6月15日発売開始『NO NUKES voice』12号【特集】暗い時代の脱原発──知事抹殺、不当逮捕、共謀罪 ファシズムの足音が聞こえる!

◆繰り返される被曝事故と再稼働強行の最中で

6月6日、日本原子力研究開発機構(JAEA)「大洗研究開発センター」で核燃料の貯蔵容器を点検しようとしたところ、中にあった袋が破裂しプルトニウムを含む放射性物質の粉末が飛散し。作業員5人のうち4人が放射性物質を体内に取り込んで被曝。1人の肺からは2万2000ベクレルの放射性物質(プルトニウムと推測される)が検出される大事故が発生した。

2005年12月25日佐賀県主催のプルサーマル公開討論会で、東京大学工学系研究科システム創成学専攻教授の大橋弘忠(元東京電力社員)が「プルトニウムは飲んでも大丈夫」と発言していたが、それに対して京都大学原子炉実験所助教(当時)の小出裕章さんが、「毒物は取り入れ方により毒性が変わります。プルトニウムの場合怖いのは鼻から呼吸で吸入する場合です」と指摘したうえで、具体的な数字をあげ、肺がん発生のリスクを説明している。

この映像は今回の事故に遭われた作業員の方には、充分に配慮して知って頂く必要がある。肺の中に呼吸により吸い込んでしまった2万2000ベクレルのプルトニウムが意味するところを、私はこれ以上明確に書くことができない。

これに先立つ5月17日関西電力は高浜原発の4号機を再稼働、「プルトニウム拡散事故」と同日には高浜原発3号機を再稼動した。1機の原発あたり過酷事故が起こる可能性は「2万年に一回」と主張していた推進派の定説からすれば、54機の原発を抱えるこの国での過酷事故確率は1/20000を54回足した割合であるはずだが、その数字は完全に机上の空論であることが、数々の事故という事実で証明されてしまった。

原発の過酷事故は多くの人の生活を奪う。わかった。しかし、原発で過酷事故が起こらなくても、核関連施設で少しの「手順間違い」があっただけで、現場の人々は生命の危険にさらされる。これが核の高毒性を示す明快な証拠だ。

◆特集は「暗い時代の脱原発──知事抹殺、不当逮捕、共謀罪」

このように、またしても事故が繰り返されるなか、そして国会で「共謀罪」が強行採決されようとしている本日6月15日『NO NUKES voice』12号が発売となる。特集は「暗い時代の脱原発」だ。高浜原発再稼働の危機は、編集段階で視野に入っていたが、JAEAの事故など編集部が予想できるはずはない。特集では非常に厳しく冷徹な目前の現状を、多角的な視点から直視している。そこに希望はあるのか、打開策はあるのか。答えは本号をお読み頂き読者にご判断いただこう。

巻頭にご登場は、作家、編集者にして社会運動家でもある森まゆみさんだ。「私の《陣地戦》クロニクル」では、東京下町の魅力発掘から、日本中へ足を延ばし、さらには世界を広く「森まゆみ」の目から見てきたお話が繰り広げられる。シンプルにして実証的。そして現実に立脚した刺激に満ちている。

森まゆみさんが千駄木「記憶の蔵」で語る「私の《陣地戦》クロニクル」

 

 

  
◆泉田裕彦=前新潟県知事ロングインタビューと二人の元知事が語る対談「福島×新潟〈知事抹殺〉の真実」

森まゆみさんが、繰り出していただいた先制のジャブに連なるフックは前新潟県知事の泉田裕彦さんだ。新聞やテレビ画面の短い切り取りでは、決して伝わらない泉田さんの明晰さと穏やかなお人柄を余すところなくお伝えするインタビュー「日本はなぜ、事故検証と情報公開が徹底できないのか?」はもちろんだが、元福島県知事佐藤栄佐久さんとの対談「福島×新潟〈知事抹殺〉の真実」も極めて内容が濃密だ。短いセンテンスでは穏やかだが、総体で泉田さんの語ろうとしていることの真っ当でありながら、大胆な着眼点に読者は目を奪われるだろう。

本間龍さんの連載「原発プロパガンダとはなにか」、今号では「佐藤栄佐久知事と東電トラブル隠し」で元福島県知事佐藤さんを追い落とした広告戦略を解析する。

東電〈再稼働圧力〉を拒否し続けた泉田裕彦=前新潟県知事本誌独占インタビュー! 佐藤栄佐久=元福島県知事との公開対談「福島×新潟〈知事抹殺〉の真実」も同時掲載

◆「フェイクニュースでジャーナリズムは死んだのか?」(北村肇=『週刊金曜日』発行人)

次いで登場は『週刊金曜日』発行人の北村肇さんだ。左ストレートが炸裂する。論争盛んで右派からは叩かれることの多い『週刊金曜日』。多様な言論を目指し、異論を排さない点で鹿砦社や『NO NUKES voice』 と共通する方向性を持った雑誌発行にまつわる思想と、北村氏の現状認識に切り込んだインタビューは、闇の中に光のありかをさし示しているだろうか。

「フェイクニュースの時代は3.11を契機に到来した」(北村肇=『週刊金曜日』発行人)

 

 

  
◆山城博治さんに聞く、共謀罪を先取りする沖縄『見せしめ』弾圧

次いで浅野健一さんが不当長期勾留からようやく保釈された沖縄平和運動センター議長山城博治さんへのインタビューを中心に敵のパンチをかわし、クロスカウンターを見舞う。題して「保釈された沖縄の闘士、山城博治さんに聞く共謀罪を先取りする沖縄『見せしめ』弾圧」だ。本誌では10号でも逮捕前の山城さんへのインタビューを掲載したが、その後の弾圧について山城さんの厳しい指弾と警鐘を浅野さんが伝えている。

経産省前テント広場の三上治さんの「『いやな感じ』が増す日々の中で」と、本誌発行人、松岡利康の「ファシズムの足音が聞こえる」は、いずれも「もうあとがない」ロープを背にした体制からの起死回生を狙うアッパーカットだ。

時に怒り、時に踊る──山城博治=沖縄平和運動センター議長の抗い

◆原発社会を終わらせる──全編が全身全霊パンチの連打

後半戦は堅実なパンチを敵のボディーに集中する。山崎久隆さんの「朝鮮半島緊張と日米同盟 この道はいつか来た道 核施設を並べて戦争をするつもりか」、森山拓也さんの「改憲決定後も原発を拒否するトルコ・シノッブの人々」、中村順さんの「福島の土壌汚染を可視化する」、拙稿「4・27関電包囲全国集会と5・7高浜原発現地集会に参加して」、木村結さんは「反自連(原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟)がスタート」、納谷正基さんは「再考……『学校は、誰のために、何のために存在するのか?』着々と堅実なパンチで敵に反撃を浴びせ劣勢を挽回する。

ここで板坂剛さんが例によって変則パンチを試みる「Xジャンプが脱洗脳の合図に見える」は敵のあごにヒットするか?

日本ではほとんど報じられていないトルコ・シノッブでの反原発運動を気鋭のトルコ研究者、森山拓也さんが報告

 

 

  
脱原発・反原発は長期の闘いだが、『NO NUKES voice』 は毎号が勝負だ。判定などに持ち込めば負ける。KOしか狙わない。後半戦では秘策、書家の龍一郎さんに「希望の花―『黒檄展二〇一七』を終えて」でリングへ上がっていただく。日ごろ鹿砦社のロゴなどを手掛けている龍一郎さんは、知る人ぞ知る「ゲルニカ裁判」を闘った闘士でもあり、普段の優しい揮毫とは別人のように「非合法」スレスレのアンダーグラウンドパンチで敵の虚をつく。

伝説の書家、龍一郎さんによる「希望の花」と「黒檄展」

再び登場、松岡は「『季節』をめぐる奇妙な再会」で、『NO NUKES voice』発行後、何十年も通信がなかった人との再邂逅を紹介し、ゲリラ的連帯パンチを繰り出す。最後は全国からの運動報告で、ひとりひとりがメインイベンターになれるような有名どころが、入れ替わりリングに上がり、足を止めて敵に間隙を置かず小刻みなパンチを上下に散らしたところで、レフェリーが試合を止めた。

現実でわれわれは「勝利」できているとはいい難い。しかし本号にご登場、ご協力頂いたすべての方々のご尽力で『NO NUKES voice』12号は、言論においてはKO勝ちできたと編集部は振り返っている。決して慢心はせずに。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

6月15日発売開始『NO NUKES voice』12号【特集】暗い時代の脱原発──知事抹殺、不当逮捕、共謀罪 ファシズムの足音が聞こえる!

関電高浜原発ゲート前(2017年6月6日撮影=大宮浩平)

多くの人たちと共に〈原発なき社会〉を求めて『NO NUKES voice』

 

 

 
『人権と暴力の深層』が5月26日に発売されてから、様々な反応が寄せられている。丁寧な読後感を伝えてくださる方が多く内容も様々である。

多くの方から本編5「差別、M君リンチ事件について ある在日コリアンの受け止め方」が印象深かった、とのコメントを頂いている。簡単に割り切ることのできない心情を吐露してくださったAさんの言葉の中には「正義」、「反差別」と簡単な言葉とは裏腹な、実に複雑な心情が語られている。表層のみをとらえての議論や運動が目に付く、最近の世相の中では貴重な問題提起と受けとられているようだ。

取材班は「解題」で松岡が言及しているように「常識的」にこの問題に向き合おうと考えている。「常識的」は「原則的」と言い換えても良いだろう。「M君リンチ事件」から見えてきた運動体の暗部、深刻な病巣の実態を明らかにすることの意味は小さくないと取材班は認識する。それはあたかも、安倍政権中枢が抱える致命的な問題を、全身全霊で追求する大メディアがないように、「しばき隊」現象を冷静に、事実に基づき検証するメディアがこれまた見られないこととパラレルである。

◆「しばき隊」現象──「体制護持装置」として機能する病巣の中核

われわれには政権を倒すだけの力量はない。しかし、本質的にこの体制に異議を唱えるひとびと、疑問を投げかけるひとびとを「排除」して、中途半端な意見しか持ち合わせない「著名人」や「知識人」と「称される」人間を担ぎ、繰り返し演じられる「反対運動」モドキ。これこそが21世紀型ファシズムの真骨頂であると認識している。

彼らは口で唱える「反対」とは真逆に、「体制護持装置」として一貫して機能している。そこに、われわれは病巣の中核を見るのだ。そして、それゆえ彼らはネット上で実に頻繁に嘘をまき散らす。ありもしない出来事、誰も発言していない、書き込んでいないメッセージ。相当昔に異なる文脈で使われた言葉を恣意的につなぎ合わせ、あたかも問題が「実存」しているかのようなメッセージの羅列を捏造し、意見の異なるひとびとを攻撃する。

◆撤回も修正もされないまま残る辛淑玉の虚偽文章

もっとも悪質な例を一つ上げよう。辛淑玉は「M君リンチ事件」に対して、関係者複数名に「手紙」を送っている。その内容は至極まっとうなものだ。しかしながら辛は2016年9月10日、自身のフェイスブックに「手紙」の内容を全面的に翻す内容の文章を掲載した。この文章に対して、取材班の田所敏夫は『ヘイトと暴力の連鎖』の中で「辛淑玉さんへの決別状」と題した辛の当該文章の悪質さを指摘する原稿を寄せているが、あろうことか現在に至るも、辛の虚偽文章は撤回も修正もされずに掲載されたままになっている。

辛淑玉の2016年9月10日付フェイスブックより

辛淑玉の2016年9月10日付フェイスブック

虚偽にあふれた文章の中で、とりわけ法律的にも許すことのできない全くの嘘を辛は、以下のように記している(太字は取材班)。

「多くの方は、加害者側は反省も謝罪もしていないと考えているようですが、裁判所が勧めた和解を被害者が拒絶して告訴した結果、刑事事件となりました」

 

 

詳細は『ヘイトと暴力の連鎖』をご覧いただきたいが、太字部分は完全な嘘である。「裁判所が和解を勧めた」事実などどこにもない。

◆M君事件で軽挙妄動を繰り返す香山リカ

そしてこの書き込みにメッセージを寄せているのが香山リカである。少々長いが香山の身勝手さを理解していただくために全文を引用する(太字は取材班)。

香山リカです。ずっとアカウントだけ作って放置してましたが、この文章を読んでやむにやまれずコメントします。この問題、私は登場人物として名前があがる方々もほとんど知らず、もちろん何が起きたかなど知るわけもないのですが、いつのまにか私にまで「おまえも知っているはずだ」「この事件について沈黙しているのは共犯者と同じ」「しばき隊として連帯責任を取るべきだ」などとツイッターでリプライが寄せられるようになりました。もちろん、リプライを送る人たちも、私がこの件にはまったく関係していないのは知っていながら、反差別の声を上げる人(彼らの言い方だと”しばき隊界隈”)、そしてオンナの発言者をたたく格好の材料として、この件を使っているだけなのでしょう。つまり、加害者や辛さんのような関係者とされる方のみならず、被害者の方までが、反差別活動たたき、女性たたきをしたくてしたくてたまらない人たちに“利用”されてしまっているのです。そのことに私は本当に怒りを覚えます。彼らに、こうして辛さんが誠実に書いてくださっている言葉がどれだけ届くか。彼らが、「なるほど。ネットに出回っている辛さんの手紙の真相はこうだったのか」と受け入れ、マイノリティや反差別活動をする人たちへたぎらせる憎しみを少しでも小さくすることができるのか。そうであってほしいと私は一縷の望みを捨てずにはいますが、残念ながら大きな期待はできません。ただ、これ以上、直接、この問題にかかわった人たちが傷を深めることがないよう、心から祈っています。うまくまとまらないコメントですが、いたたまれなくなってつい書きました。(2016年9月10日 23:08)

辛淑玉の2016年9月10日付フェイスブックより

香山は「もちろん何が起きたかなど知るわけもないのですが」、「被害者の方までが、反差別活動たたき、女性たたきをしたくてしたくてたまらない人たちに“利用”されてしまっているのです」と断定している。大学教員、研究者、精神科医にとって「知らない」事実を「断定的」に解釈するのは問題がないのか。「知らない」のであれば、まず事実を「知って」あるいは少なくとも「知ろうとする努力をして」から発言すべきではないか。

辛の虚偽文章に連なる香山のコメントは相乗効果で、「M君リンチ事件」への知識のない人には、まったく誤った情報と印象を与える。こういった軽挙妄動を繰り返すので『人権と暴力の深層』では香山にも「軽く」触れた。

◆『人権と暴力の深層』発売前から条件反射のように反応する香山リカ

しかし、香山の反応は登場人物の中でも飛びぬけていたといえよう。なんせ発売1週間も前から反応を始めている。この時点で香山は自身が取り上げられていることは知らなかったのだろう。

香山リカのツイッターより

香山リカのツイッターより

香山リカのツイッターより

香山リカのツイッターより

 

 

と、気になって気になって仕方がない内面を自白している(繰り返すが「取材班の中には医師ではないものの臨床心理学をかなり学んだ者がいる」)。

5月26日、『人権と暴力の深層』が発売され、同日M君が野間易通を訴えた裁判で勝訴する。これまで香山に取材依頼を重ねて依頼しながら無視され、まったく異なる場所で虚偽を発信された経験のある取材班は「香山は内容ではなく周辺のどうでもよいことに言及してくるだろう」と予想していた。すると、

香山リカのツイッターより

と、期待にたがわぬ好反応を見せてくれた。ハッシュタグが「ネトウヨの日本語離れ」となっている点にも注目していただきたい。さらに暴走は止まらない。判決翌日にまたしてもM君の実名を書き込んだ野間のツイートに香山は、

香山リカのツイッターより

と反応する。その後もあれこれ香山は、鹿砦社や『人権と暴力の深層』を気にしているようである。香山は質問されていることには答えないのに、ありもしないことを断定的に言い切る性癖がある。これはネットを主たる武器に、異論者を排除するときに「しばき隊」の用いるオーソドックスな手法である。こうした破廉恥な行為が「常識」をわきまえた人からは忌避され、軽蔑される。

あくまで「常識的」に振舞おう!と呼びかけた松岡とわれわれの意図は、香山のような卑怯(学者としては卑怯では済まないのではないか)な手段に手を染めることなく、堂々と議論しようとの呼びかけでもある。

(鹿砦社特別取材班)

本日発売!『人権と暴力の深層』カウンター内大学院生リンチ事件真相究明、偽善者との闘い(紙の爆弾2017年6月号増刊)694円+税 ※本広告クリックでamazonへ繋がります。

AmazonでKindle版販売開始!『反差別と暴力の正体――暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』(紙の爆弾2016年12月号増刊)

重版出来!『ヘイトと暴力の連鎖 反原連―SEALDs―しばき隊―カウンター 』(紙の爆弾2016年7月号増刊)

 

このブログは、マスコミ志望者が多く見ているようだ。その前提で、旅行記を少し展開しよう。少しでも参考になれば幸いだ。伊豆の熱川にある「熱川バナナワニ園」に行ってきた。おもえばこのテーマパークは、ワニと熱帯林を売り物にしていたが、小学館「マミィ」という母親向け月刊誌を作っていたときに、このテーマパークの売りが、「小学生でも乗れるオオオニバス、つまりでかい蓮だと書いた。このときに、自分は、蓮に乗る少年の写真をここから借りたはずだ。あれから24年がたち、伊豆の現地にて蓮やワニや、熱帯林を見てみると、「時間がたったのだなあ」と感慨にひたることができる。

まったく脈略がないが、いまは東南アジアへの移住がブームだという。年金が月に10万円しかもらえない。ならば、物価が3分の1か4分の1の台湾やタイ、もしくはベトナムやカンボジアなどで老後を暮らそう。そう考える人たちがもはや年間20万人を突破する時代となった。

 

 

ゴールデンウィークに入る直前、4月29日の「熱川バナナワニ園」は、家族連れが多く、ワニや熱帯のバナナを見にくる家族でごった返していた。

伊豆といえば、「伊豆の踊子」という川端康成の小説が有名だが、これは川端が本当に旅一座の女と出会った体験がもとになっている。最近はファンタジーノベルだの、ライトノベルだの頭の中で作ったような小説ばかりが書店にならんでいるが「実体験」に勝るものはない。

つまり、旅は「出かけた者勝ち」であり、伊豆であろうとタイだろうと、イギリスであろうとバングラディシュだろうと「見てきた人」が書いたものに勝るものはないのだ。

『原稿執筆入門』(竹俣一雄著)にはこう書いてある。1976年の本なので、表現がやや古い。

「ルポルタージュとは、報告文のことである。英語でいえば『レポート』または『リポート』、最近では『ルポ』と略されている。おまけに仏英チャンポンの「ルポライター」などという職業名が市民権を得ているようだ。この新しい職業名をもつ人たちの仕事の内容を考えてみると、べつに新しいものは何もない。「記者(新聞や放送などの)が書くものは、すべてルポルタージュである」といってもさしつかえはない。要するに、読者の代表として、かわりに見て(聞いて)くる報告である。ただ、新聞記者の場合、記者は読者の目となり、耳となるのだが、新聞社という機構の一部で、その代理者でもある。それに、新聞という媒体の特性が、制約を加える。ルポライターは、原則としてフリーランスである。新聞に原稿を載せるような場合、規制も若干ゆるい。最近の流行語?個性的?を売りものにすることができる。実際は、媒体側はその体質に合うライターを選択して書かせるので、それほどかけ離れた?個性的?なものを採用するわけでないが…。それでも、個性的であることは、やはり必要とされている。』(11章 ルポルタージュの心得)

話を「マミィ」の時代に戻す。その場合は、どうしても小学生の子供を持つ視座が必要だったので、「オオオニバスに子供がのれる」という事実を全面に出した。だが、実際に目にした『熱川バナナワニ園』の迫力は、寝ているのか死んでいるのかわからないまま集団で固まるワニたちと、生命力に満ち満ちている青いバナナの一連だ。

『原稿執筆入門』の竹俣氏は続ける。以下のポイントがルポをする上で重要だというのだ。

 

〈1〉 まず、虚心に見る。意識しないで見ているつもりでも、先入観が働いていることが多い。つとめて自分を出さないようにする。

〈2〉 自分の行動のすべてが、読者の興味になっていることを忘れてはならない。現場に臨んでからが勝負ではない。書こうと決心したときから勝負は始まっている。

〈3〉 読者の代理人であることを忘れはならない。専門的なことは専門家に聞きだすこと。(取材、文献、史料、資料を調べるなど怠ってはならない)

〈4〉 対象を反対側からも見てみる。一方から見たら、右や左、反対側に回ってみる。そして、書く立場を選択、決定する。通りいっぺんの観察だと見逃す点が多い。

〈5〉 周辺の状況を軽視してはならない。状況を描くことで対象が浮かびあがる。服装だけでも、どんな人間なのかその性格まで描くことができる。

〈6〉 想像力を働かせる。現場にいない(反対の立場)人の心理を推理すること。温かい思いやりを忘れては、けして完全なものはできない。

〈7〉 自分の意見、解釈は、前面に出さない。

僕としては、過去に表現と解説を逃げた「熱川バナナワニ園」の解説がまた巡ってきた。かつてと同じように、僕は熱帯性植物を語るすべをもたないが、ルポルタージュの基本に立ち返り、ふたたび表現をみつけたときにまたおもしろい植物を紹介しよう。

▼ハイセーヤスダ(編集者&ライター/NEWSIDER Tokyo)
テレビ製作会社、編集プロダクション、出版社勤務を経て、現在に至る。週刊誌のデータマン、コンテンツ制作、書籍企画立案&編集&執筆、著述業、漫画原作、官能小説、AV寸評、広告製作(コピーライティング含む)とマルチに活躍。座右の銘は「思いたったが吉日」。

一水会代表 木村三浩=編著『スゴイぞ!プーチン 一日も早く日露平和条約の締結を!』

 

 

 

本日発売!『人権と暴力の深層』カウンター内大学院生リンチ事件真相究明、偽善者との闘い(紙の爆弾2017年6月号増刊)694円+税 ※本広告クリックでamazonへ繋がります。

きょう『人権と暴力の深層』が発売される。そして13時10分から大阪地裁809号法廷では、「M君」が野間易通に、繰り返し本名や在籍する大学名を明かされただけでなく、侮蔑的な書き込みが行われたことに対する名誉毀損、プライバシー侵害による損害賠償を提起した裁判の判決が言い渡される。われわれの「しばき隊」との闘いはこの日を期してさらに一段レベルアップする。

「M君」が野間を訴えた裁判の判決内容は、今のところ裁判官が知るのみだ。しかし、過去に同じような争いで野間は敗訴しているので、「判例主義」の裁判所ではよほどのことがない限りに野間の罪が見逃されることはないであろう(裁判は水物なので、あくまでも推測だが)。

誰の要請かはわからないものの、常に公安警察が傍聴席に座っていた。「何らかの不測の事態が起きる可能性がある」──大阪地裁が、本件訴訟を扱うにあたり表明した偽らざる本音である。

◆「正義」を連発する野間易通

さて、被告の野間であるが、自分で書いたとは信じがたい書面を次々に提出してきた。そして鬱陶しくなるほど目に飛びこんでくる「正義」という単語。われわれから見ていれば、野間にとってもっとも距離が遠いはずの言葉は、「親愛」、「赦し」、「利他」、「正義」「融和」などだが、その中でも野間は準備書面の中で「正義」を連発している。

ネット依存症にして、社会運動乗っ取りへの類まれなる才能を持った野間易通。現実世界では卑屈にしか振舞えないくせに、ネットに入ると人格が急変する。このような傾向の人間は、最近もあちこちで見かけるが、きょうはあくまで現実社会で野間が行ってきた行為への判断が裁判所から下される。

◆巻頭グラビアには「有名人」が続々と登場

そこで、である。取材班はあるいはこういった、偶然の巡り合わせもあろうかと、野間の本性を『人権と暴力の深層』で読者にわかりやすくグラビアで紹介している。

しかも、至近距離からのショット多数だ。

先日香山リカを「捕捉」したことをお伝えしたが、取材班が巻頭のグラビアで読者に提供するのは、香山、野間ばかりではない。有田芳生参議院議員、安田浩一、伊藤大介……。まだまだ「有名人」が続々と登場する。そして読者は驚かれるであろう。彼らの姿と、言葉から発せられる「腐臭」に対して。

『人権と暴力の深層』は、『ヘイトと暴力の連鎖』、『反差別と暴力の正体』を凌駕する。同じ取材班が保証するのだから間違いない。読者の皆さんはまずグラビアを目にしたら、その意味をお分かりいただけるだろう。

◆香山リカ、あなたはすでに『人権と暴力の深層』を読んだのか?

ところで、「目立ちたがり」の香山が、本コラムで取り上げられたことに自身のツイッターで反応をしている。

2017年5月22日の香山リカツイッターより

 

 

こういった「揶揄」は表現の自由の範囲で許容されるものであろうが、まだ発売されていない書籍を「鹿砦社のデマ本の取材班に」との断定はあまりにも乱暴すぎないか、香山。あなたはすでに『人権と暴力の深層』を読んだのか? 「デマ本」? 明らかに名誉毀損に該当するぞ。

またこんな書き込みもある。

2017年5月22日の香山リカツイッターより

笑わせてくれるのはいつものことだが、ちょっと残念な情報を香山には伝えてやろう。香山の写真やインタビューは確かに掲載している(あ、だから「デマ本」なのか?)が、それはあくまでも、付録的なものであり、中心ではない。香山には不満かもしれないが香山などは中心に据える価値もない。温情で少し取り上げてやっただけのことだ。本書の核はもっと深いところにある。にもかかわらず上記のごとき罵声を浴びせる。香山は本当に品位がない。でも取材班は香山と違い、香山の更生を「祈らない」。なぜか? 無駄だからだ。

「私怨」で作られた本か、そうでないかは皆さんにお読み頂ければ、瞬時に明らかになる。香山よ、言葉使いに気をつけろ。あなたは一応、大学教員だ。

(鹿砦社特別取材班)

本日発売!『人権と暴力の深層』カウンター内大学院生リンチ事件真相究明、偽善者との闘い(紙の爆弾2017年6月号増刊)694円+税 ※本広告クリックでamazonへ繋がります。

AmazonでKindle版販売開始!『反差別と暴力の正体――暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』(紙の爆弾2016年12月号増刊)

重版出来!『ヘイトと暴力の連鎖 反原連―SEALDs―しばき隊―カウンター 』(紙の爆弾2016年7月号増刊)

 

 

 
いよいよ明日、『人権と暴力の深層』が発売、書店に並ぶ。そして明日は、13時10分から大阪地裁809号法廷で、M君が野間易通に繰り返し本名や在籍する大学名をあかされただけでなく、侮蔑的な書き込みが行われたことに対する名誉棄損、損害賠償を提起した裁判の判決が言い渡される。2017年5月26日は、「しばき隊」にとってはメモリアルデーとなるかもわからない。

国会では21世紀型治安維持法「共謀罪」が衆議院を通過し、参議院での審議に入ろうとしている。この法案が成立して、政府権力が積極的に運用すれば、私たち(今このコラムをお読みいただいてる読者の皆さんも)逮捕される時代に突入する。もちろん、反権力・反権威で細々と戦線を張っているわれわれが「咎人」(とがにん)となる日はもう遠くないだろう。それにしても自公政権と維新は今の国会内の勢力図が未来永劫変化しない、と考えているのだろう。

自公政権と、まったく方向性が異なる勢力がもし政権を取ったら、しかもその勢力が「反自公」を強く掲げていたらどうなるか、への想像はわかないのだろうか。仮にそのような政権が樹立されれば「特定秘密保護法」も「盗聴法」も「共謀罪」もすべてが、自公に向く武器に変容することへの怖れを考えることはないのだろうか。これらの法案を恣意的に運用すれば、下野後の自公党員や元議員を簡単に逮捕することができるようになり、その政権勢力への一切の批判者も同様に葬られることになる。つまり「独裁政治」を導くために、権力者にとってはこれ以上ない使い勝手の良い「異論粛清正当化」の武器なのだ。

◆「共謀罪」法案を国会内で止める方法はあるはずだ

「国家国旗法」、「周辺事態法」、「特定秘密保護法」、「戦争推進法」がすでに成立している2017年5月25日。そこに「共謀罪」が加わることに「反対」の旗幟を鮮明にすることは無駄だろうか。私はそうは考えない。状況はすでに十分絶望的だ。地獄の底のように絶望的だ。きのうきょうに始まったわけでなく、このおぞましい法案群に囲まれるにあたっては、幾度も幾度も真綿で首を絞められるがごとき危機感と、もちろん反論を発信してはきた。

しかし現状はどうだ? 「21世紀の治安維持法」を国会内で止める方法は、いくらもある。正攻法、非正攻法を問わず「手段」はある。われわれはもう野党の体たらくに、呆れているからここでその具体策を開陳しはしない。しかし、本気で考えれば、たとえ与党が3分の2議席を占めていようが、方法はあるのだ。

どうせ参議院法務委員会で強行採決になれば、またしても事前に用意していた「強行採決反対!」とか「数の暴力だ!」とか書かれた安っぽい紙きれをテレビカメラに向かって掲げる程度なんだろう、野党議員の諸君は。

◆「男組」解散をめぐる佐藤圭と有田芳生の発言

「鹿砦社取材班」は国会内の野党とは違う。「取材班」は少々の危険があろうとも、罵声を浴びようとも、取材対象に最接近して質問を投げかける。これが取材者としては当たり前の姿勢である、とわれわれは認識しているが、残念ながらその認識を同業者と共有することが難しい時代になっている。

例えば下のツイッターにおける、東京新聞「特報部記者」佐藤圭(本人談)と参議院議員有田芳生のやりとりなどは、われわれが感じる違和感の頂点と表現しても過言ではない。

 

この書き込みは「男組」解散に際しての佐藤の書き込みに対する有田のコメントであるが、われわれは「本部長」、「若頭」などやくざ組織に似せた役職名を設定し、上半身に入れ墨をほどこした連中が始めた「男組」を微塵も評価しない。

しかし、取材班はここで、リンチ被害者M君も一時は「男組」に所属していた事実を隠蔽しはしない。M君は「男組」組長であった高橋直輝(添田充啓)から直接に度重なる勧誘を受け、「男組」に一時所属したのは事実だ。M君にとってこの判断は「誤ったもの」であるとわれわれは断じる。M君自身も慚愧の念を隠さない。しかし人生にはそういった局面がいくらもある。目的のために有効と考える選択肢に乗ったら、とんでもない行先に連れていかれたことがある読者も少なくないのではないだろうか。

 

 

間違い、判断ミスは誰にでもある。それが社会的活動であれば、「自己総括」をして、自分の過ちを認めて、その後の姿勢を修正すればよい。それでも過去にこだわって「あれこれ」言いがかりをつけてくる輩がいる。そんな奴はほおっておけばよい。過ちや判断ミスに気がついたら、自分のミスを認める。心配しなくとも誰だってミスを犯すのだから、反省をしたってそれを深追いするのはごく一部の人に過ぎない。

反省、気づきは成長の上で不可欠だ。年を重ねたとしても。しかし残念ながら有田芳生参議院議員や、東京新聞特報部記者佐藤圭には反省の微塵もない。東京新聞(=中日新聞)はかつて、今の読売新聞や産経新聞のような政権よりの新聞だった。何が起きたのか知らないが、近年急に紙面がまともになっている。

しかし、「こちら特報部」の佐藤圭は「新憲法」というまがまがしい語彙を多用し、実質的な「改憲論者」に紙面を割いてきた人物であるという指摘が少なくない。だから取材班は佐藤圭にロングインタビューを行った。その内容は『人権と暴力の深層』でご確認いただきたい。

◆明日、書店で『人権と暴力の深層』を手に取りグラビアを目にした方々へ

なるほど、そういうことだったのか。「未来のための公共」というSEALDsの焼き直し、反原連からしばき隊、SEALDsに続く「壮大なるマイナス」を犯した連中が、恥知らずにもまたしても国会前で「宴(うたげ)」を繰り広げている。

「本気で止める」、「これが民主主義だ」というプラカードの数はそれだけ、言葉が本来持つ意味を侮辱する。こんな連中を嬉々として扱う大手マスコミの○○ぶりを糾弾するのはもう飽きた。

宣言する。鹿砦社特別取材班はその総力を注いだ成果を、明日読者の判断に委ねる。そして書店で『人権と暴力の深層』を手に取り、グラビアを目にした方々は書架に戻すことなく、同書を携えてレジへ向かわれるであろうことを、かなりの確信を持ち予言する。

(鹿砦社特別取材班)

5月26日発売開始!『人権と暴力の深層』カウンター内大学院生リンチ事件真相究明、偽善者との闘い(紙の爆弾2017年6月号増刊)694円+税 amazonで予約受付中!!※本広告クリックでamazonへ繋がります。

AmazonでKindle版販売開始!『反差別と暴力の正体――暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』(紙の爆弾2016年12月号増刊)

重版出来!『ヘイトと暴力の連鎖 反原連―SEALDs―しばき隊―カウンター 』(紙の爆弾2016年7月号増刊)

 

 

 
やっぱり、そういうことだったんですね。「戦争法」に加え、21世紀の「治安維持法」こと「共謀罪」の審議が衆議院法務委員会で修羅場を迎えているこの日に、有田先生はこのようにツイッターに書き込みをされています。

 

嗚呼「あほらし屋の鐘がなる」そうで、今回も鹿砦社を散々けなしていただきました。でも有田先生。この日はツイッターなんかやっている場合じゃなかったんじゃないですか。 

有田先生は参議院議員ですが、それでもこの稀代の悪法「共謀罪」が衆議院法務委員会での攻防を迎えている日。廃案に追い込め!安倍内閣を倒せ!と声なき声が全国に充満している時に、あなたは何をしていたのですか。

裏を返せば、それほど鹿砦社の取材が気になって仕方がない、ということですね。グタグタ文句を並べていますが、フリーのジャーナリストは「獲物」を捕まえるためなら、少々のことはしますよ。元はジャーナリストだったんだから、それはご存知でしょ、有田先生。「人定さえできてない水準」って「有田さん」と呼びかけたことじゃないですか。人定なんかじゃありませんよ。呼びかけですよ。ネタを取るためなら、時には警察を欺くことだってフリーの記者(いや大新聞の記者だって)はやりますよ。それがお気に召さないようですね(まさか「共謀罪」の先取りじゃないとは思いますけど)。

◆張り込みは当たり前の取材ではないですか?

ワイドショーの芸能レポーターが、無回答承知の上で、事件記者が取材対象のノーコメントを承知の上で「○○さん!!」と呼びかけるじゃないですか。あれは取材じゃないんですね? 事件記者は被疑者に、政治部の記者は大臣や取材対象に「○○さん!」と名前がわかっていても呼び掛けるじゃないですか。あれはすべて「人定さえできない水準の取材は取材じゃない」で方づけられられるんですね?

ものすごい侮辱ですよ。いえいえ、私たちにじゃなくて、芸能レポーターや事件記者に対してです。もちろん取材班が有田さんお住まいのマンション近くに張り込んだのは事実です。たしかに何日にもわたる張り込み取材で、朝5時頃、どこかの部屋から出てきた方に、視界が悪かったので近寄って話しかけたことはありました。寒い季節でした。有田先生は何日も帰宅されていませんでしたよね? まさか別宅でもおありになるのでしょうか?

張り込みは当たり前の取材ではないですか? しかも有田さんには取材班から何度も「質問状」を送りましたが、初回に短いお答えを頂いた以降は、何の反応も頂けなかったじゃないですか。「取材拒否」ってやつですよね。

◆「何も話していないのに」は間違いないですね?

しかも有田さん。あなたは5月18日のツイッターの書き込みでもウソを書いている!「何も話していないのに」と断定して書いていますね。確認しますよ。「何も話していないのに」は間違いないですね。間違いないですね? 有田芳生参議院議員!!

わかりました。上等です。あなたがどう振舞って、何を語ったかは『人権と暴力の深層』で明らかにしましょう。先日このコラムで「硬い文体が読みにくい」、取材班の先輩が香山リカ先生の「あら、大勘違いw」を書いていましたが、それを引用しての有田先生の書き込み。わざわざ鹿砦社の宣伝にご協力頂きましてありがとうございます。深く御礼申し上げます。

ですから有田先生にも、香山先生同様不平等のないように、ちゃんとグラビアでも、本文でもご搭乗いただき、本機は目的地へ向けて順調に航行しております。

◆有田先生は「玉虫色ジャーナリズム」なんですね

最後にひとこと申し上げます。有田先生。あなたに「左翼」云々(「でんでん」ではなく「うんぬん」)を語る資格はありませんよ。立命館大学在学中の民青(民主青年同盟=日本共産党の下部組織)時代は、結構派手にご活躍だったそうじゃないですか。あなたはその後日本共産党除籍になっていますね。

 

 

そして、あら不思議、一時は素敵な長野県知事だったけども、そのあと国会議員になってからは「うーん」と頭を傾げざるを得なかった田中康夫さんの「新党日本」に所属されていましたよね。私たちは政治にそんなに詳しくはない(でも狙った獲物は逃さない)取材集団ですから有田先生がどうして、ころころ所属をお変えになったのかまでは、正直知らないんです。そこには〝大人の事情〟があったんでしょうから聞きませんよ。

でも、あなたが無節操だということは知っています。「イエロージャーナリズム」? 何か悪いですか? 有田先生の書かれた『私の家は山の向こう』(文春文庫)は「レッドジャーナリズム」ですか?「ホワイトジャーナリズム」ですか? あ、そうだ、有田先生はいつも変遷しているから「玉虫色ジャーナリズム」なんですね、きっと。

別に鹿砦社取材班で勘違いな「エリート意識」持っている奴なんかいませんから、「イエロージャーナリズム」はかまわないんですけど。有田先生「イエロージャーナリズム」に対してウソを書いてはまずいでしょう。違いますか? 「何も話していないのに」って、これ大ウソじゃないですか。まあいいです。議論は『人権と暴力の深層』をご覧いただいたあとにしましょう。

(鹿砦社特別取材班)

5月26日発売開始!『人権と暴力の深層』カウンター内大学院生リンチ事件真相究明、偽善者との闘い(紙の爆弾2017年6月号増刊)694円+税 amazonで予約受付中!!※本広告クリックでamazonへ繋がります。

AmazonでKindle版販売開始!『反差別と暴力の正体――暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』(紙の爆弾2016年12月号増刊)

重版出来!『ヘイトと暴力の連鎖 反原連―SEALDs―しばき隊―カウンター 』(紙の爆弾2016年7月号増刊)

 

 

 
一つの妖怪が三たび現れようとしている、――欺瞞を暴く『人権と暴力の深層』と名付けられた妖怪が。腐りきった「しばき隊」と、この界隈に蠢くあらゆる連中が、この妖怪に対する神聖な討伐の同盟を結んでいる。国会議員と大学教授、メディアジャーナリストといかさまフリージャーナリスト、市井の与太者に過ぎないネット荒らしと官憲も。
 
およそ「反しばき隊」で、その敵対勢力から、「こじらせ左翼」だの「レイシスト」だといって罵られなかった者がどこにいるか、およそ「反しばき隊」で、より進歩的な反政府派に対しても、また反動的な政敵に対しても、「反しばき隊」という烙印を押す非難を投げ返さなかった者がどこにいるか?
 
この事実から二つのことが明らかになる。「鹿砦社特別取材班」は、すでに「しばき隊」を中心とするあらゆる勢力から、一つの力として認められている。 「特別取材班」がその見解、その目的、その傾向を全読者の前に公表して、「反しばき隊」の妖怪談に「特別取材班」の宣言を対置すべき時が、すでに来ている。

「しばき隊」は、彼らが支配権を握った所では、開放的な、多様な、牧歌的な関係を、残らず破壊した。彼らの運動は、生まれながらの目上と結びつけていた色とりどりの封建的な絆を無責任に復活させ、人と人との間に、露骨な利害、無情な「ヘゲモニー掌握のための排除」の他には、なんの絆をも残さなかった。「しばき隊」は、無垢な市民、純粋な社会参加の意識、歴史的原則的な闘い、沖縄への闘争への無配慮な侵入を利己的な打算の冷水に溺れさせた。

彼らは、彼らに対峙する勢力を「レイシスト」「ヘサヨ」と言い募ることを特許状で許され、立派に勝ち得た数々の特権を、ただ一つの非情な「ヘゲモニー」の自由と取り換えてしまった。一言でいえば、「しばき隊」は、現政権の進める反動政策、宗教的・政治的な幻想で覆われた搾取の代わりに、公然たる、あつかましい、直接の、剥き出しの「運動ヘゲモニー」を握ろうとした。
 
勘違いされた「しばき隊」は、これまで貴いものとされ、敬虔な畏れをもって仰がれてきた一切の価値や運動から、その後光を剥ぎ取った。彼らは、市民運動家や法律家やミュージシャンや学者や国会議員までもを、自分たちのお雇いの兵隊に換えてしまった。

5月26日、奇(く)しくもM君の対野間裁判判決の日、鹿砦社はみたび渾身の取材成果である〈爆弾〉を投下することを宣言する。『人権と暴力の深層』は、腐敗した社会運動を隠れ蓑に暗躍する、「黒百人組」への再度の〈闘争宣言〉である。

(鹿砦社特別取材班)

5月26日発売開始!『人権と暴力の深層』カウンター内大学院生リンチ事件真相究明、偽善者との闘い(紙の爆弾2017年6月号増刊)694円+税 amazonで予約受付中!!※本広告クリックでamazonへ繋がります。

AmazonでKindle版販売開始!『反差別と暴力の正体――暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』(紙の爆弾2016年12月号増刊)

重版出来!『ヘイトと暴力の連鎖 反原連―SEALDs―しばき隊―カウンター 』(紙の爆弾2016年7月号増刊)

 

 

  

5月26日発売開始!『人権と暴力の深層』カウンター内大学院生リンチ事件真相究明、偽善者との闘い(紙の爆弾2017年6月号増刊)

あの黒ぶち眼鏡で、控えめにコメントをするかつての姿はどこかへ行ってしまった。老眼をかける時以外は眼鏡をはずし、かつては冴えなかった顔色も心なしか(日焼けのためか?)健康そうに見える。しかし、健康状態が良さそうなのは喜ばしいが、この人には虚言癖と、過剰な自己顕示欲が露骨に表れてきた。

◆「ガチャ切り」なんかしていない

まさか、この世界に首を突っ込むキャラクターだとは予想できなかったけれども、最近は「しばき隊」内、外での存在感急上昇の香山リカだ。香山は鹿砦社に対して明確な嘘を過去少なくとも一度発言したことがある。『反差別と暴力の正体』に掲載したが、香山は自身のツイッターに「ロクサイシャってとこから電話来て、大学に送った質問状の回答まだかって。弊社では掌握しておりませんが何の質問ですかっ、て言ったらガチャ切りされました。何なんですか」と書き込んだことがある。

2016年8月25日の香山リカツイッターより

しかしこれは大嘘である。香山のかかわる会社へ電話取材した概要は『反差別と暴力の正体』に紹介したが、この際読者に事実を知っていただくために、会話の一部始終を公開しよう。電話に出たのは香山が関連する会社の男性だ。

男性 はい〇〇です。
── お邪魔いたします。こちら株式会社鹿砦社と申します。いつもお世話になっております。
男性 はい、お世話になっております。
── 香山先生いらっしゃいますでしょうか?
男性 どういったご用件でしょうか。

 

 

── こちらのほうから書籍と、感想をいただく書式をお送りさせていただいたのですが、そちらのほうをまだ頂けていないものですから。
男性 えっと、書籍と?
── ご感想をいただく質問状をお送りさせていただいたのですが。
男性 その質問状というのは何で送られましたか?
── 郵便でお送りいたしました。お送りしたのは大学(立教大学)の方にお送りさせて頂いておりまして。
男性 大学ですか。すいません大学は今夏休み中ですので、香山は大学に行っていないので……。
── お送りしたのはしばらく前になりまして、「届いた」ということは先生がツイッターでつぶやいていらっしゃいましたので、ご覧にはなっていると思うのですね。
男性 そうですか。すいませんが弊社に送って頂かないと弊社のほうで管理できませんので。
── 先生、今日はご不在でいらっしゃいますか。
男性 あまりこちらには来ませんので。
── あ、そうなんですか。
男性 すいませんがFAXかメールで送っていただけますか。
── わかりました。それではまた改めてご連絡差し上げます。

一言一句交わした言葉を再現したのが上記のとおりである。どこが「ガチャ切り」なのだ!この日は普段他者と交信をすることの少ない鹿砦社のツイッターアカウントから「香山リカ先生、ガチャ切りされました。何なんですか……」と弊社鹿砦社の取材におっしゃっていますが、「また、後日あらためて電話をさせていただきます」といって電話を切ったのが事実です。音声データもございますのでアップしますよ」と香山宛てに発信したが、その後香山からの返信はなかった。噓の上塗りは厄介なものなのだろう。

◆これで文句はないだろう!

この一件のほか、取材班からの質問状には回答をよこさないくせに香山は月刊誌『創』2016年11号で自身が持つコラム「こころの時代解体新書」に、「鹿砦社から届いた質問状に答える」と題した文章を掲載している。ところが題とは裏腹にこの文章の中で香山は取材班が投げかけた質問に全く回答していない。卑怯じゃないか。

そして、さすが今年度国内研究で講義がない(立教大学事務室談)香山先生は情報に敏感だ。『人権と暴力の深層』の広告(まだ正式には世間には出回っていない5月18日の時点で)をどこかで目にした模様で、下記のような書き込みを行っている。

2017年5月18日の香山リカツイッターより

香山は取材班の質問にはまともに回答をよこしてくれないが、鹿砦社の出版物には登場をご希望であったようだ。虫がいいのもたいがいにしてほしい、などと冷たいことを取材班は言わない。

心配しなさんな。香山先生。あなたがそう思うだろうことを取材班はちゃーんと分かっていた(取材班の中には医師ではないものの臨床心理学をかなり学んだ者がいる)。だから香山に直接インタビューもしたし、グラビアにもバッチリ登場してもらっている!

 

 

ご本人の記憶にはないだろうが!どうだ。これで文句はないだろう!鹿砦社に後ろ足で砂をかけるようなことをすればどうなるか。香山先生とくどご熟読あれ!

『人権と暴力の深層』に収められているサプライズは、もちろん香山だけではない。読者の皆さん!『人権と暴力の深層』には「香山サプライズ」を超える「爆弾」が満載されてることを取材班は保証する。発売は26日だが、売り切れも予想される。今すぐアマゾンでご予約を!

(鹿砦社特別取材班)

5月26日発売開始!『人権と暴力の深層』カウンター内大学院生リンチ事件真相究明、偽善者との闘い(紙の爆弾2017年6月号増刊)※本広告をクリックするとAmazonの同書の箇所に繋がります

5月26日発売開始!『人権と暴力の深層』カウンター内大学院生リンチ事件真相究明、偽善者との闘い(紙の爆弾2017年6月号増刊)

AmazonでKindle版販売開始!『反差別と暴力の正体――暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』(紙の爆弾2016年12月号増刊)

重版出来!『ヘイトと暴力の連鎖 反原連―SEALDs―しばき隊―カウンター 』(紙の爆弾2016年7月号増刊)

ノーベル賞の「功罪」を総体で評価すれば、政治から離れることができず「罪」が「功」を上回るのではないかと思う。原発推進の世界組織、IAEA(国際原子力機関)が「ノーベル平和賞」を受賞していることを見てもそれは明らかだ。でも、時に「これは!」と唸る受賞者を選出するので、ノーベル賞の価値を全否定することができない。

◆『チェルノブイリの祈り 未来の物語』──文学のような読後感を抱かされるルポルタージュの秀作

『チェルノブイリの祈り 未来の物語』(1998年12月18日岩波書店単行本)

2015年にノーベル文学賞を受賞した、スベトラーナ・アレクシエービッチ『チェルノブイリの祈り 未来の物語』(岩波書店 翻訳=松本妙子)は世界中の人に読まれる価値のある作品だ。『チェルノブイリの祈り』は徹底した取材に基づくルポルタージュ作品なのだが、文学のような読後感を抱かされる、濃密かつすぐれた作品だ。
同書の著者、スベトラーナ・アレクシエービッチさんが昨年来日し、「福島現地を訪れたドキュメンタリーがNHKで放送されたよ」と同番組を録画していた友人がDVDを貸してくれた。前後編2本に分かれていて、前編は「チェルノブイリの祈り」、後編「フクシマ 未来の物語」だ。チェルノブイリと福島を訪れたスベトラーナ・アレクシエービッチさんは、通訳を介してながら、普通のインタビュアーでは、聞きづらそうな内容を、現地の人々にズバズバ聞いてゆく。相当な修羅場をくぐってきた人だということが、その問答から分かる。

「ベラルーシでは情報が統制されている」、「事故が起こればどこの国でも同じ」、「国家はその責任を取ろうとしない」などとNHKがよく放送させるな、と思われるセリフを次々と語る(本当のことを語っているだけなのだから、こんな感想を持たざるを得ないことが不幸なのであるが)。

◆「絶望」を示唆する言葉のかけら

『チェルノブイリの祈り 未来の物語』(2011年6月16日岩波現代文庫)

「チェルノブイリの祈り」日本語版の解説を書いたフォトジャーナリストの広河隆一さんにインタビューした時、「ソ連では医師や警察、地元の代表と軍も混じり避難すべきかどうかが事故直後に話し合われたが、避難を妨げたのは医師で、軍は避難に積極的だった」という主旨のお話を伺って、驚いた経験がある。

軍隊、とくに旧ソ連の軍隊には何の根拠もないが「冷徹」なイメージがあり、彼らが原発事故被災者の避難に、医師よりも積極的であった理由がわからなかった。が、広河氏から理由を聞いて、ああなるほどと納得した。「当時は核戦争の危機が迫っていた時代ですから、軍には『核』の危険性の知識があった、だから住民の避難は『核戦争』が発生した時の前提で軍は考えたのです」

恐ろしい理由ではあるが、結果として事故後の近隣住民避難体制は、福島よりもチェルノブイリの方が、はるかに手際が良かったとの評価は現場を取材した人々から異口同音に聞いた。しかし、避難はチェルノブイリの方が敏速であったとしても、事故後の対応は基本的には変わらない。スベトラーナ・アレクシエービッチさんはベラルーシの情報統制ぶりを何の躊躇もなく批判していたし、「フクシマ」の将来についても、楽観的ではない予想を語った。至極当然な冷厳たる現実を彼女が語ると言葉が文学的であり、それゆえ、より重い迫力で画面の向こう側から「警鐘」と「冷厳な分析」が伝わってきた。そしてこれは私だけの感想かもしれないが、あえて言えば「絶望」を示唆する言葉のかけらもあった。

◆「4・26があったから3・11はあの程度で済んだ」という発言を耳にしたことはない

きょう4月26日は旧ソ連でチェルノブイリ原発が爆発事故を起こして31年目にあたる。ゴールデンウイーク直前のこの時期、福島第一原発事故が起こる前、原発の危険を懸念する人びとの間では、決して忘れることのできない、悪夢の記念日だった。そこに3・11が加わってしまい4・26はこの国では少し色あせた感はあるけれども、実は事故後6年経った現在、チェルノブイリ事故で残された記録や情報の数々は、悲しいことではあるが、フクシマで被害拡大を阻止しようと尽力する人びとに援用されている。

国家もまた「いかに被害を隠すか」の先例として、旧ソ連、ウクライナの手法を参考にしているようだ。だが一党支配の「共産主義国」だった旧ソ連よりも、自由に発言ができて、国際的にも医療や技術の援助を求めやすいはずの、この国におけるフクシマ事故の処理は場当たり的で、稚拙に思える局面が多すぎる。

「4・26があったから3・11はあの程度で済んだ」という関係者の発言を耳にしたことがない。学ぶ姿勢がないのか、学んでいないのか。ウクライナは電力が圧倒的に不足しているので今でも原発が動いている(この事実には驚かされるが)。一方この国では電気は有り余っているのに、電力会社の利益のためにのみ、原発の再稼働が次々と目論まれている。高浜原発3、4号機の運転停止を言い渡した大津地裁の判断は、ごく自然な危険に対する姿勢を示したが、大阪高裁ではその判断が翻った。佐賀県知事も玄海原発再稼働の同意を出した。関西電力、九州電力をはじめ、司法や知事「原発再稼働」グループを罵(ののし)る言葉を探しているが見当たらない。

近しい年配の親せきが「どうして原爆を落とされて、痛い目を経験しているのに。福島ではあんな事故が起きて、ひどい目にあっている人がいるのに、再稼働なんて『馬鹿』としかいえない。私は年寄りだけど電力会社や再稼働を認める役人が目の前にいたら堂々と『あなたは馬鹿だ』と言ってやりますよ」と語った。私もそれ以上適切な表現が思い浮かばない。


◎[参考動画]2016年11月28日、東京外国語大学で行われたスベトラーナ・アレクシェービッチさん名誉博士号授与記念講演「とあるユートピアの物語」(OPTVstaff 2017年1月12日公開)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

〈原発なき社会〉を求める声は多数派だ!『NO NUKES voice』11号!

多くの人たちと共に〈原発なき社会〉を求めて『NO NUKES voice』

 

毎日、毎日アメリカと北朝鮮の緊張を伝えるニュースがひっきりなしに伝わります。アメリカは「あらゆる手段を排除しない」とか北朝鮮は「核攻撃には核兵器で応じる」など、文字だけを追って行けば、戦争直前のようなキナ臭いことばが行き交っています。だからといって日本政府が北朝鮮への「説得」や「外交戦術」に出る気配は一向にありません。あいも変わらず「対話と圧力」を繰り返すばかりの安倍総理。第二次安倍政権が発足してから、北朝鮮と「対話」をしたことがあったでしょうか。「拉致問題の解決に全力であたる」と繰り返していますが、「対話と圧力」の内実は「圧力に次ぐ圧力」で、それこそ封じ込められ「圧力釜」のように内圧が上がった北朝鮮の、暴発を、まさか内心期待したりしていないでしょうね。

現在書店で販売中、『紙の爆弾』5月号の特集は「私たちの『権利』を確認する」です。特集の紹介分は以下の書き出しからはじまります。

私たちには「人権」がある。言うまでもないことだが、ならば、私たちの人権は守られているだろうか。それに基づく「権利」は侵害されていないだろうか。社会で差別に出会ったり、職場で不当な扱いをされたりすれば、人権侵害を意識し、時に告発を行う。いまだに差別はなくならないし、搾取はあちこちで行われており、明らかに解決すべき課題である(後略)。

鹿砦社はいつから岩波書店のような「模範生」になったのか、と目をこすって、もう一度読み返したくなる文章です。『紙の爆弾』のサブタイトルは、表紙に小さな赤い文字書かれている「タブーなきラディカルスキャンダルマガジン」です。ほんとうは読者が「これちょっとな……」と時には顔をそむけるような暴露記事やスキャンダルを、満載したいはずです。でもどうですか。この真っ当なラインナップ。

●政治の「契約違反」にNOを 国家に異議を唱える権利 
 松村比奈子(首都大学非常勤講師組合委員長)に聞く
●高額供託金・運動規制「自由な選挙」を追求する 林克明
●権力による情報統制で進む「笑顔のファシズム」 本間龍
●ヨーロッパから見た自民党の「憲法改正草案」  広岡裕児
●捜査 裁判 報道以上の人権侵害 最高裁での逆転無罪の2冤罪事件 片岡健
●〝福祉行政”の魂胆が垣間見える 自治体「人権担当」という仕事 三谷誠
●「戦争絶滅受け合い法」制定のすすめ まず総理から前線へ!  佐藤雅彦

いつからこんなに硬派になったんでしょうか?(もちろん東陽片岡さんの「シアワセのイイ気持ち道講座」、エロイ重里さんの「風俗広告代理店マンの営業日誌」や読者から人気が高い、村田らむさん「キラメキ☆東京漂流記」やマッドアマノさんの「世界を裏から見てみよう」も健在ですが)

さらには、≪森友学園「国有地払い下げ」"8億円減額”詐欺行為の全貌 悪い奴らを眠らせるな!青木泰≫と続きます。

ジャーナリストの田中龍作さんや音楽家の三枝成彰さんが「本当のことが知りたければ『紙の爆弾』を読みましょう」と言われたことがあります。あれは冗談半分かと思っていましたが、いまや本当になりました。最近の『紙の爆弾』(私たちは「紙爆」と呼びます)は、毎号目が離せません。大手新聞社の記者に聞くと「『WILL』や『正論』は読まないけど、『紙爆』は必ず読んでいますよ」という人が多いのも、なるほどとうなずけます。

でも、『紙の爆弾』は「タブーなきラディカルスキャンダルマガジン」の基本姿勢を修正したのではなくて、世の中が「一見真っ当なようなスキャンダル」だらけになってきたと言うべきでしょうか。これだけ閣僚がボロボロになっても誰も辞任しないし、更迭されることはありません。おかしな世の中です。

5月号では≪〝籠池爆弾”で大揺れ 安倍政権「崩壊」と「その後」を予想する 朝霞唯夫≫や、≪米軍基地反対運動中に不当逮捕、五ヵ月の長期勾留から保釈 沖縄取材班≫とカバー範囲の広さが印象的です。今の『紙爆』は80年代後半の弛緩した時代の『朝日ジャーナル』より硬派かもしれません。ぜひご一読くださいね。

(伊藤太郎)

※『紙の爆弾』編集部からの訂正とお詫び
《米軍基地反対運動中に不当逮捕、五ヵ月の長期勾留から保釈 沖縄取材班》の本文中に誤りがありました。112ページ下段5-6行目「正和さん夫妻と博治さんの奥さん」とすべきところ、「正和さん夫妻と博治さん」と表記しておりました。お詫びして訂正いたします。

『紙の爆弾』タブーなし!の愚直なスキャンダルマガジン

前の記事を読む »