずれも1970年代の昔話ですが、こうしたことの反省から、わが国の社会運動から暴力はなくなったと思っていたところ、М君リンチ事件を知り、義憤で長年係ることになりましたが、10年経っても何も変わっていないということでしょうか。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

「ヘイトにNO」運動の師岡康子弁護士は、なぜ「しばき隊リンチ事件」に口を閉ざすのか

鹿砦社代表 松岡利康

黒薮哲哉さんの6月20日付けXを転載します。

 添付したのは【しんぶん赤旗】の記事である。ヘイトスピーチを止めさせる運動が大切なのはいうまでもない。しかし、わたしが問題にしているのは、たとえば記事に登場する師岡康子弁護士が2014年にしばき隊が、大阪北新地で起こしたM君暴行事件で隠蔽工作を行った事実である。100%の立証を可能にする証拠もある。さらにその後、M君事件の検証も謝罪もしていない。
 また具体的にだれがどこで、どのようなヘイトスピーチを行なったのか、「運動体」の報道ではよく分からない。「運動」が先行しているのでは?

◇     ◇     ◇     ◇

ここで挙げられた事件は、俗に「しばき隊リンチ事件」といわれるものです。黒薮さんの「メディア黒書」では画像が掲載されていませんが、ここに引き合いに出されているのは、俗に「師岡メール」(下に画像掲載)といわれるもので、師岡弁護士が、リンチ被害者М君の友人・金展克氏に充てたもので、本事件を解く上でのA級資料の一つです。師岡弁護士の著書『ヘイト・スピーチとは何か』(岩波新書)は、いわゆる「ヘイトスピーチ解消法」成立の論拠とされていますが、よく読めば危険極まりないものです。

また、師岡は、私たちの取材に、電話には出ましたがすぐに逃亡、いろいろな案件の記者会見にはよく登場しますが、このリンチ事件の取材からは一切逃亡しています。詳しくは『暴力・暴言型社会運動の終焉──検証 カウンター大学院生リンチ事件』中の黒薮、松岡の記事を参照してください。

なお、この事件は、師岡ら加害者側の周囲の人物らによって1年余り隠蔽されましたが、ようやく私たちに相談があり、「これは酷い!」とすぐに被害者支援、真相究明に起ち上がり、6冊の出版物、2冊の関連書籍などにして世に問うた次第です。

一定の成果(リンチがあったことが多くの証拠で明らかになり裁判所も認定した等々)はありつつも、多勢に無勢で私たちの非力により被害者М君の納得のいく形での決着には及びませんでした。

さらに追記ですが、浅野さんが講演で招き選挙で応援演説までした金正則なる人物は加害者側を応援しています。

リンチ被害者М君の心情に寄り添い、地を這う取材を元に編纂、出版したリンチ関連本。【第一弾】鹿砦社特別取材班編著『ヘイトと暴力の連鎖 反原連‐SEALDs-しばき隊-カウンター』/【第二弾】同『反差別と暴力の正体 暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』/【第三弾】同『人権と暴力の深層 カウンター内大学院生リンチ事件真相究明、偽善者との闘い』/【第四弾】同『カウンターと暴力の病理 反差別、人権、そして大学院生リンチ事件』/【第五弾】同『暴力・暴言型社会運動の終焉 検証 カウンター大学院生リンチ事件』/【第六弾】同『真実の暴力の隠蔽 カウンター大学院生リンチ事件の闇を解明する!』

《しばき隊リンチ事件》関連記事
https://www.rokusaisha.com/wp/?cat=62

山上徹也公判記録本をめぐる紛争について、あらためて思う──

浅野健一さんは、あけび書房本著者・辻井彩子さんに対するネットリンチ攻撃を即刻やめてください!
今後の出版界に悪弊となる危険性がある「出版禁止仮処分申請」を即取り下げてください!
当事者双方は、お互いに「盗用」を言い合い罵り合うのではなく、証拠を提示し読者にわかりやすく説明してください!

鹿砦社代表 松岡利康

このかんの山上徹也公判記録本をめぐっては、浅野健一/三一書房vsあけび書房/辻井彩子間の諍いが、沈静化するどころか激しくなってきています。

あけび/辻井側が具体的な「盗用」箇所を指摘し、一件落着するかと思ったところ、これまで傍観者的立場を取っていた三一書房があけび書房に「申入」書を弁護士名で送り(5月19日)、あけびvs三一間での非難の応酬が勃発、これまで声高にあけび/辻井側を非難していた浅野さんも相変わらず吠えておられ、泥沼に入りつつあるかのような感がします。

◆辻井彩子さんが孤立しないように支えよう!

あけび本の著者・辻井さんはひとり、その都度コメントをされていますが、日々の生業もあってか、他の方々とは違う位相に在るようです。

しかし、出版の「素人」(浅野言)である辻井さんは、まさか地元で起きた事件について、みずからの宗教三世としての体験と山上さんの心情を重ね合わせ書き連ねた「私記」が、これほどまでに大きな騒ぎとなり、あろうことか、みずからも「出版禁止仮処分」の「債務者」として提訴されたり、さらに本訴を提起されようとは、思ってもいなかったでしょう。本訴となれば、2年、3年の月日を費やさざるをえませんが、おそらく娘さんと必死に日々の生活を生きる市井の一私人として不安と恐怖の日々を送っておられるものと察します。

加えて、浅野さんからネットリンチともいえる激しい攻撃を受け精神的にも厳しい情況のようです。同情を禁じえません。本件紛争の内容は別として、私は辻井さんを応援します。このまま、善意で山上さんの事件への想いを綴ったにすぎない一私人を孤立させてはなりません。私は、2つの本をめぐって、どちらが「盗用」したしないの問題以上に、辻井さんの精神状態が気がかりです。みなで辻井さんを支えましょう!

◆大学院生リンチ事件との共通点

私(たち)は、10年前、俗に「しばき隊リンチ事件」といわれる、大学院生リンチ事件について、今回のように偶然に、激しいリンチを受けた被害者の大学院生(当時、某国立大学大学院博士課程在学)が、どこに行っても相手にされず、人を介し私の元に尋ねて来て、最小限の資料を呈示し事件の内容を説明し支援を要請されました。私は彼の言を信じ、気軽に支援を引き受けましたが、それが今に至るまで続いています(1件が最高裁の判断待ち)。私の元に来るまで彼は、多くの人たちや、メディア、弁護士などにアプローチしましたが、まったく相手にされず、絶望的に途方に暮れていました。私は、彼の言葉に嘘はないと信じ(嘘があったら即撤退)、支援を約束し、真相究明の調査・取材を開始しました。損害賠償請求の訴訟も手伝い、「鹿砦社、つぶれたらいいな」とか「ヘイト出版社」とかバッシングされたり返り血も浴びました。しかし、後悔はありません。そのまま被害者を放置していたら、絶望して自死をも懸念され、一人の大学院生を救っただけでもよかったと思ってきました。

ちなみに、浅野さんは、その時に加害者側に付いた金正則という男をみずからの講座に講師として招き、さらには金正則が選挙に出るや、応援演説を買って出ています。呆れます。

この事件は、日頃「暴力反対」とか言っていた人たちが、現実に集団リンチという暴力に接するや、いかに対処するかという問題を突き付けました。何かを怖れ、多くの人たちが、逃げたり口をつぐんだりしましたが、山口正紀さん(元読売記者。かつての浅野さんの仲間。浅野さんが文春のセクハラ報道にショックを受けた際には、浅野さんの部屋に数日泊まり込んで叱咤激励され、浅野さんとの共著も数冊あります。温厚な中にも、内にひと方ならぬ正義感を持っておられる方でしたが、のちに浅野さんと決別され、今でも時折浅野さんは山口さんを非難されています。くだんのリンチ関係の裁判で山口さんは、裁判所に長文の意見書を提出され、末期がんを押して死の直前まで準備書面の添削を手伝ってくださいました)、黒薮哲哉さん、森奈津子さん(作家)、北村肇さん(故人。元『週刊金曜日』発行人)らが、被害者や私たちの声に耳を傾け応援してくださいました。今でも山口さんや北村さんがご存命であれば……と思うことがあります。

弱い者(ここでは辻井さん)いじめに対しては、言い分がどうあれ、弱い者の側に付くのが私の信条です。先の大学院生リンチ事件と同じく──。

◆浅野さんの唯我独尊の態度に多くの方が離れました

私たちの出版社・鹿砦社が21年間発行している月刊『紙の爆弾』に、みずからの唯我独尊的な態度で、ほとんどのメディアからパージされた浅野さんにも、昨年4月までは寄稿のページを割いてきました。昨年4月、ある記事で強い抗議があり、浅野さんが真正面から対応しなかったことを機に、浅野さんの寄稿はご遠慮いただいています。これを浅野さんは、このかんの彼のFBで「雑誌の私物化」などと仰っていますが、なにをかいわんやです。

これに至るまでに、多くの方(名前を出せば浅野さんがショックを受ける方々)から「いいかげん浅野を切り、若手を起用したほうがいい」といったお声がありました。私は、山口さんとの一件がありつつも、編集長の中川が浅野さんの寄稿を続けることには異議を唱えませんでしたが、昨年の事件で、多くの方々のお声に従うことにしました。これらの方々は、かつては浅野さんと懇意で共著がある方もおられます。今回のことについても、みなさん私を支持してくださっています。

上記の大学院生リンチ事件では、多くのメディア人、知識人らに厳しい質問書を送り、リンチをどう考えるのかと問い詰めたことで、少なからずの方と疎遠にもなりましたが、私は間違ってはいないと確信しています。

10年間のサラリーマン生活を辞め、人よりも遅れて出版の世界に入った私の出版人生も、山あり谷ありで、そろそろフェイドアウトしようかと思ってもいたところ、旧知の浅野さんが出版差し止め仮処分を申し立てるというので「諫め」の文を書きましたが、ここまで深入りするとは思ってもいませんでした。

この間に、浅野さんは私、および浅野さんに異議を唱える方々に対し激しい非難中傷を行ってきていることはご存知の通りです。非難される方々、特に辻井さんらの人権への配慮など浅野さんにはあるのでしょうか?

◆トラブルの元は何か?

この件でトラブルの元になっているのは何でしょうか? それは、黒薮さんも指摘しておられますが、雑な原稿や資料をゴーストライターや編集者に渡せば、なんとか本にしてくれるだろうといった浅野さんの安直な考えと態度ではないでしょうか。

私も、バカはバカなりに40年余り出版人としてやって来て、いろいろな方の原稿や校正紙を見てきましたが、やはりしっかりした方の原稿や校正紙もしっかりしているな、ということを常々感じてきました。

一例を挙げれば、反原発情報誌『季節』昨年夏・秋合併号で、私たちの世代のカリスマ・山本義隆さんの講演録を掲載させていただきましたが、その校正紙に編集長は「まさに芸術品、家宝にします」と言っていました。

畢竟、浅野さんが、他人任せにせず、ご自分でしっかり記述し、しっかりした完全原稿を入れておけば、こういう問題は起きなかったのではないかと思います。

いずれにしろ、偶然ながら乗りかかった舟、これもなにかの縁、本件の推移を見続けていきたいと思っています。また、子連れで頑張る辻井さんが孤立しないように微力ながら勝手連的に応援していきたいと考えていますので、読者の皆様、よろしくお願いいたします!

(5月23日記)

山上徹也公判記録書籍問題 https://www.rokusaisha.com/wp/?cat=137

資料で見る「カウンター大学院生リンチ事件(別称『しばき隊リンチ事件』)」〈3〉村八分、セカンド・リンチ、支援者への恫喝・誹謗中傷

鹿砦社代表 松岡利康

この大学院生リンチ事件の推移を見てくると、いろいろなことが感じられます。社会運動とか反差別運動といわれる運動の内部における暴力の問題は、かつて内ゲバとか内部粛清で多数の死者をも出し、運動は解体状態に陥り、私たちは痛苦な反省をしたはずでした。よって、運動内部の暴力は、ほとんどなくなっていたと思い込んでいましたが、とんだ思い違いでした。このリンチ事件を知った時、水面下では「まだこんなことをやっているのか」と時代が逆戻りしたと思いました。

これに対して、「反差別」や「人権」など耳障りのいい言葉を遣い、マスコミも持て囃し、その裏ではこんな凄惨な集団リンチなどやっているとは……。それも、著名な作家やジャーナリストらは知っていて隠蔽に加担していました。この中には、私たちが講演に呼んだ安田浩一、池田香代子らもいました。

これは「知らなかった」ではすまされないと思いました。すぐに被害者支援、真相究明にあたることにしました。それが、加害者につながる者らが言うように「デマ」だったら、すぐに自己批判、謝罪し撤退するつもりでした。

しかし、リンチは事実でした。そして、こぞって被害者M君に対する村八分(排除)とセカンド・リンチを浴びせていました。私たちの元に被害者が駆け込んでくるまで1年余り、彼は心ある少数の支援者と共に激しい攻撃を浴び続け孤立していました。趙博や阿久沢悦子(当時、大阪朝日社会部記者)ら裏切者も現れ、精神的にもかなりきつかったと推認できました。おそらく、僭越ながら私たちが支援‐反撃しなければ、この事件は「十三ベース事件」などという都市伝説として語られるにとどまり世間に明るみに出なかったでしょう。

私たちがこの件に関わり始めてちょうど10年、最後の訴訟(対リンチの主要実行犯エル金こと金良平との訴訟上告審)が最終局面にある現在、この事件を整理─総括する作業の一環として、この連載を始めましたが、振り返れば振り返るほど酷い話です。

この事件に対し、私たちは複数回、多くの「知識人」といわれる作家、メディア人、ジャーナリスト、弁護士らに質問書を送りましたが、それなりに回答してきた者はわずかで、ほとんどが〈見ざる、言わざる、聞かざる〉の態度に終始しました。いつも言っている「暴力反対」とは何ですか? 私たちが地を這うような調査・取材を元に編集・発行した6冊のムック本、さらに一時は私たちと共同歩調を取りながらも義絶した田中宏和の2冊の著書(『SEALsの真実──SEALDsとしばき隊の分析と解剖』『しばき隊の真実──左翼の劣化と暴力化』。両書共絶版)、その都度その都度私たちの意見や主張を申し述べて来た「デジタル鹿砦社通信」などで可能な限り発信してきました。こうしたことによって、それまで闇の中にあったリンチ事件の真実への針の一穴、二穴が開けてきたと認識しています。僭越ながら、このような私たちの言論・出版活動によって、少なくとも我が国の社会運動、反差別運動の最大の汚点となった大学院生リンチ事件が、隠蔽から解き放たれたと考えています。リンチの最中の音声データや直後の被害者の変形した顔写真、この連載でも掲載しているような数々の資料などによって、いまだに「デマ」だと言うしか能がない者らの、人間としての良心を疑わざるを得ません。

私たちが当初から何度も言っているように、事実は事実と認め、きちんと社会的に謝罪し、被害者への最低限の保障をすべきで、そうであれば、将来への糧になると考えてきました。特に在日コリアンの連絡組織「コリアNGOセンター」が絡み、本来ならこれがヘゲモニーを持って責任ある対処をすべきなのに、この体たらく、こうした非常事態に何の役に立たないことが証明されました。

前置きが長くなりましたが、このまで2回の連載で、リンチ発生からの混乱、「謝罪」、活動自粛を経て、被害者を無視しての突然の「活動再開」後、加害者と、これに繋がる者らは、被害者側の支援者の力が弱く、マスメディアも抑え込んだ自信からか、被害者への村八分(村八分は差別です!)、セカンド・リンチ、支援者(鹿砦社含む)への恫喝や誹謗中傷を、四方八方から行います。これを見てM君に同情的だった人たちも沈黙を強いられ、表だって加害者らに心ある忠告も批判も抑え込まれます。

表立って、名を出して異議を申し立てた人は、山口正紀(元読売社会部記者。故人)、黒薮哲哉(ジャーナリスト)、寺澤有(ジャーナリスト)、尾﨑美代子(西成で居酒屋経営の傍ら冤罪問題に取り組む)、森奈津子(作家)、合田夏樹(会社経営者)ら少数でした。特に合田に対する攻撃は激しく、会社経営と障害児を持つという弱みを衝いて会社や自宅への直接的攻撃の的となりました。それも現職の国会議員の車を使ってです。

以下、代表的なものとして挙げておきます。  (敬称略)

◇    ◇     ◇     ◇     ◇

【18】「エル金は友達」祭り

【18】「エル金は友達」祭り-1
【18】「エル金は友達」祭り-2
【18】「エル金は友達」祭り-3

まず村八分として挙げられるもので、M君もこれには精神的にかなり参ったと言っていました。開始の音頭を執ったのは、当時「カウンター」「しばき隊」のたむろ場所になっていた「あらい商店」(その後閉店。現ピンナ食堂)の朴敏用です。まさに寄ってたかってМ君を排除し村八分にするという作戦です。ここに名が出ている者らに対しては、今でもこのリンチ事件について問い質していきたいぐらいです。

【19】リンチ被害者M君へのセカンド・リンチ

【19】リンチ被害者M君へのセカンド・リンチ-1
【19】リンチ被害者M君へのセカンド・リンチ-2
【19】リンチ被害者M君へのセカンド・リンチ-3

幾つか挙げておきます。いちいち解説は不要でしょう。
なお、金明秀は関西学院大学教授で、他にも暴力事件を起こしています(和解)。このツイートもあって、M君の彼女は去っていきました。

【20】加害者・李信恵、金良平によるM君に同情的な者や支援者に対する攻撃

【20】加害者・李信恵、金良平によるM君に同情的な者や支援者に対する攻撃

凄いの一言です。これも解説不要。

【21】リンチの場に連座した伊藤大介によるM君支援者・合田夏樹への攻撃

【21】リンチの場に連座した伊藤大介によるM君支援者・合田夏樹への攻撃

これも解説不要でしょうが、重要なのは、現職の国会議員(有田芳生)の車を使って攻撃を行ったということでしょう。リンチ本第2弾『反差別と暴力の正体』に寺澤有が詳しくレポートしていますので、ぜひご一読ください。

【22】同じく伊藤大介による鹿砦社への恫喝、誹謗中傷

【22】同じく伊藤大介による鹿砦社への恫喝、誹謗中傷

私(松岡)が「諸悪の根源」だって! 伊藤はその後、深夜右翼活動家を呼び出し襲撃し、傷害事件を起こし有罪判決が確定しますが、M君リンチ事件と併せ、この男こそ、反差別運動、社会運動にとって「諸悪の根源」でしょう。

【23】呉光現による鹿砦社への誹謗

【23】呉光現による鹿砦社への誹謗

当時、鹿砦社は創業50周年を前にしていましたが、それなりの歴史を持つ出版社に対する許しがたい発言です。「文句あったら言ってこいやあ」なんて言うから、当然、私たちは直接本人を問い質し、しどろもどろし、根性なしの彼はすぐ撤回、おそらく我が身が可愛かったということでしょう。撤回しなければ、次は彼が所属する聖公会に取材に行こうと思ったほどです。

呉光現という人物は、「在日本済州四・三犠牲者遺族会会長」「聖公会生野センター総主事」の肩書を持ち、韓国政府から勲章までもらっています。在日コリアンの中でも、それなりの位置に在る人物です。

また、彼はキリスト教徒ということですが、ならば、人ひとりが傷つき苦しんでいるわけですから、もっと人間らしい対応ができなかったのでしょうか。

【24】lenyこと鈴木伸哉による日々膨大な誹謗中傷

【24】lenyこと鈴木伸哉による日々膨大な誹謗中傷-1
【24】lenyこと鈴木伸哉による日々膨大な誹謗中傷-2
【24】lenyこと鈴木伸哉による日々膨大な誹謗中傷-3

鈴木は、ビアンコジャパン(本社・京都)という優良企業に所属し役員でもありましたが、加害者らと昵懇の関係ということからか、被害者や支援者らに口汚い誹謗中傷を浴びせています。ここではリンチ本第5弾『真実と暴力の隠蔽』に掲載されたものを転載させていただきます。

あまりにも取材対象者が膨大だったこともあって、鈴木への取材が後回しになっていましたが、ようやく2022年になって取材の機会を得ました。これは「デジタル鹿砦社通信」2022年6月7日号、6月9日号、6月14日号をご参照ください。

鈴木によれば鹿砦社は「極左崩れの企業ゴロ」「反社出版社」ということらしいですが、現代社会において、はっきりした証拠もなしに「反社」を規定するのは明確な名誉毀損です。「反社」という言葉の持つ意味を考えろ!

今鈴木は、あれだけ頻繁に行っていたSNSでの発信がここ1年以上休止し、またビアンコジャパンの役員欄からも名が消えました。同社のHPを見ると立派な会社です。彼は、誰憚ることなく堂々と日々名誉毀損、人格破壊のSNSを発信していましたので、経営陣からすれば、会社が立派であればあるほど、目障りだったはずです。おそらく解任されたのではないでしょうか。どなたか鈴木の消息をご存知の方はお知らせください。

◇    ◇     ◇     ◇     ◇

今回挙げた資料(村八分、セカンド・リンチ、恫喝・誹謗中傷)は、ほんの一部ですが、採り上げた人物の言動は、どこか倒錯していると思います。人としていかがでしょうか? みなさんはどう思われますか? 本来なら、人間的に優れた人物がヘゲモニーを持って事態の収拾、解決にあたるべきところ、そうした人物がいなかったことは悲劇でした。

この意味で、特にコリアNGOセンターの当時の事務局長・金光敏や、「李信恵さんの裁判を支援する会」事務局長の岸政彦(当時龍谷大学教授。その後、立命館大学教授を経て現京都大学教授。岸は、加害者・李信恵、金良平、凡に対するコリアNGOセンターの事情聴取に立ち会っているが、私たちの直撃取材後同会事務局長を辞し、うまく立ち振る舞い現在の地位を獲得、一方のМ君はいまだPTSDに苦しみ研究活動を再開できずにいることに反省はないのか!?)、野間易通(しばき隊ボス)、中沢けい(作家)、辛淑玉(コンサルタント)、上瀧浩子(弁護士)、師岡康子(同)らの責任は極めて重いと言わざるをえません。彼らが、事件の隠蔽や被害者、支援者らに対するセカンド・リンチ、恫喝、誹謗中傷を行ったエネルギーを、人間の心を持って被害者を慮り、事件の本質的解決に向けておれば、もっと良い方向に進んだのではないかと思いますし、彼らの社会的評価も格段にアップしたでしょう。事件直後の対応に、どこかで“ボタンの掛け違え”があったのではないですか? その“ボタンの掛け違え”によって、在日コリアンに対する見方が悪化したのではないですか? 

思うに、人間、ここぞという時に、どういう態度をとるのかに、その人の人間性が現れます。このリンチ事件では、普段立派なことを口にする者が、集団リンチという場面に直面し、これを知っておきながら、日和見的な態度をとり逃げたり沈黙に終始したりしました。呆れ果てます。M君の無念を顧みると満腔の怒りを禁じえません。

今回、資料を整理していく過程で、ますます怒りが込み上げてきましたので、今回はこれでひとまずお終いにいたします。(了)

リンチ被害者М君の心情に寄り添い、地を這う取材を元に編纂、出版したリンチ関連本。【第一弾】鹿砦社特別取材班編著『ヘイトと暴力の連鎖 反原連‐SEALDs-しばき隊-カウンター』/【第二弾】同『反差別と暴力の正体 暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』/【第三弾】同『人権と暴力の深層 カウンター内大学院生リンチ事件真相究明、偽善者との闘い』/【第四弾】同『カウンターと暴力の病理 反差別、人権、そして大学院生リンチ事件』/【第五弾】同『暴力・暴言型社会運動の終焉 検証 カウンター大学院生リンチ事件』/【第六弾】同『真実の暴力の隠蔽 カウンター大学院生リンチ事件の闇を解明する!』

《しばき隊リンチ事件》https://www.rokusaisha.com/wp/?cat=62