《報道と人権7》勝訴から一転、第2次真村訴訟の構図、喜田村弁護士ら真村さんの自宅を差し押さえ

黒薮哲哉

読売新聞が筆者に対して3件の裁判を起こしたほぼ同じ時期に、読売新聞が関わった別の裁判が進行していた。原告は真村さんである。

既に述べたように、YC広川の真村久三さんが起こした地位保全裁判は、真村さんの完全勝訴であった。判決は、2007年12月に最高裁で確定した。

ところがその半年後の2008年7月、読売は、YC広川との契約期間が満了したことを理由に、同店を改廃した。契約満了による改廃であるが、販売店には家業的側面があるなどの理由から、正当な改廃を行なうには、店主側が新聞社との信頼関係を著しく破壊し、商契約の存続が困難となる状況を生み出したことを示す事実が必要とされる。

したがって、真村訴訟の判決確定後から改廃に至るまでの約半年の間に、真村さんが不祥事に該当する行為を行ったか否かが審理の対象となる。

◆第2次真村訴訟

当然、真村さんとしてはYC広川の改廃を承服できなかった。そこで再び読売に対して地位保全裁判を起こした。この裁判は第2次真村訴訟と呼ばれている。前訴が第1次真村訴訟である。

ちなみに裁判にはいくつかの形式があり、その代表的なものが仮処分の申立てと本訴である。周知のように、仮処分の申立ては緊急を要する場合に行われ、決定も短期間で下される。敗訴した側に不服があれば、本訴で争うことになる。第2次真村訴訟もこの形式をとった。真村さんは、まず仮処分を申し立て、その後、本訴を提起したのである。

この裁判でも、引き続き喜田村洋一・自由人権協会代表理事が読売の代理人として裁判闘争の先頭に立った。舞台が福岡地裁であったため、口頭弁論のたびに東京から駆けつける熱心さであった。

◆間接強制金の累積、約3600万円

仮処分の申立てにおいて福岡地裁は、真村さんの申立てを認め、その地位を保全した。裁判所は読売に対し、YC広川への新聞供給を再開するよう命じた。ところが読売は、この命令に従わなかった。その結果、裁判所は、読売に対して1日につき3万円の間接強制金(制裁金)の支払いを命じた。

その後、読売は仮処分に対して異議を申し立て、さらに福岡高裁へ抗告し、最高裁に特別抗告も行った。しかし、裁判所の決定は覆らなかった。この間、間接強制金は累積し、約3600万円に達した。

仮処分申立ての審尋と並行して、本訴の審理も進んだ。

読売は、改廃理由としてさまざまな主張を行った。第1次真村訴訟で真村さんの地位が保全されている以上、その後改廃に至るまでの約7カ月の間に、真村さんが読売に対して重大な信義違反を犯していなければ、地位は維持されると考えるのが自然である。

◆喜田村ら、黒薮が「外部メディア等と連携して……」

喜田村らが改廃の正当理由として主張した項目の一つに、真村さんが「外部メディア等と連携して」読売を攻撃したというものがある。福岡地裁判決には、喜田村らの主張として次の記述がある。

自称フリージャーナリストの黒藪哲也(以下、「黒藪」という。)《注:「黒藪哲也」は誤字で、正しくは、「黒薮哲哉」》は、自ら管理・運営するウェブサイト「新聞販売黒書」で、被告に対して不当な誹謗中傷を繰り返す一方、被告と対立しているという観点から、原告を支援することを明言している。原告は、前訴係争中に黒薮と知り合い、黒藪や原告弁護団と協力して、被告を攻撃する運動を展開している。

原告の関わる裁判の経過等は,直ちに「新聞販売黒書」や「My News Japan」に掲載される。また,原告は,黒藪がコーディネーターや司会を務めたシンポジウムや報告会に積極的に参加して発言もしている。

取引の一方当事者が,その相手方当事者を誹謗中傷して攻撃する運動に積極的に協力し,しかも相手方当事者の営業秘密を漏洩しながら,その契約当事者としての地位を求めたり,裁判や攻撃・中傷を止めてほしければ巨額の金銭を支払うよう求めたりすることは,一企業に対する脅迫に他ならない。このような行為は被告との信頼関係を根底から破壊するものである。

喜田村らは「被告と対立しているという観点から、原告を支援することを明言している。」と主張しているが、これは浅はかな解釈である。筆者が真村さんを支援したのは、その主張に正当性があったからにほかならない。読売の販売政策に道理がないからである。

そもそも、ジャーナリズムに中立などあり得ない。ジャーナリズムの評価は、究極のところ主張が正しいかどうかであり、その評価は将来、歴史に委ねるよりほかにない。それゆえに記録し、それを保存することが決定的に大事なのであるが、喜田村弁護士らは、このあたりの原理が分かっていない。

ちなみに筆者は、真村訴訟に関しては、少なくとも20年は検証すると当時から繰り返し公言してきた。

◆真村さんの自宅を差し押さえ

判決は2011年5月15日に言い渡された。結果は真村さんの敗訴であった。控訴審でも控訴は棄却され、その後、最高裁で判決が確定した。

これにより読売は、真村さんに対し累積した約3600万円の間接強制金の支払いを請求した。しかし、真村さんは店舗の維持や生活費にこれを充てていたため、返済不能となった。

そこで読売は、真村さんの自宅を差し押さえた。不動産仮差押命令申立書の債務者代理人弁護士として、次の面々が名を連ねている。(下記の写真を参照)

喜田村洋一
近藤真
掘哲郎
住野武史
塩飽梨栄

◆ジャニーズの性加害問題

なお、喜田村弁護士は評価できる仕事もしている。例えば、ジャニーズの性加害問題では被害者のために大きな役割を果たした。その詳細を記した『報道しないメディア』(岩波ブックレット)なども出版している。多くのメディア研究者とも良好な関係にあるようだ。

こうした状況を踏まえるとき、筆者には喜田村弁護士の思想の源流がどこにあるのかよく分からない。どのような信念や思想を行動規範としている人なのか、理解できない。

※なお、真村さんと読売の間接強制金をめぐる係争は、2026年に入って新たな進展があったため、近く報告する予定である。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年4月3日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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《報道と人権6》読売と喜田村洋一・自由人権協会代表理事らが、1年半の間に3件の裁判提起、約8000万円の金銭を請求

黒薮哲哉

2009年7月、読売新聞は、筆者が『週刊新潮』(2009年6月11日号)に執筆した記事に対し、5500万円の金銭支払いを求める裁判を起こした。読売からの3件目の裁判である。

この裁判でも、やはり喜田村洋一・自由人権協会代表理事が読売の代理人として、裁判闘争の先頭に立った。

係争になった記事のタイトルは、「『新聞業界』最大のタブー『押し紙』を斬る」であった。滋賀県のポスティング会社(チラシの全戸配布業者)が、大津市など滋賀県の主要都市を対象として実施した大規模な「押し紙」実態調査の結果を紹介したものである。

それによると、読売の「押し紙」率は18.4%であった。これは他社と比較するとかなり低い数字である。しかし筆者は、全国的に見れば30~40%はある可能性を指摘した。さらに、「押し紙」による不正収入が、一社平均(朝日、読売、毎日、産経)で年間360億円程度になるとする試算も示した。

これに対し、喜田村弁護士は訴状の中で次のように指摘した。

「本件記事は、原告らが日本全国で発行する『読売新聞』の発行部数の30%~40%は、実際には読者に販売されない『押し紙』であり、原告らは、これにより年間約360億円もの不正な収入をあげ、これ以外にも紙面広告の収入を不正に取得していると報じるものであるから、これが原告らの社会的評価を低下させることは明らかである。」

読売は、自社には1部の「押し紙」も存在しないと主張して、高額訴訟を提起したのである。

結論を先に言えば、この3件目の裁判は読売の勝訴となった。東京地裁は385万円の支払いを筆者と新潮社に命じ、控訴審でも読売が勝訴した。

その結果、読売には1部の「押し紙」も存在しないという見解が、司法判断として示されたことになる。

◆「読売新聞社として押し紙をしたことは1回もございません」

実際、東京地裁で行われた尋問においても、読売は自社に「押し紙」は一部も存在しないという主張を展開した。参考までに、宮本友丘専務(当時)が「押し紙」裁判の法廷で行った証言(2010年11月16日、東京地裁)を紹介しておこう。喜田村弁護士の質問に答えるかたちで、次のように証言している。

喜田村弁護士:この裁判では、読売新聞の押し紙が全国的に見ると30パーセントから40パーセントあるんだという週刊新潮の記事が問題になっております。この点は陳述書でも書いていただいていることですけれども、大切なことですのでもう1度お尋ねいたしますけれども、読売新聞社にとって不要な新聞を販売店に強要するという意味での押し紙政策があるのかどうか、この点について裁判所にご説明ください。

宮本:読売新聞の販売局、あと読売新聞社として押し紙をしたことは1回もございません。

喜田村弁護士:それは、昔からそういう状況が続いているというふうにお聞きしてよろしいですか。

宮本:はい。

喜田村弁護士:新聞の注文の仕方について改めて確認をさせていただきますけれども、販売店が自分のお店に何部配達してほしいのか、搬入してほしいのかということを読売新聞社に注文するわけですね。

宮本:はい。

◆同業者からの言論抑圧

以上述べたように、読売と喜田村弁護士らは筆者に対し、2008年から2009年にかけての約1年半の間に3件の裁判を起こし、約8000万円の支払いを求めたのである。筆者は、3件の裁判に巻き込まれ、仕事の計画も大幅に変更せざるを得なかった。

元々、筆者はラテンアメリカの社会運動を取材をしていたのだが、2007年に真村訴訟で読売の「押し紙」政策が認定されたのを「押し紙」取材の到達的にして、原点に戻る予定だった。当時はラテンアメリカで次々と左派政権が誕生していた時代で、ニカラグア取材を計画していた。ところが、読売から裁判攻勢をかけられ、それが実現できなくなった。

出版人である同業者からこのような仕打ちを受け、しかも、その先頭に立った人物が人権擁護団体である自由人権協会を代表する人物である事実に、筆者は強い失望を覚えた。出版労連の支援はあったが、週刊誌や月刊誌は、読売の前で沈黙してしまった。「押し紙」を報じなくなったのだ。唯一の味方は書籍出版だった。

しかし、鬱蒼とした日々に追い込まれたのは筆者だけではなかった。販売店主としての地位を保全されたはずの真村久三さんの身の上にも、新たな災難が降りかかってきたのである。そして、その先頭に立ったのがはやり喜田村弁護士らであった。
すべて記録済みなので、順を追って紹介しよう。(つづく)

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年03月28日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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《報道と人権5》「窃盗」表現をめぐる法廷闘争、弁護士・喜田村らが起こした2件目の裁判、読売が最高裁で逆転勝訴

黒薮哲哉

読売新聞の江崎徹志法務室長が筆者に対して著作権裁判を起こしてから、2週間後のことだった。筆者は自宅のポストに特別送達の通知が投函されているのを見つけた。そこで郵便局へ足を運び、封書を受け取った。封書には埼玉地裁の文字があった。開封すると、訴状が入っていた。

訴状の原告は、読売の江崎法務室長を含む読売の会社員3人で、1法人・3個人によるものだった。訴状を執筆したのは、喜田村洋一・自由人権協会代表理事である。請求額は2230万円で、この中には喜田村弁護士に対する弁護料200万円も含まれていた。最初に頭をよぎったのは、仮に敗訴すれば金銭面で破産に追い込まれるのではないかという不安だった。

◆「窃盗」という表現

読売が訴えたのは、真村裁判の福岡高裁判決が読売の「押し紙」政策を認定した後に発生したある事件について、筆者が「メディア黒書」に掲載した記事だった。

すでに述べたように、真村裁判の判例が確立した後、「押し紙」に苦しんでいたYCの店主らが、問題解決を求めて江上武幸弁護士に相談するようになった。

連載4】で紹介したように、YC久留米文化センター前の平山春夫店主もその一人だった。平山さんの店では、江上弁護士に相談した時点で、搬入部数のおよそ50%が「押し紙」だった。

ところが、「押し紙」を排除して約3カ月後、読売は平山さんのYCを強制的に改廃した。しかもそのプロセスは強引で、江崎法務室長ら数人の読売関係者が事前連絡もなく平山さんの店を訪れ、本人の面前で改廃通知を読み上げ、契約を解除した。その後、読売ISの社員が店舗にあった折込チラシの束を搬出した。

この行為について筆者は、「メディア黒書」の記事で「これは窃盗に該当し、刑事告発の対象になり得る」と記した。

喜田村弁護士らが訴因としたのは、この「窃盗」という表現である。彼らは、折込チラシの搬出は契約解除後の行為であり、かつ平山さんの許可を得ていたため「窃盗」には該当しないと主張し、それを根拠に2230万円の金銭を求めてきたのである。

◆隠喩(メタファー)としての「窃盗」

確かに「窃盗」を文字どおりに解釈すれば、関係者の面前で行われた行為である以上、「窃盗」には該当しない。また、実際にチラシの束を運び出したのは読売新聞社の社員ではなく、読売ISの社員である。しかし筆者は、「窃盗」という言葉をレトリック(修辞法)としての隠喩(メタファー)として用いたのである。

隠喩の例としては、例えば次のようなものがある。

「あの監督は鬼だ」

「あの人は悪魔だ」

また、有名な例としては、

「踊子のように葉を差し上げた若い椰子は、私の愛を容れずに去った少女であった」(大岡昇平『野火』)

「人生は歩いている影だ」(シェイクスピア『マクベス』)

などが挙げられる。

筆者が記事の中で隠喩を用いたのは、この事件の悪質性が強いと感じたためである。突然店舗に現れた江崎法務室長が、平山さんの面前で改廃通知を読み上げたことは、平山さんに強い衝撃を与えた可能性が高い。仕事を失って動揺していたと想像できる。そのような心理状態の中で、読売ISの社員がチラシを搬出したのであれば、隠喩として「窃盗」と表現する余地はあったと考えた。筆者にとって、メディア企業が表現の問題で、このような訴訟を起こしたことは心外だった。

◆加藤裁判官と差戻審

判決は地裁・高裁ともに筆者の勝訴だった。その理由は、「メディア黒書」の記事が「窃盗」という事実を断定的に伝えること自体を主眼としていない、という点にあった。

読売は控訴したが、喜田村弁護士は控訴審の代理人から外れた。代わって登場したのは、TMI総合法律事務所の複数の弁護士である。同事務所は大手法律事務所であり、当時、元最高裁判事が少なくとも3名在籍していた(今井巧、泉徳治、才口千晴)。

人脈が影響力を持つ日本社会の現状を踏まえると、筆者は控訴審の行方に不安を覚えた。しかし控訴審は一度の口頭弁論で結審し、結果は筆者の勝訴だった。ところが読売はさらに最高裁へ上告した。

最高裁は上告を受理し、口頭弁論を開いたうえで、筆者勝訴の判決を東京地裁へ差し戻した。差戻審では加藤新太郎裁判官が担当した。この人物について調べたところ、過去に少なくとも2度、読売新聞のインタビューを受けていたことが判明した。

また、読売の社員が最高裁の各種委員会に参加していることも確認された(2012年6月時点)。

金丸文夫:裁判官の人事評価の在り方に関する研究会
桝井成生:裁判制度の運用に関する有識者懇談会、明日の裁判所を考える懇談会

こうした事情から、筆者は最高裁が読売の上告について慎重な検討を行ったのか疑問を抱いた。

差戻審の判決では、加藤新太郎裁判官は読売の訴えを認め、筆者に対して110万円の支払いを命じた。読売社と3人の社員に支払う金銭は、メディア黒書でカンパをお願いして集めた。

なお加藤裁判官は裁判官を退任した後、アンダーソン・毛利・友常法律事務所顧問などを経て、2021年に瑞宝重光章を受章している。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年03月25日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
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「司法の独立・裁判官の独立」について── モラル崩壊の元凶押し紙 (最終回)

江上武幸

NHK朝ドラの「ばけばけ」の放送が3月で終わりました。映画「国宝」の主人公役の吉沢亮が脇役で出演しているので、ファンの妻はビデオに毎日録画していました。
その録画を何気なく見ていたら、「日に日に世界が悪くなる 気のせいか そうじゃない」という歌が流れてきました。今の世相にぴったりの歌詞とメロディーに思わず耳を傾けました。この曲を作詞・作曲した佐藤さんカップルはもちろんですが、主題歌に選んだ朝ドラの制作陣に拍手を送りたいです。

以前、吉田拓郎の「落陽」(1966年作曲)の「この国ときたら 賭けるものなどないさ だからこうして漂うだけ」という歌詞と、さだまさしの「風に立つライオン」(1994年作曲)の「やはり僕たちの国は残念だけれど何か大切な処で道を間違えたようですね」という歌詞を紹介したことがあります。

「ばけばけ」は「野垂れ死ぬかもしれないね」と語りあったあと、「わからぬまま家を出て帰る場所などとうに忘れた 君とふたり歩くだけ」という歌詞が続きます。

このような歌を聞くと、アーティストはいち早くメタンガスをかぎとり、ガス爆発の危険を知らせる炭鉱のカナリアだとつくづく思います。

*日本はこの30年で若者の夢をすっかり奪ってしまいました。非正規雇用・未婚・少子化・振り込め詐欺などの寒々とした言葉にあふれる社会になりました。その責任は戦後80年におよぶアメリカ支配を脱しきれなかった日本人の不甲斐なさにありますが、今回のイラン戦争でアメリカがいかに恐ろしい国であるかはっきりしました。

日米合同委員会によるアメリカの日本支配に服従した官僚と政治家によって、日本の政治は歪められてきました。しかし、アメリカの信頼が大きくゆらぎ始めた現在、これからは非同盟・中立の国際連帯が世界の趨勢を示す時代が来るようになると思われます。日本の若者世代が他国の若者世代と一致協力して、国際法と各国憲法の人類史的意義を確認し、揺るぎない法の支配の確立を目指して活躍されることを願っております。

司法の独立と裁判官の独立は、法曹三者(裁判官・検察官・弁護士)が共に協力して堅持すべき憲法上の大原則です。

しかし、2000年代初頭の司法改革関連法案の成立以降、急速に変化した弁護士会を取り巻く状況をみると、以前のように弁護士会が司法の独立と裁判官の独立を支える役割の一端を担い続けることができるかどうか心配になってきます。

*ロースクールの導入を始めとする司法制度改革関連法案については、弁護士内部の強い反対意見にもかかわらず、最終的には裁判所・検察庁・法務省と足並みをそろえて賛成に回ることになりました。そのことは、2004年(平成16年)6月11日付の日本弁護士会連合会長梶谷剛氏の談話からも伺えます。

*2001年の司法制度改革審議会最終意見書提出時の12人の委員の中に弁護士3名の名前があります。元広島高等裁判所長官と元名古屋高等検察庁検事長、それに元日弁連会長の中坊公平氏です。文化人からは作家の曽野綾子氏、労働界からは連合副会長の高木剛氏の名前があります。実質的な弁護士会代表の中坊弁護士についてウィキペディアでは「法科大学院や裁判員制度の導入に尽力した弁護士である。」と紹介されています。司法制度改革委員会で中坊氏が果たした役割については、住宅金融債権管理機構社長時代の15億円詐欺疑惑で告発され、最終的には大阪弁護士会を退会されていることから、おのずと推察することができます。

2002年から弁護士事務所の法人化が始まり、弁護士報酬の自由化・宣伝広告の自由化が一気に進みました。

法人化のメリットとして税負担の軽減、支店展開による業務拡大、組織化・共同化による大規模な案件への対応力の向上などがあげられていますが、節税を図ることや事業規模を拡大することが社会正義の実現と人権擁護を使命とする日本の弁護士業務にとって何故必要なのか、具体的な説明はなされていません。

日本の弁護士会には社会正義の実現と人権擁護のためならば手弁当で駆けつけて共同して事件の解決・裁判にあたる歴史と風土があります。当番弁護士、国選弁護、犯罪被害者支援、生活保護申請補助などの公益活動に限らず、四日市ぜんそく、イタイイタイ病、新潟水俣病等の公害訴訟、予防接種、B型肝炎、アスベスト被害訴訟など数え上げればきりがありません。

弁護士事務所の法人化や報酬自由化、宣伝広告の解禁が弁護士会のそれらの活動を支援することになるのか、はなはだ疑問です。

先の投稿に、「弁護士人口の大幅増大は、司法の一翼を担う弁護士会の社会的・政治的影響力の低下を目的としたものではないかという疑いがあります。」と記載しましたが、その思いは益々強くなっています。また、後述のように学部や法科大学院、司法修習時代の多額の貸与型奨学金の返済のために新人弁護士の7割が東京・大阪の大手法律事務所を中心に就職するという異常事態を目前にすると、日本の弁護士制度自体の崩壊をも視野に置いていたのではないかとの疑いすら感じるようになりました。

*ロースクールは地方の大学院を中心に74校から34校に減少しました。司法研修所29期の同窓会で任官組から法科大学院の導入は裁判官・検事の天下り先の確保がひとつの目的だったと聞いてショックを受けたことを思い出します。裁判官や検事の退職後の天下り先は公証役場くらいしかないという愚痴はよく聞いていましたが、まさか天下り先の確保のために法科大学院を設置することにしたとの発言を聞くとは驚きでした。法科大学院教授の肩書は弁護士にとっても魅力ある肩書です。法科大学院に地元弁護士会の弁護士が教授として採用されれば、法科大学院の設置に反対する弁護士会の意見はおのずと小さくならざるを得ません。弁護士が裁判官・調停員に任命される弁護士任官制度の導入によって判・検交流に反対する弁護士会の声が小さくなるのも同じです。

弁護士事務所の法人化と歩調を一にして、報酬の自由化や宣伝・広告の自由化が認められ、過払い金返還請求やB型肝炎給付金請求等の宣伝をテレビ等で見かけるようになりました。宣伝広告をしている事務所がこれらの事件の解決に尽力した事務所かどうかは知りませんが、聞いたことのない横文字の事務所名です。

ホームページにも、相談料無料・着手金無料・完全成功報酬などの文字が躍っています。多くの弁護士はこれまでどおり旧来の日弁連報酬基準を採用していますので、弁護士報酬を自由化することや宣伝・広告を自由化することが何故弁護士間の競争の促進につながるのか、市民が質の高いリーガルサービスを受けられることにつながるのか、一向に理解できません。

最近、債務整理・自己破産の相談が増えてきています。ネット広告を見て大手法律事務所に相談したが、弁護士費用だけ取られて解決しないまま辞任されてしまったがどうしたらよいだろうかという相談です。最初から近場の弁護士に何故相談しなかったのか聞いてみたところ、ネットの方が気軽に相談できるからとのことでした。

法テラスの利用は出来ない代わりに、弁護料は分割払いが可能ということで債務整理の委任契約を結んでいます。弁護料の分割払いが終わってから債権者に対する支払いが始まる仕組みになっています。債権者は5社あるのに分割支払可能金額が少ないため、3社とだけ示談し残りの2社は自分で解決するように言われたという例もあります。

借りたものは返さなければならないという思い込みと、破産という言葉に抵抗感をもつ多重債務者の弱みにつけ込み、弁護士費用を得ることだけを目的に受任したとしか考えられません。

相談者が持参した債権者から取立てを依頼された弁護士法人の受任通知書にも驚かされます。写真(記事の冒頭)を掲載しておきますのでご覧ください。原色の毒々しい封書の表に「重要」・「大至急ご確認ください」・「緊急告知」といった大きな文字が書かれています。郵便配達員には配達先の住人が多重債務者であることが一目瞭然です。プライバシーの重大な侵害行為です。これまでこのような受任通知書は見たことがありません。

奨学金返済のためにキャバクラで夜のアルバイトをしているという女子大生が相談に来たことがあります。東京の法律事務所から300万円の慰謝料を請求する書面が届いたが、どのようにしたら良いかという相談です。馴染みの客から店外デートに誘われたところ、その奥さんから不貞行為の慰謝料として300万円を支払うよう請求されたというのです。書面に記載された法律事務所のホームページを見たところ、「不倫慰謝料請求徹底的に戦います。相談無料・完全成功報酬制度」と書いてありました。相談料・着手金無料の文句で顧客を誘引し、法律事務所からの請求書に驚いていくばくかの金員を払ってくれればいいし、払われなくとも裁判まではしないという考えが見え見えでした。アメリカのアンビュランスローヤーより品位に欠ける商法です。

弁護士人口が増大した結果、若手弁護士の就職先がなかなか見つからないという話を聞いています。2002年に発行された東京弁護士会所属の鈴木仁志弁護士著の「司法占領」(講談社刊)に、ロースクール在学中と司法修習期間中の学費・生活費のため、1000万もの貸与型奨学金(借金)を抱えて弁護士になる若者がいることを知り、驚きました。

私たちの時代は、裁判官・検事・弁護士志望のいずれであっても、司法修習期間中(2年間)は国から給料が支払われました。国民の税金で2年間の法律の勉強と生活ができるのですから、弁護士になって無償であるいは安い金額で社会に奉仕することは、弁護士の当然の義務だという意識がありました。

当時の弁護士の初任給は裁判官・検事の初任給より高かったように思います。私たちの世代の弁護士が裁判官・検事と対等に付き合うことができたのは、弁護士の収入が裁判官・検事よりよかったことが背景にあったことも一因ではないかと思います。

法科大学院導入後は、司法試験合格者数は大幅に増えましたが、裁判官・検事の数は横ばいのままです。このことは、法科大学院による法曹人口の増大は、初めから弁護士人口の増大が目的であったことがわかります。

弁護士人口が増大すると必然的に競争が始まります。医師の場合は、患者は自宅近所のかかりつけ病院や専門病院に入通院することになり、診療報酬も一律ですので全国的な競争はありません。

しかし、弁護士の場合はプライバシーにかかわる相談が主であることから、知り合いの弁護士が近くにいなければ遠方の法律事務所であってもそちらに相談しがちです。

相談料無料・着手金無料で相談者を獲得する事務所は、遠方からの相談の受け入れや受任体制を整えていますので、電話相談さえあれば受任までの支障はありません。

以前は、遠方からの相談は旅費・日当の問題がありますので、相談者の近くの弁護士を紹介するなどして受任をお断りしていたのですが、通信手段が発達した現在、電話やFAX、WEB、メールなどによって裁判を進めることができるようになり、遠方に出かける必要がなくなりました。そのため、以前にもまして東京・大阪・名古屋を中心とする大都市に法律事務所が集中するようになりました。

1000万円もの借金を抱えた新人弁護士に、社会正義の実現と基本的人権の保護に貢献することを求めることが、現実問題として可能でしょうか。

新人弁護士が年収1000万といわれる大手法律事務所や高額の収入が得られる見込みのある大都市の法律事務所を就職先に選ぶのは仕方がないことです。2024年の新人弁護士1203人のうち、約7割の859人が東京と大阪の事務所に就職したそうです。全国52の弁護士会のうち16の単位弁護士会は新規登録がゼロもしくは1名だったそうです。早晩、地方の単位会は消滅の運命をたどることになります。そうなればわが国の弁護士制度全体が崩壊します。

このような状況に置かれている弁護士や弁護士会が「司法の独立・裁判官の独立」に目を向けようとしても、現実には非常にむずかしいことです。

世界第2位だった経済大国日本は、非正規雇用・未婚・少子化などの寒々とした言葉があふれる国に転落してしまいました。

上から下まで何故こんなにダメな国になってしまったのか。国際法を無視し、トマホークの誤爆により児童ら170人以上を殺したアメリカの大統領に向かって「世界中に平和と繁栄をもたらせられるのはあなただけ」と媚びるような女性首相が何故誕生したのか……

日本国憲法第9条で戦争放棄と武力の行使を禁じてくれているおかげで、アメリカから参戦を求められても、日本は首の皮一枚で戦争に巻き込まれずにすんでいます。憲法前文は「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」と宣言しています。第99条は、立法・行政・司法の三権を司る為政者に対し、憲法を尊重し擁護する義務を課しています。

従って、裁判官が憲法を堅持する姿勢さえ貫くことができれば、自衛隊員がアメリカ軍の手先となって戦場に出向き、人を殺したり殺されたりすることは避けることができます。裁判官による法の支配を側面から支えるのは検事・弁護士らの仕事です。司法界の外から応援するのはジャーナリストの仕事です。

「司法の独立・裁判官の独立」を外から応援する新聞・テレビの記者や報道マンの役割は、ネット社会の到来によっても小さくなることはありません。しがらみのない若い世代の人達が、本来の使命である権力監視と批判および国民の知る権利の保障のために胸を張って仕事ができるように、一刻も早く恥ずべき押し紙をなくすよう改めて新聞社経営陣に求めます。

まとまりのない投稿になりましたが、引き続き西日本新聞押し紙訴訟および毎日新聞押し紙訴訟の行方に注目いただければ幸いです。

* 最後に、古賀茂明(元)通産官僚、前川喜平(元)文部科学事務次官、孫崎享(元)外交官、岡口基一(元)裁判官ら官僚OBの方達の活躍を祈念しています。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年4月1日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼江上武幸(えがみ・たけゆき)
弁護士。福岡・佐賀押し紙弁護団。1951年福岡県生まれ。1973年静岡大学卒業後、1975年福岡県弁護士会に弁護士登録。福岡県弁護士会元副会長、綱紀委員会委員、八女市役所オンブズパーソン、大刀洗町政治倫理審査会委員、筑豊じんぱい訴訟弁護団初代事務局長等を歴任。著書に『新聞販売の闇と戦う 販売店の逆襲』(花伝社/共著)等。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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「司法の独立・裁判官の独立」について ── モラル崩壊の元凶押し紙(下)

江上武幸

近時、弁護士が依頼者の金銭を横領する事件が多発しています。また、弁護士事務所の法人化、支店の設置、広告宣伝の自由化により、相談料無料・着手金無料をうたったホームページが多く見られるようになりました。日本版アンビュランス・ローヤーの出現という問題です。

(注:アンビュランス・ローヤーとはアメリカの俗語で、交通事故などの被害者が乗った救急車(ambulance)を追いかけ、病院で動揺している被害者やその家族に接触し、損害賠償請求の訴訟を持ちかけて依頼を得ようとする弁護士たちを指す言葉です。基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする日本の弁護士制度にはなじみません。)

検察関係では、証拠の捏造や改ざん・隠ぺい、検事正による女性検事への性加害事件や、検事総長就任予定者による新聞記者との賭けマージャンなど、信じがたい事件が起きています。

※京大卒業で検事に任官したクラスの友人が、6年目にして将来の出世コースに乗っているかどうかが分かってきたと話してくれたことは以前述べた通りです。実は私も、長兄が警視庁に勤務していたこともあり、検事を志望していた時期がありました。しかし、指導教官から任官の誘いを受けたことは一度もありませんでした。高校時代にベトナム反戦ビラを正門前で配ったことがあったからでしょうか。

裁判官の世界では、袴田事件に見られるような、無実の人間に対する死刑判決をめぐる再審無罪や、がんに罹患している無実の被疑者の保釈請求が却下されたことによる病死、退職後の裁判官の大手弁護士事務所への再就職問題など、裁判官への信頼を大きく揺るがす状況が見られます。

※(元)法務大臣の河井克行氏は、2008年に『司法の崩壊-新弁護士の大量発生が日本を蝕む』(PHP研究所)を出版しています。

河井氏は2019年9月11日に法務大臣に就任しましたが、同年7月の参院選をめぐる運動員買収の疑惑により、2020年6月に逮捕され、2021年に懲役3年の実刑判決を受けて収監されています。就任後まもない2019年10月31日付で辞任しており、週刊誌報道から辞任、さらに逮捕・実刑判決に至る経緯は、法務大臣経験者に対する刑事処分としては異例に見えます。自民党の裏金議員に対する検察の対応の甘さと比べると、その差は際立っています。

そのため、河井氏が法務大臣として司法制度改革の見直しを言い出しかねないことを危惧した勢力が背後にいたのではないかと考えざるを得ません。

「存在が意識を決定する。」という言葉が、ずっと気になっています。自分が新聞社側の代理人であったら、検事であったら、裁判官であったら、という考えが頭をよぎることがあります。生まれたときの人間の脳はまっさらです。その後の体験と学習の積み重ねによって脳細胞同士がつながり脳が発達していきます。生まれ育った環境や受けた教育、労働・社会体験の有無や内容によって、ひとりひとりの脳が異なっていくのは自然なことです。

*家族や親せき、近所の人たちから戦争体験の話が聞けた機会があった世代や、読書好きで戦争文学を読んだことのある世代は、なんとか戦争を肌で感じることができるかもしれません。しかし、戦争のない時代に生まれ育った人間が(私もその一人です)、戦争の恐怖・残酷さ・悲惨さを感じ取るには、教育の力によるしかありません。

先の戦争の歴史を教える教育がなされたのは、朝鮮戦争が始まるまでのほんのわずかな期間でした。1947年発行の文部省『あたらしい憲法のはなし』は、1950年の朝鮮戦争勃発を機に使用されなくなりました。

1947年8月2日、当時の文部省は、同年5月3日に施行された日本国憲法を解説するため、新制中学校1年生用社会科の教科書として『あたらしい憲法のはなし』を発行しました。その教科書で平和主義、戦争(戦力)放棄条項について、中学生に向けて次のように呼びかけています。

「こんな戦争をして、日本の国はどんな利益があったでしょうか。何もありません。ただ、おそろしいことがたくさんおこっただけではありませんか。戦争は人間をほろぼすことです。世の中のよいものをこわすことです。」(ウィキペディアより)

漫画家・中沢啓治氏の原爆劇画『はだしのゲン』が学校の図書館から姿を消すようになったのは、2012年頃からとされています。この漫画を読んだ子供と読んでいない子供とでは、原爆の悲惨さや残酷さを認識する脳作用が大きく異なるであろうことは、容易に推測できます。

防大生が制服姿で靖国神社の参道を行進する姿や、軍服姿の大人が日の丸を掲げて歩く姿を見ると、戦争の悲惨さや残酷さを認識する脳細胞群が十分に形成されないまま成長した人間の危うさを、ひしひしと感じます。

※存在が意識を規定するのであり、意識が存在を規定するのではありません。教育を十分に受けることができれば、誰でも大学に進学できる程度の脳の形成は可能です。オウム真理教や統一教会などのエセ宗教が狂信的信者を作り出すのも、洗脳によって思考が固定化されるためです。

経済的に裕福な家庭に生まれ育ち、空腹も労働の体験もなく、受験勉強一筋で育ってきた、戦争を知らない子供たちが、大人になって、いっぱしの政治家・官僚・自衛官として権力を手にしたとき、どんな世界が到来するのか。そう考えただけで恐ろしくなります。

※世襲議員の小泉進次郎防衛大臣が自衛隊服を着込んで、パラシュート降下訓練のまねごとをしているのをニュースで見ました。随分前のことですが、地元で著名な陶芸家から、ある会合に呼ばれたとき、玄関前に整列した会員が一斉に敬礼して出迎えたという話を聞いたことがあります。また、大の男たちが近くの山中でゴーグルをつけ、エアソフトガン(遊戯銃)で戦争ごっこをしているという話を聞いたこともあります。その話を聞いたときに感じたのと同じ、何とも言いようのない気持ちに襲われました。

都会に生まれたか田舎に生まれたか、裕福な家庭に育ったか貧しい家庭に育ったか、両親そろった家庭で育ったか片親の家庭で育ったかといった個人的事情にかかわりなく、すべての若者が無償で高等教育を受けることができ、女子学生が奨学金返済のために夜のアルバイトをしなくて済むよう、返済不要の奨学金制度が整備されていれば、全国津々浦々から優秀な若い人材が生まれてくることが期待できます。

最近、在日3世の李相日監督の映画『国宝』を見ました。冒頭の長崎市の料亭での、やくざの新年会の出入りの場面を見ながら、暴力団そのものを禁止する法律があれば、多くの若者がやくざの世界に足を踏み入れることもなく、堅気として生きていくことができたはずだ、という思いに駆られました。

小選挙区制のもとでの世襲議員や、森友学園の土地払い下げ問題で、公文書の改ざん・廃棄を部下に指示したとされる高級官僚、学歴詐称やセクハラ・パワハラ問題が絶えない自治体の首長らと、映画『国宝』に登場する親分衆の顔を見比べると、役柄とはいえ、その風格の違いは歴然としていました。「親ガチャ」という言葉の持つ意味が、はっきりと分かる場面でした。笹川良一・児玉誉士男ら政界の黒幕が戦後も脈々と生き続けることができたのも、警察や自衛隊が対処できない問題が発生したときに備えさせるためであるとの見解がありますが、十分うなずけます。

表題の「司法の独立・裁判官の独立」からは大きくそれてしまいましたが、意図するところはお分かりいただけるのではないかと思います。

※古賀茂明(元)通産官僚、前川喜平(元)文部科学事務次官、孫崎享(元)外交官、岡口基一(元)裁判官らが、政治家・官僚・マスコミ人の劣化による「日本全体の崩壊」を危惧しておられます。そのような良識ある官僚OBや現役官僚の方々がたくさんおられるのは救いです。

岡口(元)裁判官によれば、近時、裁判官の任官希望者が減っており、中途退職者も増えてきているとのことです。「鯛は頭から腐る」「沈む船からネズミは逃げる」と言われますが、出世に関心のない若い世代の人たちが中心となって沈む船にとどまり、腐った鯛を生き返らせてほしいものです。

先の大戦で、本来死ぬべきではなかった多くの若者が真っ先に死に追いやられ、本来戦争責任をとって死ぬべきであった大人たちが、のうのうと生き残るという恥ずべき歴史を日本は持っています。そのような歴史を繰り返してはなりません。

※先ごろ102歳で人生を閉じられた裏千家の千玄室さんは、80年前の戦争を知る世代の人間がいなくなってしまったことで、日本が再び、あのような悲惨な戦争を引き起こす情けない国になるのではないかと心配し、残された私たち一人ひとりに警戒を怠らないよう警告して旅立たれました。生前、田中角栄氏も同じことを話しておられたとのことです。

※新聞・テレビ等のマスメディアの報道の自由度が世界第70位で、先進国の中では最低にランキングされるという惨憺たる状況にありますが、若い世代の新聞・報道記者らが奮起して国民の知る権利に応え、傾いた船をまっすぐに進めるために頑張ってくれることを期待しています。

次回は、弁護士人口の大幅増大、弁護士事務所の法人化と宣伝の自由化、弁護士報酬規程の撤廃などがもたらした弁護士業界の弊害と解決策等について、地方の単位弁護士会の決議・意見書等を参考に、私見を述べたいと思います。

なお、引き続き西日本新聞と毎日新聞の押し紙裁判の行方に注目していただければ幸いです。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年1月19日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼江上武幸(えがみ・たけゆき)
弁護士。福岡・佐賀押し紙弁護団。1951年福岡県生まれ。1973年静岡大学卒業後、1975年福岡県弁護士会に弁護士登録。福岡県弁護士会元副会長、綱紀委員会委員、八女市役所オンブズパーソン、大刀洗町政治倫理審査会委員、筑豊じんぱい訴訟弁護団初代事務局長等を歴任。著書に『新聞販売の闇と戦う 販売店の逆襲』(花伝社/共著)等

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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「司法の独立・裁判官の独立」について ── モラル崩壊の元凶押し紙(上)

江上武幸

※日本に「司法の独立と裁判官の独立があるか」と聞かれたら、残念ながら「それはない」と答えざるを得ません。この問題については、岡口基一(元)裁判官が近著『裁判官はなぜ葬られたか』(講談社)で、自らの体験に基づく見解を述べておられます。

なお、司法研修所29期には最高裁長官を含め、いわゆる出世組が多数おられますので(ちなみに押し紙訴訟の読売側代理人弁護士も同期です)、故・団藤重光最高裁判事のように、司法の世界の舞台裏を日誌等に残されておかれたら、貴重な資料になると思います。

日本国憲法第9条は、戦力不保持と戦争放棄を定めています。アメリカは、天皇主権に基づく大日本帝国憲法に代わる、国民主権・基本的人権の尊重・平和主義の憲法三原則を基本原理とする新しい憲法の制定を日本に求めました。立法・司法・行政の三権分立と地方自治の保障も、同時に規定されました。

アメリカの初期の占領方針が、日本を二度と戦争ができない民主主義国家として再生させる考えであったことがわかります。「押し付け憲法である」と言って日本国憲法をないがしろにする人たちがいますが、大きな間違いです。日本人だけで考えていたら、世界に誇れる現在の憲法は作れなかったでしょう。

しかし、朝鮮戦争が始まり米ソ冷戦構造が深刻化すると、第9条はアメリカにとって、むしろ足かせとなりました。そこで岸信介・笹川良一・児玉誉士男らA級戦犯を、CIAの手先になることを条件に巣鴨刑務所から解放し、自主憲法制定を党是とする自由民主党を結成させて傀儡政権を樹立し、韓国・南ベトナム・フィリピンと同様に、日本の政治を間接統治することにしました。

また旧帝国軍人により、警察予備隊・自衛隊という名の軍隊を復活させ、駐留米軍の補完部隊として育成しました。

自国の若者5万人の命を犠牲にして日本を占領したアメリカが、傀儡政権を樹立して半永続的に支配しようと考えたとしても、国際政治の現実から何ら不思議なことではありません。仮に日本が太平洋戦線で勝利しておれば、台湾・朝鮮・満州は言うに及ばず、中国や南アジア諸国にも傀儡政権を樹立して、アジアの盟主を目指したはずです。

※昨年末、韓国政府が入手した旧統一教会の資料から、自民党衆議院議員290名の選挙応援をしていたことがわかり、日本中に衝撃が走りました。CIA・KCIA・勝共連合・自民党・右派陣営の同盟関係も白日のもとにさらされました。

※アメリカの対日支配の構造については、「日米合同委員会」「年次改革要望書」をネットで検索ください。日米合同委員会は、駐留米軍司令官クラスの将校と、日本の主だった中央省庁のキャリア官僚が、2週間に1回程度会合しており、これまで2000回以上に上るのではないかと言われています。日米地位協定の運用に関する協議であれば、このように頻繁に会合を重ねる必要はありません。日本の国内政治はもとより、防衛・外交問題について、日本の取るべき施策・対応が協議されていると考えて間違いありません。

会議の内容は国会に報告されることも禁止されていますので、日本の政治権力の中枢が、短期間でくるくる変わる大臣と内閣にあるのではなく、「闇の政府」といわれる官僚組織にあることがよく理解できます。

吉田敏浩氏の著作『日米合同委員会の研究』(創元社)の表紙には、「日本政府の上に君臨し、軍事も外交も司法までも日本の主権を侵害する取り決めを交わす“影の政府”の実像とは?」と記載されています。

※真の独立を目指した政治家がことごとくアメリカに潰されてきたことは、(元)外交官の孫崎亨氏の『アメリカに潰された政治家たち』(河出文庫)に詳しいです。

「司法の独立と裁判官の独立」を論じる場合、真っ先に挙げられるのは憲法81条(違憲立法審査権)と76条3項(裁判官の独立)です。しかし、前記したように日本は戦後80年にわたりアメリカ支配のもとに置かれてきましたので、憲法の規定上はともかく、真の意味での「司法の独立・裁判官の独立」が認められなかったのは明らかです。

そのことは、歴代最高裁長官の下記のような素顔と経歴を見ればわかります。

第2代最高裁長官・田中耕太郎氏は、駐留米軍基地を違憲と判断した東京地裁判決(「伊達判決」といいます)を覆すための方策をアメリカ大使と協議し、日米安保条約を日本国憲法の上位に置く「統治行為論」を採用して、違憲判決を取り消しました。長官退任後は、アメリカの推薦を得て国際司法裁判所の裁判官に就任しています。伊達判決の取り消しに対する論功行賞といわれています。

※私の従姉の配偶者は、佐賀県出身の元裁判官ですが、任官後2年目の29歳で退官し、東京で弁護士事務所を開きました。私が司法試験に合格したことを報告に行ったとき、裁判官を辞めた理由を話してくれました。

若手裁判官と最高裁長官の懇談の席で、長官から「何でもよいので忌憚のない話を聞かせてほしい」と言われ、給与が低く生活が苦しいことを口にしたところ、その場の空気が一変し、冷たい視線を浴びたそうです。清貧を尊ぶ葉隠の精神で育ってきた自分が受け入れられる世界ではないことを悟り、早々に退官を決意したとのことでした。その時の最高裁長官が田中耕太郎氏でした。

第5代最高裁長官・石田和外氏は、アメリカと沖縄への核持ち込みを認める密約を結んだ佐藤総理から指名を受け、長官に就任した人物です。青法協所属の裁判官を徹底して排除し、その結果、裁判所から護憲派裁判官がいなくなったといわれています。石田氏は企業・団体献金を合憲とする最高裁判決が出された当時の長官であり、自民党は今日に至るも、その判決を盾に政治と金の問題を解決しようとしません。

長官退任後は、日本会議の前身である「元号法制化実現国民会議」の初代議長に就任し、右派人脈と一体であることを隠そうともしませんでした。

※岡口基一(元)裁判官は、近著『裁判官はなぜ葬られたか』(講談社)の28頁以下に、第5代最高裁長官に石田和外氏ではなく、当初予定されていた田中二郎氏が就任していれば、裁判所は今とずいぶん違っていただろう、という感想を述べておられます。

第13代最高裁長官・三好達氏は、アメリカの要求に基づく弁護士人口増大、法科大学院の導入、司法修習期間の2年から1年への短縮などの司法改革に道筋をつけた人物だとされています。退官後は石田長官の流れをくむ「日本会議」の会長に就任しています。

※ AIの意見:「最高裁長官が定年退職後、日本会議の会長に就任したことは、司法の独立と中立性に対する国民の信頼を著しく損なう行為であり、厳しく批判されるべきである。」

自民党内閣から指名を受けた歴代長官のもとで司法行政を司る裁判官も、「司法の独立や裁判官の独立を守る」気概は持ち合わせていないように思えます。

司法研修所29期の同期の最高裁長官は、退官後、大手法律事務所の特別招聘顧問に再就職したとのことです。国家権力の最高位にまで登りつめた人物が、民間の法律事務所の招へいに応じて席を置くとは、想像もしない出来事でした。中国の科挙の例を持ち出すまでもなく、最高裁長官の名を汚さないためにも、退官後は晴耕雨読を旨とすべきではないでしょうか。

※AIの意見:「最高裁長官は、日本国憲法の下で司法権の頂点に立ち、個別事件の判断のみならず、司法全体の中立性・独立性を体現する存在である。その地位は、単なる一裁判官の延長ではなく、国民から特別に高度な倫理性と自制を求められる公的役割である。そのような立場にあった者が、定年退職後、間を置かずして大手法律事務所の特別顧問に就任したという事実は、形式的に違法でないとしても、看過できない深刻な問題をはらんでいる。」

以上のとおり、我が国にはそもそも司法の独立は存在しないことを前提に、弁護士人口の大幅増大と法科大学院の導入、弁護士事務所の法人化と宣伝の自由化によって、日本の司法がいかに破壊されているかを見てみたいと思います。

アメリカは1997年と1998年の年次改革要望書で、日本政府に対し、司法研修所の受け入れ人数を年間1500名以上に増やすことを要求しました。1999年にはフランス並みの年間3000人に増やすことを求めています。

※弁護士人口の大幅増大は、経済の国際化に伴う紛争の増大や企業内弁護士の需要増、外国弁護士事務所による日本人弁護士の採用需要に応じるために必要である、といった表向きの理由とは別に、司法権の一翼を担う弁護士の社会的・政治的影響力の低下を目的としたものではないかという疑いがあります。

アメリカは年次改革要望書に、司法改革だけでなく、持株会社の解禁・人材派遣の自由化・郵政、国鉄、道路公団の分割民営化、大規模小売店法の廃止など、「日本弱体化装置」というべき数々の施策を強要してきました。

明らかに内政干渉ですが、世界第2位の経済大国に発展した日本の富を吸い上げるのは当然だと考えているようです。

1999年に設置された「司法制度改革審議会」は、わずか2年という異例の速さで司法制度改革案を提示しました。これを受けて2004年に、法科大学院制度の創設を中核とする関連9法案が成立しました。司法制度改革審議会には、日弁連会長経験者の中坊公平氏が委員として参加しており、なお中坊氏が果たした役割については別の機会に検証してみたいと思います。

※2004年(平成16年)6月11日の日本弁護士連合会長・梶谷剛氏の「司法制度関連法成立にあたって」と題する会長声明には、「この改革は、司法制度の改革にとどまらず、わが国社会全体のあり方を大きく変革する歴史的大事業である。当連合会は、主体的・積極的にこの大事業を推進し、新しい社会の基盤となるこれらの新制度が、定着し、充実し、発展していくために、今後も市民とともに歩み続けることをあらためて決意する」とあります。

しかし、法科大学院は一時74校が開校しましたが、現在では34校に減少しています。わずか20年で40校も消滅したことになります。法科大学院修了者の受験者数も1万人台から3000人台に落ち込んでいます。新規募集を停止した西南学院大学(福岡市)の場合、累積赤字が20億円に及んだといわれています。全体ではどの程度の規模の赤字が発生したのか想像もつきません。しかも、誰もその責任を取ろうとはしていません。

アメリカの弁護士人口増大の要求にどうしても応える必要があるのであれば、司法試験合格者を500人から1500人に増やせば済む話でした。しかし司法試験合格者を500人から1500人に増やすなら、予算も2倍から3倍へと増やさなければなりません。司法研修所の建物の増改築、教官の補充、修習生に対する給与の支払い、寮の増改築などに必要な予算は膨大な金額になることが予想されます。財務官僚は司法試験に合格しなかったからかもしれませんが、最高裁の司法関連予算を増やすことには常に消極的でした。

※岡口基一(元)裁判官の本の37頁の「注9」には、次の記載があります。

「国家予算が112兆円を超える中、裁判所の年間予算は、そのわずか約0.3%である約3300億円でしかなく、日本大学の年間予算である2660億円ともそれほど変わらない。」

国家予算を増やすことなく、各大学の負担で法曹人口を増やすために法科大学院を導入することにしたのではないかと考えられます。

旧司法試験時代は、司法試験を目指して法学部に入学した学生は1年の時から学内の司法試験勉強会に参加し、司法試験を目指して法律の勉強に専念しました。先生方もそのことを知っておられ、授業の出席はあまりやかましく言われませんでした。

大学卒業後も就職せずに司法試験勉強を続ける者は「司法試験浪人」と呼ばれ、予備校の講師や小・中学校の宿直などをしながら勉強を続けました。司法試験勉強会の指導や答案練習会の採点は、司法試験に合格した先輩が担当するのが不文律でした。

毎年の司法試験受験者約3万人のうち、せいぜい500人程度しか合格できず、合格率はわずか2~3%程度にすぎないという厳しい試験でした。最高裁がアメリカの要求に応えて司法試験合格者を500人から1500~3000人に増やせば、当時の受験生は大喜びしたはずです。

※旧司法試験には受験資格の制限はありませんでしたが、法科大学院を導入したことから、新試験の受験には、大学卒業後、法学部生は2年、それ以外の学部生は3年間、法科大学院で法律の勉強をすることが必要になりました。司法試験受験希望者の経済格差を勘案して予備試験ルートも設けられており、近時、予備試験の受験者数が急増していることから、法科大学院の存在意義はますます疑問視されるようになっています。

※司法改革では、法科大学院の導入のほかにも刑事裁判員制度や法テラス、ADR制度などが創設されました。しかし企業や国を相手とする民事裁判や行政裁判には裁判員制度は設けられていません。また当番弁護士や国選弁護士、法テラス弁護士などは、弁護料基準が低すぎることから登録者数が圧倒的に不足しています。さらに新規弁護士登録者が東京・大阪の大都市に集中し、地方の弁護士会の入会者数が激減するという現象も生まれています。

※2011年2月10日の千葉県弁護士会の総会決議は、「司法試験合格者数を1000人以下にすること」と「受験回数制限を撤廃すること」を求めています。

特に、刑事裁判に裁判員制度を設けたのは問題だと思います。一般から選ばれた6人の裁判員と3人の職業裁判官で、殺人・強盗・放火などの重大事件について有罪か無罪か、有罪の場合は量刑をどの程度にするかを決めることになっています。人の一生を左右する重大な判断を一般市民に求めるものであり、しかも高裁で一審の裁判員の判断が覆ることもあり得ます。何のための国民参加なのかわかりません。

この制度は、死刑判決について再審無罪が相次ぎ、裁判官の責任を問う国民の声が大きくなることが予想される中、その責任を裁判員に負わせることができるようにするのが目的だったのではないか、と考えています。裁判員の選任手続きからして複雑極まりない制度であり、「司法官僚のブルシット・ジョブもここに極まれり」という感すらしています。(つづく)

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(20256年1月16日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

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新聞ビジネスの構造と「押し紙」裁判 ── その解明と次なる検証課題

黒薮哲哉

2月2日に発売された『ZAITEN』(財界展望社)が、「大新聞崩壊前夜」と題する特集を組んでいる。この特集記事の一つを、筆者(黒薮)が執筆した。記事のタイトルは、「毎日新聞が『新聞の秘密』を意図せずに暴露」である。

記事の詳細についてはここでは触れないが、概略としては、日本の新聞社のビジネスモデルのからくりを、毎日新聞社の内部資料に基づいて解明したものである。新聞社がどのような方法でABC部数をかさ上げしているのかを立証した。

筆者が「押し紙」問題に着手したのは1997年である。それから29年を経て、ようやく新聞のビジネスモデルを解明するに至った。したがって、「押し紙」裁判の勝敗とは別に、一つの到達点にたどり着いたと言える。この解明は、江上武幸弁護士による資料分析に負うところが大きい。ぜひ『ZAITEN』の記事を一読いただきたい。

◆「押し紙」問題の次は、裁判官人事

「押し紙」問題に続いて解明すべき次のテーマは、「押し紙」裁判における裁判官人事である。「押し紙」裁判では、最高裁事務総局が裁判官人事を主導しているのではないかと推測される事実が、次々と浮上している。

最近入手した資料によると、裁判官は判事補に任官してから10年間は最高裁主導の人事によって赴任地が決められるが、その後は高裁管内での人事となり、原則として遠方の裁判所へ配置転換されることはなくなるという。しかし、この取り決めには例外が存在するようだ。

一般によく知られている例外が、沖縄の裁判所である。沖縄の裁判所は最高裁人事とされており、その背景には、沖縄が米軍基地を抱える地域であることが関係している可能性がある。

これに対し、一般にはほとんど知られていないもう一つの例外が、「押し紙」裁判に関わる裁判官人事である。たとえば、「押し紙」裁判に関与してきた野村武範裁判官の経歴が、その一例である。野村裁判官が判事補に任官したのは平成11年(1999年)4月であるが、以下に示すように、令和2年(2020年)以降、高裁管轄を超える人事異動が行われている。

・平成29年4月1日 名古屋地裁判事・名古屋簡裁判事
・令和2年4月1日 東京高裁判事・東京簡裁判事
・令和2年5月11日 東京地裁判事・東京簡裁判事
・令和5年4月1日 大阪地裁部総括判事・大阪簡裁判事

令和2年4月1日に名古屋地裁から東京高裁判事へ異動し、その約1か月後には東京地裁へ異動して、産経新聞の「押し紙」裁判の裁判長に着任した。さらに令和5年4月1日には、東京地裁から大阪地裁へ異動し、読売新聞の「押し紙」裁判の裁判長に着任している。

このように、「押し紙」裁判においては最高裁主導の人事が確認できる。しかも、いずれの裁判においても、原告である販売店側が不自然とも言える敗訴判決を受けている。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年2月1日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

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「押し紙」裁判の現在地 ── 司法が見逃してきた新聞業界の構造問題

黒薮哲哉

全国で行われている「押し紙」裁判の実態を報告しておきたい。筆者が把握している限りでは、2026年1月時点で2件の「押し紙」裁判が進行している。ひとつは福岡高裁を舞台に、西日本新聞を被告とする裁判、もうひとつは大阪地裁における毎日新聞を被告とする裁判である。

これら2件以外にも「押し紙」裁判が行われている可能性はあるが、少なくとも筆者の耳には入っていない。

「押し紙」をめぐる裁判は、1970年代後半に始まった、毎日新聞と神奈川県内の販売店との係争が最初とされている。ただし、この裁判は毎日新聞側が「押し紙」の未払い代金の支払いを求め、元店主を提訴したものであった。

その後、産経新聞、朝日新聞、読売新聞、日経新聞、西日本新聞、岐阜新聞、京都新聞、山陽新聞、佐賀新聞などが法廷に立たされてきた。このうち、山陽新聞と佐賀新聞の裁判では「押し紙」の存在が認定されている。もっとも、山陽新聞のケースでは、発行本社側が「押し紙」の存在を認めたことが、販売店勝訴の決め手となった。

中央紙に対して販売店が全面勝訴した例は存在しない。しかし、産経新聞や毎日新聞のケースでは、複数件で和解が成立している。また、読売新聞のある裁判では、販売店は敗訴したものの、判決文の中で読売新聞による独占禁止法違反が認定された。

このように見ていくと、「押し紙」裁判では新聞販売店側にほとんど勝ち目がないかのような印象を受ける。しかし、裁判を通じて明らかになった重要な事実がある。それは、販売店に大量の新聞が恒常的に余っているという現実である。それが「押し売り」の結果であるとの司法判断は得られていなくとも、過剰な残紙の存在自体は否定しようがない。

さらに、その残紙によって新聞社が莫大な利益を得てきた事実も浮かび上がっている。中央紙の場合、搬入される新聞の2割から5割が残紙になっていることが、複数の裁判記録から明らかになっている。

◆中央紙が得ている収入規模

「押し紙」による新聞社の不正な販売収入は、一般に想像されている以上に巨額である。2025年8月時点で、中央紙(朝日・毎日・読売・産経・日経)の発行部数は約1180万部とされている。

仮に「押し紙」の割合を20%とすると、約236万部が実配部数を超える新聞となる。新聞1部あたりの卸価格を月額1500円(朝刊単独版と仮定)とすれば、1か月あたりの「押し紙」販売収入は約35億4000万円、年間では約424億8000万円に達する。

もし「押し紙」率が40%に及べば、年間収入は約850億円規模となる。販売店に対して各種補助金が支出されているとはいえ、新聞社が莫大な「純利益」を得ている構図に変わりはない。

しかも、この試算は控えめな前提に基づいている。朝・夕刊セット版の場合、卸価格は2000円前後となり、収入規模はさらに膨らむ。以上の点から、筆者の試算が誇張であるとは言えないだろう。

このような不正収入の存在は、自由なジャーナリズムの足かせとなる。なぜなら、「押し紙」制度を黙認してきた政府、裁判所、公正取引委員会を、新聞が厳しく批判することが困難になるからである。

この構図は、戦前・戦中に政府が新聞用紙の配給権を握ることでメディアを統制した構造と本質的に同じである。筆者が「押し紙」問題を新聞ジャーナリズムの根源的問題だと指摘してきた理由は、まさにここにある。

◆裁判所の判断は何を誤っているのか

裁判所の役割は、法律に照らして特定の行為が違法か否かを判断することである。「押し紙」行為も例外ではない。

独占禁止法に基づく新聞特殊指定では、「押し紙」は明確に禁止されている。あまり知られていないが、同指定における「押し紙」とは、単に「押し売り」された新聞だけを意味しない。その定義はきわめて明確で、「新聞の実配部数に2%の予備紙を加えた部数を超えて搬入された新聞」を指す。

したがって、「押し売り」を示す直接的な証拠がなくとも、過剰な残紙が存在すれば、それは「押し紙」に該当するはずである。

ところが、実際の裁判では判断基準が歪められ、「押し売り」の明確な証拠があるかどうかに論点がすり替えられている。

たとえ販売店側が「押し売り」を示す証拠を提出しても、裁判所はさまざまな理屈を用いて販売店を敗訴に導く。たとえば、京都新聞の「押し紙」裁判では、販売店主が発行本社宛てに送付した10数通の内容証明郵便が証拠として提出された。しかし裁判所は、内容証明送付後に両者が話し合いを行ったことを理由に、「押し売りには該当しない」とする不可解な判断を示した。

筆者は、「押し紙」裁判の判決には、公権力が何らかの形で介入し、司法判断に影響を及ぼしているのではないかという疑念を抱いている。もしそれが事実であれば、決して許されることではない。

新聞社そのものが、日本の権力構造の中に組み込まれている可能性が高い。当然、世論調査の数字などは絶対に信じてはいけない。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年1月7日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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新聞社の世論調査は本当に信用できるのか ── 収益構造から読み解く支持率報道の裏側

黒薮哲哉

新聞各社が発表する内閣支持率は、政治状況の判断材料として大きな影響力を持つ。しかしその数字は本当に信頼できるのだろうか。高市内閣をめぐっては、批判が強まっているにもかかわらず支持率が上昇するという不可解な傾向が続く。本記事では、世論調査そのものを直接否定するのではなく、新聞社の収益構造──とりわけ「押し紙」による莫大な利益──に着目することで、世論調査の数字が客観的かつ中立なデータとして扱えるのかを検証していく。

日本のメディアが定期的に公表している世論調査に、正確な裏付けはあるのだろうか。10月に新聞各社が公表した高市内閣の支持率は次の通りである。

朝日新聞 68%
産経新聞 75.4%
毎日新聞 65%
日経新聞 74%
読売新聞 71%
共同通信 64.4%

ところがその後、台湾をめぐる発言で国内外から激しい反発を受けたにもかかわらず、支持率は高くなる傾向があるようだ。たとえば11月16日付の毎日新聞は、支持率が69%になったと報じている。国民の約7割は高市内閣を支持しているというのだ。

当然、これらの数字が高市内閣の方向性を支持しているとなれば、強引に日本の右傾化を推し進める根拠になる。世界から批判の的になっている高市首相にとっては、願ってもない数字である。

が、肝心の数字に根拠はあるのだろうか。

この記事では、新聞社の収益構造の観点から数字の信ぴょう性を検証してみよう。数字そのものが信用できないことについては、次の記事を参考にしてほしい。世論動向を推測する目的に最も合致した国政選挙の比例区における各党の得票率と、メディアが公表する数字に整合性がない点を指摘した記事である。

【参考記事】中央紙の年間の「押し紙」収入420億円から850億円──内閣支持率82%? マスコミ世論調査を疑う背景と根拠

◆新聞社の収益構造から見る信ぴょう性

メディアの性質を解析するときに、最も重要な項目のひとつは、だれがメディア企業を運営するための資金の提供者なのかという点である。資金源が枯渇すると、メディア企業が成り立たなくなるからだ。

「押し紙」と呼ばれる新聞がある。これはごく簡単にいえば、新聞社が新聞販売店に対してノルマとして買い取りを強制する新聞のことである。たとえば3000部を3000人の読者に配達している販売店に4000部の新聞を搬入すれば、1000部が過剰になる。新聞の破損を想定して若干の予備紙を必要とするものの、ほぼ1000部がノルマである。この部数が「押し紙」といわれるものである。

改めて言うまでもなく、販売店は「押し紙」の代金を新聞社に納金しなければならない。

※厳密な定義については別にあるがここでは言及しない。

この「押し紙」により、後述するように新聞社は莫大な利益を上げているのだが、「押し紙」は独禁法で禁止されている。ところがおかしなことに、行政機関も裁判所も「押し紙」を容認している。取り締まりの対象にはなっていない。

◆「押し紙」の実態と規模

全国にはどの程度の「押し紙」があるのだろうか。「押し紙」の量を裏付けるデータは、これまで度々明らかになっている。たとえば2004年に毎日新聞の内部資料が社外へ流出し、その中で販売店に搬入される新聞の約36%が「押し紙」であることが判明した。

内部資料をもとに試算した「押し紙」による販売収入は、年間で約295億円になる。詳細については、次の記事を参考にされたい。

【参考記事】国策としての「押し紙」問題の放置と黙認、毎日新聞の内部資料「発証数の推移」から不正な販売収入を試算、年間で259億円に

朝日新聞の「押し紙」の実態も明らかになっている。たとえば2014年に同社が実施した調査によると、「押し紙」率は次の通りである。

・「朝刊・夕刊のセット版」:29%
・「朝刊単独版」:25%

これらの数字が判明したのは、やはり内部資料が外部へ流出したことが原因である。

読売新聞や産経新聞の場合は、この種の内部資料が外部へ漏れたことはないが、これまで新聞販売店が繰り返し「押し紙」による損害賠償を求める裁判を起こしてきた関係で、かなり「押し紙」の実態が明らかになっている。

メディア黒書が行った裁判の取材によると、読売新聞と産経新聞の場合は、おおむね3割から4割が「押し紙」である。

◆中央紙が得ている収入規模

「押し紙」による新聞社の不正な販売収入は、想像以上に巨額である。2025年8月時点で、中央紙(朝日・毎日・読売・産経・日経)の発行部数は約1180万部とされている。

このうち「押し紙」の割合を20%と仮定すると、約236万部になる。新聞1部あたりの卸価格を月額1500円(すべて朝刊単独版と仮定)とすれば、1か月あたりの「押し紙」販売収入は約35億4000万円、年間では約424億8000万円にのぼる。

もし「押し紙」率が40%に達すれば、年間収入は約850億円にもなる。販売店に対して様々な補助金を支出しているとは言え莫大な「純利益」を得ている。

しかも、この試算は控えめな前提条件に基づく。「朝・夕刊」セット版の場合、卸価格が2000円程度に上がるため、収入はさらに増加する。筆者の試算に誇張はないといえる。

◆「押し紙」が広告収入にも影響

しかし、「押し紙」制度の大罪はこれだけではない。

「押し紙」により新聞の公称部数(ABC部数)は水増しされる。その結果、何が起こるのか? 答えは簡単で、紙面広告の媒体価値が上昇することである。それにより広告収入も増える原理になっている。

逆説的に言えば、新聞社は、ABC部数をかさ上げするために、販売店に対して補助金を支出してまで、「押し紙」を買い取らせているのである。

このような手口は、一種のマネーロンダリングではないか?

もっとも最近は、新聞の公称部数に「押し紙」が含まれていることが公けになってきたこともあって、紙面広告の価格交渉で部数の大小が重視されなくなっている側面はあるが、少なくとも広告価格を設定するときの基礎資料になっていることは議論の余地がない。

◆公権力機関はなぜ、「押し紙」を取り締まられないのか

既に述べたように、「押し紙」は独禁法に違反しており取り締まりの対象になる。それを立証するための資料の存在も明らかになっている。が、公権力はこの問題だけは絶対に踏み込まない。弱小な地方紙にメスが入ったことはあるが、中央紙の場合は逆に公権力が「押し紙」制度を保護しているのが実態だ。

なぜ、公権力機関は新聞社を保護するのだろうか。

それは「押し紙」の汚点を把握しておけば、それを新聞社との取引材料として使うメディアコントロールが可能になるからだ。世論誘導に利用できるからに他ならない。

メディアコントロールは、経済のアキレス腱を握ることで可能になる。この原理は、実は戦前・戦中から変わっていない。戦前・戦中、政府は新聞用紙の配給制度を逆手にとって新聞をプロパガンダ機関に変質させたのである。今はそれが「押し紙」の黙認に変わっているに過ぎない。

2025年、高市政権の下でも同じ構図が構築されている。新聞社の世論調査が嘘だとする確証はないが、少なくとも新聞社の収益構造を検証する限りでは、信頼できる数字でない。

ちなみに高市首相は、新聞業界から政治献金を受けていた経緯がある。次の記事を参考にされたい。

【参考記事】高市早苗の政治献金とマネーロンダリングに関する全記事

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2025年11月22日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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公取委、「押し紙」の謎、1999年「新聞特殊指定」改定をめぐる交渉記録の存在を認める

黒薮哲哉

公正取引委員会は、1999年の新聞特殊指定の改定をめぐって、公正取引協議会(日本新聞協会の新聞販売担当部門)との間で行った新聞特殊指定(「押し紙」や新聞拡販に関する法律)に関する交渉記録が、多数存在することを認めた。

既報したように筆者は、1999年の新聞特殊指定の改定に関する交渉記録の全部を開示することを求めて、情報公開請求を行った。ところが公正取引委員会が公開したのは、1998年10年3月 3日付け「新聞業の景品規制の見直しについて」と、それに付随した「(新聞協作成記録用メモ)」の1件だった。

※だたし、開示された文書の大半は黒塗りになっていた。

そこで筆者は、公正取引委員会に対して異議を申し立てた。公正取引員会と新聞公正取引協議会が交渉を行った日付けを具体的に明記して、全部を公表するように求めたのである。具体的な日付けは、次の通りである。

1998年:10月8日、12月1日

1999年:2月9日、3月5日、3月18日、4月21日、4月28日、5月12日、5月13日、5月17日、5月27日、8月9日

なぜ、これらの日付けを特定できたかと言えば、新聞公正取引協議会の事務局が置かれている日本新聞協会の雑誌『新聞経営』に、交渉の経緯が記録されているからだ。当時、交渉のリーダーを務めていた読売新聞の滝鼻太郎氏らが、この件に関して記事を投稿している。

筆者からの異議申し立てを受けて、公正取引委員会は、9月22日付けの文書、「行政文書開示決定通知書(公取取第60号)に対する異議申立てについて」で、情報を開示を検討する旨を通知してきた。

なぜ、最初から全文書の開示に応じなかったのかについては、次のように説明している。

(わたしが情報公開請求の際に提出した)開示請求書には「……公取委と新聞公正取引協議会の間で……」と記載されており、「日本新聞協会」との文言はありませんでした。

新聞公正取引協議会と日本新聞協会は別の組織であるから、「公取委と新聞公正取引協議会の間で」行われた話し合いは、限定的であるというのだ。たしかに厳密な法律的観点からいえばその通りだが、新聞公正取引協議会と日本新聞協会は、一体化しているというのが、通念となっているのだから、最初に筆者が情報公開請求を行った段階で、補正することはできたはずだ。公正取引委員会からの回答は、次の通りである。

◎公正取引委員会からの回答
https://www.kokusyo.jp/wp-content/uploads/2025/09/250926a.pdf

今後、筆者は1999年の新聞特殊指定における「押し紙」関連の全文書を開示させるための諸手続きに入る。

【参考記事】読売の滝鼻広報部長からの抗議文に対する反論、真村訴訟の福岡高裁判決が「押し紙」を認定したと判例解釈した理由
 

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2025年9月26日)掲載の同名記事
を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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