しらじらと雨降る中の6・15 十年の負債かへしえぬまま

私たちは1970年に京都の大学に入りました。私は同志社大学、もうひとりの編著者・垣沼真一さんは京都大学—–もう50年近くも前の話です。昔話といえば昔話です。燎原の火の如く燃えた70年安保闘争、学園闘争の火は鎮火しつつあったとはいえ、まだくすぶっていた時期でした。特に京都では同大・京大を中心に意気軒昂でした。まだ沖縄が「返還」されていない時期で、沖縄(返還協定調印‐批准)─ 三里塚(成田空港反対闘争。第一次‐二次強制収用)─ 学費値上げ問題などが沸騰し、私たちも精一杯闘いました。

しかし、その後、叛乱の季節は収束し、連合赤軍の銃撃戦‐リンチ殺人、内ゲバなどで暗い時代に向かっていきます。私たちも、大学を離れ生活に追われ、背負った問題に呻吟しつつ生きてきました。そうして、齢を重ね60代後半に入りました。

このかん、私たちは、かつて背負った問題を整理し書き綴っていくことにしました。数年かけて書き綴りました。私たちなりの覚悟で<知られざる真実>も明かし、偽造された歴史に小さいながらも楔を打ったつもりです。

こうした私たちの意気込みに、尊敬する大先輩の矢谷暢一郎さん(元同志社大学学友会委員長、現ニューヨーク州立大学教授)が海の向うから玉稿を寄せてくれました。

A5判、2段組で300ページの堂々たる分厚い本になりました。ここには、私たちが若かった頃に培い、そして闘い、しかし挫折し背負ってきた<負債>が書き綴られています。どうかご一読され、時代は端境期、当時の<空気>を感じ取ってください。

本書第二章の「創作 夕陽の部隊」という短編小説で、私の当時の先輩のS・Kさんは、
「俺は、虚構を重ねることは許されない偽善だといったんだ、だってそうだろう、革命を戯画化することはできるが、戯画によって革命はできないからな」
と、当時の情況に対し本質を衝いた表現をしています。

60代も後半となり年老いた私たちは、気力、体力も衰え、再びこのような本を作ることはできないでしょう。私たちの最後の<政治的遺書>といってもいいくらいです。ぜひご購読お願いいたします。
  

松岡利康/垣沼真一編著『遙かなる一九七〇年代‐京都 学生運動解体期の物語と記憶』※表紙画像をクリックすればAmazonに飛びます。

遙かなる一九七〇年代‐京都
学生運動解体期の物語と記憶

松岡利康/垣沼真一[編著]
A5判/300ページ/カバー装
定価:本体2800円+税  11月4日発売!
本書は、学生運動解体期の一九七〇年代前半を京都(同志社大学/京都大学)で過ごし
潰滅的に闘った者による渾身の〈政治的遺書〉である。
簒奪者らによる歴史の偽造に抗し、
学生運動解体期=一九七〇年代 ─ 京都の物語と記憶をよみがえらせ
〈知られざる真実〉を書き残す!
[構成]
[特別寄稿]『遙かなる一九七〇年代-京都』の出版にあたって
矢谷暢一郎
第一章 遙かなる一九七〇年代-京都
松岡利康
第二章 [創作]夕陽の部隊
橋田淳
第三章 われわれの内なる〈一九七〇年代〉 甲子園村だより
松岡利康
第四章 七〇年代初頭の京大学生運動--出来事と解釈
熊野寮に抱かれて 
垣沼真一

【おことわり】取次会社などに出荷し、手持ち在庫がなくなりましたので小社へのご注文はお受けできなくなりました。Amazonへご注文をお願いいたします。

ところで、本書は、11月12日(日)に行われる同志社大学学友会倶楽部主催・芝田勝茂さん講演会に間に合わせることを私なりの義務感として刊行を目指しました。もともと本書は数年前から準備してきましたが、芝田さんとの再会が俄然モチベーションをアップさせました。本書には、芝田さんとの学生時代の日々、そして以降40数年のお互いの苦闘が底流になっています。なぜか? その〝回答〟は本書を紐解いていただければ分かるでしょう。人間、こうした具体的な目標なくしては力が入らないようです。3年前の同倶楽部の講演会に上記の矢谷暢一郎さんをアメリカから招きましたが、ここでも何とか矢谷さんの著書の刊行を間に合わせました。本が完成し京都に届いたのは前日でした。

講演会の内容は別掲の通りです。入場は無料、参加者先着100名様に芝田さんの単行本未収録3篇を収めた小冊子を贈呈いたします。関西近郊の方はぜひご参集ください。

11月12日(日)芝田勝茂さん講演会(同志社大学学友会倶楽部主催)

芝田勝茂さん 略歴と著書

鈴と、小鳥と、それから私、
みんなちがって、みんないい。

◆みんなちがって、みんないい?

有名な金子みすゞの童謡の一節だ。「みんな違ってみんないい」。あるべき理想として多分正しい。しかし、鈴と小鳥は人間と違って金遣いは荒くないし、ましてや子供の親権を奪おうとはしない。

金子みすゞの最期が家庭内の事情により悲惨なものだったことはそれほど知られていない。みなそれぞれ違っていること、それゆえに分かり合えない苦しさ悲しさを一番痛感していたのが金子みすゞであっただろうことが悲しい。この詩の一節は単なる実感ではなく振り絞る祈りのようなものだったのかもしれない。

松本侑子『みすゞと雅輔』(2017年新潮社)

◆金子みすゞの遺書

「あなたが楓ちゃんを連れて行きたければ、連れて行ってもいいでしょう。ただ私はふうちゃんを、心の豊かな子に育てたいのです。だから母が私を育ててくれたように、ふうちゃんを母に育ててほしいのです。どうしてもというのなら、それはしかたないけれど、あなたがふうちゃんに与えられるのはお金であって、心の糧ではありません」

夫宛ての遺書の一部だ。当時の社会情勢を考えると極めて珍しい単刀直入な抗議文だ。戦前の強力な家父長制下では権限は父親にあった。金子みすゞ再評価に貢献した矢崎節夫氏の解説(金子みすゞ童謡集、ハルキ文庫)によると、離婚当時の約束は反故にされ、戸籍上母ではなかった金子みすゞは娘を引き取りにくるといった元夫の要求を断ることはできなかったとある。そもそも離婚の原因になったのが夫の遊郭遊びによる散財で、金子みすゞは性病まで移されていたという。

創作さえ夫に禁止されていた金子みすゞは晩年まだ幼い娘の片言をノートに書き連ねた。意味のつながらない言葉を一つ一つ採集していったものが『南京玉』として残されている。

1924年にシュールレアリストのアンドレ・ブルトンが自動記述を提唱していたが、意味のつながらない言葉を膨大に記録した(雰囲気は大きく異なるけれども)という点では、金子みすゞもよく似ているかもしれない。

◆アジアの人々に向ける眼差し みんな違ってみんないい!

山下清「観兵式」(1937年)

研究者の片倉穣氏の論文『金子みすゞのなかのアジア インド・中国・朝鮮』によれば、金子みすゞがその当時の社会情勢・学校教育と比較しても独自の視点を持っていたことを指摘している。

そもそも金子みすゞの父親庄之助は清国で客死しており、現地人に殺されたのではないかという伝聞があったそうだ。そのようななかで『一番星』という作品にみられる平等性を片倉氏は高く評価している。他にもこの論文では朝鮮人の暮らしぶりを描いた『木屑ひろひ』にも詳細な解説を加えているのでぜひお読みいただきたい。

◆隠れた傑作?『男の子なら』

ここであまり知られていない金子みすゞの作品を引用する。

男の子なら

もしも私が男の子なら、
世界の海をお家にしてる、
あの、海賊になりたいの

お船は海の色に塗り、
お空の色の帆をかけりゃ、
どこでも、誰にもみつからぬ。

ひろい大海乗りまわし
強いお国のお船を見たら、
私、いばってこういうの。

「さあ、潮水をさしあげましょう。」

弱いお国のお船なら、
私、やさしくこういうの。
「みなさん、お国のお噺を、
置いてください、一つずつ。」

けれども、そんないたずらは、
それこそ暇なときのこと、
いちばん大事なお仕事は、
お噺にある宝をみんな、
「むかし」の国へはこんでしまう、
わるいお船をみつけることよ。

そしてその船みつけたら、
とても上手に戦って、
宝残らず取りかえし、かくれ外套や、魔法の洋燈、
歌をうたう木、七里靴………。
お船いっぱい積み込んで、
青い帆いっぱい風うけて、
青い大きな空の下、
青い静かな海の上、
とおく走って行きたいの。
(略)

JULA出版局HPより

金子みすゞの亡くなった年は1930年。すでに朝鮮半島翌年に満州事変が勃発し、日本の中国侵略が本格的に始まる。戦時体制は強化されていき、すでに施行されていた治安維持法で特高警察の影響力が拡大していく。

影響を受けたのは童謡の世界も同じだった。金子みすゞが敬愛してやまず、またみすゞを高く評価してきた西城八十は1932年に「愛国行進曲」を作詞する。以降八十を中心とした童謡作家は軍国歌謡や愛国詩を量産していくことになる。

その後の社会情勢を考えると何か予言めいた響きを感じるのは気のせいだろうか。

◆都合により二行分省略 JULA出版局が怖い!

ところで話は変わるが金子みすゞは著作権の関係で非常に引用が厄介なので有名だ。
「金子みすゞの作品および写真の使用については、金子みすゞ著作保存会(窓口・JULA出版局内)の了承を得ていただきますよう、お願い申しあげます。」(JURA出版より)

筆者非常に小心につき怒られたらどうしようかと夜も寝られないので『男の子なら』の上記引用部分は最後の二行分は削除している。

「許可いるの」っていうと
「許可いるの」っていう。

こだまでしょうか、
いいえ、JULA出版局です

シャレになりません。非常に怖い。

とはいえ、すでに金子みすゞの死後50年以上経過していて、著作権は消滅している。『男の子なら』の主題が「いちばん大事なお仕事は、お噺にある宝をみんな、『むかし』の国へはこんでしまう、わるいお船をみつけること」なのだから、金子みすゞがもしも現代に生きていたらJULA出版局に断固抗議しているに違いない。

歴史上存命中に評価されずに死後再評価された例は数多い。J・S・バッハやフランツ・カフカなど枚挙にいとまがない。それらの人物を再評価して世に広めた人物・団体は高く評価されるべきだ。ただし、それで本来気軽に読めるはずの作品が読めなくなるのはおかしい。再評価の功績に与えられるのは社会的評価だけであるべきだ。具体的な利権であっていいはずがない。即刻JULA出版局は不当な権利独占をやめ、青空文庫にも全作品を公開すべきだ。この排外主義の吹き荒れる現状のためにも、われわれに続く世代の感性のためにも。

▼山田次郎(やまだ・じろう)
大学卒業後、甲信越地方の中規模都市に居住。ミサイルより熊を恐れる派遣労働者

最新刊『NO NUKES voice』13号【創刊3周年記念総力特集】多くの人たちと共に〈原発なき社会〉を求めて

愚直に直球 タブーなし!『紙の爆弾』10月号!【特集】安倍政権とは何だったのか

本日発売『NO NUKES voice』13号【創刊3周年記念総力特集】多くの人たちと共に〈原発なき社会〉を求めて

 
『NO NUKES voice』が本日15日全国書店で発売された。季刊誌ながら発刊3年、13号を迎えることができたものの、財政的にも、紙面づくりでも予想を超える困難があったことは今号の巻頭で発行人の松岡がお伝えしている。たしかに鹿砦社という小さな出版社にとって「脱・反原発」に特化した雑誌の発行は、身の丈を考えればかなりの「冒険」で、けっして収益的に楽観できるものでは当初からなかった。

だからといって、福島第一原発事故で起きたあの大事故から目を逸らすことが、われわれには出来なかった。人間が何世代も生きてすら「収束」することはできない大惨事などそうそうあるものではない。地域紛争だって、戦争だって、被害を受けたひとびとの心の傷はいやされずとも、数十年で町や国は外見上復興する。しかし原発事故はそうはいかない。人間がコントロールできない自然災害と似たような性質も有するが、決定的な違いは自然災害から人間は逃げおおせないが、原発事故は人間が決断すれば簡単に防ぐことができる、ということである。

にもかかわらず、福島第一原発で大事故を起こした東京電力の柏崎刈羽原発にまで再稼働の適合性を原子力規制委員会は認めようといている。原子力規制委員会の役割は「原発の安全を審査」することではなく「審査基準に適合しているか」を審査する場所であるそうなので、「安全を保証するものではない」と田中俊一委員長が繰り返し「正直に」述べているとおり、原発に限れば「安全の保証」などはできえないのである。

◆この国は何を考えているのか?

経産省前テントひろば共同代表の渕上太郎さん

72年前、非戦闘地域に2つの原爆を落とされ、6年前に4基の原発を爆発させた国は、世界広しといえども、この国をおいてない。そしてこの国は「核兵器禁止条約」には参加しないという。

どういう頭の構造をしているのか。何を考えているのか。なぜそんなに死に急ぐのか。私にはまったく彼らの考えていることが理解できないし、その弁明に微塵の合理性も感じることができない。下手くそな言い逃れと、詭弁、迂遠なモノ言いながら簡潔化すれば小学生程度の論理性も保持しない稚拙な言い訳。こういった「欺き」を生業にしている人に判断を委任していたら、再度(いや最後)の事故が起きることは必至だ。

そして、その可能性は残念ながらどんどん高まっている。反対の声を押し殺して徐々に進む再稼働。それと歩調を合わせるかのように全国で頻発する中規模の地震。1995年阪神大震災以来、この島は地震の活動期に入った。さらに太平洋プレートの向こうの端、チリ、ペルー、ニュージーランド、台湾などでも大地震が起きた。北海道、新潟、岩手、鳥取、熊本、鹿児島、沖縄など全国各地で中規模から大規模の地震が毎年起きている。スーパーマーケットへ行けば「○○災害支援募金箱」が置いてあるが、近年のゲリラ豪雨の被害と相まって、募金箱の名称が長続きすることはない。年から年中自然災害だらけである。

せめて、人間の判断と手で、止めることができる災害であれば、止めよう。

◆私たちの希望と要求はシンプルにして簡潔だ

私たちの希望と要求は実にシンプルにして簡潔だ。筆舌に尽くしがたい原爆・原発事故による被害者の方々の苦難の「現在進行形」と隣り合わせで生きているわれわれは、見て見ぬふりが許されるのだろうか。あれは「他人事」なのか。厚労省の国会答弁(2017年4月14日参議院・東日本大震災復興特別委員会での山本太郎議員の質疑)によれば1082人(2011-15年までの5年間での福島県内9病院集計)を超えたとされる福島県での甲状腺がんの手術を受けたひとびとは、私たちと「無縁」の人なのか。ほおっておけばまた明日の朝が必ずやってくる保証は、本当にあるのか。毎朝、毎夕の東京の満員電車は自然な光景なのか。

これは編集長以下が協議して作成した見解ではない。しかし私たちは(おそらくあなたも)細部が異なることはあれ、原発が「在る」こと、「再稼働」されることに、どこか私と重なる気持ちをお持ちではないだろうか。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。
[写真=大宮浩平および本誌編集部]

『NO NUKES voice』vol.13
創刊三周年記念総力特集
多くの人たちと共に〈原発なき社会〉を求めて

[グラビア]我に撃つ用意あり/強制撤去から一年 闘い続ける「経産省前テントひろば」他
[インタビュー]望月衣塑子さん(東京新聞社会部記者)
森加計・原発・武器輸出 〈タブーなき記者〉の軌跡
[インタビュー]寺脇研さん(元文部官僚、京都造形芸術大学教授)
原子力村と宇宙村 省庁再編が壊した教育の未来
[インタビュー]中島岳志さん(政治学者、東京工業大学教授)
脱原発こそ「保守」の論理である 安倍内閣終焉後の対抗軸
[インタビュー]鵜飼哲さん(フランス文学・思想研究、一橋大学教授)
反原発と反五輪 復興五輪が福島を殺す
[講演]水戸喜世子さん(「救援連絡センター」元事務局長)
原発は滅びゆく恐竜である
[講演]笹口孝明さん(元新潟県巻町町長)×村上達也さん(元茨城県東海村村長)
巻町「住民投票」の教訓と東海村「脱原発」の挑戦
脱原発をめざす首長会議・原子力市民委員会共催シンポ「原発に依存しない地域社会のために」より
[インタビュー]温品惇一さん(放射線被ばくを学習する会共同代表)
被曝測定・国のウソ

[報告]山崎久隆さん(たんぽぽ舎副代表)
東電再建計画『新々・総特』は瓦解する
[報告]三上治さん(経産省前テントひろばスタッフ)
言い残したきことを抱えての日々
[報告]本間龍さん(著述家)
原発プロパガンダとはなにか〈11〉電力会社のHPにおける原発PRの現状
[報告]「くまさん」須藤光郎さん(脱原発川内テント・蓬莱塾スタッフ)
八月六日の脱原発川内テント・蓬莱塾から
[報告]安部川てつ子さん(子どもたちを放射能から守る伊豆の会代表)
まずは大人から正しい福島の現実を知ってもらいたい
[報告]板坂剛さん(作家・舞踊家)
ある夏の体験
[報告]納谷正基さん(高校生進路情報番組『ラジオ・キャンパス』パーソナリティー)
反原発に向けた思いを次世代に継いでいきたい〈12〉
文部科学省は誰を守り、誰のために存在しているのか?
[報告]田村八洲夫さん(大飯原発稼働差止訴訟原告団サポーター)
大飯原発における「反射断面」による地下構造評価(関電提出)について
[報告]佐藤雅彦さん(翻訳家)
「日米原子力協定」来夏“満期”を迎え撃つ

[報告]再稼働阻止全国ネットワーク
夏~冬の焦点──東海第二、大飯、玄海、伊方 四つの原発再稼働に反対する闘い
《東京》柳田 真さん(たんぽぽ舎、再稼働阻止全国ネットワーク)
《高浜》木原壯林さん(若狭の原発を考える会)
《伊方》名出真一さん(脱原発アクションin香川)
《福島》佐々木慶子さん(原発いらない福島の女たち)
《避難》鴨下祐也さん(ひなん生活をまもる会代表)
《刈羽》清水 寛さん(たんぽぽ舎、再稼働阻止全国ネットワーク)
《六ケ所》中道雅史さん(なくそう原発・核燃、あおもりネットワーク)
《東海第二》相沢一正さん(脱原発とうかい塾)
《大洗》山田和秋さん(たんぽぽ舎ボランティア)
《規制委》木村雅英さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
《若狭》けしば誠一さん(杉並区議会議員)
《読書案内》天野惠一さん(再稼働阻止全国ネットワーク)

9月15日発売『NO NUKES voice』13号【創刊3周年記念総力特集】多くの人たちと共に〈原発なき社会〉を求めて

前川喜平さんと寺脇研さん

明日15日『NO NUKES voice』13号が発売される。今号は創刊3周年の特別号。多くの人たちと共に〈原発なき社会〉を求めて、これまで以上に多彩な人たちに登場していただいた。

◆我に撃つ用意あり──野に下った文科官僚二人の覚悟

巻頭グラビアトップは、加計学園問題をめぐり国家戦略特区という利権行政の闇を証言した前川喜平さんとゆとり教育のエヴァンジェリストの寺脇研さんの元文科省官僚のツーショット。残念ながら前川さんへの本誌原発インタビューは丁重にお断りされたものの、寺脇さんが文科行政の歪みの起源を存分に語ってくれた。

◆望月衣塑子記者、3・11からの軌跡を語る

特集冒頭では東京新聞社会部の望月衣塑子記者が登場する。官邸記者クラブで菅官房長官を問い詰めたことで一気にその名が知れ渡った望月記者は目下、官邸と御用メディアから陰に陽に不当な恫喝を受けているが、庶民の疑問を直球で権力に投げつける望月記者の姿勢こそ正しく真っ当なのは明かだ。〈タブーなき記者〉として森友・加計問題、詩織さん問題、原発、武器輸出に至るまで3・11以後、取材し報じてきた自身の軌跡を語っていただいた。

次いで登場は寺脇研さんの「原子力村と宇宙村 省庁再編が壊した教育の未来」だ。本コラムで常々文科省の「犯罪性」と「文科省不要論」並びに「宇宙開発の危険性」を指摘している私にとっては、強き味方を得た気分だったが、後段で語られる3・11後の映画批評がむしろ寺脇節全開で面白い。こういう個性的な人が多くいれば「文科省」もここまで馬鹿にはならなかったであろう(現実にはそんな「個性」を認めはしまいが)と感じさせられた。

寺脇研さんと望月衣塑子さん

中島岳志さん

鵜飼哲さん

◆脱原発こそ保守の論理である──中島岳志さんが語る安倍内閣終焉後の対抗軸

中島岳志さん(政治学者、東京工業大学教授)は「脱原発こそ保守の論理である」で持論を展開してくださっている。「保守」、「脱原発」、「安倍内閣終焉後の対抗軸」と興味深い言葉が並ぶが、果たしてそれらはどのように編み上げられていくのか。「保守」、「リベラル」の語意が著しい変化を見せている今日、「リベラル保守」の論客、中島さんのお話には要注目だ。

◆反原発は反五輪に向かう──鵜飼哲さんのラディカルなアクティビズム

鵜飼哲さん(一橋大学教授)は前出の中島さんと異なり、脱原発を志向する方々にはわかりやすいだろう。福島原発事故がもたらした諸矛盾と2020年東京五輪とがどう関係しているか。これまた非常に興味深い論考である。ジャック・デリダに師事した鵜飼さんらしくフランス現代哲学の香りも時々漂う。多くの読者が首肯されながら鵜飼さんのお話を読まれることであろう。

水戸喜世子さん

村上達也さんと笹口孝明さん

◆原発は滅びゆく恐竜である──水戸喜世子さんが語る夫・巌さんの思想と行動

水戸喜世子さんの講演記事「原発は滅びゆく恐竜である」はかつてのお連れ合い水戸巌さんの書名でもある。巌さんと学生時代から学問や社会運動に恐ろしいほどのエネルギーでかかわってきた水戸さんのお話は、明確にして高貴にラディカル。可能であれば読者に活字ではなく音声でお伝えしたかった。

◆虚妄の原発立地・成長神話──巻町・住民投票の教訓と東海村・脱原発の挑戦

「巻町・住民投票の教訓と東海村・脱原発の挑戦」は7月中旬新潟市で行われた脱原発を目指す首長会議と原子力市民委員会の共催シンポジウムにおける、元・新潟県巻町町長の笹口孝明さんと元・茨城県東海村村長の村上達也さんの対談録だ。司会は元国立市長の上原公子さんが務めている。なぜ全国の原発立地自治体は原発を受け入れてしまうのか? 原発に反対する首長にはどのような仕打ちがおこなわれるのか。厳しくも示唆に富んだ元首長お二人の体験談は、原発立地地元の現状と、地域変革のための方向性を示唆している。

◆被ばく測定・国のウソ──闘う元・東大助教、温品惇一さん

温品惇一さん

温品惇一さん(放射線被ばくを学習する会共同代表)の「被ばく測定・国のウソ」は東大助教時代に公害問題に取り組んで以来、「闘う東大助教」の異名をとった温品さんが福島原発事故後に政府が制定した被ばく基準や、ガラスバッジ測定のウソを温品さんの闘いの歴史の中で再び位置付ける。公害から原発(被ばく)へと長年の取り組みは私たちに何を教えてくれるだろうか。

◆言いがかりで市民を逮捕している暇があれば、東京電力幹部を即刻逮捕せよ!

特集に続き、常連執筆陣も常に熱い。山崎久隆さんの「東電再建計画『新々総持』は瓦解する」、三上治さんの「言い残したきことを抱えての日々」は経産省前テントひろばや闘いの現場からの骨太報告だ。

9月11日夕刻、経産省前テントひろばの共同代表であるFさんが抗議集会の最中に「無届けデモの指揮を行った」という口実で不当逮捕された。本日14日夕刻6時から緊急抗議行動が警視庁前で行われる。本誌は3年前の創刊当初から経産省前テントひろばと連携しているが、今号の表紙とグラビアは経産省前テントひろばで闘う人たちの姿を掲載した。

経産省前テントひろば共同代表の渕上太郎さん

経産省前テントひろば9月11日付けテント日誌より

多くの方々が見守る中での不当逮捕は、物理的に経産省前テントを撤去しても、強い意志で集まり続ける人々への〈国側の焦り〉が表出したとも理解できる。しかしながら、このような不当逮捕は断じて許されてはならず、当局は被逮捕者の一刻も早い身柄の解放と、不当逮捕に対する謝罪を明らかにするべきだ。官憲は言いがかりで市民を逮捕している暇があれば、国土やあまたの人々の生活を奪った東京電力幹部を即刻逮捕せよ!

◎[参考動画]脱原発テントひろば7年目→9・11経産省前へ!【後半・丸の内警察署まで】
三輪祐児さん2017年9月11日公開 ※不当逮捕に関する模様は動画22:30頃~

◆〈流浪の聖者〉くまさんによる脱原発川内テント・蓬莱塾レポート

現場からの報告はまだ続く。今号では脱原発の集会ではだれもが知る〈流浪の聖者〉「くまさん」こと須藤光郎さんに脱原発川内テント・蓬莱塾からの現地報告をいただいた。また、子どもたちを放射能から守る伊豆の会代表の安倍川てつ子さんからは2012年から続けている保養プロジェクトの歩みを寄稿いただいた。

大飯原発の地層の危うさを科学的に論証した田村八洲夫さん(大飯原発稼働差止訴訟団サポーター)の論考、来夏に満期をむかえる「日米原子力協定」の継続阻止をめぐる佐藤雅彦さんの論考は精緻かつ実証的な強力レポートだ。

◆本間龍さん、板坂剛さん、納谷正基さんの好評連載

全国的に「どの面下げて」と思わずにはいられない電力会社の広告の大々的な再登場を目にするが、今号も本間龍さんの連載「原発プロパガンダとは何か?」では電力会社のHPにおける原発PRの現状分析が紹介される。

板坂剛さんの「ある夏の体験」は板坂さんのこれまでの原稿の中で、突出して出色だと著者は感じた。

納谷正基さんの連載「反原発に向けた想いを次世代に継いでいきたい」、今回は「文科省は誰を守り、誰のために存在しているのか?」だ。過日、納谷さんとお会いした。ニコニコ笑顔を絶やさない趣味豊かな温厚な人格と、絶対に欺瞞や嘘を許さない、鋼鉄のような意思の同居した方だった。納谷さんの文章は語り言葉のようだ。だがいったん、その語り言葉が紙から飛び出して議論の場に躍り出ると納谷さんは熱の塊と化す。そんな人物像を想像しながらお読みいただくとさらに趣が深いだろう。

◆今年下半期の行動指針を示す再稼働阻止全国ネットワーク報告12本

再稼働阻止全国ネットワーク―夏~冬の焦点―東海第二、大飯、玄海、伊方四つの原発再稼働に反対する闘いが、柳田真さん、木原莊林さん、名出真一さん、佐々木慶子さん、鴨下祐也さん、清水寛さん、中道雅史さん、相沢一正さん、山田和秋さん、木村雅英さん、けしば誠一さん、天野惠一さんが各種報告を寄せてくださっている。

巻末には「よいしょ」ではない読者からのある意味厳しい投稿も掲載された。

発刊後3年、13号にして、『NO NUKES voice』はまだまだ、未完であるが、毎号着実に試行錯誤の中から「新しいなにか」を獲得できていると実感する。本誌の目指すものはさしあたり日本における脱原発ではあるが、その視線お先には世界からの原発・核兵器の廃絶も当然視野に入る。

まだまだ足りないところだらけではあるが、読者と共に「脱原発」に向け小さくとも、着実な歩みを続けていきたいと思う。仮にそれが身の丈を超えるものであっても──。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。
[写真=大宮浩平および本誌編集部]

9月15日発売『NO NUKES voice』13号【創刊3周年記念総力特集】多くの人たちと共に〈原発なき社会〉を求めて

『ガンを越え、めざせ地平線!!』(鹿砦社2001年)

久し振りにいい話です――。

ちょっと前、長年書類置き場兼倉庫にしていたマンションが建て替えられるということになり立ち退きました。その整理の際、すっかり失くなっていたと思っていたスクラップが出てきました。実際、12年前の「名誉毀損」に名を借りた出版弾圧での家宅捜索や、私不在の中での事務所撤去の際に失くなった資料類は数多あります。

スクラップの中に、『ガンを越え、めざせ地平線!!』の記事が出てきました。朝日新聞全国版はじめ多くのメディアに紹介していただき絶賛された本です。本も増刷を重ねました。「鹿砦社らしくない本ですね」などと冗談半分に揶揄されましたが、最も鹿砦社らしい本じゃないか(苦笑)。

著者はエミコ・シール(旧姓・阪口恵美子さん。2001年の記事では旧姓で表記)さん。もう15年余りの前のことで忘れていましたが、8月20日の朝日新聞を開いたら彼女の記事が目に止まりました。

記事を読めば、彼女も生死の境を乗り越え、ずいぶんと苦労されたようです。懐かしい! 生きてられたんだ。さらに挑戦されようとしています。

長いこと所在不明だったスクラップが出てきたのもなにかの因縁だろうか……。
(『ガンを越え、めざせ地平線!!』は品切れです。電子書籍など復刊を検討したいと思います。)

(松岡利康 鹿砦社代表)

朝日新聞2017年8月20日付け朝刊

朝日新聞2001年1月31日付け夕刊

愚直に直球 タブーなし!『紙の爆弾』9月号!さよなら安倍政権【保存版】不祥事まとめ25

多くの人たちと共に〈原発なき社会〉を求めて『NO NUKES voice』

 

 

 
ついに、本物の知性と勇気による本格的な「M君リンチ事件」への骨太の論評が発表された。8月10日発売の『救援』(救援連絡センター発行)http://kyuen.jp/紙上で、東京造形大学教授、前田朗氏が「反差別運動における暴力」を論じている。われわれ取材班は前田朗氏に書籍を送ってはいるが、直接に見解を伺おうと、尋ねたことはない。本論はあくまで前田氏が自身の発意によって執筆され発表されたものである。

◆〈知識人〉としてまっとうな前田朗氏の態度

鹿砦社より出版した『ヘイトと暴力の連鎖』『反差別と暴力の正体』『人権と暴力の深層』をお読みいただいたようで(取材班注:前田氏は以上3冊をまとめて「本書」と呼んでいる)、

「本書のモチーフは単純明快である。反差別の運動内部において暴力事件が発生した。反省と謝罪が必要であるにもかかわらず実行犯は反省していない。周辺の人物が事件の容認・隠蔽に加担している。被害者Mは孤独な闘いを強いられてきた。このような不正義を許してはならない」

「反差別と反ヘイトの思想と運動は差別にも暴力にも反対しなければならない」

「筆者は当時、事件関係者に知り合いはなく、事件発生を知らなかった。しかし、後にCの反ヘイト裁判支援のため裁判所に意見書を提出した。その後に事件があったようだと知った」

「SEALDs及びしばき隊とは、安保法制反対闘争の中で、運動方針の違いから対立する局面を体験してきた。筆者は救援連絡センターの運営委員であり、刑事司法に関する認識が異なるからだ」

「他方、筆者はのりこえねっとの共同代表の一人である。のりこえねっとには22人の共同代表がいる。そのうち辛淑玉、中沢けい、鈴木邦男、宇都宮健児の4人が本書の批判対象である。共同代表は一堂に会したことも、運動方針について全体で討論したこともない。反ヘイトのためのもっともゆるやかなネットワークであり、それぞれの立場で発言している」

「いずれにしろ暴力は許されない」

「特にCの反ヘイト裁判が焦点となる。Cをヘイト団体やネット右翼から守るために、本件を隠蔽するという判断は正しくない」

「Cが重要な反ヘイト裁判の闘いを懸命に続けていることは高く評価すべきだし、支援するべきだが、同時にC本件においてはCも非難に値する」

「反差別・反ヘイトの闘いと本件においてCを擁護することは矛盾する」

「しかし、仲間だからと言って暴力を容認することは、反差別・反ヘイト運動の自壊につながりかねない。本書が指摘するように、今からでも遅くない。背筋を正して事実と責任に向きあうべきである」

この上なく簡潔かつ的確にわれわれの取材意図を要約してくれている。ここまで書いてもらえば、取材班はなにも付け足すことはない。出版意図を正確に読み解いていただき、そして理解し自らの見解を公にしてくれた前田氏の〈知識人〉としてのまっとうな態度に、深い敬意を覚えるものである(もちろん公的な場面での意見表明はなさらずとも「本書」をお買い上げ頂いた方々、「M君」の裁判支援をして下さる方々へも、取材班は感謝の念に堪えない)。

前田朗氏の論評「反差別運動における暴力」(2017年8月10日付『救援』より)

 

 

 
◆他の「のりこえねっと」共同代表の人たちに願うこと

なぜならば、同評論の中で前田氏自身が述べている通り、前田氏は「のりこえねっと」の共同代表の一人であり、同評論でCと記載されている李信恵の裁判支援にもかかわっている方でもあるからだ。「救援」紙上に長く寄稿されている前田氏のことであるので、少々の圧力や嫌がらせに屈することはあり得ないが、取材班が大枠で「敵性認定」をするに至った「のりこえねっと」の共同代表でありながら、事実を正確に読み解き、真実に迫る判断を開示してくれた、前田氏の姿にこそ、腹を据えて持論を展開することのできる、真の言論人の矜持を見る。

前述したとおり、この論評は取材班が依頼したものではなく、前田氏が自発的に発表されたものである。その内容に取材班は深い敬意を禁じ得ないとともに、100%同意するわけでもないことを述べておく必要があろう。それは前田氏が正直に、

「本書が批判する野間易通、有田芳生、辛淑玉、中沢けい、上瀧浩子とは面識があり、いずれも敬愛する運動仲間である」

とまで前田氏の見解を明らかにしてくれている部分があるからだ。しかし、だからといってわれわれは前田氏に「認識不足だ。本書を読めば連中の悪行は明らかじゃないか」と、さらにわれわれの立場や、見解に同意するよう求めたりはしない。事実を一つづつ見ることの大切さと、「反差別裁判と、暴力事件を混同してはならない」との、きわめて重要な原則を前田氏は開陳しているのであり、その総論を度外視して、部分的な批判を展開することは、なんら積極的な議論を生まないと、われわれは考える。譲ってはならない、許してはならない。「暴力は許されない」という大前提に立脚すれば、前田氏の論はたとえ友好関係がどのようなものであれ、高く評価に値するのであり、「M君リンチ事件」には諸相が複雑に入りくんではいるが、根本は前田氏が提示する原則と問題点に収斂されるからである。

すでにご承知のように、われわれ取材班のひとり田所敏夫は、「のりこえねっと」共同代表で、この団体を起ち上げた辛淑玉氏と訣別し、決別状をこの「通信」、及び『反差別と暴力の正体』に掲載している。また、鹿砦社代表の松岡は、やはり「のりこえねっと」の共同代表・鈴木邦男氏と、本「通信」6月27日号で、実に30数年の関係を義絶している。それほどまでして取り組む「M君リンチ事件」について、前田氏は、われわれの本気度と、事件の反差別運動のみならず社会運動全般における悪しき影響を感じられたからこそ、本記事を書かれたものと推察する。前田氏以外の「のりこえねっと」共同代表の方々、また関係者が、前田氏の真摯な意見を真正面から受け止めていただくことを心より願うものだ。

可能な限り多くの人びとに前田氏の論評をお読みいただきたいと切に願う。そして最後に繰り返す。われわれ取材班は「差別」にも「暴力」にも反対の立場を崩したことはないと。

(鹿砦社特別取材班)

◎[参考記事]私はなぜ「カウンター」-「しばき隊」による大学院生リンチ事件の真相究明に関わり、被害者M君を支援するのか[松岡利康=鹿砦社代表]
 

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6月15日発売開始『NO NUKES voice』12号【特集】暗い時代の脱原発──知事抹殺、不当逮捕、共謀罪 ファシズムの足音が聞こえる!

◆繰り返される被曝事故と再稼働強行の最中で

6月6日、日本原子力研究開発機構(JAEA)「大洗研究開発センター」で核燃料の貯蔵容器を点検しようとしたところ、中にあった袋が破裂しプルトニウムを含む放射性物質の粉末が飛散し。作業員5人のうち4人が放射性物質を体内に取り込んで被曝。1人の肺からは2万2000ベクレルの放射性物質(プルトニウムと推測される)が検出される大事故が発生した。

2005年12月25日佐賀県主催のプルサーマル公開討論会で、東京大学工学系研究科システム創成学専攻教授の大橋弘忠(元東京電力社員)が「プルトニウムは飲んでも大丈夫」と発言していたが、それに対して京都大学原子炉実験所助教(当時)の小出裕章さんが、「毒物は取り入れ方により毒性が変わります。プルトニウムの場合怖いのは鼻から呼吸で吸入する場合です」と指摘したうえで、具体的な数字をあげ、肺がん発生のリスクを説明している。

この映像は今回の事故に遭われた作業員の方には、充分に配慮して知って頂く必要がある。肺の中に呼吸により吸い込んでしまった2万2000ベクレルのプルトニウムが意味するところを、私はこれ以上明確に書くことができない。

これに先立つ5月17日関西電力は高浜原発の4号機を再稼働、「プルトニウム拡散事故」と同日には高浜原発3号機を再稼動した。1機の原発あたり過酷事故が起こる可能性は「2万年に一回」と主張していた推進派の定説からすれば、54機の原発を抱えるこの国での過酷事故確率は1/20000を54回足した割合であるはずだが、その数字は完全に机上の空論であることが、数々の事故という事実で証明されてしまった。

原発の過酷事故は多くの人の生活を奪う。わかった。しかし、原発で過酷事故が起こらなくても、核関連施設で少しの「手順間違い」があっただけで、現場の人々は生命の危険にさらされる。これが核の高毒性を示す明快な証拠だ。

◆特集は「暗い時代の脱原発──知事抹殺、不当逮捕、共謀罪」

このように、またしても事故が繰り返されるなか、そして国会で「共謀罪」が強行採決されようとしている本日6月15日『NO NUKES voice』12号が発売となる。特集は「暗い時代の脱原発」だ。高浜原発再稼働の危機は、編集段階で視野に入っていたが、JAEAの事故など編集部が予想できるはずはない。特集では非常に厳しく冷徹な目前の現状を、多角的な視点から直視している。そこに希望はあるのか、打開策はあるのか。答えは本号をお読み頂き読者にご判断いただこう。

巻頭にご登場は、作家、編集者にして社会運動家でもある森まゆみさんだ。「私の《陣地戦》クロニクル」では、東京下町の魅力発掘から、日本中へ足を延ばし、さらには世界を広く「森まゆみ」の目から見てきたお話が繰り広げられる。シンプルにして実証的。そして現実に立脚した刺激に満ちている。

森まゆみさんが千駄木「記憶の蔵」で語る「私の《陣地戦》クロニクル」

 

 

  
◆泉田裕彦=前新潟県知事ロングインタビューと二人の元知事が語る対談「福島×新潟〈知事抹殺〉の真実」

森まゆみさんが、繰り出していただいた先制のジャブに連なるフックは前新潟県知事の泉田裕彦さんだ。新聞やテレビ画面の短い切り取りでは、決して伝わらない泉田さんの明晰さと穏やかなお人柄を余すところなくお伝えするインタビュー「日本はなぜ、事故検証と情報公開が徹底できないのか?」はもちろんだが、元福島県知事佐藤栄佐久さんとの対談「福島×新潟〈知事抹殺〉の真実」も極めて内容が濃密だ。短いセンテンスでは穏やかだが、総体で泉田さんの語ろうとしていることの真っ当でありながら、大胆な着眼点に読者は目を奪われるだろう。

本間龍さんの連載「原発プロパガンダとはなにか」、今号では「佐藤栄佐久知事と東電トラブル隠し」で元福島県知事佐藤さんを追い落とした広告戦略を解析する。

東電〈再稼働圧力〉を拒否し続けた泉田裕彦=前新潟県知事本誌独占インタビュー! 佐藤栄佐久=元福島県知事との公開対談「福島×新潟〈知事抹殺〉の真実」も同時掲載

◆「フェイクニュースでジャーナリズムは死んだのか?」(北村肇=『週刊金曜日』発行人)

次いで登場は『週刊金曜日』発行人の北村肇さんだ。左ストレートが炸裂する。論争盛んで右派からは叩かれることの多い『週刊金曜日』。多様な言論を目指し、異論を排さない点で鹿砦社や『NO NUKES voice』 と共通する方向性を持った雑誌発行にまつわる思想と、北村氏の現状認識に切り込んだインタビューは、闇の中に光のありかをさし示しているだろうか。

「フェイクニュースの時代は3.11を契機に到来した」(北村肇=『週刊金曜日』発行人)

 

 

  
◆山城博治さんに聞く、共謀罪を先取りする沖縄『見せしめ』弾圧

次いで浅野健一さんが不当長期勾留からようやく保釈された沖縄平和運動センター議長山城博治さんへのインタビューを中心に敵のパンチをかわし、クロスカウンターを見舞う。題して「保釈された沖縄の闘士、山城博治さんに聞く共謀罪を先取りする沖縄『見せしめ』弾圧」だ。本誌では10号でも逮捕前の山城さんへのインタビューを掲載したが、その後の弾圧について山城さんの厳しい指弾と警鐘を浅野さんが伝えている。

経産省前テント広場の三上治さんの「『いやな感じ』が増す日々の中で」と、本誌発行人、松岡利康の「ファシズムの足音が聞こえる」は、いずれも「もうあとがない」ロープを背にした体制からの起死回生を狙うアッパーカットだ。

時に怒り、時に踊る──山城博治=沖縄平和運動センター議長の抗い

◆原発社会を終わらせる──全編が全身全霊パンチの連打

後半戦は堅実なパンチを敵のボディーに集中する。山崎久隆さんの「朝鮮半島緊張と日米同盟 この道はいつか来た道 核施設を並べて戦争をするつもりか」、森山拓也さんの「改憲決定後も原発を拒否するトルコ・シノッブの人々」、中村順さんの「福島の土壌汚染を可視化する」、拙稿「4・27関電包囲全国集会と5・7高浜原発現地集会に参加して」、木村結さんは「反自連(原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟)がスタート」、納谷正基さんは「再考……『学校は、誰のために、何のために存在するのか?』着々と堅実なパンチで敵に反撃を浴びせ劣勢を挽回する。

ここで板坂剛さんが例によって変則パンチを試みる「Xジャンプが脱洗脳の合図に見える」は敵のあごにヒットするか?

日本ではほとんど報じられていないトルコ・シノッブでの反原発運動を気鋭のトルコ研究者、森山拓也さんが報告

 

 

  
脱原発・反原発は長期の闘いだが、『NO NUKES voice』 は毎号が勝負だ。判定などに持ち込めば負ける。KOしか狙わない。後半戦では秘策、書家の龍一郎さんに「希望の花―『黒檄展二〇一七』を終えて」でリングへ上がっていただく。日ごろ鹿砦社のロゴなどを手掛けている龍一郎さんは、知る人ぞ知る「ゲルニカ裁判」を闘った闘士でもあり、普段の優しい揮毫とは別人のように「非合法」スレスレのアンダーグラウンドパンチで敵の虚をつく。

伝説の書家、龍一郎さんによる「希望の花」と「黒檄展」

再び登場、松岡は「『季節』をめぐる奇妙な再会」で、『NO NUKES voice』発行後、何十年も通信がなかった人との再邂逅を紹介し、ゲリラ的連帯パンチを繰り出す。最後は全国からの運動報告で、ひとりひとりがメインイベンターになれるような有名どころが、入れ替わりリングに上がり、足を止めて敵に間隙を置かず小刻みなパンチを上下に散らしたところで、レフェリーが試合を止めた。

現実でわれわれは「勝利」できているとはいい難い。しかし本号にご登場、ご協力頂いたすべての方々のご尽力で『NO NUKES voice』12号は、言論においてはKO勝ちできたと編集部は振り返っている。決して慢心はせずに。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

6月15日発売開始『NO NUKES voice』12号【特集】暗い時代の脱原発──知事抹殺、不当逮捕、共謀罪 ファシズムの足音が聞こえる!

関電高浜原発ゲート前(2017年6月6日撮影=大宮浩平)

多くの人たちと共に〈原発なき社会〉を求めて『NO NUKES voice』

 

 

 
『人権と暴力の深層』が5月26日に発売されてから、様々な反応が寄せられている。丁寧な読後感を伝えてくださる方が多く内容も様々である。

多くの方から本編5「差別、M君リンチ事件について ある在日コリアンの受け止め方」が印象深かった、とのコメントを頂いている。簡単に割り切ることのできない心情を吐露してくださったAさんの言葉の中には「正義」、「反差別」と簡単な言葉とは裏腹な、実に複雑な心情が語られている。表層のみをとらえての議論や運動が目に付く、最近の世相の中では貴重な問題提起と受けとられているようだ。

取材班は「解題」で松岡が言及しているように「常識的」にこの問題に向き合おうと考えている。「常識的」は「原則的」と言い換えても良いだろう。「M君リンチ事件」から見えてきた運動体の暗部、深刻な病巣の実態を明らかにすることの意味は小さくないと取材班は認識する。それはあたかも、安倍政権中枢が抱える致命的な問題を、全身全霊で追求する大メディアがないように、「しばき隊」現象を冷静に、事実に基づき検証するメディアがこれまた見られないこととパラレルである。

◆「しばき隊」現象──「体制護持装置」として機能する病巣の中核

われわれには政権を倒すだけの力量はない。しかし、本質的にこの体制に異議を唱えるひとびと、疑問を投げかけるひとびとを「排除」して、中途半端な意見しか持ち合わせない「著名人」や「知識人」と「称される」人間を担ぎ、繰り返し演じられる「反対運動」モドキ。これこそが21世紀型ファシズムの真骨頂であると認識している。

彼らは口で唱える「反対」とは真逆に、「体制護持装置」として一貫して機能している。そこに、われわれは病巣の中核を見るのだ。そして、それゆえ彼らはネット上で実に頻繁に嘘をまき散らす。ありもしない出来事、誰も発言していない、書き込んでいないメッセージ。相当昔に異なる文脈で使われた言葉を恣意的につなぎ合わせ、あたかも問題が「実存」しているかのようなメッセージの羅列を捏造し、意見の異なるひとびとを攻撃する。

◆撤回も修正もされないまま残る辛淑玉の虚偽文章

もっとも悪質な例を一つ上げよう。辛淑玉は「M君リンチ事件」に対して、関係者複数名に「手紙」を送っている。その内容は至極まっとうなものだ。しかしながら辛は2016年9月10日、自身のフェイスブックに「手紙」の内容を全面的に翻す内容の文章を掲載した。この文章に対して、取材班の田所敏夫は『ヘイトと暴力の連鎖』の中で「辛淑玉さんへの決別状」と題した辛の当該文章の悪質さを指摘する原稿を寄せているが、あろうことか現在に至るも、辛の虚偽文章は撤回も修正もされずに掲載されたままになっている。

辛淑玉の2016年9月10日付フェイスブックより

辛淑玉の2016年9月10日付フェイスブック

虚偽にあふれた文章の中で、とりわけ法律的にも許すことのできない全くの嘘を辛は、以下のように記している(太字は取材班)。

「多くの方は、加害者側は反省も謝罪もしていないと考えているようですが、裁判所が勧めた和解を被害者が拒絶して告訴した結果、刑事事件となりました」

 

 

詳細は『ヘイトと暴力の連鎖』をご覧いただきたいが、太字部分は完全な嘘である。「裁判所が和解を勧めた」事実などどこにもない。

◆M君事件で軽挙妄動を繰り返す香山リカ

そしてこの書き込みにメッセージを寄せているのが香山リカである。少々長いが香山の身勝手さを理解していただくために全文を引用する(太字は取材班)。

香山リカです。ずっとアカウントだけ作って放置してましたが、この文章を読んでやむにやまれずコメントします。この問題、私は登場人物として名前があがる方々もほとんど知らず、もちろん何が起きたかなど知るわけもないのですが、いつのまにか私にまで「おまえも知っているはずだ」「この事件について沈黙しているのは共犯者と同じ」「しばき隊として連帯責任を取るべきだ」などとツイッターでリプライが寄せられるようになりました。もちろん、リプライを送る人たちも、私がこの件にはまったく関係していないのは知っていながら、反差別の声を上げる人(彼らの言い方だと”しばき隊界隈”)、そしてオンナの発言者をたたく格好の材料として、この件を使っているだけなのでしょう。つまり、加害者や辛さんのような関係者とされる方のみならず、被害者の方までが、反差別活動たたき、女性たたきをしたくてしたくてたまらない人たちに“利用”されてしまっているのです。そのことに私は本当に怒りを覚えます。彼らに、こうして辛さんが誠実に書いてくださっている言葉がどれだけ届くか。彼らが、「なるほど。ネットに出回っている辛さんの手紙の真相はこうだったのか」と受け入れ、マイノリティや反差別活動をする人たちへたぎらせる憎しみを少しでも小さくすることができるのか。そうであってほしいと私は一縷の望みを捨てずにはいますが、残念ながら大きな期待はできません。ただ、これ以上、直接、この問題にかかわった人たちが傷を深めることがないよう、心から祈っています。うまくまとまらないコメントですが、いたたまれなくなってつい書きました。(2016年9月10日 23:08)

辛淑玉の2016年9月10日付フェイスブックより

香山は「もちろん何が起きたかなど知るわけもないのですが」、「被害者の方までが、反差別活動たたき、女性たたきをしたくてしたくてたまらない人たちに“利用”されてしまっているのです」と断定している。大学教員、研究者、精神科医にとって「知らない」事実を「断定的」に解釈するのは問題がないのか。「知らない」のであれば、まず事実を「知って」あるいは少なくとも「知ろうとする努力をして」から発言すべきではないか。

辛の虚偽文章に連なる香山のコメントは相乗効果で、「M君リンチ事件」への知識のない人には、まったく誤った情報と印象を与える。こういった軽挙妄動を繰り返すので『人権と暴力の深層』では香山にも「軽く」触れた。

◆『人権と暴力の深層』発売前から条件反射のように反応する香山リカ

しかし、香山の反応は登場人物の中でも飛びぬけていたといえよう。なんせ発売1週間も前から反応を始めている。この時点で香山は自身が取り上げられていることは知らなかったのだろう。

香山リカのツイッターより

香山リカのツイッターより

香山リカのツイッターより

香山リカのツイッターより

 

 

と、気になって気になって仕方がない内面を自白している(繰り返すが「取材班の中には医師ではないものの臨床心理学をかなり学んだ者がいる」)。

5月26日、『人権と暴力の深層』が発売され、同日M君が野間易通を訴えた裁判で勝訴する。これまで香山に取材依頼を重ねて依頼しながら無視され、まったく異なる場所で虚偽を発信された経験のある取材班は「香山は内容ではなく周辺のどうでもよいことに言及してくるだろう」と予想していた。すると、

香山リカのツイッターより

と、期待にたがわぬ好反応を見せてくれた。ハッシュタグが「ネトウヨの日本語離れ」となっている点にも注目していただきたい。さらに暴走は止まらない。判決翌日にまたしてもM君の実名を書き込んだ野間のツイートに香山は、

香山リカのツイッターより

と反応する。その後もあれこれ香山は、鹿砦社や『人権と暴力の深層』を気にしているようである。香山は質問されていることには答えないのに、ありもしないことを断定的に言い切る性癖がある。これはネットを主たる武器に、異論者を排除するときに「しばき隊」の用いるオーソドックスな手法である。こうした破廉恥な行為が「常識」をわきまえた人からは忌避され、軽蔑される。

あくまで「常識的」に振舞おう!と呼びかけた松岡とわれわれの意図は、香山のような卑怯(学者としては卑怯では済まないのではないか)な手段に手を染めることなく、堂々と議論しようとの呼びかけでもある。

(鹿砦社特別取材班)

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このブログは、マスコミ志望者が多く見ているようだ。その前提で、旅行記を少し展開しよう。少しでも参考になれば幸いだ。伊豆の熱川にある「熱川バナナワニ園」に行ってきた。おもえばこのテーマパークは、ワニと熱帯林を売り物にしていたが、小学館「マミィ」という母親向け月刊誌を作っていたときに、このテーマパークの売りが、「小学生でも乗れるオオオニバス、つまりでかい蓮だと書いた。このときに、自分は、蓮に乗る少年の写真をここから借りたはずだ。あれから24年がたち、伊豆の現地にて蓮やワニや、熱帯林を見てみると、「時間がたったのだなあ」と感慨にひたることができる。

まったく脈略がないが、いまは東南アジアへの移住がブームだという。年金が月に10万円しかもらえない。ならば、物価が3分の1か4分の1の台湾やタイ、もしくはベトナムやカンボジアなどで老後を暮らそう。そう考える人たちがもはや年間20万人を突破する時代となった。

 

 

ゴールデンウィークに入る直前、4月29日の「熱川バナナワニ園」は、家族連れが多く、ワニや熱帯のバナナを見にくる家族でごった返していた。

伊豆といえば、「伊豆の踊子」という川端康成の小説が有名だが、これは川端が本当に旅一座の女と出会った体験がもとになっている。最近はファンタジーノベルだの、ライトノベルだの頭の中で作ったような小説ばかりが書店にならんでいるが「実体験」に勝るものはない。

つまり、旅は「出かけた者勝ち」であり、伊豆であろうとタイだろうと、イギリスであろうとバングラディシュだろうと「見てきた人」が書いたものに勝るものはないのだ。

『原稿執筆入門』(竹俣一雄著)にはこう書いてある。1976年の本なので、表現がやや古い。

「ルポルタージュとは、報告文のことである。英語でいえば『レポート』または『リポート』、最近では『ルポ』と略されている。おまけに仏英チャンポンの「ルポライター」などという職業名が市民権を得ているようだ。この新しい職業名をもつ人たちの仕事の内容を考えてみると、べつに新しいものは何もない。「記者(新聞や放送などの)が書くものは、すべてルポルタージュである」といってもさしつかえはない。要するに、読者の代表として、かわりに見て(聞いて)くる報告である。ただ、新聞記者の場合、記者は読者の目となり、耳となるのだが、新聞社という機構の一部で、その代理者でもある。それに、新聞という媒体の特性が、制約を加える。ルポライターは、原則としてフリーランスである。新聞に原稿を載せるような場合、規制も若干ゆるい。最近の流行語?個性的?を売りものにすることができる。実際は、媒体側はその体質に合うライターを選択して書かせるので、それほどかけ離れた?個性的?なものを採用するわけでないが…。それでも、個性的であることは、やはり必要とされている。』(11章 ルポルタージュの心得)

話を「マミィ」の時代に戻す。その場合は、どうしても小学生の子供を持つ視座が必要だったので、「オオオニバスに子供がのれる」という事実を全面に出した。だが、実際に目にした『熱川バナナワニ園』の迫力は、寝ているのか死んでいるのかわからないまま集団で固まるワニたちと、生命力に満ち満ちている青いバナナの一連だ。

『原稿執筆入門』の竹俣氏は続ける。以下のポイントがルポをする上で重要だというのだ。

 

〈1〉 まず、虚心に見る。意識しないで見ているつもりでも、先入観が働いていることが多い。つとめて自分を出さないようにする。

〈2〉 自分の行動のすべてが、読者の興味になっていることを忘れてはならない。現場に臨んでからが勝負ではない。書こうと決心したときから勝負は始まっている。

〈3〉 読者の代理人であることを忘れはならない。専門的なことは専門家に聞きだすこと。(取材、文献、史料、資料を調べるなど怠ってはならない)

〈4〉 対象を反対側からも見てみる。一方から見たら、右や左、反対側に回ってみる。そして、書く立場を選択、決定する。通りいっぺんの観察だと見逃す点が多い。

〈5〉 周辺の状況を軽視してはならない。状況を描くことで対象が浮かびあがる。服装だけでも、どんな人間なのかその性格まで描くことができる。

〈6〉 想像力を働かせる。現場にいない(反対の立場)人の心理を推理すること。温かい思いやりを忘れては、けして完全なものはできない。

〈7〉 自分の意見、解釈は、前面に出さない。

僕としては、過去に表現と解説を逃げた「熱川バナナワニ園」の解説がまた巡ってきた。かつてと同じように、僕は熱帯性植物を語るすべをもたないが、ルポルタージュの基本に立ち返り、ふたたび表現をみつけたときにまたおもしろい植物を紹介しよう。

▼ハイセーヤスダ(編集者&ライター/NEWSIDER Tokyo)
テレビ製作会社、編集プロダクション、出版社勤務を経て、現在に至る。週刊誌のデータマン、コンテンツ制作、書籍企画立案&編集&執筆、著述業、漫画原作、官能小説、AV寸評、広告製作(コピーライティング含む)とマルチに活躍。座右の銘は「思いたったが吉日」。

一水会代表 木村三浩=編著『スゴイぞ!プーチン 一日も早く日露平和条約の締結を!』

 

 

 

本日発売!『人権と暴力の深層』カウンター内大学院生リンチ事件真相究明、偽善者との闘い(紙の爆弾2017年6月号増刊)694円+税 ※本広告クリックでamazonへ繋がります。

きょう『人権と暴力の深層』が発売される。そして13時10分から大阪地裁809号法廷では、「M君」が野間易通に、繰り返し本名や在籍する大学名を明かされただけでなく、侮蔑的な書き込みが行われたことに対する名誉毀損、プライバシー侵害による損害賠償を提起した裁判の判決が言い渡される。われわれの「しばき隊」との闘いはこの日を期してさらに一段レベルアップする。

「M君」が野間を訴えた裁判の判決内容は、今のところ裁判官が知るのみだ。しかし、過去に同じような争いで野間は敗訴しているので、「判例主義」の裁判所ではよほどのことがない限りに野間の罪が見逃されることはないであろう(裁判は水物なので、あくまでも推測だが)。

誰の要請かはわからないものの、常に公安警察が傍聴席に座っていた。「何らかの不測の事態が起きる可能性がある」──大阪地裁が、本件訴訟を扱うにあたり表明した偽らざる本音である。

◆「正義」を連発する野間易通

さて、被告の野間であるが、自分で書いたとは信じがたい書面を次々に提出してきた。そして鬱陶しくなるほど目に飛びこんでくる「正義」という単語。われわれから見ていれば、野間にとってもっとも距離が遠いはずの言葉は、「親愛」、「赦し」、「利他」、「正義」「融和」などだが、その中でも野間は準備書面の中で「正義」を連発している。

ネット依存症にして、社会運動乗っ取りへの類まれなる才能を持った野間易通。現実世界では卑屈にしか振舞えないくせに、ネットに入ると人格が急変する。このような傾向の人間は、最近もあちこちで見かけるが、きょうはあくまで現実社会で野間が行ってきた行為への判断が裁判所から下される。

◆巻頭グラビアには「有名人」が続々と登場

そこで、である。取材班はあるいはこういった、偶然の巡り合わせもあろうかと、野間の本性を『人権と暴力の深層』で読者にわかりやすくグラビアで紹介している。

しかも、至近距離からのショット多数だ。

先日香山リカを「捕捉」したことをお伝えしたが、取材班が巻頭のグラビアで読者に提供するのは、香山、野間ばかりではない。有田芳生参議院議員、安田浩一、伊藤大介……。まだまだ「有名人」が続々と登場する。そして読者は驚かれるであろう。彼らの姿と、言葉から発せられる「腐臭」に対して。

『人権と暴力の深層』は、『ヘイトと暴力の連鎖』、『反差別と暴力の正体』を凌駕する。同じ取材班が保証するのだから間違いない。読者の皆さんはまずグラビアを目にしたら、その意味をお分かりいただけるだろう。

◆香山リカ、あなたはすでに『人権と暴力の深層』を読んだのか?

ところで、「目立ちたがり」の香山が、本コラムで取り上げられたことに自身のツイッターで反応をしている。

2017年5月22日の香山リカツイッターより

 

 

こういった「揶揄」は表現の自由の範囲で許容されるものであろうが、まだ発売されていない書籍を「鹿砦社のデマ本の取材班に」との断定はあまりにも乱暴すぎないか、香山。あなたはすでに『人権と暴力の深層』を読んだのか? 「デマ本」? 明らかに名誉毀損に該当するぞ。

またこんな書き込みもある。

2017年5月22日の香山リカツイッターより

笑わせてくれるのはいつものことだが、ちょっと残念な情報を香山には伝えてやろう。香山の写真やインタビューは確かに掲載している(あ、だから「デマ本」なのか?)が、それはあくまでも、付録的なものであり、中心ではない。香山には不満かもしれないが香山などは中心に据える価値もない。温情で少し取り上げてやっただけのことだ。本書の核はもっと深いところにある。にもかかわらず上記のごとき罵声を浴びせる。香山は本当に品位がない。でも取材班は香山と違い、香山の更生を「祈らない」。なぜか? 無駄だからだ。

「私怨」で作られた本か、そうでないかは皆さんにお読み頂ければ、瞬時に明らかになる。香山よ、言葉使いに気をつけろ。あなたは一応、大学教員だ。

(鹿砦社特別取材班)

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