これまで、クマなど、哺乳類由来の大気中の生物デブリについて述べてきました。そして、クマのデブリの解析では、空気中のデブリの量を数値化できるようにしたこともお伝えしました。この結果を応用して、空気中の病害微生物の量も捕捉可能ではないかと考えました。そこで、今、問題となっている鳥インフルエンザについて考察してみたいと思います。

◆鳥インフルエンザウィルスの捕捉

鳥インフルエンザは、現在、我が国のみならず世界の鶏舎で猛威を振るっています。鳥インフルエンザは、鳥インフルエンザウィルスによって引き起こされる鳥の感染症です。農林水産省のサイト(サイト1)に、「鳥インフルエンザは、A型インフルエンザウイルスが引き起こす鳥の病気です。鳥に感染するA型インフルエンザウイルスをまとめて鳥インフルエンザウイルスといいます。これを、家畜伝染病予防法では、家きん(ニワトリ、七面鳥等)に対する病原性やウイルスの型によって、「高病原性鳥インフルエンザ」、「低病原性鳥インフルエンザ」などに分類しています。家きんで高病原性鳥インフルエンザが発生すると、その多くが死んでしまいます。一方、低病原性鳥インフルエンザの発生では、「症状が出ない場合もあれば、咳や粗い呼吸などの軽い呼吸器症状が出たり産卵率が下がったりする場合もあります。」と記載されています。そのため、鳥インフルエンザが発生した養鶏場では、感染拡大を阻止するため、そこで飼育されているニワトリすべてを殺処分します。2022/23年シーズンは、10月末に岡山県倉敷市、北海道厚真町で確認されて以降、23県で57事例が発生。1シーズンの殺処分数としては過去最多だった2020年度の987万羽を超え、1月10日時点で1008万羽となっています(サイト2)。

その結果、物価の優等生と言われてきた鶏卵も価格高止まり状態が続いており、我々の家計には大きな負担となっています。

そのうえ、1997年香港において、当時、生きた鳥を売買している市場で流行していた高病原性の鳥インフルエンザA(H5N1)ウイルスが、ヒトに伝播し感染者が18人確認され、そのうち6人が死亡した (サイト3)例があり、今年2023年にもカンボジアで少女が死亡、その父親も感染しました。

このように、人間に対する病原性にも注意が必要です[図6.1]。

[図6.1]

インフルエンザウイルスはエンベロープ(外套膜)(直径80-120nm)に覆われた球形のウイルスで、粒子内部には直接メッセンジャーRNA(mRNA)とはならない8 分節したRNA、及びA、B、Cの型を担う核タンパク(NP)、並びに膜タンパク(M1)などを持っています[図6.2](サイト3)。RNAは、8個の分節からなっており、その全体の長さは約13キロ塩基です(サイト4)。感染経路は、感染した渡り鳥の糞、体液が大気中に拡散し、浮遊物となって、鶏舎等に侵入し、鶏舎内のニワトリに感染が広がると思われます。

[図6.2]

もし、我々が使っている大気中の生物デブリ捕集システムを使って、ウイルスの存在・量を解析すると仮定したなら、先ず、集めた大気中の生物デブリからRNAを抽出します。この場合、抽出したRNAをすぐに鋳型として解析することはできないので、コロナウイルスの場合と同様に、一旦RNAリバーストランスクリプテースと呼ばれる酵素を用いて、DNAに変換しその後、PCR法で解析することになります。以前は2ステップ法、つまり試験管操作が二回必要でしたが、2006年に一回の試験管操作で、ウイルスRNAをDNAに変換し、そのままPCRを進めて、その解析結果の取得まで行える方法が開発されました。

これにより、サンプル以外のRNA、DNA(例えば操作をするヒト由来とか)などの混入 (コンタミネーション)が起こる可能性も低く抑えることが出来ました。この時同時に、この解析に必要なプイラマーセットも作製されました(論文1)。

ワンステップ逆転写 (RT)-PCR システム と 高病原性の鳥インフルエンザA(H5N1)ウイルス特異的プライマー (フォワードプライマー:5′-ACTATGAAGAATTGAAACACCT-3′ および逆プライマー:5′-GCAATGAAATTTCCATTACTCTC-3’)を用いて解析する方法です。この方法では、高病原性の鳥インフルエンザA(H5N1)ウイルスが特異的に検出されています[図6.3]。

[図6.3]

現在、我々は、実際に解析したデータは持ち合わせていませんが、近い将来、捕集した大気中の生物デブリを用いて、高病原性の鳥インフルエンザA(H5N1)ウイルスの検出にトライしてみる予定です。トライした結果が出ましたら、改めてご報告したいと思います。

野外からの鳥インフルエンザウィルス感染阻止の対策として、現在私が考える方法は、コロナウイルス感染防止で医療者が使用しているマスクのN95フィルター、或いはさらに、目の細かい、我々が生物デブリの捕集に使用しているHEPAフィルターを使って、鶏舎に入る外気をろ過して清浄化し、かつ、出入りや隙間を防ぐ目的で鶏舎内を陽圧に保つことです。しかし、それにかかる費用は高いと思われ、畜産農業生産に見合うかどうかは難しいところです。

サイト1 https://www.maff.go.jp/j/syouan/douei/tori/know.html
サイト2 https://www.nippon.com/ja/japan-data/h01560/
サイト3 https://www.cas.go.jp/jp/influenza/backnumber/kako_11.html
サイト4 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/data-hub/taxonomy/11320/
論文1 Specific detection of H5N1 avian influenza A virus in field specimens by a one-step RT-PCR assay. Lisa FP Ng, Ian Barr, Tung Nguyen, Suriani Mohd Noor, Rosemary Sok-Pin Tan, Lora V Agathe, Sanjay Gupta, Hassuzana Khalil, Thanh Long To, Sharifah Syed Hassan and Ee-Chee Ren. BMC Infectious Diseases2006, 6:40

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〈01〉生き物の根幹にある核酸
〈02〉ヒトのゲノム解析分析の進歩
〈03〉DNAがもたらす光と影[1]
〈04〉DNAがもたらす光と影[2]
〈05〉生物種の生存圏
〈06〉大気中の生物デブリ捕集装置を用いたアルゼンチンアリの生存圏の解析 静岡市にはまだアルゼンチンアリが生息していた!
〈07〉大気中の生物デブリ捕集装置を用いた、ドブネズミ(ラット属)の生存圏の解析 この環境にドブネズミはいるのか、いないのか?
〈08〉大気中の生物デブリ捕集装置を用いた、クマ(クマ科)の生存圏の解析
〈09〉大気中の生物デブリ捕集装置を用いた病害微生物の検出

▼安江 博(やすえ・ひろし)
1949年、大阪生まれ。大阪大学理学研究科博士課程修了(理学博士)。農林水産省・厚生労働省に技官として勤務、愛知県がんセンター主任研究員、農業生物資源研究所、成育医療センターへ出向。フランス(パリINRA)米国(ミネソタ州立大)駐在。筑波大学(農林学系)助教授、同大学(医療系一消化器外科)非常勤講師等を経て、現在(株)つくば遺伝子研究所所長。著書に『一流の前立腺がん患者になれ! 最適な治療を受けるために』(鹿砦社)等

安江博『一流の前立腺がん患者になれ! 最適な治療を受けるために』

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四六判/カバー装 本文128ページ/オールカラー/定価1,650円(税込)

クマ(熊)は、哺乳綱食肉目クマ科(Ursidae)の構成種の総称ですが、我々が対象としているクマは、その下位に位置する、クマ属のクマです。クマ属に登録されているクマは、以下の7種です。

 

[図5.1]ヒグマとツキノワグマの全国分布

Ursus americanus アメリカグマ
Ursus arctos ヒグマ
Ursus maritimus ホッキョクグマ
Ursus thibetanus ツキノワグマ
Ursus spelaeus ホラアナグマ Cave bear(絶滅)
Ursus minimus 和名無し(絶滅)
Ursus etruscus エトルリアグマ (絶滅)

このうち、3種は既に、絶滅しています。日本でのクマ被害と関連するクマは、ヒグマとツキノワグマです。ヒグマは成獣のオスで体長2.0-2.8m、体重は250-500kg程度、メスは一回り小さく体長1.8-2.2mで体重は100-300kg程度とされています。一方、ツキノワグマは体長1.2-1.8メートル、体重はオスで50-120kg、メスで40-70kgとされています。

日本に於ける、ヒグマとツキノワグマの分布は、[図5.1](サイト1)のようになっています。この図には1973年と2003年の調査結果が記載されています。ヒグマの生息域は北海道に限られますが、ツキノワグマは本州及び四国に生息しています。クマ全体でみると、1973年より2003年での確認生息数が増えています。比較するとツキノワグマの方が、1973年より2003年で生息域も拡大していることが判ります。

前回で述べましたが、広島大学の西堀先生から、「広島県に出没しているクマについて解析できないか」との話がありました。最近、広島市内でもクマの目撃情報があるとのことでした。[図5.1]の2003年でのクマの生息域から判断すると、広島市には生息していないとされることから、近年の生息域拡大が確実になっていると考えられます。

地域単位でクマの生息数を予測する為に、クマDNAの検出の程度を数値化する必要があります。そして、得られた数値が現状を映したものであるかを確認する必要があります。

◆ツキノワグマ・ヒグマを検出するプイラマ-の作製

ツキノワグマ・ヒグマのDNA配列を特異的に検出することのできるプライマーを作製する時に注意することは今までと同じです。具体的には、ツキノワグマ・ヒグマのDNAは検出するが、クマとの近縁種である、イヌ科の動物或いはイタチ科の動物のDNAは検出しないプライマーを作製することです。 

作成方法の詳細は省きますが、こうした条件で作製したプライマーが、実際のPCRでクマのDNAを検出した例を[図5.2]に示しました。[図5.2]に示したものは、大気環境中にクマ由来の生物デブリが存在することを示しています。次に、それがどの程度存在するのかを数値として表す必要があります。そのために、先ずサンプル中のDNA分子数を測定することにしました。

[図5.2]実際のPCRでクマのDNAを検出した例

まず、クマのDNA分子数を3分子、30分子、300分子、そして3,000分子含むサンプルを用意します。それらのサンプルでクマのDNAの検出を試みました。[図5.3]にその結果を示しましたが、検出されたシグナルは、分子数と直線的関係にあり、その相関を示すR値は0.9997となりました。これは極めて高い相関性を示しています(Rが1であれば、完全な比例関係有りです)。

このデータを利用すれば、リアルタイムPCRの結果で、Y軸のCt値を得ることで、そのサンプルに存在するクマのDNAの分子数を計算することができます。つまり、特定の大気環境中でのクマ由来のデブリの量を計算することができるのです。
 

[図5.3]クマ検出プライマーを用いた定量的PCR解析

 

[図5.4]安佐動物公園(広島市)でのクマ舎からの距離と大気中のクマ由来DNAの分子数

次の段階として、クマがいるところで、クマDNAが見つかるか、そして、もしクマのDNAが見つかった場合は、クマのいる場所から離れるに従って、検出されるクマのDNA量が減るのかを実際の場所で調べてみる必要があります。

そこで、広島大学の西堀先生と広島市にある安佐動物公園の協力を得て、検証してみました。[図5.4]にその結果を示しましたが、予想通りクマ舎で、大気中のクマDNA分子は最も多く検出され、距離が離れるに従って、検出された分子数は減りました。

もう1サンプル、つくば遺伝子研究所の所在地で捕集した大気中でのクマDNA分子数の測定を行いました。結果、検出数はゼロでした[図5.5]。つくば遺伝子研究所の所在場所である土浦では、クマの出没情報の報告は皆無ですから、検出数ゼロは実際のことを反映していると思われます。

 

[図5.5]大気中のクマ由来DNAの分子数

意外だったのが、東広島市にある広島大学の建物の屋上で採取した生物デブリにクマのDNAが検出されたことです。図5.5に示した場所以外でも大気中のクマDNA分子数を測定し、クマDNAマップとして纏めたものを[図5.6]に示しました。この[図5.6]は広島大学の西堀先生のところでまとめられたもので、すでに公表されています。東広島市の広島大学で集めた生物デブリでもクマが検出されていることに不思議と思われる方もあるかと思いますが、最近大学から10km以内で熊の出没情報がありました。今後の課題は、どの程度離れた距離に出没するクマを検出できるのかの検証を考えています。

この結果を敷衍すれば、その地域に生息する特定生物の数までも、大気中の特定生物のデブリ由来DNAを数値化することにより予測することができると考えられます。このことは、夜行性動物、害虫の生息(さらには数)の推定に役立つものと思われます。

前回で、ある食堂でラット由来のDNAが検出されましたが、その時の検査は定性的なもので、食堂内にいるのか、野外にいてそのデブリが外気とともに侵入したのかは定かではありませんでした。これを検証するには、外気でのラットDNA分子数と食堂内の分子数を測定すること、その結果外気に比べて食堂内の分子数が有意に高ければ、食堂内に生息している可能性が示唆されます。次回以降で、大気中の特定生物のデブリ由来DNAを数値化する技術を用いて、病原微生物・害虫を検出することについて紹介したいと思います。

[図5.6]大気中のクマDNA分子数を測定して纏めたクマDNAマップ

サイト1  https://www.env.go.jp/houdou/gazou/5533/6252/2141.pdf

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〈05〉生物種の生存圏
〈06〉大気中の生物デブリ捕集装置を用いたアルゼンチンアリの生存圏の解析 静岡市にはまだアルゼンチンアリが生息していた!
〈07〉大気中の生物デブリ捕集装置を用いた、ドブネズミ(ラット属)の生存圏の解析 この環境にドブネズミはいるのか、いないのか?
〈08〉大気中の生物デブリ捕集装置を用いた、クマ(クマ科)の生存圏の解析

▼安江 博(やすえ・ひろし)
1949年、大阪生まれ。大阪大学理学研究科博士課程修了(理学博士)。農林水産省・厚生労働省に技官として勤務、愛知県がんセンター主任研究員、農業生物資源研究所、成育医療センターへ出向。フランス(パリINRA)米国(ミネソタ州立大)駐在。筑波大学(農林学系)助教授、同大学(医療系一消化器外科)非常勤講師等を経て、現在(株)つくば遺伝子研究所所長。著書に『一流の前立腺がん患者になれ! 最適な治療を受けるために』(鹿砦社)等

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ドブネズミは、日本中いたるところに生息しています。産業被害や健康被害を未然に防ぐために、日夜、ドブネズミの駆除が続けられています。養豚場での飼料や豚の健康を維持するため、そして、食材を扱うところでの接触に起因するヒトへの健康被害を未然に防ぐために、ドブネズミの駆除は衛生上も欠かせません。しかしながら、ネズミは夜行性の動物です。昼間は、ウロウロすることなく、巣の中でじっとしています。夜になると活動を開始しますので、普通のヒトには発見するのも難しいわけです。専門業者には工夫した発見技術があるでしょうが、「その施設にドブネズミはいない」と確実に判定することは難しいのが現状です。

そこで、我々は、ドブネズミ(種の科学名:Rattus norvegicus)を始め、クマネズミ(Rattus rattus)などのRattus属の動物種を検出するプライマーセットを作製しました。このプイラマ-セットを用いて、野外で、大気中の生物デブリを捕集したサンプルに、ラット由来のデブリが検出できるかを調べました。最初の材料として、前出の養豚場から420メートル離れた場所で捕集した生物デブリから採取したDNAを調べてみました。その結果は、[図4.2]に示しましたが、ラット由来のDNAが検出されました。このことから、ラット、恐らく、ドブネズミが、養豚場もしくは、周辺の野原に生息していることが判りました。

[図4.2]養豚場付近でのドブネズミ(ラット)の検出

次に、この方法を用いて、ある食堂内の空気から生物デブリを捕集し、その中にラットの痕跡見つかるかを検討しました。その結果を[図4.3]に示しました。その食堂が風評被害を受けるといけないので、食堂を特定されないように、画像をぼかしています。この解析から、食堂内の空気デブリにも、ラット由来のものが含まれていたことが判ります。

[図4.3]食堂内での大気中の生物デブリからのドブネズミ(ラット)の検出

ただし、同一のサンプルから2回、別々にPCRを行っていて、一つには検出されていないことから、ラットデブリは極めて少ないと判断されます。ポアソン分布に基づけば、サンプル中に1分子しか存在しない場合は3回に1回しか検出されないとの法則があります。非常に少ないとしても、一度検出されたことから考えられますことは二つあります。一つは、食堂内にラットが生息している可能性、もう一つは食堂の外、つまり野外に生息していた野外のラットデブリが、空気に乗って食堂内に入ってきている可能性です。どちらが正しいかを正確に検証するためには、食堂の外と中での、ラットのデブリ量の差異を調べる必要があります。現段階では、空気中に生物デブリがあるかないかの定性的な解析しかできていませんが、量の差異を調べるには、定量的な解析が必要となります。

こうした大気中の生物デブリの解析を行っている中で、広島大学の西堀先生から、広島県に出没しているクマについて解析できないかとの話がありました。他府県でもそうですが、最近は、クマの出没件数が増加し、人に危害を加える事件も発生しています。クマが特定の地域にどの程度生息しているのかを大気中のクマのデブリを捕捉して、推定したいとのことでした。このためには、「いる」か「いない」かの定性的解析ではなく、どの程度いるかを調べる定量的な解析方法が必要となってきます。この解析方法の開発については、次回述べたいと思います。

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国立環境研究所の記載によると、アルゼンチンアリとは「体長約2.5mm.体色は黒褐色. 複眼はやや大きく,頭部背面前方よりに位置する.胸部は前中胸が多少隆起し側方からみて緩やかなアーチを描く.腹柄節は扁平なコブ状でその頂部は前伸腹節の気門より低いところに位置する、外皮は柔らかい、日本には同属種が生息していない」と示されています(サイト1)。

また、このアルゼンチンアリ生息による影響についての記載は「住宅や建造物に大量に侵入し、食品に群がったり、電気製品に侵入して不具合を生じさせたりするなど、日常生活に著しい障害をもたらす。アブラムシ類,カイガラムシ類など農業害虫を保護することで病害を広げる。種子への加害による農業被害。ミツバチの巣箱の蜜を食害」とあります。要するに人間にとっては害をもたらす厄介な生物です。

このアルゼンチンアリは外来種として日本で確認され、国立環境研究所の記載(サイト1)から判断するとその生存圏は、我々、人間の生存圏と重なっている地域があることが判ります。静岡県では、アルゼンチンアリの生息が確認されて以降、県独自で根絶作戦をすすめ、その結果、報道によれば、2019年10月21日の静岡県の発表で(サイト2)「特定外来生物「アルゼンチンアリ」の県内根絶を達成!」と記載されていました。また、国立環境研究所のサイト(サイト1)にも、「2019年に静岡県の定着個体群根絶を確認」と記載されています。

そこで、私は静岡市に住んでいた友人宅を訪れたとき(2022年7月)、庭先で、生物デブリ捕集装置を動かし、大気中の生物デブリを捕集し、そこからDNAを抽出しました。

アルゼンチンアリを検出するためのPCR用のプライマーを作製するには、アルゼンチンアリのミトコンドリアゲノム配列を用いました(サイト3)。アルゼンチンアリはカタアリ亜科に属し、日本に生息するアルゼンチンアリ以外のカタアリ亜科のアリは シベリアカタアリ、ルリアリ、アワテコヌカアリ、コヌカアリ、アシジロヒラフシアリ、ヒラフシアリとされています(サイト4)。

これらのアリで、ミトコンドリアの配列が登録されているものについて、私たちが設定した、アルゼンチンアリ用のプイラマーがカタアリ亜科のアリのDNAを検出してしまう可能性があるかを検討しました。その結果、コンピュータ上の計算結果ではありますが、明確に、「検出しない」ことが示されました。 つまり、PCRで”アルゼンチンアリ”が検出されれば、生物デブリを捕集した地域には、確実に、アルゼンチンアリが生息していると判断されるわけです。

そこで、2022年7月に静岡市で捕集した生物デブリのDNAにアルゼンチンアリのDNAが検出されるかどうかをPCRで検討してみました。その結果を[図4.1]に示しました。

[図4.1]アルゼンチンアリの検出

この図が示す通りPCR産物が検出されたことから、静岡市には、2022年7月現在もアルゼンチンアリが生息していると判断されました。2019年の静岡県の調査は、NHKで報道されたものを見る限り、目視確認だったと思われます。令和元年の調査と我々が2022年に調べた手法は異なりますので、断定はできませんが、2019年の調査では、調べきれなかった可能性、あるいは、その調査以降に新たに、侵入してきた可能性が考えられます。

生物デブリを解析すると、このように「当該地域にその生物が生息している(いた)か、いないか」を正確に調べることができます。

【文献】

サイト1 https://www.nies.go.jp/biodiversity/invasive/DB/detail/60090.html
サイト2 https://www.nies.go.jp/biodiversity/invasive/DB/detail/60090_shizuoka_houdou.pdf
サイト3 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/NC_045057.1
サイト4 http://ant.miyakyo-u.ac.jp/J/Tables/SpList201201.html

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読者の方は「生存圏」という言葉は、耳慣れないかもしれません。他の言葉に置き換えると生活圏といえるかもしれません。ヒトを例にとると、その生存圏、あるいは生活圏はヒトが住んで生活をしている空間を意味します。もう少し、文学的な表現で例えれば「ヒトの匂いのするところ」ということになりますでしょうか。英語にすると空間を意味するsphereにヒト、humanをくっつけてhumanosphereと現されると思います(英語の単語にhumanosphereはありませんが、おそらく科学的な基礎知識を持った人であれば、意味は理解されるでしょう)。

このヒトの生存圏の範囲をどのようにDNA的に定義したらよいでしょうか? ヒトは生活しているとその周りに、「ふけ」、「抜け毛」などの、死細胞片を無意識にばらまきながら生活しています。つまり、その人のDNAはその人の行動範囲に無意識にばら撒き続けられているのです。このことを示す私の興味深い経験をご紹介しましょう。

私が昔、農林水産省に在籍し、同省の研究機関で研究に従事していたしていた時のことです。昔も今も、乳牛を効率的に生産するため、卵子を採取し、体外で受精させて、雌牛の子宮へその受精卵胚を移植することは日常的に行われています。乳牛を効率的に再生産するためには、生まれてくる子牛は、雌であることが必須です。そこで、受精卵胚から、一部の細胞のDNAを調製し、PCR(Polymerase Chain Reactionの頭文字の略で、これを用いることにより、特定の配列を何百万倍に増やすことが出来ます)でオスかメスを判定できるかどうかをテストしていました。

その際に、用いた配列はSRY遺伝子と呼ばれる配列でオスに特異的な配列でした。この配列が検出されれば、その受精卵胚は、オスと判断され無価値になります。従って、この判定は、乳牛の受精卵胚移植で極めて重要なプロセスです。そのオス/メス判定の研究に、男性の研究員が携わっていました。判定結果は、検査した受精卵胚全てオスと判定されてしまったのです。普通は、オス/メスは概ね5:5になる筈です。

いろいろ検討した結果、SRY遺伝子はほ乳類共通ですので、男性研究員の細胞片(DNA)が解析対象となった牛受精卵試料に混入したためだと考えました。そこで、その研究員にシャワーを浴びてもらい、且つ、防塵服を着てもらって、再度判定してもらった結果、メスの受精卵胚も検出されました。

この例から、人の行動と共に、その周辺にその人のDNAを「まき散らして」いることが確実になりました。このことは他の生物種でも同じことだと考えられます。こうした経験と推測を踏まえて、特定の地域の大気中の生物のデブリ(空気中に浮遊している生物の細胞片、DNA)を集めて、そのDNAを調べれば、「調べようとしている生物種がその地域で生存圏を形成しているかどうか」が明らかになると推定しました。

例えば、調査対象をドブネズミにしたとします。しかし、ドブネズミは夜行性で、昼間、その生息を確認することは非常に難しいと思われます。そこで、その地域の大気中のデブリを解析することを考えるのです

◆大気中の生物デブリの捕集装置の開発

生物デブリの捕集装置としては、出来るだけ大容量の空気をろ過し、そして、デブリを効率よく”フィルター”に捕集する必要があります。フィルターに効率よく集めるためには、網目の細かいフィルターを用いることが重要ですが(図3.1、サイト1)、細かいほど抵抗が大きく、空気のろ過量が落ちてしまいます。フィルターについていろいろ検討した結果、フィルターは、HEPAフィルター (0.3 µmの粒子に対して99.97%以上の粒子捕集率)のフィルターを使うことにしました。

因みに、コロナウイルス感染防止のために、医療者が使用しているマスクのフィルターは、N95と呼ばれる規格の物です。N95は0.3 µmの粒子に対して95%以上捕集することを意味しています。医療者がHEPAフィルターを使えば、さらに安全性が上がりますが、HEPAフィルターは、空気通過抵抗が大きく普通のマスクシステムではこれを装着していると呼吸ができません。

装置の外骨格は、3Dプリンターで作製し、空気流量計とマイコンを組み込んで、一定量の空気をろ過すると停止するシステムを構築しました。大気中の生物デブリ捕集装置の完成品は、図3.2に示しました。

図3.1と図3.2

◆大気中の生物デブリ捕集装置を用いて、生物の生存圏を調べることはできるのか?

このことを確認するために、つくば遺伝子研究所の近くにある養豚場から420メートル離れたところで、大気中の生物デブリを捕集しました(図3.3)。そして、捕集したデブリからDNAを抽出し、ブタを検出するプライマーを用いて、抽出したDNAの中に、ブタのDNAが存在するか(ブタのデブリが存在するか)を調べました。

図3.3

その結果、図3.4に示しました様に、養豚場から420メートル離れたところの大気中の生物デブリから、ブタを検出することが出来ました。この結果から、大気中に浮遊する生物デブリのDNAを解析することで、その付近の環境に生息する生物種を明らかに出来ることが判りました。もし、ある地域の大気中の生物デブリを解析すれば、その地域で問題としている生物種がどの程度いるかを調べることができると思われます。

図3.4

次号では、外来種であるアルゼンチンアリ、そして、衛生上の問題があるドブネズミの解析についてご紹介します。

【文献】

サイト1)https://www.env.go.jp/council/toshin/t07-h2102/01-1.pdf

◎安江 博 わかりやすい!科学の最前線
〈01〉生き物の根幹にある核酸
〈02〉ヒトのゲノム解析分析の進歩
〈03〉DNAがもたらす光と影[1]
〈04〉DNAがもたらす光と影[2]
〈05〉生物種の生存圏

◎[過去稿全リンク]わかりやすい!科学の最前線 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=112

▼安江 博(やすえ・ひろし)
1949年、大阪生まれ。大阪大学理学研究科博士課程修了(理学博士)。農林水産省・厚生労働省に技官として勤務、愛知県がんセンター主任研究員、農業生物資源研究所、成育医療センターへ出向。フランス(パリINRA)米国(ミネソタ州立大)駐在。筑波大学(農林学系)助教授、同大学(医療系一消化器外科)非常勤講師等を経て、現在(株)つくば遺伝子研究所所長。著書に『一流の前立腺がん患者になれ! 最適な治療を受けるために』(鹿砦社)等

安江博『一流の前立腺がん患者になれ! 最適な治療を受けるために』

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◎鹿砦社 http://www.rokusaisha.com/kikan.php?group=ichi&bookid=000686
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サイト(2-6)は日本医療研究開発機構の報告です。いつものようにかなり専門的ではありますが、要するに、日本人21万人のゲノム解析により決定された、疾患発症に関わる遺伝的変異についての報告です。簡単にいえばゲノムと病気発症の相関関係を調べたということです。その結果、虚血性心疾患に関連する ATG16L2、肺がんに関連する POT1、ケロイドに関連する PHLDA3などの多くの疾患に関わる遺伝子が同定されました。その結果、多くの病気のなりたちが明らかになり、治療薬の開発、発症の予防、場合よっては遺伝子治療へと繋がっていくことが期待されています。

具体例を紹介します。BRCA1、BRCA2遺伝子は、それらが産生するタンパク質に、傷ついたDNAを修復する働きがあり、細胞の遺伝物質の安定性を確保する役割があります。すなわち、細胞のがん化抑制遺伝子です。この遺伝子が欠損していると、DNAの二本鎖切断の修復を十分に行えません。その結果、異常な配列が生じる可能性があり、がんになりやすいことが判りました。

遺伝子検査で、がん抑制遺伝子のBRCA1とBRCA2のどちらか、もしくは両方に変異が見つかった方で、血縁者に乳がんや婦人科がんになった方がいる場合、且つ乳がん検診で、いつも再検査を勧められる方ないしは、すでに一方の乳房が乳がんになった方に対しては、乳がんが発生していなくても、予防的乳房切除術が健康保険の適応の対象となりました。遺伝子科学の進歩により、上記の条件に該当する場合は、乳房にがんが認められなくとも発病可能性が極めて高いことから、このような予防的施術が保険適用されるに至ったわけです。

がん細胞には増殖の過程で、正常細胞と比較しても、より多くのDNAの損傷が生まれます。そして、多くは増殖を続けることが出来なくなり死滅します。しかし、がん細胞の一部は、さらに、間違った修復を受け悪性化していきます。がんが発症した方の中で、BRCA1/2遺伝子に欠損のある方は、BRCA1/2遺伝子による修復は出来ませんが、残されている別のシステムであるPARP(poly ADP-ribose polymerase)が働いて修復が行われてしまい、がん細胞が増殖してしまいます。 そこで、このPARPの阻害剤の一つであるオラパリブ(商品名:リムパーザ)を用いて、がん細胞のDNA修復を完全に阻止し、がん細胞を死滅させる方法が保険適用になり、がんの治療に使われています。オラバリブのように、病気の原因となっているタンパク質など、特定の分子にだけ作用するように設計された治療薬のことを「分子標的薬」と呼び、今日様々な新薬が続々と開発されています。分子標的薬がたんぱく質異常など病気の原因に合致すると、目覚ましい効果を上げることはよく知られています。このように、ゲノム解析は徐々にですが、人々の生活や医学に貢献してきています。

今ここまでに、述べました例は、沢山の方のゲノム解析をして、疾患に関わる遺伝子を特定して、その成果を利用しているものです。

つぎに最近のゲノム解析技術で、こんなことが出来るという例を紹介しましょう。前回、光と影(1)で、一卵性双生児でも、ゲノム配列が違うということを述べましたが、その違いは、任意の二人(他人)を比べた場合と異なり、極めて少ないものです。少ない違いでも正確に、デジタル技術を使って見つけることが重要です。そこで、我々は、そうした違いを見つけるためのプログラム(PED)を開発し論文として発表しました(文献2-7)。私が所長をつとめるつくば遺伝子研究所では、ある方から、「がん組織でゲノムDNA配列がどのように変異しているかを調べてほしい」と依頼を受けました。そこで、送付されたがん組織と対応する正常組織からDNAを抽出し、試料あたり、ヒトゲノム配列の50倍に相当する1500億塩基配列の分析結果を得ました。そして、正常組織の1500億塩基配列とがん組織の1500億塩基配列の相動性をPEDで解析しました。解析量が膨大であるため、オンボードメモリを768ギガ(市販のパソコンでは多くて16ギガ)搭載し、大容量記憶媒体のSSDを搭載したパソコンをつくば遺伝子研究所で自作しこれを用いました(つくば遺伝子研究所ではこのようにパソコンや検査機器も可能な限り自作し、それでありながら世界最先端の研究を実践しています)。この解析の結果、DNAポリメラーゼの遺伝子配列に変異が起こっていることが判りました。私は医者ではありませんので原因を特定しても、即座にその治療法を見つけることができるわけではありません。しかしこのように遺伝子配列に異変が起こっていることが判明すれば、医療界ではそれに対する治療法を検討することが可能でしょう。

今までは、ゲノム配列解析の進展とそれがヒトにどのように関わってきているかを概観してきましたが、これからのコラムでは、ヒト以外の生物種に対してどのように使われているかを紹介したいと思います。地球上でヒトの生存圏が構築されていますが、他の生物種でも同様に、それぞれの種でその生存圏が構築されています。その生存圏が交わるところで、共生があったり、問題(戦い)があったりします。それらについて、DNAの視点から興味深い観察と解析を行った例をご紹介します。具体的には、我々の住んでいるところに、クマ、イノシシなどが出没するといった事例です。

【文献】

2-5 Sequencing and analysis of Neanderthal genomic DNA James P Noonan 1, Graham Coop, Sridhar Kudaravalli, Doug Smith, Johannes Krause, Joe Alessi, Feng Chen, Darren Platt, Svante Paabo, Jonathan K Pritchard, Edward M Rubin Science. 2006 Nov 17;314(5802):1113-8.

2-6 https://www.amed.go.jp/news/release_20200609.html

2-7 Polymorphic edge detection (PED): two efficient methods of polymorphism detection from next-generation sequencing data. Akio Miyao 1, Jianyu Song Kiyomiya 2, Keiko Iida 2, Koji Doi 3, Hiroshi Yasue BMC Bioinformatics. 2019 Jun 28;20(1):362.

◎安江 博 わかりやすい!科学の最前線
〈01〉生き物の根幹にある核酸
〈02〉ヒトのゲノム解析分析の進歩
〈03〉DNAがもたらす光と影[1]
〈04〉DNAがもたらす光と影[2]
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1949年、大阪生まれ。大阪大学理学研究科博士課程修了(理学博士)。農林水産省・厚生労働省に技官として勤務、愛知県がんセンター主任研究員、農業生物資源研究所、成育医療センターへ出向。フランス(パリINRA)米国(ミネソタ州立大)駐在。筑波大学(農林学系)助教授、同大学(医療系一消化器外科)非常勤講師等を経て、現在(株)つくば遺伝子研究所所長。著書に『一流の前立腺がん患者になれ! 最適な治療を受けるために』(鹿砦社)等

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◆はじめに

核酸の中に保存される遺伝情報は、その構成要素である4種類の塩基、A(アデニン)、C(シトシン)、G(グアニン)、T(チミン)の配列、すなわち並んでいる順番にあります。連載1回目で述べましたが、核酸には、化学構造の違いからDNAとRNAがあります。配列解析に重要なRNAの塩基は、DNAでのT(チミン)がU(ウラシル)に置き換わっています。一部のウイルスを除く、すべての生物で、遺伝情報はDNAに格納されていますが、その塩基配列を読むためのDNA解析、その技術の進歩については何度も強調しますが、革命的に進歩した解析技術によって広範囲に膨大な解析結果が発表されています。今回は、技術が進歩する過程で、実社会での応用が進められたことで実社会にもたらされた、DNA解析の光と影について少しお伝えできればと思います。

◆DNA多様性解析の進歩

数多くの生物種のゲノム配列情報が明らかにされているように、多くのヒトのゲノム配列情報も明らかにされてきています。ヒトのゲノム配列でその多型性(個々人によって、対合する塩基配列が異なること)を示す領域は、ゲノム中に約1000万か所あるとされています(サイト2-1)。たとえば任意の二人を比較すると、多型性のある個所は10万か所以上あると推定されます。一卵性双生児であっても、遺伝的多型(DNAの配列の違い)があることが報告されています(文献2-2)。

DNA解析がはじまった初期、1980年代には既に、生物種内でのDNA配列の多型性についての研究が始まっていました。初期の方法はやや専門的な説明で恐縮ですが、DNAの特定の配列を認識する”制限酵素”でゲノムDNAを切断し、寒天ゲル電気泳動で、大きさ別に分けます。その後、ゲル内のDNAをニトロセルロース膜に移し取って、特定の配列を認識するプローブ(目印をつける目的の配列)で、目的の配列を顕在化させます。

細かい内容は説明しだすときりがないのですが、この工程は、約1週間かかります。扱える量としては、1回10試料ぐらいで、対象となる多型性は1つでした。掛かる費用としては、5万円ぐらいでした。従って、1サンプル、1多型性あたり、5000円ぐらい掛かる計算になります。この解析技術も格段に進歩し、現在は、一時に、96以上の試料、80万種類以上の多型性を解析できるようになりました。現在の解析価格は、1サンプル、1多型あたり、0.1円ぐらいで済みます。この価格推移をみて頂いても、お分かりと思いますが、解析に要するコストを比較すると現在は、1980年代の5万分の1になっていています。

◆DNA解析がもたらした過去の影

上述のように、1980年代からDNA解析が始まり、その進歩の過程で、DNA解析への期待と信頼は右肩上がりに高まっていきました。そんな中、DNA解析は親子鑑定や犯罪捜査にも、1990年には用いられ始めました。そうした中で、いろいろな問題も起こりました。その代表的な事件として、足利事件(サイト2-3)が挙げられます。

足利事件とは「1990年(平成2)5月12日夕、栃木県足利市内のパチンコ店で4歳の幼女が行方不明となり、翌朝同市内の渡良瀬(わたらせ)川河川敷において遺体で発見された事件。足利市内の幼稚園のバス運転手をしていた菅家利和さんは、DNA型の一致を有力な証拠として、有罪判決を受けて服役しましたが、その後、現在も用いられているDNA多型の精密度を上げた鑑定法で、DNA型が被害者の下着に付着した犯人の精液とは一致しないことが明らかになり、再審のうえ無罪が確定しました。」

この事件で、当時、証拠として用いられたDNA多型はMCT118と呼ばれる多型によるDNA型鑑定です。このMCT118はヒトの1番染色体の部位にあり、16塩基配列の繰り返し数が人によって異なるものです。当時のDNA型鑑定はこの繰り返しの回数を基にしたものです。その精度から判断しますと、現在の日本国内(1億2千万人)に同じDNA型の人が約12万人いるという精度になります(1000人を識別:サイト2-4)。これでは個人を特定する証拠、と断定するのは科学的には誤差が大きすぎます。

現在は、これまでと同様、短い反復配列の繰り返しの程度の差を利用する方法ですが、多くの多型領域を利用することで、識別可能数は、4兆7千億人(4.7x10の12乗)に向上しています。もし、遺伝病の研究によく使われている1塩基多型(SNP: Single Nucleotide Polymorphism)解析チップを用いた場合、市販で最もSNP数の多いものは約450万個です。識別能力は、1.3×10の130万乗にのぼり天文学的数値になります。つまり、足利事件当時用いられたDNA鑑定で、菅谷さんが冤罪を被った時代に比べれば解析制度は飛躍的に向上しました。上述しましたが、現在は、一卵性双生児でも、識別することができるようになりましたので、この技術が適性に用いられれば、法医学や犯罪捜査での利用で大きな問題は起こらないと思われます。

生物の死後、どれくらい地球上でその生物の配列情報が存在し続けるかという疑問に対して、一つの論文が報告されました(文献2-5)。約3万年前まで、生存していたとされるネアンデルタール人のゲノム配列の一部が解析されました。ネアンデルタール人は、37万年前に、現在の人類と別の進化をたどった人類です。この解析は、クロアチアで見つかった、3万8000年前のサンプルからDNAを回収し解析が進められた結果です。環境の条件によっては、極めて長い年月、生物の死後現世にDNA配列は存在し続けると考えられます。

【文献】

2-1 http://anal197.chem.tohoku.ac.jp/teramaelab/research/snp/snp.html 

2-2 Phenotypically concordant and discordant monozygotic twins display different DNA copy-number-variation profiles  Carl E G Bruder, Arkadiusz Piotrowski, Antoinet A C J Gijsbers, Robin Andersson, Stephen Erickson, Teresita Diaz de Stahl, Uwe Menzel, Johanna Sandgren, Desiree von Tell, Andrzej Poplawski, Michael Crowley, Chiquito Crasto, E Christopher Partridge, Hemant Tiwari, David B Allison, Jan Komorowski, Gert-Jan B van Ommen, Dorret I Boomsma, Nancy L Pedersen, Johan T den Dunnen, Karin Wirdefeldt, Jan P Dumanski Am J Hum Genet. 2008 Mar;82(3):763-71.

2-3 https://kotobank.jp/word/%E8%B6%B3%E5%88%A9%E4%BA%8B%E4%BB%B6-188776

2-4 https://seedna.co.jp/information/blog-dna-test/blog-forensics/ashikaga_case/

2-5 Sequencing and analysis of Neanderthal genomic DNA James P Noonan 1, Graham Coop, Sridhar Kudaravalli, Doug Smith, Johannes Krause, Joe Alessi, Feng Chen, Darren Platt, Svante Paabo, Jonathan K Pritchard, Edward M Rubin Science. 2006 Nov 17;314(5802):1113-8.

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1949年、大阪生まれ。大阪大学理学研究科博士課程修了(理学博士)。農林水産省・厚生労働省に技官として勤務、愛知県がんセンター主任研究員、農業生物資源研究所、成育医療センターへ出向。フランス(パリINRA)米国(ミネソタ州立大)駐在。筑波大学(農林学系)助教授、同大学(医療系一消化器外科)非常勤講師等を経て、現在(株)つくば遺伝子研究所所長。著書に『一流の前立腺がん患者になれ! 最適な治療を受けるために』(鹿砦社)等

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ヒト(人間)のゲノム(遺伝子情報集合体)は約30億塩基の配列で構成されています。ヒトのゲノムの解読は1990年に米国のDOE(Department Of Energy: 米国エネルギー省 エネルギー、核、科学研究、技術開発、環境、および、それらの管理等を担当)とNIH(National Institutes of Health: 米国の保健福祉省公衆衛生局に所属する 国立衛生研究所 医学生物学の予算を統括し、研究も行う)によって、15年間で30億ドルの予算で、ヒトゲノム完全解読を目指したプロジェクトが始まりました。

その後、プロジェクトは国際的協力の拡大と、ゲノム科学の進歩(特に配列解析技術)、およびコンピュータ関連技術の大幅な進歩により、ゲノムの下書き版(ドラフトとも呼ばれる)が2000年に完成と報告されました。

2003年4月14日には”完成版”が公開されました。そこにはヒトの全遺伝子の99%の配列が99.99%の正確さだとされていました。ヒトゲノムの”完成版”でも、まだ、1%の配列は未知の状態だったのです。この”完成版”をもとにして未知の配列は残っているものの、遺伝病の解析、遺伝子発現の解析においては、全く問題なく多くの成果が生み出されました。

しかしながら、完全解読に向けて、地道な努力が続けられ、”完成版”が公開されてから約20年後、ヒトゲノムプロジェクトが開始されてから、33年の時を経て2022年4月1日にThe Telomere-to-Telomere (T2T) consortium からヒトゲノムを「完全」解読したとの論文が発表されました(文献1-4)。

ヒトを始めとする多くの生物種のゲノム解読の中で、解析技術は、革命的な進歩をとげました。現在、一つの解析機器で一日に、100億塩基(3人分)以上の解読が可能になっています。また、技術革新による機器の進歩に伴い、解析に要する費用も格段に低減化しました。現在200億塩基の解析に要する費用は、約6万円です。単純に計算すると、1980年代の始めのころに比べて、解析速度は1千万倍、費用は、塩基あたり、100万分の1になっています。

結果として、我々は、ゲノム配列情報の洪水の中にいるような感じです。そして、今、現在も、おびただしい数のゲノム配列情報が世界のあちこちで生み出され、DNAデータバンクに登録されています。2022年8月現在、DNAデータバンクへの塩基配列の登録数は20兆塩基に達しています(サイト:1-5)。

研究者としては、ゲノム配列解析を行うことも重要ですが、それにもまして、如何に必要な情報を取り出し、利用することが重要です。情報がいくら手に入ってもその有効な活用法を的確に見出すことが出来なければ、情報の山は「宝の持ち腐れ」になる可能性があるのです。

この現象は、皆さんの日々の生活でも同様でしょう。20年前と現在では、私たちが使うことのできる、情報機器(特にコンピューター)の性能は、飛躍的に進化しました。インターネットにさえ接続できれば、膨大な情報とその活用方法を知ることができる時代が今日です。でも、いくら高性能なパソコンやスマホを持っていても、情報収集の目的や、利用法が明確でなければ、目的に沿った結果を得ることは出来ません。

ヒトのゲノム解析は多彩な薬剤開発や、治療法の確立という分野で、たしかな成果をあげました。今後も未開発分野での難病治療薬開発などに資することでしょう。さらに、ゲノムだけではなく生活習慣などとの関係性から、新たな健康法や予防医学が開発されつつあります。

【文献】

1-4 The complete sequence of a human genome. Nurk S, Koren S, Rhie A, Rautiainen M, Bzikadze AV, Mikheenko A, Vollger MR, Altemose N, Uralsky L, Gershman A, Aganezov S, Hoyt SJ, Diekhans M, Logsdon GA, Alonge M, Antonarakis SE, Borchers M, Bouffard GG, Brooks SY, Caldas GV, Chen NC, Cheng H, Chin CS, Chow W, de Lima LG, Dishuck PC, Durbin R, Dvorkina T, Fiddes IT, Formenti G, Fulton RS, Fungtammasan A, Garrison E, Grady PGS, Graves-Lindsay TA, Hall IM, Hansen NF, Hartley GA, Haukness M, Howe K, Hunkapiller MW, Jain C, Jain M, Jarvis ED, Kerpedjiev P, Kirsche M, Kolmogorov M, Korlach J, Kremitzki M, Li H, Maduro VV, Marschall T, McCartney AM, McDaniel J, Miller DE, Mullikin JC, Myers EW, Olson ND, Paten B, Peluso P, Pevzner PA, Porubsky D, Potapova T, Rogaev EI, Rosenfeld JA, Salzberg SL, Schneider VA, Sedlazeck FJ, Shafin K, Shew CJ, Shumate A, Sims Y, Smit AFA, Soto DC, Sović I, Storer JM, Streets A, Sullivan BA, Thibaud-Nissen F, Torrance J, Wagner J, Walenz BP, Wenger A, Wood JMD, Xiao C, Yan SM, Young AC, Zarate S, Surti U, McCoy RC, Dennis MY, Alexandrov IA, Gerton JL, O’Neill RJ, Timp W, Zook JM, Schatz MC, Eichler EE, Miga KH, Phillippy AM. Science. 2022 Apr;376(6588):44-53. doi: 10.1126/ science.abj6987. Epub 2022 Mar 31. PMID: 35357919.

1-5 https://www.ddbj.nig.ac.jp/statistics/ddbj-release.html

▼安江 博(やすえ・ひろし)
1949年、大阪生まれ。大阪大学理学研究科博士課程修了(理学博士)。農林水産省・厚生労働省に技官として勤務、愛知県がんセンター主任研究員、農業生物資源研究所、成育医療センターへ出向。フランス(パリINRA)米国(ミネソタ州立大)駐在。筑波大学(農林学系)助教授、同大学(医療系一消化器外科)非常勤講師等を経て、現在(株)つくば遺伝子研究所所長。著書に『一流の前立腺がん患者になれ! 最適な治療を受けるために』(鹿砦社)等

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デジタル鹿砦社通信読者の皆様、はじめまして。私は現在「つくば遺伝子研究所」で所長をしている安江博です。これからこのコラムで現在私が取り組んでいる、遺伝子をはじめ最近の科学で明らかになった事実をご紹介してゆきます。

私は大学で理学を学んだあと農林水産省/厚生労働省に技官として、また、大学の職員して、国内外の研究機関で33年、化学、生物学、医学などの分野で研究を重ねてきました。私も年齢が70歳を超え、人生の集大成の時期に入ったと自覚しています。これまで得てきた知識や、最新の科学的知見をわかりやすく読者の皆さんにご紹介することは、私だけの知識を広く社会の財産とし、皆さんのお役に立てていただきたいとの思いから今回この連載を担当させていただくこととなりました。鹿砦社からは『一流の前立腺がん患者になれ』を出版したご縁もあります。

この連載はまず「核酸」についての解説からはじめます。私は色々なことを研究しており、また様々なアイデアが浮かぶので、最初の話題に「核酸」を選んだのは、必ずしも今後の連載の順番を考慮してのことではありません。その折に触れなるべく生活に身近で、でありながら最先端の情報をわかりやすくご紹介したいと思います。

では早速「核酸」のお話をはじめましょう。

生き物が、生まれて、成長して、さらに、世代を超えて進化していくうえで、その根幹となっているものは核酸と呼ばれる化学物質です。核酸は、RNA(リボ核酸)とDNA(デオキシリボ核酸)の二種類に分けられます。両者の違いは、核酸の構造体に酸素原子が入っているかいないかです。哺乳類をはじめとするほとんどの生物は、DNAに遺伝情報が蓄えられています。そしてDNAの遺伝情報が、環境の変化等に応じて、RNAに伝えられ、さらに、タンパク質に変えられて、遺伝情報が機能します。

一方DNAを持たず、RNAに遺伝子情報を格納している生き物もあります。RNAだけしか持たない生物の代表格は、一部のウイルスです。

今、話題になっている、コロナウイルスもRNAしか持っておらず、また、一本鎖であることから、ウイルスの複製過程で、変異が起こりやすい性質を有します。そのため現在、度重なる変異に対応するためのワクチンを作りなおしていく必要が出てきているのです。ワクチン接種を4回、5回と受けた皆さんもいらっしゃると思いますが、上記のようなウイルスの性質が、異なるワクチン接種を必要とさせているのです(ワクチン接種については別の問題がありますが、ここでは仕組みを理解していただくことに留めます)。

DNAは二本鎖で、鎖のお互いが相補性であることから、複製に間違いが生じても、修正されます。従って、遺伝情報を二本鎖のDNAの形でもつ生物は、細胞増殖による遺伝情報の複製、次世代への遺伝情報の伝達過程での複製において、RNAだけの生物に比べ、複製間違いが極めて低いわけです。しかし、複製間違いがないわけではなく、この間違いが、がん、遺伝病の原因となるわけです。また、世代間の複製の間違いは、長い目でみると、生物の進化となって表れてきます。

遺伝の概念は、1865年Mendelが初めて示し、その後、1900年になってオランダのde Vries、ドイツのCorrens、オーストリアのTschermakによって、それぞれ別の材料を使って独立にMendelが示した「遺伝」の概念を再度しめし、そのあと、遺伝学は概念の形で、発展しました。1953年になって初めて、WatsonとCrickが遺伝を担う物質はDNAの二重らせんであることを報告し(文献1-1: ノーベル賞)、以降、遺伝物質としてのDNA、RNAが注目され、その解析技術の開発が進められ、現在へと繋がっています。

DNA研究の軌跡については、後述することにしますが、核酸が遺伝物質の根幹であることが1953年に判明し、以降は、遺伝物質の情報解明に注力されてきました。遺伝情報はA, C, G, Tの塩基の並び方によって決まっていることから、どのようにしたら、効率よく、塩基の並びかたを調べることができるかという研究が続けられてきました。

DNAの塩基配列を調べる方法としては、1975年にジデオキシ法(文献1-2: 別名、サンガー法.ノーベル賞)、続いて1977年にマキサム・ギルバート法(文献1-3: ノーベル賞)が発表されました。1970年代終わりから1980年初めごろは、私も、塩基配列を解析する仕事をしていました。この頃は、放射性同位元素である32Pや35S用いた解析でした。塩基配列の解析する一連の操作に約3日かかり、一回の解析で、2400塩基の配列を決めていました。この一連の操作で掛かる費用が、5万円ぐらい掛かっていたと記憶しています。ここには、人件費は含まれていませんので、1000塩基当たり、約2万円となります。その後、放射性同元素ではなく、蛍光色素を用いることが可能になり、それに伴い、解析の自動化が進められました。それにより現在、塩基配列の解析は以前より安価で行うことができます。次回はヒトの塩基分析についてご紹介します。

【文献】

1-1 Molecular Structure of Nucleic Acids: A Structure for Deoxyribose Nucleic Acid
J. D. WATSON & F. H. C. CRICK Nature volume 171, pages737-738 (1953)
https://dosequis.colorado.edu/Courses/MethodsLogic/papers/WatsonCrick1953.pdf

1-2 DNA sequencing with chain-terminating inhibitors
F. Sanger, S. Nicklen, and A. R. Coulson Proc Natl Acad Sci U S A. 1977 Dec; 74(12): 5463-5467.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC431765/pdf/pnas00043-0271.pdf

1-3 A new method for sequencing DNA
A M Maxam and W Gilbert Proc Natl Acad Sci U S A. 1977 Feb; 74(2): 560-564.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC392330/pdf/pnas00024-0174.pdf

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