滋賀医科大学医学部附属病院が、国立がん研究センターが公表したプレスリリースを改ざんして、6月11日に、同病院のウェブサイトに掲載していたことが分かった。

この資料は、国立がん研究センターが公表した時点では、1ページに満たない短い資料だった。ところが滋賀医科大は、これに約2ページ分の情報を複数の資料から抜粋して再構成し、3ページに編集した。そして、これら全部が国立がん研究センターによるプレスリリースであるかのように装って掲載したのである。

何が目的でこのような大がかりな改ざん行為に及んだのだろうか。既報したように、滋賀医科大病院は、岡本圭生医師による高度な小線源治療(前立腺癌が対象)を年内で中止して、岡本医師を病院から追放しようとしている。それを正当化するためには岡本メソッドが、他の癌治療と比較して、継続するだけのメリットがないという世論を形成することが必要になる。そこで権威のある国立がん研究センターのロゴが入ったプレスリリースを改ざんして、自分たちの目的に沿った内容に改ざんしたである。

具体的な手口は、次のYouTubeで紹介している。滋賀医科大病院に問い合わせた際の音声も、そのまま収録した。


◎[参考動画]滋賀医科大学のフェイク(安江博 2019/6/26公開)
https://www.youtube.com/watch?v=w3rPzAk9G3E

◆がんセンターの資料は1ページ目だけ

フリーランス記者の田所敏夫さんらが、この改ざんについて、国立がん研究センターへ問い合わせたところ、YouTubeで示されている部分のみが同センターが発表した部分であることが判明した。

国立がん研究センターは、元々のプレスリリースと改ざん部分の区別について、田所さんに対し、次のように文書で回答している。

「お問い合わせにつきまして、担当部署に確認いたしました。
 当センターの情報は、1ページ目の当センターロゴから前立腺がんの表まで、そして、1ページ目の用語の説明のみでございます。以上、ご報告いたします。」

つまり約2ページ分を滋賀医科大病院が我田引水に「編集」して、元々のプレスリリースを含む3ページの資料に編集し、あたかもそれが国立がん研究センターが発表したものであるかのように装って、病院のウェブサイトに掲載したのである。

改ざんされた資料は次のURLでアクセスできる。オリジナル(国立がんセンターのプレスリリース)と比較してほしい。

◎[参考資料]改ざんされたプレスリリース
https://www.shiga-med.ac.jp/hospital/cms/file.php?action_disp&id=1156&fid=2013

 

改ざんされたプレスリリース

◆何が加筆・編集されたのか?
 
滋賀医科大学病院が改ざん・編集により印象操作を企てたのは、前立腺癌に対する4つの治療法における5年後の非再発率である。それによると次のような成績になっている。

・ロボット支援前立腺全摘除術(弘前大学):97.6%
・外照射放射線治療(群馬大):97.6%
・小線源治療(滋賀医大):95.2%
・重粒子線(放射線医学総合研究所病院):不明
・小線源治療(京都府立医大):94.9%

これらのデータを見る限りでは、滋賀医科大学の小線源治療(岡本メソッド)にはまったく優位性がないことになる。それどころかロボット支援前立腺全摘除術か外照射放射線治療を受けた方が、岡本メソッドを受けるよりも5年後の非再発率が高いことになる。当然、岡本メソッドの中止と岡本医師の追放はやむを得ないという世論が形成されかねない。おそらく滋賀医科大の塩田浩平学長は、それが目的でこのような誤解を与える記述の掲載を許可したのである。

◆データのトリック

これらのデータには、専門家でなければ見破れない巧なトリックが隠されている。端的に言えば、基準が異なるものを比較しているのだ。比較するのであれば、比較の基準が同じでなければならない。滋賀医科大病院は、その基本的な学術上のルールすらも無視しているのだ。

周知のように前立腺癌の検診は、血液を調べるPSA検査により行われる。PSAの数値が4.0 ng/mLを超えると前立腺癌の疑いがあり、精密検査で癌を発症しているかどうかを確定する。

意外に知られていないが、実はこのPSA検査は、前立腺癌の治療を受けた後の経過観察でも行われる。

施術方法のいかんを問わず、治療を受けた患者のPSA値は下降線をたどり、横ばいになるのだが、再発すると再上昇に転じる。この原理を応用して、医師は、PAS値の変化を観察することで、癌が再発したかたどうかを判断するのである。
 
この点を前提にしたうえで、データの改ざんについて説明する前に、前立腺癌の治療法についてもあらかじめ言及しておかなくてはならない。前立腺癌の治療では、ホルモン療法と呼ばれるホルモンを投与する療法により、施術前に癌を委縮させる方法が適用されることがままある。癌を小さくしたうえで、施術するのだ。

ホルモン治療が効力を発揮した場合、PSA値は下降する。そしてホルモン治療が終わった後も、1年から2年ぐらいの期間はその効用が維持されるので、PSAは上昇しない。

滋賀医科大が提示した他の医療機関のデータは、ホルモン治療の効用が持続している期間を含めた非再発率なのである。

とりわけ、弘前大学のデータにいたっては、論文の中でも、経過観察の期間が30カ月であることを明記している。それにもかかわらず都合のよいデータだけを提示して、あたかもロボット支援前立腺全摘除術と岡本メッソドでは、大きな違いがないような印象操作を行っているのである。

◎患者会のURL https://siga-kanjakai.syousengen.net/
◎ネット署名へもご協力を! http://ur0.link/OngR

◎[関連記事]黒薮哲哉[特別寄稿]小線源治療患者会が国会議員と厚生労働省へ嘆願、2万8,189筆の命の署名を提出(2019年3月15日付けデジタル鹿砦社通信)

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
フリーランスライター。メディア黒書(MEDIA KOKUSYO)の主宰者。「押し紙」問題、電磁波問題などを取材している。

創業50周年 タブーなき言論を! 月刊『紙の爆弾』7月号 発売中!

滋賀医科大学医学部附属病院(以下、滋賀医科大病院)で岡本圭生医師による前立腺癌・小線源治療を受けた患者や治療の順番を待っている患者らでつくる小線源治療患者会(以下、患者会)のメンバー4人が、3月13日、国会議員と根本匠・厚生労働省に対して、それぞれ別個に2万8,189筆の署名と嘆願書を提出した。同病院が告知している岡本医師による小線源治療の中止を撤回させ、継続させる方向で、政界の支援と行政指導を求めた。

患者会が3ヶ月で集めた2万8,189筆の署名

本ウェブサイトで報じてきたように、滋賀医科大病院は、前立腺癌の治療で卓越した成果を上げてきた岡本医師による小線源治療を、今年の6月末で打ち切り、7月からは手術を受けた患者の経過観察だけに切り替える。新規の患者は受け付けない。そして今年一杯で前立腺癌小線源治療学講座そのものを廃止して、岡本医師を解雇する。

そのために岡本医師の治療を強く希望しながらも、順番遵守の原則で手術の予約ができない患者が増え続けている。すでに30名を超えている。手術を受けた患者も経過観察が受けられなくなる。患者会による今回の嘆願は、こうした事態の打開を求めて行われた。

嘆願メンバーの患者会、代表幹事・安江博さんは、次のように現在の異常事態を訴えた。

「一番問題なのは、滋賀医科大病院に対して他の病院から治療の依頼がきているにもかかわらず、治療を断り続けていることです。滋賀医科大病院には治療ができる岡本医師がいるし、施設もあります。治療を希望している患者さんがたくさんいるにもかかわらず治療を拒否しているのです」

紙の爆弾のグラビアを示し説明する安江さん

 

議員への陳情

◆死への秒読みの恐怖にたえる日々

岡本メソッドに最後の希望を託していながら治療予約のできない2人の前立腺癌患者も、みずからの胸中を議員や官僚に訴えた。このうち東京都在住の山口淳さんは、昨年10月に癌の診断を受けた。転移するリスクが極めて高い癌だった。

「医師に5年生存率を尋ねると、70%といわれました。最初、前立腺癌は慌てなくてもいい病気だと思っていましたが、調べていくうちにそうではないことが分かってきました。暗い気持になりました。将来のことを考えると眠れなくなり、食事もすすまなくなりました。体重が7キロ減りました。必死で治療できる医師を捜したところ、高リスクでも再発率が3%程度の治療をする病院があることを知ったのです。それが滋賀医科大病院でした。岡本先生による治療だったのです」

有名で人望に厚い医師なので、はたして初診を受けることができるかどうか山口さんは不安で一杯だった。しかし、メールを送ったところ、すぐに岡本医師から返信があり、11月に初診を受けることが決まった。

「その時は、本当にほっとしました。やっと死から脱出できると安堵したのです。食欲も、体重も戻りました」

ところがその後、2019年の6月以降は岡本医師の治療が廃止になると告げられた。一度は命拾いしたと確信したのに、無惨にも再び絶望の底へ突き落とされたのだ。
山口さんは、現在、別の病院でホルモン治療を受けながら、滋賀医科大病院が方針を見直すのを待っている。が、そのホルモン治療も2年ぐらいが限度だと言われている。死への秒読みが始まっているのである。

 

記者会見風景

◆「きちっと癌を治せる治療を受けさせて」

山口さんと同じく東京在住の木村明(仮名)さんも岡本メソッドを希望しながら手術予約ができない患者のひとりである。昨年の9月、4段階に分類される癌ステージの「2」に該当する中間リスクの癌と診断された。木村さんが言う。

「わたしの場合、高リスクではありませんが、確実に再発しないように癌を治したいという強い希望があり、いろいろインターネットを検索したところ、岡本医師の存在を知りました。岡本先生に直接メールを送り、10月に1回目の診察を受けました」

患者にとって治療後のQOL(生活の質)を度外視することはできない。たとえば前立腺癌の摘出手術を受けた場合、尿もれなどの後遺症が頻繁にみられる。癌そのものは征服できてもQOLのレベルが低くなることがあるのだ。木村さんは、QOLを重視して、岡本メソッドを求めたのだ。ところが予想外の展開になる。

「12月に2回目の診察を受けたときに、『申し訳ないが、自分が治療できるのは6月末までで、木村さんは間に合わなかった』と言われました。わたしだけではなく、ほかに何十人もそういう患者さんがいるとも言われました。初診すら病院側から拒否されている患者さんもいるとのことでした。6月で治療が中止になると、わたしも他の患者さんも困ります。きちっと癌を治せる治療を受けさせてほしいというのが願いです」

◆責任を問われるべきなのは泌尿器科の医師たち

滋賀医科大病院で、起きている異常実態の発端は、泌尿器科の医師による不適切な医療にある。2015年1月、同病院は岡本医師を特任教授とする小線源治療学講座とそれに併設する外来を開いた。ところが同講座を下部組織にすることを目論んだ泌尿器科が、岡本医師を頼ってきた患者の一部を泌尿器科に誘導。独自に小線源治療を計画し、手術の前段で不適切な医療を行ってしまった。医師らは、小線源治療の手術経験のない素人だった。

滋賀医科大の塩田浩平学長は、被害を受けた患者の治療を岡本医師に命じた。しかし、被害を受けた患者らは怒りが収まらずに告発の動きにでた。そこで患者の口を封じるために、病院は小線源治療学講座の終了と岡本医師の追放を計画したのである。本来、両者はまったく別の問題なのだが。

◆寒空の下の署名活動の果実

こうした実態について岡本医師の治療を受けた体験を持つ、原田勝一(仮名)さんは、次のように訴えた。

「本来、病院から排除されるべき人物は、不適切な医療を行った泌尿器科の教授らであって、被害にあつた患者さんを救った岡本先生ではありません。岡本先生こそ滋賀医科大病院に残って患者さんの治療を続けるべきですが、現実にはまったく逆で、泌尿器科の医師らはなんのお咎めも受けていません。患者を助けた岡本先生が逆に排除されようとしています。まったく非常識なことが滋賀医科大で起こっているのです。こうした滋賀医科大病院のやりかたに疑問を持った方がたくさんおられて、それが2万8,000筆を超える署名になったのです」

 

厚労省課長申し入れ

署名は患者が中心になって、寒空の下、3カ月という短期で集められた。駅頭などで街宣活動を繰り返し集めたのである。

署名と嘆願書を受け取った厚生労働省の北波孝・厚生労働省医政局総務課長は、「出来ることと出来ないことがありますが、 こういう嘆願があったことは滋賀医科大病院へ伝えます」と、約束した。

なお、厚生労働省への嘆願に先立って、参議院議員会館で行われた国会議員に対する嘆願では、次の国会議員の秘書が、患者会の4人に対応した。

こやり隆史・参議院議員(自民党)
足立信也・参議院議員(国民民主党)
山下芳生・参議院議員(共産党)
三ツ林裕也・衆議院議員(自民党)
櫻井 周・衆議院議員(立憲民主党)

◎患者会のURL https://siga-kanjakai.syousengen.net/
◎ネット署名へもご協力を! http://ur0.link/OngR

《関連記事》
◎滋賀医大附属病院への「異例の抗議」行われる(2019年2月16日)
◎岡本医師の治療を求める患者7名と岡本医師が、滋賀医大附属病院を相手取り、異例の仮処分申し立てへ!(2019年2月9日)
◎滋賀医大附属病院の「治療妨害を断罪」! 岡本医師の治療を希望する前立腺癌の患者さんと、岡本医師が仮処分申し立てへ(2019年2月2日)
◎1000名のカルテを組織的に不正閲覧! 院長も手を染めた滋賀医大附属病院、底なしの倫理欠如(2019年1月19日)
◎岡本医師のがん治療は希望の星! 救われる命が見捨てられる現実を私たちは許さない! 滋賀医大小線源治療患者会による1・12草津駅前集会とデモ行進報告(2019年1月14日)
◎滋賀医科大学 小線源治療患者会、集中行動を敢行!(2018年12月24日)
◎滋賀医大病院の岡本医師“追放”をめぐる『紙の爆弾』山口正紀レポートの衝撃(2018年12月13日)
◎滋賀医科大学医学部附属病院泌尿器科の河内、成田両医師を訴えた裁判、第二回期日は意外な展開に(2018年11月28日)
◎滋賀医科大学に仮処分の申し立てを行った岡本圭生医師の記者会見詳報(2018年11月18日)

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
フリーランスライター。メディア黒書(MEDIA KOKUSYO)の主宰者。「押し紙」問題、電磁波問題などを取材している。

衝撃月刊『紙の爆弾』4月号 前立腺がん患者による“史上初”の仮処分申立て 滋賀医大病院は治療を妨害するな!他

〈原発なき社会〉を目指す雑誌『NO NUKES voice』19号 総力特集〈3・11〉から八年 福島・いのちと放射能の未来

 

2019年版『原発いらない ふくしまカレンダー』価格1000円(税込)連絡先 090-9424-7478(黒田)

福島第一原発事故で故郷を根こそぎ奪われた女性たちの有志グループ「原発いらない福島の女たち」は、3・11以後の脱原発運動で大きなうねりをつくってきた。その一人である黒田節子さんが中心となって2013年から毎年「ふくしまカレンダー」(梨の木舎)を制作発行している。最新の2019年版カレンダーの紹介と共に、これまでの6年6作の軌跡を黒田さんに4回に分けて回思回想していただいた。今回はその第4回(最終回)。

◆オキナワとフクシマ

アラフォーならぬアラセブンの女友だちで辺野古のカヌー教室に行ったのは、2017年冬の辺野古だった。沖に出て実際の抗議行動に参加するには一定の技術がないとダメなのだ。詳細をいえば……カヌーをわざと転覆させてから(当然、自らも海へジャボンと落ちる)それをひっくり返して再び乗り込むこと(復帰する)が、初心者には難しいのである。ベテランにいわせると「何でできないの?」となるが、若い人は女性でも数回やればゴーサインが出るのにそこはやはりアラセ。腕力体力も足りない、勘も鈍ったのだろう。なんとかして上がろうとしては何度もカヌーの縁で右腰骨を擦り、帰ってからもしばらくは痛かった。(以上、ウチワの話ですみません)

ところで、私たちはなぜ福島から全国からはるばる沖縄に向かうのだろうか。沖縄のロケーションはその理由の1つとして大きいものがあるのは確かだ。カヌーに揺られて広い海原に漂う感覚はある種の憧れでもある。しかし、それだけじゃないダロと。

沖縄には古い友人がいる。再会を喜び、連れて行ってもらった居酒屋でのこと。「沖縄の闘いはすばらしい。フクシマは学ばなくっちゃいけない。沖縄には希望がある」みたいなことをツルンと口走ったら、「そんな簡単にいわないで欲しい。こっちにはこっちの苦労があるのよ」とやんわり返されたことがあった。

シマッタ。自分の浅はかな言い方にちょっと恥じ入り反省もしたが、でも、でもやっぱり希望があるよ、オキナワには。圧倒的かつ卑劣な国のテコ入れにも負けずデニーさんを見事に当選させたし、なにより、全国から人が馳せ参じる辺野古には、その闘い自体に強く惹かれるものがあるんですよ。それらをもしかして「希望」と言い換えてもいいんじゃないかと思うんですよ。

さて、辺野古を巡っては、翁長前知事は8月31日に埋め立て承認を撤回し、法的根拠を失った国は工事を中断した。その後、県知事選挙で移設反対を訴える玉城デニーさんが当選。新知事が対話を求めている中で政府は工事を再開してしまった(11月1日)。

新軍事基地阻止行動は非暴力で貫かれている。「民意を無視した工事強行は許せない」「辺野古の海を後世に残せ!」ゲート前座り込みは照る日や雨の中で続いている。「1分でも1秒でも」埋立て工事を遅らせるために、カヌーチームは再び懸命にパドルを漕いで海保の暴力に抵抗している。「悲しくて悔しくて何と伝えたら良いのかわかりませんが、でもカヌーに乗らないわけにはいかないのです……」

辺野古(撮影=辺野古ぶるー/2019年版4月より)

◆山形県米沢市・行き場のない避難者たちの闘い

区域外避難者の住宅提供打ち切りから1年半ほど。行き場のない避難者に追い打ちをかける住宅明け渡し訴訟が山形地裁で起こされている。2017年9月、山形県米沢市の雇用促進住宅に住む避難者8家族を被告として、国の外郭団体「高齢・障害・求職者雇用支援機構」が明け渡しと相当額の支払いを求めて提訴したのだ(住宅管理の「ファースト信託株式会社家賃」が後で参加)。

「訴える矛先は国・東電ダロ!」「避難者を被告にするな」「国と福島県は原発事故避難者の生存権を守れ」などのプラカードを掲げて、地裁前では全国からの支援者が山形市民にアピールしている。原発事故による〝自主避難者〟が訴えられた、別称「雇用促進住宅明け渡し訴訟(米沢追い出し訴訟)」は、まさに人権侵害そのもの。弁護団と支援する会は、国連人権理事会勧告(2017年11月)の尊重を訴えながら、「訴訟を取り下げるよう原告と福島県を指導せよ」との意見書を政府に提出してもいる。

報告集会では、被告代表の方が「私たちが頑張ることで、東京など同じような状況にある人たちが『よし、やれる!』という気持ちになれば、この裁判の意味があると思う」との挨拶をされた。そう、誰しも自分らの利益のためにだけ、ここまで頑張れはしない。「人間の尊厳」という意味を考える。今、日本という国は人間の尊厳と権利を奪い続け、フクシマの命たちを傷つけ続けている。ご注目とご支援をよろしくお願いします。

山形裁判(2019年版6月より)

◆カレンダーを通じて気づいてほしいこと

最後に、今年のカレンダーは「明るいからホッとした」といった感想を複数の友人からもらった。おほめの言葉なのに、これを聞いて実は複雑な気持ちになっているのです。壁や机の上に掛けて1年間眺めるのには、暗くうっとうしいよりも明るい写真の方がいいに決まっている。

それはそうなんだけれど、ご存知のようにフクシマは先が見えない状況にあって、私たちは実は鬱を内在している。山下センセじゃないけれど、真面目に考え続けていたらまず精神がもたないに違いない。さらに語弊を恐れずにいうなら、ある意味ごまかしながら私たちは福島で日々を暮らしているわけです。確かに、明るさは人を呼ぶ。しかし今のフクシマで「明るく!」という注文は、かなり複雑な思いをさせることでもあるのを、少しは分かって欲しいんです。

ここでまたオキナワを思い出す。苦難の歴史と現在がありながら、歌や踊りが出る闘い、そして何度でも立ち上がる。はたしてフクシマにそのようなことが可能な日がやってくるのだろうか。「原発=核の災害はこれまでの世界を変えてしまった。新しい世界が始まってしまった」と表現したのは、ロシアのスベトラーナ・アレクシエービッチ。新しい世界、つまり新しい苦悩が始まってしまったと予感するのは、なにもノーベル賞作家だけではない。フクシマは、たち打ちできるのだろうか。(了)

黒田節子さん(原発いらない福島の女たち)
『原発いらない ふくしまカレンダー』連絡先
ふくしまカレンダー制作チーム 
090-9424-7478(黒田) 070-5559-2512(青山)
梨の木舎 メール info@nashinoki-sha.com
FAX 03-6256-9518

2019年版『原発いらない ふくしまカレンダー』
価格1000円(税込)

『NO NUKES voice』Vol.18 特集 2019年 日本〈脱原発〉の条件

Amazon https://www.amazon.co.jp/dp/B07KM1WMYM/

 

2019年版『原発いらない ふくしまカレンダー』価格1000円(税込)連絡先 090-9424-7478(黒田)

福島第一原発事故で故郷を根こそぎ奪われた女性たちの有志グループ「原発いらない福島の女たち」は、3・11以後の脱原発運動で大きなうねりをつくってきた。その一人である黒田節子さんが中心となって2013年から毎年「ふくしまカレンダー」(梨の木舎)を制作発行している。最新の2019年版カレンダーの紹介と共に、これまでの6年6作の軌跡を黒田さんに4回に分けて回思回想していただいた。今回はその第3回。

◆6年目のカレンダー

いつの間にか6年目のカレンダーを販売している。大変な冒険の旅立ちともいえる当初のカレンダー作りだったから、正直いって6冊目を作れるようになることは想像できなかった。3・11後の様々な動きと混乱、自分たちの生活そのものが明日をも知れない状況の中での、やったこともないカレンダー作り。多くの協力を得ながらなんとかやってきている。

◆「こんな小ぎれいにあの大惨事をまとめられてなるものか!」

2017年版12月のこの1枚は、どうも、いい写真がカレンダーに足りない感じがして、船引町の友人に半ば強引に被写体になってもらい、近所の「環境創造センター」に出向いてもらって撮ったものだった。(仕事中にゴメンナサイ、でした)

写真のキャプションは『環境創造センター内で:「こんな小ぎれいにあの大惨事をまとめられてなるものか!」と、彼女はつぶやいた。小学生向けにゲーム感覚で放射能に慣らそうとするなど、原発事故による被害の過小評価が懸念される』となっている。彼女の怒りの表情といい、その偶然のアングルといい、ラッキーだった。なにより、この環境創造センターの果たす役割こそ、その後のフクシマ棄民政策を象徴する最初の巨大なオブジェと私には印象付けられたのだ。

復興とは何だろう。立派な建物ができたら復興なのか、道路や列車が開通したら復興なのか。この1枚の写真に託した彼女と私の怒りは、月日の経過と共に収まるどころかむしろ次第に強まるばかりだ。

環境創造センター(2017年版12月より)

◆フォトジャーナリスト・山本宗補さんの1枚

「原発いらない福島の女たち」による「原発いらない!地球(いのち)のつどい」も昨年春で6回を重ねた。分科会方式で各テーマ別に福島の現状報告、全体集会では東京の女たちの友情出演でなされた詩の朗読もあった。福島の詩人が書いたものだけが選ばれていた。「心に沁みたヨ」と参加者からの感想ももらっている。集会後は友人たちによるチャンゴ隊(太鼓。朝鮮の民族楽器)を先頭に福島市内を元気にデモ行進。このスタイルが近年は続いているが、沖縄、水俣、愛媛、宮城など全国各地からの参加者と共に、「また1年、諦めないで頑張ろうネ」とエールを交換する。

いいね!の写真が1枚が入ると1冊全体が変わってくるような印象を持ってくることに気がついた。フォトジャーナリスト・山本宗補さんの1枚は、自分たちでたくさん撮った3・11行動のどの写真よりもいいと思ってしまったのだ。あれこれ手を伸ばして宗補さんと連絡がつき、これをお借りすることに快諾を得た。

女たちの3・11(撮影=山本宗補さん/2018年版3月より)

それまでは、自分たちが撮ったものでというのがふくしまカレンダーの「売り」だったわけだが、いいものを見てしまうともう見劣りしてしまってアカン。このことがあった18年版以来、1、2枚はプロのものをお借りするようになった。やはり素人とはチガウのだ。おかげさまで、ある種‘重み’が出たふくしまカレンダーになったと思うんですが、これもまた手前味噌だろうか。

◆若狭の空き地に花咲くマーガレット

福井県の高浜原発再稼働反対のデモ行進中に見た風景。天は高く、若狭の街並みは落ち着いた自然豊かなたたずまいだった。空き地に花咲くマーガレット。この海も山も集落も、フクシマの二の舞いにしてはいけない。心からそう思いつつ歩いたことだった。

若狭を歩く(2018年版5月より)

原発事故は大切なもの、美しいものほど真っ先に全てを奪っていく。それまで子ども等が無邪気にはしゃぎまわって遊んでいた緑のジュウタンがとても放射能の値が高く、季節折々の山や畑、川からの豊穣な恵みは他の食品より何倍ものセシウムが検知されている。これは間もなく8年になる現在も同じ傾向にある。コンクリートとは違い、天然の細胞深く取り付いた放射能は、雨風で容易には流れないのだ。

フクシマで失ったものの大きさを思い、道端に健気に咲く花たちが愛おしい。だから、この写真を見ると今でも涙が出るんです。(つづく)

黒田節子さん(原発いらない福島の女たち)
『原発いらない ふくしまカレンダー』連絡先
ふくしまカレンダー制作チーム 
090-9424-7478(黒田) 070-5559-2512(青山)
梨の木舎 メール info@nashinoki-sha.com
FAX 03-6256-9518

2019年版『原発いらない ふくしまカレンダー』
価格1000円(税込)

『NO NUKES voice』Vol.18 特集 2019年 日本〈脱原発〉の条件

Amazon https://www.amazon.co.jp/dp/B07KM1WMYM/

 

2019年版『原発いらない ふくしまカレンダー』価格1000円(税込)連絡先 090-9424-7478(黒田)

福島第一原発事故で故郷を根こそぎ奪われた女性たちの有志グループ「原発いらない福島の女たち」は、3・11以後の脱原発運動で大きなうねりをつくってきた。その一人である黒田節子さんが中心となって2013年から毎年「ふくしまカレンダー」(梨の木舎)を制作発行している。最新の2019年版カレンダーの紹介と共に、これまでの6年6作の軌跡を黒田さんに4回に分けて回思回想していただいた。今回はその第2回。

◆2017年版の思い出 ── 未来をあきらめるわけにはいきません

~以下、2017年版チラシから一部コピーを紹介。

……2011年3月11日の震災と福島原発事故は、私たちの暮らし、人生を一瞬のうちに変えてしまいました。5年半がたち、被害はさらに広がっています。溶け落ちたままの核燃料、海へ流される汚染水。高線量被ばくのリスクを抱えながら働く作業員の方々。子どもの甲状腺がんなど増える健康被害。除染、強いられる帰還、焼却炉問題、核汚染物の中間貯蔵地…。これらの問題はますます深刻になっています。清明で豊かだった風土は変容し、農林業の原発賠償や避難者への支援は打ち切られようとしています。  

さらに、熊本大地震や各地の火山・地震活動活発化など自然界の警告も無視して、昨年の鹿児島県川内原発に引き続き、2016年1月福井県高浜原発、8月愛媛県伊方原発が再稼働されてしまいました。

しかし、未来をあきらめるわけにはいきません。真実を伝え続けるために、自分たちで撮った写真で今年もまたカレンダーを作りました。収益は「女たち」のさまざまな活動、フクシマを伝えに行くための交通費や集会・学習会費用などに役立てられています。さらに広めていただければ嬉しいです。どうぞこれからも福島に心を寄せ続けてくださいますように。                     

◆脱原発への思いを込めて、元気にカレンダーを作り続けたい

 

フレコンバック(2017年版カレンダーより)

手前味噌が続いたが、どうかご容赦を。確かに年毎に写真巧くなっているね、とほめ言葉もいただく。素直にうれしく思う。しかし、私たちが最も心に響くのは、支払い用紙(郵便振替伝票)のメモ欄に書いてあるこんなひとことだ。

「他には何もできないでいるけど、せめてこの1冊を買うことで福島を支援したいと思っているのです」「福島の女たちの笑顔にかえって励まされている」etc。全国の皆さんに感謝感謝です。

そもそものカレンダー作成の目的について振り返ってみたい。イギリス映画に触発されたのは、活動資金を得るというのが動機の1つだったことはあるが、何より目標に向かって動き出す女たちの「共同戦線」がすごく楽しそうだったことが大きい。私たちは、回を重ねる毎に、写真は人々に強く訴える力があることを学んでいった。私たちはフクシマの実情を、本当のフクシマを世界に知って欲しいのだ。

「行動の記録」という2ページを設けている。これは女たちと原発に関する様々な運動と出来事の記録である。目まぐるしく日々は過ぎ去って行く。運動のポイントをたとえ1行でも、記録に残しておく必要があると感じている。フクシマは、永い闘いの、その序の口に入ったところだ。フクシマの現状(を伝える)・記録(を残す)・活動資金(を稼ぐ)、この3点セットが女たちのカレンダーの目的となったことを自覚したい。どれも健全な市民運動に不可欠なことだ。

さて、先が見えない中でも忙しい毎日が続いている。全国の地に散って行った福島の女たちよ、疲れすぎてはいないだろうか。いつかのあのときの写真のように、時には大声で笑っているだろうか。どうか……休み休み行こうゼ。フクシマのようなことが2度とあってはならない、原発のない社会を作っていくんだ、という同じ決意をそれぞれの胸に秘めながら。(つづく)

牛たちの……(2017年版カレンダーより)

黒田節子さん(原発いらない福島の女たち)
『原発いらない ふくしまカレンダー』連絡先
ふくしまカレンダー制作チーム 
090-9424-7478(黒田) 070-5559-2512(青山)
梨の木舎 メール info@nashinoki-sha.com
FAX 03-6256-9518

2019年版『原発いらない ふくしまカレンダー』
価格1000円(税込)

『NO NUKES voice』Vol.18 特集 2019年 日本〈脱原発〉の条件

Amazon https://www.amazon.co.jp/dp/B07KM1WMYM/

福島第一原発事故で故郷を根こそぎ奪われた女性たちの有志グループ「原発いらない福島の女たち」は、3・11以後の脱原発運動で大きなうねりをつくってきた。その一人である黒田節子さんが中心となって2013年から毎年「ふくしまカレンダー」(梨の木舎)を制作発行している。最新の2019年版カレンダーの紹介と共に、これまでの6年6作の軌跡を黒田さんに4回に分けて回思回想していただいた。今回はその第1回。

◆いつの間にか6年目 ── 映画「カレンダー・ガールズ」にヒントを得て

 

2019年版『原発いらない ふくしまカレンダー』価格1000円(税込)連絡先 090-9424-7478(黒田)

この秋、いつの間にか6年目のカレンダーを販売している。大変な冒険の旅立ちともいえる当初のカレンダー作りだったから、正直いって6冊目を作れるようになることは想像できなかった。3・11後の様々な動きと混乱、自分たちの生活そのものが明日をも知れない状況の中での、やったこともないカレンダー作り。多くの協力を得ながらなんとかやってきている。

そもそもカレンダー作りを思いついたのが、英米合作映画「カレンダー・ガールズ」を観たことから始まる。映画は、実話を元にしたヒューマン・コメディ。小さな町で女たちがある年の教会カレンダーを自分たちの女写真集にした。保守的な田舎のこと、夫たちの猛反対にもあうが、しかし、思いがけなく大ヒットして彼女たちの目論見は大成功を収める。女たちの友情や勇気、フェミ的視点もきっちりあって、抱腹絶倒の映画だった。

さて、この映画を見て「そうだ、福島の女たちのカレンダーを作ろう!」といったのが、友人Aさん。イイネッ! さらに、反原発運動などで昔から活動されていたKさんとは震災後に再会したが、いろいろなことを教えていただいた。Kさんが日本に紹介している、これまたイギリスのドキュメンタリー映画「グリーナムの女たち」を福島の女たちで観るなどしたこともあったな(2011年クリスマス)。これは何回見ても感動。女たちへパワーを与えてくれる秀作だ。

 

経産省前、白いタイベックス姿(簡易防護服)で歌う女たち(2015年版カレンダーより)

福島原発事故後、良かったことが1つだけある。それは人との出会い・再会である。梨の木舎・羽田ゆみ子さんを紹介してもらったこともあって、カレンダー作るならここと決めていた。梨の木舎は良い本を出しているところとして私でも知っていて、どんなに立派な出版社かと思いきや、神保町の片隅で社主が掃除から編集、荷造りまで全てをほぼ1人でやっているようなところで、初めて訪問したときには驚いたものだった。

「苦節35年」は、ゆみしゃんのおどけた時の口癖である。たくさんの作業をここでやらせてもらっていたが、2016年の夏、近くに引っ越されて、今度はオーガニックなコーヒーや手作りケーキも注文できる素敵な空間のブックカフェと様変わりした。もちろん本もたくさん並んでいる。

◆2014年版の思い出 ──「弾丸バスツアー」で行った大飯原発反対福井集会

 

行進する女たち(2015年版カレンダーより)

2014年版、最初のカレンダーを眺める。本当に懐かしい。刷り上がった1冊を手にした際には、ジ~ンと熱いものがこみ上げてきたのだった。当初、海のものとも山のものとも知れないカレンダー作りに女たちの中で積極的な賛成意見はなかったのだが(当然といえば当然か)、半ば押し切って赤字覚悟で始めた。女たちには規則や会則はなく、原則のようなものがあるのみ。代表も置かないいわばいい加減な、良くいえば人間を信頼(しようと)している自由なグループだ。やりたい人がやりたいところをやるというアメーバ的な運動体を私はイメージしている。(ただし、話合いと報告はダイジ)

カレンダーの表紙は、「弾丸バスツアー」で行った大飯原発反対福井集会で撮影した写真から、たかくあけみさんがイラストに変換して描いてくれた。このあけみさんのイラストは4作目に至るまで続いていて、写真集ではあっても柔らかい感じが素敵だと女たちも気に入っているし、全国の皆さんにも好評だ。

ページをめくる。買ってくれた人の1ヶ月の視線に耐えるような写真が足りなくて、かなり苦労したな。どうにかこうにか、デザイナーさんの手腕で乗り切った感じ。このカレンダーができあがってから、被写体に大きく登場して亡くなってしまった友人、福島から避難して行った仲間、様々な経過があり女たちと離れてしまった人たちもいる。特に遠方に避難した人たちにとって、この頃は超激動の日々だったと思う。新天地で頑張っている若い人たちは「私たちの誇りだ」と発言していた私だが、その思いは今も変わらない。生活するだけでも大変だろうに、脱原発の新しい世界に向けて、着実にあるいは目ざましい活躍を開始している女たちがいる。1年の年月は福島に生きる私たちにとっては、10年、20年の重みがあるのだ。

◆2015年版の思い出 ── 福井地裁・樋口裁判長の名判決と司法界への希望

2015年版。何となくカレンダー作りの流れというのが分かってきた。女たちの手作りバナーやノボリが写真に登場してくる。皆もカレンダーを意識して「ハイ、来年のカレンダー用!」とかいって、撮影時にポーズをとったりするのは楽しい一瞬だ。14年版の成功に気を良くして、それなりに写真も集まってくるようになった。

白いタイベックス姿(簡易防護服)や上野公園での女たちの堂々としたデモ行進が目を引く。「大飯原発稼働停止ばんざーい!」の1枚は、福井地裁・樋口裁判長の名判決のおかげで、司法界に希望がまだあることを確認できた喜びが女たちの満面に溢れている。イエ~ィ!

◆2016年版 ── 安達太良山の雪化粧は息を呑むほどに美しい

2016年版。正月、安達太良山の雪化粧は息を呑むほどに美しい。それだけに同時にまた悲しさにおそわれる。「放射能さえなければ」どんなにか心からこの大自然を堪能できるだろうかと。

正月、雪化粧の安達太良山(2016年版カレンダーより)

プロもタジタジの写真が存在感あるものとして登場する。鹿児島県川内原発再稼働前夜の久見崎海岸で、夕陽を浴びながら無邪気に遊ぶ子どものシルエット。抗議行動に一緒に参加したAさん(前述のアイディア・ウーマン)の絶妙なシャッターだった。

鹿児島・川内原発。再稼働前夜の久見崎海岸。夕陽を浴びながら無邪気に遊ぶ子どもたち(2016年版カレンダーより)

他にも、帰宅困難区域の「帰れない家」からショボショボ歩いて来るタイベック姿の3人と「柿」の写真。巨大な放射性ゴミ焼却炉等々、フクシマの現実をうまく表現している写真が集まった。

柿の木のある「帰れない家」(帰宅困難区域)(2016年版カレンダーより)

キング牧師の演説に乗せて創作した「私には夢がある」という絹江さんの詩は、読む人の心を動かした。ここには、絶望と希望、未来への意志と共生への願いが込められている。絹江ちゃん、ありがとう、今でも泣けるよ。(つづく)

黒田節子さん(原発いらない福島の女たち)
『原発いらない ふくしまカレンダー』連絡先
ふくしまカレンダー制作チーム 
090-9424-7478(黒田) 070-5559-2512(青山)
梨の木舎 メール info@nashinoki-sha.com
FAX 03-6256-9518

2019年版『原発いらない ふくしまカレンダー』
価格1000円(税込)

『NO NUKES voice』Vol.18 特集 2019年 日本〈脱原発〉の条件

月刊『紙の爆弾』2019年1月号!玉城デニー沖縄県知事訪米取材ほか

取材班に対する朝日新聞記者、及び朝日新聞本社の対応について、これまで山口正紀氏(元読売新聞記者)、現在も活躍中の「元全国紙記者」から頂いたコメントを既に本通信でご紹介した。このたび新聞に関わる問題(特に「押し紙」)を長年追求してきたフリーランスライターの黒藪哲哉氏からも論評を頂けたのでご紹介する。取材班は今後も無謬性に陥ることなく、つねに「私たちは間違っていないか」、「他者の意見に理はないか」と検証を続けながら、取材・報告を続けるつもりだ。(鹿砦社特別取材班)

◆暴力事件の「当事者」が同時に「反差別運動の騎手」という構図そのものが問われている

朝日新聞社の対応に問題があるのは、いうまでもありませんが、最大の問題は朝日新聞社がこの事件をどう考えているのかという点だと思います。前近代的な内ゲバ事件だという認識が欠落しているのではないでしょうか。感性が鈍いというか。事件は、単なるケンカではありません。加害者の一人が、原告となってヘイトスピーチを糾弾するための裁判を起こしている反差別運動の旗手です。しかも、朝日新聞は報道というかたちで、この人物に対してある種の支援をしているわけです。ヘイトスピーチや差別は絶対に許されるべきことではありませんが、暴力事件の当事者(本人は否定しているが、現場にいたことは事実)が同時に反差別運動の騎手という構図、そのものが問われることになります。

◆「反原連」関係者による国会前の集会も検証が必要になる

また、間接的であるにしろ反原連の関係者も事件を起こした人々とかかわりがあるわけですから、残念ながら、国会前の集会も検証が必要になります。あれは何だったのでしょうか。それはタッチしたくはないテーマに違いありません。出来れば避けたい問題です。しかし、それについて問題提起するのがジャーナリズムの重要な役割のはずです。さもなければ差別の廃止も、原発ゼロも実現は難しくなるでしょう。第一、自己矛盾をかかえた人々を圧倒的多数の市民は信用しないでしょう。

◆「M君リンチ事件」をもみ消そうとする異常な動きそのものも検証が必要だ

しかも、『カウンターと暴力の病理』に書かれているように、この事件をもみ消そうとする動きが活発になっております。そうした異常な動きそのものも検証することが必要になっているわけです。本当に朝日新聞が独立した自由闊達なメディアであれば、だれに気兼ねすることもなく、その作業に着手できるはずですが、それが出来ないところに朝日新聞社の限界を感じます。「村社会」を感じます。

もちろん、どのような事件を報道して、どのような事件を報道しないかは朝日新聞社の自由ですが、報道機関としての資質は問われます。

▼黒藪哲哉(くろやぶ・てつや)
1958年兵庫県生まれ。1993年「海外進出」で第7回ノンフィクション朝日ジャーナル大賞・「旅・異文化テーマ賞」を受賞。1997年に会社勤務を経てフリーランス・ライターへ。2001年より新聞社の「押し紙」問題を告発するウェブサイトとして「メディア黒書(MEDIA KOKUSYO)」を創設・展開。同サイトではメディア、携帯電話・LEDの電磁波問題、最高裁問題、政治評論、新自由主義からの脱皮を始めたラテンアメリカの社会変革など、幅広い分野のニュースを独自の視点から提供公開している。

◎黒藪哲哉氏【書評】『カウンターと暴力の病理』 ヘイトスピーチに反対するグループ内での内ゲバ事件とそれを隠蔽する知識人たち(2018年02月27日「MEDIA KOKUSYO」)

最新刊『カウンターと暴力の病理 反差別、人権、そして大学院生リンチ事件』[特別付録]リンチ音声記録CD

『人権と暴力の深層 カウンター内大学院生リンチ事件真相究明、偽善者との闘い』(紙の爆弾2017年6月号増刊)

『反差別と暴力の正体 暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』(紙の爆弾2016年12月号増刊)

『ヘイトと暴力の連鎖 反原連―SEALDs―しばき隊―カウンター 』(紙の爆弾2016年7月号増刊)

過日、本通信に、元読売新聞記者山口正紀さんが朝日新聞の取材班に対する対応について、率直に鋭い指摘を寄せて頂いた。以下の紹介するのは、やはり元全国紙の記者であり、いまも一線で活躍されている方からのコメントだ。感想を求めたところ、

「ごぶさたしております。なかなか凄い対応ですね!」との書き出しから次のような感想をいただいた。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ことは、個々の記者あるいは『朝日新聞』『毎日新聞』に限らず、マスメディア全体にかかわる問題だと思います。コンプライアンスの名の下に官僚組織化した全国紙などでは、事実上、記者の言論の自由は剥奪されています。よけいな問題を起こされたら責任問題になると、保身に走る管理職だらけになってしまったからです。外での執筆活動や講演活動は届け出制、あるいは許可制となり、今回のように外部から取材を受けるときは広報部を窓口にするのが基本となっています。

このような傾向が強まったのは雲仙普賢岳の火砕流事故以来です。「とにかく危険なことはするな、危険な場所に行くな」ということで、現場記者は上司の管理下に置かれるようになりました。容易に想像がつくと思いますが、こうした傾向が続くと、何から何まで「上司のお伺い」が必要になり、あっという間に組織は官僚化します。

そこへネット時代が重なりました。ツイッターやブログは多くの目にさらされますから、記者のツイッターが炎上するといった事態も起きます。当然、上司に責任がいく場合もあります。外部から取材を受けたときも、そのやり取りがネットにあがることがあり、管理職は異様に気をつかいます。すべては自己保身による事なかれ主義です。だから、正直、河野氏も現場記者も見方によっては「被害者」だと感じてしまう自分がいます。現場記者はもちろん中間管理職も組織に逆らえば直ちに処分対象になりますから。

いまのマスメディアの堕落は「コンプライアンス」から始まったと私は考えています。かつての記者は、相手が上司だろうが「おかしなことはおかしい」といったものですし、上司もまたそれを受け入れていました。つまり、記者はひとりのジャーナリストとして自立していたのです。そうした文化が意味不明なコンプライアンスにより潰えてしまいました。言論の自由を標榜するマスメディアで社内民主主義が消えかけている――極めて深刻な問題だと思っています。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

なるほど。朝日新聞、毎日新聞に限らず、「コンプライアンス」が幅を利かせる時代になって「自立した記者」が放逐される仕組みが出来上がったので、今回のような対応が生じたとの分析だ。報道機関に限らず「コンプライアンス」は近年、金科玉条のように持ち上げられている。しかし「法令順守」といえばまったく同義で意味が通じるのに「コンプライアンス」があたかも「高尚な価値」のように扱われるようになってから、新聞社や記者はがんじがらめになって「自立した記者」が存在しにくくなっているようだ。だとすれば「コンプライアンス」という概念自体が報道の基礎を邪魔しているとうことにはならないか?

新聞社はもとより「企業」でもあるが、「報道機関」、「権力監視」、「公平な報道」などの機能を読者は無意識に期待しているのではないだろうか。取材班の中には「日本の報道機関は、過去も現在も常に腐っていて批評すること自体ナンセンスだ」との極論を曲げないスタッフもいるが、それでも生活の情報源として新聞からの情報に一定の信頼をおく読者は少なくないはずだ。

であるから、「元全国紙記者」氏の指摘は、深刻な構造的問題を提示してくれている。

「法律に従うこと」と「過剰な自己保身に走る」ことは異なる。自己保身に必死な「新聞記者」(あるいは新聞社)から、本質的な「スクープ」が生まれてくるだろうか。権力が撃てるか。「規制が強すぎて書きたいけども書けない」のであれば、むしろそう告白して欲しい。新聞社の内実が、そのような「自己保身」を中心とした価値観で占められていることなど、多くの読者は知る由もない。

(鹿砦社特別取材班)

◎朝日新聞本社広報部・河野修一部長代理が鹿砦社に答えた一問一答の衝撃(2018年2月20日鹿砦社特別取材班)

◎〈特別寄稿〉こんな官僚的対応をしていて、新聞社として取材活動ができるのか ── 大学院生リンチ事件・鹿砦社名誉毀損事件をめぐる朝日新聞の対応について (2018年2月24日山口正紀)

最新刊『カウンターと暴力の病理 反差別、人権、そして大学院生リンチ事件』[特別付録]リンチ音声記録CD

『人権と暴力の深層 カウンター内大学院生リンチ事件真相究明、偽善者との闘い』(紙の爆弾2017年6月号増刊)

『反差別と暴力の正体 暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』(紙の爆弾2016年12月号増刊)

『ヘイトと暴力の連鎖 反原連―SEALDs―しばき隊―カウンター 』(紙の爆弾2016年7月号増刊)

2月20日付「デジタル鹿砦社通信」を読んで、朝日新聞社の不誠実極まりない官僚的対応にあきれ果てた。

◆幹事社として鹿砦社に対応した朝日記者には、明らかに「説明責任」がある

問題の第一は、鹿砦社が李信恵氏を名誉毀損で提訴した際、記者クラブ幹事社として記者会見の要請を拒否したこと。「加盟全社に諮ったうえ」とのことらしいが、少なくともあの凄惨なリンチ事件の当事者が、それを告発した鹿砦社を「クソ」呼ばわりした、しかもその当事者は李信恵という社会的に名の知られたライターであり、自身の訴訟では度々記者会見を開き、記者クラブ加盟各社もその会見を記事にしてきた、半ば公人である。

これは、司法記者クラブという半ば公的な存在であるメディア機関が、このリンチ事件に関しては「中立・公正」の建前を捨て、それを市民・読者・視聴者に伝えるメディアとしての役割を放棄し、リンチ加害者を擁護したことになる。

これについて、幹事社として鹿砦社に対応した朝日記者には、明らかに「説明責任」がある。朝日新聞は、安倍政権のモリカケ疑惑などで、関係機関・個人の「説明責任」を求めてきたが、自身がそれを求められた場合、当事者である記者が、電話にも応じないというのは、実に不可解な態度であり、明らかな二重基準だ。

◆3人の朝日記者がとった対応は、ジャーナリストとしての基本を踏み外した責任放棄対応だ

問題の第二は、関与した記者たちが、鹿砦社の電話取材から逃げ回り、記者個人・ジャーナリストとしての矜持も捨てて、「会社」にすべてをゆだねてしまう情けなさだ。

この3人の記者は、自分の取材対象が取材途中で「詳しいことは会社が対応します。広報を通じて取材して下さい」と言ってきたら、はいそうですか、とすんなり応じるのだろうか。そんなことはあるまい。「あなたには、問題の当事者として取材に答える義務がある」とその当事者を追及するのではないだろうか。

もし、これが朝日新聞の「取材への基本的対応」であるとしたら、もうこれから、だれも朝日の取材には応じなくなるだろうし、応じる必要もなくなるだろう。3人の記者がとった対応は、それほどにジャーナリストとしての基本を踏み外した、「会社人間」の責任放棄対応だ。

◆本社広報部部長代理の対応は国税局長に出世した佐川氏と同レベルだ

問題の第三は、対応を委ねられた本社広報部部長代理の尊大極まりない電話対応だ。

個々の記者には「本社広報部が窓口」と言わせておきながら、窓口としての役割を果たそうとせず、鹿砦社の取材を「非常識・迷惑」と非難する不誠実な電話対応に終始した。

少なくとも、「広報が対応する」というのなら、記者個々人に代わって、広報部としてきちんと質問に答えなくてはならない。そうでなければ、「広報部」とは言えない。それを、この河野部長代理は、問題の経過、事実関係もろくに把握せず、「記者に連絡を取るのは止めてくれ」「細かい大阪のことは知らない」という無責任で不当・不誠実な対応を繰り返した。

河野氏は元新聞記者なのだろうか。もしそうであれば、取材対象が「広報部」に連絡してくれと言って、広報部に連絡すると「個人への取材は止めてくれ」と言われ、はいそうですか、と引き下がるような軟弱な取材しかしてこなかったのだろう。

記者個人に「広報部を通じて」と言わせたのなら、せめて、広報部として、相手の質問に誠実に答えるのが「新聞社の広報部」ではないのか。これではまるで、「何も知りません」「資料は破棄しました」答弁を繰り返して国税局長に出世した佐川氏と同レベルだ。

今回の鹿砦社に対する対応で、朝日新聞社は、自分たちが取材対象になった場合は、こんな官僚的対応を取る会社であり、「取材の自由」や「報道の自由」を平気で踏みにじるメディアであること、ジャーナリズムとは程遠い存在であることを、天下にさらけ出したというほかない。

▼山口正紀(やまぐち まさのり)
ジャーナリスト。元読売新聞記者。記者時代から「人権と報道・連絡会」メンバーとして、「報道による人権侵害」を自身の存在に関わる問題と考え、報道被害者の支援、メディア改革に取り組んでいる。

◎[関連参照記事]鹿砦社特別取材班「朝日新聞本社広報部・河野修一部長代理が鹿砦社に答えた一問一答の衝撃」(2018年2月20日付デジタル鹿砦社通信)

◎今回の朝日の対応は多くの方々に衝撃を与えました。今後、メディア関係者の論評を暫時掲載いたします。また、皆様方のご意見もお寄せください。

最新刊『カウンターと暴力の病理 反差別、人権、そして大学院生リンチ事件』[特別付録]リンチ音声記録CD

『人権と暴力の深層 カウンター内大学院生リンチ事件真相究明、偽善者との闘い』(紙の爆弾2017年6月号増刊)

『反差別と暴力の正体 暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』(紙の爆弾2016年12月号増刊)

『ヘイトと暴力の連鎖 反原連―SEALDs―しばき隊―カウンター 』(紙の爆弾2016年7月号増刊)

3.11直後から毎日休みなく福島第一原発動向をブログで発信し続けてきた「onodekita」さんこと小野俊一医師。東電、福島、被曝をめぐる諸相からメディア・識者批判にいたるまで、縦横無尽に語ってもらった200分インタビューを8回に分けて随時掲載する。今回がその最終回。

onodekitaさんこと小野俊一医師

◆東京五輪は「福島隠し」

── 福島原発の現場でいえば、まともな働き手が減っていますよね?

将来どうするのかが問題です。最近は東京オリンピックに現場作業員を奪われ始めている。以前は発電所内部の作業員が除染に人を奪われるといわれていましたが、いまは作業員が東京・首都圏の五輪関連事業に吸い取られている。良い話はなにもないのが現状です。そんな状況で2020年に東京オリンピックができるのか? チェルノブイリの事故で被曝被害が増加してきたのは5年後ぐらいからです。

これは半分、陰謀論になってしまいますが、日本はこれまで五輪誘致に何度も手を挙げてきたけれど、なかなか実現しなかった。それが福島の原発事故があったことで、今回五輪誘致が実現できたと考えています。そうでなければ、2020年の五輪はイスタンブールだったでしょう。

では、なぜ福島があったから東京が選ばれたのか? 「福島を隠すため」だと思います。五輪が東京に決まったことで日本人の多くは舞い上がった。でも、福島の今後の現状を考えると日本は五輪開催を途中でギブアップするような気がしています。

日本の経済は土地本位制が基本です。なのに、使えない土地が3.11で増えた。戦争で負けたときだって、日本に土地はそのまま残った。だからそこから復興してきたわけです。しかし、原発事故での放射能拡散で、日本の土地は縮小した。肝心の土地がやられて、しかも、その汚染地を政府が率先して広げようとしている。これでは人間までおかしくなります。

── 戦争には敵がいますが、原発事故で敵はいますか?

放射能という敵がいます。ただ、放射能は無主物で戦いに終わりがない。プルトニウムの半減期は24000年。対して人間の寿命は70~80年。相手になりません。

私は最近、太平洋戦争関連の本を好んで読んでいます。例えば、インパール作戦はほとんどの人が無理だと言っていた作戦を一部の指導者が戦略もなしに実行して、甚大な犠牲者を生んだ。その時の指導者の論理は、「それでもいまこれをしないと負けてしまう」という言い方でした。しかも負けた後も当時の指揮官は、戦後、あのときはあれが正しかったと反省の色さえ見せず、戦後死ぬまでそのままだった。

いまの福島に対する日本政府の姿勢もこれと一緒だと思います。事故直後、放射能被爆はたいしたことがないといっていた学者や役人は、おそらく自分が死ぬ間際でも「あの時はああするしかなかった」としか言わないでしょう。「日本のためだった」とか平気でいうと思います。

── この間、政治での脱原発の転機でいえば、東京都知事選がありました。小野さんは細川・小泉陣営をどう評価されますか?

私は彼らを支持しています。宇都宮さんについてはその前の都知事選では支持していましたが、今回の都知事選で、彼は脱原発中心の候補者ではなかったと思いました。選挙演説の動画を見ましたが、脱原発は申しわけ程度に言うだけで、実際はほとんど訴えなかった。宇都宮さんにとって原発は添え物のひとつで中心ではなかったという印象を持ちました。

私はそれではだめだと思う。原発問題を正面からとらえることが肝心だと思う。その他の政策は誰がやっても一緒です。さほど変わらない。でも、原発問題を第一にした候補じゃないとなにも変わらない。それなのになぜか脱原発派の都民の中でも宇都宮さん支持の方が多かった。少なくとも選挙活動の演説では細川・小泉陣営の方が迫力があったし、脱原発に本気だったと思います。

細川さんが演説ベタなのはみな承知していますが、小泉さんはとにかく演説が上手い。メモもフリップもなしにきちんとあれだけ喋れるのは凄いです。橋下大阪市長も演説が上手いと言われますが、彼はフリップを多用します。フリップやパワーポイントなしで喋るのは二流。それらなしにきちんと話せる人の演説が一流ですね。

◆どこに希望があるか?

── この三年間はどうしようもない三年だったようにしか思えません。どこに希望があるのでしょう?

日本人は徐々に変えていくのが得意なのでしょう。ドラスティックに変えることは難しい。だから、変わってないと嘆くよりも少しでも変わったところを見つけていくと、3.11後の日本は良い意味でかなり変わった部分もあると思います。

どこに希望があるか?については「いまだに日本で原発が動いていない」。この事実だと思います。脱原発派は選挙でも勝てないし、ばらばらになっていると言われるけれど、それでも原発はいま日本で動いていない。しかも政府も財界もお金と人を大量に投じてあの手この手で再稼動を進めようとしてきたにもかかわらず、まともに原発を再稼動できていないのです。無理やり動かした大飯原発はその後尻すぼみでいまは動いていない。

当初の計画では2011年の6月頃には玄海原発を再稼動する計画でした。それを菅直人がちゃぶ台返しをして、その後2年近く日本の全ての原発が止まった。その後、大飯原発が再稼動したけれど、この5月にはそれも再び止まった。民主党政権時代にも野田や前原とかは再稼動しようとしていたわけです。

安倍政権にいたっては就任早々から再稼動実現に意欲的だった。それがいまだに動いていない。しかも、もし何基かが動いたとしても、それで今後日本の原発がばりばり動き出すかというとそういう雰囲気はさっぱりありません。この状況はたいしたものだと思います。

ただ、脱原発をもっとしっかりしたものにするために何より必要なものは、福島あるいは近隣に住む人たちが声をあげることです。先ほどお話した野村大成先生も言っていますが、「外からどうこう言ってもだめ。渦中にいる人が声をあげないとだめ」なのです。

広島原爆の際、「被爆で白血病が増えた」と最初に言ったのは地元の開業医の先生でした。この先生の発表はその直後、米国に抑えられた。しかし、抑えきれずにその後、広まった。

これと同じで福島も現場の人が声を出さないと変わらない。外からなにを言っても迫力がない。でも、福島の人が被曝についてなにか発信すれば、ものすごいインパクトです。

繰り返しになりますが、この3年間の状況をすべて悲観的に見ていても始まらない。その中から確実に良い面を見つけて、それを維持していくことが大切です。そして、大きな変化を期待するのであれば、やはり事故の現場にいる福島の人から明確な告発が出てくることが大きな突破口になると思います。福島の事故でそうした広がりを生まれるのが怖いから政府は先回りをして火消しをしている。でも、それでも火は消えていないのです。

◆科学的データで証明されない内部被曝

── 内部被曝に関しての相談はよく受けられるのですか?

基本的にはブログやメールのネット経由で、できるだけ答えるようにしています。ただ、あまりそれをやりだすと、個人の領域を超えてしまう。組織にするのは嫌ですから。それと相談をしてくる方には正直、変わった人もいます。きちんとわかったうえで判断している人ももちろんいますが、身体の不調すべてを放射能のせいと考える人と話すのは大変で、そうした方とケンカしてしまったこともありますよ。何をいっても「それだけでは納得しません、できません」と言われてしまう(笑)

── 最後に、医師として小野さんは今後、どんなかたちで福島原発事故に関わっていきたいのでしょうか?

内部被曝の分野というのは科学的なデータ・資料がありません。これは米国が莫大な資金を投じて行なった検証結果で「ない」とされた。おそらく今後もこうした資料は作られないと思います。そうすると、私に何ができるのか? 内部被曝に不安を持たれている人たちのお話を聞いてあげるぐらいの対処療法しかないです。だから肥田先生のように来た患者の話を聞いて、時には投薬をするような、その程度のことしかできないのが実情です。被曝の検診・治療というのは様々な面で極めて難しい。それがわかっているからほとんどの医師は放射能被曝には関心がなかったりするのかもしれません。そういうこともあって、福島原発事故について本を書いたからといって、私の病院に患者さんが押し寄せるというわけでもないのです(笑)。[終わり]

[2014年6月26日熊本市 小野・出来田内科医院にて]
(構成=デジタル鹿砦社通信編集部)

 

「院長の独り言」

▼小野俊一(おの しゅんいち)(小野・出来田内科医院院長)
1964年広島生まれ宮崎育ち。東京大学工学部(精密機械工学科)を卒業後、1988年に東電に入社。福島第二原発(5年間)と本店原子力技術課安全グループ(2年間)で7年間勤務。1995年に退社後、熊本大学医学部に入学し、2002年卒業。NTT病院等の勤務を経て、熊本市の小野・出来田内科医院院長。『フクシマの真実と内部被曝』(2012年11月七桃舎)
ブログ「院長の独り言」 http://onodekita.sblo.jp/

 

◎onodekitaさん200分インタビュー[全8回]

《原発放談01》福島の放射能被害はチェルノブイリより酷くなる (2014年9月15日)
《原発放談02》東電の「できる人」は役人に決してNOと言わない (2014年9月17日)
《原発放談03》自分で真実を想定していくしかない (2014年9月19日)
《原発放談04》そもそも早野龍五さんは原発を知らないです (2014年9月21日)
《原発放談05》被曝由来の病気は「個発」でなく「群発」 (2014年9月24日)
《原発放談06》分断される「原爆」と「原発」 (2014年9月26日)
《原発放談07》連関する「福島」と「水俣」 (2014年9月30日)
《原発放談08》脱原発の突破口は福島の人たちが声を上げること (2014年10月2日)

最前線の声を集めた日本初の脱原発情報雑誌 『NO NUKES voice』創刊号絶賛発売中!

 

前の記事を読む »