アドベンチャーワールド、白浜温泉、和歌山マリーナシティ。これまでに和歌山で訪れた場所は、いずれも観光地ばかり。地域住民が日常的に行き来するような場所には行ったことがなかった。

和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚の支援者が、和歌山県で冤罪を訴えビラ配りをしているらしい──。

そう耳にしてから支援者の活動が気になり続け、先日、初めてJR和歌山駅前に足を運んだ。

[※]林眞須美死刑囚は、確定死刑囚の身ではあるが逮捕時から一貫して自らの無罪を主張。現在は再審請求を行い即時抗告中だ。無罪を主張している点、証拠に疑わしい点があることなどから、記事内ではあえて林眞須美さんと表記する。

関係者によると、ビラ配りは約20年前に開始した。毎月1回、JR和歌山駅前で約300枚弱を通行人に手渡ししている。大阪市内で配布することもあるという。

手作りのビラ。道ゆく人に1枚1枚配る

◆電車に揺られ和歌山へ

少し冷え込んだ休日の昼下がり。JR阪和線の紀州路快速で終点の和歌山駅に向かった。紀ノ川を渡り市街地に近づくにつれ、園部地区までとはいかないが、周辺の住宅街が右手の窓から見える。戸建てが並び、非常に穏やか。人通りも少ない。こんな静かな場所の近くであの騒ぎがあったとは……。信じがたい、そう思いながら電車に揺られた。 

和歌山駅に到着し中央改札から出口へ向かうと、1枚の横断幕が目に留まった。

「和歌山カレー事件 林眞須美さんは無実」
黄色地の布に、青とピンクのフェルトでこう書かれている。

周囲にはバスやタクシー乗り場が。家族などの送迎に来る乗用車もひっきりなしにロータリーへやってくる。休日とあってか、制服姿の学生や住民だけでなく、キャリーケースを引っ張る観光客らしき人々も散見される。

行き交う人々のそばで支援者はマイクを手にし、活動や冤罪について通行人に訴えかけた。

河合潤氏の鑑定によって、林家にあったヒ素と事件現場のヒ素が一致しなかったこと。裁判で使用された別の研究者による最初の鑑定に間違いがあったこと。林家の長男が昨年11月に面会に行き、いつもと違う刑務官の様子に不安を覚えたこと……。

話す支援者を囲むように、10人弱の男女があちこちに広がって黄緑色のビラを通行人に手渡し始めた。

ビラは黒の1色刷りで、前月のビラ配布時の印象的な出来事、過去1カ月間の活動内容、冤罪と指摘される点、支援者らの思いなどが両面にびっしりと記されている。大阪拘置所という空のない場所に収監されている林眞須美さんに、青空、陽の光を返してほしいという思いが綴られているのが印象に残った。

JR和歌山駅前

◆事件を知らない若者世代

「和歌山カレー事件についてのことなんです」

支援者の70代男性はこう声を掛けながら、学生から高齢者まで幅広い年齢層の通行人にビラを1枚1枚配り続けた。

中には立ち止まり、男性に事件に関する質問をする人も。男性は数分間、なぜ冤罪だと思うのか、何が問題点なのか、納得してもらえるまで説明を続けた。

和歌山駅前は若者も多い。たまたま通りかかった2001年生まれの青年はビラ配りを目にし、「(和歌山カレー事件は)生まれる前のこと。園部地区で事件が起きたというのは知っているが、詳細はよく分からない。何があったのか」と興味深そうな様子を見せた。

1998年に発生してから今年2月で25年7カ月。林家の長男がSNS発信などを熱心に行うほか、数多くの支援者が再審を願ってさまざまな活動を展開し、何とか風化を免れている。そのおかげかビラを積極的に受け取る通行人が多いものの、発生以降に生まれた世代の間では、事件そのものをよく知らない人々が一定数いるのが現状だ。彼らにとっては過去の出来事ではなく歴史。仕方ないことではあるが、活動継続の重要性を思い知らされた。

林眞須美さんの冤罪を呼びかける男性

──────────────────────────────────

最高裁判所は1月29日付で、1961年に発生した名張毒ぶどう酒事件で無実を訴えた元死刑囚(9年前に89歳で病死)について、10回目の再審請求を認めない決定を出した。5人中4人の裁判官による多数決で決まった。

一方で、学者出身の1人の裁判官が再審を開始すべきとの反対意見を初めて表明。「新証拠には高い信用性が認められる」「確定判決の有罪判定に合理的な疑いが生じる」などとした。

和歌山カレー事件においても、各分野から再審を求める声が多く上がっている。壁は信じられないほど高いが、支援者による活動は今後も粘り強く続いていく。その様子をこれからも追いたいと思う。

▼紀多 黎(きた・れい)[写真・文]
幼少期から時事問題について議論する家庭で育つ。死刑制度や冤罪事件への関心が高い。好きな言葉は「見えるものではなく、見えないものに目を注ぐ」。

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2024年4月号

尾﨑美代子著『日本の冤罪』

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◎鹿砦社HP https://www.rokusaisha.com/kikan.php?bookid=000733

和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚が2月、3回目の再審請求を和歌山地裁に送付したことが分かった。

報道によると、事件現場にあった紙コップのヒ素と林死刑囚の自宅で見つかったヒ素が同一とする鑑定は間違いで、林死刑囚の毛髪からヒ素が検出されたとする鑑定も誤りがあると主張。不審な行動を見たと証言した近隣住民については、目撃が不可能だったことを示す航空写真を新証拠としているという。

彼女の冤罪を信じる人々は弁護団以外にもたくさんいる。少しずつ、その姿を紹介していきたいと思う。

とある月末の休日──。

食事やショッピングをする人で街中がにぎわう日。子供たちが、公園に行ったりゲームをしたりのびのび過ごしている日。世間がゆっくりとした時間を楽しむ中、大阪拘置所前に10人弱の男女が集まった。

拘置所には、1998年7月に発生した和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚が収監されている。確定死刑囚の身ではあるが、逮捕時から一貫して自らの無罪を主張。現在は再審請求を行っている。無罪を主張している点、証拠に疑わしい点があることなどから、記事内ではあえて林眞須美さんと表記する。

「眞須美さーん!」

雲ひとつない青空の下、彼ら彼女らは拘置所に向かって精いっぱい声を振り絞る。繰り返し、名前を叫ぶ。

「どうか再審無罪が明らかになることを、心より願っています」

「お子さんと、アクリル板越しではなく、直接手を触れながらお話できる日が来ることを信じています」

サックスによる演奏とともに、1人1人が思いを拡声器で呼びかける。手には「和歌山カレー事件 林眞須美さんに再審を」「私はやっていない! 再審を」などと書かれたボードが。道路に向けてかざしており、自動車を徐行させて眺める人、時に立ち止まって耳を傾ける近隣住民の姿が見られる。

大阪拘置所。中央奥の高い建物に林眞須美さんが収容されている

◆声に励まされた

「眞須美さんコール」は2013年ごろに始まった。関係者らによると、前年の2012年にある社会運動団体が拘置所前で収監者に向けて呼びかけを行っていたところ、その声が林眞須美さんのもとにも届き、自身も励まされたという。社会運動団体のメンバーの一部が、林眞須美さんの支援者を通じてそのことを知り、林眞須美さんへの呼びかけも独自で行いたいと活動を始めた。

月に一度、近隣住民への断りを入れた上で、関西各地から集まった支援者が「眞須美さーん」と声をそろえて叫ぶ。呼びかけが届いていることを信じ、演奏が聴こえていることを期待し、励ましになると願い、活動を続けている。

一人一人が思いを叫んだ

◆関心高まる冤罪

2023年は3年ぶりに死刑執行のない1年となった。同年末現在106人の確定死刑囚が収容されており、再審開始決定を受け釈放中の袴田巌さん(再審公判中)を含めた場合計107人になる。

2024年に2事件において死刑判決が確定したことから、同3月時点では計109人とみられる。

袴田巌さんの再審開始決定以降、冤罪に対する世間の注目が高くなった。近年は和歌山カレー事件についても冤罪の可能性を指摘する声が多く上がり、インターネット上では林眞須美さんのことを“第二の袴田さん”になるのではとの声も上がっている。

動機未解明、自白なし、状況証拠のみの確定死刑囚──。再審開始を願う支援者らの活動は2024年も続く。

▼紀多 黎(きた・れい)[写真・文]
幼少期から時事問題について議論する家庭で育つ。死刑制度や冤罪事件への関心が高い。好きな言葉は「見えるものではなく、見えないものに目を注ぐ」。

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拙著『日本の冤罪』が出版されてから数か月、この本がご縁で素晴らしい方々と出会うことができた。

昨年12月24日、出版記念の集まりではないですが、Swing MASAさん(サックス奏者)と冤罪関連の集まりをもった。MASAさんらの演奏、井戸謙一弁護士の貴重な講演、そして4組の冤罪犠牲者の家族、関係者のお話など非常に貴重な時間を過ごせた。終了後の親睦会で「国賠ネットワーク」の方から、2月24日東京での集まりに来てお話してとお誘いを受けた。

2月24日『日本の冤罪』の編集をお手伝い頂いた鹿野健一さんと約1時間対談をさせて頂いた。終了後の親睦会で会員の土屋さんが「3月3日大阪に行くので店に寄ります」と言われた。3月3日は金聖雄監督の新作「アリランラプソディー」の大阪試写会に招待されていたので、店はやってませんとお断りさせていただいた(この映画については、またきちんと書きます)。

だが、その際、数日前ピースクラブのかじさんが話していたことを思い出した。

「3日は大事なパーティーがあるのよ。甲山事件の支援をされていた方々の……」

私はその男性に「もしかして3日来られるのは大国町ピースクラブですか?」

「えっ、なぜ知っているの。だったら、そこへ来れば」と言われた。

が、私は多分あいまいな返事をしていた。

3日日曜日、試写会会場の「いくのパーク」にカオリンズと向かった、ていうか、連れてって貰った。会場は体育館でフラットなので、背の低い私は前の席に座った。入口から金洪仙(キムホンソン)さんがさっそうと入ってきて、隣に座る。

そして、「昨日は4つも行きたいイベントがあったけどどこにも行けなかった」みたいな話をして「今日はこのあとピースクラブに行くの」というので、「えっ?」とどんな集まりなのか説明してもらう。

長く続いている、濃いつながりの仲間の寄りあいのようだ。私はホンソンさんに「東京でお会いした冤罪関係の方に『来れば』と言われてけど」と話し、たぶん辞めておくわと言ったと思う。

私は「アリランラプソディー」を見たあと、どうしてもキムチが食べたくて、鶴橋に寄ったら必ず寄る韓国料理の店で味噌チゲを食べ、「アリランラプソディー」のパンフを見ながらまったりビールを飲んでいた。

するとパーティーの準備などで早めにピースクラブに行っていたホンソンさんから「参加者名簿に『尾﨑美代子』とあるよ」と連絡がきた。「えっ? どうしよう」。

しばらく思案したのち、家に帰れば、東京にもっていった『日本の冤罪』20冊の残り6冊があるはず……急いで帰れば間に合うか。本を売りたい、いや、紹介したいと思ってしまい、急いで帰ってピースクラブに行く。いや、行った目的は本を売りたいためだけではないですが。その日の様子は金洪仙さんのFacebookの投稿を読んでください。

結果、素晴らしい人たちと出会うことが出来た。更に早めに帰るつもりが23時までいてしまった。私が余り知らなかった甲山事件について、甲山事件の弁護人の一人であり、私が大尊敬していた故・片見冨士夫弁護士のお話をたくさんお聞きすることができた。

なお、この寄りあいでは、もうひとつ、驚くような出会いというか、再会場面があったが、それはまた別の日に……。

連絡をくれ、繋げてくれた金洪仙さんに大感謝です!!

写真[左]石橋義之さんが長年作ってきた「ばじとうふう」に執筆してきた仲間の皆さんの寄り合いに参加することが出来た/[中央]3月3日の素晴らしい寄り合いに誘って下さった「国賠ネットワーク」の土屋翼(つちやたすく)さん/[右]3月3日午後から生野区「いくのパーク」で開催された「アリランラプソディ」試写会後あいさつする金聖雄(キムソンウン)監督

▼尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58

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◆幾度も「冤罪」という言葉を耳にして

2月は、何かと「冤罪」というワードが耳に入る月だった。和歌山カレー事件の第3次再審請求が和歌山地裁で受理されたこと(2月20日)、死刑判決から再審無罪となった島田事件・赤堀政夫さんの訃報(2月22日)……。普段あまり関心のない人でも耳に入ったのではないだろうか。筆者も頭の中がこれらのニュースでいっぱいだった。

そんなタイミングで知人から「今週、再審や冤罪について考える講演会があるよ」と連絡が。冤罪被害の当事者らも駆けつけるという。行かないわけがない。二つ返事で当日会場へ向かった。

小雨の中、講演会場には300人以上がかけつけた

 

狭山事件の再審を訴えるのぼり

大阪メトロ四ツ橋線岸里駅から徒歩2分。建物前に大きなポスターが掲示板され、入り口でさまざまな事件の支援者がチラシを配布している。あれよあれよと両手にたくさんの紙が溢れた。

講演会の資料代500円を払って受付を済ませ会場へ入ると、すでにたくさんの人が椅子に座り資料を読み込んでいる。関係者によると、少なくとも300人以上が来場。中には関東や九州から来た人もいるという。

会場の後ろでは、さまざまな冤罪事件の支援者が本の販売や署名の依頼などを行っている。本の中には自費出版で製作されたものも。壁には横断幕やのぼりがあちこちに掲げられていた。
 
講演の前半は1963年に発生した狭山事件について。無期懲役が確定後、1994年に仮釈放され再審が続いている冤罪被害者の石川一雄さんがビデオメッセージを寄せた。また歴史学を専門とする大学教授が事件の概要や問題点などを紹介。来場者らが熱心に聞き入った。

◆3人の「冤罪」被害者たちの声を聞く

後半は、冤罪被害者やその関係者が登壇した。1995年に発生した東住吉事件で無期懲役となり、2016年に再審無罪となった青木恵子さん、2003年の湖東記念病院事件で懲役17年の判決を受け、2020年に再審無罪が確定した西山美香さん、1966年の袴田事件で死刑判決を受けたのち、再審開始決定を受け釈放中の袴田巌さん(再審公判中)の姉・ひで子さんの計3人だ。

※各事件の詳細は割愛する。ウィキペディアなどをご一読願いたい。

3人は会場やオンライン参加の来場者に向かい、マイクを通してそれぞれが強い思いを訴えた。

「ごく普通に生活していて、火事になったということだけで私の人生は狂わされた。警察は市民の味方だと思っていたのに。娘殺しの母親という汚名を取るまでは、死んでも死にきれない。冤罪被害者はみんなそういう思いで闘っている。諦めたらそこで終わってしまう。今も獄中でたくさんの人が無実を訴えている」(青木さん)

「冤罪は他人ごとではない。冤罪というものを多くの普通の人に広く知っていただき、冤罪がなくなる世の中にしたい。自分が(裁判に)勝ったからそれで良い、ではなく、今も仲間のために面会や手紙など自分にできることを続けている。順番に各事件が勝っていけるように私も闘いたい」(同上)。

「私も冤罪被害に巻き込まれたが、私よりも辛い経験をしている人がいることを青木さんらから聞き、昨年~一昨年くらいから活動を始めた。それまでは冤罪に巻き込まれて自分が一番不幸だと思っていた。再審改正のために力になれることをやっていきたい。他の冤罪犠牲者が救われることを願っている」(西山さん)。

「57年闘ってきた。5月22日に結審する。夏のうちに決着するのではないか。まだ終わっていないが無罪になることは確信している。(これまでに日本で再審無罪を勝ち取った)4人の死刑囚がみんな亡くなってしまった。時代を感じる」(ひで子さん)

「巌だけが助かればいいとは思っていない。冤罪で苦しむ方は大勢いる。泣いている。皆さんが助からなきゃ、再審開始にならなきゃいけない」(同上)。

冤罪被害者の(左から)青木さん、西山さん、ひで子さん

◆和歌山カレー事件の新証拠

冤罪ではないかと叫ばれている事件は、世の中にまだまだある。

直近では、2月20日に和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚が3回目の再審請求を行ったことがマスコミ各社で報道され、大きな話題に。翌日の地上波放送では、情報番組にコメンテーターとして出演していた有名弁護士が再審の重要性を強く訴え、さらに注目を浴びることとなった。

共同通信の記事によると、再審請求では会場にあった紙コップのヒ素と林家から見つかったヒ素が異なること、毛髪からヒ素が検出されたという鑑定を誤りだと主張。また目撃証言について、目撃が不可能だったことを示す航空写真を新証拠とするという。

事件関係者はもちろん国民が疑問を抱くさまざまな判決について、1日も早く再審が開始されること、誰もが納得できる判決が下されることを願うばかりだ。

▼紀多 黎(きた・れい)[写真・文]
幼少期から時事問題について議論する家庭で育つ。死刑制度や冤罪事件への関心が高い。好きな言葉は「見えるものではなく、見えないものに目を注ぐ」。

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横浜副流煙事件の「反訴」で、被告A妻(3人の被告のひとり)の本人尋問が行なわれる公算が強くなった。しかし、A家の山田弁護士は、A妻の体調不良を理由として出廷できない旨を主張している。最終的に尋問が実現するかどうかは不透明で、3月11日に原告と被告の間で裁判の進行協議が行われる。

副流煙の発生源と決めつけられた音楽室と、「被害者」宅の距離を示す現場写真

裁判では、作田医師が被告3人のために作成した診断書が争点になっている。これら3通の診断書は患者が自己申告した病状に重きを置いて、化学物質過敏症、あるいは「受動喫煙症」の病名が付された。それを根拠として、約4500万円を請求する前訴が提起されたのである。従って診断書が間違っていれば、提訴の根拠もなかったことになる。

つまり診断書の作成プロセスが問題になっているのだ。言葉を返ると、患者の希望に応じて作成した診断書に効力はあるかという問題である。

この「反訴」の発端は、2017年の秋にさかのぼる。

横浜市青葉区のすすき野団地に住むミュージシャン藤井将登さんは、自室で煙草を吸っていたところ、副流煙が原因で、化学物質過敏所に罹患したとして、上階の斜め上に住むAさん一家(A夫、A妻、A娘)から、約4500万円の損害賠償請求を受けた。しかし、将登さんが喫煙していた部屋は、防音構造が施されている音楽室で、煙は外部にもれない。しかも、喫煙量は1日に2、3本程度だった。さらに将登さんは留守がちだった。A家が主張する副流煙の発生源に十分な根拠がなかった。

それにもかかわらず原告(「反訴裁判の被告」)は、将登さんの煙草が原因で、化学物質過敏症になったと主張し、高額な金銭を請求したのだ。

裁判所はA家の訴えを棄却した。控訴審でも、A家の訴えは一切認められなかった。

将登さんは勝訴の確定を受けて、2022年3月にA家が起こした裁判はスラップに該当するとして、損害賠償裁判を起こした。これが現在進行している「反訴」である。この裁判の原告には、将登さんの他に、妻の敦子さんも加わった。さらに3人の診断書を交付した作田医師については、被告に加えた。

裁判は順調に進み、証人調べの人選の段階に入った。藤井さん側は、A夫の尋問を求めたが、A夫の山田弁護士は体調不良を理由に出廷はできないと主張した。しかし、藤井敦子さんは、A夫が戸外を歩いている場面をビデオに撮影して、山田弁護士の主張が事実に基づかない旨を主張した。

しかし、平田裁判官は山田弁護士の意見を重視して、A夫の尋問は行わない決定を下した。

これに怒った将登さん側は、平田裁判官に対する忌避を申し立てた。忌避の審理には、上級裁判所での審理も含めて、約1年を要した。結局、忌避そのものは認められなかったが、平田裁判官はA夫の尋問を決めた。

山田弁護士は、やはりA夫の尋問は難しい旨を説明した。医師の診断書も提出した。そこで藤井さんの側は、代案としてA妻の尋問を求めたのである。平田裁判長は、判断に迷ったようだが、最終的にそれを認めた。

こうしてA妻の尋問が実現する公算が高くなったが、山田弁護士はA妻の体調不良を理由に、出廷できないと主張している。既に述べたように、裁判の進行協議は3月11日に行われる。

作田学医師が交付したA妻の診断書。根拠なく副流煙の発生源を特定している

※このところ一部の市民団体が化学物質過敏症の患者数を誇張して報じている。化学物質が人体に有害な影響を及ぼすことは、紛れもない科学的な事実で、規制も必要だが、実際の患者数については慎重に検討しなければならない。誇張があってはならない。横浜副流煙事件のような「冤罪」を生む可能性があるからだ。

たとえば市民団体代表の加藤やすこ氏は、「あたらしい年は香害のないきれいな空気で過ごしたい」(『週刊金曜日』2月9日)の中で、化学物質による被害の実態について次のように述べている。

香害に関する情報発信などを行うフェイスブック「香害をなくそう」は、2022年に移香で困っていることについてWEBアンケートを実施した。

回答者600人のうち、「家の中に入る人や、近隣からの移香や残留で、家の中が汚染される」は、90.9%で、「外出先の空間や人から移香して汚染される」は90.0%……

有病率を明記しているわけではないが、香による被害を殊更に強調している。数値に客観性があるのか否かを慎重に検討しなければならない。

この件については、別稿を準備している。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』(鹿砦社)

黒薮哲哉『新聞と公権力の暗部 「押し紙」問題とメディアコントロール』(鹿砦社)

2月24日、国賠ネットワーク交流集会が東京・水道橋のたんぽぽ舎で開かれます。詳細は下記の案内をご参照ください。

この日は昨年、本社から『日本の冤罪』を出版された尾﨑美代子さんと、本通信にも執筆している鹿野健一(ペンネーム田所敏夫)さんが招かれ『日本の冤罪』について対談が行われます。ご興味のあるかたは是非お出かけくださいますようご案内いたします。ただし、会場の都合上残席はわずかで、先着順とのことです。

『日本の冤罪』出版に当たっては、昨年12月24日に大阪でも集会が行われ、同書に推薦文を寄せていただきた井戸謙一弁護士をはじめ、冤罪事件被害者のみなさんも集まり、大いに盛り上がりました。当日も尾崎さんと鹿野さんの対談が行われましたが時間の関係で10分ほどでした。今回は約1時間にわたる対談が予定されています。

第33回 国賠ネットワーク 交流集会
『日本の冤罪』を語る : 尾﨑美代子さん & 鹿野健一さん
2024年2月24日(土)13:30~17:00 ■スペースたんぽぽ(たんぽぽ舎)

◎国賠ネットワーク https://kokubai.net/

国賠ネットワーク さまざまな国賠裁判を結ぶネットワークは1989年に立ち上げられました。国賠裁判とは、国や自治体の公務員から不当な被害を蒙った人々が、その責任を追及し、謝罪や賠償を求める訴訟です。無実の罪で逮捕・勾留・起訴された冤罪被害者を中心に、国賠を闘う原告や支援グループの、穏やかな連携と支援交流を目指すネットワークです。

◆交流集会 年に一度、それぞれの国賠の当事者・支援者が集まって、互いに報告し、語り合い、情報や知恵を共有する全国的な交流集会です。①東住吉冤罪国賠、②星野獄中死国賠、③大垣警察市民監視国賠、④湖東病院事件・西山国賠、⑤よど号旅券発給拒否国賠&産経新聞損賠、など当事者から現状についての報告を予定しています。

◆特別対論 最新刊『日本の冤罪』の著者・尾﨑美代子さんに、フリーライター・鹿野健一さんがお話を伺います。尾﨑さんは足を使い、渦中の人に会って話を聞き現場に出向き、更には住み込んでその複雑さの中に身を置き考える。このように肌の感覚をとことん味わい、言葉で伝えようとする人は意外に少ない。集会に多くの諸兄姉が参加し、彼女の話に耳を傾けていただきたい。

尾﨑美代子著『日本の冤罪』

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◎鹿砦社HP https://www.rokusaisha.com/kikan.php?bookid=000733

凄いニュースなのに、大きなメディアではほとんど報道されない。既に死刑が執行された飯塚事件の再審請求審で、次々と死刑執行された男性が犯人でない可能性のある証拠が出ているのに。話題にならないとは?

32年前福岡県飯塚市で女児2人が失踪、翌日遺体が発見された飯塚事件、私はこの事件を詳しく見ていなかったが、今回改めて調べてみた。事件発生から2年後久間三千年さんが逮捕。久間さんは一貫して否認していたが、2006年最高裁で死刑が確定、そのわずか2年後2008年に死刑が執行された。

実は同じ年、飯塚事件で用いられたDNA鑑定と同じの手法で実施されていた足利事件のDNA鑑定が間違っているのではないかと問題になっていた。(実際足利事件の菅家さんは2009年4月にえん罪と判明した)。久間氏の死刑執行はそれが判明して1週間後だった。

2009年10月28日、久間氏の遺族は福岡地裁に第一次再審を請求。足利事件のDNA再鑑定を行った大学教授による鑑定書を新証拠として提出した。しかし2014年福岡地裁は再審請求を棄却、2018年福岡高裁も即時抗告を棄却し、最高裁も特別抗告を棄却した。

2021年7月9日、遺族は第二次再審を請求した。新たな証拠として、事件当日、後部座席に女児を乗せた車を目撃した男性Aさん(74歳)の証言が出された。Aさんは、2023年5月31日、非公開の証人尋問のあと、弁護団とともに実名・顔出しで会見に応じた。Aさんは、女児2人が失踪した日、女児を後部座席に乗せた白いワンボックスタイプの車を目撃したと証言した。運転していたのは、久間さんではない、30~40歳位、色白、5分刈の短髪、頬身の体形だったという(当時久間さんは50歳)。女児の一人は恨めしそうな今にも泣きそうな表情だったという(20年あと女児の写真を見たAさんはあの時の子だと確認する)。

実はAさんは、ニュースで女児2人が行方不明になったことを知り、すぐに警察に通報していた。2月26日か27日に事情を聴きにきた警察官に、Aさんが見た白い車と運転していた男の話をした。しかし、警察はAさんに「紺色のワンボックスカーではないか」と聞いたという。

3月2日、女児らの遺留品発見現場の近くで久間さんの車と特徴が似ている車を見たという男性Bさんが現れた。つまり、2月26日か27日にAさんに「紺色の車ではないか」と聞いた警察は、その証言者が出てきた3月2日前から犯人は紺色のワンボックスカーに乗る人物と目星をつけていたことになる。久間さんの車はそれと同種だった。Bさんの供述は3月9日以降「車種はトヨタや日産ではない」「後輪がダブルタイヤだった」「ガラスにフィルムを貼っていた」など、どんどん久間さんの車と細部が似ている供述にかわっていった。捜査員は、最初から久間さんを犯人ときめつけていたのだ(それには理由があるが、ここでは省く)

しかも、そのAさんは気になり、その後久間さんの初公判を傍聴した。前から2列目の席からだ。被告人席には、白い車に乗っていた男とは別人の久間さんがいて、驚いたという。

実は2月15日、再審請求審の三者協議でまたまた新たな証拠が出された。女児2人が失踪した日、通勤途中に登校中の女児2人を見たという、実質、被害者の最後の目撃者だった女性が、当時の証言を翻し、「(女児を)見たのは別の日で、その日は見ていないと伝えたが、捜査員に『いや見たんだ』と押し切られたという事実だ。証言を「翻す」というより、捜査員に見ていないと伝えても『いや見たんだ』と押し切られていたことを明らかにしたということだ。

これは実によくあることだ。京都俳優放火事件で無期懲役を下された平野義幸さんは、自宅の2階で火災が発生、前日から泊まりにきていた彼女が2階にいる。あれこれ消火活動を行った平野さんだが、表に出て周囲に助けを求める。一方、平野さんは何度も燃えさかる家に入り、彼女を助けようとする。

しかし、それ以上中に入ったら、平野さん自身が危ないと考えた近所の人たちが「このままではよし君(平野さん)が危ない」と皆で平野さんの背後から「膝カックン」して倒したりした。よくケンカするなどで、評判がそうそうよくなかった平野さんだが、近所の人たちは必死で平野さんを守ろうとした。そのことを警察に話したが、判決は平野さんが何もせず、彼女を見殺したかのような内容になっている。

あるいは、姫路の花田郵便局強盗事件で犯人とされたジュリアスさんは、ジュリアスさん所有の倉庫は、昼間鍵がかけられず、誰でも入れた状態だったのに、裁判ではジュリアスさんしか鍵を開けれなかった、ほかの人は入れなかった、だから倉庫内に盗んだ現金などを隠せたのはジュリアスさんしかいないとされた。のちに倉庫の貸主の女性が、「入口は開いてて、誰でも入れた」と証言している。

桜井昌司さんが「逆えん罪」と称した、西成の女医矢島祥子さんの不審死事件では、取り調べられた彼女の関係者の話を直接聞いたことがある。仕事を休んで警察にいくと、捜査員から「矢島さんは自殺したんだが……」云々で始まる調書を取られたという。知人女性は矢島さんの死が自殺とは思えないため、何度そう言われても否定していた。しかし、「矢島さんは自殺したんだが……」を認めないと取り調べが終わらない。彼女は何度も警察に呼ばれ、そのたび仕事を休まざるを得ない。仕方なく、最後はその調書にサインしたという。

それにしても、この冤罪事件はどう決着つけるのか? 久間さんはもう国に殺されている。

▼尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58

尾﨑美代子著『日本の冤罪』

◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/4846315304/

◎鹿砦社HP https://www.rokusaisha.com/kikan.php?bookid=000733

ISF独立言論フォーラム編集長の木村朗さんから、動画出演の依頼を頂いたのは昨年11月だ。元鹿児島大学で教授をされてた木村さんは、その後ジャーナリストとして、様々な平和問題に携われ、同フォーラムでそれぞれの運動に携わる方々を取材した動画を公開している。

私の場合、拙著『日本の冤罪』のなかから、一つ一つの事件について木村さんからインタビューを受けることとなった。ちなみに木村さんは、鹿児島大学に赴任中、冤罪・志布志事件の支援に関わっておられたそうだ。

1回目(昨年)は、『日本の冤罪』の冒頭に掲載された桜井昌司さんとの対談と「布川事件」、そして木村さんからのリクエストで「高知白バイ事件」についてお話させて頂いた。全4回にわかれていますが、何しろこうした取材は初めてなので、不慣れなしゃべりとなっております。

2回目(2月7日収録)では、「湖東記念病院事件」について話して下さいとリクエストを頂いた。その際、木村さんから「ちょっとわかりにくい点があるんです」と何点か質問を頂いていた。木村さんが質問された内容は、たしかに本著では書ききれていない。本著の記事については、湖東記念病院事件の主任弁護士の井戸謙一弁護士に最終確認はしているが、字数の関係などで全て書き切れておらず、なかなかわかりにくい点があった。

木村さんの質問になるべく答えるべく、収録までの数日間、私は必死でそれまでの関係資料を読み込んだ。特に読み込んだのは、動画内で紹介している『冤罪をほどく “供述弱者”とは誰か』(中日新聞編集局 滋賀・呼吸器事件取材班デスク秦融氏)だ。この事件が「冤罪」であると社会的な世論が高まる前に、西山さんのご両親から西山さんの手紙をみせてもらった中日新聞記者らが「彼女は犯人ではないのではないか?」と思ったところから、取材は始まった。

表紙にある「私は殺ろしていません」という文字に表れているように、送り仮名に間違いはあるものの、西山さんは患者さんを殺害していないことを、手紙で必死に綴ってきた。そこから、取材班は家族、弁護団と連携しながら、刑務所内での精神鑑定を実現し、西山さんに軽度の知的障害や愛着障害があることを解明していく。そして、西山さんの自白調書が滋賀県警の山本誠刑事に恣意的に作成されたことを……。山本誠刑事の劇画チックかつ盛りに盛りすぎた調書が全く嘘であったことがばれていく……。

そんなお話をさせて頂きました。ぜひ、ご視聴をお願いいたします。


◎[動画]日本の冤罪(2)湖東記念病院事件~再審無罪後も続く警察・司法の違法な追い打ち~[前半]独立言論フォーラム(ISF)


◎[動画]日本の冤罪(2)湖東記念病院事件~再審無罪後も続く警察・司法の違法な追い打ち~[後半]独立言論フォーラム(ISF)

▼尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58

尾﨑美代子著『日本の冤罪』

◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/4846315304/

◎鹿砦社HP https://www.rokusaisha.com/kikan.php?bookid=000733

1月18日、ある動画がYouTubeで公開され、話題を呼んだ。筆者も初めて見る映像だった。公開されたのは、ある刑事事件で「犯人隠避教唆」の疑いで逮捕され、有罪判決をうけた元弁護士・江口大和氏が、検察で取り調べられている映像だ。

江口氏は、逮捕時から一貫して容疑を否認、取り調べで黙秘した。しかし、横浜地検特別部の川村政史検事は、黙秘権を行使する江口氏に対して、延々と江口氏の人格を否定するような侮蔑的な発言を発し続けていた。動画は21日間約56時間に及んだ取り調べの映像を約13分に編集したものだ。

江口氏はその後、こうした取り調べは、憲法が保障する黙秘権を侵害する違法行為だとして、国に1100万円の国賠訴訟を提訴。動画は国側の証拠として開示されたものだ。

動画は、川村検事の後方から撮影しており、正面に江口氏が映っている。川村検事は机を叩く、怒鳴るなどはしないものの、「がきだよね、あなたって」「ぼくちゃん」「おこちゃま」「もともと嘘つきやすい体質なんだから」「詐欺師的な類型の人に片足突っ込んでる」などと江口氏をひたすら罵倒し続ける。江口氏が取り調べを中断しトイレに行き、席に戻った際には「取り調べ中段してすいませんでしたとか、いうんじゃねえの、普通」「あんた、被疑者なんだよ」などとイヤミをいう。

江口氏の弁護人・趙誠峰弁護士は公開前、ブログで「憲法が黙秘権を保障していることの意味は、権利を行使する人に対して、取り調べと称してこのような罵詈雑言を浴びせることは許されないということではないか」と書き、動画公開に踏み切った理由を「実際に行われている『取り調べ』が、いかなるものかを多くの人にみてもらう必要があると思ったからです。そのなかで、黙秘権を行使することの意味(黙秘権を行使しても、このような取り調べが20日以上も続く現状が、黙秘権侵害といえないのか)を考えてもらいたいと思ったからです」と述べた。


◎[参考動画]取り調べで「ガキ」「僕ちゃん」 検察官発言、法廷で再生 黙秘権巡る訴訟・東京地裁(時事通信映像センター 2024年1月18日公開)

2019年、業務上横領の容疑で逮捕、起訴され、2021年10月28日、裁判で無罪判決を勝ち取った東証一部上場企業プレサンスコーポレーション元社長の山岸忍氏が、国を相手に訴えた国賠訴訟で、同じく取り調べ動画の公開を請求した。

昨年9月19日、大阪地裁は、山岸氏の部下Kを取り調べた録画録音記録約70時間のうちの約18時間分の提出を国に命じた。そこには、検事がKに「あなたはプレサンスをおとしめた大罪人」などと迫った場面が含まれる。裁判では、山岸氏の有罪を立証するKの供述の信用性が問われ、山岸氏は無罪となった。

地裁判決は「違法な取り調べの立証には、検事の口調や動作といった要素も重要。映像は最も適切な証拠だ」として国に提出を求めたが、検察は控訴。1月22日、大阪高裁は、動画の重要部分を非公開とする決定を言い渡した。そこからは、検察官が机を叩いて一方的にKを怒鳴り続けたシーンが削られてしまっているという。山岸氏はこれを不服として、現在、最高裁に不服申し立てを行っている。

現在、筆者が取材を始めたこの事件は、2008年発覚した郵便不正・厚労省元局長事件(村木事件で、村木厚子さんを冤罪犠牲を強いた大阪地検特捜部が新たにつくった冤罪事件だ。学校法人明浄学園の運営する校地の売却代金21億円を、当時の理事長・大橋美枝子氏らが横領した事件で、山岸氏と部下のK氏、山岸氏が懇意にしていた不動産会社社長Y氏も共謀で逮捕、起訴された。

大阪地検特捜部は、K氏・Y 氏の虚偽供述に基づき山岸氏を逮捕した(Y氏はその後虚偽供述の撤回を検察に求めたが叶わなかった)。山岸氏は、個人資産18億円を貸し付けたのはあくまでも学校法人であり、大橋氏らの横領などに関わってないと一貫して無罪を主張した。

山岸氏の逮捕後、弁護団が客観的証拠などを検討してみると、じっさいには学校法人がお金を借り入れるという内容の文書やメールなどが多数存在していた。これはK氏の供述と完全に矛盾するものだった。

では、なぜK氏は世話になった山岸氏を罪人に落とし込めるような虚偽供述をしたのか? その後、弁護団が多くの証拠を開示させていくなかで、K、Y両氏の取り調べの録音録画の内容が明らかになってきた。記録は、K氏で21日間のうち20日計73時間半、Y氏も同じ日数で計69時間にも及んでいた。

接見にきた弁護士が山岸氏に「山岸さん、Kの取り調べで田淵大輔検事が怒鳴っているシーンがあったんだよ」「昨日観た場面では田淵検事がバンバン机をたたいてKを威嚇していたよ」と報告、その一部を書き起こして山岸氏に差し入れた。

田淵検事はKに対して、「ウソだろ。今のがウソじゃなかったら何がウソなんですか」「ウソついたよね」「なんでウソついたの?」「これ以外にもウソいっぱいついているだろ、わたしに。これ以外にもわたしにウソいっぱいついたでしょ。私はあなたの良心にすこしかけてみた。わたしは悪いあなたがでてきたら、今みたいな弁護をすると思いましたよ。でも、あなたがウソをついたことを悔い改めたら、頭をさげると思ってました。でも、あなたはそれどころか逆ギレじゃありませんか。しかも、そんな怖い顔をして。悪びれるどころか、ウソの上塗りをしてきたよ。なんでそんなことができるの?なんでそんなことをするんですか?ほかにもウソをついているだろ」、そして、「あなたは、プレサンス社の評判を貶めた大罪人だ。会社から10億、20億ではすまされないほどの多額の損害賠償請求をされるが、それを背負う覚悟はあるのか」などと脅し、山岸氏の関与を認める供述を強要させていた。山岸氏は、この書き起こしを読み、元々気の弱い部下のK氏がどうして自分を陥れるような嘘の供述をするのかがようやく理解できたという。

一方、Y氏を取り調べた末沢岳志検事について、「悪質さは(田淵と)同等かそれ以上ではないか」と山岸氏はいう。末沢検事はY氏に「何度もいうように、山岸さんの関与が本当にあるんやったら、それ言わへんかったら、今のこの立ち位置だけからしたら、大橋さんと同じくらいYさんすごくこの件に関与した、非常に情状的にはやっぱりかなり悪いところにいるよということ。もう、お金貸して戻すところまで全部わかっているんだから」と、Y氏が山岸氏の関与を否定する供述を続けるならば、主犯の大橋と同じくらいの罪になると恐怖心を煽っている。

 

山岸忍氏の著書『負けへんで! 東証一部上場企業社長vs地検特捜部』(文藝春秋社)

そのうえで、「山岸さんが主導する、プレサンス側の意向があったから、これはもうやらなアカンのやというような話で、今回の件の21億円回して返済するところまでやったんやというんやったら、それはおのずと責任の重い軽いというのは、それは変わってくるでしょ」と、山岸氏の関与を認める「自白」をしたならば、Y氏自身の罪が軽くなると騙している。更にY氏は部下にまで罪が及ぶと脅され、いったん山岸氏が大橋氏個人へ貸し付けたと認める調書の作成に応じた。

その後Y氏は調書を撤回してほしいと検察官に懇願したが、撤回されず、検事からは「そんだけ言うんやったら、法廷でひっくり返したらよろしいやん」などと捨て台詞を吐かれていた。Y氏は公判で、先の虚偽の供述を撤回したうえで、末沢検察官から「山岸さんの関与を認めないと、自分の責任が重くなる。部下も逮捕されるということを仄めかされて事実とは違う内容の供述調書に署名してしまった」とはっきりと証言した。

そこで山岸氏の国賠では、こうしたK氏やY氏への取り調べを録音録画した記録を証拠として提出させることが重要になった。しかし、大阪高裁は最も重要な部分を非公開にするとした。

実は山岸氏の弁護団は、膨大な量の録画録音記録の書き起こしを専門業者に依頼せず、自分たちで行った。書き起こしながら、その取り調べ時の検事の口調、動作などを少しでも知る ためだ。筆者も山岸氏の著書『負けへんで! 東証一部上場企業社長vs地検特捜部』(文藝春秋社)で、その内容の一部は読んでいた。しかし、そこに冒頭の取り調べのシーンのように、音と動作が入ったならば、一層その迫力が増すというものだ。ぜひ、山岸氏の国賠訴訟で、その場面を見てみたい。

▼尾﨑美代子(おざき みよこ)
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タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2024年3月号

『紙の爆弾』2024年3月号

電通・靖国・笹川財団・CIA 安倍派とは何か
「首相は自分のことしか考えていない」岸田派解散の舞台裏
躍進するロバート・ケネディ・ジュニア アメリカ大統領選挙の実相
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東京五輪は東日本復興を遅らせた 能登半島地震でも維新「万博固執」の大愚
「司法の偏向」で形骸化する「三権分立」辺野古代執行訴訟が孕む三つの大問題
重信房子氏が語るパレスチナ・ハマース「決起」の理由
3回接種で特定のがんが多発 ワクチン問題研究会が明かす「メッセンジャーRNA」の真実
企業が学問・教育を崩壊させる第二の日本学術会議問題 国立大学法人法改正
権力による教育内容への管理統制強化 加速する「教育デジタル化」の陥穽
問われる「こども家庭庁」委員の関与「ベビーライフ事件」と国際養子縁組の闇
高GABAトマト、マッスル・マダイ、ウイルス耐性ブタ……「ゲノム編集」は生態系も人類も損壊する
「松本人志」「旧ジャニーズ」で見えた変わらぬ大手メディアの忖度体質
米国マスコミが自主検閲で隠してきた2023年の重大ニュースTop25
シリーズ 日本の冤罪47 鶴見事件

連載
あの人の家
NEWS レスQ
コイツらのゼニ儲け 西田健
「格差」を読む 中川淳一郎
ニュースノワール 岡本萬尋
シアワセのイイ気持ち道講座 東陽片岡
キラメキ★東京漂流記 村田らむ
裏から世界を見てみよう マッド・アマノ
権力者たちのバトルロイヤル 西本頑司
まけへんで!! 今月の西宮冷蔵

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1月30日午後3時すぎ、青木恵子さん(東住吉事件冤罪犠牲者)からLineが届く。

「ママ、名張事件が棄却されました。許せないです」。

1961年、三重県名張市の小さな村の公民館で行われた親睦会で、ぶどう酒を飲んだ女性5名が死亡、12名が重軽傷を負う事件が発生。村人の奥西勝さんが逮捕・起訴され、1972年、最高裁が上告を棄却、死刑判決が確定した。その後何度も闘われた再審請求。2015年、奥西さんが無念の獄死を遂げた(享年89歳)のち、妹の岡美代子さん(現在94歳)が請求人となり第十次再審請求を行ってきたが、最高裁は、1月29日付で再審開始を認めない決定を出した。

以前、青木さんとが岡さんと西山美香さん(湖東記念病院冤罪犠牲者)の3人で撮った写真を見せてもらったことがある。2人に囲まれた岡さんは久々に楽しく笑いあえたと、とてもにこやかな表情だった。青木さんは現在、西山さんと1日でも早く岡さんを励ましにいきたいと日程を調整中とのことだ。

◆奥西勝さんは犯人なのか?
 
事件発生から6日後、奥西勝さん(当時35歳)が逮捕された。亡くなった女性の中に、奥西さんの妻と愛人が含まれていたことから、三角関係を解消するために犯行に及んだとされた。奥西さんは厳しい取り調べに何度か「自白」に追い込まれたが、その後は一貫して否認している。

ぶどう酒は、当日会長が住民Aに買いに行かせ、Aは午後5時過ぎに瓶を会長宅に運んだと証言していた。その後まもなく奥西さんが会長宅を訪れ、ぶどう酒を公民館に運んでいたため、会長宅で毒物を混入する時間はなく、毒物を混入できるのは、公民館で奥西さんが1人になった10分しかないとされた。

物証や目撃証言が乏しいなか、警察は、わずか8戸の小さな集落で村人を集め「話し合い」を行い、消去法で奥西さんを犯人とした。しかし、村民の供述は、逮捕された奥西さんの「自白」後、不自然に変遷していた。とりわけAは、当初「午後2時に運んだ」としていたが、奥西さんの「自白」後、午後5時に変えていた。

1964年、こうしたカラクリを「検察官のなみなみならぬ努力の所作」と皮肉を込めて批判し、一審・津地裁は奥西さんに無罪判決を言い渡した。検察は判決を不服として控訴、1969年、名古屋高裁は、「ぶどう酒瓶の王冠に付いていた歯形が奥西さんの歯形と一致した」として、逆転死刑判決を言い渡し、1972年、最高裁で刑が確定した。

ぶどう酒瓶が会長宅に届けられたのは午後2時か、5時か?公民館で奥西さんが1人になった時間があったのか?蓋を開ける際、瓶はどのような状態だったか?供述調書や関連書類が隠されたまま、再審請求が求められた。

再審請求は第一次から第五次まで次々と棄却。その後、日弁連の弁護団が加わり、奥西さん無罪の新証拠を次々と開示させていった。2002年、名古屋高裁に請求した第七次再審請求では、死刑判決の根拠となったぶどう酒瓶の王冠に付いた歯形と奥西さんの歯形が一致したとする鑑定が不正であること、ぶどう酒瓶に混入された農薬と瓶から検出された農薬が別物だという新証拠が提出された。

2005年4月5日、名古屋高裁(刑事1部)は再審開始と死刑執行の停止を決定。検察官が異議を申し立て、2006年、名古屋高裁(刑事2部)は、再審開始の決定を取り消、死刑執行停止も取り消した。2010年、最高裁はその決定を再度取り消し、名古屋高裁に審理を差し戻すなどし、審理は更に続いた。

一方、奥西さんは、2015年10月4日、名古屋高裁に第九次再審請求中に、それまで患っていた肺炎を悪化させ、府中医療刑務所で獄死、享年89歳だった。

その後まもない11月6日、奥西さんの妹の岡美代子さんが請求人となり、名古屋高裁に第十次再審請求が申し立てられた。しかし、名古屋高裁(刑事1部)は、2年もの間、三者協議も開かずに、17年請求を棄却。異議審を審議する名古屋高裁(刑事2部)も三者協議を開かず、事件を放置するという不当な対応を続けた。

弁護団は3度に渡り、裁判官らの「忌避」を申し立てたが、そのさなか裁判長が突然依願退官することがあった。しかし、その後新たに鹿野伸二裁判長が就任するや、面談が実現するなど、裁判が慌ただしく動き出した。

◆名古屋高裁で何が争われていたか?

面談で弁護団は、①請求人が高齢であるから、早急な解決を望む、②ぶどう酒瓶に巻かれた「封かん紙」の裏側に付着する糊に再鑑定を許可して欲しいなどと要求した。さらに弁護団の証拠開示命令の申し立てで、新たに9通の住民の警察官調書が存在することがわかった。これに対して検察は「開示する必要はない」としたが、裁判所が開示を強く求め、事件から59年ぶりに新証拠が開示されることとなった。
それは親睦会に参加していた7名の住民の9通の警察官調書で、奥西さんが「自白」した前の、事件直後の住民の記憶が鮮明なときに作成されたものだった。奥西さんの「自白」では、ぶどう酒瓶に毒物を混入させるため、火鋏で外蓋を突き上げ外したが、その際、蓋の外側に巻かれた封かん紙も破れ、落ちたままだったということだった。つまり、親睦会が始まった際、住民が見たぶどう酒瓶は、内蓋が閉められただけの状態だったはずだ。

しかし、警察官に質問される形で、瓶がどういう状態だったかと聞かれた住民は、それぞれ「ブドウ酒の瓶は裸瓶でありましたが、封をしてるところに紙が巻いてあったと思います」「流しの前に立ててあるとき、王冠の蓋に封した紙を巻いてありました」などと答えている。つまり、親睦会が始まった際、住民が見たたぶどう酒瓶には封かん紙が巻かれていたということ、これは先の奥西さんの自白とは完全に矛盾するものだ。

しかもこの供述は、奥西さん無実のもう証拠ーー封かん紙の裏側に、製造過程で使った糊(CMC糊)とは別の、家庭で使う洗濯糊(PVA糊)の成分が検出されたとの、弁護団の新証拠と合致するものだ。

しかし、最高裁は2024年1月29日付で特別抗告を棄却した。長峰裁判長は「弁護団が主張する鑑定方法で『封かん紙』に付いた物質を特定すること自体、相当難しい。鑑定結果に、何者かが毒物を混入して再び糊付けした可能性を示す証拠としての価値はない」とした。

ただし、5人の裁判官のうちの一人、学者出身の宇賀克也裁判官は「封かん紙に異なる糊の成分が就いているとした鑑定結果は高い信用性があり、犯人性に合理的な疑いが生じる」として、再審を開始すべきだとの反対意見を述べた。長い裁判の中で、初めてのことだった。

岡美代子さんと弁護団は、第十一次再審請求を準備するという。名張毒ぶどう酒事件に今後も注目していこう!

▼尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
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