2014年から、大晦日の本通信を担当させていただいている。2014年を除けば、いずれの年も、けっして明るく楽しい結びの文章を書くことができていない。社会に向かいあう、わたしの基本姿勢を維持して、正直な感想や一年の総括を述べるとすれば、2014年から今年にかけて、大局において好ましい変化や予兆などはない。

ただし、昨年から取材をはじめた滋賀医大病院問題では、病院を相手とした市民運動史上、まちがいなく歴史的な場面になんども直面させていただいた。

JR草津駅前広場を埋め尽くした患者会のメンバー

宮内さんは待機患者の苦悩を訴えた

「岡本圭生医師に治療を受けた」この一点しか共通項のない方々が、滋賀医大病院前で毎週抗議のスタンディングを行い、草津市内では2度にわたるデモ行進も敢行した。参加者は北海道から沖縄まで、みなさん交通費、宿泊費自腹でデモのためだけに集結された。

この運動には、既成の政治勢力が一切かかわりを持たなかったことも、爽やかさを維持できた一因であろう。デモ行進でシュプレヒコールを上げる役割のかたも、参加者の9割5分以上もデモは初参加の方であった。

何十人もの患者さんに経験談を伺った。岡本医師に治療を受けた患者さんは、取り戻した健康を享受して、穏やかな日々を送っていればよさそうなものの、多くの方はその選択肢を捨てた。署名集め、チラシ配り、デモ、集会参加、裁判傍聴などそれぞれのメンバーが参加可能な方法で、「岡本医師の治療継続」を求める行動に参加した。

目立つメッセージを工夫して集会に参加したメンバー

デモ出発前、決意が眼光に現れる

「私たちは治療を受けて快適に生活できています。でも岡本先生にお会いするまでは、不安で不安で生きた心地がしませんでした」

同様のコメントを異口同音に何人もの方々から伺った。岡本医師の治療でなくとも命に別条のない患者さんもいたが、高リスク前立腺癌の患者さんのなかには、岡本医師でなければ完治が見込めない患者さんも多数含まれていた。前立腺癌には多くの場合自覚症状がない。自覚症状を感じたときには周辺臓器や骨への転移が進んでいるケースが多いそうだ。だから前立腺癌は怖いのだ。自覚症状なしに進行し、ある日検査を受けたら、いきなり「癌」の告知を受ける。

そんな経験をして、しかし、わずか3泊4日の入院で主たる治療が終了し、「癌」の恐怖から解放された経験を皆さん、本当にきれいな目で語ってくださった。職業も年齢も、収入も居住地も異なるひとびとが、「自分が受けられた、岡本医師の治療を無くしてはならない」のただ一点で終結し、厚労省へ迫り、2万8千筆の署名を集め、治療を待っている患者さんのために行動する姿は、完全に「無私」で貫かれていた。

滋賀医大病院前抗議活動で初夏の風を受けたのぼり

患者会での「頑張ろう!」

「命を守るぞ!」

せっかく定年退職されたのに、現役中のように実務をこなすひとの姿、毎週始発電車に乗り遠路滋賀医大の正門に向かうひと、滋賀医大関係者が多く居住する地域に、くまなく問題を指摘したビラを配布するひと……。

岡本医師は滋賀医大(病院)から「本年5月末で治療を打ち切れ」と迫られていたが、雇用期間は12月末まで残っていた。6月から12月まで無為に過ごすことはない、手術を行っても経過観察期間は1月もあれば充分だ(病院側は経過観察期間が6月必要だと主張していた)。

治療を待っている患者さんたちをどうする? 弁護団と患者さん、岡本医師が協議し、大津地裁に「病院による治療妨害禁止」の決定を求める仮処分の申し立てをおこなった。

厚労省への申し入れ。短期間で患者会が集めた「岡本医師治療継続」を求める署名は2万8千筆にもなった

2019年5月20日、日本の司法界と医療界は歴史的な日を迎える。

大津地裁は岡本医師の主張を全面的に認め(病院の主張を全面的に却下し)11月26日まで岡本医師の治療延長を認め、「病院による岡本医師の治療妨害禁止」を内容とする決定を下したのだ。5月20日の決定により、本来であれば岡本医師の治療を受けることができなかった、52名もの患者さんが治療を受けることができた。

岡本医師は本日をもって滋賀医大病院との雇用契約が終了した。しかし、岡本医師と患者会の皆さんの壮絶な闘いは、勝利だった。

4名の患者さんが河内明宏・成田充弘両医師を相手取り「説明義務違反」による損害賠償を求めた裁判をわたしは、昨年の第一回期日からすべて傍聴してきた。争いの「正邪」は裁判の進行にしたがい、さらに明確化した。

5月20日仮処分決定が出された大津地裁前

JR草津駅前でのデモ行進は2回敢行された

病院からの通報で到着したパトカー

滋賀医大は学長・病院長を筆頭に組織ぐるみで、岡本医師排除のためには「公文書偽造・行使」、「患者カルテの不正閲覧」、「カルテ不正閲覧正当化のために岡本医師によるインシデントのでっちあげ」と次々に信じられない行為を連発した。

「患者のくせに」、「どうせ患者」という言葉を平気で使う関係者は、患者さんを完全に見くびっていた。まさか毎週病院前で抗議行動が恒例化するとは思いもよらなかったに違いない。

最初のうち滋賀医大病院は、毎回のように(あたかも被害者であるかのように)警察に連絡し幾度かパトカーがやってきたが、患者会の皆さんは「道路使用許可」をしっかりとっていた。市民運動の経験がまったくない皆さんがである。

警察への対応もそつのない、患者会メンバー

雨の日も猛暑の日も、毎週滋賀医大前では抗議活動が続けられた

もちろん、今後、岡本医師が治療をどこで続けるのか、続けられるのかという最大の懸念はまだ解決はしていない。しかし、岡本医師は17日裁判後の記者会見で断言した。

「この闘いは、医療を市民の手に取り戻すことができるかどうか、いわば革命です。若手や学生がモノがいえないようないまの滋賀医大の体質は変えなければならない。そのためにメディアの方々も是非しっかり取材していただきたいと思います。私も滋賀の田舎に引っ込んで隠居するのではなく、一日も早く患者さんを治療できるよう、来年も頑張りますからご支援よろしくお願いいたします」

まだ物語は終わっていない。現在進行形のドキュメンタリーは再び岡本医師が手術室で患者治療に向き合う日が再来するまで完結しない。

岡本圭生医師。大津地裁前にて

井戸謙一弁護団長

今日、大きな力を前にしてそれを覆す、ダイナミックなストーリーは物語の中にだけ封じ込められている感がある。だからこんなにも時代は息苦しいのだ。しかし、岡本医師と患者会の行動は「革命」を予感させる。

忘れてはならない。この問題は、フリージャーナリストの先輩である、山口正紀さんが、最初に患者さんの相談を受けたところからはじまっていることだ。山口さんは、この問題にかかわっているあいだに、ご自身も肺がんに罹患され、闘病しながらいまだに取材を続けていただいている。黒藪哲哉さんにも協力をお願いしたところ御快諾頂き、きめ細やかな取材の結晶として、緑風出版社から『名医の追放』を出版していただいた。わたしがお願いしたわけではないが、MBS(毎日放送)は1時間にも及ぶドキュメンタリー『閉じた病棟』を放送していただいた。

患者会のメンバー、弁護団、取材にかかわる組織メディアのメンバーや、われわれフリーのライター。滋賀医大問題で顔をあわせるひとびとはみな個性豊かだ。この多様性が、大きな相手に対する闘いを可能にせしめたのだろう。

来年も遅れることなく取材を続けたい。「革命」の萌芽を取材し、可能であれば私も参加したい。

本年もデジタル鹿砦社通信を、ご愛読いただきまして誠にありがとうございました。皆様にとって来る年が幸多き1年となりますよう祈念いたします。そして来年も鹿砦社ならびにデジタル鹿砦社通信をよろしくお願いいたします。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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前立腺癌治療の過程で、主治医が治療方針を十分に説明しなかったとして、4人の患者が滋賀医科大病院の2人の医師を訴えた裁判の本人尋問が、17日、大津地裁で行われた。

この日、出廷したのは原告の4患者と彼らの主治医だった被告.成田充弘准教授、それに成田医師の上司にあたる被告.河内明宏教授である。これら6人の本人尋問を通じて、成田.河内の両医師に説明義務違反があったとする原告らの主張が改めて裏付けられた。裁判はこの日で結審して、判決は来年の4月14日に言い渡される。2018年8月に提訴された滋賀医科大事件の裁判は終盤に入ったのである。

裁判前(2019年12月17日)

裁判所に入る前の岡本医師(2019年12月17日)

◆事件の経緯

事件の発端は、滋賀医科大が放射性医薬品会社の支援を得て、小線源治療の研究と普及を目的とした寄付講座を設けた時点にさかのぼる。2015年1月のことである。寄付講座の特任教授には、この分野で卓越した治療成績を残している岡本圭生医師が就任し、泌尿器科から完全に独立したかたちで小線源治療を継続することになったのだ。

これに対して一部の医師らによる不穏な動きが浮上してくる。泌尿器科の科長.河内教授と、彼の部下.成田准教授が岡本医師の寄付講座とはまったく別に、新たに小線源治療の窓口を開設し、泌尿器科独自の小線源治療を計画したのである。この裁判の原告となった4人は、医師の紹介や滋賀医科大病院の総合受付窓口を通じて成田医師らによる「泌尿器科独自」の小線源治療計画へ「案内」された。大学病院の闇を知らないまま被告.成田医師の治療を受けるようになったのである。

だが、成田医師には小線源治療の臨床経験がまったくなかった。手術の見学も1件しかなかった。当然、インフォームドコンセントで、成田医師のそのような履歴を知らされなかった原告らにすれば、自分たちが手術の手技訓練のモルモットにされかけていたことになる。

4人の癌患者は本来であれば寄付講座の方へ「案内」され、小線源治療のエキスパートである岡本医師の担当下におかれるべき人々であった。少なくとも成田医師らには、4人が岡本医師の治療を受ける権利と選択肢を持っていることを説明する義務があった。それを成田医師らが怠り、しかも、この点を批判された後も謝罪しなかったことが患者らを怒らせ、提訴を決意させたのだ。

原告の主張に対して被告は、「泌尿器科独自」の小線源治療は、岡本医師を指導医とする医療ユニット(チーム医療)として位置づけられていたから、岡本医師の治療を受けるオプションを患者に提示しなかったことをもって説明義務違反に該当するとは言えないというものだ。

◆泌尿器科への誘導と独立した治療

2015年1月に「泌尿器科独自」の小線源治療の窓口を、寄付講座の窓口とは別に河内医師らが開設した合理的な理由について、原告の井戸謙一弁護士は、河内医師を尋問した。裁判長も職権を行使して、河内医師があえて窓口を2つにした理由について説明を求めた。しかし、河内医師は明快な回答を避けた。

岡本医師自身がチーム医療の観点から「泌尿器科独自」の小線源治療に関わっていたかどうかという点については、竹下育男弁護士が成田医師を尋問した。これに対して成田医師は、いずれの患者ケースにおいても、治療方針の決定に岡本医師の指示を受けたことはなかったことを認めた。

尋問を通じて岡本医師は泌尿器科独自の小線源治療からは基本的には除外されており、2つの窓口と体制は、相互に依存したチーム医療と断定できるだけの接点がないことが判明した。メールでのやりとりは若干あったが、かえってそれらの証拠は、岡本医師を「外部の人」として認識していた成田医師の立ち位置を明確にした。

ちなみに成田医師はみずからが小線源治療の未経験医師であることを患者に伝える義務に関して、第1例目の手術を施す患者については未経験の事実を伝えなければならないが、2例目以降は伝える必要はないとも証言した。

◆刑事事件についての尋問も

繰り返しになるが、この裁判の争点は4人の患者に対する説明義務違反の有無である。争点としては単純だ。ところが裁判進行の過程で被告側は、争点とはあまり関係のない主張を延々と繰り広げた。岡本医師に対する人格攻撃や岡本メソッドそのものの優位性を否定する主張を繰り返したのである。

それにより岡本医師による治療についての説明責任を果たさなかったことを正当化しようとしたようだ。この論法の裏付けを探すために被告らが起こした事件についても、井戸弁護士は尋問した。たとえば河内医師が岡本医師の患者らのカルテを無断で閲覧し、岡本メソッドによる合併症の例をしらみつぶしに探そうとした件である。

これについて河内医師は、みずからが泌尿器科の科長職にあるので、前立腺癌患者のカルテ閲覧が許されるとの見解を示した。しかし、法律上はそのような権限は認められていない。カルテを閲覧できるのは主治医と患者本人だけである。

また、成田医師を併任准教授として、寄付講座へ送り込むために作成された公文書に、岡本医師の承諾印(三文判)が本人の承諾を得ずに押されていた件(既に刑事告発受理済み)に関して、井戸弁護士は河内医師の関与を問うたが、河内医師はそれを否定した。そのうえで、この公文書は秘書らにより無断で作成されたものである可能性を証言した。河内氏の証言に、傍聴席からは失笑がもれた。
 
◆記者会見

尋問が終了した後、原告団は記者会見を開いた。発言の趣旨は次のようなものである。

記者会見での井戸弁護士(2019年12月17日)

【井戸謙一弁護士】

この訴訟で被告側は、岡本医師が特異なキャラクターの人物であり、岡本メソッドももとより存在せず、むしろ問題のある治療なんだという主張を前に押し出す戦略で臨んできています。この点をどう崩していくかが鍵です。相手は自分が嘘を言っていましたとは認めません。ですから言っていることの整合性の無さを浮彫にすることが大切です。

いくら岡本先生のキャラクターがトラブルの原因だと主張しても、構造的に主張がかみ合わないところが出てきます。それが最も露骨に分かるのは、泌尿器科へ患者を誘導した問題です。 岡本先生に成田医師を指導させるチーム医療の枠組みであれば、岡本先生が全患者の症例を見て、 初心者には簡単な症例の患者を担当させて治療させるのが道理です。治療方法の適用についても、互いにディスカッションしながら決めていく。それが一番自然なチーム医療であるはずなのに、実際には河内医師が成田医師の担当患者を決めていました。こうした枠組みが被告の主張に整合性がないことを浮き彫りにしています。

岡本メソッドの優位性を否定する被告の主張に関しては、3つのポイントから問題点を指摘しました。まずカルテの不正閲覧問題です。医療安全管理部がカルテ閲覧をすると決める前の時期に、河内氏がすでにカルテの閲覧をはじめていた事実を確認しました。 

次に、松末院長が前回の尋問で2次発癌で死亡した例があると証言したことを受けて、それが不正確な認識であることを指摘しました。病院の事例調査検討委員会では、この患者のケースを因果関係不明と認定しています。それにもかかわらずこの死亡例を裁判で持ち出してきて、岡本メソッドの攻撃に使ったのです。

さらに病院のホームページで公開された医療機関別の前立腺癌非再発率比較表の問題。このデータを根拠に河内氏は、岡本メソッドの優位性を否定しています。これについては、松末院長は、比較対象患者のリスクレベルが大きく異なるのに単純に比較するのは適切ではないことを最終的に認めました。この問題についても河内医師を追及しました。

偽造文書の問題も取り上げました。これは成田医師を併任准教授にするために必要な文書で、河内医師と岡本医師の三文判が押してありますが、岡本医師は押していないと言っています。いま、この文書が公文書偽造だということで問題になっています。わたしは河内医師が、そのハンコは自分で押した、あるいは秘書に押させたと答えると思っていましたが、それも否定しました。秘書が勝手に作成したことにして、自分は関知していないということで押し通しました。この弁解には、驚きました。これについて被告の代理人は、定型的な文書はそういうこともあると念押ししていましたが、裁判所はその不自然さを認識したと思います。

【竹下育男弁護士】

成田医師の反対尋問を担当しました。反対尋問は簡単に成功しないことがままあります。相手が嘘を言ったときに、嘘を言っている証拠を示すことができるとは限らないからです。この裁判では、成田医師と塩田学長に関する裏付け証拠が多くあるので、それを有効に活用できるかどうかプレッシャーがありました。

成田医師と岡本医師の間で交わされていたメールは、有力な証拠になるものが多い。たとえば岡本先生が成田医師に対して、外来で治療方法の適応を検討するものだと思っていたという趣旨のメールを送ったところ、成田医師はそれは必要ないという返事を返しています。積極的に岡本医師のチーム医療への関与を拒んでいるようなメールが他にも何通かありました。

これについて成田医師は、言い訳をしていますが、どれも不自然です。その不自然さをアピールできれば戦略としては成功です。

また原告の治療方法の検討にあたって、岡本先生の意見を求めたことがないことも明らかになりました。

記者会見での岡本医師(2019年12月17日)

【岡本圭生医師】

本日、最後に提出しました河野陳述に対する弾劾陳述について説明しておきます。ありがたいことに裁判所はそれを受理してくれました。河野医師は、滋賀医大の小線源治療は、90%以上が河野医師の実力によってやっているとか、岡本などいなくても大丈夫だとか、だれがやっても同じだという陳述をしていますが、それほど単純なものではありません。

小線源治療では、テンプレートという網の目の奥にある前立腺に針を刺すのですが、その際、ミリ単位の調整を必要とします。 針を器具で微妙に触って1ミリ、あるいは2ミリの調整をするのです。きれいに会陰に針をさす必要があります。針を刺すことで前立腺が変形したり出血したり、動いたりすればダメです。いわばリンゴの皮を片手でむくような作業が必要なのです。河野医師はそれをやっているわけではありません。画面上で見ているだけで、微調整しているのはわたしです。 ですから河野医師が言うように、おおざっぱなことをやっているわけではありません。

河野医師は岡本メソッドなるものは存在しないと言いますが、「10のステップ」という冊子があります。これに従って2013年からずっと小線源治療をやってきたわけです。これには特別ことは書いていないと成田医師は言っていますが、そうであるなら、全国から医師が見学に来るはずがありません。

患者会の皆さんには、朝からスタンディングをやっていただき、弁護団は素晴らしい追及をしていただきました。この裁判では、医療や病院の内側を知っている人間がいるから、相手を追い詰めるチャンスが生まれたわけです。 一般の人が、医療過誤で戦っても勝ち目はないでしょう。わたしはこうした状況を変えたいと思います。

治療の未経験を患者に告げるべきかどうかよりも大切なことは、説明できることは、全部説明するという善意の姿勢です。意図的に情報を隠すようなことあれば、医療は成り立ちません。この裁判では、人が死亡した事例は扱っていませんが、重要な意味を持っています。ここで負けては医療が成り立たなくなります。市民の手、患者さんの手に医療を戻したいものです。

ちなみにわたしが執筆した中間リスクの前立腺癌に対する小線源治療についての論文が1月に掲載されます。10年間で397例のうち、再発は3例。7年の非再発率は、99.1%です。100人にひとり再発しないことになります。この論文では、中間リスクの症例は、小線源単独療法でやるべきだと結論づけています。論文が掲載されるということは、査読者によって内容が認められたということです。

わたしは12月をもって滋賀医大を去ります。しかし、これは終わりではなく、次のステージの始まりだと思っています。

【原告A】

岡本先生と接するようになって4年になります。先生の治療は革命的だとわたしは思っています。わたしは副作用もなく、いまも元気に働いています。76歳で、いまでも納税しています。これも岡本先生による手術が成功したからです。なぜ、わたしが裁判で戦ったのかといえば、岡本メソッドが革命的な医療であるからです。

これはなくしてはいけない医療です。河内教授がやろうとしているのは、岡本先生の医療を横取りすることです。これが問題の原点です。横取りして、自分の手柄にして、岡本医師を追い出そうという魂胆のようです。こうした状況を許してはいけないということで、裁判を起こし、そして今日の尋問を終えることができました。

【原告B】

わたしは河内医師は、好き放題なことを言っているという印象を受けています。今回、わたしが最も訴えたかったのは、被告が岡本医師の人格攻撃に徹していることについて、それが的外れであるということです。滋賀医科は全人的医療をうたっていますが、これは患者ファーストの意味です。この全人的医療の理念を掲げているのであれば 、患者の命を脅かしたことに対して謝罪し、反省すべきです。

反対尋問の最後の方で、この裁判を岡本医師が扇動したかのような被告側の言動がありましたが、われわれ原告を子ども扱いする発想です。訴訟を進めるうえで、家族や近所の目もあるので、参加できなかったひともおられます。 わたしも、最初は家内が裁判に賛成していませんでしたが、今日は傍聴に来てくれました。裁判を続けられたのも、応援があったからです。

記者会見(2019年12月17日)

◎患者会のURL https://siga-kanjakai.syousengen.net/
◎ネット署名へもご協力を! http://ur0.link/OngR

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
フリーランスライター。メディア黒書(MEDIA KOKUSYO)の主宰者。「押し紙」問題、電磁波問題などを取材している。

月刊『紙の爆弾』2020年1月号 はびこる「ベネッセ」「上智大学」人脈 “アベ友政治”の食い物にされる教育行政他

11月29日大津地裁で滋賀医大病院の患者であった4名が、同病院泌尿器科の河内明宏、成田充弘両医師を相手取った「説明義務による損害賠償請求訴訟」の証人調べが行われ、河野直明医師(放射線科)、塩田浩平学長、松末吉隆病院長が証人として出廷した。大学病医院を舞台とした裁判で学長、病院長、そして焦点となった治療を手術室内で一定程度担当してきた医師が証人として同じ日に顔をそろえるのは、かなり珍しいことであろう。

 

 

集会前チラシ配を配る患者さんのお連れ合い

◆「滋賀医大のやっていることは医療テロだ」

開廷を前に11時から大津駅前で集会が開かれた。好転には恵まれたが、手がかじかむ寒さの中、最初に不運にも滋賀医大で岡本医師の治療を受けることができなかった患者さんが発言した「滋賀医大のやっていることは医療テロだ」と強く病院の姿勢を指弾した。集会では仮処分により治療を受けられた患者さんら4名の方が発言した。この日の集会には女性の姿が目立った。

そのなかには、26日(滋賀医大における岡本医師治療の一応の最終日)に治療を受けることができた患者さんのお連れ合いの姿もあった。

この日は37席の傍聴席を求めて80名以上が、抽選に臨んだがそのほぼすべてが患者会のメンバーだった。

原告席には原告のお二人、弁護団の9名が、被告席には、2名の弁護士と被告である、河内、成田両被告の姿もあった。病院長・学長を証人として引っ張り出した手前、両被告が知らんぷりというわけにはいかなかったということであろうか。事件の中心人物が全員揃い、法廷撮影が行われたのち開廷が宣言された。記者席にも7名の記者が着席している。

◆不可思議な内容が際立っていた河野医師の証言

最初に証言に立ったのは河野医師だ。河野氏は岡本圭生医師とともに手術を担当してきた立場の人物であるが、この日の証言では不可思議な内容が際立っていた。河野氏の主たる主張は「小線源療法は(シードを挿入する)泌尿器科医よりも、手術計画を立案する放射線医の役割が大きく、泌尿器科の知識のある医師は(経験がなくとも)早い時期に経験を積むべきで、むしろ放射線科医師が熟練に時間を要する」との趣旨であった。

泌尿器科医は5ミリごとに区切られた、器具を利用してシードを挿入・留置するので、「泌尿器科医に特別な技術が必要だとは思わない」と何度も証言し「この術式のクオリティーは熟練した放射線治療医の計画による」とも証言した。

河野氏は、被告である成田医師が担当しても「全く問題なかった」と証言した。一方で「滋賀医大では若い先生がやっていますので」とも発言している。この日までに滋賀医大病院で岡本医師以外による小線源治療を行った泌尿器科医は1人だけのはずだ(この日の河野証言で「1人としやっていない」を繰り返していた)。その1人は河野氏が実名を挙げた成田氏ではなかったのか? 成田氏は准教授であり河野氏は講師だ。河野氏が成田氏を「若手の医師」と表現するのは不自然だ。法廷では深く議論されなかったが、河野氏のこの発言はわたしには極めて大きな違和感を残した。

つまるところ河野氏の証言は「小線源治療は放射線医が計画を立てるので、(シードを挿入・留置する)泌尿器科医には熟練を要しない」との内容であった。

河野氏の証言を野球に例えれば「キャッチャーが優れていれば、ピッチャーは誰でも構わない」と主張していたように感じる。そうだろうか。そうであれば患者は泌尿器科医ではなく放射線医の優秀な病院を探して病院選びをするだろう。

河野氏は「岡本メソッド」という言葉を「そんな言葉はない」と何度も否定した。しかし呼称の如何によらず、滋賀医大の岡本医師(そこにパートナーで河野氏がいた)治療を求めて全国から患者が殺到した事実をどう解説するつもりだろうか。彼の証言は原点が「自己矛盾と自己否定」に満ちており、退廷の際に見せた苦渋の表情は、その内心の現れだろう。

◆岡本医師攻撃に証言が終始し、患者さんに与えた苦痛についての反省の弁は一切聞かれなかった

次いで塩田学長が証言に立った。塩田氏とその後登場する松末病院長に共通するのは、質問の冒頭で被告側弁護士の質問が、岡本医師の性格的な問題に言及し、「岡本医師の人間性が問題の中心だ」との意識付けを狙っていた、との印象を受けた。

塩田氏は大学の学長らしく、泰然と振舞おうとしていたが、反対尋問に対する態度では落ち着きを失っていた。原告並びに補助参加人である岡本医師の代理人は岡本医師と塩田氏とのあいだでやり取りされたメールを多数証拠として提出していた。被告側代理人はそのメールに綴られた文言を、通常と異なる理解へ導こうと質問を重ねたが、反対尋問ではその矛盾が突かれた。

塩田氏はあくまで「岡本医師をなだめるため」、「岡本医師が厳しくいってくるので」と岡本医師をひたすら「困った人物」として描こうと腐心した。だが、わたしが取材した限りにおいて、塩田氏は当初少なくとも中立の立場であって、岡本医師を攻撃する立場にはなかった。それがいつのまに河内氏を中心とする勢力にからめとられてしまったようだ。したがって、証拠として提出された岡本医師と塩田氏の間で交わされたメールは文字通り読めばよいだけのことなのである。けれども完全に「岡本追放」に舵を切った塩田氏にとっては、当時岡本医師に送ったメールをすべて否定しておかないと辻褄を合わせられない。

そして「私は学長なので個々の事案には関与しない」といいながら、「松末院長を味方につけておいてください」など岡本医師にメールで具体的なアドバイスや指示と思われる文章を何度も送っている矛盾が幾度も露呈した。

そして決定的であったのは、「2013年1月頃京大医学部出身の重鎮医師が滋賀医大で岡本医師の治療を受ける」ことを京大出身の泌尿器科医師3氏と塩田氏の協議の結果決定し、その術後岡本医師に感謝の意を伝達するメールが塩田氏から岡本医師送られていたことが明らかにされたことである。

塩田氏は証言で、岡本医師の治療成績については「詳しくは知らない」と述べ、人格についてはボロクソといって差し支えないような攻撃に終始した。そんな「不安な人格」の岡本医師にどうして、京大出身の重鎮医師の治療を委ねたのだろうか。そんな不安な人物に大切な人の治療を任せるだろうか。

国立大学の学長として、また人間として非常に恥ずかしい、言を弄する塩田氏の姿が印象的であった。

最後に証言に立った松末病院長も、冒頭岡本医師の人格問題にふれたあと、被告弁護人からの主尋問に答えた。これまでの3証人に共通しているのは、いずれも「岡本メソッド」及び岡本医師攻撃に証言が終始し、患者さんに対して与えた、身体的、精神的苦痛についての反省の弁は一切聞かれなかったことである。

◆井戸謙一弁護団長による反対尋問

反対尋問は井戸謙一弁護団長が担当した。井戸弁護士は「責任教授」が規則で決められた役職かどうか。松末氏が「岡本メソッド」を寄付講座設立当時も評価していたこと。その後「岡本メソッド」への評価が変わったのはどうしてか、その時期はいつか。との質問がなされた。

松末氏は「まだこれからエビデンスが出てくるので」と明確な回答を避けた。さらに6月11日に滋賀医大がホームページで「前立腺がんの治療についての情報提供」を公開した件につき詳細な質問がなされた。

滋賀医大が6月11日HPで公開した「前立腺がんの治療についての情報提供」

松末氏はこの情報を掲載した理由を「全国から非常にたくさんの患者さんが来ているが、やりすぎであるということで、冷静に皆さんに事実を知ってもらわなければいかんということで…。たしかにバックグラウンドは全部違います。総合的に見たらどういう結果が得られるか、データ論文が出てきた。それを皆さんに知らせた方が国民のためになると考えた」と述べた。井戸弁護士は「内容をチェックされましたか」と聞くと「もちろんです」と松末氏は回答した。

井戸弁護士はそこに掲載された、弘前大学、群馬大学、放射線医学総合研究所病院、京都府立医大が根拠としている論文における対象患者が、岡本医師の論文が示した前提と異なる(岡本医師が論文で対象とした患者よりもいずれも、軽度の患者を対象とした論文である)ことを一つ一つの論文とその該当箇所を示しながら確認をおこなった。

この問題については、本通信でも黒藪哲哉氏が問題を指摘している。

「このような情報はかえって患者の誤解を招くのではないか」との井戸弁護士の質問に、松末氏は「臨床的には前提をそろえるのは至難の業。総合的に見て判断していただくしかない」と回答。井戸弁護士は「専門家は判断できるかもしれないけれども、ホームページを見た患者は最終的な数だけを見るのだから、適切ではないとお思いにならないか」と聞いた。「そういうみかたもあるかもしれません」と松末氏は答えた。

無責任だ。この情報を掲載したのは先に松末氏が述べた通り、「全国から非常にたくさんの患者さんが来ている」状態を面白くないと考えたからではないのか。「国民のため」というのであれば、5年後の非再発率だけでなく、各病院が論文の前提としている対象患者データを簡潔に示すことくらいできたであろう。

さらに、井戸弁護士は、「岡本医師の医療安全上」とされる案件を取り上げた滋賀医大の学内手続きからの逸脱について学内規定を示しながら、松末氏の見解を質した。回答の中で松末氏は、岡本医師が治療した患者さん全員のカルテを10名以上の医師が閲覧したことを認めた。松末氏は「1人でやっておられて(著者注:河野医師の証言によれば小線源治療の中心は放射線医であるので、この証言と矛盾する)ブラックボックスのなかにあるような状態ではいけないので」と回答した。

◆「手続きが無茶苦茶に行われたと、浮き彫りにすることができた」(井戸謙一弁護団長)

井戸謙一弁護団長

閉廷後弁護士会館で記者会見が行われた。河野、塩田両証人に質問を担当した弁護士が、法廷でのやり取りの要点を説明したあと、井戸弁護団長が報告をした。

「松末さんは重要人物です。滋賀医大がどこかの時点で、岡本医師の評判をとにかく落とすと。そのための資料つくり、1つは『ほかの大学病院の治療結果とそんなに変わらないんだ』というための資料作り。それから合併症や安全管理上の問題があるのではないかということについての資料作り。これを徹底的にやるようになった。そのあたりの事実をあぶり出したい、というのが私の反対尋問の目的でした。
 優位性の問題については6月に滋賀医大病院がホームページで群馬大や弘前大、京都府立医大の高リスク前立腺がん患者の治療実績と大差はないじゃないか、という情報が発表されました。その元データを全部洗いだしました。(質問時間が)30分しかないというのは非常につらくて、元データについて指摘できることはほかにもありましたが、とにかくわかりやすい、それぞれの1点だけ確認しました。
 証拠は本来尋問前にすべて裁判所に提出しなければなりません。ただ、ホームページの元データなどを提出したら『こういうことを聞いてくる』と丸わかりですから、事前には出せない。当日その場で出さなければいけないのですが、それが可能なのは『弾劾証拠』と決められていて、向こうが話したことが『嘘でしょう』ということを裏付けるための証拠は当日出せる、となっています。
 傍聴されていた方は、まどろっこしい印象を持たれたと思いますが、なんとか証拠として提出することを認めさせることはできました。(中略)岡本先生は高リスクの中でも非常にレベルの高い高リスクが多いの。ほかの機関は岡本先生より軽い症例が多い。こういうものを並べて『一緒』というのはおかしいでしょ、と。結局『岡本先生の業績に傷をつけるためにやっていた』のではないか、を浮き彫りにしたい。『適切ではなかったかもしれませんね』という証言を引っ張り出すことはできました。
 もう一点は医療安全委員会の問題です。去年の9月頃からカルテの不正閲覧の問題が生じました。岡本先生の症例、全カルテを(今になったら)医療安全員会の決定に基づいて、見ていたと説明をしていました。それを見てあら探しをしてして、結局13件について問題があると、8月に最終的な事例調査検討委員会の結論を出したわけです。ところが医療安全などの委員会については、滋賀医大内で規定があるわけですが、それに則っていない。外部委員も含めて委嘱して事例調査検討委員会を開き、全員一致で結論を出す、と規定で定められているのに、会議は開かれていない。このことは最近朝日新聞デジタルの報道で明らかになりました。
 外部委員の先生は資料が送られてきて、意見を書いて送り返したけれども、それがどのようにまとめられたのか知らない。委員同士で議論をしていないから、結論が正しいのかどうかもわからない。それを『一定の結論が出た』と取りまとめて、『回答しろ』と岡本先生に迫ったというのがいきさつです。それについて岡本先生は既に『全部言いがかりだ』という回答を出していているわけです。
 本当は1例1例について『これはおかしいじゃないか』と議論できれば良いのですが、30分ではとてもそこまではできないので、手続きが無茶苦茶に行われたと、浮き彫りにすることができたと思います」

そのあとに原告のお二人が感想を述べた。質疑に移った。記者からは熱心な質問が相次いだ。

12月17日は原告4名と被告、河内・成田両氏の尋問が行われ、この係争の証人調べは終わる。判決はいよいよ来年3月に出される予定だ。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

鹿砦社創業50周年記念出版『一九六九年 混沌と狂騒の時代』

月刊『紙の爆弾』2019年12月号

――以下はフィクションであるが、事実の各部分は昨年の8月以来、わたしが数十名の患者さんに取材した実話をもとに構成してある。よって主人公はひとりではないものの、実話が織りなす物語とお考えいただいて差し支えないだろう。

◆岡本医師の診察を受けに滋賀医大附属病院へ向かう

2週間後にわたしは滋賀医大附属病院へ向かった。東京から京都までは新幹線、京都から東海道線に乗り換えて最寄りの瀬田駅で下車。瀬田駅からは帝産バスに乗った。京都には何度も足を運んだことがあったが、滋賀県に目的地を定めるのは初めてで、滋賀医大附属病院は自然豊かな環境に恵まれていた。都心の喧噪との対比が印象深い。

岡本医師の受診待ち患者さんの数は壮絶だった。こればかりは都心の病院と変わりがない。ようやく名前が呼ばれ診察室に入った。挨拶をしようとすると、岡本医師はすでに送ってあったわたしの検査データを注視していた。体調や既往症などの質問に答えた後、少し息をついた岡本医師は、

「あなたのがんは中間リスクです。小線源単独で対応可能でしょう。手術の詳細な予定を立てるためにもう一度、そのあと『プレプラン』とが必要です。遠いですが手術前に受診していただく必要があります。よろしいでしょうか?」

と次のステップを明確に提示してくださった。わたしに異議のあろうはずはない。2月後再診を受け、翌月に「プレプラン」のため再度滋賀医大附属病院への来訪が決まり、予約票を手に帰路に就いた。まだ日没までかなり時間があったから京都で観光をしようかとも思ったが、気持ちの高揚感があり、それを早く家族に伝えたかったので、寄り道することなく新幹線に乗った。車内販売で「ビール」の声をきくと思わず販売員を止めてしまい、缶ビールを1本だけ飲んだ。そのあとは気が抜けたためか、寝込んでしまい、気が付いたのは品川駅到着のアナウンスだった。

◆2泊3日で「死の恐怖」から解放される?

岡本医師の診察を受けただけで、まだ治療を受けていないのに、滋賀に出かけた日以来、わたしの体調は見違えるほどに好転した。初診の翌朝には久々に6キロの早朝ジョギングを再開した。食欲も戻った。体重が10キロ近くも落ちていたので、昼食時など「もう治療は終わったのですか」といわれるほどに、体がカロリーを欲していた。

いよいよ入院の日を迎えた。月曜日に入院して火曜日には手術を受けた。麻酔は部分麻酔で、手術中も岡本医師と放射線科の医師との声を聴きながら手術室に流れる音楽を聴いているうちに「はい、終わりました」。予想よりも早く岡本医師から声をかけられた。

水曜日は放射線の関係で一日外部と最低限の接触に限られる部屋で過ごし、木曜日には早くも退院できた。2泊3日で「死の恐怖」から解放される?信じがたいとは感じなかった。「もう大丈夫」岡本医師の言葉ではないが、自分の内部深いところがそう確信していた。

◆「迷っている場合じゃないでしょ! 誰のおかげでお父さん回復できたの?」と娘の声

初診以降滋賀医大附属病院では、岡本医師に対する嫌がらせの類が発生していることは、おなじ時期に入院していた患者さんから聞いていた。医学の世界ではひいでた医師の足を引っ張ることは、ありうることだろう、程度にしかわたしは考えていなかった。わたしにもビジネスの世界でも同様の経験があったから。

半年に一度の検診だけで、前立腺の状態は落ち着きが確実になったころ「患者会」を結成すると、知り合いの患者さんから連絡を受けた。岡本医師が滋賀医大附属病院から「追放」される危機にあるといわれた。いくら医学界が旧態依然としていたとしても、世界屈指の治療成績を残し続けている医師を、病院から放逐することなど、企業経営者の端くれにあるわたしには信じられなかった。メーカーにあっては商品開発とR&D(研究開発)の重要性は、基本中の基本。病院にあっては治療成績と評判こそが資産と、わたしのような人間は感じるからだ。

しかし、滋賀医大附属病院は予想外に、着実に岡本医師追放に向けて手を打ってくる。寒い時期に患者会から「JR草津駅でデモ行進をする」との連絡が入った。連絡をしてきたのはわたしと同じ日に手術を受けた、九州の患者さんだった。なにかしたい。なんでもしたい。と思いながらも、市民運動に縁のなかったわたしは、正直とまどい、夕食時「こういうことがある」と家族の前で話題にした。

「お父さん迷っている場合じゃないでしょ!誰のおかげでお父さん回復できたの?行くべきよ。ねえお母さん、私たちも行こうよ!」

わたしの優柔不断は、娘と女房の即決の前で完全に無力だった。

◆わたしは滋賀医大附属病院前に数人の仲間とともにスタンディングに参加した

寒い季節にしては暖かい日だった。JR草津駅前には目算で200名近くのひとびとが集まっていた。デモなどに参加したことのないわたしには、この光景もまた驚きだった。こんなにたくさんの人が自分になんの「利益」もないのに集まっている。でも幹部の方々の運営には無駄がなく、家族で参加したわたしたちを皆さん暖かく迎えてくださった。

集会で待機患者の方が切実な訴えをはじめると、数年前の記憶がよみがえった。

「死」。もう、わたしには「死」しかないのか、と不眠に陥り、食欲を失い、自暴自棄になりかけたあの日々。わたしは岡本医師の治療により回復するチャンスを得たことに、謙虚さを失いかけている自分を恥じた。いま話している患者さんはあのときの、わたしとまったく同じことを訴えている!

滋賀医大小線源治療患者会による草津駅前集会(2019年1月12日)

病院前で展開された抗議活動(2019年3月27日)

病院前で展開された抗議活動(2019年3月27日)

2019年11月26日。わたしは滋賀医大附属病院前に数人の仲間とともに、スタンディングに参加していた。この日は岡本医師が滋賀医大附属病院で手術を行うことができる最終日にあたった。最初にデモに参加して以来、滋賀には10回以上足を運んだ。「なにか社会に貢献したい」とわたしは思うようになっていた。前立腺がんが治癒しただけでなく、なにかが私の中であきらかに変わった。この日わたしは病院内には入らなかったが、岡本医師は淡々と、いつもどおり滋賀医大附属病院における、一応の区切りとなる患者さんの手術を終えたことだろう。

死の恐怖におびえる経験をしたかたであれば、理解できるだろう。あの恐怖から解放された瞬間を。そして事実「死」の恐怖を迫った前立腺がんが岡本医師により治癒したことにより取り戻せた、日常のありがたさを。岡本医師はこの先どうなる?いや、岡本医師の治療を待っている患者さんは?

患者会と岡本医師の闘いは、「仮処分」での勝利をえて、本来であれば治療ができなかった50名近い患者さんの治療を可能にした。努力と行動が「不可能」を「可能」にした。滋賀医大附属病院なのか、ほかの場所なのか、患者会の末席を濁しているだけのわたしに、岡本医師の将来はわからない。でも滋賀医大附属病院正門で夕刻、「岡本医師の治療継続を! 岡本医師、待機患者が待っています!」 なかまの誰かが低い小声ではっきりと病院に向かって宣言した。わたしも小声で彼に続いた。(了)

◎前立腺がんになった──患者たちが語る滋賀医大附属病院「小線源治療の名医」岡本圭生医師との出会いの物語
[前編] http://www.rokusaisha.com/wp/?p=33021
[後編] http://www.rokusaisha.com/wp/?p=33027

◎患者会のURL https://siga-kanjakai.syousengen.net/
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《関連過去記事カテゴリー》
滋賀医科大学附属病院問題 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=68

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

月刊『紙の爆弾』2019年12月号

鹿砦社創業50周年記念出版『一九六九年 混沌と狂騒の時代』

――以下はフィクションであるが、事実の各部分は昨年の8月以来、わたしが数十名の患者さんに取材した実話をもとに構成してある。よって主人公はひとりではないものの、実話が織りなす物語とお考えいただいて差し支えないだろう。

◆前立腺がんになった。治療が必要な状態だといわれた……

前立腺がんになった。治療が必要な状態だといわれた。どうしよう、もう余命は短いのか? 「日本人の二人に一人はがんになる」と聞いてからタバコはすぐやめた。食事もなるべく化学調味料や保存料のはいっていないものを選ぶよう女房に意見した。内臓を冷やすとよくないといわれたので、爾来暖かい飲み物を採るように心がけ、下着も厚めにしてきた。胃カメラ、大腸内視鏡検査も1年ごとに受けている。どの値も正常値から飛び越えることはなかった。血圧や脈拍も。

ことしの健康診断の血液検査で「PSAが高い」といわれた。PSA? なにを示す値であるのかすら知らなかった。産業医からPSAは前立腺肥大や前立腺がんが起きると値が高まる指標だと教わった。いまから振り返れば、当時のわたしは、「お気楽」だった。前立腺がんの理解不足はもちろんのこと、前立腺の機能自体に対して、まったく知識がなかった。産業医はロボット手術を勧めた。

「前立腺の全摘出は難しい手術ではありません。取ってすっきりしましょう」

肌の上にできた「デキモノ」を取るような簡単な手術のような説明だった。入院と手術の日をそこで決めようとされたので「家族に相談させてください」と断って帰ってきた。インターネットで本気で調べだしたのは、あの産業医が気楽に説明してくれたから、逆に怖さを感じたのだ。

◆「月におむつ代にかかる4万円の負担が大きく、年金生活の身では苦渋しております」

調べだすとますます怖くなった。前立腺を全摘出しても再発率がかなり高いことを知った。再発しなくとも、排尿障害に苦しむ人の声をきいた。たしかに前立腺がんの治療はうまくいっているようだ。だけれども排尿障害があり、常時おむつを着用していないと普通に生活できない。その人は「手術も大切だけど、そのあとの生活も考えて治療法を選ぶべきでした」とメールでアドバイスしてくれた。

「恥ずかしながら小生、月におむつ代にかかる4万円の負担が大きく、年金生活の身では苦渋しております」厳しいことばでメールは結ばれていた。

小線源治療は前立腺全摘出よりも、術後の負荷が少ないとは聞いていた。だが、前立腺に小さいとはいえ放射能を埋め込む治療法に、なんとなく不安を覚え選択肢の中から早期に排除してしまっていた。さいわいわたしのがんは、一刻をあらそう進行の早い病気ではないらしい。だからといって悠長に構えてはいられない。ほおっておけば、いずれ骨やリンパなどに転移することは確実と忠告されていた。

◆このままでは、わたしが考えていたよりも、かなり早く「死」はやってくる

この頃から、おぼろげだった「死」を現実に考えるようになった。このままでは、わたしが考えていたよりも、かなり早く「死」はやってくる。まだ定年まで何年もある家族を養う身で、早々に人生から「退場」しなければいけないのか。怖い。怖い以上にわたしはまだ「死ねない」。まだわたしの収入に依存している家族はわたしがいなくなったらどうする? 生命保険の死亡給付金は、保険金が高いから一昨年4分の1以下に契約をみなおしたばかりだ。目先の支出にとらわれたのが間違いだったのか……? いや、お金の問題ではないだろう。わたしは平均寿命まで、干支一回り以上の年月が残っている。

家族の面倒はもちろんだが、わたしだって定年退職後にやりたいことがある。退職金が出たら女房と世界一周旅行をしてみたい。女房には話したことはないけれども、きっとこの申し出は歓迎されるだろう。転勤と残業ばかりで、迷惑をかけてきた女房へのねぎらいに、贅沢ではなくとも「世界一周旅行」に出かけるのは、わたしのようなものにとって「身の程知らず」ということなのであろうか。

そんなことはないだろう。けっしてエリートではなかったが、入社以来わたしは、精一杯に会社に尽くしてきたし、そのことはいまの職位が証明してくれるだろう。同期入社で取締役の席に座っているのはわたしひとりである(けっしてそのことを披歴したいわけではない)のだから。バブルのあとの不況時にも、今世紀に入ってからの市場の変化にも、わたしはわたしなりに全力で取り組み、会社にはいくばくかの貢献をできたのではないか、と手ごたえは感じている。

いまは、そういったわたし社会的な経歴ではなく、「存在」としてのわたしがどうなるか、を決めなければならないのだ。いずれやってくる「死」に無謀な抵抗をしようとは思わない。だれにでも訪れるその瞬間は蕭々と受け入れよう、と昔から考えてきた。しかし、事故でもない限り、子供が一人前になってからだろうとしかその時のことは描けなかった。肺がんで40代の若さで亡くなった後輩の葬儀に立ちあったときも、わたし自身の「死」についての現実感はなかった。

焦りと恐怖が日ごとにました。食欲も失い半年で10キロ近く体重が落ちた。調べれば、調べるほど「悪い想像」しかできなくなっていた。日課のジョギングを欠かすようになって何か月が過ぎただろうか。晩酌などする気にもならない。

◆ベテランの看護師さんが岡本医師を教えてくれた

岡本圭生医師

滋賀医大附属病院の岡本医師の情報を知らせてくれたのは、わたしの会社の健康診断を請け負っている会社の看護師さんだった。産業医とわたしの会話に同席していたベテランの看護師さんが「一度コンタクトしてみてください」と連絡をくれた(わたしの会社の健康診断には、産業医だけでなく看護師さんからのアドバイスも受けられるサービスがついていた)。

岡本医師の情報を調べて驚いた。わたしのような中間リスクだけではなくハイリスクの患者さんまで受け入れている。それだけではなく超ハイリスクの治療でも95%以上再発させていない。本当か? 滋賀医大附属病院のサイトにアクセスすると、岡本医師のメールアドレスが掲載されている。「大学病院で自分のメールアドレスを公開するお医者さんがいるのか」このことはわたしの焦りを増すことになった。「ほかの患者に先を越されてわたしの手術が遅れたら困る!」利己的であるけれども、わたしは他者に対する配慮ができる状態ではなかった。早速岡本医師にメールを送った。

返信があったのは次の日の夕刻だった。会社のメールアドレス宛に「詳しい情報を送ってください」と。びっくりした。忙しいであろう大学病院のドクターが見知らぬものからのメールに1日もたたず返信をくれたことに。わたしは検査結果の詳細を再度岡本医師にメールで送信した「一度私の診察を受けてください」と短いが診察を受けてくださるメッセージが返ってきた!

その晩久しぶりに日本酒が飲みたくなった。美味かった。まだ診察も受けていないのに半年以上ぶりに気持ちが楽になった。(つづく)

2019年1月12日草津駅前集会

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▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

月刊『紙の爆弾』2019年12月号

鹿砦社創業50周年記念出版『一九六九年 混沌と狂騒の時代』

11月21日大津地裁で滋賀医大病院の患者であった4名が、同病院泌尿器科の河内明宏、成田充弘両医師を相手取った「説明義務による損害賠償請求訴訟」の証人調べが行われ、この日は岡本圭生医師が証人として証言台に立った。

2週間ほど前に、大津地裁はこの日の法廷の傍聴を抽選とすることを、HPで発表していた。抽選で傍聴席に入ることのできる数は38名だ。患者会を中心の38を大きく上回る人数の方々が抽選を受けた。

岡本圭生医師

◆証言台に立った岡本圭生医師

10時30分、開廷の法廷では、この裁判で初めて記者席が設けられ、開廷前にはMBSによる法廷撮影も行われた。原告側は原告のお二人を含め弁護団など総数9名が着席、岡本圭生医師も着席し2分間の法廷撮影が行われた。法廷撮影の際、被告側代理人はなぜか入廷せず、不思議な印象を受けたが、その原因は閉廷後明らかになる。

ほぼ定刻通りに開廷が宣言され、原告、被告、補佐人(岡本医師)3者から書証の提出があり、弁論及び確認されたのち、岡本医師が宣誓を行い。証言に入った。原告側から岡本医師の質問を担当したのは、古山力弁護士だ。質問は岡本メソッドの特徴や、放射線医との連携の方法などを確認することからはじまり、標準的小線源治療と岡本メソッド違いを具体的な例を挙げながら明らかにしていった。

そして古山弁護士が「シード挿入のための穿刺(せんし)の技術について、被告らは『前立腺の“生検”(前立腺にがんがあるかないかを細胞を取り出し調べる検査)ができれば可能であると主張していますが、そうなんでしょうか」との質問を発すると、岡本医師は「私のやっている施術は、被膜ギリギリに穿刺をする、理想的な針の配置をするものです。ポジショニングからシードを置いていくのは、ミリ単位の精度を要する技術です。単純に前立腺の組織を針を刺して取ってくるのとはまったく異なる、まったく違うものです」と「生検ができれば小線源治療ができる」との被告側の認識の誤りを、明確に否定した。

質問はさらに滋賀医大内の「医療安全委員会」で岡本医師に対する合併症の指摘がなされたことに移ったが、この件については、偶然にも期日の4日前に「朝日新聞デジタル」が「患者の同意なくカルテを外部に示す 滋賀医大、外部の医師に」との記事で問題が取り上げられており、滋賀医大ぐるみで岡本医師を陥れるための工作が展開されたとして、滋賀医大の行為は個人情報保護法違反の疑いがあると指摘されていた。「説明義務による損害賠償請求訴訟」と直接の関係はないものの、滋賀医大に巣くう「法律軽視・無視」体質が露呈した事件であり、ここでも岡本医師への誹謗中傷を狙った攻撃であることから、「医療安全委員会」についての質問がなされたのであろう。

続いて、被告成田医師と岡本医師がどのような関係にあったのか、成田医師がひとりで小線源治療施術可能だったのか、被告が主張する「チーム医療」体制があったのかどうかを明らかにする質問が発せられた。

◆岡本医師の印鑑が勝手に使われ、偽造文書が被告側から裁判所に「証拠」提出されていた!

そしてこの日、最大の驚愕の事実が明らかになる。古山弁護士が「乙C10の3枚目を示します。これは泌尿器科講座の教授である河内教授と小線源講座特任教授である岡本先生の連名で作成され、成田准教授を小線源講座の兼務を学長に求めるものです。これは被告らから裁判所に証拠提出されています。証拠提出される前にこの書面の存在を知っていましたか」の問いに対し岡本医師は「知りません」と回答、古山弁護士が「見たこともありませんか」と確認すると「岡本医師は見たこともありません」と明確に答えた。さらに古山弁護士が「右上に岡本先生の名前がありますね。そのに「岡本」の印が押されたものですが。印を押しましたか」と聞くと岡本医師は「押したことはありません」と回答。

大変な事態が明らかになった。岡本医師の印鑑が勝手に利用され、文書が偽造され、こともあろうにその偽造文書が裁判所に被告側から「証拠」として裁判所に提出されていたのだ。つづく質疑で岡本医師は「この件については大津警察に刑事告発をして、現在捜査中だと伺っています」と事件は民事から刑事へと広がりを見せていることを明らかにした。

ついで、被告側代理人からの反対尋問に移ったが、取り立てて報告すべき内容はないのですべて割愛する。

偽造された有印公文書

岡本圭生医師(中央)

◆「被告側の反対尋問は枝葉末節…主尋問の根幹は全く崩せないで終わった」(井戸謙一弁護団長)

裁判終了後、弁護士会館で記者会見が行われた。

井戸謙一弁護団長が冒頭「今日は傍聴席を埋め尽くしていただきエールを送って頂きあがとうございました。皆さんもお分かりになったと思いますが、岡本先生は40分でぴったりと素晴らしい証言をして下しました。被告側の反対尋問は枝葉末節なところをちくちくと突くというもので主尋問の根幹はまったく崩せないで終わったと思います。争いの中心に至るものではありませんでした。次回以降は病院側の関係者の証人尋問になります。こちらが反対尋問をする立場になりますので、充分準備して臨みたいと思いますので引き続き支援をお願いいたします」と総括した。井戸弁護士は次の予定があるためにここで退出した。

◆「標準的小線源治療もやったことのない成田医師が岡本メソッドをできるのか…」(古山力弁護士)

引き続き尋問を担当した古山弁護士が期日の概略を報告した。

「本訴訟の中心はあくまでも原告の方々ですが、岡本先生がどのように関わっておられたか、そして岡本メッソドとはどのようなものであるか、特殊なものであるので陳述書には書かれていますが、口頭で説明頂くのが良いと判断しました。時系列ではなくピンポイントで質問をしました。重要なことを申し上げますと、被告らは岡本医師が指導医での成田医師の治療を計画していました。『本当にそんなことができるのですか』、ということをまず岡本先生から説明してもらいました。成田医師をやったことはない。これは争いのないことです。では標準的小線源治療もやったことのない成田医師が、本当に岡本メソッドをできるのかと。そもそも小線源治療とはどういうものなのか岡本メッソドとはどういうものなのかを説明していただき、未経験のものがやるとどれくらい危険なことかを主に話していただきました。その絡みで今回の原告の皆さんにはどんな不適切なことがあったのかを説明していただきました。後半は成田准教授について偽造文書が出ていたこと、成田准教授をどのように止めたかなどを聞きました」との報告があった。

◆「権力に任せて不正を横行させる連鎖は断ち切らないといけません」(岡本圭生医師)

次いで岡本医師の話があった。

「まず弁護団の先生にお礼を申し上げます。ようやくこの日を迎えられ私の仕事ができました。また今日もたくさんの患者さんたちが来ていただき、これが私にとっての心の支えです。わたしの願望は今も待っている前立腺がんの患者さんを一刻も早く今まで通りに助けられるようになりたい。どうしたらいいか皆さんの力やお知恵をお願いしたいと思います。今回の問題は故意の『説明義務違反』です。成田医師に経験があろうがなかろうが、最初から最後まで患者さんを騙さないといけないことをやろうとする。それがばれそうになったら隠蔽して逃げ切ろうと考えている。こんな国立大学病院を許してはならないということです。私と大学の闘いではもちろんないわけです。ここにおられる待機患者さんを含めてこれは一つの革命だと思います。医療を医学村=一部の権力者の私有物に留めるのか、患者・市民が取り戻すのかその闘いだと思います。人は死んでいませんが極めて事件性の高い問題なのでジャーナリストの方もしっかりと記事を書いていただいて、大いに『医療は誰のためにあるか』を真剣に議論していただきたいと思います。
 相手側の弁護士の質問には特にいうことはありません。最初の質問で『相手にならないな』と思いました。滋賀医大は一度リセットしなければ仕方ないでしょう。声を挙げようにも上げられない病院、学生。こんなファシズムのような大学は一度リセットしないとだめです。来週以降管理者たち、自分達のメンツを守るために、皆さんの命を犠牲にしようとした連中が出てきます。陳述書は配布した通りですが、今回分かったことは滋賀医科大学は司法の場にも常に、捏造したものを出してくることです。19日に朝日新聞が私のインシデントについて勝手に外部に出している。あるいは「事例報告委員会」なるものが、開かれてもいないのに議事録をでっちあげてインシデントをでっちあげている。あるいは、病院のホームページで私の小線源治療が、大したことはないと貶めるような捏造を掲載し、大阪高裁における仮処分の抗告にまで出している。
 極めつけがこれです。きょうも争点になりましたが『成田准教授を併任准教授にする』という文書。私が成田准教授は併任準教授にふさわしいとしている。これは裁判に初めて出てきて、こんなものがあったと知ったわけです。明かな有印文書偽造・行使です。この件は大津警察で告発が受理されています(告発人は岡本圭生医師、被告発人は河内明宏医師、告発日は2019年7月2日)。受理されているということは捜査中ということです。この点どうなっているのかをジャーナリストの方々は大津警察に是非追及していただきたいと思います。こういうものを司法の場に次々に出してくる。どうしようもないと思いますよ。これでは滋賀医科大学は公益法人として成り立たない。来週以降も管理者や脅されて寝返ってしまった放射線科の河野医師も出てきます。こんな風潮が漂っている限り、患者さんは安心して受診できないし、学生さんは安心して勉強できません。
 私に突きつけられた状況はヤクザの舎弟になるのか、正義を果たしたらお前は打ち首だということです。もし河内医師の要求通りに騙して、ここにおられる原告の方に対処していたら、私はとうに自死していますよ。そういうことを要求されたのが若手であれば逃れられません。権力に任せて不正を横行させる連鎖は断ち切らないといけません。市民と医学村の闘いとしてとらえる必要がある。ここで変わらなかったら変わらないと思いますのでよろしくお願いいたします」
と思いを一気に吐き出すように語った。

有印公文書を示す岡本圭生医師

有印公文書偽造。ここまでの暴走が過去例にあるのだろうか。記者からの質疑で「弁護団の皆さんには、過去公的機関が裁判に偽造有印文書出してきた経験があるか」の質問に対して、いずれの弁護士も「経験がない」と回答していた。

来週末の11月29日(金)には河野医師、塩田学長、松末院長の証人尋問が行われる。闇はどこまで暴かれるのだろうか。

さて冒頭法廷撮影の際に、被告側代理人の姿がなかったことを紹介した。これまでの期日では代理人は2人だったがこの日はこれまで見たことのない、人物が新たに加わり3名となっていた。わたしはてっきり新たな弁護士が追加で選任されたのであろうと考えていたが、裁判後「あれが成田医師ですよ」とある患者さんから伝えられた。被告成田医師はテレビに映るのを避けた。そうも想像できる。引き続きこの事件の展開は注目してゆく。

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滋賀医科大学附属病院問題 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=68

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

月刊『紙の爆弾』2019年12月号

鹿砦社創業50周年記念出版『一九六九年 混沌と狂騒の時代』

いよいよ明日11月21日(木)、大津地裁で滋賀医大病院の患者さん4名が、滋賀医大病院泌尿器科の河内明宏、成田充弘両医師を相手取った「説明義務による損害賠償請求訴訟」の証人調べがはじまる。明日21日は証人として岡本圭生医師の尋問が10:30から12:00までの予定で行われ、次いで29日には13:10から河野直明医師(放射線科)、塩田浩平学長、松末吉隆病院長の尋問が順次行われる。

この裁判とは別であるが、岡本医師の治療を希望していた、患者さんと岡本医師が滋賀医大を相手取り、大津地裁に「病院による治療妨害禁止」を申し立てた「仮処分」では、岡本医師の主張を裁判所が全面的に認め、病院側の主張を退け「岡本医師の治療妨害をしないように」との内容の命令が下った。

 

黒藪哲哉氏の新刊『名医の追放─滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)

国立大学及びその病院が、院内の医師による「治療を妨害」することは、普通の感覚では理解しがたい。病院は患者の病や怪我を治してくれる場所だ、と一般人は感じているからだ。ところが、滋賀医大では仮処分申し立てを行わなければ、岡本医師の手術を続行することが、不可能(つまり患者は岡本医師の手術が受けられない)状態にあったのだ。病院側の主張は、荒唐無稽すぎるので、ここでは取り上げない(裁判所も病院側の主張を「却下」していることで、その主張の不合理性は証明された)。

ごく当たり前に、「病気を治してください」と病院を訪れる患者に、どうして滋賀医大病院は、ここまで意固地になって嫌がらせをつづけるのだろうか。詳細についてはこれまで、本通信でも紹介したきたし、昨日ご案内した黒藪哲哉氏著『名医の追放』(緑風出版)に詳しいので、是非お読みいただきたい。

いま、滋賀医大を舞台に、発生していることは、いずれも異例ずくめの事態ばかりだ。裁判所から「治療妨害禁止」を言い渡された、滋賀医大病院の塩田学長、松末病院長が揃って、「説明義務違反」裁判の証人として裁判所の証言台に立つ。これとて尋常な事態ではない。そして、滋賀医大の倫理欠如に憤りを感じ、岡本医師の治療継続を願う患者会のかたがたは下記のビラを、自主的に配布している。

「滋賀医科大学 10の大罪」ビラ(ガン宣告編)滋賀医科大学前立腺癌小線源治療患者会作成

「滋賀医科大学 10の大罪」ビラ(ジュネーブ宣言編)滋賀医科大学前立腺癌小線源治療患者会作成

◆「滋賀医大病院のように1年以上も患者の方々が病院の前で抗議と訴えを続ける様子に出くわしたのは、初めてです」

医療問題に詳しい、ベテランの法律関係者は下記の通り、滋賀医大に対して厳しい見方を示している。

「これまで、多くの医療事件や、係争を見てきましたが、病院と多数の患者さんがこのような形で、向き合う構図は公害訴訟を除いて、見たことがありません。医療事故などで、被害患者や遺族が数回病院の前で抗議を行ったり、厚労省で抗議を行ったことは、過去にもありましたが、滋賀医大病院のように1年以上も患者の方々が病院の前で抗議と訴えを続ける様子に出くわしたのは、初めてです。

法律的には仮処分で滋賀医大が負けている。これは非常に珍しいことです。正確に調べねばなりませんが、おそらく日本の司法史上、病院が治療内容について仮処分で負けたのは例がないのではないかと思います。滋賀医大で起こっていることは、それほどに例外的な事態と言えます。

仮に見解に違いがあったとしても、病院の主人公は医師や、病院関係者ではなく、あくまで患者なわけですから、滋賀医大の姿勢には疑問を感じますね。病院の考えもあるのでしょうが、患者さんに真摯に向き合っていないことだけで、倫理的に滋賀医大は大きな過ちを続けているといえます」

引き続きこの問題は取材を継続し、順次ご報告を続けてゆく。

期日の説明を行う井戸弁護団長。左が岡本医師(2019年8月22日撮影)

◎患者会のURL https://siga-kanjakai.syousengen.net/
◎ネット署名へもご協力を! http://ur0.link/OngR

《関連過去記事カテゴリー》
滋賀医科大学附属病院問題 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=68

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

月刊『紙の爆弾』2019年12月号

鹿砦社創業50周年記念出版『一九六九年 混沌と狂騒の時代』

◆熱を帯びる「無私」の患者会活動

滋賀医大病院における岡本圭生医師の治療継続をもとめる、患者会の活動が熱を帯びてきている。滋賀医大病院正面では、毎週水曜日に患者会のメンバーがスタンディンで抗議の意思を示すだけではなく、最寄りのJR瀬田駅でも早朝のスタンディングが展開される。滋賀医大に近い住宅地やJR各駅の駅頭では、個人でチラシ配りを行うメンバーの姿があとを絶たない。

 

黒藪哲哉氏の新刊『名医の追放─滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)

緑風出版からは黒藪哲哉氏著『名医の追放』も出版された。鹿砦社の出版物ではないが、滋賀医大問題を理解していただくのに絶好の書籍であるので、ご一読を強くお勧めする。

滋賀医大に山積する問題は、大学の「治療妨害禁止」を求める、岡本医師と患者さんによる仮処分申し立てにおける「完全勝利」、草津駅前での2度にわたる大規模なデモなど、国立大学病院への問題指摘としては、異例の内容と規模、そして司法判断やマスコミ報道などが展開されてきた。

その総体は「異例」ではなく「異常事態」とも呼ぶべき様相を呈している。仮処分に完敗後も反省の態度をまったく示すことなく、引き続き仮処分決定内容を不服として、無意味な高等裁判所への抗告を行う滋賀医大の「暴走」と、「無私」であるにもかかわらず粘り強い活動を継続する患者会の対比が際立つ。

患者会への「無視」と岡本医師への誹謗中傷に余念がない滋賀医大。塩田浩平学長、松末吉隆病院長は、組織ぐるみで証拠捏造、印象操作、事実隠蔽そして岡本医師と「岡本メソッド」の誹謗中傷に血道をあげる。「税金から多額の補助金が支給されている、公的機関である国立大学、病院でこのような行為が継続的に行われることは許されるのか?」純粋な疑問が患者さんや地域、全国に広がるのも無理はなかろう。

◆名医を追い出す病院に憤っています──患者会の一人、神野さんの経験を聞く

 

京都新聞(11月15日付け)に掲載された『名医の追放』の広告

患者のひとり、神野幸洋さん(73)に電話でお話を伺った。

「こんなバカな話はないですね。名医を追い出す病院に憤っています。私は手術が終わりましたが、まだ先生の治療を待っている患者さんがいるわけでしょ。これだけ『宝物』のお医者さんを追放して大学が対面を保つ?考えられません。私は転移を心配し、なかば諦めていました。それを救って下さったのが岡本医師です。このことは強く言っておきたいです」

それまで穏やかだった語調が、にわかに怒気を含む語り口に変化した。お話を聞かせていただいた神野さんは、2016年5月までにPSA(Prostate Specific Antigen:前立腺特異抗原)の値が高く、地元の病院で2度にわたり、前立腺の細胞検査(生検)を受けた。1回目の検査ではがんは発見されなかったが、2度目の検査でがんが見つかり、PSAの値も90を超えていた。

治療方法を模索していた神野さんは、インターネットで「腺友クラブ」という前立腺癌患者の団体を見つけ、滋賀医大病院岡本圭生医師の講演が2017年10月9日、大阪で開かれることを知った。神野さんは長野県から大阪まで岡本医師の講演を聞きに出かけ「この人に治療してもらい」と感じた。しかし、はたして自分が手術を受けることができるかどうか。神野さんはたまたま講演会場で隣の席に座ったひとに疑問を持ちかけると「岡本先生はメールで問い合わせるとすぐに返事をくださるお医者さんです」と聞いた。その日のうちに帰宅した神野さんは、同日の夜、岡本医師にメールを送った。

早くも翌朝には岡本医師からメールの返信があった。「詳細がわからないと治療ができるかどうかわからないので、細かい情報を送ってください」岡本医師の素早い反応に神野さんはまず感激した。神野さんは同年10月26日には、滋賀医大に赴き岡本医師の診察を受けることになる。

「神野さん、あなたの癌は『高リスク』ではなく『超高リスク』です。でも治療の効果は期待できます。やってみましょう」

初診時に岡本医師は神野さんにそう告げた。次回診察日は12月20日に決まった。神野さんが長野県のご自宅から滋賀医大まで通う際には、名古屋まで長距離バスを利用し名古屋からは新幹線と東海道線を乗り継ぐ。片道5時間以上を要する道程だ。

ところが2017年12月20日に岡本医師のもとを訪れた神野さんは、思いもよらぬ事態に直面する。滋賀医大は岡本医師の追放を画策し、「診察予約停止」という患者を全く無視した暴挙に出ていた時期であったのだ。神野さんは診察室で岡本医師から一応事情の説明を受けることができたが、次回診察日の予約が取れない。病院の事務職員の説明も要領を得ない。後日滋賀医大病院から迷惑を詫びる手紙と2018年2月1日に診察予約が取れた旨の書面で連絡があった。2月1日の診察は病院側の「予約停止」がなければ不要な診察日となり、神野さんは片道5時間以上の通院を1度無駄にこなさなければならなかった。

神野さんのように、滋賀県や近隣府県だけではなく、岡本医師のもとには全国から患者さんが押し寄せている。その患者さんに筋の通った説明もできぬままに、滋賀医大当局は「予約停止」で大混乱を引き起こしたのだ。患者さんが被った交通費、宿泊費などの損害に対して、滋賀医大病院はなんら関心すら寄せていない。

病院の身勝手極まりない、姿勢が270名もの患者さんに迷惑(混乱だけではなく、多大な出費)をかけたのであるが、患者さんに対する非礼に対して、なんの補償も考えないのが、滋賀医大病院幹部の姿勢だった。

神野さんは紆余曲折を経て、2018年3月30日に「プレプラン」を受けた。小線源治療と外照射治療、ホルモン投与を併用した治療方法が決定した。翌4月17日に小線源手術を受けることができた。入院時には「自分で選んだ医師と治療法だから」と術前から満足感に満ちていた。入院翌日に手術が行われ、神野さんには順調に52個のシードが埋め込まれた。部分麻酔が施された手術中も安心して施術を受けることができ、手術終了時には岡本医師から「順調に行きました」と声をかけられた。

月曜日に入院、火曜日に手術、木曜日に退院を迎えた神野さんは、帰路ご伴侶とともに、彦根城にも立ち寄り天守閣にまで登った。手術後に血尿などの症状もまったくなく、むしろ術前よりも明らかに好転した体調に神野さんは驚きを覚えたという。

5月29日中頃、予定されていた通り外照射治療を受けるために再度入院する。入院中は病棟の親切なスタッフの対応が印象的であった(神野さんだけではなく、多くの患者さんは滋賀医大、とりわけ小線源手術で入院した際の、病棟看護師、看護師長などスタッフの親切な対応に、感謝と尊敬の念を語る)。術後の経過は理想的な数値を示している。最高時90を超えていたPSAが最新値では1.029まで下がっている。岡本医師からは「このような経過の場合、まず完治します」と告げられている。

神野さんは定年を待たずに職場を退職し、農業に従事しておられる。高校までを東京過ごした神野さんはかねてより生物学に興味があり、農業関係の大学に進学。卒業後長野県の役所に就職し農水畑でお仕事をされていた。役所に勤務時代より、品種改良の指導など現場に出向くことが多く農業への興味は、さらに増していた。不幸にも娘さんを早くに亡くされた神野さんは人生観が変わり、55歳で「これからは好きなことをしよう」と長年の希望であった農業へ踏み出す。最初は自宅からやや距離のある広大な農地を借り、ビニールハウスでのイチゴ栽培をはじめた。良いイチゴを作るためにビニールハウス内の設備は工夫を凝らし、自分で造った。神野さんの設備は土を使うのが特徴で、多くの農家が水などを利用する中で珍しいものだ。この設備と10年にわたる経験を経て、神野さんは1粒700円もする高級イチゴの栽培に成功する。全国でも有数の高級イチゴ栽培農家として有名になった。現在も毎日午前中はイチゴの世話に従事しておられる。

◆滋賀医大病院の暴走に「ストップ」をかけようとする裁判

 

厳しい表情で滋賀医大の不正を弾劾する岡本医師

岡本医師の治療を受けた1200名以上の前立腺癌患者さんには、それぞれの人生があり、生活も様々だろう。「前立腺癌で岡本圭生医師の治療を受けた」以外には共通項のない人たちばかりだ。その岡本医師による滋賀医大病院での手術は、いったん26日で打ち切られることになる。そして契約上岡本医師は12月31日をもって滋賀医大での身分を失う。

その時期と相まって、患者さん4名が滋賀医大病院泌尿器科の河内明宏、成田 充弘両医師を相手取った「説明義務による損害賠償請求訴訟」の証人調べがはじまる。11月21日(木)には先頭を切って、岡本医師が証人として大津地裁で証言する。裁判への注目は高く傍聴には抽選を経ねばならない。

いよいよ、「暴走を続ける滋賀医大」にストップをかけようとする、患者の皆さんが提起した裁判はヤマ場を迎える。

大津地裁へ向かう患者会の皆さん(2019年8月22日撮影)

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▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

月刊『紙の爆弾』2019年12月号

鹿砦社創業50周年記念出版『一九六九年 混沌と狂騒の時代』

8月22日15時30分から大津地裁で、滋賀医大附属病院泌尿器科の河内明宏、成田充弘 両医師が23名の患者さんに施術の実績がないことを伝えずに手術を行おうとした「説明義務違反」の損害賠償を求める裁判の6回目の弁論が開かれた。また前日21日大津地裁から、原告弁護団に「22日に債務者(滋賀医大)が申し立てた『異議』についての審尋結果を報告する」との連絡がはいり、急遽22日の午前中に債権者(岡本圭生医師)の弁護団が大津地裁に結果を受け取りに行ったところ、債務者(滋賀医大)の主張はすべて退けられ、5月20日に下された「決定」が引き続き維持された。

この裁判報告も6回目の期日を迎え、毎回似たような記事構成になり、読者の皆さんにも退屈される恐れがあるので、今回は同日のイベントを時系列とは逆にご報告する。

16時から弁護士会館で記者会見が行われた。

期日の説明を行う井戸弁護団長

井戸弁護団長がこの日法廷でのやり取りと、仮処分に関する説明を行った。

「午前中に保全異議についての決定が出ましたので、これについてご報告いたします。記者の方のお手元には決定の写しがあると思います。主文だけ見るとちょっとややこしい。いったいどうなっているのか、と印象を受けられたかもしれません。主文の1に書いてあることは、『7月1日から7月17日までの取り消しを求める部分を却下する』。(大学が)異議の申し立てをしたのが7月18日だったので、17日までの妨害禁止、もう過ぎたことについては、『異議の申し立てができません』そういう話です。そして第2項の7月18日から11月26日までの妨害禁止を命ずる部分を認可する』これは5月20日の大津地裁決定が、相当であるからそれを認める。滋賀医大側の異議の申し立ては認めない。そういう内容の決定です。
 理由については基本的に5月20日の決定と同じ考えに立っています。(この審尋を)構成した裁判官は仮処分決定のときと違います。いずれも大津地裁民事部の裁判官ですが、合議体は違う裁判官が構成しています。したがって大津地裁の6人の裁判官が、この仮処分を認めたと受け取って頂いてよいと思います。
 異議段階で新たに出た滋賀医大の主張に対しては、判断を示しています。1つは『岡本医師の被保全権利が特定されていない』。妨害禁止と言われても、滋賀医大としていったい何をしていいのか。何をしてはいけないのかということがわからないから、裁判所が『どこまで許されて、どこから許されないかわからないような明確ではない決定をすべきではない』という趣旨の主張です。これについては『6月まで岡本医師がしていたことを、同じ体制でやれ』と言っているだけで、特定されていないということはない。特定されている。問題ないんだという判断です。医療ユニットの内実は何なのかですか、となるわけです。
 1つは理屈の問題です。それから保全の必要性について、『7月1日以降、小線源治療はできないにしても、いままでの治療実績をまとめたり、研究活動はできるわけであって、6月間治療ができないにしても、岡本医師の教育研究活動をする権利を、制限するものではない』というのが滋賀医大の主張でしたが、小線源講座の特任教授として、どういう治療・研究活動をするのかは、岡本医師の広範な裁量に委ねられているのであり、6カ月治療をさせないでもよい、という理由は成り立たない、と明確に述べています。
 岡本医師側の主張を全面的に認めた決定である、とご理解いただいていいと思います。これに対して滋賀医大側がどうしてくるかですが、保全抗告の申し立てをしてくるか、これで断念して受け入れるか、どちらかです。しかし、大津地裁の6人の裁判官が同じ判断をしたということ。しかも5月20日付けの決定を踏まえた主張も、ことごとく退けられているわけですから、滋賀医大としてはこれを受け入れ、保全抗告をしないで今後11月26日まで、期限は切られていますが、小線源治療の実施に協力すべきであると思います。
 現在毎月の第一火曜日の小線源治療の治療枠については、岡本医師にさせないという態度をとっていますが、それも撤回して11月26日までは全面的に岡本医師の小線源治療に協力する。そういう姿勢を取るべきだと改めて強調したいと思います。
 それから本日の訴訟口頭弁論の結果を御報告いたします。準備書面は今回被告側から準備書面6が出てきました。あまり大した内容はないのですが、前回被告が使っていた「責任教授」という概念、小線源講座における責任教授が河内医師である。岡本医師は特任教授であり河内医師が責任教授であると主張していたので、『責任教授とは、なにに基づく概念なのか』とこちらが説明を求めました。それに対して『規則上定められた概念ではない。診療科や講座について、運営の責任を負う教授を指す事実上の表現である』と、なんら根拠のある概念ではないと説明をしてきました。
 そして被告側から証人尋問、本人尋問の申請がありました。従前原告側からは原告4名の本人尋問、岡本医師の証人尋問、それから塩田学長と松末病院長の証人尋問の申請をしておりました。今回被告側は被告河内・成田医師の本人尋問の申請、証人としては塩田学長、松末病院長、それから放射線科の河野医師、トミオカ氏(事務職員)、オカダユウサク(以前泌尿器科の教授)の申請をしてきました。裁判所はトミオカ、オカダ証人については必要がないと却下されました。その結果尋問をするのは、原告4人と被告の河内・成田医師、補助参加人である岡本医師。それ以外に河野、塩田、松末。10人の尋問をすることになりました。
 次回期日は10月8日11時30分に決まりましたが、次々回と次々々回が尋問の期日で、きょう証人の予定者の都合がわからないということで、正式には決まりませんでした。11月、12月、一番遅くても1月14日までに2期日取って、10人の尋問をすることが決まりました。ずいぶん先になるなと印象を受けられた方もおられるかもしれませんが、裁判所の実情からすれば、かなり熱心に前向きに、早く尋問をしようと臨まれたと思います。西岡裁判長は来年3月に転勤が決まっているそうですが3月までに判決を書くと法廷に名言されました。この事件に積極的に臨まれていると評価していいのではないか、と思います」

次いで岡本医師が見解を述べた。

厳しい表情で滋賀医大の不正を弾劾する岡本医師

「私が本学に抱いている基本的な不信感は、なにを目的に異議申し立てをおこなったかです。裁判所の時間を使い、エネルギーを使ってなにを求めているのか全く理解できません。お手元の資料にありますが6月25日に『本院における泌尿器科の小線源手術を7月から開始します』と書いてあります。ところが(泌尿器科による小線源手術は)行われていないのです。非常に由々しき問題です。
 このコメントの中には、私が治療継続していることも、一切触れられていない。つまり泌尿器科が7月から小線源治療を行うことは、1年半前からずっと言ってきたことです。仮処分に関係なくやろうとしていたのですが、実際患者さんは一人もいない。何人かそこにトラップされた患者さんたちは、私のところへ逃げてきています。話を聞くと私が並行して手術をしていることを全く説明されていない。国立病院がやれもしない、患者さんのいない計画を、いまでも世間に向けてはやっていることになっているわけです。
 もう一つは、もし我々が仮処分を打たなければ、何が起こっていたか。7月も8月も9月も患者がいないわけですから、小線源治療手術室、スタッフなにも使われないわけです。ただ手術室を空室にして、病院としての役割を果たさずに、ここにおられる仮処分後に治療を受けられた方々に、治療をさせない。これが病院にとって合理的である、管理の権利であるなどと主張していますが、言語道断です。
 このようなことを認めていたら国立病院は成り立たない。泌尿器科に患者がいて、私の治療とバッティングして手術ができない、そういう主張であれば理解できますが、実際に患者はいない。この状況で1週目の治療枠を(泌尿器科が)とって、9月に至っても手術室を使わずに患者さんの治療機会を流す(失わせる)。このようなことを院長がやっていること自体を社会は許してはいけないと思います。まったく合理性がないどころか、反社会的行為としか言いようがない。
 それから私に対するバッシングをいろいろな形でやっています。資料にある6月11日、前回の口頭弁論の期日です。この日に病院長名で『前立腺がんについて』がホームページに掲載されました。これを見ると国立がんセンターのロゴが出てきます(※この部分説明が詳細に及ぶので割愛。なお、本問題については6月28日付、黒藪哲也氏の報告を参照されたい)。「岡本の治療に来なくても他へ行ってもいい」といいたいのかもしれませんが、このような情報操作のようなものを、平気で書き出してきて病院のHPにわざわざ書く。なにを狙っているかと言えば、明らかに岡本メソッドの誹謗中傷だと思います。問題は、このような情報は患者さんの判断を混乱させることです。やっていることが幼稚・稚拙でこのようなことを国立大学病院の院長が旗を振ってやっててもいいのだろうか。倫理も教育も成立しないのではないかと危惧します」

と、滋賀医大による行為の不適切性と、理不尽さに対する強い弾劾が語られた。

そのあとに仮処分申し立て人のお二人と裁判原告のお一人が、感想を述べた。

昨年8月1日にはじまった、本裁判も1年を経過した。私は提訴時の記者会見に出席して以来、本問題を追いかけている。当初はメディアの関心が高くはなかったが、MBSが1時間ものドキュメンタリー番組を放送したり、この日もMBS、ABC、関西テレビなどのほかに10社以上の新聞記者が詰めかけていた。メディアの関心は確実に高まっている。一方滋賀医大病院の厚顔無恥ぶりは度合いを増すばかりだ。どのメディアがどんな質問をぶつけようが、滋賀医大は内容のある回答を返さない。私も数度にわたり滋賀医大の広報担当に質問をしたが、回答にならない答えばかりであった。

岡本医師の治療継続を求める、多くの患者さんの行動は、仮処分の勝利という史上初の画期的勝利を得た。私見ではあるが、本訴訟も初回からすべてを傍聴してきた感触から、原告勝利は動かないように予想する。しかし岡本医師が執刀できるタイムリミットが迫ってきているのは冷厳な事実である。滋賀医大の狙いはズバリ、時間切れによる逃げ切りだ。その証拠にこの日の法廷で証人尋問の日程調整を裁判長が提案した際、被告弁護士は、早い期日の候補日には「証人の都合がわからないので」と回答しながら、遅い期日の候補日を耳にするや「その日は大丈夫です」と口にしていた。

裁判前の集会

開廷前には恒例となった、大津駅前での患者会の集会には蒸し暑い中、約80名の方々が集まり力強い声を上げた。55席しかない傍聴席には当然入りきることができない人数だが、これも毎回のことである。22日も法廷撮影があった。MBSが法廷撮影を行うのは、これが3回目である。証人尋問の期日は未定であるが、2期日で10人をこなすため、11月後半から1月中盤までの3期日の候補を持ち帰り、調整することとなった。証人尋問まで日があくが、いよいよこの裁判は大詰めを迎える。

歴史的な仮処分勝利を得ながら、岡本医師の治療継続をどのように実現するのか。非常に困難であるが、患者会の皆さんの真剣な取り組みと、無私の行為に対して社会はいずれ「賞賛」の評価を下し、現在の滋賀医大執行部や不正に加担した人物には「歴史が有罪を宣告するだろう」。その「歴史」は思いのほか早いかもしれない。
 

大津地裁へ向かう患者会の皆さん

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月刊『紙の爆弾』9月号「れいわ躍進」で始まった“次の展開”

田所敏夫『大暗黒時代の大学──消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社LIBRARY 007)

前立腺がんの放射線治療打ち切りを巡り、滋賀医科大学附属病院の医師や治療を望む患者らと、病院側との間で持ち上がった対立に、関係者の証言から迫るドキュメンタリー「映像’19 閉じた病棟~大学病院で何が起きたのか」が6月30日深夜(7月1日午前)0時50分、MBS(大阪市)で放送される。

◎MBSのドキュメンタリー「閉じた病棟~大学病院で何が起きたのか~」
https://www.mbs.jp/eizou/backno/190630.shtml

 

MBSのドキュメンタリー「映像'19 閉じた病棟~大学病院で何が起きたのか」6月30日深夜(7月1日午前)0時50分放送

滋賀医大病院をめぐる問題については、本通信でも継続的に取り上げてきたが、いよいよ在阪キー局であるMBSが1時間のドキュメンタリーを今夜放送する。

MBSはTBS系の大阪にある放送局だ。歴史的にTBSへの対抗心が強く、これまでも優れた報道番組を多数生み出してきている。滋賀医大病院問題とは関係ないが、わたしたちが子供のころから現在まで続く「仮面ライダー」シリーズをテレビ化したのも、MBSだった。

「映像’19 閉じた病棟~大学病院で何が起きたのか」のディレクター、橋本佐与子氏が、取材班とともに問題の現場へ登場されたのは、今年の早い時期だったと思う。滋賀医大病院問題については、わたしが関わる前から、朝日新聞が継続的に報じていたが、テレビメディアで継続的な取材・報道を続ける局はなかなか出てこなかった。患者会の皆さんは昨年の秋以降、短期間で2万8千筆の署名を集めた。「岡本医師の治療継続」を求める声は、厚労省、文科省、国会議員へ届けられた。その場面にも橋本ディレクターはじめ、MBS取材陣の姿があった。

しかし、まさか1時間もの長編ドキュメンタリーを放送することになろうとは、わたしも考えなかった。大手メディアとは異なり、小さな影響力しか持たないわたしのようなフリーライターにとっても、橋本ディレクターとMBSのアクションは、うれしい誤算だった。この問題を取材し、話すと「ああよくある医学界の話ね」と反応する方が少なくない。正直な感想なのであろうが、こういう問題が「よくある」ことであってはならない、とわたしは痛切に感じる。

たとえば、現在滋賀医大のHP「病院からのお知らせ」には、6月11日に「前立腺がん治療に関する情報提供」が掲載されているが、その内容は国立がん研究センター発表の報告を、明らかに改ざんしたものだ(この問題については6月28日、本通信で【[特別寄稿]滋賀医科大病院が国立がんセンターのプレスリリースを改ざん──岡本メソッドに対する印象操作か?】が黒藪哲哉氏により報告されている)。

こういう明らかな改ざんが、病院長の名前で堂々と行われて問題はないのか?
黒藪氏の報告の中に映像が紹介されている。この映像(https://youtu.be/w3rPzAk9G3E)をぜひご覧いただきたい。

質問をする女性に対して事務職員は、明確に「この資料は国立がん研究センターが作成したものです」と語っている(映像では質問者と回答者の名前も確認することができる。不審に思われる読者諸氏は滋賀医大病院の当該職員に直接確認されたい)。

 

滋賀医大小線源患者会HP

さらに、6月25日にも「病院からのお知らせ」に、一部明らかな虚偽が掲載された。

続発する問題の発生源、滋賀医大病院を橋本ディレクターはじめMBS取材陣はどのように描き出すのか? 視聴可能区域にお住まいの方は、是非ご覧いただきたい。拙宅にはテレビがないので、わたしは既に知人のお宅にお邪魔する準備を整えた。なお、滋賀医大病院にかかわる問題の総体は、以下のサイトに詳しく掲載されている。引き続き正当な「解決」を見届けるまで、この問題は追及したい。

◎滋賀医大小線源患者会HP https://siga-kanjakai.syousengen.net/

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〈原発なき社会〉を目指して 創刊5周年『NO NUKES voice』20号 【総力特集】福島原発訴訟 新たな闘いへ

田所敏夫『大暗黒時代の大学──消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社LIBRARY 007)

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