比丘として優秀、機械イジリも優秀、喧嘩技も併せ持つケーオさん

◆送られてきた贈り物

大きな旅も終え、埃溜まった部屋の掃除、郵便物の確認を済ませると、藤川さんにも幾らか届いていたものがあった様子。部屋に呼ばれて行くと、春原さんから1995年用のカレンダーが10部以上、幾つかの筒に入れられて届いていた。以前から藤川さんがねだっていた日本を象徴する富士山や金閣寺、桜満開など風景画のカレンダーである。

「ノンカイの寺にどれにする?、ウチの和尚にどれにする?」と言われて、「そんなこと勝手にしろ!」と思うところ、更に「ボケーッと見とらんと袋破れ!」と文句言う藤川ジジィ。

これは春原さんから藤川さんに送られた郵便物、私が手を付けるのも失礼と思い、それも珍しいものではないから放っておいただけ。ムッとしつつ何も言い返さなかったが、寺に帰った途端、笑顔減り、厳しい言葉に変わるのはなぜ? ノンカイに居た時のように朗らかになれんものかな、このクソジジィは!

何かと憂鬱になる元の寺生活。「ああ、ノンカイの寺に移りたい、雄大なメコン河の風景が見たくなってきた」本気でそう思えるようになってきた。

そんな翌日の12月26日、更に私に郵便物が渡される。再び春原さんからボクシングのカレンダー、お願いしていた得度式の写真を使っての1995年用年賀状。これはケーオさんが持って来てくれたが、どうやらもう少し早く届いていたのに忘れていたようだ。恐縮していたが、ポットから煙が出るのでまた修理をお願いしつつ、お互いに“マイペンライ”を繰り返す。

年賀状は日本の元旦から極力遅れないよう、出し日を気をつけなければならない。年賀印はあるが、エアメールで届いたものが年賀状扱いになるか分からない。年末に届かないよう気をつけるが、元旦に届くことは難しい。正月から私の坊主頭を見たら皆驚くだろうなあと思う。或いは「得体の知れない宗教に洗脳されたか」と避ける奴も居るだろう。どういう反響であれ楽しみな反応だ。

春原さんから贈られたボクシングカレンダーと雑誌付録のポスターを飾る

◆空腹の苦しさ

いつもの托鉢も再開後は、お菓子オバサンに「暫く見かけなかったけど、どうしたの?」と聞かれて「ビザ取得の為、ラオスに行っていました」と応えると「ああそうだったの!」と少々心配されていたのか、安心されたような様子。藤川さんはサッサと先に進むし、托鉢中に長話は出来ないのは以前と同じ。そんな声が私にだけ数軒掛かる。藤川さんに追いつくのがキツかった。

旅から戻ってからは凄くお腹が空いている。体調崩して食欲が無い頃の失った体力を回復させようとしているのだろう。ガツガツ食うのも恥ずかしいが、いつもより御代わりも増えた多めの食事が続いた。出家したばかりの頃、夕方はお腹が減って苦しかったなあと思い出す。境内の空地のゴミ拾いをやらされて、皆元気にせっせとやっているのに私だけヘロヘロだった。和尚さんに「ヒウマイ(腹減ったか)?」と聞かれたが、「すぐ慣れるよ」とも。実際にその後の夕方の空腹感は無くなっていった。

◆乾季の中の寒気!

この年末はノンカイなどの北部だけではなく、バンコクよりやや南に位置するペッブリーでも早朝、日本の秋深い頃と同じと思うほど寒い日があった。比丘には内衣となる右肩の無い黄色い毛糸のセーターが存在する。それを他の比丘も着ていたほどだったが、10時頃になると夏に戻り、暑くて脱ぐことになる。気温の高低差が大きいこの乾季とも寒気とも言える時期だった。

ノンカイに居た時、藤川さんが、「タイ北部やと黄衣の生地が厚いところもある」と言っていた。「更に2枚重ねが出来るように黄衣の上部に輪ゴムのように小さい紐の輪があるけど、これは単にこっちが上っていう目印かと思とったわ!」と笑わせたが、私も知らずにこれを目印に毎日纏っていた。

埃溜まった部屋の掃除と年末掃除に明け暮れる

◆再び寺の行事

12月28日の早朝、メーオから「今日は托鉢は行かなくていい」と言われる。そう言えば以前、藤川さんが「年末に学校へ向かう行事がある」と言っていた。車の荷台に乗せられて向かった先は中学校らしき校庭。すでに大勢の生徒が外で待っており、他の寺からも集まった大勢の比丘らは、運動会の観覧席のような一旦椅子がある席に座らされて、ミルクと揚げパンが配られた。

それを受け少々落ち着いていだが、どこからか読経が聞こえてきた。学校らしく校庭では伝達が聴こえ難く、こちらまで伝わらないのだ。と思っていると比丘や生徒達が一気に立ち上がり、集団托鉢が始まった。生徒らがドッと押し寄せて来て、サイバーツされる。それは神聖なるものとは言えない。我先にと頭陀袋やバーツに笑いながら雑談混じりに手を差し入れて来る。あっという間にバーツと頭陀袋はいっぱい。

すぐデックワットが受け取ってくれて次の頭陀袋を開くとまたすぐいっぱいになったところで終了。生徒は持参しやすい缶詰やスナック菓子ばかり。更に儀式は続くのかと思ったらそのまま撤収。車の荷台に導かれ帰って来る、何とも呆気ない終了だった。これはタイの文化を生徒らに再認識させるような学校行事の一環なのだろう。

◆比丘の中には裏の姿も

その日の午後、暇な時間にコップくんが寺のベンチに座っているのを見かけた。何か元気が無い様子。何となく聞いてみると、「1000バーツ盗まれた」と言う。部屋の鍵は掛けて無かったとも。こんな品の無い奴らが集まる下級の寺では、そんなことは起こり得る。誰でも入って来られるから部外者の可能性もあるが、タイ国内でも過去に比丘が犯す強盗、強姦が実際に起きているから信頼できるものではない。テーラワーダ仏教の汚点である。

この日はたまたま頼まれた撮影があって一眼レフカメラを持っていたら、元気復活したかのようにコップくんが慌てて「カメラ貸して!」と言って奪い取るようにして本堂の方へ向かって行った。何やらデックワットが寺に侵入して来た不審者を2人で暴行している。そんな姿を撮ろうとしたコップくん。上手くは撮れないだろうと思うが撮り方教えて任せてみた。

その後、ケーオさんが勢いよく走って来て、この侵入者に飛び蹴り、右廻し蹴り連打。そこはカメラを構えないコップくん。たまらず不審者は寺から逃げて行った。この不審者は本堂で何かやらかしたようだが、比丘が飛び蹴りとは・・・!こんな姿は在家信者さんには見せられない。真剣に修行に励む神聖な比丘と間逆に変貌する比丘も存在するのだ。

侵入者へ暴行するデックワット(コップくん撮影)

◆来年の計画!

来年の計画を練りながら日記を書く(セルフタイマー撮影)

12月30日の昼食時、藤川さんが「ネイトが1月25日頃、来ると言うとった。今は寺の行事が忙しくて来れんと!」とネイトさんから携帯電話に連絡があったようだ。

その頃、私は一緒にタイに来た時の伊達秀騎くんから、「1月29日にタイのチャンマイで試合が決まりました」という手紙を貰っていた。10月にノンカイでのムエタイで倒された相手との再戦だった。倒すか倒されるかの激闘をやってギャンブラーを盛り上げたからプロモーターから声が掛かったようだ。これもひとつの縁か、私の日課となっていた境内の落ち葉を掃きながら、これを期に本格的に還俗を考えてしまう。チェンマイに試合の撮影に行こうか。ネイトさんが来るのなら、それは比丘として待っていてやりたい。どう展開するか分からないが、来年の計画を練りながら過ごした年末だった。

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

格闘道イベント「敬天愛人」11月11日(日)鹿児島アリーナにて開催!鹿砦社取締役・松岡朋彦も出場します! 九州、鹿児島近郊の方のご観戦をお願いいたします!

格闘道イベント「敬天愛人」HP https://ktaj.jp/

月刊『紙の爆弾』12月号! 来夏参院選敗北で政権崩壊 安倍「全員地雷内閣」

◆夢から覚めていくような帰路

寝台列車は陽が上る頃になるとベッドは折り畳まれ、普通の座席に替わった。到着まで座って風景を眺めよう。もうドンムアン空港を過ぎた辺りまで来ていた。昔、居候していたチャイバダンジムの近くだ。そのジムの近くの駄菓子屋の可愛かった20歳の女の子に会ってみたいと無性に恋しくなる。会おうと思えば歩いて行ける距離に来ているという切ない想い。早く自由の身になりたいと思ってしまう。

帰った寺で外を見れば、以前と違った風景

◆早速出会うタンブンの朝

終点、フアランポーン駅には6時30分に到着。重い荷物を背負って外に出ると藤川さんが「飯食うか?」と言い、もちろん私は頷く。すぐにブッ掛け御飯のある屋台へ向かい、お店の前で惣菜を指差すと、「目玉焼きは?」と聞かれ、それも頷いて2皿注文し席に着く。こんな自ら店に入る姿は俗人の前では見せたくないものだ。だが旅に出ていては仕方無い場合も発生する。注文したブッ掛け御飯を手で受ける儀式を済ませ、格好だけ短い読経をして食べていると、藤川さんにスープが運ばれて来た。一瞬、「いつ注文したんだろう」と錯覚したが、私にも運ばれてくる。更にカオマンカイ(鶏肉御飯)も2皿置かれる。すぐ「ああこれはタンブン(寄進)だ」と察知した。誰が捧げてくれたのか。申し訳ない気持ちになる。

「この恩をどうやって返していけばいいんだろう」と考えながら、ここはキチンと受けて食べ終えるしかない。でもお腹はいっぱいになった。我々が注文したものだけでも、藤川さんが「タウライ(幾ら)?」と言ってお金を払おうとすると、「全部あのオジサンが払ったよ」と別の席にいたオジサンを指差したお店の人。とてもタンブンしそうに無い、厳つい顔のオジサンだったが、御礼を言う訳にいかない比丘の身、藤川さんは軽く頷く程度の目線を送って、私も笑顔でオジサンに視線を送って出て来た。オジサンも笑顔になっていた。徳を積む行為を拒否は出来ない。だが、こんな愚かな比丘に施される行為には何度体験しても慣れないし、何度も申し訳なく思ってしまう。

出家した頃からすいぶん変わった寺の外

更にバス乗り場に向かおうとしたところで、また若い女性から声が掛かる。今度は普通に、朝の托鉢を待つ信者さんの寄進だった。我々はバーツ(お鉢)を頭陀袋の中に仕舞い込んでいるので用意出来ない。托鉢行ではない状況ではあるが、頭陀袋を開けて、寄進用のビニールに入った御飯とオカズを入れて貰う。更にオジサンからもう一件あり、荷物いっぱいでも早朝に歩けば托鉢僧と同じなのだ、その心構えで歩かねばならない。

青いエアコン市内バスに乗ると、いつものタイ南部に向かうサイタイマイバスターミナルへ向かう。バスでは入口付近の比丘用の席が譲られた。今日の朝だけでどれだけ寄進を受けただろうか。

藤川さんが「ああいう人らが、ワシらに飯くれて何とも思わんか?、ワシは申し訳ない気持ちになる、あの人らが徳を積む為に施した相手は、お経もたいして出来ん未熟なワシやのに、飯食わせてくれて、ワシは詐欺みたいなもんやと思う。そやから、あの人らに返していくのはキチンと修行していくしかないと思うで!」と窘められる。

そんなこと言われるまでもなく、すでに「俺だって申し訳ないと思っとるわい!」とは言い返さなかったが、心の中で叫ぶ。しかし、私が何も感じてないとでも思っているのか、この藤川ジジィは!

◆留守の間に起きていたこと!

サイタイマイに着いて長距離エアコンバスチケットを買うと、8時ちょうどの出発。今回がいちばん切ない気持ちで乗っている。前回と同じ、終点間近の交差点で降ろして貰い、歩いてワット・タムケーウに帰る。境内には誰も見当たらず、「着いたら和尚に挨拶だぞ」と藤川さんが言うが、和尚さんも居ない様子で自分の部屋へまっすぐ到着となった。部屋の中は埃だらけ。外は工事が続いているから、窓を閉めていても砂埃が凄い。

それにしても外の砂利道は舗装が進み、草むらだった空地も区画整理が進んでいた。更に低料金(エアコン無し)バスターミナルまで営業開始している。この周辺も旅に出ている間にかなり発展したものだ。

ブリキのおもちゃ風、安い、遅い、暑い、バスターミナルも営業開始されていた

ようやく和尚さんの姿を見つけて小走りで挨拶に向かう。いちばん先に和尚さんに無事帰って来たことを報告しなければならない。アメリカ人に出会って出家に導いたことで滞在を延期したことも話すも、ほとんど関心が無いようで、「ああ分かった、もういいよ!」といった具合だが、一応帰って来た報告が済んで安心感を得る。

朝、フアランポーン駅前で受けた施しの食材を出して昼飯に向かい、やがて仲間らが徐々に用も無いのに普段あまり話さない奴まで寄って来る。

「ラオスはどうだった?」と聞いてくる周囲の奴ら。ビザ取得に行ったこと、お腹壊したこと、どこの寺も品格が良かったこと、ネイトさんが現れたこと、とても興味を持たせるような語り口を作れないが、何が面白いかが日本人とタイ人では捉え方が違うのだ。ネイトさんとの出会いや、タイ領事館の奴らの遅く態度悪い仕事など、ここの比丘には言っても、日本人目線では伝わらない話題だろう。

ただ、「メコン河がキレイだったとか、パトゥーサイ(凱旋門)がカッコ良かった」とか、適当に言っておいた。「ゴメンね、お土産無くて!」こんな言葉も繰り返し、やっぱり何か買っておくべきだったなあ。

昼食後は、デックワットから留守の間に届いていた郵便物を貰う。春原さんからワールドボクシング増刊号が届いていた。表紙は「ジョー、敗れたり!」の見出し。11月下旬に行なわれていた話題の薬師寺保栄vs辰吉丈一郎戦の結果の掲載だ。今までに無いこの試合の重み、辰吉の去就が注目の内容と伺える。

私らが留守の間に、高津くんが私を訪ねにこの寺に来たらしい。コップくんが彼の置き土産を持って来てくれた。しばらく寺の敷地内を歩いて世話好きな比丘らとお話して帰ったようだった。

アナンさんのジム近くにある、以前から親しくしていた商店(コンビニ)のオバちゃんがお菓子をタンブンしてくれたようだ。あくまで寄進だが有難く頂いた。雑誌は格闘技通信があった。立嶋篤史の試合も掲載されていた。7月にKO負けで全日本フェザー級王座を失って以来の復帰戦に判定勝利した内容だった。それぞれの注目度が分かるだけに、皆それぞれの苦悩と戦っているのだなあと察する。肩透かしを食わせてしまった高津くんにはラオスへ行くこと伝えてなかったことを申し訳なく思う。

更に寺の脇の砂利道は舗装が進んでいく

◆今後の旅は?

ウチの和尚さんは藤川さんの外泊には、いつも渋い顔をしていた。私には関心が無いと見えて、ビザ取得の為のラオス行きは比較的簡単に許可されたが、これ以外に藤川さんと一緒に巡礼の旅に出ることは難しいところだった。

当初の藤川さんの計画では、かつて御自身が回ったタイ国内の寺で、貴重な体験が出来ると思う寺へ私を連れて行くつもりだったらしい。また新たに巡礼の旅をするとしたら、今回の旅先ですでにカンボジア行きの話もあったように、私の還俗後しかないのではないか。せっかくラオスまで行って取得したビザだったが、帰って来たこの時点で、私の仏門生活もやがて終わりに近づくことは間違い無さそうだった。

かつて藤川さんが托鉢で歩いた寺の路地が広くなった

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

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日本キックボクシング連盟(NKB)は12月よりニュージャパンキックボクシング連盟(NJKF)との交流開始を決定した。

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【交流開始のお知らせ】NKBオフィシャルリリース

NKB(日本キックボクシング連盟、K-U)は2018年12月からニュージャパンキックボクシング連盟(NJKF)との交流を開始致します。これに伴い、2018年12月8日(土)、NKB後楽園ホール大会(闘魂シリーズvol.6)では、NKBフェザー級1位 ひろあき(SQUARE UP道場)vs NJKFスーパーバンタム級1位 久保田雄太(新興ムエタイ)の1戦が行われます。
 この交流がキックボクシング界の発展に必ずや寄与するものと信じ、今後も関係各所とより良い関係を築いていく所存でございます。今後ともNKB、そしてキックボクシングをよろしくお願い致します。

NKB代表理事、日本キックボクシング連盟代表 渡邉信久
(日本キックボクシング連盟広報部より発表)


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メインイベント前に、日野実志リングアナウンサーによって、リングサイドに来賓として来場されていた新日本キックボクシング協会、伊原信一代表が紹介されると、伊原氏はNKB・渡辺信久代表理事に歩み寄り、握手しハグする親密さを見せたという。

1996年に伊原氏率いる伊原ジムが離脱した経緯はあるが、元々は1984年の日本キックボクシング連盟発足当時から歩みを共にし、それ以前にも日本系・全日本系の壁はあれど、キックボクシング隆盛期から低迷期にかけて、力を合わせて来た古き仲であった。

7月から始まった新日本キックボクシング協会との交流戦、今回の代表的カードとなったメインイベントは、団体のプライドを懸けた意地のぶつかり合いとなったようです。

◎闘魂シリーズ vol.4 / 10月13日(土)後楽園ホール 開始17:15
主催:日本キックボクシング連盟 / 認定:NKB実行委員会
全12試合 公式記録(主催者発表、計量結果、主審名は不明)

 

今野顕彰vs西村清吾(2018.10.13)

◆第12試合 72.5kg契約 5回戦

NKBミドル級チャンピオン.西村清吾(TEAM-KOK)
VS
日本ミドル級1位.今野顕彰(市原)
勝者:西村清吾 / 判定2-1 (馳49-48. 亀川49-50. 川上49-48)

◆第11試合 フェザー級 5回戦

NKBライト級5位.ひろあき(=安田浩昭/SQUARE-UP)
VS
コッチャサーン・ワイズディー(元・ルンピニー-系スーパーバンタム級7位/タイ)
勝者:ひろあき / 判定3-0 (佐藤友章49-45. 前田49-46. 亀川49-46)

◆第10試合 ライト級3回戦

NKBライト級4位.野村怜央(TEAM-KOK)vs山澤裕介(號志會)
勝者:野村怜央 / KO 1R 0:54

◆第9試合 バンタム級3回戦

NKBバンタム級2位.高嶺幸良(真門)vs同級5位.海老原竜二(神武館)
勝者:高嶺幸良 / 2-0 (佐藤友章30-28. 鈴木30-29. 馳29-29)

◆第8試合 64.0kg契約3回戦

NKBウェルター級5位. SEIITSU(八王子FSG)vs洋介(渡邉)
勝者:洋介 / KO 2R 2:10

◆第7試合 ヘビー級3回戦

山中政信(真正会)vs打田知彦(テツ)
勝者:打田知彦 / 0-2 (鈴木29-30. 前田29-30. 佐藤友章29-29)

◆第6試合 ウェルター級3回戦

雅喜(ReBORN経堂)vs火人(TEAM-KOK)
引分け 0-1 (副審 川上29-29. 佐藤友章29-29. 亀川29-30)

◆第5試合 バンタム級3回戦

古瀬 翔(ケーアクイティブ)vs剣汰(アウルスポーツ)
勝者:古瀬翔 / KO 3R 2:21

◆第4試合 ライト級3回戦

小笠原裕史(TEAM-KOK)vs川畑RYU直輝(NK)
勝者:川畑RYU直輝 / KO 2R 1:10

◆第3試合 バンタム級3回戦

志門(テツ)vsダルシム・ヤイタレー(ReBORN経堂)
勝者:ダルシム・ヤイタレー / 0-2 (鈴木29-30. 佐藤友章30-30. 馳29-30)

◆第2試合 フェザー級3回戦

山本太一(ケーアクティブ)vs松下裕太(マッハ)
勝者:松下裕太 / 0-3 (馳28-29. 佐藤彰彦28-29. 亀川28-30)

◆第1試合 バンタム級3回戦

則武知宏(テツ)vs北田竜汰(光)
勝者:則武知宏 / KO 3R 2:24

◆12月8日闘魂シリーズvol.6(FINAL)の対戦予定カード発表!

12月8日(土)後楽園ホールで開催の闘魂シリーズvol.6(FINAL)の対戦予定カードが発表。

高橋一眞は毎度の危険な打ち合い2度目の防衛戦。

▼メインイベント NKBライト級タイトルマッチ5回戦
チャンピオン.高橋一眞(真門)vs挑戦者1位.棚橋賢二郎(拳心館)

▼セミファイナル NKB-NJKF交流戦 57.0kg契約 5回戦
NKBフェザー級1位.ひろあき(=安田浩昭/SQUARE UP)
VS
NJKFスーパーバンタム級1位.久保田雄太(新興ムエタイ)

▼59.0kg契約 3回戦
野村怜央(Team KOK)vsKEIGO(FLAT UP)

▼56.0kg契約3回戦
WBCムエタイ日本フェザー級5位.大脇武(GET OVER)
VS
NKBバンタム級5位.海老原竜二(神武館)

▼63.0kg契約3回戦
NKBライト級5位.パントリー杉並(杉並)vsちさとkiss Me(安曇野キックの会)

他、7試合を予定。

日本キックボクシング連盟・渡辺信久代表とNJKF・藤田真理事長(当時)は1999年当時に話し合いの場があり、後にアジア太平洋キック連盟(APKF)とK-Uが加わりNKB設立に繋がりました。1年以上かけて2002年4月から王座決定戦に進んだ順調な流れも2004年11月を最後にNJKFが脱退する運命を辿って行きました。NKBは本年12月に本格的にNJKFと再び交流を開始し、すでに7月から新日本キックボクシング協会とも交流戦が始まっており、NKBの2019年はまた新たな挑戦へ突き進むことになります。

古くから囁かれていた、興行数が少なく、交流戦を拒み、ムエタイ第一線級選手の招聘力も無い中では選手は育たず孤立するばかり。それぞれの団体がそこから脱却してきた中、ようやくNKBも動き出した現在。「KNOCK OUT」ばかりが注目されていてはいけない。そんな巻き返しに自然と結束力が働いてきたようなキック業界です。

※筆者の諸事情(母親の永眠)により、この10月13日のNKBには取材に行っておりません。主催者公式発表の試合結果を頂いての掲載で失礼します。

▼堀田春樹(ほった・はるき)[文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

格闘道イベント「敬天愛人」11月11日(日)鹿児島アリーナにて開催!鹿砦社取締役・松岡朋彦も出場します! 九州、鹿児島近郊の方のご観戦をお願いいたします!

格闘道イベント「敬天愛人」HP https://ktaj.jp/

仕留めたのは江幡塁の左ヒザ蹴り、下腹部だが、股間ではないと見える

「華麗な技で倒すのが僕の得意なKOパターン」と言う江幡塁の今回のKOに結びつけるまでの攻防は、“強い”と思わせるテープブリーの蹴りとパンチの返す強さと素早さ、判定までもつれ込むとしたら苦しい攻防となりそうな気配の中、幾つものコンビネーションブローを試しながらKOパターンを掴んでいく江幡塁の戦略は3ラウンド中盤に突然やって来た。

それまでに狙いを定めたか、左ボディーブローから右ローキックでテープブリーを怯ませるとコーナーに追い詰め、パンチ連打から左ヒザ蹴りがテープブリーの下腹部へヒットさせ悶絶、テンカウントを聞かせるKO勝利。

ファールブロー(ローブロー)をアピールするテープブリーと陣営だが、レフェリーは認めず。ボクシングで言えばベルトラインより下となるローブローだが、キックでは直接的にノーファールカップに当たらなければ反則とはならない。

「ラジャダムナン王座へいつでも挑戦できます。そして獲ることができます」と伊原代表に、いつでもいける臨戦態勢をアピールする江幡塁。2013年の初挑戦の敗戦から、勝利を重ね再挑戦を待ち続けてもう5年。来年こそは実現させたいだろう。

江幡塁のローキック、序盤は素早く蹴り返すテープブリーが厄介だった

喜多村の右ヒジ打ちがT-98の顔面をカット、勝負をほぼ決めた一発

T-98 vs 喜多村誠戦は、初回から両者の重いローキック、ミドルキック、パンチへと相手の出方に応じた打撃が交錯する。主導権を握って圧倒したい、その意地の競り合う攻防が第4ラウンドに入るまで続き、一瞬の喜多村の右ヒジ打ちがT-98の顔面を捕らえると流血したT-98。ドクターは続行可能と判断するが、再開直後の喜多村のヒジ打ちが軽いながらもまたヒット、ややパンチの打ち合いと組み合ってもつれた中、T-98は流血激しくなり、レフェリーが試合を止めたTKO。

喜多村陣営、大勢の応援団が静止出来ないほどドッとリングになだれ込む。日本統一果たしたかのような興奮醒めぬ歓声と祝福の応援団。タイトルは何も懸かっていないが、それに値するプライドが掛かった密度の濃い試合だった。

喜多村の右ストレートがT-98の顔面にヒット

最後も左フックをヒットさせ完全に倒しきった勝次

 

勝次は再起戦3連勝。今回も初回から早くも左ボディーブローでダウンを奪い、連打の後、左フックが顔面を捕らえると沈み込むように倒れたオートー。

レフェリーが止めるTKOで豪快に仕留めた勝次は、次なる目標がWKBA世界タイトルと言う。

来年3月に挑戦が内定しているが、その前に12月の藤本ジム興行でインパクトある勝利を掴まねばならない。またKO勝利で見せるパフォーマンス“1、2、3、ハッピー”が見られるか。

勝次のボディーブローでオートーを怯ませる

9月2日のTITANS NEOSに於いて、NKBとの交流戦で田村聖(拳心館)に敗れ、「負けたままで終われません。明日にでも再戦したいぐらいです」と語っていた斗吾がヨードプーパーをローキックからパンチ連打、左ボディーブローから右フックで圧倒、うつむき気味に怯むヨードプーパーに追撃し、あっけなく35秒でレフェリーが止めたTKO勝利。悪夢から醒めた開放感か、マイクで興奮気味に嬉しさを表現するも、早口で声も響かず、何を言っているのか聴こえないマイクアピールだったが、応援団に向かって感謝の言葉を述べていたことにはその観衆から拍手喝采を浴び、喜びを分かち合っていた。

斗吾の連打でヨードプーパーを一気に倒した

リカルド・ブラボがデビューから9戦目で初黒星。トリッキーなUMAの繰り出す前蹴りで前進を止められるだけでなく、ボディーも効いたかのようなブラボは、次第にリズムを狂わされてしまう。

蹴り返しやパンチはリカルド・ブラボの方が重く強い技を持っているが、この欧米パワーで勝ち上がって来た新人クラスと違い、チャンピオンとして総合力が試される今、UMAに主導権を握られ、終了間際にもパンチ連打を受け劣勢のまま判定負け。

いろいろなタイプの選手がいるものだと試練の壁にぶつかっているようなデビュー1年半、18歳のリカルド・ブラボ。対戦可能なトップクラスと戦い、経験を積めばまた新たな強さが見えてくるだろう。

UMAの前蹴りがリカルド・ブラボのリズムを狂わせた

MAGNUM 48 / 10月21日(日)後楽園ホール17:00~
主催:伊原プロモーション / 認定:新日本キックボクシング協会

◆56.0kg契約 5回戦

WKBA世界スーパーバンタム級チャンピオン.江幡塁(伊原/55.6kg)
VS
テープブリー・オー・デットポン(元・ルンピニー系フライ級2位/タイ/56.0kg)
勝者:江幡塁 / KO 3R 2:00 / 10カウントアウト / 主審:椎名利一

◆70.0kg契約 5回戦

T-98(=今村卓也/元・ラジャダムナン系スーパーウェルター級チャンピオン/クロスポイント吉祥寺/69.85kg)
VS
喜多村誠(前・日本ミドル級チャンピオン/伊原新潟/69.5kg)
勝者:喜多村誠 / TKO 4R 0:45 / レフェリーストップ / 主審:少白竜

KO勝利のポーズを再現してくれた勝次、1、2、3、ハッピー!

◆62.5㎏契約3回戦

日本ライト級チャンピオン.勝次(藤本/62.5kg)
VS
オートー・オー・デットポン(タイ/62.1kg)
勝者:勝次 / TKO 1R 2:12 / カウント中のレフェリーストップ / 主審:仲俊光

◆73.5kg契約3回戦

日本ミドル級チャンピオン.斗吾(伊原73.5kg)
VS
ヨードプーパー・オー・デットポン(タイ/70.7kg)
勝者:斗吾 / TKO 1R 0:35 / カウント中のレフェリーストップ / 主審:宮沢誠

◆67.0kg契約3回戦

日本ウェルター級チャンピオン.リカルド・ブラボ(アルゼンチン/伊原/67.0kg)
VS
UMA(=ゆうま/元REBELS65kgC/K&K BOXING CLUB/66.6kg)
勝者:UMA / 判定0-3 / 主審:桜井一秀
副審:仲28-30. 宮沢29-30. 少白竜28-30

◆65.0kg契約3回戦

石井達也(元・日本ライト級C/藤本/64.9kg)
VS
MA日本ミドル級3位.竹市一樹(二刃会/65.0kg)
勝者:石井達也 / TKO 3R 2:59 / レフェリーストップ / 主審:椎名利一

◆67.0kg契約3回戦

日本ウェルター級1位.政斗(治政館/66.6kg)
VS
レック・エイワスポーツ(WMC世界SW級1位/タイ/66.7kg)
勝者:レック・エイワスポーツ / 判定0-3 / 主審:少白竜
副審:椎名28-30. 宮沢29-30. 桜井29-30

◆ライト級3回戦

髙橋亨汰(伊原61.23kg)vs TASUKU(CRAZY WOLF/60.9lkg)
勝者:TASUKU / 判定1-2 / 主審:仲俊光
副審:椎名29-28. 少白竜29-30. 桜井29-30

◆ライト級3回戦

日本ライト級5位.ジョニー・オリベイラ(トーエル/60.9kg)
VS
日本ライト級7位.渡邊涼介(伊原新潟/61.0kg)
勝者:渡邊涼介 / 判定0-3 / 主審:宮沢誠
副審:椎名28-29. 少白竜29-30. 仲29-30

◆フェザー級3回戦

日本フェザー級6位.渡辺航己(JMN/56.9kg)vs FUJIMON(亀岡/57.15kg)
勝者:渡辺航己 / 判定3-0 / 主審:桜井一秀
副審:仲30-27. 少白竜30-27. 宮沢30-

◆70.0㎏契約2回戦

大久和輝(伊原/69.8kg)vs 萩本将次(CRAZY WOLF/69.3kg)
勝者:大久和輝 / 判定3-0 (20-19. 20-19. 20-19)

◆フェザー級2回戦

瀬川琉(伊原稲城/kg)vs 平塚一郎(トーエル/56.9kg)
勝者:瀬川琉 / TKO 2R 0:57 / レフェリーストップ

《取材戦記》

T-98=「ヒジ出すんだも~ん!」
喜多村誠=「狙ってました!」

控室で聞かれた後腐れないサバサバした表情で語り合った両者。業界の総力を結集すればミドル級でも面子は揃うはず。トーナメント戦は「KNOCK OUT」イベントばかりに集中しないで既存の団体興行でも行なって欲しいもの。

健闘を称えあったT-98と喜多村誠

勝次のKO勝利の場合のみ見せる“1、2、3、ハッピー!”は定着するか?拳を突き上げるだけでなく、もう少し決めポーズが欲しいところ。飛びヒザ蹴りポーズでも加えたらどうだろうか。

新日本キックボクシング協会の年内興行は、あと2回。11月11日(日)に新宿フェースに於いて、「KICK Insist.8」が2部制で開催。メインイベンターは第1部(14:00開始)が瀧澤博人(ビクトリー)。第2部(18:00開始)は石原將伍(ビクトリー)。8試合ずつ全16試合が予定されます。第1部終了後、入れ替えとなり、1部と2部のそれぞれのチケットが必要になります。

そして最終興行が12月9日(日)に勝次が所属の藤本ジム主催で、「SOUL IN THE RING.16」が後楽園ホールで開催予定です。

リングに流れ込んだ喜多村陣営と仲間達

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

格闘道イベント「敬天愛人」11月11日(日)鹿児島アリーナにて開催!鹿砦社取締役・松岡朋彦も出場します! 九州、鹿児島近郊の方のご観戦をお願いいたします!

格闘道イベント「敬天愛人」HP https://ktaj.jp/

信者さんとともに本堂を三周歩く

本堂の前に立ち、経文を唱え儀式の始まり

最後の朝

12月24日、クリスマスイブとは全く関係ないお寺の鐘の音で起き、ノンカイ滞在最後の朝を迎えた。日々馴染んだ読経の後、部屋へ戻り、ネイトさんがコーヒーを淹れてくれてホッと息つく。ここでの列になっての托鉢もこの旅最後となるのだと、地面を踏みしめて歩いた。

◆得度式を迎える!

朝食後は慌しくネイトさんの得度式の準備に掛かる周囲。ネイトさんは白い衣に着替えられ、私服を纏めていた。暫くはプラマート和尚さんに預けるのだろう。

ノンカイの高僧、緊張の儀式が続く

先輩比丘に僧衣を纏い付けて頂く

やがてどこから来るのか、近所のオバサン達が集まりだして賑やかになってきた境内。得度式は功徳の場。現世・来世に幸福をもたらす基になる善行。プラマート和尚さんの呼び掛けもあっただろうが、誰の出家であろうと喜んで寄り集まって来るものなのだろう。

そんな準備の中、スアさんが私に苦言を呈する。
「撮影もいいが、ちゃんと座って読経しないとダメだ」と言う。「キツいところ突いて来たなあ」と思い、正直困った。自分の信念とネイトさんへの感謝、それがあるから撮影に専念しようと考えていたのだが、比丘として私のやろうとしていることは間違っている。でもそれを承知で撮影に踏み切るのだ。

プラマート和尚さんには改めて、「撮影に回るので座りませんが御免なさい」と謝りつつお願いすると難なく了承して頂き、何とか立場を守る。でももうひとつ問題があった。ここの本堂は結構狭い。そんな中で偉いお坊さんが来るようだ。

「高僧の前を出入りするのは失礼やぞ」と言う藤川さんに従い、奥側に入ったら出られなくなるので窓から撮ろう。そんな足場をいちいち考えながら計画を練る間に、やがて得度式が始まる。午前9時を回った頃、ネイトさんと先導する引率者のオジサンを中心に信者さんが後に続き、三帰依に倣い本堂を3周歩いている。こんなに信者さんが集まると、やっぱり賑やかでいいものだな。

比丘の姿になっていく瞬間のネイトさん

本堂に入るところで、ネイトさんが信者さんから黄衣を受取り、中へ進む。プラマート和尚さんは控えに回って、得度式を仕切るのは他所から来た高僧だった。

ネイトさんの覚えたパーリー語のお経は充分活かされていた。口移しは少々で、途中トチるところがあっても自分の意思でしっかり応え、赤面しても幼さが現れるように可愛い、私より上手いもんだ。白衣から黄衣に換わり、式もクライマックスを迎える。だんだん場慣れし、笑顔もこぼれる得度式。周囲の賛同を得て無事、比丘となった。

得度式が終わって皆がのんびり退散する頃、高僧が私を呼ぶ。結構パシャパシャ、フラッシュ焚いてシャッター押したから、ここは厳重注意かと思ったら、「ワシも一緒に撮ってくれ」とまた拍子抜けするような御要望。どこも寛大な和尚さんが揃う、街中の一般社会に馴染んだお寺なのかもしれない。勿論、山奥の格式高い修行寺では許されないだろう。

タイミングを見計らったプラマート和尚さんにも「私ひとりで撮ってくれ」と頼まれ、本堂の仏像をバックに撮ってあげた。いずれこの写真をお渡ししなければならないな。

◆同じ立場となったネイトさん!

やがてお昼御飯となる時間になっていた。信者さんに呼ばれてサーラー(葬儀・講堂)へ向かう。

バーツ(お鉢)、僧衣三衣の意味を教わる

ネイトさんに「もう我々と同じ立場だ、こっちへ入れ!」と私がかつて、やられたように迎え入れ、同じテーブルを囲んでの食事は楽しいものだった。

午後はネイトさんの部屋移動が始まり、倉庫部屋は掃除してバーレーくんに御礼を言ってお返しする。彼にも名前や生年月日、この寺の住所などメモ書きして貰った。私はまた来るかもしれない、14歳だったバーレーくんの存在は覚えておこう。

藤川さんと私は帰り荷物を纏め、ネイトさんが移動したプラマート和尚さんの部屋へ移動。2階から見たこの寺の風景はまた鮮やかな木々や広い境内とメコン河が見えてすばらしく、帰るのが惜しくなった。

一旦外に出て、先輩比丘との問答

この寺でネイトさんと修行したい、彼の方が優秀だから年功序列も抜かれてもいいとさえ思う。

早速、藤川さんはネイトさんに黄衣の纏い方一式を教えている。明日の朝から一人で纏って托鉢に向かわねばならないのだ。私の時のような、イライラしながら黄衣で頭が引っ張られることも無く、受け答えしながら飲み込みが早いネイトさんだった。

夕方の我々が帰る列車まで時間があるので、またメコン河を眺めに、ネイトさんと最後の会話をする為、河沿いへ向かうと、プラマート和尚さんもやって来た。こんなノンビリした会話も楽しく、ちょっとプラマートさんの経歴を聞いてみた。この1994年で39歳。「13歳でネーンになり、16年前にこの寺に来た」と言う若い和尚さんであった。

ひとつやり残したことで、私はこのノンカイで、もうひとつ行きたいところがあった。横浜に住む不法就労しているタイ人の実家がこのノンカイにあるのだ。だが、この寺から更に遠い、ブンカーンという街で、実際どれぐらい遠いのか分からない。プラマート和尚さんに聞くと、ここからバスで2時間ぐらい掛かり、とてもトゥクトゥクで行ける距離では無かった。還俗してからもう一度来るチャンスがあったら尋ねることにしよう。
(後の2011年3月23日に、ノンカイ県が分割されブンカーン県が誕生)

再び高僧の前に座り三拝

◆別れの時!

夕方6時になって、いよいよ我々は駅に向かう時間となる。プラマート和尚さんにお世話になった御礼を言い、スアさんにも御挨拶。撮影に集中してしまったことも詫びたが、「えっ、ああそうだっけ!」とそんなこと気にもしていないスアさん。怖い顔しているが、真面目で穏やかで優しい比丘だった。

ネイトさんには「慣れた頃、私が還俗する前に、ペッブリー県の我々の寺へ遊びに来てください」と誘うと、「ぜひお伺いします、また近い内お会い出来たら嬉しいです、ここまで導いて頂き有難うございました」と丁寧に我々に応えるネイトさん。比丘が“遊びに”なんて言うものではないが、「パイ・ティアオ(遊びに行く)」の言葉の語源には、“修行”という意味があると言い、私の僧名の“チャナラトー”を調べたり、何かと言葉の語源を調べるのが得意だったネイトさんだった。

仏陀に向かい全員で、新たに比丘と認め、仏門に迎え入れる誓いの読経

その他諸々にお世話になった皆に御挨拶すると、比丘は余計なことは言わなくても、笑顔だけは比丘も俗人も関係なく心が現れる。その笑顔に送られ、我々はノンカイ駅に向かった。

18時40分頃、列車が発車すると、早くもベッド作りに回ってくる乗務員のおじさん。藤川さんとは席はやや離れていたが、ベッドが作られる間、私の前の席に座った。

「あのネイトは将来立派な坊さんになるぞ、死んだら国王が葬儀に参列されるぐらいになあ」とかなり過大評価でネイトさんを褒める。

「ネイトはお前の5倍は勉強しとるなあ」と腹立つぐらいネイトさんを褒める。
順々にベッドが作られていき、その周辺の人々はベッドに入る準備が始まる。我々もかなり早いが夜7時30分にはベッドに入った。藤川さんの長話から逃れられて、そこは助かった。

2週間の滞在だったノンカイ・ビエンチャンの旅。苦難もあったが、終わってみればやっぱり楽しかったと想う。何か寂しく虚しく感じる線路の響き。寝ながら、「ペッブリーの、品の無い奴らが居る我が寺より、こちらの品ある寺に移籍したい」と、また我侭なことを考えながら眠りについてしまう夜行列車の帰り旅だった。我が寺まではもう少々旅話は続くのであった。

最後に全員で記念撮影

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

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メコン河沿いに向かうネイトさんとカミソリを扱うスアさん(写真はすべて1994年12月23日撮影)

剃髪に向かう前のネイトさん

◆ノンカイの寺の日常

ワット・ミーチャイ・ターでは朝4時と夕方6時30分に日課の読経がある。朝、眠かろうが、夕方、外出して居ようが、日々の務めを果たそうと思えば、この日課に合わせた日々のリズムが出来上がる。規則正しい生活となる仏門の基本である。

タイの正座は横座りだが、途中で膝を揃えて爪先だけ立てる座り方になる。後ろから見ると足の裏が見える正座である。これが1分も続くともう爪先が痛くなる。また横座り正座に戻るが、なかなか長く感じる日々の読経であった。

タイ東北部のこの時期の托鉢に出る朝はかなり寒い。ラオスに渡る前のワット・ミーチャイ・トゥンに居た頃より寒くなっている。私は鼻炎で気温が20℃を下回ると鼻が詰まるが、この頃の朝はしっかり鼻が詰まり、体感的に15℃ぐらいではないかと思うほどだった。

◆私らの寛ぎ話

午前中はまた3人で他愛も無い話が続く。ネイトさんに、私が出家したばかりの頃の藤川さんの意地悪いことや、私が托鉢中にバーツ(お鉢)の蓋を落とした話もしたが、実はその1週間ほど後、藤川さんも蓋を落としているのであった。

断髪式、親代わりとなった藤川さんがまずハサミを入れる、いつもの演出

前を歩く藤川さんが“バシャーン“と周りが驚く音を立てた後、慌てて蓋を拾っていた姿には、もう声を出して笑いたかった。静粛に進む托鉢中に比丘が笑う訳にはいかない。カメラで撮ってやりたかった。

あの頃、まだ還俗前のブンくんに聞いたら「俺も落としたことあるよ!」とあっさりしたもの。皆、そんな経験はあるようだ。

ネイトさんが買って来た湯沸しポットは使い勝手がいいが、もっと簡易的なものには、かなり安価で、手で電熱棒を持ってどんぶり等に入れた水に浸し、湯が沸くまで器に付かないよう浮かせたまま、その姿勢で持ってなくてはならない、そんな不便なものも庶民の生活用品として売っているからアジアの田舎のガラクタ市場は面白い。それらの恨み節や旅の想い出を話してしまう。

◆オバサンを訪ねるネイトさん

ラオスから再びノンカイに戻って6日が経過した12月23日、午後にはすぐネイトさんが剃髪を見届けてくれるかを尋ねる為、親代わりとなるオバサンに会いに行くというので、私も付いて行くことにした。

日本と同じく携帯電話は普及し始めた頃だったが、タイでは電電公社に固定電話設置を申込んでも1年経ってもやってくれない(賄賂を渡せばやってくれる)。公衆電話は少なかったり壊れていたり、そんな不便な時代でもあったからだった。

トゥクトゥクに乗って向かった先は、やや南のバンコクに繋がる国道の途中にあった、オープンカフェやタイシルクなどの絹織物のお店があるオーナーさんである気品あるオバサンだった。やはり仕事の都合で剃髪、得度式には行けず恐縮されていたが、ネイトさんも我が身の為のお願いで恐縮気味。しかし、やることやった悔いの残らぬ結果でスッキリした様子。

自然と近所の子供達も集まる最高のエキストラ

カミソリを持つのはベテラン比丘のスアさん。スアさんも珍しい体験となった外国人の剃髪と撮影

寺に帰って、剃髪までの夕方4時まで時間を潰す。ネイトさんはお経の暗記に力を注ぐ。そんな合間に藤川さんのネタ話も花が咲く。

この地域は電話も少ないこの時期でも、昔から河の向こうのビエンチャンと独特の連絡方法があった。藤川さんが一時僧時代にこの寺に来た時に聞いた話で、
「メコン河の向こうに鐘を鳴らして合図を送ってから拡声器で“オーイ聞こえるかあ~”と叫ぶと、“オー、聞こえるぞう”と返事が聞こえて来て、“何月何日何時から寺の祭りあるから来いやあ!”と叫ぶと“分かったあ~、行くぞ~!”という返事。そしてその日になったら舟に乗って対岸から来よる!」という笑えてしまう話であった。

◆いよいよ執行!

「そろそろ行こか!」と声を掛けた藤川さん。何か刑場に向かうようなゾクッと来る一言である。いよいよ剃髪、場所は予定どおりメコン河沿いの土手の上、ここまで演出を考えてきた藤川さんと私。

「まず水浴びして来いや」と言う藤川さんに従い、水浴びして土手の縁に向かうネイトさん。胸中は複雑なものだろう。もう後に引けない切迫した心境に陥るものである。しかしビビる様子も無い落ち着いたもんであった。

最初にハサミを入れたのは、この道に導いた“親代わり代理”の藤川さん。そしてカミソリを持ってスアさんが剃り始める。アメリカ人の剃髪は珍しいのか集まって来た近所の子供達。私は我が身を思い出す。撮ってくれた春原さんの姿も思い出す。

メコン河をバックに剃髪は進みます

金髪が剃り落とされていく

「ああ撮れこう撮れ!」言われたら「いちいち煩い!」と言いたくなるだろうなあと思う。ここに居るネイトさんは何も注文して来ないが、大人しく、淡々と剃髪が進む。

10分もすると最後に眉毛も剃って完成。やはり綺麗な上手い剃り方だ。精悍な顔つきはまた違った人物に見える。

そして白い衣に着替えて形式上は、人間でも比丘でもない立場となるが、私の場合と同じく、この集落に親戚縁者は居ないので前夜祭といったお祭り事は無い。

夜は明日の得度式の流れをスアさんらに聞くネイトさんだが、そんな心配することはないが、問答の流れと応える経文を教えて頂いていた。再び暗記に集中するネイトさん。どこまで自分の力で出来るかを試す、努力家である。

◆言い残したい藤川さんの雑談

出家が間近に迫ったネイトさんに、我々もあと1日しか居ない身でもあって、藤川さんのクドい話が続く。過去に私も言われた苦言でもある。

「最後は誰もが死に至る人生、その死に向かって生きとるんやから、何か命懸けでやるもの見つけて充実した人生を送って最後に自分の遺体に“ご苦労さん、ゆっくり休んでくれ”と言えるような人生を送らないかん」。

第三者の立場で聞いていると、リラックスしてすんなり頭に入って来るものだと感じる。

藤川さんが導いた2人目の剃髪

最後の仕上げ、眉毛も剃り終わり、精悍さが増したネイトさん

これも藤川さんの一時僧時代の巡礼先での話。

「托鉢でバーツを手で抱えて進む場合があると、炊き立ての御飯なんか入れられたら、熱うて持てんようになる。“熱ッチッチ!”と黄衣で支えながら右手左手持ち替えて、顔に出せんで参ったことあったなあ!」。

また、比丘生活の些細な一面だが、
「昔、スラータニーの寺に行った時、夕方、坊主らに1枚ずつ配られる小さな切れ端があって皆が口に入れて食べておった。ワシも貰うて食べてみたら、寿司に付いてくる“ガリ”やな。“午後食事を摂ってはいかん比丘が、これは食ってもいいんか?”と聞いてみても“ワシも分からんのや”という比丘ばかりやった。これがまた翌日の夕方に出てくるのが楽しみでなあ。ガリは消毒効果があるから薬代わりやったんかもなあ!」と、その比丘らの様子が伝わってくるような話だった。

藤川さんは将来的に、タイの山奥にある瞑想寺に行って、そこで日々修行する構想と、ボランティアにも構想を描いており、
「ノンタブリーにあるエイズ患者を介護する施設のある寺で、エイズ患者の洗濯物を洗うてやろうかと思とるんや、洗濯坊主や!」と言う。このエイズ寺も発病前の患者から末期の患者まで居る。この話はもっと深いのであった。

ただ喋るだけで苦言を呈する訳ではなかったが、
「巡礼の旅でもしてみい、いろいろな発見が出来るぞ!」と言っているような藤川さんの経験談。ネイトさんは私のような、「こんな格好してみたかっただけ」といったような軽率な動機ではないから何か冒険をやるだろう。明日は得度式。そして我々がこの寺を去る日でもあります。

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

衝撃満載『紙の爆弾』11月号! 公明党お抱え〝怪しい調査会社〟JTCはどこに消えたのか/検証・創価学会vs日蓮正宗裁判 ①創価学会の訴訟乱発は「スラップ」である他

2018年芸能界最大の衝撃新刊! 上條英男『BOSS 一匹狼マネージャー50年の闘い』西城秀樹、ジョー山中、舘ひろし、小山ルミ、ゴールデン・ハーフ、吉沢京子……。「伝説のマネージャー」だけが知る日本の「音楽」と「芸能界」!

我々が泊まったクティとこの地域を走るトゥクトゥクが停車中

ノンカイでの托鉢を撮って貰いました Photo by Nate Badenoch

◆油断大敵!

昨日(12月20日)の祭りのソムタム(唐辛子入りパパイアサラダ)が効いた。元に戻ったどころではない。深夜から何度トイレに行ったことか、発熱に下痢に嘔吐まで、より酷くなった。短い時は10分も経たないうちにトイレに向かう。寝返るだけで漏らすほどひどい。体調崩してから力付けようと何でも食べたが、昨日の祭りのソムタム、スイカは信者さんに勧められて食べたが、逆にダメだった。

朝4時の読経に行く前、汚れたサボン(下衣)を廊下のソファーの下に隠す。戻ってから外のタライに水を張って、そのサボンを浸して托鉢に向かう。

朝食はほとんど食えない。オカズをひとつ摘んで御飯をスプーンで2掬い口に入れただけ。昼食も全く手が出ない。美味しい肉野菜炒めもあるのに美味しそうに見えない。もうソムタムには絶対手を出そうとは思わない。こんな食べる量の少ない日は初めてだ。自分の体力が心配になってきた。朝食後は何とか洗濯を済ませてまた横になる。

昼以降、またネイトさんと藤川さんが仲良く市場へ買い物に行って、ミロと湯沸しポット買って来たらしい。早速お湯を沸かしてみるネイトさん。ちゃんと湯が沸く。日本製でもない頼りないものがしっかり沸いている。その湯でミロを作ってくれたので頂いた。

朝の読経で読まれます。ページは5ページほどあったかと思います

寝ながら見ていた、いつもと違う私のグロッギーな状態にネイトさんが薬をくれる。いつもは元気そうに立って歩いたから、そんな深刻に見えなかったらしい。あまり勧めたくない薬のようだが、あまりに青い顔で寝ている私に勧めてくれた薬だった。バンコクで買った薬らしい。

◆僧名、チャナラトーの意味!

そういえば2ヶ月前の私の得度式で僧名を頂いているのに、全く忘れていた。あの得度式の前、「堀田さんは“チャナ・オハルサン”だそうですよ!」と高津くんが言っていた。

「ウソだろ、和尚さんに頼まれて藤川ジジィが考えたのか、この野郎!!」と思った。私はタイの比丘らしい“アリアラッタノー”とか“プッタラッタノー”といったカッコいい僧名が欲しかったのだ。しかし得度式の後、ケーオさんから頂いた得度証明書に、“チャナラトー”と書いてあったので、あの時はそんな疑念も消えて嬉しかったなあ。

そんなことで夜、藤川さんらと話している時、僧名の話題になった。藤川さんは“チンナワンソー”という。手紙が来る度、この名前が書いてあったから忘れない。それでこの私の“チャナラトー”と僧名を言ってみたら、その意味をネイトさんが仏教辞書で調べて、「座禅組むのが好きな人」と訳すと、いきなり藤川さんが「よし、今日は3人で座禅組もう!」と言い出す。

朝食後、その場で読経となる経文、このページのみです

ああ、ネイトさん余計なことを。しょうがない、3人で座禅に入るしかない。

無言で座禅を組んで心を無にする。これは非常に難しいことである。

人間、何も考えないということは出来ない。いや、修行を積めば出来るのだろうが邪念が入るのである。

誰とも話していないとき、本を読むとかテレビを観るといった行為をしない時、必ず何かを考えてしまう。その邪念を振り払い続けて到達するのが“無の境地”なのだそうだ。

何かが頭を過ぎる。それを追ってしまう。それを振り払う。そしてまた次のことが頭を過ぎる。それを振り払う。“何も考えない”と思うと、そう思うことが頭を過ぎっている。それも振り払う。これを延々続けると、本当に何も頭を過ぎらない、無の境地になるのだそうだ。

無理だ。誰かが部屋に入って来た。バリカンで剃髪してくれたスアさん、石橋正次似の比丘である。「オッ、何かやっとるわい」といった感じで遠慮して出て行かれた。ということが頭を過ぎっている。藤川さんと同じで、女の子が夢に出て来るような、生臭坊主の私が悟りを開く訳が無い。座禅は30分ほどで格好だけで終わった。

市場に行った際のお店に立ち寄るネイトさん

◆薬が効いた!

その翌朝(22日)は鐘が鳴る朝までぐっすり眠れた。下痢が止まったのだ。ネイトさんから貰った薬が一発で効いた。タイの薬は強いのである。おそらく日本では厚生省の認可が下りない。でもとにかく治った。嬉しくてしょうがない。

托鉢はもう日数も無いし、元気が出てきた私は、ネイトさんに撮影をお願いしてみる。「私の姿だけ撮ったら帰っていいから」と言うと、本当に2枚だけ撮って帰られた。やっぱり人物撮りは難しく、知らない人に接近して撮ることは怖さがあるのだ。ネイトさんはビエンチャンではよくやってくれたと改めて思う。だから薬の御礼を含め、剃髪と得度式はしっかり撮ってあげようと思う。

朝食は御粥にすることを思いつく、ネイトさんが買って来た湯沸しポットでお湯を沸かしてもらっておいて、御飯にお湯かけて簡易御粥にするつもりだった。かなり昔、居酒屋で御粥を頼んだ時、キックボクサーの稲葉理さんが、「こんなもの、飯に永谷園のお茶漬け海苔とお湯ぶっ掛けただけだ」と言ってたことがあった。これだ、こんな程度でいいから御粥が欲しくなった。ネイトさんはお湯を持って来てくれたが、こんな日に限ってカオスワイ(白米)は無く、カオニアオ(もち米)だけだった。でも食欲も沸き、寒い時期の温かいお湯が優しくお腹に効いた。

◆家庭教師の存在感!

先日、ラオスから戻った後のネイトさんの出家願いに、プラマート和尚さんに御挨拶に行った後、倉庫部屋に戻ると、そこには17歳ぐらいのネーンが勉強(高校一般教科)していた。

元々彼の部屋だったようで、精悍な悪ガキぽい顔つきだが、優しい奴で、御丁寧に部屋を譲ってくれようとした。名前はバーレーという。ここでも我々よそ者が邪魔して悪いと思うも、そこで機転利かせたネイトさん。バーレーくんの臨時家庭教師となった。英語もイサーン語も出来て、大学出の学力があっては言うこと無しである。英語で問いかければ反応して食い付いて来る。こんな田舎で、いきなりアメリカ人教師登場の運命に驚きのバーレーくんだった。

そんな学業に励むバーレーくん達を見て、藤川さんはこの日、彼らの学校に見学に行った。夕方頃帰って来て語るその感想は、「ラオス(ビエンチャン)の学校の方は教材も足りんで、設備整っておらん分真剣にやっとるが、タイ(ノンカイ)の方は設備整っておる分、不真面目になって雑談が多いな。恵まれるとやっぱり乱れていくんかなあ」と言う。

しかし、バーレーくんはネイトさんを頼って勉強を教えて貰おうとやって来るようになった。今しかないチャンスを活かす探究心はラオスの生徒達と同じ心境だろう。こんなノンカイでもラオスでも頑張っている奴は多いのだと実感する。

ネイトさんが家庭教師を受けたバーレーくん

剃髪近いネイトさんとその演出を考えた藤川さん

◆意義ある剃髪へ!

我々は明日23日の夕方頃、ネイトさんの剃髪をすることに決定。私がカメラマンを務めることで、藤川さんが演出に凝りだす。

「場所はメコン河をバックに土手の上、バリカンは断ってカミソリでやって貰おう」とスアさんにお願いすると快く了承して頂いた。

その前準備に、ネイトさんは親代わりをお願いしているオバサンを呼ぶか迷っていた。なかなか多忙な方だからだそうだ。

藤川さんが、「剃髪にオバサンがハサミ入れなかったことが後で心に引っ掛かるようならタクシー代100バーツ掛けてでもオバサンに会いに行ってお願いした方がええんちゃうか」と言うと決心し、明日行くことにしたようだった。

体調復活した私はまたカメラマン魂が沸いて来て撮影体勢に入っていくのでした。
 
▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」
 

7日発売!衝撃満載『紙の爆弾』11月号! 公明党お抱え〝怪しい調査会社〟JTCはどこに消えたのか/検証・創価学会vs日蓮正宗裁判 ①創価学会の訴訟乱発は「スラップ」である他

2018年芸能界最大の衝撃新刊! 上條英男『BOSS 一匹狼マネージャー50年の闘い』西城秀樹、ジョー山中、舘ひろし、小山ルミ、ゴールデン・ハーフ、吉沢京子……。「伝説のマネージャー」だけが知る日本の「音楽」と「芸能界」! 

MOMOTAROの前蹴りが一仁のアゴへ度々ヒット

MOMOTAROのミドルキックで一仁を突き放した

「リアル・チャンピオン“超豪華”大集結。運命の9.22、いよいよ来たる!」

興行タイトルは格好良く、激しい試合も展開されましたが、セコンドや応援団の声ばかりが響く試合も多かった。

◎NJKF 2018.3rd
9月22日(土)後楽園ホール17:00~20:55
主催:NJKF / 認定:WBCムエタイ日本実行委員会、NJKF

◆第12試合 メインイベント 57.5kg契約3回戦

再起戦を飾ったMOMOTARO、海外からも声が掛かり戦う場が広い若きエース

WBC・M・IN・フェザー級チャンピオン.MOMOTARO(=小寺耕平/OGUNI/57.4kg)
VS
J-NETWORKフェザー級チャンピオン.一仁(真樹AICHI/57.5kg)

勝者:MOMOTARO / 判定3-0 / 主審:竹村光一
副審:中山30-27. 神谷30-27. 宮本30-28

序盤、離れた蹴り会いから距離が縮まり、組み合った接近戦でMOMOTAROがヒジ打ちを執拗に連打すると負傷した一仁だが、その後も怯まずに出て来る。しかし、MOMOTAROのタイミングいい蹴りと距離を取るフットワークに、一仁の蹴りやパンチもヒットは弱く、リズムを狂わされてしまう。MOMOTAROは終始落ち着いた表情で的確にヒットさせるが、一仁のしぶとさに深いダメージを負わせる決定打は無いまま、大差判定勝利を掴んだ。

◆第11試合 58.0kg契約3回戦

WBCムエタイ日本フェザー級チャンピオン.新人(E.S.G/57.7kg)
VS
MA日本フェザー級チャンピオン.宮崎勇樹(相模原S/58.0kg)

勝者:新人 / 判定2-0 / 主審:和田良覚
副審:中山29-29. 竹村30-29. 宮本29-28

宮崎がパンチのリズム感と連打がヒットし攻勢を印象付ける勢いがあったが、打ち合いは避けたい新人は蹴り中心の的確さで試合を進める。新人が僅差ながら判定勝利。

宮崎勇樹VS新人。蹴りの距離で優勢を保った新人(右)のミドルキック

接近戦での打ち合いとなった実方拓海(左)と真吾YAMATO

◆第10試合 64.0kg契約3回戦

NJKFスーパーライト級2位.真吾YAMATO(大和/63.8kg)
VS
WMC日本スーパーライト級チャンピオン.実方拓海(TSKjapan/63.7kg)

勝者:実方拓海 / 判定0-3 / 主審:神谷友和
副審:中山28-30. 竹村28-30. 和田28-29

積極性と的確さがやや優っていた実方。第2ラウンドにはヒジでカットさせ調子を上げるが、真吾も下がらず応戦してくる。第3ラウンドもパンチとヒジ、蹴り合っても実方の勢いが目立ち、印象的にも優位に立って判定勝利を掴む。

人気実力急上昇中の実方拓海(左)が22歳同い年の真吾YAMATOにハイキックで攻める

◆第9試合 WBCムエタイ日本スーパーバンタム級タイトルマッチ5回戦

地花デビット(右)を蹴り続けた波賀宙也、再浮上へ執念を燃やす

暫定チャンピオン.波賀宙也(立川KBA/55.3kg)
VS
WMC日本フェザー級チャンピオン.知花デビット(エイワスポーツ/55.3kg)

勝者:波賀宙也が正規チャンピオン / 判定3-0 / 主審:宮本和俊
副審:神谷50-47. 竹村49-47. 和田50-47

波賀は距離をとってミドルキック中心に知花のパンチの距離に入れさせないテクニックで波賀が優った。知花デビットも勝負を掛けてパンチで前に出るが、波賀は接近戦でもヒジ打ちや組み合ってのヒザ蹴りなど波賀が体重を掛けていく有利な体勢で、知花デビットの距離を潰してしまう。波賀が判定勝利で正規チャンピオンに昇格。

主導権は波賀宙也(右)が握ったまま、知花デビットは今ひとつ力及ばず

NJKFを一番の団体に、満員にしたい、エースとなる,力強いアピールが続いた琢磨

 
 
◆第8試合 61.0㎏契約3回戦

WBCムエタイ日本スーパーフェザー級チャンピオン.琢磨(東京町田金子/60.3kg)
VS
NJKFスーパーフェザー級1位.澤田曜祐(PIT/60.4kg)

勝者:琢磨 / TKO 3R 2:13 / カウント中のレフェリーストップ
主審:中山宏美

初回からパンチからローの琢磨、更にハイキックと多彩に繰り出していくが澤田もパンチで応戦し、第3ラウンドのボディブローのヒットから一気にヒザ蹴りやパンチや距離に合わせた打撃が続く中、更に左のボディブローがヒットすると、効いた様子の澤田はついにダウンを喫する。

立ち上がるもコーナーを向いたままでレフェリーストップされてしまう。

「Knock outは正直、すごい出たいなあと思うんですけど、僕はこのNJKFをキック界一番の団体にして来年僕はメインイベンターで、エースとして、この舞台に立ちたいと思っているので、その時は会場を満員に出来るようにしたい。」というコメントを残しました。

ボディブローで防戦一方となる澤田曜祐へ琢磨(左)の猛攻が続く

目まぐるしい展開を見せた松谷桐(右)の左ストレートで高坂侑弥が仰け反る

◆第7試合 51.0kg契約3回戦

NJKFフライ級チャンピオン.松谷桐(VALLELY/50.8kg)
VS
WMC日本バンタム級3位.高坂侑弥(エイワスポーツ/50.9kg)

勝者:松谷桐 / 判定3-0 / 主審:竹村光一
副審:神谷30-28. 宮本29-28. 中山30-27

スピーディーで激しい打ち合いが最後まで続き、松谷がパンチの連打、ボディブローも印象付け、飛び技も見せた攻勢が高坂を下がらせたが、パンチの交錯では高坂も打ち負けない展開を見せ、松谷も右目瞼辺りが大きく腫れる被弾の跡が残る痛々しい表情となった。

終始、わずかに上回る松谷の攻勢の印象が残る中、ポイントも僅差から大差まで開く結果となった。これも5回戦で見なければ総合力が現れない結果でもあった。

◆第6試合 スーパーフェザー級3回戦

NJKFスーパーフェザー級5位.梅沢武彦(東京町田金子/58.8kg)
VS
同級9位.山浦俊一(新興ムエタイ/58.9kg)

勝者:山浦俊一 / 判定0-2 / 主審:
副審:竹村29-29. 宮本28-30. 中山29-30

◆第5試合 スーパーライト級3回戦-中止-

NJKFスーパーライト級7位.敦YAMATO(大和)
VS
同級10位.木村弘志(OGUNI/63.3kg)

敦YAMATOの体調不良によりドクターストップが掛かり、中止(場内発表は木村弘志の不戦勝)。

◆第4試合 56.0kg契約3回戦

将泰(PIT/55.8kg)VS 鈴木力也(ZERO/55.9kg)

勝者:鈴木力也 / TKO 1R 1:50 / カウント中のレフェリーストップ
主審:宮本和俊

◆第3試合 スーパーフェザー級3回戦

吉田凜汰朗(VERTEX/58.5kg)VS 吉田優佑(K&K/58.2kg)

勝者:吉田凜汰朗 / 判定3-0 / 主審:
副審:宮本30-28. 和田30-28. 神谷30-28

◆第2試合 スーパーバンタム級3回戦

雨宮洸太(キング/55.0kg)VS 雅(PIT/55.1kg)

引分け 0-0 (28-28. 28-28. 28-28)

◆第1試合 フライ級3回戦

宇宙YAMATO(大和/50.8kg)VS EIJI(E.S.G/50.8kg)

勝者:EIJI / TKO 1R 0:22 / ドクター勧告及び戦意喪失

正規王座を奪回した波賀宙也

《取材戦記》

総勢9名のチャンピオンの肩書きを持つ選手が出場。更にイケメンやマジ強のキャッチフレーズが付いた興行に反し、観衆の少なさは何を物語るか。

6月のNJKF 2018.2ndで健太が「僕はもう一度NJKFを満員にしたい」と語り、今回は琢磨もTKO勝利後、“来年はエース格宣言”したように「キックを良くしたい、盛り上げたい、満員にしたい」と言う宣言はよく聞かれるマイクアピールです。

セミファイナル以前の選手が「まだいい試合が続くので最後まで観て行ってください」とマイクアピールしてもメインイベント(最終試合)に近付くにつれ観衆が減っていくのは6月に続き、この日も見られた光景でした。

チャンピオン対決が行われてもこの状況。これらの増え過ぎた国内王座はどれほどの規模か。その先の頂点に繋がるものかどうか。ファンは見抜いているのでしょう。

現在のNJKFエース格、MOMOTAROは昨年6月18日、カルロス・セブン・ムエタイ(スペイン)の持つWBCムエタイ・インターナショナル・フェザー級王座に挑戦し、2ラウンドTKO勝利で王座奪取。最近は海外遠征や敗戦が続くも、約1年ぶりのホームリングで復活となりました。

来年に向けてメインイベンターとなるのは健太やMOMOTAROが続く他、琢磨が加わり、または前回のタイトルどおり、新たなニューウェーブ到来か。それらが超満員に導く存在となってくれるでしょうか。

NJKF年内プロ興行は、11月25日(日)に埼玉県春日部市ふれあいキューブに於いてPITジム主催の「絆 Ⅺ」、12月2日(日)に「NJKF 2018.4th」於:後楽園ホール、12月16日(日) 大阪・阿倍野区民センターに於いて誠至会主催の「NJKF 2018 west 5th」が開催予定となっています。

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

一水会代表 木村三浩=編著『スゴイぞ!プーチン 一日も早く日露平和条約の締結を!』

高僧らによる読経

ワット・ミーチャイ・ターでのお祭りに参加した信者さん達。生活に根付いた仏教の儀式です

◆眠そうなネーン達!

ネイトさんは、12月14日に我々と突然出会い、18日には出家が認められるという
「早過ぎだろ」と言えるぐらい早い展開だった。

倉庫部屋に戻って寝るも、私はお腹痛くて深夜に2回トイレ行く。12時23分、3時38分。お腹は不調のまま平行線なのである。

もう鐘が鳴る時間である。まだ暗い境内にある本堂に向かい、4時の読経に参加してみる。プラマート和尚さんがマイクを持って先導する。

「ヨーソー パカワー アラハン サンマー サンプットー」から始まる毎朝の経文であるが、経本を持って文字を追っていくと5行ぐらいで見失ってしまう。日本語だったらもっと追えるが、タイ文字ではもう追えない。

ネーン達も大人への一歩を経験していきます

読経の続くクティ内

途中、後方を振り返った藤川さん。私に「壇に上がれ」と床を軽く叩く。読経の場は比丘数名が座れる壇があるが、基本的に比丘は壇上、ネーンは壇下になるらしい。私は新米比丘なので遠慮していたが、空席がある限りは比丘1日目でも壇上となるようだ。

始まる頃はプラマート和尚さんと我々日本人の他、真面目な比丘2名程しか居なかったが、少しずつ遅刻者が入って来る。読経後、プラマート和尚さんは後ろに向いて座り、点呼を取る。名前を呼ぶと「マーカップ(来ました)!」。日本で言う「ハイ!」に相当する返事。総勢15名程と見える。後方はほぼネーン達だ。やっぱり眠そうな顔。慌てて黄衣纏って小走りで来るのだろう。今日は遅刻者多いネーン達に怒ったプラマート和尚さん。

「他所から来た日本人がしっかり参加しているのにお前らダラしないところを見せるな!」と言うような感じだった。

独特の雰囲気がある比丘と信者さんのまとまり

◆茶色い僧衣

朝食後、藤川さんはネイトさんを連れて、黄衣を買いに出掛ける。私はお漏らししないか不安で行かなかった。近くにトイレが無いと危なくって何も出来ない。そんなトイレ往復から戻ると、早くもネイトさんらが帰っている。

黄衣三衣2着とバーツ(お鉢)で3500バーツ(14000円ぐらい)だったらしい。見てみると、茶色い僧衣だった。しまった、無理してでも私も行けばよかった。

たぶん藤川さんが「茶色にせえや!」と言ったのだろう。「やられた」といった後悔に変わる。でもこれらは全て藤川さんが払ったらしい。何か嫉妬を感じるなあ。

読経が終わり、在家信者さんより寄進が行なわれます

◆藤川さんは私の親!?

またメコン河を眺めに土手に向かうと、本堂で寝起きするオジサン比丘が「コーヒー飲まないか」と招いてくれた。このオジサン、比丘となって2年ぐらいで、元々はトラック運転手だったという。ノンカイに65年住んでいるそうだ。このオジサンにもこの土地で生きて来た人生のドラマがあるのだ。この寺の前を何千回往復されたことだろう。

ネイトさんもやって来たので、オジサン比丘にコーヒーを勧められる。また他愛も無い話の中、「俺、残って得度式撮ってあげたいなあ」と言うと、
「いいですね、そうしてください」と応えるネイトさん。そうか、それ可能だな。
夜、藤川さんに「俺、残りたい!」と話すと、
「お前一人残るのはダメや、タムケーウ寺の和尚から見れば、ワシは保護者で、お前は子供や。お前を置いてワシだけ帰る訳にはいかん」と言う。

「こんな大人が」と思うが、私をこの仏門に導いた師匠であるといえば、そういうことになるのは仕方無い。

プラマート和尚さんに延期を申し出る。「24日まで居させてください」と。
了承は簡単即答だった。滞在延期決定。

右側がワット・ミーチャイ・トゥンの和尚さん

本堂で寝泊りするオジサン比丘

翌日の朝食時、プラマート和尚さんは我が寺の、ワット・タムケーウに電話していきなり私に携帯電話を渡される。こんなところで、私は我が寺の和尚さんの名前を知らないことに気付く。「ハルキ・プーッナカップ!」と自分の名前言って、何とか「25日に寺に帰ります」と話す。その事情までは言葉が出なかった。その事情は代わってプラマート和尚さんが伝えてくれた様子。

朝食後、ネイトさんに付いて来てもらって、ノンカイ駅で切符の変更申し出るが、すんなり受け付けて貰えた。手数料50バーツと、座席は藤川さんと離れ、寝台は二人とも上段になるが、それぐらいは仕方無い。

よかった。あと4日長く居られる。お腹の具合も悪いから、今日こんな状態で夜行列車に乗るのは危険であった。

◆ミーチャイ・ター祭り!

寺に戻ると「こっちでしか見れん、面白いことやっとるぞ」という藤川さん。
何かの祭りの準備に入っている様子。

「毎年この時期、在家信者さん皆の健康と、この寺の繁栄を祈願するお祭りがあるんだ」という大雑把な話しか聞けなかったが、この準備で昼食はヨーム(在家信者さん)による豪華な寄進。サーラーで比丘達も並んで座り、プラマート和尚さんは私に「写真撮れ」と、またこの寺でもカメラマンを任されてしまう。他の寺から高僧は招かれているし、ミーチャイ・トゥン和尚さんも来ているし、立って歩いて失礼なことしたかもしれないが、カメラマンに徹して踏ん張ってみた。

先週すでにミーチャイ・トゥンで会っている信者さんも居て、私が日本人であることを他のオバサン達に教えたようだ。瞬く間に情報が広まるの早かった。

比丘の昼食が終わると在家信者さんの昼食となります

ネイトさんも食事の輪に招かれました

午後の外での読経、とうろう流しに似た祈願

◆藤川さんの吉本話

午後も外で第2部のお清めの読経が続いていた。やがて信者さんも比丘も皆で後片付けに掛かり、終わった頃、部屋に戻ると、私はお腹の調子の悪さで外出はしないで寝ていたが、藤川さんは散歩に、ネイトさんは得度式に際し、親代わりをお願いに知り合いのオバサン宅へ出掛けたようだった。

ネイトさんは帰ってから「街中で読売新聞売ってましたよ」と言うと、藤川さんは早速100バーツ渡して「もう一回行って買うて来て!」とお願いする。

私が「後で俺にも見せて!」と言うと「イヤッ、捨てる!」と藤川さん。
「じゃあ拾って読みます!」と言うと、「やっぱり燃やそう!」と返す藤川さん。
こんな意地悪な対話に笑って聞いてたネイトさん。こんな冗談言えるほど、より朗らかになれたのもネイトさんが現れてから、この寺での会話からだった。

過去の見た聴いた話題にも花が咲く藤川さん。

「吉本(花月)はオモロイぞ、朝10時から始まって、1日3回舞台に立つ訳や、新人漫才師の女の子のコンビがボケと突っ込みやるが、朝から仕事も行かんと酒飲んで、3列目ぐらいで漫才見とるオッサンがそのネタ覚えてしもうて、入れ替えの無い昼の部で、同じ流れのウケるところで、オッサンがデッカイ声で先に言うてネタばらしてしまう訳や、“オイ姉ちゃん、それからどうした!”とまた冷やかしてもうて、周りの客はそのオッサンの突っ込みで笑うとるわ、それで女の子二人はオッサンに持ち味殺されて、ネタがウケんからもうボロボロ涙流しながら漫才続けとるんや、そやけど、みんなそこから“何クソ!”と這い上がって来るんやろうなあ。春やすこけいこも、そうやったんちゃうかな」。

寝転がって話す藤川さんのお話は面白かった

他愛も無い話だが、人の試練のオモロイ話でもあった。これが本当の修行というものだろうと思う。

藤川さん自身のネタは「阪神-巨人戦の阪神側のエゲツナイ野次はオモロイぞ!」と陽気なお話は幾つもある。体調不良の中、寝転がって聴いている分には心安らかになれる空間だった。

呑気な私と比べ、お経を覚えようと暗記に力を注ぐ出家準備の進むネイトさん。口移しでいけるとは言え、極力覚えようと経本片手に比丘に聞き、いよいよ剃髪が迫って来ます。

ノンカイ駅にて、こんな姿で撮るのも今の内

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

一水会代表 木村三浩=編著『スゴイぞ!プーチン 一日も早く日露平和条約の締結を!』

今回はバリカンで剃髪となった藤川さん

◆ノンカイに戻って

ワット・ミーチャイ・ターに着いて外に居たネーンに尋ねるも、ここのプラマート和尚さんは不在のようで、石橋正次似の比丘が「和尚は明日帰って来るから、今日はここに居てくれ」と招かれたのはクティ1階の倉庫らしい部屋だった。狭く汚い部屋だったが、寝られるスペースがあれば充分有難い。

今日12月17日は満月の前日で、ここの寺の比丘は皆、頭剃ったばかりで表皮が目立っていた。そこでまだ剃っていない我々は、石橋正次似比丘に剃髪をお願いすると、すぐに準備に掛かってくれて、この寺ではバリカンで刈るので早い。藤川さんの後、私の番。久々に床屋さんに来たような心地良さ。毛だらけなので、すぐ水浴びしなければならないが、体調不良の中、サッと浴びたが水が冷たく寒かった。

熱あり腹痛あり、風邪か下痢か、どっちの薬飲めばいいのかも分からない。日本の薬は効かないとみたか、藤川さんが「ここの奴らに薬局連れて行って貰え」と言うが、立って歩く元気すら無い。どうか今持っている薬で収まって欲しいと祈る。

さっきの石橋正次似の比丘が私の様子見て薬持って来てくれたが解熱剤の様子。まず熱下げようとこの薬飲んで、いつもながら一般的には早いが、藤川さんが「もう寝るか!」と言って、夜8時を回って眠りにつくことになる。今日は10回以上トイレに行っただろうか。

床屋さんのような切れ味、正確には一分刈りなのかもしれない

◆腹痛の原因!

翌朝は4時前に鐘が鳴り、藤川さんは顔を洗って、本堂での読経に行く準備。私はお腹の調子が悪いので、寝続ける。

藤川さんが「お前は一昨日の朝か昼飯の時にその辺に置いてあった水飲んだんちゃうか?」と言われて、チェンウェー寺でそう言えば飲んだ。朝は置いてなかったが、昼時に置いてあったポラリスを飲んだ。そんな何日も放りっぱなしの水ではないはずだった。しかし、
「誰が手を付けたか分からんものは絶対飲んだらあかん。ワシらのワット・タムケーウのメーオは毎日飯時に瓶(かめ)の水飲んどるが、あれは雨季に溜めた雨水で、あんなもんワシらが飲んだら一気に下痢やな。お前はあれ飲んだようなもんやぞ。あいつらは子供の頃からあんな水飲んどるんや、ワシらと抵抗力が違うんやぞ!」

綺麗に見えても誰が置いたか分からん水には手を出してはいかんと反省。これは食中毒に掛かったのだ。熱や吐き気、下痢が続くもの当然か。正露丸では治らないかもしれない。参ったなあ。

◆鹿うノンカイの托鉢、再び!

藤川さんの起床で、早く起こされたネイトさんも読経を聴きに行った様子。5時30分に私も起き上がり、托鉢の準備をする。托鉢中にお腹が痛くならないようにトイレは済ませておく。それでも下痢便は突然襲って来るから、1時間程耐えられるか、お腹に相談しながらの集団托鉢への参加である。

6時15分頃にミーチャイ・トゥン側の托鉢の列がやって来た。先週あちら側に居た我々がこちら側の寺に居るから何か気マズイが、誰も怪訝な表情はしていない。すんなり列に入れてくれて先週と同じパターンで進む。プラマート和尚が出張中なので、私は“4番目”になった。サイバーツ(寄進)する信者さんは63件あった。なんと私の几帳面さ、数えてしまうのである。こんな状況で頭の中がなんと暇な私。

プラマート和尚さん先導の朝4時の読経。カメラを向けるとマイクを置いてワイ(合掌)してくれた

折り返し帰る時は、ミーチャイ・トゥン側の比丘と話しながら歩く。無事にラオスから帰って来たこと、ビザが取れたこと、今は事情あってミーチャイ・ター側に居ることを話して砂利道入るところで別れます。あちらはここから痛い痛い砂利道がある。今はこちら(ミーチャイ・ター)で良かったと安堵する。

このイサーン地方とラオス・ビエンチャンでは托鉢以外に在家信者さんが寺に料理を届けに来る習慣があります。その事情をビエンチャンに居た時、ワット・チェンウェーで、ブンミー和尚さんに尋ねていた藤川さん。

それは、
「ラオスでは、1975年の社会主義革命の後、新政府は仏教活動を禁じましたが、庶民がそれに反発し、政府に協力しなくなり、政策が予定どおり進まなくなりました。困った役人は、結局は暗黙に仏教活動を認めましたが、公には禁じられているものだから、政府のお偉いさんや役人達は比丘に食事を施したり、お寺にお布施をしたりなどの徳を積むことができなくなり、自分達がいちばん困ったようです。それで、市の役人やその家族は表立って托鉢などに参加し辛いので、こうして毎朝、料理を届けに来られるのです。」
ということのようだった。これが国境に関係なく、昔からこのイサーン地域に根付いているのだろう。

《このブンミー和尚さんの話は「オモロイ坊主のアジア托鉢行」より引用。こんな話しをしていたのは確かで、藤川さんが頷いていたのを覚えていますが、私は上の空であった。》

これはプラマート和尚さん不在の時、ラジオ体操の出欠取るような群がり

寺の河沿いにある船着場で佇むネーン達

◆ネイトさんの実力!

相変わらず食欲は沸かないが、少しでも詰め込もうとすれば何とか胃に入ってくれる。その後、ネイトさんを我々が食事したサーラー(葬儀場、講堂)へ朝食に誘ってデックワットらの輪に加えてあげます。新入りでは食べ難いだろうと終わるまで一緒に居てあげるも、そこは国際感覚の社交性あるネイトさん。積極的にイサーンの言葉で話し掛け、早速デックワットと笑いながら食事に入っている。私の気遣いは無用だったようだ。

昼食も少々しか胃に入らず、体調も悪いので部屋で寝ていたり、メコン河眺めに河沿いに行って日記書いたりしていると、近所の子供らが4~5人、元気にボール蹴って遊んでいる。こんな光景、どこの国にもあるんだなあ。

ネーンが土手の下の船着場まで下りているからその様子を見に行ったりもした。ネイトさんもやって来て他愛も無い話をするが、私のキックボクシングの話にも付き合ってくれたり、ここに至る因果も話せばしっかり聴いて返してくれる対話は楽しいものだった。

そんなこと話しているうちにまたお腹の調子が悪くなる。今日もすでに10回以上トイレに行っただろうか。これがお腹に細菌が潜伏する食中毒なのか。

夕方6時30分からの読経も、先ず鐘が鳴らされ、本堂で読経が始まる。後から後から比丘やネーンが集まって来るので、遅刻者続出。30分ぐらい続いた読経が終わると辺りはすでに真っ暗。外で読経を聴いていたネイトさんにネーン達がなついて群がっている。アメリカ人でもイサーンの言葉が出来て社交性があれば人気者間違いなし。私には誰も寄って来ない。この差は大きいな。

ネイトさんも寺生活に慣れていく、比丘と寺に寄進された食材による朝食

◆ネイトさんの出家が決定!

この寺のプラマート和尚さんが、夜9時前に帰って来たようで、我々は挨拶に向かいます。我々3人を泊めて頂きたいことと、ネイトさんを出家させたいことを藤川さんが申し出ます。

その後は流暢なイサーンの言葉でネイトさんが御挨拶。

普通はアメリカ人がいきなり尋ねて来ても門前払いとなるか、人格を見られた上で、何らかの条件が付けられるだろうが、こういう仲介役がしっかりした身元の近しい仲であれば大概のことはOKとなるもの。

難なく“面接”はOKされると、24日頃に得度式が予定されることになる。我々は20日の夜行列車で帰るので、得度式には参加出来ないが、ここから先は彼がしっかり務めることだろう。

どんな比丘となるのか、藤川さんの“第2の弟子”の成長が楽しみである。滞在日数の少ない中、我々がやってあげられることは何か、ネイトさんの出家への準備が進んでいきます。

夜の読経後、ネイトさんに群がるネーン達

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

一水会代表 木村三浩=編著『スゴイぞ!プーチン 一日も早く日露平和条約の締結を!』

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