和歌山県紀の川市で4年前、小学5年生の男の子・森田都史くん(当時11)が殺害された事件で、7月16日、被告人の中村桜洲(26)に対する2度目の判決が大阪高裁で宣告される。

裁判員裁判だった和歌山地裁の第一審では、中村は2017年3月、懲役16年の判決を受けている。この時には「刑が軽すぎる!」と批判の声も上がったが、中村は実際、どんな人物なのか。

大阪拘置所で面会したところ、中村は、私がこれまでに会ったどの殺人犯とも異なるタイプだった。

◆逮捕時の報道とは、別人のような風貌に

中村が収容されている大阪拘置所

逮捕された際、警察車両で連行される中村の画像は今もインターネット上に多数流布している。その画像では、中村は坊主頭で、怒ったように頬を膨らませ、いかにも異様な雰囲気だ。

今年2月21日、大阪拘置所の面会室で私が向かい合った中村は、この逮捕当初の画像とは、別人のような風貌になっていた。髪は長く伸び、黒縁めがねの奥の両目はあどけない。グレーのスウェットのズボンの中に、青いトレーナーのスソを入れて着たスタイルは小学生のようだった。

なんとも幼い感じだな・・・それが、私が中村に抱いた第一印象だった。

◆面会室では最初、ニコニコしていたが・・・

第一審判決やそれまでの報道によると、和歌山県紀の川市で暮らしていた中村は、2015年2月5日、自宅近くの空き地で森田くんをナタのような刃物で刺殺。逮捕後、動機について「からかわれたからやった」と供述していたが、無職でひきこもりの中村は元々、自宅の庭でゴーグルをかけ、木刀を振り回すなどの奇行癖があったという。

案の定、裁判では精神鑑定が争点に。裁判員裁判だった和歌山地裁の第一審では、精神鑑定の結果に基づいて、中村は犯行時に統合失調症か、被害妄想による心神耗弱状態で責任能力が限定的だったと判断された。そのために量刑が懲役16年(検察の求刑は懲役25年)にとどまったのだ。

面会してみると、中村が幼いのは見た目だけではなかった。何がうれしいのか、刑務官と一緒に面会室に現れた時から、ずっとニコニコしているのだ。

しかし、私が「逮捕された時、なぜ怒ったような表情をしていたのですか」と質問すると、中村は態度を豹変させた。「あれは、怒っていたんじゃないです」と言い、急に不機嫌そうな表情になったのだ。

「怒っていたのではないなら、なぜ頬を膨らませていたのですか?」と私が重ねて質しても、中村は何も答えず、右手の人差し指で頬をポリポリと掻き始めた。そしてうつむくと、私のほうを見ずに「なんとなくです」とだけ言った。

◆中身も幼い

それ以降は私が何を聞いても、中村は無言で、右手の人差し指で右ヒザの上に何かメモするような仕草をしつつ、私のほうを一切見ようとしなかった。そして結局、刑務官に「もういいです」といい、面会制限時間がくるよりはるか前に面会室を出て行ったのだった。

精神障害のせいもあるのだろうが、中村は見た目だけでなく、中身も幼いように感じられた。もしかすると、小5だった被害者の森田くんと精神年齢は大差なかったのではないか。そんな気すらした。

大阪高裁の控訴審では、高裁が職権で行った精神鑑定で、中村が犯行時に「発達障害の一種で軽度の自閉症スペクトラム」だったとする新たな鑑定結果が出ており、量刑が第一審より重くなる可能性がある。

ただ、検察の求刑は懲役25年だから、たとえ控訴審判決で量刑が重くなっても、中村はいずれ社会復帰する可能性が高い。その時のために、どんな量刑になろうとも、中村には獄中で精神障害をしっかり治してもらいたい。

7月16日、中村の判決公判がある大阪高裁

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。近著に『平成監獄面会記 重大殺人犯7人と1人のリアル』(笠倉出版社)。『さよならはいいません ―寝屋川中1男女殺害事件犯人 死刑確定に寄せて』(山田浩二=著/片岡健=編/ Kindle版)。

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

創業50周年!タブーなき言論を! 7日発売!月刊『紙の爆弾』8月号

7月6日掲載の前編に引き続き、鈴鹿殺人事件の冤罪被害者・加藤映次さんの母親である由紀さんのインタビュー後編を公開する。

3月2日「冤罪犠牲者の会」結成総会に参加したご両親

── 殺害後、Tさんの離れにあった2つのキーホルダーから部屋の鍵を抜いて施錠したとされていますが、そのキーホルダーとはたくさん鍵が付けれるタイプのものですよね。そこからTさんの離れの鍵を探して引き抜いたと?

加藤 そうです。キーチェーン・フォルダーはジャラジャラ鍵が沢山つけられるもので、手袋をつけて外すのは無理、素手なら指紋も血もつくはずです。しかもその後、映次の車から見つかった鍵と、証拠として保管された鍵がすり替わった可能性も出てきています。

── 映次さんがTさん宅を出たあとに、Tさんが生存していた可能性がいくつか出ていますね。1つは「あ」メール。映次さんがTさん宅を出たのちに、Tさんの携帯に「あ」と誤送信した人がいて、それが「既読」になっている。つまりTさんか第三者かわからないが、だれか生きた人間が携帯を操作したことになりますね。

加藤 滞在時間は鈴鹿ICを通過した記録があるので確かです。その後に「あ」が既読になっている。裁判では現場を捜査した警官が誤って操作したとなりました。ならば、裁判でその警官が誰か、なぜ重要な証拠を触ったかなどの説明がなければおかしいと思います。

── 凶器も発見されていないそうですね?

加藤 凶器はモンキレンチと特定されていますが、発見されていません。映次はTさんに頼まれ、前日モンキレンチを買って届けています。そのレシートは会社の経費として落とすために、会社の経理に届けてあり、証拠として押収されている。凶器を買ったレシートをわざわざ経理に届けるでしょうか? しかしこのレシートから凶器はモンキレンチとなったのではないでしょうか? 検察側の鑑定は凶器はモンキレンチと限定しているが、弁護側の鑑定医はモンキレンチ以外の傷跡もあると1審で証言しています。

── 現場は相当悲惨な状況だったようですが、映次さんが犯人なら、とうぜん映次さんの服、身体などにも返り血がつくわけですよね?

加藤 映次の車からは血痕も血液反応も出ていません。着ていたスーツはTさん宅を出た あとも着ています。夕方それを着て採用面接をしています。そのあと会ったMさんも気づくはず。彼女は血などには気づかなかったと証言しています。しかしMさんが映次のスーツを捨てたという事にされ、彼女も逮捕されました。そうしないとつじつまがあわないからです。しかし彼女は家族のことなどいわれ、自己保身のために警察のストーリーに沿う供述をして「服を捨てた」と言ったようです。

チラシ

── 映次さんは最初から一貫して否認して裁判員裁判が始まりました。裁判を傍聴したご両親の感想はどうでしょうか?

加藤 裁判員裁判ってこんなものかと思いました。一審の弁護団は、映次の会社関係の弁護士でつくったので、刑事事件に慣れてないこともありますが、「弁護過誤」ではないかという支援者もいました。

その時の思いを映次は手紙で次のように書いてきました。
『帰ることが出来ずごめんなさい!これまでの支援に応えられず本当に申し訳ない思いです。そして、ただ無念です……あまりに酷い判決内容でした。裁判所には幻滅しました。一体どこが公正中立なのでしょうか? 茶番としかいいようがない、有罪の結論ありきの審議だったのは明らかで、検察に迎合した完全な検察救済判決の内容でした。稚拙な独自理論に想像と推認ばかり。空想で無実の人間に犯罪を背負わせるのが、裁判所の仕事なのか? 支離滅裂な検察主張を、更に支離滅裂な裁判所の想像が加わり、完全に荒唐無稽な判決になっている……本当に悔しくて、皆に申し訳なくて戻ってきてから涙が止まりません。何を反省しろと言うのか?反省すべきは冤罪被告を新たに生んだ裁判所だ! 冤罪は最大の罪です。。。』
── 1審で懲役17年、2審は、映次さんのアリバイを示す「“あ”メール」問題が中心的な争点となりながら、判決ではまったく触れられないという異常な事態がおきました。上告審もほとんど審理されずに終わり、刑が確定してしまいましたね?

加藤 控訴審の時に出てきた「“あ”メール」問題は、裁判官はスマホやSNSなどの知識が全くないのだと思いました。チンプンカンプンだから審理のしようがない。一方、控訴審から全員入れ替わった新しい弁護団は、スマホを何台も購入して検証するなどしてくれました。映次自身が専門家ですから、弁護団にアドバイスできることも多かったですが、何しろ身柄を拘禁され、パソコンにもさわれず、自分で何もできないことが本当に悔しい思いだったと思います。

5月24日、支援者らと行った現地調査と学習会

── 裁判全体を通じて考えたことなどありますか?

加藤 日本の司法は中世以下と正直思いました。国民の税金を無駄遣いしているとしか言いようがない。裁判所にいたっては、ほんの一握りの良識のある裁判官が当たり前の判決を出したら、左遷させられるという、本当に異常な世界です。最高裁長官は司法を目指して一生懸命勉強していた初心に戻れよ!と言いたいです。

── ほかにも不可解な点が多々ありますが、紙面の関係上、またの機会にさせていただきます。「加藤映次さんを守る会」が仕事の関係者、親戚、ご近所さんらで作られていて、これを見ても映次さんがどれだけ大勢の人たちに慕われていたかがわかります。ご両親は現在、月に1回、長野刑務所に面会に行くそうですが。

加藤 長野刑務所は長野県北部の須坂市にあります。経済的な問題もあり、車で早朝出発してトンボ帰りです。主に安否確認と家族の近況報告、あと裁判に向けての事務連絡、差入れなどをしてきます。経済的に厳しいのを本人も知っているので現金の差入れは時々しかしません。できるだけ我慢してもらっています。それでも本などはAmazonなどで中古本を探して差入れています。

刑が確定するまではずっと独房でしたが、今は、刑務作業や運動、そして同室の皆と雑談もできるので精神的にはストレスは溜まっていないようです。が、やはり犯していない罪で罰せられている訳なので、外にいる私達がなかなか思い通りに動いてくれないことに不安や不満は持っているかと思います。食事はやはり満足できるものではなく激ヤセしています。でもいつも明るい照れくさそうな笑顔で面会室に入ってきますので、私達もできるだけ明るい話をするようにしています。

映次さんが収監される長野刑務所

映次さんが収監される長野刑務所には毎回車で通っている

── 3月には東京の「冤罪犠牲者の会」の設立総会で、昨日(6月16日)は大阪でアピールしていただきました。これからもこの冤罪事件に関心が広まればと考えています。最後に訴えたいことを?

加藤 この冤罪事件は、幸いなことに息子の無実を信じて多くの方に支援していただいています。ただ報道の温度差で鈴鹿の地元三重県では事件の事も裁判員裁判の事も報道されましたが、他の地域ではほとんど報道されていません。今後「再審請求」をしていくのですが、やはり再審は世論を味方につけ注目を集めないと、いくら犯人じゃない証拠を提出しても裁判官は見てもくれないと思います。文明国家を自負しているこの日本の裁判制度は中世以下です。多くの冤罪犠牲者が地獄の苦しみを味わっています。冤罪犠牲者の会・再審法改正をめざす市民の会等冤罪を支援する組織も立ち上がっています。多くの方に冤罪の恐ろしさを知っていただき、この事件に興味を持って注視していただきたいと思います。

── 今日はどうもありがとうございました。[了]

3月2日「冤罪犠牲者の会」結成総会

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◎鈴鹿殺人事件・加藤映次さんを守る会 加藤元博 http://enzai.main.jp/
◎拘置所ブログ 加藤映次、冤罪と闘ってます、刑務所日記 NOW ! http://eiji-enzai.blog.jp/

▼尾崎美代子(おざき・みよこ)https://twitter.com/hanamama58
「西成青い空カンパ」主宰、「集い処はな」店主。

創業50周年!タブーなき言論を! 7日発売!月刊『紙の爆弾』8月号

創刊5周年!〈原発なき社会〉を目指す雑誌『NO NUKES voice』20号 尾崎美代子さん渾身の現地報告「原子力ムラに牛耳られた村・飯舘村の「復興」がめざすもの」掲載

6月16日、大阪市大国町の社会福祉法人「ピースクラブ」で、まもなく再審が始まる滋賀県湖東記念病院事件の冤罪被害者・西山美香さんと、主任弁護士の井戸謙一さんをお招きし、講演会を開催した。井戸弁護士の解説、西山美香さんへのインタビュー、質疑応答ののち会場にかけつけた3組4名のかたにアピールしていただいた。

3月に結成された「冤罪犠牲者の会」の共同代表・青木恵子さん、予定を変更し急きょ駆けつけてくださった桜井昌司さん、そして鈴鹿殺人事件の冤罪被害者・加藤映次さんのご両親・加藤元博さん、由紀さんのお二人である。

冤罪・鈴鹿殺人事件を私は、青木さんから聞いて知った。当日講演会場でチラシなど配布するので送ってほしいとご両親に連絡したところ、「直接大阪のみなさんに支援をお願いしに行きたい」ということで、当日愛知県から車で駆けつけていただいた。講演会場とその後の親睦会で、涙ぐみながら支援を訴えていた映次さんの母・由紀さんに、翌日インタビューし、事件の全貌、再審に向けた決意などをうかがった。

6月16日「湖東記念病院事件の冤罪被害者・西山美香さんを囲んで」で発言する加藤元博さんと由紀さん

── 遠いところお疲れ様です。鈴鹿殺人事件の冤罪被害者・加藤映次さんのご両親にお話を伺います。2012年11月13日、鈴鹿市山本町で会社役員のTさん(当時38歳)さんが何者かに後頭部を殴打され殺害された事件で、加藤さんの息子さんの映次さんが殺人容疑で逮捕されました。事件の話をお伺いする前に、映次さんは一人息子さんということで、どんな息子さんですか?

加藤 優しい子です。自分の子供に対しても怒ったり、手をあげたりしたことは一度もないです。じっくりと相手の言う事を聞くタイプです。一見スキンヘッドで怖そうと言われますが、小さい頃から円形脱毛症なんです。免疫の異常で毛髪の組織が攻撃されて起こる“自己免疫疾患”だそうで、元プロ野球選手の森本稀哲(ひちょり)さんと同じです。ひちょりさんも小学1年の時に円形脱毛症になり、ほぼすべての毛髪を失ったそうです。悩んでいた子供時代から、プロ野球で人気を博した元気なキャラクターを確立したとあります。映次も同じようにポジティブな思考、明るい性格です。

現在、長野刑務所に収監されている加藤映次さん

── Tさんと映次さんは、会社の共同経営者と報じられていますが、どういう関係だったのでしょうか?

加藤 Tさんはもともとティールというインターネット通販会社を、映次はワンダーラインというネットワークサービス会社をそれぞれ別個に経営していました。当初はティールがワンダーラインの顧客としてつきあいが始まりました。後にTさんがワンダーラインに共同経営者として加わることになり、Tさんが会長、映次が社長に就任しました。ワンダーラインは名古屋駅前に本社事務所を、愛西市に事務所兼倉庫を持っていました。Tさんは山本町の実家の離れを改装して自宅兼事務所としていました。

── その離れが殺害現場となったのですね。事件当日、映次さんがTさん宅を訪ねたことで映次さんが疑われたのですね?

加藤 映次は、Tさんに高級時計を買うお金を400万円ほど用立てており、それを返してもらうためにです。朝、電話で返してもらえると確認していたそうですが、実際は返してもらえなかった。10時28分頃から10分間ほど滞在しています。流れとしては、Tさん宅へ着いて離れのチャイムを鳴らす、「ちょっと待って」と言われ、しばらく外で待つ、鍵をあけてもらい部屋に入る、Tさんに頼まれ2杯分のコーヒーを淹れる、金を返す返さないで揉める、といっても胸ぐらをつかまれたので映次が振り払った程度です。鈴鹿ICを11時5分に通っていますが、警察・検察が主張するように滞在時間を24分だとしても、果たしてその間に殺人をして、痕跡を消すなど後始末をして、2つのキーチェーンからTさんの離れの鍵を抜き取り、鍵を閉めて・・・とそれだけのことが出来るのか?離れには水設備はないので返り血などの始末が出来るのかと疑問が山ほど残ります。

── 離れには水回りがないので、Tさんはトイレ、シャワーを使う際には母屋に行っていたが、夕方5時過ぎ、トイレなどにきた形跡がないことから、両親が心配し、Tさんの部屋の鍵をあけて入ったら殺害されたTさんを発見したということですね? 離れにはいつも鍵をかけていたのですか?

加藤 Tさんは以前、ヤクザの人たちと関係していたようです。何があったかわかりませんが、非常に用心深く、いつも鍵をかけていたようです。

── 2日後、映次さんが容疑者として取り調べを受けていますが、ほかに取り調べを受けた人はいないのですか?

加藤 ほかに容疑者がいたかどうかは証拠が全面開示されていないのでわかりません。映次はその日深夜遅くに帰宅し、翌朝、鈴鹿署で任意の取り調べを受けています。知人が殺されたので、取り調べにはちゃんと応じようと警察署に行ったのに、最初から犯人扱いだったそうです。着ていた服、下着、持ち物などすべて着替えさせられ押収され、〇の中に官と書かれたトレーナーを着て帰宅しました。映次は、自分が犯人でないことは自分が一番よく知っているから、この状況はありえないと話していました。腹が減ったといい、冷凍のあんかけラーメンと味噌おでんを食べていました。殺人を犯していたら、そんなに風に平気で食べれるでしょうか?

逮捕の約1年前に新築した家の前で家族と写した写真

── Tさん宅を出てからの映次さんの行動を教えてください。

加藤 事件当日、映次はTさん宅を出てから、当時不倫関係にあったMさんと会い、買い物をしたりしたあと、夕方には名古屋本社で採用面接もしている。その後またMさんとドライブなどして過ごしています。そのままホテルに泊まり、帰宅しなかったことも疑われた理由の1つのようです。

── 突然逮捕され、ご両親、映次さんのご家族はどんな様子でしたか?

加藤 私たちは映次が犯人じゃないことは、警察から帰ってきたときの様子やその後の映次の話で確信していました。嫁は14日朝、「今警察が来て映次が連れていかれた!」と泣きながら電話してきましたが、「犯人じゃないから、大丈夫。子供の為にもしっかりしなさい!」と言うのが精一杯でした。私も足がガクガクしていました。

── 映次さんが犯人とされた決め手は何だったのですか?

加藤 いろいろ言われていますが、実際には物証は何も出ていません。殺害現場のTさんの離れに鍵がかけられていたとのことですが、その離れの鍵が映次の車から出てきたことが証拠の一つとされていますが、そもそも鍵がかかっていたのかどうかさえ、両親の証言以外に証明するものはありません。逮捕された日、警察が映次の自宅に来て、敷地内で車の外観や車内を撮影した写真があります。その車が押収されて中から鍵が発見されたそうですが、そのとき映次は鈴鹿署にいたのです。にもかかわらず、車の検証に本人の立ち合いをさせなかったことなど、鍵発見の経緯には腑に落ちないことがいくつもあります。映次は刑事から後で「Tの離れの鍵がお前の車から発見されたぞ」というような事を聞かされ、『ハメラレタ!』と思ったと言っていました。[つづく]

控訴審を闘った名古屋高裁の前で、支援者の皆さんと

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創刊5周年!〈原発なき社会〉を目指す雑誌『NO NUKES voice』20号 尾崎美代子さん渾身の現地報告「原子力ムラに牛耳られた村・飯舘村の「復興」がめざすもの」掲載

近年、寝屋川中1男女殺害事件の山田浩二(49)ほど強い批判にさらされた殺人犯は他にいないだろう。2015年8月の事件発生以来、そうなるのも当然の情報が膨大に報道されてきたためだ。

まず何より、被害者の男子と女子は何の罪もない子どもである。しかも、駐車場と竹林で見つかった2人の遺体は、いずれも顔面に何重にも粘着テープが巻かれ、手もテープで縛られた無残な状態だった。犯行状況は不明だが、残酷な殺され方を推測せざるをえないだろう。

しかも山田には、過去にも男子中高生らをわいせつ目的で監禁するなどした前科があり、事件の10カ月前に出所したばかりだった。昨年11~12月に大阪地裁であった裁判員裁判では、法廷で遺族に土下座して謝罪したが、男子については、自分の目の前で病死したように弁明し、無罪を求めた。また、女子については、手で口を押えたら、手が首にずれて亡くなったかのように主張した。結果、判決ではそれらの主張が退けられ、「生命軽視が著しい」と死刑を宣告されたが、この結果に疑問を呈するような報道は皆無であった。

かくいう私も山田に対する死刑判決にとくに異論はない。だが、一方で私は、この山田を「悪人」だとは思えないでいる。本人と面会したり、手紙のやりとりをしたりした結果、悪人というより、善悪の基準がずれた人間だと評したほうが適切だと思えたためだ。

山田が収容されている大阪拘置所

◆死刑判決についても他人事のようだった

今年2月、大阪拘置所の面会室。アクリル板越しに死刑を宣告された時の思いを訪ねると、山田は「あんまりピンとこないですね。自分より弁護士のほうが悔しそうでした」と他人事のように言った。死刑になるのが怖くないのかと尋ねても、「今はまだわかんないですね。あえて考えないようにしているんで」とやはり他人事のようだった。

山田の法廷での土下座については、複数のメディアが「死刑を免れるためのパフォーマンス」であるかのように報じていた。しかし、私が本人と会って話した印象では、山田は生命への執着がむしろ希薄な人物であるように思えた。

実際、山田は5月18日、突如として控訴を取り下げ、自ら死刑を確定させた。本人曰く、拘置所に借りたボールペンを返すのが遅れ、刑務官とトラブルになった勢いで控訴を取り下げたとのことだが、死刑を確定させる事情としてはお粗末すぎる。それも山田が自分自身の生命を大切にしていなかったことを裏づけている。

◆死刑確定後に手記で明かした本音

私の手元には、そんな山田が死刑確定直後、獄中で便箋8枚に綴った手記がある。それには、控訴を取り下げる原因となった刑務官とのトラブルの詳細や、短絡的に死刑を確定させたことへの後悔などが詳細に綴られている。それを見ても、私は山田が決して悪人でなく、善悪の基準がずれた人物なのだろうという思いを強くした。

何しろ、山田はこの手記において、自分のことを悪く報道したマスコミについて、1つ1つ社名を挙げながら怒りや怨みを綴り、さらに「生きたい」「死にたくない」などと現在の本音をまったく隠さずに書いている。山田の本質が「悪人」なら、もっと計算し、好印象になりそうなことを書くだろう。

山田の手記

山田はこの手記を私に送り届けた際、「全文を記事にして下さい」との希望を伝えてきたので、私は手記の全文を電子書籍化し、Amazonで公開した(タイトルは『さよならはいいません ―寝屋川中1男女殺害事件犯人 死刑確定に寄せて―』)。この手記が社会の人々の目に触れて、山田が得することは何もないだろうし、読んだ人が良い気持ちになる内容とも思い難い。

しかし、手記は、山田浩二という特異な殺人犯の実像が窺い知れる貴重な資料だと思う。関心のある方は、ご一読頂きたい。

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。近著に『平成監獄面会記 重大殺人犯7人と1人のリアル』(笠倉出版社)。

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

創業50周年!タブーなき言論を! 月刊『紙の爆弾』7月号

6月16日、大阪市大国町の社会福祉法人ピースクラブで、3月に再審開始が決定した「湖東記念病院事件」の冤罪被害者・西山美香さんと、主任弁護士の井戸謙一さんを招いて講演会を開催した。最初に井戸弁護士より事件の経緯と問題点を解説してもらった。

6月16日(日)大阪で開催された「湖東記念病院事件」冤罪被害者・西山美香さんを囲む会

2003年5月22日明け方、湖東記念病院に入院中の男性患者(74歳、半年間植物状態、呼吸器で命を長らえていた)が意識不明で発見され、その後死亡が確認された。当初「業務上過失致死容疑」で開始された捜査は、1年後の7月2日西山美香さん(当時23才)が任意の取り調べで「(呼吸器の)管を抜いた」と自白したことから「殺人事件」に切り替わり、滋賀県警をざわつかせた。7月6日「殺人罪」で逮捕された美香さんは、その後起訴され、懲役12年の実刑判決が下された。美香さんは何故ウソの自白をしたのか? 井戸弁護士の解説から、当時美香さんを取り調べた滋賀県警の山本刑事と美香さんの関係に言及された箇所に焦点を絞り、検証してみる。

◆「業務上過失致死容疑」が「殺人容疑」に! 舞い上がる滋賀県警!

男性の死亡後、滋賀県警・愛知川(えちがわ)署は、人工呼吸器の管が外れ、アラームが鳴っていたのを見過ごし、窒息死させたとする「業務上過失致死罪容疑」で、当夜当直だった看護師A、Bと看護助手美香さんを取り調べた。その際A看護師が「管が外れていた」とウソをついてしまう。男性患者の痰の吸引を2時間ごとにする義務があったが、1回行っていないことから、怠慢を問われると案じ、咄嗟についてしまったウソだ。しかし管が外れている場合鳴るはずのアラーム音を聞いた者は誰もおらず、「呼吸器の不具合」との病院側の主張も、鑑定で「問題ない」となった。

1年後、前任に代わり美香さんを担当したのが滋賀県警から派遣された若い山本誠刑事だった。密室の取調室で山本は、死亡患者の写真を置いた机をバーンと叩き、椅子を蹴りあげ、美香さんに尻もちをつかせるなど威嚇しながら「アラームが鳴っていただろう」と迫った。怖くなった美香さんは「アラームは鳴った」とウソの供述してしまう。そのとたん山本は急に優しくなったという。

◆精神科に通うまでに美香さんを追い詰めた滋賀県警!

一方でA看護師はアラーム音を認めてなく、美香さんの供述との食い違いを迫られノイローゼになっていた。そのことを知った美香さんは「A看護師はシングルマザーで、逮捕されたら生活できない。自分は正看護師でもないし、親と暮らしている」と、一旦認めた「アラーム音を聞いた」の供述を撤回した。しかし山本刑事は受け入れない。6月23日深夜2時30分、美香さんは一人で愛知川署を訪れ、当直に山本刑事への手紙を託した。撤回させようと必死だったが、撤回は叶わなかった。

7月2日、美香さんは午前中、精神科を受診している。カルテはあるが、美香さんにはその記憶がないという。それほどまでに追い詰められていた。その足で警察署を訪れた美香さんは「故意に管を抜いた」と供述してしまう。7月6日美香さんは「殺人罪」で逮捕。「えっ? 私、逮捕されるの? なぜ、誰も殺してないよ?」。美香さんはパニック状態に陥った。「管を抜いた」が「殺害した」になるとは夢にも思っていなかったからだ。

3月に設立した「冤罪犠牲者の会」共同代表の青木恵子さん(東住吉事件)。右後ろに並んで座っている冤罪被害者・西山美香さん(後ろ右)と主任弁護士の井戸謙一さん(後ろ左)

◆滋賀県警に組織的に追い詰められ、自白してしまった美香さん

長い取り調べの間、山本刑事は美香さんの話を親身に聞き、相談に乗ったりもした。時には自分の私生活を話すこともあったという。幼い頃から友達を作るのが苦手で、当時つきあう男性もいなかった美香さんは次第に山本刑事に惹かれていく。携帯電話の番号も交換しあった。美香さんの警察への出頭日数は、5月は6回、6月は17回、うち6回は呼び出しもないのに自主的に出頭している。警察への出頭や捜査への協力が、山本刑事に会いたい一心からきていることがよくわかる。

逮捕後も滋賀県警と山本刑事は組織的に美香さんを包囲し、追い詰めていく。家族に会えない美香さんに「上司が毎日両親に会いにいっているから心配するな」とウソをつき、その上司のもとに美香さんを連れていき、上司に「山本の言うことだけ信じていればいい」と言わせた。「弁護士は信用できない」などと言われた美香さんはますます「山本刑事しか信じられない」と洗脳されていく。なお逮捕から起訴まで留置された大津署で美香さんは、山本刑事が持ち込んだマクドナルドのハンバーガー、ケーキー、ミスタードーナッツのドーナッツを食べている。飲み物は3回ともQOOのオレンジ。若く、社会性もまだ乏しい美香さんを、滋賀県警は組織的にあの手この手を使い洗脳したのだ。

何故、美香さんはウソの供述をしたのか? それについて井戸弁護士は、美香さんのシングルマザーのA看護師に対する罪悪感や、アラーム音についての供述を撤回させて貰えないことから、仕方なく供述してしまったのではないかという。さらに山本刑事を好きになったが、当時A看護師の「アラーム音を聞いてない」と、美香さんの「聞いた」が矛盾することから、捜査は膠着し、呼び出されなくなっていたため、新しいことを言えば、山本刑事が自分に関心を持ってくれるのでは、と考えたからではないかとも述べている。

◆アラーム音を出さずに窒息死させる方法を美香さんに教えた滋賀県警・山本刑事!

そもそもアラームは鳴っていない。管も外れていない。では美香さんの「故意に管を抜いた」(窒息死させた)との自白は、どう維持できたのか? 逮捕後、コロコロ変わる美香さんの自白から、滋賀県警や山本刑事が見立てたストーリーに合わせ、美香さんの自白が作文されていた可能性が出てきた。書いたのはもちろん山本刑事だ。

7月2日の供述では「(管を)外して病室を出た。アラームは10分鳴り続け、A看護士が消した。動機はA看護師が寝ていたので腹が立って、偶発的にやった」だったが、A看護師が「アラームは絶対鳴っていない」「居眠りしていない」と供述、さらに子供の付き添いの親が「10数回ナースコールをしたが、アラームは鳴っていない」と供述するや、7月10日には「アラームは鳴っていない。私が消音ボタンを押し続けた」に変わった。同じ日、滋賀県警は「アラームを鳴らさずに窒息死させることはできるのか」と、人口呼吸器の実況見分を行っている。

その結果から編み出されたのが「消音ボタンを1回押せば1分間(60秒)アラーム音が消える。1分直前に再度ボタンを押し、アラーム音が消えた状態を継続させる。それを3回続け、患者を窒息させた」という供述だ。しかも偶発的ではない、ほかの患者も殺そうとした計画的犯行だとした。しかし看護師ですら知らない、消音時間が正確に60秒であることや消音状態継続機能を、資格も専門知識もない、看護助手の美香さんが知り、かつ確実に実行できると、ふつう考えるだろうか?

冤罪・鈴鹿殺人事件の加藤映次さん(長野刑務所に収監中)のご両親

◆盛りすぎた供述調書で、ウソが暴露された滋賀県警・山本刑事!

美香さんの最終的な自白内容は、「動機は病院に対する恨みを晴らすことであり、出勤前から犯行を計画していた、(ナースステーションから様子がうかがえる患者のベットの)カーテンも閉めず、枕灯もついたまま、素手で患者の人工呼吸器の管を抜いた、アラームがピッと鳴ったのでボタンを押して音を消した。頭で数を数え、1分たつ前にまた押した。患者はハグハグと苦しそうにしていた。2~3回で死んだのでチューブをつなぎ、点灯ランプを消し、ナースステーションに戻った」となっている。

しかしこの自白には、なぜ美香さんが消音状態継続機能を知っていたかの説明がない。また正確に60秒を数えるために、美香さんが腕に巻いた時計を利用してないこと、カーテンを閉めない、枕灯を消さない、(殺害を実行する際に)指紋がつくことを気にしないことなどについて多くの疑問が残されている。

有罪認定された判決は、美香さんの自白について「現場にいた人でなければ語れない迫真性に富む」としている。「口をハグハグ」「目をギョロギョロ」の箇所だ。しかし亡くなった患者は大脳が壊死しており、苦しみを感じないから、そもそも「口をハグハグ」や「「目をギョロギョロ」することは、医学的にありえないと弁護側は反論する。では、この「口をハグハグ」「目がギョロギョロ」という供述調書は、誰が作文したのか? 山本刑事だ。

6月16日、井戸弁護士が山本刑事が作成した調書の一部を紹介した。「壁の方には、追いやった呼吸器の消音ボタン横の赤色のランプが、チカチカチカチカとせわしなく点滅しているのが判りました。あれが、Tさんの心臓の鼓動を表す最後の灯だったのかも知れません」。何とも劇画チックな表現だ。彼の調書は全編このような感じだという。「私は~」からと一人称で始まる調書は、あくまでも容疑者が話したことを、刑事が文章にまとめたものだ。果たして美香さんがそのようなことを話すだろうか?

予定を変更し、急きょかけつけてくれた桜井昌司さん(布川事件冤罪被害者)

再審決定の骨子は「入院患者は自然死の可能性がある」「捜査段階の自白は誘導や迎合による虚偽の疑いがある」「西山さんが犯人とする合理的な疑いが残る」としている。検察は再審裁判で有罪主張すると宣言していたが、先の三者協議では「弁護団の主張を見てから判断する」などと筋違いなことを言ったという。いい加減にしろ!メンツのために長々と裁判を引き伸ばすようなことをせず、正々堂々と公判で有罪を主張してみればいい!自ずと美香さんの無罪は明らかになるはずだ。

なお、井戸弁護士のお話のあと、西山美香さんへのインタビュー、冤罪・鈴鹿殺人事件の加藤映次さんのご両親のアピール、3月に結成された「冤罪犠牲者の会」の共同代表・青木恵子さん、サプライズでかけつけた桜井昌司さんのアピールが続いた。美香さんのインタビューと、冤罪・鈴鹿殺人事件については、後日、改めて寄稿したい。

▼尾崎美代子(おざき・みよこ)https://twitter.com/hanamama58
「西成青い空カンパ」主宰、「集い処はな」店主。

〈原発なき社会〉を目指す雑誌『NO NUKES voice』20号 尾崎美代子さん渾身の現地報告「原子力ムラに牛耳られた村・飯舘村の「復興」がめざすもの」、井戸謙一弁護士インタビュー「『子ども脱被ばく裁判』は被ばく問題の根源を問う」を掲載!

創業50周年!タブーなき言論を! 月刊『紙の爆弾』7月号

去る5月30日、中日新聞のホームページで次のような記事が配信された。

滋賀・呼吸器事件、調書作文か
https://www.chunichi.co.jp/article/front/list/CK2019053002000078.html

この記事は、冤罪被害者・西山美香さん(39)の再審が近く始まる「湖東記念病院事件」について、報じたものだ。中日新聞本紙では、同日の朝刊一面に掲載されたという。この報道をうけ、私が調べを進めたところ、この「調書作文」の疑惑についても、あの滋賀県警の「問題刑事」が元凶だった疑いが浮かび上がってきた。

◆中日新聞では、疑惑の検察官が実名で登場していたが・・・

確定判決によると、西山さんは2003年、看護助手として勤務していた滋賀県の湖東記念病院で、寝たきりの男性入院患者の人工呼吸器のチューブを外し、殺害したとされ、懲役12年が確定し、服役した。しかし、弁護団の調査により、男性入院患者は「致死性不整脈」で亡くなった可能性が高いと判明し、今年3月に最高裁で再審開始が決定していた。

記事などによると、男性入院患者の人工呼吸器は、チューブが外れて1分が経つとアラームが鳴るが、西山さんの供述調書では、チューブを外してから1分を「数え」、1分が経過する前にアラームの消音ボタンを押し、誰にも気づかれずに犯行を完遂したように記載されていた。しかし、軽度の知的障害と発達障害のある西山さんは、「私は六十まで数えられない」と同紙と弁護団に告白したという。

西山さんは「私は頭の中では、二十までしか数えられません。絶対自分からは、言っていません。裁判でも、きちんと言います」とも語っているそうで、この主張が事実なら、たしかに調書は刑事や検察官による「作文」だとみるほかない。検察官調書を作成した早川幸延検事(現福島地検検事正)は同紙の取材に対し、地検広報を通じ、「コメントはできません」と回答したという。

では、この調書に刑事の関与はなかったのか。同紙の報道をうけ、私が調べてみたところ、またしても名前が浮かび上がってきたのが、あの滋賀県警の山本誠刑事だ。

当欄で過去にもお伝えした通り、山本刑事といえば、脅迫や偽計を駆使した取り調べにより、西山さんを虚偽の自白に追い込んだ疑いがあるが、それだけではない。窃盗の容疑で誤認逮捕した無実の男性に対して取り調べ中に暴行し、特別公務員暴行陵虐容疑で書類送検された余罪もある問題刑事だ。

◆「余罪」もある山本刑事

ここに掲載した調書は、その山本刑事が平成16年(2004年)7月22日に作成したした西山さんの警察官調書だ。このうち、次の部分を見て頂きたい(引用者注 ■は、原本では、男性入院患者の名前が書かれていた部分)。

山本刑事が作成した問題の調書。黒塗りは、男性入院患者の名前が書かれていた部分

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
■さんが死んでいく様子を見届けながら
頭の中で次にアラームが鳴り出す
1分まで時間

1、2、3、4
と数え続け、1分前になる前に消音ボタンを
押して、これを2回繰り返し、■さんが
大きく目を
ギョロッ
と見開いた状態で、白目をむき(後略)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

西山さんが頭の中で「六十」まで数えられないというのが本当なら、この調書は、山本刑事が作文したことを疑わざるを得ない内容だ。裁判記録によると、中日新聞の記事に出てきた早川検事の検察官調書は、作成日付が平成16年(2004年)7月25日で、山本刑事の作成した警察官調書より3日遅い。西山さんの供述内容が「作文」だった場合、原作者は山本刑事である疑いが濃厚だ。

山本刑事の悪事については、当欄ではすでに繰り返し伝えているので、知らない人は後掲の関連記事をご覧頂きたい。私は、西山さんの再審では、無罪という公正な結果が出るだけでなく、山本刑事の疑惑もきちんと解明されて欲しいと改めて思わされた。

西山さんに対する山本刑事の取り調べが行われた大津警察署

なお、6月16日(日)には、午後2時より大阪・大国町の「社会福祉法人ピースクラブ」の4階で、西山美香さんを囲む会が開かれ、主任弁護人の井戸謙一弁護士も講演を行うという。詳細は、以下のURLで。
https://twitter.com/hanamama58/status/1137904900724051968

6月16日(日)午後2時より大阪・大国町の「社会福祉法人ピースクラブ」にて冤罪被害者西山美香さん囲む会を開催。詳細はこの画像をクリック。

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。近著に『平成監獄面会記 重大殺人犯7人と1人のリアル』(笠倉出版社)。

【関連記事】
滋賀患者死亡事件 西山美香さんを冤罪に貶めた滋賀県警・山本誠刑事の余罪(2018年2月16日)

刑事への好意につけこまれた女性冤罪被害者が2度目の再審請求(2012年10月8日)

創業50周年!タブーなき言論を! 月刊『紙の爆弾』7月号

〈原発なき社会〉を目指して 創刊5周年『NO NUKES voice』20号!【総力特集】福島原発訴訟 新たな闘いへ

どんな大事件も年月の経過と共に人々の記憶から風化する。それを私が強く感じたのが、昭和の有名冤罪の1つ、因島毒まんじゅう事件を取材した時だ。高度成長期、瀬戸内海の風光明媚な島で起きた毒殺事件として大きな注目を集めた事件だったのだが・・・。

「そういえば昔、この島でそんな事件があったねえ。でも、私はあの頃、小さかったけえ、詳しいことは知らんのんよ。もっと年増の人に聞いてみたほうがええかもね」

2015年3月、事件の舞台である因島(広島県)で、私は島の年配女性にそう言われた。「失礼ですが、おいくつですか?」と尋ねると、その女性は「65よ」と笑ったのだった。

有名冤罪の舞台になった因島。普段は風光明媚な島だ

◆家族5人の毒殺を自供しながら裁判で無罪に

因島で暮らす山本(仮名)という家族の家で5人の親族が「不審死」した疑惑が浮上したのは1961年1月のこと。捜査の結果、この家の次男・山本祥雄(当時31、仮名)がまんじゅうに毒を仕込み、家族を毒殺した容疑で広島県警に検挙された。そして幸男は取り調べに対し、5人全員を毒まんじゅうで殺害したと自供した。

もっとも、起訴に至ったのは結局、4歳の姪に対する殺人容疑だけ。さらに祥雄は裁判で、「自供したのは警察に拷問を受けたため」と無実を主張した。結果、祥雄は一審で懲役15年の判決を受けたが、1974年に二審の広島高裁で逆転無罪を宣告された。

私は裁判の記録を確認したが、たしかに物証は乏しく、そもそも本当に毒殺事件が存在したのかも疑わしいように思えた。肝心の祥雄の自白内容も曖昧だったから、無罪は妥当な結果だった。

だが、現地を訪ねてみると、冒頭の女性をはじめ、年配の島民も事件自体をほとんど知らないのだ。凶器のまんじゅうの購入先とされる店の経営者も「当時はうちも報道被害を受けたんで」と言葉少なに事件を語っただけだった。

犯行に使われたとされる「まんじゅう」と同じ商品は今も売られている(写真は一部修正しました)

◆日本中どこでも「毒まんじゅうの島」と言われた

そんな中、「そういう事件、あったねえ」と唯一、具体的な話を聞かせてくれたのが、さびれた日用品店の店先で話し込んでいた2人の老女だった。

「あの事件があった頃は日本中どこに行っても、因島から来たと言うと、『ああ、毒まんじゅうの島ね』と言われたんよ(笑)」(老女A)

懐かしそうに語る2人の老女はいずれも90歳。小学校からの同級生なのだという。

「山本さんの家は、今はうまくいっとんじゃないかね。働き者のムコさんをもろうてね。祥雄さんはもう亡くなったと思うけど、奥さんはまだ生きとったと思うよ」(老女B)

このように祥雄ら山本家の内部事情にも詳しい老女たち。だが、祥雄が裁判で無罪判決を受けたことについては、「さあ、どうだったんかねえ」とまるで知らない様子だった。

◆地元の人たちの記憶からも事件は風化

もしかして、祥雄は今も島では、「身内殺し」の汚名を着せられたままなのだろうか。

「どうなんじゃろうねえ。山本さんらはムコさんをもらう時に事件の話もしたんかねえ。そういう話を聞いたような気もするけど、私らくらいの年齢になると、聞いたことはそのまま忘れるんよ」(老女A)

地元でも忘れ去られた冤罪事件。事件が起きた当時、元号は昭和だったが、その次の平成も終わり、時代は令和へと移る。山本家の人々にとって、不幸な冤罪が過去のものになっていることを願う。

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。新刊『平成監獄面会記 重大殺人犯7人と1人のリアル』(笠倉出版社)が発売中。

創業50周年!タブーなき言論を!月刊『紙の爆弾』毎月7日発売

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

〈片岡さん・・・私は死ぬまで、ココを出られませんヨ(本当に。)よわりましたです・・・。〉

今年3月、小松武史(52)から届いた手紙には、そんな弱気な言葉が綴られていた。獄中生活も20年近くになるから、精神的に落ち込むこともあるようだ。

事件が起きたのは1999年の10月だった。桶川市の女子大生・猪野詩織さん(当時21)が元交際相手の風俗店経営者・小松和人(同27)や配下の男たちから凄絶なストーカー被害を受けたうえ、JR桶川駅前で和人の部下の久保田祥史(同34)に刺殺された。

警察捜査は後手後手に回り、首謀者と思われていた和人が逃亡先の北海道で自殺。その後、「主犯」として逮捕されたのが、和人の兄である武史だった。

武史は消防隊員として働きながら、副業で和人の風俗店経営を手伝っていたとされる。裁判では、「弟・和人の意向を受け、久保田に猪野さんの殺害を依頼した」と認定され、無期懲役判決を受けた。そして現在も千葉刑務所で服役中だ。

だが、実を言うと、武史は逮捕されて以来、一貫して冤罪を訴え続けており、実は現在も再審請求を準備中だ。私が6年前、武史と手紙のやりとりを始めたのも、冤罪主張の当否を検証するためだった。

小松武史が服役している千葉刑務所

◆「弟思い」とみられていたが・・・

〈私は、かくすような事は、何もないので、ザックバランに何でも書いて下さい。どのような事にも答えたいと思っております〉

最初に武史から届いた手紙には、そう綴られていたが、実際、武史は聞かれたことに何でもよく答えた。そして意外な真相を口にした。

〈私と弟の関係ですが(略)私は当時より(前妻も)弟が大嫌いですし、死んでも私の恨み憎さは、まだ半分あります!〉

武史は、弟思いゆえ、和人を振った猪野さんの殺害を久保田に依頼したと考えられてきた。しかし、実際は和人が嫌いだったというのだ。

◆怒りのエネルギーで生きてきた

武史によると、実行犯の久保田は、本当は武史ではなく和人の意向をうけ、猪野さんを襲ったという。だが、久保田は和人に良くしてもらっており、反対に武史を嫌っていたため、「殺害は武史の依頼だった」と虚偽を供述。そのせいで冤罪に貶められたというのだ。

武史は手紙で、その怨みも連綿と綴ってきたこと。

〈全てを失い、冤罪とかゆうレベルではないと思いましたし、怒りを通りこし、当然、当時は生きていたくないと毎日思っていましたが…不名誉なまま終れないと考え、怒りのエネルギーで、今日まで生きて来てます〉

今年10月で桶川ストーカー殺人事件が発生して20年になる。ずいぶん長い年月が過ぎたが、事件はまだ多くの人が記憶しているはずだ。武史が再審請求に動くようなら、その動向はまた当欄でお伝えしたい。

猪野さんが刺殺された桶川駅前の現場

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。新刊『平成監獄面会記 重大殺人犯7人と1人のリアル』(笠倉出版社)が発売中。

創業50周年!タブーなき言論を!『紙の爆弾』5・6月合併号【特集】現代日本の10大事態

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

◆警察、検察、裁判所の間違いは「仕方ない」で許される異常な社会

桜井昌司さん(写真提供=加藤由紀さん)

3月2日、東京都内の甲南大学東京キャンパスで「冤罪犠牲者の会」の結成総会が開催された。発起人である桜井昌司さん(布川事件)には昨年11月、本通信でインタビューし、会の結成に向け準備を進めているとお聞きしていたが、こうした会の結成が初めてと知り、正直驚いた記憶がある。

日本には、長年無実のまま獄中に囚われた冤罪犠牲者が、その後再審で無罪を勝ち取っても「無罪になって良かったね」程度で済まされ、片や間違いを犯した警察や検察、裁判所に対しても「間違いは仕方ないね」と許してしまう風潮があるが、それを変えていかなくてはならない時期に、今あるのではないか。

「捜査機関が自白の強要や証拠の捏造をし、裁判所もそれを見過ごしてきたから冤罪はおきた。犠牲者自身が声をあげ、司法をかえていきたい」「警察や検察、司法は冤罪が明らかになっても誰も責任をとらない。悪いことをしたら責任とって欲しい」。桜井さんのこうした発言からも、会を作る意義が強く伝わってくる。

桜井さんが会を作らなければと考えたきっけかけは、昨年7月滋賀県の大津地裁で死後再審が決まった「日野町事件」(1984年発生)の審理の中であったと説明している。実は審理の過程で、故阪原弘さんの無期懲役の有力な証拠とされた写真の撮影順が、警察の都合の良いように入れ換えられていたことが判明した。その際、警察は「良くあることです」と平然と言い放ったという。このとき桜井さんは「警察と検察の犯罪的な行為を止めさせない限りは、これからも同じように冤罪犠牲者は作られる」と会の結成を決意し、多くの冤罪仲間に参加を呼びかけ、準備をはじめた。

総会では、会の共同代表に、青木恵子さん(東住吉事件)、藤山忠(すなお)さん(志布志事件)、矢田部孝司さん(痴漢冤罪事件)の3名が、事務局には発起人桜井さんほか5名が、それぞれ選出された。会には現在、足川事件、氷見事件で再審無罪が確定した当事者はじめ、再審請求中の袴田事件や狭山事件、現在公判中の今市事件など約40事件の当事者、家族らが参加している。事件の大小問わず、窃盗、痴漢、覚醒際使用などあらゆる冤罪をかけられた犠牲者が結集する画期的な会の発足となった。

会は今後、冤罪犠牲者を作らせない法律と再審のルールをつくることを行動目的とし、具体的には裁判当事者への証拠閲覧権の付与、警察や検察の証拠悪用を防ぐ証拠管理所の設置、検察が無罪判決や再審開始を不服として上訴できる権利の廃止、冤罪を生んだ捜査関係者らの処罰、などを求めるとしている。

写真右から袴田巌さんと姉の袴田秀子さん(写真提供=加藤由紀さん)

◆「仲間とともに冤罪被害者を助けていきたい」(青木恵子さん)

共同代表のお一人、青木恵子さんにお会いし、詳しいお話をお聞きした。

総会には当事者、支援者ら50名のほか、マスコミ、弁護士、学者ら含め85名が参加した。中には青木さんも知らない方、知らない事件もあり、改めて冤罪犠牲者の多さを知ったと驚かれていた。青木さんが個人的に支援している名古屋の鈴鹿殺人事件の加藤映次さんのご両親も参加されていたが、獄中にいる加藤さん本人よりも社会にいる家族のご苦労、辛さが、会の交流の場で少しでも癒されればと感じたという。

会見で青木さんは「仲間とともに冤罪被害者を助けていきたい」と話されていたが、青木さん自身が服役中、多くの支援者に助けられたとの思いがあるからだ。とりわけ桜井昌司さんの面会が青木さんに希望を与えてくれたという。

「『自分は29年入っていて仮釈放で出た。俺たちの闘いは難しいが、青木さんは絶対勝てる。出てきたら、こっち側でいろんな人の支援をやろう』と言われました。その後も手紙に『ガソリン撒いて火傷をしないなんてことはあり得ない。裁判所が(実験を)やればいい。青木さんは絶対勝てる』と書き添えてありました。私は初めて無罪なのに無期懲役になった人と会ったので、桜井さんのことを信じられました。今でもあの面会の時のことを思いだすと涙がでます。それほど桜井さんの面会が私に希望を与えてくれました」。

「出てきたらこっち側でいろんな人の支援をやろう」。桜井さんに言われたように、出所後の青木さんは精力的に犠牲者や家族への支援活動を続けている。最初に参加した鹿児島県の志布志事件の集会を皮切りに、大崎事件、名張事件、袴田事件、鈴鹿殺人事件、仙台筋弛緩剤事件、大仙事件、恵庭OL殺人事件、今市事件、福井女子中学生殺人事件などの集会や判決に駆けつけた。日野町事件、星野冤罪再審事件、それから滋賀県湖東記念病院事件にも。ほか大学や弁護士会館での講演会、集会など呼ばれたところへはなるべく行くようにしている、という。

「冤罪犠牲者の会」の目的のひとつに法律を変える、再審のルールを作ることがある。「日本の検察は上訴権が認められているから、だらだら裁判を引き延ばす。それがなかったら、これまでどれだけの犠牲者が救われてきたことか」と青木さん。その青木さん自身、じつは和歌山刑務所に服役中の2012年3月7日に再審開始の決定が出て、釈放されることになったが、出る10分前に釈放が取り消された苦い経験をもつ。

「あの再審開始が決まった時はいちばん嬉しかったですね。それまでの裁判で初めて勝ったから、再審無罪を勝ち取ったときより嬉しかった。でも日本は『再審法』がないから、釈放できないと弁護士も思っていました。私は詳しい法律は知りませんが『なぜ出れないの? 釈放を要求して! ダメでもやって』と弁護団に無理を言いました。で、弁護団が裁判所に手続きに行ったら、裁判所に『やっときましたか?』と言われたそうです。そんな感じで釈放が認められたが、条件はとても厳しかったです。釈放されることは、出るまで一切秘密にしなければならないとか。釈放の日にちが4月2日月曜日午後14時と決まり、私は金曜日の昼から工場も行かず、釈放になる前の部屋に移った。もちろん出る気満々だから荷物も全部捨てました。当日弁護団は3人来ました。頼んでいた服を貰って着て、30分前から座って待っていました。あと10分という時、職員が走ってきて『あなたを釈放できなくなった』といったのです。『詳しくは弁護士に聞いて』といわれ、また中の服に着替えさせられた。弁護士も慌てて大阪の弁護士などに連絡とったみたいです。検察が高裁に抗告していて高裁の裁判官が取り消ししたと説明され、『これが同じ血の通った人間のすることか』と思いました」(青木恵子さん)。

まさに天国から地獄を経験した青木さん。結局3年かかり、2015年10月23日検察の即時抗告が棄却され、刑の執行停止が決定、2日後にようやく釈放された。翌2016年8月10日、大阪地裁で無罪判決が言い渡されたのである。

総会後の交流会で。写真右から袴田秀子さん(袴田巌さんの姉)、青木恵子さん、西山美香さん(湖東記念病院事件の冤罪犠牲者)。この原稿を書き終え入稿しようとした矢先、「湖東記念病院事件」再審開始決定との嬉しいニュースが飛び込んできた。西山さんは和歌山刑務所で青木さんと一緒の工場で働いていた(筆者撮影)

青木さんは現在、時間が比較的自由に使えるチラシ配りや集金のアルバイトをやりながら、冤罪犠牲者の支援や講演活動などのため全国を走り回っている。そのうえで自身も2つの裁判を闘っている。1つは、警察と検察の違法捜査で20年にわたり拘束されたとして、国と大阪府に計約1億4500万円の国家賠償を求める裁判、もう1つは、娘を焼死させた火災はホンダの車のガソリン漏れが原因として、メーカーのホンダに約5200万円の損害賠償を求めた裁判である。こちらは昨年10月26日、20年が過ぎると請求権がなくなる「除斥」という規定を適用し、訴えを退ける判決が出て、現在大阪高裁で控訴審が争われている。

最後に青木さんに今後やりたいことについてお聞きした。

「やれることは全部やりたい。自分の裁判が終わっても一生、冤罪を無くす活動をしていく。そして冤罪犠牲者の会で法律を変えていく努力をしていきたい。法律が変われば、冤罪者を助けることが出来るから。」

◎冤罪のない社会をめざして 布川事件冤罪被害者、桜井昌司さんインタビュー
〈1〉 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=28887
〈2〉 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=28894
〈3〉 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=28898

▼尾崎美代子(おざき・みよこ)https://twitter.com/hanamama58
「西成青い空カンパ」主宰、「集い処はな」店主。

衝撃月刊『紙の爆弾』4月号!

〈原発なき社会〉を目指す雑誌『NO NUKES voice』19号 総力特集〈3・11〉から八年 福島・いのちと放射能の未来

滋賀県東近江市の湖東記念病院で2003年、男性患者(当時72)の人工呼吸器のチューブを抜いて殺害したとして、殺人罪で懲役12年が確定し、服役した元看護助手の西山美香さん(39)=同県彦根市=が申し立てた再審請求で、最高裁第2小法廷(菅野博之裁判長)は、裁判のやり直しを認める決定をした。3月18日付で検察の特別抗告を棄却した。裁判官3人による全員一致の結論で、事件発生から16年を経て再審開始が確定した。


◎[参考動画]「無罪判決に向け頑張る」 再審確定で西山さん涙(KyodoNews 2019/03/19公開)

最高裁での再審開始決定は、西山さんが冤罪被害者であることを、無実であることを明かすことになるだろう。このようなケースに接するたびに、ひとりの人間を犯罪者と決めつけ服役させたり、場合によっては死刑を言い渡した裁判官や検事、警察官の個人としての責任は問えないものか、といつも疑問がわく。職務として合法的な手段により無辜の市民に刑事罰を押し付ける。こんなことをされたらたまったものではない。仕事でひとを「罪人」と決め付けるのは「犯罪」ではないのか。

鹿砦社代表の松岡が、本人のFacebookで取り上げているが、アルゼ(事件当時、現在はユニバーサルエンターテインメント)により刑事告訴され、逮捕後神戸拘置所に192日も勾留された事件が、他人事ではくその恐ろしさを示している。

◎アルゼ(現ユニバーサル)岡田和生と私の15年戦争(2017年7月3日付デジタル鹿砦社通信)

◎【緊急NEWS!】私を嵌め逮捕―長期勾留―有罪判決を強い、鹿砦社に壊滅的打撃を与えた旧アルゼ創業者(元)オーナー・岡田和生氏の逮捕に思う(2018年8月9日付デジタル鹿砦社通信)

名誉毀損とされた書籍を読んでも、市民感覚からすれば「どこが名誉毀損になるのか」まったくわからない。松岡が書いている通り、アルゼの経営者には警視総監など警察関係者が天下りで就任していたので、実は警察に喧嘩を売っていたのが実情だったのが、逮捕勾留の理由だったのではないか。にしても出版による名誉毀損で逮捕をしなければならない理由がどこにあるというのだ。逮捕勾留は、証拠隠滅や逃亡の恐れがある場合にのみ認められる。松岡の場合、証拠は既に出版した書籍だから隠滅の手段はないし、会社の代表だから社員を放り出して逃げることもないじゃないか。

◆「りんご箱から腐ったりんご」を取り除く井戸謙一弁護士

西山さんの「冤罪」問題を井戸謙一弁護士から聞かされたのは、2年ほどまえだっただろうか。まだどのメディアもこの問題を取り上げておらず、本コラムでさまざまな事件についての取材を執筆している片岡健氏だけが追いかけていた。

◎滋賀患者死亡事件 西山美香さんを冤罪に貶めた滋賀県警・山本誠刑事の余罪(2018年2月16日付デジタル鹿砦社通信)

「実刑判決を受け服役中なんです。あとしばらくしたら満期です。田所さんも是非取材して書いてくれませんか」と井戸弁護士から説明と依頼を受けた。当時わたしは「M君リンチ事件」の取材に忙しく、残念ながら西山さんの事件には手付かずだった。あれから不思議なご縁で、井戸弁護士とはたびたび取材者として、関係者としてお目にかかったり、連絡をさせていただいたりするご縁をいただいた。

井戸謙一弁護士

3月20日、朝日新聞ほか多くの新聞の一面トップは西山さんの再審決定を報じている。19日の午後、井戸弁護士は西山さんの記者会見やその後の取材対応で忙殺されていたに違いない。その真っ最中に滋賀医大附属病院係争関係で、重大な事項が生じた。関係者が井戸弁護士に急報を告げると超多忙のなか「5分だけなら」と井戸弁護士は相談に応じてくださった。夜、関係者及びわたしが送ったメールへも短時間で返信いただいた。西山さんの再審決定の美酒に浸る猶予もなく原発事故被害者、冤罪被害者、刑事被告人、滋賀医大問題関係者……想像を越えるだろう数の人びとの相談に井戸弁護士は瞬時に判断を下す。

弁護士のなかには「かみそり」なんとかと持ち上げられたり、「人権派」と自他称し・されながら、その実暴利を貪り、あるいは「どうしてこんな事件のこんな当事者の弁護に就任するのか」と首を傾げたくなる言行不一致の人物が少なくない。裁判官時代に志賀原発の運転差し止め判決、住基ネット差し止め判決を下した井戸謙一弁護士は、法廷の中だけを見ている弁護士ではなく、事件や争いの本質がどこにあるのか。問題の核心はなにか。そのためにはどのような論理構成が必要で可能かを依頼者の立場で考え、アドバイスを与え、冒頭の西山さん冤罪事件を立件前の証言の変化から緻密に解き明かし、再審を勝ち取った。

たくさんの事件を受任しながら、井戸弁護士は滋賀医大附属病院問題に必ず、法を駆使した「メス」を入れるだろう。そのことが滋賀医大附属病院の腐敗解消の端緒となり、患者の命が救われると同時に、滋賀医大附属病院に勤務する、真面目で誠実な関係者への激励と名誉回復にも繋がるだろう。「悪貨は良貨を駆逐する」が「りんご箱から腐ったりんご」を取り除くことも可能なのだ。


◎[参考動画]〈湖東記念病院事件・再審確定〉元看護助手・西山美香さん会見(shiminjichi second 2019/03/19公開)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

〈原発なき社会〉を目指す雑誌『NO NUKES voice』19号 特集〈3・11〉から八年 福島・いのちと放射能の未来

衝撃月刊『紙の爆弾』4月号!

田所敏夫『大暗黒時代の大学──消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社LIBRARY 007)

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