再審法改正問題 ── 事件の被害者遺族も苦しめる検察の証拠隠し

尾﨑美代子

7月17日、再審制度の見直しを盛り込んだ刑事訴訟法の改正案が参議院で可決した。感想の声は様々あるが、私の感想は、袴田秀子さんと同じ、「がっかり」だ。

長年この問題に取り組んできた方々のご尽力には頭が下がる思いだ。しかし、運動が盛り上がりを見せるなか、突然法制審が出張ってきたとき、「冤罪をさんざん作ってきたお前らに、再審法を考えようなどという資格はないぞ。ひっこめ!」とひっこめさせる圧倒的な力があったならば、と考えると残念で仕方ない。娑婆にいる我々は「5年目に必ず良い方向へ変えてやろう」と考え、再度自分を奮い立たせるしかないが、刑務所の中で「自分たちが救われるように、再審法が変わるのでは」と吉報を待っていた冤罪被害者はどれだけ愕然とされたことか、それを考えると、娑婆にいる私らの落胆などは彼らの悔し涙の一粒にも満たないだろう。

法案が可決した2日前、福井事件の前川彰司さんが国会に参考人として呼ばれていた。出席してガツンと自身の主張をぶつける気満々だったが、前日に出席をやめたそうだ。鴨志田弁護士のxによれば、前川さんは前日関係者に17日に政府案が可決されると聞き、ならば自分が出向いて証言する必要はないではないかと思い、関係者に「いかない」と告げたそうだ。それを知って私も何度か電話したがつながらなかった。一方、その国会には、前川さんが犯人とされた福井事件の被害者のお姉さん・大橋広子さんが参考人として出席、「前川さんも私も被害者」と述べたという。

被害者の遺族の中には、一旦犯人が決まったのに、彼らが再審を訴え、さらに無罪となったら、再び犯人を捜さなければならない。いや、日本の警察、検察は自分たちが犯人としたて、裁判で有罪にした人が、再審で無罪となっても、いちから犯人探しをすることはまずない。ということは、遺族は、家族が誰によって何のために殺害されたか、その理由がわからないままになってしまう。新たな地獄だ。

警察、検察が嘘の証拠などで犯人に仕立てた人物が、実はそうでなかったならば、裁判などで証明された犯人の「動機」は嘘になる。自分の家族はそのような「動機」で殺害されたのかと考える、その動機が嘘だったならば、これもまた遺族にとって地獄だ。 

私が冤罪と確信する事件を例に考えてみよう。2008年千葉県東金市でおきた女児殺害事件だ。東金市のある病院の駐車場で遊んでいた女児が突然行方不明になり、20数分後、別の場所で遺体で発見された。女児の母親はこの病院の看護師で、当時夜勤明けで仮眠をとっていた。女児の祖父はその病院の院長、つまりシングルマザーの母親は父が経営する病院で働いていた。複数の病院職員が昼12時に駐車場で遊ぶ女児をみていた。「院長先生のお孫さん」だから、見間違える訳はない。

この事件で逮捕されたのは、近所に住む男性Kさん(当時21歳)だった。Kさんには知的障害があり、当時は仕事を辞め、家にいることが多かった。Kさんを犯人とした検察のストーリーはこうだ。女児をみつけたKさんは女児と友達になりたくて、女児を抱きかかえ、店が立ち並ぶ商店街を白昼堂々病院から300メートル離れた自宅に連れて帰った。

Kさんと女児はしばらくアニメの話などして遊んでいたが、女児が帰りたがり、ぐずついて、そのうちKさんを泣きながら「ばか、ばか、ばか」と罵倒した。Kさんは思わずカッとなり、「暴走モード」になり、女児を風呂の水につけて溺死させ、衣類を脱がせ、ゴミ袋にいれ、マンションの窓から捨て、遺体は裸のまま抱きかかえ、別の場所に遺棄した、というものだ。

衣類の入ったごみ袋が捨てられた場所が、Kさんのマンションの下の駐車場だったことから疑われたようだ。

しかし、この「犯行」がわずか20数分で行われるだろうか? Kさんのように知的障害のある子どもは、運動能力が普通の子供より乏しいことを関係者が証言している。事件前勤務していた布団のリース会社の関係者も「普通3枚の布団を運べるところ、彼は1枚しか運べなかった」と証言していた。20数分では到底不可能な「犯行」を、検察はどうやって出来たことにしたのか? そこには恐ろしいカラクリがあった。前述したように、昼12時に女児を見たとの複数の関係者の供述があったが、その供述をないものにして、その前の11時40分の目撃供述のみを採用したのである。11時40分から1時20数分、つまり40分あればこの「犯行」は実現できるとしたのだ。

Kさんが女児に性的暴行を加えたとの証拠はなかった。ではKさんの殺害動機を何だったか? 帰りたくてなかなか帰してくれないKさんに対して、女児が「ばか!ばか!ばか!」と罵倒したからとなっている。女児の母親は考えたはずだ。まず最初に、あの子は見ず知らずの大人の男性に着いていくだろうか? あの子は初めて会った大人に、「ばか!ばか!ばか!」などというだろうか?私はあの子をそんな風に育てただろうか?このような母親の苦悩は、真犯人が逮捕され、本当の動機が判明するまで続くのだろう。

裁判でKさんには、懲役15年の判決がくだされ、上告も棄却され、刑が確定。この事件については、ジャーナリスト三宅勝久さんが「司法が凶器に変わる時」で裁判の内容を詳細を書いている。私も三宅さんの協力をえながら「日本の冤罪」で取り上げた。 一方、支援団体などの存在が不明のため、その後どうなっているかはわからない。kさんは既に服役を終え、お母さんのもとに戻っているのだろう。

尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者X(はなままさん)https://x.com/hanamama58

◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/4846315304/

湖東記念病院事件の国賠控訴棄却 西山国賠を通じ、「供述弱者」について考えていこう!

尾﨑美代子

6月25日、大阪高裁・長谷部幸弥裁判長は、湖東記念病院事件の国賠訴訟の控訴審で、原告の控訴を棄却する判決を言い渡した。

この裁判、一審の大津地裁は県(滋賀県警)の違法は認めたが、国(検察官)の違法は認めなかったため、西山美香さん弁護団側が大阪高裁に控訴していた。

殺人罪で逮捕された西山美香さんは、取調べを担当した滋賀県警山本誠刑事に「恋心」を抱き、というより、接見禁止でひとりぽっちになった美香さんは、山本しか信用できる人がいなくなった。山本は美香さんに「弁護人など信用できない」というようなことまで言っていた。美香さんは初めての逮捕、山本のいうことを認めたら急に優しくなり、優秀な兄たちと比較されていた美香さんは「君だってがんばってるよ」などと優しく言われ、ぐんぐん山本の言いなりになっていった。

山本の取り調べで、美香さんがどうやって患者を殺害できたかの話になった。患者の人工呼吸器の管を抜けば危険を知らせるアラームがなる。でも病院内でその音を聞いた者はいなかった。では、アラーム音を鳴らさず、どうやって呼吸器を外したままにできるか?警察は捜査中に、呼吸器の専門家に、アラームを鳴らさずに管を外し、酸素を送らない方法を聞き、消音維持機能ボタンがあることをレクチャーされた。呼吸器にあるそのボタンを押すと、管が外れても60秒間アラーム音は消せる。60秒後に再び鳴るので、その前にボタンを押せば音はきえる。美香さんはボタンを押したのち、胸の中で「1,2,3……」と数え、60秒後前に再びボタンを押し、その動作を3,4回、つまり3,4分酸素を送ることをやめたら、患者さんの目がきょろきょろ、口がばくばくして息絶えたと供述した。なお、そのボタンの操作方法は先輩の看護師たちがやるのを見て知ったと供述していた。

しかし、その後の捜査で、当時病院内の看護師の中で、その操作方法を知っていた看護師がひとりもいないことが判明した。警察の取調べのあとには検察官の取調べがある。美香さんを取り調べた検察官・早川検事は、その事実を知り、警察が作成した員面調書には虚偽があり、これでは裁判は勝てないと思ったのだろう。

そのため早川検事が作成した検面調書は、美香さんが何故消音維持機能ボタンのやり方を知っていたか、知ったかに新たな内容に書き換えた。先輩看護師から教えてもらったのではなく、犯行時ぐうぜんそのボタンを押したら、アラームが止まったので、「あらま、このボタンなに?」と思いながら、なぜか60秒くらいする前にもう一度押したらまた音がとまった。そのとき美香さんが「ああ、これを押せばだいたい60秒位、音はとまるんだな」と知り、その行為を3,4回やって、患者を死なせた……と。

この書き換えを早川検事は、自分が誘導したのではなく、美香さん自身がそう供述したと裁判で証言した。井戸弁護士がいうには、警察の取調べから検察の取り調べに移る頃、美香さんはまだ山本誠刑事のコントロール下にあった。山本は検察へ行く美香さんに「警察で言ったことと同じことをいえよ」と念を押したはずだ。だから美香さんは早川検事の前で警察で言ったことと同じことを述べたにちがいない。でも検察では、警察で取られた供述とは違う内容の供述がでてきている。これは早川がむりやり「こうではないのか?」と
美香さんを誘導した可能性がある。いや、それしか考えられない。それは検察(国)の責任となるのではないか? 違うか?

判決要旨には、いくら美香さんが山本刑事に恋心をもったといっても、まさか自分が殺害事件をおこしたなんてことを認めるようなことを言うわけがないと、何度も強調している。美香さんは、山本刑事にいわれるがままに「管を抜いた」を認めたが、まさかそれが「殺害した」になるとは思っていなかったのだ。

 自分が殺害をやってないから、管を抜くことが殺害に結び付くとは考えてもいないのだ。それこそが、やっていない証拠なのに。桜井昌司さんが裁判長に(事件があった日時について)「なぜ、あなたはそんなに特別な日を覚えてないのですか?」と聞かれ、「いや、僕にとって特別な日ではないです。普通の日です」と答えている。実際殺害をやっていたら、「その日」の日時は鮮明に覚えているだろう。でもやっていないから、桜井さんにとっては普通の日なのだ。美香さんも同じ。管を抜いて殺害していたら、管を抜いたイコール殺害に結び付くが、やっていないから、むりやり言わせられた管を抜いたが殺害となるとは思っていないのだ。

井戸弁護士が、まだ続くこの裁判では、ぜひ「供述弱者」について知って欲しいと訴えられた。「供述弱者」は美香さんの裁判で新たに作られた言葉だ。しかし、これまでも大勢の供述弱者が犠牲になってきたことだろう。千葉県東金市でおきた「女児殺害事件」では、知的障害を持つ男性が、担当検事に「金子さん、金子さん」と非常に懐き、言われるがままに罪を認めた。「やってないならやってないと言えよ」と厳しく忠告する弁護士より、毎日顔を合わす優しい検事にコロリと騙された。先日検察が有罪立証を断念し、再審無罪が確実となった「日野町事件」の阪原弘さん(故人)も、のちに「境界線級の知的発達遅滞」があったと鑑定された。伊賀弁護士によれば「『わからない』と言えない。そのため(刑事に何か言われたら)『わかる、そうや』と言ってしまう」という。今市事件の勝又拓哉さん、花田郵便局事件のジュリアスも、台湾人、ナイジェリア人ということで、警察、検察のいうことがどこまで理解できていたかは不明だ。彼らも供述弱者といえよう。先日神戸で逮捕され、長期的に不当な取り調べを受け、不起訴後摂食障害を起こし餓死した16歳の少女もそうだろう。美香さんの裁判を通じて、供述弱者にどう対応していけばいいか、考えていこう。

尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
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再審無罪が確実となった「日野町事件」 どんな冤罪事件だったのか

尾﨑美代子

8年前に再審開始が決定していた「日野町事件」、これまで有罪主張を続けてきた検察が、6月19日の三者協議で有罪立証を断念したため、再審無罪が確実となりました。

拙著「日本の冤罪」にも寄稿していますが、日野町事件がどんな事件だったか、ザクッとですが、書いておきますね。

取材でお会いした弁護団長・伊賀興一弁護士(上記youtube動画画像:右)は、開口一番こういわれました。「この事件はいつどこで、どんな事件だったか、事件性の中身が未だに明らかにされてないんだよね」。私は目が点になりました。どういうこと?

酒屋の女性店主が失踪したのは1984年12月28日ですが、殺害(事件)があったのが何日かは不明です。というのも、店主はその日店を出て行き帰宅していませんが、そんなことが度々あるのかどうかは知りませんが、翌日別の従業員が店を開け、営業をしています。その際、店の外に開くのをまっていた客がいたといいます。つまり鍵は閉まっていたのです。同居していた親戚の女性は奥の部屋で寝たきりで、何がおきたのかわからずじまいでした。

さすがに数日して戻らない店主を心配し、警察に届けられますが、店主の遺体と手提げ金庫が別々の場所で発見されたのは、年が明けてのこと。店主が金目当ての強盗に殺害されたとして滋賀県警の捜査が始まります。

阪原弘(ひろむ)さんの逮捕は3年後です。酒店の常連客だった阪原さんは警察で入れ歯の金具が不具合をおこすほどの暴行を受けます。一旦帰宅した弘さんは家族にこう告げます。「殴られても蹴られても我慢したが『娘の嫁ぎ先に行ってガタガタにしてやるぞ』と言われ、我慢できんかった」と。そう、弘さんはまもなく嫁ぐ娘のことを一番に心配したのです。翌日警察に向かう弘さんに家族は「やってないのにやったといったらあかん」と言いましたが、弘さんは警察に暴行受け無理矢理自白させられ逮捕されてしまいます。

冤罪を多数作っている滋賀県警の書いた杜撰なストーリーはこうです。酒代に困っていた弘さんが、売り上げの帳面をつけていた店主の背後から首を絞めて殺害した…と。しかし、弘さんの家族は当時みな働いており預貯金もかなりあり、金に困っていませんでしたし、のちに盗まれた金庫は酒屋の売上が入った金庫ではなく、奥の部屋にあった通帳や証書などが入った金庫であることが判明しています。余りに杜撰。

 しかし、警察は弘さんが殺害後、遺体をまず宅地造成地に捨て、再び店に戻り約時間店内を物色、朝方金庫を山中に持っていき捨てたというものでした。なお、その際、店のカギはかけていなかったというのです(なのに、翌日店の開店を待つ客が外にたむろっていた)。

弘さんは当日知り合いの家で飲み、そのままその家で寝ていたというアリバイがありました。しかし、警察はアリバイを証明するその家の人をどう脅したかはしりませんが、彼らに「そんなことはなかった」と証言させます。

長くなるので途中経過を省きます。

裁判で無罪を主張した弘さんに、無期懲役の判決が下されます。弘さんは再審を闘いはじめますが、道半ば、獄中で病に倒れ、亡くなってしまいます。今回開始が決定した再審は、弘さんの遺族が請求したものです。

再審請求審のなかで明らかになった警察・検察の嘘はやまほどありますが、最大の嘘は、弘さんが「引き当て捜査」(容疑者が自ら遺体など遺棄した現場に捜査員を連れていくこと)で撮影した写真に真っ赤な嘘があったことです。どういうことか? 遺体遺棄現場の近くで車を止め、そこで弘さんを降ろし、弘さんを先頭にして遺棄現場に向かう「往路」の写真があります。遺棄現場では人形を使い、「遺体をここにこうして遺棄した」という写真があります。そしてその現場から車のある場所に戻る「復路」の写真があります。普通、遺棄現場を案内するなら、「往路」だけの写真でいいはずですが、なぜか「復路」の写真も多数あったことから。「これは変だ」と思った弁護団が写真のネガを証拠提出させました。ネガといっても今の若い人はわからないでしょうね。昔はカメラにネガフィルムを入れて写真をとります。それは撮った順番になります。遺棄現場に行く時の写真、遺体を遺棄した写真、戻るときの写真という具合です。

弁護団がそれらのネガの番号を調べたところ、順番が全く違っていたことが判明。じつはネガには現場に行く「往路」の写真はほとんどなく戻ってくる「復路」の写真ばかりだったのです。さらに調べると、現場に行く際に撮った写真の何枚かが帰ってくる「復路」に撮られたものであることが判明。つまり車の戻ってくる復路の場所で、弘さんが反対側を向かされ写真を撮られていたのです。それを追及した弁護団に捜査員は「行きに撮り忘れたから帰りに撮った」などと証言したのです。あるいは遺体や金庫を捨てた写真については何度も繰り返して撮っていたのです。」つまり捜査員が弘さんに「こうして捨てた」と演技指導していたのです。余りに酷い滋賀県警、それを後押しする大津地検と大津地裁。

端折りすぎですが、こうして2018年7月11日、大津地裁(今井輝幸裁判長)は再審開始の決定を出しました。それから大阪高裁の決定がでて、最高裁の決定がでて、そして今回検察が有罪立証を断念するまで、一体何年かかってるんだ!! そして8年目に検察はようやく有罪主張を断念したのです。

今回の事件で明らかなように、検察は冤罪犠牲者が無罪であることの証拠を必死で隠し続けます。現在、国会で議論がなされている再審法改正問題で、証拠の全面開示が非常に重要であることは、この事件ひとつ見ても明らかです。

先日より青木恵子さん(東住吉事件冤罪犠牲者)が獄中の仲間に声をかけ、冤罪で苦しむ人たちの訴えを集めています。再審法改正問題の議論のなかで、法制審などにも参考人として呼ばれた青木さんが、当事者の声があまりに軽視されているのではないかと危惧し始めた行動です。私やジャーナリスト片岡健さんなども協力して行ってきました。現在18名の方から切実な訴えの文章が届いています。青木さんは自民党に呼ばれた際知り合った国会議員らに意見書を手渡し、私は福井女子中学生殺害事件で再審無罪を勝ち取った前川彰司さんを通じてこれらの訴えを国会議員に届けています。ある議員からはすぐに青木さんに「国会で取り上げてもよいですか」と連絡がきたそうです。多くの方が証拠の全面開示を訴えています。なんのための改正なのか? 皆さんも一緒に考えてください。

尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
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花田郵便局強盗事件 ── 黒人のナイジェリア人を蔑視し、冤罪事件を作った姫路警察

尾﨑美代子

4月11日、青木恵子さん(冤罪被害者)と姫路の花田郵便局強盗事件の犯人とされたナイジェリア人のジュリアスさん(仮名)に現地案内して貰うため姫路に行ってきた。2人の黒人男性が地元の特定郵便局に強盗に入り2000万強奪した事件だ。強盗に使用した車両日産シルビアが見つかったのが、ジュリアスが経営する会社の倉庫だった。聞けば、その周辺にはナイジェリア人だけでなく、黒人の人が多数住んでいる。地元の人はいろんなところで黒人の人をみていた。ジュリアスの倉庫にシルビアが入っていったのを見た男性が警察に通報し、警察官が倉庫に到着。入口の大扉が閉まっていたが、隙間から見たら中にシルビアがあったので、警官はここに犯人が入ったと思ったという。外から「警察だ、誰かいるか」と声をかけたが返事がない(当然だ)。仕方ないから、大扉の隣にある小さな窓から入ったという。しかし、中に入ったが真暗で何も見えないので、中から大扉の鍵を開け、外に出て、捜査を担当する刑事らを待っていて、その後刑事に引き継ぎ、警察官は帰ったという。

何がいいたいか? 倉庫は所有者のジュリアスしか開けれない。自分たちが来た時大扉は閉まっていた。でも中を覗いたらシルビアが見えたから、ここに犯人がきたはずと考え、横の小さな窓からむりやり入った、と言いたいのだ。倉庫の持ち主のジュリアスはその日の夕方任意同行され、警察署で夜中まで取り調べられ、翌朝方逮捕された。

そのニュースを知り驚いたのは、実際強盗に入ったオモ(通称)だ。オモはジュリアスの知り合いだが、「強盗に入ったもう一人はジュリアスではない、オースティンという男だ」と池田弁護士に伴われ警察に自首した。何故かというと、その地域で、日本人の女性と結婚し家庭をもち、仕事も成功し、日本の永住権も取得したジュリアスは、このあたりの黒人仲間の「兄貴的存在」だったし、自分も含め仲間はいろいろジュリアスに世話になっていたからだ。以前黒人が痴漢した事件があった際、次々と関係ない仲間が取り調べられることを不安に思い、ジュリアスが自ら誰が犯人か調べ解決したことなどもあった。

オモはオースティンにしつこく誘われ仕方なく郵便局強盗に関わった。当日もオモは表で見張り役やればいいと言われてたし、職員に暴力をふるうこともないと言われて、仕方なく関わった。しかし、オースティンは郵便局に入るなりカウンターを飛び越え中の金庫室に入り、2000万もの金を強奪してきた。逃げる際、そんな大金の入ったレジ袋を見せられ、オモはビビッてしまった。そこで「兄貴的存在」のジュリアスの力を借りて返して貰おうと、ジュリアスの倉庫に行った。しかし、ジュリアスはいなかった。しかし、いつものように倉庫は開いていた。そこでとりあえず金や強盗時に使った合羽、目出し帽をそこに置いて逃げた。が、ジュリアスが逮捕されたとしり、慌てて自首したのだった。

この事件を取材する際、警察官が入ったという大扉の横の小さな窓は鉄格子が入って入れないし、鉄格子の入ってない半分の場所には荷物を運ぶエレベーターが置かれているため、窓は開かないと聞いていた。

今日の現地調査でそれを確認した。現在、のちに倉庫を所有した方が改装して立派な入口になったが、隣の小さな窓は以前のままだ。良く見て欲しい。半分は鉄格子が入っている。その隣に映るのは荷物をあげるエレベーターで、そこからは入れないではないか?

現在倉庫の入口の大扉は綺麗に改造されていた
でも大扉の横の小さな窓は昔のまま。ここから入ることは出来ない

強盗後、2人がシルビアで逃走したすぐ近くには、ガソリンスタンドがあり、防犯カメラがある。当然警察は当然これを調べたはずだ。実は金を強奪し郵便局を出る際、オースティンは暑かったのか、目出し帽を脱いで郵便局に置いてきたのだった。つまり郵便局を出る際の映像やガソリンスタンドのカメラ映像には、目出し帽を被ったままで運転するオモの姿と助手席に座る坊主頭のオースティンが映っていたはずだ。郵便局のカメラも局内の映像とATMがある入口の映像を交互に録画されていたはずだが、オースティンが入口を出る際の映像は写っていない。というのも、オースティンは顔はわからなくても後ろ姿で彼が坊主頭なのは丸判りなのはすぐわかる。一方、当時ジュリアスはドレッドヘアだった。ドレッドヘアでもどのくらいの長さかと今日聞いたら、腰の当たりまであったそうだ。更に局内に残された目出し帽から毛髪が検出されたが、それはごくごく短い坊主頭の毛髪で、しかもそのDNA型はジュリアスのものでもオモのものでもない、第三者のものだった。

特定郵便局の前
郵便局近くのガソリンスタンドの防犯カメラの映像はいまだに証拠開示されていない

現地調査のあと、姫路駅前のガストでジュリアスに話を聞いた。ほかにも多数の納得いかない点がある。私と青木さんはジュリアスに「これはジュリアスが黒人だから、どうせまともに裁判できない、支援者もつくはずがないと警察が考えたからだ」とつたえた。ジュリアスは「その通りだ」と言った。本当に酷い話だ。現在、再審請求審が審議されている。これは裁判所、検察、弁護団が非公開で審議するもので、そこで再審が開始されるかどうかが決まる。

どうぞ皆さん、今後の展開にご注目を。

尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
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「供述弱者」── 今市事件が冤罪であることが非常に良くわかるひとえんちゃんねる動画

尾﨑美代子

ひとえんちゃんねるの動画、今市事件が冤罪であることが非常に良くわかる内容となっております。

冤罪被害者勝又拓哉さんとはお母さんらと服役中の千葉刑務所で一度お会いしました。その時は本当にお元気そうで、中で勉学に励んでいるとお話されてました。が、動画で弁護団泉澤弁護士が話されてますように、拓哉さんは台湾産まれで、日本で働いていた台湾出身のお母さんを頼って日本に来たため、日本語に不慣れな状況で突然逮捕されました。その取り調べ時の録音録画が法廷で流され、それを見た裁判員が「それを見て犯人と確信した」と一審で有罪となりました。この録音録画については2審で証拠にならないとされるのですが、私が言いたいのは、勝又拓哉さんは逮捕時台湾の方で、日本語も不慣れな、いわゆる「供述弱者」だったということです。この点をもっと強調すべきといつも思ってます。

だから、栃木県警は事件後8年も犯人逮捕に至らなかったこの事件について、「あいつなら落とせそうやな」と勝又さんに目をつけたのです。そして商標法違反という別件逮捕でしょっぴいた……。

西山美香さんの湖東記念病院事件の国賠で、井戸弁護士が強く主張してますが、この「供述弱者」について、日本の司法制度の中でもっと真剣に考えなければ、いつまでも弱い者が冤罪の被害者にされてしまうと危惧致します。朝から長々とすみません。非常にわかりやすい動画です。後編も公開されましたのでぜひご覧ください。

尾﨑美代子(おざき みよこ)
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「法律は国会だけで国会だけが作成できる。」再審法改正問題、今が正念場!!

尾﨑美代子

「法律は国会だけで国会だけが作成できる。」

まさにその通り。3月末自民党の会合に呼ばれた東住吉事件の青木恵子さんと今日店で話しました。青木さんはネットなどを見ないので、青木さんが自民党で意見したこともあって、法制審への批判が強まってるよ、と伝えた。青木さん、「えー、ママはそれは私も(自民党の会合に)行って良かったと思うけど、これからどうなるの? いい方に動くの? 法制審の案で決まったら最悪じゃない?」と。それは青木さんの言う通り。

青木さんの近くに座った、この問題に関心あるお客さんが、「そうだよな。ママ(私)が言うようにあの稲田が法制審案に反対と強く言ってくれてるが、大丈夫かな?まだまだ国民の世論は高まってないだろう」と心配してる。それもわかる。

だが、法律は国会が作るのだ。だから国会議員をこっち側につけないとどうにもならん。今日も青木さんと話したが、刑訴法内の再審法についてはもう70年何も変わってない。以前書いたが、例えば建設労働者を守る法律の中で、高所作業の労働者を守る法律なんか、その都度何回も変わっている。それは高所作業に従事する労働者の転落、死亡事故などを少しでも減らすためだ。

もちろん、法改正が改正にならず、改悪になったケースもある。しかし、今回、再審法改正しなくてはならないよねと世論が動いたのは、毎年のように次々と犯人とされ囚われていた人が、再審で無罪となったからだ。そんななか、私は見れてないが、テレビ番組、映画などでも冤罪が取り上げられるようになった。極めつけは、国が「死刑判決」を出した死刑囚袴田巌さんが無罪となったことだ。オイオイ、警察、検察、それから裁判所は何やってんだ、という話だ。で、超党派の議員たちが、再審法を70年ぶりに改正しましょうと動きたした。

するといきなり法務省管轄の「法制審」が、「いや、再審法のことなら私たち専門家が……」と出張ってきた。しかし、その委員をみたら、誰ひとり、それまで再審法や再審云々言ってなかった人間ばかりやんか? 何故こんなことになった? これ、私の著者「日本の冤罪」の冒頭、桜井昌司さんと対談した中で桜井さんが話してるが、超党派の議連案が通ったら、今再審請求してる多くの人に再審無罪が出るよと言う話。つまり、この70年、警察、検察、裁判所は無実の人を長年犯人として不当に獄中に繋いできたよね、ということがバレてしまう。これに奴らは耐えられなかったんだろうね。

尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
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冤罪を作ってきた警察、検察、裁判所。それらを仕切る法務省が、なぜ再審法改正に出張ってきたのか

尾﨑美代子

再審法改正問題について、もうひとつ「スクープ」がでたようで。法制審メンバーを検察が主導で選んでいたということ。

◎[参照記事]「やはり検察がメンバーを選んでいた」再審見直しに批判相次ぐ法制審、開示文書から浮かぶ“出来レース”の構図 (2026年04月06日弁護士ドットコム 一宮俊介)

でもこれ、スクープかな? 誰もがそう思ってたでしょ? 鴨志田さん、村山さんなど、再審法を本当に改正したいメンバーはごくわずか。多数決取ったら負けるじゃない。法制審と、先日の自民党の会に出席した青木恵子さんも、ふたつは全く違ってたといっていた。法制審の時はごく一部の人しか関心示さなかったから、自民党に呼ばれても断ろうと思ったくらいだと。でも自民党の皆さん、熱心に聞いてくれて「行って良かった」と。

法制審に関しては井戸弁護士が訴えていたように、これまで冤罪を作ってきた警察、検察、裁判所を仕切る法務省は「加害者」の立場で、決して「改正」を主導する立場になかったのに。なのに突然出張ってきた。その時、なぜ、「お前らの出る幕じゃないぞ」と「空き巣働いてた連中が、『さて空き巣被害を防ぐにはどうしたら良いか考えましょう』って」。コラ、どの口がいうんだ!と徹底的に非難し、解散に追い込めなかったのか。

この手の審議会は全てそう。ガス抜き、アリバイ作り。釜ヶ崎で行われた維新の会勧める「西成特区構想」の町作り会議、それまで行政のやり方に反対してきた団体、個人も呼ばれて会に入った。「(維新が悪さしないように)中でガツンと言ってやりますわ」って、どこで「ガツン」があったの。滅茶苦茶スムーズに維新の言いなりに進んでますやん。えっ? どこが反権力なの? どこが反差別なの?

ハンセン病元患者さんの家族の皆さんを補償する法を制定する際には、当事者が審議の中にどんどん入ってたではないか? 今回もなぜ冤罪犠牲者の当事者を呼ばないのか?話が上手いとか、あまり上手くないとかではない。当事者の声を必死で聞かないで、どうして改正できるの? 苦しんだのは、当事者とその家族だぞ。なんか、イライラするわ。

一番苦しんだ人たちの声、訴えをきけよ? おい!

尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者X(はなままさん)https://x.com/hanamama58

◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/4846315304/

冤罪被害者の青木恵子さんが、再審法改正を議論する自民党内の会合によばれた

尾﨑美代子

東住吉事件の冤罪被害者・青木恵子さんが3月30日、再審法を議論する自民党内の会合によばれた。(当日の様子は、再審見直し議連・自民党井出事務局長のFacebook#再審法改正でご確認下さい。ちなみに青木さんの隣に座る男性は「ヤメ検」の方で、みんなからコテンパンに非難されていたとか)。

青木さんは1年ほど前からグループホームの仕事に就いており、日曜日は夜勤だから、わずかに仮眠をとっただけで東京に向かった。青木さん自身は、今回の再審法改正の動きにちょっと諦めモードになっていた。というのも、突然出張ってきた法制審によって、今より悪い方向に勧められようとしていたからだ。その法制審の会合にも以前よばれたが、数名の人以外、さっぱり反応がなかったと怒っていた。それとバイトが忙しく、東京の集会などに呼ばれてもいけないことも多かった。ちなみに、バイトで稼いだお金はほとんど冤罪被害者救出のために使っている。

今回もどうしようか悩んだようだ。私はSNSをやらない青木さんに「稲田朋美議員がこんなこと言ってるのよ」「鈴木宗男さんの娘の貴子さんもこんな投稿しているよ」とFacebookの記事を送ったりした。 法制審の会合とは全然違うし、この自民党議員に頑張ってもらわないといけないのだ、と。

結果、青木さんも頑張って参加した。そして「法制審のときと全然違った。行って良かった」と帰りの新幹線からラインをくれた。鈴木宗男議員から「大変でしたね」と声をかけられ、自分も泣いてしまった。「ママ、あの綺麗な議員あれだっけ?」「綺麗かどうかわからんが、ばっちりメイクの稲田朋美議員ね」「あの人は、後ろに座ってた法務省の役人をじっと睨んでしゃべってた」とか。

今回は青木さんは再審法改正問題の中でも、検察の「抗告」について話して欲しいと頼まれたようだ。これは、青木さんの東住吉事件のなかでも、そうそう時間をとって話すことが少ないので、あまり知られてないことだ。青木さんは1審、2審とも無期懲役、その後最高裁で上告が棄却され、刑が確定。和歌山刑務所で服役。

◆検察の「抗告」により天国から地獄に突き落とされた青木恵子

服役中、青木恵子さんと男性は再審を請求した。2012年3月7日大阪地裁が、再審開始をきめた。これに対して大阪地検は3月12日高裁に控訴した。一方、3月29日、大阪地裁は職権で青木さんらの刑の執行停止を認めた。これに対しても大阪地検は大阪高裁に抗告したが、和歌山刑務所の青木さんに、刑の停止を認めた書類が届いたことで、青木さん、弁護団は釈放の準備を始めた。青木さんは金曜日の午後から、荷物の整理をして、中で使っていた下着などを全て捨てた。土・日を独居で過ごした。月曜日の午後1時30分には、弁護士が差し入れした服に着替えて待機室で待っていた。

まもなく出られるという10分前、走ってきた刑務官が青木さんに「あなたを釈放できなくなりました」と言われた。「何故?」と尋ねる青木さんに刑務官は「詳しいことは、弁護士に聞いてください」と言い、ふたたび刑務所の服に着替えさせたた。その後、青木さんは迎えにきていた3人の弁護士と会った。大阪高裁は検察の抗告に「執行を止めなければ正義に反するような状況ではない」として刑の執行停止を認めた大阪地裁の決定を取り消したのだった。もちろんこれに対して青木さんも最高裁まで闘ったが覆ることはなかった。青木さん「弁護士は無理だとわかっていたと思う」と当時を振り返る。

その後青木さんはしばらく独居で静かに過ごし、その後作業場に戻ることになった。前の作業場の人はみな、青木さんの刑の執行が停止され、外に出れたものと思っていた。刑務官は青木さんをきづかい「別の作業にするか?」と聞いたそうだが、青木さんは「今のところでいいです」と言い戻ったという。

その後の青木さんには新たな恐怖感が強まった。それは高裁の裁判官が、刑の執行停止を取り消したから、再審開始決定も取り消されるとの恐怖感だった。それに対して弁護士が、「それは大丈夫」と言ってくれた。その後、弁護団がさらに検証を続け、集めたホンダの車から、ガソリンが漏れたことがわかり、ようやく裁判官が納得したから勝てた。

天国から地獄に落とされた日、面会した弁護団に青木さんは聞いた。「あと何年ここにいればいいの?」。弁護士も気の毒に思ったのだろう。「あと1年ちょっとですよ」と小さなウソをついた。しかし、本当に出れるまでには3年かかった。2015年10月23日 大阪高裁は再審開始を認めた大阪地裁決定を支持し、検察側の即時抗告を棄却した。また「拘束が20年に及ぶことと照らすと、刑の執行を今後も続けることは正義に反する」として、刑の執行を10月26日午後2時で停止する決定を出した。

「一歩間違えば、私は勝てなかった。獄死しかなかった」と青木さん。

湖東記念病院事件の西山美香さんは、検察に上告された際、父親に「お前が裁判でちゃんと無実を訴えないからだ」と頭を叩かれたと嘆いていた。

検察の抗告(裁判所の決定に異議を申し立てる)は、こんなにも冤罪被害者、そして家族を長期に傷つけ苦しめている。これを断固許してはならない。

尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
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42年前の滋賀県日野町事件再審決定──証言、証拠を変えて、冤罪を作り、長く人を苦しめる。冤罪だけでなく、私たちの日常でも絶対やってはいけないこと

尾﨑美代子

2月25日に最高裁で再審開始が決定した滋賀県日野町事件、3月25日から裁判所、検察官、弁護団の三者協議が始まります。この事件で再審開始を決定づけたのは、証拠の改ざん。行きつけの飲み屋の女性店主を殺害し、手提げ金庫を盗んだとして強盗殺人の犯人とされた阪原弘さん(無期懲役で服役中に病死)が遺体や盗んだ金庫を捨てた場所へ、捜査員を自ら案内する見当たり捜査で行きと帰りに撮った写真を入れ替えていた。

そもそもその場に連れて行くなら「行き」の写真だけでいいはず。でも証拠には帰り道で撮った写真もあった。「何故だろう」と不思議に思っていた弁護団が、再審で写真のネガを開示させたところ、帰り道で阪原さんに後ろを向かせ、あたかも行きの写真のように撮っていた。

証拠の改ざん、ねつ造は、ほかにも狭山事件の何回かの家宅捜索で見つかった鴨居の上の万年筆や、和歌山カレー事件で家宅捜索最終日で見つかったヒ素の入ったタッパー、そうそう袴田さんの味噌樽から見つかった5点の衣類などもある。

証言の改ざん、ねつ造もある。湖東記念病院事件では、西山美香さんが人工呼吸器の「管が外れた」と言ったのを、滋賀県警山本誠刑事は「殺した」に変えて、美香さんを殺人犯に仕立てた。

冤罪を作るようなことは絶対にやってはいけない! 相手が「そんなこと言ってませんよ」と訴えても、警察、検察は絶対改めない。

私は最近、似たようなシーンを近くで見て大変驚いている。相手が「私はそんな差別的なことは言っていませんよ」と訴えても、「差別した。差別した」と言い張る人だ。間違いを認められない人はどういう神経してるんだろう。私なら周りの仲間に「はなまま(私)、それは間違っているよ」と指摘して貰ったら嬉しいし、そんな仲間がいることを誇りに思う。勿論私も仲間が間違ってたり、ヤバイこと言ったりしたら、「それ、まずいで」と注意する。仲間やん。そんな、互いに注意しあえる仲間が大勢いて、私は本当に幸せだ。

反差別や反権力を訴え、闘う人が、仲間を裏切り「悪者」にしたことは、過去のカウンター内のリンチ事件で見てきた。そしてその当時、闘いの場で目立つ人、頑張ってそうな人に、周囲はとかく忖度してしまいがちだ。「今、あの人を批判したら、私が悪者にされてしまう」。「次の集会であったら、どんな顔して会えばいいの」とか。そんなのは要らんねん。完璧な人はいない。どんなに頑張って反差別、反権力を闘っている人にも間違いはある。それを糺すことは仲間の使命、一緒にやる闘いをさらに前に進めることにつながる。そう思わない?同志のみなさま!

とにかく反差別、反権力を闘う仲間内で、冤罪を作るようなことがあってはならない。悪者、差別者とされた人間がどんだけ苦しむか。本当に知って欲しい。

尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
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《シリーズ日本の冤罪64》平野母子殺人事件 「1本の吸い殻」で下された死刑判決

尾﨑美代子(紙の爆弾2026年3月号掲載)

2002年4月14日午後9時過ぎ、大阪市平野区内のマンション3階で火災が発生。現場からこの部屋に住む主婦・加奈(当時28歳)と長男・優(当時1歳)の遺体が発見された。2人の死因は、それぞれ窒息死と溺死だった。

半年後、殺人と現住建造物放火の罪で逮捕されたのは、加奈の夫の母親・由美子の再婚相手である林義之(当時45歳)だった。林には、1審で無期懲役(死刑求刑)、2審で死刑判決が下されたが、上告審で最高裁第三小法廷は「審理が尽くされたとは言い難い。事実誤認がある」として1審に差し戻し、無罪判決。検察官控訴も棄却され、無罪が確定した。死刑から無罪判決へ……何があったのか?
(本文中、後藤貞人弁護士以外すべて仮名)

◆刑務官は、なぜ犯人とされたのか?

林は事件当時、大阪刑務所の刑務官だった。1981年に由美子と結婚(再婚)し、由美子の長男・浩次と養子縁組する。

浩次は若い頃から万引き、家出などを繰り返していたが、素行の悪さは家庭を持っても収まらず、結婚後、複数の交際女性から金品を受けるなどしていたことが発覚。林は浩次を厳しく叱責したが様子は変わらず、林夫婦は一時期、加奈と長男を自宅マンションに同居させるなどしていた。

一審判決は、この時期、林が加奈に好意を寄せて、抱きついたり、キスを迫ったりするなどの行為を行なったとしたが、林は否定した。加奈はその後、林に黙ってマンションを退居、浩次と再び同居を始めた。

当時、浩次は借金が嵩み、取り立てから逃れるため、家族でホテルを転々とすることもあった。連帯保証人である林にも取り立てが及ぶと、林は浩次に代わって返済を続けた。それでも浩次は林を疎ましく思い避け続け、2001年2月28日に転居先を告げず、現場となったマンションに引っ越した。

事件が起こった4月14日、非番だった林は、浩次夫婦の転居先を探そうと、車(白色のホンダストリーム)で平野方面へ向かった。転居先が平野区A地区のスーパー近くであるとの情報を得ていたこと、飼い犬がいるため「ペット可」のマンションであることなどから、条件に見合う物件を見て回った。

まさにその日、マンション306号室で加奈と長男が殺害され、放火される事件が発生した。火災発生は21時40分頃、殺害は16時から18時頃と推定された。

捜査が進むなか、林が疑われたのは、事件発生時に林の車と同種同色の車が、マンションから100メートル離れた商店街に駐車されていたとの目撃情報があったこと、また林が当日、妻の勤務先に迎えに行く約束を、特段の理由もなく直前に断わったり、携帯電話の電源を切ったりするなど不可解・不自然ともとれる行動をとっていたことからだった。

しかし、それらは林を犯人と決定づけるものではなかった。

◆犯人と決めつけた1本の吸い殻

事件から2日後、林は大阪府警から参考人として事情聴取を受けており、事件当日、浩次らのマンションを探すため平野方面へ車で行ったことを素直に述べていた。もちろんマンションの所在地は知らないし、立ち寄ってもいないと事件への関与は否定した。

一方、大阪府警は事件翌日、マンション西側の1階から2階へ上がる踊り場の灰皿(以下、本件灰皿)から、72本の吸い殻を採取、その中に林が吸っていた煙草の銘柄「ラークスーパーライト」1本を発見していた。

7月23日、その吸い殻に付着した唾液のDNA型が林のものと一致したとの結果が出た。8月17日、大阪府警はこのDNA鑑定の結果を有力な証拠として林を任意同行し、朝から14時間もの取り調べを行なった。

林は一貫して容疑を否認するも、捜査員は「君がやったと俺は確信している。今日はどうして2人を殺したのか、つまり動機を聞く日だ」などと最初から林を犯人と決めつけた。そして取り調べ終盤、ついに林は「午後5時前頃に浩次夫婦の姿がないか探すためにマンションに入っていると思います。このマンションは4階建てで、道路からマンション敷地内に入り、すぐのところにある入口を入って階段を上っています」との調書が作成されてしまう。

頑なに容疑を否認していたのに、なぜこのような調書が作成されてしまったのか、林は公判でこう供述した。「3人の警察官から、10時間以上にわたり殴る蹴るの暴行をうけたうえ、椅子に座ったまま自分の足首を握るという二つ折の体勢をとらされたり、ナイロン袋を頭から被せて呼吸ができないようにされ、また、両手を柔道の帯で後ろ手に縛られた。調書は十分くらいで作成され、読み聞きもはっきりとされず、内容はよくわからなかったが、解放されたい一心で署名した」。

実際、取り調べ中の暴行により、林は翌日から入院を余儀なくされていた。刑務官に就く前、警察官を経験していた林にとって、いわば「同僚」といえる大阪府警から加えられた壮絶な暴行体験は、林にどれだけ恐怖心を植えつけたことだろうか。

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