2014年に起きた「川崎老人ホーム連続転落死事件」では、同施設の介護職員だった今井隼人被告(29)が勤務中、80~90代の入所者3人を各居室のベランダから転落させ、殺害したとして一、二審共に死刑判決を受けた。しかし、無実を訴える今井被告は、現在も逆転無罪を諦めておらず、最高裁に上告中だ。

今井被告は本当にこの事件の犯人なのか。前編に引き続き、筆者が東京拘置所で今井被告と面会し、本人から聞き取った無実の訴えについて、事実関係に照らしながら紹介する。

◆自白が嘘なら、なぜ客観的事実に整合したのか?

今井被告の裁判の最大の争点は、捜査段階の自白が信用できるか否かということだ。

前編では、自白した理由に関する今井被告の説明には、とりあえず合理性があることをお伝えした。だが一方で、今井被告が自白した取り調べは録音録画されており、しかもその自白内容は客観的事実とよく整合している。

たとえば、仲川さんの事件について、今井被告は「仲川さんの部屋にあったパイプ椅子をベランダに持ち出し、その上に仲川さんを立たせたうえで転落させました」と自白しているが、実際に4階のベランダにはパイプ椅子が転がっていた。今井被告が本人の主張するように本当に無実なのであれば、なぜ、このような客観的事実と整合する自白ができたのか。

筆者がその点を質すと、今井被告は指を2本立て、「このような自白になった理由は2つあります」と言い、こう説明した。

「1つは、勤務中に仲川さんの部屋に入ることもあり、室内にパイプ椅子があったのを覚えていたことです。そしてもう1つは、仲川さんが亡くなった際に第一発見者に呼ばれ、ベランダに行って下を見た時、視界に“椅子っぽい物体”が入っていたことです。それで、取り調べでは最初、『仲川さんを“茶色い木の椅子”に立たせました』と供述したのですが、刑事に誘導され、最終的に『黒っぽいパイプ椅子に立たせました』と供述したのです」

この今井被告の説明については、納得しかねる読者もいるだろう。しかし、無実の被疑者がやってもいない容疑を自白する場合、自分が知っている情報をもとに「自分が犯人だったらどうするか」と想像しながら、やってもいない犯行を供述するのが一般的だ。今井被告の話は、冤罪における虚偽自白でいかにもありそうな話ではある。

一方、1人目の被害者・丑沢さんについて、今井被告は「丑沢さんを転落させた際には、丑沢さんの手を持ち、ベランダの柵に手をかけさせた」と自白している。そして実際、ベランダの柵には丑沢さんの指掌紋が付着しており、自白の内容がやはり客観的事実に裏づけられた形となっている。

今井被告はこの点について、こう説明した。

「僕は、丑沢さんが亡くなった時、警察の人たちが現場を調べていたのを見ていたのです。その時、『捜一』という腕章をした人がベランダの柵にポンポンと白い粉をつけていたので、丑沢さんの指掌紋がベランダの柵についていることがわかりました。それに合わせて、そういう自白をしたのです」

さらに今井被告はこう説明した。

「僕の自白は、犯人でなければ知りえない秘密の暴露はなく、供述心理学者の鑑定でも『犯行を体験していない可能性が高い』と判定されています。僕の自白は、あの施設の介護職員なら誰でも語れる内容なのです」

実際、一、二審判決を見ても、今井被告の自白の中に「秘密の暴露」にあたる供述があったとは示されていない。今井被告の話には、無下に否定しがたい説得力があるのは確かだ。

今井被告が収容されている東京拘置所

◆犯行予告のような発言をしたされる件の真相

ただ、裁判では、今井被告について、他にも怪しげな事実が示されている。

1人目の被害者・丑沢さんが亡くなった後、今井被告が同僚に対し、2人目の被害者・仲川さんや3人目の被害者・浅見さんが亡くなることを予見するような発言をしていたというのだ。

今井被告はこの点について、こう説明した。

「丑沢さんが亡くなった後、僕は再発防止のため、ベランダに防犯カメラをつけたり、柵を高くしたりすることを提案しました。それと共に自殺願望のようなことを口にしている危ない入所者の名前を4、5人挙げ、対策が必要だと言っていたのです。そのように名前を挙げた中に仲川さんと浅見さんもいたのです」

この今井被告の主張については、にわかに信じがたい読者もいると思われる。だが、よくよく考えると、仮に今井被告が犯人だとすれば、事前に犯行を予告するようなことを言い、疑われるリスクを高めるほうがむしろ変な話だ。

実際、一、二審判決を見ると、今井被告の主張を裏づける事実も示されている。浅見さんは事件前に「もう死にたい」「早く殺して」と口走っていたことが判明しており、丑沢さんも転落死する前、帰宅願望が高まり、「家に帰りたい」と言っていたというのだ。

これらの事実は、今井被告の主張を裏づけるのみならず、被害者たちが自ら転落死した可能性があることを示しているようにも思われる。

◆家族にも自白したのはなぜか?

もっとも、今井被告には、他にもまだ不利な事実がある。それは、警察に犯行を自白後、母親と妹にも罪を認める発言をしていることだ。

この点について、今井被告はこう説明した。

「母と妹に罪を認めたのは、取り調べの延長線上でのことです。警察で自白後、刑事から取り調べで話したことを母と妹にも話すように言われ、『やっていない』とは言えなかったのです。『やっていない』と言えば、刑事が機嫌を損ね、マスコミから守ってもらえなくなり、取り調べも元に戻ってしまうと思ったからです」

前編で既述した通り、今井被告は逮捕前からマスコミに追いかけ回され、「疑惑職員」と報じられたりもした。そして今井被告によると、刑事から「警察がマスコミから母ちゃんと妹を守ってやるから」と言われ、迎合してしまったことが、身に覚えのない罪を自白した理由の1つであるとのことだった。とりあえず、説明の辻褄は合っている。

だが、自白したら死刑などの重い罪になることはわからなかったのか? そう質すと、今井被告は、こう答えた。

「自白した時は、そこまで深く考えられませんでした。死刑とか、そういうことは思い浮かばなかったのです」

では、今井被告にとって、母親と妹はどのような存在だったのか?

「大切な存在です。うちは父親がいなかったので、僕は自分が家の長として2人を守らなければいけないと思っていました」

◆窃盗事件の被害者への思い

最後に、今井被告本人が聞かれたくないだろうことを突っ込んで、聞いてみた。

―― 今井さんは、どんな思いで介護の仕事をしていたのですか?

「僕が介護職員になったのは、祖父母を介護した経験が役に立つと思ったからです。実際、仕事は大変でしたが、人に感謝される仕事なので、やりがいはありました。被害者の方が亡くなった時はショックで、もうこういうことがないようにしたいと思っていました」

―― ただ、今井さんは、入所者から現金や貴金属を盗んでいた。そして、その盗んだ金で同僚におごったりしていたそうですが、なぜ、そんなことを?

「見栄を張りたかったんだと思います」

―― 窃盗の被害者の人たちへに対して、今、どんな思いを抱いていますか?

「申し訳ないことをしたと思います。示談が成立した人もいますが、人の気持ちはお金で買えません。取り返しがつかないことをしたと思っています」

終始堂々としていた今井被告だが、この時は殊勝な面持ちだった。ただ、答えをはぐらかすような様子はなく、正直に話している印象を受けた。

今井被告の冤罪の可能性については、今後も検証を続け、当欄でも報告させて頂きたいと思う。(完)

◎冤罪を訴え、最高裁に上告中 ──「川崎老人ホーム連続転落死事件」死刑被告人との対話
〈前編〉http://www.rokusaisha.com/wp/?p=44047
〈後編〉http://www.rokusaisha.com/wp/?p=44051

▼片岡健(かたおか けん)
ノンフィクションライター。stand.fmの音声番組『私が会った死刑囚』に出演中。編著に電子書籍版『絶望の牢獄から無実を叫ぶ―冤罪死刑囚八人の書画集―』(鹿砦社)。

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ[電子書籍版]─冤罪死刑囚八人の書画集─」(片岡健編/鹿砦社)

党綱領を自ら否定した自民党は即時解散せよ 岸田内閣改造人事の真相 月刊『紙の爆弾』2022年10月号

2014年に起きた「川崎老人ホーム連続転落死事件」では、同施設の介護職員だった今井隼人被告(29)が殺人罪に問われ、一、二審共に死刑判決を受けた。しかし、無実を訴える今井被告は、現在も逆転無罪を諦めず、最高裁に上告中だ。

筆者は、今井被告が本当にこの事件の犯人なのか疑問を抱き、今年の春頃から検証を始め、今井被告本人とも東京拘置所で計4回面会し、手紙のやりとりをしてきた。この取材を通じ、今井被告の冤罪の可能性は無下には否定できないと思うに至った。

前後編2回に分け、事実関係に照らしながら今井被告の無実の訴えを紹介したい。

◆事件のあらましと今井被告の第一印象

まず、事件の経緯を簡単に整理しておく。

事件が最初に世間の耳目を集めたのは2015年9月のことだった。前年(2014年)11、12月、川崎市の有料老人ホーム『Sアミーユ川崎幸町』で80~90代の入所者3人が4階と6階のベランダから転落死し、神奈川県警が捜査していると報道されたことによる。

それに伴い、同施設では、職員が入所者を虐待する事件や、職員が入所者から現金や貴金属を盗む事件が起きていたことも表面化。そのうち、盗みをはたらいた職員は、当時から転落死事件との関連を疑われてマスコミに追いかけ回され、週刊誌に「疑惑職員」と報じられたりもした。それが、当時23歳の今井被告だった。

翌2016年2月、神奈川県警は今井被告を殺人の容疑で逮捕。その決め手は、県警の任意調べに対し、今井被告が「被害者たちをベランダから投げ落とした」と“自白”したことだった。

その後、今井被告は裁判で自白を撤回し、無実を主張した。しかし、2018年3月、横浜地裁の裁判員裁判で入所者の丑沢民雄さん(事件当時87)、 仲川智恵子さん(同86)、浅見布子さん(同96)の3人を各居室のベランダから転落させ、殺害したとして死刑判決を受ける。そして、二審・東京高裁でも無実の訴えを退けられ、現在は最高裁に上告中という状況だ。

筆者が今井被告と初めて東京拘置所で面会したのは、今年4月初旬のことだった。今井被告はこの日、深緑色の長袖Tシャツを着た姿で面会室に現れた。

「頂戴したお手紙は届いています。同封されていた雑誌の記事のコピー、郵便書簡もありがとうございます」

今井被告は、落ち着いた口調でそう言った。坊主頭で、セルフレームの眼鏡をかけており、風貌は真面目そうな印象だ。体格は報道のイメージより大柄に感じられ、年齢のわりに物腰は堂々としていた。

◆取り調べで自白した理由

事前に取材の趣旨は手紙で伝えてあったので、筆者は今井被告に対し、単刀直入に質問した。

「本当に無実なら、なぜ一度、自白したのですか?」

今井被告は指を2本立て、「僕が自白した理由は大きく2つあります」と言い、以下のように説明した。

「1つは、マスコミから守って欲しかったということです。当時、僕と母、妹はマスコミに追いかけ回され、40人くらいに路上で囲まれたこともありました。カメラでパシャパシャ撮られ、『何もしていません』と答えても、『関与しているんでしょう』『本当はどうなんですか』と延々と言われ続けました。取り調べの刑事に『警察がマスコミから母ちゃんと妹を守ってやるから』と言われ、僕は刑事に迎合してしまったのです」

実際、今井被告が逮捕前からマスコミに追いかけ回され、「疑惑職員」と報じられたことは前記した通りだ。「マスコミから守って欲しかった」という主張は、とりあえず客観的事実に整合している。

逮捕前から「疑惑職員」と報じられた今井被告(週刊文春2015年9月24日号)※記事本文は一部修正した

では、自白したもう1つの理由は何か。今井被告はこう続けた。

「認めなければ、取調室をいつ出られるかわからない状態だったことです。取調室から早く出たい。逃げ出したい。そんな思いから自白したのです。自白後の取り調べは録音録画されていますが、自白に至るまでの経緯や取調室の状況は録音録画されていません。録音録画される前は、刑事からネチネチと取り調べを受けていて、その状態に戻りたくなかったのです」

この話を聞き、「無実の人間がその程度の理由で、やってもいない重大事件の罪を自白することがあえりるのか?」と疑問に思う人もいるかもしれない。しかし実際には、無実の人間のほうがむしろ、身に覚えのない罪を簡単に自白しやすいというのは供述心理学の定説だ。無実の人間は、自分が刑罰を受ける未来をリアルに想像できないので、取り調べの苦しみから逃れたくて、安易に自白してしまうのだ。

今井被告が語る「自白した理由」には、とりあえず合理性があると言える。

◆裁判で犯行動機が不明とされている事情

そもそも、今井被告はなぜ、疑われたのか。それは、『Sアミーユ川崎』で3件の転落死があった日にすべて出勤していた唯一の職員だったことだ。

そういう状況であれば、疑われても当然だ。だが、逆の視点から見ると、「そのような疑われるのが自明の状況で犯行に及ぶだろうか?」という疑問も浮かぶ。その点に水を向けると、今井被告はこう答えた。

「僕が3件の現場にいたから犯人だというのは逆におかしいというのは、一般論的に言えばそうだと思います。我々も一、二審で当然、『犯人であれば、普通はそういう状況でやらない』と主張しています」

自分自身のことを“一般論的に言えば”と語る今井被告。無実を主張する被告人は、裁判が進むにつれ、自分自身の行動などを客観的に語るようになることがよくある。今井被告もそのパターンかもしれない。

では、裁判で犯行動機はどう認定されているのか。実はこの事件で動機は、真相を見極めるための大きなポイントだ。

一、二審判決によると、1人目の被害者・丑沢さんについては、今井被告は介護業務中、認知症だった丑沢さんから暴言や暴力行為を受け、うっぷんを募らせ、転落死させたとされる。一方、2人目の被害者・仲川さんと3人目の被害者・浅見さんについては、実は今井被告が犯行に及んだ動機が裁判でも特定されていない。

今井被告はその点について、こう説明した。

「丑沢さんは正直、大変な人でしたので、僕は丑沢さんの事件で(嘘の)自白をした際、動機は『ストレスが溜まっていたからだ』ということにしました。しかし、仲川さんと浅見さんの件については、僕は動機を供述できなかったのです」

無実の被疑者は、身に覚えのない犯行を自白する際、事件について知っている情報をもとに、「犯人はどうやったんだろう?」と想像しながら犯行を供述する。今井被告は、仲川さんの件については、もっともらしい動機を想像で供述できたが、仲川さんと浅見さんの件については、もっともらしい動機を思いつかなかったというわけだ。

実を言うと、今井被告は裁判前、精神鑑定を受けている。そして一審判決では、その鑑定医の証言に基づき、今井被告は仲川さんと浅見さんについて、「心臓マッサージを行っているところを他人から見られるなどして周囲から評価されたい」と考え、犯行に及んだように認定されていた。しかし、二審判決でこの認定が否定され、動機は不明のままなのだ。

一般的に言えば、動機が不明というのは、冤罪事件の判決でよくあることだ。犯人ではない人間を犯人と認定すると、どうしても辻褄が合わないところが出てくるためだ。加えて、自白した理由についても、今井被告の説明はとりあえず合理性があると言えるのは既述した通りだ。

次回も引き続き、事件の検証結果を報告する。(つづく)

◎冤罪を訴え、最高裁に上告中 ──「川崎老人ホーム連続転落死事件」死刑被告人との対話
〈前編〉http://www.rokusaisha.com/wp/?p=44047
〈後編〉http://www.rokusaisha.com/wp/?p=44051

▼片岡健(かたおか けん)
ノンフィクションライター。stand.fmの音声番組『私が会った死刑囚』に出演中。編著に電子書籍版『絶望の牢獄から無実を叫ぶ―冤罪死刑囚八人の書画集―』(鹿砦社)。

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ[電子書籍版]─冤罪死刑囚八人の書画集─」(片岡健編/鹿砦社)

党綱領を自ら否定した自民党は即時解散せよ 岸田内閣改造人事の真相 月刊『紙の爆弾』2022年10月号

今回紹介する米子ラブホテル支配人殺害事件は、被告人の石田美実さん(65)の裁判が今日までに極めて特異な経過をたどってきた事件だ。

強盗殺人罪などに問われた石田さんは、2016年に鳥取地裁の裁判員裁判で懲役18年の判決を受けたが、2017年に広島高裁松江支部の控訴審で逆転無罪判決を勝ち取った。しかしその後、(1)最高裁で無罪判決を破棄されて控訴審に差し戻し、(2)広島高裁の第2次控訴審で裁判員裁判に差し戻し、(3)鳥取地裁の第2次裁判員裁判で無期懲役判決、(4)広島高裁松江支部の第3次控訴審で控訴棄却――という経過をたどり、現在は松江刑務所に勾留されながら最高裁に上告している。

つまり、石田さんは今日までに6度の裁判を受けながら、いまだに裁判が終結していないことになる。

私は2016年の最初の裁判員裁判の頃からこの事件を継続的に取材し、石田さんのことを冤罪だと確信するに至った。それゆえに私としては、一度は無罪判決を受けた石田さんが再び有罪とされたうえ、延々と被告人という立場に留め置かれ、身柄も拘束され続けていることが気の毒でならない。

ここでは、まず、この事件の概略と問題点を説明したうえ、石田さんの雪冤のために必要と思われる情報を募らせて頂きたい。

◆石田さんが有罪とされ続けている理由

事件が起きたのは、今から13年前に遡る。2009年9月29日夜10時過ぎ、米子市郊外のラブホテル「ぴーかんぱりぱり」の事務所で支配人の男性(当時54)が頭から血を流して倒れているのを従業員の女性が発見。支配人は病院に搬送されたが、頭部を激しく攻撃されていたほか、ヒモのようなもので首を絞められていた。そして一度も意識が戻らないまま、約6年に及ぶ入院生活を送り、2015年9月27日に息を引き取った。

警察の調べによると、現場の事務所では、金庫の中などの金が事件前より減っており、犯人は支配人の首を絞める際、事務所にあった電話線かLANケーブルを使ったと推定された。警察は支配人が事務所に入った際、金目的で侵入していた犯人に襲われたとみて、捜査を展開した。

しかし、警察の捜査は難航し、なかなか容疑者の検挙に至らなかった。捜査の結果、事件発生当時にこのホテルで店長をしていた石田さんが逮捕されたが、それは事件から4年半も経過してからのことだった。

石田さんは逮捕前の任意捜査の段階から一貫して容疑を否認。今日に至るまで無実を訴え続けてきた。そんな石田さんが裁判で有罪とされているのは、一見怪しげな事実が色々揃っていたからだ。

たとえば、石田さんは、事件翌日に230枚の千円札を自分の銀行口座に入金しており、さらにこの日から車で大阪に行くなどして1カ月以上も家をあけ、警察からの再三の事情聴取の呼び出しにも応じなかった。有罪率が極めて高い日本の刑事裁判では、被告人にこの程度の怪しげな事実が揃っていれば、いとも簡単に有罪とされてしまいだがちだが、現実に石田さんはそうなってしまっているわけだ。

実際には、銀行口座に入金していた230枚の千円札は、ホテルの店長だった石田さんが営業に必要な千円札が足りなくなった場合に備え、1万円札の両替用にストックしておいたものだった。石田さんは「あのお金が盗んだものなら、銀行口座に入金したりしませんよ」と言っていたが、たしかに犯人ならそんなアシのつくような真似はしない。

また、石田さんは元々、長距離トラックの運転手だったため、長期間に渡って家をあけることはよくあったし、仕事とは関係なく大阪で車上生活をしたこともあった。つまり、事件翌日から1カ月以上に渡って家をあけたことも、石田さんにとっては特別な行動ではなかった。裁判で有罪の根拠とされた石田さんの一見怪しげな事実は、本来、およそ有罪の根拠にはなりえないものだった。

現場のホテルの建物。現在は「ぴーかんぱりぱり」とは別のホテルに ※写真は一部修正

◆雪冤のために解消すべき疑問 ── 石田さんが犯人でなければ、一体誰が犯人なのか

もっとも、この事件では、石田さんが犯人でなければ、一体誰が犯人なのか――という疑問が残っている。というのも、事件が起きた現場のラブホテル「ぴーかんぱりぱり」は米子市郊外のひとけのない場所にあり、このホテルと無関係の人間がふらりと強盗目的で訪れることは考えにくい。そんな状況下、このホテルの店長だった石田さんは事件が起きた時間帯、現場のホテル内に居合わせていたことは確かだ。

このような構図の事件では、裁判で被告人を犯人と認めるには辻褄の合わない事実が色々判明しても、「被告人が犯人でなければ、一体誰が犯人なのか」という疑問が解消されないと、結局は有罪という結果になりがちだ。石田さんの裁判でも、事件発生時に現場にいた従業員たちの中に真犯人だと断定できるほどの人物が具体的に見当たらなかったため、石田さんが犯人にされてしまっている感がある。

ただし、一方で石田さんの裁判では、事件発生直後に現場に臨場した警察官たちの捜査が極めてずさんだったことが明らかになっており、別の真犯人の侵入や逃走の形跡が見過ごされていた可能性が浮上している。そこで、今回はこの事件について、「石田さんが犯人でなければ、一体誰が犯人なのか」という疑問の解消につながる情報を募りたい。

たとえば、事件が起きた2009年9月29日以前に現場のホテル「ぴーかんぱりぱり」に仕事で出入りするなどしてホテルの内情を知りえた人物で、かつ、その当時に不審な言動が見受けられた人物をご存じの読者はおられないだろうか。そのような「真犯人の要件を満たす人物」をご存じの方は、私のメールアドレス(katakenアットマークable.ocn.ne.jp)までご一報頂きたい。

※メールで連絡をくださる人は、アットマークを@に変えてください。
※この事件については、私は『冤罪File』(希の樹出版)No.26、No.28、 No.32でも詳しくレポートしている。No.32は現在も同誌の公式ホームページでバックナンバーを販売中のようなので、関心のある方は、ご参照頂きたい。
詳細はhttp://enzaifile.com/publist/shosai/12.html

▼片岡健(かたおか けん)
ジャーナリスト。編著に『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(リミアンドテッド)。stand.fmの音声番組『私が会った死刑囚』に出演中。

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ[電子書籍版]─冤罪死刑囚八人の書画集─」(片岡健編/鹿砦社)

党綱領を自ら否定した自民党は即時解散せよ 岸田内閣改造人事の真相 月刊『紙の爆弾』2022年10月号

今年、芸能界では、有名俳優や映画監督が次々に性暴力やパワハラを報じられ、出演作品やCMの降板、活動の休止などを余儀なくされている。そんな中、自身の「性加害」を報じた『週刊女性』に対し、民事訴訟を起こす反撃に出たのが、映画監督の園子温氏(60)だ。

その訴訟記録を東京地裁で閲覧したところ、園氏は同誌の記事の主要部分をほぼ全否定し、請求する損害賠償なども思いのほか巨額であることがわかった。『週刊女性』側にとって訴訟活動はハードなものになりそうで、「性加害」報道ブームに一石を投じる訴訟になりそうな予感もする。

園氏に訴えられた『週刊女性』4月5日発売号の記事 ※修正は引用者による

◆編集長と担当記者も被告に

「事実と異なる点が多々ございます」

園氏は公式サイトで5月19日、複数の女優に対する自身の「性加害」を報じた『週刊女性』4月5日発売号(表紙などには4月19日号と表記)の記事と、その続報を伝えた同誌4月12日発売号(表紙などには4月26日号と表記)の記事について、そう主張。同誌の発行元『主婦と生活社』を被告として損害の賠償と謝罪広告、インターネット記事(同誌の公式サイト『週刊女性PRIME』に掲載された上記2つの記事)の削除を求める訴訟を起こしたことを公表した。

東京地裁で訴訟記録を閲覧したところ、実際には、園氏は『主婦と生活社』のみならず、同誌編集長の栃丸秀俊氏と担当記者も被告として提訴。同誌の記事により名誉を毀損され、脚本・監督を担当したハリウッド映画の制作が中止になるなどしたとして、1億1000万円の損害賠償を請求し、さらに朝日、読売、毎日、日経、産経の5紙に各1回、『週刊女性PRIME』に10週間、それぞれ謝罪広告を掲載するように求めている。この種の訴訟としては、かなり巨額の請求だと言える。

そして、それ以上に驚かされたのが、園氏が訴訟の対象とした2つの記事について、主要部分のほぼすべてを「真実ではなく、虚偽である」と否定していることだ。事案の内容を正確に伝えたいので、2つの記事のうち、園氏が「虚偽」と主張する部分を以下にすべて示す。

・・・・・以下、『週刊女性』4月5日発売号の記事(タイトルは『映画監督・園子温(60)が女優に迫った卑劣な条件「オレと寝たら映画に出してやる」』)のうち、園氏が「虚偽」と主張する部分・・・・・

①「今も平気で“俺とヤッたら仕事をやる”と言う映画監督がいます。彼の作る映画は評価が高く、作品に出たがる女優はたくさんいます。それを利用して、彼は当たり前のように女優たちに手を出している。それが、園子温です」
※記事によると、証言者は「さる映画配給会社の幹部」。

②「出演予定の女優を園監督が自分の事務所に呼び出して、性行為を迫ったけれど、彼女は断った。すると園監督は前の作品に出ていた別の女優を呼び出して、目の前で性行為を始めたというんです」
※記事によると、証言者は「前出の映画配給会社の幹部」。

③園の映画作品に出演したことがある、女優のAさんは眉をひそめ、こう証言する。
「普段から“女はみんな、仕事が欲しいから俺に寄ってくる”と話していました。“主演女優にはだいたい手を出した”とも」

④園作品に出演したことがある女優のBさんが、その身に起きた実体験を告白する。
「あるイベントで出会い、LINEを交換したんです。その後、新宿で飲むことになりました。複数人いましたが、その席ではたしかに“俺はたくさんの女優に手を出しているけど、手を出したやつには仕事を与えている。だからほかの監督とは違うんだ”と話していました」
悪びれる様子もなく、堂々と話していたというのだから、それが“問題行為”だという認識を持ってはいなかったのだろう。

⑤「当時の私は“役者として売れたい”という目標があったから必死でした。あるとき園さんから連絡が来て、都内のシティホテルに来ないかと誘われて。“俺は仕事あげるよ”とずっと言っていたので、受け入れて向かったんです」(Bさん、以下同)
平日の昼間、Bさんはそこで園と関係を持った。
「嫌がることをされたとかはありませんが、“彼氏がいるなら、彼氏に電話しながらシタい”と言われました。“いない”と伝えたら“俺のために彼氏つくって”と。そういう性癖なんでしょうね。避妊はしてないです」
ほどなくして、園が監督する新作のオーディション案内が事務所に届いた。
「会場で園さんと会ったとき、アイコンタクトをしてきたので“受かった”と思いました。撮影が終わった後も、何度かLINEが来ました」

⑥「マネージャーと一緒にアトリエに呼ばれて3人でビールを飲んでいたら、いきなり園さんが脱ぎ始めて“ふたりでフェラして”と要求してきたそうです。結局、園さんは飲みすぎたせいか、途中でやめてしまったみたいですけど」
※記事によると、証言者は前出のBさん。「別の女優から聞いた話」として、このように証言したという。

⑦向かいに座っていたはずの園だったが、話をしながらだんだんCさんに近寄ってきて、いつの間にか隣に。
「肩に腕を回して、突然キスされて……。私は驚いて“本当にやめてください。さっき、奥さんに感謝してるって言ってたじゃないですか”と。すると、今度は違う話をし始めて、抱きついてきたんです」
その後も押し問答が続く。
「ずっと抵抗していると“俺は業界で有名なヤリチンだよ?”って言ってきました。言い間違えだったようで“違う、違う! 有名なアゲチン!”と焦っていましたが……。そして“俺、ハットがすごい好きなんだよ。コレクション見せるよ”と、別の部屋に案内されました」
その部屋が、寝室だった。
「私は、絶対に寝室に入りたくなかったので、ドアの外からハットを見ていました。でも、強引に腕を引っ張られ、ベッドに押し倒されて馬乗りされました。そして、キスをされたり、首元を舐められたり、胸を揉まれたり……。さらに“めっちゃ勃ってる”と私の身体に股間を押しつけてきて触らせようとしてきたり、服の首元から、中に手を入れられたりもしました」
どうにか部屋を出ようと、Cさんは床に転がり下りた。
「園は服を脱いで、“見て見て。勃起してる”と言ってきました」

・・・・・以下、『週刊女性』4月12日発売号の記事(タイトルは『園子温「覚悟の性暴力告白」に対して“法的措置”で威嚇 被害女性が憤怒「また傷つけられた」』)のうち、園氏が「虚偽」と主張する部分・・・・・

①「予想どおりの反応でした。そもそも謝る気がないんです。自分がした行為がどれだけ卑劣なことか、わかっていないんですよ」
怒りで声を震わせながら、そう話すのは、映画監督の園子温から受けた“性被害”を、4月5日発売の週刊女性で告白した元女優のひとり。

②かつて園と親交があったという別の女優は、彼の人柄についてこう明かす。
「性暴力ではないですが、撮影現場で“俺にはヤクザがバックについてるからな!”と、もめた相手を威圧しているのを見たことがあります。本当にヤクザと関係があるなら、そんなこと言わないでしょうけど。自分を大きく見せようとする、すっごく気の小さい人なんですよ」

◆『週刊女性』側にとってハードな戦いになりそうな理由

さて、このように記事のうち、園氏が「虚偽」と主張する部分を見ただけで、『週刊女性』側にとってハードな戦いになりそうだと筆者が予想する理由をわかる人はわかるだろう。

名誉毀損訴訟では、訴えられた側が仮に相手方の名誉を毀損する表現をしたと認定されても、その表現の公共性や公益性、真実性を立証できれば、免責される。今回の場合、『週刊女性』の2つの記事は、芸能界の性暴力やパワハラが社会問題化する中、著名な映画監督による複数の女優らに対する「性加害」を報じたものだから、公共性や公益性は認められるはずだ。

しかし、園氏にここまで徹底的に記事内容を否定されたら、『週刊女性』側にとって記事の真実性を立証するのは大変だろう。記事中で園氏の「性加害」を証言している映画配給会社幹部や女優ら「匿名の取材協力者たち」に実名を明かしてもらったり、場合によっては法廷で証言してもらったりしなければならないことが考えられるからだ。

法的なことだけを言えば、『週刊女性』側は仮に記事の真実性を立証できずとも、真実と信じた相当の理由や根拠があることを立証できれば足りる。しかし、そのために取材協力者たちに面倒をかけること自体、メディアにとって辛いことだ。

この訴訟で『週刊女性』側が仮に敗訴し、巨額の損害賠償や謝罪広告の掲載を余儀なくされればもちろんのこと、仮に勝訴したとしても取材対象者たちを法廷に立たせるようなことになれば、俳優や映画監督に関する「性加害」報道ブームにブレーキがかかったり、メディア全体が「性加害」報道のあり方の検証を迫られたりする可能性もあるように思う。

▼片岡健(かたおか けん)
ノンフィクションライター。編著に『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(リミアンドテッド)。stand.fmの音声番組『私が会った死刑囚』に出演中。

党綱領を自ら否定した自民党は即時解散せよ 岸田内閣改造人事の真相 月刊『紙の爆弾』2022年10月号

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ[電子書籍版]─冤罪死刑囚八人の書画集─」(片岡健編/鹿砦社)

今回取り上げる米原汚水タンク女性殺害事件は、10年余り前の事件発生時、センセーショナルに報道され、社会の耳目を集めた。だが、この事件について、冤罪の疑いを指摘する報道はこれまでにほとんどなかった。それゆえ、この事件をここで取り上げることに違和感を覚える人もいるかもしれない。

だが、この事件の犯人とされている森田繁成氏という男性は、まぎれもなく冤罪だ。今回もまず、事件のあらましを説明したうえ、この事件を解決するための情報を募りたい。

◆センセーショナルに報道された事件

事件は2009年6月12日の朝、滋賀県米原市の農道脇に設置された汚水タンクから女性の遺体が見つかり、発覚した。女性は小川典子さん、当時28歳。小川さんは長浜市で両親と暮らし、大手ガラスメーカーの工場で派遣社員として働いていたが、2日前から行方不明になっていた。

遺体の発見者は汚水の運搬業者である。汚水を回収しようとタンクのフタをあけた際、中から作業服姿の小川さんの遺体が出てきたという。解剖の結果、小川さんは鈍器で頭部や顔面を乱打されて瀕死の状態に陥り、最後はタンクに落とされ、汚水を吸い込んで窒息死したと判定された。被害者がこのような悲惨な最期を遂げたことは、この事件が当時センセーショナルに報道された理由の1つだ。

そして事件発覚から1週間が過ぎた6月19日、滋賀県警の捜査本部は1人の男性を殺人の容疑で逮捕した。この男性が森田氏だ。当時40歳だった森田氏は、小川さんが働いていた大手ガラスメーカーの工場に正社員として勤務していた。妻子ある身でありながら、職場の部下にあたる小川さんと交際しており、このことが何より事件に関するセンセーショナルな報道を巻き起こしたのだった。

当時の報道では、森田氏は近所で「子煩悩な父親」という評判がある一方、普段から交際相手の小川さんに暴力をふるっていたように伝えられた。さらに森田氏の車のフロントガラスにひびが入っていた事実が判明すると、森田氏が犯行時に小川さんと争った痕跡であるかのように報道されたりもした。こうした犯人視報道が大々的に繰り広げられる中、森田氏はおのずとクロのイメージになっていた。

一方、森田氏本人は捜査段階から一貫して無実を訴えていたが、裁判では2013年2月、最高裁で懲役17年の判決が確定。この間、森田氏の犯人性に疑問を投げかけるような報道はほとんど見当たらなかった。そのため、裁判の結果に疑問を抱く人が世間にほとんどいないのも当然といえば当然だ。

被害者の小川さんは、手前のマンホールの下にある汚水タンクに落とされ、亡くなった

◆報道のイメージと異なる事件の実相

しかし、この事件の実相は報道のイメージと随分異なっている。

たとえば、森田氏が逮捕された当初、小川さんが事件前に「森田氏から暴力を振るわれている」と同僚に相談していたという話がよく報じられていた。森田氏が普段から小川さんに暴力をふるっていたかのように伝えられた根拠がそれだった。

しかし裁判では、森田氏と小川さんのメールの履歴から、むしろ小川さんのほうが森田氏に対して積極的に不満を伝えていることが判明し、一方で森田氏が小川さんに暴力を振るっていたことを窺わせる文面は見当たらなかった。確定判決はこうした事実関係に基づき、小川さんが「森田氏から暴力を振るわれている」と同僚に相談していたのは「誇張」した話であった可能性があると判断していた。

また、森田氏の逮捕当初、犯行の痕跡であるように報じられていた森田氏の車のフロントガラスのひびについては、「事件以前」に生じたものだったことが裁判で明らかになっていた。要するにこれが犯行の痕跡だと示唆した報道は「誤報」だったわけである。

さらに裁判では、小川さんの遺体の状況から犯人が返り血を浴びていることが濃厚であるにもかかわらず、森田氏が犯行時に乗っていたとされる車の運転席周辺から血液が一切検出されていないことも判明していた。このようにむしろ、森田氏の犯人性を否定する事情も存在したわけだ。

一方、確定判決では、有罪の根拠として、森田氏の事件後の行動が色々挙げられている。

たとえば、(1)小川さんの失踪を知っても安否を気づかうような行動をとっていなかった、(2)自動車修理工場の代表者に電話をかけ、小川さんとの交際を口外しないように依頼していた、(3)小川さんとの間で交わされたメールを含む携帯電話のデータを削除していた──などだ。要するにこのような「被害者とのつながりを隠す行動」が不自然であり、犯人であることを示す事実だと判断されたわけである。

しかし、そもそも森田氏が小川さんと不倫関係にあったことを思えば、小川さんが失踪したことや殺害されたことを知った後、小川さんとのつながりを隠す行動をとっても決して不自然とは言えない。このような森田氏の行動について、犯人であることを示す事実だと判断するというのは、むしろ裁判官や裁判員が森田氏に対して予断や偏見を抱き、審理に臨んでいたことを窺わせる事情である。

事件発生当時、滋賀県警の捜査本部が置かれた米原署

◆インターネットの掲示板に多数あった「被害者を誹謗中傷する書き込み」

実を言うと森田氏の裁判の控訴審では、弁護側が「森田氏とは別の犯人」が存在する可能性を示す事実があるとして、次のようなことも主張している。

「事件以前からインターネットの掲示板には、被害者を誹謗中傷する書き込みが多数あった。犯人はその中に存在する可能性も考えられる」

この弁護側の主張は裁判官に退けられたが、事件発生当時、インターネット上の掲示板にそのような書き込みが散見されたことについては事実関係に争いはない。ただ、残念なのは現在、この掲示板が見当たらなくなっており、追跡調査ができないことだ。

そこで今回は、この掲示板への書き込みをはじめとして被害者の小川さんのことを敵視していた人物に関する情報を募りたい。情報をお持ちの方は、私のメールアドレス(katakenアットマークable.ocn.ne.jp)までご一報ください。

※メールで連絡をくださる人は、アットマークを@に変えてください。
※この事件については、私が取材班の一員を務めた記事が2011年発行の『冤罪File』No.12(希の樹出版)に掲載されている。バックナンバーは現在も購入可能のようなので、関心のある方はご参照頂きたい。詳細はhttp://enzaifile.com/publist/shosai/12.html

▼片岡健(かたおか けん)
ノンフィクションライター。stand.fmの音声番組『私が会った死刑囚』に出演中。編著に電子書籍版『絶望の牢獄から無実を叫ぶ─冤罪死刑囚八人の書画集─』(鹿砦社)。

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ[改訂版]─冤罪死刑囚八人の書画集─」(片岡健編/鹿砦社)

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当欄で繰り返し取り上げてきた「冤罪」今市事件では、小1の女の子を殺害した濡れ衣を着せられた勝又拓哉氏がいまだ雪冤を果たせず、千葉刑務所で無期懲役刑に服している。

その勝又氏の裁判員裁判で公判を担当した宇都宮地検の田渕大輔検事がその後、大阪地検特捜部の検事として捜査に従事した巨額横領事件で、証人に対して虚偽供述を無理強いする取り調べを行い、再び冤罪づくりに加担していたことがわかった。

その調査結果を以下に報告する。

◆プレサンス元社長の冤罪被害は「78億7267万1780円」

田渕検事が新たに加担した冤罪事件で被害に遭ったのは、不動産会社「プレサンスコーポレーション」(以下、プレ社)の前社長・山岸忍氏。1997年に同社を創業し、一代で東証一部上場企業に育て上げた立志伝中の人物だ。

ところが、学校法人明浄学院の元理事長・大橋美枝子氏らが土地売却の手付金21億円を横領したとされる事件(以下、明浄学院事件)をめぐり、山岸氏も横領に関与したという濡れ衣を着せられ、1999年12月、大阪地検特捜部に逮捕された。裁判では、2021年10月、大阪地裁で無罪判決を受け(検察側が控訴せずに確定)、濡れ衣は晴れたが、その冤罪被害は報道のイメージよりはるかに甚大だった。

山岸氏は今年3月、この冤罪被害に関し、国を相手に7億7000万円の支払いを求める国家賠償請求訴訟を大阪地裁に起こした。

その訴えによると、山岸氏の逮捕により、プレ社の株価はストップ安に。山岸氏は社長を辞任せざるをえなくなり、何もなければ得られた役員報酬2億1060万円を得られなかった。所有していた同社の株式1260万2800株についても、逮捕前より75億6188万円も安い株価での売却を余儀なくされた。精神的損害なども含めると、山岸氏が冤罪で被った損害額は合計78億7267万1780円に及ぶという。

つまり、仮に国賠訴訟で請求がそのまま認められ、国から7億7000万円が支払われたとしても、山岸氏の損害はまったく回復されないに等しい。そもそも、自ら創業し、東証一部上場企業に育て上げた会社を手放さざるを得なくなった無念や、著名人ゆえに逮捕時に大きく報道され、その名前と容貌を「犯罪者」として社会に広められた屈辱感などにより負った心の傷は一生、癒えることはないだろう。

山岸氏は、国賠訴訟に提出した意見書で、提訴の動機を「法律的な見地からこの冤罪事件を客観的に検証して頂きたい、これに尽きます」と説明している。それは山岸氏にとって、「せめてもの願い」と思われる。

◆録音録画映像で判明した田渕大輔検事の虚偽供述無理強いの詳細

では、この冤罪に加担し、証人に虚偽供述を無理強いした田渕検事の取り調べとは、どのようなものだったのか。

明浄学院事件では、山岸氏のほか、前出の大橋氏ら5人が大阪地検特捜部により起訴された。田渕検事による虚偽供述の無理強いは、この5人のうち、懲役2年・執行猶予4年の判決を受けたプレ社の元執行役員・小林佳樹氏の取り調べで行われた。

国賠訴訟の訴状には、この取り調べの録音録画映像をもとに、小林氏に対する田渕検事の発言の数々を反訳した文章が記載されている。「百聞は一見にしかず」なので、実際に見て頂こう。

・・・・・以下、小林氏に対する取り調べでの田渕検事の発言・・・・・

「嘘だろ。今のが嘘じゃなかったら、何が嘘なんですか」

「嘘ついたよね」

「何で、嘘ついたの」

再び冤罪に加担した田渕大輔検事(「司法大観」平成19年版より)

「いや、『はい』じゃないだろ。反省しろよ、少しは。何、開き直ってんだよ。何、開き直ってんじゃないよ。何、こんな見え透いた嘘ついて、なおまだ弁解するか。何だ、その悪びれもしない顔は。悪いと思ってるんか。悪いと思ってるのか。悪いと思ってるんですか」

「私、何度も聞いた。嘘は一つも無いのかと。明らかな嘘じゃないか。何で、そんな悪びれもせず、そんなことを言うんだ。なぜですか。なぜだ。大嘘じゃないか」

「よしんば、これで嘘を認めて、会社の中で口裏合わせをしましたと認めるならまだしも、そこからまだ悪あがきをするとはどういうことだ。どういうことなんですか。何を考えてるんですか、あなたは。嘘じゃないですか。嘘つきましたよね。ついたよね」

「変えてるじゃないか。いい加減にしなさい。これ以外にも嘘いっぱいついてるだろ。私に、これ以外にも私に嘘いっぱいついたでしょ。私はあなたの良心に少し賭けてみた。私は、悪いあなたが出てきたら、今みたいな弁解すると思いましたよ。でも、あなたが嘘をついたことで悔い改めたら、頭を下げると思ってました。でも、あなたはそれどころか、逆ギレじゃありませんか。しかも、そんな怖い顔をして。悪びれるどころか、嘘の上塗りしてんだよ。何でそんなことするんです。他にも嘘をついてるだろ」

「そうすると、プレサンス側でこの事件に関係している人間として一番いけなかったのは誰ということになると、小林さんということになるけど、それで合っているの」

「会社とかから、今回の風評被害とか受けて、会社が非常に営業で損害を受けたとか、株が下がったとかいうことを受けたとしたら、あなたにその損害賠償できます? 10億、20億じゃ済まないですよね。それを背負う覚悟はしていますか」

「結局、あなたが何をしたかというと、山岸さんをかばうために嘘をついているという評価になるんですよ」

・・・・・以上、小林氏に対する取り調べでの田渕検事の発言・・・・・

このように田渕検事は小林氏を侮辱したり、脅迫したりして、山岸氏が横領に関与していたかのように供述するように無理強いした。その結果、追いつめられた小林氏は山岸氏を貶める虚偽供述をしてしまい、山岸氏が無実の罪により逮捕、起訴される一因になったのだ。

なお、田渕検事の上記の発言のうち、小林氏に風評被害の責任があるかのように威嚇し、「あなたにその損害賠償できます? 10億、20億じゃ済まないですよね。それを背負う覚悟はしていますか」などと脅迫した発言については、大阪地裁が山岸氏に宣告した確定無罪判決で「真実とは異なる内容の供述に及ぶことにつき強い動機を生じさせかねない」と厳しく批判している。

◆勝又氏の公判では、別の検事の酷い取り調べをたしなめていたが……

ところで、今市事件では、無実の勝又氏は裁判で事実上、捜査段階の自白のみを根拠に有罪とされた。この自白の任意性や信用性を検証するため、第一審・宇都宮地裁の裁判員裁判では、勝又氏を取り調べた2人の検事のうち、大友亮介検事が証人出廷し、田渕検事がその尋問を担当している。

この大友検事については、勝又氏に対する今市事件での初めての取り調べを録音録画していなかったことや、録音録画された取り調べで延々と勝又氏に侮辱的かつ高圧的な言葉を浴びせ、自殺未遂にまで追い込んでいたことが公判中に判明していた。田渕検事はそんな大友検事に対する尋問の際、悲しそうな表情をして、大友検事にたしなめるようなことを言っていた。

プレサンス事件で小林氏を取り調べた際の田渕検事の発言を見ると、勝又氏の裁判員裁判での「善人」のような雰囲気を醸し出した振舞いは、裁判を検察側に有利に導くための「芝居」に過ぎなかったのではないかという疑念を抱かざるを得ない。

なお、大阪地検に取材を申し入れ、明浄学院事件での田渕検事ら同地検特捜部の検事たちの取り調べ中の言動について、正当だと考えているのか否かを質問したが、期限までに回答はなかった。

▼片岡健(かたおか けん)
ジャーナリスト。出版社リミアンドテッド代表。田渕大輔検事が公判を担当した勝又拓哉氏(今市事件)の裁判員裁判については、『冤罪File』No.25に詳細な傍聴記を寄稿している。

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今回取り上げる富士河口湖町女性新聞販売店員殺害事件については、冤罪の疑いがあること以前にそもそも事件の存在自体を知らない人が多いだろう。しかし、この事件の犯人とされている男性は、身に覚えのない罪により無期懲役という重い刑に服しており、まぎれもなく重大な冤罪事件だ。

まず、事件のあらましを説明したうえ、男性の雪冤のために必要と思われる情報を募らせて頂きたい。

◆12年余り前に山梨県の富士河口湖町で起きた事件

田中さんが指名手配された際は大きく報道された(山梨日日新聞2010年2月6日朝刊)

事件は今から12年余り前、山梨県の富士河口湖町で起きた。被害者は、この町の新聞販売店で配達や集金の仕事をしていた平尾恵美子さん(当時61)という女性である。

2010年2月1日、平尾さんは午前0時から店で朝刊の配達準備をする予定になっていたが、店に出勤してこなかった。そこで午前1時30分頃、同僚の男性が平尾さん宅のアパートを訪ねたところ、平尾さんは室内で首にビニールひもを巻きつけられて亡くなっていたという。

司法解剖では、平尾さんの死亡時刻は前日(1月31日)の夜7時から夜11時と推定された。その日は月末だったこともあり、平尾さんは集金した新聞購読代金や給料など多額の現金(裁判の認定では約57万円)を所持していたとみられる状況だったが、わずかな小銭以外は見当たらなくなっていた。こうした状況から犯人は金目当てで犯行に及んだ可能性が疑われた。

そしてほどなく平尾さんの知人である一人の男性が警察の捜査線上に浮上した。田中龍郎さん、当時57歳。甲府市内のマンションで高校生の長男と二人で暮らし、平尾さん宅の近くにあるフィリピンクラブで働いていた男性だ。

◆被害者に借金の返済を迫られていた知人男性が無期懲役の判決を受けたが……

田中さんは常に金に困っている人で、当時も長男の高校の授業料や住んでいたマンションの家賃をはじめ、生活の根幹にかかわる支払いの多くが滞っていた。そのため、周囲の人たちから借金を重ねていたのだが、とくに平尾さんからは多くの借金を重ねており、携帯電話のメールで返済を激しく迫られていた。田中さんが警察に疑われた第一のきっかけは、この平尾さんのメールの履歴だった。

さらに田中さんは事件後、額や頬にひっかき傷を負っていたうえ、警察が平尾さんの爪や着衣から採取したDNA型は田中さんのものと一致した。それに加え、事件後に田中さんが所持していた紙幣からも平尾さんの指紋が検出された。これだけ疑わしい事実が揃っていると、田中さんが警察に疑われたこと自体は仕方がないといえる。

警察はこれらの事実に基づき、田中さんを任意で厳しく取り調べたが、田中さんは頑なに容疑を認めなかった。しかし、任意の取り調べが4日続いたところで、田中さんは警察の呼び出しに応じず、逃走してしまう。警察がこの事態を受け、田中さんを指名手配したことにより、田中さんは平尾さん殺害の被疑者として大々的に報道され、真っ黒なイメージになった。

そして逃走中、知人にかけた電話を逆探知された田中さんは、静岡市内の温泉施設にいたところを強盗殺人の容疑で逮捕された。田中さんは逮捕後も一貫して無実を訴えたが、裁判では2010年8月、一審・甲府地裁の裁判員裁判で無期懲役の判決を宣告され、控訴、上告も棄却され、無期懲役刑に服することになった。

◆意外に乏しい有罪証拠

さて、こうしてみると、田中さんについては、有力な有罪証拠が揃っているような印象を受ける人もいるかもしれない。しかし実際には、田中さんの有罪を裏づける証拠は乏しい。

まず、田中さんが所持していた紙幣から平尾さんの指紋が検出された件について。そもそも、田中さんは平尾さんからお金を借りていたのだから、田中さんの所持していた紙幣から平尾さんの指紋が検出されるのは当然だ。こんなことは、およそ有罪の根拠にはなりえない。

また、田中さんの額と頬のひっかき傷や、平尾さんの爪などから田中さんのDNA型が検出されたことについては、田中さんはこう釈明している。

「事件当日、借金の返済猶予を頼んだところ、怒った平尾さんにメガネを叩き落され、その際に引っかかれる形になったのです」

この釈明にも何ら不自然なところはない。田中さんは平尾さんに借金を重ね、激しく返済を求められていたからだ。返済猶予を求めたら、平尾さんが怒るのも当然だ。

そして任意の取り調べが続く中、逃走した事情については、田中さんは「警察の取り調べが厳しく、死んで潔白を証明しようとした」と説明している。事実関係に照らせば、この説明も辻褄が合っている。田中さんは逃走中、以前住んでいた松本市を訪ね、知人に会ったり、子供が少年野球をしていたグラウンドに足を運んだりしており、死ぬ前に「思い出の地」をもう一度訪ねておきたいという心理が行動に現れているからだ。

このように有罪証拠が乏しい中、裁判で田中さんに極めて不利に評価された証拠が携帯電話の「位置情報」だった。

というのも、田中さんは事件当日、借金の返済猶予を頼むために富士河口湖町の平尾さん宅を訪ねた時間について、「午後4時30分ごろから午後5時ごろだった」と説明しているのだが、この時間帯、交際相手の女性に電話した際、携帯電話が富士河口湖町から20キロ余り離れた甲府市大里町の基地局と接続していた。そのため、裁判でこの田中さんの説明は信用されず、田中さんが平尾さん宅を訪ねたのは犯行時間とされる「午後8時前」と認定されたのだ。

だが、この認定にも疑問を差し挟む余地はある。というのも、田中さんが使っていた携帯電話のキャリアauのホームページでは、携帯電話の基地局に基づく位置情報は、最大で十数キロメートル程度の誤差があることが公表されているからだ。つまり、携帯電話の基地局に基づく位置情報は、信頼性が高い証拠とは認め難いのが現実なのである。

被害者の平尾さん宅

◆犯人を特定するための情報を知っている人が存在するとすれば、被害者のご長男

もっとも、この事件では、田中さんが犯人でなければ一体誰が平尾さんを襲い、金を奪ったのか……という問題が残っている。

というのも、事件現場となった平尾さん宅のアパートは長屋風のつくりで、裕福な人が住んでいるようには到底見えない。月末であれば、平尾さんが集金した新聞購読代金や給料など多額の金を所持することを知っている人も限られる。こうしてみると、見ず知らずの人間が突如、平尾さん宅を訪れ、金目当てに平尾さんを殺害するとは考え難いのだ。

そこで、私は平尾さんの親族に話を聞いてみたいと思った。しかし、平尾さんは出身地の北海道から1994年頃に富士河口湖町に移り住み、ずっと一人暮らしをしていた人で、その詳細な経歴はわからなかった。わかったのは、夫とは死別し、子供は長男が一人いるということくらいだった。

つまり、真犯人を特定するための情報を何か知っている人が存在するとすれば、この長男くらいだ。そこで今回はこの長男に関する情報をこの場で募りたいと思う。

平尾さんのご長男は、角田則幸さんという。1972年3月生まれだから、ご存命であれば現在50歳だ。以前は茨城県で毎日新聞の拡張員として働かれていたという情報もある。

角田則幸さんが現在どこで、何をしておられるかをご存じの方は私のメールアドレス(katakenアットマークable.ocn.ne.jp)までご一報ください。あるいは、角田則幸さんご本人が直接連絡をくださるなら、よりありがたく思います。

よろしくお願いします。

※メールで連絡をくださる人は、アットマークを@に変えてください。
※この事件については、2011年発売の『冤罪File』No.14に詳細な記事を書いているので、関心のある方はご参照頂きたい。

▼片岡健(かたおか けん)
ノンフィクションライター。出版社リミアンドテッド代表。編著『絶望の牢獄から無実を叫ぶ―冤罪死刑囚八人の書画集―』(鹿砦社)の電子書籍版が発売中。

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ[改訂版]─冤罪死刑囚八人の書画集─」(片岡健編/鹿砦社)

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2022年8月号

2005年12月、栃木県今市市(現在は日光市)で小1の女の子・吉田有希ちゃん(当時7)が下校中に失踪し、茨城県常陸大宮市の林道脇のヒノキ林で刺殺体で見つかった「今市事件」は、無期懲役判決が確定した元台湾人の男性・勝又拓哉氏(40)について、裁判中から冤罪を疑う声が多く聞かれた。

それも当然と言えば当然だ。この事件では、勝又氏を有罪とする証拠は事実上、捜査段階の自白だけだ。しかも、その唯一の有罪証拠である捜査段階の自白についても、確定判決である東京高裁(藤井敏明裁判長)判決が次のように述べているほど極めて曖昧なものなのである。

〈本件自白供述のうち、殺害犯人であることを自認する部分を超えて、本件殺人の一連の経過や殺害の態様、場所、時間等に関する部分にまで信用性を認めた原判決の判断は是認することができない〉

要するに、裁判官は唯一の有罪証拠である勝又氏の自白もその内容の大半が信用できないことを認めざるをえなかった。それにもかかわらず、自白のうち、有希ちゃんを殺害した犯人だと認めている部分のみは信用できるとして、勝又氏を有罪としたのだ。無理がある感は否めない。

加えて、この事件には勝又氏とは別の真犯人が存在することを示す事実も存在する。たとえば、有希ちゃんの遺体からは勝又氏のDNA型が一切検出されていない一方で、別の第三者のDNA型が検出されていることなどである。これで冤罪の疑いが指摘されなかったらむしろおかしいとさえ言える。

ここでは、勝又氏とは別の真犯人が存在する可能性を示す証拠について、警察、検察が隠している疑いを示す事実を紹介し、情報提供を求めたいと思う。

◆裁判で検証されなかった「白いワゴン車」が犯人の可能性

警察も勝又氏を逮捕する以前は、「白いワゴン車」の情報を募っていた

この事件は2005年12月の発生以来、長く被疑者が検挙されない状態が続いた。事件発生から8年半が経過した2014年6月、勝又氏がこの事件の容疑で逮捕されるまでは「全国の重大未解決事件の1つ」としてメディアで取り上げられることも多かった。そしてこの間、栃木、茨城両県警の合同捜査本部は町中のあちこちに事件の情報提供を募るポスターを張り出していたが、実はこのポスターこそが勝又氏とは別の真犯人が存在する可能性を示す証拠なのである。

ここにそれを掲載したので、見て頂きたい。〈現場付近で目撃された不審車両です〉として、「白いワゴン車」と「白いセダン車」のイラストが掲載されている。そして現時点では、この事件の犯人は当時「白いセダン車」に乗っていた勝又氏ということにされているのだが、実は勝又氏の裁判において、実際には「白いワゴン車」のほうこそが真犯人の車である可能性は何ら検証されていないのだ。

しかも、事件発生当初の新聞報道を見ると、他ならぬ警察も当時は「白いセダン車」より「白いワゴン車」のほうを強く疑っていたことを示す情報が散見される。その中でもとくに注目すべきは、事件発生の5日後の2005年12月5日、読売新聞の東京本社版が朝刊1面に載せた〈女児乗せた白いワゴン〉という見出しのスクープ記事だ。

この記事によると、有希ちゃんが下校中に行方不明になった後、現場近くにある有料道路「日光宇都宮道路」の大沢インターチェンジ入口の料金所のビデオカメラに、有希ちゃんとみられる女児と男の乗った白いワゴン車が映っていたという。

さらに読売新聞はその後も、〈日光堂ICの白いワゴン 午後3~5時通過〉(同12月6日朝刊1面)、〈「白い箱型の車見た」 一緒に下校の女児 別れた直後に〉(同12月20日朝刊39面)などと、白いワゴン車が犯人のものであることを示す情報を次々に報道。また、朝日新聞も同12月11日の東京本社版39面で「『栃木』ナンバーの白いワゴンを2日朝に(遺体遺棄)現場付近で見た」という内容の目撃証言が捜査本部に寄せられたことを報じている。

当初は“白色ワゴン車”が疑われていた(読売新聞東京本社版2005年12月5日朝刊1面)

これらの報道が事実であれば、「有希ちゃんが失踪した現場」と「有希ちゃんの遺体が遺棄された現場」の両方で、勝又氏とは別の真犯人の車である可能性がある「白いワゴン車」が事件発生と近接する時間帯に目撃されるなどした証拠が存在し、警察、検察はそのような証拠を収集していながら隠している可能性があるわけだ。

◆警察が「白いワゴン車」が犯人のものである可能性を示す証拠を入手しているのは確実

一般論を言えば、マスコミの事件報道には間違いも多い。しかし、この「白いワゴン車」の情報については、他ならぬ警察が情報提供を広く求めているわけだから、少なくとも警察が「白いワゴン車」が犯人のものである可能性を示す証拠を入手していることは確実だ。したがって、そのような情報をこの場で募りたいと思う。

2005年12月初旬ごろ、「栃木県今市市やその周辺」あるいは「茨城県常陸大宮市やその周辺」で今市事件との関係が疑われる「白いワゴン車」を目撃した情報や、そのような車が映っている防犯カメラの映像などの客観証拠を警察に提供した人、あるいはそのような人を知っている人がいれば、私のメールアドレス(katakenアットマークable.ocn.ne.jp)までご一報ください。

あなたがお持ちの情報は、無実の罪で無期懲役刑に服している男性が雪冤を果たす一助になる可能性があります。どうかよろしくお願いします。

※メールで連絡をくださる人は、アットマークを@に変えてください。
※私は、過去に冤罪File第22号、第24号、第25号、第29号などにもこの事件に関する詳細な記事を寄せています。これらのバックナンバーも冤罪Fileの公式ホームページから購入可能なので、関心のある人は参照して頂けたら幸いです。

▼片岡健(かたおか けん)
ノンフィクションライター。stand.fmの音声番組『私が会った死刑囚』に出演中。編著に電子書籍版『絶望の牢獄から無実を叫ぶ─冤罪死刑囚八人の書画集─』(鹿砦社)。

7日発売!タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2022年8月号

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ[改訂版]─冤罪死刑囚八人の書画集─」(片岡健編/鹿砦社)

1992年2月に福岡県飯塚市で小1の女の子2人が殺害された「飯塚事件」は、2008年に死刑を執行された久間三千年氏(享年70)について、冤罪を疑う声が根強い。そして今年、事件発生から30年を迎えたこともあり、久間氏に冤罪の疑いがあることを伝える報道がまた相次いだ。私自身、この事件については10数年前から冤罪であることを確信し、取材を続けてきたので、現在の状況には感慨深いものがある。

ただ、冤罪を疑う声が増える中、この事件には、まだ見過ごされている重要な問題がある。今回はそのことを説明したうえで、現在も遺族が再審を請求している久間氏の雪冤につながる情報を募りたい。

◆冤罪処刑が疑われる主な根拠は「DNA型鑑定」と「目撃証言」だが……

久間氏に冤罪の疑いがある根拠として、よく指摘されることが2つある。

1つ目は、有罪の決め手となった当時のDNA型鑑定に誤鑑定の疑いがあることだ。

飯塚事件でDNA型鑑定を行ったのは警察庁科警研だったが、当時の科警研のDNA型鑑定は捜査に導入されてまだ日が浅く、その技術は拙いものだった。実際、科警研は飯塚事件でDNA型鑑定を行ったのとほぼ同じ時期、同じ手法で行った足利事件のDNA型鑑定でもミスを犯し、無実の男性・菅家利和氏を冤罪に貶める元凶となっている。そのことも飯塚事件のDNA型鑑定に疑いの目が向けられる事情である。

2つ目は、目撃証言の内容が不自然であることだ。

警察の捜査では、被害者の女の子2人の衣服やランドセルなどの遺留品が峠道沿いの林に遺棄されていたことが判明し、さらにこの遺留品遺棄現場あたりの峠道に停車中の不審な車を目撃したという人物が見つかっている。そしてこの不審車の目撃証言は、DNA型鑑定と共に久間氏の裁判で有罪の大きな根拠になっている。

しかし、この目撃証人は自動車を運転し、カーブが連続する峠道を下に向かって走行中、すれ違いざまに数秒目撃しただけに過ぎない車の特徴を以下のように異様に詳しく証言していた。それが不自然だと言われるゆえんである。

〈停車していた自動車は、紺色ワンボックスタイプで、後輪は、前輪よりも小さく、ダブルタイヤだった。後輪の車軸部分は、中の方にへこんでおり、車軸の周囲(円周)は黒かった。リアウインドー(バックドアのガラス)及びサイドリアウインドーには色付きのフィルムが貼ってあった。車体の横の部分にカラーのラインはなかったが、サイドモールはあったように思う。型式は古いと思う。ダブルタイヤだったので、マツダの車だと思っていた。〉(久間氏に対する福岡地裁の確定判決より)

すれ違いざまに数秒目撃だけに過ぎない車の特徴をここまで詳細に記憶し、証言することは通常不可能だ。さらに久間さんの遺族が再審請求後、警察がこの証人の供述調書を作成する前に久間さんの家に赴き、久間さんの車を「下見」していた事実も判明し、警察の誘導により作られた目撃証言であることはもはや否定しがたい状況となっている。

私がこの事件について、見過ごされている重要な問題があると指摘するのは、このDNA型鑑定と目撃証言に関することである。

久間氏に対する死刑執行命令書。この紙切れにより久間氏は生命を奪われた

◆久間氏と菅家氏のDNA型を同じだと判定していた科警研

まず、DNA型鑑定で見過ごされているのは、足利事件とのあまりに不自然な「一致」だ。

久間氏に対する福岡地裁の確定判決によると、科警研がMCT118型検査という手法で行ったDNA鑑定の結果、久間氏のDNA型は、現場で見つかった犯人に由来する資料のDNA型と一致する「16-26型」だと判定されている。そしてこの型の出現頻度は「0.0170」だという。つまり科警研の鑑定が正しければ、久間氏と飯塚事件の犯人はいずれも、100人に1人か2人しか出現しないような「16-26型」というDNA型を有していたことになる。

ところが、冤罪が判明した足利事件の菅家利和氏に対する宇都宮地裁の確定判決と比較検証すると、びっくりするような事実が浮かび上がる。科警研は菅家氏と足利事件の犯人のDNA型についても、MCT118型検査という手法で行ったDNA型鑑定で「16-26型」という型で一致すると結論しているのである。そしてこの時はこの型の出現頻度を「0.83パーセント」と算出しているのである。

つまり、科警研はまったく同じ鑑定手法により、飯塚事件の犯人と久間氏、足利事件の犯人と菅家氏の四者のDNA型について、100人に1人前後しか出現しない型で一致すると判定しているわけである。こんな偶然が起こりえるとは考え難く、普通に考えれば足利事件はもとより、飯塚事件のDNA型鑑定も間違っているとみたほうが自然だ。当時の科警研のDNA型鑑定では、実際はそうでないのに「16-26型」と判定する誤鑑定がほかにもあった可能性も否めない。

福岡拘置所。ここで久間氏の死刑が執行された

◆「久間氏以外の真犯人」を見た可能性がある目撃者

目撃証言については、不審車に関する目撃内容は詳細過ぎて不自然だが、証言内容の中に久間氏以外の真犯人を目撃しているのではないかと思える部分もある。この目撃証人は不審車を目撃時、その横に立っていた不審“者”の風貌なども目撃していたとして、以下のように詳しく証言しているのである。

〈八丁苑キャンプ場事務所の手前約二〇〇メートル付近の反対車線の道路上に紺色ワンボックスタイプの自動車が対向して停車しており、その助手席横付近の路肩から車の前の方に中年の男が歩いてくるのをその約61.3メートル手前で発見した。その瞬間、男は路肩で足を滑らせたように前のめりに倒れて両手を前についた。右自動車の停車していた場所がカーブであったことや、男の様子を見て、「何をしているのだろう、変だな。」という気持ちで、停車している車の方を見ながらその横を通り過ぎ、更に振り返って見たところ、車の前に出ようとしていたはずの男が車の左後ろ付近の路肩で道路側に背を向けて立っているのが見えた。男は、四〇代の中年位で、カッターシャツに茶色のベストを着ており、髪の毛は長めで前の方が禿げているようだった〉(久間氏に対する福岡地裁の確定判決より)

久間氏は当時50代で、頭髪はふさふさで、禿げてなどいなかった。つまり、この証人が目撃した人物は、久間氏とは似ても似つかない。証言内容を見ると、男の動きはいかにも変だったようなので、これならばすれ違いざまに数秒目撃しただけでも証人の記憶に残っていて不自然ではない。真犯人を目撃している証言である可能性を改めて検証してみる価値もあると思われる。

そこで、今回の〈1人イノセンスプロジェクト〉では、以下2つの情報を募りたい。

(1)1990年代前半、刑事事件の被疑者になるなどの事情により科警研によるMCT118型検査のDNA型鑑定を受け、16-26型と判定されたことがある人もしくはそういう人をご存じの人

(2)1992年頃、福岡県飯塚市もしくはその周辺で「40代くらいに見える中年の男」で「髪の毛が長めで前のほうが禿げている」「カッターシャツに茶色のベストを合わせることがある」などの特徴を持つ人物(とくに小児性愛者)が存在したことを存じの人

この2つのいずれかに該当する情報をお持ちの方は、私のメールアドレス(katakenアットマークable.ocn.ne.jp)までご一報ください。(1)の情報は、飯塚事件で行われたDNA型鑑定が誤っていたことをより高度に裏づけることになりえる情報です。そして、(2)の情報は、飯塚事件の真犯人の特定と共に久間氏の無実の証明に資する情報です。どうかよろしくお願いします。

※メールで連絡をくださる人は、アットマークを@に変えてください。
※拙編著『絶望の牢獄から無実を叫ぶ―冤罪死刑囚八人の書画集―』(鹿砦社)では、久間氏の死刑執行に至る経緯なども詳細に紹介しているので、関心のある方はご参照頂きたい。

▼片岡健(かたおか けん)
ノンフィクションライター。stand.fmの音声番組『私が会った死刑囚』に出演中。編著に電子書籍版『絶望の牢獄から無実を叫ぶ―冤罪死刑囚八人の書画集―』(鹿砦社)。

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ[改訂版]―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

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私はこれまで世間にほとんど知られていない様々な冤罪事件を見つけ、記事を書くなどして冤罪であることを伝えてきた。しかし、その中で実際に冤罪被害者が無罪判決を勝ち取り、雪冤を果たした例は広島の元アナウンサー・煙石博さんの「窃盗」事件や、滋賀の元看護助手・西山美香さんの「人工呼吸器外し」事件など、ごくわずかだ。そのほかの大半の事件では、冤罪の人たちがいまだに犯罪者の汚名を着せられたままである。

そこで今後、私は冤罪を「伝えること」より「晴らすこと」にもう少し活動の比重を置くことにした。その一環として、今回からここで「1人イノセンスプロジェクト」なるものを始める。私がこれまでに取材した冤罪事件について、毎回1件取り上げ、雪冤につながる情報を一般から広く募る試みだ。有意な情報が得られた場合、冤罪当事者に情報提供するなどし、雪冤のために役立ててもらいたいと考えている。

第1回目の今回は、2007年に広島県東広島市の短期賃貸アパートで起きた女性暴行死事件を取り上げる。まずは事件のあらましを説明したうえ、この事件に関して提供をお願いしたい情報の具体的な内容をお伝えする。

◆短期賃貸アパートで女性の撲殺体が見つかり、探偵業の男性が逮捕された事件

この事件は2007年5月4日、山陽新幹線東広島駅から約1キロの場所にある短期賃貸アパートの一室で被害者A子さん(当時33)の遺体が見つかり、発覚した。A子さんは市内の実家で両親と暮らしていた会社員の未婚女性で、この5日前(4月29日)から行方がわからなくなり、家族が警察に捜索願を出していた。遺体は発見時、頭部や顔面を鈍体などで執拗に殴打され、浴室で水を張った浴槽に着衣のまま頭から突っ込んでおり、司法解剖の結果、死因は「外傷性ショック」と推定された。

事件の現場となった短期賃貸アパート

そして2週間近くが過ぎた5月17日、1人の男性が殺人の容疑で警察に逮捕された。広島市で奥さんと一緒にコンビニを経営しながら、副業で探偵業を営んでいた50代の男性Mさんだ。事件前、A子さんは妻子ある男性と交際していたことが相手の奥さんにばれ、トラブルになっており、MさんはA子さんが失踪する6日前(4月23日)から探偵業の業務の一環としてA子さんのトラブルの相談にのっていた。もとを正せば、それがMさんが事件に巻き込まれたきっかけだった。

のちに裁判で明らかになった事実関係を見ると、警察がMさんを容疑者と断定した決め手と思われることは2点ある。1点目は、A子さんが失踪した当日、Mさんが広島市の自宅から車で東広島市に赴き、A子さんと会って一緒に食事をするなどしていたことがファミレスの防犯カメラ映像などから判明したことだ。もう1点は、現場アパートの室内からMさんのDNA型が検出されたことである。

対するMさんは逮捕後、一貫して無実を訴えた。ただし、A子さんが失踪した当日に東広島市に車で赴き、A子さんと会っていたことや、現場アパートに立ち入ったことは認めたうえ、その事情をこう説明している。

「私はその日、A子さんがトラブル相手の奥さんと示談するために必要な示談書の書き方を教えてあげるため、A子さんと会ったのです。最初は東広島駅の近くにある喫茶店で話をしようと思いましたが、A子さんが『知っている人に会いたくない』ということで、現場アパートに行き、その室内で示談書の書き方を教えたのです」

このMさんの説明は客観的事実と整合し、内容的に不自然なところは何もない。そしてMさんがA子さんと一緒に現場アパートに立ち入ったことを認めている以上、その際につばが飛ぶなどして室内にMさんのDNA型が残ってもおかしくない。つまり、一見有力な証拠に思える防犯カメラの映像やDNA型は有罪証拠としてあまり意味の無いものだったのである。

実はそもそもA子さんが現場の短期賃貸アパートを借りたのも、Mさんの助言を受けてのことだった。A子さんはトラブル相手の奥さんから、印鑑登録証明書の提出を求められていたのだが、両親と暮らす実家の住所が記載された印鑑登録証明書を提出することを嫌がっていた。そこでMさんは、「短期賃貸アパートを借り、その住所に一時期的に住民票を移せば、印鑑登録証明書に記載されるのもその住所になる」と助言し、A子さんがそれを実行していたのである。

A子さんが失踪した当日、Mさんと一緒に食事をしていたファミレス

◆怪しげな事実もあったが、それを打ち消す事実も揃っていた

このほかにもMさんが犯人であることを示す決定的な証拠はなく、そもそも、MさんにはA子さんを殺害しなければならない動機も見当たらなかった。ただ、Mさんには、怪しげな事実もあるにはあった。

というのも、A子さんは事件前、トラブル相手の奥さんに示談金として渡すために現金100万円を用意していたのだが、A子さんが失踪した3日後(5月2日)、Mさんがその100万円を自分の交際相手である関東在住の女性に現金書留で送っていたのである。

Mさんはこの怪しげな事実について、「100万円はA子さんから奪ったものではなく、預かっていたものだ」と説明したうえで、100万円を預かった事情や、交際相手の女性に送った事情をこう説明している。

【100万円をA子さんから預かった事情について】
「A子さんに示談書の書き方を教えるために会った際、A子さんからトラブル相手の奥さんとの示談の場に100万円を持っていくつもりだという話を聞かされたので、私は『示談の際にお金を相手に見せると、示談金がつり上がる可能性があるから、お金を持参するのは得策ではない』と助言したのです。そうしたら、A子さんから100万円を預かって欲しいと強く頼まれ、断り切れなかったのです。この時、彼女が100万円を入れていた封筒には、領収書のつづりも入っていたので、一緒に預かりました」

【100万円を交際相手の女性に送った事情について】
「A子さんと会った翌日、交際していた女性から車のエンジンが壊れたことをメールで伝えられ、修理すべきか買い替えるべきか相談されたのです。そこで、『欲しい車を買ってください』と返信し、現金書留でA子さんから預かっていた100万円を送ったのです。私は当時、手持ちの現金と預貯金が200万円程度あったので、A子さんから預かったお金はいつでも返せる状態でした。交際相手の女性にはこれ以前から経済的な支援をしており、この時だけ特別にお金を送ったわけではありません」

このMさんの説明については、にわかに信じられない人が多いだろうと思われる。しかし結論から言うと、このMさんの説明は複数の客観的事実で裏づけられ、否定しがたいものである。

というのも、MさんはA子さんと会った翌日、実際に交際相手の女性から車が壊れたことを伝えられ、相談にのり、車の購入資金として送金した全経緯がすべてメールの記録に裏づけられていた。一方でMさんが交際相手の女性に対し、金を送ったことを口止めするなどした事実は一切なかった。さらにMさんはA子さんから100万円と一緒に預かった領収書のつづりについて、逮捕されるまでちゃんと保管しており、証拠隠滅などをしようとした形跡がまったく見受けられなかったのである。

しかし、結果的にMさんはA子さんを殺害し、現金146万円を奪ったとして殺人罪と窃盗罪で起訴され、裁判でも一貫して無実を訴えながら2011年に最高裁で懲役10年の刑が確定した。起訴内容からすると刑が軽いのは、確定判決で殺人罪が適用されず、傷害致死罪が適用されたためだ。その後、Mさんは山口刑務所で2018年まで服役生活を送り、現在は社会復帰しているが、再審請求する意向を持っている。

◆犯行に使われたのは「黒い車」だと示す情報を隠し続ける警察と検察

実を言うとこの事件には、Mさんとは別の真犯人が存在することを示す事実も複数存在する。

まず、Mさんの裁判では、現場アパートの室内に残されていたM子さんのスーツの上着から、身元不明の人物の血痕が検出されていたことが判明している。Mさんを有罪とした裁判官たちはこの血痕について、スーツの縫製をした人が作業の際、指を誤って針で刺し、出血したために付着した可能性があると判断し、真犯人のものである可能性を否定したのだが、確たる根拠があるわけではない。

さらに私がこの事件の調査を重ねる中、真犯人の特定に結びつく事実について、警察、検察が隠していることも判明した。というのも、警察はMさんを逮捕後もしばらくこの事件が複数犯であることを前提に捜査を続け、Mさんの共犯者を執拗に探すと共に、Mさんに「黒い車」を探した人物を探し回っていたのである。

私はこの事実について、Mさんの周辺の様々な人から聞かされた。中には、Mさんが逮捕される数日前、Mさんに会っていたというだけで、口腔粘膜細胞を採られ、DNA型鑑定をされた人もいたほどだ。

これはつまり、警察がこの事件を捜査する中、犯人が黒い車を犯行に使っていたことを示す事実を見つけていたからに他ならない。一方、Mさんが事件当時に乗っていた車は白のスカイラインだから、警察はMさんに黒い車を貸した共犯者が存在するとみて、該当者を必死に探していたのである。

普通に考えると、警察が「犯人は黒い車を犯行に使った」と確信していたのは、事件が発生したのと近接した時間帯に現場周辺で不審な「黒い車」が目撃されていたり、防犯カメラの映像に映り込んでいたりしたからだろう。そこで今回は、そういう情報をこの場で募りたいと思う。

2007年4月下旬から5月初旬頃、東広島市もしくはその周辺で「黒い不審車」を目撃した情報を警察に寄せた人や、「黒い不審車」が映り込んでいた防犯カメラの映像などを警察に提出した人、あるいはそのような人を知っている人がいれば、私のメールアドレス(katakenアットマークable.ocn.ne.jp)までご一報ください。あなたがお持ちの情報は、無実の罪で10年の懲役を強いられた冤罪被害者を救う可能性があるのみならず、凄絶な暴行により女性の生命を奪った人物を見つけ出す糸口になる可能性があります。どうかよろしくお願いします。

※メールで連絡をくださる人は、アットマークを@に変えてください。
※私は、過去に冤罪File第11号にもこの事件に関する詳細な記事を寄せています。冤罪Fileのバックナンバーは公式ホームページから購入可能なので、関心のある人はこの記事も参照して頂けたら幸いです。

▼片岡健(かたおか けん)
ノンフィクションライター。stand.fmの音声番組『私が会った死刑囚』に出演中。編著に電子書籍版『絶望の牢獄から無実を叫ぶ―冤罪死刑囚八人の書画集―』(鹿砦社)。

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ[改訂版]―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

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