◆首都バンコク、ルンピニースタジアムでは3月6日だけで100人超の感染者!

バンコクでは新型コロナウイルス(COVID-19)による影響で、バンコクとその周辺の県に限り、デパート、ショッピングモールなどの商業施設、スタジアム、スポーツ施設、イベント、パブ、ソープランド、マッサージ店その他、人が集まる場所の開催全面禁止令が発令されました。当初の閉鎖等の実施となったのが3月18日から3月31日まで。その後4月12日まで延期。さらに4月末まで延長されています。他の県は各県知事の判断によります。

3月25日には改めてタイ全土でのスタジアム、スポーツ施設、スポーツ競技会、競馬場、遊技場の開催禁止令と70歳以上の人と5歳以下の子どもの正当な理由なき外出の禁止令が発令されています。外国人の入国も一部の条件を満たしている労働許可所持者など以外は実質入国禁止。

コンビニエンスストアとスーパーマーケットの営業は可能。飲食店は持ち帰りのみで店内での飲食は不可。ムエタイも興行開催やジムのオープンも出来ず、やっていれば違法となり、10万バーツ(約33万円)の罰金か1年以下の禁固刑が決められている模様。

試合の無い選手たちは一例として、野菜を売るなどのアルバイトもしている選手もいるようです。発表されている非常事態宣言の日程や禁止範囲が日々拡大化される可能性もある中、「経済が悪化し犯罪が増える可能性が高くなるのが怖い」と言う現地の声があるようです。

3月6日のルンピニースタジアムでのムエタイ興行で100人あまりの爆発的な感染者を出した中では、MC担当した有名俳優が感染したり、ギャンブラーらの感染が増えたのが公になった為、無観客試合も禁止されてしまいました。

ムエタイジムの昼間の休息時間。これはイメージ画像です

◆お寺にタンブン(寄進)に行く人も減ってはいるものの……

数は減っても通常の托鉢は各地で行われている模様(2003年3月撮影)

タイのお寺では、比丘による通常の托鉢は行われており、お寺に信者さんが集まる徳を積む行為も、一般的に言えば営利目的ではないにせよ、人が集まる場所として禁止令に該当すると考えられますが、お寺にタンブン(寄進)に行く人は減ってはいるものの、やはり敬虔な仏教徒の在家信者さんはお寺と密着した存在で、お寺に行って御布施や寄進をすると考えられ、比丘の食を乞う存在は食糧難に陥ることは無く、そのバランスは保たれていると考えられます。

中には人と比丘も密着を避けるという理由で、タンブンする食品を比丘が持つバーツ(御鉢)めがけて3メートルほど離れたところから投げ渡すとか、食品を棒に括り付けてバーツに入れるとか、離れてサイバーツ(御鉢に寄進)するのをネタにした、ふざけた動画がインターネット上に投稿されているのが出回ってますが、これらはヤラセが多いようです。

◆日本では経営難に陥るジムやプロモーションも出てくる

開場前の後楽園ホール南側

日本でのプロボクシング興行は当初どおり、日本ボクシングコミッションと日本プロボクシング協会の連係決定で、改定を経て4月末までの興行中止か延期が決定(無観客試合は規定条件を満たせば可能)。

プロキックボクシング興行では、元から機能するコミッションは存在せず、国の自粛要請が出ても法的拘束力は無い為、判断は各団体、各プロモーション任せしかありません。自粛ムード高まる中での開催された興行もあり、会場費のキャンセルが出来ない等、主催ジムが経済的に大打撃を受けるので開催せざるを得ないという場合があるようです。中には開催反対意見もあったり、開催希望する意見もある様子で、コロナに対する個人の意識の差があるようです。

会場も建っているだけで日々経費が掛かるもので、キャンセル代無料とはいかない立場でもあり、市や区運営の会場によっては社会情勢を考慮してキャンセル料を取らないという温情もある模様です。長引くほど経営難に陥る各ジム、各プロモーションの生き残りも深刻化していく状況で、終息を祈るばかりの日々は続きます。

自粛状況や興行中止期限は日々変化していくものと考えられますので、各団体等の発表を御確認ください。

後楽園ホールの開場前風景。無観客となるとこんな感じか

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]

フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

タブーなき言論を! 月刊『紙の爆弾』2020年4月号

一水会代表 木村三浩 編著『スゴイぞ!プーチン 一日も早く日露平和条約の締結を!』

上條英男『BOSS 一匹狼マネージャー50年の闘い』。「伝説のマネージャー」だけが知る日本の「音楽」と「芸能界」!

2月26日、安倍首相が「今後2週間はスポーツや文化に関するイベントの開催について中止・延期などの対応をとるよう要請した。」という発表がありました。

プロボクシングは、日本ボクシングコミッションと管轄下の日本プロボクシング協会が2月26日、いち早く日本全国で行われる3月興行全てが中止か延期と発表しました。

プロボクシングを含む多くの興行が中止となった後楽園ホールのリング

伊原代表のマイク投げも今回は見られない

3月に予定されていたプロボクシング興行は全国で15興行。4月以降の興行は、政府の要請やコロナウイルス感染拡大の影響を鑑みて判断する模様です。

大相撲春場所も前々から対策を発表していましたが、本場所そのものの延期は難しいので(過去、1日順延有り/昭和天皇崩御)、無観客での開催や中止も考えられた中、日本相撲協会は3月1日、春場所の無観客開催を決定しました。

政府発表の翌日2月27日、3月興行を予定される一部のキックボクシング各団体興行、フリーのプロモーター興行は中止・延期の発表がありました。

キックボクシングは統一管轄機関(コミッション)が無いので各団体等の協議次第ですが、中止・延期の発表とともに、3月初頭開催の直前中止が難しいもの、下旬に大会場での強行を予定している興行もあり、一斉に自粛要請ができない、または発表にバラつきが出るのはこんな時、コミッションが無いのは不便なものです。

鹿砦社通信で掲載予定の二つの興行は、2月27日に主催者より中止、または延期が発表されています。

・3月8日(日)後楽園ホールでの新日本キックボクシング協会主催、REBELSとの合同興行「TITANS×REBELS.1st」

3月8日予定、新日本キックボクシング協会「TITANS×REBELS」は延期の発表

アリス(左)とオンドラムの二人も出場予定だった「TITANS×REBELS」

・3月15日(日)後楽園ホールでのジャパンキックボクシング協会主催「KICK Insist.10」

3月15日予定、ジャパンキックボクシング協会「KICK Insist.10」は中止を発表

その他も中止の発表をされている団体興行やフリーの単独興行があります。

チケットに関して、「後楽園ホール窓口にてチケットをご購入された方は、3月1日(日)から3月31日(火)まで、後楽園ホール窓口にて払い戻しのご対応を致します。」という発表です。 その他、購入先での発表を御確認願います。

2月29日(土)に後楽園ホールで行われましたREBELS.64について、以下の対応を行なった模様です。

3月8日のメインイベンターは重森陽太だった(撮影:伊原プロモーション)

前日計量の一般公開中止、サイン会の中止、 会場入口付近に消毒剤の設置、 スタッフのマスク着用、 全ての来場者に手洗い・アルコール消毒・うがいの励行・マスクの着用などの徹底。今後の開催される興行についてもこのような対策が強いられることでしょう。

中止となった興行のカードは今後の予定されている興行に順延され、選手、ジム側の先のスケジュールの都合によって消滅カードもあるかもしれないのは仕方無いところ。

「TITANS×REBELS.1st」という対抗戦の延期は次回以降の興行に組み込むか、または時期をずらした新たな日程を組んだ上での興行開催も検討されることでしょう。

自然災害はいつ起こるか分からないものの、問題は会場費、売り捌かれたチケットの払い戻し、パンフレット・ポスターの製作費などとそれらの人件費があります。

保険で賄える範疇が判別し難いところがありますが、悪天候、交通機関の事故による開催不能は対象となり、地震や戦争など被害の規模がどこまで及ぶか予測が難しい場合や、新型ウイルスの蔓延防止による中止は対象とならないようですが、保険会社によって対応が異なるようで、今後の災害時に向けた対策が急がれるところでしょう。

昨年10月の台風19号による日本キックボクシング連盟の興行中止がありましたが、対戦カードは後々の興行に組み込まれたり消滅したカードがありました。PRIMA GOLD杯トーナメント戦も準決勝後の期間が大きく空いてしまう影響が出ましたが、後の興行で決勝戦を開催し、無事終了を迎えています。このコロナウイルス影響が長引くと続けて興行中止に繋がるので、あらゆるスポーツ、文化イベントは終息を祈るばかりでしょう。

以上は3月1日時点の状況です。今後の中止・延期、または無観客開催などの発表には各主催者発表を御確認ください。

「TITANS×REBELS」記者会見で意気込みを語ったばかりの選手たち(2月22日/撮影:伊原プロモーション)

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]

フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

2020年もタブーなき言論を! 月刊『紙の爆弾』2020年4月号

一水会代表 木村三浩 編著『スゴイぞ!プーチン 一日も早く日露平和条約の締結を!』

上條英男『BOSS 一匹狼マネージャー50年の闘い』。「伝説のマネージャー」だけが知る日本の「音楽」と「芸能界」!

年初めの本興行としては空席目立つ静かな場内。大きな声援は出場選手の応援団ばかり。しかし、いつもながら交流戦が進む他団体首脳陣の顔触れが目立つ会場風景であった。坂上顕二理事長は初年度を乗り切り、二年目の舵取りはどう進むかも見所の興行。

メインイベントは度々耳にするISKAという世界機構の傘下にある王座のタイトルマッチ。国内も乱立しているが、世界的にも数々のタイトルがある中、ムエタイルールやキックルール、プロ空手式のルールによって、ヨーロッパやアメリカ、アジア各地でチャンピオンらの占めるエリアの片寄りがあるものの、比較的充実した展開を見せているISKA。

2019年の年間表彰式がリング上で行われ、年間最優秀選手は大田拓真。昨年は6月に新人(=あらと/ESG)からWBCムエタイ日本フェザー級王座を奪取し、11月にS-1ジャパン55㎏級トーナメント優勝。その決勝戦の馬渡亮太戦で年間最高試合賞も獲得。

最優秀選手:大田拓真(新興ムエタイ)
殊勲賞:波賀宙也(立川KBA)
敢闘賞:中野椋太(誠至会)
技能賞:健太(E.S.G)
努力賞:山浦俊一(新興ムエタイ)
新人賞:優心(京都野口)
女子最優秀選手賞:Ayaka(健心塾)
年間最高試合賞:大田拓真(新興ムエタイ)vs 馬渡亮太(治政館)
他、格闘技マスコミ各賞

2019年の年間表彰式。前列中央が年間最優秀選手の大田拓真(新興ムエタイ)

ロベルトの威圧的攻めでリズムを狂わされた前田浩喜

◎NJKF 2020 1st / 2月16日(日)後楽園ホール17:00~20:50
主催:ニュージャパンキックボクシング連盟(NJKF) / 認定:NJKF、ISKA

◆10 ISKAムエタイ・インターコンチネンタル・フェザー級王座決定戦 5回戦

前田浩喜(CORE/57.0kg)
    VS
ISKAイタリア・フェザー級8位.オリビア・ロベルト(イタリア/56.45kg)
勝者:オリビア・ロベルト / 判定1-2 / 主審:宮本和俊
副審:竹村48-47. 中山46-49. 多賀谷47-48

ロベルトの脚は細く、脆そうな体格だったが、見た目と実力は大きく差があった。

ロベルトの攻めが届く距離の取り方が上手かった

身長177センチからくる手足の長さを有効に使うロベルト。前田のローキックはその細い脚に幾度かヒットさせ、真っ赤に蹴り跡が残る。

ここから脚を殺してノックアウトに導くかと思えたが、ロベルトの重心の乗ったパンチを振り回して前田の顔面とボディーを打ち込み、長い脚から振り回してくるハイキックは厄介で、前田はリズムを作れず、蹴りやパンチも単発でヒットさせてもインパクトが足りない。

ズルズルとロベルトのペースに引き込まれたまま試合は終了。接戦の展開にも見えるが、前田陣営からも檄が飛ぶ、攻めの勢いが全く足りない試合だった。

前田浩喜は43戦26勝(16KO)14敗3分となった。

前田浩喜の勝機を導くローキックは効果的ながら、次第に少なくなった

手足の長いロベルトが活かした左ストレート

前田浩喜が攻めるがロベルトも返しが上手い

◆9 NJKFスーパーライト級タイトルマッチ 5回戦

畠山隼人の強打がヒットし、崩れ行く真吾YAMATO

チャンピオン.畠山隼人(E.S.G/62.9kg)vs1位.真吾YAMATO(大和/63.1kg)
勝者:畠山隼人 / KO 2R 2:46 / 3ノックダウン / 主審:少白竜
畠山隼人が初防衛

2018年6月に王座決定戦で対戦した両者。畠山がパンチの強打で制したが、今回は距離を保つ真吾が蹴りで主導権を奪う序盤の勢い。

畠山はスロースターター気味に出遅れた感があるが、強打を打込むタイミングを図り、倒す確信を持ったか、第2ラウンドに入ると目が覚めたように強打を振り回し始めた。

踏み込んで畠山の距離になると、フック系のパンチ連打で真吾の顎にヒットすると形勢逆転、効いてしまった真吾に連打を続け、フック気味に2度ノックダウンを奪うと、何とかこのラウンドを凌いで青コーナーに帰りたい真吾に逃がさず連打したところでレフェリーが止める3ノックダウン目となり、再び畠山の豪快ノックアウト勝利となって初防衛に成功。

28戦16勝(8KO)10敗2分となった畠山隼人。勝ったり負けたりだが、またスリリングな展開で上位を目指す。真吾YAMATOは22戦13勝(5KO)8敗1分。

畠山隼人の強打再び、真吾の顔面を打込む

倒すのは時間の問題、仕留めに掛かる畠山隼人の左ストレート

主導権を奪った波賀宙也の攻め

◆8 57.0kg契約3回戦

IBFムエタイ世界ジュニアフェザー級チャンピオン.波賀宙也(立川KBA/56.95kg) 
     VS
フアサン・オー・ユッタチャイ(タイ/56.5kg)
勝者:波賀宙也 / TKO 3R 2:08 / 主審:多賀谷敏朗

ローキックなど蹴りの様子見でフアサンの出方を見て先手を打って出た波賀。接近しても攻められても波賀の冷静な捌きがあった。
第2ラウンドには接近戦でのヒジ打ち、ヒザ蹴りの展開からパンチに繋いでノックダウンを奪うと更に余裕が出てきた波賀。
第3ラウンドも接近戦でヒジ打ちでノックダウンを奪い、更に左ヒジ打ちを顎に打ち込むとフアサンはその場で倒れ込み、レフェリーがカウントを始めたところですぐ試合をストップした。保持する世界王座の初防衛戦に向けて前哨戦を難なく突破した波賀宙也は40戦26勝(4KO)11敗3分。

接近戦の攻防からパンチでノックダウンを奪う波賀宙也

左ヒジ打ちをヒットさせた波賀宙也

左ヒジ打ちを食らった後、バッタリ倒れ込んだフアサン

◆7 56.0kg契約3回戦

WBCムエタイ日本フェザー級チャンピオン.大田拓真(新興ムエタイ/55.8kg)
     VS
バンラングーン・オー・ユッタチャイ(タイ/54.65kg)
勝者:バンラングーン / 判定0-3 / 主審:竹村光一
副審:少白竜28-30. 多賀谷27-30. 宮本27-30

蹴ってくる大田に前蹴りを合わせてバランス崩させるバンラングーン。大田の出方に合わせて空いた箇所を打込むのが上手い。大田の脇腹と背中に周るあたりは真っ赤に蹴られた跡が残った。2019年の年間最優秀選手賞を受賞したばかりの大田拓真に、また新たな試練を与えるような結果となった。大田拓真は24戦18勝(5KO)5敗1分。

◆6 59.0kg契約3回戦

WMC日本スーパーフェザー級チャンピオン.梅沢武彦(東京町田金子/58.8kg) 
     VS
J-NETWORKフェザー級チャンピオン.一仁(真樹AICHI/58.95kg)
引分け 三者三様 / 主審:中山宏美
副審:少白竜30-29. 竹村29-29. 多賀谷29-30

パンチと廻し蹴りの攻防が続く。接近戦での首相撲からのヒザ蹴りもあるが展開は少ない。主導権を奪うに至らない結果が残った。

一仁の左ジャブと梅沢武彦の左ミドルキックが交錯

◆5 60.0kg契約3回戦

NJKFスーパーフェザー級チャンピオン.山浦俊一(新興ムエタイ/61.85→61.75kg) 
    VS
NJKFライト級6位.羅向(ZERO/59.9kg)
勝者:山浦俊一 / 判定3-0(山浦に減点1を含む採点) / 主審:宮本和俊
副審:中山29-27. 竹村29-28. 多賀谷29-28 

◆4 フライ級3回戦

EIJI(E.S.G/50.8kg)vs優心(京都野口/50.85→50.8kg)
勝者:優心 / 判定0-3 / 主審:少白竜
副審:中山28-30. 竹村28-30. 宮本27-30

◆3 68.0kg契約3回戦

渡邊知久(Bombo Freely/67.4kg)vs宗方888(キング/67.85kg)
勝者:宗方888 / KO 1R 1:45 / 3ノックダウン / 主審:多賀谷敏朗

◆2 女子 アトム級(-46.266kg)3回戦(2分制)

亜美(OGUNI/46.0kg)vsねこ太(トイカツ/46.26kg)
勝者:亜美 / 判定3-0 / 主審:竹村光一
副審:多賀谷30-29. 少白竜30-29. 宮本30-29 

◆1 フライ級3回戦

悠(GRABS/50.15kg)vs谷津晴之(新興ムエタイ/50.4kg)
勝者:谷津晴之 / 判定0-3 / 主審:中山宏美
副審:多賀谷28-30. 少白竜28-30. 竹村28-30

《取材戦記》

昨年9月23日に獲得したIBFムエタイ世界ジュニアフェザー級王座を保持する波賀宙也の初防衛戦は獲得から9ヵ月の期限に合わせて6月14日に行なわれる予定。期限以内でももっと防衛戦を行なって欲しいところだが、プロボクシングとは違う興行事情があるのは仕方無いところだろう。

前田浩喜の対戦相手は“ロベルト・オリビア”か“オリビア・ロベルト”か。ファーストネームに“ロベルト”が付くプロボクサーは多い。ニュアンス的にロベルトがファーストネームとなる気がしたが、ISKA立会人に聞いてみると、あまり拘る様子無く、どっちでもいいらしい。本名と正式なリングネームはあるはずで、この辺は招聘したプロモーター側の発表次第だが、発表どおりに記載すると、「オリビア・ロベルトが王座獲得」となりました。

役員に囲まれて、チャンピオンベルトを巻き、認定証を受けたオリビア・ロベルト

畠山隼人に敗れた真吾YAMATOは3度目の王座挑戦も実らず倒されてしまった。この打たれたダメージと精神的ダメージは如何ほどか。真吾よりチーフセコンドが泣いていたことから、チームとしての試合に懸けるよほどの覚悟があったのだろう。そんな勝負の厳しさが伺える勝者と敗者の明暗だった。

反省点を述べつつ初防衛に成功、ラウンドガールとエスコートキッズの男の子に囲まれる畠山隼人

年間表彰式はプロスポーツ各競技でも実施されていて、プロ野球や競輪などは歴史は長く、プロボクシングも終戦後の1949年から始まっています。キックボクシングは各団体ごとの実施で行なわれない団体もあり、業界統一された表彰式はありません。

ニュージャパンキックボクシング連盟では毎年開催され、最優秀選手に大田拓真が選ばれたが、この団体内では順当な選出でしょう。ではキックボクシング業界統一的に視野を広げると、仮に誰が年間最優秀選手となるか。一概には言えないところ、誰もが察するのはあの選手でしょうか。

NJKFは関西支部により関西方面の興行が増えており、3月15日(日)に拳之会ジム主催「NJKF 2020.west 2nd」が岡山コンベンションセンターに於いて開催。翌週3月22日(日)には誠至会主催「NJKF 2020 west 3rd」が大阪市旭区民センター大ホールに於いて開催。

幾つかの地方興行を経て、6月14日(日)後楽園ホールに於いてNJKF主催本興行「NJKF 2020.2nd」が開催されます。

勝者・波賀宙也を波賀宙也を囲むラウンドガールとエスコートキッズの女の子

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]

フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

月刊『紙の爆弾』2020年3月号 不祥事連発の安倍政権を倒す野党再建への道筋

一水会代表 木村三浩 編著『スゴイぞ!プーチン 一日も早く日露平和条約の締結を!』

上條英男『BOSS 一匹狼マネージャー50年の闘い』。「伝説のマネージャー」だけが知る日本の「音楽」と「芸能界」!

PRIMA GOLD杯決勝戦は昨年10月12日の開催予定が台風19号による影響で延期され、準決勝の6月15日から約8ヵ月経ての開催。ウェイト的にやや不利と見えた清水武は筋力アップに時間を掛けることが出来たものの、その成果を活かすことが出来なかった。

Japan Sift Land杯は、予定どおりの日程で昨年12月14日から始まり、決勝進出かそれまでに敗れればそこで引退を宣言していたテープジュン・サイチャーンと村田裕俊の二人が12月の初戦(準々決勝)で対戦。敗れたテープジュンはその場で引退セレモニーを行なった。そしてこの日、「引退挨拶で喋ることを準備をしていた」と言う村田裕俊は遠藤駿平を僅差で破って決勝進出を決め、有終の美を飾りたい村田の決勝戦の相手は髙橋亮となった。

その髙橋亮はローキックでコッチャサーンの脚を殺し快勝。髙橋三兄弟がエース格を担うNKB興行に於いて順当な優勝へ、どちらにも大きな運命が掛かる一戦となる。

NKBウェルター級王座決定トーナメントは、また新しい時代を担う世代の戦いに移っている中、すでに若くない30~40歳代4選手によるトーナメントとなった。他(多)団体チャンピオンと競り合うことが出来るかは難しいところ、決勝戦で勝ち上がれば、NKBの面子を守る、その試練が待っているだろう。

◎交戦シリーズ Vol.1 / 2月8日(土)後楽園ホール 17:15~21:00
主催:日本キックボクシング連盟 / 認定:NKB実行委員会

◆13. PRIMA GOLD杯ミドル級トーナメント決勝 5回戦

NKBミドル級1位.田村聖(拳心館/31歳/72.3kg)
    VS
清水武(元・WPMF日本SW級C/sbm TVT KICK LAB/32歳/72.5kg)
勝者:田村聖 / TKO 1R 2:04 / 主審:前田仁

開始早々から田村の右ローキックが清水の右脚を狙うヒットが数発続くと、早くも足運びがおかしい清水。

田村聖もローキック狙い、開始から早くも右ローキックが清水武にダメージを与える

清水武の右脚に集中した田村聖の右ローキック

田村は蹴りの流れから右ストレートを打つと、清水はまともに貰いノックダウンを喫する。

ゆっくり立ち上がるも脚がふらつくとカウント中にレフェリーストップとなって、田村聖が優勝を果たした。

田村聖が蹴りを意識させ右ストレートを打つと清水武はバッタリ倒れた

PRIMA GOLD杯は田村聖が目出度く優勝

◆12. Japan Sift Land杯59kg級トーナメント準決勝3回戦

決勝戦で戦う村田裕俊と髙橋亮が健闘を誓った

NKBフェザー級チャンピオン.髙橋亮(真門/24歳/58.9kg)
    VS
コッチャサーン・ワイズディー(元・ルンピニー系SB級7位/タイ/21歳/58.5kg)
勝者:髙橋亮 / TKO 1R 1:13 / 主審:佐藤友章

髙橋亮も開始早々から左ローキックで鋭くコッチャサーンの脚にヒットすると数発で棒立ち状態。

連続してローキックを貰ったコッチャサーンは早くもノックダウン。立ち上がるも髙橋亮のローキック追撃にコッチャサーンのセコンドからタオル投入による棄権をレフェリーが受入れ試合は終了した。

あっけなくダウンしたコッチャサーン、髙橋亮の蹴りの強さ発揮

◆11. Japan Sift Land杯59kg級トーナメント準決勝3回戦

接近戦になれば村田裕俊のヒザ蹴りが炸裂

MA日本ライト級チャンピオン.遠藤駿平(WSR・F三ノ輪/21歳/59.0kg)
    VS
NKBフェザー級2位.村田裕俊(八王子FSG/30歳/59.0kg)
勝者:村田裕俊 / 判定0-2 / 主審:亀川明史
副審:仲29-29. 前田29-30. 川上28-29.

離れた距離での互角に渡り合う蹴りとパンチの攻防も、村田はいつもながら蹴りから接近してヒザ蹴りの連係が上手い。更にヒジ打ちで遠藤の眉間の上をカットする。

最終ラウンドは遠藤の前進でやや押されるも、崩し転ばす技や蹴りの的確さで僅差ながら村田裕俊が勝利を掴み決勝進出、この日の引退からは逃れた。

村田裕俊の左ストレートが遠藤駿平の胸板にヒット

ロープ際に押されても右ミドルキックで返す村田裕俊

◆10. NKBウェルター級王座決定トーナメント初戦(準決勝)3回戦

準決勝を勝ち抜いた村田裕俊に勝利者賞を贈呈したジャパンシフトランド代表

NKBウェルター級2位.稲葉裕哉(大塚/32歳/66.68kg)
    VS
同級3位.笹谷淳(TEAM COMRADE/44歳/66.68kg)
勝者:稲葉裕哉 / 主審:鈴木義和
副審:馳29-29(10-9). 佐藤彰彦30-29(9-10). 佐藤友章28-30(10-9).
3R引分け三者三様 / 延長R 2-1

決定打の少ない中、笹谷がやや攻めの勢いがある流れ。審判構成によってはここで結果が出たかもしれないところ、三者三様の採点で延長戦が行われた。

ここから積極的に出た稲葉。執念が優った稲葉が勝利を掴む。

稲葉裕哉が執念で延長戦を制した

NKBウェルター級王座は稲葉裕哉と蛇鬼将矢で決定戦が行われる

◆9. NKBウェルター級王座決定トーナメント初戦(準決勝)3回戦

NKBウェルター級4位.蛇鬼将矢(テツ/30歳/66.68kg)
    VS
同級5位.SEIITSU(八王子FSG/41歳/66.3kg)
勝者:蛇鬼将矢 / KO 1R 1:01 / 主審:仲俊光

蛇鬼が蹴りからパンチの連打で早々にノックダウンを奪い、立ち上がったところを更にパンチ連打を浴びるとSEIITSUは蹲り、カウント中にタオルが投入される棄権となり、レフェリーが試合を終了させた。

蛇鬼将矢がSEIITSUを仕留めにかかる

◆8. ライト級3回戦

NKBライト級3位.野村怜央(TEAM KOK/29歳/61.2kg)vs聖(KSK/22歳/61.0kg)
引分け1-0 / 主審:川上伸
副審:佐藤彰彦29-29. 馳29-28. 佐藤友章30-30.

◆7. 59.0kg契約3回戦

KEIGO(35歳/58.75kg)vsガオパヤック・ワイズディー(タイ/21歳/58.6kg)
勝者:ガオパヤック / 判定0-3 / 主審:仲俊光
副審:亀川27-30. 鈴木28-30. 川上27-30.

◆6. バンタム級3回戦

NKBバンタム級4位.海老原竜二(神武館/28歳/53.3kg)
    VS
古瀬翔(ケーアクティブ/24歳/53.5kg)
勝者:海老原竜二 / KO 3R 2:43 / 3ノックダウン / 主審:佐藤彰彦

◆5. フライ級3回戦

NKBバンタム級5位.則武知宏(テツ/25歳/50.75kg)vsTOMO(K-CRONY/37歳/50.6kg)
引分け1-0 / 主審:鈴木義和
副審:川上29-28. 仲29-29. 高谷29-29.

◆4. ライト級3回戦

NKBライト級5位.パントリー杉並(杉並/27歳/60.95kg)
    VS
マサ・オオヤ(八王子FSG/45歳/61.23kg)
勝者:パントリー杉並 / 判定3-0 / 主審:馳大輔
副審:佐藤彰彦30-26. 佐藤友章30-27. 亀川30-27.

毎度の打ち合いに出る激戦展開するパントリー杉並。ベテランのマサ・オオヤを苦しめ、ノックダウンを奪うもマサオオヤの有効打(パンチかヒジ)で額を切ったパントリーは流血しながらの攻勢。仕留めるに至らずもパントリー杉並が大差判定勝利となった。

◆3. ウェルター級3回戦

宮城寛克(/赤雲會/28歳/66.68kg)vsゼットン(NK/48歳/66.6kg)
勝者:宮城寛克 / KO 3R 0:52 / カウント中のタオル投入 / 主審:高谷秀幸

◆2. 55.0kg契約3回戦

龍太郎(真門/19歳/54.5kg)vs加藤和也(ドージョーシャカリキ/25歳/54.9kg)
勝者:加藤和也 / 判定0-2 / 主審:亀川明史
副審:鈴木30-30. 佐藤彰彦29-30. 佐藤友章29-30.

◆1. フライ級3回戦

會町tetsu(テツ/31歳/50.7kg)vs舟本空明(治政館16歳/50.4kg)
勝者:舟本空明 / 判定0-3 / 主審:前田仁
副審:川上29-30. 馳27-30. 仲27-30.

PRIMA GOLD杯トーナメント表

《取材戦記》

PRIMA GOLD杯は田村聖が晴れて優勝し、長引いた決勝戦を無事に締め括りました。
NKBウェルター級王座決定トーナメントも、昨年10月12日に予定されていましたが、今回の2月8日に延び、他にも延期やカード変更も起こる調整の苦労があったようでした。

PRIMA GOLD杯はミドル級で行われ、リミットは規定どおり160LBS(72.57kg)。ミドル級と言いながら“73.0kg契約”とか言わないか、昨年4月の初戦前に当時の広報担当に聞いたところ、「正規のミドル級で行われます。」と言う規定どおりの回答でした。

今回のJapan Sift Land杯は59kgリミットで開催。プロボクシングの階級呼称を使いながらリミットを変えるのは正しくはないが、スーパーフェザー級(-58.97kg)と言わないのはリミット超えしているという自覚があるのでしょう。数値(キログラム)で区切るならそれも結構なことだが、元からスーパーフェザー級でもよかったかもしれない。「ノンタイトルでも負ければ王座剥奪」のチャンピオンの義務から外れるには、もう少し幅を持たせて60kgリミットでもよかったかもしれない(この辺は外部者の勝手なひとりごと)。

Japan Sift Land杯トーナメント表

日本キックボクシング連盟も設立当初から、統一・分裂・合併、何度も起こった離脱の流れの中、当然ながら設立に至った当時の経緯を知らぬ若い世代が台頭してっ来ている中、小さな組織のイベントの範疇で統一戦には程遠いものの、若い世代による幾つかのトーナメント戦が盛り上げを見せました。今後も、かつて業界一丸となった昭和の「1000万円争奪オープントーナメント」に導かれるような発展に期待したいものです。

日本キックボクシング連盟次回興行「交戦シリーズ2nd」は4月11日(土)に後楽園ホールに於いて、二つのトーナメント、NKBウェルター級王座決定戦とJapan Sift Land杯決勝戦が開催されます。

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]

フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

月刊『紙の爆弾』2020年3月号 不祥事連発の安倍政権を倒す野党再建への道筋

一水会代表 木村三浩 編著『スゴイぞ!プーチン 一日も早く日露平和条約の締結を!』

上條英男『BOSS 一匹狼マネージャー50年の闘い』。「伝説のマネージャー」だけが知る日本の「音楽」と「芸能界」!

◆老舗逆襲の年!

「老舗のキック初め」というタイトルが付いた2月に入っての新春興行。次の時代を担うタイトルマッチが二つと、今後のメインイベンター争いとなるチャンピオンクラスが主要カードを占めた。

大晦日、那須川天心に敗れた江幡塁、その業界への衝撃大きく、老舗の逆襲が始まる。

◎MAGNUM.52 / 2020年2月2日(日)後楽園ホール17:00~20:16
主催:伊原プロモーション / 認定:新日本キックボクシング協会、WKBA

◆第11試合 63.6kg 契約 ノンタイトル5回戦

唯一の勝次の攻勢、飛びヒザ蹴りヒット、チャンスだった

WKBA世界スーパーライト級チャンピオン.勝次(=高橋勝治/藤本/62.35kg)
    VS
ロンペット・Y’ZD GYM(タイ/62.2kg)
勝者:ロンペット / 判定0-3 / 主審:少白竜
副審:椎名45-50. 仲45-50. 宮沢45-50
1R10-10.
2R 9-10.
3R 9-10.
4R 9-10.
5R 8-10
三者とも同様採点45-50.

初回からロンペットの左ハイキックが強烈に勝次を襲う。勝次は第2ラウンドの飛びヒザ蹴りが一発だけロンペットの顔面にかすったか、一瞬後退したロンペットだが、倍返しの左ハイキックが威力を増していき、勝次がガードする腕の上からでも構わず蹴り込み、脳にも響くヒットを続けた。

ロンペットの左ミドル、ハイキックは強烈に何度も勝次を襲った

勝次の度重なる飛びヒザ蹴りは読まれてしまい、クリーンヒットには至らず。勝次は劣勢続く中、第4ラウンド終了間際にはコーナーに詰まったところでロンペットの右ヒジ打ちを貰って左瞼を切られてしまう。

ブロックの上からでも蹴り込むロンペット

勝次は最終ラウンドも逆転を狙って打ち合いに出ていくと左フックをカウンターされ、踏ん張り利かずフラフラとマットにヒザを付きノックダウンとなってしまった。逆転の可能性はほぼ無くなっても、一発でも当てたい闘志むき出しで出ていく勝次だったが力及ばず。

ロンペットの左ハイキックが勝次にビンタする

ロンペットの左ボディーブロー、勝次は押されっぱなし

左の蹴りは威力ある重森陽太

◆第10試合 62.5kg契約 ノンタイトル3回戦

WKBA世界ライト級チャンピオン.重森陽太(伊原稲城/62.45kg)
    VS
デッパノム・チューワッタナ(元・ラジャダムナン・スーパーバンタム級C/タイ/62.25kg)
勝者:重森陽太 / TKO 3R 2:19 / 主審:桜井一秀

重森が小学2年生の頃からタイで指導を受けていたという恩師が今回の対戦相手。「テクニシャンでとてもやり難かったが、恩師だからと言って遠慮が出るといった意識は無かった」と言う重森陽太。

手口を読まれ、なかなか攻め難い展開で手数も少なかったが、しなりあるハイキックの威力を見せつけ、左ボディーブロー2連発は、この2発目がタイミング強く効いたであろう見事なノックダウンとなり、カウント中にレフェリーがストップを掛けた。重森は恩師に大きく成長した姿を見せた結果となった。

恩師デッパノムに力強く立ち向かう重森陽太

◆第9試合 WKBA JAPAN(日本)スーパーフライ級王座決定戦 5回戦

WKBA JAPANの幕開けは日畑達也が最初のチャンピオンへ

泰史(前・日本フライ級C/伊原/52.1kg)
    VS
J-NETWORKバンタム級1位.日畑達也(FKD/51.8kg)
勝者:日畑達也 / KO 1R 2:53 / 主審:椎名利一

泰史があっけなかった。九州を拠点とするKOS(King of Strikers)スーパーフライ級チャンピオンの日畑達也。地方でも実力は高い証明を残した。

開始の様子見けん制の蹴りとパンチの交錯から、日畑がコンビネーションブローの左ストレートで泰史がノックダウンを喫する。

更にコーナーに追い込んで顔面へ左ストレートを打ち込むと泰史はコーナーにもたれ掛かったまま立ち上がれず、2ノックダウン目でテンカウントを聞いてしまった。日畑は新設王座の初代チャンピオンとなる。

日畑達也がハイキックで徐々に泰史を追い詰める

日畑達也がサウスポーからの左ストレートが勝負を決めた

日畑達也が左ストレートで2度目のノックダウンを奪う

◆第8試合 日本フェザー級王座決定戦(新日本制定) 5回戦

1位.瀬戸口勝也(横須賀太賀/56.85kg)
    VS
2位.平塚一郎(トーエル/57.05kg)
勝者:瀬戸口勝也 / TKO 3R 0:57 / 主審:宮沢誠
瀬戸口勝也が第11代日本フェザー級チャンピオン

やっぱり出てきた瀬戸口の強打。平塚が距離をとって蹴りで主導権を握れるか見所だったが、次第に瀬戸口が距離を詰めながら強打のタイミングを図っていく。

第2ラウンドに平塚を掴まえた瀬戸口は、連打から右ストレートでノックダウンを奪うが、平塚は強打を振るう瀬戸口をなんとか凌いで第3ラウンドに繋ぐ。勢い止まらぬ瀬戸口は猛攻を続け、平塚を2度ノックダウンを奪いレフェリーがノーカウントのストップを掛けた。

「鹿児島の地方公務員でもチャンピオンになれる姿を見せたい」と語っていた瀬戸口は先ずその第一歩目のベルトを巻くことに成功した。

瀬戸口勝也の強打炸裂

瀬戸口の強打を浴び続けてしまった平塚一郎

瀬戸口の強打でついに力尽きた平塚一郎、レフェリーが止めた

◆第7試合 55.5kg契約3回戦

日本バンタム級チャンピオン.HIROYUKI(=茂木宏幸/藤本/55.1kg)
    VS
NJKFスーパーバンタム級チャンピオン.久保田雄太(新興ムエタイ/55.5kg)
勝者:HIROYUKI / 判定3-0 / 主審:仲利光
副審:少白竜30-28. 桜井30-28. 宮沢30-28

技にゆとりがあったHIROYUKI。先手を打つ蹴りや、久保田の蹴り足を取って大きく押し飛ばすような崩し、軸足を蹴って転ばす崩し、一つ一つの技が鮮やか。

久保田も懸命に蹴り返し、HIROYUKIの脇腹を赤く腫れさせる意地を見せるが一発で終わり連打が少ない。試合の流れはHIROYUKIが安定したペースで勝利を掴んだ。

横須賀太賀ジムからのチャンピオン誕生は初か?

◆第6試合 61.5kg契約3回戦

日本ライト級チャンピオン.髙橋亨汰(伊原/61.4kg)vsウ・スンボム(韓国/61.1kg)
勝者:髙橋亨汰 / KO 2R 1:30 / 主審:椎名利一

突進力あるスンボムに冷静に立ち向かった髙橋。第2ラウンドに髙橋がヒザ蹴りでノックダウンを奪い、更にパンチ連打でこのラウンド3度のノックダウンを奪って快勝。

◆第5試合 67.0kg契約3回戦

日本ウェルター級チャンピオン.リカルド・ブラボ(伊原/66.75kg)
    VS
チェ・ジェウク(韓国/66.35kg)
勝者:リカルド・ブラボ / TKO 2R 1:16 / 主審:宮沢誠

ジェウクの突進力は厄介で我武者羅に打って出て来て接近戦になりがちな中、リカルドはヒジ打ちやヒザ蹴りを上手く使いジェウクの左頬をカットする。

最後はスリップ気味に倒れ込んだジェウクの顔面に蹴り込んだリカルド。やや効いた様子があったが反則裁定とはらず、それまでに左頬の傷の悪化がありドクターチェックの末、レフェリーストップとなった。

◆第4試合 57.5kg契約3回戦

日本フェザー級3位.瀬川琉(伊原稲城/57.35kg)vs田中銀次(Next零/57.2kg)
勝者:瀬川琉 / 判定3-0 / 主審:少白竜
副審:椎名30-27. 宮沢30-28. 仲30-28

◆第3試合 57.0kg契約3回戦

日本フェザー級7位.仁硫丸(富山ウルブズスクワッド/56.95kg)vsヨ・ソンミン(韓国/56.65kg)
勝者:仁硫丸 / KO 2R 1:17 / 3ノックダウン / 主審:桜井一秀

◆第2試合 59.0kg契約3回戦

甲斐康介(伊原/59.15→59.05→59.0kg)vs角☆チョンボン(CRAZY WOLF/58.75kg)
勝者:角☆チョンボン / 判定0-3 (28-30. 28-30. 29-30)

◆第1試合 女子48.0kg契約3回戦(2分制)

ラム(伊原/47.4kg)vs徳里鈴里奈(沖縄RIOT/47.4kg)
勝者:徳里鈴里奈 / 判定0-3 (28-30. 27-30. 28-30)

《取材戦記》

江幡ツインズが出場しない伊原プロモーション興行は珍しい。新日本キックボクシング協会は、昨年上半期の分裂脱退騒動の後、10月の江幡睦の4度目のラジャダムナン王座挑戦は引分けで奪取成らず、大晦日には那須川天心に完敗した江幡塁。ここでリフレッシュのインターバルに入ったかツインズ。

カラカルの鋭い顔つきがベルトに起用

そんな転換期にある新日本キックは、今年からWKBA JAPANの発足。そして勝次のメインイベント起用。WKBA世界王座に君臨する勝次、重森陽太、緑川創は今年のメインイベンターとなっていく可能性は高い。

新しく出来上がったWKBA JAPANのチャンピオンベルト。描かれたデザインはカラカルという、ネコ科カラカル属のネコの仲間で跳躍力があり、蹴る力が強いという。その強さを肖ってデザインに起用。両脇には現役時代の伊原信一氏がロッキー藤丸戦で見せた顔面を捉えるハイキックと、もう一方には沢村忠氏のハイキックが描かれている。

WKBA JAPANのチャンピオンベルトが披露された

チャンピオンベルトとカラカルの関連を披露

痛々しい右腕と左瞼、リベンジへ動き出す勝次

WKBA JAPANタイトルは、日本キックボクシング界どこの団体でもフリーでも有資格者と認められれば挑戦可能な門戸を開いた広域タイトルで、新日本キックボクシング協会で制定されている日本タイトルは従来どおり、この団体に加盟するジム所属の選手で争われるタイトルです。元々はこちらが老舗を継承し、日本を代表するべきタイトルという位置付けでしたが、多団体化とタイトル乱立する中ではその存在感も薄れがちで、改めてWKBA傘下となる上位王座を作った形でしょう。また新たなタイトルが出来たことで賛否はあるところ、活気あるタイトルとなるよう願いたい。

勝次と対戦したロンペットは沖縄のY’ZD豊見城ジムのトレーナーを務めるタイ選手で、かなりの実力者という関係者の話。勝次のガードを吹っ飛ばすような、腕を折るかのような蹴りが何度も襲ったことにはムエタイの凄さを改めて見せつけられた試合だった。昭和の終わり頃のムエタイボクサーも伝説となる名選手が大勢居たものである。

勝次のこんな完敗でもその現実を見せる試合は、より日本選手の巻き返しが面白くなるでしょう。

新日本キックボクシング協会の次回興行は、3月8日(日)後楽園ホールに於いて、REBELSとの合同興行、TITANS×REBELS 1stが開催。

勝次出場予定の他、HIROYUKI(藤本)vs岩波悠弥(橋本)、小笠原瑛作(クロスポイント吉祥寺)vs壱センチャイジム、宮元啓介(橋本)vs鈴木寛太(ONE’S GOAL)、内田雅之(藤本)vs羅向(ZERO)戦が予定されています。

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]

フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

月刊『紙の爆弾』2020年3月号 不祥事連発の安倍政権を倒す野党再建への道筋

一水会代表 木村三浩 編著『スゴイぞ!プーチン 一日も早く日露平和条約の締結を!』

上條英男『BOSS 一匹狼マネージャー50年の闘い』。「伝説のマネージャー」だけが知る日本の「音楽」と「芸能界」!

◆心変わりする人

2003年5月の藤川さんが一時帰国の際、連れて来たソムサックさん。後々、還俗したという。任されていた小さな寺の住職も別の比丘に引き継いだようだが、実質投げ出したようなものだったとか。「一番信頼できる比丘や!」と藤川さんが言っていた彼は、どんな心の移り変わりがあっただろうか。新宿の歓楽街を裕福そうに歩く人々を見て、修行が馬鹿馬鹿しくなったのだろうか。肌の露出度高い胸元、ミニスカートで歩く若い女の子を見てムラムラしたのだろうか。30歳過ぎ、特に手に技術の無い男が、これから何をして生きていくのだろう。長きに渡って築き上げた地位、プライド捨て、楽な方へ心変わりする者がいることも自然なことなのだろう。

橋の欄干で佇む藤川さん

◆ビジネスの裏側!

“心変わり”から思い出し、過去に触れなかった悪巧みに変貌する話だが、まだ私が出家に至る前の1994年6月、藤川さんを成田空港に送る際の京成電車の中、私が、
「立嶋篤史は来月、全日本の王座防衛戦で、9月にムエタイランカーとやってこれに勝ったら11月にムエタイ王座挑戦の予定らしいです!」と言ったところで、藤川さんは、
「お前は9月のランカーとやる試合、篤史はどれぐらい勝つ可能性あると思う?」と問う。

私は「それはかなり難しいでしょうね、でも全く勝てない訳ではないなあ!」と言うと、
藤川さんは「ワシは篤史がほぼ100パーセント勝つと思うで! それで11月のチャンピオンに挑戦は、お前は篤史が勝つ可能性はどれぐらいやと思う?」ときた。

そこで、意味深なツッコミに気が付くが私は、
「これはほぼ無理かなあ、撥ね返されそう!」と言うとまた藤川さんは、
「これもワシは篤史がほぼ100パーセント勝つと思うで!」とニヤニヤ笑って言う。

ちょっと苛立った私は「それは八百長ということですか?それは篤史は絶対受けないし、連盟側もやらないですよ。今はファンも目が肥えていて見破るし、惨敗でもその現実を見せるのが今の時代ですよ!」と言い返すも、藤川さんはまた勝ち誇ったように笑いながら、
「お前はビジネスを知らんな!ワシはキックはテレビで観た沢村しか知らんし、そんな業界のことも何も知らんで!そやけどな、ビジネスちゅうモンはどの世界も裏があるんやぞ。篤史は受けんでも、タイの一流のボクサーは人の目を欺くプロ中のプロやからな、2~3年遊んで暮らせるぐらいの金積んだらアッサリ受けるぞ!」

ヘラヘラ笑いやがって、キックを舐めやがって、電車の中だけど怒鳴りたくなった。更には、
「タイのお寺もな、“県で一番偉い坊さん”とか崇められとる高僧居るやろ、あいつらに残りの人生食っていけるぐらいの金、1000万円ぐらい積んで、『この金やるから坊主辞めてみい!』なんて言うたら、いとも簡単に還俗しよるぞ!」

ビジネスの悪巧み、汚さを見てきた藤川さんの言葉も、この時はまともに聞けなかったが、私の脳裏にはしっかり留まり、その後のビジネスに於いての展開を見極めるには大いに役立ったのは確かだった。

◆インパール作戦から長い年月を経た影響

北朝鮮から帰った後は、藤川さんは度々訪れるミャンマーに出向いて、また新たな展開を見せていた。

2005年4月、藤川さんがミャンマーの女性、マ・ゲーンさんを連れて一時帰国。また気に入った人と旅したり、日本に連れて来たものだ。また心変わりしなければいいが。

藤川さんは「日本はいちばん安全な国や、犯罪も事故も他の国から比べれば極端に少ない!」と安心させていた矢先に起きた福知山線脱線事故。電車がマンションに突っ込み、グチャグチャに潰れる大惨事。早速マ・ゲーンさんは「日本は怖い!」と言葉漏らしたようだ。

彼女の滞在期間は2週間程度だったと思うが、高層ビルが立ち並ぶ空気の悪い都心ながら、ソムサックさんとは違った目線で、日本の平和は印象付いただろう。
マ・ゲーンさんはミャンマーの寺子屋で日本語を学び、「一度日本に行きたい!」と向上心持って日本語検定2級を見事合格。真面目な人格を藤川さんに認められ、ビザ取得に必要な手配をして貰い待望の初来日となった。それは日本とミャンマーの架け橋となる藤川さんのプロジェクトの一環で、残りの人生を懸けて取り組んでいる計画があった。

高田馬場で行く先へ電話する藤川さんとマ・ゲーンさん(2005年4月28日)

藤川さんが2000年暮れに立ち寄ったミャンマーのヤンゴンとマンダレーの中間にあるメッティーラという街は、太平洋戦争で多くの日本軍兵士と連合軍兵士、巻き添えを食ったミャンマー民間人の10万人以上の尊い命が奪われた地域。

大人になっても文盲も居るこの地域に日本語学校を作り、貧しい家庭の子供達に学問を受けさせ将来、この中から日本との架け橋になるビジネスマンが生まれれば、御釈迦様の教えの真の仏教を伝えていくことにも繋がる夢があった。

それは以前、藤川さんが俗人時代にインド・ミャンマー国境付近で見た、かつてのインパール作戦の失敗によって息絶えた日本軍兵士の遺骨を見たことが、後々の出家後、生涯仏門で過ごすことを決意し、この時のメッティーラでは日本軍兵士の生まれ変わりかと思わせるような、日本語で問い掛けて来るメッティーラの子供達の、日本人のような表情が藤川さんの心打ったのだった。

このメッティーラには日本企業や日本人慰霊碑があり、ビジネスマンや慰霊団がやって来ることから、現地の比丘が子供達に将来のビジネスチャンスを与えようと考え、教室とは言えぬ粗末な寺子屋で教材も揃わぬ中、英語や日本語を教える授業が開かれていた。

藤川さんがその現状を見て、充分な勉強が出来るよう設備を整えようと苦労して資金を掻き集め、ここに立派な日本語学校を立ち上げたのが、そこから1年あまりの2002年4月。貧乏でも明るく生きるミャンマーの子供達は、ここからどれだけ語学万能となって国際社会に巣立っていくだろうか。

◆藤川さんの次なる運命へ!

マ・ゲーンさんを連れた、この藤川さんの一時帰国では、昼前に私も呼ばれて久々に一緒に街を歩き、高田馬場にあるミャンマー料理店に誘われた。ラジオから流れるNHKアナウンサー風の男性の淡々とした声は、ミャンマーのニュースかと思ったらお経で、同じテーラワーダ仏教のお経も御国柄で発音が違うのだという。食事はお店側のタンブン(寄進)ですべてタダ。徳を積む店主の行為ながら、修行の足りない私は申し訳ない気持ちである。

ミャンマー料理店でタンブンする女性店主さん、藤川さんが脅しているのではない

昼食後、近くのミャンマー語教室にも訪れた。講師はマ・ヘーマーという来日9年目の大学教授も務める女性で、メッティーラの寺子屋で日本語を学んだ元生徒で、藤川さんとは同志の縁。

午後の授業に生徒さん一人がやって来てプライベートレッスンが始まり、私は見学させて貰ったが、ミャンマー語も難しいものだ。文字や文法には法則があって、コツを覚えれば初級のある程度はすんなりいくはず。中級に上がると私みたいな三日坊主は壁にぶち当たり挫折しやすいだろう。集中して聴く隣で、笑って雑談する藤川さんの声の大きいこと。授業中に全くデリカシーが無いオッサンだ。

その後も日本の支援者に協力を得ながら、タイ・ミャンマーを行き来する藤川さん。旅先で出会う人々とすぐ打ち解けて笑い合う人柄。私は北朝鮮には行かなかったが、ミャンマーには藤川さんと行ってみたいものだ。しかし、藤川さんはやがて日本移住を決意する展開に移っていくのだった。

ミャンマー語教室風景、講師はマ・ヘーマーさん

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]

フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

2020年もタブーなき言論を! 月刊『紙の爆弾』2020年2月号

一水会代表 木村三浩 編著『スゴイぞ!プーチン 一日も早く日露平和条約の締結を!』

上條英男『BOSS 一匹狼マネージャー50年の闘い』。「伝説のマネージャー」だけが知る日本の「音楽」と「芸能界」!

以下は、北朝鮮へ旅立つ前、藤川さんから直接聴いた話、帰られてから聴いた話の他、オモロイ坊主を囲む会ホームページの藤川さんの言葉、TBS報道特集で放映された内容を引用した部分があります(2004年12月5日放送)。

◆藤川さん、北京から平壌に入る!

「あの北朝鮮の政治体制の中でも仏教があるというが、お坊さんが修行しているとは信じられへん。お寺の和尚に会ってみて『御釈迦様と金総書記はどっちが偉いと思う?』と聞いてみたい。苦労してビザを取って北朝鮮に行く以上、何か掴んで帰りたい。どこかに宗教心を垣間見ることができるはずや!」という藤川さんらしい探究心。

他にも会ってみたい人物もいた。1970年3月に起こった日本航空機、よど号ハイジャック事件。北朝鮮に残っているその実行犯と会う。

日本からの直行便は無い。一般的には北京経由で平壌に渡るしかない。

2004年11月16日、平壌空港に到着。久保田弘信カメラマンと2人で入国後、そこから“2人”の通訳兼案内役に迎えられ、パスポートと携帯電話、航空券を預けなければならなかった(3人で行っていたら3人の案内役)。車に乗せられ向かったのは宿泊するホテル。車窓から見る平壌の街並みは陰気で静か、灯りも暗く寂しいといった印象だったという。

◆よど号ハイジャック実行犯にも説教してしまう藤川さん!

比丘は剃髪から何日かだいたい分かるもの(2003.3.18)

到着した日の夜、ホテルのロビーに尋ねて来た、よど号ハイジャック実行犯の小西隆裕氏と若林盛亮氏の二人とホテルにあるカフェで対面。この方々は日本の支援者の仲介で、予め藤川さんの北朝鮮訪問を聞いて対面が予定されていた。元々は彼らと同じ実行犯、田中義三氏がタイで別事件で収監中に、タイの日本人ジャーナリストの依頼で藤川さんが面会に行ってから交流が始まり、平壌で小西氏らとの対面に繋がったもの。

そこでは、彼らはこの先のことどう考えているのか。率直に聞いて説教してしまう藤川さん。

穏やかに喋る普通のオジサンの小西氏は、「日本に帰るにしても決着付けなければならないことがある。(日本側が我々のこと)北朝鮮のスパイだとか、そういうことはやってないんだから!」等、言い分はいろいろあるところ、藤川さんは、「言いたいことあるんやったらさっさと帰って言え。ここに居って歳取って、あと5~6年はもの凄い貴重になるぞ。若い時の5~6年と違ってこれからの1年1年は大きい意味がある。小西さんが自分の主張を堂々と述べて、反対する奴に論陣を張ってやるだけやったと思って死にたかったら、やっぱり北朝鮮に居る1年2年は勿体無い。その有意義な1年2年の為に他のこと捨ててでも帰るべきやぞ!」

この映像の藤川さんの語り口には普段からの喋る癖があった。ツバ飛ばして喋る本気で説得している藤川さんの姿があった。だんだん熱くなり、いつもの放っておいたら止まらない調子だった。まるで2人の師匠かのような振る舞い。

「人間には帰巣本能がある!」と前々から言っていた藤川さん。

「難しいこと考えんと帰りたいと思うたら帰ればええのに。裁判受けて、田中義三の場合は7年(?)なんやから、あいつらも7~8年やろうから、さっさと帰って来ればええのになあ!」と老いていく時間を小西氏より三つ年上の我が身に置き換え惜しく思ったのだろう。

仏陀像に拝む藤川さん(2000.12.6)

◆中学校での決められた見学セット!

観光メニューとして、まず連れて行かれたのは、主体思想塔。そして故・金日成主席の生家。ガイドによって展示されている写真等の歴史のマニュアル化された説明を受ける。軍事境界線の板門店も訪れてコンクリートで仕切られた韓国側との国境の境目に立った。

「人間の悲しさと哀れさ情けなさを表した国境というものは大嫌いや!」と幾つもの国境線を見てきた藤川さんの率直な感想だろう。

更に中学校を見学。教室で着飾った少女たちが出迎えた。御琴の披露、歌声は見事なもの。

「見てて涙が出てきた。あの子ら喜び組の姉ちゃんと同じ顔(表情)やんか。ホンマかわいそうやった!」と映像の中で語っていた藤川さん。

国の支配下で動かされているマニュアル化された、本来の子供の姿ではない少女達に、映像からも同様に見えてくる。

別の画面で、男の子達がサッカーをして遊んでいる姿を久保田カメラマンが遠くから捉えていた。「こっちの方が本物の子供ぽいっていう感じですね!」という久保田氏。正にどこの国にもあるような子供達がボールを追う自然な姿があった。

◆金日成主席像の前で!

韓国料理を頂く藤川さん、北朝鮮でも食欲旺盛だったろう(2003.8.23)

観光マニュアルの中には、「万寿台の金日成主席像の前では外国人観光者も一礼しなければならない。」と決められているという。

「ワシは御釈迦様の弟子や、サンガ(上座部仏教)では御釈迦様が一番偉い存在で、サンガ以外の在家者に対し頭は下げない。タイ国王が来てもワシらは頭下げることは無い。そやからここでも頭下げるつもりはない!」

そんな発言をしていた藤川さん。実際に万寿台大記念碑に通訳兼案内役に連れられていくと、その主張を曲げなかったという。

すると、「案内人が『頼むから頭下げてくれ!』と次第に泣きそうになっていき、やがて兵隊がこっちに気付き、寄って来よる気配を感じたから、同行者にも迷惑掛かるから金日成主席像に向かって頭を下げてやった!」と言う。拘留に発展するほど意地を張る必要は無い。臨機応変に捉えなければならない。そんな解釈もあったかもしれない。“事無きを得た”、そんな感じだろうか。

タイでも日本でも北朝鮮でも唱える経文は同じ(2000.12.6)

◆この旅の最大の目的、北朝鮮の寺訪問!

滞在中、7つの寺に訪問したという。

ある寺の御堂を開けて貰うと仏像があり、そこでテーラワーダ仏教のパーリー語による読経をした藤川さん。北朝鮮となった国の寺でテーラワーダ仏教の黄衣を纏った比丘が、読経したのは過去に存在するだろうか。

藤川さんの「タイでは仏教は政治と離れていて、タイ国王が来ても、タイの首相が来てもお坊さんは挨拶しないが、ここではどうや?」

「ここも同じ、私達も同じです。」と笑顔で応える住職。

別の寺でも質問。

御釈迦様は好きですか?

「はい!」

一番聞きたかったこと、「貴方の心の中では御釈迦様と将軍(金正日総書記)様はどっちが偉いと思う?」と問うと、
「私達の将軍様が一番偉いです!」とハッキリ応える住職。

藤川さんは「李氏朝鮮以前は仏教の国やったのに、無くなってしまうのは格好悪いから無理に作ってあるという感じやな!」と語る。

訪朝前から答えは分かっているようなものだっただろう。ただ、通訳は入るが、実際に北朝鮮の寺の住職に尋ねて言葉を交わし、生の声から経験値や価値観、感情を読み取れて北朝鮮に来た甲斐はあっただろう。

そんな中のまた違う寺に向かった藤川さん。平壌の中心部から西に十三キロほど離れた龍岳山の法雲庵という寺には住職は居らず、70歳くらいのオバハンが管理人として常駐。藤川さんが本堂らしき建物の中で仏像に向かってお経を唱えると、後ろで管理人のオバハンが泣いていたという。

一通り読経し終わると、そのオバハンが「お坊さん、ずっとここに居てください。この寺には長いことお坊さん(僧侶)が居ません。お坊さん(藤川さん)の食事や洗濯の御世話は私がやります!」と泣きついて来たという。

藤川さんは「仏教を信じている人間がこの国にもいる。心の奥底には宗教を大切にする気持ちが残っている。人々の心の底にも仏陀は生きている!」と確信。涙を流しながらいつまでも手を振って見送ってくれたオバハンには後ろ髪を引かれる思いがしたという(髪無いが!)。

◆北朝鮮では終始、通訳兼案内役が付いていた!

四国八十八箇所巡礼を歩き、北朝鮮へ向かう勢いもまだまだ逞しい(2004.5.28)

「通訳兼案内役に高層ホテルの窓から『お前の家はどこや!』と聞いたら、『あそこだ!』と指差したのは、ホテルから数分で歩いて行ける距離にあるところや。でも帰らずにワシの隣の部屋に泊まりよる。ホテルの部屋には噂どおりの大鏡があった。そこで裸で踊ってやったけどな。ちょっとその辺を散歩でもしようかと思うて部屋を出ると、隣の部屋からその通訳兼案内役も出て来て言いよった。『どこ行くんですか?』と。常に監視して付き纏う彼ら。いろいろなところ行ったけど、直接現地の人と触れられるような場所はスッと避けさせる。ホンマに国の中身を見せよらへん。マニュアル国家やな、ワシら外国人に対しては!」

(でもそんな藤川さんらはどこかの床屋に入っている。藤川さんの頭は剃髪間もなく、訪朝時も薄っすらと毛が生えている程度だったが、ある寺の訪問からすっかりツルツルになっていた。その久保田氏が録ったと見える床屋映像もどこかの放映で見たのだが、わずかな記憶しかない私。)

そんな旅を終えてパスポートと航空券を返して貰って11月23日、北京へ戻られた。
やっぱり“精神的にドッと疲れた”という感じだろう。

私(堀田)が行かなかったのは、持病によって皆の足を引っ張ったかもしれないこと、旅費35万円は高過ぎたこと、あと私の両親は、私が何度もタイに行ったことは知っているが、行く度に心配させない為、「タイに行く!」とは言ったことはない。でもたまに電話があると「なるべく外国には行かんでくれや!」という心配が多かった。それが、北朝鮮の話は全くしていないし、誰からも私の親にはそんな連絡する奴はいないが、「北朝鮮なんか絶対行くなよ!」と何か察したかのように言われてしまった。タイでも暴動があったりと、たまたまそんな言葉が出てしまったのだろうが、これが直接、行かないことに決断させたものだった。仕事として決まっていたら何が何でも行っていただろう。でも単なる観光で行って帰って来れなくなったら、とんでもない騒動だっただろう。藤川さんもTBSから「下手なこと言ったら拘留されてタイへ帰れないぞ、拉致されるぞ!」と脅かされていたようだが、そんな覚悟は出来ている藤川さん。「ナンなら北朝鮮の寺でも修行は出来る!」と考えているのだから、同行者となった久保田氏はアフガニスタンより怖かったであろう。北京から日本へ無事帰り、諸々の関係者に旅の報告を終え、タイの寺へ戻られた藤川さん。次なる挑戦に準備を進めていた。

※北朝鮮の旅関係の画像は一切無いため、藤川さんのイメージ画像として、やや関連する普段の姿を集めています。以上は2000年以降、北朝鮮に向かうまでのもの。

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]

フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

2020年もタブーなき言論を! 月刊『紙の爆弾』2020年2月号

一水会代表 木村三浩 編著『スゴイぞ!プーチン 一日も早く日露平和条約の締結を!』

上條英男『BOSS 一匹狼マネージャー50年の闘い』。「伝説のマネージャー」だけが知る日本の「音楽」と「芸能界」!

◆一時帰国が頻繁に

藤川さんの四国八十八箇所礼所巡りから日本での活動が増えると当然、支援者も増えていった。陰気臭い仏教話も打ち消してしまうような京都弁丸出しの真面目で笑える説法。人気者にならない訳が無い。人生相談も増えたが、これをマスコミが追いかけ始めたことも当然の成り行きだった。

2003年5月3日、この時期は藤川さんが出版社に唆されて書く運命になった半生記本出版がメインの一時帰国。またも電話とメールで呼び出され、昼前に新宿駅中央線ホーム上で待ち合わせ。もう何度目の一時帰国か。毎度毎度遊びに来るのも布教活動も好きにやればいいが、“その度に御飯をアテにして俺を呼ぶなよ”と思う。

行ってみるとオモロイ坊主を囲む会の江頭紀子さんら、この前の飲み会で会った他2名も一緒に居るではないか。

「ナンだ、また俺来なくてもよかったじゃないか!」と愚痴ると藤川さんは「まあエエやろが!」と毎度の用意周到さ。私が呼ばれる理由の一つは戒律を把握しているからだろう。12時までに昼食のテーブルに着かねばならないという意識が働くからだ。

「連れてくる!」と言っていたとおり、ソムサックさんも初来日。新宿の土の香りが全くしないコンクリートの塊ビルの街並みを見て何と思っただろうか。ソムサックさんは大人しい性格で、「疲れましたか、新宿は人が多くて歩き難いですか?」と聞いても

「マイペンライ(大丈夫)!、マイミーパンハー(問題無い)!」と何の不平も言わず長い距離を歩いてくれたが、新宿をどう感じたか本音を聞きたいところだった。

そして新宿東口駅前から、私が適当に指差した吉野家がありそうな方向に導こうとしたら、もっと品の良い店探そうとするオモロイ坊主を囲む会の面々。これ、初めてムエタイ選手をトレーナーとして招聘したジム関係者に似ていた。“お客様”を持て成そうとしているのだ。

「こいつらただの乞食(比丘=食を乞う者)だ、その辺の吉野家でも思い出横丁でもいいんだ!」と言うも、そんな粗末な扱いする訳にいかない表情。そして時間が迫る中、「タイ時間で考えてくれてもエエで!」と言い出す藤川さん。2時間猶予が出来るが、そんな都合のいい戒律解釈は駄目だろう。それは無視して少々歩いて見つけた定食が揃った小奇麗なお店に入った。

ソムサックさんを連れて新宿を歩いた御一行(2003.5.3)

新宿を歩く異様な二名

◆仏陀の教えは伝わるか

この藤川さんの一時帰国で、「タイでオモロイ坊主になってもうた」が発行され、市ヶ谷辺りのビル一室を借りての出版記念座談会開催。ほぼ同時期に日本上座部仏教協会設立。もうこの頃は、ここに集まった30名程の“群集”には、藤川さんの何年も続けてきた地道な活動の成果が表れていた。

ここでは藤川さんが真の仏教、仏陀が説かれた教えを悩み多き日本人へ伝えていこうとしていた。悩み多き日本人とは誰を指すか。それは私でもあり、同じようにあらゆる地位で働く、ごく普通の日本人。日々何か理不尽なことが起こったり、上手くいかない仕事であったり、苦しい生活事情であったり、そんな中でも幸せとは何か、貧乏でも明るく暮らすアジアの奥地の人々の生き方を説いても都会に住むと気が付き難い、地位を持った人々。誰にも相談できず、自殺者が絶えない日本人。悩みを打ち明けたくても普通、誰もこんな宗教集団には寄り付かないものだが、今後どのように展開するだろうか。

◆新たな野望

この出版を迎えて、“やれやれ終わった”と思ったところで出版社から第2弾を要請された藤川さん。第1弾は自身の半生紀で、荒れた人生から仏陀に惚れ込み出家に至るまでの経緯。第2弾は出家後の話、「比丘藤川清弘が何を見て、何を学んだかを書け!」と言われたもの。タイトルも「オモロイ坊主のアジア托鉢行」に決まり、タイの寺に帰ってから、再び試練のワープロと向き合う執筆に入られた。アジア各地を廻った巡礼話。また苦労しながら支援者に頼り、半年掛けて何とか原稿完成に漕ぎ着け、2004年6月末の出版第2弾での一時帰国。

大井町のホテルに泊まる藤川さん、メール通信は当たり前、ミクシィもこなす(2004.7.7)

この出版に向けて、修行のように日々ワープロに向かって過去の旅話を書いていると、また沸々と新たな野望が沸いてきたという。

「今度は北朝鮮に行こうと思うんや。“北朝鮮にも仏教寺がある”って聞いて、ちゃんと仏教活動が成されておるのか見てみたいんや!」と言う好奇心旺盛さは止まらない。

すでに北朝鮮にルートを持つ知り合いには渡航出来るか相談し、あるルートから行ける見込みだという。「お前も行かんか? 北朝鮮に行ける滅多に無いチャンスやから行って内情を見ておいた方がいいぞ!」と私にも振ってきた。私の不甲斐無い人生を想ってビジネスチャンスを振ってくれたものだったが、何か不穏なムード漂う今迄に無い旅。決心するには覚悟要る話だった。

渋谷にて、黄衣の纏いを直す藤川さん(2004.7.12)

渋谷に似合わぬ黄衣姿、周りからは異様な人物に見られる

◆北朝鮮へ挑む藤川さん

その渡航手続きが進む3ヶ月後、この為の一時帰国。

10月7日に、四ツ谷辺りの公民館らしきビルの一角の八畳ほどの和室を2部屋借り切っての、オモロイ坊主を囲む座談会には、20名あまりが参加されていた。上座には北朝鮮渡航を控えた藤川さんを囲むように支援者が座り、襖を外した後方の部屋には、藤川さんの説法を聴きに来たような一般の人が座っていた。これに加え、NHKが異色な比丘の藤川さんを取材に来ていた。

この座談会では藤川さんを取り巻く支援者達が“先生”と呼んでいたが、藤川さんがこの周囲から祭り上げられた存在のように思えた。

私が違和感を覚え、「何が先生だ、こんなジジィ・・・!」と言ったところで、藤川さんが「お前がいちばんワシの正体知っとるからなあ、ワッハッハッハ!」と高笑いされたが、ここには藤川さんを崇拝して着いて行く信者さんが少々と、“このジジィを利用してやろう”というビジネス戦略を持つ者がやって来たのである。だが、藤川さんはそんなことはしっかり弁えていて、「皆はワシを利用すればエエんや、ワシも皆に助けて貰えたらやりたいこと出来る訳やから!」という持ちつ持たれつ行くことが思惑通りの確信犯。北朝鮮に行く機会を得たのも支援者に導かれてのものだった。

北朝鮮行きの話が人伝に広まれば、そこにマスコミ関係者が集まるのも思惑どおりだっただろう。

ここに参加したのがフォトジャーナリストの久保田弘信さん。藤川さんの北朝鮮行きに同行予定で、彼はアフガニスタンやイラクなどの戦場を取材してきた度胸据わった冒険家。今回、TBS報道特集から指名されたのも当然であった。

私は藤川さんから個人的に誘われていたが主要メンバーではない。

更に10日間ほどの北朝鮮の旅に個人で参加するには35万円ほど掛かるという。高いが何とか払える金額だったが、諸々考えた末、些細な事情であるが参加しないことにした。

この時の一時帰国では、私はこの座談会に呼ばれただけで、藤川さんから一度も“飯食わせろコール”は無かった。それだけ支援者による、空国(入国)から空港(出国)まで賄いが行き届いていたのだろう。あれだけタダ飯食わせに朝から遠出させた藤川さんから連絡が無いのは喜びたいところだが、もう私は必要なくなったかと寂しさすら感じてしまう矛盾した嫉妬心。

さて、藤川さんの見たいもの、試したいことは実現するか、更には報道関係者から要請された、よど号乗っ取り犯との対面も予定される中、藤川さんは久保田氏と翌月、北朝鮮へ向け出発した。

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]

フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

2020年もタブーなき言論を! 月刊『紙の爆弾』2020年2月号

新団体の正月興行メインイベントは石川直樹がヒジ打ちで勝利を飾る。
MVPとなる武田幸三賞はモトヤスックが受賞。
新人戦から選出、ヤングライオン賞は西原茉生が受賞。
3階級でチャンピオン決定。これで6階級のチャンピオンが揃ったが、今後どこまで他団体と渡り合えるか。

◎KICK ORIGIN 2020 1st. 2020新春三階級王座決定戦!

1月5日(日)後楽園ホール
17:00~20:55 / 主催:ジャパンキックボクシング協会(JKA)

◆第10試合 メインイベント 52.0kg契約 5回戦

JKAフライ級チャンピオン.石川直樹(治政館/33歳/51.7kg)
    VS
松崎公則(STRUGGLE/44歳/51.9kg)
勝者:石川直樹 / TKO 4R 3:00(発表は4R終了) / 主審:仲俊光

組んでも離れても石川直樹のヒザ蹴りが襲い掛かっていく

前蹴りで松崎公則を突き放す石川直樹

新団体正月興行メインイベントの看板を背負う石川直樹のプレッシャーは如何程か。初回は静かな立ち上がり、首相撲からのヒザ蹴りが得意な両者だが、組み合う場面が少なく、離れてのローキックからパンチ主体の攻防が続くが、次第に石川が距離を詰め、第3ラウンドから石川の首相撲からヒザ蹴りのしつこさが出始め、松崎は劣勢に陥っていく。

第4ラウンドの終了寸前には石川直樹のヒジ打ちが松崎の右眉上辺りにヒットすると、大きくカットし流血。流れでゴングは鳴るが、レフェリーがラウンド内のタイムストップとしてインターバルには入らずドクターチェックに移るも、そのまま試合続行不可能の勧告を受入れ、ここでレフェリーストップとなった。

石川のヒジ打ちが松崎にヒット直後、レフェリーはタイムストップをかける

正月興行をヒジ打ちで締めた石川直樹とKO賞を贈るユーエルシー三瓶輝明営業部長

◆第9試合 第2代JKAライト級王座決定戦 5回戦

リズム掴んだ永澤がラッシュして仕留めにかかる

1位.永澤サムエル聖光(ビクトリー/30歳/61.23kg)vs3位.興之介(治政館/31歳/61.0kg)
勝者:永澤サムエル聖光 / TKO 3R 1:49 / 主審:椎名利一

新団体移行から王座決定戦が流れ、いきなり認定された初代チャンピオンの直闘が王座返上の為、改めて王座決定戦となった。

興之介が蹴り主体に出て来るが、永澤が冷静に対処。第2ラウンドに永澤が距離を掴むとパンチ連打による2度のノックダウンを奪い、ラウンド終了間際にはヒジ打ちで興之介の頭頂部をカットする。第3ラウンドも勢い付いた永澤のパンチで興之介から2度目のノックダウンを奪うと、ダメージ深い興之介をノーカウントでのレフェリーストップとなった。

一瞬の油断で興之介のパンチを貰う危ない場面も見せた永澤ではあったが、経験値から順当な勝利を掴んだ。「まずはジャパンキック協会王座」と目標を立てていた第一段階を突破した永澤。更なる真の日本上位では勝ち上がれるだろうか。

永澤サムエル聖光と興之介のパンチの交錯

永澤の連打で興之介からノックダウンを奪う

◆第8試合 初代JKAウェルター級王座決定戦 5回戦

怖い顔で話かけられなかった政斗先輩にモトヤスックの右ミドルキックがヒット

1位.政斗(治政館/27歳/66.3kg)vs2位.モトヤスック(治政館/18歳/66.67kg)
勝者:モトヤスック / TKO 5R 0:37 /主審:少白竜

同門対決での王座を懸けた試合。初回はパンチとローキックで様子見の両者。徐々にモトヤスックがパンチの圧力を掛ける。

第2ラウンドにモトヤスックがパンチで2度ノックダウンを奪うも倒しきれず。第3ラウンドはモトヤスックの圧力が落ち、やや持ち直した政斗。そのまま第5ラウンドまで政斗が逆転の兆しを見せる踏ん張りを見せるも、モトヤスックのカウンターの左ヒジ打ちで政斗の右眉上をカット、ドクターの勧告を受入れレフェリーストップとなった。

モトヤスックの右ストレートが政斗にヒット、先輩も後輩も関係ない熾烈な戦い

モトヤスックの左ヒジ打ちが政斗の額をカットさせた

◆第7試合 第2代JKAフェザー級王座決定戦 5回戦

2位.渡辺航己(JMN/23歳/56.7kg)vs3位.櫓木淳平(ビクトリー/28歳/56.9kg)
勝者:渡辺航己 / 判定3-0 / 主審:松田利彦
副審:仲50-46. 少白竜50-46. 椎名50-47

互いに前に出る積極性が攻防を盛り上げる。第4ラウンドには渡辺がヒジ打ちで櫓木の左目尻辺りをカット、渡辺の勢いが増し、やや遅れ気味の櫓木の攻め。各ラウンドの差は小さいが、トータルでは大差となって渡辺が判定勝利した。

渡辺航己と櫓木淳平のヒジ打ちの交錯

渡辺航己の前蹴りが櫓木淳平の胸板にヒット

渡辺航己の右フックがヒット櫓木は苦しい戦いに陥る

第2代JKAフェザー級チャンピオンとなった渡辺航己

◆第6試合 55.5kg契約3回戦

馬渡亮太(治政館/19歳/55.5kg)
    VS
チャモアペット・ソー・ウィラデット(元・ルンピニー系スーパーフライ級4位/タイ/19歳/55.2kg)
勝者:馬渡亮太 / TKO 2R 1:32 / 主審:桜井一秀

昨年8月4日にジャパンキック協会バンタム級王座決定戦で、阿部泰彦(JMN)を2ラウンドKOで破り、王座獲得したばかりの馬渡亮太は、その後、ニュ^ジャパンキック連盟(NJKF)でのS-1.55kgトーナメント(4名参加)で11月30日に決勝戦で大田拓真(新興ムエタイ)に2-0の判定負けを喫した。その自覚が影響か、その後王座を返上。

初回から慎重に進める馬渡。不用意に出ず、リズムを掴んでいく。一度パンチでノックダウンを奪うと、チャモアペットが効いたダメージか、バランスを崩し易くなる。第2ラウンドにもパンチでノックダウンを奪うとカウント中のレフェリーストップとなる勝利を収めた。

◆第5試合 59.0kg契約3回戦

瀧澤博人(元・日本フェザー級C/28歳/59.0 kg)
    VS
ペットワンチャイ・ラジャサクレックムエタイジム(タイ/29歳/58.75kg)
勝者:ペットワンチャイ / TKO 3R 1:43 / 主審:仲俊光

第1ラウンドから蹴りに勢いがあった瀧澤だが、ペットワンチャイのパンチが強く、当て勘鋭く厄介そう。第3ラウンドにはパンチ連打を食らった瀧澤が完全にリズムを崩し、ノックダウンを喫した瀧澤。口を開きっぱなしの瀧澤は顎を骨折した疑いもあり、ドクターの勧告を受入れレフェリーストップとなった。

第2代JKAライト級チャンピオンとなった永澤サムエル聖光、本来は初代となる

◆第4試合 54.0kg契約3回戦

JKAバンタム級1位.幸太(ビクトリー/29歳/53.9kg)
    VS
同級3位.阿部泰彦(JMN/41歳/53.9kg)
勝者:幸太 / TKO 1R 2:58 / 主審:仲俊光

ベテランの阿部、幸太のパンチとヒジ打ちを貰うと脆くも崩れ落ちる。立ち上がろうとするが足下ふらつきストップは止むを得ない。「まだやれるよ!」と叫ぶもカウント中のレフェリーストップとなった。

◆第3試合 ライト級3回戦

JKAライト級4位.野崎元気(誠真/61.1kg)vs同級7位.睦雅(ビクトリー/61.1kg)
勝者:野崎元気 / 判定2-1 / 主審:少白竜
副審:椎名28-29. 仲29-28. 桜井29-28

◆第2試合 フェザー級3回戦

西原茉生(チームチトク/56.8kg)vs財辺恭輔(REON Fighting Sports/56.45kg)
勝者:西原茉生 / KO 1R 2:41 / 主審:桜井一秀

◆第1試合 バンタム級3回戦

義由亜(治政館/53.2kg)vsナカムランチャイ・ケンタ(team AKATSUKI/53.1kg)
勝者:義由亜 / 判定3-0 / 主審:椎名利一
副審:松田30-24. 桜井30-24. 少白竜30-24.(第2Rにナカムランチャイに1点減点含む)

※前座、フェザー級3回戦、又吉淳哉(市原/58.0kg)vs龍聖(TRY HARD/56.9kg)は試合中止。又吉淳哉が計量850グラムオーバーで失格し、体調不良で緊急入院した模様。

初代JKAウェルター級チャンピオンとなった18歳高校3年生モトヤスック

《取材戦記》

大晦日のRIZINに於いて、那須川天心vs江幡塁戦が地上波で生放送される一方で、あまり世間に知られること少ない通常のキックボクシング興行。小さな団体でチャンピオンになっても、各団体各階級で数多いチャンピオンの中では、プロボクシングに例えれば、まだ日本ランキングに入ったに過ぎない真の日本上位からの序列。

そのジャパンキック協会のフライ級からミドル級まで6階級のチャンピオンが揃ったが、戦わずに昇格する認定チャンピオンが居たり、すぐに王座を返上したり、王座の価値が感じられない動きもあった。チャンピオンベルトそのものは他団体に負けないほどカッコいいデザインだが、王座の在り方も権威を保つ努力が必要だろう。

同門対決で後輩の高校3年生、モトヤスックに敗れ去った政斗。リング上で泣き崩れ、控室でも泣いていた。リング上では泣かぬも、控室へ帰ってから泣き崩れる選手も多い。一方で歓喜に沸く騒ぎも起こる。そんなリング上では見せない控室の喜怒哀楽も多く存在するのでしょう。

同門対決は通常は行なわない競技だが、トーナメント戦では当たらざるを得ない場合があり、タイトルマッチでもやらざるを得ないランキング上位定着の場合があります。

昭和のキックでは、亀谷長保(目黒)vs松本聖(目黒)戦は1位に長く留まる松本にチャンスを与えたタイトルマッチで2度、後の500万円争奪オープントーナメント戦を含む、亀谷長保の3勝(2KO)。伊原信一(目黒)vs千葉昌要(目黒)戦はタイトルマッチと500万円争奪オープントーナメント戦で1戦ずつ対戦があり、伊原信一の2勝。須田康徳(市原)vs長浜勇(市原)戦は1000円争奪オープントーナメント戦と引退試合で1戦ずつは1勝1敗、いずれもノックアウト。藤原敏男(黒崎)vs斉藤京二(黒崎)戦は、特に戦い導かれる因縁は無いマッチメイクでの実現で斉藤京二のKO勝利。

武田幸三賞(MVP)はモトヤスック、ユーエルシー・三瓶営業部長より贈られる

それぞれが伝説となった試合ばかり。政斗vsモトヤスック戦は、どれほどのインパクトを与えられただろうか。

ジャパンキックボクシング協会、2020年興行は、
3月15日(日)後楽園ホール
5月10日(日)後楽園ホール
6月21日(日)市原臨海体育館
8月16日(日)後楽園ホール
11月22日(日)後楽園ホール
以上が予定されています。

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]

フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

2020年もタブーなき言論を! 月刊『紙の爆弾』2020年2月号

世間からはあまり注目されないキックボクシング。昭和のテレビ全国ネット時代が終わると一気に衰退し、昭和末期から平成は細々とキックの灯を守ってきたキック関係者。しかし、かつてのキックボクシング全盛を知らない世代が増えていきました。1990年代にK-1がブームを起こして以降、似たような格闘技イベントが生まれるようになり、やがてキックボクシングも影響を受けていくと、最近はタレント化したキックボクサーがバラエティー番組に出るようになり、大晦日にはRIZINイベントの主要カードの一つとして那須川天心vs江幡塁戦が生放送される事態にまで至りました。

大晦日にRIZINで対戦する那須川天心vs江幡塁(画像:KNOCK OUT)

トレーナーとしてセコンドとしてのキャリアが長かった藤本勲会長(1992年)

50年あまりの歴史あるキックボクシングは諸々の問題を抱えながら、一般に浸透してきたことが伺えます。

そんな中で世間には全く知られない異変とは……。

◆新日本キックボクシング協会の分裂!

予兆は数年前からありつつ、日本タイトルマッチは2度しかなかった2018年。マッチメイクも他団体やフリーのジムとの交流戦やタイ選手との国際戦が増えていました。脱退した主要ジムは治政館、ビクトリー、市原、JMN、誠真、KickBoxの他、幾つかのジム。

藤本ジムが残ったのは藤本勲会長と伊原信一協会代表の、老舗目黒ジム時代からの長年の絆と老舗は脱退しないプライドがあったものかと思います。

その藤本勲会長は重病を抱え、高齢であることから勇退することに至りました。

崩壊すると囁かれた新日本キックボクシング協会は、過去、伊原代表御自身が脱退、合併、分裂と、枝分かれしていく者たちを幾度となく見て経験してきた人。

立ち直りも早く、活動がより活発化した現在です。

藤本勲会長の勇退式にて、伊原代表との絆が深かった仲

MA日本キック連盟代表だった時代の藤本勲会長、山口元気氏は同連盟フェザー級チャンピオンだった

◆NJKFの役員入れ替え!

ニュージャパンキックボクシング連盟(NJKF)は、2019年1月より連盟役員が新体制となり、斉藤京二理事長から坂上顕二新理事長の交代がありました。

1996年8月のNJKF設立時から10年務められた藤田真理事長の後を継ぎ、2007年から斉藤京二氏が12年間務められた後、ここで若武者会と言われた若い世代のジム会長たちがトップに躍り出た形。

前・理事長となる斉藤京二氏は、令和元年となる5月1日から活動開始したWBCムエタイ日本協会の会長に就任。この組織は、これまでのWBCムエタイ日本実行委員会同様、日本国内で行われるWBCムエタイ試合の承認及び認定、日本ランキング制定等を更に活性化、ライセンス交付を受けた日本人選手が段階を経て世界タイトルへ挑戦できる機会の更なる拡大も行なわれる様子です。

NJKF、齋藤京二前理事長へ花束を贈る坂上顕二新理事長

◆小野寺力のKNOCK OUTプロデューサー退任!

2016年9月の旗揚げ発表記者会見から、(株)ブシロードがバックアップする形で立ち上がった「KNOCK OUT」。団体の垣根を越えたビッグマッチが続出するイベントとして活動が始まりましたが、赤字覚悟のスタートで「3年後には軌道に乗せる」と、右肩上がりを予測していた経営陣。その満3年に達する前に、小野寺氏は2年7ヶ月で退任。引き継ぐ形となったのがREBELSを運営する山口元気氏でした。

「KNOCK OUT」は新たな運営方針を展開しています。「KNOCK OUT」に限らずスポンサー主導のビッグイベントを開催が増えた今、夢のカード実現はファンにとって喜ばしいことでしょう。

名チャンピオンで初期のKNOCK OUTプロデューサーを務めてきた小野寺力氏

REBELS代表でKNOCK OUT2代目プロデューサーとなった山口元気氏

NKB興行を担う竹村哲氏、新たな時代へ立ち向かう

◆小野瀬邦英のNKB離脱!

SQUARE UPジムの名前が消えた今年の日本キックボクシング連盟興行。所属選手だった、ひろあき(=安田浩昭)はプラスαジムへ移籍となりました。

この団体も2014年から、昭和の頑固親父、渡辺信久連盟代表に若い力で立ち向かう時代に入り、小野瀬邦英氏の手腕が期待されましたが、諸事情で惜しくも脱退。現在は竹村哲氏が興行を担当。新たなトーナメントの開催、交流戦等、新たな運営で盛り上げています。

◆もっと前にあったWPMF日本支局廃止によるウィラサクレック氏の離任!

2010年に新設されたタイ政府スポーツ委員会管轄下にあるタイ国ムエスポーツ協会を母体とするWPMFの日本タイトル。当初はフリーのジムやプロモーターが集う賑やかな面々でWBCムエタイ日本タイトルに優る勢いがあったものの、次第に離れていくプロモーションがありました。

REBELSもそのひとつ。日本支局長は3年任期。2013年に契約更新となったウィラサクレック支局長でしたが、2016年にタイ本部より日本支局廃止案が浮上しました。それでももう一年認可が下り、それが二年となり2018年7月まで継続されましたが、ここで任期が切れました。

現在はアマチュア大会に力を注ぐウィラサクレック氏。プロ興行でもムエタイイベントには協力的に活動を続けられています。組織は同じ体制で続けられると亀裂が入りやすいもの。今後復活が有り得るなら、任期ごとの代表選挙は必要となるでしょう。

プロデビュー前の幼さが残る吉成名高(撮影:鈴木雄一郎)

◆ムエタイ二大殿堂との絡み!

日本人によるムエタイ二大殿堂チャンピオン誕生の続く快挙。

2018年12月9日、横浜大さん橋ホールで、ラジャダムナンスタジアム・ミニフライ級王座に挑んだ吉成名高(エイワスポーツ/2001年1月生)はチャンピオン、ハーキュリ・ペッシーム(タイ)に判定勝利で王座奪取し、更に2019年4月14日、横浜大さん橋ホールでのルンピニースタジアム・ミニフライ級王座決定戦でランカー、シンダム・カフェフォーガ(タイ)に判定勝利で王座獲得。日本人のルンピニースタジアム王座獲得は初めてで、二大殿堂を同時に制覇する快挙となりました。

その後、ラジャダムナンスタジアム王座は返上し、その空位となった王座を9月9日、奥脇竜哉(エイワスポーツ/2000年8月生)が現地ラジャダムナンスタジアムでランカー、マンコンヨック・エンニームエタイに判定勝利して王座獲得。チャンスを譲られた形ではありましたが、日本人8人目のラジャダムナンスタジアム王座獲得となりました。

他にムエタイ殿堂王座挑戦したのは緑川創(藤本)が昨年6月27日、現地挑戦で判定負けして以来、1年ぶりに6月1日、横浜文化体育館で、ラジャダムナンスタジアム・スーパーウェルター級王座に挑戦もまたも判定負けで王座奪取は成らず。

殿堂ラジャダムナン王座、2度目の挑戦となった緑川創

執念で挑んだラジャダムナン王座、2度の挑戦も撥ね返られた緑川創(画像は前年2018年6月撮影)

4度目の殿堂ラジャダムナン王座挑戦を目指した江幡睦(計量後の姿)

弟・塁と共に新日本キックエース格を担う江幡睦

10月20日、後楽園ホールで4年7ヶ月ぶりのラジャダムナンスタジアム・バンタム級王座挑戦となったのは江幡睦(伊原)でしたが、4度目の挑戦も引分けでまたも王座奪取成らず。

結局、奥脇竜哉と二大殿堂制覇となった吉成名高の2名が王座獲得し、ベテラン2名が奪取成らなかった厳しい結果が残りました。ルールが変わらない本場のムエタイに純粋に挑んできた4名。吉成名高と奥脇竜哉は“今年度”19歳で、今の最軽量級から階級を上げ、今後の積み上げる実績に更に期待が掛かるでしょう。

いろいろな進化や変動があった2019年。分裂や退任等にはそれぞれの事情がありました。その関係者の声は厳しい意見もありました。安易に記述できるものではなく、単に出来事を連ねただけですが御容赦ください。

2020年のキックボクシング界は伝統を重視するムエタイ路線と、これまでの波乱から浮上し、イベント性重視の活動も増え、各団体、各プロモーションが鎬を削っていくことでしょう。

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]

フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

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