1人ひとりが、その人らしい人生を送り、最期を迎える。そのために、わたしたちは具体的に何ができるのか。今回も、地域医療に尽力する医師・松永平太氏の著書、『笑って、食べて、愛されて 南房総、在宅看取り奮闘記』(幻冬舎)の書評の第3回目をお届けする。

第2回目では、認知症の独居をも在宅で看取るという松永氏の覚悟が表現されたメッセージを紹介。また、孤独死を除く在宅死亡率は1割未満であって現在でも病院で亡くなる人が多いが、松永氏は予防医療も導入し、「穏やかな最期」の実現を目指していることも伝えた。

今回は、本書を追いながら、わたしの友人である看護師たちの言葉も紹介したい。それにより、理想の実現の尊さを感じてほしいのだ。

◆看護師の友人の話と、地域の山エリアの取り組み

 

松永平太『笑って、食べて、愛されて 南房総、在宅看取り奮闘記』(幻冬舎)

先日、がんの闘病中のS氏と、友人で看護師のM氏と話していた際、S氏は全国を巡ると語っていた。離婚はしていないが、妻への「財産分与」も終えたという。つまり、病院でも自宅でもない場所で最期を迎えたいのだろう。

後日、別の友人で看護師のY氏と話したときには、「まず、家族が高齢者を引き取りたがらない。また、本人も在宅で最期を迎える覚悟はなく、家族とそのような話もしていない」と言っていた。個人的には、いつでも自分の最期にまつわる希望を書き連ねて残しておきたいところだが、死について考えたり語り合ったりすることは現在もなおタブーであるか、本人も家族も向き合おうとしないものなのかもしれない。

本書で松永氏は、「診療所に自分の携帯番号を張り出し、患者にもその家族にも、困ったらいつでも電話をしてほしいと伝えて」もいることに触れていた。

南房総市内の山エリアの区長は、災害時には孤立するうえに高齢者が多いエリアだからと、押せば区長につながるブザーを各家庭に設置している。また、どこが災害にあっても、それぞれの家が避難所になるように設定しているのだ。さらにこの行政区は、太陽光の活用や水道の種類の多さなども誇り、テレビの取材も受ける先進エリア。地域には、本当に頼もしい存在や対策があり、学ぶことが多い。

◆デンマークの「高齢者福祉の3原則」を千倉でも実現

本書では、2017年のデンマーク視察についても書かれている。2022年の1人当たり名目GDPを調べてみると、デンマークが66,516米ドル、日本が33,822米ドルで、2倍近くの差があるのだ。デンマークの人は、25%の消費税を、「信頼」と「尊敬」を背景に支払っていると語る。

デンマークは2023年の世界幸福度ランキングでも第2位に輝いており、47位の日本との差は歴然。ここにも「信頼」と「尊敬」の有無が表れているのではないかと、松永氏は考える。そして、デンマークの高齢者福祉の3原則は、1. 人生、生活の継続の尊重 2. 自己決定の尊重 3. 残存能力の活性化 とのこと。独居の高齢者宅にもケアスタッフが1日数回訪れるという。

デンマークから千倉に戻った松永氏は、1. 病院に入院した高齢者を元気にし、優しく地域に突き返す 2. 地域全体で少しずつ弱っていく高齢者を見守り、支えていく 3. 本人が望めば、自宅で最期を看取れる地域をつくる の3つを実践することにした。その中で、家族を呼び寄せ、漁師町の酒盛りに包まれて旅立つことを支援していったわけだ。

◆「ひとりぼっちでは死なせない」ために、施設とサービスを拡大

QOL(Quality of life:生活の質・生命の質)が唱えられて久しいが、これについて「命の輝きは、笑うこと、食べること、そして愛されることに表れ」ると松永氏は述べている。特に「愛される」とは、「ひとりぼっちでは死なせない」ということだという。

前出の看護師のY氏は、「病院から高齢者を家に返せないのは、訪問看護・介護などを手がける施設がないエリアが地域に多いせいもあるのではないか」と口にした。そこでわたしは早速、松永医院について説明したのだ。

以前も触れたが、ここには外来・訪問で診察をおこないながらリハビリも手がける診療所、地域の人が集まって食事や入浴をするデイサービスセンター、高齢者を元気にして家に帰す老人保護施設、認知症の人を支える認知症専用デイサービスセンター、そして在宅療養者の生活支援から看取りまでを担う訪問看護・介護ステーションをそろえている。ここに住む人、そして移住してきたわたしは幸運だ(笑)。

また、地域通貨風の施設内通貨を用い、好みのサービスを提供している。やはり先進的なのだ。そして、老人保護施設は、「利用者の過去6カ月の在宅復帰率が50%以上、過去3カ月のベッド回転率が10%以上、入退所後の訪問指導割合が30%以上」の施設として「超強化型」老健に指定されている。

◆「夢人さん」も「夢追い人」にも施される「無色透明のごちゃまぜケア」

しかも、認知症にかかった人を「夢人さん」、かかっていない人を「夢追い人」と呼ぶ。適切で優しいケアにより、他の施設では大声で暴れていた人が、穏やかになって笑顔が増えていくそうだ。日々、したいこととしたくないこと、人生経験や思い出話に耳を傾けるとのこと。さらに、待つことの重要性も説く。

前出の看護師でM氏のほうは、認知症の人に手を上げたことのない看護師・介護士はいないだろう」とわたしに話したことがある。彼女は1人、認知症の人の話を聞き、ほかの人は距離を置くそうだ。その話を聞いたときに感じた悲しみと絶望は、本書によって癒やされる。互いに希望をいだくことは不可能なことではないのだ。

実際、松永氏は1日8軒をまわり、すれ違う高齢者にも声をかける。もちろん、多職種の連携も重視する。読み進めるほど、わたしの友人の看護師や作業療法士はみな、松永医院で働いてほしくなる。

そして、地域包括ケアシステムを提供していくうえで、在宅看取りを強化するため、看護小規模多機能サービスと定期巡回、臨時訪問介護看護サービスの充実を必要なものとして考えているという。これらであれば、利用料が包括的に決まっているため、必要なサービスを提供できるそうだ。松永氏は、これらの「無色透明のごちゃまぜケア」を通じ、「すべての人が人権と尊厳を保ちながら生きられる社会に変えていかなければ」と綴るのだ。(つづく)

◎地域医療の最先端モデルに学ぶ ──《書評》松永平太著『笑って、食べて、愛されて 南房総、在宅看取り奮闘記』

〈1〉笑顔で自分らしく生き、自宅で人生の最期を迎えるための地域医療
〈2〉命を輝かせ、独りぼっちにさせないための施設と取り組み
〈3〉看護師の言葉から辿る実践の「奇跡」

▼小林 蓮実(こばやし・はすみ)
1972年生まれ。フリーライター。東京で二十数年暮らし、DIY、医療・看護、代替補完療法、落語、園芸、料理、パソコンをはじめとする実用書・雑誌・フリーペーパー、省庁や大・中小企業のツールの執筆や編集のほか、Webのコンテンツの執筆・ディレクションなども手がけてきた。2019年、南房総エリアに、Uに近いJターン。地域の高齢者と友情を育むことを松永氏は推奨しており、わたしも勝手に実践している(つもりだ)。

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2023年11月号