◆「安全な地層処分」は不可能

地層処分は2000年に法律で定められたが、問題は地下埋め捨てで人間環境や生態系から隔離できるかどうかである。これについて専門家から強い反対の声が、上がった。

2023年10月30日、地質学など地球科学者300名が連名で「日本に適地はない」との声明を発表した。

日本列島ができてから4000万年、この地は世界有数の変動帯に位置する。この地殻変動の激しい地に、10万年もの間埋設物を安全に保持することができる地層は存在しない、あっても私たちには分からない。10万年経ってみて動かなかったと分かる場所があったとしても、それが今の時点では科学的に見通せないのである。

声明では「日本列島は複数のプレートが収束する火山・地震の活発な変動帯」と指摘し、すでに施設の立地場所を選定するなど日本よりも先行している北欧諸国などと同列に扱い、工学的な技術を使えば安全性が保証されるなどと決めつけるのは「論外」と批判している。

例えば活断層の位置づけだ。私たちが知ることができる活断層は、地震により地表面に何らかの痕跡を記したものだけである。大きな地震を起こした断層でも、地上まで達しなければ見えないので活断層とは認識できない。したがって、既知の断層近傍を除外しても何の意味もない。

火山についても同じである。10万年間、地層に貫入しないとする根拠はどこにあるのか、また、現在の火山火口から15キロ離れていれば安全との根拠はどこにあるのか。

変動帯である日本列島は、常に火山フロントが動いている。地下のマグマの挙動もすべてつかんでいるわけではないし、将来もできない。


◎[参考動画]放射性廃棄物の最終処分場 「活断層のある場所は避ける」など条件案を了承(2022年6月8日)

◆「地層処分」を白紙にし本当の議論を

地上での管理は困難であるとの前提で、人間環境から隔離する方針の下に地層処分を決めたが、隔離できる確証もないままに方法だけが議論されてきた。

今立ち戻るべき地点は、高レベル放射性廃棄物処分の方法をどうするのかではなく、原子力をどうするかだ。すでに地層処分どころか、使用済燃料を貯蔵するところがひっ迫している。

再処理工場では3400トンの使用済燃料プールがいっぱいになっている。各地の原発でもプールが数年でいっぱいになるところが出てくる。貯蔵容量の80%を超える原発が出現しており、「リラッキング」と称して限界までプールに押し込める危険な対策さえ行っている。

使用済燃料プールがいっぱいになると、新しい燃料を貯蔵するスペースがなくなるため、原発は稼働できなくなる。2023年8月、中国電力は関西電力と共に「中間貯蔵施設」として山口県上関町の上関原発建設予定地に隣接する敷地を貯蔵施設として打診してきた。建設に向けた調査を実施する意向を町に伝えたのである。

関西電力は、今年度中に福井県内の原発の使用済燃料を県外に搬出する先を明らかにしなければ、高浜1号機など40年を超える原発の運転継続を認めないとの福井県との約束があるため、再処理工場への搬出、中間貯蔵施設の立地、原発内での乾式貯蔵計画など、原発を運転するためにありとあらゆる手段を講じようとしている。

このような行為は、核のごみを増やすだけで、地域に対立と混乱をもたらし、解決がさらに困難になる。核燃料サイクル政策を中止し、様々な段階にある核のごみについて、どのように対応するのかを1つ1つ考えなければならない。

原発が動き続ける限り、際限なく核のごみは増え続ける。原発を止めること、再処理も止めることが第1に必要だ。脱原発が実現しても、すでに発生した使用済み核燃料をはじめ、再処理によって生じた高レベル放射性廃液やガラス固化体、それ以外の再処理廃棄物やTRU廃棄物など、核のごみの処理処分は残る。現在の原発もまた、すべて核のごみになるし、福島第一原発も当然含まれる。

それらについて「こうすれば良い」といったわかりやすく誰もが納得できる解決法はおそらくない。これまで電源立地を地方に押しつけ、電力エネルギーを消費してきた都市にも応分の責任を負ってもらわなければならないが、そのような議論はおそらく紛糾するだろう。

これら議論の紛糾、それぞれの主張を出し合うことで、本当の問題解決の糸口が見えてくるだろう。

この国では「国民的議論」は起きたことがない。いつも一部の専門家や政治家、官僚や行政が何事も決めて押しつけてきた。この構造を変えていかなければ、何も解決しない。そのことだけは確かである。(終わり)

◎山崎久隆 核のごみを巡る重大問題 日本で「地層処分」は不可能だ
〈1〉震災後も核燃料サイクルが残った
〈2〉再処理工場は稼働できない
〈3〉科学的根拠に乏しい経産省「科学的特性マップ」の異常さ
〈4〉放射性廃棄物「地層処分」を白紙にし、本当の議論を

本稿は『季節』2023年冬号掲載(2023年12月11日発売号)掲載の「核のごみを巡る重大問題 日本で『地層処分』は不可能だ」を本通信用に再編集した全4回の連載記事です。

▼山崎久隆(やまざき・ひさたか)
たんぽぽ舎共同代表。脱原発東電株主運動、東電株主代表訴訟に参加。共著に『核時代の神話と虚像』(2015年、明石書店)ほか多数。

『季節』2023年冬号

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『季節』2023年冬号

通巻『NO NUKES voice』Vol.38
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2023年12月11日発行 770円(本体700円)

2024年の大転換〈脱原発〉が実る社会へ

《グラビア》
「東海第二原発の再稼働を許さない」11・18首都圏大集会(編集部)
福島浪江「請戸川河口テントひろば」への道(石上健二)

《インタビュー》小出裕章(元京都大学原子炉実験所助教)
必要なことは資本主義的生産様式の廃止
エネルギー過剰消費社会を総点検する

《インタビュー》井戸謙一(元裁判官/弁護士)
「子ども脱被ばく裁判」と「311子ども甲状腺がん裁判」
法廷で明らかにされた「被ばく強制」 山下俊一証言のウソ

《報告》後藤政志(元東芝・原子力プラント設計技術者)
【検証】日本の原子力政策 何が間違っているのか〈1〉
無責任な「原発回帰」が孕む過酷事故の危険性

《報告》木原省治(「原発ごめんだ ヒロシマ市民の会」代表)
瀬戸内の海に「核のゴミ」はいらない
関電、中電が山口・上関町に長年仕掛けてきたまやかし

《報告》山崎隆敏(元越前市議)
関電「使用済燃料対策ロードマップ」の嘘八百 ── 自縄自縛の負の連鎖 

《インタビュー》水戸喜世子(「子ども脱被ばく裁判の会」共同代表)
反原発を闘う水戸喜世子は、徹底した反権力、反差別の人であった
[手記]原発と人権侵害が息絶える日まで
       
《インタビュー》堀江みゆき(京都訴訟原告)
なぜ国と東電に賠償を求めるのか
原発事故避難者として、私が本人尋問に立つ理由

《報告》森松明希子(原発賠償関西訴訟原告団代表)
原発賠償関西訴訟 提訴から10年
本人調書を一部公開 ── 法廷で私は何を訴えたか?

《報告》平宮康広(元技術者)
放射能汚染水の海洋投棄に反対する理由〈前編〉

《報告》山崎久隆(たんぽぽ舎共同代表)
「核のゴミ」をめぐる根本問題 日本で「地層処分」は不可能だ

《報告》原田弘三(翻訳者)
「気候危機」論の起源を検証する

《報告》三上 治(「経産省前テントひろば」スタッフ)
汚染水海洋放出に対する闘いとその展望

《報告》佐藤雅彦(ジャーナリスト/翻訳家)
フクシマ放射能汚染水の海洋廃棄をめぐる2つの話題
映画になった仏アレバ社のテロリズムと『トリチウムの危険性探究』報告書

《報告》板坂 剛(作家・舞踊家)
再び ジャニーズよ永遠なれと叫ぶ!

《報告》山田悦子(甲山事件冤罪被害者)
山田悦子の語る世界〈22〉
甲山事件50年目を迎えるにあたり
誰にでも起きうる予期せぬ災禍にどう立ち向かうか〈上〉

再稼働阻止全国ネットワーク
岸田原発推進に全国各地で反撃中!
沸騰水型の再稼働NO! 島根2号、女川2号、東海第二
《東海第二》小張佐恵子(福島応援プロジェクト茨城事務局長/とめよう!東海第二原発首都圏連絡会世話人)
《福島》黒田節子(原発いらね!ふくしま女と仲間たち/「ひろば」共同代表)
《東京》柳田 真(たんぽぽ舎共同代表)
《浜岡原発》沖 基幸(浜岡原発を考える静岡ネットワーク)
《志賀原発》藤岡彰弘(命のネットワーク)
《関西電力》木原壯林(老朽原発うごかすな!実行委員会)
《島根原発》芦原康江(さよなら島根原発ネットワーク)
《中国電力》高島美登里(上関の自然を守る会共同代表)
《川内原発》向原祥隆(川内原発二〇年延長を問う県民投票の会事務局長)
《規制委》木村雅英(再稼働阻止全国ネットワーク)

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◆ガラス固化体の地層処分を押しつける「科学的特性マップ」

ガラス固化体埋設立地点については、日本のどこが「適地」であるかを示す地図が2017年9月に経産省により公開された。これを「科学的特性マップ」という。

 

[全国]科学的特性マップ(出典=経産省資源エネルギー庁)

しかしこの地図に科学的根拠は乏しい。200万分の1という荒い地図では、適地と判断した理由はほとんど分からない。機械的に海岸線から一定の距離に線を引き、火山エリアとして火口周辺15キロを除外した程度にしか見えない。活断層に至っては長さの100分の1の幅を除外したというのだが、何の根拠もない。

例えば、三浦半島が全域「好ましい地域」とされているように見えるが、ここには関東大震災を引き起こした断層があり、多くの活断層が半島を切り裂いている。一体どうして「適地」になるのか。

糸魚川静岡構造線(糸静線)がある新潟県糸魚川市姫川付近も「適地」とされている。糸静線はフォッサ・マグナの西縁にあたり西南日本と東北日本が現在の位置に移動した時に形成された大断層である。「糸静線の北端は新規の断層により北側が500㍍以上落ち込んでおり、『糸魚川』地域の海岸付近における糸静線は地下深部に埋没されていると推定」そして「現在も傾動隆起の傾向」(産総研2017)とされている。つまりずっと活動を続けている。こんな地域が「適地」なはずがない。

この地図は結局地層処分を前提として、どこが良いかといっているに過ぎない。そのような仕掛けで立地地点の自治体に立候補させたり、全国的な議論を巻き起こそうとしても不可能だ。

[北海道]科学的特性マップ(出典=経産省資源エネルギー庁)

[東北]科学的特性マップ(出典=経産省資源エネルギー庁)

[関東・中部]科学的特性マップ(出典=経産省資源エネルギー庁)

[関西・近畿・中国・四国]科学的特性マップ(出典=経産省資源エネルギー庁)

[九州・沖縄]科学的特性マップ(出典=経産省資源エネルギー庁)

◆「地層処分」とは何か

ガラス固化体は、強い放射線を出すため、人間の環境から10万年以上隔離しておかなければならない。そこで「多重バリアシステム」という仕組みで隔離する。

この多重バリアは、ガラス固化体と金属製容器(オーバーパック)と緩衝材(容器を包む粘土)の組み合わせで形成される「人工バリア」と周囲の地層により遮蔽する「天然バリア」からなる。

放射性物質とガラスを混ぜて固めれば放射性物質の漏えいが防止でき、オーバーパックは約1000年間は地下水とガラス固化体の接触を防ぎ、腐蝕した後は緩衝材と天然バリアが放射性物質の地下水への漏えい、環境中の移動を押さえるとされる。

しかし10万年規模の遮蔽性能など実験で確認できるわけもなく、さらに地層の天然バリアに至っては、仮説の域を出ない。

原子力発電環境整備機構(NUMO)は地層処分を行う公益法人だが、そのホームページでは地下深部について「物質を長期にわたり安定して閉じ込めるのに適した場所」として埋め捨てを合理化している。

埋め捨てを国の方針としたいきさつについて、ある論文から紹介する。「1999年11月に日本原子力研究開発機構が原子力委員会に提出した『わが国における高レベル放射性廃棄物地層処分の技術的信頼性・地層処分研究開発第2次取りまとめ』では、地質環境・工学技術・安全評価の3つの観点から日本でも地層処分が可能であるとした。

それを受けて、2000年6月に『特定放射性廃棄物の最終処分に関する法律』が成立し、10月には処分事業の実施主体として原子力発電環境整備機構(NUMO)が設立された。

『第2次取りまとめ』は日本の地質環境について、地震・断層活動、火山・火成活動、隆起・沈降・浸食、気候・海水準変動を検討し、『将来10万年程度にわたって十分に安定で、かつ人工バリアの設置環境および天然バリアとして好ましい地質環境がわが国にも広く存在すると考えられる』と結論した」(学術の動向「変動帯の日本列島で高レベル放射性廃棄物地層処分の適地を選定できるか?」石橋克彦2013より)。(つづく)


◎[参考動画]“核のゴミ”全国適正マップ 初の一般向け説明会(2017/10/17)

◎山崎久隆 核のごみを巡る重大問題 日本で「地層処分」は不可能だ
〈1〉震災後も核燃料サイクルが残った
〈2〉再処理工場は稼働できない
〈3〉科学的根拠に乏しい経産省「科学的特性マップ」の異常さ
〈4〉放射性廃棄物「地層処分」を白紙にし、本当の議論を

本稿は『季節』2023年冬号掲載(2023年12月11日発売号)掲載の「核のごみを巡る重大問題 日本で『地層処分』は不可能だ」を本通信用に再編集した全4回の連載記事です。

▼山崎久隆(やまざき・ひさたか)
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◆再処理工場は稼働できない

再処理工場がいつか完成するとしても、今の状況では稼働することができない。それは、日本の国際公約「余剰プルトニウムを持たない」に抵触するからである。

日本のプルトニウム保有量は2022年末現在で45.1トン、そのうち英仏で再処理して分離したプルトニウムが35.9トンである。日本が保有できるプルトニウムは、現在の核燃料サイクルにおいてはMOX燃料として燃やすことが可能なプルトニウムに限られる。MOX燃料体に入れて原発で燃やすしか手段がないからだ。

MOX燃料の製造が可能なのは現時点ではフランスのオラノ社だけ。英国ではMOX加工ができない。日本も日本原燃がMOX燃料製造工場を建設中だが、こちらの審査もいつ終わるか見通しは立っていないし、仮に完工しても費用がフランスの数倍になる見通しで、経済性はないどころの話ではない。輸入MOX燃料でさえ今のウラン燃料体の10倍以上の価格になっているのに、その数倍の費用をかけて日本製MOX燃料体を作る意味がどこにあるというのだろうか。

今から10年先を見通しても、余剰プルトニウムを持たないとの公約を守るかぎりは再処理工場が完成してもプルトニウムを取り出すことはできない。まず英仏のプルトニウムをMOX燃料に加工して消費することが優先されるはずだ。

さらに問題なのは、2007年までに行われたアクティブ試験において発生した高レベル放射性廃棄物のガラス固化が終わっていないことである。346本のガラス固化体を製造した段階で止まり、211立方㍍の廃液は、審査が終わっていないためガラス固化できずそのまま。再処理工場が完工した場合、まずこれのガラス固化処理をしなければならない。

現状について国は「日本原燃から、再処理事業変更許可申請がなされ、現在、新規制基準に係る適合性審査を行っており、当該審査終了後に原子炉等規制法第46条の規定に基づく使用前検査を実施する段階において、高レベル廃液ガラス固化建屋ガラス溶融炉の性能を含めて、再処理施設の性能が技術上の基準に適合するものであること等を確認することとしている」としている(川田龍平参議院議員の質問主意書への回答より)。

しかし先行していた東海村の再処理工場でもガラス固化工程ではトラブル続きで、とうとう2系統あった設備がすべて止まってしまった。現在、2024年度末までに3系統目を建設することになっている。

同様に六ヶ所村再処理工場でも過去にガラス固化工程でトラブルが続いていた。構造はほとんど変わっていないので、再び止まる可能性は高いのである。

ガラス固化体の地層処分とは現在、再処理工場で作られる高レベル放射性廃棄物ガラス固化体をどこに埋め捨てするかが問題になっている。この「ガラス固化体」(ステンレス製容器で覆う構造)の埋め捨てのことを「地層処分」と呼んでいる。ガラス固化体は最初、最長50年間地上で管理する。現在その施設も六ヶ所村にあり、「高レベル放射性廃棄物貯蔵管理センター」という。これは廃棄物に含まれる放射性物質の崩壊熱と放射線量を減少させるためである。

英仏の再処理工場で再処理したガラス固化体の貯蔵は1995年から始まっているので、最初の固化体が50年を経過するのは2045年である。設備は鉄筋コンクリート造りで地下に設置されたシリンダー構造の容器が並ぶ。貯蔵が終わると深さ300㍍以深に埋め捨てる方針だが、計画では2~3キロ㍍四方の範囲にガラス固化体で4万本以上を埋めるとされる。

この処分地の調査・選定に約20年、建設作業と埋設に約70年、閉鎖するためには約10年かかるとされる。このガラス固化体の立地点では、人間の生活圏から10万年以上の時間、隔離できる条件を持っていなければならないとされる。

立地については、次の3段階で決める。第1段階が「文献調査」(机上調査)で、この調査に手を挙げただけで自治体には20億円の交付金が支給される。第2段階「概要調査」に進むには地域の意見を聞くとされているが、その方法は定められていないため、首長と議会の合意で進められる危険性が高い。

「概要調査」では地点を決めてボーリング調査を行う。4年ほどかかるとされ、交付金が70億円支給される。

第3段階は「精密調査」で地下施設での調査や試験を行い14年かかるとされる。この先の制度については未だ明確にはなっていない。いずれも地元の同意が必要だ。現在の状況は、文献調査に名乗りを上げたのが北海道寿都(すっつ)町と神恵内(かもえない)村のみ。交付金は調査対象の隣接自治体にも支払われることになっているが、寿都町の隣接自治体の内7500万円を受け取ったのは岩内(いわない)町のみ。他に蘭越(らんこし)村、黒松内(くろまつない)町、島牧(しままき)村があるが、いずれも核抜き条例を制定するなどして受け取りを拒否した。神恵内村の周辺自治体では、泊(とまり)原発が立地する協和(きょうわ)町と泊村、そして古平(ふるびら)町が7500万円を受け取っているが、積丹(しゃこたん)町は核抜き条例を有して拒否している。

長崎県対馬市は、議会がわずか1票差で文献調査受け入れ請願を採択したが、市長が拒絶している。(つづく)


◎[参考動画]文献調査は「見通し立たない」“核のごみ”最終処分場への調査開始から2年 北海道寿都町のいま(2022/10/10)


◎[参考動画]【速報】長崎・対馬市長が会見 “核のゴミ”処分場文献調査「受け入れない」表明(2023/09/27)

◎山崎久隆 核のごみを巡る重大問題 日本で「地層処分」は不可能だ
〈1〉震災後も核燃料サイクルが残った
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震災の後で日本の原発がすべて止まった。2012年5月のことだ。東日本大震災による東京電力(以下東電)福島第一原発事故で、原発の危険性、そして再びどこかの原発が過酷事故を起こしたら今度は国が滅亡するとの危険性を感じた当時の民主党政権は、「2030年代に脱原発を目指す」との政策を決定しようとした。


◎[参考動画]「2030年代原発ゼロ」決定 新設・増設一切認めず(2012/09/14)

しかし巨額の資金を投じて原発と核燃料サイクル事業を推進してきた原子力産業や原子力ムラ、核兵器保有技術を保有しておきたいとの一部政治家などの力で、脱原発政策は潰された。

かつて日本の核燃料サイクル政策にはウランサイクルとプルトニウムサイクルという2つの流れがあった。ウランサイクルはウラン燃料を採掘し、核燃料に加工して原発で燃やし、使用済燃料を再処理してプルトニウムとウランを抽出、これを使ってウラン・プルトニウム混合燃料(MOX燃料)を生産して、また原発で燃やすサイクルを指す。

一方、プルトニウムサイクルは再処理した後のプルトニウムを使って高速炉の燃料に加工し、高速増殖炉を動かしてプルトニウムを再生産するサイクルをいう。

日本はプルトニウムサイクル完成を目指して高速増殖炉「もんじゅ」と「常陽」を建設した。しかし「もんじゅ」は1995年にナトリウム漏洩火災事故を起こして無期限停止、その後廃炉になった。高速炉がなければプルトニウムサイクルは成立しないので、今ではウランサイクルのみの核燃料サイクルを目指している。

核燃料サイクルとは、ウラン採掘から高レベル放射性廃棄物を処分するまでの1連の工程を指したものである。ウランサイクルは鉱山から採掘されたウランを使って核兵器を作る工程だったが、核拡散防止条約(NPT)の下では核武装は原則として禁じられていること、平和利用と称して核兵器開発に転用可能な技術が多々あることで技術移転も厳しく規制されていて、世界で核燃料サイクルを保有する国は核武装国に限られている。

しかし日本だけは、現在も核燃料サイクルを機能させる政策を有している。すでに脱原発を達成したドイツは、以前は核燃料サイクルの完成を目指した時代があったが、今は廃棄物貯蔵施設とウラン濃縮プラントしか存在しない。

◆再処理工場は完成しない

核燃料サイクルのバックエンドとは、原発から再処理工場を経て放射性廃棄物の処分までを指す。使用済燃料の流れである。そのうち、日本国内で計画されている事業は核燃料再処理、MOX燃料製造、放射性廃棄物の貯蔵と処分である。

核燃料は再処理せず、燃料体のままで保管もできるし、処分もできる。実際に軍用ではなく商業再処理を行っている国は現在ではフランスしかない。したがって、米国や英国やドイツなどでも使用済燃料はそのまま貯蔵されている。

日本でもそのまま貯蔵するという選択も可能だが、核燃料は全量再処理し、プルトニウムはMOX燃料に、回収ウランは再利用、高レベル放射性廃棄物はガラス固化体に加工して地下300㍍に埋め捨てとの方針が、法律で決められている。

その中核施設が青森県六ヶ所村に建設中の再処理工場だ。しかし、着工からすでに30年、1997年に完成する予定だったが、今の計画では「2024年度上半期」とされる。実際には、これまでの審査状況から、来年に終わるなど到底考えられない。審査会合では日本原燃が提出した申請書6万ページのうち約3100ページに、誤記や記載漏れがあったことが明らかになった。これでは何も進むはずがない。(つづく)

◎山崎久隆 核のごみを巡る重大問題 日本で「地層処分」は不可能だ
〈1〉震災後も核燃料サイクルが残った
〈2〉再処理工場は稼働できない
〈3〉科学的根拠に乏しい経産省「科学的特性マップ」の異常さ
〈4〉放射性廃棄物「地層処分」を白紙にし、本当の議論を

本稿は『季節』2023年冬号掲載(2023年12月11日発売号)掲載の「核のごみを巡る重大問題 日本で『地層処分』は不可能だ」を本通信用に再編集した全4回の連載記事です。

▼山崎久隆(やまざき・ひさたか)
たんぽぽ舎共同代表。脱原発東電株主運動、東電株主代表訴訟に参加。共著に『核時代の神話と虚像』(2015年、明石書店)ほか多数。

『季節』2023年冬号

〈原発なき社会〉を求めて集う
不屈の〈脱原発〉季刊誌
『季節』2023年冬号

通巻『NO NUKES voice』Vol.38
紙の爆弾2024年1月増刊
2023年12月11日発行 770円(本体700円)

2024年の大転換〈脱原発〉が実る社会へ

《グラビア》
「東海第二原発の再稼働を許さない」11・18首都圏大集会(編集部)
福島浪江「請戸川河口テントひろば」への道(石上健二)

《インタビュー》小出裕章(元京都大学原子炉実験所助教)
必要なことは資本主義的生産様式の廃止
エネルギー過剰消費社会を総点検する

《インタビュー》井戸謙一(元裁判官/弁護士)
「子ども脱被ばく裁判」と「311子ども甲状腺がん裁判」
法廷で明らかにされた「被ばく強制」 山下俊一証言のウソ

《報告》後藤政志(元東芝・原子力プラント設計技術者)
【検証】日本の原子力政策 何が間違っているのか〈1〉
無責任な「原発回帰」が孕む過酷事故の危険性

《報告》木原省治(「原発ごめんだ ヒロシマ市民の会」代表)
瀬戸内の海に「核のゴミ」はいらない
関電、中電が山口・上関町に長年仕掛けてきたまやかし

《報告》山崎隆敏(元越前市議)
関電「使用済燃料対策ロードマップ」の嘘八百 ── 自縄自縛の負の連鎖 

《インタビュー》水戸喜世子(「子ども脱被ばく裁判の会」共同代表)
反原発を闘う水戸喜世子は、徹底した反権力、反差別の人であった
[手記]原発と人権侵害が息絶える日まで
       
《インタビュー》堀江みゆき(京都訴訟原告)
なぜ国と東電に賠償を求めるのか
原発事故避難者として、私が本人尋問に立つ理由

《報告》森松明希子(原発賠償関西訴訟原告団代表)
原発賠償関西訴訟 提訴から10年
本人調書を一部公開 ── 法廷で私は何を訴えたか?

《報告》平宮康広(元技術者)
放射能汚染水の海洋投棄に反対する理由〈前編〉

《報告》山崎久隆(たんぽぽ舎共同代表)
「核のゴミ」をめぐる根本問題 日本で「地層処分」は不可能だ

《報告》原田弘三(翻訳者)
「気候危機」論の起源を検証する

《報告》三上 治(「経産省前テントひろば」スタッフ)
汚染水海洋放出に対する闘いとその展望

《報告》佐藤雅彦(ジャーナリスト/翻訳家)
フクシマ放射能汚染水の海洋廃棄をめぐる2つの話題
映画になった仏アレバ社のテロリズムと『トリチウムの危険性探究』報告書

《報告》板坂 剛(作家・舞踊家)
再び ジャニーズよ永遠なれと叫ぶ!

《報告》山田悦子(甲山事件冤罪被害者)
山田悦子の語る世界〈22〉
甲山事件50年目を迎えるにあたり
誰にでも起きうる予期せぬ災禍にどう立ち向かうか〈上〉

再稼働阻止全国ネットワーク
岸田原発推進に全国各地で反撃中!
沸騰水型の再稼働NO! 島根2号、女川2号、東海第二
《東海第二》小張佐恵子(福島応援プロジェクト茨城事務局長/とめよう!東海第二原発首都圏連絡会世話人)
《福島》黒田節子(原発いらね!ふくしま女と仲間たち/「ひろば」共同代表)
《東京》柳田 真(たんぽぽ舎共同代表)
《浜岡原発》沖 基幸(浜岡原発を考える静岡ネットワーク)
《志賀原発》藤岡彰弘(命のネットワーク)
《関西電力》木原壯林(老朽原発うごかすな!実行委員会)
《島根原発》芦原康江(さよなら島根原発ネットワーク)
《中国電力》高島美登里(上関の自然を守る会共同代表)
《川内原発》向原祥隆(川内原発二〇年延長を問う県民投票の会事務局長)
《規制委》木村雅英(再稼働阻止全国ネットワーク)

反原発川柳(乱鬼龍 選)

書=龍一郎

龍一郎揮毫

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本稿は『季節』2023年夏秋号(2023年9月11日発売号)掲載の「老朽化原発の安全確保の理屈が成り立たない理由」を本通信用に再編集した全4回の連載記事です。

◆設計の古さを問題としているが具体性はない

老朽原発を廃炉に導くはずだった新規制基準の運転年数制限が事実上撤廃されてしまい、これにともない古い原発の70年を超える運転がこれから可能になろうとしている。

設計が古いと建設時の知見も乏しく、地震や津波想定は甘く、さらに材料も悪い。良いことなど一つもない。複雑な構造物である原発では、いくら部品を交換し、耐震補強や防潮堤で繕ってみても土台の悪さを解決することはできない。例えば基礎杭を打ち直すことなどできないし、塩害で損傷している建屋を建て直すわけにもいかない。

規制委の長期管理施設計画では、交換可能な設備、装置を交換するためにサプライチェーンの維持を確保するとしている。それ以外に設計の古さを具体的に対策する方法は書かれていない。規制委は、現在でも「バックフィット」(遡って規制基準を適用すること)により安全性を維持する取り組みをしていることで、新知見に照らして安全上重要な対策を施していない原発は40年超運転を許可していないことから、設計の古さに起因する問題については現在でも規制しているとし、新たな規制基準を設ける必要はないと考えている。

結局、本当は重要だった運転期間の制限が撤廃された結果、老朽化した原発を一定の期限で確実に廃炉にする仕組みがなくなってしまった。

改訂法では、長期管理施設計画が認可されなければ次の10年は動かせなくなる。規制は厳しくなっていると規制委はいう。しかし運転は止まるかもしれないが廃炉にはならず、審査は延々と続けられてしまう。現在の敦賀2のように、見通しがなくても、書類を偽装しても、審査を受けたいと書類を出し続ければ廃炉にできないのだ。こんなところに巨額の電気料金(敦賀2の場合は原電の原発なので、関西、中部、北陸、中国電力の消費者がそれぞれの電気料金から負担している)が湯水のごとく使われているのである。

◆規制する側とされる側で検討する規制案とは何か

新・新規制基準の具体的な審査方法(規則等)を検討する「高経年化した発電用原子炉の安全規制に関する検討チーム」という会議体のメンバーに「ATENA」(原子力エネルギー協議会)が入っている。この団体は、電力会社とメーカーの協議体で、いわば原子力ムラそのものである。

規制側と机を並べて検討しているのは原発の安全審査の根幹に関わる「規則」だ。つまり法規制される側とする側が、どんな規制が良いですかと話し合っている。これで厳格な審査体制が作れると本気で思っている人がいるのならば愚かすぎよう。

ATENAは、BWRやABWRは冷却水投入(ECCSの作動など)でも加圧熱衝撃は発生しないので「評価不要」であると主張している。この主張に基づき、すでに試験片を使い果たして本来は圧力容器の健全性を評価できなくなった東海第二の運転継続ができるようになってしまうのである。

震災後に設置された国会事故調の報告書で黒川清委員長が指摘した「規制の虜」。これを打破しない限り、原発再開はあり得ないと指摘した黒川氏。ところが今起きているのは、規制される側が規制する側を取り込み、都合の悪い基準を作らせない目論見だ。

「規制の虜」とは、規制当局が国民の利益を守るために行う規制が、逆に企業など規制される側のものに転換されてしまう現象をいう(黒川清「原発事故から学ばない日本……『規制の虜』を許す社会構造とマインドセット」2021年3月8日付け読売新聞)。

GX法で定められた「新・新規制基準」は、法律が制定されても、それだけでは何もできない。規制の方法や基準を決めなければ実務ができない。新規制基準から、どう繋げていくのかが課題だが、その一つが現在議論されている「長期管理施設計画」だ。これを検討する会議で規制する側が規制される側と詰めの議論をしている。この場に第三者の専門家や、高い知見を持ち批判的な立場の科学者がいるというのならばまだしも(過去の耐震基準を決める会議ではあったし利活用を巡る原子力小委員会にもそういうメンバーは存在した)、この会議体は規制庁と、電力会社やメーカーなどのATENAしかいないのだ。

しかも、知見はほとんどATENA側にあり、規制庁が独自に検証し、実験するなど不可能。せいぜい文献調査くらいしか能力のない規制側が、大勢の技術者と実機を持ち、圧倒的な資金力を有するメーカー側に太刀打ちできるわけがない。対等な議論さえ望めないのである。

このような悲劇的な規制側の現実を国民の多くは知るよしもなく、一方的に決められた規則で事実上無期限に老朽原発が動き出す。それを止める力があるのは、市民だけである。(完)

◎老朽化原発の安全確保の理屈が成り立たない理由[全4回]
〈1〉脆性遷移温度が危険域に達した関電高浜1号
〈2〉運転実績や想定を超えている原発の「60年超運転」
〈3〉試験片が枯渇し、中性子照射脆化を評価できなくなった原発は直ちに廃炉にすべきである
〈4〉一方的に決められた規則で無期限に動き出す老朽原発を止める力があるのは、市民だけである

▼山崎久隆(やまざき・ひさたか)
たんぽぽ舎共同代表。1959年富山県生まれ。脱原発東電株主運動、東電株主代表訴訟に参加。反原発運動のひろば「たんぽぽ舎」設立時からのメンバー。湾岸戦争時、米英軍が使った劣化ウラン弾による健康被害や劣化ウラン廃絶の運動に参加。福島第一原発事故に対し、全原発の停止と廃炉、原子力からの撤退を求める活動に参加。著書に『隠して核武装する日本』(影書房 2007年/増補新版 2013年)、『福島原発多重人災 東電の責任を問う』(日本評論社 2012年)、『原発を再稼働させてはいけない4つの理由』(合同出版 2012年)、『核時代の神話と虚像 ―― 原子力の平和利用と軍事利用をめぐる戦後史』(共著/木村朗、高橋博子編/明石書店 2015年)等多数。

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本稿は『季節』2023年夏秋号(2023年9月11日発売号)掲載の「老朽化原発の安全確保の理屈が成り立たない理由」を本通信用に再編集した全4回の連載記事です。

◆東海第二の現状

先の論文では運転期間は60年(定格出力運転相当年数・定格出力で連続運転したと仮定して計算した年数で48年)までしか解析されていない。東海第二は今のままでは72年近く運転する可能性がある。運転期間としても50年を大きく超えるだろう。また、材料の具体的な評価については記述がないため、どんな不純物が含まれているかわからない。

一般に、中性子照射脆化は材料に含まれる元素の種類や量で大きく変化する。そのため同じ材料(母材、溶接材)で試験片を作らないと意味がないが、たった5㎜では同じ材質の試験片になっているとは考えにくい。

東海第二と同型のBWRである敦賀1号(すでに廃炉)では加速試験(炉心内で炉壁よりも燃料体に近い場所に試験片を置くことで中性子照射量を多くして、寿命末期の状態を模擬して行う評価)を行ってきたところ、実際の炉壁の状態を模擬できなかった(少ない影響しかないように評価された)例もある。

東海第二も加速照射なので、これまで取り出した試験片が実際の炉壁の状態を正しく評価できるデータが取れているか疑問だ。

そういう状態であるにもかかわらず、中性子照射脆化と加圧熱衝撃の評価をしないなどというのは、都合が悪いから逃げているに過ぎない。しかし事故からは逃げられないということは知るべきだ。

試験片が枯渇し中性子照射脆化を評価できなくなった原発は直ちに廃炉にするべきである。

◆規制委は危険な原発を止められるのか

西村康稔経産大臣は国会で、原発の安全規制に懸念を持つ議員から、危険な老朽原発を事故前に的確に停止することが可能なのかを問われた。大臣は規制委が厳格な審査を行い、不合格になれば原発の運転ができなくなるのだから問題ないと繰り返し答弁した。

改訂前の炉規法では40(+20)年で廃炉となった。今後は事実上、制限がなくなる。老朽原発は規制委が危険性を未然に見つけて許可しないとの判断をしない限り、廃炉にすることができなくなる。

もともと炉規法に年数制限を入れたのは、古い設計で安全上不安のある原発の自主退場を促すことも目的だった。

改正前の炉規法では、よほどのことがない限り運転中の原発に運転停止を命ずることができなかった。しかし新規制基準ができたことで地震や津波、過酷事故対策に加え、特定重大事故対処等施設の建設と、大規模な設備投資が必須となった。

このような工事は100万キロワット級原発と50万キロワット級原発で、費用が倍も違わない。安全対策工事にかかる金額は、柏崎刈羽全部で1兆2000億円、東海第二で3000億円など、原発が1基建ってしまうほどの費用がかかる。同じ投資をするのならば、運転可能年数も長く、設計も建設も新しい原発に集中した方が経済性も良いことは常識である。

そのこともあって、今まで伊方1、2号機、美浜1、2号機など比較的小型で老朽化が進んだ原発が廃炉になった。震災後、東電福島第一と第二を除けば、11基が廃炉になっている。

しかし、ここにきて廃炉の波は止まっている。柏崎刈羽1~5や志賀1などは、新規制基準適合性審査を受けていないが、廃炉にもしていない原発がある。

「新・新規制基準」では、これら原発は動かないのに運転可能年数だけは無意味に伸びていく。老朽化が進んだ原発の退場を促すどころか、いつまでも「動くかもしれない」と、廃炉にもせず、再稼働準備と称して対策工事を延々と続け、経営を圧迫し地域を不安に追い込む。そんな原発が8基もある(柏崎刈羽1~5、志賀1、女川3、浜岡5)。(つづく)

◎老朽化原発の安全確保の理屈が成り立たない理由[全4回]
〈1〉脆性遷移温度が危険域に達した関電高浜1号
〈2〉運転実績や想定を超えている原発の「60年超運転」
〈3〉試験片が枯渇し、中性子照射脆化を評価できなくなった原発は直ちに廃炉にすべきである

▼山崎久隆(やまざき・ひさたか)
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◆加圧熱衝撃の恐ろしい実態

例えば、運転中の原発で冷却材喪失事故が発生する。原因はいろいろ考えられよう。給水系統に直接繋がる配管の破断、主蒸気管の破断、蒸気発生器伝熱管の破断、給水ポンプ軸封部の破損などがある。その結果、冷却材喪失事故になり非常用炉心冷却装置が作動する。

実際に91年に美浜2号で蒸気発生器伝熱管の破損から冷却材喪失事故が発生し、ECCSが作動した例がある。この時に入る水は摂氏30度以下の冷たい水だ。炉心は運転中であれば300度を超える高温だ。圧力容器が急冷され、加圧熱衝撃が発生する。

圧力容器が劣化していて容器の内面に傷があると、これが急速に拡大し、容器が破損する。これを加圧熱衝撃による脆性破壊という。

損傷したところから320度以上、157気圧以上の一次冷却材が噴出し、炉心の冷却ができなくなる。圧力容器が大規模に破損していたのでは、ECCSが作動していても水が貯まらないため、炉心が損傷し過酷事故に至る。

◆試験片が枯渇した老朽原発

川内原発1号では、運転開始時に6つ入れた監視試験カプセルのうち、すでに5つが取り出されている。東海第二では運転開始時に4つ入れた監視試験カプセルすべてがすでに取り出されたことが確認されている。

東海第二については使用済の試験片を戻しているが、これを使って再試験をすることはできない。サイズが小さすぎて(5㎜)シャルピー衝撃試験は不可能だ。

東海第二で試験片が枯渇したのは、原発は最長でも60年までしか運転期間を想定していなかったことが理由だ。

高浜1号も「実用発電用原子炉の運転期間延長認可申請に係る運用ガイド」で「運転開始後30年を経過する日から10年以内のできるだけ遅い時期」に取り出して試験することとされているが、この間に試験をしている形跡がない。最初に入れた8個のカプセルのうち4つが母材、4つが溶接金属だが、母材はあと一つ、溶接金属は2つ残っているだけである。

60年超運転とは原発の運転実績や想定を超えていることなのだ。このことが、圧力容器の正常な試験そのものを阻害し事実上不可能にしてしまった。極めて危険な実態を生み出した責任は今のGX法にある。

ところがここでウルトラCが登場する。日本原電が2018年に作成した「原子炉圧力容器の中性子照射脆化に関する評価の詳細について」という文書にはこういう記述がある。

「沸騰水型原子炉圧力容器では、炉圧は蒸気温度の低下に伴い低下すること、冷水注入するノズルにはサーマルスリーブが設けられており、冷水が直接炉壁に接することはないから、PTS事象は発生しない[*1]。また相当運転期間での中性子照射量が低く、BWR-5を対象とした評価(図5-1)において、破壊靭性の裕度が十分あることが確認されている*2」

あえて注釈の数値を残しているが、ここから文献を探してみると、ここには恐ろしいことが書かれている。

「*2」とされている「沸騰水型原子炉圧力容器の過渡事象における加圧熱衝撃の評価」では、「国内BWR全運転プラントを対象として、構造および設計熱サイクルを考慮してグループ化し、供用状態DにおけるPTS評価を行った。すべてのプラントについて、60年運転を想定した48EFPY時点で、応力拡大係数KI曲線と破壊靭性KIC曲線とは交わらずに破壊靱性の裕度が十分にあることが確認された。BWRの場合は、供用状態CおよびDにおいて、PTS事象のような非延性破壊に対して厳しい運転事象はなく、非延性破壊評価は供用状態AおよびBに対する評価で代表できることが確認された」とある。

これを根拠として、規制委は現在、BWRつまり東海第二について、中性子照射脆化と加圧熱衝撃について評価対象から外すというのだ。

「東2の評価に対して、裕度がある。そのため、供用状態C及び供用状態Dにおいては脆性破壊に対して厳しくなる事象はなく、耐圧・漏えい試験時の評価で代表される」との記述が、すでに2018年の原電文書に記載があり、これが事業者の提案であることが明らかである。

すでに20年延長運転申請の際、試験片が枯渇することから、こうした主張をしており、加えて今回の「長期管理施設計画」では、他のBWRも含めて全部外してしまえと主張しているのである。(つづく)

◎老朽化原発の安全確保の理屈が成り立たない理由[全4回]
〈1〉脆性遷移温度が危険域に達した関電高浜1号
〈2〉運転実績や想定を超えている原発の「60年超運転」

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本稿は『季節』2023年秋号(2023年9月11日発売号)掲載の「老朽化原発の安全確保の理屈が成り立たない理由」を本通信用に再編集した全4回の連載記事です。

「脱炭素社会の実現に向けた電気供給体制の確立を図るための電気事業法等の一部を改正する法律の一部の施行に伴う実用発電用原子炉の設置、運転等に関する規則等の改正案等に対する意見公募について」との長い名のパブコメが8月4日まで実施された。

◆長期施設管理計画審査基準の問題点

なかでも「実用発電用原子炉の長期施設管理計画の審査基準の制定について」には、以下が定められている。

「30年を経過した原発は、10年毎に事業者が長期管理計画を決めて規制委に提出しなければならない」

長期管理計画には、通常点検及び劣化点検の実施の考え方及び方法が適切に定められていること、技術評価に用いる点検等の結果が明らかにされていること、劣化の状況を把握する点検または検査がない場合には、劣化点検を実施しなくとも技術評価が可能であることが示されていること、将来の劣化の予測・評価をどのように行うかの予測と評価の結果が示されていること、劣化を管理するための具体的な措置が示されていること、が記載されなければならない。

これで原発事故を未然に防ごうというのは、言うは易く行うのは困難だ。

例えば、長期管理計画において劣化を確認し基準への適合性を立証する責任は事業者に課せられている。それをクリアできなければ運転はできなくなる。しかし適合性を審査し、判断する規制委が事業者の見落としや不適合などを審査等で未然に見つけ出す能力がなければ、この規制は機能しない。規制委に、そのような技術的能力が存在するとは、これまで実証されていない。

実際の審査会合においても、規制側にそのようなことができるのか、疑問の声が委員から上がっていたのである。

原発は極めて複雑な構造物であり、全部の専門家などはいない。金属材料やポンプなどの専門知識があっても炉物理の専門ではないとか、地震について知見があっても津波はまた別とか、5人の委員で審査をこなすなどとても難しいと誰もが思うのではないか。

◆中性子照射脆化(ぜいか)とは何か

「中性子照射脆化」とは、鋼鉄製の圧力容器に中性子が当たり材料中の元素を叩いて格子結晶構造を変質させることから起きる。中性子照射を受けると金属材料がもろくなる現象で、規則的に並んでいた原子がはじき飛ばされたり、核変換により新しい原子が生成して原子配列が不規則になり、格子欠陥、ヘリウム気泡、析出物などが生じ、材質が硬化する。

照射が進むと、材料はさらに硬くなっていき降伏応力が上昇し、材料の伸びが少なくなる。

金属材料が照射を受けて脆化すると低温での衝撃荷重に対して著しく弱くなるが、高温になると、脆化は回復して再び粘りけが生じる。このような延性・脆性遷移現象は原子炉圧力容器にとって重要であり、照射が進むにつれてこの延性・脆性遷移温度は高温側にシフトするので、監視試験片を原子炉の中に入れて定期的に調べ、材料の安全性を確認している(ATOMICA他)。

この脆性遷移温度が高くなっているのが老朽化した原発である高浜1、2、美浜3号であり、これらはすでに危険領域を超えていると多くの専門家は考えている。

◆脆性遷移温度が危険域に達した高浜1号

高経年化対策上抽出すべき主要6事象として挙げられている中性子照射脆化で最も厳しい状態にあるのは運転開始49年に達する高浜1号だ。

運転中に原子炉の圧力容器が急激に破断する「脆性破壊」の危険性が高いのが高浜原発だ。

圧力容器の健全性を調べる方法は「原子炉構造材の監視試験方法」に規定されている。原子炉内に装着する監視試験片のシャルピー衝撃試験や、脆化予測式から脆性遷移温度を求める。

「原子力発電所用機器に対する破壊靭性(じんせい)の確認試験方法」では破壊靭性試験(CT試験)をもとに破壊靭性遷移曲線を求め、熱衝撃PTS遷移曲線と比較して、圧力容器の健全性を評価する。

この方法には問題がある。2011年の保安院・高経年化意見聴取会において脆化予測式、反応速度式の誤り、次元の不1致が指摘され、改訂が求められたにもかかわらず、日本電気協会は10年以上経っても改訂案を作れていない。

規制委は間違った規程のまま圧力容器の安全性審査を行っていることになる。

評価上は、高浜1号でも破壊靱性遷移曲線とPTS状態遷移曲線は交わっていないので、破壊が起きないとされる。しかしこの評価自体、正しいとはいえないのだ。

高浜1号では、監視試験で99℃という高い温度(その温度以下では鋼が変形せずに割れてしまう目安の温度)が観測されている。(つづく)

▼山崎久隆(やまざき・ひさたか)
たんぽぽ舎共同代表。1959年富山県生まれ。脱原発東電株主運動、東電株主代表訴訟に参加。反原発運動のひろば「たんぽぽ舎」設立時からのメンバー。湾岸戦争時、米英軍が使った劣化ウラン弾による健康被害や劣化ウラン廃絶の運動に参加。福島第一原発事故に対し、全原発の停止と廃炉、原子力からの撤退を求める活動に参加。著書に『隠して核武装する日本』(影書房 2007年/増補新版 2013年)、『福島原発多重人災 東電の責任を問う』(日本評論社 2012年)、『原発を再稼働させてはいけない4つの理由』(合同出版 2012年)、『核時代の神話と虚像 ―― 原子力の平和利用と軍事利用をめぐる戦後史』(共著/木村朗、高橋博子編/明石書店 2015年)等多数。

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龍一郎揮毫

本稿は『季節』2023年夏号(2023年6月11日発売号)掲載の「原発利用促進のためのGX脱炭素電源法案の問題点」を本通信用に再編集した全4回の連載記事です。

◆原発の運転延長は重大事故を準備する行為

「脱炭素電源法案」による原発の運転期間再延長を含めた「利活用推進の趣旨」は「安定電源の確保」が理由だという。そうすると、これから起きることは、原発をなるべく止めずに使う方式を導入することになる。

最初に行われるのは、定期検査期間の短縮と定期検査間の延長だ。まず、定期検査項目を絞り込み、現在90日程度で行っている検査を30日未満で終わらせる。さらに定期検査の間隔も、現在13カ月程度のところ、最長24カ月まで延ばす計画がある。これらは経産省が進める原発の稼働率向上対策としてすでに検討されていることだ。[*1]

[*1]定期検査の間隔については法令上、3つの区分(13カ月以内、18カ月以内、24カ月以内)が規定されている。現在は全部13ヵ月以内と区分されているが、これを変更して24カ月運転を目指そうとしている。

その次には、出力調整も視野に入る。現在運転している原発は、フル出力運転をすることが最も経済的とされている。しかしこれは、運転期間が最長60年に限られているからで、これが事実上無制限(上限が定められていない以上、無制限というしかない)となれば、電気出力を電力需要に合わせて変動させても経済性を確保できることになる。

加圧水型軽水炉は、最大50%までの出力調整運転が可能とされており、沸騰水型軽水炉でも75%まで下げられるとされる。

これに加えて所内単独運転[*2]が可能な原発ならば、事実上ゼロ出力から100%まで可変可能だ。

[*2]所内単独運転とは、原発が送電線のトラブルなどで送電線と切り離されたときに、原子炉を停止せずに原発の冷却ポンプなどの構内負荷にだけ電気を供給する状態を指す。発電に使わない蒸気はタービンバイパスを通じて復水器に送られる。所内単独運転は非常時の運転であり、タービン建屋温度上昇など問題が多い。運転制限時間は15分程度とされている。また、原発の所内単独運転では、負荷は通常の定格出力の5~10%である。

そうまでして原発を活用する場合、想定されるのは過酷事故の発生確率の上昇だ。

福島第一原発事故の教訓など、法律の条文の飾り程度にしか考えていない原発漬けの議員と官僚によって、再び過酷事故がどこかで起きる。

西日本の原発で起きれば、日本列島全域が「風下地帯」になるだろう。福島第一原発事故では75%の放射能は海に出て陸域の汚染は25%の放射能によるものだったが、西日本の原発は、偏西風が日本列島を縦断している時に過酷事故が発生したら、100%近くの放射能が日本中に降り注ぐことにもなりかねない。そうなってから悔やんでも遅いことだけは誰もが理解できることだ。

◆原発推進で日本は滅びる

多くの裁判では原発事故に対する国および東電の責任は、明確にされていない。

国が行ってきた原発推進に対しては、最高裁判所も責任を認めようとしなかった。地裁ではいくつもの優れた判決が出されているときに、国の方針に従うだけの最高裁の姿勢と呼応して、裁判で差し止められた原発の再稼働を促進しようとするのが、この国の行政だ。

電気事業法改訂の一つに司法が差し止めなどの決定を行った際に、上級審で取り消された場合は、その決定や判決がなかったものとして、停止していた期間を原発の運転期間の延長に組み込めるとする規定が盛り込まれている。これは司法権に対する介入であり許されない。

電力の安定供給を実現するのに必要なのは、いまある火力設備を更新し、無駄な廃熱を出さないシステムに変換することでエネルギーを有効活用することだ。地域温水供給で熱源としての利用を可能にすれば、火力の出力を3分の2に減らしても、いまより電力などのエネルギー回収効率は高まる。特に大都市はこうしたシステムと蓄電システムとの組み合わせで自然エネルギーの不安定な分を補うこともできる。

また、主に廃熱として捨てられる「未利用エネルギー」(下水道廃熱や工場廃
熱や冷暖房廃熱)を回収すれば、都市廃熱による環境悪化(ヒートアイランドやそれに起因する都市型豪雨災害)を低減できるし、しなければならない。(完)

◎原発利用促進のためのGX脱炭素電源法案の問題点[全4回]
〈1〉福島の反省も教訓も存在しない
〈2〉原発は電力の安定供給に役立たない
〈3〉原子力産業振興法と化した原子力基本法
〈4〉原発推進で日本は滅びる

▼山崎久隆(やまざき・ひさたか)
たんぽぽ舎共同代表。1959年富山県生まれ。脱原発東電株主運動、東電株主代表訴訟に参加。反原発運動のひろば「たんぽぽ舎」設立時からのメンバー。湾岸戦争時、米英軍が使った劣化ウラン弾による健康被害や劣化ウラン廃絶の運動に参加。福島第一原発事故に対し、全原発の停止と廃炉、原子力からの撤退を求める活動に参加。著書に『隠して核武装する日本』(影書房 2007年/増補新版 2013年)、『福島原発多重人災 東電の責任を問う』(日本評論社 2012年)、『原発を再稼働させてはいけない4つの理由』(合同出版 2012年)、『核時代の神話と虚像 ―― 原子力の平和利用と軍事利用をめぐる戦後史』(共著/木村朗、高橋博子編/明石書店 2015年)等多数。

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本稿は『季節』2023年夏号(2023年6月11日発売号)掲載の「原発利用促進のためのGX脱炭素電源法案の問題点」を本通信用に再編集した全4回の連載記事です。

◆原子力産業振興法と化した原子力基本法

改訂原子力基本法は、その趣旨が大きく変わった。原子力基本法は原子力開発利用の基本方針を定めており、原子力関連法の根拠法になっていることから、「原子力の憲法」とされてきた。特に「自主」「民主」「公開」の原子力平和利用三原則は学術会議により提唱されたものを取り入れた。原子力基本法に基づき原子力利用の目的や基本方針、原子力委員会及び原子力規制委員会の設置と役割を規定している。

原子力基本法の改定趣旨(法律の改訂についての法律案要綱)では「電気の安定供給の確保、我が国における脱炭素社会の実現に向けた発電事業における非化石エネルギー源の利用の促進及びエネルギーの供給に係る自律性の向上に資する」ことが推進の理由だとしている。

そのうえで原発を60年を超えて運転できる期間を定め、それに基づいた運転延長を申請する根拠法として電気事業法の改訂を行うのだが「原子炉を運転することが、我が国において、脱炭素社会の実現に向けた発電事業における非化石エネルギー源の利用の促進を図りつつ、電気の安定供給を確保することに資する」ためと趣旨を記述した。

原発を再び推進する理由を「エネルギー安定供給、自律性の向上に資する」としているが、嘘である。大規模集中型の電源である原発の事故やトラブルは電力供給に大規模で長期的影響を与えることは福島第一原発事故や、その後の地震でも繰り返し示されたことだ。

また、ウラン燃料は100%輸入に依存しており国産エネルギー源ではない。地域紛争の影響を強く受けるのは石油と変わらない。

加えて国の責務としてさまざまな施策を実施するとし、国が直接税金を投入することにも道を開く規定を設けている。それを原子力基本法で行うのは、法律の趣旨を1切無視する暴挙としかいいようがない。

◆審査で劣化は発見できない

改訂法では、炉規法で30年を超える原発の劣化評価を規定することで、むしろ安全規制は強化されるとしている。しかしすでにこれまでも30年を超える原発に対して10年ごとの劣化評価が「高経年化技術評価」として行われてきた。これを法律に格上げするのだが、実際には検査体制などは変わらない。従来の制度の延長線上であり新しい制度というわけではない。

運転期間を延長する電気事業法で認められてしまうと、規制委の権限で廃炉とすることはできない。運転許可を出さない場合は、何年でも何回でも、規制委に対して審査を受審することができてしまう。これは現在の40年ないし20年の延長に対しては、日時を切って期限を過ぎれば廃炉になることに対する大幅な規制緩和である。

劣化に対する審査はいまでも欠陥が見えている。圧力容器の劣化は予測に基づく評価が現実に合わなくなっているし、今年1月に発生した高浜4号機の制御棒落下事故は、関電は数カ月前に特別点検を行ったところが破損しており、これを誰も見つけていない。

そもそも検査の範囲はごく限られたところだけで、そこから外れた劣化に対しては無力である。もちろん未知なる劣化を審査により見つけることなど不可能であり、事故が起きてから発見される。このような事態を避けるために、一定の年限で退場させる現在の規定は理に適ったものであり、それを廃してしまう合理性はない。

◆「運転停止期間の除外」にも合理性がない

電気事業法に運転期間の延長に関する認可が移管されたことで延長申請は、行政処分、行政指導、裁判所による仮処分命令、その他事業者が予見しがたい事由によって運転停止を行っていた期間を運転期間から除外し後付けできるとしている。

これは電力会社の利益を確保するための制度。震災後の法令改訂により原発が稼働できなくなったことによる損失を補填するためだ。

原発が老朽化すれば、事故を起こす危険性が高まることは自明だ。即ち、住民の安全と電力の利益を天秤に掛けて電力会社を優先することを法制化する。東電福島第一原発事故は原発の運転を優先して地震津波対策を先送りしたことが原因の一つである。それがまた再現されようとしている。(つづく)

◎原発利用促進のためのGX脱炭素電源法案の問題点[全4回]
〈1〉福島の反省も教訓も存在しない
〈2〉原発は電力の安定供給に役立たない
〈3〉原子力産業振興法と化した原子力基本法

▼山崎久隆(やまざき・ひさたか)
たんぽぽ舎共同代表。1959年富山県生まれ。脱原発東電株主運動、東電株主代表訴訟に参加。反原発運動のひろば「たんぽぽ舎」設立時からのメンバー。湾岸戦争時、米英軍が使った劣化ウラン弾による健康被害や劣化ウラン廃絶の運動に参加。福島第一原発事故に対し、全原発の停止と廃炉、原子力からの撤退を求める活動に参加。著書に『隠して核武装する日本』(影書房 2007年/増補新版 2013年)、『福島原発多重人災 東電の責任を問う』(日本評論社 2012年)、『原発を再稼働させてはいけない4つの理由』(合同出版 2012年)、『核時代の神話と虚像 ―― 原子力の平和利用と軍事利用をめぐる戦後史』(共著/木村朗、高橋博子編/明石書店 2015年)等多数。

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