江戸期いらいの博徒が戦後にいたって一変したのは、そのまま戦後社会の変容を映し出しているといえよう。

最初に戦後の闇市を取り仕切ったのは、伝統的な極道の流れではなかった。愚連隊とか特攻隊崩れとかの血気盛んな連中が、無秩序な闇市を取り仕切ることで警察組織の代用をはたしたのである。盗みやかっさらいの横行するアンダーグラウンドの市場には警察力が必要だったが、その警察は闇市を取り締まり、取り締まった戦果を自分の懐に入れることはあっても、飢えた民衆の必要を満たしてくれるわけではなかった。そこで私設の警察組織が、闇市の庇護者として設立されたのである。
どんな商売も市場がある以上は、需要がなければ存立しえない。

遠く農村から列車に乗って闇市に米を売りにきた女性が、乱暴者から商品たる米を奪われたとしよう。警察に届けても面倒をみてくれないどころか、闇米はすべて没収されて、へたをすれば彼女自身も逮捕されてしまうのである。そこで市場を取り仕切る愚連隊の親分にすがって、米を取り戻してもらうことになるのだが、そのついでに少しばかり上納金を差し出すことに何の不思議もない。必要経費ともいうべき、当然の手間賃である。

ときには愚連隊同士の縄張りやイザコザで拳銃を乱射されたり、取り締まりの警察隊との銃撃戦もある異常な時代だったが、日常的なトラブルは彼女がしたように必要経費で処理され、それで食いぶちが満たされれば何の問題もないのである。商売のトラブルが市を成り立たせなくなったのでは、人々は飢えて死ぬしかない。当時の日本人の食料は、そのほとんどが闇市の食料で賄われていたのだから。

こうして闇市を支配していた愚連隊を、やがて伝統的な博徒組織が吸収していく。
実力を持った若い集団が、いろいろと能書きやしきたりなど伝統文化を持つ集団に合流して、本格的に極道の代紋を背負うことになったのである。戦争で国家とともに滅びかけていた博徒集団にしてみれば、これで新しい職域への進出と若々しい血を入れることになった。

◆田岡一雄がつくった戦後ヤクザ

人々の飢えがみたされて闇市が終焉すると、戦後復興の時代である。日本最大の広域暴力団とされる山口組の勢力を飛躍的に拡大したのは、一九五九年に勃発した朝鮮戦争だった。

港に入った船に一番乗りしたグループが積み荷の運搬を請け負うという、荒っぽい沖仲士の荷受け業界に初代のころから参入していた山口組は、斬新な組織論において他の組織の追随を許さなかった。旧来の極道組織の子分が子分をもうけて分立していく組織作りの方法を避け、山口組は表向きは会社組織として分社し、裏組織を一元的に統括した。表向きは近代的な企業でありながら、しかも普通の企業にはできない義理の親子の拘束性がある。この立役者が三代目山口組の袖主田岡一雄だった。

朝鮮戦争の拡大とともに港湾荷役は需要が増大し、規制緩和の機会を得た山口組は二次下請けの立場から一次下請けへの参入に成功する。海運局に掛け合って、下請けの枠組みを取り払わせてしまうのである。さらには、左翼の労働組合に対抗する労働組合を結成し、この力を背景に、彼の組織は左翼のみならず他の業者を圧倒したという。

事故が起これば船会社と交渉するのも山口組の労働組合なら、海運会社の仕事を最大業者として受けるのも山口組傘下の企業という具合に、彼らは神戸港の支配をテコに全国の港湾を掌握していく。

さらに、当時のエネルギー産業の基幹である炭鉱労働者の組織化に着手する。いわば職能組合とか産別労組の全国展開とまるで同じ組織づくりで、高度経済成長をもたらす労働力を支配し、今日の隆盛の礎になる全国組織の最初の骨格を作ったのである。

膨大な労働力(人集め)を必要とする大資本にしてみれば、労働者が左翼に牛耳られて革命騒動を起こされるよりは、山口組のほうがずっといいに決まっている。事実、あとでみるように共産党は朝鮮戦争に乗じて武装闘争の方針で動いていたし、革命前夜のような暴動が各地に生起していた。

それでなくても、沖仲士や炭鉱労働者は普通の社員では扱いにくいし、荒っぽい連中の喧嘩騒ぎや揉め事には困っているのだから、旧財閥系の御大も、ここはひとつ山口さんとこの力でなんとか、ということになったのは想像にかたくない。

組織が拡大していくためには、荒っぽい暴力も必要である。ここでは柳川組という武闘派組織が山口組の組織拡大を牽引したのだった。ちなみに柳川組は在日朝鮮人を主体とする組織で、のちにみる共産党の極左戦術を先頭でになったのが在日朝鮮人たちだったのを考えると、異郷に強制連行された彼らこそが、混乱期にたくましい生き方をしめしたことになるかもしれない。


◎[参考動画]「山口組三代目」(1973年08月11日公開)予告篇

つぎに三代目山口組組長田岡一雄が取り組んだのは、これも有名な話だが力道三のプロレス興行や美空ひばりのステージを取り仕切る芸能興行だった。朝鮮戦争の軍事特需をへて、戦後復興なった日本には、大衆消費社会の波がすぐそこまで来ていた。

隙間産業のような職域が時代の需要になったときに、正業を持たない極道組織が持てる組織力と荒っぽいが面倒な仕事に乗り出すのである。利権と暴力が衣の下から透けて見えるような、あやうい職域を仕切ることができるのは、目先の銭金よりも厳しく統制された組織であり、それを可能とする伝統的な作法と形式の力にほかならない。生き方の中に極道としてのプロフェッショナルの気風が充満していれば、もはや怖いものは何もない。組織に生きることが、彼らの正義であり世の中をみる尺度なのである。

これが通常の会社組織であれば、仕事の成否も労働者の去就も賃金をめぐる一点にしかない。業績がはかばかしくない企業からは、沈みかけた難破船から鼠が逃げ出すがごとく優秀な社員はいなくなってしまうし、有力な企業には有為な人材が集まるのが労働市場の原理である。

ところが極道の社会は利益集団でありながら、そこに擬制の血縁関係をつくり出すことによって成立している。破門か絶縁の処分をされないかぎり、親子の縁は切っても切れない。これが極道組織をプロフェッショナルの集団たらしめる原理である。

親が殺せといえば子は殺人犯になるのが正義であり、親が死ねといえば、まあこればかりはゴメンと逃げ出すかもしれないが、破門や絶縁の処分をされないかぎり子分であることに変わりがない。このようにして保存された親子の縁と義理、兄弟の絆が、戦後の保守政治にマッチしていた。自民党とその政府はヤクザを手の内に取り入れることで、選挙のみならず政争を生きのびることになるのだ。次回は自民党のヤクザへの接近と裏切りを、国家という原理から解説していこう。


◎[参考動画] プロレスリング日本選手権 “昭和の巌流島”(1954年12月22日)

【横山茂彦の不定期連載】
「反社会勢力」という虚構

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)
著述業、雑誌編集者。近著に『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)『男組の時代――番長たちが元気だった季節』(明月堂書店)など。

2020年もタブーなき言論を! 月刊『紙の爆弾』2020年2月号

『NO NUKES voice』22号 新年総力特集 2020年〈原発なき社会〉を求めて

鹿砦社創業50周年記念出版『一九六九年 混沌と狂騒の時代』

カルロス・ゴーン氏の「逃亡」事件および、同氏による「日本の司法制度は人質司法」という批判をうけて、法務省がHPに「言い訳」のような見解を発表した
「我が国の刑事司法について,国内外からの様々なご指摘やご疑問にお答えします。http://www.moj.go.jp/hisho/kouhou/20200120QandA.html」がそれである。

法務省HP「我が国の刑事司法について,国内外からの様々なご指摘やご疑問にお答えします」

ゴーン氏の記者会見がもっぱら、日本政府と日産関係者の陰謀よりも、日本の非人道的な人質司法に向けられたことから、国民と国際世論に訴えるかたちで公表されたものだ。

しかしその内容は、みずから基本的人権を欠いた「人質司法」であることを暴露するものになっている。具体的にみてゆこう。

Q3 日本の刑事司法は,「人質司法」ではないですか。
A3 日本の刑事司法制度は,身柄拘束によって自白を強要するものとはなっておらず,「人質司法」との批判は当たりません。

すべての場合を網羅したデータはないので、わたし個人の場合を挙げておこう。本欄でも連載した「40年目の三里塚開港阻止闘争」で明らかにしたとおり、わたしは三里塚闘争で逮捕され、1年間の未決拘留を受けている。1年間というのは、訴状と求釈明および冒頭意見陳述が終わり、公判が軌道に乗ったということをもって、保釈が許可されたからである。その間、2度の保釈許可と検察抗告による却下があった。

しかしながら、取り調べで自白した被告(同一犯罪)は、同じ罪名でありながら二か月ほどで保釈が許可になっている。つまり、自白をしないかぎり裁判が軌道に乗るまで保釈はしない、ということをこの事実は意味しているのだ。これが「人質司法」の実態である。一般に公安事件ではこの基準が現在も維持されている。ではなぜ、判決によらない刑罰とも言うべき1年間もの拘置が不法に行なわれるのか?

Q4 日本では,長期の身柄拘束が行われているのではないですか。
A4 日本では,どれだけ複雑・重大な事案で,多くの捜査を要する場合でも,一つの事件において,逮捕後,起訴・不起訴の判断までの身柄拘束期間は,最長でも23日間に制限されています。
 起訴された被告人の勾留についても,裁判所(裁判官)が証拠隠滅のおそれや逃亡のおそれがあると認めた場合に限って認められ,裁判所(裁判官)の判断で,証拠隠滅のおそれがある場合などの除外事由に当たると認められない限り,保釈が許可される仕組みとなっています。

要するに、自白をしていないから「証拠隠滅のおそれがある」というのだ。それならば、冒頭手続きが終わって保釈したあとは、証拠隠滅をしないと言えるのだろうか? 捜査が終了したあと、単に書面の準備が整わないから1年もの期間拘置をつづけているのだろうか? 

そうではない。刑の先取りを行なうことで、長期の拘留に耐えられなくなった被告が「謝罪」「自白」あるいはその政治的な成果である「転向」することを強いているのである。そのいっぽうで、被告は裁判のための準備を十分に行なえない。被告の身体を拘束することで弁護権を奪い、裁判を検察側の有利に運ぶ、これを「人質司法」と言わずして何というのだろうか。

Q8 拘置所での生活環境はどのようなものですか。
A8 拘置所においては,被収容者の人権を尊重するため,居室の整備,食事の支給,医療,入浴などを適切に行っています。
 入浴については,被収容者の健康を保持し,施設の衛生の保持を図る観点から,1週間に2回以上実施しています。夏季などには,必要に応じて回数を増加させています。

1週間に2回の入浴を多いと感じるか、それとも少ないと感じるかは個人的な差があるかもしれないが、わたしは少ないと思う。夏場ならシャワーは毎日朝夕浴びるし、冬場は隔日入浴(週3~4日、しかも1日複数回)がふつうの生活だと思う。

拘置所といえば東京拘置所がよくマスコミに登場するが、全国に111カ所ある。そのうち、刑務所の管轄が99、独立した拘置所は6カ所である。未決拘置者の生活は、懲役労働がないだけで、房内処遇はほぼ禁固囚と同じなのだ。戦後に一部が改正されたとはいえ、その基本骨格は明治41年制定の監獄法である。けっして「証拠隠滅」の恐れがあるから、ちょっと留め置くよ。みたいなものではないのだ。

所内生活は命令と服従、点呼時には房内で正座して「〇〇です!」と答えさせられる。24時間房内に閉じ込められているのだから、懲役囚よりも処遇は厳しいといえよう。房を出られるのは1日15分の運動時間(運動場も独房)と面会時間、入浴の時だけである。歩くときは刑務官が「進め」「止まれ」と、命令して先導する。かように窮屈な処遇というのも、明治監獄法がそのまま生きているからだ。

刑務官に「〇〇しろ!」と命じられ、従わないなら「懲罰房」に入れられる処遇のどこに「被収容者の人権を尊重する」ものがあるというのだろうか。拘置所とは刑務所なのである。ゴーン氏ならずとも、まだ判決を受けていないのに、不当な刑罰を受けている。と感じるのは当たり前だろう。

だから、テレビのワイドショーでゴーン氏の逃亡を「悔しいですね。日本の司法がバカにされて」とかのたまわっている識者は、一度でいいから拘置されてみるといい。判決もないところで刑罰を受ける不思議に、きっと脱獄を考えたくなることだろう。

もうひとつ日本の司法の前近代性をあらわしたものに、ゴーン氏の身柄を取り戻せないことがある。ゴーン氏の身柄をレバノンが引き渡さない理由は、じつは日本に死刑制度があるからなのだ。日本が被疑者身柄引渡し条約を韓国とアメリカの2国しか結んでいない不思議を「島国だから、その必要がない」とか何とかいい加減なことを言っている論者もいるが、そうではない。

いまだに死刑制度がある前近代的な日本の司法制度に驚嘆し、日本で法を犯した自国の被疑者を引き渡さない。当然の人権感覚があるから、死刑存置国(アメリカ=過半数の州で廃止、韓国=事実上の死刑判決回避)しか相手にしてもらえないのだ。この点については、死刑廃止運動の動向とあわせて稿を改めたい。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業。「アウトロージャパン」(太田出版)「情況」(情況出版)編集長、最近の編集の仕事に『政治の現象学 あるいはアジテーターの遍歴史』(長崎浩著、世界書院)など。近著に『山口組と戦国大名』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『男組の時代』(明月堂書店)など。

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◆江戸時代のヤクザは警察だった

「反社会勢力は定義されていない」と、このかん「桜を見る会」への「反社」の出席について政府高官が広言した。なるほどそうかも知れない。暴対法や暴力団排除条例(自治体条例)が法的に精査されず、何となく雰囲気でまかり通った法律であるのだから……。

それでは、かりに「反社会勢力」と言われるヤクザとは、そもそも歴史的にどんな存在だったのだろうか。一般には博徒というのが、かれらの出自である。その原型は江戸時代にさかのぼる。任侠道の成立は、江戸期の郷村(惣村)に発する。

かれらは博打だけを生業にしていたわけではない。郷村にかかわる自主検断、つまり自治的な警察組織の役割を受け持つことで、賭場を開く権利を得ていたのである。江戸時代のヤクザは警察だったのだ。

警察組織とはいっても、戦後の公務員的なそれとは違って、郷村の惣や寄り合いとは別個の役割をはたす非政治的で、かつ乱暴な暴力装置。つまり用心棒のようなものを想像すればよいだろう。

彼らは渡世人や旅芸人、渡り職人などをはじめとして、非生産的な人々や社会の流動層を取り締まる独自の様式を抱えるがゆえに、戦後の官僚的な警察組織が持つ、時の権力に媚びへつらうような側面は皆無で、むしろ反権力的ですらあった。

◆敗残兵、浪人者……帰農しなかった人々

郷村の検断として流民層を取り締まり、彼らの独自の生活様式をふところに取り込むには、彼ら博徒にしか出来ない固有の文化が存在していたと考えられるのだ。縄張りを保持するには、公権力を笠に着た強権よりもその道のしきたりに従った采配が必要である。博徒が反権力的になる所以は、この公権力から離れた独自性の所以であろう。

彼らの前身をたどると、戦国期の土着的な戦闘集団や、もっと昔なら中世の流民層が源であろうと思われる。もともと戦国時代には、郷村のはぐれ者や血気盛んな若者たちが傭兵としての戦闘集団を形成していた。中には武士団に編成されない自立自尊の土郷たちも多かったが、領地の切り取り戦争が進むにつれて、大規模な武士団の傘下に入るようになるのだ。中世の流民層には、忍びの術をもっぱらとする戦闘や、金山掘りなどの特殊な技術を手の職として各地を渡り歩く集団もあった。だがこれらも、戦国時代の末期には有力な大名の傘下におさまっていくことになる。
めでたく戦国を勝ち残ったり、仕官の道を得たのが江戸の武士階級だとすれば、敗残兵としての浪人者もふくめて、江戸期の博徒は帰農しなかった人々であったり、農業を嫌って親元を離れた者もあり、武士階級の裏側ともいうべき存在である。その生活様式は、時代の主要な生産階層とは離れて、先に述べたような独自の文化を形成することになる。ヤクザ文化、任侠道の成立である。それでは、任挟道とは具体的にどんなものなのか?

◆渡世の修行

ある村に、親から勘当された若者がいたとしよう。

彼が村の若衆組の仲間とともに遊びまわり、畑仕事もほったらかして放蕩のかぎりを尽くしていたとする。若衆組とは現在の青年団のような意味だが、チーマーみたいに繁華街(宿場町)まで出かけては、カツ上げをして喧嘩をくり返す。押入れの奥に秘匿していた布ぎれや蓄え米を持ち出しては、質に入れるなどの自堕落かつ放縦の日々。これではどうにもならないと、ついに口減らしをもくろむ親から勘当され、当てもなくほうぼうをうろつくうちに土地の親分に厄介になる、という顛末である。

最初は使いっぱしりしかさせてもらえないが、喧嘩の腕や度胸がいいようだと、派手な出入りにも参加するようになって、いよいよ親分と杯をかわすことになる。親子の杯が無事にすめば、晴れて子分ということになるわけだ。つぎに、武士ならば武者修行ともいうべき股旅に出ることになる。

親分の人脈で諸国の組織をめぐり、一宿一飯の義理をはたしながら渡世人としての度胸と礼儀作法を磨いていくのである。礼儀作法を磨くというのは簡単に思えるが、仁義のきり方を間違っただけで殺されることもあったというから、渡世のしきたりは生易しいものではない。おのが力で一家を成し、名を成す修行ののちに、世の賞賛を得るほどの大親分となるのだ。以下、江戸期いらいのヤクザの親分衆である。いずれも代が途絶え、「清水一家」や「会津小鉄」などの名称だけが、勝手に継承されている。

幡随院長兵衛
中間部屋頭三之助
国定忠次
大前田英五郎
勢力富五郎
清水次郎長
会津小鉄
加島屋長次郎
新門辰五郎

◆生業としての〈縄張り〉

いっぽう、賭場を開かないヤクザもいる。彼らはテキヤと称される人々で、村の神事や祭りを主催しては、そこに集まる商売の上前をはねる、というよりも商売人たちを庇護し、いらぬ揉め事から村を守るという役割を受け持つのである。これは現在のテキヤと、まったく変わりがない。もとより、テキヤも博徒も、縄張りの支配を生業としている。

現在でも暴力団として批判されるヤクザを擁護し、その必要悪を論じる方法がある。その多くは社会から落ちこぼれた人間が個人的な犯罪に走るよりも、統制された組織の中に取り込んだほうがよろしいのではないか、という立論である。

言うところは少なからず当たっている。繁華街から彼らがまったく消えてしまったら、屋台や行商の人たちの縄張りはとんでもないことになるはずだ。屋台や行商をすべて規制してしまえば、街は活力をうしなう。堅気衆にとっては思いもかけない彼らの経済的な役割りをみのがしてしまえば、ヤクザの存在の根拠は解明できないのである。

つまり縄張りとは、一種の業界参入の規制である。誰でも勝手に大道に店を出せるということになれば、主催団体が統制をきかせない休日のフリーマーケットのようなことになって、警察官がいくらいても足りないであろう。社会的に解決困難な部分を請け負い、取り仕切る役割がつねに存在しているのだとすれば、極道も必要悪どころか職業的には明瞭な生産性を負っていることになる。しかも、チンピラや暴走族などとは違って、堅気衆には迷惑はかけないという厳格な統制力のある組織であれば、社会的には有用な存在ですらありうる。だからこそ、同じ社会的役割をになう警察組織に「反社会勢力」として排除されるのだ。したがって「反社会勢力」なる規定は、社会を警備する勢力による縄張り争いということになるのだ。パチンコ利権、街の警護を下請けする警備会社、企業の警護を請け負う。これらこそ、警察がヤクザから奪った利権であり、縄張りなのだ。

【横山茂彦の不定期連載】
「反社会勢力」という虚構

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)
著述業、雑誌編集者。近著に『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)『男組の時代――番長たちが元気だった季節』(明月堂書店)など。

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◆「令和」という文言について

田所敏夫さんは、れいわ新撰組について「わたしはその党名を書くことができない」と言う。(2019年12月17日本欄「私の山本太郎観」)なるほど、天皇制および元号を是認する政治観に同調できないというのは、言論人としては清廉潔癖であるかのように感じられる。しかし、清廉潔癖であることはオピニオンとはおよそ別ものであろう。

山本太郎は現代の田中正造よろしく、天皇主催の園遊会で反原発を直訴しよう(手紙を渡そう)として批判を浴びた。不敬であるという右翼からの攻撃とともに、左派からも天皇主義者なるレッテルを貼られたものだ。これは山本太郎の直訴に足尾銅山見学で応じた平成天皇を評価する、白井聡らにも向けられた批判でもある。天皇制を前提にした、戦後民主主義の護持者としての天皇の評価が「天皇制の容認」として批判されているのだ。これは社会ファシズム論(社民主要打撃論=コミンテルン6大会)によく似た主張で、却って運動の孤立化を招きかねない。じっさいに反天皇制運動のデモは警備によって隔離され、国民的な議論のステージを作れていないのが現状だ。これは反天皇制デモに参加している立場からの実感である。

田所さんの元号への嫌悪感とはまた、別の立論になるのでここから先は読み流してほしい。

山本太郎や白井聡らに対して、天皇制を容認するのかという批判は、論者たちの「天皇制廃絶」を前提にしている。そうであれば、天皇制廃絶論者は天皇制を廃止するロードマップを提起しなければならない。天皇と元号について議論する、国民的な議論を経ない天皇制廃絶(憲法第一条改正)はありえないとわたしは思うが、そうではない道すじが果たしてあるのだろうか? 

夢想的な左派活動家は、プロレタリア(暴力)革命の過程で廃絶されると、しばしば熱心に云う。ではそのプロレタリア革命に現実性はあるのかを問うと、単に思想信条の問題になってしまうのだ。それはもはや思想信条、いや政治的信仰であって、現実の政治を語る言論人としての態度ではない。言論人ではなく革命家なのだったら、いますぐ「天皇制を廃絶するために武装蜂起せよ!」をスローガンにしてみればよい。その主張のあまりの現実性のなさに、立ち止まるしかないはずだ。

◆国民大衆の手でこそ、天皇制は廃絶されなければならない

あるいは、かつての東アジア反日武装戦線のように、天皇爆殺を計画するとか、船本洲治のような闘い方もあるのではないかと思う。だが、いずれの闘い方も国民大衆が自ら参加しないテロリズムであり、イデオロギー装置としての側面を持つ天皇制を廃棄できるものではないのだ。そしてそれすらもしないのであれば、けっきょく「天皇について国民的な議論をしない人びと」と言うべきであろう。もとより、国民的な議論を抜きに「戦犯天皇を処刑する」などという「死刑容認」の思想に与するわけにはいかない。

わたしはこの欄でもっぱら、皇室および天皇制の民主化・自由化によって政治と皇室の結びつき(天皇制)はかならず矛盾をきたし、崩壊する(政治と分離される)としてきた。たとえば、自由恋愛のために王冠を捨てた英国王・エドワード8世、今回、高位王室から自由の身を希望したヘンリー王子とメーガン妃による、王室自由化。日本では「紀元節」に反対して赤い宮様と呼ばれた三笠宮崇仁親王、あるいは皇室離脱を希望した三笠宮寬仁親王らの行動。そして現在進行形では眞子内親王と小室圭さんの恋愛が、その現実性を教えてくれる。矛盾をきたした文化としての天皇および皇室はやがて、京都において逼塞する(禁裏となる)のが正しいあり方だと思う。皇室を好きだとか、天皇が居てほしいというアイドル感情(これは当代だけではなく、歴代の天皇および宗教的タレントがそうであったように)を強制的に好き嫌いを否定することはできないのだから、強制的に皇室崇拝を廃絶することも困難だろう。40年以上も天皇制反対(かつては廃止)を唱えてきた、これはわたしの実感である。

ついでに、天皇制があるから差別があるという、一見して当為を得ているかのような議論で、禁裏と被差別民の関係をじゅうぶんに論証しているものは、管見のかぎり存在しない。貴種の対極に卑賎があるとする図式的なロジックは成立しても、史実的な立証には無理があるのだ。禁裏と神人(被差別民の源流と考えられる)の関係は一体化しているところに特権性と差別性の理由があり、封建時代の神人の被差別性は政治権力(江戸政権)によってもたらされたものなのだ。朝廷につながる禁裏供御人はことごとく、江戸政権の身分制によって差別的な立場に追い込まれてきた。封建制における差別は、いわば身分制の分断政策だったのである。これが文献史学に基づいた史実である(網野善彦ほか)。

いま天皇の存在をもって、被差別(部落)大衆を再生産せしめているものが、実際にあるのだろうか。資本主義的生産関係下の相対的過剰人口の停滞的形態という、経済の景気循環における過剰人口として再生産される「理論的な根拠」はあっても、実態は排他的な感情によるレイシズムである。前述したとおり、レイシズムと象徴天皇制との関連性を説明できる有為な研究はない。戦後憲法が身分制と天皇制の矛盾を抱えつつも、その矛盾がそれ自体として差別性を否定しているところにあるからだ。レイシズムの思想的な基盤は、閉鎖的な民族主義および排外主義である。それは多様な文化、民族性を容認しない否定の思想(言論の放棄であり、しばしばなされる事実の捏造)である。その逆転した地点(言説の排除)に、天皇制廃絶を標榜するあまり言論を放棄する「天皇について国民的な議論をしない人々」もいるのではないだろうか。「令和」という語彙を批判することにこそ言説は用いられなければならず、その言葉を語らないことは元号を批判する論説になりえないのだ。


◎[参考動画]Japanese Emperor Naruhito’s coronation ceremony at the Imperial Palace | FULL(Global News 2019/10/22)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業。「アウトロージャパン」(太田出版)「情況」(情況出版)編集長、最近の編集の仕事に『政治の現象学 あるいはアジテーターの遍歴史』(長崎浩著、世界書院)など。近著に『山口組と戦国大名』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『男組の時代』(明月堂書店)など。

2020年もタブーなき言論を! 月刊『紙の爆弾』2020年2月号

『NO NUKES voice』22号 新年総力特集 2020年〈原発なき社会〉を求めて

鹿砦社創業50周年記念出版『一九六九年 混沌と狂騒の時代』

田所敏夫さんの「私の山本太郎観」(2019年12月17日本欄)を読んで、つまり山本太郎の評価をめぐって、誌上論争ともいうべき議論が必要だと感じました。わたしの名前も出されたことだし。しかるに、これを論争とするには大げさな、基本的な理解の問題ではないかと思う。そこで、拙い論考を記してみます。

◆政治運動は「独裁者」によって成立する

 

『NO NUKES voice』Vol.22 新年総力特集 2020年〈原発なき社会〉を求めて

田所さんは「(山本太郎が)ある種アジテーターとして優れた能力を持っている」「それは下手をすると結果的に『独裁』と紙一重の危険性を孕むことと大きく違いはない」と言う。そのとおりだと思う。

そもそも、政治家が個人の言説を前面に押し立てて、どこか支配的(独裁的)な言説を振りかざすのは、選挙運動においてはふつうのことである。そして政治の本質は「強制力(ゲバルト)」なのだ。演説においては、打倒対象への憤激を組織するのが目標とされる。街頭行動(デモ)や集会においても、スローガンを唱和して大衆的な憤激を一点の主張に絞り込む。これは政治的な大衆運動の基本であって、アジテーター(政治的主催者)が扇動するのを否定してしまえば、もはや運動として成立しないのは自明だ。

したがって、あらゆる政治家は大衆の前において、独裁者のごとく振る舞うのだ。なぜならば、彼の前にしかマイクがないからである。目の前の大衆が拍手喝采しているのに、黙り込んでしまうアジテーターは政治家として、およそ不適格であろう。それは政治の死滅を標榜する革命運動、あるいは反独裁・反ファシズムの大衆運動においても同様である。大衆の熱狂を前にして沈黙するような政治家(扇動者)は、そもそも演壇に登場するべきではないというべきであろう。いや、彼はもはや政治家ではないのだ。

それは経営者が社員たちを前にして、あるいはその対極にいる労働組合の指導者が組合員大衆を前に扇動するのと、ひとつも変わらない風景なのである。もしもこの、基本的なアジテーターと政治的大衆運動の関係いがいに、田所氏が山本太郎に危険なものを感じるとしたら、おそらくアジテーターとして傑出した能力にほかならないと、わたしは直感的に思う。事実、田所氏はそう述べている。いいではないか。日本の左派にもようやく、大衆を扇動できる政治家(ポピュリスト)が登場したと、山本太郎の登場を歓迎することはあっても、危険な爪を隠す必要はないと思う。

演説の天才はフランス革命のダントンやナチスのアドルフ・ヒトラー、ゲッベルスなどを想起するが、わが安倍総理もなかなかのものだ。内容を本人がわかっていなくても、何の迷いもなく扇動するアジテーター(おそらく深層心理はサイコパス)である。政治的な手腕や学際的な中身において、安倍総理を凌駕するはずの、たとえば小沢一郎(政治的工作手腕)や石破茂(法律家的なセンス)がまるでポピュリストとして安倍の敵ではないのは、ひとえに安倍の演説力によるものだ。もうおわかりだろう。安倍総理に対抗できる政治家が山本太郎なのである。

そしてそもそも、独裁一般が悪いわけではない。金融資本のテロリズム独裁(=コミンテルン7大会、デミトロフのファシズム論報告)なのかプロレタリア独裁なのかという、古典的なシェーマを持ち出すまでもない。政治運動とは、一定の「独裁力」を必要とするのだ。※参考図書『左派ポピュリズムのために』(シャンタル・ムフ、明石書店)。

 

『NO NUKES voice』Vol.22より

◆政策は戦術である

田所さんは「山本氏が100人単位の議員を抱える政党の党首に就任したら」「必ず『現実路線』の名のもとに、原発廃止などの政策は『2030年に廃止を目標とする』などといった後退を強いられるだろう」と言う。けだし当然である。すでに山本太郎は、昨年初めのたんぽぽ舎における講演で、原発廃止を選挙公約の前面に立てないと広言している。当然のことながら、参加者たちの批判を浴びたものだ。

そして票をとりにくい反原発の代わりに、選挙で戦いやすい「消費税廃止」「若年層への教育支援」「時給1500円」をマニフェストにし、その財源は日銀の買いオペによるリフレだと明言した。田所さんはリフレに批判的なので再論しておこう。リフレの主柱である赤字国債は、現実に日本の戦後復興から高度成長までこれでやってきたのだから、現実性はあっても懐疑が生じるほうが不思議というものだ。富の源泉(価値)が原理的には労働であっても、現実の貨幣の実体性は造幣局が握っているのだ。労働ではなく、貨幣をもって価値が交換されるのは言うまでもない。

問題は富の配分なのである。安倍総理は大企業が収益を上げることによって、社員の所得が向上し、傘下の企業も潤うはずだとしてきた。したがって国民全体が豊かになる、としてきた。結果はしかし、そうではなかった。年間40兆円という内部留保に企業は安住し、社員はもとより下請け企業に利潤は還元されなかったのだ。ピケティが云うとおり、富の独占者は富を手放さないのである。じっさいに平均賃金・実質賃金の落ち込みは、日本経済を後進国なみに陥らせたではないか。格差たるや昨年の大企業の一時金が90万円台(経団連集計)で、中小零細をふくめたそれが30万円台という事実に顕われている。

とりわけロストゼネレーション(40~50歳代)において、時給1000円(年収200万円未満)の派遣労働が強いられているのだ。せめて年収300万円(時給1500円)という山本太郎の公約は、それを保障するものが同じくMMTによる経済政策でありながら、それこそ安倍政権とは「180度ちがう」結果をもたらすはずだ。消費税廃止、最低賃金アップ、若年層支援と、いかにも大衆受けする政策こそ、その延長にある多数派形成によって、原発廃止などの政策を可能にすると、山本太郎に代わって断言しておこう。※参考図書『そろそろ左翼は〈経済〉を語ろう』(松尾匡ほか、亜紀書房)。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業。「アウトロージャパン」(太田出版)「情況」(情況出版)編集長、最近の編集の仕事に『政治の現象学 あるいはアジテーターの遍歴史』(長崎浩著、世界書院)など。近著に『山口組と戦国大名』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『男組の時代』(明月堂書店)など。

2020年もタブーなき言論を! 月刊『紙の爆弾』2020年2月号

『NO NUKES voice』Vol.22 新年総力特集 2020年〈原発なき社会〉を求めて

私たちは唯一の脱原発雑誌『NO NUKES voice』を応援しています!

ヤクザのシノギのひとつに、実録系Vシネマの製作があった。あった、というのは現在ではほとんど製作されなくなっているからだ。実録系ではなく、フィクションのヤクザVシネマ(北野たけし・小沢仁志などが製作)ならば、いまなお盛んに作られているが、作品に登場する俳優が好きでないかぎり、わたしは観たいと思わない。「仁義なき戦い」いらい、ヤクザ映画はリアリティこそ命だと感じるからだ。

実録・広島四代目 第一次抗争編 (販売元: 株式会社GPミュージアムソフト)

わたしの好みはさておき、広島ヤクザ抗争、山口組全国制覇抗争、四国・松山ヤクザ抗争、九州・沖縄ヤクザ抗争など、名だたる抗争事件を素材にしたVシネマはよく売れた。そんな実録系のVシネマがヤクザのシノギである理由は、いうまでもなくモデルとなった当事者からのクレーム対応が、ふつうの製作プロダクションでは不可能だからだ。

わたしが知っているクレーム事件では、ドル箱の広島抗争をあつかったミュージアム(現GPミュージアム)の作品中、抗争事件で撃たれたヤクザの親分が「痛い!」と叫ぶシーンがあった。作品が貸しビデオ店の店頭をかざった頃合いで、当事者(「痛い!」の親分の組織)からクレームが入った。

「うちの親分は、あのとき『痛い!』とは言うてへんで!」
「いや、あれはその。撃たれたわけですから、痛いだろうと」
「おまえら、親分が痛いと言うたん、聞いてたんかい?!」と、猛抗議。

けっきょく、その作品は全国の貸しビデオ店から回収となった。製作費1500万円は露と消えたのである。当時、9000本とも8000本とも言われていた売り上げ、約3000万円もお釈迦……。いらい、ミュージアムはヤクザ系の製作会社に製作を投げるようになったのだ。


◎[参考動画]仁義なき戦い 予告編集(田島次郎2017年7月30日公開)

◆遺族は映画化にNG

実録ものである以上、たとえば本多会(のちに大日本平和会)などの場合は、消滅してしまった団体の元幹部に取材することになる。そこではわりと率直に、最後の組長の人となりが語られたり、組織の弱点を忌憚なく話してくれたものだ。関わっている事業は港湾業務とか水商売であったり、現役時代と変わらない人が多かった。

ただし、派手な抗争歴やかつては羽振りの良かった話をする人でも、いまや食い詰めた老人という風情の方もおられた。どうして大きなクラブを経営していたのに、どの時点で覇気がなくなったのか。まったく不思議な零落を感じさせられたものだ。過去が重みなのか「わし、ヤクザをやっとったですからねぇ」と、昨今の反社キャンペーンに煽られたかのごとく、自嘲的な人も少なくなかった。

遺族はことごとく、父親(逝去した組長)の話を嫌ったものだ。「できれば、そういうの(評伝映画)は、つくらないで欲しい」「いま、うちは堅気をやっていますから」などと。奥さんから勝手に名前を使ったと、抗議が来ることもあった。

組の意向で、元親分(故人)のものは書いたりしないでくれ、というケースもすくなくない。その組織には、その元親分と現役親分をめぐる過去の因縁が隠されていたのだ。かつて、骨肉相食む内部抗争があった時に、亡き親分が当代の親を撃った、と。

今野敏の小説『任侠学園』

◆警察と銀行による、製作会社への圧力

冒頭に、現在ではほとんど製作されなくなっている、とわたしは書いた。登場人物の名前を変えていてもそれとわかる、いわゆる実録ヤクザ系のVシネマは皆無といっていいだろう。

流れを追って、説明しておこう。60~70年代の抗争、90年代の暴対法(みかじめ料の禁止など、ヤクザの小商いが排除される)とパチンコプリペイドカード(北朝鮮への仕送り資金の排除)を通じて、ヤクザ組織は小組織から大組織へと統合されてきた。みかじめ料などの小商いは断たれたが、巨大プロジェクトへの参入という経済ヤクザへの転身、あるいは下請け業者としての生き残りである。そして大組織への統合とは、山口組という一強支配の完成である。したがってまた、その過程は地元の独立系有力組織との抗争の拡大でもあった(福岡県における道仁会と山口組が典型)。

そして2011年の暴排条例を境に、Vシネマへの締め付けが厳しくなったのだ。暴排条例の骨格は、徹底的にヤクザの利権を断つこと。すなわち取り引き先から締め上げていくことにある。ヤクザ系の製作プロダクションへの銀行融資の停止、そして販路の締め付けである。このあたりは、任侠業界誌である「実話時代」が休刊に追い込まれたのと同じ構造である。

八尾河内音頭まつり

かくして実録ヤクザ系Vシネマは息の根を止められ、代替わりや親子の固めの盃事、年末の事始めの儀式を記録する映像会社・カメラマンも締め出されるようになった。ヤクザの盃事に関わっていると警察に知れたら、公共行事や行政の仕事から締め出されるというわけだ。

そのいっぽうで、今野敏の小説『任侠学園』(シリーズに「任侠書房」「任侠病院」「任侠浴場」)が人気を博し、映画化されるという。指定暴力団ではない、古きよき時代の阿岐本組は、組長が文化的な素養が高く、地域のピンチになった病院や風呂屋を立て直すというストーリーだ。

『任侠学園』では、愛と厳しさにあふれる教育で学校が再建される。もともと、任侠道は「強気をくじき、弱気を助ける」人の道である。河内音頭がその大半の素材を、ヤクザの股旅物に採っているように、日本人の心の故郷でもあるのだ。抗争事件とバブル経済で暴力団と化したヤクザを、原点に復帰させることで社会に融合させる方途こそ、じつは本来の取り締まり手法とは言えないか。

【横山茂彦の不定期連載】
「反社会勢力」という虚構

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)
著述業、雑誌編集者。近著に『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)『男組の時代――番長たちが元気だった季節』(明月堂書店)など。

2020年もタブーなき言論を! 月刊『紙の爆弾』2020年2月号

『NO NUKES voice』22号 新年総力特集 2020年〈原発なき社会〉を求めて

鹿砦社創業50周年記念出版『一九六九年 混沌と狂騒の時代』

◆居直る山口敬之

伊藤詩織氏の著書『Black Box』

すでにマスコミで既報のとおり、安倍総理の随伴ジャーナリスト・山口敬之に対する損害賠償裁判において、伊藤詩織さんの全面勝訴判決がくだった。賠償金は1,100万円の請求額に対して、330万円だった。額はともかく、判決はほぼ全面的に詩織さんの言い分を「信用できる」とし、山口被告の主張を「重要な部分において不合理な変遷がみられる」と退けた。

この山口の主張の曖昧さは、2019年7月19日の本欄でも明らかにしてきたとおりだ。やはり山口被告の嘘には一貫性がなく、伊藤詩織さんの主張(望まない性交を強いられた=レイプ)には、その裏付けとなるアフターピルの施療や友人への相談など、主張を裏付ける傍証が認められたのである。

いっぽうで、これも既報のとおりスラップ裁判ともいうべき山口側の1億3,000万円の名誉棄損の損害賠償反訴については棄却という判決であった。

レイプされた若い女性が素顔をさらして、一国の総理大臣につながる御用ジャーナリストを告発した。しかも被害者は美人、というだけでも一時的にマスコミを賑わせるだけの価値がある。とはいえ、眉をひそめたくなるレイプ事件である。加害者被告のいかにも胡散臭いひげ面を見るだけでも、気分が良いものではない。したがって忘れ去られがちな事件だといえよう。

ぎゃくにいえば何度でもこのテーマはくり返し報道され、権力と結託した加害者の傲岸なありようが指弾されなければならない。今回の判決を受けてなお、山口敬之は「詩織さんは虚言壁がある」「ウソをついている」と開き直っているのだから。
そして年末年始のこの時期に、あえてくり返さなければならない理由は、刑事事件としての不成立の謎のゆえである。いったんこの件で逮捕状が出ていたにもかかわらず、総理の番犬ともいわれる中村格(なかむらいたる)警視庁刑事部長(現警察庁官房長)の鶴の一声で、山口被告の逮捕が見送られたのである。

伊藤詩織さんの著書『Black Box』(文芸春秋)によると、彼女が直接取材を二度試みたところ、中村格は一切の説明をせずに逃げたのだという。「出勤途中の中村氏に対し、『お話をさせて下さい』と声をかけようとしたところ、彼はすごい勢いで逃げた。人生で警察を追いかけることがあるとは思わなかった」というのだ。なんとも無様な警視幹部である。答えられずに逃げたのは、やましさの表現であるはずだ。

◆官邸の指示はあったのか?

そもそも、裁判所が発行した逮捕令状を握りつぶす判断が、刑事部長レベルの判断で行なわれるはずがない。そこに官邸の意向が働いていたのは、誰の目にも明らかではないか。自著『総理』によれば、菅義偉官房長官とともに第二次安倍政権成立の功労者である山口敬之は、こうして恥ずかしい犯罪の被告にならずに済んだのである。

今回の裁判(民事)で明らかになったのは、タクシー運転手やベルボーイの証言である。山口が詩織さんを引きずるようにホテルに連れ込んだこと、山口が「パンツぐらいお土産にくれよ」などと発言したこと。つまり、詩織さんは自分の意志に反して脱がされ、レイプが終わってからも屈辱的な立場に置かれていたのである。

ここまで犯行の態様が明らかになった以上、捜査当局においても訴追の再検討がなされるべきであろう。いまも山口は「わたしは法律に触れるような行為はしていない」とマスコミに主張しているのだから、今回認定された事実(不法行為)および新証拠をもとに山口を立件すべきである。かれは「法に触れる行為をしていない」のではない。法をゆがめる人々によって、山口は法の外に置かれているにすぎないのである。

◆セカンドレイパーを許すな!

それにしても、今回の判決をめぐるマスコミ報道において、女性の性犯罪について掘り下げて言及するものは少なかった。ぎゃくにいえば、詩織さんがここまで頑張って闘ってきたのも、日本社会に厳然としてある女性差別のゆえである。ほかならぬ女性たちから「彼女には落ち度があった」という「批判」すら上がったのだ。またこの事件が継続的にテーマとして追われないところに、わが国の報道環境の低劣さがあるといえよう。

たとえば今回の判決をうけても山口被告を擁護する小川榮太郎は、山口と同席した記者会見において、アシスタント女性にこう語らせている。

「性被害にあった女性の方々に話を聞いたのですが、記者会見や海外メディアのインタビューでしゃべる伊藤さんの姿に強い違和感をおぼえたということでした。人前であんなに堂々と、ときに笑顔も交えながらご自身の体験について語るということが信じられないということでした」

「(伊藤さんには)虚言癖がある…性犯罪被害者に会うと、本当の被害者は笑ったりしないと証言してくださった」

ようするに、性的被害を告発・発言できない女性たちの証言を、アシスタントの女性の口で伝聞させることによって、詩織さんの告発には「違和感」があり、「虚言癖」によるものだと決めつけたいのだ。こうした卑劣なセカンドレイパーには、存在賠償民事訴訟の被告になっていただく以外にないだろう。

被害者女性が告発・発言できない理由はほかならぬ日本社会にある。男女平等度ランキングで、日本は121位である。120位がアラブ首長国連邦、122位がクウェート、中国が106位、韓国は108位である。先進国では、ドイツが10位、フランス15位、イギリス21位、アメリカは53位だ。※出典はWEF – The Global Gender Gap Report

こうした日本社会の後進性を突き破るためにも、伊藤詩織さんには頑張って欲しいと思う。外国人記者クラブでの会見で、詩織さんはこれまでセカンドレイプ的にバッシングしてきた言論人に対して、法的な態度を示すと明らかにした。女性が声を上げられない社会の変革のために、それもやむを得ない措置と言えよう、ひきつづき、この事件を追っていきたい。

◎[参考動画]【報ステ】“性暴力被害”伊藤詩織さん勝訴(ANNnewsCH 2019年12月18日)
 https://www.youtube.com/watch?v=9XwVm28xEOw
◎[参考動画]性暴力被害訴訟で勝訴 ジャーナリストの伊藤詩織氏が外国特派員協会で会見(THE PAGE 2019年12月19日)
 https://www.youtube.com/watch?v=NiMbFDb1BAQ

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業。「アウトロージャパン」(太田出版)「情況」(情況出版)編集長、最近の編集の仕事に『政治の現象学 あるいはアジテーターの遍歴史』(長崎浩著、世界書院)など。近著に『山口組と戦国大名』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『男組の時代』(明月堂書店)など。

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鹿砦社創業50周年記念出版『一九六九年 混沌と狂騒の時代』

◆人質司法を忌避したゴーン氏の快挙

ある意味で、快哉と批判が相反する年末最大の事件だった。カルロス・ゴーン被告が非合法に出国し、彼の出生地であるレバノンに入国したのだ。日本のメディアはこぞって「卑劣」「検察の努力を台無しにした」(検察幹部)「世界的に活躍した経営者がこういう人だったのかと、呆れかえって言葉もない」(日産幹部)と、批判的な報道をくり返している。

だが、わたしは人権を無視した「日本の人質司法制度」を批判してきたゴーン氏、および海外メディアの日本司法への批判に同調したい。手錠と腰縄で引きまわし、捜査員(警官)と取調官(検察官)は「黙って(黙秘して)いるようだと、起訴するぞ」「質問に答えないと、反省がないということになるぞ」などと、被疑者を責め立てる。これら戦前の特高警察ばりの取り調べ、および長期拘留という実刑の先取り(判決によらない刑罰)は、体験した人間にしかわからない「現代の悪逆非道」である。


◎[参考動画]Ex-Nissan CEO Carlos Ghosn flees trial in Japan for Lebanon (DW News 2019/12/31)

わたしの体験からいえば、18歳で学館闘争で逮捕されたときに、やはり「何を黙ってるんだ?」「黙秘します」「お前はもうダメだ! 刑務所に送ってやる」と、年輩の検事に怒鳴られたのを覚えている。学校で習った黙秘権はないに等しいのか、と思ったものだ。20歳で逮捕されたときは、実行行為も明らかな闘争だったから、警察官も検事も、学生運動をやめさせようとする以外の話はしなかったものだ。しかし、しゃべれ(自白すれ)ば不起訴か早期保釈、完黙すれば起訴(第一回公判=一年後)という落差は、わが国に「黙秘の権利」「非逮捕者の防衛権」がないことを実証している。

その意味で、人質司法のもとでの裁判におよそ公平性はなく、ゴーン氏が選んだ「保釈逃亡」には、そのかぎりで敬意を表したい。これまでの日本で保釈逃亡が有効に行なわれた(長期逃亡)のは、新左翼事件(思想的確信犯)いがいになかった(短絡的な逃亡は多発している)。

ウォールストリート・ジャーナルによれば「(ゴーン前会長は)日本では公正な裁判は受けられないと考えて逃亡した。政治的な人質でいることに疲れた」というゴーン氏の知人の言葉を紹介している。現地ベイルートでは、ゴーン氏が合法的に入国したというレバノン当局者の発言が報道されている。前近代的な「人質司法」と批判された司法当局こそ、明治いらいの刑法・刑訴法・監獄法に安住してきた自分たちを恥じるべきであろう。

◆出国方法は?

それにしても前代未聞の、手際よい逃亡劇である。当初、日本国内からプライベートジェットで出国したと伝えられたが、カーゴ便で出国して経由地(専用ジェットへの乗り換え)があったとの情報もある。音楽バンドに扮したグループがゴーン氏の自宅をおとずれ、演奏をおえて引き上げるふりをして楽器箱にゴーン氏を入れて連れ出したという。そのまま荷物として出国したのだろうか。

いずれにしても手際のよい日本脱出、監獄司法国家からの脱獄ではないか。国交省幹部は「CIQ(税関・出入国管理・検疫)の検査を受けずに出国することは100%できない」(朝日新聞1月1日)と、明言しているという。まったくもって、映画になりそうな事件である。

さてゴーン氏の事件の問題点は、日産のルノーとの経営権をめぐる確執、それに検察が介入するかたちで、ゴーン氏がスケープゴートにされた。というのが、ゴーン氏にかけられた金融商品取引法違反容疑、会社法違反容疑の実質である。わが国の自動車産業の柱である日産自動車の経営権がフランス(ルノーおよび政府)に奪われる。それ自体、グローバル化した現在の国際資本のもとでは役員人事にすぎないにもかかわらず、日産日本人経営者の内部告発をうけた検察当局において、日本の財界および政界の意向を忖度した逮捕劇が強引になされた。これが事件の本質である。

その意味でゴーン氏が「政治的な人質」と指摘するのは間違っていない。検察においては立件の要件が何とかなれば、強引な訴訟手続きでも何でもできると思っていたところ、相手が一枚上だったというわけだ。

ゴーン被告と連絡をとっていた在日フランス人の友人たちは「週刊朝日」の取材に対してこう語ったという。

「ニュースを聞いて驚いた。だが、ゴーン被告がこういう行動をとることはやむを得なかったと思う」

「ゴーンさんは、様々な点で検察、日本に怒りを感じていた。妻と長く会うことも許されず、最初から有罪ありきの検察の捜査にも非常に憤りを感じていた。当初は日本で裁判を戦い、無罪を勝ち取ると意欲的だった。だが、保釈中、いかに日本の司法制度全体が検察主導で、有罪ありきの構造になっているかを知り、絶望感を感じていた」

絶望を感じた人間にとって、15億の保釈金も逃亡という危険も取るに足らないはずだ。今回の驚嘆すべき逃亡劇によって、前近代的な日本の司法制度が痛烈な批判をたたきつけられたのは間違いない。誤認逮捕をけっして認めない警察(築地誤認逮捕事件)、誤判をけっして認めない裁判所(袴田事件再審取り消し)という現実があるのだ。訴訟手続きの近代化以外に、世界の笑いものになった事件からわが国の司法が回復する道はない。


◎[参考動画]ゴーン被告出国 数週間前に準備か(テレ東NEWS 2020/01/01)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業。「アウトロージャパン」(太田出版)「情況」(情況出版)編集長、最近の編集の仕事に『政治の現象学 あるいはアジテーターの遍歴史』(長崎浩著、世界書院)など。近著に『山口組と戦国大名』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『男組の時代』(明月堂書店)など。

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鹿砦社創業50周年記念出版『一九六九年 混沌と狂騒の時代』

ヒットマンは山健組の組長(中田浩司60歳)だった……。これは任侠界を知る者にとって、きわめて衝撃的な事実である。たとえはヘンかもしれないが、トランプ大統領がF35戦闘爆撃機に乗って朝鮮半島上空に侵攻して核ミサイル基地を空爆するとか、安倍総理がみずから作業着を着て災害救助の最前線に立つようなものだ。いや、それだと立派な行為ということになるが……。つまり言いたいことは、山口組抗争の片方の本家(正しくは本家組長の出身母体)の親分がみずから、対立する六代目山口組の本家(正しくは本家組長・若頭の出身母体)の幹部を銃撃したという、前代未聞の事態なのである。

すなわち、8月21日に弘道会傘下の二代目藤島組に所属する加賀谷保組員(51歳)が複数の銃弾を浴びた事件のヒットマンが、中田組長だったことが判明したのだ。それもミニバイクにヘルメットをかぶり、拳銃を撃ち放つという若々しき実行行為である。

考えてもみてほしい。60歳で懲役30年の刑を受けた場合、獄死はほぼ間違いない。かりに懲役20年、80歳で出所できたとしても、もはや引退する歳である。


◎[参考動画]山口組系組員銃撃事件 神戸山口組幹部の男を逮捕(サンテレビ2019年12月4日)

それだけではない。8月の事件に対する報復として、10月10日に山健組本部前で六代目山口組弘道会(竹内照明会長)の丸山俊夫幹部組員(68歳)が、山健組幹部2人を射殺している。このとき、丸山は報道関係者を装ってカメラを持ち、怪しまれずにターゲットに近づいている。しかし本欄でも指摘したとおり、警備陣がそろっている中での犯行であり、もとより帰還を期さない特攻襲撃でもあった。永山則夫(連続射殺犯)規準では、2人以上殺せば死刑である。

さらには11月27日に、元山口組組員(破門中)の朝比奈久徳(52歳)が神戸山口組の古田恵一(二代目古田組)組長をM16自動小銃で射殺している。朝比奈容疑者の銃撃の動機は不明だが、軽機関銃での犯行は重刑になるであろう。


◎[参考動画]山口組系組員銃撃事件 新たに男4人逮捕(サンテレビ 2019年12月9日)

◆高山清司若頭が直参幹部に喝?

10月18日に六代目山口組の高山清司若頭が出所して、幹部たちを集めて「喝を入れた」と報じられ、にわかに抗争激化の様相を呈している。などと実話系週刊誌は見出しを立てているが、幹部たちの直接の証言があるわけではない。山口組は司組長が産経新聞のインタビューに応じた例外を除いて、マスコミや暴力団ライターの取材に応じるのはご法度である。

いまのところ山口組抗争は双方とも抗争は自粛、むしろ水面下の締めつけや復帰工作が進められているのが実情だ。問題なのは、中高年の幹部組員たちがヒットマンになり、絶望的な戦いをくり広げていることであろう。

中田組長にしても、丸山幹部組員にしても、二度と娑婆の空気を吸うことはできない。それを十分に承知のうえで、あえてヒットマンになったのである。

神戸山口組は井上邦雄組長をトップに、当初は3000人近い組員がいたが、六代目山口組の切り崩しにあって、昨年末では2000人ほどに減っていたという。捜査当局の観測によると、六代目山口組高山若頭の出所によって、切り崩し攻勢がさらに拍車がかかっているという。それ自体は30年前の山一抗争を思い出させる構造となっているが、良くも悪しくも六代目山口組の統制力の強さ、弘道会一極支配が高山若頭体制として中央集権化していることだ。神戸山口組から分立した任侠山口組の織田絆誠代表による、六代目復帰と再統合の路線は少なくとも、高山若頭の出所で完全に途絶えた。

ぎゃくにいえば、高山清司若頭が分裂の大きな原因(人事の独占、生活雑貨の強制購入、上納金の高額化)だったのだから、噂される七代目への移行時に大きな組織上の変化が展望される。それは高山若頭が七代目になるのか、あるいは竹内照明若頭補佐(三代目弘道会会長)が襲名するのか。それとも司忍六代目のお気に入りである森健司(司興業会長)が抜擢されるのか。捨て身のヒットマンたちの思いがけない行動が、鼎立する山口組抗争を決定づけるのかもしれない。

【横山茂彦の好評連載】
「反社会勢力」という虚構

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)
著述業、雑誌編集者。近著に『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)『男組の時代――番長たちが元気だった季節』(明月堂書店)など。

月刊『紙の爆弾』2020年1月号 はびこる「ベネッセ」「上智大学」人脈 “アベ友政治”の食い物にされる教育行政他

鹿砦社創業50周年記念出版『一九六九年 混沌と狂騒の時代』

この危ないテーマを、偉大な医師にして国際貢献の烈士を素材に語るべきか。迷ったすえにメモリーとして書くことにした。国際貢献の烈士とは、いうまでもなくペシャワール会の中村哲先生のことである。事件は水争いということで、犯人の身柄も確保されたという。偉大な治水事が不幸な結果となり、また余人に代えがたい先生が亡くなられたことに、哀悼の意を表するものです。

さて、安倍政権は「反社勢力は定義できない」と、みずからの政治的基盤にヤクザや半グレ、圧力・利権団体、あるいはマルチ商法まがいの実業家などがいることを、閣議決定をもって証明した。じつは中村哲先生も、この定義できない「反社」の親族なのである。


◎[参考動画]「信頼関係が一番大切」 中村哲さんが遺した言葉(毎日新聞2019年12月04日)

『日本侠客伝 花と龍』(1969年東映)

すでに母方の伯父が火野葦平であり、その父親が玉井金五郎(玉井組の親分)であることは、ニュース解説などでも触れられている。火野葦平の『花と竜』には、玉井金五郎のほかに吉田の親分(吉田磯吉)も登場し、近代ヤクザ黎明期の若松港が描かれている。じっさいには、戦後に書かれた『革命前後』に玉井金五郎のやや狡すっからい人物像が描かれてあり、後者のほうが実像に近いと評されたものだ(地元の親分衆の話を聴取した溝下秀男工藤會総裁=2008年に逝去)。

◆工藤會との関係

中村先生の親族が「反社」(不定義)というのは、文豪につながる出自を言いたいのではない。先生の従兄に現役の工藤會幹部がいるからだ。四代目工藤會で執行部を務め、現在は常任相談役の玉井金芳玉井組組長がその人だ。三代目(溝下秀男会長)の信任が厚く、そのクレバーな振る舞いから対外的な実務を担っていた。玉井組長は火野葦平の晩年の実子で、玉井一族はいまも若松の港湾団体の要職を占めている。

どうだろう。大伯父がヤクザの大親分で、親族に任侠組織(暴力団)の幹部がいるからといって、中村先生を「反社」につながる暴力団親交者と言えるだろうか。暴対法・暴排条例、そして「反社排除」は、ややもすれば家族関係・親族関係に亀裂を入れ、地域社会を崩壊させかねない勝手なレッテル貼りだったのだ。ほかならぬ安倍政権がそれを証明した。政権が閣議決定した以上、警察庁が仕掛けた社会を歪ませる「反社排除」は是正されるのだろうか。

ちなみに、河伯洞(火野葦平の旧居)の館長も中村先生の従弟である。
https://www.city.kitakyushu.lg.jp/wakamatsu/file_0043.html

資料館ともども、北九州観光のおりには訪れて欲しい場所だ。資料館の館長は「中村さんの義侠心のルーツが、ここにあることを知ってほしい」と、中村先生に関連した特別展示にあたって語ったという。

話が溝下秀男総裁におよんだので、政治家との関係を記しておこう。溝下総裁が30のときに斯界に入門するか、政治家への道を選ぶか迷ったのは、著書『極道一番搾り』ほかに明かされている。このときに政界に誘ったのは、自民党の田中六助である。田中は大平正芳政権のもとで官房長官、鈴木善幸内閣で通産大臣に就任している。田中の後継者(甥)である武田良太が、この欄で何度か名前の出たヤクザと親交がある現国家公安委員長である。

溝下総裁が生きていたとして72歳だから、政治家の道に進んでいたら90年代から2000年代はヤクザ政治家が暴れまわっていたのかもしれない。その溝下が中村哲の活動を陰ながら支援していたことを記しておきたい。工藤會が匿名ながら児童養護施設(溝下自身が孤児である)などに遊具などを寄付していたことも、書かなければ歴史に埋もれる史実となりそうだ。合掌。


◎[参考動画]【中村哲さん追悼】2003年4月放送 アフガンの現実(筑紫哲也NEWS23)

【横山茂彦の不定期連載】
「反社会勢力」という虚構

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)
著述業、雑誌編集者。近著に『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)『男組の時代――番長たちが元気だった季節』(明月堂書店)など。

月刊『紙の爆弾』2020年1月号 はびこる「ベネッセ」「上智大学」人脈 “アベ友政治”の食い物にされる教育行政他

『NO NUKES voice』22号 新年総力特集 2020年〈原発なき社会〉を求めて

鹿砦社創業50周年記念出版『一九六九年 混沌と狂騒の時代』

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