1月17日放送の「月にのぼる者~光秀ついに帝に拝謁」で、イッキに朝廷陰謀説が濃厚になった。これは解説に務めなければならないであろう。

NHK大河ドラマ・ガイド『麒麟がくる 前編(1)』

本能寺の変の動機の、現在主流となっている説は「四国政策変更説」である。すなわち、長曾我部氏の所領を安堵(四国は切り取り自由)していた信長がこれを撤回し、息子の信孝を総大将に約束違反の四国派遣軍を組織したことによる。

しかるに、光秀は家臣の斎藤利三が長曾我部家の家臣の縁戚であることから、織田家の四国政策の窓口となっていたのだ。

したがって、信長の四国政策の変更は、光秀のメンツを潰すものとなる。

この信長の政策変更の背景には、阿波の三好氏ら長曾我部と対立していた者たちが信長陣営に接近する動きがあった。すなわち、長曾我部氏に四国を全面的に任せるのではなく、両者を調停しつつ同時に織田家への臣従をもとめたのである。信長にとっては、両者の所領を安堵する苦肉の策でもあった。

これが、長曾我部氏(当主は元親)をして、約定違反だと憤慨させる。すでに四国の大半は、長曾我部の手中にあったからだ。光秀は調停に務めるが、長曾我部氏の態度は頑なで、調停は好転しなかった。

そこで、上記の四国派遣軍が準備されたのだ。本能寺の変のとき、この四国派遣軍は摂津の港で船出の準備をしていた。総大将信孝のほかに丹羽長秀、織田一門衆の津田信澄ら、一説には1万5000以上の大軍、鉄甲船9隻をふくむ軍船300隻が準備されていたという。

いっぽう、光秀は四国担当をはずされ、信長の命で中国攻めに苦労している羽柴秀吉の援軍を命じられる。そして信長自身は、京都本能寺に公家衆・堺の茶人たちを招いて茶会。供の者はわずか数十人(明覚寺に嫡男の信忠が500の兵)という、ほぼ無防備状態が生まれる。

これを知った光秀は1万3000の兵で、数日前から熟慮をかさねていた計画を実行する。すなわち本能寺の変の勃発である。

◆光秀は帝に会える立場だったか?

ドラマは終盤にさしかかって、仕掛けが明らかになってきた。

松永久秀が光秀の美濃時代から登場し、志貴山で自決したときに破却したとされる古天明平蜘蛛茶釜(こてんみょうひらぐも)を光秀に託す。この茶釜を手にする者は、天下をになう覚悟がいる、との意味付けが物語を進行させる。

だが、久秀の謀反は今回の大河ドラマで描かれているほど、覚悟のあるものではない。上杉謙信の上洛を見越した謀反が失敗、いや見込みちがいに終ったにすぎない。

そして信長は意外なことに、平蜘蛛をカネに替えるなどと言い出す。本能寺の変の前夜まで、茶道具に執着していた信長の言葉としては無理がある。じつは本能寺の変の前夜に茶会が開かれ、当日も信長は茶会を予定していた。博多商人の島井宗室を招き、宗室の楢柴肩衝(茶入れ)を召し上げるつもりだったのだ。

それはともかく、光秀が正親町天皇に拝謁をたまわる。光秀の官位は従五位下であるから昇殿できず、地下人として庭からの拝謁となった。

帝いわく、「月にのぼろうとする武士たちは、還って来ぬ」と。玉三郎の正親町天皇は、じつにはまり役だ。彼にしかできない役であろう。

拝謁の内容は「天下を夢みた者は死ぬ」との帝の思し召しである。

そして、光秀にこう命じる。

「信長が月にのぼろうとするかどうか、しかと見届けよ」

つまり「信長が天下に破天荒なことをするようなら、その死を見届けよ」

やんわりとした、しかし追討の勅命である。

右大臣とはいえ信長の陪臣にすぎない光秀を、単なる挨拶やご機嫌伺いで三条西実澄が帝に会わせるわけはない。これは信長追討の密勅いがいの何ものでもないのだ。そこを慮らずに、脚本を書いてしまったというのであれば、とんだ不敬である(笑)。時代考証の誤りである。

史実を参考にすれば、すぐにわかることだ。上杉謙信は長尾景虎を名乗っていたときに、二度にわたって上洛し正親町天皇に拝謁している。

謙信も光秀と同じ従五位下だが、関白近衛前久とその従兄でもある十三代将軍足利義輝の推挙によって、幕閣待遇で昇殿しているのだ。

しかも近江にながらく滞在し、三条西家ほかの公卿に多額の土産を積み上げて、帝への忠勤と経済的支援を申し出てのものだ。じっさいに、謙信は関東管領職という東国武家を統括する地位を占めていた。

以上のことから、いずれにしても今回の大河ドラマが無理な設定で朝廷黒幕説となったのは明白だ。畏れ多くも(苦笑)、NHKは禁裏に踏み込んでしまった。

◆やはり無理があった企画

そもそも、この大河ドラマの企画にしてから無理はなかったか。

長谷川博己が演じる、正義と善意のかたまりのような光秀が、史実のように惨めな死(裏切者としての命運)を辿るのであれば、そもそも光秀を主人公に「麒麟(平和のシンボル)」をどう描くつもりだったのか? 

たとえば、松永久秀(吉田鋼太郎は、はまり役だ)とともに悪逆を尽くして(史実=イエズス会の光秀評価)最後は殺される、敗者の魅力にでも賭けたほうが良かったのではないだろうか。

光秀の人となりを伝えるものは少ないが、わずかにあるものも、彼への評価は辛らつである。

「信長の宮廷に十兵衛明智殿と称する人物がいた。その才略、思慮、狡猾さにより信長の寵愛を受けることとなり、主君とその恩恵を利することをわきまえていた。殿内にあって彼はよそ者であり、ほとんど全ての者から快く思われていなかったが、寵愛を保持し増大するための不思議な器用さを身に備えていた」(ルイス・フロイス「日本史」)。

頭が良くて信長には気に入られているが、ほとんど全ての者から嫌われているというのだ。これで「麒麟(平和)」を呼ぶ者というのは無理があった。

「彼(光秀)は裏切りや密会を好み、刑を科するに残酷で、独裁的でもあったが、己を偽装するのに抜け目がなく、戦争においては謀略を得意とし、忍耐力に富み、計略と策謀の達人であった」(前掲書)。

すでに夏の段階で、おおまかな作品の史料評価(時代考証)は行なってきたので、ご興味がある方は参照してください。

◎「麒麟がくる」の史実を読む〈1〉 人物像および本能寺の変に難点あり!(2020年8月28日)
◎「麒麟がくる」の史実を読む〈2〉本能寺の変の黒幕は誰だ? 謀略の洛中(2020年9月6日)
◎「麒麟がくる」の史実を読む〈3〉本能寺の変の黒幕は誰だ? 朝廷か将軍か(2020年9月13日)

この中でわたしは、

「長谷川博己はキャリアも演技力も十分な俳優だが、演技巧者であるがゆえにこそ、主役級の華はないと言わざるをえない。彼は名わき役なのである。前半の斎藤道三役の本木雅弘の熱技に、まるっきり呑まれてしまった」

「まるでウラのない善人で、正義漢なのである」

「これでは本能寺の変が、たとえば信長をよほどの悪逆な主君にしないかぎり、うまく描けないのではないだろうか。染谷将太の信長は神がかり的ではないだけに、いまのままでは単なる無能な殿というイメージになってしまう。無能な信長像というのは、NHK大河のみならず初めてではないか」

「そもそも『麒麟(平和のシンボル?)がくる』ためには、悪逆の王(信長)を滅ぼさなければならない。という設定自体、当の光秀が秀吉に滅ぼされてしまうのだから、どだい無理があるというものだ。明智光秀は天海僧正だった説でも採らないかぎり、『戦乱のない世を』というテーマがけっして果たされないのは自明である」と、指摘してきた。

しかし、単に長谷川博己の起用に問題があったのではない。NHK大河は若い主役俳優を起用し、作品をつうじて演技の幅が豊かになる。その成長の過程こそ魅力であった。

近いところでは、2014年の「軍師官兵衛」の岡田准一の好演が挙げられる。晩年の如水時代まで、年輪をかさねるように役を演じきり、岡田は歴史プロパーとしても画面に定着した(NHKのザ・プロファイラー)。

いまのところ、というかもう終わりだが、明智光秀のなかに何ら変化が起きないのである。これでは成長しようにも、ファクターがなさすぎる。

歴代の光秀役では「利家とまつ」の萩原健一の激しい演技が、狂気じみた魅力で記憶されている。やはり、この路線が正しかったように思われる。

◆NHKがめざしたもの

NHKの狙いとして、日刊ゲンダイは以下の「放送作家」の批評を紹介している。

「戦のない世の中を夢見る光秀は、そのためには『誰にも手出しできぬ大きな国をつくることじゃ』と言い放つ道三に心酔し、父母に疎んじられた信長は岳父の道三を頼り、道三の娘の帰蝶はファザコン。つまり、道三をキーパーソンに、光秀が長男、信長が次男、帰蝶がおてんばな妹というような関係なんです。道三の『大きな国』を平らかで豊かな国と考える光秀は、いったんは信長に夢を託しますが、『大きな国』とは自分が天下を意のままにすることだと考える信長と行き違いが大きくなっていくというのが、ここ数話の展開ですよね。そして、もはや戦乱は広がるばかりで、王が仁ある政治を行う時に現れるという麒麟は来ないと悩み、信長を増長させた“長男”の責任として、泣いて馬謖ならぬ、“弟”を斬るという本能寺の変が描かれるのでしょう」(放送作家)。

そして、こうも解説する。

「信長も、“兄”である光秀の思いは痛いほどわかるから、『是非に及ばず』(仕方がない。光秀を恨まない)と言い残して自害したという解釈になるのだろうか。もはやシェークスピア悲劇の世界で、信長役の染谷将太は『(台本を読んで)鳥肌が立ちました』と語っている。(2021年01月10日 09時26分 日刊ゲンダイDIGITAL)。

なるほど、ドラマの序盤で本木道三を看板に持ってきたのは、そういう深遠な意図があったか、である。

だが、これにも無理があるのは言うまでもない。麒麟の権化となるべき光秀が、秀吉に討たれる理由が見当たらないのだ。まさか、秀吉に討たれる前に幕引きをはかるのか。(つづく)

※上述のとおり、光秀の最期がどうなるのか。ハッキリ言えば秀吉に敗れて挫折死か、それともトンデモ説に飛びついて「天海僧正になった」なのか。見極めてから、あらためてダメ出しをしたいと思います。続編にご期待ください。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

月刊『紙の爆弾』2021年2月号 日本のための7つの「正論」他

1月14日に工藤會トップ2人への論告求刑が行なわれ、野村総裁には極刑が求刑された。西日本新聞から引用しよう。

「市民襲撃4事件に関与したとして、殺人や組織犯罪処罰法違反(組織的殺人未遂)の罪に問われた特定危険指定暴力団工藤会トップで総裁の野村悟被告(74)と、ナンバー2で会長の田上不美夫被告(64)の公判が14日、福岡地裁(足立勉裁判長)であり、検察側は「危険な人命軽視の姿勢に貫かれた工藤会が、組織的に行った類例のない悪質な犯行」として野村被告に死刑を求刑。田上被告には元漁協組合長射殺事件で無期懲役、他の3事件で無期懲役と罰金2千万円を求刑した。両被告は一貫して無罪を主張しており、3月11日に弁護側が最終弁論して結審する。」(2021年1月14日西日本新聞)

ほぼ予想された死刑求刑だったが、現実のものになると感慨深いものがある。近年の暴力団裁判の審判例から考えて、野村総裁への死刑求刑はそのまま判決に反映されるであろう。田上会長への無期刑もしかり。ヤクザの場合は組織離脱(引退)をもって「改悛の情」をしめさない限り、無期懲役刑での仮釈放はありえない。したがって、無期判決は終身刑を意味するのだ。


◎[参考動画]工藤会トップに死刑求刑 福岡地裁 (福岡TNCュース2021年1月14日)

◆直性証拠がないまま、元構成員の証言を採用か?

両被告が起訴されたのは、元漁協組合長射殺事件、元福岡県警警部銃撃事件、看護師刺傷事件、歯科医師刺傷事件の4事件である。いずれも両被告の関与を示す直接証拠がない中で、実行犯組員たちへの指揮命令の有無が最大の争点となっている。弁護団は証拠なしの検察「立証」に猛反発している。

「両被告の弁護側は公判終了後、『証拠が無いでたらめな立証だ』と強く批判した。」(前出記事)

物的証拠や命令などの直接証拠がないまま、組を離脱した実行犯のいわば司法取引にひとしい自白証拠で、事件を決着させようというのである。

検察側は論告求刑において、工藤會には上意下達の厳格な組織性があると強調した。4つの事件は計画的、組織的に行なわれており「最上位者である野村被告の意思決定が工藤會の意思決定だった」と言及している。田上被告については「野村被告とともに工藤會の首領を担い、相互に意思疎通して重要事項を決定していた」と位置づけた。

肝心の「意志決定」とその「命令」や「伝達」は明確になされていない。親分の意志をおもんぱかって「実行」するのがヤクザの原則だというのならば、民法の使用者責任での立証ということになるはずだが、この論法での検察側敗訴は少なくない。判決が注目されるところだ。

◆警察官僚の狙いは壊滅ではない

トップに対する極刑求刑のなかで、工藤會の実態はどうなっているのだろうか。じつは筆者が編集長をつとめる雑誌『情況』最新号(本日1月19日発売)において、久々に工藤會幹部のコメントがとれた。

筆者は先代(溝下総裁)の時代から取材をさせてもらい、警察の一方的な「反社キャンペーン」を批判する、事実に基づいた報道に努めてきたつもりである。

ヤクザ報道がマスメディアにおいて「反社勢力キャンペーン」としてしか行なわれず、ヤクザの言い分は封じられてきたのは事実である。

そしてヤクザの親分衆を称賛するような記事は、書店のとりわけコンビニ系から忌避されてきた。福岡県においては、条例でヤクザ系雑誌を排除することも行なわれ、老舗雑誌は休刊を余儀なくされた。(「『反社会勢力』という虚構〈1〉警察がヤクザを潰滅できない本当の理由」2019年10月9日

国民的な議論をぬきに、反社というレッテル(かつて、日本の青年学生運動は、過激派・極左暴力集団とレッテルを貼られてきた)で社会的に排除する。それは官僚の価値観のもとに統制する、ファシズムに近い統治形態をもたらすものと言わざるを得ない。

そしてヤクザの側も、警察との古き良き関係を再度築こうと、反社キャンペーンには「沈黙」(山口組山健組のスローガン「団結・報復・沈黙」)してきたのが実態である。したがって、暴対法下のヤクザ取材はきわめて厳しいものがある。

幹部の下獄や長期拘留で、なかなかインタビューも難しくなっていたところ、「(横山)先生。わたしもこれで、またパクられるかもしれんですが」と言いつつ、応じてくれたインタビュー(独白形式)である。じつは右翼特集のときに、工藤會が親戚付き合いのある住吉会をつうじて、日本青年社の任侠系幹部に取材しようとしたところ、なかなか話が通じず(伝手の物故者が多かった)、その穴埋めとしてインタビューに応じてもらったのである。

『情況』最新号(1月19日発売)より

『情況』2021年01月号からすこし引用しておこう。

「福岡県警には警察庁から暴対専門の本部長が送り込まれて、もうこれで工藤會は潰されるなと、誰もが思うたことでしょう。なにしろ、全国で唯一の「特定危険指定暴力団」ですからね。」

「それから十年になりますけど、工藤會は潰れておりません。暴排条例はヤクザと付き合うな、経済的なことで付き合うたら、その者も処罰すると。公共事業から締め出すという条例です。うちと付き合いのある業者も、一時的には身動きがとれんことになりました。しかし、工藤會は潰れていません。元暴対本部の者が自著に書いております。『工藤會は弱体化したといえるだろうが、まだまだ壊滅にはほど遠い状況である』(『県警VS暴力団』)。

なぜかというと、わたしたちには生きた人間関係があるからです。カネで結びついとるだけでしたら、うちは本当に孤立して社会から締め出されたかもしれませんが、そうやない。絆(きずな)というものがあるんです。社会というものは人と人の付き合いです。いくら条例で縛り上げても、それを断ち切ることはできんのではないでしょうか。社会というのは、けっきょく人間なんです。憲法違反の条例で無理やり引き離そうとしても、それはうまくいきませんよ。」

「警察庁は沖縄をのぞく全国から警察官を北九州に動員して、一二年から工藤會壊滅作戦を実行しました。これの本当の狙いは、警察庁による予算の確保やないでしょうか。」

として、工藤會の幹部は「暴力団追放センター」が年間事業費7000万円という税金からの補助金を柱にした、資産18億の公益財団法人であること。警察官から天下った専務理事の給料が、なんと月額48万円もの高額であることを明らかにしている。

◆本部跡地の売却金が被害者側へ

工藤會は事務所機能がほぼ停止し、幹部会のほかの組織的な活動は実質的に自粛しているという。逮捕は構成員の数をこえる延べ数百人におよび、いまも三桁の組員が拘留ないしは刑に服している。

二次団体以下、傘下の各組においても代紋を出さないのはもちろん、組を名乗らずに一般企業としての活動に専念しているようだ。この場合、大きなフロント企業ではなく、家族が経営する飲食店などである。本部跡地の売却も順調に終えたという。ふたたび西日本新聞からである。

「北九州市などは(12月)18日、特定危険指定暴力団工藤会の本部事務所跡地(北九州市小倉北区)の売却で工藤会が得た売却益約4千万円が、同会が関与したとされる襲撃事件の被害者側に賠償金として支払われたと発表した。」

経過については、「故溝下秀男名誉顧問の導きではないか 九州小倉の不思議な機縁 工藤會会館の跡地がホームレスの自立支援の拠点に」(2020年2月19日)を参照されたい。

ヤクザの将来を占うといわれている工藤會への頂上作戦とその結果(判決)、およびそれを通じて変化する組織のありよう。今後も注視していきたい。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

著述業・編集者。2000年代に『アウトロー・ジャパン』編集長を務める。ヤクザ関連の著書・編集本に『任侠事始め』、『小倉の極道 謀略裁判』、『獄楽記』(太田出版)、『山口組と戦国大名』(サイゾー)、『誰も書かなかったヤクザのタブー』(タケナカシゲル筆名、鹿砦社ライブラリー)など。

タケナカシゲル『誰も書かなかったヤクザのタブー』(鹿砦社ライブラリー007)

月刊『紙の爆弾』2021年2月号 日本のための7つの「正論」他

この表題はまことに荒唐無稽ながらも、明治政府の歴史観を左右する幕末ミステリーである。もしもそれが史実ならば、驚愕するような事実よりもさきに、われわれは明治維新という「革命」の内実を知ることになる。その内実が謀略であると。そして、南朝史観とよばれる維新政府の歴史観に、こんどは生々しく触れることになる。

仮説はこうである。幼い明治天皇(祐宮睦仁親王)が何者かに殺害され、その代わりに別の人物が皇位に就いたというのだ。その名は長州田布施出身の大室寅之祐、長州藩が秘匿していた南朝の末裔であるという。

最初にこの説をとなえたのは、鹿島昇(弁護士・歴史研究家)だった。その云うところをトレースしてみよう。

南朝・後醍醐天皇の皇統は、後村上天皇──長慶天皇──後亀山天皇の正系のほかに、尊良親王(東山天皇)から正良親王(松良天皇)にいたる傍系がある。正良親王の皇子のひとり、光良(みつなが)親王が南朝崩壊後に長州の麻郷に落ちのびたのが、大室天皇家であるという。室町時代の長州は守護大名の大内氏が支配するところで、南朝勢力が西日本に落ちのびるのは、懐良親王が九州を拠点とした例から考えて不思議ではない。

わたしは薩長両藩の主家が関ヶ原で没落した島津と毛利であり、明治維新は一面において268年の歳月をへて徳川打倒に燃える両家の意趣がえしであると考える。長州藩において、大室天皇家はその切り札だったのだろうか。

鹿島昇(弁護士・歴史研究家)によれば、幼い明治天皇(祐宮睦仁親王)が何者かに殺害され、その代わりに別の人物が皇位に就いたという。それが長州田布施出身の大室寅之祐(写真左)。長州藩が秘匿していた南朝の末裔であるという

◆将軍家茂・孝明天皇暗殺

鹿島昇は幕末の政治情勢から、暗殺者たちの動機を精緻に解読する。将軍徳川家茂と孝明天皇の死(1866年)がそのキーワードである。すなわち、皇女和宮の降嫁によって従兄弟となったふたりは、公武合体の体現者であった。ふたりは長州征伐の実行者であり、天皇のもとに徳川家を中心にした連合政権を構想していた。

この政権構想はしかし、尊皇攘夷と倒幕をねらう薩長連合にとって容れられるものではなかった。とくに京都から排除され、その勅命によって征討までされた長州藩にとって、ふたりは目の上のたんこぶだったのである。

たとえば「(和宮降嫁によって)尊攘派は肝心の天皇を幕府に奪われてしまった。すなわち、幕府が『玉をとった』のである」「薩長密約の際に家茂と孝明天皇の暗殺はすでに謀議されており、これに公武合体派から尊攘派に鞍替えした岩倉具視が荷担したのであろう」と、鹿島昇は解読する(「明治天皇は二人いた!!」『天皇の伝説』メディアワークス)。

それもまったくの推論というわけでもない。鹿島が謀殺の論拠とするのは、作家の山岡荘八が独自にしらべた事実である。すなわち、宮中からさし回された正体不明の医師が、風邪で伏せっていた徳川家茂に薬を処方したところ、それから三、四日目に亡くなったとする。

「将軍の胸のあたりに紫の斑点が出て、大変苦しがって、その蜷川という御小姓組番頭に、骨が折れるほどしがみついたまま息を引きとった」(山岡荘八「明治百年と日本人」『月刊ひろば』昭和43年11月号)というのだ。蜷川という御小姓頭は蜷川京都府知事の祖父にあたり、おそらく将軍家茂の死にぎわは事実なのであろう。
孝明天皇の最期もまた、謀殺めいたシーンに彩られている。

明治天皇の外祖父(生母の父親)中山忠能の『中山忠能日記』によると、やはり天皇は天然痘の潜伏期で、12月11日には「不眠・発熱・食欲不振・ウワ言の病状を経て」「十六日朝には顔に吹き出物が出始めた。だが、十七日から便通があり、食欲も起こり熱も下がり、典医も『まづ順当』と診断している」

快方に向かったというのだ。

「最後に二十三日から膿の吹き出しがおさまってかさぶたを結んで乾燥し、次第に熱が下がり、大体において全快に向かった。ところが病状は二十五日に至って急変し、激しい下痢と嘔吐の挙げ句、夜半に至り『御九穴より御脱血』」という最期であったという。

当時、宮中においても毒殺説が飛びかい、宮中勤仕の老女の「悪瘡発生の毒を献じ候」という手紙を、中山忠能は日記に紹介している。

これを裏づける説をとなえたのは、瀧川政次郎である。中国人医師の菅修次郎が夜半に呼び出され、目かくしをしたまま連れて行かれたという。そこで診療させられたのは、わき腹を刺された、ひん死の人物だった。じつは菅医師が連れて行かれたのは御所ではなく、堀河紀子(孝明天皇の愛妾)の広大な屋敷だったというものだ(「皇室の悲劇」)。

中山忠能が日記に書いた「御九穴より御脱血」というのは、刺し傷だったのだろうか。

この説を、作家の南条範夫は「孝明天皇暗殺の傍証」『人物往来』昭和33年7月号)において、母方の祖父・土肥一十郎の日記を読んだ記憶として書いている。

「白羽二重の寝衣や敷布団はもちろんのこと、半ばはねのけられ掛布団に至る迄、赤黒い血汐にべっとりと染まっている人は脇腹を鋭い刃物で深く刺され、もはや手の下しようもない程甚だしい出血に衰弱し切って、ただ最期の呻きを力弱くつづけているに過ぎない」

何ともなまなましい、暗殺現場に立ちあったかのような描写であることか。こうして、尊皇攘夷派・倒幕派にとって邪魔な存在だった将軍と天皇が暗殺されたのだ。その暗殺者たちは、みずからの政権を盤石なものにするために、つぎなる暗殺に手を染める。16歳の陸仁親王(明治天皇)暗殺である。

◆なぜ吉野朝時代なのか

陸仁親王(明治大帝)暗殺について、孝明天皇暗殺ほどの生々しい証言や伝聞があるわけではない。鹿島昇が「証言」と称するものは、ことごとく伝聞であり、亡くなられた人々が反論できない、したがって根拠のわからない「証言」なのである。誰がいつどこで、どうすり替えたのか、詳細がよくわからない。

いわく、昭和4年に三浦天皇(三浦芳堅=南朝傍系)が、元宮内大臣・田中光顕に獄秘伝の『三浦皇統系譜』を持参したとき、田中は「じつは明治天皇は孝明天皇の息子ではない」「明治天皇は、後醍醐天皇第十一番目の息子満良親王の御子孫」だと証言したという。

いわく、元宮中顧問官で学習院院長も務めた山口鋭之助が、大正9年に「明治天皇は北朝の孝明天皇の子ではない。山口県で生まれて維新のときに京都御所に入った」と言ったという。

いわく、岸信介元総理は元中政連幹事長だった鎌田正見に、いまの天皇家は明治天皇のときに新しくなった、と語ったという。

いわく、陸仁親王と明治天皇が別人であることは、鹿島昇自身が清華家の当主である廣橋興光から聞いたことがあるという。

いわく、中川宮(前出の東武皇帝・日光宮能久親王の兄)の孫娘である梨本宮家の李方子も、明治天皇は南朝の人だと証言したという。

いわく、鹿島昇の旧友・松重光雄は、中学生のときに担任の萩出身の教師から、明治天皇はすり替えられたと教えられたという。

ほかにも証言らしいものはあるが、もうここまでにしよう。鹿島昇の脳裡に根を張った推測・推論なのだ。もの言わぬ死者の証言よりも、われわれには問題にしなければならないことがある。なにゆえ明治政府が北朝の天皇をいただきながら、「吉野朝時代」などという歴史観で南朝を正統としたのか、である。そこにこそ、明治天皇がすり替えられたかどうかの「真相」が浮かび上がるはずだ。

◎[カテゴリー・リンク]天皇制はどこからやって来たのか

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

月刊『紙の爆弾』2021年2月号 日本のための7つの「正論」他

渾身の一冊!『一九七〇年 端境期の時代』(紙の爆弾12月号増刊)

◆衆院総選挙をどこに持ってくるのか

18日の国会再開をまえに、自民党内では総選挙の日程および政局の動きがかまびすしいという。

コロナ防疫の失敗(GoToの不手際)、桜を見る会の再審議、吉川元農水相をはじめとする鶏卵業者からの贈収賄疑獄という、政権が傷だらけになりかねない審議項目がならぶ。それに加えて、コロナ感染の爆発的な増加がオリンピックを風前の灯にするという、踏んだり蹴ったりの展開が予測されるからだ。


◎[参考動画]『緊急事態宣言』菅総理に聞く(ANN 2021年1月8日)

秋には任期満了をむかえる衆議院総選挙をどこに持ってくるのか、すでに「週刊ポスト」(1月15・22日号)では、自民党が40議席を減らして、過半数をギリギリでまもれるか、という政権維持の危険信号にちかい予測が立った。

「自民40議席減の惨敗となれば、菅首相は責任をとって総裁辞任と退陣は免れない」野上忠興(政治ジャーナリスト)というのは当然であろう。

総選挙の時期はいまのところ、5~6月は公明党が重視する都議選(投票は7月)があるので、その前か秋という観測が濃厚だ。コロナ感染の現状をみれば、10月の満期総選挙というのが現実的であろう。

そうすると、選挙前の菅退陣もありうる情勢ということになるのだ。今年全体の、内外にわたる政治スケジュールについては、別途に稿を起こす予定だが、菅おろしは意外に早いかもしれない。当面の政局を中心にまとめてみた。

◆都議選敗北でジリ貧に

今後の政局を左右するのは、おそらく自公の選挙協力であろう。

河井克行被告が議員辞職しないままの広島3区では、公明党が独自候補(斉藤鉄夫副代表)を立てている。自民党県連も独自の候補を立てることになれば、自公相打つ情勢が決定的だ。

しかも3区が宏池会の地盤であることから、公明党は「岸田(宏池会)会長が(自民党候補不出馬を)決定すべき。もしできないのなら、他の選挙区の岸田派候補は応援しない」と言明しているのだ。河井問題は県連と党本部の対立構造という矛盾であり、これが解消できない政権・党本部の求心力は低下する。

この自公対立は、東京都議選でも同じ構造になりつつある。すなわち、自民党都議団が小池知事に接近するいっぽう、都民ファーストの切り崩しに走るいっぽう、小池知事と公明党の急接近が顕在化しているのだ。

公明党は前回の選挙では都民ファーストと提携し、作年7月の都議補選ではみずからは擁立せず自民4候補を推薦した。いっぽうで小池氏との関係は良好で、次の都議選の選挙協力相手は「知事に対する姿勢次第だ」(会派幹部)と思わせぶりな態度を見せる。公明党は総選挙はともかく、参院と地方選挙は全員当選が至上命令なので、ここでの軋轢が自民の総敗北に帰結する可能性が高い。

選挙で勝てない総理ということにでもなれば、菅政権の命脈は早めに尽きると断言しておこう。

◆オリンピックの強硬開催で失敗

さて、菅政権にとって問題なのは東京オリンピックである。

スポーツは人々を鼓舞する。オリンピアは、とりわけ国民的な熱狂をもたらす。スポーツが嫌いな人でも、オリンピックに背を向ける人々でも、アスリートの努力に拍手するのは惜しまない。

だが、コロナ禍で失政をくり返し、その規模や構想において数々の失敗をかさねてきた五輪委員会やそれを後押しする政府に、国民がうんざりした気分をもっているのも現実である。アスリートの努力を惜しめばこそ、あるいは日常的にスポーツを愛するがゆえにこそ、安倍――菅政権のスポーツ利用主義、政治目的のオリンピック開催には疑義を呈する人も少なくはないのだ。

もしも、いまだ功罪不明のワクチンを頼りに、国際的な認知の展望がないオリンピック開催に踏み切った場合。それはおそらく無観客ないしは限定観客入場、テレビを主体とした開催になると思われるが、およそアリバイ的なものにしかならない。残されるのは、膨大な赤字と国民の空虚感だけではないだろうか。それは政権への侮蔑しか生まないはずだ。日本人選手と、わずかな招待選手だけの大会となったら、である。


◎[参考動画]『東京五輪』菅総理に聞く(ANN 2021年1月8日)

◆総選挙前の菅おろし

菅総理の「おろされ方」はどうなるのだろうか。

「私は菅氏は『平時の総理』であり、コロナ禍の非常時には不向きなのだと思います」と語るのは、政治アナリストの伊藤惇夫氏である。

「菅総理は『ブレない』ことを大事にしているようです。確かに官房長官時代から、どんな質問をされても答えはブレなかった。かつて菅さんから、『米軍普天間飛行場の辺野古移設が進まないのはなぜかわかりますか』と聞かれたことがあります。『わかりません』と言うと、『それは諦めたからです。私は諦めませんから移設を実現させます』と答えました」

「その姿勢は平時ならば良い結果を生むかもしれませんが、非常事態には、一つのことに固執するのではなく、柔軟に対応することのほうが大事です。Go To トラベルの休止判断の遅れなどは、まさに菅総理の悪い面が現れたのだと思います」

このあたりの評価は的確であると思う。官房長官として、政権の広報を事務的に行なうのであれば、頑固な立場でも何ら政治責任は問われなかった。

その意味では「粛々と」「お答えは差し引かせさせていただく」「その批判は当たらない」などという木で鼻をくくる答弁でも済ますことはできた。

だが、総理は政権と政策の総責任者なのである。質疑答弁が内容にふれるほど、活舌も悪くないようがなくなる、トホホ答弁に終始しているのは、その依怙地なまでの頑なさにあるのだ。

「菅政権を支えているのは二階派です。二階幹事長は菅政権の生みの親ですが、だからといって体を張って政権を守るとは思えません。二階さんは政局を見ながら変幻自在に動くタイプの政治家ですから」

そして伊藤氏は、党内にある菅おろしの筋書きを、かつての三木おろしになぞらえる。派閥の力ではなく、政局のキーパーソンが「裁定」をするという筋書きだ。その場合も総裁選挙という形式は踏むと思われるが、現在の自民党総裁選挙はかぎりなく「裁定」に近い。

「二人を見ていて思い出すのは、三木武夫・首相と椎名悦三郎・副総裁の関係です。田中内閣が金権批判で退陣した時、椎名は総裁選をせずに、いわゆる『椎名裁定』で三木を総理に指名します。ところがその後、三木の党改革や政治資金改革に対する反発から党内で『三木おろし』が起こると、椎名はそれに同調した。そして有名な、『生みの親だが育てると言ったことはない』という言葉を残しました。菅総理と二階幹事長は、なんとなく三木と椎名のような関係になる気がします」

実際の政治を周知するがゆえに、政権にやや批判的なスタンスをとる伊藤氏だけではない。保守系の論者からも菅おろしの現実性が指摘されている。

ネット放送局「チャンネルくらら」などを主宰する倉山満は、選挙の顔としての菅総理の問題点を指摘する。

「9月は、自民党総裁の任期切れだ。今の菅首相(自民党総裁でもある)は、安倍前総裁の任期を引き継いでいるだけだ。その時に支持率がどうなっているか? もし『選挙に勝てない総裁』と判断されたら、菅おろしの動きも見えてくる。その時の自民党は、10月の衆議院任期切れまでに新総理総裁に代え、その御祝儀相場で選挙をやって政権を維持する、と考える。日本の政治家の絶対の原則は『自分は落選したくない』だ。安倍前首相が長期政権を築けたのは、すべての国政選挙に勝ったからだ。つまり自分を当選させてくれる総理総裁だから、引きずり降ろすはずがない。そして安倍政権では、緩やかながらも景気回復をしていた。菅内閣で、景気回復の望みは薄い」(日刊SPA! 2021/01/11)

結局のところ、政治家とは選挙で勝てる人間なのである。安倍晋三元総理が、あれこれと批判を受けながら超長期政権を永らえたのも、選挙に勝てる総理だったからにほかならない。菅総理はすでに、国民的な人気という意味ではダメな総裁であることが判明した。国会答弁、記者会見は「トホホ」である。早めに退陣して、次期官房長官をめざすのが得策ではないか。


◎[参考動画]【役員会後】二階俊博 幹事長(自民党 2021年1月5日)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)『ホントに効くのかアガリスク』(鹿砦社)『走って直すガン』(徳間書店)『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』(双葉社)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)など。

月刊『紙の爆弾』2021年2月号 日本のための7つの「正論」他

本通信で発行元の媒体や書籍を評するのは、いわば自社広告に近いものとなるが、ただ目次と紹介文では読む方が物足りないであろう。ということで、『NO NUKES voice』前号の紹介から、批評的なものにシフトしたつもりだ。その反面、自分の好みで書いているので、全体の目配りに欠けるのはご容赦いただきたい。

 

2021年もタブーなし!最新月刊『紙の爆弾』2021年2月号!

まず注目したのは、特集「日本のための7つの『正論』」というスタイルである。月刊誌という性格上、新聞や週刊誌よりはサイクルがはるかに長いとはいえ、時事的な報告記事が集中することを考えて、特集は全体の3分の1ほど深く掘り下げたものが欲しいところだ。

本誌においては、これまでも何度か特集の試みはあったが、なかなか焦点がしぼりきれない面があったやに感じる。個々のライターさんの問題意識、タイムリーなレポートが優先されるので、どうしても特集としてのボリュームに不満が残る。というのが、わたしの率直な感想である。暴露雑誌としての性格ゆえに、それもやむを得ざるところだが……。

今回は、いま強調されるべき「正論」を7つのテーマで落とし込む、その意味では編集部の「技」によるものだ。形式においても、こういう特集タイトルは「読む意欲」を掻き立てる。テーマを列記しておこう。

・桜を見る会問題   横田一
・官邸のメディア選別 浅野健一
・日韓朝共同体    天木直人×木村三浩
・自公野合政権    大山友樹
・マイナンバー問題  足立昌勝
・熊本典道元裁判官  はじめすぐる
・弱者切り捨て問題  小林蓮実

今後、考えられる方法としては、二号ぐらい先の政治焦点を読んで、先行して特集を企画する。たとえばオリンピックの開催の可否が判明する前後を期して、開催となった場合の予定稿、中止となった場合の予定稿を準備するのも一案であろう。

その場合は、スポーツ団体や広告代理店の利権構造、政治家の動向や準備計画の問題点、スポーツ社会学の視点からのオリンピックのあり方、知られざるオリンピックの歴史、個々の代表選手の動向など、多岐にわたるジャンルからの論考という具合に、まとまったものを一冊で読みたいと思う。新たな読者も獲得できるのではないか。

ちなみに、1月6日(現地時間)の米ニューズウィークは、IOC幹部の「参加選手たちに優遇措置が与えられ、新型コロナワクチンの優先接種が認められなければ、東京オリンピックは中止になる可能性がある」との警告を伝えている。ということは、ワクチンの準備が予測される段階で、ほぼ決まりということになるわけだ。以上は、雑誌編集者としての立場からの意見である。

◆エリート裁判官の悔恨

さて、今回の特集から、興味を惹かれたものをピックアップしてみたい。

はじめすぐるの「熊本典道元裁判官の『不器用な正義』」に読み入った。こういう冤罪裁判にかかわった裁判官のその後、しかもエリート法律家の反省と悔悟にくれる実像へのアプローチは、日本のための「正論」として、読む者は癒される。

熊本は「袴田君に会いたい」と願い続け、それが成就したのちに身罷った。享年83。熊本が袴田と会うに至るまでには、姉のひで子さんの懸命な活動、それに触発されたジャーナリスト・青柳雄介の丹念な取材があったという。

◆安倍晋三の地元がゆらぐ?

横田一の「『桜を見る会』追及で“国政私物化”を清算する」は、安倍晋三の地元・下関市長選挙(3月14日投票)で、地殻変動が起きそうな地方政局をレポートしている。

下関の自民党は、安倍晋三の父親の代から、安倍派市長(現在は前田晋太郎)と林芳正(参院山口選挙区・元農水大臣)派がライバルとして争ってきた。今回、地元の選挙民を前夜パーティーに招待した桜を見る会問題(寄付行為による公職選挙法違反疑義)によって、自民党の動きが鈍くなっている。「ケチって手りゅう弾」という暴力団との関係が明らかになっても、微動だにしなかった下関安倍王国が、にわかに揺らいでいるのだ。

にもかかわらず、安部派のライバルである林派が市長選挙に出馬をしぶり、野党市議の田辺よしこが市長戦野党統一候補として立候補を明らかにした。水面下では、林派の自民党員も田辺候補を支援しているという。総選挙を占う注目の選挙になりそうだ。

◆ポンコツ総理はいつまでもつのか?

特集外から一本。

山田厚俊は自民政局「衆院解散めぐる自民党内の暗闘」、つまり麻生太郎や二階派を中心とした、ポンコツ菅総理おろしである。一元的な安倍一強のもとでは事務屋的な能力を発揮した菅「名官房長官」は、やはり「器ではなかった」(自民党関係者)のである。

その菅おろしの焦点は、いうまでもなく今秋までに行われる総選挙の時期である。山田によれば、5・6月は公明党が重視する都議選なので、予算案が通過する3月下旬か4月上旬あたりが濃厚だという。

そして山田によれば。ポスト菅の秘策として二階俊博幹事長の脳裡にあるのが、野田聖子であるという。無派閥の野田は「都合のいい人材」で、本人は何度も総裁選にチャレンジ(推薦人20人が集まらず)した意欲の持主である。史上初の女性宰相という売り物にもなる。二階裁定ということなら、これはこれで期待してみたい。アメリカに先立って、ガラスの天井を日本政界が破る?

◆「反差別チンピラ」の実態――問われる解放同盟の態度

「『士農工商ルポライター稼業』は『差別を助長する』のか?」の第4回は、「反差別運動と暴力」(松岡利康)である。

今回は、しばき隊リンチ事件の関係者による、第二次事件(と便宜的に呼びたい)発生をうけて、部落解放同盟がこれらのメンバーと袂を分かつよう提言している。

事件の概要は、この通信でも2度にわたって触れられてきた。すなわち、昨年11月24日の鹿砦社と李信恵の名誉棄損に係る反訴事件裁判の証人尋問のあと、李と伊藤大介らが飲み屋で泥酔したあげく、極右活動家を呼び出して暴力におよんだ、あたらしい事件である。先に伊藤が暴力をふるい(逮捕)、ナイフで反撃した極右活動家も逮捕(略式起訴)となったものだ。

事件それ自体としては、それほど驚くにあたいしない。なぜならば、M君事件をなかったものと支援者ともども隠蔽し、なんら反省をしなかったのだから。もはや「反差別チンピラ」(かれらの激しく攻撃された女性作家の命名)と呼ぶべきであろう。今回も反省がみられないかれらは、必ず三度目、四度目の暴力事件を起こすと断言しておこう。

それらを踏まえて、松岡はかれらと部落解放同盟の関係を質している。すなわち、関係者の著書を解放出版が刊行。李信恵の講演会を鹿砦社が妨害したとの事実の捏造を、解放同盟山口県連の書記長が、上記裁判に陳述書を提出したことだ。

これはおそらく、李信恵の捏造(もしくは勝手な被害者意識)を、そのまま信用して提出したものであろう。いずれにしても、事実に基づかない手続きに解放同盟の役員が加担したのは事実で、その点は当事者からの釈明があってしかるべきである。

併せて、野間易通(しばき隊リーダー)が差別発言をしてきたとされることも、当事者をまじえて検証されなければならない。解放同盟の反差別運動における「指導」が問われる局面だ。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)『ホントに効くのかアガリスク』(鹿砦社)『走って直すガン』(徳間書店)『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』(双葉社)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)など。

月刊『紙の爆弾』2021年2月号 日本のための7つの「正論」他

三島由紀夫の最後の長編『豊饒の海』第一部『春の雪』のモチーフのひとつには、正田美智子(上皇太后)との縁談があった。

聖心女子大からの推薦で、歌舞伎座で隣り合わせに座るかっこうで面会し、その後、料亭で歓談したという。そして三島は母倭重江とともに、正田美智子の卒業式を見学に行っている。

当時も今も、聖心女子大はハイソサエティー女子のメッカである。三島の作品では『お嬢さん』のヒロインが聖心の在学生という設定だ。

そして、明仁皇太子(平成上皇)と正田美智子の自由恋愛を装った縁組が、これを前後して行なわれている。旧華族の北白川肇子に決まりかけていたところ、小泉東宮参与、黒木東宮侍従らが水面下で正田美智子嬢を皇太子妃にしようと画策し、偶然をよそおった軽井沢テニスコートでの出会いが準備されたのだ。昭和天皇の「東宮の嫁は、民間から」という意向がはたらいたという説もある。

三島家はどうだったのだろうか。三島の祖母のなつが「商家の娘は(ダメ)」という反対派で、三島家から断ったとされているが、真相はよくわからない。いずれにしても、三島が「『春の雪』はフィクションというわけじゃないんだよ」と語ったのは、このことである。

◆三島の円照寺取材

『豊饒の海』の作品全体をつらぬくモチーフとして、阿頼耶識(大乗仏教)と唯識論、いいかえれば唯心論の中心には、綾倉聡子が出家する月修寺(円照寺)があった。

円照寺は臨済宗妙心寺派だが、作品中の月修寺は法相宗という設定である。法相宗の根本教義である唯識説の世界観を描こうとしたので、法相宗でなければならなかったのだ。

円照寺の縁起からも解説しておこう。円照寺は後水尾天皇の第一皇女・文智女王が開いた寺院(当時は草庵)である。

後水尾天皇による山荘(修学院離宮)の造営にともなって、圓照寺は移転を迫られた。明暦2年(1656年)、継母である中宮東福門院(徳川秀忠の娘)の助力により、大和国添上郡八嶋の地(奈良市八島町)に移り、八嶋御所と称す。さらに東福門院の申請により、幕府から200石の寄進を得て、寛文9年(1669)に八嶋の近くの山村(奈良市山町)の現在地に再度移転した。爾後、門跡寺院として皇女が入寺し、山村御所と呼ばれた。

その円照寺門跡、山本静山尼が提唱天皇のご落胤、もしくは三笠宮親王との双子で、したがって昭和天皇の妹であるという説については、前回解説したとおりだ。
三島由紀夫が河原敏明説(1979年発表)を知らないのは言うまでもないが、取材を思い立ったのは、いったい何の機縁であろうか。何かが導いたとしか思えない偶然である。三島由紀夫と正田美智子、そして山本静山尼。

作品(春の雪)から解説しよう。物語の結末を暗喩する、唯心論のくだりである。
松枝家の築山の滝に、死んだ犬が落ちていた。来訪していた月修寺の門跡がこれを供養する。

そのとき月修寺門跡(先代)がした講話は「元暁の髑髏水」であった。「心を生ずれば則ち種々の法を生じ、心を滅すれば則ち髑髏不二なり」。

ようするに、元暁という僧侶が暗闇のなかで見つけて、ありがたく飲んだ水が、髑髏の中に入っていた(思わず吐き出してしまう)という顛末である。心しだいで水は美味であり、吐き出したくもなるという寓話だ。

そのとき、作品中の狂言回しである本多繁邦は、主人公の松枝清顕にこう語りかける。

「純潔な青年は純潔な恋を味わう」しかし「相手がとんだあばずれだと知ったのちに、もう一度同じ女に、清らかな恋を味わうことができるだろうか?」「できたら素晴らしい」と。要するに、唯心論なのである。

三島は円照寺を二度おとずれ、二度目の訪問で門跡山本静山に会っている。三島はその印象を、「この世のものとも思えないほどの気品で、ただ絶世の一語につきる」と語っている。自身の創作物である綾倉聡子が、そこに現出したのであろうか。そして月修寺(円照寺)は、物語を反転させる場になる。

◆『豊饒の海』謎の結末の解釈

従来『豊饒の海』の結末の謎は、さまざまに解釈されてきた。悟りの末の「空(何もないところ)」に色即是空を当てはめてみたり、禅宗的に「無」の風景をそこに想定する。哲学的なイデアで解釈する。世界の崩壊をそこにアナロジーするなど、恣意的な解釈であることに変わりはない。文学論とはそもそも、評者の勝手な読み込みにモチーフがあるのだから。

しかし、三島作品をそれほど読んでいない批評家の作品論には、わたしのように全作品、全評論を通読してきた者には違和感がある。夭折にあこがれ、英雄的な死にふさわしい肉体を耕し(『太陽と鉄』)、憂国という舞台建てのなかで切腹死したことと、この作品の結末は無縁ではない。

作品の文章から引用しよう。長く美しい文体がわざわいして、この作品は読者に通読を許さない難解さがある。その例証として、わたしが久住純の筆名で書いた『情況』(2020年秋号「芸術としての政治の完成」)からである。

道のべの羊歯(しだ)、藪柑子(やぶこうじ)の赤い実、風にさやぐ松の葉末、幹は青く照りながら葉は黄ばんだ竹林、夥(おびただ)しい芒、そのあいだを氷った轍(わだち)のある白い道が、ゆくての杉木立の闇へ紛れ入っていた。この、全くの静けさの裡(うら)の、隅々まで明瞭な、そして云わん方ない悲愁を帯びた純潔な世界の中心に、その奥の奥の奥に、まぎれもなく聡子の存在が、小さな金無垢の像のように息をひそめていた。しかし、これほど澄み渡った、馴染(なじみ)のない世界は、果たしてこれが住み慣れた「この世」であろうか。

どうです? 禅宗寺院の門前の風景、一気に読みくだせましたか? 松枝清顕が出家した綾倉聡子との叶わぬ逢瀬のために通う、六回目の月修寺訪問のシーンである。そこが何もない場所である物語の結末への暗喩が、長文の末尾にほのみえている。

『豊饒の海』の結末とは、月修寺の門跡となった綾倉聡子が、松枝清顕の存在を否定することで、物語全体を否定することになる。いわば夢オチである。

推理小説において、主人公(探偵や刑事)が真犯人であるのは規則違反とされる。夢オチも禁じ手とされている。いずれも魅力的な手法だが、それをやってしまうとストーリーが破綻するからである。

『豊饒の海』の結末は、じつにこれなのだ。三島は月修寺の門跡(綾倉聡子)に、禁断の恋の相手である松枝清顕の存在を否定させることで、この禁じ手をみごとにやってのける。飯沼勲の転生であるタイの王女ジン・ジャンが、子供のころの記憶(前世が勲であった証言)を「何もおぼえていません」と言うのとはわけがちがう。

門跡(聡子)の言葉が真実であれば、主人公の本多すらも存在しなかったことになるのだ。門跡が言う「それも心々」とは、唯心論の真骨頂である。市ヶ谷蹶起の秘密は、じつはここに隠されている。

市ヶ谷蹶起の日に、担当編集者に最終原稿を渡した意味もここにある。それは、すべてを「なかったこと」にする企みだったのである。原稿2000枚、創作ノート23冊におよぶ大作を、夢オチで何もなかったことにする。すべては作りごとにすぎないというものだ。

どうだ、すべてお釈迦にしてやった、お前らに出来るものならやってみろ、である。この地点からは、到彼岸で高笑いしている作家の相貌が浮かぶ。三島の創作活動のすべては虚構に過ぎず、現実にあるものは割腹死だというものだ。それも、三島由紀夫であった亡骸(生首)にすぎない。作品の完結とともに、作家も居なくなってしまったのだ。われわれを置き去りにしたまま、世紀の天才はレジェンドになった。

※三島の市ヶ谷蹶起の真相については、『紙の爆弾』(2020年12月号)の「三島の標的は昭和天皇だった」を参照されたい。

※円照寺は観覧不可だが、奈良交通が年に3回、日帰りのツアーを実施しているという。↓
https://www.tripadvisor.jp/ShowUserReviews-g298198-d8149900-r352575521-Enshoji_Temple-Nara_Nara_Prefecture_Kinki.html

「じゃらん」の案内 https://www.jalan.net/kankou/spt_29201ag2130015879/

◎[カテゴリー・リンク]天皇制はどこからやって来たのか

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

月刊『紙の爆弾』2021年2月号 日本のための7つの「正論」他

渾身の一冊!『一九七〇年 端境期の時代』(紙の爆弾12月号増刊)

正月のこととて、あまり生々しい政治論や天皇制論などは避けて、しっとりとしたテーマを選びましょう。文化論として読めば、天皇史は神仏崇拝・神社仏閣の歴史であり、和歌や宮中儀典など古今伝授をめぐる文化史でもある。

とはいえ、史実の裏側を読み解くのがこの連載の持ち味である以上、やはりスキャンダラスなものにならざるをえない。今回は「昭和天皇の妹」のことである。

すでにご存じの方も、かのお方が三島文学の最期のエッセンスのヒントになったことをめぐりながら、文学散歩としてお読みいただければ幸甚です。

◆男女の双子だった?

大正天皇は貞明皇后(九條節子)とのあいだに、4人の皇子をなした。近代天皇の中では、男ばかりつくったのは稀である。明治天皇が15人中5人の男子、昭和天皇は7人中男子は2人である。

だが、その大正天皇にも娘がいた、という説があるのだ。しかもそれは、男女の双子であったことから、畜生腹を嫌う皇室および宮内省において、他家(山本實庸子爵)へ養女に出されたというものだ。

したがって、その説は「悲劇の皇女」ということになる。その内親王になるはずだった娘の名は、山本静山尼(じょうざんに)という。

 

河原敏明『昭和天皇の妹君』(2002年文春文庫)

唱えたのは、皇室ジャーナリストの河原敏明である。

河原敏明は1952年(昭和27)に皇室ジャーナリストになり、『天皇家の50年 激動の昭和皇族史』(講談社・1975年)、『天皇裕仁の昭和史』(文藝春秋・1983年2月。文庫版は「昭和天皇とその時代にと改題)など、多数の皇室関連の著書がある。そのうちの一冊が、『悲劇の皇女 三笠宮双子説の真相』(ダイナミックセラーズ・1984年7月)なのである。

大正天皇の4人の息子たちを確認しておこう。

昭和天皇(迪宮裕仁親王)、秩父宮雍仁親王(淳宮)、高松宮宣仁親王(光宮)、三笠宮崇仁親王(澄宮)の4人である。

河原によれば、このうち三笠宮と双子だったのが奈良円照寺の門跡、山本静山尼(絲子)だというのだ。したがって、前述のとおり昭和天皇の妹ということになる。
河原説には、証言もあるという。ひとりは末永雅雄という考古学者(関西大学名誉教授)で、橿原考古学研究所初代所長を務めた人物である。もともと、この人の証言から出発した河原説である。

もうひとりは、静山尼の兄君とされる高松宮である。

『高松宮日記』昭和15年(1940年)1月18日条には「15時30分 円照寺着。お墓に参って、お寺でやすこ、山本静山と名をかへてゐた。二十五になって大人になった」とある。

円照寺は有栖川宮(江戸初期からの宮家で、大正2年に威仁親王が薨去して廃絶)ゆかりの寺院である。その有栖川宮の祭祀を継承したのが、高松宮なのである。したがって山本静山が、高松宮から「やすこ」と呼ばれる特別な人物であったことが分かる。

静山がしばしば上京したときに皇居をおとずれ、天皇をはじめとする皇族たちと歓談していたこと、それはとりわけ若いころの慣習だったなどとしている。そして静山尼が昭和天皇によく似ている、と河原はいう。

◆本人も宮内庁も否定する

河原がこの説を『週刊大衆』に掲載した当初、宮内庁側は黙殺していた。昭和の時代は、南朝熊沢天皇やご落胤説などが流行った時代でもあった。

ところが、1984年(昭和59年)1月になって再度取り上げられ、今度は大きな話題となった。同年1月20日、宮内庁はこの説を全面的に否定する声明を発表した。

さらに河原の「皇室が双子を忌み嫌う」という主張に関して、宮内庁は近代以降も伏見宮家の敦子女王と知子女王の姉妹(1907年生)が双子として誕生し、いっしょに成長した事例を反証として挙げた。

ついで、山本静山尼みずから、河原説を否定する。そして末永雅雄教授も、河原への証言そのものを否定した。

こうして、河原敏明の「昭和天皇の妹説」は、はなはだ論拠を欠くものとなってしまったのだ。

三笠宮夫妻も後年になって『母宮貞明皇后とその時代 三笠宮両殿下が語る思い出』(工藤美代子著、中央公論新社、2007年)中のインタビューで、河原の双子説を否定する。

静山尼本人は、いたって鷹揚とした女性だった。「河原さんは、もうそればっかりで」などと、笑いながらあきれたように会話し、河原の双子説を楽しんでいるかのようだ。

◆大正天皇のご落胤か?

河原の説を新しい地平に押し上げたのが、原武史(日本政治思想史・明治学院大学名誉教授)である。

原は『高松宮日記』の記述に加え、『蘆花日記』の大正4年(1915)11月25日および12月3日、『貞明皇后実録』昭和15年(1940年)9月30日、山本静山の誕生日(1月8日)と三笠宮の誕生日に1カ月あまりのズレがあることを根拠に、「崇仁とともに生まれた二卵性双生児の妹ではなく、大正天皇とある女官との間に生まれた庶子ではなかったか」と推測している(『皇后考』講談社・2015年)。

生涯、貞明皇后を唯一の伴侶にしたはずの大正天皇にご落胤があった、というのだ。これなら落ち着きやすい仮説だが、今後の研究が待たれるとしておこう。静山尼は5歳のときに京都大聖寺で落飾し、8歳で円照寺に入山したという。5歳で出家とは、いかにも理由がありそうだ。

◆三島が会った静山尼

三島由紀夫の最後の長編『豊饒の海』は、朝廷をめぐる婚姻の悲恋をひとつのモチーフにしている。第一部『春の雪』における綾倉聡子と松枝清顕の恋、そしてそのもつれから物語が錯綜し、聡子が洞院宮治典王との縁談に勅許が下ることで、禁断の愛へと転化するのだ。ふたりは逢瀬をかさね、堕胎ののちに聡子は出家を決意する。

三島は作品のモチーフを『浜中納言物語』としているが、サブモチーフには加賀前田家における悲恋、島津藩西郷家における悲恋譚を取材している。そして自身のモチーフとして、正田美智子(上皇太后)との縁談があった。

そして作品中の月修寺を取材するために、山本静山尼が門跡をつとめる円照寺を訪れたのだ。(つづく)

◎[カテゴリー・リンク]天皇制はどこからやって来たのか

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

月刊『紙の爆弾』2021年1月号 菅首相を動かす「影の総理大臣」他

渾身の一冊!『一九七〇年 端境期の時代』(紙の爆弾12月号増刊)

鹿砦社創業50周年記念出版『一九六九年 混沌と狂騒の時代』

首都圏に住んでいると、三方を山に囲まれた地形ゆえにか、列島を襲う天変地異と無縁な気がしてくる。それは阪神地区や中京地区にもいえる、歴史的に平野が都市化に向いていたことの反映なのだろうか。テレビやネットで各地の災難をみるたびに、記憶を新たにしなければならないと思う。

今年も自然の災禍はやってきた。松岡代表の故郷熊本は、球磨川沿いの狭隘な地域が集中豪雨に見舞われた。焼酎の取材で訪れたこともあるが、狭い川沿いに伝統的な家屋があつまる、その意味では良水にめぐまれたところならではの、名酒の産地である。

「わが故郷・熊本が未曾有の豪雨被害に遭いました。4年前の熊本地震は、熊本市を中心とする県内北部での被災でした。今回は人吉市を中心とする球磨川沿いの県内南部の被災でした。亡くなられた皆様に心より追悼申し上げ、被災された皆様方に心よりお見舞い申し上げます。」
「私や鹿砦社はこれまで、壊滅的打撃を受けた15年前の出版弾圧(2005年)、その前の阪神大震災(1995年)など、幾度となく困難に見舞われてきましたが、その都度、皆様方のご支援を賜り運良く乗り越えてまいりました。会社を再興したここ10年は、ヒットが続いた際には、高校の同級生がライフワークとして始めた島唄野外ライブ「琉球の風」はじめ志あるイベントや運動に利益を還元してきました。寺脇研さんの映画や3・11東北大震災(日本赤十字社)などにも100万円単位で寄付しました。中には還元する相手を見誤ったこともありましたが(苦笑)。今はそうもいかなくなりましたが、何卒ご容赦ください。
 そのようにお金に執着しない生き方をしてきた私もそろそろリタイアーを考えないといけない歳になりましたが、こんなことをやってきましたから、建売の23坪の自宅1軒が残ったぐらいで資産も預金も残せませんでした。無計画な中小企業経営者には退職金もありません。3千万円も4千万円も退職金をもらえる公務員が羨ましくないわけではありませんが、小役人的生き方を拒否してこの仕事に入ったわけなので、まあ仕方ありませんね。今のところはまだましなほうでしょう。なにしろ15年前は地獄に落とされ、「もう終わったな」と思ったぐらいですから──。とりとめのない話になりましたが、自分を鼓舞するために書いています。たまにはご容赦ください。ともかく今が踏ん張りどころ、「がまだす」しかありません。」(松岡利康 2020年7月21日)

年末にいたり、ようやく中断となったGoToトラベルキャンペーン。われわれは起動段階から警告を発してきた。

「今回の『Go To トラベル キャンペーン』を総理に提案したのは、その今井秘書官の指揮のもと、新原浩朗経産省産業政策局長だといわれている。この新原局長は内閣官房で日本経済再生総合事務局長代理補の肩書もあわせ持ち、今井氏と働き方改革や教育無償化など、総理肝いりの政策を実現させてきた人物だ。」
「そもそも「Go To トラベル キャンペーン」は、収束後の政策ならぬアイデアだったはずだ。じつはここに、安倍政権の本質が顕われているといえるのだ。危機管理にからっきし弱く、天災や今回のような疫病禍など困難には耐えられない。それゆえに、なるべく明るい話題に飛びつく。早すぎるアイデアの実行に飛びついてしまうのが、安倍総理の抜きがたい体質なのである。」
「もしも安倍政権が想定したとおりに観光が動いたとして、もしもコロナ感染がその観光地で拡散、死者が出たらどうするのだろうか。総理を辞任して済むような話ではないのだ。『Go To トラベル キャンペーン』の予算は1兆7000億円だという。持続化給付金同様に、大手代理店が中抜きをするのだという。そんなことであれば、その巨額予算はただちに観光業界の支援金に回すか、ホテルや旅館を感染者の一時待機施設として確保する。そんなアイデアこそ実現するべきではないか。」(横山茂彦 2020年7月18日)

8月段階で、全国の感染者はまだ1000人越えにすぎなかった、と今にして政府の失政を顧みるしかない。もっと声を大にして、Go To トラベルの危険性を訴えるべきであった。5月、6月と低減、あるいは封殺されていたコロナ感染を、この愚策は反転攻勢させてしまったのだ。そこには利権の構造があった。

「全国の感染者がデイリー1000人を越え、とくにウイルス感染の「密集・密接」が顕著な大都市東京において、いよいよ460人越えの感染者数となった(7月31日)。医療崩壊を怖れるあまり、PCR検査にハードルを課してきた厚労省官僚(医系技官)および国立感染研のテリトリー主義の結果、日本はいよいよウイルス禍のなかで滅亡のきざしを経験しつつある。」
『「週刊文春」によると、この『Go To トラベルキャンペーン』の推進者である二階俊博自民党幹事長をはじめとする自民党の観光立国調査会の役職者37人が、旅行関連業者(ツーリズム産業共同提案体)から4200万円もの政治献金を受け取っていることがわかっている。つまり、こういうことだ。国民をウイルス禍にさらす旅行キャンペーン(旅行費の35%補助、15%のクーポン支給)は、旅行業界からの政治献金(限りなく賄賂に近い)への見返りだということなのである。この『観光立国調査会』という組織は、二階幹事長が最高顧問を務め、会長は二階氏の最側近で知られる林幹雄幹事長代理、事務局長は二階氏と同じ和歌山県選出の鶴保庸介参院議員である。
 そして実際に『Go To トラベルキャンペーン』の事業を1895億円で受託したのが、上述の『ツーリズム産業共同提案体』なる団体である。自民党議員に4200万円を寄付したのも、じつはこの団体を構成する観光関連の14団体なのだ。
 そもそも二階幹事長は観光立国調査会の最高顧問を務めるばかりか、全国旅行業協会(ANTA)の会長でもある。この全国旅行業協会が、上述した観光関連14団体の中枢を構成するのはいうまでもない。二階幹事長はいわば、旅行業界のドンなのである。またもや利権政治、国民の生命を危機に晒しながら利権を追及するという、超の付く政商ぶりを発揮していると言わざるをえない。」
「週刊文春の記事から引用しておこう。『(ツーリズム産業共同提案体)は全国5500社の旅行業者を傘下に収める組織で、そこのトップである二階氏はいわば、”観光族議員”のドン。3月2日にANTAをはじめとする業界関係者が自民党の「観光立国調査会」で、観光業者の経営支援や観光需要の喚起策などを要望したのですが、これに調査会の最高顧問を務める二階氏が「政府に対して、ほとんど命令に近い形で要望したい」と応じた。ここからGo To構想が始まったのです』(自民党関係者)。これこそ、政治の私物化にほかならない。」(横山茂彦 2020年8月3日)

政府の失政は、もっとも困難な生活者たちを直撃する。自治体もまた、独自の利害で動いてしまう。そこには人間への視点がないのだ。

「7月6日、昨年閉鎖されたセンター前に組合のバスを置く釜ヶ崎地域合同労組や、北西角に団結テントを設置する仲間に、『土地明け渡し請求事件』の訴状などが届いた。『出ていけ!』と訴えるのは大阪府だ。コロナ災いが続く中、センターから野宿者を追い出したいのは、都構想とリンクする西成特区構想を前に進めたいがためだ。」
「コロナ対策の特別定額給付金の支給も大阪が一番遅れている。大阪都構想を進める副首都推進局の職員数80名以上に対して、特別定額給付金を担当する市民局の職員数が18名と非常に少ないことも理由の1つだろうが、市民局がどこにあるかも『非公開』にするなど、吉村知事、松井市長のコロナ対策はあまりにいい加減過ぎるからだ。」(尾崎美代子 2020年7月17日)

コロナ禍を押しとどめられない段階で、安倍が政権を投げ出すのは目に見えていた。彼がなしえたのは、わずかに「アベノマスク」なる実効性も実現性もない、小手先のプレゼントだったのだから。これが7月末の、われわれの指摘だった。そして継承者の岸田がつまづく中で、自民党は次善ならぬ「次悪」の選択肢に向かうのだ。これもわれわれの予想どおり、最悪のものとなった。

「新型コロナ防疫対策で、無策と危機管理のなさを露呈した安倍政権が末期であることは、もはや誰の目にも明らかとなっている。朝日新聞が実施した世論調査(2020年5月第2回調査)によれば、支持29%、不支持52%である。安倍総理に批判的な朝日新聞とはいえ、29%という数字は危険水域であろう。
 共同通信が6月17~18日に行った調査では、安倍政権の支持率は44.9%で前回より10.5ポイント低下。不支持の43.1%と拮抗する結果であった(共同の調査では、2012年の第2次安倍政権発足以来、安定して50%以上の支持率を保っていた)。」
「岸田氏の肝煎りとされた新型コロナウイルス対策の『減収世帯への30万円給付』が、公明党が求める一律10万円給付に覆されたことだ。これによって力量不足が露呈し、各種世論調査の『次の首相にふさわしい人』では石破氏に大きく水をあけられたまま、差が縮まる気配もない。総理周辺は「あれでは石破氏に負けてしまう」と危機感を隠さない。」
「そこでにわかに浮上してきたのが時事報が伝えるとおり、菅義偉官房長官の中継ぎ総理・総裁就任説である。」(横山茂彦 2020年7月28日)

カウンターリンチ事件の検証、および鹿砦社に対する名誉棄損裁判である。そして、鹿砦社と特別取材班が懸念してきた、暴力事件の再発である。この事件にとつをとってみても、本件裁判の意義、必要性は明白であった。

◎【カウンター大学院生リンチ事件(別称「しばき隊リンチ事件」)検証のための覚書14】 闘いはまだ終わってはいない!(12) 平気で嘘をつく人たち(5) ~ 香山リカの場合(松岡利康 2020年7月2日)
◎【同15】 リンチ被害者M君を村八分にした「エル金は友達」祭りの首謀者・朴敏用が「あらい商店」再開! 再びしばき隊/カウンターの根城構築か? (松岡利康 2020年7月8日)
◎【同16】「黒田ジャーナル」の流れを汲む『新聞うずみ火』は、リンチ事件を黙過し耳触りの良い記事を掲載する前に、凄惨なリンチ事件に対する見解を明らかにせよ! 「黒田精神」は何処へ?(松岡利康 2020年7月14日)
◎【同17】あらためて〈差別〉について考える──鹿砦社特別取材班キャップで広島原爆被爆二世の田所敏夫さんのカミングアウトに触発されて(松岡利康 2020年8月25日)
◎【同18】〈差別と暴力〉について(松岡利康 2020年8月27日)
◎【カウンター大学院生リンチ事件(別称「しばき隊リンチ事件」)続報】対李信恵第2訴訟、いよいよ天王山へ! 11・24、本人尋問決定! M君リンチ事件検証・総括本も編集開始! この4年余りのM君支援―真相究明の〈総決算〉を勝ち取ろう!(松岡利康 2020年9月7日)
◎【カウンター大学院生リンチ事件(別称・しばき隊リンチ事件)裁判報告】【前編】 2020年11月24日、鹿砦社対李信恵第2訴訟本人(証人)尋問行われる! 鹿砦社と李信恵らが直接対決! 鹿砦社側「圧倒」!! (鹿砦社特別取材班 2020年11月26日)
◎【カウンター大学院生リンチ事件(別称・しばき隊リンチ事件)裁判報告】【後編】 2020年11月24日、鹿砦社対李信恵第2訴訟本人(証人)尋問行われる! 鹿砦社と李信恵らが直接対決!鹿砦社側「圧倒」!! 終了後の当日夜、傷害事件発生!!(鹿砦社特別取材班 2020年11月27日)
◎《速報》歴史は繰り返すのか ──「M君リンチ事件」は教訓化されていない! 「カウンター/しばき隊」中心メンバー・伊藤大介氏逮捕について(鹿砦社特別取材班 2020年12月10日)

永遠の名作『はだしのゲン』の優れたリアリズムこそ、戦争のあるがままの姿を暴いている。

「テレビや新聞が毎年夏に繰り広げる戦争報道では、広島もしくは長崎の被爆者が『歴史の証人』として登場し、原爆や戦争の悲惨さを語るのが恒例だ。今年も例年通り、そういう報道が散見された。こういう報道も必要ではあるだろうが、残念なのは、被爆者たちが戦時中、自分自身が戦争に対して、どのようなスタンスでいたのかということを語らないことだ。」
「その点、『はだしのゲン』はそういうセンシティブな部分から目を背けない。この作品では、原爆の被害に遭った広島の町でも、戦時中は市民たちが「鬼畜米英」と叫び、バンザイをしながら若者たちを戦場に送り出していたことや、戦争に反対する者たちを「非国民」と呼んで蔑み、みんなで虐めていたことなどが遠慮なく描かれている。」
「『はだしのゲン』がさらに秀逸なのは、他ならぬ主人公の少年・中岡元やその兄たちも戦時中、必ずしも戦争に反対していなかったように描かれていることだ。」「さらに元は他の少年たちから非国民扱いされ、差別される一方で、自分自身も朝鮮人のことを差別する言動を見せている。たとえば、顔見知りの朝鮮人男性と一緒にいるところを他の少年たちにからかわれ、その朝鮮人男性に対し、一緒にいたくないということを直接的に伝えたりするのである。」「テレビや新聞の型どおりの戦争報道とは一線を画していると思うし、後世に残すべき作品だと思う。」(片岡健 2020年8月26日)

安倍辞任はわれわれのみならず、おおかたのメディアが予測してきたところだ。桜を見る会をはじめとする自身の政治疑惑に疲れ、新型コロナ防疫においては、ほとんどなすところのなかったお坊ちゃん宰相にとって、公然と病院検査をアピールする健康不安が最適の言い訳だった。8月末の記事である。

「予想された辞任劇だったが、まずはお疲れ様と申し上げておこう。そして、2期8年8か月におよぶ安倍政権というものが、国民と苦難をともにする指導者集団ではなく、危機において政権を投げ出す無責任な指導者に率いられた集団だったことに思いを致さずにはおれない。二度目の投げ出しである。」
「持病の潰瘍性大腸炎も、上部消化器系ほどではないが、ストレス性の発作疾患である。第1期においては、お友達内閣の辞任連鎖のはてに、参院選挙における敗北というストレスで政権を投げ出さざるをえなかった。今回は明らかに、コロナ防疫の失敗、その困難さゆえのストレスに負けたのだ。」
「世の中が好展開しているうちはいいが、いったん困難に向かうと、たちどころにストレスに負けてしまう。これでは政治家の価値はない。安倍晋三という人物は、まさに政治家の土性骨をもたない、お坊ちゃま政治家だったのである。」

憲法改正、拉致問題の解決という、安倍自身が政権に就くためのスローガンは、むなしく果たされないままだった。

「政権の最重要課題として、安倍総理は『憲法改正』『拉致問題』『北方領土問題』を掲げてきた。」
「このうち憲法改正は、辻本清美の『自衛隊が合憲か否かを、国民投票でやっていいんですか? かれらに国民が「違憲だ」とされてもいいんですか?』という、単純きわまりない質問で頓挫した。」
「そう、自民党の改憲草案および安倍私案は、自衛隊の合憲化にとって諸刃の剣なのである。小心者の安倍は、ついにルビコンを渡れなかった。」
「拉致問題はどうだろう。安倍にとってこの問題は、政権獲得の原動力だったばかりではなく、やはり諸刃の剣だった。いったんは北朝鮮の対日大使をつうじて、二度にわたる調査団を派遣するも、結果が思わしくないとなると調査を凍結(ストックホルム合意を反故)してしまった。」
「拉致された日本人たちが『帰りたくない』と言ったのか、あるいは『全員死亡、未入国』(北朝鮮)が事実だったのか。家族会には何も伝えないまま、北朝鮮が一方的に『調査を中止した』と言いくるめてしまったのだ。日本外務省の調査団は自主的に帰国した。」
「『北朝鮮による拉致問題は、私の内閣で必ず解決いたします。拉致被害者を最後の1人まで取り戻し、全員が家族と抱き合える日まで、私は必ずやり遂げると国民の皆さまにお約束いします』というのは、嘘となったのである。」
「いま、家族会をはじめとする拉致問題支援者たちは、安倍の不実を批判しているという。総理の座を射止めた政治テーマにおいて、かれは総理の座を追われたのかもしれない。」(横山茂彦 2020年8月29日)

女の敵は女、とはよく言ったものだ。

「ジャーナリストの伊藤詩織氏が、予告どおりセカンドレイパーを提訴した。元TBS社員の山口敬之氏から性的暴行を受けた(2020年1月、民訴で認定)伊藤氏は、2017年に実名を明らかにした後、ネット上で事実に基づかない誹謗中傷を受けていたのだ。」
「提訴の要件がみずから書いた『ツイート』ではなく他人のツイートへの『いいね』だけなのであれば、かなり微妙かつ画期的な司法判断が問われることになる。」(横山茂彦 2020年8月24日)

「杉田水脈(みお)衆議院議員の自民党内閣第一部会・内閣第二部会合同会議で発言したとされる。この会議に出席した複数の自民党関係者の証言から、共同通信が配信したものだ。」
「部会の会議では、男女共同参画の来年度要求予算額についての説明が行なわれ、その中で『女性に対する暴力対策』に予算が建てられたことを巡っての発言だったという(本人のブログから)。つまり、女性への暴力について『女性はいくらでも嘘をつける』と、あたかも被害者女性がウソをつくから問題だ、とでも云う被害者バッシングを行なっていたのだ。」
「慧眼な本欄の読者諸賢ならば、すぐに思い起こされる事件があるだろう。安倍政権の御用ライター・山口敬之のレイプ事件を擁護した、杉田の一連の発言。とりわけ、彼女のセカンドレイプに係る訴訟事件である。」
「どうしてこんな低レベルの政治家が生まれたのだろうか。杉田はもともと、日本維新の会から衆議院選挙(2012年)に出馬し、選挙区(兵庫6区)で敗れたものの、比例区(近畿ブロック)で復活当選した議員である。2014年の維新の会の分裂にさいしては次世代の党に参加し、2014年の衆議院選挙で落選している。つまり、いずれも選挙区では落選しているのだ。」「国民にウソをついたのだから、さっさと辞職するべきであろう。そもそも杉田水脈には、国民に選ばれた国会議員の地位にしがみつく正当な理由はないのだから。」(横山茂彦 2020年10月2日)

安倍の後継者は、最悪の法律知らずだった。この男の勘違いを、とことん叩き直さなければならない。引用が少々長くなるが、法理論的な論点をしっかりと把握してほしい。

「おそらく政治の権限というものを、あまりにも単純に考えているのだ。国民の負託を受けた政治権力(総理大臣)は、その任免権において何をやっても許されるのだと。ヒトラーの全権委任法を、21世紀において実行しようとしているかのようだ。」
「日本学術会議の新会員任命(任期3年)について、菅総理は105名のうち6人を任命しないという処置をとった。史上初めてのことである。」(横山茂彦 2020年10月3日)

「ここまでの問題点、および議論を整理しておこう。学術会議法(7条2項)によれば、会員の任命は『学術会議の推薦に基づき、総理大臣が任命する』であるから、総理大臣は『任命しなければならない』とするものだ。つまり『任命』はできても『選任』はできないのだ。これを混同したところに、菅総理の瑕疵がある。」
「この任命とは『内閣総理大臣は国会の指名に基づき、天皇が任命する』『最高裁長官は内閣の指名に基づき、天皇が任命する』(憲法6条)と同様で、『任命者は拒否できない』ということなのだ。」
「行政官たる閣僚が内閣総理大臣に任命されたり、省庁の行政官僚が大臣に任命されるのとは、したがって明確な違いがあるのだ。この独立性の必要は後述するが、学問の自由および学術会議が成立した理由にかかわる問題なのだ。」
「今回の政府側の任命拒否の理由は、一般社会および官僚組織から理解しがちな誤りだともいえる。」
「いわく『内閣府の所轄であり、総理大臣に任命権が存在する』というものだ。さらには、学術会議の会員は『特別公務員であるから、任免は総理大臣が行なう』と、その行政的な性格を述べている(いずれも加藤官房長官)。いずれも誤りである。」
「前回の記事(10月3日)でも明らかにしたとおり、学術会議法第3条には『学術会議は独立して……職務の実現を図る』とある。この独立性は言うまでもなく、学問の独立(憲法23条)に根ざしている。と同時に、科学および学問の戦争協力を反省することこそ、学術会議が発足する契機であったからだ。学術会議の存在意義とは、戦争の反省の上に立った『政治と学問の分離』なのである。」
「したがって、学術会議が政権からの独立性を強調しても、し過ぎるものではない。なぜならば、この独立性こそが、政府への諮問・提言が効果的・有効たりうる担保だからだ。政権の云うままの学識者ばかりであれば、その提言は何ら有意義な内容を持たないことになる。国政の方向性もまた、長期的な展望を欠いたものになるであろう。菅のような権力万能論者には思いもよらないことかもしれないが、政策にとって批判こそが有益なのだ。」
「ここに一般社会での任免権とは明確にちがう、学術会議の独立的な性格があるのだ。なかなか理解しづらいことかもしれない。」
「たとえば、任命(管理)責任が総理にあるのだから、任命の拒否も当然なのではないか。あるいは、税金を使っているのだから総理大臣が任免に責任を持つべきだ。という感想を抱く人もいないではないだろう。だが、そうではないのだ。」
「国政のうち、とりわけ科学技術や国防安保政策など、国家の方向性をめぐるきわめてセンシティブなテーマ、慎重を要する法案などについては、ひろく識者の意見を取り入れることが肝要である。国庫から10億円の予算を割いて、学術会議としての諮問機関を設置するには、その独立性こそが要件である。なぜならば、総理大臣には学術会議会員の任免の専門的な能力がない。そして多様かつ批判的な意見こそが求められるからだ。」(横山茂彦 2020年10月6日)

それにしても、可愛らしいほどのポンコツ総理である。菅を批判する人々が、ちょっと情けない、あまりにもお粗末との感想を漏らすのも理由がある。

◎学術会議問題を収拾できなければ、政治危機をまねく危機感から研究者たちを「扇動者」呼ばわりする菅義偉首相のポンコツ答弁(横山茂彦 2020年11月10日)

◎“GO TO 停止”発表直後に国民の血税で豪遊する菅義偉ポンコツ総理のトホホ晩餐会 ── 言行不一致の末、感染防止「勝負の3週間」の敗北が確定(横山茂彦 2020年12月18日)

部落問題へのアプローチである。けっして「マズイこと」が起きたのではないことを、まずは確認してもらいたいと思います。日本は差別社会であり、部落差別は水や空気のように存在する。がゆえに、議論が必要なのだ。多くの方に議論への参加を参加を呼びかけたい。

◎月刊『紙の爆弾』11月号、本日発売! 9月号の記事に対して解放同盟から「差別を助長する」と指摘された「士農工商ルポライター稼業」について検証記事の連載開始!(松岡利康 2020年10月7日)
◎部落差別とは何なのか 部落の起源および近代における差別構造〈前編〉(横山茂彦 2020年11月12日)
◎部落差別とは何なのか 部落の起源および近代における差別構造〈後編〉(横山茂彦 2020年11月17日)

最後になりましたが、今年も本通信をお読みいただき、ありがとうございました。言葉不足や熟慮の足りなさから、ご批判はもとより御不快をあたえることもあったやに思いますが、しょせんは未熟者の所業とご勘如いただければ幸甚です。みなさまの弥栄を祈念しつつ、筆を置きます。よいお年を。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

月刊『紙の爆弾』2021年1月号 菅首相を動かす「影の総理大臣」他

渾身の一冊!『一九七〇年 端境期の時代』(紙の爆弾12月号増刊)

『NO NUKES voice』Vol.26 小出裕章さん×樋口英明さん×水戸喜世子さん《特別鼎談》原子力裁判を問う 司法は原発を止められるか

2011年3.11いらい、われわれ国民が異様な年として記憶する2020年になりそうだ。コロナ禍発生の年として、日本のみならず人類史に刻まれることだろう。

今年はクルーズ船のコロナ感染に始まった。記事から引用しよう。

「2週間の拘束となっている豪華クルーズ船ダイヤモンドプリンセスの乗客、3,771人(乗員1,000人余をふくむ)から、新たに3人の感染(累計64人)が判明した。濃厚接触者273人のほかに、70歳以上の乗客(1,000人)には、再検査が行なわれているという」
「バカンスのためにクルーズしていたのに、まるで罪人のように船室に拘禁されるとは、乗船している方々に同情するしかない。報道によれば、船内感染を予防するために、船室から出ることも禁止されているという(窓なし船室の客だけデッキに出られる措置となった)。また、香港でも別のクルーズ船(3,000人乗船)に乗客の下船が禁止されている。日本政府は新たなクルーズ船の入港を拒否する方針だという」(横山茂彦 2020年2月9日)

当初、その論調はクルーズ船の乗客たちを「棄民」化する政府の無責任を指弾するものだった。ところがこのクルーズ船には、とんでない秘密があったのだ

「すでにネットでは公然と語られるいっぽうで、マスコミが報じない脱法行為が存在する。いや、すでにその華やかな幕は下りてしまったが、ここ半月ものあいだ繰り返し報じられてきたクルーズ船、ダイヤモンド・プリンセスに秘められた、とんでもない事実があるのだ」
「外国船籍であり、なおかつ公海上に出るという外洋クルーズによって、可能となっていたのがカジノである。比較的低価格で乗船できるプリンセスクルーズの場合、日本人客にカジノを体験させ、その上がりでペイするという側面もあったのではないか。とりあえず、ダイヤモンド・プリンセスがカジノ船であったことを、ほかならぬプリンセスクルーズのホームページから引用しよう」(横山茂彦 2020年3月9日)

けっきょく、クルーズ船から感染者を降ろすことで、市中に感染症がひろがった。台湾やベトナム、発生地とされる中国武漢、あるいは韓国でPCR検査がほぼ完全に実施されるなか、日本政府は後手を踏んだのである。

「感染の疑いを感じている国民が、PCR検査を受けられないという事態がつづいている。かかりつけの医院から検査機関に連絡をしても、中国武漢・湖北省の旅行歴がなければ受けられない。民間に検査をさせないから、旅行歴の基準を充たさない感染者が重篤に陥っているのだ」
「そしてこの事態に危機感をもった、元感染研の岡田晴恵教授が悲痛な告発をしたことが話題になっている。『これはテリトリー争い』『感染研のOBの一部が、自分たちのデータにしたいから、民間での検査をさせないんです』(テレビ朝日羽鳥慎一モーニングショー)というものだ。本稿の冒頭に、ICTVとWHOが新型コロナの学名を、それぞれ独自に発表しているように、医科学界は縄張り主義がつよい。かれらの功名(権威の獲得)や利権(予算の獲得)が国にとって、何の益をもたらさないのは言うまでもない」(横山茂彦 2020年3月3日)

このあと、春のゴールデンウェークにかけて自粛、さらには緊急事態宣言が発せられ、いったんコロナ禍は沈静化にむかう。

鹿砦社および支援者たちが取り組んできた、カウンター大学院生リンチ事件(別称「しばき隊リンチ事件」)がほぼ決着をむかえた。これも2月の記事から引用したい。

「カウンター大学院生リンチ事件」と呼び、巷間では「しばき隊リンチ事件」と呼ばれる、大学院生M君に対するリンチ事件で、ようやく確定判決で認められた賠償金が、金良平氏の代理人に就任した神原元弁護士からM君の代理人大川弁護士に振り込まれました。当初の代理人は別の弁護士でしたが、今年になり、なぜか代理人が交替しましたけど、まずはこの事件の一つの区切りといえる」(鹿砦社特別取材班 2020年2月7日)

そして検証作業が行なわれたので、ふり返ってみることにしたい。

◎【「カウンター大学院生リンチ事件」(別称「しばき隊リンチ事件」)検証のための覚書1】朝日新聞・阿久沢悦子記者の蠢きと、「浪花の歌う巨人」趙博の突然の裏切りについて(松岡利康 2020年4月27日)
◎【同2】みんなグルだった!? (松岡利康 2020年5月25日)
◎【同3】闘いはまだ終わってはいない!「唾棄すべき低劣さは反差別の倫理を損なう」!(松岡利康 2020年5月28日)
◎【同4】闘いはまだ終わってはいない!(2)私は血の通った一人の人間としてM君リンチ事件(被害者救済・支援と真相究明)に関わってきた(松岡利康 2020年5月30日)
◎【同5】闘いはまだ終わってはいない!(3) 真実を偽造させない!(松岡利康 2020年6月3日)
◎【同6】闘いはまだ終わってはいない!(4) 李信恵「陳述書」を批判する-01(松岡利康 2020年6月5日)
◎【同7】闘いはまだ終わってはいない!(5) 李信恵「陳述書」を批判する-02(松岡利康 2020年6月8日)
◎【同8】闘いはまだ終わってはいない!(6) 李信恵「陳述書」を批判する-03(松岡利康 2020年6月10日)
◎【同9】闘いはまだ終わってはいない!(7) 李信恵「陳述書」を批判する-04(松岡利康 2020年6月12日)
◎【同10】 闘いはまだ終わってはいない!(8) 平気で嘘をつく人たち(松岡利康 2020年6月16日)
◎【同11】 闘いはまだ終わってはいない!(9)平気で嘘をつく人たち(2)~ 野間易通の場合(松岡利康 2020年6月20日)
◎【同12】闘いはまだ終わってはいない!(10)平気で嘘をつく人たち(3)~ 再び李信恵の場合(松岡利康 2020年6月22日)
◎【同13】闘いはまだ終わってはいない!(11) 平気で嘘をつく人たち(4) ~ 師岡康子の場合(松岡利康 2020年6月25日)

安倍政権をゆるがす、総理の犯罪の実態があきらかになってくる。安倍長期政権は極右政権という印象とともに、第一次政権がそうであったように、お友だちを大切にする利権政権でもあった。その典型例が森友・加計学園であり、桜を見る会であろう。単に利権を友だちと分け合うならば実害は少ないが、わたしは間違ったことをしていない、と強弁することで不要な忖度を生み、犠牲者を出してきたのである。3月の記事から引用しよう。

「赤木氏の遺書が明らかになり、その遺書に対して『新たな事実はない』『再調査を行うつもりはない』と開き直る安倍総理。遺族(赤木氏の妻)の『自殺の原因は、安倍総理の発言を佐川理財局長(=当時)が忖度した』という主張に対しては、赤木氏が遺書に書いたわけではない、と切り捨てる安倍総理。そして野党議員の追求をかわす総理のかたわらで、ニヤニヤしながら笑みを見せている麻生財務相。憤死した死者に鞭打つかのような冷酷さに、国民の怒りは頂点に達しているといえよう」
「赤木さんの妻は23日に2度目となるコメントを発表した。そのなかで『怒りに震える』と感情をあらわにしている」
「今日、安倍首相や麻生大臣の答弁を報道などで聞きました。すごく残念で、悲しく、また、怒りに震えています。夫の遺志が完全にないがしろにされていることが許せません。もし夫が生きていたら、悔しくて泣いていると思います」
「新型コロナウイルスが猛威をふるう中、政府および自治体がイベントや花見の自粛を国民に求めている状況下、昭恵夫人はレストランで多人数の花見に興じていたというのだ(「週刊ポスト」)。総理夫人が花見に興じているいっぽうで、国民には外出の自粛を強要し、花見ができる公園を封鎖する政府に、なぜ従わなければならないのだろうか」(横山茂彦 2020年3月31日)

そして安倍総理は、みずからが訴追されることを怖れて、三権分立を掘り崩す暴挙に打って出る。検察人事への介入である。

「これほど法案反対が国民的な運動になったのは、いつ以来だろうか。いうまでもなく、検察定年延期法案(検察庁法改正)に対する批判である」
「ネット上では法案反対の声が1000万ツイートにもおよび、安倍政権への国民の怒りを象徴している。小泉今日子や東ちづるなど、国民的人気の芸能人が反対を訴えることで、コロナ不作為とはまた別の意味で、安倍政権の致命傷となりそうな気配だ。政府は強行採決も辞さない構えだが、そのことが「消えた年金」以来の自民党凋落の予兆となることを、ここに指摘しておこう」
「とくに安倍政権にというよりも、官房長・事務次官時代をつうじて、政権一般に協調的・親和的といわれる黒川弘務検事長の定年延長(閣議決定)を、安倍総理はさりげなくやったつもりだった。森友・加計・桜を見る会という具合に、総理自身の利益供与、公職選挙法違反という刑事訴追の可能性も浮上してくる中、おそらく軽い気持ちでやったのではないか。じっさい、市民運動家や弁護士による安倍総理刑事告発が、複数回にわたって官邸を悩ませてきた」
「しかしそれは、卑怯な戦術として国民の目に映った。国民の目には、官邸が訴追を怖れるあまり、三権分立を侵す検察官の人事権を掌握する挙に出たと映ったのは、あまりにも当然のことだった」
「黒川検事の定年延長をきめた閣議が法的担保のない、行政行為(法解釈の変更)であるのとは違って、停年延長法は検察に対する官邸の優位を決定づける。もはや形式的な任命権。すなわち検察官を内閣の指名により天皇が任命するという、法手続きの域を超えてしまうがゆえだ。まさに訴追権を時の政権が掌握するという、ナチス政権ばりの独裁法(全権委任法)である」
「それゆえに、松尾邦弘元検事総長は『内閣による解釈だけで法律の解釈運用を変更』することが『フランスの絶対王政を確立し君臨したルイ14世の言葉として伝えられる『朕は国家である』という中世の亡霊のような言葉を彷彿とさせるような姿勢であり、近代国家の基本理念である三権分立主義の否定にもつながりかねない』とまで安倍政権を批判しているのだ」(横山茂彦 2020年5月17日)

しかし、民意は安倍政権を追い詰めた。国民は訴追逃れの卑劣な法案を葬り去ったのである。(横山茂彦 2020年5月19日)

いっぽう、コロナ禍による影響はスポーツ界にも波及していた。安倍首相の緊急事態宣言後のキックボクシング界の経営難をレポートする。

「キックボクシングに限らず、多くの競技が先行き未定の興行中止や延期となり、ジムが自粛休業された所属選手は試合出場を目指して、今は出来る範囲でひたすら身体が鈍らないように自己練習に明け暮れる日々」
「自粛休業も、賃貸で経営するジムは家賃・光熱費が大きな負担となってくるので、経営難に陥るジムも出てくることが懸念されています」
「昭和50年代後半のキックボクシング低迷期、国内で興行予定が立たない団体と各ジムは、香港でのキックボクシングブームに乗って選手の遠征試合を重ねました。また時代を問わず、選手個人はタイへ修行に出掛け、たとえタイの田舎の無名なリングでも勧められれば臨んで出場していました。でも現在は、タイに入国も労働許可証を持った者のみと制限されている上、どこの国にも遠征することも難しい現状です」(堀田春樹 2020年4月26日)

滋賀医科大学附属病院問題において、不当判決がくだされた。

「4名の患者及びその遺族が、滋賀医大附属病院泌尿器科の河内明宏科長と成田充弘医師を相手取り、440万円の支払いを求める損害賠償請求を大津地裁に起こした(事件番号平成30わ第381号)事件の判決言い渡しが、14日大津地裁で15時からおこなわれた」
「西岡前裁判長の転勤にともない、裁判長となった堀部亮一裁判長は『主文、原告らの請求をいずれも却下する』と飄々と短時間で判決言い渡しを終えた。退廷しようとする裁判官に向かい傍聴席から『ナンセンス!』の声が飛んだ」
「この事件の期日には、これまで『患者会』のメンバーが裁判前に集合し、大津駅前で集会を行ったのち傍聴を埋めるのが常であったが、判決日は折からの『新型コロナウイルス』への配慮から、『患者会』は集会や傍聴の呼びかけをおこなわなかった。したがって本来であれば判決を裁判所の外で待ち受けていたであろう、約100名(毎回裁判期日には100人ほどの人が集まっていた)の姿はなく、静かな法廷のなかで冷酷無比な判決言い渡しの声が響いた」(田所敏夫 2020年4月16日)

「紙の爆弾」が創刊15年をむかえた。東西で祝賀パーティーが開かれ、同誌の役割の大きさが確認された。

「15年前の4月7日、『紙の爆弾』は創刊いたしました。2005年のことです。新卒で入社した中川志大(創刊以来の編集長)は、『噂の眞相』休刊(事実上の廃刊)後、約1年間、取次会社に足繁く通い、取得が困難とされる「雑誌コード」を取得し、『紙の爆弾』は創刊いたしました。創刊号巻頭には、悪名高い「〈ペンのテロリスト〉宣言」が掲載され、独立独歩、まさに死滅したジャーナリズムとは違った道を歩み始めました。創刊部数は2万部でした。4月7日、『紙の爆弾』創刊15周年! 創刊直後の出版弾圧を怒りを込めて振り返ると共に、ご支援に感謝いたします!」(松岡利康 2020年4月6日)

コロナ禍のなかで、路上生活者には過酷な日々が続いている。新宿における生活防衛の闘いをのレポートを引用する。

「新型コロナウイルス感染拡大を防ぐため、東京都はネットカフェにも休業を要請した。安定した住居を持たずネットカフェなどで生活する『ネットカフェ難民』は、2018年から2019年にかけての東京都の調べによると約4000人。文字通り路上生活を余儀なくされている人に加え、24時間営業のファストフード店やネットカフェが休業してしまえば、そこで寝泊まりする人々が路上にたたき出されてしまう恐れがあった。そこで、ホームレス支援30団体以上が協力して『新型コロナ災害緊急アクション』を結成。東京都に緊急支援を要請してきた。その結果、施設休業で済む場所を失った人をビジネスホテルに一時滞在できるようになっていった。……中略…… コロナ災害の状況では、就職先が確保されたなどというのは少数で、多くの人は野宿を強いられている可能性がたかい」(2020年林克明 2020年6月26日)

(下半期につづく)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

月刊『紙の爆弾』2021年1月号 菅首相を動かす「影の総理大臣」他

渾身の一冊!『一九七〇年 端境期の時代』(紙の爆弾12月号増刊)

『NO NUKES voice』Vol.26 小出裕章さん×樋口英明さん×水戸喜世子さん《特別鼎談》原子力裁判を問う 司法は原発を止められるか

◆総理の犯罪 ── 経緯

このかんの経緯を確認しておこう。

一昨日、安倍元総理事務所の政治資金規正法違反について、東京地検特捜部は第一公設秘書配川博之(61)の略式起訴に踏みきった(罰金100万円)。この公設秘書は辞職したという(24日安倍会見)。そして事務所の最高責任者である安倍晋三の起訴は、ついに見送られた。

検察による任意の取り調べに対して「わたしは知らなかった」「秘書がやったことなんです」「秘書が勝手にやっていた」(元総理)という、およそ自己責任のない抗弁が、わが国の政界ではまかりとおるのだ。あれほど何度も(118回)確認を求められたのに、ウソをつきとおした人物を第一秘書を雇っていたこと自体、政権の最高責任者にはあるまじき事態である。

かくして、明らかな公職選挙法違反(寄付=買収行為)であるにもかかわらず、検察の方針は安倍元総理に忖度した格好になったわけだ。一説によると、黒川検事長(当時)の定年延長で、検察人事に介入した安倍への意趣返しと見られることで、地検特捜部には安倍起訴に躊躇があったという。

その黒川元検事長は、賭けマージャンの一件で検察審査会が「起訴相当」との議決となった。起訴猶予処分となっていたが、市民感覚では許すまじということであろう。このさい元検事長には後学のためにも、臭いメシを食べることをお勧めしたい。


◎[参考動画]【ノーカット】安倍前総理 「桜を見る会」で記者会見(テレビ東京 2020年12月24日)

◆参加費補填(選挙民買収)は5600万円か?

いっぽう、補填額にも異論が出ている。5年間にわたり、800万円もの参加費補填とされているが、その額は5600万円にもおよぶとの指摘があるのだ。これは安倍を刑事告発した泉沢章弁護士らによるものだ(12月21日共同通信)。

すなわち、告発状を提出した泉沢章弁護士ら(1000人の弁護士)は、今回は15~19年分を対象とし、「補填は一切ないという安倍氏の国会答弁は虚偽だったことが明確になった。幕引きを許すべきではない」としている。ようするに、幕引き出来ないのだ。

第一秘書を人身御供的に辞職と罰金刑に終わらせても、安倍晋三が刑事訴追される余地を残している(検察審査会)ことにおいて、積年の政権私物化の罪業が追及されなければならない。

世論はもとより、マスコミも安倍訴追には積極的だ。政権寄りと評価されてきた八代英輝(TBSひるおび、元裁判官弁護士)ですら、「無罪相当でも、起訴して疑惑を問うことが必要ですよ」「嫌疑なしではなく嫌疑不十分であれば、立件できる証拠が足りないということ。国民に知らせる意味でも起訴すべきだ」「なぜ秘書にだけしか確認されていないのか。これだけの問題になっていることを、というところも含め、ご自身の口で語っていただきたいと思います」というありさまだ。


◎[参考動画]桜前夜祭で安倍前総理が陳謝“説明”は尽くされた?(ANN 2020年12月24日)

◆総選挙の年に、自民を悩ます安倍訴追

かつて、陸山会事件で政治資金規正法違反の共謀に問われた民主党の小沢一郎幹事長(当時)は2010年2月に不起訴となったが、その後に地獄が待っていた。小沢氏を告発した市民団体がこの審査に不服を訴え、4月には「起訴相当」の議決が出ているのだ。検察の再捜査後、同年5月に再び不起訴となるも、10月には検察審査会が2度目の起訴相当の議決を出し、翌年1月に小沢氏は強制起訴されたのだった。

来年は総選挙の年である。元総理の犯罪をめぐって、何度も検察審査会がひらかれ、そのうち一度や二度は起訴相当の決定がなされるはずだ。悪の所業の報いとはいえ、安倍のみならず自民党にとっても地獄のような年になると予告しておこう。


◎[参考動画]小沢氏無罪判決から一夜 再び党内抗争の兆し(ANN 2010年4月27日)

◆安倍の謝罪と弁明

いっぽう、国会の場で118回にわたり虚偽答弁を重ねてきたことは、刑事処分とは別物である。国会での虚偽答弁は、いわば国民に対してウソをついてきたことにほかならないからだ。

衆議院調査局によれば「安倍事務所の関与はない(参加者が支払った)」が70回、ホテルからの「明細書はない」が20回、そして「補填はしていない」が28回だという。

虚偽答弁問題の拡散に、さすがに自民党も安倍元総理への事情聴取に応じざるを得ない趨勢となり、25日の衆議院議運理事会での弁明(答弁に事実ではないことがあった、との弁明)となったものだ。

安倍の政策には全面的に賛意をしめす橋下徹は、関西テレビの番組で「議員辞職せざるをえない」「国会の場であれほどのウソがまかり通ったのだから、辞職しなければ国会が成立しない」「議員や大臣がウソばかりつくのでは、国権の最高機関が地に堕ちる」「ホテル側に電話一本いれれば、確認できていた話」と口をきわめて、安倍の居直りともいえる態度を批判した。これこそ正論であろう。


◎[参考動画]桜を見る会 安倍氏の国会答弁を振り返る(朝日新聞 2020年12月22日)

◆菅総理も同罪である

この「謝罪」を受けて、国会(予算委員会)の場で答弁をせまられるのは菅現総理である。

過去の国会答弁では、野党の「(菅)官房長官の答弁も虚偽答弁になるんですよ」という追及に、

「ドン!(答弁席のテーブルを叩く)わたしの答弁が、なぜ虚偽答弁なのですか?」と気色ばみ、さらにこう断言したのだ。

「わたしの答弁は総理の答弁で、(安倍)総理の答弁は正しい!」

いや、元総理が認めたとおり、答弁は虚偽だったのだ。相応の責任を取ってもらう以外にない。24日段階では「総理の言ったとおりを答弁した」「国民には申し訳ないが、他の政治家の事務所の話でもあり……」などと、開き直りの「謝罪」が行なわれたのだった。自分がどこで発言をしたのか、このトホホ総理はまるでわかっていないのだ。

そのうえで、桜を見る会の疑惑(総理が犯罪の看板に使われたなど)について、再調査するか、という質問には「国会できちんとした質疑答弁が行なわれた」ことを理由に、拒否したのである。虚偽の答弁がなされたことを、つい今しがた謝罪しておきながら、またも居直るのである。国会答弁ではまたもやトホホな答弁、秘書官メモにたよる光景が予想される。

そしてもうひとつ、今回のことで菅総理が狙っているものを指摘しておきたい。すなわち、Go Toキャンペーン中断で二階派の反発を買い、相対的に孤立化を深めている菅総理にとって、安倍晋三の再登板の画策をここで断っておきたいのだ。

その意味で桜を見る会疑惑は、政権基盤の脆弱な菅総理にとって両刃の刃でもあるのだ。みずからも傷つきながら、安倍再登板の芽をなくす。今回の安倍の弁明よりも、年明け国会(1月18日)での菅総理の安部への責任なすりつけという、醜怪なふるまいこそ見ものだと指摘しておこう。

◎[参考動画]「桜を見る会」で菅総理を追及 衆院予算委(テレビ東京 2020年11月25日)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

月刊『紙の爆弾』2021年1月号 菅首相を動かす「影の総理大臣」他

渾身の一冊!『一九七〇年 端境期の時代』(紙の爆弾12月号増刊)

『NO NUKES voice』Vol.26 小出裕章さん×樋口英明さん×水戸喜世子さん《特別鼎談》原子力裁判を問う 司法は原発を止められるか

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