〝保護〞の名の下に同意なき親子分離 子どもたちが語った「児童相談所」の人権侵害

たかさん

◆千葉中央児相が強制した「婦人科検査」と親子分離

2025年8月6日、千葉県庁の記者会見室で、千葉中央児童相談所による「一時保護」を経験した3人の子どもたち(いずれも少女)が、自ら書いた原稿を手に持ち、報道陣に向かって1行ずつ読み上げていった。「児相と親子の架け橋千葉の会」が主催した会見の様子はユーチューブで観ることができるが、新聞やテレビなど主要メディアがこの証言を報じた形跡は、私が確認した限り見当たらない。

「同意なき親子分離」を経験した3人が共通して訴えたのは、単純な「親を庇いたい」という話ではない。児童相談所による突然の一時保護で、学校にも行けず友だちとも家族とも連絡が絶たれる、何も悪いことをしていないのに人生の重大な決定を他人に勝手に決められる、「子どもの安心・安全」の名の下に子どもの尊厳と未来が削られているという、制度そのものへの深い違和感だった。

まず、それぞれの事例を簡単に整理しておきたい。

①小学1年生のとき、父親に叩かれたことを学校で話した結果、「今日だけお泊まり」と言われて一時保護となり、家族と話せない生活を強いられ、解除条件として「両親の離婚」「父に知られない転居」「ランドセル以外の思い出の品の処分」を求められた。「見ず知らずの大人が表面的なことから勝手に虐待家庭と想像して話を進められた」というのが彼女の目に映る児相の対応で、「使い古しの下着を渡された」「勉強はドリルを渡され、職員から勉強を教えてもらうことはなかった」と、辛い想いを口にした。兄は転校先でいじめに遭い自殺未遂に追い込まれたという。

②小学4年生のとき、ゲームに興じていると、構ってほしがった父親が後ろから抱きつき胸に触れてしまったことを学校で話した。それが「性的虐待」とみなされ、一時保護・父子分離にされた。保護解除後も「父と2人きりにならない」「父に触れない」「必ず腕1本分の距離を空ける」などの条件が課された。彼女は「保護してくれてありがとうと思ったことは1度もない」と言い切った。

③小学6年生のとき、養護教諭への相談をきっかけに「性的虐待の疑い」とされ、「数日お泊まり」と説明されながら約70日の身柄拘束と、産婦人科での検査。「お父さんと暮らしたい」と訴えるも、父との別居・通信制限を一時保護の解除条件とされた。

3人は連名の要望書で、次のようなことを千葉県に求めた。

1 一時保護で子どもたちがどのような扱いを受けているのか国民に正確に知らせ、制度を根本から見直すこと。

2 一時保護所で家族との面会・勉強・自分の服・運動や趣味など人間として当たり前の生活を保障すること。

3 児相職員・親・子どもが「同じ場」で話し合い、子どもの意見を反映できる仕組みをつくること。

どれも「本来なら最初から備わっているべき最低ライン」と言っていい。

本稿では3人のうち、小学6年生のときに千葉中央児童相談所に一時保護された前記③の少女(以下、Aさん)のケースについて詳述する。もはや「相談所」の看板がふさわしいとはいえない現実が、そこにはあった。

◆「相談」と「疑い」がきっかけだった

Aさんが千葉中央児童相談所に一時保護されたのは、2024年4月15日。小学6年生だった。会見で語った保護のきっかけは、こうだ。

Aさんが「お父さんがふざけて胸を触ってくるのが嫌」だと、学校の養護教諭に相談すると、学校から「性的虐待の疑い」として児童相談所に通告がなされた。児相の職員から「数日お泊まりするがいいか?」と聞かれ、「数日ならいいかと思って『わかりました』と答えた」。すると、そのまま車に乗せられ、一時保護所での生活が始まった。

同日に始まった一時保護が解除されたのは6月26日。「数日お泊まり」といわれて連れて行かれたAさんは、実際には2カ月以上、約70日間、家に戻れなかった。児相は最初の一言から、すでに子どもとの信頼関係を裏切っている。Aさんにとって、この制度との出会いは「保護」ではなく「ウソ」として刻まれた。

刑事手続きの世界なら、人の身柄を数日以上拘束するには、勾留請求・裁判官の審査・弁護人の関与という厳格なステップが必要だ。

児相の一時保護は、「数日」という柔らかい言葉を入り口にしながら、現実には裁判官の顔が見えないまま、長期拘束へと姿を変えていく。

◆婦人科検査という「二次被害」

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SNS炎上から法的対立へ、三一書房があけび書房側に謝罪要求

黒薮哲哉

三一書房が、あけび書房の岡林信一社長に対し、5月19日付で内容証明郵便を送付していたことが分かった。内容は、岡林氏が投稿した複数のSNS投稿の削除と謝罪、さらに三一書房が「盗作本」と主張する『石ころの慟哭』(辻井彩子著、あけび書房)の出版中止と市場からの回収作業開始を求めるものである。

既報の通り、この問題は、ジャーナリストで同志社大学元教授、メディア研究者の浅野健一氏が、『石ころの慟哭』の著者である辻井氏に異議を申し立てたことに端を発する。浅野氏は、山上徹也被告の裁判を傍聴し、その内容を扱った書籍を、当初はあけび書房から出版する予定だった。しかし、ゲラ段階で急遽、版元をあけび書房から三一書房へ変更し、『石ころを石礫に』を出版した。

「浅野本」の制作には、辻井氏のほか、別の編集者も関わっていた。

浅野氏が版元を変更した後、辻井氏は自身が収集していたデータを用いて『石ころの慟哭』を執筆し、あけび書房から出版した。これに対し浅野氏は、「辻井本」には内容が盗用されているとして、裁判所に出版差し止めを申し立てた。さらに、フェイスブックなどのSNSで自身の主張を展開し、SNS上では炎上状態となった。

こうした流れの中で、浅野氏は、あけび書房の岡林社長と辻井氏のほか、鹿砦社の松岡利康社長、ジャーナリストの鈴木エイト氏、さらに黒薮に対しても法的責任を追及する考えを表明した。

一方、あけび書房側も、「浅野本」には、辻井氏が提供した原稿の盗用があると主張している。浅野氏は4月16日、自著の出版記念講演の中で、「5月中に裁判を起こす」と公言した。その数日後、「浅野本」の版元である三一書房があけび書房へ内容証明を送付したことで、訴訟への発展はほぼ避けられない情勢となった。内容証明の全文は次の通りである。

◎内容証明郵便の全文 https://31shobo.com/topics/

◆4つの着目点

私は、次の点に着目している。

① 原告と被告の間に、それぞれ盗用はあったのか。
② 辻井氏が制作したデータ原稿の著作者人格権は誰にあるのか。
③ 本を制作する際、浅野しは協力者はどのように扱っていたのか。
④ 浅野氏は大学の時代にも、「盗用」をめぐり大学院生と係争を起こしているが、過去の事例との類似性はあるのか。 

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年5月21日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

日本政府「危機感ゼロ」という恐怖 CIA企業パランティアの危険性

昼間たかし(紙の爆弾2026年6月号掲載)

3月初頭、首相官邸のサイトにアップされた一枚の写真が波紋を呼んだ。高市早苗首相が白人男性と並んで笑顔を見せている。その人物こそ、ペイパル(PayPal)共同創業者でフェイスブックの最初の外部投資家として名を馳せた億万長者、ピーター・ティール。

この写真が公開されると、SNSでは専門家や識者から色を失ったようなコメントが相次いだ。「安全保障の観点ですらも不適格」「まじでヤバい。常軌を逸している」「『絶対触っちゃダメ』でお馴染みの、あのパランティア!?」ここまで言葉を選ばない反応を浴びせられるパランティアとは、いったい何なのか。

◆パランティアとは何か

パランティア・テクノロジーズ社はCIA(米中央情報局)である。

こう書くと陰謀論だと思うかもしれない。しかしこれはすでに多くのメディアが報じている事実だ。会社そのものがCIAの資金で設立された。

ティールがパランティアを創業したのは2001年9月11日の同時多発テロ以降、ペイパルの不正検知システムがFBI(米連邦捜査局)から注目されたのがきっかけだ。ティールはこのシステムを転用してテロリストを検知する技術を開発し出資者を募ったが、最初は誰も出資しなかった。顧客が誰なのか、何を売るのかがまったく明確ではなかったからだ。

そこで出資したのが、CIAの投資部門・インキュテル(In-Q-Tel)だ。1999年、CIA長官ジョージ・テネットが設立した準公的ベンチャーファンドで、目的は「米国の諜報機関が技術的優位を保つこと」。約125万ドル(約2.5億円=当時)という金額も驚くが、より重要なのは、「CIAが最初の顧客だった」という事実だ。

設立から数年間、パランティアの顧客はCIAだけだった。CIAアナリストがパランティアのエンジニアとCIA本部でテロリスト監視システムを共同開発した。2006年にリリースした「Palantir Gotham(ゴッサム)」はCIA、FBI、NSA(国家安全保障局)、国防総省が次々と導入。2011年のオサマ・ビンラディン殺害作戦でも使われたとされる。

日本法人は東京・神宮前のオシャレなオフィスビルに入居している。しかしその実態は「CIAの、CIAによる、CIAのための企業」だ。

パランティアの最大の問題点は、諜報機関との関係を超えた倫理観のおかしさだ。2025年8月、米テックメディア「ワイアード(WIRED)」が「パランティアは実際、何をしている企業なのか?」という記事を掲載した。元社員すら「まとまった説明をどうすればいいかは難しい問題です」と語り、別の元社員は「その質問にどう答えればいいか、まだわかりません」と答えた。働いていた人間ですら説明できない会社なのだ。

わかっているのはこうだ。パランティアが米軍に提供している主力製品「Maven Smart System」は、衛星画像・ドローン映像・電波傍受・位置情報をリアルタイムで統合し、AIが攻撃目標を自動選定する。従来は人間2000人が12時間かけて作っていた標的リストを、AIが1分以内に完了する。今年2月末から始まったイラン攻撃では、このシステムが初日だけで1000件以上の標的を選定したとされる。少なくとも13の病院が攻撃され、小学校への攻撃で165人が死亡した。効率的な殺人AIだ。

このシステムは、最初に開発していたグーグルも逃げ出したいわくつきのものだった。2017年、米軍のドローン映像AI分析プロジェクトに参加したグーグル(Google)では社員が倫理的問題を理由に大量退職し、2018年6月に撤退した。グーグルですら「人殺しに使っちゃダメだろ」と判断したものを、パランティアは喜んで引き継いだのである。

パランティアCEOのアレックス・カープはハーバーマスの下で社会理論の博士号を取得した知識人だが、発言は常軌を逸している。2025年2月の業績発表会では「パランティアは必要とあらば、敵を怖がらせ、場合によっては殺す」と明言。2026年3月には、軍事利用を拒否するAI企業アンソロピックを念頭に「政府がテクノロジーを国有化しないと思ってるなら、あんたは知的障害者だ」と公の場で差別発言を繰り返している。

「AI時代の死の商人」――それがパランティアの実情だ。そんな会社のシステムを、日本政府は本気で導入しようとしている。

1月16日、小泉進次郎防衛相がワシントンのパランティア本社を訪問。「AIや無人機の活用が非常に重要なポイントだ」と述べた。現状、富士通などの民間企業を通じてゴッサムを調達する方向で調整が進んでいる。

ゴッサムは、国家が持つあらゆるデータを統合してAIが分析・監視するシステムだ。警察の犯罪記録・税務データ・出入国記録・防衛機密・SNSの投稿履歴――これらを一つのプラットフォームに統合し「誰が誰とつながっているか」「誰が危険人物か」をAIが自動分析する。

マイナンバーカードの危険性が指摘されているが、それらはしょせん「閉じたシステム」である。ゴッサムは次元が違う。誰がどこで何をしているかを即座に検索し、犯罪を行なう〝危険性?まで予測する監視システムなのだ。

◆明確な基本的人権の侵害

こうした行き届いた監視システムに、導入を検討した主要国は、すでに次々と逃げ出している。

2023年2月、ドイツ連邦憲法裁判所は、ハンブルク市警察が導入したパランティアのシステムについて「違憲」との判決を下した。理由は「明確な基本的人権の侵害」だ。問題になったのは犯罪予防を目的としたシステムで、警察の犯罪記録・通話履歴・SNS投稿・位置情報を放り込むだけで犯罪を〝予測する?というものだった。

ところが実際にAIが検知したのは、あり得ない犯罪ネットワークだった。

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イラン戦争が示す高市政権「トランプ媚従」の末路

堀茂樹 構成・本誌編集部(紙の爆弾2026年6月号掲載)

2月28日、イランの首都テヘランへの空爆に始まった米国の戦争は、そもそも目的が明確でない。しかし動機は見え透いている。米国は、今日なお自国が世界を仕切る超大国であることを示したいのである。

実は、第二次世界大戦後の米国は、世界各地で戦争を仕掛け、毎度敗退してきた。ただし本土を攻められたことがないため、ベトナム戦争のような明らかな例を除けば、世界の人々は米国が敗北したとは認識してこなかった。

しかし近年、歴史学者エマニュエル・トッドも指摘するとおり、米国はウクライナを介した代理戦争でロシアにはね返され、関税を武器にした経済戦争では中国に力負けした。そして今回、空爆やミサイルによる直接的な戦争をイランに仕掛けたが、戦場が米国本土から遠く離れた中東ということもあり、兵力の不足が隠せなくなってきている。わが国は、この基本的事実を踏まえて、今後の国防戦略を考え直さなければならない。

◆トランプとイランの間の「価値観」の隔絶

これまで米国は、政権転覆工作を含む他国への攻撃に際して、いつも「民主化」を大義名分としてきた。しかし、今回トランプは、「アメリカとイスラエルに対して友好的であればイランに民主化は必要ない」(3月7日)と言い放った。イランの核開発への懸念を語りながら、平和的な協議中にいきなりの騙し討ちでイランの最高指導者らを暗殺した。大義のない戦争、帝国主義的暴力をむき出しにする戦争であることを、米国は隠さなくなった。

こうなると、トランプの「アメリカファースト」は、他国とその国民を犠牲にしてでも米国の利益を図るエゴイズム以外の何物でもない。しかも、追求するのはカネばかり。連発される「ディール」という言葉がその象徴だ。カネ儲けを超える価値を、トランプは持ちあわせていないのではないか。

対照的なのがイラン側の人々で、彼らは少なく見積もっても、個人的な生命を超える価値にセンシブルだ。暗殺された最高指導者ハーメネイー師の最期は、殺される可能性を織り込み済みであったように見える。殉教ということのあり得る社会と、あり得ない社会の間には、途方もない隔絶がある。

ただし、個人を超える価値、生命を超える価値への感覚は、必ずしも宗教の教えに直接依存しているわけではない。宗教によって培われた形而上学的理念が、当該の宗教が下火になったあと、世俗化して人々を導くことがある。たとえば西洋近代の人権尊重は間違いなくキリスト教起源だが、宗教としてのキリスト教から離れ普遍化した。

エマニュエル・トッドの出色の指摘の一つによれば、西洋人一般が今のイランを原理主義的なイスラム教権国家と見做しがちなのは現実を知らないからである。モスクは熱気が溢れているとはいえない状態で、むしろふだんは「空いている」し、また、イラン人女性は非常に高い確率で高等教育を受けており、全員がヒジャブを被っているわけでは全くない。

かつて西洋諸国でキリスト教由来の世俗的価値観が公的なコンセンサスとなり、キリスト教会の権威を私的生活圏に追いやったのと似たプロセスで、実はイランも、1970年代末のイスラム革命にもかかわらず、ではなくむしろ、ほかでもないイスラム革命を契機として、しかもあの革命が打ち出した教義や戒律には反して、俄然近代国家に変貌しつつある、と捉えるべきであろう。

長い文明の推移がそのような途上にある国に、愚かにも西洋は外から力ずくで西洋風の民主制を押しつける。しかも、それは名目にすぎず、真の動機は覇権の誇示と金銭的利益の追求に尽きている。民主制を押しつけられた非西洋国の国内は通常、外からの圧力への対抗の必要に駆られ、一挙に保守化し、強権的な政体へと向かう。それが、2003年のイラク戦争を契機にイスラム国が誕生したのをはじめ、中東地域の多くで見られた経緯である。

ところが、今回イランは、反動に翻弄されるどころか、米国とイスラエルに対して冷静に、強靱に、そして自律的に対処しているように見える。米国とイスラエルは昨年6月に「12日間戦争」を仕掛け、今年2月末にはイランの最高指導者をいきなり暗殺した。そして得意の情報戦を仕掛け、イランによる核兵器製造や、国内のデモにおける4万人もの市民の殺害を吹聴した。しかし、内乱もレジームチェンジ(体制転換)も起こすことができなかった。イラン国民はむしろ団結している。

そこに如実なのは、蓄えられたリアルな戦力の充実に加えて、宗教自体というよりも、宗教をバックボーンとする倫理観の確かさ、個人の生命を超える集団的価値(=祖国)や形而上学的価値(=永遠)への信念の強さであるように思われる。

イランを支えるそんな思想を、トランプと、トランプが戯画的に代表する現代西洋は理解しない。対立は長期化しそうだ。

本誌発売時点の具体的な戦況を予測することはできない。それでも、かなり早い段階で、米国の敗北はすでに確定的であったと考えられる。少なくとも、私がしばしば参照するフランスの複数の独立系メディアは、3月末にはすでに米国の敗北を明白と判断して、分析・解説を行なっていた。

◆「自由」と「民主」のバリエーション

ここで、米国の掲げる「自由民主主義」について確認しておきたい。

民主主義における意思決定の基本は「多数決」、すなわちマジョリティの支配である。しかし「多数の暴力」という言葉があるように、多数で決めたことだからといって、個人の基本的人権を損なうことが許されるわけではない。そこに多数決の限界が考えられている。

一方で、個人の権利擁護を絶対化すると、意思の集約ができず、民主主義は成り立たない。それは自由主義的でリベラルではあるが、もはや民主主義とはいえない。
米国の自由民主主義は、何事につけ、個人の自由を優先的にする。裁判で金を持つ側が有利となるのも当然のことと考えるし、名門大学のグループであるアイビーリーグにも富裕層の子弟は財力で入り込みやすい。なんと学内で、富裕層の学生が、優秀な学生を家庭教師として雇っていることもあると聞く。米国は、個人の権利を中心に据えた新自由主義的な社会といえる。

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《山上徹也公判記録書籍問題》『石ころの慟哭』版元・あけび書房/著者・辻井彩子さんら反撃開始! 浅野さんは相手方の「盗用」指摘に真摯に答えてください!

鹿砦社代表 松岡利康

この問題、浅野健一さんからの、これでもかこれでもかというネットリンチとしか言いようのない攻撃に、あけび書房と著者の辻井さんは耐えに耐えてきた感がありますが、出版差し止め(出版禁止)仮処分が進展しない中、あけび書房と辻井さんは反撃を開始いたしました。2日続けての岡林あけび社長のFBを転載させていただきました。浅野さんは、これに真摯にお答えいただきたい。これまでは、双方とも仮処分の進展を睨みながら問題点を公開しないで来たようですが、あけび側は先手を打って公開に打って出たようです。

また、浅野さんは当事者のあけび書房と著者・辻井さんのみならず、あけび本の帯を書いた鈴木エイトさんに対しても「共犯者」として訴訟をちらつかせ、さらに出版差し止め(出版禁止)仮処分申し立てを批判し即刻取り下げるように諫めた私・松岡や、さらには黒薮哲哉さん、浅野本の原稿整理や編集を一時手伝ったМさんまでも提訴すると言ってきました。まさに訴権の濫用としか言いようがありません。

いやしくも「ジャーナリスト」が、これほどまでに司法権力に頼り切るということに、果たして問題はないのでしょうか? ジャーナリストであれば、言論には言論で勝負すべきではないでしょうか?

浅野さんは、俗に「人権派」と言われていますが、このかんの浅野さんによる、特に辻井さんに対するネットリンチ攻撃は異常で、とても人権派とは言えず、“反人権派”としか言いようがありません。みなさん、そう思いませんか?

ところで、仮処分の書面と呼び出りがいつまで経っても来ないことに業を煮やしたのか、あけび書房/辻井陣営は、「盗用」疑惑の箇所を公開してきました。浅野さんは、これに対して、どう答えるのか? みずからが売った喧嘩でしょうから、きちんと答えないといけません。

また、浅野さん/三一書房陣営も、5月16日、都内で出版記念会を開き、参加者20名ということでした。もっと集まるものと想像していましたが、意外に少なかったようです。辻井さんの味方と思っていた寮美千子さんも電話で参加されたとのことです。鈴木エイトさんや岡林あけび書房社長らも参加するように言っていましたが、浅野さんのFBを見ると参加されなかったのでしょうか。

実は、会場のたんぽぽ舎は、鹿砦社東京編集室の二軒隣にあり、同舎とは、もうすぐ創刊12年になる反原発雑誌『季節』で、創刊時から協調関係にあり、ここのスタッフの方々は、いわば善人ばかりです。下手すれば怒号が飛び交うような集会を、こんな所でするなよと言いたいところです。正直、事を荒げて欲しくなかったのですが、まあ、平穏に終了したようでホッと一安心です。

【浅野健一氏の出版妨害について ① ゲラ盗用疑惑】
5月16日付け岡林信一あけび書房代表のFBよりhttps://www.facebook.com/plugins/post.php?href=https%3A%2F%2Fwww.facebook.com%2Fokabaya%2Fposts%2Fpfbid02Sss4zmo8UB2kKci8e3yEtswkytYtFR6rdRMzAYtgy4x8km7okefuLyG3Vni8b44l&show_text=true&width=500

【浅野健一氏の出版妨害について ②大量のコピペ】
5月17日付け岡林信一あけび書房代表のFBより https://www.facebook.com/plugins/post.php?href=https%3A%2F%2Fwww.facebook.com%2Fokabaya%2Fposts%2Fpfbid02mPXFqpMn6TzrWmJf5huYdrjtYvniiGzFnctSovpxkoZXKBiX3hoeS8thtps3o26yl&show_text=true&width=500

【追記】5月16日の浅野健一さんの出版記念会ですが、浅野さんのFBでは、鈴木エイトさんらの「参加」などなく平穏に開催され何のトラブルもなく終了したかのように書かれていますが、実際には鈴木エイトさんとの激しい応酬があったようです。詳しくは、
https://www.facebook.com/share/1EEoZd6gvP/?mibextid=wwXIfr
をご覧ください。

それにしても、なぜ浅野さんは何もなかったかのように装うのでしょうか?いつもなら「妨害だ!」と大騒ぎするのに……。ここでは、その一部を引用しておきます。

〈終了後に直撃、間違いを認めず抗弁
そこで、講座終了後、浅野氏に声を掛けた。
―― 書籍の内容にかなり誤りがあり、事実誤認についてすり合わせをしてくれと小番さんに言われたのですが。
浅野氏「あなたとすり合わせをするつもりはありません」
── 私もするつもりはないのですが、それならきちんと質疑応答で質問を読むべきではないですか? 少なくとも山上被告は「2003年ごろから、統一教会幹部と政治家の襲撃を考え始めた」「安倍氏を襲いたいという気持ちは2006年頃からあった」などと法廷でひと言も言っていませんが?
浅野氏「言っています」
── いえ、そんな発言してないです。どうやってファクトチェックされましたか?
浅野氏「公判記録を見ればどちらが間違っているか判ります」
―― 公判記録を見たんですか?
浅野氏「まだ見てないです」
── 見ていないですよね。彼はそんな発言していませんから。
浅野氏「あなたは間違っています。私の質問に答えていない」
―― 答えたのにデマを書きましたよね? あなたの思い込みを書いているだけですよ。
浅野氏「あなたは間違っています」
―― それはすべてあなたの思い込みです。山上被告が「2003年ごろから、統一教会幹部と政治家の襲撃を考え始めた」「安倍氏を襲いたいという気持ちは2006年頃からあった」と法廷で何度も発言したと書いてあるのは、間違いです。
浅野氏「あなたが間違っています」
―― 公判記録になかったらあなたの妄想ということですね
浅野氏「あなたが勝手にやればいいじゃないですか」
―― あなたの主張だと奈良地裁の公判記録に山上被告が「2003年ごろから、統一教会幹部と政治家の襲撃を考え始めた」「安倍氏を襲いたいという気持ちは2006年頃からあった」と被告人質問に対し供述したといことが何度も出ているんですね?
浅野氏「そうですね、出てきますよ」
―― わかりました。ご自分の発言に責任を持ってくださいね。
浅野氏「あなたは間違いを認めなさいよ」
―― 何をですか?
浅野氏「あなたは間違っているじゃないですか」
―― あなたの本の中で私について書いてあることはデマばかりです。あなたが自分の思い込み、妄想を書いているだけです。
浅野氏の代理人「問題ですね、事実でないことはよくない」
浅野氏の代理人弁護士も来ていたので声を掛けた。
── 本の中に私に関して事実に反するデマが多々あります。
浅野氏の代理人弁護士「それはじゃあご指摘いただいて」
── 指摘したのにデマをそのまま書籍に書いているんです。
浅野氏の代理人弁護士「ああ、そうなんですか」
── 山上被告が公判で発言していないことを恰も、彼が発言したように鍵括弧で書いているんです。
浅野氏の代理人弁護士「それは問題ですね、事実でないことはよくないですね」
── 浅野氏は先ほど私に「公判記録を見れば判る」と言ってましたが、私は法廷で山上被告の全発言を聴きましたがそんな発言(山上被告が「2003年ごろから、統一教会幹部と政治家の襲撃を考え始めた」「安倍氏を襲いたいという気持ちは2006年頃からあった」)はしていないし、あらゆるメディアがそんなことを報じていません。
浅野氏の代理人弁護士「たしかにそこの点は問題ですね」
── 浅野さんは自分が間違っていないと言い張ってますが、山上被告がそんな発言を法廷でしていたら各メディアは必ず報じますから。
浅野氏の代理人弁護士「そこの点はきちっとしないとですね、事実かどうかは」
浅野氏の代理人でさえ、苦言を呈していた。
浅野健一氏は事実でないことを事実であると思い込む傾向があるようだ。〉
「鈴木エイトの調査報道ファイル」(5月16日号)より

《山上徹也公判記録書籍問題》https://www.rokusaisha.com/wp/?cat=137

浅野健一さんは、憲法21条の精神に則り、出版差し止め(出版禁止)仮処分申し立てを即刻取り下げよ! 訴権の濫用をやめよ!

鹿砦社代表 松岡利康

日本国憲法第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
 2 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

「釈迦に説法」でしょうが、私たちは、あらためて憲法21条に立ち返りたいと思います。またまた、くだんの山上徹也公判記録本をめぐる紛糾問題についてです。

私は、浅野健一さんが、あけび書房刊行書籍『石ころの慟哭』に対し、出版差し止め(申請書面では「出版禁止」)仮処分を申し立てるということを知って、これだけはダメだと諫める文を書きました。いやしくも「ジャーナリスト」を自称他称される者が、相手方の出版や言論を司法権力を使って封殺することを考えること自体が自殺行為です。直近(5月12日付けFB)で浅野さんは、岡林信一あけび書房社長を「出版界から永久追放します」とまで言っています。かつて共に仕事をした者として、あらためて警告します。こんな傲慢不遜な姿勢だから、ほとんどの名の有る雑誌から「永久追放」され書く場を失くしたと言ったら言い過ぎでしょうか。さらには、教え子のほとんどが離れていったり距離を置いています。

私はあと数カ月で後期高齢者の仲間入りで、この期に及んで面倒な諍い事に介入するつもりはなかったのですが、浅野さんが出版差し止め(出版禁止)仮処分を申し立てるということで、やむなく警告しました。これが出版差し止めでなく一般的な民事訴訟だったら口出しするつもりはありませんでした。なぜ私が警告しているのかと言えば、標記の憲法21条に違反しますし、5度も出版差し止めを受けた私だからこそ、出版差し止め(出版禁止)の危険性を身をもって知っていますので、あえて警告したわけです。いやしくも浅野さんは、わが国を代表する通信社・共同通信で20年、これを退社後、同志社大学(新聞学専攻、のちにメディア学科)で20年、われわれには到底及びもつかない輝かしい経歴です。そんな方が出版差し止め(出版禁止)を申し立てるとは……。

出版差し止め(出版禁止)を、為政者や権力者、大手企業などが行う場合は、なにか不祥事やスキャンダルを隠蔽するためでしょうが、浅野さんは、いつから為政者や権力者になったのでしょうか?

ところで、私は出版差し止め(出版禁止)の危険性を身をもって感じたからこそ、その危険性、憲法21条に違反することを訴えたかったわけですが、今声高く相手方を攻撃する浅野支持者の方々も、一方のあけび書房に近い方々も、双方が「盗作」疑惑で応酬し合っていて、出版差し止め(出版禁止)の問題については、ほとんど語られません。まったく遺憾です。それどころか、浅野さんは、あけび書房・岡林代表や著者の辻井彩子さんのみならず、帯を書いた鈴木エイトさん、やはり疑問を持たれた黒薮哲哉さん、私松岡、さらには編集を手伝ったМさんにまで「法的措置」を公言し、訴権の濫用を行使しようとしています。いやしくもジャーナリストであれば、訴訟という手段ではなくペンで勝負すべきではないでしょうか。浅野さん、またこの文章を読んでいるみなさん、私の言っていることは間違っていますか?

特に、出版の「素人」(by浅野さん)で最初の出版でみずからの宗教三世という立場と山上さんの心情を重ね合わせて必死に取り組んだ辻井さんに対して連日攻撃し、さらには浅野支持者を焚きつけ、これでもかこれでもかと攻撃する……こういうのをネットリンチと言うのでしょうが、辻井さんの人権などおかまいなしです。私たちが10年関わって来た大学院生リンチ事件(いわゆる「しばき隊リンチ事件」)被害者支援で、あろうことか被害者やこの支援者に対し激しいネットリンチがなされましたが、これと似ています。少なくとも日頃、たとえ犯罪者であっても人間としての人権を尊重することを口にされる浅野さんは、みずから率先垂範で相手方への人権無視の攻撃をやめ、また支持者が口汚く辻井さんらを攻撃するのを戒めないといけません。そうではないですか? 辻井さんもよく耐えてきたものだと思いますが、同情を禁じえません。

直近では、辻井さんを庇う立場にあると思われていた(私が勝手に思っていたのかもしれませんが)寮美千子さんまで辻井さんを批判する立場に転じています。寮さんと言えば、受刑者問題に取り組んでおられ、遠くから畏敬の念を覚えていたのですが、失望しました。というのも、私は日本中、網走から沖縄まで、すべての刑務所を回り、さらには少年院などの矯正施設で、これまで四半世紀、550回も「プリズン・コンサート」といって獄内コンサートを継続してきた女性デュオPaix2(ぺぺ)を20年来支援してきたからです。本も2冊出しています。私の会社主催でのミニ・ライブも何度も行い、会社のイベントでもたびたび歌っていただきました。最近では、昨年7月12日、地元西宮で開いた『紙の爆弾』創刊20周年/反原発情報誌『季節』10周年の「反転攻勢の集い・関西」に駆け付けていただき歌っていただきました。

まだ仮処分は、決定どころか、裁判所からの呼び出しも、双方の意見を聴く審尋(しんじん)さえも行われていないということですが、双方がチェックリストなどを作成されているとのことですので、「盗用」問題は早晩明らかになると思います。誤解を恐れず申し述べれば、私の予想するところでは、おそらく双方に、意図するしないにかかわらず多かれ少なかれ瑕疵があるんじゃないかと思っています。問題は、そこに悪意があるかないか、間違いを指摘されたら潔く認め、謝罪や訂正、場合によれば修正版を出版する、ということではないでしょうか。円満な解決を望みます。

しかし、浅野さんは、出版差し止め(出版禁止)仮処分と訴権の濫用は即刻やめるべきです。半世紀余りのジャーナリスト経験を持つ浅野さんが、それらの問題や危険性を知らないはずはないと思いますが、ジャーナリストとして自殺行為だからです。

最後におことわりしておきますが、私は、浅野さんが邪推されるように、どちらかに強いつながりがあるわけでもなく(辻井さんには、メールのやり取りは少ないながらありますが、いまだに会ったことも電話で話したこともありませんし、鈴木エイトさんに至っては会ったことも電話で話したこともメールや手紙でやり取りしたことさえありません)、当初は公平に距離を置いて“高見の見物”をするつもりでしたが、岡林あけび書房社長や著者の辻井さんらにファナティックなまでの攻撃を行い続け、私がちょっと警告すると浅野さんは私に対しても異常なまでの非難を行ってきました。まあ、私は、かの大学院生リンチ事件などでも、被害者の大学院生を庇い支援したことで、この種の非難はどうってことはありませんが、「素人」の辻井さんはそうもいきません。理不尽なネットリンチに耐えて来た辻井さんの心情はいかばかりでしょうか。大学院生リンチ事件など、常に弱者の側に立つことを旨としている私としては、浅野さんとその支持者から理不尽なまでのネットリンチ攻撃を受けている辻井さんを応援します。辻井さんの人権を守れ!

(2026年5月14日記)

※上記画像は、辻井さんによる浅野本のファクトチェックの様子。辻井さんのFBより。

※大学院生リンチ事件(しばき隊リンチ事件)については、これまで出版してきた6冊の関連出版物や「デジタル鹿砦社通信」の過去記事を参照してください。

《山上徹也公判記録書籍問題》https://www.rokusaisha.com/wp/?cat=137

『紙の爆弾』6月号に寄せて

『紙の爆弾』編集長 中川志大

前号(5月号)ではジャーナリストの乗松聡子さんと木村朗・鹿児島大学名誉教授、今月号では堀茂樹・慶応大学名誉教授に、イラン戦争の分析をお願いしました。前号は情報戦・認知戦を中心に解説、今回は「西側」「非西側」そして「日本」の社会のありようと、「グローバリズム」への分析などにも焦点を当てました。さらに第二次世界大戦当時のアメリカと現代中国の比較は、ほかにない観点でありながら、誰もが納得できるものです。

高市首相の「媚米」ぶりが、日米関係を、これまでになくわかりやすく可視化しました。最近、「対米従属」という言葉をよく聞くようになったのは、そのためでしょう。ただし、「だからどうするか」ということでは、いまだ「日本の安全保障は米国抜きには成り立たない」との論から脱せていないように思います。もはや本誌では、「対米自立」はメインテーマの一つとなっています。「日米同盟は存在しない」とたびたび指摘してきたのが一水会・木村三浩代表で、中国脅威論しかり、幻想を打ち砕くことが必要です。

4月28日、「出光丸」のホルムズ海峡通過が代替的に報じられると、翌日に高市首相は「私自身も、(イランの)ペゼシュキアン大統領に対して、こうした我が国の立場を申し入れました」とXにポストし自身の手柄かに語りましたが、一方で同日の在日イラン大使館のポストは「出光興産が所有する日章丸の1953年の歴史的な任務─イラン産石油を日本へ輸送したこと─は、両国間の長年にわたる友情の証として残っています」。もし高市首相のアピールが正確であれば、出光以外の船舶も通過できるはず。またもや根拠のない、いい加減な発言が明らかになっています。さらに「高市人気」も、私たちが自ら考えることをあきらめさせる、ある種の幻想といえるのかもしれません。そう考えると、日本政府の「情報戦」は国内・国民に向けられているようで、それがもっともわかりやすく表れているのがスパイ防止法です。

そして、「パランティア」。その危険性をもっともわかりやすく解説したのが昼間たかし氏の記事で、デジタル主権の問題を正確に捉える必要があります。高市政権がスパイ防止法や国家情報局設置で対策するのは、中国・北朝鮮・ロシアといった「外国」だが、Google、Apple、META、Amazonなどの企業をまったく問題視しないと記事は指摘。むしろこれら巨大テックに、個人がその認知と行動を設計される段階にきています。

また今月号では、足立昌勝・関東学院大学名誉教授が再審制度見直し議論を解説。このテーマを掘り下げると見えてきたのが、日本の冤罪構造でした。自民党内の議論では稲田朋美衆院議員の言動が注目されています。弁護士として最低限の矜持を守ったと評価すべきではあるものの、のいう通り問題はこれからで、今後も主張を続けることができるかに注目する必要があります。

ほか、れいわ新選組が迎える“分岐点”、イスラエルの核攻撃戦略、岡山県警元警視の女性記者に対する「不同意わいせつ事件」冤罪の可能性、京大吉田寮をめぐる裁判と現在など、6月号も独自の視点からのレポートをお届けします。
「紙の爆弾」は全国の書店で発売中です。ぜひご一読ください。

『紙の爆弾』編集長 中川志大

『紙の爆弾』2026年6月号
A5判 130頁 定価800円(税込み)
2026年5月7日発売

イラン戦争が示す高市政権「トランプ媚従」の末路 堀茂樹
日本政府「危機感ゼロ」という恐怖 CIA企業パランティアの危険性 昼間たかし
警察・検察・裁判所、そして法制審「再審制度見直し」に表れた冤罪構造の深層 足立昌勝
中東の核を独占する「ベギン・ドクトリン」イスラエルの核攻撃計画 青柳貞一郎
「弱者に寄り添う政党」が迎えた分岐点 れいわ新選組 騒乱の真相 鮫島浩
『USAを盗んだ男』が暴く国家私物化の実相 なぜ世界はトランプを止められないのか 白坂和哉
行政と成年後見制度に殺された私の父 富加見直子
“数字”が人間の思考を奪う AI管理される「人気」と「世論」 片岡亮
政府の対米従属を国民が批判すべし 世界多極化で高まる「日ロ相互理解」の重要性 木村三浩
大阪関西万博・安倍暗殺・鳩山政権…映画『ニッポン狂想曲』の真相追究 太田隆文×木村朗
兵庫県文書問題とトランスジェンダー問題 三浦俊彦
六年半続いた裁判が終結 京大吉田寮と学問の公共性 板谷めぐみ
サナエのイチ推し『ヒトラー選挙戦略』を読む2 佐藤雅彦
日本の冤罪 警視女性記者性加害事件 片岡健

〈連載〉
例の現場
NEWS レスQ
コイツらのゼニ儲け:西田健
「格差」を読む:中川淳一郎
シアワセのイイ気持ち道講座:東陽片岡
The NEWer WORLD ORDER:Kダブシャイン
「絶望ニッポン」の近未来史:西本頑司
芸能界 深層解剖

◎鹿砦社 https://kaminobakudan.com/
◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/B0GZ6C2TVV/

黒薮哲哉さんが、2冊の山上徹也公判記録本を書評! 双方に距離のある黒薮さんこそ第三者的に読解できる人だ!

鹿砦社代表 松岡利康

くだんの2冊の山上徹也公判記録本が発売になりました。双方が「盗用」を叫び、浅野さんは、もう一方の本の出版差し止め(浅野さんによれば「出版禁止」)仮処分を申し立てています。仮処分は強度の緊急性が必要なのに、いまだに裁判所から特別送達が来ていないそうです。私の経験では、仮処分の決定には双方から意見を聴く場(審尋)がありますが、それもまだ未定のようです。

このかん、浅野さんは異常なまでにアジテートしています。あけび書房とこの著者に出版差し止め等を求め、さらに帯を書いた鈴木エイトさん、他に私、黒薮さん、さらには編集を手伝ったМさんらにも「法的措置」を通告しています。

私は、浅野さんとあけび書房の間の紛争に介入するのではなく、名の有る「ジャーナリスト」が出版禁止という法的手段を取ると公言されたことで声を挙げたのですが、恩のある故・山口正紀さんに対する浅野さんの態度に不快感を覚えていたこと、さらには私や山口さんが必死に取り組んだ大学院生リンチ事件で加害者側に立った金正則を講演に招いたり選挙で応援演説したりしたこと等も伏線としてあって、いささか「エキセントリック」(浅野さんによれば『紙の爆弾』編集長の中川が言ったというが、私が中川に確かめたところ言っていないということでした)になりましたが、このかんの浅野さんの異常さほどではないと思っています。

おそらく双方とも訴訟対策で表に出さないのかもしれませんが、相手方が「盗用」しているとするチェックリストが出来上がっているとのことで、2冊の本が出たからといってすぐに照合できません。

こうした中、浅野さんに「法的措置」を通告された黒薮さんが2冊の本の書評を、みずからが主宰するサイトMEDIA KOKUSYOに書かれています。

私は、浅野さんとは1980年代から知り、あけび書房・岡林信一代表とも2010年から知っていて、双方知っているので、上記の山口さんらの件もあり、利害関係がないとも言えないのですが、黒薮さんは浅野、あけび双方にほとんど付き合いもないので(浅野さんとは忘年会や新年会で会った程度、あけびとは今回初めてではないかと思います)、第三者的にものが見えると思っています。

私見を繰り返しますが、浅野さんは今からでも出版禁止仮処分申し立てを取り下げ、また訴権の濫用はやめるべきだとの考えは変わりません。

さらには、私の青春時代にかなりの数の刺激的な本を出版され、ずいぶん熱心に読んだ三一書房たる名前も歴史もある出版社が、「ジャーナリスト」として自殺行為にもなりかねない浅野さんの出版禁止仮処分申し立てや、今後続くとされる訴権の濫用をたしなめないのか、不思議でなりません。

◇     ◇     ◇     ◇

【書評1】書籍の制作ノウハウに疑問符、元同志社大学教授の浅野健一著『石ころを石礫に』
MEDIA KOKUSYO 2026年5月2日号より転載

2日、ジャーナリストで同志社大学元教授の新刊本を購入した。喫茶店に入り、すぐに読み始めた。難解な本である。というよりも、分かりにくい。冒頭に事件の概略が記述されるのかと思えば、統一教会の内部資料である「TM特別報告書」に関する記述や挿入されていたり、浅野氏の専門である記者クラブ制度への批判が展開される。全体として、この章で何を伝えたえのか、さっぱり分からない。まるでピントの外れた写真である。

肝心の山上裁判に関する記述は、歴史の年表のように単調で、著者が何をクロースアップしているのかさっぱり分からない。

私は、本書の記述から防犯カメラの延々と続く映像を連想した。防犯カメラは、レンズの先にある場面を、同じ角度・同じ密度で延々と記録する。ジャーナリストは、その膨大な記録の中から重要な部分をクローズアップしなければならない。本書は、その作業を怠っているように感じられた。

複雑な事件を順序立て、秩序立て、整理して、読者に何が問題なのかを分かりやすく伝える書籍の役割を軽視しているように思える。本のページ数が多いことが書籍の価値ではないだろう。量より質である。浅野氏の集大成とはいえ、正直なところ最初の50ページで、嫌気が差す本だった。

◇     ◇     ◇     ◇

【書評2】 脱会した宗教3世の視点が照らす「山上裁判」──『石ころの慟哭』
MEDISKOKUSYO 2027年4月24日号より転載

『石ころの慟哭 山上徹也・奈良地裁裁判の私記』(辻井彩子著、あけび書房)の書店販売が20日から始まった。本書は、浅野健一氏(同志社大学元教授)が出版差し止めを求めて裁判所に仮処分を申し立てているルポルタージュであり、裁判所が浅野氏の言い分を認めた場合、入手困難となる可能性がある。浅野氏が申立書を公開していないため、現時点では公式な差し止め理由は明らかになっていない。

辻井氏は、いわゆる「宗教3世」である。安倍首相殺害事件があった場所と同じ校区で育ち、事件に強い衝撃を受けて教団から脱会した。同時に自身が洗脳された状態にあったことに気づき、事件の取材を始めたのである。記者経験はなかったものの、それを補って余りある強みがあった。自らが宗教団体の被害者であるという点だ。

さらに、その境遇は山上氏と類似している。暗い影が兆した家庭に育った点である。辻井氏の兄は小学生のとき、友人に首を絞められ、半年にわたり「歩くことも、言葉を話すことも、字を書くこともできなくなった」。後遺症は、その後も長く続き、家族は暗たんとした日々を送った。

こうした体験は本書にも色濃く反映されており、単なる「報告」の域にとどまる新聞記者の記述とはかなり異なる。本書は、15回にわたって行われた山上氏の裁判員裁判を時系列で解説しつつ、同時に自身の体験に照らして論評する構成をとる。たとえば第11回公判では、山上氏の兄の自殺がテーマとなる。辻井氏は事実関係を整理したうえで、次のように考察する。

私の兄と同じように、山上さんのお兄さんは、「このままではいけない」と自分を奮い立たせる一方で、前に進めない、大学進学の夢を奪った統一教会をゆるせない自分に悩んでいたのではないだろうか。(略)お兄さんが大学にこだわったのは、大学へ行き、就きたい職業で働き、身体にハンディキャップをもちながらでも堂々と働いて、支えてくれた兄妹にせめてもの恩返しをしたいという思い、統一教会で苦しんでいる子どもたちを救いたい思いがあったからかもしれない。

本書は、実際に発生した事件を、宗教3世がどのように受け止めたのかを知るうえで、貴重な記録である。

なお、浅野健一氏が刊行を予定している『石ころを石礫に─安倍氏暗殺・山上徹也さん裁判記録』(三一書房)は、4月28日に発売される。読者には、山上裁判をテーマとしたこの2冊の新刊を読み比べることを勧めたい。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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ゴーストライター原稿をめぐる著作権問題、浅野VS辻井、過去には「現代のベートーベン」佐村河内守の事件でクローズアップ

黒薮哲哉

『石ころの慟哭 山上徹也・奈良地裁裁判の私記』(辻井彩子著、あけび書房)の出版差し止めをめぐる事件の続報である。この事件の争点は、同志社大学の元教授でジャーナリストの浅野健一氏が、2人のアシスタント(編集者とゴーストライター)の協力を得て制作した原稿の著作権が誰に帰属するかという点にある。浅野氏は出版を取りやめた後、ゴーストライターは、原稿を改編して、あけび書房から自らの名義で出版した。これに対して浅野氏は、出版差し止めの仮処分を裁判所に求めた。

一方で浅野氏は、同じテーマの本を三一書房から出版する予定である。タイトルは『石ころを石礫に 安倍氏暗殺・山上徹也さん裁判記録』。4月末には書店に並ぶ見込みだ。この本に、ゴーストライターの辻井彩子氏が執筆した原稿(以下、「元原稿」)の一部が使用されている可能性は、次の記述からも読み取れる。

「辻井氏は、2025年11月ごろから本年2月9日ごろまで、幻となった私のあけび書房傍聴記本の取材協力者で、私は10数万円の労働対価を支払い、取材経費も支払っています。辻井氏はその金銭を返却していません。
 辻井氏の書いたものが、(黒薮注:浅野氏の書いた)三一書房の『石ころを石礫に 安倍氏暗殺・山上徹也さん裁判記録』(5月1日発売)に掲載されるのは当然です。助手が書いた文章は、著者が自由に使えます。助手がそれを自身の論稿に使うのは、著者の了解を取るべきです。」

◆浅野氏が「著作権侵害」を主張する根拠

浅野氏は、「元原稿」の著作権が自らにあるという前提に立ち、辻井氏が書いた文章を自著に使用できると主張している。実際、辻井氏の著書の出版差し止めを求めた申立書の中にも「著作権侵害」という文言が見られる。申立書は、浅野氏に著作権があるという前提で書かれている。

「著作権侵害」を主張する根拠は、おそらく上記引用にある「私は十数万円の労働対価を支払い、取材経費も支払っています。辻井氏はその金銭を返却していません」という点にあるのだろう。自分が辻井氏を雇ったから、辻井氏が書いたものは、自分の所有になるという論理のようだ。

◆2014年の佐村河内守事件

ゴーストライターによって書かれた文章の著作権は、ゴーストライターに帰属するのか、それとも依頼者に帰属するのか。この問題を考える上で格好の例がある。2014年に発覚した佐村河内守事件である。

佐村河内守は「現代のベートーベン」の異名を持ち、国際的にも知られた「作曲家」だった。しかし実際には、ゴーストライターの新垣隆が作曲者であることが明らかになった。

その後、佐村河内は新垣に対して名誉毀損などで提訴したが、訴えは棄却された。この裁判では、著作権(財産権)は佐村河内に帰属し、著作者人格権は新垣にあるという前提で審理が行われた。

著作権(財産権)とは、著作物から生じる経済的利益に関する権利である。したがって、CDの売上などの収益は佐村河内に帰属する。

一方、著作者人格権とは、著作物を創作した本人が有する権利であり、公表権や同一性保持権などを含む。浅野氏が進めている出版差し止めは、この著作者人格権に基づくものである可能性が高い。申立書が、浅野氏を著作権者とする前提で構成され、金銭ではなく、出版の禁止を求めているためである。

ちなみに著作者人格権は、譲渡が認められていない。著作権法第59条は、次のように定めている。

第五十九条 著作者人格権は、著作者の一身に専属し、譲渡することができない。

◆両者が共同著作者として著作者人格権を有している可能性もある

元原稿は、単純に考えれば辻井氏の著作物であり、辻井氏が著作者人格権を有する。しかし、浅野氏も制作に深く関与しているため、両者が共同著作者として著作者人格権を有している可能性もある。少なくとも辻井氏は、この権利を有している。
そうであるならば、辻井氏が執筆した文章を浅野氏が『石ころを石礫に 安倍氏暗殺・山上徹也さん裁判記録』に組み込んでも問題ないという話にはならない。共同著作物の場合、権利の共有者の同意を得なければならない。著作権法は次のように述べている。

「第六十五条 共同著作物の著作権その他共有に係る著作権(以下この条において「共有著作権」という。)については、各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、その持分を譲渡し、又は質権の目的とすることができない。

2 共有著作権は、その共有者全員の合意によらなければ、行使することができない。

3 前二項の場合において、各共有者は、正当な理由がない限り、第一項の同意を拒み、又は前項の合意の成立を妨げることができない。」

当初、この問題に巻き込まれたのはあけび書房だったが、三一書房もまた当事者となった。今後、展開によっては、反訴もありうる。訴権の濫用がクローズアップされる可能性もある。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年04月28日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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ゴーストライターと共同著作権 ──『石ころの慟哭』事件の論点整理

黒薮哲哉

ジャーナリストで元同志社大学教授の浅野健一氏が、『石ころの慟哭 山上徹也・奈良地裁裁判の私記』(辻井彩子著、あけび書房)の出版差し止めを求めて裁判所に仮処分を申し立てた事件の続報である。浅野氏は先週、申立書をメディア向けに公開した。

それによると、事件の概要は次の通りである。あけび書房にも自社の主張があると推測されるが、ここでは浅野氏側の経緯説明を要約する。

まず、浅野氏とあけび書房は『安倍晋三元首相銃撃・山上徹也さん裁判傍聴記』を出版することで合意した。これを受けて浅野氏は書籍の制作に取り掛かったが、二人の女性がアシスタントとして制作に加わった。二人は、フリーランスの編集者A氏と、ゴーストライターなどの業務を担当する辻井彩子氏である。辻井氏は、後に『石ころの慟哭』の著者になる。

浅野氏は、安倍殺害事件に関して書いた記事などを編集者Aに提出し、「赤入れ作業」を依頼した。それをあけび書房が入力した。完成後、これらの記述物を辻井氏へ渡し、辻井氏は書籍の制作に取りかかった。その際、辻井氏は新聞やインターネット上の記事も参照して執筆した。(推測になるが、浅野氏が提出した記事だけでは単行本としての分量が不十分だったためだろう。)

次に、浅野氏は辻井氏が作成した草案の修正を行った。特に、辻井氏が心情などを加筆した部分はすべて削除し、全体を再構成したうえでさらに加筆を行い、「最終原稿」とした。

その後、浅野氏はあけび書房に対して出版を撤回し、訴外の三一書房から、恐らく修正した原稿を出版した。

以上が申立書の概要である。念のため、原文の中から事件の経緯に関する重要部分を引用しておく。そのうえで、私見を述べたい。

◆申立書

【2】著作権侵害

(1)債権者は、債務者あけび書房との間で、債権者を著書とする「安倍晋三元首相銃撃・山上徹也さん裁判聴記」と題する書籍を出版することに合意して、その出版に向けて原稿を入稿し、債務者あけび書房は、チラシを作成して配布等を予約を募っており(疎甲2)、令和8年3月12日には組版のゲラがメールで送信していた(疎甲3)。

(2)しかしながら、債権者と債務者あけび書房の代表取締役岡林信一(以下「岡林」という。)との間において、同書籍についての編集方針や今後の進め方について埋めがたい乖離が生じ、債権者の債務者あけび書房に対する信頼関係が失われてしまい、このままでは債権者が当初目指していた形での出版が困難であると判断して、同年2月16日付通知書により、同書籍の出版の合意を撤回する旨を通知し、同債権者月17日に到達した(疎甲4の1、2)。

(3)債権者は、●●出版社編集部員であったA氏(女性)に、ボランティアで資料収集等を依頼し、奈良地裁での山上氏の刑事公判の全てを傍聴し、それをFacebookに投稿していたものと、それ以外に様々な媒体で書いた記事を紙ベースで編集して構成して、それに赤入れをしてもらったものを、紙で提供してもらった。それをあけび書房の岡林が入力してワード文書として原稿データを作成した({原告ファイル①」という。)。

(4)債権者は、同書籍のために、債務者辻井の協力を得ることとして、債務者辻井は、インターネットで新聞やテレビの電子版から収集してエクセルにまとめた14回分の公判についてまとめたエクセルデータ(疎甲5)などを提供してもらっていた。

(5)債権者は、前記(3)により作成した原稿ファイル①を債務者辻井に送付し、辻井氏がエクセルに入力した公判記録などを元に加筆した原稿を債権者に送信してもらった(「原稿ファイル②」という。疎甲6)。その後、その原稿について、債務者辻井氏が作成した14回にわたる刑事公判の記録から、証言・供述部分を、エクセルデータからコピーして、原稿ファイルを加筆するとともに、債務者辻井が心情などを加筆した部分は全て削除して、全体を再構成した上でさらに加筆を加えて、最終原稿を作成して岡林に送付して(「原稿ファイル③」という。疎甲7)、岡林は、それを踏まえて組版によるゲラを債権者に送付している(疎甲3。原稿ファイル③は疎甲3とほぼ同様内容であると考えられる。)。その後、債権者は債務者あけび書房に対して出版を撤回し、訴外三一書房から出版予定である(疎甲8)。

(6)債務者辻井及び岡林は、債権者が作成した原稿ファイル②及び同③を利用して本件書籍を作成したと考えられる(疎甲9)。本件書籍の元になっていると考えられる原稿ファイル②及び③については、いずれも債権者のジャーナリストとして、自らが法廷傍聴をしたことをベースに債権者の識見を踏まえて記述した表現物であり、その創作性は優に認められるから、言語の著作物として、債権者の著作権(著作財産権)が認められることは明らかである。そして、上述した経緯から、債務者辻井及び債務者あけび書房による依拠性は明らかであり、表現の類似性もあると考えられる。

また、本件書籍の書籍名の『石ころの慟哭山上徹也・奈良地裁裁判の私記』のうちの「石ころ」という表現は、債権者が岡林に伝えていたものであり、その表現には創作性があると考えられるから、言語の著作物として、債権者の著作権(著作財産権)が認められる。債務者辻井は、岡林が私から聞いた言葉を聞いて使用したと考えられるから依拠性も認められる。

(7)よって、本件書籍は、債権者の著作権(著作財産権)を侵害するものであるから、著作権法112条に基づき、差止請求権が認められるから、被保全権利は認められるべきである。

◆この事件に関する見解、そもそも浅野氏は唯一の著作権者なのか?

あらかじめ断っておくが、私は著作権の専門家でも弁護士でもない。ただし、2008年から2009年にかけて著作権裁判の被告となった経験がある。また、ゴーストライターとして約25年の経歴がある。したがって、辻井氏が直面している問題の本質は理解しているつもりだ。繰り返すが、以下はあくまで私見であり、専門家から見れば的外れな点があるかも知れない。あくまでも参考意見である。

ゴーストライターを用いて書籍を制作する場合、あまり認識されていないが極めて重要な問題がある。それは、完成した原稿の著作権者が誰であるかという点である。結論から言えば、著作者権は仕事を依頼した人ではなく、実際に執筆したゴーストライターに帰属する。

たとえば、私が山田花子という人物から日本のメディアを論じた書籍の執筆を依頼され、同氏から資料を受け取り、さらに自らも資料を集めて執筆したとする。この場合、実際の執筆者はわたしであるが、書籍上の著者名は「山田花子」となる。しかし法律上は、私が著作権者という位置づけになる。

とはいえ、これでは依頼者は納得しない。そのため、ゴーストライターと出版社の間で、あるいは依頼者との間で誓約書を作成するのが一般的である。その内容は主に二点ある。

一つは、著作財産権(印税などを受ける権利)の譲渡である。これは単純に書面を作成すればそれで完了する。

もう一つは、著作者人格権である。これは、誰が実際の執筆者であるかに関わる権利で、公表権などを含む。著作者人格権は譲渡できない。これは一身専属の権利である。法的に譲渡できないなので、ゴーストライターは著作者人格権を「行使しない」という誓約を交わす。

このような手続きを踏むことで、ゴーストライターと依頼者のトラブルを防いでいるのである。過去には、だれが文書の著作権者であるかが争点となった裁判もある。自由人権協会の喜田村洋一弁護士らが、嘘の著作権者をでっちあげてわたしを提訴した次の事件である。

【参考記事】喜田村洋一・自由人権協会代表理事らによる著作権を盾にした言論封殺とその崩壊、虚偽の事実を前提に裁判を提訴

あけび書房と浅野氏の係争において、まず明確にしなければならないのは、浅野氏と二人のアシスタントで完成させた原稿の著作権者が誰であるかという点である。辻井氏は浅野氏との間で著作者人格権を「行使」しない誓約を交わしておらず、一般論としては辻井氏が著作権者であると考えられる。ただし、浅野氏も自身の記事を資料として辻井氏に提供し、草案の加筆・修正を行っていることから、完成した原稿は共同著作物とみなされる可能性が極めて高い。浅野氏が単独で、著作者人格権を有しているとは考え難い。

『石ころの慟哭』が、三人で完成させた原稿から、その後、どの程度修正・加筆されたのかが、今後の一つの争点になるのではないだろうか。ただ、たとえ当初の原稿と同一の記述が含まれていたとしても、自らが著作権者である以上、「盗用」とまでは評価されない可能性が高い。問題となり得るのは、改変に際して共同著作権者の承諾を得なかった点にとどまるだろう。

一方で、浅野氏が三一書房から出版した書籍についても、同様のことが言える。書籍中に三人で制作した原稿の記述が含まれていたとしても、共同著作権者の承諾を得なかったという程度に留まる可能性が高い。ただし、三人で制作した原稿以外の記述とは別に、辻井氏が執筆した記述が含まれている場合には盗用と評価され得るが、認定のハードルは極めて高い。その事が、次の判例で明らかだ。

【参考記事】中京大・大内裕和教授とジャーナリスト・三宅勝久氏の記述盗用をめぐる係争、中京大は取材拒否

浅野氏が求めている出版の差し止めはまずありえない。

◆宗教二世の思いを綴った公益性の高い記録

裁判となれば、恐らく2年程度の時間を要するだろう。浅野氏は今回問題となった書籍の制作にアシスタントを用いているが、ジャーナリストであれば自分で精魂込めて執筆すべきではないか。他の職種であればともかく、ジャーナリストにとっては、文筆そのものが聖域である。裁判に時間を費やす余裕があるのであれば、ルポルタージュを一本でも執筆されることを望みたい。

また、辻井氏を長期間裁判対応に拘束すべきではない。

『石ころの慟哭』は、宗教二世の思いを綴った公益性の高い記録である。ジャーナリストが書いた紋切り型のルポよりも、貴重な記録なのである。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年04月27日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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