滋賀医科大学附属病院泌尿器科の背信行為 「小線源患者の会」が損害賠償請求

もし、あなたが、いずれかのがんと診断されていて、その部位の「がん治療に抜群の実績を上げている先生がいる」と聞いたら、どうなさるであろうか。「一度診てもらおう」と考えるのは、ごく自然だろう。だが、遠路はるばるその病院を訪ねたのに、肝心の担当医や術法が、事前に期待していたものと違ったと「あとになって」知ったらあなたはどう感じるだろうか。

8月1日、4名の患者及びその遺族が、滋賀医大附属病院泌尿器科の河内明宏科長と成田充弘医師を相手取り、440万円の支払いを求める損害賠償請求を大津地裁に起こした(事件番号平成30わ第381号)。13時に予定されていた提訴前には大津地裁付近に一部原告や支援者65名と弁護団が集まり、猛暑の中大津地裁玄関前まで井戸謙一弁護団長を先頭に“怒りの行進”を敢行した。

8月1日、猛暑の中大津地裁玄関前まで井戸謙一弁護団長を先頭に“怒りの行進”

◆前立腺がんの治療法「岡本メソッド」

ことの発端は滋賀医大附属病院の岡本圭生医師らが開発した「岡本メソッド」とも呼ばれる、前立腺がん治療に極めて効果の高い「小線源治療」に起因する。前立腺がんの治療法には、前立腺全摘出、放射線外照療法、放射線組織内照射療法、ホルモン療法などがある。岡本医師は低線量のヨウ素125を前立腺に埋め込み留置する永久挿入密封小線源療法を確立し、多数の患者に施術してきた。

これまでの実施件数は1000件を超えているが、注目を浴びるのは、がんで最も恐れられる再発の割合が卓越して低いことだ。前立腺がんは「低リスク」、「中間リスク」、「高リスク」と分類されるが、岡本メソッドの治療を受けた患者の5年後のPSA非再発率(がんが再発しない確率は、「低リスク」で98.3%、「中間リスク」で96.9%、「高リスク」でも96,3%と、極めて優れた結果を残している。素人感覚で言えば「ほとんど再発しない」と安心できる数字と言えよう。

評判は評判をよび、岡本医師のもとには全国から救いの手を求めて患者が殺到したのも頷ける。原告ならびにその遺族は、いずれも2015年に前立腺がんの罹患が判明し、滋賀医大附属病院泌尿器科を受診した方々だ。それぞれ事情は異なるものの、いずれの方々も岡本医師の治療を期待して、滋賀医大附属病院に足を運んだが、診察に当たったのは岡本医師ではなく、成田医師であった。

◆患者たちは「モルモット」だったのか?

しかしながら成田医師も岡本医師の指導のもと「小線源治療」の実績のある医師であろう、あるいは、岡本医師の指示を仰いでいるであろうと考え通院を続けていた患者たちは、のちにあっけにとられることになる。

岡本医師による「小線源療法」は2015年1月に放射線医薬品会社「日本メジフィジックス」(NMP社)の寄付(年間2000万円)を受けて、「小線源治療学講座」が開設されており、岡本医師の治療を受けるためには「小線源療学講座外来」が窓口であり、泌尿器外来では「小線源療法」を受診することはできなくなっていたのだ。しかしそのような内情を一般外来患者が知る由もない。

社会通念に照らせば、岡本医師の受診を希望する、もしくは「小線源療法」を希望する患者は「小線源療学講座外来」に案内されるべきであるが、そうではない事例が複数発生した。

23名の患者は泌尿器科で成田医師の治療を受診し続けたが、のちに

① 成田医師は「小線源療法」の未経験者であり、「小線源療法」についての特別な訓練を受けたこともないこと、

② 滋賀医大附属病院では2015年春ころから、「小線源療学講座法」とは別に泌尿器科でも「小線源療法」を実施する計画をたてて、同病院に「小線源療法」を希望して来院した患者のうち、紹介状に「小線源治療学講座」や岡本医師の特定記載がなかったものを「小線源治療学講座」に回さないで、泌尿器外来で診察。それ以外にも「小線源療法」が適切であると判断した患者も「小線源治療学講座」に回さず、同年末までに原告を含み23名の患者について、泌尿器科において成田医師が、「小線源療法」を実施する具体的計画を立てたこと、

③ ところが成田医師は外科手術、特にロボット手術が専門であり、「小線源療法」は未経験であったこと、

④ その計画をしった岡本医師が滋賀医大学長に直訴し、その結果2016年1月、病院長の指示で23名の主治医が成田医師から岡本医師に変更されたこと、

が判明する。

ここへきて患者たちは自分たちが「モルモット」にされようとしていた現実を知ることになる。成田医師も「小線源療法」の専門家か、もしくは岡本医師の指導を受けているかと思い込んでいたら、まったくそうではなく、無謀にも成田医師は経験のない「小線源療法」を実施しようと計画。それを知った岡本医師が危険性に気づき学長に直訴した結果、無謀な施術だけは回避されたが、患者たちが失った回復の機会や、不要な治療による副作用そしてなによりも同病院泌尿器科への不信感は現在も患者たちを苦しめている。

◆「小線源療法」ではなく「ホルモン療法」だった

記者会見に臨んだ原告のひとりは、「私が望んだのは『小線源療法』だったが、私が受けたのはホルモン療法だった。1年に渡るホルモン療法のために不眠や、体に力が入らないなど様々な副作用に苦しみ、今後心筋梗塞や脳血栓の可能性が高まったと言われている。成田医師からは彼が『小線源療法』の経験がないことを聞いたことがなかった。『この施術は未経験です』と言われて『はいそうですか』という患者はいないだろう。河内医師は泌尿器科には『小線源療法』の経験がないのに23名の患者を囲い込みを行った。患者は『自分の病気を治してほしい』と思って病院にいく。にもかかわらずその施術では素人同然の医師にされかけていたと知って驚愕した。肉体的精神的に大きなダメージを受けた。患者が医師を信頼することなしに医療は成立しないだろう。真っ当な関係が成立するように訴えたい」と語った。

思いを語る原告男性の胸には“PATIENTS FIRST”。滋賀医科大学小線源治療患者会の缶バッチが

弁護団長の井戸弁護士は、この提訴の意義について「23名の怒りと憤りを強く感じている。背景には医療界の『古い体質』があるのではないか。どう考えても『患者第一』に考えているとは思えない事件だ。医療界の『古い体質』を放置せず、日本の医療界があるべき方向に向かうきっかけになれば」と語った。

患者会代表幹事の奥野謙一郎さん(左)と井戸謙一弁護団長(右)

7月30日付けの朝日新聞でこの問題が掲載された。すると滋賀医大附属病院はHP

 
 

と全面対抗の姿勢を打ち出している。すくなくとも訴状をよみ、関係者の話を聞いた限りでは塩田浩平学長のコメントは、開き直りにしか聞こえない。滋賀医大附属病院全体が問題だらけの病院であると原告は指弾しているわけではない。あくまでも泌尿器科の不誠実かつ患者に対する背信行為を問題にしているのだ。

滋賀医大附属病院泌尿器科受付前に掲げられている担当表

この問題では6月に「滋賀医大小線源患者の会」が発足し、わずか1月余りで会員数は600名を超えている。それほどに岡本医師の功績や彼への信頼が厚い証拠であろう。ところが滋賀医大附属病院は2019年に現在特任教授である岡本医師の首切りまで画策している。前述の通り「小線源療法」は前立腺内にヨウ素125を埋め込むので、当然経過観察が必要だ。しかし、安心・信頼して経過観察を任すことのできる医師の存在まで滋賀医大附属病院は患者から奪ってしまおうと画策しているのだ。
患者の怒りと不安は至極当然であろう。

引き続きこの問題は注視してゆく。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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