◆一般人の非英雄的反体制的言論活動

昔も今も、人間が考えたりやることは同じなのだなぁ……。あらためてそう思わされたのが、高井ホアン著「戦前不敬発言大全」(合同会社パブリブ刊・2019年)である。

国民を監視して弾圧し続けた特高警察(特別高等警察)による「特高月報」に掲載されている、一般市民による天皇批判や反戦的言動の記録をまとめた本だ。

日中全面戦争が始まった1937(昭和12)年から太平洋戦争末期の1944(昭和19)年まで、つまり戦前というよりは戦中の庶民のホンネがのぞける。

本書の帯には、「天皇の批判を投書や怪文書でコッソリ表明……犠牲を顧みる一般市民の非英雄的反体制的言論活動」とあるように、一般人の不敬表現や反戦表現をチェックした記録だ。

特高による監視弾圧活動は、たとえば共産党や宗教団体や労働運動にかかわる人に関しては、ある程度記録され、書籍等にもなっている。

ところが、組織とのかかわりが不明か、あるいは無関係の一般人・普通人の言動が記録されているのは珍しい。

◆戦中の“匿名掲示板”を見る思い

どんな言論表現活動かというと……。

「早く米国の基地にしてほしい」
「天皇陛下はユダヤ財閥の傀儡だぞ」
「実力のある者をドシドシ天皇にすべきだ」

などというありさまだ。なんだか今はやりの謀略論的な内容も記載されている。もう少し見てみよう。

《五月二十三日大阪市南区鰻谷中之町(心斎橋筋)の公衆便所内壁窓横手に鉛筆を以て「戦争反対」「天皇ヲ殺セ」と落書きしあるを発見す(捜査中)》特高月報 昭和13年5月号

あまりにストレートな表現だ。

《昭和15年12月 大阪市東成区北生野町一ノ五六 浜野三五郎(36)(中略)「何んだ天皇陛下も我々も一緒じゃないか機関銃でパチパチやってしまえ」と不敬言辞を弄す。(二月十九日不敬罪として検事局へ送致》(特高月報 昭和16年2月号)

住所氏名年齢などが記載されて送致されたりしている事件も記載されているが、匿名の落書きもまた多い。

《五月十三日南海鉄道高野線北野田駅構内便所に鉛筆にて「生めよ殖やせよ陛下のように 下手な鉄砲数打ちゃあたる」と落書きしあるを発見す。(大阪府)(捜査中)》(特高月報 昭和16年5月号)

ちなみに本書は第1巻であり、第2巻『戦前反戦発言大全』と合わせ1184ページに約1000の発言が収録されている。

全般を通してみると、まるで巨大掲示板のようだ。あるいは、ツイッター、フェイスブック、匿名ユーチューバーを彷彿させるところもあり、遠い昔のこととは思えない。

およそ80年前の庶民と現代に生きるわれわれとの時間の隔たりが感じられず、つい最近の出来事のかのような錯覚にさえ陥る。

高井ホアンさんの著書『戦前不敬発言大全』(左)と『戦前反戦発言大全』(右)(共にパブリブ刊)

◆希望と絶望が同時に

現在でも、政権批判やマスコミ批判、御用文化人などを揶揄したり、SNSが普及したことによってさまざまな試みが見られる。

かつても、素朴な怒りや疑問を表現した膨大な人々がいる。本書のページをめくっていくと、人々の息遣いや温かみすら感じてくる。

ひどい時代でも、まっとうで反骨心ある人々が少なからずいたことに希望を持てる。しかし彼らは組織化されず、その言論は広がることはなかった。

では、現在のSNSの言論表現はどうだろうか。何かを生み出すことはできているだろうか。もちろん、戦前戦中に比べれば直接的な弾圧法規は激減しているし、インターネットの発達により量的拡大はしているが……。

本書に描かれた戦中巨大掲示板を知ることで、現在とこれからの社会をどう考えればいいのだろう?

高井ホアンさん

◆25歳で本書を著わした高井ホアンとは?

著者の経歴を知って驚いた。

高井ホアンは1994年生まれの27歳。本書を世に出したのは、まだ25歳だった。

著者プロフィールによれば、日本人とパラグアイ人とのハーフで、「小学校時代より『社会』『歴史』科目しか取り柄のない非国民ハーフとして育つ」とある。

彼がどのような思いで本書を執筆し、SNS全盛の現代をどうとらえているのだろうか。本人を招いて講演会を企画した。

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◎第139回草の実アカデミー◎
2021年9月18日(土)
「消されなかった戦中の“匿名掲示板”から今を考える」
講師:高井ホアン氏(作家・ライター)
日時:9月18日(土)
13時30分開場、14時開始、16時30分終了
場所:雑司ヶ谷地域文化創造館 第3会議室
https://www.mapion.co.jp/m2/35.71971291,139.71364947,16/poi=21330448165
交通:JR目白駅徒歩10分、東京メトロ副都心線「雑司ヶ谷駅」2番出口直結
資料代:500円
主催:草の実アカデミー
【申し込み】(定員18名)
フルネームと「9月18日参加」と書いて下記のメールアドレスに送信してください。
kusanomi@notnet.jp

★★★感染防止対策にご協力を★★★
・受付の名簿に必要事項をお書きください。
・会場入りの際は手洗いかアルコール消毒をお願いします。
・会場内ではマスク着用をお願いします。
・暑くても窓を開けて換気をするのでご了承ください。

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▼林 克明(はやし まさあき)
ジャーナリスト。チェチェン戦争のルポ『カフカスの小さな国』で第3回小学館ノンフィクション賞優秀賞、『ジャーナリストの誕生』で第9回週刊金曜日ルポルタージュ大賞受賞。最近は労働問題、国賠訴訟、新党結成の動きなどを取材している。『秘密保護法 社会はどう変わるのか』(共著、集英社新書)、『ブラック大学早稲田』(同時代社)、『トヨタの闇』(共著、ちくま文庫)、写真集『チェチェン 屈せざる人々』(岩波書店)、『不当逮捕─築地警察交通取締りの罠」(同時代社)ほか。林克明twitter

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◆静かに、重くのしかかるメンタリストDaiGoのホームレス蔑視発言

日本列島は連日の豪雨による災害が各地で発生し危険な状態だ。例年なら猛暑のお盆の東京は、異常ともいえる低温が続いている。

いま、主にネット上で炎上している「メンタリストDaiGo差別発言事件」は、炎上という文字から感じられる熱さはなく、冷たい霧雨に纏わりつかれるように、静かに重くのしかかってくる。淀んだ空気に包まれる日本の姿を現しているからである。

“発言”の背景にあるものは何か。

2人の子を連れてホームレスを経験し、長らく派遣労働者として働き派遣切りの経験もある渡辺てる子さん(れいわ新選組衆院東京10区総支部長)が、この問題の構造的な問題を8月21日に東京都内で講演する。

まず、今回の事件の経緯を振り返ってみよう。

◆「俺は処刑される側の人間なんだ」と筆者に思わせた発言

問題発言は8月7日、メンタリストのDaiGoさんのYouTube番組で公開された。
https://www.youtube.com/watch?v=bMHPk…
(8月14日夕方時点で動画は非公開)
(発言の切り抜き)8月7日
https://www.youtube.com/watch?v=6k6hDVD5Emc

私は公開された翌日くらいに視聴して驚いた。まず生活保護受給者についての発言。

「僕は生活保護の人たちにお金を払うために税金を納めてるんじゃないからね。生活保護の人に食わせる金があるんだったら猫を救って欲しいと僕は思うんで。生活保護の人、生きていても僕は別に得しないけどさ、猫は生きてれば得なんで」

というような内容の発言をし、さらにホームレスにつてもおよそ次のように語った。

メンタリストDaiGoYouTube番組(2021年8月14日)

「言っちゃ悪いけど、どちらかというホームレスっていない方がよくない? 正直。 邪魔だしさ、プラスになんないしさ、臭いしさ、治安悪くなるしさ、いない方がいいじゃん」

「もともと人間は自分たちの群れにそぐわない、群れ全体の利益にそぐわない人間を処刑して生きている。犯罪者を殺すのだって同じ」と、貧困者と犯罪者を同一視点するかのように述べた。

この動画が公開された前日の8月6日、私は経産省の月次支援金を申し込むための資料収集と書類作成を始めた。

月次支援金とは、新型コロナウイルス対策として緊急事態宣言等の影響を受けて収入を50%以上減らした法人や個人事業主を支援する制度である。

常日頃、講演会、シンポジウム、イベントなどを取材したり、直接会ってインタビューする仕事が多い私は、外出やイベント自粛に影響されて収入は激減している。

藁をもすがる思いで、この月次支援金に申し込もうとしていたのだ。その作業を始めた翌日にタイミングよく? かの発言があった。

これを聞いて、「俺は処刑される側の人間なんだな」と思った。通常であればこの種の発言を聞いたなら、「ふざけるんじゃない! 何バカなことになって言ってるんだ」と私は怒るはずだ。

ところが、なぜか激しい怒りの感情は湧かず、霧雨が降る中で静かに沈んでいくかのような感覚に襲われたのである。そこにこの発言を生んだ社会の深刻さがある。

かろうじて私には住む家がある。しかし、住む家がなく、あるいは家はあっても生活保護水準以下で生活する膨大な人たちの中には、排除されたり、誹謗中傷されたり、貶められても、怒る気力さえなく、ただ沈み込んでいく人も多いのではないか。

さすがに、今回の発言に対しては批判が巻き起こったが、DaiGoさんは、次のように反論した。

「自分は税金をめちゃくちゃ払っているから、ホームレスとか生活保護の人たちに貢献している。叩いている人たちは、ホームレスに寄付したんですか? 継続して炊き出しとかして助けてるんですか?」
https://www.youtube.com/watch?v=SfWuC3edFZw&t=28s
(この動画も非公開になった)

火に油を注ぐことになり、8月13日の夜には、一転して発言を謝罪する動画をアップした。
https://www.youtube.com/watch?v=rShG_1-tzSE (現在非公開)

それでも批判は収まらず、逆に本当に理解していない、という新たな批判も起き始めた。そして翌14日には、いつもとは違う白い壁を背景にしてスーツ姿で現れたDaiGoさんは、再び謝罪した。前日の謝罪動画は取り消し非公開とした。

この謝罪は、それまでの動画のように弁明はなく、ひたすら反省と謝罪を述べる内容になっている。
https://www.youtube.com/watch?v=Eai84ynVtko

◆寒気がするほどマニュアル化された「謝罪動画」

このスーツ姿の謝罪動画を見て、私は恐ろしくなった。完璧な謝罪のしかただったからだ。しかも、数日前には批判されても開き直っていた人間が、わずかな時間で真に反省と謝罪を公にすることに疑問が残る。

完全にマニュアル化された謝罪の方法であり、彼自身がこれまでに「心理学的に見て正しい謝罪の仕方」とでも言うべき動画を何本かアップロードしており、その内容そのままの謝罪になっている。

分かりやすいのは、「正しい謝罪の仕方」という動画だ。


◎[参考動画]正しい謝罪の仕方【メンタリストDaiGo切り抜き】「謝罪 ミスると地獄」2021年6月22日

修正版:正しい謝罪の仕方【メンタリストDaiGo切り抜き】

この動画では、「どういう謝罪が社会的に納得されやすいか」に関する大学の研究調査結果を紹介している。そのポイントは次のとおり。

「やってはいけない謝罪」
① 言い訳をする。行動の正当化をする。
② 他人を責める。
③ 自分の抱えている問題やトラブルについて説明する。
④ 自分の発言や行動が起こした問題を矮小化する。

「やるべき謝罪」
① 自分を被害者の立場に置いてどんな言葉を聞きたいか考えて発言。
② 常に被害者に向けて言葉を発し、罪を認め許しを請う。
③ 可能であれば、賠償と共生の手段を申し出る。
④ 自分の行動と発言を謝罪し、決して自分が誤解されている部分については触れない。

スーツを着て折り目正しく真摯な姿勢で謝罪する姿は、上記の動画を機械的にコピペしたようである。

◆ホームレス経験者は何を考えたか

今回の発言の背景は相当根深い問題が存在しているのは間違いない。DaiGoさんが謝罪し、彼を批判しただけでは収まらない、深く重い何かがある。

そう考えたときに思い浮かんだ人物が、渡辺てる子さんだ。幼い子供を連れてホームレスを経験し、その後も派遣労働者として働き雇止めにあい、貧困問題解決を日々訴えている。その彼女を一緒にこの問題を考えることにした。

自身が貧困の当時者として長年過ごし、いまは政治家として変革しようと日夜活動している人物と話し合うことは、大切なことではないだろうか。

以下、講演概要。

2021年8月21日(土)開催!元ホームレス渡辺てる子さんと一緒に考える「メンタリストDaiGo 生活保護受給者&ホームレス蔑視発言」

◎第138回草の実アカデミー◎
2021年8月21日(土)
元ホームレス渡辺てる子さんと一緒に考える
「メンタリストDaiGo 生活保護受給者&ホームレス蔑視発言」

講師:渡辺てる子氏(れいわ新選組衆院東京10区総支部長)
   元ホームレス、シングルマザー、元派遣労働者
日時:2021年8月21日(土)
13:30時開場、14時00分開始、16:30終了
場所:雑司ヶ谷地域文化創造館 第2会議室
https://www.mapion.co.jp/m2/35.71971291,139.71364947,16/poi=21330448165
交通:JR目白駅徒歩10分、東京メトロ副都心線「雑司ヶ谷駅」2番出口直結
資料代:500円 【申し込み】(定員18名)
フルネームと「8月21日参加」と書いて下記のメールアドレスに送信してください。
kusanomi@notnet.jp

★★★感染防止対策にご協力を★★★
・受付の名簿に必要事項をお書きください。
・会場入りの際は手洗いかアルコール消毒をお願いします。
・会場内ではマスク着用をお願いします。
・暑くても窓を開けて換気をするのでご了承ください。

▼林 克明(はやし まさあき)
 
ジャーナリスト。チェチェン戦争のルポ『カフカスの小さな国』で第3回小学館ノンフィクション賞優秀賞、『ジャーナリストの誕生』で第9回週刊金曜日ルポルタージュ大賞受賞。最近は労働問題、国賠訴訟、新党結成の動きなどを取材している。『秘密保護法 社会はどう変わるのか』(共著、集英社新書)、『ブラック大学早稲田』(同時代社)、『トヨタの闇』(共著、ちくま文庫)、写真集『チェチェン 屈せざる人々』(岩波書店)、『不当逮捕─築地警察交通取締りの罠」(同時代社)ほか。林克明twitter

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◆憲法記念日の菅首相のブラックジョーク

憲法記念日の5月3日、笑えないジョークを言い放った菅義偉首相は、政府と自民党の危険性をあらためて国民に知らせてくれた。

改憲派のオンライン集会に宛てたビデオメッセージで、「新型コロナウイルス感染拡大などを踏まえ、『緊急時に国民の命と安全を守るため、国家や国民の役割を憲法に位置付けることは極めて重く、大切な課題だ』と述べ、緊急事態条項の必要性を強調した」(時事ドットコム5月3日17時46分)のだ。


◎[参考動画]令和3年5月3日、菅義偉自民党総裁メッセージ(公開憲法フォーラム)

「国民の命と安全」を危機にさらしているのはどこのどなたなのか? コロナ対策では、基本となるPCR検査を拡充させることもなく、病床の急増も実現できず、補償をともなった休業要請措置も講じられず、ワクチン接種も異様な遅さである。方向性を示せず、そのつど何らかの政策らしきものを実行して成果を出せず、また何かをして成果が表れず失敗。その繰り返しだ。

2021年4月末時点で感染者率の人口比は、アメリカの9.8%、フランスの8.3%、イギリスの6.7%に比べ、日本の感染者率は0.45%と格段に低い。(2021年4月末)

その日本の医療がひっ迫している。単純に考えて、欧米なみに感染したら医療崩壊どころか社会崩壊状態になるだろう。そのような危機をもたらしたのは、純粋に医学的科学的問題より政治である。その責任は政府や与党にあるのに、「緊急事態条項」を憲法に導入して国民の自由や権利をはく奪しようという考えは、まったく倒錯している。

◆政府の暴走に歯止めない自民党憲法草案
 
冒頭の首相発言の根底には、2012年の自民党憲法草案がある。おそらく最大の問題点は、草案に組み込まれている「緊急事態条項」の新設である。

第98条(緊急事態の宣言)
1 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。

第99条(緊急事態の宣言の効果)
1 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。

総理大臣が緊急事態だと判断すれば、内閣が実質法律を制定でき、地方自治もなくなり、三権分立もなくなる。
 
第99条4項では「基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない」と示されているので、うっかりすると安心してしまう。しかし、これが落とし穴だ。「基本的人権に関する規定を犯してはならない」と言う禁止事項ではなく、努力目標。独裁権力を握った勢力が、尊重などするはずがなく、政府の思うままである。

宣言発出の要件があいまいで歯止めがほとんどないに等しいのは、異常な憲法草案である。この自民党2012年憲法草案は、「ナチス憲法」と言われ、大批判を浴びた。かつてのドイツでヒトラーが完全に独裁権力を握るまでの事実経過をたどれば、批判は正当だ。


◎[参考動画]「誤解招いた」麻生副総理”ナチス憲法”発言を撤回(ANN 2013年8月1日)


◎[参考動画]ヒトラーの金融政策「正しい」発言 日銀委員が謝罪(ANN 2017年7月4日)

◆自民党憲法草案はナチスドイツをモデルに?

ヒトラーやナチ党について書かれた本は膨大にあるが、比較的わかりやすく面白いのは『ヒトラー 独裁への道~ワイマール共和国崩壊まで』(ハインツ・ヘーネ著、五十嵐智友訳、朝日選書1992年)。同書をもとに、独裁確立までの劇的なプロセスを確認したい。

ナチ党(国家社会主義ドイツ労働者党)は、選挙で勝利を積み重ね、今度こそ絶対多数を獲得しようと勝負をかけた1932年11月6日(ヒトラー首相誕生の2か月半前)の国会選挙で、敗北してしまった。

ナチ党は得票率を4.18%減らし33.09%へ、得票数も約200万票減らし、230議席から196議席(全議席584)に後退。第一党の座は保ったものの、直前までの飛ぶ鳥を落とす勢いからすれば敗北といえるだろう。

第二党は、社会民主党121議席、第三党は共産党100議席だった。共産党は、毎回選挙で着実に議席を伸ばし、この選挙では首都ベルリンで得票率30%超を得て単独トップに躍り出た。

この選挙後に、右翼系・保守系の政治家や政党の複雑な駆け引きや党利党略もあり、翌1933年1月30日、ヒンデンブルグ大統領はヒトラーを首相に任命した。権力を握ったいま選挙を実施すれば今度こそ絶対多数を獲得できる、と目論んだヒトラーは即座に国会解散を決め、投票は3月5日に設定された。

2月4日、憲法に定められた緊急時の大統領権限を利用し、「ドイツ国民の保護に関する大統領緊急令」を大統領に出させた。これにより、公共の安寧が脅威にさらされると当局が判断すれば、ストライキ、政治集会、デモ、印刷物の配布禁止と押収などが可能になった。

社会民主党や共産党は選挙キャンペーンどころか日常活動もままならなくなった。同時に全土でナチ突撃隊が反対勢力に対するテロをエスカレートさせていった。混乱の最中の2月27日、国会議事堂放火という事件が起きた。証拠もないのに共産党の陰謀だとデマ宣伝し、翌2月28日に、いわゆる「国会炎上緊急令」を布告。この緊急令を根拠に、共産党の国会議員、地方議員、共産党幹部の逮捕、全支部の閉鎖、共産党系出版物の発行禁止などがなされた。

こうして3月5日に国会議員選挙の投票日を迎え、ナチ党は得票率が43.9%に上昇し、647議席中288議席を獲得する大勝利を収めた。


◎[参考動画]憲法改正 議論進まぬ中 今週動きが……(FNN 2021年5月3日)

駄目押しは、国会に諮らず政府が法律を制定できる「全権委任法」の成立である。国会機能が無くなるのだから独裁が完成する。しかしこの全権委任法を成立させるには3分の2以上の国会議員の賛成が必要だった。本来なら可決できないはずだが、100名を超える共産党国会議員や社会民主党議員を逮捕(一部は国外に亡命)して討議にも投票にも参加させず、1933年3月23日に「非合法的に」成立した。

緊急事態だとして「大統領令」が二度出され、反対威力をテロで大弾圧した。これは自民党憲法の総理大臣による「緊急事態宣言」(草案98条)に通じる。

そしてドイツの「全権委任法」は、自民党憲法の「内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができる」(草案99条)にならないのか。

緊急事態宣言を発令する要件があいまいで、ほとんど歯止めがない。あきれるのは、期間の延長をする場合の証人方法は書かれていても、期間の定めがないところも致命的だ。したがって、自民党憲法が実現化すれば、「ナチス日本」を誕生させかねない。このような憲法草案を未だに捨てていない自民党は、一部の人による支持で暴走している。

直近の5回の国政選挙(すべて第二次安倍内閣時代)において、比例代表で自民党と書いた人は、全有権者の16.7%から18.9%。選挙区で自民系候補に投票した人は、18.9%から25.0%。

少数者に支えられた自民党が、多数派を支配する悪夢が続いている。

▼林 克明(はやし まさあき)
 
ジャーナリスト。チェチェン戦争のルポ『カフカスの小さな国』で第3回小学館ノンフィクション賞優秀賞、『ジャーナリストの誕生』で第9回週刊金曜日ルポルタージュ大賞受賞。最近は労働問題、国賠訴訟、新党結成の動きなどを取材している。『秘密保護法 社会はどう変わるのか』(共著、集英社新書)、『ブラック大学早稲田』(同時代社)、『トヨタの闇』(共著、ちくま文庫)、写真集『チェチェン 屈せざる人々』(岩波書店)、『不当逮捕─築地警察交通取締りの罠」(同時代社)ほか。林克明twitter

最新刊!タブーなき月刊『紙の爆弾』6月号

「街灯を除き、全ての明かりを消すように徹底していきたい」

4月23日の記者会見で東京都の小池百合子知事はこう語った。夜間の外出を抑えるために、夜8時以降は、看板照明、ネオン、イルミネーションなどを消灯せよ、というのだ。

まさに戦時中の「灯火管制」だが、この小池知事の発言にあきれる声もある一方、支持する意見もある。そこに、医学や科学を超えた“疾病”=コロナ病の危険を感じざるを得ない。


◎[参考動画]小池知事「午後8時以降 看板、ネオン消灯を」(ANN 2021年4月23日)

多くの人々は、素朴な疑問をもつだろう。けた外れに感染者と死者が多いアメリカやヨーロッパ諸国が意外に持ちこたえ、はるかに少ない日本が、なぜ大阪のように医療が崩壊し、なぜ3回も緊急事態宣言を出し、経済や社会が崩れてかけているのだろうか、と。

少なくとも2021年4月末の時点では、このような素朴かつ重大な疑問が沸き上がるのは当然だ。

読売新聞オンラインの報道によると、2021年4月27日にまでの集計で、人口比に占める感染者の割合(カッコ内は感染者数)は次のようになっている。

・アメリカ 9.82%(3,212万4千人)
・フランス 8.31%( 556万5千人)
・イギリス 6.65%( 442万3千人)
・日本   0.45%( 57万2千人)
 
21年4月末日時点の日本の状況を考えれば、上にあげた米仏英などは、経済も医療も完全に崩壊しているはずである。反対にはるかに感染者数の少ない日本が今日の事態に陥ったのは、1年3ヶ月の間に政府が有効な対策を実行してこなかったからである。

感染症重傷者を治療できる設備を持つ大学病院や国立病院、地域の中核病院の病床や集中治療室を大幅に増やし、それに伴う人員増員と補償する予算措置を明確に実行しなかったのが大きな原因だ。

1年数カ月前に感染症や大規模災害に対応する医療システムの計画を策定し実行していれば、状況はまるで違っていたはずだろう。

つまり、いま私たちが直面しているコロナ危機は、医学的・科学的危機以上に政治危機(人災)の側面が大きいと見なければならないのではないか。


◎「参考動画」コロナによる国内の死者4687人 中国本土を上回る(ANN 2021年1月20日)

◆上と下からの圧力が人と社会を殺す

人災によってコロナ禍が増していくと同時に、マスク警察、自粛警察、通報、など戦中の隣組的発想が増長し、リアルの警察も去年のうちからマスクを付けない若者を交番に連行したり、繁華街で警棒を振り回して歩くなど社会の空気も悪化している。

国家総動員的な空気が蔓延する中で、小池都知事による灯火管制発言が出たわけだ。人々に恐怖を与えれば強権的な言動をとっても、大衆は従う(どころか、従わない人を攻撃もしくは通報)する性質を熟知してのことであろう。

灯火管制発言から週が明けたら、さっそくテレビ朝日『羽鳥慎一モーニングショー』では、コメンテーターの玉川徹氏と司会の羽鳥慎一氏が、灯火管制に対する批判も「感情的にはわかるが」としながらも、人が集まらないようにするうえで有効であると、灯火管制に賛意を示していた。

灯火管制は、合理的なコロナ対策とは言えず、かつて日中全面戦争勃発後に展開された国民精神総動員運動のスローガンのようなものだろう。メディアが厳しく批判的に報じない限り、政治家の強権的発言や人権を制限する政策が下から支持されやすくなる。


◎[参考動画]燈火管制《前編》昭和15年 内務省製作映画

◆医療システムを脆弱化させた維新と吉村大阪府知事

東京から大阪に目をうつすと、似たような危険がある。大阪では「維新政治」が始まってから、無駄を省き、公務員を削減し、医療をはじめとする公共サービスを低下させてきた。

2020年12月20日付の『長周新聞』(電子版)が分かりやすく伝えている

《医療や衛生部門の職員数も大幅に減少した【表参照】。保健所の統合も進め、07年には748人いた大阪府の保健所職員は、19年には506人となり、12年間で3割以上削減されたことになる。

公的医療の根幹を担っていた府立病院と市立病院を統合して独立行政法人(民営化)へ移行させたことも背景にある。国の方針を先取りして病床数削減も進め、大阪府の病床数(病院)は07年の11万840床から18年の10万6920床と3920床減り、10万人あたりの総病床数は1197床であり、全国平均の1212.1床を下回っている【表参照】。》(引用終わり)

日本医師会の地域医療情報システムによると、コロナが始まる前の2018年11月時点で「結核・感染症」の10万人あたりの病床数は4・18床で全国平均の4・46床を下回る。

今回のような感染症対策に可能な保健師数は、人口10万人当たり25.9人で全国平均41.9人の6割しかおらず、全国ワースト2だ(2018年度)。

つまり、コロナ禍が始まるまでに医療システムが弱体化させられていた。その政策を推進してきた大阪維新の会の吉村洋文知事の言動は迷走している。

象徴的なのは、イソジン吉村のニックネームをつけられたように、昨年夏、うがい薬に含まれるイソジンがコロナ感染の重症化抑止に効果があるなどと発言した。そして「あごかけマスク」によるマスク会食を推奨するなど、その場その場でテレビ受け、一部大衆受けする言動を繰り返してきた。その挙句、3月7日が期限だった2回目の緊急事態宣言を大阪については解除するよう吉村は政府に要請し、2月末に解除された。

あるいは、感染を抑えすぎたから次の波が到来したなどという発言もしていた。極め付きは3度目の緊急事態宣言が決められた4月23日、「社会危機が生じた時に、個人の自由を大きく制限する場合があると国会の場で決めていくことが重要だ」と吉村知事は述べたのである。

これに対し兵庫県明石市の泉房穂視聴は、「大阪府知事は有害だ。自分が病床確保をしていないのに、それを国民に転嫁して私権制限するとは、まさに政治家の責任放棄だ。あの人こそ辞めてほしい」と正論を述べた。

これまで医療体制を脆弱化させてきた維新に所属し、その場限りの言動を繰り返してきた人間が「私権の制限」で国民の自由を奪うなど、犯罪者が被害者を抑圧するがごとき妄言である。


◎「参考動画」協力防空戦(焼夷弾の種類や対処を教育するためのアニメーション)

◆大阪吉村、東京小池はともに有害

話を東京に戻せば、小池知事も昨年、東京オリンピックの延期が決定された翌日から。突然コロナは大変だと騒ぎ始めたのは周知のとおり。前の日までは危機感を表す言動はなかったのに。

「オーバーシュート」「東京アラート」「ウィズコロナ」などというカタカナ語をまき散らし、「夜の街」などという言葉もはやらせた。レインボーブリッジや東京スカイツリーの電飾を操作して、言葉遊びをして「やってる感」を演出してきた。カタカナ標語の乱発やスカイツリー電飾操作は、「欲しがりません勝つまでは」、「一億一心」「撃ちてし止まん」(敵を打ち砕いたあとに戦いを止めよう)の思考回路に通じる。

それはエスカレートし、今回の「灯火管制」発言につながった。日中戦争開始の1937年に始まった国民精神総動員運動の再開をほうふつとさせる。いったい何様のつもりなのか。

基本的には、大阪の知事と同じだ。とくに吉村府知事は、過ちを認めない、誤らないという維新系政治家の特徴をよく表している。このような人たちが国民の自由を大幅に制限せよと息巻き、あるいは灯火管制で国民精神総動員まがいのことをしているのは、一種の倒錯であり危ない。

コロナ対策は急がれるが、東と西の知事を一刻も早くまともな人物に代えることも喫緊の課題だと私は考える。

▼林 克明(はやし まさあき)
 
ジャーナリスト。チェチェン戦争のルポ『カフカスの小さな国』で第3回小学館ノンフィクション賞優秀賞、『ジャーナリストの誕生』で第9回週刊金曜日ルポルタージュ大賞受賞。最近は労働問題、国賠訴訟、新党結成の動きなどを取材している。『秘密保護法 社会はどう変わるのか』(共著、集英社新書)、『ブラック大学早稲田』(同時代社)、『トヨタの闇』(共著、ちくま文庫)、写真集『チェチェン 屈せざる人々』(岩波書店)、『不当逮捕─築地警察交通取締りの罠」(同時代社)ほか。林克明twitter

最新刊!タブーなき月刊『紙の爆弾』6月号

◆法律にもとづかない「お願い」

《スポーツジムの時間短縮営業は、本当に危険だ。3日ほど前から近所のジムが夜8時で閉まるようになった。閉まる直前に人が集中し、ほとんどコロナ前と同じ感じ。夜11時まで営業のときは、人が分散してまばらだった。なぜ人が密になるようなことをするのか。夜8時まで営業という同調圧力のせいだろう》

これは、新型コロナウイルスに感染リスクを心配した筆者が1月17日にFacebookに投稿した内容である。

2月2日、栃木県を除く10都府県を対象に緊急事態宣言を1か月延長すると政府は決めた。1月7日に11都府県に緊急事態宣言が出され、2月7日まで昼も夜も外出自粛を要請し、飲食店を中心に営業を夜8時までに短縮するように要請してきた。

なぜ、8時で営業を止めると感染者が減り、それ以降営業していると感染者が減らないのか。「なるほど」と納得するような根拠がわからない。

時短営業の対象者は主として飲食業である。とくに酒類を提供する事業者は夜7時にアルコール提供を止め、8時には店を閉めろという要請内容だ。

このほか、スポーツジムやパチンコ店、雀荘、映画館等にも営業時間短縮の「お願い」をしている。しかし、こうした業種に対しては、法律に基づかない「お願い」なので、協力金などの補償は出さない。

だから、飲食店ばかりか、広範囲のサービス業従事者が相当な打撃を受けるだろう。肉体的には生存していても、社会的・精神的に死ぬ人は膨大になると思う。


◎[参考動画]緊急事態宣言延長で分科会 「対策強化」提言(TBS 2021年2月2日)

◆8時営業停止でスポーツジムは人が密集

「8時以降の営業中止」に疑問を感じていた1月11日か12日の18時50分ころ、筆者は近くのスポーツジムに行った。受付で熱を測り会員カードチェックを経て館内に入ったとたん、いつものと違うとすぐ気づいた。

ロビーに人が多いのである。ロッカールームに行くとさらに驚いた。空いているロッカーをすぐ探せなかったのである。

というのは、感染拡大防止策として、一つおきにロッカーを封鎖し、隣どおしで利用できないようにしてあるからだ。空いている場所がほとんどなく、一番隅にある不便な場所のロッカーをようやく確保した。

トレーニングマシンやスタジオ、フリーウエイトのスペースがある階に行ってみると「いつもと景色が違う」とハッとした。

ランニングマシーンは、9割がた人で埋まっており、エアロバイクも空いているのは一つか二つ。

ダンベルやバーベルを使用するフリーウエイト・ゾーンに行くと人が多く、ダンベルなどを扱っているとほかの人にぶつかりそうで危ない。

ウエイトトレーニング・マシーンも、機械が空くのを待っている人がいる。

これは完全にコロナ以前の日常風景だ。というより、筆者が通っている時間帯に関しては、コロナ以前より混んでいる。いまこの時期にはありえない“幻影”を見ているようだ。

運動を終えて風呂に行ってみると「ああ、ダメだ」と思わず声に出しそうになった。カランは全く空いていないし、サウナの前には次に入ろうとする人が待っている。

浴槽も入るスペースがない(詰めて入れば可能ではあるが)。腰かけることもできず、浴槽にも入れない数人が、ただ立っている。

翌日以降も、同じような状態だった。政府や自治体の要請にしたがって営業時間短縮を実施したことで、感染リスクは高まったのだ。これは、他のスポーツジムでも同じだろう。

◆夕方5時から8時に顧客が集中

どの施設でもそうだと思うが、筆者が通っているジム(東急スポーツオアシス)では、新型コロナウイルス感染拡大のため、大変な努力をしてきた。

冬でも数か所の窓を開けて換気するのに加え、機械を使って室内の空気を外に出す。ロッカーは一つおきにしか使えない。あらゆる場所にアルコールとペーパータオルが用意され、スタッフや会員が頻繁に使用した器具や場所を吹いてウイルスを除去するようになっている。

もちろん、ランニングマシーンやエアロバイクは透明のパーテーションで区切ってある。スタジオを利用したレッスンも時間帯や人数を制限は当然のこととして行われてきた。風呂場には風呂内のマスクなしでの会話禁止を訴えるノボリも。

定期的に館内放送で、感染拡大防止のための具体的な行動を呼びかけ、利用者もこれに応じてきた。

せっかく、スタッフと利用者ともども創意工夫と努力を重ねてきたのに、8時営業終了によって、どう考えても感染リスクが高まってしまったのである。

おかしいと思っていたら、1月27日、スポーツジムから会員向けメールが届いた。2月1日から7日までを通常営業に戻すという内容である。

《ご利用状況を調査した結果、特に17時以降の利用率が顕著に高くなっておりました。 社内で検討した結果、新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から、混雑緩和へ向けた取り組みとして、ジム、プール、ロッカー、浴室のご利用を通常営業時間に変更させていただきます》(送信されたメールより抜粋)

きわめて妥当な判断だろう。日経電子版(1月8日付)によれば、スポーツジム大手のコナミスポーツ、ティップネス、セントラルスポーツ、RIZAPグループなども夜8時までの営業時間短縮を実施するとされていた。

スポーツジムにおける営業時間短縮は、経済的被害を拡大さるばかりか、感染拡大防止の観点からも誤りだったとみていいだろう。さっそく各社は方針転換をはかるべきではないか。

▼林 克明(はやし まさあき)
 
ジャーナリスト。チェチェン戦争のルポ『カフカスの小さな国』で第3回小学館ノンフィクション賞優秀賞、『ジャーナリストの誕生』で第9回週刊金曜日ルポルタージュ大賞受賞。最近は労働問題、国賠訴訟、新党結成の動きなどを取材している。『秘密保護法 社会はどう変わるのか』(共著、集英社新書)、『ブラック大学早稲田』(同時代社)、『トヨタの闇』(共著、ちくま文庫)、写真集『チェチェン 屈せざる人々』(岩波書店)、『不当逮捕─築地警察交通取締りの罠」(同時代社)ほか。林克明twitter

◆コロナ無策の政府が国民に無理難題押し付け

人を殺すようなコロナ対策をしておいて何の反省もしない日本政府は、いま国民を刑務所に入れようとしている。

今国会の焦点になっている新型コロナウイルス対策としての特別措置法と感染症法などの改定の動きを見て、そう思わざるを得ない。

18日までに明らかになった政府案の骨子は次のとり。

(1)緊急事態宣言下で知事の営業時間短縮・休業の命令に違反した業者に50万円以下の過料。(特措法改定案)

(2)宣言をする前の予防措置として知事が営業時間の変更要請・命令が可能になり、違反した事業者には30万円以下の過料を科す(特措法改定案)

(3)入院を拒否したり入院先から逃げ出せば1年以下の懲役または100万円以下の罰金という刑事罰を科す。(感染症法改定案)

(4)感染経路を割り出す積極的疫学調査に応じない感染者に対し50万円以下の罰金。(感染症法改定案)

日本で新型コロナウイルスの感染者が現れてまる1年が経過した。その間に政府が有効な対策をしてきたとは言い難い。

たとえば、台湾では中国の武漢で新型ウイルス感染者発症が明らかになるとほぼ同時に検疫の強化を実施した。

一方、日本政府がとった対応は対照的だった。一千万都市の武漢が完全封鎖された翌日の1月24日から1月30日まで、北京の日本大使館ホームページで、安倍首相(当時)が、春節の休日を利用して日本への旅行を歓迎する祝辞を掲載していた。

東京新聞WEB版(20年2月15日)によると、2月3日の衆院予算委員会で国民民主党の渡辺周氏は「あまりにもお粗末だ」として外務省の対応を批判。茂木敏充外相は「不安を与えた方に、おわび申し上げる」と謝罪した。


◎[参考動画]コロナで激減 訪日中国人 日本大使館が生配信でPR(ANNnewsCH 2020年12月20日)

◆「補償なき自粛要請」「Go To トラベル」「自宅療養9000人超(東京都)」の反省なし

初期の対応が遅れたことに加えて、昨年4月~5月の緊急事態宣言において、一人当たり10万円を給付しただけで、休業による損失補償は一部にとどまった。ロックダウン期間中に給与の6割から8割を政府が補償する国は何か国もある。

感染防止拡大に有効なのは、感染者と非感染者を接触させないことであり、そのうえで対策を講じた非感染者が社会や経済を回すのが効果的だ。そのためには感染の有無を調べる検査拡充が必須だが、PCR検査の拡充にも消極的だった。

「補償なき自粛」により、経済・生活がめちゃくちゃになって批判されたことを受け、Go To トラベルやGo To イートなどの政策に転じたものの、その効果や危険性を指摘されて撤回に至った。

コロナウイルスに感染し、高熱にうなされても入院できず命を落とす人が出ている。たとえば1月17日時点の東京都だけでも9043人が自宅療養を余儀なくされている。

NHKの報道によると、翌18日には、東京都3人、栃木県2人、神奈川県1人、群馬県1人が自宅療養中に死亡した。

そもそも昨年春先は、発熱しても4日間は医療機関を訪れず待機しろ、などという指示も出していた。

入院もできず死者まで出ているのに、入院を拒否あるいは入院先から逃げ出した人に懲役刑を科すという。

時間短縮に応じない業者へは罰金、積極的疫学調査に協力しない人にも罰金……。政府、自民党、公明党は、自らの失政を認めず、反省せず、謝罪せず。その挙句に国民を刑務所に送り込もうとしているのだ。

◆コロナが収束しても悪法は使われる恐れ

罰則導入を口にする前にやるべきことがたくさんある。生活や経済損失を徹底的に補填補償し、検査を実施して感染者と非感染者を分離し、臨時コロナ病棟などをつくるのが先決だろう。

発祥地の武漢ではプレハブの療養施設を突貫工事で建設し、ニューヨークでも広い空間を災害避難所のようにパーテーションで区切って感染者を療養させる大規模な施設も造営されている。


◎[参考動画]ニューヨーク1日2万人感染も医療崩壊しないワケ(ANNnewsCH 2021年1月17日)

特措法改正案や感染症法改正案が可決されれば、感染症対策に名を借りた人権・私権の制限が可能になる。

仮に法案が可決施行された場合、当面は感染症対策に適用されるだろう。しかし、近い将来に問題化する恐れがある。

廃止法案を可決しなければ法律は生き続けることになり、新型コロナウイルス禍が収束した後も、いつでもどこでも対象を微妙に変え、解釈を変えて適応可能になるからだ。

コロナ感染拡大や医療崩壊の危険に目が奪われ、安易に刑事罰を導入してしまえば、取り返しがつかない。

ところが、毎日新聞の1月16日実施の世論調査によれば、入院拒否した感染者への(罰則が「必要だ」との回答は51%、「必要ない」は34%、「わからない」は15%だった。

無責任でやるべきことをやらない政府がつくる罰則規定入りの法律で、自分や周囲が痛い目に遭わないとわからないのだろう。そうなっても自業自得だが、危険性を指摘している人々も巻き添えにするのは納得がいかない。

国民を刑務所に入れる前に一連の安倍晋三事件について法手続きをとり、コロナで苦しむ人々の手厚い補償をやれ、と言いたい。

▼林 克明(はやし まさあき)
 
ジャーナリスト。チェチェン戦争のルポ『カフカスの小さな国』で第3回小学館ノンフィクション賞優秀賞、『ジャーナリストの誕生』で第9回週刊金曜日ルポルタージュ大賞受賞。最近は労働問題、国賠訴訟、新党結成の動きなどを取材している。『秘密保護法 社会はどう変わるのか』(共著、集英社新書)、『ブラック大学早稲田』(同時代社)、『トヨタの闇』(共著、ちくま文庫)、写真集『チェチェン 屈せざる人々』(岩波書店)、『不当逮捕─築地警察交通取締りの罠」(同時代社)ほか。林克明twitter

月刊『紙の爆弾』2021年2月号 日本のための7つの「正論」他

◆経済政策優先のリベラル派

巷はGo To トラベル中止をめぐって大騒ぎである。今年冬から春にかけての新型コロナウイルス感染第一波では、政府は緊急事態宣言を出して外出・営業自粛を呼びかけた。

しかし政府は、自粛による損失補償をごく一部に限り、多くの人々が経済破綻した。その失政に対する世の中の“空気”を感じ取ったのか、表向きは「経済のことを考えてます」と示すための策がGo To トラベルだったのかもしれない。

大規模な自然災害が今後何年も続くといえるのだから、ここは大規模な財政出動で生活を補償して乗り切るしかないだろう。

こうした基本の必要性を改めて痛感したのは、アメリカ大統領選挙の動きを見てだった。経済活動の制限をしても感染拡大防止優先を主張する民主党バイデン候補に対し、コロナ対策を軽視し経済優先を明らかにしていたのはトランプ大統領だった。

しかし、この両者の差はコロナ対策に限定されるわけではなく、トランプ氏が当選した前回の大統領選においても明らかだった。

単純化しすぎかもしれないが、経済的苦境にあえぐ労働者階級(特に白人労働者層)に対して、リベラル派は「実利」(仕事とカネと生活)を与えられず、むしろ右派の方が経済活性化により生活保障をわずかながら推進させた。

振り返って日本。リベラル派から左派までを主な支持基盤とする政治勢力で、全面的に経済を出した「れいわ新選組」(以下「新選組」)は、「実利」を主要政策の上位にした点で、それまでのリベラル派新党とは明らかに違う。


◎[参考動画]みんなに毎月10万円を配り続けたら国は破綻するか?(れいわ新選組 2020年5月8日)

昨年(2019年)の旗揚げ3ヶ月後の参院選で緊急八策を全面に掲げて新選組はキャンペーンを重ねた

消費税廃止、最低賃金1500円政府補償、奨学金徳政令などが主柱である。

同党発足時は、山本太郎代表がかねてから強く主張して原発廃止などをスローガンにせず、ほとんど経済だけに特化して世論運動を始めたとき、

「なぜ政党名に元号を使うのか!」
「彼が大切にしてきた原発廃止をまっさきに掲げないのはがっかり」
「憲法問題はどうか……」

とリベラル派の中で批判的に見る人も少なくなかった。


◎[参考動画]東京は手遅れ? (れいわ新選組 2020年5月20日)

◆Go to“トラブル”からGo to 消費税廃止へ
 
そして参院選から2か月余り経ち、消費税が8%から10%へ増税されたことにより、昨年末には、リーマンショックを上回るほどの経済的被害が生じた。

そこにコロナ禍が襲い掛かり、多くの人々の生活が脅かされている。今こそ消費税廃止と財政出動による生活補償が必要だ。

新選組のコロナ緊急政策は、昨年の経済八策をベースに、①消費税廃止、②コロナ収束まで一人当たり毎月10万円給付、③コロナを災害指定にする。などが柱だ。

結党時から最大の政策担っている消費税廃止は、突然物価が10%下がり続けることと同じで、シンプルな即効性がある。この恒常的大幅減税で生き延びる個人や事業主により社会経済の再生がしやすくなる。

一丁目一番地の消費税廃止に加え、同党のコロナ対策の骨子のうち、毎月一人当たり10万円給付と災害指定について、どのような考えに基づいているか見てみよう。

一人当たり10万円の給付をコロナ収束まで続ける政策はどうか。問題は財源だが、政府には通貨発行権があるから事態が収束するまでは金を出せ、というのが新選組の基本的考え方だ。

山本太郎代表は、10万円給付の根拠としてインフレ率2%までの財政出同出動はまったく問題ないとしている。

この2%とは、インフレ率が2%までならば政府の債務が増えても大丈夫なラインといえる。この数字は、平成25年(2013年)1月の政府と日銀とで確認されたもの。

参議院調査情報担当室のシミュレーションによると、一人当たり毎月10万円を1年間給付した場合、人口を1億2000万人で計算すると144兆円の財政出動が必要になり、インフレ率は1.215%。

3年続けると1.809%で4年目は1.751%になり、その後は下がる。

月10万円ならインフレ率2%には達しないというのが、新選組の主張だ。たしかに、消費税が廃止されれば物価が10%も下がり、なおかつ月10万円あれば、コロナで倒産廃業した事業主や職を失った労働者は、生活は苦しくても飢餓状態にはならないだろう。


◎[参考動画]【コロナを災害指定せよ!! 2分Ver..】2020年6月29日 自由が丘街宣ダイジェスト(れいわ新選組 2020年7月3日)

◆コロナを災害指定したら家と生活費が補償される可能性

さらに一歩進めて、コロナを災害指定すると、生活者にどのような恩恵があるのか。

れいわ新選組のホームページによると、次のようなことが考えられる。

第1に、災害対策基本法60条3項により、外出禁止が可能になる。加えて63条1項により、当該地域への立ち入りを禁止できるので、いわゆるロックダウンが事実上可能になる。

第2に、そうなれば生活が破綻するので十分な補償が不可欠だ。そのために災害救助法4条を適用。この条文では、仮設住宅の供与、食料飲料水などの供給、生業に必要な資金等の給与もしくは貸与などが定められている。

このような「コロナ災害指定」の考え方の元には、1995年に起きた阪神淡路大震災の経験がある。災害復興制度の充実に取り組んできた兵庫県の弁護士がSNSに災害指定の意見を投稿したことから反響を呼んだのだ。

災害や復興関連の法制度を適用すれば、コロナで生活基盤を破壊された人々を救うことが可能なのである。しかも、新たな法改正は必要なく既存の法律を適用できる。

消費税廃止や、一人ひとりに月10万円給付やコロナ災害指定のほうが、Go to トラベルならぬ“Go to トラブル”よりは、確実ではないだろうか。


◎[参考動画]【街宣】 豊橋駅東口(木)(れいわ新選組 2020年12月17日)

▼林 克明(はやし・まさあき)
 
ジャーナリスト。チェチェン戦争のルポ『カフカスの小さな国』で第3回小学館ノンフィクション賞優秀賞、『ジャーナリストの誕生』で第9回週刊金曜日ルポルタージュ大賞受賞。最近は労働問題、国賠訴訟、新党結成の動きなどを取材している。『秘密保護法 社会はどう変わるのか』(共著、集英社新書)、『ブラック大学早稲田』(同時代社)、『トヨタの闇』(共著、ちくま文庫)、写真集『チェチェン 屈せざる人々』(岩波書店)、『不当逮捕─築地警察交通取締りの罠」(同時代社)ほか。林克明twitter

月刊『紙の爆弾』2021年1月号 菅首相を動かす「影の総理大臣」他

『NO NUKES voice』Vol.26 小出裕章さん×樋口英明さん×水戸喜世子さん《特別鼎談》原子力裁判を問う 司法は原発を止められるか

安倍からす菅へ──。政治とメディアが動き始めている。

昨年10月からの消費増税とコロナショックで生活や社会の破壊が進む中で、政権(とりわけ菅政権)と日本維新の会の蜜月ぶりがはっきりしてきた。

日本学術会議の新会員任命拒否事件で、維新の会の生みの親・橋本徹氏が菅首相をさかんに擁護しているのは周知のとりだ。今や「菅義偉政権と維新」はセット。

この状況において、11月1日の「大阪市を廃止し特別区を設置することについての住民投票」(俗にいう大阪都構想)が焦点になっている。
 
大阪市廃止を批判する中で目立つのが「れいわ新選組」である。次期総選挙で大阪五区立候補予定者の大石あきこ氏をはじめ、山本太郎代表が大阪現地に乗り込み、大阪市を政令指定都市から特別区に格下げすることに反対運動を展開してきた。
 
結果は否決されたが、度重なる山本太郎氏の街頭演説などで世論が動いた可能性がある。今後は、大阪のみならず全国的に「維新VS新選組」が政治の核になる予感がする。維新的なるものVS新選組的なるもの、と置き換えてもいい。

◆山本太郎都知事選出馬で維新の勢力拡大阻止
 
その“予感”が強まったのは、新型コロナウイルスで緊急事態制限が発出されていた今年初夏。7月に予定されていた東京都知事選挙をめぐり様々な人々が水面下あるいは表に出て動いていた。

現職が強いことは自明であり、加えてコロナの影響で小池知事は連日連夜テレビに登場していたのだから、「何か事件」が起きない限り大量得票する可能性が高かった。

対する野党系の候補者として、宇都宮健児弁護士とれいわ新選組の山本太郎代表がリベラル派から期待されていた。

そして宇都宮氏が立候補を表明したのちに、ぎりぎりになって山本氏が出馬表明した。リベラル派分断という批判もおきたが、やはり「山本出馬」には重要な意味があったのではないか。

第一に、前年2019年夏の参院選で旋風を巻き起こした「れいわ新選組」の支持拡大が停滞し、その後大きな風は吹いていなかった。党代表の山本氏が都知事選に立候補しなければ、燃え上がった炎が自然沈下しかねないから政治的イベントが必要だった。

第二は、“維新勢力”の拡大阻止である。宇都宮候補に投票するのは、立憲民主支持の中のリベラル派や共産党支持層など、ある程度限られている。

無党派層を一定程度引き付けられるのは山本太郎だった。維新の会も無党派票をある程度取り込める。前年の参院選で日本維新の会から立候補した音喜多駿氏が当選。東京で初の議席獲得となった。

維新としては、ホップからステップを狙って小野泰輔氏を擁立したことだろう。立候補を表明する少し前、テレビ各局は維新の吉村洋文大阪府知事をさかんに持ち上げ、ブームを作ろうとしていた。その波に乗って小野氏が当選しないまでも順位をどこまで上げるかが最大のポイントだった。

ブームに乗った維新だから、仮に山本太郎代表が立候補しなければ、小池氏につづく第2位についた可能性もなくはないのだ。

そうなれば、東京都知事選というよりも、国政において与党勢力・右派勢力が一気に拡大し、リベラル派による挽回はきわめて困難になる。

結果は、(1)小池、(2)宇都宮、(3)山本、(4)小野、となった。東京都知事選という最大の首長選での4位は明らかに敗北であり、山本票より下回った事実は重い。山本票との差は約4万票で大差とは言えないが、勝つか負けるかは政治的に重大だ。これにより、春先からの維新勢力拡大にブレーキがかかったのである。

この結果をもたらしたのは、山本太郎出馬だろう。筆者は、現職の小池VSその他候補よりも、あるいは宇都宮と山本のどちらが得票数が多いかよりも「維新VS新選組」の結果に注目していた。

なぜなら、今後は維新か新選組かどちらに向かうかで日本は大きく変わる可能性があると考えるからである。

◆1869年体制と新自由主義勢力の行方

この原稿で二つの政党の略称である「維新」と「新選組」を取り上げるのは、明治維新に至る1860年代に実在した尊王攘夷派(維新勢力)と新撰組と同じ名称だからである。それは偶然なのか、それとも必然なのか。

言うまでもなく、戊辰戦争という内戦で江戸公儀(江戸幕府)を倒し明治維新を成就させたのが尊王攘夷派である。彼らを「維新勢力」と呼んで差し支えないだろう

これに最も激しく敵対したのは、江戸公儀を守る新撰組であったのは言うまでもない。彼らを現在の政党名で使用されている漢字になおし「新選組」と呼ぼう。

1869(明治2)年に戊辰戦争に勝利した明治維新勢力が、その思想や文化、機構などを根底に残し2020年の現在まで続いている。昔とは大幅に変わったとは言え、「維新勢力」が日本を統治している。

現在の日本維新の会は、「改革」「既得権打破」と口では言うが、いま権力を握っている支配層のシステムや思想を改革するどころか強化している。とりわけ新自由主義政策の拡大にやっきだ。

それに思想やシステム全般にノーを突き付けているのが「新選組」ではないか。まるで1860年代の政治闘争が再現されたかのようだ。

象徴的なのは、いわゆる大阪都構想をめぐる「日本維新の会(大阪維新の会)VSれいわ新選組」の対決だ。

11月1日投票の住民投票「大阪市を廃止し特別区を設置することについての住民投票」が告示された10月12日、山本太郎・れいわ新選組代表が反対の街頭演説を行っていたとき、大阪府警が妨害した事件があった。


◎[参考動画]大阪府警が山本太郎氏の街頭演説を中止させようとしたときのYouTube映像

大阪府警に力を及ぼせるのは与党である大阪維新の会である。

大阪市廃止を叫ぶ「維新」と全面対決する「新選組」。この間の両勢力の行動を見ている、150年以上前は主に京都市内で刃を交わしていた維新勢力と新撰組の闘争が大阪市内で再現されたかのようだ。

2020年の今は日本刀を振り回すわけではないが、意味的には通じるものがある。大阪の住民投票の結果の如何にかかわらず、維新VS新選組の構図は深まっていくだろう。

▼林 克明(はやし・まさあき)
ジャーナリスト。チェチェン戦争のルポ『カフカスの小さな国』で第3回小学館ノンフィクション賞優秀賞、『ジャーナリストの誕生』で第9回週刊金曜日ルポルタージュ大賞受賞。最近は労働問題、国賠訴訟、新党結成の動きなどを取材している。『秘密保護法 社会はどう変わるのか』(共著、集英社新書)、『ブラック大学早稲田』(同時代社)、『トヨタの闇』(共著、ちくま文庫)、写真集『チェチェン 屈せざる人々』(岩波書店)、『不当逮捕─築地警察交通取締りの罠」(同時代社)ほか。林克明twitter

月刊『紙の爆弾』2020年11月号【特集】安倍政治という「負の遺産」他

〈原発なき社会〉を求めて『NO NUKES voice』Vol.25

◆安倍から菅へと続くマスコミの迷走

安倍から菅へ……。総理代替わりを経たここ数か月のメディアを見ると、テレビと新聞(特にテレビ)を見ないようにすることが、日本をまともにし安心して暮らせる社会になる最短距離だと思わざるを得ない状況だ。

あの手この手でテレビや新聞に圧力をかけて政府と与党に気に入られる報道を仕向けてきたのが、足掛け8年にわたる安倍政権だった。メディアへの介入は安倍晋三という国会議員の得意技ともいえる。

その政権を継承する菅義偉政権下で、メディアと権力支配層との癒着がますます露骨になってきた。その異常さに気づかないかマヒしている人がいることが、危険だ。

高い支持率を維持してきた安倍政権も、末期とくにコロナ禍が深刻するなかでに支持率は低迷していた。また森友事件、加計事件、文書改ざん、河合克行前法相の公選法違反事件など、問題は山積みで先行き不当名な状況であった。

そのときテレビが傾注していたのは、吉村洋文・大阪府知事を持ち上げること。連日、異様なほど府知事を持ち上げていた。

その様子をみれば、安倍政権終焉を見て取った支配層が、次の支柱の一つとして日本維新の会の勢力拡大を推進しようとしていることが分かる。そうすれば、憲法問題で文句を言う公明党を排除して維新の会にとって替えることもでるだろう。

ところが、7月の東京都知事選挙で、日本維新の会推薦の小野泰輔候補が、小池百合子、宇都宮健児、山本太郎につぐ4位と振るわず、勢力拡大に一時的にブレーキがかかった。

8月末に安倍前首相が退陣を表明すると、「よくやった」「ごくろうさま」「お疲れ様でした」という無批判の気持ち悪い街頭インタビューをテレビ各局は放映する始末だった。安倍政治に対する厳しい評価と分析などは皆無に近かった。

◆“パンケーキ”に見る政権との癒着ぶり

そして自民党総裁選がはじまれば、明らかに菅氏に有利な投票システムにしようとしているのを、ただ漫然として伝えるだけ。おまけに、ほかの2人の候補についてはおざなりで、菅氏についての報道が圧倒的な比率を占めていたのは記憶に新しい。

そして菅政権誕生となると、維新の会の法律顧問、橋下徹氏をテレビは積極的に出演させいる。春から初夏にかけて吉村洋文大阪府知事をヨイショする姿勢から一貫していると言えよう。

一方、菅総理はパンケーキで有名な渋谷の店で「パンケーキ朝食懇談会」を催し、16社の記者たちが出席したという。(朝日新聞・東京新聞・京都新聞 の記者は欠席)

メディアの幹部が安倍首相とたびたび会食を共にしていたのと変わらない。それどころか、安倍政権時代以上に政権へすり寄る姿勢が目立っているのではないだろうか。

◆政権とマスコミによる日本破壊活動が進行

菅政権の体質を見事に表したのが、日本学術会議への人事介入だ。説明不足だろうが説明しようが、政権に批判的な学者を日本学術会議から排除するのが目的であるのは間違いない。

そして9月16日に菅政権が発足してから一か月経過したときの報道に驚いた。10月16日のNHKは「菅政権発足1か月の評価」を放映。夜9時からの「ニュースウォッチ9」では、官邸記者が菅政権を礼賛してなんの批判的分析もなし。最後に形だけ野党が批判していると一言あっただけ。

10月17日のNHK「ニュース7」は、中曽根康弘元首相の葬儀を政府と自民党共催で実施した話。9600万円の税金を使った件や、全国国立大学に弔意を求めるなど問題が多いのに、ただ政府と自民党の宣伝を放映しただけだった。

そして10月19日朝テレ朝「羽鳥慎一モーニングショー」。政治ジャーナリストの田崎史郎氏が出演し菅政権の1か月を論評。相変わらず政府与党のヨイショだった。

日本学術会議の新会員任命拒否や中曽根元首相の合同葬で大学に弔意表明を求める二つの事件は、思想統制し政権批判者を排除する政権の体質が現れている。

それを批判するどころか、右から左に横流しに宣伝しているマスコミ。そして、政権擁護するテレビのタレント文化人たち。まさに政権・マスコミ・応援団による日本社会破壊活動ではないのか。

「どうせマスコミでしょ」と投げやりになっても、異常事態に「マヒ」してもいけない。まだそのおかしさに気づかない人もいるので、騙されないで自分の身を守るためにも、いまメディアがどうなっているか知る必要があるだろう。

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総理代替わりの時期に何が起きているのかをしっかり把握し、今後の道を探りたいと、筆者は憲法とメディア法が専門の田島泰彦氏(早稲田大学大学院非常勤講師・元上智大学新聞学科教授)に講演をお願いした。

10月31日(土)第131回草の実アカデミー

田島泰彦氏(早稲田大学非常勤講師・元上智大学教授)

テーマ 「パンケーキとジャーナリズム~総理代替り期にみる報道の現状~」
講師 田島泰彦氏(早稲田大学非常勤講師・元上智大学教授)

日時:10月31日(土)13:30 時開場、14時00分開始、16:40終了
場所:雑司ヶ谷地域文化創造館 第4会議室

交通:JR目白駅徒歩10分、東京メトロ副都心線「雑司ヶ谷駅」2番出口直結
資料代: 500円

★★★【申し込み方法】25人限定★★★
フルネームと「10月31日参加」と書いて下記のメールアドレスに送信してください。
kusanomi@notnet.jp

【参加にあたってのお願い】
◎受付で氏名と連絡先を確認してください。
◎会場入りするときは手洗いをお願いします。(消毒ジェルも用意します)
◎参加者はマスク使用をお願いします。


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◎[参考動画]テレビによる日本破壊活動? 最近のメディアと政権の癒着ぶり(講演案内)

▼林 克明(はやし・まさあき)
 
ジャーナリスト。チェチェン戦争のルポ『カフカスの小さな国』で第3回小学館ノンフィクション賞優秀賞、『ジャーナリストの誕生』で第9回週刊金曜日ルポルタージュ大賞受賞。最近は労働問題、国賠訴訟、新党結成の動きなどを取材している。『秘密保護法 社会はどう変わるのか』(共著、集英社新書)、『ブラック大学早稲田』(同時代社)、『トヨタの闇』(共著、ちくま文庫)、写真集『チェチェン 屈せざる人々』(岩波書店)、『不当逮捕─築地警察交通取締りの罠」(同時代社)ほか。林克明twitter

月刊『紙の爆弾』2020年11月号【特集】安倍政治という「負の遺産」他

〈原発なき社会〉を求めて『NO NUKES voice』Vol.25

前編に引き続き、後編は安倍政権の具体的な“犯歴”を列挙するのが目的である。

安倍政権がこれまで進めてきた日本破壊活動を、人体になぞらえて「血栓」(血管内にできる血の塊)と表現している。

第一の血栓を“イデオロギー系”とすれば、第二の血栓は“現世利益系”で、忖度や汚職に関係する分野である。

第一の血栓は、安倍自民党政権の好戦的で全体主義的な体質の起源である尊王攘夷思想。この思想にもとづいて明治国家はつくられ、第二次大戦の敗戦を招いた。そして、戦後も続いていることが、日本にとっての血栓(危険因子)だと前編で指摘した。

第二次大戦で彼らが復活していることは前編で指摘したが、それでも第二次大戦後は新しい憲法ができて、まがりなりにも日本は民主体制への道を歩みだした。

安倍政権とその支持者らにとっては、この日本国憲法体制=戦後レジームはとんでもないもので、少しでもかつての長州レジーム(エセ尊王攘夷体制)を復活させたいと彼らは意識的あるいは無意識的に考えているのではないだろうか。

「戦後レジームからの脱却」などと安倍首相は言い始めた。まさに第一の血栓を象徴する表現だが、実際にやったことを挙げる前に、まずは基本体質を明示する出来事を振り返ってみよう。

安倍退陣を求める大規模デモは何度も起きていた。写真は2018年4月、国会議事堂前

◆体質を表す失言(本音)

「こんな人たちに負けられない」

安倍政権転落の歴史的発言だ。2017年都議選最終日に東京秋葉原で、安倍辞めろコールをする人々に対しムキになって口(本音)を滑らせた。国民を分断させる総理の本質が、ひと言でわかってしまった歴史的発言だ。

「マスコミを懲らしめる」

失言の多さから“魔の自民党二回生”と言われる一群の人たちがいる。大西英男議員もその一人。勉強会「文化芸術懇話会」で、大西英男議員は「マスコミを懲らしめるには、広告料収入がなくなるのが一番」とぶち上げた。あからさまな報道圧力だが、その後も反省する気配はない。

安倍晋三氏は、メディアを恫喝するのが大好きである。2001年10月30日にNHKが放送したETV特集シリーズ「戦争をどう裁くか」の第2夜「問われる戦時性暴力」で、慰安婦問題などを扱う民衆法定について放映した。放映前から、経済産業省・故中川昭一と、当時は副官房長官だった安倍晋三が番組に圧力をかけたとされる事件が有名だ。

「治安維持法は適法に運用された」

共謀罪法案が焦点になっていた17年5月2日の衆院法務委員会で、畑野君枝衆議院議員が治安維持法犠牲者の救済と名誉回復について質問し、金田勝利法相が答弁したもの。安倍自民政権の本質を表している。法手続きもデタラメに運用して国民を弾圧した治安維持法の運用を適法と考える安倍政権が共謀罪を強行成立させたのは悪夢としか言いようがない。

「(自民党候補の応援を)自衛隊としてお願いしたい」

安倍首相の秘蔵っ子、不祥事と失言連発の稲田朋美防衛大臣の発言だ。自民党が歴史的大敗を喫した17年都議会議員選挙の最中、自民党候補を応援する集会で「防衛省・自衛隊、防衛相、自民党としても、お願いしたいと思っているところだ」と訴えた。実力組織である自衛隊を政治利用するもので、ありえない発言。安倍首相は彼女を罷免もしなければ強い叱責もしなかった。

◆“尊攘派”が喜ぶトンデモ法の数々

基本的な「安倍エセ尊攘派政権」の体質を踏まえたところで、具体的に犯した重要案件をピックアップする。

特定秘密保護法

権力者たちが失政や不正を隠すために作った法律である。「秘密は秘密」なので何が秘密か一般人にわからないため、何をしたら逮捕されるのかわからない。特定秘密を洩らせば最高懲役10年という重刑だ。

「記憶にございません」「記録は破棄しました」などという政治家や官僚の答弁を“合法化”した悪法と言えよう。それは特定秘密に指定されています、といえば何で通ってしまう。

しかも、委員会では怒号が飛び交い与野党議員が議長席に詰めかける中、議長の発言も聞き取れず正式な記録も採れず、採決もどきをしただけで本会議に回して強行採決した。まったく非合法にでっちあげたのが特定秘密保護法。この悪しきパターンがこれ以降、国会の日常風景となった。

集団的自衛権の行使容認の閣議決定

他国のために軍事行動をとるのが集団的自衛権だ。歴代自民党政権は、自衛
隊の目的を専守防衛としてきたが、2014年7月1日に集団的自衛権の行使容認を閣議決定した。本来、憲法を改正しなければならないにも関わらず、20人に満たない閣僚たちによって“無血クーデター”がなされたに等しい。

安保関連法制の強行採決

集団的自衛権の行使とセットになった11本の法律から成り立ち、一つひとつ慎重審議すべき内容なのに、一本にまとめて審議を進める乱暴さだった。世界中どこにでも自衛隊を派遣できることになってしまい、さすがに危ないと思った人たちが国会に押し寄せ、大きな社会運動が起きた。

しかし、またしても強行採決。与野党対決法案を片っ端から強行採決する独裁ぶりを示したといえよう。この安保法制を成立・運用するためには情報を統制し、反対者を排除しなければならない。そのための秘密保護法、盗聴法拡大、共謀罪だ。

沖縄の新基地建設問題

安保関連法や共謀罪法の最先端に立たされているのが沖縄である。工事を強行し、反対者を逮捕。なかでも、沖縄平和運動センターの山城博治議長が抗議活動中に逮捕されて長期間拘束されたことに関し、共謀罪の先取りではないかと批判の声があがった。

このほか、県外からも大量の機動隊員を沖縄に導入し、機動隊員が「土人」発言で問題になった。近隣諸国には居丈高で好戦的対応をし、国民には抑圧的態度、その一方で宗主国に対しては靴底をなめるようなドレイぶり。

これこそまさに江戸時代末期から台頭した“尊攘派”の特徴を示す。

共謀罪、刑訴法&盗聴法改悪

しゃにむに戦争体制準備体制の確立に向かって暴走してきた安倍政権。2016年5月には、「刑事訴訟法等の一部を改正する法律」を成立させた。同法をわかりやすく表現すると、盗聴の対象を大幅に拡大し、司法取引の導入、法定での匿名証人を認めるなど、その後に成立した共謀罪への橋頭保ともいえるものだった。

これに共謀罪法が加わると、将来共謀罪法の対象に全部盗聴できるようにするなどが心配である。そうなったら超監視社会になってしまう。
  
極め付きは、2018年6月の共謀罪法の強行採決だ。委員会での審議も終わらないのに本会議で中間報告という形を悪用して強行採決してしまい、さっそく2018年7月11日から施行されている。

犯罪を実行していないのに逮捕を含む強制捜査をするからたまらない。何よりも、具体的に何をどうすれば共謀(犯罪の計画)にあたるのかほとんどの人がわからないところが危険だ。

一連の治安立法は、権力者の失政と不祥事を隠し、反対者を弾圧するために不可欠のものである。安倍政権にサヨナラした後にまっさきに実行すべきは、共謀罪法などのトンデモ法の一括廃止法案を可決することだろう。

◆第二の「血栓」汚職系

尊王攘夷的発想を土台とする第一の血栓につづいて、第二の血栓だ。これは汚職やデータ改ざんなどに関係する。もっとも、第一と第二は連動しているが。

森友学園問題

安倍昭恵夫人が名誉校長を務めていた森友学園運営の「瑞穂の國記念小学院」開校のために国有地を格安で払い下げ。値引きの理由だった地下に埋まっているゴミがもともとほとんどなかったことが判明した。

昭恵夫人から「安倍晋三からです」と100万円受け取ったと籠池泰典・森友学園前理事長は証言した。同学園は、過去に「安倍晋三記念小学校」の名目で寄付が募られていた。

安倍総理は。「私や妻が関わっているなら総理も国会議員も辞める」と2017年2月17日の衆院予算委員会で、民進党の福島伸享氏への答弁で明らかにした。関与は明らかも総理も議員も辞めず、昭恵夫人の証人喚問も拒否。

この事件をめぐっては、複数の死者が出ている。

加計学園事件

総理の親友である加計孝太郎氏が理事長を務める学校法人・加計学園。その岡山理科大学の獣医学部新設をめぐる事件である。安倍氏の「ご意向」で新学部の設立が認められたというものだ。

一切かかわりないということだったのに、「総理のご意向」なる文書の存在が明らかになり、「文書は間違いなく存在し官邸からの働きかけがあった」と文科省前事務次官の前川喜平氏が証言して大問題に。その後も、関与したとする証拠が出てきているにもかかわらず、責任を認めない。

河合克行・杏里夫妻事件

前法相の河井克行衆院議員と妻・案里参院議員が公職選挙法違反(買収)容疑で逮捕された事件だ。
 
2019年夏の参院選で、河井案里容疑者の陣営に自民党本部から支出された1億5000万円と、買収容疑がポイントである。

もちろん、自民党本部が買収目的で1億5000万円の資金を提供しているのなら、党総裁である安倍晋三氏の刑事責任が問われる可能性が高い。

そもそも自民党内で決して重鎮ではない河合案里氏に1億5000万円もの巨額資金を党本部が拠出したこと自体、普通ではない。

以上、「安倍さんがんばった」というバカコメントに代表されるような一部の風潮に対して、安倍政権が何をしたか前編と後編わけて記録した。

安倍政権とその追随者たちによって、血管のあちこちに血栓ができ、日本は危険な状態である。

いまなすべきは、体中にできた血栓を溶かすための地道で確実な作業ではないだろうか。

▼林 克明(はやし・まさあき)
 
ジャーナリスト。チェチェン戦争のルポ『カフカスの小さな国』で第3回小学館ノンフィクション賞優秀賞、『ジャーナリストの誕生』で第9回週刊金曜日ルポルタージュ大賞受賞。最近は労働問題、国賠訴訟、新党結成の動きなどを取材している。『秘密保護法 社会はどう変わるのか』(共著、集英社新書)、『ブラック大学早稲田』(同時代社)、『トヨタの闇』(共著、ちくま文庫)、写真集『チェチェン 屈せざる人々』(岩波書店)、『不当逮捕─築地警察交通取締りの罠」(同時代社)ほか。林克明twitter

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