芸能界の重鎮・ビートたけしの再婚相手で、現在の所属事務所『T.Nゴン』の役員を務める女性A子氏について、週刊誌などでネガティブな情報が続々と報じられている。

そんな中、たけしの元弟子・石塚康介氏がA子氏からパワハラ被害を受けたとして、A子氏とたけしの所属事務所『T.Nゴン』に1000万円の損害賠償を請求した訴訟では、A子氏側(代理人弁護士は矢田次男、鳥居江美、金森四季の3氏)が答弁書で石塚氏(代理人弁護士は湯澤功栄氏)の主張を全面的に否定するところか、石塚氏の人間性も否定したに等しい過激な反論をしている。

その内容を前編に引き続き、紹介する。

石塚氏は『週刊新潮』誌上でA子氏からのパワハラ被害を実名告発した。その記事は『デイリー新潮』にも掲載された(『週刊新潮』2019年11月21日号掲載)

◆報酬は「月40万円」支払っていたと主張

答弁書におけるA子氏側の主張によると、俳優志望だった石塚氏は2010年頃に1年近く、たけしが毎週仕事のために出向く飲食店の近くに立ち続けて弟子入りを懇願し、弟子入りを果たしたのだという。そしてその後、石塚氏が『T.Nゴン』で雇用されるに至った経緯について、A子氏側は「たけしの好意」だったように主張している。次のように。

〈妻子のいる原告(引用者注・石塚氏のこと。以下同じ)の生活が成り立たないことを心配した社長(引用者注・たけしのこと。以下同じ)は、原告に対して、原告が俳優としての活動を優先させることを奨励しつつ、それ以外の時間において、社長の弟子としての諸業務のほかにも、被告会社(引用者注・『T.Nゴン』のこと。以下同じ)の雑務の一部を業務委託することとし、それら一切の業務履行の対価として月額40万円の報酬を支払うこととし、被告会社と原告とでこれを合意した〉

『T.Nゴン』が石塚氏に月40万円の報酬を支払っていたという話が事実ならば、単純計算で同社が石塚氏に支払っていた1年あたりの報酬は480万円だったことになる。A子氏側としては、石塚氏が妻子との生活を成り立たせることができたのは、たけしのおかげだと言いたいのかもしれない。

◆石塚氏のことを“恩をあだで返した人物”であるかのように主張

さらにA子氏側は答弁書において、たけしの弟子であったことは俳優志望の石塚氏にとって大きなメリットであったように主張している。次のように。

〈(引用者注・石塚氏は)社長のタレント活動の現場に同行したり、芸能活動に必要な雑務を手伝うことにより、俳優やタレントとして活動する上で必要な芸能界の常識を習得したり、知識、見識を深めたり、芸能界における人脈づくりをする機会を得ていた〉

また、A子氏側は答弁書で石塚氏について、〈社長の紹介、後押しにより、俳優として映画、ドラマ等に出演する機会を得ていた〉と主張。とくに、たけしの監督作品である映画『アウトレイジ ビヨンド』と『アウトレイジ 最終章』に石塚氏が出演していることについては、たけしの存在あってこその出演であったように強調している。次のように。

〈他の出演者は名だたる俳優ばかりという中で、まだ無名でキャリアも浅い原告がこれらの映画に出演する機会を得ることができたのは、社長の後押しがあってこそである〉

A子氏側の答弁書を見ていると、石塚氏のことを「たけしに散々面倒をみてもらっておきながら、恩をあだで返した人物」であるかのように非難している印象が否めない。

◆パワハラ被害を訴える石塚氏に対し、「社会人としての常識すら欠く」と反論

A子氏側の答弁書における主張のクライマックスは、次の部分だ。

〈原告は、特に取締役(引用者注・A子さんのこと)に対して、挨拶や話が聞こえないふりをして無視して返事をしないといった嫌がらせを度々行い、それを注意されても繰り返すという態度であったため、2019年7月30日、取締役が再度これを注意したところ、取締役に対して、「てめー、この野郎」「クソ女」「馬鹿野郎、ふざけんな」などと大声で怒鳴り、暴言についても謝罪しようとせず、そのまま一方的に被告会社を去ったものであり、社会人としての常識すら欠く対応を行っていたのはむしろ原告である〉

このA子氏側の主張を信じていいのか否かは現時点で判定不能だ。現時点で確実にわかることは、A子氏側がパワハラ被害を訴える石塚氏のことを「社会人としての常識すら欠く」人物であるかのように言い、「こちらこそ被害者だ」という趣旨の主張をしているということだ。A子氏側が答弁書で繰り広げた石塚氏への反論について、筆者が「石塚氏の人間性も否定したに等しい」と評した理由がこれでおわかり頂けたことだろう。

A子氏側は答弁書において、〈こうした原告の問題行動及びそれに対する被告会社の注意の詳細に関する主張立証については、原告の主張の整理を待った上で行っていく予定である〉と明言している。つまり、今後も石塚氏の人間性を否定するような反論をしていく意向とみられる。

一方、石塚氏も『週刊新潮』誌上でA子氏から受けたパワハラ被害を実名告発した際には、〈カメラで監視され、24時間、いつ理不尽なメールや電話が来るか分からない地獄の生活が続いたことで、ストレスで胃が痛み、夏なのにどうしようもなく寒く感じられ、鼻水が止まらなくなってしまい、私は仕事の途中に公園で倒れ込むようになってしまいました〉などと切々と訴えている(※)。訴訟の中でA子氏から人間性を批判するような反論をされたら、石塚氏も当然、再反論するはずだ。

現時点でどちらの言い分が正しいのかは判定しかねるが、この訴訟の行方は今後も注視し、めぼしい新情報が入手できれば報告したい。(了)

※石塚氏がA子氏から受けたパワハラ被害などを実名告白した『週刊新潮』2019年11月21日号の記事は、『デイリー新潮』でも3回に分けて掲載されている。〈〉内の石塚氏の主張は、その『デイリー新潮』の3回目の記事〈ビートたけし弟子が愛人をパワハラで提訴 「これ以上殿を孤立させないために」実名告発〉(https://www.dailyshincho.jp/article/2019/11220800/?all=1)から引用した。

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。近著に『平成監獄面会記』(笠倉出版社)。同書のコミカライズ版『マンガ「獄中面会物語」』(同)も発売中。

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芸能界の重鎮・ビートたけしの再婚相手で、現在の所属事務所『T.Nゴン』(代表取締役は北野武)の役員を務める女性A子氏について、週刊誌などでネガティブな情報が続々と報じられている。中には、たけしがA子氏と交際するようになって以降、人間が変わり、周囲から人が離れていったと断定的に伝える報道もあるほどだ。

この一連の騒動の中、注目を集めている人がいる。石塚康介氏。たけしの元弟子で、運転手を務めていた男性だ。石塚氏はA子氏からパワハラを受け、自律神経失調症を患ったと主張し、『T.N.ゴン』とA子氏に1000万円の損害賠償を請求する訴訟を東京地裁に提起した。さらに『週刊新潮』誌上でA子氏から受けたパワハラ被害や、A子氏と交際するようになって以降のたけしの変貌ぶりを実名告発している。

東京地裁でこの訴訟の記録を閲覧したところ、A子氏側(代理人弁護士は矢田次男、鳥居江美、金森四季の3氏)が答弁書で石塚氏(代理人弁護士は湯澤功栄氏)の主張を全面的に否定するどころか、石塚氏の人間性も否定したに等しい過激な反論をしていたことがわかった。それを前編、後編の2回に分けて報告する。

◆「およそ法律論となっていない」と一刀両断

石塚氏がA子氏から受けたパワハラ被害などを実名告白した『週刊新潮』2019年11月21日号の記事は、『デイリー新潮』でも3回に分けて掲載されている。その3回目の記事〈ビートたけし弟子が愛人をパワハラで提訴 「これ以上殿を孤立させないために」実名告発〉(https://www.dailyshincho.jp/article/2019/11220800/?all=1)において、石塚氏はA子氏から受けたパワハラ被害を次のように切々と訴えている。

石塚氏は『週刊新潮』誌上でA子氏からのパワハラ被害を実名告発した。その記事は『デイリー新潮』にも掲載された(『週刊新潮』2019年11月21日号掲載)

〈まず彼女の指示で、私は車を自由に使えなくなりました〉

〈現場には付き人やマネージャーが常にいるにも拘らず、彼女は私にもずっと現場にいて、殿を見ておくようにと指示する。私は現場から動けなくなり、ガソリンの給油すらまともにできないほど拘束されるようになりました〉

〈深夜に連絡してきたり、「今日は休みだけど、何かあったら電話します、と社長(たけし)が言っています」と言ってきたり。そう言われると待機せざるを得ず、とにかく私を休ませないようにしようという嫌がらせにしか思えませんでした〉

〈カメラで監視され、24時間、いつ理不尽なメールや電話が来るか分からない地獄の生活が続いたことで、ストレスで胃が痛み、夏なのにどうしようもなく寒く感じられ、鼻水が止まらなくなってしまい、私は仕事の途中に公園で倒れ込むようになってしまいました〉

石塚氏のこれらの告白が事実なら、まったく酷い話だ。この記事を読み、A子氏のことを人格異常者のように思った人もいるかもしれない。石塚氏は訴訟に提出した訴状でも同様のパワハラ被害を訴えている。

では、A子氏側が答弁書で行っている「過激反論」はどんな内容なのか。

A子氏側はまず、次のように石塚氏の訴状における主張全般を一刀両断にしている。

〈原告(引用者注・石塚氏のこと。以下同じ)は(……中略……)被告A子氏(引用者注・原本では実名)によるパワーハラスメント等の被告らによる不法行為により原告が退職に追い込まれたことについて主張、立証として、2019年5月1日から7月31日までの一日ごとの出来事を縷々述べるが、その内容は事実と単なる感想とが混然としており、不法行為に該当するとしている具体的事実が判然とせず、いかなる事実がなぜ不法行為に該当すると主張するのか全く不明であり、およそ法律論となっていない〉

読んでおわかりの通り、A子氏側は石塚氏の主張1つ1つに反論するのではなく、石塚氏の主張が全般的に「意味不明」であるかのように言い放っているのだ。「およそ法律論となっていない」という言い方からは、石塚氏の代理人弁護士である湯澤氏のこともバカにしているような印象を受ける。

◆パワハラ被害の訴えに対し、「注意や業務連絡等を行っていたにすぎない」

答弁書を見ると、A子氏側も石塚氏に対し、あれこれと注意などをしていたこと自体は認めている。だが、石塚氏がそれをパワハラだったと主張していることに対しては、次のように猛烈に反論している。

〈そもそも、原告の、自らには何ら落ち度がないにもかかわらず取締役(引用者注・A子氏のこと。以下同じ)が原告に対して不要な注意、叱責等をしたとの主張は事実と全く異なる。

原告には、取締役や被告会社(引用者注・『T.Nゴン』のこと。以下同じ)の他の従業員に対して挨拶や返事をしない、必要な業務報告を十分に行わない、社長(引用者注・たけしのこと。以下同じ)がよく利用する飲食店の従業員らに対して社長や取締役の悪口を言う、社長の運転手であることをプロフィールで明記している原告のツイッターアカウントにおいて被告会社の名誉を毀損する内容のツイート、被告会社に無断で社長のプライベートにおける言動の内容や買い物の内容のツイート及び写真、社長の肖像や監督作品の名称等をプリントした洋服を多数制作しそれを販売しているかのような内容のツイート等を発信するなどの問題行動があった。

そのため、取締役はその都度、必要かつ相当な範囲内での注意や業務連絡等を行っていたにすぎず、およそ不法行為と評価されるような言動はしていない。このことは、原告が取締役から受領したメールであるとして提出している甲第6号証のメール文面からも明らかである。取締役はこれらのメールにあるように、原告に対して常に丁寧な言葉で、業務上必要な範囲の連絡を行っていたものであり、「原告を支配」していたなどという状態とはほど遠い〉

これも一読しておわかりの通り、A子氏側は、石塚氏が普段から数々の問題を起こしていたと主張。そのうえで、石塚氏に注意などをしていたことの正当性を訴えているわけだ。

これが本当なら、A子氏からのパワハラ被害を週刊誌で実名告発した石塚氏のほうこそがとんでもなく酷い人物だったことになってしまう。逆にA子氏側のこの主張が事実と異なるならば、A子氏は石塚氏に対して酷いパワハラを繰り返したうえ、訴訟の中でも悪質な侮辱行為を行ったと言わざるをえない。

◆メールで「挨拶もできない人はダメです」

ちなみに、石塚氏がA子氏から受領したとされる“甲第6号証のメール”には、たとえば以下のようなものがある。これらを見る限り、A子氏が石塚氏に対し、少なくともメールでは、丁寧な言葉を使っていたのは事実であるようだ。

〈お疲れ様です。一応文字にしておきます。北野が仕事をしているときは側に居ることが仕事ですので現場は離れないで下さい〉(2019年5月2日 木曜日13:35)

〈お疲れ様です。夜分に遅くにすみません。明日は休みで連絡もなしで大丈夫です。何か用事がある時にはご連絡致します。電話だけはいつも繋がるように宜しくお願い致します」(2019年6月9日 日曜日3:11)

〈お疲れ様です。夜分遅くにすいません。9日夕方新横浜に車で迎えに宜しくお願い致します。5時半に新横浜だと思います〉(2019年7月7日 日曜日2:26)

〈挨拶もできない人はダメです。後、北野関係や北野の運転手をしていて、他人から頂き物をした場合は報告して下さい。こちらもお礼をいわなければならないし、北野が恥をかく事になるので、色々気をつけて下さい〉(2019年7月18日 木曜日11:36)

言葉は丁寧だが、A子氏が石塚氏に深夜に連絡していたのは事実のようだし、「挨拶もできない人はダメです」という注意は手厳しい印象が否めない。ただ、石塚氏が本当に「挨拶もできない人」だったのか否かは現時点で不明のため、このメールの内容についても今はまだ適切な評価は不能だ。

果たして石塚氏とA子氏、どちらの言い分が正しいのだろうか――。(後編につづく)

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。近著に『平成監獄面会記』(笠倉出版社)。同書のコミカライズ版『マンガ「獄中面会物語」』(同)も発売中。

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「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

◆被告になった「上級国民」たち

2月17日、トヨタレクサスの暴走死亡事故を起こした、元東京地検特捜部長の石川達紘被告(弁護士・80歳)に対する初公判が東京地裁で開かれた。起訴事実は自動車運転死傷処罰法違反(過失運転致死)である。

車載の事故記録装置などをもとに「被告が運転操作を誤った」とする検察側に対し、石川の弁護側は「車に不具合があり勝手に暴走した。(石川の)過失はなかった」と無罪を主張した。石川が無罪となれば、トヨタの技術の粋を凝らしたレクサスに何らかの不具合があったことになり、トヨタのブランドは大きく傷つくことになる。かつて検察のエースと呼ばれた男と、日本を代表する自動車メーカーの法廷闘争の始まりである。

いっぽう、元通産官僚の飯塚幸三(88歳)の起訴も確定した。池袋母子轢殺暴走事件で逮捕されなかった「上級国民」である。石川被告も逮捕されていないので、あらためてアンタッチャブルな「上級国民老人」の裁判が注目を浴びることとなったわけだ。このふたりの「暴走老人」の事件は、何度でもネットで報じることで記憶から消してはならない。

とくに記憶を喚起しなければならないのは、石川達紘が死亡させた被害者を気遣うこともなく「はやくここから俺を出せ!」と通行人に命じ、「俺ではなく、クルマが悪いのだ」と今も明言していること。さらには被害者遺族に「後日、保険会社から連絡します」と、同僚弁護士に言わしめたこと、そもそも20代の美女とゴルフに行くために、結果的に100キロの猛スピードで事故を起こしたこと。そして飯塚幸三が「アクセルがもどらなかった」「(予約の)フレンチに遅れるから急いだ」「メーカーは老人が安全に乗れる自動車を造るよう、心がけてほしい」と明言し、これも100キロを超すスピードで事故を起こしたことであろう。石川は犠牲者遺族と示談したが、飯塚は謝罪すらまともに行なっていないのだ。


◎[参考動画]「天地神明に誓って…」元特捜部長が起訴内容を否認(ANN 2020/02/18)

トヨタレクサスの暴走死亡事故を起こした元東京地検特捜部長の石川達紘被告(弁護士・80歳)の経歴(wikipedia)

◆勲章を剥ぎ取れ?

この二つの事件を忘れてはならない理由のひとつは、いうまでもなく二人が瑞宝重光章の受賞者であり、アンタッチャブル(逮捕無用)な存在だからである。本欄で何度も論じてきたが、日本の人質司法はカルロス・ゴーンのような証拠が明白な経営案件(背任罪)でも、長期拘留することで先取りの刑罰を与える。その証拠に、有罪で実刑になったさいに量刑は「懲役〇〇年、未決参入〇年〇月」と宣告される。未決拘留が実質的に刑罰であることを、裁判所が認めているということなのである。

そのいっぽうで、今回のように受勲者は人質司法(逮捕・勾留・拘置)から除外されているのだ。これではもはや、法の下の平等がないに等しい。そしておそらく、高齢者の事犯ということで有罪になっても執行猶予が付されるだろう。特権階級としての「上級国民」は言うまでもなく、象徴天皇制の実質である。身分差別や民族排外主義ではなく、いわば国民融和の柱として律令制いらいの叙位叙勲が生きている事こそ、もっと論じられなければならない。


◎[参考動画]池袋暴走事故 元院長はなぜ在宅起訴なのか (FNN 2020/02/06)

池袋母子轢殺暴走事件を起こしても逮捕されなかった元通産官僚の飯塚幸三被告(88歳)の経歴(wikipedia)

ところで、その瑞宝重光章がどれほどのものかというと、旧叙勲制度では「勲二等」である。菊花章の次に格が高く、同格の旭日章よりも、やや大衆的なものといえばイメージがつかめると思う。春秋の叙勲者を約8000人(年間)として、瑞宝重光章は70~80人である。おいそれと貰えるものではないのだ。勲章自体がスポーツ選手でも貰える紫綬褒章などの褒章よりも重く、長年の国家および公共への功績という要件がある。

今回、ふたりの「上級国民」が有罪判決を受けた場合、瑞宝重光章は剥奪されるのだろうか。アテネオリンピックと北京オリンピックの柔道金メダルリスト、内柴正人が準強姦事件で懲役5年の実刑判決をうけ、全柔連から永久追放処分を受けたのは記憶に新しい。このとき内柴は紫綬褒章を剥奪されている。

その法的な根拠は「勲章褫奪令(くんしょうちだつれい)」という古い政令である(明治41年公布、平成28年改正)。この政令の第1条によると、勲章を有する者が死刑・懲役・無期もしくは3年以上の禁錮刑に処せられた場合、その勲章は取り上げられるとなっている。

◆勲章褫奪令

一条
勲章ヲ有スル者死刑、懲役又ハ無期若ハ三年以上ノ禁錮ニ処セラレタルトキハ其ノ勲等、又ハ年金ハ之ヲ褫奪セラレタルモノトシ外国勲章ハ其ノ佩用ヲ禁止セラレタルモノトス但シ第二条第一項第一号ノ場合ハ此ノ限ニ在ラス
②前項ノ場合ニ於テハ勲章、勲記、年金証書又ハ外国勲章佩用 免許証ハ之ヲ没取ス前級ノ勲記ニ付亦同シ

第二条
勲章ヲ有スル者左ノ各号ノ一ニ該当スルトキハ情状ニ依リ其ノ勲等、又ハ年金ヲ褫奪シ外国勲章ハ其ノ佩用ヲ禁止ス
一 刑ノ全部ノ執行ヲ猶予セラレタルトキ
二 三年未満ノ禁錮ニ処セラレタルトキ
三 懲戒ノ裁判又ハ処分ニ依リ免官又ハ免職セラレタルトキ
四 素行修ラス帯勲者タルノ面目ヲ汚シタルトキ

つまり、3年以下の禁固刑か執行猶予であれば、第2条の「情状」により勲章・年金は剥奪されないことになる。ちなみに、カルロス・ゴーンは「素行修ラス帯勲者タルノ面目ヲ汚シタルトキ」に当たるとされた場合、やはり「情状」によって剥奪されることになる。

いずれにしても、叙位叙勲なる制度がおそらく国民の0.8%(同一世代100万人に対して8000人)とはいえ、身分差を作り出していること。そして今回明らかになったように、逃亡の怖れがないとか何とかの理屈付けはともかく、先行刑罰としての逮捕・勾留・拘置から自由であるという事実。これこそ指弾されなければならない。4月29日と11月3日の叙勲の日に「勲章なんかやめろデモ」でも組織してみるか、である。

もうひとつ、この「上級国民」二人の「犯行」で忘れてならないのは、80歳を超えんとする後期高齢者(石川は事件時78歳だった)が、走る凶器を運転していいのかということだ。自動車運転が事故から無縁でないことは、わたしのような慎重なドライバーでも事故を起こしたことはあるし、クルマを手放して自転車に乗り換えても二度、自動車ドライバーの不注意(後方確認なしのドア開け)などで事故に遭っているのだ。

そしてそもそも自動車および自動車産業は、戦争経済の延長に戦車や戦闘機をクルマの形にかえて、高速運転による人間の闘争本能を刺激しつつ、意味のないモータリゼーション(遠隔地からの商品輸送・高速ドライブ・煽り運転)をもたらしてきたのだ。これについてはテーマを変えて論じたいが、80歳で運転するという信じられない行為から指弾されるべきであろう。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業。「アウトロージャパン」(太田出版)「情況」(情況出版)編集長、最近の編集の仕事に『政治の現象学 あるいはアジテーターの遍歴史』(長崎浩著、世界書院)など。近著に『山口組と戦国大名』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『男組の時代』(明月堂書店)など。

月刊『紙の爆弾』2020年3月号 不祥事連発の安倍政権を倒す野党再建への道筋

鹿砦社創業50周年記念出版『一九六九年 混沌と狂騒の時代』

本通信でお伝えしていますとおり、鹿砦社は昨年創業50周年を迎え、東京と西宮で記念の集会を開きました。両会場ともに多くの方々にお越しいただき、成功裡に楽しい時間を過ごすことができました。Paix2(ぺぺ)はお忙しいスケジュールの中、東京、西宮両方の集会に駆け付けて、ライブを披露してくださいました。

Paix2は2000年の鳥取刑務所を皮切りに、全国すべての刑務所や矯正施設を訪問しつくし、ついにこの日「堀の中」でのコンサートも今回の横浜刑務所で500回目を迎えました。横浜市港南区にある横浜刑務所でのPaix2のコンサートは4回目(前回は2016年)。

17日から、暖冬だった今冬の気候が嘘のように、全国を寒気が襲いました。私たちはメディアでは唯一、コンサート当日だけでなく、前日の準備段階から密着取材を行いました。

以下はスタッフによる取材記録です。

《コンサートの前日、17日14:30過ぎに片山マネージャーが運転する、1トン近くに及ぶ音響機材とmegumi(めぐみ)さん、manami(まなみ)さんを乗せたワゴンが横浜刑務所に到着した。

今回の会場は機材の搬入に、踊り場を含めて30段の階段を上らなければならない。横浜刑務所職員の方々のご協力を得ながら、「歌手」であるお二人も機材運び、設営に寸分も無駄のない準備に取り掛かる。体の丈夫な若い男性でも、下手をしたら腰を痛めるような重量の機材を、ピンクの軍手に掌を包んだ、megumi(めぐみ)さんが慣れた手つきで会場の講堂に運んでゆく。

写真撮影だけしていると、目前でキビキビ動く皆さんの姿に、撮影ばかりしているのが心苦しくなった。比較的小さなケースなら私でも運べると思い手を出したら、片山マネージャーが「怪我しますよ。やめたほうがいいですよ」と声を掛けてくださった。的確なアドバイスだった。手を出した箱は、一見大きくはなかったが、写真撮影の専門家ではない取材者がカメラを片手にバランスをとれる重さではなかった。

講堂の中に持参した音響機材一式を運び入れたら、休むまもなくミキサーやアンプ、スピーカーの設営に取り掛かる。

「プリズン・コンサート」を聴く会場には800席近い椅子が既に並べられている。椅子の設置は入所者の方々が担当されたと、刑務所の方から伺った。ステージにはやはり入所している方々が作成された「500回記念公演Paix2」の大きな看板が目を引く。正面から見ただけではわかりにくいが、文字の部分が発泡スチロールのようなもので立体的に作られていて、お二人も感激されていた。

音響機材のセッティングが終わると、早速リハーサルだ。モニタースピーカ―の音声やバランスを確かめながら、会場最後尾のブースで音響をコントロールする、片山マネージャーと舞台上のお二人との間で細かいチェックが続く。

リハーサルが終わり、講堂をあとにしたのは17:30頃だった。18日は7:30から最終のチェックを行い、その後コンサートを聴かれる入所者の方々が順次会場に入り着席して開演を待つ。

今回の500回記念「プリズン・コンサート」にはテレビ局2社のほかに、15名のマスコミ関係者が集まった。横浜刑務所の担当者の方々は、制約が多い刑務所内の取材ではあるが、取材に最大限のご配慮をいただいた。取材についての注意点が説明され、講堂内の待合室に取材者一同が通された。

9:30予定通り、ステージの幕が開き500回目のプリズンコンサートが始まった。刑務所での撮影は、入所している方々のプライバシーへの配慮が最優先されるので、入所者の方々の姿はご紹介できない。

1時間余りにわたり9曲を歌い上げたPaix2(ぺぺ)のお二人に、入所者代表のお二人から花束の贈呈があった。花束を手にした二人はアンコールに「日本酒で乾杯!」を歌い拍手の中コンサートは終了した。

コンサート終了後、別室にて横浜刑務所長より、Paix2(ぺぺ)のお二人と片山マネージャーのお三方に「感謝状」の贈呈が行われた。500回記念のこの日は横浜刑務所だけではなく、法務省の責任者の方も来賓として会場におられ、「感謝状」贈呈式にも来賓の方々が立ち会われた。二人だけではなく片山マネージャーにも感謝状を準備された石塚淳横浜刑務所所長は、「この活動はお二人だけではなく、事前の準備や移動など片山さんの存在なしには成立しなかったと考えますので、片山さんにも感謝状を準備しました」と配慮されたことを語った。「感謝状」は紙ではなく木製で、心のこもった贈呈式となった。》

鹿砦社はPaix2の偉業を称え、近く記念書籍を出版する予定です。その関係で当日は私もスタッフとして、会場に入ることができました。

横浜刑務所は重刑者が多いそうですが、見るからにコワモテの入所者700人を前に堂々と歌ったPaix2のお二人の表情には清々しさが垣間見れました。さすがに20年間500回という前人未到のプリズン・コンサートをやり抜いただけはあり、頭が下がります。日本にもいまだにこういう方がいるのは、まだ救いです。

横浜刑務所でのコンサートが終了したあとに、機材搬出を終えたPaix2と片山マネージャーに近くのレストランにお越しいただきました。どうしてもこの日をお祝いいたしたく駆けつけ、ささやかながら「プリズン・コンサート500回記念」と刻印した時計をプレゼントいたしました。

簡単に「500回」と言ってしまえばそれまでですが、取材者の報告にもある通り、体力的にも精神的にも、また経済的にも、とてつもなく大変な偉業です。誰でも知っている有名なタレントが、話題作りや人気取りに数回単身で慰問に訪れるのとはわけが違います。Paix2の二人と片山マネージャー、500回本当にお疲れ様でした!これからもご活躍を期待します! 

私たちも、ファン・クラブの強化・拡充を図るなど、後方から最大限のサポートを惜しみません。(ファン・クラブ入会はPaix2のサイトをご覧ください)

繰り返しになりますが、Paix2の偉業を近く鹿砦社は緊急出版する予定です。その中には、ここではお伝えできないエピソードや密着取材の写真も多数ご紹介する予定ですのでお楽しみに!(具体的には決まり次第お知らせいたします)

◎Paix2(ぺぺ)オフィシャルウェブサイト https://paix2.com/
◎Paix2(ぺぺ)関連記事 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=77

Paix2『逢えたらいいな―プリズン・コンサート300回達成への道のり』(特別記念限定版)

もう昨年になりますが、2019年12月31日大晦日、一昨年に続き私は釜が崎に向かいました。大学の先輩でもありフォーク歌手・中川五郎さんが来られ越冬闘争支援で歌われるということで。中川さんはこれで8年目ということでした。ここ10年ほど、夏と冬、山谷や釜でみずから進んでノーギャラで歌っておられるということです。一時は歌わない時期もあったそうですが、還暦を過ぎてから、とみに活発にあちこちに歌いに行かれているようです。今70歳、普通なら隠居してもいい歳ですが、老いてますます盛ん、力強い歌声は私たちを圧倒します。

1968年メキシコ・シティオリンピック表彰台(左端がピーター・ノーマン)

中川さんは1968年に同志社大学文学部に入学、私は2年遅れて70年に入学、その頃には中川さんはすでに学外での活動や仕事に忙しかったので、在学中は、その名は知っていても直接の接触はありませんでした。

直接知り合ったのは、50年近く経った一昨年11月の同志社大学学友会倶楽部主催のイベント(トーク&歌)に出演いただくということで、その前に釜の難波屋でのライブに行き、想像していた以上の迫力に圧倒されました。

その時に聴いた長い曲『ピーター・ノーマンを知ってるかい?』には身震いさせられるほどのショックを受けました。1968年のメキシコ・シティオリンピックでの黒人差別に抗議した、金と銅メダルの黒人アスリート2人に共鳴した白人の銀メダリスト、ピーター・ノーマンのその後の迫害の人生についてのものです。68年から50年の2018年、あまり広くは知られてはいませんが、中川さんはこの曲を発表されました。中川五郎という歌手にとっても、一人の人間としても最高傑作だと思います。

個人的な想いですが、「この人はこの曲を作るために、これまで活動されてきたんだ」と勝手に解釈しています。

今のところアルバムには収められていないということですが、今年発売予定のアルバムには収録されるそうです。今はYou Tubeでしか聴けません。20分以上の長い曲ですが、時間的な長さを感じさせません。ぜひお聴きください。

他にもメッセージ・ソングが数多くありますが、中川さんについては、まさに受験生時代に聴いた『受験生ブルース』のイメージが強く、これほどメッセージ色の強い曲を多く作られているとは、不覚にも知りませんでした。

メキシコ・シティオリンピックから50年後の2018年11月11日、母校同志社大学でピーター・ノーマンを偲び歌う中川五郎さん


◎[参考動画]中川五郎『ピーター・ノーマンを知ってるかい?』(2018年11月11日同志社大学)

2019年12月31日釜が崎にて歌う中川五郎さん

大晦日は過ぎてゆく(集い処はなで。撮影・尾﨑美代子さん)

越冬闘争のステージが済んで、この通信でもお馴染みの尾﨑美代子さん経営の「集い処はな」でのライブ、駆けつけたミュージシャンが続々歌い、ようやく中川さんの出番がやってきました。私からのたっての希望で『ピータ・ノーマンを知ってるかい?』を歌っていただきました。これで年を越せる!

一昨年の同志社でのイベントに続き昨年1月の鹿砦社新年会(於・吉祥寺)でも歌っていただきました。お住まいが国立だということで気軽にお願いしたのですが、快くお引き受けいただきました。「この方は本当に歌うことがすきなんだな」と思いました。

どなたかが同志社でのイベントをYou Tubeにアップされていますが、この1年余り『ピーター・ノーマンを知ってるかい?』をよく視聴しエネルギーを注入してもらっています。

人間には、どうしても超えることのできない人がいます。この1月18日で、全国の刑務所や矯正施設などを回って歌う「プリズン・コンサート」前人未到の500回を達成する女性デュオ「Paix2(ペペ)」とマネージャーの営為は、私には絶対にできないことですが、中川さんの営為も私にはできません。「当たり前だろ!」と言われれば、その通りですが、中川さんにしろPaix2にしろ、日本にもこんな素晴らしい営為をされている方々がいると思うと、日本の未来もまだ捨てたもんじゃないと元気づけられますし、できうる限りの応援をせねば、と考えています。

新年早々、ちょっと清々しい気持ちになったところを綴ってみました。

7日発売!2020年もタブーなき言論を! 月刊『紙の爆弾』2020年2月号

『NO NUKES voice』22号 新年総力特集 2020年〈原発なき社会〉を求めて

鹿砦社創業50周年記念出版『一九六九年 混沌と狂騒の時代』

 

高部務『あの人は今 昭和芸能界をめぐる小説集』

著者は1968年に高田馬場にある大学に入学、と『一九六九年 混乱と狂騒の時代』の冒頭にある。ベトナム反戦運動のさなか、立川の高校に通っていたというから60年代末を多感な時期に体感したといえよう。そんな著者が週刊誌のトップ屋稼業をはじめた70年代からのエピソードをもとに、昭和の空気を味わうがごとく切りとった小説作品集である。実在の人物をもとにした小説であれば、仮名を用いてもそこはかとなく登場人物の息づかいが感じられ、暴露ものではないと思いつつも「あっ、これは誰それだ!」という興味が先を読ませる。なかなかのエンターテイメントなのだ。

たとえば、表題作「あの人は今」の西丘小百合は南沙織である。おりしも出版社系週刊誌の黎明期で、スクープをねらう芸能記者のうごき、事務所と結託した番組スタッフのうごめき、そしてその結果としての女性歌手のささやかな夢の実現。彼女が沖縄米軍基地および日米地位協定の理不尽さに憤りをもっているのは、わたしのような芸能界門外漢でも知っていることだけに、読んでいてリアルで愉しい。

◆昭和の芸能一家の喜悲劇

その西丘小百合こと南沙織が南田沙織としてブラウン管に登場する「蘇州夜曲」は、福島県いわき市の一家の父親が娘のかおりを歌手デビューさせようと奮闘する、70年代にはよくあった東北と東京の光景ではないか。700万円で戸建ての家が造れた時代に、資産家とはいえ1千万円単位でデビュー資金を要求される。坪3000円の土地担保で融資された4千万円は、すでにレコード大賞の審査員や著名な音楽家たちの懐に渡っているのだ。1億円近くを詐取された父親は、警察に告訴するも娘とカネはもどってこない。芸能界の華やかなステージの裏側に、こんな喜悲劇(せめて喜びもあったとしたい)は山とあったのだろう。我慢という名前の芸能プロデューサーが実刑判決を受けたのが、父親とこの作品にとっては唯一の救いだ。名曲蘇州夜曲が物語の背景にあることがまた、昭和のロマンを伝えてくれる。

「同窓生夫婦」も芸能界デビューを夢みる少女の物語だ。第二の山口百子(=山口百恵)を夢みた少女は、地方の勝ち抜き歌合戦をへて芸能プロに所属することになる。母親を援けたいという動機はしかし、女と駆け落ちをした父親との再会という、やや救いの乏しい現実から出発している。これが作品中に果たされないのは、読者にとっては虚しい。

ともあれ彼女は堀米高校(=堀越学園)に通いながら、同級生のライバルたちと凌ぎを削る。しかるに、凌ぎを削るのは異性関係の足の引っ張り合いというか、スキャンダルであるのは言うまでもない。少女は芸能プロの男とのあいだに出来た子供を堕胎したことを、新人賞をめぐるライバルの同級生にリークされ、賞レースの年末までに華やかなステージから沈んでしまう。救いは彼女を慕って(?)いた中学からの同窓生の男の子だった。おそらく今でも大半の歌手志望者が落ち着く、カラオケスナックを第二のステージにした歌手生活が、彼女のささやかな幸せを受け止めたのだ。喝采。

「マネージャーの悲哀」の麻田美奈子モデルがあるとすれば、大阪から上京した赤貧の母娘と言う設定なので、浅田美代子ではなく麻丘めぐみであろうか。そのアイドル候補に怪我をさせた件(濡れ衣)で母親に土下座させられたマネージャーは、女子大生ブームの新しいアイドルにも身代わりの土下座をさせられた末に、暴露本ライターに行き着く。ベストセラーになったらしく、かれは国道沿いにホルモン店をいとなむ。何というかまぁ、めでたし。

順番は前後するが「消えた芸能レポーター」は喫茶店のボーイから記者(芸能レポーター)になった元受験生が、じつは強姦犯だったというミステリアスな展開だ。作品のなかばからドキュメンタリータッチに感じられる筆致は、この原案が事実だったことを感じさせる。失踪した元強姦犯は樹海の中で死んだのか、それともまだ生きているのか――。


◎[参考動画]南沙織 夜のヒットOPメドレー

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)
著述業、雑誌編集者。近著に『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)『男組の時代――番長たちが元気だった季節』(明月堂書店)など。『一九六九年 混沌と狂騒の時代』では「『季節』を愛読したころ」を寄稿。

高部務『あの人は今 昭和芸能界をめぐる小説集』

◎朝日新聞(2019年11月23日付)にも書評が掲載されました!
高部務〈著〉『あの人は今 昭和芸能界をめぐる小説集』(評者:諸田玲子)

小泉進次郎の環境大臣就任にさいして、本欄でこう指摘してきた。

「安倍政権が、単に小泉人気を取り込んだだけではなく、閣僚人事が熾烈な『政局』であることを見ておく必要があるだろう。」

というのも、菅義衛官房長官の『文藝春秋』での対談をテコにした取り込みが、安倍総理の了解のもとにおこなわれてきたからだ。これも以下に指摘しておいた。

「今回のパフォーマンスには、小泉進次郎がこれまで石破茂を総理候補として支持してきた(地方・農業政策は石破茂と一致している)ことから、安倍総理への宗旨替えを表明させたものと見られている」

◆上級国民たる小泉進次郎と滝川クリステルの「特異性」「選民性」

それはしかし、滝川クリステルとの結婚発表のパフォーマンス(これも菅義衛の仕込み)で描かれていたシナリオでありながら、上級国民たる小泉進次郎と滝川クリステルの「特異性」「選民性」を浮き出させる結果となった。

上級国民としてのパフォーマンスを嫌悪したのは、一般国民のみならず自民党の年輩の議員たちも同様であった。そしてその空気はメディアにおいても、手痛いしっぺ返しが小泉新大臣を襲うことになったのだ。それは伴侶となった滝川クリステルの浪費壁とおもいうべき金銭感覚においても。

「進次郎(資金1位)の足を引っ張る滝クリの『金銭感覚』」
●「おもてなし」でギャラ高騰 今も年収1億円超え
●滝クリ セレクトは月80万円マンション、50万円バッグ、ベンツ
●進次郎“女子アナ密会”ホテルに政治資金で宿泊代67万円
(以上、11月7日発行「週刊文春」)

滝川クリステルとの結婚を首相官邸で行なうという、前代未聞のパフォーマンスをどう見るべきであったか? 本欄の過去記事から、再度指摘しておこう。

「マスコミが国民的な関心をあおり、全国放映するという異様な光景だ。かれは特別な階級に属する、国民が注目するべき貴人なのだろうか? 小泉進次郎は国会議員とはいえ、ふつうの国民ではないのか? いや、かれはふつうの国民ではない。上級国民なのだから――。」資産と生活において、まさにこの夫婦は「上級国民」だったのだ。


◎[参考動画]小泉進次郎議員と滝川クリステルさんが妊娠・結婚へ(テレ東 2019/08/07公開)


◎[参考動画]総資産最多は小泉進次郎氏 全額がクリステルさんの資産(FNN 2019/10/25公開)


◎[参考動画]滝川クリステルさんのプレゼンテーション IOC総会(ANN 2013/09/08公開)

◆基本ポリシーの欠落

一挙手一投足がマスコミに注目され、ある意味では晒しものになりつつあると言って間違いではないだろう。菅官房長官が小泉進次郎を政権に取り込んだ稚拙さ、あるいは安倍晋三総理の「政敵の一部を取り込みつつ、その将来を奪う」という戦略の巧みさは、もはやどうでもいい。これまで、記者の一般的な質問に無責任な立場から政権批判をしていた当の本人が、環境大臣というきわめて難しい立場に置かれて、その不勉強ぶりと定見のなさを暴露されているのだ。

「気候変動問題はセクシーに」という無定見。国連の会見で「火力発電を減らす」と断言した小泉大臣は、その方法を外国メディアから聞かれると、しばらく沈黙して「私は、大臣に先週なったばかりです」などと言うだけだった。そのニューヨークでは、環境破壊の元凶でもある牛肉のステーキを食べたと、自慢げに公言するあり様だ。家畜飼料として、鶏肉1キロを生産する場合に必要なトウモロコシは3キロ、豚肉1キロで7キロ、牛肉1キロでは11キロである。牛肉は飼育期間が長く、飼料の量はそのまま多くなるからだ。畜産も排せつ物などで温室効果ガスを排出している。なかでも牛の排出量は飛びぬけて多いとされている。小泉大臣はおそらく、何も知らずにステーキ発言をしたのであろう。ステーキを食べるなとは言わない。環境問題にかかわる政治家・大臣としては不適切な発言であることを知るべきだ。


◎[参考動画]「気候変動問題はセクシーに」小泉大臣が国連で演説(ANN 2019/09/23公開)

政治評論家の伊藤惇夫氏は、小泉進次郎を評してこう語っている。

「大臣としては新人で、政策などに通暁していないのはある程度仕方がないと思います。小泉さんは如才がなく、受け答えの能力は高いです。確かに、表面的には正論めいたことを言います。しかし、外交や安全保障といったこの国の方向性についての主張で、納得できる発言は記憶にないですね。小泉さんの発言に中身や具体性、方向性がないことが、大臣になって表面化したのではないですか」(9月24日、J-CASTニュース)。

ようするに、基本的なポリシーがないのである。自民党農政部会のときの農協改革を加速させた「手腕」は、日本の農業に寄り添うかたちで、農協関係者の理解を得られることが出来たが、それは人気政治家を農林族に取り込もうとする関係者の利害にすぎなかった。それが政府にとって困難(ネガティブ)なテーマになると、たちまち無内容ぶりを露見せざるを得ない。たとえば水俣病である。

◆水俣での猛反発

10月19日に熊本県水俣市で水俣病関連の慰霊祭に参列しているが、関係者との意見交換会では、特別措置法で定める周辺住民の健康調査を行うかどうか、あやふやな発言を続けて反発を招いている。小泉大臣は慰霊式のあと地元の商工会関係者と懇談し、人口減少をめぐる悩みこう答えたというのだ。

「減るものを嘆くより、減る中で何ができるか考える街作りをやりませんか。一緒になって考えれば、日本らしい発展の道が描けると思う」と、口当たりの良い言葉のほかに、具体的なことは何も語っていないのだ。

水俣病被害者団体の約20人との意見交換会では、激しい反発をくらっている。

「大臣、ねえ、ちゃんと返事してくださいよ」

小泉大臣が締めのあいさつをした後、出席者の1人があきれたように声を張りあげたといいうのだ。周知のとおり、平成21年に施行された水俣病特別措置法に盛り込まれた周辺住民の健康調査は、いまだに行われないままで、被害者団体から健康調査を求める厳しい批判が相次いでいる。

「健康調査は大臣の一言でできる。水俣病の症状がある多数の患者が切り捨てられてきたんです」「小泉氏には行動力がある。大臣が水俣病を公害の原点と思うならば、きちんと片付けて。63年たっても解決しないのは国が被害者の声を聞かないからだ」「解決を目指すために政治が主導権を発揮すべきだ。持ち前の指導力と発信力を発揮してもらいたい」

声を震わせながら批判する出席者に対し、小泉大臣は正面からの答えを避けた。
「要望は精査する。環境省職員は新しい大臣にまず『環境庁は水俣病がきっかけとなって立ち上がった。そのことを決して忘れるな』と言っている。そのことを忘れず、何ができるかを考えていきたい」

「水俣病被害者の会」の中山裕二事務局長も産経新聞などの取材に不満をにじませたという。

「小泉さんは一見歯切れがよさそうだが、よく聞けば何も語っていない。水俣病をもって環境庁ができたというが、むなしく聞こえる」

その後の記者会見でも、地元メディアから、健康調査の実施に後ろ向きな環境省の姿勢を批判する質問が相次いだ。小泉大臣は口をへの字に曲げ、こう繰り返すのみだったという。

「現時点で具体的時期を答えるのは困難だ。メチル水銀の健康影響を客観的に明らかにする手法は慎重かつ確実に開発しなければならない」

語るに落ちる「具体的時期を答えるのは困難だ」としながら、前向きな雰囲気の発言は誰にでもできる。問題はそれを政策として具体化すること、関係省庁を巻き込んだ具体策へと結実させるのが政治家、とりわけ環境大臣としての責任なのである。ひとりの議員として、政治を論評してきた延長上にしか、いまの小泉大臣の言動はないと断じてもいいだろう。それは言うまでもなく、大臣失格という烙印である。


◎[参考動画]水俣病犠牲者へ祈り 公式確認63年、今なお課題(共同通信 2019/10/19公開)

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)
著述業、雑誌編集者。近著に『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)『男組の時代――番長たちが元気だった季節』(明月堂書店)など。

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順送り人事ゆえに、およそ職務に不適格な高齢閣僚、暴力団との関係が深い反社閣僚、あるいは小泉進次郎の「転向」にみられる政局含みと。ここまで第4次安倍改造内閣の閣僚たちを紹介してきた。ものごとには、いろどりというものがある。今回はその、いろどりを色事で飾ってくれた閣僚たちの物語だ。

◆菅原一秀経産大臣の「愛人」遍歴

菅原一秀経産大臣

週刊誌で「愛人を練馬区議にした」と騒がれているのが、菅原一秀経産大臣である。菅原一秀氏といえば「保育園落ちた。日本死ね」というブログ問題の国会質疑で「匿名だよ、匿名」とヤジを飛ばしたことで名を知られる。経済産業副大臣時代には「政治経済事情視察」として国会を休み、当時の「愛人」とハワイ旅行に出かけていたことが「週刊文春」に暴露された。

菅原氏はバツイチなので、この「愛人」という呼称がふさわしいかどうかはさておき、今回新たに元秘書との関係が「週刊新潮」に暴かれたのだ。「不倫」の尻ぬぐいに、その元秘書を政治家にしたというのが記事のインパクトだ。その秘書は14年間ものあいだ菅原の政策秘書を務めた50代の女性で、昨年の補欠選挙でみごとに当選。今年の統一地方選挙でも上位当選をはたした。と、ここまで書けば本人を特定出来るのがネット社会の怖さである。

「週刊新潮」の記事では、菅原大臣の事務所での暴虐さも暴かれている。秘書たちは朝6時の街頭演説から、夜の11時までブラック勤務を強制されているという。

クルマの運転でも、ちょっとでもミスをすれば怒鳴られる。「このハゲー!」で政界を去った(選挙で落選)豊田真由子元議員の言動が暴露されたとき、「つぎは菅原だ」と囁かれたのが、これらの秘書に対する言動だったという。

2007年には秘書に党支部へのカンパ(毎月15万円)を強要したとも報じられた(菅原氏はカンパの強制性のみを否定)。高校時代(早稲田実業)に甲子園に出場と選挙公報に書いたものの、じっさいには補欠としてスタンドから観戦していた虚偽記載。

女性への言動の酷さは、何度も週刊誌を騒がせたものだ。前述のハワイ行きの愛人に「女は25歳以下がいい。25歳以上は女じゃない」「子どもを産んだら女じゃない」などモラル・ハラスメントしたと2016年6月に週刊文春が報じている。ということは、区議になった元美人秘書は30代から政策秘書(キャリアと能力が必須)を務めていたのだから、女としては扱ってもらえなかったことになる。

2016年には、舛添要一辞職後の東京都知事選挙に立候補が噂された民進党蓮舫代表代行が「五輪に反対で、『日本人に帰化をしたことが悔しくて悲しくて泣いた』と自らのブログに書いている。そのような方を選ぶ都民はいない」と発言するが、後日「蓮舫氏のブログではなく、ネットで流れていた情報だった」と釈明している。あまりにも言動が軽く酷すぎる経産大臣が、国会質問で野党の標的になるのは必至だろう。

◆今井絵理子内閣政務官 あぶない男性遍歴の肉食系女子が政務官に

もうひとり、順送り人事のなかでは小泉進次郎環境相とともに、若手の起用となったのが今井絵理子内閣政務官(参院当選1回・35歳)である。沖縄アクターズスクールの出身で、アイドルグループSPEEDの元メンバー。離婚した175R(イナゴライダー)のSHOGOとの間に一子があるシングルマザーで、2009年には「ベストマザー賞」を受けている。

『週刊新潮』2017年8月3日号

ところが、ベストマザーは政治家転身後に不倫を犯す。2017年7月に「週刊新潮」自民党神戸市議員の橋本健氏との不倫疑惑を報じたのだ。今井氏は疑惑を否定しているが、橋本氏が「おおむね事実」と認め、「私が積極的に交際を迫ろうとした」「私自身の婚姻関係は破綻しているが、認識の甘さで軽率な行為をとってしまったと反省している」とコメントした。

橋本氏は妻子持ちであり、メディアは「略奪不倫」と報じたものだ。息子に聴覚障害があることから、SPEEDの復活をのぞむ声や政治家としての活躍を期待されたものの、愛人とホテルに3泊するという下半身交際をしていたのである。今井氏はホテルに宿泊したことは認めつつ、「深夜まで一緒に(講演)原稿を書いていた」と言い訳をしたという。ちなみに、橋本氏はその後、政務活動費の架空請求が明らかになり、神戸地検に詐欺罪で起訴された。2018年10月に懲役1年6月執行猶予4年の有罪判決が確定している。

だが、今井氏の「不都合な男性関係」はこれが初めてではない。参院選挙の出馬表明直後に一つ屋根の下で同居する事実婚男性がいることが週刊誌に報じられていたのだ。報道を受けて本人も「将来を見据えて交際している男性がいます」と同居男性の存在を認めていた。交際相手は沖縄の同級生で初恋の相手だという。実母とひとり息子と4人で一軒家で暮らしていたのだから、事実婚といっていいいだろう。事実婚相手は今井の所有する車を運転するなど、その姿は家族同然だった。今井の自宅近くにある児童デイサービスで送迎車の運転などして働いていたという

ここまでならば、シングルマザーを支えるかつての初恋相手という美しい話なのだが、それだけで終わらなかった。なんと、今井の事実婚相手に逮捕歴があったのだ。報道によると「彼は1年前に風営法と児童福祉法違反で那覇署に逮捕されている。未成年と知りながら中学生を雇い、客の男性にみだらな行為をさせていた。沖縄にいられなくなり、今井が東京に呼び寄せて仕事先まで紹介したらしい」という。そして事実婚相手は、自民党からの出馬が決まると身辺整理のために「捨てられた」のである。ここまで見てくると、恋多きオンナというよりも肉食系女子といった印象がつよい。

裏では「順送り、お友だち人事」と酷評される今回の改造内閣のおもてむきの評価は「育成内閣」だそうだ。しかし、今井氏起用に限っていえば、安倍総理は育成する素材を見誤っているというべきであろう。

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)
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タケナカシゲル『誰も書けなかったヤクザのタブー』

AV監督・村西とおる氏の半生を描いたNetflixのオリジナルドラマ「全裸監督」があちらこちらで大絶賛されている。筆者も観てみたが、「地上波では放送できない」とのフレコミ通り、性描写は過激だし、有名俳優が多数出演しているし、素人目にもセットやロケ地に手間や金がかかっていることはわかる。ストーリーも中毒性があり、たしかに楽しめる作品だ。


◎[参考動画]『全裸監督』予告編 2 (Netflix Japan 2019/07/24公開)

そんな話題作は、文筆家・本橋信宏氏の著作「全裸監督 村西とおる伝」(太田出版)が原作。712ページから成る分厚い本で、村西とおるという「絶対教科書に載らない偉人」の半生を克明に記録し、後世に残そうという著者の執念や使命感が感じられる一冊だ。ドラマのヒットでこの本にも注目が集まっているようなのは、喜ばしいことである。

もっとも、ほとんど予備知識がない人がこの本をいきなり手にとると、ボリュームがあり過ぎて、最後まで読み切るのがしんどいのではないかと思われる。そこで、筆者が「初学者」にお勧めしたいのが、著者の本橋氏が「全裸監督」以前に村西氏のことを書いた2作、1996年12月発行の「裏本時代」と1998年3月発行の「アダルトビデオ 村西とおるとその時代」(いずれも単行本の版元は飛鳥新社)だ。

本橋信宏「裏本時代」(1996年)

◆「裏本の帝王」だった村西氏

この2作は、「全裸監督 村西とおる伝」に比べると、ボリュームが少なく、一人称の小説のような文体で書かれているので、たいへん読みやすい。それでいながら、1つ1つのエピソードも詳細に綴られており、時代の空気もよく伝わってきて、端的に言えば名著である。

まず、「裏本時代」。これは、村西とおる氏がアダルトビデオに進出する前、草野博美という本名で「裏本の帝王」として君臨していた頃の生きざまを活写したノンフィクションだ。本橋氏が当時の村西氏を取材して知り合い、関係を深め、やがて、村西氏が営む新英出版が創刊した写真週刊誌「スクランブル」の編集長となって奮闘する日々が描かれている。

インターネットは影も形もなく、ビデオデッキを所持する一般家庭もまだ少数だった80年代初頭、世の人々がビニ本や裏本に熱を上げ、FOCUSの成功に端を発する写真週刊誌ブームが過熱したりした時代の空気も行間からあふれ出ている作品だ。

ちなみに同書によると、書店を全国展開し、多数の営業マンを雇ってビニ本、裏本を売りさばいた当時の村西氏は、「流通を制する者が資本主義を制する」と言い、ビニ本、裏本の販売ルートを使って「スクランブル」を日本一の写真週刊誌にしようとしていたという。

結局、新英出版が資金繰りに窮して倒産し、スクランブルも廃刊となってしまった。とはいえ、30年余り経った現在、インターネット企業やコンビニが「流通」を制し、隆盛を極めているのを見ると、当時から流通を重視していた村西氏はやはり慧眼の持ち主だったのだと改めて感心させられる。話題の「全裸監督」にしても、地上波のテレビ局では「流通」させられないドラマをNetflixというインターネットメディアが「流通」させているのだというとらえ方もできる。

本橋信宏「アダルトビデオ 村西とおるとその時代」(1998年)

◆ジャニーズ事務所との攻防

一方、「アダルトビデオ 村西とおるとその時代」は、裏本が摘発され、服役した草野博美氏が出所後、AV監督の村西とおるとなり、今度は表社会でのし上がっていく様を描いたノンフィクションだ。この時代も本橋氏は村西氏と行動を共にし、村西氏の成功と挫折のすべてを間近で観察し続けている。それだけに描写は細部に至るまで迫真性に富んでおり、実にエキサイティングなのである。

そしてその中では、地上波のみならず、Netflixでも描くのは難しかったのではないかと思えるエピソードも頻出する。中でも最大の見せ場は、ジャニーズ事務所とのガチンコバトルだ。

その発端は、村西氏の作品に出演したAV女優が、当時人気絶頂だった田原俊彦氏との情事を週刊誌で告白したことだった。ジャニーズ事務所側からそのことについて抗議され、村西氏は逆に激怒する。そしてジャニーズ事務所のスキャンダルを集めようと躍起になる中、かつてジャニーズ事務所に所属した元フォーリーブスの北公次氏と出会い、北氏に告白本を書かせたり、マジックをやらせたりするのである。

当時も今も全マスコミが及び腰になるジャニーズ事務所相手に、このように村西氏が何ら臆することなく、真っ向から喧嘩をふっかけていく様は実に痛快だ。

本橋氏は同書において、「この男のやることはいつも退屈な現実を『少年ジャンプ』のような世界に変えてしまう」と評しているが、村西氏はまさにその通りの人なのだろう。だからこそ、本橋氏はずっと村西氏のそばにいたし、村西氏の記録を残そうと、この2作を書き残し、さらにあの大部な本「全裸監督 村西とおる伝」まで上梓したのだと思う。

そう書いて気づいたのだが、ドラマ「全裸監督」もどこか『少年ジャンプ』のようである。それが中毒性の秘密かもしれない。


◎[参考動画]The Naked Director(全裸監督)- Kaoru Kuroki(黒木香) Real Life Character(Coconut Omega 2019/8/11公開)

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。著書『平成監獄面会記』が漫画化された『マンガ「獄中面会物語」』(著・塚原洋一/笠倉出版社)が発売中。

創業50周年 タブーなき言論を! 月刊『紙の爆弾』10月号絶賛発売中!

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

8月28日、大阪市北区のライブハウス「バナナホール」で、大阪では初となる新しいメンバー(6代目)による「ネーネーズ」のライブが行われた。8月10日に4人のメンバーが揃ったばかりの「お披露目ライブ」。東京(25日)、名古屋(27日)に次いで、新メンバーによるツアーは「バナナホール」で、満員の観客に迎えられた。私も鹿砦社代表・松岡と連れ立って駆けつけた。

「ネーネーズ」のみなさん(といっても新メンバーが3名なので、上原渚さんとだけだが)と鹿砦社は、昨年台風で中止になったが、鹿砦社代表・松岡の高校の同級生・東濱弘憲さん(故人)がライフワークとして始め、意気に感じた鹿砦社もこれに協賛し熊本で10回(実質9回)行われた島唄野外ライブ「琉球の風~島から島へ」でご縁があり、実は4月に上原さん以外のメンバーお二人が「卒業」された同じく「バナナホール」でのライブでもお目にかかっていた。

第5代のメンバーの「卒業ライブ」では、本番前に特別にインタビューをお許しいただいた。その時はみなさんインタビュー中から、涙が止まらず、お伝えするのが、やや心苦しかった。貴重な時間は記録としてではなく、記憶として留めさせていただくこととした(独り占めの贅沢をお許しいただきたい)。

ライブ前の6代目メンバーと鹿砦社代表・松岡

鹿砦社代表・松岡からのプレゼント

今回も4月同様、リハーサル終了後、ライブ開始までの間に、取材・インタビューの時間を頂いた(お忙しい中貴重な時間を割いていただいた、メンバーのみなさん、知名社長、ありがとうございました!)。リハーサルはほとんどメークなしで、楽曲の出だしのタイミングや、モニタースピーカーのバランスのチェックが行われるだけで、若いながら新しいメンバーの、落ち着きぶりが印象的だった。

リハーサルが終了しインタビューに入る前に、気遣いの男・松岡がこの日のために注文していたクリスタルの豪華な置時計(新生ネーネーズスタートを祝す刻印入り)と『島唄よ、風になれ!』(特別限定紀念版)を4人全員にプレゼントすると、硬かった表情が緩み、予想外のことにみなさん驚き喜んでくださった。

舞台上では落ち着いている新メンバーであるが、近くでお会いしてお話を伺うと、やはり10代、「新鮮さ」が際立つ。「取材慣れ」していない言葉と表情。こちらのピンボケな質問に、何とか答えようと一生懸命になって頂いている姿が、とても印象的だった。

仲里はるひさん(19才)、宜野湾市出身、沖縄県立芸大
与那覇琉音さん(16才)、名古屋市出身、高校生
小浜 凛さん(17才)、名護市出身、高校生

リハーサルで、新メンバーの中もっとも存在感を感じた仲里はるひさんは、幼少時より、お爺様から三線を習っていたそうだ。大学で舞台製作の勉強をしている。

仲里はるひさん

小濱凛さん(左)と与那覇琉音さん(右)は共に高校生

小浜凛さんも三線を早くに始め、「いずれこの道に進みたい」と希望していたそうだ。名護市出身ながら高校は、那覇の高校に進学し、「ネーネーズ」がいつもライブを行う、国際通りのライブハウス『島唄』でアルバイトをしていた。黙っているとおとなしそうに見える小浜凛さんだが、ライブが始まってからの落ち着きと存在感からは、ただならぬ才能を発揮していた。

与那覇琉音さんは、中学生まで名古屋に住んでいた。沖縄出身のご両親のもとに生まれた彼女は、やはり幼少時より三線の練習に励むだけでなく、「ネーネーズ」の名古屋でのライブにご両親に連れられ、何度も通ってファンになった。そして沖縄の伝統文化が学びたく、高校進学で沖縄にやってきた。

一方、新メンバーを迎える上原渚さんは、「10代のメンバーを迎えて、新鮮です。私自身は変わっていないけど、メンバーを育てることや、自分自身のこと(上原さんは妊娠7か月だ)。やることがいっぱいです」と余裕の表情だ。

威風堂々の上原渚さん

新しいメンバーに目標を質問した。「お客さんに元気や感動や『頑張ろう』と思っていただけるような、心を伝えたいです」(与那覇琉音さん)。「初代『ネーネーズ』を超えたい、という気持ちがあります」(小浜凛さん)。

10代の二人から、大きな答えが返ってきた。

大阪には「ネーネーズ」の実質的なファンクラブのような方々がいる。下手をすると、新メンバーが生まれる前からのコアなファンも少なくない。5代目のメンバーをして「大阪のお客さんは特別です。こっちより力が入っている」と言わしめた浪速のファンは、数だけでも4月よりかなり多く、満席だった。そして、「ネーネーズ」を長年聞きなれた方々やわたしたちを、6代目のメンバーは、予想以上の完成度と伸びしろへの期待で、「これがまだ正式結成ひと月未満の人たちのハーモニーか」と、事前のちょっとした不安を払しょくしてくれた。

「黄金(こがね)で心を捨てないで。黄金の花はいつか散る。ほんとうの花を咲かせてね」――名曲『黄金の花』で、この日のライブを締め括った。まさに「お披露目」の10代の3人は、一度も間違わず、ソロの曲の時も、堂々と歌ってくれた。

あと数か月したら、産休に入らなければいけない上原渚さんも、きっと安心して若い3人に不在の期間を任せられるだろう。それほどに泰然としたライブであった。

新生「ネーネーズ」、関西のファンの前に初登場!

◎ネーネーズ便り https://nenes.ti-da.net/

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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