2022年、年間表彰式が第1試合前にリング上で行なわれました。

最優秀選手賞:馬渡亮太(治政館)5戦5勝(3KO)
技能賞:藤原乃愛(ROCK ON)
KO賞:馬渡亮太(治政館)
殊勲賞:睦雅(ビクトリー)
精鋭賞:内田雅之(KICKBOX)
男子新人賞:正哉(誠真)
女子新人賞:藤原乃愛(ROCKON)
優秀選手賞:永澤サムエル聖光(ビクトリー)4戦4勝(1KO)
藤原乃愛(ROCKON)6戦5勝(2KO)1分
年間最高試合賞:9月18日、馬渡亮太(治政館)vsガン・エスジム(タイ)

年間表彰式に登場、左から正哉、藤原乃愛、馬渡亮太、永澤サムエル聖光、睦雅

◎KICK insist 15 / 3月19日(日)新宿フェイス
主催:(株)VICTORY SPIRITS / 認定:ジャパンキックボクシング協会(JKA) 

岩上哲明記者試合レポート(一部編集含む)

【第2部】18:00~20:11

◆第7試合 62.5kg契約5回戦

WBCムエタイ日本ライト級チャンピオン.永澤サムエル聖光(ビクトリー/1989.11.10埼玉県出身/ 62.5kg)
       VS
ペットプーパン・ソー・サクナリン(元・タイ国ムエサヤーム・スーパーフェザー級Champ/タイ/ 61.7kg)
勝者:永澤サムエル聖光 / KO 1R 2:48
主審:少白竜

前日計量ではコンディション調整が上手くいった様子でリラックス状態が続いていた永澤サムエル聖光。試合当日も順調で「勝ちますよ」と頼もしいコメントを残していた。

永澤はセコンドの指示通りローキックとパンチで上下に技を散らしていく。ペットプーパンは様子を見ながらミドルキックを放つ。このまま第1ラウンドが終わるかと思われた終盤に、永澤の右ストレートがペットプーパンのボディーにヒットすると、悶絶の10カウントアウト、永澤はタイ遠征した2月2日のラジャダムナンスタジアムでの敗戦を払拭するようなノックアウト勝利に満足していた様子。

ボディーへ牽制右ストレートを打ち込む永澤サムエル聖光、KOはこの後

永澤サムエル聖光の今度は強いボディーブローでペットプーパンを悶絶のKO

◆第6試合 ジャパンキック協会ライト級王座決定戦5回戦

1位.睦雅(ビクトリー/1996.6.26東京都出身/ 61.23kg)
        VS
2位.内田雅之(KICK BOX /1977.12.26神奈川県出身/ 61.23kg)
勝者:睦雅(王座獲得) / 判定3-0
主審:椎名利一
副審:少白竜50-42. 仲50-42. 中山50-42

前日計量では、睦雅選手は体重調整が上手くいったこともあり笑みを浮かべ、内田選手も「調子いいよ」とコメントをして計量パスした。

睦雅が攻勢を維持、タフな内田雅之を追い詰める

新チャンピオンとなった睦雅、永澤サムエル聖光を追い越せるか

試合は、睦雅はローキック、内田はパンチで主導権を取ろうと試みている様子。第1ラウンド終了時に睦雅の右ストレートが決まり、内田はノックダウンを喫したが、第2ラウンドに入ってもダメージを引き摺らずにパンチ主体で睦雅を切り崩しにかかる。睦雅は冷静にローキックで勢いを止め、逆にパンチを決めていく。

第3ラウンドには内田は得意のパンチで劣勢を打開しようとするが、睦雅のパンチとローキックに阻止され、睦雅は左右のストレートでこの試合2度目のノックダウンを奪う。

第4ラウンド、睦雅は内田をコーナーに追い詰めていき、離れてはローキックで更なるダメージを負わせる。内田は鼻血を流しながらも、隙をみてパンチを繰り出す。

最終ラウンド、後がない内田は得意のパンチで打ち合いに持ち込もうとするが、逆に睦雅の右ストレートを貰い、この試合3度目のノックダウンを喫する。睦雅の攻勢は続くが、内田はタフネスぶりを発揮し耐え凌いだが、睦雅の大差判定勝利となった。

◆第5試合 58.0kg契約3回戦

WMOインターナショナル・フェザー級チャンピオン.瀧澤博人(ビクトリー/1991.2.20埼玉県出身/ 58.05→58.0kg)
       VS
スアノーイ・シッソー(元・タイ国イサーン地区スーパーバンタム級Champ/タイ/ 57.5kg)
勝者:瀧澤博人 / 判定3-0
主審:桜井一秀
副審:椎名30-28. 仲30-28. 少白竜30-28

初回、滝澤は上下に蹴り分け、スアノーイは様子を見るスタイル。ラウンド終盤になると、スアノーイの鋭いパンチが飛んでくるが、滝澤は上手くかわしてヒットさせず。

第2ラウンド、滝澤も蹴り主体で出て、ガードが空いたスアノーイのボディーに右ストレートを決め、更に果敢に攻めるがノックダウンまでは奪えず。

第3ラウンド、滝澤のボディー攻撃は的確に決まるが、スアノーイは変則的なガードで距離をとりダメージを受けない体勢。滝澤が攻勢を維持して判定勝利。

瀧澤博人が巧みにスアノーイをロープ際へ追い詰め、ローキックヒット

◆第4試合 女子(ミネルヴァ)アトム級(102LBS)挑戦者決定戦3回戦(2分制)

1位.祥子JSK(治政館/ 46.15kg)vs4位.ほのか(KANALOA/ 46.2kg)
引分け 1-0 /
主審:中山宏美
副審:椎名28-28. 桜井29-29. 少白竜29-28.
延長戦は三者とも9-10で、ほのかが挑戦権獲得。公式記録は引分け=ミネルヴァ実行委員会が公認。

初回、ほのかの首相撲とパンチの連打で祥子はペースを掴めず打たれる場面があった。

第2ラウンド、祥子は流れを変えようとミドルキックを繰り出すが、ほのかの接近戦にペースを掴めず、ほのかは的確なパンチで主導権を支配。
第3ラウンド、後がない祥子は打ち合いでほのかを青コーナーに追い込み、右フックを決めてノックダウンを奪う。ほのかは立ち上がり、打ち合いに持ち込むが終了。引分け裁定で挑戦者を決める延長戦に入った。

ほのかは終始、接近戦に持ち込み、右ストレートやヒザ蹴りを決めていく。祥子も打ち返すも手数で追いつかず、ほのかが延長戦を制した。

祥子JSKとほのかの攻防、際どくもほのかが挑戦権獲得

◆第3試合 フライ級3回戦

JKAフライ級2位.西原茉生(治政館/ 50.7kg)vs花澤一成(市原/ 50.8kg)
負傷引分け / TD 1R 0:28
主審:仲俊光

開始早々、打ち合いになり、早い展開で盛り上がっていた中、花澤一成が倒れる。西原茉生の右ストレートのカウンターが決まったと見えたが、TKO裁定は審議の上、偶然のバッティングと訂正。規定により負傷引分けとなった。立てない花澤は担架で控室に運ばれた。

試合後、西原選手からは「パンチが決まったかと思ったが、ビデオを見たら頭が当たっていた感じですね」と語り、「しかし、KO勝ちのイメージが出来たのは収穫です。再試合が組まれれば倒します!」と応えてくれた。

◆第2試合 ウェルター級3回戦

我謝真人(E.D.O/ 66.67kg)vs鈴木凱斗(KICK BOX/ 66.67kg)
勝者:我謝真人 / KO 1R 2:30 / 3ノックダウン
主審:少白竜

◆第1試合 ライト級3回戦

岡田彬宏(ラジャサクレック/ 61.15kg)vs来輝(BOMスポーツ沖縄/ 60.65kg)
勝者:岡田彬宏 / TKO 2R 3:00(終了ゴング同時の見極め)
岡田の右ヒジ打ちが来輝の右眉付近をカット。ドクターの勧告を受入れレフェリーストップ。
主審:椎名利一

【第1部】14:00~16:30

◆第7試合 女子(ミネルヴァ)ピン級(100LBS)タイトルマッチ3回戦

チャンピオン.藤原乃愛(ROCK ON/2005.1.6神奈川県出身/ 45.3kg)
      VS
挑戦者同級1位.撫子(GRABS/2000.7.7札幌市出身/ 44.6kg)
勝者:撫子 / 判定0-3 / 撫子が王座奪取、藤原乃愛は初防衛成らず
主審:中山宏美
副審:椎名28-29. 仲29-30. 桜井29-30

撫子が接近戦でのヒザ蹴りで藤原乃愛を苦しめた作戦勝ち

前日計量では、両者共に1回でパス、藤原選手は「ギリ(ギリ)JKファイターです。世界を目指していますので、防衛は当たり前です!」と王者の風格を見せた。撫子選手は「藤原選手とは3度目(過去1敗1分)で、3度目の正直で勝って北海道にベルトを持ち帰ります!」とコメント。

「藤原乃愛が防衛する」という声が多かったが、試合が始まると、撫子は藤原乃愛得意の蹴り技を封じる間合いを作り始めていく。撫子は首相撲からのヒザ蹴り、至近距離からのパンチで攻勢を仕掛ける。藤原は得意技を出す展開が少なく、少しずつ焦りが見えて来た。第2ラウンドも撫子は接近戦を仕掛ける。藤原は前蹴りで距離を取り、撫子の仕掛けを切り崩しに行くが、撫子はかわして接近戦に持ち込み、首相撲から顔面へのヒザ蹴り、パンチで追い込む。

最終第3ラウンドも撫子の接近戦は継続。藤原やセコンド陣は撫子の組み技に「反則だ」と声を出して主張するなど、今までと違う雰囲気になる。観客からも「藤原は心が折れ掛かっている」と心配する声が挙がっていた。藤原もブレイク後に得意の蹴りを仕掛けるがペースが掴めず終了。撫子がポイント的には僅差ながら主導権を奪った流れの判定勝利。

試合後、撫子は「ベルトを北海道に持ち帰れて嬉しい!」と語り、佐藤友則会長も「作戦勝ちです。撫子がしっかりと作戦を実行してくれました!」と両者、関係者共に奪取の喜びを爆発させていた。一方の藤原選手はノーコメント。代わりにセコンドが「今回はセコンドが悪かったです。乃愛には申し訳なかった!」と悔しさを交えてコメントしていた。いつもはインタビューに明るく応じてくれる藤原選手や関係者が悔し涙を流しているのを観て、「これが勝負の世界だ」ということを改めて認識させられました。

◆第6試合 72.6kg契約3回戦

JKAミドル級チャンピオン.光成(ROCK ON/ 72.5kg)
        VS
スーパーボーイ・ルークプラパーツ(タイ/ 71.1kg)
勝者:スーパーボーイ / TKO 2R 1:17
主審:少白竜

前日計量をパスをした光成選手は「セミファイナルですが、いい試合を見せます!」とコメント。当日もリラックスしていた表情。

初回はお互いに探り合いの蹴りの間合いで静かな展開だったが、スーパーボーイのヒジ攻撃が鋭く決まると、光成はアウトスタイルで自分の距離を取りパンチを繰り出す。

第2ラウンド、光成は得意なパンチを的確に入れていき、スーパーボーイもパンチ、ヒジ打ちを単発ながら入れていく。接近戦になり、スーパーボーイの右ヒジ打ちが光成の右眉間をカット。大きく出血はしなかったものの、再び首相撲中に右ヒジ打ちを今度は左眉上額に受け出血し、2ヶ所の負傷でドクターの勧告を受入れレフェリーストップとなった。

試合後の光成選手のセコンドは「アンラッキーだっただけ。よく戦っていたよ!」とコメント。光成選手は「そう言っていただければ嬉しいです。次回頑張ります!」と応えた。光成選手は眉間付近を2ヶ所カットで、それぞれ6針縫った様子。

パンチと蹴りで動きは良かった光成、接近戦は要注意の中で切られてしまった

◆第5試合 52.0kg契約3回戦

JKAフライ級1位.細田昇吾(ビクトリー/ 52.0kg)
        VS
宮坂桂介(ノーナクシン東京/ 52.0kg)
勝者:細田昇吾 / 判定2-1
主審:仲俊光
副審:椎名30-29. 中山29-30. 少白竜30-29

初回、細田昇吾はパンチを主体に攻めるが、宮坂は細田に距離を取らせないように蹴りで離しに掛かっていく展開。両者とも決め手に欠くが、細田が僅差2-1判定勝利。

◆第4試合 ウェルター級3回戦

JKAウェルター級1位.政斗(治政館/ 66.5kg)vs同級2位.正哉(誠真/ 66.67kg)
勝者:正哉 / 判定0-2
主審:桜井一秀
副審:仲29-29. 中山29-30. 少白竜29-30

両者共に互角な展開でミドルキック、ローキック、パンチを互いに決めていく。攻撃の的確さで正哉がやや優勢の僅差で判定勝利。

◆第3試合 59.0kg契約3回戦

JKAフェザー級1位.櫓木淳平(ビクトリー/ 58.8kg)
        VS
ナロンチャイ・シンコウムエタイジム(元・ルンピニー系フライ級6位/タイ/ 59.15→59.05→59.0kg)
引分け 1-0
主審:椎名利一
副審:桜井28-28. 仲28-28. 少白竜28-27

初回、櫓木淳平はローキックで攻勢を保つもガードが下がったところ、ナロンチャイの左ストレートでノックダウン。フラッシュ気味で効いていないが、第2ラウンド以降へ長引くとスタミナが切れてきたナロンチャイにボディー主体に攻めて挽回するが、初回のノックダウンが響いて引分け。

◆第2試合 ライト級3回戦

JKAライト級5位.林瑞紀(治政館/ 61.23kg)
        VS
JKイノベーション・ライト級4位.井上竜太(HEARDWORKER/ 61.0kg)
勝者:林瑞紀 / 判定3-0 (30-27. 30-27. 30-26)

◆第1試合 フェザー級3回戦

隼也JSK(治政館/ 56.9kg)vs石川智崇(KICK BOX/ 56.9kg)
勝者:石川智崇 / 判定0-3 (29-30. 28-30. 28-30)

王座奪取した撫子の“なでしこポーズ”

《岩上哲明記者観戦記》

【第1部】
まずは藤原選手の敗戦について、敗戦要因はいくつかあるが、簡単に2つだけ挙げると、一つは、「藤原乃愛」が徹底的に研究をされていたことから生まれた「得意技封じ」という我々が忘れかけている戦略にハマってしまったことである。そして、撫子側に「北海道へベルトを持ち帰る」というドラマにもなるようなテーマが藤原選手の「世界を狙う」を上回ったことだと思われる。しかし、これで1勝1敗1分けのイーブンであり、リターンマッチになるかどうか分からないが、時間がかかっても再戦の実現を期待したい。

セミファイナルは「ヒジ攻撃の怖さ」を改めて思い知らされたと言えよう。光成選手はこの経験を次に活かして欲しい。

【第2部】
永澤サムエル聖光選手はこの興行をしっかり締めてくれたと思う。団体のエースとしての自覚も伝わり、興行全体を意識するメインイベントの戦い方をかなり覚えてきたと言えよう。そして、ライト級王座決定戦では、「巡ってきたチャンス」と「二団体王者になるチャンス」というお互いがテーマをぶつけ合う試合だった。KO決着は見れなかったが、内田選手の粘りは新王者になった睦雅選手にとっていい手本になったと思う。

判定決着が多かったが、それぞれのセミファイナル、メインイベントが盛り上がったことで、興行として良かったと思う。改めて思ったことは、「勝利」は、選手、セコンド、ジムを含めた関係者が三位一体になることで得ることが出来ることである。そして、観客の皆様は、そのことを知ることで、キックボクシングの試合の視点が変わり、新境地で楽しめることが出来るだろう。

《堀田春樹取材戦記》

ライト級王座決定戦は、上り調子の睦雅と老練なテクニックを持つ内田雅之の拮抗した競り合いが見所だったが、睦雅の若さが優った展開。ノックダウンを計3度喫し、最後はレフェリーに止められるかと思ったが、5回戦を耐え持ち堪えた内田雅之の底力が見られた試合だった。再度王座挑戦権が回って来るかは難しいが、また応援したくなるベテランである。

藤原乃愛の王座陥落はキックボクサーとして初めてのどん底かもしれないが、多くの名チャンピオンも通って来た道で、同様に這い上がって来るだろう。18歳(ギリギリ高校生、年度末まで)としても春から大学生、人生これからである。

次回、ジャパンキックボクシング協会興行は5月14日(日)に市原臨海体育館で開催されます。新日本キック離脱後はコロナ禍を経て、初めてとなります。

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

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3月21日岸田総理がウクライナを訪問した。大手メディアには「G7議長国としての面目」だの「遅すぎた訪問」という的外れな見出しで報じているけれども、そもそもいま日本政府は日本国籍保持者に対して、ウクライナへの渡航や滞在をどのように位置付けているのか。外務省の「海外安全ホームページ」ではウクライナについて下記の記載が公表されている。

外務省の勧告によれば、

ウクライナ全土に対して引き続き危険レベル4の退避勧告を発出しています。どのような目的であれ、ウクライナへの渡航は止めてください。また、既に滞在されている方は、安全を確保した上で、直ちに退避してください。

外務省(日本国政府)は、日本国籍保持者に対して、「どのような目的であれ、ウクライナへの渡航は止めてください」としたうえ、赤字で「退避してください」と勧告をしている。

外務省HPより

レベル4は危険情報の中でも最も高い危険度を示すそうで、法的拘束力はないものの、国が発する「公的な危険を示す情報」である。ところが片一方で「危険だから渡航するな、退避せよ」と勧告を出している国に、首相が出かけていくのは矛盾ではないか。

岸田が、万が一にも、ウクライナーロシア間の戦争を見かねて、停戦か終結に向けて、「わが身の危険怖れず平和を実現する!」との崇高な目的でキエフへ赴いたのならな疑義を差しはさむのは無粋に過ぎようが、当然ながら岸田が発したメッセージからはその様な意図は全く感じられない。

おかしいじゃないか。外務省すべからく自国民に「渡航を止めてください」と発信している国に総理大臣が出かけていくのは。

例によって当事者の見解を聞かなければならないので、24日外務省に電話をして、わたしの疑問を聞いてみた。最初にかけた電話では肝心の質問に及ぶと長時間の保留音を聞かされた後、一方的に切られてしまった。再度外務省の代表番号にかけ直し、ようやく会話の成立する部署に繋がった。

◆外務省担当者に一問一答──「こればかりは私の口から『困る』とは言えないので」

田所 ウクライナは「どのような目的であれ渡航を止めてください」と書かれています。これは間違いありませんか。

strong>担当者(女性) はい。

田所 先週総理大臣がウクライナを訪問しました。これは問題ないのでしょうか。

担当者(女性)そういう報道は伺っています(不貞腐れた口調)。

田所 国会でも総理は語っているので事実は間違いないと思いますが、総理大臣が「渡航止めましょう」という国に行くことが、外務省としては問題はありませんか。

担当者(女性) それについてはこちらからお答えできませんけど、総理大臣のウクライナ訪問についてお伺いしたいということで間違いないですか。

田所 日本人にウクライナから速やかに出てくださいと書かれています。日本人とは日本国籍を持っている人でしょう。そこに「ウクライナにいてはいけない、出てください」と書かれているので、総理大臣は例外として考えられるのかどうかを教えて頂きたいのです。

担当者(女性) 少々お待ちください。

その後2分ほど保留で待たされ、滑舌の良い男性が電話に出た。既に質問した内容の概要を再度質問すると、

担当者 今回総理に対しては滞在中に充分な対策を講じたうえで訪問している、ということがありますので、それをもって一般の方が行くのはまた違うのかなと思います。ただ依然としてロシアによる軍事活動は続いているので、空襲警報が出る状況ですので危険であることに変わりはないと思います。

田所 日々の報道などを見ていてもそう感じます。ところで細かいことなので恐縮ですが外務省のホームページで具体的な注意事項が書かれています。「軍事、空港、変電所や貨物ヤード等の鉄道関連施設等には近づかない。」と書かれています。岸田総理はポーランドから鉄道で移動されましたね。これは注意事項で指摘されている行為ではないですか。

担当者 はあ、はあ、はあ。

田所 具体的に「鉄道関連施設等には近づかない」とアドバイスされている方法で移動されました。これはどう理解したらいいのでしょうか。

担当者 今回の総理訪問についは担当課が違うので、詳しいことはわからないのですが、常識的にはウクライナ政府による警護もついていたかと思いますので、一般の邦人の方が渡航されるのと、政府の要人として警護を付けていくのを同一視するのは難しいのかなと思います。

田所 ただ現地は戦争状態ですので、危険の要因は内乱ではなくロシアによる攻撃ではないですか。ウクライナに警護してもらってもロシアがミサイルを撃ってきたら意味はないのではないでしょうか。総理大臣がウクライナを訪問すれば、それ以外の人もウクライナに行って大丈夫だとのメッセージとして受け取る余地はありませんか。

担当者 それはまったく違うので、現地は依然として空襲警報が鳴る状況ですし、最近もミサイル等の爆撃で亡くなっている人もいらっしゃるので、そこは同一視はできないのですが。

田所 私自身はウクライナには行きませんが、外務省の注意情報は、ありがたいと思っています。外務省のトップは外務大臣ですね。外務大臣の任免権は総理大臣にありますね。せっかくこのようにつまびらかな情報を外務省のかたが一生懸命集めて発信していらっしゃるのに、その情報発信と違う行動を総理大臣がしてしまうと、メッセージが混乱しませんか。

担当者 そうですね。

田所 現地で安全を講じたうえで総理大臣が行かれているのは勿論でしょうが、戦争をしているところに行くわけですから、例えば野党の国会議員やNGOのひとたちだって「総理大臣が行ったんだから、私たちも」と考えて不思議はないでしょう。私は詳しくありませんが今までこのような例はあるのでしょうか。

担当者 議員先生の例で言いますと昨年お二方、行かれた方がいらっしゃいまして、その時に関しては事前に外務省・政府への相談はなかったので、そのあと官房長官から記者会見で「遺憾である」と発言されていると思います。

田所 勝手に行ってしまったということですね。

担当者 そうですね。あとは現地で大使館が再開している状況でして現地政府とのやり取りであったり、邦人の保護の観点からも現地の大使館は再開しています。それに伴い大使や外務省職員は現地に滞在している。それについては勿論充分な安全対策をとっています。安全対策を取ったうえでやむを得ず政府としての務めを果たすために現地に駐在しているところです。

田所 それはわかります。現地大使館は再開しているけれども、通常業務はやっていないと発表されていますね。外務省の方が危険を冒しながら現地におられることは知っています。そのように「危険度が高い」と警告している国に総理大臣が行ってしまうと、解りにくいメッセージを発してしまうというのが私の疑問です。

担当者 そうですね。それについては引き続き危険度を発信してゆく必要があるのかなと思います。

田所 つまり、今回の総理ウクライナ訪問は、外務省としても説明しずらい状況でしょうか。

担当者 まあ、そこは、なかなか難しいところではあるんですが。安全対策を講じているという部分に対しては、私の方ではどのような安全対策であったのかははっきり把握できない。

田所 そうですね。安全対策と言ったところでウクライナに安全対策を要請してもロシアと戦争をしているのですから、間違えてということもあり得ますね。総理大臣がウクライナに行ってしまうと、国民には「危ないから行くのは止めましょう」と教えて頂いていますが、解りにくいとの感覚はご理解いただけますか。

担当者 もちろん。

田所 外務省の方としては「ちょっと困った」状態ということでもないですか。

担当者 まあ、こればかりは私の口から「困る」とは言えないので。

◆岸田ウクライナ訪問は平和外交や停戦を目指したものではない

つまり、岸田のウクライナ訪問は平和外交や停戦を目指したものでも、邦人保護のためでもなく、やはり戦争終結や平和達成とは程遠い「自己顕示」のためだったと結論付けてよかろう。

ロシアのウクライナ侵攻からはじまった21世紀の「古典的国家間及び軍事共同体の権益維持並びに軍事産業支援」のための戦争は、かくしてまたしても本質が覆い隠されようとするのだろう。「法による支配」を語る価値のない人間は次にどんな愚行で私たちを仰天させるのだろうか。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。著書に『大暗黒時代の大学──消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社)がある。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

田所敏夫『大暗黒時代の大学 消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社LIBRARY007)

テレビから引っ張りだこだったアメリカの有名大学准教授の男性が、「(高齢者は)集団自決みたいなことをすればいいんじゃないか」という発言により炎上し、この男性がテレビに出るたびにネット上で「テレビに出すな」という声が渦巻く事態となっている。この騒動には、実は言論の本質がよく現れている。

この騒動を深掘りして考えるうえで、まず踏まえておかねばならないのは、そもそも、テレビで高齢者をいじったり、貶めたりする発言は「笑いを取る手法の1つ」として社会に許容されてきたということだ。

最たる例は、世界的な映画監督としても知られる大物芸人だろう。この大物芸人が80年代、「赤信号 バァさん 盾にわたりましょう」などと高齢者を徹底的にこき下ろしたギャグにより一時代を築いたことは、筆者と同じ50代以上の年齢の人ならたいていご記憶のはずである。

また、「ジジイ」「ババア」という毒舌トークで人気を集めたウルトラマンシリーズ出演俳優や、舞台では中高年をいじって笑いをとり、著書も次々に上梓してきた毒舌漫談家なども長く人気者であり続けてきた。この現実に照らせば、「高齢者が集団自決」程度の発言が今さら物議を醸すのは、バランス的におかしい。

だが、こうした「毒舌お笑い市場」の現況をよく見ると、はたと気づくことがある。高齢者をいじるなど不謹慎なことや、反教育的なことを言って笑いをとるのは、かつては芸人の独断場だった。しかし現在、そのようなやり方で笑いをとる芸人はテレビでほとんど見かけなくなっているのである。

現在、テレビで物議を醸す発言をして炎上するのは、もっぱら弁護士や小説家、元IT起業家、インターネット上の巨大掲示板の創設者、国際政治学者など、テレビが本業でない人ばかりだ。「集団自決」発言で物議を醸したアメリカの有名大学の准教授の男性もまたしかりである。

つまり現在、テレビで物議を醸す発言ができるのは、テレビに出ることが本業の人ではなく、テレビは副業や趣味、遊びで出ている人だということだ。芸人のようにテレビに出ることが本業もしくは主要な収入源である人は、コンプライアンスが厳しい現在、テレビで物議を醸す発言はできないわけである。

この事実が示しているのは、要するにテレビに出るなどして発信力を持ち、自分の言いたいことを言おうと思えば、言論以外の活動で生きていける経済力が必要だということだ。言論自体で生計をたてようと思えば、生活の糧を失わないようにするために言論が委縮せざるをえないからである。

本気で言論活動をするなら、まず経済力を整えないといけない。「集団自決」発言で炎上し、テレビに出るたびにネット上で多くの人に批判されながら、何事もなかったようにテレビに出続けるアメリカの有名大学の准教授の男性の存在がそのことをはからずも証明している。

◎片岡健の「言論」論 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=111

▼片岡健(かたおか けん)
ノンフィクションライター。編著に『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(リミアンドテッド)、『絶望の牢獄から無実を叫ぶ―冤罪死刑囚八人の書画集―』(電子書籍版 鹿砦社)。stand.fmの音声番組『私が会った死刑囚』に出演中。

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ―冤罪死刑囚八人の書画集―」[電子書籍版](片岡健編/鹿砦社)

月刊『紙の爆弾』2023年4月号

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◆元海将の嘆き

自衛隊元海将が安保3文書、特に防衛力整備計画の内容を批判した『防衛省に告ぐ』という本を出した。帯には「目を覚ませ防衛省! これじゃ、この国は守れない」とある。この人の名前は香田洋二、海上自衛隊護衛艦隊司令官を務めた元海将だ。

 

香田洋二『防衛省に告ぐ』(2023年1月10日中公新書ラクレ刊)

現役当時、自身が防衛装備品計画策定に関わってきた経験から今度の安保3文書を「思いつきを百貨店に並べた印象」と強く批判している。

要は「現場のにおいがしない」というのが氏の批判の主たるもの。

「防衛力整備というのは会議室で考えるんじゃない、現場からつくりあげていくものなんです」

というのが香田氏の持論だ。

「現場のにおいがしない」とは例えばこんなことだ。

敵基地攻撃能力の目玉である長射程ミサイルの一つ「12式地対艦誘導弾」改良開発の場合。

「200キロの射程を1000キロに延ばして敵基地攻撃(反撃能力)と遠距離対艦攻撃の両方に使うという。搭載燃料を5倍にするなら、設計も初めからやらなくてはならない」

これを2027年度までに開発、生産するというが香田氏は

「そんなことが簡単にできるのか」

と強い疑問を呈している。

また、こうも語る。

「しかも全長、直径とも米軍トマホークの2倍程度の大きさになる。これでは世界一簡単に撃ち落とされるミサイルになってしまう」

そんなものが実戦で役に立つのか? ということだ。

また目玉の一つである「極超音速ミサイル」開発についてはどうか。

「推進力の問題(極超音速)を解決できてもその弾を目標に誘導しなきゃならない。でもマッハ5以上なんていう速度だと、ちょっとのかじ切りでえらく違ったところに飛んでいく」

だからこれには自動制御と飛行制御という複雑高度な技術を使った指揮管制システムが必要で、問題はそんなものを日本が構築できるのか?

「バクチをやるというなら別だが」

とまで断罪している。

「アメリカだって、20年かけてまだ十分できていないのに」、これから着手する日本にできるという保証がどこにあるのか? バクチで一国の防衛計画は立てられない。

なぜこうなるのか? 「現場のにおいが」しないからだ。

◆現場は「憲法9条下の自衛隊」で考える

「現場のにおい」に関して言えば、自衛隊防衛現場の感覚、考え方はこうだ。

例えば、長射程ミサイルを日本が独自開発するまでの「つなぎ」として米国の「トマホーク」をイージス艦に導入することについて香田元海将はこう語っている。

「トマホークをイージス艦に搭載して運用するなど、海上作戦を無視したど素人ぶりを暴露しています」

と言いながら、その理由を述べている。

「日本の場合、打撃を主任務とする米軍と異なり、イージス艦は対潜水艦戦のときに艦隊を守るのが第一義です。その任務を捨ててトマホークを撃ちに行くことなど外道」

つまり自衛隊は打撃(矛)ではなく専守防衛(盾)、国土防衛を基本任務と考えているということだ。

非戦を国是と考える国民に自衛隊への理解と支持を得るために永年、努力してきたのが戦後日本の自衛隊の歴史だった。元海将はそんな歴史を背負ってきた生粋の自衛官だ。

かつて安倍政権が専守防衛逸脱の新防衛大綱を閣議決定し、対潜ヘリコプター用の「いずも型」護衛艦を攻撃型戦闘機F35B積載可能な小型空母に改修するとしたとき、香田元海将は「国土防衛に穴が開く」とこれを強く批判した。

自衛隊の任務は打撃(矛)ではなく国土防衛(専守防衛)であるというのが元海将のみならず自衛隊現場の永年の立ち位置なのだ。

憲法9条下で戦後の自衛隊は「違憲的存在」と永らく国民から白眼視されてきた。ゆえに誰よりも国民の目線を考え、国民から理解を得る努力をしてきたのが自衛隊現場だとも言える。

香田氏はこう断言する。

「国民の信頼なしに、国の防衛なんてできませんよ」

なぜこのような現場を無視した安保3文書・防衛力整備計画になるのだろう?

日本の防衛現場から出た要求ではないからだ。元々、敵基地攻撃能力保有は「弱体化した米軍の抑止力を補う」という米国の要求であり、具体的には対中対決の最前線を担うとする「同盟義務」として日本に押しつけられて作成、決定されたものだ。

だから「思いつき(米国の要求)を百貨店に並べた」ものにしかならない。

日本の自衛隊の現場を無視した「防衛力整備」はこうした現場からの反発を呼ぶものにならざるをえない。自衛隊現場が納得しないで日本の防衛が果たしてできるのか?

自衛隊元幹部の中には「専守防衛、非核3原則を議論せよ」の折原良一元統合幕僚長、「核搭載の中距離ミサイルの日本配備」を唱える河野克俊・前統合幕僚長のような米軍のスポークスマンがいる。しかし現場を知る自衛隊幹部は非戦非核を国是とする「国民の信頼」に応えることを自衛隊の使命だと考えている。

「自衛隊を活かす会」(代表:柳澤協二元内閣官房副長官補)が最近「非戦の安全保障論」という本を出したが、この会の趣旨に賛同する元自衛隊幹部も多い。

「非戦の安全保障」、国土防衛に徹するという自衛隊の防衛現場を無視した安保3文書は「思いつき」、「絵に描いた餅」である。防衛現場の支持、国民の信頼がなければ日本の防衛は成り立たない。

香田元海将の嘆きは、自衛隊現場、そして国民全体の憂いでもある。これを単なる嘆き、憂いにしてはならないと思う。

ピョンヤン在留の私たちだが、一日本人としてこうしたことを強く訴えていきたいと思う。

◎ピョンヤンから感じる時代の風 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=105

若林盛亮さん

▼若林盛亮(わかばやし・もりあき)さん
1947年2月滋賀県生れ、長髪問題契機に進学校ドロップアウト、同志社大入学後「裸のラリーズ」結成を経て東大安田講堂で逮捕、1970年によど号赤軍として渡朝、現在「かりの会」「アジアの内の日本の会」会員。HP「ようこそ、よど号日本人村」で情報発信中。

『抵抗と絶望の狭間 一九七一年から連合赤軍へ』(紙の爆弾 2021年12月号増刊)

『一九七〇年 端境期の時代』

「総務省の4文書は捏造です」「この文書が捏造でなければ、大臣も議員も辞めます」と啖呵をきり、はては「わたしの答弁を信じられないのなら、質問をしないでください!」などと、答弁拒否にいたった高市早苗経安大臣。

この「答弁拒否」には党内からの批判もあり、参院予算委員長による異例の注意。高市大臣の発言撤回という顛末になった。師匠の安倍晋三同様、感情で発言するところにこの政治家の欠点がある。この気質はいずれ、政治生命に致命的な失策をもたらすであろう。

問題は単に言論弾圧と言われる、放送法の解釈見直しだけではない。いま永田町と霞が関で何が起きているのだろうか。高市を陥れる謀略文書なのか、それとも思想表現の自由を認めなかった政治統制への抵抗なのだろうか。


◎[参考動画]「ねつ造との認識ない」放送法めぐる行政文書の作成者らいずれも回答 “ねつ造”主張の高市氏に野党側の追及続く 高市氏は「質問しないで」発言を撤回【news23】|TBS NEWS DIG

◆小出しにしている意味は何なのか?

すでに国会で総務省が明らかにしたとおり、大臣レク(当時の総務大臣である高市への)はあった可能性が高い。しかし関係者への確認は精査を要するという。そもそも文書流出の過程がわからない。

放送法見直しにかかる高市大臣の関与はしたがって、総務相官僚によるリークだったと考えるのがわかりやすい。当時の事実関係は闇の中だが、霞が関官僚が文書をつくり、立憲民主党に流したのは間違いないところだ。

つまり、総務省によって高市大臣の過去の発言が暴露され、放送法にかかる自由権の侵害が告発された。その裏側にはしかし、岸田内閣の政局があると考えなければ話が通らない。いや、すでに政局が動くところまできてしまったのだ。閣内および党内の、高市にたいする冷淡な態度は、単に高市の失策を傍観するという印象ではない。

◆根深い財政対策と増税問題

ひるがえって、今回の暴露が大臣の進退という、みずから言い出した政局に発展してしまったところに、問題の本質があるのではないか。

すなわち、リークによって安倍派の残党たる高市早苗を政治的に葬り去る。結果としては、増税派(財務省・総務省)と増税反対派(安倍派)の政争が繰り広げられているのだ。その震源地は財務省であり、おそらくキーパーソンは麻生太郎であろう。

昨年末の防衛費増税にたいして、高市は増税反対の論陣を張ってきた。岸田政権の財政健全化政策に対しても、政調会長の立場から党内で反対の立場を突き出していた。そもそも経安相への抜擢は、高市を閣内に抱き込むことで党内闘争を封じ込める人事策だったのだ。経安相という、ほとんど実権のないポストに縛ることで、党内の最大のライバル(総裁公選で次点)を封じ込めたのだ。高市を更迭する(野に放つ)にも、岸田にはやりにくい面がある。

その意味では、岸田政権そのものが財務省と麻生太郎に揺さぶられている、といえるのかもしれない。旧安倍政権の基盤が経産省であり、税制をめぐる財務省との死闘がつねに政局の背景にあったことは、本通信でも触れてきた。そしていま、財務省の逆襲として、アベノミクスの残滓を葬り去ろうとしているのだ。

奇しくも森友事件において、財務省官僚が犠牲になった事件が想起される。安倍晋三個人が「わたしと妻が関与していれば、大臣も議員も辞めますよ!」と言いきり、その結果、財務省の職員が死に追い込まれたのだった。財務官僚たちが安倍政権にたいする、積年の遺恨を遂げようとしているようにも見える。

◆岸田は岩盤保守層を切れるのか?

安倍晋三という選挙につよい旧政権が崩壊したいま、財務省と経産省の暗闘は官邸主導に対する反乱として顕在化しつつある。総務省の問題とされながらも、じつは高市はその血祭りに上げられているのだ。

さて問題なのは、財務省に揺さぶられている岸田政権が、それでは高市を切れるのかどうかであろう。その高市早苗はガチ右翼であり、安倍政権いらいの岩盤的な保守層の支持に支えられている。

そして岸田政権の基盤はといえば、党内では圧倒的な少数派であって、むしろ霞が関に支えられる構造となっている。財務省・総務省の攻勢はまさに、官邸主導と呼ばれる安倍政権の残滓を葬るためにこそ、今回の政局を仕掛けたともいえるのだ。

もはや自民党内の問題ではなく、官邸VS霞が関、自民支持層の分裂として岸田政権に襲いかかる。そんな政局構造が見えてきそうな気配だ。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

月刊『紙の爆弾』2023年4月号

〈原発なき社会〉を求めて集う 不屈の〈脱原発〉季刊誌 『季節』2023年春号(NO NUKES voice改題)

2023年1月度のABC部数が明らかになった。それによると朝日新聞は約380万部、読売新聞は約651万部、毎日新聞は約182万部だった。この1年間の減部数は、朝日新聞が約62万部、読売新聞が約47万部、毎日新聞が14万部だった。産経新聞と日経新聞も大幅に部数を減らしている。部数回復の兆しはまったく見られない。

このペースで新聞離れが進めば、朝日新聞は2024年度中に300万部の大台を割り込む可能性がある。また、読売新聞は年内にも600万部の大台を割り込む可能性がある。

1月度のABC部数は次の通りである。

朝日新聞:3,795,158(-624,194)
毎日新聞:1,818,225(-141,883)
読売新聞:6,527,381(-469,666)
日経新聞:1,621,092(-174,415)
産経新聞: 989,199(-54,105)

なお、ABC部数には「押し紙」(広義の残紙)が含まれているので、新聞販売店が実際に配達している新聞部数は、ABC部数よりもはるかに少ない場合が多い。「押し紙」率は、新聞社によっても地域によっても異なるが、過去に起きた「押し紙」裁判のデータなどから察すると、搬入部数の20%から40%ぐらいになると推測される。相対的に地方紙よりも中央紙の方が「押し紙」が多い傾向にある。ただ、新聞販売店からの情報によると、今後、「押し紙」政策を廃止する方針を打ち出した新聞社もあるようだ。

新聞離れは、夕刊の廃止という形でも現れている。たとえば中央紙でも毎日新聞は、4月から愛知、岐阜、三重で夕刊を廃止する。今後、夕刊廃止の流れは他地域や他社でも起きるだろう。夕刊廃止はすでに秒読みの段階に入っている。

新聞販売店に積み上げられた水増しされた折込広告。「押し紙」と一緒に廃棄される

◆新聞離れの背景に何が?

新聞離れが進む背景には、勿論、インターネットの普及があるが、新聞が情報収集のツールとして適さないことが国民の間で周知されてきた事情もあるようだ。とくに「ホワイトカラー」の間でその傾向が顕著になっているような印象を筆者は持っている。

新聞離れは次のような事情による。

第1に記者クラブを通じた情報が主流になっているので、必然的に公権力機関の広報紙的な要素が強くなっていることである。いわゆる「発表ジャーナリズム」が新聞の柱になっている事情がある。従って新聞は、客観的な事実を把握する道具としては適さない。広報や広報は、新聞を経由しなくてもウエブサイトから直接得られる時代になっている。

第2に新聞にはリンクが張れないので、読者は記事の裏付けとなる資料や文書が確認できない。記事の信ぴょう性は、十分な裏付けにより担保されるわけだから、リンクが張れないことは、現在ジャーナリズムでは致命傷となる。新聞社の高いステータスで情報の質を判断する時代ではなくなっている。

 

ウィキリークスの創立者、ジュリアン・アサンジ。米国政府が異常に恐れている人物で、禁錮175年の刑が下される可能性がある。欧米で、米国政府に対して「出版は犯罪ではない」との批判が上がっている

ちなみに新しい時代のジャーナリズムの典型的なモデルとしては、公権力の内部資料を公開することでニュースの信ぴょう性を担保してきたウィキリークスがある。この手法が広がれば、公権力機関にとっては、大変な脅威となる。ウィキリークスの創立者であるジュリアン・アサンジに対して米国が禁錮175年の刑を下そうとしているゆえんに外ならない。

第3の要因は、「第2」とも関係するが、新聞ではメディアの多角化に対応できない点である。インターネットに登場するニュースやルポルタージュには、動画を埋め込むことができる。資料の場合は紙の新聞でも、紙面を割けば紹介できるが、動画を掲載することは物理的に不可能だ。つまりメディアの様式そのものが変化してきたにもかかわらず、それに対応できない事情がある。

新聞離れが進む状況のもとで、「人力でニュースを配達する時代ではない」とう声も多い。かつては大雪の日に命がけで新聞を配達したことが美談となったが、現在の若い世代にはそうした意識はあまりないようだ。むしろ新聞社の人命軽視を批判する傾向がある。

ニュースの配信はインターネットによる配信の方が合理的だ。

ABC部数は毎月公表されるが、筆者が記憶する限り、ここ20年ほどの間、凋落への一途をたどっている。今後、V字回復に転じることはまずありえない。それにもかかわらず、すみやかにインターネットに移行できないのは、電子新聞では「押し紙」政策が取れないからではないか。

いまや新聞のABC部数は、まったく信用できないデータとなっている。新聞と同じ没落の運命にあるのではないか。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』(鹿砦社)

月刊『紙の爆弾』2023年4月号

◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/B0BXCMXQK3/

『志位和夫委員長への手紙』(かもがわ出版)を出版した鈴木元が、日本共産党を除名処分となった。共産党京都府委員会の見解は以下の通りだ。

鈴木氏の一連の発言や行動は、党規約の「党内に派閥・分派はつくらない」(第3条4項)、「党の統一と団結に努力し、党に敵対する行為はおこなわない」(第5条2項)、「党の決定に反する意見を、勝手に発表することはしない」(第5条5項)という規定を踏みにじる重大な規律違反です。

『シン・日本共産党宣言 ヒラ党員が党首公選を求め立候補する理由』(文春新書)を出版して除名された松竹伸幸に続いて二人目である。

鈴木は立命館出身の生え抜きの共産党幹部、松下も一橋出身で元中央委員会常任である。いわば二人の幹部が相次いで志位体制を批判し、とりわけ党首公選制を主張したのは、共産党組織の根幹を問う事態と言えよう。


◎[参考動画]共産党「党首公選制」訴えた党員除名 今年2人目(2023年3月18日)


◎[参考動画]共産、現役党員を除名処分 党首公選要求は「規律違反」(2023年2月6日)

◆民主集中制の陥穽

ここ20年ほど、日本共産党は政治の右傾化および「民主主義勢力」の後退に危機感を抱き、労働運動・市民運動との幅広い共闘を模索してきた。総がかり行動などがその典型で、選挙においても市民団体を媒介に立憲民主党や社民、れいわ新選組などとの統一戦線(野党統一候補)を追求してきた。

そのいっぽうで、共産党との共闘が野党統一戦線の足かせになってきたのも事実で、ほかならぬ共産党議席の減少として結果してきた。その根幹に、共産党の労働組合におけるフラクション活動、共産党それ自体の閉鎖的な組織体質があることを、今回の「党内闘争」は顕著にしたといえよう。

自民党や民主党系の党内選挙を合議制とするならば、共産党の組織論は民主集中制である。民主集中制といえば民主的なイメージだが、そうではない。

もともとは、ツアーリ専制下(旧ロシア帝国)のロシア社会民主党(のちのボリシェビキ)が指導部を選ぶさいに、公然たる選挙は行なえない。非公然党独自の、同志的な信頼による「民主主義以上のあるもの」として、レーニン以下の指導部を選出してきたことによる。いわば弾圧下の臨時的な措置として、党首公選が否定されてきたのである。

したがって党指導部は偶像化され、その理論体系はレーニン主義、スターリン主義、あるいは中国における毛沢東思想、北朝鮮におけるチュチェ思想として規範化されてきたのである。


◎[参考動画]共産・志位委員長「いきなり外から攻撃を…」党員除名は妥当 朝日社説に“猛反論”も(2023年2月9日)

◆共産党の思想は独裁制である

レーニンは1922年のコミンテルン大会においても、分派の禁止を採択している。さらにスターリン体制下のコミンテルンは一国一共産党という原則を確立する。ここに、共産党以外は小ブル宗派であり、分派は裏切り・党に対する敵対行為とみなされてきたのである。

単一党という思想は、マルクスにさかのぼることもできる。マルクスが「共産党宣言」において、万国の労働者は団結せよと謳ったのは、労働者の団結が単一であり党もまた単一であるという意味である。この単一党の思想が、異論を排除する党の体質となり、分派活動の禁止となるのは過酷な国際階級闘争の中で必然性を持っていたともいえよう。

ボリシェビキ化テーゼのもと、わが日本共産党もスターリン流の党組織観を輸入し、福本和夫の「分離結晶論」として共産党の上からの党建設が定式化された。

スターリン批判以降、共産党独裁を批判して現れた新左翼運動においても、単一党の思想は払しょくされなかった。本通信でも連載した連合赤軍事件はまさに、銃による党建設、遅れた部分を党建設の思想のもとに「総括」を強要し、同志殺しという悲惨な結果をもたらした。これまた上からの党建設として、森恒夫・永田洋子独裁体制が、陰惨なリンチ事件を生じせしめたのである。

100人近くの犠牲者を出した、中核VS革マル、革マルVS社青同解放派、革労協の内内ゲバと、新左翼の泥沼の内ゲバも、この単一党思想によるものだった。

◆党組織の規範は、社会の将来像である

内ゲバで「反革命に処刑」を主張する党派が、革命後においても「死刑制度」を存置するのは明白であろう。それと同じく、分派の禁止や反党活動の禁止を謳う党派が、革命後の社会において異論の排除、思想表現の自由を抑圧するのは火を見るよりも明らかだ。ようするに、日本共産党が政権をとれば、中国共産党や朝鮮労働党(金王朝)のような社会になるのは間違いない。

いや、分派の禁止は党内のことであって、社会化されるわけではない、と共産党は反論するかもしれない。しかし、上にみてきた単一党の思想が根っこにある以上、共産党が社会の理想とされ、党員にあらざれば人間にあらずという、旧ソ連のような社会が到来するのは疑いない。なぜならば、共産主義は「科学的」であり、科学的な「真理」であるから、正しいものに純化するのに、そもそも「間違い」があろうはずがない。真理とは、かくも怖ろしいものなのだ。

だが、その科学的な真理は、党員の高齢化という生理学的な真理によって、根底から崩壊がはじまっているのだ。

◆老人とともに滅ぶ党

統一地方選の準備もあって、駅頭では共産党の情宣活動がさかんだ。その大半は老人である。わけあって、共産党の細胞(支部)会議を見る機会があった。近所のうわさ話や大衆運動のキーパーソンの人物評価など、茶話会のような会議に欠けているのは、党活動の根幹であるはずの、いわゆる政治討論だった。

この政治討論の欠落こそが、党首公選制の否定によって無風化された、下部党員たちの活力の低下なのである。活力をうしなった党に、若い世代が参加するはずもない。老人とともに滅びゆく党が、社会運動にとって共産主義の負の教訓となるのを見送るしかない。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

月刊『紙の爆弾』2023年4月号

〈原発なき社会〉を求めて集う 不屈の〈脱原発〉季刊誌 『季節』2023年春号(NO NUKES voice改題)

国立環境研究所の記載によると、アルゼンチンアリとは「体長約2.5mm.体色は黒褐色. 複眼はやや大きく,頭部背面前方よりに位置する.胸部は前中胸が多少隆起し側方からみて緩やかなアーチを描く.腹柄節は扁平なコブ状でその頂部は前伸腹節の気門より低いところに位置する、外皮は柔らかい、日本には同属種が生息していない」と示されています(サイト1)。

また、このアルゼンチンアリ生息による影響についての記載は「住宅や建造物に大量に侵入し、食品に群がったり、電気製品に侵入して不具合を生じさせたりするなど、日常生活に著しい障害をもたらす。アブラムシ類,カイガラムシ類など農業害虫を保護することで病害を広げる。種子への加害による農業被害。ミツバチの巣箱の蜜を食害」とあります。要するに人間にとっては害をもたらす厄介な生物です。

このアルゼンチンアリは外来種として日本で確認され、国立環境研究所の記載(サイト1)から判断するとその生存圏は、我々、人間の生存圏と重なっている地域があることが判ります。静岡県では、アルゼンチンアリの生息が確認されて以降、県独自で根絶作戦をすすめ、その結果、報道によれば、2019年10月21日の静岡県の発表で(サイト2)「特定外来生物「アルゼンチンアリ」の県内根絶を達成!」と記載されていました。また、国立環境研究所のサイト(サイト1)にも、「2019年に静岡県の定着個体群根絶を確認」と記載されています。

そこで、私は静岡市に住んでいた友人宅を訪れたとき(2022年7月)、庭先で、生物デブリ捕集装置を動かし、大気中の生物デブリを捕集し、そこからDNAを抽出しました。

アルゼンチンアリを検出するためのPCR用のプライマーを作製するには、アルゼンチンアリのミトコンドリアゲノム配列を用いました(サイト3)。アルゼンチンアリはカタアリ亜科に属し、日本に生息するアルゼンチンアリ以外のカタアリ亜科のアリは シベリアカタアリ、ルリアリ、アワテコヌカアリ、コヌカアリ、アシジロヒラフシアリ、ヒラフシアリとされています(サイト4)。

これらのアリで、ミトコンドリアの配列が登録されているものについて、私たちが設定した、アルゼンチンアリ用のプイラマーがカタアリ亜科のアリのDNAを検出してしまう可能性があるかを検討しました。その結果、コンピュータ上の計算結果ではありますが、明確に、「検出しない」ことが示されました。 つまり、PCRで”アルゼンチンアリ”が検出されれば、生物デブリを捕集した地域には、確実に、アルゼンチンアリが生息していると判断されるわけです。

そこで、2022年7月に静岡市で捕集した生物デブリのDNAにアルゼンチンアリのDNAが検出されるかどうかをPCRで検討してみました。その結果を[図4.1]に示しました。

[図4.1]アルゼンチンアリの検出

この図が示す通りPCR産物が検出されたことから、静岡市には、2022年7月現在もアルゼンチンアリが生息していると判断されました。2019年の静岡県の調査は、NHKで報道されたものを見る限り、目視確認だったと思われます。令和元年の調査と我々が2022年に調べた手法は異なりますので、断定はできませんが、2019年の調査では、調べきれなかった可能性、あるいは、その調査以降に新たに、侵入してきた可能性が考えられます。

生物デブリを解析すると、このように「当該地域にその生物が生息している(いた)か、いないか」を正確に調べることができます。

【文献】

サイト1 https://www.nies.go.jp/biodiversity/invasive/DB/detail/60090.html
サイト2 https://www.nies.go.jp/biodiversity/invasive/DB/detail/60090_shizuoka_houdou.pdf
サイト3 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/NC_045057.1
サイト4 http://ant.miyakyo-u.ac.jp/J/Tables/SpList201201.html

◎安江 博 わかりやすい!科学の最前線
〈01〉生き物の根幹にある核酸
〈02〉ヒトのゲノム解析分析の進歩
〈03〉DNAがもたらす光と影[1]
〈04〉DNAがもたらす光と影[2]
〈05〉生物種の生存圏
〈06〉大気中の生物デブリ捕集装置を用いたアルゼンチンアリの生存圏の解析 静岡市にはまだアルゼンチンアリが生息していた!

▼安江 博(やすえ・ひろし)
1949年、大阪生まれ。大阪大学理学研究科博士課程修了(理学博士)。農林水産省・厚生労働省に技官として勤務、愛知県がんセンター主任研究員、農業生物資源研究所、成育医療センターへ出向。フランス(パリINRA)米国(ミネソタ州立大)駐在。筑波大学(農林学系)助教授、同大学(医療系一消化器外科)非常勤講師等を経て、現在(株)つくば遺伝子研究所所長。著書に『一流の前立腺がん患者になれ! 最適な治療を受けるために』(鹿砦社)等

安江博『一流の前立腺がん患者になれ! 最適な治療を受けるために』

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◎鹿砦社 http://www.rokusaisha.com/kikan.php?group=ichi&bookid=000686
四六判/カバー装 本文128ページ/オールカラー/定価1,650円(税込)

2022年の広島県の転出超過(人口流出)は9207人で、2年連続で全国最悪となりました。

1月30日に総務省が発表した人口移動報告によると広島県の転出入の内訳は、他都道府県への転出者数が5万4924人(2021年比2373人増)でした。他方で他都道府県からの転入者数が4万5717人(2021年比325人増)でした。

 

広島県庁

外国人を統計に含めた2014年以降では9年連続の転出超過となっています。全国ワーストワンは2019年と2021年に続いて3回目です。

転出超過の9207人の内訳は日本人6044人、外国人3163人で、年代別では20~24歳が4014人、25~29歳が2046人となり、20歳代が全体の66%を占めています。この20代の流出は兵庫県に次いで2番目の人数です。

広島県内23市町で転出超過(人口流出)となったのは、広島市(2522人)、福山市(2404人)など19市町です。広島市は政令指定都市の中では神戸市(3174人)に次ぐワースト2の人口流出となりました。広島県内での転入超過はまだ、ベッドタウンとしての発展も続いている廿日市市(238人)など4市町にとどまりまっています。

◆外国人も国内他県へ流出

広島県は日本人、外国人ともに国内の他の都道府県への転出が多いのが特徴です。

一方で、外国から広島県に対しては1万31人の転入超過です。このことをとらえて知事の湯崎英彦さんは、「社会動態全体をみたものとは言えない」としています。だが、それでも、外国人が3163人も他の都道府県に流出してしまっているのです。実際、筆者の勤務先でも、広島に来たばかりの外国人労働者が一年もたたずに辞めて東京の介護施設へ転職するケースが多くなっています。

◆「給料の安さ」と「アップデートの遅れ」の無限ループに陥った広島

筆者は、2022年の人口流出2年連続全国最悪という結果は、予想していました。これまでの現知事や教育長の政治、そしていわゆるオール与党体制で知事をチェックできなかった現職県議らのいい加減な政治の結果、と一言で斬ってしまえば簡単です。

だが、もう少し、要素を分けて考えてみましょう。若者が他都道府県に流出してしまう要素としては一言でいえば「給料の安さ」(経済面)があるでしょう。

もう一つは、「アップデートの遅れ」です。地域社会のアップデートが遅れているということは、若者にとって、特に暮らしにくい社会であるということです。

一方で、給料の安さで若者が流出することにより、若者の比率が下がり、若者の意見が反映されず、アップデートが遅れるという面もあります。そして余計に若者が定着せず、アップデートが遅れるということです。

筆者は、2000年に広島県庁職員として東京からUターンして23年。この23年間、広島では、上記のような「給料の安さ」「アップデートの遅れ」の無限ループが発生しているように痛感します。

◆若者減少を招いた公務員削減

広島県は、たびたびご紹介しているように、00年代にそれまで86あった市町村を23に減らしました。市町への権限移譲をするということで、県庁職員は採用を一時は年間ゼロにするという形で削減。他方で、市町も仕事は増えたのですが「合併で効率化しただろう」ということでこちらも削減。結果として大幅に公務員は減りました。

公務員新規採用は若者の雇用の大きな受け皿です。しかし、過剰な公務員削減の上、「生首は切れない」以上、新規採用は減らすしかない。そういう中で、若者も地域から激減していきました。特に、合併された旧市町村ではひどいものがありました。
 
◆過去の成功体験卒業できずアップデート遅れ

一方、筆者が選挙運動などで県内をお邪魔して痛感するのは、「1975年頃の成功体験」から卒業できていないということです。この1975年というのは筆者が生まれた年であり、カープが山本浩二、衣笠、外木場らの活躍で初優勝し、県民一人当たりの所得が全国3番目になって栄華を誇った時代です。広島が製鉄をはじめ、原発製造も含む重厚長大産業で栄えた時代です。現代は、たとえ工業製品であってもソフトウエア部分が製造コストの7割を占めるとも言われています。また、サービス業の割合も高まっています。一方で、直近では食料やエネルギーの安全保障が重要になっています。いずれにせよ、重厚長大が栄華を誇った時代の成功体験に胡坐をかいている場合ではないのです。

また、その時の成功体験を持っている年配者の方が、若手を押さえつけてしまう社会の雰囲気もあります。これは別に自民党など与党だけでなく、自称野党第一党やその支持基盤の労働組合にも根強く感じます。筆者は、全国でとくに女性議員の応援に回りましたが、広島の政治の政策不在ぶりは群を抜いていました。あの河井案里さんの事件も起きるべくして起きたのです。

その延長線上に、たとえば、「産業廃棄物への規制が全国一緩い」「県による子ども医療費補助の対象が小学校就学前までに限られる」などの旧態依然たる政治になっています。

◆改革を装った知事や教育長も混乱招いただけ

一方、現知事の湯崎英彦さんには、筆者も2009年の初登場の時は期待してしまいました。IT企業ご出身ということで、「古臭い広島をアップデートしてくれるのではないか?」と考えた筆者も一票を湯崎英彦さんに投票しました。

 

高速道路5号線二葉山トンネル

しかし、湯崎さんが期待に応えてくれたのは住民参加で「鞆の浦埋め立て架橋」問題で、埋め立て架橋を取りやめて山側トンネルに変更するプロセスまででした。高速道路5号線二葉山トンネル問題では「住民を犠牲にしてまで工事することはない」と言いながらトラブル多発。それに対して湯崎さんは木で鼻を括る対応です。

また、湯崎さんが一本釣りしてきた平川理恵教育長は、学校現場で教員が不足し、非正規だらけで授業も回らない学校が多いのに、「予算がない」と非正規教員の正規化を拒否。一方で、県外のご自分のお友達のNPOや会社に県費を流し、地方自治法違反や官製談合防止法違反の容疑で告発されています。

◆「守旧派」と「ネオリベ派」の最悪のハイブリッドで広島衰退に拍車

総合すると、以下のようなことが言えます。

広島の指導層守旧派Aグループ=成功体験から卒業できていない古いタイプの役人や議員、一部大手組合幹部(いわゆる労働貴族)。旧来のモデルに基づいた開発を進め、若手を押さえつけてきた。建武の新政における北畠親房らに相当。

広島の指導層ネオリベ派Bグループ=「旧弊打破」に見えた湯崎知事や平川教育長。また、若者を非正規という形で疎外したまま、県外にお金を流し、県の衰退に拍車。建武の新政における後醍醐帝に相当。

そして、Aグループが主導してきた高速道路二葉山トンネルなどにBグループの知事は待ったをかけない。

Bグループのネオリベ派の知事や教育長の暴走に対しては、Aグループの守旧派もこれまでまったくチェックをしなかった(だから官製談合事件が起きた。)。

※関連記事 http://www.rokusaisha.com/blog.php?p=45764

その結果として、社会風土は権威主義、経済政策はネオリベという最悪のハイブリッドになった。広島から若者が流出するのも当然です。

◆給料アップとアップデートの好循環を

これを脱却するには、逆に言えば、給料アップと社会のアップデートの好循環をつくるしかありません。

経済面では、
・教育長がやっているような怪しげな?外部委託を止め、正規公務員をふやし、県内定住の若者をふやす。
・農業など食料生産に携わる人に所得補償やコスト補償を行い、若者定住と食料自給率向上を図る。
が現実的に行政が直接的に関与できるやり方でしょう。また、
・使途が決まらない空きビル、空き工場用地などについて、若者に利用方法を任せるのも、手です。こうしたことで、若者に定着してもらうことは地域に刺激になり、アップデートにつながります。

政治面からのアップデートの加速については、今の現職の議員を総入れ替えするくらいの勢いの判断を有権者できれば展望が大きく開けるでしょう。ただ、現実問題としては、例えば、有権者として賢くなる教育を子ども時代からする、くらいのことを粘り強く続けるしかないとも考えています。

▼さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士/参院選再選挙立候補者。1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)、片目失明者友の会参与。
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◆規模停電の脅しで原発再稼働を推進

昨年の6月21日、梅雨が明けきっていない東電管内で「電力ひっ迫の注意報」(予備率が5%を下回る予想)が経産省により発令された。すぐにも警報に切り替えそうな勢いで、担当課長が緊急記者会見をしていた。

実際には90%台の後半の設備利用率(発電設備に対する電力需要)で、電力ひっ迫は起こらなかった。もちろん、呼びかけに応じて実施された節電も影響している。

14~15時台に最大5254万kW(以下、万kWを省略)の需要に対して供給力は5674で8%上回る程度に準備されていた。警報発出は3%を下回る場合とされているから、まだ余裕があった。東京電力エリア内の2022年最大電力は8月2日の5930で、このときは6440の供給力を用意していた。

6月末のピークは、その後にも来たが、「電力ひっ迫注意報」は30日午後6時で解除されている。この時期に電力がひっ迫するというのは想定外だった。もちろん、地震などで大型火力のいくつかが止まればたちまちひっ迫するし、それは3月22日に実際に起きて経験したことでもある。

東京では毎年夏のピークは、梅雨明けの季節に起きることが多い。梅雨明けで日照が多くなり、気温が急速に上がる一方で、まだ湿度が高いため蒸し暑い。暑さに慣れていないこともあり、冷房需要が急激に高まる。通常は、7月下旬に起きるこの 「梅雨明けピーク」が、今年は例年にない気象で1カ月早まってしまった。これがいろいろなミスマッチを生じさせたのである。

◆「電力ひっ迫に備えて原発」は正解か?

実際には原発で大電力を供給している時に災害が発生したら停電のリスクは高まる。それは東日本大震災と2007年の中越沖地震で起きている。原発も火力も海沿いに多数立地しているから、津波が発生すれば被災する。

地震で発電所に大規模な破壊が生じなくても、高圧送電線や変電所が被災すれば電気は送れない。地震や津波では原発こそが停電のリスクが高い。

自然災害に対処する場合、ひとつひとつが小さくても広く分散して設置され、地産地消の仕組みを基礎として広域連系ができていることが強靱さを発揮する。できるだけ消費地に近いところに立地し、被災しても早期復旧が見込める火力発電がよいだろう。

もう多くの人は忘れてしまったのかもしれないが、東日本太平洋沖地震後の復旧も圧倒的に火力が早かった。被災した原発15基は、未だに1基も稼働していないが、火力は震災の年の7月までにすべて復旧している。近い将来発生する南海トラフ地震では、西日本各地でブラックアウトしたまま復旧に長期間要する。防災対策上も極めて深刻な事態を招くだろう。

夏の節電要請は、震災直後の2012年以来7年ぶりと各社報じた。ではその前はいつだったのだろうか。2007年である。7月16日に中越沖地震が発生し、柏崎刈羽原発が全部止まったため政府から節電要請が出されている(経済産業省関東圏電力需給対策本部決定 平成19年7月20日付け)。

原発が地震に弱いことも実証済だ。被災した柏崎刈羽原発7基のうち、2011年までに再稼働したのは4基に留まっている。過去の「電力危機」は東電管内においてはすべて原発が原因といっても過言ではない。(つづく)

本稿は『季節』2022年冬号掲載の「経産省『電力ひっ迫』のからくり」を再編集した全3回の連載記事です。

▼山崎久隆(やまざき・ひさたか)
たんぽぽ舎共同代表。1959年富山県生まれ。脱原発東電株主運動、東電株主代表訴訟に参加。反原発運動のひろば「たんぽぽ舎」設立時からのメンバー。湾岸戦争時、米英軍が使った劣化ウラン弾による健康被害や劣化ウラン廃絶の運動に参加。福島第一原発事故に対し、全原発の停止と廃炉、原子力からの撤退を求める活動に参加。著書に『隠して核武装する日本』(影書房 2007年/増補新版 2013年)、『福島原発多重人災 東電の責任を問う』(日本評論社 2012年)、『原発を再稼働させてはいけない4つの理由』(合同出版 2012年)、『核時代の神話と虚像』(明石書店 2015年)等多数。

◎たんぽぽ舎 https://www.tanpoposya.com/
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3月10日発売 『季節』2023年春号(NO NUKES voice改題)福島第一原発事故 12年後の想い


〈原発なき社会〉を求めて集う 不屈の〈脱原発〉季刊誌
季節 2023年春号
NO NUKES voice改題 通巻35号 紙の爆弾 2023年4月増刊

《グラビア》福島発〈脱原発〉12年の軌跡(写真=黒田節子
      東海村の脱原発巨大看板(写真=鈴木博喜

樋口英明(元裁判官)
《コラム》原発回帰と安保政策の転換について

小出裕章(元京都大学原子炉実験所助教)
《コラム》戦争は静かに日常生活に入って来る
《講演》放射能汚染水はなぜ流してはならないか

乾喜美子(経産省前テントひろば/汚染水海洋放出に反対する市民の会)
《アピール》放射能汚染水反対のハガキ作戦やっています

今中哲二(京都大学複合原子力科学研究所研究員)
《講演》懲りない原子力ムラが復活してきた
日本の原子力開発50年と福島原発事故を振り返りながら

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福島第一原発事故 12年後の想い
森松明希子(東日本大震災避難者の会 Thanks & Dream[サンドリ]代表)
あなたは「原発被害」を本当に知っていますか
黒田節子(原発いらね!ふくしま女と仲間たち)
フクシマは先が見えない
伊達信夫(原発事故広域避難者団体役員)
何を取り戻すことが「復興」になるのか
今野寿美雄(「子ども脱被ばく裁判」原告代表)
呆れ果てても諦めない
佐藤八郎(飯舘村議、福島県生活と健康を守る会連合会会長、生業訴訟原告団)
私たちが何をしたというのか
佐藤みつ子(飯舘村老人クラブ副会長、生業訴訟原告団)
悔しさだけが残ります
門馬好春(30年中間貯蔵施設地権者会会長)
中間貯蔵施設をどうするか
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鈴木博喜(『民の声新聞』発行人)
区域外避難者はいま

水戸喜世子(「子ども脱被ばく裁判の会」共同代表)
裏切られた2つの判決
福島原発刑事裁判と子ども脱被ばく裁判

漆原牧久(「脱被ばく実現ネット」ボランティア)
病気になったのが、自分でよかった
311子ども甲状腺がん裁判第3回・第4回口頭弁論期日報告

山崎久隆(たんぽぽ舎共同代表)
「原発政策大転換」の本命 60年超えの運転延長は認められない

井筒和幸(映画監督)×板坂 剛(作家/舞踏家)
《対談》戦後日本の大衆心理[前編]

佐藤雅彦(ジャーナリスト/翻訳家)
反社はゲンパツに手を出すな!

三上 治(「経産省前テントひろば」スタッフ)
突然のごとき政治的変更を目前にして

山田悦子(甲山事件冤罪被害者)
山田悦子の語る世界〈19〉
2023年に生きる私が、死について考える

再稼働阻止全国ネットワーク
原発の再稼働と再稼働の全力推進に怒る! 岸田内閣に大反撃を!
「規制をやめた」規制委員会に怒り! 山中委員長と片山長官は辞任せよ!

《全国》永野勇(再稼働阻止全国ネットワーク)
総攻撃には総力を結集して反撃を!
「福島を忘れない!原発政策の大転換を許すな!全国一斉行動」の成功を!
《女川原発》舘脇章宏(みやぎ脱原発・風の会)
岸田政権による原発推進政策に抗し、女川原発2号機の2024年再稼働阻止を!
《福島》橋本あき(福島県郡山市在住)
「環境汚染」から「裁判汚染」まで 多岐にわたる汚染
《東海第二》志田文広(とめよう!東海第二原発首都圏連絡会)
東海第二原発差止訴訟・控訴審決起集会に参加して
《東海第二》柳田 真(とめよう!東海第二原発首都圏連絡会)
東京に一番近い原発=東海第二原発 2024年9月の再稼働を止めるぞ!
《東京》平井由美子(新宿御苑への放射能汚染土持ち込みに反対する会)
環境省が新宿御苑へ放射能汚染土を持ち込もうとしている!
《関西電力》木原壯林(老朽原発うごかすな!実行委員会)
原発推進に暴走する岸田政権、追従する大阪地裁 行きつく先は原発過酷事故
《規制委》木村雅英(再稼働阻止全国ネットワーク)
再稼働推進委員会が経産省と癒着、「規制の虜」糾弾
《反原発自治》けしば誠一(杉並区議会議員/反原発自治体議員・市民連盟事務局長)
岸田政権の原発推進大転換を許すな!
5月27日反原発自治体議員・市民連盟第13回定期総会へ
《読書案内》天野恵一(再稼働阻止全国ネットワーク事務局)
『また「沖縄が戦場になる」って本当ですか?』ノーモア沖縄戦 命どぅ宝の会 編
 
反原発川柳(乱鬼龍選)

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