◆人それぞれの道

話は足踏みするが、藤川さんが日本訪問を終えてタイの寺に帰った7月初旬(1995年)、2週間の予定が3週間を過ぎて帰ったものだから、すぐに和尚から大目玉を食らったという。「和尚が怒っても3日もすれば忘れるからいいけれど!」と笑わせる。

比丘が行く場所ではないデパートでも、指示すればどこにでも現れた藤川さん

寺に帰れば新顔が増えていて、この年のパンサー(安居期)を控え、新しい出家者が15名ほど入ったらしい。「昨年の連中(私と同期)と比べるとちょっと小粒で良く言えばおとなしく、悪く言えば覇気が無く、例年に比べ静かなパンサー」だと。
そして寺に残っている私と同期の彼らは7名ほどだが「もう1パンサーを過ごしてみる!」と言う者が多かったらしい。

ところがこの年のパンサーが終わった後、11月初めに皆の兄貴分、ケーオさんがいきなり還俗したようだ。藤川さんにとっては再出家の際、この寺に導いてくれた人の兄に当たるだけに「彼は裕福な家庭に生まれながら捻くれて育って、借金しても返済せず、無理矢理出家させられた経緯があって今後、何して生きていくのか心配や!」と言っていた。藤川さんにも3000バーツ借りたまま去って行ったとか。寺の顔触れも徐々に変化していくようだ。

◆2日間の空腹

翌年(1996年)6月、「今後は知らん!」と言っているにも関わらず、旅の日程を手紙で寄こす藤川さん。そんな連絡は受けていたが、仕事もあるから成田空港まで迎えには行かなかった。するとある日の午前、成田空港らしい館内放送が掛かる場所から電話が掛かってきて「どこに居るん?」と言われた。

「俺、成田空港まで行くとは言っていないでしょ!」と言い返したが、仕事があるからそれでも行かなかった。そうしたら来日後、丸々2日間、食事を摂れなかったようだ。それはあまりにもキツいと思う。しかし人をアテにし過ぎなのである。

藤川さんだって旅の資金を数万円は持っているはず。悪い言い方だが、ここは日本だから、午後でもコンビニで何か買って食べればいいと思う。しかし藤川さんは出家以来この戒律を守ってきたのだ。比丘として、どこの国に行こうとテーラワーダ仏教の戒律を守りながらの旅ということは当然と思う。蚊を殺したり、混んだバスなどで女性に接触したりは偶発的に起こることはあるが、午後食事を摂ってはならない戒律など、守りきれるものはしっかり守ってきたオッサンである。日本でも誰も見ていなくても、午後、飲み物以外は一切食べ物を口にしなかったのは本当だろう。でもこんな事態で律儀に戒律を守るべきかは悩む判断と思う。

と思えば、別の時期に後楽園ホールで春原さんに聞いたところ、「飯食わせてくれ~!」と電話があって、編集部の忙しい日にわざわざ昼飯の“タンブン(=要求に応える為)”に行ったことがあるらしい。

春原さんは「面白い話聴けるからいいんだ!」とは言っていたが、こうして本音で縋る厚かましさには私まで申し訳ない気持ちになってしまった。藤川さんは若い頃からのビジネスでの営業力は比丘になっても発揮され、仏陀の教えを説いたり、いつもの悪い癖の長話しも笑い話が中心だから人気者で支援者はドンドン増え、知人の“タンブン(=自然な寄進)”に任せながら一時帰国が毎年続いていた。

私と春原さんを頼って来た藤川さん、“飯食わせてくれ”と本音でズバズバ言える仲

◆今やワット・タムケーウは有名な寺!?

その後も藤川さんとは会って話したり、当初から手紙を貰って聞いていたが、1996年初頭は、ただ広いだけのワット・タムケーウの様子もかなり変化したようだった。

「寺周辺も建築ラッシュで近代的ビルや商店街が立ち並び、以前の土埃の立つ空地とは大違い。長かった寺の設備増築も終わり、新しい仏塔などの完成を祝う祭りの準備で、寺のあらゆる建物や木から木に植木まで電気装飾だらけ。夜になるとここはパッポン(バンコクの歓楽街)かと勘違いするほど赤色や黄色や緑色の点滅。そんな見習い的な手伝いに日々明け暮れて、もし還俗しても仕事に困らんほど電飾技術が身に付いた。ペッブリー中には宣伝広告の看板が建ち、拡声器付けた車に信者さんが発する声で“ワット・タムケーウ”を連呼して廻る日々。更には近県からバンコクにまで宣伝カーが走り、“ペッブリー県のワット・タムケーウで御祭り開催”と連呼でかなり有名になった。サンガ(仏門界)でも有名で、寺にはリムジンバスを貸し切って全国各地の高僧がやって来る始末。更に信者さんもごった返し、そこで沢山の御布施が置いて行かれる訳で、ワシらは式典の準備や御布施の金額数えにも使わされて睡眠時間4時間でフラフラ。その総額1千万バーツ超え(約5千万円=当時)。ペッブリー県の寺では1位を争うほどの額。それまでお金の工面に困って居った見栄張り和尚も鼻高々で、寺の発展に心にゆとりが出来たのか、旅に出る許しを貰いに行っても煩く言わなくなった!」といった事情を笑いながら話す藤川さん。

読経はしっかりこなしたカメーンくん、すでに体調悪かったのか

◆仲間の死

やがてお祭り騒ぎも落ち着き、寺も元の閑散とした日々に戻った頃までには、予想どおり私と同期だった連中はほとんど還俗し、残ったのはメーオくんだけ。新米以外の残った古い連中も5名になった。

諸行無常の世の中、葬式は絶えることなく続くが、「“カメーン”と言われたちょっと頭の弱い、周りからバカにされとった奴覚えてるか? あいつも還俗してそこからほんの3ヶ月ほどで死んで、ウチの寺で葬式やったんやが、参列者が5~6人しか居らん寂しい葬式やった。こいつの死因、何やと思う? エイズやったで。寺に居った時期には托鉢にも行くことも少なく、土木の手伝いもせんと部屋に居ること多かったが、こんな早う死ぬいうことは、もう発病して思うように動けんかったんかもしれんな。お前もあいつと同じグループで飯食っとったやろ? ちゃんとエイズ検査受けといた方がいいぞ!」

とまあ驚いても仕方無く、世間で言われている“食事で感染することはない”ということが真実ならば心配は無い。問題は剃髪に使うカミソリだが、サンガでもカミソリ注意報は発令されているようだ。我々も使い回しはしなかったが、検査は受けておいた方がいいだろう。

出家一ヶ月前のタイトルマッチに挑む高津くん、小林聡にヒジ打ち炸裂(1997年4月)

◆次の挑戦者

話は繰り返してしまうが、藤川さんも以前から計画していた、残りの人生の目的を果たす為にも、田舎の寺や人里離れた山奥の寺を知人に相談しながら転属先を探していく中、いろいろ候補はあったがまだビザ申請が短期的で、パンサー中は遠出が出来ない事情からバンコクに日帰り出来る地域がいいということで、最終的に受け入れ先となったのが、ペッブリー県よりもバンコクに近い、サムットソンクラーム県にあるワット・ポムケーウとなった。

1997年3月に寺を移られて暫くは慌しい日々を送ったようで手紙は来なかったが、私も関わるのが面倒で連絡はしていなかった。

そんな頃、私の知人がタイで出家することになった。私と藤川さんの縁は全く絡まないが、あの日(私の得度式)から「キミもやったらどうや!」と勧められていたキックボクサー、高津広行くんであった。

あの日から少しずつ興味を持たせてしまったか。相変わらずの貧乏暮らしの私はタイに行けず参列できなかったが、高津くんが日本を発つ朝、藤川さんから授かった「得度式次第」と「タイの僧院にて」の本2冊を持たせてあげた。ムエタイ修行ではないキックボクサーの旅立ちには、今までとは違った結果が楽しみな見送りとなった。

最後はローキックで倒された高津くん、生まれ変わって飛躍成るか

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]

フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

11月7日発売 月刊『紙の爆弾』2019年12月号!

一水会代表 木村三浩 編著『スゴイぞ!プーチン 一日も早く日露平和条約の締結を!』

上條英男『BOSS 一匹狼マネージャー50年の闘い』。「伝説のマネージャー」だけが知る日本の「音楽」と「芸能界」!

攻撃力は上回るも、引分けというあと一歩が越えられないムエタイの壁。日本人のローキックで殿堂チャンピオンが倒れるなんて在り得なかった過去。でも江幡睦ならやるかもしれない。淡い期待もありながら、ムエタイ関係者は「その可能性は極めて低く、中盤以降にヒジで切られる可能性が高い」と言い切った。それほどサオトーの上り調子は素晴らしく、試合運びの上手さの前評判だった。

試合を終え、江幡睦の顔面はヒジ打ちを貰った3箇所の傷と腫れ、サオトーは足を引き摺りながら歩くダメージを残した。

判定結果を聞く江幡睦の表情、何を想うか

江幡睦のローキックが序盤からヒットさせサオトーにダメージを与えた

江幡睦の左ボディーブロー、これで何人も倒してきた

◎MAGNUM.51 / 2019年10月20日(日)後楽園ホール 17:00~20:15
主催:伊原プロモーション / 認定:ラジャダムナンスタジアム、WKBA

◆第9試合 タイ国ラジャダムナンスタジアム・バンタム級タイトルマッチ 5回戦

チャンピオン.サオトー・シットシェフブンタム(タイ/53.45kg)
    VS
同級7位.江幡睦(伊原/53.35kg)

要所要所でサオトーは江幡の弱点を狙っていた左ハイキックをヒット

引分け 0-0 / スーパーバイザー:ジット・チオサクン(ラジャダムナンスタジアム支配人)
主審:ジラシン・シララッタナサクン 48-48
副審:ウォーラサック・パックディーカム 48-48 
副審:ナリン・ポンヒラン 48-48

序盤は想定どおりサオトーはムエタイ特有の手数少ない様子見ではあるが、江幡睦の強いローキックをやや貰うと効いた様子が伺え、更に睦みの左ボディーブローも貰ってしまう。場内に“もしかしたら・・・!”という期待が沸く。

しかしさすがの殿堂チャンピオン。そんな脆く崩れることはなかった。しぶとさを見せていくサオトーは想定どおり第3ラウンドから本調子を上げて来た。ヒジ打ちは、けん制を含めて第1ラウンドから出していたが、パンチとローキック主体にガンガン前に出て連打していく江幡睦に対し、応戦しながら要所要所で鋭いヒジを打ち込んでいくサオトーは、江幡睦の右目尻を切り、単発ながらヒザ蹴りも効果的にヒットさせた。

しかし江幡睦は組み合ってもサオトーの有利な体勢にさせない対策も活かしていた。更なるサオトーのヒジ打ちで、目下も切られた江幡睦は、紫色の内出血を残して第5ラウンドも必死に出て行き、江幡睦の右ストレートで仰け反ってしまうサオトーだが、ヒジとヒザを随所に当てていたポイントがどう流れるか分からない展開が続いた試合となった。

判定を聞く睦の表情は曇りがち。引分けでまたも逃がしてしまったムエタイ激戦区の最高峰のチャンピオンベルトだが、全力を尽くした結果にインタビューに応える表情は清々しかった。

打たれたら打ち返すサオトーのパンチもヒット

江幡睦の左ミドルキック、この蹴りをもっとヒットさせたかった

サオトーの得意のヒジ打ちはどこからくるか分かり難い

江幡睦は「倒しきれなかった、それに尽きると思います。ひとつのダウンでも取れなければ、ラジャのベルトは取れないということです」と率直な感想。

前回、2015年3月の当時のチャンピオン、フォンペットに挑戦した時は、ラウンドを増す毎のインターバルでだんだん返事をしなくなるほど疲労困憊していたが、今回は最後まで冷静にセコンドや伊原会長の言うことに返事し、次どう行くか確認する様子が伺えた。

試合中は激しく檄を飛ばす伊原会長だったが、試合後のインタビューが終わった後、頭を“ポン”と撫でるように触れ「お前はよく頑張ったよ!」と褒め称えていた。

相打ち覚悟のパンチの応酬

最終ラウンドも必死に攻める江幡睦

サオトー陣営のアンモープロモーターに、「もう一回やりたいと言ったら対戦可能ですか?」と問うと、すかさず「ダーイ(OK)!、またここ(後楽園)でやってもいい!」とデッカイ声で喋る。「次はヒジ打ちの勝負になる!」とも語った。

足を引き摺りながら歩くサオトーにも同じ質問をしてみた。こちらもすかさず笑顔で「チョックダーイ(OK)!」と元気を見せ、ここはハッタリでも “同じ失敗は繰り返さない”という意欲をみせるのがムエタイ戦士なのだろう。

実際、対策は練ってくるだろうし、ローキックはまともには貰わないかもしれない。それは江幡睦にも対策はあることだろう。再戦が行なわれるかは分からないが、このカードはラジャダムナンスタジアムで再戦して欲しいものだ。

とにかくノックダウンを奪いたかった江幡睦、バックステップして打たれても倒れないサオトー

健闘称え合い役者が揃う、右はジット・チオサクン氏(スタジアム支配人)

◆第8試合 WKBA世界スーパーライト級王座決定戦 5回戦

アニーバルをロープに追い詰めパンチ連打する勝次

2位.勝次(藤本/63.0kg)
    VS
4位.アニーバル・シアンシアルーソ(アルゼンチン/63.1kg)
勝者:勝次 / KO 2R 2:59 / 3ノックダウン / 主審:椎名利一

序盤はパンチと蹴りのけん制から始まり、アニーバルのパンチ、蹴りの強さとタイミングを見極めた勝次がパンチでアニーバルを後退させると一気に連打した勝次。その勢いで第2ラウンドに進み、パンチ連打でロープ際に追い込みヒザ蹴りを加えスタンディングダウンを奪い、更なるパンチの攻勢でロープ際から逃げられない状態を作ると2度目のスタンディングダウン。

勝次は更に攻勢を続け、防戦一方となったアニーバルは最後まで倒れ込むことは無かったが、レフェリーに止められ(3ダウン相当)、勝次のKO勝利となった。

勝次がパンチから今日も出た飛びヒザ蹴り

しぶといアニーバルを徹底して攻めた勝次

キックボクシング世界で最初のWKBAタイトルを獲得した勝次、試練はこれから

◆第7試合 73.0kg契約 5回戦

日本ミドル級チャンピオン.斗吾(伊原/72.8kg)vsイ・ジェウォン(韓国/69.5kg)
勝者:斗吾 / KO 2R 2:49 / テンカウント / 主審:桜井一秀

序盤は距離をとって蹴りで様子見。斗吾の圧力が徐々にジェウォンを下がり気味に追い込む第2ラウンドに入ると、距離が縮まりパンチの交錯が始まる。バランス崩して横を向いてしまうジェウォンは気を抜き過ぎで、斗吾の右フックを貰ってノックダウンしてしまう。そこから斗吾のパンチのラッシュが始まり、ロープ際で滅多打ちからヒザ蹴り、更に追い詰めてボディーブローの連打でジェウォンは2度目のノックダウンし、そのままテンカウントアウトされた。

◆第6試合 62.0kg契約3回戦

日本ライト級チャンピオン.髙橋亨汰(伊原/61.95kg)
    VS
ペットワット・ヤバチョーベース(タイ/61.45kg)
勝者;髙橋亨汰 / TKO 2R終了 / 主審:少白竜

髙橋の左ミドルキックを腕に受け続けたペットワットが負傷を示し、第2ラウンド終了後のインターバル中、棄権を申し出た陣営をレフェリーが受入れ試合を終了させた。

腫れた太腿を氷で冷やすサオトー、足は相当効いていた

◆第5試合 バンタム級3回戦

泰史(前・日本フライ級C/伊原/53.5kg)vs.Mrハガ(ONE’S GOAL/53.5kg)
勝者:泰史 / 判定3-0 / 主審:仲俊光
副審:椎名30-28. 少白竜30-27. 桜井30-27

泰史の蹴りとパンチで攻勢を続ける展開。下がりながらも応戦して危機を乗り越えるMr.ハガ。泰史はノックアウトに結び付けられない課題を残す。

◆第4試合 63.0kg契約3回戦

日本ライト級3位.渡邉涼介(伊原新潟/62.9kg)vs風来坊(フリー/62.85kg)
勝者:風来坊 / 判定0-3 / 主審:宮沢誠
副審:椎名29-30. 少白竜29-30. 仲29-30 

◆第3試合 57.5kg契約3回戦

瀬川琉(伊原稲城/57.45kg)vs新田宗一郎(クロスポイント吉祥寺/57.25kg)
引分け 0-1 / 主審:桜井一秀
副審:椎名28-29. 宮沢29-29. 仲29-29

◆第2試合 60.0kg契約3回戦

井桶大介(クロスポイント吉祥寺/59.65kg)vs宇野高広(パラエストラ栃木/59.95kg)
勝者:井桶大介 / TKO 1R 0:44 / ノーカウントのレフェリーストップ / 主審:少白竜

◆第1試合 女子48.0kg契約3回戦(2分制)

栞夏(トーエル/47.55kg)vs erika(SHINE沖縄/47.25kg)
勝者:erika / KO 2R 1:53 / 3ノックダウン / 主審:椎名利一

ファンに詫びる江幡睦

《取材戦記》

最高峰の王座や名誉が懸かるとムエタイ選手は強いものだ。譲れないものだけに互いが必死の戦いになった。これがランカー以下のノンタイトル戦だったら江幡のローキックで、過去のタイ選手のようにヘナヘナと倒れ込んでいただろう。

そのサオトーの前評判は「ちょっと映像で見ただけだが、サオトーはあまり強さを感じない攻めで、日本人とやれば面白い展開になりそう。江幡が勝つかもしれない!」という知人も居たが、先に応えた関係者談が「江幡睦のローキックはかわされ、サオトーのヒジで切られる!」と言った予想もあり、私の予想も「もしかしたらサオトーは江幡のローキックでヘナヘナと倒れ込むのではないか!」と思ったが、試合展開から言うと、大雑把ながら皆、何らかの指摘が“近いところにいった”という経過となった。

最高峰への通過点ながら、ひとつの目標だった老舗のWKBA世界タイトルを獲った勝次はまず防衛しなければならない。前回のライト級でドローの末、延長戦で王座を持っていかれたノラシン・シットムアンシー(タイ)や国内にも敗れている難敵は居るが、WKBAを懸けて戦えばその因縁が面白くなる(ライト級は7月に王座決定戦で重森陽太が獲得)。本人は以前、「3回ぐらい防衛してその上に行きたい」と言っていたが、5回ぐらい極力短期で連続防衛してWKBAの活性化と権威向上に貢献して貰いたい。

新日本キックボクシング協会次回興行は、12月8日(日)後楽園ホールに於いて藤本ジム主催興行「SOUL IN THE RING CLIMAX」が開催されます。今年4月14日にWKBA世界スーパーウェルター級王座獲得した緑川創(藤本)の初防衛戦と、勝次と江幡ツインズ兄・塁も出場予定です。

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]

フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

一水会代表 木村三浩=編著『スゴイぞ!プーチン 一日も早く日露平和条約の締結を!』

上條英男『BOSS 一匹狼マネージャー50年の闘い』。「伝説のマネージャー」だけが知る日本の「音楽」と「芸能界」!

◆私虐めのネタ!

春原さんとの再会となったお昼。藤川さんが今回付き添ってくれている女子大生を「ボクシングの記者やが、マスコミの勉強になるから会うとき!」と誘った。行った先はとげぬき地蔵に向かう途中にある商店街の昨年と同じレストラン。

席に着いた途端、藤川節は始まった。今年は私のことを笑いものにした話が中心。
「こいつな、出家した夜、袈裟の纏い方をいくら教えても不器用で纏えんで、“明日の朝までに纏えるようになれ”って突き放したら、翌朝、托鉢に出る1時間半も前に起きて練習しとったんやで、前の晩は眉吊りあがって、口はへの字になって(そんな顔真似)、今にも泣きそうにメソメソしながら纏う練習しとったわ。ワシ、部屋帰ってから一人で大笑いしとったわ、ワッハッハッハ!」いつもの漫談風の喋りっぷりがオモロく、他人事のように笑えてしまった。

昨年のミャンマーの女学生はすでに帰国された様子だったが、食事中、厨房からインド人風の男性が二人出て来た。「すみません。私達に寄進させてください!」と慣れた日本語で言うゴッツイ男達。どこの国かは忘れたが、やはり東南アジア系仏教徒の留学生だった。

また5千円あまりの負担を掛けさせてしまったが、それが彼らの希望だ。日本に来てタンブンの機会が無い彼らにとって、いきなり黄衣を纏った比丘が現れるとは絶好のチャンス。私自身はタイでたいした修行にはならなかったからより心苦しい気持ちが残る。またも藤川さんの存在で我々が恩恵を受けたが、それぞれが留学生の徳を積む心をしっかり噛み締めていた。

眼力強く語る藤川さん、試合のように打ち合えるのは立嶋篤史のみ(撮影は前年のもの)

小国ジムにて、出家前の藤川さんの店にはよく通ったチャイナロンと再会

◆藤川さんの反省!

今年の藤川さんの東京滞在も、私が一緒に居られる時間はできるだけ付き合い、翌日には池袋にあるキックボクシングの小国ジムに連れて行くと、縁ある仲の再会となった。

私の得度式に参列してくれた高津くんが居た、ノンカイとチェンマイで試合した伊達くんも居た、アナンさんのジムから小国ジムにトレーナーとして招聘されていたチャイナロンも居た。

「高津くん、出家する気になったけえ?」冗談でも目敏い質問。笑って拒否する高津くん。練習見ながら私が「伊達くんは実力有りながらタイトルに絡む大事な試合でコロッと負けたり、ロードワークでうっかり足挫いたり、注意力が足りないのかなあ!」と言うと、「彼こそ、一回出家してみた方がええな、何か熱くなり易い性格みたいやから隙が出来るような気がするしなあ、自分を振り返る時間が必要かもな、1ヶ月ぐらいでええから出家してみればええ!」と私に言うだけだったが、ここでの藤川さんはやたら喋らない存在だった。

そのジムの中で「ハルキ!またやってしもうた!」なんていきなり言い出すから、「“またやってしもうた”って何やったんですか?」と聞くと、この前日の昼食後、皆が別れた後の夕方5時頃、アジア文化会館のロビーに女子大生が、お母さんを連れて再びやって来たという。

「また身になる話でもしたろと思うて話しだして気が付いたら、ロビーの電気も消される閉館間近の夜9時やった!」

女子大生はお母さんにオモロイ坊主の身になる話を聴かせたかったのだろう。私は“このジジィ、やったことの罪深さ分かったんかいな“と少々感心。

巣鴨で再会した春原さんと(前年と似ているが撮影は1995年6月)

◆私の逆襲!

前日の昼食で会った春原さんらとの食後、店も混みだしたのでまた皆で喫茶店に移ってから、藤川さんの放っておけばいつまでも調子に乗って喋る姿に、ついに本音で苦言したくなり、捲くし立てて口撃してしまったのだった。

「藤川さん、笑い話には楽しくていいんですが、どこからか関心無い世間話を延々と聞かされる者の気持ち考えたことありますか?立嶋篤史に何か言えば何か自論が返ってくる。これが会話のキャッチボールですよ。去年の習志野ジムの合宿所(アパート)に泊めて貰った翌朝、15歳の練習生にいきなり人生の生き方みたいな話を1時間ぐらいして、彼はせっかくの休みの日に朝から説教されて、“いつまで続くんだろう”と思ったろうに。

タムケーウ寺では、ある日の夕方6時頃、私に「旅に出る許可貰う為の和尚に渡す文言の書き方教えるからワシの部屋来い!」と言うから行ってみると、そんなもん立ち話で2分程度で終わる話。そこからいつ終わるか分からない説教が世間話に替わって止まることなく12時まで続いた。何も飲まずに、喉渇かなかったですか?私はトイレに一回行かせて貰ったけど、あれ息抜きに部屋の外出ただけですよ。それとノンカイからネイトさんが来た時、硬い椅子に窮屈で暑くて眠れない夜行バスで朝着いたばかりなのに、延々話しだして、私が「ネイトさん、疲れているでしょ、こっちで少し寝たら?」と逃げ道作ってやろうとしたら、「人は寝んでも寝る時にはちゃんと寝とる!」と言ってまた止まらぬ話が続いて、それでもネイトさんは頭いいから対話になっていたけど、人が集中して話しを聴いて居られるのは1時間が限度ですよ。藤川さんが普段、日本語喋る機会が無いから、聴いて貰える相手と会った時が、思いっ切り喋りたいだけの単なるストレス発散でしょ!!」

前列、チャイナロン、高津広行、伊達秀騎、ここから次なる運命が広がるか

的を得ていたか、ほんの数秒だが藤川さんが黙ってしまった。そしてまた「坊主の話は長いほど有難いモンやぞ!」と自論を言い出したから“身勝手なジジィ”と思ったが、この反省を少しは踏まえていながら、“またやってしもうた”らしかった。

「女子大生のお母さんはずっと笑って聴いていましたか?途中からその笑いは愛想笑いになっていませんでしたか?どこからか相槌しか打たなくなりませんでしたか?」と問うと、

「なっとった・・・!」と応えた。

「それは目上の人の話を断ち切って席を立つのは失礼だから我慢しているだけで、もう話に興味無くなって、もう帰りたいという信号ですよ!閉門されるとか、電車の終電とか、何か譲れぬ切っ掛けが無いと話が終わらない、我の強い人はドンと話を断ち切ることも出来ますが、立場の弱い人はそうはいかないんです。これって凄い苦痛なんですよ!!」

長く溜まっていたストレスを発散したのは私の方で、言いたいこと言ってスッキリした。逆に藤川さんの喋り捲る癖が少しは分かる気持ちだった。

◆今後の展開!

この翌日、藤川さんは京都の娘さんのところへ1週間ほど帰り、再び巣鴨に戻られてから私が成田空港へ見送った際、「これで御礼参りは終わった。来年以降は一人で勝手にやってくれ!」と出国手続きへ背中を圧し飛ばしてやったが、後々そんなこと覚えている藤川さんではなかった。

1996年以降も藤川さんは毎年パンサー(安居期)に入る前に御自身の活動の為、日本へやって来た。私は御礼参りも済み、もう縁は切っていいと思うところ、あまりにもしつこく何度も手紙と電話で連絡寄こすので根負けし、成田空港までは行かないが、昼食(12時前)を都内で迎え入れることは多かった。

タイのワット・タムケーウでの様子もいろいろ変化が起こっていた。そして藤川さんに転機もやってきた。1997年3月、ペッブリー県よりややバンコク寄りのサムットソンクラーム県にあるワット・ポムケーウに移籍されたのだった。この時期からまだ先になるが、私もその寺に一度、訪れてみることにした。

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]

フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

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一水会代表 木村三浩=編著『スゴイぞ!プーチン 一日も早く日露平和条約の締結を!』

上條英男『BOSS 一匹狼マネージャー50年の闘い』。「伝説のマネージャー」だけが知る日本の「音楽」と「芸能界」!

壱の左ハイキックが誓を攻める

11月1日に「KNOCK OUT」に於いて、HIROYUKI(=茂木宏幸/藤本)と対戦が予定されている壱(=いっせい/センチャイ)が、誓(=飯村誓/ZERO)をヒジ打ちで圧勝。

鳩(=あつむ/TSK JAPAN)がボディーブローで、ムエタイオープン・スーパーバンタム級王座獲得。

8月11日にタイ・チョンブリー県でWPMF女子世界ピン級王座獲得した田中“暴君”藍(PCK亘理)も、より成長した強さを発揮し、ヒジ打ちでTKO勝利。

8月31日、タイ・バンコクに於いてルンピニースタジアム最高責任者、デットウドム・ニチャラット将軍より、日本支部となる「ルンピニー・ボクシング・スタジアム・オブ・ジャパン」の認定が2年延長されました。

2015年8月7日、ムエタイの殿堂、ルンピニースタジアムが認定する史上初の海外支部となる「Lumpinee Boxing Stadium of Japan」発足以来、ムエタイオープン興行を中心に、ルンピニー日本王座とランキングを管理し、ムエタイ文化の国際普及に貢献してきたルンピニージャパン代表、センチャイ・トングライセーン氏は、この4年間に及ぶ功績を認められた様子です。

壱と誓のまだ静かな立ち上がりの蹴りあい

劣勢を撥ね返そうとパンチで出る誓

◎MuayThaiOpen.46 / 2019年9月29日(日)新宿フェース16:00~19:27
主催:センチャイジム / 認定:ルンピニー・ボクシング・スタジアム・オブ・ジャパン(LBSJ)  
 
◆第12試合 バンタム級ノンタイトル3回戦

LBSJバンタム級チャンピオン.壱センチャイジム(=与那覇壱世/センチャイ/53.3kg)
    vs
NJKFフライ級1位.誓(ZERO/53.25kg)
勝者:壱センチャイジム(赤コーナー) / TKO 3R 2:18 / 主審:山根正美

左瞼を腫らし、左目尻を切られた誓は苦しい展開

初回、誓の蹴りのけん制から壱の蹴り返す圧力が増し、第2ラウンドも攻防は壱が圧力を掛け、誓はロープ際に圧される展開が続く。接近戦から組み合うとヒジ打ちやパンチの交錯が続くと、誓は圧されながらもヒジ打ちをヒットさせ、壱の右目尻を小さくカット、攻勢を保ちながら切られた壱もやりかえそうと手数を増して出て行く。

第3ラウンドには蹴り合いから縺れ合って首相撲になると、壱がヒジ打ちを放った様子で誓の左目尻をカットする。すでに第2ラウンドにヒジ打ちで左目辺りにダメージがあった様子で、左瞼がやや腫れ、見え難いのか顔をしかめてしまう誓。更に蹴りから組み合うと、壱は誓の頭を下げてヒザ蹴りを蹴り込み攻勢を維持。蹴り合いから縺れ合って倒れるとヒジが当たったか誓の負傷箇所が悪化し、ドクターの勧告を受入れたレフェリーが試合を止めた。誓は格上との対戦の試練が続く4連敗となった。

相打ち気味の誓の右パンチが壱にヒット

至近距離の打ち合いは互角

離れての蹴りは壱が優勢

あっけなくも狙ったボディーブローでTKO勝利した鳩

◆第11試合 MuayThaiOpenスーパーバンタム級王座決定戦 5回戦

鳩(TSKJapan/53.0kg)
    vs
デンナダーオ・モー・ピンガローイジュンボーイ(タイ/52.65kg)
勝者:鳩(赤コーナー) / TKO 1R 1:44 / 主審:河原聡一

両者のローキックのけん制の様子見が続き、鳩が軽い右ローキックから強い左ボディーブローをヒットさせるとデンナダーオは蹲るように倒れ込んでしまうとレフェリーがカウント中に試合をストップし、鳩のTKO勝利となった。

左ボディーブローに移る鳩、これで仕留めるとは……

ラウンドガールとセンチャイ氏に囲まれる鳩

44歳の松崎公則のミドルキックが冴える

◆第10試合 スーパーフライ級3回戦

バンサパーン・センチャイジム(タイ/51.9kg)vs 松崎公則(Struggle/51.95kg)
引分け三者三様 / 主審:神谷友和
副審:河原29-28. 桜井30-30. 山根29-30

激しさは無いが、ローキックやミドルキックの攻防が休むことなく続く両者。そして松崎のしぶとく落ち着いた表情は激戦の兵と感じさせる。

最終ラウンドは松崎が攻勢を掛けてパンチと蹴りで前に出るが、バンサパーンは上手く捌きながらポイントに繋ぐようにハイキックを繰り出し劣勢を凌いだ。

三者三様の引分けがコールされて残念そうな両者

◆第9試合 スーパーフライ級3回戦

白幡裕星(橋本/51.9kg)vs 佐藤仁志(新宿スポーツ/52.16kg)
勝者:白幡裕星 / 判定3-0 / 主審:少白竜          
副審:河原30-28. 神谷30-28. 山根30-28

組み合えば田中のヒジが襲う、Saeは防戦一方

◆第8試合 女子47.5kg契約3回戦(2分制)

KOKOZ(=ココゼット/TRYHARD/47.4kg)vs 443(=よしみ/NEXTLEVEL渋谷/47.3kg)
勝者:KOKOZ / 判定3-0 / 主審:桜井一秀
副審:河原30-29. 神谷30-29. 少白竜30-29    

◆第7試合 女子45.5kg契約3回戦(2分制)

WPMF女子世界ピン級チャンピオン.田中“暴君”藍(PCK亘理/45.1kg)
    vs
Sae-KMG(=さえ/クラミツ/45.0kg)
勝者:田中“暴君”藍(赤コーナー) / 公式TKO 2R 0:02 実質1R終了 / 主審:山根正美

互いが対峙してのローキックのけん制から組み合うと早くも田中“暴君”の勢いが増していった。首の掴み方、体重の掛け方のバランスが良く、すぐさまヒジ打ち、ヒザ蹴りを入れ、田中の圧力を抑えることが出来ないSaeは険しい表情。

田中のヒジ打ちで左頬を切られたsaeは第2ラウンド開始と同時にドクターチェックが入り、そのままレフェリーに試合を止められた。

第2ラウンドの開始ゴングを待ってのドクターチェックで、再開されないままの終了であり、実質は1ラウンド終了時のTKOとなる。おそらくJBC式でも「TKO 1R終了時」となる。

田中“暴君”藍のヒザ蹴りがSaeにヒット

WPMF世界ピン級チャンピオンとしてより実力アップした田中“暴君”藍

◆第6試合 女子フライ級3回戦(2分制)

RAN(Monkey☆Magic/50.55kg)vs 竹井成美(エイワスポーツ/50.35kg)
勝者:RAN / 判定3-0 / 主審:河原聡一
副審:桜井30-27. 山根30-27. 少白竜30-28

◆第5試合 バンタム級3回戦  

稔之晟(=じんのじょう/TSK Japan/53.15kg)
    vs
チャローンリット・ソー・ウィセットキット(タイ/53.5kg)
勝者:稔之晟(赤コーナー) / KO 1R 1:43 / テンカウント / 主審:神谷友和

◆第4試合 66.0kg契約3回戦

ポッキー・ラジャサクレック(タイ/65.4kg)vs 雑賀弘樹(NEXT LEVEL渋谷/65.7kg)
勝者;雑賀弘樹 / 判定0-3 / 主審:少白竜
副審:神谷28-30. 山根28-30. 河原29-30

◆第3試合 スーパーフェザー級3回戦 

洸杜(T’sKICKBOXING/58.8kg)vs 直希(AKT/58.5kg)
勝者:洸杜(赤コーナー) / TKO 2R 2:10 / カウント中のレフェリーストップ / 主審:桜井一秀

◆第2試合 フェザー級3回戦  

三浦翔(クロスポイント大泉/56.85kg)vs 成澤龍(SRC/56.55kg)
勝者:三浦翔(赤コーナー) / KO 1R 1:58 / テンカウント / 主審:山根正美

◆第1試合 フェザー級3回戦  

健・センチャイジム(センチャイ/56.6kg)vs 岡田将充(クラミツ/56.2kg)
勝者:岡田将充 / 判定0-3 / 主審:河原聡一
副審:山根29-30. 少白竜28-29. 桜井29-30

着実に日本のトップ戦線に躍り出た壱、次戦はHIROYUKI戦

《取材戦記》

壱(=いっせい)は、昨年11月25日のMuayThaiOpen43に於いて、小嶋勇貴(仲FS)からルンピニージャパン・バンタム級王座奪取。この日、誓を下し、11月1日には「KNOCK OUT」に於いて、日本バンタム級チャンピオンのHIROYUKI(=茂木宏幸/藤本)と対戦が予定されています。2017年11月26日のデビュー戦では敗れたが、この日で15戦13勝(5KO)1敗1分。このMuayThaiOpenから生まれたスターが日本のトップクラスのリングで他団体チャンピオンと戦います。

「キックボクシングは今が全盛期ではないか」と言う運営関係者が居ました。

「乱立はしているが、組織の在り方は軟弱だが、多くの興行が成り立ち、ビッグマッチが行なえるイベントが増えてきた。イベントの盛り上げ方は、昭和の全盛期を上回るのではないか」と言う意見。団体や興行プロモーションは増え、王座は乱立したが、確かに興行が増え、交流戦が当たり前になり、トップクラスの戦いも増えた。これが時代の流れなのだろう。全国ネットで放送され、2団体しかなかった“昭和の良き時代”の語り部となっている我々世代はもう戻らぬ時代を想い、懐かしむだけの遅れた人間なのだろうと気付かされる。

地道に進むムエタイオープンも紆余曲折を経て46回目を迎えました。会場に入る度、センチャイファミリーが運営する興行という雰囲気が漂います。タイ人プロモーターによる、イベントタイトルどおりにムエタイの趣が表れる興行は幾つか存在し、ムエタイ殿堂のルンピニースタジアム傘下のルンピニージャパンタイトルは、公式ルールを遵守する運営で、より伝統・格式が付いてくるもので、しっかり継続して貰いたいタイトルであります。

と、毎度綺麗ごとで纏めてしまうが、タイ人関係者(プロモーター)との意思の疎通は難しいと感じることがあります。疑問点が生じて事情を伺うと、言葉は伝わっても意味が伝わらないこと多い。しかし日本人であっても問題摩り替えて答えを無難に、はぐらかす者も多いから、記者が挑む取材は難しい仕事と思う。

ムエタイオープン47は12月1日(日)に、やっぱり新宿フェースに於いて行なわれます。

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]

フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

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サオトー・シットシェフブンタム(撮影:山本有佐)

江幡睦が、10月20日(日)の後楽園ホールで開催される新日本キックボクシング協会MAGNUM.51に於いて、タイ国ラジャダムナンスタジアム・バンタム級王座へ4年半ぶり4度目の挑戦が予定されています。

現・チャンピオンは、サオトー・シットシェフブンタム(Saotho Sitchefboonthum)で、今年1月23日に当時のチャンピオン、ゴーンサック・ソー・サータラーに判定勝ちして王座獲得してから、現在まで6連勝中。6月27日にはゴーンサックにヒジ打ちでTKO勝利し返り討ち。江幡睦戦が2度目の防衛戦となります。

サオトー・シットシェフブンタム 
1997年8月16日、バンコク出身(22歳)
現・ラジャダムナンスタジアム・バンタム級チャンピオン 
約120戦をこなし80ほどの勝利(約10のKO)

噂の範疇ですが、サオトーは幼い頃、家が凄く貧乏な暮らしだったという。現在は経済発展著しいタイ国ではあるが、貧富の差はより激しくなった中、そんなハングリー精神は昔からあるムエタイボクサーの本能を持っているだろう。

双子の兄は、サオエーク・シットシェフブンタム。現在、スーパーバンタム級で、元・ラジャダムナンスタジアム・スーパーフライ級チャンピオン。

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レックトレーナーのミットに打ち込むサオトー(撮影:山本有佐)

◆サオトー・シットシェフブンタムインタビュー(9月21日現地 / 聞き手:山本有佐)

── 今回初めての海外遠征で日本での試合ですが、どうですか?

サオトー 日本に行くことが嬉しいです。

── 相手のことは知っていますよね?

サオトー はい。以前、(江幡陸が)シェフブンタムジムに練習に来ていたので知っています。

── その時、相手を見てどんな感じでしたか?

サオトー さほどの印象はないですね。でも、油断だけはしないようにします。

── 特に相手の攻撃で注意することはありますか?

サオトー 全部です。特にパンチと肘です。

前蹴りで相手の動きを止めるサオトー(撮影:山本有佐)

── 首相撲でも組み合ったと思いますが、どうでしたか?

サオトー なかなか強かったです。

── サオトー選手の得意技は何ですか?

サオトー 肘打ちです(右の肘打ちのポーズ)。

── 今回は肘でKOを狙いますか?

サオトー チャンスがあれば狙いたいと思いますが、それはタイミングだと思います。

── 初めてムエタイをしたのは、いつですか?

サオトー 6歳の時、ノンタブリーでしました。

―― 通常体重はどのくらいですか?

サオトー 59キロです。118パウンドでの試合は全く問題ありません。

── 10月の日本は涼しいですが、調整は大丈夫ですか?

サオトー タイで体重は調整して行きます。前日計量なので、試合は全く問題ありません。

── 今まで一番の強敵はだれでしたか?

サオトー ノーンヨットです(2019年8月15日、判定勝ち)

── 最後に日本のファンに一言お願いいます。

サオトー 10月20日は全力で戦います!

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左がサオトー、右が兄のサオエーク(撮影:山本有佐)

サオトーのトレーナーのレック氏は、江幡陸が今年タイ遠征し、シットシェフブンタムジムで練習していたのを見ているので、しっかり対策を立て、相手を想定してシュミレーションしながらミット打ちを指導していた様子。江幡陸にとって過去最強の難敵襲来、厳しい戦いが予想されます。

双子の兄、サオエークは11月1日、「KNOCK OUT」興行に於いて、睦の弟、塁に敗れている小笠原瑛作との対戦が予定されており、江幡兄弟とサオエーク・サオトー兄弟を絡む、興味を引く対戦が増えそうな日本のリングである。
 
WKBA世界バンタム級チャンピオン.江幡睦は1991年1月10日生まれの28歳。2013年3月10日にラジャダムナンスタジアム王座初挑戦も、当時のチャンピオン、マナサック・ピンシンチャイに3-0の判定負け。同年9月16日には江幡ツインズ弟の塁とラジャダムナン王座ダブル挑戦(睦は2度目の挑戦)で、当時のチャンピオン、フォンペット・チューワタナに2-1の判定負け。3度目の挑戦は、2015年3月15日にまたもフォンペット・チューワタナに3-0の判定負けの返り討ちに遭い、ここから4年半、タイのテクニシャン相手に待ち続ける戦いの年月を送った。

長年追い続けたムエタイ最高峰の王座、特に軽量級の50kg台のフライ級からスーパーフェザー級域は、本場タイでの激戦区で、外国人が絡むことが難しい階級であり、最軽量級(105LBS)では今年、吉成名高が二大殿堂制覇を果たしたが、この激戦階級では江幡睦が歴史を変える快挙を達成したいところだろう。更には現地での防衛を果たし、弟・塁との同時チャンピオンや二大殿堂制覇など、ファンが望む終わりなきトーナメントは続くのである。

左が挑戦する江幡睦、右が塁(2018.9.2)

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]

フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

一水会代表 木村三浩=編著『スゴイぞ!プーチン 一日も早く日露平和条約の締結を!』

上條英男『BOSS 一匹狼マネージャー50年の闘い』。「伝説のマネージャー」だけが知る日本の「音楽」と「芸能界」!

波賀宙也は、圧倒は出来ず採点も際どくも、我武者羅に攻めた前進が世界王座獲得に導いた。

波賀宙也が前進強めて蹴って出る。トンサヤームは下がり気味

トンサヤームの転ばす技は冴えていた

S-1トーナメント55kg級は4名が前日計量時に、くじ引きで対戦相手が決まる方式。勝ち上がった馬渡亮太と大田拓真が次回興行で決勝戦が行なわれます。

前日の大阪・旭区民センター大ホールに於いて行なわれた誠至会主催興行で、NJKFウェルター級チャンピオン.中野椋太(誠至会)がチョ・ギョンジェ(韓国)を破り決勝進出を決め、畠山隼人は中野椋太と次回、65kg級決勝戦を争います。

鮮やかな彩りで舞うPPP

アトラクションとして歌のゲスト、川神あいさんが新曲の「愛の漂流船」と、出場選手へのエールとして「栄光の架け橋」を唄われました。

NJKFラウンドガールとして今後一年間の登場が決まった、PPP(トリプルP)の三名が披露されました。

◎NJKF 2019.3rd / 2019年9月23日(月・祝) 後楽園ホール17:00~21:15
主催:ニュージャパンキックボクシング連盟 / 認定:NJKF、IBFムエタイ本部

◆第11試合 IBFムエタイ世界ジュニアフェザー級王座決定戦 5回戦

1位.波賀宙也(立川KBA/55.3kg)
    vs
2位.トンサヤーム・ギャッソンリット(タイ/55.2kg)
勝者:波賀宙也 / 判定2-1 / 主審:ソムサック・プラサート
副審:チャッチャイ48-49. 竹村49-48. 宮本49-48

ローキックで攻める波賀宙也

組み合っても波賀宙也のヒザ蹴りが優った

トンサヤームがミドルキックやヒザ蹴りは波賀を上回るが勢いはあまり無い。組み合ってのバランスを崩して転ばす技はムエタイらしさを見せるテクニシャンぶりを発揮。

第3ラウンドに入ると押され気味だった波賀が、我武者羅に出始めた。追う波賀に下がり気味のトンサヤームは、組み合ってのヒザ蹴りは波賀が多くなっていくが、トンサヤームの蹴りが、どう採点に表れるかは分かり難い展開。

波賀のローキックや衰えぬヒザ蹴りのしつこさが堪えたか、インターバルではやや曇りがちな表情だったトンサヤーム。

四名の審判構成は主審がタイ人、副審二名が日本人、副審一名がタイ人で採点が割れる結果となり、キックボクシングとして見極めれば確かに波賀の勝利は間違いないところ、タイ人だけの審判構成だったら結果は逆になっていたかもしれない際どさだった。

下がるトンサヤームに追う波賀宙也、ローキックは効果ある蹴りだった

◆第10試合 S-1ジャパントーナメント65kg級初戦3回戦

NJKFスーパーライト級チャンピオン.畠山隼人(E.S.G/64.4kg)
    vs
WMC日本スーパーライト級チャンピオン.栄基(エイワS/64.7kg)
勝者:畠山隼人 / 判定3-0 / 主審:多賀谷敏朗
副審:神谷30-26. 竹村30-26. 宮本29-26

蹴りでの探り合いからパンチの距離に移っていくと畠山のパンチがヒットし、これでリズムを作った畠山。栄基は重い蹴りがあり、時折、ハイキックを繰り出し畠山の勢いを止める。

第3ラウンドには打ち合いが増すと、栄基のパンチもヒットし、相打ちも起こるほど激しくなる。栄基が打たれ気味に陥ったところで畠山の連打で栄基はノックダウンを喫する。畠山が勢い強めて出ると更にパンチで栄基をロープ際まで吹っ飛ばすようにロープダウンに繋げる。栄基は残り少ない時間でも巻き返しに出るが逆転成らず。

栄基の蹴りに合わせて右ストレートを打ち込む畠山隼人

◆第9試合 S-1ジャパントーナメント55kg級3回戦

JKAバンタム級チャンピオン.馬渡亮太(治政館/54.95kg)
vs
WMAF世界スーパーバンタム級チャンピオン.知花デビット(エイワS/54.9kg)
勝者:馬渡亮太 / 判定3-0 / 主審:和田良覚
副審:多賀谷30-28. 竹村30-28. 宮本30-28

馬渡亮太のハイキックが何度も知花デビットを捕らえた

知花デビットの負傷した額に前蹴りをヒットさせた馬渡亮太、足の裏に血が残る

蹴りの様子見から馬渡が長身で手足の長さを活かしハイキックでリズムを掴む。知花はパンチとローキックで出るが、主導権を手繰り寄せることが出来ない。

馬渡のヒジ打ち、ヒザ蹴りの圧力が増していくと、一瞬のヒジ打ちで知花の額をカットする。

ヒットを増やし、更に負傷箇所を深くしたが、2度のドクターチェックもレフェリーは続行を認め、知花は逆転を狙って打ち合いに出て行く。

第3ラウンドも馬渡の主導権は譲らぬまま進み、知花は打ち合いに出るも負傷箇所への更なる悪化は免れ終了まで攻めて出た。  

流血激しくなった知花デビットを再度ドクターチェックへ導く

打ち合う両者、知花デビットも最後まで諦めなかった

◆第8試合 S-1ジャパントーナメント55kg級3回戦

WBCムエタイ日本フェザー級チャンピオン.大田拓真(新興ムエタイ/54.95kg)
    vs
JKIスーパーバンタム級チャンピオン.岩浪悠弥(橋本/54.9kg)
勝者:大田拓真 / 判定3-0 / 主審:神谷友和
副審:多賀谷30-29. 竹村29-28. 和田29-28

互いのパンチと蹴りの交錯が続き、第2ラウンドはやや距離が詰まるとパンチとヒザ蹴りが増える。

第3ラウンドに入って岩浪がパンチの圧力を強めるも、太田もパンチと蹴り、ヒザ蹴りのコンビネーションでややペースを上げて岩浪の手数を減らすと、太田の攻勢的印象が残った。

大田拓真の右ミドルキックが岩浪悠弥にヒット

攻めのリズムが上回っていった大田拓真

シンダムの重心はブレず、ヒザ蹴りのバランスが良かった

◆第7試合 58.0kg契約3回戦

MA日本フェザー級チャンピオン宮崎勇樹(相模原S/58.0kg)
    vs
シンダム・ゲッソンリット(タイ/57.85kg)
勝者:シンダム / 判定0-2 / 主審:宮本和俊
副審:多賀谷29-29. 神谷28-30. 和田28-30

体幹しっかりしたシンダムのバランス良い蹴り、組み合ってもヒザ蹴りが目立ち、パンチで勝負を懸ける宮崎を上回って判定勝利。

◆第6試合 63.0kg契約5回戦

NJKFライト級チャンピオン.鈴木翔也(OGUNI/62.9kg)
    vs
晃希(team S.R.K/62.65kg)
勝者:鈴木翔也 / TKO 5R 1:32 / カウント中のレフェリーストップ
主審:竹村光一

5回戦ならではの総合力が試された展開。晃希にヒジで切られた鈴木翔也のジワジワ巻き返しが活きた計3度のノックダウンを奪った逆転TKO勝利。

後半の鈴木翔也のしぶとさが活きていった

川神あいさんの歌声が響いた後楽園ホールのリング

◆第5試合 57.2kg契約3回戦

NJKFスーパーバンタム級チャンピオン.久保田雄太(新興ムエタイ/57.2kg)
    vs
J-NETWORKフェザー級チャンピオン.一仁(真樹AICHI/57.15kg)
勝者:一仁 / 判定0-3 / 主審:多賀谷敏朗
副審:宮本27-30. 神谷28-30. 竹村28-29

◆第4試合 66.0kg契約3回戦

NJKFライト級1位.野津良太(E.S.G/65.9kg)
    vs
NJKFウェルター級10位.洋輔YAMATO(大和/65.6kg)
勝者:洋輔YAMATO / 判定0-3 / 主審:和田良覚
副審:宮本28-29. 多賀谷28-30. 竹村28-30

◆第3試合 60.0kg契約3回戦

NJKFスーパーフェザー級3位.梅沢武彦(東京町田金子/59.85kg)
    vs
NJKFスーパーフェザー級7位.吉田凛汰朗(VERTEX/59.7kg)
勝者:梅沢武彦 / 判定3-0 / 主審:神谷友和
副審:和田30-28. 多賀谷30-27. 竹村29-28

◆第2試合 バンタム級3回戦

雨宮洸太(キング/53.35kg)vs 七海貴哉(G-1 team TAKAGI/53.2kg)
勝者:七海貴哉 / TKO 1R 2:08 / 主審:宮本和俊

◆第1試合 ライト級3回戦

慎也(ZERO/59.9kg)vs 蓮YAMATO(大和/59.9kg)
勝者:蓮YAMATO / TKO 1R 2:06 / 主審:竹村光一

決勝戦で対戦する大田拓真と馬渡亮太

《取材戦記》

新しいテーマが加わったNJKF興行。2005年のWBCのムエタイ進出に加え、IBFも2年前にムエタイ界進出し、タイで立ち上げられた世界タイトル。

S-1トーナメントはタイの大物プロモーターで長年名を馳せるソンチャイ・ラタナスワン氏が掲げるイベントで、今回の日本版が開催。この優勝者はタイでのS-1トーナメント出場やIBFムエタイ世界ランキングにランクされるなど、好待遇が得られるという。近年、いろいろなビッグイベントが立ち上げられてきましたが、いずれも3年後に存続しているか、活性化しているかが注目点でしょう。

キックボクシングとムエタイ界で世界機構は幾つも誕生してきた過去に対し、プロボクシング主要団体がムエタイ界に進出してきた近年、元からあるキックボクシングとムエタイの世界機構より優らなければ意味が無いところで、WBCやIBFブランドだけが一人歩きしている感もある中、数ある世界機構の中に埋もれてしまわないよう願いたいところです。

波賀の防衛戦は期限が9ヶ月で、「来年の6月に初防衛戦を予定しています」と言う伊藤会長(立川KBA)。IBF傘下として、プロボクシングの規定を継承し、指名試合も明確に行なって欲しいところ。強い相手と防衛していかねば王座の価値が上がらないし、波賀宙也には過酷な防衛ロードをこなしてこそ世界の頂点に立つ証となるでしょう。

次回、NJKF興行は11月30日(土)に後楽園ホールで「NJKF 2019.4th(ファイナル)」が開催、S-1 55kg級と65kg級決勝戦が5回戦で行なわれます。

PPP登場、左からKANAさん、岬愛奈さん、星紗弓さん

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]

フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

一水会代表 木村三浩 編著『スゴイぞ!プーチン 一日も早く日露平和条約の締結を!』

上條英男『BOSS 一匹狼マネージャー50年の闘い』。「伝説のマネージャー」だけが知る日本の「音楽」と「芸能界」!

◆人生懸けた取組み!

藤川さんは巣鴨に数日滞在した後、京都の娘さんのところへ行き、巣鴨に戻って来られてからタイへ帰られたが、またまた話題を振り撒いて行ってくれた数日間だった。

滞在目的は昨年と同様だが、テーラワーダ仏教普及に務める関係者との交流と、御自身が仏陀に惚れ込んだ想いを、私のような頭の悪い騙され易い人物?に広める活動の一環であるが、日本人各々が抱える社会問題の悩みに救いの手を差し伸べてやろうという藤川さんの残りの人生を懸けた真面目な取組みがあるのも事実であった。

巣鴨駅前付近を歩く藤川さん

巣鴨の街を歩く藤川さん

◆朝の早くから成田空港へ

6月9日(1995年)は朝早くから起きるも、眠たくて行くのやめようかと思う。しかし飯食わせに行かねば。「俺ってお金無いのに何しに行くんだろ!」と思う。

日暮里から京成電車に乗って成田空港に7時過ぎに1時間以上早く着いた。バングラディッシュ航空便で朝8時10分着と言っても到着ロビーに出てくるのは30分ぐらい後だろうとのんびり待ってたら、出てきました一際目立つ黄色い悪魔が。いや、やっぱり茶色かった。ワット・タムケーウからネイトさんとバンコクに向かわれてから4ヶ月半ぶりの再会。そんな懐かしさを持って藤川さんに近づいていくと、先に女子大学生風の美女二人が藤川さんに近づいて挨拶した。

はあ? 比丘に美女? しかしそれは出家前の藤川さんならありそうな、タイ人水商売風ではない清楚な美女。やがて藤川さんは私に気付き、「おお、お前、顔つき変わったなあ、雰囲気が前と違う、やっぱり成長したんやなあ!」と余計なお世辞から来た。

「そんな訳ないでしょ、髪は伸びたし俺は相変わらず三畳間暮らしの借金抱えた貧乏人に戻りましたよ!」とは応え、改めて「こちらの女性は?」と聞くと、以前、俗人時代にタイで会ったことがあって、昨年泊まった巣鴨のアジア文化会館のロビーのソファーに座っていたら、ここの泰日経済技術振興協会のタイ語学科に通う女子大生姉妹と偶然再会し、こんなタイの坊主の格好している驚きから話が弾んだらしい。

そしてこの縁を逃がすまいと思ったか、「今年も同じアジア文化会館に泊まるから迎えに来てくれへんか!?」と連絡していたようだ。去年は町田さんが待っていたし、「何だ、こんな段取りがあるなら俺、来なくてもよかったじゃないか、2年連続して!」と文句言うと、「まあええやろが、何人かに声掛けとけば誰か来るやろ!」相変わらず勝手な言い分である。

この女子大生姉妹も藤川さんのオモロイ話に惹かれ、食事を捧げに行ってやらねばと思ったのだろう。でも今に分かるだろう、引っ張り回される鬱陶しさを。

とにかく先に朝食をと思ったら、この姉妹、お金持ちなのか、ベンツで迎えに来て居られた。

「食事は朝昼兼用で一回でええよ!」という藤川さん。高速を走り、都内に入ってから営業しているお店を見つけどこかのレストランに入った。店内の「何だこの組み合わせは!」というような視線。親子でも兄妹でも恋人にも見えない我々4名である。食事を捧げる儀式は姉妹に任せてみた。慣れないなりにも藤川さんが広げたパープラケーン(寄進用黄色い布)の上に興味津々に食事のトレーを載せてタンブン。姉妹とオモロイ存在の藤川さんとは相性がいいようだ。

アジア文化会館前から裸足になっての出発前

◆巣鴨で剃髪

この翌日のこと、「今日は満月の前日やさかい頭剃らなイカンのやが、お前剃れるか?」と言う藤川さん。

「どこで剃るんですか? そんな場所無いでしょ、床屋でやってくれるんじゃないですか?」と言うと「ホンナラそこでええわ、行こ!」とこの巣鴨の通りにある床屋さんに入った。すると小奇麗なオバサンがやって来たところで、「ワシ、タイで坊主やっとるんやけど、戒律で女性に触れること出来んのや、男の人に頼めるけ?」

“なんか怪しいオッサン”と思ったかどうか分からないが、嫌な顔はせず、男性店員さんが出て来てくれた。店長風の気品あるオジサン。バリカンで刈った後、シェービングクリームを頭に塗って、眉毛も含めてカミソリで剃り始めた。“速い上手い”である。少々、滲む程度の出血はあったが、メンソレータムをちょいと塗ってくれて終了。ここは藤川さんが自腹で払った。

「ワシらタイの坊主は頭に虫食われるし、ワシは小さい吹き出物傷はあるから切れるのは当然や、でもあの床屋のオッサン上手いわ、剃り味がワシらと全く違う、“ジョリジョリ”やなく“スススーッ”と滑るような剃り味やった。気持ち良かったあ、さすがプロやな!」。毎月タイの寺に来て欲しそうな顔である。

床屋さんで気持ち良さそうに剃髪する藤川さん

巣鴨でサイバーツを受ける藤川さん

◆巣鴨で托鉢

更にその翌朝6時半頃、アジア文化会館に向かうと、藤川さんは托鉢に向かう準備をしていた。これは予定したものだが、これを撮影させて貰う。藤川さんの托鉢を撮影するのは2回目だな、これが日本でのことになるとは。

巣鴨の早朝の街を托鉢して、サイバーツ(寄進)に出会う確率は1パーセント未満だろう。巣鴨住民が見れば、「また頭のおかしいオッサンがおかしいことやってる」としか思わないかもしれない。

でもそんな他人の目など気にする藤川さんではない。そんな托鉢を待ち構える“ヤラセメンバー”は揃っていた。裸足になってアジア文化会館を出て、巣鴨駅周辺まで歩き、戻って来るコース。成田空港まで出迎えた女子大生姉妹の妹さんの方とその友達、そしてもう一人、タイ仏教に関心を持ち、すでにタイで一度出家経験があるオジサンが道端でサイバーツを待ち構えた。最後に私もカメラを置いてサイバーツ。

藤川さんの歩く姿はワット・タムケーウ周辺を托鉢する姿と変わらなかった。やや俯き気味でも足下気にすることなくやや早足で進む。私は道路にガラス片など危険なものが落ちていないか気になった。日本の道路は舗装はキレイだが、細かいガラス片や洗濯挟みの砕けた破片やホッチキスの針など落ちている可能性がある。

タイの道路は汚れがあったり、舗装は徹底されていなくても散乱物は少ない。それはペッブリーでの托鉢で、毎朝掃き掃除しているオジサンや手伝っている子供をよく見かけていた。托鉢する比丘の為、習慣化した配慮があるのだろう。幸い、巣鴨の道もキレイだった。

サイバーツを受ける、通行人から見れば異様な光景

道はキレイだった巣鴨の道

もう少し東南アジア系の外国人が喜んで寄って来ないかなとわずかな期待を掛けたが、このメンバー以外にサイバーツする人はいなかった。これが新大久保だったらまた違った状況になっていたかもしれない。

サイバーツされた食材は、しっかりしたお弁当風の包み。アジア文化会館ロビーに帰って皆を集めて朝食に着いた藤川さん。お得意の説法(雑談)をしながら食事を進めた。その辺が楽しめる会話ではある。

私は帰国直後の4月下旬に、得度式を撮影してくれた春原俊樹さんには電話して帰って来たことを報告し、得度式のフィルムを頂く為に、都内のタイ料理屋で再会していた。そこで、

「春原さん、6月に藤川さんが日本に来ますが、会いますか? 無理しないでね、利用されるだけだから!」と言ったが、「行く行く、オモロイから!」と再会にノリノリであった。

そしてこの托鉢した日の御昼前、昨年と同じ巣鴨駅前で待ち合わることになっていた。私の出家反省会となって、また私のこと笑って盛り上がるのだろう。私は「藤川ジジィを懲らしめる会!」を(冗談だが)立ち上げてやろうかと思うところだった。

振り返る人もいる異様な姿

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]

フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

一水会代表 木村三浩=編著『スゴイぞ!プーチン 一日も早く日露平和条約の締結を!』

上條英男『BOSS 一匹狼マネージャー50年の闘い』。「伝説のマネージャー」だけが知る日本の「音楽」と「芸能界」!

重森の前蹴りを掴んで凌ぐシラー

重森の右ミドルキックをキャッチし、パンチを打ち込むシラー

好ファイトが続出したTITANS NEOS、新メインイベンター重森陽太は苦戦を導く引分け。続くHIROYUKI、髙橋亨汰、喜多村誠、泰史も上位に繋がる結果となる勝利。いずれラジャダムナン王座を狙うリカルド・ブラボは他団体チャンピオンに痛い判定負け。

◎TITANS NEOS 26 / 9月1日(日)後楽園ホール17:00~20:35
主催:TITANS事務局 / 認定:新日本キックボクシング協会

◆第11試合 61.5kg契約 5回戦

WKBA世界ライト級チャンピオン.重森陽太(伊原稲城/61.2kg)
VS
シラー・ワイズディー(元・ラジャダムナン系バンタム級C/タイ/61.45kg)
引分け1-0 / 主審:椎名利一
副審:桜井48-48. 宮沢49-48. 少白竜48-48

いつもの前蹴り、ハイキックの鋭さを見せる重森は初回、すでに主導権を導く勢いがあった。しかし、シラーは怯まずローキックを中心にパンチを振って前進してくる。

時折、ボディーブローを炸裂させたシラー、重森は動じなかったが、やや効いたか

重森のしなやかなミドルキックは勝利を導く技、前半は調子良かったが・・・

時折、派手な技を繰り出す御茶目なHIROYUKI、回転後ろ蹴りを見せる

第2ラウンドには、長身の重森も更に出てくるシラーにヒジ打ちを合わせ、額(右眉上)をカットさせた。ここから逆転に勢いを増してきたシラーは重森の前蹴りやミドルキックを掴んでかわし、徐々に距離を詰めパンチを打ち込む流れに変わっていく。

度々ボディーブローも貰ってしまう重森。第4ラウンド以降、前進止まないシラーを調子付かせてしまい、結果は引分け。48-48の二者は2・3ラウンドが重森、4・5ラウンドがシラーの前蹴り対策がそのまま採点に表れていた。

◆第10試合 55.5kg契約3回戦

日本バンタム級チャンピオン.HIROYUKI(=茂木宏幸/藤本/55.2kg)
VS
KING強介(元・レベルスムエタイ・スーパーバンタム級C/fighting bull/55.4kg)
勝者:HIROYUKI / TKO 3R 1:11 / 主審:仲俊光

パンチとローキックが軸の攻防で、KING強介の出方を伺いながら、自分の技を試すHIROYUKI。

第2ラウンドには接近したところでヒジ打ちがヒットし、強介は左目尻を小さくカット。

次のラウンドに繋ぐとパンチで出てきた強介に右ヒジ打ちを同じ箇所に当てると強介の傷が深くなり、ドクターの勧告を受入れレフェリーストップとなった。

正攻法の左ミドルキックでもKING強介を圧倒したHIROYUKI

◆第9試合 67.0kg契約3回戦

日本ウェルター級チャンピオン.リカルド・ブラボ(アルゼンチン/伊原/66.75kg)
VS
J-NETWORKウェルター級チャンピオン.峯山竜哉(WSR・F西川口/66.85kg)
勝者:峯山竜哉 / 判定0-3 / 主審:桜井一秀
副審:椎名28-29. 宮沢28-29. 仲28-29

このクラスになると蹴りの重さが際立つ交錯。リカルドのミドルキックに対し、峯山の返す蹴りも重く、互いの攻防の中にも峯山の左ミドルキックが引き立つ勢いがあった。

第2ラウンドには接近したところで峯山の左ストレートがヒットしてリカルドがノックダウンを喫する。巻き返しに出てくるリカルドに応戦する峯山。リカルドは必死の形相でパンチや組み付いてヒザ蹴りを連打。猛攻を掛けたリカルドだったが巻き返しならず、判定負けを喫した。

リカルド・ブラボからダウンを奪い勝利した峯山竜哉

◆第8試合 61.5kg契約3回戦

日本ライト級チャンピオン.髙橋亨汰(伊原/61.45kg)
VS
ラックチャイ・ジャルンクルンムエタイ(タイ/61.25kg)
勝者:髙橋亨汰 / 判定3-0 / 主審:少白竜         
副審:椎名29-28. 桜井29-28. 仲30-28

ラックチャイは前回、重森陽太に敗れるも前進衰えないタフさが印象付いた。高橋は前蹴りやハイキック中心に先手を打って攻める。

接近するとヒジを振って来るラックチャイには油断ならないが、ヒザ蹴りやハイキック、ヒジ打ちの応酬となっても高橋は怯まず応戦し、ラックチャイのバランスを崩し競り勝つ。

高橋の攻める手数は重森陽太に負けない勢いを見せた。

重森戦では敗れたが、タフなラックチャイを追い詰めた髙橋亨汰

ラックチャイの前進を止めた前蹴りが顔面を捉える

喜多村のヒジ打ちが連打されていく

◆第7試合 70.0kg契約3回戦

喜多村誠(前・日本ミドル級C/伊原新潟/69.8kg)
VS
LBSJウェルター級チャンピオン.喜入衆(NEXT LEVEL渋谷/69.7kg)
勝者:喜多村誠 / 判定3-0 / 主審:宮沢誠
副審:桜井30-28. 少白竜29-28. 仲30-28

第1ラウンドの蹴り中心の攻防から喜多村が徐々に前進を強める。第2ラウンドにパンチの応酬で喜入は右目下を小さくカット。喜入も前進し、ヒジ打ちで圧力を掛けるも、冷静な喜多村はヒジ打ちを返していくと喜入の額の辺りも大きくカット。

第3ラウンドには喜入がラッシュを掛けてくるが、喜多村は接近すれば叩きつけるヒジ打ちで何度も喜入の前頭部を攻め込むと、喜入の額の負傷は3箇所ほどに増え、かなりの流血。

更にパンチや蹴りで圧倒する喜多村だが、諦めない喜入はスピード、パワーが鈍っても攻め返してくるが、喜多村の圧倒した展開は変わらず判定勝利した。

叩きつける喜多村のヒジ打ちの嵐

顔面の数箇所から出血した喜入衆

喜入が流血しながらバックハンドブローを打つ

◆第6試合 スーパーフライ級3回戦

泰史(前・日本フライ級C/伊原/52.1kg)
VS
老沼隆斗(レベルスムエタイ・スーパーフライ級C/STRUGGLE/52.0kg)
勝者:泰史 / KO 2R 2:57 / 主審:椎名利一

両者好戦的な蹴り合いから、老沼が先手を打って出る流れ。しかし泰史が徐々にパンチで追いはじめ、第2ラウンドにボディーブローからヒザ蹴りでノックダウンを奪うと、更にヒジ打ちを折り混ぜながら右ストレートで2度目のノックダウンを奪う。

諦めない老沼はリズムを変えたいが泰史が更に接近してパンチ連打を打ち込むと老沼は力尽きたように崩れ落ちたところで3ノックダウン。泰史のKO勝利。

老沼を追い込んだ泰史のパンチ

◆第5試合 フェザー級3回戦

日本フェザー級2位.瀬戸口勝也(横須賀太賀/56.75kg)
VS
NJKFフェザー級7位.小田武司(拳乃会/57.0kg)
勝者:瀬戸口勝也 / 判定3-0 / 主審:仲俊光
副審:椎名30-26. 少白竜29-26. 宮沢30-26

第1ラウンドに小田がローキックで出るも、瀬戸口が得意の重いパンチ連打が圧倒し、2度のノックダウンを奪うが、ノックアウトには至らず。第2ラウンド以降も小田は打たれながら打ち返す踏ん張りも目立ったが逆転には至らず、瀬戸口の大差判定勝利となった。

◆第4試合 ミドル級3回戦

日本ミドル級1位.本田聖典(伊原新潟/72.4kg)
VS
ポーンパノム・ペットプームムエタイ(タイ/70.45kg)
(プーケット県パトンスタジアム・ウェルター級C)
勝者:ポーンパノム / TKO 3R 0:39 / 主審:桜井一秀

◆第3試合 フライ級3回戦

日本フライ級2位.空龍(伊原新潟/50.6kg)vs阿部秀虎(鷹虎/49.85kg)
勝者:空龍 / 判定3-0 / 主審:少白竜
副審:椎名29-27. 仲30-28. 桜井30-27

◆第2試合 フェザー級3回戦

日本フェザー級6位.平塚一郎(トーエル/56.9kg)
VS
JKIフェザー級8位.千羽裕樹(スクランブル渋谷/56.95kg)
勝者:千羽裕樹 / TKO 3R 1:21 / 主審:宮沢誠

◆第1試合 70.0kg契約3回戦

大久和輝(伊原/69.75kg)vs NJKFウェルター級3位.JUN Da雷音(E.S.G/68.25kg)
勝者:大久和輝 / 判定3-0 / 主審:椎名利一
副審:少白竜29-27. 29-28. 30-26

《取材戦記》

「初秋のチャンピオンカーニバル」というサブタイトル。日本のキックボクシング界、どこに行ってもチャンピオンだらけのカーニバルという印象があるが、この日のマッチメイクに於いても激しい戦いが続きました。

重森陽太にとっては後半追われての引分けは悔しい結果。「どんな強い選手でも必ずKO勝ちをして興行を締めなければならないという使命感はありました。このような結果になってしまったのはまだまだ不甲斐ないと思っています。次は必ず結果を残したいと思います」とマイクで語った重森陽太。結果を残す次なる強豪相手は誰になるか、プロモーター次第だが、できればWKBA王座を、防衛期限を待たずにこなしていって欲しいと願うところ。これは全ての現・チャンピオンに言えることで、これが老舗王座の価値を高めることでしょう。

次回新日本キックボクシング協会興行は、10月20日(日)に後楽園ホールに於いてMAGNUM.51が開催。勝次(=高橋勝治)が一階級上げて、WKBA世界スーパーライト級王座決定戦に出場。対戦相手はリカルド・ブラボと同じアルゼンチン出身のアニバル・シアンシアルー選手に決定した模様。

3月3日のWKBA世界ライト級王座決定戦でノラシン・シットムアンシーに敗れ、4月20日のREBELS興行での宮越慶二郎にも敗れて2連敗中の中、次戦で結果を残せるか。そしてその先を視野に期待したいものです。

メインイベントは当初の予定どおり、江幡睦がタイ国ラジャダムナンスタジアム・バンタム級王座に4年ぶり4度目の挑戦。チャンピオンのサオトー・シット・シェフブンタムは1月23日に当時のチャンピオン、ゴーンサック・ソーサタラーから判定で王座奪取し、6月27日にはゴーンサックを3ラウンドTKO勝利で返り討ちにし、現在6連勝中で、江幡睦戦は2度目の防衛戦となります。

江幡睦にとって過去最強の難敵襲来のかなり厳しい予想となるも、“どんな技でも倒せる”という勢いで、“今度こそ奪取”の期待も高まる江幡睦です。

今回のサオトーは双子の弟で、兄は現在スーパーバンタム級のサオエークで、元・ラジャダムナン系スーパーフライ級チャンピオンの実力者。この先、江幡ツインズとサオエーク・サオトーツインズのタイトル絡みの対決も期待されます。

塁が戴冠の「KNOCK OUT」ベルトとWKBAのベルトを持つ江幡ツインズ、ラジャダムナン王座へ向けた二人の挑戦が続く

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]

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小学校低学年31kg未満 宮崎遼二vs稲田滉大

MVP 山口瑠

8月24日(土)豊島区立雑司が谷体育館にて開催されました、『WBCムエタイジュニアリーグ第5回全U15、第4回U18全国大会』の全19階級の王者が決定。

熱戦を繰り広げた選手の中から、最優秀選手(MVP)にはU15中学生50kg未満で優勝した山口瑠選手が獲得し、タイ国政府観光庁より3泊4日バンコク観光・ムエタイ観戦ツアーが贈呈。他に敢闘賞、各クラス1名計4名、フェアプレー賞各クラス1名計4名が受賞。

◎WBCムエタイジュニアリーグ第5回全国大会 / 8月24日(土)12:00~
会場:豊島区立雑司が谷体育館
主催:WBCムエタイジュニアリーグ実行委員会

◆WBCムエタイジュニアリーグ、第5回U15、第4回U18全国大会決勝

◆U15 小学校低学年(3年生、4年生)

25kg未満決勝   ×中森琉海vs駒木根稔和○

28kg未満準決勝  ○小野琥大vs大出琥太郎×
     決勝  ○中山幸亮vs小野琥大×

31kg未満準決勝  ×戸部汐汰vs稲田滉大○
     決勝  ○宮崎遼二vs稲田滉大×

34kg未満決勝   ×高山翔星vs大矢凉夏○

小学校高学年31kg未満 竹中悠獅vs大久保世璃

◆U15 小学校高学年(5年生、6年生)

28kg未満決勝   ×松本来人vs島田晋作○

31kg未満準決勝  ○大久保世璃vs上窪聖 ×
     決勝  ×竹中悠獅vs大久保世璃○

34kg未満準決勝  ×細美樹斗vs曽我昴史○
         ○小林栄絢vs沖井朔斗×

     決勝  ○曽我昴史vs小林栄絢×

37kg未満     ×鈴木咲耶vs竹内征汰○
     決勝  ×岩本慎vs竹内征汰○

40kg未満準決勝  ×成尾歩斗vs高橋ルキヤ○
         ×志賀野真人vs宮里阿連○
      決勝  ○高橋ルキヤvs宮里阿連×

45㎏未満優勝   生田瑠玖

小学校低学年28kg未満 中山幸亮vs小野琥大

中学生37kg未満 比嘉暖人vs藤井昴

中学生50kg未満 山口瑠vs坂本嵐

◆U15 中学生

34kg未満準決勝  ○小佐野航vs辻畑元気×
         ○桜井嵐vs清水龍月×
     決勝 ○小佐野航vs桜井嵐×

37kg未満準決勝  ○比嘉暖人vs岡林昊×
         ×杉浦輝vs藤井昴○
決勝 ×比嘉暖人vs藤井昴○ 

40kg未満準決勝  ×井上大和vs酒寄珠玲葵○
決勝 ×長洲優人vs酒寄珠玲葵○

45kg未満準々決勝 ○大久保琉唯vs前田大尊×
          ×安野竜信vs林裕人○

      準決勝 ○大久保琉唯vs林裕人×
          ○下地絃斗vs佐藤勇波×
       決勝 ×下地絃人vs大久保琉唯○

50㎏未満準々決勝  ×浦田拓真vs山口瑠○
      準決勝 ×齋藤龍之介vs山口瑠○
          ○坂本嵐vs下地奏人×
      決勝  ○山口瑠vs坂本嵐×

中学生55kg未満 小林亜維二vs上田咲也

高校生57kg以下 田中大翔vs山内歩希

55kg未満準決勝  ○小林亜維二vs片原樹×
         ×桜井竜馬vs上田咲也○
     決勝  ○小林亜維二vs上田咲也×

60kg未満決勝   ○川崎海宗vs左近颯大×

◆U18 高校生

52kg以下準々決勝 ×谷川瑠太vs阿部温羽○
     準決勝 ○若原聖vs阿部温羽×
         ×酒寄珠璃vs加藤真○
      決勝  ×若原聖vs加藤真○

57kg以下準決勝  ○田中大翔vs松岡優太×
         ×横山太一郎vs山内歩希○
     決勝   ○田中大翔vs山内歩希×

高校生52kg以下 若原聖vs加藤真

《各表彰者》

MVP
山口瑠(拳心會館)中学生50kg未満

敢闘賞
宮崎遼二(日本空手道 拳竜会)小学校低学年31kg
高橋ルキヤ(日本空手道 拳竜会)小学校高学年40kg未満
藤井昴(治政館 江戸川道場)中学生37kg未満
加藤真(魁塾)高校生52kg以下

敢闘賞=左から高橋ルキヤ、宮崎遼二、加藤真、藤井昴

フェアプレー賞
中山幸亮(team AKATSUKI)小学校低学年28kg未満
大久保世璃(K-1GYM WOLF)小学校高学年31kg未満
小林亜維二(新興ムエタイ)中学校55kg未満
田中大翔(不死鳥)高校生57kg以下

フェアプレイ賞=小林亜維二、中山幸亮、大久保世璃、田中大翔

《取材戦記》

幼少期から始まる戦いと、35歳から始まるオヤジファイトやキックなど、幅広い選択肢のある時代です。

今回のイベントは、プロのリングに立つ前の、ジュニアキックの全国大会。他のアマチュアジュニア大会で、10年前から始まったWINDY SuperFightでは、那須川天心や吉成名高が活躍し、プロ入り後、十代のうちからメインイベンターとなり、ムエタイ殿堂王座や世界のトップクラスの王座を獲得するなどの活躍の裏には、幼少期からキック・ムエタイに馴染む戦いの場があったことに由来します。

WBCムエタイ日本傘下に於いては2015年から始まったU15大会、翌年はU18も開催、ここから近い将来のプロでのメインイベンターの出現が期待されます。

判定結果が下される前、とりあえず勝ちをアピールする者。勝者コールの瞬間、歓喜の雄叫びを上げる者。接戦の末、勝者となって驚く者。負けて泣いてリングを降りる者。プロでも見られる喜怒哀楽が、このジュニアたちにも表れる人間模様でした。しかしこのジュニアたちはまだ十代でのアマチュア段階。ここで挫けることなく、負けることも重要な糧として、また鍛え直されることでしょう。

表彰選手と役員集合

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]

フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

一水会代表 木村三浩 編著『スゴイぞ!プーチン 一日も早く日露平和条約の締結を!』

上條英男『BOSS 一匹狼マネージャー50年の闘い』。「伝説のマネージャー」だけが知る日本の「音楽」と「芸能界」!

◆ムエタイ選手の事故

やがて日本へ帰る日も近くなった頃、タイの正月に当たる4月中旬のソンクラーン祭(水掛け祭り)に入る前、選手たちは田舎へ帰る者が多かった。このアナンさんのジムは御夫婦ともタイ南部のスラータニー県出身で、その縁から選手も南部出身者が多いが、そんな頃、アナンさんが「オーム、ターイレーオ!」と言ってきた。

スラータニー県に帰る選手らのトラックバスが事故を起こし、15歳ほどの有望な選手、オームくんが転覆したトラックの荷台から投げ出され頭部を打って亡くなったという。ジムの練習やアナンさん宅で立嶋アッシーと話していた姿を思い出すと、やっぱり可哀想な運命だった。これは誰にでも起こり得る現象が刻々と流れる時間の中で起きたこと。

左から3番目、小柄な赤いトランクスがオーム(ニックネーム)くん。おとなしく優しい選手だった。一番左がアナンさん。1993年の撮影なので事故から2年ほど前です

御神輿に乗ったように担がれ、寺に向かう出家者

オームくんは田舎でソンクラーン祭を楽しんで来るつもりだったろう。そしてまた苦しくもムエタイとの戦いに励む。そんな日々がやってくるはずだった。それが突然、人生を打ち切られるのだ。何が因でなぜ果に繋がったのだろう。どこかでちょっとでもタイミングがずれていれば事故など起きなかったか、命は助かったろうに。

そんな感情とは裏腹に「うわっ、俺のせい?」とも思った。黄衣を持ち帰った祟りか。そんなことを指摘されるかと思ったが、アナンさんらは一切そんなことは言わなかった。それは遠慮している空気ではない。元から関連は無いというタイ人思考なのだろう。散々不愉快な思いをさせたのに。

◆続く不吉な出来事

ソンクラーンも過ぎて数日後、チャンリットさんに預けっぱなしの黄衣を放っておくわけにはいかない。帰国に合わせて日本へ送る為、チャンリットさん宅を訪れた。この空港近くの地域に来るとホッとするなあ。初めてタイに来た頃のチャイバダンジムがある馴染んだ土地だし。

出会って間もなく、チャンリットさんは「妻が入院した!」と言う。何、またか。また私のせいで不吉な思いをさせてしまったか。不浄な黄衣はそんな魔力があるのか、「それって、黄衣預かってくれたせい?」なんて聞いてみると、「ハッハッハッハ!関係無いよ。気にするな。前から調子悪かったんだ!」

しかし何でこんなことが続けて起こるのか。単なる偶然にしても何が因で事故や病気の果になるのだろうか。チャンリットさんの奥さんは気管支炎のようで、幸い病状は軽い様子だった。

そんな不浄な黄衣類はチャンリットさんに手伝って貰い、郵便局で貰った箱に詰め、そのまま練馬のお祖母ちゃん家へ自分宛に航空便で送った。その先の祟りは自分が被ろう。

寺に到着

黄衣を授けられる出家者

長老が多いお寺で和尚さんより黄衣を授けられる

◆最後の儀式

チャンリットさんから新たに「近所の知人の友達が、アントーン県で出家するんだが、その得度式に一緒に行かないか、ハルキも知ってる人だよ!」と誘われて、ほんの2日後、1泊2日で前日の出家祝いパーティーから参加させて貰うことにした。

出家志願者は私の以前の彼女の弟だった。タイ滞在の最後に大波乱である。経緯は省くが、気心知れた一家との再会。これも仏陀の導く縁。ここで徳を積んで修行の足りない自分の厄払いをしておこう。

出家の前夜に行なう大宴会。藤川さんも再出家の際は盛大にやって、ビール大瓶5~6本飲んだとか。最後の晩餐だったのだろう。私の場合はタイに親族はいないし、極秘でやりたかったから前夜祭は無しだった。ネイトさんも外国人として突然の出家で、そんな余裕は無かった。

そんな過去を思い出しながら、高床式の家が建つ部落に着くと、こんな盛大にやるのかと思うほどのスピーカーが置かれ、ディスコになるほどの音楽が掛かるドンチャン騒ぎ。お金の掛かる一大事業に、参列者へは出家に肖る徳を得られる機会を与えるのだろう。

出家祝い前夜祭、藤川さんもこんな前夜だったろう

深夜まで騒ぎは続き、部落の各家に大勢が板の間のスペースに泊まり、朝方には陽も昇らぬ暗いうちから大音響の音楽が周囲に鳴り響いた。誰か酔った勢いのイタズラかと思ったが、“寺に向かう準備せよ”という目覚ましだったようだ。出家者は二人で、剃髪は前夜祭の前に終っていたが、白い衣を纏い、二人はそれぞれが仲間に肩車され、親族が囲こみ、列を成して寺に向かった。過去に見た得度式の流れ。寺や地域、寄進によってやり方は違うが、彼らは自分で問答に応え、口移し無しで立派にやり終えた。聞けば出家は7日間だけで、すぐ還俗すると言う。勿体無いなあ。グルークチャイのような試合が迫っている訳でも無いだろうに。

得度式が始まる前までは彼らの傍らに彼女らしき綺麗な女性が付き添っていたから、結婚を控えて、男として一人前になる為の終えておかねばならない成人式のような儀式だったのだろう。彼らの未来が前途洋々であることを願った。

出家が認められ、黄衣に替わり、更なる戒律の問答へ

二人並んでの誓いの言葉

◆旅の終わりに

帰国の日、アナンさんは「またタイに来たらウチに泊まれよ、近いうち新しくジム建てるからな!」と言ってくれた。不愉快な思いをさせたことや長く居候したことなど関係なく、また泊めてくれる気遣いには感謝するのみ。日本から来た選手や私など、毎度空港まで見送ってくれるアナンさん。温かい見送りだった。

帰国は問題なく、送った黄衣以外の蚊帳用傘とバーツ(お鉢)も持って成田空港入国審査も通過。

練馬への帰り道も、タイへ向かう日の朝を思い出した。通り掛かる都立家政駅前商店街の風景も変わらず、比丘として体調崩しながらラオスからノンカイに戻った時も、この道を思い浮かべたのだ。後は何とかここまで帰れると。苦しかったなあ。不安だったなあ。でもここに帰って来れてよかった。そんな想いを持って、お祖母ちゃんのアパートに到着。早速怒られた。

「長いことどこに行っとったんや!」と。家族として一緒に生活していた訳ではないが、タダで泊めて貰っていた上に借金しての旅だったから怒られることは仕方無い。

「金返せ!」とは一度も言われないが(言う人ではないが)、ガタガタ(だらしないと)言われないよう早く返そうと思う。

そして、自分宛に送った航空便はしっかり封を開けられていた。「腐るモンでも入っとったらイカンと思うて!」と言うお祖母ちゃん。同居する叔母が「腐ろうがどうなろうが人の物開けるもんじゃないでしょ!」と怒っていたが、私も「日数掛かるのに腐りやすい物など入れる訳ないだろうよ、それより祟りがあるぞ!」と思ったが、何も言い返さなかった。でも黄衣を見ても、ただの黄色い布切れとしか思わなかったようだ。

◆お礼参り

また戻った荷物ギッシリの三畳間暮らし。そんなある日、藤川さんから手紙が届く。本当に頼みもしないのにやって来るようだ。またセコくバングラディッシュ航空便で6月9日(1995年)朝8時10分成田空港着。春原さんにも連絡したらしく、「春原さんを巻き込まないでくれよ!」と思う。

放っておいてやろうかとも思うが、でも朝早くに成田空港に着いたら腹が減っているだろう。前日の昼過ぎ以降は何も食べていないのだ。私も腹が減っても勝手に飯を食えない苦しさは経験したし、昨年は出家への“お願い参り”としてお世話したが、本当にお世話になったことだし、やっぱり“お礼参り”に行ってやろうかな。

飯を食わせに行かねば。そんな心遣いから当日は朝5時に起きて向かうことにした。手紙を読みながら狭いアパートの三畳間に暮らし、引越しも企てる5月末のある日だった。

得度証明書が授けられた出家者

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]

フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

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