あまりご存じのかたは多くはないであろうが、今月27日から31日まで「冬季国体」が開催される予定である。愛知県名古屋市でフィギュアスケート、ショートトラック、長久手市と豊橋市でアイスホッケー、岐阜県恵那市でスピードスケート競技が実施されようと準備が進んでいる。


◎[参考動画]2021冬季国体は無観客開催に 愛知フィギュア・岐阜スピードスケートなど(CBCニュース 2021年1月14日)

わたしは、政府が発している「緊急事態宣言」の危険性(私権の制約、強制性、同調圧力など)に警戒感を感じながら、特にこの「愛知国体」開催に強い疑念と矛盾を感じる。

その理由は少なくはない。まずは政府の「緊急事態宣言」があろうがなかろうが(愛知県には現在「緊急事態宣言」が出されている)、愛知県ならびに愛知県知事が「昼間でも不要な外出の自粛」、「県をまたぐ移動の自粛」を県民に要請していることと「国体開催」が矛盾することである。例年冬季国体には全国各地から2000人近くの選手、監督や役員が訪れ、審判などの競技役員も数百人にのぼる。冬季の国体では、過去大会開催中に季節性のインフルエンザが流行したこともある。大村知事は愛知県民に「これまでとは違った生活を」と日々訴えながら、片方では2000人以上が全国からやってくる国体中止を一向に決断する様子はない。

国体の実施や中止に関しては、主催者が複数であることも理由には上げられよう。文科省や日本スポーツ協会、日本スケート連盟、日本アイスホッケー連盟、実施県(今回であれば愛知県)などが主催者として横並び(実際の権限はおそらく文科省、あるいは国にあるのであろうが)に位置されており、主催者に問い合わせたところで「うちだけで決められることではないので」と日本人お得意の責任転嫁の回答しか返ってこない。

わたしは元来「国体」という名前の、前近代的な大会はもう不要であると考えてきたが、競技者にとってはそれでも活躍の場であるので強い反対の意を示したことはなかった。しかし今回の「愛知国体」実施は正気の沙汰ではない。愛知県医師会長はすでに「現在愛知県の医療は災害医療の状態である」と表明しているし、19日、愛知県内では247人が新たに感染している(その中で名古屋市は94人)。入院患者数は720人で過去最多を更新し、重症者数も60人で過去最多を更新している。


◎[参考動画]新型コロナ死者相次ぐ 愛知7人、岐阜4人…東海3県の新たな感染者は計333人(メ〜テレニュース 2021年1月19日)

わたしは愛知県に医師の知り合いがいる。直接尋ねたところ、「救急外来だけではなく、新型コロナ以外の入院患者の手術にも遅滞をきたしており、医療は『崩壊』といってよい状態だ」との回答を得た。つまり「冬季国体」があろうがなかろうが、すでに愛知県の医療は「限界状態」にあるのだ。

そのような状態の中で「氷上の格闘技」と呼ばれるアイスホッケーや、111.12 mという小さなトラックで勝負を競うショートトラックなどを実施することが、感染抑止とどうして矛盾しないのか。私にはまったく理解できない。片方では大仰に「自粛」や「テレワーク」などを要請しながら、同時に感染拡大の可能性が極めて高い「国体」を実施する。あー日本的だなぁと、普段であれば呆れて眺めているだけであろう。だが、現在わたしは愛知県には居住していないものの、複数の疾病に罹患しており、定期的に複数診断科の診察を受けなければならない。医療崩壊は他人ごとではなく、わたしの居住地でもその兆候は見られるし、「医療崩壊」が本格化すれば、わたしがこの先本通信に原稿を書くことすら能わなくなる。

いったい、なにがたいせつなのだろうか?人間の世界で優先順位はどのように決められるべきなのであろうか?日本国には最高法規である「日本国憲法」があり、その25条では《すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。》と謳われている。けれども憲法の解釈は「閣議決定」で変更できることを、安倍晋三は証明したし、どこからどう読んでも軍備を持てないはずの日本には自衛隊が、当たり前のような顔をして存在している。

つまり、「法による支配」や「人命尊重の思想」が日本には備わっていないのだ。新型コロナウイルスの感染拡大は、つまるところ、資本主義成立後の「文明」に対して、根底的な変化を迫っている。対処療法的にワクチンが開発され命が救われることは望ましいし、早期に収束してほしいとわたしも切に願うが、早期から専門家のあいだでは予想されていた変異株の出現など、極めて困難度の高い状況に全世界が直面している。

あすの資金繰りに頭を悩ませる企業経営者、1年近くも旅行はおろか外食も、帰宅もほとんど叶わない専門医など、想像を絶する生活に踏みとどまっている人々の存在を度外視して「冬季国体」など、どのような思考経路の人間が加担・推進するのであろうか。

昨年の大晦日、本通信にわたしは《書籍に記録は残っていても、今を生きる人類の誰一人経験したことのない世界的感染拡大の中で、平時には気づくことが難しい特定集団の持つ、行動様式や思考傾向が表出している。むしろその中にこそ分析や研究の対象とすべき「核」のようなものがあるのではないだろうか。2020年われわれが得たものがあるとすればそれに尽きるような気がする。》と記した。その回答の一例をご紹介しよう。国体主催団体の一つである公益財団法人日本スポーツ協会は、問い合わせのサイト(https://www.japan-sports.or.jp/inquiry/tabid61.html)に《※現在、新型コロナウイルス対応によるテレワーク勤務併用としているため、留守メッセージの設定になっている場合があります。お問い合わせの際は、NEWSのお知らせに記載のメールアドレスもご利用ください。》と厚顔無恥にも平然と記載している。国体は実施しながら「自分たちはテレワーク」というわけだ。なんたる不見識、無責任の極みであろうか。

こういった、道義的には犯罪と表現してもおかしくはない無責任を、日本人は、結局敗戦後も反省・総括できず、こんにちまで至っている。それが大晦日にわたし自身が設定した問いへの回答として、予想以上のむごたらしさで突きつけられているのである。

昨年実施が予定されていた、東京五輪開催が決定した直後から、わたしは本通信や鹿砦社が出版する『NO NUKES voice』において、極めて強いトーンでその欺瞞と開催に反対してきた。おそらく、新型コロナウイルスの感染以前には7割以上のかたに、わたしの主張は理解いただけなかった感触が残っているが、いまや東京五輪開催に賛成する方の比率は、当時と完全に逆転している。その理由が新型コロナウイルスであったことは残念至極であるが、東京五輪実施の本質を多くの人々が理解するきっかけにはなった。

ここにきて、第二次大戦末期の「インパール作戦」同様の「愛知国体」開催策動をわたしが知って、黙していることは、東京五輪開催に強く反対の意を唱えてきたものとしては、一貫した姿勢とはいいがたい。関係者の誰でもよい。勇気をもって、なにも果実をもたらさない、災禍しか招かない「愛知国体」中止の声を上げるべきである。わたしは「愛知国体」開催に絶対反対の意を明確に表明する。

▼田所敏夫(たどころ としお)

兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

月刊『紙の爆弾』2021年2月号 日本のための7つの「正論」他

◆カルロス・ゴーン逃亡で明けた2020年

2020年最大の話題として、やはり新型コロナウイルス(COVID-19)をはずすわけにはゆかないだろう。ことしはカルロス・ゴーン被告がレバノンへ逃亡した事件で幕を開けたが、あの事件は何年も昔の出来事のようにさえ感じる。思えばあの時期すでに中国から日本へ「先発隊」は飛んできていたのだろう。


◎[参考動画]「ゴーン被告を引き渡さない」レバノン強硬姿勢のワケ(FNN 2020年1月8日)

◆完全に後手に回った日本政府の対策

日本政府の対応は、完全に後手に回った。欧州での感染爆発が伝えられても、当初、国会審議中に議員はおろか閣僚の誰一人としてマスクを着用しておらず、民間人のほうが危機に対しての感応が早かった。どうしようもなくなった安倍政権は「緊急事態宣言」を発することになる。安倍の頭のなかには「うまくゆけば緊急事態宣言の実績を謳いながら、憲法改正案に『緊急事態条項』を潜り込ませることを容易にしよう」とのよこしまな考えがあったことだろう。


◎[参考動画]安倍総理「憲法論争に終止符」憲法改正に強い意欲(ANN 2020年1月17日)

安倍は国民の生命・財産・健康などにはまったく興味はなく、もっぱらみずからの〈成功〉(実は客観的にはまったく成功ではないのだが)を過剰に称揚したがる性癖の強い、低能な政治家だ。第一波が一応の落ち着きを見せた時には「日本モデルが勝利した」などと自画自賛に余念がなかったけれども、安倍の行った他国と異なる政策といえば、子供用としか思えない「アベノマスク」を全戸配布するという、素っ頓狂な行為だけであった。

これとて「中抜き」業者が利益を得る仕組みが稼働することが目論見であり、同様の「中抜き」業者が利益を得る仕組みの政策は「Go To トラベル」にも共通している。感染の可能な限りの抑え込みではなく、世界的なパンデミックに直面しても、相変わらず一部業者の利益誘導を優先していたことを、私たちは忘れてはならない。

「安倍政権を継承する」と明言し登場した菅のみっともなさは、官房長官時代の「ふてぶてしさ」とうってかわって「惨憺」の一言に尽きる。安倍を私は何度も「低能」・「原稿がないとスピーチや答弁ができない」と批判してきたが、菅のみっともなさは、まさしく「安倍の継承」にふさわしい。会食の自粛を呼びかけ、「Go Toトラベル」の一時運用停止を発表した足で、みのもんたや王貞治らとの会食に出かけたニュースを耳にした世論は、さすがに菅の態度に内閣発足以来最低の支持率39%を突きつけた。そして国民あげての批判に対しても、加藤官房長官は「総理はこれまで通り、いろいろな意見を伺うために会食は続けてゆく」と開き直っている。


◎[参考動画]「大声上げない」“成功のカギ”!?海外で注目「日本モデル」(FNN 2020年5月26日)

◆倒錯しているかのような光景 ── 感染拡大に無神経になったひとびと

12月に入り、毎日のように過去最高の感染者・重症者数が報じられる中、都市部での人出は、むしろ増えているそうだ。2011年に福島第一原発が大事故をおこしたあと「直ちに健康に影響はない」と当時官房長官だった枝野が連呼しても、福島はもちろん関東あたりの人々の中には、恐怖や警戒が数年は持続したように感じる。

ところが今次の新型コロナウイルス感染爆発に対しては「緊急事態宣言」が発せられたとき、「ここは別世界ではないか」と思わされるように人影が消え、パチンコ店には「自粛警察」(!)が営業妨害に訪れたあの光景と、まったく異なる様相がわずかあれから半年ほどのいま、12月後半に展開されている。


◎[参考動画]安倍総理 緊急事態宣言の全国拡大で記者会見(テレビ東京 2020年4月17日)

「緊急事態」の響きに市民は誠に忠実であった。当時わたしは自宅から京都のかかりつけのクリニックへ通院のために自家用車で出かけたが、京都市内にはまったくと言ってよいほどに自家用車は走っておらず、もちろん旅行者の姿はなかった。コロナウイルスに対する恐怖はもちろんであるが、日本人のこの徹底的といってもよいほどの「緊急事態宣言」に対する素直な姿勢に、正直言えば、少々気持ち悪さを感じた。

よその国がどうであるかどうか、は問題ではない。日本政府は明らかに感染封じ込めに対して無能であったし、むしろ感染を拡大させる「Go To」なる愚策を「経済政策」と称して実施し、案の定感染は拡大した。様々な業種の方々が、事業を断念したりギリギリの経営状態で踏みとどまっている。ことに個人経営の事業主の方々は想像を絶する苦境に置かれている。その一方でバブル以降株価が最高値を記録している現象は、どこかおかしくはないか。


◎[参考動画]株価一時500円高 バブル後の最高値を2日連続更新(ANN 2020年11月25日)

◆コロナ禍から学ぶものがあるとすれば

つまり、世界に広がる感染拡大の中で、日本においてはまことに不可思議な、本来両立しえない、あるいは背反するはずの諸現象が同時に、あたかも整合性があるかのごとく成立している。国策だけではなく、地方行政や企業の態度から個人の行動に至るまで、論理性や一貫性を大きく欠いた日常が常態化してきているのではないだろうか。

書籍に記録は残っていても、今を生きる人類の誰一人経験したことのない世界的感染拡大の中で、平時には気づくことが難しい特定集団の持つ、行動様式や思考傾向が表出している。むしろその中にこそ分析や研究の対象とすべき「核」のようなものがあるのではないだろうか。2020年われわれが得たものがあるとすればそれに尽きるような気がする。

本年もデジタル鹿砦社通信をご愛読いただきまして、誠にありがとうございました。困難が予想されますが、2021年が読者の皆様にとって幸多き年となりますよう祈念いたします。


◎[参考動画]全世帯へ布マスク2枚ずつ配布へ 安倍総理発言全編(ANN 2020年4月1日)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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11月24日、大阪地裁では鹿砦社が李信恵氏に訴えられた(もとはと言えば、李信恵氏による「鹿砦社クソ」発言に対する損害賠償請求訴訟で鹿砦社が全面勝訴し判決も確定したけれど、その裁判の後半になって急遽李信恵氏が「反訴」を申し立ててきたが、裁判所には認められず、別の裁判として李信恵氏が提訴した)裁判の本人(証人)尋問が行われた。

午前中は被告である鹿砦社側証人として特別取材班キャップの田所敏夫が証言台に立った。午後からは原告李信恵氏が証言した(この詳細については本通信11月26日27日の記事参照)。

ところが閉廷から数時間後に、思わぬ事件が発生していた。当日傍聴席に姿を現した、伊藤大介氏(「M君リンチ事件」現場にも同座していた人物)が、裁判後なんらかのいきさつで極右活動家・荒巻靖彦氏を呼び出し、逆に荒巻氏が所持していた刃物により、伊藤大介氏は負傷したとの情報が飛び込んできたのだ。

その事件現場に居合わせたのが伊藤大介氏一人であるのか、あるいは複数であるのかの確証を、取材班は確認できていない(2人との情報がある)。しかしながら発生以前の夕刻に、李信恵氏と伊藤大介氏が食事(おそらくアルコールも入っていたであろう)している姿は、李信恵氏のSNS発信により確認できる。

伊藤大介氏を襲ったとして、「殺人未遂」容疑で大阪府警に逮捕された人物の実名は、ネット上に即座に公表されたので特別取材班も確認できている。また、情報が錯綜する中、取材班は経過を冷静に見てきていた。

不思議であったのは、この事件の存在(事実)が報じられていて、あるいは関係者がごく簡単にコメントしていて、それが「一方的」なものであれば、被害者側の人々は、必ずや指弾、糾弾するであろうに、そういった発信がまったくと言っていいほどなされていなかった(特別取材班サイバー班調査結果)事実である。

われわれは、知りえない事実について、軽々に発信をすべきではないと判断し、「伊藤大介襲撃事件(仮称)」についても、最低限の事実を書くにとどめ「考えさせられる事件である」と結んでいた。

しかし、下記の発表が大阪府警からあった。

大阪府警の検挙情報(2020年12月7日付け)

産経新聞2020年12月8日朝刊20面(大阪版)

管轄の大阪府警曽根崎警察署

ここでは匿名ではあるが、一部報道機関では実名で報道されている。念のために大阪府警に詳細を問い合わせたが、「25日事件の被害者が逮捕されたことに間違いはない」と大阪府警広報から回答を得た。

以上が簡単ではあるが、現在明らかになっている事件の概要である。われわれは繰り返すが「刑事事件の被疑者は刑の確定まで、推定無罪が相当」であるとの前提に立つ。したがって、伊藤大介氏を襲撃したという極右活動家・荒巻靖彦氏の行動、あるいはそれ以前に暴行を行ったとされる伊藤大介氏の行動にも、一定の留保を保ちながら論評するものである。

繰り返すが、事件の詳細はわからないのでどちらに非があるのか、といった判断をわれわれは述べない。しかしながら一つだけ断言できることがある。「M君リンチ事件」が発生した際との、恐ろしいほどの共通項が揃っているということである。

前述の通り、11月24日は李信恵氏と鹿砦社の裁判、それも「本人(証人)尋問」期日であり、その後李信恵氏の発信によれば、伊藤大介氏とどこかへ食事に出かけている(18時頃)。そのあと李信恵氏が同行したかどうかは不明である(現時点の情報では「犯行現場に、李信恵氏はいなかった」との情報もある)が、伊藤大介氏が日付けが25日に変わった深夜、荒巻靖彦氏を呼び出し、諍いになり、伊藤大介氏が殴りかかり、逆に反撃に遭い伊藤大介氏が刺された、ということは事実である可能性が濃い。

この展開は、何かに似てはいないか? そうだ、「M君リンチ事件」」の際の展開と同様なのだ。当時は李信恵氏が在特会を相手取っての裁判が展開されていた。その期日のあと、韓国料理店、キャバクラ、ラーメン屋、カレー屋、ワインバーなど5軒ほどはしごをして「日本酒に換算して1升」(李信恵氏の発言)ほど飲酒したあとに、深夜M君を呼び出し「リンチ」に及んだのである。ここでも伊藤大介氏はリンチ現場に居合わせている。

われわれは、これまで「そのような行為は反差別を主張するものとしては、適切ではない」と主張してきたし、24日証人尋問でも田所敏夫は「そのような行為に及ぶのは『反差別』を闘う人への冒涜だと思う」と証言した直後だった。ちなみに、田所自身、広島被爆二世として差別と闘ってきている。

繰り返すが、事件の詳細は不明なのでこれ以上特別取材班は踏み込まない。しかしながら、そのようないきさつであったにせよM君が予言した通り「このままでは、また同様の事件が起こりますよ」が現実になってしまった。

鹿砦社ならびに、特別取材班は「あらゆる差別に原則的に反対」である。であるがゆえに、反差別界隈で発生した「M君リンチ事件」に、重大な関心を持ち取材してきたのである。そこには「このような体質の集団には、また同様の事件を起こす可能性が極めて高い」との懸念もあった。

どうやらわれわれの「懸念」が現実のものとなったようである。24日の期日を終え新横浜到着後「圧勝」宣言をした、李信恵氏の代理人・神原元弁護士は、この事態をどうとらえているのであろうか? 事件直後の11月25日に、「俺の大切な友人を刺したレイシストに抗議する」とツイートしたあとは黙している。同じく李信恵氏の代理人・上瀧浩子弁護士は今、何を考えているのだろうか? そして他ならぬ、李信恵氏ご自身は、再度発生した、深夜の不幸な事件についてどのようにお考えであろうか? 是非とも見解をお伺いしたい。

2020年11月25日の神原元弁護士のツイート

2020年11月27日の有田芳生議員のツイート

繰り返す。李信恵氏は24日の証人尋問で「自分が女だから攻撃された」などと、述べていたが、それは完全に失当である。李信恵氏はひとりぼっちではなく、常に周りに「屈強な」味方が寄り添っている(24日、傍聴席で見かけた伊藤大介氏の振る舞いや開廷中の「ヤジ」にはドスがいたものを感じた)。

11・24裁判後、事件前の伊藤大介氏と李信恵氏

われわれは「弱者」を狙って「攻撃」をしたりはしない。そんなことは自らを辱める行為に他ならず、そもそもそのような発想が浮かばない。このことは断言しておく。

そして、伊藤大介氏の事件を契機に、その周辺の方々は、是非一度立ち止まり、自身を振り返られることをお勧めする。「脚下照顧」という言葉もある。

《関連過去記事カテゴリー》
 M君リンチ事件 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=62

Amazon https://www.amazon.co.jp/dp/B07CXC368T/
鹿砦社 http://www.rokusaisha.com/kikan.php?bookid=000541

◆午後:「反差別運動」の女帝・李信恵の本人尋問

昼休みを挟んで13時20分に再開した午後の弁論では、李信恵に対する本人尋問が行われた。李信恵の代理人は神原元と上瀧浩子弁護士。対する鹿砦社の代理人は大川弁護士である。さながらM君リンチ事件裁判における尋問の「再戦」の構図となった。

M君リンチ事件裁判尋問の際、李信恵は大川弁護士の反対尋問に答え「私はダウンタウンの漫才が好きなので日頃から死ねとか殺すとかいう言葉をよく使います」と自身の暴力性を白状する供述を引き出されていた。李信恵サイドからすれば大川弁護士は「紳士的な天敵」であったに違いない。

李信恵への尋問は、上瀧弁護士による主尋問からスタートした。上瀧弁護士はM君がリンチを受けた理由の「整合性」が、あたかもM君の「差別意識」にあるかのような質問を繰り返したが、本訴訟の争いとは全く関係がなく、M君に対するさらなる攻撃が繰り返された(その時傍聴席にM君は座っていた)。法廷におけるM君へのさらなる悪質な攻撃にほかならない。

2020年11月24日李信恵本人尋問の様子(画=赤木夏)

どのような「言い訳」を並べようが、金良平らの卑劣極まる暴力は決して許されるものではない。暴力の正当化や開き直りの口実に「差別」を持ち出すことは在日コリアン全てに対する侮辱である。

そのやり取りを聞いた傍聴席のM君は大きく溜息をついたが、李信恵側の傍聴人でリンチ事件の裁判の被告の一人でもあった伊藤大介が「てめえ何笑ってんだ」等と品性のない罵声を浴びせていた。現在コロナ対策のために、法廷では裁判官以下、傍聴人も含め全員にマスクの着用が要請されている。仮にマスクをしていなければ(個人を特定しやすいので)伊藤大介の「不正規発言」は「退廷」に値したかもしれない。

李信恵の主尋問への回答は、この事件を傍聴したことのある方々には聞き慣れた「被害者」ぶりに終始した。曰く「講演会やイベントに嫌がらせがあった」「周りの人にも迷惑をかけて辛かった」「性的な嫌がらせ記事を書かれて尊厳を傷つけられた」「在日で女だからターゲットにされた」「辛い」「涙が出た」「絶望的な気持ちになった」等々と並べ立てる(最後に述べた「鹿砦社の出版物やブログ記事を全て消してほしい」はまごうことなき本音であろうが)。李信恵は、これまでこうした自身の「差別被害」を声高に訴えてきた。その一方、仲間たちと何軒も飲み歩き(みずから言うところでは5軒、「日本酒に換算して1升」)、血まみれのM君に「まあ殺されるんやったら店の中入ったらいいんちゃう」と言い放った事実は本人も認めている。

この眩暈がするほど落差はなんなのであろうか?

11月24日の裁判の当日夜も、M君を呼び出してリンチに及んだ時と同様、伊藤大介と誰かを従えて飲みに繰り出していたようである(みずからのツイッターやインスタグラムで画像をアップしている)。こうした写真を目にするたびに、われわれは、李信恵が「反差別の旗手」ともてはやされている現実に、深刻な疑問を抱かざるを得ない。

大川弁護士による反対尋問に対しては、それまでの「被害者」ぶりとはまったく変わりのらりくらりとした回答になった。冗長な回答を繰り返そうとした李信恵だったが「イエスかノーで答えてください」とそれを許さなかった大川弁護士の法廷技術が光った。質問がリンチ事件や李信恵らが書いた「謝罪文」のこと、事後の隠蔽工作に及べば「知らない」「記憶にない」を繰り返した。主尋問においては、「謝罪文」は「エル金(金良平)を庇うために書いた」と述べた李信恵であるが、金良平による「謝罪文」や仲間宛のメール等については「知らない」「記憶にない」の一点張りであった。大矛盾である。大川弁護士による反対尋問により何かまずい発言を引き出されることを嫌ったのか、神原はしきりに「異議あり」「誤導だ」と言いがかりをつけようとしたが、結果そのことは遅延行為と見なされ鹿砦社側の反対尋問の時間が10分延長される結果となった。

神原元弁護士の2020年11月24日付けツイート

神原元弁護士の2020年11月24日付けツイート

◆鹿砦社代表・松岡が李信恵に怒りの直接尋問

最後に、時間がギリギリのところで鹿砦社社長の松岡利康が李信恵に被告(鹿砦社)代表による直接尋問を行った。時間も押しており裁判官の制止もあったが、松岡はそれを振り切り、

「私たちは、このリンチ事件で本質的に問うているのは一人の人間としてどう振る舞うかということですが、あなた(李信恵)はふだんから『反差別』とか『人権』というような言葉を声高に語っていますよね?リンチの現場にいて、『なんやねん、お前』とM君の胸倉を掴みリンチの口火を切り、リンチの最中も悠然とワインを飲んでましたよね? 暴行を止めたんですか? 救急車やタクシーを呼んだんですか? あの周辺はよく知っていますが、大きなタクシー会社が2軒ありますよね?」

と、時間もないので一気呵成に問いかけたが、李信恵はほとんど答えなかった。

松岡と裁判前に喫茶店で「偶然の遭遇」をしたという李信恵の虚偽のツイート

また、M君裁判の本人尋問の当日朝、松岡が近くの喫茶店で李信恵につきまとい恫喝したかのごときツイートに対し、「何という名の喫茶店ですか?」と尋ねたところ、「名は忘れた。裁判所を出て右のほうの店」と答えた。松岡はそんな喫茶店には行ってはいない。「フォロワー1万人以上いる人にそんな嘘をツイートしてもらったら困るんですよ!」と一喝。

最後に、リンチを受けた直後の変わり果てたM君の顔写真を李信恵に突きつけ、「あなたは今これを見てどう思いますか?」と問うた。李信恵は、終始目を背けて黙っていた。松岡は閉廷後「李信恵にはどうしてもあれを問わずにはいられなかった」と述べた。松岡の怒りの尋問は、李信恵の逃げの姿勢や、神原、上瀧弁護士らの制止、伊藤大介らのヤジを「圧倒」した。神原弁護士は終了後すぐに川崎に戻り、今回の尋問を「圧勝」したとツイートしているが、李信恵や伊藤陳述書の嘘(後述)も明らかになり、とても「圧勝」とは思えない。

広島被爆二世として、極めて体調の悪い症状に苦しみながら、今回の証人尋問を引き受けてくれた田所の鬼気迫る姿勢や、松岡みずから鹿砦社代表として会社を背負っての尋問などを見ると、鹿砦社側がの迫力が李信恵側を「圧倒」としていたといえよう。本通信昨日記事で述べたように、午前中の尋問では神原の誘導質問に、田所が時に法廷に響き渡る声で、反論し神原をおし黙らせた場面も印象的であった。

本来ならば、被告尋問は会社代表の松岡が尋問を受けるのだろうが、それでは受け答えするだけで李信恵を直接問い質せない。あえて松岡は証言には立たなかった。体調勝れないが取材責任者の田所を尋問に立て、松岡は大川弁護士の横に着席していた。そして尋問の最後に満を持して李信恵に尋問を行った── そうか、さすがの智恵者!これまで数々の修羅場をくぐってきただけのことはある。このことだけでも、狡知に長ける神原弁護士らを「圧倒」したと言えよう。松岡は「いやあ、特にそんな意図はないですよ」と言ったが……。
             
付言する。期日の数日前に伊藤大介が「陳述書」を出し「自分らには何の取材もしていないと」と主張してきた(伊藤はリンチ現場にいた人物であるので、「当事者に取材をしていない」と主張したかったのではないかと推測される)。しかしながら本件を追った第2弾本『反差別と暴力の正体』(書証として提出済み)、あるいは松岡の本年5月14日付け「第3陳述書」で、ジャーナリストの寺澤有が伊藤らを直接取材していることを記述している。

寺澤本人からも尋問期日前夜、取材詳細を明らかにするメールがあったことを田所が証言した。印象操作を企図したわけではないであろうが、動かぬ証拠が既に提出されているのに、提出期限を過ぎて、全く虚偽の陳述を出してきたのはなぜであろうか? 「しまった!」と感じたのか神原弁護士は「陳述書を撤回します」と、苦し紛れの言い訳を裁判官に求めたが、あえなく却下され伊藤大介による虚偽内容の陳述書は撤回されなかった。原告李信恵側の主張の真実性に、裁判所も疑義を抱くことであろう。

鹿砦社対李信恵第2訴訟はこれにて弁論が終結した。判決は年明け2021年1月28日13時10分に大阪地方裁判所1007号法廷にて言い渡される。李信恵ら「反差別運動」を騙る暴力勢力との戦いにおける重要な節目となるであろう。われわれは勝訴を確信する。(本文中敬称略)

【付記】
翌日25日、驚くべきニュースが飛び込んできた。李信恵と伊藤大介が24日裁判終了後、飲食を共にしていたことは李信恵みずからSNSで発信しているが、その後伊藤大介ら2人(うち1人が李信恵かどうかは現在不明)が極右活動家を呼び出し、逆に返り討ちされ刃物で刺されたというのだ(詳細は不明)。現時点では情報が錯綜しているので、これ以上のコメントは差し控えるが、考えさせられる事件である。

裁判後飲食を共にする李信恵と伊藤大介。この後、伊藤は極右活動家に刺される

◎カウンター大学院生リンチ事件(別称・しばき隊リンチ事件)裁判報告
 【前編】 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=37169
 【後編】 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=37209

《関連過去記事カテゴリー》
 M君リンチ事件 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=62

Amazon https://www.amazon.co.jp/dp/B07CXC368T/
鹿砦社 http://www.rokusaisha.com/kikan.php?bookid=000541

M君リンチ事件の真相究明のため鹿砦社特別取材班が結成され、取材と出版活動を開始してから4年あまりの時間が経過した。「しばき隊」「カウンター」などと自他称される「反差別運動」の内部において凄惨なリンチが行われ、事件後1年以上M君に対して事件を告発した報復のためネット上で誹謗中傷を殺到させるという異常きわまる光景。李信恵が「反ヘイトスピーチ裁判の旗手」としてマスコミ等に持て囃される一方で被害者M君は正当な救済をまったく受けていなかったという理不尽。──

以来4年余、M君の裁判は終結し、金良平の不誠実極まる対応に最後の最後まで迷惑をかけられながらも、M君にはようやく賠償金が支払われた。これについては社長の松岡以下、鹿砦社特別取材班の面々も安堵しているが、その一方でリンチ事件が本質的な解決をみたとは到底言うことができない。

なぜならば、リンチ事件やその裁判に直接かかわった者たちから、事件の隠蔽工作をした者たちや被害者M君を誹謗中傷した者たちから、どこからも事件に対する真摯な反省は微塵も見えないからである。換言すれば、この者らの関わる「反差別運動」やそれに関連する社会運動において、M君リンチ事件のような陰惨かつ卑劣きわまる事件が、今後も繰り返される可能性は極めて高いということだ。

鹿砦社特別取材班は、われわれの取材の成果が、こうした社会運動における暴力の根絶に向けての歴史の教訓となることを目的の一つとしている。鹿砦社と李信恵の裁判についても、そうした取材活動の一環として報告を続けてきた。

◆M君リンチ事件の概要

鹿砦社と李信恵の裁判の概要を改めて振り返ろう。M君リンチ事件が「しばき隊」「カウンター」関係者総出での隠蔽工作を破って明るみに出され、被害者M君が李信恵ら5人を相手に損害賠償を求める裁判を起こしたのが2016年7月。その後李信恵らその裁判の被告側および支援者(すなわちリンチ事件の加害者サイドの者たち)から、被害者M君や鹿砦社に対する誹謗中傷が繰り返されてきた。

李信恵本人とて例外ではない。「クソ鹿砦社」「鹿砦社の嫌がらせのせいで講演会の告知もできない」「お金目当て」「社長は中核派? 革マル派?」等の誹謗中傷を李信恵は繰り返した。

李信恵の「反ヘイトスピーチ裁判」はマスコミに取り上げられ、李信恵自身は「反差別運動の旗手」として著名であり著書も出版している。このような人物による誹謗中傷を重く見た松岡は、2017年9月、李信恵に対する名誉毀損による損害賠償請求の訴えを大阪地裁に提起した。

この訴訟自体は、2019年2月14日に大阪地裁で鹿砦社が完全勝訴。双方が控訴したが同年7月26日、大阪高裁は双方の控訴を棄却。李信恵側がいったん上告したものの、後にこれを取り下げたので鹿砦社の勝訴が確定している。

鹿砦社の提訴から半年以上が経過した2018年4月、李信恵から鹿砦社に対する反訴が提起された。損害賠償550万円の支払いに加え、なんとこれまで鹿砦社が出版したリンチ事件関連書籍の「販売差止め」が請求の内容となっている。

この反訴は鹿砦社が訴えを起こした訴訟と併合審理が認められず、李信恵側が別訴として改めて訴えを提起し直したという経緯がある。これまで鹿砦社が李を訴えた裁判を鹿砦社対李信恵第1訴訟、李信恵が損害賠償と販売差止めを求めて訴えたものを第2訴訟と便宜的に呼んできたが、去る11月24日に第2訴訟の人証調べが行われた。

第2訴訟は、李信恵が自身の不祥事を明るみに出された書籍を、みずからに都合が悪いから封殺したいという目的であり、この請求自体、憲法第21条が保障する「表現の自由」「言論。出版の自由」に対する重大な挑戦である。出版活動を行ってきた取材班としても絶対に看過することはできない。11月24日は鹿砦社と李信恵の〈直接対決〉の場であり、まさにこれまでの訴訟の天王山であった(李信恵は第1訴訟の時は一度も出廷せず、李信恵への尋問も行われなかった)。以下、当日の様子を報告する。──

◆午前:鹿砦社特別取材班キャップ、田所敏夫の証人尋問

11時に開廷した口頭弁論は、鹿砦社側の尋問から行われた。尋問には社長の松岡ではなく、鹿砦社特別取材班キャップとして取材の現場の陣頭指揮を執ってきた田所敏夫が証人として立った。鹿砦社代理人の大川伸郎弁護士による主尋問において、「あらゆる差別を許さない」という鹿砦社特別取材班の差別問題に対するスタンスを田所は改めて鮮明にした。その上で、李信恵のような人物が反差別運動の先頭に立つことは疑問があると述べた。

鹿砦社側代理人の大川伸郎弁護士による田所敏夫証人への主尋問の様子(画=赤木夏)

ここまでは過去にわれわれが明らかにしてきたことであるが、今回の尋問では田所はさらに踏み込んだ。尋問に先立って田所は広島原爆の被爆二世であり、さまざまな心身の不調があること。尋問中に不具合のある視力のため、サングラスを着用していること。遠近を見分けるために、複数のメガネをかけ替えてよいか?また「可能な限り大きな声で話すよう努力するが、のどにも不具合があるため、必要に応じて水分補給をしてもよいか」と裁判官に尋ね、いずれも許可された。

李信恵や神原元がこれまで鹿砦社による言論、出版活動における自分たちへの批判に「差別」ないしは「差別の助長」とレッテルを貼ろうと何度も試みてきた。しかし田所が証言席で自ら語った「広島原爆被爆二世」という事実は、「差別」が李伸恵や神原元らの専有物ではないことを、明らかにするものとなった。

主尋問は被告(鹿砦社)側代理人、大川伸郎弁護士が担当した。事件を知ったきっかけから、どのように取材班が結成されたのか、社長松岡と田所の関係性、取材方法-対象、どの時点で共謀があったと確信したか。など手際よく質問が展開され、田所はよどみなく回答した。

特筆すべきは大川弁護士による「ご自身は『差別』のようなものを、お感じになったことはありませんか?」との質問だった。

田所は「私は広島原爆被爆二世であり、若年の頃より様々な疾病や体の変調に見舞われてきた。外見上もそうだった。しかしその原因が『被爆二世』であると語ったことはこれまでなかった。そう語らなければ周囲の人間には、どうして体調崩すのかは理解されない。しかし、最近とみに内科・外科疾患の進行が速まっていることから、私が『広島原爆被爆二世』であること本年公開した。これまで経験してきたことの中には『差別』もあった」。田所は淡々と答えた。

 

李信恵側代理人、神原元弁護士による田所敏夫証人への反対尋問の様子(画=赤木夏)

李信恵側の反対尋問は、主として神原元が担当した。神原はM君が李信恵に顔を殴られたのは「平手か拳か?」と、枝葉末節な質問について書証を根拠に田所へしつこく聞いた。

しかし田所は「そんなことは、まったく問題ではない! 何十発も殴られ顔面骨折し、自分が蹴られたことすら記憶していない状態であったM君が、『手拳』か『平手』かを明確に覚えていなくても、全く不思議だとは思わない。今ここで、私が神原先生を私が殴れば、それが『手拳』であろうが『平手』であろうが問題になるのではないか! M君は当初『殴られた』としかわれわれに語っていなかった。刑事記録の中からM君が『蹴られていた』ことを見つけたのは私であり、それまで、彼の記憶の中からは『蹴られた』ことすら残っていなかったのだ」と強い語調で反論した。

慌てた神原はこの質問は得策ではないと考えたのか、突如質問の内容を変えた。

神原が田所に行った質問は、細かな勘違いや記憶違いを突いて供述全体の信用性を低下させようと企図されたものであったが、田所は全く動じず、むしろ質問の不当性をたびたび弾劾した。

これまでの神原であれば田所が展開したような「弾劾」にたいして、発言をさえぎる場面が多く見られたが、この日の神原の質問は、明らかに精彩を欠いており。田所が「圧倒した」と傍聴席の人々は感じたのではないだろうか。

ここ数年来田所は、広島被爆二世からくる宿命的とも推認されるさまざまな体調不良に見舞われてきた。それにもかかわらず、田所は鹿砦社特別取材班キャップとして陣頭指揮を執ってきた。この日の田所の証言は文字通り〈命がけ〉であった。鹿砦社特別取材班キャップとしてその責務を全うしようと、裁判を戦ったのである。──(本文中敬称略。つづく)

《余談》日頃裁判期日の後には、即座に自身のツイッターに「圧勝」を宣言する神原元は、神奈川への帰路新幹線の中で尋問とは無関係な発信を連発。ようやく新横浜に到着したと思われる時刻に「圧勝」宣言を書き込んだ。尋問直後に「圧勝」宣言を書けなかった神原の姿が、彼の心理状態を物語る。敗訴した裁判のあとでも「祝勝会」をあげる神原にして、尋問終了直後に「圧勝」とは書けなかったのである。敗北感があったのではないだろうか。

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いよいよ本日、大阪地裁で鹿砦社対李信恵氏の直接対決、第二ラウンド(たぶん最終ラウンド)の天王山である「本人(証人尋問)」が行われます。

 

リンチ直後の被害者大学院生M君

事情に詳しくない読者のために解説しますと、鹿砦社は李信恵氏ら5人が同席した深夜の会合に呼び出され、当時大学院生M君が1時間近くにわたり「リンチを受けた」との情報を得て、松岡社長以下取材班を結成して、全くゼロの状態から、その事件と背景を解明すべく5冊の調査報道書籍を上梓しました。

その途中から李信恵氏による、鹿砦社、あるいは松岡社長や取材班に対して、主としてTwitterによる誹謗中傷・罵詈雑言が始まりました。李信恵氏だけではなく、相当数の人々が「鹿砦社攻撃」に参加しました。鹿砦社は小さな会社です。関西といっても商都大阪ではなく甲子園球場の近くにある出版社です。社員の数は片手をわずかに超える程度です。

はっきり言えば兵庫県では、一番大きな出版社ですが、会社の規模としては「零細企業」なんです。ですから、出版社として発行物にたいする批判を受けることは仕方ないとかんがえています(意見の違いはありますから)。ですが、さんざん事実無根の書き込みを、世間では「差別と闘う正義の勇者」と思われている人からなされれば、当たり前ですが、商売に悪影響が出まし、信用問題になります。繰り返しますが鹿砦社は、硬軟幅広い出版物を発刊していますから、その内容に対して意見の相違や、お叱りはいつもあります。それは「言論の自由」の前提に立てば、当たり前のことであり、むしろご批判の中には「なるほど」と首肯させられるものもあり、出版社としては当然受け止めるべきものである、と考えています。

松岡と裁判前に喫茶店で「偶然の遭遇」をしたという李信恵の虚偽のツイート

でも、虚偽は困りますし、許せません。李信恵氏は、時として松岡が「ストーカー」であるかのごとき書き込みや、所属したこともない新左翼党派の実名を挙げるなど、ヒートアップは止まりませんでした。どんどん加熱する懸念がありましたので、早めに止めるべく、仕方なく鹿砦社は、顧問弁護士である大川伸郎先生に「そのような行為をやめるように」お願いする通知書を李信恵氏に書いていただきましたが、それでも彼女や彼女の仲間らの書き込みは止まりませんでした。ここまでくると、平常時の仕事にも影響が出ますし、座視できません。やむなく鹿砦社は李信恵氏を相手取り、名誉毀損による損害賠償を求めて、大阪地裁に提訴しました。

大阪地裁では鹿砦社の訴えが全面的に通り李信恵氏の不法行為が認められ勝訴しました。双方が控訴した大阪高裁でも鹿砦社は勝訴しました。被告李信恵氏は上告しましたが、どういう理由かはわかりませんが、途中で上告を取り下げ、鹿砦社勝訴の判決が確定することとなりました。

ところで、大阪地裁での審理後半になって、李信恵氏側は突如「反訴したい」と言い出しました。反訴の意思があるのであれば、提訴から1年以上の時間があったわけですから、その間にそれを明示すればよいものを、これまた不可解な「反訴」提起でした。裁判所は「争いの内容が異なるので反訴は認められない」と判断し別個の訴訟となされました。その結果きょう「本人(証人)尋問」が行われる、李信恵氏が原告で、鹿砦社が被告という(一度は肩がついた問題を蒸し返した感が否めない)別個の訴訟(紛らわしいので、先の訴訟を第1訴訟とし、こちらを第2訴訟といって区別しています)が行われることになったわけです。

一般の方にもご想像頂けると思いますが、裁判には途方もない労力が必要です(さらに、みみっちいことを言えば「お金」もです)。せっかく鹿砦社勝訴判決が確定したのに、私たちはこの別訴自体に納得がいきません。李信恵氏は、あろうことかリンチ事件関連で出版した書籍の販売差止めさえ求めています。ひとことで言えば「無茶苦茶な要求」です。憲法21条で高らかに謳われた「表現の自由」「言論・出版の自由」を蹂躙するもので、いやしくも出版界の末席を汚す者として絶対に譲れません。

これまでは「争点準備手続き」といわれる、公開の弁論ではなく、密室での審議が続いてきましたが、きょうは傍聴席のある通常法廷で、双方の証人が証言します。原告側は、李信恵氏本人。被告である鹿砦社側は、取材班キャップの田所敏夫さんを証人として送り出します。取材班には世間に名の知れた有名フリーライターから、駆け出しの若手、情報収集に従事する人など、ずいぶんたくさんの方が集まってくださいましたが(表には松岡社長や田所さんらが出ましたが、水面下では多くの協力者が存在しましたことを明らかにしておきます)、この裁判の発端になった「リンチ事件」が発生したのが大阪であったこと(そして鹿砦社も兵庫県に本社を置くことから)関西在住の田所さんに取材やとりまとめをお願いしてきました。

「本人(証人尋問)」は第三者を交えた議論の場ではありません。証人はあくまで原告・被告双方の代理人(または本人)からの質問に答えることだけが許されます。田所さんがいくら意気込んでも「大演説」をする場所ではありません(それは李信恵氏にも同様のことです)。ですから華々しい議論が展開されるわけではありませんが、「リンチ事件」が鹿砦社に持ち込まれた当初から事情を知っている田所さんは、落ち着いて、しっかりとした証言をしてくれるものと信じます。戦後75年、この国で故なき差別を受けてきた広島被爆二世である彼は現在、おそらくそれに発する複数の病に罹患し闘病中です。今年は例年の1割も仕事ができなかったようです。それでも「リンチ事件」が鹿砦社に持ち込まれてから、今日までを知る、文字通り〈生きた証人〉として全力で証言してくれることでしょう。

一方、李信恵氏側は、李信恵氏本人も、李氏代理人の神原元・上瀧浩子弁護士らも、かつては、こうした裁判には動員を叫んだり大騒ぎしていた所、今回はなぜか沈黙しています。

本日の裁判の様子は、数日のうちにご報告いたします。

1 尋問期日(11月24日火曜午前11時)
2 法廷番号は1007号です。
3 裁判所書記官(24民事部合議2ニ係)によれば、「整理券を配ったりする予定はない。」とのことでした。
4 当日の予定は下記のとおりです。
  午前11時~   田所敏夫(取材班キャップ。鹿砦社側証人)尋問
  午後1時20分~ 李信恵本人尋問

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反差別・反原発・反天皇制などを闘う、すべての労働者、学生、市民、そして世界中の同志の皆さん(実は本通信は結構な数韓国で読まれている)! われわれは、いよいよ11・24大阪地裁における、「カウンター大学院生リンチ事件」に関連する、司法の場での最終決戦を迎える。

そもそも鹿砦社(鹿砦社だけではなく支援者の皆さん)としばき隊勢力は、何故法廷闘争に至らなければならなかったのか? 答えは簡単である。李信恵氏が同席した場で繰り広げられた、「カウンター大学院生リンチ事件」に対する賠償や治療費さえもが、事件後何年経っても被害者に1円たりとも支払われていなかったことに出発点はある。

刑事事件として2名が罰金刑を受け、2名だけではなく李信恵氏もリンチ事件被害者M君に「謝罪文」を書き、活動の自粛を申し入れながら、勝手にそれを反故にした。被害者は顔面骨折などの重傷を負わせられているのに、1円たりとも賠償や治療費の支払いさえもがなされていなかった。こんな理不尽が許されるか!

李信恵「謝罪文」(P01-P02/全7枚)

李信恵「謝罪文」(P03-P04/全7枚)

リンチ直後に出された金良平(エル金)[画像左]と李普鉉(凡)氏[画像右]による「謝罪文」(いずれも1ページ目のみ。全文は『カウンターと暴力の病理』に掲載)

くどくならないように経過説明は最小限にとどめる。すべては「リンチ被害者が何の賠償も治療費も受けていない」異常事態を回復するための訴訟を援助すること(そのためには事実関係をより詳細に取材する必要があり、取材内容は真実性・公益性・公共性に満ちていたので5冊の書籍出版となったが、鹿砦社は「リンチ事件」が持ち込まれた当時、書籍の出版など考えもしなかった)に端を発している。

「よくわからない」、「誰が何をしてたのかこんがらがる」と読者や事件にあまり詳しくない方々からは感想を聞く。そうなのだ。事柄は非常に入り組んでおり、関連人物も多数だ。国会議員から、大学教員、弁護士から、そのへんにいそうな兄ちゃん、姉ちゃんまで。よって、事件の詳細を御存知ではない方、興味のある方には是非既刊5冊(総ページ700ページ余りにもなるが)をお読みいただきたい。

ところで、皆さん! 来る11月24日は鹿砦社と李信恵氏が「本人(証人)尋問」という形で、直接対峙する局面を迎える。この裁判は原告が李信恵氏であるので原告側は李信恵氏が、鹿砦社は「棺桶に片足を突っ込んだ」(元鹿砦社社員にしてしばき隊幹部、藤井正美が勤務時間中に自分のツイッターアカウントで松岡を描写した表現)松岡ではなく、泣く子も黙る田所敏夫を証人に立てた。田所は知る人ぞ知る武闘派で、かつては国際的にもその名を知られた人物である。武闘派といっても武器を持っていたわけではない。日本人が誰も行かない紛争地帯を取材したり、海外の要人に数々のインタビューをこなし、国際配信された記事も少なくない。ただし田所敏夫はペンネームであり、本名は異なる。田所は広島原爆被爆二世であり、核発電(原子力発電と一般的に呼ばれる)や核兵器には絶対反対の立場の人間だ。自身も数々の疾病に悩まさており、今年は例年の10分の1も仕事ができなかったという。

 

リンチ直後の被害者大学院生M君

体調が悪い中ではあるが、松岡はあえて田所に証言を依頼し、田所は快諾したという。

冒頭陳述や最終陳述ではないので、田所が長時間の演説を繰り広げることはない。しかし、被爆二世としての苦しみを実感し、田所自身がこれまで仕事を通じ、または私生活で「反差別」と関わる生き方をしてきた。そのエッセンスは必ず法廷で、発揮されるものとわれわれは確信する。田所には似非反差別、偽善は通用しない。

取材班には様々な考え方の人間がいる。鹿砦社は「排除の原理」を唾棄するからだ。しかしその中にあって田所の反核・反差別・反天皇制への考えは際立っている。この3つを田所は絶対に譲らない。「天皇制を認める反差別などすべてまやかしだ」と田所は常に口にしている。

コロナ禍の中、限られたられた傍聴席でもあるので、支援傍聴を要請するも、くれぐれもご自身の健康や安全を第一にお考え頂きたい。11・24決戦の様子は数日後にはご報告できるであろう。体調不良の中、鬼気迫る決意で尋問に立つ田所敏夫を応援し、「反差別」に名を借りた偽善者どもを圧倒しようではないか!

1 尋問期日(11月24日火曜午前11時)
2 法廷番号は1007号です。
3 裁判所書記官(24民事部合議2ニ係)によれば、「整理券を配ったりする予定はない。」とのことでした。
4 当日の予定は下記のとおりです。
  午前11時~   田所敏夫(取材班キャップ。鹿砦社側証人)尋問
  午後1時20分~ 李信恵本人尋問

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リンチ直後の被害者大学院生M君

松岡 お久しぶりです。取材班の皆さんとは一応お願いした仕事が終わりましたので、コロナもありお声がけしていませんでした。近く鹿砦社が勝訴した名誉毀損裁判で、反訴が認められなかった李信恵が別訴となった裁判の証人尋問があります(11月24日)。今回は発行人である私ではなく、取材班キャップの田所敏夫さんに証言していただくことになりました。田所さんは、あとで触れますが、このかん体調不良で、きょうは欠席です。皆さん思うところもおありだと思いますので、この問題の総括に向けてのお話ができれば、と思います。

A  まず確認しとかなきゃいけませんね。この裁判は李信恵が鹿砦社や松岡社長を誹謗中傷する書き込みをツイッターに多数書き込み、それを「やめてくれ」という弁護士さんを通じての要請も無視され、やむにやまれず訴訟に至った。もちろん原告が鹿砦社で被告が李信恵です。大阪地裁で李信恵の不法行為が認められ全面勝利し、双方控訴した大阪高裁でも鹿砦社が勝った。李信恵は上告しましたが、どういうわけか、それを取り下げ判決は確定した。このいきさつ、結構知らない人多いと思いますよ。

B  そうですね。でも大阪司法記者クラブ(大阪地裁、高裁の記者クラブ)は鹿砦社が「記者会見を開きたい」と申し入れてもすべて門前払いでしたね。だから鹿砦社が勝っても大手メディでは報道されないから、知らない人が多いのは仕方ない面はありますね。

李信恵の暴言の一部。ほんの一部でも、よくこんなにも暴言を吐けるものです(『真実と暴力の隠蔽』巻頭グラビアより)

松岡と裁判前に喫茶店で「偶然の遭遇」をしたという李信恵の虚偽のツイート

C  まったく不公平やな。「記者クラブ」が日本の報道を骨抜きにしてきたことはもはや議論の余地もない。記者クラブに入り浸っている連中は「御用メディア」「情報カルテル」の推進者ですわ。もうここまで来たから言うけど、じつは知り合いの現役朝日新聞記者(司法とは無縁)に事情を話したら、「そんなひどいことをやってるんですか! 載せたくなければ書かなきゃいいだけですよ。求めがあったら少なくとも会見の場所は確保しないと。記者クラブが恣意的に運用されればますますメディアは信頼失いますよ」って怒ってたし、同様に共同通信の記者も「最悪の対応ですわ。言葉ありません」って内緒でメッセージくれたもんな。せやから鹿砦社が自力で「事実」を伝えなあかんかった。ゆうたら失礼やけど、これでは限界がありますわ。

D  ぜんぜん反論はないな。最初の頃、取材班のメンバーの「軽さ」に、俺はしょっちゅうキレてたけど、最近はそんなこともなくなった。突然違う話のようだけど、日本学術会議への菅の介入も広義には同根なんだろうと思う。もうあちらこちらで問題が煮詰まりすぎて、鍋の底に「コゲ」が出来てる状態じゃないかと思う。もうすぐ底に穴が開くだろうよ。コロナが冬になったらまた活性化するのは、インフルエンザの流行をを見ればわかると思うけど。この国は何をやった? 「GO TOトラベル」でしょ。あとは個人の「お行儀任せ」。冬に向かって手を打たないと大拡散するのは素人でもわかる。この「素人でもわかる」常識(?)が通じないのが2020年の現実だな。だから鹿砦社の仕事を追うメディアは、今まで出てきていない。

松岡 そうでしょうか。われわれの問いかけに対しては、少数ながらも手ごたえのある反応はあったと思いますよ。元読売新聞の山口正紀さん、『週刊金曜日』元編集長・元社長の北村肇さん(故人)、大手新聞の「押し紙」告発で有名な黒藪哲哉さん、人民新聞の山田洋一さん…。企業ルポで有名な立石泰則さんも応援してくれていますね。北村さんや立石さんは少しご存知だったようですが、他の方々は私が知らせて初めて知るに至った次第です。

D  社長!

松岡 なんでしょうか?

D  そこが社長の甘さ、と言っては失礼だけど、優しさなんですよ。現状認識の上ではね。

A  ボク、ちょっと、バイトあるからこのへんで失礼します。

D  ド阿呆! こっからが本論やんか、逃げんと最後まで座っとけ!

A  は、はい(内心:やっぱりきょう来るんじゃなかったなぁ。松岡社長とDさんが議論し出すと、入っていかれへんもん)。

松岡 Dさん。続けてください。

D  少々失礼に当たるかもしれませんが、言いますよ。われわれはこの「リンチ事件」を通して「リンチはいけない」、「暴力はいけない」以上の思想的基盤を創造しえたか、否か。私の関心はそこにしかないんです。社長の純粋な思いというか、義侠心からリンチ事件・被害者M君支援は始まりましたよね。私は全く同感だしこの仕事には価値があったと今でも思っています。だけれども、5冊も本を出したわけでしょ。大手メディアには全く無視されながら。そのことに現代というか、今日この社会が包含する問題の本質が、奇しくも出たと思う。こういう仕事をやっていてこんなことを言うと、罰当たりだけど、私は大方の組織ジャーナリズムをほぼ信用していません。それがしっかり証明されたのが、李信恵の裁判では盛大に記者会見を開くけれども、リンチ被害者M君や鹿砦社が提訴しても、勝訴してもどこも取材に来ないし、記者会見すら開かせないマスメディアの姿勢。これはどう考えても〈差別〉だし〈村八分〉です。2005年に社長が「名誉毀損」容疑で逮捕された状況よりも、個別の事情はともかく、全体では明らかに悪化している。ちなみに、その「名誉毀損」事件を神戸地検からリークされて“スクープ”した、朝日の平賀拓哉という記者は、社長からの面談要請からも逃げ回ってます。自分の記事に責任を持てないのか、と言いたいですね。

B  Dさんちょっと待ってください。お説ごもっともとワシも思うし。けど今の話には重たい課題がごちゃ混ぜになってるように思うんですわ。かといって「ほなお前、わかりやすうに説明せい!」言われてもでけへん。それも事実です。

自分ら取材通じて、だいぶ勉強させてもらいました。本100冊読むよりいろんなことが頭に入ったし。あっ、本も読みましたよ。で、ワシはあれこれ言われへんから、やはりこの問題について再度問い直したいんです。そこはDさんと同じなんですわ。

D  B、おまえどっかの寺か大学院でも入って、修行したのか? どうしたんだよ、その鋭さ! 嬉しいな。若いスタッフの成長は何よりもエネルギーになりますよね社長。

松岡 そうですね。今、BさんとDさんから重い問いが投げかけられました。私もまだ不消化な部分があるので、できるだけ早い時期に“総括本”を出そうと考えていたところです。すでに賛同してくれた5人の方が寄稿してくれています。田所さんは広島被爆二世としての症状が出たのか、療養中で、先の5冊の本で、田所さんが草稿を書いてくれたのですが、今回はそれができなくて私が草稿から書かなくてはなりません。なので、すでに寄稿してくれた5人の方には申し訳ありませんが……。必ず“総括本”は出しますよ。

一同 異議なし!(拍手)

「反差別」運動の女帝の素晴らしいツイート

同上

同上

D  おいB。久しぶりに気持ちいいから、これ終わったら、お前の好きなキャバクラ連れって行ってやるよ。

B  なにゆうてるんですか! 東通り商店街も、曽根崎も、北新地も、ワシの好きやった店どこもやってませんがな!

D  そうなんかあ……

A  本当に飲食店や接客業の方々の苦労は言葉にできませんね。ところで24日、田所さんが証言するんですよね。体調大丈夫でしょうか?

松岡 田所さんには「無理をしないでください」と伝えてありますが、田所さんが「最後の仕事をしたい」と言ってくれましたので、あとは彼に任せます。責任感の強い人だし、これまでの彼の取材や記事の実績を見れば、いくら体調が悪くても、それなりの仕事をやってくれるものと信じています。それに彼は、広島原爆投下75周年の8月6日、みずからが被爆二世であることをカミングアウトされ、これまで受けてきた差別は想像を絶するものと察します。が、確かに体調は悪くても、最近の彼には鬼気迫るものがあります。「反差別」の美名の下に散々やりたい放題の李信恵やその守護神・神原弁護士らに堂々と対峙し断罪するものと信じてやみません。少なくとも私が尋問されるよりもいいと思いますよ。私なんか、ある銀行を訴えた裁判の本人尋問で、頭に血が上って書類を投げて「なんばしよっとか!」と郷里の言葉で怒鳴るほどですので(苦笑)。彼は、そんな私と違い、意外と冷静に対処する人だよ。

C  対李信恵裁判を完勝して、来年からは新しいテーマに取り組みたいですね。

松岡 そうですね。私も来年70歳になりますのでそろそろ引退を考えています。どなたか私の後継者に名乗り出てくれる人はいないでしょうか?

(一同無言のまま帰り支度を始める)

大学院生リンチ加害者と隠蔽に加担する懲りない面々(『カウンターと暴力の病理』グラビアより)

【お知らせ!】11月24日、 対李信恵第2訴訟(大阪地裁)、いよいよ最大のヤマ場、李信恵さんと田所敏夫(取材班キャップ。鹿砦社側証人)の尋問!

対李信恵第2訴訟(大阪地裁)、つまり李信恵さんが鹿砦社に「クソ鹿砦社」「鹿砦社はクソ」等々と散々誹謗中傷した訴訟(鹿砦社の勝訴)に対し、訴訟の最終局面になって反訴してきた訴訟(裁判所は別個の訴訟として処置)について次のように本人(証人)尋問が行われます。これまで、論点整理として非公開で審理が進められてきましたが、次回期日は公開の本人(証人)尋問です。多くの皆様の傍聴を要請します。

〈1〉尋問期日(11月24日火曜午前11時)
〈2〉法廷番号は1007号です。10階の法廷はちょっと大きめだったような気がします。
〈3〉裁判所書記官(24民事部合議2ニ係)yによれば、「整理券を配ったりする予定はない。」とのことでした。
〈4〉当日の予定は下記のとおりです。
  午前11時~   田所敏夫(取材班キャップ。鹿砦社側証人)尋問
  午後1時20分~ 李信恵本人尋問

李信恵さんが法廷に出て来るのは、おそらくこれが最後かな、と思います。
ぜひ傍聴お願いいたします。

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対李信恵第2訴訟が大詰めに近づいています。ここにおいて当方は田所敏夫さん(ペンネーム。鹿砦社社員ではなく、下記に述べるようなことから畏敬の念を持って「さん」付けとしました)と私が陳述書を提出しました。

私は2018年9月5日、19年1月7日、2020年5月14日に続いて、去る8月20日、この日は裁判所が長い“休業”明けで久しぶりに期日が入り、4度目の陳述書を提出しました。

この陳述書に於いて私は、田所さんの陳述書と、8月6日付けの本通信での広島原爆被爆二世であるとのみずからの出自を公にカミングアウトされたことに触発され、この訴訟にも密接にリンクする、〈差別〉、そして〈差別と暴力〉について、私の体験や身近の出来事を中心に思う所を申し述べてみました。

そもそもこの対李信恵第2訴訟は、「鹿砦社はクソ」「クソ鹿砦社」と誹謗中傷した訴訟の終盤になって突如「反訴」として提訴(賠償金550万円と出版差止め等)してきたものですが、裁判所にも考えがあってのことで、「反訴」とはならず「別訴」として独立した訴訟として係争中のものです。

尚、元々の訴訟は李信恵の不法行為が認定され〈鹿砦社勝訴─李信恵敗訴〉が確定しています。

以下は、この「第4陳述書」を下敷きにして、訴訟用語を排し一般向けに書き直したものです。2回に分けて分載します。

◆「反差別」は李信恵らの“専売特許”ではありません

そもそも李信恵らが殊更に「反差別」を叫ぶことで、一般的には「反差別」が李信恵らの“専売特許”のように広まっています。特に朝日新聞はじめ大手メディアが李信恵を、リンチ事件に関わったことを隠し、事あるごとに持ち上げることで、李信恵がリンチ事件に関わったことが隠蔽され、闇に葬られつつあることは遺憾なことです。

確かに私たちは実際に反差別の運動や組織に関わっているわけではありません。しかし、だからといって私たちが〈差別〉について考えていないということではありません。私たちなりに考え、悩み、差別解消へみずからの身の回りから努めてきたつもりです。世の中、ほとんどの人々が“もの言わぬ大衆”で、“もの言わぬ大衆”が〈差別〉について考えていないということではありません。

また、私たちが李信恵らの「反差別」運動を批判することをもって、私たちが〈差別〉について考えていないように意図的に喧伝する者がいますが、とんでもありません。私たちはあくまでも李信恵らの“歪曲された反差別運動”を批判しているのであり、だからといって、反差別運動全般を否定しているわけでも“反差別に反対”しているわけでもありません。これまでは「あらゆる差別に反対する」とファジーに述べてきましたが、このたび勇気を持ってみずからの差別体験をカミングアウトした田所敏夫さんらの存在を明らかにすることで、私たちの差別に対するスタンス、これを元に李信恵の「反差別」の言動に対する違和感を示します。

◆広島原爆被爆二世の田所敏夫さんの想いと怒り

今回、田所敏夫さんが、陳述書を書いてくれ、また尋問に出廷することを承諾されました。

彼の〈差別〉に対する想いと怒り、感情と認識は、彼が広島原爆被爆二世という出自に基づいています。私たちは内々に聞いていて、私たちの〈差別〉に対する考え方に大きく影響しています。つい最近、彼は李信恵の提訴の一部になっている「デジタル鹿砦社通信」に於いて、2020年8月6日、広島原爆投下75年の日に公にカミングアウトしました(同通信参照。この文をはじめ田所さんは常々ペンネームの「田所敏夫」を使っていますが、これは、実生活での不利益を最大限防止するためと、大学職員時代の上司〔故人〕の、権威に屈しない精神と遺志を継承するという決意から来ています)。

広島原爆被爆者や、その二世、三世は、戦後75年間ずっと〈差別〉に晒されてきました。「マイノリティ」という、李信恵らが頻繁に使う言葉を借りれば、原爆被爆者や、その二世、三世は日本の人口からすれば「マイノリティ」です。李信恵ら在日コリアンよりも圧倒的に少数です。

田所さんは、多くの病気を罹患され、最近ではがんを罹患されています。そうした症状は、原爆被爆二世(からくる体内被曝)から来ることは容易に推認されることで、容貌にも表われています(田所さんは白内障や顔面皮膚疾患も患っており、よほど親しい間柄でない限り写真の撮影を断っていました)。

こうしたことを顧みず、李信恵を支持し連携する野間易通という者が、田所さんの本名や職歴(大学職員)などと共に顔写真を意気揚々とネットに晒しましたが、田所さん本人や私たちの怒りは相当なものでした。

野間は、李信恵同様「反差別」運動界隈のリーダー的存在ですが、彼には田所さんの人権への配慮はなかったのでしょうか? また、この際に野間と親しい李信恵や彼女の代理人弁護士(神原元、上瀧浩子弁護士)らは叱責し止めさせたのでしょうか? 当時は田所さんが広島原爆被爆二世ということをカミングアウトしないのをいいことに、やんややんやと囃し立てていたんじゃないですか?

こうしたことからしても、李信恵らが語る「反差別」や「人権」が贋物だということが窺えます。「反差別」や「人権」に名を借りたまがい物です。偽物のメッキはいつかは剥がれます。

◆田所さんらから多くを学びました

被差別者である田所さんとの付き合いで、私は多くのことを学び、くだんのリンチ事件に対する認識や関わり方に於いても参考になることも多々ありました。李信恵の言動に対する受け止め方も、彼の違和感や意見に基づいています。

田所さんは、本件リンチ事件の調査・取材に中心になって奔走してくれましたが、彼の動きは私の期待以上でした。それは、生を受けて以来〈差別〉を身を持って体感し、身に付いた〈真に差別に反対する〉という意識が、李信恵らの“歪曲された反差別運動”に対する怒りとなって、これが基になっているのではないか、と私は思っています。

田所さんに加え、私たちの周囲や、取材に協力してくれた方々には、多くの在日二世、三世の方々や被差別部落出身の方々、さらに戦後から差別を受けてきた沖縄の方々や、2011年東日本大震災での原発事故以降避難先で差別を受けている福島の方々がおられます。ほとんどの方が生活に追われ日常的に何らかの差別を受け、しかし多くは実際の運動に関わっているわけではありません。前述したように、いわゆる“もの言わぬ大衆”です。

私たちは、田所さんはじめ、上記の心ある方々に多くの意見やサジェッションをいただき、これらは5冊の出版物に反映させています。

「反差別」は決して李信恵らの“専売特許”ではありません。なにか「自分らは差別されている」と殊更強調し、だからといって、過剰に批判者に対し汚い言葉で個人攻撃したり暴力を振るっていいわけではありません。

この第2訴訟に先立つ元の訴訟では、鹿砦社に対する暴言や誹謗中傷で裁判所は李信恵の不法行為を認定しています。また、リンチ関連本弾5弾『真実と暴力の隠蔽』巻頭グラビア「李信恵という人格の不可思議」には李信恵の暴言の数々(のほんの一部)が掲載されていて驚かされます。さらには、リンチの最中、被害者M君が痛めつけられているのを見ても、李信恵は、“名台詞”として有名になった「まぁ殺されるんやったら店の中入ったらいいんちゃう?」という非人間的で冷酷な言葉を言い放つ──李信恵の非人間性を表わしています。本件リンチ事件を調べていって本当に驚きました。現代の「反差別」運動は、ここまで堕落しているのか、言葉がありませんでした。

李信恵の暴言の一部。これを見て、この人が反差別運動のリーダーにふさわしいと誰が思うのか!?

後述(次回に掲載)する「八鹿高校事件」や「糾弾闘争」から変わっていないじゃないか、と率直に感じました。

そのように、本件リンチ事件についての当該出版物や「デジタル鹿砦社通信」の記事に於いて、バックには、取材に協力してくれた多くの方々という“もの言わぬ大衆”の“声なき声”を取材者が拾い上げ、それが深く反映されているものと思っています。

本来なら、運動家、特にこのリーダー格の人間こそ、“もの言わぬ大衆”の“声なき声”を汲み取り、それを代弁しなくてはいけないわけですが、果たして李信恵にその姿勢があるかどうか、ここ4年余りのリンチ事件に対する取材や被害者支援の活動から大いに疑問を感じています。

リンチ直後の被害者M君の顔写真。この写真を見て平静でいられる人はいるのか?

5軒の飲食店を飲み歩き「日本酒に換算して一升近く飲んだ」と告白した李信恵のツイート。泥酔してリンチがあったのを知らなかったと弁解したつもりだが、「語るに落ちる」とはこのことで、5軒の飲食店を飲み歩き「日本酒に換算して一升近く飲んだ」ことを自己暴露

日頃から夜な夜な飲み遊び、くだんのリンチ事件の日も前日夕方から5軒飲み歩き「日本酒にして一升」を飲んだと豪語し泥酔、日付が変わった深夜、その勢いで集団でリンチに及ぶような者にリーダーとしての品格を見て取ることなどできるでしょうか。いやしくも「反差別」や「人権」運動のリーダーたる者は、日頃からみずからを律し、飲み遊ぶ時間を自己研鑽に当てるべきでしょう。そうではないですか? 私の言っていることは間違っているでしょうか?

私はこれまで、田所さんのことは知っていても、本人がカミングアウトしていないことで内に秘めてきました。このたび期することがあって公にカミングアウトされたことに強く衝撃を受けました。

次回に掲載する〈差別と暴力〉についても、これまで部分的に述べてはいても、まだまだ不十分さが否めませんでした。

私にしても田所さんにしても、〈差別〉や〈差別と暴力〉の問題、つまりそれと密接にリンクするM君に対するリンチ事件についても、薄っぺらい“コメント”や“評論”に終始してこなかったことだけは自信があります。被差別者である田所さんは勿論、私も田所さんらに学び、徹底して取材・調査し、私の能力の限り本質的に迫ろうと努めてきたつもりです。リンチ事件は私自身の問題として関わってきたことだけは申し上げることができます。(本文中、田所さんを除き敬称なし)
                     

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内輪話で恐縮であるが、本「デジタル鹿砦社通信」が新体制で再始動して、8月18日で丸6周年を迎えた。わたしも6年前の新体制発足以来、拙い文章を綴らせていただいてきた。

思い返せば、新体制発足当時は月に20本ほど寄稿させていただくことも珍しくなかった。わたしの決して「中立」でも「公平」でもない私見を、こんなに許容してくださる媒体は、ほかにないだろう。その意味で6周年を迎えたいま、わたしの狼藉を許容してくださった鹿砦社の松岡社長、編集長、そして嫌々ながらお付き合いいただけた読者の皆さんにあらためて御礼を申し上げる。ありがとうございました。

私的な理由で、3月以来仕事からほぼ離れている。時に読み返すと、赤面の至りで、できることであれば今からでも削除していただきたい、ザル原稿の山である。ただ折に触れ「このままの世界(日本)は続かない」という体感を基本に何度も書いてきた「東京五輪の破綻」は現実のものとなったし「2030年日本はこのままの姿ではないだろう」との予想は、ほぼ的中が確実になった。

この6年間日本はロクでもない方向に暴走してきた。安倍への批判がようやく形を成してきたようにも思えるが、遅すぎたと思う。コロナ後の世界をはやくも論じる書籍が多数出版されているようだが、著者の名前を見ると正直興味を惹かれない。思索が浅いに違ない連中ばかりだ。

これから、明確であるのは「社会的なあらゆる側面が不安定・不確定な時代に突入した」ということぐらいではないだろうか。

6年間ご迷惑をかけてきたわたしは、私的理由で今しばらくお休みさせていただく。このまま消えるつもりはないが、しばしお暇を頂く。お世話になった読者の皆さんのご健勝をお祈りする。またお目にかかる日まで皆さんに幸多からんことを!

▼田所敏夫(たどころ としお)

兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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