ゴーストライター原稿をめぐる著作権問題、浅野VS辻井、過去には「現代のベートーベン」佐村河内守の事件でクローズアップ

黒薮哲哉

『石ころの慟哭 山上徹也・奈良地裁裁判の私記』(辻井彩子著、あけび書房)の出版差し止めをめぐる事件の続報である。この事件の争点は、同志社大学の元教授でジャーナリストの浅野健一氏が、2人のアシスタント(編集者とゴーストライター)の協力を得て制作した原稿の著作権が誰に帰属するかという点にある。浅野氏は出版を取りやめた後、ゴーストライターは、原稿を改編して、あけび書房から自らの名義で出版した。これに対して浅野氏は、出版差し止めの仮処分を裁判所に求めた。

一方で浅野氏は、同じテーマの本を三一書房から出版する予定である。タイトルは『石ころを石礫に 安倍氏暗殺・山上徹也さん裁判記録』。4月末には書店に並ぶ見込みだ。この本に、ゴーストライターの辻井彩子氏が執筆した原稿(以下、「元原稿」)の一部が使用されている可能性は、次の記述からも読み取れる。

「辻井氏は、2025年11月ごろから本年2月9日ごろまで、幻となった私のあけび書房傍聴記本の取材協力者で、私は10数万円の労働対価を支払い、取材経費も支払っています。辻井氏はその金銭を返却していません。
 辻井氏の書いたものが、(黒薮注:浅野氏の書いた)三一書房の『石ころを石礫に 安倍氏暗殺・山上徹也さん裁判記録』(5月1日発売)に掲載されるのは当然です。助手が書いた文章は、著者が自由に使えます。助手がそれを自身の論稿に使うのは、著者の了解を取るべきです。」

◆浅野氏が「著作権侵害」を主張する根拠

浅野氏は、「元原稿」の著作権が自らにあるという前提に立ち、辻井氏が書いた文章を自著に使用できると主張している。実際、辻井氏の著書の出版差し止めを求めた申立書の中にも「著作権侵害」という文言が見られる。申立書は、浅野氏に著作権があるという前提で書かれている。

「著作権侵害」を主張する根拠は、おそらく上記引用にある「私は十数万円の労働対価を支払い、取材経費も支払っています。辻井氏はその金銭を返却していません」という点にあるのだろう。自分が辻井氏を雇ったから、辻井氏が書いたものは、自分の所有になるという論理のようだ。

◆2014年の佐村河内守事件

ゴーストライターによって書かれた文章の著作権は、ゴーストライターに帰属するのか、それとも依頼者に帰属するのか。この問題を考える上で格好の例がある。2014年に発覚した佐村河内守事件である。

佐村河内守は「現代のベートーベン」の異名を持ち、国際的にも知られた「作曲家」だった。しかし実際には、ゴーストライターの新垣隆が作曲者であることが明らかになった。

その後、佐村河内は新垣に対して名誉毀損などで提訴したが、訴えは棄却された。この裁判では、著作権(財産権)は佐村河内に帰属し、著作者人格権は新垣にあるという前提で審理が行われた。

著作権(財産権)とは、著作物から生じる経済的利益に関する権利である。したがって、CDの売上などの収益は佐村河内に帰属する。

一方、著作者人格権とは、著作物を創作した本人が有する権利であり、公表権や同一性保持権などを含む。浅野氏が進めている出版差し止めは、この著作者人格権に基づくものである可能性が高い。申立書が、浅野氏を著作権者とする前提で構成され、金銭ではなく、出版の禁止を求めているためである。

ちなみに著作者人格権は、譲渡が認められていない。著作権法第59条は、次のように定めている。

第五十九条 著作者人格権は、著作者の一身に専属し、譲渡することができない。

◆両者が共同著作者として著作者人格権を有している可能性もある

元原稿は、単純に考えれば辻井氏の著作物であり、辻井氏が著作者人格権を有する。しかし、浅野氏も制作に深く関与しているため、両者が共同著作者として著作者人格権を有している可能性もある。少なくとも辻井氏は、この権利を有している。
そうであるならば、辻井氏が執筆した文章を浅野氏が『石ころを石礫に 安倍氏暗殺・山上徹也さん裁判記録』に組み込んでも問題ないという話にはならない。共同著作物の場合、権利の共有者の同意を得なければならない。著作権法は次のように述べている。

「第六十五条 共同著作物の著作権その他共有に係る著作権(以下この条において「共有著作権」という。)については、各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、その持分を譲渡し、又は質権の目的とすることができない。

2 共有著作権は、その共有者全員の合意によらなければ、行使することができない。

3 前二項の場合において、各共有者は、正当な理由がない限り、第一項の同意を拒み、又は前項の合意の成立を妨げることができない。」

当初、この問題に巻き込まれたのはあけび書房だったが、三一書房もまた当事者となった。今後、展開によっては、反訴もありうる。訴権の濫用がクローズアップされる可能性もある。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年04月28日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
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ゴーストライターと共同著作権 ──『石ころの慟哭』事件の論点整理

黒薮哲哉

ジャーナリストで元同志社大学教授の浅野健一氏が、『石ころの慟哭 山上徹也・奈良地裁裁判の私記』(辻井彩子著、あけび書房)の出版差し止めを求めて裁判所に仮処分を申し立てた事件の続報である。浅野氏は先週、申立書をメディア向けに公開した。

それによると、事件の概要は次の通りである。あけび書房にも自社の主張があると推測されるが、ここでは浅野氏側の経緯説明を要約する。

まず、浅野氏とあけび書房は『安倍晋三元首相銃撃・山上徹也さん裁判傍聴記』を出版することで合意した。これを受けて浅野氏は書籍の制作に取り掛かったが、二人の女性がアシスタントとして制作に加わった。二人は、フリーランスの編集者A氏と、ゴーストライターなどの業務を担当する辻井彩子氏である。辻井氏は、後に『石ころの慟哭』の著者になる。

浅野氏は、安倍殺害事件に関して書いた記事などを編集者Aに提出し、「赤入れ作業」を依頼した。それをあけび書房が入力した。完成後、これらの記述物を辻井氏へ渡し、辻井氏は書籍の制作に取りかかった。その際、辻井氏は新聞やインターネット上の記事も参照して執筆した。(推測になるが、浅野氏が提出した記事だけでは単行本としての分量が不十分だったためだろう。)

次に、浅野氏は辻井氏が作成した草案の修正を行った。特に、辻井氏が心情などを加筆した部分はすべて削除し、全体を再構成したうえでさらに加筆を行い、「最終原稿」とした。

その後、浅野氏はあけび書房に対して出版を撤回し、訴外の三一書房から、恐らく修正した原稿を出版した。

以上が申立書の概要である。念のため、原文の中から事件の経緯に関する重要部分を引用しておく。そのうえで、私見を述べたい。

◆申立書

【2】著作権侵害

(1)債権者は、債務者あけび書房との間で、債権者を著書とする「安倍晋三元首相銃撃・山上徹也さん裁判聴記」と題する書籍を出版することに合意して、その出版に向けて原稿を入稿し、債務者あけび書房は、チラシを作成して配布等を予約を募っており(疎甲2)、令和8年3月12日には組版のゲラがメールで送信していた(疎甲3)。

(2)しかしながら、債権者と債務者あけび書房の代表取締役岡林信一(以下「岡林」という。)との間において、同書籍についての編集方針や今後の進め方について埋めがたい乖離が生じ、債権者の債務者あけび書房に対する信頼関係が失われてしまい、このままでは債権者が当初目指していた形での出版が困難であると判断して、同年2月16日付通知書により、同書籍の出版の合意を撤回する旨を通知し、同債権者月17日に到達した(疎甲4の1、2)。

(3)債権者は、●●出版社編集部員であったA氏(女性)に、ボランティアで資料収集等を依頼し、奈良地裁での山上氏の刑事公判の全てを傍聴し、それをFacebookに投稿していたものと、それ以外に様々な媒体で書いた記事を紙ベースで編集して構成して、それに赤入れをしてもらったものを、紙で提供してもらった。それをあけび書房の岡林が入力してワード文書として原稿データを作成した({原告ファイル①」という。)。

(4)債権者は、同書籍のために、債務者辻井の協力を得ることとして、債務者辻井は、インターネットで新聞やテレビの電子版から収集してエクセルにまとめた14回分の公判についてまとめたエクセルデータ(疎甲5)などを提供してもらっていた。

(5)債権者は、前記(3)により作成した原稿ファイル①を債務者辻井に送付し、辻井氏がエクセルに入力した公判記録などを元に加筆した原稿を債権者に送信してもらった(「原稿ファイル②」という。疎甲6)。その後、その原稿について、債務者辻井氏が作成した14回にわたる刑事公判の記録から、証言・供述部分を、エクセルデータからコピーして、原稿ファイルを加筆するとともに、債務者辻井が心情などを加筆した部分は全て削除して、全体を再構成した上でさらに加筆を加えて、最終原稿を作成して岡林に送付して(「原稿ファイル③」という。疎甲7)、岡林は、それを踏まえて組版によるゲラを債権者に送付している(疎甲3。原稿ファイル③は疎甲3とほぼ同様内容であると考えられる。)。その後、債権者は債務者あけび書房に対して出版を撤回し、訴外三一書房から出版予定である(疎甲8)。

(6)債務者辻井及び岡林は、債権者が作成した原稿ファイル②及び同③を利用して本件書籍を作成したと考えられる(疎甲9)。本件書籍の元になっていると考えられる原稿ファイル②及び③については、いずれも債権者のジャーナリストとして、自らが法廷傍聴をしたことをベースに債権者の識見を踏まえて記述した表現物であり、その創作性は優に認められるから、言語の著作物として、債権者の著作権(著作財産権)が認められることは明らかである。そして、上述した経緯から、債務者辻井及び債務者あけび書房による依拠性は明らかであり、表現の類似性もあると考えられる。

また、本件書籍の書籍名の『石ころの慟哭山上徹也・奈良地裁裁判の私記』のうちの「石ころ」という表現は、債権者が岡林に伝えていたものであり、その表現には創作性があると考えられるから、言語の著作物として、債権者の著作権(著作財産権)が認められる。債務者辻井は、岡林が私から聞いた言葉を聞いて使用したと考えられるから依拠性も認められる。

(7)よって、本件書籍は、債権者の著作権(著作財産権)を侵害するものであるから、著作権法112条に基づき、差止請求権が認められるから、被保全権利は認められるべきである。

◆この事件に関する見解、そもそも浅野氏は唯一の著作権者なのか?

あらかじめ断っておくが、私は著作権の専門家でも弁護士でもない。ただし、2008年から2009年にかけて著作権裁判の被告となった経験がある。また、ゴーストライターとして約25年の経歴がある。したがって、辻井氏が直面している問題の本質は理解しているつもりだ。繰り返すが、以下はあくまで私見であり、専門家から見れば的外れな点があるかも知れない。あくまでも参考意見である。

ゴーストライターを用いて書籍を制作する場合、あまり認識されていないが極めて重要な問題がある。それは、完成した原稿の著作権者が誰であるかという点である。結論から言えば、著作者権は仕事を依頼した人ではなく、実際に執筆したゴーストライターに帰属する。

たとえば、私が山田花子という人物から日本のメディアを論じた書籍の執筆を依頼され、同氏から資料を受け取り、さらに自らも資料を集めて執筆したとする。この場合、実際の執筆者はわたしであるが、書籍上の著者名は「山田花子」となる。しかし法律上は、私が著作権者という位置づけになる。

とはいえ、これでは依頼者は納得しない。そのため、ゴーストライターと出版社の間で、あるいは依頼者との間で誓約書を作成するのが一般的である。その内容は主に二点ある。

一つは、著作財産権(印税などを受ける権利)の譲渡である。これは単純に書面を作成すればそれで完了する。

もう一つは、著作者人格権である。これは、誰が実際の執筆者であるかに関わる権利で、公表権などを含む。著作者人格権は譲渡できない。これは一身専属の権利である。法的に譲渡できないなので、ゴーストライターは著作者人格権を「行使しない」という誓約を交わす。

このような手続きを踏むことで、ゴーストライターと依頼者のトラブルを防いでいるのである。過去には、だれが文書の著作権者であるかが争点となった裁判もある。自由人権協会の喜田村洋一弁護士らが、嘘の著作権者をでっちあげてわたしを提訴した次の事件である。

【参考記事】喜田村洋一・自由人権協会代表理事らによる著作権を盾にした言論封殺とその崩壊、虚偽の事実を前提に裁判を提訴

あけび書房と浅野氏の係争において、まず明確にしなければならないのは、浅野氏と二人のアシスタントで完成させた原稿の著作権者が誰であるかという点である。辻井氏は浅野氏との間で著作者人格権を「行使」しない誓約を交わしておらず、一般論としては辻井氏が著作権者であると考えられる。ただし、浅野氏も自身の記事を資料として辻井氏に提供し、草案の加筆・修正を行っていることから、完成した原稿は共同著作物とみなされる可能性が極めて高い。浅野氏が単独で、著作者人格権を有しているとは考え難い。

『石ころの慟哭』が、三人で完成させた原稿から、その後、どの程度修正・加筆されたのかが、今後の一つの争点になるのではないだろうか。ただ、たとえ当初の原稿と同一の記述が含まれていたとしても、自らが著作権者である以上、「盗用」とまでは評価されない可能性が高い。問題となり得るのは、改変に際して共同著作権者の承諾を得なかった点にとどまるだろう。

一方で、浅野氏が三一書房から出版した書籍についても、同様のことが言える。書籍中に三人で制作した原稿の記述が含まれていたとしても、共同著作権者の承諾を得なかったという程度に留まる可能性が高い。ただし、三人で制作した原稿以外の記述とは別に、辻井氏が執筆した記述が含まれている場合には盗用と評価され得るが、認定のハードルは極めて高い。その事が、次の判例で明らかだ。

【参考記事】中京大・大内裕和教授とジャーナリスト・三宅勝久氏の記述盗用をめぐる係争、中京大は取材拒否

浅野氏が求めている出版の差し止めはまずありえない。

◆宗教二世の思いを綴った公益性の高い記録

裁判となれば、恐らく2年程度の時間を要するだろう。浅野氏は今回問題となった書籍の制作にアシスタントを用いているが、ジャーナリストであれば自分で精魂込めて執筆すべきではないか。他の職種であればともかく、ジャーナリストにとっては、文筆そのものが聖域である。裁判に時間を費やす余裕があるのであれば、ルポルタージュを一本でも執筆されることを望みたい。

また、辻井氏を長期間裁判対応に拘束すべきではない。

『石ころの慟哭』は、宗教二世の思いを綴った公益性の高い記録である。ジャーナリストが書いた紋切り型のルポよりも、貴重な記録なのである。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年04月27日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

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ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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著名なメディア研究者による法的措置拡大へ、浅野健一氏による言論への法的対抗は妥当か

黒薮哲哉

ジャーナリストで元同志社大学教授の浅野健一氏が、『石ころの慟哭 山上徹也・奈良地裁裁判の私記』(辻井彩子著、あけび書房)の出版差し止めの仮処分を裁判所に申し立てた件で、新しい動きがあった。浅野氏が、20日、みずからのフェイスブックで、この件についてSNSなどで意見を述べた人々に対して、「法的、道義的責任」を問うと投稿したのだ。筆者も含まれている。次の箇所である。

「辻井氏本の出版差し止め仮処分申し立てに続き、東京地裁へ、岡林、辻井両氏のSNS名誉毀損・侮辱投稿の削除を求める仮処分申し立て、私への岡林氏による45余万円請求事案での東京簡裁への調停申し立てを行います。代理人は山下幸夫弁護士です。
 また、捜査当局への告訴。さらに、法務局人権擁護部、千葉弁護士会にも人権救済を申し立てます。
 三つの裁判で、出版妨害をしたのは、私か岡林、辻井両氏かが、解明されます。
 これから、私に一度も取材せず、公然と、岡林・辻井氏側に立って、私を非難してきた松岡利康、鈴木エイト、黒藪哲也(ママ)各氏らの法的、道義的責任も問います。」

この件について筆者が書いた記事は、メディア黒書に執筆した記事、「ジャーナリスト浅野健一氏による出版差し止めは妥当か? 『石ころの慟哭』をめぐる論争」(4月17日付け)のみである。そこでわたしは、浅野氏のFBの書きこみ欄に次のようなコメントを投稿した。

「URLを貼りつけた次の記事が、貴殿について書いた唯一の記事です。この記事のどこが名誉を毀損していますか。https://www.kokusyo.jp/oshigami_c/19353/ 貴殿は長年にわたって新聞やジャーナリズムの研究をされてきたわけですから、回答できるでしょう。具体的にどの表現が問題なのですか?」

根拠がないようであれば、Facebook上で謝罪するように求めます。

これに先立って、筆者は浅野氏に、仮処分の申立書をFBで公開するように求めた。これに対して、浅野氏は、「山下弁護士から入手し、個人情報をマスキングして公表します。少しお待ちください。」と回答した。

しかし、申立書は現時点では公表されない。そこで筆者は催促した。これに対して浅野氏は次のように回答した。

「私も忙しいので、なかなかブログの更新ができません。まとめて発表します。あけび書房とは、簡裁での調停もあるので、その関係で、公表時期を決めます。」

つまり近い将来に公表になるようだ。それを待って、あけび書房サイドも取材したい。

この事件の重要な着目点な、ジャーナリストであり著名なメディア研究者が、自分とは対立する言論に対して、司法の判断を求めている点である。その意味では、読売新聞社が、2008年から2009年にかけて、喜田村洋一自由人権協会・代表理事を代理人に立て、わたしに対して起こした3件の裁判と性質が似ている。本来、新聞人やジャーナリストは自分のペンで主張を展開するのが原則であるはずなのだが。

言論人以外がメディア関係者に対して裁判を多発した例としては、サラ金の武富士や化粧品のDHCの例がある。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年04月21日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

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ジャーナリスト浅野健一氏による出版差し止めは妥当か? 『石ころの慟哭』をめぐる論争

黒薮哲哉

4月20日、あけび書房(岡林信一代表)が出版を予定している『石ころの慟哭 山上徹也・奈良地裁裁判の私記』について、ジャーナリストで元同志社大学教授の浅野健一氏が、出版差し止めの仮処分を裁判所に申し立てたことが分かった。申し立ての正確な理由は現時点では不明だが、浅野氏はFacebook上で、「あけび書房に提出した原稿(4回分)の盗用や、新聞・テレビの電子版記事、Facebook、noteなどに掲載された傍聴記を無断転載している」と主張している。

筆者は正確な事実関係を確認するため、浅野氏に対し、Facebook上で申立書を公開するよう要請した。これに対し浅野氏は、

「山下弁護士から入手し、個人情報をマスキングして公表します。少しお待ちください。」

と回答した。

一方、あけび書房の岡林代表は、Facebook上で次のように反論している。

「小社での本書の出版は浅野氏とはまったく無関係であり、同氏が出版取りやめや不買を呼びかける理由は何らありません。」

今後、筆者は浅野氏が申立書を公開した後、事件の詳細について検証を進める予定である。現時点では、双方から正確な事実関係が公開されていない。

◆書籍流通コード(ISBN)

なお、浅野氏は、あけび書房の事務所がバーチャルであるため、書籍出版社にとって命に等しい書籍流通コード(ISBN)の取得対象外であるとも述べている。この点についても今後検証する予定だが、少なくともISBN/日本図書コード使用規約には、そのような規定は確認されていない。言うまでもなく、あけび書房は実態のある出版社である。

また、ジャーナリストや研究者が司法判断を求める行為についても考えておきたい。筆力を持たない者が裁判に訴えるのであれば理解できるが、執筆を職業とする者が裁判に判断を委ねることの是非は議論の余地がある。読売新聞社の前例はあるものの、推奨できる方法ではない。少なくとも本人訴訟にすべきではないか?

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年04月17日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

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イラン戦争 背景に石油のドル決済から人民元決済への流れ、イランの反政府「市民運動」には、全米民主主義基金(NED)が関与

黒薮哲哉

米国とイスラエルによるイランへの軍事攻撃を批判する世論が広がる中で、この戦争の原因をトランプ大統領の個人的思想に求める見方が広がっている。なかには「狂気」の結果と評する声もある。

イランの国旗。緑(イスラム教)、白(平和)、赤(勇気・殉教)の水平三色旗。中央に赤い国章(4つの三日月と剣)があり、白帯の上下には「アッラーフ・アクバル(神は偉大なり)」という文字が計22回記され、1979年の革命の日(11月22日)を象徴している。

そうした側面を完全に否定することはできないが、わたしはより経済的で個人の意思とは無関係な客観的要因が存在すると考えている。

結論から言えば、それはこれまで西側諸国が主導してきたドル中心の国際金融体制に対し、中国などが影響力を強めつつある中で、その流れを抑えたいという思惑が背景にある。イランによる核開発の阻止は、あくまでも表面上の建前である。

◆ペトロダラー体制

現在の国際金融システムは、いわゆる「ペトロダラー体制」と呼ばれる構造に一定程度依存している。

この体制は、1970年代にアメリカとサウジアラビアの間で成立した安全保障と石油取引に関する合意を背景に形成されたとされる。米国が軍事支援するみかえりに、石油の採り決済を採用する合意である。確証はないが、一部の報道によると、この取り決めの有効期間は、秘密裡に50年程度とされているという。従って現在が失効する時期である。

この仕組みにより、アメリカはドルの基軸通貨としての地位を維持し、国際金融において大きな影響力を持ってきた。石油は、全世界の国々が必要とするので、影響力も大きいのだ。しかも、石油を通じて生まれた利益が、そのままドル建ての投資へ投入される現象を生む。さらに燃料として現在の工場に極めて甚大な影響を及ぼす力を持っている。そのことはイランがホルムズ海峡を閉鎖した後の世界経済を見れば明らかである。

仮に石油取引がドル以外の通貨で広く行われるようになれば、ドル需要の低下を通じてアメリカの経済的影響力に決定的な変化が生じる可能性がある。米国としては、イラン石油を手中に収めなければ、これまでの経済上の秩序が崩壊する危機に直面しかねない。

というのも、ドル以外の石油取引を模索する動きは、すでに始まっているからだ。その先陣を切っているのが、中国、ロシア、それにBRICSである。中国とロシアはBRICSのメンバーでもある。そのブリックスにイランは2024年に加盟した。サウジアラビアもBRICSに接近している。

米国にとっては、イランの政権を根本的に変える必要はなく、「親米政権」になれば、それで十分なのだ。が、その思惑は外れて、戦争に巻き込まれてしまった。

◆ベネズエラに対する軍事介入

実は、米国によるベネズエラに対する軍事介入(2026年1月3日)の背景にも、同じ事情がある。ベネズエラは、米国による経済制裁の下で、苦境に立たされていたが、最近、中国やロシアへ急接近している。

仮にベネズエラの石油がドル以外の決済になれば、世界経済の中で米国の衰退に拍車がかかる。それを防止するために、米国はベネズエラに対して軍事侵攻して、石油を「管理」せざるを得なくなったのである。

このように、トランプによるベネズエラやイランへの軍事介入は、トランプ大統領の個人的な極右思想が引き起こしたものではない。おそらくは財界の要求である。逆説的にいえば、財界にとっては、トランプのような人物が必要だったからこそ、大統領になれたのである。

◆全米民主主義基金(NED)

なお、イランの反政府「市民運動」についても、報じられていないことがある。それは「市民運動」の活動資金が米国の全米民主主義基金(NED)から提供されている事実である。この事実は、NEDのウエブサイトで確認できる。支援額は、2025年度は200万ドル(約3億円)。

1979年のイラン・イスラム革命は、市民権と経済的繁栄という公約を果たすことができなかった。今日、選挙で選ばれていない個人や抑圧的な機関が権力を握り、治安部隊や司法機関が異議を唱える声を弾圧し、基本的な自由を制限している。宗教団体やイスラム革命防衛隊によって大部分が支配されている経済は、増加する人口、とりわけ若者のニーズを満たすのに苦慮している。近年、続く危機が広範な抗議運動を煽っているが、政権は有意義な改革を行う代わりに、弾圧を強化することで国民の不満に対応している。さらに、イランが地域内の国家および非国家の反民主主義勢力への支援を行っていることや、国内の優先課題を犠牲にして対外紛争に注力する政権に対する国民の不満が高まっていることは、国内の民主主義勢力を強化する必要性を浮き彫りにしている。

これに対し、イランの活動家たちは民主的な変革を求めて一層強く働きかけている。NEDのプログラムは、市民社会や政治活動家の能力を強化し、権威主義に対抗して民主的な未来を推進することに焦点を当てている。主な優先事項には、人権の擁護、説明責任の促進、そしてイランの活動家間の連携強化が含まれる。NEDのイラン・プログラムは、より広範な地域プログラムと統合され、民主主義の抑圧に対抗し、地域全体に及ぶイラン政権の権威主義的な影響力に対処することを目指している。

米国は、イランを空爆した後、イランの市民運動が政権を掌握すると期待していたようだが、思惑どうりにはいかなかった。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年03月23日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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「司法の独立・裁判官の独立」について ── モラル崩壊の元凶押し紙(下)

江上武幸

近時、弁護士が依頼者の金銭を横領する事件が多発しています。また、弁護士事務所の法人化、支店の設置、広告宣伝の自由化により、相談料無料・着手金無料をうたったホームページが多く見られるようになりました。日本版アンビュランス・ローヤーの出現という問題です。

(注:アンビュランス・ローヤーとはアメリカの俗語で、交通事故などの被害者が乗った救急車(ambulance)を追いかけ、病院で動揺している被害者やその家族に接触し、損害賠償請求の訴訟を持ちかけて依頼を得ようとする弁護士たちを指す言葉です。基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする日本の弁護士制度にはなじみません。)

検察関係では、証拠の捏造や改ざん・隠ぺい、検事正による女性検事への性加害事件や、検事総長就任予定者による新聞記者との賭けマージャンなど、信じがたい事件が起きています。

※京大卒業で検事に任官したクラスの友人が、6年目にして将来の出世コースに乗っているかどうかが分かってきたと話してくれたことは以前述べた通りです。実は私も、長兄が警視庁に勤務していたこともあり、検事を志望していた時期がありました。しかし、指導教官から任官の誘いを受けたことは一度もありませんでした。高校時代にベトナム反戦ビラを正門前で配ったことがあったからでしょうか。

裁判官の世界では、袴田事件に見られるような、無実の人間に対する死刑判決をめぐる再審無罪や、がんに罹患している無実の被疑者の保釈請求が却下されたことによる病死、退職後の裁判官の大手弁護士事務所への再就職問題など、裁判官への信頼を大きく揺るがす状況が見られます。

※(元)法務大臣の河井克行氏は、2008年に『司法の崩壊-新弁護士の大量発生が日本を蝕む』(PHP研究所)を出版しています。

河井氏は2019年9月11日に法務大臣に就任しましたが、同年7月の参院選をめぐる運動員買収の疑惑により、2020年6月に逮捕され、2021年に懲役3年の実刑判決を受けて収監されています。就任後まもない2019年10月31日付で辞任しており、週刊誌報道から辞任、さらに逮捕・実刑判決に至る経緯は、法務大臣経験者に対する刑事処分としては異例に見えます。自民党の裏金議員に対する検察の対応の甘さと比べると、その差は際立っています。

そのため、河井氏が法務大臣として司法制度改革の見直しを言い出しかねないことを危惧した勢力が背後にいたのではないかと考えざるを得ません。

「存在が意識を決定する。」という言葉が、ずっと気になっています。自分が新聞社側の代理人であったら、検事であったら、裁判官であったら、という考えが頭をよぎることがあります。生まれたときの人間の脳はまっさらです。その後の体験と学習の積み重ねによって脳細胞同士がつながり脳が発達していきます。生まれ育った環境や受けた教育、労働・社会体験の有無や内容によって、ひとりひとりの脳が異なっていくのは自然なことです。

*家族や親せき、近所の人たちから戦争体験の話が聞けた機会があった世代や、読書好きで戦争文学を読んだことのある世代は、なんとか戦争を肌で感じることができるかもしれません。しかし、戦争のない時代に生まれ育った人間が(私もその一人です)、戦争の恐怖・残酷さ・悲惨さを感じ取るには、教育の力によるしかありません。

先の戦争の歴史を教える教育がなされたのは、朝鮮戦争が始まるまでのほんのわずかな期間でした。1947年発行の文部省『あたらしい憲法のはなし』は、1950年の朝鮮戦争勃発を機に使用されなくなりました。

1947年8月2日、当時の文部省は、同年5月3日に施行された日本国憲法を解説するため、新制中学校1年生用社会科の教科書として『あたらしい憲法のはなし』を発行しました。その教科書で平和主義、戦争(戦力)放棄条項について、中学生に向けて次のように呼びかけています。

「こんな戦争をして、日本の国はどんな利益があったでしょうか。何もありません。ただ、おそろしいことがたくさんおこっただけではありませんか。戦争は人間をほろぼすことです。世の中のよいものをこわすことです。」(ウィキペディアより)

漫画家・中沢啓治氏の原爆劇画『はだしのゲン』が学校の図書館から姿を消すようになったのは、2012年頃からとされています。この漫画を読んだ子供と読んでいない子供とでは、原爆の悲惨さや残酷さを認識する脳作用が大きく異なるであろうことは、容易に推測できます。

防大生が制服姿で靖国神社の参道を行進する姿や、軍服姿の大人が日の丸を掲げて歩く姿を見ると、戦争の悲惨さや残酷さを認識する脳細胞群が十分に形成されないまま成長した人間の危うさを、ひしひしと感じます。

※存在が意識を規定するのであり、意識が存在を規定するのではありません。教育を十分に受けることができれば、誰でも大学に進学できる程度の脳の形成は可能です。オウム真理教や統一教会などのエセ宗教が狂信的信者を作り出すのも、洗脳によって思考が固定化されるためです。

経済的に裕福な家庭に生まれ育ち、空腹も労働の体験もなく、受験勉強一筋で育ってきた、戦争を知らない子供たちが、大人になって、いっぱしの政治家・官僚・自衛官として権力を手にしたとき、どんな世界が到来するのか。そう考えただけで恐ろしくなります。

※世襲議員の小泉進次郎防衛大臣が自衛隊服を着込んで、パラシュート降下訓練のまねごとをしているのをニュースで見ました。随分前のことですが、地元で著名な陶芸家から、ある会合に呼ばれたとき、玄関前に整列した会員が一斉に敬礼して出迎えたという話を聞いたことがあります。また、大の男たちが近くの山中でゴーグルをつけ、エアソフトガン(遊戯銃)で戦争ごっこをしているという話を聞いたこともあります。その話を聞いたときに感じたのと同じ、何とも言いようのない気持ちに襲われました。

都会に生まれたか田舎に生まれたか、裕福な家庭に育ったか貧しい家庭に育ったか、両親そろった家庭で育ったか片親の家庭で育ったかといった個人的事情にかかわりなく、すべての若者が無償で高等教育を受けることができ、女子学生が奨学金返済のために夜のアルバイトをしなくて済むよう、返済不要の奨学金制度が整備されていれば、全国津々浦々から優秀な若い人材が生まれてくることが期待できます。

最近、在日3世の李相日監督の映画『国宝』を見ました。冒頭の長崎市の料亭での、やくざの新年会の出入りの場面を見ながら、暴力団そのものを禁止する法律があれば、多くの若者がやくざの世界に足を踏み入れることもなく、堅気として生きていくことができたはずだ、という思いに駆られました。

小選挙区制のもとでの世襲議員や、森友学園の土地払い下げ問題で、公文書の改ざん・廃棄を部下に指示したとされる高級官僚、学歴詐称やセクハラ・パワハラ問題が絶えない自治体の首長らと、映画『国宝』に登場する親分衆の顔を見比べると、役柄とはいえ、その風格の違いは歴然としていました。「親ガチャ」という言葉の持つ意味が、はっきりと分かる場面でした。笹川良一・児玉誉士男ら政界の黒幕が戦後も脈々と生き続けることができたのも、警察や自衛隊が対処できない問題が発生したときに備えさせるためであるとの見解がありますが、十分うなずけます。

表題の「司法の独立・裁判官の独立」からは大きくそれてしまいましたが、意図するところはお分かりいただけるのではないかと思います。

※古賀茂明(元)通産官僚、前川喜平(元)文部科学事務次官、孫崎享(元)外交官、岡口基一(元)裁判官らが、政治家・官僚・マスコミ人の劣化による「日本全体の崩壊」を危惧しておられます。そのような良識ある官僚OBや現役官僚の方々がたくさんおられるのは救いです。

岡口(元)裁判官によれば、近時、裁判官の任官希望者が減っており、中途退職者も増えてきているとのことです。「鯛は頭から腐る」「沈む船からネズミは逃げる」と言われますが、出世に関心のない若い世代の人たちが中心となって沈む船にとどまり、腐った鯛を生き返らせてほしいものです。

先の大戦で、本来死ぬべきではなかった多くの若者が真っ先に死に追いやられ、本来戦争責任をとって死ぬべきであった大人たちが、のうのうと生き残るという恥ずべき歴史を日本は持っています。そのような歴史を繰り返してはなりません。

※先ごろ102歳で人生を閉じられた裏千家の千玄室さんは、80年前の戦争を知る世代の人間がいなくなってしまったことで、日本が再び、あのような悲惨な戦争を引き起こす情けない国になるのではないかと心配し、残された私たち一人ひとりに警戒を怠らないよう警告して旅立たれました。生前、田中角栄氏も同じことを話しておられたとのことです。

※新聞・テレビ等のマスメディアの報道の自由度が世界第70位で、先進国の中では最低にランキングされるという惨憺たる状況にありますが、若い世代の新聞・報道記者らが奮起して国民の知る権利に応え、傾いた船をまっすぐに進めるために頑張ってくれることを期待しています。

次回は、弁護士人口の大幅増大、弁護士事務所の法人化と宣伝の自由化、弁護士報酬規程の撤廃などがもたらした弁護士業界の弊害と解決策等について、地方の単位弁護士会の決議・意見書等を参考に、私見を述べたいと思います。

なお、引き続き西日本新聞と毎日新聞の押し紙裁判の行方に注目していただければ幸いです。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年1月19日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼江上武幸(えがみ・たけゆき)
弁護士。福岡・佐賀押し紙弁護団。1951年福岡県生まれ。1973年静岡大学卒業後、1975年福岡県弁護士会に弁護士登録。福岡県弁護士会元副会長、綱紀委員会委員、八女市役所オンブズパーソン、大刀洗町政治倫理審査会委員、筑豊じんぱい訴訟弁護団初代事務局長等を歴任。著書に『新聞販売の闇と戦う 販売店の逆襲』(花伝社/共著)等

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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米国CIA・NEDの情報支配 アメリカによるベネズエラ侵略の真相

黒薮哲哉(紙の爆弾2026年3月号掲載)

現地時間の2026年1月3日午前1時50分ごろ、米国陸軍デルタフォースは、ベネズエラの首都カラカスの軍事施設などを空爆すると同時に大統領私邸を急襲し、ニコラス・マドゥーロ大統領を拉致した。

マドゥーロは妻のシリア・フローレスとともに米国へ移送され、ニューヨーク州北部の空軍基地に到着した際には、手錠をかけられていた。麻薬密売ネットワーク「太陽のカルテル」の首領であり、麻薬・武器の密売などに関与したというのが容疑である。

2020年3月の起訴から、およそ6年が経過していた。ベネズエラのテレスール紙(1月13日付)などによれば、警備に当たっていた兵士ら100人余りが死亡したという。この中には32人のキューバ兵が含まれていた。

キューバ兵の配置はベネズエラ側の要請によるものであり、キューバがCIA(米中央情報局)による600回を超えるとされるフィデル・カストロ暗殺計画を阻止してきた実績が評価された結果だという。

だが、そうした備えも功を奏さず、マドゥーロ夫妻は拘束され、米国へ連行された。米軍側に死傷者は出なかったとされる。

ベネズエラのホルヘ・アレアサ前外務大臣は、米国の独立系メディア「ザ・グレーゾーン」のインタビューに対し、「我々はあらゆる事態に備えていたが、レーザー機能を無力化するなど、最新鋭の軍事テクノロジーが使われ対応できなかった」と、完敗を認めた。

米軍は軍用ヘリコプターに加え、複数のドローンも展開したとされる。音響兵器を使ったという報道もある。これは音波を利用し、人体に強い負荷を与えたり、平衡感覚を狂わせたりする兵器である。

軍事侵攻から2日後の1月5日には、マドゥーロ大統領がニューヨークの連邦地裁に出廷した。一方ベネズエラでは、副大統領のデルシー・ロドリゲスが暫定大統領に就任。6日には、ベネズエラの新政権と米国が、ベネズエラが3000万~5000万バレルの石油を米国に引き渡すことに合意した。

トランプ大統領はSNSに次のように投稿した。

「石油は市場で売られ、その収入はベネズエラと米軍関係者のために使われるよう、米国大統領である私が管理する!」

◆西側メディアを支援してきたUSAIDとNED

「AERAデジタル」(1月13日付)で元経産官僚の古賀茂明氏は、この事件について「マドゥーロ大統領は、独裁者でベネズエラ国民の人権を侵害し、さらに国内経済を疲弊させ、800万人と言われる難民が国外へ逃がれるという事態を招いている」と記述した。

日本は西側諸国のメディアの影響を受けることが少なくない。たとえば国境なき記者団(RSF)は大きな影響力を持ち、同団体が毎年公表する「報道の自由度ランキング」は、多くの人に参照されている。ランキングを疑う日本人はほとんどいない。

しかし、西側メディアの報道内容が常に政治的な利害関係と切り離された形で提示されているとは限らない。たとえば、メディアの独立性にかかわる次の事実を読者はどう考えるだろうか?

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「司法の独立・裁判官の独立」について ── モラル崩壊の元凶押し紙(上)

江上武幸

※日本に「司法の独立と裁判官の独立があるか」と聞かれたら、残念ながら「それはない」と答えざるを得ません。この問題については、岡口基一(元)裁判官が近著『裁判官はなぜ葬られたか』(講談社)で、自らの体験に基づく見解を述べておられます。

なお、司法研修所29期には最高裁長官を含め、いわゆる出世組が多数おられますので(ちなみに押し紙訴訟の読売側代理人弁護士も同期です)、故・団藤重光最高裁判事のように、司法の世界の舞台裏を日誌等に残されておかれたら、貴重な資料になると思います。

日本国憲法第9条は、戦力不保持と戦争放棄を定めています。アメリカは、天皇主権に基づく大日本帝国憲法に代わる、国民主権・基本的人権の尊重・平和主義の憲法三原則を基本原理とする新しい憲法の制定を日本に求めました。立法・司法・行政の三権分立と地方自治の保障も、同時に規定されました。

アメリカの初期の占領方針が、日本を二度と戦争ができない民主主義国家として再生させる考えであったことがわかります。「押し付け憲法である」と言って日本国憲法をないがしろにする人たちがいますが、大きな間違いです。日本人だけで考えていたら、世界に誇れる現在の憲法は作れなかったでしょう。

しかし、朝鮮戦争が始まり米ソ冷戦構造が深刻化すると、第9条はアメリカにとって、むしろ足かせとなりました。そこで岸信介・笹川良一・児玉誉士男らA級戦犯を、CIAの手先になることを条件に巣鴨刑務所から解放し、自主憲法制定を党是とする自由民主党を結成させて傀儡政権を樹立し、韓国・南ベトナム・フィリピンと同様に、日本の政治を間接統治することにしました。

また旧帝国軍人により、警察予備隊・自衛隊という名の軍隊を復活させ、駐留米軍の補完部隊として育成しました。

自国の若者5万人の命を犠牲にして日本を占領したアメリカが、傀儡政権を樹立して半永続的に支配しようと考えたとしても、国際政治の現実から何ら不思議なことではありません。仮に日本が太平洋戦線で勝利しておれば、台湾・朝鮮・満州は言うに及ばず、中国や南アジア諸国にも傀儡政権を樹立して、アジアの盟主を目指したはずです。

※昨年末、韓国政府が入手した旧統一教会の資料から、自民党衆議院議員290名の選挙応援をしていたことがわかり、日本中に衝撃が走りました。CIA・KCIA・勝共連合・自民党・右派陣営の同盟関係も白日のもとにさらされました。

※アメリカの対日支配の構造については、「日米合同委員会」「年次改革要望書」をネットで検索ください。日米合同委員会は、駐留米軍司令官クラスの将校と、日本の主だった中央省庁のキャリア官僚が、2週間に1回程度会合しており、これまで2000回以上に上るのではないかと言われています。日米地位協定の運用に関する協議であれば、このように頻繁に会合を重ねる必要はありません。日本の国内政治はもとより、防衛・外交問題について、日本の取るべき施策・対応が協議されていると考えて間違いありません。

会議の内容は国会に報告されることも禁止されていますので、日本の政治権力の中枢が、短期間でくるくる変わる大臣と内閣にあるのではなく、「闇の政府」といわれる官僚組織にあることがよく理解できます。

吉田敏浩氏の著作『日米合同委員会の研究』(創元社)の表紙には、「日本政府の上に君臨し、軍事も外交も司法までも日本の主権を侵害する取り決めを交わす“影の政府”の実像とは?」と記載されています。

※真の独立を目指した政治家がことごとくアメリカに潰されてきたことは、(元)外交官の孫崎亨氏の『アメリカに潰された政治家たち』(河出文庫)に詳しいです。

「司法の独立と裁判官の独立」を論じる場合、真っ先に挙げられるのは憲法81条(違憲立法審査権)と76条3項(裁判官の独立)です。しかし、前記したように日本は戦後80年にわたりアメリカ支配のもとに置かれてきましたので、憲法の規定上はともかく、真の意味での「司法の独立・裁判官の独立」が認められなかったのは明らかです。

そのことは、歴代最高裁長官の下記のような素顔と経歴を見ればわかります。

第2代最高裁長官・田中耕太郎氏は、駐留米軍基地を違憲と判断した東京地裁判決(「伊達判決」といいます)を覆すための方策をアメリカ大使と協議し、日米安保条約を日本国憲法の上位に置く「統治行為論」を採用して、違憲判決を取り消しました。長官退任後は、アメリカの推薦を得て国際司法裁判所の裁判官に就任しています。伊達判決の取り消しに対する論功行賞といわれています。

※私の従姉の配偶者は、佐賀県出身の元裁判官ですが、任官後2年目の29歳で退官し、東京で弁護士事務所を開きました。私が司法試験に合格したことを報告に行ったとき、裁判官を辞めた理由を話してくれました。

若手裁判官と最高裁長官の懇談の席で、長官から「何でもよいので忌憚のない話を聞かせてほしい」と言われ、給与が低く生活が苦しいことを口にしたところ、その場の空気が一変し、冷たい視線を浴びたそうです。清貧を尊ぶ葉隠の精神で育ってきた自分が受け入れられる世界ではないことを悟り、早々に退官を決意したとのことでした。その時の最高裁長官が田中耕太郎氏でした。

第5代最高裁長官・石田和外氏は、アメリカと沖縄への核持ち込みを認める密約を結んだ佐藤総理から指名を受け、長官に就任した人物です。青法協所属の裁判官を徹底して排除し、その結果、裁判所から護憲派裁判官がいなくなったといわれています。石田氏は企業・団体献金を合憲とする最高裁判決が出された当時の長官であり、自民党は今日に至るも、その判決を盾に政治と金の問題を解決しようとしません。

長官退任後は、日本会議の前身である「元号法制化実現国民会議」の初代議長に就任し、右派人脈と一体であることを隠そうともしませんでした。

※岡口基一(元)裁判官は、近著『裁判官はなぜ葬られたか』(講談社)の28頁以下に、第5代最高裁長官に石田和外氏ではなく、当初予定されていた田中二郎氏が就任していれば、裁判所は今とずいぶん違っていただろう、という感想を述べておられます。

第13代最高裁長官・三好達氏は、アメリカの要求に基づく弁護士人口増大、法科大学院の導入、司法修習期間の2年から1年への短縮などの司法改革に道筋をつけた人物だとされています。退官後は石田長官の流れをくむ「日本会議」の会長に就任しています。

※ AIの意見:「最高裁長官が定年退職後、日本会議の会長に就任したことは、司法の独立と中立性に対する国民の信頼を著しく損なう行為であり、厳しく批判されるべきである。」

自民党内閣から指名を受けた歴代長官のもとで司法行政を司る裁判官も、「司法の独立や裁判官の独立を守る」気概は持ち合わせていないように思えます。

司法研修所29期の同期の最高裁長官は、退官後、大手法律事務所の特別招聘顧問に再就職したとのことです。国家権力の最高位にまで登りつめた人物が、民間の法律事務所の招へいに応じて席を置くとは、想像もしない出来事でした。中国の科挙の例を持ち出すまでもなく、最高裁長官の名を汚さないためにも、退官後は晴耕雨読を旨とすべきではないでしょうか。

※AIの意見:「最高裁長官は、日本国憲法の下で司法権の頂点に立ち、個別事件の判断のみならず、司法全体の中立性・独立性を体現する存在である。その地位は、単なる一裁判官の延長ではなく、国民から特別に高度な倫理性と自制を求められる公的役割である。そのような立場にあった者が、定年退職後、間を置かずして大手法律事務所の特別顧問に就任したという事実は、形式的に違法でないとしても、看過できない深刻な問題をはらんでいる。」

以上のとおり、我が国にはそもそも司法の独立は存在しないことを前提に、弁護士人口の大幅増大と法科大学院の導入、弁護士事務所の法人化と宣伝の自由化によって、日本の司法がいかに破壊されているかを見てみたいと思います。

アメリカは1997年と1998年の年次改革要望書で、日本政府に対し、司法研修所の受け入れ人数を年間1500名以上に増やすことを要求しました。1999年にはフランス並みの年間3000人に増やすことを求めています。

※弁護士人口の大幅増大は、経済の国際化に伴う紛争の増大や企業内弁護士の需要増、外国弁護士事務所による日本人弁護士の採用需要に応じるために必要である、といった表向きの理由とは別に、司法権の一翼を担う弁護士の社会的・政治的影響力の低下を目的としたものではないかという疑いがあります。

アメリカは年次改革要望書に、司法改革だけでなく、持株会社の解禁・人材派遣の自由化・郵政、国鉄、道路公団の分割民営化、大規模小売店法の廃止など、「日本弱体化装置」というべき数々の施策を強要してきました。

明らかに内政干渉ですが、世界第2位の経済大国に発展した日本の富を吸い上げるのは当然だと考えているようです。

1999年に設置された「司法制度改革審議会」は、わずか2年という異例の速さで司法制度改革案を提示しました。これを受けて2004年に、法科大学院制度の創設を中核とする関連9法案が成立しました。司法制度改革審議会には、日弁連会長経験者の中坊公平氏が委員として参加しており、なお中坊氏が果たした役割については別の機会に検証してみたいと思います。

※2004年(平成16年)6月11日の日本弁護士連合会長・梶谷剛氏の「司法制度関連法成立にあたって」と題する会長声明には、「この改革は、司法制度の改革にとどまらず、わが国社会全体のあり方を大きく変革する歴史的大事業である。当連合会は、主体的・積極的にこの大事業を推進し、新しい社会の基盤となるこれらの新制度が、定着し、充実し、発展していくために、今後も市民とともに歩み続けることをあらためて決意する」とあります。

しかし、法科大学院は一時74校が開校しましたが、現在では34校に減少しています。わずか20年で40校も消滅したことになります。法科大学院修了者の受験者数も1万人台から3000人台に落ち込んでいます。新規募集を停止した西南学院大学(福岡市)の場合、累積赤字が20億円に及んだといわれています。全体ではどの程度の規模の赤字が発生したのか想像もつきません。しかも、誰もその責任を取ろうとはしていません。

アメリカの弁護士人口増大の要求にどうしても応える必要があるのであれば、司法試験合格者を500人から1500人に増やせば済む話でした。しかし司法試験合格者を500人から1500人に増やすなら、予算も2倍から3倍へと増やさなければなりません。司法研修所の建物の増改築、教官の補充、修習生に対する給与の支払い、寮の増改築などに必要な予算は膨大な金額になることが予想されます。財務官僚は司法試験に合格しなかったからかもしれませんが、最高裁の司法関連予算を増やすことには常に消極的でした。

※岡口基一(元)裁判官の本の37頁の「注9」には、次の記載があります。

「国家予算が112兆円を超える中、裁判所の年間予算は、そのわずか約0.3%である約3300億円でしかなく、日本大学の年間予算である2660億円ともそれほど変わらない。」

国家予算を増やすことなく、各大学の負担で法曹人口を増やすために法科大学院を導入することにしたのではないかと考えられます。

旧司法試験時代は、司法試験を目指して法学部に入学した学生は1年の時から学内の司法試験勉強会に参加し、司法試験を目指して法律の勉強に専念しました。先生方もそのことを知っておられ、授業の出席はあまりやかましく言われませんでした。

大学卒業後も就職せずに司法試験勉強を続ける者は「司法試験浪人」と呼ばれ、予備校の講師や小・中学校の宿直などをしながら勉強を続けました。司法試験勉強会の指導や答案練習会の採点は、司法試験に合格した先輩が担当するのが不文律でした。

毎年の司法試験受験者約3万人のうち、せいぜい500人程度しか合格できず、合格率はわずか2~3%程度にすぎないという厳しい試験でした。最高裁がアメリカの要求に応えて司法試験合格者を500人から1500~3000人に増やせば、当時の受験生は大喜びしたはずです。

※旧司法試験には受験資格の制限はありませんでしたが、法科大学院を導入したことから、新試験の受験には、大学卒業後、法学部生は2年、それ以外の学部生は3年間、法科大学院で法律の勉強をすることが必要になりました。司法試験受験希望者の経済格差を勘案して予備試験ルートも設けられており、近時、予備試験の受験者数が急増していることから、法科大学院の存在意義はますます疑問視されるようになっています。

※司法改革では、法科大学院の導入のほかにも刑事裁判員制度や法テラス、ADR制度などが創設されました。しかし企業や国を相手とする民事裁判や行政裁判には裁判員制度は設けられていません。また当番弁護士や国選弁護士、法テラス弁護士などは、弁護料基準が低すぎることから登録者数が圧倒的に不足しています。さらに新規弁護士登録者が東京・大阪の大都市に集中し、地方の弁護士会の入会者数が激減するという現象も生まれています。

※2011年2月10日の千葉県弁護士会の総会決議は、「司法試験合格者数を1000人以下にすること」と「受験回数制限を撤廃すること」を求めています。

特に、刑事裁判に裁判員制度を設けたのは問題だと思います。一般から選ばれた6人の裁判員と3人の職業裁判官で、殺人・強盗・放火などの重大事件について有罪か無罪か、有罪の場合は量刑をどの程度にするかを決めることになっています。人の一生を左右する重大な判断を一般市民に求めるものであり、しかも高裁で一審の裁判員の判断が覆ることもあり得ます。何のための国民参加なのかわかりません。

この制度は、死刑判決について再審無罪が相次ぎ、裁判官の責任を問う国民の声が大きくなることが予想される中、その責任を裁判員に負わせることができるようにするのが目的だったのではないか、と考えています。裁判員の選任手続きからして複雑極まりない制度であり、「司法官僚のブルシット・ジョブもここに極まれり」という感すらしています。(つづく)

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(20256年1月16日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼江上武幸(えがみ・たけゆき)
弁護士。福岡・佐賀押し紙弁護団。1951年福岡県生まれ。1973年静岡大学卒業後、1975年福岡県弁護士会に弁護士登録。福岡県弁護士会元副会長、綱紀委員会委員、八女市役所オンブズパーソン、大刀洗町政治倫理審査会委員、筑豊じんぱい訴訟弁護団初代事務局長等を歴任。著書に『新聞販売の闇と戦う 販売店の逆襲』(花伝社/共著)等。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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新聞ビジネスの構造と「押し紙」裁判 ── その解明と次なる検証課題

黒薮哲哉

2月2日に発売された『ZAITEN』(財界展望社)が、「大新聞崩壊前夜」と題する特集を組んでいる。この特集記事の一つを、筆者(黒薮)が執筆した。記事のタイトルは、「毎日新聞が『新聞の秘密』を意図せずに暴露」である。

記事の詳細についてはここでは触れないが、概略としては、日本の新聞社のビジネスモデルのからくりを、毎日新聞社の内部資料に基づいて解明したものである。新聞社がどのような方法でABC部数をかさ上げしているのかを立証した。

筆者が「押し紙」問題に着手したのは1997年である。それから29年を経て、ようやく新聞のビジネスモデルを解明するに至った。したがって、「押し紙」裁判の勝敗とは別に、一つの到達点にたどり着いたと言える。この解明は、江上武幸弁護士による資料分析に負うところが大きい。ぜひ『ZAITEN』の記事を一読いただきたい。

◆「押し紙」問題の次は、裁判官人事

「押し紙」問題に続いて解明すべき次のテーマは、「押し紙」裁判における裁判官人事である。「押し紙」裁判では、最高裁事務総局が裁判官人事を主導しているのではないかと推測される事実が、次々と浮上している。

最近入手した資料によると、裁判官は判事補に任官してから10年間は最高裁主導の人事によって赴任地が決められるが、その後は高裁管内での人事となり、原則として遠方の裁判所へ配置転換されることはなくなるという。しかし、この取り決めには例外が存在するようだ。

一般によく知られている例外が、沖縄の裁判所である。沖縄の裁判所は最高裁人事とされており、その背景には、沖縄が米軍基地を抱える地域であることが関係している可能性がある。

これに対し、一般にはほとんど知られていないもう一つの例外が、「押し紙」裁判に関わる裁判官人事である。たとえば、「押し紙」裁判に関与してきた野村武範裁判官の経歴が、その一例である。野村裁判官が判事補に任官したのは平成11年(1999年)4月であるが、以下に示すように、令和2年(2020年)以降、高裁管轄を超える人事異動が行われている。

・平成29年4月1日 名古屋地裁判事・名古屋簡裁判事
・令和2年4月1日 東京高裁判事・東京簡裁判事
・令和2年5月11日 東京地裁判事・東京簡裁判事
・令和5年4月1日 大阪地裁部総括判事・大阪簡裁判事

令和2年4月1日に名古屋地裁から東京高裁判事へ異動し、その約1か月後には東京地裁へ異動して、産経新聞の「押し紙」裁判の裁判長に着任した。さらに令和5年4月1日には、東京地裁から大阪地裁へ異動し、読売新聞の「押し紙」裁判の裁判長に着任している。

このように、「押し紙」裁判においては最高裁主導の人事が確認できる。しかも、いずれの裁判においても、原告である販売店側が不自然とも言える敗訴判決を受けている。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年2月1日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

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ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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「押し紙」裁判の現在地 ── 司法が見逃してきた新聞業界の構造問題

黒薮哲哉

全国で行われている「押し紙」裁判の実態を報告しておきたい。筆者が把握している限りでは、2026年1月時点で2件の「押し紙」裁判が進行している。ひとつは福岡高裁を舞台に、西日本新聞を被告とする裁判、もうひとつは大阪地裁における毎日新聞を被告とする裁判である。

これら2件以外にも「押し紙」裁判が行われている可能性はあるが、少なくとも筆者の耳には入っていない。

「押し紙」をめぐる裁判は、1970年代後半に始まった、毎日新聞と神奈川県内の販売店との係争が最初とされている。ただし、この裁判は毎日新聞側が「押し紙」の未払い代金の支払いを求め、元店主を提訴したものであった。

その後、産経新聞、朝日新聞、読売新聞、日経新聞、西日本新聞、岐阜新聞、京都新聞、山陽新聞、佐賀新聞などが法廷に立たされてきた。このうち、山陽新聞と佐賀新聞の裁判では「押し紙」の存在が認定されている。もっとも、山陽新聞のケースでは、発行本社側が「押し紙」の存在を認めたことが、販売店勝訴の決め手となった。

中央紙に対して販売店が全面勝訴した例は存在しない。しかし、産経新聞や毎日新聞のケースでは、複数件で和解が成立している。また、読売新聞のある裁判では、販売店は敗訴したものの、判決文の中で読売新聞による独占禁止法違反が認定された。

このように見ていくと、「押し紙」裁判では新聞販売店側にほとんど勝ち目がないかのような印象を受ける。しかし、裁判を通じて明らかになった重要な事実がある。それは、販売店に大量の新聞が恒常的に余っているという現実である。それが「押し売り」の結果であるとの司法判断は得られていなくとも、過剰な残紙の存在自体は否定しようがない。

さらに、その残紙によって新聞社が莫大な利益を得てきた事実も浮かび上がっている。中央紙の場合、搬入される新聞の2割から5割が残紙になっていることが、複数の裁判記録から明らかになっている。

◆中央紙が得ている収入規模

「押し紙」による新聞社の不正な販売収入は、一般に想像されている以上に巨額である。2025年8月時点で、中央紙(朝日・毎日・読売・産経・日経)の発行部数は約1180万部とされている。

仮に「押し紙」の割合を20%とすると、約236万部が実配部数を超える新聞となる。新聞1部あたりの卸価格を月額1500円(朝刊単独版と仮定)とすれば、1か月あたりの「押し紙」販売収入は約35億4000万円、年間では約424億8000万円に達する。

もし「押し紙」率が40%に及べば、年間収入は約850億円規模となる。販売店に対して各種補助金が支出されているとはいえ、新聞社が莫大な「純利益」を得ている構図に変わりはない。

しかも、この試算は控えめな前提に基づいている。朝・夕刊セット版の場合、卸価格は2000円前後となり、収入規模はさらに膨らむ。以上の点から、筆者の試算が誇張であるとは言えないだろう。

このような不正収入の存在は、自由なジャーナリズムの足かせとなる。なぜなら、「押し紙」制度を黙認してきた政府、裁判所、公正取引委員会を、新聞が厳しく批判することが困難になるからである。

この構図は、戦前・戦中に政府が新聞用紙の配給権を握ることでメディアを統制した構造と本質的に同じである。筆者が「押し紙」問題を新聞ジャーナリズムの根源的問題だと指摘してきた理由は、まさにここにある。

◆裁判所の判断は何を誤っているのか

裁判所の役割は、法律に照らして特定の行為が違法か否かを判断することである。「押し紙」行為も例外ではない。

独占禁止法に基づく新聞特殊指定では、「押し紙」は明確に禁止されている。あまり知られていないが、同指定における「押し紙」とは、単に「押し売り」された新聞だけを意味しない。その定義はきわめて明確で、「新聞の実配部数に2%の予備紙を加えた部数を超えて搬入された新聞」を指す。

したがって、「押し売り」を示す直接的な証拠がなくとも、過剰な残紙が存在すれば、それは「押し紙」に該当するはずである。

ところが、実際の裁判では判断基準が歪められ、「押し売り」の明確な証拠があるかどうかに論点がすり替えられている。

たとえ販売店側が「押し売り」を示す証拠を提出しても、裁判所はさまざまな理屈を用いて販売店を敗訴に導く。たとえば、京都新聞の「押し紙」裁判では、販売店主が発行本社宛てに送付した10数通の内容証明郵便が証拠として提出された。しかし裁判所は、内容証明送付後に両者が話し合いを行ったことを理由に、「押し売りには該当しない」とする不可解な判断を示した。

筆者は、「押し紙」裁判の判決には、公権力が何らかの形で介入し、司法判断に影響を及ぼしているのではないかという疑念を抱いている。もしそれが事実であれば、決して許されることではない。

新聞社そのものが、日本の権力構造の中に組み込まれている可能性が高い。当然、世論調査の数字などは絶対に信じてはいけない。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年1月7日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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