原発が立地し、その原発の爆発事故で大きな痛手を負った福島県自ら、東京に避難した県民を追い出すための訴訟を起こすという異常事態。筆者は、福島県の情報公開制度を利用して、3月25日付で福島地方裁判所に提出された訴状(開示が決定された時点で被告が受け取っていた1人分)を入手した。5月にも予定されている第1回口頭弁論期日を前に、改めて県の主張と問題点を整理しておきたい。

A4判にして、わずか7ページ。これが、政府の避難指示が出されなかった区域からの原発避難者(俗に言う〝自主避難者〟)を国家公務員宿舎「東雲住宅」(東京都江東区)から追い出す訴状だった。

「請求の趣旨」も至極単純。①建物を明け渡せ、②駐車場を明け渡せ、③退去までの家賃を支払え、④訴訟費用は避難者が負担しろ──。この4点。訴状には堅苦しい言葉が並んでいるが、要するに「早く国家公務員宿舎から出て行け」、「出て行くまでの家賃は耳を揃えて払え」、「こんな裁判を起こす原因をつくったのは退去に応じない避難者なのだから、費用も負担しろ」というわけだ。

筆者が情報公開制度で入手した訴状。一部を黒塗りされて開示された

筆者が情報公開制度で入手した訴状。一部を黒塗りされて開示された

「請求の原因」では、福島県側から見たこれまでの経緯と、福島県から見た「損害」が約3ページにわたって書かれている。福島県の言い分はこうだ。

国家公務員宿舎「東雲住宅」は、東京都が所有者である国から使用許可を受け、原発避難者である被告に、駐車場も含めて応急仮設住宅として無償提供された。

2017年3月31日で避難指示区域外からの避難者に対する応急仮設住宅としての無償提供が終了。本来であれば避難者は使用する権利を失ったが、その時点で新しい住まいが確保出来ていない(新しい住まいの見通しが立っていない)避難者に関しては、原告・福島県が国から一定の条件で使用許可を受けた上で、避難者との間で賃貸借契約(いわゆる「セーフティネット使用契約」)を締結する事で新たな住まいが見つかるまでの住まいとして(最長で2年間、有償)引き続き住む事を認めた。

この際の意向調査で被告は、「セーフティネット使用契約」の申し込みをしたにもかかわらず契約書の調印を拒否。原告・福島県は契約の締結などを求めて東京簡易裁判所に民事調停を申し立てたものの、調停は不成立に終わった。原告・福島県は被告・避難者に対して部屋や駐車場の明け渡しと2017年4月1日以降の家賃支払いを求めているが、有償での入居についても2019年3月31日で既に権利を失っているにもかかわらず被告・避難者は退去せず、国家公務員宿舎の部屋と駐車場を占有し続けている。

被告・避難者が退去に応じず住み続けているため、原告・福島県は国に対して使用許可に基づく使用料を支払っている。訴状では、原告・福島県が立て替えている「損害」について、2017年4月1日から2018年3月31日まで、2018年4月1日から2019年3月31日まで、そして2019年4月1日から現在までの3つに分けて示しているが、開示された文書では黒塗りになって伏せられている。請求額は数百万円に上るとみられ、金利を含めた支払いを原告・福島県は求めているのだ。

訴状には、数十ページに及ぶ附属書類が添付されており、昨年9月の福島県議会に提出された議案や「国家公務員宿舎セーフティネット使用貸付に関する要綱」(2017年2月21日付)、当該避難者が記入したとされる「住まいに関する意向調査」(2017年1月20日付)、「国家公務員宿舎セーフティネット使用申請書」(2017年3月5日付)などが揃えられている。「契約で定められた期限までに退去します」と書かれた誓約書や、昨年8月20日付で送付された明け渡し請求書(提訴予告)も添えられた。

訴状だけを読めば、被告となってしまった避難者について「ルールを守らず居座るわがまま者」と考えてしまうだろう。「実際、多くの避難者は家賃も支払って退去しているではないか」と言う人もいるだろう。

しかし、考えてみて欲しい。そもそも「原発事故など起こらない」と言われていた事故が起きた。ずっと〝安全神話〟に寄りかかっていたから備えなど出来ているはずも無く、国も福島県も市町村も混乱を極めた。避難指示は単純に福島第一原発からの距離で同心円状に出され、いわき市や中通りは避難指示の対象区域とならなかった。

放射性物質は避難指示の有無などお構いなしに降り注いだ。福島市や郡山市の空間線量は10μSv/hを軽々と超えた。わが子の被曝リスクを心配した多くの親が動いたが、原発事故避難に関する法律など無い。無理矢理、災害救助法を適用して支援は住宅無償提供ぐらいしか無く、それも入居先を選んでいる余裕など無かった。結果として国家公務員宿舎に入居した人だけがなぜ、わがまま者扱いをされなければいけないのか。

しかも、福島県はずっと「提訴先を東京地裁にするか福島地裁にするかは決まっていない」と説明していた。しかし、訴状が提出されたのは福島地裁。いくら弁論期日には弁護士が代理人として裁判所に向かう事になるとしても、経済的に苦しんでいる避難者に交通費を工面してでも福島まで来いと言う福島県には、本当に血も涙も無い。

避難者も支援者も「追い出すな」の声をあげ続けて来たが、とうとう福島県が追い出し訴訟を起こした

3月27日午後に福島県庁会議室で行われた緊急要請。「福島原発事故被害者団体連絡会」(ひだんれん)と「『避難の権利』を求める全国避難者の会」の2団体が次の4項目について県に求めた。

① 国家公務員宿舎入居者に対する「2倍家賃請求」を止めること
② 国家公務員宿舎入居者に対する立ち退き提訴を止めること
③ 帰還困難区域からの避難者の住宅提供打ち切り通告を撤回し、すべての避難当事者の意向と生活実態に添った住宅確保を保障すること
④ 新型コロナウイルスによる経済状況が改善するまで避難者への立ち退き要求や未退去者への損害金請求を行わないよう、民間賃貸住宅の家主や避難先自治体に対し要請すること

これまで何回も話し合いの場が持たれ、申し入れも行われたが、福島県の意思は変わらなかった

「避難の協同センター」世話人の熊本美彌子さん(福島県田村市から都内に避難継続中)は席上、「非正規で働いている避難者は雇い止めや収入減に直面しているのに、福島県から2倍の家賃を請求され続けている。避難者に寄り添うどころか窮状をさらに深めている」と県職員に訴えた。記者会見では「なぜ東京地裁でなく福島地裁に提訴したのか。避難者は交通費をねん出するのも難しいのに…」と県の姿勢を批判した。

被告となってしまった避難者が出廷のために東京~福島を新幹線で往復すると2万円近くかかる。「お前たちのせいで裁判沙汰になったのだから、そのくらい負担しろ」。それが「最後の1人まで寄り添う」内堀県政の本音なのだ。

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ、48歳。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

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滋賀県の湖東記念病院で看護助手をしていた西山美香さん(40)が2003年5月、男性入院患者の人工呼吸器のチューブを外し、殺害したとの濡れ衣を着せられて服役した事件では、3月31日、大津地裁の再審で西山さんが無罪判決を受け、ついに雪冤を果たした。再審請求後、弁護側の調べにより男性が本当は病死だったと明らかになったことが最大の要因だ。

2012年から当欄で繰り返し伝えてきた通り、この事件では、滋賀県警の山本誠刑事が西山さんの取り調べを担当し、西山さんが自分に好意を寄せたことにつけ込み、虚偽の自白をさせたうえ、自白を維持させるために様々な不当捜査を行っていた。

その中でも悪質さが際立っていたのが、裁判の第一審初公判が開かれる3日前、滋賀刑務所に勾留された西山さんを訪ね、「検事さんへ」で始まる以下のような上申書を書かせていたことだ。

〈もしも罪状認否で否認しても、それは本当の気持ちではありません。こういうことのないよう強い気持ちを持ちますので、よろしくお願いします〉

読んでおわかりの通り、山本刑事は、西山さんが裁判で自白を撤回し、否認に転じることを阻止するため、このような上申書を書かせていたわけだ。

西山さんはこんなものを書かされたため、第一審の初公判で罪状認否ができないほど精神状態が不安定になった。冤罪事件では、個々の刑事や検事が不当な捜査を行うことはよくあるが、ここまであからさまな不当捜査を行う刑事も珍しい。現在、ネット上ではこの事実が広まり、山本刑事の実名を挙げて批判する声も増えている。

ただ、実を言うと山本刑事は15年前、西山さんの裁判で証人出廷しており、この不当捜査に滋賀県警の上司と大津地検の検事が関与していたことを明かしている。つまり、山本刑事の証言が事実ならば、この冤罪は警察と検察が「組織ぐるみ」で作り出したものだということだ。

山本刑事は法廷で具体的にどんな証言をしたのか。以下、証人尋問調書に収録された山本刑事の証言を紹介する。

山本刑事の不当捜査の現場となった滋賀刑務所

◆西山さんを追い込んだ面会は「上司、検事さんと相談」のうえで実行

山本刑事が西山さんの裁判で証人出廷したのは、2005年5月31日にあった第一審第8回公判でのことだ。この裁判では、西山さんが無実を主張したため、捜査段階の自白の任意性、信用性が争点になった。そのため、西山さんを最初に自白させた取調官である山本刑事が証人出廷することになったのだ。

この日、山本刑事は、大津地検の山本真千子検事の主尋問に対し、西山さんに対する取調べなどに何ら問題はなかったとする証言に終始した。ここで紹介するのは、その後に主任弁護人の中原淳一弁護士が山本刑事に対して行った反対尋問の一部である。

まず、中原弁護士は、山本刑事に対し、初公判直前に西山さんのもとを訪ねたことが裁判で問題になっていることを知っているか否かを質している。

・・・・・・・・・・以下、引用・・・・・・・・・・

── あなたは、第1回の公判は傍聴に来ていましたか。

山本「来てました」

── そこで弁護人が、あなたが直前に被告人のところに行ったということを問題にしたということも、じゃ、知ってますね。

山本「えっ、どういうことですか」

── 第1回公判の直前に、あなたが被告人のところに行ったんで、話が今までの打合せとは変わってしまったんで認否ができないという話をしたと。

山本「ああ、新聞とかで知りました」

── 傍聴に来てたから、ここでも聞いて分かってたでしょう。

山本「はい」

── そういうことで新聞にも載ったということも知ってますね。

山本「はい」

・・・・・・・・・・以上、引用・・・・・・・・・・

西山さんが初公判直前、面会に来た山本刑事に上記のような上申書を書かされるなどしたため、初公判で罪状認否ができなくなったことについては、実は当時も新聞で報道されていた。山本刑事は、初公判(=第1回の公判)を傍聴していながら、そのことは「新聞とかで知りました」としらばっくれたわけだが、中原弁護士の追及により、傍聴時に知ったことを認めざるをえなかったわけである。

そして中原弁護士の追及は以下のように続く。

・・・・・・・・・・以下、引用・・・・・・・・・・

── その件で、県警のほうから、どうして行ったのかというような事情は聞かれましたか。

山本「えっ、どうして行ったとはどういうことですか」

── どうして公判の直前に被告人に会いに行ったのかという理由を県警から聞かれましたか。

山本「聞かれておりません」

── もう分かってるからですかね、警察本部のほうは。

山本「……上司と相談して、検事さんとも相談しでしたことなので、上司もよく分かってることやと思います」

── 検事も、公判のちょっと前にあなたが被告人のとこに行くことは了承してたんですか。

山本「当然拘置所に行くのに許可を得なければいけませんので、許可は得ております」

・・・・・・・・・・以上、引用・・・・・・・・・・

一読しておわかりの通り、山本刑事は初公判直前、西山さんのもとに面会に行ったことについて、上司と検事に相談し、検事の許可を得ていたことは明かしている。西山さんに罪状認否で否認させないようにするための初公判直前の不当捜査は、警察、検察が組織ぐるみで行ったことを自白したも同然だ。

◆問題の上申書を書かせた紙はあらかじめ持参

さらに尋問の続きを見てみよう。中原弁護士の追及に対し、山本刑事は当初、のらりくらいと初公判直前に西山さんの面会に訪ねたことの正当性を主張している。

・・・・・・・・・・以下、引用・・・・・・・・・・

── 特に取調べの必要というわけではないというふうにあなた言いましたけども、新聞の記事では県警のコメントとして、捜査の必要性があったから行ったということになってるんですが、そういうふうに書いてあるのはあなたも知ってますか。

山本「はい」

── でも、今言った内容ですと、取調べでもないということだと、特に捜査の必要性があったとは思えないんですが。

山本「いや、ただ先ほども申し上げましたように、自傷行為とかそういうことがありましたんで、本人のことが心配という部分が大きかったですけども、本当のことを正直に、弁護士さんにも正直に話してないということでしたんで、本当のことを正直に話しなさいという意味も多少はありました」

── だから、補充の捜査とかそういうわけではないんでしょう。

山本「そういうわけではないです」

── 調書も取ってないですね。

山本「取ってないです」

── 別に調書を取る予定もなかったですか。

山本「ないです」

・・・・・・・・・・以上、引用・・・・・・・・・・

つまり、山本刑事は、「西山さんが自傷行為をしないように初公判直前、面会に訪ねる必要があった」というようなことを述べているようだが、話がまどろっこしく意味がわかりにくい。

そこで、中原弁護士は次のように、単刀直入に問題の上申書のことに切り込んでいる。

・・・・・・・・・・以下、引用・・・・・・・・・・

── 上申書というのは書かせましたね。

山本「はい」

── これも必要だったんですか。

山本「いや、特に必要はなかったんですけども、このときも本人が思い悩んで、まだ弁護士さんに正直に話せてないということとか、同じようなことを言ってましたんで、調べ官として、こういうかたちを取ることしかできませんでした」

── そういう上申書を書かせたらどうなると思ったんですか。

山本「本人の気持ちを多少なりとも酌んであげられると思いました」

── その用紙というのは、あなたが持って行ったんですか。

山本「用紙は鞄の中に入れておいたものです」

── あらかじめ持って行ったんですね。

山本「はい」

・・・・・・・・・・以上、引用・・・・・・・・・・

これも読んでおわかりの通り、山本刑事は西山さんの面会に訪ねた際、あのような上申書を書かせるための紙を持参したことを認めているわけだ。この事実を見れば、面会に訪ねた目的が、西山さんが自傷行為をするのを心配したからではなかったのは明白だ。初公判の罪状認否で西山さんが否認しないように精神的に追い込むため、わざわざ面会に訪ねたのだ。

西山さんが再審で無罪判決を受けても、滋賀県警、大津地検がまったく謝罪しないことは、すでに各マスコミで批判的に報じられている。加えて、この冤罪は滋賀県警、大津地検も組織ぐるみで作ったものであることも少しでも多くの人に知ってもらいたい。

▼片岡健(かたおか けん)

全国各地で新旧様々な事件を取材している。近著に『平成監獄面会記 重大殺人犯7人と1人のリアル』(笠倉出版社)。同書のコミカライズ版『マンガ「獄中面会物語」』(笠倉出版社)も発売中。

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「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

ジャズピアニストの河野康弘さん(66歳)と出会ったのは、震災から4年目。2015年10月にTwitterの私のアカウントに「地球ハーモニー」という知らない方からリプが届いた。アカウント「地球ハーモニー」を主宰する河野さんは、矢沢永吉さんのバックバンドや中村雅俊さんの伴奏などを務めたのち、1983年ジャズピアニストとしてアルバムを発表してきた方と知った。また2011年3月11日の震災と原発事故後、東京から京都に移住してきたことも知り、その後、私たちが主催する講演会などで演奏していただいたりしてきた。(聞き手=尾崎美代子)

◆そのとき音楽があったら、共感の輪が広がります

河野康弘さん

── 河野さんは事故当時は東京でしたね?

河野 はい。JR中央線国立駅近くの自宅に家族と一緒にいました。かなり大きく揺れたので首都圏壊滅と思いました。それまで演奏の旅先で芸予地震、薩摩地震、中越地震に会いましたが、それ以上の揺れでした。テレビで震源地が東北、津波の映像を見て驚いたが、まだ原発のことまでは考えていませんでした。

── 河野さんは91年の湾岸戦争をきっかけに平和と環境問題をテーマに活動するようになったそうですが?原発を考えるきっかけもそのころからですか?

河野 湾岸戦争に日本が参加し残念だったので、平和・環境コンサートを始めました。平和・環境運動が「特定な人」だけの活動のように感じたので、音楽で広範な人が考えるきっかけを作っていきたいと思いました。ダム反対でも、「反対! 反対!」だけでは前に進まない。そのとき音楽があったら、共感の輪が広がります。

演奏活動で福井県敦賀市、福島県田村市に演奏に行った時、周辺に白血病などの病気が増えた話を聞きました。また静岡県牧之原市では神奈川県に住んでいた青年が浜岡原発に就職。息子さんが最新のエネルギーシステムでの仕事を誇りにしてたので御両親も浜岡に移住。移住してから息子の体調が悪くなり、とうとう亡くなりました。原因は原発作業での被ばくだったのです。そんな現実を知り原発は無くしたいと思いました。

◆2011年4月、南相馬の避難所では、匂いもしないし、食事も美味しい。放射能の事がピンとこなかった……

── 福島第一原発が気になりだしたのはいつ頃からですか?

河野 津波が福一を襲い全電源停止になった時です。

── 福島の危険性について考えたのはいつからですか?

河野 葛飾区の浄水場や静岡のお茶からセシウムが検出された頃です。チェルノブイリと同じなのか? もっと酷い状況になるのか?

4月下旬に福島の避難所が落ち着いてきたから、心のケアがして欲しいと演奏を頼まれ、事故後初めて福島へ行きました。福島市で友人に会い、市内から車で飯舘村を通って、南相馬の避難所に行きましたが匂いもしないし、食事も美味しい。放射能の事がピンとこなかった。

連れ合いが心配して「福島へは行かないほうがいいんじゃない」と言い始めたのですが、呼ばれたら行かないわけには行かない、と悩み簡易ガイガーカウンターを購入し、福島へ行った時に放射線量を測りました。高いところでは0.7マイクロシーベルトもあり福島での被ばくを実感しました。 

◆2012年2月、37年住んでいた東京を離れ、家族4人で京都へ移住

── 東京の生活はどうでしたか?

河野 連れ合いの体調が悪くなり下痢がずっと続き被ばくが原因では、と思い始めました。本やネットでいろいろ調べ内部被ばくの事を知り、食べ物を西日本、北海道の物に限定。近くのスーパーでは、あまり置いていないので電車に乗って買いに行き、西日本・北海道へ演奏旅行に行った時は現地の食材を家に送りました。

3月21日、金町浄水場からセシウムが検出された時は鹿児島県霧島市にいて水を送ろうと大きなスーパーに行きましたが、まったく無くなかったので山の中の水の販売所に行き買って送りました。

水、食べ物はどうにかなるが、空気だけはどうしようもない。今のコロナと一緒。目に見えない、匂いもしないから。東京には沢山の放射能が降り積もったので無くなる事はありませんのでリスクを減らすには移住をしなければ、と考えました。
 ネットで西日本を沖縄まで探し京都の嵐山に良い部屋が見つかり、2012年2月に家族4人(私、連れ合い、息子、義母)で移住しました。東京に37年住んでいたので移住することを知り合いの皆さんに伝えたら、ビックリされました。

── そうですね。小さい子どももいるわけでもないしね。

河野 被ばくの影響が出るのは子どもだけではないんですよね。チェルノブイリでも、最初に亡くなったのはお年寄り。全員に影響があります。

── 京都に来てから変化はありましたか?

河野 連れ合いは体調が良くなりました。あと実は、セキセイインコも連れてきたのです。2001年に飼ったから10年目でしたが、事故後元気がなくなり、止まり木にも上がらなくなりました。ところが京都に来たら、いきなり元気になって止まり木にも上がるようになり驚きました。小さな動物は影響が大きんですね。

── その後、京都、関西のいろんな活動に関わっていったのですね?

河野 はい、いろんな団体から連絡がきたり呼ばれたり、こっちから「一緒にやりませんか?」と声をかけたり……。

── 私に連絡あったのもその頃ですかね? 

河野 確か、堺市に避難してきた現代美術家と「原発ゼロ」写真展&ライブをやりたいと思ったときかな?

河野康弘さん

◆福島だけでなく、首都圏も同じ

── そうでしたかね? ところで河野さんはその後福島へは?

河野 京都へ来てからも福島に行っていましたが、あることがあって、それから行っていません。

2014年に、福島から京都に避難している知り合いからメールがきました。「福島を忘れないでください。でも福島には来ないでください。福島のものを食べないでください」と書いてありました。福島に行くと福島は安全だから福島の子どもたちは避難できない。福島の食材を食べると福島の子どもたちは福島の物を食べなければいけなくなり内部被ばくする。福島だけでなく首都圏も同じ。なのでそれ以降、福島、首都圏へは行かないことに決めました。私の「意思表示」です。医師の三田茂医師も東京都小平市から岡山市に移住し首都圏の被ばく状況、危険性を訴えてくださっています。

── 一方で日本の反原発運動の中では時間が経つにつれ、被ばくの問題への関心が薄れていってる気がしますが?

河野 それは原爆が落とされた時の爆発の被害だけに目を囚われすぎ、その後に続いた被ばくの被害を問題にしてこなかったからです。ビキニ環礁の核実験の問題でも、第五福竜丸だけが取りざたされましたが、あの周辺には約1000漕の日本の船がいたんです。でも漁師の人たちは知らされなかったり、魚が売れなくなるから「被ばく」した事を言わないようにしていました。そして「核の平和利用」と言って原発を作り毎日、放射能が放出され全国の人が被ばく者になり4人に一人がガンになりました。福一事故後は2人に1人がガン。ガンの原因は被ばくが大きな要因になっています。

私は原爆の事を考えていただきたく’97年から被ばくピアノコンサートを始めました。その時は被ばくの事をあまり知らなかったのですが、福一事故後の情報収集で自分も被ばく者である事に気づきました。そして日本のすべてのピアノは被ばくピアノだったのです。そこで2011年7月に浜岡原発の近く牧之原市で現地のピアノを使った「被ばくピアノコンサート」をしました。京都に来てからは毎月「HIBAKU PIANO LIVE」をしています。被ばく情報資料をカバンに入れてあり興味を持ってくださった方にはお知らせしています。

被ばくの問題を皆さまに知っていただきたい。被ばくで福島の人を差別するのでは無く福島の人たちを守っていく為です。このままでは広島がそうであったように、福島が人体実験の場にされてしまいます。

── 今後も一緒にやっていきましょう。ありがとうございました。


◎[参考動画]河野康弘コンサート05052012 My Favorite Things”

▼尾崎美代子(おざき みよこ)

新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58

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4月22日の本通信で、朝日新聞・阿久沢悦子記者が「浪花の歌う巨人」こと歌手・趙博をリンチ被害者M君に紹介し、2人とも、あたかも親身になってM君の味方であるかのように振る舞い、趙博に至っては、当時まだ公になっていなかった貴重な資料を入手するや、突然にM君、そして私たちを裏切りました。阿久沢記者は、いつのまにかM君から離れていったそうです。かの橋下徹に勇ましく喧嘩を売るほどの御仁ですが、リンチ事件について説明責任があることは明らかです。

阿久沢記者の記事の訂正の告知。朝日新聞4月25日夕刊

阿久沢記者は、今は問題を起こしたTwitterはやっていないようですが、facebookはやっていて、直近の書き込みで、これみよがしにみずからの朝日の石井紀子さん追悼記事を上げていましたので、「この件について私も本日の『デジタル鹿砦社通信』で書いてみました。ご一読いただければ幸いです」と投稿したところ、みずからの書き込みもろとも速攻で削除されました。

その後、4月25日夕刊に訂正の告知が掲載されていました。あっ、そうか、私が投稿したから削除したのではなくて、記事に間違いがあったから削除したのでしょうか?(笑) 高い給料もらってんだから、しっかりした記事を書け!

◆裏切りは突然行われました

さて、趙博が裏切る数日前、M君や私たちは大阪・堂山の居酒屋で一献を傾け、今後、リンチ事件の真相究明とM君支援を約束したのでした。

先の拙稿で、趙博の裏切りについて何人かの方から「よくわからないので説明が欲しい」旨要請がありましたので、まずは趙博の裏切りについて書き記したリンチ本の部分をアップしておきます。

リンチ本第1弾『ヘイトと暴力の連鎖』と第4弾『カウンターと暴力の病理』の該当部分をアップします。今、あらためて読むと怒りが込み上げてきます。

私が阿久沢記者と趙博に対して許せないのは、孤立し追い詰められたM君に心から寄り添うのではなく、逆に寄り添うように見せかけながら若いM君の気持ちを弄んだことです。

リンチ被害者M君が、リンチ現場に居合わせた李信恵ら5人を訴えた訴訟は(内容には不満が残るとはいえ)M君勝訴で終結しましたが、関連訴訟2件が係争中です。これらも含め、日本の反差別運動に汚点を残した、このリンチ事件の検証と総括が問われています。特に、隠蔽に加担し私たちの追及に逃げ回ったり沈黙するメディア関係者や「知識人」らの責任は厳しく問われるべきです。

このかん私たちは、鹿砦社創業50周年記念出版『一九六九年 混沌と狂騒の時代』や記念行事(昨年12月、東京と関西で盛況裡に行われました)、先に全国の矯正施設(刑務所や少年院など)を回るプリズン・コンサート500回を達成したPaix2(ぺぺ)の記念出版『塀の中のジャンヌ・ダルク』(仮)の編集作業に追われ中断していましたが、決して忘れていたわけではありません。それらが一段落した今、リンチ本第6弾の編集作業を再開いたします。

◆阿久沢記者と趙博の責任は大きい!

朝日新聞・阿久沢悦子記者が書いた記事の署名が私の足を踏んでしまったようで、くだんのM君リンチ事件を思い出してしまいました。

阿久沢記者がM君に引き合わせた趙博の裏切りは、私たちが本件に関わり出して、わずか2カ月ほどの時点で起きました。関わり始めてすぐだったのでショックでした。私の人生で、人に裏切られたことは少なからずありましたが、こういう裏切りはありません。

趙博と私たちが大阪・堂山の居酒屋で会談を持った直後に『週刊実話』の記事が出て、しばき隊メンバーらからの激しい攻撃に『実話』は謝罪と記事撤回に追い込まれた事件がありましたので、このことも何らか作用しているのかもしれません。この頃のしばき隊/カウンターの勢いは凄まじかったようです。趙博も、まさかこれに怖気づいたわけではないでしょうが……。

阿久沢記者と趙博の責任は大きいと言わざるをえません。(文中敬称略)

『ヘイトと暴力の連鎖』(P74-P75)より

『ヘイトと暴力の連鎖』(P76-P77)より

『ヘイトと暴力の連鎖』(P78-P79)より

『カウンターと暴力の病理』(P100-P101)より

『カウンターと暴力の病理』(P100-P101)より

『カウンターと暴力の病理』(P104-P105)より

『カウンターと暴力の病理』(P106と表紙)より

《関連過去記事カテゴリー》
 M君リンチ事件 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=62

Amazon https://www.amazon.co.jp/dp/4846312100/
鹿砦社 http://www.rokusaisha.com/kikan.php?bookid=000541

◆安倍首相の緊急事態宣言後の経営難……

キックボクシングに限らず、多くの競技が先行き未定の興行中止や延期となり、ジムが自粛休業された所属選手は試合出場を目指して、今は出来る範囲でひたすら身体が鈍らないように自己練習に明け暮れる日々。

自粛休業も、賃貸で経営するジムは家賃・光熱費が大きな負担となってくるので、経営難に陥るジムも出てくることが懸念されています。

昭和50年代後半のキックボクシング低迷期、国内で興行予定が立たない団体と各ジムは、香港でのキックボクシングブームに乗って選手の遠征試合を重ねました。また時代を問わず、選手個人はタイへ修行に出掛け、たとえタイの田舎の無名なリングでも勧められれば臨んで出場していました。でも現在は、タイに入国も労働許可証を持った者のみと制限されている上、どこの国にも遠征することも難しい現状です。

◆原点に返ったストリート練習

選手によっては感染拡大前から危機を感じて地方の実家に帰省する選手もいたようです。 そこでロードワークや近所の公園でダッシュの走り込み等の基礎トレーニングをして、そんな練習風景を見た地元の小中学生が興味を示し、勿論、密集・密接を避けながら一緒に練習に参加して、思わぬコミュニケーションとキックボクシングの知名度アップにも繋がっている話がありました。

首都圏で自粛生活をするしかない選手も大半ですが、選手同士が公園や路地でキックミットを持ち合い、交替で蹴りの練習をするというジム設備を持てなかった時代のような原点に返っている話も聴かせて頂きました。

ストリートジムのイメージ画像(昔の実際の練習風景)(1981年12月27日撮影)

この新型コロナウイルスによる影響により、選手らはまた必ず近いうちに興行が再開されると信じ、ひたすら自分との闘いとなって、諸々の生活事情も重なって心折れて気持ちが引退に傾くか、怪我の回復と筋力アップに力を注ぐチャンスと考えた、何でもプラスに捉えるようにする心の持ち方が、今後の人生に大きく影響していくでしょう。

そんな今、ジムに於いてトレーニングを実践、それを撮影し、インターネット等で一般会員練習生に配信し、テレワーク型指導でトレーニングを促すジムもあるようで、今の時代にあった工夫も活かされているようです。

プロ野球やサッカーも開催が延期されていますが、格闘技においてはタイでよくある王宮前広場での興行のように、屋外で開催されれば密閉だけは避けられるので、屋内より開催され易いかもしれません。プロレスやキックボクシング創生期は、かつて駐車場や空き地を借りての興行も多く、「雲行き怪しい中、客席に席番貼り付ける作業しながら雨降らないこと祈りつつ、何とか乗り切った!」というある会長も居ましたが、そんな時代も懐かしいものです。

無観客となっても外部へ配信も出来る時代(2017年7月2日撮影)※スクリーンはイメージ

◆タイの現状

日本は規制が緩過ぎで感染者が増えている状況に対し、タイは下降線の様子です。
タイは実質軍事政権で、こういう緊急事態の際には統制がしっかり取れて、感染者がタイ全土で1日30人程まで下がり、当初の100人超えた頃から日毎に減っている模様。タイの非常事態宣言は4月30日まで規制が掛かっており、夜間は完全な外出禁止令が発令中、見つかれば逮捕されます。その後の延期は今のところ発表されていない様子(4月20日現在)。

多くのムエタイ選手やトレーナーは、田舎に帰省し農作業して、それが専門誌のFacebookに掲載されたりもしている模様で、山中慎介や佐藤洋太と対戦した元・WBC世界スーパーフライ級チャンピオン.スリヤン・ソー・ルンウィサイや、2年前、梅野源治の挑戦を退けた当時のルンピニー系ライト級チャンピオン.クラーブダム・ソー・ピヤックウタイもその話題の人です。

タイ社会がいろいろと厳しくなり、政府の支援金を受けられず、失望して自殺したというニュースもあるといいます。

タイの王宮前広場での観衆、密集・密接だが密閉だけは避けられている(2000年12月5日撮影)

◆中止・延期と目途が立たない再開見込み

日本は緊急事態宣言が発令され、プロボクシングも5月31日まで興行中止・延期が決定。更に後楽園ホールは政府の緊急事態宣言による要請で5月6日まで休館となり、その間に予定されたイベントは全て中止。

キックボクシング興行は無観客試合も自粛となり、3月末までは強行された興行も、今はどこも開催中止や延期に陥っています。

ジャパンキックボクシング協会は5月10日に後楽園ホールで予定された興行も中止決定。4月24日から、その5月10日枠に延期したREBELSも興行中止決定。

6月に入ると14日に後楽園ホールに於いて予定されるニュージャパンキックボクシング連盟興行、6月20日の日本キックボクシング連盟(NKB)興行、6月21日の市原臨海体育館でのジャパンキックボクシング協会興行等は今のところ、開催予定としていますが、まだ新型コロナウイルス感染影響の下降も終息も見込めないと判断する団体と各プロモーターは多く、今後も政府の要請によって6月以降も影響が出ることが予想されます。終息に2年は掛かるという専門家の話が事実とすれば経済への影響も懸念されるところ、今更遅いですが、タイのような迅速な対応が安倍首相と政府に求められています。

もう少し密接を避ければ開放的で暴動も避けられそう(2000年12月5日撮影)

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]

フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

一水会代表 木村三浩 編著『スゴイぞ!プーチン 一日も早く日露平和条約の締結を!』

上條英男『BOSS 一匹狼マネージャー50年の闘い』。「伝説のマネージャー」だけが知る日本の「音楽」と「芸能界」!

◆中国と東南アジアからやってきた不潔なマスク

べつにヘイト右翼のように、中国や東南アジアを落としめるつもりはない。いまさら、1世帯あたり2枚というショボい国民支援をけなすつもりもない。サイズが小さすぎるとか、洗うと縮むなどとあげつらうつもりもない。

が、あまりにも問題が多すぎる。

たとえば、アベノマスクを受注した大手商社(古い言葉でいえば独占資本)は、国内供給をうながすのではなく、海外発注で巨額の利ザヤを稼いでいたのだ。受注額91億円のうち、利益は何十億あったのだろうかと勘ぐりたくなる。それだけではない。政府の予算そのものにも疑惑があるのだ。

しかもそのマスクに、大量の不良品(先行配布200万枚のうち、7800枚)が混入していたのは、マスコミ報道で周知のとおり。いや、いまのマスコミに安倍政権の失政を大上段から批判する魂はないだろう。

なぜならば、24億円というコロナ報道に関する対策費、つまりマスコミやネットでの批判を封じる予算が、政府の対策費に計上されているからだ。これらの予算がマスコミ報道の調査統制、および広告費として使用されるのは明白だ。

それはともかく、マスクにカビや変色、髪の毛、虫などが混入していたというのだ。感染予防の衛生用品が不潔きわまりないものだったのである。いったい何のためにアベノマスクは生産され、配布されようとしているのか?

このかん、野党の質問に答えるかたちで、その一端が明らかになりつつある。いままでに判っている商社の受注額と生産国は、以下のとおりだ。

興和株式会社           約54.8億円
伊藤忠商事株式会社        約28.5億円
株式会社マツオカコーポレーション  約7.6億円
※政府関係者によれば他に2社?(4月21日朝日新聞報)厚労省は4社と回答。
生産国は、中国・ミャンマー・ベトナム(23日厚労省)


◎[参考動画]虫”や“カビ”……総理肝いり「布マスク」不良品(ANN 2020/04/22)

冒頭にヘイトまがいの見出しを立てたのは、生産国を批判したいからではない。諸外国および日本政府が海外からの流入をシャットアウトし、経済グローバリズムによる感染を防止しているにもかかわらず、わが独占資本(大手商社)は安価な生産国をもとめて暗躍したばかりか、大量の不良品まじりのマスクを調達してきたのだ。

というのも、これまでにも全世界のマスク供給の80%を占めてきた中国では、コロナ感染拡大を受けて2万8000社以上が、医療分野に新規参入しているというのだ(日経新聞電子版2020年4月17日)。大手商社の駐在員が、これら3万社に近い新規参入の安価なマスクを発注したのは、想像にかたくない。

いま中国は、マスク外交ともいうべき大量のマスクを防疫用に寄付することで、諸外国との関係を「一帯一路」の経済戦略に乗り出している。そのこと自体は、経済大国としての役割をはたすという意味で、感染防疫および世界経済への貢献とみなすことはできるだろう。しかしながら、それに乗っかるかたちで、おそらくタダ同然で中国の新参企業にマスクを大量発注し、不良品を自国民に供給する独占資本の罪は大きい。

しかも上記の厚生労働省発表の商社いがいにも、すくなくとも1社もしくは2社が受注した可能性があるのだ。その企業は朝日新聞などの誤報(政府関係者のウソ)でなければ、明らかにできない企業である可能性がある。たとえばこれ推測だが、麻生財閥など安倍政権につらなる「お友だち企業」であるかもしれない。森友や加計学園など、これまでお友だち優遇をもっぱらとしてきた安倍政権において、それらの疑惑を明らかにする必要がある。

◆使途不明金がある?

予算の実行にも疑惑がある。いま判明しているカネの動きは、以下のとおりである。

安倍総理「200億円程度」→調達予算は338億円(総額466億円-発送費128億円)-91億(商社の受注費)=247億円(使途不明)

どうやら、使途不明金があるようなのだ。その額はじつに247億円。何か事業予算を立てるごとに、そのための調査費や関連費用が発生する。ある意味では必要経費として存在するのはいいだろう。しかし今回は、国家国民の火急の危機ではないのか? これ以上、推論で記事を書いてもあまり得られるところはないが、5月中旬にひらかれる国会の予算委員会で、この問題が集中審議されることを期待したい。アベノマスク疑惑を解明せよ。


◎[参考動画]自粛どう徹底? 総理が「10のポイント」呼びかけ(ANN 2020/04/22)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業。「アウトロージャパン」(太田出版)「情況」(情況出版)編集長、医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』『ホントに効くのかアガリスク』『走って直すガン』『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』『ガンになりにくい食生活』など多数。

最新刊!月刊『紙の爆弾』創刊15周年記念号【特集】「新型コロナ危機」安倍失政から日本を守る 新型コロナによる経済被害は安倍首相が原因の人災である(藤井聡・京都大学大学院教授)他

◆ここまで危機管理に弱いとは

感染症という速度のある災禍に、あまりにも脆弱な政権の体質が露呈した。いうまでもなく、安倍官邸政治のあまりにもトホホな不作為についてである。

安倍総理という人間は国会演説、桜を見る会やオリンピックパフォーマンスなど、晴れの舞台ではそこそこ絵になるが、危機にさいしてはからっきしお坊ちゃん体質が露呈してしまう。にもかかわらず、その漂流的な政権運営を是正するスタッフが、人材に事欠いているありさまなのだ。

とくに菅はずしとでもいうべき、菅義偉官房長官の存在を無視するかのような政権運営が目立っている。安倍独裁の主柱である菅義偉をはずすことで、みずから孤立を深めてしまっているのだ。そしてこのコロナ政局ともいうべき政権運営のなかで、コロナ対策同様に出口が見えない永田町の現実がある。

安倍総理が全国一斉休校要請を発表したとき、休校に慎重だった菅長官は決定を直前まで知らされていなかったという。次期総理候補と噂される菅を遠ざけた代わりに、安倍がコロナ対策の中心に据えたのは元経産官僚の西村康稔コロナ担当相、元財務官僚の加藤勝信厚労相、元経産官僚の佐伯耕三(アベノマスク発案者)、今井補佐官、そして財務省の太田充・主計局長であった。つまりイエスマンの官僚出身者たち、現役官僚たちなのだ。

「側近や官僚の思いつきだけでなく、もっといろんな人の意見を聴かなければ」と語るのは、お茶の間の安倍応援団というべき田崎史郎である。思いつきの制作が当たらない、後手に回ってしまっている現状を批判してのことだ。

上記の全国一斉休校は、鈴木直道北海道知事の緊急事態宣言が、鮮烈な印象を国民に与えたことが背景にある。いわば鈴木知事のイメージに乗っかるかたちで、安倍総理がパフォーマンスとして宣言したものだ。この発案者は今井補佐官ら、官邸の側近だったという。

皮肉なことに、鈴木都知事の庇護者(法政大学夜間部出身で、北海道知事選の実質的な選対責任者)である菅義偉には、なんの相談もなかったのは前述したとおりだ。「菅はずし」の、もうひとつの原因がここにある。

筆者の私見では、将来の総理候補といわれてきた小泉進次郎が内容のなさを環境相として露呈させたいっぽうで、自民党の若手のホープとして浮上したのが、この鈴木知事である。菅同様に苦学のすえに政治家となり、絶望的な夕張市の財政を立て直した「日本一給料の安い地方自治体首長」の力量は知られるところだ。政権降板後の安倍総理が院政を敷くにあたり、いちばん気になるのが、菅――鈴木ラインなのだ。

政権および自民党の主柱として、おおらかに全体をフォローするのではなく、ナンバー2を許さない独裁者の器量の小ささが、政権末期において晒されたかたちだ。

◆30万円から一律10万円への迷走

公明党の山口那津男代表が「政権離脱もやむなし」と、安倍総理に直談判することで、所得低減世帯への30万円給付は、一転して一律10万円となった。いったん閣議決定(公明党の官僚も賛成)した議案が、再決議でひるがえされたのである。公明党が政権離脱することで、参院の与党多数支配が揺らぎかねない安倍政権は、一も二もなく公明党(創価学会)の圧力に従うしかなかったのだ。

「週刊ポスト」(5月1日号)によれば、「総理はもともと国民に一律10万円給付を考えていた。しかし、側近の今井補佐官や財務省の太田充・主計局長らが『効果がない』と反対し、総理は持論を押し通せずに一世帯30万円の給付案で落ち着いた」(安倍側近議員)という。この太田主計局長は言うまでもなく、森友事件の改ざん問題が発覚した当時の理財局長である。自殺した赤木俊夫さんの手記では、その発言が「詭弁を通り越した虚偽答弁」などと名指しされている。いわば総理を忖度して出世した官僚である。いわゆる小才の利いた官僚の進言に乗って、紆余曲折を余儀なくされているのが、いまの安倍政権なのである。

そしてこの過程で、求心力をうしなったもうひとりの政治家がいる。次期総理候補とされる岸田文雄政調会長である。もともと大物感のない岸田にとって、満を持して発表した30万円給付がくつがえされたのは大きな痛手である。二階幹事長が突如として「一律10万円」を唱えたことで、政調会長の権威すらゆらいだ。

それではポスト安倍はどうなるのだろうか。ここまで失政が続いても、おそらく安倍政権は任期をまっとうするだろう。政権待望論がある石破茂には、自民党離党の経歴があり、そもそも議会政治における「力」である「数」が足りない。

安倍総理の選挙での圧倒的なつよさ、まるで相手を催眠術にでもかけるかのような「演説力」は、橋下徹や山本太郎などのいわゆるポピュリズム系の政治家にはない安定力をみせる。質疑において感情的になる弱点はあるものの、長ったらしく内容のない演説で聴くものを酔わせるのは、その著書「美しい国へ」(文春新書=安倍の演説をライターが記述)に秘密がある。その謡うような、独特の演説のリズムなのだ。

いずれにしても、一連の過程で自民党に人材がないことが明白になった。ここ数年、この欄でも政権に批判的なジャーナリズムにおいても「安倍政権の終わりの始まり」が論じられてきた。自民党の人材のなさを考えるに、来年の任期延長まで見えてしまいそうなコロナ政局である。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業。「アウトロージャパン」(太田出版)「情況」(情況出版)編集長、医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』『ホントに効くのかアガリスク』『走って直すガン』『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』『ガンになりにくい食生活』など多数。

最新刊!月刊『紙の爆弾』創刊15周年記念号【特集】「新型コロナ危機」安倍失政から日本を守る 新型コロナによる経済被害は安倍首相が原因の人災である(藤井聡・京都大学大学院教授)他

「10・12水害」で50万トンを上回る災害廃棄物が生じた福島県。本宮市で生じた災害廃棄物で600Bq/kgを超えたために県外搬出が見送られていた事、新潟県五泉市での焼却処理のために運び出された廃棄物の測定結果も含めて県民に広く周知されていない事については「民の声新聞」2月16日号(リンク)で報じた。

その後も、少なからず汚染されている災害廃棄物が100Bq/kgを下回っているという理由で新潟県へ搬出され続けている事が、改めて情報公開制度で入手した文書で分かった。

◆受け入れ先自治体との調整が行われているものの結果が黒塗りされた開示文書

今月3日付で開示されたのは、2月と同じ「県外搬出調整中の市町村における災害廃棄物の放射能測定結果一覧」。

2月12日に開示された際には昨年12月に測定した本宮市内の2か所の仮置き場での測定結果のみが示され、開示時点で「受け入れ先との調整が進行中」(福島県一般廃棄物課)のものに関しては黒塗りになっていた。

今回は、それに加えて石川郡石川町(昨年12月2日測定)と伊達市(今年2月18日測定)に仮置きされた災害廃棄物の測定結果が開示された。今回も、受け入れ先自治体との調整が行われているものの結果は黒塗りされた。

福島県から開示された放射能測定結果一覧。県民には公開されていない

開示文書によると、石川町総合運動公園「クリスタルパーク」に仮置きされた災害廃棄物では、「紙くず」が最高で36・3Bq/kg、「木くず」は最高で27・1Bq/kgだった。

これらのうち90トンが3月11日から3月末まで、車で新潟県三条市の「清掃センター」に運ばれ、燃やされた。

また、伊達市「やながわ希望の森公園」の災害廃棄物は、「紙くず」で最高67・6Bq/kg、「木くず」では最高で23・0Bq/kg。このうち70トンが新潟県新発田市の「新発田広域クリーンセンター」で既に燃やされている(測定値は、いずれも放射性セシウム134、137の合算)。

◆「なぜそんな事を尋ねられるのか分からない」と当惑した口調の新潟県三条市環境課

福島県一般廃棄物課の担当者によると、災害廃棄物を県外で燃やすために搬出する場合、「目安」として「100Bq/kg」という基準を自主的に設けているという。「東日本大震災以降、他県も100Bq/kgを県外搬出の目安としていると聞いています。原子炉等規制法に基づくクリアランスレベルも参考にしていますが、あくまで『目安』です」(担当者)。今回の測定結果はいずれも100Bq/kgを下回るため、「問題無し」と判断されて新潟県で燃やされた。しかし、県外処理の具体的な中身や放射能測定結果も福島県は記者クラブには〝投げ込み〟するものの、ホームページなどでは周知していない。

それは受け入れ側でも同じ。新潟県三条市環境課に電話取材すると、「お互い様だから、困った時に災害廃棄物を受け入れるのは当たり前です。今回は石川町とまず3月末までの受け入れについて金額も含めて契約を交わし、4月以降も来年3月末まで受け入れる契約を再度、交わしました。災害廃棄物ですし、安全上問題は無いので、特に市民への周知も記者発表も行っていません」と担当者は答えた。

担当者は、明らかに「なぜそんな事を尋ねられるのか分からない」と当惑した口調だった。筆者が「せめて市民に周知する必要はあるのではないか」と何度も口にすると「検討させていただきます」と言って電話を切った。

水害で生じた災害廃棄物が仮置きされている「本宮運動公園」。量はかなり減ったが、背景には県外も含めて燃やしている現実もある

◆福島県の〝焼却主義〟に警鐘を鳴らす「ちくりん舎」

新潟だけでは無い。県外に運び出すものについては福島県が放射能測定するが、県内で処理されるものは測定すらされずに焼却炉で燃やされる。なぜ測らないのか。福島県の担当者は、こう説明する。

「水害に伴って生じた〝生活ごみ〟ですので、日ごろ福島県内で燃やされている一般ごみと(放射能汚染という意味では)何ら変わりません。少しずつ始まった家屋解体の廃棄物も同じです。県外に持ち出すからといって、本来は測る必要は無いのかもしれません。ただ、受け入れてくれる側(今回であれば新潟県の市や組合)から求められた時に備えて、搬出する側として自主的に測っているのです」

むしろ、福島県にとどまらず、広く測定を続けるべきなのではないか。そして、焼却前提での処理を続けて良いのだろうか。

放射能測定などを通じて原発事故後の福島をウォッチし続けている「NPO法人市民放射能監視センター・ちくりん舎」副理事長の青木一政さんは「焼却せず、コンクリートで囲まれたごみ処分場などで保管するしかありません。設置場所など実現に大変な問題があることは分かりますがこれが原発事故の現実です」と、福島県の〝焼却主義〟に警鐘を鳴らしている。

「汚染された廃棄物を焼却炉で燃やすと、排ガスとして出てくる細かい灰の粒子(飛灰)の放射性セシウムは、約200倍濃縮されることが一般的に知られています。県外搬出が見送られた192~662Bq/kgで単純計算すると、3万8400~13万2000Bq/kgと高濃度に濃縮されるのです。焼却炉にはバグフィルターが付いているので大丈夫だと言われますが、それでは粒径1ミクロン以下の微粒子を補足する事は出来ません。フィルターをすり抜けて焼却炉周辺に飛散する事が、私たちの『リネン吸着法』での測定でも明らかになっています。直近の私たちの調査では、リネン吸着法で捕捉した微粒子はほとんどが水に溶けない事も分かりました」

福島県は、原発事故後に環境省が設置した仮設焼却炉も使って処理する方針。市民団体からは「燃やさずコンクリートで囲まれた処分場で保管するべき」との声もあがっている(福島県の「災害廃棄物処理実行計画」より)

不溶性放射性微粒子については、「子ども脱被ばく裁判」で証人尋問を受けた河野益近さん(京都大学大学院工学研究科原子核工学専攻の元教務職員)が「呼吸で肺に取り込んだ場合、体外に排出されにくく、長期間にわたって沈着する。しかも内部被曝の評価方法が確立されていない」などと危険性を訴えた。

青木さんも「災害ごみとはいえ、ほとんどのごみには残念ながらセシウムが含まれています。焼却灰を食べるわけではないから100Bq/kg以下ぐらいであれば問題ない、というのは大きな間違いです。焼却炉の煙突から漏れてくる放射能を含んだ細かい粒子を吸い込むことは危険です」と語る。

「新型コロナウイルスの感染拡大で、政府は経済と国民の生命を天秤にかけて大胆な拡大防止策を講じることを躊躇していますが、放射能ごみ問題も全く同じです。多くの人が声をあげることでしか政府の経済優先・人命軽視の政策を変える事は出来ません」と青木さん。しかし、福島県は水害で生じた災害廃棄物の焼却を続けている。しかも、原発事故後に環境省が県内に設置した仮設焼却炉も使い始めた。マスクで防護する必要があるのは、新型コロナウイルスだけでは無さそうだ。

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ、48歳。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

最新刊!月刊『紙の爆弾』2020年5月号 【特集】「新型コロナ危機」安倍失政から日本を守る 新型コロナによる経済被害は安倍首相が原因の人災である(藤井聡・京都大学大学院教授)他

『NO NUKES voice』Vol.23 総力特集〈3・11〉から9年 菅直人元首相が語る「東電福島第一原発事故から九年の今、伝えたいこと」他

私たちは唯一の脱原発雑誌『NO NUKES voice』を応援しています!

去る4月18日朝日新聞夕刊に三里塚に住む女性・石井紀子さんの追悼記事が掲載されました。訃報記事をすべて目を通しているわけではありませんが、三里塚については、私の闘いの出発点の一つでもありますので、どうしても読んでしまいます。石井さんは私より一歳下の1952年生まれ、1971年法政大学に入学されました。70年安保闘争や学園闘争の波が引いた時期に大学に入った私たちの世代の大きな政治課題は三里塚闘争(第一次―第二次強制収容阻止闘争)と沖縄闘争(返還協定調印-批准阻止闘争)でした。

私が三里塚に関わり始めた1971年、天王山だった第二次強制収容阻止闘争を闘い、かの機動隊3人が亡くなった9・16にも現地にいました。その後、諸事情で三里塚を離れながらも、遠くから熱い眼差しで見てきました。こうしたことは、この「通信」でもたびたび述べています(最近では2月4日、同8日付け)。

聞くところによれば、石井さんは法政のノンセクトで学生運動に関わり、彼女が本格的に三里塚に入ったのはその後ということです。関西にいる私たちは、首都圏で集会やデモをやる時には法政大学のグループと連携することもたびたびありました。実際、法大に泊まらせてもらったこともありました(そこでバッタリ高校の同級生のHM君に会ったのを思い出します)。ノンセクトは組織動員できる党派と違い、どこもさほど人数も多くなく、一緒に部隊を組んだこともありました。三里塚で結婚し子どもを生み育て、土地に根づいて生きるということは、よほどの決意がなければできることではありません。時々報道されていましたので、知ってはいました。

記事の内容は石井さんの生き様について淡々と記述し、これ自体は特に問題ありません。熱っぽいものを感じる筆致ではありませんが……。三里塚を自らの生きた軌跡と重ね合わせる私と、取材対象としか見ない新聞記者との決定的な違いがあるように思います。まずは、三里塚の土地で生涯を全うされた石井紀子さんに頭(こうべ)を垂れて合掌。

朝日新聞4月18日夕刊

◆「カウンター大学院生リンチ事件」(別称「しばき隊リンチ事件」)で蠢いた阿久沢悦子記者の名を発見!

……とっ、記事の末尾に「阿久沢悦子」の署名が目に入りました。

去る4月1日の湖東記念病院冤罪事件の記事に、15年前の私の「名誉毀損」逮捕事件の官製スクープ記事を書いた平賀拓哉記者の名がありましたが、今度はリンチ事件に関係しつつも私たちの取材からひたすら逃げている記者の名があるとは……因果なものです。

このかん私たちはプリズン・コンサート500回を達成したPaix2(ぺぺ)の記念本編集作業に追われ、リンチ本続刊の作業が止まっていましたが、ようやくすべての原稿がそろい整理済みDTPに回しましたので、GW明けからはリンチ本第6弾の準備に取り掛かろうと思っていた矢先です。具体的には手の内は明かせませんが、今回も“隠し玉”があります。「弾はまだ残っとるぞ」ってなもんです。

◆リンチ被害者M君やわれわれを裏切った趙博を紹介

阿久沢悦子記者は、平賀拓哉記者同様、朝日新聞大阪本社社会部所属、リンチ事件で蠢動した時は、かの阪神支局に勤務していました。平賀記者はあたかも私たちの出版を理解しているかのように近づきましたが、阿久沢記者も、あたかも味方であるかのようにM君に接触し、M君もまだ私たちと知り合う前で孤立を強いられていた時期でしたので、藁をも掴む想いで阿久沢記者に対応したそうです。

また、これも味方のようにM君に近づいた趙博を引き合わせたのも阿久沢記者でした。趙博は言葉巧みにM君から、当時はまだ公になっていなかった多くの資料を入手しています。その後、急に掌を返したことはすでにリンチ本でも2度、記述し弾劾しています(第1弾『ヘイトと暴力の連鎖』の「『浪速の歌う巨人』趙博の裏切り」、第4弾『カウンターと暴力の病理』の「われわれを裏切った“浪速の歌うユダ”趙博に気をつけろ!」参照)。資料を返却もしていません。まさにS(スパイ)行為です。趙博は、多くの運動に顔を出したり近づいていますが、用心されたほうがいいでしょう。直接掌を返されたM君や私たちが言うのですから間違いありません。趙博よ、恥を知れ!

◆われわれの取材から逃げ回る阿久沢記者

阿久沢記者には、本を出すたびにその本を付けて何度も質問状(あるいは取材依頼)を行い、遂には電話取材も行いましたが、拒否されました。リンチ本第5弾『真実と暴力の隠蔽』に報告していますので、ぜひご一読ください。

『真実と暴力の隠蔽』文中の阿久沢記者電話取材の様子

『真実と暴力の隠蔽』同上 続き

阿久沢記者について、彼女をよく知る関係者が証言してくれました。──

「阿久沢さんはいろいろとトラブルメーカーでかねてから会社から睨まれていました。阿久沢さんが引き起こしたトラブルは具体的には、2012年、当時の夫の不倫相手が阿久沢さんの職場まで直談判に来たこと(当時阿久沢さんは大阪本社社会部)。

橋下徹へ喧嘩を打ったツイッター

同じ年に阿久沢さんはTwitterで橋下徹大阪市長(当時)を誹謗中傷して逆襲され(会社に正式に抗議が来たそうです)謝罪、休職に追い込まれたこと。復職後、大阪本社社会部から阪神支局に転勤になりました。2017年、韓国に行って慰安婦像に『朝日新聞、阿久沢悦子』の名前で『謝罪文』をあちらに残してきたことが、いわゆる『ネット右翼』に見つかり騒ぎになったこと。この後阿久沢さんは静岡総局に転勤になりました」

かの橋下徹に喧嘩売るとは凄い! しかし、さすがに橋下、「ふざけんな出てこいとはどういうことですか? 記者ってそんなに偉いんですか?」といなされ、あえなく撃沈するとは、ヘタレやね。「朝日」の看板をバックにすれば、何も怖くないと勘違いされたのでしょうか!? 橋下徹のような稀代の三百代言を駆使する権力者に喧嘩売る時は、思いつきではなく全知全能、全身全霊、性根を入れてやらないと対峙できません。

◆因果はめぐるのか──

以前のこの「通信」でも記述しましたが、71年当時「全京都学生連合会」を結成し共闘、共に三里塚に現闘小屋を設置し活動していた京大「C(教養部)戦線」というグループにM君の父親がいました。これもなにかの因縁です。因果はめぐるのか──。

それはともかく、「カウンター大学院生リンチ事件」(別称「しばき隊リンチ事件」)に対して、なぜか朝日新聞は、メディアの責任を忘れ、頑なに取材を拒否してきました。もちろん報道もしません。まずは阿久沢さん、あなたの言葉を借りれば、「人間として怒りが抑えられません。ふざけんな。出て来い!」と言いたいですね。

さらにもう一つ申し述べておきたいと思います。阿久沢記者のFBでの石井紀子さん訃報記事について「いいね!」している人が多くいます。私の知っている方の名も少なからず目にしました。皆さんは、阿久沢記者のリンチ事件に対する、決して真摯とは言えない態度を知った上でのことでしょうか? 表面上の美辞麗句に騙されてはいけません。喝!

《関連過去記事カテゴリー》
 M君リンチ事件 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=62

Amazon https://www.amazon.co.jp/dp/B07CXC368T/
鹿砦社 http://www.rokusaisha.com/kikan.php?bookid=000541

どんな殺人事件も例外なく悲劇的だが、とりわけ小さな子供の生命が奪われた殺人事件が地域社会に与えるダメージは大きい。2005年11月、広島市安芸区で起きた小1女児・木下あいりちゃん殺害事件もその1例だ。2015年に現場を訪ねたところ、事件発生から10年も経っているにも関わらず、現地のあちこちで生々しい事件の傷跡が散見された。

あいりちゃんのために作られたひまわり畑も荒れた感じになっていた

◆現地の小学生たちは大勢で集団下校

被害者の木下あいりちゃん(享年7)は被害に遭った当時、市立矢野西小学校に通う1年生だった。事件の日は下校途中に失踪し、空き地に置かれた段ボール箱から遺体となって見つかった。広島県警は捜査の結果、現場近くに住むペルー人の男、ホセ・マヌエル・トレス・ヤギ(30)を検挙。ヤギはあいりちゃんの身体にわいせつ行為をはたらいたうえ、首を絞めて殺害していたが、実はペルーでも幼女への性犯罪で2回刑事訴追され、日本に逃亡中だった。

悲劇を繰り返さないため、大勢で集団下校する地元の小学生たち

そんな事件について、マスコミは当初、あいりちゃんを匿名で報じ、性被害の報道も自粛していた。しかし、父親の要請に応じ、あいりちゃんのことを実名扱いにし、性被害の内容も詳細に報じるようになった。ヤギはその後、裁判で無期懲役刑が確定したが、事件は裁判中も大きく取り上げられ、長く社会の注目を集め続けたのだった。

筆者が2015年に現地を訪ねたところ、まず何より印象的だったのは、現地の小学生たちが大勢で集団下校をしていたことだ。道路のあちこちに大人たちが立ち、下校する子供たちを見守っている姿も見受けられた。公園の金網に「考えよう 尊い生命の大切さ」などと書かれたプレートもかけられており、同じ惨劇を2度と起こさせないため、地域をあげて、子供たちを守っている様子が窺えた。

◆遺体遺棄現場では、ボロボロになった供え物が・・・

そんな現地で、何より悲しい雰囲気を漂わせていたのは、あいりちゃんの遺体が入れられた段ボール箱が捨てられていた空き地だった。その場所には、事件の頃に供えられたとみられるカプセルトイやヌイグルミがボロボロに痛んだ状態になりながら、その場に残ったままになっていた。そばには、ドライフラワー化した花も放置されていた。地元の人も現場には心理的に近づきがたく、片付けがされないままになっているのだろう。

ひまわりの花が好きだったというあいりちゃん。事件後にその死を悼むために作られたひまわり畑も訪ねてみたが、ひまわりの木はどれもすっかり枯れていた。そばに置かれた大きなシートには、「ようこそ ひまわり畑へ」という文字と共に、ひまわりの花飾りをつけた可愛いウサギの絵が描かれていたが、このシートもかなり汚れて、物悲しい雰囲気になっていた。

小さな女の子が殺害されると、地域社会のあちこちに決して癒えない傷が残るのだ。

遺体遺棄現場に供えられたヌイグルミやカプセルトイはボロボロ状態で放置されていた

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。近著に『平成監獄面会記 重大殺人犯7人と1人のリアル』(笠倉出版社)。同書のコミカライズ版『マンガ「獄中面会物語」』(笠倉出版社)も発売中。

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「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

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