◆「特重」問題とは何か

「特定重大事故等対処施設」略称「特重」。現在稼動している原発も「新規制基準適合性審査」の審査書が決定し再稼働準備中の東海第二や柏崎刈羽6、7号機、女川原発2号機も、どこも完成していない。これが完成しない限り、本来は原発を動かすことは出来ないはずだった。

「特重」は既存の原発とは別棟として建てられる。そこには原発の中央制御室を代替できる設備として、原子炉を直接コントロールできる制御盤等がある緊急時制御室、送電線からではなく自立的に発電できる発電設備、格納容器に水を送るスプレイポンプ、溶融した炉心を冷却する水を送るポンプ、そしてこれらの水源(淡水タンク、枯渇する場合は海から取水)を設置する。これが「特重」の主な役目だ。

「特重」とは、いかなる考え方から出てきたのか。

「『特定』重大事故等対処施設」とは、重大事故が起きている状況下でさらに『特定』のシナリオに乗って拡大することを防止するために対策することであり「特定重大事故等対処施設」として準備するよう法令上(原子炉等規制法第43条)で義務づけた。「テロ対策」のみをするような設備ではない。

新規制基準では「重大事故対策」が必須であり、それをさらに超えるシナリオ、予測困難な事態を想定しなければならない。そのことから「重大事故」の発展として「特定重大事故」がある。テロ対策はその中の1つに過ぎない。

現在重大事故になり得るものとして想定されているのは「地震」「津波」に加え、「火山噴火」「竜巻」「大規模火災」「内部溢水」などがある。

これらが発生し、原子炉冷却用のシステムが使えなくなり、外部電源はもちろん非常用電源も全て失って、炉心溶融へと進行し福島第一原発事故への道を辿る恐れが高まった場合に、代替冷却、拡散防止対策を実行できるように「特重」が設けられる。

なお、「テロ対策」としても機能させるかの法令上の記載、国や事業者の説明があり、マスコミでもそのように記載しているが、特重を対テロ施設、設備として活用できる証拠は何処にも示されていない。国や事業者は「テロ対策施設、設備は相手(テロリスト?)に手の内を晒すわけにはいかないから「秘密」などともっともらしいことを言うが、これは説明責任を回避するための方便に過ぎない。

特重については、規制委が2015年11月13日に出した文書に考え方が書かれている。

「特重施設等は、発電用原子炉施設について、本体施設等(特重施設等以外の施設及び設備をいう)によって重大事故等対策に必要な機能を満たした上で、その信頼性向上のためのバックアップ対策として求められるものである。」現状の重大事故対策では不足しているので、重大事故時においても大量の放射能を格納容器の外に出さないなどの規制基準を満たす「信頼性向上」のために求められている。

更田豊志委員長は「施設が完成し、実際に使えることがきちんと示せて初めてOKとなる」としているが、私たちに具体的な実証をしないまま理解を求められても認めるわけにはいかない。

「対テロ施設」が必要な状況ならば、テロ攻撃を受けるリスクのあるものを作るべきではない。現実に航空機の故意による衝突による攻撃があり得ると想定しているのであれば、そのような攻撃を受けた場合は「特重」があろうとなかろうと、結果に大きな違いはない。なぜならば「特重」の機能を使う想定をしているケースでは、炉心が溶融し、建屋にも大きな損傷が発生して格納容器から大量の放射性物質が拡散し続ける中、放水砲で大量の水を掛けてチリをたたき落とすことを「最終防衛」としている。この程度で大量放出を本気で止められると信じる人はいない。

大規模な土木工事を実施し、1000億円以上(川内原発は2基分で2420億円)もの費用を掛けても、福島第一原発事故を超える事故にならないような対策をすることはできない。ましてテロ対策としての特重では、攻撃内容、規模などが想定不可能なので、その実効性についての評価も不可能だ。

◎[参考資料]原子力規制委員会が2015年11月13日に出した特重に関する文書

◆全原発へのフィルタ・ベント設置

 新規制基準では「フィルタ・ベント」設置が全原発で要求されている。格納容器から配管を出して高圧になった蒸気を外へ抜く装置だ。原発サイトによっては、これを「特重」に分類するか、一般の重大事故等対処設備に分類するか違いがある。東海第二や柏崎刈羽原発の場合は、これを一般の重大事故等対処設備に分類しており、再稼働するときには必須なので新規制基準適合性審査前に工事を行っている。

◎[参考図版]柏崎刈羽原発のフィルタベント設備概念図(東京電力)

 

◎[参考図版]高浜発電所1、2号機の特定重大事故等対処施設について(関西電力)

一方、PWR(加圧水型炉)の9原子炉(大飯・高浜・玄海・川内・伊方など)の場合、「フィルタ・ベント」装置は「特重」に分類されているので完成するのは特重設置と同時で良いとされる。

「フィルタ・ベント」を再稼働後で良いとする理由は、炉心溶融が発生し放射性物質や水素ガスが充満するような状況で、格納容器が危機的な場合でも、BWRよりもPWRの格納容器の体積が大きく破壊されにくいとしているからだ。しかし事故の進行具合で、いくらでも変わり得るところである。大きな格納容器のPWRの場合はBWRよりも耐圧(格納容器が圧力に耐える力)が低いという問題もあり「フィルタ・ベント」を後回しに出来る理由にも疑問がある。

フィルタ・ベントには原発の設計思想と運用上の問題もある。ベントは福島第一原発にもあった。しかしこれは3号機では使用できたと見られるが、2号機では使用できなかったと考えられている。そのため2号機の格納容器は破壊され、放射性物質が大量に放出されている。

福島第一原発のベント装置は後から排気筒に配管を伸ばして取り付けたもので、電源がなくなると使用できなくなり、さらにバルブ開放は人が格納容器直ぐそばに行かなければならなかった。このため大量被曝覚悟の作業になってしまった。その反省でベント装置を独立して設置し、制御室からの遠隔操作で作動可能としている。

しかし本来は最後の砦として密封し続けるべき格納容器に予め穴を開けるような行為には問題がある。また、ベント装置の間には水槽があり、一端水の中を気体が通過することで放射性物質を取り除き排気するが、ここで大きく除去できるのは水に溶けやすいヨウ素や水で冷やされれば固体になるセシウムなど。希ガスのクリプトン、キセノンは全量放出される。それが敷地内空間に滞留した場合、空間線量が急速に高くなり作業員が被曝して活動できなくなる恐れがある。また、ベント装置自体が地震などで損傷を受けて破壊されれば、格納容器に穴を開けたことと同様の事態になりかねない。

こういったことにならない運用を問うても、規制委も事業者も「テロ対策設備」を理由にまともな回答はしない。実効性が証明されない設備を信じることなどできない。

◆特重施設全般の問題点

「特重」には格納容器スプレイ・圧力容器注水・格納容器の真下のペデスタル注水という3つの注水ラインがあるとされる。そこに水源から特重に設置されたポンプを使って水を入れる。

建屋は100m以上離れた場所にあり、特重施設との間の洞道を介して注水する。特重と原子炉建屋を離したのは、航空機が意図的にぶつかってくるような場合を想定しているからだという。これで特重施設が生き残るから重大な炉心溶融に陥ったとしても原子炉建屋に注水できる、というのだ。

新しい注水ラインを100mも引き延ばしたため、複雑な問題が発生する。まず、圧力容器への注水ラインを何処に取り付けるのかだ。既に圧力容器には通常の給水ラインに加え、非常用や水位計など様々な配管が繋がっている。

新たに圧力容器に取り付けるような改造工事は構造上不可能。従って既存の給水ラインに繋がる配管のどれかに接続するしかない。その配管が破断するなど機能を失っていれば、このラインも機能しない。信頼性はその程度である。

次に、圧力容器の他にもペデスタル(格納容器下部)への注水も行う想定だが、切り替えがどのように行われるのかを含め、運用が明確ではない。圧力容器は沸騰水型軽水炉で70気圧、加圧水型軽水炉で130気圧もあるので、高圧注入でないと入らないが、ペデルタルは数気圧から10気圧程度で入るだろう。どちらに何時注水するかの判断は難しい。

さらに、ペデスタル注水は別の問題も引き起こす。それは水蒸気爆発。最大2800度の溶融燃料を冷やすために水を張ると、落下した時に水蒸気爆発を引き起こさないか。事業者も国も何度も延期している。直近の計画では、2020年度末(2021年3月末)までに対策を完了するとしていた。

東北電力によると、女川2再稼働に必要な改修工事計画を規制委との協議を踏まえ、見直したという。その結果、工事全体の計画が遅れ、2022年度中(2023年3月期)まで後ろ送りとなった。

原因について日本経済新聞は5月4日の記事で次のように指摘している。

「2月に原子力規制委員会の安全審査に合格した後に精査したところ、重機などを置く場所などが同時並行では確保できないことが分かった。それぞれの工事を順番に行うことで再稼働が当初見込みより最短で2年遅れる。東北電の見通しの甘さが問われそうだ」。

東北電力は、2013年12月に規制委に対し女川2号(82.5万kW沸騰水型軽水炉)の新規制基準適合性審査を申請し、規制委は新基準に適合する対策がされていると判断した。審査書が決定され、再稼働への道が開かれた。今後は、対策工事の完了と地元自否定するが、これも「絶対に起きない」という保証はない。結局「背に腹は替えられない」とばかりに設計したとしか思えない。

欧州の新型加圧水型軽水炉「EPR」では、直接水で冷却せず回りを水で冷却できる「コアキャッチャー」という溶融燃料の回収装置を組み込んでいる。

これならば水蒸気爆発を極力抑制できると思われる。

◆女川原発2号機の工事に遅れ

2020年2月26日に規制委が原子炉等規制法に基づく新規制基準適合性審査の審査書を決定した女川原発2号機(以下、女川2)について、東北電力は4月30日、安全対策工事完了が予定より2年遅れ、2023年3月になると発表した。

東北電力は女川2の耐震補強や津波から発電所を守るための高さ29m、長さ800mの防潮堤建設などで約3400億円の対策費を見込んでいる。同社は当初、この工事を2017年4月までに完了させる予定だったが治体の住民との合意が必要となっている。しかし安全対策工事は進んでいない。被災原発として反対の声は強い。再稼働へのハードルは極めて高い。

女川原発は東日本大震災で被災した原発だ。揺れと共に耐震壁にも1130箇所にも上る重大な損傷を受け、さらに1号機のタービン建屋では地震直後に大規模火災(高エネルギー・アーク放電火災)が発生、鎮火まで半日を要し冷温停止にも支障を来した。

外部電源や非常用ディーゼル発電機が遮断や破壊されていたら福島第一原発事故と同様の事態になっていた可能性は高く、そうなったら津波で避難していた地元住民を多数巻き込んで大惨事になっていたと思われる。

たまたま津波よりも高い位置に設置されていたとはいえ、それ以上の津波が来ない保証もなく、過酷事故も偶然回避できただけの、結果オーライといえる。

しかしながら、その検証も十分されないまま再稼働へと突き進む姿は異常だ。

▼山崎久隆(やまざき・ひさたか)さん

たんぽぽ舎共同代表。1959年富山県生まれ。湾岸戦争時、米英軍が使った劣化ウラン弾による健康被害や劣化ウラン廃絶の運動に参加。福島第一原発事故に対し、全原発の停止と廃炉、原子力からの撤退を求める活動に参加。脱原発東電株主運動、東電株主代表訴訟に参加。著書(共著)は『隠して核武装する日本』(影書房 2007年/増補新版 2013年)、『福島原発多重人災 東電の責任を問う』(日本評論社 2012年)、『原発を再稼働させてはいけない4つの理由』(合同出版 2012年)、『核時代の神話と虚像』(明石書店 2015年)等多数。

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[表紙とグラビア]「鎮魂 死者が裁く」呪殺祈祷僧団四十七士〈JKS47〉
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東京オリンピックを失って考えること

[報告]再稼働阻止全国ネットワーク
コロナ禍で自粛しても萎縮しない反原発運動、原発やめよう
《全国》柳田 真さん(再稼働阻止全国ネットワーク・たんぽぽ舎)
《六ヶ所村》山田清彦さん(核燃サイクル阻止一万人訴訟原告団事務局長)
《東北電力・女川原発》日野正美さん(女川原発の避難計画を考える会)
《福島》黒田節子さん(原発いらない福島の女たち)
《東海第二》大石光伸さん(東海第二原発運転差止訴訟原告団)
《東電》武笠紀子さん(反原発自治体議員・市民連盟 共同代表)
《規制委》木村雅英さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
《関電包囲》木原壯林さん(若狭の原発を考える会)
《鹿児島》向原祥隆さん(反原発・かごしまネット代表)
《福島》けしば誠一さん(反原発自治体議員・市民連盟/杉並区議会議員)
《読書案内》天野恵一さん(再稼働阻止全国ネットワーク)

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