ヒジ打ち有り、5回戦制への原点回帰へ、プロモーター武田幸三の挑戦!

モトヤスックが豪快な左フックでWMOインターナショナル王座獲得。

馬渡亮太はヒジ打ちの相打ち、ダブルノックダウンとなる衝撃のKO勝利。

麗也JSKはノックダウン喫する勿体無い失点。盛り返すも3回戦では時間が足りない惜しい引分け。

「肘ありって決めてました!」というポスターまで登場した藤原乃愛の存在感。ミドルキックで豪快なTKO勝利。

睦雅はNJKFチャンピオンに攻める圧力で優って判定勝利。ジャパンキック協会の主要メンバーの一角として大きく前進。

フィニッシュではないが、モトヤスックが左フックでけん制するKOへの布石

◎CHALLENGER.6 / 9月18日(日)後楽園ホール17:30~21:08
主催:Yashioジム / 認定:ジャパンキックボクシング協会(JKA)

◆第9試合 WMOインターナショナル・スーパーウェルター級王座決定戦 5回戦

モトヤスック(=岡本基康/治政館/2001.9.27埼玉県出身/69.7kg)
      vs
ダーンチョン・R・ヨーンムエタイ(タイ/68.7kg)
勝者:モトヤスック / TKO 2R 1:19
主審:ノッパデーソン・チューワタナ
副審:椎名利一、シンカーオ、アラビアン長谷川
立会人:ナタポン・ナクシン

モトヤスックは前・JKAウェルター級チャンピオン
ダーンチョンは元・タイ国ブリラム地区フェザー級チャンピオン

初回の蹴り合いは距離とタイミングを計る探り合い。ダーンチョンもスピードとしなやかさある蹴りを返してくる。

第2ラウンドには距離を詰めて出るモトヤスックがローキックとボディーブロー、顔面狙うパンチを試した後、接近戦で左フックを決めてダーンチョンをブッ倒し、カウント中にレフェリーが試合ストップ。本日のMVP賞を獲得。ダーンチョンは担架で運ばれる完全失神TKOであった。

モトヤスックが距離とタイミングを計って出るローキック

勝利を掴んだ瞬間、応援団の方向へ猛ダッシュするモトヤスック

失神したままというKO後も珍しい。ダーンチョンは担架で退場

ヒジ打ちの相打ちした直後、ダメージ深かったのはガン・エスジムの方

◆第8試合 58kg契約 5回戦

馬渡亮太(治政館 / 2000.1.19 埼玉県出身/58.0kg)vs ガン・エスジム(タイ/57.75kg)
勝者:馬渡亮太 / KO 3R 1:25
主審:少白竜

馬渡亮太はWMOインターナショナル・スーパーバンタム級チャンピオン
ガン・エスジムは元・タイ国ラジャダムナン系フェザー級7位

序盤は馬渡亮太のローキックがやや効いた感じがあったガン・エスジムだったが、第2ラウンドには馬渡が的確な蹴りでやや優勢に立ち、飛びヒザ蹴りでノックダウンを奪った。

ここからガン・エスジムが巻き返しにヒジ打ちで馬渡の額と頭上部をカットし、ドクターチェックを受ける馬渡。

第3ラウンドには接近戦でのヒジ打ちが増えると、両者のヒジ打ちの相打ちでダブルノックダウンとなった壮絶な幕切れ。

馬渡はマットに膝を突く程度の崩れですぐに立ち上がったが、ノックダウンを奪ったという表情も、すぐダブルノックダウンと理解し、ファイティングポーズに構えた。

レフェリーが認め、倒れたままのガンエスジムにカウントを続け、背中から受け身をとれずに倒れるほどダメージあったままテンカウントアウトされ、馬渡のノックアウト勝利となった。

ダウンシーンではないが、飛びヒザ蹴りも二度見せた馬渡亮太

馬渡亮太が勝利を確信も、レフェリーは馬渡にもカウント中

◆第7試合 53.5kg契約3回戦

麗也JSK(=高松麗也/治政館/1995.10.2埼玉県出身/53.5kg)
      vs
平松弥(岡山/岡山県出身/53.5kg)
引分け 0-1
主審:松田利彦
副審:和田28-28. 椎名28-28. 少白竜28-29

麗也JSKは元・ISKAインターコンチネンタル・フライ級チャンピオン
平松弥はジャパンキック・イノベーション・フライ級チャンピオン

第1ラウンド、静かな蹴りの立ち上がりからパンチの距離で平松弥の左ストレートでノックダウンを喫した麗也。軽いヒットですぐ立ち上がるが、大きな失点。徐々に盛り返す麗也は圧力があり、平松に余裕が無くなっていく。第3ラウンドには麗也がパンチ中心に前進を強め、平松も必死に打ち合って凌いで終了、麗也が第2~3ラウンドを奪ったと見られる採点は、一度のノックダウンでも喫すれば勝利を掴むことが難しくなる3回戦制の短さがあった。

麗也が攻勢を続けたパンチの圧力。巻き返すには至らなかった惜しいドロー

藤原乃愛のハイキックが軽やかに高く鋭くガードの上からでもヒット

◆第6試合 女子45.5kg契約3回戦

藤原乃愛(ROCK ON/45.2kg)vs ヌアファー・ソー・ソンタム(タイ/44.9kg)
勝者:藤原乃愛 / TKO 3R 1:10
主審:椎名利一

藤原乃愛は女子(ミネルヴァ)ピン級チャンピオン
ヌアファーは元・タイ国イサーン地区ピン級チャンピオン

しなやかさとスピードある藤原乃愛の蹴りもより強くなった。スアファーもタイ人らしい、しなやかさを持った蹴りで返してくるが、的確差で主導権を奪った藤原乃愛。第2ラウンドにロープ際に追い込んでパンチ連打でスタンディングダウンを奪うと更に前進を強め、第3ラウンドには左ミドルキックでフアファーのボディーにヒットすると、ヌアファーは呻き声を上げて苦しそうに倒れ込み、レフェリーがほぼノーカウントで試合を止める悶絶のTKOとなった。

◆第5試合 61.5kg契約3回戦

NJKFライト級チャンピオン.岩橋伸太郎(エス/ 61.1kg)
      vs
JKAライト級1位.睦雅(ビクトリー/ 61.15kg)
勝者:睦雅 / 判定0-3
主審:少白竜
副審:和田27-30. 松田28-30. 椎名28-30

序盤の両者はローキックからパンチ中心の攻防。ここから睦雅がパンチで主導権を奪い、微差ながら徐々に優っていく。岩橋伸太郎も応戦しアグレッシブな展開を見せるが、睦雅を下がらせるに至らず、睦雅が主導権を維持したまま判定勝利。NJKF同級チャンピオンを圧力で優ったことは今後のタイトル戦にもアピールできたことだろう。

◆第4試合 女子56.0kg契約3回戦

浅井春香(KICK BOX/ 56.0kg)vs 北川柚(京都野口/ 55.5kg)
勝者:浅井春香 / 判定2-0
主審:椎名利一
副審:和田30-28. 松田30-28. 少白竜29-29

浅井春香は女子(ミネルヴァ)スーパーバンタム級チャンピオン
北川柚は同級4位

組み合っての攻防で浅井春香が僅差ながら勝利を導く。

◆第3試合 フェザー級3回戦

JKAフェザー級3位.皆川裕哉(KICK BOX/ 57.0kg)
      vs
JKAバンタム級2位.義由亜JSK(治政館/ 56.8kg)
勝者:義由亜JSK / 判定0-2
主審:松田利彦
副審:和田28-29. 椎名28-29. 少白竜29-29

7月に対戦し引分け、この再戦を制したのは義由亜。前回と似た羅枯れで、やや攻勢を維持した義由亜に第3ラウンド終盤にパンチで猛攻掛けた皆川裕哉、今回は1~2ラウンドの失点が響いた流れで、義由亜が辛うじて勝利を拾う。

◆第2試合 ジャパンキック協会ウェルター級王座決定トーナメント3回戦

2位.ダイチ(誠真/ 66.3kg)vs 山内ユウ(ROCK ON/ 66.2kg)
勝者:ダイチ / 判定3-0
主審:和田良覚
副審:松田30-27. 椎名30-28. 少白竜30-27

来年1月の新春CHALLENGER興行に於いて正哉vs ダイチで王座決定戦。ダイチは「同門でも倒します」と宣言。

◆第1試合 ジャパンキック協会ウェルター級王座決定トーナメント3回戦

3位.正哉(誠真/ 66.0kg)vs 鈴木凱斗(KICK BOX/ 66.5kg)
勝者:正哉 / TKO 2R 1:00 / カウント中のレフェリーストップ
主審:和田良覚

《取材戦記》

モトヤスックはWMOインターナショナル王座獲得より、「ヒジ打ち有り5回戦」へ原点回帰目指す興行の看板を背負った戦いがより大きなインパクトを与えた。
そのモトヤスックは「ヒジ打ち有り、首相撲有りの5ラウンド(制)最強を証明していく」と言い、馬渡亮太は、「ヒジ有りルール、面白くないですか?ヒジ有りじゃないとダメだよ」という二人のマイクアピール。二人とも武田幸三氏と世代は違うが、キックボクシングの神髄思想は同じであろう。この日出場した選手全員が“ヒジ打ち有り”に共感している様子がありました。

前日計量では武田幸三氏が選手の前で、「現状、皆さん御存知のとおり、“ヒジ打ち有り”が圧され気味になっています。ここで、プロモーター含め、代表含め、ジャパンキック協会で大会を盛り上げていこうと必死に頑張っています。選手皆さんの力が最大限発揮される試合の力が頼りになりますので、明日の凄い試合を期待しています。宜しくお願いします!」と熱のこもった御挨拶がありました。

「ヒジ打ち有り、5回戦」は推進派としてよく聞くフレーズだが、今一番熱く訴えるのは武田幸三氏だろう。

武田幸三氏は興行終了後、「モトヤスック、馬渡亮太、麗也の三人とも、自覚をもって、ヒジ有り、首相撲有り、それが最強だと謡ってくれているのは頼もしくて嬉しい。みんな少しずつレベル上がってきているので、自分でハードル上げて行くべきだし、お客様の目も肥えて来るし、自分達の戦いを世界最強という、これが一番なんだという目標があれば、また更に一つ上に挑むことを臨んでくるでしょう。更なる上位を考えれば合格点とは言えないが、今日の興行は盛り上がって良かった。親心としては大満足です。皆、本当に頑張ってくれた。全員MVPです。でも次なる我々としての課題、THE MATCHとかムエタイとか、あの立場に辿り着くにはどうしたらいいか。 THE MATCH=東京ドーム満員。こっちは後楽園ホールも満員にならない。何をすべきかが僕の課題でもある。それが本来のキックボクシングに戻す。それ僕がやりますから!」と簡潔コメントでは終わらない、武田氏の熱い語り口でした。

毎度、選手に檄を飛ばすのも、選手の戦い、プロモーターの戦い、競技としての確立、最高峰への道へ一つ一つの課題克服に繋がる一歩があるからでしょう。

K-1を観て育った世代が30年続いた中で、世間一般には浸透してしまった「ヒジ打ち無し、3回戦」から新しい令和時代に、元祖キックボクシングの戦いを浸透させることが出来るかが、武田幸三氏のCHALLENGEであろう。これ本当に注目で、「今後に期待したい」とは毎度の纏め文句でなく、私(堀田)も心から願うところです。

モトヤスックが本日のMVP賞。親心としてプロモーターとして、顔は怖いが武田幸三氏も大満足

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

◆ムエタイに異変

1941年にタイ国に於いていちばん最初に創設されたボクシング競技場となるラジャダムナンスタジアム。当初は露天の試合場であったこの歴史ある殿堂スタジアムの創設以来、長年に渡り伝統仕来りを貫いてきた過去から大きな変革が発表されました。

昨年9月18日のルンピニースタジアムに続いて、ラジャダムナンスタジアムも女子選手出場を解禁。当初の予定では7月22日興行での女子選手の試合が予定されました。8月5日に延期情報はありましたが解禁は実施。

ルンピニースタジアムとラジャダムナンスタジアムの二大殿堂だけは伝統をしっかり守って欲しかったという意見は多いですが、時代の流れとはブレーキが利かず、過去の歴史を覆してまで行なう改革なのかは疑問ながらも仕方無いことなのでしょう。

ラジャダムナンスタジアム。ここに来るだけで歴史と伝統、権威を感じる外観

◆新企画、ラジャダムナンワールドシリーズ開催

そんな伝統を崩す女子解禁に対し、7月初旬に画期的なラジャダムナンワールドシリーズ(RWS)を開催することを発表したラジャダムナンスタジアムは、女子フライ級に於いてタイ人選手4名、外国人選手4名の計8名でのトーナメント方式での王座決定戦を発表。ここからが女子試合解禁となるスタートでした。

7月9日に祈祷師を招いて、女子解禁へ改革するお祈りをしたといわれる

男子に於いても4階級で開催予定。当初はスーパーウェルター級(ムエタイはプロボクシングと同様のリミット)で開催発表の後、フェザー級、ライト級、ウェルター級で開催発表がありました。いずれも女子トーナメントと同じ8名参加トーナメントになります。準決勝まで3回戦で、ややシステムの変更有る特別ルール。7月22日から10月にかけて行われます。

現在のタイでは日本と同じくテレビ局が急激に増えた多チャンネル化で、コンテンツとしてスポーツ番組が必要とされる中、ムエタイ中継は特に視聴率が良く、暫くはこんな時代が続くと思われます。

このイベントの背景にはテレビ番組制作会社の後押しがあってのこと。伝統のスタジアムとして、世界から挑んでくるような最高峰の威厳をもたらしていければ権威向上と言えるでしょうが、これがワールドチャンピオンシップとして歴史を刻んでいくのか、どんな予選選抜を勝ち抜いてトーナメントに加わって来るのか、メンバー数合わせの都合のいい面子になるのか、一部のスポンサーやテレビ局、プロモーターの策略で一時の盛り上がりでブームが去って廃れるかは暫く様子を見ないと分かりませんが、価値ある争奪戦となるよう期待したいところです。

女子フライ級トーナメント対戦カードの発表

ラジャダムナンワールドシリーズチャンピオンベルトも公開

◆群衆から作り上げられた権威

「もうルンピニースタジアムなど、観衆減少を食い止める対策の一つとしてラウンドガールをリングに上げて、女人禁制もお構いなし。ラジャダムナンスタジアムもディスコさながら、サーチライトぐるぐる回したり、女子のディスクジョッキー起用したり、ずいぶん変わってしまった殿堂スタジアムです」という日本人観戦者の感想。

かつて世界最高峰と言われた二大殿堂は、すでに神聖なるリングでは無くなった様子。スーパースター級の名選手の出現が聞かれないのも久しい現実です。

1970年代から90年代まではムエタイマニアが聞けば納得の名チャンピオン、ランカーが揃っていたものでした。タイトルマッチも頻繁に行われ、二大殿堂を目指して来る、地方で力を付けて来た選手を起用する大物プロモーターの存在、集まって来るギャンブラー等観衆が押し寄せ、これらの群衆が権威を高めて来たと言えるでしょう。現在の低迷はコロナ禍で興行が中止されてきた期間が長かった影響が一番大きいものの、それ以前からタイの経済発展がハングリー精神を無くしてきた時代の流れがあったのも事実でしょう。

TAKUYA(今村卓也)がチャンピオンとして上がったラジャダムナンスタジアムのリング

◆世界最高峰の威厳、RWSに懸けたい将来性

スタジアムが演出で派手になることは致し方ないとして、スーパースター級出現の期待、世界からこの世界最高峰を目指してくる慣習を守ることは、今なら権威を保てるギリギリのライン。ただ、タイ国に於いて歴史ある伝統建設物を保とうという意識は薄く、価値ある建造物を解体して高層タワーマンションを建てることに反対運動も少なく、新しいものに絶賛する人種であることが懸念されるという現地在住の切実なる日本人ビジネスマンの意見。

壊してしまってからいずれ気付くであろう、失ったものは戻ってこない、もう戻せない現実。これまで最高峰と位置付け、称賛されてきた二大殿堂がコツコツと積み上げて来た権威と実績も一瞬で壊すこと可能な脆いものであることも事実。ムエタイだけはそうならないことを祈りたいものです。

コツコツと実績を積み重ねていけるか、ラジャダムナンワールドシリーズはテレビ局、スポンサー主導のイベント中心であることは否めないところ、企画だけ考えれば画期的チャンピオンシップであることは推奨したいものです。

ラジャダムナンスタジアム。激闘の歴史が漂う館内

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

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◆観る側の退屈さ

過去に取り上げたムエタイ技がテーマのヒジ打ちに続く首相撲版となります。

この首相撲はキックボクシングやムエタイでの接近戦で、相手の首を掴み、ヒザ蹴り等に繋げる流れの中で、掴み技としての呼称となっています。

ムエタイ用語で首相撲をムエプラム(MuayPram)と言います。発音は“モエパン”に近く、「組み付く」という意味で、ムエプラムは一般的にレスリングの意味に取られてしまうこともあり、会話の趣旨で判断することになります。

そのムエタイの首相撲をテレビで観たことある人はなかなか退屈な攻防に映ったでしょう。クリンチに見える状態では多少のヒザ蹴り攻防があってもノックアウトには繋がり難く、これが5ラウンド終了まで続けば、観る側にとって早送りしたくなる状態です。

そんな視聴者を飽きさせない展開を造ったのが1990年代前半から始まった3回戦制と首相撲回避のK-1でしょう。

福田海斗がトゥカターペットに首相撲からのヒザ蹴りを浴びせる(2016年7月29日)

◆首相撲の極意

キックボクシング本来は、至近距離からのパンチと蹴りに加え、密着戦ではヒザ蹴りやヒジ打ちが加わる展開で、採点基準を除けば見た目には分かり易い競技です。

しかし、ムエタイでの首相撲は重要なテクニックであることは、この競技に関わる者は周知の事実でしょう。

一般人から退屈と見えるこのクリンチ状態の首相撲の攻防は、ただ抱き合っている訳でも休んでいる訳でもなく、首を掴んで下へ捻じ伏せ、ボディーや顔面にヒザ蹴りを入れる。またはそうさせない為の首の取り合いの地味な攻防が続き、首の取れないガップリ四つ相撲状態でも自分は楽に、相手には苦しい体勢へ体重を掛け合い、ヒザ蹴りの攻防や、隙あらばヒジ打ちを叩き込み、相手を転ばせば優位に立つ。または転ばされないように気を抜かない。簡単に言えばこんな展開が繰り広げられています。

パンチの打ち合いや蹴り合いは実力拮抗した同士では簡単には差が付かないもので、首相撲は立ち技競技の寝技的攻防からヒザ蹴り、ヒジ打ち、体勢を崩させ転ばし等の練習をしっかりやっている選手とやっていない選手とでは、劣勢な側は疲労しスタミナを失い、為す術が無くなってしまうような差が出ます。

また相手の首を掴みに行くより組み合って来る相手の腕を払い、相手に組ませない体勢、距離感を保つテクニックもあります。

[左]90年代の名選手、ナンポン・ノーンキーパフユットの首相撲の練習風景(1990年)/[右]グルーグチャイはヒザ蹴り得意で首相撲練習もみっちり長かった(1992年)

鈴木翔也vs健太の組み合った攻防(2021年9月19日)

◆対応策

ある国内チャンピオン経験者は「タイ選手との首相撲は敵わないので、組み合っても動きが止まればブレイクが掛かるので、レフェリーをチラッと見てブレイクを待ったりしましたね。組まれて対抗するとスタミナ消耗するので、何とか離れてパンチで勝負するしかなくなります」という首相撲逃れの手の内でしょう。

またあるムエタイ修行経験者はトレーナーから「首を掴まれたら頭突きを入れろ!」とか「頭突きを入れてから、相手の身体を押してヒジ打ち!」といった戦略を指導されたりもしたようです。

頭突きそのものは反則ながら、相手に引き込まれることの偶然を装って頭突きを入れる。そこは見極めが難しかったり、攻防の流れの中としてレフェリーが黙認する場合もあるという。グローブの内側にワセリン縫っておいて首相撲に来たら相手の目にグローブ内側押し付けてゴシゴシ嫌がらせする話も聞いたことありますが、あくまでもセコいテクニックの例です。

タイでは「首相撲練習は最低30分はやる」というジムは多いでしょう。実際、試合が近い選手には練習相手数人が入れ代わり立ち代わり組み付いて休ませない展開が見られます。現在、ラジャダムナン系バンタム級ランカーのヨーティン・F・Aグループは首相撲が強いと評判で、ガッチリ掴まえられたら外しようが無く、そのまま終了までキツイ状態が続くと言われます。

ムエタイをよく衛星中継観戦する関係者の意見では、「日本人同士では組み方にあまりレパートリーがなく同じ形一辺倒になりがちです。タイでは首相撲の組み方はとても多彩で、接近戦においても距離が変わり、そこにヒザ蹴りも多様な角度で入ってくるので、日本が追いつけないほど高度ではあることは確かです」と言い、その肥えた目線では、日本人選手の中で首相撲が上手いのは、タイでの活躍多い福田海斗で、首相撲を含めた接近戦からのヒジ打ちヒザ蹴りは見応えがあり、タイのギャンブラーからも評価が高いと言われます。

目をグローブで押さえヒジ打ちといった、えげつない展開もあり(2021年9月19日)

◆理解されない壁

日本では新世代のジュニアキック世代が急成長し、福田海斗をはじめ、吉成名高、奥脇竜哉がムエタイ殿堂王座を制覇するほど強く上手くなった時代ですが、結局は「こんな地味で退屈な首相撲」という観方が払拭されない限り、首相撲の攻防だけで盛り上がることなく、今後も日本での爆発的にムエタイ人気が上がることは考え難いところ、「パンチを打たず蹴らず、くっ付き合っている首相撲とは何が繰り広げられているのか」が少しでも理解されれば幸いなところです。

現在、タイでもイベント系ムエタイが流行りだし、3回戦制で首相撲になってもブレイクも早いようで、首相撲テクニックが重要視されるのは、やはり通常のスタジアムでの5回戦ムエタイで、いずれは原点回帰していくことでしょう。

経験豊富な選手から見れば突っ込みどころ満載の記事ではありますが、首相撲の展開について解説させて頂きました。

一航の首相撲を振り解こうとする馬渡亮太(2021年8月22日)

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

◆スターの証明

元ドラマー・北沢勝の現役時代はラテン系「エルマタドール」(2002年1月27日)

先日、井上尚弥のノニト・ドネア戦で、布袋寅泰氏が生演奏した「バトル・ウィズアウト・オナー・オア・ヒューマニティー」の曲に乗ってリングに入場していました。

リングアナウンサーは知名度抜群のジミー・レノン・ジュニア氏でしたが、さすがにビッグイベントに相応しい面子と楽曲。これだけで痺れたファンも多いでしょう。

通常のプロボクシングやキックボクシングにおいて、メインイベンタークラスでは、

「両選手、リングに入場です。初めに青コーナー側より……○○選手の入場です!」

入場曲が流れ、「これからあの選手が入場するんだ!」とファンをワクワクさせるのはプロとして大切なパフォーマンス。

「3回戦(新人戦)の頃、5回戦(ランカークラス)に上がったらカッコいいガウン着て、カッコいい入場曲にしようと思っていました!」という目標を持った選手も多いもので、スター選手が入場だけで鳥肌が立つような楽曲は、ファンが一生忘れないインパクトを持つものです。

◆昔の楽曲

終戦後、テレビ局が開局してプロレスやプロボクシングが放映開始された時代まで遡れば、各々の入場曲など無い時代で、多くの選手は観衆の拍手や声援に応えながら、または無表情で静かにリングに入場していました。

タイの英雄、カオサイ・ギャラクシーは世界チャンピオン時代にオリジナル曲を与えられた(1993年頃)

まだ演出まで派手さは追求されなかった時代は各テレビ局のスポーツテーマ曲で入場していたシーンが思い出されます。テレビ局初期の主要三大スポーツテーマ曲は、日本テレビスポーツ行進曲とTBSスポーツテーマ「コバルトの空」とフジテレビスポーツテーマ「ライツアウトマーチ」。

ジャイアント馬場さんの場合は「日本テレビスポーツ行進曲」が誰もの脳裏に焼き付くほど定着しているでしょう。

輪島功一さんはフジテレビのスポーツテーマ曲が似合っていました。力強いイメージの曲ながら、輪島さんが世界戦で負けた後の番組エンディングで流れた曲後半の部分は物悲しい響きに感じたものです。

TBSキックボクシングではオープニングで「コバルトの空」を毎週聴いて脳裏に焼き付き、この曲が流れると未だ昭和のキックボクシングを思い出す古いファンも多いでしょう。

◆各々の選択肢

オリジナルテーマ曲の始まりはミル・マスカラスの「スカイハイ」と思いますが、そこからアントニオ猪木がモハメッド・アリから贈られた曲と言われる「アリ・ボンバイエ」を「イノキ・ボンバイエ」に編曲して使用。

そして多くのプロレスラーにオリジナルテーマ曲が浸透していきました(1974年8月、国際プロレスでビリー・グラハムに入場曲を使ったのが日本で最初のテーマ曲というネット情報有り)。

アブドーラ・ザ・ブッチャーはファンも忘れない「吹けよ風、呼べよ嵐」(1988年4月2日)

プロボクシングでは正確な記録は分かりませんが、オリジナルテーマ曲が始まったのは、おそらく具志堅用高さんからでしょう。「征服者」がしっかりファンの脳裏に焼き付く存在感となりました。

同時期、キックボクシングでは富山勝治さんが最初かもしれない存在で、好んで「アラスカ魂」で毎度入場していました。

1976年11月に映画「ロッキー」が公開され、後に多くの選手用に「ロッキーのテーマ」を使われるようになり、1982年(昭和57年)10月には向山鉄也さんが日本プロキック連盟ウェルター級王座獲得した試合での入場は「ロッキー3」でした。

1985年7月に日本ライト級チャンピオン長浜勇(市原)さんが初防衛戦を迎えた試合では「入場の時、ロッキーのテーマが流れて凄く嬉しくて気合いが入った」と語り、入場時までロッキーのテーマが流れるとは知らなかった様子で、この頃はまだ各々が選曲する時代ではありませんでした。

平成期に入った全日本キックボクシング連盟では団体のオリジナル曲が誕生、この頃から団体によってはチャンピオンクラスにはそれぞれ好みで選曲した入場テーマ曲が定着。

代表的テーマ曲は、
立嶋篤史は「ヒーロー」
小野寺力は「カルミナ・ブラーナ」。
石井宏樹は「スペンテ・レ・ステッレ」。
藤原国崇は一世風靡セピアの「前略、道の上より」
伊達秀騎は尾崎豊の「LOVE WAY」
ガルーダ・テツは「軍歌・出征兵士を送る歌」他軍歌諸々。

プロボクシングでは竹原慎二がジョー山中の「熱いバイブレーション」
辰吉丈一郎の「死亡遊戯」
坂本博之の「新世界」
内藤大助はC-C-Bの「ロマンティックが止まらない」

変わりどころ、キューピー金沢は「キューピー3分クッキング」など、より意外性でインパクトを与える演出が増えていきました。私(堀田)の今思い付く選手を連ねましたが、他にも多くの選手の選曲があります。

[左]元・ムエタイ殿堂チャンピオン、石井宏樹は編曲を加えた「スペンテ・レ・ステッレ」(2014年2月11日)/[右]100戦超え、現役の藤原国崇は一世風靡セピアの「前略、道の上より」(2021年9月19日)

日本王座挑戦経験もある今も現役・阿部泰彦は明るいリズムの「ドラゴンクエスト」(2019年8月4日)

◆好みの入場曲と著作権

多くの楽曲を使うことに関わる厄介な問題は著作権でしょう。テレビ局が放送する場合は著作権関係者・団体等と契約されており、私的なYouTube等、SNS動画配信の場合は無音にしたり、他のフリー音源に差し替えて対応しているようです。

ファンは入場シーンからテーマ曲も含めて楽しみたい部分であり、「動画配信であっても楽曲使用料を払って映しましょう!」という意見も、使用料が高額となる場合があると断念せざるを得ない様子です。一般の人が映像制作する場合は気を付けなければならない課題でしょう。

元々日本人は音楽が好きな民族。音楽は「音が楽しい」と書き、楽しくなければ音楽ではない(とは言い切れないが)。

選手のリングに向かう戦いのボルテージを上げ、観衆の緊張感を高めるのが入場テーマ曲。そこから名リングアナウンサーによるコールへ、一つ一つの役割を経て最高潮に達します。

時代の流れで今後、入場テーマ曲はどう変化していくでしょうか。

普段、試合を観ている貴方がメインイベンターだったらどんな楽曲を選んで入場しますか。

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

◆アマチュア四冠

大城宝石(=オオシロ・ジュエル/2007年10月30日沖縄県名護市出身)は地元のエボリューションムエタイジム所属で現在中学3年生。アマチュア戦績は29戦21勝5敗3分。

試合場で昨年引退した元・J-GIRLSチャンピオン紅絹とツーショット

先日の8月7日、ゴールドジムサウス東京アネックスで開催されたRISEクリエーション主催のアマチュアキックボクシング大会「RISE Nova」で、全日本女子47kg級トーナメント優勝と共に、アマチュアRISE女子47kg級王者となりました。

大城宝石はアマチュアRISE王者と言っても、多数居るアマチュア王者の中の一人に過ぎませんが、地元では次世代スターとして、沖縄テレビやNHKに取り上げられるほど存在感があります。

大城は小学5年生からキックボクシングを習い始め、昨年、中学2年生の11月にアマチュアイベント「HATASHIAI」沖縄女子50kg級王者となり、同年12月に全日本U-15女子45kg級王者(一般社団法人アマチュアキックボクシング協議会認定)、今年3月にK-SPIRIT女子45kg級王者(沖縄県キックボクシング連盟認定)のタイトルを含む三冠王として今回、RISE王座に挑みました。

今回の試合記録。

47kg級準々決勝戦 (1ラウンド/3分制) 判定3-0
大城宝石 vs 黒川真里裳(NEXT LEVEL渋谷/東京都)

47kg級準決勝戦 (1ラウンド/3分制) 判定3-0
大城宝石 vs 安禮辰(GYM HAK/北海道)

47kg級決勝戦 (2ラウンド/2分制) 判定3-0
大城宝石 vs 髙橋美結(T-KIX/静岡県)

フライ級で活躍、現役・小林愛三チャンピオンとツーショット

◆障壁を乗り越えて

RISEとは2003年2月より活動を始め、プロでは今やビッグイベントを開催する有名な興行プロモーションで、那須川天心の出身母体でもあります。アマチュア大会に於いては全国各地で年間10大会以上(コロナ禍以前)を主催。予選や選考を勝ち抜いた精鋭によるトーナメント優勝者に全日本タイトル認定しています。

これまで15歳以下の出場年齢制限があった大会などから一転、このRISE Novaトーナメントは中学生以上の参加資格から一般成人選手の参加や、「プロ3戦まで参加可能」の規定があり、年齢的にも実績でも全国の強敵が集まっていたこと。大城宝石にとってこれまで最も慣れ親しんできたムエタイ系と比べルール制限があったこと。今回は最軽量クラスが47kg級で、大城の計量は45.7kgでパスも、対戦相手とのウェイト差など、幾つかの障壁を乗り越えて、ワンデートーナメント3試合を勝ち抜いて沖縄県人初の戴冠となりました。 

今後の試合予定は、11月20日に沖縄県豊見城市で開催される全日本選手権大会への出場が確定し連覇を目指し、その後、12月開催予定のアマチュアシュートボクシング全日本大会、更にアマチュアK-1王座も視野に入れていると言います。

来年3月の中学校卒業後は、高校進学と共にプロキックボクサーとなることを決めており、高校受験も控えた中学生としては厳しい環境にありますが、現在プロのRISEミニフライ級(-49kg)女王は、同じ沖縄のerika(SHINE沖縄)で、大城はいずれこの王座を狙えるかと期待が掛かります。

[左]ワンデートーナメント、次の試合に向け酸素吸入/[中央]試合直前、余裕ありの表情/[右]NHKの取材に備えてチャンピオンベルトを持ってきた大城宝石

ジムでのマススパーリング風景

試合後の緊張感あるファイティングポーズ

◆大島代表の評価

大城宝石は毎日、エボリューションジムに16時30分頃一番早く来て、21時ぐらいまでの一番最後に帰る超練習熱心という。トレーナーが見ていなくてもフィジカルトレーニングなど地味な鍛錬を欠かさない。その甲斐あってRISE Novaトーナメントではスタミナ切れを全く起こすことなく始終ラッシュをかけ続けることが出来たという大島健太代表。

女子の打撃競技はパワーの問題からどうしてもKO率は低いが、大城は一発で倒せる右ストレートとレフェリーストップを呼び込む高速コンビネーション連打の両面を磨き、倒せる女子ファイターとして注目されています。RISE Novaトーナメントは3戦とも判定だったが、それ以前の5試合はノックアウト勝利やノックダウンを奪う展開を残しています。

しかし、大城は極度に緊張するタイプでトーナメント初戦(準々決勝)が終わって、コロナ予防対策で両親も来場出来ない中、母親に電話したら号泣してしまうメンタルの弱さを見せたという。しかしその反面、上昇志向は強く、プロデビュー後を視野にした練習では、高速ミット蹴りは女子にしては観る者を驚かせる迫力があり、大島会長の見立てでは、日本の女子キックボクシング界を背負って立つ素質があると言います。

米軍の海兵隊員とは体格差をもろともせずスパーリングするとか

◆RENAを追い越せ!

前々から触れる話ではありますが、技術向上が注目される選手層がアマチュアとは言え、中学生まで低年齢化するとは時代が変わったものです。大城宝石だけでなく、フットワーク速くバランスいい体幹、今時の中学生レベルのキックボクシングの進化は恐ろしく、これが21世紀の格闘技でしょう。

大城は憧れのスター選手、シュートボクシングやRIZINで活躍するRENAのような強くて華やかなファイターを目指し、「いろいろなチャンピオンベルトを獲って、もっと大きな舞台に立ちたい」と言い、「沖縄から世界へ」の目標を掲げています。

まだ学問とキック中心の人生経験で、中学3年生の大城が来年プロデビューしているか、高校時代ではチャンピオンになっているか、20歳の時点でどんな選手に成長しているか、期待は大きくも、先行き不透明なのが厳しいプロの世界。

「いつの間にか見なくなった」と言われる選手が圧倒的に多い中、大城も幾つもの壁にぶつかったとしても得意の右ストレートと右ミドルキック、高速コンビネーションで乗り越えて、いずれまた多くのメディアを騒がせて欲しいところです。

今回は沖縄エボリューションムエタイジムオーナー・大島健太氏の発信情報中心に纏めさせて頂きました。

NHKインタビューに応える大城宝石

※画像提供9枚全て:エボリューションムエタイジム・大島健太

◎堀田春樹の格闘群雄伝 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=88

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

旧統一教会問題と安倍晋三暗殺 タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2022年9月号

◆時間との闘い

両選手がリングに入場した時点で、「勝ち負けはどちらでもいい、ここまで漕ぎ着けられてよかった」と安堵したことが、私(堀田)はお手伝い程度ながら一度だけありますが、マッチメイカーは大変なお仕事と感じた次第です。

現在、キックボクシングの通常興行では、だいたい10試合前後の試合数があります。ラウンド数短縮の影響で、過去には15試合を超える興行もありました。

当然、看板メインカードはかなり前もって広く告知し集客に繋げられます。しかし注目され難いアンダーカードのマッチメイクにおいては、興行日が迫ってくる中でとても神経を擦り減らす仕事と言えるようです。

NJKF拳之会(2022年5月15日開催)。マッチメイクからの過程がポスターに表れている (4月7日時点の発表)

◆試合が組めない!

20年ほど前、プロボクシング興行の開場前の静かな客席後方で、プロモーター関係者と見られる人物の電話をしている声が聞こえたことがありました。

「○○級の選手でオーソドックスの2戦1勝1敗なんですけど、誰か相手居ませんかね?」といった声。実際はもっと綿密なやり取りで、4回戦の出場選手を探している様子でしたが、「こんな地道な交渉しているんだなあ」といった印象でした。

キックボクシング既存の団体(協会・連盟等)主催でのマッチメイクは、日程が組まれている興行に事務局から各ジム会長に打診し、出場させたい選手をエントリーして貰い、その中から戦績や過去の対戦経験の有無等を見ながら対戦相手を決めていくのでしょう。

K-1出現前の1992年以前までは、選手層が厚いプロボクシングや、キックボクシング昭和のテレビ放映全盛時代と比べ、選手数が圧倒的に少ない時代。更に団体分裂していた上、交流は無く、「自分から攻めないカウンター狙い同士は客受けしないから避けろ!」という上層部の厳しい指令もあっては、一つの団体内だけでは試合が組み難くかったようです。

当時はランカー以上の5回戦と新人3回戦という境界線がはっきりしていた時代。その3回戦のマッチメイクにおいては、通常は同じぐらいの戦績同士で組まれます。デビュー戦同士とか、「1戦1敗vsデビュー戦」はよくあるパターンでしょう。

No Kick No Life 橋本悟vs勝次(2022年5月28日開催)。RIKIX小野寺力会長が導いた橋本悟と勝次の運命

プロボクシングには段階的にC級からA級まで明確に決まっていますが、当時のキックボクシング界は力の差があると分かっていても試合数を埋める為に、無理なマッチメイクもあった様子。同階級に対戦相手が居ない場合も、一階級差がある選手での契約ウェイトで両者の合意を得る場合があり、このウェイト承諾の返事待ちに日数が迫っているのに待たされるのが毎度のこと。昔は携帯電話は無く、固定電話を持たないアパート一人暮らしの選手が、暫くジムに来ないと連絡が全く取れない状態で、後輩のアパートに出向いた先輩が「オイお前、次の試合決まってるぞ、練習来ないと駄目じゃないか!」なんて言われて慌てる選手も居たものです。

当然ながら交渉を直接選手にはしてはならず、ジム会長(兼マネージャー)に交渉し、会長から選手に話が行く手順は当然の流れになります。

何とか予定試合数の契約ウェイトの了承を得た時点で、ようやく計量通知の郵送に漕ぎつけます。これらのことが興行ごとに繰り返されたという当時のスタッフの苦悩でした。

選手から見れば、「試合決まる時って会長から次の興行、○○と決まったから」と聞かされ、希望の対戦相手、ウェイトなどは言う余地も無かったと古い選手は言うも、計量通知を受け取った時点で召集令状のような「いよいよだな!」と一層気合が入るようでした。

第12代NKBウェルター級チャンピオン竹村哲氏は現在興行部長として奮闘中(2015年12月12日竹村氏引退の日)

◆マッチメイカーになりたい

「マッチメイカーに成りたいんですけど、どうすれば成れますか? 〇〇選手の夢のカードを実現させたいんです!」と、現在はこんな無鉄砲な考えを持った奴が居るのかと絶句するような高校生ぐらいの若者も現れるという。

過去において、ネームバリューあるトップ選手同士は何かと対戦が難しい柵の中にあり、夢の対決には実現に至らないカードは多かったでしょう。

「マッチメイクだけが仕事ではなく、どこかで欠員が出たからと募集される仕事でもないし、興行スタッフのお手伝いから始めた方がいいよ」と忠告しても、そう長続きしない者が多いという。

マッチメイカーの仕事は他にもポスター造り、パンフレット造り、チケット手配等は業者へ丸投げの依頼は楽でも経費削減の為、自分達で行なうことが多いようです。

定期興行が充実した頃は、パンフレット刷り上がりが興行前日になるということも頻繁だった様子。全てはマッチメイクがなかなか決まらないところからくる要因で、出場選手の写真、戦績経歴を正確に記載の為、ギリギリになってしまうのも仕方無いところでしょう。

1995年以降、更なる乱立とフリーのジムとプロモーターが徐々に増加する時代に移り、カードマンネリ化の悪循環を避ける為、好カード実現へ交流戦を持ちかけた新たな時代のマッチメイカー。電話で各団体代表にアポイントをとって訪問し、企画説明に向かう緊張感は特攻精神。

「何しに来たんだお前、そんなこと出来ると思ってんのか?」と説教されることもあったという営業活動。交渉に使う切り札、選手を借りたらお返ししなければならない義理、交渉が上手く進まない場合、「このイベントにウチの選手を出そう」と思わせるような良い条件を出さねばならない。賞金トーナメントや好条件のファイトマネー、有力なスポンサーを紹介する手段など、裏技いっぱい持っていないとマッチメイカーは務まらないという。とても高校卒業程度の若者に務まる話ではないでしょう。

◆契約の徹底

プロボクシングではマッチメイカーが選手のマネージャーとの間に試合契約書を交わす工程が生じますが、キックボクシングでは昔から曖昧な部分は多かったでしょう。特に地方興行など、計量オーバーしていても強引に試合を行なったり、当日になって対戦相手変更などはタイでもよくある話が、日本でもマイナー団体では実際に起きたことで、契約書が無ければ「言った、言わない」の揉め事は日常茶飯事だった様子。

現在では団体・興行毎にルールが多様でも、過去の悪しき習慣を知るマッチメイカーは、団体間、フリー関係との交渉では、ジム会長と出場選手のサインが必要となる諸々のルールと条件を記載した契約書を簡易書留で送り、内容承諾すればサインして送り返して貰うという、当然と言えば当然の手順で進めるプロモーションが多くなっています。

タイや欧米から選手を要請する場合も多くの困難が待ち受けます。タイ語や英語が万能で、現地仲介者といった環境も整えておくことも必要です。裏方も若い世代に移った現在、堅実なマッチメイクも業界を底上げの一端として頑張っていかれることでしょう。

(このテーマはマッチメイク経験者数名のお話を纏めています)

マッチメイクから始まった闘いが繰り広げられる静寂なリング(2022年2月19日)

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

旧統一教会問題と安倍晋三暗殺 タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2022年9月号

開幕戦の逆転負けから悪夢の9連敗。前半はとてつもなく厳しい闘いの連続でした。開幕以来、3月=0勝6敗(月間借金6)、4月=9勝14敗1分(月間借金5)、5月=11勝13敗(月間借金2)と負け越し続き。最悪時には16も借金があり日本プロ野球史上最悪勝率を記録してしまった時期がありました。

ただ、3月から5月の負けが込んでいた時期、順位は当然セリーグ最下位でしたが、チーム防御率は2点代中盤で6球団中トップという不思議な記録を残していたんですよね。そして完封負け、1点差負けゲームが目に余るのが特徴でした。つまり簡単にいえば「打てなかった」んですね。投手陣は大崩れすることはなくむしろ好調でした。ですから、得点力がもう少し上がりさえすれば前半戦の間に、借金返済とはいかなくても、なんとか最下位を脱出できるのではないか、と結構少なくない解説者たちも予想していました。

そしてわたしは「そんなもんじゃないでしょう」と確信を持っていました。それは自分の目で確かめた5月22日甲子園での対巨人戦での完封勝利です。

プロ入り初完封を4月にあとアウト1つで逃していた、伊藤将司投手がわたしたちの目の前で完璧かつ全く不安を感じさせない完封を飾りました。佐藤、大山両主軸にもタイムリーが生まれ「いやー最高の観戦でしたね」と気分よく帰路についたのを覚えています。シーズン当初の最悪状態からチームが確実に上昇傾向に転じたのは、顧みると5月22日あの日の対巨人戦完封劇からだったといえるかもしれません。

6月に入ると14勝8敗1分 7月は14勝6敗でオールスター前に勝率を5割に戻し、甲子園で迎えたオールスター明けの首位ヤクルトとの3連戦でも2連勝で、ついに今シーズン初の貯金ができました。阪神タイガース以外を見渡すと、今年は序盤の混戦からヤクルトが抜け出し、早くもマジックが点灯する独走を見せています。気が付けば2位に浮上した阪神タイガースより下、3位以下のチームはすべて勝率が5割以下で現在のところヤクルトの独走が、まだ続いています

セ・リーグ順位表(2022年8月1日現在)

でも、ヤクルトは打線の迫力はあるものの、投手陣に疲れが見え始め一時の勢いからは、だいぶ失速しているように思えます。今年も暑い夏ですが、夏場は投手により大きな負担がかかります。ですからどれだけ先発陣が安定しているか、そして中継ぎの層の厚さ、抑えの疲労蓄積回避が夏場はポイントです。阪神タイガースは高校野球が甲子園で行われている間は、甲子園以外に遠征に出るか、京セラドーム大阪で主催ゲームを行います。昔は「死のロード」と呼ばれましたが、名古屋と東京ではドーム球場(エアコン入り)でゲームできるのですから、夏場の一番暑い時期に甲子園を高校生に譲るのは、まんざらマイナスでもないと考えられます。

「阪神タイガースはどうなっているのか」をテーマにに選んだのは正解でした。だって、史上最悪のスタートを切って最下位確定間違いなしと思われ、試合後のインタビューで久々に勝った矢野監督が泣く姿を見せるほどボロボロだった。あの姿からわずか2か月でまさか借金を返済して2位まで上昇するとは、まあ、ファン心理としては「そうあってほしい」と思うことはあっても、現実を信じた人は少数だったと思います。

でも、先ほど触れましたが投手陣の安定が崩れないんですよね。昨年最多勝の青柳はもう11勝(1敗)していますし、前半調子に波があった西勇も抜群の安定感を取り戻しました。2年目の伊藤もすでに7勝を挙げ、復活した才木も無敗で2勝。先発の層が厚いし、若手を中心にした中継ぎも崩れません。抑えに定着した岩崎はすでにセーブを22上げています。

そして、攻撃の活性化は誰の目にも明らかでしょう。ホームランを量産しだした大山、大山に本数は及ばないものの佐藤の存在感は2年目の選手とは思えません。そして見逃せないのは「走れる」選手の活躍が増えてきたことでしょう。中野、近本は昨年から盗塁では実績がありましたが、代走出場が多かった島田のバッティングが好調で2番に定着したことで1番から3番まで、隙あらばヒットが出なくとも盗塁を狙える選手が揃いました。代走には熊谷がいます。7月31日(午前現在)チーム盗塁数は73でセリーグではヤクルトの56を引き離し断然トップです。

さて、このように見てくると阪神が勝てなかった序盤戦から2位に上昇した7月まで、まさにドラマチックな展開だったといえることでしょう。しかし、わたしはまだ波乱はあるのではないかと予想します。これまでは「地獄から奇跡の生還」のドラマを目にしてきたわけですが、開幕戦の不思議な大逆転負けを思い出すにつけ、「いいことばかりが続く保証はない」という教訓を、ファン心理も学んだのではないでしょうか。ことしに限っては「コロナ第7波」の影響が後半戦には出てくるでしょう。現在多数の感染者を出している巨人は対戦をストップしています。試合出来るメンバーを組めないというのが理由だそうですか、振替試合は9月以降に回されるでしょう。ほとんどのチームで「コロナ7波」の感染者が出る中、主力選手が長期間離脱を余儀なくされる状況が生じると、先が読めなくなりますね。

ですからわたしは心の中では「こうなるんじゃないか」との予想を持っていますが、それをお伝えすることは遠慮しておきます。いや、逃げじゃないですよ。本当に「何が起こるかわからない」ことを今年のセリーグは教えてくれているように思えますので、ならば次にはどんなドラマが生まれるのか。ワクワクしながら見守りたいと思ってるんです。だって今日の最高気温35度ですよ。もうこれ以上頭に血を回したら自分でもどうなるか、自信がありませんから。

◎阪神タイガースはどうなってるの? http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=102

▼伊藤太郎(いとう・たろう)
仮名のような名前ながら本名とのウワサ。何事も一流になれないものの、なにをやらしても合格点には達する恵まれた場当たり人生もまもなく50年。言語能力に長けており、数か国語と各地の方言を駆使する。趣味は昼寝。

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勝次が3ノックダウンで1ラウンド早々のノックアウト負け。最近にしてはあっけなく終わってしまった。

重森陽太もいつものパワー感じないノックダウン喫する敗戦、他団体のチャンピオンに敗れる。

リカルド・ブラボと高橋亨汰は安定感見せる圧勝。

瀬川琉は他団体チャンピオンのベテラン前田浩喜にノックダウン奪って判定勝利する成長を見せる。

5戦目の木下竜輔も判定ながら右ストレートのインパクトで快勝。

◎MAGNUM 56 / 7月24日(日)後楽園ホール17:45~20:10
主催:伊原プロモーション / 認定:新日本キックボクシング協会

◆第10試合 63.5kg契約3回戦

WKBA世界スーパーライト級チャンピオン.勝次(藤本/63.45kg)
       vs
NJKFライト級1位.羅向(ZERO/ 63.2kg)
勝者:羅向 / KO 1R 2:44
主審:少白竜

開始早々は勝次が右ストレートで突っ掛けるも、その後、間を置いてサウスポーの羅向がパンチ連打で突っ掛ける反撃。対抗してしまった勝次は連打を貰ってノックダウンを喫してしまう。羅向は勢い付き、更に連打を浴びた勝次は2度目のノックダウンで、今度は足に来るダメージ。このラウンド乗り切れればという願い虚しく、ロープに詰まった際の連打を浴びて3度目のノックダウンを喫した勝次。羅向は歓喜の雄叫び。連打ながら決定打はいずれも左ストレートだった。正面に立ち過ぎ、またも悪いパターンとなった勝次。控室に帰っても無念さは晴れなかった。

羅向に打ち抜かれた勝次

三度倒されるあっけない幕切れ、勝次は打ち合いに散る

◆第9試合 62.5kg契約3回戦

WKBA世界ライト級チャンピオン.重森陽太(伊原稲城/62.25kg)
      vs
NJKFスーパーライト級暫定チャンピオン.真吾YAMATO(大和/62.4kg)
勝者:真吾YAMATO / TKO 3R 0:50
主審:椎名利一

いつもの鋭い蹴りが少なかった重森陽太。それでも序盤は蹴り負けない展開で調子を上げていく。第3ラウンドにはヒジ打ちで来る真吾に「ヒジ打ちなら負けない」と意地になったか。真吾のヒジ打ちで脆くもノックダウンを喫した上、頭部と鼻の横っ面に裂傷を負っていた為、ドクターチェックの末、レフェリーに試合を止められてしまった。

向き合ってしまった重森陽太、ヒジで真吾YAMATOと打ち合う

打ち抜かれた重森陽太、この後、裂傷で止められた。真吾AMATOは歓喜

◆第8試合 70.0kg契約3回戦

日本ウェルター級チャンピオン.リカルド・ブラボ(アルゼンチン/伊原/ 69.95kg)
       vs
タイ国ラジャダムナン系スーパーライト級7位.ゴンナパー・シリモンコン(タイ/ 68.8kg)
勝者:リカルド・ブラボ / KO 2R 2:07
主審:宮沢誠

リカルド・ブラボは冷静な試合捌き。体格差でも優るが、蹴りの強さでゴンナパーを圧倒。ロープ際から逃れようとするゴンナパーへハイキックでノックダウンを奪うと、勢い付いてパンチと蹴りで3ノックダウンを奪って快勝。

リカルド・ブラボのヒザ蹴りがゴンナパーの胸板に強烈にヒット

衝撃のスリーショット、ピーター・アーツも祝福にリングに上がった

◆第7試合 62.5kg契約3回戦

日本ライト級チャンピオン.高橋亨汰(伊原/ 62.4kg)    
       vs   
ポッシブルK(K’GROWTH/62.05kg)
勝者:高橋亨汰 / TKO 3R 0:26 / ドクターの勧告を受入れレフェリーストップ
主審:桜井一秀

様子見から高橋亨汰の先手打つパンチと蹴りの展開で上手さを発揮。主導権を奪い、最後はパンチで切る試合ストップとなったが、的確なヒットで試合をコントロールした。

試合運びが上手い高橋亨汰、ポッシブルKの動きを先読みする展開

◆第6試合 58.5kg契約3回戦

NJKFフェザー級チャンピオン.前田浩喜(CORE/ 58.25kg)vs 瀬川琉(伊原稲城/ 58.4kg)
勝者:瀬川琉 / 判定0-3
主審:仲俊光
副審:椎名28-30. 桜井28-29. 宮沢28-29.

開始から間もなく、瀬川琉が左ストレートでノックダウンを奪う。一瞬フラッシュダウンかと見られるも立ち上がりが遅い為、ノックダウンとなって前田浩喜らしくない流れとなった。瀬川は主導権を譲らない展開を守り判定勝利。

瀬川琉は他団体チャンピオンからノックダウン奪って成長を見せた

◆第5試合 フェザー級3回戦

木下竜輔(伊原/ 56.75kg)vs 仁琉丸(富山ウルブズスクワッド/ 57.5→56.95kg)
勝者:木下竜輔 / 判定3-0
主審:少白竜
副審:仲30-28. 桜井30-29. 椎名30-28.

木下は前回ジョニー・オリベイラを右ストレートで一発ノックアウトしたインパクトを持つ。その必殺ストレートは健在も、ノックアウトには成らなかったが主導権を奪い安定した試合展開で勝利を掴んだ。

木下竜輔、5戦目ながら強い右ストレートは健在

◆第4試合 57.0kg契約2回戦

中村哲生(伊原/ 56.75kg)vs GGオサム(E.S.G/ 56.3kg)
勝者:GGオサム / KO 1R 1:56 / 3ノックダウン
主審:宮沢誠

◆第3試合 女子フェザー級3回戦(2分制)

KAEDE(LEGEND/ 59.75→59.65kg)vs 小倉えりか(DAIKEN THREE TREE/ 57.15kg/6oz)
2.5kgオーバーにより減点2、グローブハンデ8oz
勝者:KAEDE / TKO 1R 1:46
主審:椎名利一

KAEDEは5月21日のカルッツ川崎でのDUEL興行で、女子(ミネルヴァ)スーパーバンタム級王座挑戦も、チャンピオン浅井春香と引分けで王座を逃がしている。ウェイトオーバーがどれほど優位に動いたかは分からないが、バックハンドブローは見事に決まってノーカウントのレフェリーストップTKO勝利で存在感を示した。

KAEDEはバックハンドブローで小倉えりかを倒す

◆第2試合 女子ピン級(-45.36kg)契約3回戦(2分制)

島田美咲(SQUARE-UP/ 44.4kg)vs AZU(DANGER/ 44.95kg)
勝者:島田美咲 / 判定3-0 (30-28. 29-28. 30-28)

◆第1試合 女子アマチュア37.0kg契約2回戦(90秒制)

西田永愛(伊原)vs 池田悠愛(MIYABI)
引分け 1-0 (19-19. 20-19. 19-19)

※コロナ感染により2試合が中止

《取材戦記》

勝ったり負けたりの勝次の置かれた立場はより苦しいものとなった。5月28日にはNO KICK NO LIFE興行で橋本悟に5ラウンドTKO勝利し健在ぶりを示したが、日本キック界のトップクラス的存在を見せ付けることは難しい状況が続く。偏見ながら、昔の選手のように長丁場の5回戦制で、打ち合わずに後半勝負に行けば勝ちに繋がった試合は多いかもしれない。

重森陽太も打ち合いに応じてしまったか、重森らしくないノックダウンで負傷による敗戦。衰えや相手を甘く見たといった気の緩みではないだろうが、偏見ながら、今後のファン注目のビッグイベントに起用されれば存在感は復活するだろう。

リカルド・ブラボは、“70kg級”の選手を意識し、RISE、RIZIN出場を希望した。その後に世界を目指すと言った発言はその可能性に期待感が高まる。世界と言えば幾つかある活性化しているワールドタイトルの頂点と、ラジャダムナンスタジアム殿堂王座があるだろう。70kgと言ってしまうところが外国人とはいえ今時の選手だが、ウェルター級からミドル級の、70kgに調整できるトップクラスの選手が今後の対象となるでしょう。

今後、話題を振り撒きそうなのが高橋亨汰と瀬川琉。試合運びが上手く、更なる上位進出が目前にあるところ、瀬川に於いては試合後に「タイトルに挑戦したい」とマイクアピールした。栗芝会長は「まだ駄目だな」と声を漏らすが、デビュー4年で15戦12勝(3KO)3敗となった今、勢いに乗ったまま挑戦もいいだろう。
各々の選手がモチベーション次第で、今後、浮上か衰退かの明暗が分かれるであろう興行でした。

新日本キックボクシング協会次回興行は10月23日(日)に後楽園ホールに於いて「TITANS NEOS.31」が開催予定です。

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2022年8月号

一つ一つの試合にテーマがあり、次へ繋げる目標持った選手の頑張りが見られた幾つもの試合。

応援してくれたステージ側の仲間へ感謝を述べた永澤サムエル聖光

永澤サムエル聖光が終始圧力を掛けWMOインターナショナル・ライト級王座獲得。

モトヤスックは僅差ながら小原俊之に判定勝利。持ち味出した両者の攻防。

藤原乃愛がヒジ打ち有効ルールで女子ムエタイ戦士を迎え撃っての圧勝。

瀧澤博人は11月の興行に向け自己アピール目指すも、判定勝利でマイクは控えめ。

光成は6月12日に市原臨海体育館でチャンピオンの今野顕彰に挑戦予定だったが、今野の怪我による引退の為、ボーイとの査定試合にKO勝利でこの協会ミドル級王座に昇格認定。

◎KICK Insist.13 / 7月17日(日)新宿フェース
主催:(株)VICTORY SPIRITS
認定:ジャパンキックボクシング協会(JKA)、World Muaythai Organization(WMO)

第1部(14:00~16:15)

◆第6試合 57.5kg契約5回戦

瀧澤博人(ビクトリー/57.5kg)
      VS
ガイヤシット・ヒカリマチジム(タイ/56.7kg)
勝者:瀧澤博人/判定3-0
主審:椎名利一
副審:仲50-47.宮沢49-48.桜井50-47.

(瀧澤博人は現・WMOインターナショナル・フェザー級チャンピオン)
(ガイヤシットは元・ラジャダムナン系バンタム級チャンピオン)

初回から瀧澤博人が左ジャブと右ローキックでけん制しながら距離を図り、ラウンド毎に的確差増していく。様子見が長い感じではあったが、5回戦の長丁場と成れば戦略的に後半勝負でもいいだろう。ローキックは結構ヒットし、倒せるかという流れを作ったが、倒し切れないもどかしさは残った。

「次に繋げる結果を残せてまずは良かった。」試合前に宣言していた11月興行でやりたい試合をアピール。世界と冠が付くタイトルに挑戦したいこと。「今の自分なら出来ます」と宣言。

次第に距離を詰め、ヒジ打ちヒットさせた瀧澤博人

◆第5試合 ミドル級5回戦

JKAミドル級1位.光成(ROCKON/72.1kg)
       VS
ボーイ・オズジム(タイ・クラビー県出身/30歳/73.0→72.57kg)
勝者:光成/TKO3R1:43/カウント中のレフェリーストップ
主審:宮沢誠

ボーイは在日タイボクサーで昨年11月21日には、同・協会ミドル級チャンピオンの今野顕彰に3ラウンド判定勝利している。

身体は丸くなった体型だが、ベテランの体幹は侮れない。倒す気満々のボーイは光成に強打を振るい、重い蹴りをヒットさせた。光成も、今野に勝っているボーイを倒して勝ちたい気合い満々で、次第にスタミナ切れが伺えるボーイにボディーブローをヒットさせるとボーイは堪らずノックダウン。立ち上がる姿勢を見せるも諦めたか、カウント9でファイティングポーズとれず、レフェリーストップの裁定を受けた。

ボーイのスタミナを削る攻勢からボディーブローで仕留めた光成

◆51.5kg契約3回戦 試合中止 

響貴PKセンチャイムエタイジム(53.4kg)vs西原茉生(治政館/51.35kg)

前日計量で響貴が1.9kgオーバー。グローブハンデや減点の対応策も議論されていたが、協議成立成らず、試合そのものが中止となった。

◆第4試合 54.5kg契約3回戦

JKAバンタム級3位.阿部泰彦(JMN/54.0kg)
       VS
NJKFバンタム級3位.誓(=飯村誓/ZERO/54.5kg)
勝者:誓/判定0-3
主審:仲俊光
副審:椎名27-30.宮沢27-30.桜井27-30

誓のスピードで先手を打つ攻め。パンチとローキック、ボディブロー、接近戦ではヒザ蹴りと多彩に攻めた誓。耐える阿部泰彦だが蹴り返し、決定的ダメージを負わないのがベテランの技。若い勢いの誓がフルマークの判定勝利。

21歳の誓が44歳の阿部泰彦を圧倒した展開

◆第3試合 57.0kg契約3回戦

JKAフェザー級2位.皆川裕哉(KICKBOX/56.8kg)
      VS
JKAバンタム級2位.義由亜JSK(治政館/56.9kg)
引分け0-0
主審:桜井一秀
副審:仲俊光29-29.宮沢29-29.椎名29-29

義由亜の長身からくる手足の伸び有る蹴りが目立つが、皆川のアグレッシブなパンチと蹴りが噛み合う展開。やや義由亜が優勢な終盤、皆川が終盤に義由亜をロープに詰めてパンチ連打する展開を見せて、引分けに持ち込んだ流れとなった。

皆川裕哉と義由亜JSKのスピーディーな攻防は勝利を導くに至らなかった両者

◆第2試合 62.0kg契約3回戦

岡田明宏(ラジャサクレック/61.6kg)vs河崎鎧輝(真樹オキナワ/62.0kg)
勝者:河崎鎧輝/判定0-3(27-30.27-29.27-30)

◆第1試合 バンタム級3回戦

小野拳大(KICKBOX/53.0kg)vs甲斐喜羅(ビクトリー/52.1kg)
勝者:甲斐喜羅/判定0-3(27-30.27-30.28-30)

第2部(18:00~20:47)

◆第7試合 WMOインターナショナル・ライト級王座決定戦5回戦

WBCムエタイ日本ライト級チャンピオン.永澤サムエル聖光(ビクトリー/61.0kg)
      VS
コンデート・ポー・パジャンシー(タイ・ペッチャブーン県出身/60.65kg)
勝者:永澤サムエル聖光/判定3-0
主審:ノッパデーソン・チューワタナ
副審:椎名利一49-48.シンカーオ49-47.アラビアン長谷川49-48
(コンデートはタイ国ジーパラワットスタジアムで60kg級トーナメント制覇経験有)

永澤サムエル聖光が初回からローキックで圧力掛けていく。下がるコンデートを追う形が続いたが、第1ラウンド終盤には永澤をヒジ打ちで迎え撃ち左眉をカットする侮れない技。下がって左へ回り続けるコンデートは首相撲もヒザ蹴りも見せないが、時折見せるミドルキックでやや反撃に出る。倒しに行く姿勢でコンデートを追い続けた永澤が主導権支配し内容的には大差と見える展開で終了。インターナショナル王座獲得となった。

ヒジ打ち貰う不覚も流血しながら終始コンデートを追い続けた永澤サムエル聖光

◆第6試合 69.0kg契約3回戦

JKAウェルター級チャンピオン.モトヤスック(=岡本基康/治政館/69.0kg)
       VS
小原俊之(キングムエ/69.0kg)
勝者:モトヤスック/判定2-0
主審:宮沢誠
副審:仲30-29.桜井29-28.椎名29-29.

小原俊之が蹴りの圧力で出るが、モトヤスックも的確な蹴りとパンチで応戦。下がらない展開は見応えある攻防となったが、どちらが主導権奪ったか難しい見極めもモトヤスックが僅差の判定勝利。

モトヤスックが小原俊之に右ハイキック、両者の力強いヒットが目立った

◆第5試合 女子45.5kg契約3回戦

女子(ミネルヴァ)ピン級チャンピオン.藤原乃愛(ROCKON/45.15kg)
      VS
ペッテァー・ソー・ソピット(タイ/43.55kg)
勝者:藤原乃愛/TKO3R0:21/レフェリーストップ
主審:椎名利一

初のタイ選手、初のヒジ打ち有効試合となった藤原乃愛。これが希望だったと言うとおり、しっかりヒジ打ちも見せ、前蹴りとミドルキックでペッテァーを吹っ飛ばす勢いの藤原。第2ラウンドにはミドルキックでノックダウンを奪い、第3ラウンドには圧倒的流れが続く中、藤原のミドルキックで崩れたペッテァーにレフェリーが試合をストップし、藤原の圧勝TKOとなった。藤原乃愛はこれで7戦6勝(1KO)1分。

シャープな蹴りは毎度の藤原乃愛。ヒジ打ちヒザ蹴り使いこなし圧倒した

頑丈なガン・エスジムに圧倒された睦雅

◆第4試合 ライト級3回戦

JKAライト級1位.睦雅(ビクトリー/61.1kg)
       VS
ガン・エスジム(元・ラジャダムナン系フェザー級7位/タイ/61.0kg)
勝者:ガン・エスジム/判定0-3
主審:桜井一秀
副審:宮沢29-30.仲29-30.椎名28-29.

ローキックで様子見の序盤。ガン・エスジムは頑丈な体格と重い蹴りで前進。睦雅は蹴っても下がらないガンに攻め倦むが、圧された展開でも落ち着いた表情でパンチと蹴りで攻めた睦雅。僅差ではあったが、ガン・エスジムの牙城を崩せない展開で終わった。

◆第3試合 フェザー級3回戦

JKAフェザー級1位.櫓木淳平(ビクトリー/56.8kg)
      VS
TAKAYUKI(=金子貴幸/REV/57.0kg)
勝者:TAKAYUKI/TKO3R2:56/ヒジ打ちによる顔面カット、ドクターの勧告を受入れレフェリーストップ
主審:仲俊光

初回にTAKAYUKIの右ストレートで櫓木があっけなくノックダウンも第2ラウンドには櫓木のヒジ打ちか、TAKAYUKIが右眉上辺りをカット。勢い付いていたTAKAYUKIは怯まず攻勢を続け、第3ラウンドには右ハイキックを見せ、これが櫓木の額を切ったか、流血が激しくなり、ドクターチェックの末、レフェリーが試合をストップした。

櫓木淳平からノックダウンを奪い、勢い有る攻勢を続けた金子貴幸

◆第2試合 ウェルター級3回戦

JKAウェルター級2位.ダイチ(誠真/66.3kg)vs鈴木凱斗(KICKBOX/66.5kg)
勝者:ダイチ/TKO2R1:48/カウント中のレフェリーストップ

◆第1試合 58.0kg契約3回戦

勇成E.D.O(E.D.O/57.7kg)vs熊谷大輔(GT/57.75kg)
勝者:勇成E.D.O/判定3-0(30-28.30-26.30-28)第2Rに熊谷に減点1

《取材戦記》

瀧澤博人が挑みたいのは、世界という冠が付くタイトル。更にはラジャダムナンスタジアム等の殿堂王座挑戦だろう。

「今日の内容では認めて貰えないと思いますが、でも目標は高く持ってチャンピオンベルトの懸かったタイのトップとやりたいです。今日の結果は何とも言えないので、また11月のビクトリージム興行で強い相手に挑みたいです。」と応えた滝沢博人。

世界の冠が付いたタイトルは幾つも存在し、WMOでも、許されるなら国内でも度々行われるWBCやIBFムエタイというタイトルもあるが、団体の壁が障害にならなければ、勢いに乗っているうちに出来ることから挑戦させてやりたいものである。

永澤サムエル聖光が前回3月の前哨戦に於いて5回戦を戦い抜く勝利と研究を持って今回の挑戦で王座獲得。11月興行ではタイトルが懸かるか未定だが、瀧澤博人と共にタイの名の有る強豪が予定されている模様。

モトヤスックは6月19日の「THE MATCH」に、知人に連れて行って貰って勉強になったことは多いと言うが、そこでの複雑な気持ちがマイクアピールで言うように、「俺が大きなイベントに出場してビッグカードを戦うこと。そこに皆を連れて行かねばならない。」と語ったことにも、まずビッグイベントに呼ばれる存在とならねばならないという次なる目標があるだろう。

5月21日に女子のミネルヴァ・ピン級王座奪取した藤原乃愛も高校生のうちに世界タイトルを獲りたいとアピールした。現在高校3年生でまだ時間はあるが、来春までに挑戦権を得られるか。

次回ジャパンキックボクシング協会興行は9月18日(日)に於いて、おそらく武田幸三さんのChallenger.6が開催。11月20日(日)にはKICKInsist.14が開催予定です。

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

◆81歳最古参、ここが引退の潮時と……

戸高今朝明(とだか けさあき、1941年1月1日、沖縄出身)は1966年(昭和41年)、キックボクシングがまだテレビ放送される前から試合出場していた業界最古参。後に千葉(センバ)ジムを興して現在に至るが、今年4月にジム閉鎖。6月中には51年続いたジム建屋が解体に入るということであった。

平成以降は主要団体での活動は無く、2005年以降でも新木場ファーストリングでのプロ興行や、アマチュア大会を含め年数回開催するほどだったが、この2年はコロナ禍で練習生が離れてしまったことが第一の要因だったという。建屋も老朽化で雨漏りしても修繕も手が付かず、戸高氏も81歳。ここが引退の潮時と踏んだようだった。

やがて解体される千葉ジムで懐かしい話を語ってくれた戸高氏(2022年6月12日)

幼い頃、熊本で育ったという戸高今朝明氏は、高校卒業後は地元で就職も20歳で転職のために上京。「下駄履いて酒かっ食らいながら夜行列車で上京したよ!」と言う風貌が今でもよく似合う。まだ新幹線も無く、寝台列車は高いから4人BOX型自由席だっただろう。寅さん映画に有りそうな光景である。

戸高氏は上京後、空手を始めた縁から品川で自分の道場を持つまでになった頃、野口(目黒)ジムの藤本勲氏と出会う運命を辿ったことからスパーリングでタイ選手と向き合うことになった。空手が一番強いと信じていたが、ムエタイ技に全く敵わなかったことから、キックボクシングの試合に出場することになって数戦。日本で初めてキックボクシングがTBSによってテレビ放映された1967年(昭和42年)2月26日の沢村忠が東洋王座獲得する興行に戸高氏も出場。相手は門下生だったが判定勝ち。当時はセコンドに着ける人が少なかったため、選手は試合を終わってもバンテージ巻いたまま次の試合のセコンドに着いたり、試合前も進行準備が忙しかったという。

指導者は全く居ない時代で、パンチはボクシングから習い、蹴りは空手技を磨き、目黒ジムに訪れてはタイ選手を見様見真似でムエタイ技を盗み取っていった。

新興スポーツのため、ルールが曖昧だったのも初期の話。噛み付き、サミングと股間急所打ちは除いて、頭突きも投げもあった時代だった。

試合会場でリングを組み立てる戸高今朝明氏(1983年5月28日)

愛弟子2人、チャンピオン宮川拳吾とレフェリー古川輝と並ぶ(1983年9月18日)

◆隆盛期の痕跡

品川の空手道場は形式上の品川キックボクシングジムとなったが、手狭さから1969年に千葉市に移転。京成稲毛駅前のビル4階で国際ジムとして始めたが、階下に響く振動や騒音の苦情で、2年後の1971年(昭和46年)に農協が後援会に着いた支援もあって現在の稲毛区小仲台に移転。ジム名も千葉ジムに変更した。

この時期に視力の問題でプロボクシングを断念した松田忠がやって来た。名前は沢村忠と被るから国定忠治に肖って“忠治”と成り、稲毛の地名を取って稲毛忠治となった。

この稲毛忠治は日本ウェルター級新人王を獲って飛躍し、東洋戦では富山勝治(目黒)を衝撃的に倒すなど活躍が凄かった。セコンドに着く小さなオジサン(戸高氏)と“センバ”ジムの名前を全国に広め、千葉ジムが潤ったのも稲毛忠治の飛躍の御陰という。

戸高氏は計5名の名チャンピオンを誕生させた。佐々木小次郎、佐藤元巳、宮川拳吾、中川栄二。それは千葉に移ってから、プロボクシングで60戦を超える戦歴があったという市原敏雄氏が見学に来た縁から煩く指導もどきの野次を飛ばすことからトレーナーを任せて、近年まで興行を支えてくれた陰の存在があったという。分裂低迷期のリングアナウンサーやレフェリーも務めたことがある大正生まれの市原氏は2012年に亡くなられた様子。

そんな隆盛期から千葉ジム前の駐車場には大型トレーラーが停めてあり、常にリング一式が積載されていて、テレビ放映があった全盛期に、場合によっては選手もトランクに載せて全国を回ったこともあったという。荷台トランクには電灯は無い。

「真っ暗の中で寝て行け、何かあったらトランク叩け!」と言って奄美大島にも走った(トレーラーはフェリーに乗せて移動。運転手、選手は普通の乗船)。そんな各地での旅の想い出も懐かしいという。

千葉ジム建屋の中に2階宿舎を増築中の戸高氏(1983年11月13日)

日本キックボクシング連盟では暫定的ながら代表を務めたこともある(1985年6月7日)

ムエタイチャンピオン、サンユットも招聘した戸高氏(1986年6月下旬)

◆先を見据えて

1980年3月にテレビレギュラー放映が終わった時代のキックボクシング業界は衰退の一方。「このままではいけない」とどこのジム会長も考えた。

大々的な団体分裂が始まったのも1981年から。千葉ジムも参加し、日本系から9つのジム、全日本系から9つのジムが脱退して日本プロキックボクシング連盟が出来たのがこの年9月。

華々しかったが翌年には再び分裂が起こった。もう細分化されただけの見通しのつかない現状が残って、テーマの無い少ない興行が続いた。

それでも地方に行けば、戸高氏は活発にリングを組み立て、トレーナー業も大工仕事もプロの業でこなした。

誰も来ない日もあったジムが、また活気付くことを見据えて、ジム建屋の中に宿舎として二階スペースをほぼ一人で作った。

度々話題とする1984年の統合団体、日本キックボクシング連盟も分裂を辿り、1987年に山木敏弘氏が設立した日本ムエタイ連盟へ参加。

どこへ移っても同じなのは分かっていたというが、以前の日本プロキック連盟に似た活動は、半年ほどの興行を経て消滅を辿り、千葉ジムの進む方向が定まって来た時期でもあった。

夜の千葉ジム、古いボクシング漫画に出て来そうな外観(1986年6月下旬)

藤本勲氏と出会ってキックボクシングを始めた戸高氏、50年間のライバルである (2014年8月10日)

◆昭和のキックボクシング終焉

そこからフリーの道を選んだが、一時は隆盛を極めた千葉ジムの存在感は大きく、なかなかフリーでは活動し難い時代でも、交流戦で試合出場を増やしていく手腕も発揮。更には他から参加し易い体制を作る為、日本プロキックボクシング連盟を復活させ、チャンピオンも誕生させたが、大手の団体には敵わなかったのは仕方無いだろう。

キックボクシング界が最も低迷期だった1983年に戸高氏は、「もうこれ以上キックは下がりようがないから、諦めずに続けていればこれから少しずつでも楽しくなっていくんじゃないかな。団体という枠に拘らず、ジム単位で、あちこち戦う場を作っていけばいいムードになっていくと思うよ!」と語っていたが、その後、業界は何度も明るい話題が盛り上がりながら停滞。統一は叶わないどころか、より一層細分化した現在の団体やフリーのジム、プロモーターが増えた。

しかし、団体の敷居は低くなり、協力体制で興行が打てる時代となった。アマチュア大会も増え、若年層の成長によって選手層は厚くなり、テレビ地上波に扱われるほど有名選手が現れるほどにもなった。創生期からキックボクシング界を見て来た戸高氏の昭和期での予想は大凡当たっていたのである。

今回、ジムが閉鎖解体されると聞いて、私(堀田)は6月12日に千葉ジムを訪れた次第。1年前にも戸高氏に電話したことがあるが、その時はまだ閉鎖までの話は出ていなかった。

訪れてみると、昔からある古めかしいリングとサンドバッグはまだ有り、古いポスターは誰かが頂いたか、昭和の物は少なかった。会話中にスコールがやって来て、声が聞き取れないほど大雨がトタン屋根を激しく叩いた。正にタイのようなジムである。雨漏りは激しく、リング上には前もって洗面器が置かれており、ウェイトトレーニングスペースでは靴下が濡れてしまった。でもお金が有ったらこのまま買い取りたいと思うほど味ある千葉ジムだった。

戸高氏は1985年にタイ女性と結婚。娘さんの戸高麻里さんは同・連盟でリングアナウンサーを務めたこと多く、戸高氏は現在4人のお孫さんが居るが、ジムを引き継いで貰うには至らぬ運命だった。2020年1月に目黒藤本ジムが閉鎖され、そして今回の千葉ジム閉鎖は昭和キックボクシングの終焉を迎えたようで寂しい限りである。

古めかしい昭和のリング、貴重である(2022年6月12日)

建屋の前でファイティングポーズをとる戸高氏、TBSの文字も懐かしい(2022年6月12日)

◎堀田春樹の格闘群雄伝 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=88

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2022年8月号

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