円楽師匠が、最後に「じじい! 早すぎるんだよ!」と締めたのは、きっと日曜の夕刻少なくないファンの涙を誘ったことでしょう。『笑点』の大喜利に回答者、司会として半世紀出演した桂歌丸師匠が亡くなりました。


◎[参考動画]スッキリ 「歌丸さんありがとう追悼大喜利」 円楽「ジジイ!!早すぎるんだよ」言った後涙。(報道チャンネル2018/07/08に公開)

今度は本当に亡くなりました。

数カ月前に「体重37キロでいまは医者から40キロになるように言われています」と歌丸師匠の悲痛なコメントを聞いた時に「ヒェッーこれシャレにならないよ」と笑うに笑えなかったのですが、もうステージの上では何回も死んでいる(殺されている)歌丸師匠のことですから、まあ何があってもこの方はこうやって長生きするんだろうなーって安心していたら、本当に亡くなってしましました。

『笑点』が一時代の区切りを超えたということでしょうか。落語や落語家が好きな私にとって、歌丸師匠の旅立ちは、落語界や演芸への警鐘のようにも思えます。『笑点』の大喜利も正直なところ、下降線の一途じゃないでしょうか。極めつけは「親の七光り」の実力も、才能もない林家三平(2代目の起用です。残念ですが先代の三平さんと2代目は、比べ物になりません。もっといえば、三平の兄弟には誰ひとりとして初代三平さんに並ぶ力のある子供はいません。才能も適正もないんです。あの目を見てください。必死で「どうやったら笑ってもらえるか」と苦悩し、内心「自分がつまらない」ことをわかっていながら、面白くもない芸を続けている気の毒な姿を。

初代三平さんの落語は、古典落語とは全然違って、ギャグの連発でした。あれは落語ではなかったという人もいるほどです。でも落語であろうが、邪道であろうが、三平さんは観客を笑わせずにはいられない性分でした。生前からネタの研究には、人一倍熱心だったことは有名でした。でも三平さんはアドリブだけでも1時間は一人で観客を笑わせる芸(天性?)を持っていました。

あんなのは古典落語の世界から見れば、「とんでもねぇやつ」となったでしょう。軽薄にもみえたし、ときどきツボを外した時は、観客も前のめりで、笑えると思っていたら、どこがオチかわからなくなって、ずっこけそうになる時がありました。が、三平さんはすかさず、右の掌をこめかみあたりにもっていって「どうも、すみません。本当に大変なんですから。ね。おばあちゃん、体だけには気をつけてくださいよ」で乗り切ってしまうのです。

ストーリーなんかまったくなくて、ギャグの連発。三平さんは「軽薄」だったかもしれないけど東京医大の裏口入学、じゃなくて偉大でした(どーもすみません)。

 

CD-BOX『桂歌丸 名席集』(ポニーキャニオン2018年)

楽太郎時代から頭の回転や話芸にも、非凡さを発揮していた円楽師匠。円楽師匠による歌丸師匠への無礼講「殺し」芸はどれくらいあったでしょうか。愛がなければただの悪口で後味が悪い、本当の病人(歌丸師匠)に対する、辛辣な円楽師匠の「殺し」話術。あれはなかなかまねできるものではないと思います。円楽師匠ももう70歳近いそうで、数年前に得度されたのだそうです。どっちもびっくりですがテレビの前で大笑いできる時代がいよいよ終わるのかなぁとちょっと寂しくもあります。

吉本新喜劇もなんだか泥臭さがなくなったし、中途半端なお笑い芸人はピン(ひとり)で間が持たないから10人まとめてひな壇芸人になったり、何を勘違いしているのか情報番組の司会やコメンテーターになったり。岡八朗や花紀京が腹巻をして演技をしていた頃の、安心感はもうなくなってしまったようです。いまあの頃の舞台は、もう演じられない諸事情もあるのでしょうけれども。

話芸には修行や積み重ねが必要でしょうが、笑いを引き起すのは、つまるところ人格なんじゃないかと思います。亡き横山やすし師匠は台本なくても、いつでも予想外に笑わせてくれました。泥酔して久米宏の番組にでたり、本当に競艇で船に乗ったり、選挙に出て予定通りに落選したり……。相方の西川きよし師匠が上品な人生をおくるのとは対極に、わずか50歳過ぎで亡くなりました。

あっ、話がそれましたね。『笑点』でしたね。歌丸師匠唯一にして最大の失敗は、司会の後継に昇太師匠を指名したことかもしれません。これまた残念ですが、昇太師匠には「話芸」の才はあるかもしれないけれども、大喜利のような生の空間で「笑い」を下支えしり、自分がネタにされたりする機転はありません。絶妙の一言や、「間(ま)」は修行や勉強をして身につくものではないんじゃないかと思います。

最初の頃みんな勘違いして笑っていましたが北野武なんかも、実は生理的に笑いが取れる人間じゃないんじゃないかと思います。なんだか偉そうに人生論を語ったり、映画を撮ったりしてるけど、それって笑いが取れないからってことじゃないですか? なんて言ったらまた怒られそうですね。予想を超えるツボに来る笑いや、ちょっと危険な笑いにときどき腹を抱えて笑っていたのは、もうだいぶ昔の話なんですね。

いけねぇ。しんみりしちゃった。最後に。

「梅雨明け宣言」とかけて、占い師と解く、

その心は?

「当たったためしがありません」

おあとがよろしいようで。


◎[参考動画]永久保存版『落語家:桂歌丸の名人芸』(Honey Bee チャンネル2018/07/07公開)

▼伊藤太郎(いとう・たろう)

月刊『紙の爆弾』8月号!


◎[参考動画]Allstars & Davichi 다비치 – Fly Day (Pyeongchang 2018 Song)

 

PyeongChang 2018

平昌オリンピックが終わりました。日本は冬季オリンピックでは過去最高、長野オリンピックを超える13個のメダルを獲得しました。いやー選手の皆さんご苦労様でした。そして感動的なシーンがたくさんありましたね。

フィギュアスケートの羽生結弦選手は、66年ぶりに男子シングルで2大会続けての金メダル! だけじゃなくて銀メダルも宇野昌磨選手! 女子のシングルでも宮原知子選手が自己最高スコアを出して、見事4位入賞! 金、銀はロシアの選手でしたが、フィギュアスケートの上位にこれだけ日本勢が食い込むのはやっぱり快挙ですよね。

スケートといえば、スピードスケートも大活躍でした。高木美帆選手は金、銀、銅メダルを揃えちゃったし、お姉さんの高木菜那選手は金メダルを二つも取りました。美帆選手に注目が集まる中、菜那選手が参加した、マススタートレースの読みがぴたりと当たり、最終コーナーから直線に入って一気の逃げ。あれが競馬場だったらはずれ馬券が宙をまったでしょうが、パシュートで過酷な練習を続けていた菜那選手にとっては、予定通りのレース展開でしたね。

パシュートといえば、高木姉妹に佐藤綾乃、菊池彩花両選手を加えて、最高のパフォーマンスを見せてくれました。予選のスタートでやや失敗気味だった佐藤選手を準決勝では温存して、菊池選手が準決勝を戦いました。決勝では予定通り佐藤選手が再び加わり、五輪新記録の見事な優勝でした。小平奈緒選手は1000mでは数回バランスを崩しましたが、それで銀メダル。500mでは試合用のサングラスと練習用のサングラスをかけ間違えるも、レースは完璧で圧倒的な強さを見せつけました。

スピードスケートは実力を発揮できるかどうか、が勝負の分かれ目で、ミスをせずに力を出し切れた選手には結果がついてきた、といえますね。

ところで、同じスケートでもちょっと偶然や、運不運が勝負を分けるのがショートトラックです。今大会日本勢では坂爪亮介選手だけが、ツイていました。坂爪選手、五輪はソチに次いで2度目ですが、前回は五輪前に大怪我をしたので、まったく力を出せませんでした。ショートトラックは圧倒的に韓国が強いので、坂爪選手ら日本の選手はしょっちゅう韓国にトレーニングに出かけます。今回参加した高校生の吉永一貴選手も、頻繁に韓国でトレーニングを積んでいます。

実は坂爪選手は1000mで5位、500mで8位に入賞しましたが、これほとんど「運」が味方した結果でした。ショートトラックは、接触や転倒が多い競技なので、転倒したり、邪魔されたと審判がジャッジした選手は競技で負けても、次のラウンドに進むことができます。次に進むことができた選手は「アドバンス」を得たと呼ばれ、逆に妨害した選手は「ペナルティー」(失格)となります。

個人競技で坂爪選手はこの大会で、アドバンスや、先行する選手の転倒や「ペナルティー」といった「たなぼた」で入賞を果たしました。逆に活躍が期待された5000mリレーでは予選、順位決定戦ともに転倒! 健闘していた横山大希選手は、レース後のインタビューで顔を隠して話すこともできないほどでした(みなさんショートトラックなんかあまり見ていないから知らないでしょう?)。

複合の渡部暁斗選手は、五輪前に肋骨を骨折して、現地入りしてからも3日ほどは体も動かせないほどの重症だったと競技後に語りました。そんな体調で複合のNH(ノーマルヒル)で銀メダルを獲得したのには本当に頭が下がりますね。一流選手は結果が求められますが、それを不利な体調でも果たした渡部暁斗選手の精神力には、脱帽です。

逆にマスコミもノーマークだったのが、フリースタイルスキー男子モーグルで銅メダルに輝いた原大智選手でしょう。応援に来ていたお母さんが「調子が悪いから予選が通過できるかどうか心配で……」と話していたほどですから。原選手もアジア大会での銀メダルの経験はあってもワールドカップでの表彰台経験はなし。余計な力が入らずに滑ることができたのでしょう。この種目で長年活躍した(けども五輪のメダルには縁のなかった)上村愛子さんがNHKの放送で、表情でははっきりびっくりしていましたもんね。

「うん。あのさーこっちでもいい、とおもうんだよねー」「そだね」「いっかー?」「うん」
すっかり軽やかな打ち合わせ(?)の言葉遣いが有名になった女子カーリング。見事な銅メダルでした。三位決定戦最後の1投をイギリスのスキップ、ミュアヘッドさんが投げた瞬間「え! なんでそのラインと重量なの?」と体を乗り出してしまいました。あのシーンではあんな早いストーンではなく、左側ガードの間を抜けてNO.1を取りに来るのが定石だと思ったからです。なのにあんなに早い石を投げたらリスキーすぎる。

逆に言えば、あの瞬間日本の勝利を確信しました。どうしてあのショットを選択したのか?「五輪に住んでいる魔物」のためでしょうか。カーリングチームは全員が「LS北見」所属ですが藤澤五月選手は以前「中部電力」に所属していた時期もありました。もし「中部電力」のチームで出場していたら、ここまで応援が盛り上がったかどうか…。JAは銅メダル獲得を祝って「コメ100俵」をプレゼントすることにしたそうです。

賑やかなうちに平昌五輪は幕をとじました。日本と時差がなく、移動にも時間がかからない。日本食にも不自由しないし、ホーム開催ではないので、過剰な緊張も強いられない。しかも応援団が駆けつけるのも旅費が安くて済みます。かえって日本で開催された五輪より、選手たちはプレッシャーを感じることなく、伸び伸び競技に集中できたかもしれませんね。そう考えると韓国での五輪は日本勢にとっては有利な開催場所であったともいえるでしょう。

華やかな五輪が終わりました。感動をたくさんくれた選手たちに感謝です!


◎[参考動画]Alina Zagitova 23.02.2018

▼伊藤太郎(いとう・たろう)

おかげさまで150号!衝撃の『紙の爆弾』3月号!

猪飼剛先生(医療法人社団 湖光会 若草診療所HPより)

「伊藤さん、2診へどうぞ」
猪飼剛先生は定刻の診察時間開始前に診療所に到着して、要領よく患者さんの診察をして下さる先生でした。若草診療所の午前の診療時開始は8時40分ですが、たいてい猪飼先生は8時30分前には診療所にやってきて(早い時には8時15分頃に)、待合室の患者さんの名前を呼んでくれました。猪飼先生は診療所に毎日のように勤務されていましたが、いつも診察室は2診で、1診には曜日ごとに別の先生が待機されていました。

午前診察終了時刻の12時過ぎでも、容体が悪い患者から電話で連絡が入ると、嫌がることなく「時間外でもいいから連れてきてください」とこころよく応じてくださいました。そのおかげで、のんびりしていたら生命にかかわる重篤な患者さんが、何人も救命されたことは、地元ではよく知られていました。報道で68歳と知りましたが、お世話になりだしたころから、下半身がしっかりしていてお元気な姿は、運動を欠かさない生活に秘訣があったのでしょう。

 

滋賀県医師会長の親子、スキー場で遭難 新潟(2018年1月25日付朝日新聞)

雪の激しい新潟県のスキー場で、猪飼先生がご子息と遭難され、亡くなってしまった。そうとは知らずにいつも通りに若草診療所へ受診に訪れていたわたしは、なぜだか表情のさえない受付の女性たちが気にはなっていましたが、まさかそんな惨事に猪飼先生が見舞われているとは知りませんでした。待合室の患者さんのなかには小声で「これからどないなるんやろうね」、「ここにしか通ってないから今さらほか行かれへん」と話す人もいたのですが、それが猪飼先生の遭難事故のことを意味するとは想像もできませんでした。

1月25日の若草診療所には、なんの貼り紙も掲示もなく、いつもよりちょっと少ない患者さんが普段通り待合室に集っていました。医療法人社団湖光会と建物には書かれていますが、長年お世話になった感覚からすると、若草診療所は猪飼先生と外科の先生だけが専任で、他の先生方は曜日によって診察を受け持つ先生です。診療所の経営にはかかわっていないように思えます。本当にこれからどうなるのかなと不安になります。

それよりも、つい最近まで元気毎日のように診察をこなしていた、猪飼先生が亡くなったことが、現実のようには思えません。昨年の12月は何度も診察や相談でお世話になり、いつも的確に「はい、ほな、そうしましょう。しばらくこの薬で様子見て、また効かんようやったら来てください」とお顔をあわしていましたが、事故にあわれたのが嘘のようです。報道によればお子さんと一緒に遭難されて亡くなったようですが、この地域のたくさんの人たちが、驚き、落胆し、猪飼先生のご逝去を悼んでいることでしょう。御不幸を知ってから猪飼先生が滋賀県の医師会会長であったことを知りました。たいそうご多忙な中で、毎日診察と医師会会長のお仕事をこなしておられたのでしょう。

もうだいぶ前になりますが、知人が入院手術をしなければならなくなり、猪飼先生にその病院の評価を伺いに行ったことがありました。「院長はあかん。あの人は金儲けしか考えてへんから。でもお医者さんはみなさん真面目な人ですよ。うん。だから心配せんでもええですわ」と、ある総合病院のことを教えて頂きました。アドバイスにしたがって、知人はその総合病院に入院し、無事回復しました。気さくで隠し立てしない性格は、看護師さんに厳しいこともあったかもしれません(あくまでも想像です)。

患者にしたら、具合の悪さをしっかり聞いていただけて、素早く柔軟な対応をしていただけるお医者さんでした。早すぎる、そしてお気の毒すぎるご不幸がくれぐれも残念です。これまで猛烈にお仕事をなさった猪飼先生、安らかにお休みください。

▼伊藤太郎(いとう・たろう)


◎[参考動画]新潟のスキー客親子捜索難航 2人と連絡つかず(ANNnewsCH2018年1月25日公開)


◎[参考動画]スキー場で心肺停止の男性2人発見 救助が難航(ANNnewsCH2018年1月26日公開)

2018年もタブーなし!月刊『紙の爆弾』2月号【特集】2018年、状況を変える

 

毎日、毎日アメリカと北朝鮮の緊張を伝えるニュースがひっきりなしに伝わります。アメリカは「あらゆる手段を排除しない」とか北朝鮮は「核攻撃には核兵器で応じる」など、文字だけを追って行けば、戦争直前のようなキナ臭いことばが行き交っています。だからといって日本政府が北朝鮮への「説得」や「外交戦術」に出る気配は一向にありません。あいも変わらず「対話と圧力」を繰り返すばかりの安倍総理。第二次安倍政権が発足してから、北朝鮮と「対話」をしたことがあったでしょうか。「拉致問題の解決に全力であたる」と繰り返していますが、「対話と圧力」の内実は「圧力に次ぐ圧力」で、それこそ封じ込められ「圧力釜」のように内圧が上がった北朝鮮の、暴発を、まさか内心期待したりしていないでしょうね。

現在書店で販売中、『紙の爆弾』5月号の特集は「私たちの『権利』を確認する」です。特集の紹介分は以下の書き出しからはじまります。

私たちには「人権」がある。言うまでもないことだが、ならば、私たちの人権は守られているだろうか。それに基づく「権利」は侵害されていないだろうか。社会で差別に出会ったり、職場で不当な扱いをされたりすれば、人権侵害を意識し、時に告発を行う。いまだに差別はなくならないし、搾取はあちこちで行われており、明らかに解決すべき課題である(後略)。

鹿砦社はいつから岩波書店のような「模範生」になったのか、と目をこすって、もう一度読み返したくなる文章です。『紙の爆弾』のサブタイトルは、表紙に小さな赤い文字書かれている「タブーなきラディカルスキャンダルマガジン」です。ほんとうは読者が「これちょっとな……」と時には顔をそむけるような暴露記事やスキャンダルを、満載したいはずです。でもどうですか。この真っ当なラインナップ。

●政治の「契約違反」にNOを 国家に異議を唱える権利 
 松村比奈子(首都大学非常勤講師組合委員長)に聞く
●高額供託金・運動規制「自由な選挙」を追求する 林克明
●権力による情報統制で進む「笑顔のファシズム」 本間龍
●ヨーロッパから見た自民党の「憲法改正草案」  広岡裕児
●捜査 裁判 報道以上の人権侵害 最高裁での逆転無罪の2冤罪事件 片岡健
●〝福祉行政”の魂胆が垣間見える 自治体「人権担当」という仕事 三谷誠
●「戦争絶滅受け合い法」制定のすすめ まず総理から前線へ!  佐藤雅彦

いつからこんなに硬派になったんでしょうか?(もちろん東陽片岡さんの「シアワセのイイ気持ち道講座」、エロイ重里さんの「風俗広告代理店マンの営業日誌」や読者から人気が高い、村田らむさん「キラメキ☆東京漂流記」やマッドアマノさんの「世界を裏から見てみよう」も健在ですが)

さらには、≪森友学園「国有地払い下げ」"8億円減額”詐欺行為の全貌 悪い奴らを眠らせるな!青木泰≫と続きます。

ジャーナリストの田中龍作さんや音楽家の三枝成彰さんが「本当のことが知りたければ『紙の爆弾』を読みましょう」と言われたことがあります。あれは冗談半分かと思っていましたが、いまや本当になりました。最近の『紙の爆弾』(私たちは「紙爆」と呼びます)は、毎号目が離せません。大手新聞社の記者に聞くと「『WILL』や『正論』は読まないけど、『紙爆』は必ず読んでいますよ」という人が多いのも、なるほどとうなずけます。

でも、『紙の爆弾』は「タブーなきラディカルスキャンダルマガジン」の基本姿勢を修正したのではなくて、世の中が「一見真っ当なようなスキャンダル」だらけになってきたと言うべきでしょうか。これだけ閣僚がボロボロになっても誰も辞任しないし、更迭されることはありません。おかしな世の中です。

5月号では≪〝籠池爆弾”で大揺れ 安倍政権「崩壊」と「その後」を予想する 朝霞唯夫≫や、≪米軍基地反対運動中に不当逮捕、五ヵ月の長期勾留から保釈 沖縄取材班≫とカバー範囲の広さが印象的です。今の『紙爆』は80年代後半の弛緩した時代の『朝日ジャーナル』より硬派かもしれません。ぜひご一読くださいね。

(伊藤太郎)

※『紙の爆弾』編集部からの訂正とお詫び
《米軍基地反対運動中に不当逮捕、五ヵ月の長期勾留から保釈 沖縄取材班》の本文中に誤りがありました。112ページ下段5-6行目「正和さん夫妻と博治さんの奥さん」とすべきところ、「正和さん夫妻と博治さん」と表記しておりました。お詫びして訂正いたします。

『紙の爆弾』タブーなし!の愚直なスキャンダルマガジン

 

2011年3月11日から6年が経過した。あの日がなければ『NO NUKES voice』は発行される必要があっても、実際に世に出ることはなかったであろう。いま私たちは確実に核種が膨大に飛散し汚染された国土で生活をしている。そのことはとりもなおさず、日々人間だけではなく、動植物が「被曝」していることを意味する。原子力=核の問題根源は「被曝」だ。「被曝」が動植物の遺伝子を破壊しその健康状態や生命に悪影響を及ぼすから、「原子力=核」は極めて危険であり、生物が生きることと相いれないのだ(自然放射線はどうなんだ? という愚問は横に置く)。

◆「被曝」への危機感の薄さに苛立つ

「そんなことは知っている」と言われる向きもあろうが、実はなかなか理解されていない。悔しいけれども『NO NUKES voice』の認知度と変わらないほどに一般社会では「被曝」についての危機感が薄い。反・脱原発運動にかかわる人の中にすら、被曝問題を軽視する方もいる。専門家が何千回と警告を発し、原爆をはじめとする核災害の被害者が体を示してその恐ろしさと危険を示しても、まだ、本当の恐怖を理解してもらえない。

そうであれば仕方ない。この際、腕力で「被曝」の恐ろしさを知っていただこう。

腕力ではなかった。格闘技と表現せねば正確ではない。明日15日発売の『NO NUKES voice』には格闘家、前田日明さんが登場し、「被曝」の危険性から、少子化問題をはじめとする現代社会の諸問題、サンフランシスコ講和条約の欺瞞にまで踏み込んで読者にマウントポジションから遠慮のないパンチをぶつける。題して「日本国メルトダウン──原発を止められないこの国を変えるために」だ。

◆前田日明によるタブーなき場外乱闘「原発論」

前田さんは知る人ぞ知る読書家であり、歴史にも造詣が深い。そして独自の世界観を確立されている。前田さんのご意見は本誌編集部の歴史観や政治観と必ずしも多くの部分が重なるわけではない。だからこそ本誌編集部は前田さんが本音を語っていただいたことに深い感謝を感じるのである。われわれは多様な意見を尊重しながら、反原発の立場から脱原発を実現したいと思う。『NO NUKES voice』に前田さんがご登場いただいた意義が大きいのは、言論の多様性をわれわれが実践したいとの思いが伝わったからだと信じたい。われわれは前田さんの主張が批判を含め議論を喚起することを期待する。原発賛成の方にとっても必読のインタビューだ。

◆前田日明は「暗黙の掟」を破って本気の蹴りをさく裂させた

何年前になるだろうか。前田さんが新日本プロレスの若手として台頭していたころの姿を思い出す。新日本プロレスではアントニオ猪木が負けてはならず、全日本プロレスではジャイアント馬場が時に負けてもPWFのベルトだけは手放さない。これが見る側の常識とプロレス界の黙約であった。観客の本音は血を見たいくせに、最後は勝者が決まっている、いわば大掛かりな肉体演劇。タイガージェットシンがサーベルを持ってリングに上がれば、あの鋭い剣先で相手を刺せば良いものを、シンはサーベルの持ち手の部分で相手の顔面を殴ることしかしない。
「なんで刺さないの?」と親に聞いたら、
「本当に刺したら死んじゃうじゃない」
と至極真っ当ながら、子供にすればどこか興ざめな「解説」をしてもらった記憶がある。

ボボ・ブラジル(リングネームからはブラジル出身レスラーのように思えるが実はアメリカ国籍)は花束贈呈役、着物姿の女性から花束をむしり取ると花束を食べだす。なんたる野蛮で怖い人間がいるものか、と本気で恐怖にかられてけれども、あれも「演技」だった。アブドラザ・ブッチャーは白いズボンの中に先の「尖っていない」凶器を潜ませていた。レフェリーは見えているのに見えないふりをする。

子供心に「世の中は、ああそういうものか」と、当時のプロレスはある種の社会教育の役割も果たしてくれていたのだ。

ところが相手レスラーが誰であったかは忘れたが、まだ当時売り出し中の前田さんが「暗黙の掟」を破って本気の蹴りを相手の顔にさく裂させたことがある。格闘技好きにはたまないシーンのはずなのだが、テレビを見ているこちらがヒヤッとした。鍛え抜かれた人間の本気の蹴りと演技くらいは毎週二回プロレス中継をテレビで見ているだけの子供にでもわかる。

◆前田日明の蹴りには「怒り」こそあれ、「演技」は微塵もなかった

前田さんの蹴りには「怒り」こそあれ、「演技」は微塵もなかった。あれは当時のプロレスにあっては絶対にご法度(少なくとも見る側にとっては)の本気の蹴り、いわば「世の中はうそだ!」と言わんばかりの暴露にも近い衝撃を与える事件だった。

その「予定調和」を崩した若き日の前田さんは、のちに総合格闘技に転じるが、「予定調和崩し」の迫力がここに再現される。前田さんの「世界観」を存分にご堪能いただきたい。

[文]伊藤太郎 [写真]大宮浩平

『NO NUKES voice』11号3月15日発売開始!

 

本日発売開始!〈いのちの闘い〉『NO NUKES voice』第9号!

いよいよ今日!『NO NUKES voice』第9号が発売になります。今号も内容は盛りだくさんですよ。「被災地福島を忘れない」を合言葉にライター、編集部一同頑張りました!

◆唯一無二の脱原発雑誌へ

結局、予想以上の内容てんこ盛りになりました。有名な方だけでもアイリーン・美緒子・スミスさん、菅直人さん、吉岡斉さん、井戸謙一さん、小野俊一さん。自慢じゃないですがこれだけ幅広い人が一堂に反(脱)原発に集っていただける雑誌は『NO NUKES voice』だけじゃないでしょうか。2011年から2012年にかけては別冊宝島なんかも、結構一生懸命に原発関連のムックなどを出していましたが、その後さっぱりですよね。嫌韓の本にシフトしたりして、節操ないなーと思います。

でも『NO NUKES voice』はぶれません。巻頭を飾る報告がつい最近撤去されてしまった「経産省前テント広場」からの報告なんですから。夜の3時に強制撤去を行った行政権力は、昼間人々が行き交う時間に霞が関で暴力性を目撃されることを恐れたのでしょう。まさに、「寝込みを襲う」強制撤去でした。

巻頭グラビア「福島のすがた」より(飛田晋秀さん撮影)

原発事故からもうすぐ5年半です。詳しい技術者が口を揃えて「無理だ」と予想していた「凍土壁」は予想通り、凍りませんでした。「凍土壁案」は破綻しました。でもこれって、ゼネコンにお金を落とすために失敗することが分かっている工法をわざと採用したんじゃないでしょうか?

◆「福島のすがた」を撮り続ける飛田晋秀さん

今号では福島在住の写真家、飛田晋秀さんから「福島のすがた」を寄せて頂きました。任意の団体が発行する機関誌や会員誌以外に反(脱)原発を継続的に取り上げる媒体が見られなくなりました。

巻頭グラビア「福島のすがた」より(飛田晋秀さん撮影)

みんな忘れてしまったのでしょうか? リオのオリンピックで日本選手団は大活躍でした。見ていて楽しかったし感動しました。でも若い選手が「東京では是非金メダルを取りたい」というインタビューを聞くと何故か急に不安というか「さわさわ」した気分になりました。東京オリンピック……。
 
◆東京のインフラよりも福島の原発を!

できるんでしょうか? 東京オリンピック? 
やっていいんでしょうか? 東京オリンピック?
東北地方での競技開催も計画されていますが、それって事故隠しに利用されるってことじゃないですか?

巻頭グラビア「福島のすがた」より(飛田晋秀さん撮影)

何人の人達が現地で苦しい生活をしているのか。避難した人達への支援は来年の春で打ち切られようとしていますが、どうして勝手に加害者の東電や、国が決めるんですか?

原発とは関係ないけど、熊本地震の復旧も遅々として進んでいないじゃないですか?

「福島のすがた」を撮り続ける飛田晋秀さん

そんな中で「やったー! 内村団体も個人総合も金だ!」と私も喜んでいましたが、もう4年後が東京だと思うととても複雑な気持ちになりました。

そのことを今号で指摘して下さっている方がいます。どなたで、どのような内容かは本屋さんでお買い求めになってからページをめくってご確認してくださいね。

今号もかなりのボリュームですよ。岩波の「世界」や「文藝春秋」に重さは近づいてきました。内容? 絶対の自信ありです。夏休みの自由研究がまだ終わっていないお子さんがいらっしゃれば早速お求め頂いて、「原発の危険性」を保護者の方と一緒にあと2日で完成させてはいかがでしょうか。何よりも被曝の被害に敏感なのは若い人たちです。学校の先生も詳しく知っている人は少ないから、きっと注目浴びる事マチガイナシですよ!

さあ、お父さん、お母さん、御爺ちゃん、御婆ちゃん!
どなたでも結構ですから台風の風が強まる前に書店へ急ぎましょう!

(伊藤太郎)


◎『NO NUKES voice』第9号・主な内容◎
《グラビア》
〈緊急報告〉最高裁が上告棄却! 経産省前「脱原発」テントひろばを守れ!
福島のすがた──双葉町・2016年夏の景色 飛田晋秀さん(福島在住写真家)
原発のある町と抗いの声たち 現場至上視点(3)大宮浩平さん(写真家)

《報告》持久戦を闘うテントから
三上治さん(経産省前テントひろばスタッフ)
《インタビュー》毎日の「分岐点」が勝負──脱原発への長年の歩み
アイリーン・美緒子・スミスさん(グリーン・アクション代表)
《インタビュー》脱原発の戦いに負けはない せめぎ合いに勝てる市民の力の結集を!
菅直人さん(衆議院議員、元内閣総理大臣)
《インタビュー》復活する原子力推進勢力 この国のかたち
吉岡斉さん(九州大学教授、原子力市民委員会座長)

特集:いのちの闘い―再稼働・裁判・被曝の最前線

《インタビュー》稼働中原発に停止命令を出した唯一の裁判官 弁護士に転身しても大活躍
井戸謙一さん(弁護士)
《インタビュー》帰れない福島──帰還の無理、被曝の有理
飛田晋秀さん(福島在住写真家)
《インタビュー》ウソがどれほどばらまかれても被曝の事実は変わらない
小野俊一さん(医師、元東電社員)
《報告》原発作業とヤクザたち──手配師たちに聞く山口組分裂後の福島
渋谷三七十さん(ライター)
《報告》「原発の来た町」伊方で再稼働に抗する人たち──現場至上視点撮影後記
大宮浩平さん(写真家)
《報告》三宅洋平に〝感じた〟──参院選断想
板坂剛さん(作家・舞踊家)
《報告》みたび反原連に問う!
松岡利康(本誌発行人)
《報告》私たちそれぞれが考え抜いた選択を尊重し、認めてほしいと訴えます
武石和美さん(原発避難者)
《報告》原発プロパガンダとは何か?(第7回) プロパガンダ発展期としての八〇年代と福島民報
本間龍さん(元博報堂社員、作家)
《報告》反原発に向けた想いを次世代に継いでいきたい(8)
どう考えても、今のこの国はおかしいでしょう?
納谷正基さん(『高校生進路情報番組ラジオ・キャンパス』パーソナリティ)
《報告》原発映画のマスターピース 『一〇〇〇〇〇年後の安全』と『希望の国』
小林俊之さん(ジャーナリスト)
《提案》うたの広場 「ヘイ! 九条」
佐藤雅彦さん(翻訳家)
《提案》デモ楽――デモを楽しくするプロジェクト
佐藤雅彦さん(ジャーナリスト)
《報告》再稼働阻止全国ネットワーク 
原発再稼働を遅らせてきた世論と原発反対運動五年余 
熊本大地震の脅威+中央構造線が動いた+南海トラフ地震も心配

高田さん(仮名)はまだご存命でしょうか。高田さんに農作業のイロハを教えて頂いたのはもうだいぶ前のことです。あの頃、僕は関西の田舎に住んでいて、職場の近くに畑を借りていました。その畑は持ち主の方が忙しくて、使えなくなっているからと好意で貸してくれていました。

高田さんは、僕が借りていた畑の隣に、自分の畑を持っていました。高田さんは、畑と、小さな雑貨屋さんを持っていました。雑貨屋さんは、コンビニが増えたので売り上げが上がらなくなって、その頃は畑仕事に出る時間が増えていたみたいでした。高田さんは口数が少ないおじいさんだから、最初のうちは挨拶を交わすくらいでした。

高田さんは野菜作りの名人で、そのうち僕に色々な智恵を教えてくれるようになりました。疲れない鍬の使い方、用水からの水の引き方、雑草引きのコツ、作物ごとの育て方、肥料の選び方と施肥の妙、連作しても平気な野菜とダメな野菜。高田さんは、野菜作りのことは何でも知っていました。おかげで僕は、素人にしては立派な収穫を得ることが出来ました。翌日の天気を、空や雲を見ながら教えてくれることもありました。高田さんの天気予報が外れることはなかったです。

高田さんは、野良仕事の話以外の話題を、自分から切り出すことはありませんでした。だから、いつも僕から話しかけないと始まりません。ゴールデンウイーク合間のある日(5月1日でした)、仕事が早く終わった僕は、畑に向かいました。

高田さんは、夏野菜の苗をうえる仕事で忙しそう。高田さんは僕を見つけると仕事の手をとめて、あぜ道に腰を下ろし、煙草を吸い始めました。高田さんのタバコはハイライトです。珍しく高田さんから話しかけて来ました。だからよく覚えています。
「あれにはいかんのかい?」
「あれ、ってなんですか?」と僕が聞き返すと、
「今日はメーデーやろ。組合のあつまりがあるんやろ。若い者はいかなあかんのちゃうんか?」
「僕の仕事場には組合はないからメーデーにいくことはないんです」
「あーそうか」。
高田さんからメーデーを話題にされてちょっとびっくりしました。

それから、僕が聞いたわけでもないのに高田さんは、珍しく野良仕事とは関係ない、自分の話をはじめました。雑貨屋さんを始めた理由(ちょっと気の毒な話でした)や、奧さんとの縁談。それから驚いたのは僕らの畑から、京都や、大阪へは電車で1時間半もあれば十分行ける場所でしたし、高田さんの家もそのそばだったのに、高田さんは京都にも、大阪にも「生まれてから一回も行ったことがない」と言われたことです。電車に乗ることはあるそうですが、「京都や、大阪は知らん。行ったことがない」。別に偉そうにするわけでもなく、秘密の話を打ち明けるようでもなく、高田さんは僕にそう話しました。

70代だった高田さんには、京都や、大阪に出かける必要がなかったのかなぁと不思議でした。高田さんはテレビが好きで、物知りというか、頭のいい人でした。だから畑仕事とは関係ない話をしていても、僕が知らない事件や、考えを教えてくれるので「京都や、大阪は知らん。行ったことがない」はびっくりでした。電車には乗るけど、新幹線や飛行機は高田さんには無縁の乗り物です。

僕の畑で、まだ実を付けてたエンドウをむしりながら、高田さんに、僕の畑から聞いてみました。「京都や大阪に行こうと思ったことはないんですか?」、「あらへん。行くことあらへんから」雑草を抜きながら、田中さんは少し楽しそうな声で答えてくれました。

あちこちに出かけて、世界をたくさん旅行すればするほど、知識が増えて世の中がわかる、と思っていた僕には驚きの「メーデー」でした。畑仕事のプロは、どこに行かなくても世界を知っている賢人でした。

今日は「メーデー」です。高田さんはまだ元気にしているかな。僕も最近、京都や大阪に出かけるのが億劫になってきました。

なんでだろう。

でも、高田さんみたいな「仙人」にはなれそうもありません。
さて、地域のメーデー集会に行って来ます。

(伊藤太郎)

抗うことなしに「花」など咲きはしない『NO NUKES voice』Vol.7

タブーなきスキャンダルマガジン『紙の爆弾』!

選抜高校野球が始まりました。いよいよ野球の季節の到来ですね。と思ったらプロ野球では選手たちの「賭け」が明るみに出て批判を浴びているようです。「金と政治」じゃなかった「金とプロスポーツ」にはいつまでも難しい関係がつきまとうようですね。

さて、今日ご紹介するのはパチンコ「必勝法」です。ネットでは各種の「攻略法」やパチンコ、パチスロ専門雑誌も多数出版されていますが、この話を読んだらそんなもの全て「意味がない」と唖然とするでしょう。私がある「パチプロ」と知り合いそこから見出した「必勝法」です。

◆その台なら「2、3時間で5万は勝てるはずだよ」

私がパチプロ氏と知り合ったのは、とある地方のパチンコ店に、時間つぶしのために入った数年前です。どうせ時間つぶしだから少々負けてもいいやと思って適当に台に座り、私は初めて見る台を打ち始めました。隣で遊んでいたのは中年の男性です。私が着席した時に既に結構な出玉を持っていました。

打ち始めて数分で私の台に当たりが来ました。「ラッキー!小遣いが儲かった」と喜んでいたら、隣の男性が「おたく、時間あるの?」と話しかけて来ました。私は約束待ちの時間つぶしだったので「いや精々30分ですね」と答えると「もったいないなー、その台は今日爆発するよ」と男性。この人は何者なのか? 彼がいわゆる「パチプロ」なのかと不思議に思い「どうしてわかるんですか? 常連さんですか?」と聞くと「常連と言っていいかどうかはわからないけど、この店で俺が出るという台は出るんだよ」と確信に満ちたお答え。

「へー凄いですね。じゃあこの台は止めない方がいいんですね」の問いには「うん。2、3時間で5万は勝てるはずだよ」とビックリするような額を彼は口にしました。「残念だなぁ。約束があるからもうすぐ行かなきゃならないんですよ。でもどうして出る台がわかるんですか?」と核心の質問をぶつけると「それは言えないよ。でもおたくが何日かこの店に通えば黙っていても理由は解るさ」と意味深な答え。

◆勝率は8割以上!

私はその場所に数か月は滞在する予定でしたから、彼の言葉が気になり、休みの日を利用して再び同じパチンコ屋に向かうことになります。すると彼の姿がありました。こちらに顔を向けたのでお辞儀をすると彼はニッコリ笑顔を返してくれました。

その日も彼は既にかなりの箱(出た球を入れておく箱)を積んでいました。「今日も絶好調ですね」と声をかけると「俺がこの店で負けるのは10回に2回くらいだよ。それも多きな負けじゃない」と。「え!8割以上勝っているんですか? 凄い確率ですね」と私は驚きました。

パチンコで8割の勝率なんて今日の規制が厳しくなった台では考えられないことです。しかも彼が打っているのは当たりの確率が399分の1といういわゆる「マックスタイプ」です。当たれば多量の出玉が期待できますが、当たりを引くのが難しいし、負ければ大きな散財になる機種です。

何かからくりがあるに違いない。「それは言えないよ。でもおたくが何日かこの店に通えば黙っていても理由は解るさ」の言葉も気になった私は、その日自分が台には座らず、ひたすら店内の様子や出玉を見て回り1時間ほどいて帰りました。

◆「そこダメ。出ないよ」と先生口調で「指導」され続け……

学生時代以来、パチンコは時間つぶしに気まぐれに入るものとの習性しか無かった私でしたが、パチンコ店には開店前から並んで待機するお客さんが少なからずいることが気になりだしました。

次にパチンコ屋に向かった日は開店20分前でした。すでに数十人が列をなしていますが、その先頭付近に例の男性が居ました。この人毎日開店前から並んでいるのでしょうか、だとしたら会社勤めと変わらない勤勉さです。

開店時間になり私は例の男性の隣の台に座りました。「おはようございます」と声をかけると「そこダメ。出ないよ」と先生のような口調で「指導」してくださいます。

「どれが出るんですか?」と生徒が聞くと「それは見てなよ。見てればわかるよ」と先生、そう簡単に答えを教えては下さりません。「出ない」と言われた台でミスミス負けるのは馬鹿らしいから台には座らず、様子見に徹しました。彼はまた勝っています。1時間で5箱出していました。他方「出ないよ」と言われた台に座ったお客さんの台は彼の予言どおり全く当たりが来ません。

うむー。これは何かある。必勝法と言わないまでもコツのようなものを彼が知っていることは間違いありません。私はそれ以来意地になり、休みの日は開店前からそのパチンコ屋に出向くようになりました。毎日「先生」は開店前の行列に並んでいました。

そしてある日、ついに私は「ひょっとしたらこれが秘訣じゃないのか」と思われる鍵を発見します。私は躊躇せず、その日も好調な「先生」の肩を叩いて「すいません。ちょといいですか」と台から離れてもらい、店の外へ一緒に来てもらいました。「間違っていたら恥ずかしいんですが、『先生』がいつも勝てているのは『〇〇〇〇〇〇〇〇』だからではないでしょうか」とやや緊張しながら私の推論をぶつけました。

先生はニンマリとした笑顔を浮かべ「よく研究したね。明日からこれであんたも稼げるよ。うんその通りでいいよ」と私の仮説に合格を出してくれました。

◆台に座って10分も経たないで当たりが来た!

とはいえ、私は毎日朝からパチンコ屋通いが出来るような身分ではありませんから、パチンコ屋へ行くのは休みの日だけです。そこで先生にも認められた「必勝法」を実践して見ることにしました。台に座って10分も経たないで当たりが来ました。
一度止まってもしばらくするとまた当たりが来る。半日で数万円の勝利です。でも1度だけではまぐれや、たまたまの可能性もあります。次の休みの日にも朝からパチンコ屋へ向かいました。また勝利です。その日も数万円の儲けでした。

それ以来しばらくはパチンコでかなり「おいしい」思いをさせてもらいました。

その必勝法? それは簡単には教えられませんよ。でもある条件の店で、ある条件を満たした人が、ある台に座ればその必勝法に近い勝率は叩き出せるでしょう。「ある条件」はなかなか簡単ではありませんが、その方法を見つけ出せば巷に出回る「攻略法」や偽の「必勝法」のように高額で購入しなくとも高い勝率を収められることは私自身が経験したことです。

そうそう。くれぐれもギャンブルは節度を持って、のめり込まないようにしてくださいね。

(伊藤太郎)

タブーなきスキャンダルマガジン『紙の爆弾』!

抗うことなしに「花」など咲きはしない『NO NUKES voice』Vol.7

食欲の秋、スポーツの秋、読書の秋と何をするにもいい季節ですね。ご飯は美味しいし、今年はスポーツ界も話題が満載です。

ラグビーのW杯では、いや腰を抜かしましたよね。まさか南アフリカに日本が勝つのを生きているうちに見られるなんて夢にも思いませんでした。それだけでなく、中3日で対戦したスコットランド戦以外(ラグビーは激しいスポーツで怪我が付き物なので中3日での対戦は国際レベルでは「無理」と言われています)は全て勝利の3勝1敗!この結果こそ驚嘆に値します。日本はこれまでW杯では1勝しかしていなかったんですから。それ以前にW杯に出場すら出来ない時代も長く続きました

文芸春秋『Number』特別増刊「桜の凱歌 エディー・ジャパンW杯戦記」表紙を飾った五郎丸歩選手(2015年10月23日臨時増刊号)

◆ラグビーは日本で稀なボーダレス・スポーツ──次のW杯は2019年、日本です!

日本人選手の実力アップは嬉しい限りですし、外国人選手を大胆に起用したのも勝因ですね。ラグビーに詳しくない方には「なんで日本代表チームなのに外人がたくさんいるの?」と思われた方も多いのではないでしょうか。ラグビーはその国の国籍を持っていなくても、一定の条件を満たせば代表になれる、素敵な意味で「ボーダレス」なスポーツなんです。

そしてW杯の次回開催は2019年日本なんですよ! 自国開催だから益々力が入ることは間違いなしです。今大会で3勝1敗なのにベスト8に残れなかったのはちょっと残念ではありましたが、それは次回2019年日本大会で実現してもらいましょう。大会はニュージーランドの2連覇で幕をとじました。でもベスト15になんと五郎丸選手が選ばれたのです。日本選手がベスト15に選ばれるのはもちろん初めてで世界からも五郎丸選手をはじめとした日本チームの力が認められた証ですね。本当に立派だったと思います。拍手!

◆フィギュアスケートは羽生選手の「限界演技」に要注目!

シーズンが幕を開けたフィギュアスケートW杯のカナダ大会ではソチ五輪で金メダルの羽生結弦選手が2位に入りました。残念ながら勝利は1年半休養していた地元カナダとパトリック・チャンに譲りましたが、フリー演技の構成は世界中で羽生選手しか出来ない難度の高い技の連続でした。フィギュアスケートは技ごとに決められた基礎点を加算した技術点と芸術点の合計で点数が決まりますが、技をいかにきれいに決めたか、によって加点される仕組みになっています。簡単な技でも完璧、綺麗にこなすと1点プラスという具合です。

今回のパトリック・チャン選手は4回転ジャンプを1回、3回転半も1回というプログラム内容だったのに対して、羽生選手は4回転3回、3回転半1回というチャレンジングなプログラム構成でした。回転ってすごく体力を使うそうです。とくにプログラム後半のジャンプは転倒の危険もあるから、自信のない選手は後半にジャンプは入れません。

でも羽生選手はジャンプ盛りだくさん(これ以上はルール上も入れられないギリギリ)の「限界演技」を選択したわけです。フィギュアの選手はシーズンを通して同じプログラムを滑り、完成度を高めていくのが一般的です。羽生選手のプログラムはまだまだ「加点」要素がたくさんあります。技と技のつなぎもこれからさらに磨きがかかるでしょう。怪我さえしなければ今シーズンの終わりごろにはトータルで300点近い点数をたたき出す可能性もある、期待に満ちたプログラムです。要注目!

◆そして我が阪神タイガースは金本監督時代へ──「バカボン」掛布二軍監督にも期待大!

そして我が阪神タイガース。真弓、和田と地味な監督の後を引き継いだのが「アニキ」金本監督!二軍監督には天才バカボンのパパのように太って顔もそっくりになった懐かしの掛布!しばらく見ない間にバカボンのパパのような好々爺になった掛布二軍監督は選手がエラーしても「これでいいのだ」なんて言わないでしょうね(笑)。

でも伝説のバックスクリーン3連発、甲子園でこの目で見た私にはあの雄姿が忘れられません。甲子園当時はまだ外野席はプラスティックの椅子がなく、セメントの階段でした。もちろん自由席です。だから入場者数を数えるのもいいかげんで、内野から外野の通路が見えれば5万人、通路が見えなえれば5万5千人というのが基準だったそうです。

その満員の外野席、バックスクリーンにバース、掛布、岡田が巨人槇原投手に3連発を浴びせました。85年優勝した年です。あの時の甲子園の騒ぎ方はもう優勝決定のような喧騒でした。そういえばあの頃は観客の喜怒哀楽が今よりもっと激しかったような気がしますね。槇原が何度もマウンドに座り込んでいたのが印象的でした(関係ありませんが槇原は愛知県の大府高校出身です。この高校は公立でそれほど強くないけど時々秀でた選手を輩出します。元阪神の赤星も大府高校出身です)。

金本監督は秋季キャンプで全開モードです。フルイニング出場の世界記録をもつ47歳はまだ現役時代と体が全く変化していません。打撃だけなら今でもクリーンアップを任せられそうな筋肉のはりがあります。阪神に来る前は広島で鍛え抜かれた金本監督。広島といえばキャンプで練習をさせ過ぎるから、スタートダッシュはいいけれども例年鯉のぼりが空を舞う頃には落下が始まると比喩されるほど、伝統的にきつい練習で有名です。若いころの日々を金本監督は忘れてはいないでしょう。キャンプ2日目には7時間の練習を敢行したそうです。若手選手は「死にそうです」と弱音を吐いている中、金本監督は、なんと練習終了後トレーニングルームで足と膝のトレーニングを始めたそうです。選手はビビりますよね。3日にはキャンプを見に来ている観客が多いので、急遽練習メニューを変更して「今日は予定を変更して紅白戦をやります」と金本監督みずからマイクでアナウンスしました。観客は大喜び。

金本、掛布に加えて、矢野、今岡も脇を固めます。ピッチングコーチが誰になるのかが注目ですが、もうこの首脳陣の名前だけで観客を呼べるでしょう。プレーをする選手も全く気が抜けないでしょう。

来年の公式戦が今から楽しみです。


◎[参考動画]阪神タイガース 秋季練習 最終日 2015年10月30日

(伊藤太郎)

◎何度死んでも本当は死なない「笑点」歌丸師匠の真顔話が遺言のようで気にかかる

唯一無二の特報を同時多発で怒涛のごとく!月刊『紙の爆弾』12月号発売開始!

するな戦争!止めろ再稼働!『NO NUKES voice vol.5』創刊1周年記念特別号!

〈7・12鹿砦社弾圧10周年復活の集い〉

「紙の爆弾」を購読している全ての皆さん!「紙の爆弾」を読んでいなくても「検察」や「国」の横暴に危機感を抱く皆さん ! 特に関西地区在住の皆さんに訴えます。来る7月12日西宮で開催される「鹿砦社弾圧10周年復活への集い」へ圧倒的な参集を勝ち取りましょう!

10年前の7月12日、国家権力(検察)は敵意を剥き出しに鹿砦社に襲い掛かりました。当日朝日新聞1面に掲載された、松岡社長逮捕見込みを伝える検察のリーク記事から、神戸地検特捜による松岡社長逮捕勾留という前代未聞の弾圧は幕を開けました。

恥ずかしながら僕はその時、非正規の仕事をしていたので、疲れ果てて新聞を読むこともなく、鹿砦社への弾圧、松岡社長逮捕というこの大事件を知りませんでした。その後で詳しい事情を松岡社長から聞かされて、とんでもないことが起こっていたのだと知り、怒りが湧きました。そしてその当時、何も協力できなかったことを申し訳なく思いました。

でもどうでしょう皆さん。2005年から10年が経ち、鹿砦社は誰もが予想できなかった「復活」を遂げたのみならず、言論界では無視できない存在感を持つまでに「転生」しています。テレビや大手マスコミが政権の拡声器化する中、鹿砦社は一歩も原則を後退させることなく、この10年を闘い切ってきたと僕は思います。

季刊誌「NO NUKES voice」の発刊は鹿砦社から再度の「闘争宣言」と言ってもいいと思います。「脱(反)原発」に特化した雑誌の発刊は会社としての収益などと全く関係なく、ひたすら「こんなもの許せるか!」という怒りと過去無意識であった反省から発案されたものだと思います。僕はこういう雑誌を発行してくれる鹿砦社の本社が東京でなくて甲子園の横にあることに嬉しさを感じます。


◎[参考動画]鈴木邦男さん(一水会)の発言(杉並脱原発集会、2012.2.19)

◆青木理さん、鈴木邦男さんと共に「表現の自由」、「言論の自由」を考える

7月12日にはジャーナリストで公安や検察に詳しい青木理さんがゲストです。鹿砦社の「守護神」鈴木邦男さんも駆けつけてくださるそうです。言論弾圧を受けた松岡社長は事件後「酷い記事を書くからあそこはやられても仕方がないと言う人がいますが、やがて弾圧がそう言っている人達にも広がる可能性があることを考えてください」と繰り返し発言していました。松岡さんの予想は残念ながら外れました。多数の大手メディアは「弾圧」を受ける前に「自主規制」により、自ら言論・報道機関としての「死」を選択してしまったのです。


◎[参考動画]2012年6月30日国公法弾圧事件シンポジウム──最高裁は「表現の自由」を守れるか:青木理さん(約22分)

言論が死滅しつつある「焼野原」の中で僕たちはもう一度、「表現の自由」、「言論の自由」を考え確認しましょう!

今国会では戦争をするための法案が審議されています。鹿砦社弾圧10年後に「国民総弾圧・統制」と言うべき法案が審議されているのは不幸な偶然と言うべきでしょうか。

そんなものは絶対に許さない! 弾圧を跳ね除け、言論だけでなく国民生活への総弾圧=戦争が画策されている今こそ、断固とした言論による闘争を強化しようではありませんか。

再度7・12皆さんの集結を呼びかけます!

(伊藤太郎)


◎[参考動画]2005年12月16日「ムハハ no たかじん」ゲスト:鈴木邦男(約38分)

◎松岡利康-2005年7・12鹿砦社弾圧事件――関与した人たちのその後
◎松岡利康-7・12「名誉毀損」に名を借りた言論弾圧から10年──鹿砦社は復活した! 朝日新聞、当社広告を拒否!

タブーなき月刊『紙の爆弾』!話題の8月号絶賛発売中!

 

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