平壌「日本人村」から、「手紙」の執筆者は魚本さん以外でもいいのか、という相談が以前あり、もともと私はみなさんが代わるがわる書くものと考えていたと回答。このやりとりが手紙らしくなるまでまだ時間はかかりそうだが(苦笑)その後、よど号メンバー・現リーダーの小西隆裕(こにしたかひろ)さんから「デジタル鹿砦社通信 小西ラブレターです」の件名でメールが届く。彼らとの往復メールの前回・第4回のテーマは「『デジタル化』を口実に情報をアメリカに売り渡し、権力を乱用するのか」とした。今回・第5回は私から、10月31日に投開票された衆院選をテーマとしてリクエストしておいたのだ。

「コロナの中、お元気ですか。こちらは、ゼロコロナ。皆、歳の割には元気でおりますから、ご安心ください。総選挙に関する原稿を書きましたので送ります。お役に立てれば幸いです。」とのこと。役立つかどうかをあてにしているわけではないが、私が読者のプラスになるようにまとめる責務はあるだろう。たとえそれが成功しなくても許してほしい。

大同江(だいどうこう/テドンガン)を背景に、平壌「日本人村」事務所のベランダに立つ小西隆裕さん。遠くに対岸の農場が遠望できる。今週は暖かいそうで、雪はなし。このベランダからは夜間、満天の星を楽しめる。

◆「先の総選挙、野党惨敗の根因を問う」 小西隆裕

よど号メンバー・現リーダーの小西隆裕さん

「この国の民はどうしてこうなのか」。先の総選挙結果に接しながら、こうした思いが頭をかすめた識者は少なくなかったのではないか。

しかし、「民」としては、そう言われても立つ瀬がないのではないかと思う。何しろ各党が言っているのを聴いても、皆同じようで、どこを選んでよいか分からなかったのだから。実際、玄界灘を超えた彼方から見ても、与野党どこも、代わり映えがしなかった。

政権交代を目指すのなら、与党との対決点が明確なその目的がはっきりと示されなければならなかったのではないか。

ところが、それがどうも見えてこない。これでは、野党候補を一本化しても、数合わせのための野合だという誹謗中傷が正当性を持ってしまう。

どんなに主義、理念が違っても目的が一致しているなら、いくらでも共闘できる。そのような誰もが納得する政権交代の目的を打ち出し、それを与党との闘いの争点にすることができなかったことに最大の問題があったのではないだろうか。

なぜそうすることができなかったのか。それはそれだけ、彼ら野党が国民の生活と運命に切実でなかったからだと言わざるを得ない。

もし彼らがそれに切実で、国民と一体になっていたなら、それを反映する政権交代の目的を野党共闘の統一した政策として提示することができていたに違いない。

自らの足腰を強くする前に、何よりもまず、国民の意思と要求を反映した路線と政策を政権交代に向けた野党連合統一の目的として掲げるために、野党はもっと国民大衆の中に深く入ることが問われているのではないだろうか。

それともう1つ、日本において国民の生活と運命に切実であろうとするなら、与党自民党政権の背後にいてそれを動かしている米国の動きにも無関心ではいられないはずだ。しかし、それがよく見えてこない。政権交代の目的にもそれが全く反映されていない。

メディアなどの宣伝によって国民の意識から「米国」が消されてしまっている中、この「タブー」に野党が挑戦しないのは、正しい判断なのか。

国民の意識にないからこそ、野党は米国が今、その最前線に日本を押し立ててきている「米中新冷戦」が「日米新時代」のかけ声とともに、日本を米国に吸収統合しようとしてきている事実などに基づき、岸田政権がまさにそれを遂行する「新冷戦体制」づくりのための政権であることなどを明らかにしながら、それに反対する闘いの路線と政策を掲げていくべきだったのではないだろうか。

国民は、広くこのことの本質を受け止め、賛同してくれるのではないだろうか。

私は、この辺りに先の総選挙、野党惨敗の根因を見ているのですがどうでしょうか。

◆次の選挙に向け、どうすればよいのかを一緒に考えよう

前回の結びに対するお返事は特にないようだが、改行が多い(笑)。

さて、5野党一本化の勝率は28%とのこと。選挙制度の問題はあれど、芳しい結果とは言い難い。争点については、岸田が首相となってさらに見えにくくなり、野党共闘側の各党の先鋭的な主張が目立つようになったかもしれない。今日までに私は、やはり地域の仲間などと選挙について意見を交わした。小西さんも触れていることに関連するが、「アンチを唱えて希望がない。50年後、100年後の未来を担う心づもりが感じられない。未来像が見えてこない」。これが最も大きな問題ではないか。

権力をもつ与党をチェックすること、アンチを唱えることは野党の仕事で、必ずしも対案を出す必要はない。だが、選挙では、どのような社会をつくるのかを伝える必要がある。そうでなければ、政治を托す相手を選べない。また現在、失われた年月が増大するばかりで、先が見えず、また新型コロナウイルスの影響もあって失業や自殺が重なっている。先日、久方ぶりに東京に行ったら、野宿の方々のスーツケース所持率の高さ、そして若年層への拡大が目に入った。支援グループへの相談も増えていると聞く。

そのようななか、唯一、未来の希望を語り続け、議席を増やしたのは、やはりれいわ新選組だった。山本太郎代表は、「衆院選挙で3議席を獲得。永田町や物知り顔の評論家から、1議席も難しいと言われていたことを考えると、躍進です。この結果はいうまでもなく、これまで何があっても見放さず、コツコツとれいわを支援くださった皆さんのお力です。100%市民の力で作られた政党が、ステージを上げました。しっかりと地獄を是正する活動を国会内外で繰り広げます。」と公式サイトに記す。

れいわの支援者の中にも、共闘を疑問視する声がある。特に、「消費税ゼロ」を掲げるれいわが共闘によって「減税」にトーンダウンしたことにより、アピールが弱まったという意見が多い。

また結局、立憲民主党は共産と距離をおくことを強調し、11月末に就任した泉健太代表は「政策立案政党」「人に温かい資本主義」「人にやさしい持続可能な資本主義」「穏健中道路線」を訴えている。だが、個人的には、候補者をおろして共闘した共産党に対して失礼でもあり、また結局は「資本主義」のさらなる推進を掲げるなら、もはや立民の存在意義はかなり危うくなるものと思われる。提案内容についても全体的にピンと来ないので、ここで改めて取り上げることはしない。もはや本来的には、自民・国民・立民は左・右・中に分かれて3つに整理し直してほしいくらいだ。と考えていたら、すでに分裂の声もあるらしい。労働者同士を争わせるように仕向ける竹中平蔵は、ベーシックインカム論ですら民営化と自己のビジネスを想定していると思われる。表面的な政策でなく、根本的なもの、方向性を私たちは見定めねばならない。

若者が自民党に投票していることが次第に明らかとなり、また日本維新の会が票を集めた。これらも、自らや周囲の現状が酷すぎないと思い込み、前向きで力強いメッセージを伝えてくれていると感じさせるに足るメディア露出などに支えられ、できあがったものだろう。マスコミ、政治家、野党支持者、1人ひとりが考え直し、取り組みを改める必要がある。

本来は現場から政治家をあげていくのがいいかもしれないが、現実的にはなかなか難しい。まずは各党の1つひとつの選択について意見を明確に発し、来年の参院選に向かって私たちも動きを明確にしていく必要があるだろう。個人的には共闘よりも、やはり総合的にかなり指示できる政党を、もっとしっかり応援しなければいけないなと思う。なかなか何か起こればぶれてしまう。それにはまず、近くの仲間との意見交換を継続することが重要ではないかと考えている。

ところで月刊誌『紙の爆弾』202年1月号に、「野党共闘の成果と課題 岸田文雄『長老忖度政権』と闘う方法」をテーマとして横田一さんが寄稿していらっしゃる。野党共闘の成果もきちんと評価されているので、ご一読を。

連合の中を垣間見た立場からは、民主党系がそこを票田としてあてにするうちはいろいろなことが困難であろうと考える。50年後、100年後を見据えたうえで現在、何をなすべきかを、政治家の方々にも示してほしいと思ってしまう。

◎[連載リンク]平壌からの手紙 LOVE LETTER FROM PYONGYANG 

▼小林 蓮実(こばやし・はすみ)
1972年生まれ。フリーライター、編集者。労働・女性・オルタナティブ・環境 アクティビスト。月刊誌『紙の爆弾』202年1月号に、「請求棄却で固有種絶滅の危機 森林伐採問う 沖縄『やんばる訴訟』」寄稿。

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〈原発なき社会〉を求めて『NO NUKES voice』vol.30(紙の爆弾 2022年1月号増刊)

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「この人、自他の区別がついてないんじゃないかな?」
最近、そんなふうに感じることが多くあった。

そこで、Facebookに以下のような投稿をしてみた。

「遠くから帰って来たのだけど、最近気になり出したことがある。それは、この社会の代行主義と忖度と人権意識について。共産主義や社会主義について語りたいわけではない。

なんか、● よかれ+● 便乗みたいな出来事が多い。たとえば、『私たちは詳しいのだから、あなたのためにこのような準備をしておきました』『あなた方があのようなことを言うので、それならばとこのような準備をしました』みたいなやつ。こちらとしては、たとえば『お金もかかるのだから相談してほしかった』とか、『感謝させたいようだが、それはあなたの希望であって、私たちの立場を口実として便乗しただけではないか』という気持ちになる。

なぜ、私を含めた相手の意向などを聞かないのだろう。本当にそれでよいと思ったのだろうか。相手の感情や思考を奪う、相手を馬鹿にした態度であり、人権侵害ではないのか。そんなことを考えてしまう。みな悪い人たちではない。だが、自他の区別がついていないのではないだろうか。もっとほかにすることややり方があるのではないか。

これが社会的な問題と言えるかどうかを知りたいので後日、余力があったら調べるやも。似たようなご経験があったり、考えたりする方が万が一いらっしゃれば、エピソードなどをお聞きしたい。自戒もこめ、近いうちにまとめてみたい。他方、今後の対策として、たとえば早めに強めに伝えるとか、新たな選択肢もあるのだろう。」

すると、女性ユニオン東京ACW2(はたらく女性の全国センター)メンバーの伊藤みどりさんが、「代行主義ですよね! これは人の力を奪う。相談員トレーニングや、かもす講座の内容も代行主義がいかに人の力を奪うかをしつこくやってます。同情するなら金くれ!」というコメントをくれた。そこで早速、伊藤さんにインタビューをさせてもらった。

2021年11月25日、ZOOMを用い、伊藤みどりさんにオンライン・インタビュー。背景は南国!?

◆個々が独自性を保ちながら力を出し合って1つの器の中にあるという連帯が「サラダ・ボウル」

── 「代行主義」とは一般的にはソ連や中国などで共産党やエリートが人民にかわって政治を動かす体制を指すようですが、日本でこの用語はどのように使われてきたかご存じでしょうか。

伊藤 日本では使う人も少ないですね。ソ連などの共産党政権の国は、レーニン主義、前衛党論。党員は人民の前衛だという(笑)。すると、党員は人民より優れていなければいけないし、何万もの人々の声を代弁しなければなりませんが、難しい。つまり、これはイデオロギーであり、党員は自分たちが最もよく共産主義を理解しているという考えであるわけです。ただし、マルクスは初期の頃、産業革命以降の労働者の置かれている、貧民街が生まれてきた状況からすれば魅力的な思想であり、皆が『共産党宣言』に引かれました。ところがレーニンが最初におこなったのは労働者優遇政策。農民は小ブルジョアジーとして置いてきぼりにされたので、反乱を起こしたんです。この農民を弾圧したり大量虐殺をおこなった後、スターリンが生まれてきました。結局、理想や夢はよかったけれど、現実は理屈通りには行かなかったんです。これがスターリン主義であり、トロツキーも邪魔だから殺してしまえ、という。自分たちの理論に反対する人にレッテルを貼ることは現代でもありますよね。

── 女性ユニオンは設立時、代行主義的でない方法をとっていたのですよね。

伊藤 国内で代行主義という意識が出始めたのは最近。女性ユニオンも最初は専従も置きませんでしたが、設立当時から多くの問い合わせがあったために人手が必要で、代行主義的なやり方は不可能でした。上部組織の全国一般の手法を含め、すべてを一緒に学ぶ。私は事務職だったので、来る人ごとに書類の作成法などを伝え、手がけてもらっていました。当事者が自分の力でやらざるをえない、ほかの人が企業に押しかけてくれるわけではない、自分が前に出ないと、一線を越えないと、ものが動かない。それがかえって、当事者が晴れ晴れとした表情で元気になることにつながっていきました。「ちょっとの勇気で笑顔」というスローガンも生まれたんです。自己肯定感ですよね。それが数をこなすうちに組合の業務に専門性が出てきてプロ化し、専従を置くことになったのですが、振り返れば郵政ユニオンなどのように専従を置かなければよかったと考えています。専従を置くと仕事が集中し、経験の差も生まれて、後から入ってきた人たちは「やってくれないんですか」と、むしろ代行を求めるようになりました。

── そこをどのように突破したのでしょうか。

伊藤 その頃、アメリカ労働総同盟・産業別組合会議(AFL-CIO)傘下のサービス従業員国際組合(SEIU)との接点ができました。すると、「日本に労働組合はプロ化したものしかないと思っていたが、女性ユニオンがあると知った」と言われ、連帯を求められたんです。1960年代、アメリカの公民権運動から「サラダ・ボウル」という言葉が生まれ、個々が独自性を保ちながら力を出し合って1つの器の中にあるという連帯が、サービス提供型で金を入れれば出てくるような自動販売機型の従来の労組を批判する表現として用いられるようになりました。煮込んで溶け合わせて1つの味の鍋にする「メルティング・ポット」は同化政策だとして、「サラダ・ボウル」が求められるようになったというわけです。日本もかつて朝鮮民族にしたように、アメリカが英語を強要したことが背景にあります。そこで私も、代行主義の概念を意識しました。

── 2007年にみどりさんは「団交等でも代行主義に陥りがち」というテーマを取り上げ、福島で講演・対話をおこなっています。11年にも一橋大学フェアレイバー研究教育センターの媒体で「韓国女性労働組合では、『当事者のできることを代行しない』、ということを『組織化の絶対的な原則にしています』」などと記していらっしゃいますが、こちらについて改めて、ご説明いただけますでしょうか。

伊藤 韓国でも女性ユニオン東京を参考にユニオンができました。そこでは、個人加入の労働組合がなかったんです。その際、「組織化の絶対的原則」として、「絶対に彼女らが自らの力でできることを代わりにしないこと」と掲げられていました。これも、アメリカやオーストラリアを参考にしたもので、代行主義の否定は組合の鉄板だと実感しましたね。ブラジルの教育・哲学者のパウロ・フレイレの言葉でもありますが、人は理論・知識を植えつけられて成長するわけでなく、経験と先人の叡知を理論化したものが結びついた時に、最もよく学ぶ、というようなこと。代行したほうが早くても、全体の底上げには時間がかかっても、大切なのです。イギリスのケアワーカー、ヘルパー、介護業界の支援者も同じ。たとえその人の選んだ道が遠回りと思っても、選択を尊重すること、選択する体験を否定しないことの重要性について教材になっています。

── ACW2の相談員トレーニングでは、アドバイスの危険性やエンパワメントに関する事柄などを中心に、やはり代行しないことを重視されているかと存じます。こちらもご説明ください。

伊藤 もともと高山直子さんが成蹊大学卒業後、Eastern Michigan Universityで女性学、Wayne State Universityでカウンセリングの修士を取得して帰国後、カウンセリングをおこなっていました。Wayne State Universityはレイバーセンターのある大学で、そこで私は留学中の高山さんに会ったんです。帰国後、レイバーセンターの教育ワークショップをともにやっていて、高山さんからトレーニングに関する提案を受けました。実習も経験した高山さんだからこそという、練り込まれたトレーニング内容が評判を呼ぶことに。人の話を聞くとは何か、アドバイスはうまくいくことは限らない。選択肢のメリットとデメリットの提示、「まずい飴、辛い飴、苦い飴どれを選ぶか」、それを選んでもらうことなどですね。

── かもす講座でも、代行主義が人の力を奪うことについて、どのように伝えていらっしゃいますか。

伊藤 間違いのないことをアドバイスすることまでは批判しませんが、たとえば絶対に裁判に勝てるということは少なく、デメリットやリスクを説明しておかなければ後で恨みに変わったりもします。情報提供のしかたですね。また、何を相談しようとしているかを聴くことが8割。不明点については質問し、当事者の希望や意思を確認する。闘いたいわけでなく、有給を消化して辞めたい人もいます。疲弊してしまう人もいますよね。一生の補償をしてあげて闘わせることなどできません。金や時間が奪われて、勝つかわからなくても裁判をしたいという人もいます。さまざまな相談機関で断られ、悩みが深かったり、怒りの強い人もいますね。そのような人の話もよく聴き、共感して、相手に安心感をもたらす方法を相談員トレーニングやかもす講座で身につけることができるわけです。

◆「輝いているということは現場の人が頑張っている代えがたい姿であり、それが思い出になります」

── すると代行主義は、この社会に限らず、世界中で陥りやすい罠だと考え得るでしょうか。

伊藤 ある種、代行したほうが楽。私は女性ユニオンの専従を5年間した後、ヘトヘトになって辞めました。団体交渉申し入れ書の作成など、1人でやれば1時間で終わる作業も、当事者がおこなえば4~5時間かかります。でも、苦労した人が組合を辞めずに残る。いっぽうで、面倒くさいと言われてやむを得ず代行した相手は「ありがとうございます!」と言って辞めてしまう。代行は、してもらうほうも楽なんですね。私がカリスマ化したいわけでなく、粘り強く人間関係をつくっていかねばならず、時間がかかる。そのような立場ですることを、私がやり続けちゃいけないな、と。韓国などでも5年くらいで交代しています。先頭に立てば波風が立ち、怒りをぶつけられ、相談を受けるほうもプロのカウンセラーでもないし傷つけられてしまう。そうなったらお休みしなければ身が持ちません。

── ほかにも活動していて難しかったポイントはありますか。

伊藤 全員、特に女性は難しい。性暴力など、何かしら傷ついている人が女性には多く、癒やされていないため、甘えられる人に怒りなどをぶつけたりします。本当の敵はそこではないのに対立が起きたり。性差別を克服している国と異なり、この性差別大国では、女性中心に動くことに対する反発もすごい。ACW2を設立したのも、もっと緩やかなグループにしなければ続かないし、非正規雇用も増えていったから。1995年、日本経営者団体連盟(日経連)が『新時代の「日本的経営」── 挑戦すべき方向とその具体策』(「新時代の日本的経営」)を公表しました。女性ユニオンがスタートしたのは同年でしたが、当初は組合員の8割が正社員だったんです。経済的ゆとりがないことは、メンタル面でも深い傷を負い、闘う前提が崩れちゃう。Black Lives Matter(BLM)も30年間、底辺に置かれたもの同士が殺し合いも含めて争ってきたことが背景にありました。大衆運動は100年がかりなんです。

── そのようなことから得たことは、どのようなことでしょうか。

伊藤 私が確信を持っているのは、とにかく代行主義はダメ。代行した人の魅力だけで動いたとしても、それは本当の魅力ではない。過去を振り返ると、輝いているということはカリスマ性でなく、特定の誰かのことでもなくて、現場の人が頑張っている代えがたい姿であり、それが思い出になります。それを現在、どのようによみがえらせるのかが目下の課題です。また、過渡期として女性の問題に取り組んできましたが、特に若い男性の貧困問題をかんがみれば、セクシュアリティを超える可能性があります。

── すると運動は、どこへ向かえばいいのでしょう。

伊藤 そもそもたとえ正論でも、人は命令で動きたくないものですよね。テーマがなければ動けない、顔ぶれが変わらない、そんな運動への関心がなくなってきました。同じ思想の相手だけでなく、幅広い人と交流するのがいいですよね。

── 私もオルタナティブの実践を試みていますが、有機などの農業、農的暮らし界隈で興味深い人が多くいます。また、20代は国境の概念も薄く、とらわれていないように感じますね。

伊藤 私も20代が話を聴きに来てくれるとうれしい。彼女たちは上のすべての世代を否定していて、生まれた平成時代からひどい社会のなかで育っています。女性ユニオンの話でさえ、彼女たちにとっては生まれる前の話。10?20年前に若かった仲間たちも、すでに中年ですね(笑)。でも、性差別や雇用崩壊の状況は改善されていない。だから私は、懐かしい話をするだけでなく、なぜこのような世の中になったのかを私なりに反省しようと考えています。それを言語化することが最後の仕事だと思っているんです。

── それを書き上げたら、また伝えたいことが出てくるのでは。

伊藤 それは現時点ではわかりませんが、とにかく知らない人も物語として読めるように、雑誌『賃金と社会保障』(旬報社)に連載を寄稿しています。でも執筆しながら、資料を読みふけってしまうことも。女性ユニオンのニュースを読んでいても、復刻したいほど、組合員の貴重な体験談がキラキラしています。

── それでは最後に読者に伝えたいことなど、お聞かせいただけますでしょうか。

伊藤 『職場を変える秘密のレシピ47』(日本労働弁護団)は、アメリカの労働運動の改革を目指す草の根ネットワーク「レイバー・ノーツ」が発行した書籍の翻訳版です。 ここにも書かれているようなことを、代行主義の文化を変えるための方法として、ACW2などで実践しているので、参考にしてみてください。

── 私は最近、『無銭経済宣言── お金を使わずに生きる方法』(マーク・ボイル著・紀伊國屋書店)を実用書として大変おもしろく読みました。農水省も「半農半X」「有機」をアピールし始め、そこにしか未来への希望はないという自覚を感じます。関係性も生き方も、変えていく時なのかもしれません。

伊藤 ACW2でも地方に空き家を入手し、農業を始めるメンバーが現れました。

── 空間的には距離があっても、1人ひとりの実践が未来につながっているように感じますね。今日は、ご多用の折、本当に、ありがとうございました!

▼小林 蓮実(こばやし・はすみ)
1972年生まれ。フリーライター、編集者。労働・女性・オルタナティブ・環境 アクティビスト。月刊誌『紙の爆弾』2022年1月号に、「請求棄却で固有種絶滅の危機森林伐採問う沖縄『やんばる訴訟』寄稿。

12月7日発売! タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2022年1月号!

秋の深まる平壌から、届くメール。前回の平壌からの手紙では、よど号メンバー・魚本公博さんから届いた「2つの『8・15』」というタイトルで敗戦とタリバンのカブール制圧とを比較した論考と、それに関する筆者からの解説とを投稿した。彼らとの「往復メール書簡」第4回目は、第2回目で取り上げた「デジタル庁発足の背後に潜む巨大な問題」の続編を取り上げる。

◆「地域住民主体の自らのためのスーパーシティ建設を」 魚本公博

魚本公博氏。霧の中、銀杏をバックに

今、デジタル化が叫ばれる中、地方では「スーパーシティ構想」が進められています。

このスーパーシティの最大の問題点は、データ主権を放棄し、GAFAなど米国のプラットフォーマーに全面的に依存するところにあります。こうなれば、地域の様々なデータ、住民のデータは米国に握られ、地域、住民はその隷属物になってしまいます。

「すべては救えない」として地方の中核都市にカネ・ヒトを集中し、それを米系外資に委ね、基礎自治体が運営する水道などの運営権を譲渡するコンセッション方式の導入など地方を米国に売り渡すかのような地方政策。そこには、市町村など地域自治体の切り捨て、自治体の企業的運営による自治、住民主権の剥奪を伴い、全国市長会などが「我々を見捨てるのか」と反発していたもの。こうした声を押しつぶす。とりわけ米中新冷戦の中で何としても日本を米国の一部として組み込むことを一挙に進める。それが政府の「スーパーシティ構想」ではないでしょうか。

肝要なことは「データ主権」。しかし、今のような自民党の対米従属政権ではそれを望むべくもない。では、どうするか。

私は、見捨てられる市町村など地域からスーパーシティを作りながらGAFAに依存しないシステム(プラットフォーム)を作り、その輪を横にも上にも広げ、地方全体の標準「都市OS」に育てる。そうしたことができないものかと思っています。建設機材のコマツやスマート農業などでは独自のプラットフォームを使っているようですし、可能だと思うのですが、どうでしょうか。

ここで大事なことは、地域住民主体です。そのためにネット議会やネット政策会議、ネット提言室みたいなものを作る。そして自治体と地域住民が一体となり自らのスーパーシティを自らの力で自らのために建設していく。

小林さんが以前、紹介されていた地方の区長さんがおっしゃる「顔が見える関係」やボランティアの労力を地域の産物で交換する地域通貨などのアイディアも、自らのスーパーシティ建設の中で高度に実現できるのではないでしょうか。さらに言えば、「スーパーシティ構想」では移動、輸送、行政手続きなど10項目での「サービス向上」をうたっていますが、もっと根本的な「地域振興」を目指すべきであり、地産地消、地域循環型経済、水やエネルギーの自給自足なども高度に実現すべきではないでしょうか。

地方の取り組みは、どうなっていますか。現場の声、とくにデジタル技術に明るい、若い人たちの声を是非聞きたいものです。

◆クラウドサービスの提供元、「サイバー局」、そして「デジタル田園都市国家構想」

「スーパーシティ構想」などに関しては、第2回目で触れているので、ご参照いただきたい。

デジタル庁は2021年10月26日、政府と自治体が利用する情報システム基盤「ガバメントクラウド」に、アメリカのAmazonとGoogleのサービスを利用すると発表。契約期間は22年3月までで、来年度の事業者は改めて募集するという。

いっぽう、警察庁は6月、サイバー犯罪やセキュリティ対策を担当する「サイバー局」を設置する計画を公表した。200人規模で、行政機関や防衛関連企業などへのサイバー攻撃の捜査をおこなう。ところが、三菱電機やNECなどに対し、他国からハッキングが相次ぐ。日本のサイバー事業は世界的な評価が低く、人材も法整備も遅れているとされる。

時事通信(8月25日付)の記事によれば、戦前の国家警察による権力乱用などを背景に、1954年に制定された警察法では犯罪警察は都道府県警察が担い、警察庁は指揮監督にとどまるものとされてきたそうだ。そして、サイバー分野を担当する捜査機関もなかったが、ここにきて問題視され、計画がまとまった。

牧島かれん大臣は『AbemaTV』に出演し、ある意味、国内の企業がクラウドサービスを担当するレベルにないが、今後には期待している旨を語っていた。

おそらく国内では、法的な遅れ以上にアメリカや中国のような予算や判断がなかったり、部品の製造現場も海外だったり、また、いわゆる人材を有効に配する土台がなかったりするのだろう。法的な遅れもまた、他の件をみても一概に否定はできない。法整備によって警察や担当部署の権力乱用を許すようになってしまえば、市民がその被害を被る。人権や自由を侵害されかねない。また、人を配することができないことも、他をながめればいつもの偏った人の配置について思わざるを得ない。他の分野をかんがみても、セキュリティを考慮しても、本来は国内で手がけられる形を整えるべきだが、地方からというのはなかなか難しいだろう。ならば政治主導ということが考えられるが、専門家軽視やお友だち優遇で、これもまた希望を持ちにくい。国内にも人材は存在するので、そのような人にリーダーを任せられるような土台が必要だ。

いっぽうで、個人や国家の情報をつかまれることのリスクについて、少なくとも筆者は十分に理解していない。だが、命を受け渡していることになるのかもしれない。このあたりは引き続き関連情報などもあたりつつ、学んでいきたいと思う。

そして、魚本さんが危惧する「データ主権」に思いをはせれば、それをアメリカに渡すために、また権力を拡大するために、法整備や人の育成が不十分であると主張している可能性も否定はできないだろう。

また、牧島氏は「デジタル田園都市国家構想」なども掲げており、「デジタライゼーションで人間中心のデジタル社会を実現することで、経済/生活/幸福のポジティブサイクルを回す一連の政策を「デジタル田園都市国家」構想とし、2030年頃までの主要な国家戦略とすべきである」と主張している。デジタルでヒト・モノ・カネを回す。それが幸福でポジティブだというのだ。

ただし、魚本さんは「地域住民主体」というが、先に触れたように、デジタル化に関しては難しい。また、デジタルをスムーズに活用するには、国内などで一定のルールのもとに運用されなければ、必ずどこかで二度手間三度手間が発生し、そもそもデジタル化が無意味になる。だが、効率化を手放すことが、これまた難しい側面はいろいろあるだろう。

個人的には、プライバシーや人権、自由を優先してもらいながら、現在の複雑で不自由でリスキーな状況は改善すべきだと考えている。このバランスをどのように取るかが問題だ。

だが、デジタル庁では、平井卓也氏がNTTから高額の接待を受けていた問題、民間からの登用の内、非常勤が98%を占めていたことと兼業先の企業との癒着対策の甘さ、マイナンバーカードとマイナポータルのそもそもの問題など、さまざまな事柄が不安視されている。

また、実際に、「機密情報丸見え」「個人情報明け渡し」などの状況について、危機を伝える記事も増えてきた。たとえば11月5日、『COURRIER JAPON』では、「日本人の個人情報が筒抜けになる可能性も 日本の機密情報が『アマゾンから丸見え状態』をデジタル庁はどう考えているのか」というような記事に「日本の技術力の低いセキュリティで怪しい国のアタックで破られる可能性の高いクラウドか、世界有数の技術者のいるセキュリティのクラウドだが米国政府に見られる蓋然性、のどちらが良いか。」というようなコメントがついたり、アメリカ独占・依存状態から脱却しようとするヨーロッパ企業の記事などもある。危機意識を忘れず、1人ひとりが学ばねばならないだろう。

ところで個人的には、平壌・日本人村のみなさんが、日本の報道や支援者からの情報を得て、朝鮮の実情を目の当たりにすることもあるなかで、フラットに、より広く深く考察することには限界があると感じています。ただし、それが新たな気づきを含むことがあると考えています。たとえば今回のような「テーマでも、俯瞰的な視点や、デジタル全般への理解しにくさなどでしょう。また、地方は地方でその日々の現実の中、1人ひとりの取り組みや生活があることは、国内の都会からすら理解しにくいのではないかと最近、感じています。魚本さんにとって、国内や他国に関する何が特にわかりづらいか、また朝鮮の場合にはデジタルの取り入れ方についてどうかを可能な範囲でお伝えいただけますでしょうか(訪朝の際、中国に留学した若い方がデジタル図書館の館長をしていらっしゃいましたが、つながっているのはイントラネットでインターネットにはつながっていなかったかと存じます。また、みなさんもメールのやりとり以外にネットにつながっていません。でも、市民の多くは携帯電話、スマートフォンを活用していたと記憶しています)。

▼小林 蓮実(こばやし・はすみ)
1972年生まれ。フリーライター、編集者。労働・女性・オルタナティブ・環境 アクティビスト。月刊誌『紙の爆弾』12月号巻頭に、「沖縄高江への県外機動隊派遣愛知で全国初の『逆転勝訴』」、本文に「高江・県外からの機動隊派遣は『違法』 沖縄とヤマトの連帯が勝利をもたらす」寄稿

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岸田首相は、2021年10月14日に衆議院を解散し、19日公示、31日投開票という日程で選挙をおこなうことを表明した。筆者は全国にあまたある「保守王国」の1つである千葉県内の田舎に移住し、この間、地元の政治に対する様子を「観察」してきた。

◆地方の「保守王国」のリアル

田舎は政治にも疎いと考える人もいるかもしれないが、むしろ何か問題などがあれば市民はすぐに役所に駆け込み、つながりがあれば政治家を頼る。日頃から政治家とつながっておくことが必要だと考える人もいる。

すべての地方が同様かは不明だが、たとえば農家、特に慣行農業(農薬や肥料を一般的な方法で使用する農業)に携わり、JA(農協)に所属する農家の多くは、自民党支持。連合同様、近年は農家の「自主投票」への転換や野党支持の動きも全国に見られるが、やはり日常的な相談先となり、市町村から県へと世話になっていれば、自民党や公明党のポスターを目立つところに貼る家庭もある。これは、農政や社会の問題に関し、愚痴を言うような人でも変わらない。

いっぽう筆者の暮らすエリアでは、漁業や半農半漁のエリアは分かれ、多くは自民党支持だが、一部共産党支持も見られる。これは、共産党のアピールもあり、またおそらく東日本大震災以降に注目された原発政策の問題など、さまざまなことが影響しているだろう。

さらに、創価学会員が比較的多いエリアもあり、選挙前に連絡を受けた知人もいる。筆者に連絡が来ないのは、「極左」をアピールしているためかもしれない(笑)。このようなエリアでは、神社関係の区費の支払いは選択制だったりする。

そして、やはり日常的に地域に根づいた活動のない政党や候補者に票が集まりにくいことは確かだろう。

◆野党共闘なくして政権交代なし

予想としては、熊谷知事が支持を表明していてポスターが出まわっている立民、代々強い自民、詳細不明の共産。つまり、野党共闘がうまくいかない可能性も高い。地方でも都心でも、実際にはまたこのようなエリアが多くなるのではないか。野党を勝たせるなら立民、野党支持者の本音の半分は共産寄り。

票が割れないようにしてほしいところなのだが、山本太郎氏が東京8区から立候補すると発表したことで、すでに世論は割れた。東京8区といえば辻村千尋氏に石原伸晃氏との一騎打ちをしかけてほしいと個人的に考えていた筆者は、複雑な心境に。また、都知事選で、山本氏に票を投じたが、宇都宮健児氏に一本化できていれば、反貧困と格差対策はもちろん、オリンピックやコロナへの対策も期待できたのではないかと、特に失職者や自殺者が増えてから考えてしまうようになったのだ。基本的には、より、そのエリアで活動を継続してきた野党政治家に任せることがよいのではないか。これは、筆者が反省したことでもある。

どこの政党でも、党首や事務局に突っ込みどころがまったくないことなどないのは同じかもしれないが、山本氏のカリスマ性に賭けるタイミングは過ぎてしまったような気がしてならない。一本化に対し、山本氏も枝野氏も互いに困惑しているという報道がなされたが、鮫島浩氏の『SAMEJIMA TIMES』によれば、「野党関係者によると、山本氏は『自らが東京8区から出馬する代わりに、れいわ候補者の大半を選挙区から撤退させる』と枝野氏に伝え、反対されなかったことを受けて『調整が整った』と判断。一方、枝野氏は『今後調整する』という認識でしかなく、党内調整が終わらないうちに山本氏が出馬表明に踏み切ったーーということのようである」とのこと。これは、立民の党員・仲間・支持者の意向を当然、枝野氏が確認したかったのではないかと想像する。

などと書いていたところ、11日の夜間になって、山本氏が東京8区出馬を断念したという報道が入ってきた。『AERA dot.(アエラドット)』は12日、「小沢グループと立憲幹部の調整不足か」と記す。立民では吉田晴美氏を野党統一候補にする方向で調整が進み、山本氏の発表に対し、強い反発が生じた。

ここで、一度入稿したこの原稿も断念しようかと考えていた筆者に対し、『デジタル鹿砦社通信』管理人のK氏から「山本太郎氏の選挙区問題、彼の迅速な決断、きちんと評価されるべきだと思います。禍(わざわい)転じて福となさねば政権交代など起こせませんから」というメッセージが届いた。なるほど、その通りだ。まさにわたしが訴えたかったことを、山本氏は実行している。そこでわたしの心が勝手に折れている場合ではない。


◎[参考動画]【東京8区から下りる理由 9:23~】山本太郎 れいわ新選組代表 神奈川県 日吉駅前 街宣(2021年10月11日)

共同通信の11日の報道によれば、山本氏は「既に出馬を予定していた立憲民主党の立候補予定者や支援者への配慮を理由に挙げ「私が降りて混乱を収束させ、野党共闘していきたい」と強調した」「『約束とは違うが、降りることで混乱のけじめを取る』と説明した」とのこと。NHKの同日の報道でも、「『私は、野党共闘を壊したいわけではない。政権をとるために、本気の共闘をスタートさせたい』と述べました」とのことだ。東京新聞も、「『迷惑をかけた立憲民主党の予定候補者と支援者に心からお詫び申し上げる』と謝罪した」と綴る。毎日新聞は、「立憲支持者らはツイッターで『地元で地道に活動を続けてきた人こそ候補者にふさわしい』『民意を無視して密室で勝手に決めている』と批判を寄せていた」とも説明している。

山本氏の言葉や態度のある種の率直さが反感を生むことはあるが、それはカリスマ性の裏返しでもあるのかもしれない。それを彼や支持者がコントロールすることで、野党共闘の実現への道は開かれる。

共産党も、共産主義に対する曖昧で要領を得ない批判をインターネット上などでも受けながら、できるだけ野党共闘を成功させるために候補者を下ろすなど、血のにじむような努力をしているようにも見える。

とにかくここまでウソと隠蔽と無視とが横行し、格差が拡大するばかりの社会で、立民・共産・社民・れいわが共闘してくれたら必ずその人を全力で応援すると考えている野党支持者も多いのではないか。実際、4党の政策や方向性は、かなり近いはずだ。連合が変わるのを待つ時間もない。そして今回も野党共闘がうまくいかなければ、また与党を勝たせ、さらに社会の状況は悪化する。

個人のこだわりや関係性、各党の都合などすべてをぐっとしまい込んでくれるなら、わたしたちもぐっとこらえて本当に支持したい個人よりも野党の代表とされた人を応援する。団体も、今回だけでも、個々の細かいことには目をつぶってほしい(共産党員に仲間を攻撃された過去のある新左翼の人なども含め……)。


◎[参考動画]福山哲郎「立憲民主党」幹事長定例会見(日仏共同テレビ局France10 2021年10月12日)

筆者も潔癖に個々を支持して票を投じてきたが、今回こそは票を生かしたい。立民と共産とで割れるなら、結局は今回も同様の経緯と結果になるのかもしれないが。そうなったら、日常から野党共闘を推し進めるためにできることをもっとしようと思う。民主主義は1人ひとりの日々の積み重ねによるものなのだから。

また特に、経済政策というよりも人々の暮らしを支えるための政策や格差是正の政策を明確に打ち出し、岸田の表面的なアピールなどとの差別化をしっかりとアピールしてほしい。

〈下=現場〉でオルタナティブを実現するには、〈上=政治〉からのよりよい・邪魔されない社会づくりも実現する必要があるのだ。

まずは地元の野党支持者同士、語らう。これを実行する予定だ。仲間の投票行動を把握し、すり合わせて、候補者が一本化できていなくても、誰に票を集中させるのかを仲間と決める。野党共闘も現場から実現しよう!

▼小林 蓮実(こばやし・はすみ)
1972年生まれ。フリーライター、編集者。労働・女性・オルタナティブ アクティビスト。「れいわ新選組」立ち上げ時には党員の方々に、順にインタビューを重ねたが、現在の現場からも新たな政治家をみんなで生み出したいとも考えたりする。

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』11月号!

前回の平壌からの手紙ではよど号メンバー・魚本公博さんから届いた「データ主権なきデジタル化とは」というテーマの論考と、それに関する解説とを投稿した。

彼らとの「往復メール書簡」第3回目は、アフガニスタンのタリバン復権と、その背景に何があるのかということを取り上げる。

日本からメールで送られてきたアラブに関する資料に目を通す、よど号メンバー・魚本公博さん(平壌「日本人村」にて、よど号メンバーが撮影)

◆2つの「8・15」 魚本公博

タリバンのカブール制圧。その日は奇しくも日本の敗戦日と同じ「8・15」だった。もちろん、それは偶然の一致である。しかし、2つの「8・15」は、まったく無関係ではない。

なぜならば、米軍のアフガニスタン占領は、「反テロ」と「民主化」を掲げておこなわれたが、その「民主化」のモデルは日本だとされたからである。当時、ブッシュは「イラク、アフガニスタンを日本のように民主化する」と述べている。

そして、それは失敗した。米ボストン大学名誉教授のアンドリュー・ベースビッチ氏は「日本やドイツでやったことを今度はイラク、アフガニスタンでもやろうじゃないか」として「ネーション・ビルディング(国造り)」して失敗した結果の今だと指摘する。

では「8・15」の米軍占領下で行われた日本の「民主化」とはどういうものだったのか。それはあくまでも米国のための「民主化」であった。すなわち日本を対米従属の国にするための「民主化」。その下で、自主派は潰され対米追随派が育成され、米ソ冷戦時には「反共の防波堤」にされ、経済発展の後には、その富を奪われ(郵政民営化)、今は米中対決の最前線に立たされようとしている。

タリバンの「8・15」の勝利、それは他国を侵略して自分式の民主主義を押しつけても必ず失敗するということを証明したばかりでなく、米国覇権の時代は終わり、覇権など通用しない時代であることを示している。

この時代にあっても日本は対米従属を続けるのか、そこに日本の未来はあるのか。日本は「対米従属」という国のあり方を根本的に考え直す時ではないか。タリバンの「8・15」は、そのことを鋭く問いかけている。

◆1人ひとり、多様性の尊重の本質

2021年8月15日、アフガニスタンにおいてタリバンが首都カブールを制圧。大統領府を占領し、タリバン幹部はビデオ声明で勝利を宣言する。ガニー政権は崩壊し、国外に脱出。アメリカがイギリスなどとともに爆撃や巡航ミサイル攻撃などによる軍事作戦で2001年にタリバン政権が崩壊してから20年の時が経過し、タリバンは復権したのだ。

アメリカとタリバンは20年にトランプ政権下で和平合意に署名。バイデン政権が8月30日に駐留米軍を完全撤退させた。

いっぽう、日本の敗戦の日「8・15」は、1945年、正午からの玉音放送により、前日に決まったポツダム宣言受諾や日本の降伏が国民に公表された日だ。

さて、「イラク、アフガニスタンを日本のように民主化する」の発言は実際には、2005年8月31日、日本経済新聞の記事で、「ブッシュ米大統領は30日昼、カリフォルニア州サンディエゴの米海軍基地で対日戦勝記念の演説をおこない、第2次大戦後に民主国家として発展した日本の成功例を手本に中東民主化を推進する決意を表明した。米国内でイラク政策への批判がくすぶるなか、『日本モデル』を引き合いにイラク復興の歴史的な意義を強調、米国民の支持を取り付けようとする狙いがある」と記されるなど、当時、ブッシュが日本を引き合いに出し続けたことを指すのだろう。

また、アンドリュー・ベースビッチ氏のインタビューは、2021年8月25日付朝日新聞の記事によるようだ。

筆者は先日、加藤登紀子さんの著書『哲さんの声が聞こえる -中村哲医師が見たアフガンの光-』を読了。本書については別の機会にぜひ紹介したいのだが、先日、アフガニスタンを理解する登紀子さんのTwitterに注目が集まり、Tweetに批判の声もみられた。

それでも彼女は、

「タリバン政権がどんな政策を取るのかについて、選んでいくのはアフガンの人たちであって、国際社会ではないのです。アフガニスタンをテロ国家と規定したのはアメリカで、ブッシュ大統領はこれは十字軍の戦いだと言ったのです。21世紀こそ、多様な文化、宗教を許容する世界を目指すべきなのに。」

「1984年から医師としてアフガンの人たちとともに生きぬいた中村哲さんの鉄則としたのは、『その地域の習慣や文化について一切、これを良い悪い、劣っている優れている、と言う目で見ない』と言うことでした。キりスト教徒でありながら、アフガンの人たちにとってのイスラム教を尊重した哲さん、偉大です」と説明。

それに対しても「じゃあ何故大勢の人々がタリバンのアフガンから逃げ出そうとしているのでしょうか?」などの声があがったが、「この何十年か、常に戦争に苦しめられてきたのです。この国から出ようする人がいるのは当然です。中には米軍協力者だった人もいるでしょう。ベトナム戦争終結の時と同じように」と冷静に答えている。

すると、「アフガンにソ連が侵攻した時に、ゲリラ組織を支援して訓練など施したのがCIAで、その組織からアルカイダが出て来たと聞いています。」などの声も発せられるようになり、それに対しても「その通りです。なんだか酷すぎるよね。」と返答。

また、「でもタリバンは狂信的なアラーの神信者たちで、女性の権利を一切認めていません、はたらくことも、学ぶこともです。アラーの神はそんなに女性を虐げる神だったのかなと思っています。」にも「権利の意識が違うのだと思います。必ずしも虐げられている訳ではない。」、さらに「その国にいるだけで、その家に生まれただけで、信仰しない自由を考えてくれず、違和感を口にすると逃げ場どころか、危険に身を晒すことになるのが、原理主義の欠点だと、私は思います」に対しても「宗教や文化への多様性を前より許容する方向に向かおうとしてるんじゃないでしょうか?」と返している。

十数年前、やはり活動仲間とともに、戦後民主主義に関し、議論となったことがあった。そのなかで1人が「それでも自由や民主主義、国民主権・平和主義・基本的人権を取り入れることができたことはよかった」と口にし、それが1つの結論となった。

ただし、西側諸国、特にアメリカに大きく影響された日本に暮らしながら、他の国や文化を単純に批判することは危うい。まず報道がゆがんでいることは、朝鮮に関わったことで大変深く理解した。地理的に困難を強いられる位置にあり、長い歴史のなかで他国による侵攻にさいなまれ、それでも諦めずに抵抗し続けたアフガニスタン。それらのことを少しでも理解し、彼らの悲願や葛藤を想像することは重要なことだろう。もちろん、アメリカの覇権主義の実際について改めて考えることも必要だ。

アフガニスタンに関し、わたしもやはり女性の権利についてはかなり気になる。しかし、たとえばフランスでは2004年に公立学校におけるヒジャーブ禁止の法律が制定され、2011年には公共の場での顔を覆うものの着用も禁止する法律が施行された。近隣の国や自治体でも同様の禁止令が発せられる。これは人権侵害ではないのか。登紀子さんの言うように、「多様な文化、宗教を許容する世界を目指すべき」。

そのうえで、見守りながら、「幅広い」1人ひとりの声に耳を傾けること。わたしたちは、まずそこから始めなければならないだろう。哲さんの壁画が消されたことも気になるが、彼らの自主自立の強い意志の表れかもしれない。そもそも、まずはわたしたちが暮らすこの社会の問題に取り組む必要があり、内の社会でも外でも当事者の声にできるだけ直接的に耳を傾けなければ、ゆがめられた情報から真実に接近することなどできないだろう。

わたしたち1人ひとりは、より広く深く真実に近いものを収集し、考え、判断できているか。周囲の人々の生活は、どのようになっているのか。困っている人はいないか。個人的には、現場から情報を集め、さまざまなものから学び、上(政治や投票)からも下(現場・地べた)からも社会を変革していく活動をしていきたいと考えている。

アフガニスタンの混雑する市場

※上記写真はDavid MarkによるPixabayからの画像

▼小林 蓮実(こばやし・はすみ)
1972年生まれ。フリーライター、編集者。労働・女性・オルタナティブ アクティビスト。月刊誌『紙の爆弾』10月号には、「300万年の『ふるさとの水』を汚染し続ける首都圏最大級の産業廃棄物処分場」寄稿。

7日発売!タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』11月号!

7月7日、よど号メンバー・魚本公博さんから届いた『紙の爆弾』6月号「地方で考える この社会と私たちの生活の行く先」への感想と、解説とを投稿した。彼らとの「往復メール書簡」第2回目は、デジタル庁発足と、その背景に何があるのかということを取り上げる。

ノートパソコンに向かうよど号メンバー・魚本公博さん(平壌「日本人村」にて、よど号メンバーが撮影)

◆魚本さんからの問題提起 「データ主権なきデジタル化とは」魚本公博

9月1日にデジタル庁が発足する。コロナ禍で露呈した「デジタル敗戦」をテコに、デジタル化が急速に進められようとしている。

今やデジタル化なしに国の安全保障・軍事・外交・経済は考えられず、人々の暮らし、働き方など、社会のあり方も変える。デジタル庁はその司令塔。内閣直属でトップは首相だ。人員は500名ほど。菅義偉首相はこれを「規制改革のシンボル」と言い、担当する平井卓也氏は「今までで一番大きな構造改革」と位置づける。

新聞などは、このデジタル化の問題点について、人材不足、縦割り(縦割り行政の弊害)、横割り(国と地方自治体のシステムの不統一)、デジタル庁に出向する民間人と業者の癒着の可能性、さらには個人情報保護の問題、デジタル格差の問題などを指摘する。

確かにそれも問題だ。しかし1番の問題は、「データ主権」ではないだろうか。デジタル化において「データ」が決定的だからだ。政府や識者も「決定するのはデータ」「データこそ成長エンジン」と指摘している。

そのデータに対する主権はどうか。日本政府の立場は「国を超えた活用」。日本は、TPP交渉の過程で米国が要求する「国境をまたぐデータの自由な流通の確保、国内でのデータ保存要求の禁止という原則」を受け入れている。すなわち、日本はデータを国内で保存・管理することを禁止し、その全てを米国の巨大IT企業(GAFAなど)に提供するということだ。

すると、日本のデジタル化は、米国の巨大IT企業がおこなう。人材もその関係者であり、彼らが日本を運営し、個人情報もその管理下に置かれる。まさに、デジタルを使った日本の米国への組み込み。そのための、「かつてない構造改革」だ。そんなものを許せば、日本は一体どうなるのか。

そして注目してほしいのは、ここで地方が重要視されていること。前回の「平壌からの手紙」(http://www.rokusaisha.com/wp/?p=39411)で指摘したように、政府ファンドをつくり、地方の銀行や企業に人材が派遣されるのだ。自治体を企業統治の方法で管理する。あるいは上下水道や交通、公共施設などの運営権を米系外資に譲渡するコンセッション方式。これらがデジタル化の名で急速に進められる。

デジタル化自体は、これからの日本の発展、地方の発展にとって必要不可欠だ。問題は、それを誰がやるか。「データ主権」を米国に譲渡すれば、日本のデジタル化は米国が手がけることとなる。

今、各地で地域振興がさまざまな形でおこなわれている。その血の滲むような努力を米国に売り渡すかのような政府のデジタル化策。何としても「データ主権」を打ち立て、その下で地域住民が主体となり、デジタル技術を活用して地域を振興すること。それが、切実に求められている。

「デジタル庁(準備中)Webサイト」(https://www.digital.go.jp/)

◆デジタル化の背後に潜む「権力」と「金」

デジタル改革関連6法が5月の参院本会議で可決・成立したことを受け、内閣直属でデジタル庁が9月1日に発足する。魚本さんが触れたように地方自治体の行政システム統一化のほか、各省庁にまたがるIT調達予算の一元化、マイナンバー活用の拡大なども手がけ、行政手続きのオンライン化推進や利便性向上を目指す。

マイナンバーは監視の色合いが濃いと考えていてわたしは反対なので、いまだマイナンバーカードも入手していない。ただし、地方行政に関わり、デジタル化の遅れや厳しすぎるセキュリティ、縦割り行政の弊害を受け、日々、悪戦苦闘を強いられている立場でもある。

たとえば韓国などは住民登録証が長らく活用されているが、このルーツは朝鮮のスパイを割り出すためだったという話もある。ただし、現在では、この制度は穏健に使われている印象もあるのだ。いっぽう日本では、情報漏洩の報道がしきりになされる。それ以前に、政府や与党に対する不信感が大きく、デジタル化にも不安や疑念ばかりが大きくなりがちだ。この現在の政治への不信感は、福祉をはじめ、さまざまな政策に影響するものであり、そもそもは政権交代がなされなければ、まともな政治運営は期待できない。

さて、デジタル化だが、新型コロナへの対応に関し、「デジタル敗戦」という表現が誕生した。これは、デジタルを活用したアプリやサービスがまったく使えないものだったということが背景にある。

デジタルはうまく活用すれば大変便利なものであり、いまやなくてはならないが、そもそもセキュリティに関して個人的には、十数年前に仲間との話し合いから、「情報を抜こうと思えばいくらでもどこからでも抜かれる。その覚悟が必要だ」という結論に達したことがある。以降、そのつもりで活動しているのだ。

デジタル庁の「発足時の人員は非常勤職員らを含め約500人」とのこと。これまでを鑑みれば、またもや竹中平蔵が会長を務めるパソナグループなどに大量の金が流れることを懸念せざるを得ない。しかも、新たな省庁の発足に民間はともかく非常勤職員を大きく想定することが当然となったこと自体に対し、わたしたちは疑問を投げかけるべきだろう。

ちなみに、縦割り行政の弊害に関しても、わたしは移住以降、痛感している。最近、若手が横につながり、いろいろなことが進められるようになった。若手であれば、デジタルに関する問題も起こりにくい。これは致し方ないことかもしれないが、デジタル・ディバイド(インターネットやパソコン等の情報通信技術を利用できる人と利用できない人との間に生じる格差)の解消は必要だ。これらは、やはり行政の個別の対応や民間のサービスなどによって、地道に取り組んでいくしかない。他方からみれば、広いビジネスチャンスでもある。だからこそ、「悪用の余地」には注意が必要だ。

「データ主権」については、まさに『紙の爆弾』6月号の誌面で、「インターネットによる情報革命で、デジタルが発展し、仮想通貨も生まれた。通信網としてはケーブルや衛星、ワイヤレスなどの技術が用いられているが、これらはそれぞれ独自に進化し、統一できていない。するとプラットフォームをつくった人が儲けることとなり、GAFA(Google・Amazon・Facebook・Apple)が台頭した」と記した通りだ。また、アメリカ国家安全保障局 (NSA)の国際的監視網(PRISM)の実在を告発したエドワード・スノーデンがロシア国籍を申請したことなども思い出される。ビッグデータを筆頭に、「データこそ成長エンジン」かどうかはともかく、個人に関するあらゆる情報を誰が握るのかという問題になるのだ。

そもそも、本来的な独立を果たしておらず、敗戦後の処理が完全には済んでいない日本。しかも、アメリカの企業にデータを管理されていることに疑問を抱かなくても、韓国との関連でLINEについては騒ぐなど、国内は不思議な状況になっている。左派のなかでも、Facebookはフル活用されているが、これすら絶対に使わないという人もいる。現実としては、おそらく「情報を抜こうと思えばいくらでもどこからでも抜かれる」。だから、どこが情報管理について甘いのか、どこからどんな情報を抜かれることがおそろしいことなのか、どこがわたしたちに対する権力をふるっているのかを考えなければならない。

デジタルを口実にした地方への企業などの進出は、容易に想像できる。地方は都会やデジタルに弱く、東京の企業のプレゼンテーションや売り込みの内容は理解しなくても、行政の担当者も仕事をしている姿勢をアピールしやすくなることもあり、それに乗っかることは理解できる。つまり、市民の声に耳を傾け、市民も、市民の1人である行政もともに考え、物事を進めていかなければ、いいカモにされるだろう。そこから、地方は崩壊の一途を辿りかねない。

わたしたちは、戦後の社会民主主義的な政治から変わり、ネオリベラリズムが進められていることを、自覚しなければならない。あらゆる事柄について、情報を収集し、考え、意見を交換し、行動へと結びつけていかなければならない時に来ているのだ。

先日、デジタル庁の事務方トップ「デジタル監」に、米マサチューセッツ工科大(MIT)メディアラボ元所長・伊藤穣一氏を据える方針が固められた途端、富豪で少女らへの性的虐待などの罪で起訴されたジェフリー・エプスタイン元被告(拘留中に死亡)から伊藤がメディアラボ所長時代に多額の資金援助を受け、それを匿名化しようとしていたことが報道され、辞任に追い込まれた。実際にリーダーとして起用される人物が、どのような面々となるのか、どこに金が流れていくのか今後、注目したい。

デジタル庁>採用情報>中途採用「デジタル庁の創設に向けて人材募集中。」>「第三弾・中途採用の募集を終了しました」より

▼小林 蓮実(こばやし・はすみ)
1972年生まれ。フリーライター、編集者。労働・女性運動等アクティビスト。個人的には、労働組合での活動に限界を感じ、移住。オルタナティブ社会の実現を目指す。月刊誌『紙の爆弾』9月号には、巻頭「伊藤孝司さん写真展『平壌の人びと』から見えてくる〝世界〟」、本文「写真、発言、映画が伝える『朝鮮の真実』」寄稿。

【伊藤孝司写真展「平壌の人びと」&関連イベント】
この写真展関連のトークイベントに、筆者はオンラインからコメンテーターとして参加を予定。
[東京]8月24日(火)~9月5日(日)11:00~18:45(28日・29日は16:45まで)
Gallery TEN(東京都台東区谷中2-4-2)
https://fb.me/e/1bYYVkwH6

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』9月号

太平洋戦争の終盤、オーストラリアのカウラ第12戦争捕虜収容所には、日本人が1,104人いた。そのうち将校や入院患者以外が集団脱走「カウラ事件」を決行し、231名が死亡、負傷者も108名にのぼる。だが、これに対して戦後、生存者100人にアンケート調査を実施したところ、8割が本音としては脱走に反対していたことがわかっているのだ。

(C)瀬戸内海放送

ドキュメンタリー映画『カウラは忘れない』では、この、実は「自殺のための脱走事件」に触れ、捕虜を恥とする刷り込まれた文化に葛藤する生存者や周囲の人物の姿を描く。そして、近代戦史上最大とも言われる集団捕虜脱走事件の真実から私たちにさまざまな問いを投げかけている。

そこで、満田康弘(みつだやすひろ)監督に、作品の主旨や意図などを尋ねた。

(C)瀬戸内海放送

◆「小さなことでもいいので、自分の意思を通す場面を1つずつ増やしていくこと」

── 満田監督は、KSB瀬戸内海放送高松(岡山)本社にて報道・制作部門でニュース取材や番組制作に携わる立場から、日本軍1人ひとりの現場の姿を追うことを極めていらっしゃったのかなと考えましたが、本作を手がけるきっかけや流れをお伝えいただけますでしょうか。

満田 私の1作目は2016年のドキュメンタリー映画『クワイ河に虹をかけた男』で、1942年、日本軍はタイとビルマを結ぶ泰緬(たいめん)鉄道の建設に着手しました。2作目である『カウラは忘れない』は、このタイ側の拠点に陸軍通訳として勤務していた主人公・永瀬隆さんに教えていただいた話がもとになっています。1976年、彼はタイの元捕虜と日本軍関係者との和解と再会の事業を成功させました。でも、その裏面のように、日本人自身などが捕虜になることは軽蔑されるべきものとして捉えてきた歴史も当然あったのです。

── 『カウラは忘れない』では、複数の元捕虜の方々が登場しますが、特に印象に残った方がいらっしゃれば、教えてください。

満田 そうですね、やはり皆さん、印象的です。たとえば元陸軍伍長の山田雅美さんは、ガダルカナル島撤退作戦に参加の後、1943年、ニューギニア近海で輸送船が米軍の攻撃を受けて撃沈し、約1週間海上を漂流しました。でも、友軍に救助されて九死に一生を得、グッドイナフ島に上陸直後、オーストラリア兵に包囲されて捕虜になった方です。皆さん穏やかな表情ながら、大変厳しい状況のことを話してくれます。

元陸軍伍長の山田雅美さん(C)瀬戸内海放送

元海軍軍属の今井祐之介さんは43年、ニューギニア北部ウェワクで連合軍のすさまじい反攻を受けて撤退し、捕虜になりました。江戸っ子のインテリで、冷静。筋道を立てて分析をする方です。

元海軍軍属の今井祐之介さん(C)瀬戸内海放送

元陸軍上等兵の村上輝夫さんは中国戦線を経て、ニューブリテン島ラバウルの西端ツルブまで行軍。43年に米軍がツルブに上陸しましたが、彼はマラリアの高熱で苦しんでいたために戦闘には参加せず、ラバウルまで撤退途中に瀕死の状態で米軍の捕虜になった方です。純粋で、話しにくそうだったりして、生き残ったことへの憂いが全身から伝わってきます。

元陸軍上等兵の村上輝夫さん(C)瀬戸内海放送

元陸軍兵長の立花誠一郎さんは、鍛冶職人として修業後、43年、パラオを経てニューギニア北部ウェワクに上陸しました。44年、アイタペに連合軍が上陸し、洞窟に潜んでいたところを包囲されて投降、捕虜となりますが、ハンセン病と診断され、診療所脇のテントに隔離されてカウラ事件を迎えています。数奇な運命をくぐり抜けてきた、強く優しい方です。

元陸軍兵長の立花誠一郎さん(C)瀬戸内海放送

── 他の戦争証言に関するドキュメンタリーでも、日本兵の方の複雑な心境が伝わってきたりするものですね。本作でも、劇作家・坂手洋二さん率いる「燐光群」の演劇の後、オーストラリアの方のコメントが率直であるのと対照的であるように感じました。また、やはり日本兵はある種の死を選びます。これらについて、監督がお考え・お感じになったことをお聴かせください。

劇作家・坂手洋二さん(C)瀬戸内海放送

満田 日本人は状況に判断を合わせますね。本作では、食事・医療・娯楽が十分に与えられていた日本人捕虜が、投票によって集団脱走を決行し、「自殺」を選びます。投票とは本来、独立した個としての自らの意思を表明するものです。ところが、そのうえで自分の命がかかっている場面での投票で、彼らは周囲を忖度してしまいました。本来、集団脱走に賛成でも反対でもない人がほとんどだったが、大きな声に流されてしまったわけです。

戦後、民主的な制度を採り入れましたが、その投票時にも判断して投票する人は少なく、テレビのコメンテーターの意見や自らが所属する組織などに左右されがち。ワクチンの接種も同様で、周囲に合わせる傾向もみられます。

今回、登場する演劇もそうです。「馬鹿なことをやめろ」「命を大切にしよう」と言い出す人がいたとしても、結論は変わらない。悲しいことです。

── そして、まさに戦陣訓の一節「生きて虜囚(りょしゅう)の辱(はずかしめ)を受けず」に象徴されるような、戦後に生まれた世代が皆一様に理解し得ないと口にする思いについて、どのようにお考え・お感じになりましたでしょうか。監督自身のご理解とともに、お伝えいただければ幸いです。

満田 やはり、日本人的という感じでしょうか。でも実は、戦陣訓を示達した陸軍大臣・東條英機自身は、極東国際軍事裁判(東京裁判)でA級戦犯となり、死刑判決を受けて処刑されました。「虜囚の辱めを受け」てしまったわけです。

── 現在と未来とで引き継いでいくべき思いや、監督がお伝えになりたかったことなどをぜひ、教えていただけますでしょうか。

満田 せっかく命が助かったのに、死を選ぶ。このような酷い話はないと思うのです。この「カウラ事件」があまり日本で知られていないのは、日本人の問題点を見せつけられるからで、それを見たくないのではないかと思います。こんなことは二度と起きてほしくありません。そのために、1人ひとりが世の中をつくり、未来は自分の力で変えられると考えてほしいですね。差別やいじめも同様の構造にあって、それぞれの意思や自由を保障する制度を尊重すれば、もっと寛容な世の中になるのではないかと。

(C)瀬戸内海放送

── もう1つ重要なテーマとして、「平和」。「平和」といっても、個人的には権力に対して武装闘争が必要なことはあると考えています。国家権力が仕組む暴力であるところの「戦争」には反対ですが。この「戦争」と「平和」に関する監督の考えを、お伝えください。

満田 東條英機のように、権力をもつ人が、最も責任が重い。そのような考え方は当然、あると思います。ただし、その権力者を選ぶのは我々であり、それを支持するのも支持しないのも、すべて自分に返ってくるのです。また、権力者を打倒すれば、よいというものでもないでしょう。やわらかで寛容で、相手を責めるのでなく、自分の考えを伝える。そのようなことをしている個人が社会を動かしているのだと思います。

いっぽう、私が呆れるのは、「鬼畜米英」と皆で言っておきながら、終戦の3年後である1948年には「憧れのハワイ航路」という歌謡曲が発売され、その後ヒットしたこと。そのような流れに安易に乗るのでなく、「戦争と平和」についても根本の考えをもち、「平和の礎」について思いを馳せ、「大東亜共栄圏」が本当に正しいのかを自分の頭で考えなければなりません。現在でも、嫌韓本が書店に並ぶような状況について、考える必要があるはずです。

── ただし、時代や社会状況から完全に自由であることは困難なこと、この社会の人々の村八分をおそれて周囲に迎合しやすいとされる性質などについても、ご意見をお聞かせいただけますでしょうか。

満田 小さなことでもいいので、自分の意思を通す場面を1つずつ増やしていくことが重要でしょう。それしかありません。歴史学者・阿部謹也(あべきんや)氏は、日本にあるのは「世間」であり、西欧の「個人」を前提とした「社会」は近代以降に輸入された物だと『「世間」とは何か』(講談社現代新書)などで述べています。つまり、人間関係の中でいろんなことを決めていくのです。また、本作に登場する提灯を使い終われば、オーストラリアの人々は捨てます。でも、日本人は、そこに魂が宿ると考え、そのようなものを粗末にできません。そして、精霊流しや針供養をするわけですよね。そこも、とても興味深い。でも、キリスト教化が進む以前の12世紀頃までは、ヨーロッパも「世間」が中心で、小説でも名前のない多くの人物が登場します。その後は一神教となりますが、日本は現在でも、多神教・八百万の神で、アニミズム(さまざまなものに霊的存在を認めようとするおこない)。

(C)瀬戸内海放送

つまり、日本は現在でも、自立した個人があるという現在の西欧的な意識ではないと思います。日本人は流されやすい。ワクチンやオリンピックをみても、同様です。でも、きちんと事実・理屈を把握してそれを受け入れるための知恵をつける。論理的な生き方のようなものも身につける。行き過ぎたときにはバランスをとる。私は現時点では、そのようなことが大切なのではないかと考えています。

自由民権運動の指導者であった中江兆民は1901年(明治34年)に刊行された『一年有半』のなかで、「日本人は利害にはさといが、理義にくらい。流れに従うことを好んで、考えることを好まない」と記す。これが現在もなお真実であるかどうかはさておき、思い当たることがある人も多いかもしれない。暴走する政治や経済に関する報道を日々目にするにつけ、命や理義(道理と正義)を優先し、深く考えて選択することが今こそ必要だと感じる。


◎[参考動画]近代戦史上最大1104人に及ぶ日本人捕虜脱走事件の深層とは/映画『カウラは忘れない』予告編

【作品情報】
監 督  満田康弘
撮 影  山田 寛
音 楽  須江麻友
通 訳  スチュアート・ウォルトン/清水健
製 作  瀬戸内海放送
配 給  太秦
後 援  オーストラリア大使館
2021/日本/DCP/カラー/96分
公式サイト https://www.ksb.co.jp/cowra/
Twitter  https://twitter.com/cowra_wasurenai
8月7日(土)より東京:ポレポレ東中野、東京:東京都写真美術館ホールほか全国順次公開

▼小林 蓮実(こばやし・はすみ)
1972年生まれ。フリーライター、編集者。労働・女性運動等アクティビスト。映画評・監督インタビューなど映画関連としては、『neoneo』『週刊金曜日』『情況』『紙の爆弾』『デジタル鹿砦社通信』などに寄稿してきた。映画パンフレットの制作や映画イベントの司会なども。月刊『紙の爆弾』2021年9月号には巻頭「伊藤孝司さん写真展「平壌の人びと」から見えてくる〝世界?」、本文「朝鮮の真実(仮)」寄稿。

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』9月号

都会か、田舎か。

オルタナティブ社会の創出を夢見て、わたしは田舎へと移住した。

今回、紹介する劇映画『大地と白い雲』(ワン・ルイ監督)は、自らの経緯を振り返らせてくれるものだ。そして、作品を観る人に、資本主義やグローバリゼーションの問題を投げかけるのではないだろうか。

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◆都会を求める夫と、草原に暮らし続けたい妻 時代・情報・環境に翻弄されるジレンマ

作品の舞台は、内モンゴルの大草原。この美しい映像が堪能できるうえ、主演の女性・サロール役のタナさんはモンゴル民謡の歌手で、この歌声のすばらしさも印象に残った。

ところで、ここで内モンゴルの歴史をざっと辿っておきたい。1911年、清で辛亥革命が発生した後の12年、中華民国が成立した。モンゴルが独立し、内モンゴルも合併しようとしたが失敗。15年、自治区となった。33年に満州事変の影響で内蒙古自治政府が、37年には親日政権の蒙古聯盟自治政府、38年には蒙古聯合自治政府が樹立される。45年、ソ連モンゴル連合軍が侵攻。日本の敗戦により、蒙古聯合自治政府や満州国が崩壊した。蒙古青年革命党などでは内モンゴルをモンゴル人民共和国と合併させようとする動きはあり、それは内外モンゴルの悲願だった。しかし外圧により、モンゴル人民共和国が政策を転換。47年、内モンゴル自治政府となり、49年に中華人民共和国が建国されると内モンゴル自治区となった。これは概略なので、関心のある方は調べてみてほしい。

本作の主人公である夫のチョクトと妻のサロールは、大草原の真ん中で、白い雲を眺め、歌を口ずさみながら、羊や馬の世話や放牧をしながら暮らす。「生きとし生けるものみな幸せで平安であるように」。そんな歌がぴったりとした日常だ。サロールは故郷を離れず、変わらぬ生活をチョクトとともに送ることを望む。しかしチョクトは、街・バイク・車などに憧れ続けている。「外に出るあほのほうが井の中の蛙よりましだろう」などという台詞が登場するのだ。サロールは、馬追いをするチョクトの「男らしい」姿に引かれもする。

ある時、チョクトは、グッチというブランドのポーチ(セカンドバッグ)を持ち、「草場から鉱石が出て大もうけした」という男性とも会う。そして車を入手するが、エンジンがかからない。戻らぬチョクトを「強烈な寒気」による吹雪の中、探しに出たサロール。だが、もめる中でチョクトはサロールを突き飛ばしてしまう。後日サロールは、「あなたと結婚したとき、つぼみが花開くような気持ちだったけど今は根まで枯れたわ」と口にする。

草場を売り、携帯電話を多く購入して配り(売り)まわる男もいる。ある老人は、「わしには必要ない、ぜいたくすぎる」という。それを聞き、チョクトは老人に、「人間は変になってる。草場を売って街に出たり、他人に貸す者もいる。俺もどうするべきか、いつも飛び出したくて悩んでいます。胸がウズウズするけど、サロールが反対する」と思いを打ち明ける。老人は、ただ「この世のことは人が思うほど単純じゃない。どんな苦難にも逃げずに向き合うことだ」と告げた。そして老人は、孫に食事を作るために帰宅する。子どもの両親は都会で働いていたりするのだろうか。

高齢になってから、草原に戻ってくる家族もいる。大きな病院もあり、生活や子育てがしやすいかもしれない、便利な街。外の広い世界からの情報が入らず、このままでは「ばかになる」と感じさせられてしまう草原。物語のラストには、残酷といえるかもしれないし、リアルだと感じさせられるかもしれない。

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◆自然が取り戻させてくれる「アイデンティティ」

ワン・ルイ監督は、以下のように語る。

「伝統的な遊牧民生活を廃止することで生活様式を変化させ、羊飼いたちを時代錯誤の移住生活から解き放ち、生活水準を高めていく一方で、独自の社会構造や文化が壊されていきます。羊飼いたちはアイデンティティを失い、新たな拠り所を見つけられぬまま取り残されてしまっています。どんな物事にも良い面と悪い面があります。チョクトは遊牧民であることを誇りに思っていますが、その伝統が崩れてきている中で、羊飼いとして、また夫としてこれまでのような役割を果たすことが難しいと思い始めているのです。一方、サロールは今の暮らしや自分のアイデンティティに満足しており、現代的な生活には反対です。このような対立が夫婦関係に決定的なダメージを与えるわけではないのですが、日々の暮らしの中で積み重なり、徐々に影響を及ぼすようになります」

「この映画では、自然でリアリティーのあるスタイルを貫きたいと思っていました。目新しさや上辺だけではなく、草原と遊牧民たちの日々の暮らし、その美しさこそがこの映画の基調となるようにしたかったのです。ある平凡な遊牧民の夫婦の別れと再会の物語を通じて、彼らの追求心や潜在的な考え、また変化する環境の中で生きている現代の遊牧民が経験するジレンマを映し出しているのです」

わたし自身、田舎の閉鎖的な人間関係などから逃れようと、都会で二十数年を暮らした。だが、格差は広がり、「搾取」される社会に限界を感じ、オルタナティブ社会を実現したいと田舎に移住している。そこには、若い頃には気づかなかった、生活の実感、競争のない社会、豊かな自然とその恵み、困難はあっても深みのある人間関係が存在した。

わたしたちは、金を稼ぐことばかりにあくせくし、生活や心を失ってきたのではないだろうか。現在でも完全に物質主義から逃れたわけではないし、不便な昔の暮らしをなぞる必要もない。だが、たとえば食べる物を作り始める、作れる物を作ることなどから、奪われてきたものを少しずつでも取り戻し、命やその尊さ、まさにアイデンティティを育まなければ、生きる意味など失うばかりとなってしまうだろう。


◎[参考動画]映画『大地と白い雲』予告編

【映画情報】
監督:ワン・ルイ(王瑞)
脚本:チェン・ピン(陈枰)
原作:『羊飼いの女』漠月
出演:ジリムトゥ、タナ、ゲリルナスン、イリチ、チナリトゥ、ハスチチゲ
字幕:樋口裕子
字幕監修:山越康裕
配給:ハーク
配給協力:EACH TIME
2019年/中国映画/中国・モンゴル/111分/原題 白云之下
http://www.hark3.com/daichi/
2021年8月21日(土)より、岩波ホールほか全国にてロードショー

▼小林 蓮実(こばやし・はすみ)
1972年生まれ。フリーライター、編集者。労働・女性運動等アクティビスト。映画評・監督インタビューなど映画関連としては、『neoneo』『週刊金曜日』『情況』『紙の爆弾』『デジタル鹿砦社通信』などに寄稿してきた。映画パンフレットの制作や映画イベントの司会なども。10代の頃には映像などからモンゴルに憧れたが、まだ行ったことがない。月刊『紙の爆弾』2021年8月号には「『スーパーホテル』『阪急ホテルズ』ホテル業界に勃発した2つの『労働問題』」寄稿。

『紙の爆弾』『NO NUKES voice』今こそ鹿砦社の雑誌を定期購読で!

わたしが東京での活動を継続しており、そのなかで「よど号」メンバーの支援もしていることを以前お伝えした。彼らは朝鮮民主主義人民共和国の首都・平壌直轄市の端に「日本人村」をかまえて暮らしながら、帰国に向けた活動をおこなっている。そんな彼らから、『紙の爆弾』6月号に寄稿した「地方で考える この社会と私たちの生活の行く先」の感想が送られてきた。今後このコーナーに、彼らとの「往復メール書簡」を時々、アップしたい。

左から魚本公博さん、森順子さん、小西隆裕さん、若林盛亮さん、赤木志郎さん、若林佐喜子さん

◆「地方で考える この社会と私たちの生活の行く先」に対する魚本さんからのメッセージ

「よど号」ハイジャックで朝鮮に在住する魚本公博です。

私は地方出身ということもあって、地方問題に関心があるのですが、『紙の爆弾』6月号に掲載された小林蓮実さんの「地方で考える この社会と私たちの生活の行く先」、大変面白く読ませていただきました。

政府の地方政策は、2017年に地方制度調査会が打ち出した「中枢都市圏連携構想」に端的に示されているように、新自由主義的発想で各地の中核都市を中心に都市圏を形成し、そこにカネとヒトを集中して効率化を図るというものでした。

問題なのは、そこに米系外資を入れ、彼らに、その効率経営を任すということにあり、地方自治体が管理する水道事業などの運営権を民間に譲渡するコンセッション方式の導入が奨励されたことです。

菅政権も、この方式を踏襲し、「活力ある地方を創る」としながら、「大企業で経験を積んだ方々を、政府のファンドを通じ、地域の中堅・中小企業の経営人材として紹介」とか「コーポレーション・ガバナンス(企業統治)を進める」などとしています。すなわち、これは地方の銀行や企業の新自由主義的改革を進めながら、地方自治体自体を企業統治の方法で経営し、それを外資に任すということであり、こうなれば、地方自治は消滅し、地方は米系外資に牛耳られることになり、更には大阪維新が言うように、これが「地方から国を変える」ものとして、日本自体が米系外資・米国に牛耳られるものとなります。

しかし地方・地域は、必死に努力しているのであり、そうした策動を乗り越え、地域住民自身の力で、衰退を克服し、地方・地域を守っていくと私は思っています。

小林さんのルポは、その思いを証言するもので、非常に元気づけられました。取り上げられた南房総市・大井区の区長をされている芳賀裕さんの見解や努力もそれを垣間見させるもので、とくに「顔の見える関係を育むことが重要」との意見は大事なことだと思います。いずれにしても、「地方・地域」は自民党の売国的策動に対決する最前線の1つであり、今後とも、地方・地域に根を下ろした小林さんの現地報告を期待しています。

平壌「日本人村」にて、カラオケで「いい日旅立ち」を熱唱する魚本さん

◆「連携中枢都市圏構想」の罠

わたしは水道民営化の問題も、『紙の爆弾』に寄稿したことがある。

2015年に都市圏の名称が「地方中枢拠点都市圏」から「中枢都市圏連携構想」に変更された。総務省は次のように説明する。「『連携中枢都市圏構想』とは、人口減少・少子高齢社会にあっても、地域を活性化し経済を持続可能なものとし、国民が安心して快適な暮らしを営んでいけるようにするために、地域において、相当の規模と中核性を備える圏域の中心都市が近隣の市町村と連携し、コンパクト化とネットワーク化により『経済成長のけん引』、『高次都市機能の集積・強化』及び『生活関連機能サービスの向上』を行うことにより、人口減少・少子高齢社会においても一定の圏域人口を有し活力ある社会経済を維持するための拠点を形成する政策です。本構想は、第30次地方制度調査会『大都市制度の改革及び基礎自治体の行政サービス提供体制に関する答申』を踏まえて制度化したものであり、平成26(2014)年度から全国展開を行っています。」

そもそも、もはや経済成長を求めることに現実味はない。2019年の1人当たりGDPは33位だ。また、高次都市機能とは、行政・教育・文化・情報・商業・交通・娯楽など、サービスを提供する都市がもつ、広域的に影響力のある高いレベルの機能とされている。これは実態としては、市町村でまかなえない部分を近隣が補い、それでも不足する部分をやや遠方のエリアが補っている。千葉県南部でいえば、千葉県の左寄り真ん中のエリアまでいけば、ほぼ不足はない。それでも足りなければ、北部、それでも足りなければ東京という感じだが、日常的には南部で事足りる。芳賀氏は「スーパーシティは不要」とも述べていた。あとは、「生活関連機能サービスの向上」でもSDGsでもそうだが、資本主義や経済の文脈で語られ、実際には利権と搾取、格差拡大に結びつけられがちだ。そこに、地方の資源をむさぼろうとする企業や人が群がる。パソナが淡路島を乗っ取る様子についても、わたしは同誌に寄稿した。マンモニズム(拝金主義)の魔の手は現在、地方を握りつぶそうとしている。

それに対し、行政の対応はさまざまだ。だが、現場では対抗し、自分たちにとって本当に心地よい社会をつくろうと奔走する人が多くいる。仲間とつながろうと活動しているわたし自身も、その1人であるつもりだ。金銭ばかりに頼らずとも、野菜を作り、田んぼを手伝い、物々交換をする。作れるものは作る。このようなライフスタイルに参加するメンバーを拡大し、支え合いながら、私たちは食べて生きていくことができるはずだ。

ちなみに、3回の訪朝経験が、現在に生きている部分もある。たとえば、共産主義国が何を重視し、何を目指し、どこまで人々を支えているのか。(国内では地元の小商いによって)「外貨」を獲得して地元に還元する発想も、そこから学んだものでもある。

機会があれば、自分が生活するエリアの活性や理想的な社会を現場から実現しようとしているローカリゼーションの実践者の方々とさらにつながり、情報交換や連携をしたい。Facebookなどから連絡をもらえると、うれしい。

▼小林 蓮実(こばやし・はすみ)
1972年生まれ。フリーライター、編集者。労働・女性運動等アクティビスト。個人的には、労働組合での活動に限界を感じ、移住。オルタナティブ社会の実現を目指しながら日々、地域に関連する、さまざまな人の支援などもおこなっている。月刊『紙の爆弾』2021年8月号には「『スーパーホテル』『阪急ホテルズ』ホテル業界に勃発した2つの『労働問題』」寄稿。Facebook https://www.facebook.com/hasumi.koba/

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』8月号

武装闘争は、どのような思いで実行されたのか。そしてそれを、どのように考えるのか。今回、東アジア反日武装戦線を取り上げたドキュメンタリー作品が完成した。それが、2000年代初頭に釜ヶ崎で日雇い労働者を撮影していた韓国のキム・ミレ監督作品『狼をさがして』だ。

© Gaam Pictures

◆「東アジア反日武装戦線」とメンバーのその後

東アジア反日武装戦線とは1970年代、明治以降の帝国主義を批判し、企業爆破を実行したグループ。この名称は同志が使用できるようにされていたため、各「部隊」は自分たちを「狼」「大地の牙」「さそり」と名乗った。

1968-69年の全共闘を経て、大道寺将司(だいどうじまさし)さんは70年、帝国主義の研究会を発足させる。キューバ革命などに関しても学ぶなか、武装闘争の路線が固まっていく。あや子さんも研究会に加わった。72年、東アジア反日武装戦線の名称が決まり、大道寺将司さん・大道寺あや子さん・片岡利明(かたおかとしあき・現在は益永)さん・佐々木規夫(ささきのりお)さんらのメンバーは、「狼」を名乗る。74年、小冊子『腹腹時計』を発刊。同年8月14日、太平洋戦争でアジア人民を殺した「大犯罪人」たる昭和天皇・裕仁が乗車する列車を爆破する「虹作戦」実施のための行動が開始されたが、完遂できなかった。その翌日、韓国では、在日韓国人で朝鮮総連活動家・文世光(ムン・セグァン)が大統領・朴正煕(パク・チョンヒ)を暗殺しようとする。「狼」は、これに刺激を受けて30日、三菱重工業東京本社ビルを爆破、8名が死亡、376人の負傷者が出た。その後、11月25日に帝人中央研究所を爆破。

いっぽう71年、齋藤和(さいとうのどか/かず)さんは浴田由紀子(えきた/えきだゆきこ)さんらと知り合い、のちに「大地の牙」を結成。同「部隊」は74年10月14日、三井物産の本社屋「物産館」を爆破、16人の負傷者が出た。その後、12月10日に大成建設を爆破。

翌75年2月28日には、「狼」「大地の牙」「さそり」合同で、間組本社と間組大宮工場とを爆破、5人の負傷者が出た。

「大地の牙」は75年4月19日に、オリエンタルメタル製造の本社と韓国産業経済研究所も爆破している。

大道寺将司さんに会った黒川芳正(くろかわよしまさ)さんは74年に「さそり」を結成。宇賀神寿一(うがじんひさいち)さんや桐島聡(きりしまさとし)さんとともに12月23日、鹿島建設のプレハブハウス工場の資材置場を爆破。75年には2月28日以外にも、4月28日に間組京成江戸川作業所を爆破して1人の負傷者が出、5月4日にも間組の京成江戸川橋鉄橋工事現場を爆破した。

逮捕後、75年のいわゆる「クアラルンプール事件」で佐々木規夫さんが、77年の「ダッカ日航機ハイジャック」で大道寺あや子さんと浴田由紀子さんが釈放。大道寺将司さんは死刑確定の後、2017年5月24日に多発性骨髄腫のため東京拘置所で病死。益永利明さんは確定死刑囚として東京拘置所に、黒川芳正さんは宮城刑務所に収監されている。大道寺あや子さんと佐々木規夫さんは国際、桐島聡さんは全国指名手配中。斎藤和さんは取調中に服毒自殺。宇賀神寿一さんは懲役18年が確定した後、2003年6月11日に出所した。浴田由紀子さんは95年にルーマニアで身柄を拘束・日本に移送されて懲役20年が確定し、2017年3月23日に出所している。

© Gaam Pictures

◆「東アジア反日武装戦線」を辿る

『狼をさがして』は、2004年8月の、釜ヶ崎で亡くなった仲間の慰霊祭の場面から幕を開ける。山谷でも同様の「イベント」があるが、おそらく15日に実施される「釜ヶ崎夏祭り慰霊祭」だろう。1972 年、「暴力手配師追放釜ヶ崎共闘会議(釜共闘)」によって始められ、活動家や日雇い労働者を弔うものだ。作品には、喜納昌吉(きなしょうきち)さん作詞・作曲の『花』を歌う人も映し出される。監督は韓国の建設産業史をめぐって釜ヶ崎を訪問し、そこで「資本と国家にあらがう人たち」を目にして、東アジア反日武装戦線を知る。

評論家で東アジア反日武装戦線メンバーの支援活動もおこなう太田昌国(おおたまさくに)さんは、旅先で集めた絵はがきやパンフレットを大道寺将司さんに送っていた。太田さんはFacebookなどにも、「私にできたことは少ない。ほとんどなかった、と言ったほうがよい。旅行が叶わぬ彼に、せめても旅先から絵葉書を送った」と記す。新潟県松之山温泉近くに広がる雲海の絵葉書や観光案内書を送った際には、大道寺将司さんから以下のような句が返ってきた。

雲海に落人(おちゅうど)の影消えにけり

マスコミは当初、「思想もない爆弾魔」「爆弾マニア」として報道したという。だが本作には、東アジア反日武装戦線メンバーの主張も取り上げられている。「日帝中枢に寄生し」ている企業に対し、「世界の反日帝闘争」に参加する仲間と連帯し、「新大東亜共栄圏」を実現しようと海外や発展途上国の植民地化をもくろむ者たちを打倒すること。それこそが、「戦死者を増やさぬ唯一の道」だという。だが、1人ひとりの感覚や心情は、素朴なものだったりする。それにショックを受け、共感を抱く人が多く存在してきたし、現在も存在し、本作によってそれを知る人もいるだろう。女性の運動を経て、大道寺将司さんの妹となって支援を続けた大道寺ちはるさんも登場する。

1975年に「狼」グループの一員として逮捕され、87年に出所後、福祉の仕事に携わっている荒井まり子さんも登場。姉は「公安警察の尾行をまこうとして亡くなった」そうだ。荒井さんは獄中でも「東アジア反日武装戦線獄中兵士」を名乗っていたが、密かに猫や他の人との交流も楽しんでいたらしい。荒井さんの母親も、支援者という「友だちを増やしてくれたから、今もまわりにお友だちがいっぱい」などと口にする。

電光掲示板や派手なアニメの看板などが乱立する東京では、東アジア反日武装戦線が単なる殺人者として露骨に嫌悪されていると説明されるシーンもある。ただし実際には、ほとんどの人は詳細などまったく知らず、また忘れ去られている部分もあるだろう。

また監督は、大道寺将司さんの故郷、北海道釧路市にも足を運ぶ。

© Gaam Pictures

◆朝鮮・中国・アイヌ侵略と彼らの犠牲

韓国の監督作品として観るからこそ、印象に残るシーンもある。荒井さん親子が朝鮮民謡『アリラン』を歌い、哀愁を語らう。朝鮮から強制連行された方々を追悼する様子も描かれる。

東アジア反日武装戦線の主張にも当然、日帝による「35年間に及ぶ朝鮮の侵略・植民地支配」への批判が含まれる。自らは「日本帝国主義者の子孫であり」これを「許容、黙認し、再び生き返らせた、この認識より始めなくてはならない」というものだ。

「大地の牙」が爆破した大成建設の前身は、大倉財閥系の企業だ。大倉財閥は軍需産業で成長し、東アジア反日武装戦線は「大成建設が1922年に信濃川水力発電所で朝鮮人労働者を大量に虐殺した」ことも、爆破の理由にあげている。韓国の新聞『東亜日報(トンアイルボ)』によれば、「惨殺された者100人以上」ともいう。

同様に「大地の牙」によるオリエンタルメタル社・韓産研爆破の日程として選ばれた4月19日とは、1960年3月15日の韓国大統領選挙における不正を糾弾し、民衆デモが発生。大統領を下野させたこのデモのなかでも最大規模だった「革命の日」の日程に合わせたものだ。

齋藤和さんは学生時代、「朝鮮革命研究会」に相談役として加わり、その後、日雇い労働をしながら4回韓国へ渡航。彼の友人の中野英幸(なかのひでゆき)さんは、歴史を知ることなく、本気でないなら、恥ずかしいので支援はやめてくれといわれたことが心に残っている。

また、東アジア反日武装戦線は朝鮮同様、アイヌへの侵略の歴史にも言及していた。本作では、アイヌのイベントの様子も取り上げられている。筆者には以前、アイヌへの侵略と北海道への進出の歴史に先祖が関わった知人がおり、残された記録を目にしたことがあった。彼らは「アイヌと友好的に関わった」などと主張していた。そんなことも思い出した。まったくアジア侵略と同様だ。

さらに、「さそり」が爆破した鹿島建設には、戦時中に強制連行した986人の中国人労働者が、過酷な労働や虐待による死者の続出に耐えかね、1945年に一斉蜂起し鹿島組の現場責任者らも戦後に重刑を宣告されたことが背景にある。事件後の拷問も含め、45年までに400人以上の中国人労働者が死亡した。

彼らの犠牲のうえで、現代のわたしたちは「平和で安全で豊かな小市民生活を保障されている」と、東アジア反日武装戦線は訴える。

本作には、8月15日の「反『靖国』行動」と、それに対する右派の様子も映し出されていた。

© Gaam Pictures

◆「すべての人が対等に生きられる世界」に向かうために

だが、東アジア反日武装戦線メンバーが、「非合法・武装闘争として実行」したことに対する「自らの反革命に落とし前をつける」と語るシーンなどもおさめられている。監督は、武装闘争について、冷静なスタンスを変えない。

浴田由紀子さんの出所は最近で、筆者も集会に参加したので、よく覚えている。『週刊金曜日』に報告文も寄稿した。その際、浴田さんは、「世の中を変えたいと思い、これだけ長く刑務所にいた女性は、ほかにいないと気づいた。(当事者として)犯罪者・出獄者の気持ちを理解する私が、出獄した女性たちが助け合い、人間性を奪う刑務所に行かずに済むネットワークをつくりたい。これがわたしの新たな役割」「当時、大切な人・大切なこと・自分もないがしろにしたことが一番の間違いだった。開かれた世界で自由に交流し、人間らしい日常をわたしから実践したい」と語っていた。

内田雅敏弁護士は本作で、「日本・天皇の戦争責任に関し、十分でないが終わったという認識が強かった時代に、企業の戦争責任を問うて企業爆破をすることで、日本の近現代史における未精算の問題、植民地支配や戦争責任について、徐々に理解されるようになった」という旨のことを述べている。

本作では、「反日亡国論」とは、国家や民族的な結合をなくすことであるというのも説明される。

さまざまな運動とその歴史に関わる筆者としては、武装闘争を単純に批判できない。そこで、本作ラスト近くの京都大学名誉教授・池田浩士(いけだひろし)さんの「暴力は圧倒的にわたしたちの側にない」からはじまる言葉には、ぜひ、耳を傾けていただきたい。そのうえで個人的には、やはり現代日本においては、武装闘争は倫理・道徳的な視点からというより、市民の共感や賛同を得られないものは運動にはなりえず、それは運動として成功しないという考えから否定的ではある。

個人的には、救援連絡センターの山中幸男さん、足立正生さんをはじめ、知人・仲間が多く登場し、そこも楽しませていただいた。現在、救援で働く宇賀神寿一(シャコ)さんがパーキンソン病であることを、本作で初めて知った。エンドロールに意外な方の名前も連なっていた。運動関係者の方なども、ぜひ最後までじっくりと、ご覧いただきたい。

最後に。「世界同時革命」はわたしたちの知る以外でも一部実行され、一部実現し、現在にいたると筆者は考えている。現在、政治に嘘がまかり通り、新自由主義は暴走し、格差は拡大し続けている。わたしたちは今こそ、東アジア反日武装戦線や60年代以降の運動に改めて注目し、今と未来を変えるために彼らからも学ぶことができるだろう。知り、行動する。本作で語られる「闘う人々と一緒に、お互いの国も世界も変えて、すべての人が対等に生きられる世界」「先祖がアジアの人々に対しておこなった過去の誤りを正し、償う」ことを実現するために、「自分も今のままではいけない、平和も豊かさも否定し、疑い、自己否定の時代の反日武装戦線の立場」を生かすことができるのではないだろうか。

キム・ミレ監督 © Gaam Pictures

【映画情報】
『狼をさがして』
(2020年/韓国/モノクロ・カラー/DCP/74分)

監督・プロデューサー:キム・ミレ
出演:太田昌国、大道寺ちはる、池田浩士、荒井まり子、荒井智子、浴田由紀子、
内田雅敏、宇賀神寿一、 友野重雄、実方藤男、中野英幸、藤田卓也、平野良子ほか
企画:藤井たけし、キム・ミレ
撮影:パク・ホンヨル
編集:イ・ウンス
音楽:パク・ヒュンユ
配給・宣伝:太秦株式会社

公式サイト:http://www.eaajaf.com
2021年3月27日(土)よりシアター・イメージフォーラムにて公開

▼小林 蓮実(こばやし・はすみ)

1972年生まれ。フリーライター、編集者。労働・女性運動等アクティビスト。映画評・監督インタビューなど映画関連としては、『週刊金曜日』『情況』『紙の爆弾』『デジタル鹿砦社通信』などに寄稿してきた。2000年代以降、ブント(共産主義者同盟)の知人も多い。K-POPと韓流ドラマ好き。訪韓1回、訪朝3回。『neoneo』向けにも朝鮮関連のドキュメンタリー、ドラマ評などを執筆してきた。月刊『紙の爆弾』2021年4月号には「パソナが淡路につくる『奴隷島』(仮)」寄稿。

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