首相・安倍晋三が「福島第一原発事故の汚染水の影響は、完全にコントロールされており、健康への心配は、現在も未来もまったくない」と福島県で被災されている皆さん(あるいは原発事故による様々な疾病に苦しむ方や、事故を苦に自死され方々)を無視・冒涜する許されざる虚構の演説で招致にこぎつけた、「金の亡者の祭典」こと「東京五輪」開催が事実上不可能になった。


◎[参考動画]安倍晋三総理大臣のプレゼンテーション IOC総会(2013/09/08)


◎[参考動画]滝川クリステルさんのプレゼンテーション IOC総会(2013/09/08)

その理由はあらためて述べるまでなく、新型コロナウイルスの感染を、政権の無策で抑えることができず、日本が世界有数の感染拡大国になってしまったことが、直接の理由である。きょう現在五輪実施委員会やIOC、日本政府のいずれもが「東京五輪中止」を宣言してはいないが、国内での大規模イベントは軒並み中止か延期。海外からの渡航客も激減。2019年10-12月期の実質GDP成長率は前期比年率-6.3%と大幅に落ち込み、特に10月の家計消費は-11.5%とリーマンショック直後の2008年10-12月期を上回る減少と政府発表の統計は示している。

企業は在宅勤務を増加させ、大学の多くは入学式の取りやめを決定し、新年度の授業開始時期すら決まっていない。3・11から10年目に入り、原発再稼働やカジノ解禁、改憲など、よこしまなことばかりを画策していた、極悪政権とマスコミ誘導があるとはいえ、極悪政権に高い支持率を与え続けてきた国民に対する、「2011年3月11日をしっかり想起せよ」との天啓が下ったのだ。

否、それだけではなく、世界を覆いつくした「経済成長至上主義」の責任なき暴走にストップがかけられたと、見ることもできよう。戦々恐々として大マスコミは報じないが、「世界の工場」と呼ばれた中国は大打撃を受け、今年の成長率は実質4%台に落ち込むとの予想も聞かれはじめた。米国をはじめ株高で浮かれていた国々でも、すでに猛烈な暴落、乱高下がはじまっている。パンデミックだけではなく、大恐慌がやってくることは明らかだ。

そんな時世のなかで、客観的な情勢として「五輪」などに時間や人員を割き、楽しんでいる余裕などないことには、さすがに少なくない皆さんが、肌で感じておられることだろう。


◎[参考動画]東京五輪中止なら経済損失7.8兆円 大手証券が試算(2020/03/07)

3月8日東京五輪の選考を兼ねて、名古屋ウイミンズマラソンがおこなわれていた。わたしは「東京五輪反対」ばかりを主張しているが、けっしてスポーツが嫌いなわけではない。むしろマニアックな競技も含めてスポーツ観戦は趣味の域きに入るだろう。一山麻緒選手の激走は感動的だった。22歳で20分台をあのコンデションで出すとは!しかし、アナウンサーが「東京への最後の切符をかけて」と連呼するたびに複雑な気持ちになった。

「金の亡者」が欲得ずくで行う競技会であっても、選手は出場したいことだろう。

各種競技で「五輪出場選手が決まる」、との報道を目にするにつけ、可哀そうに思えて仕方がない。しかし、彼らとて立派なアスリートであれば、それなりの人格と知性を持ち得るはずだ。何度も繰り返すように「東京五輪」が福島を中心とする原発事故被害の隠蔽のために画策され、それに思慮のない人や「ここでまた一山いけるで!」と計算高い企業群が、欺瞞に満ちたきれいごとをならべ、いまも苦しんでいる人たちの、生活や気持ちを「なきものにしよう」と企み計画されたのが「東京五輪」の本質であることくらい理解できなければ、一流のアスリートではない。

スポーツは素晴らしい。けれども、スポーツをおこなうには、危険のない(健康上・安全上)諸条件と、それを楽しむことができるアスリートと観客が必要だろう。この夏、日本にはその両方の要素がないのだ。

「東京五輪中止」は既に内々では決定されているだろう。だが、誰も発表しないので、わたしが断定的にお伝えする。どう考えてもこの夏東京での五輪開催は不可能だ。IOCや実行委員会は金勘定に頭を悩ましているだろうが、WHOが「気温が上昇したたからといって収束するわけではない」と発表し、日本に渡航を禁止する国が日々増加しているのだ。

そんなことよりも、可及的速やかに混乱を最小化させる手立てに集中するのが政権の仕事だろう(混乱に乗じて憲法に「緊急事態条項」を書き混むなどといった、言語道断の議論を国会でしている場合か)。安倍や自公政権には何も期待しない。唯一の期待は「早く退場してくれ」だけだ。


◎[参考動画]「緊急事態宣言」可能に 法改正(2020/03/05)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

『NO NUKES voice』Vol.23 総力特集〈3・11〉から9年 終わらない福島第一原発事故

『NO NUKES voice』Vol.23
紙の爆弾2020年4月号増刊
2020年3月11日発行
定価680円(本体618円+税)A5判/132ページ

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総力特集 〈3・11〉から9年 終わらない福島第一原発事故
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[グラビア]福島原発被災地・沈黙の重さ(飛田晋秀さん

[インタビュー]菅 直人さん(元内閣総理大臣)
東電福島第一原発事故から九年の今、伝えたいこと

[インタビュー]飛田晋秀さん(福島県三春町在住写真家)
汚染されているから帰れない それが「福島の現実」

[報告]横山茂彦さん(編集者・著述業)
元東電「炉心屋」木村俊雄さんが語る〈福島ドライアウト〉の真相

[報告]尾崎美代子さん(西成「集い処はな」店主)
車両整備士、猪狩忠昭さんの突然死から見えてくる
原発収束作業現場の〈尊厳なき過酷労働〉

[報告]伊達信夫さん(原発事故広域避難者団体役員)
《徹底検証》「原発事故避難」これまでと現在〈7〉
事故発生から九年を迎える今の、事故原発と避難者の状況

[報告]鈴木博喜さん(『民の声新聞』発行人)
奪われ、裏切られ、切り捨てられてきた原発事故被害者の九年間

[対談]四方田犬彦さん(比較文学者・映画史家)×板坂 剛さん(作家・舞踊家)
大衆のための反原発 ──
失われたカウンター・カルチャーをもとめて

[報告]本間 龍さん(著述家)
原発プロパガンダとは何か〈18〉
明らかになる福島リスコミの実態と功罪

[報告]山崎久隆さん(たんぽぽ舎副代表)
「特定重大事故等対処施設」とは何か

[報告]三上 治さん(「経産省前テントひろば」スタッフ)
停滞する運動を超えて行く方向は何処に

[報告]山田悦子さん(甲山事件冤罪被害者)
山田悦子の語る世界〈7〉記憶と忘却の功罪(後編)   

[報告]佐藤雅彦さん(翻訳家)
5G=第5世代の放射線被曝の脅威

[報告]渡辺寿子さん(核開発に反対する会/たんぽぽ舎ボランティア)
「日本核武装」計画 米中対立の水面下で進む〈危険な話〉

[読者投稿]大今 歩さん(農業・高校講師)
原発廃絶に「自然エネ発電」は必要か──吉原毅氏(原自連会長)に反論する  

[報告]再稼働阻止全国ネットワーク
老朽原発を止めよう! 関西電力の原発と東海第二原発・他
「特重」のない原発を即時止めよう! 止めさせよう!

《関電包囲》木原壯林さん(若狭の原発を考える会)
「5・17老朽原発うごかすな!大集会inおおさか」に総結集し、
老朽原発廃炉を勝ち取り、原発のない、人の命と尊厳が大切にされる社会を実現しよう!

《規制委》木村雅英さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
1・24院内ヒアリング集会が示す原子力規制委員会の再稼働推進
女川審査は回答拒否、特重は矛盾だらけ、新検査制度で定期点検期間短縮?

《全国》柳田 真さん(たんぽぽ舎・再稼働阻止全国ネットワーク)
原発の現局面と私たちの課題・方向

《北海道・泊原発》佐藤英行さん(岩内原発問題研究会)
北海道電力泊原子力発電所はトラブル続き

《東北電力・女川原発》笹氣詳子さん(みやぎ脱原発・風の会)
復興に原発はいらない、真の豊かさを求めて
被災した女川原発の再稼働を許さない、宮城の動き

《東電・柏崎刈羽原発》矢部忠夫さん(柏崎刈羽原発反対地元三団体共同代表)
柏崎刈羽原発再稼働は阻止できる

《関電・高浜原発》青山晴江さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
関西のリレーデモに参加して

《四国電力・伊方原発》名出真一さん(伊方から原発をなくす会)
三月二〇日伊方町伊方原発動かすな!現地集会 
レッドウイングパークからデモ行進。その後を行います。圧倒的結集をお願いいたします。

《九州電力・川内原発》けしば誠一さん(反原発自治体議員・市民連盟事務局次長/杉並区議会議員)
原発マネー不正追及、三月~五月川内原発・八月~一〇月高浜原発が停止
二〇二〇年は原発停止→老朽原発廃炉に向かう契機に!

《北陸電力・志賀原発》藤岡彰弘さん(命のネットワーク)
混迷続く「廃炉への道」 志賀原発を巡る近況報告

《読書案内》天野惠一さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
『オリンピックの終わりの始まり』(谷口源太郎・コモンズ)

私たちは唯一の脱原発雑誌『NO NUKES voice』を応援しています!

 

『NO NUKES voice』Vol.23 総力特集〈3・11〉から9年 終わらない福島第一原発事故

本日『NO NUKES voice』23号が発売される。総力特集は「〈3・11〉から9年 終わらない福島第一原発事故」だ。

奇しくも発売日が3・11と重なった。ことしは政府主催の追悼記念式典が、新型コロナウイルスの感染により中止された。いっぽう常磐線が昨日、福島第一原発至近の、大熊町地域でも運転を再開した。

ただし、「避難指示」が解除されたのは0.3平方キロに過ぎない。常磐線の再開は地域の方々にとって、一部福音かもしれないが、わずか0.3平方キロ四方だけを「避難指示」区域から解除する、という政策を3・11に合わせて行う。行政の決定には科学的な根拠よりも、政治的なプログラム進行を優先させようとする意図が透けて見える。

◆終わらない東京電力福島第一原発事故──菅直人元首相が語る、事故から9年の今、伝えたいこと

本号の巻頭インタビューには事故当時の首相であった菅直人氏にご登場いただいた、菅直人氏は事故当時、なにを考え、どう行動したのか。

そして事故から9年後思うことは何なのであろうか。本誌編集長が直接、濃密にインタビューを敢行した。

 

菅直人元内閣総理大臣が語る「東電福島第一原発事故から9年の今、伝えたいこと」

飛田晋秀さん(福島県三春町在住写真家)、横山茂彦さん(編集者・著述業)、尾崎美代子さん(西成「集い処はな」店主)、伊達信夫さん(原発事故広域避難者団体役員)、鈴木博喜さん(『民の声新聞』発行人)、四方田犬彦さん(比較文学者・映画史家)×板坂剛さん(作家・舞踊家)、本間龍さん(著述家)、山崎久隆さん(たんぽぽ舎副代表)、三上治さん(「経産省前テントひろば」スタッフ)、山田悦子さん(甲山事件冤罪被害者)、佐藤雅彦さん(翻訳家)、渡辺寿子さん(核開発に反対する会/たんぽぽ舎ボランティア)、大今歩さん(農業・高校講師)

多彩な執筆陣が原発問題にとどまらず、核から、サブカルチャー、法哲学の分野にまで論を展開する。『NO NUKES voice』は23号にして、飛行機にたとえれば離陸直後の上昇から、水平飛行へと紙面構成においては一定の方向性を定めることができたのではないとも感じている。

しかし、決定的に足らない要素がある。それは若者が主体的にあげる声の誌面への反映である。編集部はこのことについて、怠惰であったつもりはない。論の通った(あるいは論が未成熟でも)若者の声は積極的にとりあげようと、アンテナをはってきたが、近年残念なことに、その発信自体を掴むことが困難になっている。

目を見張るような個性や、優れた感性がなくなったわけではない。しかし、わずかな例外を除いて、若者の発信がわれわれを揺さぶることは、珍しいといわねばならない。

放射能被害にもっとも敏感であるはずの若者からの、総体としての「無関心」には政府や、教育機関の「洗脳」も理由に挙げられようが、はたして、理由はそれだけであろうか。

北村肇元週刊金曜日編集長(のちに発行人)は、「『週刊金曜日』が生き残るために奇跡を信じたい」(『創』2018年・12月号)を遺稿のように、亡くなってしなった。北村氏も誌面作りで「若者をどう取り込むか」散々苦労なさったことが紹介されている。

本誌は、しかしながら、今後も若者への訴求を努力・研究しながらも、現在の発行方針を維持してゆこうと考える。すなはち「われわれが重要だと評価する情報は、広範に誌面に掲載する。その際読者には媚びない」ということである。内情は青色吐息での赤字出版がつづくが、鹿砦社が経営的に危機を迎えるまで、本誌は発行を止めることができない。

3・11から9年目、『NO NUKES voice』23号発売の日にあたり、あらためて、決意を明らかにしたい。

2019年12月15日の大熊町。ツタに覆われた車(飛田晋秀さん口絵「福島原発被災地・沈黙の重さ」より)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

『NO NUKES voice』Vol.23 総力特集〈3・11〉から9年 終わらない福島第一原発事故

『NO NUKES voice』Vol.23
紙の爆弾2020年4月号増刊
2020年3月11日発行
定価680円(本体618円+税)A5判/132ページ

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総力特集 〈3・11〉から9年 終わらない福島第一原発事故
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[グラビア]福島原発被災地・沈黙の重さ(飛田晋秀さん

[インタビュー]菅 直人さん(元内閣総理大臣)
東電福島第一原発事故から九年の今、伝えたいこと

[インタビュー]飛田晋秀さん(福島県三春町在住写真家)
汚染されているから帰れない それが「福島の現実」

[報告]横山茂彦さん(編集者・著述業)
元東電「炉心屋」木村俊雄さんが語る〈福島ドライアウト〉の真相

[報告]尾崎美代子さん(西成「集い処はな」店主)
車両整備士、猪狩忠昭さんの突然死から見えてくる
原発収束作業現場の〈尊厳なき過酷労働〉

[報告]伊達信夫さん(原発事故広域避難者団体役員)
《徹底検証》「原発事故避難」これまでと現在〈7〉
事故発生から九年を迎える今の、事故原発と避難者の状況

[報告]鈴木博喜さん(『民の声新聞』発行人)
奪われ、裏切られ、切り捨てられてきた原発事故被害者の九年間

[対談]四方田犬彦さん(比較文学者・映画史家)×板坂 剛さん(作家・舞踊家)
大衆のための反原発 ──
失われたカウンター・カルチャーをもとめて

[報告]本間 龍さん(著述家)
原発プロパガンダとは何か〈18〉
明らかになる福島リスコミの実態と功罪

[報告]山崎久隆さん(たんぽぽ舎副代表)
「特定重大事故等対処施設」とは何か

[報告]三上 治さん(「経産省前テントひろば」スタッフ)
停滞する運動を超えて行く方向は何処に

[報告]山田悦子さん(甲山事件冤罪被害者)
山田悦子の語る世界〈7〉記憶と忘却の功罪(後編)   

[報告]佐藤雅彦さん(翻訳家)
5G=第5世代の放射線被曝の脅威

[報告]渡辺寿子さん(核開発に反対する会/たんぽぽ舎ボランティア)
「日本核武装」計画 米中対立の水面下で進む〈危険な話〉

[読者投稿]大今 歩さん(農業・高校講師)
原発廃絶に「自然エネ発電」は必要か──吉原毅氏(原自連会長)に反論する  

[報告]再稼働阻止全国ネットワーク
老朽原発を止めよう! 関西電力の原発と東海第二原発・他
「特重」のない原発を即時止めよう! 止めさせよう!

《関電包囲》木原壯林さん(若狭の原発を考える会)
「5・17老朽原発うごかすな!大集会inおおさか」に総結集し、
老朽原発廃炉を勝ち取り、原発のない、人の命と尊厳が大切にされる社会を実現しよう!

《規制委》木村雅英さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
1・24院内ヒアリング集会が示す原子力規制委員会の再稼働推進
女川審査は回答拒否、特重は矛盾だらけ、新検査制度で定期点検期間短縮?

《全国》柳田 真さん(たんぽぽ舎・再稼働阻止全国ネットワーク)
原発の現局面と私たちの課題・方向

《北海道・泊原発》佐藤英行さん(岩内原発問題研究会)
北海道電力泊原子力発電所はトラブル続き

《東北電力・女川原発》笹氣詳子さん(みやぎ脱原発・風の会)
復興に原発はいらない、真の豊かさを求めて
被災した女川原発の再稼働を許さない、宮城の動き

《東電・柏崎刈羽原発》矢部忠夫さん(柏崎刈羽原発反対地元三団体共同代表)
柏崎刈羽原発再稼働は阻止できる

《関電・高浜原発》青山晴江さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
関西のリレーデモに参加して

《四国電力・伊方原発》名出真一さん(伊方から原発をなくす会)
三月二〇日伊方町伊方原発動かすな!現地集会 
レッドウイングパークからデモ行進。その後を行います。圧倒的結集をお願いいたします。

《九州電力・川内原発》けしば誠一さん(反原発自治体議員・市民連盟事務局次長/杉並区議会議員)
原発マネー不正追及、三月~五月川内原発・八月~一〇月高浜原発が停止
二〇二〇年は原発停止→老朽原発廃炉に向かう契機に!

《北陸電力・志賀原発》藤岡彰弘さん(命のネットワーク)
混迷続く「廃炉への道」 志賀原発を巡る近況報告

《読書案内》天野惠一さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
『オリンピックの終わりの始まり』(谷口源太郎・コモンズ)

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3月1日に実施された、「東京マラソン」で、大迫傑選手が4位ながら2時間5分29秒(速報値)の日本新記録を打ち立てた。一般参加者から参加費を徴収しておきながら「新型コロナウイルス」のため参加を断り「来年の出場権を約束しますから、返金はしません」と無茶苦茶なぼったくりで、顰蹙を買った大会運営も、さらなる「新型コロナウイルス」に関する騒ぎの拡大と、日本新記録により希釈され、大会実行委員会は留飲を下げていることだろう。


◎[参考動画]3月1日 東京マラソン2020~Tokyo Marathon 2020~兼 マラソングランドチャンピオンシップファイナルチャレンジ ~東京2020オリンピック日本代表選手選考競

日本人の2時間5分台は立派な記録である。けれども、参考記録ながら世界は既に2時間を切るところまでマラソンは高速化している。どのくらい早いかをわかりやすく示してみよう。マラソンは42.195キロだから時速20キロで走っても2時間は切れない。時速20キロは平たんな道で自転車をスムースに漕ぐようなスピードだ。

常日頃トレーニングされているかたは別にして、一度時速20キロの世界を安全な場所で経験されることをお勧めする。とんでもなく早く、これを2時間続けるのは人間業とは思えないことを、体感していただけると思う。

そして、余分な話かもしれないが、大迫選手は日本新記録を出したので、賞金1億円を手にした。それくらいの価値はあるだろう。が、他方わたしのあたまには、まだ、マラソンが純粋なアマチュア競技であった時代の、偉大な選手の声が残っている。宗兄弟は瀬古利彦と同じ時期に活躍した双子のランナーだった。ある取材で宗兄弟のどちらだったか忘れたが「ゴルフがあんなに楽をして何千万円ももらえるんだったら、僕たちは2時間以上苦しんでいるんだから正直1億円位ほしいですよ」と本音を吐露した。

生まれた時代が違えば宗も億万長者になれていたかもしれないなぁ。ちょっとかわいそうに思える。宗兄弟や瀬古、伊藤国光が活躍していた時代、日本の男子マラソンは世界レベルにあった。調整さえ間違わなければ五輪でメダル獲得も夢ではなかった。1984年8月のロス・アンジェルス五輪では二人とも完走し、猛は4位入賞を果たした。瀬古は時差を無視した直前の現地入りにより、調整失敗で活躍できなかった。


◎[参考動画]1984 LA OLYMPIC MARATHON


◎[参考動画]ロサンゼルスオリンピック男子マラソン後インタビュー

大迫選手の奮闘には拍手を送りたいが、残念ながらあと4分近く世界とは差が開いている。

そして、日本新記録樹立に「東京五輪近づく」のクレジットが目に入るが、「東京五輪」強行は、恐るべき惨状と背中合わせであることを、読者諸氏にはご理解いただけるだろう。

▼田所敏夫(たどころ としお)
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月刊『紙の爆弾』2020年3月号 不祥事連発の安倍政権を倒す野党再建への道筋

『NO NUKES voice』22号 新年総力特集 2020年〈原発なき社会〉を求めて

鹿砦社創業50周年記念出版『一九六九年 混沌と狂騒の時代』

首相安倍晋三が、異例の土曜日に記者会見を行い、新型コロナウイルスに対する見解を述べた。録音を聞いたが、いまさらなにを抽象論に終始しているのか、というのが正直な感想である。

「立法処置を講じる」とか、「休業補償政府が講じる」などといっている以外に具体的な言及はなく、あたかも万全な対策がこれまでも講じられており、これからも講じられる(福島第一原発の『安全デマ』発言をした時のことを思い起こされる)居丈高な姿勢に終始している。


◎[参考動画]首相、一斉休校に理解要請 新型肺炎抑制へ記者会見(KyodoNews)

そして、何より冷静に考えれば不思議なのは、どうして全国の学校に「休止」措置を依頼したのかの根拠が、全く示されていないことだ。例年、冬季にはインフルエンザが流行し、「学級閉鎖」や「学校閉鎖」が伝えられる。わたしも小学生時代に2回「学級閉鎖」の経験がある。不謹慎(そうでもないか?)ながら予想もしない時期に学校が休みになる(これは台風でも同様だったが)に、うれしくて仕方がなかった記憶がある。

でも、冷静に考えよう。実は法的に「学級閉鎖」の基準を明示したものはない。参考程度に、《『学校医・学校保健ハンドブック』によれば「欠席率が20%に達した場合は,学級閉鎖,学年閉鎖および学校閉鎖等の措置をとる場合が多い」》との基準に従い、これまでの感染症に対する「学級閉鎖」や「学校閉鎖」はおこなわれてきたようだ。


◎[参考動画]【報ステ】全国の小中高に休校要請 新型コロナ対策(ANN 2020/02/27)

20%の欠席は40人学級であれば8人、30人学級であれば6人だ。他方3月1日現在、日本全国での新型コロナウイルス感染者数は、クルーズ船に乗船していた方々を除き、全国で239人で、死者は5名だ。239人は総人口1億200万人に対して、0.001%にも及ばない。

であるのに、政府は学校の休みだけではなく、イベントの中止などを求めている。

なぜか。

決定的な対処不全が明白だからではないのか。安倍の記者会見は「もう手の打ちようがありません」と解読するのが正解ではないのか。


◎[参考動画]麻生大臣「つまんないこと聞くねぇ」休校中の費用負担(テレ東NEWS 2020/02/28)

インフルエンザが流行したって、全国の病院がパンクしたという話はわたしが物心ついて以来、聞いたことはない(大昔の「スペイン風邪」などを除く)。統計にもよるが新型コロナウイルスの致死率は低い報告で2%、高い報告で15%程度だ。

この数字を前にして、首相官邸も厚労省も「コントロールできない」と正直、対処をあきらめているのではないか。普段いい加減な発言ばかりしている某東海地方の大学教授ですらが「私の人生でこんなことは初めて。中国、韓国よりもひどい。もうこうなったら自衛するしかない」と発信している。

政治に防ぐ力を期待しても無理だろう。可能な限り免疫力を高めておくくらいしか、自衛策はあるまい。

◎[参考資料]2020年2月29日安倍首相記者会見の発言書き起こし(首相官邸)

▼田所敏夫(たどころ としお)
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月刊『紙の爆弾』2020年3月号 不祥事連発の安倍政権を倒す野党再建への道筋

『NO NUKES voice』22号 新年総力特集 2020年〈原発なき社会〉を求めて

鹿砦社創業50周年記念出版『一九六九年 混沌と狂騒の時代』

感染拡大が確実なのに、日本政府の対策が定まらない。いわずと知れた新型コロナウイルス(COVID-19)についてである。「専門家会議」なる団体は「罹患の恐れのある人は自宅で留まる」ようにと、責任放棄ともいえる暴論をはきだした。


◎[参考動画]「1、2週間が瀬戸際」 政府の専門家会議が見解(ANN 2020/02/25)

新型コロナウイルスに罹患しているかどうかをチェックするキットは、すでに開発されているのだから、軽度のうちに罹患者を発見し、家族や周辺の人から罹患者を隔離するのが、予防原則だと思うが、厚労省にはそういう考えがないらしい。

大規模イベント主催者の対応には、苦悩が見られる。無観客試合を計画したり、コンサート場などは中止も珍しくなくなってきた。そのなかで、最後の最後まで「連中」が放棄しないのは、利権の祭典「東京五輪」だ。しかし、わたしに限っても、これまで何回も批判してきた偽りの「復興の祭典」は、文字通り赤信号がともりだした。日本を対象として「渡航禁止」を出す国が増加しはじめた。各地の観光地も閑散とした状態で、ついに愛知県では旅館の倒産も発生した。

朝日新聞紙上は矛盾に満ちている。「東京五輪」称揚と、新型コロナウイルスにに対する警鐘。優先順位をスポンサーである立場が誤認させているのか。なにを優先すべきかがまったく伝わらない。


◎[参考動画]IOC委員 東京五輪中止も検討 判断は5月下旬まで(FNN 2020/02/26)

ある程度は仕方ない面もあろうが、クルーズ船内では、かえって罹患者を増加させてしまう始末。神戸大学の岩田健太郎教授がその対応の杜撰ぶりを徹底的に糾弾した。あれと同程度に無責任な体制が「東京五輪」を背景に抱えることにより、深刻化している。「重症者」になってから対応したのでは、感染症は遅い。この簡単な原理原則が通じない、この国では、残念ながら爆発的感染が近く訪れるだろう。


◎[参考動画]Japan ends ‘failed’ coronavirus quarantine on cruise ship(DW 2020/02/19)

わたしは、おもしろがっているのではない。わたし自身が癌患者を家族に持つものとして、医療機関で検査を進めているが、感染症の爆発的広がり(パンデミック)は、感染症以外の疾病患者への対応を遅らせることにより、副次的に犠牲者を増やしてしまう。

こういった大規模な感染症にどのように対応するかどうかで、その国や地域が国民の命をどう考えているかが鮮明に浮き上がる。嘘ばかりついて、責任を取らない最高権力者をこれほど長く頂いていると、結局被害にあうのは国民だということを、痛みをもって(場合によっては「取り返しのつかぬ」かたちで)知るしか手段はないものなのか。残念至極である。


◎[参考動画]【報ステ】“コロナショック”株価急落 経営破綻も(ANN 2020/02/25)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

月刊『紙の爆弾』2020年3月号 不祥事連発の安倍政権を倒す野党再建への道筋

『NO NUKES voice』22号 新年総力特集 2020年〈原発なき社会〉を求めて

鹿砦社創業50周年記念出版『一九六九年 混沌と狂騒の時代』

菅義偉官房長官は2月18日の記者会見で、新型コロナウイルス(COVID-19)による肺炎の治療薬剤開発に関し、国立国際医療研究センター(東京都新宿区)を中心に抗エイズウイルス(HIV)薬剤の臨床試験の早期開始に向けて準備を進めていると説明した。


◎[参考動画]2020年2月18日(火)午前-内閣官房長官 記者会見

いまのところ対処療法しかない新型コロナウイルス(COVID-19)に対して、一部の抗ウイルスHIV薬剤の有効性が伝えられていた。HIV対策にはウイルスに感染した人に対する薬剤と、ウイルスの侵入を防ぐ薬剤など様々な薬剤が開発されている。今回新型コロナウイルスに有効であろうと見込まれているのは、現在VIIVという英国の製薬剤会社だけが、特許を保有する「ウイルスの侵入」を防止する薬剤である。


◎[参考動画]Living with HIV? Today, it’s just living.(ViiV Healthcare)

2月14日、本通信で報告した通り、新型コロナウイルスは「4つのインサートすべてのアミノ酸残基の配列は、HIV1 gp120またはHIV-1 Gagのアミノ酸残基のそれと同一または類似しています」との研究結果が示唆する挙動を見せていることが、ここ数日でも複数の研究者から明らかになった。

そこで、日本政府も同様の薬剤の臨床試験を行う姿勢を見せたということである。しかし、現在同様の薬剤剤は世界でVIIV社しか製造していないことから、特許や販売許可への障壁も考えられる(VIIV社には塩野義製薬も出資している)

「The Lancet」が非常に権威のある科学雑誌であることは、前回本通信でご紹介したが、通常有料でしか購読できない同誌が、新型コロナウイルス(COVID-19)に対しては、その緊急性と重要性を認識したためか、無料購読の許可を続けている。一般には「一年以上かかるだろう」といわれている対策薬剤の製造が、VIIVが保有しているHIV対策ウイルスの援用により、早まることが期待される。


◎[参考動画]ワクチン準備に18カ月(2020/02/12)

巷では、紙のマスクが店頭から姿を消している。けれども、罹患者が他者への伝染を防ぐ効果は紙マスクには期待できるが、ウイルスは極小さな粒子であるので、紙マスクをしているからといって「予防」にはあまり役に立たないことは、冷静に知られるべきだろう。紙マスクを利用すればわかるが、鼻と肌のあいだに、まったくマスクが覆わない部分が、よほど注意しないと生じるし、そもそもウイルスの粒子の大きさは、一般的(特殊に繊維の細かいものを除く)な紙マスクであれば、通り抜けてしまう。

売り切れた紙マスクが手に入らず、途方に暮れる方々は、綿の布を水に浸してその上からタオルを巻く(見かけは悪いが)などの手段をとる方が、簡単で有効だ。

(本稿は医学に造詣の深い複数のかたのアドバイスをいただき構成した)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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中国・武漢発とされる新型コロナウイルス「COVID-19」が猛威を振るっている。新型肺炎(SARS)を上回る勢いで感染が拡大し、近隣国であるこの島国でも罹患者が増加傾向にある。


◎[参考動画]Coronavirus disease named Covid-19

SARSが急に流行したときに、わたしは「動物からの感染で、変異が起こったというけれども、それならどうしていままでおこらなかったのか?」と不思議に感じて、自然科学研究科(医学者ではない)数人に見解を聞いてみた。回答は「わからないし、はっきりしたことは検証しなければ結論が出せないだろう」だった。

新型コロナウイルスについて、余計な混乱を招きたいとは思わない。しかし、発症が伝えられた当初から、「自然発生」であるのであれば、ずいぶん不自然だと感じざるを得ない、中国当局の対応が気にはなっていた。中国という「大きすぎる」国は、一応「共産党」を名乗る権力が支配しているが、どこにも共産主義や、社会主義の残滓は見られない。なんども私見を開陳しているが中国は内に向けても、外に向けても「帝国主義」国家以外のなにものでもない、とわたしは判断している。


◎[参考動画]Coronavirus: China’s Xi visits hospital in rare appearance

さて新型コロナウイルスである。素人の井戸端会議や、自称専門家のどうでもいいコメントではなく、『ランセット(The Lancet)』という世界的に権威ある科学雑誌にこの一月二九日、“Genomic characterisation and epidemiology of 2019 novel coronavirus: implications for virus origins and receptor binding” (https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(20)30251-8/fulltext) の論文が掲載された。

“Genomic characterisation and epidemiology of 2019 novel coronavirus: implications for virus origins and receptor binding”(The Lancet)

この雑誌に論文が掲載されるのは容易なことではない。世にいうインパクトファクターでは、有名な“Nature”をしのぐ権威のある雑誌である。ここには、塩基配列解析により、新型武漢ウイルス(正式名称: 2019-nCoV=COVID-19)は、その遺伝的近縁度は、コウモリのコロナウイルスと極めて近い、と言うよりは、コウモリのウイルスと判断される。しかし、そのウイルスが宿主に取り付く部位(取り付くと感染する)は、サーズウイルス(SARS-CoV)の部位と似ていると分析されている。少しややこしいが、2019-nCoVはコウモリのウイルスに分類されるけれども、宿主への結合部位はSARS-CoVであることから、ヒトへの感染することになるというのが結論だ。

その後、2020年1月31日にbioRxivというサイトに” Uncanny similarity of unique inserts in the 2019-nCoV spike protein to HIV-1 gp120 and Gag”「 2019-nCoVスパイクタンパク質のユニークなインサートとHIV-1(エイズウイルス) gp120およびGagとの不気味な類似性」(https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2020.01.30.927871v2)が発表された。

英語論文であるので読むのが難しいかもしれないが、最初の要約で「現在、2019年の新型コロナウイルス(2019-nCoV=COVID-19)による大流行を目の当たりにしています。 2019-nCoVの進化はとらえどころのないままです。 2019-nCoV(COVID-19)に固有で、他のコロナウイルスには存在しないスパイク糖タンパク質(S)に4つの挿入が見つかりました。 重要なことに、4つのインサートすべてのアミノ酸残基は、HIV1 gp120またはHIV-1 Gagのアミノ酸残基と同一または類似しています。 興味深いことに、挿入物が一次アミノ酸配列で不連続であるにもかかわらず、2019-nCoV(COVID-19)の3Dモデリングは、それらが受容体結合部位を構成するために収束することを示唆しています。 2019-nCoV(COVID-19)に存在するHIV-1(エイズウイルス1型)の重要な構造タンパク質のアミノ酸残基と同一性/類似性を有する4つのユニーク配列の生成は、自然界で偶然では起こりえない。 この研究は、2019-nCoV(COVID-19)に関する未知の洞察を提供し、このウイルスの診断と重要な意味を持つこのウイルスの進化と病原性に光を当てます」との書き出しではじまっている。(翻訳はわたし自身ではなくGoogle翻訳を利用した)


◎[参考動画]How coronavirus (Covid-19) spread day by day

注目すべき点は「コロナウイルスのアミノ酸基が、「HIV1 gp120またはHIV-1 Gagのアミノ酸残基と同一または類似している」ことと、「HIV-1の重要な構造タンパク質のアミノ酸残基と同一性/類似性を有する2019-nCoV(COVID-19)の4つのユニークなインサートの発見は、自然界では偶然ではありません」と、人為的な操作により「コロナウイルス」が作成されたのではないかとの指摘である。

その後に詳細な分析結果が紹介されている。わたしは自然科学の素人だが、詳しい人にきくと「最初はコウモリからヒトへの感染かと思われたが、どうやらそうではなく、人為的に作成されたのが『コロナウイルス』ではないか、との疑いを否定できない」と、驚くこたえがかえってきた。

報道が伝える通り、武漢郊外には生物兵器研究を行う施設があることは、よく知られている。重症化と感染力は仮に「生物兵器」であればかなり強力であることを想定しておかなければならないだろう。軽症で快癒するケースも多いが、重症化して死に至る患者数は、おそらく数週間後には桁がひとつ(あるいはふたつ)違っているかもしれない。

繰り返すが、わたしはいたずらに混乱を引き起こしたいわけではない。体力の弱いかたや、高齢者は、できれば人混みに出かけるのを避けて「自己防衛」するしか、対策はないだろう。人混みに出かけるかたは、水分を20分おきに摂取する(ウイルスは胃に入れば、胃酸に淘汰される)ことも有効だろう。


◎[参考動画]Scale of the coronavirus outbreak

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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《わたしは対決の反天皇制運動から、皇室の民主化による天皇制の崩壊に賭けてみたい。そのためには積極的な議論が必要なのである》

いきなりの引用で恐縮であるが、横山茂彦さんのわたしに対する天皇制観のご意見である。横山さんは「賭けてみたい」と表現されている。わたしの根本的な疑問は、これまで達成された試しもないことに、どう考えても窮屈さを増す言論状況の中で、「なにをどう賭ける」と横山さんが主張なさっているのか。まったく訳が分からない。「賭ける」ときには持ち札なり、持ち手が必要だ。文脈からすると「皇室の民主化」が横山さんによる「賭け」の持ち札と想像されるが、わたしには見当違いとしか思えない。

それから1月27日の横山さん稿は、随分広範囲に議論が展開されている。そのなかではわたしがまったく主張していないことが、あたかも私の主張のように展開されている(一度に多くの論点を詰め込むと議論がわかりにくくなるのではないだろうか)。まず《田所さんは「左翼」をこう定義するという》と横山さんは勘違いしておられるが、わたしは自分の定義ではなく、一般的な理解に近いものとして「Wikipedia」からその定義を引用していると明示している。左翼の定義はわたしの定義ではない点はまずご確認いただきたい。

そのうえで、横山さんの元号への親和感と天皇制についての諸議論に移るのであるが、どうしてわざわざこのような問題で、わたしが取り上げてもいない、議論にまったく関係のないネット上の、どうしようもない書き込みなどを引用なさるのであろうか。

《「1名無しのエリー2018/03/30(金) 23:52:04.27ID:3Hw36Myx0明仁は最悪な朝鮮人天皇です 泥棒 朝鮮人ばかり活躍させているゴキブリ天皇 日本の敵 天皇死ね!」(5ちゃんねる)「天皇陛下が、GHQ押し付けのいわゆる平和憲法護持派でいらっしゃり、また必然的にアンチ安倍政権でいらっしゃる。」(ネトウヨ系のブログ)便所の落書き(匿名ネット)を重視するつもりはないが》「便所の落書き(匿名ネット)を重視するつもりはないが」ではなく、本通信での議論とまったく無関係な「便所の落書き」(横山さんの表現)を持ち出す必要がどこにあるのだろうか。かとおもえば、急に、《天皇条項そのものに矛盾があり、国民統合としての位階制および叙勲、あるいは神社の氏子制・崇敬会などのシステムに根拠あることを、もっと暴露するべきであろう》

と、至極真っ当な指摘が出てくるので、わたしは混乱する(読者も混乱するのではないだろうか)。わたしは天皇制専門の研究者でもないし、限られた命の時間をこれ以上無駄に使おうとは思わない。わたしなりに天皇制や元号については一定の結論が出せている。

《昭和天皇の時代にもっぱら「戦争責任」で天皇制が批判されることはあっても、平成になってからは右派からの天皇(皇室)批判のほうが多いのではないだろうか。ために上皇后はメディアによるバッシングに体調を崩し、雅子妃も本来の外交を禁じられて「産まない皇太子妃」として長らく適応障害に追い込まれた》

総論違います。昭和天皇の戦争責任議論については、このような曖昧な濁しかたでは到底浅すぎる。横山さんは昭和天皇の戦争責任についてはどのようにお考えなのかをまず明確にして頂きたい。わたしは「生きて虜囚の辱めを受けず」と大元帥の立場から下級兵士に強制し、侵略戦争敗戦の挙句、天皇制とみずからの命乞いのために、マッカーサーに泣きついた、極限的に無責任で許されざる人物としか理解できない。横山さんは皇室に親和感を持っていらっしゃるので、それに続く人物の評価が上記のようになるのかもしれないが、極めて重大な事実誤認(あるいは横山さんが事実を御存知ないのかもしれない)がある。

それをここで書きたい。が、書けない。なぜか。いくら「タブーなき」鹿砦社のメディアであっても、「そのこと」を書けば、「そのこと」が事実であっても、鹿砦社業務に支障が出たり、わたし自身の身に危険が及ぶ可能性があるからだ(横山さんのメールアドレスは存じていますので、「そのこと」が「なに」を指すかを私信でお伝えするのはやぶさかではありません)。

そして「左翼は軍備を否定しない」との主張でずいぶんいろいろなことを論じていらっしゃる。違う。左翼であろうが右翼であろうが、日本国憲法を小学生程度の日本語力で読めば日本国は軍備を持てないのだ(一般に左翼が軍備や軍隊を否定しないどころか、革命にはほぼ「実力部隊」が必要であることを知ったうえで申し上げる)。だから財政問題を論じるのであればどうして軍事費(防衛費)削減に言及しないのか、との疑問がわくだけのことだ。蛇足ながら憲法9条をもう一度確認しよう。

《第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。 国の交戦権は、これを認めない。》

天皇制が1条から8条までで規定されている次の9条が、いわずもがな上記の文言だ。横山さんの、
《わたしも陸上自衛隊は「災害警備隊」に再編成し、海上自衛隊は最低限の戦力として沿岸警備隊に再編成するべきだと思う。航空自衛隊は早期哨戒と地対空ミサイル部隊限定がいいだろう》

には賛成できない。なぜならば、現状はもっとひどい「違憲状態」であるけれども、横山さん案だって「早期哨戒と地対空ミサイル部隊」を認めている点で「違憲」であるからだ。簡単なことだ。けれども日本人(日本人だけではないかもしれない)は、成文の最高法規があって(小学生程度の読解力があれば理解できる簡易なことばであらわされて)も、平気でそれを無視し、正当化する不思議な思考の持ち主だということである。この点わたしは深く「絶望」し続けているし、横山さんの主張にまたがっかりさせられた。

横山さん。わたしは、なまじ根拠のない「希望」を語るより、事実を見据えてしっかり絶望しているほうが、小なりといえども意見を発する者の態度として真摯であると考える。しかし「絶望」は横山さんが意味するような「あきらめ」ではない。「絶望」が深ければ深いほど、光明への渇望もまた強くなるのであり、わたしは「なにもかもあきらめよう」などと主張しているのではまったくない。逆だ。

だから「左翼は軍備を否定しない」の論旨はわたしにたいするものであるとしたら、ひどく筋違いである。わたしはいま、この国の法的規定を前提に議論しているが、わたしの考えと法体系はかすりもしないほど相いれない。いずれにしても論点を絞りましょう。

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◎田所敏夫-山本太郎と天皇制をめぐる1月27日付横山さん論考に反論する〈前編〉

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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きょうは『建国記念日』だ。どうしてこの日が『建国』の記念日なのだろうか。本原稿がこの日に(予定したわけではないが)掲載されることを契機に、その理由をお調べいただくと(御存知の読者が多数であろうと拝察するが)、以下の文章をおわかりいただく一助になるかもしれない。

本通信で横山茂彦さんから数度にわたりご教示を頂いている。勉強すべき点と、なかなか理解ができない点、あるいは明らかにわたしと意見が違うであろうと思われる点などが混在しているので、いま一度わたしの考えを整理して生産的(?)な議論となるように、方向が誤っているのであれば修正を試みたい。

まず横山さんは、わたしが「議論を逸らしている」と指摘されている(1月27日付け横山茂彦-「左翼」であるか否かは、政治家・山本太郎への評価の基準にならない ── 田所さんの反論に応える)。議論を逸らすつもりは毛頭ないので、わたしの思考が浅いか文章表現力が不充分である可能性もあるが、再度この箇所を確認する。横山さんは、

《わたしの論旨について、田所さんは「異議がない」とされている。読んだところ本来の論点ではない「政治家の演説力」および「左翼の基準(元号批判・防衛費削減)」に論軸がある。その意味では、議論はまったく噛み合っていない。というよりも、論軸を逸らしておられる》

と指摘されている。そうだろうか。わたしは自分の見解を明らかにする前段の説明として、横山さんが安倍晋三の演説力を例示なさったので、それには同意できなかったから、小泉純一郎と橋下徹を挙げたまでで、これが主張の中心部分ではない。横山さんは、

《なかでも挙げられている橋下徹が、政権を獲得できる政治家だとは到底思えない》

と評されている。わたしが指摘したのは「演説力」の持ち主として橋下を挙げたまでで、政権を取る人物かどうか(そうでないことを願うが)はまったく念頭になかった(横山さんも「政権を取る人物か否か」ではなく「政治」を論じておられたと思うので、わたしに対する「的外れ」の指摘が、しっくり理解できない)。余計なことかもしれないが、橋下は「政治家引退」を表明しながらいまだに明らかな影響力を持ち、とくに大阪(大阪だけではなく関西といってもいいかもしれない)においては、いったん否決された「都構想」の住民投票が再び行われること、そして前回は反対に回った公明党も実質大阪維新に乗り換えたことは、横山さんも御存知だろう(ちなみに大阪市議会・府議会の「維新」、「自民」、「公明」三党の議席占有率が9割を超える事態である)。

さて、議論の中心となっている山本太郎評についての部分である。横山さんは、

《「山本太郎氏の『独裁体質』は既に表出し始めている。質問者が言うことを聞かないと『それなら俺に権力をくれよ!』と叫ぶ姿を最近何度かネットで目にした」という。言葉遣いはともかく、わたしは普通の政治家の発言だと思う。ここで「俺に権力をくれよ」というのは「政権をまかせて欲しい」と同義だからだ》

と解釈なさる。意味は理解できる。しかし表現のありようは文字で現わされるものばかりではない。山本太郎はもう「普通の政治家」ではないとわたしは感じる。「それなら俺に権力をくれよ!」と怒鳴っている姿は、「意味」としては「政権を任せてほしい」と解釈可能でもあるが、映像を見る限り、その怒気と発語するタイミングなどは、かつての彼を知る身からすると、随分と違和感を感じざるを得ない。これはわたしの率直な「感想」だ。あの変容ぶりに「政治の本質はゲバルト」であるにせよ、薄気味悪い危険性を感じる。

それから横山さんが主張された「政治は独裁である」とのテーゼに反論しない、というわたしの意見は、「プロレタリア独裁や現実の政治で『独裁』が歴史的にも行われた」ことを了解するが、それをもって「民主主義」を掲げる今日の日本で堂々たる「独裁」は具合が悪くはないか、という疑問である。実態は既に「独裁」だ。自公政権などといっても、野党に明確な反対勢力もなく、小選挙区制度を続けている以上、この国の政治風土上「独裁」は既成化しているし、この先も続くだろう。選考制度の変更なしに「独裁」から抜け出す道はないだろうし、わたしは「独裁」をまったく好感しない。

そして、わたしが山本太郎は「左翼ではない」と主張したことに、横山さんは違和感をお感じのようである。わたしは、中核派まで選挙運動に参加させ「脱被ばく」を掲げて当選した山本太郎氏の当初の主張を「左翼」(日共に象徴的な「旧」左翼か新左翼かは別にして)あるいは「左派」であろうと考えていた。その後彼の主張は徐々に変化するのである。変化するのは仕方ない。

しかし変化したのであれば、過去の主張のどこがどう間違っていたのかくらいは、平易な言葉で話す山本太郎氏であれば、わかりやすく解説してくれよ(「総括」という言葉はあえてつかわない)と思う。なぜならば、わたしは、山本太郎氏が公約に掲げた「脱被ばく」はいまでも喫緊の課題であると考えるし、それを後退させる理由がまったく見当たらないからだ。

少しわき道にそれる。自覚してわき道にそれる。山本太郎氏に限らず、わたしたちにとって、議論や討論するうえで(つまり「政治」の場において)、もっとも優先順位を高くおかれるべきテーマは、どのような課題であろうか。わたしは「命にかかわる問題」だと認識する。原発4機爆発という人類史上初の事故(事件)は、政府ですらが「首都圏から3000万人の避難を迫られる可能性」を試算していた。その危険性は横山さんも、かねてより御存知の通りである。地震の活動期に入ったこの島国において、原発停止(廃止)は、理性的に考えれば、あらゆる政治課題に優先するとわたしは感じる。もちろん、消費税廃止にも、奨学金支払い免除も悪い政策ではないが、それらはすべて「この国が存続する」ことを前提にした議論ではないのか。

繰り返すが、考えが変わったのならばそれでよい。山本太郎氏は「わたしは昔のわたしではありません」とひとこと宣言すべきではないか。彼は当選直後の記者会見で述べている。

「裏切るなんてあり得ないですよ。この人たち(選挙事務所に詰めかけたボランティア)に殺されますよ」

少なくとも人柄ではなく「政策」に賛同したひとびとに「変わったのであれば、変わった」と説明する必要があることを彼は知っていたのだ。その程度の要求でも不当だろうか。

さて、元号や天皇制についてである。横山さんとわたしは「感覚」がまったく違うようだ。横山さんは、
《元号そのものが「反動的」という評価は、少なくとも復古的であり進歩的ではないという意味で当たっているのだろう。だが、共産主義政党ではなく国民政党をめざすのなら、それほど目くじらを立てるようなことではないのではないか。たとえば、わたしは「昭和」という元号に懐かしさとアイデンティティを持っている。そこに自分の歴史(青春)が刻まれているからだ。激動の昭和を生きたことに誇りを持ってもいる。それに比して「平成」に郷愁を感じないのは、まだ記憶が生々しいからだろう。やがて「令和」も歴史を刻み、好き嫌いを超えて個人史の中に残るものと思われる》そうだ。

わたしは感覚的には一部理解できなくもないが、元号と天皇制の近代史で果たした意味を知れば知るほどに、嫌悪の念が増すばかりだ。幼少の頃、あるいは、ろくに世の中の成り立ちを知らない頃には、わたしも平気で元号を使っていた。それは「無知」であったからだ。わたしは元号に対して、少なくとも横山さんのように寛容にはなれない。次の横山さんの問いかけに、正直言えば「大丈夫ですか」と言いたいぐらいにびっくりもしている。

《個人の思いをこえて、元号に反動性があるというのならば、ぜひともそれを詳述して欲しい》

いちいち学者や研究者著作からの引用を持ち出さなくとも、元号が天皇制と直結していることに争いはないだろう。わたし個人の思いではなく、客観的事実として「元号は天皇制と結びついている」。これは間違いなのだろうか? 天皇制について横山さんは、

《むしろ天皇制が持つ融和性(汎アジア主義・国民的親和性)》

と仰天するような評価を披歴なさっている。仰天するといのは、横山さんが『情況』という雑誌の編集長だからだ。個人の意見としてそのように考える人がいるであろうことは知っているが、『情況』という雑誌の性質を、わたしは完全に誤解していたのかもしれない。天皇制のどこに「国民的親和性」があると横山さんは主張なさるのであろうか。「汎アジア主義」とはアジアへの侵略以外にどう理解すればよいのでしょうか?「ゲルニカ事件」や「日の丸君が代処分」事件などを引き合いに出すまでもなく!…いや、もうやめたほうがいいのかもしれない。

わたしは頭が悪いので、迂遠な表現が使えない。横山さんの主張を全力で理解しようと努力したが、やはり完全に無理だ。出来うることであれば安易な言葉でわかりやすく、ご教示いただければ幸甚である。今回の問いは1つにする。

「元号と天皇制は結び付いていませんか?」

(後編へつづく)

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『NO NUKES voice』22号 新年総力特集 2020年〈原発なき社会〉を求めて

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本欄1月14日、15日付の「ポピュリズムの必要――政治家・山本太郎をめぐって」について、田所敏夫さんから「政治家・山本太郎に危険性を感じる理由を再び」という反論(1月16日)をいただいた。「回答をお待ちする」とあるので、返答したい。

※本稿を寄稿したあとに「天皇制はそんなに甘いもんじゃないですよ── 横山茂彦さんの天皇制論との差異」という再反論の記事が掲載(1月24日)されたので、少し長くなるが2回目の「反論」については、後段で扱わせていただいた。いずれにせよ拙文に望外の反応いただき、田所さんには感謝しかない。

 

『NO NUKES voice』Vol.22 新年総力特集 2020年〈原発なき社会〉を求めて

◆論軸を逸らしてはいけない

わたしの論旨について、田所さんは「異議がない」とされている。読んだところ本来の論点ではない「政治家の演説力」および「左翼の基準(元号批判・防衛費削減)」に論軸がある。その意味では、議論はまったく噛み合っていない。というよりも、論軸を逸らしておられる。これは論考を成すうえでの基本作法、議論の原則から外れている。論軸を逸らすことは、論点を曖昧にするばかりか、議論そのものの生産性を阻害するものだと指摘しておこう。

論じられている中でも、個々の政治家の演説力を論じた部分は、あまり興味をそそられなかった。なかでも挙げられている橋下徹が、政権を獲得できる政治家だとは到底思えない。ただし「元号批判」「自衛隊の予算削減」や「日米安保」に絡めた「左翼」の基準については議論に面白みがある。せっかくなので後段で取り上げたい。

まず、立論の矛盾および論証がない点について。

《そもそも、政治家が個人の言説を前面に押し立てて、どこか支配的(独裁的)な言説を振りかざすのは、選挙運動においてはふつうのことである。(中略)したがって、あらゆる政治家は大衆の前において、独裁者のごとく振る舞うのだ》(横山)という「テーゼの大部分にわたしも異議はない」と田所氏は表明されている。にもかかわらず、山本太郎の「独裁体質」は批判するのだ。以下、引用しておこう。
「山本太郎氏の『独裁体質』は既に表出し始めている。質問者が言うことを聞かないと『それなら俺に権力をくれよ!』と叫ぶ姿を最近何度かネットで目にした」という。

言葉遣いはともかく、わたしは普通の政治家の発言だと思う。ここで「俺に権力をくれよ」というのは「政権をまかせて欲しい」と同義だからだ。

「異議はない」と同意された上記の「テーゼ」と、どの地点で評価が変わってしまうのだろうか? 横山が云う「独裁(テーゼ)」は良くても、山本太郎の「独裁体質」が危険だというのは矛盾である。

また、田所さんは同じく「異議はない」とした上記の引用につづけて、
「わたしが危険性を感じるのは、むしろこのテーゼが無効化された現在の状況を前提とした議論である。」というのだが、その中身がまったく展開されていない。なぜ「(横山の)テーゼが無効化され」て「現在の状況」があり、それを「前提とし」なければならないのか、これではよくわからない。

◆「左翼」である必要はあるのか?

田所さんの山本太郎評は、どうやら「左翼」であるか否かになっているようだ。以下、引用する。

「横山さんと私の決定的な違いであるが、わたしは山本太郎氏を『左翼』とは見做さない。」

この「左翼」という言葉に、思わずドキリとしてしまった。わたしは確かに「日本の左派にもようやく、大衆を扇動できる政治家(ポピュリスト)が登場した」と山本太郎をと評している。「左翼」と定義していると取られたのは不覚(失敗)である。わたし自身が相対的に「左派」であるという自覚はあっても「左翼」ではないと意識しているからだ。そして政策の評価と人物評に、左翼であるか否かはおよそ関係がないと考える。

60年代には「進歩的」「変革」「革新」と「左翼」は同義で、「右翼」と「反動」「封建的」「保守」が同義だった。しかし、いまや「サヨク」は「パヨク」「ブサヨ」として、ネトウヨに侮蔑されている。あながち、いわれがない蔑称でもなくて、何にでも反対する内容のなさが一般大衆からも、底を見すかされていると言えなくもない。これは右派(右翼ではなく保守)が新自由主義のもとに「改革路線」を標榜するようになっていらい、旧来の左派が「守旧派」「既得権墨守」とみなされるようになったことと無関係ではない。いずれにしても、胸を張って「わたしは左翼だ」という人々は、いまやごく少数なのではないか。

田所さんは「左翼」をこう定義するという。

「《左翼とは、政治においては通常、『より平等な社会を目指すための社会変革を支持する層』を指すとされる。『左翼』は急進的、革新的、また、革命的な政治勢力や人を指し、社会主義的、共産主義的、進歩主義、急進的な自由主義、無政府主義傾向の人や団体を指す》といったところであろう。」

すいぶんと振れ幅の広い定義だが、せっかく「左翼とは何か」というテーマをいただいたので、今回のテーマに沿って議論をすすめよう。

田所さんは云う。

「山本太郎氏が立ち上げた、あの新党の名称のどこに『左翼』のエッセンスがみられるのだろうか。既成政党のなかで、もっとも反動的な名称ではないのか。」

なるほど、令和という言葉には、令(命令や法律)と和(共同体・親和性)のなかに、反動的な統制国家を標榜するかのような印象がある。漢語学的な問題点、あるいは歴史的な不吉さも指摘されてきたが、ここでは踏み込まない。田所さんも論証されていないのだから。

元号そのものが「反動的」という評価は、少なくとも復古的であり進歩的ではないという意味で当たっているのだろう。だが、共産主義政党ではなく国民政党をめざすのなら、それほど目くじらを立てるようなことではないのではないか。

たとえば、わたしは「昭和」という元号に懐かしさとアイデンティティを持っている。そこに自分の歴史(青春)が刻まれているからだ。激動の昭和を生きたことに誇りを持ってもいる。それに比して「平成」に郷愁を感じないのは、まだ記憶が生々しいからだろう。やがて「令和」も歴史を刻み、好き嫌いを超えて個人史の中に残るものと思われる。

個人の思いをこえて、元号に反動性があるというのならば、ぜひともそれを詳述して欲しい。少なくとも文献史学のうえで、元号および天皇制が「被差別」と関連付けられるものは、政治権力の恣意性・身分政策のなかにしか存在しない。それも伝統的な位階制や職能制を離れた、武家政権独自の身分政策なのである。むしろ古代いらいの天皇制(公地公民制)を壊すことで、中世の摂関支配(荘園制)および封建的な身分制(差別)が成立したのだ。

いまも天皇制とは無関係に、むしろ天皇制が持つ融和性(汎アジア主義・国民的親和性)を否定するかのように、レイシズム(排外主義)とナショナリズム(国家主義・民族主義)の「国民分断」が跋扈している。民族排外主義から天皇を排撃すらするネットの書き込みも少なくない。たとえば、

「1名無しのエリー2018/03/30(金) 23:52:04.27ID:3Hw36Myx0
明仁は最悪な朝鮮人天皇です 泥棒 朝鮮人ばかり活躍させているゴキブリ天皇
日本の敵 天皇死ね!」(5ちゃんねる)

「天皇陛下が、GHQ押し付けのいわゆる平和憲法護持派でいらっしゃり、また必然的にアンチ安倍政権でいらっしゃる。」(ネトウヨ系のブログ)

便所の落書き(匿名ネット)を重視するつもりはないが、昭和天皇の時代にもっぱら「戦争責任」で天皇制が批判されることはあっても、平成になってからは右派からの天皇(皇室)批判のほうが多いのではないだろうか。ために上皇后はメディアによるバッシングに体調を崩し、雅子妃も本来の外交を禁じられて「産まない皇太子妃」として長らく適応障害に追い込まれた。

それはともかく、国民の意識レベルでの天皇制(皇室と政治の結合)を問題にするのならば、天皇条項そのものに矛盾があり、国民統合としての位階制および叙勲、あるいは神社の氏子制・崇敬会などのシステムに根拠あることを、もっと暴露するべきであろう。したがって個人的に元号を口にしない、書かないということが論説・論考にならないのは前回指摘したとおりだ。

◆「左翼」は軍備を否定しない

もうひとつは「いくらでも削れる防衛費と日米安保に『左翼』であれば言及するのではないか」(田所氏)という指摘である。山本太郎は自衛隊の存在を、災害救護に必要という観点から是認している。わたしも陸上自衛隊は「災害警備隊」に再編成し、海上自衛隊は最低限の戦力として沿岸警備隊に再編成するべきだと思う。航空自衛隊は早期哨戒と地対空ミサイル部隊限定がいいだろう。

ところで「左翼」が防衛費と日米安保に言及するのは、まったく別の理由である。

左翼にとって日米安保は国家権力の一部を軍事的にアメリカが補完している、まさに権力問題としての打倒対象なのだ。わたしは「左翼」ではないので、むしろ「新右翼」のように、アメリカは沖縄と日本から出ていけ、日米安保を打破して日本の独立を、と考えている立場だ。わたしと同じような立場の「左翼」は少なくないが、まさに左翼という幅の広さを「防衛費削減」一般で括れないことを、そのことは示している。

そのうえで、ずばり核心部から説き起こそう。共産主義を標榜する左翼の大半は「軍隊を堅持する」立場なのである。自衛隊(帝国主義軍隊)の防衛費を削減要求することはあっても、革命政権をにぎれば「ブルジョアジーを警護する専門的な軍隊を廃止し、全住民の武装」をもって革命の成果を防衛する。

ロベスピエールが国民議会の外にその力を頼み、マルクスを有頂天(『フランスの内乱』)にさせたコミューンおよび国民軍である。レーニン政権の労兵ソビエトおよび赤軍である。その意図するところは、選ばれた特権的な職業軍人ではなく、国民皆兵(および志願制)の人民軍である。女性や子供も武器を取るという意味では、戦前の徴兵制よりも徹底した軍事国家であろう。これが共産主義者の軍事に対する態度なのである。日本共産党も95年までは、綱領的に自衛隊の解体とそれに代わる武装自衛組織、を謳っていた。つまり「中立・武装・自衛」だったのだ。※なし崩し的に「非武装中立・自衛隊の活用」に移行した。

新左翼系では「共産主義突撃隊」「赤軍」(ブント)や「革命軍」(革労協両派・中核派)、反日武装戦線(各部隊)という組織が作られ、実際に武装闘争が行なわれた。100人もの反革命敵対分子を「殲滅(殺戮)」したことから、革命政権下の軍事独裁、反革命の処刑を否定しないであろう。そのことこそ、わたしが「左翼」をやめた契機である。前回も少しふれたが「戦犯天皇処刑」や「反革命分子を処刑」しながら、死刑廃止運動には賛成するなどというご都合主義。ある意味では「自衛隊の予算増強には反対」し「革命軍を組織する」に通底する左翼のご都合主義こそ、批判されなければならないのではないか。もはや革命戦争の時代ではない。

◆天皇制を論じることこそ必要である

1月24日の「反論」は、もっぱら天皇制をめぐるのものとなっている。わたしは田所さんが天皇制を踏み込んで批判していないから、オピニオンになっていないと指摘したのである。くり返しになる部分もあるが、簡潔にまとめておきたい。

田所さんは「わたしはその党名(れいわ新撰組=引用者注)を書くことができない」という。

これでは「天皇制および元号が嫌い」という表明以外の何ものでもないのではないだろうか。『鹿砦社通信』は個人的なサイトではないのだから「書くことができない」では読み手は困る。

「《天皇制および元号を是認する政治観に同調できない》のが、わたしの意見(オピニオン)である。わたしの脊髄反射ともいうべき意見」であるならば、もっと踏み込んで論じるべきであろう。と、わたしは田所さんの執筆姿勢に不満を感じるのだ。その姿勢は、どうやら天皇制廃止が不可能だから、ということらしい。どうしてそんなにペシミズムになるのだろうか。

書くことは人を勇気づけることである。たとえば文学においては、それが死をめぐるテーマであっても生きることへの賛美がなければ、作品は光彩を放たない。政権や政治家を批判する記事においても、読む者の意識を喚起する正義への情熱、あるいは人間愛の視点がなければ賛意を得られないものだ。この点において、田所さんの天皇制をめぐる寡黙は残念である。

田所さんは云う。

「現在日本で天皇制を合法的に廃止するには改憲によるしかない。しかし、国民世論の大半が天皇制に融和的であるのことを鑑みると、改憲による天皇制廃止は事実上不可能だ」

その理由は、
「天皇制は法律から離れてもこの島国の住民の内面にかなり深くべったりとしみついている『理由なき精神性』を孕むものでもある。仮に憲法における規定が変更あるいは削除されようとも、このメンタリティーには大きな変化は生じないのではないか、というのがわたしの推測だ。」

天皇制には勝てない、と結論ありきのようだ。

「天皇制についての議論を行うことができる知的・情報的前提条件をわれわれは持ちえているだろうか。」

わたしは持ち得ていると思うし、大いに議論できると思う。この島国の住民の内面にベッタリと染みついている、わたしに言わせれば「支配されたがる精神性」を打ち破る議論は、わが国の長い歴史の中で支配者が逆転した歴史を考えれば、大いに可能だと考える。廃仏毀釈と戦前の国教化を通じて、近代天皇制が国家神道(皇室祭祀と国家儀典の結合)としてわが国民の精神を支配したのは、まだ150年ほどの実績しかないのだから。この点については、天皇史として稿を改めたいが、簡単に触れておこう。

そもそも皇統は、万世一系ではない。いわゆる「欠史8代」は、神武いらい9代の天皇が神話的存在であることを教えている。神武東征の事績は倭国の移動を暗喩させる以外は、ほぼ完全に神話であり、以後の8代には執政の記録がないからである。10代崇神帝において、初めて税制や疫病対策などの事績が見える。崇神帝は邪馬台国卑弥呼の時代にかさなる。従って日本の紀元(皇紀)はせいぜい1800年といったところだ。以後、16代の仁徳帝、26代継体帝において王朝交代があったとされている。血統も変わっているだろう。じつはその時代、天皇は豪族連合の長にすぎなかった。卑弥呼が豪族連合に選ばれた史実に明らかだ。

じっさいに天皇親政(天皇制)が行なわれたのは、乙巳の変(大化の改新)による天智帝の時代から、孝謙(称徳)女帝までであって、光仁帝以降の天皇は、ほぼ全面的に藤原氏の摂関政治のお飾りとなった。後三条帝による院政の開始は、わが国にしかない二重権力をもたらしたが、鎌倉幕府の成立(承久の変)で院政も崩壊する。爾後、天皇が執政を振るうのは、後醍醐帝の建武の中興が20年あるだけだ。明治維新はしたがって、古代王権いらいの天皇の復権だったのだ。

今回、田所さんにおいても皇統および天皇制について、具体的な論証があったのでこれは評価したい。しかし、英国との比較で天皇制を特別視するのは誤っている。

「英国王室の長(おさ)は『王』(King)であり、天皇は憲法上の規定がどうあれ『神』(God)の側面を持つ皇帝(Emperor)であることだ。」

近代の社会契約説によって、英国王室は国民との契約(信頼がその実質)で成り立っているが、即位に当たっては神の聖油をうける「王権神授説」の残滓を残している。日本の天皇が神と同衾してその皇統継承を承認されるように、英国のKingもGodの代理なのである。宗教的祭司でかつ王であることは、しかし「アルカーナ(秘密・奥義)」というわけではない。所詮はナショナリズムを掻き立てる神話(日本の「記紀」英国の「アーサー王伝説」)にすぎない。

そして皇位継承の神事も、明治時代に復刻された古代儀式であって、そもそも天皇は仏教徒である。※参考図書『天皇は今でも仏教徒である』(島田裕巳、サンガ新書)。われわれ一般国民も戦前までは、死ねば「神仏」になれた。わたしの家は神道なので、父親の霊璽は「横山隆牛の神」である。そもそも唯一神(超越存在)のキリスト教と汎(多)神論の神道を、同じレベルでは論じられない。

麻生太郎の「二千年の長きにわたって、一つの民族、一つの王朝が続いている国はここしかない」という単一民族であるという妄言も、ほかならぬ平成天皇自身が否定している。

「私自身としては,桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると,続日本紀に記されていることに,韓国とのゆかりを感じています。」(日韓ワールドカップサッカーを前に、韓国との所縁にふれた平成天皇発言)。「一つの王朝」ではないことも、上述したとおりだ。

昭和天皇は大元帥として太平洋戦争の指導(上奏と下問)を行ない、その戦争責任を問われるべき史実がある。平成天皇において山本太郎や白井聡、内田樹らをして護憲派の最後の砦と思わせるような政治的態度を示していることについて、運動内部の議論もある。これはまた、別の機会に紹介しよう。わたしは対決の反天皇制運動から、皇室の民主化による天皇制の崩壊に賭けてみたい。そのためには積極的な議論が必要なのである。

「こと天皇制に限っては、『横山さん、天皇制はそんなに甘いもんじゃない』」からこそ、元号を書かないとか論説を回避するとかのネガティブな構えではダメだと思うのである。まさに、
「『寓話』が不文律あるいは強制として『国是』とされている実態は無視はできない。まずその事実にすら気がつかない、あるいは知らないひとびとに『知らせる』ところからはじめるほか、手立てはない」のである。田所さんの研鑽に期待したい。

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▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業。「アウトロージャパン」(太田出版)「情況」(情況出版)編集長、最近の編集の仕事に『政治の現象学 あるいはアジテーターの遍歴史』(長崎浩著、世界書院)など。近著に『山口組と戦国大名』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『男組の時代』(明月堂書店)など。

2020年もタブーなき言論を! 月刊『紙の爆弾』2020年2月号

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