ゴーストライターと共同著作権 ──『石ころの慟哭』事件の論点整理

黒薮哲哉

ジャーナリストで元同志社大学教授の浅野健一氏が、『石ころの慟哭 山上徹也・奈良地裁裁判の私記』(辻井彩子著、あけび書房)の出版差し止めを求めて裁判所に仮処分を申し立てた事件の続報である。浅野氏は先週、申立書をメディア向けに公開した。

それによると、事件の概要は次の通りである。あけび書房にも自社の主張があると推測されるが、ここでは浅野氏側の経緯説明を要約する。

まず、浅野氏とあけび書房は『安倍晋三元首相銃撃・山上徹也さん裁判傍聴記』を出版することで合意した。これを受けて浅野氏は書籍の制作に取り掛かったが、二人の女性がアシスタントとして制作に加わった。二人は、フリーランスの編集者A氏と、ゴーストライターなどの業務を担当する辻井彩子氏である。辻井氏は、後に『石ころの慟哭』の著者になる。

浅野氏は、安倍殺害事件に関して書いた記事などを編集者Aに提出し、「赤入れ作業」を依頼した。それをあけび書房が入力した。完成後、これらの記述物を辻井氏へ渡し、辻井氏は書籍の制作に取りかかった。その際、辻井氏は新聞やインターネット上の記事も参照して執筆した。(推測になるが、浅野氏が提出した記事だけでは単行本としての分量が不十分だったためだろう。)

次に、浅野氏は辻井氏が作成した草案の修正を行った。特に、辻井氏が心情などを加筆した部分はすべて削除し、全体を再構成したうえでさらに加筆を行い、「最終原稿」とした。

その後、浅野氏はあけび書房に対して出版を撤回し、訴外の三一書房から、恐らく修正した原稿を出版した。

以上が申立書の概要である。念のため、原文の中から事件の経緯に関する重要部分を引用しておく。そのうえで、私見を述べたい。

◆申立書

【2】著作権侵害

(1)債権者は、債務者あけび書房との間で、債権者を著書とする「安倍晋三元首相銃撃・山上徹也さん裁判聴記」と題する書籍を出版することに合意して、その出版に向けて原稿を入稿し、債務者あけび書房は、チラシを作成して配布等を予約を募っており(疎甲2)、令和8年3月12日には組版のゲラがメールで送信していた(疎甲3)。

(2)しかしながら、債権者と債務者あけび書房の代表取締役岡林信一(以下「岡林」という。)との間において、同書籍についての編集方針や今後の進め方について埋めがたい乖離が生じ、債権者の債務者あけび書房に対する信頼関係が失われてしまい、このままでは債権者が当初目指していた形での出版が困難であると判断して、同年2月16日付通知書により、同書籍の出版の合意を撤回する旨を通知し、同債権者月17日に到達した(疎甲4の1、2)。

(3)債権者は、●●出版社編集部員であったA氏(女性)に、ボランティアで資料収集等を依頼し、奈良地裁での山上氏の刑事公判の全てを傍聴し、それをFacebookに投稿していたものと、それ以外に様々な媒体で書いた記事を紙ベースで編集して構成して、それに赤入れをしてもらったものを、紙で提供してもらった。それをあけび書房の岡林が入力してワード文書として原稿データを作成した({原告ファイル①」という。)。

(4)債権者は、同書籍のために、債務者辻井の協力を得ることとして、債務者辻井は、インターネットで新聞やテレビの電子版から収集してエクセルにまとめた14回分の公判についてまとめたエクセルデータ(疎甲5)などを提供してもらっていた。

(5)債権者は、前記(3)により作成した原稿ファイル①を債務者辻井に送付し、辻井氏がエクセルに入力した公判記録などを元に加筆した原稿を債権者に送信してもらった(「原稿ファイル②」という。疎甲6)。その後、その原稿について、債務者辻井氏が作成した14回にわたる刑事公判の記録から、証言・供述部分を、エクセルデータからコピーして、原稿ファイルを加筆するとともに、債務者辻井が心情などを加筆した部分は全て削除して、全体を再構成した上でさらに加筆を加えて、最終原稿を作成して岡林に送付して(「原稿ファイル③」という。疎甲7)、岡林は、それを踏まえて組版によるゲラを債権者に送付している(疎甲3。原稿ファイル③は疎甲3とほぼ同様内容であると考えられる。)。その後、債権者は債務者あけび書房に対して出版を撤回し、訴外三一書房から出版予定である(疎甲8)。

(6)債務者辻井及び岡林は、債権者が作成した原稿ファイル②及び同③を利用して本件書籍を作成したと考えられる(疎甲9)。本件書籍の元になっていると考えられる原稿ファイル②及び③については、いずれも債権者のジャーナリストとして、自らが法廷傍聴をしたことをベースに債権者の識見を踏まえて記述した表現物であり、その創作性は優に認められるから、言語の著作物として、債権者の著作権(著作財産権)が認められることは明らかである。そして、上述した経緯から、債務者辻井及び債務者あけび書房による依拠性は明らかであり、表現の類似性もあると考えられる。

また、本件書籍の書籍名の『石ころの慟哭山上徹也・奈良地裁裁判の私記』のうちの「石ころ」という表現は、債権者が岡林に伝えていたものであり、その表現には創作性があると考えられるから、言語の著作物として、債権者の著作権(著作財産権)が認められる。債務者辻井は、岡林が私から聞いた言葉を聞いて使用したと考えられるから依拠性も認められる。

(7)よって、本件書籍は、債権者の著作権(著作財産権)を侵害するものであるから、著作権法112条に基づき、差止請求権が認められるから、被保全権利は認められるべきである。

◆この事件に関する見解、そもそも浅野氏は唯一の著作権者なのか?

あらかじめ断っておくが、私は著作権の専門家でも弁護士でもない。ただし、2008年から2009年にかけて著作権裁判の被告となった経験がある。また、ゴーストライターとして約25年の経歴がある。したがって、辻井氏が直面している問題の本質は理解しているつもりだ。繰り返すが、以下はあくまで私見であり、専門家から見れば的外れな点があるかも知れない。あくまでも参考意見である。

ゴーストライターを用いて書籍を制作する場合、あまり認識されていないが極めて重要な問題がある。それは、完成した原稿の著作権者が誰であるかという点である。結論から言えば、著作者権は仕事を依頼した人ではなく、実際に執筆したゴーストライターに帰属する。

たとえば、私が山田花子という人物から日本のメディアを論じた書籍の執筆を依頼され、同氏から資料を受け取り、さらに自らも資料を集めて執筆したとする。この場合、実際の執筆者はわたしであるが、書籍上の著者名は「山田花子」となる。しかし法律上は、私が著作権者という位置づけになる。

とはいえ、これでは依頼者は納得しない。そのため、ゴーストライターと出版社の間で、あるいは依頼者との間で誓約書を作成するのが一般的である。その内容は主に二点ある。

一つは、著作財産権(印税などを受ける権利)の譲渡である。これは単純に書面を作成すればそれで完了する。

もう一つは、著作者人格権である。これは、誰が実際の執筆者であるかに関わる権利で、公表権などを含む。著作者人格権は譲渡できない。これは一身専属の権利である。法的に譲渡できないなので、ゴーストライターは著作者人格権を「行使しない」という誓約を交わす。

このような手続きを踏むことで、ゴーストライターと依頼者のトラブルを防いでいるのである。過去には、だれが文書の著作権者であるかが争点となった裁判もある。自由人権協会の喜田村洋一弁護士らが、嘘の著作権者をでっちあげてわたしを提訴した次の事件である。

【参考記事】喜田村洋一・自由人権協会代表理事らによる著作権を盾にした言論封殺とその崩壊、虚偽の事実を前提に裁判を提訴

あけび書房と浅野氏の係争において、まず明確にしなければならないのは、浅野氏と二人のアシスタントで完成させた原稿の著作権者が誰であるかという点である。辻井氏は浅野氏との間で著作者人格権を「行使」しない誓約を交わしておらず、一般論としては辻井氏が著作権者であると考えられる。ただし、浅野氏も自身の記事を資料として辻井氏に提供し、草案の加筆・修正を行っていることから、完成した原稿は共同著作物とみなされる可能性が極めて高い。浅野氏が単独で、著作者人格権を有しているとは考え難い。

『石ころの慟哭』が、三人で完成させた原稿から、その後、どの程度修正・加筆されたのかが、今後の一つの争点になるのではないだろうか。ただ、たとえ当初の原稿と同一の記述が含まれていたとしても、自らが著作権者である以上、「盗用」とまでは評価されない可能性が高い。問題となり得るのは、改変に際して共同著作権者の承諾を得なかった点にとどまるだろう。

一方で、浅野氏が三一書房から出版した書籍についても、同様のことが言える。書籍中に三人で制作した原稿の記述が含まれていたとしても、共同著作権者の承諾を得なかったという程度に留まる可能性が高い。ただし、三人で制作した原稿以外の記述とは別に、辻井氏が執筆した記述が含まれている場合には盗用と評価され得るが、認定のハードルは極めて高い。その事が、次の判例で明らかだ。

【参考記事】中京大・大内裕和教授とジャーナリスト・三宅勝久氏の記述盗用をめぐる係争、中京大は取材拒否

浅野氏が求めている出版の差し止めはまずありえない。

◆宗教二世の思いを綴った公益性の高い記録

裁判となれば、恐らく2年程度の時間を要するだろう。浅野氏は今回問題となった書籍の制作にアシスタントを用いているが、ジャーナリストであれば自分で精魂込めて執筆すべきではないか。他の職種であればともかく、ジャーナリストにとっては、文筆そのものが聖域である。裁判に時間を費やす余裕があるのであれば、ルポルタージュを一本でも執筆されることを望みたい。

また、辻井氏を長期間裁判対応に拘束すべきではない。

『石ころの慟哭』は、宗教二世の思いを綴った公益性の高い記録である。ジャーナリストが書いた紋切り型のルポよりも、貴重な記録なのである。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年04月27日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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浅野健一さん、あけび書房刊/辻井彩子著『石ころの慟哭』こそ、みずからの原稿を「盗用」していると主張! 「いま、チームを組んで、辻井氏本の盗用・無断引用・無断転載を総点検中」で、「出版してはならない本」と決めつけ「絶版」と「回収」を要求!

この問題の結果次第で浅野さんのジャーナリズム生命に関わることなので、一片の虚偽もなく「総点検」の内容を公開してください!

問題の発火点となった出版禁止仮処分申請を即刻取り下げよ! 訴権の濫用をやめよ!

鹿砦社代表 松岡利康

浅野さんは4月24日、長い文章をみずからのフェイスブック(以下FBと記します)に掲載され、相変わらず自著『石ころから石礫へ』(三一書房刊)の自画自賛と、あけび書房本『石ころの慟哭』を「出版してはいけない本」と非難し「直ちに本を絶版にし、回収すべき」と述べられています。

一方の辻井さんは、浅野さんが「盗用」している箇所をマーキングする作業をされているようです。仮処分の呼び出しが来て審尋(しんじん。非公開の審理)までには3部(裁判所、相手方、債務者側各々1部)も提出しないといけませんので大変です。どうせやらないといけない作業ではありますが、仮処分申請や提訴されなければ、やらなくてもいい作業ですから難儀な話です。ようやく本が出来上がり書店販売も始まったというのに面倒なことです。

私が22日夜に浅野さんのFBに書き込んでから、この件については返答ありませんでしたが(だから24日朝から原稿書き始め、夕方に私のFB、25日午前零時に「デジタル鹿砦社通信」に投稿し批判したのです)、行き違いで24日に、あけび書房本こそ「盗用」していると主張されています。浅野さんにブロックされていますので、すぐには読めません。あとになってから、知人らがこの部分を送ってくれましたが、かなり時間差がありました。

また、浅野さんは23日のFBの文章では、盗用問題には触れられず、ほとんど私への非難に費やされました。1日空けて24日になって触れられましたが、この間に「総点検」の「チーム」を組まれたり、善後策を考えられたのでしょうか。

どちらの言っていることが真実なのでしょうか? どちらの言っていることが真実なのかによって、特に辻井さんの言っていることが真実で、浅野さんが意図的に辻井さんのほうが盗用していると強弁しているのなら、浅野さんのジャーナリスト生命はなくなります。

逆に辻井さんが盗用していたら、辻井さんは嘘つき女として今後出版などできなくなるでしょう。

こうした意味で極めて重要な問題ですので、拙速に判断せず、浅野さんの「総点検」と辻井さんのマーキングの結果が公表されることを俟ちたいと思います。

今のところ浅野本は、アマゾンに注文していますがまだ届かないので読めません(浅野さんが100%浅野さんの側に立っていると勝手に自慢する『紙の爆弾』編集長・中川には献本送付され届いていますが。苦笑)。辻井本は、サブタイトルに「私記」とあるように、地元で起きた事件で、宗教三世としてのみずからの生きて来た道のりと重ね合わせ書き綴ったもので、一市民の立場から率直な想いを述べていて、好感が持てる文章です。浅野さんは、辻井さんの職業がメディアに関わる者でないことをなにかしら差別されているようで、このことはいただけません。

浅野さんは、わが国を代表する通信社で20年、同志社の新聞学専攻(現・メディア学科)で20年、ジャーナリズムのエリートコースを歩んでこられましたので、元々位相が異なりますが、浅野さんの文章は雑で難儀するとは浅野さんの文章を編集したことのある人が異口同音に仰います。若くして『犯罪報道の犯罪』で一躍論壇に登場しエリートコースを歩んで来られたので、書き殴った文章を担当編集者に振り、ある意味致し方のないことかもしれませんが。

原稿や校正紙を見れば、私にでも、ある程度、その方の人となりや人間性がわかります。

ちなみに、昨年、私たちが11年余り発行している反原発情報誌『季節』に、われわれの世代にとってはカリスマの山本義隆さんの長大な講演録を掲載しましたが、編集長は、その論理展開や校正にほれぼれし校正紙を「家宝にします」と言っていました。むべなるかなと思った次第です。

◆あけび書房・岡林社長は「素人の」辻井さんを「騙して、実際は岡林氏」が「原稿の大部分を書いた」のか?

浅野さんは、よほど岡林社長が憎いのか、辻井さんを岡林社長に「騙され」「著者に祭り上げられた被害者」とも言い、「辻井氏の本の大部分を書いたのは岡林社長だ、と私は推測しています」とまで述べています。

ここまで言いますかね。まだ外国に行くことが難しい頃の少年時代から海外留学し超難関校・慶應義塾大学を卒業後は共同通信を経て同志社大学新聞学教授と、ジャーナリズムのエリートコースを歩んでこられた浅野さんの頭の中の小宇宙は、常人には計りしれません。

さらには、「私は岡林氏から嫌がらせを受けたが、私が彼に嫌がらせをしたことはありません」とはいかに? 出版禁止の仮処分が決定どころか裁判所から呼び出しも来ていないのに、大手書籍取次会社・トーハンや日販に配本するなと申し入れることは「嫌がらせ」ではないのか? 浅野支持者に、あけび書房に直接訪問することをそそのかしているのは「嫌がらせ」ではないのか? 実際に複数人が行き写真までアップしています。ひっそりと営業している「一人出版社」にそこまでやるのか?

ちなみに、本件について、浅野さんの著書『石ころを石礫に』の出版を引き受けられた老舗出版社「三一書房」にも、お互いに「盗用」していると言い争っていますので、版元として責任をもって「盗用」しているのかどうかの「総点検」にあたられることを願います。

また、出版禁止仮処分という、出版やメディアに関わる者にとって重大問題を浅野さんが企てられたことについて、三一書房の方々は傍観されていることに苦言を呈します。出版禁止は、こと浅野VSあけび書房の間の問題ではありませんので。

「三一書房」といえば、われわれの世代にとっては伝説的な出版社で、今でも私はかなりの数の書籍を持っています。一時は労働争議で出版活動の停止を余儀なくされましたが、頑張っていただきたいものです。この意味からも、本件については責任ある態度で臨んでいただき、今後に禍根を残さないようにお願いいたします。

◆何度も繰り返します、出版禁止仮処分を即刻取り下げ、訴権の濫用をやめよ!

元々、私が本件に異を唱えたのは、浅野VSあけび書房間のトラブルに介入するとか、浅野さんを排斥するとかいった問題ではなく、浅野さんがあけび書房本に対して出版禁止の仮処分を申請するということに、これは明らかに憲法21条に保障された「言論・出版の自由」「表現の自由」に抵触するもので、一老いた出版人として危惧を抱き、こんな危険なことはやめるべきだと警告する目的からでした。

そうしたら浅野さんは、私、鈴木エイトさん、黒薮哲哉さんにも「法的措置」をとり「法的、道義的責任」を問うと、まさに訴権の濫用を行使すると恫喝されています。

何度も申し上げますが、出版禁止仮処分、別途諸法的措置など訴権の濫用は、出版界にとって悪弊と禍根を残すのみならず、将来にわたり黒歴史となるでしょう。

(2026年4月26日記)

著名なメディア研究者による法的措置拡大へ、浅野健一氏による言論への法的対抗は妥当か

黒薮哲哉

ジャーナリストで元同志社大学教授の浅野健一氏が、『石ころの慟哭 山上徹也・奈良地裁裁判の私記』(辻井彩子著、あけび書房)の出版差し止めの仮処分を裁判所に申し立てた件で、新しい動きがあった。浅野氏が、20日、みずからのフェイスブックで、この件についてSNSなどで意見を述べた人々に対して、「法的、道義的責任」を問うと投稿したのだ。筆者も含まれている。次の箇所である。

「辻井氏本の出版差し止め仮処分申し立てに続き、東京地裁へ、岡林、辻井両氏のSNS名誉毀損・侮辱投稿の削除を求める仮処分申し立て、私への岡林氏による45余万円請求事案での東京簡裁への調停申し立てを行います。代理人は山下幸夫弁護士です。
 また、捜査当局への告訴。さらに、法務局人権擁護部、千葉弁護士会にも人権救済を申し立てます。
 三つの裁判で、出版妨害をしたのは、私か岡林、辻井両氏かが、解明されます。
 これから、私に一度も取材せず、公然と、岡林・辻井氏側に立って、私を非難してきた松岡利康、鈴木エイト、黒藪哲也(ママ)各氏らの法的、道義的責任も問います。」

この件について筆者が書いた記事は、メディア黒書に執筆した記事、「ジャーナリスト浅野健一氏による出版差し止めは妥当か? 『石ころの慟哭』をめぐる論争」(4月17日付け)のみである。そこでわたしは、浅野氏のFBの書きこみ欄に次のようなコメントを投稿した。

「URLを貼りつけた次の記事が、貴殿について書いた唯一の記事です。この記事のどこが名誉を毀損していますか。https://www.kokusyo.jp/oshigami_c/19353/ 貴殿は長年にわたって新聞やジャーナリズムの研究をされてきたわけですから、回答できるでしょう。具体的にどの表現が問題なのですか?」

根拠がないようであれば、Facebook上で謝罪するように求めます。

これに先立って、筆者は浅野氏に、仮処分の申立書をFBで公開するように求めた。これに対して、浅野氏は、「山下弁護士から入手し、個人情報をマスキングして公表します。少しお待ちください。」と回答した。

しかし、申立書は現時点では公表されない。そこで筆者は催促した。これに対して浅野氏は次のように回答した。

「私も忙しいので、なかなかブログの更新ができません。まとめて発表します。あけび書房とは、簡裁での調停もあるので、その関係で、公表時期を決めます。」

つまり近い将来に公表になるようだ。それを待って、あけび書房サイドも取材したい。

この事件の重要な着目点な、ジャーナリストであり著名なメディア研究者が、自分とは対立する言論に対して、司法の判断を求めている点である。その意味では、読売新聞社が、2008年から2009年にかけて、喜田村洋一自由人権協会・代表理事を代理人に立て、わたしに対して起こした3件の裁判と性質が似ている。本来、新聞人やジャーナリストは自分のペンで主張を展開するのが原則であるはずなのだが。

言論人以外がメディア関係者に対して裁判を多発した例としては、サラ金の武富士や化粧品のDHCの例がある。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年04月21日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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ジャーナリスト浅野健一氏による出版差し止めは妥当か? 『石ころの慟哭』をめぐる論争

黒薮哲哉

4月20日、あけび書房(岡林信一代表)が出版を予定している『石ころの慟哭 山上徹也・奈良地裁裁判の私記』について、ジャーナリストで元同志社大学教授の浅野健一氏が、出版差し止めの仮処分を裁判所に申し立てたことが分かった。申し立ての正確な理由は現時点では不明だが、浅野氏はFacebook上で、「あけび書房に提出した原稿(4回分)の盗用や、新聞・テレビの電子版記事、Facebook、noteなどに掲載された傍聴記を無断転載している」と主張している。

筆者は正確な事実関係を確認するため、浅野氏に対し、Facebook上で申立書を公開するよう要請した。これに対し浅野氏は、

「山下弁護士から入手し、個人情報をマスキングして公表します。少しお待ちください。」

と回答した。

一方、あけび書房の岡林代表は、Facebook上で次のように反論している。

「小社での本書の出版は浅野氏とはまったく無関係であり、同氏が出版取りやめや不買を呼びかける理由は何らありません。」

今後、筆者は浅野氏が申立書を公開した後、事件の詳細について検証を進める予定である。現時点では、双方から正確な事実関係が公開されていない。

◆書籍流通コード(ISBN)

なお、浅野氏は、あけび書房の事務所がバーチャルであるため、書籍出版社にとって命に等しい書籍流通コード(ISBN)の取得対象外であるとも述べている。この点についても今後検証する予定だが、少なくともISBN/日本図書コード使用規約には、そのような規定は確認されていない。言うまでもなく、あけび書房は実態のある出版社である。

また、ジャーナリストや研究者が司法判断を求める行為についても考えておきたい。筆力を持たない者が裁判に訴えるのであれば理解できるが、執筆を職業とする者が裁判に判断を委ねることの是非は議論の余地がある。読売新聞社の前例はあるものの、推奨できる方法ではない。少なくとも本人訴訟にすべきではないか?

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年04月17日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

再び浅野健一さんによる出版差し止め(=発禁)仮処分問題について

鹿砦社代表 松岡利康

先日、四半世紀にわたる知人に会いに奈良・大和西大寺に行ってきました。行き交う人の多い駅でしたが、地方都市らしい雰囲気のする、どこか牧歌的に感じられました。

「ここで山上徹也が安倍晋三を銃撃したのか」──このあたりの牧歌的な空気とは相いれないものを感じました。

さて、先の私の文章は、5度の出版差し止め(発禁)をされた私なりに危機感を持って書いたつもりですが、あまり反響がなかったようです。ふ~む、出版差し止め(発禁)ということに対する、浅野さんはじめフォロワーのみなさん方、私の文章を目にされたみなさん方の危機意識のなさに危機感を持ちました。

浅野さんは、今度はあけび書房本の帯を書かれた鈴木エイトさんと大喧嘩をされています。帯を書くにあたってゲラを読むわけですが、だからと言って「共犯者」呼ばわりされたら誰だって怒るでしょう。

仮に理が浅野さんにあったにしても出版差し止め(発禁)はやめるべきです。出版差し止めということは、権力(~者)や大企業が、みずからの不祥事や知られたくないことを隠蔽するために行うものです。いやしくもジャーナリストが出版社やその著者に対して出版差し止めを行おうとしたことなど聞いたことがありません。浅野さんの本の出版を引き受けた三一書房も代理人の山下幸夫弁護士も、表現の自由や言論・出版の自由を殊更大事にする出版社であり法曹人だと思うので、今からでも浅野さんをたしなめるべきです。

私のFBや「デジタル鹿砦社通信」にも浅野さんのFBや著書などと共通の読者がおられますが、なぜ浅野さんをたしなめないのか不思議です。本当にそれでいいんですか? 

先の私の文章で、浅野さんとの古い付き合いについて述べましたが、今回はあけび書房の経営を受け継いだ岡林信一さんとの付き合いについても簡単に述べておきます。

私は、「名誉毀損」に名を借りた言論・出版弾圧事件で会社も私個人も壊滅的打撃を受け、その後、多くの皆様方のご支援にて再興することができ、2010年から地元西宮で市民向けのゼミを企画し開催いたしました。隔月で3人の方を中心に5期5年間やりました。故・鈴木邦男さん3年、浅野さん1年、前田日明さん1年の5年です。計30回で、前田さんの分を除いて記録として残しています。

ここに、当時神戸の社会保険協会に勤めながら「市民社会フォーラム」という自由に意見を述べ合うネット上の場や講演会などをやっておられた岡林さんが、自らの集まりの宣伝兼ねて、ほぼ全回来られました。これで知り合ったのですが、彼はその後、旅行会社を経てあけび書房の経営を引き受けられ現在に至っています。岡林さんがあけび書房の代表に就かれた時に、ささやかながら置時計をプレゼントし、この出版事業が厳しい時代に、あえて出版社の経営を引き受ける蛮勇に対する私なりのエールでした。彼が本格的に出版の仕事を開始するや、一人で毎月複数点数の新刊を出して来たのは驚きでした。「岡林という人は本当に本が好きだったんだな」と思った次第です。思想・信条や出版についての考え方、取り組みなどは異なるところは少なからずありますが、多種、多様に自由に本を出せるのが、出版という世界のいいところだし、頑張れるだけ頑張ってほしいと思っています。

ところで浅野さんはブログで「私(注:浅野さん)は、2025年4月、『紙の爆弾』からも排除され~」と述べられていますが、これは違います。先の文章でも触れましたが、同誌昨年5月号(2025年4月7日発売)に掲載の浅野さんの記事についての抗議に対して真摯な態度を取られず、自説を固持し、対応を鹿砦社に押し付け逃げられたというのが事実です。それまで、懇意にしていた故・山口正紀さんに対する浅野さんの度を過ぎた誹謗中傷があっても、『紙の爆弾』には浅野さんの寄稿を受け入れてきましたが、これも私が逮捕された際に真っ先に駆け付けてくれたことのお礼の一つでした。恩着せがましく言うつもりはありませんが、私たちからの特段の配慮でした。

今、浅野さんが書ける場は、『救援』や社民党や新社会党の機関誌など、いわば特殊で限定的なものだけになっていますが、ものごと何につけても原因と結果があるもので、度を過ぎて唯我独尊的な態度があったのではないかと察します。

どうやら浅野さんは、浅野さんのfacebook、ブログなどを見る限り、本気で出版差し止め仮処分を申し立てられるようです。振り上げた手を下すのは恥でも何でもありません。今からでも“勇気ある撤退”をされるべきです。前回も述べましたように、ジャーナリストとして自殺行為だからです。

極めて深刻で重要な問題ですので、他にやる仕事が山積していますが、あえて時間を割いて上記文章を書き連投します。皆様方にありましては、出版差し止め(発禁)という行為に対する、私の危機感をご理解いただきたいと思います。

画像は、左・浅野本(三一書房)と右・あけび書房本

『紙の爆弾』5月号に寄せて

『紙の爆弾』編集長 中川志大

トランプ大統領が「2~3週間で米軍の作戦を終了する」(3月31日)と語ったアメリカ・イスラエルとイランの戦争。しかし、もはや主導権がアメリカにあるのか疑問です。イランの核開発問題で交渉の進展を止めたいイスラエルが始めた「イスラエルとイランの戦争」という見方もあり、これから実態が見えてくる可能性があります。5月号では、その“起源”と“真相”に真正面から斬り込んだジャーナリスト・乗松聡子氏と鹿児島大学名誉教授・木村朗氏の対談をはじめ、「思想の時間軸」としての戦争、高市早苗政権の対応、トランプ大統領の目的まで、様々な角度から分析を試みました。

イラン戦争について、3月22日付のニューヨーク・タイムズが興味深い報道をしています。いわく「モサド長官が開戦から数日以内にイランの反体制派を鼓舞し、暴動やその他の反乱行為を引き起こし、ひいては政府崩壊にまで至る可能性があると述べた」。情報戦、心理戦はもはや“裏”ではなく、戦争はミサイルやドローンだけではありません。すでに「反戦」の意味も変わっていて、今月号記事のタイトルを「日本もすでに戦場」とした理由でもあります。グーグルが使えないといった中国の国内情報統制を多くの人は独裁体制としてしか理解していませんが、合理性を認めざるをえないような世界情勢の中に、私たちはいます。少なくとも日本の官公庁のシステムがアメリカの巨大テックへの依存を加速していることの危険性が認識される必要があります。

前号の本欄で子どもの自殺増加問題に触れましたが、その対策を問われた高市首相の「7代前の250人のご先祖様」は、旧統一教会の教義との関連性を問わずとも、もっと批判しなければならない発言です。この社会で生きることに絶望した子どもに対して「俺を含む先祖を思って生きろ」とは、そんなことを自分の子どもに言える親がいるはずがなく、政治家としてはこれからの世代のための社会をつくる気がないことの表れです。むしろ、大人として今の社会に責任を感じ、辺野古の海で起きた事故について考え続けています。

暗号資産「サナエトークン」騒動は、高市首相の関与の有無とは別に、今の日本社会が抱えている大きな問題を露呈させたようです。今は「ビジネス右翼」の世界で“信者”からの巻き上げが活発化しつつあるようですが、要するに、お金を集められるなら手段は問わないということ。実体経済の軽視は長らく指摘されるところですが、それもここまで極まったか、との感があります。

さらに今月号では、逮捕者が続発し不正が明らかとなるなかで公正な選挙を求める行政訴訟、高裁でも解散命令が出た統一教会の今後、高市専制を象徴する「国民会議」、エプスタイン事件の本質、3月号に続く成年後見制度問題、自治体を政府が脅す水道民営化など、いずれも重要なテーマについて、深く掘り下げるレポートをお届けします。

『紙の爆弾』は全国の書店で発売中です。ぜひご一読ください。

『紙の爆弾』編集長 中川志大

『紙の爆弾』2026年5月号
A5判 130頁 定価800円(税込み)
2026年4月7日発売

【対談】乗松聡子×木村朗 日本も「情報戦」の戦場だ 米国イスラエル「イラン攻撃」の真実とフェイク
「カルバラー」と「ディール」の思想戦争 アメリカはイランに勝てない 昼間たかし
さらに高まる米国追従リスク 日本を狙うIT軍産複合体 木村三浩
【インタビュー】門脇翔平(ゆうこく連合幹事)「不正選挙」と民主主義を問う行政訴訟
「ネット右翼」はカネになる サナエトークン事件の本質 片岡亮
高裁でも解散命令が出た統一教会の最終戦争計画 青山みつお
国会軽視・民主主義軽視 高市専制政治の象徴「国民会議」の欺瞞 足立昌勝
「悪魔崇拝」と「トランスヒューマニズム」エプスタイン事件を考える 早見慶子
補助金カットで脅す政府の水道民営化“ごり押し策” 高橋清隆
続「成年後見制度」という宿痾 高齢者の人生と家族を奪う法の罠 鈴木慎哉
女性専用スペース法制化めぐる論争 井上恵子
広島県・虚偽公文書作成と公益通報つぶし さとうしゅういち
エプスタイン事件が秘めた闇情報とシンギュラリティの到来 藤原肇
サナエのイチ推し『ヒトラー選挙戦略』を読む① 佐藤雅彦

〈連載〉
例の現場
NEWS レスQ
コイツらのゼニ儲け:西田健
「格差」を読む:中川淳一郎
シアワセのイイ気持ち道講座:東陽片岡
The NEWer WORLD ORDER:Kダブシャイン
「絶望ニッポン」の近未来史:西本頑司
芸能界 深層解剖

◎鹿砦社 https://www.kaminobakudan.com/
◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/B0GVDQJ364/

浅野健一さんによる出版差し止め仮処分申請を諫めます!

鹿砦社代表 松岡利康

浅野健一さんが、安倍晋三元首相銃撃事件山上徹也裁判記録本について、当初浅野さんと共に出版を目指していた地元の女性と版元(あけび書房)に対して出版差し止め仮処分を申請すると、みずからのfacebookで述べられています。

これは、結論から言えば、ジャーナリストとして自殺行為です。いやしくもジャーナリストなり物書きならば、〈言論には言論で〉勝負すべきです。

このことを誰も諫めないのが不思議です。特に私よりも遙かに多い浅野さんのフォロワーの皆さん方は、それでいいとお考えなのでしょうか?

ご承知の方もおられると思いますが、私たちの出版社・鹿砦社は、過去に5度(ジャニーズ3件、宝塚歌劇1件、アルゼ1件)も出版差し止め仮処分を起こされ、5度とも差し止めが決定されています。「差し止め」と言えば、言い回しは柔らかいですが、現実には〈発禁〉(発行禁止、発売禁止)です。5度も差し止め=発禁された出版社は他にないと思いますが、異常です。仮処分が決定されたら、次には本案訴訟に移行するわけですが、裁判闘争は、経済的にはもちろん、精神的にも体力的にも楽ではありません。差し止められた側は、せっかく作った本がお釈迦になるわけですから、損害は甚大で、差し止め仮処分をすると言われただけでも、威嚇効果、萎縮効果も大きいです。思い出すだに、出版を差し止めされた時の、なんともいえない気持ちは、差し止められた者にしかわかりません。だからこそ、私は忠告しているのです。

◆浅野さんへの恩義

また、日本を代表するパチスロメーカー・アルゼ(現ユニバーサルエンターテインメント)からの差し止めは、差し止め決定後本訴(民事)では3億円もの巨額損害賠償請求訴訟(約600万円で確定)を起こされ、さらも刑事事件としても立件され逮捕→192日間の勾留(いわゆる人質司法)→有罪判決(懲役1年2月、執行猶予4年)を強いられました。実刑にならなかっただけ不幸中の幸いでした。

逮捕された時、浅野さんはすぐに動いてくれ、友人のK君と共に記者会見も仕切っていただきました。教え子の大学院生と、ひよどり台という辺鄙な場所(兵庫県神戸市北区。六甲山の山頂)に在る神戸拘置所まで面会にも来てくれました。このことで、浅野さんは、出版差し止めが、やろうとすれば時に逮捕‐勾留にまで発展することもあるのをわかっていながら、今回、差し止め仮処分を申請されるということです。そして、浅野さんのフォロワーの誰もこれを止めないのはいかがなものでしょうか? 実際は眉をひそめている方がいるのかもしれませんが、表立って言わないのかもしれません。

しかし、出版差し止めというのは、表現の自由、言論・出版の自由に係ることですので、私たち出版や報道に携わる者は、慎重に事にあたらなければならないことは言うまでもありません。浅野さんともあろう方が、このことを(おそらく)わかっていながら、それでも差し止め申請を強行するともなれば、冒頭に述べたように自殺行為です。

仮処分には、高度の違法性と強度の緊急性が必須となりますが、強度の緊急性はあるとしても、高度の違法性という点では、内容がわからないので判断のしようがありません。この点からも、2冊とも出版され読者の判断を仰ぐべきでしょう。私の言っていることはおかしいでしょうか?

◆浅野さんとの付き合い

浅野さんとの付き合いは長いです。1987年5月3日、当社と同市内にある朝日新聞阪神支局が赤報隊に銃撃され、地元出版社としては、これについての本『テロリズムとメディアの危機──朝日新聞阪神支局襲撃事件の真実』を緊急出版した際に、高野孟氏と対談いただいて以来です。この本は、現在反原発情報誌『季節』の編集長・小島卓君が一冊にまとめてくれ、全国学校図書館協議会、日本図書館協会の選定図書にも選ばれています。その後、浅野さんは海外勤務になり、しばらく交流も途絶えていましたが、再会したのは彼が私の母校でもある同志社大学教授になってからで、ちょうど『紙の爆弾』を創刊した直後でした。その後、くだんの「名誉毀損」に名を借りた言論・出版弾圧事件が起きたのです。

こうした恩義もあって、多くの雑誌・媒体が浅野さんを敬遠する中でも、つい1年前までは浅野さんの寄稿を容認してきました。かつて浅野さんと近かった少なからずの方々から、「松岡さんはとっくに恩義は返した。浅野さんの寄稿はもうやめたほうがいい」とのアドバイスもありましたが、一つぐらいは浅野さんの寄稿する雑誌があってもいいだろうとの仏心からです。逆にこのことで『紙爆』から距離を置かれた方もおられますが……。

しかし、昨年の『紙爆』5月号の浅野さんの記事に対し強い抗議が寄越され、これに対し浅野さんは責任ある対応はされず自説を頑なに固持され、対応を鹿砦社に押し付け逃げられました。鹿砦社としては原則的に対応し相手方の弁護士と協議し反論を掲載することでひとまず解決を図った次第です。私たちとしては〈言論には言論で〉の原則で対応しましたが、これについて、浅野さんはいまだに相手方にきちんと対応や話し合いなどなされていません。以来1年余り私たちと義絶しています。これで現在浅野さんの記事を掲載する雑誌・媒体は、『救援』とか特殊なものしかありません。浅野さんも、自説を固持するのはいいとしても唯我独尊の姿勢は改められるべきではないでしょうか。

◆故・山口正紀さんとの関係について

ついでながら、もう一つ言わせていただきたい。それは長年「人権と報道・連絡会」(人報連)世話人として浅野さんらと一緒に活動された山口正紀(故人)さんのことです。山口さんは元読売新聞記者ですが、大新聞社出身ながらも会報編集・制作など地道な事務作業を一手に引き受けられたと聞いています。私が勾留中に浅野さんのセクハラ報道(週刊文春)が起きたのですが、これには浅野さんもかなりショックだったらしく、山口さんは親身に浅野さんに寄り添われました。浅野さんを慰めたり叱咤激励されたと複数の方から聞きましたが、その後浅野さんは、どのような意見の対立があったのかわかりませんが、ことあるごとに度を過ぎて山口さんを非難されるようになり、ついに温厚な山口さんは人報連を去られ浅野さんとも決別されました。

また、山口さんは、上記した逮捕事件の公判を毎回自費で来阪され、その都度的確なレポートを書いてくださいました(『週刊金曜日』に連載)。また、私たちがこの10年ほど関わってきた大学院生リンチ事件(いわゆる「しばき隊リンチ事件」)についても、精力的にご支援いただき、裁判所に意見書(『暴力・暴言型社会運動の終焉』所収)を提出してくれたり、末期がんをおして準備書面作成を手伝っていただきました。一方で浅野さんは、いまだに死者に鞭打つようなことをやっておられます。最近では人報連事務局長の山際永三さんの追悼文という厳かであるべき文章で、関係のない山口さんバッシングをやっておられます。場を弁えていただきたいと思います。さらには、昨年の選挙で、大学院生リンチ事件加害者側に与した者の応援演説まで買って出ています。被害者を支援した者としては気分のいいものではありません。

浅野さんには、本気で出版差し止め仮処分を準備しておられるのであれば、今すぐ取りやめられるべきだと忠告いたします。冒頭に述べたように、ジャーナリストとして自殺行為ですから。

野田正彰著『過ぎし日の映え』、注文殺到! やはり腐っても朝日、影響力は大きいことを、あらためて実感!

鹿砦社代表 松岡利康

野田正彰著『過ぎし日の映え』が2月22日付けの朝日新聞の野田先生インタビュー記事の冒頭で引用され、この5日間(2・24~3・2の営業日)で200冊超の注文が殺到しています! 

本書は、著者の出身地の高知新聞に連載されたものを単行本化したものですが、地方紙のせいか、知られざる事実も多いです。特に、『夜と霧』の著者として有名なフランクルに会い、インタビューした記事内容は衝撃的でした。著者自身が驚いたそうです。「この本(『夜と霧』)では、すべてがアウシュヴィッツでの体験のように読める。ところが、私が移送の行程を順々に聞いていったとき、フランクルは、アウシュヴィッツにいたのは『3日2晩』と答えた。私は驚いて問い直したが、彼は続けて話した。」

あとは本書を読んでいただきたいが、驚いたのは野田先生だけではありません。”通説”とはまったく異なると感じました。2日間に及んだ、この「フランクルとの対話」だけでも本書の価値があります。池田香代子(新版『夜と霧』を翻訳。大学院生リンチ事件では「見ざる、言わざる、聞かざる」の姿勢を貫いた)、聞いとるか!?

もうひとつ付言しておきます。本書を読んで強い感銘を受けた、ある方は、なんと100冊お買い上げになり、友人、知人にプレゼントされました。有り難い話ですが、これほどまでに人を感銘させる本だということでしょう。

掛け値なしに一人でも多くの方に読んでいただきたい一冊です。

鹿砦社 https://www.rokusaisha.com/kikan.php?bookid=000782

amazon https://www.amazon.co.jp/dp/4846315959/

自民と旧公明「改憲勢力」大幅伸長 仕組まれた高市自民圧勝

植草一秀(紙の爆弾2026年4月号掲載)

◆究極の「自己都合解散」

2025年2月8日投開票の衆院選で自民党が大勝し、2月18日に第2次高市内閣が発足しました。この選挙について、さまざまな見解が語られています。

まず総選挙そのものについて述べておくと、一般に衆院解散は首相の専権事項とされていますが、そのような規定は日本国憲法にはありません。憲法上で、衆院解散について書かれた7条と69条のうち、まず69条は、
〈内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない。〉

つまり内閣不信任案が可決された場合に、内閣は衆院解散の選択肢を持つと解釈できます。もう一つの7条は天皇の国事行為を十項目で規定したもので、その一つに衆院の解散があります。

しかしこれは、69条により解散する時に、天皇が国事行為としてその手続きを行なうことを指しているにすぎず、憲法は基本的に「69条解散」しか想定していないと考えるべきです。ところが、天皇の国事行為が「内閣の助言と承認」によって行なわれると規定(第3条)していることから、内閣が天皇の国事行為を助言、承認し、都合の良いタイミングで衆院を解散できるとのいわゆる「7条解散」が、吉田茂内閣(1948年)以降、踏襲されてきました。

ここから明らかなように、首相に衆議解散の「専権」があるというのは一種の俗説であり、権力の濫用にほかなりません。

特に第一次高市内閣は発足してまだ3カ月にすぎず、しかも予算審議を行なわず、気候条件においても投開票日がまさにそうであったように、北海道・東北ほか日本海側の各地で大雪が降り続いて選挙費用が800億円とかさんだだけでなく、国民の参政権(なかでも高齢者の参政権)が侵害されかねない状況でした。

その意味でも「自己都合解散」であり、加えて背景に通常国会で統一教会との関係に始まる多種多様な疑惑に加え、昨年11月7日の「台湾有事発言」以降の経済的損害の責任を追及されることが想定されていたことから「疑惑隠し解散」ともいわれています。

これほど正当性のない衆院解散はなかったという根本的な問題は、いまだ残っています。

◆高市体制誕生をめぐるフェイク

そもそも、昨年10月に高市内閣が生まれた経緯を振り返ると、最大の背景は「政治とカネ」問題です。この問題を受けて2024年の総選挙で自民党が惨敗。翌2025年7月の参院選も、石破茂内閣がその対応を避けたために大敗し、自民党内で石破退陣の動きが強まったことで、9月に総裁選が行なわれました。

総裁選に際して、自民党は「解党的出直し」を掲げました。解党的出直しとは、特に政治とカネ問題について抜本的な取り組みを行なうことを指していたはずですが、高市新総裁が、公明党が提案した最低限の企業・団体献金規制強化すら拒絶した結果、同党が連立政権から離脱します。

こうして、日本維新の会を取り込みつつ政治とカネ問題を放り投げ、議員定数削減にすり替えて発足したのが第一次高市内閣です。私が本誌2025年12月号で「自維金権腐敗政権」と指摘したとおり、この経緯を見れば、メディアが高市新内閣に対し、まず政治とカネ問題を全面的に追及すべき局面であったことは、誰が見ても明らかです。

ところが、なぜかメディアは一切触れず、むしろ礼賛に徹したために高支持率が生まれました。この状況を利用し、高市首相が解散・総選挙を決定したことを踏まえれば、高市自民が大勝する懸念はこの時点ですでにあったといえます。

現行の選挙制度の下では、小選挙区の勝敗が選挙結果を左右します。それゆえ立憲民主党が、離脱した公明を味方につければ小選挙区で勝算が生まれると考え、中道改革連合を結成したのは、戦術としてはあり得たと思います。

ただし、そこには複数の問題がありました。まず、立公合流に際しての綱領と基本政策において、従来の立民の主張がほとんど封じられ、公明主導の内容になった点です。

また、ここ数年間、若年層の票を取り込むことが選挙の要諦となってきたことを考えれば、「中道改革連合」という党名がふさわしいとは思えません。同じ理由で、各党が女性や若い党首を前面に押し立てる中、野田佳彦・斉藤鉄夫両党共同代表はじめ「5G(爺)」というオールドフェイスを並べたのは若者・女性票を捨てる行為に映ります。

これら戦術上のミスがあったとはいえ、高市自民に有利な情報空間が創作されたことが、結果を左右したといえるでしょう。

前述のように政権発足時点で一丁目一番地の「政治とカネ」をメディアが追及していれば、そもそも高市内閣の高支持率スタートがなかったかもしれません。選挙中も高市新体制を持ち上げる報道が続き、中道に対しては発足した瞬間から全面否定するような報道が展開されました。

実は、類似した状況が、2001年の小泉純一郎政権、2012年の第二次安倍晋三政権でも発生しています。2001年から03年にかけて、日本経済は金融恐慌に突入するかの事態にあり、小泉政権はいつ崩壊してもおかしくない状況でした。その間の02年に人々の関心を逸らす形で北朝鮮から拉致被害者が帰国していますが、小泉政権が終了する2006年までの日本の情報空間は小泉支援一色でした。

第二次安倍政権においても、2013年7月の参院選ではメディアが「自民党が再び勝てば衆参ねじれが解消される」と強調し、安倍全面支援の方向性を打ち出しました。それを振り返ると今回の選挙における情報空間には非常に強い既視感を覚えます。

なにより、小泉・安倍・高市の三者に共通するのが、いずれも米国にとって都合の良い首相だということです。それゆえに、日本のメディアが誰に支配されているのかに着目すべきでしょう。

中道=シン・公明党という本質

ここから先はhttps://note.com/famous_ruff900/n/n7737a7373b64

月刊「紙の爆弾」4月号から一部記事を公開。独自視点のレポートや人気連載の詰まった「紙の爆弾」は全国書店で発売中です(毎月7日発売。定価700円)。書店でもぜひチェックしてください。最新号の記事タイトル一覧はホームページをご覧ください。

福島原発事故から15年 ── この意味を問う鹿砦社の書籍と、唯一の脱(反)原発情報誌『季節』を読もう!『季節』の継続発行、鹿砦社の言論・出版活動活性化のため、鹿砦社の本を買って応援してください!

鹿砦社代表 松岡利康

福島原発事故から3・11で15年となります。──

この意味を問い返しための材料として、私たちが丹念に作って来た書籍と、わが国唯一脱(反)原発情報誌『季節』をお薦めいたします。

以前にもお伝えしましたが、このかん倉庫や書庫を整理していく過程で、松岡が本格的に出版の世界に踏み入れる際に、ちょうど縁あって歴史家の小山弘健先生と出会い、「われわれの出版の目的は一、二年で忘れ去られることのない本を作ることである」という、『戦争論』で有名なクラウゼヴィッツの言葉を教えていただきました。果たして私たちは「一、二年で忘れ去られることのない本」をどれほど作って来たであろうか──汗顔の極みです。

このかん、書庫として借りていた2室の撤去→本社書庫への移動、倉庫の在庫削減などで、これまで出版した本を整理してきました。思わぬ“発見”も少なからずあり、自分の〈原点〉を想起、再確認しました。

一冊一冊に想い出があります。自分で言うのも僭越ですが、なかなかいい本もあります。以下に挙げた本もそうです。

また、これも何度も申し上げていますが、いやしくも私たちは本(書籍や雑誌)を出す出版社ですから、本を買ってご支援いただくことが基本です。

今回は福島原発事故から15年について、『季節』最新号やバックナンバー、これまでに出して来た脱(反)原発関係の書籍を、この機会にご購読いただき、その意味を問い返していただきたいと思います。

まずは『季節』の前身『NO NUKES voice』の創刊号から14号の中からセレクトし堂々600ページ余の大冊となった 『3・11の彼方から』、私たちの世代の絶対的カリスマ・山本義隆さんが寄稿された長大な講演録を収録した『季節2025夏・秋合併号』です。10年余り発行してきた『季節』の到達点で今後の方向性を決定づけた号と自認しています。そうした中で『季節』春号は3・11から15年のこの日に増ページ記念号として発行されました。

さらに本誌『季節』については皆様方からの定期購読、会員でのご支援がベースとなりますので、更なる継続・更新、新規拡販協力をよろしくお願い申し上げます。

また、『季節』でもたびたびご登場いただいている精神科医・野田正彰先生の2冊の著書『流行精神病の時代』『過ぎし日の映え』(野田先生によれば、先生の「精神医学の総括、辞世の書」ということです。『過ぎし日の映え』を元に野田先生にインタビューした朝日記事掲載(2月22日)後、『過ぎし日の映え』は5日間で250冊余りの注文が入り、また本書に強く感銘を受けた、ある方は100冊買い取り知人らに配られました)。

さらに『季節』の編集委員の尾﨑美代子さんが日々の冤罪被害者との対話や取材をまとめられた『日本の冤罪』、昨年まで『季節』で長年連載してくれ冤罪(甲山事件)被害者でもある山田悦子さんらが戦後70年に際して編纂された『唯言(ゆいごん) 戦後七十年を越えて』は、資料として「日本国憲法」「あたらしい憲法のはなし」「大日本帝国憲法」「軍人勅諭」「教育勅語」等を収録した貴重な一冊です。

福島原発事故問題を考えるために、ぜひ一連の鹿砦社の書籍・雑誌を参考資料としてお読みいただきたくお願いいたします。

amazon https://www.amazon.co.jp/dp/B0GGX7H2DR/

鹿砦社 https://www.rokusaisha.com/