2020年6月30日、中国の全国人民代表大会(全人代)常務委員会は「香港国家安全維持法(国家安全法:国安法)」を全会一致で可決・成立。香港政府はこれを即時施行し、それと同時にようやく条文が明らかになった。中国当局による香港での統制強化が可能となり、「一国二制度」は葬られた。最高刑は終身刑だ。翌7月1日の抗議行動では370人が逮捕され、3日に1名が起訴された。亡命の動きもある。

韓国の劇映画『世宗大王 星を追う者たち』を観て、まず、これらの報道を想起した。世宗(セジョン)大王とは、「聖君」として知られる李氏朝鮮の第4代国王だ。ハングルの生みの親であったことは映画やドラマをきっかけに知っていたが、鑑賞後に調べると、本作の主人公ともいえる科学者チャン・ヨンシルとともに実際、天文台・簡儀台の設置、日時計と水時計の製作などを手がけている。

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◆李氏朝鮮と現在の香港との共通性

なぜ香港の報道を想起したかといえば、やはり当時の宗主国である明の支配、そして長いもの=権力をもつ明にまかれようとする中央官職に就く人々が、世宗やヨンシルの敵として描かれているからだ。

もちろん実際、強大な国である中国は過去から現在にいたるまで拡大志向であり、いっぽうの朝鮮半島はアジア大陸の東端にあって侵略され続けた歴史のなか、幾度も立ち上がってきた。個人的には、現在の共和国の姿勢も、そのような歴史を抱えながら他の社会主義国が追いこまれていく様子を目の当たりにしてきたことが背景にあると考えている。結果、主体(チュチェ)思想が生まれたのではないだろうか。

話を戻せば、時代は変われど、また作品としてタイミングを意識したわけではないにせよ、この中国の属国として葛藤しながら耐え続けた朝鮮と、現在の香港の状況とが重なるように感じたというわけだ。

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◆「星を追う」名シーン

ちなみにお気づきの方もいらっしゃるかもしれないが、わたしは韓流ファンでもある。ドラマに始まり、映画、K-POP、バラエティーにもはまっているのだ。特に、最初に心を奪われた韓流ドラマの時代物では、下層から人柄やセンス、能力や努力によって這い上がっていくストーリーが多く、そこにはまった。

本作でも、奴婢(賤民)だったヨンシルが能力や努力を買われ、世宗と交流していくさまは、BL(ボーイズラブ)否、男2人の深い友情物語として満喫できる。ヨンシルは北極星は世宗だと言い、世宗はその脇の明るい星(四輔星:サボソンだったか)をヨンシルだと言う。星の見えない夜にも、ヨンシルは世宗に「星空」を見せる。これらのシーンはとても美しく、本作のみどころの1つといえるだろう。ただし、ラストシーンは、思い入れをもって観るほどに、複雑な心境となるかもしれない。だが実は、ここにもまた史実の一片が含まれていることを、鑑賞後に調べて知った。

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韓流映画やドラマのファンとしては、やはりスタッフや俳優陣のチェックも楽しみとなる。『世宗大王 星を追う者たち』の監督であるホ・ジノは『八月のクリスマス』『四月の雪』や最近Abema TV でも時々放送されている『オガムド 五感度』などを手がけている。世宗役のハン・ソッキュは、映画なら同じく『八月のクリスマス』やあの『シュリ』など、ドラマでは実は『根の深い木 世宗大王の誓い』でも世宗を演じていたのだが、『根の深い木』も大変興味深い作品なので、ぜひご覧いただきたい。ヨンシル役のチェ・ミンシクも映画では『シュリ』『オールドボーイ』『バトル・オーシャン 海上決戦』などの出演するほか、ドラマでも活躍している。もちろん脇役にも、見た顔がちらほら。そんなチェックも楽しみたい。

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◆ともに夢を見る者の間に育まれた友情

さて、侵略に話を戻す。日常でも人は、他人を味方につけ、敵でないと安心したいものかもしれない。しかし、侵略には限りがなく、現代においては多くの国家においては基本的に否定されている。ところが、武力・財力など、さまざまな武器を用い、いろいろな侵略をおこなっているのだろう。それに対抗するにはどうすればよいかという話の先に9条の議論もあるのかもしれない。

しかし少なくとも、壁と卵なら壁の側が武力を行使してはならず、また卵であるところの現場に生きる1人ひとりの市民・民衆の声に耳を傾けねばならないだろう。その点で、世宗は民が学べるようにと独自の文字を編み出したように、香港の民主化・独立を求める大きなうねりをつぶしてはならず、中国は香港の市民の声を聞かねばならない。香港には知人の活動家もいて心配であり、これは国内での思想の左右を問わない問題であるように思われる。

『世宗大王 星を追う者たち』を観て改めて、夢をともに追い求める人間の姿やその間にある愛情をぜひ感じてほしい。そして、あなたにも「星」を追い続けてほしいと思う。


◎[参考動画]映画『世宗大王 星を追う者たち』日本版予告(株式会社ハーク)

2020年9月4日シネマート新宿ほか全国順次ロードショー
監督:ホ・ジノ 出演:ハン・ソッキュ、チェ・ミンシク、シン・グ、キム・ホンパ、ホ・ジュノ、キム・テウ
【2019年/韓国/韓国語/133分/スコープサイズ】 英題:Forbidden Dream 配給:ハーク
公式HP: http://hark3.com/sejong/

▼小林 蓮実(こばやし はすみ)
フリーライター、アクティビスト。映画ファン、韓流ファンでもあり、ソウル訪問のほか訪朝も3回。『現代用語の基礎知識 増刊NEWS版』に「従軍慰安婦問題」「嫌韓と親韓」、雑誌『neoneo」No.08に「朝鮮を外から描くドキュメンタリーが抱える妄念」、ここ『デジタル鹿砦社通信』に「闘う姿に胸を打たれ、自らの闘いを問われる2作品 ── チェ・スンホ監督『共犯者たち』『スパイネーション/自白』」などを寄稿。

月刊『紙の爆弾』2020年8月号【特集第4弾】「新型コロナ危機」と安倍失政 河合夫妻逮捕も“他人のせい”安倍晋三が退陣する日

〈原発なき社会〉をもとめて 『NO NUKES voice』Vol.24 総力特集 原発・コロナ禍 日本の転機

ジャズピアニストの河野康弘さん(66歳)と出会ったのは、震災から4年目。2015年10月にTwitterの私のアカウントに「地球ハーモニー」という知らない方からリプが届いた。アカウント「地球ハーモニー」を主宰する河野さんは、矢沢永吉さんのバックバンドや中村雅俊さんの伴奏などを務めたのち、1983年ジャズピアニストとしてアルバムを発表してきた方と知った。また2011年3月11日の震災と原発事故後、東京から京都に移住してきたことも知り、その後、私たちが主催する講演会などで演奏していただいたりしてきた。(聞き手=尾崎美代子)

◆そのとき音楽があったら、共感の輪が広がります

河野康弘さん

── 河野さんは事故当時は東京でしたね?

河野 はい。JR中央線国立駅近くの自宅に家族と一緒にいました。かなり大きく揺れたので首都圏壊滅と思いました。それまで演奏の旅先で芸予地震、薩摩地震、中越地震に会いましたが、それ以上の揺れでした。テレビで震源地が東北、津波の映像を見て驚いたが、まだ原発のことまでは考えていませんでした。

── 河野さんは91年の湾岸戦争をきっかけに平和と環境問題をテーマに活動するようになったそうですが?原発を考えるきっかけもそのころからですか?

河野 湾岸戦争に日本が参加し残念だったので、平和・環境コンサートを始めました。平和・環境運動が「特定な人」だけの活動のように感じたので、音楽で広範な人が考えるきっかけを作っていきたいと思いました。ダム反対でも、「反対! 反対!」だけでは前に進まない。そのとき音楽があったら、共感の輪が広がります。

演奏活動で福井県敦賀市、福島県田村市に演奏に行った時、周辺に白血病などの病気が増えた話を聞きました。また静岡県牧之原市では神奈川県に住んでいた青年が浜岡原発に就職。息子さんが最新のエネルギーシステムでの仕事を誇りにしてたので御両親も浜岡に移住。移住してから息子の体調が悪くなり、とうとう亡くなりました。原因は原発作業での被ばくだったのです。そんな現実を知り原発は無くしたいと思いました。

◆2011年4月、南相馬の避難所では、匂いもしないし、食事も美味しい。放射能の事がピンとこなかった……

── 福島第一原発が気になりだしたのはいつ頃からですか?

河野 津波が福一を襲い全電源停止になった時です。

── 福島の危険性について考えたのはいつからですか?

河野 葛飾区の浄水場や静岡のお茶からセシウムが検出された頃です。チェルノブイリと同じなのか? もっと酷い状況になるのか?

4月下旬に福島の避難所が落ち着いてきたから、心のケアがして欲しいと演奏を頼まれ、事故後初めて福島へ行きました。福島市で友人に会い、市内から車で飯舘村を通って、南相馬の避難所に行きましたが匂いもしないし、食事も美味しい。放射能の事がピンとこなかった。

連れ合いが心配して「福島へは行かないほうがいいんじゃない」と言い始めたのですが、呼ばれたら行かないわけには行かない、と悩み簡易ガイガーカウンターを購入し、福島へ行った時に放射線量を測りました。高いところでは0.7マイクロシーベルトもあり福島での被ばくを実感しました。 

◆2012年2月、37年住んでいた東京を離れ、家族4人で京都へ移住

── 東京の生活はどうでしたか?

河野 連れ合いの体調が悪くなり下痢がずっと続き被ばくが原因では、と思い始めました。本やネットでいろいろ調べ内部被ばくの事を知り、食べ物を西日本、北海道の物に限定。近くのスーパーでは、あまり置いていないので電車に乗って買いに行き、西日本・北海道へ演奏旅行に行った時は現地の食材を家に送りました。

3月21日、金町浄水場からセシウムが検出された時は鹿児島県霧島市にいて水を送ろうと大きなスーパーに行きましたが、まったく無くなかったので山の中の水の販売所に行き買って送りました。

水、食べ物はどうにかなるが、空気だけはどうしようもない。今のコロナと一緒。目に見えない、匂いもしないから。東京には沢山の放射能が降り積もったので無くなる事はありませんのでリスクを減らすには移住をしなければ、と考えました。
 ネットで西日本を沖縄まで探し京都の嵐山に良い部屋が見つかり、2012年2月に家族4人(私、連れ合い、息子、義母)で移住しました。東京に37年住んでいたので移住することを知り合いの皆さんに伝えたら、ビックリされました。

── そうですね。小さい子どももいるわけでもないしね。

河野 被ばくの影響が出るのは子どもだけではないんですよね。チェルノブイリでも、最初に亡くなったのはお年寄り。全員に影響があります。

── 京都に来てから変化はありましたか?

河野 連れ合いは体調が良くなりました。あと実は、セキセイインコも連れてきたのです。2001年に飼ったから10年目でしたが、事故後元気がなくなり、止まり木にも上がらなくなりました。ところが京都に来たら、いきなり元気になって止まり木にも上がるようになり驚きました。小さな動物は影響が大きんですね。

── その後、京都、関西のいろんな活動に関わっていったのですね?

河野 はい、いろんな団体から連絡がきたり呼ばれたり、こっちから「一緒にやりませんか?」と声をかけたり……。

── 私に連絡あったのもその頃ですかね? 

河野 確か、堺市に避難してきた現代美術家と「原発ゼロ」写真展&ライブをやりたいと思ったときかな?

河野康弘さん

◆福島だけでなく、首都圏も同じ

── そうでしたかね? ところで河野さんはその後福島へは?

河野 京都へ来てからも福島に行っていましたが、あることがあって、それから行っていません。

2014年に、福島から京都に避難している知り合いからメールがきました。「福島を忘れないでください。でも福島には来ないでください。福島のものを食べないでください」と書いてありました。福島に行くと福島は安全だから福島の子どもたちは避難できない。福島の食材を食べると福島の子どもたちは福島の物を食べなければいけなくなり内部被ばくする。福島だけでなく首都圏も同じ。なのでそれ以降、福島、首都圏へは行かないことに決めました。私の「意思表示」です。医師の三田茂医師も東京都小平市から岡山市に移住し首都圏の被ばく状況、危険性を訴えてくださっています。

── 一方で日本の反原発運動の中では時間が経つにつれ、被ばくの問題への関心が薄れていってる気がしますが?

河野 それは原爆が落とされた時の爆発の被害だけに目を囚われすぎ、その後に続いた被ばくの被害を問題にしてこなかったからです。ビキニ環礁の核実験の問題でも、第五福竜丸だけが取りざたされましたが、あの周辺には約1000漕の日本の船がいたんです。でも漁師の人たちは知らされなかったり、魚が売れなくなるから「被ばく」した事を言わないようにしていました。そして「核の平和利用」と言って原発を作り毎日、放射能が放出され全国の人が被ばく者になり4人に一人がガンになりました。福一事故後は2人に1人がガン。ガンの原因は被ばくが大きな要因になっています。

私は原爆の事を考えていただきたく’97年から被ばくピアノコンサートを始めました。その時は被ばくの事をあまり知らなかったのですが、福一事故後の情報収集で自分も被ばく者である事に気づきました。そして日本のすべてのピアノは被ばくピアノだったのです。そこで2011年7月に浜岡原発の近く牧之原市で現地のピアノを使った「被ばくピアノコンサート」をしました。京都に来てからは毎月「HIBAKU PIANO LIVE」をしています。被ばく情報資料をカバンに入れてあり興味を持ってくださった方にはお知らせしています。

被ばくの問題を皆さまに知っていただきたい。被ばくで福島の人を差別するのでは無く福島の人たちを守っていく為です。このままでは広島がそうであったように、福島が人体実験の場にされてしまいます。

── 今後も一緒にやっていきましょう。ありがとうございました。


◎[参考動画]河野康弘コンサート05052012 My Favorite Things”

▼尾崎美代子(おざき みよこ)

新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58

最新刊!月刊『紙の爆弾』2020年5月号 【特集】「新型コロナ危機」安倍失政から日本を守る 新型コロナによる経済被害は安倍首相が原因の人災である(藤井聡・京都大学大学院教授)他

『NO NUKES voice』Vol.23 総力特集〈3・11〉から9年 菅直人元首相が語る「東電福島第一原発事故から九年の今、伝えたいこと」他

感染が拡大する一方の新型コロナウイルスにより、世の中はだんだん殺伐とした雰囲気になってきた。そんな中、この騒動とのリンクのすごさに驚かされる映画がある。2016年に公開された韓国映画で、世界的に大ヒットした『新感染 ファイナル・エクスプレス』だ。

「新感染」公式HPより

◆コロナ騒動同様、感染が疑われる者を非感染者が拒絶

同作は、時速300キロ超で走る釜山行きの高速電車内でゾンビが大量に発生するパニック映画。ゾンビに襲われた客たちが次々にゾンビ化する中、幼い娘と一緒に電車に乗ったファンドマネージャーの男(コン・ユ)らが生き残るために奮闘する姿を描く。

この作品の原題は『釜山行』で、『新感染』は邦題だ。この邦題をつけた人は「新幹線」から着想したのは明らかだが、このダジャレのようなタイトルが「新感染症」とぴたりと重なっている。そこに、まず驚かされてしまう。

そんな映画は作中でもゾンビに襲われ、ゾンビ化することを「感染する」と表現しているのだが、感染が疑われる人間に対する非感染者の接し方も実によく現在のコロナ騒動とリンクしている。それは、主人公たちがゾンビ化した人たちが群れる車両を必死の思いで突破し、非感染者たちが避難している安全な車両に逃げ込もうとした時のことだ。

「こいつらも感染しているかもしれない!」

安全な車両に避難している非感染者がそう言い、主人公たちが入ってこないように車両のドアをロックしてしまうのだ。これは現在、感染の危険がある国や地域からの帰還者や訪問者を拒絶する世間のムードと酷似している。


◎[参考動画]『新感染 ファイナル・エクスプレス』予告編(2017/06/30)

◆夏には、続編が公開されるというが……

思うに、新型コロナウイルスは、人々の身体に与えるダメージの深刻さもさることながら、人々の心を蝕む力こそが驚異的だ。まだ発症していない感染者からの感染例も多く報告されているため、街中で誰を見ても、感染者に見えてしまう。そのため、人間同士で疑心暗鬼が広がっている。

新型コロナウイルスの感染を広めないための行動が求められるのは当然としても、感染した人が病状を心配されることなく感染したことを批判されるとか、感染した著名人やその関係者が謝罪しなければならないとか、この現在の空気は異常である。

とまあ、現在のコロナ騒動と実によくリンクする映画『新感染』だが、なんとこの夏、続編となる作品『半島』が韓国と世界各国で公開されるという。『半島』は、前作の4年後の廃墟となった地で生き残った人々が死闘を繰り広げる物語だそうだが……。

このタイミングで続編が出るというのも凄いが、夏ごろまでに映画館で普通に映画が鑑賞できるほどコロナ騒動が沈静化しているとは思い難い。一体、どうなるのだろうか。


◎[参考動画]『新感染 ファイナル・エクスプレス』続編 映画『Peninsula (原題)』米予告編(2020/04/02)

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。近著に『平成監獄面会記』(笠倉出版社)。同書のコミカライズ版『マンガ「獄中面会物語」』(同)も発売中。

7日発売!月刊『紙の爆弾』2020年5月号 【特集】「新型コロナ危機」安倍失政から日本を守る 新型コロナによる経済被害は安倍首相が原因の人災である(藤井聡・京都大学大学院教授)他

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

芸能界の重鎮・ビートたけしの再婚相手で、現在の所属事務所『T.Nゴン』の役員を務める女性A子氏について、週刊誌などでネガティブな情報が続々と報じられている。

そんな中、たけしの元弟子・石塚康介氏がA子氏からパワハラ被害を受けたとして、A子氏とたけしの所属事務所『T.Nゴン』に1000万円の損害賠償を請求した訴訟では、A子氏側(代理人弁護士は矢田次男、鳥居江美、金森四季の3氏)が答弁書で石塚氏(代理人弁護士は湯澤功栄氏)の主張を全面的に否定するところか、石塚氏の人間性も否定したに等しい過激な反論をしている。

その内容を前編に引き続き、紹介する。

石塚氏は『週刊新潮』誌上でA子氏からのパワハラ被害を実名告発した。その記事は『デイリー新潮』にも掲載された(『週刊新潮』2019年11月21日号掲載)

◆報酬は「月40万円」支払っていたと主張

答弁書におけるA子氏側の主張によると、俳優志望だった石塚氏は2010年頃に1年近く、たけしが毎週仕事のために出向く飲食店の近くに立ち続けて弟子入りを懇願し、弟子入りを果たしたのだという。そしてその後、石塚氏が『T.Nゴン』で雇用されるに至った経緯について、A子氏側は「たけしの好意」だったように主張している。次のように。

〈妻子のいる原告(引用者注・石塚氏のこと。以下同じ)の生活が成り立たないことを心配した社長(引用者注・たけしのこと。以下同じ)は、原告に対して、原告が俳優としての活動を優先させることを奨励しつつ、それ以外の時間において、社長の弟子としての諸業務のほかにも、被告会社(引用者注・『T.Nゴン』のこと。以下同じ)の雑務の一部を業務委託することとし、それら一切の業務履行の対価として月額40万円の報酬を支払うこととし、被告会社と原告とでこれを合意した〉

『T.Nゴン』が石塚氏に月40万円の報酬を支払っていたという話が事実ならば、単純計算で同社が石塚氏に支払っていた1年あたりの報酬は480万円だったことになる。A子氏側としては、石塚氏が妻子との生活を成り立たせることができたのは、たけしのおかげだと言いたいのかもしれない。

◆石塚氏のことを“恩をあだで返した人物”であるかのように主張

さらにA子氏側は答弁書において、たけしの弟子であったことは俳優志望の石塚氏にとって大きなメリットであったように主張している。次のように。

〈(引用者注・石塚氏は)社長のタレント活動の現場に同行したり、芸能活動に必要な雑務を手伝うことにより、俳優やタレントとして活動する上で必要な芸能界の常識を習得したり、知識、見識を深めたり、芸能界における人脈づくりをする機会を得ていた〉

また、A子氏側は答弁書で石塚氏について、〈社長の紹介、後押しにより、俳優として映画、ドラマ等に出演する機会を得ていた〉と主張。とくに、たけしの監督作品である映画『アウトレイジ ビヨンド』と『アウトレイジ 最終章』に石塚氏が出演していることについては、たけしの存在あってこその出演であったように強調している。次のように。

〈他の出演者は名だたる俳優ばかりという中で、まだ無名でキャリアも浅い原告がこれらの映画に出演する機会を得ることができたのは、社長の後押しがあってこそである〉

A子氏側の答弁書を見ていると、石塚氏のことを「たけしに散々面倒をみてもらっておきながら、恩をあだで返した人物」であるかのように非難している印象が否めない。

◆パワハラ被害を訴える石塚氏に対し、「社会人としての常識すら欠く」と反論

A子氏側の答弁書における主張のクライマックスは、次の部分だ。

〈原告は、特に取締役(引用者注・A子さんのこと)に対して、挨拶や話が聞こえないふりをして無視して返事をしないといった嫌がらせを度々行い、それを注意されても繰り返すという態度であったため、2019年7月30日、取締役が再度これを注意したところ、取締役に対して、「てめー、この野郎」「クソ女」「馬鹿野郎、ふざけんな」などと大声で怒鳴り、暴言についても謝罪しようとせず、そのまま一方的に被告会社を去ったものであり、社会人としての常識すら欠く対応を行っていたのはむしろ原告である〉

このA子氏側の主張を信じていいのか否かは現時点で判定不能だ。現時点で確実にわかることは、A子氏側がパワハラ被害を訴える石塚氏のことを「社会人としての常識すら欠く」人物であるかのように言い、「こちらこそ被害者だ」という趣旨の主張をしているということだ。A子氏側が答弁書で繰り広げた石塚氏への反論について、筆者が「石塚氏の人間性も否定したに等しい」と評した理由がこれでおわかり頂けたことだろう。

A子氏側は答弁書において、〈こうした原告の問題行動及びそれに対する被告会社の注意の詳細に関する主張立証については、原告の主張の整理を待った上で行っていく予定である〉と明言している。つまり、今後も石塚氏の人間性を否定するような反論をしていく意向とみられる。

一方、石塚氏も『週刊新潮』誌上でA子氏から受けたパワハラ被害を実名告発した際には、〈カメラで監視され、24時間、いつ理不尽なメールや電話が来るか分からない地獄の生活が続いたことで、ストレスで胃が痛み、夏なのにどうしようもなく寒く感じられ、鼻水が止まらなくなってしまい、私は仕事の途中に公園で倒れ込むようになってしまいました〉などと切々と訴えている(※)。訴訟の中でA子氏から人間性を批判するような反論をされたら、石塚氏も当然、再反論するはずだ。

現時点でどちらの言い分が正しいのかは判定しかねるが、この訴訟の行方は今後も注視し、めぼしい新情報が入手できれば報告したい。(了)

※石塚氏がA子氏から受けたパワハラ被害などを実名告白した『週刊新潮』2019年11月21日号の記事は、『デイリー新潮』でも3回に分けて掲載されている。〈〉内の石塚氏の主張は、その『デイリー新潮』の3回目の記事〈ビートたけし弟子が愛人をパワハラで提訴 「これ以上殿を孤立させないために」実名告発〉(https://www.dailyshincho.jp/article/2019/11220800/?all=1)から引用した。

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。近著に『平成監獄面会記』(笠倉出版社)。同書のコミカライズ版『マンガ「獄中面会物語」』(同)も発売中。

いまこそタブーなき言論を! 月刊『紙の爆弾』2020年4月号

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

芸能界の重鎮・ビートたけしの再婚相手で、現在の所属事務所『T.Nゴン』(代表取締役は北野武)の役員を務める女性A子氏について、週刊誌などでネガティブな情報が続々と報じられている。中には、たけしがA子氏と交際するようになって以降、人間が変わり、周囲から人が離れていったと断定的に伝える報道もあるほどだ。

この一連の騒動の中、注目を集めている人がいる。石塚康介氏。たけしの元弟子で、運転手を務めていた男性だ。石塚氏はA子氏からパワハラを受け、自律神経失調症を患ったと主張し、『T.N.ゴン』とA子氏に1000万円の損害賠償を請求する訴訟を東京地裁に提起した。さらに『週刊新潮』誌上でA子氏から受けたパワハラ被害や、A子氏と交際するようになって以降のたけしの変貌ぶりを実名告発している。

東京地裁でこの訴訟の記録を閲覧したところ、A子氏側(代理人弁護士は矢田次男、鳥居江美、金森四季の3氏)が答弁書で石塚氏(代理人弁護士は湯澤功栄氏)の主張を全面的に否定するどころか、石塚氏の人間性も否定したに等しい過激な反論をしていたことがわかった。それを前編、後編の2回に分けて報告する。

◆「およそ法律論となっていない」と一刀両断

石塚氏がA子氏から受けたパワハラ被害などを実名告白した『週刊新潮』2019年11月21日号の記事は、『デイリー新潮』でも3回に分けて掲載されている。その3回目の記事〈ビートたけし弟子が愛人をパワハラで提訴 「これ以上殿を孤立させないために」実名告発〉(https://www.dailyshincho.jp/article/2019/11220800/?all=1)において、石塚氏はA子氏から受けたパワハラ被害を次のように切々と訴えている。

石塚氏は『週刊新潮』誌上でA子氏からのパワハラ被害を実名告発した。その記事は『デイリー新潮』にも掲載された(『週刊新潮』2019年11月21日号掲載)

〈まず彼女の指示で、私は車を自由に使えなくなりました〉

〈現場には付き人やマネージャーが常にいるにも拘らず、彼女は私にもずっと現場にいて、殿を見ておくようにと指示する。私は現場から動けなくなり、ガソリンの給油すらまともにできないほど拘束されるようになりました〉

〈深夜に連絡してきたり、「今日は休みだけど、何かあったら電話します、と社長(たけし)が言っています」と言ってきたり。そう言われると待機せざるを得ず、とにかく私を休ませないようにしようという嫌がらせにしか思えませんでした〉

〈カメラで監視され、24時間、いつ理不尽なメールや電話が来るか分からない地獄の生活が続いたことで、ストレスで胃が痛み、夏なのにどうしようもなく寒く感じられ、鼻水が止まらなくなってしまい、私は仕事の途中に公園で倒れ込むようになってしまいました〉

石塚氏のこれらの告白が事実なら、まったく酷い話だ。この記事を読み、A子氏のことを人格異常者のように思った人もいるかもしれない。石塚氏は訴訟に提出した訴状でも同様のパワハラ被害を訴えている。

では、A子氏側が答弁書で行っている「過激反論」はどんな内容なのか。

A子氏側はまず、次のように石塚氏の訴状における主張全般を一刀両断にしている。

〈原告(引用者注・石塚氏のこと。以下同じ)は(……中略……)被告A子氏(引用者注・原本では実名)によるパワーハラスメント等の被告らによる不法行為により原告が退職に追い込まれたことについて主張、立証として、2019年5月1日から7月31日までの一日ごとの出来事を縷々述べるが、その内容は事実と単なる感想とが混然としており、不法行為に該当するとしている具体的事実が判然とせず、いかなる事実がなぜ不法行為に該当すると主張するのか全く不明であり、およそ法律論となっていない〉

読んでおわかりの通り、A子氏側は石塚氏の主張1つ1つに反論するのではなく、石塚氏の主張が全般的に「意味不明」であるかのように言い放っているのだ。「およそ法律論となっていない」という言い方からは、石塚氏の代理人弁護士である湯澤氏のこともバカにしているような印象を受ける。

◆パワハラ被害の訴えに対し、「注意や業務連絡等を行っていたにすぎない」

答弁書を見ると、A子氏側も石塚氏に対し、あれこれと注意などをしていたこと自体は認めている。だが、石塚氏がそれをパワハラだったと主張していることに対しては、次のように猛烈に反論している。

〈そもそも、原告の、自らには何ら落ち度がないにもかかわらず取締役(引用者注・A子氏のこと。以下同じ)が原告に対して不要な注意、叱責等をしたとの主張は事実と全く異なる。

原告には、取締役や被告会社(引用者注・『T.Nゴン』のこと。以下同じ)の他の従業員に対して挨拶や返事をしない、必要な業務報告を十分に行わない、社長(引用者注・たけしのこと。以下同じ)がよく利用する飲食店の従業員らに対して社長や取締役の悪口を言う、社長の運転手であることをプロフィールで明記している原告のツイッターアカウントにおいて被告会社の名誉を毀損する内容のツイート、被告会社に無断で社長のプライベートにおける言動の内容や買い物の内容のツイート及び写真、社長の肖像や監督作品の名称等をプリントした洋服を多数制作しそれを販売しているかのような内容のツイート等を発信するなどの問題行動があった。

そのため、取締役はその都度、必要かつ相当な範囲内での注意や業務連絡等を行っていたにすぎず、およそ不法行為と評価されるような言動はしていない。このことは、原告が取締役から受領したメールであるとして提出している甲第6号証のメール文面からも明らかである。取締役はこれらのメールにあるように、原告に対して常に丁寧な言葉で、業務上必要な範囲の連絡を行っていたものであり、「原告を支配」していたなどという状態とはほど遠い〉

これも一読しておわかりの通り、A子氏側は、石塚氏が普段から数々の問題を起こしていたと主張。そのうえで、石塚氏に注意などをしていたことの正当性を訴えているわけだ。

これが本当なら、A子氏からのパワハラ被害を週刊誌で実名告発した石塚氏のほうこそがとんでもなく酷い人物だったことになってしまう。逆にA子氏側のこの主張が事実と異なるならば、A子氏は石塚氏に対して酷いパワハラを繰り返したうえ、訴訟の中でも悪質な侮辱行為を行ったと言わざるをえない。

◆メールで「挨拶もできない人はダメです」

ちなみに、石塚氏がA子氏から受領したとされる“甲第6号証のメール”には、たとえば以下のようなものがある。これらを見る限り、A子氏が石塚氏に対し、少なくともメールでは、丁寧な言葉を使っていたのは事実であるようだ。

〈お疲れ様です。一応文字にしておきます。北野が仕事をしているときは側に居ることが仕事ですので現場は離れないで下さい〉(2019年5月2日 木曜日13:35)

〈お疲れ様です。夜分に遅くにすみません。明日は休みで連絡もなしで大丈夫です。何か用事がある時にはご連絡致します。電話だけはいつも繋がるように宜しくお願い致します」(2019年6月9日 日曜日3:11)

〈お疲れ様です。夜分遅くにすいません。9日夕方新横浜に車で迎えに宜しくお願い致します。5時半に新横浜だと思います〉(2019年7月7日 日曜日2:26)

〈挨拶もできない人はダメです。後、北野関係や北野の運転手をしていて、他人から頂き物をした場合は報告して下さい。こちらもお礼をいわなければならないし、北野が恥をかく事になるので、色々気をつけて下さい〉(2019年7月18日 木曜日11:36)

言葉は丁寧だが、A子氏が石塚氏に深夜に連絡していたのは事実のようだし、「挨拶もできない人はダメです」という注意は手厳しい印象が否めない。ただ、石塚氏が本当に「挨拶もできない人」だったのか否かは現時点で不明のため、このメールの内容についても今はまだ適切な評価は不能だ。

果たして石塚氏とA子氏、どちらの言い分が正しいのだろうか――。(後編につづく)

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。近著に『平成監獄面会記』(笠倉出版社)。同書のコミカライズ版『マンガ「獄中面会物語」』(同)も発売中。

いまこそタブーなき言論を! 月刊『紙の爆弾』2020年4月号

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

◆被告になった「上級国民」たち

2月17日、トヨタレクサスの暴走死亡事故を起こした、元東京地検特捜部長の石川達紘被告(弁護士・80歳)に対する初公判が東京地裁で開かれた。起訴事実は自動車運転死傷処罰法違反(過失運転致死)である。

車載の事故記録装置などをもとに「被告が運転操作を誤った」とする検察側に対し、石川の弁護側は「車に不具合があり勝手に暴走した。(石川の)過失はなかった」と無罪を主張した。石川が無罪となれば、トヨタの技術の粋を凝らしたレクサスに何らかの不具合があったことになり、トヨタのブランドは大きく傷つくことになる。かつて検察のエースと呼ばれた男と、日本を代表する自動車メーカーの法廷闘争の始まりである。

いっぽう、元通産官僚の飯塚幸三(88歳)の起訴も確定した。池袋母子轢殺暴走事件で逮捕されなかった「上級国民」である。石川被告も逮捕されていないので、あらためてアンタッチャブルな「上級国民老人」の裁判が注目を浴びることとなったわけだ。このふたりの「暴走老人」の事件は、何度でもネットで報じることで記憶から消してはならない。

とくに記憶を喚起しなければならないのは、石川達紘が死亡させた被害者を気遣うこともなく「はやくここから俺を出せ!」と通行人に命じ、「俺ではなく、クルマが悪いのだ」と今も明言していること。さらには被害者遺族に「後日、保険会社から連絡します」と、同僚弁護士に言わしめたこと、そもそも20代の美女とゴルフに行くために、結果的に100キロの猛スピードで事故を起こしたこと。そして飯塚幸三が「アクセルがもどらなかった」「(予約の)フレンチに遅れるから急いだ」「メーカーは老人が安全に乗れる自動車を造るよう、心がけてほしい」と明言し、これも100キロを超すスピードで事故を起こしたことであろう。石川は犠牲者遺族と示談したが、飯塚は謝罪すらまともに行なっていないのだ。


◎[参考動画]「天地神明に誓って…」元特捜部長が起訴内容を否認(ANN 2020/02/18)

トヨタレクサスの暴走死亡事故を起こした元東京地検特捜部長の石川達紘被告(弁護士・80歳)の経歴(wikipedia)

◆勲章を剥ぎ取れ?

この二つの事件を忘れてはならない理由のひとつは、いうまでもなく二人が瑞宝重光章の受賞者であり、アンタッチャブル(逮捕無用)な存在だからである。本欄で何度も論じてきたが、日本の人質司法はカルロス・ゴーンのような証拠が明白な経営案件(背任罪)でも、長期拘留することで先取りの刑罰を与える。その証拠に、有罪で実刑になったさいに量刑は「懲役〇〇年、未決参入〇年〇月」と宣告される。未決拘留が実質的に刑罰であることを、裁判所が認めているということなのである。

そのいっぽうで、今回のように受勲者は人質司法(逮捕・勾留・拘置)から除外されているのだ。これではもはや、法の下の平等がないに等しい。そしておそらく、高齢者の事犯ということで有罪になっても執行猶予が付されるだろう。特権階級としての「上級国民」は言うまでもなく、象徴天皇制の実質である。身分差別や民族排外主義ではなく、いわば国民融和の柱として律令制いらいの叙位叙勲が生きている事こそ、もっと論じられなければならない。


◎[参考動画]池袋暴走事故 元院長はなぜ在宅起訴なのか (FNN 2020/02/06)

池袋母子轢殺暴走事件を起こしても逮捕されなかった元通産官僚の飯塚幸三被告(88歳)の経歴(wikipedia)

ところで、その瑞宝重光章がどれほどのものかというと、旧叙勲制度では「勲二等」である。菊花章の次に格が高く、同格の旭日章よりも、やや大衆的なものといえばイメージがつかめると思う。春秋の叙勲者を約8000人(年間)として、瑞宝重光章は70~80人である。おいそれと貰えるものではないのだ。勲章自体がスポーツ選手でも貰える紫綬褒章などの褒章よりも重く、長年の国家および公共への功績という要件がある。

今回、ふたりの「上級国民」が有罪判決を受けた場合、瑞宝重光章は剥奪されるのだろうか。アテネオリンピックと北京オリンピックの柔道金メダルリスト、内柴正人が準強姦事件で懲役5年の実刑判決をうけ、全柔連から永久追放処分を受けたのは記憶に新しい。このとき内柴は紫綬褒章を剥奪されている。

その法的な根拠は「勲章褫奪令(くんしょうちだつれい)」という古い政令である(明治41年公布、平成28年改正)。この政令の第1条によると、勲章を有する者が死刑・懲役・無期もしくは3年以上の禁錮刑に処せられた場合、その勲章は取り上げられるとなっている。

◆勲章褫奪令

一条
勲章ヲ有スル者死刑、懲役又ハ無期若ハ三年以上ノ禁錮ニ処セラレタルトキハ其ノ勲等、又ハ年金ハ之ヲ褫奪セラレタルモノトシ外国勲章ハ其ノ佩用ヲ禁止セラレタルモノトス但シ第二条第一項第一号ノ場合ハ此ノ限ニ在ラス
②前項ノ場合ニ於テハ勲章、勲記、年金証書又ハ外国勲章佩用 免許証ハ之ヲ没取ス前級ノ勲記ニ付亦同シ

第二条
勲章ヲ有スル者左ノ各号ノ一ニ該当スルトキハ情状ニ依リ其ノ勲等、又ハ年金ヲ褫奪シ外国勲章ハ其ノ佩用ヲ禁止ス
一 刑ノ全部ノ執行ヲ猶予セラレタルトキ
二 三年未満ノ禁錮ニ処セラレタルトキ
三 懲戒ノ裁判又ハ処分ニ依リ免官又ハ免職セラレタルトキ
四 素行修ラス帯勲者タルノ面目ヲ汚シタルトキ

つまり、3年以下の禁固刑か執行猶予であれば、第2条の「情状」により勲章・年金は剥奪されないことになる。ちなみに、カルロス・ゴーンは「素行修ラス帯勲者タルノ面目ヲ汚シタルトキ」に当たるとされた場合、やはり「情状」によって剥奪されることになる。

いずれにしても、叙位叙勲なる制度がおそらく国民の0.8%(同一世代100万人に対して8000人)とはいえ、身分差を作り出していること。そして今回明らかになったように、逃亡の怖れがないとか何とかの理屈付けはともかく、先行刑罰としての逮捕・勾留・拘置から自由であるという事実。これこそ指弾されなければならない。4月29日と11月3日の叙勲の日に「勲章なんかやめろデモ」でも組織してみるか、である。

もうひとつ、この「上級国民」二人の「犯行」で忘れてならないのは、80歳を超えんとする後期高齢者(石川は事件時78歳だった)が、走る凶器を運転していいのかということだ。自動車運転が事故から無縁でないことは、わたしのような慎重なドライバーでも事故を起こしたことはあるし、クルマを手放して自転車に乗り換えても二度、自動車ドライバーの不注意(後方確認なしのドア開け)などで事故に遭っているのだ。

そしてそもそも自動車および自動車産業は、戦争経済の延長に戦車や戦闘機をクルマの形にかえて、高速運転による人間の闘争本能を刺激しつつ、意味のないモータリゼーション(遠隔地からの商品輸送・高速ドライブ・煽り運転)をもたらしてきたのだ。これについてはテーマを変えて論じたいが、80歳で運転するという信じられない行為から指弾されるべきであろう。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業。「アウトロージャパン」(太田出版)「情況」(情況出版)編集長、最近の編集の仕事に『政治の現象学 あるいはアジテーターの遍歴史』(長崎浩著、世界書院)など。近著に『山口組と戦国大名』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『男組の時代』(明月堂書店)など。

月刊『紙の爆弾』2020年3月号 不祥事連発の安倍政権を倒す野党再建への道筋

鹿砦社創業50周年記念出版『一九六九年 混沌と狂騒の時代』

本通信でお伝えしていますとおり、鹿砦社は昨年創業50周年を迎え、東京と西宮で記念の集会を開きました。両会場ともに多くの方々にお越しいただき、成功裡に楽しい時間を過ごすことができました。Paix2(ぺぺ)はお忙しいスケジュールの中、東京、西宮両方の集会に駆け付けて、ライブを披露してくださいました。

Paix2は2000年の鳥取刑務所を皮切りに、全国すべての刑務所や矯正施設を訪問しつくし、ついにこの日「堀の中」でのコンサートも今回の横浜刑務所で500回目を迎えました。横浜市港南区にある横浜刑務所でのPaix2のコンサートは4回目(前回は2016年)。

17日から、暖冬だった今冬の気候が嘘のように、全国を寒気が襲いました。私たちはメディアでは唯一、コンサート当日だけでなく、前日の準備段階から密着取材を行いました。

以下はスタッフによる取材記録です。

《コンサートの前日、17日14:30過ぎに片山マネージャーが運転する、1トン近くに及ぶ音響機材とmegumi(めぐみ)さん、manami(まなみ)さんを乗せたワゴンが横浜刑務所に到着した。

今回の会場は機材の搬入に、踊り場を含めて30段の階段を上らなければならない。横浜刑務所職員の方々のご協力を得ながら、「歌手」であるお二人も機材運び、設営に寸分も無駄のない準備に取り掛かる。体の丈夫な若い男性でも、下手をしたら腰を痛めるような重量の機材を、ピンクの軍手に掌を包んだ、megumi(めぐみ)さんが慣れた手つきで会場の講堂に運んでゆく。

写真撮影だけしていると、目前でキビキビ動く皆さんの姿に、撮影ばかりしているのが心苦しくなった。比較的小さなケースなら私でも運べると思い手を出したら、片山マネージャーが「怪我しますよ。やめたほうがいいですよ」と声を掛けてくださった。的確なアドバイスだった。手を出した箱は、一見大きくはなかったが、写真撮影の専門家ではない取材者がカメラを片手にバランスをとれる重さではなかった。

講堂の中に持参した音響機材一式を運び入れたら、休むまもなくミキサーやアンプ、スピーカーの設営に取り掛かる。

「プリズン・コンサート」を聴く会場には800席近い椅子が既に並べられている。椅子の設置は入所者の方々が担当されたと、刑務所の方から伺った。ステージにはやはり入所している方々が作成された「500回記念公演Paix2」の大きな看板が目を引く。正面から見ただけではわかりにくいが、文字の部分が発泡スチロールのようなもので立体的に作られていて、お二人も感激されていた。

音響機材のセッティングが終わると、早速リハーサルだ。モニタースピーカ―の音声やバランスを確かめながら、会場最後尾のブースで音響をコントロールする、片山マネージャーと舞台上のお二人との間で細かいチェックが続く。

リハーサルが終わり、講堂をあとにしたのは17:30頃だった。18日は7:30から最終のチェックを行い、その後コンサートを聴かれる入所者の方々が順次会場に入り着席して開演を待つ。

今回の500回記念「プリズン・コンサート」にはテレビ局2社のほかに、15名のマスコミ関係者が集まった。横浜刑務所の担当者の方々は、制約が多い刑務所内の取材ではあるが、取材に最大限のご配慮をいただいた。取材についての注意点が説明され、講堂内の待合室に取材者一同が通された。

9:30予定通り、ステージの幕が開き500回目のプリズンコンサートが始まった。刑務所での撮影は、入所している方々のプライバシーへの配慮が最優先されるので、入所者の方々の姿はご紹介できない。

1時間余りにわたり9曲を歌い上げたPaix2(ぺぺ)のお二人に、入所者代表のお二人から花束の贈呈があった。花束を手にした二人はアンコールに「日本酒で乾杯!」を歌い拍手の中コンサートは終了した。

コンサート終了後、別室にて横浜刑務所長より、Paix2(ぺぺ)のお二人と片山マネージャーのお三方に「感謝状」の贈呈が行われた。500回記念のこの日は横浜刑務所だけではなく、法務省の責任者の方も来賓として会場におられ、「感謝状」贈呈式にも来賓の方々が立ち会われた。二人だけではなく片山マネージャーにも感謝状を準備された石塚淳横浜刑務所所長は、「この活動はお二人だけではなく、事前の準備や移動など片山さんの存在なしには成立しなかったと考えますので、片山さんにも感謝状を準備しました」と配慮されたことを語った。「感謝状」は紙ではなく木製で、心のこもった贈呈式となった。》

鹿砦社はPaix2の偉業を称え、近く記念書籍を出版する予定です。その関係で当日は私もスタッフとして、会場に入ることができました。

横浜刑務所は重刑者が多いそうですが、見るからにコワモテの入所者700人を前に堂々と歌ったPaix2のお二人の表情には清々しさが垣間見れました。さすがに20年間500回という前人未到のプリズン・コンサートをやり抜いただけはあり、頭が下がります。日本にもいまだにこういう方がいるのは、まだ救いです。

横浜刑務所でのコンサートが終了したあとに、機材搬出を終えたPaix2と片山マネージャーに近くのレストランにお越しいただきました。どうしてもこの日をお祝いいたしたく駆けつけ、ささやかながら「プリズン・コンサート500回記念」と刻印した時計をプレゼントいたしました。

簡単に「500回」と言ってしまえばそれまでですが、取材者の報告にもある通り、体力的にも精神的にも、また経済的にも、とてつもなく大変な偉業です。誰でも知っている有名なタレントが、話題作りや人気取りに数回単身で慰問に訪れるのとはわけが違います。Paix2の二人と片山マネージャー、500回本当にお疲れ様でした!これからもご活躍を期待します! 

私たちも、ファン・クラブの強化・拡充を図るなど、後方から最大限のサポートを惜しみません。(ファン・クラブ入会はPaix2のサイトをご覧ください)

繰り返しになりますが、Paix2の偉業を近く鹿砦社は緊急出版する予定です。その中には、ここではお伝えできないエピソードや密着取材の写真も多数ご紹介する予定ですのでお楽しみに!(具体的には決まり次第お知らせいたします)

◎Paix2(ぺぺ)オフィシャルウェブサイト https://paix2.com/
◎Paix2(ぺぺ)関連記事 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=77

Paix2『逢えたらいいな―プリズン・コンサート300回達成への道のり』(特別記念限定版)

もう昨年になりますが、2019年12月31日大晦日、一昨年に続き私は釜が崎に向かいました。大学の先輩でもありフォーク歌手・中川五郎さんが来られ越冬闘争支援で歌われるということで。中川さんはこれで8年目ということでした。ここ10年ほど、夏と冬、山谷や釜でみずから進んでノーギャラで歌っておられるということです。一時は歌わない時期もあったそうですが、還暦を過ぎてから、とみに活発にあちこちに歌いに行かれているようです。今70歳、普通なら隠居してもいい歳ですが、老いてますます盛ん、力強い歌声は私たちを圧倒します。

1968年メキシコ・シティオリンピック表彰台(左端がピーター・ノーマン)

中川さんは1968年に同志社大学文学部に入学、私は2年遅れて70年に入学、その頃には中川さんはすでに学外での活動や仕事に忙しかったので、在学中は、その名は知っていても直接の接触はありませんでした。

直接知り合ったのは、50年近く経った一昨年11月の同志社大学学友会倶楽部主催のイベント(トーク&歌)に出演いただくということで、その前に釜の難波屋でのライブに行き、想像していた以上の迫力に圧倒されました。

その時に聴いた長い曲『ピーター・ノーマンを知ってるかい?』には身震いさせられるほどのショックを受けました。1968年のメキシコ・シティオリンピックでの黒人差別に抗議した、金と銅メダルの黒人アスリート2人に共鳴した白人の銀メダリスト、ピーター・ノーマンのその後の迫害の人生についてのものです。68年から50年の2018年、あまり広くは知られてはいませんが、中川さんはこの曲を発表されました。中川五郎という歌手にとっても、一人の人間としても最高傑作だと思います。

個人的な想いですが、「この人はこの曲を作るために、これまで活動されてきたんだ」と勝手に解釈しています。

今のところアルバムには収められていないということですが、今年発売予定のアルバムには収録されるそうです。今はYou Tubeでしか聴けません。20分以上の長い曲ですが、時間的な長さを感じさせません。ぜひお聴きください。

他にもメッセージ・ソングが数多くありますが、中川さんについては、まさに受験生時代に聴いた『受験生ブルース』のイメージが強く、これほどメッセージ色の強い曲を多く作られているとは、不覚にも知りませんでした。

メキシコ・シティオリンピックから50年後の2018年11月11日、母校同志社大学でピーター・ノーマンを偲び歌う中川五郎さん


◎[参考動画]中川五郎『ピーター・ノーマンを知ってるかい?』(2018年11月11日同志社大学)

2019年12月31日釜が崎にて歌う中川五郎さん

大晦日は過ぎてゆく(集い処はなで。撮影・尾﨑美代子さん)

越冬闘争のステージが済んで、この通信でもお馴染みの尾﨑美代子さん経営の「集い処はな」でのライブ、駆けつけたミュージシャンが続々歌い、ようやく中川さんの出番がやってきました。私からのたっての希望で『ピータ・ノーマンを知ってるかい?』を歌っていただきました。これで年を越せる!

一昨年の同志社でのイベントに続き昨年1月の鹿砦社新年会(於・吉祥寺)でも歌っていただきました。お住まいが国立だということで気軽にお願いしたのですが、快くお引き受けいただきました。「この方は本当に歌うことがすきなんだな」と思いました。

どなたかが同志社でのイベントをYou Tubeにアップされていますが、この1年余り『ピーター・ノーマンを知ってるかい?』をよく視聴しエネルギーを注入してもらっています。

人間には、どうしても超えることのできない人がいます。この1月18日で、全国の刑務所や矯正施設などを回って歌う「プリズン・コンサート」前人未到の500回を達成する女性デュオ「Paix2(ペペ)」とマネージャーの営為は、私には絶対にできないことですが、中川さんの営為も私にはできません。「当たり前だろ!」と言われれば、その通りですが、中川さんにしろPaix2にしろ、日本にもこんな素晴らしい営為をされている方々がいると思うと、日本の未来もまだ捨てたもんじゃないと元気づけられますし、できうる限りの応援をせねば、と考えています。

新年早々、ちょっと清々しい気持ちになったところを綴ってみました。

7日発売!2020年もタブーなき言論を! 月刊『紙の爆弾』2020年2月号

『NO NUKES voice』22号 新年総力特集 2020年〈原発なき社会〉を求めて

鹿砦社創業50周年記念出版『一九六九年 混沌と狂騒の時代』

 

高部務『あの人は今 昭和芸能界をめぐる小説集』

著者は1968年に高田馬場にある大学に入学、と『一九六九年 混乱と狂騒の時代』の冒頭にある。ベトナム反戦運動のさなか、立川の高校に通っていたというから60年代末を多感な時期に体感したといえよう。そんな著者が週刊誌のトップ屋稼業をはじめた70年代からのエピソードをもとに、昭和の空気を味わうがごとく切りとった小説作品集である。実在の人物をもとにした小説であれば、仮名を用いてもそこはかとなく登場人物の息づかいが感じられ、暴露ものではないと思いつつも「あっ、これは誰それだ!」という興味が先を読ませる。なかなかのエンターテイメントなのだ。

たとえば、表題作「あの人は今」の西丘小百合は南沙織である。おりしも出版社系週刊誌の黎明期で、スクープをねらう芸能記者のうごき、事務所と結託した番組スタッフのうごめき、そしてその結果としての女性歌手のささやかな夢の実現。彼女が沖縄米軍基地および日米地位協定の理不尽さに憤りをもっているのは、わたしのような芸能界門外漢でも知っていることだけに、読んでいてリアルで愉しい。

◆昭和の芸能一家の喜悲劇

その西丘小百合こと南沙織が南田沙織としてブラウン管に登場する「蘇州夜曲」は、福島県いわき市の一家の父親が娘のかおりを歌手デビューさせようと奮闘する、70年代にはよくあった東北と東京の光景ではないか。700万円で戸建ての家が造れた時代に、資産家とはいえ1千万円単位でデビュー資金を要求される。坪3000円の土地担保で融資された4千万円は、すでにレコード大賞の審査員や著名な音楽家たちの懐に渡っているのだ。1億円近くを詐取された父親は、警察に告訴するも娘とカネはもどってこない。芸能界の華やかなステージの裏側に、こんな喜悲劇(せめて喜びもあったとしたい)は山とあったのだろう。我慢という名前の芸能プロデューサーが実刑判決を受けたのが、父親とこの作品にとっては唯一の救いだ。名曲蘇州夜曲が物語の背景にあることがまた、昭和のロマンを伝えてくれる。

「同窓生夫婦」も芸能界デビューを夢みる少女の物語だ。第二の山口百子(=山口百恵)を夢みた少女は、地方の勝ち抜き歌合戦をへて芸能プロに所属することになる。母親を援けたいという動機はしかし、女と駆け落ちをした父親との再会という、やや救いの乏しい現実から出発している。これが作品中に果たされないのは、読者にとっては虚しい。

ともあれ彼女は堀米高校(=堀越学園)に通いながら、同級生のライバルたちと凌ぎを削る。しかるに、凌ぎを削るのは異性関係の足の引っ張り合いというか、スキャンダルであるのは言うまでもない。少女は芸能プロの男とのあいだに出来た子供を堕胎したことを、新人賞をめぐるライバルの同級生にリークされ、賞レースの年末までに華やかなステージから沈んでしまう。救いは彼女を慕って(?)いた中学からの同窓生の男の子だった。おそらく今でも大半の歌手志望者が落ち着く、カラオケスナックを第二のステージにした歌手生活が、彼女のささやかな幸せを受け止めたのだ。喝采。

「マネージャーの悲哀」の麻田美奈子モデルがあるとすれば、大阪から上京した赤貧の母娘と言う設定なので、浅田美代子ではなく麻丘めぐみであろうか。そのアイドル候補に怪我をさせた件(濡れ衣)で母親に土下座させられたマネージャーは、女子大生ブームの新しいアイドルにも身代わりの土下座をさせられた末に、暴露本ライターに行き着く。ベストセラーになったらしく、かれは国道沿いにホルモン店をいとなむ。何というかまぁ、めでたし。

順番は前後するが「消えた芸能レポーター」は喫茶店のボーイから記者(芸能レポーター)になった元受験生が、じつは強姦犯だったというミステリアスな展開だ。作品のなかばからドキュメンタリータッチに感じられる筆致は、この原案が事実だったことを感じさせる。失踪した元強姦犯は樹海の中で死んだのか、それともまだ生きているのか――。


◎[参考動画]南沙織 夜のヒットOPメドレー

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)
著述業、雑誌編集者。近著に『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)『男組の時代――番長たちが元気だった季節』(明月堂書店)など。『一九六九年 混沌と狂騒の時代』では「『季節』を愛読したころ」を寄稿。

高部務『あの人は今 昭和芸能界をめぐる小説集』

◎朝日新聞(2019年11月23日付)にも書評が掲載されました!
高部務〈著〉『あの人は今 昭和芸能界をめぐる小説集』(評者:諸田玲子)

小泉進次郎の環境大臣就任にさいして、本欄でこう指摘してきた。

「安倍政権が、単に小泉人気を取り込んだだけではなく、閣僚人事が熾烈な『政局』であることを見ておく必要があるだろう。」

というのも、菅義衛官房長官の『文藝春秋』での対談をテコにした取り込みが、安倍総理の了解のもとにおこなわれてきたからだ。これも以下に指摘しておいた。

「今回のパフォーマンスには、小泉進次郎がこれまで石破茂を総理候補として支持してきた(地方・農業政策は石破茂と一致している)ことから、安倍総理への宗旨替えを表明させたものと見られている」

◆上級国民たる小泉進次郎と滝川クリステルの「特異性」「選民性」

それはしかし、滝川クリステルとの結婚発表のパフォーマンス(これも菅義衛の仕込み)で描かれていたシナリオでありながら、上級国民たる小泉進次郎と滝川クリステルの「特異性」「選民性」を浮き出させる結果となった。

上級国民としてのパフォーマンスを嫌悪したのは、一般国民のみならず自民党の年輩の議員たちも同様であった。そしてその空気はメディアにおいても、手痛いしっぺ返しが小泉新大臣を襲うことになったのだ。それは伴侶となった滝川クリステルの浪費壁とおもいうべき金銭感覚においても。

「進次郎(資金1位)の足を引っ張る滝クリの『金銭感覚』」
●「おもてなし」でギャラ高騰 今も年収1億円超え
●滝クリ セレクトは月80万円マンション、50万円バッグ、ベンツ
●進次郎“女子アナ密会”ホテルに政治資金で宿泊代67万円
(以上、11月7日発行「週刊文春」)

滝川クリステルとの結婚を首相官邸で行なうという、前代未聞のパフォーマンスをどう見るべきであったか? 本欄の過去記事から、再度指摘しておこう。

「マスコミが国民的な関心をあおり、全国放映するという異様な光景だ。かれは特別な階級に属する、国民が注目するべき貴人なのだろうか? 小泉進次郎は国会議員とはいえ、ふつうの国民ではないのか? いや、かれはふつうの国民ではない。上級国民なのだから――。」資産と生活において、まさにこの夫婦は「上級国民」だったのだ。


◎[参考動画]小泉進次郎議員と滝川クリステルさんが妊娠・結婚へ(テレ東 2019/08/07公開)


◎[参考動画]総資産最多は小泉進次郎氏 全額がクリステルさんの資産(FNN 2019/10/25公開)


◎[参考動画]滝川クリステルさんのプレゼンテーション IOC総会(ANN 2013/09/08公開)

◆基本ポリシーの欠落

一挙手一投足がマスコミに注目され、ある意味では晒しものになりつつあると言って間違いではないだろう。菅官房長官が小泉進次郎を政権に取り込んだ稚拙さ、あるいは安倍晋三総理の「政敵の一部を取り込みつつ、その将来を奪う」という戦略の巧みさは、もはやどうでもいい。これまで、記者の一般的な質問に無責任な立場から政権批判をしていた当の本人が、環境大臣というきわめて難しい立場に置かれて、その不勉強ぶりと定見のなさを暴露されているのだ。

「気候変動問題はセクシーに」という無定見。国連の会見で「火力発電を減らす」と断言した小泉大臣は、その方法を外国メディアから聞かれると、しばらく沈黙して「私は、大臣に先週なったばかりです」などと言うだけだった。そのニューヨークでは、環境破壊の元凶でもある牛肉のステーキを食べたと、自慢げに公言するあり様だ。家畜飼料として、鶏肉1キロを生産する場合に必要なトウモロコシは3キロ、豚肉1キロで7キロ、牛肉1キロでは11キロである。牛肉は飼育期間が長く、飼料の量はそのまま多くなるからだ。畜産も排せつ物などで温室効果ガスを排出している。なかでも牛の排出量は飛びぬけて多いとされている。小泉大臣はおそらく、何も知らずにステーキ発言をしたのであろう。ステーキを食べるなとは言わない。環境問題にかかわる政治家・大臣としては不適切な発言であることを知るべきだ。


◎[参考動画]「気候変動問題はセクシーに」小泉大臣が国連で演説(ANN 2019/09/23公開)

政治評論家の伊藤惇夫氏は、小泉進次郎を評してこう語っている。

「大臣としては新人で、政策などに通暁していないのはある程度仕方がないと思います。小泉さんは如才がなく、受け答えの能力は高いです。確かに、表面的には正論めいたことを言います。しかし、外交や安全保障といったこの国の方向性についての主張で、納得できる発言は記憶にないですね。小泉さんの発言に中身や具体性、方向性がないことが、大臣になって表面化したのではないですか」(9月24日、J-CASTニュース)。

ようするに、基本的なポリシーがないのである。自民党農政部会のときの農協改革を加速させた「手腕」は、日本の農業に寄り添うかたちで、農協関係者の理解を得られることが出来たが、それは人気政治家を農林族に取り込もうとする関係者の利害にすぎなかった。それが政府にとって困難(ネガティブ)なテーマになると、たちまち無内容ぶりを露見せざるを得ない。たとえば水俣病である。

◆水俣での猛反発

10月19日に熊本県水俣市で水俣病関連の慰霊祭に参列しているが、関係者との意見交換会では、特別措置法で定める周辺住民の健康調査を行うかどうか、あやふやな発言を続けて反発を招いている。小泉大臣は慰霊式のあと地元の商工会関係者と懇談し、人口減少をめぐる悩みこう答えたというのだ。

「減るものを嘆くより、減る中で何ができるか考える街作りをやりませんか。一緒になって考えれば、日本らしい発展の道が描けると思う」と、口当たりの良い言葉のほかに、具体的なことは何も語っていないのだ。

水俣病被害者団体の約20人との意見交換会では、激しい反発をくらっている。

「大臣、ねえ、ちゃんと返事してくださいよ」

小泉大臣が締めのあいさつをした後、出席者の1人があきれたように声を張りあげたといいうのだ。周知のとおり、平成21年に施行された水俣病特別措置法に盛り込まれた周辺住民の健康調査は、いまだに行われないままで、被害者団体から健康調査を求める厳しい批判が相次いでいる。

「健康調査は大臣の一言でできる。水俣病の症状がある多数の患者が切り捨てられてきたんです」「小泉氏には行動力がある。大臣が水俣病を公害の原点と思うならば、きちんと片付けて。63年たっても解決しないのは国が被害者の声を聞かないからだ」「解決を目指すために政治が主導権を発揮すべきだ。持ち前の指導力と発信力を発揮してもらいたい」

声を震わせながら批判する出席者に対し、小泉大臣は正面からの答えを避けた。
「要望は精査する。環境省職員は新しい大臣にまず『環境庁は水俣病がきっかけとなって立ち上がった。そのことを決して忘れるな』と言っている。そのことを忘れず、何ができるかを考えていきたい」

「水俣病被害者の会」の中山裕二事務局長も産経新聞などの取材に不満をにじませたという。

「小泉さんは一見歯切れがよさそうだが、よく聞けば何も語っていない。水俣病をもって環境庁ができたというが、むなしく聞こえる」

その後の記者会見でも、地元メディアから、健康調査の実施に後ろ向きな環境省の姿勢を批判する質問が相次いだ。小泉大臣は口をへの字に曲げ、こう繰り返すのみだったという。

「現時点で具体的時期を答えるのは困難だ。メチル水銀の健康影響を客観的に明らかにする手法は慎重かつ確実に開発しなければならない」

語るに落ちる「具体的時期を答えるのは困難だ」としながら、前向きな雰囲気の発言は誰にでもできる。問題はそれを政策として具体化すること、関係省庁を巻き込んだ具体策へと結実させるのが政治家、とりわけ環境大臣としての責任なのである。ひとりの議員として、政治を論評してきた延長上にしか、いまの小泉大臣の言動はないと断じてもいいだろう。それは言うまでもなく、大臣失格という烙印である。


◎[参考動画]水俣病犠牲者へ祈り 公式確認63年、今なお課題(共同通信 2019/10/19公開)

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)
著述業、雑誌編集者。近著に『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)『男組の時代――番長たちが元気だった季節』(明月堂書店)など。

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