笑顔が優しく、人気あるシーザー武志さん

熱く語るシーザー武志さん

今、キックボクサーの昔話が面白い。マニアだけでなく、聴けば試合や時代背景などの語り口に、はまってしまう人多いでしょう。

格闘技専門誌の名門、月刊ゴング誌編集長だった舟木昭太郎さんが毎度、名選手を招いて行なわれる「トークとオークションの午後Part.11」が10月28日に銀座で、シーザー武志さんをお招きして開催、「シーザー武志の日2」として昨年に続く2回目の登場となりました。

お話は主にキックボクシングデビューの頃のエピソード、佐山聡氏との出会い、息子さんの王座獲得やRENA、MIOの活躍など、時代の背景とともに懐かしい話題で盛り上がりました。

MIOも活躍中、期待を掛けるシーザー武志さんとツーショット

多くを語ったシーザー武志さん、左は主催者・舟木昭太郎さん

◆デビュー戦から舟木さんの目に止まる存在!

シーザー武志さんは本名・村田友文、1955年(昭和30年)生まれ、1972年(昭和47年)に大阪西尾ジムからキックボクシングデビュー。1982年3月には日本ウェルター級王座獲得。

デビュー当時はまだ17歳、そのデビュー戦は敗れるも、好ファイトを展開したことで、この日の司会者の舟木さんは、
「コーナーに追い詰められる窮地にさらされても頑張っていて、それが凄い印象に残って小さなコラムに書いたんですよ。」と語ります。

シーザーさんは「その何行か書いて頂いたことが凄く嬉しくて、その載ったゴング誌を20冊ぐらい買って家族や親戚に配ったことが思い出されます。ずっと諦めない気持ちでやって来ました。90戦あまり試合して、引分けが30戦ぐらいあるんですけど、私がいちばん引分けが多いんじゃないかな」とあまり知られぬエピソードも語り、当時を振り返りました。

1983年当時のシーザー武志さん、この頃からシュートボクシングを興す思想が芽生える

舟木さんに、「顔が全然崩れていないね」と聞かれると、「痛けりゃすぐ倒れるから・・・、右からヒジ打ち食らって鼻が曲がって、左からヒザ蹴り食らって元に戻りました」と笑いを誘うジョークもありました。

シーザー武志さんのデビュー当時は活字の誌面としてのゴング誌は貴重で、ゴング誌に載ることが選手にとって憧れと誇りで、当時の選手は皆そんな想いを持っていただろうと思います。

キック創生期は浅草公会堂でキック興行をやっていた時期がありました。当初は舞台だけが屋根があり、客席は野外となり原っぱのような(土の地面)状態だったといいます。お客さんは少なくて、後にテレビ放映が始まってブームとなり、沢村忠のタイトルマッチでテレビ視聴率が35%以上いくと、権之介坂のガラス張りの目黒ジムは歩道いっぱいに人だかり。それに対し西尾ジムは目黒ジムのカマセ犬みたいな存在で、シーザー武志さんはそういう目黒の強い、有望な選手と当てられて負けが込むも、その中で辛抱してきた選手でした。そんな忍耐心がその後、シュートボクシングを始めても不振が続いても諦めない、継続力に繋がっていきました。

これは昨年の1枚より、ミッキー鈴木、アトム鈴木兄弟も当時目黒ジムで、ライバルながら指導を受け、「二人は私の師匠」と言うシーザー武志さん

盛り上がる会場でオークションを眺めるシーザー武志さん

◆佐山聡との出会い!

「力道山は尊敬するほど好きだったけど、後のプロレスはあまり見ませんでした。キックボクシングが下火になり、興行もほとんど無かった頃、佐山聡の知り合いから“UWFの試合を観に来てくれ”と誘われて観に行ったら佐山聡に会うことになり“シーザーさん、蹴りを教えてくれませんか?”と言われて、ちょうど暇だったので、タイガージムへ教えに行くようになりました。そこで、前田日明と山崎一夫と高田信彦に“練習いっしょにいいですか?”と言われて教え始めたのがUWFとお付き合いする切っ掛けでした。前田は以前、空手をやっていたので、その棒蹴りの癖はなかなか直らなかったですね。いちばん上達が早かったのは佐山聡で、彼のパワーは凄かったですね。以前にもキックをやっていた経験があるので、蹴り方を覚えていて、教えたことは更に上手く習得していきました。いちばんダメだったのが高田信彦で彼は蹴りはやったことなかったから。その代わり、彼の偉いのはみんな練習終わっても、ずーっと蹴りの練習していましたね。だから後々にはかなり上達しました」と裏話あり、そこでシーザー武志さんが教え始めたことで皆、蹴り技が上手くなっていきました。

その後、佐山聡氏が1984年にシューティング(現在の修斗)を創設し、その影響から翌年にシュートボクシングを設立に至り、興行を充実させ、シーザー武志氏も本来の実力を発揮、WSBAを設立し、日本と世界のホーク級チャンピオンに君臨しています。引退後は選手育成に力を注ぎ、緒方健一をはじめ、多くの名選手が生まれて来ました。

◆現在のスター!

今年の9月16日には息子さんである村田聖明(22歳)がキャリア16戦目で初のタイトル挑戦となるSB日本スーパーフェザー級(-60kg)王座決定戦に出場。池上孝二(フォースクワッド)に判定勝利で王座奪取しました。「本当は格闘技やらせたくなかったですけどね。“デビューしたからにはジムや会場などの協会管轄下では親子の関係ではないぞ”と告げました。たまにジム行くのがいっしょの時間になると、“いっしょに車で行くか“と言うと“僕はバスで行きます”と返されるとちょっと寂しい思いがする時があります」と親心の一面も見せ、チャンピオンになった時は「協会の会長として感情出しちゃいけないと我慢していたんですけど、“お父さん、お母さん、今日まで育ててくれてありがとうございました”と言われた時は、耐え切れなくて涙流してしまいました」と心中を語りました。

紆余曲折を経て、人脈多く周囲の人達に支えられて32年続いたシュートボクシングで、「感謝の気持ちを忘れず続けていきたい」と語りました。シュートボクシングは香港の支部も出来、12月にはMIOも出場する興行があるようです。

RENAは総合格闘技にも進出している現在。「幼い頃からお姉さんにいじめられて反発し、喧嘩ばかりしていたようで負けん気が強い。普通、男でも倒れた相手の顔なんて踏めないもんだけどRENAは平気で踏むからね。そんなRENAの後を追いかけるMIOも、また違った戦略で世界進出させたい」と語るシーザー武志氏でした。
そんなシュートボクシングのビッグイベントが来週行なわれます。

「SHOOT BOXING BATTLE SUMMIT-GROUND ZERO TOKYO 2017」2017年11月22日(水)東京ドームシティホール17:30~

「SHOOT BOXING BATTLE SUMMIT-GROUND ZERO TOKYO 2017」
2017年11月22日(水)東京ドームシティホール17:30~

SB&RISEヘビー級チャンピオン.清水賢吾(極真会館)
vs
元・パンクラス・ウェルター級チャンピオン.三浦広光(SAMURAI SWORD)

4人の選手参加によるSB日本スーパーライト級(-65kg)王座決定トーナメントでは、海人(TEAM F.O.D)vs憂也(魁塾)、健太(E.S.G)vs高橋幸光(はまっこムエタイ)がそれぞれ準決勝戦で、ワンデートーナメントによる決勝戦が行なわれます。

深田一樹(龍生塾ファントム道場)vs笠原弘希(シーザー)戦、MIO(シーザー)vs ペッディージャー(タイ)戦、他にシーザー武志さんの息子さん村田聖明(シーザー)も出場決定しています。

《取材戦記》

シーザー武志さんがデビューした1972年(昭和47年)頃は創生期から少し時代が流れた頃で、稲毛忠治、松本聖、田畑隆など次の時代のスターが多くデビューした頃でした。

トークショーは限られた時間で一部のエピソードを拾ったもので、物足りなさは感じるところがイベントとして丁度良く、こういう昔話を掘り起こして、他の昭和の名選手からも深イイ話を生の声で聴けることを、今後のトークショーに期待したいところです。

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

一水会代表 木村三浩=編著『スゴイぞ!プーチン 一日も早く日露平和条約の締結を!』

藤川僧と春原さん (1994.6.29)

 
初対面となる私の知人との紹介が続く藤川さんの旅の途中、私以外の世話人も同様に藤川さんに紹介され友達の輪が広まったことでしょう。これが藤川さんの思惑で、延々続いていくのです。

◆春原さんと御対面!

11時少々回って巣鴨駅改札で御対面。春原さんは「初めまして、春原(すのはら)と申します」と比丘に対するには上手くないワイ(合掌)をして御挨拶。

「話は聞いとるよ、ほな行こか!」と予定していた方向の、とげぬき地蔵商店街へ歩き出す藤川さん。先行く藤川さんの後方で、「言うの忘れてましたけど、比丘は挨拶を返さないので悪く思わないでください」と後ろを歩く間に春原さんに伝えました。

私がタイのお寺で藤川さんと再会した時も、昨日の習志野ジム宿舎での朝の挨拶も、藤川さんはちゃんとした挨拶を返していません。私も最初は違和感がありましたが、比丘は俗人に対し、挨拶を返す必要が無いので、その事情を聞いて初めて理解しました。それは一般的に正しくないかもしれませんが、そういう仕来りの下、仏門の日常があると把握しておかねばなりません。

「ああそうなんだ、聞いておいて良かった」と春原さん。

藤川さんは歩きながら春原さんに気さくに話しかけ、「普段どんな所行っとるん?辰吉は眼悪うしたやろ、まだ試合はやれるんか?」と、春原さんの仕事に合わせた会話を続けてとげぬき地蔵尊近くのレストランを見つけ、早速入りました。

11時開店の様子でサラリーマン客はまだ居らず、お参りに来てたおばちゃんたちが数人いる程度の空席が目立ちました。“3名様”を呼ばれてテーブルに着き、藤川さんは「何でもええから注文して!」と自分からメニューを見ず、我々が気を利かせステーキや中華、焼き魚類の定食を3人前、刺身の盛り合わせを1皿注文。合計で4000円ぐらい。

さて誰が払ったでしょう?いちばん年上の藤川さん、二人の仲介役の私、この場でいちばん金持ち春原さん、あるいは割り勘! あるいは……!?

藤川僧と春原さん (1994.6.29)

◆日本のレストランで見た仏教の習慣!

おばさん店員さんによって運ばれて来るお盆に載った定食をまず春原さんに「このお盆のまま藤川さんに手渡ししてください。テーブルに置いたままでいいですから」と最初から手渡しの儀式をお伝えしました。

「比丘は勝手に食べ物に手を付けてはならず、俗人から手渡しされたものしか手を付けてはならないので、今後、藤川さんや私に対し、タイで同様の機会があるかもしれないので、覚えておいてください」と生意気にも少し年上の春原さんに指導する私でした。

「面倒な儀式でしょ! つい忘れると藤川さんは小声で“オイオイ”と呼んだりヒジで突くんですよ、腹立つときは放っておいてやろうかと思いますよ」と私が言うと、ひとつひとつの発言によく笑ってくれる春原さん。

食事中突然、厨房からひとりの大学生風の女の子がやってきました。ミャンマーから来ている留学生で、このお店でアルバイトをしていて「料理をタンブンさせてください」と言う留学生。この子の支払いによる喜捨です。

それを受け入れた藤川さんは「手を出して!」と言って、留学生の手の平に、仏陀のお守りをポトンと落とし授けました。ワイをして感謝する留学生。彼女にとって徳を積む機会となったのです。個人の信心深さによりますが、これは珍しいことではなく、日本では徳を積む機会の無い信心深い東南アジア系の仏教徒は、黄衣を纏った比丘を見つけるとどこだろうと進んで喜捨に向かいます。周りのお客さんは不思議そうな表情。

1時間も喋っていると昼を回り、サラリーマンを主に満席になってきて、春原さんが「喫茶店に移動しますか」と言って立ち上がりレジに向かいました。比丘を除く我々2人分の代金を払おうとすると「あの子が払いましたよ」と厨房を指差すレジのおばさん。

春原さんが「お坊さんには喜捨でいいけど、我々は一般人だから」と言っても「全部お坊さんへのタンブンですから御心配なく」と厨房からさっきの留学生が笑顔で応えました。春原さんと私は「申し訳ない、我々の分まで」と恐縮ながら、留学生に“我々流”に御礼を言って出て来ました。

店を出た後、藤川さんが「あの子、時給800円ぐらいかな、飯代が4000円ぐらいやったやろ、ワシらの為にあの子は5時間ぐらいタダ働きや、申し訳ないと思うやろ、4000円言うたらタイでは一般的な2~3日分の日当やな(1994年当時)、そやから一層修行して世間に還元していかなならんのや、回りまわってあの子にも還っていくんやから」と言う言葉が重かった。“奢り”ではない、この留学生の信心深さに責任を感じる我々でした。

藤川僧と春原さん (1994.6.29)

巣鴨駅前にて。私と藤川さんのツーショットを春原さんに撮って貰う(1994.6.28 撮影=春原俊樹)

◆経験値で仏教を諭す!

喫茶店に場所を移し、もっと雑談続ける我々。藤川さんの話は人としての真っ当な生き方論ではなく、己の経験話。俗人の頃、一時出家の頃、現在と波乱万丈の話は尽きません。

「好き勝手生きてきたワシのような生臭坊主、絶対悟りの境地に達することないやろうと思うんや、何でか言うと、今だに夜中眼っとっても裸で寝とる女に喰らい付いていく夢見ますんや、ハッハッハッハ!」。

「お坊さんと言っても男ですからねえ」と春原さんも納得の大笑い。

「藤川さんはこんな感じで手紙でも面白いこと書いてくれるんですよ」と私が言うと、藤川さんは「こいつなあ、“面白い手紙期待してます”って書いてよこすんやけど、ワシはタイのお寺で、吉本の芸人の修行しとるんやないんやで! 仏道の修行しとるんやで、敵わんな、ワッハッハッハ!」とまた笑わす。

春原さんには「比丘が人前で大笑いしたり、長話ししてはダメですよ」と駄目出しをして欲しかったところ、こんな話聞いていれば春原さんは笑ってばかりで凄く楽しそう。

「寺の様子見るのが楽しみになってきました。もちろん藤川さんも凄い真剣になるんでしょうけど、そんなギャップも見たい」と、ボクサーの試合とプライベートの違いを覗くようにビジネス魂が出る春原さん。

私が「今日、春原さんに来て頂いたのは、私の得度式の撮影をお願いしているので、なるべく撮りやすく出来るよう前もって藤川さんにお会いして頂きたかったんです。月の上旬は春原さんが忙しいので、私は10月中旬以降に寺に入って得度式は月末までにお願いするかと思います。」と藤川さんにお願いすると、
「お前、どうせ仕事も無うて暇なんやろ、10月なんて言うとらんと来月頭にでも来い!」と人のプライド傷付けるようなことを言う。しかしよく喋るなあ、アッシーへ、練習生へ、春原さんへ。「もう京都へ行ってくれ!」とは私のひとりごと。

◆最後の準備へ!

出会いから合計3時間ぐらい話し充分仲良くなった頃、春原さんはそろそろ編集部へ向かう時間です。藤川さんは娘さん夫婦が居る故郷の京都へ向かう為、我々は東京駅へ、春原さんは「今日は凄い楽しかったです。ありがとうございました。ではまたタイでお会いしましょう、お気をつけてお寺まで帰ってください」と手を振って職場へ向かわれました。藤川さんに飲み物だけ渡し新幹線に押し込み、ようやく解放。あとは10月に向け、アパートの家賃や旅の予算を蓄えに最後の準備に掛かります。藤川さんは日本滞在期間、京都で同様に友達の輪を広げていることでしょう。

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

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一水会代表 木村三浩=編著『スゴイぞ!プーチン 一日も早く日露平和条約の締結を!』

10ヶ月ぶりの対話。藤川僧と立嶋篤史(1994.6.27)

本当に東京に来やがった藤川のオッサン。だんだん私の言葉使いが汚くなったのもこの頃から。まあ私の出家に関わるお願い参りの御奉仕であり、お付き合いはしたものの、好き勝手言うジジィに、この頃から心の中で「藤川クソジジィ」と呼んでいる私でした。まだ御本人には「藤川さん」と呼んでいましたが……。

◆ アッシーと再会!

習志野ジムに着くと中へ藤川さんを御案内。先に来てジムを開けていた、このジムでトレーナーを務めるメオパーとサッカセームレックというタイ選手2名は、さすがに信心深く跪いてワイ(合掌)をしました。やがて他の練習生や樫村謙次会長もやって来ました。前もって会長に連絡をお願いしておいたアッシーも後からジムに到着、ドアーを開け入って来ると二人はどちらがともなくニッコリ笑顔で10ヶ月ぶりとなる再会。アッシーとしてはもう忘れかかっていたかもしれないが、会うことが出来なかったタイでの試合後、そんな空間を埋めるような捲くし立てる会話が続きます。

この1年間で藤川さんはまた坊主に戻る人生の節目、アッシーはあれから5連勝中の日本ではトップの立場。もちろん本人はトップのつもりはなく最高峰へ向けてのまだ低い通過点でも、キック界は彼に注目の時期でした。“対話”を1時間ぐらい続けた二人。一般的ではないアッシー特有の立場に対する苦言や激励となる説法は何だったか、藤川さんのお店の時同様、私は居るだけでほとんど聞いてなかったですが、キック界初の“年俸1200万円”のアッシーに対し、若くしてトップにのぼった人間がその後どうやって生きていくか、そんなクドい説法をしたのかもしれません。

嫌な顔はせず笑顔も溢しながら対話を続けたアッシーくん、こんなクソ坊主に付き合ってくれて有難う。心新たに今後のキック生活に役立ってくれればいいと思いつつ写真を撮り、少し練習風景を見た後、メオパーに「今日は泊まっていけ」と誘われ、習志野ジム宿舎となる近くの2Kアパートへ移りました。明日昼近く11時頃に巣鴨で春原さんと会う予定で、私にとっては自分のアパートまで一旦帰るより、ここに泊めてもらった方が大助かり。

アパートに移動中、藤川さんが「アッシーは以前タイで話し合った時と少し感じが違ったなあ、タイで会った時の方が素直で純粋な感じを受けたんやが」。

私は「それはタイで羽目外してた時と、普段キツイ練習するジムに来るのとでは接し方が違いますよ。今日は来客者の藤川さんとの対面でもあるし、来月は試合が控えた身ですからジムに来るのは気持ちが違いますよ」。

藤川さんは「そうか、まあワシの思い過ごしならそれでいいんやが。とにかくまた落ち着いたら、また来年会うとしたらどう成長しとるか楽しみやな」。

次回はゆっくりと、再会約束もしたようでした。

初のツーショット、残念ながら俗人時代のツーショットは無い。髪ある藤川さんを撮っておけばよかった(1994.6.27)

◆ タイ人の習慣

メオパーらは夕食の準備に掛かります。なかなか器用で調理が上手いタイ風料理。藤川さんが居る前で我々の食事が用意され「ハルキもこっち来い!」と食卓に招きます。藤川さんは片隅でお茶だけ差し出されて飲みながら座って見ているだけ。
メオパーもサッカセームレックも、ここに泊まっている17歳の練習生も普通に夕食を摂ります。私はちょっと藤川さんを気にしつつも、腹減ってるので遠慮なく頂きました。

藤川さんには目もくれず、「御代わりあるぞ、いっぱい食え!」と練習生と私に勧めるメオパー。比丘がいても何も遠慮はしません。藤川さんにとってはタイでは入る機会のない“湯舟に浸かる”風呂も使わせて貰い、寝床は三畳間にひとつだけベッドがあり、メオパーはそこを藤川さんに譲りました。

翌朝、メオパーとサッカセームレックはムエタイ関連の仕事の為、アパートを出て行きます(彼らは興行ビザで来日し、試合とトレーナー業をメインに務めています)。その前にメオパーは藤川さんのベッド脇に朝食を用意し、「これから仕事に行ってきます。ごゆっくりしていってください。この先良い旅になりますように」と言ってサッカセームレックと二人でワイして仕事に向かったそうで、私はちょっと遅れて目覚めて朝食を摂る藤川さんに「おはようございます」と挨拶し、「ウン」としか言わない返答の後、そのメオパーらの様子を聞きました。

朝食後、「それに比べてお前は何や、昨晩ワシの前で堂々と飯食いやがったな、冷たいやっちゃなあ、覚えてろ、ヘッヘッヘッヘ!」と、冗談ではあるが、私を困らせるのが趣味になってきた藤川さん、意地悪いクソ坊主である。

ここに泊まっていた17歳の練習生は学生だったかアルバイトしていたか忘れましたが、この日は休日でアパートに残っていました。それをいいことにまた説法を始めた藤川さん。まだ喋り足りなくてストレス発散しているのが見え見えです。身に成る話であっても、聴かされる方は鬱陶しいことこの上ない為、長居しては彼が気の毒と察し、早々に出かける準備を済ませ、私が練習生に御礼を言って藤川さんとこのアパートを出発。

昨日のアッシーは藤川さんと言葉のキャッチボールをして対話となっていたものの、今日の17歳練習生は説法の問いかけに、「ハイ、ハイ、」とただうなずくだけ、どれだけ飽きて退屈で「いつまで続くんだろう」と思ったことだろう、ちょっとの時間ではあったが、せっかくの休日に申し訳ないことをしたなあと、私一人反省。

名トレーナーとスリーショット、左がサッカセームレック、右がメオパー(1994.6.27)

◆ 元営業マンの発想

今日がいちばん会って欲しい春原さんとの初対面。時間も若干早く、八千代台から巣鴨を通過し、池袋のビックカメラ辺りまで連れて見て周りました。

私は日頃の単なる買い物の街、藤川さんの目には「この辺の建物と土地は売るなら幾らかな!」なんて言い出す、さすが元地上げ屋の血が騒ぐ発想。しかし比丘の身で何たる発言か。

更に藤川さんは、「昔、関東大震災が起きて焼け野原になった時、この駅前周辺の土地に “この土地は○○の物”と書いた看板立てて復興前に自分の土地にしてしもうた奴が居って、いいかげんな役所の判断のまま今の池袋駅前の区画が決まったんや」と言い出す。「それ本当ですか?」と私。上岡龍太郎のウソかホントかわからん話に笑福亭鶴瓶が「そんな訳あらへんやろ!」と突っ込むようなネタに似た笑い話。

「お前ももし今度、関東大震災でこの周辺が崩壊したら真っ先にこの辺の土地に看板立てて有刺鉄線張って“ここは堀田の物”と書いて奪ってしまえ、一気に億万長者やぞ、ワッハッハッハ!」

まずこの時代の鉄筋高層ビルが建つ中、また関東大震災が起きてもそんなこと成り立たない。しかしそんな発想が浮かぶこと自体、私には無い知恵である。このジジィやっぱり凄い。

やがて11時頃に会う約束してあるワールドボクシングの春原さんと昼食を共にする為、巣鴨に戻りました。私の得度式の為、タイの寺に来て頂く訳ですが、こんな生臭坊主に春原さんはどんな駄目出しを入れてくれるのでしょう。何かワクワク感が沸いてくるのでした。

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

愚直に直球 タブーなし!『紙の爆弾』12月号!

リティグライ(右)のミドルキックは読み辛い上手さがあった © 岡山ジム

過去3回、岡山ジム興行は、首都圏イベントに負けないビッグマッチを続けました。2014年9月28日、倉敷山陽ハイツ体育館で第1回興行が行われ、タイ国ラジャダムナンスタジアム認定ウェルター級タイトルマッチを開催、外国人チャンピオン、ジョイシー・イングラムジム(ブラジル)にWPMF日本ウェルター級チャンピオン.田中秀弥(RIKIX)が挑むも判定で敗れ去りました。

2015年9月20日、第2回興行では、WPMFダブル世界タイトルマッチを行ない、スーパーフェザー級で町田光(橋本)が、ミドル級でT-98(=今村卓也/クロスポイント吉祥寺)が、WPMF世界王座奪取に成功。

2016年10月9日、第3回興行では、WPMF三大世界タイトルマッチという豪華版となって町田光(橋本)と宮元啓介(橋本)が激闘を勝ち抜き、町田は初防衛成功、宮元はWPMF世界スーパーバンタム級王座を奪取しました《翔センチャイジム(センチャイ)はWPMF世界ライト級王座奪取成らず》。

そして本年10月15日の第4回興行、メインクラスでは岩浪悠弥(橋本)と地元の女子トップファイター、白築杏奈(138 KICKBOXING CLUB)がWPMF世界王座挑戦に至り、タイ国二大殿堂のひとつ、ルンピニースタジアム王座に、勝ち上がるのは難問ながら、そのルートが敷かれるルンピニージャパン2階級王座決定戦、その他アンダーカードでは、天才児と名高い2名の安本晴翔(橋本)と中村龍登(橋本)が出場しました。

リティグライ(左)が得意のミドルキックで岩浪悠弥を攻める © 岡山ジム

前日計量は岡山・水島ジムで行われ、プロフェッショナルの部、全員が一回目の計量でパスしています。

タイから、タイ国プロムエタイ協会副総裁、WPMF副会長のブンソン・クッドマニー陸軍大佐が立会人として招聘されてのビッグイベント。ブンソン大佐はタイ国のムエタイ競技ルール、レフェリーの最高権威の方です。

◆リティグライvs岩浪悠弥

岩浪のハイキックがヒットする場面もありつつ、リティグライのタイミングいいミドルキックのヒットが主導権を支配し、完封に近い流れでフライ級に続き2階級を制覇。

◆ノーンビウvs白築杏奈

ノーンビウは初の海外試合で15歳という若さのせいか本来の動きに持っていけず、白築のムエタイ対策と闘志が上回った展開でした。白築が王座奪取。試合後、控室でノーンビウは会長である父親に思いっきり引っ叩かれており、ムエタイ特有の厳しさが現れていたようでした。ノーンビウ陣営は強く再戦を望んでいる様子でした。

白築杏奈vsノーンビウ。白築(左)の積極的な試合運びが勝利を掴む © 岡山ジム

◆翔貴vs田中将士

首相撲からパンチの激しい打ち合いの後、翔貴の強烈な右ハイキックで田中将士は頭から崩れ落ち立ち上がれず。翔貴が王座獲得。

翔貴vs田中将士。翔貴(右)が右ミドルキックで攻め、次の技へリズムを掴む © 岡山ジム

◆喜入衆vs橋本悟

第2ラウンドに橋本の右ストレートで喜入がダウン。その後、激しい打ち合いを展開しながら僅差のラウンドを支配した喜入が2-1の勝利となりました。喜入衆が王座獲得。

橋本悟vs喜入衆。僅差で勝利した喜入衆(右)、内容は激しいものだった © 岡山ジム

安本晴翔vsラムブーンチャイ。評価が高かった安本(左)の攻勢 © 岡山ジム

安本晴翔vsラムブーンチャイ。安本が勝利を掴む © 岡山ジム

◆ラムブーンチャイvs安本晴翔

ラムブーンチャイに優れたムエタイ技はあるものの、日本では評価され難い展開で、安本はパンチとローキックを何度もヒットさせるインパクトで勝機を導きました。タイ陣営は、安本の将来性を高く評価していたようです。

◆ペットコークセーンvs中村龍登

本来、パンチの強いペットコークセーンは、あまり打ち合いに行かず、速い蹴りとヒザ蹴りの上手さなどのムエタイ技で中村をいなし堅く勝利を掴みました。

◎第4回岡山ジム主催興行 / 10月15日(日)倉敷山陽ハイツ体育館11:00~
主催:岡山ジム / 認定:JAPAN KICKBOXING INNOVATION、WPMFタイ国本部
放映:11月中に倉敷ケーブルテレビにて放映予定

◆メインイベント WPMF世界スーパーフライ級王座決定戦 5回戦

リティグライ・ゲオサムリット(元・WPMF世界フライ級C/タイ/51.4kg)
     VS
挑戦者WBCムエタイ日本フライ級チャンピオン.岩浪悠弥(橋本/52.0kg)
勝者:リティグライ・ゲオサムリット / 判定3-0 (49-47. 49-48. 49-47)

マイクで師匠に感謝をアピールする白築杏奈 © 岡山ジム

中村龍登vsペットコークセーン。前蹴りで距離を取る中村(左)、自分の距離を保つのは難しかった © 岡山ジム

◆WPMF女子世界フライ級タイトルマッチ 5回戦(2分制)

チャンピオン.ノーンビウ・シットヨードシアン(タイ/50.8kg)
     VS
挑戦者.白築杏奈(NJKF女子ライトフライ級C/138 KICKBOXING CLUB/50.7kg)
勝者:白築杏奈 / 判定0-2 (49-49. 47-49. 48-49)

◆ルンピニージャパン・フェザー級王座決定戦 5回戦

1位.翔貴(岡山・水島/57.15kg)vs5位.田中将士(上州松井/56.85kg)
勝者:翔貴 / KO 1R 1:36

◆ルンピニージャパン・ウェルター級王座決定戦 5回戦

1位.喜入衆(MuayThaiOpenウェルター級C/フォルティス渋谷/66.55kg)
     VS
橋本悟(MuayThaiOpenスーパーライト級C/橋本/66.25kg)
勝者:喜入衆 / 判定2-1 (48-47. 48-50. 48-47)

◆バンタム級3回戦

ラムブーンチャイ・ゲオサムリット(タイ/53.15kg)
     VS
安本晴翔(橋本/53.52kg)
勝者:安本晴翔 / 判定0-3 (28-30. 29-30. 29-30)

◆スーパーバンタム級3回戦

ペットコークセーン・ゲオサムリット(タイ/55.0kg)
     VS
中村龍登(橋本/55.15kg)
勝者:ペットコークセーン / 判定3-0 (29-28. 30-29. 30-28)

中村龍登vsペットコークセーン。ペットコークセーン(右)が巧みな攻めで優位に立つ © 岡山ジム

立会人となったブンソン陸軍大佐の認定宣言 © 岡山ジム

◆67.0kg契約3回戦

ジン・シジュン(韓国/67.0kg)
     VS
タップロン・ハーデスワークアウト(タイ/66.6kg)
勝者:ジン・シジュン / 判定2-0 (29-29. 29-28. 30-29)

他、プロ9試合は割愛します。

プロの部の前にはアマチュア大会「SMASHERS」中国地区大会7試合が開催されています。

《取材戦記》

取材に行っていないので、情報を頂いての単なる感想になりますが、地方で行なわれるビッグイベントに、本場タイ国からブンソン・クッドマニー陸軍大佐が立会人として来日されたことは価値ある存在でしょう。こういう立会人は、実は世界戦などの重要なタイトルマッチのシンボルとなるものです。止むを得ず代理人となる場合もありますが、名のある組織管轄下でのタイトルマッチには欠かせない存在でしょう。

今回はタイから招聘された選手4名(この日の試合の為の短期来日タイ選手)は全員勝利を狙っていましたが、日本側のレベルアップもあり、侮れない存在になっていることも事実である日本側の実力です。

回を重ねる毎にイベントの成長も伺えるようで、来年は何が起こるか、地方から首都圏への挑戦が更に強まるでしょう。

※このイベントは岡山ジム広報担当・大島健太氏から頂いた情報と画像、“来日タイ側陣営”から頂いた情報と画像を引用、使用しています。画像の著作権はすべて岡山ジムとなります。

▼堀田春樹(ほった・はるき)[文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

7日発売『紙の爆弾』12月号 選挙制度・原発被災者救済・米軍基地問題…総選挙で抜け落ちた重要な論点

一水会代表 木村三浩=編著『スゴイぞ!プーチン 一日も早く日露平和条約の締結を!』

黄衣で後楽園ホールへ。異次元の雰囲気(1994年6月27日)

◆アナンさんに相談から!

前年の11月(1993年、藤川さんが再出家した翌月)、私がタイでお世話になっているゲオサムリットジムのアナン会長は、日本の興行に招聘観戦され来日、数日の滞在の後、私と京成線に乗って成田空港へ見送る電車の中で、「俺、タイで出家してみようかと思うんだけど、どう思う?」と相談したことがありました。

アナンさんは「オオ、それはぜひやった方がいい。タイでは社会人として凄く意義あることだ。スラータニーのいい寺紹介するぞ!」といきなりの乗り気。

「いやいや、アナンの家の近くのM&Kやってた藤川のオッサンがペッブリーで再出家したんだけど、そこに誘われているんで行き先は決まっているんだけど」と言うと「藤川ってあの飯屋の? わかった、必ず得度式には出るからその時は言ってくれ」。

応援してくれる仲間が居ることは心強いものでした。

中央線に乗る藤川さん(1994年6月27日)

◆撮る側が撮られる側へ

そして翌年(1994年)3月に寺を見た後の帰国後、もうひとり相談したい人がいました。仕事で知り合い、タイが好きなことから一緒にタイ料理を食べに東京近郊のタイ料理店を何店も回っていた仲であったボクシング雑誌、ワールドボクシングの春原俊樹記者でした。

5月頃、都内も飽きてちょっと郊外の西武新宿線・久米川駅近くにあるタイ料理店に行ったときのことでした。

「俺、タイで出家してみようと思うんですけど、どう思います?」と言うと、春原さんは急に目をランランと輝かせ、「ウン、それはいい、やってやって、俺が得度式の写真撮るから!」。

私は、「実はそれをお願いしようと思ってたところで、撮って貰えますか?他に頼める人はいなくて、撮影が出来る人は春原さんぐらいしかいないのです。」と言うともう乗り気満々。業界仲間で、ある程度タイを知り、撮るコツが分かる人はこの人しかいませんでした。

そこで春原さんは、「よし、それを本にしよう」と言いだし、「ちょっとやめてくれ」と思える早過ぎの展開。

「無理です。今まで何でも三日坊主だった俺で、寺に居るだけので平凡な日々になります」と言っても、「何とかなる、日々細かく日記付けるだけで話題は溜まるし、タイトルはよし、“タイで三日坊主!”にしよう。二日で終わっても三ヶ月続いても“三日坊主”でいい」。

さすが雑誌を作る側の物書きは発想の展開が早い。

私 「来月、先輩僧の藤川さんが日本に来るんですけど、お会いになられますか?」
春原さん 「もちろん会わせてくれ、これで決まりだな。俺はせっかく行くんだからタイの世界チャンピオン取材も兼ねるようにする」
私 「それで、静かに誰にも知られずに出家したいので、誰にも言わないで欲しいんですけど」
春原さん 「えっ、それは無理だな、タイで動くにはどうしても青島律(ムエタイ関係コーディネーター)さんに頼らなければならないし、勝手に別行動なんかしたら、“何か変だぞ”と思われるよ……」

ここは妥協するしかなく、まずは得度式のカメラマンの確保完了。春原さんは「仕事は月の上旬が忙しいからそれを避けてくれ」と言うことから、ほぼ10月下旬の出家を予定しました。

総武線で電車を待つ。駅でこんな姿を見たら、異様な雰囲気でも、タイ人が寄って来て、ひざまずいてワイをし、お布施をする(1994年6月27日)

◆望みどおりいかぬ極秘の出家

6月下旬、藤川さんが予想どおり、安さ優先で選んだバングラデッシュ航空の早朝着でやって来ました。その朝早くに成田空港まで迎えに行くと、藤川さんより年輩の町田さんという知り合いの方が、タイから別便で先に到着し、藤川さんを待っておられた様子。

「何だ、俺来なくてもいいんじゃねえの」と思いながら成田空港で“3人”で朝食を摂り、一緒に池袋までリムジンバスで移動。

そのバスの中で藤川さんが、先日、タムケーウ寺に藤川さんを訪ねて町田さんが3人連れでやってきたときのことを話し出しました。

「その一人は堀田さんも知ってる若い女性やが、誰やと思う?? 教えねーよ! ヘッヘッヘッヘ!!」

その女性は、「先日も堀田さんと会ったらしいけど、“出家することは何も言ってくれなかった”と怒ってたぞ!」と脅かす藤川さん。

「ワシが“堀田さんが出家するときは責任持って連絡するから”と言っておいたぞ!!」と全く余計なことを……。

藤川さんは調子に乗って「コラッ、女たらし、あまり罪を作るなよ、出家しても救われないぞ。ワッハッハッハ!」と高笑い。

「リムジンバスだぞ、静かにしろ!」とイラつく私。

この女性、そんな滅多に会わないタイでの狭いムエタイ業界日本人関連のカメラマンであり、青島律さんとも知り合いでした。また一人、日本人に知られてしまっていた……すでに数日前に!

池袋周辺散策後、私は午後から仕事もあるので、その後は町田さんにお任せしてお先に失礼しました。

町田さんと都内を歩く藤川さん。奇妙なものを見るかのような周囲の視線など気にしない黄衣の藤川さん(1994年6月24日)

◆修行の前哨戦

日を改めて3日後の朝、宿泊している巣鴨のアジア文化会館へ、コンビニで買った朝食用おにぎり、サンドイッチを持って藤川さんを訪ねました。タイのテーラワーダ仏教の比丘が、一般のホテルに泊まることは戒律上難しいところがあります。止むを得ない場合は仕方ありませんが、極力質素な宿を選ばなくてはいけません。そんな条件で選んだのが、泰日経済技術振興協会関連のアジア文化会館ドーミトリーだったようです。

「お前の知り合いでタイ関係やタイに関心がある者に会わせてくれ、これからムエタイ修行に向かう選手でもいい」これが藤川さんの手紙で要求されていたお願い。
私は「立嶋篤史に会いに行きますか?」と言うと、藤川さんは、「おう、そうやそうや、そうしよう。もう一遍会ってみたかったんや」で決定。

その前に行っておきましょう、後楽園ホールへ。平日の昼だったので、何も催し物はありません。後楽園ホール5階は事務所は開いていますが、この階の他のフロアーは誰もいませんでした。

事務員を見つけたとことで「ちょっとホールを覗かせてくれませんか。こちらタイのお坊さんなのですが、おそらくもう二度と来れないのでちょっとだけ見てすぐ帰りますから。」と言うと、「真っ暗だけどいい?」覗くだけならと了解してくださり、入り口のロビー正面の右側客席階段を上がったところで会場内を見渡しました。リングは設置してあり、廊下側の蛍光灯照明が入り込むので、会場内は見渡せました。

「あの赤コーナーが立嶋が立つ位置ですよ」と言うと藤川さんは、「そうか、篤史もこんなところでドツキ合いしとるんか…!」その場に立っていたのは、ほんの1分ほど。迷惑にならぬよう早々に後楽園ホール事務所で御礼を言って後にしました。いろいろな因果応報が始まったこの聖地に、藤川さんも立ってみて欲しかっただけの私のわがままでした。

夕方にかけ京成八千代台駅から徒歩10分(当時)の習志野ジムへ向かいました。「ここでアナンさんに会わなければ藤川さんとも会うこと無かったろうになあ」と思いながら、並んで歩く藤川さんが鬱陶しくも思えた遠い道程。

これからアッシーと会い、もうしばらく鬱陶しいこのオッサンと東京近郊を歩くことになります。お願い参りはなかなか面倒な修行の前哨戦。すべて藤川さんの思惑どおり、カモとなっている私でした。

後楽園ホール。藤川さんが立った位置(撮影は2017年9月24日)

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

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「どんな技でも、どんな相手でも倒せる試合を見せる」と宣言する江幡塁。いつもアグレッシブな展開を見せる江幡ツインズは、パンチや蹴りが強いだけでなく、ブロックし難いタイミングで打つフェイントとスピードが勝機に結び付けています。

江幡塁vsペットサミン(3R)。江幡塁の強い左ハイキックが炸裂

江幡塁vsペットサミン(5R)。ブロックし難いスピードとタイミングで江幡塁の右ハイキックが炸裂

ペットサミンは強打者という情報で、初回から打ち合いにくる可能性があったところ、互いが警戒し、すぐのパンチの距離にはならなかった両者。ローキック、ハイキック、左フックを時折強く繰り出す江幡塁、これらがどんな技でも倒せるという技のひとつであり、あとはタイミング次第で倒せそうな威力は充分。4ラウンドに入ってペットサミンが左ストレートで前進、被弾した江幡塁はやや後退はあったものの立て直しは速く、ラストラウンドはハイキックできたペットサミンをかわして左フックのフルスイングがクリーンヒットしてペットサミンを沈め、ほぼノーカウントでレフェリーがストップするノックアウトでWKBA世界スーパーバンタム級王座2度目の防衛成功。

江幡塁vsペットサミン(5R)。KOとなった江幡塁の強烈な左フック

江幡塁vsペットサミン(5R)。KOの左フックをフルスイング

石原將伍vs高橋亨汰戦は、序盤で高橋の前蹴りが石原のアゴを捉え仰け反らせる攻勢はあったが、しだいに石原のパンチの攻勢が強まる。第2ラウンド終了に近づく中、石原の右ストレートがクリーンヒットし、高橋がダウン。第3ラウンドに入っても石原の攻勢が続き、パンチで3度のダウンを奪ってKO勝利。石原將伍は第10代日本フェザー級チャンピオンとなる。

高橋亨汰vs石原將伍(3R)。2度目のダウンに繋がった石原將伍の右ストレート

緑川創vsポーンパノム戦は、緑川がローキック主体に出方を窺い、徐々に圧力を強める。ボディブローも強烈にローキックも続け、第3ラウンドには一発蹴った右ローキックでポーンパノムは崩れ苦痛の表情で立ち上がれず。緑川は8月の「KNOCK OUT」興行での宮越宗一郎(拳粋会)に判定で敗れて以来の再起戦を勝利で飾る。

緑川創vsポーンパノム。緑川創の重い左ボディブローがヒット

重森陽太vs森下翔陸戦は、第1ラウンドに重森が左ミドルキックでボディに炸裂させ、ダウンを奪う。重森は、しなる蹴りがいつもより少ない印象。決定打が欠いたまま判定へもつれ込むも2点差を開く安定勝利。

森下翔陸vs重森陽太。重森のしなるハイキックが脅威となる

HIROYUKIvs地花デビッド戦は、中盤までHIROYUKIが蹴り中心に主導権を握った展開から第4ラウンドに知花がボディブローでHIROYUKIからダウンを奪う。続行後も立て直せず劣勢の中、左ヒジ打ちを貰ってダウン。立ち上がるも10カウントを許してしまう。たまにやってしまうHIROYUKIの失態、今後に課題が残る一戦。

HIROYUKIにボディブローでダウンを奪った知花デビッド

喜多村誠vsペッダム戦は、喜多村の蹴りのスピードが優り、第3ラウンドに左右フックからアッパーが強烈に入ったあとの追撃連打でペッダムを倒す。

ペッダムvs喜多村誠。重量級パワーで圧勝した喜多村誠のハイキック

内田雅之vs春樹戦は、春樹が2.37kgオーバーで2点減点の制裁を受ける。しかし試合は第1ラウンド途中に偶然のバッティングで内田が試合続行不可能となり、負傷判定が採用され、互角の展開ながら春樹の減点があり、ジャッジ三者とも10-8で内田雅之の負傷判定勝利となる。

泰史vsスターボーン戦は、先月に続き、泰史が積極果敢に攻める攻勢で左ボディブローで仕留める圧勝。日本フライ級王座奪還目指し、ひたすら攻め続ける勢いが好印象を持たれます。

◎MAGNUM.45 / 2017年10月22日(日)後楽園ホール17:00~20:55
主催:伊原プロモーション / 認定:新日本キックボクシング協会

高橋亨汰vs石原將伍(2R)。最初のダウンを奪った石原將伍の右ストレート

石原將伍の表彰時、八木沼会長も涙を見せた。

◆メインイベント WKBA世界スーパーバンタム級タイトルマッチ 5回戦

チャンピオン.江幡塁(伊原/55.34kg)
VS
挑戦者5位.ペットサミン・サックピンヨー(タイ/54.6kg)
勝者:江幡塁 / TKO 5R 0:47 / 主審:仲俊光

◆日本フェザー級王座決定戦 5回戦

1位.石原將伍(ビクトリー/57.15kg)vs2位.高橋亨汰(伊原/57.15kg)
勝者:石原將伍 / KO 3R 2:59 / 3ノックダウン / 主審:椎名利一

ポーンパノムvs緑川創。緑川の右ストレートがヒット

ポーンパノムvs緑川創。フィニッシュとなった右ローキック、ダメージがあった上での決定打となりました

ポーンパノムvs緑川創。崩れ落ちたポーンパノム苦痛に歪む表情

◆70.0kg契約 5回戦

緑川創(前・日本ウェルター級C/藤本/70.0kg)
      VS
ポーンパノム・ペットプームムエタイ(タイ/69.1kg)
勝者:緑川創 / KO 3R 1:29 / 10カウント / 主審:桜井一秀

◆59.0kg契約3回戦

重森陽太(前・日本フェザー級C/伊原稲城/58.8kg)
VS
森下翔陸(TOP RUN-55kg級C/CRAZY WOLF/58.0kg)
勝者:重森陽太 / 判定3-0 / 主審:宮沢誠
副審:椎名30-28. 仲30-27. 桜井29-27

◆55.0kg契約 5回戦

日本バンタム級チャンピオン.HIROYUKI(=茂木宏幸/藤本/55.0kg)
       VS
WMC日本バンタム級チャンピオン.知花デビット(エイワスポーツ/54.9kg)
勝者:知花デビット / KO 4R 3:00 / 10カウント / 主審:椎名利一

◆70.0kg契約3回戦

喜多村誠(前・日本ミドル級C/伊原新潟/69.6kg)
      VS
ペッダム・トー・パラーン32(タイ/67.7kg)
勝者:喜多村誠 / KO 3R 1:31 / カウント中のタオル投入による棄権
主審:桜井一秀

◆ライト級3回戦

内田雅之(元・日本フェザー級C/藤本/60.9kg)
    VS
日本ライト級3位.春樹(横須賀太賀/63.8→63.6kg=減点2)

勝者:内田雅之/ 負傷判定3-0 / TD 1R 1:35 / 偶然のバッティングによる内田の負傷/
主審:宮沢誠
副審:椎名、桜井、仲、三者とも10-8

◆51.5kg契約3回戦

泰史(前・日本フライ級C/伊原/51.5kg)
     VS
スターボーン・トー・シリトゥーム(タイ/51.15kg)
勝者:泰史 / KO 1R 1:03 / 10カウント / 主審:仲俊光

他、前座4試合は割愛します。

《取材戦記》

内田雅之vs春樹戦は、試合が前半を超えない第1ラウンド途中での負傷ストップ。プロボクシングでは“負傷引分け”となりますが、キックボクシングでは曖昧な裁定が多く、安易に無効試合になるよりはいい裁定となりました。内田は勝者コールは受けざるを得ないですが、納得いかない結末に早々にリングを降りて行きました。

HIROYUKIは好不調の並が大きく、今回はバンタム級超えの契約ウェイトで収まっており、王座剥奪はありませんが、ボディブローで崩れ落ちるのは残念な姿でした。逆に知花デビッドの強さが光った一戦となりました。

江幡塁はこの日の防衛戦をKOで2度目の防衛成功。12月10日の「KNOCK OUT」出場へ繋ぎ、新日本キックからは、勝次(藤本)と重森陽太(伊原稲城)とともに出場。江幡塁は宮元啓介(橋本)と対戦となり、日本国内に於いての本当の立ち位置が見えてくる試合となり、ファンの期待と評価は高まります。

今日の喜多村誠も勝利後、12月10日はまず藤本ジム興行出場希望をアピールしつつ、「KNOCK OUT」出場を意識する発言、「行く行くは自分も出たいと思っています」ともマイクアピールしています。

石原將伍が新チャンピオン誕生となり、新たなエース格スター候補生誕生。今後も「KNOCK OUT」イベント等に出場の機会が増えれば期待の戦力となります。

「KNOCK OUT」出場のいずれの選手も勝利を掴んで、新日本キックの王道をアピールしたいところでしょう。選手個人の目標は違うところにあるかもしれませんが、貴重な経験を経てホームリングに戻って来て欲しいところです。

新日本キックボクシング協会興行は、11月19日(日)にディファ有明に於いて、「Kick Insist.7」が開催、12月10日(日)に後楽園ホールに於いて、「SOUL IN THE RING.15」が開催されます。

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

愚直に直球 タブーなし!『紙の爆弾』11月号!

一水会代表 木村三浩=編著『スゴイぞ!プーチン 一日も早く日露平和条約の締結を!』

朝の読経

まだ暗い道を進む藤川さん

早くから喜捨の為待つ信者さん

小さい頃からこの習慣が身に付いていく、教育ともなる喜捨

来世に向けて徳を積むおばあさん

 

◆朝の読経とビンタバーツ(托鉢)の準備

翌朝、目覚めたのは4時頃でした。眠れそうにないと思った枕の違う寝床でも一回も起きずに朝を迎えました。静まり返ったクティ内に対し、外には元気に鶏が何羽も鳴いています。田舎らしさというか、お寺らしさというか、自然が作り出す朝の賑わいが心地いい目覚まし時計となりました。

これから読経があるということで藤川さんはホームドーン(儀式用纏い)に黄衣を纏い、クティ内の読経の場に向かいました。揃った比丘は7僧。この寺は和尚さんを含めて8僧というなかなか少ない在住比丘でしたが、これがパンサー(安居期)には若い出家者が30僧ほど増えるという賑やかさだそうで、それぐらいがこの広い敷地の寺らしいと思いました。読経は30分ほど続き、これが終わってゆっくりビンタバーツ(托鉢)の準備に向かいます。

◆比丘と俗人の神聖な触れ合い

藤川さんは黄衣をホームクルム(外出用)に纏い直し、バーツ(鉢)と頭陀袋を持って裸足になって5時30分頃寺を出ました。外はまだ真っ暗。藤川さんの裸足の擦る足音が「サラサラサラ」と静かに響く中、月が明るく照らしていました。その暗闇の中、すぐに現れた信者さん。おひつに入れた湯気が立つ炊き立て御飯をしゃもじで掬ってバーツに入れ、ビニールに入ったオカズを頭陀袋に入れ、ワイ(合掌)をする10秒ほどの儀式が済んで何も言わず静かに立ち去る藤川さん。日本人的感覚では、乞食に食べ物を恵んでやるような行為も、その意味合いが全く違う、正に神聖な瞬間でした。

寺の路地を出て大通りを歩く間にも、次々と信者さんが待つ道の端に止まり、サイバーツ(鉢に寄進するものを入れる行為)を受け先に進みます。また別の路地に入り家の前でテーブルを出して比丘を待つ信者さんもいます。カメラを向けフラッシュを焚くと一瞬驚いた様子も見せつつ、ニコッと笑ってくれる人ばかり。私も緊張の撮影でしたが、皆がおおらかな人達でした。中には「日本人ですか?」と尋ねてくれる人もいて、軽く挨拶しては先に無言で歩く藤川さんを追いかけました。陽が昇り空が明るくなった頃、寺に戻ります。ほぼ1時間ほど歩いた道程でした。結構な運動量であることにも驚くほどでした。

水を溜めた足洗い場で足を洗い部屋に戻りました。正気に返ったように笑顔で「こんなもんです!」と普通の会話に戻り、托鉢の様子を見せ終えた藤川さん。バーツにはかなりの御飯と頭陀袋にも数々のオカズが入っていました。蓮の花を渡した信者さんもいました。それらを一旦比丘の食事の場となる“ホーチャンペーン”と言われる高めの台座に集められ、デックワット(寺小僧)によって食器に移されていきます。

昨夜会った男の子も率先して働いています。比丘の食事となる前に俗人であるデックワットから比丘に再度手渡しがされます。この儀式が無いと比丘は食事をしてはいけません。比丘の朝食の間はデックワットは何もせず待ち、食事後、デックワットが残り物や食器を集めて去り、その場で読経が5分ほど行なわれ終了。

デックワットは集めた残り物やタライにいっぱいある白米と、オカズもまだ手を付けてない袋に入ったもの、それらを持って別室で自分たちの朝食となります。寄進はかなり多かったことを表すほど山盛りありました。私も和尚さんに「一緒に食べなさい」と呼んでくださり、デックワットと一緒に朝食となりました。決して粗末なものではなく、バンコクの屋台やムエタイのジムで食べていたものと同じ。仲間が居れば輪を囲んで食べる楽しさもありました。これって今の日本人にはなかなか無い習慣だと感じるところでした。いや、昔の日本にもあったのです。一家団欒の輪を囲み、同じオカズに箸を付けることに家族の触れ合いや温かみがあるのでした。

「寺には何かある、一般人には無い何かある。これを体験させる為に、タイには軍隊の他に、社会人として常識を覚える通過儀礼として出家制度があるのでは」とおぼろげながら感じるのでした。

慌てて門から出て来てサンダルを脱ぎ捨て喜捨した信者さん

裸足で無言で重くなったバーツと頭陀袋を持って寺に帰る藤川さん

◆外泊理由に使われた私!

わずか24時間に満たない寺滞在でしたが、「俺にも出来るぞ」という安心感を得て、和尚さんに、しっかりワイをして下手なタイ語で御挨拶して寺を後にしました・・・。

となるなずだったのですが、「ワシも行くぞ!」と黄衣を纏って準備していた藤川さん。バンコクにはソーソートー(泰日経済技術振興協会)といったタイ文化と交流を持つ日本人会や、度々お泊りの世話になる旅の中継点の、スクンビット通りの寺があるので、藤川さんは何かと用を作ってはバンコクに向かうこと多いようでした。でも何やら遠出外泊にはあまりいい顔しない和尚さんらしく、私を見送るという丁度いい理由付けにして着いて行こうと思っていたようで、笑ってしまうような何ともセコい藤川さんの考え。これでバスに乗ってバンコクまで一緒。お喋り相手に利用したり、外出理由に利用したり、だんだん藤川さんの思惑が見えてきたような言動。これが今後も続くとはまだ深くは考えていない寺様子見の旅となりました。

ぎこちない挨拶をする私に、藤川さん流に見ると、和尚さんは寛大な心を見せようとしているのか、「いいからもっと気楽に居なさい。出家の時も何も心配しないで気楽に来なさい」という何とも優しい対応でした。

寺を出る前に、この寺の世話人となる、藤川さんの出家の際に親代わりとなってくれた弁護士さんが居ると言うので、この方にも御挨拶に行きました。もうこんな親代わりは慣れっこのようで、弁護士というより小学校の先生のような何も不安の無い普通の優しいオジサンでした。副住職さんにもお会いし、藤川さんが率先して私のこと喋ってしまうので、改めて自己紹介は軽めに、「得度式の際にはお世話になります」とお願いして寺を後にしました。

◆最後の前哨戦に向けて!

私はまたこの寺に来る日までに、やらなければならない問題が山積みでした。経文は覚えなくてもいいと言われてもある程度、得度式の流れを汲んでおかねばなりません。長旅の予算も必要です。住んでいるアパートをどうするかも問題でした。貧乏生活をしている私はそれがいちばん問題で、それらを解決してから寺に向かうことになります。

これで頓挫しないことを誓って一旦帰国となるところ、「6月頃、日本に帰るから東京で宜しく頼むわ」と藤川さんにお願いされてしまう別れ際。何か厄介なお荷物になりそうな嫌な予感を受けながら了解し、アナン会長の居るムエタイジムに戻って数日お世話になってから帰国しました。これから日本で、頼らなければならない幾人かの友人、知人に出家することを伝えなければいけません。その人物とこれから会うことになります。

朝食後は短い読経で締め括ります

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

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波賀宙也 vs ジョム・エスジム。波賀は技を駆使して攻めるが、ブロックや的を外すジョムの巧みさがムエタイの壁となる

波賀宙也 vs ジョム・エスジム。波賀にとって苦しい再起戦、ムエタイの壁となったジョム

選手だけでなく、若武者会プロモーターたちの宣戦布告であるかもしれない先月3日に続くDUEL興行。過去より比較的短い間隔、ディファ有明での開催も、ついに主要会場クラスに進出となりました。

◆波賀宙也 vs ジョム・エスジム

6月25日にWBCムエタイ日本スーパーバンタム級王座を失ったばかりの波賀は再起戦となる一戦。初回のローキックでのけん制から次第に距離が詰まっていく両者。組んでのヒザ蹴りも多くなり、互いの攻防はミドルキックやハイキックも繰り出し激しくなっていくが、波賀はジョムの距離に付き合ってしまっている印象。猛攻を掛けても芯を捕らえさせないジョムの上手さが目立った試合。

◆櫻井健 vs コンゲンチャイ

櫻井の蹴りにもパンチにも応戦するコンゲンチャイ。両者パワフルな攻防となるが、テクニックで優るコンゲンチャイが蹴られても蹴り返し、好戦的に前に出る。当初から5回戦と決められていたが、プログラムには3回戦とあり、3ラウンド終了時で「これは5回戦です」というアナウンスで戸惑う観衆。ただ選手と陣営は次のラウンドに入る素振りがあったので、当初から5回戦だったと感じる動きではありました。

後半は勝ちを確信した逃げかスタミナ温存か、ロープに詰まるように下がり始めるコンゲンチャイ。スタミナ充分な櫻井が圧力掛けるが、それでもコンゲンチャイは蹴りは強くムエタイ技を見せ劣勢に至らないコンゲンチャイが判定勝利。

エスジム所属のタイ選手のテクニックに翻弄されたメインクラスの波賀宙也と櫻井健でしたが、いずれも採点は2-1の接戦で、しかしこの差が大きく、これを乗り越えていかねばならない本場ムエタイへの通過点でもあります。

櫻井健 vs コンゲンチャイ・エスジム。重いローキックのコンゲンチャイ

櫻井健 vs コンゲンチャイ・エスジム。櫻井健も耐えて善戦するが、コンゲンチャイも怯まないで蹴り返して来る

バチ捌きは見事な連係、12分を戦い抜いた雄勝町伊達の黒船保存会の4名

ラウンドガール晴奈さん。リングも舞台も真剣勝負

KO決着は第1試合と第2試合のみ。パフォーマンスで目立ったのは毎度の鰤鰤左衛門。
鰤鰤は接戦の試合が多く負けの数も多いようですが、この日も接戦ながら勝利となりました。変則的な雰囲気を醸し出しながらしっかりとパンチと蹴りを持つ攻防でした。

アトラクションとして雄勝町伊達の黒船太鼓保存会による創作和太鼓の披露は、汗びっしょりになって太鼓を12分に渡りリズムに乗ってバチで叩き続けた4名の連係捌きが見事で、試合以外でも盛り上がりある興行となりました。リング上での披露はいつもと違った臨場感だったでしょう。

毎度のラウンドガール登場はDUELで2代目となる晴奈さんが登場。舞台やテレビ、映画出演が多い女優さんです。

◎DUEL.12 / 2017年10月1日(日) ディファ有明14:00~18:55
主催:NJKF若武者会 / 認定:NJKF

◆メインイベント 56.5kg契約 5回戦

波賀宙也(立川KBA/56.5kg) vs ジョム・エスジム(タイ/56.52kg)
勝者:ジョム・エスジム / 判定1-2 / 主審 多賀谷敏朗
副審:白神48-49. 中山49-48. 竹村48-49

◆ライト級 5回戦

櫻井健(習志野/60.8kg)
vs
コンゲンチャイ・エスジム(元・ルンピニー系バンタム級3位/タイ/60.6kg)
勝者:コンゲンチャイ / 判定1-2 / 主審 宮本和俊
副審 多賀谷49-48. 中山48-49. 竹村47-50

◆ウェルター級3回戦

NJKFウェルター級5位.Jun Da雷音(E.S.G/68.7kg)
vs
NJKFスーパーウェルター級6位.変わり者(東京町田金子/69.8kg)
勝者:.Jun Da雷音 / 判定2-0 / 主審 白神昌志
副審 多賀谷29-29. 中山30-29. 宮本29-28

◆58.5kg契約3回戦

NJKFスーパーフェザー級3位.大輔(TRASH/58.35kg)
vs
山浦俊一(新興ムエタイ/58.5kg)
勝者:山浦俊一 / 判定0-3 / 主審 竹村光一
副審 白神28-29. 中山28-29. 宮本27-29

◆バンタム級3回戦

NJKFバンタム級6位.淳士(OGUNI/53.2kg)
vs
同級9位.鰤鰤左衛門(CORE/53.4kg)
勝者:鰤鰤左衛門 / 判定0-2 / 主審 多賀谷敏朗
副審 白神28-30. 竹村29-29. 宮本29-30

淳士 vs 鰤鰤左衛門。アグレッシブに攻めた鰤鰤左衛門

接戦ながら勝利した鰤鰤左衛門

◆57.0kg契約3回戦

NJKFスーパーバンタム級4位.雄一(TRASH/57.0kg)
vs
NJKFスーパーフェザー級9位.真沙希(VERTEX/56.9kg)
勝者:真沙希 / 判定1-2 / 主審 中山宏美
副審 白神30-29. 竹村29-30. 多賀谷29-30

◆NJKF女子(ミネルヴァ) 52.8kg契約3回戦(2分制)

同・スーパーフライ級チャンピオン.伊織(T-KIX/52.1kg)
vs
同・スーパーバンタム級1位.小田巻洋子(クレイン/52.7kg)
勝者:伊織 / 判定2-0 / 主審 宮本和俊
副審 中山30-29. 竹村29-29. 多賀谷30-29

◆女子ライトフライ級3回戦(2分制)

RINA(谷山・小田原/48.6kg) vs YUKINO(トースームエタイシン/48.8kg)
引分け / 三者三様 / 主審 白神昌志
副審 中山29-29, 宮本30-29. 多賀谷29-30

◆55.0kg契約3回戦

永井健太朗(Kick Box/54.9kg) vs 中尾興慧(TGY/54.9kg)
勝者:中尾興慧 / 判定0-3 / 主審 竹村光一
副審 中山28-30. 宮本28-30. 白神29-30

インパクト勝利2人目、松谷桐

◆55.0kg契約3回戦

海人(E.S.G/55.55→55.35kg) vs 古村匡平(立川KBA/54.7kg)
勝者:古村匡平 / 判定0-3 / 主審 多賀谷敏朗
副審 竹村27-30. 宮本25-30. 白神27-30
海人は350グラムのオーバーウェイトの為、減点1が加算された採点

◆57.0kg契約3回戦

小田武司(拳之会/56.9kg) vs 山浦翔(新興ムエタイ/56.7kg)
勝者:山浦翔 / 判定0-3 / 主審 中山宏美
副審 竹村28-30. 多賀谷28-30. 白神28-30

◆スーパーライト級3回戦

野津良太(E.S.G/63.4kg) vs 岩橋伸太郎(エス/63.0kg)
勝者:野津良太 / 判定3-0 / 主審 宮本和俊
副審 竹村30-28. 多賀谷30-29. 中山30-28

◆フェザー級3回戦

吉田凜汰郎(VERTEX/56.5kg) vs 佐々木裕亮(光/56.5kg)
勝者:吉田凜汰郎 / 判定3-0 / 主審 白神昌志
副審 宮本30-24. 多賀谷30-24. 中山30-23

◆第2 フライ級3回戦

EIJI(E.S.G/50.6kg) vs 松谷桐(VALLELY/50.2kg)
勝者:松谷桐 / TKO 2R 2:25 / ノーカウントのレフェリーストップ
主審 竹村光一

松谷桐 vs EIJI。KO勝利2人目の松谷桐、飛び膝蹴りでダウンを奪い、再開後パンチで仕留めました

◆第1試合 バンタム級3回戦

鈴木力也(ZERO/53.3kg) vs 北田竜汰(光/52.6kg)
勝者:鈴木力也 / KO 1R 1:30 / カウント中のタオル投入による棄権
主審 中山宏美

鈴木力也 vs 北田竜汰。鈴木力也がハイキックで一発KO勝利、このカットではありませんが、逆方向からこんな形で決まりました

ハイキックKOは15試合中いちばんインパクトあった第1試合の鈴木力也

《取材戦記》

NJKF本興行から準ずる形の若武者会主催の第12回目と力を付けているDUELでした。今回はメインイベンタークラス以外にも注目して掲載してみました。今後もパワーアップして行きそうな若手のプロモーター興行です。

全15試合は14時から始まり、約5時間のちょっと長い興行となりましたが、早めの開始で19時に終わる興行としては帰りが遅くならない有難さがありました。

ひとつ苦言するならば、試合中のラウンド数変更は、キックでは伝達不足による原因でアナウンス訂正が有りがちですが、契約事項の確認、伝達の徹底は怠ってはならないでしょう。コミッションが管理管轄するプロボクシングでは起こり得ないことです。

日本 vs タイ国際戦もタイ選手側の幅広いレベルの差がありますが、以前から申すとおり、日本選手の壁となる、第一線級を退いてもまだまだ強いムエタイ戦士は貴重な存在と思います。

NJKFに於いて波賀宙也は2月の「KNOCK OUT」で小笠原瑛作(クロスポイント吉祥寺)に敗れ、6月にWBCムエタイ日本王座を小笠原裕典(瑛作の兄)に奪われ、今回の敗戦で3連敗となる中、今年27歳、WBCムエタイに於いてはまだまだ上位を目指せる存在。今後の踏ん張りを応援したいところです。

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

愚直に直球 タブーなし!『紙の爆弾』11月号!【特集】小池百合子で本当にいいのか

一水会代表 木村三浩=編著『スゴイぞ!プーチン 一日も早く日露平和条約の締結を!』

◆寺の堅苦しさは無くなり

ついにやって来たタムケーウ寺と藤川さんとの再会。お坊さんになったなら大人しく、真面目一辺倒の会話をするだろうという想定をいきなり裏切ってくれた藤川さん。大声で話し大声で笑ったバンコクのM&K食堂を経営していた頃と何も変わらないではないか。でもそれが堅苦しさをほぐす安心感を私に与えてくれるのでした。こんなんでもやっていけるのだと。藤川さんを通じて和尚さんにもお会いし、楽観的に捉えてしまう出家の道へ繋がりました。

トイレ、水周り掃除をする藤川さん

トイレ掃除する藤川さん

他の比丘も率先して清掃する者もいる

◆トイレ掃除は修行の一環

お喋りに付き合い、午後3時を回り、藤川さんは日課というトイレ掃除を始めました。洗濯洗剤と便器ブラシ、竹ぼうきを使って水浴びスペースとなるホンナーム(水の部屋=トイレとシャワー)を掃除。寺のクティにトイレは3箇所ほどあり、それを1時間ほど掛けて丁寧に掃除していきます。

トイレは外から入れるので、サンダル掃きで皆が利用します。常に泥汚れが溜まるトイレ。寺を訪れた俗人も使えるので一概に言えませんが、便器やその周辺はいつもタバコの吸殻が落ちており、仏門の世界でもモラルが欠落した寺の裏側が見られる場所でもあります。

藤川さんは寺に居る日で、立て続けに葬儀等が無い限りは毎日トイレ掃除をこなす様子。和尚さんや先輩比丘からそういう任務を命ぜられている訳ではなく、率先してやっているのでした。「毎日掃除しても翌日にはしっかり汚れとる。自分がやってきた若い頃のヤンチャな喧嘩や法律違反スレスレの建設営業、地上げ屋など人を騙したり脅したり、一日二日掃除しただけでは罪は消えんほどの悪行があったんや。お釈迦さんはそれをトイレの汚れで毎日教えてくださってはる、という思いで掃除するんや」と言う藤川さん。

そんな真面目な姿を見て、これが地上げ屋をやっていた人かと思うほど、変わりように驚くばかり、かつての不良や不動産屋仲間が見れば同じように思うことでしょう。トイレ掃除するのは藤川さんだけ。「他の奴は寝てるもんも居るし、勉強しとるもんも居る。皆、好き勝手に何かやっとるけど、これが誰も干渉せん寺の姿。修行は己でやるもんやから。これが葬儀やニーモン(比丘を招いて葬儀や結婚式、建築完成祝いなどでの寄進)が無い日はのんびりした一日や」という藤川さんの話しでした。

経文を覚える藤川さん

◆蚊避け線香!?

部屋に戻ると藤川さんのもうひとつの日課の一人読経が始まりました。今は本当の修行の身、日々お経を覚えているようで、仏陀の像の前で、その教科書となる経文を読みながらの読経を30分ほど続けた後、更に30分ほどの瞑想。

そうして夕方になると当然ながらイヤな蚊が出て来ます。生きものを殺すことが禁じられている戒律があるので、蚊は殺さないはずと思っていると、ここまで修行の顔を見せていた藤川さんは蚊取り線香を三つ出し、頭と尻尾にそれぞれ火を点け、部屋の隅々に置かれました。計6本点けたに等しい煙。やがて部屋中真っ白の煙だらけ。燃え尽きるまで3時間ほど掛かったかと思いますが、「蚊取り線香使っていいんですか?」と聞いても、「追い払ったんや、これで朝まで蚊は出て来えへん、蚊はこの部屋を避けて、しばらくすると左隣の部屋に集まってとなりの坊主が“パチン”と蚊を叩く音が聞こえるんや、時々嘆いとるわ、ワッハッハッハ!」と笑う藤川さん。この論点ずらしがオモロかった。

◆牛乳の力

比丘は午後食事をしてはならない戒律の下、藤川さんは当然何も食べていませんが、私には「寺の外に屋台があるけど、今日は食わんでもええやろ、牛乳でも飲んどき!」と言い、冷蔵庫から托鉢で寄進された紙パックの牛乳を出してくれました。
これが一本でも意外とお腹いっぱいになるもので、屋台に行く気も無くなり、「これは自分で空腹をごまかせるなあ」と何やら安心してしまう牛乳の力。贅沢な日々を送っているからデニーズなどでステーキやハンバーグ定食やパフェなど腹一杯食べたくなるもので、質素に暮らせば夜は小食で充分なような、藤川さんの勝手気ままな言い分に呑まれているのか、そんな気がしてしまうこの夜でした。

◆興味津々、覗き部屋!

ふと気が付けば、比丘の部屋には壁にところどころ穴が開いており、壁が劣化している訳ではなく、お互いが隣の部屋を覗けるようになっているのでした。つまり、一人で居ては隠れて何でも出来る。エロ本見ることもオナニーすることも、午後にお菓子を食べることも出来てしまう、それをさせない抑止力的覗き穴がところどころにあるのでした。

テレビや冷蔵庫を所有していても、修行の一環と認められれば必需品と拡大解釈されるものの、寺の外でも中でも至るところから厳しい目で見ているのが寺の日常であることが分かります。

その隣の部屋の穴から覗いたのがデックワット。すぐ藤川さんが「オイ、こっち来い」と呼び、こちらの部屋に来させたところ、この寺から小学校に通う男の子。親元を離れ、寺に居住しながら比丘の世話をすることで日々の生活費はタダ。日常生活に不自由はない寺でのデックワット生活の様子。しかし欲しいものが手に入るような贅沢はできないのは想像に難しくないところです。

夜も9時を過ぎ、朝も早いので寝る準備に入り、板の間に薄いタオルケットと古い黄衣の余りものを借り、硬い床の上で寝ることになります。こんな寝床はムエタイジムでも同じだったので苦痛ではありませんでした。ただ寝る前に、右隣の副住職の部屋からムエタイ中継が聞こえてきました。寺とはどういうところなのか。テレビは見れるし、蚊は殺せるし、牛乳は飲めるし、そんな自由奔放な寺の環境を見た一日。この日は安心しきって眠ってしまいましたが、節々に厳しさも垣間見れる寺であることもわかりました。

明日は、タイに居ながら身近で見ることが滅多に無かった托鉢に同行します。

デックワットを呼んで御挨拶

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

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『NO NUKES voice』13号【創刊3周年記念総力特集】望月衣塑子さん、寺脇研さん、中島岳志さん他、多くの人たちと共に〈原発なき社会〉を求めて

テーパブット vs 健太。接近戦でやられる覚悟を持って激しく打ち合う健太

テーパブット vs 健太。バックハンドブローを打つ健太、プレッシャー与えるだけでも効果的

今年、NJKFで話題を振り撒いた健太とMOMOTAROの出場。WBCムエタイ日本ウェルター級チャンピオン.健太(ESG)は4月から毎月の試合をこなして勝っても負けても立ち止まることなく戦ってきた健太。

WBCムエタイ・インターナショナル・フェザー級チャンピオン.MOMOTARO(OGUNI)は今回は3回戦ヒジ打ち禁止のルールの試合に出場。11月23日のRISEのトーナメント(DEAD OR ALIVE TOURNAMENT)へ、出場を見据えてのものという。

◆健太 vs テーパブット

接近しては危険な雰囲気からタイミング見計らって第2ラウンドに健太が左フックのクリーンヒットでスリップ気味ながらダウンを奪った。健太は思いっ切り打つボディへの左右フックとローキックでテーパブットがどこかで崩れるかと思えたが、ムエタイ一流選手は簡単には崩れない蹴りで凌ぎきり、健太はダウン奪ったラウンドの差だけの判定勝利となりましたが、ダウンを奪って以降、主導権支配し続けた勝利でした。

健太 vs テーパブット。健太がダウンを奪った左フック、スリップ気味だが綺麗に入った

健太 vs テーパブット。ロープ際に詰めて、かわして打って出るベテランの健太

◆MOMOTARO vs 北薗翔大

ヒジ打ち禁止ルールに挑んだMOMOTAROはヒジ以外の技を多用し、1ラウンド半ばから様子見を終え、徐々にペースを上げていった。パンチを強めた攻めでフルマークとなった展開は新たな戦略へ繋がった様子。

MOMOTARO vs 北薗翔大。ハイキックをヒットさせるMOMOTARO、オールラウンドプレーヤーの真髄

北薗翔大 vs MOMOTARO。至近距離でも高く上がるMOMOTAROの柔軟なハイキック

◆YETI達朗 vs 門田哲博

昨年、白神武央(拳之会)に王座を奪われた雪辱を目指すYETI達朗が、ストレートパンチとミドルキックで圧力を強めると、首相撲からのヒザ蹴りも蹴り負けない展開で僅差ながら門田哲博を突き放す。

YETI達朗 vs 門田哲博。ここで負けられないYETI達朗が門田を突き放すハイキック

前田浩喜 vs 新人。互角の蹴り合いから圧力を掛けたのは新人

◆前田浩喜 vs 新人

チャンピオン同士の正攻法のミドルキック中心にベテランらしい攻防が見られた両者。ウェイト差が影響したか、圧力を強めた新人が的確さで優り判定勝利。

◆杉貴美子 vs SAHO

女子の試合にしては密度の濃い試合となり、SAHOのジャブが距離感を掴み、蹴りへ繋げていく。至近距離での打ち合いもSAHOが支配し、杉貴美子に挽回を許さず判定勝利。杉貴美子は初防衛成らず、SAHOが新チャンピオン。

杉貴美子 vs SAHO。杉貴美子の突進を阻んだSAHOの前蹴りがヒット

◎NJKF 2017.3rd / 2017年9月24日(日)後楽園ホール17:00~21:10
主催:NJKF / 認定:WBCムエタイ、NJKF

MOMOTARO vs 北薗翔大。組めば転ばし、何でもこなしたMOMOTARO

MOMOTARO vs 北薗翔大。相手のタイミングを合わせて繰り出すMOMOTAROのハイキック

◆メインイベント 67.0kg契約 5回戦

健太(E.S.G/67.0kg) vs テーパブット・シッオブン(元・BBTV・SFe級C/タイ/65.95kg)
勝者:健太 / 判定3-0 / 主審:山根正美
副審:神谷50-47. 西村50-48. 竹村49-47

◆57.5kg契約3回戦

MOMOTARO(OGUNI/57.5kg) vs 北薗翔大(K-LIFE/57.35kg)
勝者:MOMOTARO / 判定3-0 / 主審:多賀谷敏朗
副審:神谷30-27. 西村30-27. 山根30-27

◆WBCムエタイ日本スーパーウェルター級挑戦者決定戦 5回戦

NJKF同級チャンピオン.YETI達朗(キング/69.9kg)
vs
JKI同級チャンピオン.門田哲博(武勇会/69.45kg)
勝者:.YETI達朗 / 判定3-0 / 主審:竹村光一
副審:神谷30-29. 多賀谷30-29. 山根30-28

◆56.5kg契約3回戦

NJKFスーパーバンタム級チャンピオン.前田浩喜(CORE/56.4kg)
vs
NJKFフェザー級チャンピオン.新人(=あらと/E.S.G/56.45kg)
勝者:新人 / 判定0-3 / 主審:西村洋
副審:竹村28-29. 多賀谷28-30. 山根28-29

◆NJKF女子(ミネルヴァ)スーパーバンタム級タイトルマッチ 3回戦

新チャンピオン、SAHOのマイクアピールで周囲への感謝を述べる

チャンピオン.杉貴美子(TenCloverGym世田谷/55.0kg)
vs
挑戦者同級2位.SAHO(闘神塾/54.95kg)
勝者:SAHO / 判定0-3 / 主審:神谷友和
副審:竹村29-30. 多賀谷28-30. 西村28-30

◆54.0kg契約3回戦

NJKFバンタム級チャンピオン.玖村修平(K3B/54.0kg)
vs
コンバンノー・エスジム(タイ/54.0kg)
勝者:玖村修平 / KO 2R 2:07 / テンカウント
主審:山根正美

◆62.0kg契約3回戦

NJKFライト級チャンピオン. NAOKI(立川KBA/62.0kg)
vs
キヨソンセン・FLYSKYGYM(FLYSKY/61.95kg)
勝者:キヨソンセン / 判定0-3 / 主審:多賀谷敏朗
副審:山根28-30. 神谷28-30. 西村28-30

他、4試合は割愛します。

《取材戦記》

NJKF看板選手が引退や怪我で戦線離脱が目立つ中、4月以降、毎月の試合で存在感大きくなっているのが健太。過去にはダウンもあれば判定負けもある中、大きな怪我も無く続けられているのは生まれ持った頑丈な肉体で、より鍛えられた筋肉美を強調。強さだけでなく笑いも誘うパフォーマンスを起こし、今年2月には「KNOCK OUT」興行出場と、8月には中国でのクンルンファイト出場とビッグマッチ出場も充実させた試合間隔を保っています。長くNJKFの看板選手の一角を務め、30歳になったばかりでもまだまだ進化を続ける健太です。

MOMOTAROは2013年12月から2016年12月に掛けて14連勝し、3月のタイでの試合は判定負けだったものの、修行の成果を発揮し、6月にWBCムエタイ・インターナショナル・フェザー級王座をKOで奪取。徐々にNJKFトップクラスに躍り出てきた注目の存在です。本名は小寺耕平で、同じOGUNIジム所属のWBCムエタイ・インターナショナル・フライ級チャンピオンのTOMONORI(佐藤友則)がMOMOTAROの名付け親となるようです。

他団体交流が盛んなNJKFは他団体興行出場も多く、MOMOTAROはこの日の北薗翔大に勝利時点で、11月23日に開催されるRISEトーナメントへ出場の正式決定はしていませんが出場を見据えての、今回のヒジ打ち禁止ルールでの試合でした。

「真の強者はルールを問わない」という信念で挑むMOMOTAROの今後の進化に期待が掛かります。

キックボクシングに於いて、ヒジ打ち有りと禁止では、単に有りか無しかではなく、その対戦相手との踏み込む距離感が違ってくると言われます。かつてムエタイルールに馴染んだ選手がヒジ打ち禁止ルールのイベントに出場して本来の力が発揮できなかった試合もありました。

ポスター、パンフレット用の正面向き表情を撮りたくても、毎度の健太筋肉パフォーマンス、いろいろなパターンがあります

本来のキックボクシング基本ルールに統一して欲しいと願うのは純粋なキックファンだけでなく、いろいろな団体に赴いて裁かねばならないレフェリーのようでもあります。打撃だけでなく、採点基準も違えばその都度、ルール確認とミーティングを行ない、今日はヒジ有り、明日はヒジ無しといった日が続くこともあるという厄介さ。と嘆いていても仕方なく、今あるイベントを盛り上げていくのが明日へ繋ぐ、今出来ることのキックボクシング界の現状のようです。

NJKF次回興行はプロ興行、関東エリアに関して、
10月22日(日)にPITジム主催「絆 Ⅸ」が埼玉・ふれあいキューブにて開催。
11月26日(日)に後楽園ホールにて「NJKF 2017.4th」が開催されます。

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

愚直に直球 タブーなし!『紙の爆弾』11月号!【特集】小池百合子で本当にいいのか

一水会代表 木村三浩=編著『スゴイぞ!プーチン 一日も早く日露平和条約の締結を!』

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