背格好だけ違って皆同じに見える比丘の顔触れから、遠慮なく本音で喋る時期に入り、仲良い奴にも癖があり、性格悪そうな奴にも賢い判断がある、そんな自然な振舞いがいろいろな場面で見えて来ました。

ベテランのアムヌアイさんは三輪自転車トゥクトゥクの運ちゃんと雑談(1994.11.22)

◆春原さんからの激励

11月18日、春原さんから得度式で撮って貰った写真が届きました。中の手紙には大きな字で、「ワッハッハッハ、何を弱気な!」

出家した間もない頃、「藤川ジジィが無視しやがって」とか「黄衣の纏いが下手糞過ぎて托鉢中に解けそうになって情けない、もう辞めたい」など心境を愚痴を溢して書いた春原さんへの手紙の返事がこれでした。

「誰も真似できないような仏門に自ら飛び込み、日々の苦労はあっても坊主修行を続けている姿に、私は情けないとは思いません」

「もう慣れている頃だと思うので、何も心配していませんが、頑張って話題豊富な修行を送ってください。期待しています」と呑気なことを書いて寄こしやがって。

でもこんな手紙に背中を押されるような元気を貰いました。ボクサーが真のファンに「応援してるよ、頑張って!」と励まされるのは、こんな涙が出るほど嬉しい心境なのかと思います。

皆の写っている写真をそれぞれに渡すと、やっぱり笑顔で受け取ってくれて大変喜ばれました。和尚さんも性格の悪い奴も、ブンくんもコップくんもみんな見せ合って笑う賑やかさ。それは小学校の頃に、年度末に撮った学級集合写真を貰ってみんなで笑って見ているような光景でした。

◆寺の内側で起きている個性的な比丘らのこと

ちょっと悪賢いヒベ(左)、すでに還俗したインド(右)(1994.11.5)

ヒベという奴は普段から不良ぽく、卑猥な言葉らしい“ヒベ”を連発して言っていたので、品の無いこいつを「ヒベ」とちょっとだけ小声で呼んでやりました。

性格は優しいがヒベ並みに品の無い奴がパノムという奴。
「オーイ、ハルキ!“オメ○”って何だ? キヨヒロ(藤川さん)から聞いたんだけど!」と、庭でデッカイ声で呼びやがる。

「それは“ヒー”のことだよ。日本語では“オ○ンコ”って言うんだ」と言ってやったら、更にデッカイ声で「オマ○コ!」よ呼びやがる。

「みっともないからやめろ!」と言っても、「マイペンライ!タイ人しか居ないから、誰も分からない!」・・・!?

パノム(左)、ティック(中央)、ルース(右)。この3名もやがて還俗します(1994.11.5)

近くには山の上にナコーン・キーリーというケーブルカーで上がる観光地がある。この辺を日本人女性が歩く可能性もあるから止めて欲しかった。

初めてタイに来た日本人女性が、神聖なるお寺のお坊さんから“オマン○”なんて聞こえたら、タイ・テーラワーダ仏教の権威が崩れるではないか。

更にパノムは夜遅くに「腹減った、ラーメン無いか?」と私の部屋にやって来たことがある。

「オイ、今食うんじゃないだろうな、明日の朝食えよ!」と言って托鉢でサイバーツされたカップ麺を渡すと、隠すように持っていったパノム。夜食ったら戒律違反である。比丘の中にはこういう体たらくな奴も居るのかと思う。ケーオさんは心が病んでいるようだ。

藤川さんにこの寺を紹介したのがバンコクにいる知り合い弁護士で、この方の末弟に当たるのがケーオさんらしく、他の兄弟と違い、複雑な思春期を過ごしたケーオさんはちょっと問題あって、お坊さんにでもさせておくしかない事情の下、この寺で出家させたという、藤川さんは元から縁あるお坊さんなのでした。

話せば面白い奴で頭も良い。機械イジリが好きで和尚さん所有の車をメンテナンスしたり、秘書的存在でタイプライターで文字を打っていることも多いケーオさん。私もストロボが発光しなくなった時、こんなタイの田舎の寺に居ては修理は無理と諦めていたところ、ケーオさんが「ちょっと貸してみい!」と持って行ったら翌日までにしっかり直して、ちゃんと撮影に同調する問題無い修理をしてくれた、器用な人なのである。

アムヌアイさんは誰もやらない3K仕事をやる真面目な優しい奴。これも藤川さんから聞いた印象で、「毎日、牛の糞を捨てに平気で運んどるが、ケーオのような要領の良さは無いな。仕事は何でも出来そうやが鈍感なタイプやな」

「メーオは、学の無い奴で還俗しても他に就職先なんか無いやろうな。ペッブリーから出たことも無いらしいし、坊主やっとるしかないんちゃうか!」
当たらずと雖も遠からずの藤川さんの意見でありました。

ズル賢いケーオさん(左)、ワット・マハタートの高僧(中央)、やがて還俗するブイ(右)(1994.11.27)

◆比丘達の試験!

21日の午後はペッブリー県でいちばん大きい寺のワット・マハタートへ皆が試験に行った様子。新人僧はパンサー明けに全国の寺で行なわれる仏教試験を受けることが義務付けられており、合格すると初めて一人前の比丘となるそうである。

翌22日も試験。疲れた表情で帰って来る仲間達。「難しかった」「たぶん落ちた」と言う奴が多い。古い比丘や藤川さんは試験は無い。私はパンサー経験無い上、新入りなので、全く声は掛からず。

試験に向かうティック(左)、ブン(中央)、テーク(右)(1994.11.22)

◆初めての一人托鉢!

26日は一人托鉢。昨日から藤川さんはナコンパノムへ旅立っています。何しに行ったのかは分からない。普段から寺では話さないから仕方ない。

いつも最後に立ち寄る砂利路地で、御飯と惣菜の他、お菓子を必ず入れてくれるおばさんに英語で声掛けられ、私がタイ語でたどたどしく応えるので、日本人と知られてしまう。するとその向かいの家の、身体に障害があって手が震えるオジサンに、
「このお坊さんも日本人なんだってさあ!」と教えてしまう始末。藤川さんを日本人と知っているのに、私も日本人だと今迄知らなかったのかなと意外に思う。

お菓子おばさんには「いつ還俗するの? もう一僧はどうしたの?どうして比丘になったの?」と聞かれても、適当に都合のいい返答しつつ、気さくな会話が出来る仲となれました。オジサンの家には年頃の綺麗な娘さんが2人居て、日々入れ替わり出て来ること多い中、この日は後から娘さん2人とも出て来て、その娘さんにも伝えてしまうお菓子おばさん。短パン姿で、太ももが綺麗でつい見て見ぬフリをしてしまう。もう下手な黄衣の纏いも痛い石コロも忘れてしまう、こんな楽しい托鉢でいいのだろうか。

ここに来るまでにも結構声掛けられ、別の路地で、元横綱琴桜に似たおばさんにも「今日はひとりなの?いつまで比丘やるの?還俗したら何やるの?」と聞かれたり、目が合えば微笑んでくれるオバサンも居て、普段は眼力ある藤川では声掛け難いのか、私一人の今日はちょっとした人気者でした。

こんな日が29日朝まで続き、ようやく帰ってきた藤川さん。翌日にまた二人托鉢になると、途端に以前どおりの無言の托鉢に戻りました。

◆ラオス行きの最終準備

藤川さんはどこへ行くにもバンコクを経由することになるので、先日の旅行代理店に立ち寄り、預けてあるパスポートを受け取っています。そのラオス行きのビザが取れたパスポート差し出されて、「あと300バーツや!」と言う。

「300バーツぐらい奢れよ、日本でどれだけ奢ってやったことか!」と思うが、行って来てくれたのだから仕方ないか。

ラオスに行く日までに、まだ準備しなければならない、和尚さんのサインが要る申請書類の作成の為、和尚さんに相談しなければならないことが幾つかありました。またいつもの調子で「ダーイ!」と言ってくれるでしょうか。

煙突は火葬で使われます。叫べば結構響く境内(1994.11.22)

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

一水会代表 木村三浩=編著『スゴイぞ!プーチン 一日も早く日露平和条約の締結を!』

「絆」でデビューした二人が今チャンピオン、石川直樹(左・治政館)と良星(右・平井)

白井達也の右ストレートで澤田曜祐を攻める

右ストレートを決定打に澤田曜祐をKOした白井達也

「絆まだまだ突っ走ります」というフレーズが光るプログラムの見出し。

絆Ⅹ
4月30日(月・祝)埼玉県春日部市ふれあいキューブ / 16:00~
主催:PITジム / 認定:NJKF

2013年4月13日に第1回「絆」興行が行われ、ここでデビュー戦を勝利し、その後、チャンピオンに至った2名の選手がリングをリング上で紹介されました。Bigbangスーパーバンタム級チャンピオンの良星(平井)と、日本フライ級チャンピオンの石川直樹(治政館)が御挨拶。

良星は6月3日の「Bigbang」興行出場予定で、過去、祐トーン・エー(真樹・AICHI)に判定勝利していますが、今度はKO勝利して次に繋がるような試合をしたいと宣言。

石川直樹は6月8日の「KNOCK OUT」興行から始まる軽量級トーナメント戦初戦に出場し、秋以降の決勝戦で優勝することを誓い、両者ともまた「絆」のリングに戻って来ることを約束し、「強い選手を用意してください」と述べられました。

◆メインイベント 60,5kg契約3回戦

白井達也(TRY-EX/60.1kg)vs NJKFスーパーフェザー級1位.澤田曜祐(PIT/60.3kg)
勝者:白井達也 / KO 3R 1:37 / テンカウント / 主審:竹村光一

好戦的に打ち合った両者。パンチ主体で、ローキックとのコンビネーションで攻勢が続いた白井、蹴りはフォロー的にパンチが小気味良く繰り出される。応戦する澤田も劣性ながら打ち返す踏ん張りが凄かった。

第2ラウンドに白井は右ストレートで2度ダウンを奪い、勢いは増すばかり。第3ラウンドには再び右ストレートでダウンを奪い、澤田はそのままカウントアウトされて終了。

白井達也が攻勢を強めていくパンチの連打

拳士浪の連打が将泰を圧倒する

◆セミファイナル フェザー級3回戦

日本フェザー級3位.拳士浪(治政館/57.1kg)vs 将泰(PIT/56.8kg)
勝者:拳士浪 / KO 2R 2:47 / 3ノックダウン / 主審:プアナイ

キャリアで優る拳士浪が余裕ある展開。「蹴りまくる」と意気込みを語っていた将泰は、ミドルキックからハイキックへ積極的に蹴るが、ブロックされたり交わされたり、拳士浪のリズムを崩すには至らない。

第2ラウンドにはパンチでダウン奪う拳士浪。将泰はバックハンドブローを狙うが、拳士浪は冷静に交わし、更なる連打の後、右ストレートで3度目のダウンを奪って終了。

試合後、拳士浪は「15年前に治政館に入門し、選手として13年ほど現役を続けてきました。ですが、今日を持ちまして現役を引退しようと思っています。今迄有難うございました。」と語ってリングを降りました。

拳士浪の連打で将泰が仰け反る

「絆」のリングに治政館陣営が集合して拳士浪の勝利を祝う

◆NJKF女子アトム級(-46.266kg)挑戦者決定戦 3回戦(2分制)

2位.佐藤レイナ(TeamAkatsuki/46.0kg)vs 3位.美保(KFG URAWA/46.0kg)
勝者:佐藤レイナ / 判定2-0 / 主審:多賀谷敏朗
副審:竹村30-28. プアナイ30-29. 君塚29-29

セーラー服がコスチュームの佐藤レイナは高校卒業したばかり。しかし「セーラー服は卒業しないが、チャンピオンになったらこのコスチュームは卒業する」という。

接戦となった試合で、両者のパンチ打って蹴って出る積極性は、ポイント付け難い中、佐藤レイナがパンチの有効打がやや打ち勝った印象。これでチャンピオンの百花に挑戦が決定。

佐藤レイナの前蹴りで美保のボディを攻める

佐藤レイナ(左)が、チャンピオン.百花(右)に挑戦決定

◆女子ライトフライ級(-48.987kg)3回戦(2分制)

NJKF女子ライトフライ級4位.楓(LEGEND/48.8kg)
vs
同級8位.坂本優(CROSS LINE/48.8kg)
勝者:楓 / TKO 1R 0:17 / カウント中のレフェリーストップ
主審:中山宏美

女子キックでは滅多にない一撃KO、開始早々様子見から坂本優が出て行くと、楓の右前蹴りが坂本優の顎にまともにヒットすると、そのまま仰向けに倒れ、レフェリーストップ。立ち上がる様子はなく、セコンド陣営に抱えられリングを去った坂本優。

楓の右前蹴りが坂本優の顎にヒットした直後

楓が勝利を掴む

ここにも元ムエタイチャンピオン登場、武田幸三が御挨拶

◆女子バンタム級3回戦(2分制)

美優美(錬武館上尾/53.4kg)vs 七美(真樹・沖縄/53.1kg)
勝者:美優美 / 判定2-0 / 主審:君塚明
副審:多賀谷30-29. プアナイ30-29. 中山30-30

◆ウェルター級3回戦

NJKFウェルター級3位.Jun Da雷音(E.S.G/65.9kg)
vs
同級5位.富士山勝敏(OGUNI/66.4kg)
勝者:Jun Da雷音 / 判定3-0 / 主審:竹村光一
副審:君塚30-29. 中山30-29. 多賀谷30-29

他、前座4試合は割愛します。

メインイベント 60,5kg契約3回戦勝者の白井達也

《取材戦記》

休憩時のセレモニーには御挨拶にリングに上がる方が幾人か居られました。選手として御挨拶に立った良星選手と石川直樹選手の他、この興行には新日本キックボクシング協会の治政館ジムが協力されており、武田幸三さんもリングに登場。ここを走る東武線は高校時代に通った路線で、春日部は通過した地点でしたが、この地域は想い出の地でデビュー当時を思い出す様子でした。

埼玉県議会議員の権守幸男氏はPITジム松永嘉之会長と幼稚園時代からの幼馴染みで、毎度の来場で御挨拶の常連の方。10回目を迎えた絆興行の開催に勝った選手、負けた選手にも労いの言葉と、松永会長やNJKF役員各位に敬意と祝辞を述べられました。

この4月30日は興行が重なった日でした。

藤原敏男古稀祭が終わった後、一部の皆さんが向ったのは、新宿を目指す人が多い「ムエタイオープン」でしたが、私は埼玉県春日部市で行われた「絆Ⅹ」に向かっていました。決してビッグマッチがある訳ではありませんが、PITジム松永会長から、過去何度も誘われながら行けること少なかったのと、「マスコミももしかしたら一人も来ていないかも」という読みでの選択でもありました。

ふれあいキューブはなかなか綺麗な近代的施設。三分割された一つのホールを使用。「照明がもう少し明るければなあ」と撮影を考えると勝手なことを望んでしまいますが、都心から離れた“やや地方”としては立派な試合会場です。いずれここの大ホールひとつでビッグマッチも期待したい絆興行です。

次回「絆11」興行は11月25日、ふれあいキューブにて開催されます。

「絆」では常連となったラウンドガール、未来(みく)さん

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

『紙の爆弾』6月号 安倍晋三“6月解散”の目論見/ビートたけし独立騒動 すり替えられた“本筋”

一水会代表 木村三浩=編著『スゴイぞ!プーチン 一日も早く日露平和条約の締結を!』

藤原敏男氏を囲んで祝辞を述べた勇者達。乾杯の音頭は渡嘉敷勝男氏

世界を極めた者同士の握手、渡嘉敷勝男氏と藤原敏男氏

過去のキックボクサーの中で、最も大きい功績を挙げた選手は、藤原敏男氏でしょう。改めてそう思わせるのが、4月30日に代々木上原のファイヤーキングカフェ(Fireking cafe)にて行われた藤原敏男古稀祭で、藤原氏の70才の誕生日を迎えて、更にキックボクシング目白ジム入門して50周年、タイ国ラジャダムナンスタジアム・ライト級王座獲得して40周年という節目を記念しての祝賀会なのでした。

ファンや興行関係者の記憶にいちばん残る存在に対し、よほどの事情が無い限り、参加募集人員から漏れない限り、「行かねば」と集まった人ばかり。

そしてこの日、参加者は会場定員予定数を超える70名。祝辞を述べる代表に選ばれた関係者は、同じキック時代を生きた元・全日本ミドル級チャンピオンの猪狩元秀さん、元・WBA世界Jrフライ級チャンピオンの渡嘉敷勝男さん、K-1チャンピオンで第一人者となった佐竹雅昭さんらが集結。

渡嘉敷さんは「私は空手をやって来た経験から当時の藤原さんの試合もよく観ておりました。」と語り、佐竹雅昭さんは「子供の頃に映画”四角いジャングル”から藤原さんを観る機会が始まり、ニールセンと戦った頃は、放送席に”伝説の人が居る”と思って感動していました。」という、そんな世代の時代に移った選手から、藤原さんの試合をリアルタイムでは見ていない世代まで幅広い中で酒を酌み交わし、戦った者同士が過去の名勝負を熱く語り合ったり、現在の近況を語ったり、皆がそれぞれの人生を歩み、挫けることの無い身体と精神を持つ者同士は、また再会も約束する絆で結ばれた仲間でした。

藤原敏男氏の御挨拶に笑顔がこぼれるチャンピオン達

藤原敏男氏の御挨拶

先月25日には”前夜祭”が行われており、6月と8月にも主催者が替わって地方でも行われる予定という、しつこい程の節目の年の豪勢さ。

藤原敏男氏の御挨拶の言葉には、織田信長の言葉を借り、
「人間の一生は50年、あっという間に過ぎてしまう。悔いの無いように一生懸命やることが大事だ !」と語った後、御自身の人生に触れ、「3月で70才になりました。あと30年、どうやって生きて行こうかと思い(一同笑)、清く正しく美しく、そんな感じで生きて行こうかと思います ! 」

いつもの期待に応える笑いを誘うスピーチでした。

笑いを導く御挨拶は、先月に行われた古稀祭”前夜祭”で述べられたスピーチにもあり、「私の人生で、いちばん夢中になったものは何でしょう。”女”とか”ゴルフ”という声が挙がっていますが、全く当たっておりません(一同笑)。本当は”キック”が最高でした。」と笑いを誘いつつ、「今は走ることもサンドバッグを蹴ることも出来ません。」と自由に歩き回るには困難な日々でも、明るく強い精神力を持つ男のオーラがありました。

古希を祝って花束贈呈

「男の友情」を注いで周る藤原敏男氏

古希祝いTシャツにサインを入れる藤原敏男氏

足の症状は、現役時代の後遺症で、両足首周辺の疲労骨折とも言える脆くなった数ヶ所の負傷、10本ほどのボルトを打ったり抜いたりの手術を何度か受けている様子で、今は杖をついての歩行となっている毎日です。

藤原氏が獲得したムエタイ・ラジャダムナンスタジアム王座は、わずか3ヶ月足らずで現地防衛戦で奪われていますが、それまでにもランカー以上の選手と幾多の接戦の名勝負を展開し、ギャンブラー(現地観衆)から高い評価を受け、現地でも知名度あるのが藤原敏男氏であり、1997年にはタイでスポーツ記者クラブによるムエタイ殿堂入りするほどの功績。これを越える選手が現れていないことが、現在もその功績を称えられる要因でしょう。

キックボクシング界に於いて、これまでチャンピオンは沢山存在し、幾多の祝勝会は開かれていますが、10年、20年と、節目の年に多くの参加者が集う祝賀会を開くことが出来る選手はどれだけ出現するでしょうか。

今後のキックボクシング界に必要な名選手は、チャンピオンベルトの獲った数ではない、周囲に長く称えられる功績での”藤原敏男超え”なのでしょう。期待できる選手は幾らか存在する中、どうやって輝くか、今後の課題であるかもしれません。

チャンピオンを主に集まっての記念撮影

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

一水会代表 木村三浩=編著『スゴイぞ!プーチン 一日も早く日露平和条約の締結を!』

デーンの頭を剃るラス、眺めるトゥム。剃髪は互いに剃り合うコミュニケーションの場でもあります

寺に戻ってまた続く修行の日々。と言っても修行とは程遠い、単なるノラリクラリと送るお坊さん生活でありました。

◆托鉢も楽しい!?

今日も藤川さんの後について托鉢が始まる。1件目の信者さんは初めて出会う17歳ぐらいで凄く可愛い女の子。例えればアグネス・ラムのような。向かい合うともう手の届きそうな近い距離。比丘の身分でウキウキ気分になってしまう。なんと不謹慎な。もちろん顔には出さない。日々出会う信者さんの顔触れも覚え、こんな邪念が頭を過ぎるほど余裕が出て来た私。

坊主仲間だったインドくん(私が勝手に付けた名前、インド人みたいな顔)がバイクでスレ違う。「こいつも還俗したんだ」と気付く。しばらくしてそのインドくんが先の道で待ち構えていて寄進する側となっていました。ニコッと笑ってやると、「ハルキはいつ還俗するの?」と言われ、「とりあえず年明けまで!」と言うとニコッとワイ(合掌)を返してくれました。

◆衝撃の遺体

今日も暇な日で、この日は私の得度式前日に剃髪してくれたアムヌアイさんに付いてちょっと賢い上品グループに加わってみました。彼らもやること無い日は、溜まり場となる本堂脇のベンチでコップくんらも集まり井戸端会議。そこにはガキっぽい話は無く、どことなく大人の会話を感じる比丘達。

やがてアムヌアイさんは寺に入って来た霊柩車を葬儀場脇の霊安室へ誘導。付いて行くと、遺体置き場の冷凍室から一体運ばれて行きました。初めて見た遺体。紫色のコチンコチンに固まったマネキン人形のようでした。こんな姿になったら人も牛も豚も大差は無く、単なる肉塊。ここに至るまでの、この人の人生はどんなだったろうとフッと考えてしまう。この遺体は他の寺で火葬されるようでした。

少々自分で剃ってみるルースくん

◆満月の前日

明日は満月の日で、その前日は剃髪する日と決められています。決まった儀式として、全員読経して静粛にやるのかと思っていたら、夕方4時半過ぎから賑やかに、笑いもこぼれながら水場のあるところなら、あっちこっちで始まりました。私は得度式の前の日に剃髪して貰ってから半月あまり経った頃。他のみんなはほぼ一ヶ月である。私は撮影目的を持ってクティ下で、こんな時だけあつかましくも「先にやってくれ」と名乗り出ました。普段、言葉や態度が悪く、性格悪いなあと思っていたヒベという奴が意外と快くやってくれるも、私の頭はデコボコでやり難いのか、すぐにパンサー3年目のベテラン、ラスくんに代わり最後までやってくれました。やっぱり上手い奴の剃り味は気持ちいいモンである。私はあと何回剃髪するのだろうか。

私は終わるとサッと水浴びしてカメラを持ち、比丘は走ってはいけないのに突っ走り、葬儀場の方でも和気藹々と剃髪が進む中、ブンくんやコップくんらがやっていたので撮ろうとすると和尚さんが「みっともないところを撮るな!」と叱られてしまいました。

「何がみっともないのか」と、そこは日本人感覚で文句言いたくもなるも、黄衣を纏っていない姿は“みっともない”と言う解釈もあるでしょう。和尚さんの言うことでもあるし、そこは大人しく引き下がっておいて、クティ下に戻って他の者をしっかり撮り終えました。これこそ旅の思い出。今撮っておかねば後で絶対後悔する。ブンくんらは撮れなかったが次の機会を狙おう。それにしても誰も嫌がらなかったではないか。比丘として間違っているかもしれないが、時折カメラマン意識に戻ってしまいます。

今日の“調髪”はほぼタダ。カミソリ代のみ。もちろん皆、エイズ感染防止策で使い回しはしません。

他の比丘にいたずらされたパノムの頭を剃るラス。和尚さん居ないところで、こんな姿にすることもあり

新しい仏塔完成行事で参列した後、カメラを向けるとキチンと立つケーオさん(左)とアムヌアイさん(右)。皆の兄貴的存在の二人

◆いつか我が身も、最後の送り出し

この翌日の午前中にまた葬儀の準備に行かされると、葬儀する遺体が股間にガーゼを当てた程度の裸で置かれていました。本物の遺体、40歳ぐらいの刺青しているオッサン。ピストルで撃たれたようでした。親族が入れ替わり見に来る。小さい5歳ぐらいの女の子が笑いながら遺体を覗いたり、母親らしき人の間をスキップ気味に行ったり来たり、それがやがて事態を把握したのか本気で泣き出してしまいました。ピストルで撃たれた胸と貫通した背中の傷を縫っている検視官? 側頭部にも傷がありました。寝ているような、すぐ起き上がりそうな遺体。私はそんな遺体をしばらく眺めていました。ほんの2~3日前まで普通の生活をしていただろうに、ほんの数秒の出来事でこんな姿になってしまうです。

以前、藤川さんから頂いた手紙に、「葬式では歳取った自然死が少なく、事故で亡くなられた方が多いのです。交通事故、水の事故、殺人など。ピストルで撃たれた遺体もあり、身元不明で葬式ができない遺体もあります。お釈迦様の無常の教えが実感として分かってきます。本当に真実は今この瞬間だけ、それ故今この一瞬一瞬を大事に生きていくしか確かなことはないのです。」

そんな遺体が置かれた葬儀場に親族の方がリポビタンDを持って来て比丘に配ってくれました。見てるだけでくれるなんて恐縮でした。そんな場でちょっと麻痺していた認識。“くれる”のではなく、これもタンブンです。

葬儀後、藤川さんが、「今日の葬儀はいつもとちょっと違った殺伐とした雰囲気やったねえ、何で死んだか聞いたか?、警察に賭博の現場見つかって逃げて、追われて胸撃たれてもまだ意識あって、自分のピストルで頭撃って自決したんや!」と言う。タイでは法規制はあれど、個人でピストルを持てる国なのです。噂だけでなく、実際に発砲事件が多いことでそれが証明されている現実でした。

葬儀後、親族がお布施を配りにやって来ました。私は内心、「毎度あり~」といった気分でしたが、すぐに藤川さんの言葉を思い出しました。

「坊主がお金を受け取る時は、あっさりと当たり前のように受け取るもんや。坊主が葬式に行って『毎度ありがとうございます。また宜しくお願いします』など言って、お布施を受け取ってみい、殺されるぞ(例えの表現)! お布施とは何となく差し出し、何となく受け取るもんや。間違っても『ありがとう』なんて言うなよ。知らない顔して当たり前のように受け取れよ、その方が有難味があるんやから!」
お布施といった徳を積む行為に応えることはそういうものなのです。

葬儀の様子(イメージ画像、別日)

◆諸行無常を実感

これも過去、藤川さんに説かれた言葉で、
「明日は必ずやってくるモンか?各々に“必ずやって来る”とは言えんのとちゃうか?平和な日常でも、明日もこの命があるとは限らへんのやからな!」

そんな話を聞きながら、その時は漠然とその意味を理解していました。

先日の冷凍された遺体といい、今日の葬儀の遺体といい、死因は何にせよ、日々人は死んでいくもので、来世へ最後の送り出しをするのがお寺の役目。一方で、日々新しい命が産まれている。

順々に我が身も送られる日が近づいている。諸行無常の教えが実感として分かってくるのがお寺に暮らす我々比丘なのでした。

これまでノラリクラリ無駄な日々を送ってきたことは勿体無いこと。今やるべきことを先延ばしせず今やらねば。日本に帰ったら無駄の無い日々を送れるだろうか。三日坊主の私に──。

葬儀の様子(イメージ画像、別日)。当然、ベテラン比丘が前に並びます。要請される人数によっては他の寺から呼ばれたり、我々も向かったりします

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

『紙の爆弾』5月号 安倍晋三はこうして退陣する/編集長・中川が一から聞く日本社会の転換点/日本会議系団体理事が支持「道徳」を〝数値評価〟していた文科省研究開発学校 他

一水会代表 木村三浩=編著『スゴイぞ!プーチン 一日も早く日露平和条約の締結を!』

蹴りにインパクトがあった井原浩之の右ミドルキックが西村清吾にヒット

西村清吾のパンチの距離での攻勢が目立った

NKB(日本キックボクシング連盟)とMA日本キック(マーシャルアーツ日本キックボクシング連盟)とのチャンピオン交流戦、西村清吾vs井原浩之戦がメインイベント。

初回の探り合いから蹴り中心に前に出る井原に対し、パンチ、ヒジを合わせる西村。互いの決定打には至らないが、井原は接近すればヒザ蹴りに持ち込みたい体勢。そこから自分のペースに引き込めない井原は攻め難そうながらミドルキックは勢いがいい。西村のパンチとヒジの距離感は隙を突くように打ち攻勢が目立つ。ラストラウンドは疲れが見える両者。それでも強いヒットを狙って打ち合う両者。判定は分かれたが僅差で西村が勝利。

西村清吾の顔面を押し付けるような右ストレート

◆棚橋賢二郎vs稲葉裕哉

長身を利した蹴りと、階級も上の稲葉には棚橋のいつもの豪腕パンチが決まり難い。第2ラウンドに接近戦での打ち合いから偶然のバッティングにより稲葉が右眉下をカット。第3ラウンドには棚橋の左フックで稲葉がダウン。第4ラウンドには負傷箇所の悪化で試合を止められ、最初の負傷原因である偶然のバッティングにより負傷判定となり、ノックアウトを逃した棚橋は不完全燃焼の勝利。

棚橋賢二郎のパンチ連打で稲葉裕哉を攻める

◆野村怜央vs外川夏樹

初回からの両者のパンチと多彩な蹴りの積極的な攻防から第3ラウンド目には外川がスタミナ切れか、やや戦力が弱まり、勢いづく野村の右フックかヒジがヒットし外川がダウン。立ち上がっても劣勢から巻き返せず野村のパンチの攻勢が続き、再び右ヒジ打ちで外川は2度目のダウン。陣営よりタオル投入による棄権により、野村のノックアウト勝利となる。

外川夏樹vs野村怜央。野村怜央の右ヒジ打ちがクリーンヒットした瞬間

◆パントリー杉並vsオッカム山際

両者のパンチ中心のアグレッシブな打ち合いが続く中、若さと勝利数のキャリアで優るパントリーが打ち勝つ展開に進み、山際はダメージとスタミナ切れから下がり気味。次のラウンドがあるならばパントリーがノックアウトに繋げたと思える圧倒気味に終了。

オッカム山際vsパントリー杉並。勢いが増すパントリー杉並のラッシュ

NKBの面子を保った西村清吾

◎闘魂シリーズvol.2
4月21日(土) 後楽園ホール17:30~20:27
主催:日本キックボクシング連盟 / 認定:NKB実行委員会

◆第10試合 ミドル級5回戦

NKBミドル級チャンピオン.西村清吾(TEAM.KOK/72.5kg)
VS
MA日本ミドル級チャンピオン.井原浩之(Studio-K/72.05kg)
勝者:西村清吾 / 判定2-1 / 主審:前田仁
副審:川上49-48. 亀川48-50. 佐藤友章50-48

勝者 棚橋賢二郎

◆第9試合 64.5kg契約 5回戦

NKBライト級1位.棚橋賢二郎(拳心館/64.05kg)
VS
NKBウェルター級2位.稲葉裕哉(大塚/64.5kg)
勝者:棚橋賢二郎 / 負傷判定3-0 / TD 4R 1:16
主審:鈴木義和
副審:佐藤友章40-38. 亀川40-37. 前田40-37

勝者 野村怜央

◆第8試合 64.0kg契約3回戦

NKBライト級4位.野村怜央(TEAM.KOK/64.0kg)
VS
JKIライト級6位.外川夏樹(MWS/64.0kg)
勝者:野村怜央 / KO 3R 1:45 / 右ヒジ打ち、カウント中のタオル投入
主審:川上伸

勝者 パントリー杉並

◆第7試合 63.0kg契約3回戦

NKBライト5位.パントリー杉並(杉並/62.5kg)
VS
オッカム山際(MKH/62.35kg)
勝者:パントリー杉並 / 判定3-0 / 主審:亀川明史
副審:鈴木30-29. 佐藤友章30-28. 川上30-28

◆第6試合 ミドル級3回戦

NKBミドル級1位.田村聖(拳心館/72.45kg)
VS
同級4位.釼田昌弘(テツ/72.57kg)
勝者:田村聖 / 判定3-0 / 主審:佐藤彰彦
副審:鈴木30-27. 川上30-26. 前田30-27

◆第5試合 ウェルター級3回戦

NKBウェルター級4位.チャン・シー(SQUARE-UP/66.68kg)
VS
滝口幸成(WSR・F幕張/66.05kg)
引分け 0-1 / 主審:佐藤友章
副審:鈴木30-30. 佐藤彰彦28-30. 亀川30-30

◆第4試合 フェザー級3回戦

岩田行央(大塚/57.1kg)
VS
NKBバンタム級5位.海老原竜二(神武館/56.8kg)
勝者:海老原竜二 / KO 1R 2:24 / ハイキック、カウント中のタオル投入
主審:川上伸

◆第3試合 ライト級3回戦

小笠原裕史(TEAM.KOK/60.95kg)vs誠太(アウルスポーツ/60.95kg)
勝者:小笠原裕史 / 判定3-0 / 主審:佐藤彰彦
副審:亀川30-27. 前田30-29. 川上30-29

◆第2試合 バンタム級3回戦

ノーマーシー・カズ(テツ/52.8kg)vs北田竜汰(光/52.0kg)
勝者:ノーマーシー・カズ / KO 1R 1:47 / テンカウント
主審:鈴木義和

◆第1試合 フェザー級3回戦

山本太一(ケーアクティブ/56.95kg)vs孝則(総合格闘技TRIAL/57.15kg)
勝者:山本太一 / TKO 1R 2:38 / カウント中のレフェリーストップ
主審:亀川明史

《取材戦記》

「禁断の対決が実現!」という見出しが目立ったプログラムの文言。

90年代の、団体が細分化する前なら興味深い団体交流となるところ、現在も存在する両団体でも、33年前の分裂当時から存在する加盟ジムは非常に少ないでしょう。当時の加盟ジムは、その後、この両団体以外にまで分かれて行ったジムや辞めていった関係者が多いということです。戦った西村清吾と井原浩之にとってはチャンピオン対決として勝利を目指すも、33年前の事情など“何のことやら”でしょう。それでも他団体交流戦も増えてきた日本キック連盟は、今後も更に“禁断の対決”を実現して話題提供に力を注いで欲しいところ。時代の流れは進み、若い世代の力に期待が掛かっています。

MA日本同級チャンピオンを下した西村清吾はまた一歩前進。35歳デビューの現在39歳で、10戦7勝(1KO)2敗1分となりました。

大阪での次回興行は、4月29日(日)大阪市立旭区民センターで14:30よりNKジム主催「闘魂シリーズ ヤングファイトZ-1 Carnival」が開催されます。

6月16日(土)後楽園ホールでは17:15より「闘魂シリーズvol.3」が開催され、ここでの興味深いNKBフェザー級王座決定戦では昨年12月、高橋聖人の蹴りのペースが続く中、右フック一発で勝利した安田浩昭(SQUARE-UP)との再戦となります。

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

『紙の爆弾』5月号 安倍晋三はこうして退陣する

藤川さんとは比丘になって初のツーショット

◆外泊先の朝

バンコクでの用は簡単に済んだのに藤川さんのついでの用が多いこと。

初外泊先のワット・タートゥトーンで目覚めると、いつもの習慣のせいか、まだ5時ぐらい。その後あまり眠れない。

起きてから藤川さんに言われたのは、
「お前、鼾(いびき)凄いな、寝て5分程で鼾搔いてたぞ、お陰で眠れんかった!」と言われ、初めて鼾を指摘された、高校1年の入学早々の研修先での同級生の同じ苦情を思い出しました。親父も鼾が凄かったので、私も同じなのだろうと思い、他所の家には極力泊まらないようにしていたのです。

底が開くようになっている頭陀袋とバーツ(鉢)

「托鉢は行かなくていいよ」と昨日このクティに泊めてくれた偉いお坊さんに言われていたので、ゆっくり過ごし、藤川さんと部屋の掃除だけ二人でやりました。

その托鉢に行っていないので、朝食は呼ばれない覚悟もしたところ、8時頃、この寺の比丘数名から「オーイ、こっち来て!」と声が掛かりました。ここの寺の比丘はウチの寺の倍ぐらい多いが、食事は同じような雰囲気で、食材も多く「遠慮は要らないよ」と他所から来た者を差別することもなく、グループが幾つかに分かれ皆で輪を囲む食事でした。

食事後は出発準備して、このクティのデックワットに鍵を返して寺を出ました。昨日の偉いお坊さんには会うことなく、そこは藤川さんが「分かっとるから気にせんでいい」と言うまで。さすがにいつものお泊りパターンの様子。滞在時間は短かい中、新鮮な味わいがあった寺でした。

◆またも寄り道──ソー・ソー・トー(泰日経済技術振興協会)を訪ねる

バーツに頭陀袋を被せるとこんなショルダーバッグ風になります

また市内バスに乗るも、そのまま帰る訳でなく、藤川さんが目指すスクンビット通りソイ29で降り、ソー・ソー・トー(泰日経済技術振興協会)に寄り道しました。
「カンチャナ先生に会いに行くんや!」とは聞いていましたが、日本人会の主婦らしい女性が7名ほどに迎え入れてくれました。

話し合いは、日本人会として、タイに住む日本人各々が抱える社会問題を語り合うパーティーに、藤川さんの人生経験値と比丘としての意見を語って頂きたいというもので、「今後、度々あるパーティーに藤川さんを招く場合の配慮」について話していましたが、私は関係ないので、ただ側で聞いているだけ。

ニーモン(他所へ招いての寄進・喜捨)として招かれるなど、如何なる場合も戒律は守るのは当たり前で、午後は食事は摂れません。

「どう言うたらいいやろなあ!」と頭搔きながら悩む藤川さん。藤川さんは内心行きたがる。女性たちは“比丘を誘い難い”が藤川さんには来て欲しい。しかし食事を伴うので朝しか招待できない。でもパーティーは午後でなければ皆さんの都合が悪い。

「食事などの接待はしなくていいから」と言っても誘う方は気を使うものでしょう。

藤川さんの説法が、日本人会の皆さんの救いになるならば、比丘としての役目は果たします。しかし、こんなところがウチの寺の和尚さんからみれば、“遊びに行っている”と映るのかもしれません。

1時間程の結論出ない会話の後、皆さんそれぞれの主婦業等がある為、我々も御挨拶して此処を出ました。

◆またもタカリ!

時間はお昼前11時頃、外に出て「さて昼飯どうしようか、食わんとこうか、面倒臭いし!」と言う藤川さん。

私もガツガツ食い意地張りたくないので「そうしましょうかあ」と力無く言うと、それを読んだか、「そや、町田さんに飯食わせて貰おう!」と言ってソイ27の昨日の町田さんのところへ向かうことに。

ロビーの女性に町田さんを呼んで貰うと、町田さんは仕事があるので、昨日一緒に居た小林さんが連れて行ってくれることになりました。

私は「また迷惑かけるなあ」と思いつつも、温厚な小林さんは嫌な顔することなく、逆に喜んでホイホイと近くのレストランへ誘ってくれました。11時20分頃、カオパット(炒飯)、トムヤムスープ、カイチアオ(卵焼き)を注文され、12時回る前にアイスクリームまで出される豪華さ。腹減った時に“食う物無い”とか、“食ってはいけない”というのは本当に苦しいもので、この日は我々から「飯食わしてくれへんか?」と実質の“タカリ”に行っているようなもので、私としては申し訳ない気持ちは大きいところでした。

メガネのフレームがガタつくのでネジ修理を頼んだ藤川さんは、こんな感じ(イメージ画像、3月に撮った時計の修理です)

タンブンしてくれた小林さんはタイ生活が長く、「ワシは3日に1回ぐらい正露丸飲んでるよ!タイで日々屋台で飯食ってたら何食わされているか分からんからな、寄生虫発生の恐れもあるから飲んでおいた方がいいよ!」という、私も過去、長くタイに居ながらはあまり深く考えなかった有難い忠告。

食事後は藤川さんのガタつくメガネのフレーム修理をメガネ屋へ寄って頼むと、此処もお店側のタンブンで無料。何から何までタンブン尽くし。この後、小林さんにバス停まで見送られて、また市内バスでサイタイマイバスターミナルへ向かい、寺入りした日と同じ、ペッブリー行き高速バスで寺へ帰りました。

◆バンコクは楽しかった!

バンコクに居た間に藤川さんに言われた、ウチの寺の若い比丘の程度低い連中のこと思うと、こんな馬鹿どもと付き合うのが馬鹿馬鹿しくなる自分も馬鹿な私。門まで辿り着くと何となく虚しい気持ち。

そんな仲間の一人メーオくんがクティの入口に居て、ニッコリ話しかけて来ました。「どこ行って来たの?」とは聞かれるも、「クルンテープ(バンコク)だよ、以前遊んだことあるパッポンの前も通ったよ」と言ってやるも、こいつ行ったこと無いのか、あまりウケはしなかった。

振り返ればバンコクではいろいろな人と出会って楽しかった。市内バスに乗ってすぐさま席を譲られること3回。やっぱり比丘は一般人より位が高いことを実感し、そこに胡坐(あぐら)を搔いていてはいけないことも肝に銘じ、より修行しなければいけない立場であることも実感しました。なのに新米比丘の私が、やがて還俗していくことを考えると、やっぱり罪なことしているように思うのでした。

思えば友達多いことは大事なこと。カモにされるとムカつきますが、藤川さんが行った先で飯を食わせてくれる友達がいるのも実際には私も助かった話でした。

厳密に言えば比丘は、お金で対価を払う行為はやってはいけないので物を買って食べることは出来ません。そういう場合にデックワットにお金を渡して連れて歩き、必要とするものはデックワットが買って手渡しされたものを戴くことになりますが、そこまで徹底するのは現在の文明社会では無理なので、やるのは厳格な修行寺だけになります。そういう金銭に触れる事態を極力回避する為にも藤川さんは「飯食わせてくれ!」といった、知人をカモにする場合も多いのでしょう。特に日本へ帰国の際は、頼れる人が多いと助かるのも確かでしょう。

でも私としては、昨日の佐藤夫人と今日の小林さんには、還俗したら御礼に伺おうと思うほど。その行為は俗人に戻っても、テラワーダ(南方上座)仏教として間違っているかもしれませんが、日本人として恩返ししなくてはと思うところでした。

さて、翌日の満月の日を迎えると2回目の剃髪があり、そんな寺にも慣れた頃、ラオス行きも視野に入れ、また違った日々の風景が見えて来ます。

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

『紙の爆弾』5月号 安倍晋三はこうして退陣する/編集長・中川が一から聞く日本社会の転換点/日本会議系団体理事が支持「道徳」を〝数値評価〟していた文科省研究開発学校 他

一水会代表 木村三浩=編著『スゴイぞ!プーチン 一日も早く日露平和条約の締結を!』

先月のMAGNUM.46に於いては14試合中7試合が引分けだった興行に対し、今回は公式戦11試合とエキシビジョンマッチ1試合は全39ラウンド。1ラウンド決着が7試合。消化したラウンドは全22ラウンド。今までに無いかもしれない早いペースで進行した興行で、観衆としては心地良い豪快KOが観れ、疲れない長さで堪能した様子。

江幡塁も被弾しながら強烈な右ストレートを打ち込む

ユン・ドクジェの蹴りのパワーと連打で、江幡塁の左脇が赤く腫れる

◎TITANS NEOS.23
4月15日(日)後楽園ホール17:00~19:48
主催:TITANS事務局 / 認定:新日本キックボクシング協会

◆56.0kg契約 5回戦

WKBA世界スーパーバンタム級チャンピオン.江幡塁(伊原/56.0kg)
   VS
ユン・ドクジェ(MAX FC 57kg級C/韓国/55.4kg)
勝者:江幡塁 / 判定3-0 / 主審:椎名利一
副審:宮沢49-48. 仲49-48. 少白竜49-48

終盤の江幡塁が優っていった左ミドルキック

江幡塁のローキックに右ストレートを合わせて来るユン・ドクジェ。組み合ってもすかさずヒザ蹴りを返し、たじろがないユン。蹴りも強く江幡塁の左脇腹が赤く染まり、被弾した顔面もやや赤みが増す。なぜかリズムに乗れない江幡塁だったが、第5ラウンド終盤には怒涛のパンチラッシュでユンを追い詰めるが的確さに欠け、ノックアウトに至らず終了。

苦戦の原因を尋ねるとセミファイナルまでの試合進行が早く、ウォーミングアップが足りなかったことを述べ、3ラウンド辺りから身体が解れ、ペースアップに動いたが、ユンを調子付かせてしまった反省点を述べていました。

江幡塁が6月8日に2度目の「KNOCK OUT」出場で、国内幾つかのタイトルを獲得している小笠原瑛作(クロスポイント吉祥寺)と対戦します。兄の睦は、5月31日にタイ国ラジャダムナンスタジアム出場が予定されており、ランキング入りを懸けた戦いとなるか、ツインズの次なるステップへ、終わりなき挑戦が続きます。

江幡塁もペースを上げ、本来の鋭い攻めを見せた左ハイキック

緑川創のボディブローから上下打ち分けヒジに繋いでいく

 

◆70.0kg契約 5回戦

緑川創(藤本/70.0kg)vsアニーバル・シアンシアルーソ(アルゼンチン/69.2kg)
勝者:緑川創 / TKO 1R 2:45 / ヒジによる顔面カットでドクター勧告を受入れレフェリーストップ
主審:宮沢誠

アニーバルの蹴りにパワーは有るものの、繋ぎ技は少ない。緑川はボディーブローから上下打ち分け、パンチ連打にヒジ打ちを加え、アニーバルは右側頭部をカット、流血に見舞われ、レフェリーストップ、緑川創がTKOで圧勝。

緑川創が教授のようにキックボクシングの技を叩き込む

重森陽太のハイキックの方が鋭く重くウ・スンボムを襲う

 

◆ライト級 5回戦

重森陽太(伊原稲城/61.1kg)vsウ・スンボム(KMMAF韓国60kg級C/韓国/60.9kg)
勝者:重森陽太 / TKO 1R 2:35 / カウント中のレフェリーストップ
主審:少白竜

ウ・スンボムの勢いあるハイキックを冷静に対応。重森もハイキックを軽く返していくと、これでノックアウト出来そうな雰囲気が漂う中、その強いハイキックから連打、最後は右ストレートで倒して圧勝。

重森陽太の右ハイキックから右ストレートへ繋いで倒す

エキシビジョンマッチで軽やかな動きを見せる勝次

先輩相手に遠慮無い変則ファイトのHIROYUKI

◆エキシビションマッチ

日本ライト級チャンピオン.勝次(藤本)EX日本バンタム級チャンピオン.HIROYUKI(藤本)&日本フェザー級4位.皆川裕也(藤本)

再起に動き出した勝次(=高橋勝次)が後輩2名とエキシビジョンマッチで登場。昨年出場した「KNOCK OUT」での全トーナメント戦に於いて通算何度ダウンしたことか。そのダメージを抜いて、7月興行に於いて、ランカークラスのムエタイボクサーと再起戦が予定されています。

皆川は正攻法の攻めで終わるも、HIROYUKIは開始早々から飛び蹴り、また変則的な攻勢を見せ、三者三様の鋭い動きでそれぞれが好調ぶりを発揮されていました。

◆73.5kg契約3回戦

日本ミドル級チャンピオン.斗吾(伊原/73.5kg)
   VS
任朝恵(ワイルドシーサー沖縄/73.1kg)
勝者:斗吾 / KO 1R 2:16 / 3ノックダウン
主審:少白竜

実力差が現れたパンチの交錯。斗吾が圧力掛けて出て、やや空振りもあるが3度のダウンに結び付けて圧勝。

強いパンチで追い詰める斗吾

◆59.0kg契約3回戦

JKIスーパーフェザー級チャンピオン.葵拳士郎(マイウェイ/58.6kg)
   VS
日本フェザー級1位.髙橋亨汰(伊原/59.0kg)
勝者:髙橋亨汰 / TKO 1R 2:45 / 左ハイキック一発、ノーカウントのレフェリーストップ 
主審:仲俊光

静かな序盤を様子見で終わるかと見えた初回の終盤、ガードの空いた葵拳士郎の右顔面に髙橋亨汰の左ハイキックがヒット、あっけなく豪快に勝った髙橋亨汰は雄叫びと号泣で喜びを表す。

左ハイキック一発でノックアウト直後の高橋亨汰

◆ミドル級3回戦

TENKAICHIミドル級チャンピオン.Tomo(天下一・沖縄/72.3kg)
   VS
日本ミドル級2位.本田聖典(伊原新潟/72.4kg)
引分け 1-0 / 主審:宮沢誠 / 椎名29-29. 仲29-29. 少白竜29-28

◆ライト級3回戦

日本ライト級5位.ジョニー・オリベイラ(トーエル/61.1kg)vs千久(伊原/61.15kg)
勝者:ジョニー・オリベイラ / 判定3-0 / 主審:少白竜
副審:椎名29-28. 仲29-28. 宮沢30-28

◆61.5kg契約3回戦

日本ライト級6位.渡邉涼介(伊原新潟/61.5kg)vs同級7位.大月慎也(治政館/61.3kg)
勝者:大月慎也 / TKO 2R 3:12 / カウント中のレフェリーストップ
主審:椎名利一

◆ウェルター級3回戦

J-NETWORKウェルター級10位.涼介(不死鳥/66.45kg)
   VS
ワンパンマン浦野(名護ムエタイS/66.3kg)
勝者:涼介 / KO 1R 2:37 / 3ノックダウン
主審:宮沢誠

◆ライト級2回戦

林瑞紀(治政館/61.0kg)vs松崎祐樹(トーエル/60.8kg)
勝者:林瑞紀 / TKO 1R 0:40 / カウント中のレフェリーストップ

◆58.5kg契約2回戦

瀬川琉(伊原稲城/58.3kg)vs小田切健吾(マイウェイ/58.0kg)
勝者:瀬川琉 / TKO 1R終了 / 顔面負傷による棄権

《取材戦記》

若いと言われた江幡ツインズも今年27歳。デビューから10年経ち、今や円熟期。昨年12月から“江幡祭り”と新たなキャッチフレーズが付き、今年に懸ける変化が見られてきました。宮元啓介(橋本)戦に続く日本人対決を迎える江幡塁と、2年ぶりのラジャダムナンスタジアム出場の江幡睦の勝負とその先が注目の、夏に向けたこの季節となります。

苦戦し反省はあるが表情は明るく勝者コールを受ける江幡塁、右は伊原信一協会代表、レフェリーは椎名利一氏

次回興行は5月13日(日)に後楽園ホールに於いて、治政館ジム主催興行「WINNERS 2018.2 nd」が開催。日本フェザー級チャンピオン.石原將伍(ビクトリー)がメインイベントの他、日本ウェルター級王座決定戦で、1位.政斗(治政館)vs3位.リカルド・ブラボ(アルゼンチン/伊原)戦が行われます。

リカルド・ブラボが勝てば、新日本キックボクシング協会に於いては、朴龍(韓国/市原)以来の外国人チャンピオン誕生となる、伊原ジムが期待を掛ける若い外国人選手。治政館が期待を掛ける政人は王座へ2年ぶり2度目の挑戦となります。

藤本ジムの三羽烏、左からHIROYUKI、主役の勝次、皆川裕也

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

『紙の爆弾』5月号 安倍晋三はこうして退陣する

ビザの用件も第一段階は終わって、予定どおりワット・タートゥトーンにお泊り準備をして、藤川さんのお遊び相手をしてくれる、お知り合いのマンションに向かいます。

携帯電話を持つ人が少なかった時代でも持っていた藤川さん。町田さんに連絡しているのか、段取りは早い

タートゥトーン寺入口(昨年、訪れた寺でもあります)

◆藤川さんから接近!

ワット・タートゥトーンは広い。サーラー(葬儀場・講堂)がいっぱいあって迷子になる広さ。それに比例する葬儀の多いこと。改めて人は日々死んでいくのが実感されます。

藤川さんが旅に出る場合のバンコク起点となるお寺だけあって慣れたもの。和尚さんにお会いせずとも、我々が泊めて貰うクティの一人の比丘にお会いして部屋に案内して貰いました。

このお坊さん、30代半ばぐらいで若いがキャリア長く、結構位の高い比丘なんだとか。でも低姿勢で、逆に藤川さんに気遣いながら「自由に使ってください」と言い、どこかに行ってしまいました。年輩というだけでキャリア浅い藤川さんの方が偉い感じ。

部屋に入ってから重い荷物(バーツや黄衣一式が主)を降ろすと、藤川さんはここから私の出家前のように、高笑いも出るほど朗らかに話します。それだけで嬉しく、これが私が当初から想定していた触れ合いある寺生活だったのです。

昼の、東急デパートで車の中で話していたことは、ウチの寺の若い坊主らのこと。
「奴らは中卒程度の田舎者やぞ、世間知らずばっかりや、日本の教育も問題はあるけど、ワシら日本人はアジアの他の国から比べて、教育制度がしっかりした環境で育ったんやから、そんなお前が奴らに舐められとったらアカンぞ!」
そんな話の続きで、「メガネのブンは性格ええかもしれんが、先行き何も考えとらん生ぬるい奴やぞ、コップらの将来見据えた頭ええ奴らと話しとる方がええんちゃうか?」

デックワットを含め、いい奴も居れば、頭悪い奴、性格悪い奴も見えてきたこの頃、頭に入れておくべき忠告でありました。

しばらく話してから「外行こう」と言う藤川さん。また数分かけてマンコンに纏って外に出ると待っていた藤川さんが、
「今、サーラーで日本人の葬式やっとるが、日本式とタイ式に分けてやるらしいぞ、日本から僧侶やら高級な喪服着た、ええ格好の日本人が何人も居って、金持ちらしい葬式やな!」と嫌味な言い方で葬儀の様子を話してくれました。

◆元ビジネス仲間多い藤川さん!

その葬儀は覗かず、道路を渡って市内バスに乗ってバンコク中心部方向へ向かいました。「どこに行くんですか?」と聞くと、
「町田さんのマンション行くんや!」と応えます。6月に成田空港で藤川さんを迎えた町田さんとの再会になります。

10分ほど走ったところのソイ(路地)27の向かい側で降り、道路渡ってソイに入ったところのマンションのロビーの椅子に座っていたのは、町田さんと小林さんという年輩の方と女性1人で皆、藤川さんとバンコクでの元ビジネス仲間。年寄りの雑談は日本とアジアの経済の話、戦争の歴史、成人病の話。

「ベトナムはタイ以上のスピードで発展するやろうなあ!」
「イサーン(タイ東北部)の人は本当に貧しいんか? 自然に適った風通しのいい高床式があるのに出稼ぎした奴らによって密閉された日本式住居が増えて、その結果エアコンが必要になるやろ。文明が幸せを壊しているんじゃないか?」

藤川さんは糖尿病を患っていても、「比丘になって朝昼だけの食事で体重が10kg減って逆に調子は良く、今迄いかに無駄なものが身体に付いていたか分かる」と言い、「我々はいかに無駄に食べ過ぎているかだな」と応える町田さんたち。
若年者の私はほぼ聴いているだけでも勉強になる話でした。

バンコクでビジネスを展開した仲、左から小林さん、藤川僧、町田さん(撮ったのはこの翌日です)

◆夜も更ける頃、早く帰らねば!

藤川さん達は話が尽きないが、夜9時になる頃、寺に帰るには比丘がうろつく時間ではない。やって来たバスに乗ると、すぐにドアー寄りの席を譲られ、乗客は「こんな時間に比丘が乗ってくると思わなかっただろうな」と思うと恐縮してしまいます。

寺が近くなったところで藤川さんに促され立ち上がるも、バスは交差点手前の信号待ちで停車。何を思ったか、藤川さんはそこでブザーを押してしまいました。いつもながら運転手さんがドアーを開けます。
「なんで押すんですか!」とまた私は語気強めて言ってしまいました。

バンコクでバスに乗り慣れた人には分かる、ブザーを押すタイミング。誰も降りないのでドアーは閉められました。ああ恥ずかしい、でも藤川さんは涼しい顔。

日本もタイも路線バスは基本的に停留所しか乗り降りはできません。昔ながらの扉開きっぱなしのバスは、止まっていればどこでも乗降可能ですが、電動式ドアーバスは信号待ちでも運転手がドアーを開け、大概は降ろしてくれます。停留所で降りる場合はそのちょっと手前でブザーを押さねばなりません。そこで一緒に数人の乗客も降りました。

「寺の門入ったら纏いを右肩出し(ロットライ)にせなアカンのや!」といきなり言う藤川さん。私は時間が掛かるので面倒なところ、なぜかいつも気が付いて助けてくれる人が現れます。ここでも通りがかりのオジサンが慣れた手付きで手伝ってくれました。そんな困った新米比丘を助けるのもタンブンなのでしょう。

◆続く藤川さんの忠告!

寺のクティに帰って水浴びして、藤川さんと12時ぐらいまで横になって話していました。

私が借金してタイに来ていることを薄々知っている藤川さんは、
「お前は来年、年収500万円無いと今の仕事やっとる意味無いぞ!」
「今、親が死んだら葬式出せるか?」と耳の痛いことを言います。

藤川さんは中学1年生の頃、盲腸炎で苦しんだ時、父親が腕組んで悩んでいたと言います。

医者が父親に手術する承諾を求めているのに、「金無いからなあ~」の繰り返し。医者は呆れ怒り手術の手配に踏み切ったという。「父親は毎日酒喰らって暴れて“アル中”と言われる日々で、全く金無かったからな」と言う藤川さん。

「だから俺は自分の娘が骨折した時、金かき集めて女房に“金の心配はするな”と言うた。父親として責任あると思うたからな」
「父親と母親と兄弟末っ子の3回あった葬式はみなワシが出した。兄弟末っ子の健が自殺した時は兄弟6人も居って、誰もそれまでに健が苦しんでいたことに気が付いてやれんかった。母親がボケてて“健ちゃんに頼っていた”と聞くし、それらが辛かったな」

そして私に「結局は金や!」と言い、
「1000万円稼ぐ奴より2000万円稼ぐ奴の方が甲斐性あるんやぞ!」と言う藤川さん。
決して「金があれば何でも出来る、何でも買える、女も自由にヤレる、そんな好き勝手な人生を送れる」と言っているのではない。バブル期に地上げ屋やって、そう思って生きてきた藤川さんが、人間はどこまでいっても欲が尽きないことに気付き、幸せとは何か、一時出家前に疑問に思い、愚かな我が身に気付いて、改めて再出家に至っている現在でした。

独身でも30歳越えた男が、結婚して妻子を養う甲斐性はあって当たり前。だから「金持ちになれ」ではなく、「甲斐性ある人間になれ」とだけ言いたい藤川さんなのでした。

藤川さんは散々喋っておいて、「もう寝よか!」と言って電気を消されました。
「私の人生は甘いなあ」と思える対称的な藤川さんの人生。バスのブザー押したぐらいで怒っている私の心の狭いこと。そこまで考えるに至る前に、疲れて眠りに着いてしまいました。明日はまた世間知らずの居るペッブリーの寺へ帰ります。

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

7日発売『紙の爆弾』5月号 安倍晋三はこうして退陣する/編集長・中川が一から聞く日本社会の転換点/日本会議系団体理事が支持「道徳」を〝数値評価〟していた文科省研究開発学校 他

一水会代表 木村三浩=編著『スゴイぞ!プーチン 一日も早く日露平和条約の締結を!』

片島聡志 vs 奥脇一哉。片島聡志の左ミドルキックがヒット、接近戦も離れても技がある片島聡志が優位に立つ

片島聡志 vs 奥脇一哉。片島聡志の左ハイキックを受け止める奥脇一哉

佐々木雄汰(尚武会)のWPMF日本スーパーフライ級王座返上による、片島聡志(クレイン) vs 奥脇一哉(はまっこムエタイ)による王座決定戦。

序盤の様子見では、奥脇の左フックと片島の前蹴り中心に進み、更に片島の組み合って崩す巧みさに奥脇は勢いに乗れない。第3ラウンドには片島が後ろ蹴りから更に調子を上げていき、両者の好戦的蹴り合いは、片島が経験値で上回って僅差の内容ながら勝利を上げました。

2014年に返上した第3代チャンピオンから、第6代チャンピオンへの王座復帰と成る。2連敗から脱出した片島聡志は、38戦21勝(2KO)13敗4分。6連敗となった奥脇一哉は23戦8勝(2KO)13敗2分。

組み合ってから崩して倒す片島聡志、心理的、攻勢的に優位に立つムエタイ技

デンサヤーム vs 祥梧。崩した勢いで打って出るデンサヤーム

セミファイナルに出場予定の小笠原裕典(クロスポイント吉祥寺)が角膜剥離の為、欠場となりました。代替選手として、Phoenixx 祥梧(Phoenixx Nak Muay)の出場が決定。

九州が拠点の活動から幅を広げ、REBELS興行やJ-NETWORK興行に出場して実力を付けてきたPhoenixx 祥梧がベテランのタイボクサー、デンサヤームに挑みました。20歳で46戦をこなしている祥梧は、デンサヤームのパンチと蹴りの多彩な圧力に屈せず、果敢に反撃し、パンチと蹴りのスピード感と力強さが好印象。

しかしそこはベテランの業師、デンサヤームが首相撲に持ち込んで祥梧の動きを封じ、隙をついたヒザ蹴りをミゾオチにヒットさせノックアウトしてしまう。善戦するも敗れたPhoenixx 祥梧は、47戦31勝(14KO)13敗3分。

デンサヤーム vs Phoenixx 祥梧。祥梧の右ストレートがデンサヤームのボディにヒット

デンサヤームの重いミドルキックが祥梧にヒット

17歳の柊斗の蹴りのスピードが次第に調子を上げ、ローキックも効果的に32歳のMASAHIROを圧倒する展開で勝利を掴む。柊斗は5戦3勝(1KO)2敗。MASAHIRO×AKGは11戦2勝(1KO)8敗2分。

堀口貴博はSHUN JANJIRAのパンチを貰って鼻血を流す中、更に攻められ呼吸が苦しそうな展開から第3ラウンドにバックヒジ打ちでダウンを奪って形勢逆転の判定勝利。観衆がどよめく、インパクトあるバックヒジ打ちでした。

40歳になるデンサヤーム、在日タイ人として日本人の前に立ちはだかる役割は続く

生後間もない我が子をリングに上げてツーショットの片島聡志、これが目標となる選手は多い

◎M-ONE 2018 1st 2018年4月1日(日)新宿フェイス16:00~20:35
主催:ウィラサクレック・フェアテックス / 認定:WPMF日本支局

《全9試合》

◆第9試合 第6代WPMF日本スーパーフライ級王座決定戦 5回戦

奥脇一哉(はまっこムエタイ/23歳/52.16kg)
    vs
WPMF日本バンタム級2位.片島聡志(クレイン/27歳/52.16kg)

勝者:片島聡志 / 判定0-3 / 主審:チャンデー・ソー・パランタレー
副審:ソンマイ48-50. ナルンチョン48-50. ノッパデーソン48-49

◆第8試合 58.0kg契約3回戦

WBCムエタイ日本フェザー級4位.Phoenixx 祥梧(Phoenixx Nak Muay/20歳/57.9kg)
    vs
デンサヤーム・ルークプラバーツ(元・ルンピニー系バンタム級C/タイ/57.7kg)

勝者:デンサヤーム・ルークプラバーツ / KO 3R 1:13
主審:ソンマイ・ケーウセン

◆第7試合 スーパーバンタム級3回戦

WPMF日本バンタム級7位.柊斗(WSR・F西川口/17歳/55.1kg)
    vs
MASAHIRO×AKG(A-BLAZE/32歳/55.0kg)

勝者:柊斗 / 判定3-0 / 主審:ノッパデーソン・チューワタナ
副審:アラビアン30-28. ソンマイ30-28. チャンデー30-28

柊斗 vs MASAHIRO。柊斗の左ミドルキックがヒット、ブロックの上からでも効果あり

柊斗の右ハイキックがヒット、スピード、当て勘、17歳が32歳を上回る

柊斗 vs MASAHIRO。柊斗のしなりある右ハイキックがヒット

柊斗 vs MASAHIRO。ラウンドガールも2名同時登場

◆第6試合 スーパーフェザー級3回戦

SHUN JANJIRA(JANJIRA/24歳/58.97kg)
    vs
WPMF日本スーパーフェザー級7位.堀口貴博(WSR・F三ノ輪/35歳/58.97kg)

勝者:堀口貴博 / 判定0-3 / 主審:
副審:アラビアン28-29. ソンマイ28-29. ノッパデーソン28-29

◆第5試合 スーパーフェザー級3回戦

ウルフ・タツロウ(アント/28歳/58.75kg)
    vs
向井貫太(WSR・F三ノ輪/21歳/58.5kg)

勝者:ウルフ・タツロウ / 判定0-1延長戦2-1 / 主審:チャンデー
副審:アラビアン  29-29.10-9
ナルンチョン 28-29.9-10
ノッパデーソン29-29.10-9

◆第4試合 フェザー級3回戦

シャックシャックMASAYAN(T-KIX/23歳/56.9kg)
    vs
聖(フォルティス渋谷/28歳/57.1kg)

勝者:シャックシャックMASAYAN / 判定3-0 / 主審:ソンマイ
副審:アラビアン30-29. ナルンチョン30-28. チャンデー30-28

◆第3試合 55.0kg契約3回戦

MITSURU(WSR・F三ノ輪/30歳/55.0kg) vs 弘樹(Y’ZD/25歳/54.3kg)

勝者:MITSURU / 判定3-0 / 主審:ノッパデーソン
副審:アラビアン29-28. ソンマイ29-28. チャンデー30-28

◆第2試合 女子ピン級(-45.359kg)3回戦(2分制)

奥脇奈々(はまっこムエタイ/20歳/45.1kg) vs
    vs
Sae KMG(=さえ/クラミツムエタイ/55歳/44.6kg)

勝者:奥脇奈々 / 判定3-0 / 主審:ナルンチョン
副審:ノッパデーソン29-28. ソンマイ29-28. チャンデー30-29

◆第1試合 53.0kg契約3回戦

壱・センチャイジム(センチャイ/20歳/52.05kg)
    vs
村井雄誠(エイワスポーツ/15歳/52.75kg)

勝者:壱・センチャイジム / 判定3-0 / 主審:アラビアン長谷川
副審:ナルンチョン30-28. ソンマイ30-28. チャンデー30-28

《取材戦記》

過去にも日本人選手を攻略してきたデンサヤームの首相撲の罠に掛かり、ヒザ蹴りに敗れるも、首都圏で人気が上がりつつあるPhoenixx 祥梧は、勇敢な闘争心と強いパンチ、蹴りを持った選手。九州から首都圏へ、今後の日本トップレベルのタイトル絡みの試合に期待が掛かります。

第2試合の女子ピン級3回戦の青コーナーSae KMG選手、「この年齢、本当?」と思えた55歳。プログラムに「1962年4月生まれ」とあり、関係者の話でもそのとおり。この日は奥脇一哉の妹、奥脇奈々(20歳)と対戦、パンチの打ち合いに応じるも、奥脇の若さに押されて判定で敗れ、6戦2勝3敗1分。アマチュア経験は豊富な様子の主婦でした。打撃競技としての年齢問題はさておき、この年齢でも戦える姿に応援したくなる声も多い、さえ選手でした。

M-ONEの次回興行は6月3日(日)に、会場は同じく新宿フェースでの開催となります。

Sae KMG vs 奥脇奈々。年齢差35歳の戦い、若い力に押されても、闘志で優ったSae KMG

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

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バスを降りる藤川さん(イメージ写真)

バンコク行きは、俗人時代とは違った街の風景が見えてきます。出会う人や藤川さんの態度。そしてラオス行きの“未知との遭遇”が迫ってくる現実にはまだ早いも、その準備に緊張感が増していきます。

◆初外泊・出発の朝!

バンコクに向かう14日の朝は、いつもどおりに托鉢を終えて、使ったばかりのバーツ(鉢)を底面が開く大きい頭陀袋にセットしていると、予定時刻より早く「オイ、行くぞ!」と藤川さんが叫び慌てさせられ、まだ他の比丘が托鉢から帰って来る姿を見ながらの出発。

「どこ行くの!何しに行くの?」と呼び止める仲間に「ちょっとバンコクへ!」と応えながらバスターミナルに向かい、寺に来た時と同じ青い高速エアコンバスで8時ちょうど発に乗車。運賃は100バーツ。比丘は2割引になります。比丘は専用席となる運転席の後ろ。車掌さんは比較的若い美人。スタイルも比較的綺麗。“比較的”と言うのは、そんなベッピンさんはほとんど居ませんが、バンコクのボロく安い市内バスは、とんでもないデブやオバサン車掌が多い中、市内エアコンバスや長距離高速バスには、綺麗どころが比較的多いということです。

バンコクを歩く藤川さん(イメージ写真)

窓側で堂々と股開き気味に座る藤川さんは相変わらず何も話さない姿勢で、なるべくこんなジジィとくっ付きたくないので少々離れようとすると私の座り方はより窮屈になります。でも目の前の運転席との敷居となる車掌席に座ったり立ったりの車掌さんの“比較的”魅力的なお尻が視界に入り避けつつチラ見。ムラムラする気分。脳から振り払うことなかなか難しい。

◆久々のバンコク!

2時間かけて、かつて通ったサイタイマイバスターミナルに到着すると、「知り合いが車で迎えに来るんや!」と突然言う藤川さん。「何? いきなり!」と思うが、今日1日お手伝いしてくれるらしく、我々だけで移動するよりは心強い。

そして10時30分頃、佐藤という30代ほどの綺麗な女性と運転手の若い男性が車でやって来ました。バンコクの日本長期信用銀行に勤務している藤川さんの知人の奥さんと助手のタンくんで、また藤川さんの思惑にはまった犠牲者(と思った私)でした。

佐藤夫人とはお互い日本人なので御挨拶を済ませ、ここから藤川さんの用で、スリウォン通りに向かいます。車中、藤川さんは本領発揮、よく喋り、私を無視してきた日々と正反対に舌好調。佐藤夫人も優しく陽気な方で調子を合わせてくれていました、まだこの頃は。

パッポン通り入口(イメージ写真)

そしてスリウォン通りに入ると有名な歓楽街、パッポンの前で降り、車を駐車場に止めに行っている間、我々はかつて遊んだパッポン通りの入口で待ちます。比丘がこんなところで“立ちんぼ”なんて何とも恥ずかしい。

◆昼食はタンブン(寄進)された寿司!

藤川さんの幾つかの用は、郵便局へ行って郵便出し、バンコク銀行でお金を下すこと、タイ航空事務所へ行って、藤川さんが25日頃行く予定というナコンパノム行きチケットを購入。郵便出しは佐藤さんに任せ、その間にバンコク銀行へ。そこでは警備員さんが親切に優先的に窓口に誘導してくれて早く終わる有難さ。

その後、佐藤夫人に昼食に誘われた先は日本の座敷風の寿司屋。握り寿司、ロールキャベツ、鯖の味噌煮、最後にデザート。私や春原さんが藤川さんに捧げたように運転手のタンくんが私に料理を手渡してくれます。佐藤夫人は藤川さんが敷いた“パー・プラケーン”という黄色い布の上に置いて貰い、女性からは間接的に受け取ります。毎度の食事前の儀式です。

朝は食べてないからお腹は空いていました。久々に食べる寿司は美味しく、屋台のぶっ掛け御飯でいいのに、日本料理に招待してくれたのは日本人としての気遣いだったのでしょう。

ここは佐藤夫人のタンブン。藤川さんの知り合いというだけで私はタダ食いである。比丘は御礼を言う必要は無いが、日本人として御礼は言いたい気持ちが残ります。

パッポン通り、昼間でも比丘が歩くのは不自然。夜はネオン輝く賑やかさ(イメージ写真)

◆ラオス行き最初の準備!

その後、ルンピニースタジアム近くの旅行代理店へ向かって、ラオスビザ取得を依頼。一人1500バーツ(約7500円)。ビザは単なる観光ビザだが大丈夫なのか。でも前に聞いたとおり、難しい申請は代理店が問題無くやってくれるらしい。パスポートと写真預けると「28日に仕上がります」と言われ、「本当にビザ取れるのか?この代理店大丈夫か?」という不安は残るも藤川さんは使い慣れていて疑う様子は無い。

そして次はフアランポーン駅(バンコク中央駅)へ向かうはずも、その前にマーブンクローン(東急デパート共同)へ向かいます。

それは「携帯電話のバッテリー買うて来てくれへん?」と突然進路変更を頼んだ藤川さん。佐藤さんは一瞬間を置いて「いいですよ~!」と優しく応えてくれたものの、この一瞬の間が「この人相当疲れているぞ」と私は感じたのです。ここまで引っ張り回されるとは思わなかったでしょう。何から何まで頼む藤川さん。「ちょっとは遠慮しろよ!」と怒りすら感じるところでした。

比丘はデパートの中は入れないので、佐藤さんとタンくんが買いに向かい、我々は車の中で待ち、今日はいっぱい喋ってストレスが発散したのか、藤川さんとは40分ぐらい寺での若い比丘らのことを、以前のような笑いある表情で会話が続きました。出家してから初めて心晴れる会話でした。

この後、最後の大きな仕事、ラオス国境のノンカイ行きの切符を購入。過去何度か行ったバンコク中央駅も迷う構内。でも頻繁に旅に出る藤川さんはサッサと事務所のような方へ入って行き、ここでも比丘パワー発揮し、優先的に扱って貰えました。ノンカイへ12月10日出発で12月20日帰りの寝台列車の往復切符。寝台上段は208+208=416バーツ。下段は238+238=476バーツ。合計416+476=892バーツ。500バーツずつ出し、私が1000バーツ紙幣で払って、おつりを小銭で8バーツ貰って車に戻りました。さて、おつりが100バーツ足りないこと気付く。

藤川さん「お前、頭悪いなあ、1000から892引いたら幾つやあ?」とまた自信満々にボロクソに言い出す。
私「108です!」と言うと
藤川さん「何でやぁ~、8やろぉ・・・! あ、そうか108か!」
私「だから最初から108だと言ってるだろうが! 俺の頭悪いせいにしやがって!!」と、逆切れしてしまいました。心通じる会話の後で、私もちょっと調子に乗ってしまったか。私も釣銭を深く考えず受取り「しまったやられた!」と思うも駅員さんも勘違いだったでしょう。

◆負担掛け過ぎのタンブン!

最後の目的地、17時ぐらいにスクンビット通りのワット・タートゥトーンへ向かって貰うと、佐藤さんも「これでやっと帰れるわ~!」とホッとしたことでしょう。バンコクの街を1日動けば結構疲れるのです。

寺の門を潜って、ここで車を降り、佐藤夫人には日本人として御礼は言い、タンくんにはタイ語で「ポップカンマイナ!」と再会を願う言葉を掛け、「本当に御苦労様。こんな苦労はもうしないように、また藤川さんに頼まれたらウソついて断ってください」と小声で訴えお別れとなりました。

この日の何ヶ所も引っ張り回された苦労に佐藤夫人へ何の報酬もありません。私は釈然としない罪を感じ、巣鴨で出会ったミャンマーの留学生にタンブンされたように、またこの世に返す恩を増やしてしまいました。でも自分に何が出来るだろうか。
この後、初外泊となるワット・タートゥトーンのお坊さんに挨拶に向かいます。

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

一水会代表 木村三浩=編著『スゴイぞ!プーチン 一日も早く日露平和条約の締結を!』

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