9月16日、京都新聞朝刊は「県、西山さん確定無罪に反論」の見出しで、湖東記念病院事件で服役後再審無罪を勝ち取った西山美香さんの国家賠償請求訴訟において、滋賀県がふたたび西山さんを「犯人視」していることが明らかになったことを伝えた(2021年9月15日付京都新聞電子版)。詳細を確かめるべく西山さん弁護団長の井戸謙一弁護士に16日夕刻、急遽電話で詳細を伺った。(聞き手=田所敏夫)

井戸謙一弁護士

── 本問題の大まかな経緯を教えてください。

井戸 西山さんは再審での無罪確定を受け、2020年12月25日、国と滋賀県を相手取り、約4300万円の国家賠償を求める裁判を大津地裁に起こしました。国に対しては検察官の起訴の違法等、滋賀県に対しては滋賀県警の捜査の違法等が根拠です。この裁判の進行には難しい側面があります。再審裁判を闘ってきましたから原告側は記録を持っているのですが、民事裁判にはそれを証拠として出せないのです。刑事訴訟法に「刑事裁判で開示を受けた証拠は刑事裁判以外で使ってはならない」旨の条文があるからです。刑事裁判以外に使うと弁護人が懲戒請求されたり最悪の場合は刑罰も課せられます。日弁連は大反対しましたが、検察サイドの要求で平成16年に新たに加わった条文です(第281条の4)。裁判員裁判導入の際に証拠開示の規定が整備されたことの見返りに検察、法務省側が求めたものです。

ともかくその条文ができたので、本当であれば原告側が刑事裁判の証拠をこの裁判の証拠として出せば済むのですが、出せない。そこでこちらは裁判所に対して「文書送付嘱託」の申し立てと、「文書提出命令」の申し立てをしました。「文書送付嘱託」とは、大津地裁の民事部が、刑事記録を保管している大津地検に対し、記録を大津地裁の民事部に送付することを嘱託するよう求めるものです。送付されてきた記録をコピーして、国賠訴訟に証拠として提出する予定です。それに対して被告の国は、裁判所に対し、「必要な書類は国から証拠として出すから、送付嘱託を採用するかどうかは留保してくれ」と申し入れていました。国は6月にある程度は証拠を出してきましたが、つまみ食い程度でそれでは全く足りない。

── 刑事の再審裁判の記録の一部しか国は出してきていない、ということでしょうか。

井戸 今回の場合記録は3種類あります。刑事裁判確定審の一件記録。そして再審請求審、これは第一次と第二次がありますが、その一件記録。それから再審公判の一件記録です。原告側がこのすべてに対して「送付嘱託」を申し立てたのに対して、国はその一部しか証拠として出してこなかったわけです。国との間ではこちらが「もっと記録を出せ」、「出さない」とのやり取りがいまも行われています。

一方滋賀県は、滋賀県警が捜査をして、送検したのですから、捜査記録の写しは持っているでしょうが、裁判になってからの記録は全く持っていません。県は国に対して刑事記録の謄写をさせるよう求め、国はそれに応じ、県は一応謄写(コピー)をしました。そして、それに基づいて、昨日(9月15日)、基本的な主張を記載した第1準備書面を出してきました。その書面で「原告(西山さん)が殺人犯である」という趣旨の主張をしてきたのです。

これまで再審無罪になった元受刑者が提起した同種の国家賠償請求はいくつもあります。それらの訴訟の被告(国、都道府県)は、原告が無罪であることを前提とした上で、「捜査に違法はなかった」「過失はなかった」等と主張するのが常でした。布川事件、東住吉事件、松橋事件などでも同様です。湖東記念病院事件でも、国はその旨の主張をしています。

刑事訴訟で無罪が確定しているのに、国賠訴訟で、被告が「こいつが犯人だ」という主張をするのは前代未聞だと思います。ところが滋賀県の準備書面には「被害者を心肺停止状態に至らしたのは原告である」、「そもそも取調官に好意を抱き嘘の自白をすることはあり得ない」、「知的障害があるというのも嘘だ」、「(原告が奇異な行動をとったのは)捜査を攪乱しようとしたものだ」等とという趣旨のようなことが書いてある。これは捨て置けない。

── 刑事裁判の否定を意味しませんか。

井戸 そうです。滋賀県は、無罪判決をした大津地裁や有罪立証をせず、無罪判決に控訴しなかった大津地検に喧嘩を売っているのです。

── 再審無罪確定後の国家賠償請求訴訟で、国の姿勢は過去の同種訴訟と変わらないけれども、滋賀県が再審無罪で確定しているのに、また「犯人視」してきた。

井戸 そうです。

滋賀県大津裁判所に入る西山美香さん、井戸謙一弁護士ら弁護団(2020年12月/写真提供=尾崎美代子)

── なぜこんな主張が出てくるのでしょうか。

井戸 わかりません。我々も、まさかこんな主張が出てくるとは思いませんでした。この裁判では、美香さんが無実であることを前提に警察や検察のやり方に過失があったかどうか、違法な捜査があったかどうかが争点になると考えていました。「犯人であるかどうか」が争点化されるなど思っていませんでした。

── 警察の日常捜査に知事は権限を持ってはいないと思いますが、被告として滋賀県がこのような主張をしてきたのですから、知事には重大な責任があるのではないでしょうか。

井戸 滋賀県として代理人を選任しこのような準備書面を書いてきたのですから、三日月知事に責任はあると思います。再審無罪確定後、県警本部長は形の上では県議会「ご迷惑をおかけした」と謝罪しました。知事の目の前で県警本部長が謝罪しながら、今回の「犯人視」はまったくの二枚舌です。

── 法律解釈論の側面はあるかもしれませんが、西山さんからすれば、せっかく獲得した「無罪」がまた引き裂かれることになりませんか。

井戸 そうなんです。ようやく平穏な生活を送りだしたのに、またこういうことで精神的に不安定になるのではないかと心配になります。これは、美香さんに対する名誉棄損、侮辱であり、セカンドレイプです。

── 滋賀県が「犯人視」主張をしてきたことに対して、社会に対してどんなことをおっしゃりたいですか。

井戸 どれだけ三日月知事の意向が反映しているのかはわかりませんが、「こんなことでは済ませられない」ことを滋賀県には自覚してもらい、考え直させなければならないと思っています。県議会に働きかけようと思います。あとは市民の皆さんに「知事への手紙」などいろいろな方法で抗議をして頂きたいです。滋賀県が「このままでは放置できない」という状況に追い込みたいです。

── 再審無罪決定後に、県がこのような主張をすることは、わたしたちの生活にとって、どのようなことが起こる懸念があるのでしょうか。

井戸 冤罪を生み出した当事者が真摯に反省し、原因を究明し実務の改善をしないと冤罪は繰り返されるでしょう。今回の主張は改善どころか反省もしていない。「無罪になったけど本当は有罪なんだ。俺たちのやったことは全く問題なかったんだ」と堂々と開き直っているわけです。そして、滋賀県警の姿勢を滋賀県が是認しているわけです。これでは冤罪はなくなりません。今後、滋賀県ではまだまだ冤罪が作り出されるのではないかと、うすら寒くなります。

── お忙しい中ありがとうございました。

※これまで大事件の代理人であっても、市民集会でも井戸弁護士は熱を込めて語ることはあっても法律家としての理性が揺るぐことはない。井戸弁護士は今回、法的に「前代未聞」な滋賀県の態度を指弾するなかで、これまで聞いたことがない怒り・憤りを含んだ語調と言葉を発せられた。冤罪は文字通り「罪」なのに、罪を冒してもそれを反省するどころか、再び被害者を傷つける滋賀県。滋賀県は西山さんが同県の住民であることを、完全に失念しているようにしか思えない。

《追記》

本原稿を書き上げたあと、17日夕刻に井戸弁護士は、フェイスブックで以下の展開を公開した。

「昨日は、滋賀県警の不当な準備書面について抗議の書込みをしたところ、多くの人が〈いいね〉を押していただき、シェアしていただき、ありがとうございました。本日午後5時、三日月知事は、緊急記者会見を開き、準備書面の内容は誠に不適切であったとして、全面的に謝罪されました。会見の直前には、私に電話をいただき、やはり全面的に謝罪されました。知事ご自身は、準備書面の内容を把握されていなかったようです。準備書面の内容を全面的に見直すということですので、今回の問題は、ひとまず解決に向かうと思います。多くの方々が滋賀県当局に抗議の意思を届けて頂いた成果です。本当にありがとうございました。
 ただ、今回明らかになった問題をこのままで済ませてはいけないと思います。今回の騒動で明らかになったことは、県警本部の幹部らは、昨年6月に県警本部長が謝罪したにも関わらず、いまだに、美香さんが殺人犯であり、裁判所や検察庁の判断が誤っているのであり、自分たちの捜査には何の問題もなかったと考えているということです。自分たちの過ちを頑として認めない組織は、必ず同じ過ちを繰り返します。滋賀県警で不祥事が相次いでいるのもむべなるかなです。この滋賀県警の体質を明るみに出しただけでも、美香さんが国賠訴訟を起こした意味があったということができるかもしれません。滋賀県警の皆さんには、もう一度大津地裁の無罪判決と大西裁判長の説諭を読み直して、虚心坦懐に自分たちがした仕事を振り返ってみてほしい。そして、市民の皆さんには、警察のあり方について問題意識を持ち続けてほしいと思います。二度と冤罪被害を繰り返さないために。」

三日月知事は井戸弁護士に謝罪し、内容を見直すと連絡した。しかし、滋賀県警の「無反省」体質については、この展開により問題が浮き彫りになったといえよう。(2021年9月18日 田所敏夫)

[関連記事]
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▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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アフガニスタンを20年にわたり占領していた米軍が撤退した。米軍の撤退を突然の出来事のように報じる向きもあるが、アフガニスタン、イラクへの武力攻撃・侵攻一連のプログラムを終えた米国は、早い時期から「アフガニスタンからは2020年をめどに引き上げる」ことを表明していた。今次の米軍撤退はそのプログラムが主として米国側の事情により、1年延期延期されただけのことである。しかし、日本内での報道は「米軍撤退=タリバン復権の危機」とのトーンで埋め尽くされている。

アフガニスタンは遠い国ではあるが、日本は「中村哲」という偉人を通じて、米国の侵攻前、侵攻後も深い関係を維持してきた。本当のところアフガニスタン情勢はいま、どのように推移しているのか。冷静な情報は日々アフガニスタンとの連絡に接し、現地事情を知っているひとから教えていただこう。

幸いアフガニスタンで長年医療・教育・灌漑など幅広い支援をおこなっている「ペシャワール会」のメンバーが、わたしの師匠筋にあたる。早速アフガニスタン情勢について伺った。ここでは諸般の事情で「先生」と表記する。

◆「テロとの闘い」の名の下にアメリカはアフガニスタンで誰と闘っていたか

── アフガニスタンは都市部以外は農民社会ということですね。

先生 そうです。8割5分は農民の社会です。アメリカ軍は空爆をして「タリバンを100人征伐しました」と発表しますが、実は爆撃を受けたのは多くの場合一般の農民です。村が全部焼かれたり、爆弾で吹っ飛ばされたり。ベトナム戦争の「ソンミ村」と同じ事態が数多く繰返されました。農地に出ていたお父さんが空爆を目撃して「あれはうちの村じゃないか」と気になり、戻ってみると家が潰されてそこにお嫁さんや子供たちの遺体がある。

アフガニスタンの1家族は10人以上15人くらい居るのが普通です。おじいちゃんおばあちゃん、子供が10人くらいいるのも普通。それが皆殺しにあっている。瓦礫をのけて遺体を埋葬すれば「アメリカ軍憎し」の気持が沸きます。「アメリカ軍をやっつけるために何かできることがあれば、すぐ駆けつけるぞ!」との気分は全土に広がっています。アメリカが攻撃をやればやるほど、反感を生み孤立してきた。ベトナム戦争でもそうだったようですが、アメリカ軍は機関銃を撃っている(攻撃している)間は安心感があるそうです。ベトナムの「ソンミ村」皆殺しにしている間に恐怖感は抱かない。でも私は2007年に現地で事件発生後3日後に、なにがあったかの跡を目撃しました。

ジャララバードのバザールで女性が買い物かごに爆弾を入れて、7、8台のアメリカ軍の車列に飛び込み自爆しました。バザールですから周りには人がたくさんいます。アメリカ軍の兵士はバザールにいた群衆に向けて自動小銃を乱射しました。関係あろうがなかろうかパニックになりバザールにいたひとびとに乱射をしたアメリカ軍の兵士は、ジャララバードから東のトルハムという国境近くにベースを作っていたので、ジャララバードからトルハムまで2時間くらいの道程を乱射しながら戻りました。

私は日本を出発する前に新聞で「70人くらいのタリバン(テロリスト)が掃討された」とのニュースを見て現地入りしました。トルハムの国境から西に向かっていたらドライバーが「3日前にアメリカ軍が乱射しながら東に走っていった」という。たしかに道路沿いの木の皮には新しい弾痕があちらこちらに残っていました。それだけではなく、道路の脇で遊んでいた子供たちが何人も殺されているわけです。ドライバーは「ここで何人死んだ」といって悲しそうに説明してくれました。

それがアメリカのいう「テロとの闘い」の実態です。つまりテロリストと闘っていたのではなく農民と闘っていたということです。カーブル(田所注:「カブール」は現地では「カーブル」と発語されるという)やジャララバード、つまり都市部以外の農村地帯では、タリバンか地元の軍閥が支持されているということです。地縁血縁の世界です。カーブルやジャララバードには水がなくて農業ができない人が流れ込んできます。仕事がないので最初は物乞いをしたりして生活しています。そのような人たちが日銭にありつくために、アメリカ統治下政府の兵隊・警察や傭兵になります。あるいは軍閥の傭兵ですね。その人たちはアメリカ軍の側にいて、農民と敵対していたので「アメリカ軍の手先になっていた」報復を受けるとの恐怖が生まれる。それで国外退避を希望したひとびとがカーブルの空港に集まったわけです。ちょっと前までには自分たちがタリバンや農民をいじめていたから報復が怖い。そういうことです。

◆自衛隊の作戦は最初から破綻していた

先生 アフガニスタンの1家族は10人から20人です。日本大使館員は次の日にイギリスの軍用機で脱出しています。アフガニスタン現地採用で残ったひとがが20人いたとしたら、脱出させなければいけないのは20×20で400人のはずです。大使館で働いていたお父さんだけが逃げるわけにはいきません。家族がいますからね。自衛隊の飛行機を3機送ったそうですが、3機で300人くらいしか乗れない。逃げたい人の数は300人ではきかなかったでしょう。500人はいたとも考えられる。500人乗せなければいけないのに300人分の飛行機しか飛ばしていなかった。作戦は最初から破綻していたというしかないですね。自衛隊が何を獲得したかといえば、「国境を越えて飛んで行って戦場に着陸した」ということだけです。

── 自衛隊機の派遣については国会での質疑もありませんでした。

先生 勝手に飛んで行ってアリバイ的に一人だけ連れて帰ってきた。でもあの1人は赤十字の飛行機かもしれない。中村哲やワーカーがそういう飛行機で移動したことも過去にはありましたから。現地の大使館は事情はわかっているはずですから、手配はできるはずですが大使館はなにもしないで、まともな作戦計画もなしに「自衛隊が勇ましく行きました」というだけではないでしょうか。

中村哲がもし生きていて、こういう事態の時にアフガニスタンにいたら、かつては大使館から「国外に退去してください」とペシャワール会に連絡が必ず来ていました。でも過去そういう状況でも「われわれは大丈夫です。作業を進めます」と大使館の言うことを聞かなかったから、ついにペシャワール会には連絡もなくなりました。JICAなどは退避しても、ペシャワール会は現地で作業をいつも続けていました。そういうことが続いいたので「あれ、ペシャワール会には退避勧告もなかったぞ」と冗談をいっていたこともあります。退避勧告を伝えてもどうせいうことをきかないから大使館は連絡をやめたのでしょう。

カーブルに集まった5000人、8000人ともいわれる群衆は家族まで含めて集まってきた、ということでしょう。それから映像を見るときの注意点ですが、タリバンがターバンを巻いていますね。あれは南部の部族に多い正装です。北部の部族は中村哲がかぶっていたような帽子のような形をかぶることが多いです。北部同盟やパシュトゥン語を話す部族ですね。なにをかぶっているかで部族をおおよそ見分けることができます。これから現地の映像は、なかなか出てこないのではないかと思います。

── CNNの映像を見ていると不自然です。アフガニスタンから最後に飛び立つ輸送機の映像には、男性しか映っていません。家族が一人もいない。しかもカメラに向かって手を振っている人が写っています。あれが真剣な脱出を望む姿だとは思えません。映像合成の技術を使えば簡単に作れるのでしょう。

先生 カメラの位置が全部アメリカ軍側ですね。どうもおかしいと思う情報ばかりが日本に入ってくるようです。現地の農村部は落ち着いているそうです。ペシャワール会はジャララバードから車で1時間半ほど山に入った、クナール河のそばに工事現場があります。工事現場の山手にダライヌールという渓谷があり伊藤和也君が亡くなったところです。

ペシャワール会はダライヌールに診療所を作り持っています。診療所は5日ほど診療を中止しましたが再開しました。水路工事をいろいろな場所でやっていますが、まだ中止しています。いつ再開してもよい状況にありますが、内部でのトラブルがないように慎重に対応しています。本当は一刻も早く作業を再開したい。そうしないと作業に関わっている人に給料が払えませんから。生活がかかっていますからね。工事再開のスタンバイをして、現地と日本の事務局では毎日連絡をとっています。いまのところ怪我人もなければ争いも起こっていないということです。

田舎の方ではほぼそうではないかと思います。空港に集まったのはアメリカ軍に協力していた人ですから、アフガニスタン全土からみれば一部でしょう。政府軍も生活のために仕事をしていたのであって、命がけではないでしょう。であれば逃げるは不思議ではない。怖いのは怖いでしょう。

── 現地で恐怖を訴える人は英語を話していますね。

先生 農村部へ行ったら英語を話す人はいません。現地の部族の言葉を話します。

◆「元に戻るだけ」のアフガニスタン

── そしてカラシニコフを持っていると聞きました。

先生 ロケットランチャーもあります。ソ連時代に鹵獲したものもあれば、アメリカ軍が残した武器も加わったでしょう。私はソ連軍の錆びた戦車を見ました。でも現地の人は武器として使うのではなく、鉄として売ります。武器、機械ではなく鉄を溶かして鍋や鍬を作るのです。

── タリバンは日本では完全な「悪者」のように報じられますが、1990年代半ばから政権を担い、各国は大使館をおいていた。日本の大使館もありました。簡単にいえば「元に戻るだけ」だと思いますが、細部をわたしはわかりません。ですから先生に全体像を伺いたかったのです。

先生 私はアフガニスタンを経験してきましたが、たとえですけれども九州に住んでいる私は山形県の詳細などわかりません。同じことではないでしょうか。ジャララバードのひとはカンダハールのことは知らない。ジャララバードのパシュトゥン族はカンダハルを「あんな怖いところに行ったらいけない」というわけです。

◆何より尊重すべきはアフガニスタンの自決権

── 日本での報道はあまりにも酷いと感じます。アフガニスタンの土を踏み、いまでも日々の情報をもっているかたにお話を聞くことが重要だと思います。

先生 せっかくですから、もう一つ。「マドラサ」という神学校があります。私は「マドラサはタリバンの養成所でしょ。テロリスト養成所でしょ。それを中村哲は援助しているからろくなものじゃない」と言われたことがあります。そのひとはネットの情報だけでそのように言ったのでしょうが、「マドラサ」は神とともに生きているイスラムの人たちの精神的なよりどころです。

ペシャワール会は「マドラサ」もモスクも造りました。マドラサでは孤児を勉強させながら食べさせていました。孤児の寄宿舎です。だから村の人からは感謝されました。マドラサは互助組織なわけです。孤児の親代わりを村全部で担う。マドラサがある場所では物乞いをする子供が少ないですね。ジャララバードやカーブルなど大きな町では物乞いをしている子供もいます。ですから「マドラサ」とモスクは農民たちの日常的な精神的な支えになる場所なのですね。用水路ができたときよりも「マドラサ」やモスクができたときのほうが喜びは大きかったようですよ。これは我々にはあまりない感覚ですね。

ですがアメリカ軍は「マドラサ」やモスクを意図的に爆撃してもいます。コーランを破り捨てたり。それにより農民たちは「反米」になる。アメリカが失敗したのはよその国に入って行って、自分のやり方を通そうとしたからです。民族の自決権は守らないといけない。アフガニスタンの自決権は、内戦を起こそうがどうしようが、アフガン人同士で決めればよいということです。中村哲はそのことには口を出しませんせした。「いずれおさまるから」と。「戦争なんかやっている暇はない干ばつのほうが大事」だと。ひたすら医療支援と運河の工事に没頭していました。

※以上が先生からうかがったお話だ。わたしが付け加える言葉はなにもない。


◎[参考動画]中村哲 ペシャワール会現地代表 (日本記者クラブ 2016年8月26日)


◎[参考動画]2021年度 ペシャワール会 現地報告会(NDN-TV 〔日本電波ニュース社〕2021年7月21日)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』! 唯一の脱原発マガジン『NO NUKES voice』vol.29!

『紙の爆弾』『NO NUKES voice』今こそ鹿砦社の雑誌を定期購読で!

『NO NUKES voice』第1号が世に出たのは2014年8月、いまから7年前だった。2011年3月以降に鹿砦社は原発関連の書籍を複数出版していた。そのなかには「原子力村(マフィア)」住人への突撃取材を含んだ、鹿砦社ならではの書籍もある。しかし、原発問題は一過性ではない。数年、数十年、高濃度汚染物質の処理を考慮すれば、10万年、100万年の時間を要する課題である。

 

本日発売開始!『NO NUKES voice』Vol.29 《総力特集》闘う法曹 原発裁判に勝つ

鹿砦社は瞬発力で、単行本を出版してはいたものの、「果たしてこのままでよいのか」との思いが、創刊号の編集長であり、鹿砦社代表松岡の頭をよぎったとしても不思議ではない。そこで前例のない「反・脱原発に特化した季刊誌の発行」に踏み切ったのだと想像する。我々『NO NUKES voice』編集部は第1号から無関係ではなかったが、小島卓が編集長に就任し新体制の編集部が発足したのは、第6号からである。第1号の表紙を飾る写真やグラビアは、いまでは相手にする気にはならない「反原連」人脈の秋山理央によるものである。内容も玉石混合と振りかえらざるを得ないだろう。

しかし、重要なことは何事も「謙虚に反省」することであり、過ちは誰にでもどのような集団にでも起こりうる。『NO NUKES voice』は「現代版ファシズム」の担い手ともいうべき「反原連」関係者とは一切関係を断ち、思想信条さまざまであっても、原則を共有できる論者や読者とともにきょうまで歩んできた。反省点も多々あるが、課題は徐々に克服しているつもりであるし、今後も足らざるところを補い、修正するにはまったくやぶさかではない。

稀代の狂騒の夏の終わりにあたり『NO NUKES voice』第29号をお届けする。総力特集は「闘う法曹 原発裁判に勝つ」だ。終わりの見えぬコロナ禍のなかにあり、粘り強い街頭活動も継続されているが、従来のように、大動員や大きな声をあげてのデモには参加を躊躇う方も少なくないであろう。

本誌では毎号コロナ禍根に負けず全国で闘う皆さんの報告が掲載されているとおり、原発立地地元は電力消費地元での活動は非常に大きな意味を持つ。「反・脱原発」の戦線は多岐にわたる。街頭活動を中心とする市民運動、科学的知識の伝播、立法府・地方行政への働きかけ、そして司法など広範で重層的な戦線が構築されないことには、目標達成が見えてはこない。

今号では3・11前から、あるいは後に「反・脱原発」の最前線に決起した司法の闘志お三方にご登場頂いた。

樋口英明元裁判官は福井地裁で「人格権」を掲げた判決文により、大飯原発の運転差し止めを命じた。樋口元裁判官は退官後もあえて、弁護士登録をせず、ライフワークとして側面から「反・脱原発」を支えるおつもりだ。

井戸謙一弁護士は3・11前に裁判官として志賀原発の運転差し止め判決を言い渡し、定年前に退官、以後原発関連訴訟はもちろんのこと、湖東記念病院の冤罪事件で再審勝利を勝ち取るなど刑事事件も多数手がけ超人的な活躍を続けられている。

武村二三夫弁護士は大阪を中心に刑事・民事を問わず多くの事件を手掛け、「ばらつきの理論」で高浜2号機、4号機原子炉差止訴訟で勝利した。武村弁護士は「常に弱者救済と尊厳回復の立場から法廷で闘い続ける」ことを心がけておられるそうだ。

骨太の法曹闘士三人の肉声のほか、「黒い雨」裁判について水戸喜世子さんの論評がつづく。その他全国各地からの活動報告、様々な視点からの提言も満載。『NO NUKES voice』第29号は、依然発展途上ではあるが、現時点での全力で現況をお伝えする。

最後に、弱音は吐きたくないが、鹿砦社の経営はコロナ禍以前は順調であったが、最近は非常に厳しい。『NO NUKES voice』は29号に至るも、黒字を出したことはない。販売への努力不足もあろうし、人的力量不足も実感している。こんな時代であるからこそ、読者の皆様にはご指導、ご鞭撻、なにより『NO NUKES voice』をお買い上げいただくだけではなく、ご友人、お知り合いに広めていただくことを強くお願いする。

▼田所敏夫(たどころ としお)
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菅が政権を放り投げ、皇室のどなたかが結婚をするという。たぶんテレビは大いに取り上げ、知ったかぶりの出たがりに、いいたい放題いわせているのだろう。自称評論家やタレント、コメンテーターからどうでもいい人までが、なにか一大事でも起きたように大騒ぎしている姿が目に浮かぶ。

◆すべて限りなく希薄で非本質的な言説である

そういう雰囲気に水をかけるようで申し訳ないが、わたしは自民党の総裁が誰であろうがまったく、皆目、関心はない。天皇制に「無条件」で反対するわたしは、皇室内の出来事にも興味はない。結婚でも離婚でも好きになさればよい。好きになさればよいが、何をなさってもわたしは制度としての天皇制には賛成できないので、興味はない。差別に反対する立場から、天皇制は廃止されるべきだと考える。

この二つの出来事において象徴的なように、ほとんどのニュースは非本質的であり、報道することで非報道当事者が属する組織や制度が補完される作用を持つ、これが今日メディアの特性ではないかと思う。

だからわたしは、従前から開催に反対してきた、東京五輪がはじまる前に「東京五輪については一切発信しない」と自分としてはごく自然に判断し、実際東京五輪をまったく目にもしなかった。だから感想もない。あんな馬鹿げたことは、大会期間中にどんなドラマが生まれようが、誰がメダルを取ろうが、やるべきではなかったのだ。それについて、あれこれ枝葉末節な議論があるようだが、それらはすべて限りなく希薄で非本質的な言説である。

◆東京五輪強行開催という罪深い所業

東京だけではなく全国に広まった「自宅療養」と言い換えられた「医療から見捨てられた」ひとびとの惨状はどうだ。この地獄図絵は決して医療関係者の判断ミスや、非協力によって引き起こされた事態ではない。逆だ。政府が片一方では「学校の運動会の自粛」を求めながら、「世界的大運動会を開く」という、大矛盾を演じた結果に他ならない。「県をまたぐ移動の自粛」を求めながら海外から10万ともいわれる数のひとびとがやってきた。

日本初の「ラムダ株」が持ち込まれたのは海外からやってきた五輪関係者によってであったが、それが報道されたのは東京五輪終了後のことだ。実に罪深い所業ではないか。

こういった事態が発生することは、容易に想像ができた。たとえば他府県の警察からの警備要員として東京に派遣された警察官の中では、複数のクラスターが発生した。偶然にもわたしが目にした兵庫県警の機動隊車両に乗車して東京に向かった兵庫県警の警察官の中でもクラスターがあったようだ。

こういう馬鹿なことを強行した責任者である日本政府ならびにその最高権者である首相は、どう考えても、ただ批判の対象であり、それ以上でも以下でもない。

◆災害、貧困、コロナ禍という生活に密着した課題をどうするか

自民党の総裁選の前にはいつだって「派閥がどうの」、「誰々が引っ付いた」、「誰かが切られた」と各メディアは競い合って報じる。でも自民党総裁選挙は、自民党員以外には選挙権がないのだから、ほとんどの国民には関係ない。

あたかも国民に選挙権があるかのごとき、まったく失当な情報流布が昔からなされてきたし、いまも続いているのだろう。国政選挙で政党を選ぶための情報提供であれば、各種の細かな情報にも有権者のために意義はあるのかもしれないが、自民党の代表は、わたしたちが投票で選ぶものではないじゃないか。

そして、こういう物言いをすると「そんなこと言ってると政治が好き勝手するよ」と言われるかもしれないが、自民党総裁など、誰がやっても同じなのだと最近は切に感じる。違いがあるとすれば菅のように裏では相当ひどいことができても、人前では一人前に主語述語がかみ合った演説をすることができるかできないか(演技力)と、自民党内の力学をうまく調整する力があるかないか程度(党内政治力学)の違いだろう。

演技がうまいと国民は騙されやすい。今世紀に入ってからでは、小泉純一郎がその筆頭だろう。党内力学に長けていた官房長官時代の菅は、自民党全国の選挙資金を握り、選挙の際、安倍以上に自民党議員の操作には力を持っていたそうだ。

そんなことわたしたちの生活に関係あるだろうか。毎年襲ってくる水害への備えや、生理用品も買えないほどの貧困問題、そして命にかかわるコロナ対策をはじめとした医療問題こそわたしたちが直面していて、注視すべき生活密着の課題ではないだろうか。いずれも皇室の方々とは無縁なはなしばかりであるが。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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新型コロナウイルス感染症への対応で厚生労働省は8月2日、感染者の多い地域では原則、入院対象者を重症患者や特に重症化リスクの高い人に絞り込み、入院しない人を原則自宅療養とすることを可能とする方針を公表した。(2021年8月2日付毎日新聞)

これまでも、東京、大阪などでは経験していた感染爆発に対して、政府は実質「無策」を宣言したのである。「自宅療養」という言葉は「入院させてもらえない」と書き直さなければならない。多くの識者が早期から指摘し、わたしのような素人でも第5波が、とてつもなく広がるであろうことは、諸外国の感染者増加の様子と、ワクチン接種をしても、なお感染してしまう感染してしまうデルタ株の感染力を考えれば、容易に予想でき得た事態だ。

相変わらず「禁酒法」だけに頼り、飲酒が主たる感染原因であるかのような、視野狭窄対策しか、凡庸政府には浮かばないようだが、「感染理由不明者」の中には、飲酒とどう考えても繋がらない弱・中年層が多数含まれることを、為政者はどのように分析するのであろうか。今回の感染拡大はこれまでに増して速度が速く、大雑把にいえば人口に比例している。

そのことは都市部で既に医療崩壊が発生しており、「自宅療養」を強制せざるをえないところまで追い込まれている事実が示す通りだ。コロナ感染が増加するたびに指摘してきたが、感染症爆発は感染者を救済する観点から大きな問題であるのと同時に、病院機能全体の低下を招くので、コロナとは無関係な患者さんの治療や手術計画にも影響を及ぼす。大都市に暮らさないわたしにも、医師からは、その「警告」がすでに発せられている。

第一波時から医療現場では、治療に当たる際の経験則が蓄積されたので、搬送された患者さんへの適切な初期対応が可能となり、重症化や死亡はかなり抑えられるようになった。他方、次々に生まれる変異株はそれぞれに、異なった症状を引き起こすので、経験則だけでは対応できない、手探りの部分も多いという。知り合いの勤務医に聞いたところ「大都市、地方を問わずこれだけ感染者がふえると、完全にキャパオーバー。いつまで続くかわからないので担当のドクターやナースの心身がいつまでもつのか不安だ」と語っていた。

「安心・安全」とは4回も5回も緊急事態宣言を出される状態を指すのか、菅よ。少しは自分の思い込みではなく、実数や科学的根拠に立脚した分析を基に、政策を官僚に考えさせようとは思わないのか(思わないだろう、国民の生命を重んじる殊勝な首相ならこれまでのような「馬鹿政策」を繰り返すはずはない)。

都道府県の権限は限られるし、市町村はさらに非力だ。猛暑下疾病を抱える人は、既往症に加えて「医療崩壊」への恐怖を募らせる。つくづく、無能で冷酷無比な政権だなあと感嘆する。かといって、菅が辞めれば何かが変わるというものではない。自民党、公明党連立が続く限り、政策に大きな変化はない。

絶望を含んだ気持ちの悪い汗がしたたり落ちる。「私たちは知りません、ご自分で生きてください」と政府は宣言した。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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『NO NUKES voice』Vol.28 《総力特集》〈当たり前の理論〉で実現させる〈原発なき社会〉

わたしは知っている。奴らが「忘却」を武器に時間の経過を利用しながら、あのことを「なかった」ものにしようとたくらんでいることを。

わたしは、ずっと昔から気が付いている。どの時代でも「マスメディア」などは信用するに値せず、少数の例外を除いては、いつでも扇情的で、事実の伝達よりは、体制補完に意識的・無意識的に結果、熱心に作用していることを。

わたしは痛めつけられてきた。異端に対するこの島国の住人からのまなざしに。無言のうちに成立する不気味な「調和」、「規律」、「統一行動」。それから精神的に逸脱するもの、行動で逸脱するものへ、情け容赦なく加えられる、あの集団ヒステリアともいうべき、排他の態度に。目は血走り、殴り蹴飛ばすこともいとはないあの狂気。

わたしは見抜いている。「地球温暖化」を理由とした「脱炭素社会」の大いなる欺瞞を。「炭素」は人間の体を構成する元素じゃないのか。わたしたちは吐息をするごとに二酸化炭素を吐き出しているだろう。一酸化炭素を人間が吸いこめば、下手をすれば死ぬ。でも二酸化炭素がなければどうやって「光合成」は行われるのだ。「光合成」が止まってしまっても、人間や動物は生きていられるのか。「炭素」全体を悪者扱いする議論は、人間だけではなく生態系の否定に繋がるんじゃないのか。違うというのであれば、下段にわたしのメールアドレスを示しているので、どなたかご教示いただきたい。この議論は「地球温暖化」→「二酸化炭素犯人説」→「脱炭素」→「原発容認」→「核兵器温存」とつながる、実に悪意が明確でありながら、当面世界経済に新たな市場を生む分野として、末期資本主義社会には期待されている。わたしは資本主義を激烈に嫌悪し、早期に滅びてほしいと願うものである。

わたしは、激高している。76年前のきょう、灼熱に焼かれた、瞬時に焼き殺された、時間をかけて苦しんで死んでいった、長年被爆の後遺症に苦しんだ、体の記憶を、薄っぺらで限られた時間の中だけで扱えば、それで事足れりと始末してしまう、人々のメンタリティーに。

わたしは、半ばあきれながら軽蔑し、いずれは「矢を撃とう」と考えている。わたしが、被爆影響の可能性が高い症状であることを、明かしたことに対して、ろくな覚悟もないくせに、難癖をつけてくる、ちんけで気の毒な人間に。体の痛みがどれほどのことかもわからないくせに、軽々しくもわたしの体調をあげつらう人間。それは現象としてはわたし個人が対象であっても、そこから射程をひろげれば、被爆者(原爆・核兵器・原発)に対するある種の共通性を持った社会的態度と通じる。「黒い雨裁判」は高裁勝訴を勝ち取るまでに、どれほどの時間を要したことか。個人による侮蔑、行政による不作為または無視。わたしの価値観ではどちらも同罪だ。

2021年8月9日。毎年震度7クラスの地震が起き、原発4基が爆発し、ゲリラ豪雨により毎年河川氾濫は当たり前。世界中で感染症が波状的に襲ってきて、「軽症患者は入院させない」と棄民宣言を平然とのたまう政府。これは「地獄図絵」ではないのか。

わたしは、30年前にこんな「地獄図絵」は予見できなかった。大きな天災や人災の一つ二つはあるだろうとはおもった。人間の知性が総体として崩れゆくだろうとも予感した。毎日が「あたりまえ」のように流れてゆくゆえ、人間は鈍感になる。徹底的に鈍感になっていると思う。2021年8月9日は1945年8月9日と、表情は違うものの「地獄図絵」が展開されていることにかわりはない。

「地獄」におかれてもまだ「地獄」だと感知できず、高らかに乾いた笑い声をあげるひとびとは、さらにそぞろ寒い光景を際立させる。

青い空だけが変わらない。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

*「祈」の書は龍一郎揮毫です。
下の「まだ まにあう」は、チェルノブイリ原発事故の翌年に、龍一郎と同じく福岡の主婦が、原発の危険性を説いて人々の自覚を促す長い手紙を書き、これが『まだ、まにあうのなら』という本になりました。佐藤雅彦『まだ、まにあう! ―原発公害・放射能地獄のニッポンで生きのびる知恵』は、これに触発されて、福島原発事故後の2011年11月に急遽刊行されました。ご関心があれば、ぜひご購読お願いいたします。お申し込みは、https://www.amazon.co.jp/dp/4846308472/ へ。

龍一郎・揮毫

佐藤雅彦『まだ、まにあう! ―原発公害・放射能地獄のニッポンで生きのびる知恵』

佐藤雅彦『まだ、まにあう! ―原発公害・放射能地獄のニッポンで生きのびる知恵』
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『NO NUKES voice』Vol.28 《総力特集》〈当たり前の理論〉で実現させる〈原発なき社会〉

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◆2021年の日本はあの時の狂気と同次元の無知性に陥っている

広島原爆の直撃によって亡くなったみなさん、その後被爆の後遺症でなくなったみなさん。命は落とさなかったものの長年放射性由来の後遺症に苦しむみなさん。そして世代をこえて被曝による健康被害が疑われるみなさん。

わたしは、2021年8月6日を心底悔しく、怒りをもって迎えます。原爆とはまったく形状も広がり、症状は違うけれども「防ぐことのできる」疫病を、無策な政府によって爆発的な感染を広げてしまいました。

原爆が落とされる前に、広島市民にはなんの防御策も、情報もなかったでしょうが、大日本帝国(とりわけその最高権力者である昭和天皇ヒロヒト)には、敗戦を受け入れる選択肢があったはずです。しかし、そうはならなかった。ヒロヒトはのちに米国による原爆投下を「戦争中であったので仕方なかった」とぬけぬけと記者会見で発言しました。

日本人はみずからの手で最高の戦争責任者に責任を取らせることができなかった。この事実は絶対に忘れてはなりませんし、その反省を胸に刻みながらわたしは生きます。統帥権を持つヒロヒトのもと、市民は1945年に最後は「本土で竹槍決戦だ」と本気で叫んでいました(あるいは叫ばされていました)。あの狂気と同次元の無知性に残念ながら2021年の、日本は陥っています。

◆76年を経てもなお、人間はなにも進歩していない

76年を経て人間は、なにも進歩していません。核兵器廃絶に日本政府は消極的です。驚くほど愚鈍です。そして、たった10年前に福島第一原発で原発4機爆発という人類史上初の大事故を経験しても、あろうことか原発の運転期間を40年から60年へ延ばし、それでも満足せずに60年超の運転を政府は検討しはじめました。冷静な科学者は誰もが「危険極まりない」、「無謀だ」、「事故発生確率は最大化するだろう」と懸念を示しています。その通りだと思います。

8月6日、本当はあの日に思いを巡らせ、犠牲になったみなさんに追悼の気持ちを、新たにするのが穏当な姿だと思います。でも待ってほしい。きょう行われる(おこなわれた)追悼記念式典は、形骸化していませんか。首相菅が発するコメントの中に注目すべき新たな具体的取り組みへの決意がありましたか。あるはずはない。

菅に限ったことでなく、この式典に出席する首相のコメントは、年中行事をこなすように、毎年大した変化はなく、内容も抽象的で凡庸なものばかりです。式次第も毎年変わらぬ進行で、原爆や核兵器への怒りや、どこにも向けようのない思いを発する場所になっていると、わたしには到底思えません。

他方、広島市内では各種団体がこの日に合わせて、各種のアクションを起こします。そちらの方が、生の声を聴くには適した場所かもしれません。

◆1945年と同様、2021年も惨禍を止められなかった

そして、「広島詣」の欺瞞にも一言触れておきます。他国の元首や国際機関の著名人がときに広島・長崎を訪れますが、数少ない例を除き、あのほとんどは演技であると断じます。

もっとも悪辣だったのは、米国大統領だったバラク・オバマが、わざわざ核兵器のスイッチを見せびらかし持参しながら広島を訪れた姿でしょう。平和記念資料館をわずか数分で駆け抜けて、謝罪を一切含まない無内容なスピーチをおこなった後、なぜか被爆者を抱きしめた。背筋が凍るほどの背理でした。最近も現在日本に惨禍を強いて、喜んでいる国際組織の最高責任者が広島を訪れたそうですが、これも広島や被爆者への唾棄すべき侮辱行為と評価するべきだと思います。

残念ながら1945年同様、2021年も惨禍を止められなかった。今年は悔しさと半ば落胆の中でこの日を迎えます。進歩しない人間の姿を原爆犠牲者に見せつけることほど、酷で無様な醜態はないはずです。

▼田所敏夫(たどころ としお)
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*田所敏夫さんは広島被爆2世で、昨年原爆投下75年にしてカミングアウトされました。心からリスペクトします。田所さんとは、ここ数年、カウンター大学院生リンチ事件の被害者救済・支援と真相究明活動を共にしてきましたが、なぜ彼がこれほどまでに似非反差別主義者に対して厳しく対処するのかと思っていた所、じつは広島被爆2世という存在にあることが判りました。被爆の影響は、昨年春頃から表われ、ずっと体調(精神的にも)不良状態にあります。今後とも支え合って頑張っていきたいと思います。揮毫は龍一郎。(松岡)

龍一郎・揮毫

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『NO NUKES voice』Vol.28 《総力特集》〈当たり前の理論〉で実現させる〈原発なき社会〉

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◆あたかも人体実験を行うように

76年前、1945年8月6日午前8時15分広島上空で、大量殺戮を目的とした人類史上初の原子爆弾が投下され、爆発した。爆心地直下のひとびとは即死し、数万人が火傷を負い、苦しみながら死んでいった。あの戦争を「大東亜戦争」と呼び、中国から戦火を広げてゆき、無謀にも米国までに戦争をけしかけたのは、「大日本帝国」だった。だから米国内にはいまでも「あの戦争を終わらすために原爆は必要だったし仕方なかった」と本気で考えるひとびとがいる。

「ヒロシマ・ナガサキ」は世界で通じる原爆や核兵器の恐ろしさを伝える、象徴的な都市名となり、直接の被爆者だけではなく、世代をまたぎ健康被害が発生することも確認されている。あたかも人体実験を行うように、その姿を観察している連中がいる。

原爆をはじめとする核兵器は廃止すべきだ、との意見や国際的な潮流は確実に広がりつつある。他方10年前に世界で初めての原発4機爆破事故により、首都圏壊滅の危機に瀕したことすら忘れて、原発の再稼働にやっきになり、運転期間を40年から60年に延長し、それでも飽き足らず「60年以上の運転を認めたい」と真顔で狂気を語る政府のもとで、わたしたちは生活を余儀なくされている。

◆『成功物語』を演じ切りたい彼らの目論見

「東京五輪」をわたしは1945年8月6日を引き合いに出し、あの日に相当する惨禍と、あとから振り返れば「とんでもない出来事」と評されるに違いないと断じてきた。その思いは変わらない。五輪は「これでもか、これでもか」とテレビで中継されるだろう。参加選手の「個人史」を美化することにより、安っぽい感動を数限りなく創作しようと、テレに制作会社スタッフは夜を徹して準備に励んでいることだろう。新型コロナに感染した選手が半ば行方不明になったり、開会式の作曲を担当していた人物が、過去のいじめ加担で直前に外されたり細かなインシデントは数限りなく発生するだろう。

しかし、大地震でも来なければわたしは、きょうを限りに「東京五輪」について書くことを一切やめる。「東京五輪」はそれが薄っぺらな感動物語であれ、スキャンダルであれ、注目されることを欲しているからだ。奴らの目論見はもちろん「カネ」であるが、「なんでもいいから国内外の注目を浴びて、結果的に禍々しさを忘れさせ『成功物語』を演じ切りたい」との目論見があるとわたしは睨んでいるからだ。

この原稿を最後に「東京五輪」については、大地震でも起こらない限り私は言及することをやめる。じつはそれが、個人が取りうる自身にとってミニマムではあるが有効な態度ではないか、これがわたしの結論だ。

◆「TOKYO CHAOS」混沌の中の地獄

1945年8月6日から同年8月15日までは、10日もない。結果はもうわかっているのだ。東京を中心としてコロナは爆発的に感染を広め、五輪参加選手や大会関係者の感染も多発するだろう。テレビや新聞はそれでも「感動物語」の創出に熱心で、五輪に懐疑的なひとびとを、圧倒的な量の「感動物語」が包囲してゆく。灼熱の中、マスクをして行き交う生活者の中からは、交通規制や予期しないトラブルで熱中症がひっきりなし。五輪を強行しようとする連中の予想を超えたメンタリティーが東京を中心に生じるかもしれない。

コロナがなくても外国からの「要人」来訪には、厳重な警備が用意される。開会式には複数国から警備を必要とする「要人」がやってくるのだろう。千葉県警と、警視庁はその警備だけで大忙しだ。しかもなにを考えたのか、WHOのテドロス・アダノム事務局長が来日し、IOCの会議に出席した! WHOはいつから、犯罪組織に変わったのだ。これから数週間の概観は、「東京五輪」を中心とした「TOKYO CHAOS」が展開されるに違いない。そうとは気づかぬ向きも多いかもしれないが、混沌の中の地獄だ。

こうやって「灼熱下の血も凍る悪魔の祭典」は進行してゆく。わたしの体温は外気と反比例にますます下がる。この国は、そして世界はどこまでも堕ちてゆく。論じる価値からはるかに外れて落ちてゆく。五輪に関する限り、あらゆる細部を論じることはまったく意味がない、これ以上連中のレベルに引きずり降ろされたくはない。

敗戦後の準備をなるべく早くはじめることだ。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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『NO NUKES voice』Vol.28 《総力特集》〈当たり前の理論〉で実現させる〈原発なき社会〉

鹿砦社がツイッター上で李信恵から、散々な罵詈雑言を浴びせられたため、仕方なく名誉毀損による損害賠償を求め提起した裁判の終結直前になって、李信恵側は「反訴したい」と主張し出した。裁判官はそれを認めず、別の訴訟として李信恵が原告となり、鹿砦社を被告として訴えた民事訴訟の一審(大阪地裁)判決は、あろうことか165万円の賠償金と、本通信記事の一部削除を命じる〈不当判決〉だった。当然われわれは上級審の大阪高裁に控訴し、その判決をいよいよ7月27日に迎える。(控訴人=株式会社鹿砦社、被控訴人=李信恵)

 

因縁の大阪地裁/高裁

◆不可解な判決の連続に首を傾げる

再度強調しておかなければならないが、この一連の裁判を初めに提起したのはわれわれ鹿砦社であり、その訴訟で一審(大阪地裁)、控訴審(大阪高裁)ともに李信恵の不法行為を認定しわれわれは勝訴しているのだ(上告を取り下げ確定)。にもかかわらず、不可思議な別訴に対し、大阪地裁は数々の事実誤認と、思い込みとしか考えられない筋の通らない理屈を根拠に165万円もの賠償金と本通信記事の一部削除命令を内容とする判決を下したのだ。

「カウンター大学院生リンチ事件」とか「しばき隊リンチ事件」といわれる「M君リンチ事件」に関係する訴訟には、純粋な司法判断とはどこか異なる、不自然な“もや”のようなものが常に付きまとっている。政治的な背景があるのではないか、とすら考えざるをえない判決の連続や(このかん和歌山カレー事件再審で話題の元大阪高裁判事の生田暉雄弁護士によれば「報告事件」というものがあり、これは最高裁からの指図で、これに指定されると、どうあがいても勝てない訴訟があるとされ、当初はそんなバカなと思いつつも、こうも不当判決が続くと真実味を実感する)、マスコミの恣意的な報道管制。本来だれにでも使用権限があるはずの司法記者クラブ(大阪地裁・高裁の中にある記者クラブ)からことごとく締め出され、一度も記者会見を開かせてもらえていない現実。これらはやはり“何らかの背景”なしに起こりうる事象ではない。

本人尋問で大川弁護士の追及に答えきれず涙ぐむ仕草で裁判官の心証に訴える李信恵(画・赤木夏)。後ろに代理人の神原・上瀧弁護士。2020年11月24日、大阪地裁で。この後、傍聴に来ていた伊藤大介は深夜暴行・傷害事件を起す

李信恵の「謝罪文」(全7ページの内の2ページ)。のちに撤回したことに李信恵の人間性が表われている

 

リンチの是非を問うた人に開き直って恫喝する李信恵のツイート

◆われわれは死力を尽くした! 

そういった背景の中、一審の大阪地裁は、上記の通り不当判決を下したのであったが、控訴にあたり、われわれは死力を尽くした。まず元裁判官(大阪高裁にも勤務)の森野俊彦弁護士に弁護団に加わっていただいた。『週刊金曜日』によれば、「裁判所の内外で発言を続けた裁判官は、森野俊彦氏しかいない」とされ、失礼な物言いながら、当初予想した以上に優れた方であることがすぐに判った。従前より一連の訴訟を担当していただいている大川伸郎弁護士、森野弁護士を中心に何度も打ち合せを行い、精神科医・野田正彰先生にM君の「精神鑑定」を行っていただき、ニューヨーク州立大学名誉教授で心理学者の矢谷暢一郎先生からも海の向こうから「意見書」を頂いた。いずれも重厚な内容である。

そして地裁判決が素人目にも粗雑であって(例:証拠として提出してある書籍の中にある人物の電話取材を掲載しているが、判決文では「取材をしていない」と断言している。裁判官はろくろく証拠に目を通していないのだ)、重要な事実認定に妥当性を欠き、判決全体が恣意的な内容であることを「控訴理由書」、およびこの補充書で指摘した。さらには、われわれの委託を受けて取材に飛び回ってくれた、ジャーナリスト寺澤有氏の「陳述書」、さらには鹿砦社代表・松岡の渾身の「陳述書」など、これまでになく力を込めた。

勝ち負けは別として、これだけ衆智を結集した。果たして大阪高裁が、これらの知見を越える判断を示すか、興味津々だ。

大阪地裁判決前に、まさかこのような〈不当判決〉が下されるとは、われわれは予想だにしていなかった。だから、控訴審に向けては限られた時間の中で弁護団の先生にはかなりの無理をお願いし、われわれも死力を尽くした。

これ以上の証拠や、地裁判決を弾劾する法的哲学、論理は探求しようがない、といえるところまで「控訴理由書」、この補充書は研ぎ澄ました。野田正彰先生、矢谷暢一郎先生のご尽力には感謝に堪えない。

論理的にわれわれは、負けるはずはないと確信している。しかし、裁判所は証拠と論理を揃えても、一般人の「市民感覚」から遊離した判決を少なからず出すことがあることも知っている。

李信恵の「名言」の数々(『真実と暴力の隠蔽』巻頭グラビアより)

◆7・27控訴審判決に注目を!

繰り返す。われわれは死力を尽くした。当然地裁判決破棄の判決を期待するが、判決の如何に関わらずできうることはすべてやり尽くした。判決の如何を問わず、「やれることはすべてやり切った」との想いが強い。

だから、大阪高裁には“真っ当”な判決を出してもらわねばならない。7月27日(火)13時15分から大阪高裁(別館)82号法廷で判決言い渡しが行われる。猛暑の中であるが、関西在住の方で都合のつく方は傍聴に結集を! 判決は、結果の如何にかかわらず当日速報を打つ予定だ。圧倒的な注目を! 

 

自ら泥酔したことをツイート。常識的に考えれば、1升近く飲んで泥酔しないわけはない

ちなみに、集団リンチの被害者M君は、いまだにリンチの後遺症に苦しんでいる。一方で、加害者グループの一人として実際にリンチの現場に居合わせ、1時間ものリンチを見聞きしつつも止めもせず、救急車やタクシーを呼びもせず、師走の寒空の下に放置して立ち去った李信恵は何の反省もなく、最近も(コロナ禍で少なくなっているとはいえ)各地の「人権団体」や行政などの招聘で講演旅行に回っている。

李信恵は、この時代「反差別」の象徴、あるいは旗手たり得る人格と思想を備えているであろうか。「日本酒に換算して1升近く飲んだ」(李信恵本人のツイート)と平然と公言するほど泥酔した挙句、集団リンチ事件に連座した責任を、どのように申し開きできるのだろうか。われわれは〈あらゆる差別に原則的に反対する〉が故に、この闘いを貫徹してきた。少なからずの傷も負っている。だが、〈差別〉に関する限り〈原則〉は譲ることはできないのだ。〈本当に撃つべきもの〉は何であるのか?この問いに立脚することをわれわれは一時(いっとき)も忘れはしない。

「因果応報」という言葉がある。この通信でもことあるごとに述べているが(7月12日号参照)、かつて「名誉毀損」に名を借りた言論・出版弾圧事件で鹿砦社弾圧に手を貸した者がことごとく再起不能なまでに失脚したことをわれわれは知っている。それは決して“偶然”だろうか――われわれは「因果応報」という言葉を信じる。リンチの被害者がこの後遺症に苦しみ、加害者が表舞台で「反差別」や「人権」などを語る講演三昧などという世の中は不条理だ。

《関連過去記事カテゴリー》
 M君リンチ事件 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=62

『暴力・暴言型社会運動の終焉』

◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/B08VBH5W48/

新型コロナウイルスの感染者は、7月の中盤に東京では1000人を超え、「東京五輪」が強行開催されれば、その開始時点で東京を中心に、医療機関は逼迫し、開催中には海外からやってきた五輪関係者にも感染者が相次ぎ、間違いなく混乱が起きるだろう。わたしは第四波までの感染者の推移を眺め、素人ながら過去の感染者数の増減と地域的な広がりを参考にそのように予想していた。

感染者は東京都で既に1日あたり1000人を超えている。この数はまだ増えるだろう。梅雨が明け猛暑がやってきた関東地方。蒸し暑い風は吹き抜けるが、都心高層ビル屋上のビアガーデンで、凍らせたジョッキに注がれた生ビールを煽って「クーッ! 課長! やっぱり夏はこれに限りますね! ワッハハハ!」ってな息抜きも許されない。

◆こんな状況でいったい誰が「東京五輪」をテレビで視聴するだろうか

テレビは面白くもないバラエティー番組を、ひな壇芸人の数で埋め合わせようとして、結局まったく面白くなくなった苦い経験を忘れたかのように、連日「五輪中継」や「五輪の話題」を盛り上げようとエネルギーをつぎ込むだろう。でも会場には観客はいない。声援も上がらない。見たい番組があろうがなかろうがテレビをつけっぱなしにしているのが習慣化しているのは、きょうび高齢者に限られる。

専業主婦はスマートフォンを手に入れてから、徐々にテレビから離れた。昼(昼下がり)の時間帯に「メロドラマ」がめっきり少なくなったのはそれが理由だろう。子供たちは夏休みになったって、外遊びをするわけではないが、かといってゲーム以外で液晶に向かうことはない。多くの勤労年齢成人はリモートだろうが、通勤だろうが昼間は仕事に就いている。

さて、こんな状況でいったい誰が「東京五輪」をテレビで視聴するだろうか。いい方を変えよう、誰が「喜んで」あるいは「期待をもって」「東京五輪」をテレビで視聴するだろうか。例えば開会式は中継されるだろう。実際のところ「いったいどんな開会式やってるんだか」あるいは「事実をもって批判するためには、自分の目で見ておかないと」という動機で視聴するひとが、大勢になるのではないだろうか(わたしは自宅にはテレビがないので、五輪があろうがなかろうがテレビを見ることはない)。

◆わたしたちの頭脳は記憶を留める能力を、著しく失っている

7月16日IOC会長バッハが広島を訪問した。報道や個人的に聞くところによれば、異例の厳戒態勢での受け入れであったにもかかわらず、平和祈念公園周辺だけでなく、複数個所で抗議行動が行われたようだ。地元広島市民の受け止め方も、冷めたものだったようだ……。

さて、いよいよ酷暑下で「血も凍る悪魔の祭典」が行われる。会場となる東京都にとっては、自殺行為にも近い「血も凍る悪魔の祭典」。人間の退化と理性喪失の象徴、嘘っぱちの感動物語、資本による利益追求の究極形、そして永年機能してきた通りの世論操作装置。

これから数週間の間に、様々な事件が起こることだろう。そしてそれらは重大な事件であっても、数日もせずに忘れ去られてゆく。おそらく数週間ではなく数日だ。なにも五輪が特別なわけではない。情報処理速度が高速化するにしたがい、大惨事であってもわたしたちの頭脳は記憶を留める能力を、著しく失っているからだ。たぶんこれは、液晶を毎日目にするひとびとにとっては、世界共通の現象だろう。

検索することなしに、鳥取地震、熊本地震、大阪北部地震、広島大水害、新潟地震、岩手内陸地震それぞれの発生年月を即答できる読者はどのくらいいるだろうか。わたしだって全問回答はできない。でもこれらの自然災害はいずれも20世紀の後半では阪神大震災だけに匹敵する揺れや被害を引き起こしている大災害だ。でも、わたしたちは、各被災地にお住まいか関係のある方ではない限り、重大災害の発生年すらそらんじられない。

災害だけではなく、出来事(事件)でもそうだ。「血も凍る悪魔の祭典」を招致した時の、東京都知事は誰だったか。本通信読者の大半はご記憶であろうが、ではその前の東京都知事は誰で、どのような理由で辞任したか。その前任者は? このあたりにくると怪しくなってくるのも仕方あるまい。大阪五輪招致など大阪人でも忘れているかもしれない。

◆わたしの体温は徐々に下がってゆく

1週間ほど前、名神高速道路で偶然奇妙な光景に遭遇した。東京方面に向かって兵庫県警の機動隊員輸送車が最低4台とワゴンが数台走っていたのだ。断言はしないがあれは「東京五輪」警備の応援に、兵庫県警が派遣した警察官を運送していたのだと思う。全国動員とは言わぬまでも、警備の警察官もかなり広域から東京に集中するのだろう。

関西もどうやら梅雨明けのようだ。最高気温はこの夏最高近くになるかもしれない。だがわたしの体温は徐々に下がってゆくように思う。「血も凍る悪魔の祭典」はそれに関わるすべての出来事、ひとびとに禍々しさを感じる。

わたしはこの大会に出場する選手、役員、大会関係者あるいはボランティアを、国籍を問わず特別視して免罪するつもりはまったくない。ひとりひとりは人格と判断能力を持った人間なのだ。IOCの役員連中と同じく、ひとりひとり自立した人格として捉えるのが、平等というものだ。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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