AV監督・村西とおる氏の半生を描いたNetflixのオリジナルドラマ「全裸監督」があちらこちらで大絶賛されている。筆者も観てみたが、「地上波では放送できない」とのフレコミ通り、性描写は過激だし、有名俳優が多数出演しているし、素人目にもセットやロケ地に手間や金がかかっていることはわかる。ストーリーも中毒性があり、たしかに楽しめる作品だ。


◎[参考動画]『全裸監督』予告編 2 (Netflix Japan 2019/07/24公開)

そんな話題作は、文筆家・本橋信宏氏の著作「全裸監督 村西とおる伝」(太田出版)が原作。712ページから成る分厚い本で、村西とおるという「絶対教科書に載らない偉人」の半生を克明に記録し、後世に残そうという著者の執念や使命感が感じられる一冊だ。ドラマのヒットでこの本にも注目が集まっているようなのは、喜ばしいことである。

もっとも、ほとんど予備知識がない人がこの本をいきなり手にとると、ボリュームがあり過ぎて、最後まで読み切るのがしんどいのではないかと思われる。そこで、筆者が「初学者」にお勧めしたいのが、著者の本橋氏が「全裸監督」以前に村西氏のことを書いた2作、1996年12月発行の「裏本時代」と1998年3月発行の「アダルトビデオ 村西とおるとその時代」(いずれも単行本の版元は飛鳥新社)だ。

本橋信宏「裏本時代」(1996年)

◆「裏本の帝王」だった村西氏

この2作は、「全裸監督 村西とおる伝」に比べると、ボリュームが少なく、一人称の小説のような文体で書かれているので、たいへん読みやすい。それでいながら、1つ1つのエピソードも詳細に綴られており、時代の空気もよく伝わってきて、端的に言えば名著である。

まず、「裏本時代」。これは、村西とおる氏がアダルトビデオに進出する前、草野博美という本名で「裏本の帝王」として君臨していた頃の生きざまを活写したノンフィクションだ。本橋氏が当時の村西氏を取材して知り合い、関係を深め、やがて、村西氏が営む新英出版が創刊した写真週刊誌「スクランブル」の編集長となって奮闘する日々が描かれている。

インターネットは影も形もなく、ビデオデッキを所持する一般家庭もまだ少数だった80年代初頭、世の人々がビニ本や裏本に熱を上げ、FOCUSの成功に端を発する写真週刊誌ブームが過熱したりした時代の空気も行間からあふれ出ている作品だ。

ちなみに同書によると、書店を全国展開し、多数の営業マンを雇ってビニ本、裏本を売りさばいた当時の村西氏は、「流通を制する者が資本主義を制する」と言い、ビニ本、裏本の販売ルートを使って「スクランブル」を日本一の写真週刊誌にしようとしていたという。

結局、新英出版が資金繰りに窮して倒産し、スクランブルも廃刊となってしまった。とはいえ、30年余り経った現在、インターネット企業やコンビニが「流通」を制し、隆盛を極めているのを見ると、当時から流通を重視していた村西氏はやはり慧眼の持ち主だったのだと改めて感心させられる。話題の「全裸監督」にしても、地上波のテレビ局では「流通」させられないドラマをNetflixというインターネットメディアが「流通」させているのだというとらえ方もできる。

本橋信宏「アダルトビデオ 村西とおるとその時代」(1998年)

◆ジャニーズ事務所との攻防

一方、「アダルトビデオ 村西とおるとその時代」は、裏本が摘発され、服役した草野博美氏が出所後、AV監督の村西とおるとなり、今度は表社会でのし上がっていく様を描いたノンフィクションだ。この時代も本橋氏は村西氏と行動を共にし、村西氏の成功と挫折のすべてを間近で観察し続けている。それだけに描写は細部に至るまで迫真性に富んでおり、実にエキサイティングなのである。

そしてその中では、地上波のみならず、Netflixでも描くのは難しかったのではないかと思えるエピソードも頻出する。中でも最大の見せ場は、ジャニーズ事務所とのガチンコバトルだ。

その発端は、村西氏の作品に出演したAV女優が、当時人気絶頂だった田原俊彦氏との情事を週刊誌で告白したことだった。ジャニーズ事務所側からそのことについて抗議され、村西氏は逆に激怒する。そしてジャニーズ事務所のスキャンダルを集めようと躍起になる中、かつてジャニーズ事務所に所属した元フォーリーブスの北公次氏と出会い、北氏に告白本を書かせたり、マジックをやらせたりするのである。

当時も今も全マスコミが及び腰になるジャニーズ事務所相手に、このように村西氏が何ら臆することなく、真っ向から喧嘩をふっかけていく様は実に痛快だ。

本橋氏は同書において、「この男のやることはいつも退屈な現実を『少年ジャンプ』のような世界に変えてしまう」と評しているが、村西氏はまさにその通りの人なのだろう。だからこそ、本橋氏はずっと村西氏のそばにいたし、村西氏の記録を残そうと、この2作を書き残し、さらにあの大部な本「全裸監督 村西とおる伝」まで上梓したのだと思う。

そう書いて気づいたのだが、ドラマ「全裸監督」もどこか『少年ジャンプ』のようである。それが中毒性の秘密かもしれない。


◎[参考動画]The Naked Director(全裸監督)- Kaoru Kuroki(黒木香) Real Life Character(Coconut Omega 2019/8/11公開)

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。著書『平成監獄面会記』が漫画化された『マンガ「獄中面会物語」』(著・塚原洋一/笠倉出版社)が発売中。

創業50周年 タブーなき言論を! 月刊『紙の爆弾』10月号絶賛発売中!

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

8月28日、大阪市北区のライブハウス「バナナホール」で、大阪では初となる新しいメンバー(6代目)による「ネーネーズ」のライブが行われた。8月10日に4人のメンバーが揃ったばかりの「お披露目ライブ」。東京(25日)、名古屋(27日)に次いで、新メンバーによるツアーは「バナナホール」で、満員の観客に迎えられた。私も鹿砦社代表・松岡と連れ立って駆けつけた。

「ネーネーズ」のみなさん(といっても新メンバーが3名なので、上原渚さんとだけだが)と鹿砦社は、昨年台風で中止になったが、鹿砦社代表・松岡の高校の同級生・東濱弘憲さん(故人)がライフワークとして始め、意気に感じた鹿砦社もこれに協賛し熊本で10回(実質9回)行われた島唄野外ライブ「琉球の風~島から島へ」でご縁があり、実は4月に上原さん以外のメンバーお二人が「卒業」された同じく「バナナホール」でのライブでもお目にかかっていた。

第5代のメンバーの「卒業ライブ」では、本番前に特別にインタビューをお許しいただいた。その時はみなさんインタビュー中から、涙が止まらず、お伝えするのが、やや心苦しかった。貴重な時間は記録としてではなく、記憶として留めさせていただくこととした(独り占めの贅沢をお許しいただきたい)。

ライブ前の6代目メンバーと鹿砦社代表・松岡

鹿砦社代表・松岡からのプレゼント

今回も4月同様、リハーサル終了後、ライブ開始までの間に、取材・インタビューの時間を頂いた(お忙しい中貴重な時間を割いていただいた、メンバーのみなさん、知名社長、ありがとうございました!)。リハーサルはほとんどメークなしで、楽曲の出だしのタイミングや、モニタースピーカーのバランスのチェックが行われるだけで、若いながら新しいメンバーの、落ち着きぶりが印象的だった。

リハーサルが終了しインタビューに入る前に、気遣いの男・松岡がこの日のために注文していたクリスタルの豪華な置時計(新生ネーネーズスタートを祝す刻印入り)と『島唄よ、風になれ!』(特別限定紀念版)を4人全員にプレゼントすると、硬かった表情が緩み、予想外のことにみなさん驚き喜んでくださった。

舞台上では落ち着いている新メンバーであるが、近くでお会いしてお話を伺うと、やはり10代、「新鮮さ」が際立つ。「取材慣れ」していない言葉と表情。こちらのピンボケな質問に、何とか答えようと一生懸命になって頂いている姿が、とても印象的だった。

仲里はるひさん(19才)、宜野湾市出身、沖縄県立芸大
与那覇琉音さん(16才)、名古屋市出身、高校生
小浜 凛さん(17才)、名護市出身、高校生

リハーサルで、新メンバーの中もっとも存在感を感じた仲里はるひさんは、幼少時より、お爺様から三線を習っていたそうだ。大学で舞台製作の勉強をしている。

仲里はるひさん

小濱凛さん(左)と与那覇琉音さん(右)は共に高校生

小浜凛さんも三線を早くに始め、「いずれこの道に進みたい」と希望していたそうだ。名護市出身ながら高校は、那覇の高校に進学し、「ネーネーズ」がいつもライブを行う、国際通りのライブハウス『島唄』でアルバイトをしていた。黙っているとおとなしそうに見える小浜凛さんだが、ライブが始まってからの落ち着きと存在感からは、ただならぬ才能を発揮していた。

与那覇琉音さんは、中学生まで名古屋に住んでいた。沖縄出身のご両親のもとに生まれた彼女は、やはり幼少時より三線の練習に励むだけでなく、「ネーネーズ」の名古屋でのライブにご両親に連れられ、何度も通ってファンになった。そして沖縄の伝統文化が学びたく、高校進学で沖縄にやってきた。

一方、新メンバーを迎える上原渚さんは、「10代のメンバーを迎えて、新鮮です。私自身は変わっていないけど、メンバーを育てることや、自分自身のこと(上原さんは妊娠7か月だ)。やることがいっぱいです」と余裕の表情だ。

威風堂々の上原渚さん

新しいメンバーに目標を質問した。「お客さんに元気や感動や『頑張ろう』と思っていただけるような、心を伝えたいです」(与那覇琉音さん)。「初代『ネーネーズ』を超えたい、という気持ちがあります」(小浜凛さん)。

10代の二人から、大きな答えが返ってきた。

大阪には「ネーネーズ」の実質的なファンクラブのような方々がいる。下手をすると、新メンバーが生まれる前からのコアなファンも少なくない。5代目のメンバーをして「大阪のお客さんは特別です。こっちより力が入っている」と言わしめた浪速のファンは、数だけでも4月よりかなり多く、満席だった。そして、「ネーネーズ」を長年聞きなれた方々やわたしたちを、6代目のメンバーは、予想以上の完成度と伸びしろへの期待で、「これがまだ正式結成ひと月未満の人たちのハーモニーか」と、事前のちょっとした不安を払しょくしてくれた。

「黄金(こがね)で心を捨てないで。黄金の花はいつか散る。ほんとうの花を咲かせてね」――名曲『黄金の花』で、この日のライブを締め括った。まさに「お披露目」の10代の3人は、一度も間違わず、ソロの曲の時も、堂々と歌ってくれた。

あと数か月したら、産休に入らなければいけない上原渚さんも、きっと安心して若い3人に不在の期間を任せられるだろう。それほどに泰然としたライブであった。

新生「ネーネーズ」、関西のファンの前に初登場!

◎ネーネーズ便り https://nenes.ti-da.net/

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

『島唄よ、風になれ! 「琉球の風」と東濱弘憲』特別限定保存版(「琉球の風」実行委員会=編)

前回に引き続き、大日本新政会総裁、笠岡和雄氏から筆者に届けられたFAXの内容をご紹介しよう。

笠岡氏の記事の後半部分は、バーニングプロダクションの周防郁雄社長と女優の水野美紀の確執に関するもので占められている。

水野は中学生の時に東鳩のキャンペーンガールコンテストで準優勝したのち、グリーンプロモーションという芸能事務所にスカウトされ、上京し、タレントとして活動を始めた。

1994年、同プロが閉鎖したのに伴い、バーニングプロダクションに移籍。その後はゴールデンタイムのドラマにも出演するようになり、特に97年からフジテレビの『踊る大捜査線』シリーズで柏木雪乃役としてレギュラー出演し、知名度を上げた。

ところが、2005年、水野は10年以上所属したバーニングプロダクションから突然、独立。後に水野は「役の幅を広げたい、そのためには舞台をもっとやってみたいと思うようになって」「でも、その方向は事務所のカラーとは決定的に違っていて、だったら一人でイチからやってみよう、ということで辞めたんです」と説明している(『週刊文春』2009年4月9日号)。

メディアでは語られることはなかったが、この独立劇には周防社長と水野の深刻な対立があったという。

笠岡氏によれば、周防社長と水野は長年、愛人関係にあり、周防社長は水野の独立に烈火のごとく憤慨していたという。

周防社長の妨害により独立後の水野には干され、しばらく芸能界から姿を消していた。それに対する反撃の意味のあったのか、水野は作家の宮崎学が責任編集するウェブマガジンでの対談で、周防社長の愛人時代に知った「クスリを使用した陰湿なSEX」について暴露した。

この記事を読んで怒った周防社長は笠岡氏に「総裁、水野美紀を芸能界から抹殺してほしい、いや殺してくれ!」と錯乱状態で要請したという。

水野が周防社長に対して強気だったのは、当時、山口組の二次団体で神戸に本部を置く暴力団、西脇組の後ろ盾があったからだった。

同組と昵懇だった笠岡氏は、直ちに周防社長と水野の仲介に動き、水野から提案された「今後、水野が周防社長の愛人だった秘密を他言しない代わりに周防社長は水野の仕事を妨害しない」という条件で和解をまとめた。

だが、周防社長は和解を無視して、大手芸能事務所ケイダッシュの幹部で自分の子分でもある谷口元一氏を使って、テレビ各局のプロデューサーに「水野美紀を番組に出せば承知しないぞ」と執拗に脅迫して回っていたという。

これを伝え聞いた「西脇組の山下」は、「ふざけるな。俺が谷口をいわす! 男の約束は命より重い事を思い知らせてやる!」と憤慨した。

関西では有名な武闘派集団として知られる西脇組の関係者が「逆に周防を潰せ! 芸能界から追放しろ!」と息巻いていることを知った周防社長は腰を抜かさんばかりに慌て、再び笠岡氏に泣きつき、「殺されます。どうか総裁の力で止めてください」と懇願した。

笠岡氏が「いいか二度と水野美紀の追い込みをやめろ。谷口にそう伝えておけ」と噛んで含ませ周防社長に諭すと、周防社長は「分かりました。今度こそ間違いなく水野は許します」と答えた。

これによって騒動は一件落着したはずだったのだが、周防社長による水野排除の動きはその後も続いたのだという。

以上の話は以前にも大日本新政会のブログでも紹介されていた話だが、筆者が笠岡氏より送ってもらったFAXには、その続きが書かれていた。

水野を支援していた西脇組の山下氏とその兄弟分のAは、2005年ごろ水野のために3000万円の資金をかき集め、水野のための芸能事務所を設立したという。

東京某所にあった事務所は100坪ほどの広さでなかなか立派なものだったが、周防社長の妨害もあって仕事は一切入らなかった。

山下氏らは水野のために借金をして新事務所を立ち上げており、水野を成功させなければメンツも立たず、切羽詰まっていた。

そこで、笠岡氏が改めて周防社長に連絡を入れると、周防社長は側近で琉球ゴルフ倶楽部の運営会社、玉城園地の社長を務める椿勝氏を使いとして寄越した。

ところが、この椿氏が曲者で「水野を出してやるから、CM料の35%をうちにもってこい」という条件を出した。

裏金で35%も払ったらまともな利益は出ないと考えた山下氏はこの申し出を断った。ところが、裏金で35%という上納金は、バーニングを裏切った水野に対する報復ではなく、バーニンググループでは常識的なものなのだという。バーニングは長らく多くの系列事務所を抱え、権勢を振るっていたが、傘下の芸能事務所の多くはタレントをテレビに出演させても、裏金で35%もの上納金をバーニングに支払い、ほとんど利益を出せなかったという。

その一方で周防社長だけが裏金で多額の上納金を懐に入れ、蓄財に励んでいたのだが、千葉の産廃事業の失敗などで今ではそのほとんどを失ってしまったと見られる。

さて、水野排除で動いていた谷口氏について「あいつの本籍はバーニングです。ケイダッシュは派遣です」と周防社長は折りに触れ話していたという。

谷口氏といえば、2008年に練炭自殺した、TBS出身のアナウンサー、川田亜子の事件で川田の元交際相手として、また、2012年にミス・インターナショナル世界大会でグランプリを受賞した吉松育美の芸能活動を排除したことで名前が取り沙汰された人物だ。

もともと谷口氏は学生時代に小泉今日子や中山美穂の親衛隊に入って頭角を現し、周防社長の息子の家庭教師をしていたという。

その後、ケイダッシュの立ち上げに参画し、同社の幹部として芸能界で名前が知られるようになっていったが、その間、周防社長の裏の仕事をたびたび請け負っていたという。

話を水野美紀に戻す。

水野のための事務所を立ち上げたものの、一向に仕事が入らない山下氏は追い詰められていった。

『踊る大捜査線』への出演で有名になった水野がまったく起用されないのは、周防による妨害のせいだと勘ぐった山下氏は「周防をいわしたる!」と意気込んで周防社長を散々追いかけ回していたという。笠岡氏によれば、その過程で「かなり際どい場面もあったようだ」という。

「ある日、山下が顔を硬直させながら『会長、周防とケジメをつけて下さいよ』と、俺に迫ってきた。若い衆も居るなかでな。周防への報復でかなりモメたわけやが、その後、怒り心頭が頂点になった山下は兄弟分Aと『周防にけじめをつける』と独断で動いた。『しばらく待たんかい』と制止する俺との約束不履行だったわけだ。それが元で西脇組から破門になった。Aと二人ともどもだ」

山下氏が周防社長に何をしたのかは定かではないが、後日、周防社長は「笠岡会長、山下の件ですが、何とかケジメをつけておさめて頂かないと示しがつかない」と文句を言ってきたという。

山下氏らは笠岡氏の静止も振り切って周防社長を詰めたのだから、笠岡氏としても山下氏には憤りを感じていた。

そこで笠岡氏は西脇組幹部に相談をして山下氏とA氏の破門・絶縁処分が決定。さらに同組の若い衆が1000万円の包みと山下氏のものであろう「指」を周防社長にぶつけるようにして渡したという。

周防社長は「指」については「そんなん要りませんわ!」と言い放ち、軽く一瞥してから鞄に1000万円の現金を詰め込んで帰っていったという。

それ以来、山下氏とA氏2人の消息が途絶えた。笠岡氏が四方に問い合わせたが、2人の行方を知る者はいなかった。

「まさか、俺の時のように(引用者注:笠岡氏は周防社長と決裂して以降、何度も命を狙われたという)逆ギレした周防がヒットマンを雇って、山下とA氏の二人を殺したのではないか、と勘ぐったが、その可能性がないとは言えん。
 水野美紀との愛憎劇の末に逆上し、半狂乱の周防が、『水野を殺してくれ』と、真剣に俺に頼んだ、あの凄まじく嫉妬深い周防のことだ。俺には内密に殺し屋を雇ったかもしれんが、すでに10年の時が流れとるし、いずれ真実が分かるやろう」

当時、笠岡氏は周防社長の用心棒であり、山下氏の独断専行を止める役目を負っていた。周防社長が約束を守り、水野に仕事を与えていれば、山下氏もおかしなことは考えなかったはずだが、華やかな芸能界に幻惑され、自らの破滅を招いたのかもしれない。

笠岡氏は次のように述べている。

「山下も芸能ビジネスに食い込んで、かなり舞い上がっとった面が多分にある。動いていた若い衆を食わさなならんし、周防の芸能利権を奪おうと躍起になって墓穴を掘ったのか。華やかな舞台の裏には、毒々しい利権争いのさっきが満ち溢れとる。それが芸能世界の恐ろしいとこや」

これまでに述べてきた山下氏のケースは何も特別なことではない。

芸能界でバーニングプロダクションが台頭したのは80年代のことだが、それから現在に至るまで山下氏のように芸能界で周防社長に挑戦し、姿を消していった者は大勢いる。ところが、そのほとんどは報道もされず、闇に葬り去られてきた。

最近になって公正取引委員会が芸能界の悪しき慣習に乗り出すなど新しい動きも出てきているが、芸能界の古い常識を疑わない周防社長のような重鎮が力を持っている限り、業界の体質を改めるのは容易ではないだろう。(了)

追記:本稿掲載直前に筆者が笠岡氏に改めて確認したところ、周防社長と敵対した西脇組の山下氏は存命が確認されているとのことだった。


◎[参考動画]CM KOSE ルシェリ 唐沢寿明 水野美紀(117cmVol1 2011/7/10公開)

◎大日本新政会笠岡総裁から届いたバーニング周防社長をめぐる芸能界秘話〈1〉

▼ 星野陽平(ほしの ようへい)
フリーライター。1976年生まれ、東京都出身。早稻田大学商学部卒業。著書に『芸能人はなぜ干されるのか?』(鹿砦社)、編著に『実録!株式市場のカラクリ』(イースト・プレス)などがある。近著は『芸能人に投資は必要か?』(鹿砦社)https://www.amazon.co.jp/gp/product/4846312690 著者ツイッター https://twitter.com/YOHEI_HOSHINO?lang=ja

星野陽平『芸能人に投資は必要か? アイドル奴隷契約の実態』奴隷契約、独立妨害とトラブル、暴力団との関係とブラックな世界―著者は公正取引委員会で講演、その報告書で著者の意見を認め、芸能界独占禁止法違反を明記! 芸能界の闇を照らす渾身の書!

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「バーニング周防郁雄への最後警告(第3弾)
 神聖なる日本の芸能界を独断で食い物にする『やくざ芸能プロダクション・バーニング』周防郁雄(と、その関係者の数々の非道ぶりと、暴力団との癒着、未成年タレントへの強制的な淫行ワイセツセックス、麻薬の斡旋など数々の悪事を実名で追及する当サイト記事も『第三弾』となった」

こう始まる12枚つづりのFAXが先月、筆者のもとに送られた。送信主は右翼団体、大日本新政会の総裁、笠岡和雄氏だ。

笠岡氏は、2001年5月と10月に東京・赤坂にあるバーニングプロダクション事務所に銃弾が撃ち込まれるという事件があった際、同社の周防郁雄社長より、事態の収拾を依頼され、以降、周防社長の裏の仕事をたびたび請け負ってきた。だが、2人は11年ごろ金銭トラブルから決裂し、それをきっかけとして、笠岡氏は周防社長に対する抗議活動をブログや街宣車などで展開していた。

ブログは昨年、閉鎖してしまったが、先月、「未掲載の記事が見つかったから、FAXで送る」と笠岡氏より筆者に電話があった。筆者がFAXにざっと目を通すと、これまで明らかにされていなかった芸能界秘話がいくつも綴られており、資料的価値もあると考えられた。

現在、日本の芸能界は、NGT48や吉本興業の騒動やジャニーズ事務所に対する公正取引委員会の注意などが立て続けに起こり、変革の時を迎えているが、従来の芸能界がいかなるものであったのかを振り返る意味でも、笠岡氏のFAXをここで紹介したい。

記事では、まず、周防社長の異常な金銭感覚について触れられている。

笠岡氏は周防社長の用心棒を務めていた時、「成功すれば投資額の二倍の金を返済しますから」と、千葉の産廃事業への投資話を持ちかけられたことがあった。その言葉を信じた笠岡氏は15億円を都合し、「二倍なら30億円か!」と色めき立ったが、結局、事業は失敗し、大損害を被ることとなり、2人の関係は決裂してしまった。

そのように周防社長は、1億だろうと10億だろうと、簡単に人から借りる癖があったようである。記事では、1億5000万円を周防社長に貸し、危うく踏み倒されかかった男のエピソードが紹介されている。

「この男に周防を紹介して三年ほど経ったある日の昼下がりの事だ。東京のヤクザ事務所に、男が俺を訪ねてきた。かなり深刻な顔で『笠岡会長、申し訳ありません』と頭を下げるので、何だ!と問うと『実は内緒で周防に1億5千万円を貸してましたが、一向に返してもらえない』とぶちまける」

1億5000万円という大金を借りながら、周防社長は便箋に「1億5000万円借用」と書いただけで印鑑も押さなかったという。

周防社長といえば、「芸能界のドン」と呼ばれる大物だ。その男も周防社長を信用して大金を預けたのだろうが、「周防に何回も請求したんですがケンモホロロです。何とかなりませんか会長」と言う。

笠岡氏はすぐに周防社長を呼び出し、事務所で怒鳴りつけた。

「周防、お前、なにしとんじゃ。俺が紹介した人間から、了解も得ず勝手に金借りて放ったらかしか!おまえは誰にでも金を借りまくって、知らん顔とは、どんな神経しとるんじゃ!」

笠岡氏の剣幕に驚いた周防社長は、直ちに1億5000万円を返済し、その男は事業を再開できたという。

では、一体、周防社長はどうして人から大金を借り、返済の要求を無視していたのだろうか。笠岡氏は次のように考察している。

「あいつのあこぎさは、自分の身の安全を図るために『先ず相手に借金』することなんや。
 金を貸した側は、返済されんと困るから、何かと周防に便宜を図るわな。
(中略)
 周防は、いつもそうやって甘い餌をぶら下げて、アリ地獄のように相手をひきずり込んでゆく。
 他人様の持ち物を、ハイエナのごとく横取りして食い尽くす。ハイエナ周防の詐欺丸出しの錬金術に騙され続けて、最後はボロボロになって抵抗できんようにするわけや」

一般の社会では、借りた金をきっちり返すことで信用を築くが、芸能界では「貸した金が返ってこない」という恐怖心を与えることで相手を操るようなのだ。

周防社長は、そのような心理術を駆使することで「芸能界のドン」の地位を築いていったのだろう。

次に笠岡氏が俎上に載せているのは、周防社長の側近で、かつてK-1を主催していた格闘技プロデューサーの石井和義氏だ。

周防社長は元モーニング娘。メンバーとの淫行が盗撮され、笠岡氏がビデオの現物ネガの回収を請け負った。

その交渉を永田町にあるザ・キャピトルホテル東急で行った際、周防社長はビデオ回収の条件として笠岡氏に「謝礼1億円で」と申し出た。

再び、同ホテルでビデオの回収に成功した際、笠岡氏が周防社長に「おい1億円は?」と問いただすと、「会長まことに申し訳ない。来年になったら3億円払います」と釈明したという。

どちらの会合でも石井氏は立会人として同席しており、「回収の件はお願いします」と依頼し、ビデオの回収に成功すると、「ありがとうございます」と礼の言葉を述べていた。

ところが、謝礼の約束は果たされず、笠岡氏は腹の虫が収まらず、石井氏に不満をぶちまけている。

「言葉でハッキリ礼を言うたのなら周防に約束を守らさんかい! 立会人の石井和義よ。あれから何年経ったんだ。
 お前をまっとうな武道家として信用していたが、実はホラ吹き者か!
(中略)
 いや、金の問題よりも、先ず『無礼』を詫びに来るのが立会人と名乗った男としての最低の仁義とちがうか?それを俺は待っとる」

笠岡氏は続けて、回収した淫行ビデオで周防社長の相手だったのがモーニング娘。のメンバーだった石黒彩だと実名を明かしている。

さらにその数年後、京都でやはり元モーニング娘。の矢口真里と宝塚出身の女優、宮本真希の2人が周防社長とNHKのプロデューサーを接待した時のことを笠岡氏は回想している。

笠岡氏は矢口と宮本を周防とプロデューサーが宿泊するホテルに送ったが、翌日、その1人が東映の撮影所で周防社長が「ええか~ええか~」と言いながら「太い指でかき回すから痛いんです」と苦情を申し立てていたという。

当時、石黒、矢口、宮本の3人は皆未成年だったが、笠岡氏は「周防!お前は勃起の『塗り薬』と『媚薬』をいつも持ち歩いていたが、ロリコンのセックス中毒魔か?」と批判するのだった。(つづく)


◎[参考動画]タンポポ 1999年06月発売 飯田圭織-石黒彩-矢口真里(ken06169207 2010/11/12公開)

▼ 星野陽平(ほしの ようへい)
フリーライター。1976年生まれ、東京都出身。早稻田大学商学部卒業。著書に『芸能人はなぜ干されるのか?』(鹿砦社)、編著に『実録!株式市場のカラクリ』(イースト・プレス)などがある。近著は『芸能人に投資は必要か?』(鹿砦社)https://www.amazon.co.jp/gp/product/4846312690 著者ツイッター https://twitter.com/YOHEI_HOSHINO?lang=ja

星野陽平『芸能人に投資は必要か? アイドル奴隷契約の実態』奴隷契約、独立妨害とトラブル、暴力団との関係とブラックな世界―著者は公正取引委員会で講演、その報告書で著者の意見を認め、芸能界独占禁止法違反を明記! 芸能界の闇を照らす渾身の書!

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◆タレントの移籍制限をめぐって調査に乗り出した公正取引委員会

芸能界がパニック状態に陥っている。その端緒となったのは、7月17日21時ごろNHKのニュース速報だ。

「元SMAP3人のTV出演に圧力の疑い ジャニーズ事務所を注意 公正取引委」

このテロップがテレビ画面に表示されると、多数のネットメディアを通じて一気に拡散した。

公正取引委員会がタレントの移籍制限をめぐって調査に乗り出しているという情報は、『週刊文春』(3月14日号)で報道されていたが、ついに来たかという思いだ。


◎[参考動画]ジャニーズ事務所に注意 元SMAP出演に圧力の疑い(ANNnewsCH 2019/7/18公開)

これについて詳しい報道をしている『文春オンライン』(7月24日)によれば、SMAP解散後、2017年9月にジャニーズ事務所を退所した稲垣吾郎、草彅(くさなぎ)剛、香取慎吾の3人を巡るジャニーズのテレビ局への圧力だという。

公取委は昨年頃から3人の独立後に出演番組が次々に終了した経緯をテレビ局などに対し調査してきた。その過程で、かつて嵐のチーフマネージャーで現在、主にテレビ局との交渉やキャスティングを担当しているA氏の行動が問題になった。

A氏は元ジャニーズの3人を起用すると、テレビ局の担当者に「どっちなんですか?」などと迫り、暗に忖度を求めてきたという。

独禁法が定める公取委の対応には、重い方から順に「排除措置命令などの行政処分」「警告」「注意」と3段階の措置があるが、公取委のホームページによれば、「違反行為の存在を疑うに足る証拠が得られないが,違反につながるおそれがある行為がみられたときには,未然防止を図る観点から『注意』を行っています」

A氏は決して「終わらせろ」とは言わず、証拠も残さなかったため、未然防止を図る観点から「注意」をしたのだろう。

◆「芸能事務所間でタレントの移籍制限をしていれば行政処分の対象となる」

 

芸能界の歪んだ「仕組み」を解き明かす! 星野陽平『増補新板 芸能人はなぜ干されるのか? 芸能界独占禁止法違反』在庫僅少

私は、芸能事務所を辞めたタレントが一切、その後、テレビに出演できなくなる、いわゆる「干される」という現象に関心を持ち、2014年に『芸能人はなぜ干されるのか? 芸能界独占禁止法違反』(鹿砦社)を上梓し、その後も関連書籍を出してきた。

タレントが干されることへの関心は近年、高まっているが、特に2016年に起きたSMAP解散騒動で社会問題となり、2017年3月には、公取委からの要請で私が講師となって勉強会を行った。ここでは、その内幕を少し紹介したい。

公取委での打ち合わせの際、私は職員から、2015年に関西の私立小学校でつくる団体が加盟校間で児童の転校を制限する取り決めをしていたことが独禁法違反(不当な取引制限)に当たる恐れがあるとして警告した事例を提示され、「芸能事務所間でタレントの移籍制限をしていれば行政処分の対象となる」と言われた。

多数の芸能事務所が加盟する一般社団法人日本音楽事業者協会は、もともとタレントの移籍を防止し、独立阻止で結束するために設立された団体であり、私の著書でもその問題を採り上げていた。

◆芸能界と強いパイプを有する政治家

また、次のようなことも聞かれた。

「芸能界とパイプのある政治家ってご存知ですか。例えば、スポーツだったら、森喜朗さんが強くて、森さんを通さないと何事も動かないっていう話があるじゃないですか。私が取材した限りでは、そういう政治家がいないんです」

公取委の職員が芸能界とパイプのある政治家について調査しているということは、公取委として芸能界の問題に着手する用意があるということだろう。だから、公取委はかなり本気で芸能界の取締りをするつもりなのだろうと感じた。

なお、政治家と芸能界の関係については、昔は中曽根康弘元首相が音事協の会長をしていた時期があったが、近年はあまりそういった政治家は少ない。ただし、昔、芸能事務所の名門とされる渡辺プロダクションが佐藤栄作元首相を応援するキャンペーンをしていたから、大手芸能事務所が政権を支援する可能性はあるということを私は申し上げた。

近年では、吉本興業が安倍政権と近い関係を結んでいる。吉本芸人のトップである松本人志は安倍晋三首相と昵懇であり、4月には安倍首相が吉本新喜劇の舞台に登場、6月6日にはG20大阪サミットに関連して吉本新喜劇の芸人たちが総理大臣公邸を訪問している。

そんなこともあり、「ひょっとしたら、芸能界に切り込もうとする動きを政治家が潰すようなこともあるかもしれない」という気もした。

◆芸能界の改革は国益上重要である

私は『芸能人はなぜ干されるのか?』を5年もかけて執筆したが、その目的の1つには行政が芸能界に介入するよう促すことにあった。

そこで、私は公取の勉強会で芸能界の改革が国益上重要であることを主張している。官僚ならば、「国益」と聞けば関心を示すと考えたのだ。

勉強会で使用した資料「独占禁止法をめぐる芸能界の諸問題」はネット上にアップされている(https://www.jftc.go.jp/cprc/katsudo/bbl_files/213th-bbl.pdf)。

 

星野陽平「独占禁止法をめぐる芸能界の諸問題」(2017年3月、公正取引委員会競争政策研究センターでの筆者講演レジュメ ※本画像をクリックすると全文PDFがリンク表示されます)

その中で、1950年代、アメリカでラジオDJに金銭を渡してヒットチャートを操作する「ペイオラ」が社会問題化し、ペイオラを禁止する法律が施行された事例を紹介している。

日本女子大学文学部准教授の藤永康政氏が「時は冷戦の盛り、このような〈公開の討論〉に付すことができないものは〈非アメリカ的〉である、と考えられたのです。つまり単なる贈収賄が、イデオロギー戦争の一部となったのでした」と述べているのを引用し、「アメリカはソ連と対抗するためにソフトパワーを強化する狙いがあったのではないか。それを現在の日本に当てはめると、近年、勢いを増す中国に対抗するために日本としてもソフトパワーを強化することが有効なのではないか」という私の見解を述べた。

公取委の職員からは「アメリカの芸能界について解説してほしい」と要請されていたので、そうした説明が響くと思ったのだ。

我が国でもソフトパワーの重要性については理解されており、2010年から経済産業省で「クール・ジャパン室」が開設され、日本の文化・産業の世界進出促進、国内外への発信などの政策を推進している。

だが、日本から海外輸出されている放送コンテンツの大半はアニメで相対的に芸能分野は少ない。その原因は芸能界の構造的な問題があり、それがボトルネックとなって競争力の低下を招いている。だから、行政が積極的に芸能界に介入し、健全な競争を促すべきだ、と結論づけた。

そして、今、芸能界はパンドラの箱が開いたかのようになっている。

ジャニーズに対する公取委の措置が報じられた直後、騒動が吉本興業に飛び火した。

事務所を通さない「闇営業」を反社会勢力との間で行った問題で「雨上がり決死隊」の宮迫博之と「ロンドンブーツ1号2号」の田村亮が7月20日に行った謝罪会見で、2人が所属する吉本興行への不信感と同社の岡本昭彦社長から圧力を受けていたことを明かした。

これを受けて、22日、岡本社長が会見を開いたが、逆に火に油を注ぐ結果となり、ネット上で大炎上している。吉本所属の芸人から次々と批判の声が上がり、吉本興業はパニック状態となっている。


◎[参考動画]【全編】宮迫さんと田村亮さんが謝罪会見(2019年7月20日)

そんな中、24日、サンミュージックプロダクション所属のお笑いタレント、カンニング竹山が番組で「僕自身、4つくらい事務所変わってる」とし、「これをきっかけに芸能界全体も。野球選手もサッカー選手も移籍あるじゃないですか。だから芸能界全体も才能を買ってくれる人のところに自由に行くという態勢を作らなきゃいけなくて」と述べた。

「タレントの移籍の自由」は、まさに私が著書の中で主張してきた根幹部分だが、これまでの常識から考えればこのような主張をタレントがテレビ番組で主張するなどということは考えられなかったことだ。

「芸能事務所はタレントに投資をしているのだから移籍や独立は認められない」とよく言われる。

公取委での勉強会でも「芸能事務所はタレントに投資をしているのではないか?」という質問があったが、アメリカではタレントが日本の芸能プロに当たるエージェントを乗り換えるのは自由である。

「それでは投資ができないのではないか?」と思われるかもしれないが、エージェントは投資をしないのである。

どういうことか。例えば、アメリカでは映画俳優の志望者はまず、ハリウッドに行ってアフタースクール(俳優養成学校)に入学する。アルバイトをしながら、アクタースクールに通い、芝居の技術を磨き、実力が認められればエージェントと契約ができる。それからエージェントからオーディションの情報をもらい、起用が決まればエージェントが契約をしてくれ、ギャラが入ったらエージェントが1~2割の手数料を引いて残りが俳優の取り分となる。だから、エージェントは投資をしていないのだ。それでも芸能界は回るというより、世界でもっとも競争力のあるハリウッドはそうなっているのだから、日本の芸能界でもできるはずだ。

公取委の措置がきっかけとなり、芸能界は今、大きな変革の時を迎えている。

▼ 星野陽平(ほしの ようへい)
フリーライター。1976年生まれ、東京都出身。早稻田大学商学部卒業。著書に『芸能人はなぜ干されるのか?』(鹿砦社)、編著に『実録!株式市場のカラクリ』(イースト・プレス)などがある。近著は『芸能人に投資は必要か?』(鹿砦社)著者ツイッター 

事実の衝撃!星野陽平の《脱法芸能》

星野陽平『芸能人に投資は必要か? アイドル奴隷契約の実態』芸能界の闇を照らす渾身の書!

『お母さん、いい加減あなたの顔は忘れてしまいました』(2015年)。遠藤ミチロウ自身が監督・主演の映像作品を先月偶然目にしていた。本人は昨年膵臓がんであることを発表していたらしいが、わたしは知らなかった。ただ『お母さん、いい加減あなたの顔は忘れてしまいました』は、35年ほど前、授業料を払う監獄(愛知県立の新設高校)へ通っていた生徒の中でカリスマ的な人気のあった、あのミチロウが「自分語りを始めたのか」と、正直なところ驚きと落胆を感じさせられる作品だった。

元スターリンの遠藤ミチロウが逝った。享年68歳。合掌。


◎[参考動画]お母さん、いい加減あなたの顔は忘れてしまいました

『お母さん、いい加減あなたの顔は忘れてしまいました』でミチロウは、「自分語り」に終始していた。故郷を訪れ、幼少時代に遊んだ場所を歩き、生誕した家のある場所を眺める。あるいは各地の知人を訪れ、昔話やライブの様子を短く挟む。メークなしに、若い女性の詩人だか誰かと、「人生」について語る。ベットに寝ころびながら映像を見ていたわたしは、予想外の進行に半ば耐えられなくなり「もうやめてくれよ。ミチロウ、あんたもう最期が近いのかい」とひとり口ごもった。

ミチロウが「自分語り」をするのは、もちろん自由だ。でも往時のファンとしては「人生観」だの「生き方」だのを話で表現せずに、生き様だけで表現してほしかった、との勝手な思い込みと期待を持つことだって許されるはずだ。

わたしがあの時、直観的に思い出したのは晩年の高倉健のことだった。無口で私生活をさらさなかった高倉健。亡くなる2年ほど前から朝食の様子や、毎日通う散髪屋、果ては珍しくもない人生観を語りだし、興ざめした記憶がよみがえった。平気で軽い涙を流すこともあった。高倉健はおそらくあの時期最期を予期していたと思う。医師からも余命宣告を受けていただろう。映画の中で充分すぎるほど存在感を示した高倉健にしたところで、最後は語ってしまいたくなるものなのであろうか。


◎[参考動画]★THE STALIN ★ 爆裂都市☆メシ喰わせろ

この10連休の乱痴気騒ぎに、生きていればミチロウは何らかの反応を期待されたことだろう。「もうそれは勘弁してくれ」、「あんたらの期待にはもう応えただろう」とはいわないだろうけども、この時期にミチロウが逝ったのは実に劇的なタイミングだ。映画にはがっかりさせられたけども、さすが、旅立ちのタイミングはミチロウらしい。

だいたい奇抜なメークをしていたり、舞台で破壊的なパフォーマンスを演じるひとには、常識人が多く、直接話すとあっけにとらわれるほど善人が少なくない。忌野清志郎はそうだったし、ミチロウもそうだ。メークをしないミチロウは恥ずかしがり屋の常識人で、どうして自分がメークをするのか、豚の頭を掲げたり、臓物を観客に振りまいたりといったパフォーマンスをするのかを、実冷静に分析的に語る。


◎[参考動画]ザ・スターリン246 – 虫 世界同時多発フェスティバルFUKUSHIMA!(2011/8/15)

「中途半端」がミチロウにとっては気になることであったらしい。だから、日本と琉球の中間、奄美への興味が高まったのだろうか。「奄美には瓦屋根がないんですよ。琉球には古い文化伝統がある。でも奄美は貧乏だからトタン屋根なんです。薩摩と琉球に挟まれて中途半端なんですよ」細部は確かではないがこんな言葉でミチロウは奄美を紹介していた(この解説が事実かどうかは定かではない)。

また、「自分は家族を持たず子供がいなかったので、いつまでたっても子供のまま」といった内容の発言もあった。そうか。ミチロウはぶっ飛んでいたのではなくて「中途半端」をいつも意識して(あるいは悩んで)いたのか。散々がっかりしたと酷評したけれども、ミチロウが「中途半端」にここまでのこだわりを持っていたことは『お母さん、いい加減あなたの顔は忘れてしまいました』を見なければ知ることはできなかった。やはり作品には意味があるのだ。

ミチロウを長年注視し、聴いていたわけではない。ただ35年ほど前、授業料を払う監獄(愛知県立の新設高校)へ通っていたころ、スターリンのレコードは、誰だったか忘れたけれども必ず録音して聴かせてくれる友人がいた。「先天性労働者」、「STOP JAP」は今こそ、大音響で街に響かせたい名曲だ。

また懐かしさと、悔しさのかけらが旅立った。


◎[参考動画]STOP JAP〜仰げば尊し / THE STALIN

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

〈原発なき社会〉を目指す雑誌『NO NUKES voice』19号 特集〈3・11〉から八年 福島・いのちと放射能の未来

創業50周年!タブーなき言論を!『紙の爆弾』5・6月合併号【特集】現代日本の10大事態

田所敏夫『大暗黒時代の大学──消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社LIBRARY 007)

「おい、田所! ○○はもうダメらしい」
「ダメってどういう意味ですか。きのう卒業したばかりでしょ?」
「ビルから飛び降りて今病院に収容されている。親御さんから連絡があったらしい」

同じ部署に勤務する先輩からこの言葉を聞いた瞬間に「しまった!迂闊だった」と後悔した。自分の体温が急速に下がるのがわかった。

○○さんは涼しげな表情をしているが、声はNHKのアナウンサーも務まりそうな学生で、彼女が1回生の時から言葉を交わしていた。

大学は卒業式前から入学式後のゴールデンウィークまでが、多忙を極める。わたしが当時配属されていた部署も同様であった。卒業式前の数日は両手で電話の受話器を抱えて会話をすることもあるほどだった。

ただし、そんな多忙が年中続くわけではなく、繁忙期が過ぎれば、比較的仕事の時間は自分でコントロールできた。1日の半分近くを学生との会話に費やしたり、引っ越しする留学生の手伝いに出かけることも珍しくはなかった。わたしの仕事場は狭い部屋ではあったが、一応の応接セットがあり、気が向いた教職員や、学生が訪れてはよもやま話や、悩みを語る場所でもあった。講義の空き時間に、もっぱら昼寝の場所として訪れる学生もいた。学生の話が深刻なときは、他人に聞かれてはまずいので場所を移す。そんな常連のひとりに○○さんがいた。

彼女は頻繁にわたしの仕事場にやってくるので、いつのころからか、持参したマグカップをわたしの仕事場に置いていた(そんな学生は彼女以外にも数名いた)。

○○さんは卒業式の前日、わたしが文字通り飛び回っている最中に、部屋にやってきて、何かを話したそうにしてた。わたしは別の場所から呼び出しがかかっていて、部屋を出る直前だった。たしか、「これ持って帰ります」と聞いたように記憶する。わたしは「急ぐのかい。少し待っとけよ」と言い残して階段を駆け下りた。要件を処理して部屋に戻ったのは半時間後くらいだったろうか。もう○○さんの姿はなかった。その後も息つく暇もない忙しさに追われ、○○さんのことに思いを巡らす余裕はなかった。

あのとき、彼女は単なる卒業という別離ではなく、違う「別れ」の意味をわたしに理解してほしくて、「これ持って帰ります」と言葉をかけたのだ。彼女が入院している病院に見舞いに訪れる前から、そのことには気づき、自分の鈍感さを責めた。仕事の忙しさに、目の前の「命」の危機に気が付かなかった自分。その兆候を充分すぎるほどしっていて、幾度も主治医と相談していたはずのわたしが、どうして、○○さんからのサインを受け止められなかったのか。

あれは何年前だったろうか。ちょうど、松任谷由実のこの曲がラジオから流れていた。

○○さんを車に乗せて下宿まで送ったときにもこの曲は流れていた。「春よ、か…」○○さんはつぶやいた。「春の真っ最中だろうが、大学生は」と不用意な言葉を発したわたしに、○○さんは「田所さん。人生に『春』ってありましたか」といつもにもまして真剣なまなざしが向けられた。「こんなおっさんにあるわけなかろうが」と胡麻化したが、○○さんの視線はまだわたしから離れなかった。

彼女は悩みに悩んでいた。わたしの力では到底解決できない、重たい運命を○○さんは背負っていた。根本をどうにもできないのだから、わたしは表面だけでもなんとかできないものかと、それなりに考えた。○○さんと語った時間も少なくはない。

でも最後に○○さんがわたしにたいして発した、一番大切なシグナルをわたしは受容できなかった。「人間失格だな」とすら思った。が、「そんなに力があるわけでもないよな」とも言い訳した。

「花が散った」と思った。

悔恨の情は今でも忘れられない。わたしと同じような経験をした方々(周辺諸条件は違えども)は、言い出せないがゆえに、語らえないけれども、少なくないに違いない。

この私的経験にはなんの教訓もない。無理やり意味を付与すれば、人生には時として、「どうにもならない」ことがあるのだ、ということくらいか。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

明日発売!月刊『紙の爆弾』2019年2月号 [特集]〈ポスト平成〉に何を変えるか

田所敏夫『大暗黒時代の大学──消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社LIBRARY 007)

 

◆ダウンタウン・吉本のお家芸「行政の太鼓持ち」

11月23日深夜、新たな「税金の無駄遣い」の決定をうけ、「ダウンタウン」の2人が下記のようにコメントしたそうだ。

〈ダウンタウンの浜田雅功(55)、松本人志(55)は2017年から大阪万博誘致アンバサダーを務めている。大阪・御堂筋で開催される大イベント「御堂筋ランウェイ」に2年連続で出演するなど、万博誘致を懸命にPR。今回の開催地決定で、2年間の努力が実を結んだ。2人はこの日、所属事務所を通じてコメント。
松本「素晴らしい! 皆さまの地道な努力の結果だと思います。ダウンタウンは何もしておりません 特に浜田(笑)」
浜田「素晴らしい! 皆さまの地道な努力の結果だと思います。ダウンタウンは何もしておりません 特に松本(笑)」〉(2018年11月24日付けサンケイスポーツ)

行政のお先棒を担ぐような役回りを平然とこなす神経は、実によくわかる。「ダウンタウン」にはデビュー以来一度として「笑い」をもらったことがない。彼らの芸は、誰かを貶める、あるいは威張るか迎合する。パターンはいつも同じだ。生前横山やすしに「漫才師やから何をしゃべってもいいねんけれども、笑いの中に『良質な笑い』と『悪質な笑い』があるわけだ。あんたら二人は『悪質な笑い』やねん。テレビ出るような漫才とちゃうやんか。お父さんけなしたり、自分らは新しいネタやと思うてるかもしれんけど、正味こんなんイモのネタやんか」と看破された本質は、1982年からなんらかわっていない。


◎[参考動画]1982年末の『ザ・テレビ演芸』(制作=テレビ朝日)

明石家さんま、北野武、ダウンタウン、とんねるず、ウッチャンナンチャンなど「全然おもしろくないお笑いタレント」が師匠ズラをして、より小物のひな壇芸人しか育たない。岡八郎や花木京、人生行路が生きていたら、かれらもおそらく「大阪万博」に乗っかるだろう。でもダウンタウンほどの破廉恥さは見せないに違いない。横山やすしが、言いえて妙なダウンタウンの本質を突いている。岡八郎や花木京は腹巻をして吉本新喜劇の舞台に登場して、誰を見下げるわけでなく「え?なに」の一言で観客から笑いが取れた。所詮芸人としてのレベルが違いすぎるのだろう。

西川きよしは大阪万博を決定を喜ぶコメントを発している。国会議員もそつなくこなし、順風満帆の西川きよしらしい態度だ。ここが西川きよしと横山やすしのまったく違うところだろう。横山やすしのような人格は、仮にトラブルやアルコール依存症がなかったとしても、今日のような「管理社会」では受け入れられるキャラクターではなかっただろう。

漫才ブームまで、関西の漫才が全国区で放送されることはそうあることではなく、吉本興業が東京に進出しても、当初は苦戦を強いられていた。大阪のどぎつい笑いは東京では受け入れらにくかったのだ。しかし、マーケットは広げたい。吉本興業を中心とするお笑い芸人が選択したのは、笑い質の転換である。東京を中心とする全国で通じる、視聴者に迎合した笑い。そこに彼らはターゲットを合わせてゆく。

 

◆古臭い集権政治の再現でしかない大阪地域ファシズム

地方分権だなんかといいながら、政治の世界で起こっていることも同様だ。石原慎太郎や、神奈川で先に火が付いた地域ファシズムを、大阪は橋下徹によって後追いする。何も新しくない。橋下が主張したのは「ヒト・モノ・カネを大阪に集め」との古臭い、集権政治の再現に過ぎない。その延長線上に愚の骨頂もいいところの「大阪万博」などを発想し、「東京五輪」の5年後に開催するなど、半世紀前の利権構造を同じようにたどっているだけだ。

こういう、的外れで体たらくな行政を許しているから、大阪の文化的地盤沈下には際限がないのだ。大阪と東京にはかつて、対立意識や概念が存在した。しかし今やそんなものはどこにもない。大阪人の計算高さを東京の企業も内面化し、東京人の「ええかっこっしい」を大阪人も恥じることなく真似ている。笑わせてくれる芸人の出現を求めるのが無理な文化状況は、そうやって形成されているのだ。

なにが「万国博覧会」だ。馬鹿もたいがいにしろ! まだ海外旅行が夢の世界で、「外国」が庶民にとっては、実際の距離以上に遠かった1970年と、ネットに向かえば瞬時に世界と対話できる、LCCを利用すれば数万円で地球の裏側に行ける時代の違いくらいは、誰にでもわかるだろう。

いや違った。その違いすら分からないから、きょうもダウンタウンが偉そうに、面白くもない姿をさらしているのだ。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

『ダウンタウン 浜ちゃん松ちゃんごっつええ話』

月刊『紙の爆弾』12月号 来夏参院選敗北で政権崩壊 安倍「全員地雷内閣」

一年の締めの九州場所は、場所の直前に貴ノ岩関が民事公訴を取り下げることで順風万帆の幕開けと思われたが、唯一の日本人横綱・稀瀬里の4連敗休場で盛り上がりを欠いている。白鵬と鶴竜、そして稀瀬里が休場することで、横綱不在の場所となってしまったのだ。元貴乃花部屋力士では、貴ノ岩はいまいちだが、貴景勝が好調だ。このうえは実力伯仲の若手力士がしのぎを削り、万全ではない大関陣を巻き込んだ優勝争いを繰り広げて欲しいものだ。

◆第三者委員会による報告書

ところで、もう先月のことになるが、日本相撲協会が設置した暴力問題再発防止検討委員会が発表した最終報告書には、驚愕の事実が記されていた。この再発防止検討委員会は相撲協会からは独立した第三者委員会である。委員会によると、昨年秋の鳥取巡業での事件の概要が、関係力士たちの証言とともに明らかにされているのでレポートしておこう。

事件が起きたのは、鳥取城北高校の校長の呼びかけによるものだったが、同校のアンバサダーを務める白鵬に、同行とは無関係の日馬富士と鶴竜も同行することで、モンゴル勢の集りになった。やはり最初にモンゴル語で貴ノ岩に説教をはじめたのは白鵬だった。初場所で白鵬に勝った貴ノ岩が「これからは俺たちの時代」と発言していたことに腹を立てての説教である。この段階では、日馬富士が貴ノ岩をかばっていた。

ラウンジでの二次会になってから、白鵬は照ノ富士に対しても日頃の言動をあげつらう。ついには照ノ富士が土下座を強要される事態となった。強要罪は、それを行なったのが暴力団組員なら、即刻逮捕される事件である。白鵬の説教が一段落したと思った貴ノ岩がスマホをいじったところ、日馬富士が「おまえ、大横綱が話をしているのに!」と激昂したのは既報のとおりだ。ここから1.56キログラムのカラオケリモコンで頭部を殴打し、あの無惨な頭部裂傷がもたらされたのだ。

◆白鵬による暴力の是認が明らかに

深刻なのは、事件のきっかけを作った白鵬が何ら反省をしていないことだ。危機管理委員会の事情聴取にさいして、白鵬が「今回の事件は、あえて愛の鞭と呼びたい」と発言していたことだ。ようするに横綱による暴力の是認が明らかなうえに、相撲協会がそれに何らの斯道も行なえず、放置している現状が報告書にまとめられているのだ。最終報告書は「横綱在位が長期に亘ってくると、初心を忘れ、自己の地位に関する過信から相撲道に悖(もと)る言動が頻発した例が、遺憾ながら観察された」としている。

いや、そればかりではない。報告書は大相撲が直面している深刻な事態を結論としているのだ、

 

貴乃花光司『生きざま 私と相撲、激闘四十年のすべて』ポプラ社2012年

◆モンゴル互助会の存在は、貴乃花氏の正しさを立証した

報告書はこう云っている。「相撲部屋に所属力士が、当該部屋以外の別組織との関係において緊密な関係があって別組織の指示・指導等によって行動しなければならないような関係が生じてくると、当該力士は、二律背反の関係が生まれるなど難しい立場に置かれることになり、本来的に期待される行動が取れなくなる危険がある」というのだ。

まわりくどい言い方をしているが、この「別組織」とはモンゴル人力士の集まり、すなわちモンゴル互助会にほかならない。鳥取事件を生起させたモンゴル人力士の集りが、八百長を発生させる危険があると、報告書は指摘しているのだ。繰り返すが、暴力問題再発防止検討委員会第三者委員会である。

事実関係をつかんでいるからこそ、ここまで踏み込んだ報告になったのであろう。まさにこれこそ、元貴乃花親方が危惧していたモンゴル互助会、もはやモンゴル部屋と言うべき実態ではないか。相撲協会が頭を悩ませてきたいわゆる「貴乃花問題」とは、相撲協会にはびこる八百長を告発し、その改革に積極的だった元貴乃花親方の闘いにほかならない。

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)

著述業・雑誌編集者。主な著書に『軍師・黒田官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)、『真田一族のナゾ!』『山口組と戦国大名』(サイゾー)など。医療分野の著作も多く、近著は『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

月刊『紙の爆弾』12月号 来夏参院選敗北で政権崩壊 安倍「全員地雷内閣」

横山茂彦『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

 

11月11日、同志社大学良心館107号教室で、同志社学友会倶楽部主催、ミュージシャン中川五郎さんによるトーク&ライブ「しっかりしろよ、日本人。」が行われた。同志社大学学友会倶楽部は、学生時代に同志社大学で学友会(自治会)に関わっていたり、関心のあった方々による団体だ。中川さんは同志社大学文学部社会学科新聞学専攻に合格するも、高校時代からフォークソングの世界では既に名をはせていたので、「同志社大学で鶴見俊輔さんからジャーナリズムを学ぼうと思いましたが、大学に入学したら、大学に行くよりも歌いに行くことの方が多くなって、結局やめてしまいました」とご本人が語られたように、同志社大学を中退されている。

11日は鹿砦社代表もメンバーである、同志社大学学友会倶楽部の面々が午前10時に集合し、会場設営やイベント告知のチラシを学内各所で配布した。この日は同志社大学の「ホームカミングデー」でもあり、キャンパスはOB・OGが多数訪れていた。このイベントは6回目で、私もここ数年お手伝いさせていただき、例年通りチラシを配った。中川さんは有名人でもあり、講演だけではなくライブも聞けるとあって、チラシを受け取った人の感触は良かった。

◆中川五郎さんとボブ・ディラン──つながりの片桐ユズルさん、中山容さん、中尾ハジメさん

会場設営を終え、中川さんが到着し、簡単な打ち合わせ後、一同は学生食堂で早い昼食をとった。中川さんの歌は何度も聞いているし、文章もかなり読んでいたけども、ご本人にお会いするのは初めてであったので、昼食を食べながら、お話をさせて頂いた。

中川さんがボブ・ディランに影響を受け、関連の著作や文章をたくさん書いておられるので、「片桐ユズルさんとはお親しいですか」とお尋ねしたところ、「はいはい、ずーっと親しくして、今でも仲良しですよ」と笑顔が浮かんだ。私が不勉強なだけで、実は中川さんにとって、片桐ユズルさんは英語やフォークソングの先生でもあったことを、ライブのなかで遅まきながら知ることになる。

「中山容さんは?」、「もちろん、仲良しでした」、「中尾ハジメさんもお知り合いですね」、「はいはい」というわけで、私がかつてお世話になった職場に在籍していた、個性的な教員たちはみんな極めて親しいかたばかりであることがわかった。

 

◆語りでもなく抒情的な「歌」だけでもなく

13時開始予定の広い教室には、12時を過ぎると早くも、聴衆が集まり始めた。13時をやや過ぎて、主催者挨拶のあと、さっそくトーク&ライブが始まった。中川さんは「僕はあんまりしゃべるのが得意じゃないので」と切り出したが、前後半に分かれた、前半の1時間余りはほとんどを語りに費やした。中川さんはフォークソングを単なる音楽の1ジャンルとしてではなく、語りでもなく抒情的な「歌」だけでもない、「新しい表現方法」だと感じたといい、それまで主流だった恋愛や風景、望郷をうたうだけではなく、「時代」や「その時に考えること」を伝える魅力を見い出した、と語った。

そして60年代終盤に突然火が付いた「関西フォーク」(この呼び名は「あんまり好きじゃない」と言われていた)は、路上や街角で「時代」を歌う「フォークゲリラ」として、社会現象化し、やがて、東京を中心とする関東にも広がってゆく。「新宿フォークゲリラ」は有名だが、あの発信地は大阪や京都だった。

ところが70年代に入ると、再び抒情的な歌を歌う「歌い手」と、それに気聞きほれる「聞き手」の関係が再現してくる。「お風呂屋さんの前で待っている」(笑)ようなフォークソングが再び主流となり、中川さんら「歌うものと聞くものが一体となり、そこから何かが動き出す」フォークソングは一見下火になる。しかし同時代性を歌うフォークソングは死滅したわけではなく、現に中川さんはこの日、同志社大学に「約40年ぶり」に戻ったにもかかわらず、会場には150名以上の聴衆が詰めかけた。

 

◆女性の権利、原発、被ばく、東京五輪、横須賀米軍基地、上関原発、辺野古基地、ガザ……

前半は高石ともやの作品としてヒットした『受験生ブルース』の原曲(『受験生ブルース』は中川さんがボブ・ディランの楽曲の替え歌として編み出したものを、高石ともやが「拝借」し、歌詞もメロディーもかなり作り変えて世に出ている)、新しいバージョンの日本語による「We shall overcome」など3曲を披露するにとどまった。その代わりに来場者は「日本におけるフォークソング史」を濃密に当事者から聞くことができる貴重な機会を得た。

休憩をはさんで後半は、一転して猛烈なライブとなった。時に現役同志社大学生(といっても20代の学生さんではないが)が奏でるマンドリンとのコラボレーションなどもあり、6曲を歌い上げた。

後半最初の曲紹介は「僕は、当時神戸の短大で先生をしていた片桐ユズルさんという人に社会のことや英語やべ平連のことやフォークを教わって、その片桐さんが書いた詩にメロディーをつけたのがこの曲です」で幕を開けたのが『普通の女の子に』だった。

そのあと女性の権利、原発、被ばく、東京五輪、横須賀米軍基地、上関原発、辺野古基地、ガザなどなど日本中、世界中の矛盾・問題をこれでもか、これでもかと歌い上げる。コード進行が奇抜なわけでも、テクニックに活路を求めてもいない(もちろんテクニックが最上級であることは言うまでもないが)、総体としての「表現」としてのフォークソングは、聴取を圧倒する。

 

ピーター・ノーマン(写真左)。白人ながらも金と銅の黒人選手二人の行動を支持し、同じ表彰台で「人権を求めるオリンピック・プロジェクト(OPHR)」のバッジを着けた

◆圧巻の『ピーター・ノーマンを知ってるかい?』

中でも圧巻は、『ピーター・ノーマンを知ってるかい?』だ。17分に及ぶこのメキシコオリンピック200m表彰式で米国籍黒人選手2名が拳を突き上げ、黒人公民権運動の象徴であるブラックパワー・サリュートを行い、差別に抵抗する意思を見せた有名な出来事を「ルポルタージュ」方式に歌い上げた楽曲は、1年間高校で「現代社会」を学ぶよりも、多くの真実を詳細に伝えるであろう、まさに「武器」だ。歌詞の内容は敢えてここでは明かさないから、興味をお持ちになった読者諸氏はぜひ、中川さんのCD購入をお勧めする。

ただ、残念ながら、『ピーター・ノーマンを知ってるかい?』はCD未収録だが、中川さんの公式サイトによれば、次のURLから視聴できる。https://youtu.be/6LFg1iU6hjo

中川さんの歌は「みんな」が主語にはならない。だから世界に疑問や、怒りをぶつける楽曲でも「みんなで○○しよう」とはならない。ほぼ主語は「ひとり」、「あなた」、「わたし」要するに「個人」だ。ここがともすると一時の恍惚間に陥りやすい、安易な楽曲との違いだろう。聞き手を震わせるが「みんなで○○しよう」という「逃げ」を許さないから、震えながらも聞き手は、おっとりしていられない。厳しくも優しい、精鋭的でありおおらかな享受することが貴重な世界だ。

この日会場を訪れた人は全員、満足していたに違いない。


◎[参考動画]ピーター・ノーマンを知ってるかい(kazuma kuga 2018/07/24公開)

中川五郎さんHP GORO NAKAGAWA FOLK SINGER 

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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