現実的に修正した「1956年妥協案」なら、北方領土問題を早期に解決できる可能性がある

アンドリュー・コリブコ

ロシアと日本の間で長年の懸案となっている北方領土問題。本稿は、1956年の日ソ共同宣言を土台に、歯舞群島と色丹島の日本への引き渡しと引き換えに、国後・択捉への領有権主張を取り下げる「修正版妥協案」を提唱する。さらにロシア極東の資源開発や日露経済協力を組み合わせることで、両国の対中・対米依存をそれぞれ抑え、地域の安定と日本経済の再活性化につなげられると論じている。

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この記事で提案する、1956年の妥協案を現実に即して修正した案は、ロシアと日本双方の利益にかなうものであり、おそらく米国の利益にもなる。ただし実現には、まずロシア側が非公式にこの案を持ちかけ、最初の一歩を踏み出す必要がある。

プーチン大統領が択捉島を訪れ、さらにクリル諸島(千島列島)を初めて訪問したことに対し、日本の高市早苗首相は強く非難した。日本は択捉島をはじめとする複数の島々を、現在も「北方領土」として自国領だと主張しているからだ。

ロシアが実効支配し、日本が領有権を主張している地域には、このほか国後島、色丹島、そして無人の歯舞群島がある。背景を説明すると、ヤルタ協定では千島列島をソ連に引き渡すことになっていた。しかし日本側は、その解釈について法的な問題を提起してきた。

日本の立場では、先に挙げた島々は、そもそも法的な意味で「千島列島」に含まれていなかったとされる。一方、1949年の米国務省の覚書では、水産資源の豊富な色丹島と歯舞群島についてのみ、ヤルタ協定上の法的地位に議論の余地があるとの見解が示されていた。

その後、日ソ間の国交を回復した1956年の日ソ共同宣言では、妥協案が盛り込まれた。日本とソ連が平和条約を締結した後、ソ連が色丹島と歯舞群島を日本に引き渡すという内容である。

この妥協が実現しなかった理由を詳しく論じることは本稿の範囲を超えるが、ロシア側では、米国が日本に影響を及ぼしたことが原因だったのではないかと疑う人が少なくない。結果として妥協案は頓挫し、領土問題は今日まで続いている。現在、日本は先ほどの4地域すべてについて領有権を主張している。

プーチン大統領はこれまで、1956年の妥協案を復活させるために、かなりの時間と労力を費やしてきた。その狙いは、日本からロシアへの投資を増やし、日本のエネルギー市場をロシア産資源にさらに開放するとともに、ロシアが中国に過度に依存する事態を未然に防ぐことにあった。

こうした結果は、客観的に見れば日本の国益にもかなう。しかし領土問題は、日本の有権者の一部にとって非常に感情的な問題である。そのため、プーチン大統領が親しい友人とみなし、この問題について何度も話し合った故・安倍晋三首相の時代でさえ、解決には至らなかった。

プーチン大統領は択捉島を訪れる直前、ロシア極東を視察した際に、日露関係が悪化していることへの不満を表明した。筆者の見方では、今回の択捉島訪問は、日露関係悪化の責任は東京側にあると考えるモスクワが、その流れに対して示した意思表示でもある。

先に紹介した別の記事では、ロシアがなぜ日本を自国の安全保障に対する脅威として以前より警戒するようになっているのか、また米国が新たな地域安全保障体制の中で日本にどのような役割を期待しているのかについて、それぞれ別の分析を紹介している。

ここでそれらに触れる目的は、日露関係がさらに悪化した場合の軍事・戦略上のリスクを強調するためである。そして、そうしたリスクを考えれば、日本にとってはロシアとの妥協を目指す方が望ましいという点に注意を向けるためでもある。

何よりも優先されるべきなのは、平和と安定である。東京がモスクワとの間で1956年の妥協案に立ち返れば、それを土台として、日本は経済面でも地政学面でも利益を得られる可能性がある。

その場合、日本が対ロシア制裁を直ちにすべて解除しなくてもよい。まずは、分野と地域を限定する形で段階的に制裁を緩和する方法が考えられる。

そのモデルになり得るのが、約10年前に提案された「北方諸島社会経済共同体(Northern Islands Socio-Economic Condominium=NISEC)」構想である。これはサハリン、千島列島、北海道を経済的に結びつけようという考え方だ。

この構想では、この3地域をより大規模な経済統合プロジェクトの中心とする。そして将来的には、天然資源の豊富なロシア極東全体へと対象を拡大し、日本がそのエネルギー資源や鉱物資源に優先的にアクセスできるようにする。

適切な投資戦略を採れば、日本は不安定な西アジア(中東)からのエネルギー輸入や、政治的なリスクを伴う中国のレアアース加工への依存を減らし、地理的に近いロシアを代替供給源として活用できるというわけだ。地政学的な面でも、ロシアが中国への過度な依存を未然に防ぐことは、日本にとって利益となる。

さらに、日本とインドの関係が緊密であることも重要である。インドはすでに「東方海上回廊(Eastern Maritime Corridor)」を通じてロシア極東への進出を進めている。そのため、日本とインドが共同で、ロシア極東における資源開発や資源加工に大規模な投資を行うことも可能だろう。

ロシア極東には豊富な水力発電資源があり、その結果としてエネルギーコストも安い。このことは、こうした日印共同投資をさらに魅力的なものにする。ここで提案している「修正版1956年妥協案」を改めて整理すると、次のような内容になる。

日本は色丹島と歯舞群島を受け取る。その代わりに、国後島と択捉島に対する領有権の主張を取り下げる。さらに、この交換条件を日本にとってより魅力的なものにするため、「北方諸島社会経済共同体(NISEC)」を創設するとともに、日本にロシア極東の天然資源への優先的なアクセスを認める。

この計画は、おそらく段階的に実施されることになるだろう。全面的に実現すれば、ロシアが中国に過度に依存する事態を未然に防ぐ一方、日本も米国への依存を減らすことができる。その結果、ロシアと日本の双方が、自国の主権と戦略的自立性を強めることになる。

さらに、日本が西アジア(中東)から輸入するエネルギーへの依存を減らせば、仮に南シナ海で紛争が起きたとしても、日本経済がその影響によって深刻な打撃を受けるリスクを小さくできる。同時に、ロシアの「北極海航路(Northern Sea Route)」を利用することで、EUとの貿易もより効率化できる可能性がある。

日本海のすぐ向こう側にあるロシアから、低価格のエネルギーや鉱物資源が大量に日本へ入ってくるようになれば、日本経済は長らく待ち望まれてきた「復興」あるいは「再生」を遂げるかもしれない。それによって、新たに形成されつつある世界経済秩序の中で、日本の競争力も高まる可能性がある。

高市首相自身は、国後島と択捉島に対する日本の領有権主張には十分な正当性があると心から考えているのかもしれない。また、一部の有権者からの国内政治上の圧力に加え、米国から表立たない形で国際的な圧力を受けている可能性もある。

それでも筆者は、高市首相は本稿で提示した妥協案を大胆に検討すべきだと考える。なぜなら、ロシアが中国への過度な依存を未然に防ぐことは、米国の利益にもかなうからである。したがって、トランプ大統領と新たに良好な関係を築いた高市首相が十分に説得力のある説明をすれば、トランプ大統領をこの構想に賛同させることも可能かもしれない。

高市首相の判断には、大きく3つの要因が影響していると考えられる。すなわち、北方領土問題についての高市首相自身の考え、国内からの政治的圧力、そして米国からの非公式な圧力である。こうした事情を考えれば、この提案を実現するためには、まずロシア側が最初の一歩を踏み出す必要があるかもしれない。具体的には、外交ルートや専門家同士の交流、あるいはその両方を通じて、ロシアがこの構想を非公式に日本側へ打診するという方法である。

そうすれば、まず日本政府内でこの案への認知が広がり、次に専門家の間、そして最終的には日本社会全体へと議論が広がっていく可能性がある。その結果、高市首相にかかる国内政治上の圧力が弱まるかもしれない。そうなれば、高市首相もこの構想についてトランプ大統領と話し合うことに、より積極的になれる可能性がある。

また、ロシアが外交ルートや専門家ルートを通じて非公式にこの案を日本側へ提示すれば、日本側の外交官や専門家を通じて、米国の外交官や専門家にもこの構想が伝わる可能性がある。以上を踏まえれば、ロシアが先に動くことには十分な意味がある。

そうなれば、プーチン大統領による今回の史上初の千島列島訪問についても、別の見方が可能になるかもしれない。つまり今回の訪問を、プーチン大統領が新たに用いるようになった「緊張を緩和するため、あえて先に緊張を高める(escalate to de-escalate)」という手法の3例目として捉え直すことができる、ということである。

今回の場合、日本側から見れば、プーチン大統領の訪問はまず「政治的なエスカレーション(緊張の激化)」に当たる。しかし、その後ロシアが現実的な緊張緩和案を提示するのであれば、最初に圧力を高め、その後に妥協案を提示して緊張を下げるという一連の戦略だった、と解釈することも可能になる。クレムリンは、この可能性について検討してみるべきだろう。

アンドリュー・コリブコ(Andrew Korybko)

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年8月18日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼アンドリュー・コリブコ(Andrew Korybko)
モスクワ在住のアメリカ人政治アナリスト。MGIMO(モスクワ国際関係大学)で博士号を取得。著書に『ハイブリッド戦争―カラー革命からクーデターまで』

Source:https://korybko.substack.com/p/a-pragmatically-amended-1956-compromise

米国は「AUKUS+」を通じて、アジアで「NATO 3.0」構想を実行しつつある

アンドリュー・コリブコ

米国は、中国への抑止力を強化するため、日本やフィリピンなどの同盟国に、これまで以上に大きな防衛上の役割を担わせようとしている。この記事では、米国が欧州でロシアに対して構築してきた安全保障の仕組みをアジアにも応用し、AUKUSや既存の同盟関係を結びつけた「AUKUS+」とも呼べるネットワークを形成しつつあると分析する。日本で浮上している改憲の動きの背景にある事情も、行間から読み取れる。

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米国は、ロシアに対して用いてきた地域的な封じ込めモデルを、中国に対しても再現しようとしている。

米国のエルブリッジ・コルビー国防次官(政策担当)は8月上旬、東南アジア歴訪の最初の訪問地であるマニラで、重要な演説を行った。この演説は、米国が「NATO 3.0」という考え方をアジア地域に持ち込むことを事実上表明したものだといえる。

【黒薮注】NATO 3.0:ここではNATOの変遷を意味して、NATO 1.0は冷戦期、NATO 2.0は冷戦後、そしてNATO 3.0は、米国だけに負担を集中させず、ポーランド、日本、フィリピンなどの「前線国家」により大きな防衛負担を担わせ、米軍と一体化した地域的な抑止網をつくる段階。

第2次トランプ政権の軍事・戦略政策を設計する中心人物であるコルビーの説明によれば、米国は、現在の地域秩序を維持する責任を、同じ利益を共有する同盟国やパートナー国に、これまで以上に負担させようとしている。この場合、各国が共有する利益とは、コルビーの言葉でいう「特定の国による覇権に支配されないアジア」である。明言こそしていないものの、その狙いは中国を封じ込めることにある、と筆者は見ている。

コルビーは、第2次トランプ政権の政策を正当化する根拠として、「国家安全保障戦略」「国家防衛戦略」、そしてピート・ヘグセス国防長官が5月下旬のシャングリラ・ダイアローグで行った演説を挙げた。その政策とは、日本からボルネオ島まで続く「第一列島線に沿って、敵の攻撃を拒否できる態勢を整え、それによって抑止力を維持する」というものだ。

フィリピンは第一列島線のほぼ中央に位置している。そのため、別のところで「AUKUS+」と呼ばれている安全保障ネットワークを構築するうえで、フィリピンは代わりの利かない重要な国となる。

【黒薮注】AUKUS+:米・英・豪の3か国が、潜水艦や最先端軍事技術を共同で開発・運用し、軍事的な連携を深める枠組み。

この構想では、米国の支援を受けた日本とフィリピン(そして場合によってはインドネシア)が中核を担うと考えられている。コルビーは次のように述べた。

「われわれは、『力による平和』という考え方を支え、アジアにおいて長期的に望ましい勢力均衡を維持するため、敵の攻撃を阻止・拒否できる強力な防衛体制を積極的に構築している。

われわれは前方展開態勢を組織的に強化し、拠点の防御力を高めるとともに、相応の負担を引き受ける意思のある重要な国々との軍事的な相互運用性を大幅に高めている。

これは、カメラの前で見せるための象徴的な軍事演習を行うだけの話ではない。現実に起こり得る軍事侵攻を打ち破ることのできる、実戦能力を備えた戦力を配備するということだ。」

この発言からは、米国の意図が明確に読み取れる、と筆者は見ている。つまり米国は、アジア太平洋地域で自らがすべてを直接担うのではなく、同盟国を前面に立たせて支援する「後方からの指導(Leading From Behind)」という形で中国を封じ込めようとしている、ということだ。そのための仕組みが、アジアに「NATO 3.0」型の体制を導入し、「AUKUS+」のネットワークを急速に構築することだと筆者は見ている。

ここで特に重要なのは、コルビーがフィリピンを「模範的な同盟国(model ally)」と呼んだことだ。これは、ヘグセス国防長官が2025年初頭の欧州歴訪でポーランドを訪れた際、同国について使った表現と同じである。そのため筆者は、米国がアジアにおいてフィリピンに、欧州におけるポーランドと似た役割を担わせようとしていると推測している。

したがって今後、フィリピンは米国にとってアジアにおける重要な軍事拠点となり、その地政学的な位置を利用して、中国を封じ込めるうえで中心的な役割を担うようになると考えられる。これは、ポーランドがロシアに対して担っている役割とよく似ている。ポーランドのカロル・ナヴロツキ大統領も最近、この役割を改めて確認しており、いずれの場合も米国との緊密な連携のもとで進められる。

もちろん、フィリピンだけで中国を封じ込めることはできない。それは、ポーランドだけでロシアを封じ込めることができないのと同じである。むしろ両国に期待されている主な役割は、米軍のための兵站・補給拠点となり、必要な場合には米軍が作戦を開始・展開するための足場となることなのである。

実際のところ、筆者によれば、最終的な狙いはフィリピンとポーランドに十分な軍需物資、米軍部隊、ミサイルなどを配備しておき、それによって中国やロシアの軍事行動を抑止することにある。具体的には、中国が台湾に対して軍事行動を起こすことを抑止すると同時に、現在の戦闘が最終的に終結した後、ロシアが再びウクライナに対して同様の軍事行動を取ることを防ぐ、という構想である。それでも中国やロシアが軍事行動に踏み切った場合には、それぞれフィリピンやポーランドが介入し、その後を追う形で米国も介入するという仕組みが想定されている、と筆者は見ている。

日本についても、フィリピンと同じような役割を担えるよう準備が進められている。ただし実際に戦争が起きた場合、日本は最初から直接参戦しない可能性がある。その理由として筆者が挙げているのは、紛争のエスカレーションを抑える必要があることと、もし日本が参戦して中国から直接報復を受ければ、世界経済に大きな衝撃を与える恐れがあることだ。日本経済は、ポーランドはもちろん、フィリピンと比べても世界経済にとってはるかに重要な存在である。

一方、日本、ポーランド、フィリピンの3か国はいずれも米国と相互防衛の関係にある。そのため、想定される紛争において、中国やロシアが台湾やウクライナで活動する日本・フィリピン軍、あるいはポーランド軍だけを攻撃するのではなく、日本、フィリピン、ポーランド本国を直接攻撃した場合、米国の軍事的対応を招くことになると筆者は考えている。

コルビーの演説から読み取れるのは、筆者によれば、米国がロシアに対して構築してきた地域的な「封じ込め」の仕組みを、中国に対しても再現しようとしているということである。つまり欧州では、ポーランドなどの同盟国を前線の重要拠点としてロシアを抑止・封じ込める。一方アジアでは、フィリピンや日本などを重要拠点として、中国に対して同様の体制を構築しようとしている、というのが筆者の見方である。

筆者は、こうした動きが世界の安定に極めて大きな影響を及ぼし、米中・米露の直接衝突、ひいては第三次世界大戦に発展する危険性を高めると警告している。

アンドリュー・コリブコ(Andrew Korybko)

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年8月16日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

Source:https://korybko.substack.com/p/the-us-is-implementing-the-nato-30

▼アンドリュー・コリブコ(Andrew Korybko)
モスクワ在住のアメリカ人政治アナリスト。MGIMO(モスクワ国際関係大学)で博士号を取得。著書に『ハイブリッド戦争―カラー革命からクーデターまで』

プーチン大統領、悪化する日露関係を嘆く

アンドリュー・コリブコ

ロシアのプーチン大統領は8月中旬、太平洋艦隊の司令官らとの会合で、近年の日露関係の悪化に懸念を示した。記事は、日本が米国などとの安全保障協力や軍備強化を進め、北東アジアにおける対ロシア包囲網の中心的役割を担いつつあると分析。これに対しロシアも太平洋方面の戦力を増強し、中国や北朝鮮との連携を深める可能性があると指摘している。

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米国がこの1年間にロシアの周囲に築いてきた「封じ込めの包囲網(cordon sanitaire)」の北東アジア方面を日本が主導するようになるにつれ、日露間の緊張がさらに高まることは避けられないかも知れない。

プーチン大統領は8月中旬、ロシア太平洋艦隊の司令官らとの会合で、日露関係について語った。プーチン氏は、ここ数年で両国関係が悪化したことを嘆き、その原因となるような行動をロシア側はまったく取っていないと主張した。そして、現在では「日本が最新の防衛関連文書で、初めてロシアを主要な脅威の一つに位置づけるまでになった」と述べた。

その後、プーチン氏はクリル諸島(日本でいう北方領土を含む)をめぐる問題について簡単に振り返り、日本の対ロシア政策が、貿易や対話を重視する姿勢から、制裁と対立を重視する方向へ転換したことに不満を示した。

ロシア太平洋艦隊のヴィクトル・リーナ司令官は、日本が地域で形成されつつある新たな政治・軍事的枠組みに加わっており、それらはNATOの一部のような役割を果たしているとの見方を示した。具体的には、次の枠組みを挙げた。

〇日本・韓国・米国の3か国協力
〇日本・フィリピン・米国による「JAPHUS」
〇日本・オーストラリア・インド・米国による「Quad(クアッド)」
〇オーストラリア・日本・米国による「AJUS」

リーナ司令官はさらに、「これらの国々は共同で作戦・戦闘訓練を行っており、その頻度も規模も一貫して拡大している」と述べた。

そして、北東アジアにおけるこうした不安定化の動きの中で、日本が中心的な役割を担っていると指摘した。その理由として、日本が急速に軍事力を強化していること、さらに「非核三原則」を廃止する案が出ていることを挙げた。非核三原則が廃止されれば、将来的に日本が核兵器を保有・製造したり、外国の核兵器を国内に配備させたりする可能性が生じる、と原文は論じている。

こうした動きは、7月下旬の記事「ロシアの政府高官が、自国に対する日本の脅威の高まりに言及した」で論じられた内容を、さらに裏付けるものでもある。

また、8月初旬、エルブリッジ・コルビー米国防次官(政策担当)が東南アジア歴訪の最初の訪問先で重要な演説を行った後に論じられた、「米国はAUKUS+を通じてアジアで『NATO 3.0』構想を実行している」という見方とも一致している。

【黒薮注】AUKUS+:米・英・豪の3か国が、潜水艦や最先端軍事技術を共同で開発・運用し、軍事的な連携を深める枠組み。

【黒薮注】NATO 3.0:ここではNATOの変遷を意味して、NATO 1.0は冷戦期、NATO 2.0は冷戦後、そしてNATO 3.0は、米国だけに負担を集中させず、ポーランド、日本、フィリピンなどの「前線国家」により大きな防衛負担を担わせ、米軍と一体化した地域的な抑止網をつくる段階。

もっとも、リーナ司令官がQuadをNATOの一部のように表現した点については議論の余地がある。インドは独立した外交路線を強く維持しており、現在もロシアにとって重要なパートナーだからだ。しかし、それ以外のリーナ司令官の発言については、先ほど述べた見方とおおむね一致している。

【黒薮注】Quad:日本・アメリカ・オーストラリア・インドの4か国による協力枠組み。

今回の会合で重要なのは、プーチン大統領が日露関係の悪化を嘆き、同時に太平洋艦隊の司令官が「日本によるロシアへの脅威が高まっている」と評価したことである。これは、ロシアが北東アジアの安全保障環境の変化を認識していることを示している。

今年の夏にも述べたように、この1年間でロシアの周辺には一種の「封じ込めの包囲網」が形成され始めている。筆者はその背景に、第2次トランプ政権の「新レーガン・ドクトリン」があり、それによって世界各地でロシアの影響力を後退させようとしているとみている。

その中で日本には、北東アジア方面を主導する役割が与えられているという。それは今後、米軍ミサイルの日本への定期的な配備、海上での挑発的な行動とその頻度の増加、さらには日本の急速な軍備拡大と並行した核武装の可能性という形で現れると考えられる。

ロシア側も、こうした事態に備えつつある。プーチン大統領と太平洋艦隊司令官らとの会合内容は、そのことを示していると筆者はみている。その結果、今後ロシア太平洋艦隊の戦力が増強され、中国や北朝鮮との協力もさらに強化される可能性が高い。

読者が忘れてはならないのは、ロシアは日本を一度も脅したことがなく、むしろ米国との連帯を優先した日本の側が、これまで述べてきた手段によってロシアを脅す道を選んだのだ、という点である――これが筆者の主張である。

この政策は日本自身の経済的利益も損なっていると筆者は考えている。資源に乏しい島国である日本が、地理的に近いロシアのエネルギー資源や鉱物資源を利用する機会を、自らあらかじめ排除してしまっているからだ。ただし、制裁の適用除外となっている大型エネルギー事業「サハリン2」は例外である。

【黒薮注】サハリン2:ロシア極東のサハリン島周辺で天然ガスと石油を開発し、主にアジアへ輸出する大型エネルギー事業。三井物産と三菱商事もこのプロジェクトに出資してきた。

したがって日本には、現在の反ロシア的な政策を見直す経済的な動機もある、というのが筆者の結論である。

アンドリュー・コリブコ(Andrew Korybko)

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年8月17日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼アンドリュー・コリブコ(Andrew Korybko)
モスクワ在住のアメリカ人政治アナリスト。MGIMO(モスクワ国際関係大学)で博士号を取得。著書に『ハイブリッド戦争―カラー革命からクーデターまで』

Source:
https://korybko.substack.com/p/putin-lamented-the-worsening-of-russian?utm_campaign=post&utm_medium=web

ウクライナ紛争で「最大限の勝利」を得られなければ、ロシアは本当に存続できないのか?

アンドリュー・コリブコ

ロシアはウクライナ紛争で「最大限の勝利」を収めなければ、国家として存続できないのか。ロシア指導部が勝利の必要性を強調する一方、米国との交渉では一定の妥協に応じる姿勢も示している。本稿は、ロシアがすべての目標を達成しないまま紛争が終結した場合を想定し、その後に直面する軍事・安全保障上の課題と、国家存続への影響を考察する。

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ここで最も重要なのは、ロシアが他国との軍拡競争についていけるだけの軍事力を維持し、国民も長期にわたる厳しい状況に耐え続けられるかどうかである。これは、ロシアの著名な専門家ワシリー・カシンが5月下旬に示した見方ともよく似ている。

ロシア前大統領で、現在は安全保障会議副議長を務めるドミトリー・メドベージェフは7月下旬、次のように述べた。

「われわれ共通の課題は、国を守ることだ。国を守る唯一の方法は、特別軍事作戦で勝利することである」

ロシア政府は、プーチン大統領をはじめ、「勝利」の条件として次のことを挙げてきた。ウクライナの非軍事化と「非ナチ化」、憲法上の中立への復帰、そして5つの地域すべてを失ったことをキーウが正式に認めることである。こうした目標をすべて達成する「最大限の勝利」は、ロシアの国益を幅広く守るうえで最善の結果だろう。

しかし、紛争が終わるまでにこれらの目標をすべて達成できなかったとしても、ロシアという国家が存続できなくなる可能性は低い。

ロシアがすべての目標を達成しないまま紛争が終わる可能性も否定できない。セルゲイ・ラブロフ外相は最近、「アンカレッジの精神」を守るというロシアの姿勢を改めて確認した。この構想では、報道によれば、トランプがゼレンスキーにドンバスを譲るよう説得できれば、プーチンは戦闘を停止するとされている。

また、西側諸国、特に米国とフランスは、ウクライナを前面に出した新たな「消耗戦」をロシアに対して進めている。これは民間の物流インフラも標的としており、トランプがロシアに対して「緊張を高めることで、最終的に緊張を下げる」という方法を取っているためだ。この動きが大幅に激しくなれば、プーチンの判断も変わる可能性がある。

ここでこうした可能性を挙げているのは、ロシアが「最大限の勝利」を目指すことについて妥協すべきだと言うためではない。なぜロシアが妥協する可能性があるのかを示すためである。

そこで、メドベージェフの発言を踏まえ、ロシアが「最大限の勝利」を達成できなかった場合にどうなるのかを検討してみよう。

仮に紛争が終わった時点でも、ウクライナが軍事力を維持し、「非ナチ化」されず、憲法上の中立に戻らず、さらに5つの地域すべてを失ったことを正式に認めなかったとしても、ロシアはおそらく存続できる。その理由を簡単に説明する。

まず、ウクライナが軍備を維持・強化し続けるなら、ロシアもそれに合わせて軍備を強化することになる。NATO、特にドイツが軍備を強化し続けた場合も同じである。その結果、軍拡競争が続くことになる。次に、「マイダン」後のウクライナがナチ国家のまま存続した場合、ロシアはそこから生じる思想的な脅威に対抗する必要がある。

【黒薮注】「マイダン」後のウクライナ:マイダンは2013年末から2014年にかけて、首都キーウの独立広場(マイダン・ネザレージュノスチ)を中心に起きた大規模な反政府運動。この運動の結果、2014年2月に親ロシア派とされたヤヌコーヴィチ大統領が政権を離れ、その後ウクライナは極右化した。

そのため、ロシアは、偽情報などを事前に見抜くための対策、メディア・リテラシー、「民主的安全保障」の政策をさらに強化し、民族間の関係を安定させる政策も改善し続けることになる。また、ロシアの元情報機関幹部アンドレイ・ベズルコフが以前提案したように、軍と社会の文化をより一体化することも役立つだろう。

【黒薮注】アンドレイ・ベズルコフ(Andrey/Andrei Bezrukov)は、ロシアの元対外情報工作員で、特に米国で長期間「一般市民」として生活しながら活動していたことで知られる人物。

一方、ウクライナが中立国にならないことで生じる脅威については、ロシアの大陸間弾道ミサイル「サルマト」によって、NATOの部隊配備を抑止することが可能だと考えられる。

最後に、キーウが係争地域の一部を支配し続けた場合の人道上の問題については、第三国の仲介による合意を結び、希望する住民がロシアへ移住できるようにすることで、その影響を減らせる可能性がある。

しかし、そのような合意が成立しなかったとしても、ロシアという国家の存続そのものを脅かすことにはならないだろう。ロシアが軍拡競争で後れを取らず、国民が困難に耐え続けることである。このシナリオは、ロシアの著名な専門家ワシリー・カシンが5月下旬に示唆したものとも似ている。

一方、仮にロシアが「最大限の勝利」を達成したとしても、米国はすでにロシアの周辺に緩やかな「封じ込めの壁」を作っている。北極・バルト海地域では英国が中心となり、中央ヨーロッパではポーランドが中心となっている。ロシア南部の周辺地域ではトルコが、北東アジアでは日本が中心的な役割を果たしている。

これによってロシアはさまざまな脅威に直面している。それらすべてを説明することは今回の分析の範囲を超える。しかし、この状況は、ベズルコフが述べた「ロシアは西側との『新たな戦争』に数十年間巻き込まれる可能性がある」という警告に、一定の説得力を与えている。

◆筆者アンドリュー・コリブコによる注釈

背景を説明すると、プーチンは昨年末、安全保障会議との会合で、ウクライナ紛争を終わらせるために、具体的な内容は明らかにしていないものの、一定の「妥協」に応じたと実際に述べている。

「もちろん、これは秘密ではありません。この問題について公の場ではほとんど議論しておらず、ごく一般的な話しかしていませんが、秘密というわけではありません。

ウクライナ情勢を解決するためのトランプ大統領の和平案については、アラスカでの会談前から話し合われていました。その事前協議の中で、米国側はわれわれに一定の妥協を求め、彼らの言葉で言えば、『柔軟な姿勢』を示すよう求めました。

アラスカ会談で最も重要だったのは、アンカレッジでの協議を通じて、いくつかの複雑な問題や困難があるにもかかわらず、われわれがそれらの提案に同意し、米国側が求めた柔軟な姿勢を示す用意があることを確認した点です。」

また、ラブロフ外相も今年の夏の初めに、同じ立場を改めて確認している。

「私はアンカレッジでの発言を非常に大切にしています。ウラジーミル・プーチン大統領は次のように述べました。

『アンカレッジに関連して、われわれは米国側がまとめた妥協案を受け入れるよう求められました。われわれはそれを検討し、すぐにではありませんでしたが、アンカレッジに到着した際に、同意すると伝えました。』

また大統領は、『本日、つまり2025年8月15日に成立した合意が、ウクライナ問題を解決するための出発点となり、さらに広い意味ではロシアと米国の関係を前進させる出発点となることを期待している』とも述べました。」

ここでクレムリンとロシア外務省の公式ウェブサイトに掲載されているこれらの事実をあらかじめ紹介しておくのは、この記事をめぐって、誰かが私に対する個人攻撃をしてくる可能性がかなり高いと思っているからだ。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年8月12日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼アンドリュー・コリブコ(Andrew Korybko)
モスクワ在住のアメリカ人政治アナリスト。MGIMO(モスクワ国際関係大学)で博士号を取得。著書に『ハイブリッド戦争―カラー革命からクーデターまで』

Source:https://korybko.substack.com/p/would-russia-really-cease-to-exist?utm_campaign=post&utm_medium=web

ロシア高官が言及した「日本がロシアにもたらす脅威」の高まり

アンドリュー・コリブコ

ロシアのアンドレイ・ルデンコ外務次官が、日本の安全保障政策に対する警戒感を強めている。米国の短・中距離ミサイルシステム「タイフォン」の日本への一時配備や、ウクライナとのドローン技術協力が進めば、千島列島やサハリン、太平洋艦隊司令部のあるウラジオストクが脅威にさらされる可能性があるとの見方だ。こうした動きは、ロシアと中国、北朝鮮の軍事・安全保障協力を加速させる可能性もある。一方で、日露関係改善の余地も残されている。日本をめぐる北東アジアの新たな安全保障構図と、その行方を左右する米国の思惑について、アンドリュー・コリブコが解析する。

※   ※   ※   ※

日本が米国の短・中距離ミサイルシステム「タイフォン」を一時的に配備していることに加え、ウクライナの最新鋭ドローン技術に関心を示していることは、千島列島(クリル諸島)、ウラジオストクにあるロシア太平洋艦隊司令部、そしてエネルギー資源が豊富なサハリンにとって、大きな脅威になり得る。

アジア太平洋地域を担当するロシアのアンドレイ・ルデンコ外務次官は7月下旬、タス通信のインタビューに応じ、日本がロシアに与える脅威が高まっているとの認識を示した。

プーチン大統領の側近であるニコライ・パトルシェフは昨年末、「日本はアジアにおける米国の政策を推進するうえで、これまで以上に大きな役割を担うようになる」との見方を示していた。また6月上旬には、「日本とフィリピンは中国を封じ込めるうえで、より大きな役割を担うことになる」との分析も示されている。その役割には、米国のミサイルを国内に配備することも含まれる。

こうした動きに関連してルデンコ氏は、米国との演習の際、日本が短・中距離ミサイルシステム「タイフォン」を一時的に配備したことを非難した。こうした配備はすでに2度目だとして、

「これに対して、われわれが対抗措置を取らないということは決してない」と警告した。

さらに、「われわれは、アジア太平洋地域の平和維持をめぐり、中国との連携を強化している」とも述べた。

ただし、ここではロシアと北朝鮮の緊密な軍事関係については触れられていない。両国は相互防衛を定めた条約も新たに結んでいる。

ルデンコ氏はさらに、「日本のドローンメーカーと、ウクライナの戦闘用ドローン開発企業との協力がどのように進展しているか、われわれは注視している」と語った。

この発言の1週間足らず前には、ジャパン・タイムズが、日本がウクライナのドローン生産能力の拡大に投資する可能性があると報じている。その見返りとして、日本がウクライナの最新ドローン技術を利用できるようになる可能性があるという。

こうした能力は、おそらく主として中国や北朝鮮を念頭に置いたものだろう。しかし、ロシアにとっても深刻な脅威になる可能性がある。

というのも、日本は第二次世界大戦後にロシアが実効支配している島々について、ロシアが「南クリル諸島」と呼ぶ一方、日本は「北方領土」と呼び、ロシアによる領有を認めていない。この領土問題は、日露両国が平和条約を締結できていない大きな理由となっている。

さらに、日本海を挟んだ対岸には、ロシア太平洋艦隊の司令部が置かれているウラジオストクがある。

したがって、日本がウクライナからドローン技術を獲得すれば、千島列島、ウラジオストク、そして豊富なエネルギー資源を持つサハリンが、その攻撃可能範囲に入る可能性がある。

記事の見方では、日本が将来、米国のタイフォン・ミサイルシステムを交代制で受け入れるようになり、さらにウクライナから取得したドローン技術を本格的に導入すれば、日本はロシアを取り囲む「防疫線(cordon sanitaire)」の北東アジア方面を担うことができる。

【黒薮注】防疫線:本来は衛生学上の用語で、ここでは軍や警察など公権力が出入りを制限する線を意味する。

筆者は、この「防疫線」を第2次トランプ政権が過去1年間にロシア周辺に構築してきたものだと捉えている。

これに対してロシアは当然、中国や北朝鮮との軍事・安全保障面での二国間関係をさらに強化する必要があると考えるだろう。地域の脅威が大幅に高まれば、ロシア・中国・北朝鮮の3か国による安全保障協力の枠組みを模索するところまで進む可能性もある。

一方でルデンコ氏は、日露関係を修復するためには、まず日本側が行動を起こすべきだというロシアの立場も改めて示した。

日本にとっても、そうする理由はあるかもしれない。前述のようなロシア・中国・北朝鮮の軍事協力強化が現実になれば、日本自身の安全保障にとっても、日本がロシアにもたらそうとしているのと同程度の脅威になり得るからだ。

この記事が6月にも指摘していたように、ウクライナ紛争が政治的な形で終結し、それに伴って対ロシア制裁が段階的に解除されることになれば、天然資源が豊富なロシア極東への投資機会が、日本や「Quad(クアッド)」諸国に開かれる可能性がある。それが日本にとって、ロシアとの関係改善を進める経済的な動機になるかもしれない。

【黒薮注】Quad(クアッド):日本、アメリカ、オーストラリア、インドで構成

ただし、日本の外交政策は米国の方針から強い影響を受けているため、米国の了承なしに日露関係が現実的に改善する可能性は低い、と筆者はみている。

そのため最終的な問題は、米国がどちらの道を選ぶのか、という点に行き着く。

米国は、日本に北東アジアで積極的にロシアを封じ込める役割を担わせるのか。その場合、ロシア・中国・北朝鮮の軍事・安全保障協力がさらに強化されるという代償を伴う可能性がある。

それとも、そのような事態を未然に防ぐため、日露関係の改善を促すのか。

米国がどちらを選択するにせよ、その影響は今後数十年にわたって続くことになるだろう。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年8月15日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼アンドリュー・コリブコ(Andrew Korybko)
モスクワ在住のアメリカ人政治アナリスト。MGIMO(モスクワ国際関係大学)で博士号を取得。著書に『ハイブリッド戦争―カラー革命からクーデターまで』

Source:https://korybko.substack.com/p/a-top-russian-diplomat-touched-upon

KorybkoからMAGAへ ―― 重要な論点に関するロシアの政策を手短に整理する

アンドリュー・コリブコ(Andrew Korybko)

MAGA支持者の間で「ロシアは自分たちが反対する勢力を支持している」との見方が広がっているとして、地政学アナリストのアンドリュー・コリブコ(Andrew Korybko)氏が反論する。中国やイラン、イスラエル、ウクライナなどを例にロシア外交の実際の立場を整理し、その誤解が生まれた背景について自身の見解を示している。

※   ※   ※   ※

私は、トランプ氏がエスカレーターを降りて出馬を表明した頃から(いくつか政策面で意見の違いはあるものの)MAGAの支持者であり、同時に「ロシア人ではない親ロシア派」であることにも誇りを持っている。そのため、MAGAの仲間に向けてロシアの政策に関する事実を整理し、新たに広まりつつある誤った認識を正したいという特別な責任を感じている。

ローラ・ルーマー氏のウクライナ訪問とゼレンスキー大統領へのインタビューは、この18か月ほどMAGAの間で進んできたロシア離れとウクライナ支持の流れを象徴する出来事だった。(黒薮注:ローラ・ルーマー=米国の保守派の政治家・コメンテーター)

彼女の行動には、タッカー・カールソン氏やキャンディス・オーウェンズ氏との対立といった個人的な動機も多少あったのかもしれない。しかし、ウクライナを強く批判する立場から熱心な支持者へと転じたことは、トランプ氏がウクライナを前面に立てた新たな「消耗戦」を通じて、ロシアに対して「エスカレートしてから緊張緩和を図る」という戦略を進めていることと軌を一にしている。つまり、もっと大きな変化が起きているということだ。

私は以前、「MAGAの一般的な支持者は、プーチン大統領やその周囲の人々が、自分たちの反対するもの――左派思想、イスラム主義、イラン、そして『MAGAの異端派』など――を支持していると考えるようになった」と指摘した。その理由は別の記事で説明している。しかし、この認識は事実ではない。ロシアとアメリカはすべての問題で一致しているわけではないが、ロシアはアメリカと和解できない敵でも、まして現在そのように描かれているような潜在的な敵国でもない。

そこで本稿では、MAGAにとって重要な論点について、ロシアの政策を手短に整理する。目的は、MAGA支持者にロシアの政策を支持してもらうことではない。実際にロシアがどのような政策を取っているのか、そして、なぜそれが場合によってはアメリカの政策と食い違うのかを理解してもらうことにある。

この記事でMAGA全体の対ロシア観が変わるとは思っていないし、トランプ氏が最近の対ロシア強硬姿勢を改めるとも考えていない。それでも、事実を知っておくことには意味がある。

◆中国

ロシアと中国は戦略的パートナーだが、相互防衛同盟を結んでいるわけではない。両国は、西側以外の国々がより大きな発言権を持つ国際秩序を目指しており、そのため、そうした流れを阻止しようとするアメリカの政策に共に反対している。

とはいえ、両国の立場が完全に一致しているわけでもない。ロシアは地域の勢力均衡を保つため、中国への牽制の一環としてインドに武器を供給している。一方、中国は西側による対ロシア制裁の一部を非公式に順守しながら、ウクライナにはドローンやその部品、光ファイバーを供給している。

◆イラン

中国と同様、イランもロシアの戦略的パートナーだが、相互防衛同盟を結んでいるわけではない。実際、ロシアは2015年から2024年まで続いたシリア作戦に先立ち、イスラエルと軍事的な調整協定を結んだ。この協定により、イスラエルはロシアの妨害を受けることなく、イラン革命防衛隊(IRGC)、ヒズボラ、シリア・アラブ軍、およびその同盟勢力を空爆することができた。これもロシアによる地域の勢力均衡政策の一環だった。

ロシアはこれまでイランに武器を売却したことがあるが、その目的は抑止力の維持に限られており、戦闘が続いている最中に供給したことはない。

◆イスラエル

ロシアとイスラエルは、ときに互いを厳しく非難し合いながらも、現在も緊密な関係を維持している。その証拠に、イスラエルはロシアが公式に指定する「非友好国」にさえ含まれていない。これは、イスラエルが西側による対ロシア制裁への参加を拒否したためである。

プーチン大統領自身も、生涯を通じてユダヤ人に好意的な立場を取ってきた。2000年から2018年までのクレムリン公式サイトに掲載された発言からも、それはうかがえる。また、ロシア人とイスラエル人はディアスポラ(離散共同体)による結びつきがあるとして、両者を「真に一つの家族」と表現したこともある。

◆ハマス/パレスチナ

ロシア政府は、2023年10月7日のハマスによる攻撃を公式にはテロ行為と位置づけている。一方で、同組織の政治部門との関係は維持している。またロシアは、国連安全保障理事会の関連決議に基づき、1967年の境界線に沿った独立したパレスチナ国家の樹立を支持している。これは世界でも広く見られる立場である。

さらに、イスラエルは他国と比べてもロシアのこうした姿勢を比較的好意的に受け止めており、ナフタリ・ベネット元首相は2021年、プーチン大統領を「イスラエル国家の真の友人」と評した。

◆湾岸諸国

アラブ首長国連邦(UAE)は、この地域におけるロシア最大の貿易相手国であり、対外取引の仲介役として、西側の制裁圧力を和らげる代替の利かない存在と広く見られている。ロシアはサウジアラビアとも緊密な関係を維持しており、OPECプラス(OPEC+)を通じて世界の原油価格の調整で協力している。そのほかの湾岸君主国とも良好な関係にある。

こうした事情から、ロシアは戦闘が続いている間はイランに武器を供給しようとはしない。自国の兵器が湾岸諸国との戦闘に使われ、築いてきた関係を損なうことを望んでいないからだ。

◆ウクライナ

「アンカレッジの精神(Spirit of Anchorage)」と呼ばれる構想では、トランプ氏がゼレンスキー大統領にドンバスからの撤退を受け入れるよう働きかければ、プーチン大統領は停戦に応じる意向を示していたと報じられている。

それ以前、プーチン大統領は、係争地域すべてからウクライナ軍が撤退しない限り停戦には応じないとしていたため、これが事実であれば和平に向けた大きな譲歩だったことになる。しかし、トランプ氏は何らかの理由で、この非公式の約束を撤回したという。

また、プーチン大統領は最近、NATO領内にあるウクライナの兵站拠点への攻撃を求める強硬派の意見も退けた。その結果、第三次世界大戦につながりかねない事態は回避されたとしている。

◆EU/NATO

ロシアは、EUがウクライナと連携し、トランプ氏に働きかけて「アンカレッジの精神」に基づく合意を撤回させたと考えている。ロシアはEUを攻撃したり、まして敵対的な住民を占領・支配したりすることを望んでいない。

その主な目標は二つある。一つは、制裁を解除してエネルギー分野の関係を回復すること。もう一つは、NATOとロシアの間で第三次世界大戦が起こる危険を減らすため、欧州の安全保障体制を見直すことだ。ロシアは、自国の政治体制や価値観をEUに押し付けようとはしていない。それに対し、EUはロシアに自らの価値観を押し付けようとしている、というのが私の見方である。

◆北朝鮮

地政学に関する最後の論点として、ロシアと北朝鮮は2024年、長年にわたる相互防衛同盟を改めて確認した。その後、北朝鮮軍はロシアのクルスク州からウクライナ軍を排除する作戦を支援した。この協定はアメリカやその地域の同盟国への脅威になると警告する声もある。しかし、北朝鮮はこの協定以前から、すでにそれらの国々に対する脅威だった(北朝鮮自身は、その軍事力は抑止目的だと主張している)。

むしろ、この協定によって北朝鮮の中国への依存が弱まるのであれば、それはアメリカの利益にもかなう。

◆天然資源

ロシアは、アメリカが「アンカレッジの精神」に沿って行動すれば、資源を軸とした戦略的パートナーシップを築けると本気で期待していた。その構想は以前の記事でも詳しく説明したが、要するに、アメリカとの資源協力によってロシアの中国依存を減らす一方、中国がロシア国内のあらゆる資源鉱区(エネルギー資源や鉱物資源)へアクセスすることを防ぐというものだった。

それらの鉱区には、アメリカだけでなく、インド、日本、韓国といったアメリカの近しいパートナー国も投資することが想定されていた。この構想は、理論上は今でも実現可能な選択肢として残っている。

◆左派思想

プーチン大統領は共産主義やスターリン時代の「大粛清」を批判している。一方で、ソ連が「大祖国戦争」と呼ぶ対ナチス・ドイツとの存亡を懸けた戦争に勝利するうえで、スターリン体制が果たした役割については認めている。

ロシアは近年、「ソヴィンテルン(Sovintern)」と呼ばれる現代版コミンテルンのような枠組みを立ち上げた一方で、右派系の運動とも関係を築いており、全体としてバランスを取っている。ロシア国営メディアが積極的に取り上げる著名な「ロシア人ではない親ロシア派」の中には左派が多い。しかし、それは意図した結果ではなく、単なる偶然にすぎない。

◆イスラム主義

ロシアは、各国がどのような社会・政治体制を採用するかには干渉しない立場を取っている。国際的なイスラム共同体(ウンマ)については、インドとともに、中国への過度な依存を減らすための重要な均衡勢力と位置づけている。

国内では、チェチェン共和国は、テロ・分離独立紛争を終結させた合意に基づき、イスラム法(シャリーア)の適用を認められている。その一方で、ロシア刑法第282条は、民族的・宗教的な憎悪をあおる行為を厳しく禁じている。西側の一部のイスラム主義勢力が行っているような扇動行為も、その対象となる。

◆「第三世界主義」

「第三世界主義」という言葉にはさまざまな意味がある。しかし、「植民地主義への報復として、非西側諸国が西側を破壊しようとする運動」という批判的な意味で使うのであれば、ロシアはそのような考え方を支持していない。むしろ、安全保障を強化し、発電所などのインフラを整備することで各国の主権を強め、国家を安定させることが、結果としてEUへの不法移民の減少につながると考えている。

サヘル地域では、ロシアの影響によってフランスが一部の資源開発事業を失ったものの、その損失は致命的なものではなく、他の西側諸国にまで悪影響を及ぼすものでもない。

◆「MAGAの異端派(MAGA Dissidents)」

ロシアのメディアが、ときどき「MAGAの異端派」を好意的に取り上げたり、その対立相手であるローラ・ルーマー氏らを、特にX(旧Twitter)上で批判的に扱ったりするのは、アメリカの読者の関心を引き、オンライン上で話題を集めるためにすぎない。

多くのMAGA支持者から見れば、それは誤ったやり方であり、結果的にはMAGAとの関係でも逆効果だったかもしれない。しかし、それがロシア側の本当の狙いだった。

また、タッカー・カールソン氏やキャンディス・オーウェンズ氏らがロシアに招かれたのも、彼らがロシアに敵対的ではなかったからで、それ以上の意味はない。

◆保守主義

プーチン政権下のロシアは、EUや民主党が目指すアメリカと比べれば保守的である。しかし、MAGAが目指す保守主義と比べると、一部の点で保守的であるにとどまる。それでも、EU全体よりは保守的だと言える。

また、他者の権利を侵害しない限り、公の場で宗教的信念を表明することを抑圧するような圧力はない。中絶は合法だが、政府はそれを推奨せず、代わりに出生率の向上を促す政策を進めている。

合法的な移民は受け入れているものの、国家は移民に同化を求めている。一方で、民族自治共和国には、それぞれ独自の文化的権利が認められている。

◆結び

MAGA支持者の多くは、自分たちにとって重要なこれら十数項目についてのロシアの実際の政策を知れば、驚くかもしれない。その理由は、彼らが私の言う「ポチョムキン主義(Potemkinism)」というロシアのソフトパワー戦略の影響を受けてきたからだ。

私のいう「ポチョムキン主義」とは、「戦略的目的」のためにロシアの政策について現実とは異なるイメージを作り出すこと、あるいは、誤った前提に基づいて人々にロシアへの好感を抱かせようとすることを指す。

その一例が、「プーチン大統領は反シオニストで、イスラエルを嫌っている」という、すでに事実ではないことが明らかになっている認識である。

私は、この手法は逆効果だったと考えている。ロシアに対する誤った期待を生み、それが支持者の失望につながっただけでなく、「ロシアはMAGAが反対するものをすべて支持している」という誤った認識まで広めてしまった。その結果、MAGAの間でロシアへの反感が強まるという、皮肉な結果を招いた。それでも、この手法は今も続けられている。

私はロシア外務省系のモスクワ国際関係大学(MGIMO)で国際関係学の修士号と政治学の博士号を取得した。だから、ロシアの外交政策については理解しているつもりだ。

私は、トランプ氏がエスカレーターを降りて出馬を表明した頃から(いくつか政策面で意見の違いはあるものの)MAGAの支持者であり、同時に「ロシア人ではない親ロシア派」であることにも誇りを持っている。だからこそ、MAGAの仲間に向けて、ロシアとその政策について新たに広まりつつある誤った認識を正したいという特別な責任を感じている。

私は「ポチョムキン主義」に一貫して反対してきた。そのため、「ロシア人ではない親ロシア派」として知られる著名なインフルエンサーたちから「キャンセル(排除)」されたこともある。このことについては、以前の記事でも書いた。だから、この問題は私にとって単なる政治論争ではない。極めて個人的な問題でもある。

アンドリュー・コリブコ(Andrew Korybko)

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年8月1日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

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ウクライナがロシア全土の上空でスターリンクやスターシールドの使用を許可される可能性はどの程度あるだろうか?

アンドリュー・コリブコ

ウクライナ戦争の勝敗を握るキーパーソンの一人は、疑いなくイーロン・マスクである。スターリンク(Starlink)とは、マスクが率いる SpaceX社が展開している衛星インターネット通信サービスのことで、スターシールド(Starshield)はStarlinkの軍事情報機関向けバージョンである。ドローン攻撃に不可欠だ。ゼレンスキー は、スターリンクをロシア領内への攻撃にも利用したいと考える一方、マスクは認めない。こうした状況に打開策はあるのか?アンドリュー・コリブコ(Andrew Korybko)が解析する。

※   ※   ※   ※

マスクがこの案に難色を示すとしても、それは理解できる。プーチンを刺激し、自衛のためのエスカレーションを招き、その結果として第三次世界大戦の危険を高めたくないと考える可能性があるからだ。ただし、トランプも同じように慎重なのかは、まだ分からない。ポーランドのトゥスク首相の発言によれば、今後100日ほどで状況はかなり明らかになる可能性が高い。

『アトランティック』は先週後半、「ゼレンスキーがトランプに、イーロン・マスクに関する頼み事をした」と題する詳しい記事を掲載した。(【黒薮注】『アトランティック』(The Atlantic)は、米国の総合雑誌)

副題は「ウクライナは、ロシア国内の弾道ミサイル発射装置を攻撃するために、マスクのスターリンクを使い始めたいと考えている」というものだった。報道によれば、ゼレンスキーは先週のホワイトハウスでの会談で、この提案をトランプに伝えたという。入手数が限られているパトリオット迎撃ミサイルを受け取る代わりに、ウクライナに対するロシアの「組織的な攻撃」の発生源そのものを攻撃する案として提示したとされる。

同誌の情報源によると、マスクはこの提案について話し合うためのゼレンスキーからの面会要請を断った。一方、トランプは、マスクにこの案を受け入れるよう圧力をかけるかどうかについて、明確な態度を示さなかった。『アトランティック』はさらに、「ゼレンスキーは、マスクがロシアへの攻撃にスターリンクを使用することを認めない場合、国防総省が同じ目的のためにウクライナへスターシールド・ネットワークへのアクセスを提供できると提案した」と報じている。スターシールドはスターリンクの姉妹システムだが、「より高価で、より複雑であり、[ウクライナの]システムへの統合もより難しい」とされている。

同誌が取材したウクライナ側の情報源の一人は、トランプがゼレンスキーの「プランB」に同意することに懐疑的だった。(【黒薮注】「プランB」は代案の意味)

その人物は次のように述べている。「ウクライナが自国領内でこれを行うことと、ロシア領内で米国の技術を使い、ロシアの防空システムや弾道ミサイル発射装置を破壊することは別の話だ。これは非友好的な行為だ。ロシアがそれにどう反応するのか、私には分からない」。これはもっともな指摘だ。現在、西側諸国がウクライナを通じて進めていると筆者がみるロシアの産業力と軍事力の低下は、非常に大きな危険を伴うからだ。

トランプが最近、「エスカレートすることで緊張を緩和する」という方針を選んだ後、米国がロシアに対して進めていると筆者がみる「消耗戦」は、新たな段階に入っている。これは第二次世界大戦後の歴史でも前例のないものだ。この動きによってロシアの産業力や軍事力が一部でも大きく低下した場合、プーチンが最終的に耐えられなくなり、この作戦によってロシアが立ち行かなくなる前に抑止力を回復するための第一歩として、たとえ象徴的なものであってもNATOに対する行動を承認する可能性がある。その後、状況が簡単に制御不能になる可能性もある。

そのような展開を引き起こすきっかけになり得るのが、ゼレンスキーの提案どおり、ウクライナがロシア全土でスターリンク、またはその姉妹システムであるスターシールドを利用することだ。このような措置によって、戦略的インフラや軍事目標に対するウクライナのドローン攻撃の成功率が大幅に高まる可能性があるためだ。『アトランティック』は、マスクが紛争のエスカレーションにつながるような役割を担うことに消極的だったと指摘している。そのため、マスクはゼレンスキーの提案を拒否する可能性がある。そうなれば、トランプがマスクの判断を事実上覆し、ウクライナによるスターシールドの使用を認めるのかという問題が出てくる。

トランプがこれを避ける可能性がある理由は、エスカレーションを抑えるためだけではない。政治的な理由も考えられる。具体的には、マスクとの関係を悪化させ、11月の中間選挙を前に、あるいは時期によってはその後から2028年の次の選挙までの間に、X上で有力なMAGA系インフルエンサーの投稿が広まりにくくなる事態を避けたいと考える可能性がある。ポーランドのドナルド・トゥスク首相は先週、「今後100日がこの戦争の結果を決める可能性があり、確率は五分五分だ」と述べ、トランプ、マスク、そして「ほかの何人か」が重要な役割を果たすとしている。

この発言は、トゥスクがゼレンスキーの計画を把握しており、マスクがウクライナによるロシア全土でのスターリンク使用を認めるか、あるいはマスクが拒否した場合にトランプがその判断を覆し、代わりにスターシールドの使用を認めれば、ロシアの降伏につながると考えている可能性を示している。

マスクがこの案に難色を示すとしても、それは理解できる。プーチンを刺激し、自衛のためのエスカレーションを招き、その結果として第三次世界大戦の危険を高めたくないと考える可能性があるからだ。ただし、トランプも同じように慎重なのかは、まだ分からない。今後100日ほどで、その点を含めて状況はかなり明らかになる可能性が高い。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年8月4日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼アンドリュー・コリブコ(Andrew Korybko)
モスクワ在住のアメリカ人政治アナリスト。MGIMO(モスクワ国際関係大学)で博士号を取得。著書に『ハイブリッド戦争―カラー革命からクーデターまで』

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日本の「防衛強化」は机上の空論 防衛費倍増で防衛産業は衰退する

清谷信一(紙の爆弾2026年8月号掲載)

高市早苗政権は年内の閣議決定を目指し、国家安全保障戦略などいわゆる安全保障(防衛)3文書の改定作業を進めている。だが現行の3文書は2022年12月に策定され、10年間を見通した内容となっていた。これを、わずか4年で見直すこと自体が異様だ。「直面する緊迫した国際情勢を踏まえての改定」というが、そのような変化は存在しない。高市首相の手柄づくりに利用されているのではないか。「軍事音痴」の高市首相の意向が強く反映された内容になれば、安全保障上の大きなリスクを抱えることになる。

高市首相に軍事・安全保障の素養はない。中国を相手に台湾有事問題で喧嘩を売り、その際に存在しない「中国の戦艦」に関する発言をして、これを批判されるとむきになって「存在する」と閣議決定。この件に関して筆者は6月2日の齋藤聡海上幕僚長の定例会見で質問したが、「(総理の発言の意図は)よくわかりませんのでこの件については発言を差し控えたいと思います。今、我々はその(戦艦の)定義をしておりません。(中略)今我々はそういったカテゴリーを持っておりませんので、言及することは控えたいと思います」と大変困った様子で回答した。

3月24日の報道官会見では安居院公仁報道官に、高市首相の「大変申し訳ないが、戦闘員には最後まで戦っていただく」との発言を質問した。

無論、戦闘員とはショッカーの戦闘員ではない。ハーグ条約やジュネーブ条約で定める「戦闘員」の資格を満たすのは、基本的に自衛官だけだ。首相の発言は自衛官に降伏を認めず、死ぬまで戦えという意図か。それは旧日本軍同様の人権侵害、国際条約無視ではないか、と尋ねたら、後日返答すると言いつついまだに返答がない。つまりは返答できない話だったのだろう。

これらのように高市氏は内閣総理大臣=自衛隊の最高指揮官にふさわしい軍事の常識や教養を、明らかに持ち合わせていない。その肝いりで防衛3文書を見直すということは、政治的・軍事的・外交的に極めてリスクが大きく、国を誤る可能性が極めて高い。

◆防衛費と円安

防衛費GDP比1%から大きく上げるきっかけを作ったのは安倍晋三である。現在の増大方針はその時からだ。安倍元首相は2022年に、GDP比2%に引き上げる、財源は国債を刷ればいくらでも手当できる、カネの使い道は増やしてから考えればいいと主張した。つまり、具体的な脅威の拡大も国際情勢の変化もなく、景気のいい話をぶち上げただけだ。

これに本来政治に中立であるべき、防衛省のシンクタンクである防衛研究所の幹部たちが「個人」の資格で礼賛する意見をテレビや新聞で表明した。世論誘導である。

当時、我が国周辺の安全保障環境の劇的変化はなかった。おそらくアベノミクスの失敗を悟っていたであろう安倍元首相は健康を理由に辞任して、菅義偉氏に後を譲った。だが再度首相に返り咲くための方便として「強い指導者」を演出するため危機感をあおったのではないか。

ここから先はhttps://note.com/famous_ruff900/n/nc85d82ee13c8

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新たな冷戦に向かうのか?――ウクライナ、中国、ベネズエラと世界秩序をめぐる争い

ビクトル・M・ロドリゲス

アンドリュー・コリブコは、ウクライナ戦争が多極化する世界への移行を加速させたと主張する。一方で、その動きに対しアメリカは、新たな地政学的圧力の手法を通じて自らの影響圏を強化することで対抗していると警告する。

アレシャンドレ・ガランチとの長時間にわたる対談の中で、このアナリストは、現在の国際紛争、ヨーロッパの将来、そして競争が激しさを増す世界情勢におけるブラジルの役割について、議論を呼ぶ見解を提示している。

注:アンドリュー・コリブコ(Andrew Korybko)
アメリカ出身の地政学アナリスト。ハイブリッド戦争、多極化、米中露関係、ユーラシア情勢などを主な研究対象としています。ロシア寄りの視点から国際政治を論じることが多く、ウクライナ戦争やBRICS諸国、グローバル・サウスに関する分析で知られている。

注:アレシャンドレ・ガランチ(Alexandre Galante)
ブラジルのジャーナリスト・軍事評論家。軍事・安全保障・国際政治を専門とし、ブラジルの防衛・航空宇宙分野のメディアで活動している。軍事技術や地政学に関するインタビューや解説記事を数多く手がけており、本稿の対談では聞き手を務めた。

もはやウクライナ戦争は、モスクワとキーウの間の領土紛争としてだけ捉えることはできない。また、民主主義と権威主義の単純な対立として説明することもできない。

ハイブリッド戦争や大国間競争の研究で知られるアンドリュー・コリブコによれば、いま問われているのは、今後数十年にわたって形成される国際秩序そのものの姿である。

この見方では、ウクライナは世界的な転換期を象徴する最大の地政学的実験場となっている。そこでは、一見すると相反する二つの力学が同時に進行している。ひとつは世界の多極化の進展、もうひとつは、新たな勢力圏の台頭に直面するアメリカが、自らの戦略的主導権を維持・強化しようとする動きである。

コリブコはこう述べる。

「世界システムが多極化へ向かう流れは、ロシアの軍事作戦以前から始まっていた。しかし、その後に起きた一連の出来事によって、その移行は前例のない速度で加速した。」

ただし彼は、西側の衰退を楽観的に語るわけではない。むしろ、ワシントンは欧州やアジアの同盟国に対する政治・軍事面での統率力を強めることで対応してきたと指摘する。

こうしてウクライナ戦争は、東欧の地域紛争という枠を超え、より大きな世界規模の覇権争いの震源地として位置づけられるのである。

◆ウクライナ――終わりの見えない消耗戦

コリブコは、この紛争が、ユーロマイダンへとつながった政治過程に伴う「ハイブリッド戦争」の段階から、大規模な通常戦争へと発展したとみている。しかし同時に、制裁、情報戦、外交的圧力、さらには新たなテクノロジーを通じて、ハイブリッド戦争の手法そのものは今なお機能し続けていると指摘する。

また、和平交渉の見通しについては極めて悲観的だ。アメリカとウクライナは停戦による戦線の固定化を目指している一方、ロシアはドンバス全域の支配が保証されない限り、いかなる合意も不十分だと考えているという。この戦略的な隔たりが、早期の外交的解決を難しくし、長期対立の危険性を高めている。

さらに彼によれば、モスクワは停戦が実現したとしても、それが西側諸国によるウクライナ再軍備の時間稼ぎとなり、将来的にロシアとの代理的対立を再開する準備に利用されるのではないかと疑っている。

その結果、この戦争は単なる一時的な危機ではなく、新たな欧州秩序を支える構造的要素の一つになりつつあるように見える。

◆ヨーロッパ――軍備を強化する一方で脆弱性も増す

コリブコの分析の中でも特に議論を呼びそうなのが、2022年以降のヨーロッパの立場に関する見解である。彼は、この戦争によってヨーロッパの戦略的自立性が高まったのではなく、むしろワシントンへの依存が深まったと主張する。

彼の見方では、欧州連合(EU)はアメリカ主導の安全保障体制の中で、より従属的な役割を担うようになった。ただし、その一方で欧州諸国には、防衛面でこれまで以上の負担と責任を引き受けることが求められている。

その文脈の中で、彼は三つの並行した動きを指摘する。

・イギリス主導による北極圏・バルト海地域の連携強化
・ポーランドによる地域的影響力の回復への試み
・トルコがコーカサスおよび中央アジアへの影響力を拡大する動き

コリブコによれば、この戦争はヨーロッパを安定化させるどころか、むしろ新たな地政学的再編の時代を切り開いた。そして、その帰結がどのようなものになるのかは、いまだ見通せないままである。

◆台湾――次なる世界的対立の火種

ウクライナが現在の最大の紛争だとすれば、台湾は将来における最大の緊張の焦点となるかもしれない。

コリブコは、米中対立はすでに経済や技術の領域を大きく超え、恒常的な戦略的対立の段階に入ったと考えている。

彼の分析によれば、トランプ政権は中国の台頭を封じ込めるため、いわば「アジア版NATO」とも呼べる枠組みの構築を進めている。一方の北京は、ウクライナ戦争から得られる軍事・経済・外交上の教訓を注意深く研究しているという。

その中でも特に重要なのは、たとえ同盟国自身に大きな経済的負担を強いることになっても、ワシントンが同盟国や友好国を結集させる能力を示した点である。

もう一つの教訓は、現代戦争を大きく変えつつある技術革新だ。コリブコは次のように語る。

「ドローンは、この世代の軍事革命を主導してきた。」

そして、もし台湾海峡で危機が発生すれば、その戦いは高度な技術色を帯び、無人システムがこれまで以上に大きな役割を果たすことになるだろうと予測している。

◆イラン、ベネズエラ、そしてハイブリッド戦争の拡大

コリブコの中東およびラテンアメリカに対する見方も、世界規模の戦略競争という枠組みの中で理解されている。

イランについては、ロシアと中国を中心とする結束した「ユーラシア陣営」が存在するという見方を否定する一方、両国の間に重要な協調関係があることは認めている。

彼の見解では、もしテヘランがワシントンとの関係改善に向かうならば、それはユーラシアの地政学的均衡を根本から揺るがすほどの衝撃をもたらす可能性がある。

一方、ラテンアメリカに関しては、アメリカがこの地域への関与を一段と強めているとみている。コリブコは、ニコラス・マドゥロの拘束(※原文の表現)を、西半球におけるアメリカの影響力を回復するための長期戦略の一環として解釈している。

彼はこの政策を「コンドル作戦2.0」と呼び、その目的は、ラテンアメリカをアメリカにとっての戦略的な資源供給地、市場、そして政治的安定の基盤として再編することにあると説明する。さらに、制裁、軍事的圧力、情報戦、選択的介入を組み合わせる手法は、彼が長年研究してきたハイブリッド戦争からの逸脱ではなく、そのより強力な進化形だという。

コリブコはこう主張する。

「目的は、抵抗する国々にアメリカの要求を受け入れさせることにある。」

◆多極化時代の課題に直面するブラジル

この世界的な勢力図の中で、ブラジルはグローバル・サウスを代表する重要なプレーヤーの一つとして位置づけられている。コリブコはブラジルを、正当な自主性への志向を持つ新興大国と評価する一方で、外部勢力の影響を受けやすく、国内には深刻な政治・社会的分断を抱える国でもあるとみている。

彼によれば、ブラジル外交の最大の課題は、アメリカ、中国、ロシア、その他の主要国との実利的な関係を維持しながら、激化する陣営間対立に巻き込まれないことである。

そのための参考例として彼が挙げるのが、インドの「マルチアライメント(多方面連携)」戦略だ。これは複数の大国と緊密な関係を築きつつも、自国の外交的自立性を損なわないことを目指すアプローチである。

コリブコは、ブラジルが優先すべき課題として次の三点を挙げている。

・戦略的重要資源に対する主権的管理を維持すること
・イデオロギー色を抑えた現実的な外交を展開すること
・国際的な大規模紛争に対して実利的な中立姿勢を取ること

◆形成されつつある新しい世界

アンドリュー・コリブコの見解には賛否があるだろう。しかし彼の議論は、国際社会が歴史的な転換期にあるという認識を、ますます多くの国際政治アナリストが共有し始めていることを示している。ウクライナ戦争、台湾海峡をめぐる緊張、中東の不安定化、そしてラテンアメリカをめぐる競争――これらはもはや個別の出来事ではない。

それらはすべて、「21世紀のルールを誰が決めるのか」をめぐる一つの世界的競争の異なる側面なのである。もはや問題は、世界が新たな地政学的秩序へ向かうのかどうかではない。その移行が、

・どのような条件の下で進むのか
・どの勢力が主導権を握るのか
・どれほどの代償を伴うのか

という点に移りつつある。そしてその過程において、ヨーロッパやラテンアメリカ、新興国は単なる傍観者ではいられない。

多極化が進展する一方で、それを抑え込もうとする圧力も強まるなか、自らの戦略的自立性をどこまで守り抜く意思があるのか――各国はその選択を迫られているのである。

▼執筆者:ビクトル・M・ロドリゲス
ジャーナリスト兼ディレクター:Pildoras Digitales 、ウルグアイ報道協会編集委員:APU

Fuente: https://siquesepuede.jimdofree.com/2026/06/11/hacia-una-nueva-guerra-fr%C3%ADa-ucrania-china-venezuela-y-la-disputa-por-el-orden-mundial/

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年6月16日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

『紙の爆弾』https://kaminobakudan.com/
『季節』https://www.amazon.co.jp/dp/B0GZZQWL9T/

ペプシコーラとロシア

ロベルト・トロバホ・エルナンデス

冷戦の真っただ中、20世紀で最も奇妙で、あまり知られていない商業史の一つが起こった。アメリカとソ連が政治、軍備、宇宙開発で競い合っていた一方で、あるアメリカ企業がソ連市場への参入に成功した。その企業とはペプシだった。

出典:PEPSI y RUSIA

すべては1959年、モスクワで開催されたアメリカ国民博覧会から始まった。当時のアメリカ副大統領だった Richard Nixon は、ソ連の指導者たちに西側諸国の製品を紹介していた。その視察の途中で歴史的な場面が生まれる。ニクソンはカメラの前で Nikita Khrushchev にペプシを一杯差し出したのだ。その写真は世界中に広まり、ソ連とアメリカ企業との予想外の商業関係の始まりとなった。

しかし、そこには大きな問題があった。ソ連の通貨ルーブルは国際市場で自由に利用できなかった。そのため、ソ連は他の西側諸国のように何百万ドルもの代金をペプシに支払うことができなかったのである。そこでソ連側は、当時らしい独特な解決策を見つけた。それは「ウォッカで支払う」というものだった。

こうして、冷戦時代でも特に奇妙な取引の一つが誕生した。ソ連国内でペプシを製造・販売する権利と引き換えに、ペプシはアメリカにおける Stolichnaya ウォッカの独占販売権を獲得した。長年にわたり、ロシア産ウォッカの売上がソ連におけるペプシ事業を支える資金源となったのである。これは、東西に分断された世界の中で、外交・商業・文化宣伝が入り混じった取引だった。

しかし、話はそこで終わらなかった。

1989年、ソ連崩壊の直前に契約の更新時期が訪れた。両国間の貿易は依然として複雑であり、モスクワはこの契約を維持する必要があった。そこで、さらに驚くべき解決策が提案される。ソ連は支払いの一部として、退役した海軍艦隊の一部を提供すると申し出たのだ。

新しい契約には、潜水艦、駆逐艦、そして複数のソ連艦船が含まれていた。これらは後に西側企業へスクラップとして売却されることになっていた。数日の間、アメリカのメディアは「ペプシが世界で7番目に大きな海軍を保有することになった」と冗談交じりに報じた。

出典:PEPSI y RUSIA

もちろん、ペプシが実際にその潜水艦を運用したことはない。しかし、この出来事は国際貿易史上でも特に風変わりなエピソードとして語り継がれている。

さらに、ソ連におけるペプシの存在は文化的にも大きな影響を与えた。何百万人ものソ連市民にとって、この飲料は大規模に入手可能となった最初期の西側製品の一つだった。それは、世界的な対立の時代であっても、文化交流や経済交流が予想外の道を切り開くことができることを示す象徴だったのである。

ロベルト・トロバホ・エルナンデス

▼筆者紹介 ロベルト・トロバホ・エルナンデス(Roberto Trobajo Hernández)
世界ジャーナリスト会議(WJC)ラテンアメリカ・カリブ地域ディレクター、AL PRESS代表(CEO)

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年6月1日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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