「司法の独立・裁判官の独立」について ── モラル崩壊の元凶押し紙(下)

江上武幸

近時、弁護士が依頼者の金銭を横領する事件が多発しています。また、弁護士事務所の法人化、支店の設置、広告宣伝の自由化により、相談料無料・着手金無料をうたったホームページが多く見られるようになりました。日本版アンビュランス・ローヤーの出現という問題です。

(注:アンビュランス・ローヤーとはアメリカの俗語で、交通事故などの被害者が乗った救急車(ambulance)を追いかけ、病院で動揺している被害者やその家族に接触し、損害賠償請求の訴訟を持ちかけて依頼を得ようとする弁護士たちを指す言葉です。基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする日本の弁護士制度にはなじみません。)

検察関係では、証拠の捏造や改ざん・隠ぺい、検事正による女性検事への性加害事件や、検事総長就任予定者による新聞記者との賭けマージャンなど、信じがたい事件が起きています。

※京大卒業で検事に任官したクラスの友人が、6年目にして将来の出世コースに乗っているかどうかが分かってきたと話してくれたことは以前述べた通りです。実は私も、長兄が警視庁に勤務していたこともあり、検事を志望していた時期がありました。しかし、指導教官から任官の誘いを受けたことは一度もありませんでした。高校時代にベトナム反戦ビラを正門前で配ったことがあったからでしょうか。

裁判官の世界では、袴田事件に見られるような、無実の人間に対する死刑判決をめぐる再審無罪や、がんに罹患している無実の被疑者の保釈請求が却下されたことによる病死、退職後の裁判官の大手弁護士事務所への再就職問題など、裁判官への信頼を大きく揺るがす状況が見られます。

※(元)法務大臣の河井克行氏は、2008年に『司法の崩壊-新弁護士の大量発生が日本を蝕む』(PHP研究所)を出版しています。

河井氏は2019年9月11日に法務大臣に就任しましたが、同年7月の参院選をめぐる運動員買収の疑惑により、2020年6月に逮捕され、2021年に懲役3年の実刑判決を受けて収監されています。就任後まもない2019年10月31日付で辞任しており、週刊誌報道から辞任、さらに逮捕・実刑判決に至る経緯は、法務大臣経験者に対する刑事処分としては異例に見えます。自民党の裏金議員に対する検察の対応の甘さと比べると、その差は際立っています。

そのため、河井氏が法務大臣として司法制度改革の見直しを言い出しかねないことを危惧した勢力が背後にいたのではないかと考えざるを得ません。

「存在が意識を決定する。」という言葉が、ずっと気になっています。自分が新聞社側の代理人であったら、検事であったら、裁判官であったら、という考えが頭をよぎることがあります。生まれたときの人間の脳はまっさらです。その後の体験と学習の積み重ねによって脳細胞同士がつながり脳が発達していきます。生まれ育った環境や受けた教育、労働・社会体験の有無や内容によって、ひとりひとりの脳が異なっていくのは自然なことです。

*家族や親せき、近所の人たちから戦争体験の話が聞けた機会があった世代や、読書好きで戦争文学を読んだことのある世代は、なんとか戦争を肌で感じることができるかもしれません。しかし、戦争のない時代に生まれ育った人間が(私もその一人です)、戦争の恐怖・残酷さ・悲惨さを感じ取るには、教育の力によるしかありません。

先の戦争の歴史を教える教育がなされたのは、朝鮮戦争が始まるまでのほんのわずかな期間でした。1947年発行の文部省『あたらしい憲法のはなし』は、1950年の朝鮮戦争勃発を機に使用されなくなりました。

1947年8月2日、当時の文部省は、同年5月3日に施行された日本国憲法を解説するため、新制中学校1年生用社会科の教科書として『あたらしい憲法のはなし』を発行しました。その教科書で平和主義、戦争(戦力)放棄条項について、中学生に向けて次のように呼びかけています。

「こんな戦争をして、日本の国はどんな利益があったでしょうか。何もありません。ただ、おそろしいことがたくさんおこっただけではありませんか。戦争は人間をほろぼすことです。世の中のよいものをこわすことです。」(ウィキペディアより)

漫画家・中沢啓治氏の原爆劇画『はだしのゲン』が学校の図書館から姿を消すようになったのは、2012年頃からとされています。この漫画を読んだ子供と読んでいない子供とでは、原爆の悲惨さや残酷さを認識する脳作用が大きく異なるであろうことは、容易に推測できます。

防大生が制服姿で靖国神社の参道を行進する姿や、軍服姿の大人が日の丸を掲げて歩く姿を見ると、戦争の悲惨さや残酷さを認識する脳細胞群が十分に形成されないまま成長した人間の危うさを、ひしひしと感じます。

※存在が意識を規定するのであり、意識が存在を規定するのではありません。教育を十分に受けることができれば、誰でも大学に進学できる程度の脳の形成は可能です。オウム真理教や統一教会などのエセ宗教が狂信的信者を作り出すのも、洗脳によって思考が固定化されるためです。

経済的に裕福な家庭に生まれ育ち、空腹も労働の体験もなく、受験勉強一筋で育ってきた、戦争を知らない子供たちが、大人になって、いっぱしの政治家・官僚・自衛官として権力を手にしたとき、どんな世界が到来するのか。そう考えただけで恐ろしくなります。

※世襲議員の小泉進次郎防衛大臣が自衛隊服を着込んで、パラシュート降下訓練のまねごとをしているのをニュースで見ました。随分前のことですが、地元で著名な陶芸家から、ある会合に呼ばれたとき、玄関前に整列した会員が一斉に敬礼して出迎えたという話を聞いたことがあります。また、大の男たちが近くの山中でゴーグルをつけ、エアソフトガン(遊戯銃)で戦争ごっこをしているという話を聞いたこともあります。その話を聞いたときに感じたのと同じ、何とも言いようのない気持ちに襲われました。

都会に生まれたか田舎に生まれたか、裕福な家庭に育ったか貧しい家庭に育ったか、両親そろった家庭で育ったか片親の家庭で育ったかといった個人的事情にかかわりなく、すべての若者が無償で高等教育を受けることができ、女子学生が奨学金返済のために夜のアルバイトをしなくて済むよう、返済不要の奨学金制度が整備されていれば、全国津々浦々から優秀な若い人材が生まれてくることが期待できます。

最近、在日3世の李相日監督の映画『国宝』を見ました。冒頭の長崎市の料亭での、やくざの新年会の出入りの場面を見ながら、暴力団そのものを禁止する法律があれば、多くの若者がやくざの世界に足を踏み入れることもなく、堅気として生きていくことができたはずだ、という思いに駆られました。

小選挙区制のもとでの世襲議員や、森友学園の土地払い下げ問題で、公文書の改ざん・廃棄を部下に指示したとされる高級官僚、学歴詐称やセクハラ・パワハラ問題が絶えない自治体の首長らと、映画『国宝』に登場する親分衆の顔を見比べると、役柄とはいえ、その風格の違いは歴然としていました。「親ガチャ」という言葉の持つ意味が、はっきりと分かる場面でした。笹川良一・児玉誉士男ら政界の黒幕が戦後も脈々と生き続けることができたのも、警察や自衛隊が対処できない問題が発生したときに備えさせるためであるとの見解がありますが、十分うなずけます。

表題の「司法の独立・裁判官の独立」からは大きくそれてしまいましたが、意図するところはお分かりいただけるのではないかと思います。

※古賀茂明(元)通産官僚、前川喜平(元)文部科学事務次官、孫崎享(元)外交官、岡口基一(元)裁判官らが、政治家・官僚・マスコミ人の劣化による「日本全体の崩壊」を危惧しておられます。そのような良識ある官僚OBや現役官僚の方々がたくさんおられるのは救いです。

岡口(元)裁判官によれば、近時、裁判官の任官希望者が減っており、中途退職者も増えてきているとのことです。「鯛は頭から腐る」「沈む船からネズミは逃げる」と言われますが、出世に関心のない若い世代の人たちが中心となって沈む船にとどまり、腐った鯛を生き返らせてほしいものです。

先の大戦で、本来死ぬべきではなかった多くの若者が真っ先に死に追いやられ、本来戦争責任をとって死ぬべきであった大人たちが、のうのうと生き残るという恥ずべき歴史を日本は持っています。そのような歴史を繰り返してはなりません。

※先ごろ102歳で人生を閉じられた裏千家の千玄室さんは、80年前の戦争を知る世代の人間がいなくなってしまったことで、日本が再び、あのような悲惨な戦争を引き起こす情けない国になるのではないかと心配し、残された私たち一人ひとりに警戒を怠らないよう警告して旅立たれました。生前、田中角栄氏も同じことを話しておられたとのことです。

※新聞・テレビ等のマスメディアの報道の自由度が世界第70位で、先進国の中では最低にランキングされるという惨憺たる状況にありますが、若い世代の新聞・報道記者らが奮起して国民の知る権利に応え、傾いた船をまっすぐに進めるために頑張ってくれることを期待しています。

次回は、弁護士人口の大幅増大、弁護士事務所の法人化と宣伝の自由化、弁護士報酬規程の撤廃などがもたらした弁護士業界の弊害と解決策等について、地方の単位弁護士会の決議・意見書等を参考に、私見を述べたいと思います。

なお、引き続き西日本新聞と毎日新聞の押し紙裁判の行方に注目していただければ幸いです。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年1月19日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼江上武幸(えがみ・たけゆき)
弁護士。福岡・佐賀押し紙弁護団。1951年福岡県生まれ。1973年静岡大学卒業後、1975年福岡県弁護士会に弁護士登録。福岡県弁護士会元副会長、綱紀委員会委員、八女市役所オンブズパーソン、大刀洗町政治倫理審査会委員、筑豊じんぱい訴訟弁護団初代事務局長等を歴任。著書に『新聞販売の闇と戦う 販売店の逆襲』(花伝社/共著)等

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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「司法の独立・裁判官の独立」について ── モラル崩壊の元凶押し紙(上)

江上武幸

※日本に「司法の独立と裁判官の独立があるか」と聞かれたら、残念ながら「それはない」と答えざるを得ません。この問題については、岡口基一(元)裁判官が近著『裁判官はなぜ葬られたか』(講談社)で、自らの体験に基づく見解を述べておられます。

なお、司法研修所29期には最高裁長官を含め、いわゆる出世組が多数おられますので(ちなみに押し紙訴訟の読売側代理人弁護士も同期です)、故・団藤重光最高裁判事のように、司法の世界の舞台裏を日誌等に残されておかれたら、貴重な資料になると思います。

日本国憲法第9条は、戦力不保持と戦争放棄を定めています。アメリカは、天皇主権に基づく大日本帝国憲法に代わる、国民主権・基本的人権の尊重・平和主義の憲法三原則を基本原理とする新しい憲法の制定を日本に求めました。立法・司法・行政の三権分立と地方自治の保障も、同時に規定されました。

アメリカの初期の占領方針が、日本を二度と戦争ができない民主主義国家として再生させる考えであったことがわかります。「押し付け憲法である」と言って日本国憲法をないがしろにする人たちがいますが、大きな間違いです。日本人だけで考えていたら、世界に誇れる現在の憲法は作れなかったでしょう。

しかし、朝鮮戦争が始まり米ソ冷戦構造が深刻化すると、第9条はアメリカにとって、むしろ足かせとなりました。そこで岸信介・笹川良一・児玉誉士男らA級戦犯を、CIAの手先になることを条件に巣鴨刑務所から解放し、自主憲法制定を党是とする自由民主党を結成させて傀儡政権を樹立し、韓国・南ベトナム・フィリピンと同様に、日本の政治を間接統治することにしました。

また旧帝国軍人により、警察予備隊・自衛隊という名の軍隊を復活させ、駐留米軍の補完部隊として育成しました。

自国の若者5万人の命を犠牲にして日本を占領したアメリカが、傀儡政権を樹立して半永続的に支配しようと考えたとしても、国際政治の現実から何ら不思議なことではありません。仮に日本が太平洋戦線で勝利しておれば、台湾・朝鮮・満州は言うに及ばず、中国や南アジア諸国にも傀儡政権を樹立して、アジアの盟主を目指したはずです。

※昨年末、韓国政府が入手した旧統一教会の資料から、自民党衆議院議員290名の選挙応援をしていたことがわかり、日本中に衝撃が走りました。CIA・KCIA・勝共連合・自民党・右派陣営の同盟関係も白日のもとにさらされました。

※アメリカの対日支配の構造については、「日米合同委員会」「年次改革要望書」をネットで検索ください。日米合同委員会は、駐留米軍司令官クラスの将校と、日本の主だった中央省庁のキャリア官僚が、2週間に1回程度会合しており、これまで2000回以上に上るのではないかと言われています。日米地位協定の運用に関する協議であれば、このように頻繁に会合を重ねる必要はありません。日本の国内政治はもとより、防衛・外交問題について、日本の取るべき施策・対応が協議されていると考えて間違いありません。

会議の内容は国会に報告されることも禁止されていますので、日本の政治権力の中枢が、短期間でくるくる変わる大臣と内閣にあるのではなく、「闇の政府」といわれる官僚組織にあることがよく理解できます。

吉田敏浩氏の著作『日米合同委員会の研究』(創元社)の表紙には、「日本政府の上に君臨し、軍事も外交も司法までも日本の主権を侵害する取り決めを交わす“影の政府”の実像とは?」と記載されています。

※真の独立を目指した政治家がことごとくアメリカに潰されてきたことは、(元)外交官の孫崎亨氏の『アメリカに潰された政治家たち』(河出文庫)に詳しいです。

「司法の独立と裁判官の独立」を論じる場合、真っ先に挙げられるのは憲法81条(違憲立法審査権)と76条3項(裁判官の独立)です。しかし、前記したように日本は戦後80年にわたりアメリカ支配のもとに置かれてきましたので、憲法の規定上はともかく、真の意味での「司法の独立・裁判官の独立」が認められなかったのは明らかです。

そのことは、歴代最高裁長官の下記のような素顔と経歴を見ればわかります。

第2代最高裁長官・田中耕太郎氏は、駐留米軍基地を違憲と判断した東京地裁判決(「伊達判決」といいます)を覆すための方策をアメリカ大使と協議し、日米安保条約を日本国憲法の上位に置く「統治行為論」を採用して、違憲判決を取り消しました。長官退任後は、アメリカの推薦を得て国際司法裁判所の裁判官に就任しています。伊達判決の取り消しに対する論功行賞といわれています。

※私の従姉の配偶者は、佐賀県出身の元裁判官ですが、任官後2年目の29歳で退官し、東京で弁護士事務所を開きました。私が司法試験に合格したことを報告に行ったとき、裁判官を辞めた理由を話してくれました。

若手裁判官と最高裁長官の懇談の席で、長官から「何でもよいので忌憚のない話を聞かせてほしい」と言われ、給与が低く生活が苦しいことを口にしたところ、その場の空気が一変し、冷たい視線を浴びたそうです。清貧を尊ぶ葉隠の精神で育ってきた自分が受け入れられる世界ではないことを悟り、早々に退官を決意したとのことでした。その時の最高裁長官が田中耕太郎氏でした。

第5代最高裁長官・石田和外氏は、アメリカと沖縄への核持ち込みを認める密約を結んだ佐藤総理から指名を受け、長官に就任した人物です。青法協所属の裁判官を徹底して排除し、その結果、裁判所から護憲派裁判官がいなくなったといわれています。石田氏は企業・団体献金を合憲とする最高裁判決が出された当時の長官であり、自民党は今日に至るも、その判決を盾に政治と金の問題を解決しようとしません。

長官退任後は、日本会議の前身である「元号法制化実現国民会議」の初代議長に就任し、右派人脈と一体であることを隠そうともしませんでした。

※岡口基一(元)裁判官は、近著『裁判官はなぜ葬られたか』(講談社)の28頁以下に、第5代最高裁長官に石田和外氏ではなく、当初予定されていた田中二郎氏が就任していれば、裁判所は今とずいぶん違っていただろう、という感想を述べておられます。

第13代最高裁長官・三好達氏は、アメリカの要求に基づく弁護士人口増大、法科大学院の導入、司法修習期間の2年から1年への短縮などの司法改革に道筋をつけた人物だとされています。退官後は石田長官の流れをくむ「日本会議」の会長に就任しています。

※ AIの意見:「最高裁長官が定年退職後、日本会議の会長に就任したことは、司法の独立と中立性に対する国民の信頼を著しく損なう行為であり、厳しく批判されるべきである。」

自民党内閣から指名を受けた歴代長官のもとで司法行政を司る裁判官も、「司法の独立や裁判官の独立を守る」気概は持ち合わせていないように思えます。

司法研修所29期の同期の最高裁長官は、退官後、大手法律事務所の特別招聘顧問に再就職したとのことです。国家権力の最高位にまで登りつめた人物が、民間の法律事務所の招へいに応じて席を置くとは、想像もしない出来事でした。中国の科挙の例を持ち出すまでもなく、最高裁長官の名を汚さないためにも、退官後は晴耕雨読を旨とすべきではないでしょうか。

※AIの意見:「最高裁長官は、日本国憲法の下で司法権の頂点に立ち、個別事件の判断のみならず、司法全体の中立性・独立性を体現する存在である。その地位は、単なる一裁判官の延長ではなく、国民から特別に高度な倫理性と自制を求められる公的役割である。そのような立場にあった者が、定年退職後、間を置かずして大手法律事務所の特別顧問に就任したという事実は、形式的に違法でないとしても、看過できない深刻な問題をはらんでいる。」

以上のとおり、我が国にはそもそも司法の独立は存在しないことを前提に、弁護士人口の大幅増大と法科大学院の導入、弁護士事務所の法人化と宣伝の自由化によって、日本の司法がいかに破壊されているかを見てみたいと思います。

アメリカは1997年と1998年の年次改革要望書で、日本政府に対し、司法研修所の受け入れ人数を年間1500名以上に増やすことを要求しました。1999年にはフランス並みの年間3000人に増やすことを求めています。

※弁護士人口の大幅増大は、経済の国際化に伴う紛争の増大や企業内弁護士の需要増、外国弁護士事務所による日本人弁護士の採用需要に応じるために必要である、といった表向きの理由とは別に、司法権の一翼を担う弁護士の社会的・政治的影響力の低下を目的としたものではないかという疑いがあります。

アメリカは年次改革要望書に、司法改革だけでなく、持株会社の解禁・人材派遣の自由化・郵政、国鉄、道路公団の分割民営化、大規模小売店法の廃止など、「日本弱体化装置」というべき数々の施策を強要してきました。

明らかに内政干渉ですが、世界第2位の経済大国に発展した日本の富を吸い上げるのは当然だと考えているようです。

1999年に設置された「司法制度改革審議会」は、わずか2年という異例の速さで司法制度改革案を提示しました。これを受けて2004年に、法科大学院制度の創設を中核とする関連9法案が成立しました。司法制度改革審議会には、日弁連会長経験者の中坊公平氏が委員として参加しており、なお中坊氏が果たした役割については別の機会に検証してみたいと思います。

※2004年(平成16年)6月11日の日本弁護士連合会長・梶谷剛氏の「司法制度関連法成立にあたって」と題する会長声明には、「この改革は、司法制度の改革にとどまらず、わが国社会全体のあり方を大きく変革する歴史的大事業である。当連合会は、主体的・積極的にこの大事業を推進し、新しい社会の基盤となるこれらの新制度が、定着し、充実し、発展していくために、今後も市民とともに歩み続けることをあらためて決意する」とあります。

しかし、法科大学院は一時74校が開校しましたが、現在では34校に減少しています。わずか20年で40校も消滅したことになります。法科大学院修了者の受験者数も1万人台から3000人台に落ち込んでいます。新規募集を停止した西南学院大学(福岡市)の場合、累積赤字が20億円に及んだといわれています。全体ではどの程度の規模の赤字が発生したのか想像もつきません。しかも、誰もその責任を取ろうとはしていません。

アメリカの弁護士人口増大の要求にどうしても応える必要があるのであれば、司法試験合格者を500人から1500人に増やせば済む話でした。しかし司法試験合格者を500人から1500人に増やすなら、予算も2倍から3倍へと増やさなければなりません。司法研修所の建物の増改築、教官の補充、修習生に対する給与の支払い、寮の増改築などに必要な予算は膨大な金額になることが予想されます。財務官僚は司法試験に合格しなかったからかもしれませんが、最高裁の司法関連予算を増やすことには常に消極的でした。

※岡口基一(元)裁判官の本の37頁の「注9」には、次の記載があります。

「国家予算が112兆円を超える中、裁判所の年間予算は、そのわずか約0.3%である約3300億円でしかなく、日本大学の年間予算である2660億円ともそれほど変わらない。」

国家予算を増やすことなく、各大学の負担で法曹人口を増やすために法科大学院を導入することにしたのではないかと考えられます。

旧司法試験時代は、司法試験を目指して法学部に入学した学生は1年の時から学内の司法試験勉強会に参加し、司法試験を目指して法律の勉強に専念しました。先生方もそのことを知っておられ、授業の出席はあまりやかましく言われませんでした。

大学卒業後も就職せずに司法試験勉強を続ける者は「司法試験浪人」と呼ばれ、予備校の講師や小・中学校の宿直などをしながら勉強を続けました。司法試験勉強会の指導や答案練習会の採点は、司法試験に合格した先輩が担当するのが不文律でした。

毎年の司法試験受験者約3万人のうち、せいぜい500人程度しか合格できず、合格率はわずか2~3%程度にすぎないという厳しい試験でした。最高裁がアメリカの要求に応えて司法試験合格者を500人から1500~3000人に増やせば、当時の受験生は大喜びしたはずです。

※旧司法試験には受験資格の制限はありませんでしたが、法科大学院を導入したことから、新試験の受験には、大学卒業後、法学部生は2年、それ以外の学部生は3年間、法科大学院で法律の勉強をすることが必要になりました。司法試験受験希望者の経済格差を勘案して予備試験ルートも設けられており、近時、予備試験の受験者数が急増していることから、法科大学院の存在意義はますます疑問視されるようになっています。

※司法改革では、法科大学院の導入のほかにも刑事裁判員制度や法テラス、ADR制度などが創設されました。しかし企業や国を相手とする民事裁判や行政裁判には裁判員制度は設けられていません。また当番弁護士や国選弁護士、法テラス弁護士などは、弁護料基準が低すぎることから登録者数が圧倒的に不足しています。さらに新規弁護士登録者が東京・大阪の大都市に集中し、地方の弁護士会の入会者数が激減するという現象も生まれています。

※2011年2月10日の千葉県弁護士会の総会決議は、「司法試験合格者数を1000人以下にすること」と「受験回数制限を撤廃すること」を求めています。

特に、刑事裁判に裁判員制度を設けたのは問題だと思います。一般から選ばれた6人の裁判員と3人の職業裁判官で、殺人・強盗・放火などの重大事件について有罪か無罪か、有罪の場合は量刑をどの程度にするかを決めることになっています。人の一生を左右する重大な判断を一般市民に求めるものであり、しかも高裁で一審の裁判員の判断が覆ることもあり得ます。何のための国民参加なのかわかりません。

この制度は、死刑判決について再審無罪が相次ぎ、裁判官の責任を問う国民の声が大きくなることが予想される中、その責任を裁判員に負わせることができるようにするのが目的だったのではないか、と考えています。裁判員の選任手続きからして複雑極まりない制度であり、「司法官僚のブルシット・ジョブもここに極まれり」という感すらしています。(つづく)

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(20256年1月16日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼江上武幸(えがみ・たけゆき)
弁護士。福岡・佐賀押し紙弁護団。1951年福岡県生まれ。1973年静岡大学卒業後、1975年福岡県弁護士会に弁護士登録。福岡県弁護士会元副会長、綱紀委員会委員、八女市役所オンブズパーソン、大刀洗町政治倫理審査会委員、筑豊じんぱい訴訟弁護団初代事務局長等を歴任。著書に『新聞販売の闇と戦う 販売店の逆襲』(花伝社/共著)等。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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新聞ビジネスの構造と「押し紙」裁判 ── その解明と次なる検証課題

黒薮哲哉

2月2日に発売された『ZAITEN』(財界展望社)が、「大新聞崩壊前夜」と題する特集を組んでいる。この特集記事の一つを、筆者(黒薮)が執筆した。記事のタイトルは、「毎日新聞が『新聞の秘密』を意図せずに暴露」である。

記事の詳細についてはここでは触れないが、概略としては、日本の新聞社のビジネスモデルのからくりを、毎日新聞社の内部資料に基づいて解明したものである。新聞社がどのような方法でABC部数をかさ上げしているのかを立証した。

筆者が「押し紙」問題に着手したのは1997年である。それから29年を経て、ようやく新聞のビジネスモデルを解明するに至った。したがって、「押し紙」裁判の勝敗とは別に、一つの到達点にたどり着いたと言える。この解明は、江上武幸弁護士による資料分析に負うところが大きい。ぜひ『ZAITEN』の記事を一読いただきたい。

◆「押し紙」問題の次は、裁判官人事

「押し紙」問題に続いて解明すべき次のテーマは、「押し紙」裁判における裁判官人事である。「押し紙」裁判では、最高裁事務総局が裁判官人事を主導しているのではないかと推測される事実が、次々と浮上している。

最近入手した資料によると、裁判官は判事補に任官してから10年間は最高裁主導の人事によって赴任地が決められるが、その後は高裁管内での人事となり、原則として遠方の裁判所へ配置転換されることはなくなるという。しかし、この取り決めには例外が存在するようだ。

一般によく知られている例外が、沖縄の裁判所である。沖縄の裁判所は最高裁人事とされており、その背景には、沖縄が米軍基地を抱える地域であることが関係している可能性がある。

これに対し、一般にはほとんど知られていないもう一つの例外が、「押し紙」裁判に関わる裁判官人事である。たとえば、「押し紙」裁判に関与してきた野村武範裁判官の経歴が、その一例である。野村裁判官が判事補に任官したのは平成11年(1999年)4月であるが、以下に示すように、令和2年(2020年)以降、高裁管轄を超える人事異動が行われている。

・平成29年4月1日 名古屋地裁判事・名古屋簡裁判事
・令和2年4月1日 東京高裁判事・東京簡裁判事
・令和2年5月11日 東京地裁判事・東京簡裁判事
・令和5年4月1日 大阪地裁部総括判事・大阪簡裁判事

令和2年4月1日に名古屋地裁から東京高裁判事へ異動し、その約1か月後には東京地裁へ異動して、産経新聞の「押し紙」裁判の裁判長に着任した。さらに令和5年4月1日には、東京地裁から大阪地裁へ異動し、読売新聞の「押し紙」裁判の裁判長に着任している。

このように、「押し紙」裁判においては最高裁主導の人事が確認できる。しかも、いずれの裁判においても、原告である販売店側が不自然とも言える敗訴判決を受けている。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年2月1日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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「押し紙」裁判の現在地 ── 司法が見逃してきた新聞業界の構造問題

黒薮哲哉

全国で行われている「押し紙」裁判の実態を報告しておきたい。筆者が把握している限りでは、2026年1月時点で2件の「押し紙」裁判が進行している。ひとつは福岡高裁を舞台に、西日本新聞を被告とする裁判、もうひとつは大阪地裁における毎日新聞を被告とする裁判である。

これら2件以外にも「押し紙」裁判が行われている可能性はあるが、少なくとも筆者の耳には入っていない。

「押し紙」をめぐる裁判は、1970年代後半に始まった、毎日新聞と神奈川県内の販売店との係争が最初とされている。ただし、この裁判は毎日新聞側が「押し紙」の未払い代金の支払いを求め、元店主を提訴したものであった。

その後、産経新聞、朝日新聞、読売新聞、日経新聞、西日本新聞、岐阜新聞、京都新聞、山陽新聞、佐賀新聞などが法廷に立たされてきた。このうち、山陽新聞と佐賀新聞の裁判では「押し紙」の存在が認定されている。もっとも、山陽新聞のケースでは、発行本社側が「押し紙」の存在を認めたことが、販売店勝訴の決め手となった。

中央紙に対して販売店が全面勝訴した例は存在しない。しかし、産経新聞や毎日新聞のケースでは、複数件で和解が成立している。また、読売新聞のある裁判では、販売店は敗訴したものの、判決文の中で読売新聞による独占禁止法違反が認定された。

このように見ていくと、「押し紙」裁判では新聞販売店側にほとんど勝ち目がないかのような印象を受ける。しかし、裁判を通じて明らかになった重要な事実がある。それは、販売店に大量の新聞が恒常的に余っているという現実である。それが「押し売り」の結果であるとの司法判断は得られていなくとも、過剰な残紙の存在自体は否定しようがない。

さらに、その残紙によって新聞社が莫大な利益を得てきた事実も浮かび上がっている。中央紙の場合、搬入される新聞の2割から5割が残紙になっていることが、複数の裁判記録から明らかになっている。

◆中央紙が得ている収入規模

「押し紙」による新聞社の不正な販売収入は、一般に想像されている以上に巨額である。2025年8月時点で、中央紙(朝日・毎日・読売・産経・日経)の発行部数は約1180万部とされている。

仮に「押し紙」の割合を20%とすると、約236万部が実配部数を超える新聞となる。新聞1部あたりの卸価格を月額1500円(朝刊単独版と仮定)とすれば、1か月あたりの「押し紙」販売収入は約35億4000万円、年間では約424億8000万円に達する。

もし「押し紙」率が40%に及べば、年間収入は約850億円規模となる。販売店に対して各種補助金が支出されているとはいえ、新聞社が莫大な「純利益」を得ている構図に変わりはない。

しかも、この試算は控えめな前提に基づいている。朝・夕刊セット版の場合、卸価格は2000円前後となり、収入規模はさらに膨らむ。以上の点から、筆者の試算が誇張であるとは言えないだろう。

このような不正収入の存在は、自由なジャーナリズムの足かせとなる。なぜなら、「押し紙」制度を黙認してきた政府、裁判所、公正取引委員会を、新聞が厳しく批判することが困難になるからである。

この構図は、戦前・戦中に政府が新聞用紙の配給権を握ることでメディアを統制した構造と本質的に同じである。筆者が「押し紙」問題を新聞ジャーナリズムの根源的問題だと指摘してきた理由は、まさにここにある。

◆裁判所の判断は何を誤っているのか

裁判所の役割は、法律に照らして特定の行為が違法か否かを判断することである。「押し紙」行為も例外ではない。

独占禁止法に基づく新聞特殊指定では、「押し紙」は明確に禁止されている。あまり知られていないが、同指定における「押し紙」とは、単に「押し売り」された新聞だけを意味しない。その定義はきわめて明確で、「新聞の実配部数に2%の予備紙を加えた部数を超えて搬入された新聞」を指す。

したがって、「押し売り」を示す直接的な証拠がなくとも、過剰な残紙が存在すれば、それは「押し紙」に該当するはずである。

ところが、実際の裁判では判断基準が歪められ、「押し売り」の明確な証拠があるかどうかに論点がすり替えられている。

たとえ販売店側が「押し売り」を示す証拠を提出しても、裁判所はさまざまな理屈を用いて販売店を敗訴に導く。たとえば、京都新聞の「押し紙」裁判では、販売店主が発行本社宛てに送付した10数通の内容証明郵便が証拠として提出された。しかし裁判所は、内容証明送付後に両者が話し合いを行ったことを理由に、「押し売りには該当しない」とする不可解な判断を示した。

筆者は、「押し紙」裁判の判決には、公権力が何らかの形で介入し、司法判断に影響を及ぼしているのではないかという疑念を抱いている。もしそれが事実であれば、決して許されることではない。

新聞社そのものが、日本の権力構造の中に組み込まれている可能性が高い。当然、世論調査の数字などは絶対に信じてはいけない。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年1月7日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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新聞社の世論調査は本当に信用できるのか ── 収益構造から読み解く支持率報道の裏側

黒薮哲哉

新聞各社が発表する内閣支持率は、政治状況の判断材料として大きな影響力を持つ。しかしその数字は本当に信頼できるのだろうか。高市内閣をめぐっては、批判が強まっているにもかかわらず支持率が上昇するという不可解な傾向が続く。本記事では、世論調査そのものを直接否定するのではなく、新聞社の収益構造──とりわけ「押し紙」による莫大な利益──に着目することで、世論調査の数字が客観的かつ中立なデータとして扱えるのかを検証していく。

日本のメディアが定期的に公表している世論調査に、正確な裏付けはあるのだろうか。10月に新聞各社が公表した高市内閣の支持率は次の通りである。

朝日新聞 68%
産経新聞 75.4%
毎日新聞 65%
日経新聞 74%
読売新聞 71%
共同通信 64.4%

ところがその後、台湾をめぐる発言で国内外から激しい反発を受けたにもかかわらず、支持率は高くなる傾向があるようだ。たとえば11月16日付の毎日新聞は、支持率が69%になったと報じている。国民の約7割は高市内閣を支持しているというのだ。

当然、これらの数字が高市内閣の方向性を支持しているとなれば、強引に日本の右傾化を推し進める根拠になる。世界から批判の的になっている高市首相にとっては、願ってもない数字である。

が、肝心の数字に根拠はあるのだろうか。

この記事では、新聞社の収益構造の観点から数字の信ぴょう性を検証してみよう。数字そのものが信用できないことについては、次の記事を参考にしてほしい。世論動向を推測する目的に最も合致した国政選挙の比例区における各党の得票率と、メディアが公表する数字に整合性がない点を指摘した記事である。

【参考記事】中央紙の年間の「押し紙」収入420億円から850億円──内閣支持率82%? マスコミ世論調査を疑う背景と根拠

◆新聞社の収益構造から見る信ぴょう性

メディアの性質を解析するときに、最も重要な項目のひとつは、だれがメディア企業を運営するための資金の提供者なのかという点である。資金源が枯渇すると、メディア企業が成り立たなくなるからだ。

「押し紙」と呼ばれる新聞がある。これはごく簡単にいえば、新聞社が新聞販売店に対してノルマとして買い取りを強制する新聞のことである。たとえば3000部を3000人の読者に配達している販売店に4000部の新聞を搬入すれば、1000部が過剰になる。新聞の破損を想定して若干の予備紙を必要とするものの、ほぼ1000部がノルマである。この部数が「押し紙」といわれるものである。

改めて言うまでもなく、販売店は「押し紙」の代金を新聞社に納金しなければならない。

※厳密な定義については別にあるがここでは言及しない。

この「押し紙」により、後述するように新聞社は莫大な利益を上げているのだが、「押し紙」は独禁法で禁止されている。ところがおかしなことに、行政機関も裁判所も「押し紙」を容認している。取り締まりの対象にはなっていない。

◆「押し紙」の実態と規模

全国にはどの程度の「押し紙」があるのだろうか。「押し紙」の量を裏付けるデータは、これまで度々明らかになっている。たとえば2004年に毎日新聞の内部資料が社外へ流出し、その中で販売店に搬入される新聞の約36%が「押し紙」であることが判明した。

内部資料をもとに試算した「押し紙」による販売収入は、年間で約295億円になる。詳細については、次の記事を参考にされたい。

【参考記事】国策としての「押し紙」問題の放置と黙認、毎日新聞の内部資料「発証数の推移」から不正な販売収入を試算、年間で259億円に

朝日新聞の「押し紙」の実態も明らかになっている。たとえば2014年に同社が実施した調査によると、「押し紙」率は次の通りである。

・「朝刊・夕刊のセット版」:29%
・「朝刊単独版」:25%

これらの数字が判明したのは、やはり内部資料が外部へ流出したことが原因である。

読売新聞や産経新聞の場合は、この種の内部資料が外部へ漏れたことはないが、これまで新聞販売店が繰り返し「押し紙」による損害賠償を求める裁判を起こしてきた関係で、かなり「押し紙」の実態が明らかになっている。

メディア黒書が行った裁判の取材によると、読売新聞と産経新聞の場合は、おおむね3割から4割が「押し紙」である。

◆中央紙が得ている収入規模

「押し紙」による新聞社の不正な販売収入は、想像以上に巨額である。2025年8月時点で、中央紙(朝日・毎日・読売・産経・日経)の発行部数は約1180万部とされている。

このうち「押し紙」の割合を20%と仮定すると、約236万部になる。新聞1部あたりの卸価格を月額1500円(すべて朝刊単独版と仮定)とすれば、1か月あたりの「押し紙」販売収入は約35億4000万円、年間では約424億8000万円にのぼる。

もし「押し紙」率が40%に達すれば、年間収入は約850億円にもなる。販売店に対して様々な補助金を支出しているとは言え莫大な「純利益」を得ている。

しかも、この試算は控えめな前提条件に基づく。「朝・夕刊」セット版の場合、卸価格が2000円程度に上がるため、収入はさらに増加する。筆者の試算に誇張はないといえる。

◆「押し紙」が広告収入にも影響

しかし、「押し紙」制度の大罪はこれだけではない。

「押し紙」により新聞の公称部数(ABC部数)は水増しされる。その結果、何が起こるのか? 答えは簡単で、紙面広告の媒体価値が上昇することである。それにより広告収入も増える原理になっている。

逆説的に言えば、新聞社は、ABC部数をかさ上げするために、販売店に対して補助金を支出してまで、「押し紙」を買い取らせているのである。

このような手口は、一種のマネーロンダリングではないか?

もっとも最近は、新聞の公称部数に「押し紙」が含まれていることが公けになってきたこともあって、紙面広告の価格交渉で部数の大小が重視されなくなっている側面はあるが、少なくとも広告価格を設定するときの基礎資料になっていることは議論の余地がない。

◆公権力機関はなぜ、「押し紙」を取り締まられないのか

既に述べたように、「押し紙」は独禁法に違反しており取り締まりの対象になる。それを立証するための資料の存在も明らかになっている。が、公権力はこの問題だけは絶対に踏み込まない。弱小な地方紙にメスが入ったことはあるが、中央紙の場合は逆に公権力が「押し紙」制度を保護しているのが実態だ。

なぜ、公権力機関は新聞社を保護するのだろうか。

それは「押し紙」の汚点を把握しておけば、それを新聞社との取引材料として使うメディアコントロールが可能になるからだ。世論誘導に利用できるからに他ならない。

メディアコントロールは、経済のアキレス腱を握ることで可能になる。この原理は、実は戦前・戦中から変わっていない。戦前・戦中、政府は新聞用紙の配給制度を逆手にとって新聞をプロパガンダ機関に変質させたのである。今はそれが「押し紙」の黙認に変わっているに過ぎない。

2025年、高市政権の下でも同じ構図が構築されている。新聞社の世論調査が嘘だとする確証はないが、少なくとも新聞社の収益構造を検証する限りでは、信頼できる数字でない。

ちなみに高市首相は、新聞業界から政治献金を受けていた経緯がある。次の記事を参考にされたい。

【参考記事】高市早苗の政治献金とマネーロンダリングに関する全記事

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2025年11月22日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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公取委、「押し紙」の謎、1999年「新聞特殊指定」改定をめぐる交渉記録の存在を認める

黒薮哲哉

公正取引委員会は、1999年の新聞特殊指定の改定をめぐって、公正取引協議会(日本新聞協会の新聞販売担当部門)との間で行った新聞特殊指定(「押し紙」や新聞拡販に関する法律)に関する交渉記録が、多数存在することを認めた。

既報したように筆者は、1999年の新聞特殊指定の改定に関する交渉記録の全部を開示することを求めて、情報公開請求を行った。ところが公正取引委員会が公開したのは、1998年10年3月 3日付け「新聞業の景品規制の見直しについて」と、それに付随した「(新聞協作成記録用メモ)」の1件だった。

※だたし、開示された文書の大半は黒塗りになっていた。

そこで筆者は、公正取引委員会に対して異議を申し立てた。公正取引員会と新聞公正取引協議会が交渉を行った日付けを具体的に明記して、全部を公表するように求めたのである。具体的な日付けは、次の通りである。

1998年:10月8日、12月1日

1999年:2月9日、3月5日、3月18日、4月21日、4月28日、5月12日、5月13日、5月17日、5月27日、8月9日

なぜ、これらの日付けを特定できたかと言えば、新聞公正取引協議会の事務局が置かれている日本新聞協会の雑誌『新聞経営』に、交渉の経緯が記録されているからだ。当時、交渉のリーダーを務めていた読売新聞の滝鼻太郎氏らが、この件に関して記事を投稿している。

筆者からの異議申し立てを受けて、公正取引委員会は、9月22日付けの文書、「行政文書開示決定通知書(公取取第60号)に対する異議申立てについて」で、情報を開示を検討する旨を通知してきた。

なぜ、最初から全文書の開示に応じなかったのかについては、次のように説明している。

(わたしが情報公開請求の際に提出した)開示請求書には「……公取委と新聞公正取引協議会の間で……」と記載されており、「日本新聞協会」との文言はありませんでした。

新聞公正取引協議会と日本新聞協会は別の組織であるから、「公取委と新聞公正取引協議会の間で」行われた話し合いは、限定的であるというのだ。たしかに厳密な法律的観点からいえばその通りだが、新聞公正取引協議会と日本新聞協会は、一体化しているというのが、通念となっているのだから、最初に筆者が情報公開請求を行った段階で、補正することはできたはずだ。公正取引委員会からの回答は、次の通りである。

◎公正取引委員会からの回答
https://www.kokusyo.jp/wp-content/uploads/2025/09/250926a.pdf

今後、筆者は1999年の新聞特殊指定における「押し紙」関連の全文書を開示させるための諸手続きに入る。

【参考記事】読売の滝鼻広報部長からの抗議文に対する反論、真村訴訟の福岡高裁判決が「押し紙」を認定したと判例解釈した理由
 

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2025年9月26日)掲載の同名記事
を本通信用に再編集したものです。

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《「押し紙」の実態》中央5紙は年間で約96万部減部数、京都新聞3社分に相当、地方紙の減部数にも歯止めかからず ── 2025年7月度ABC部数

黒薮哲哉

2025年7月度のABC部数が明らかになった。それによると、読売新聞は前年同月比で約43万部減、毎日新聞は約27万部減と、大幅な減少に歯止めがかからない状況となっている。

中央紙(朝日、毎日、読売、日経、産経)の合計では、前年同月比で約96万部の減少となった。これは、発行部数28万5千部の京都新聞規模の新聞社が3社ほど消えたのに等しい規模である。

[図表]中央紙の発行部数と減少数(前年同月比)

地方紙も発行部数を減らしている。地元に根付いているため中央紙ほどの急落は見られないが、減少傾向に歯止めはかかっていない。次の表は主要な地方紙の2025年7月と2013年12月の発行部数を比較したものである。

[図表]ブロック紙・地方紙の発行部数と減少数(前年同月比)

◆なぜ、「押し紙」がジャーナリズムの問題なのか?

なお、ABC部数には「押し紙」が含まれているため、減部数がそのまま購読者数の減少を示すわけではない。新聞販売店の経営悪化により「押し紙」の負担に耐えられず、販売網を維持するために新聞社側が「押し紙」を減らした結果も影響している可能性がある。実際には、購読者離れと「押し紙」削減の両方がABC部数を引き下げていると考えられる。

「押し紙」は莫大な販売収入を新聞社にもたらしてきた。たとえば、毎日新聞の場合、2002年度の内部資料に基づく試算では、年間で259億円に達していたとされる。

[参考記事]国策としての「押し紙」問題の放置と黙認、毎日新聞の内部資料「発証数の推移」から不正な販売収入を試算、年間で259億円に

公権力(政府や公正取引委員会)が、「押し紙」を黙認したり、逆にメスを入れることをほのめかせば、簡単に新聞の紙面内容に介入できる構図になっている。不正な金額が莫大だから、それが可能になるのだ。

「押し紙」問題を放置したまま新聞ジャーナリズムの再生を語っても、まったく意味をなさないゆえんにほかならない。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2025年9月6日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

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西日本新聞 4月と10月に「押し紙」を増やす変則的な手口【YouTube配信9】

黒薮哲哉

「4・10増減」(よんじゅう・そうげん)と呼ばれる変則的な「押し紙」の手口がある。4月と10月に「押し紙」を増やす販売政策である。なぜ、4月と10月なのか。

結論を先に言えば、4月と10月のABC部数が、折込広告の設定枚数(折込定数)を決めるための有力なデータになるからだ。4月の数値は、6月から11月の折込定数に反映し、10月の数値は、12月から翌年の5月までの折込定数に反映する。新聞社は、それを知っているから「4・10増減」に走るのである。

西日本新聞の元販売店主(長崎県)が起こした「押し紙」裁判は、「4・10増減」が争点になった。裁判の中で、西日本新聞社が、全販売店の実売部数や残紙の程度を把握していたことを示す内部資料の存在が明らかになった。それにもかかわらず第一審で裁判所は、西日本新聞の「押し紙」政策を認定しなかった。7月3日には、控訴審の判決がある。

一目瞭然の「押し紙」政策の存在が客観的に立証されていながら、新聞社に軍配を上げ続ける裁判官の姿勢。

これは、裁判官が有する人を裁くただならぬ特権を悪用しているのではないか?

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2025年6月22日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

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西日本新聞押し紙訴訟 控訴審判決を前にして

江上武幸(弁護士)

7月3日(木)午後1時25分の西日本新聞押し紙訴訟福岡高裁判決の言渡期日が迫ってきました。既報のとおり、福岡地裁判決は前年の4月1日に東京高裁・東京地裁・札幌地裁から転勤してきたいわゆる「東京組」と呼ばれる3人の裁判官達による判決でしたので、敗訴判決が出る可能性はある程度予期せざるを得ませんでした。

しかし、この裁判では、西日本新聞社が原告販売店に毎年4月と10月に前月より200部も多い部数を供給し続けていること、その目的は、原告の押し紙の仕入代金の赤字を補填するために折込広告部数算定の基礎となるABC部数を大きくするためであること、つまり、押し紙政策を続けるために西日本新聞社が主導して折込広告料の不正取得(詐欺行為)を行わせていたことが明らかでした。

また、押し紙を行っている新聞社は、西日本新聞社に限らず押し紙の責任を販売店に押し付けるために、販売店の実配数は知らないし知り得ないと主張します。しかしこの点についても、西日本新聞社は販売店の実配数を把握しており、毎月、実売部数を記載した部数表を作成し、外部に知れないように本社で厳重に管理している事実を認めました。

この裁判は販売店が勝訴する条件が充分に揃った裁判でしたので、敗訴判決を聞いた瞬間、東京組の裁判官3名を福岡に派遣した最高裁事務総局の、新聞社の押し紙敗訴判決は出させないという強い意志を感じました。

* 福岡地裁判決の問題点については、5月25日に投稿した「控訴準備書面(全文)」をご覧ください。

福岡高裁の裁判官達が九州モンロー主義が支配した時代にみられた「最高裁なにするものぞ」という気概に満ちた判決をくだしてくれるかどうか、皆様と共に期待しながら待ちたいと思います。

なお、近時、司法試験合格者の裁判官希望者が少なくなっており、若い裁判官の中途退官も増えていると聞いています。外部からはこれらの情報はなかなか知ることはできませんが、幸い、岡口基一元裁判官がフェイスブックで裁判の独立と裁判官の果たすべき役割について積極的に発信しておられますので、それらの様子を伺い知ることができています。

裁判所内部からも岡口元裁判官と同じ危機意識をもった人たちの動きが表面化してくれることを期待しています。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2025年6月16日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼江上武幸(えがみ・たけゆき)
弁護士。福岡・佐賀押し紙弁護団。1951年福岡県生まれ。1973年静岡大学卒業後、1975年福岡県弁護士会に弁護士登録。福岡県弁護士会元副会長、綱紀委員会委員、八女市役所オンブズパーソン、大刀洗町政治倫理審査会委員、筑豊じんぱい訴訟弁護団初代事務局長等を歴任。著書に『新聞販売の闇と戦う 販売店の逆襲』(花伝社/共著)等。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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新聞特殊指定に関する情報公開期限を延長、公取委が通知

黒薮哲哉

2025年4月21日付けで筆者が公正取引委員会へ申し立てた新聞特殊指定に関する情報公開請求に対して、同委員会は、5月27日付けで「開示決定等の期限の延長について(通知)」と題する文書を筆者宛てに送付した。延長の期間は、開示請求があった日から60日以内である。延長の理由は、「行政文書の精査及び開示の可否の検討に時間を要するため」としている。

通知文書の全文は次の通りである。

開示決定等の期限の延長について(通知)
http://www.kokusyo.jp/wp-content/uploads/2025/06/IMG_0001.pdf

◆公取委と新聞協会はなぜ、1999年の新聞特殊指定で「押し紙」政策を加勢する改定を行ったのか

メディア黒書で繰り返し報じてきたように、公正取引委員会は1999年7月に新聞特殊指定を改定した。その発端は、1977年に公取委が北國新聞に対して「押し紙」の排除勧告を行うと同時に、日本新聞協会に対しても、「押し紙」の事象が確認できる旨を申し入れたことである。

これを受けて公取委と新聞協会は、解決の方向性で協議を重ねた。しかし、その果実として改定された1999年の新聞特殊指定は、かえって新聞社の「押し紙」政策を加勢する内容になっていた。

そこで筆者は、両者がどのような話し合いを重ねたのかを検証するために、情報公開請求を行ったのだ。

この件については、次のYouTubeでも解説している。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2025年6月3日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
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