11月11日、同志社大学良心館107号教室で、同志社学友会倶楽部主催、ミュージシャン中川五郎さんによるトーク&ライブ「しっかりしろよ、日本人。」が行われた。同志社大学学友会倶楽部は、学生時代に同志社大学で学友会(自治会)に関わっていたり、関心のあった方々による団体だ。中川さんは同志社大学文学部社会学科新聞学専攻に合格するも、高校時代からフォークソングの世界では既に名をはせていたので、「同志社大学で鶴見俊輔さんからジャーナリズムを学ぼうと思いましたが、大学に入学したら、大学に行くよりも歌いに行くことの方が多くなって、結局やめてしまいました」とご本人が語られたように、同志社大学を中退されている。

11日は鹿砦社代表もメンバーである、同志社大学学友会倶楽部の面々が午前10時に集合し、会場設営やイベント告知のチラシを学内各所で配布した。この日は同志社大学の「ホームカミングデー」でもあり、キャンパスはOB・OGが多数訪れていた。このイベントは6回目で、私もここ数年お手伝いさせていただき、例年通りチラシを配った。中川さんは有名人でもあり、講演だけではなくライブも聞けるとあって、チラシを受け取った人の感触は良かった。

◆中川五郎さんとボブ・ディラン──つながりの片桐ユズルさん、中山容さん、中尾ハジメさん

会場設営を終え、中川さんが到着し、簡単な打ち合わせ後、一同は学生食堂で早い昼食をとった。中川さんの歌は何度も聞いているし、文章もかなり読んでいたけども、ご本人にお会いするのは初めてであったので、昼食を食べながら、お話をさせて頂いた。

中川さんがボブ・ディランに影響を受け、関連の著作や文章をたくさん書いておられるので、「片桐ユズルさんとはお親しいですか」とお尋ねしたところ、「はいはい、ずーっと親しくして、今でも仲良しですよ」と笑顔が浮かんだ。私が不勉強なだけで、実は中川さんにとって、片桐ユズルさんは英語やフォークソングの先生でもあったことを、ライブのなかで遅まきながら知ることになる。

「中山容さんは?」、「もちろん、仲良しでした」、「中尾ハジメさんもお知り合いですね」、「はいはい」というわけで、私がかつてお世話になった職場に在籍していた、個性的な教員たちはみんな極めて親しいかたばかりであることがわかった。

 

◆語りでもなく抒情的な「歌」だけでもなく

13時開始予定の広い教室には、12時を過ぎると早くも、聴衆が集まり始めた。13時をやや過ぎて、主催者挨拶のあと、さっそくトーク&ライブが始まった。中川さんは「僕はあんまりしゃべるのが得意じゃないので」と切り出したが、前後半に分かれた、前半の1時間余りはほとんどを語りに費やした。中川さんはフォークソングを単なる音楽の1ジャンルとしてではなく、語りでもなく抒情的な「歌」だけでもない、「新しい表現方法」だと感じたといい、それまで主流だった恋愛や風景、望郷をうたうだけではなく、「時代」や「その時に考えること」を伝える魅力を見い出した、と語った。

そして60年代終盤に突然火が付いた「関西フォーク」(この呼び名は「あんまり好きじゃない」と言われていた)は、路上や街角で「時代」を歌う「フォークゲリラ」として、社会現象化し、やがて、東京を中心とする関東にも広がってゆく。「新宿フォークゲリラ」は有名だが、あの発信地は大阪や京都だった。

ところが70年代に入ると、再び抒情的な歌を歌う「歌い手」と、それに気聞きほれる「聞き手」の関係が再現してくる。「お風呂屋さんの前で待っている」(笑)ようなフォークソングが再び主流となり、中川さんら「歌うものと聞くものが一体となり、そこから何かが動き出す」フォークソングは一見下火になる。しかし同時代性を歌うフォークソングは死滅したわけではなく、現に中川さんはこの日、同志社大学に「約40年ぶり」に戻ったにもかかわらず、会場には150名以上の聴衆が詰めかけた。

 

◆女性の権利、原発、被ばく、東京五輪、横須賀米軍基地、上関原発、辺野古基地、ガザ……

前半は高石ともやの作品としてヒットした『受験生ブルース』の原曲(『受験生ブルース』は中川さんがボブ・ディランの楽曲の替え歌として編み出したものを、高石ともやが「拝借」し、歌詞もメロディーもかなり作り変えて世に出ている)、新しいバージョンの日本語による「We shall overcome」など3曲を披露するにとどまった。その代わりに来場者は「日本におけるフォークソング史」を濃密に当事者から聞くことができる貴重な機会を得た。

休憩をはさんで後半は、一転して猛烈なライブとなった。時に現役同志社大学生(といっても20代の学生さんではないが)が奏でるマンドリンとのコラボレーションなどもあり、6曲を歌い上げた。

後半最初の曲紹介は「僕は、当時神戸の短大で先生をしていた片桐ユズルさんという人に社会のことや英語やべ平連のことやフォークを教わって、その片桐さんが書いた詩にメロディーをつけたのがこの曲です」で幕を開けたのが『普通の女の子に』だった。

そのあと女性の権利、原発、被ばく、東京五輪、横須賀米軍基地、上関原発、辺野古基地、ガザなどなど日本中、世界中の矛盾・問題をこれでもか、これでもかと歌い上げる。コード進行が奇抜なわけでも、テクニックに活路を求めてもいない(もちろんテクニックが最上級であることは言うまでもないが)、総体としての「表現」としてのフォークソングは、聴取を圧倒する。

 

ピーター・ノーマン(写真左)。白人ながらも金と銅の黒人選手二人の行動を支持し、同じ表彰台で「人権を求めるオリンピック・プロジェクト(OPHR)」のバッジを着けた

◆圧巻の『ピーター・ノーマンを知ってるかい?』

中でも圧巻は、『ピーター・ノーマンを知ってるかい?』だ。17分に及ぶこのメキシコオリンピック200m表彰式で米国籍黒人選手2名が拳を突き上げ、黒人公民権運動の象徴であるブラックパワー・サリュートを行い、差別に抵抗する意思を見せた有名な出来事を「ルポルタージュ」方式に歌い上げた楽曲は、1年間高校で「現代社会」を学ぶよりも、多くの真実を詳細に伝えるであろう、まさに「武器」だ。歌詞の内容は敢えてここでは明かさないから、興味をお持ちになった読者諸氏はぜひ、中川さんのCD購入をお勧めする。

ただ、残念ながら、『ピーター・ノーマンを知ってるかい?』はCD未収録だが、中川さんの公式サイトによれば、次のURLから視聴できる。https://youtu.be/6LFg1iU6hjo

中川さんの歌は「みんな」が主語にはならない。だから世界に疑問や、怒りをぶつける楽曲でも「みんなで○○しよう」とはならない。ほぼ主語は「ひとり」、「あなた」、「わたし」要するに「個人」だ。ここがともすると一時の恍惚間に陥りやすい、安易な楽曲との違いだろう。聞き手を震わせるが「みんなで○○しよう」という「逃げ」を許さないから、震えながらも聞き手は、おっとりしていられない。厳しくも優しい、精鋭的でありおおらかな享受することが貴重な世界だ。

この日会場を訪れた人は全員、満足していたに違いない。


◎[参考動画]ピーター・ノーマンを知ってるかい(kazuma kuga 2018/07/24公開)

中川五郎さんHP GORO NAKAGAWA FOLK SINGER 

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

月刊『紙の爆弾』12月号 来夏参院選敗北で政権崩壊 安倍「全員地雷内閣」

『NO NUKES voice』Vol.17 被曝・復興・事故収束 ── 安倍五輪政権と〈福島〉の真実

政府は11月2日、入管法(「出入国管理及び難民認定法」)を改正し、新たな在留資格を作り出し、単純労働も含めた幅広い分野での、外国人労働者受け入れに本腰を入れ始めることを閣議決定した。その一方で安倍晋三は「これは移民ではない」と本音を述べている。

日本の人口は着実に減っている。ここ数年、政府発表では毎年40万人余りの減少とされているが、民間の調査では「死者数が意図的に低く算定されていて、実際の人口減は100万人に迫るのではないか」との報告もある。どちらにせよ、日本は急激な人口減、そして経済第一主義者たちにいわせれば「労働人口の不足」に直面している。


◎[参考動画]入管法改正案を閣議決定 2種類の新たな在留資格(ANNnewsCH 18/11/02)

◆有効求人倍率が史上最高に近い値を記録した理由

他方で有効求人倍率が史上最高に近い値を記録している。有効求人倍率は「有効求職者数に対する有効求人数の比率」をあらわすが、その数値はあくまでも職業安定所(ハローワーク)で算定された数字である。

お時間がある方は一度最寄りの職業安定所に出向いて、求人にはどのような条件の職業が並んでいるかをご覧になると、「有効求人倍率」がどうしてこのように高いのかがお分かりいただけるであろう。

職業安定所で閲覧できる求人情報のなかに、月収20万円以上の手取りを保証するものは決して多くない。公的機関である職業安定所が紹介する求人情報であるから、最低賃金などはクリアしたものばかりだ。

だが、その中で将来にわたり、家庭を持ち2人の子供(「標準家庭」と政府は定義していた)を育てられる給与を保証する求人は、多数ではない。簡単に言えば「これだけ働いてこれだけの給与では割が合わない」と求職者が感じてしまう求人情報が多いがために、応募へとは至らず、結果として有効求人倍率が上昇する現象を生じさせている、といえよう。

「無職のくせに仕事の選り好みなんてするな」、「そんな贅沢を言っているからいつまでたっても定職につけないんだよ」と求職者を非難する声が、陰に陽に聞こえる。だが、片方ではなんだかわからないカタカナ名の会社で、怪しげな金融商品を右から左に売ったり、企業を売り買い(M&A)して、20代や30代でも身体ではなく、情報と指先で年間数億円の稼ぎを得る人間がいることを、求職者たちは知っている。

◆企業の利益と労働者の利益に連動しない仕組みづくり

また、破格の好景気といわれながら、その好況感の波及範囲は大企業にのみとどまり、中小企業には全く好況感が実感されない。その現実は職業安定所の求人条件を見れば手に取るようにわかる。大企業においてだって、下手をすれば「過労死」に追い込まれかねない。

つまり企業の利益が労働者の利益に、まったく連動しない仕組みが組み立てられてしまい、職業安定所に持ち込まれる求人の多くには、求職者にとって魅力を欠いていることが有効求人倍率上昇の理由である

このようないびつな構造を成立せしめた原因はいくつもあるが、なかでも「社会保障目的税」という嘘八百、当初3%で導入され、嘘の上塗りで現在8%、近く10%に引き上げられようとしている消費税の罪を指摘しなければならない。消費税はほかのどの税金よりも「逆進性」(富裕層には穏やかで、低所得層に厳しい)の強い「悪税」である。

消費税はどんどん引き上げられるのに対して、所得税の累進税率や法人税は著しく引き下げられてきた。

簡単に言えば「大企業や金持ちの税金は減って、低所得層への課税が増している」のが現在の日本税制である。さらに「労働ビッグバン」という名の「雇用ルールにおける労働者の権利排除」により、雇用主はほぼ好き勝手に労働者を、雇用主が希望する形で雇用することが可能となった。言い換えればプロレタリアートはブルジョワジーによって、雇用形態に関する限り、ほぼすべての権利を奪われてしまったのが今日の姿である。

ところが大企業にしたところで、明確な未来図を描くことはできない。差し当たり今期、あるいは来年、もしくは5年程度の将来に対する基本計画しか描けない。なぜならば、おおよそ10年先にはほぼ確実に日本という国家は、財政破綻で破産する(国債の償還が不能になり予算が組めなくなる)からだ。

国家の破綻を前提に企業が将来像を描けるはずはないのだ。「破局」はほぼ確実であるのだが、この重大な事実を凝視しようとするひとが不思議なほど少ない。読者諸氏におかれても、この事実はしっかりと踏まえられておくべきであろう。これまで経験したことのない、経済の大クラッシュは必ずやってくる。

◆破格の入管ハードル下げ

だが、そこまで行く前に、目前の課題となるのは、現状の成長至上主義が放棄しない限り、「圧倒的な(単純)労働力不足」である。「AIの進歩によりこれからは経理事務の人材が大幅に不要になる」などと、相も変わらず「科学技術進歩盲心者」は的を外れた予想の中に、未来を想定せよと迫る。演算速度高速化による「AI」と呼ばれるテクノロジーは社会の諸相に幾分、影響を与えるかもしれないが、もっとも深刻な「労働力不足」への根本的な回答とはなりえない。

そんなことを政権は先刻ご承知であるので、これまで「どうしてそこまで嫌がらせをするのか」と思えるほどに、ハードルの高かった外国人の日本入国ハードルを破格に下げようとしているのだ。「出入国及び難民認定法」はこれまでも何度も改定されてきたが、その節操のなさは関心を持つ人々の間で長年批判されてきた。

ノービザ(実際には入国時ビザ発給)で渡航できる国々の人と、「短期滞在」であっても事前にビザを取得しておかなければ日本に入国できない人との間には、大きな「差別」が存在する。それも国によって「短期ビザ」ですら発給の困難度合いが異なる。たった数日の訪日のために10数種類の書類を用意し、事前に入国管理局や、当該国の日本大使館、領事館にビザ発給を求めなければならない国までもが存在する。

◆「安価で使い捨て可能」な外国人労働に人権や国際主義などの配慮はない

また最近は研修生として多数の外国籍の人々が来日し、実質的には労働に従事している。20年ほど前に同様の減少が大学、専門学校などで学ぶ「留学生」(当時は「留学生」と「就学生」に分かれていた)で発生したことがある。

1980年代に貿易黒字の過多で、国際社会から叩かれた日本は「留学生10万人計画」(2000年までに留学生を10万人受け入れる)を打ち上げた。種々困難はあったものの、「留学生の数を増やす」とのなんとも安直な目標は、文科省による各大学への有形無形の強制や、留学生への奨学金のバラマキなども追い風になり、数自体は増加をみた。

しかしその裏で「留学ビサ」を取得するのには当初相当な困難が伴った。形ばかりの身元保証人を用意し、銀行の残高証明書にはじまり、あきれるほどの無意味な書類を用意してようやく「留学」(あるいは「就学」)ビサ獲得に至る。日本に来る前に「身元保証人」になってくれるような知人・友人がいる人は稀だから、保証人のかなりの数は金で買われた(要請された)人々だった。

そんな人が万一の際に何かの保証をしてくれるだろうか。当時まだ今ほど経済大国ではなかった中国で100万円近い預金残高を持っている人など実在するのか。と思いながら、それでも入国管理局の言う通りに、煩雑なビザ取得作業を重ねていたら、ある日法務省から通達が来た。「以後留学ビザの発給は入学許可書と本人の写真のみでよろしい」という内容だった。業務は楽にはなったけれども、これまで留学生が負っていた、あるいは教育機関関係者が負わされていた負担はなんだったのだろうか、とあきれた記憶がある。

入管行政は、気まぐれで無責任だ。

為政者はこの国への外国人の定住を本音では歓迎してはない。しかし、労働力は欲しい。納税者も欲しい。「日本人は贅沢になって嫌がる仕事でも、貨幣価値の違う国からの人であれば、少々の苦労を厭わず、厳しい職場に安価で利用できる」。これが入管法を改正し「安価で使い捨て可能」な外国人を多数呼び込もうとする真の動機である。そこには人権や国際主義などの配慮は何もない。新自由主義下の「新たな奴隷政策」と言っても過言ではないだろう。見ているがよい、多くの職場や地域で、これから必ず予想を超えたハレーションが発生するだろう。


◎[参考動画]入管法改正案の意味は? 失踪者は半年間で4000人超(ANNnewsCH 18/11/01)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

月刊紙の爆弾10月号

『NO NUKES voice』Vol.17 被曝・復興・事故収束 ── 安倍五輪政権と〈福島〉の真実

◆冤罪が組み立てられる構造は、だいたい似通っている。けれども冤罪被害者がその後たどる道のりは、まったく一様ではない

 

鹿砦社の最新刊『唯言(ゆいごん)戦後七十年を越えて』山田悦子、弓削達、関屋俊幸、高橋宣光、 玉光順正、高田千枝子=編著(2018年10月26日発売)

きっかけは、いっけん偶然かのように見紛われる。ある日偶然は、主人公が知りもしない世界へ強引に連行し、激烈な鞭打ちを浴びせかける。「どうして?」、「なにがどうなったの?」疑問をゆっくりと巡らせる暇もなく、主人公を「殺人犯人」と決めつける報道が全国を席巻し、主人公の名前や顔写真はおろか、住処の町名までが、量販店のバーゲンセールの広告を掲載するかのような、気軽さで新聞に掲載される。容赦のない取り調べは、有形でこそないが純粋な意味において「暴力」以外の何物でもない。

冤罪が組み立てられる構造は、だいたい似通っている。けれども冤罪被害者がその後たどる道のりは、まったく一様ではない。もっとも不幸な人は、何の関係もない咎により、首切られる(死刑)。または処刑台までいかずとも、長期にわたり拘置所、刑務所に幽閉される。あるいはまれに、嫌疑が晴らされマスコミにより「冤罪被害者」として扱われる場合がある。逮捕当時、あるいは公判中「犯人」と決めつけた報道を垂れ流していた罪など、ついぞ反省することなく、「加害者」を「悲劇の主人公」と報じる矛盾に、うち苦しむ報道機関はない(個人としての反省のケースはみられる)。

冤罪被害から解放されても、失った時間、主人公に襲い掛かった罵詈雑言の数々、報道被害が主人公に残した「加害の総体」は、何らかの尺度で測りうるものではない。主人公の語る言葉を、大衆はわかったような気になっているかもしれないが、それは大方の場合誤解である。わたしがこのように断定的に主人公が被った非道を論じるのは「テレビを見て、普通に笑っているんだと気がついたんです」と、事件解決後20年も経過した、主人公からの言葉をつい最近聞いた衝撃に由来する。笑いながら会話していたが、わたしの心の中は冷え切った。主人公に対して無遠慮であった自分を恥じた。

◆主人公は事件後、「どうしてわたしはこのような仕打ちを受けたのか」を、法学、哲学、歴史などを猛烈に学び、思弁し、人権思想の重要性を重く認識するに至る

主人公はしかし、ただの被害者でありつづけたわけではない。「唯言」に登場する、執筆者をはじめとする、広大な人脈は、主人公が能動的に事件のあとを生きた証だ。「唯言」に登場する関屋俊幸、弓削達、高橋宣光、玉光順正、高田千枝子の各氏は主人公がいなければおそらくは出会うことがなかったであろう、それぞれ異なる分野で活躍された方々だ。あたかも書籍を編纂するように、主人公は事件後、「どうしてわたしはこのような仕打ちを受けたのか」を、法学、哲学、歴史などを猛烈に学び、思弁し、人権思想の重要性を重く認識するに至る。その過程及び到達点から、乱反射する日本の姿(歴史・思想傾向・民族性など)の本質を、掌握した主人公が重ねて語るキーワードは「無答責と答責」である。

古代ローマ時代から、日本書紀を経て江戸・徳川時代から、明治維新、諸々の戦争を経て現在へ。主人公の歴史観は教科書で綴られるそれとは、かなり趣を異にする。日本の成り立ちについても同様だ。浅学で史実をほとんど知らない、あるいは「こうあって欲しかった」と幼児のように駄々をこねる、歴史修正主義者に対して、主人公の主張はどう映るか。冷厳な史実を見つめ続け、見つめるだけではなく、みずからが責任を取ろうとの試みは、常人の発想しうるものではなく、後にも先にも同様の試みを耳にしたことはない。

◆人間に暖かい社会とは何か?

主人公は国家が放棄した戦争責任を、「市民がどう引き受けるか」というとてつもない試みに足を踏み入れる。韓国と日本の間で何度もシンポジウムや講演会を開催する「答責会議」の発足は、主人公の存在なしにはありえなかった。その成果は『無答責と答責』(寿岳章子。祖父江孝男編、お茶の水書房 1995年)として世に出ることになるが、じつは『無答責と答責』の実質的編者は、主人公であったと、複数の知人から聞いた。その行動力の源泉は、はたしてなんであるのだろうか。冤罪被害者としての経験だけですべてを説明するのは不可能だとわたしは断じる。

主人公を際立たせすぎて紹介したが、「唯言」執筆者の方々はいずれも、個性的なその分野でトップを走った方ばかりである。当初部数限定の自費出版として編纂された「唯言」を手にした多くのひとびとは敏感に反応した。時代が「唯言」を要求していたといってよいだろう。世界史から物語が消えうせ、歴史が「自己解散」を宣言し、世界的にも事象はもっぱら権力者の気まぐれか、2進法による貸借対象表の合法的改ざんによる幻想のなかにしか存在しないかのごとき今日、「唯言」は無理やりにでも「自己解散」を宣言した歴史に「再結集」を命じる。

主人公・山田悦子さん(甲山事件冤罪被害者)は、冷徹な態度で、人間に暖かい社会とは何かを仲間と語り合った。

鹿砦社の最新刊『唯言(ゆいごん)戦後七十年を越えて』山田悦子、弓削達、関屋俊幸、高橋宣光、 玉光順正、高田千枝子=編著(2018年10月26日発売)

 

大津駅前の集会に集まった「患者会」の皆さん(写真提供=「患者会」の皆さん)

10月9日13時10分から大津地裁で、4名の原告が滋賀医大付属病院、泌尿器科の河内明宏科長と成田充弘医師を相手取り440万円の支払いを求める損害賠償請求を大津地裁に起こした(事件番号平成30わ第381号)裁判の第一回口頭弁論が開かれた。

大津駅前で12時から本年6月に結成された「滋賀医大 前立腺癌小線源治療患者会」の集会がある、と聞いていたので大津駅前に11時ころ到着すると、早くも患者会のメンバーが集合し始めていた。12時には参加者が80名を超え、その時間比較的静かな大津駅前を行き交う人々の注目を浴びていた。

集会では患者会のアドバイザーである元読売新聞記者の山口正紀さんが冒頭に発言し、「病院は患者に謝罪すべきなのに、患者の命を救った岡本先生を病院から追い出そうとしている。どうしてこんなことが考えられるのか」と問題点を整理しながら滋賀医大付属病院の姿勢を強く糾弾した。引き続き原告の男性や複数の患者会メンバーが発言をした。

◆医療機関による「説明義務違反」

問題の中心は、小線源治療の第一人者である岡本圭生医師の治療を受けようとした23名の患者たちが、その意に反して、岡本医師の治療を受けられず、しかも小線源治療の経験がない成田医師が、小線源治療を行うという暴挙の直前に岡本医師の学長への直訴により、かろうじて難を逃れた「説明義務違反」である。

医療機関による「説明義務違反」は患者による治療の選択権を奪うだけではなく、場合によっては生命にかかわる重大な問題だ。患者には当然説明を受ける権利があるが、これまで個々の患者の問い合わせや、説明の要請、患者会による問い合わせに対しても病院側は「HPに出ている通り」、「内容は裁判であきらかにしてゆく」と誠実さの欠如した回答しか返答していない。

 

大津地裁前で参加者に説明をする山口正紀さん(写真提供=「患者会」の皆さん)

◆発足後4か月で800名を超えた患者会

患者会のメンバーは発足後4か月で既に800名を超えており、いかに岡本医師による小線源療法への信頼が厚いか、また滋賀医科大学への怒りが大きいか、この人数が雄弁に物語る。「同じ医師の治療を受けた」以外に何の共通点も持たない人々が、短時間でこのように集結することはそうそうあるものではない。病気の性質上患者会のメンバーは中高年の男性であるが、皆さん紳士的な方ばかりだ。

山口さんも指摘されていたが「病気と闘いながら、病院とも闘わなければいけない」ことなど、患者の誰も望んではいないだろう。しかしそこまでの事態を引き起こした、河内、成田両医師及び、滋賀医大付属病院の責任は重大である。

◆井戸謙一弁護団長の発言

55席の傍聴席は満員となり、傍聴できなかった患者会のメンバーやご家族も多数見受けられた。定刻通りに西岡繁靖裁判長は開廷を宣言した。被告側は答弁書を提出しただけで、この日は代理人も出廷していなかった。

冒頭、井戸謙一弁護団長が発言を求め、

「この事件は医師の説明義務違反による損害賠償事件でよくある類型だと思います、しかし本件は一般の事件と異なることをご理解いただきたと思います。だからこそ、これだけたくさんの傍聴人が詰めかけているのです。1つは多くの説明義務違反事件はインフォームドコンセント認識不足の医師による、過失や杜撰な説明により、医療上のミスを行ってしまった。個別、1回切り起こるものです。

 

井戸謙一弁護団長(筆者撮影)

 それに対して本件は故意に、組織的にしかも長期間にわたって、23人もの患者に対して行われた事件であることが1つです。それからこの事件が国立滋賀医科大学付属病院という、滋賀県を代表する基幹病院を舞台として行われ、被告の2人は当時も、現在も泌尿器科の教授、准教授という要職にある医師であるということであります。本件において未経験者による小線源治療は水際で差し止められ、重篤な被害の発生を防ぐことはできましたが、この問題で患者側が病院に説明を求めても、病院からはまともな説明もなく、患者らは謝罪も受けておりません。よって原告らは本件提訴に至ったものであります。
 この事件の本質は、患者の利益よりも、自己の権力あるいは利益を優先するいまの医師の世界の体質にあると考えます。この問題をあいまいに済ませてしまえば、将来にわたって同様のことが繰り返されることが危惧されます。繰り返された場合ことが医療であるために、重篤な被害を与えることがあります。原告らは請求事実を説明義務違反に絞りました。個別には小線源治療の前段階における不適切な処置などもあるのですが、訴訟の迅速な進行のために争点を絞ったものであります。したがって裁判所に置かれては迅速な進行に努めていただき、早期の判決をお願いしたと考えております」と述べた。

そのあと原告代表の男性が意見陳述を行いこの日の弁論は終了した。次回期日が11月27日13時10分である。

閉廷後、滋賀県弁護士会館に場所を移して、記者会見が行われた。傍聴席には入れなかったメンバーのために、この日の法廷で何が行われたかを、井戸弁護士が説明した。記者会見であきらかになったことは、被告側による答弁書には、迅速な訴訟の進行に向けての誠意が感じられないこと。法廷戦術上被告は医師2名に絞ったが、病院にも当然責任はあると、原告も弁護団も考えていること、などである。

患者の会のメンバーや滋賀医大付属病院関係者に取材する中で、予想をしなかった事実に突き当たった。当初訴状を読んだり、記者会見で質問するなどする中で、この問題は、あくまで滋賀医大付属病院、泌尿器科が震源であり、原因である事件であると、わたしは認識していたが、どうやら(たしかにその基本的構図に間違いはないが)さらに大きな背景と、思惑が関係しているようである。その実態については、今後も取材を進め、明確になった時点で読者にご紹介してゆく。

◎[関連記事]田所敏夫「滋賀医科大学附属病院泌尿器科の背信行為 『小線源患者の会』が損害賠償請求」(2018年8月2日公開)

◎滋賀医科大学前立腺癌小線源治療患者会のホームページはこちらです。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

衝撃満載『紙の爆弾』11月号!公明党お抱え〝怪しい調査会社〟JTCはどこに消えたのか/検証・創価学会vs日蓮正宗裁判 ①創価学会の訴訟乱発は「スラップ」である他

横山茂彦『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

 

実行委員長の山田高広さん

「残念だったですね」、「せっかくやったのにね。台風じゃ仕方ないわ」異口同音に台風24号の直撃を受けた九州・熊本で9月30日に開催が予定されていた「琉球の風 島から島へ FINAL」の中止を惜しむ声が聞こえた。

実行委員会ではギリギリのタイミングまで開催の可否の判断を待ち、いったんは「開催」をアナウンスするも、諸般の事情から直後に「中止」を決断した。実行委員長の山田高広さんは「きつかったですよ、本当に」と「中止」決断に至るご苦労が並大抵ではなかったことを語っておられた。

「琉球の風」には沖縄在住のミュージシャンと、本州はじめ熊本から見れば、北の方向からやってくるミュージシャンたちも参加する。沖縄から参加するミュージシャンたちはすでに9月27日から熊本入りしており、30日を迎えたが、他の地域から参加予定のミュージシャンたちには28日に「中止」決定が伝えられた。

本来であれば「打ち上げ」の場となるはずの熊本市内某所で、9月30日夕刻に関係者だけの「ミニ琉球の風」が開かれた。例年は本番のステージで活躍したミュージシャンのほとんどが参加するので、スタッフの方々の中には打ち上げに参加できない方もいるが、今年は多くの関係者スタッフの皆さんが会場を埋めた。

知名定男さんを囲んで

打ち上げというには本格的な「ミニ琉球の風」。本番で司会の予定だったはミーチュウさんと岩清水愛さんが揃い、「それでは第10回琉球の風をただいまから行います!」と元気の良い開会宣言からはじまった。この日はネーネーズ、新良幸人、島袋優、下地イサム、知名定男さんらがソロやセッションを繰り広げた。

中止になろうが、なるまいが、今年是非この人にお話を聞きたい、と事前から私的には期待していた人がいる。BEGINの島袋優さんだ。島袋さんはBEGINとしての活躍はもちろん、他のミュージシャンに楽曲を提供したり、例年「琉球の風」では大物であるにもかかわらず、気楽に誰とでもセッションに応じていた。ベテランなのにステージ上でのMCはどこかシャイで、偉そうにするところが全くない(実は酔っているためだったのではないかとも思われるが……)。

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BIGINの島袋優さん

島袋優さんにお話を伺った。

── 「琉球の風」に島袋さんは何回出演していただいたのでしょうか?

島袋 何回でしょかね。細かいことは覚えていないんですけど、BEGINで2回でて、それ以外に数回出ているのでたぶん5回くらいじゃないでしょうか。

── 27日から来られて、きょうはあいにくステージは中止でしたけれども、他のミュージシャンの方と数日間過ごされて、どんなことを感じていらっしゃいますか。

島袋 きょうはできなかったけど、俺が大尊敬する定男さん。しかもちょっとキュートな知名定男に「優、お前俺がこういうことを企画しているからやれ」っていわれて、それから始まったんです。中止になっても定男さんと亡き東濱さんと山田さん(実行委員長)の気持ちが絶対に残っているんですよ。こうやって飲んでで僕らいいんだろうか、とも思うんですけど、じゃないとダメだなと思ったんですよ。初日から定男さんと飲み、2日目はキヨサク(MONGOL800)と飲み、みたいな。イベントが無くなったのは凄く残念です。とくにお客さんに対して申し訳ない。でもうまく言えないんですけど「なにかもう一回お前たち考えろ」って言ってくれてるのかもな、という気はなんとなくしています。俺たちは知名定男さんっていう大先輩に甘えていて。それを「もう少し楽させてあげろや」って言われているのかなとか、いろんなことを考えますね。でもね、正直なことを言ったら多くを語れません。俺は付いていくだけです。熊本の皆さんの沖縄の音楽に対する熱意とかは、年々感じていました。だから仲良くなっていくしこうやって毎年熊本で「琉球の風」という名前でやってくれているのは凄いと思います。

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知名定男さん

お名前が何度も登場した知名定男さんは、昨年大腸がんの手術を受けてからのご参加で、体調もいまひとつ優れないご様子だったが、今年は常に泡盛の入ったグラスを片手に「いやーもう元気になったよ。去年が嘘みたい」とふっくらしたお腹周りが体調の良さを伺わせていた。

ミュージシャンではなくても沖縄には酒に強い人が多い。そして私の知る限り、ミュージシャンの飲み方は豪快である。だから沖縄のミュージシャンの宴はなかなか終わりを迎えはしない。そのためであろうか、あるいは偶然か。30日晴天であれば行われる予定であった「琉球の風」にはたしかに「FINAL」の文字がったが、宴(?)の中では「きょうは残念だった」と皆が口にしたけども「『琉球の風』が終わってしまって残念だ」、「いいイベントだったのにね」と過去形で振り返る言葉を耳にした記憶がない。わたしの勘違いかもしれないが「これで最後」という雰囲気がどこにも感じられなかった。

 

ネーネーズの皆さん

もちろん「FINAL」だったのだから、これで今までの「琉球の風」は終焉を迎える。しかしまた新しい風が琉球から吹いてこないとは限らない。ミュージシャンたちはお世辞ではなく、このイベントを楽しんでいた。島袋優さんのお話にも「これでおしまい」のニュアンスはなかった。

10年も非営利目的でボランタリーに運営にかかわって来られたスタッフの方々には、ただただ頭が下がる思いで、「お疲れ様でした」と申し上げるほかない。けれども「琉球の風」で初めて訪れて出会った熊本の人々の個性豊かさと力強さからは、また何か新しいものが産まれてくるのではないか、との予感を禁じ得ない。

雨天中止で残念ではあったが、それゆえに発見もあった第10回「琉球の風」であった。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

「琉球の風2018 FINAL」幻の記念グッズセットをデジ鹿読者にプレゼントします!

上記写真のエコバッグ(版画=名嘉睦稔、題字=龍一郎、鹿砦社提供)とシート、パンフレットは
毎回「琉球の風」の会場で先着1000名様にプレゼントしている記念グッズセットです。
今回は台風24号接近で無念の開催中止となったため、幻の記念グッズとなりました。
そこでデジタル鹿砦社通信の読者の方々にプレゼントさせていただきます。
ご希望の方は「琉球の風グッズ希望」と明記の上、郵便番号・住所・氏名を記載し、
下記メールアドレスにお申し込みください。
matsuoka@rokusaisha.com
10月10日までにお申し込みの方には全員、送料無料にて発送いたします!
(鹿砦社代表・松岡利康)

第1回~5回までの記録『島唄よ、風になれ!~「琉球の風」と東濱弘憲』特別限定記念版(DVD映像付き)。こちらもぜひご購読お願いいたします。

石松竹雄弁護士が亡くなった。刑事司法に関心のない方にはご存じではない方も多いかもしれないが、1947年に司法試験に合格し、2期の司法修習生だった石松先生は、裁判官時代に良心的裁判官として、現場で闘ってこられた方だ。わたしが石松先生とのご縁を頂いたのはわずか数年前で、ここに数少ない思い出を綴にあたっては、長年ご親交のあった、法曹界をはじめとするお知り合いの方々に申し訳ない思いもあるが、つい数か月前に石松先生とは貴重なお話をさせて頂く機会を得たばかりであったので、法曹の素人としてあえて、石松先生から伺ったお話をここにご紹介する無礼をお許しいただきたい。

 

石松竹雄『気骨 ある刑事裁判官の足跡』(2016年日本評論社)

石松先生から「自宅の蔵書を処分したいのですが」というご相談を伺ったのは、半年ほど前、ある会合での席だった。蔵書寄付のような形にできないか、と考えたわたしは、いくつかの大学や研究機関の図書館に相談してみたが、なかなか思わしい返答はなかった。そしていずれのケースでも「どのような内容の書籍が、何冊くらいありますか」と問われたので、それでは石松先生の蔵書を確認させていただいた方がよいであろうと判断し、やはり元裁判官であった今は弁護士の先生にご一緒頂き、石松先生のご自宅にお邪魔することになった。

ご自宅は大阪府南部であるが、石松先生は吹田市内の老人ホームで暮らしておられたので、そこまでお迎えに伺った。石松先生は、数年前に「胃がんが見つかったが、手術はしないことにした」と内々ではお話になっていた。年に2回ほどしかお会いしないけれども、90歳を超えられて胃がんを持っていらっしゃるお身体にしては、食事も普通に召し上がり、深刻そうなご様子はなかった。

ご自宅に伺う日、約束よりも1時間程度早く吹田に到着した。当該老人ホームの受付でお約束をしている者だが、早く着いた旨を申告すると、石松先生はまだ朝食の最中なので、控えの椅子で待つように案内され、30分ほどのちにお部屋に案内された。ご挨拶をしてお部屋にお邪魔すると、「食事をしてから1時間ほどしないと、胃が落ち着かんのです。申し訳ありませんが少しここでお待ち頂けますか」と仰ったので「どうぞ、先生のお身体とご準備が整うまで急ぎませんので」と申し上げた。

築後それほど年月が経ってはいないと思われる、その建物はわたしがこれまでに訪れた老人ホームの中では最も広く、美しかった。高層階なので見晴らしもよい。石松先生にすれば胃が落ち着くまでの時間は心地の良いものではなかろうが、わたしはそのおかげで貴重なお話を伺う時間を得ることになった。

◆「僕は死刑事件を担当したことがないんです」

 

石松竹雄「裁判の独立、裁判官の職権の独立を守る」(2010年11月22日付け「WEB 市民の司法 ~裁判に憲法を!~」より)

その前日、袴田事件の再審請求が高裁で却下されたニュースが一面トップを飾る朝日新聞の朝刊が目に入った。法律や法曹界の知識が皆無に近いわたしは、「袴田事件は厳しい判断が続きますね」と会話の糸口を求めた。

「この事件は検察がどうしてここまで一生懸命になるのか。ちょっと理解に苦しみますな」と石松先生は雑感を述べられた後、いきなり「僕は死刑事件を担当したことがないんです。『死刑が嫌いな裁判官からは死刑が逃げていく』という言い回しがあるんですが、幸運でしたな」とこちらでも会話が成立するトピックにまで、テーマを調整してくださった。そしてそれはわたしがもっとも尋ねたい、極めてデリケートな設問であったのだけれども、わずか数分のあいだに石松先生は結論を教えてくださったのだ。

それからは学生時代から裁判官就任後のお話。北海道に赴任されたときに、何年間も放置されていた事件を精力的に片づけた際の裏話など、話は弾み始めた。わたしも興味深いお話に没頭してしまい、危うくその日の目的を忘れて話し込みそうになったが、1時間ほどした頃に「それではそろそろ行きましょうか」と石松先生から促していただいた。

わたしが運転する車の中でも話は弾んだ。石松先生はフルマラソンを何十回も完走されている方で、おそらく市民マラソンの日本での先駆けの大会から参加されていたことも伺った。70代はおろか、80代になってもフルマラソンを走っておられたとのお話には、こちらが情けなさを感じさせられた。登山もご趣味で数々の山に週末出かけたお話も伺った。ご自身のマラソンや登山についてお話になっているときの石松先生のお声は、朝お会いしたときよりもずいぶんお元気だった。

◆刑事裁判における「東京方式」と「大阪方式」

わたしは以前耳にしたことのあった、刑事裁判における「東京方式」と「大阪方式」へと質問を変えた。「東京方式」、「大阪方式」とはかつて存在した刑事裁判における法廷指揮の思想とありようの違いである。

それをわたしが最初に知ったのは井戸謙一弁護士(元裁判官)にインタビューしたときだった。別のサイトにわたしが井戸弁護士から伺ったのと同内容のお話が掲載されているので、「東京方式」、「大阪方式」をご理解いただくために引用しよう。

〈当時、大阪方式、東京方式というのがあって、特に刑事部のやり方は全然違ったんですよ。例えば学生裁判なら、東京の場合は、法廷内で暴れるようなことがあれば警察を入れて追い出し、被告人不在で裁判を進める。対して大阪は「警察を入れたら裁判にはならない」ということで、頑として受け入れなかった。最高裁としては東京方式を望んでいたんでしょうけど、大阪には、「俺たちが正しいと思う裁判をする」、そんな雰囲気があったのです。それは修習生にも伝わってきて、影響を受けたのは確かです。気概を感じ、僕にとってはそれが魅力的に映ったのです。〉

井戸修習生に「影響を与えた」裁判官の一人が当時の石松裁判官であったのだ。石松先生は「わたしは当時退廷命令を出したことは1回もありませんでしたな」と仰った。さすがにわたしは驚いた。今日、民事であれ刑事であれ傍聴席で少しでも声を出せば、即座に退廷命令を出す裁判官が少なくない(つまり「大阪方式」は死滅し、全国が「東京方式」で制圧されたということである)。ところが石松先生は「傍聴人は言いたいことがあるから裁判所に来ているんですよ」とこれまた、現在の法廷しかしならないわたしには腰を抜かすような見解を堂々と仰った。

最高裁の意を受けた「東京方式」とそれに対する在野意識の「大阪方式」は、法廷外でせめぎあいが続いたと石松先生は回顧した。「東京と大阪の真ん中ということで、愛知県の蒲郡のある旅館で、なんどか会合がありましたな」、「お前は大阪にいるから気楽に『大阪方式』でやっているけれども東京に来たらそんなわけにはいかんぞ。という人がおりましてね。口には出しませんでしたけども『東京に一人で行ったって堂々と大阪方式でやってやるわい!』と思っておりました」。

こんな良心が日本の司法の中に生きていた時代があったことを知り、羨望の念を抱くとともに、自身の無知を恥じた。闘っていたのは学生や労働者、市民ばかりではなかったのだ。裁判所の中にも良心を軸にした”闘い”と実践があったことを、生き証人の石松先生から直に伺えたのはわたしにとっては、極めて大きな財産である。超人的な体力と精神力、知性を備えた法曹界の巨人が亡くなった。

戦後の司法界で闘ってこられた石松先生からはそのほかにも吹田と大阪南部のご自宅の往復の車内で、生涯忘れられないお話をいくつも教えて頂いた。東京と大阪の文化が均質化され、司法改革は破綻した。反動化が進む時代を、

「いい時代とは言えませんな」

短い言葉で石松先生は評された。

合掌

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

『NO NUKES voice』Vol.17 被曝・復興・事故収束 ── 安倍五輪政権と〈福島〉の真実

衝撃満載!月刊紙の爆弾10月号

「この人でなければできない」領分や仕事がある。大きな組織ではそういったことはありえない。仮に孫正義が居なくなってもソフトバンクが急にガタガタになることはないし、カルロス・ゴーンが居なくなったって日産は潰れはしない。逆に小さな組織では往々にして「この人でなければ」できない業務がある。町工場の熟練技術技術者は、長い経験によって培われるものであるし、中小企業の経営者が運転資金をどうするかには、人脈や独自の方法に負うところが大きい。

これが「話者」や「物書き」となれば、より「代理」で埋め合わせが効かなくなるのは当然である(もっとも、誰が話しても同じようなコメントしか語らない自・他称「専門家」や「学者」であればいくらでも代替人は見つかるが)。『NO NUKES voice』2号から11回に渡り〈反原発に向けた想いを 次世代に継いでいきたい〉の連載をご担当頂いていた納谷正基さん(高校生進学情報番組『ラジオ・キャンパス』パーソナリティー)が8月17日にご逝去された。

志の人・納谷正基さんを悼む(『NO NUKES voice』17号より)

『NO NUKES voice』編集長の小島卓をはじめ、編集部、そして鹿砦社代表松岡利康と『紙の爆弾』編集長の中川志大も、納谷さんの訃報には言葉がなかった。『NO NUKES voice』を発刊から通読していただいている読者の方にはわれわれが途方に暮れる理由がご理解頂けよう。納谷さんは40年にわたり高校生への進路指導を中心にラジオ番組のパーソナリティーとしても活躍されてきた方だった。ご伴侶が広島原爆の被爆2世で、若くして亡くなり、それ以降「反核」に対する納谷さんの劇熱は揺らぎのないものとなった。

本誌に寄せて頂く文章は、日ごろから高校生を相手に語り部をなさっている、納谷さんらしく、読みやすいけれども、強烈な意志と情熱と怒りに溢れていた。鹿砦社との縁が出来てから納谷さんは、鹿砦社を破格の扱いで評価していただいていた。『ラジオ・キャンパス』に松岡は一度、中川が出演させていただいた回数は数えきれない。納谷さんは「私の夢は東北6県の全高校の図書館に『紙の爆弾』をおかせることです」とまでラジオで明言して下さったほどだ。鹿砦社は「叩かれる」ことは日常だが、ここまで評価をしてくださる方は極めて少ない。

だからわれわれは落胆しているのか。違う。鹿砦社を評価していただいたから、納谷さんのご逝去に言葉がないのではない。高校生に通じる言葉を持った劇熱の反核・反原発話者を失ったことの重大さに、われわれは、呆然としているのだ。納谷さんの生きざまから紡ぎ出される言葉を、真似ることができる人間はいない。なぜなら納谷さんの人生は、誰もの人生がそうであるように、他者のそれとは違う、といったレベルではなく、比較しうる人物がいない未倒地に、恐れることなく踏み出してゆく「冒険」の連続だったからだ。そしてその「冒険」を成就させる戦略と見識眼、なによりも人間力を納谷さんは持っていた。

優しく怖い人だった。『NO NUKES voice』の中から納谷さんの連載が消える。この喪失感は正直埋めがたい。

◆伊達信夫さんが徹底検証する「東電原発事故避難」

しかし、わたしたちは読者の皆さんにわたしたちが持ちうる力を総結集して、紙面を編集し、毎号途切れず、そして新しい閃きのきっかけを提供する義務を負っていると自覚する。納谷さんのご逝去とたまたま時期が重なったが、本号から新たな連載が2つスタートする。伊達信夫さんの「《徹底検証》東電原発事故避難 これまでと現在」と、山田悦子さんによる「山田悦子が語る世界」だ。

伊達さんは今号本文の中で「本稿の目的は原発事故の原因や経過を明らかにすることが中心ではない(略)。原発事故発生直後に、避難指示がどのように出されたのか確認をしながら、避難はどのように始まったのかを明らかにすることである」と連載の目的を示されている。

事故直後は原発に関する多くの書籍が書店に並んだ。時の経過とともにその数は漸減した。事故そのものは現在も進行中だ。その原因についての論考はこれまでも多くの方々から分析していただいてきたが、伊達さんの「避難」に焦点をおくレポートもまた、貴重な資料となることは間違いない。

伊達信夫さんの《徹底検証》「東電原発事故避難」これまでと現在(『NO NUKES voice』17号より)

◆山田悦子さんが語る世界──「冤罪被害者」から「法哲学研究者」へ

 

山田悦子が語る世界〈1〉赤ちゃんの未来は、人間の未来──国家無答貴とフクシマより(『NO NUKES voice』17号より)

山田悦子さんには今号の連載開始に先立ち、既に15号からご登場いただいていた。「甲山事件冤罪被害者」として山田さんは有名だが、わたしは山田さんに「冤罪被害者」との肩書ではなくご本人の許諾が得られれば、「法哲学研究者」と紹介したい(ご本人はこの申し出を辞退されている)。
「山田悦子が語る世界」では、様々な古典文献を引用しながら硬質な論考が展開される。もちろんこのような境地に至らしめた理由として、冤罪事件の被害者としての山田さんの経験が揺るぎないものであることは明らかではあるが、あえて強調すれば同様の冤罪被害を経験したからといって、山田さんのように誰もが思弁を深めるものではない。反・脱原発には多様な視点があっていいだろう。

亡くなった納谷さんの後継者はいない。後継者ではなく、まったく異なる経験と、視点から伊達さんと山田さんが加わってくださり、『NO NUKES voice』は今号も全力で編纂した。読者の皆さんからのご意見、ご指導を期待する。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

多くの人たちと共に〈原発なき社会〉を求めて『NO NUKES voice』Vol.17 被曝・復興・事故収束 ── 安倍五輪政権と〈福島〉の真実

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『NO NUKES voice』vol.17
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被曝・復興・事故収束
安倍五輪政権と〈福島〉の真実

[グラビア]サン・チャイルド/浪江町長選「希望の牧場」吉沢正巳さん抗いの軌跡
(写真=鈴木博喜さん)

[特別寄稿]吉原 毅さん(原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟=原自連 会長)
広瀬さん、それは誤解です!

[特別寄稿]木村 結さん(原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟=原自連 事務局次長)
原自連は原発ゼロのために闘います

[追悼]編集部 志の人・納谷正基さんを悼む 

[報告]高野 孟さん(インサイダー編集長/ザ・ジャーナル主幹)
安倍政権はいつ終わるのか? なぜ終わらないのか?

[講演]蓮池 透さん(元東京電力社員/元北朝鮮による拉致被害者「家族会」事務局長)
東京電力は原発を運転する資格も余力もない

[講演]菊地洋一さん(元GE技術者)
伝説の原発プラント技術者が語る「私が原発に反対する理由」

[報告]本間 龍さん(著述家)
原発プロパガンダとはなにか〈14〉
東京五輪は二一世紀のインパール作戦である〈2〉

[講演]井戸川克隆さん(元双葉町町長)
西日本の首長は福島から何を学んだか

[報告]鈴木博喜さん(ジャーナリスト/『民の声新聞』発行人)
希望の牧場・希望の政治 吉沢正巳さんが浪江町長選で問うたこと

[報告]佐藤幸子さん(福島診療所建設委員会代表)
広島・長崎で考えた〈福島のいのち〉

[報告]伊達信夫さん(原発事故広域避難者団体役員)
《徹底検証》「東電原発事故避難」これまでと現在〈1〉その始まり

[書評]黒田節子さん(原発いらない福島の女たち)
『原発被ばく労災 拡がる健康被害と労災補償』

[報告]山崎久隆さん(たんぽぽ舎副代表)
首都圏でチェルノブイリ型事故が起きかねない 東海第二原発再稼働が危険な理由

[報告]三上 治さん(「経産省前テントひろば」スタッフ)   
セミの命も短くて……

[報告]山田悦子さん(甲山事件冤罪被害者)
山田悦子が語る世界〈1〉赤ちゃんの未来は、人間の未来──国家無答貴とフクシマ

[報告]横山茂彦さん(著述業・雑誌編集者)
われわれは三年前に3・11原発事故を「警告」していた!
環境保全をうったえる自転車ツーリング【東京―札幌間】波瀾万丈の顛末

[報告]板坂 剛さん(作家・舞踊家)
『不・正論』9月号を糺す!

[報告]佐藤雅彦さん(翻訳家)
政府がそんなに強行したけりゃ 
民族自滅の祭典・2020東京国際ウランピックをゼネストで歓迎しようぜ!

[報告]再稼働阻止全国ネットワーク
首都圏の原発=東海第二原発の再稼働を止めよう

《首都圏》柳田 真さん(たんぽぽ舎、再稼働阻止全国ネットワーク)
原発事故 次も日本(福島のお寺の張り紙)
二度目の原発大惨事を防ぐ・東海第二を止めるチャンス

《福島》春木正美さん(原発いらない福島の女たち)
モニタリングポスト撤去について・第二弾

《原電》久保清隆さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
日本原電は、社会的倫理の欠落した最低の会社だ!

《規制委》木村雅英さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
核分裂「湯沸し装置」をやめよう
~とうとう東海第二設置許可を認可する規制委、第五次「エネ計」で原発推進する経産省~

《地方自治》けしば誠一さん(反原発自治体議員・市民連盟事務局次長、杉並区議会議員)
全国自治体議員・市民の連携で安倍政権の原発推進に歯止めを!

《福井》木原壯林さん(「原発うごかすな!実行委員会@関西・福井」)
原発の現状と将来に関わる公開質問状を 高浜町長、おおい町長、美浜町長に提出

《島根》芦原康江さん(さよなら島根原発ネットワーク)
島根原発3号機の適合性審査申請に対する了解回答は撤回すべきだ!

《伊方》秦 左子さん(伊方から原発をなくす会)
二〇一八年九月原発のない未来へ 伊方原発再稼働反対全国集会

《玄海》吉田恵子さん(原発と放射能を考える唐津会)
原発は止め、放射性廃棄物は人から離し測定して監視し地下に埋めても修復できる体制を

《読書案内》天野惠一さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
『言論の飛礫(つぶて)─不屈のコラム』(鎌田慧・同時代社)

『NO NUKES voice』vol.17
https://www.amazon.co.jp/dp/B07GW4GYDC/

 

函館市HPより

 

函館市HPより

9月6日北海道を大地震が襲った。295万世帯が停電し、泊原発は緊急停止した。現地の様子を調べようと各自治体のホームページを閲覧していると、函館市のホームページに驚かされる文字があった。

そうだった。函館市は大間原発の建設停止を求めて、前代未聞、市が国や電源開発を提訴し、建設の差し止めを求める訴訟が提起されている。同訴訟の弁護団に加わっている井戸謙一弁護士は「初めてのケースですので、どういう審議になるかわかりませんが、画期的な提訴だと思います」と東京地裁で語ってくれていた。

提訴に至る考え方を説明した工藤壽樹函館市長の説明が、簡潔でわかりやすい。

このような姿勢が、住民の生命財産を守る責任者としては、至極原則的な考え方であろう。しかしながら、多くの都道府県や知町村長は、ごく原則的な判断もできずに、住民を危険に直面させている。

函館市HPより

◆吉原毅さん(原自連会長)の特別寄稿「広瀬さん、それは誤解です!」

そんな中、本日9月11日、『NO NUKES voice』17号が発売される。「フクシマを忘れることなく多角的に」の編集方針に揺らぎはない。

本号巻頭では前号16号で広瀬隆さんが展開した「原自連(原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟)」への問題提起に対する吉原毅さん(原自連会長)からの対論的論考「広瀬さん、それは誤解です!」を特別寄稿として掲載させていただいた。メガソーラー等の自然エネルギーへの過度の依拠の危険性を指摘した広瀬隆さんに、城南信用金庫理事長時代から「反原発」に様々な取り組みをしてこられた吉原さんが「誤解を解く」解説を丁寧に展開されている。加えて木村結さん(原自連事務局次長)にも吉原さんの論をさらに補強する論考「原自連は原発ゼロのために闘います」をご寄稿いただいた。

吉原毅さん(原自連会長)の特別寄稿「広瀬隆さん、それは誤解です!」(『NO NUKES voice』17号より)

◆高野孟さんの「安倍政権はいつ終わるのか? なぜ終わらないのか?」

高野孟さんの「安倍政権はいつ終わるのか? なぜ終わらないのか?」は読んでいると少し重たい気分にさせられるかもしれない。畢竟特効薬などなく、わたしたち個人が考え、行動する以外に回答はないのかもしれない。

高野孟さんの「安倍政権はいつ終わるのか? なぜ終わらないのか?」(『NO NUKES voice』17号より)

◆蓮池透さんと菊池洋一さん──二人の元当事者が語る「原発の終わらせ方」

 

蓮池透さん(『NO NUKES voice』17号より)

蓮池透さんは、拉致被害者の家族であり、東京電力の社員であった21世紀初頭日本を取り巻いた政治事件の中心に、偶然にも居合わせた人物だ。蓮池さんは東電を定年前に退職した。3・11以来東電には様々な怒りを感じておられる。蓮池さんご自身福島第一原発の3号機と4号機に勤務していたご経験の持ち主で、今回初めて明かされるような驚くべき杜撰な現状が語られる。「東京電力は原発を運転する資格も余力もない」は故吉田昌郎所長とも親しかった蓮池さんのお話は必読だ。

菊池洋一さんは元GE技術者の立場から、やはり原発建設がいかに、問題を孕んでいたのか、を解説してくださっている。簡潔に言えば「いい加減」なのである。しかしながら菊池さんのお話からも、現場の技術責任者でなければ知り得ない、驚愕の事実がいくつも暴露される。

 

菊池洋一さん(『NO NUKES voice』17号より)

◆本間龍さん「東京五輪は二一世紀のインパール作戦である」〈2〉

本間龍さんの連載「原発プロパガンダとは何か?」は今回も東京五輪の問題を鋭くえぐり出している。「国民総動員」の様相を見せだした「ボランティア」と称する「無償労働」の問題と意義を今回も徹底的に解析していただいた。「反・脱原発と東京五輪は相容れない」編集部の代弁をしていただいた。

◆何度でも福島の声を──井戸川克隆さん(元双葉町町長)、吉沢正巳さん(希望の牧場)

元双葉町町長の井戸川克隆さんの「西日本の首長は福島から何を学んだか」は鹿児島県知事三田園をはじめとする西日本、とりわけ原発立地現地行政責任者に対して、匕首を突きつけるような、厳しい内容だろう。冒頭ご紹介した函館市との対比が極めて不幸な形で鮮明になろう。

「吉沢正巳さんが浪江町長選挙で問うたこと」は「希望の牧場」で奮闘し続ける吉沢さんからの、吉沢さんらしい問題提起だ。行動のひと吉沢さんは浪江町長選挙に出馬した。浪江役場前には「おかえりなさい、ふるさと浪江町へ」の横断幕が掲げられてる。対して、吉沢さんは「除染してもサヨナラ浪江町」の看板を掲げる。この一見対立していそうで、不和解のように見えるメッセージを吉沢さんは「どちらも正しい」と語る。そのことの意味は?吉沢さんが闘った町長選はどのようなマニフェストだったのか?

希望の牧場・吉沢正巳さん(『NO NUKES voice』17号より)

◆佐藤幸子さんの広島・長崎報告と伊達信夫さんの《徹底検証》「東電原発事故避難」これまでと現在

「広島・長崎で考えた〈福島の命〉」は事故発生直後から、対政府交渉などの先頭に立ち続けてきた佐藤幸子さんの広島・長崎訪問記である。被災者の間に生じる(生じさせられる)軋轢を乗り越えて、お子さんの成長を確認しながら広島と長崎に原爆投下日にその身をおく、福島原発事故被災者。70余年の時をたがえて交わる被災者と、被災地のあいだには何が生じたのだろうか。

伊達信夫さんの《徹底検証》「東電原発事故避難」これまでと現在(その1)では、事故後の避難で何が問題だったのかの実証的な指摘が詳細に分析される。7年が経過して、記憶もおぼろげになりがちな事故の進行と非難の実態が、時系列で再度明らかにされる。

佐藤幸子さんの広島・長崎報告(『NO NUKES voice』17号より)

 

黒田節子さんが書評した『原発被ばく労災 拡がる健康被害と労災補償』(三一書房2018年6月)

◆黒田節子さんによる書評『原発被ばく労災 広がる健康被害と労災補償』

『原発被ばく労災 広がる健康被害と労災補償』(三一書房)を解説的に紹介してくださるのは黒田節子さんだ。

「首都圏でチェルノブイリ型事故が起きかねない 東海第二原発再稼働が危険な理由」を山崎久隆さんが解説する。ここで事故が起きたら東京は壊滅する=日本は終わる。それでも東海第二原発を再稼働する道を選ぶべきであろうか。

「セミの命も短くて…」は三上治さんのが経産省前テント村で生活するうちに、四季の移ろいに敏感になった、三上さんの体験記だ。ビルとコンクリートだらけの、霞が関の地にだって季節の変化はある。当たり前のようで、重要な「気づき」を三上さんが語る。

「赤ちゃんの未来は、人間の未来――国家無答責とフクシマ」(山田悦子が語る世界〈1〉)は本号から連載を担当していただく山田悦子さんによる論考である。「国家無答責」の概念は国家としての日本を理解するうえで欠くことができない重要な概念だ。山田さんは長年の研究で独自の「法哲学」を確立された。次号以降も本質に迫るテーマを解説していただく。

横山茂彦さんの「われわれは震災の三年前に、3・11事故を『警告』 していた!」は雑誌編集者にして、多彩な著作を持つ横山さんを中心に、東京から札幌まで1500キロを自転車で走りながら、原発に申し入れ書を提出するなどの行動が行われていた報告である。横山さんの多彩な興味範囲と行動力にはひたすら驚かされるばかりだが、このような人がいるのは、誠に心強い。

◆板坂剛さんと佐藤雅彦さん

 

板坂剛さんの「『不正論』9月号を糺す!」(『NO NUKES voice』17号より)

板坂剛さんの「『不正論』9月号を糺す!」は、芸風が安定してきた板坂による、例によって「右派月刊誌」へのおちょくりである。大いに笑っていただけるだろう(闘いにユーモアは必須だ!)。

佐藤雅彦さんの「政府がそんなに強硬したけりゃ民族自滅の祭典2020東京国際被爆祭をゼネストで歓迎しようぜ!」。佐藤さんの原稿はいつも下地になる資料が膨大にあり、事実や史実を示したうえで、最後に「佐藤流」のひねりで「一本」を取る。「板坂流」とは異なり、読者にも解読力が求められるが、内容はこれまたユーモアに満ちた批判である。

その他全国各地の運動報告や読者からのご意見も掲載し、本号も全力で編纂した。
地震・大雨・酷暑と自然災害が連続したこの数カ月。大震災列島の未来は〈原発なき社会〉の実現なくしてはじまらない。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

本日発売開始!『NO NUKES voice』Vol.17 被曝・復興・事故収束 ── 安倍五輪政権と〈福島〉の真実

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『NO NUKES voice』vol.17
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被曝・復興・事故収束
安倍五輪政権と〈福島〉の真実

[グラビア]サン・チャイルド/浪江町長選「希望の牧場」吉沢正巳さん抗いの軌跡
(写真=鈴木博喜さん)

[特別寄稿]吉原 毅さん(原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟=原自連 会長)
広瀬さん、それは誤解です!

[特別寄稿]木村 結さん(原発ゼロ・自然エネルギー推進連盟=原自連 事務局次長)
原自連は原発ゼロのために闘います

[追悼]編集部 志の人・納谷正基さんを悼む 

[報告]高野 孟さん(インサイダー編集長/ザ・ジャーナル主幹)
安倍政権はいつ終わるのか? なぜ終わらないのか?

[講演]蓮池 透さん(元東京電力社員/元北朝鮮による拉致被害者「家族会」事務局長)
東京電力は原発を運転する資格も余力もない

[講演]菊地洋一さん(元GE技術者)
伝説の原発プラント技術者が語る「私が原発に反対する理由」

[報告]本間 龍さん(著述家)
原発プロパガンダとはなにか〈14〉
東京五輪は二一世紀のインパール作戦である〈2〉

[講演]井戸川克隆さん(元双葉町町長)
西日本の首長は福島から何を学んだか

[報告]鈴木博喜さん(ジャーナリスト/『民の声新聞』発行人)
希望の牧場・希望の政治 吉沢正巳さんが浪江町長選で問うたこと

[報告]佐藤幸子さん(福島診療所建設委員会代表)
広島・長崎で考えた〈福島のいのち〉

[報告]伊達信夫さん(原発事故広域避難者団体役員)
《徹底検証》「東電原発事故避難」これまでと現在〈1〉その始まり

[書評]黒田節子さん(原発いらない福島の女たち)
『原発被ばく労災 拡がる健康被害と労災補償』

[報告]山崎久隆さん(たんぽぽ舎副代表)
首都圏でチェルノブイリ型事故が起きかねない 東海第二原発再稼働が危険な理由

[報告]三上 治さん(「経産省前テントひろば」スタッフ)   
セミの命も短くて……

[報告]山田悦子さん(甲山事件冤罪被害者)
山田悦子が語る世界〈1〉赤ちゃんの未来は、人間の未来──国家無答貴とフクシマ

[報告]横山茂彦さん(著述業・雑誌編集者)
われわれは三年前に3・11原発事故を「警告」していた!
環境保全をうったえる自転車ツーリング【東京―札幌間】波瀾万丈の顛末

[報告]板坂 剛さん(作家・舞踊家)
『不・正論』9月号を糺す!

[報告]佐藤雅彦さん(翻訳家)
政府がそんなに強行したけりゃ 
民族自滅の祭典・2020東京国際ウランピックをゼネストで歓迎しようぜ!

[報告]再稼働阻止全国ネットワーク
首都圏の原発=東海第二原発の再稼働を止めよう

《首都圏》柳田 真さん(たんぽぽ舎、再稼働阻止全国ネットワーク)
原発事故 次も日本(福島のお寺の張り紙)
二度目の原発大惨事を防ぐ・東海第二を止めるチャンス

《福島》春木正美さん(原発いらない福島の女たち)
モニタリングポスト撤去について・第二弾

《原電》久保清隆さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
日本原電は、社会的倫理の欠落した最低の会社だ!

《規制委》木村雅英さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
核分裂「湯沸し装置」をやめよう
~とうとう東海第二設置許可を認可する規制委、第五次「エネ計」で原発推進する経産省~

《地方自治》けしば誠一さん(反原発自治体議員・市民連盟事務局次長、杉並区議会議員)
全国自治体議員・市民の連携で安倍政権の原発推進に歯止めを!

《福井》木原壯林さん(「原発うごかすな!実行委員会@関西・福井」)
原発の現状と将来に関わる公開質問状を 高浜町長、おおい町長、美浜町長に提出

《島根》芦原康江さん(さよなら島根原発ネットワーク)
島根原発3号機の適合性審査申請に対する了解回答は撤回すべきだ!

《伊方》秦 左子さん(伊方から原発をなくす会)
二〇一八年九月原発のない未来へ 伊方原発再稼働反対全国集会

《玄海》吉田恵子さん(原発と放射能を考える唐津会)
原発は止め、放射性廃棄物は人から離し測定して監視し地下に埋めても修復できる体制を

《読書案内》天野惠一さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
『言論の飛礫(つぶて)─不屈のコラム』(鎌田慧・同時代社)

『NO NUKES voice』vol.17
https://www.amazon.co.jp/dp/B07GW4GYDC/

◆馴染みの街のサン・チャイルド──大阪・茨木市

 

Kenji Yanobe Supporters club(2018-04-16)より

阪急電鉄南茨木駅。まことに個人的ながら、この駅名には懐かしさが付きまとう。大学時代の2年間と、就職しての数年をわたしは南茨木駅が至近の(といっても駅まで徒歩で30分近くあった)アパートで過ごした。理由は新築の2LDKが格安家賃で、大学へはバイクで通えば20分ほどの距離だったからだ。

南茨木から転居後も、毎日のように利用していたスーパーマーケットで殺人事件が起こったり、モノレールが南進したりとときどきニュースは耳にしていたが、このたび無視できない情報を教えて頂いた。南茨木の駅前にはヤノベケンジ氏が作ったSun Child(サン・チャイルド)が設置されているそうだ。

姿はご覧の通りで、茨木市のホームページによれば、〈Sun Child(サン・チャイルド)は、平成23年3月11日に発生した東日本大震災から再生、復興していく人々の心に大きな夢と希望と勇気を与えるモニュメントとして制作されました。 高さ6.2mに及ぶこどもの像は、未来に向かって足を踏み出す姿を表現しています。傷つきながらも未来をしっかりと見つめ、力強く生き抜こうという再生へのメッセージがこめられています〉とのことである。茨木市の説明はうなずける。

◆福島市でのサン・チャイルド設置は「風評被害を助長する」?

ところがまったく同じSun Child(サン・チャイルド)が福島ではどういう訳か撤去されることになったという。

〈福島市が教育文化施設「こむこむ」前に設置した立像「サン・チャイルド」の表現に一部から批判が寄せられていた問題で、市は28日、作品を撤去すると発表した。木幡浩市長は記者会見で「賛否が分かれる作品を『復興の象徴』として設置し続けることは困難と判断した」と述べ、謝罪した。展示が始まった今月上旬から、交流サイト(SNS)などで、立像が防護服姿であることや、線量計を模した胸のカウンターが「000」となっていることが「風評被害を助長する」「非科学的」との批判が集中。作品の表現を評価する声もあり、市の対応が注目されていた。〉
※[引用元]「『サン・チャイルド』撤去へ 福島市長謝罪、設置継続は困難」(2018年8月29日付福島民友)

その理由の一端として、同記事では
〈市は18日から「こむこむ」の来場者に対し、立像についての意向調査を実施。27日までに110件の回答があり、設置に「反対・移設」が75人と、「存続」22人を大きく上回った。市へのメールや電話も否定的な意見が多かった。アンケートには「防護服がないと生活できないとの印象を与える」「子ども向けの施設に設置するのは問題」など撤去を求める意見の一方で、「災害の教訓になる」「勇気や元気が伝わる」などの意見があった。〉と説明されている。

『NO NUKES voice』Vol.17より(写真=鈴木博喜)

福島第一原発事故にかんするマスコミ報道については、つねに「水増しされていないか、不当に減じられてはいまいか」、「事実が隠蔽されていないか」、「虚構ではないか」、「恣意的な報道ではないか」を念頭に情報を分析しなければならない。そしてマスメディアのそういった姿勢に加えて、福島現地で暮らす方々がすがりたい「安全神話」という虚構が、ひとびとの思考を歪めていないか、をも考慮に入れなければならないことをこのニュースは物語っている。

◆何度でも問う! 福島2011原発事故と東京2020復興五輪 

 

『NO NUKES voice』Vol.17 より(写真=鈴木博喜)

大風呂敷が広げられている。「東京2020」という人道的犯罪と断じても不足ない、フクシマ隠蔽のための大風呂敷が。この大風呂敷は穴だらけだ。開会式の入場券が30万円以上もする「商業イベント」のために、11万人をタダ働きさせようとしている。災害ボランティアや非営利事業ではないのに、どうして「タダ働き」が堂々と進行しようとしているのか。文科省はついに、「東京2020」期間中、大学などに「授業や定期試験しないよう」通知を出した。21世紀型の「学徒動員」は前時の大戦とは順序を変えて、強制される。

新聞に「東京2020」に対する批判記事があるだろうか。不当な土地の払い下げ問題や、新国立競技場建設に絡む問題などが指摘されているか? 原発問題では鋭い筆鋒を見せた東京新聞はどうだ? まさか、開催地が「東京」だからという馬鹿げた理由が筆を鈍らせる理由にはなってはいまいな。

◆安心したい、忘れたい気持ちは痛いほどわかる。が、しかし……

福島から避難されて来られた方々は「福島県内のニュースでは被曝の実態が県外よりさらに報道が少ない」と異口同音に語られる。被曝問題だけではなく、「復興」を邪魔する奴はとんでもない!との無言圧力があるという。

一面無理からぬことではあろう。汚染地に住み続ける方々にとって、毎日「被曝の危険」を頭においていたら仕事や勉強ができないだろう。危機意識や怒りは(一部の強固な意志の持ち主を除いて)、当事者にとってそれほど長期間持続できるものではない。

その心理は理解するが、冷厳な科学的事実は、われわれがどう考えようと、念じようと変化することはない。国民総出で願ったら、放射性核種の半減期が短くなり、被曝被害が激減するのであれば、わたしも喜んでその輪に入ろう。

だが残念ながらそんな観念的な話ではない。あくまでも自然科学・放射線防御学や医学が今日までに到達している結果として、現在の福島は永続的な居住の「安全」が保障される場所ではないのだ(わたしはこのことを幾分かは、自分の内面を削りながら発言しているつもりである)。

安心したい、不安は忘れたい気持ちは痛いほどわかる。しかし、その気持ちが一体2011年3月11日に何を引き起こしたのか、を再考する障害となってはいないか。

南茨木駅は被災地ではなく、福島は被災地だからSun Child(サン・チャイルド)にたいする感覚が違うかもしれない。もし、そうであれば被害者であるはずの、福島のひとびとの感覚はゆがめられている。

「復興」や「絆」もいいだろう。その前に現実的な健康被害まで度外視されるほどに、被災地のひとびとの思考が誘導されているのだとすれば、責められるべきは、それを画策した連中だ。でも福島(福島だけではなく全て)のひとびとには忘れないでほしい。「被害を受けるのはあなた自身であるかもしれない」ことを。サン・チャイルドに罪はない。

『NO NUKES voice』17号が明日発売される。サン・チャイルドのようにわかりやすい出来事だけでなく、原発の根源悪を抉り出そうとわたしたちは尽力している。お手に取っていただければ幸いだ。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

明日9月11日発売開始!『NO NUKES voice』Vol.17 被曝・復興・事故収束 ── 安倍五輪政権と〈福島〉の真実

9月6日午前3時過ぎ、北海道を大地震が襲った。4日には台風21号が猛烈な勢いで、関西から東北・北海道までなめつくし、関西空港が壊滅的な被害を受けたのは、本通信でお知らせした通りだった。今回の台風は、関西空港だけでなく関西地方に、広く被害を出した。鹿砦社本社近くの甲子園浜でも高潮により、中古車100台余りが燃えるという被害が出ているし、神戸ではやはり高潮で多くの地域が水につかった。


◎[参考動画]土砂崩れ現場=北海道地震(時事通信映像センター2018年9月5日公開)

9月5日、所用で京都市内に出かけたら、桜の名所、蹴上浄水場ちかくのソメイヨシノが太い根元近くから何本も折れていた。山科区の電線には飛んできたトタンがまだぶら下がっている。広範囲で深刻な被害が出ていることが確認できた。

そして6日早朝に目覚め、インターネットのニュースを眺めると、北海道で大きな地震があったと報じている。その揺れは東京付近まで及んでいるようだが、関西には至らなかった。情報を眺めていると携帯電話にメールが入った「小生いま、北海道旅行中ですがとりあえず無事です。停電でラジオもなく情報が錯そうしていますが、無事のお知らせまで」。知人が休暇を取ってちょうど北海道に旅行中だったのだ。世耕経産大臣は午前中の記者会見で「数時間で電気は復旧させる」と見栄を切ったが、それから半日近くたっても停電復旧の見通しは立っていない。

 

2018年9月6日付朝日新聞

そして、今回の地震で、わたしたちは、凄まじい自然の力をまたしても見せつけられることになった。朝日新聞がヘリコプターから撮影した写真によると、山があちらこちらで形を失っている。

気象庁の発表では最大震度は6強とされているが、「震度を計測できなかった地域も少なくない」と気象庁も発表している。正午前後だったろうか、公衆電話が無料開放されたと知ったので、知人に「公衆電話は無料で使えるようですよ」とメールで連絡した。午後3時に至るも290万世帯が停電し、札幌市内では大規模な陥没や、液状化現象もみられるようだ。

数日前は台風で、そして今日は大地震で北海道が大混乱に陥っている。泊原発は「外部電源は喪失したが、非常用ディールが稼働し、燃料も7日分の備蓄があるから安全だ」といち早く伝えていた(逆に言えば7日の間に電源が戻らず燃料が供給されなければ、破局に陥るということだ)。

Yahooには天気のタグがあり、その中の「地震」を選択すると、体感地震の記録が掲載されている。今回の震源は「胆振(いぶり)地方中東部」とされている。通常、大地震の前には前日あたりから、微震が記録されていることが多いのだが、6日3時12分以前に「胆振地方中東部」を震源とする微震の記録はない。専門家は既に断層の分析や、「今後1種間程度は震度6程度の余震に警戒するように」とわかり切ったコメントを、あたかも定例行事のように発表している。しかし、正直わたしは戦慄を覚える。北海道で被災された方の大変さに思いを致しながらも、こうも頻繁に日本列島で大地震が頻発することに、生物的な恐怖を覚える。

「数時間で復旧を指示」した北海道の電力は、どうやら完全復旧には1週間程度かかるらしい、との本音が報道され始めた。幸いにも「殺人的酷暑」の季節が終わった後ではあるが、秋雨前線が近づいて、被災地では2次災害の恐れが懸念される。どうかこれ以上苦しまれる方が出ませんようにと祈るしかない。

こんなにも大地震は頻発したことがあっただろうか?「あっただろうか」とはいにしえの史実を振り返るのではなく、半世紀余り生きてきたわたしの人生の中で「あっただろうか」との意である。記憶にない。1995年阪神大震災以降、太平洋プレートが沈み込む上に乗っかっている日本列島が、地震の活動期に入ったことは、新潟地震、鳥取地震、東日本大震災、熊本地震など数々の大地震で立証済みだ。地震の前に人間は何の手も打てはしない。立ちすくみ怯えることしかできない。

食料や水の備蓄をする程度しか人間には打つ手がない。重ねて被災地の方々にはお見舞いを申し上げる。ここ数年で北海道から九州まで、すべての地域が地震の被災地になった。もう他人ごとでは済まされないと痛切に感じる。しかし、わたしたちは地震を止めることはできないのだ。この冷厳な事実の前に思索を巡らせるしか方法はない。


◎[参考動画]北海道震度6強地震 大規模土砂崩れが起きた厚真町の様子(北海道ニュースUHB2018年9月6日公開)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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9月11日発売!『NO NUKES voice』Vol.17 被曝・復興・事故収束 ── 安倍五輪政権と〈福島〉の真実

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