前回本通信で鈴木伸哉との会話を公表した。鈴木は重ねて「自分とは関係ない」、「この書き込みが自分のものであると証明しろ」と繰り返した。取材班キャップ田所は、情報の出所がリンチ被害者M君であり、それ故、鈴木の会社だけではなく、携帯電話の番号や自宅住所も知りえたし、アカウントについても同様であると「証明」した。それでも鈴木はひたすら「証明しろ」、「証明しろ」を繰り返したので、本日は「leny φ(^▽^)ノ#鶴橋安寧! (@LenyIza )」が鈴木のアカウントであることを、言葉ではなく過去の関係人物とのやり取りを示すことにより、誰の目にもわかるように再度「証明」する(本来このような無益な作業は不要と考えるが、鈴木が要求するので仕方なく時間を割く)。

以下はかつてカウンターであったが、リンチ事件を契機にカウンターの手法に疑問を持ち、現在は距離を置いている三輪吾郎さんからご提供いただいた情報である。実名で勇気ある「証明」を行っていただいた三輪さんに感謝したい。

まず紹介するのは、あるイベントで作成したチラシが余ったため、大阪市内居住の三輪さんが鈴木の会社まで残部を送付した際のやり取りだ。

三輪さんの自宅から鈴木の会社へ宅急便を送る相談がなされていることがわかる。この時期2人の間には、何のわだかまりもなく、むしろ一定の信頼関係があったと、このやり取りからは推認される。ところがM君リンチ事件後、鈴木の態度は一変し、三輪さんとも以下のやり取りを残している。

三輪さんと鈴木がこの時点ではもう決裂しており、鈴木が「神戸の時に俺の電話番号教えたよな?」と凄んでいる。が、実はそれ以前に鈴木は三輪さんに自分の名刺を渡し、会社の住所などを教えていたのだ。でなければ、最初に紹介した荷物の送付を行えない。

さて、鈴木は自らと自らの勤務先を限りなく特定させる書き込みをいくつも残している。

鈴木の勤務する会社はホームページによれば、1996年の設立であり、この書き込みと符合する。

そして今は敢えて名前は出さないが、鈴木は自身の勤務する会社の名前が判明する書き込みを複数行っている。

ここで鈴木が名前を挙げている会社と鈴木が勤務する会社が隣接していることは、Googleストリートビューではっきり目視できるので、関心がおありの方はご確認を。

ちなみに、これら書き込みは鈴木自身の手によるもの(誰でも見ることができる公開情報)であり、それを取材班のサイバー班が保存したものである。そして、

と鈴木は前職が大和証券であることを明かしている。土井定包氏は大和証券の会長を務めた人物である。

さらに、リンチ被害者M君ともかなり懇意な時期があり、以下の書き込みが残っている。

写っているのは、リンチ被害者M君で、「普段、硬派っぽい人ほど甘いものが好きな気がする。まっ、自分も好きやけど…*それにしても、めっちゃ嬉しそうな」とまるで恋人同士かと勘違いしそうなコメントを添えている。

その後、李信恵らによる集団リンチ事件によって鈴木と被害者M君の仲が決裂した後、この写真をコラージュした卑劣かつ非人間的が画像も何者かから発信されている(リンチ関連本第5弾『真実と暴力の隠蔽』巻頭グラビアに掲載)。これが鈴木によるものとの噂があり、このことについても「警告書」では真偽のほどを鈴木に求めている。回答がないが、「関係ない」と言うのなら、そう回答すればいいではないか?

もうこれ以上の言葉は必要あるまい。鈴木伸哉がツイッターアカウント「leny φ(^▽^)ノ#鶴橋安寧! (@LenyIza )」の発信者であることに争いはないだろう。

鹿砦社は金銭保証を求めているわけではない。前回警告した通り、鈴木が、「leny φ(^▽^)ノ#鶴橋安寧! (@LenyIza )」というアカウントがみずからのものと潔く認め、誠実な謝罪をすれば、これ以上の追及や、鈴木が電話で自ら求めた「裁判所」などに持ち込むつもりはない。

だが、本日が最終期限である。本日23:59までに、鹿砦社代表・松岡宛メール(matsuoka@rokusaisha.com)、あるいは書面(ファックス0798-49-5309)、そのほか形のある方法で鹿砦社に謝罪の意を明らかにするように要求する。これは本当の最後通告である。

《関連過去記事カテゴリー》
 しばき隊リンチ事件 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=62

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鹿砦社 http://www.rokusaisha.com/kikan.php?bookid=000541

前回(6月7日)、鹿砦社代表・松岡の怒りの記事でご紹介した通り、「警告書」を送り回答を求めた鈴木伸哉からは回答期限を過ぎても返信がなかった。そこで仕方なく取材班は鈴木に電話で意向を聞くことにした。ことは鹿砦社の名誉毀損に関わることだけに、曖昧にすることはできない。

6月1日正午過ぎ(一般的な企業の昼休み時間)鈴木の携帯電話に電話をかけたが鈴木は出なかったので、仕方なく同日午後鈴木が勤務する会社に電話をかけた。

◆自分と関係なければ「関係ありませんよ」と回答すればよいものを、やましさ故に逃げまくる鈴木

田所敏夫(以下、田所) お世話になっております私株式会社エスエル出版の田所と申しますが、鈴木様いらっしゃいますでしょうか。

電話受けた社員 今電話中なんですけれども。

田所 よろしかったらこのまま待たせていただいてよろしいでしょうか。

電話受けた社員 それではこのまま少々お待ちください。

(1分半ほど保留音)

鈴木伸哉(以下、鈴木) はい。お電話変わりました鈴木です。

田所 お世話になります。私、株式会社エスエル出版の田所と申しますが、お世話になっております。

鈴木 はい。

田所 恐れ入ります。鈴木様宛に5月6日付けで、株式会社鹿砦社から「警告書」を送付させていただいたのですが。

鈴木 それがどうしました。はい。

田所 私は取材班の田所と申しますが

(遮って)

鈴木 そういうのはお断りしているんで。

田所 「警告書」をお受け取りいただいたという記録がこちらの手元にあるのですが。

鈴木 それはもう弁護士の方に送っていますので。

田所 一点だけお尋ねしたいのですけれども、鈴木様は「企業ゴロ」という言葉でですね

鈴木 ちょっと営業中なんですけれども。そういうのは書面で送っていただけますか?

田所 ですから「警告書」をお送りしたんですね。

鈴木 あなたの名前で送ってきてないでしょ?

田所 ですから鹿砦社の代表取締役松岡の名前でお送りしております。

鈴木 いや、それはあなたが送ったんですか?

田所 私は株式会社鹿砦社特別取材班キャップの田所と申します。

鈴木 いや、それね、はっきりいって文書以外で受け付けしていないんで。

田所 それは鈴木様のご事情ですけれども

(遮って)

鈴木 あなたが取材したいんでしたら、取材したいと連絡するのが社会常識でしょ?

田所 取材をしたいのではありません。取材ではなく「10日以内に書面で明確な説明をお願いいたします」とお願いしたんです。お願いをしたのですがお答えを頂けないので

(遮って)

鈴木 はい、お断りします。

田所 お答えは頂けないということでしょうか。

鈴木 そうです。

田所 お答えは頂けないわけですね。

◆自分が書き込んだ証拠を「裁判所で出せ」と発言する鈴木は民事提訴を望むのか?

鈴木 はい。はっきり言って因果関係もわからないことにお答えできませんよ。

田所 鈴木様が書き込まれたものに……。

(遮って)

鈴木 私が書きこんだと、どういう根拠でおっしゃっているんですか。

田所 鈴木様がLenyというアカウントを使っていらっしゃる……。

鈴木 その根拠をお示しください。

田所 鈴木様の複数のお知り合いの方から、これは鈴木様のアカウントであると確認を取っております。

鈴木 いや、あのね、僕、複数の友人て知らないんですよ。まず根拠をちゃんと示して、それからお問い合わせください。

田所 はい。かつては李信恵さんも認めていらっしゃいました。

眼鏡はかけていないが鈴木伸哉と金良平、李信恵。李信恵のツイッター(2015年12月27日)に掲載されたもの

鈴木 いや、そういう話は聞いてません。ですからそれも書面で何月何日に……

田所 すいません、お尋ねしているのはこちらなんです。

鈴木 こちらは根拠を示しなさいと言っているんです。

田所 ですから鈴木様が「芸能プロダクションに寄生して小銭稼ぎをしている極左崩れの企業ゴロ」などと……。

(遮って)

鈴木 ですからそのように私が書きこんだという根拠を示しなさい、と言っているんですよ。

田所 それはあなたが勝手に求めているだけのことです。

鈴木 違います。あなたが私に聞くんでしたら、まず根拠を示してから聞きなさいと。

田所 根拠は、あなたの情報をリンチ被害者のM君から聞いたからです。

鈴木 関係ないです。ちゃんと書き込んだという根拠を、法的にちゃんと示しなさい。

田所 その必要はないです。なぜならば、あなたがたくさん違法な行為を書いているからです。

鈴木 関係ないです、まず示しなさいと言っているの。

田所 「反社出版社」とは「反社会的出版社」を示す言葉ですね。

鈴木 あのね、社会常識なさすぎです。まずその書き込みを私が書いたっていう根拠を示しなさいと言ってるの。裁判所を通してちゃんとそれを私が書いたと示せばいいんですよ。

田所 裁判所を通して示す? そんなことはどうやってやるんですか?

鈴木 なんでもいいですけど法的に示しなさいと言ってるんですよ。

田所 ということは、「訴訟を起こしてくれ」ということですか?

鈴木 そんなことを言ってるんじゃない。

田所 あなた、今「裁判所を通して」とおっしゃったじゃないですか。

鈴木 まずね、その書き込みを私がしたっていう証拠を示してから話が進むんですよ。

田所 では、なぜ私があなたの携帯電話の番号を知っているんですか?

鈴木 それはうちの電話番号は警察署にも届けていますから。

田所 今は会社にお電話をかけているわけです。

鈴木 私の名前は会社のホームページにも書いてありますからね。

田所 違います。私は鈴木さんの携帯電話の番号を知っているわけです。なぜ私が鈴木さんの携帯電話の番号を知っているんですか?

鈴木 それは知りませんよ。

田所 あなたのことを知っている人が教えてくださったから、私は知っているのです。

鈴木 だからその人が、誰がいつ私の書き込みが関係あると、証明したのか、まず示せと言っているんですよ。

田所 ですからリンチ被害者のM君がまだあなたと仲が良かった頃に、あなたがLenyというアカウントを使って書き込みを行っていた時代から、知っているわけです。これで充分でしょ!

鈴木 だったらM君がそれをちゃんと示して……。

田所 必要ありません。この際私はM君のことを問題にしているのではありません。

鈴木 関係ありません、あなたはまずね……。

田所 逃げていますね。

鈴木 あなたがちゃんと証明してからじゃないと話が進まないんですよ。

田所 M君はあなたの電話番号も自宅の住所も知っていますよ。

鈴木 M君は関係ないでしょ。あなたが示さないといけない。

田所 このアカウントが鈴木さんのものであるとわかればはっきりするじゃないですか。

鈴木 証明したらいいじゃないですか。

田所 すでにしていますよ。M君はあなたの会社を知っていたし、あなたのアカウントも住所も自宅の電話番号も知っているということですよ。あなたが散々誹謗中傷している被害者が知っているわけです。

鈴木 関係ないんじゃないですか。

田所 関係ありますよ。あなたの論理は全く破綻しています。破綻している以上におたくは会社ですよ。一般の学生さんなどと鈴木さんは違いますよ。鈴木さんはB(会社名。今回はあえて名を秘す)という立派な会社の取締役をなさっているわけでしょ。

鈴木 それと書き込みと何の関係もないじゃないですか。

田所 そういった立場の方が特定の出版社を「不法に小銭稼ぎをしている極左崩れが社長の反社出版社」という書き込み方をされると、これは明らかに名誉毀損ですよ。

鈴木 だから、まずそれを書いたのが私だということを証明しなさい、と言っているの。

田所 それは出来ていると言っているんです。

鈴木 出来ているんであればそれをまず示したらいいじゃん。

田所 今、言葉で示したでしょ。M君が私にあなたの携帯電話を教えてくれたから、私はあなたの携帯電話もあなたの住所も知っているわけですよ。

鈴木 それ脅しですか。

田所 は? この書き込みとあなたの関連性がどうあるかを示せとあなたが言うから、それを証明しただけですよ。

鈴木 あの、営業妨害なんですけど。

田所 あなたの求めに応じて証拠を申し上げたのです。

鈴木 あの、10分以上かかわっているんですけどね、営業妨害ですよ。

田所 こちらにとっては名誉毀損なんですけど。

鈴木 何で業務中にこんな関係のない電話してくるんですか。

田所 こちらの業務にかかわることで「反社出版社」と書かれ業務に関わりますから。

鈴木 関係ないです。まず示しなさいと言っているでしょ。関係ない所に電話してきて。

田所 関係、大ありですよ。

鈴木 業務妨害で、えーっとエスエルの田所さんですか。電話番号は何番です?

田所 鹿砦社特別取材班キャップの田所です。

鈴木 電話番号は?

田所 私の携帯番号表示されていませんか?

鈴木 いや、言ってください。

田所 それこそお調べいただいたら結構ですよ。鹿砦社の電話番号はオープンにしていますから。

鈴木 じゃあ株式会社エスエルっていう所の電話番号は?

田所 株式会社鹿砦社。

鈴木 関係ないでしょ。

田所 関係は鹿砦社とエスエル出版は親会社─子会社の関係なんです。

鈴木 どちらが親会社なんですか?

田所 調べなさい、そんなことくらい。

鈴木 あなたは自分のことをまず……。

田所 私は田所敏夫と言います。知っているでしょ。しばき隊の中心人物で私の名前知らない人間一人もいませんから。

鈴木 俺は知らないです。

田所 M君の裁判の時、傍聴券抽選前にあなたの隣にいたのが私ですよ。眼鏡かけて来られていましたね。私はあなたの顔も知っています。

鈴木 とりあえず営業妨害なんで御社の方に連絡行くと思いますけども。

田所 はい結構です。

鈴木 もうこれで切りますんで。

◆鈴木への最後通告

身に覚えのある悪行の数々が世間に披歴してしまったら……。鈴木の恐怖感は手に取るように分かった。そして繰り返し根拠を説明しても、話を逸らす鈴木。

だが読者には勘違いしないでほしい。取材班は鈴木への民事提訴も視野に数年間、鈴木の発信を観察、証拠を保存し続けてきた。何もなければ忙しい中このようなつまらぬ人物に時間を割きたくはなかったが、ここへ来て鈴木の発信がまたしてもエスカレートしているので、仕方なくアクションを起こさざるを得なかったのである。

そして、鈴木は前述のとおり「書き込みと自分の関係」に拘っていた。そこで、続報では誰の目にも明らかな証拠をお伝えする。すでに複数の協力者から公開をご快諾頂いている。

鈴木よ、われわれは「企業ゴロ」ではないから、われわれが求めているのは金銭ではない。鹿砦社やリンチ被害者M君を誹謗中傷したことへの真摯な謝罪があれば、これ以上の追撃は行わない。しかし、書面で尋ねた事項への公然たる「無視」、ならびに「営業妨害」を持ち出しての卑怯な逃げを続けるのであれば、われわれは、追及を続けなければならない。

有り余る証拠と複数の対処手段はすでに検討済みである。鹿砦社に公式に謝罪する最後のチャンスは次回、この原稿が掲載された日の23:59までだ。

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◆あえて批判覚悟で山本太郎を批判する

まもなくやってくる今夏には、参議院選挙が控える。政党地図を眺めると、年のせいか出るのはため息ばかりだ。

さて、鹿砦社は自由な言論を保証する出版社である。これは間違いない。だから敢えて『紙の爆弾』や本コラムで、どちらかといえば評価されている、山本太郎氏率いる政党についての、わたしが抱く違和感と嫌悪感を批判覚悟で申し述べる。

本コラムで山本氏が率いる政党を旗揚げした直後に「な・に・が『れいわ』だ!『新選組』だ!どあほうが! 「維新」さえ下回る最低最悪な党名『れいわ新選組』を掲げた山本太郎議員への絶望どあほう!」(2019年4月16日)とその命名を激烈糾弾する文章を書いた。

その思いは今も寸分も変わらない。自公に国民民主党と維新がすり寄って、ほぼ「大政翼賛会」が完成しつつある今日、山本氏率いるあの党名をどうあっても、わたしは口にすることはでない。当たり前だろうが。国会に議席を持つ政党の中では最も「反動的」な名前なのだから。差別の元凶天皇制と倒幕の時代に暴れまわった暴力集団、新選組。どうしてこんな名前を選んだのか訳が分からない。わたしにとっては、最低最悪の党名である。

そして、どうもここに来て山本氏の独裁ぶりが目に付くようになってきた。一つのサインは山本氏自身が、衆議院議員を辞職して、またしても参議院東京選挙区から出馬することを表明した事実だ。

党勢拡大のためには比例区で得た議席を有効利用するために、辞職して次点候補の繰り上げを図る戦法は理解できなくはない。しかしながら、はっきり言えば山本氏以外に「目玉」のない政党にとって、東京でもう一勢い入れたいとの思惑が明らかなのである。


◎[参考動画]【会見LIVE】山本太郎 参院選出馬選挙区表明(2022年5月20日)

◆「国債は国の借金ではない」の虚構

さらに、わたしには昨今山本氏の主張の中心である「国債は国の借金ではない」、「積極財政を」の掛け声がまったく腑に落ちない、どころか「それは違う!」と重ねて追及したい。

25年以上デフレに陥っていた日本で「賃上げを伴った」2%インフレであれば景気回復の要因にはなりえたであろう。けれども、おそらく山本氏も予想していなかったであろう、小麦や原材料の国際的価格上昇と急激な円安によって、日本の物価上昇は2%をはるかに超えてしまった。それに対して大企業の賃上げが報じられているけれども、中小企業は原材料上昇を価格に転嫁できないことから、賃上げどころか倒産に近い状態に追い込まれているケースが少なくない。なによりも多くの国民は「好況感」など抱いておらず、物価だけ上がる「スタグフレーション」が既に家計を直撃しているのだ。

これは山本氏が主張していた「国債はいくら刷っても、通貨発行権があれば借金ではない」がそうではなかったことを示す現実だと理解すべきだ。時間軸に沿って山本氏を弁護すれば、山本氏が主張する以前から自民党政権は「赤字国債」を乱発していたのであり(公共事業によりやがて還流するODAのように)、その結果毎年の国家予算で30兆円以上を返済に回さなければならないところまで、この国の財政は追い込まれていたのだ。

たしかに、政権与党が理性をもって税制と予算編成を行えば、ここまでの「スタグフレーション」は回避できたはずだが、FRB(米国通貨準備委員会)がゼロ金利政策の見直し(利上げ)を宣言したのに、日銀は政策金利の引き上げを宣言できない。なぜか。理由は簡単だ。利上げすれば国債の利払いが増してしまい、予算が組めなくなる、それだけのことだ。

こういった事態はわたしのような経済の素人にも容易に予想できたにもかかわらず、山本氏率いる政党はなぜか「国債は借金ではない」の主張を引っ込める気配がない。まったく不合理である。くわえて「国債発行は国の借金ではない」論を展開するために、極右の論者とも手を握っていた事実は、猛省に値する。

【何があっても心配するな。そんな国をあなたと作りたい。(82号簡略版)】

◆どうして水道橋博士なのか?

そしてちょっと驚いたのが、水道橋博士の擁立である。水道橋博士の人物像は知らないが、松井大阪市長に訴えられて「反スラップ訴訟」を公約に掲げると発信しているようである。「スラップ訴訟」はたしかに問題ではあるけれども、山本氏率いる政党の政策にこれまでその項目はあったであろうか。

選挙は政策だけではなく、「知名度」も重要な武器である。もともと芸能界出身の山本氏が水道橋博士を擁立するのも解らなくはない。けれども、山本氏が率いる政党の主張と「反スラップ訴訟」の接点はあまりにも希薄ではないか。生稲晃子を東京選挙区に擁立する自民党との違いはどこにある?


◎[参考動画]【街宣LIVE】東京・秋葉原駅(2022年5月29日)

◆本気で闘うのであれば本気の党名に変更せよ!

労組の名に値しない「連合」による「野党潰し」といっても過言ではない最近の狼藉に対して、自公・国民民主党・維新の実質「大政翼賛会体制」を揺るがすには、相当の衝撃が必要であることはわかる。だが、そうであるならば、山本代表は「野党中の野党」としてふさわしい党名をまずは採用すべきではないか。わたしも含めて彼が初当選時に応援した人間の半数以上は彼から離れている事実を山本氏は直視しなければならない。

元号や歴史的な暴力集団の名前を冠するのではなく、山本代表の発想であれば、いくらでも魅力的な党名が思いつくであろうが。それとも、やはり山本代表は政界の色に染まってしまい、そういった発想からはもう離れてしまったのか。


◎[参考動画]NHK日曜討論 山本太郎発言まとめ【2022/05/29】

◆初当選の支持者は半分去ってしまった、これでいいのか?

「原発を止めるために選挙に出た」と公言していた初心はどこに行ったのか。わたしは山本氏率いる政党についての論争では各方面から言いがかりに近い暴論を吹っかけてこられた。暴論も暴論。話にならなかった。だが、今日山本氏率いる政党のある意味成長ぶりと、「変節」を直視すれば、わたしの心配が杞憂であることを望むほかない。安田好弘弁護士・辻恵氏といった大物までが、あの破廉恥な党名を平気で発語している。こんな時代をわたしは、徹底的に嫌悪する。

ただし、橋下に直接楯突いて当時話題になった、大石あきこ議員には好感を持つし、彼女の活躍にも期待するところは大きい。その際、安心して呼ぶことのできる政党名に山本氏率いる政党は名前を変更するべきだ。原則的な「差別反対論者」にはあの政党名を投票用紙には書けない。この致命的なデメリットを誰か進言してほしいものだ。


◎[参考動画]【街宣LIVE】山本太郎と桜を見る会 熊本県・熊本!(2022年5月7日)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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◆ウクライナ情勢が浮き彫りにした日本の「好戦」指向

個別の事態が確実なものであったとしても、ではなぜその事態が生じさせられたのか?ある独裁者の思い込みだけが原因だと、断定することは乱暴ではないのか?身近な何人もの識者や学者がロシアによるウクライナ侵略の全体像をどのように考えればよいのか、苦悶している。

まさか21世紀に突きつけられようとは、予想もしなかった隣国へのある意味原始的な手法による侵略。この設問への私的な困惑は深く簡単になにかを断じることができない。ロシアの侵略行為に私は全く同感しないし、承認することはできないが歴史(直近から中長期のそれ)や、現存するNATOと消滅した「ワルシャワ条約国機構」の問題、さらには原発を巡るロシアの一貫しない軍事行動などを耳にすると、これが総体としていかなる現象(現地で痛みを負い無くなっておられるひとびとには失礼な表現かもしれないが)であるかの総体を表現することが極めて困難に感じるのだ。

◆軽すぎ薄っぺらすぎる言説と報道

一方でいまだに「西側」、「東側」という呼称が通用しているのもおかしな話だとしか思えない。ロシアもベラルーシも自称「旧社会主義国」ではあったが、現在経済体制は資本主義であり、その視点を維持すれば「西」対「東」の対決ではなく、帝国主義間の終末的領土・資源収奪争いの側面も、あながち無いとはいいきれないのではないか。

わざわざ「キエフ」を含む複数都市の日本における読み方の変更を政府が発表したら、何の疑問もなく新呼称を採用するのが大マスコミであり、政府専用機で20名の避難者を林外相が連れてきたことが大きく報道される。これまで政治難民申請に冷酷無比と言ってよかった日本政府の入管政策を知るものとしては、強烈な違和感を禁じ得なし、米国が侵略したアフガニスタンやイラクから日本政府は(米国侵略直後)難民を受け入れたか。そもそも「米国」を侵略者と規定する報道があったか……。

難民を受け入れることにわたしが反対なのではない。「日本政府は、ウクライナ情勢の前と後で、やることが全然違うじゃないか」というのが正直な感触だ。

◆強烈な違和感を象徴する「共産党の自衛隊容認姿勢」に迫る

そしてこの違和感は政府・マスコミだけに向けてのものではない。リベラルと呼ばれる層も含め、日本全体がまたしても「次のきな臭い段階」に入ったのではないか、とわたしは感じる。以下に一つの例を挙げよう。4月8日には「有事の際には自衛隊を活用すると訴え」共産党の志位委員長が述べたと報道された。

ことの次第を確かめるべく、4月11日共産党本部に電話で話を聞いた。

田所  報道で拝見しましたが、志位委員長が「日本に侵略があった際は自衛隊を活用して侵略を防ぐ」と発言をなさったと聞いているのですけれども、それは間違いありませんでしょうか。

共産党 共産党は日本国憲法を順守する考えだと理解していますが。

田所  日本国憲法と自衛隊は矛盾しない、というのが共産党の考えですか。

共産党 矛盾します。矛盾するというか今の自衛隊は9条とは相いれないと思っています。ですので将来的には解消を目指す立場です。

田所  憲法と矛盾する自衛隊に国を守らせる、ということですか。

共産党 そうですね。

田所  それがにわかには理解できません。

共産党 順序だてて言いますとね、憲法と相いれないと思っていますが、今すぐには無くせないんですよ。御存知の通り国民の8割、9割は自衛隊に好意というか、評価していますので。

田所  共産党の方々はいかがなのですか。

共産党 私たちだって憲法とは相いれないけど、敵視しているわけじゃないし。災害出動なんか大いに評価していますよ。

田所  災害出動が役に立つのは理解できますが、武装している自衛隊も是認なさっているわけ?

共産党 是認というか、憲法にはやはり相いれない。ですから解消を目指すんですけど、時間がかかるんです。明日政権に入っても国民がこれだけ「自衛隊が必要だ」と言っていると、いきなりは無くせないですよね。そんなことをやったら独裁になっちゃいますから。相当長い期間がかかるんですよ。そうしたら国民が自衛隊がなくても安心できる状態なるかといえば、やはり北朝鮮のミサイル開発ですね。あのようなことが解決するとか、中国の覇権主義的な行動がなくなるとかね、そういうことがないと、なかなかそういう世論にはならないです。平和な東アジアを作る外交を大いに共産党はやって、その条件を作る努力をしていきますけれど、時間がかかる。その前に私たちは「過渡期」と言っていますが、5年10年ひょっとしたらもっとかかると思いますよ。その間に仮に、そういう事態が起きたらどうするのかという話なんです。

田所  万一そう事態が起きたときに共産党は与党であったらという前提で仰ってるわけですか。

共産党 与党であっても野党であっても賛成するってことですよね。

田所  今は野党でしょ。

共産党 今、野党です。

田所  野党であってもあの憲法違反の自衛隊の存在に塩を送ると宣言なさるということですか。

共産党 認めるということですよ。

田所  (あまりの断言にやや間をおいて)日本国憲法の前文をもちろんご存知だと思いますが、その前文と9条は結びついてますね。にもかかわらず9条違反の自衛隊を認めないのに、侵略があった時には自衛隊の活動を認めると。その理屈はなかなか分かりにくいですね。

共産党 わかりにくいですか。さっき言ったように「過渡期」があると。

田所 「過渡期」というのであれば、共産党が自衛隊をなくそうとした時からが「過渡期」なのでしょ。

共産党 はいはい。

田所  今なくそうとするところにも至ってないんじゃないですか。

共産党 いえいえ、だから、なくそうとしていますよ。

田所  誰が?

共産党 私たちが党として。

田所  どういうふうに?

共産党 なくすために努力して、その為に平和な東アジアを作ることが大事なんですよ。

田所  でもあなたさっき仰ったけど、例えば北朝鮮の脅威、中国の脅威がなくなるようにということは外交努力で出来るかもわからない。けれども、今外交する立場に共産党はないわけですよね。いまは外交を司ってるのは自民党と公明党の連合政権でしょ。で彼らの延長線で良いということなんですか。

共産党 いえ、違いますよ。例えば夏に参議院選挙がありますけどそういうことをうちが掲げて……。

田所  いま仮に政権の座にいらっしゃったら、例えばロシアがウクライナに侵攻した。北朝鮮はミサイルを発射する。中国は軍備を増強している。これについてどう対処なさるんでしょうか。

共産党 例えばいま国会をやっていますけど、近々の課題はウクライナ問題ですよ。これは政府に質問をぶつけていますよ。外交的解決をするためにあるいは国際的世論を高めるために、日本政府として大いに努力しろと、いうことは常に言っていますよ。

田所  それは承知しています。ではなくて仮にですよ、いま政権の立場にあればウクライナ、あるいはウクライナがなくても危機と仰った朝鮮、中国に対してどのような外交を展開になさるんでしょうか。

共産党 中国で言えば、いま敵対しているわけですよね。中国とアメリカ、日本、豪州、インドとかなり軍事的な方向でやっているわけです。軍事演習も中国の目の前でガンガンやっているわけです。それではあかんと。たとえばASEANは域内で数十年来紛争しないと努力してきているわけです。ASEANを中心に東アジアサミットという枠組みがありまして、そこには中国もアメリカも日本も入っているわけです。その枠組みを利用して、中国も引き込みながらその中の話し合いで中国に「ちょっとやめとけよ」という話し合いをやって行こうと訴えています。

田所  中国の軍拡をちょっと収めてくれという訴えをするということですか。

共産党 順序がありますので、まずはそう言うところからはじめるというね。大事なのは信頼醸成ですよね。お互いに話し合って同じ方向で解決してゆこうと。急にこんなことはできるものではありませんから。で、最初の話でいうとそういうかなり時間のかかるプロセスがあると思うんです。その時に万が一攻め込まれた時、目の前で日本の国民が殺されかけているときに「自衛隊は憲法違反だからじっとしていろ」と、いう話にはならないですよね。

田所  なるかならないかは共産党のご見解です。憲法違反と言いながら憲法違反のやつらに武力行使を認めるというのが共産党の立場でしょう。

共産党 そうです、そうです。そういうことです。

田所  それを私は個人的には理解できないですね。憲法違反のものは憲法違反。憲法違反の人たちに何でもさせるということであれば、例えば刑法違反の人たちが何かを行っても認めると。刑法はもっと下位法ですから。

共産党 お宅様の立場は、そういう事態になってもじっとしていろと?

田所  日本国憲法に従う限りそうですね、仮に侵略があっても。

共産党 私たちはそれを責任のある政党の立場だとは思っていませんので。

田所  私は別に団体の代表でも何でもなくて個人なので、共産党が今まで自衛隊をすぐにはなくさないということを過去表明された事実も知っています。また国会の開会式には天皇がやってくることを理由にずっと出席をしなかったけれども、ある時期急に天皇が出席する国会の開会式に出席されるに至った経緯も知っています。ということは、どんどん右傾化してるんじゃないですか。共産党は。

共産党 だっていま仰いましたけど自衛隊のことは20年前ですよ。いまの見解を表明したのは……。

田所  だから20年以上前に明確に「転向宣言」出されたんじゃないですか。

共産党 そんなことないですよ。それはなんの絡みで言ったかといえば「9条の全面実施」という流れで言っているわけです。

田所  9条を全面的に実施するのに自衛隊を認められた。

共産党 うん。そういう国民的な疑問も出てきて、その中で改めて表明したわけです。

田所  だって「長沼ナイキ」って古い話ですけど、違憲判決もあったわけですよね。裁判所ですらが。控訴審でひっくり返っておりますけれども、それを共産党は認めるというわけですか。

共産党 何を認めるというのですか?

田所  だから自衛隊というもの自体が憲法違反だということを認めていながら、彼らが、仮に侵略者がいるとすれば武力行使することを認める、というご判断なんですね。

共産党 自衛隊が解消するまでの期間に、万一そういう事態があれば、ということです。

田所  なんでそんなこと今頃おっしゃるんですか。

共産党 だから……あなた自身も前から知っているとお認めになってるじゃないですか。

田所  いえいえ。志位委員長がどうしてこのタイミングで仰るのか。自衛隊をなくす間に、連立政権を実現するために共産党が自衛隊問題については「留保する」判断だと私は理解してたんですけど。

共産党 「留保」ではなく自衛隊が万一の窮迫性の事態の時には自衛隊を活用する、ということですよ。ちゃんと言っています。

田所  そんなことを胸張って言われたら余計にがっかりしますね。

共産党 22年前の22回大会で……。

田所  わたし党員じゃないから詳しいところまで知りません。だけども、22年前からはっきり言えば自民党と同じ主張をしていらっしゃったということですね。

共産党 同じじゃないですよ。違憲だというところは全然違う。

田所  違憲と言いながら、武力行使を認めるわけでしょ。違憲の武装集団が仮に攻撃を受けた場合の武力行使を認めるわけでしょ。それはごく基本的な論理的なところで矛盾じゃないかな。

共産党 個人で矛盾だと言う方々がいるだろうとは思いますけど、お宅様もたぶんそうなんでしょう。ただ私たちは政党ですからね。現実にそういう事態があってその時に自衛隊があって、訓練も積んでいると。スタンバイOKだというときにその出動を待てと。「お前ら憲法違反だから一歩も動くな」というのは政党としてはちょっと無理ですよ。国民の命がかかってるわけですから。

田所  国民の命がかかっている?

共産党 一方でそういう事態が起こらないように努力をしてゆくということです。

田所  分かりました。ありがとうございました。

例によってわたしと共産党のやり取りへの判断は読者諸氏にお任せする。ただし、わたしは共産党の言に強烈な違和感を抱いたことだけは強く述べておく。


◎[参考動画]日本共産党の躍進で日本の前途を切り拓く(日本共産党2022年4月7日)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2022年5月号!

『紙の爆弾』と『季節』──今こそ鹿砦社の雑誌を定期購読で!

◆直接情報が一番の頼り

ロシアがウクライナに軍事侵略を開始して20日以上が経過した。紛争発生時に、自称「国際学者」や「軍事評論家」が言いたいことを無責任に言い放つ様子にはもう飽きた。なぜならば、短・中期的な分析ですら未知の情報を提示してくれる識者は極めて稀だからだ。

そして、ゼレンスキーウクライナ大統領が大手メディアでは英雄扱いされ、日本からも「志願兵」に70名余りの応募があったと在日ウクライナ大使は明らかにした。ゼレンスキー大統領は日本時間の3月16日にはカナダ、米国の国会でリモート演説を行い、日本でも今週、同様のリモート演説の実施に向けて、自民党と立憲民主党が前向きに協議中だと報じられている。私はバイアスのかかったニュースではなく、なるべく情報源に近づき、自らの判断を下そうと試みる。例えばウクライナ政府機関の発信や、ロシア政府の発信などである。中間にメディアが介在すると、いらぬ解釈が加えられるのでそれらは参考程度にしか利用しない。

ゼレンスキー大統領はFacebookとTwitterを利用しながら、かなり頻繁に発信を続けている。そしてキエフやその他のウクライナ国内在住のかたがたも、かなりの数動画を発信している。それらを総合して私は今なにができるのか、なにを考えるべきなのかを模索する。

◆誰がプーチンを擁護して、育てたのか

理由はどうあれ「侵略戦争」には反射的に嫌悪を抱く私は、ロシアの軍事侵略をやはり許すことはできない。そして20年以上実質上独裁者の座にあるウラジーミル・プーチンを支援してきた日本外交や、政治家の名前をしっかりと思いだし、彼らの言動を注視することは無駄ではないだろう。

日本外交の対ロシア最大の課題は「北方領土返還」らしい。私は本気で北方領土返還を実現したいのであれば、ソ連崩壊後独立国家共同体と名乗っていた間隙に机の下で数兆円を渡せば4島返還の可能性はあったと考え、20年以上そのように発信してきた。だが、この期に及んで「北方領土」などにロシアが関心を払わないことは、誰の目にもあきらかであろう。

米国のベトナム、アフガニスタン、イラク侵略に匹敵する、このような惨事を招致するに至った独裁者に世界でも有数の待遇で接していた、この国のかつての最高権力者がいる。安倍晋三だ。安倍は首相在任中あるいは官房長官など在任中にいったい何回プーチンと面会したことであろうか。首相在任期間中には27回と言われているが、非公式な面会を含めた回数は公開されていない。ロシア訪問の際は必ず経済援助の土産を下げて出かけて行き、2016年プーチンが来日した際には安倍の地元、山口県の高級旅館にまで招いて厚遇した。

◆安倍晋三の犯罪性を注視せよ

そして日本は何を獲得したのか? いま安倍は何を発言しているのか。「プーチンと仲の良い安倍にロシアへ行かせて停戦のために働かせろ」との声は政府内外にある。しかし、安倍がそんな役割を担えるような人間ではないことを、首相岸田も外相岸も熟知している。なにより仲良しであるはずのプーチンが核兵器の使用可能性に言及したとたんに、日本の「非核三原則の見直し」と「核シェアリング」(核兵器の共有、あるいは共同利用)との暴論を平気で発言し、岸田を慌てさせた。要するに安倍晋三によって日本はプーチン独裁を確固とさせる栄養を与えてしまい、にもかかわらず安倍にはその認識がまったくないということに、あらためて注目すべきだろう。

◆核兵器は使えない、原発も「地元核兵器」だ

そして私同様に「侵略戦争反対」の立場の人が、ウクライナを支援する気持ちは理解できるものの、それが即「憲法9条改正論」や安倍が唱える程度の「核兵器容認論」にまで結びつくのは、短絡の極みである。

今次のロシアによるウクライナ侵略により明らかになったことは、「核兵器」は実際には使用できない兵器であることと(一度核兵器が使われれば、攻撃の応酬で人類はおそらく破滅近くのダメージを受ける)だ。国連事務総長までが「核戦争の可能性」を憂慮する事態は「何者かが意図的であろうと、ミスであろうと核兵器を使用してしまえば、人類はもうあらゆるコントロールを失い破滅に向かう」ことへの世界的な恐怖に依拠している。

原発の危険性も同様だ。ロシアが侵略直後にチェルノブイリ原発を支配し、その後も主要な原発に手を伸ばしているのは、電力の首根っこを押さえるのではなく「地元の核兵器」を支配下に置くことが目的である。

◆好戦派への警告ゼレンスキ―大統領の言葉

このような状況下、総論ロシアの暴挙は米国によるベトナム侵略戦、アフガニスタン侵略、イラク侵略同様に非難されるのが道理だ。だがここでちょっといきりたち過ぎた日本国内の「好戦派」には警告を発しておこう。私の見解ではなく、米国議会でリモート演説を行いスタンディングオベーションで称賛を受けた、ゼレンスキー大統領の言葉だ。

「真珠湾攻撃を思い出して下さい。9・11を思い出してください」

9・11の実行者はともかく、真珠湾攻撃の当事者は誰でも知っている。日本だ。第二次大戦後の世界の枠組みで東西冷戦構造は崩れても、敗戦国である日本へのまなざしには変化がないことを、ゼレンスキー大統領は明言した。この言葉の含意は重い。どう答えるのだ。安倍晋三とその支持者よ。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

〈原発なき社会〉を求めて集う 不屈の脱原発季刊誌 『季節』2022年春号(『NO NUKES voice』改題 通巻31号)

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2022年4月号!

◆「医療問題」とは、言葉にしずらい日常的な関心事

健康状態が良好なときには、関心を持つこのと少ない「医療問題」。本人や家族が疾病や怪我で、医療機関にかかった際に、運が悪いと直面する。「医療問題」とまで大上段に構えずとも、医師や病院の信頼性や態度は、健康状態を悪化させている本人や家族にとって言葉にはしにくいものの、日常的な関心事だ。

人間はいずれ生命を全うする。その最終局面を医療機関(病院)で迎えることは今日常態化しているといってもいいだろう。医師や看護師の手厚く心のこもった治療姿勢の後に最期遂げる。その遺族は、医療機関が「業務」として提供したサービスであっても、悲しみの中「お世話になりました。本当にありがとうございました」と感謝の念を抱く。不幸の中にあってもこのような姿は、遺族にとっては一縷の救いとなり、感謝の気持ちで病院を後にする。

◆事件の経緯から裁判資料まで、医師と患者の間に横たわる諸問題を詳述

 

出河雅彦『事例検証 臨床研究と患者の人権』(2021年11月 医薬経済社)

ところが医療機関(病院)や医師の行為から不信感を抱かされると、患者の困難がはじまる。仮に命には別条のない施術や治療であっても、医師から納得のいく説明を受けることが出来なかったり、あるいは説明もなく治療を行われ、その予後が思わしくないと、患者には不信感が残る。病院を選ぶことのできる環境に生活する人であれば、病院を変えることができようが、そうではない患者にとって「不信感」をもって医者にかかることは、極めてフラストレーションの高い不健康な状態である。

さらに、病院(医師)の判断・行為で命を落とされたり、本来は避けられる副作用で苦しむことになったらどうであろうか。医師と患者の「絶対的服従関係」はインフォームドコンセントが常識化した今日、過去に比べればかなり改善されたといえようが、その陰には多くの患者・遺族そして医師自身の苦悩や闘いがあったことを、わたしたちは充分には知らない。出河雅彦氏の手になる『事例検証 臨床研究と患者の人権』(2021年、医薬経済社)は医師と患者の間に相変わらず横たわる問題の中でも、極めてデリケートな「臨床研究」と治療の問題について、発生した事件の詳細から裁判資料までを紹介する重厚な書物である。

◆6つの「医療事件」をめぐる緻密で膨大な調査報道

出河氏は、医師が適切な手順で患者を治療したか(プロトコール違反はなかったのか)? 臨床試験に「同意」は存在したか? なぜ日本では「人体実験」と区別のつかない「臨床研究」があとを絶たないのか? などを着目点に「当事者がどのような主張を行い、どのような結末に至ったのか」を詳述する。

6つの事件(愛知県がんセンター、金沢大学病院[2件]、東京女子医科大学、群馬大学病院、東大医科研病院)を追った出河氏の報告は「調査報道」に分類することも可能かもしれないが、当事者に取材し膨大な準備書面を提示する手法は、法律家の技に近いともいえる。

しかし出河氏がこのように緻密で膨大な資料を示した理由はわたしにも推測できる。一般の民事裁判とは異なり、「医療事件」は病院サイドが圧倒的に多くの情報を握っているために、内部告発者でもいない限り患者(遺族)側が対等な条件で闘うことが、極めて難しいからではないだろうか(実際に第二章「同意なき臨床試験」金沢大学病院では金沢大学の医師が「告発者」として活躍した事実が紹介されている)。また「プロトコール違反」、「臨床試験」といった基本的な概念の理解にすら、医師によってかなりのばらつきがあることも読者は学ぶことになる。

◆読者はまるで陪審員(裁判員)、裁判官の立場に置かれたかのような錯覚を抱く

「これでもか、これでもか」と叩き付けられるような証拠の山に、読者は陪審員(裁判員)あるいは裁判官の立場に置かれたかのような錯覚を抱くかもしれない。「良い」、「悪い」という単純な善悪二分法では解決することができない、しかしながら解決しなければ患者の人権擁護を確立することのできない、極めて困難な設問に出河氏は事例報告だけではなく、生命倫理研究者橳島次郎氏との対談で法制度の未整備について率直な指摘を展開している。

昨年まで朝日新聞の記者として、現場を飛び回っていた出河氏は最前線の記者だった。それにしては、文体が一般の新聞記者のように硬直していない。極めて入り組んだ医療最前線の問題を長年地道に取材し、新聞紙面では一部しか紹介できなかった取材成果を醸造、その成果の一部を纏めたのが本書といえよう。

余談ながら金沢地裁で争われた金沢大学(国)を訴えた遺族が提起した裁判の裁判長として、現在原発差し止め訴訟などで著名な井戸謙一弁護士も登場する。出河氏と井戸弁護士はその後、滋賀医大病院における説明義務違反訴訟で取材者と原告弁護団長の立場で再会を果たすことになったのは、本書とは関係ないが偶然とは思われない。

病院と無関係で一生を終えられるひとはいない。いま医療現場で問題になっている最先端の問題(最先端医療ではない)は何なのか、を知っておくことは、誰にとっても有益なことだろう。600頁を超える大著から学ぶことは多い。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2022年2月号!

安江博『一流の前立腺がん患者になれ! 最適な治療を受けるために』

◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/4846314359/
◎鹿砦社 http://www.rokusaisha.com/kikan.php?group=ichi&bookid=000686

生きた。生き抜いた。それだけで充分価値があった。生き抜いた「生命」はもちろんのこと、残念ながら生物的には終焉を迎えた人々の「精神」にすら、それが輝いていた日々を思い起こせば「充分価値があった」のだ。

希薄で触感に乏しく、手で触っても質感・凹凸すらを感じない。色は不明確で、匂いもしない。それがこの時代の主流派(メインストリーム)の共通項だ。地球温暖化のために「脱炭素社会」を目指す一団であったり、「SDGs」とかなんとかいう国際的欺瞞を堂々と掲げている連中は全員その一味だと考えていい。

「新自由主義」は金融資本がやりたい放題狼藉を働くために、「米国流」と称する基準の世界への押し付けじゃないのか、と目星をつけていたが、「新自由主義」もどうやら質的変化を遂げたようだ。その正体、曖昧ながら反論を封じる回答が「SDGs」ということのようである。

近年耳にしなくなったが、「南北問題」という設問(あるいは課題)があった。地球の北側に裕福な国が集まり、おしなべて南側のひとびとは貧しいこと、を指す言葉だ。「南北問題」は解決したわけではまったくない。問題の位相が南北だけではなく、東西にも広がり尽くし「北側」の国の中にも貧困がどんどん拡大しつつある。「グローバル化」を慶事の枕詞のように乱発した連中は、相変わらず同じ題目を唱え続けているのだろうか。「南北問題」つまり「階級格差」の世界的拡大こそが、今日の困難を端的に指し示すひとつのキーワードであろう

その端では「国連」をはじめとする国際機関が、中立性や科学を放棄し、目前の銭勘定や政治に翻弄される姿も顕在化する。ほかならぬ「災禍の祭典」東京五輪を控えて、「わたしは五輪終了まで一切五輪についてコメントしない」と勝手にみずからを律した。

ここで多言を要せずとも、「東京五輪」がもたらした「返済不能」な負債は、財政問題だけではないことはご理解いただけよう。コロナウイルス猛烈な感染拡大の中、開催された「東京五輪」は、開催直前にIOCの会議にWHOの事務局長が出席するという、わたしの語彙では説明ができない狼藉・混乱の極みと、価値の喪失を堂々と演じた。ここでバッハであったり、テドロス・アダノムといった個人名を取り上げてもあまり意味はない。「五輪」をめぐる利益構造への洞察と徹底的な批判だけが言説としては有効だと思う。

「東京五輪」は単に災禍であった。あれを「それでもアスリートの姿に感動した」などと評する人がいるが、社会を俯瞰する視野をまったく持たない悲しい輩である。

選手村の食事が大量に捨てられたことが報道されたようだが、そんなことは当然予想された些末な出来事の「かけら」に過ぎず、小中学校の運動会が規制され、修学旅行が取りやめになるなかでも「世界的な大運動会」を恥じることなく行ったのが、「日本という国」であり、「東京という都市」だ。「レガシー」という言葉を開催のキーワードに使っていたようだが、資本の論理で巨大化したIOCと称するマフィアは、健康や感染症の爆発的拡大と関係なく「五輪」を今後も開きつづける、と「東京五輪」開催で高らかに宣言をしたのだ。それが連中の「レガシー」だ。

WHOもIOC、国連。一切が利権により不思議な律動を奏でる今日の世界。液晶の向こうには何でもありそうで、本当はなにもない日常。「繋がっていないと不安」な精神は逆効果として個人の精神をますます蝕み「繋がること」と「疎外」が同時に成立する不可思議。なにかの「終焉」が足音を早めると感じるのはわたしだけだろうか。

生きた。生き抜いた。それだけで充分価値があった。生き抜いた「生命」はもちろんのこと、残念ながら生物的には終焉を迎えた人々の「精神」にすら、それが輝いていた日々を思い起こせば「充分価値があった」のだ。

本年も「デジタル鹿砦社通信」をご愛読いただき、誠にありがとうございました。2022年が読者の皆様にとって幸多き年となりますよう、祈念いたします。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

『抵抗と絶望の狭間 一九七一年から連合赤軍へ』(紙の爆弾 2021年12月号増刊)

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2022年1月号!

〈原発なき社会〉を求めて『NO NUKES voice』vol.30(紙の爆弾 2022年1月号増刊)

わたくしごとで恐縮であるが、本年は予定しない入院を複数回余儀なくされた。通院回数や検査の回数が年々増加するのは、加齢故に現状維持のためには致し方ない。もう慣れた。

◆「警戒レベル5」で募るのは、不安より不満の声

ただ、予定しない数日の入院の際に、医療とは関係のない奇妙(今日にあっては「当たり前」ないのかもしれない)な体験をした。わたしが居住している地域は地上波のテレビやAMラジオが受信しにくい。拙宅にテレビはないが、この地域でテレビを視聴するためには、ケーブルテレビなどのサービスを利用しなければ、地上波は受信できない。

たまたまの入院と同時期に記録的な豪雨の雲が、この地域にも到達した。4人病室、カーテンで仕切られた空間の中で、病院が準備したテレビを1000円のカードを購入して見ている口々に心配の声が聞こえてくる。わたしを除く全員がテレビに夢中になっていたとき、既に携帯電話には「緊急速報」が何度も鳴り響き、その情報は最初「警戒レベル3」であったものが数時間で「警戒レベル4」にあがり、ついには病院近辺の複数地域に「警戒レベル5」が出されたことを伝えていた。耳障りな警報音が、複数の携帯電話から病室に響き渡る。

「警戒レベル5」は気象庁によれば「災害が発生又は切迫していることを示す」もっとも警戒を要するレベルの警報だ(これより程度の高い警報は、現状ない)。だから頑丈な病院に入院していても、家族や知人の心配をして、より詳しい情報を求め同室の皆さんはテレビを見ていたのだろう。だが、どの声も不満をつぶやくものばかりだ「こんなん、テロップ出しただけで、わからへんやんか」、「なんで普通の番組やっとんや。特別番組に切り替えんのや」自分の携帯電話に送られてきた「警戒レベル5」が示すエリアには、わたしの自宅があるの町名も含まれている。

「直ちに命を守る行動を」と横のベッドから漏れ聞こえてきた音声を聞きながら、はて、こんな緊急時にどうしてNHKテレビやラジオはそれこそ娯楽番組を放送していないで、何度でも警戒警報が出されている地域に呼びかける放送をしないものか。

◆「直ちに命を守る行動を」と報じつつ、あまりに呑気なマスメディア

この際自分の目で確認しようと、1000円のテレビ視聴カードを購入してまずNHK総合テレビ見た。この時大雨は西日本を中心に広い地域にわたり、多くの河川氾濫も起こっていた。だから警報が出ている地域も複数県にわたっていた。

それにしても「直ちに命を守る行動を」要請されているのは、何十か所もあるわけではない。河川氾濫や土砂崩れによる道路寸断のニュース画面が繰り返し流される一方、「いま」危機を迎えている地域への呼びかけは、極めて抽象的だ。

民放にチャンネルを変えても放送内容は大差ない。ではラジオはどうかと、病院内に設置されている入院患者用のパソコンでネットで地元のラジオが聴取できるサービス「radiko」からNHK第一放送を聞いてみる。NHKラジオもやはり通常通りの番組を放送していて「直ちに命を守る行動を」との状態にしては、呑気なものである。

そこで、せっかくパソコンを触っているのだから、ネットで情報を調べてみた。入院中の病院近くの複数の市や町に「警戒レベル5」が出されている。そこには町名のほか何世帯が警戒の対象かも記載されている。繰り返すが「警戒レベル5」は「もう避難できない人は最悪に備えて、家の中で比較的安全な場所に身を寄せて」とも表現される警報だ。近年地震だけでなく、大雨による水害や山の崩落が毎年発生しているからであろうか、あるいはこの時の大雨被害がかなり広域にわたったためか、詳しい避難情報はテレビ・ラジオからは得ることができず、ネットがなければどうしようもないのではないか、と気になった。

◆手術と同じくらい恐ろしかった「災害報道」の弱体化

次の日病室で同室の人が見ているテレビの声が漏れてきた。話口調から民放の番組のようだ。「それでは今回のような災害の際に、お住まいの場所にどんな警報が出ているかを知る方法をお伝えします」とアナウンサーらしき男性の声は「ネットで『気象庁』と検索すると、このように詳しい警報の情報が出てきます」(このあたりのコメント内容は記憶が完全ではないが)とこともなげに説明をはじめた。わたしはテレビから離れて30年ほどになる。それでも外出先で短時間テレビに接することはあり、その都度「知らないことばかり」の画面を無感動に眺めているのだが、この時は違った。

テレビはもう、命にかかわる災害発生時にも情報を頼る相手ではなくなった。それを知り「ここまで来たか」と衝撃を受けた。ラジオも同様だ。NHKは各県に放送局を設けているのだから、その気になればかなり細やかな情報提供は可能だろうに、もうはなからテレビやラジオにはそんなつもりはないらしい。「非常持ち出し袋にはラジオを入れておきなさい」と昔から教わったが、この地域ではそもそもAMラジオ電波が届きにくい。そのうえ電波を受信できても肝心の避難情報が放送されなければ、ラジオを持っている意味はないだろう。

テレビも同様。すべてを「ネットで」と誘導するのが今日当たり前のようだが、「災害時にネットへアクセスできるかどうか」この基本的な問題が度外視されてはいまいか。スマートフォンだって基地局のアンテナが倒れたら使えないし、そもそもネットはおろか、パソコンを使わないかたがたにはどうしろというのだろう。

手術も恐ろしかったが、同じくらい「災害報道」の弱体化には恐れ入った数日間であった。情報技術やインターネットは“進歩”したようだが、災害時におけるこのような報道姿勢は「退行」以外のなにものでもないのではないだろうか。

▼田所敏夫(たどころ としお)
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『抵抗と絶望の狭間 一九七一年から連合赤軍へ』(紙の爆弾 2021年12月号増刊)

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2022年1月号!

◆シラケ世代

71年に思春期や青春時代を迎えた世代は、総称して「シラケ世代」と呼ばれたものだ。ほかにも三無主義・四無主義という呼称があった。

 

『木枯し紋次郎』(中村敦夫事務所提供)

つまり、無気力・無責任・無感動・無関心というわけである。わたしもその一人だった。

無感動や無関心には、それなりの理由がある。少年期に戦後復興の象徴であるオリンピックや高度経済成長を体感し、努力すれば成功するという勤勉な日本人像を抱いていた。にもかかわらず、60年代後半の価値観の変転が、その神話を打ち崩したのである。

一所懸命努力しても、成功するとは限らない。背広を着た大人の言うことは信用するな。正義が勝つとはかぎらない。へたに政治運動に首を突っ込むと、とんでもないことに巻き込まれる。闘っても、負ければ惨めだ。巨人の星飛雄馬は挫折したし、力石徹も死んでしまった。若者たちは政治の汚さや正義の危うさを知ってしまったのだ。

前ふりはここまでにしておこう。そんなシラケ世代のど真ん中に、突如として現れたのが「木枯し紋次郎」だった。

『抵抗と絶望の狭間』の巻頭は、その木枯し紋次郎を演じた中村敦夫さんのインタビューである。

胡散臭いことを「ウソだろう」という感性は、まさに演じた紋次郎のものだ。アメリカ留学の件は、あまり知られていない個体史ではないか。中村さんのシンプルな発想は、いまの若い人たちにも参考になるはずだ。

俳優座への叛乱を報じる朝日新聞(1971年10月28日朝刊)

◆その時代が刻印した「傷」と「誇り」

シラケ世代は68・69年の学生叛乱の延長で、それを追体験する世代でもあった。シラケていても、いやだからこそ叛乱には意味があった。もはや戦後的な進歩や正義ではない、世界が変わらなくても自分たちが主張を変えることはない。

 

「俺を倒してから世界を動かせ!」1972年2月1日早朝 封鎖解除 同志社大学明徳館砦陥落

松岡利康さんら同大全学闘の「俺を倒してから世界を動かせ!」という スローガンにそれは象徴されている「私にとって〈一九七一年〉とはいかなる意味を持つのか」(松岡利康)。

革命的敗北主義とは妥協や日和見を排し、最後まで闘争をやりきることで禍根を残さない。そこにあるのは学生ならではの潔癖さであろう。

善悪の彼岸において、革命的(超人的)な意志だけが世界を変え得る(ニーチェ)。

学費値上げ阻止の個別闘争といえども、革命の階級形成に向けた陣地戦(ヘゲモニー)である(グラムシ)。

71年から数年後、松岡さんたちの『季節』誌を通してそれを追体験したわたしたちの世代も、ささやかながら共感したものだ。その「傷」の英雄性であろうか、それともやむなき蹶起への共感だったのだろうか。いずれにしても、進歩性や正義という、戦後の価値観をこえたところにあったと思う。

松岡さんの記事には、ともに闘った仲間の印象も刻印されている。

◆抵抗の記憶

71年を前後する学生反乱の体験は、文章が個人を体現するように多様である。掲載された記事ごとに紹介しよう。

眞志喜朝一さんはコザ暴動のきっかけとなった「糸満女性轢死事件」からベ平連運動に入ったことを語っている(聞き手は椎野礼仁さん)。沖縄戦で「日本国の盾にされてウチナンチュが死ぬ」のを、二度と繰り返さないために、馬毛島から与那国島まで要塞化するのは許せない。そのいっぽうで、日本国民(ヤマトンチュにあらず)として、中国が沖縄の地にやってきたらレジスタンスとして戦うというアンビバレンツなものを抱えざるを得ない。そしてB52が出撃した基地として、ベトナムにたいする加害者である意識を否定できないという。

田所敏夫さんが書いた「佐藤栄作とヒロシマ――一九七一年八月六日の抵抗に思う」にある抗議行動は、当日のニュースで見た記憶がある。

この女性が「糾弾」ではなく「佐藤首相、帰ってください」という訴え方をしたので、視ているほうも親身になったのではないかと思う。すくなくとも、わたしはそう感じた記憶がある。

被爆二世としての田所さんの思いのたけは、ここ三年間の8月6日のデジタル鹿砦社通信の記事として収録されている。

山口研一郎さんの「地方大学の一九七一年――個別・政治闘争の質が問われた長崎大学の闘い」も貴重な証言である。被災した長崎天主堂が、本来ならば原爆の悲劇の象徴として保存されるべきところ、当時の田川市長によって取り壊された。被爆者でもある田川市長が訪米後のこと、アメリカの核戦略に従ったものといえよう。

長崎には大村収容所もあり、山口さんの問題意識は被爆者問題にとどまらず、入管問題、沖縄返還問題、狭山差別裁判、三里塚闘争へとひろがる。そして長崎大学では、右翼学生との攻防がそれらの問題とかさなってくるのだ。周知のとおり、長崎大学の学生協議会は、現在の日本会議の中軸の活動家を輩出している。

◆内ゲバの前哨戦と機動隊の壁を突破

眞志喜朝一さんをインタビューした、椎野礼仁さんの闘争録「ある党派活動家の一九七一」は前述した「文章が個人を体現する」がピッタリ当てはまる。

もうこれは、学生の運動部の体験記に近い。党派というスポーツクラブに所属した体験記みたいだ。しかし実際には「通っていた大学に退学届けを出して、シコシコと、集会やデモ、その情宣活動を中心とした“学生運動”に勤しんでいた」のだ。

その学生運動の党派とは、「悪魔の第三次ブント」を標榜した戦旗派である。

第二次ブント分裂後のブント系最大党派で、その組織リゴリズムから「ブント革マル派」と悪評が高かった。ようするに「前衛ショービニズム」(荒岱介)で、ゲバルトがすこぶる強かった。分派後のブント系は、反戦集会などがあれば、かならず内ゲバが前哨戦として行なわれていた。その内ゲバの様子が、まさに「運動部の体験」のごとく活写されている。戦記ものとして読めばたのしい。

叛旗派には13戦全勝だったというが、判官びいきもあって、デモに参加する群衆の人気は、圧倒的に叛旗派だった。

当時を知る人によれば「叛旗がんばれー!」という歓声があがったという。

その叛旗派は、吉本隆明がゆいいつ「ブント」として評価していた党派である。吉本の人気とゲバルト闘争にはいまひとつ参加できない、新左翼シンパ層の支持にささえられていた。そして12.18ブントや赤軍派とのゲバルト。荒岱介さんによれば、キャッチマスクを着けたゲバルト訓練は、九十九里海岸の合宿で行なわれたはずだ。

71年6.17の全国全共闘分裂のデモでは、上京した同志社全学闘(松岡さんら)の闘いと交錯する。こちらは内ゲバではなく、機動隊に押し込まれて「もうアカン」(松岡さん)という状態のときに、背後から火炎瓶が投げられて機動隊が後退。「同大全学闘の諸君と共にここを突破したいと思います」(戦旗派)というアジテーションがあり、スクラムを組んで突破したのである。

内ゲバもするが、機動隊を前にしたときは共闘する。そこがブント系らしくていい。

そして72年5月の神田武装遊撃戦、ふたたびの組織分裂と困惑。まさに華々しく駆け抜けた青春のいっぽうで、ひそかに行なわれた非合法活動。語りつくせないことが多いのではないか。

よく太平洋戦争の戦記もので、書き手によっては悲惨な戦いも牧歌的に感じられるものがある。椎野さんには改めて、闘争記を書いてほしいものだ。

『戦旗』(1972年5月15日)

『戦旗』(1972年5月15日)

◆新左翼のお兄ちゃん

芝田勝茂さんの「或ル若者ノ一九七一」は、当時のノートをもとに回顧した文章である。現在の上品な児童文学者の風貌からは想像もできなかった、新左翼のお兄ちゃん然とした芝田さんにビックリさせられる。

文章も主語が「俺」なので、当時の雰囲気をほうふつとさせる。長い髪とギターを抱えた姿は、まさにフォークソングを鼻歌にしそうな、当時の新左翼のお兄ちゃんなのだ。

だが、内容は牧歌的ではない。芝田さんや松岡さんが参加した同志社大学全学闘は赤ヘルノンセクトだが、いわば独立社学同である。

東京では中大ブント、明大ブントが第一次ブント崩壊後(60年代前半)の独立社学同で、その当時は関西は地方委員会がそっくり残っていた。

 

キリン部隊

そして二次ブント分裂後、同志社学友会を構成する部分が全学闘であり、対抗馬的な存在が京大同学会(C戦線)であった。

芝田さんの記事では、同大全学闘と京大C戦線、立命館L戦線の三大学共闘が、並み居る新左翼党派に伍して独自集会を行なうシーンが出てくる。

「同志社のキリン部隊や!」「やる気なん?」と参加者から歓声が上がり、解放派から「こいつら無党派じゃない! 党派だ!」という声が出るのも当然なのである。

※キリン部隊 ゲバルト用の竹竿の先端に、小さな旗を付けたもの。折れにくい青竹が主流で、竹竿だけだと凶器準備集合罪を適用されかねないので、先端に申し訳ていどに付ける。

◆三里塚9.16闘争

松岡さんと芝田さんの手記にも三里塚闘争への参加(京学連現闘団)と逮捕の話は出てくるが、当時高校生だった小林達志さんが「三里塚幻野祭」と第二次強制代執行阻止闘争のことを書いている。

激闘となった、71年9.16闘争である。このとき、八派共闘の分裂によって、三里塚現地の支援党派も分裂していた。中核派と第4インターが駒井野と天浪の砦(団結小屋)で徹底抗戦。椎野さんたちの戦旗派もそれに対抗して砦戦だった。

いっぽう、解放派と叛旗派、情況派、日中友好協会(正統)、黒ヘル(ノンセクト)、京学連などが反対同盟青年行動隊の指導の下、ゲリラ戦で機動隊を捕捉・せん滅する計画を練っていた。

おそらく9.16闘争の手記が活字になるのは、初めてのことではないだろうか。それだけに読む者には、生々しいレポートに感じられる。

すでに裁判は86年に終わり(第一審)、無罪(証拠不十分)をふくむ執行猶予付きの判決で終結している。つまり9.16闘争とは、上記のゲリラ部隊が機動隊を急襲し、警官3名の殉職者を出した東峰十字路事件なのだ。※東峰十字路事件(Wikipedia)

同志社大学では当日の実況中継を計画していたが、さすがに機動隊員が死んだという知らせをうけて急遽中止したという。

70年代は「第二、第三の9.16を」というスローガンが流行ったものだが、この事件では三ノ宮文男さんがたび重なる別件逮捕のすえに自殺している。警官の殉職者もふくめて、いまは哀悼の意を表すしかない。

硬派なタイトルの紹介ばかりとなったが、この書評は連載となることを予告しておこう。71年は日活ロマンポルノ元年でもあり、銀幕にバスト露出が始まった年である。そのあたりは元官能小説作家として、たっぷりと紹介したい。(つづく)

朝日新聞(1971年9月16日夕刊)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。3月横堀要塞戦元被告。

『抵抗と絶望の狭間 一九七一年から連合赤軍へ』
紙の爆弾12月号増刊
2021年11月29日発売 鹿砦社編集部=編 
A5判/240ページ/定価990円(税込)

沖縄返還の前年、成田空港がまだ開港していない〈一九七一年〉──
歴史の狭間に埋もれている感があるが、実はいろいろなことが起きた年でもあった。
抵抗はまだ続いていた。

その一九七一年に何が起きたのか、
それから五十年が経ち歴史となった中で、どのような意味を持つのか?
さらに、年が明けるや人々を絶望のどん底に落とした連合赤軍事件……
一九七一年から七二年にかけての時期は抵抗と絶望の狭間だった。
当時、若くして時代の荒波に、もがき闘った者らによる証言をまとめた。

一九七一年全般、そして続く連合赤軍についての詳細な年表を付し、
抵抗と絶望の狭間にあった時代を検証する──。

【内 容】
中村敦夫 ひとりで闘い続けた──俳優座叛乱、『木枯し紋次郎』の頃
眞志喜朝一 本土復帰でも僕たちの加害者性は残ったままだ
──そして、また沖縄が本土とアメリカの犠牲になるのは拒否する
松尾 眞 破防法から五十年、いま、思うこと
椎野礼仁 ある党派活動家の一九七一年
極私的戦旗派の記憶 内内ゲバ勝利と分派への過渡
芝田勝茂 或ル若者ノ一九七一年
小林達志 幻野 一九七一年 三里塚
田所敏夫 ヒロシマと佐藤栄作──一九七一年八月六日の抵抗に想う
山口研一郎 地方大学の一九七一年
──個別・政治闘争の質が問われた長崎大学の闘い
板坂 剛 一九七一年の転換
高部 務 一九七一年 新宿
松岡利康 私にとって〈一九七一年〉という年は、いかなる意味を持つのか?
板坂 剛 民青活動家との五十年目の対話
長崎 浩 連合赤軍事件 何が何だか分からないうちに
重信房子 遠山美枝子さんへの手紙
【年表】一九七一年に何が起きたのか?
【年表】連合赤軍の軌跡

◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/B09LWPCR7Y/
◎鹿砦社 http://www.rokusaisha.com/kikan.php?group=ichi&bookid=000687

世間ではその存在がよく知られた若者が結婚をするらしい。強制された結婚でなければ、基本的に結婚は慶事であるから、喜ばしいことだろう。同時に、有名であろうがなかろうが、結婚をする庶民は年中いるのであるから、この際分け隔てなく、「みなさん結婚おめでとう」と申し上げよう。

ただし、結婚はめでたいが、その後の生活の幸せを結婚が保証するかといえば、必ずしもそうではない。人の結婚にいちゃもんをつけるのは、へそ曲りの根性である。けれども、結婚後に多くの人が「結婚」ゆえに「困難」に向かいあわなければならないこともまた事実だ。

◆結婚が長期にわたる双方の幸せと直結することは、いわば「例外」といってもいいのかもしれない

配偶者との間で、双方に信頼・尊敬が成立する関係性に、ときどき出会うことがある。稀に出会うそんな関係をわたしは心底「素敵だな」と感じ入る。でも、多くの場合は双方が互いに幾分遠慮や我慢をしていたり、他人から見れば片方が、過剰に我慢したり、耐え忍んでいたり。あるいは平静を装う生活の中に、無言の毒針のようなものが飛び交っていたり、まことに結婚後一定期間を経た関係性は様々だ。そんなわたしの限られた見聞からすれば、結婚が長期にわたる双方の幸せと直結することは、いわば「例外」といってもいいのかもしれない。

仕事が適性や性分に合わなければ、転職することを今日、誰も咎めはしない。転職に後ろ指をさしたり、偏見を持つ人などもう皆無に近いだろう。一方、結婚生活が維持しがたくなったときに、迎えるかもしれない「離婚」は、簡単なこともあるかもしれないが、一般に転職ほど容易ではない。

かつて裁判官であった知人が現役時代に、離婚の裁判の「当事者」として「法廷闘争」に臨んだことがあった。普段は裁判官として事件を「裁く」立場の人間が、こんがらがった関係の清算に「当事者」として裁判所に解決を持ち込むしかない事態に陥ったのだ。

裁判官だから法律の知識は豊富だし、彼が負けるようでは日本の法曹制度に疑問符がつこうというものだが、あにはからんや、彼は敗訴ではなかったものの、実質的には負けてしまった。しかも負けの条件が信じられないくらいに「不利」であったのに、彼はその条件を呑んだ。

わたしは少々混乱した。彼が法衣を纏い裁判官として仕事をする姿を、わたしは何度か傍聴席から眺めたことがある。傍聴席よりもいくらか高い位置から原告・被告や傍聴席を見下ろす彼は、取り立てて、特徴のない普通の裁判官であって、業界内(?)での評価・評判も悪くなかったと聞いた。そんな人物でも、私生活の「結婚」に関係する問題では、法廷で惨敗してしまったのだ。

このように、結婚の対極にある「修羅場」を目撃したり、話を聞いたり、ましてや経験すると「結婚観」が変化する。わたしも青年期に比べて「結婚観」は変化した。しかし、結婚それ自体を否定したり、斜めにみるようになったわけではない。「結婚します」と聞けば素直に「おめでとう」という姿勢に変化はない。

◆後味の悪い予感を払拭できずにいる

ただし、世間には「利用目的」の結婚が実存することは断言できる。当事者が意識せずとも利用される結婚、当事者双方が意識的に副次的産物獲得を目的とした結婚。あるいは政治的とはいわぬまでも、社会的な影響を企図しての結婚。

そういった側面も結婚にはついてまわる。そのことだけは知っておいてもいいだろうと思う。騒がれている誰かさんの結婚は誰かがなにかを「利用」しようとしている側面を、わたしは感じる。だから一般に「結婚おめでとう」と祝う気持ちだけではなく、もう少し後味の悪い予感を払拭できずにいる。

またしても、わたしの偏見かもしれないが。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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