◆「もしトラ」と戦後日本の革命

戦後日本の革命、それは私式に言えば「米国についていけば何とかなる」としてきた戦後日本の生存方式を一新する革命、あるいはアイデンティティ確立のための革命だ。

今回のテーマ“「もしトラ」に右往左往しない日本に”は、「もしトランプが大統領になったら」で右往左往するわが国の政界、言論界を目の当たりにして、そろそろ「米国についていけば……」からの方向転換、むしろ「もしトラ」を国の運命の自己決定権を自分の手にする好機にすべきではないのか、このことをピョンヤンから訴えるものだ。

◆「私のかわりに決める権利は、あなたにないわ」

 

『他人の血』(新潮文庫)表紙、ジョディ・フォースター主演で映画化の写真入り

この小題目の言葉、それは小説『他人の血』、最後のシーンで発せられる女主人公の言葉だ。この小説の著者であるフランスの実存主義女流作家ボーヴォワールの基本思想、「運命に対する自己決定権」を主人公に語らせたセリフである。

このような言葉は一朝一夕には出てくるものじゃない。この小説でも人生の窮地を脱し人生のクライマックスに立ってようやく主人公自身が極めた境地だ。

主人公エレーヌはパリに住むごく平凡な駄菓子屋の娘、彼女は大ブルジョアの息子という出自に悩む労働運動指導者、ジャンに恋してしまう。「自分は組織の歯車でいい」という労働者共産党員の恋人に飽き足らない彼女は悩める指導的活動家ジャンになぜか心をひかれる。でもジャンの社会運動にはまったく興味を示さず、自分の恋心に応じようとしないジャンの関心をひくことだけで頭はいっぱい。そんな女の子だった。

他方、ジャンは大ブルジョアの跡継ぎ息子だが共産党に入党、しかし党に引き入れた親友の弟をある闘争で死に追いやった自責の念から社会民主主義者に転向するといった複雑な政治経緯の人物だ。政治や社会運動に何の関心も示さないエレーヌに当惑しながらもやがてジャンも彼女と恋に落ちる。

しかしエレーヌのある行動が二人の恋を決裂させる。

時は第二次世界大戦を前にしたナチス台頭の時期、オーストリアの闘士が反ナチの連帯闘争をフランスの社会民主主義者に求めたが、ジャンはこれを「フランスをナチスとの戦争に追いやるようなことはできない」と拒絶した。しかしこの自分の態度がナチスのオーストリア併合を許すことになり、ついにはナチス・ドイツ軍のフランス侵略という結果を招いた。

そんな自責の念からジャンは対独戦争のフランス軍最前線に志願する。これに驚いたエレーヌが恋人を死地から救う一念で八方手を尽くし、前線から後方の安全地帯に戻れるようにする。しかし彼女のこの振る舞いはジャンの強烈な怒りを買い、二人の愛は破局を迎える。

恋を失いパリまでナチスのものになって、ついに「自分もなくなった」失意のエレーヌは職場の洋裁店の関係で親しくなった占領者であるドイツ人からベルリンに行くことを誘われている。

しかしある事件がそんな彼女を覚醒させる。

幼なじみのユダヤ人娘がナチスのユダヤ人狩りの危険に直面した時、親友を捨て置けないエレーヌは恋人だったジャンの反ナチ・レジスタンス組織を通じて親友の逃亡を助ける。この事件を契機にエレーヌは自分を取り戻す。ついには「あなたと一緒に仕事をしたい」とジャンに申し出る。彼女は危険な任務を引き受け致命傷を負う、そしていまは死の床にある。

「君がこんなになったのは僕のせいだ」と彼女を恋に苦しませ、いままた危険な任務を指示した自分を責めるジャンに対し、死を前にしたエレーヌが毅然(きぜん)として自分自身を主張する言葉、それがこの小題目に引用したセリフだ。

「私のかわりに決める権利は、あなたにないわ」

運命に対する自己決定権とは? を考えさせる名セリフだと思う。

彼女は自らの殻を破った ── 「何ものかのために、誰かのために存在する」エレーヌ、「危険な任務遂行を決めたのは、他の誰でもない、私自身」!

人間の運命同様、国の運命も決定権は誰のものでもない、自分自身にある。

長々と小説の粗筋を紹介したのは、小説の主人公のように一人の人間が自分を取り戻し、自らの運命の自己決定権を獲得するには一定の曲折を経るものだということ、しかしいつかは手にするものだということ、これは国だって同じではないかということを言いたかったからだ。

私の場合も「ロックと革命 in 京都」に書いたように「17歳の革命」に踏みだした頃、「特別な同志」OKから「これ読んでみない?」と言われてこの本を借りたが、当時はこの言葉にたどり着くどころかこの小説自体まったく理解不能のものだった。あれから半世紀もの時間が流れ、還暦を過ぎて『他人の血』を再読して初めてこの言葉の存在を知り、その深い意味に気づかされた。この言葉を理解するには一定の人生体験が必要だったのだろう。

いま「もしトラ」に右往左往する日本、それは戦後日本の「米国についていけば何とかなる」生存方式の長い歴史の結果だが、いまのそれはやはり惨めで見苦しいものだ。これからもそんな生き方を続けていくのか? 

「米国の栄華」を追いかけ日本の繁栄を夢見てきた戦後日本だが、いま「米中心の国際秩序の破綻」を前にして政治も経済も軍事も混乱を極めている。「もしトラ」のいま、そろそろわれわれ日本人は「自分を取り戻す」時に来ているのではないか、このことを考えてみたい。

◆プランB ── 欧州の「もしトラ」策

「もしトラ」でいまウクライナ戦争渦中にある欧州も慌てているが、すでに策は立てている。

いまのバイデン政権時でさえ共和党の反対でウクライナ軍事支援予算が通らず、米国からの兵器供与が滞る事態になっている。このうえ「ウクライナ支援はやめるべきだ」とするトランプが大統領になれば欧州は「米国抜き」を考えておかねばならない。

 

TBS番組「1930」。2024年3月8日放映の「米国抜きの欧州案“プランB”」

そこで出された策が「プランB」だ。

プランBとは“米国の援助抜きでウクライナの敗北を防ぐ”という案だ。

その基本内容は、“①今年のウクライナは欧州からの支援で戦略守勢にまわる②来年の春頃の攻勢に直結するための準備をする”というものだ。

「来年の春攻勢に(兵器を)準備」に成算があるのか大いに疑問だが、大義名分は「ウクライナの敗北を防ぐ」。要は「敗勢のままロシアに勝たせてはならない」、だからウクライナに何とか持ちこたえさせるため取りあえず「欧州からの兵器援助」という泥縄式消極策、それが欧州の「もしトラ」策、「プランB」であろう。

更には欧州全体に拡大する「ウクライナ支援疲れ」で欧州の足並みが乱れる中、英仏独が個別にウクライナと2国間の安全保障協定を結んだ。これはウクライナに「英仏独3大国の保障」を見せることで「ウクライナの敗北を防ぐ」しかない欧州の窮状を表すものだ。

ウクライナの敗勢に慌てる欧州を表すものとして、「冷戦後最大規模のNATO軍事演習」がある。これはNATO加盟32ヶ国(フィンランド、スウェーデン加入で2ヶ国増)の9万人規模で2月から5月まで各地で行われるというものだが、かつての東西冷戦期には毎年、数十万人規模で行われたというからロシアに対して虚勢を張るだけの印象が強い。

結局は、落ち目濃厚の米国の対中ロ新冷戦戦略に欧州は巻き込まれる羽目に陥った。

しかし事態は虚勢を張るだけではすまないものになりそうだ。トランプ政権成立ともなれば、欧州各国のGDP2%以上の防衛予算を組むというNATO取り決めの即時実行を迫られる。この防衛予算増は、ただでさえ国民から「ウクライナ支援より国民にお金を」と迫られている欧州各国の現政権を更に揺るがせ、自国第一政権を産み出す呼び水になることだろう。

「ウクライナ支援疲れ」が「米国の覇権回復同調疲れ」に転化する。欧州の人々も自分と国の運命、自己の運命決定権を考え始めるだろう。

 

産経の2024年元日の年頭社説「“内向き日本”では中国が嗤う」※本画像クリックをすると同記事にリンクします(編集部)

◆「もしトラ」歓迎の産経新聞

「もしトラ」に右往左往する日本の言論界の中で唯一、元気なのが産経新聞だ。

今年2024年の元日、主要新聞各紙の新年社説は混乱の極みだったが、産経新聞だけは元気だった(〈年のはじめに〉「内向き日本」では中国が嗤う 榊原智論説委員長)。それは「もしトラ」対処策をもっていること、むしろ「もしトラ」歓迎の立場にあるからのようだ。

産経社説は“「内向き日本」では中国が嗤(わら)う”と題し、国内政局にとらわれて「対中対決」をおろそかにすることがあってはならないという主張を前面に押し出した。

まず「台湾有事は日本有事」の立場を明確に打ち出した。これは米中新冷戦で対中対決の最前線を日本が積極的に担うという意思表示だ。

そしてトランプ政権誕生を念頭に「米核戦力の(日本への)配備や核共有、核武装の選択肢を喫緊の課題として論じる」必要を強く説いた。その根拠は、もしトランプ大統領になれば、台湾有事には「日本や台湾が前面に立ち防衛」することを求められるからだとした。

そしてこうも強調した。「日本は米中対立に巻き込まれた被害者ではない。米国を巻き込まなければならない立場にある」と。まさにトランプの対日要求を先取りしたもの、アジアの問題である対中軍事対決は日本が主体的に行うべきものだという主張だ。

「欧州やアジアの戦争をなぜ我々(米国)がやらねばならないのか」? 「欧州の戦争は欧州人が、アジアの戦争はアジア人が」 ── これがトランプ路線だ。安倍元首相や産経新聞の立場は、対米従属ではあれ米国とうまくやりながら日本の軍事大国化(軍国主義的「自主」路線)を実現することだから、トランプ路線は大歓迎なのだろう。

産経新聞のような「もしトラ」歓迎の危険性は、「喫緊の課題として論じる」必要を説いた日本の代理“核”戦争国化を自ら「主体的」に担うべきという議論を呼びかけていることだ。

「もしトラ」を前提に、産経社説は「米核戦力の配備や核共有」「核武装」といった選択肢について論議することを呼びかけた。

これらはいま米国が最も日本に要求していることだが、日本の非核国是のため未解決のまま「宿題」として残されている議論だ。それは一言でいって日本列島の地上発射型中距離“核”ミサイル基地化だ。これは米軍の対中拡大抑止戦略の基本、死活的課題だから米国は絶対あきらめない。産経のように日本側が「主体的な課題として論じる」ようになれば、これは米国にとってはありがたいことだろう。

産経が「喫緊の課題として論じる」必要を説くのは以下のことだ。

これについてはデジ鹿通信に何度も書いたので簡単に触れる。

日本列島の地上発射型中距離“核”ミサイル基地化を米軍に代わって担う部隊として「安保3文書」決定で自衛隊スタッドオフ・ミサイル(中距離ミサイル)部隊はすでに新設された。

未解決の課題は、自衛隊ミサイル部隊の核武装化のための「核共有」を実現(当然ながら「核持ち込み容認」)することだ。

この実現のためにNATO並みの「有事における核使用に関する協議体」を設置する。これは昨年、新設された米韓“核”協議グループ(NCG)を発展させ「日米韓“核”協議体」とするか、あるいは二国間の「日米“核”協議体」を創設する。準備は着々と進められている。後は日本の決心次第となっている。

再度強調するが産経のような「もしトラ」歓迎の危険性は、日本の対中・代理“核”戦争国化を米国の強要によってではなく、日本が「主体的に」やるようになることだ。

だから産経のような「もしトラ」歓迎の政権ができるようなことになれば、日本の破滅、「米国と無理心中」にわが国を追いやる結果を招くだろう。これだけは絶対、避けなければならないことだ。

◆「もしトラ」の逆利用 ── 自分を取り戻すチャンスに

産経のような「もしトラ」歓迎は以ての外だが、「もしトラ」逆利用という考え方もあり得る。

トランプの主張は「米国に依存するな、日本が主体的にやれ」だ。トランプの真意は米国の強要を日本が「主体的に」受け入れろだが、彼の言う「主体的に」を文字通りに、名実共に実現するチャンスに変える契機ではある。いわばトランプが「アメリカ・ファースト」を言うなら、日本は「日本第一」で行くという向こうの論理の「逆利用」だ。

第一次トランプ政権時には「米軍駐留費分担金(思いやり予算)を日本が増額しないなら米軍基地を撤収する」と日本を脅かしたが、今度はこれを逆手にとって「ああそうですか、ならお引き取りいただいてけっこうです」と言えばいいのだ。

もちろん在日米軍基地撤収や日米安保解消などトランプの一存でできることではなく、またトランプも日本への「同盟義務」押しつけのための恐喝以上の意味で発言しないはずだから、「どうぞお引き取り下さい」という日米安保同盟を否定するような日本側の要求は受け入れないだろう。またわが国には残念ながら米国と正面激突するだけの政治的力はまだない。

だから「もしトラ」の逆利用のためにはいま実現可能な策略、工夫が必要だと思う。

日本国民として最低限、許してはならないのは、米国の企図する「日本の代理“核”戦争国家化」だ。米国自身も非核の日本国民の世論を前にしてこれが「難題」とは認識している。だからごり押しが難しい。したがってこれ一本に絞って米国による「自衛隊の核武装化」だけは拒否の姿勢を貫くことは最低限やらねばならないし、全く不可能なことではないと思う。

そのための「日本の大義」という「武器」がある。それは非核の国是、「非核三原則」の堅持だ。いわば向こうが「アメリカ・ファースト」なら、こちらは「日本の大義」、「国是第一」で行く、このどこが悪いのかという論法だ。

非核の国是を武器に、米国の企図する「日本列島の中距離“核”ミサイル基地化」、そのための「新設の自衛隊スタッドオフ・ミサイル部隊の核武装化」を拒否する。

具体的には産経が議論すべきとした「米核戦力の日本への配備」のための「核持ち込み容認」、そして「日米核共有」を認めないことが基本となるだろう。

その基本環は、いま米国の要求する有事の際の核使用に関する協議体、「日米韓“核”協議体」(日米だけの場合もある)創設の提起に乗らないこと、非核の国民世論を背景に「それは無理です、できません」と拒否姿勢を貫くことだ。

これは可能か? 可能性はあるけれど簡単なことではない。鳩山・民主党政権時の「最低でも沖縄県外に」と辺野古基地移転再検討を口にしただけで鳩山氏は首相の座を追われた。国民世論の後押しがなかったからだ。米国の意向に逆らうのはよほど時の政権に力がなければならない。その力は国民の支持以外にはない。鳩山政権には国民に訴える力がなかったからできなかった。

 

泉房穂さんの対談本『政治はケンカだ』(講談社)

逆に言えば、国民の支持を背景にすればできるということだ。

非核の国是堅持は絶対多数の国民が支持するものだ。時の政権が「非核の国是堅持」を背景に「核持ち込み」及び「日米核共有」の拒否を広く国民に訴えれば、これを国民は支持するだろう。

しかしいまの岸田・自公政権ではこれはできない。「米国についていけば……」の彼らは国民の顔色より米国の顔を見て動く、だから政権交代によってしかできることでないのはハッキリしている。

いま自民党の「政治とカネ」問題で岸田政権は揺れている、次の選挙で政権交代もありうるとも言われている。いまの政界再編劇については米国の影がちらつくが、政界再編、政権交代は国民自身の要求でもある。そしていま「国民をいじめる側」対「国民の味方」の対決として総選挙に勝ち、「救民」内閣を打ち立てると豪語する人物、泉房穂元明石市長という政治家が国民の注目を集めている。「注目」が「広汎な支持」になるか否かはいまは不明だが、少なくとも希望はある。

支持政党なしが60%を占める国民の政治不信を一掃する国民の信頼に足る政治家、政治勢力が出るならば「救民」政権樹立もけっして不可能とは思われない。だから可能性はある。

いま「パックスアメリカーナ(アメリカによる平和)の終わり」を世界が目にしている。米国の覇権力衰退著しいことの表現が「トランプ現象」でもある。「トランプのアメリカ」は「覇権力弱体化のアメリカ」であり、国民の力を背景にし米国を恐れない政治家、政治勢力が出るならば、「米国についていけば……」を卒業し、わが国が運命の自己決定権を手にすることは可能な時に来ていることだけは確かだ。

「もしトラ」の逆利用で米国依存の生存方式から目覚め、自己を取り戻すチャンスに変える時、戦後日本の革命成就も夢ではない時に来ている。ピョンヤンにあってこれが夢でないことを祈りながら「戦後日本の革命 in ピョンヤン」発信を続けたいと思う。

若林盛亮さん

◎ロックと革命 in 京都 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=109

◎ピョンヤンから感じる時代の風 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=105

▼若林盛亮(わかばやし・もりあき)
1947年2月滋賀県生れ、長髪問題契機に進学校ドロップアウト、同志社大入学後「裸のラリーズ」結成を経て東大安田講堂で逮捕、1970年によど号赤軍として渡朝、現在「かりの会」「アジアの内の日本の会」会員。HP「ようこそ、よど号日本人村」で情報発信中。

『抵抗と絶望の狭間 一九七一年から連合赤軍へ』(紙の爆弾 2021年12月号増刊)

『一九七〇年 端境期の時代』

◆はじめに

この通信での私の手記「ロックと革命 in 京都」、鹿砦社代表の松岡さん名付けて「京都青春記」は昨年8月31日で連載を終えた。

「長髪一つで世界は変わる」17歳の革命以降、私の「京都青春記」のテーマは「戦後日本はおかしい」だった。それは「山崎博昭の死-ジュッパチの衝撃」を経て学生運動-「戦後日本の革命」へと進み、そしてよど号赤軍としてピョンヤンへ飛んで今日に至るがこのテーマはいまも変わらない。もちろん若い頃、そんなことを意識していたわけではない、あくまで「いま思えば」の話だが、それだけは確信を持って言える。

あの敗戦で「天皇陛下万歳からアメリカ万歳に変わっただけ」の戦後日本、以来「米国についていけば何とかなる」を自己の生存方式にしてきたわが国、そんな戦後日本からの大転換を図ることは戦後世代である私一個の人生テーマにとどまるものではない。いまや日本人全体のテーマ、「戦後日本の革命」として突きつけられているのではないだろうか。

「ロックと革命in京都」連載を終えるに当たって、私は次のことを「最後に言いたいこと」として訴えた。

“いまは「覇権帝国の米国についていけばなんとかなる時代じゃない」どころか「覇権破綻の米国と無理心中するのか否か」というところまで来ている。

いま日本はどの道を進むべきか?「戦後日本の革命」は現実問題として問われてくる!

自身の運命の自己決定権─自分の運命は自分で決める、自分の頭で考え自分の道を自分の力で開く!

それは戦後日本の曖昧模糊となったアイデンティティの再確立の道でもあると思う。”

こんな結語を書いた以上は、自分はどうするのかを含めた「これから」のことを「ロックと革命 in 京都 1964-70」の続編として、「戦後日本の革命 in ピョンヤン」といったものに書かねばならないと思う。今回はその第一弾。

◆2024年は「大混乱の時代」の始まり

今年2024年の元日、主要新聞各紙の新年社説は、イマイチすっきりしない歯切れの悪さ、一言でいって混乱しているように思えた。

米日政府公報紙的な読売はその筆頭だ。「磁力と発信力を向上させたい-平和、自由、人道で新時代開け」と題してこれまでの普遍的価値観だけでなく「人命を守れ」などの「共通感覚」、人道をキーワードに「人々が一致して困難に立ち向かう」といった「ご説ごもっとも」的な、わかったようでわからない社説。昨年の読売の元日社説が「平和な世界構築へ先頭に立て-防衛、外交、道義の力を高めよう」と題し、抑止力強化、「反撃能力保有」を決めた安保3文書閣議決定直後でもありその主張はかなり明解だったのに比べれば、今年の社説は言語不明瞭もはなはだしい。

リベラル系は朝日の「暴力を許さぬ関心と関与を」、毎日の「人類の危機克服に英知を」という「じゃあどうすりゃいいの」? 抽象的な倫理を説く方針不明のただのお説教。

財界系の日経は「分断回避に対話の努力を続けよう」と対中、対ロ、対朝抑止力保持と同時に「分断回避」の外交的努力を説くという経済界の動揺ぶりを示すかのような社説。

ただ最右翼の産経だけは「『内向き日本』では中国が嗤う」と題し、国内政局にとらわれて「対中対決」をおろそかにするなという比較的明解な主張。トランプ政権誕生を念頭に「米核戦力の配備や核共有、核武装の選択肢を喫緊の課題として論じる」必要を説くなど保守右翼らしい主張をそれなりに展開。

産経を除けば大手主要紙の迷走ぶりは言論界の混乱を示すものだった。

その産経も内心の動揺という点では他のマスコミと変わるところはない。ハマスのイスラエルへの「先制的軍事行動」直後の昨年10月下旬、産経グループのフジテレビ「プライム・ニュース」では「“世界動乱の時代”の幕開けか」というテーマで「これはアメリカを中心とする国際秩序が破綻していることを映すのか」が番組の問いかけだった。案の定、出演者の弁舌は当惑を隠せない歯切れの悪いものだったが、すでにこの頃には「米国についていけば何とかなる」思考方式から抜け出せないマスコミ言論界の混乱が始まっていたのだろう。

 

米調査会社ユーラシアグループによる2024年の世界的リスク予測

米調査会社、ユーラシアグループが発表した2024年の世界10大リスク、そのトップにはなんと「米国の敵は米国」が上げられた。「大統領選で分断と機能不全が深刻化する」がその理由だ。そして3位が「ウクライナ分割」で「今年、事実上、分割される」としている。現在、ロシア軍が支配している東部のロシア人居住地域(すでに二つの地域が独立国家樹立)をウクライナが取り戻すことは事実上、不可能だということ、ウクライナは敗北を受け入れるしかないという悲観論だ。

「米国の危機」が世界のリスクのトップ、これはトランプ大統領が出現すれば世界は大混乱に陥るということを念頭に置いたものだ。バイデンがなったところで米中心の国際秩序破綻は免れえないが、トランプになればそれがもっと加速されるということだろう。それは3位のウクライナは敗北を認めるしかないという判断にも反映されている。また2位に上げられた「瀬戸際に立つ中東」もイスラエルの勝利はありえないということだろう。実際、すでに米国がイスラエルに停戦とパレスティナ国家樹立の受け入れを説得していることにそれは現れている。しかしネタニヤフ政権はそれを拒否、ネタニヤフを説得できないバイデン、ここでも米国の権威失墜が明らかになっている。

主戦場の対中対決に加えてウクライナと中東の戦争という3正面作戦にとうてい米国は耐えられないことを米国自身が認めたことで、「パックスアメリカーナ(アメリカの平和)の時代は終わった」、その現実を世界の誰もが目にした。

これは覇権大国、米国中心の世界観からすれば「世界動乱の時代の幕開け」という想像だに恐ろしい時代としか思えないのだろう。新年の日本の新聞各社の年頭社説の混乱ぶりはその反映と言える。

◆「パックスアメリカーナの終わり」はいいことなのだ

「パックスアメリカーナの終わり」に右往左往する日本の言論界に代表されるわが国の混乱、それは「米国についていけば何とかなる」という戦後日本の生存方式に慣れ親しんできた報いだとも言える。

1960-70年代の「一億総中流」の高度経済成長日本も、‘80年代の「ジャパン・アズ・ナンバーワン」のバブルに浮かれた金満日本も二度とやってはこない。「米国についていけば何とかなる」、そんな戦後日本の「太平の夢」から醒める時が来たのだ。

一言でいって戦後日本は失敗に終わった、この現実を受け入れ直視することが重要だと思う。

人間にしても国にしても誰もが失敗は犯しうる。龍一郎さんではないが、「人生に無駄なものなどなにひとつない」、要は失敗からは教訓を汲み新たな出発の力に換える、これは一個の人間だけでなく国も同様だ。失敗を自覚すれば、そこから教訓を見つけることだ。それが人間や国の自力更生力というものだろう。

だから「パックスアメリカーナの終わり」は戦後日本の幻想から醒める時、「米国についていけば何とかなる」生存方式を改め自分の手で自分の未来を開く「戦後日本の革命」のチャンスにする、そんな積極的、能動的な思考が問われていると思う。

そのためには「パックスアメリカーナ」に身を委ねることになった戦後日本の出発点自体がおかしかったのではないか、このことを考える必要があると思う。

大日本帝国の「天皇陛下万歳」が「アメリカ万歳」に変わっただけ、すなわちその覇権主義が対米従属のそれに変わっただけ、それが戦後日本の実相だ。今日の「パックスアメリカーナの終わり」を前にして混乱するのではなく、戦後日本の出発点自体がおかしかったのではないか、このことから教訓を汲むことが重要だと思う。

ここからは少し理屈っぽくなるが、やはり理知を考えることは重要だと思うから我慢して聞いて頂きたい。

「パックスアメリカーナ」を支えてきたのは「G7=先進国」主導の国際秩序だった。

「G7=先進国」とはかつての帝国主義列強諸国だ。

第二次大戦敗戦で反省を迫られた日独伊ファッショ枢軸国だが、ドイツはユダヤ人虐殺など「ナチスの残虐性」だけを反省、日本は「軍国主義者、軍部の暴走」といったファッショ支配の反省を求められたが、自己の植民地支配についての反省は求められなかった。米英仏は反ファッショ民主主義陣営、「正義」の側だから自己の植民地主義の反省の必要すら感じていない。一言でいって「G7=先進国」の誰ひとり植民地支配を反省していない。

これが戦後世界の真実だった。

エリザベス女王の国葬の際、あるアフリカの首脳は「女王からは生前、植民地支配謝罪の言葉は一言もなかった」と不満を述べた。インド政府はチャールズ新国王戴冠式で王妃のかぶる冠の世界最大のダイヤがインドから強奪したものだと英国に抗議した。その抗議を受けその冠は使われなかった。これはほんの一例だが、かつての植民地支配を受けた発展途上国、グローバルサウスと呼ばれる国々共通の考えだ。それはなにも過去への恨みだけではない、いまも続く「G7=先進国」の覇権体質、植民地主義体質への批判なのだ。日韓間の歴史認識問題をめぐる抗争も同様のものだ。

「G7=先進国」のリードする国際秩序、法の支配は現代版植民地支配秩序に過ぎないことを世界は知っている。この現代版植民地主義は先進資本主義国の勤労者にとっても邪悪なものになっていることが明らかになりつつある。

国と民族の自主権より上位に人類益、地球益を置き国境の壁をなくさせたグローバリズム、それは世界の富を1%に集中し99%には格差と貧困を強いた。「国境の壁をなくす」、それは発展途上国では関税障壁撤廃などによる先進国巨大資本の「自由な経済活動」で国の民族産業の自立的発展を阻害するものになった。より安価な労働力を世界に求める巨大資本の自由な海外進出は、先進国の国内産業を空洞化させ労働者から職場を奪い中産階級を没落させた。

だから「G7=先進国」の国際秩序、現代版植民地主義秩序は、グローバルサウスだけでなく先進資本主義諸国の勤労者にも等しく格差と貧困を強いるものであることを世界は知った。その端的表現が米国白人労働者層のトランプ人気であり、昔は金持ちの党だった共和党はトランプ党になって、いまや「貧しい者の党」になったという現象に象徴されるものだろう。

「一億総中流」「昭和の夢よいま一度」などもうありえないというわが国の事情も同じだ。

このような「パックスアメリカーナの終わり」を嘆くのではなく新時代の既成事実と受け入れ、戦後日本の生存方式から抜け出すことを考えることがいま重要なことなのだ。

それはわれわれ日本国民にとって悪いことではない、いいことだと思う。

「ロックと革命in京都」の結語としたこと-いま日本はどの道を進むべきか?「戦後日本の革命」は現実問題として問われてくる! 自身の運命の自己決定権─自分の運命は自分で決める、自分の頭で考え自分の道を自分の力で開く! それは戦後日本の曖昧模糊となったアイデンティティの再確立の道でもある。

このような積極的な思考がいまわれわれ日本人に問われている。

このような観点から今後の「戦後日本の革命inピョンヤン」を書いていこうと思う。

このことを2024年、私の新年の抱負としたい。

◎ロックと革命 in 京都 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=109

◎ピョンヤンから感じる時代の風 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=105

若林盛亮さん

▼若林盛亮(わかばやし・もりあき)
1947年2月滋賀県生れ、長髪問題契機に進学校ドロップアウト、同志社大入学後「裸のラリーズ」結成を経て東大安田講堂で逮捕、1970年によど号赤軍として渡朝、現在「かりの会」「アジアの内の日本の会」会員。HP「ようこそ、よど号日本人村」で情報発信中。

『抵抗と絶望の狭間 一九七一年から連合赤軍へ』(紙の爆弾 2021年12月号増刊)

『一九七〇年 端境期の時代』