◆西欧文明の衰退

21世紀に入ってアメリカやEUをはじめとする西欧文明の覇権の衰退が明らかになり始め、それに伴い中華文明の中心国家である中国がその存在を主張し始めた。「一帯一路」構想の提案、南シナ海における主権の主張、アフリカへの進出、ICT分野をはじめとする技術力の急速な拡大など、中国は超大国としての座を狙っている。

こうした非西欧諸国の台頭は各地で顕著である。東方教会文明の中核国家であるロシアも中国に続こうとしている。軍備増強やクリミア半島の不法占拠、アメリカと対立するベネズエラへの支援などを通じてその存在を世界にアピールしようとしている。ヒンドゥー文明のインドでも近年、ヒンドゥー・ナショナリズムが強まりつつあるという。イスラーム文明でも近年はイスラーム国(IS)がシリアとイラクに跨る地域に、既存の国境を否定してイスラーム国家を建設、カリフ制の復活を宣言した。このように西欧による主導で進められてきた主権国家体制や「民主主義」や「人権」といったイデオロギーは力を失いつつある。

このような文明間の国際秩序再編の動きを安倍晋三はわかっているのだろうか。安倍はいつも「日米同盟はゆるぎない」と言うが、急激な時代変化の中で弱体化を続けるアメリカに対して、過去と同じように接しようとすることはあまりにも時代の流れに対して鈍感と言えよう。

◆日本とイスラームの同盟 戦前日本とのイスラームの友好

私が考えるのは、今後の日本はアメリカよりもイスラーム諸国と同盟を組むことにシフトすべきではないのかと言うことである。将来的に、イスラームは世界で最大の信者数になるとの予想がある。また近年、インドネシアを中心とする東南アジアからのムスリムが増加するにつれて、日本でもイスラームの存在はもはや無視できなくなった。「ハラール」認証の食品や礼拝室についての話題はよく耳にするようになった。とはいえ何かしら多数の日本人には「イスラームは不可思議な宗教」という考えがあるようだ。また、「9.11同時多発テロ」やイスラーム国の蛮行もあって、イスラームに悪い印象を持っている人も少なくない。

しかし戦前の日本はムスリムに対して、極めて友好的であった。日露戦争開始時の1904年頃より、日本の中央政府内では、日本の勢力拡大を狙う政治家や軍部からムスリムを利用しようとする声が出てきた。これに基づいて実施されたのが「回教工作」であり、対外的に中国や東南アジアのムスリムへの宣撫工作がなされた。日本国内では、軍部や外務省の指導により『大日本回教協会』が設立され、ムスリム諸国との外交や研究を国策として推進していた時期があったのである。

 

代々木上原にある東京ジャーミィの外観(出典『JUST PHOTO iT』2019/2/7閲覧)

1938年5月に代々木にできた東京モスク(後の東京ジャーミィ)は宣伝工作の一環として、日本の寄付で建立されたものである。この時の開堂式には、日本陸軍関係者やイエメンの王子、エジプト大使などが出席している。その後も1939年11月に大阪でムスリム諸国の風俗や文化を紹介した「回教圏展覧会」が開催、同月には東京でも「世界回教徒第一次大会」が開かれるなど、日本におけるイスラームに関する活動は盛んであった。

ムスリムの側としても、西欧列強からの解放を日本に期待する者がいた。ロシア出身でタタール人のアブデゥルレシト・イブラヒムはその一人である。ロシア革命によって無神論の共産主義者が権力を掌握すると、イスラームが弾圧されることを恐れた者はロシア国外に逃亡したが、イブラヒムはその時に日本に亡命した。イブラヒムは回教工作にも関与し、北京のモスクのイマーム(教主)に日本と連帯するよう呼び掛けている。

このころ日本は傀儡国家・満州国を成立させ、ソ連と対峙していた。そこで「中国回教総連合会」を樹立させ、漢人ムスリムや新疆のウイグル族、それと隣接する中央アジアのムスリムとのネットワークを構築、ソ連の包囲網を築こうとしていた。同時にムスリムのスパイ養成や医療・教育支援、モスク修復などを行っていた。さらに、1930年代前半にできた東トルキスタン共和国(現・新疆ウイグル自治区)の元首に、旧オスマン帝国のカリフの末裔を日本の支援で擁立し、新疆に満州国のような親日的傀儡国家を作る計画もあったのである。この計画が実現すれば、中央アジアにカリフの末裔が東トルキスタン共和国のトップとして就任後、傀儡的ではあれ日本がカリフ制を復活させるという歴史展開もありえたと言える。カリフと言えば2014年にイスラーム国のバグダディがカリフ制復活を宣言したが、そのカリフ制の復活に日本もかつては関わっていたかもしれない事はなんとも不思議である。

しかし、戦前の日本であった「イスラーム・ブーム」も終焉を迎える。1945年の敗戦に伴う大日本帝国の崩壊で、日本国内のムスリムは強力な支援者を失い、半場忘れ去られることになったのである。戦後、イスラームに改宗した森本武夫は日本の敗戦により「日本におけるイスラームの夜明けが忽ち暗雲に覆われる有様となった」と述べている。戦後も日本人ムスリムによる布教活動の展開やビジネスマンのイスラーム圏への渡航など、日本とイスラームの接点が消えたわけではなかったが、2000年代に入るまで日本社会全体でイスラームと向き合おうとする風潮は小さなものであった。(つづく)

▼Java-1QQ2
京都府出身。食品工場勤務の後、関西のIT企業に勤務。IoTやAI、ビッグデータなどのICT技術、カリフ制をめぐるイスラーム諸国の動向、大量絶滅や気候変動などの環境問題、在日外国人をめぐる情勢などに関心あり。※私にご意見やご感想がありましたら、rasta928@yahoo.ne.jpまでメールをお送りください。

衝撃満載『紙の爆弾』3月号絶賛発売中!

去る1月31日、いわゆるスキャンダル雑誌の先駆者で月刊『噂の眞相』(1979年3月創刊。以下略称『噂眞』と記載)編集長、岡留安則さんが亡くなられました。肺がん、享年71歳。「スキャンダリズム」という語を生み出したのも岡留さんでした。

 

2月3日付け朝日新聞

毎号著名人のスキャンダルを満載する雑誌を発行しながら、これほど愛され高評価されたのも岡留さんぐらいで、その後、残念ながら『噂眞』を超える雑誌は出てきていません。『噂眞』休刊(2004年4月号。事実上の廃刊)からしばらくして、わが鹿砦社も、その「スキャンダリズム」を継承せんとして月刊『紙の爆弾』(以下『紙爆』)を創刊(2005年4月)し、もうすぐ14年が経とうとしていますが、発行部数も内容の密度も、まだまだ足下にも及びません。

類似点といえば、両誌とも創刊直後に廃刊の危機に瀕する大事件に遭ったということでしょうか。『噂眞』は創刊から1年後の1980年6月に、いわゆる「皇室ポルノ事件」に遭いました。張本人は、いまや鹿砦社ライターとなった板坂剛さん。皇室に対する不敬記事で、右翼からの総攻撃を受けますが、攻撃は張本人の板坂さんではなく、岡留さんが一身に受けます。それでも偉いのは、印刷してくれる印刷所を探しながら1号も絶やさず毎月発行し続けたことでしょう。なかなかできないことです。

板坂剛の激励広告(『映画芸術』)。下段の府川氏は、この頃から松岡に出版のノウハウを指導。

鹿砦社も、『噂眞』休刊を受けて、多方面からの要請を受け、上記のように、新米の中川志大を編集長に据え、彼がみずから取次会社を回り、新規の取得が難しいといわれる雑誌コードを取り月刊『紙爆』を創刊しました。それから3カ月経った後、警察癒着企業の大手パチスロメーカー「アルゼ」(現「ユニバーサルエンターテインメント」。ジャスダック上場)創業者らからの刑事告訴を受け「名誉毀損」容疑で神戸地検特別刑事部により大弾圧を受けました。大掛かりな家宅捜索、聴取は製本会社や倉庫会社へも及び、取次各社へも調査がありました。私は逮捕され192日間も勾留され鹿砦社も壊滅的打撃を蒙りました。創刊したばかりの『紙爆』も、ライターさんや取引先などの支援で(私が“社会不在”だったこともあり『噂眞』のように月刊発行はできませんでしたが)断続的に発行を継続し現在に至っています。

岡留さんはその後、雑誌の部数も増えるにつれ多くの訴訟攻撃を受け、なかでも作家の和久峻三氏からの刑事告訴によって東京地検特捜部に「名誉毀損」容疑で在宅起訴され有罪判決を受けます。岡留さんがなんで在宅起訴で私が身柄拘束され長期勾留されたのか、いまだに判りません。岡留さんのほうが圧倒的に大物なのに……。

晩年(といってもまだ50代で)岡留さんは、情報が乱れ飛ぶ東京を離れ沖縄に渡り飲み屋を経営しながら執筆活動を行なってきました。まだ50代から60代で、勿体ないといえば勿体ないですし、ある意味、うらやましい転身です。僭越ながら私も、それなりの資金を貯めたら帰郷し、岡留さんのような生活をしたいな、と望んでいましたが、起伏の激しい出版業、少しお金が貯まっても、すぐに出て行きます。

おそらく、岡留さんの死去について、ジャーナリズムや論壇で、安全地帯からあれこれ“解釈”したり、したり顔で講釈を垂れる人が出てくるでしょう。いや、ほとんどそんな人ばかりだと思います。

私たちがやっていることが「ジャーナリズム」だとは思いませんが、岡留さんのように身を挺してスキャンダルや権力、権威に立ち向かうという気概だけは学んだつもりです。そのことで手痛いシッペ返しを受けましたが(苦笑)。今は「苦笑」などと笑って語ることができますが、弾圧直後には、明日銭(あしたがね)にも窮する有様でした。

今のジャーナリズムや論壇で、岡留さんを美化したり持ち上げる人は数多くても、岡留さんが文字通り身を挺して体現した〈スキャンダリズム〉の精神を、わがものとしている人が果たして何人いるでしょうか?

岡留さんが周囲の友人らの出資を受け『噂眞』を創刊した頃、1970年代後半から80年代にかけては、こういう雑誌を出すことの機運があったように想起します。まだ30になるかならないかの時期に、月刊誌を創刊するなど無謀としか言いようがありませんが、この無謀な冒険も若さゆえやれたのでしょうか。今はどうでしょうか?

 

岡留・松岡共著『闘論 スキャンダリズムの眞相』目次

岡留さんとは一度、3日連続で対談をやり、『闘論 スキャンダリズムの眞相』というブックレットとして上梓しました(2001年9月発行)。もう18年余り経ったのかあ……本棚から出して来ました。今では懐かしい想い出となりました。ここで展開した“闘論”の内容と問題点は、今でも継続していると思います。あらためて読み直してみたいと思います。古い本ですが、少し在庫がありますので、みなさんもぜひご購読ください。

岡留さんは、数多くの訴訟を抱えたり刑事事件の被告人となり有罪判決を受けたりしましたが、晩年はみずからの希望で沖縄で悠々自適に暮らし、ある意味で幸せな人生だったと思います。誰もが、望んでもできるわけではありませんし、私もできません。

岡留さんは遺骨を沖縄の海に散骨して欲しいとのこと、綺麗な海で安らかに眠ってください。合掌。

闘論を終えてくつろぐ松岡(左)と岡留さん(当時の新宿の噂眞事務所にて)

岡留・松岡共著『闘論 スキャンダリズムの眞相』(鹿砦社2001年9月発行)

秋篠宮家の眞子さまの婚約をめぐって、秋篠宮殿下から踏み込んだ言葉が述べられたのは、かなり深刻な事態として国民に受け止められた。皇太子以上に皇室のあり方に意見を述べる秋篠宮らしく、国民が納得するような説明がないかぎり納采の儀は行なえないと明言した。紀子さまは「長女のことを案じている」という主旨に終始した。

じつは、宮家の団欒の中でも触れられないのが、眞子さまの「婚約」問題なんだという(皇室記者)。婚約相手の小室圭氏とその母親(佳代さん)が、交際相手の男性から「提供」された439万円を「返還」しない問題である。そもそもこの事実がマスコミをにぎわすまで、国民は小室氏に父親がいないことも知らなされなかった。いわく「海の王子」「湘南の皇子」と、その爽やかな素顔をほめたたえる記事ばかりだったではないか。その出発点こそが、問題にされるべきであろう。

◆危機感を抱く天皇家と宮内庁

さわやかなロイヤルカップルの誕生に、国民をあげて慶賀の空気が支配していたところ、お盆をひっくり返すようなスキャンダルが暴露された。そこからはもう、小室バッシングが女性誌もふくめて繰り広げられた。マスコミの無責任なバッシングはともかく、じつは宮内省および皇室(天皇・皇后両陛下)にとっても、看過できない背景がこの騒動を大きくしているのだ。

11月23日に行なわれた「新嘗祭」には、高円宮家の長女である絢子さんと結婚した、守谷慧氏の姿があった。絢子さんが皇族から離脱しても、天皇家の親族であることにはかわりない。したがって、皇室のもっとも重要な祭儀である新嘗祭(年に一度、米をはじめとする収穫物を神嘉殿に奉納する)にも、総理大臣や三権の長とともに出席できる。かりに小室氏が眞子さまと結婚すれば、平民である総理や三権の長、あるいは宮内庁長官よりも上位の席で、この新嘗祭に参加することになるのだ。

◆会話がない秋篠宮家

秋篠宮ご夫妻の記者会見において、わざわざ宮内庁記者クラブが眞子さま問題で質問を準備したのも、秋篠宮家のなかで眞子さまの婚約問題で会話がないからだという。ふつうの会話はあるものの、小室氏の話題になると口を閉ざすという。眞子さまと会話ができないご夫妻の気持ちを、記者たちが忖度した会見だというのだ(皇室ジャーナリスト)。紀子さまの「長女を案じている」という発言も、まさに眞子さまとの断絶を率直に表明したものにほかならない。

小室家は父親の死後、自宅のローンこそ終わっていたものの、佳代さんの収入だけでは圭氏の大学(ICU)進学もままならない経済状態だった。そこで付き合いのあった男性に10回ほどにわたって439万円の進学資金を提供してもらったのが真相だ。その後、男性は「わたしはバンクカードではない」と憤り、返済をせまったという。一時は結婚の約束を交わしていたが、それもこの「金銭トラブル」のなかで解消された。ようするに、佳代さんとしてはカネヅルに過ぎなかったのだろう。しかし借用書のない貸し金であれば贈与とみなされ、佳代さんに返済の義務はない。

◆借金王子でもいいではないか

いっぽう小室氏は、周囲に「ご夫妻はいくら話しても、ぼくの話をわかっていない」と話しているという。両家は「言葉が通じない」状態だというのだ。金銭トラブルのほかにも、小室氏が仕事上の会食の席に、眞子さまを同席させたという報道もある(女性セブン)。

留学先のフォーダム大学ロースクールは、年間の学費は700万円ほどとされるが、小室氏には授業料免除の奨学金が付与されている。ニューヨーク州の弁護士試験に合格させるためのマンツーマン指導も行われているという。そうした待遇が受けられるのは、同大学がホームページに「プリンセスのフィアンセ」と記したからだ(宮内庁の抗議により削除)。

プリンセスと付き合うことで堂々と役得の味を占め、皇室を危機に陥らせようとしている剛胆さを、われわれは小室氏のさわやかな容貌から読みとることは難しい。しかし彼が眞子さまの心を射止めているのは、疑いのない事実のようだ。貧乏王子でも、欲得にまみれた外戚夫人でもいい。皇籍離脱にさいしての1億5000万円あまりの結婚一時金を、国民が納得しないというのならば、そんなシステムをやめてしまえばいい。宮様、学生時代からの自由恋愛で結婚した秋篠宮家において、皇室改革の火の手を上げるのはいかが。


◎[参考動画]秋篠宮さま 眞子さま小室さんに「それ相応の対応」(ANNnewsCH 18/11/30)

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)

著述業・雑誌編集者。主な著書に『軍師・黒田官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)、『真田一族のナゾ!』『山口組と戦国大名』(サイゾー)など。医療分野の著作も多く、近著は『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

月刊『紙の爆弾』2019年1月号!玉城デニー沖縄県知事訪米取材ほか

板坂剛と日大芸術学部OBの会=編『思い出そう! 一九六八年を!! 山本義隆と秋田明大の今と昔……』

横山茂彦『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

以下の文章、主要部分は、『NO NUKES voice』16号に掲載した内容と重複するが、日々「東京五輪」めく日常の異常さに耐え切れないので、お読みになっていない方にも知っていただきたく、ここに再度内容を改め掲載する。

もとより近代オリンピックはスポーツの祭典ではあるが、同時に国威発揚の道具として利用されてきた。さらに「アマチュア規定」(オリンピックにはプロスポーツ選手は参加できない)の撤廃により、1988年のソウル五輪からプロのアスリートが参加するようになり、雪崩打つように商業的な側面が肥大化した。いまや五輪はイベント会社やゼネコン、広告代理店にとっての一大収入源と化している。2020年東京五輪は、安倍や新聞広告がどうほざこうが、明らかに「巨大な商業イベント」である。

現在IOCはスポンサーを「ワールドワイドオリンピックパートナー」、「ゴールドパートナー」、「オフィシャルパートナー」の三つのカテゴリーに分けている。「ワールドワイドオリンピックパートナー」は「TOPパートナー(もしくはTOP)」とも呼ばれ、直接IOCと契約をしている企業で、基本一業種一企業とされている。年額数十億円のスポンサー代のほかに、当初契約料(かなりの高額であることが想像されるが、確定的な額は不明)を支払い、世界中でオリンピックのロゴやエンブレムを使用することが許される。ちなみにトヨタは10年で1000億円の契約を結んだと報じられているので、単年度あたり100億円という巨額を投じていることになる。現在下記の13社がTOPである。

コカ・コーラなどはおなじみのロゴだが、念のために社名を紹介しておくと、Atos、Alibaba、Bridgestone、Dow、GE、OMEGA、Panasonic、P&G、SAMSUNG、TOYOTA、Visaだ。かつてはこのなかに「マクドナルド」の名前があったが、世界体な経営不振で撤退したようだ。一業種一企業というが、サムソンとパソニックはともに家電を作っている。

「TOP」と異なり、「ゴールドパートナー」、「オフィシャルパートナー」は開催されるオリンピック組織委員会との契約し、国内に限りロゴやエンブレム、その他イベントの共催や参加が認められる。スポンサー代、使用諸権限とも「ゴールドパートナー」が「オフィシャルパートナー」より上位だ。「ゴールドパートナー」には、

の15社の名前があるが、問題なのは「オフィシャルパートナー」である。

最終列にある「読売新聞」、「朝日新聞」、「NIKKEI」、「毎日新聞」の名前を見落とすわけにはゆかない。全国紙のうち実に四紙が「東京オリンピックオフィシャルパートナー」という呼称の「スポンサー」になっているのだ。産経新聞は広告費を捻出する余裕がなかったのであろうか。いや、

スポンサーの位置づけの中では最下位だが、「オフィシャルサポーター」の中に「北海道新聞」とともに、「産経新聞」の名前が確認できる。つまりすべての全国紙と北海道新聞は公式に東京五輪のスポンサー契約を結んでいるのだ。

わざわざ金を払い、スポンサー契約を結んだイベント(東京五輪)の問題を指摘する記事を書く新聞があるだろうか。批判することができるだろうか。さらには「読売新聞」は「日本テレビ系列」、「朝日新聞」は「テレビ朝日系列」、「毎日新聞」は「TBS系列」、産経新聞は「FNN系列」のテレビ局群が連なる。大手新聞、テレビ局がすべてスポンサーになってしまい、東京五輪に関しての「正確な」情報が得られる保証がどこにもない。そんな状態の中で「東京五輪翼賛報道」が毎日流布されているのである。

東京五輪組織委員会はスポンサー収入の詳細を公表していない。しかし、上記の金額とスポンサー企業数からすれば、東京五輪のスポンサー収入が1000億円を下回ることは、まずないだろう。短絡的ではなるが、日本に関係のない大企業がいくら金を出そうが、それはよしとしよう。しかし日本企業で10億、100億という金を「広告費」の名目で「五輪スポンサー代」に払っている企業は薄汚い。経費で計上すれば法人税課税の対象にならないじゃないか。ちゃんと法人税を納めろ。

その中に全国紙5社と北海道新聞も含まれる「異常事態」は、何度でも強調する必要があろう。東京五輪は、財政潤沢な東京都、日本国で開催されるわけではないのだ。安倍は大好きな海外旅行(外遊というらしい)に出かけるたびに、気前よく数億、数十億、あるいはそれ以上の経済支援や借款を約束して帰ってくるが、日本の財政は破綻寸前だ。それに、東日本大震災、わけても福島第一原発事故はいまだに収束のめどもつかず、「原子力非常事態宣言」は発令されたまま。忘れかかっているが、わたしたちは「非常事態宣言」の中毎日生活している。

人類史上例のない大惨事から、まだ立ち直れていない原発事故現場から250キロの東京で、オリンピックに興じるのは正気の沙汰だろうか。私はどう考えても、根本的に順番が間違っているとしか思えない。緩慢な病魔に侵されているひとびとが確実に増加している現実を隠蔽し、「食べて応援」を連呼し、少しでも危険性に言及すれば「風評被害」と叩きまくる。チェルノブイリ事故の後、日本では放射性物質に汚染した食物の輸入規制を強めた。基準を超えた食物は産地に送り返した。と言ったって、ロシアのキエフ産の農作物などではなく、主としてドイツやイタリアからの輸入品だった。

この差はなんなのだ。どうして庶民は、平然と汚染食品を食っていられるのだ?避難者は、公然と20ミリシーベルト被爆する地域に送り返されるのか?それは全国紙を中心とする報道機関が、こぞって東京五輪のスポンサーになるほど、ジャーナリズムなどという言葉は忘却し、もっぱら営利企業化してしまっているからだ。彼らはもう「事実」や「真実」を伝えてくれる存在ではない。そのことを全国紙すべてが東京五輪のスポンサーになっている現実が物語る。恥ずかしくはないのか? 全国紙の諸君? 戦前・戦中同様、そんなにも権力のお先棒を担ぎたくて、仕方ないのか? 日本人はどこまでいっても救いがたく愚かなのか。

全国紙や大マスコミの社員ではなくとも、個々人が同様の「歪な加担」に乗じていないか、点検が必要なようだ。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

『NO NUKES voice』Vol.17 被曝・復興・事故収束 ── 安倍五輪政権と〈福島〉の真実

月刊『紙の爆弾』12月号 来夏参院選敗北で政権崩壊 安倍「全員地雷内閣」

財界の強い要望で進められている出入国管理法改正案は、自民・公明・維新らの賛成多数で11月27日衆院を通過した。外国人技能実習生にかかる提出データの改ざん(技能実習生のうち67%を占める失踪者の失踪理由を「低賃金によるもの」を「より高い賃金への転職」に書き換えるなど)、あるいは受け入れ人数の根拠のなさ。はては「法案が通らなくても、外国人は入ってくるんですから」(自民党議員)と言い放ついい加減さで、向こう数十年の国家のかたちを変える立法が行なわれようとしている。

◆人権に公正な移民政策を

すでに日本が多民族社会であり、国家としても複数民族であることを否定する者はいない。埼玉県や東京の東部では小学校の3割が在日アジア人、とくに中国人であると言われている。地域的にはワラビスタン(蕨市のムスリム)、江東区のIT系インド人居住区、北関東にはミャンマーを追われたロヒンギャの集団居住もみられる。60万人の在日韓国・朝鮮人の存在、あるいは在日華僑。古代いらい、大陸文化を受容することで文化を刷新してきた日本にとって、いま労働力不足をアジアからの移民に頼ることは、戦前の半強制連行の歴史とはちがう方法でこそ、実現されなければならない。それは労働条件における「同一労働同一賃金」、そして「家族の尊重」という基本的な人権思想であり、安倍総理自身も自分の政策として掲げている、まともな政治の実現である。

経済グローバル主義のもとで、労働力の流動は避けがたく、そこに技術輸出・文化輸出という有形無形の文化交流があればこそ、資本主義の不均衡な発展を是正する作用もみとめられる。グローバリズムとは新自由主義の弊害を持ちつつも、国際的なルール、世界標準(スタンダード)の実現という側面も持っているのだ。その意味では、移民に踏み切ることも、人類が国家というくびきを越えるこころみといえよう。新大陸(移民国家アメリカ)は、たしかにフランス大革命による近代市民革命の理想として、人類史を新しくしたのだから──。

 

日本ミャンマー協会役員一覧

◆監理団体に大物政治家の名前が

しかしながら、すでに本欄でも取り上げられてきた安価な労働力の搾取のためだけの法的裏づけ。すなわち時給300円ともいわれる劣悪な外国人研修生を合法化するものであれば、それは外国人労働者の血を啜る資本の圧制にほかならない。社会保障や家族の同行は補償されず、心身に問題が起きれば「本国に送り返す」というのだ。これはもはや現代の奴隷狩りではないのか。いや、奴隷狩りや資本制による労働の収奪以上に、具体的な利権が存在しているというのだ。

というのも、実習生を受け入れる監理団体の問題点が指摘されている(LITERAの記事による)。記事によると、技能実習生を送り出している最多国はベトナムであるという。そのベトナム人技能実習生受け入れの監理団体「公益財団法人東亜総研」の代表理事や会長を務めているのが自民党幹事長などを歴任した武部勤・元衆院議員だというのだ。さらに、同団体の特別顧問に就いているのは、自民党の二階俊博幹事長である。

 

日本ミャンマー協会役員一覧

監理団体には技能実習生1人あたり、毎月数万円の「監理費」が支払われるという。「非営利団体」を条件としながらも、その実態は人材派遣業なのだ。それゆえに技能実習生保護よりも儲けを優先させる監理団体が後を絶たない。そういう監理団体のトップや特別顧問に、大物政治家が就いているというのである。

ミャンマーからの実習生を受け入れている「一般社団法人日本ミャンマー協会」の役員名簿にも、多くの政治家の名前がならんでいる。名誉会長は中曽根康弘(元総理大臣)、最高顧問は麻生太郎(現副総理兼財務相)。会長・理事職に渡邉秀央(元郵政大臣)、理事長代行に古賀誠(元運輸大臣)、理事に甘利明(自民党選挙対策委員長)、浜田靖一(元防衛相)。この日本ミャンマー協会は、監理団体から手数料を徴収しているという。

上記の政治家・元政治家たちの役職に手当てが出ているとしたら、驚くべき利権の構造ではないか。ようするに、技能研修生という奴隷的な状態に置かれた学生から収奪する「監理団体」からのカネを吸い上げる団体に、立法にかかわる政治家たちが名を連ねているのだ。これを利権政治と呼ばずになんと呼ぶのだろう。

 

日本ミャンマー協会役員一覧

この日本ミャンマー協会役員名簿に登録されているのは、自民党の政治家だけではない。理事長代行に公明党の重鎮である白浜一良(元参院議員)、理事に野田内閣で法務相を務めた民進党の田中慶秋(元衆院議員)、立憲民主党の福山哲郎(幹事長)の名も記されている。入管法の改正よりも、さきになすべきことは劣悪な労働条件のみならず、渡航代理業者に不当な借金を強いられている実習生たちの保護、あるいは実態調査にもとづく労働監督局による摘発であろう。

実習生保護のための施策がなおざりにされたまま、資本・財界による「安価な労働力を寄越せ」という要望のままに、いわば「外国人奴隷労働法」が成立しようとしている。われわれは引きつづき、技能実習生をめぐる実態を暴露していかなくてはならない。そして外国人労働者の受け入れによって生起する労働問題、社会保障や生活問題にいたるまで日本政府に責任を持たせるのでなければならない。

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)
 編集者・著述業・Vシネマの脚本など。著書に『山口組と戦国大名』(サイゾー)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社)など多数。

話題の最新刊!
板坂剛と
日大芸術学部OBの会=編
『思い出そう!
一九六八年を!!
山本義隆と
秋田明大の今と昔……』

横山茂彦『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

 

◆ダウンタウン・吉本のお家芸「行政の太鼓持ち」

11月23日深夜、新たな「税金の無駄遣い」の決定をうけ、「ダウンタウン」の2人が下記のようにコメントしたそうだ。

〈ダウンタウンの浜田雅功(55)、松本人志(55)は2017年から大阪万博誘致アンバサダーを務めている。大阪・御堂筋で開催される大イベント「御堂筋ランウェイ」に2年連続で出演するなど、万博誘致を懸命にPR。今回の開催地決定で、2年間の努力が実を結んだ。2人はこの日、所属事務所を通じてコメント。
松本「素晴らしい! 皆さまの地道な努力の結果だと思います。ダウンタウンは何もしておりません 特に浜田(笑)」
浜田「素晴らしい! 皆さまの地道な努力の結果だと思います。ダウンタウンは何もしておりません 特に松本(笑)」〉(2018年11月24日付けサンケイスポーツ)

行政のお先棒を担ぐような役回りを平然とこなす神経は、実によくわかる。「ダウンタウン」にはデビュー以来一度として「笑い」をもらったことがない。彼らの芸は、誰かを貶める、あるいは威張るか迎合する。パターンはいつも同じだ。生前横山やすしに「漫才師やから何をしゃべってもいいねんけれども、笑いの中に『良質な笑い』と『悪質な笑い』があるわけだ。あんたら二人は『悪質な笑い』やねん。テレビ出るような漫才とちゃうやんか。お父さんけなしたり、自分らは新しいネタやと思うてるかもしれんけど、正味こんなんイモのネタやんか」と看破された本質は、1982年からなんらかわっていない。


◎[参考動画]1982年末の『ザ・テレビ演芸』(制作=テレビ朝日)

明石家さんま、北野武、ダウンタウン、とんねるず、ウッチャンナンチャンなど「全然おもしろくないお笑いタレント」が師匠ズラをして、より小物のひな壇芸人しか育たない。岡八郎や花木京、人生行路が生きていたら、かれらもおそらく「大阪万博」に乗っかるだろう。でもダウンタウンほどの破廉恥さは見せないに違いない。横山やすしが、言いえて妙なダウンタウンの本質を突いている。岡八郎や花木京は腹巻をして吉本新喜劇の舞台に登場して、誰を見下げるわけでなく「え?なに」の一言で観客から笑いが取れた。所詮芸人としてのレベルが違いすぎるのだろう。

西川きよしは大阪万博を決定を喜ぶコメントを発している。国会議員もそつなくこなし、順風満帆の西川きよしらしい態度だ。ここが西川きよしと横山やすしのまったく違うところだろう。横山やすしのような人格は、仮にトラブルやアルコール依存症がなかったとしても、今日のような「管理社会」では受け入れられるキャラクターではなかっただろう。

漫才ブームまで、関西の漫才が全国区で放送されることはそうあることではなく、吉本興業が東京に進出しても、当初は苦戦を強いられていた。大阪のどぎつい笑いは東京では受け入れらにくかったのだ。しかし、マーケットは広げたい。吉本興業を中心とするお笑い芸人が選択したのは、笑い質の転換である。東京を中心とする全国で通じる、視聴者に迎合した笑い。そこに彼らはターゲットを合わせてゆく。

 

◆古臭い集権政治の再現でしかない大阪地域ファシズム

地方分権だなんかといいながら、政治の世界で起こっていることも同様だ。石原慎太郎や、神奈川で先に火が付いた地域ファシズムを、大阪は橋下徹によって後追いする。何も新しくない。橋下が主張したのは「ヒト・モノ・カネを大阪に集め」との古臭い、集権政治の再現に過ぎない。その延長線上に愚の骨頂もいいところの「大阪万博」などを発想し、「東京五輪」の5年後に開催するなど、半世紀前の利権構造を同じようにたどっているだけだ。

こういう、的外れで体たらくな行政を許しているから、大阪の文化的地盤沈下には際限がないのだ。大阪と東京にはかつて、対立意識や概念が存在した。しかし今やそんなものはどこにもない。大阪人の計算高さを東京の企業も内面化し、東京人の「ええかっこっしい」を大阪人も恥じることなく真似ている。笑わせてくれる芸人の出現を求めるのが無理な文化状況は、そうやって形成されているのだ。

なにが「万国博覧会」だ。馬鹿もたいがいにしろ! まだ海外旅行が夢の世界で、「外国」が庶民にとっては、実際の距離以上に遠かった1970年と、ネットに向かえば瞬時に世界と対話できる、LCCを利用すれば数万円で地球の裏側に行ける時代の違いくらいは、誰にでもわかるだろう。

いや違った。その違いすら分からないから、きょうもダウンタウンが偉そうに、面白くもない姿をさらしているのだ。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

『ダウンタウン 浜ちゃん松ちゃんごっつええ話』

月刊『紙の爆弾』12月号 来夏参院選敗北で政権崩壊 安倍「全員地雷内閣」

一年の締めの九州場所は、場所の直前に貴ノ岩関が民事公訴を取り下げることで順風万帆の幕開けと思われたが、唯一の日本人横綱・稀瀬里の4連敗休場で盛り上がりを欠いている。白鵬と鶴竜、そして稀瀬里が休場することで、横綱不在の場所となってしまったのだ。元貴乃花部屋力士では、貴ノ岩はいまいちだが、貴景勝が好調だ。このうえは実力伯仲の若手力士がしのぎを削り、万全ではない大関陣を巻き込んだ優勝争いを繰り広げて欲しいものだ。

◆第三者委員会による報告書

ところで、もう先月のことになるが、日本相撲協会が設置した暴力問題再発防止検討委員会が発表した最終報告書には、驚愕の事実が記されていた。この再発防止検討委員会は相撲協会からは独立した第三者委員会である。委員会によると、昨年秋の鳥取巡業での事件の概要が、関係力士たちの証言とともに明らかにされているのでレポートしておこう。

事件が起きたのは、鳥取城北高校の校長の呼びかけによるものだったが、同校のアンバサダーを務める白鵬に、同行とは無関係の日馬富士と鶴竜も同行することで、モンゴル勢の集りになった。やはり最初にモンゴル語で貴ノ岩に説教をはじめたのは白鵬だった。初場所で白鵬に勝った貴ノ岩が「これからは俺たちの時代」と発言していたことに腹を立てての説教である。この段階では、日馬富士が貴ノ岩をかばっていた。

ラウンジでの二次会になってから、白鵬は照ノ富士に対しても日頃の言動をあげつらう。ついには照ノ富士が土下座を強要される事態となった。強要罪は、それを行なったのが暴力団組員なら、即刻逮捕される事件である。白鵬の説教が一段落したと思った貴ノ岩がスマホをいじったところ、日馬富士が「おまえ、大横綱が話をしているのに!」と激昂したのは既報のとおりだ。ここから1.56キログラムのカラオケリモコンで頭部を殴打し、あの無惨な頭部裂傷がもたらされたのだ。

◆白鵬による暴力の是認が明らかに

深刻なのは、事件のきっかけを作った白鵬が何ら反省をしていないことだ。危機管理委員会の事情聴取にさいして、白鵬が「今回の事件は、あえて愛の鞭と呼びたい」と発言していたことだ。ようするに横綱による暴力の是認が明らかなうえに、相撲協会がそれに何らの斯道も行なえず、放置している現状が報告書にまとめられているのだ。最終報告書は「横綱在位が長期に亘ってくると、初心を忘れ、自己の地位に関する過信から相撲道に悖(もと)る言動が頻発した例が、遺憾ながら観察された」としている。

いや、そればかりではない。報告書は大相撲が直面している深刻な事態を結論としているのだ、

 

貴乃花光司『生きざま 私と相撲、激闘四十年のすべて』ポプラ社2012年

◆モンゴル互助会の存在は、貴乃花氏の正しさを立証した

報告書はこう云っている。「相撲部屋に所属力士が、当該部屋以外の別組織との関係において緊密な関係があって別組織の指示・指導等によって行動しなければならないような関係が生じてくると、当該力士は、二律背反の関係が生まれるなど難しい立場に置かれることになり、本来的に期待される行動が取れなくなる危険がある」というのだ。

まわりくどい言い方をしているが、この「別組織」とはモンゴル人力士の集まり、すなわちモンゴル互助会にほかならない。鳥取事件を生起させたモンゴル人力士の集りが、八百長を発生させる危険があると、報告書は指摘しているのだ。繰り返すが、暴力問題再発防止検討委員会第三者委員会である。

事実関係をつかんでいるからこそ、ここまで踏み込んだ報告になったのであろう。まさにこれこそ、元貴乃花親方が危惧していたモンゴル互助会、もはやモンゴル部屋と言うべき実態ではないか。相撲協会が頭を悩ませてきたいわゆる「貴乃花問題」とは、相撲協会にはびこる八百長を告発し、その改革に積極的だった元貴乃花親方の闘いにほかならない。

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)

著述業・雑誌編集者。主な著書に『軍師・黒田官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)、『真田一族のナゾ!』『山口組と戦国大名』(サイゾー)など。医療分野の著作も多く、近著は『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

月刊『紙の爆弾』12月号 来夏参院選敗北で政権崩壊 安倍「全員地雷内閣」

横山茂彦『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

 

話題の最新刊!板坂剛と日大芸術学部OBの会『思い出そう! 一九六八年を!! 山本義隆と秋田明大の今と昔……』

日芸(日大芸術学部)は日大とは、また別の大学だと言われる。いまでは芸能界やテレビ業界との結びつきを言われることもあるが、その真髄は芸術家志望という華やかさであろう。それ自体がお祭のような日大闘争のなかで、きわだって劇場のごときイメージが芸闘委にはある。その芸闘委を中心とした芸術学部OB会の『思い出そう! 一九六八年を!!』を読んだ。稀代のカリスマ、板坂剛のプロデュース・主筆によるものだ。板坂は冒頭にこう書いている。

「私が探しているのは、自分が遭遇したあの劇的な一時期、若者に活力を与えた“時代”の正体である」わたしはその「正体」は、ほかならぬ日大闘争そのものにあったと思う。

◆発火した68年の記憶

ヘルメットにゲバ棒、長髪にGパン。圧倒的に大量な若者たちの層、おびただしい学生の数は、おそらく彼らが何かを流行らせれば、そのまま大きなブームとなる時代であった。事実、学生運動にかぎらず登山やサーフィン、水上スキーなど、団塊の世代がさまざまなジャンルで小さなブームをつくっては、文化の裾野をひろげた。68年はまたグループサウンズブームの年(全共闘と軌を一に、約一年で終息した)でもあり、いわば発火しやすい年だったのである。当時、小学生だったわたしは、時代が発火しているという記憶だけが鮮明だった。

発火するからには、入れ物が大きくなければならない。板坂も引用している『情況』2009年12月号の特集サブタイトルは、じつに「全共闘運動とは日大闘争のことである」だった。元日大生の座談会やインタビューを編集しながら、わたしはそれまで見聞していた全共闘運動のイメージが激変するのを意識していたものだ。ふつうの学生たちが立ち上がり、右翼学生との命がけの闘いのなか、助けにきてくれたはずの警察(機動隊)が自分たちに暴力を振るう。6月11日の祭の始まりがそれだ。

9.30(団交勝利)以降、あるいは11.22(東大集会)から翌年にかけて、全共闘から70年安保闘争の政治活動家になった日大生も少なくはなかったのを知っている。だが、ほぼ半年のあいだに、ノンポリ学生から全共闘の活動家になり、そしてそのまま普通の学生にもどった人たちの言葉には、当時のままの意識がやどっているようで興味を惹かれた。この本の巻末にも、当時の意識のままの座談会で生身の言葉を拾うことができる。なにしろ、ふだんは活動家っぽくない板坂剛が学生運動の歴史を、座談会の参加者に(けっこう熱っぽく)概説しているのだから──。ほんと、党派のコアな活動家みたいだ。

秋田明大氏(右)と著者(左)(文中より)

山本義隆氏(文中より)

◆東大イベントに殴りこめ

数が質を生み出す原理から、日大生が立ち上がったことで「学園紛争」に火が点いたのは疑いない。同じ時期に東大医学部で処分問題が学生自治会のストライキを生み、その延長に闘争委員会方式の全共闘が誕生した。そして当時の日大全共闘と東大全共闘の位相の落差とでもいうべき「相互の意識」あるいは、愛憎にも似た感じ方もこの本でよくわかった。東大全共闘も主役には違いないのだから、日大への気遣いの足りなさは「御多忙」というしかないと、わたしのような外部の者は思う。

ただし、日大全共闘には不義理な山本義隆氏が情況前社長の大下敦史(元はブント戦旗派)の追悼集会で講演を行なったのは、山本氏が主宰者の一人でもある「10.8山﨑君プロジェクト」のベトナム訪問協力への返礼を兼ねてであって、同プロジェクトに大下の義弟が深く関与していることから、その義弟が主催する追悼イベントに義理で講演したというのがウラの事情である。山﨑博昭君が大阪大手前高校の後輩であることから、山本氏は同窓生に誘われてのプロジェクト参加であったこと。したがって、山本氏はきわめて個人的な義理を尊んだということになる。

それにしても、日大全共闘と東大全共闘には溝があるのだろう。来年の1月に安田講堂を借り切って、元東大生たちがイベントを計画しているという(未公表)。殴りこんでみたらどうだろう。なぜ君たちは東大を解体しなかったのに、記念イベントなんてやるんだと。いますぐ、この赤い象牙の塔を壊そうじゃないかと。なぜならば、いまなお日大生は右翼暴力団の支配に苦しんでいるのだ。

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)

『情況』編集部。編集者・著述業・Vシネマの脚本など。著書に『山口組と戦国大名』(サイゾー)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社)など多数。

矢谷暢一郎『日本人の日本人によるアメリカ人のための心理学━アメリカを訴えた日本人2』

松岡利康/垣沼真一編著『遙かなる一九七〇年代‐京都 学生運動解体期の物語と記憶』

 

本日発売!板坂剛と日大芸術学部OBの会『思い出そう! 一九六八年を!! 山本義隆と秋田明大の今と昔……』

『思い出そう!一九六八年を!!』の表紙には心が躍った。どこの党派間のゲバルトかは判然としないけれども、キリン部隊衝突の写真は、時代の空気を伝えようと意図されたものであろう。あの時代こんな風景は東京や大阪ならどこにでも見られた。民青(共産党系の学生青年組織)相手のゲバルトや、逆に民青からのゲバルトも熾烈を極めた。

と、あたかもそこにいて、経験したように、いっちょ前の感想をビール片手に書いているが、小生1968年には満三歳。ある地方都市で元市長の官舎に使われていた、敷地が狭くない庭で、祖母と草木に戯れていた。あれ以来50年。小生が覚えた草木の名称の7割以上は、祖母から3歳時までに教えてもらったものだ。

だから「一九六八」の記憶などに、心躍らせること自体がフェイクであり、ナンセンスの誹りをを逃れようがないのだが、この感情は嘘じゃないんだから、仕方ないではないか。たとえば10・8羽田、あるは国際反戦デー、騒乱の渋谷、新宿。佐世保エンプラ寄港阻止闘争。三里塚強制収容から管制塔占拠。

どれもこれも、自分はその場にいたわけでもないのに、Youtubeなどで映像にヒットすると「オッ」と思わず前のめりになる。「超法規措置での収監者解放」、「人の命は地球より重い」と総理に言わしめたハイジャック闘争など、映画を見るより鳥肌が立つ(そのお陰で搭乗手続きが煩雑になり、迷惑もこうむっているけども…)。社会や時代を動かす力を、若者は持っていたし、なかには人の迷惑顧みず、命がけでたたかう学生だって少なくなかった。

真逆の時代に何十年も砂を噛むよう思いをさせられ続けた「割を食った」世代としては、その時代のややこしさや、負の側面など関係ない。単純に熱い時代への憧憬しかないのだ。

◆板坂剛らの手になる山本義隆、秋田明大の実像

そのただなかにいて、山本義隆、秋田明大という二人を直接知る、板坂剛の手になる『思い出そう!一九六八年を!!』は、1968年から50周年企画や出版が様々なされる中で、確実に一番「おもしろい」書籍であると確信する。板坂の秋田明大への親近感と山本義隆へのちょっと冷めた視線が「おもしろい」。山本義隆への人物評を「調整役」としたのには驚いたし、秋田明大が岡本おさみ【注】、加藤登紀子作曲で「あほう鳥」なるレコードを出していた(ってことは日大全共闘議長秋田明大は「歌手」でもあったのか! 知らんぞ! 秋田明大は運動から離れたあとは町工場で過去を語らずに生きていたイメージがぶっ飛んだ)ことも事情を知らぬ人たちには驚きだろう(その代わり、本書でも触れられていない秋田明大の私生活の秘密を知ってるけど、それは内緒!)。

小熊英二が『1968』を書いている。あれは学術書だからだろうか。さっぱり「おもしろくない」。なにより小熊自身が1968になんの共振、共感も抱いていないことが明白で、事実の羅列、年表としか感じなかった。

小熊などと板坂を比べたら、板坂からどんな仕打ちをされるか分かったものではない(小生は板坂との初対面の際、しこたま酔った板坂に筆舌に尽くしがたい仕打ちを受け「噂通り、やっかいなおっさんだ」との確信を強めた。が、後日昼間にしらふの板坂に再会した際、挨拶すると「どちらさまでしたっけ」と板坂は全く覚えていなかった。板坂とはそういう「まじめ」な男である)。しかし、それほど『思い出そう!一九六八年を!!』は全共闘の中で自らが望まずとも、表出せざるを得なかった、山本義隆、秋田明大二人の人物像と個性を知る板坂が(これも強調しなければならないが)、極めて上質な文体と分析から描く「生もの」である。

「1968」をどう評価するか、関心を持つかはおのずから各人の自由であるが、あの年の肌触りを実感し、ここまで再現できる人物はそうはいないはずだ。板坂と春日(この人物についての知識はない)に感服する。

【注】「あほう鳥」の作曲者の加藤登紀子はご存知の通りで注釈を省くが、作詞者の岡本おさみは、レコード大賞を受賞した森進一の『襟裳岬』、吉田拓郎の『旅の宿』、ネーネーズの『黄金(こがね)の花』などのヒット曲がある。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

本日発売開始!
板坂剛と日大芸術学部OBの会=編
『思い出そう! 一九六八年を!!
山本義隆と秋田明大の今と昔……』
(紙の爆弾2018年12月号増刊)
1968年、全共闘は
国家権力と対峙していた。
戦後資本主義支配構造に対する
「怒れる若者たち」
当時の若者には、
いやなことをいやだと
言える気概があった。
その気概を表現する
行動力があった。
権力に拮抗した
彼らの想いを知り、
差別と排除の論理が横行する
現代を撃て!!

政府及び内閣が先日閣議決定をした出入国管理法および難民認定法の改正にわたくしは再度反対の意を明らかにする。

勘違いされると困るが、わたしは海外からこの国にやって来る人を、「入国させることを困難にさせよう」と主張するのではない。むしろ、海外からこの国に渡航してこようとする方々のハードルは下げるべきであると考える(短期滞在を中心とする来日者にとっての抑圧がない在留資格に限定すれば)。

しかしながら、今般、政府がターゲットにしている方々は、そういった方々ではない。これまで表面上は在留資格にはなかった「期限付き単純労働者」を含む多彩な労働者を人口減で、労働力不足の日本に招き入れようとしている。

労働に携わるのであれば、日本人もしくは日本定住者同等の権利義務が保証され得る状況で労働に従事するという最低限の保障が得られるべきである。しかしその最低限保証は、まず間違いなく海外からの労働者には適用されない。

わたしは外国籍労働者の入国規制緩和に反対はしない。しかし、この度の入管法改正においては、そういった諸権利および入国される方々の待遇が保障され得ない可能性が極めて高いが故に、新たな「奴隷労働」の再来を想起し反対を明確にするものである。

◆無茶苦茶に好き勝手されている労働条件現実を直視すべき

外国人労働者受け入れをする論じる際に、前提として日本人(日本居住者)の労働条件が、使用者側により無茶苦茶に好き勝手されている現実を直視すべきであろう。労組もその過半数が「御用組合」に成り下がり、ろくろく賃上げ交渉や、労働者の権利確保に動きはしない。中には「憲法改正賛成」などと、馬鹿げた決議をする組合まで出てくるありさまだ。

おかしなことに、労組の要求ではなく、首相が経団連に「賃上げをしてくれ」と命じると、大企業は賃上げに応じる。日本人労働者の権利も守れない状態で、より立場の弱い外国人労働者が増加したら、その人たちがどのような仕打ちを受けるか、賢明な読者諸氏においては、想像に難くないであろう。

さらに、なぜわたしがそのような点を指摘するのかと言えば、これまでの在留資格で入国をし、労働に従事した方々のうち、研修生および留学などの在留資格を保持した方々は、極めて劣悪な労働環境で働くことを余儀なくされた。その問題の深刻さが正面から論じられることがなかったからである。だがわたしは経験からその実態を知っている。

そもそも留学などの在留資格を持ち来日し、労働に従事すること自体が、在留資格の本来の目的と在留資格の実態からかけ離れていることは勿論である。今般の大きな政策変更いぜんにも、実態としての「外国人頼み」の業種や商業は既に存在していた。しかしながら、「出入国管理法及び難民認定法」の表面上これまで日本は外国の単純労働力としての流入を頑なに拒んできたという歴史がある。

◆外国人労働者受け入れの条件で格段に不備が多い社会

この度の入管法改正は、一気に単純労働者の取り込み、および今後不足することが想定される職域に置いての外国人労働力労働者の容易な入国を認めるものであるが、その前に一度振り返ってみる必要がある。

外国人労働者でなくとも、日本人労働者は労働に対してそれに見合う対価を得ているであろうか。日本人労働者(正規雇用、非正規雇用を含む)が、このかん空前絶後の好況と言われながら、給与所得の向上は、労働組合の要求ではなく、専ら安倍首相が経団連に向け、給与を上げろというようなことに限り、それ以外の状況では上昇してこなかった事実。これらを俯瞰する時に、日本においては他の労働力受け入れを経験した諸国に比べ、格段に外国人労働力労働者受け入れの条件が不備であると断ぜざるを得ない。

それほど難しい話をしなくとも、少なくとも異文化の人々と一定程度の付き合いをしたひとであれば、今回の判断が如何に短絡的なものであるかご理解いただけるであろう。わたしは過去30年ほどのあいだに、日本の中で外国からこらえた方々数百人と接触してきた。東南アジア、欧米、中東、オセアニア、南米(アフリカ出身の方は少なかった)などの方々と接する中で、嫌でも「体感的」な交流からは逃げられなかった。

日本の社会は変化するし、海外からやってくる方々の母国の様子も変化する。だからわたしの経験は、断定的なものとしてしか語れはしない。けれども「価値観・生活様式の違いは予想をはるかに超える」。このことは断言できる。たとえばインドネシア、ベトナムのひとたちは、「穏やかだから介護や看護に向く」との短絡的な決めつけが聞かれる。そういうことを吹聴するひとたちの頭の中には、インドネシアには数百の民族が居住し、言語文化も多様であり、内戦まがいのいさかいが続いている、あるいはベトナムは米国に戦争で勝利した唯一の国であるとの認識などあるだろうか。

誤解されると困るので、わたしはいずれの国籍・民族の人々にもなんらの偏見を持たないことを明言しておく。ただし、世界には「勘違い」した国や民族が同居していることもまた事実である。

逆説的に論じれば、わたしは海外からの労働者が、日本人と同等に処遇されるのであればそれに反対するものではないが、当の日本人自体が本来獲得できる諸権利および賃金が獲得できない状況で蠢いている中で、それより前提の悪い中でやって来る外国人の方々が、まっとうな生活が送れるとは考え難い。今回の入管法改正策動は、高度成長期に日本が批判された「経済的海外進出」の21世紀版“経済的奴隷労働”の具現化に他ならない。


◎[参考動画]入国管理局が「庁」に格上げへ(ANNnewsCH 2018年7月24日公開)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

月刊『紙の爆弾』12月号 来夏参院選敗北で政権崩壊 安倍「全員地雷内閣」

『NO NUKES voice』Vol.17 被曝・復興・事故収束 ── 安倍五輪政権と〈福島〉の真実

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