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私たちがめざすこと
私たちは、
安倍政権のもとでの9条改憲は許しません。
日本国憲法を守り生かし、不戦と民主主義の心豊かな社会をめざします。
二度と戦争の惨禍を繰り返さないという誓いを胸に、「戦争法」の廃止を求めます。
沖縄県民と思いを共にし、辺野古新基地建設の撤回を求めます。
被災者の思いに寄りそい、原発のない社会をめざします。
人間の平等を基本に、貧困のない社会をめざします。
人間の尊厳をかかげ、差別のない社会をめざします。
思想信条の自由を侵し、監視社会を強化する「共謀罪」の廃止を求めます。
これらを実現するために行動し、安倍政権の暴走にストップをかけます。
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プラカードコンクール入賞作の一部

◆多種多様なサブステージでの展開

2018年5月3日の憲法記念日、有明防災公園(東京臨海広域防災公園)にて、「9条改憲NO!——平和といのちと人権を 5・3憲法集会」が開催された。主催は「5・3憲法集会実行委員会」、共催は「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」「安倍9条改憲NO!全国市民アクション」。上記は、この集会で掲げられたスローガンだ。

わたしはビラまきをしていたのでサブステージで展開されていた前半を目にすることはできなかったが、まずは「自由に話そうトークイベント」。「核兵器廃絶問題」について木戸季市さん(日本被団協事務局次長)、「沖縄辺野古新基地建設反対の訴え」を青木初子さん(沖縄一坪反戦地主会関東ブロック)、「国際ボランティア活動」について加藤真希さん(国際ボランティアセンター)、「自己破産激増の奨学金問題」について伴幸生さん(奨学金連絡会)、「外国人技能実習生の過酷な労働実態」について佐々木史郎さん(中小労組政策ネットワーク)からの発言があった。次に、憲法カフェ「クイズ&おしゃべり」として白神優理子さん(弁護士)などが憲法を守る主体や自衛隊の明記について問題提起し、さらに「おやこ憲法ひろば」として「おじいさんにできること」という「ながーい紙芝居」を、そして歌・工作・ミニミニパレードなどが展開されたようだ。

コンサートもおこなわれた。ビッグバンド「松戸スウィングセピア」さんによる演奏で、ユキヒロ(仲里幸広)さんと「平和の鐘」合唱、佐藤タイジさん(THEATRE BROOK)の音楽が会場を盛り上げたことだろう。

◆ 「正義は単純に決められないから、熟議を尽くし、権力は抑制的に行使する」

その後、メインステージへ。集会の司会は古今亭菊千代さん(落語家)、開会挨拶は、さまざまな活動に取り組む高田健さん。改めて、落合恵子さん(作家)、竹信三恵子さん(和光大学教授)、清末愛砂さん(室蘭工業大学准教授)などがメインスピーカーとしてトークを展開。わたしは、その後の「平和憲法を孫・子の代まで生かそう」と締めくくる山内敏弘さん(一橋大学名誉教授)の発言から聴いた。

次は、立憲野党のみなさんからの挨拶。まずは、枝野幸男さん(立憲民主党代表)が、多数決について提起し、「そばアレルギーの人がいたら、そのほかの店から選ぶ、それが民主主義」と説明した。大塚耕平さん(民進党代表)は、「ソクラテスの時代から直近のインドのアマルティア・センにいたるまで、正しさ・正義は単純には決められないから事実を共有し、熟議を尽くし、決まったことには従うが権力は抑制的に行使するということは変わっていない」と訴え、それに反する安倍政権を批判。志位和夫さん(日本共産党委員長)は、「自衛隊明記について、自民党の条文案で9条2項の制約を取り払うことを示し、これは無制限の海外での武力行使を表しており、断じて許すわけにいかない」「安倍政権は北朝鮮のことを国難と言いつのって利用してきたが、平和外交こそ求められている」と声を上げた。又市征治さん(社会民主党党首)も、「憲法に省庁の名前が載っているか、立法・行政・司法から独立して憲法に明記することは、平和主義そのものが壊され、9条に基づくさまざまな法律が壊されることを意味する。法理論的にもとんでもない」と訴える。小沢一郎さん(自由党共同代表)のメッセージも代読された。

シュプレヒコールを挟み、おしどりマコさん・ケンさんのスピーチへ。マコさんは「安倍政権打倒の連帯のために個人が踏みにじられるのを見た」と話し、憲法97条基本的人権の「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」という表現から、自らを省みたことについて語った。

プラカードを掲げる人々

◆平和といのちと人権を守るための、憲法の共有

続いてトークの2部としてリレートーク(スピーチ)がおこなわれ、まずは山城博治さん(沖縄平和運動センター議長)が「23〜28日までの1週間、全国からの結集で連日、力強い運動ができたことを感謝する。200も300もの機動隊が力づくでわたしたちを排除、沖縄の住民運動の先頭に立ち続ける高里鈴代さんが肋骨4本、鎖骨を1本、計5本の骨折を強いられ、逮捕者も5名出てしまった」と伝えた。そして山城博治さんは、ゲート前の歌『今こそ立ち上がろう』『座り込めここへ』を歌う。武藤類子さん(福島原発告訴団団長)は、「法廷前の廊下でも、筆記用具と貴重品以外の荷物を預け、手持ちの金属探知機で全身を調べられた後、体を触られての入念なボディーチェック、スカートやシャツまでめくられる。ノート、めがねのツル、ハンカチやティッシュ、財布、それぞれ中の細部まで検査される」という話には驚いた。石田ひなたさん(高校生平和大使)からの挨拶があり、布川仁美さん(高校生平和大使)は「微力だけど無力じゃない、をスローガンに活動を続ける」と宣言。次に、上山由里香さんは、「教育と教科書問題」について、「1つの価値観に落とし込んでいくことを優先させるとそれ以外の価値観が軽視される。ただし、子どもたちは自分なりの考えもしっかりもっていることを知った。道徳性や倫理観は多様な価値観と接しながら育まれるのではないかと思う。道徳の教科化が現政権かでおこなわれたことから、これ自体も改憲と無関係ではないと思う」と語った。

「朝鮮高校無償化」については、東京朝鮮高校の生徒や合唱部のメンバーの方々が登壇。朝鮮学校無償化訴訟で請求が棄却されたことに触れ、「1948年、GHQと日本政府によって朝鮮学校閉鎖令がしかれた時、学校を守ろうとした同胞たちは武装警察隊の銃の乱射により尊い血を流した。70年前のようにわたしたちは銃を突きつけられてはいないが、朝鮮人に対する弾圧は70年前と何も変わっていない」と訴え、闘い抜くことを誓った。そして、朝鮮の童謡『故郷の春』と沖縄の名曲『花』を合唱。わたしを含め、多くの人が心揺さぶられ、涙を流しながらこれらの歌を聴いた。

武器輸出反対ネットワーク(NAJAT)代表の杉原浩司さんは、まず防空レーダーをタイに売ろうとする三菱電機製品の不買を訴える。また、サウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)などの連合軍がアメリカやイギリスから輸入した武器でイエメンを無差別空爆しているが、このイエメンに川崎重工製の軍用輸送機を輸出しようとしている安倍政権と川崎重工とを批判。「憲法9条に寄りかからず、憲法9条を使い倒そう!」と伝えた。

ホームレス支援NGOのTENOHASI代表・六郷伸司さんは、「今年の10月から生活保護費が5%も引き下げられる。これ以上引き下げ、文化的な生活ができるのか」と告げる。日本労働弁護団事務局長の岡田俊宏弁護士も、「高度プロフェッショナル制度は、一定の労働者について労働時間規制そのものを適用除外とするきわめて危険な制度。まさに定額働かせ放題の過労死促進法」という。そして2人も、憲法の意義を強調した。

「安倍9条改憲NO! 憲法を生かす全国統一署名」2018年4月末で1,350万人を突破!

◆ 「憲法は自由と尊厳を肯定している。それは未来に語りかけられた言葉」

その後、2017年9月より始まった、「安倍9条改憲NO! 憲法を生かす全国統一署名」に関する報告も。「安倍首相を辞めさせる署名か?」と駆け寄り、不満を伝える多くの人の様子、そして18年4月末で1,350万人を突破したことが伝えられて、「3,000万人署名を達成しよう!」と締めくくられた。プラカードコンクールの結果発表を挟み、「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」呼びかけ人の諏訪原健さんは、「自民党改憲草案が問題になった時、背筋が凍る思いがした。平和、あたりまえの生活の尊さに気づいた。憲法は自由と尊厳を肯定している。それは未来に語りかけられた言葉。理念を現実にして未来につながねばならない」と連帯の挨拶をした。最後に実行委員会メンバーの福山真却さんが、9条改悪反対の取り組み、 国家権力によるさまざまな私物化を許さず真相を究明して安倍首相・麻生財務相に責任を取らせるための取り組み、沖縄辺野古新基地反対の取り組み、東アジアに核のない平和を確立するための取り組みの4つの行動を提起。安倍政権を倒し、憲法9条を守ることを強く訴えて閉会の挨拶とした。

ジンタらムータさんによるクロージングコンサートと、パレード(デモ)もおこなわれた。

昨夜、元外交官で評論家の孫崎享さんは、「憲法は防波堤になると、昔の自民党の人は知っていた」と語っていた。安倍政権は、防波堤を崩壊させようとしている。この集会では、6万人を集めたと発表があった。わたしたちは、まさに「平和といのちと人権を」守るために、この防波堤を保たねばならない。

▼小林蓮実(こばやし・はすみ)[文/写真]
1972年生まれ。フリーライター、エディター。労働運動等アクティビスト。『紙の爆弾』『NO NUKES voice』『現代用語の基礎知識』『週刊金曜日』『neoneo』『情況』『救援』『現代の理論』『教育と文化』ほかに寄稿・執筆。

『紙の爆弾』6月号 安倍晋三“6月解散”の目論見/政権交代を目指す「市民革命」への基本戦術

犯罪の疑惑をマスコミに報じられた人物について、世間の多くの人がクロと決めつけて批判するのは毎度のことだ。それにしても、性犯罪の疑惑の場合、世間の人々が抱く有罪バイアスは他の犯罪よりはるかに凄まじい印象だ。

昨年来、各界の著名な男性たちが性犯罪や性的な不祥事の疑惑を報じられ、社会的に抹殺されていく光景を見ながら、私はそう思わざるを得なかった。具体的には、元TBS記者・山口敬之氏のレイプ疑惑、財務省事務次官・福田淳一氏のセクハラ疑惑、タレント・山口達也氏の強制わいせつ疑惑に関する世間の反応のことを言っている。順に振り返ってみよう。

◆取材の基本を怠った人たちにクロと決めつけられた山口敬之氏

伊藤詩織氏の著書『Black Box』

まず、元TBS記者・山口敬之氏のケース。昨年5月、週刊新潮でジャーナリストの伊藤詩織氏へのレイプ疑惑を報じられ、さらに伊藤氏が実名・顔出しで山口敬之氏からレイプされたと告発したことなどから、山口敬之氏は「レイプ魔」と決めつけた人々からの大バッシングにさらされた。

しかし、当欄の3月1日付け記事で報告した通り、伊藤氏が山口敬之氏を相手取って東京地裁に起こした民事訴訟について、その記録を「取材目的」で閲覧していた者は今年1月の段階でわずか3人だった。山口敬之氏本人はレイプ疑惑を否定しており、起訴もされていないため、当事者双方の主張内容や事実関係を確認するために民事訴訟の記録を閲覧するというのは取材の基本だが、それを行った取材者が3人しかいなかったということだ。

それにも関わらず、山口敬之氏をクロと決めつけた報道が大量になされ、報道を鵜呑みにした人たちが山口敬之氏をクロと決めつけて批判しているわけである。これは恐ろしいことだと思う。

◆福田氏の発言が事実でもセクハラとは断定できない

続いて、財務省事務次官の福田淳一氏のケース。福田氏がテレビ朝日の女性記者に「胸触っていい?」とか「手縛っていい?」などのセクハラ発言をした疑惑については、そのような発言があったことまでは間違いないようだ。最初に報じた週刊新潮が音声データをインターネットで公開しているからだ。そのため、疑惑を否定している福田氏は、往生際悪く言い逃れをしているだけのように見られ、いっそう厳しい批判にさらされている。

しかし実際問題、男性が女性に対して性的発言をすること自体は、セクハラにはあたらない。それがどれほど卑猥な内容の発言だったとしても、男性と女性の関係性やその発言がなされた経緯によっては必ずしも問題があるとは言い切れないからだ。

つまり、福田氏のセクハラ発言疑惑をクロと断定するには、本来、被害者とされる女性記者との関係性や、問題とされる発言に至った経緯などが十分に検証されなければいけない。しかし、今のところ、信頼に足る検証結果が示されたとは言い難い。

◎[参考動画]“胸触っていい?”「財務省トップ」のセクハラ音声(デイリー新潮 2018年4月12日公開)

◆電話番号を聞いたのは山口達也氏?

そして最後に、女子高生に無理矢理キスをした疑惑が持ち上がった山口達也氏のケース。山口達也氏の場合、疑われているようなことをしたこと自体は本人も認めている点が前2者と異なる。しかし、根拠のない憶測により実際より悪質な事案であるように言われている可能性がないわけでもない。

私がそれを感じたのは、タレント・松本人志氏がテレビで次のような発言をしたという報道を見た時だった。

「高校生に電話番号、聞かないって。連絡先を聞いたときは少なくとも酔ってなかったと思うんでね、だからやっぱり、おかしいんですよ」(MusicVoice4月29日配信記事より)

山口達也氏は事件を起こした時に酔っており、電話で被害者とされる女子高生を呼び出したとされるが、電話番号を聞いたのが山口達也氏だったと松本氏はなぜ、わかったのだろうか。おそらく松本氏は、女子高生のほうが山口達也氏に電話番号を聞いていた可能性を考えていないのだ。


◎[参考動画]【TOKIO 山口達也】緊急記者会見(パパラッチ2018年4月26日公開)

◆「被害者」の主張に異論を述べることは許さないという雰囲気

とまあ、このように性犯罪や性的な不祥事を起こした人物については、世間の人々が抱く有罪バイアスは強力だが、もう1つ怖いことがある。それは、性犯罪や性的な不祥事に関しては、「被害」を訴える女性の主張に異論を述べることを許さないような雰囲気が出来上がりやすいことだ。

実際、この記事を読み、私が伊藤詩織氏やテレビ朝日の女性記者、女子高生らを貶めたように受け取り、不快感を覚えた人もいるのではないだろうか。

もしも不快感を覚えた人がいるとすれば、執筆者として申し訳なく思う。しかし、私は同様のことを今後も言い続けるだろう。なぜなら、「被害」を訴える人の言うことを鵜呑みにしたり、事実関係の検証をおざなりにすることは、冤罪防止の観点から絶対にやってはいけないことだからだ。

この記事を読んだ人の全員がそのことを理解してくれるとは思わないが、少しでも多くの人が理解してくれたらありがたく思う。

▼片岡健(かたおか・けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。

7日発売!タブーなき『紙の爆弾』6月号 安倍晋三“6月解散”の目論見/政権交代を目指す「市民革命」への基本戦術/創価学会・公明党がにらむ“安倍後”

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

最近、芸能界におけるタレントの移籍制限をめぐる問題が相次いで報道されている。2017年12月27日付産経ニュースでは、「所属契約慣行の違法性指摘 芸能人、スポーツ選手 公取委が新見解」として、2018年1月19日付「朝日新聞デジタル」では「芸能人らの移籍制限『違法の恐れ』 公取委、見解公表へ」として報じている。

 

所属契約慣行の違法性指摘 芸能人、スポーツ選手 公取委が新見解(2017年12月27日付産経ニュース)

 

芸能人らの移籍制限「違法の恐れ」 公取委、見解公表へ(2018年1月19日付朝日新聞=矢島大輔)

公正取引委員会で昨年、設置された有識者会議がスポーツ選手や芸能タレントなどに対して不当な移籍制限などを一方的に課すことが独占禁止法違反にあたる恐れがあると示し、2月にも結論を公表する見通しだという。

この問題に関連して、筆者も昨年末、共同通信から取材を受けて、一部地方紙でコメントが掲載されている。

◆ようやく公取が動き始めた

筆者は2014年に上梓した『芸能人はなぜ干されるのか? 芸能界独占禁止法違反』(鹿砦社)以来、芸能界のタレントの移籍制限や独立したタレントへの追放は独占禁止法に抵触すると主張してきたが、ようやく公取が動き始めたようで感慨深い。

SMAP騒動に見られたように、芸能事務所による芸能界支配は、タレントや視聴者、テレビ局にとって不利益であり、まったく合理的ではないものだ。

なぜ、この問題が放置されてきたかと言えば、芸能事務所側の「われわれはタレントに投資をし、それを回収しなければならないのだから、勝手な移籍や独立は許されない」という言い分があったためだろう。

朝日記事でも、「芸能事務所が育成にかけた費用を回収することは正当化できるとして、業界内でどういった補償が適切か検討するよう求める方針だ」とあり、タレントに対する投資の問題が移籍制限の背景にはありそうだ。

◆アメリカではタレントとエージェンシーの関係は対等である

だが、筆者が調べた限りでは、世界のエンターテインメントの本場であるアメリカでは、タレントと日本の芸能事務所にあたるタレント・エージェンシーの関係は対等であり、タレントがエージェントとの契約を解除するのは自由であった。

ところが、ハリウッドのエンターテインメント業界を規制するタレント・エージェンシー法を詳細に調査しても、エージェントによるタレントへの投資については何も言及がなされておらず、拙著でも芸能事務所によるタレントへの投資についてはほとんど触れていない。

その後、たびたび「芸能事務所はタレントに投資をしているのではないか?」と質問をされることがあったので、ここでは改めてこの問題について考えてみたい。

結論から言うと、アメリカのエージェントはタレントに投資をしていない。

これについては『ハリウッド・ドリーム』(田村英里子著/文藝春秋)に詳しい。

田村英里子と言えば、日本ではサンミュージックに所属し、1990年代にアイドル歌手として活動した後、2000年にかねてからの夢であったアメリカでの映画出演を実現するため渡米し、NBCのテレビドラマ『HEROES』や『DRAGONBALL EVOLUTION』などのメジャー作品に多数出演し、実績を残した。

田村は日本でのキャリアを捨て何のバックアップもなく、単身で渡米した。最初はアパート探しや英語が話せるようになるまで苦労をしている。

そんな彼女の芸能活動のスタートとなったのがアクティング・スタジオ、つまり俳優養成学校である。アメリカではアクティング・コーチの存在が社会的な地位として確立されており、撮影現場でアクティング・コーチが俳優を指導することも珍しくないという。

田村が通っていたアクティング・スタジオはブラッド・ピットやシャーリーズ・セロン、ケイト・ハドソンなど、数々の有名俳優が学んだことで知られる名門スタジオだ。

クラスでは、毎回、アトランダムに選ばれた1組が映画や芝居のシーンを与えられ、1週間で仕上げ、クラス全員の前で演じ、コーチが厳しく指導する。

そして、スタジオに通いながら、エージェントを探す。エージェントは、俳優の代理人であり、所属するのではなく契約する。エージェントはモデル、コマーシャル、演劇の3つに区分されている。アメリカではエージェントとの契約がなければオーディションにすら参加できないこともあるが、演技力が要求される演劇のエージェントと契約するのは至難の業で、ハリウッドではエージェントを持てない俳優がほとんどだという。

田村もエージェントとの契約で苦労している。50近くのエージェントに履歴書を送付しても、反応はまったくなく、電話をして「エージェントを探しています」などと言おうものなら、ガチャンと切られるというのが当たり前だった。

そこで、田村は方針を転換し、演劇のエージェントではなく、コマーシャル・エージェントに目を向けたが、そこでも英語力が障害となり、なかなかうまくいかず、渡米から3年ほど過ぎてから、モデル・エージェントと契約することになった。これによって自信をつけた田村はコマーシャルのエージェントと契約することに成功し、2006年、ヨーロッパで放送されるフォルクスワーゲンのテレビ・コマーシャルに出演を果たした。

この仕事をしたことで、田村は全米映画俳優組合(SAG、現在はSAG-AFTRA)への加入を許された。俳優が本格的な映画に出演するには、それ以前にオーディションに参加するには、SAGへの加入が必須だ。SAGへの加入は通常、3本のエキストラの出演が条件だが、田村はそれまでにエキストラのオーディションにも落ちた経験があり、SAGのメンバーになれたことは、大きな成果だった。

だが、この段階になっても田村は演劇のエージェントと契約ができなかった。そもそも、アメリカの映画やテレビ全体でアジア系の俳優が占める割合は3.4%に過ぎず、通常、起用されるのは、アメリカ育ちのネイティブ・スピーカーである。

田村が日本で活躍していたことを知るアメリカ人はほぼいない。最初から出る幕はなく、エージェントからは「You are a hard sell」と言われ、返す言葉もなかった。

そんな田村がオーディションに合格し、大きな仕事を得たのはアメリカ3大ネットワークテレビの1つであるNBCが放送するドラマ『HEROES』セカンドシーズンのヒロイン、ヤエコ役だった。

オファーがあってから、出演料などの契約が進められるが、田村は次のように述べている。

「一般にはここで、エージェントまたは弁護士が登場し、クライアントであるアクターにとって、少しでも良い条件になるように折衝する。そして製作側とアクター双方が合意できる条件にいたった段階で、サインを交わして、ようやく正式なオファーとなる」

『HEROES』のセカンドシーズンは24話の放送が予定されていたが、撮影の途中で全米脚本家組合のストライキが始まり、11話で終了することになってしまった。

田村も『HEROES』の仲間とともに、SAGのプラカードを掲げてデモに参加している。

以上、田村のハリウッド女優としての軌跡をたどって行くと、日本の芸能界とはまったく異なることに気付かされる。

日本でタレントが芸能活動をするには、事務所に所属することが第一歩であり、その後は事務所の投資を含めてバックアップを受ける。

一方、アメリカでは、エージェントは弁護士と並ぶ俳優の代理人であり、エージェントにとってタレントはクライアントである。弁護士が依頼人に投資をしないように、エージェントもタレントには投資をしない。日本では芸能事務所が所属タレントに演技のコーチを付けることもあるだろうが、アメリカでは俳優がアクティング・スタジオに通い、その費用はアルバイトをして自分で稼ぐのだ。

日本の芸能関係者は「事務所はタレントに投資をしているのだから、移籍は認められない」と言う。だが、これは因果関係が逆なのではないだろうか。

つまり、タレントが移籍できないことを知っているからこそ、安心して投資ができるのだ。「移籍されるかもしれない」という前提では、怖くて投資はできないのである。

◆投資ができないのであれば芸能界は成立しないのか?

 

のんやローラも救われる? 公正取引委員会がタレントの独立を阻む所属事務所の圧力を独禁法違反と認定(2018年1月20日付リテラ)

では、投資ができないのであれば芸能界は成立しないのかというと、そんなことはないだろう。現に世界のエンターテインメントでもっとも競争力のあるハリウッドでは、エージェントは俳優に投資をしていない。

そして、ハリウッドでもっとも力を持っているのがSAG-AFTRAなどの俳優の労働組合である。田村英里子も脚本家の組合がストライキを起こしたために撮影が中断してしまったが、SAG-AFTRAも過去には何度も大規模なストライキを行っている。最近もSAG-AFTRAは2016年から17年にかけてたゲーム声優の大規模ストライキを起こし、加入者が要求していた条件が盛り込まれた合意が交わされた。

日本でも公正取引委員会が主導する形で芸能界改革が緒についたが、芸能事務所がメディアに対して行う圧力は裏で行われるものであり、公取が介入したところで限界があるだろう。問題を是正する上でもっとも必要なのはタレントによる労働組合の結成である。

▼ 星野陽平(ほしの ようへい)
フリーライター。1976年生まれ、東京都出身。早稻田大学商学部卒業。著書に『芸能人はなぜ干されるのか?』(鹿砦社)、編著に『実録!株式市場のカラクリ』(イースト・プレス)などがある。

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事実の衝撃!星野陽平の《脱法芸能》

京都在住の読者の方から「サム(生)☆トゥッ(志)☆ソリ(歌)」公演のご案内を頂いた。チラシとDVDをお送りいただいたが、私は「サム☆トゥッ☆ソリ」の名前を目にするのも初めてだ。

韓国からやってくるグループなので、サムルノリを用いた楽団かなと、勝手に思い描きながらDVDを再生したら、全然違う。「サム☆トゥッ☆ソリ」は日本にはない「民衆歌謡」というジャンルの楽曲を奏で、歌うカルテットだ。「民衆歌謡」はチラシの説明によると、「韓国における音楽ジャンルの一つで韓国における民主化運動や労働運動、学生運動などの闘いの中から作られた歌」と解説されている。

◆ 日本にはない「民衆歌謡」

でも、肩に力が入っていて、背筋を伸ばして聴かないと、怒られるような堅苦しい雰囲気は微塵もない。昨年東京で行われた公演のダイジェスト映像からは、雰囲気としては日本の(このジャンルももう残っているのかどうか、不確かだが)「フォークソング」のコンサートを思わせる、ゆったりしながら、喜怒哀楽を歌う雰囲気が伝わってくる。

「サム☆トゥッ☆ソリ」が歌うのは、恋愛や演歌ではない。日本にはない「民衆歌謡」とは、民主化運動や、光州事件、学生運動などの中から生まれてきた闘争のうたの数々だ。そう考えればなぜ、いまこの国に「民衆歌謡」がないのかが、逆に理解させられる。運動の中から出てきた歌を、それほど政治に深いかかわりを持たない人びとでも、なんとなく耳にして知っている、そんな歌が韓国にはいくつもある。

もう20年近く前になるが、韓国人留学生たちと時々カラオケに遊びに行った。「この歌はね、光州事件の時にできた民衆の歌の歌なんですよ」、「これはね。虐殺されたデモに参加していた学生を追悼する歌です」と教えてもらった。いったいどどれくらいの「民衆歌謡」が現在もカラオケに収められているのか、最近の事情には疎いけれども、どうして韓国の「労働歌」や「学生運動」から生まれた歌はあるのに、この国の歌はないのだ、と驚くとともに少し不快になった記憶がある。国際的に歌われてきた「インターナショナル」や「ワルシャワ労働歌」の日本語版も見当たらない。楽曲一覧が載った分厚い冊子の後ろの方で、結構なページ数を占めるハングルの楽曲の中には「民衆歌謡」のメロディーが収められている。おかしいなと思った。

でも、この国で生まれ、この国に根付いた「労働歌」や「学生運動」の歌がそもそもあるのかどうかという、至極基本的な問答にすぐ突き当たった(もちろん運動展開の方法や文化背景の違いも無視はできないが)。それ以前に、いま(20年前にしても)「労働運動」や「学生運動」が「ある」といえるのかどうか。私が目にした光景だけからいえば、20年前、この国に「労働運動」や「学生運動」は皆無ではなかった。しかしそれはすでに圧倒的な劣勢だった。いまや法政大学や同志社大学を先頭に、かつて学生運動の一大拠点だった大学は、学内での集会やビラ配りを理由に学生を逮捕したり(法政大学)、大学敷地内に交番を設置し、学長が「戦争法」に賛成したり(同志社大学)、わずか半日のバリケードストライキを行った学生を退学処分としたり(京都大学)、この国の大学に「大学自治」などはもう実質、死滅している。

◆ この国のマスメディアはなぜ、お隣韓国の運動の姿を報道しないのか?

他方、韓国の大学を訪問した際、ある大学では「無期限バリケードストライキ」の最中だった。キャンパスの入り口に結構おしゃれな学生が見張りとして立っていて、最低限数の職員しか学内に入れない。私は通訳を兼ねて同行してくれた友人が、その筋では結構名前が通っていたらしく、「バリスト」を学生たちに笑顔で迎えてもらった。面会した職員の方は「何分こういう状態でして。お迎えするのにお恥ずかしいです」と言われたので「何をおっしゃっているんですか。学生が生き生きしている証拠です。韓国も国立大学の大学法人化など、日本の愚策同様の新自由主義政策を大学にも導入しようとされていますが、それは大いなる間違いです」と話したら、この日本人なにをいっているんだ、という呆れた表情が彼の目に明らかに浮かんだことが思い出される。

近いところでは朴槿恵を倒した民衆のデモは多い時にはソウルだけで100万人に達し、少子高齢化、格差の拡大などこの国同様の問題を抱えながらも韓国の労働運動はいまだ健在である。そういった姿がこの国のマスメディアで国民の目に触れることはほとんどない。中東やアラブ、欧州のデモは報道しても、お隣韓国の運動の姿をマスメディアは無視する。なぜか。

この国の政権やマスメディアは、韓国国民が決起している姿をこの国の人びとには見せたくないのだ。奴らはこの国の人びとが韓国の運動に影響されたら、学ばれたら困るのだ。

◆ 本コンサートチケットを5名の方にプレゼントします!

でも、見なくても聞けばわかる。11月16日(木)京都テルサホール、11月18日(土)滋賀県立芸術劇場びわ湖ホールで「サム☆トゥッ☆ソリ」のコンサートが行われる。料金は前売りが一般3,500円、学生・障がい者2,000円(当日は500円増)だ。お問い合わせは「サム・トゥッ・ソリの会」高田さん(Tel.090-4763-0751)もしくは京都音楽センター(Tel.075-822-3437)へ。

尚、デジタル鹿砦社通信読者5名の方に本コンサートのチケットをプレゼントします。チケットご希望の方は下記の田所のメールアドレスに、住所、氏名、年齢、電話番号を明記の上、お申し込みください。
tadokoro_toshio@yahoo.co.jp

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

「サム☆トゥッ☆ソリ」コンサート2017 11月16日(木)京都、11月18日(土)滋賀

「サム☆トゥッ☆ソリ」コンサート2017 11月16日(木)京都、11月18日(土)滋賀

最新刊『紙の爆弾』11月号!【特集】小池百合子で本当にいいのか

宇崎竜童さん

比嘉真優子さん

 

昨日の本コラムでご紹介した順番とは異なるが、宇崎竜童さんと宮沢和史さんがステージで暴れる前に、ネーネーズ、キヨサク(MONGOL800)、比嘉真優子、HYはすでに演奏を終えていた。

まだ終演の夜7時までかなりの時間がある。この時刻でこれだけのミュージシャンの演奏を聴く現場の聴衆たちは、どうなっていただろうか。

おそらく、主催者の精密な「読み」に基づく会場全体を包む雰囲気の行方がぴったりと(あるいは狙い以上に)ヒットしたのだろう。例年会場を埋める聴衆は常連の演奏をどちらかと言えば穏やかに聞く。

内心ワクワクしながらも、会場全体が立ち上がって、飛んだり、跳ねたりとなることはあまりない。アップテンポの曲でも、渋い島唄でもどちらかといえば、踊りだす人もいるけれども、多くの方々は座って手拍子で聞いている。

◆キヨサク、HYらがステージに登場して

ところが、今年は16時前までにキヨサクと、HYがステージに登場した。キヨサクはウクレレ1本で「小さな恋のうた」を奏で、島袋優(BEGIN)とウクレレで共演した。南国調の涼しい風と聴衆が「ウズウズ」するのが手に取るようにわかる空気の下地を作った。

キヨサクさん(MONGOL800)

島袋優さん(BEGIN)

HYは登場するなり爆発的な勢いで演奏をはじめ、彼らを待つステージ近くのファンは大喜びで踊りだす。そこへ宇崎竜童と宮沢和史が続くとどうなるだろうか。これぞまさに「チャンプルー」の恐るべき導火線効果である。

HYとネーネーズのチャンプルー!

何かが起これば、即爆発する、いや爆発したい2000を超えるひとびとの熱がステージ付近にいるとはっきり体感できる。「チャンプルー」爆薬装填作戦は予想を超える。

どんなことが起きるのか。HYが演奏中の聴衆はこんな感じだが、

HYの新里英之さん&仲宗根泉さん

2時間後にはこうなる。

新里英之さんとかりゆし58のチャンプルー!

◆トリにまわったかりゆし58の全開

前川真悟さん(かりゆし58)

新屋行裕さん(かりゆし58)

宮平直樹さん(かりゆし58)

トリにまわったかりゆし58はそれまで登場したミュージシャンが織りなしてきた「限界値を超える」聴衆の期待を見事に何倍にもして、聴衆に投げ返す。ボーカル前川真悟は全開だ。

「ハイサーイ!沖縄の人による、沖縄の人の音楽が、熊本の人の、熊本の人による、熊本の人たちが喜ぶイベントにこうやって、「琉球の風」にきました、かりゆし58です。よろしくおねがいします!」

「沖縄からは、海を隔てて何千キロも離れてるのに、自分たちの生まれた町の旗を掲げて、こんなにも喜んでくださる熊本の人たちのパーティーです。誰一人awayにすることなく、兄弟たちのホームパーティーにしたいのですが、ライブをはじめてもよろしいでしょうか?」

この入りは完璧だ。問いかけに聴衆も大声で応える。もう前列だけでなく会場に座っていられる人はない。特段の事情のある方を覗いて聴衆オールスタンディング状態だ。

HYの新里英之を呼び入れて演じる「アンマー」でステージは聴衆を、聴衆はステージを互いに制圧(こういった物々しい言葉はふさわしくない「互いに固く肩を組んだ」と言い換えよう)した。

▼前川真悟の語りは「天才」だ!

「近所で生まれ育って、4人でやってるバンドで最初にギターとか楽器を弾き始めたのが、中学生のころだから、もう20年前になります。20年まがりなりにも音楽にぶら下がって生きてきました。そういう話からすると、いまステージの上には20年の4人分。80年分の時間が乗っかってるわけです。そこにさらに時間を積み重ねたいと思います。HYからヒデ! そしてきょう「琉球の風」に響いた音楽のほとんどを支えてくれたヨシロウ!ヒデもヨシロウも年齢が近いから、いまステージ上の時間が120年になりました。「琉球の風」を立ち上げて、親みたいに可愛がって育てた知名定男さんは50年歌って続けてます。きょうのステージ上に立った人たちの、音楽に注いだ時間を足したら、何百年、下手したら千年に手が伸びるくらいの時間がのっかってるわけです。それが1曲5分足らずの中に注ぎ込まれて、目に見えないまま、風と時間と、あなたの心にながれていく。それが音楽です。何百年分の積み重ねを1つの曲にまとめて、そしてミュージシャンに与えられたのは、ステージ上の20分が僕らの寿命です。今日あなた方からもらった、音楽の寿命をまっとうしたいと思います」

ラップ調の語りはトレーニングすればある程度うまくはなるが、基本才能だ。前川真悟の語りはあるの種「天才」を感じざるを得ない。

◆エンディングで「島唄」解禁!

そして、いよいよエンディングだ。ステージと観客席の間には照明や音響、そして安全確保のために柵が設けられている。通常、聴衆は座って舞台を眺めるので、その前を横切るときは、邪魔にならないよう、腰をかがめて小走りで駆け抜けるが、聴衆が総立ちになったから遠慮なくステージの前に立てるようになる。本人の出番ではあえて演奏しなかった「島唄」を宮沢和史のボーカルを皮切りに次々と、ミュージシャンが歌い継いでいく。

◆来年はいよいよ10回目。また熊本で会いましょう!

「今年は最高だね」、「今までで一番素晴らしかったよ」、「会う人会う人みんな、最高だって」。終演後、出演者と関係者のみで行われた懇親会の席であちこちから同じような声が聞かれた。全員がボランティアで構成される実行委員会。委員長の山田高広さんは前日から会場に泊まり込み、想像を超える激務の疲れを微塵も見せず笑顔が絶えない。

懇親会ではミュージシャンが、これでもかこれでもかとセッションや出し物を披露する。みんな知名さんの健康を祈っている。宴は続く。最後まで見届けようと時計を見たらもう日付が変わっていた。出演者のかなりは、さらに3次会に繰り出すという。「プロ」は違う。

この日を良い日和にしてくれた、天気の神様、音楽の神様、ボランティアという名で無償の笑顔を絶やさなかった人間という名の神様、そして聴衆というなによりの神様に感謝をして、熊本を後にした。

「琉球の風」来年はいよいよ第10回を迎える。また熊本で会いましょう!

▼田所敏夫(たどころ としお)[文・写真]
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

 

「琉球の風2017」記念エコバッグをデジ鹿読者10名様にプレゼント!
写真のエコバッグは毎回「琉球の風」の会場で先着1000名様にプレゼントしているものです(版画=名嘉睦稔、題字=龍一郎、鹿砦社提供)。少し余分がありますので、このデジタル鹿砦社通信をご覧になっている方10名様にプレゼントします。ご希望の方は私宛メールアドレス(matsuoka@rokusaisha.com)にお申し込みください。(鹿砦社代表・松岡利康)

『島唄よ、風になれ! 「琉球の風」と東濱弘憲』特別限定保存版(「琉球の風」実行委員会=編)

『島唄よ、風になれ! 「琉球の風」と東濱弘憲』通常版(「琉球の風」実行委員会=編)

◆「声が出るか、それだけが心配なんだけどね」(宇崎竜童)

オープニングでステージに勢ぞろいしたメンバーは笑顔で一度楽屋に引き上げた。あれ? 宇崎竜童さんの姿は見落としたのかな? あの印象深い姿、そばにいればきづかないはずはないのだが。しばらくしてもう一度楽屋を覗くと、宇崎さんはどなたかと打ち合わせをしている。やっぱり自分の見落としだったな。と思い直し、打ち合わせが終わった宇崎さんにご挨拶にうかがった。

「いやーきのうから体調が悪くてね。オープニングは勘弁してもらったんですよ。いまも薬飲んだんだけど……」と、相当に体調が悪いようだ。

「ステージだけはね。なんとかやりますよ。声が出るか、それだけが心配なんだけどね」

弱音を吐かない宇崎さんがここまで言うのだからかなりしんどいに違いない。

◆「きょう島唄は歌いません。腹に力が入らないと歌えないからね」(知名定男)

体調の話では、知名定男さんも3月に大腸がんの手術を受けてから、初めてのステージだった。この日の知名さんは一味も二味も違っていた。優しさと喜びの中に鬼気迫る歌声。知名さんお一人での演奏では「好きにならずにはいられない」も飛び出すし、宮沢和史さんのステージではセッションでデビュー曲を歌う。HY、ネーネーズその他のミュージシャンのバックで何度三線を弾いていたことだろうか。

オープニング前にお話を伺った時には、「きょう島唄は歌いません。島唄は腹に力が入らないと歌えないからね。手術のあと抗がん剤治療がようやく終わったんだけど、まだ本調子ではないですね。味覚が鈍っていて味がわからない。タバコだけはうまいんだよね」と話していた知名さん。「ご病気のことは記事にしてもいいですか」と伺うと「まあ、いいんじゃないですか」とお許しいただいていたが、なんのことはない。宮沢和史さんとのセッションのなかで自分から「今年は大腸がんになっちゃって」と暴露してしまっていた(それを聞いて心配するでもなく笑いで返した聴衆も見事だった)。

◆「2曲目、サングラスでいくから」(宇崎竜童)

宇崎さんは出番が近づくと、舞台のそでで発声練習を始めた。やはり声に不安があるのだろう。「1曲終わったらすぐ引き上げて、2曲目、サングラスでいくから」とスタッフに声をかけ、ステージに歩を進めていった。

宇崎さんは知名さんと異なり、一切体調のことは語らなかった。そして、そでから数メートルしか離れていないが観衆の声援に迎えられたステージの中央は「別世界」なのだろう。

宇崎さんは暴れまくった。例年歌う「沖縄ベイブルース」を封印して、あえてアップテンポの攻めの姿勢だ。高い音域の声も通っている。聴衆の中で宇崎さんの体調不良に気が付いた人はいなかっただろう。

◆「今年は元気になりましたよ。去年とは全然違います」(宮沢和史)

大御所2人と正反対に、昨年と別人のように元気になった人がいた。宮沢和史さんだ。毎年さして長い会話を交わすわけではないが、同世代として「50代の体の不調」について言葉を交わすのが、私的にはひそかな楽しみなのだが、良い意味で今年は完全に裏切られた。

顔を覚えていて下さった宮沢さんと握手をすると「今年は元気になりましたよ。去年とは全然違います」と好調ぶりを強調。こちらは順調に右肩下がりに年齢を感じる毎日、同年齢相哀れみながらも、必死で頑張る姿をお互いに確認しようと思っていたら、なんのことはない。念入りな準備運動を仕上げて上ったステージでは走り回る、飛ぶ、跳ねる。これじゃあ20代のThe Boomの時より元気じゃないか!

宮沢さんのこんなにはじけた姿は初めて見た。でも彼は「人物」だ。オープニングでは第一列に姿を見せればよさそうなものだが、さりげなく第一列から少し下がり、沖縄のミュージシャンを際立たせていた。事前リハーサルで決めていたのではなく、きっと宮沢さんの配慮だろう。楽曲のすばらしさもさることながら、人間として誠実で、立派な人だと会うたびに感銘を受ける。

「歌うのが結構ストレスになっていましたね」と去年語っていた宮沢さん。この日は幸せを全身で表現していた。そして彼は「琉球の風」をわがものとして愛していることが言葉の端々に伺えた。声の艶がさらに円熟味を増したように感じる。

艶や後ろ姿や高音の伸びが全盛期(35年ほど前)の沢田研二にどこか似ているような気がしたので、演奏が終わった宮沢さんに「もしお嫌いだったら失礼ですけど、沢田研二さんにちょっと雰囲気が似てきましたね」と無謀にも語り掛けたら、肩を引き寄せられ、「それって、いい意味ですよね?」といたずらっぽい目つきで聞かれた。「もちろん。いまの沢田研二さんじゃないですよ。全盛期のね」と返したら。背中をポンポンと叩かれた。宮沢和史、稀にみる好漢である。

▼田所敏夫(たどころ としお)[文・写真]
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

 

「琉球の風2017」記念エコバッグをデジ鹿読者10名様にプレゼント!
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『島唄よ、風になれ! 「琉球の風」と東濱弘憲』特別限定保存版(「琉球の風」実行委員会=編)

『島唄よ、風になれ! 「琉球の風」と東濱弘憲』通常版(「琉球の風」実行委員会=編)

オープニングではステージに所狭しとミュージシャンたちが集まった

ミス沖縄2017の町田満彩智(まちだ・まあち)さん

開演前の会場「今年は空気感が違う」

9月24日熊本フードパルで9回目を迎えた「琉球の風~島から島へ~2017」が行われた。暑くもなく寒くもないすごしやすい天候の下、例年にも増して、多くの聴衆があっという間の6時間を堪能した。

会場は芝生の上に座る自由席なので、至近距離からステージを眺めることは容易であるが、この日入場を待つ列の先頭には朝6:30分から人が並び始めた(!)。会場を待つ最先頭の女性は「鹿児島からHYを見に来ました」と5時間以上の待機にも疲れの様子はない。

12時、ミス沖縄の方々が出迎えるなか、開場が始まると入り口からどんどん走ってくる人たちの姿が。広い会場でも少しでもステージに近い場所でミュージシャンの顔が見たいのは当然の気持ちだろう。

◆1週間前に前売り2000枚完売!

入場直後の聴衆の数は正確にはわからないが昨年、一昨年よりも目算でははるかに多い。実行委員会によると1週間前に前売りの2000枚は完売していたという。天気予報でも好天が予想されたうえ、今年は常連の大御所に加え、6:30から開門を待つファンを惹きつけたHYとMONGOL800の出演が明らかに観客数の増加に繋がっていたことだろう。

鹿砦社もスポンサーとして可能な限りの応援をしながら、毎年楽しませていただける貴重なイベントだ。まずは総合プロデューサー、知名定男さんにご挨拶に伺う。知名さんは楽屋外の屋外テントの机に「琉球の風」を始めた東濱弘憲さんの遺影とともに座っている。ここは知名さん毎年の定位置だ。

総合プロデューサーの知名定男さん(右)と鹿砦社松岡社長。東濱弘憲さんの遺影とともに

◆雰囲気も顔ぶれも素晴らしすぎる!

テントの横の合同楽屋では、和気あいあいと出演ミュージシャンたちが歓談を交わしたり、音合わせをしている。既にアルコールに手が伸びている人の姿もちらほら。宮沢和史、島袋優(BEGIN)、ネーネーズ、かりゆし58、HY、MONGOL800のキヨサク……。おいおい!これだけの顔ぶれが一部屋に揃うことは「琉球の風」の楽屋をおいて、ほかにどこかあるだろうか!

雰囲気も顔ぶれも素晴らしすぎる!

◆「琉球國祭り太鼓」のエイサーで喜びの地響きとともに開演!

13:00、「琉球國祭り太鼓」約50名のエイサー、地響きとともに「琉球の風」は開幕した。例年参加ミュージシャンからは異口同音に「ここは特別」、「こんなに楽しいイベントはない」と耳にするが、今年は最初から会場の空気感が違う。会場全体が開演前から数的な多さだけでない「喜び」のようなものに包まれている。エイサーを演じる「琉球國祭り太鼓」のメンバーの笑顔が素敵だ。

「琉球國祭り太鼓」メンバーの笑顔が素敵だ

「琉球國祭り太鼓」のっけから盛り上がる

会場で本を購入した人にもれなく無料で書家、龍一郎さんがお好みの言葉を書いてプレゼント!

鹿砦社も「島唄よ風になれ!『琉球の風』と東濱弘憲」を販売するブースを出し、松岡社長以下関係者が顔を揃える。ステージの字幕はじめ、鹿砦社関係のロゴなどの多くを手掛ける書家、龍一郎さんは本を購入した人に無料で色紙にお好みの言葉を書いてプレゼントするという特典付きだ。

メンバーがそろったところで、「これさ、ちょっとどうかと思うんだよね」ミュージシャン出演順の表を見ながら松岡が首をかしげる。ネーネーズ、キヨサク、HY、宇崎竜童、宮沢和史らビッグネームの出演順が比較的早い時間に割り振られている。たしかに盛り上がるミュージシャンがどうしてこんなに早く出てくるのだろう? もっとあとのほうがいいんじゃないのかなぁ、と一同松岡の意見に同意したのだが、そこには進行表上の文字面での出演順だけではない、もっと奥の深い意図が隠されていたことをステージが進む中で誰もが理解するようになる。

「琉球國祭り太鼓」の演奏に続いて、出演ミュージシャン全員が舞台に揃い、いよいよ本格的なオープニングを迎える。ステージの横には所狭しとミュージシャンたちが集まり、冗談が飛び交う。名前は秘すが、この日ステージで数々のセッションに絡み大活躍をした○○○さんはすでに出来上がっている。大丈夫か? と思うような状態だが、ステージに出るとそんな姿は微塵も見せない。司会に促されて出演者が順にステージへ出てゆく。

◆「琉球の風」初登場 HYの新里英之さん&仲宗根泉さん!

今回初登場のHYのお二人にオープニングが終わった直後にお話を伺った。

「ウチナーンチュでよかったなって思いました。いつも沖縄でステージをやるときは、来てくれる人も沖縄の人が多くて、いつもどおりみたいな感じなんですけど、違うところ(熊本)でスタッフとかミュージシャンも沖縄の人で安心感があるし、それを誇りにも思います」(仲宗根泉)

「これが沖縄の魂、力だよという生きざまを感じて、音楽で時代を繋げてきたと感じました。知名定男さんをはじめ、僕たちは30代。きょう一番若い子は21歳もいて、お客さんも小さい子からおじいちゃんおばあちゃんまでひとつになる瞬間は素晴らしいなと思います」(新里英之)

この日2000人以上の観客を総立ちにさせることになる、HYの二人は既に楽しそうに興奮気味だった。

「琉球の風」初登場! HYの新里英之さん&仲宗根泉さん

2017年9月25日付け熊本日日新聞

「琉球の風2017」記念エコバッグをデジ鹿読者10名様にプレゼント!

「琉球の風2017」記念エコバッグをデジ鹿読者10名様にプレゼント!
写真のエコバッグは毎回「琉球の風」の会場で先着1000名様にプレゼントしているものです(版画=名嘉睦稔、題字=龍一郎、鹿砦社提供)。少し余分がありますので、このデジタル鹿砦社通信をご覧になっている方10名様にプレゼントします。ご希望の方は私宛メールアドレス(matsuoka@rokusaisha.com)にお申し込みください。(鹿砦社代表・松岡利康)

▼田所敏夫(たどころ としお)[文・写真]
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

『島唄よ、風になれ! 「琉球の風」と東濱弘憲』特別限定保存版(「琉球の風」実行委員会=編)

『島唄よ、風になれ! 「琉球の風」と東濱弘憲』通常版(「琉球の風」実行委員会=編)

乃木神社は明治の軍人乃木希典と妻の静子を祭神とする神社だ。場所は東京都の港区赤坂にある。乃木希典夫妻の明治天皇にたいする「殉死」にたいし、その死を悼んだ区議会が乃木坂と改称したことから、この地域一帯は乃木坂と呼ばれるようになっている。秋元康のプロデュースするアイドルグループの乃木坂46はこの乃木坂に由来している。メンバーが新成人になると成人式が乃木神社で行われ、毎年報道されている。

乃木神社・宝物殿に展示されている乃木夫妻の殉死刀

関係書籍コーナーには「武道教育」(日本武道教育新聞社発行)という冊子が置かれていた

◆物騒な展示とドルオタの絵馬

昨年10月に筆者は乃木神社に行った。境内に入り二の鳥居をくぐると右側に宝物殿がある。宝物殿の入口付近には憲法改正について賛同を求めるポスターと署名用紙が置かれていた。ポスターには東京都神社庁の名がある。

宝物殿には乃木希典ゆかりの遺品や乃木希典の死を報じたニューヨークタイムズの記事の切り抜きなどが保管されている。宝物殿では乃木希典にちなんで軍歌「水師営の会見」がずっと流れていた。この宝物殿の中でとりわけ目を引くのが大小二振りの刀だ。乃木夫妻が自刃したときに用いた刀が抜き身のまま展示されていた。

関係書籍の展示コーナーには日本武道教育新聞社が発行している「武道教育」という冊子が置かれていた。寺井愛宕という自衛隊の海将をつとめた人物のインタビュー記事が掲載されていた。

昭和48年の指揮官時代に上官に相談なく自衛隊機を二機竹島上空に飛ばしたのだという。韓国政府の抗議を誘発させることでマスコミを騒がせ竹島問題を周知させたかったのだという。韓国軍がその当時竹島周辺の海域にいなかったため、大事にはいたらなかったが、明白なシビリアン・コントロール違反だろう。記事の他の小見出しには「竹島問題だけでも韓国は侵略国家だ」ともあった。

研究者の添田仁の論文「壬辰・丁酉倭乱における朝鮮人被虜の末裔」によれば、豊臣秀吉による朝鮮侵略により強制連行された朝鮮人の末裔が乃木希典にあたるという。日露戦争の過程で日本が韓国の内政・外交権を骨抜きにし、植民地化を進めていったことをあわせて考えればあまりにも悲惨だ。

宝物殿を出て正面向かい側に大量の絵馬が飾られている。願い事の多くが乃木坂46に関することで、推しメン(応援しているメンバーのこと)の名前を絵馬に書いてもっと人気がでるよう願っている。この神社の神徳とされる「忠誠」「文武両道」「夫婦和合」に関連する願い事は比較的少数だ。これほど大量に自分自身や身近な人間以外の他人の幸福にたいしてお金払って願い事をしている光景は違った意味で圧倒される。Twitterで「#乃木神社」と検索してもらえばアイドルオタク(いわゆるドルオタ)が境内の写真や絵馬を掲載しているので、その雰囲気は把握できる。

ただし、祭神である乃木希典は学習院院長時代、生徒の末広ヒロ子が時事新報社主催「日本美人写真募集」(日本最初のミスコン)に参加したことを理由に彼女を退学処分にしている。ドルオタの願いはむしろ祭神の怒りに触れそうだ。

いずれにせよ同一施設内でこれほど落差がある光景が見られるところは珍しいだろう。

乃木神社・宝物殿の入口付近に置かれていた憲法改正への賛同を求める署名用紙

乃木坂46「命は美しい」(2015年3月18日発売)

◆経済的利益と改憲誘導

絵馬は一枚500円で販売されており、お守りなどの関連する品物をあわせると相当な売り上げがあるだろうと推測される。アイドルオタクは年間通じて来るので、神事などの特定の時期にしか収益が発生しないということもない。他の神社と比較しても財政状況は良いのではないかと推測される。実際2016年の矢野経済研究所の調査によると、アイドルオタクの年間平均消費金額は他の種類のオタクと比較してもかなり多いようだ(年間平均79,783円)。この購買力は魅力だろう。

こうして見てみると、乃木神社にとって秋元康のプロデュースするアイドルグループとタイアップするのは一般大衆にソフトな形で存在を周知し、アイドルオタクの購買力を取り込める絶好の機会だったに違いない。なぜなら戦後一貫して乃木希典のイメージは一般的に悪かったといっていいからだ。

乃木希典は戦前にはそれこそ「神」のように崇拝されたものの、敗戦によってその評価は180度転換した。戦後長い間乃木希典を信奉する人は中央乃木会に代表される熱心な国粋主義者に限られていた。リベラルな価値観を持つ人々からは乃木希典は軍国教育を想起させるものとして蛇蝎のように嫌われた。また、「国民作家」として人気のある司馬遼太郎からも小説「坂の上の雲」の中で多数の死傷者を出させた「愚将」として描かれていた。

戦争の悲惨さを知る戦前戦中世代が高齢のため亡くなっていく中、若年層で「乃木」と聞いて戦前の軍国主義や忠孝精神を想起する人は少ないだろう。乃木神社のイメージ戦略は成功したと言っていい。

一方乃木神社だけでなく秋元康らにもメリットがあったと思われる。乃木神社も所属する神社本庁や安倍首相をはじめとする改憲勢力に若年層を無意識に大量に誘導することで恩を売れるからだ。また前出の中央乃木会は戦前の有力な政治家や軍人の子孫を招いて定期的に講演会を行っているが、その講演者は様々な分野で要職についているものも多い。

◆ナチスはアウト、大日本帝国はOK

昨年乃木坂46の姉妹グループで、同じく秋元康プロデュースの欅坂46がナチス風衣装を着用したことで大問題となった。しかし以上の乃木神社とのつながりをみればもともと右派的な勢力への迎合は既定路線であったことがわかる。国際社会の当然な批判を浴びたので秋元康は謝罪したものの、東京五輪組織委理事として安倍政権を筆頭とする改憲勢力・国粋主義勢力に対する迎合はこれからも続けていくだろう。
秋元康に限らず、高須クリニックの高須医師や麻生副大臣のようにナチスに関する発言で弁解や謝罪をする者たちが後を絶たないが、戦前日本にたいする肯定や癒着はナチスと比較して全く問題になっていない現状がある。

この現状が変わらない限り、日本の根深い様々な社会問題は根本的には解決しないだろう。

▼山田次郎(やまだ・じろう)
大学卒業後、甲信越地方の中規模都市に居住。ミサイルより熊を恐れる派遣労働者

愚直に直球 タブーなし!『紙の爆弾』9月号!さよなら安倍政権【保存版】不祥事まとめ25

星野陽平「独占禁止法をめぐる芸能界の諸問題」(2017年3月、公正取引委員会競争政策研究センターでの筆者講演レジュメ)

筆者は今年3月に公正取引委員会競争政策研究センターで「独占禁止法をめぐる芸能界の諸問題」と題する講演をさせていただいた。
※当日の講演レジュメのPDF 

その後、7月以降、公取委が「芸能界で広く行われてきた契約が独占禁止法に抵触する可能性がある」と調査を進めているという報道が相次いだ。

筆者は2014年に『芸能人はなぜ干されるのか? 芸能界独占禁止法違反』を鹿砦社より刊行させていただいて以来、一貫して芸能事務所との関係からタレントが干される現象は独占禁止法に違反し、芸能界を蝕んでいると主張してきたが、ここに来て具体的な動きが出てきた。

その事自体は芸能界と視聴者の利益にとって望ましいものだと言えそうだが、芸能界との繋がりの強い民放や週刊誌などでは、依然として芸能界の問題は採り上げられにくいということもあって、世間の反応は鈍いとも思う。

◆デーブ・スペクターの日本芸能界批判

そんな折、8月21日配信の『デイリー新潮』の記事「日本のテレビは2年間ドラマ制作をやめよ――デーブ・スペクター」(https://www.dailyshincho.jp/article/2017/08210802/?all=1)でアメリカ人テレビプロデューサー、デーブ・スペクターが芸能界批判を展開していたのが気になった。その一部を抜粋する。

筆者講演レジュメより

筆者講演レジュメより

筆者講演レジュメより

筆者講演レジュメより

「ドラマだけは本当にひどすぎる。20~30年前と比べて進歩するどころか、どんどんクオリティが下がっている。特に問題なのは役者の演技力」

「何しろ、日本のドラマに出演してるのは、芝居経験に乏しい、モデルやアイドル上がりの素人同然の芸能人が多すぎるから」

「原因は、日本のドラマがキャスティング先行で進められるから。テレビ局がドラマ制作で大事にしているのは、視聴者ではなく芸能プロダクションとの関係です。テレビ局の幹部がプロダクションに接待されて、『うちの子、頼みますよ』と言われたら断れない」

デーブは、ここ10年ほどで「黄金時代」を迎えている海外ドラマと比較して日本のテレビドラマが低迷している原因がテレビ局と有力芸能事務所との癒着にあると喝破している。
「僕もテレビ業界で仕事をしてるから、あんまり厳しいことは言えませんが」としながらも、なかなか的確かつ辛辣な論評ではないだろうか。

筆者講演レジュメより

筆者講演レジュメより

◆渡辺淳一とデーブの対談(『現代』1989年4月号)

デーブと言えば、SMAP騒動の折もジャニーズ事務所批判をテレビで堂々と述べていたが、芸能界批判は今に始まったものではなく、来日してテレビに出演し始めた頃から、日本の芸能界に違和感を覚えていたようだ。

『現代』(1989年4月号)に掲載されている「にんげん透視図」で作家の渡辺淳一とデーブの対談が掲載されている。その中で次のようなやりとりがあった。

デーブ ぼくがおかしいと思うのは、日本人って芸能人は程度が低いと思っている。マスコミやテレビ界の人、あるいは本人だって『どうせオレは芸人だからな』って自分から消極的になっているから、それをよくしないと……。

渡辺 しかし、日本って国は、芸能というものを最初からやや低い位置に見てきた国で、それには歴史的な背景もあるのです。

デーブ そこが暗いんだ。

渡辺 日本の芸能脳発生をたどると、かつては歌舞伎役者だって河原乞食と呼ばれたようにアメリカのエンターテインメントとは歴史が違うんです。

デーブ そういう見方はもう時代遅れだから、いい加減にやめるべきです。

渡辺 時代遅れではあるけれども、その暗さとか差別からさまざまなものを生み出してきたので、それ自体が日本の特性なんだからしようがない。

デーブ その「しようがない」という単語をまず日本語から外さないと進歩がないでしょ。リクルート事件にしたって、「しようがない」という言葉を使い続けるのだったら、文句いっちゃいけないと思う。

渡辺 それは一理あるけど「しようがない」というのも日本という国の一つのあり方なんで、あなたは芸能人とばかりお付き合いしているからそう思うのでしょう。けれどもみなが芸人を尊敬するようになればすむという問題ではないでしょう。

デーブ でも、芸能人のレベルは上げないと……。

渡辺 多くの日本人は、そうは思っていないと思うな。

デーブ それは差別。江戸時代の残りだよね。だって、渡辺貞夫みたいなジャズマンは世界中に認められているし、森繁久彌さんだって立派だし、美空ひばりは程度の低い人間ですか。

渡辺 いや、頭が悪いとか程度が低いといっているのではありません。しかし、日本人の感覚からすれば、芸能界というのは浮き沈みの激しい当てにならない世界で、そこにいる人々はそのことに不安と潔(いさぎ)さを感じている。つまり、自分をおとしめているから芸人なのであって、観客はまたそこに惹かれて観ているわけです。もし芸人が威張るようになったら、日本人はいまのような率直な気持ちでは観なくなるでしょう。

デーブ それはどこの国でもそうですけどね。ただ、日本ではちょっと異質な芸能人観が残っているように感じる。

渡辺 それは、なにごとも歴史的な背景があるわけでね。一口にいって、日本は情緒の国で、論理的な西洋的発想と明らかにちがうところなわけです。その証拠に、日本語には季節の移り変わりに関わる言葉が多いけど、逆に論理を語る単語が少ないんですね。

デーブと渡辺の芸能界論議は一貫して噛み合わず、最後に渡辺は都合が悪くなったのか「日本人は論理的ではない」と言って逃げてしまった。

筆者講演レジュメより

◆そこには差別の問題が深く関わっている

なぜ、「日本の芸能界は低レベルなまま放置され、これまで改革が進まなかったのか?」ということを考えると、デーブと渡辺の対談でも争点になっているように、そこには差別の問題が深く関わっている。 日本では中世から芸能に携わる者は卑賤視の対象とされてきたという歴史的背景があり、タレントが権利を主張することは認められてこなかった。日本人はそれを直視できないのである。

江戸時代、歌舞伎役者など芸能に携わる者は穢多・非人身分として扱われ、浅草など「悪所」と呼ばれる地域に隔離され、弾左衛門と呼ばれる穢多頭の支配を受けていた。現在においても、芸能界で不公正な契約慣行がまかり通ってきたのは、そうした歴史的な背景があるためだろう。芸能界は一刻も早く「芸能界のドン」が掟を決める治外法権から脱却しなくてはならない。

▼星野陽平(ほしの ようへい)
フリーライター。1976年生まれ、東京都出身。早稻田大学商学部卒業。著書に『芸能人はなぜ干されるのか?』(鹿砦社)、編著に『実録!株式市場のカラクリ』(イースト・プレス)などがある。

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事実の衝撃!星野陽平の《脱法芸能》

AKBなど3文字のローマ字で示される複数女子タレントの集団が、どんどん繁茂し、全国にも広がっているようだ。素人を集めて安いギャラでタレント化する「秋元康」商法全開だ。これははるか昔の「おニャン子クラブ」に始まった、タレントの質の低下と、国民の痴呆化を担う恥ずかしい現象だと感じている。不快である。

それだけでもけったくそ悪いのに、毎年連中はCD購入者やイベント参加者、あるいはファンクラブ加入者など(年により投票資格は若干異なるようだ)により、「総選挙」と銘打った、商法でも一儲けしている。CD購入が投票の条件になるイベントの問題性が指摘されたことをこれまで目にしたことがない。

今年も「総選挙」が行われたようで、それについての記事が京都新聞社会面に掲載されていた。いったいどうして、アイドル連中の商法を、あたかも何か国民的関心があるかのごとく記事にする必要があるのか? 6月21日、京都新聞に電話で聞いてみた。

◆どうしてこんなようなことが報道されるんでしょうか?

京都新聞2017年6月17日ウェブ版

京都新聞 京都新聞読者応答室(以下、京都新聞)でございます。
田所 数日前だったと記憶するんですが、社会面の右側の下のところにAKB総選挙云々という記事を読んだ記憶がありまして、それいつだったかお分かりになりますか。
京都新聞 6月の18日に指原さんが三連覇ということで、6月18日の朝刊28ページ、おっしゃっている右の下の方に掲載がございました。
田所 これ、すみません、私が的外れな質問かもしれなくて恐縮なんですが、どうしてこんなようなことが報道されるんでしょうか?
京都新聞 一応エンタメニュースというようなことでそういった記事を掲載しているということですけれども。
田所 エンタメってなんですか?
京都新聞 エンターテイメントです。
田所 エンターテイメントって何ですか?
京都新聞 そういった芸能のようなニュースなんですけれども
田所 芸能ニュースを社会面で載せるんですか?
京都新聞 そうですね。読者様はこういったものは社会面では載せない方がいいといったご意見でございましょうか。
田所 いえそうではなくて、私には理解ができないのですが。
京都新聞 編集方針というか。
田所 「総選挙」という言葉は法律的に言うと衆議院の選挙にしか使ってはいけない言葉ですよね。だから編集方針云々とかではなくてですね、AKBが総選挙っていうのはそもそも言葉の使い方、それ法律的に問題ないんですか?
京都新聞 そうですね、こちらは共同配信の記事でございまして
田所 いやいや、共同配信だったら何でも載せるわけ?
京都新聞 そういった内容で編集方針で掲載はしているのですけれども。
田所 いや、方針なんかない。共同配信だから載せたとあなた今おっしゃってたでしょ。
京都新聞 いえ、元々の記事は共同配信の記事だと申し上げただけでございまして。
田所 じゃあ共同から配信された内容を何か修正なり解説なりされてますか?
京都新聞 間違いがあれば訂正の記事を掲載しておりますが。
田所 あんな記事を載せることが間違いなんですよ。あんな馬鹿気たことを新聞に堂々と載せて恥ずかしくないという感覚を持ってるということが間違いだと私は思いますよ。
京都新聞 かしこまりました。そういったご意見があったことは担当の方にお伝えさせていただきます。
田所 という言い方は「何も反映されないということ」とまるっきりイコールなんですね。おかしいと思われません? あんな馬鹿なことを、何とかさんが三連覇でなんとかかんとか、どうのこうのというようなことを社会面で。たまに興味ある人はあるかもしれないけど、ありませんよ、読んでる人間は。
京都新聞 かしこまりました。そういったご意見があったことを
田所 だからその言い方やめろって言ったじゃないですか、さっきから。「そういったご意見がありましたのは伝えさせていただきます」ということで、今までそれが一回でも反映されたためしはないんですよ。あなた、だいたい京都新聞の社員の方ですか?
京都新聞 読者応答室の担当をしております。
田所 社員の方ですか?
京都新聞 ……。
田所 私が聞いてるのは、あなたは京都新聞の社員の方ですかとお尋ねしています。
京都新聞 社員ではございません。
田所 社員じゃないんでしょですね、社員の人いないの? 

wikipedia「AKB48」項より

◆京都新聞は京都新聞の判断で、この紙面でということで

京都新聞 お電話代わりました。京都新聞社読者応答室長ユンと申します。ご指摘の件ですけれども、AKB総選挙の報道に対して何かあまりこういったものを紙面で扱うことについてご批判があるということですか?
田所 批判ではなくて、なんでこんなこと平気で載せられるのか私にはわからないということです。
京都新聞 何も平気でというか、一応というか、社会的な関心事であるということで編集サイドの方で、世間の関心記事であるというニュース判断をした上で紙面に載せているということです。
田所 京都新聞さんの判断では、「社会の関心事がある」と断定されて載せてらっしゃるということですね。
京都新聞 もちろんいろんな判断があると思いますけれども、何も京都新聞だけではなくて全国紙もAKBの総選挙というのは載せてますのでね。なにも右に倣えということではなくて、あくまでも京都新聞は京都新聞の判断でこの紙面でということで。
田所 あなた今前半でおっしゃったことと後半でおっしゃたことと矛盾してますね。全国紙も載せてるしなんとか、だけれども京都新聞の判断でって言ったでしょ。
京都新聞 ですから全国紙も載せているぐらい世間的な関心事であるということなんですよ。そういう判断でうちも載せているということです。
田所 じゃあ全く意味のない報道でも他の報道機関がたくさん載せたら京都新聞は載せられるわけですね。
京都新聞 それはその時の編集判断があると思いますけどね。

◆ジャーナリストとして違和感はお感じにならない?

田所 その時の編集判断ってこれがそうですよ。ガキのしょうもない芸能人の投票かなんか知らないけど、しかもお金を払って買わなきゃいけない投票権で。これ商売しているわけでしょ。
京都新聞 ええ、実態はそういう裏があるみたいですけど。
田所 裏じゃなくてそういうことで成り立ってるわけでしょ。この総選挙っていうのは、さっき女性の方にも申し上げましたけれども、日本語で使う総選挙っていうのは地方選挙や参議院でも使わなくて衆議院の選挙だけに使いますよね。その言葉をこんな軽率に使っていいんですか、新聞で。
京都新聞 まあこれは、ここの主催団体がそういう名称を使ってるということですよね。
田所 そのことに対する違和感はあなたたちジャーナリストとしてお感じにならない?
京都新聞 それは記者個々にはいろいろとあるんでしょうけれども。
田所 あるんでしょうじゃなくて、あなたにお伺いしてるんです。あなたは違和感ありませんか?
京都新聞 私、個人的にはないことはないですけれどもね。あくまでも個人的な見解ですわ。
田所 やっぱりちょっと変だとは思われるわけですね。
京都新聞 私も年齢的にはこういうあくまでも個人的にはアイドルグループの顔と名前が一致しない世代の人間ですからね、個人的にはそう関心があるというわけではないですけれども、一新聞社に勤めておる者として世間の大きな関心事であるということは十分に認識しています。個人的には。

wikipedia「AKB48」項より

◆AKB総選挙については大きく世間の公約数として必要であると……

田所 そうでしょうか。ユンさんね、率直なご感覚を語っていただけたから、わたくしはより正直にお尋ねできるんですけれどもね、こういった馬鹿げた記事が紙面を占めるということが尋常な事態だとお思いになりますか。
京都新聞 そういって言いますと何をもって、失礼ですが、人それぞれの価値基準とかありますよね、ニュースに対するものとか、新聞もご存知のように硬派系の政治から経済から事件事故から芸能物まで世の中森羅万象の出来事に対して、新聞というのも政治的なよく言われるような右なのか左なのかとか社論がどうのこうのとかありますけれども、そういったものとは別に新聞としてこれはAKBの総選挙の事案については大きく世間の公約数として必要であるという情報、そういうものを判断した上で京都新聞としては載せてると。
田所 今おっしゃったことは、このAKBの総選挙は大きく世間の公約数として必要であるということを元に載せているとそう発言なさいました。これ、撤回なさいませんね。間違いではないですね。
京都新聞 必要であるというか、そういう要望があるとそういうことですよね。そういう情報。
田所 どこにあるんですかそんな要望。どうやって証明するんですか、その要望があるということを。
京都新聞 それを載せる載せないが正しく編集者の判断であるということです。
田所 編集権ですね。だから編集者の方はそこに要望があるというふうに思い込んでいらっしゃるわけですね。
京都新聞 まあそういうことですね。これを載せる以上はそういう判断をしてるということですね。
田所 その前にユンさんはもう一回お伺いいたしますけれども、社会の最大公約数として要請があるとおっしゃいました。これは間違いないですね?
京都新聞 うん、要請があると、こういう情報を新聞で知りたい、今は何も新聞だけじゃなくてテレビとかネットとか情報を知る術はありますけれども、新聞は新聞でこういったことを載せる世間への要請があるという判断で掲載したというふうに。

◆AKB総選挙はCDを買った人だけが投票権を得て、一般的に言うところの商法ですよ

田所 すみません。ユンさんは読者応答室の責任者の方であると伺ったんですが、その方がですね社会部のデスクに代わって代弁できるということは責任もって発言していただけてますね。
京都新聞 これ紙面化なってますよね、6月18日の朝刊に。
田所 紙面化されたものがすべて正しいということではないでしょう。
京都新聞 いえ、ですから紙面化されてる内容の事実に誤りがあるとかでなくて、載せるということは読者へのニーズに応えてるという判断で載せてるということです。そういうことは私どもこれ発行責任として紙面が出来上がったもの、これを逆にこういう扱いが小さいんじゃないかとか、見出しも一段いわゆるベタ見出しというものなんですけれどもね、場合によってはこういう扱いは小さいんじゃないかとかね、そういう考えももちろん成り立つわけで。
田所 そんな意見来てるんですか?
京都新聞 いや、そういう意見もありますよ。
田所 具体的にこの記事についてそういうふうに来てるわけですか。
京都新聞 いえいえ、それは来てませんけれども。
田所 ごまかすことやめてください。私は当該記事だけについて今議論して、そのことについてお尋ねしてるんですから、一般論の話をしてるわけじゃないんですよ。もう一回申し上げますよ。AKB総選挙というのはCDを買った人だけが投票権を得て、これは一般的に言うところの商法ですよ。商売方法ですよ。それについて何の批判もなくて、しかもそこに順番がどうだったかという人のコメントを載せて、その商法に問題があるという認識での新聞の切り口っていうのは全然ないわけです。京都新聞 ここにはないですよね。
田所 あなたたちの頭にそういう切り口はないの? ジャーナリストとして。
京都新聞 ないわけではないですよ。
田所 じゃあなんで書いてくれないのですか。
京都新聞 そういう確かに意見というかそういったものも大切に。
田所 どこにあるんですかこんなもんが。物を買わなければ一票入れられない、しかも入れた結果が大々的にテレビ新聞などで報道される、しかしながらお金を払った人たちだけの意見であるにもかかわらずその仕組みについては誰も説明をしない。独禁法違反じゃないですか、これひょっとしたら。
京都新聞 そういう考えも成り立つかもしれませんけどね。ただAKB総選挙の一票はお金を払った代償であるということも、基本的にもう世の中の方は知っていらっしゃるわけですよね。

wikipedia「AKB48」項より

◆なになに、事実はどうでもいいの?

田所 それはあなたが勝手に思ってるだけで、あの記事を見た人はそんなことわかりませんよ。
京都新聞 そういったことも新聞社としては今の一般的な社会通念でAKB総選挙の裏というのは一般のティーンエイジャーから年配の方までそういうものであるという理解はしているつもりです。
田所 理解じゃなくて、それはあなたたちの傲慢な報道怠慢であって、今の非常な問題発言ですよ。それをね、知ってる前提であれ報道してるというふうに今はっきりあなたはおっしゃったけれども、あなた今何言ったかというとね、若い人間から年寄りまでそういう仕組みわかってるという前提で報じていると言ったんですよ。どれだけ無責任なこと言ったかわかってますか。どうやってそんなことを確信持って言えるんですか。私はたまたま批判的に見てるから知ってるけれども。
京都新聞 知らない人も多くいらっしゃると思います
田所 何言ってるの、あなたみんな知ってるてさっき言ったじゃないですか。
京都新聞 ですから、多くの人は知ってるという私は認識を持ってますよ。
田所 あなた記者やったことありますか?
京都新聞 ありますよ。ですからその辺りは社会的な生活をしていってる中での皮膚感覚みたいなものがありますよね。
田所 あなたは報道機関にいて社会的にある程度の責任を持つ報道を担う会社にいらっしゃる。新聞社ってそういう所でしょ。だから井戸端会議みたいなことのレベルでお話しされたら困るわけですよ。それをさっきからお話伺ってたらそんな話ばっかりじゃないですか。
京都新聞 ですから私、冒頭にも言いましたように、新聞というのは何も社会経済事件事故だけではなくてこういう芸能ニュースまで、広く浅くという言い方もあれですけれども、そういう読者のニーズに一定応えるという、事実がどうのこうのではなくて。
田所 なになに、事実はどうでもいいの?
京都新聞 AKBの総選挙の事実として、これを客観報道しているわけであって、そのAKBの総選挙のからくりについての問題をどうのこうのというのはまた別次元の話なんですよ。
田所 やらないじゃない、あなたたちは。
京都新聞 ええ、そういった記事が載ったかというと記憶にはないですけれどもね。
田所 だからなんでなんですかとお尋ねしてるわけなんですよ。
京都新聞 それは私、今ここでどういうことでそういったものが載ってないのかはわかりませんけども。
田所 何を言っているんですか、あなたは。変だと思いませんか。
京都新聞 ですから失礼ですが、そちらの考え方としては、有料で一票を買ってるようなそういうものをしっかり載せた上で、こういう総選挙を知ってるのかということですよね。

◆大多数の国民が「AKB総選挙」に関心を持ってるという根拠を示してください

田所 少なくとも「総選挙」という言葉は衆議院の選挙を想起させるものであるということはご想像いただけますね。日本国籍を持ってる者が選挙権を行使する時に参議院ではなくて衆議院の選挙が行われて、それ投票する行為が総選挙でしょ。
京都新聞 総選挙と言えば、社会通念上はそうだったんですけれども、これも新聞というのは先ほども言ってますように森羅万象の事象を報道してるわけであってですね、
田所 大袈裟な言い方やめなさい。森羅万象まで、そんな自分ら万能だと思ったらおこがましいにも程がある。
京都新聞 ええ、森羅万象という言い方があれでしたら、先程来言ってますように政治経済から事件事故、スポーツからこういう芸能まで幅広いジャンル分野を網羅しているということなんですよ。それでその芸能ニュースの中で総選挙だけがこれ見出しでもAKB総選挙というのが何年前から始まったかも知りませんけれども、これも大きな社会現象のわけですよね。
田所 誰がそう評価するんですか。誰が。これが大きな社会現象と評価しているわけですか。
京都新聞 それは普通市民ですよね。
田所 普通って誰ですか。
京都新聞 ですから不特定多数の。
田所 それをどのように測定なさるんですか。あなたたちが勝手にそう決めつけてるだけでしょう。
京都新聞 そう言われてしまえばそうかもしれませんけれどもね。緻密な世論調査をしてるわけでも何でもないんですけどもね。
田所 でしょ、どこに根拠があるんですか。大多数の人間が、大多数の国民がそれに関心を持ってるという根拠を示してください。共謀罪と一緒なんですか?
京都新聞 根拠と言われてもそれこそ新聞社の感覚ですよね。
田所 感覚なんですね。正直な言葉出たな。感覚なんですね。
京都新聞 感覚というか、それがニュースセンスというような言い換えでよければそういうような言い換えもいたしますけどもね。
田所 要するに京都新聞はその程度だということですね。
京都新聞 その程度とそういう判断されるのなら、もうその程度と判断されてしまうのはちょっと心外と言えば心外ですけれども、そうお取りになられるんならもうそうお取りになってもらわなければなりませんね。

◆AKBに興味持つような人間の大半は新聞なんか読んでいませんよ。

田所 ユンさんだって変だと思ってるってさっきおっしゃってたでしょう。
京都新聞 ですからそれはあくまでも個人的に若いアイドルのところには付いていけない面があると言うことですけれども、新聞社の人間として世の中のいろんな動きや情報とかその中でAKBの総選挙というのは世間一般の大きな関心のあるイベントであるという認識はしてますけどもね。
田所 私からしたら全く理解できません。
京都新聞 ですから世の中いろんな考えの方がいるでしょう。
田所 いろんな考えがいるから、あんなもの記事にして押し付けないでくださいということなんですよ。
京都新聞 別に押し付けてるというわけではなくて、こちらとしては必要な情報にあるということで紙面に載せてると。
田所 押し付けてますよ、こちらは月に三千いくらってちゃんと新聞代払ってるのですよ。芸能ニュースのためにじゃなくて。
京都新聞 はい、それはわかっております。
田所 どこにその社会性があるわけですか?
京都新聞 それで言いますと、紙面でも読者の方の趣味や嗜好や必要な情報ページ、本当にいろんな関心をお持ちで。
田所 はっきり言うけれども、AKBに興味持つような人間の大半は新聞なんか読んでいませんよ。
京都新聞 一面そういったところも事実だと思います、正直。それは一定認めるところあります。
田所 だってユンさんだってAKB興味ないから知らんでしょうが。
京都新聞 はっきり言って個人的には知りません。
田所 私もそうですけどね。でも新聞は読みはるでしょ。京都新聞だけじゃなくて競合他社の新聞も読みはるでしょ。読む時に政治面とか国際面とか社会面とか読みはりますよね。一生懸命AKBの記事読みますか?
京都新聞 これは読みたくない記事は読まなくてもいいわけなんですよ。
田所 だから読む価値のない記事を載せてくれるなと言っているのです。あなたと同意しながら。
京都新聞 読みたくない記事を載せるなと言っても。
田所 新聞読者の中のどこに要請があるのよ。要請があるというあなたはその根拠を示せないでしょう、私に対して。社会的に要請があるとか誰でも知ってるとか。
京都新聞 それは京都新聞社の編集として一定の不特定多数の読者のニーズがあるという判断のもとにこういうものを載せているということなんですよ。
田所 判断の根拠はなんですか?
京都新聞 それは先ほど言いましたようにニュース価値判断ですよね。今の社会情勢。
田所 全然答えになってない。根拠というのは。
京都新聞 新聞の掲載価値があるということですよね。
田所 掲載価値があるという根拠になるのは何らかの調査によるものなのか、あるいはそう言った要請によるものなのか、あるいはそういうリクエストがあるのか、そういう具体的な何かがあるからそういうふうに判断するわけでしょ。何があるんですか、そういう根拠が。
京都新聞 これ、記事というのは載せるにあたって全て世論調査に基づいて載せる載せないという判断をしてるわけでも何でもないので。
田所 そんなこと聞いてません。もちろんそうです。当たり前。社会面の事件とか事故とかそれこそ編集権があるところで、新聞社の方が采配振るって一番力振るうところでしょ。私そういうこといちいち言ってるのと違いますよ。あまりにも低次元じゃないですかと聞いてるわけです。
京都新聞 あまりにも低次元と、そちらさんはそういう見方をされるかもしれませんけれども、読者の中にはこの情報を求めているという判断で弊社は紙面化してるということなんです。
田所 そういう判断の根拠は何? 根拠を聞かせてくれと。
京都新聞 ですから社会的要請があるという確信を持ってるということですよ。
田所 何をもって確信を持ってるんですか。何か根拠を示してもらわなかったら「あなたたちが勝手に思い込んでいる」という言葉以外で何も置き換えられないですよ。妄想と言ってもいいですよ。確信持ってるというだけなら。
京都新聞 いえ、確信です。妄想では決してないです。

◆なら一回、載せなかったらいいんじゃないですか

田所 確信持ってるわけね。
京都新聞 仮にこの記事を載せないということになれば、どうして載ってないのかという問い合わせが殺到すると思いますよ。
田所 殺到するか? あなた今はっきりそう言ったね。殺到すると思いますって。
京都新聞 まあまあ、殺到するというのはちょっとオーバーかもしれませんけども、なんで載せないのかという問い合わせは絶対来ると思いますよ。
田所 誰から来るのですか?
京都新聞 ですから関心をお持ちの方から来るとは思いますよ。
田所 それはあなたの推測でしょ。
京都新聞 ええ推測です。
田所 なら一回、載せなかったらいいんじゃないですか。
京都新聞 それはちょっとできないと思いますね。おそらく、次回いつあるのか知りませんけれども。
田所 情けない新聞社ですね本当に。何が大切なんですか、新聞社とか世の中にとって。
京都新聞 新聞というのは再三言ってるように、いろんな情報が載ってるわけですよね。そちら様一方でAKBの総選挙が不必要な情報であると、人によってはスポーツ面だけあったらいいとか、テレビラジオの欄だけがあったらいいとか、極論すればそういう読者の方もいらっしゃるわけで。
田所 ちょっと聞いてください、私がクライアント、あなたは私たちがお金を払ってる対象ですからそこを勘違いしないでほしいんだけど、広告だったら別に文句言いませんよ。広告は広告収入として京都新聞にお金が入るわけでしょ。記事で何でそんなもん書くかということなの。もっと他に書くことがあるのではないですかということなんですよ。
京都新聞 まああるでしょうね。
田所 あるでしょうねって言われたら
京都新聞 テレビや新聞の情報が世の中で起きてる必要な情報全て載ってるかと言えば、そういうことは決してないと思いますよ。
田所 わかってます、わかってます。万能を求めてるわけじゃないですよ。不要な情報を、しかも悪徳商法がらみでひょっとしたら犯罪になるかもしれないことを諸手を挙げて書くというのことはいかがなものかということを聞いているわけですよ。
京都新聞 先程来言っているようにAKB選挙っていうのは基本的にそちらも指摘されているように、お金でレコードやCDを買った人に投票権があると。それは私もわかっていますし、何度も言うように世間の人はわかっているという前提で。
田所 その前提、間違っています。あなたがそう思ってるだけで知りませんよ、年配の人はそんなこと。
京都新聞 そういった方もいらっしゃるかもわかりません。
田所 あなた何度も多数と言うからそれを正してるんですよ。どこのおじいちゃんおばあちゃんがCD買いに行って、時々珍しい人は買うかもわからないけど、そんなことするんですか。あなた勝手に決めつけたらだめですよ、なんの根拠もないのに。
京都新聞 一定の根拠は持ってますよ。一定の根拠というか、ですからそういう世の中の動きをそれを何も私だけじゃなくて不特定多数の人はそういう感覚を持ってるとそういうふうに判断しますけれどもね。
田所 そういう感覚って、どういう感覚ですか。
京都新聞 ですからAKBに一定関心があるという感覚ですよ。
田所 違います。あんたが言ってたのは選挙に関してお金を払って投票権を買うというのを年寄りだって知ってるとさっき言っていた。
京都新聞 はい、そういうもの知らないかもしれませんけど、からくりも浸透してると思いますよ。

wikipedia「AKB48」項より

◆ヨイショ記事ばかり書くんでしょ、共同から流れてきたものを……

田所 わかりました。それはあなたの思い込み。もう切ります。時間がもったいないからね。私はあなたがおっしゃっていただいたことは相当大きな問題をはらんでいるというふうに実感しますので、申し訳ないけどこれは書かせていただきますから。
京都新聞 どちらに何を書こうとされてるんですか?
田所 メディアに書きますよ。あなただってメディアの人間だから覚悟有って喋ってるわけでしょ。京都新聞批判として書かせていただきます。全く根拠ないことを年寄りの人もからくりを知っていて、でAKBの選挙はお金をこういうふうに払ってやるということを誰でも知っててそれで投票してると知ってる前提で書いている。あるいは国民の記事に対する要請があるから書いていると、全く証明の出来ないことをあなたおっしゃった。私全部録音してますから今。いいですか。最後にもし撤回されること訂正されることがあったら今おっしゃってください。
京都新聞 別に撤回とか、紙面にもなってる以上は京都新聞社として。
田所 あなた自分の見解をおっしゃったでしょ。
京都新聞 ですから私の見解のところと、そちらの聞き方も私、ユンとして聞いてる部分と、私にオフィシャルな応答室長として京都新聞社の応答室長として聞いてる所とありましたよね。その辺の線引きがね、私もそちらの質問でどこまでがどうなのかなという所もありましたけども。失礼ですがお名前お尋ねさせて頂いてよろしいでしょうか……。失礼ですが、年齢と大きく居住区をお尋ねしたいんですが。
田所 年齢は185歳で、住んでるのはバチカンです。
京都新聞 ちょっと冗談はおやめになっていただけますか。
田所 あなたの答えが冗談以上に私を馬鹿にしてるからこういう答えになるんですよ。
京都新聞 ちょっとそれせっかくお名前も名乗られて、年齢と居住区、一定参考にさせて頂きたい。こういう声が何歳の男性からってちょっと知りたいんですよ。
田所 なんなら行きますよ。京都新聞の本社に私はユンさん訪ねて。私は逃げも隠れもしないから。あなたのおっしゃったことは当たり前のように話してるけれども、とんでもない内容ですよ。
京都新聞 私は別にそうは思いませんけどね。
田所 だからそう思えないぐらいに気の毒だけどもあなたの頭の中の理解ではそういうふうにしかできないわけよ。だから私にあなた強制してるじゃない。このニュースは国民の大多数が関心を持ってるニュースだから載って当たり前だ。これがまず一つ。
京都新聞 まあ、そんな判断は京都新聞社としてはしてると。
田所 その次、こういう金を払ってやる選挙だということも多くの国民は納得している。この二つ。
京都新聞 納得じゃなくて知っているということです。納得という言い方はしてません。
田所 知ってると言うこと、まあその二つ私に強制したじゃないですか。
京都新聞 強制はしてませんよ。そう言ったことをあなたは知らないんですかというようなことを前提に話してきたわけでは決してないですよ。それはちょっと捻じ曲げてもらうとちょっと困ります。
田所 わかりました。知ってるということに直しましょうか。知っててなおかつその問題性を取り上げる記事を書かないでおいて、ヨイショ記事ばかり書くんでしょ、共同から流れてきたものを。
京都新聞 これご存知のように共同配信ですわね。

◆来年もしこの記事が載ったら、私、京都新聞にあなた訪ねて行きますからね

田所 それを書くだけのことでしょ。そんな醜い抗弁しなくて、あなたたちだってジャーナリストの端くれなんだから少しは社会正義とか、どういうことにプライオリティがあるかとか考えていただいたらいかがなんですか。
京都新聞 わかりました。そのご意見はもっともなんで。
田所 もっともだと思ったらそれを紙面に反映しなさいよ。
京都新聞 はい。編集の方にちゃんと伝えます。
田所 ちゃんと伝えるって、ちゃんと伝えたら伝えたで実現しなさいよ。来年もしこの記事が載ったらユンさん、私、京都新聞にあなた訪ねて行きますからね。ちゃんと伝えるってそういうことでしょうが。
京都新聞 伝えた上でまたどうなるかはここで確約できるものではありませんけどもね。
田所 何を言っているんですか。あなただっておかしいと思ってるて仰せじゃないですか。そんなことをしているから原発再稼働されるし、共謀罪作られるし、政府にやりたい放題されるんじゃないですか。言論機関が弱腰だから。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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