朝日新聞2008年6月17日号外

1988年から1989年にかけて東京と埼玉で4人の幼女を次々に連れ去って殺害し、遺体を食べるなどの凶行に及んだ元死刑囚の宮﨑勤(享年46)。

被害女児の骨片を入れた段ボール箱を女児の自宅玄関前に置いたり、「今田勇子」名義で報道機関に犯行声明を送りつけるなどの異常性が当時、社会を震撼させた。

そんな宮﨑も2008年6月に死刑執行されて世を去ったが、私が東京・あきる野市(事件発生当時は西多摩郡五日市町)にあった宮﨑の実家跡地を訪ねたのは死刑執行からちょうど7年の年月が過ぎた2015年の夏のことだった。

◆宮﨑宅は「有料駐車場」になっていたが……

「そこは今、駐車場ですよ」

そう教えてくれたのは、道を聞くために入った最寄り駅・JR武蔵五日市駅前の交番の制服警察官。彼は現地までの道順についても、机の上に地図を広げて、親切に教えてくれた。

現地に到着すると、宮﨑の家は建物が取り壊され、宮﨑が多数のビデオや漫画を所蔵していた有名な「オタク部屋」も跡形もなくなっていた。そして広々とした更地には、たしかに有料駐車場だと示す「P→1日¥1,000」という立て看板が設置されていた。

家屋はすべて取り壊され、有料駐車場の看板が設置された宮﨑の実家跡地

宮﨑の「オタク部屋」があった場所。砂が盛られた理由は不明だ

ただ、有料駐車場とはいっても管理人などはおらず、コインパーキングのように自動精算する仕組みになっているわけでもない。料金を入れる小箱が立て看板のかたわらに置かれているだけである。周囲には畑と民家しかない。地元の人のものらしき車は数台止まってはいたが、この場所を車で訪ね、1日1000円の有料駐車場を利用する人がそう多くいるとは思いがたかった。

駐車場利用者の料金支払いは善意に委ねられている

通りかかった地元の女性は、声をひそめてこう語った。

「(宮﨑の)家族はもうこのへんに住んでいないみたいです。ただ、親戚の人たちは今もこのあたりに住んでいるんですよ」

周辺を見て回ると、たしかに「宮﨑」と表札を掲げた家があった。さらにふと見ると、パトカーが近くに止まり、制服警察官が車内から私の様子をうかがっていた……。

先ほど道を聞いた交番の制服警察官たちが、私のような野次馬が宮﨑の親族に迷惑をかけないかと監視にやってきたわけである。宮﨑の父親が事件後に自殺したという話は有名だが、生き続けている親族たちは事件から30年近く経ってもなお、警察がそんなケアをしなければいけないほど深い傷を負っているということだろう。

息をひそめて生き続ける親族たち。この人たちも紛れもなくこの事件の被害者だ。


◎[参考動画]宮﨑勤死刑囚に刑執行(2008年6月17日放送フジテレビ「ニュースJapan」より)

▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

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「今、お墓のあった場所を公開しているのは警察関係の方と報道関係の方だけで、一般の方には公開していないんですよ。ご両親は今もお参りに来られているんで、いやな思いをされたらいけませんからね」

2014年3月12日、東京都荒川区南千住の円通寺。私は、住職の男性の言葉に驚いた。失礼ながら、あの「吉展ちゃん」のご両親がまだご存命だとは思っていなかったからだ。

円通寺。吉展ちゃんの遺体が遺棄された寺として非常に有名

◆半世紀以上も現場で息子を悼み続けた両親

 

当時の指名手配書(夢野銀次さん2014年10月24日付「銀次のブログ」より)

1963年3月31日、台東区入谷で暮らす工務店経営者一家の長男・村越吉展ちゃん(当時4歳)が身代金目的で誘拐され、その後殺害された「吉展ちゃん事件」は当時、「戦後最大の誘拐事件」と呼ばれた。

捜査は難航したが、警視庁は1965年7月4日、別件の窃盗事件で服役中の小原保(同32歳)を営利誘拐などの容疑で検挙。小原の自白により、円通寺にあった「池田家」の墓の下から吉展ちゃんの遺体が発見された話は有名だ。

しかし、私が円通寺を訪ねた日は事件から半世紀を超す年月が過ぎていた。まさかご両親が今もお参りに来ているとは――。

「お二人とも今は80代だと思います。でも、つい先日もいらっしゃったんですよ」

円通寺境内には「よしのぶ地蔵」も設置されおり、こちらは一般の人も拝むことができる

◆現場を非公開にした理由──迷惑な陰謀論者たち

 

毎日新聞1965年7月5日付一面(岩垂弘さん「もの書きを目指す人びとへ――わが体験的マスコミ論」第46回より)

住職の話を聞きながら、私は高齢のご両親が息子の死を悼み続けた年月に思いを馳せ、柄にもなく少し胸が熱くなった。が、住職はそんな私の感傷的な気分を打ち消すような、こんな話も聞かせてくれた。

「物見遊山で墓を見に来られる一般の方の中には、陰謀論的な冤罪説を主張される人たちもいるんです。『小原は洗脳されて自分を犯人と言っているだけだ』とか『小原は足が不自由だったから差別されたのだ』とか言ってくるのですが、われわれとしては『勝手にやってください』と言うしかありません。小原の供述により、うちのお墓からご遺体まで見つかっているのですからね」

たしかにこういう変な人たちがいれば、寺としても遺体が見つかった墓のあった場所を一般公開するわけにはいかないだろう。

私は報道目的なので、遺体が隠された墓を見せてもらえたが、住職によると、すでに「池田家の墓」そのものは他の場所に移設されたという。その墓があった場所では、代わりに吉展ちゃんを供養するための小さな地蔵が祀られていたが、手入れが行き届いており、親族がよくお参りに来ていることが窺えた。

吉展ちゃんには安らかに眠ってもらいたい。

吉展ちゃんの遺体が見つかった墓があった場所。小さな地蔵が祀られているが、一般には非公開

▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

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