鹿砦社代表 松岡利康
既報のように、浅野健一さんが企図した辻井彩子・著『石ころの慟哭 山上徹也・奈良地裁裁判の私記』(あけび書房・刊)に対する出版差し止め(浅野さんの仮処分申請書では「出版禁止」)仮処分申し立てが破綻いたしました。これについて、このかん私見を述べて来た身として、私なりの「総括」を行っておきたいと思います。

〈1〉簡単な経緯
去る4月3日、普段はあまり見ない浅野さんのFacebook(以下FBと略記)を偶然見て、浅野さんがあけび書房刊行の書籍に対し出版差し止め仮処分を行うということを知り仰天し、翌々日の4月5日の私のFBでこのことについて私見を述べました。このこと、つまり「出版差し止め仮処分」という言葉に目が留まり驚いたのは、おそらく私ぐらいでしょう。この理由は後述します。
そうして、私事になりますが、4月13日に同居する高齢の母親が急逝し、同18日に葬儀、精神的にも混乱し葬儀の準備に追われていた中、浅野さんが意気揚々と東京地裁に出版差し止めの仮処分を申し立てたのは4月16日のことでした。浅野さんは狂喜乱舞し仮処分申請書のコピーをメディア関係者らに配布したり、まだ差し止めが認容されたわけでもないのに出版取次会社に販売を止めるように伝えたり(まさに出版妨害!)大騒ぎされました。私にとっては私的にも大変な時期でしたが、出版差し止め仮処分という大事な問題ですので、そうした中にあっても私見を書き続けて来ました。
外部ウォッチャーとしては、いつ裁判所から債務者(あけび書房と著者・辻井彩子さん)に特別送達が届き、審尋(しんじん)と称する意見聴取の呼び出しがあるのかと心待ちにしていました。ところが待てど暮らせど届きませんでした。出版差し止め仮処分とは、〈強度の緊急性〉と〈高度の違法性〉がある時に申し立て、ほぼ一度の審尋にて認容するのか却下するのかが決定いたします。
おそらく何度も出版差し止めを受けた出版社は他にはないと察しますが、5度も出版差し止めを受けた私(正確に言えば、私が経営する鹿砦社)の経験からして、審尋から決定までの日にちは短かったですし、即日決定したこともありました。もし仮処分で差し止めが決定されたら、今度は本訴に行きます。今回も、順当に行けばそうなると思っていました。これは何としても、多くの皆様に出版差し止め仮処分の危険性を訴えご理解いただき阻止しないといけません。仮処分には罰則はありませんから、そのまま販売しておくことも可能ですが、そうすると本訴になって不利になり書店さんのイメージも悪化するので、ほとんどの場合、販売を取り止めることになります。
浅野さんが6月27日にみずからのFBに短く「仮処分申し立ては本の販売が始まったため取下げ」と記載されたことに気づき申し立てを取下げたことを知り私のFBに「緊急NEWS!」として書き込みました。このことに当事者のあけび書房・岡林社長も驚き、翌日裁判所に確認することになります。また、私の「緊急NEWS!」を浅野さんに“進言”(これを普通は「チクる」と言います)した者がいたことで、浅野さんは翌日長い弁解記事を書き連ねることになります。
これによれば、4月16日(木)午後5時前に代理人(山下幸夫弁護士)が東京地裁に申請書を提出、土日を挟んで週明け20日(月)に、東京地裁から代理人に電話があり、取下げを勧められたということです。具体的な取下げ期日は判りませんが、取下げたことは、浅野さん本人が認め、また前記したように債務者(民事訴訟の被告と同義)とされた当事者のあけび書房・岡林信一社長が直に東京地裁に電話を入れ確認したので事実です。4月16日に意気揚々と仮処分申請書を東京地裁に提出しながらも、出鼻を挫く体のいい“門前払い”といえるでしょう。
それにしても浅野さんは、あれだけ大騒ぎして申し立てた出版差し止め仮処分が、裁判所に門前払いされ取下げをやむなくされたことを黙って(秘匿して)いたのでしょうか? 不満なら裁判所の「不当性」を訴えたらいいでしょう。裁判所の勧告を受け入れるのであれば、それならそうとみなさんに表明したらいいだけのことです。みなさん、浅野さんに与する人もそうでない人も浅野さんの言動を注目しているわけですから、事実をそのまま報告すべきでしょう。浅野さんのプライドとしてバツが悪かったのかもしれません。
しかし、多くの人たちを巻き込み、特に辻井さんに対しては精神を壊す直前まで強く誹謗中傷、罵倒を続けたことを真摯に反省すべきで、今からでも辻井さんに謝罪すべきでしょう。そうではないですか? 私の言っていることは間違っていますか?
浅野さんは「ジャーナリスト」である前に、人権意識を持った一人の人間であってほしいと願います。
〈2〉出版差し止め仮処分申し立ての危険性 ── 私の経験から思い返す
浅野さんは、大騒ぎして出した仮処分申請書を取下げた理由を「本の販売が始まったため」と仰っています。私の会社・鹿砦社は5度出版差し止めをなされていますが、内4度は販売が始まってからでしたので、理由になりません。まことしやかな虚偽発言です。この中には、初版2万部が品切れ状態になり増刷を準備し追加注文が1万部余り溜まっていたところ出版差し止め仮処分が決定したことで、泣く泣く増刷を取り止めた次第です。このまま増刷を強行し販売しても罰則はないのでできないことはありませんでしたが、「仮」の処分と雖も、裁判所の決定ですので、無視していると本訴になって不利になるので増刷も販売も取り止めました。
その後、4度差し止めを食らったのですが、だんだん裁判所の審理は速くなり、翌日、即日決定になって行きました。裁判所が、申立人(債権者)が煽り立てるので、「高度の違法性」「強度の緊急性」があるものと認識(誤認)し、差し止めを決定されました。つくづくこの国には「言論・出版の自由」がないことを実感しました。5度目の差し止めは、パチスロ大手「アルゼ」(現ユニバーサルエンターテインメント)からのもので、差し止めに続き損害賠償請求3億円(一審300万円、控訴審で倍額の600万円の判決、不当と最高裁に上告しつつも棄却で確定)の本訴と、刑事訴追を受け逮捕→192日の勾留→懲役1年2月の有罪判決(執行猶予4年)が確定、さらには相手方は執行猶予に不満で実刑を求め再告訴までされました(これは不起訴。思い起こせば、私の逮捕事件を指揮した大坪弘道元神戸地検特別刑事部長の厚労省郵便不正証拠隠滅事件に関連し神戸地検が最高検に家宅捜索されるという前代未聞の事態が起き、こうした中で、さすがに私を起訴するわけにもいかなかったのかもしれません)。
このように、出版差し止め仮処分は、実に怖いもので、問題のある制度です。考えようによっては、2年、3年と、日にちをかけて審理する本訴以上に危険な制度と言わざるをえません。だから私は、4月3日のFBで浅野さんが出版差し止め仮処分を申し立てるというので、慌てふためき抗議の声を挙げたのでした。普通の民事訴訟なら声を挙げることもなかったでしょう。私は浅野さんに対する私怨を募らせて声を挙げたわけでは決してありません。このかん浅野さんは、あけび書房・岡林社長、著者の辻井彩子さん、帯を書かれた鈴木エイトさん、私同様疑問を持たれ発言を続けられている黒薮哲哉さんと共に、浅野さんを陥れるために「5人組」を結成し、私が「主犯」であるかのように述べられていますが、ここまで妄想も膨らむと冗談ではすみません。
特に、当該書籍の著者・辻井彩子さんは、プロの作家でもなく、地元で起きた事件で宗教三世のみずからの身と心情を重ね合わせ関心を寄せ、いても立ってもおれない心情を「私記」として書き連ねましたが、彼女に対する浅野さんによる誹謗中傷、ネットリンチ攻撃は凄まじく、精神的にかなり追い詰められるところまで来ています。本の評価以前に、人間として、これはやっていけないことです。
〈3〉本件の教訓として
本件は、裁判所が最後の「良心」を発揮して出版差し止め仮処分申請を取下げるよう勧めたため大事にはなりませんでした。万が一、浅野さんの企図に裁判所が従い、『石ころの慟哭』の出版差し止めが認容されていたら、のちのち言論・出版活動にとって、悪い影響を与えたでしょうし、ちょっとしたことで気に食わない出版物の販売を差し止める(禁止する)ことが可能になるという悪弊を残すことになったでしょう。
心ある出版に関わる人たち、浅野さんや代理人の山下幸夫弁護士、浅野本の発行元「三一書房」の代理人としてあけび書房とやり取りされ、浅野さんに代理人を依頼されたという大口昭彦弁護士らが関わる「救援連絡センター」の方々、そして心ある多くの方々に、今回の問題を深刻に受け止め、軽々に司法権力の手を借りて言論・出版を差し止めるなどということを考えるべきではない、と強く訴えておきたいと思います。
それにしても、伝説の出版社・三一書房や救援連絡センターの方々や浅野さんの周囲の方々に、「出版差し止め仮処分などバカなことはやめよ」と諫める人はいなかったのでしょうか?
特に、救援連絡センターについては、私もその活動を支持し、こういうことがあっても、月刊『紙の爆弾』には変わらずセンター代表の足立昌勝先生の寄稿を続けています。だからこそ、この問題を、単に浅野さんとこれに追随する人たちの私的な個別問題とするのではなく、センターに関わる一人ひとりの問題として深刻に受け止めていただきたいと強く願っています。
さらには、私が学生時代にかなりの数の本を読み込み思想形成の源になったと言っていい三一書房の方々も、辻井さんが浅野さんの著書を受け取りお礼兼ねて長い手紙を一所懸命に書いて送った時も無視し(この時、きちんと誠実に対応しておれば、問題の泥沼化は防げたかもしれないと思っています)、このかんのあけび書房とのやり取りにも、なにか違和感があります。伝説の出版社らしく、ダメなことはダメと浅野さんを諫めないと。少なくとも浅野さんが辻井さんに長きに渡りやっている異常な誹謗中傷、ネットリンチ攻撃は、誰が見てもやってはいけないことであり、版元だからと無視していてはいけないでしょう。三一の対応には、いささかガッカリです。
浅野さんによる出版差し止め仮処分申し立ての取下げを勧めた裁判所の意図は判りませんが、さすがに憲法21条に謳われた言論・出版の自由、表現の自由に抵触しかねないこと、出版差し止め仮処分申し立てに悪意が感じられたことなどがあるものと私なりに推察しています。
それなりに長い付き合いがあった浅野さんも、仮処分の企図が破綻したとはいえ、まだまだあけび書房と著者・辻井さんに対する「著作権侵害」についての本訴に執念を燃やし、さらに加え、鈴木エイトさん、黒薮哲哉さん、そして私の「5人組」(浅野言)に対する民事訴訟や刑事告訴も準備されているとの由、まさに訴権の濫用で「老醜を晒すようなバカなことはやめなさい!」と、あらためて諫めます。
このたびの出版差し止め仮処分は破綻しましたが、これで浅野さんの“一人芝居”は終わるのか? それとも続くのか? ── 今回の問題の要因の一つにもなっている雑で不十分な原稿を編集者に送りつけるという態度を改め、しっかりした完全原稿を版元や編集者に届けるという、ジャーナリストや物書きとして最低限のルールや道義を遵守することから始めたら何も問題は生じなかったわけですから、まずはこうしたことから改めるべきではないでしょうか。
それから、自分の意に沿わない人には、人ひとりの人権などお構いなしに続けているファナティックな誹謗中傷、ネットリンチ攻撃を真摯に反省し、攻撃の対象になり精神的に追い詰められた辻井彩子さんに心から謝罪されるべきですし、浅野さんに強く求めます。
ひとまず、浅野さんによる出版差し止め仮処分問題は、裁判所の勧めにより、やむなく浅野さん自身がこれを取下げたことで幕が降りましたので、以上の記述をもって、この問題について私なりの「総括」といたします。
浅野さんの言質によれば、あけび書房刊『石ころの慟哭』に対する「著作権侵害」訴訟(本訴)は続くとのこと、さらには別途「5人組」に対する法的措置もご準備ということですので、“浅野一人芝居”の第二幕が開くかもしれません。私としては「バカなことはやめなさい」と諫め続けるしかありませんが、大口弁護士や足立先生ら、浅野さん周囲の心ある方々にも、軽々に司法権力の力を借りるべきではないと浅野さんを諫めていただくよう強く要望いたします。
とはいえ、出版差し止め仮処分問題は終わったとはいえ、私も乗り掛かった船、“浅野一人芝居”の行く末をしかと見続けていく所存です。
最後に、これをお読みの皆様、私の言っていることが間違っているかどうか、忌憚のないご意見などいただければ幸いです。
(2026年7月8日、安倍晋三元首相銃撃事件4年の日に記す)













