昨年来、「東京五輪が終わるまで無いだろう」と言われていた死刑執行だが、新型コロナの感染拡大により、東京五輪の中止が正式に決まるのも時間の問題となってきた。となると、久しぶりに死刑執行が行われる日もそう遠くはないだろう。

そんな情勢の中、筆者が個人的に心配している死刑囚が2人いる。今回はその2人について、書いておきたい。

◆冤罪なのに、再審請求していない死刑囚

1人目は、新井竜太死刑囚(51)である。

確定判決によると、新井死刑囚は従弟の高橋隆宏(47)という男と共謀し、2008年3月、高橋の「養母」を保険金目的で殺害し、さらに2009年8月、金銭トラブルになっていたおじの男性も殺害したとされる。2件の殺人はいずれも高橋が実行したが、罪を認めて深い反省の態度を示した高橋は無期懲役判決を受けるにとどまり、容疑を全面否認した新井死刑囚が犯行の首謀者と認定され、死刑判決を受けたのだ。

しかし、筆者が取材したところ、実際には新井死刑囚は「冤罪」だった。高橋が2件の殺人をいずれも自分1人で勝手に実行しながら、「すべては新井に命令されてやったことだ」と供述し、新井死刑囚に罪を押しつけ、まんまと死刑を免れたというのが真相なのだ。

何しろ、殺害された高橋の「養母」の女性は、そもそも高橋が出会い系サイトでひっかけ、養子縁組して借金をさせるなどし、金をむしり取っていた女性だった。2009年8月に殺害されたおじの男性と金銭トラブルになっていたのも高橋であり、新井死刑囚におじを殺害しなければならない動機は何も無かったのが現実だ。

もっとも、筆者が新井死刑囚のことを心配するのは、「冤罪」だと思っているからだけではない。心配する一番の理由は、新井死刑囚が再審請求をしていないことだ。

そのへんが新井死刑囚の変わったところなのだが、死刑を怖がるそぶりを見せたくないのか、筆者が何度も家族を通じて再審請求するように言ったのだが、聞き入れてくれないままなのだ。そして再審請求をしていないがゆえに、死刑執行の人選をする法務・検察官僚たちから狙われるのではないかという気がしてならないのだ。

新井死刑囚と伊藤死刑囚はいずれも東京拘置所に収容されている

◆最高裁にも同情された死刑囚も再審請求をしていない……

筆者が心配する2人目の死刑囚は、伊藤和史死刑囚(41)である。

確定判決によると、伊藤死刑囚は2010年3月、会社の同僚らと共謀し、勤めていた長野市の会社の経営者とその長男、長男の内妻を殺害し、金を奪ったとされる。そう書くと、とんでもない凶悪犯のようだが、実際はかなり複雑な事情があった。

被害者一家は、地元ではヤクザ顔負けの怖い人たちで、伊藤死刑囚や共犯者の男らを家に強制的に住み込みにさせ、自由を奪い、奴隷のように働かせていたのだ。そのせいで追い詰められた伊藤死刑囚たちが被害者一家から逃げ出すため、犯行を決意したというのが真相だった。

そのような複雑な事情があったため、2016年4月に伊藤死刑囚の上告を退け、死刑を確定させた最高裁の裁判官たちも判決(https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/924/085924_hanrei.pdf)で、「動機、経緯には、酌むべき事情として相応に考慮すべき点もある」と言わねばならなかったほどだ。

伊藤死刑囚の上告を退け、死刑を確定させた最高裁判決(2016年4月26日)

そして実を言うと、この伊藤死刑囚も筆者の知る限り、再審請求をしていない。再審請求さえしておけば、最高裁の判決内容から考えても、法務・検察官僚たちが死刑執行の対象に選びづらい死刑囚であるにもかかわらずに、だ。

当欄の1月5日付けの記事で書いた通り、現法務大臣の上川陽子氏は非常に死刑執行に積極的な人物だ。今はおそらく菅内閣最初の死刑執行を早く実現したくてたまらないはずである。それだけに、私はこの2人が心配で仕方ないのだが、万が一、この2人が死刑執行されるようなことがあれば、読者の方は「誤った死刑執行」だと受け止めて頂きたい。

▼片岡 健(かたおか けん)
ノンフィクションライター。原作を手がけた『マンガ「獄中面会物語」』(画・塚原洋一、笠倉出版社)がネット書店で配信中。分冊版の最新第15話では、寝屋川中1男女殺害事件の山田浩二死刑囚を取り上げている。

月刊『紙の爆弾』2021年2月号 日本のための7つの「正論」他

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

12月25日、2003年滋賀県近江市(旧湖東町)で、病院で死亡した男性患者に対する殺人罪で服役、その後再審請求裁判で無罪判決を受けた西山美香さん(40)が、国と県を相手取り、損害賠償請求を求める裁判を提訴した。提訴後、弁護士会館で開かれた記者会見で、井戸謙一弁護士より提訴の内容の概略が説明され、その後質疑応答が行われた。その会見内容を2回にわけて紹介する。前編に続き、後編の今回では記者会見での質疑応答を紹介する。なお、質問は複数の記者によるものだが、本稿では各社の名は記さない。(取材・構成=尾崎美代子)

── 国賠を闘おうと決意した理由は?

提訴後、弁護士会館で行われた記者会見

西山さん 再審で無罪判決を受けてからすぐに判断したのではなく、皆さんと協議して決めました。今でも滋賀県警は冤罪をつくるような捜査をしていて、一番偉い本部長が「捜査の違法性はない」とはっきり言えることが、私にとってはおかしくて仕方ない。そんなことで警察官をやっていたら、どんどん冤罪ができていくと思ったからです。それと12月28日は、37年冤罪で闘っておられる滋賀県の日野町事件が起きた日ですが、大阪高裁はまだ再審開始の決定をだしていません。一刻も早く決定をだし、私のように無罪判決を貰えたらと思い、私も闘う決意をしました。そして私たちのために動いてくれる獄友の桜井昌司さん、青木恵子さんらに励まされてきたので、お二人が国賠を闘っているので、私も一緒に闘っていけたらと思ったからです。

── 警察に望むことは?

西山さん 取り調べをしっかりして欲しい。脅迫したり、犯人と決めつけるのではなく、どういういきさつでどうなったかをきちんと話を聞いて捜査してほしい。逮捕したら「こいつは犯人だ」と決めつけないで欲しいということが一番です。

── 滋賀県警が謝罪しないことについては?

西山さん 滋賀県警は間違いをおかしたなら謝るべきです。だからこそ私が国賠をする意味があると思います。国賠することで、裁判所でいろんなことを明らかにしていきたいと思っています。

── 国賠を決断されたのはいつごろか?きっかけは何かを教えてください。

西山さん 日野町事件で、今年(2020年)か年度内に再審開始の決定が出ると思ったが、裁判長が変わったりしてなかなか難しいとなったので、私も裁判をして一緒に闘っていきたいと思うようになりました。秋くらいに決意しました。

── 12月25日に提訴しようと思ったのは?

西山さん 私の再審開始の決定(2017年12月20日)が大阪高裁で出て、喜びが大きかった矢先の12月25日に、検察が特別抗告したのですが、特別抗告されたら、家族がどれだけ苦しいかをわかってもらいたいと思い、25日にしたいと弁護団に言いました。

── 西山さんは、最初は静かに暮らしたいと考えていたそうですが?

西山さん 静かに生活したい、今の生活を大事にしたい思いはあります。でも私が国賠をすることで、勇気づけられる人も沢山いると思います。これまでいろんな手紙をもらいました。障害をもっている方からは「私がもし事件にまきこまれていたら、どうなったかわからない。西山さんのように訴えることはできなかったかもしれない」という手紙をもらいました。ほかに励ましの声も沢山あるので、これは国賠を闘う意義があるのではないかと思い、決断しました。

── 国賠を提訴することを、ご家族にはいつ頃はなされたのですか?

西山さん 両親は、私が(刑務所の)中にいるとき、支援を色々やってくれ、国賠をするものだと思っていたようです。私に「しなさい」と言いましたが、私は(裁判が)長くかかるし、精神的に持つかわからないからできないと言っていたので、両親は最初から国賠するつもりでした。

── 国賠では警察、検察を追求しますが、間違った判決を書いた裁判官にいいたいことは?

西山さん 私の確定審で判決を書いた裁判官は、日野町事件でも悪いことをしています。そういう裁判官をこの世の中からなくしていきたいと思っているので、その点も国賠で強く主張していきたいです。

── この訴訟は賠償請求が目的ですが、さきほどのお話では、お金を目的に訴訟をしようと思ったのではないように聞こえましたが。改めてお金の部分とそうでない部分とどちらのほうが重要とお考えでしょうか?

西山さん お金の問題ではないんです。勝つことが大事なんです。布川事件の桜井さんは国賠で勝ったでしょう。それで勇気づけられた人がいっぱいいるんです。それで裁判所も考えなければいけないと思います。大西裁判長は別の裁判では悪い判決を出しましたが、私の裁判では、真っ白い無罪判決をいただき、その上「説諭」までいただいた。「この事件を教訓に変えていかないといけない」と言ってくださいました。そこを変えるには、裁判をおこさないと変えていけない。滋賀県警はさんざん悪いことをしてきたので、国賠する意義かあると思います。

── 井戸弁護士にお聞きします。供述弱者への取り調べなどが問題になっていると話されていましたが、どういう点を裁判で明らかにしていく予定でしょうか?

井戸弁護士 捜査段階では美香さんの障害は明らかになっていなかった。その点は考慮すべきだが、ただ美香さんが、非常に性格的に弱い、自分の防御能力が弱い、そういう性格の持ち主であることと、しかも取り調べ刑事に対して恋心を抱いていることは、滋賀県警は十二分にわかっていながら、取り調べを続けていた。そういう環境が虚偽自白の温床であるということは、滋賀県警はわからないはずはない。虚偽自白を防がなくてはならないという意識があれば、まず取り調えば、こんなに好都合な環境はない。そこは警察の取り調べに対する意識の持ち方だが、たくさんいる供述弱者の方々は、ある意味警察の追っ手にかかったら、赤子の手をひねるような形で簡単に自白させてしまう。そうであってはならないという問題意識を警察も持たなくてはならないし、社会全体でそうした意識を高めていかなければならない。この訴訟がそういう契機になればと願っています。

大西裁判長の説諭は、全国の刑事司法担当者にボールを投げされたものと思っています。私自身もそのひとりですので、投げ返されたボールをそれぞれの立場で、それぞれの人間がそれをどう発展させるかを考えなくてはならない。私の立場では、この国賠訴訟で問題点を明らかにして、社会に還元していくという作業をすることが、私自身のそのボールの活かし方と思っています。

捜査機関が非を認めて謝罪してくれるのがベストですが、そこまでいかなくても、今度は民事の裁判所がその点をはっきり認定して、「こういう捜査は違法」という判断がでれば、それは今後の全国の捜査に与える影響は非常に大きいと思います。

共に国賠を闘う桜井昌司さん、青木恵子さんが、翌日の美香さんの誕生日を祝って花束を

◎冤罪を生まないために──冤罪被害者・西山美香さんが国と滋賀県を提訴した理由
〈前編〉 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=37654
〈後編〉 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=37660

▼尾崎美代子(おざき みよこ)

新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58

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昨年12月25日、2003年滋賀県近江市(旧湖東町)で、病院で死亡した男性患者に対する殺人罪で服役、その後再審請求裁判で無罪判決を受けた西山美香さん(40)が、国と県を相手取り、損害賠償請求を求める裁判を提訴した。提訴後、弁護士会館で開かれた記者会見で、井戸謙一弁護士より提訴の内容の概略が説明され、その後質疑応答が行われた。その会見内容を2回にわけて紹介する。前編の本稿は以下、井戸弁護士が語る提訴の概略だ。(取材・構成=尾崎美代子)

滋賀県大津裁判所に入る西山美香さん(写真左から2人目)、井戸謙一弁護士ら(写真左先頭)弁護団

◆滋賀県警による違法行為

つい今しがた、西山美香さんは、国と滋賀県を相手に国家賠償請求を提訴し、書類が受理されました。その件でご報告させていただきます。何を問題にしているか、県と国のどういう行為を違法行為としているかについて申し上げます。

滋賀県の公務員である滋賀県警の警察官に対しては、大きくいうと2つの違法を主張しています。被疑者取り調べの違法が1つ目、2つ目は被疑者に有利な証拠の隠蔽です。

被疑者取り調べの違法については、

[1]取り調べを担当した山本誠刑事が、供述弱者である西山美香さんを一種のマインドコントロール下におき、思い通りの供述調書を作成した。

[2]美香さん自身は供述を否認したり、認めたりをくり返していたが、否認調書を作成せず、自白を内容とする供述の調書だけをつくって、裁判所に供述過程の理解を誤らせた。

[3]起訴後は原則として取り調べをしてはいけないのに、自白を維持させる目的で、頻繁に起訴後の取り調べを続けた。

[4]
弁護人を美香さんが信頼するのを妨害する目的で、弁護人に対する誹謗中傷などを美香さんにつげ、美香さんが弁護人を信頼できないようにしたことです。

2つ目の証拠の隠匿の違法については、

[1]平成16年3月2日付けの捜査報告書には、滋賀医大西教授自身が、「亡くなった方が痰詰まりで酸素供給が低下し、死亡した可能性が十分にある」と説明したということが書かれていたのに、これを検察官に送らなかった。それにより、検察官の適正な起訴・不起訴の判断を誤らせた。

[2]西教授が、確定審の1審で、証人として供述するにあたり、西教授に対して、この痰詰まりの可能性を否定するように働きかけた可能性があることです。

◆検察官による違法行為

検察官の違法については、大きく2つあります。

1つ目は、捜査段階での違法であり、具体的には1つ目は、起訴・不起訴を決定する権限を適切に行使しなかったことです。検察官の取り調べにおいて、美香さんの犯人性に疑うにたりる十分な事情があることを把握していながら、起訴の判断をしたということ。2つ目は、滋賀県警がさきほど申し上げたような違法な取り調べを続けていたが、そのことは検察官も十分認識していたのに、これを是正させなかったことです。

検察官の違法の2つ目の大きなくくりは、再審開始決定に対して違法に特別抗告をしたことです。なぜかというと、特別抗告をするには特別抗告理由が必要です。検察官の主張内容のうち、判例違反の主張は、明らかに不合理でした。

また、事実誤認は、高裁段階までで提出した証拠に基づいて主張しなければいけないのに、それができないから、検察官は最高裁に新たに証拠の取り調べ請求をしたのです。しかし、最高裁が新たに証拠を取り調べる可能性がないから、事実誤認の主張が通る可能性もなかった。

◆警察、検察の違法行為を具体的に明らかにするために

共に国賠を闘う桜井昌司さん、青木恵子さんが、翌日の美香さんの誕生日を祝って花束を

検察官は、最高裁が特別抗告を受け入れ、再審開始決定を取り消す具体的な見通しがないのに、特別抗告をし、これによって美香さんの雪冤を無意味に1年3ケ月遅らせたのです。本訴においては、これらの警察官、検察官の違法行為によって、美香さんが被った損害を算定した金額から、先般受け取った6,000万円弱の刑事補償金を控除した残金として4,306万3,809円を請求するということになります。

美香さんも含めて我々は、再審無罪が確定してから、国賠を提訴するか否か、ずっと検討してきました。最終的に提訴することにしたのは美香さんの決断ですが、我々弁護団としては、再審公判で警察、検察の違法行為を具体的に明らかにするということが十分にはできなかったので、この国賠によってこれを明らかにしたい。具体的な経緯、理由などを可能な限り明らかにすることによって、大西裁判長が「説諭」で言っておられたように、この刑事事件を契機にして、日本の刑事司法を良くしていく、改善していく力になりたいという思いです。

一昨日(2020年12月23日)、袴田事件で最高裁が原決定を取り消しましたが、あのなかで最高裁の裁判官5人が一致して、みそ樽の中からでてきた衣類は、発見の直前に入れられた可能性があるという認識をしました。要するに証拠の捏造です。誰がしたかというと、静岡県警しかありえない。ということは警察という組織は、自分たちがした行為の正当性を取り繕うためには、証拠の捏造までしてしまう、そういう組織であるという認識を最高裁がしたという点が重要です。

そういう体質が日本の警察に色濃く残っているのであれば、今後も冤罪事件は決してなくならない。やはりそれを変えていかなくてはならないので、そのための力に、この国賠訴訟がなることを目指し、それを願って、今後この裁判に取り組んでいきたいと思います。以上です。(後編につづく)

▼尾崎美代子(おざき みよこ)

新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58

月刊『紙の爆弾』2021年1月号 菅首相を動かす「影の総理大臣」他

『NO NUKES voice』Vol.26 小出裕章さん×樋口英明さん×水戸喜世子さん《特別鼎談》原子力裁判を問う 司法は原発を止められるか

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昨年は死刑執行が1件もなかったが、今年はそうはいかないだろう。私がそう予想する最大の理由は、昨年9月に発足した菅義偉内閣で上川陽子氏が法務大臣に再任されていることだ。

安倍内閣でも法務大臣の経験がある上川氏がこれまでに死刑執行を命じた人数は計16人。これは、法務省が死刑執行の公表を始めた1998年11月以降の法務大臣では最多記録だ。今回の在任中も「やる気満々」であるのは間違いない。

さらに言えば、上川氏が委ねられた「菅政権で最初の死刑執行」は、国民ウケするインパクトのあるものになるだろう。上川氏の死刑執行の実績を見ると、実際にそういう観点から執行する死刑囚を選んできたことは明らかだからだ。

死刑執行の最多記録を持つ上川陽子法務大臣(法務省HPより)

◆国民ウケするインパクトのある死刑執行を重ねてきた上川氏

2015年6月、上川氏が法務大臣として初めて死刑執行を命じたのは、闇サイト殺人事件の神田司死刑囚(44)だった。この事件では、被害女性の母親が犯人たちの死刑を求める署名活動を行い、実に30万人超の署名を集めて話題になっていた。つまり上川氏は、こうした大勢の国民の期待に応える形で死刑を執行したわけだ。

上川氏が次に死刑執行を命じたのは2017年12月だが、この時に対象とした関光彦死刑囚(44)、松井喜代司死刑囚(69)はいずれも「再審請求中」だった。しかも、関死刑囚は1992年に千葉県市川市で会社員一家4人を殺害した犯行時、まだ19歳の「少年」だった。

「再審請求をしていようが、死刑は執行する」「犯行時に少年だろうが例外ではない」

そのようなメッセージが込められた死刑執行の人選も、死刑制度容認派が8割を超える日本国民の意向に沿ったものだろう。

そして上川氏の真骨頂がオウム死刑囚13人の大量執行だ。それは、2018年7月16日と同26日、2度に分けて行われた。戦後を代表する大事件の最終決算ともいうべきこの死刑執行により、それを法務大臣として担当した上川氏の名前も歴史に残ることになった。

このように国民ウケするインパクトのある死刑執行を重ねてきた上川氏。それだけに「菅政権で最初の死刑執行」も国民ウケするインパクトのあるものになるだろうと私は思うのだ。

◆上川氏ならやりそうな「スピード執行」

では、上川氏が具体的にどんな死刑執行を考えているかというと……。

私は、死刑確定から1年前後の死刑囚の「スピード執行」ではないかとにらんでいる。

というのも、死刑執行については、法で「判決確定から6カ月以内にしなければならない」と定められているのに、実際はそれよりはるかに長い年月を要することが多く、「死刑執行が遅すぎる」と批判する声は多い。となると、国民ウケするインパクトのある死刑執行を行ってきた上川氏としては、速さで評価される「スピード執行」はぜひやってみたいところだろう。

かつて大教大池田小事件の宅間守元死刑囚が判決確定から約1年と異例の速さで死刑執行された際、それを肯定的に評価する声は多かった。そのことも上川氏は当然知っているはずだ。

そして昨年中に判決が確定したばかりの死刑囚たちの顔ぶれを見ると、宅間元死刑囚と同じく、法廷で無反省の言葉を連ね、自ら一審だけで裁判を終わらせた死刑囚が複数いる。そのことも私が上川氏が「スピード執行」を狙っているだろうと思う理由だ。

というより、私には、そもそも、菅政権で上川氏が最初の法務大臣に選ばれたのは、そういう特定の死刑囚の死刑を執行させたい思惑があったのではないかと思えてならない。言うまでもないことだが、ここで私が念頭に置いている「特定の死刑囚」とは、昨年3月に判決が確定した相模原障害者施設殺傷事件の植松聖死刑囚のことである。

法務省。死刑執行の手続きの多くはここで行われる

▼片岡 健(かたおか けん)
ノンフィクションライター。原作を手がけた『マンガ「獄中面会物語」』(画・塚原洋一、笠倉出版社)がネット書店で配信中。分冊版の最新第15話では、寝屋川中1男女殺害事件の山田浩二死刑囚を取り上げている。

月刊『紙の爆弾』2021年1月号 菅首相を動かす「影の総理大臣」他

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

昨年来、「東京五輪が終わるまでは死刑執行はないだろう」と言われていたが、その東京五輪自体が無くなってしまい、本稿を書いている時点では、今年は久々に「死刑執行ゼロ」で終わりそうな気配だ。

死刑関連の重要な判断を立て続けに出した大阪高裁

しかし、それでも死刑関連の話題は今年も色々あった。その中から重要な話題トップ5を選定した。

◆今年もあった死刑判決の破棄!

まず5位。淡路島5人殺害事件の平野達彦被告が1月に大阪高裁であった控訴審判決で、第一審裁判員裁判の死刑判決を破棄された話題を挙げておきたい。

筆者は過去、平野被告と面会したり、その裁判員裁判を傍聴したりしていたが、事件の背景に国家的な陰謀があるように訴える平野被告は明らかに重篤な精神障害者だった。今回の控訴審判決は平野被告の完全責任能力を否定し、減刑したものであったから、事実に忠実な判決ではあった。

この種の事件では、これまで裁判官が無理な理屈で強引に被告人の完全責任能力を認め、死刑判決を宣告してきたが、近年は他にも熊谷市の6人殺傷事件など被告人の責任能力が厳格に判断され、死刑が回避されるケースが増えている。

平野被告の死刑が回避されたことによりこの流れがいっそう強まりそうな予感がする。


◎[参考動画]男女5人刺され死亡 兵庫・淡路島(共同通信2015年3月9日)

第4位は、大阪高裁が11月、寝屋川中1男女殺害事件・山田浩二被告の控訴取り下げを有効だと認める決定をしたことだ。山田被告は2018年12月に大阪地裁の裁判員裁判で死刑判決を受けたのち、自ら控訴を取り下げて死刑を確定させた。さらにその後、弁護人の異議申し立てにより控訴取り下げが無効との決定を受けながら、再び自ら控訴を取り下げていた。

異例の経過をたどり、これで今度こそ山田被告の死刑が確定する公算が大きいが、弁護人が異議を申し立てており、死刑が確定するか否かの土俵際での応酬はもう少し続きそうだ。


◎[参考動画]遺体は不明の中1少女 大阪・高槻の殺人死体遺棄事件(共同通信2015年8月18日)

◆「官邸の守護神」と呼ばれた男とオウム死刑囚大量執行の関係

第3位は、相模原大量殺傷事件の植松聖死刑囚が3月に死刑確定したことだ。裁判が始まる前、植松死刑囚と面会していた筆者は当欄で何度か植松死刑囚の実像を紹介している。知的障害者を大勢殺害したことから、「差別主義の身勝手な殺人犯」として報じられてきたが、実際には、植松死刑囚は自分が正しいことをしていると本心から思っており、要するに善悪の基準が常人と異なる人物だった。

このような植松死刑囚の実像がメディアでは十分に報じられているとは思えず、第3位に選定した。なお、植松死刑囚の実像を知りたい方には、笠倉出版社から出ている拙著『平成監獄面会記』、その漫画化版である『マンガ「獄中面会者物語」』(画・塚原洋一)を参照して頂きたい。


◎[参考動画]植松聖被告に死刑判決(テレビ東京2020年3月16日)


◎[参考動画]【Nスタ】植松聖被告に死刑判決、遺族「19の命を無駄にしない」
(TBS2020年3月16日)

第2位は、安倍政権下で「官邸の守護神」と呼ばれた黒川弘務東京高検検事長の賭け麻雀による失脚だ。「それが死刑と何の関係が!?」と思われた方もいそうだが、実は黒川氏は在職中、ある重大な死刑関連の任務に携わっていた。それは、麻原彰晃元死刑囚をはじめとするオウム死刑囚13人の大量執行だ。

2018年にあの大量執行があった際、黒川氏は法務省の事務方トップである事務次官の地位にあった。法務大臣や全国各地の検察、拘置所などと連絡を取り合い、死刑執行全般を取り仕切る役割を務めたとみて間違いない。

この黒川氏が前評判通り、東京高検検事長の次に法務・検察の最高位である検事総長に就任していれば、死刑執行のペースが上がっていたように思われる。黒川氏の失脚は、そういう意味で死刑関連の重要なトピックだ。


◎[参考動画]高検検事長の『定年延長』は安倍政権の“守護神”だから?立憲・本多議員が追及(テレビ東京2020年2月5日)


◎[参考動画]黒川検事長が辞任へ 森大臣「賭博罪にあたる恐れ」(ANN2020年5月21日)

◆来年は次々に死刑執行がある? 帰ってきた「あの人物」

そして第1位は、菅内閣で上川陽子氏が再び法務大臣に就任したことだ。上川氏が法務大臣を務めるのは4回目だが、これまでも在任中は上記のオウム死刑囚13人の死刑を執行したほか、あの有名な闇サイト殺害事件の神田司死刑囚や、犯行時に少年だった市川一家4人殺害事件の関光彦死刑囚らを次々に絞首台に送ってきた。

今年は東京五輪が無くなっても、コロナ禍で拘置所職員に負担をかけたくないためか、このまま死刑執行が一件もないまま年が明けそうだ。そんな状況下、法務大臣に上川氏が再任されたのは、菅義偉首相が「来年はまたどんどん死刑を執行したい」という思惑を抱いていることを窺わせる。

オウム死刑囚を大量執行した上川氏が再び法務大臣に……(法務省HPより)


◎[参考動画]闇サイト事件、死刑執行 名古屋で女性会社員殺害(共同通信 2015年6月25日)


◎[参考動画]元少年の死刑20年ぶり執行 群馬の3人殺害も、上川法相が命令(共同通信2017年12月19日)


◎[参考動画]慎重に執行の準備進めた法務省 大臣が説明会見へ(ANN 2018年7月6日)


◎[参考動画]オウム元幹部の死刑執行で会見する上川陽子法相(朝日新聞2018年7月26日)


◎[参考動画]【菅内閣発足・閣僚記者会見】上川陽子法相(時事通信2020年9月18日)

◎片岡健が選んだ《2020年死刑問題トップ5》と関連記事

【1】菅内閣で上川陽子氏が再び法務大臣に就任
・とんでもないことをするかも内閣 菅政権の発想が浅薄すぎる件について(2020年10月27日 横山茂彦)
・菅義偉政権が推し進めるマイナンバー制度強行普及の不気味 国民ナンバリングこそが独裁権力の本質である(2020年12月9日 横山茂彦) 

【2】安倍政権下で「官邸の守護神」と呼ばれた黒川弘務東京高検検事長の賭け麻雀による失脚
・黒川元検事長を訴追せよ! 検察の自浄作用こそ、民主主義を担保する(2020年6月2日 横山茂彦)
・黒川氏は氷山の一角! 検察庁法改正案に反対した松尾邦弘氏をはじめ、検察は天下りでもマスコミとズブズブ(2020年6月17日 片岡健)

【3】相模原大量殺傷事件の植松聖死刑囚が3月に死刑確定
・相模原障害者施設殺傷事件とマスコミ「植松聖は絶対悪だ」と言えるのか?(2018年5月30日 片岡健)
・報道によって別人のように変わる相模原殺傷事件・植松聖被告(2019年8月2日 片岡健)
・相模原殺傷事件裁判:マスコミが伝えない「植松聖に関する重要な情報」(2020年1月30日 片岡建)

【4】大阪高裁が、寝屋川中1男女殺害事件・山田浩二被告の控訴取り下げを有効と認める決定
・寝屋川中1男女殺害事件犯人、面会室や手記で見せた実像(2019年6月21日 片岡健)

【5】淡路島5人殺害事件の平野達彦被告が1月に大阪高裁であった控訴審判決で、第一審裁判員裁判の死刑判決を破棄
・淡路島5人殺害事件へのコメントを控える元祖「集スト被害」殺人犯の見識(2015年4月30日 片岡健)
・《2020年展望・死刑》最大の注目は一審死刑の淡路島5人殺害事件の控訴審判決(2020年1月6日 片岡健)
《死刑破棄殺人犯の実像1》真顔で「政府の陰謀」を訴えた淡路島5人殺害犯(2020年2月6日 片岡健)

◎[カテゴリー]片岡 健 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=26
◎[カテゴリー]司法と冤罪 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=13

▼片岡健(かたおか けん)
ノンフィクションライター。原作を手がけた『マンガ「獄中面会物語」』(画・塚原洋一、笠倉出版社)がネット書店で配信中。分冊版の最新第14話では、会津美里町夫婦殺人事件の高橋明彦を取り上げている。

月刊『紙の爆弾』2021年1月号 菅首相を動かす「影の総理大臣」他

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

筆者はこれまで当欄で、様々な冤罪の話題について書いてきた。2020年を振り返り、個人的な視点から今年の冤罪の重要な話題トップ5を選定した。

まず5位。やはり、これを挙げておかないわけにはいかないだろう。先日報道があったばかりの免田栄さんの逝去である。

死刑囚としては初めて再審で無罪を勝ち取った免田さん。死刑囚が再審無罪になった前例がない状況の中、独房で絶望することなく無実を訴え続け、その訴えを司法に認めさせたのは偉業だと言っていい。筆者は5年ほど前、免田さんに取材を申し込んだことがあるが、免田さんの体調がすぐれず、実現しなかった。それは残念だが、享年95歳だから大往生だろう。

第4位は、米子市のラブホテル支配人殺害事件の第2次裁判員裁判で石田美実さんが無期懲役の判決を受けたことだ。

石田さんは2016年に鳥取地裁の裁判員裁判で懲役18年の判決を受けたのち、翌2017年に広島高裁松江支部の控訴審で逆転無罪を勝ち取った。しかし検察が最高裁に上告したところ、最高裁に無罪判決を破棄され、その後に広島高裁で審理を鳥取地裁に差し戻す判決を受け、またイチから裁判員裁判をやり直す羽目になっていた。

この事件はすでに当欄で何度か紹介しているので、ここでは事件の内容には触れない。しかし、一般市民が一度受けた無罪判決を取り消され、延々と被告人の立場に留め置かれるのは、検察官も上訴ができる日本の裁判制度特有の問題だ。来年1月末に発売される雑誌『冤罪File』2021年冬号で第2次裁判員裁判の詳細を報告しているので、関心のある方は参照して頂きたい。

第3位は、2005年に栃木県旧今市市で小1の女児が殺害された「今市事件」で、勝又拓哉さんの無期懲役判決が確定したことだ。

この事件は冤罪を疑う声が非常に多いが、勝又さんが実際に冤罪であり、無実であることは当欄で繰り返し報告してきた通りだ。

支援者が多数存在し、勝又さんへのサポート体制は万全だが、勝又さんのお母さんは体調が良くないこともあり、少しでも早く勝又さんの濡れ衣が晴れて欲しい。

第2位は、やはり当欄で繰り返し取り上げてきた湖東記念病院事件の再審で、西山美香さんが無罪判決を受けたことだ。

過去記事を検索してみたところ、筆者が当欄で初めて西山さんが冤罪であることを伝えたのは、2012年のことだった。あれからもう8年になるのか……と感慨深いものがある。

もっとも、西山さんの恋心につけ込み、虚偽の自白をさせて冤罪に貶めた滋賀県警の山本誠刑事がその後、県警内で出世しているなど、この事件にはまだ放置できない問題が色々ある。今後も事件に関する動きが何かあれば、当欄で報告したいと思う。

実家でくつろぐ西山さん。今年、ついに再審無罪を勝ち取った


◎[参考動画]“事件性の証拠ない”元看護助手に無罪(テレビ東京 2020年3月31日)

そして最後に第1位は…。

これはもう完全に個人的な思いから、あの有名冤罪事件・布川事件の桜井昌司さんが国と県に約1億9000万円の国家賠償を請求した訴訟の控訴審が12月15日、東京高裁で結審したことにさせて頂いた。

一審判決では国と県が約7600万円の国家賠償を命じられているが、2度目の判決は来年6月25日に出るという。

2014年、広島であった冤罪被害者・守大助さんの支援者集会で話す桜井さん

なぜ、この事件を1位に取り上げたかというと、桜井さんが現在、ガンで闘病中で、余命宣告も受けているからだ。ご本人は回復に向かっていると公言しているが、予断を許さない状況であることは間違いない。桜井さんは自分自身の冤罪を晴らすだけでなく、様々な冤罪被害者に手を差し伸べてきた人で、筆者自身、取材でお世話になったこともある。

来年6月の判決が、長年冤罪闘ってきた「生きたレジェンド」桜井さんの努力に報いるものになって欲しいと願い、この件を第1位とした。


◎[参考動画]『塀の中の白い花~ほんとに何もやってません』(FMたちかわ/84.4MHz)で2020/11/2と11/16の2回に渡って放送した、桜井昌司さんへのインタビュー全編(冤罪犠牲者の会)

◎片岡健が選んだ《2020年冤罪問題トップ5》と関連記事

【1】布川事件と桜井昌司さん
・冤罪のない社会をめざして 布川事件冤罪被害者、桜井昌司さんインタビュー
〈1〉(2019年1月16日尾崎美代子)
〈2〉(2019年1月18日尾崎美代子)
〈3〉(2019年1月22日尾崎美代子)
・布川事件冤罪コンビ「ショージとタカオ」のショージさん、大阪トークライブ──シャバに出てきて23年、「桜井昌司」で本当に良かった!
〈前編〉(2020年4月14日尾崎美代子)
〈後編〉(2020年4月17日尾崎美代子)

【2】湖東記念病院事件と西山美香さん
・刑事への好意につけこまれた女性冤罪被害者が2度目の再審請求(2012年10月8日 片岡健)
・滋賀患者死亡事件 西山美香さんを冤罪に貶めた滋賀県警・山本誠刑事の余罪(2018年2月16日片岡健)
・湖東記念病院事件・再審開始決定を勝ち取った井戸謙一弁護士の思想と行動(2019年3月21日田所敏夫)
・中日新聞が報じた西山美香さんの作文疑惑調書、元凶はやはり山本誠刑事か(2019年6月12日片岡健)
・組織ぐるみで西山美香さんを「殺人犯」に仕立てた滋賀県警は責任をとれ! 湖東記念病院事件の冤罪被害者・西山美香さんに1日も早く無罪判決を!(2019年6月20日尾崎美代子)
・《湖東記念病院事件》冤罪を作った滋賀県警・山本誠刑事 法廷で自白していた不当捜査への「上司と検事」の関与(2020年4月29日片岡健)

【3】今市事件と勝又拓哉さん
・今市女児殺害事件をめぐる冤罪疑惑──見過ごされた自白調書の明白なウソ(2017年4月6日片岡健)
・《殺人現場探訪08》今市女児殺害事件 自白の「嘘」を如実に示すわいせつ現場(2017年7月24日片岡健)
・栃木県警の「今市事件証拠遺棄」を否定した栃木県行政不服審査会の不見識(2018年4月2日片岡健)
・《殺人事件秘話13》今市事件:隠ぺいされた被告人以外の人物の「不審車両」(2019年1月23日片岡健)
・検証・冤罪疑われる今市事件の自白調書
【上】嘘を見抜くポイントは漫画と服装(2019年7月30日片岡健)
【中】自宅と現場を見れば嘘は一目瞭然(2019年8月31日片岡健)
【下】犯行の詳細を語れなかった被告人(2019年9月6日片岡健)
・冤罪説根強い今市事件 上告棄却の勝又拓哉氏が手記に綴った「再審無罪への決意」(2020年3月27日片岡健)

【4】米子市ラブホテル支配人殺害事件と石田美実さん
・無罪判決を受けた被告人が勾留される理不尽 ―― 米子ラブホテル殺害事件(2018年12月27日)

【5】免田事件と免田栄さん

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▼片岡健(かたおか けん)
ノンフィクションライター。原作を手がけた『マンガ「獄中面会物語」』(画・塚原洋一、笠倉出版社)がネット書店で配信中。分冊版の最新第14話では、会津美里町夫婦殺人事件の高橋明彦を取り上げている。

月刊『紙の爆弾』2021年1月号 菅首相を動かす「影の総理大臣」他

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

10月22日の当欄では、私が8月に立ち上げた“一人出版社”から発行した書籍『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」の告白』(著者・久保田祥史、発行元・リミアンドテッド)について紹介させて頂いた。同書はおかげさまで、Amazonの裁判関連部門で売れ筋ランキング1位になるなど好調な売れ行きだ。

我が田に水を引くような言い方で恐縮だが、同書は平成の大事件の知られざる加害者側の内実について、実行犯が綴った手記により明るみに出した内容だ。それゆえに多くの人に関心を持ってもらえたのだろう。

私が現在取材中の事件の中には、このほかにもう1件、映画になるほど有名な事件でありながら加害者側の内実がほとんど知られていない事件がある。今回はその事件について紹介したい。

◆手紙で取材依頼をしたら、丁寧な返事の手紙が届き……

〈此の度は、私の事件に於いて、関心を抱き、御丁寧に手紙を頂いたことに感謝申し上げます〉

これは、2014年2月中旬のある日、山形刑務所から私のもとに届いた手紙の一節だ。丁寧な礼の言葉を綴っている差出人の名は、三上静男(71)。山田孝之主演の映画『凶悪』(2013年公開)でリリー・フランキーが演じた殺人犯“先生”のモデルになった男だ。

三上は茨城県で不動産業を営んでいた男だが、その疑惑が表面化したのは2005年のことだった。殺人罪などで死刑判決を受けた元暴力団組長の後藤良治(62)が月刊誌『新潮45』に対し、「三上という男と一緒に金目的で人を殺した余罪が3件ある」と告白。これが同誌で記事になったのを機に警察も動き、検挙された三上は2010年に裁判で無期懲役刑が確定したのだ。

そんな事件が題材の『凶悪』は公開時、“先生”役のリリーの怪演が話題になった。とくに保険金目当てに初老の男を殺す場面では、笑いながら被害者に何度もスタンガンをあて、いたぶる演技が圧巻だった。こんな冷酷な男なら、いくらでも金目的で人を殺すだろうと観客の誰もが思ったことだろう。

だが、実は三上本人は取り調べや裁判で、「後藤の告白はデタラメだ」と訴えていた。私がその主張を聞きたく思い、三上に取材依頼の手紙を出したところ、冒頭のような返事の手紙が届いたのだ。

三上から届いた手紙

◆自分について書かれた雑誌の記事を「真実がない」と主張

三上の手紙には、『新潮45』の記事について、こう書かれていた。

〈読みましたが、真実がないので、笑ってしまいました。私は現在まで新潮45の記者から取材を受けたことはありません〉

要するに、三上は「自分は無実なのに、『新潮45』は自分に取材もせず、いい加減な記事を書いたのだ」と言いたいわけだ。さらに手紙には、こんなことも書かれていた。

〈当時、証拠開示された調書が2m程の高さになりましたが、何度も読みましたが、司法取引がされている調書が散見されております〉

三上と後藤が主犯格として罪に問われた保険金殺人事件では、実は共犯者とされた後藤の舎弟たちが検察に起訴されていなかった。弁護側はその点を問題視し、「検察は後藤の舎弟たちと違法な司法取引をし、罪を見逃す代わりに無実の三上に罪を押しつける証言をさせたのだ」などと主張していた。三上は手紙で、改めてそのことを私に主張したわけだ。

弁護側の主張によると、「そもそも、後藤は自分の死刑を先延ばしにするために事件をでっち上げ、無実の三上を巻き込んだのだ」というのが事件の真相だとのことだった。

◆不自然な内容だった死刑囚の告白

実際、三上の周辺を取材してみると、三上の評判は意外に悪くなかった。

「いい人そうに見えたけどね。魚やワカメを持ってきてくれたこともあったしね(笑)」と話してくれたのは、茨城県にある三上の自宅近くで小さなストアを営む店主の男性だ。また、山形刑務所で以前服役し、獄中で三上と親しくしていた男性もこんな話を聞かせてくれた

「三上さんは面倒見がよく、僕も服役中は親切にしてもらいました。刑務所で知り合った者同士は出所後、手紙のやりとりや面会を禁じられているのですが、また三上さんに会えるものなら会いたいですよ」

さらに取材を進めたところ、裁判で三上の弁護を手がけた弁護士から興味深い話を聞かせてもらえた。三上は今も無実を訴えており、再審請求を考えているというのだ。

「後藤の供述の内容は、三上さんが妻子と一緒に暮らす自宅で被害者を何日も軟禁し、その挙げ句にリンチをして殺害したという不自然なものでした。妻子と暮らす自宅で普通そんなことはしませんよ」

言われてみればその通りで、たしかに後藤が供述する殺人の筋書きは違和感がある。

三上は私にくれた手紙で、冤罪を訴える冊子を自費出版する意向も明かしていた。私はこの事件の取材を今も続けているので、何かめぼしい新事実が見つかれば、当欄でも報告させてもらうつもりだ。


◎[参考動画]三上がモデルの役を怪演したリリー・フランキー。『凶悪』予告編動画より

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。創業した一人出版社リミアンドテッドから新刊『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(著者・久保田祥史)を発行。

最新刊『紙の爆弾』12月号!

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

1995年に起きた「東住吉事件」の冤罪被害者青木恵子さんは、2018年再審で無罪を勝ち取って以降、全国の刑務所で服役中の犠牲者に手紙をかいたり、面会に行ったりしている。そうした活動が認められ、今回多田謡子反権力人権賞を受賞した。一方、娘を焼死させた火災は、車のガソリン漏れが原因だとしてメーカーのホンダに約5200万円の損害賠償を求めていた裁判は、控訴が棄却された。(聞き手=尾崎美代子)

── 今回の多田謡子反人権大賞受賞は、青木さんの様々な冤罪被害者への支援活動が評価されたと聞きしましたが、そうした活動を行うきっかけは?

青木恵子さんの自宅マンションで

青木 私自身、大阪拘置所、和歌山刑務所に服役中、知らない人からも支援され、そのおかげもあって無罪になれたけど、その人たちに何かを返すことはできない。また私自身が中にいて一番嬉しかったことは手紙を貰えたことなので、特別何かできるわけではないが、それくらい出来るだろうと始めました。常にレターセット持って、時間があればどこでも立ったままでも書いています。書いたら、すぐポストにいれます。

── どのくらいの方に書いています。

青木 国民救援会が支援している人が中心ですね。全員には無理ですが。例えばその人が裁判で負けたときは、「外の集会でみんながマイクもってこう話した、私はこう話した」と報告します。本人は聞けないからね。そして「負けずに闘いましょう。真実は一つだから」と書きます。私もそうでしたが、負けたとき支援者が泣いたり、怒ったりしてくれることを知ると、自分の悲しみとか消えていく気がします。また面会に行くときは1ケ月前から、刑務所に「面会させろ」とアピールするためもあり、行く前日まで毎日出します。

── 毎日? 何を書くのです?

青木 皆さんに聞かれます、「なに書くの?」と。事件のこととか聞かない。私の行動を書くの。「おはよう」や「こんにちは」から始まり、「今日は〇へ行きます」「どこの集会で話します」「今日は家でゆっくりしています」とかね。あと「あと〇日であえますね」と必ず書きますね。

例えば「今、寒いでしょう」と書く時でも、(刑務所を知っている)わたしらはその寒さというのは、いろんな言葉を言わなくてもわかるの。支援者だったら「炬燵あるの?」「暖房は?」と考えるでしょうが、私たちは何もないのをしっているから、「今年は寒いね。辛いよね。風ひかないようにね」でわかるんです。あと絵葉書だと外の景色もわかるし、切手は絶対可愛いのを貼る。切手だけでも「うわ!今こんな切手なんだ」とわかるでしょう。私がその喜びを知っているからね。

── 以前、中でケーキのパンフレットを貰ってうれしかったと話していましたね。

再審無罪を勝ち取った湖東記念病院事件の西山美香さんから送られた時計と大好きなぬいぐるみ

青木 そう。支援の方に「ケーキ食べたいわ」と書いたら、クリスマス用のケーキの申込用紙のパンフレットを送って貰いました。「食べられないのに可哀そう」と皆さん、思うでしょう?そうではない。食べられなくても目で食べるの。「今年はこんなケーキなんだ。来年は絶対外で食べるぞ」という思いになる。来年こそ、来年こそとね。

そういう活動が、じつは私も楽しいんです。人に何かをやってあげているのではなくて、手紙を書くことで私も吐き出している。私は一人だから、下手したら1日誰とも話さないから、手紙書いていたら、しゃべっている感じになるからね。面会も、私が励ましに行くというより、こっちもすごく元気になっている感じです。平野さんの弁護士が決まったときは、私まで嬉しかった。

── 平野義幸さんは徳島刑務所に入っている方ですよね。桜井さんにお聞きしました。放火殺人で無期懲役、再審を闘いたいが、弁護士も支援者もいないと。(注*2003年1月16日京都市内で起きた火災で女性が焼死した件で、同年7月31日殺人・現住建造物等放火罪で逮捕、起訴され、無期懲役が確定、現在徳島刑務所に服役中)

青木 そう。それで今回桜井さんの協力もあり、桜井さんの知り合いの弁護士さんがやってくれることが決まりました。徳島までの送り迎えは私が車でするという条件です。あとは弁護士費用の問題。ならば私が立て替えますとなりました。皆さん「すごい」というけど、私がちょっとのお金をだすことで、やってくれる弁護士がいた。私がそのお金をだせない環境だったら、「出せなくてごめんね」で終わってしまうが、出せないお金ではなかった。ならば金をだすことで1人の人が救われるのだったらと思ったんです。私は生活困ったら働けばいいが、中に入っている人は働いて稼ぐことも出来ない。自分にそのお金あるのに「人のためには出せない」というのは、私にはできない。でもそれで彼の再審無罪がかちとれ、冤罪被害者を救えたとなったら、お金じゃないでしょう?それで私が立て替えました。本人は中から必死で弁護士探しの手紙を書いていたから、これからはそれをやらなくて済む。一歩前進ですよね。これから再審に向けて弁護士がいろいろやってくれる。待たなければならない期間はあるが、これまでと比べどれだけ気が楽か。桜井さんと話していますが、これで平野さんの再審がうまく進み無罪になったら、一人の冤罪被害者を助けられたことになる。自分たちでそんなことしたことないから、してもらってばかりだったから。すでに支援者や弁護士がついて闘っている人もしんどいが、支援も弁護士もいない冤罪被害者がいるということは分かっていたが、実際目の前にいて関わったのは、平野さんが初めてだから。平野さんに初めて面会した時、「大切な人を亡くした気持ちは、青木さんならわかるでしょう」と言われ、娘のことと重なって思わず涙がでました。誰も信じなくとも、私だけは平野さんのことを信じると決めました。

── 確かにそうですね。青木さんは、そういう活動費用をつくるためにチラシのポスティングと集金のバイトをしているんですね?

青木 そうです。先日集金のバイトのミーティングで、チラシ配り1枚3.5円という、これまでよりちょっと高い仕事があったので、「私やります」と言いました。5千枚くらいまき、集金の分を足すと5万円くらいになったので、それを徳島に行く高速費用にあてます。

── 再審が始まるとよいですね。一方で、ホンダ裁判の控訴審は棄却されてしまい残念な結果となりましたが。

恵さんの遺影の隣に、青木さんのお母様、お父様の遺影

青木 一審の時は判決がわかりにくかったが、今回は負けたとはっきり分かった。その瞬間「なんだコイツ」と裁判官を見ました。私の最終陳述のとき、その裁判官は身を乗り出して聞いていたのに。向こうは20年の間に提訴できたでしょうというわけです。でも有罪で入っているとき提訴しても、裁判所は「有罪だから権利はない」と棄却するでしょう。それは裁判所が私を有罪にし続けたから、裁判所の責任でしょうと、裁判官を睨んで言いました。ホンダにも睨んで「ホンダさんに尋ねたいです。ガソリンが漏れないといわれるなら、どうか教えてください。火災の原因はなんですか? 自宅のガレージに車を止めていただけです、車は動いてないのですよ。車に原因がないなら、どこからガソリンが漏れたのでしょうか? 車しかありえませんよね? 違いますか? 再審の裁判所の判断も間違っているということですか?私が犯人だといわれるのですか? 裁判所にもお聞きしたいです。娘の無念を晴らすことも諦めて、泣き寝入りしたらよいのですか? 裁判は真実を追及して明らかにする場ではなく、大手メーカーの言い分に従って、真実を歪めてまでも逃げる道を選ぶのでしょうか?このようなおかしな判決が通るなら、正義も真実もなく、この裁判自体にも意味がなく、憤りしか感じません」と言いました。判決が出たあとも裁判官に向かって「私の意見陳述いっこも(ひとつも)聞いてなかったんですね。裁判官やめてちょうだい」と法廷出ていくまで言い続けました。桜井さんも裁判中に傍聴席から「おかしいだろ? 20年入っていたのに。裁判官やめたほうがいいよ」と怒鳴ってくれました。

── ホンダ裁判は上告して闘うということですね。それにしても桜井さんと青木さんは最強のコンビ、これからも大勢の冤罪被害者を救う活動を続けてください。私も微力ながら手伝わせていただきます。

▼尾崎美代子(おざき みよこ)

新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58

最新刊!『紙の爆弾』12月号!

原発なき社会を求めて NO NUKES voice Vol.25

「冤罪王国」。冤罪問題に詳しい人たちの間で、静岡県はそう呼ばれている。世間的に冤罪と認識されている重大事件が多く存在するからだ。

たとえば、死刑判決を受けた人がその後、無罪判決を受けた例を挙げただけでも、島田事件や幸浦事件、二俣事件がある。死刑囚の袴田巌氏に対し、一度は再審開始の決定が出た袴田事件も静岡県の事件だ。こうした「実績」をみると、たしかに静岡県は「冤罪王国」と呼ばれるにふさわしい。

だが、筆者はこれまで様々な冤罪を取材してきて、この静岡県より恐ろしい「裏冤罪王国」があることに気づいた。それは埼玉県である。いわば「表の冤罪王国」である静岡県と比較しながら説明しよう。

さいたま地裁。重大事件の法廷で冤罪の疑いが浮上しながら放置されているケースが目立つ

◆冤罪が「発覚」しやすい土壌があることを窺わせる静岡県

先述したように静岡県では、世間的に冤罪と認識される重大な事件が多く存在する。だが、これは必ずしも悪いことだとは言い切れない。なぜなら、重大な冤罪が多く「発生」しているのではなく、多く「発覚」していることの表れだとも解釈できるからだ。

冤罪被害者の救済は、その事件が冤罪だと「発覚」するところから始まる。そして実際、静岡県には、重大な冤罪が多く「発生」しているのではなく、多く「発覚」している県なのではないかと窺わせる事実が散見される。

たとえば、幸浦事件。1948年に磐田郡幸浦町の自営業者一家4人が殺害されたこの事件は、男性4人が警察の拷問により虚偽の自白に追い込まれた。警察の筋書きでは、4人の自白により浜辺に埋められた被害者の遺体が見つかり、これが「秘密の暴露」にあたるとされていた。

しかし、実際には警察が浜辺から遺体を発見する前、遺体が埋められていた場所に目印の鉄棒が立てられていたことが住人の証言により判明した。それが、男性4人の自白が虚偽だとわかるきっかけの1つとなった。

また、1950年に静岡県二俣町で家族4人が殺害された二俣事件では、やはり容疑者の少年が警察の拷問により虚偽の自白に追い込まれた。この少年が一度は死刑判決を受けながら、無罪判決を勝ち取る過程では、捜査を手がけた山崎兵八刑事が読売新聞紙上で警察の拷問や供述調書の捏造を告発する事態が起きている。

このように住人や現職刑事の告発が冤罪発覚のきっかけになるのは、極めて異例だ。さらに袴田事件でも、静岡県民ではないが、死刑判決を起案した静岡地裁の裁判官・熊本典道氏が袴田氏のことを冤罪だと思っていたことを表明している。

こうして見ると、静岡県には、冤罪が発覚しやすい土壌があることも窺われ、冤罪と認識される重大事件が多く存在することを悪いとも言い切れないわけである。

◆冤罪の疑いが見過ごされた重大事件が最も目につく埼玉県

一方、筆者がこれまで数々の冤罪事件を取材してきた中、「冤罪の疑いが見過ごされた重大事件」が最も目につくのが埼玉県だ。

たとえば、90年代を代表する凶悪事件の1つで、園子温監督の映画「冷たい熱帯魚」のモデルにもなった埼玉愛犬家連続殺人事件。埼玉県熊谷市で犬猫のブリーダー業を営でんいた関根元、風間博子の元夫婦が、金銭トラブルになった客らを次々に殺害していたとして検挙され、いずれも死刑判決を受けた。

だが、風間のほうは殺人の容疑を一貫して否認し、冤罪を主張。現在も獄中から裁判のやり直しを求め続けている。そして実を言うと、取調べで風間の犯行を目撃したように証言していた男が、裁判ではこの証言を覆し、「博子は無罪だと思う」「博子は殺人事件も何もやっていない」と証言する異例の事態となっていたのだ。

しかし、このように裁判で風間が冤罪だと疑わせる事情が明るみに出ながら、あまり報道されず、このことは世間にほとんど知られていない。

また、1999年に話題になった本庄保険金殺人事件。埼玉県本庄市の金融業者・八木茂が債務者たちを愛人女性らと偽装結婚させたうえ、保険をかけて殺害していたとされ、死刑判決を受けた。

しかし、一貫して冤罪を訴えた八木を有罪とする証拠は事実上、共犯者とされる愛人女性らの自白だけ。しかも、女性らの自白供述は心理学鑑定により「連日続いた長期間の取調べにより植えつけられた虚偽の記憶に基づく可能性がある」と判定されていた。そして3人の愛人のうち1人は、服役後、「自白は嘘だった」として再審請求しており、冤罪の疑いは色濃く浮かび上がっている。

しかし、このこともほとんど報じられていないため、知る人は少ない。

そして最後に、1999年に埼玉県桶川市で起きた桶川ストーカー殺人事件。この事件については22日の記事で詳しく紹介したが、冤罪を訴える元消防士・小松武史が裁判でこの事件の「首謀者」とされ、有罪判決を受けたのは、実行犯の風俗店店長・久保田祥史が当初、「武史から被害者の殺害を依頼された」と証言したためだった。

ところが、久保田は裁判でこの証言を覆し、「本当は誰からも被害者の殺害は依頼されていない。自分が勝手に暴走してやったことだった」という“真相”を明かしているのだ。この証言も大きく報道されず、結局、世間にほとんど知られていない。

このように埼玉県では、重大事件で冤罪の疑いを抱かせる事実が判明しながら、そのことが知られないまま放置されているケースが目立つ。だから私は、埼玉県のことを、冤罪王国と呼ばれる静岡県より恐ろしい「裏冤罪王国」と呼ぶのである。

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。創業した一人出版社リミアンドテッドから新刊『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(著者・久保田祥史)を発行。

月刊『紙の爆弾』2020年11月号【特集】安倍政治という「負の遺産」他

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

〈彼は無実です。これは冤罪です。もう一度いいます。彼は無実です。この事柄が取り上げられて、彼が一日でも早く、獄から開放(原文ママ)されることを願っています〉

 

久保田祥史『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(片岡健編著)

これは、最近発売された書籍の一節だ。書名は『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』。標題の事件の実行犯である久保田祥史が獄中で綴った手記に基づき、平成の大事件のほとんど知られていない真相をつまびらかにしたものだ。

引用した部分も久保田の手記の一部だが、久保田が「彼は無実です」と言っているのは、この事件の「首謀者」とされている無期懲役囚・小松武史のことである。

実を言うと、同書は筆者が今年8月に創業した一人出版社から発行したもので、筆者は同書の編著者でもある。手前みそで恐縮だが、同書の内容は読んでくれた人にインパクトを与えられているようだ。それはおそらく、久保田が手記で明かしたこの事件の冤罪疑惑がこれまでほとんど報道されてこなかったからだろう。

この事件は今月26日で発生から21年になる。その頃には、この事件を回顧するような報道がテレビや新聞で散見されると思われる。その前にここで、久保田が手記で明かした事件の真相を紹介しておきたい。

◆元々、被害者を殺害する動機が見当たらなかった武史

事件が起きたのは1999年10月26日の昼過ぎだった。埼玉県桶川市のJR桶川駅前で一人の女性が待ち伏せていた男にサバイバルナイフで刺され、搬送先の病院で亡くなった。被害者は、埼玉県上尾市の猪野詩織さん。跡見学園女子大学の2年生だった。詩織さんは事件前、元交際相手・小松和人が営む風俗店の従業員らから凄絶な嫌がらせに遭っていた。

そんな背景もあり、この事件では当初から和人に疑いの目が向けられた。果たして約2カ月後、埼玉県警が検挙した実行犯の久保田は、和人が東京・池袋で営む風俗店の店長だった。しかし、ここから事件は意外な展開をたどる。久保田が取調べに対し、こう供述したからだ。

「私が被害者を殺害したのは、小松“武史”に依頼されたからです」

小松武史は和人の兄である。東京消防庁で消防士として働きながら、和人の風俗店経営を手伝っており、久保田にものを頼める立場ではあった。そこで埼玉県警は武史を事件の「首謀者」と断定し、逮捕した。対する武史は「久保田に殺害の依頼などしていない」と容疑を否定し、冤罪を訴え続けたが、裁判でも事件の首謀者と認定され、2006年に最高裁で無期懲役刑が確定したのだ。

もっとも、詩織さんに対してストーカー化していたとされる元交際相手の和人ならともかく、武史には、詩織さんを殺害する確たる動機は見当たらなかった。しかも、キーマンである和人は捜査中に逃亡先の北海道で自死し、事件の核心部分は結局、捜査で十分に解明されずじまい。当時、この結末には誰もがモヤモヤした印象を抱いたものだった

こうした経緯を振り返ると、久保田が武史のことを「無実」だとか「冤罪」だと言い出したのも決しておかしな話ではない。むしろ起こるべくして起こった事態だと言っていい。

◆実は裁判でも武史の冤罪を証言していた久保田

実は久保田が武史のことを「無実」だとか「冤罪」だと訴えるのは、この手記が初めてではない。久保田は2002年に武史の裁判に証人出廷した際にも、「武史から被害者の殺害を依頼された」という当初の供述を覆し、「本当は誰からも殺害の依頼は受けていない。自分が勝手に暴走してやったことだった」と“真相”を明かしているのだ。

このことは当時、新聞各紙でも報じられている。しかし、記事が小さかったり、埼玉地方面のみの掲載だったりしたため、世間にはほとんど知られずじまいだったのだ。

久保田によると、犯行に及んだ本当の目的はやはり、詩織さんに対してストーカー化していたとされる和人の思いに応えるためだったという。しかし犯行後、元々悪印象を抱いていた武史からトカゲのしっぽ切りのような扱いをうけ、憎悪を募らせた。そこで武史に復讐するため、武史を「首謀者」に仕立て上げるような供述をしたという。

だが、久保田は服役中、武史を貶めたことに罪の意識を感じるようになった。そのため、上記のように裁判で本当のことを話したのだという。そして宮城刑務所で服役中に手紙をやりとりしていた筆者の依頼に応じ、事件の真相を便せん50枚の手記に綴ったのである。

久保田が獄中で綴った手記

◆昨年発行した電子書籍版は武史が再審請求の証拠に

 

久保田祥史『桶川ストーカー殺人事件 実行犯の告白』(片岡健編著)

実を言うと筆者はこの手記を昨年5月、「桶川ストーカー殺人事件 実行犯の告白」と題する電子書籍として発行している。すると同11月、千葉刑務所で服役中の武史が同書を「自分が無罪である新規・明白な証拠」であるとして、さいたま地裁に再審請求を行う異例の事態となった。

同書に収録した久保田の手記では、虚偽の供述により武史を「首謀者」に仕立て上げた経緯が詳細に綴られている。さらに久保田の手記の原本も掲載していたので、武史の弁護人が再審請求の証拠になりうると判断したのだ。

そこで、筆者はこの機会に、久保田が手記で明かした事件の真相を少しでも世に広め、記録として残したいと思った。そして電子書籍に大幅に加筆、修正し、新情報も盛り込み、改めて紙の書籍化したわけだ。

久保田が犯行に及んだ理由は、和人の思いに応えるためだったと前記したが、実際には、この時の久保田の心情は複雑だ。そのあたりのことは同書を読んで頂けばわかると思う。

もちろん、同書の内容を無条件で信じて欲しいと言うつもりはない。しかし、平成の大事件の実行犯が自分の当初の供述が嘘だったと明かし、首謀者の男が冤罪だと訴えているだけでも重大な事態だ。関心のある方はぜひご一読頂きたい。

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。創業した一人出版社リミアンドテッドから新刊『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(著者・久保田祥史)を発行。

月刊『紙の爆弾』2020年11月号【特集】安倍政治という「負の遺産」他

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

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