花田郵便局強盗事件 ── 黒人のナイジェリア人を蔑視し、冤罪事件を作った姫路警察

尾﨑美代子

4月11日、青木恵子さん(冤罪被害者)と姫路の花田郵便局強盗事件の犯人とされたナイジェリア人のジュリアスさん(仮名)に現地案内して貰うため姫路に行ってきた。2人の黒人男性が地元の特定郵便局に強盗に入り2000万強奪した事件だ。強盗に使用した車両日産シルビアが見つかったのが、ジュリアスが経営する会社の倉庫だった。聞けば、その周辺にはナイジェリア人だけでなく、黒人の人が多数住んでいる。地元の人はいろんなところで黒人の人をみていた。ジュリアスの倉庫にシルビアが入っていったのを見た男性が警察に通報し、警察官が倉庫に到着。入口の大扉が閉まっていたが、隙間から見たら中にシルビアがあったので、警官はここに犯人が入ったと思ったという。外から「警察だ、誰かいるか」と声をかけたが返事がない(当然だ)。仕方ないから、大扉の隣にある小さな窓から入ったという。しかし、中に入ったが真暗で何も見えないので、中から大扉の鍵を開け、外に出て、捜査を担当する刑事らを待っていて、その後刑事に引き継ぎ、警察官は帰ったという。

何がいいたいか? 倉庫は所有者のジュリアスしか開けれない。自分たちが来た時大扉は閉まっていた。でも中を覗いたらシルビアが見えたから、ここに犯人がきたはずと考え、横の小さな窓からむりやり入った、と言いたいのだ。倉庫の持ち主のジュリアスはその日の夕方任意同行され、警察署で夜中まで取り調べられ、翌朝方逮捕された。

そのニュースを知り驚いたのは、実際強盗に入ったオモ(通称)だ。オモはジュリアスの知り合いだが、「強盗に入ったもう一人はジュリアスではない、オースティンという男だ」と池田弁護士に伴われ警察に自首した。何故かというと、その地域で、日本人の女性と結婚し家庭をもち、仕事も成功し、日本の永住権も取得したジュリアスは、このあたりの黒人仲間の「兄貴的存在」だったし、自分も含め仲間はいろいろジュリアスに世話になっていたからだ。以前黒人が痴漢した事件があった際、次々と関係ない仲間が取り調べられることを不安に思い、ジュリアスが自ら誰が犯人か調べ解決したことなどもあった。

オモはオースティンにしつこく誘われ仕方なく郵便局強盗に関わった。当日もオモは表で見張り役やればいいと言われてたし、職員に暴力をふるうこともないと言われて、仕方なく関わった。しかし、オースティンは郵便局に入るなりカウンターを飛び越え中の金庫室に入り、2000万もの金を強奪してきた。逃げる際、そんな大金の入ったレジ袋を見せられ、オモはビビッてしまった。そこで「兄貴的存在」のジュリアスの力を借りて返して貰おうと、ジュリアスの倉庫に行った。しかし、ジュリアスはいなかった。しかし、いつものように倉庫は開いていた。そこでとりあえず金や強盗時に使った合羽、目出し帽をそこに置いて逃げた。が、ジュリアスが逮捕されたとしり、慌てて自首したのだった。

この事件を取材する際、警察官が入ったという大扉の横の小さな窓は鉄格子が入って入れないし、鉄格子の入ってない半分の場所には荷物を運ぶエレベーターが置かれているため、窓は開かないと聞いていた。

今日の現地調査でそれを確認した。現在、のちに倉庫を所有した方が改装して立派な入口になったが、隣の小さな窓は以前のままだ。良く見て欲しい。半分は鉄格子が入っている。その隣に映るのは荷物をあげるエレベーターで、そこからは入れないではないか?

現在倉庫の入口の大扉は綺麗に改造されていた
でも大扉の横の小さな窓は昔のまま。ここから入ることは出来ない

強盗後、2人がシルビアで逃走したすぐ近くには、ガソリンスタンドがあり、防犯カメラがある。当然警察は当然これを調べたはずだ。実は金を強奪し郵便局を出る際、オースティンは暑かったのか、目出し帽を脱いで郵便局に置いてきたのだった。つまり郵便局を出る際の映像やガソリンスタンドのカメラ映像には、目出し帽を被ったままで運転するオモの姿と助手席に座る坊主頭のオースティンが映っていたはずだ。郵便局のカメラも局内の映像とATMがある入口の映像を交互に録画されていたはずだが、オースティンが入口を出る際の映像は写っていない。というのも、オースティンは顔はわからなくても後ろ姿で彼が坊主頭なのは丸判りなのはすぐわかる。一方、当時ジュリアスはドレッドヘアだった。ドレッドヘアでもどのくらいの長さかと今日聞いたら、腰の当たりまであったそうだ。更に局内に残された目出し帽から毛髪が検出されたが、それはごくごく短い坊主頭の毛髪で、しかもそのDNA型はジュリアスのものでもオモのものでもない、第三者のものだった。

特定郵便局の前
郵便局近くのガソリンスタンドの防犯カメラの映像はいまだに証拠開示されていない

現地調査のあと、姫路駅前のガストでジュリアスに話を聞いた。ほかにも多数の納得いかない点がある。私と青木さんはジュリアスに「これはジュリアスが黒人だから、どうせまともに裁判できない、支援者もつくはずがないと警察が考えたからだ」とつたえた。ジュリアスは「その通りだ」と言った。本当に酷い話だ。現在、再審請求審が審議されている。これは裁判所、検察、弁護団が非公開で審議するもので、そこで再審が開始されるかどうかが決まる。

どうぞ皆さん、今後の展開にご注目を。

尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者X(はなままさん)https://x.com/hanamama58

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4月25日(土)14時より大阪・大国町にて菅野みずえ×飛田晋秀講演会「原子力災害 終わりの見えない3・11」にお集りを!

尾﨑美代子

4・25「原子力災害 終わりの見えない3・11」まで、あと5日となりました。

講演会に向け、個人的な思いを書いてみました。ちょっと陰謀論っぽい題名ですが、まじめに考えたことです。題して「闘いは新たなフェーズに入った」と「大国町から国際原子力マフィアとの闘いに挑む」──。ちょっと長いが、是非、ご一読を!

◆闘いは新たなフェーズに入った

福島第一原発事故から15年経った。3・11は、原発に関心のなかった人たちも、原発の危険性を知り、反原発の声をあげるきっかけとなった。原発は、このうえなく危険なうえに、安くないこともわかってきた。政府の言ってきたことは全て嘘だとわかった。

そして事故から、10年目経った2021年、私は編集で関わる反原発誌「季節」(鹿砦社)で、井戸謙一弁護士にインタビューしていた。

── 3・11から10年、今後反原発運動はどのように展開していく必要があるでしょうか?

井戸 原発のほうは、もうコストが高いとうことも隠せず認めなくてはならなくなっています。未だに2030年に23%を維持しているが、もう建て替えや新設は言えないし、先細るのは明らかで、もう終焉が近づいていると思います。問題は被ばくのほうです。ICRPが言っていたことを遥かに超えて、高い被ばくを福島の人たちなどに強いているので、汚染水にしろ、汚染土を全国にばらまく問題にしろ、全く今までどこもやったことのないことをどんどんやろうとしている。そこにどういう力が働いているかはなかなか外からは見えないのでわかりませんが、世界の原子力マフィアの先頭を日本が行っているのは間違いないです。(2021年「季節」春号より)

しかし、その後、日本は再び「原発回帰」へ大きく舵を切ることとなった。きっかけは、2023年、岸田政権が打ち出した「GX法」だ。名前からして一見原発推進とは関係ないように思われる「GX法」、産業革命以来の化石燃料中心の経済、社会、産業構造をクリーンエネルギー中心に移行させ、経済社会システム全体を変革すべく、エネルギーの安定供給・経済成長・二酸化炭素排出削減の同時実現を目指す「GX(グリーン・トランスフォーメーション)」を推進するとしている。 

なんだか、いいことが一気に進む……みたいに見える。グリーンもそうだし、CO2( 二酸化炭素)排出削減は、世界中で喫緊の課題になっている「気候変動」問題と相まってとても重要な問題だ。「2050年カーボンニュートラル」(地球温暖化の原因になっている『CO2などの温室効果ガスの排出量』を『全体としてゼロ』にすること)にむけて、「国際的にみて日本は遅れているよね。もっと頑張るべきね」……とか。

とくに「CO2排出削減」と言われると「そうだ!そうだ!」と言いたくなるが、原発推進で本当にそうなるの? 今年の『季節』春号で再び井戸弁護士にインタビューした。

── 岸田政権が打ち出した「GX法」は、CO2排出削減のためとか、AIの需要が増えるから原発が必要としてますが、立法事実になってないと思うのです。井戸弁護士も(樋口英明元裁判長との)対談でCO2排出削減は嘘と話されてますし、末田さん(反げんぱつしんぶん編集長)も、AIの需要が増えても電力は足りていると説明されてます。

井戸 原発がCO2を排出しないのは運転中だけで燃料となるウランの採掘、運搬、原発建設、廃炉や使用済み核燃料の保管・処理に至るまで、大量のCO2を排出している。また原発を運転すると排出される冷却水が海水温度を高めるため海水中のCO2が大気中にでていく。どこがCO2排出削減かという話です。政府サイドは「原発を動かさないとAIの需要が増えて電力が足りない」という事実を根拠にしています。これ自体怪しい話で、大げさに言われていますが、AIの話が急にでてきたことは、政府にとっては恰好のタイミングだったと思いますよ。

『季節』2026年春号[表紙]福島県双葉町役場の野外時計。大地震が起きた直後の14時47分で止まったままの時針分針(飛田晋秀2016年7月22日撮影)※『季節』は当日会場でも販売します。

ほら、やっぱりね。政府の言うことは一事が万事、うそだらけ。騙されてはいけない。というか、政府は実に巧妙に原発回帰を進めている。汚染水は「処理水」、汚染土は「福土」だって。

だから、反対する側も変わっていかないといけない。そう、菅野みずえさんがどっと吐いてくれた「毒」のように、これまでのように「原発事故を忘れない」「FUKUSHIMAを忘れない」「原発バイバイ」だけでは闘えない。みずえさんのいうように、まさに「隣の家が燃えて鎮火もしていないのに、忘れないって 言ってるようなものだって気づかない」

そして「だって悪気ないつもり 善意のつもりの便利な言葉 忘れないは終わったこと 死んでしまった人に 別れていなくなった人に使う言葉と 私は思ってきた 哀しいなぁ」

そしてそして「毎日が反原発の日みたいに、肩の力を抜いて自分たちの暮らしを守るために どう生きるかって考えたい 3月だけ思い出さないで 毎日お天気考えるみたいに 『原発いらないよね』って考えるようになったら、世の中変わるかもしれない」

『季節』2026年春号[グラビア]わたしはこれから毒を吐く(文◎菅野みずえ/写真◎飛田晋秀)
『季節』2026年春号[グラビア]わたしはこれから毒を吐く(文◎菅野みずえ/写真◎飛田晋秀)

◆大国町から国際原子力マフィアとの闘いに挑む

大げさのようだが、私は3・11からずっと気になっていることから考えたのだ。3・11以降、全国的に盛り上がった反原発運動の中心になった「首都圏反原発連合」は、なぜ反原発、再稼働反対は掲げたが、被ばく問題をいわなかったか?もちろん現場に集まった人たちのなかには被ばく問題に関心をもっている人もいた。しかし「反原連」のコアなメンバーはちょっと違っていた。福島の木田節子さんが、妊娠した自分の娘が、その後「けいりゅう流産」で中絶、周辺の妊婦さんにも同じ症状で中絶した人が多かったと、それを反原連の集会で話したら、「デリケートな問題だからやめて」と言われた。実際、反原連のレッドウルフ・ミサオさんの超長いロングインタビューで、彼女は反原発は主張していたが、被ばくの「ひ」の字が一回もでてこなかった。被ばくをひとことも口にしないで反原発を語るとは、それはそれで凄い芸当だと思うが。あげく反原連は、事故から10年目に、カンパが集まりにくくなったとの「財政的理由」などで活動を休止した。えっ反原発運動って、カンパが集まらないとやれないの?私は心底たまげた。

しかし、問題はそこではない。311以降あれだけ盛り上がり、10年目で休止となった反原発運動とは何だったの?被ばく問題はなぜおきざり、タブーにされたのか?

そして2021年「季節」夏号のインタビューで井戸弁護士が国際原子力マフィアについて、こう語っていた。

── 今後ますます反被ばくの闘い、意義を広めていかなくてはなりませんね。

井戸 そうしなければいけません。国際的な原子力マフィアは、チェルノブイリの事故では、住民を避難させ過ぎたという反省から、次に原発事故が起こった場合は、住民を可能な限り避難させず、事故の影響を小さく見せたいと準備していた。そこに福島の事故が起き、福島ではそのことに成功している。このままでは、この「成功体験」が今後世界で原発事故が起きた場合のモデルケースにされてしまいます。日本に住む私たちは、世界の人に責任があるのです。

「国際的な原子力マフィアは、チェルノブイリの事故では、住民を避難させ過ぎたという反省から、次に原発事故が起こった場合は、住民を可能な限り避難させず、事故の影響を小さく見せたいと準備していた。そこに福島の事故が起き、福島ではそのことに成功している。」

ここ、私はずっと気になっていたこと。福島県三春町のお寺の僧侶で、作家でもある玄侑宗久さんが、事故直後の村の様子を認めていた日記を、何かの雑誌に掲載していた。事故直後、テレビ番組ではお笑い番組が多かったとあった。あと、現在関西の反原発運動、裁判闘争の中心的人物である森松明希子さんは、5月の連休に関西の実家に来た際、テレビで原発問題やっていることに驚いたと。つまり福島内ではこのような番組は見れなかったということ。これには、御用学者であれ、連日テレビに出演し、放射性物質だの、半減期だの、アルファ線、ガンマ線だのしゃべっていた関西の報道とはまるで違っていたのだった。関西のテレビでは、朝なんか、売れない吉本芸人が「でも身体によい放射能もあるよね。ラジウム温泉とかラドン温泉とかさ」とにこやかに話していたのを覚えている。いずれにしても放射能はじめ原発関連のことは日常茶飯事に話していたのに。

あと当時私が気になっていたのはもう一つ。確か事故から1年目の2012年正月の福島民友か福島民報どちらかの社説に「今後、福島で集められたデータは世界中の科学者が喉から手がでるほど欲しくなるにちがいない」と書いていたこと。数年後思い出し検索したがわからなかった。同じことを「福島市も郡山市もとてもじゃないが避難させられん。将来奴ら(福島市、郡山市の人たち)は集団訴訟とかするんやろな」とのたまった上昌広(医療ガバナンス研究所理事長)は、「浜通りの被ばくデータは世界が喉から手がでるほど貴重なものとなる。これらを蓄積して世界に発信する。この地域を廃墟にするも聖地にするもやり方しだい」とものたまった。この時点で、国際的な何かが動いている、と私は考えた。当然といえば当然。広島に原爆が落とされたあと、アメリカのABCCも被爆者のデータだけは欲しがったが、治療はしてくれなかった。先日観たドキュメンタリー映画「医の倫理と戦争」でも、731部隊が実施した人体実験のデータを、戦後アメリカに渡す代わりに非人道的な実験に加わった医師らは罰せられることなく、大学教授や有名大学病院の院長に戻った。

井戸弁護士が述べたように、チェルノブイリでは避難させすぎた、だから、次の福島では避難っせないようにした。さて、次に原発事故がおきたら……。今度は絶対やつらの好きなようにはさせない。

4月25日、ぜひ講演会にお集りを!

事故後カンパを集め出した私たち「西成青い空カンパ」は、なるべく皆様の前で被災者にカンパを手渡した。写真は長谷川健一さんにカンパを手渡した写真
毎年311前後に何らかの催しを企画した。三角公園前の「ふるさとの家」でやった際には場所がわからないだろうと仲間がプラカード持って案内してくれた
震災と原発事故から6年目の2017年、国は避難指示を解除し、被災者に故郷に帰れと指示した。果たして帰れるのか?

尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
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〈原発なき社会〉を求めて集う不屈の〈脱原発〉情報誌『季節』2026年春号
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3・11の彼方から―『季節』セレクション集 Vol.1
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「供述弱者」── 今市事件が冤罪であることが非常に良くわかるひとえんちゃんねる動画

尾﨑美代子

ひとえんちゃんねるの動画、今市事件が冤罪であることが非常に良くわかる内容となっております。

冤罪被害者勝又拓哉さんとはお母さんらと服役中の千葉刑務所で一度お会いしました。その時は本当にお元気そうで、中で勉学に励んでいるとお話されてました。が、動画で弁護団泉澤弁護士が話されてますように、拓哉さんは台湾産まれで、日本で働いていた台湾出身のお母さんを頼って日本に来たため、日本語に不慣れな状況で突然逮捕されました。その取り調べ時の録音録画が法廷で流され、それを見た裁判員が「それを見て犯人と確信した」と一審で有罪となりました。この録音録画については2審で証拠にならないとされるのですが、私が言いたいのは、勝又拓哉さんは逮捕時台湾の方で、日本語も不慣れな、いわゆる「供述弱者」だったということです。この点をもっと強調すべきといつも思ってます。

だから、栃木県警は事件後8年も犯人逮捕に至らなかったこの事件について、「あいつなら落とせそうやな」と勝又さんに目をつけたのです。そして商標法違反という別件逮捕でしょっぴいた……。

西山美香さんの湖東記念病院事件の国賠で、井戸弁護士が強く主張してますが、この「供述弱者」について、日本の司法制度の中でもっと真剣に考えなければ、いつまでも弱い者が冤罪の被害者にされてしまうと危惧致します。朝から長々とすみません。非常にわかりやすい動画です。後編も公開されましたのでぜひご覧ください。

尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
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「法律は国会だけで国会だけが作成できる。」再審法改正問題、今が正念場!!

尾﨑美代子

「法律は国会だけで国会だけが作成できる。」

まさにその通り。3月末自民党の会合に呼ばれた東住吉事件の青木恵子さんと今日店で話しました。青木さんはネットなどを見ないので、青木さんが自民党で意見したこともあって、法制審への批判が強まってるよ、と伝えた。青木さん、「えー、ママはそれは私も(自民党の会合に)行って良かったと思うけど、これからどうなるの? いい方に動くの? 法制審の案で決まったら最悪じゃない?」と。それは青木さんの言う通り。

青木さんの近くに座った、この問題に関心あるお客さんが、「そうだよな。ママ(私)が言うようにあの稲田が法制審案に反対と強く言ってくれてるが、大丈夫かな?まだまだ国民の世論は高まってないだろう」と心配してる。それもわかる。

だが、法律は国会が作るのだ。だから国会議員をこっち側につけないとどうにもならん。今日も青木さんと話したが、刑訴法内の再審法についてはもう70年何も変わってない。以前書いたが、例えば建設労働者を守る法律の中で、高所作業の労働者を守る法律なんか、その都度何回も変わっている。それは高所作業に従事する労働者の転落、死亡事故などを少しでも減らすためだ。

もちろん、法改正が改正にならず、改悪になったケースもある。しかし、今回、再審法改正しなくてはならないよねと世論が動いたのは、毎年のように次々と犯人とされ囚われていた人が、再審で無罪となったからだ。そんななか、私は見れてないが、テレビ番組、映画などでも冤罪が取り上げられるようになった。極めつけは、国が「死刑判決」を出した死刑囚袴田巌さんが無罪となったことだ。オイオイ、警察、検察、それから裁判所は何やってんだ、という話だ。で、超党派の議員たちが、再審法を70年ぶりに改正しましょうと動きたした。

するといきなり法務省管轄の「法制審」が、「いや、再審法のことなら私たち専門家が……」と出張ってきた。しかし、その委員をみたら、誰ひとり、それまで再審法や再審云々言ってなかった人間ばかりやんか? 何故こんなことになった? これ、私の著者「日本の冤罪」の冒頭、桜井昌司さんと対談した中で桜井さんが話してるが、超党派の議連案が通ったら、今再審請求してる多くの人に再審無罪が出るよと言う話。つまり、この70年、警察、検察、裁判所は無実の人を長年犯人として不当に獄中に繋いできたよね、ということがバレてしまう。これに奴らは耐えられなかったんだろうね。

尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
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冤罪を作ってきた警察、検察、裁判所。それらを仕切る法務省が、なぜ再審法改正に出張ってきたのか

尾﨑美代子

再審法改正問題について、もうひとつ「スクープ」がでたようで。法制審メンバーを検察が主導で選んでいたということ。

◎[参照記事]「やはり検察がメンバーを選んでいた」再審見直しに批判相次ぐ法制審、開示文書から浮かぶ“出来レース”の構図 (2026年04月06日弁護士ドットコム 一宮俊介)

でもこれ、スクープかな? 誰もがそう思ってたでしょ? 鴨志田さん、村山さんなど、再審法を本当に改正したいメンバーはごくわずか。多数決取ったら負けるじゃない。法制審と、先日の自民党の会に出席した青木恵子さんも、ふたつは全く違ってたといっていた。法制審の時はごく一部の人しか関心示さなかったから、自民党に呼ばれても断ろうと思ったくらいだと。でも自民党の皆さん、熱心に聞いてくれて「行って良かった」と。

法制審に関しては井戸弁護士が訴えていたように、これまで冤罪を作ってきた警察、検察、裁判所を仕切る法務省は「加害者」の立場で、決して「改正」を主導する立場になかったのに。なのに突然出張ってきた。その時、なぜ、「お前らの出る幕じゃないぞ」と「空き巣働いてた連中が、『さて空き巣被害を防ぐにはどうしたら良いか考えましょう』って」。コラ、どの口がいうんだ!と徹底的に非難し、解散に追い込めなかったのか。

この手の審議会は全てそう。ガス抜き、アリバイ作り。釜ヶ崎で行われた維新の会勧める「西成特区構想」の町作り会議、それまで行政のやり方に反対してきた団体、個人も呼ばれて会に入った。「(維新が悪さしないように)中でガツンと言ってやりますわ」って、どこで「ガツン」があったの。滅茶苦茶スムーズに維新の言いなりに進んでますやん。えっ? どこが反権力なの? どこが反差別なの?

ハンセン病元患者さんの家族の皆さんを補償する法を制定する際には、当事者が審議の中にどんどん入ってたではないか? 今回もなぜ冤罪犠牲者の当事者を呼ばないのか?話が上手いとか、あまり上手くないとかではない。当事者の声を必死で聞かないで、どうして改正できるの? 苦しんだのは、当事者とその家族だぞ。なんか、イライラするわ。

一番苦しんだ人たちの声、訴えをきけよ? おい!

尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
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冤罪被害者の青木恵子さんが、再審法改正を議論する自民党内の会合によばれた

尾﨑美代子

東住吉事件の冤罪被害者・青木恵子さんが3月30日、再審法を議論する自民党内の会合によばれた。(当日の様子は、再審見直し議連・自民党井出事務局長のFacebook#再審法改正でご確認下さい。ちなみに青木さんの隣に座る男性は「ヤメ検」の方で、みんなからコテンパンに非難されていたとか)。

青木さんは1年ほど前からグループホームの仕事に就いており、日曜日は夜勤だから、わずかに仮眠をとっただけで東京に向かった。青木さん自身は、今回の再審法改正の動きにちょっと諦めモードになっていた。というのも、突然出張ってきた法制審によって、今より悪い方向に勧められようとしていたからだ。その法制審の会合にも以前よばれたが、数名の人以外、さっぱり反応がなかったと怒っていた。それとバイトが忙しく、東京の集会などに呼ばれてもいけないことも多かった。ちなみに、バイトで稼いだお金はほとんど冤罪被害者救出のために使っている。

今回もどうしようか悩んだようだ。私はSNSをやらない青木さんに「稲田朋美議員がこんなこと言ってるのよ」「鈴木宗男さんの娘の貴子さんもこんな投稿しているよ」とFacebookの記事を送ったりした。 法制審の会合とは全然違うし、この自民党議員に頑張ってもらわないといけないのだ、と。

結果、青木さんも頑張って参加した。そして「法制審のときと全然違った。行って良かった」と帰りの新幹線からラインをくれた。鈴木宗男議員から「大変でしたね」と声をかけられ、自分も泣いてしまった。「ママ、あの綺麗な議員あれだっけ?」「綺麗かどうかわからんが、ばっちりメイクの稲田朋美議員ね」「あの人は、後ろに座ってた法務省の役人をじっと睨んでしゃべってた」とか。

今回は青木さんは再審法改正問題の中でも、検察の「抗告」について話して欲しいと頼まれたようだ。これは、青木さんの東住吉事件のなかでも、そうそう時間をとって話すことが少ないので、あまり知られてないことだ。青木さんは1審、2審とも無期懲役、その後最高裁で上告が棄却され、刑が確定。和歌山刑務所で服役。

◆検察の「抗告」により天国から地獄に突き落とされた青木恵子

服役中、青木恵子さんと男性は再審を請求した。2012年3月7日大阪地裁が、再審開始をきめた。これに対して大阪地検は3月12日高裁に控訴した。一方、3月29日、大阪地裁は職権で青木さんらの刑の執行停止を認めた。これに対しても大阪地検は大阪高裁に抗告したが、和歌山刑務所の青木さんに、刑の停止を認めた書類が届いたことで、青木さん、弁護団は釈放の準備を始めた。青木さんは金曜日の午後から、荷物の整理をして、中で使っていた下着などを全て捨てた。土・日を独居で過ごした。月曜日の午後1時30分には、弁護士が差し入れした服に着替えて待機室で待っていた。

まもなく出られるという10分前、走ってきた刑務官が青木さんに「あなたを釈放できなくなりました」と言われた。「何故?」と尋ねる青木さんに刑務官は「詳しいことは、弁護士に聞いてください」と言い、ふたたび刑務所の服に着替えさせたた。その後、青木さんは迎えにきていた3人の弁護士と会った。大阪高裁は検察の抗告に「執行を止めなければ正義に反するような状況ではない」として刑の執行停止を認めた大阪地裁の決定を取り消したのだった。もちろんこれに対して青木さんも最高裁まで闘ったが覆ることはなかった。青木さん「弁護士は無理だとわかっていたと思う」と当時を振り返る。

その後青木さんはしばらく独居で静かに過ごし、その後作業場に戻ることになった。前の作業場の人はみな、青木さんの刑の執行が停止され、外に出れたものと思っていた。刑務官は青木さんをきづかい「別の作業にするか?」と聞いたそうだが、青木さんは「今のところでいいです」と言い戻ったという。

その後の青木さんには新たな恐怖感が強まった。それは高裁の裁判官が、刑の執行停止を取り消したから、再審開始決定も取り消されるとの恐怖感だった。それに対して弁護士が、「それは大丈夫」と言ってくれた。その後、弁護団がさらに検証を続け、集めたホンダの車から、ガソリンが漏れたことがわかり、ようやく裁判官が納得したから勝てた。

天国から地獄に落とされた日、面会した弁護団に青木さんは聞いた。「あと何年ここにいればいいの?」。弁護士も気の毒に思ったのだろう。「あと1年ちょっとですよ」と小さなウソをついた。しかし、本当に出れるまでには3年かかった。2015年10月23日 大阪高裁は再審開始を認めた大阪地裁決定を支持し、検察側の即時抗告を棄却した。また「拘束が20年に及ぶことと照らすと、刑の執行を今後も続けることは正義に反する」として、刑の執行を10月26日午後2時で停止する決定を出した。

「一歩間違えば、私は勝てなかった。獄死しかなかった」と青木さん。

湖東記念病院事件の西山美香さんは、検察に上告された際、父親に「お前が裁判でちゃんと無実を訴えないからだ」と頭を叩かれたと嘆いていた。

検察の抗告(裁判所の決定に異議を申し立てる)は、こんなにも冤罪被害者、そして家族を長期に傷つけ苦しめている。これを断固許してはならない。

尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
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どこまでも終わりの見えない3.11 菅野みずえさんと飛田晋秀さんの4月25日大阪講演会にお集まりを!

尾﨑美代子

2011年3月11日の大震災と原発事故後、釜ヶ崎の仲間で「西成青い空カンパ」を立ち上げた。ちょっと変わった名前だが、以降ライブや上映会で集めたカンパを被災地へ送り続けてきた。最初は日本赤十字社を通じて送ったが、結構な経費が取られると知り、直接送るところを探していた。

そんな時知ったのが飯舘村だった。原発から50キロ以上も離れた飯舘村が、突然「計画的避難区域」に指定されたのは震災から一月後。3月15日、福一から放出された放射性物質は飯舘村がある北西方面に流れ、夕方からの雨や雪で村に大量の放射性物質を落とした。国も県も東電もその事実を隠し、そればかりか御用学者を村に呼び「ニコニコしていれば大丈夫」などと村人を騙していた。

そんななか新聞の小さな記事で、村で最高齢102歳の大久保文雄さんの自死を知った。熾烈な戦火をくぐりぬけてきた人が何故自死したのか? 記事でわかったのは、住み慣れた村を離れるのはいやだと言っていたこと、そして前日の食事中「いやなものを見た」と口にしていたこと、それだけだった。

私たちはこの小さな村にカンパを送ることを決めた。カンパを募るポスターに「細く長く支援しよう」と書いた。最初は村役場に送っていたが、8月初め京都で村で酪農をやっていた長谷川健一さんの講演会を聞いた。「私の話を広めてください」と長谷川さんは訴えていた。「あいよ」。会いたい人にはすぐ会っておく課の私は、休憩中楽屋を訪ね、大阪での講演を依頼し、暮れに講演会が実現。以降長谷川さんが避難した「伊達東仮設住宅」にカンパを送り続けた。

話を戻すと、102歳の大久保さんが自死したのち、「わたしはおはかにひなんします」と遺書を残し、村の92歳のおばあささんが自死した。それほどまでに、みなさん、故郷を離れるのは辛いんだと改めて思わされた。

飯舘村は福島県内でも貧しい村だが「までい」(丁寧に、心を込めて)という言葉で村人が助けあい、暮らしていた。平成の大合併にも加わらず独自の文化を育ててきた。何度か村へ通い、多くの村人が入植者であったことも知った。菅野哲さんなどから「先祖は鍬、鋤一本で未開の土地を耕してきた」とのお話を聞いた。長谷川さんのお父さんはなんと私の故郷の新潟県からの入植者だった。だからか、長谷川さんは、その親父から受け継いだ土地を守るため、あるいは「村に帰りたい」というお母さんのため、両親とともに村に戻り、両親から受け継いだ土地を白いそばの花でいっぱいにして…そして亡くなった。

事故から15年目の今年、ジャーナリスト青木理さんが上梓された『百年の挽歌 原発、戦争、美しい村』を読み、自死した大久保さんが何故自死するに至ったかを少しだけ知ることができた。

戦争と原発、大久保さんは二度国策に「殺された」のだった。いや、長男の大久保さんは戦争には駆り出されることはなかったが、15歳下の次男が駆り出され、悲惨な殺され方をした。自身はいかなかった戦争という国策で大切な兄弟を奪われた大久保さんは、ずっと心に何かを抱えていたのだろうか。そして二度目の国策で福島にやってきた原発。当初は仕事が増え出稼ぎにでることもないと喜んだ人もいただろうが……。結局3.11で、多くの人たちが大好きな故郷から避難を余儀なくされることとなった。大久保さんが最後に見た「いやなもの」が何であったか、これからも考えていきたい。国策が常に常に社会的に弱い者に犠牲を強いて、国そのものは発展し続ける。もうこんな国策に騙されたくない。そう考え、私たち「西成青い空カンパ」は以下の集まりを企画した。被災地に残る人、泣く泣く出ざるを得なかった人、そしてすべての被ばくの危険性にさらされるひとたちと、いつまでもいつまでも細く長く繋がっていくために。

今回も今ぜひお話を聞かせて頂きたいお二人、福島県三春町に残り3.11後の故郷を撮り続ける写真家飛田晋秀さん、関西に移住し、そこで反原発を「毒」を吐きながら訴え続ける菅野みずえさんをお招きします。ぜひ、お集まりを。

尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者X(はなままさん)https://x.com/hanamama58

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季節2026春号
『NO NUKES voice』改題 通巻45号
紙の爆弾2026年4月号増刊
2026年3月11日発行
A5判 総148ページ(本文144ページ+カラーグラビア4ページ)
定価880円(税込み)


《グラビア》わたしはこれから毒を吐く
(文◎菅野みずえ/写真◎飛田晋秀)
《報告》小出裕章(元京都大学原子炉実験所助教)
 浪費による危機と嘘をつく国
《報告》樋口英明(元福井地裁裁判長)
 最後に鍵を握るのは国民
《インタビュー》井戸謙一(弁護士)
 原発訴訟の流れは変わる
 司法の現状と展望


《特集1》東電・福島原発事故十五年 終わりなき核災害

《報告》川島秀一(民俗学者)
 福島の海は今
《報告》北村敏泰(ジャーナリスト)
 原発に抗い続ける宗教者たち
 あらゆる「生きとし生けるもの」のために
《報告》コリン・コバヤシ(ジャーナリスト)
 福島エートス 受忍のプロパガンダ
《報告》渡邊とみ子(飯館村「までい工房美彩恋人」代表)
 3・11から十五年① 種をつなぎ、後継者をつくる
《報告》大河原さき(ひだんれん事務局長、三春町在住)
 3・11から十五年② 未来の世代が住み続けられる地球のために
《報告》森松明希子(原発賠償関西訴訟原告団代表)
 3・11から十五年③ 原発被害者の「絶望」を終わらせてほしい
《報告》鈴木博喜(民の声新聞)
 原発追い出し訴訟 否定され続けた区域外避難者の十五年


《特集2》東電・柏崎刈羽原発再稼働 「第二の福島」は起きないか

《報告》まさのあつこ(ジャーナリスト)
 セキュリティとセーフティの欠陥と再稼働の実態
《報告》後藤政志(元東芝・原子力プラント設計技術者)
 自滅する原子力産業と技術のあり方
 柏崎崎刈羽6号機の制御棒問題と東京電力の劣化
《報告》山崎久隆(たんぽぽ舎共同代表)
 再稼働で起きている深刻な危険
《報告》武本和幸(刈羽村議会議員)
 なぜ不正が繰り返されるのか
 地震想定を過少評価する原発利権の構造
《討論》柏崎刈羽原発再稼働の是非を考える新潟県民ネットワーク
 再稼働 許していいのか 1・11集会
 経過報告とリレートーク
 ○吉田裕史(県民ネットワーク事務局)
 「再稼働容認」判断と今後の課題
 ○石崎誠也(新潟大学名誉教授)
 県内学者・研究者有志による原発再稼働中止を求める声明の概要
 ○浅利親男(柏崎刈羽PAZ住民の会)
 荒浜住民投票は七六%が原発反対だった
 ○笹口孝明(元巻町長)
 東北電力巻原発撤回住民投票の意義 県民こそが真の決定権者であるべき
 ○片岡輝美(会津放射能情報センター代表)
 福島原発事故の経験から 「安心して生きる権利」を諦めない
 ○佐々木かんな(アンダー30の会代表) 
 自分たちの場を立ち上げる


《報告》今中哲二(京都大学複合原子力科学研究所研究員)
 家庭用ソーラー発電 九年間の運用実績
《報告》なすび(被ばく労働を考えるネットワーク)
 国・電力会社の「一〇〇mSv安全論」の非科学性
 「あらかぶ裁判」から広範労災認定を求める運動へ
《報告》中道雅史(核燃料廃棄物搬入阻止実行委員会事務局長)
 《徹底解説》核と軍の拠点・青森県《前編》
《報告》山崎隆敏(元越前市議)
 福井県に溜まり続ける「核のゴミ」
 関電は約束を守れない
《報告》大今歩(高校講師・農業)
 原発は止めたけど風力発電がやってきて
《報告》再稼働阻止全国ネットワーク
 高市軍拡政権という台風が吹き荒れても
 原発再稼働阻止の運動は止まらない
《衆院選》青山晴江(たんぽぽ舎会員)
 絶望させるのも人だが、希望を与えてくれるのも人……
《民主主義》青柳純一(翻訳家)
 “中道改革連合”の大義・理念を問う 
 憲法九条を戦後民主主義の墓標にしてはならない
 《柏崎刈羽》漆原牧久(再稼働阻止全国ネットワーク)
 「柏崎刈羽原発動かすな」官邸前行動の取組み
《規制委》木村雅英(再稼働阻止全国ネットワーク)
 東電柏崎刈羽6号機再稼働、衆議院選挙高市自民勝利に怒り
 敵を知ろう、メディアと若者に働きかけよう
《東海第二》志田文広(とめよう!東海第二原発首都圏連絡会・世話人)
 東海第二原発の地層はどの原発と比べても脆い!
《浜岡原発》けしば誠一(反原発自治体議員・市民連盟事務局長)
 「浜岡原発での耐震設計データの捏造・改ざん」生み出した
 電力事業者任せの審査体制の抜本的改善を求めます
《岐阜》中川敦詞(「さよなら原発・ぎふ」、たんぽぽ舎運営委員)
 過去十五年にわたり「集会&パレード」を三カ月毎に開催
 持続可能で安心して暮らせる社会のあり方を共に考え行動する
《アピール》山谷労働者福祉会館活動委員会 山谷争議団・反失実
 貧者を排除する山谷の再開発に反対!
 これ以上山谷にマンションを建てるな!
《反原発川柳》乱鬼龍選

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「戦争トラウマ」を描いた映画『父と家族とわたしのこと』

尾﨑美代子

3月28日(土)、十三の七芸で上映が始まった『父と家族とわたしのこと』を観てきました。父や祖父が戦争で見ず知らずの罪もない人たちを殺害しなければならないという、過酷な戦闘現場で精神をやられ、復員後アルコール中毒や家族への暴力などさまざまな形ででてくる「戦争トラウマ」を描いた映画。

映画には、藤岡美千代さん、市原和彦さん、佐藤ゆなさん(仮名)という3人の方が登場する。藤岡さん、市原さんはお父さんに、30代の佐藤さんは、祖父の虐待を受けた実の母親に「支配」で複雑性PTSDを抱えている。

実は私は藤岡さんのパートナーさんは知っていたが藤岡さんとは会ったことがなかった。でもフェイスブックではいつも笑ってるイメージだった。そのフェイスブックで藤岡さんが復員兵のお父さんから受けた暴力で苦しめられてきたこと、そのお父さんが亡くなった時、思わず「万歳!」したことを知った。戦争トラウマは、「野火」や「ほかげ」など戦争作品を撮った塚本晋也監督の作品でも触れられている。しかし、現実がこんなにむごいとは……。

ネタバレになるのでここいらで止めておく。実は私は藤岡さんのそんな話を聞きたくて、一度私の店で話してもらったことがあるし、「ルポ 戦争トラウマ」も読ませてもらった。しかし、映画になるとまた違った迫力があった。

藤岡美千代さんと島田監督。美千代さん、お父さんの写真と共に登壇

市原さん、佐藤さんからもこれでもかこれでもかと辛い告白が続く。市原さんの父親は皆で旅行に行くバスの中、酒が入ると突然母親に「この淫売女!」と叫び暴行したという。佐藤さんは、母親の歪んだ「支配下」に置かれ、時には母親の性器を触らせられたりしたという。が、しかし監督は、そんな辛い当事者の告白を相手が話したいときにしか聞かなかったという。そんな優しい監督だからこそ、こんなに素晴らしい作品が撮れたのだと思う。これでもかこれでもかと辛い告白は続くが映画はこれだけでは終わらない。自分が被害者なら、加害者のことをしらなくてはならない。これは、私が冤罪だけでなく、実際にあった凶悪事件を追い続ける理由と同じだ。人間、「オギャー」と産まれたときは誰も犯罪者、殺人鬼ではなかったのだもの。彼・彼女を凶悪な犯人にさせた背景には、社会的な政治的なものがあるはず。私はそれをさぐりたいといつも思っている。

藤岡さんら3人も次の一歩として、そうしてきた。市原さんも父親の軍歴を取り寄せた。父親は満州鉄道の仕事をしていたため、日本人全員を日本へ返し、自分は最後に日本へ戻ってきた。そのため帰国がほかの人よりうんと遅かった。母親は父の生死も知らされぬなか、一時期別の男性と暮らしていた。その事実が父親の脳裏にこびりついて、酒が入るたび、母親を「淫売女」するようになったのだろう。「仕方ないですよね」。そうつぶやく市原さん。市原さんはそうして、父と住んでいた故郷を訪ねる旅にでる。

藤岡さんの故郷を訪ねる旅、更には父親が最後にいたロシアを訪ねる旅で、表情がどんどん変わっていくのがわかる。

映画終了後の島田陽磨督とのトークショーで、藤岡さんはロシアへ行った時の話をされて、帰りの汽車から見えた白樺の木々が兵士に見えたという。延々と並ぶ兵士たちのような白樺の木々を見ながら、初めて嗚咽をもらした藤岡さん、そして絞り出すように出たひとこと。それは内緒。

島田監督のお話。ロシアで訪れた小さな村、でも既に何人もの若者がウクライナで亡くなっている。僻地から戦争に駆り出される人が多い(と、聞こえたような)。島田監督は3.11後の福島を撮った「生きて、生きて、生きろ」も撮った。戦争も原発もいつも弱い者に一層矛盾を押し付ける気がする
「胡桃澤さん、来てるでしょ」と美千代さんのムチャぶりでステージに上げさせられた劇作家で精神科医の胡桃澤伸さん

この映画を一人でも多くの方に見て欲しい。世界中で痛ましい紛争が続き、毎日大量の人たちが殺されている今だからこそ、私たちは二度と戦争に加担してはならない……そんな思いを強く心に刻んで欲しい。

この映画、配給会社を入れず独自に宣伝活動をやっているとのこと。チラシ配布や自主上映などで映画を広めるお手伝いをしたい。

『父と家族とわたしのこと』https://chichito.ndn-news.co.jp/

尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者X(はなままさん)https://x.com/hanamama58

◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/4846315304/

42年前の滋賀県日野町事件再審決定──証言、証拠を変えて、冤罪を作り、長く人を苦しめる。冤罪だけでなく、私たちの日常でも絶対やってはいけないこと

尾﨑美代子

2月25日に最高裁で再審開始が決定した滋賀県日野町事件、3月25日から裁判所、検察官、弁護団の三者協議が始まります。この事件で再審開始を決定づけたのは、証拠の改ざん。行きつけの飲み屋の女性店主を殺害し、手提げ金庫を盗んだとして強盗殺人の犯人とされた阪原弘さん(無期懲役で服役中に病死)が遺体や盗んだ金庫を捨てた場所へ、捜査員を自ら案内する見当たり捜査で行きと帰りに撮った写真を入れ替えていた。

そもそもその場に連れて行くなら「行き」の写真だけでいいはず。でも証拠には帰り道で撮った写真もあった。「何故だろう」と不思議に思っていた弁護団が、再審で写真のネガを開示させたところ、帰り道で阪原さんに後ろを向かせ、あたかも行きの写真のように撮っていた。

証拠の改ざん、ねつ造は、ほかにも狭山事件の何回かの家宅捜索で見つかった鴨居の上の万年筆や、和歌山カレー事件で家宅捜索最終日で見つかったヒ素の入ったタッパー、そうそう袴田さんの味噌樽から見つかった5点の衣類などもある。

証言の改ざん、ねつ造もある。湖東記念病院事件では、西山美香さんが人工呼吸器の「管が外れた」と言ったのを、滋賀県警山本誠刑事は「殺した」に変えて、美香さんを殺人犯に仕立てた。

冤罪を作るようなことは絶対にやってはいけない! 相手が「そんなこと言ってませんよ」と訴えても、警察、検察は絶対改めない。

私は最近、似たようなシーンを近くで見て大変驚いている。相手が「私はそんな差別的なことは言っていませんよ」と訴えても、「差別した。差別した」と言い張る人だ。間違いを認められない人はどういう神経してるんだろう。私なら周りの仲間に「はなまま(私)、それは間違っているよ」と指摘して貰ったら嬉しいし、そんな仲間がいることを誇りに思う。勿論私も仲間が間違ってたり、ヤバイこと言ったりしたら、「それ、まずいで」と注意する。仲間やん。そんな、互いに注意しあえる仲間が大勢いて、私は本当に幸せだ。

反差別や反権力を訴え、闘う人が、仲間を裏切り「悪者」にしたことは、過去のカウンター内のリンチ事件で見てきた。そしてその当時、闘いの場で目立つ人、頑張ってそうな人に、周囲はとかく忖度してしまいがちだ。「今、あの人を批判したら、私が悪者にされてしまう」。「次の集会であったら、どんな顔して会えばいいの」とか。そんなのは要らんねん。完璧な人はいない。どんなに頑張って反差別、反権力を闘っている人にも間違いはある。それを糺すことは仲間の使命、一緒にやる闘いをさらに前に進めることにつながる。そう思わない?同志のみなさま!

とにかく反差別、反権力を闘う仲間内で、冤罪を作るようなことがあってはならない。悪者、差別者とされた人間がどんだけ苦しむか。本当に知って欲しい。

尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者X(はなままさん)https://x.com/hanamama58

◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/4846315304/

西成女医殺害事件 ── 17年前に起きた事件の証拠品紛失を謝罪した大阪府警西成警察署

尾﨑美代子

大阪府警西成警察署は17年前に起きた事件の証拠品を紛失、それを遺族に隠し続けていたが、先日遺族に説明し、謝罪した。

問題の事件は、私もよく取り上げる西成女医殺害事件。17年前の2009年11月、西成で野宿者や生活保護者に寄り添い医療活動を続けていた女医さんが、行方不明後、水死体で発見された事件。西成警察は当初、自殺としていたが、医師である矢島祥子さんのご両親が、首にくっきりついた傷跡、頭部のこぶなどから事件性を訴え、西成署は事故、事件の両面での捜査を続けていた。

紛失させたのは、亡くなった矢島祥子さんの部屋に残されたメモなど3点。西成署は写真を撮ってあるから問題はない、としているが、果たしてそうだろうか? 三重県鈴鹿市でネットショップ経営者が殺害された件で、逮捕・起訴され、服役中の加藤映次さんは、冤罪を訴え、現在再審請求中だが、そこで証拠品の1つの「鍵」の写真がすり替えられた可能性がでている。その鍵は、被害者の男性宅の鍵の1本で、なんと加藤さんの車から発見されていた。加藤さんが殺害後、男性の部屋に鍵をかけ逃走したというならば、いくらでも捨てる時間も場所もあったはず。その鍵を大事に車に保管するとは…しかもある日、弁護団が鍵の写真を確認したところ、明らかに証拠としてあった鍵とは違っていた。そのため、弁護団は鑑定に出したところ、違うものと判明していた。

さらに西成署は、その証拠品紛失の失態を大阪府警に報告していなかった。「ひでえなあ」と思うだろうが、その大阪府警はもっと重大な証拠品を紛失してしまっている。「紙の爆弾」3月号の日本の冤罪シリーズに寄稿した「平野母子殺人事件」、一審で無期長期、二審で反省していないと求刑通りに死刑判決、しかし、最高裁は「審理が尽くされていない」「事実誤認の可能性がある」として審理を差し戻した。事件の詳細は省くが(紙の爆弾を読んでみて!)、そこで具体的に証拠品の煙草の吸殻の鑑定が必要となった。その吸殻に付着した唾液のDNA型が何であるかで、被告が死刑か無罪かを決めるものだった。すると大阪府警、「すみません。間違って廃棄してしまいました」と。おいおい、無期懲役から死刑判決になった重大事件だぞ。結局被告は無罪となった。それにしても何をやっているんだ。それも大量の証拠品の中の煙草の吸殻だけ……。一般人が簡単に入れない警察署内で起こっているんだぞ。

と驚いてみたが、そういえば、広島中央署では、証拠品として金庫に厳重に保管されていた現金8572万円が盗まれたままだ。

尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者X(はなままさん)https://x.com/hanamama58

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