「おい、田所! ○○はもうダメらしい」
「ダメってどういう意味ですか。きのう卒業したばかりでしょ?」
「ビルから飛び降りて今病院に収容されている。親御さんから連絡があったらしい」

同じ部署に勤務する先輩からこの言葉を聞いた瞬間に「しまった!迂闊だった」と後悔した。自分の体温が急速に下がるのがわかった。

○○さんは涼しげな表情をしているが、声はNHKのアナウンサーも務まりそうな学生で、彼女が1回生の時から言葉を交わしていた。

大学は卒業式前から入学式後のゴールデンウィークまでが、多忙を極める。わたしが当時配属されていた部署も同様であった。卒業式前の数日は両手で電話の受話器を抱えて会話をすることもあるほどだった。

ただし、そんな多忙が年中続くわけではなく、繁忙期が過ぎれば、比較的仕事の時間は自分でコントロールできた。1日の半分近くを学生との会話に費やしたり、引っ越しする留学生の手伝いに出かけることも珍しくはなかった。わたしの仕事場は狭い部屋ではあったが、一応の応接セットがあり、気が向いた教職員や、学生が訪れてはよもやま話や、悩みを語る場所でもあった。講義の空き時間に、もっぱら昼寝の場所として訪れる学生もいた。学生の話が深刻なときは、他人に聞かれてはまずいので場所を移す。そんな常連のひとりに○○さんがいた。

彼女は頻繁にわたしの仕事場にやってくるので、いつのころからか、持参したマグカップをわたしの仕事場に置いていた(そんな学生は彼女以外にも数名いた)。

○○さんは卒業式の前日、わたしが文字通り飛び回っている最中に、部屋にやってきて、何かを話したそうにしてた。わたしは別の場所から呼び出しがかかっていて、部屋を出る直前だった。たしか、「これ持って帰ります」と聞いたように記憶する。わたしは「急ぐのかい。少し待っとけよ」と言い残して階段を駆け下りた。要件を処理して部屋に戻ったのは半時間後くらいだったろうか。もう○○さんの姿はなかった。その後も息つく暇もない忙しさに追われ、○○さんのことに思いを巡らす余裕はなかった。

あのとき、彼女は単なる卒業という別離ではなく、違う「別れ」の意味をわたしに理解してほしくて、「これ持って帰ります」と言葉をかけたのだ。彼女が入院している病院に見舞いに訪れる前から、そのことには気づき、自分の鈍感さを責めた。仕事の忙しさに、目の前の「命」の危機に気が付かなかった自分。その兆候を充分すぎるほどしっていて、幾度も主治医と相談していたはずのわたしが、どうして、○○さんからのサインを受け止められなかったのか。

あれは何年前だったろうか。ちょうど、松任谷由実のこの曲がラジオから流れていた。

○○さんを車に乗せて下宿まで送ったときにもこの曲は流れていた。「春よ、か…」○○さんはつぶやいた。「春の真っ最中だろうが、大学生は」と不用意な言葉を発したわたしに、○○さんは「田所さん。人生に『春』ってありましたか」といつもにもまして真剣なまなざしが向けられた。「こんなおっさんにあるわけなかろうが」と胡麻化したが、○○さんの視線はまだわたしから離れなかった。

彼女は悩みに悩んでいた。わたしの力では到底解決できない、重たい運命を○○さんは背負っていた。根本をどうにもできないのだから、わたしは表面だけでもなんとかできないものかと、それなりに考えた。○○さんと語った時間も少なくはない。

でも最後に○○さんがわたしにたいして発した、一番大切なシグナルをわたしは受容できなかった。「人間失格だな」とすら思った。が、「そんなに力があるわけでもないよな」とも言い訳した。

「花が散った」と思った。

悔恨の情は今でも忘れられない。わたしと同じような経験をした方々(周辺諸条件は違えども)は、言い出せないがゆえに、語らえないけれども、少なくないに違いない。

この私的経験にはなんの教訓もない。無理やり意味を付与すれば、人生には時として、「どうにもならない」ことがあるのだ、ということくらいか。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

明日発売!月刊『紙の爆弾』2019年2月号 [特集]〈ポスト平成〉に何を変えるか

田所敏夫『大暗黒時代の大学──消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社LIBRARY 007)

 

◆ダウンタウン・吉本のお家芸「行政の太鼓持ち」

11月23日深夜、新たな「税金の無駄遣い」の決定をうけ、「ダウンタウン」の2人が下記のようにコメントしたそうだ。

〈ダウンタウンの浜田雅功(55)、松本人志(55)は2017年から大阪万博誘致アンバサダーを務めている。大阪・御堂筋で開催される大イベント「御堂筋ランウェイ」に2年連続で出演するなど、万博誘致を懸命にPR。今回の開催地決定で、2年間の努力が実を結んだ。2人はこの日、所属事務所を通じてコメント。
松本「素晴らしい! 皆さまの地道な努力の結果だと思います。ダウンタウンは何もしておりません 特に浜田(笑)」
浜田「素晴らしい! 皆さまの地道な努力の結果だと思います。ダウンタウンは何もしておりません 特に松本(笑)」〉(2018年11月24日付けサンケイスポーツ)

行政のお先棒を担ぐような役回りを平然とこなす神経は、実によくわかる。「ダウンタウン」にはデビュー以来一度として「笑い」をもらったことがない。彼らの芸は、誰かを貶める、あるいは威張るか迎合する。パターンはいつも同じだ。生前横山やすしに「漫才師やから何をしゃべってもいいねんけれども、笑いの中に『良質な笑い』と『悪質な笑い』があるわけだ。あんたら二人は『悪質な笑い』やねん。テレビ出るような漫才とちゃうやんか。お父さんけなしたり、自分らは新しいネタやと思うてるかもしれんけど、正味こんなんイモのネタやんか」と看破された本質は、1982年からなんらかわっていない。


◎[参考動画]1982年末の『ザ・テレビ演芸』(制作=テレビ朝日)

明石家さんま、北野武、ダウンタウン、とんねるず、ウッチャンナンチャンなど「全然おもしろくないお笑いタレント」が師匠ズラをして、より小物のひな壇芸人しか育たない。岡八郎や花木京、人生行路が生きていたら、かれらもおそらく「大阪万博」に乗っかるだろう。でもダウンタウンほどの破廉恥さは見せないに違いない。横山やすしが、言いえて妙なダウンタウンの本質を突いている。岡八郎や花木京は腹巻をして吉本新喜劇の舞台に登場して、誰を見下げるわけでなく「え?なに」の一言で観客から笑いが取れた。所詮芸人としてのレベルが違いすぎるのだろう。

西川きよしは大阪万博を決定を喜ぶコメントを発している。国会議員もそつなくこなし、順風満帆の西川きよしらしい態度だ。ここが西川きよしと横山やすしのまったく違うところだろう。横山やすしのような人格は、仮にトラブルやアルコール依存症がなかったとしても、今日のような「管理社会」では受け入れられるキャラクターではなかっただろう。

漫才ブームまで、関西の漫才が全国区で放送されることはそうあることではなく、吉本興業が東京に進出しても、当初は苦戦を強いられていた。大阪のどぎつい笑いは東京では受け入れらにくかったのだ。しかし、マーケットは広げたい。吉本興業を中心とするお笑い芸人が選択したのは、笑い質の転換である。東京を中心とする全国で通じる、視聴者に迎合した笑い。そこに彼らはターゲットを合わせてゆく。

 

◆古臭い集権政治の再現でしかない大阪地域ファシズム

地方分権だなんかといいながら、政治の世界で起こっていることも同様だ。石原慎太郎や、神奈川で先に火が付いた地域ファシズムを、大阪は橋下徹によって後追いする。何も新しくない。橋下が主張したのは「ヒト・モノ・カネを大阪に集め」との古臭い、集権政治の再現に過ぎない。その延長線上に愚の骨頂もいいところの「大阪万博」などを発想し、「東京五輪」の5年後に開催するなど、半世紀前の利権構造を同じようにたどっているだけだ。

こういう、的外れで体たらくな行政を許しているから、大阪の文化的地盤沈下には際限がないのだ。大阪と東京にはかつて、対立意識や概念が存在した。しかし今やそんなものはどこにもない。大阪人の計算高さを東京の企業も内面化し、東京人の「ええかっこっしい」を大阪人も恥じることなく真似ている。笑わせてくれる芸人の出現を求めるのが無理な文化状況は、そうやって形成されているのだ。

なにが「万国博覧会」だ。馬鹿もたいがいにしろ! まだ海外旅行が夢の世界で、「外国」が庶民にとっては、実際の距離以上に遠かった1970年と、ネットに向かえば瞬時に世界と対話できる、LCCを利用すれば数万円で地球の裏側に行ける時代の違いくらいは、誰にでもわかるだろう。

いや違った。その違いすら分からないから、きょうもダウンタウンが偉そうに、面白くもない姿をさらしているのだ。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

『ダウンタウン 浜ちゃん松ちゃんごっつええ話』

月刊『紙の爆弾』12月号 来夏参院選敗北で政権崩壊 安倍「全員地雷内閣」

一年の締めの九州場所は、場所の直前に貴ノ岩関が民事公訴を取り下げることで順風万帆の幕開けと思われたが、唯一の日本人横綱・稀瀬里の4連敗休場で盛り上がりを欠いている。白鵬と鶴竜、そして稀瀬里が休場することで、横綱不在の場所となってしまったのだ。元貴乃花部屋力士では、貴ノ岩はいまいちだが、貴景勝が好調だ。このうえは実力伯仲の若手力士がしのぎを削り、万全ではない大関陣を巻き込んだ優勝争いを繰り広げて欲しいものだ。

◆第三者委員会による報告書

ところで、もう先月のことになるが、日本相撲協会が設置した暴力問題再発防止検討委員会が発表した最終報告書には、驚愕の事実が記されていた。この再発防止検討委員会は相撲協会からは独立した第三者委員会である。委員会によると、昨年秋の鳥取巡業での事件の概要が、関係力士たちの証言とともに明らかにされているのでレポートしておこう。

事件が起きたのは、鳥取城北高校の校長の呼びかけによるものだったが、同校のアンバサダーを務める白鵬に、同行とは無関係の日馬富士と鶴竜も同行することで、モンゴル勢の集りになった。やはり最初にモンゴル語で貴ノ岩に説教をはじめたのは白鵬だった。初場所で白鵬に勝った貴ノ岩が「これからは俺たちの時代」と発言していたことに腹を立てての説教である。この段階では、日馬富士が貴ノ岩をかばっていた。

ラウンジでの二次会になってから、白鵬は照ノ富士に対しても日頃の言動をあげつらう。ついには照ノ富士が土下座を強要される事態となった。強要罪は、それを行なったのが暴力団組員なら、即刻逮捕される事件である。白鵬の説教が一段落したと思った貴ノ岩がスマホをいじったところ、日馬富士が「おまえ、大横綱が話をしているのに!」と激昂したのは既報のとおりだ。ここから1.56キログラムのカラオケリモコンで頭部を殴打し、あの無惨な頭部裂傷がもたらされたのだ。

◆白鵬による暴力の是認が明らかに

深刻なのは、事件のきっかけを作った白鵬が何ら反省をしていないことだ。危機管理委員会の事情聴取にさいして、白鵬が「今回の事件は、あえて愛の鞭と呼びたい」と発言していたことだ。ようするに横綱による暴力の是認が明らかなうえに、相撲協会がそれに何らの斯道も行なえず、放置している現状が報告書にまとめられているのだ。最終報告書は「横綱在位が長期に亘ってくると、初心を忘れ、自己の地位に関する過信から相撲道に悖(もと)る言動が頻発した例が、遺憾ながら観察された」としている。

いや、そればかりではない。報告書は大相撲が直面している深刻な事態を結論としているのだ、

 

貴乃花光司『生きざま 私と相撲、激闘四十年のすべて』ポプラ社2012年

◆モンゴル互助会の存在は、貴乃花氏の正しさを立証した

報告書はこう云っている。「相撲部屋に所属力士が、当該部屋以外の別組織との関係において緊密な関係があって別組織の指示・指導等によって行動しなければならないような関係が生じてくると、当該力士は、二律背反の関係が生まれるなど難しい立場に置かれることになり、本来的に期待される行動が取れなくなる危険がある」というのだ。

まわりくどい言い方をしているが、この「別組織」とはモンゴル人力士の集まり、すなわちモンゴル互助会にほかならない。鳥取事件を生起させたモンゴル人力士の集りが、八百長を発生させる危険があると、報告書は指摘しているのだ。繰り返すが、暴力問題再発防止検討委員会第三者委員会である。

事実関係をつかんでいるからこそ、ここまで踏み込んだ報告になったのであろう。まさにこれこそ、元貴乃花親方が危惧していたモンゴル互助会、もはやモンゴル部屋と言うべき実態ではないか。相撲協会が頭を悩ませてきたいわゆる「貴乃花問題」とは、相撲協会にはびこる八百長を告発し、その改革に積極的だった元貴乃花親方の闘いにほかならない。

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)

著述業・雑誌編集者。主な著書に『軍師・黒田官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)、『真田一族のナゾ!』『山口組と戦国大名』(サイゾー)など。医療分野の著作も多く、近著は『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

月刊『紙の爆弾』12月号 来夏参院選敗北で政権崩壊 安倍「全員地雷内閣」

横山茂彦『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

 

11月11日、同志社大学良心館107号教室で、同志社学友会倶楽部主催、ミュージシャン中川五郎さんによるトーク&ライブ「しっかりしろよ、日本人。」が行われた。同志社大学学友会倶楽部は、学生時代に同志社大学で学友会(自治会)に関わっていたり、関心のあった方々による団体だ。中川さんは同志社大学文学部社会学科新聞学専攻に合格するも、高校時代からフォークソングの世界では既に名をはせていたので、「同志社大学で鶴見俊輔さんからジャーナリズムを学ぼうと思いましたが、大学に入学したら、大学に行くよりも歌いに行くことの方が多くなって、結局やめてしまいました」とご本人が語られたように、同志社大学を中退されている。

11日は鹿砦社代表もメンバーである、同志社大学学友会倶楽部の面々が午前10時に集合し、会場設営やイベント告知のチラシを学内各所で配布した。この日は同志社大学の「ホームカミングデー」でもあり、キャンパスはOB・OGが多数訪れていた。このイベントは6回目で、私もここ数年お手伝いさせていただき、例年通りチラシを配った。中川さんは有名人でもあり、講演だけではなくライブも聞けるとあって、チラシを受け取った人の感触は良かった。

◆中川五郎さんとボブ・ディラン──つながりの片桐ユズルさん、中山容さん、中尾ハジメさん

会場設営を終え、中川さんが到着し、簡単な打ち合わせ後、一同は学生食堂で早い昼食をとった。中川さんの歌は何度も聞いているし、文章もかなり読んでいたけども、ご本人にお会いするのは初めてであったので、昼食を食べながら、お話をさせて頂いた。

中川さんがボブ・ディランに影響を受け、関連の著作や文章をたくさん書いておられるので、「片桐ユズルさんとはお親しいですか」とお尋ねしたところ、「はいはい、ずーっと親しくして、今でも仲良しですよ」と笑顔が浮かんだ。私が不勉強なだけで、実は中川さんにとって、片桐ユズルさんは英語やフォークソングの先生でもあったことを、ライブのなかで遅まきながら知ることになる。

「中山容さんは?」、「もちろん、仲良しでした」、「中尾ハジメさんもお知り合いですね」、「はいはい」というわけで、私がかつてお世話になった職場に在籍していた、個性的な教員たちはみんな極めて親しいかたばかりであることがわかった。

 

◆語りでもなく抒情的な「歌」だけでもなく

13時開始予定の広い教室には、12時を過ぎると早くも、聴衆が集まり始めた。13時をやや過ぎて、主催者挨拶のあと、さっそくトーク&ライブが始まった。中川さんは「僕はあんまりしゃべるのが得意じゃないので」と切り出したが、前後半に分かれた、前半の1時間余りはほとんどを語りに費やした。中川さんはフォークソングを単なる音楽の1ジャンルとしてではなく、語りでもなく抒情的な「歌」だけでもない、「新しい表現方法」だと感じたといい、それまで主流だった恋愛や風景、望郷をうたうだけではなく、「時代」や「その時に考えること」を伝える魅力を見い出した、と語った。

そして60年代終盤に突然火が付いた「関西フォーク」(この呼び名は「あんまり好きじゃない」と言われていた)は、路上や街角で「時代」を歌う「フォークゲリラ」として、社会現象化し、やがて、東京を中心とする関東にも広がってゆく。「新宿フォークゲリラ」は有名だが、あの発信地は大阪や京都だった。

ところが70年代に入ると、再び抒情的な歌を歌う「歌い手」と、それに気聞きほれる「聞き手」の関係が再現してくる。「お風呂屋さんの前で待っている」(笑)ようなフォークソングが再び主流となり、中川さんら「歌うものと聞くものが一体となり、そこから何かが動き出す」フォークソングは一見下火になる。しかし同時代性を歌うフォークソングは死滅したわけではなく、現に中川さんはこの日、同志社大学に「約40年ぶり」に戻ったにもかかわらず、会場には150名以上の聴衆が詰めかけた。

 

◆女性の権利、原発、被ばく、東京五輪、横須賀米軍基地、上関原発、辺野古基地、ガザ……

前半は高石ともやの作品としてヒットした『受験生ブルース』の原曲(『受験生ブルース』は中川さんがボブ・ディランの楽曲の替え歌として編み出したものを、高石ともやが「拝借」し、歌詞もメロディーもかなり作り変えて世に出ている)、新しいバージョンの日本語による「We shall overcome」など3曲を披露するにとどまった。その代わりに来場者は「日本におけるフォークソング史」を濃密に当事者から聞くことができる貴重な機会を得た。

休憩をはさんで後半は、一転して猛烈なライブとなった。時に現役同志社大学生(といっても20代の学生さんではないが)が奏でるマンドリンとのコラボレーションなどもあり、6曲を歌い上げた。

後半最初の曲紹介は「僕は、当時神戸の短大で先生をしていた片桐ユズルさんという人に社会のことや英語やべ平連のことやフォークを教わって、その片桐さんが書いた詩にメロディーをつけたのがこの曲です」で幕を開けたのが『普通の女の子に』だった。

そのあと女性の権利、原発、被ばく、東京五輪、横須賀米軍基地、上関原発、辺野古基地、ガザなどなど日本中、世界中の矛盾・問題をこれでもか、これでもかと歌い上げる。コード進行が奇抜なわけでも、テクニックに活路を求めてもいない(もちろんテクニックが最上級であることは言うまでもないが)、総体としての「表現」としてのフォークソングは、聴取を圧倒する。

 

ピーター・ノーマン(写真左)。白人ながらも金と銅の黒人選手二人の行動を支持し、同じ表彰台で「人権を求めるオリンピック・プロジェクト(OPHR)」のバッジを着けた

◆圧巻の『ピーター・ノーマンを知ってるかい?』

中でも圧巻は、『ピーター・ノーマンを知ってるかい?』だ。17分に及ぶこのメキシコオリンピック200m表彰式で米国籍黒人選手2名が拳を突き上げ、黒人公民権運動の象徴であるブラックパワー・サリュートを行い、差別に抵抗する意思を見せた有名な出来事を「ルポルタージュ」方式に歌い上げた楽曲は、1年間高校で「現代社会」を学ぶよりも、多くの真実を詳細に伝えるであろう、まさに「武器」だ。歌詞の内容は敢えてここでは明かさないから、興味をお持ちになった読者諸氏はぜひ、中川さんのCD購入をお勧めする。

ただ、残念ながら、『ピーター・ノーマンを知ってるかい?』はCD未収録だが、中川さんの公式サイトによれば、次のURLから視聴できる。https://youtu.be/6LFg1iU6hjo

中川さんの歌は「みんな」が主語にはならない。だから世界に疑問や、怒りをぶつける楽曲でも「みんなで○○しよう」とはならない。ほぼ主語は「ひとり」、「あなた」、「わたし」要するに「個人」だ。ここがともすると一時の恍惚間に陥りやすい、安易な楽曲との違いだろう。聞き手を震わせるが「みんなで○○しよう」という「逃げ」を許さないから、震えながらも聞き手は、おっとりしていられない。厳しくも優しい、精鋭的でありおおらかな享受することが貴重な世界だ。

この日会場を訪れた人は全員、満足していたに違いない。


◎[参考動画]ピーター・ノーマンを知ってるかい(kazuma kuga 2018/07/24公開)

中川五郎さんHP GORO NAKAGAWA FOLK SINGER 

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

月刊『紙の爆弾』12月号 来夏参院選敗北で政権崩壊 安倍「全員地雷内閣」

『NO NUKES voice』Vol.17 被曝・復興・事故収束 ── 安倍五輪政権と〈福島〉の真実

 

星野陽平『芸能人に投資は必要か? アイドル奴隷契約の実態』(10月26日発売)

著者の星野陽平氏は学生時代から知っている。といっても、わたしは星野氏よりもふた回りほど年上で、早稲田大学の学生サークルに請われて部室に出入りしていた関係でおそらく一方的に、そこに知己のあった氏を知ったということになる。

そのサークルからは、歌舞伎町やアジア系犯罪組織などの本を著し、編集プロダクションを立ち上げたO氏、『噂の真相』でデビューしたフリーライターのO・K氏、作品社の取締役編集者となったF氏、ほかにも業界紙記者や出版社の女性編集者など、いまにして思えば錚々たる人材を輩出したことになる。

当時すでに何冊かの著者があり、総合誌の編集者、出版プロデューサーだったわたしは、ひそかに彼らの「師」を任じていた。ちょうど『アウトロー・ジャパン』(太田出版)を立ち上げる直前のことだったが、星野氏についてはほとんどコンタクトがなく、のちに市場系の本を著したことで記憶が喚起された記憶がある。

鹿砦社から刊行された『芸能人はなぜ干されるのか? 芸能界独占禁止法違反』は、版を重ねて準ベストセラーと呼ばれるにふさわしい内容を擁していた。アマゾンを見れば旧版・新版ともに、高評値のレビューがそれを裏付けている。その続編ともいうべき新刊が『芸能人に投資は必要か? アイドル奴隷契約の実態』(鹿砦社)である。

◆日本の芸能界の構造的な弱点 

上條英男氏の『BOSS』がプロデューサーの側からみた芸能界の歴史であれば、星野氏の芸能本はノンフィクションライターが膨大な資料を背景に書き上げた、芸能界のドキュメンタリーということになる。

前著とともに、堅実な作業の積みかさねがなさしめた仕事である。日本の芸能界の問題点は星野氏が強調するとおり、アメリカのショービジネスとの対比に明らかである。すなわち、日本では音楽事務所協会の「統一契約書」によって肖像権(パブリシティ権)や出演を選択する権利が、芸能事務所に帰属することになっている。そこで「奴隷契約」に縛られたタレントたちは独立をめざすのだ。それはしかし、タレントを食い扶持にしている事務所が許してくれない。

アメリカでは俳優の労働組合が1913年に設立され、劇場に対して何度もストライキを積み重ねることで労働条件の改善がはかられてきた。組合はユニオンショップであり、強力な発言権をもっている。しかもタレント・エージェンシー(芸能プロ)は反トラスト法の規制で、制作業務を行なうのを禁じられている。したがって、芸能プロが俳優や歌手を抱え込んで、番組制作まで仕切ることはできないのだ。単なる営業代理店ということになる。

◆このままでは、本格的なショービジネスは育たない

著者の調べによると、アメリカではタレントと芸能事務所(タレント・エージェンシー)の関係は対等であるという。そしてアメリカの芸能事務所は、そもそもタレントに投資をしないのだ。しばらく前にNHKで放送されていたアクターズ・スクールのような、アクティング・スタジオ(俳優養成学校)がタレントを育てる。タレント(俳優)志望者たちは、ここでスキルを磨きながらエージェントをさがす。ちょうど大リーグにおけるエージェント(代理人)をイメージすればいいのだろうか。エージェントはモデル、コマーシャル、演劇の三つに区分される。

とはいえ、演劇ジャンルでは高度な演技力がもとめられるために、ハリウッドでもエージェントを持てない俳優が多いのだという。そこでオーディションが大きな位置を占めてくる。日本でも大きなプロジェクト(予算規模の大きな映画など)ではオーディションが行なわれているが、実態は芸能事務所の力関係によるところが大きいと言う(独立系の俳優の話)。

じっさいに、筆者はVシネマの脚本を手がけた経験があるが、小さな芸能事務所の売り込みはすさまじい。ギャラの未払いも気にせずに、何の実権もない脚本家に売り込んでくる。それはしかし、ほとんど意味がなかった。キャスティングの大半は、配給元の東映やミュージアムに、箱書き(あらすじ)段階から握られていたのだから。

◆生々しいタレント稼業の実態

日米のタレントの境遇の違いは、そのままショービジネスの規模の違いに反映される。日本のように芸能事務所が「奴隷契約」でタレントを縛り、テレビ局と事務所間の力関係や政治力で配役が決まるという馴れ合いでは、真のアーティスト精神は生まれない。作品のために厳しい役づくりに取り組み、まさに「当たり役」という奇跡を演じるのは、タレント(才能)ではなく努力であろう。その努力を、日本の芸能界は必要としないのだ。

いっぽうで、独立して厳しい条件からでも再出発しようとするタレントを、テレビ局と芸能事務所が「干す」という行為に出る現実がある。本書はその意味では、芸能人の残酷物語の第二幕でもある。

もはや論じるよりも内容を列挙しておこう。本書のタイトルとは別ものである。安室奈美恵の独立騒動、江角マキコ独立後の「暴露報道」、ビートたけし独立事件の裏側、安西マリア失踪事件の真相、ちあきなおみの芸能界への失望、中森明菜の独立悲話、加勢大周の芸名騒動、ホリプロからの独立した石川さゆりの演歌力、松田聖子性悪女説は音事協の陰謀である、などなど。どうです、すぐにも読みたくなったでしょ?

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)
編集者・著述業・Vシネマの脚本など。著書に『山口組と戦国大名』(サイゾー)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社)など多数。

奴隷契約、独立妨害とトラブル、暴力団との関係とブラックな世界―著者は公正取引委員会で講演、その報告書で著者の意見を認め、芸能界独占禁止法違反を明記!芸能界の闇を照らす渾身の書!

芸能界の歪んだ「仕組み」を解き明かす!『増補新板 芸能人はなぜ干されるのか? 芸能界独占禁止法違反』在庫僅少お早めに!

月刊『紙の爆弾』12月号 来夏参院選敗北で政権崩壊 安倍「全員地雷内閣」

 

上條英男『BOSS 一匹狼マネージャー50年の闘い』

西城秀樹をはじめ、日活ポルノ女優の田中真理、青春スター吉沢京子、安西マリア、カルメン・マキ、舘ひろし、浅田美代子、川島なお美など、多くのスターと歌手を発掘してきた上条英男の自伝が、この『BOSS』である。われわれも名前をよく知る芸能人たちの、素の顔がひもとかれる。そんな覗き見をする興味と共扼しながら、読みやすい語り口にも助けられて3時間ほどで読み通してしまった。著者の語り口をとおして、芸能界を身近に感じる本だと紹介しておこう。

◆発掘されるスターのカッコ悪さと神話化

この種の本、といっても類書がそれほど多いわけではないが、興味ぶかいのはスターが発掘されるその瞬間であろう。西城秀樹は広島の地元ですでにロック系、ジャズ系のバンドを経験していたことは知られているが、家出同然で東京(原宿)に出てきてからの話は初めて知った。

それなりにアーティスト志向だったはずの秀樹が、徹底的に田舎少年として紹介されている。著者が描写するところはすこぶるカッコ悪いが、真実なのかもしれない。とくに反対する両親に対して、秀樹の姉が説得したことはあまり知られていないのではないか。秀樹の姉は、某大物ヤクザの姐さんとして斯道界に知られるひとだ。秀樹の父親が、彼がブレークしてからは、自宅では芸能パパ的に振る舞ったことは書かれていない。

スターがブレークした後のマネージャーと事務所の軋轢は、読む者を不快にするほど型どおりの醜さである。それにしても、敏腕スカウト(マネージャー)への手切れ金が100万円とは情けなさすぎる。


◎[参考動画]西城秀樹「傷だらけのローラ」(1974年)

舘ひろしが硬派暴走族だったというのは、かなり盛られた話だというのが定説だが、チームに岩城滉一がいたのだから伝説が成立するのもやむをえないところだろう。いまはどうなのかは知らないが、かつての不良青年青少女は芸能界でブレークするのが、ツッパリの延長にあった。ツッパルぐらいでなければ、野心は実現できないというべきであろう。かの関東連合ですら、芸能界入りを展望していたという。

悪い出会いもあるところが、本書の圧巻である。吉沢京子の名前が出れば、いま還暦以上の読者諸賢にとっては、甘酸っぱい記憶がドーパミンを分泌させるのではないだろうか。その吉沢京子を二股をかけて傷つけたのが、当時は公然と付き合っていたはずの松平健だったという。なんと同棲状態だった松平の部屋で、吉沢は彼の浮気のベッドを目撃してしまうのだ。いまも清純派の吉沢の涙を思うだに、松平の卑劣は上條ならずとも怒りが納まらない。

その松平健は大地真央との離婚後に、再婚した松本友里をも自殺に追い込む。著者は「私が死ぬまでにどこかで公にしたかったので、まさに今は溜飲が下がる思いである」と、そのくだりを締めている。テレビドラマでの松平健の正義漢ぶりはしたがって、まったくの演技ということになる。人は見かけによらぬものだ。


◎[参考動画]吉沢京子 「恋をするとき」(1971年)

◆「芸能プロ」と書いて「芸能ゴロ」ではなかったのか

筆者のように、芸能界に明るくない者にとって、60年代から70年代の芸能プロの構造変化は、わかりやすかった。渡辺プロといえば「ナベプロ抜きに歌謡番組は成立しない」とまで言われた芸能王国だったが、その牙城を崩したのは「スター誕生」をはじめとするコンテスト系の公募イベントだった。

爾後、堀プロ、周防郁雄(バーニング)、田辺エージェンシー、オスカープロモーション、太田プロという具合に芸能プロが林立して覇を競い合う。ジャニー喜多川との掛け合いのような関係も興味ぶかい。外から描けば、「芸能ゴロ」と呼ばれることが多い面々だが、著者が内側から書くことによって素顔に触れられる気がした。


◎[参考動画]安西マリア「涙の太陽」(1973年)

ところで著者は77歳にして現役のマネージャーにして、スタジオで歌唱指導するプロデューサーである。ひとりの歌手にかける夢、売ってナンボのステージ興業(古いか)、裏切りや出し抜きがふつうの芸能界で、いまも歌い手にエンターテイメントを仮託する姿は清新でうつくしい。


◎[参考動画]Flower Travellin’ Band(ジョー山中)「Anywhere」(1970年)

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)
 編集者・著述業・Vシネマの脚本など。著書に『山口組と戦国大名』(サイゾー)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社)など多数。

上條英男『BOSS 一匹狼マネージャー50年の闘い』西城秀樹、ジョー山中、舘ひろし、小山ルミ、ゴールデン・ハーフ……。「伝説のマネージャー」だけが知る日本の「音楽」と「芸能界」

本日発売!月刊『紙の爆弾』12月号 来夏参院選敗北で政権崩壊 安倍「全員地雷内閣」

 

実行委員長の山田高広さん

「残念だったですね」、「せっかくやったのにね。台風じゃ仕方ないわ」異口同音に台風24号の直撃を受けた九州・熊本で9月30日に開催が予定されていた「琉球の風 島から島へ FINAL」の中止を惜しむ声が聞こえた。

実行委員会ではギリギリのタイミングまで開催の可否の判断を待ち、いったんは「開催」をアナウンスするも、諸般の事情から直後に「中止」を決断した。実行委員長の山田高広さんは「きつかったですよ、本当に」と「中止」決断に至るご苦労が並大抵ではなかったことを語っておられた。

「琉球の風」には沖縄在住のミュージシャンと、本州はじめ熊本から見れば、北の方向からやってくるミュージシャンたちも参加する。沖縄から参加するミュージシャンたちはすでに9月27日から熊本入りしており、30日を迎えたが、他の地域から参加予定のミュージシャンたちには28日に「中止」決定が伝えられた。

本来であれば「打ち上げ」の場となるはずの熊本市内某所で、9月30日夕刻に関係者だけの「ミニ琉球の風」が開かれた。例年は本番のステージで活躍したミュージシャンのほとんどが参加するので、スタッフの方々の中には打ち上げに参加できない方もいるが、今年は多くの関係者スタッフの皆さんが会場を埋めた。

知名定男さんを囲んで

打ち上げというには本格的な「ミニ琉球の風」。本番で司会の予定だったはミーチュウさんと岩清水愛さんが揃い、「それでは第10回琉球の風をただいまから行います!」と元気の良い開会宣言からはじまった。この日はネーネーズ、新良幸人、島袋優、下地イサム、知名定男さんらがソロやセッションを繰り広げた。

中止になろうが、なるまいが、今年是非この人にお話を聞きたい、と事前から私的には期待していた人がいる。BEGINの島袋優さんだ。島袋さんはBEGINとしての活躍はもちろん、他のミュージシャンに楽曲を提供したり、例年「琉球の風」では大物であるにもかかわらず、気楽に誰とでもセッションに応じていた。ベテランなのにステージ上でのMCはどこかシャイで、偉そうにするところが全くない(実は酔っているためだったのではないかとも思われるが……)。

─────────────────────────────────────────────

 

BIGINの島袋優さん

島袋優さんにお話を伺った。

── 「琉球の風」に島袋さんは何回出演していただいたのでしょうか?

島袋 何回でしょかね。細かいことは覚えていないんですけど、BEGINで2回でて、それ以外に数回出ているのでたぶん5回くらいじゃないでしょうか。

── 27日から来られて、きょうはあいにくステージは中止でしたけれども、他のミュージシャンの方と数日間過ごされて、どんなことを感じていらっしゃいますか。

島袋 きょうはできなかったけど、俺が大尊敬する定男さん。しかもちょっとキュートな知名定男に「優、お前俺がこういうことを企画しているからやれ」っていわれて、それから始まったんです。中止になっても定男さんと亡き東濱さんと山田さん(実行委員長)の気持ちが絶対に残っているんですよ。こうやって飲んでで僕らいいんだろうか、とも思うんですけど、じゃないとダメだなと思ったんですよ。初日から定男さんと飲み、2日目はキヨサク(MONGOL800)と飲み、みたいな。イベントが無くなったのは凄く残念です。とくにお客さんに対して申し訳ない。でもうまく言えないんですけど「なにかもう一回お前たち考えろ」って言ってくれてるのかもな、という気はなんとなくしています。俺たちは知名定男さんっていう大先輩に甘えていて。それを「もう少し楽させてあげろや」って言われているのかなとか、いろんなことを考えますね。でもね、正直なことを言ったら多くを語れません。俺は付いていくだけです。熊本の皆さんの沖縄の音楽に対する熱意とかは、年々感じていました。だから仲良くなっていくしこうやって毎年熊本で「琉球の風」という名前でやってくれているのは凄いと思います。

─────────────────────────────────────────────

 

知名定男さん

お名前が何度も登場した知名定男さんは、昨年大腸がんの手術を受けてからのご参加で、体調もいまひとつ優れないご様子だったが、今年は常に泡盛の入ったグラスを片手に「いやーもう元気になったよ。去年が嘘みたい」とふっくらしたお腹周りが体調の良さを伺わせていた。

ミュージシャンではなくても沖縄には酒に強い人が多い。そして私の知る限り、ミュージシャンの飲み方は豪快である。だから沖縄のミュージシャンの宴はなかなか終わりを迎えはしない。そのためであろうか、あるいは偶然か。30日晴天であれば行われる予定であった「琉球の風」にはたしかに「FINAL」の文字がったが、宴(?)の中では「きょうは残念だった」と皆が口にしたけども「『琉球の風』が終わってしまって残念だ」、「いいイベントだったのにね」と過去形で振り返る言葉を耳にした記憶がない。わたしの勘違いかもしれないが「これで最後」という雰囲気がどこにも感じられなかった。

 

ネーネーズの皆さん

もちろん「FINAL」だったのだから、これで今までの「琉球の風」は終焉を迎える。しかしまた新しい風が琉球から吹いてこないとは限らない。ミュージシャンたちはお世辞ではなく、このイベントを楽しんでいた。島袋優さんのお話にも「これでおしまい」のニュアンスはなかった。

10年も非営利目的でボランタリーに運営にかかわって来られたスタッフの方々には、ただただ頭が下がる思いで、「お疲れ様でした」と申し上げるほかない。けれども「琉球の風」で初めて訪れて出会った熊本の人々の個性豊かさと力強さからは、また何か新しいものが産まれてくるのではないか、との予感を禁じ得ない。

雨天中止で残念ではあったが、それゆえに発見もあった第10回「琉球の風」であった。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

「琉球の風2018 FINAL」幻の記念グッズセットをデジ鹿読者にプレゼントします!

上記写真のエコバッグ(版画=名嘉睦稔、題字=龍一郎、鹿砦社提供)とシート、パンフレットは
毎回「琉球の風」の会場で先着1000名様にプレゼントしている記念グッズセットです。
今回は台風24号接近で無念の開催中止となったため、幻の記念グッズとなりました。
そこでデジタル鹿砦社通信の読者の方々にプレゼントさせていただきます。
ご希望の方は「琉球の風グッズ希望」と明記の上、郵便番号・住所・氏名を記載し、
下記メールアドレスにお申し込みください。
matsuoka@rokusaisha.com
10月10日までにお申し込みの方には全員、送料無料にて発送いたします!
(鹿砦社代表・松岡利康)

第1回~5回までの記録『島唄よ、風になれ!~「琉球の風」と東濱弘憲』特別限定記念版(DVD映像付き)。こちらもぜひご購読お願いいたします。

『くまもと元気ばい新聞』(地元の熊本日日新聞発行)

熊本での島唄野外ライブ「琉球の風」は今年で10回を迎え、しかしこれがラストになります(泣)。

今年も錚々たるアーティストの方々が参集されます。第1回からほぼ常連の宮沢和史さん、島袋優(BEGIN)さん、ロックの大御所・宇崎竜童さん(『沖縄ベイブルース』最高!)、『涙そうそう』の夏川りみさん、私のイチオシ『黄金(こがね)の花』のネーネーズ、きよさくさん(モンパチ)、登場すれば一気に盛り上がるかりゆし58、そして大御所で総合プロデューサーの知名定男さん……わくわくしまっせ! それも午後1時から午後7時過ぎまでの長丁場、値打ちありまっせ!

『琉球の風2018』9月30日(日)フードパル熊本

一部の方はご存知ですが、この「琉球の風」は私の高校の同級生の東濱弘憲君(故人)が、みずからの出自を自覚し開始したものです。

当初は赤字続きで、宇崎竜童さんBEGINらが出演した第3回になってようやく黒字、宇崎さんにささやかな出演料を振り込もうと現実行委員長の山田高広さんが「銀行口座を教えてください」と電話したところ、内情を知る宇崎さんは「教えません」と受け取りを固辞されたといいます。まさにロッカーだね! 宇崎さんは今年も駆けつけてくださいます。

10回まではやりたいという東濱君の遺志で、今年がその10回目を迎えます。残念ながら、諸事情で、今回でラストとなります。若い世代が東濱君、山田さんらの志を継いで持続してくれることを願っています。

ありし日の東濱君(右)と2011年の「琉球の風」会場で

「素朴で純情な人たちよ きれいな目をした人たちよ 黄金(こがね)でその目を汚さないで 黄金の花はいつか散る」(『黄金の花』より)

この歌は、故筑紫哲也氏の『NEWS23』のバックグラウンドミュージックとして使われた(筑紫氏らしい)そうですが、作詞は、森進一が歌いレコード大賞を受賞した『襟裳岬』や、吉田拓郎のヒット曲『旅の宿』などを手掛けた岡本おさみ氏(故人)です。作曲は知名定男さん。かりゆし58の真悟君も、ステージの傍らで聴きながら涙ぐんでいたのを私は見ていますし記録映像にも残っていました。かりゆしの『アンマー』も泣けますけどね。

「琉球の風2018」にぜひ参集し、いろいろあった今年の夏の終わりの一日を楽しく過ごそうではありませんか!

◎『琉球の風2018』HP http://edgeearth.net/ryu9_kaze/
9月30日(日)12:00 開場 / 13:00 開演 フードパル熊本

第1回~5回までの記録『島唄よ、風になれ!~「琉球の風」と東濱弘憲』特別限定記念版(DVD映像付き)。こちらのほうもぜひご購読お願いいたします。会場でも販売します。記念として、書家・龍一郎が即興で揮毫し贈呈いたします。

1年に1日だけ熊本市の一角が沖縄(琉球)になる日がある。ことしで10回目を迎える「琉球の風~島から島へ~」が開催される9月30日だ。そして熊本だけでなく各地からのファンを獲得した「琉球の風」は今年で最終回を迎える。

『琉球の風2018』9月30日(日)フードパル熊本

「10回に何とか到達しようと頑張ってきました。一応これが区切りです。是非皆さんお越しになってください」

実行委員会委員長の山田高広さんの言葉だ。山田さんをはじめ「琉球の風」運営スタッフは全員がボランティアだ。そして、沖縄(琉球)のトップミュージシャンだけでなく、宇崎竜童、宮沢和史といった超豪華メンバーが集う、稀有のイベントも今年が最後だ。

◆「こんなにピースフルな場所はそうないです」(宮沢和史さん)

宮沢和史さん(「琉球の風」2017より)

2008年、故東濱弘憲さんが自分のルーツへの想いを形にするイベントとして第1回の「琉球の風」が開催された。東濱さんは鹿砦社代表の松岡と同級生だったが、第1回が開催されたときに、まだ鹿砦社は「琉球の風」にはかかわっていなかった。その後東濱さんが体調を崩し、「琉球の風」」運営が難しくなるなかで鹿砦社もスポンサーとしてお手伝いさせていただくようになる。

東濱さんが亡くなったあと、「琉球の風」を開催するか、どのように運営するかについては度々関係者のあいだで議論があったという。それはそうだろう。年々知名度は上がり、コンスタントに一流ミュージシャンが参加するとはいえ、運営の母体を担うのは、ほかに正業を持った方ばかりなのだから。

宇崎竜童さん(「琉球の風」2017より)

「琉球の風」は観客にとって、そして参加するミュージシャンにとっては「こんなにピースフルな場所はそうないです」(宮沢和史さん)の言葉に集約されるように、琉球音楽祭典として、楽しみに満ちた場所であるが、その準備に奔走する方々の献身的なご尽力たるや、筆舌に尽くしがたい。

この10年の間には熊本大地震もあり、開催地が被災地になったこともあった。それでも「こんな時だからこそ」と実行委員の皆さんは、みずからが被災しながら、仕事をもちながら「琉球の風」を吹かせ続けた。並大抵の意志ではない。

そして、実は観客だけではなく、参加ミュージシャンがとてつもなく楽しんでいるのが「琉球の風」の特徴だろう。誰もが同じ大部屋の楽屋の中では、オープニング前から笑い声が絶えない。泡盛やビールを注入しながら登場を待つミュージシャンの姿も。

総合プロデューサーの知名定男さん(右)と鹿砦社松岡社長。東濱弘憲さんの遺影とともに(「琉球の風」2017より)

楽屋外、ステージ横テントがプロデューサー知名定男さんの定位置だ。知名さんは必ず東濱さんの遺影を机の上において、テントの下に腰掛けステージに上がるミュージシャンや、演奏を終えたミュージシャンに声をかける。

毎年幕が下りたあとの楽屋では興奮気味に「来年も必ず来ます!」、「初参加でしたが最高でした。沖縄でもこんなに楽しいイベントはないですよ」、「知名さん来年も呼んでください!」と声が飛ぶ。

場所を移しての打ち上げでは深夜に及ぶまでセッションや、これでもか、これでもかと、プロによる出しもの(遊び)が続く。そしてその後もさらなる場所へと流れてゆくミュージシャンたち。本当に心の底から楽しんでいる姿が見ている者にも心地よい。「こんな場所」はたしかに熊本にしかないだろう。

MONGOL800キヨサクさん(「琉球の風」2017より)

東濱さんの名前は「ひがしはま」と日本語では発音されるが、琉球の人たちは「あがりはま」と呼ぶ。ウチナーグチ(琉球語)では「東」は、太陽が上がる方向だから「あがり」で、「西」は太陽が沈む(入る)方向だから「いり」と発語される。「西表島」がどうして「いりおもてじま」なのかと疑問だったが、その謎も「琉球の風」に通う中で解けた。

◆芸術の世界で琉球はもう傍流ではない

BEGIN島袋優さん(「琉球の風」2017より)

琉球音楽は30年ほど前まで、まだ「民族音楽」扱いされる側面があった、とベテランのミュージシャンは口を揃える。その後「島唄」(THE BOOM)、「涙そうそう」(森山良子、楽曲提供はBEGIN)、「島人ぬ宝」(BEGIN)をはじめ、果ては安室奈美恵まで。琉球発の音楽やアーティストと、日本の間には境界線がなくなった(琉球音楽は日本発で世界に広がり受け入れらてさえいる)。芸術の世界で琉球はもう傍流ではない。そして「琉球の風」は東濱さんの想いをおそらくは超えて、日本で最大かつ楽しいイベントとして熊本に根付いた。

かりゆし58前川真悟さん(「琉球の風」2017より)

でも、「風」はどこからか吹いてきて、流れ去ってゆくものだ。無責任な観客のひとりとしては、このまま毎年「琉球の風」を続けて欲しいと正直念願するが、運営を担う方々のご苦労を知るにつけ、今年がファイナルである現実は受け入れざるを得ない。みなさん充分すぎるほど、たくさんの人たちを楽しませてくださった。熊本のひとの心意気には心底頭が下がる。

9・30フードパル熊本は、今年がファイナルであることを知っている観客が押しかけるだろう。第一回から参加しているミュージシャンも少なくない。彼らの「琉球の風」へ寄せる想いは並ではない。きっと9・30熊本の空は晴れ上がり、会場には歓喜の笑顔があふれるだろう。チケット販売や詳細は公式サイトでご確認頂きたい。

◎『琉球の風2018』HP http://edgeearth.net/ryu9_kaze/
9月30日(日)12:00 開場 / 13:00 開演 フードパル熊本

熊本に「琉球の風」が最後に吹く、今年。きっと何かが起こるだろう。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

『島唄よ、風になれ! 「琉球の風」と東濱弘憲』特別限定保存版(「琉球の風」実行委員会=編)

〈風にたなびくあの旗に 古よりはためく旗に
意味もなく懐かしくなり こみ上げるこの気持ちはなに

胸に手をあて見上げれば 高鳴る血潮、誇り高く
この身体に流れゆくは 気高きこの御国の御霊

さぁいざゆかん 日出づる国の 御名の下に

どれだけ強き風吹けど 遥か高き波がくれど
僕らの燃ゆる御霊は 挫けなどしない

胸に優しき母の声 背中に強き父の教え
受け継がれし歴史を手に 恐れるものがあるだろうか

ひと時とて忘れやしない 帰るべきあなたのことを
たとえこの身が滅ぶとて 幾々千代に さぁ咲き誇れ

さぁいざゆかん 守るべきものが 今はある

どれだけ強き風吹けど 遥か高き波がくれど
僕らの沸る決意は 揺らぎなどしない

どれだけ強き風吹けど 遥か高き波がくれど

僕らの燃ゆる御霊は 挫けなどしない

僕らの沸る決意は 揺らぎなどしない〉

 

RADWIMPS『カタルシスト』

別段驚きもしない。むしろ「やっぱりそうだったか」という程度。くしゃみが出る前、鼻のなかで痒いような、くすぐったいような不快さに似たような感覚とでも言おうか。

読者諸氏はご存じであろうけども、上に紹介した私からすれば「頭が修正不能にどうかした」人間の錯乱。“時代錯誤”な言葉の羅列ではあるが、同時に“時代の先端感覚”であることもまた確かである心情の吐露は、RADWIMPSが、「HINOMARU」とズバリの名を冠して作詞、作曲したものだ。正確には同グループの野田洋次郎の手になる楽曲である。

私はもうかなり前だが、若い友人がRADWIMPSのファンで、熱くその素晴らしさを語ってくれたうえで、何曲かを聞かせてもらったことがあった。「あ、また、この手の奴らか……」と内心はちょっと不快ではあったけれども、若い友人には悪いので「ふんふん」と聞いていた。ただ「野田君は帰国子女で慶応にもいってすごいんだよ」と持ち上げるので「『帰国子女』と今は言わないよ。『帰国学生』ね。それから『帰国学生』みんなが優れているというのは、誤解だよ」とだけ話した記憶がある。

若者から広い支持を受けているRADWIMPS。彼らの楽曲数曲を聞いただけ、どうして直感的に私は気持ち悪かったのであろうか。あえて同類の経験を挙げれば、その昔X-JAPANというバンドに同じような気持ち悪さを感じたことがあったことを思い出す。

かといって私はRADWIMPSもX-JAPANも楽曲をろくに聞いたことがない。というより聞きたくない。優れた音楽性を持っているのであろうが、彼ら(RADWIMPSとX-JAPANは音楽に詳しい人には全然異なるグループであるのだろうけども)の楽曲からは、「ベールに隠された国家のようなもの」を直感してしまうのだ。そしてそれはRADWIMPSを熱心に聞く若者たちへの私の不安にも共通しているように思う。

映画「君の名は」が少し前に大ヒットした。観に行こうかな、と思った。知人にストーリーを聞き「音楽がハイテンポのRADWIMPSで良かった」と聞いて観る気がなくなった。実はそれくらいに私はRADWIMPSを無意識に嫌悪していた。X-JAPANも同様だった。当時仲の良かった私より年上の韓国からの留学生が「X-JAPANは凄いわ。いっぺん聴いてみ」と言ってくれたので、貸してもらったCDを車の中で聴こうとしたが、10分持たなかった(その後X-JAPANのYOSHIKIが「平成天皇在位10年の祝賀行事」に招かれる)。何かが気持ち悪いのだ。

そんな中6月26日、RADWIMPSのコンサートが神戸で行われるので「HINOMARU」を気に入らない人たちが抗議行動を行おうとしたら、1名が不当逮捕されたとのニュースに接した。

私は相矛盾するようであるが、「あんな連中」(RADWIMPS及びそのファン)に抗議をしてもまったく無駄だと考える。何故ならば、野田は「HINOMARU」にかんして「……日本に生まれた人間として、いつかちゃんと歌にしたいと思っていました。世界の中で、日本は自分達の国のことを声を大にして歌ったりすることが少ない国に感じます」と述べ、「まっすぐに皆さんに届きますように」と書き込んでいた「確信犯」だからだ。

野田は私の敵であり、そのファンも敵だ。さらに言えばそれが広く受け入れられる時代そのものが、私や私と同様に考える人たちを「殺しに」かかっていると体感する。「HINOMARU」の歌詞が明らかになった時、私はかつて私にRADWIMPSを教えてくれた若い友人に「私はあなたたちからこのように『殺されかけています』」とメールを送った。返信はない。

「表現の自由」だの、「国を愛して何が悪い」、「批判するのが間違っている」とRADWIMPSには「正しい」擁護論が多いそうだ。結構。私はその「正しさ」自体が気持ち悪く、「正しさ」に完全包囲されてしまったと感じる。早い話がもう手遅れなのだ。RADWIMPSよ! 堂々と「HINOMARU」を歌いまくれ! 時あたかもサッカーワールドカップで日本代表が16強に勝ち残り、無残に敗退したけれども、渋谷にはパブリックビューに若者が詰めかけ、試合の何時間も前から「君が代」を歌って盛り上がっていた。「愛国心」が大いに燃え盛っている最中だ。

ワールドカップが終わっても、NHKで毎日「HINOMARU」を何回も流せ!だって「正しい」んだから。震災後にひとびとを騙した「花は咲く」のように。一刻も早く日本が改憲できるように! 自衛隊が「日本軍」になれるように! 再び朝鮮半島や中国、アジアに侵略できるように! そして侵略したアジア各国に、現地の人の気持ちを踏みつぶして再び「日の丸」をはためかせる日が来るように!

RADWIMPSもファンもそう望んでいるのだろう? ちがうのか?

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

月刊『紙の爆弾』8月号!

大学関係者必読の書!田所敏夫『大暗黒時代の大学──消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社LIBRARY 007)

前の記事を読む »