イントロダクション ── 11月への想い

◆今日に至る私の始発駅 11月5日、55年前の東京駅

55年前、辛い別れを敢えて明るく「京都最後の日々」を終え心機一新、赤軍派参加のために深夜の京都駅を発った私は11月5日正午前の東京駅に着いた。

連絡先に電話を入れたら「すぐ新聞を買って読め」と言われた。新聞には「大菩薩峠で軍事訓練中の赤軍派全員逮捕」とあった。

大菩薩峠事件。警察に急襲され逮捕される赤軍派のメンバー(1969年11月5日)

この11月5日の国内での軍事訓練挫折の敗北体験から海外に軍事訓練拠点を設ける「国際根拠地建設」が赤軍派路線となって年が明けるやいなや私は「国際根拠地建設の軍」加入が決まり、‘70年秋の安保決戦で首相官邸占拠・前段階武装蜂起を担うよど号赤軍として朝鮮に渡ることになって今日に至る。

だから11月5日、55年前の東京駅着が「戦後日本の革命inピョンヤン」に至る私の人生始発駅やったんやなあと感慨深く想う。

17歳の革命-「女の子の授業はあっちだ」! 長髪を見とがめた体育教師の言葉に「よ~し、ならあっちに行ってやる」進学校、受験勉強からドロップアウトの挙に出た私。当時はなぜ自分がこうなるのか理由がよくわからなかったが、いま思うにこの反抗心の爆発は敗戦直後の米軍占領下日本が軍国主義から一転、民主主義に急変したおかげで頭の混乱した大人たちに感じ始めた私の違和感、「戦後日本はおかしい」に根ざしていた。

物心がつき始めた頃に戦後民主主義教育のリーダー的教師が口にした「中国人捕虜刺殺」要領、それは「戦後民主主義と中国人捕虜刺殺はイコールで結ばれている」ことを無意識のうちにも小学5年生の頭に刻みつけた。高校生にもなると東京五輪から大阪万博開催へと「アメリカに追いつけ追い越せ」の高度経済成長の明るい「昼間の日本」にもどこか「?」がちらついた。

「昼間の日本」への「?」、それはベトナム反戦・反安保の10・8羽田闘争、「ジュッパチ-山崎博昭の死の衝撃」を経て「戦後日本は革命すべき対象」となって二十歳(はたち)の私を政治に導き、ついには22歳の私に赤軍派参加・「革命家になる」を決意させた。

もちろん当時、「戦後日本の革命」を明確に意識できたわけではない、でもいまは間違いなくそれだと確信できる。

しかしながら私が「戦後日本の革命」を託した赤軍派の世界革命戦争の火蓋を切る前段階武装蜂起などは「夢のまた夢」に終わり、少数の先覚者の「命がけ」の先駆的行動が人民を覚醒させるというほど革命の現実は甘くないことを思い知った。

そして新たに始まった私の「戦後日本の革命inピョンヤン」だが、「革命家人生」の恩人・田宮高麿からの「若林、おまえいったい誰のために革命やってるんや?」の問いかけに始まる「日本の現実に足をつけた革命、国民(人民)の要求に応え国民の意思によって行う革命」の道は何か? を探る作業はいまも探求途上にある。
でもそれが「米国についていけば何とかなる」戦後日本の生存方式からの転換、「戦後日本の革命」であるという確信は変わらない。

2年前の秋、編集担当Kさんの勧めもあってデジ鹿通信に連載を開始した「ロックと革命 in 京都 1964-70」、鹿砦社代表・松岡さん言うところの「ある先輩の京都青春記」の序文に私はこう書いた。

ウクライナ事態を経ていま時代は激動期に入っている。戦後日本の「常識」、「米国についていけば何とかなる」、その基にある米国中心の覇権国際秩序は音を立てて崩れだしている。この現実を前にして否応なしに日本はどの道を進むのか? その選択、決心が問われている。それは思うに私たちの世代が敗北と未遂に終わった「戦後日本の革命」の継続、完成が問われているということだ。

2024年も終わる11月のいま、「戦後日本の革命」は近い! これは実感となった。私はすでに77歳だが、でもこの歳まで生きていてよかったと思える。

単なる「感じ」で革命ができるわけはないが、希望、楽観を持って事に臨むことは全ての第一歩だから後は「希望を現実に変える」絶え間ない努力だと自分に言い聞かせている。

【Ⅰ】「トランプ圧勝」、それは戦後世界秩序「瓦解」の証明

◆「世界の10大リスク」が予測通りになった2024年

この連載の第1回(2024年1月31日号)で年初に公表の「世界の10大リスク予測」について触れたが、2024年はこの予測通りの結果を示した。

 

米調査会社ユーラシアグループによる2024年の世界的リスク予測

また「世界の10大リスク」3位に上げられたウクライナ戦争に関する予測、「今年、事実上、ウクライナは分割される」も見事に当たり、トランプ陣営の打ち出した現状の容認、「ロシア軍実効支配地域」割譲を認める戦争終結案で米国の代理戦争惨敗(トランプは「自分が大統領なら戦争は起きなかった」とバイデンに責任転嫁)が「ウクライナの現実」となるだろう。

トランプ圧勝は米国式「民主主義」も米国式「国際秩序」も機能不全に陥ったことを世界に見せてくれた。日本人には「米国についていけば何とかなる」時代ではなくなったことを示してくれたと言える。

これを私式に翻訳すれば、「“戦後日本の革命”の夢拓く」時代に続くものになるだろうということだ。

そういう意味で2024年はこれまでとは画期を為す年だったと言えるのではないだろうか。

◆「トランプ圧勝」は米国の「例外主義」が死の淵にあることの証明

「『例外主義』後退、世界秩序の転換点」と題した編集委員名義の論説を11月13日付け朝日新聞は大統領選での「米国第一」のトランプ圧勝を受けて掲載、「米国が世界に特別な使命を負う」という「例外主義」が死の淵に瀕していることに懸念を表明した。

しかし朝日新聞が懸念しようがしまいが「世界に特別な使命を負う」という米国の「例外主義」、それに基づく第二次大戦後の世界秩序はすでに回復不能状態にある。これを300年の徳川幕藩体制が「黒船」襲来で「瓦解」の危機に瀕した故事に準(なぞら)えれば、米「覇権帝国」幕藩体制である戦後世界秩序は「瓦解」の危機に瀕しているということだ。そのことの証明が米大統領選での「例外主義」バイデン-ハリス大敗、「米国第一」トランプ圧勝だと言えるだろう。

このような側面からトランプ圧勝の意味について考えてみたい、「戦後日本の革命」は近いという実感を共有するために……。

米調査会社、ユーラシアグループが発表した2024年の「世界の10大リスク予測」、そのトップに上げられたのが「米国の敵は米国」、「米国がリスク要因になる」という予測はトランプ圧勝で的中、「大統領選で(米国の)分断と機能不全が深刻化する」との予測が指摘した通りの結果となった。従来の民主党支持基盤だった若者、黒人、ヒスパニック、女性、さらにはLGBTの一部までも「エリートの言う民主主義や人権より国民生活第一」のトランプに投票、「米国の分断、民主主義の機能不全」を世界が目にした。

「例外主義」についてこの連載の第6回通信 に次のように書いた。

戦後世界の「常識」、「パックス・アメリカーナ」(米国による平和)と称する米一極覇権秩序を支えてきた米国の外交理念、イデオロギーが「例外主義」だ。それは次のように規定されている。

“米国は物質的、道義的に比類なき存在で世界の安全や世界の人々の福利に対して特別な使命を負う”

2019年の大統領選で、バイデンは戦後世界秩序を規定してきた米国の「例外主義」復活を前面に掲げ、世界に対する米国の「特別な使命」を否定する内向きな「米国第一」のトランプ大統領(当時)に対抗、勝利して大統領の座を奪った。

勝利した「例外主義」大統領バイデンは「国際協調主義」を唱えながら「自由と民主主義・普遍的価値観に基づく国際秩序」擁護を安保外交スローガンに掲げた。それは米欧式普遍的価値観を認めない中国とロシアを「専制主義国家」と規定、敵視する新冷戦秩序樹立を目論むものだった。この目論見の下に世界を「民主主義国家vs専制主義国家」に分断、民主主義国家陣営による「専制主義国家陣営・中ロ包囲網」構築による対中ロ新冷戦勝利、米覇権回復を画策した。

でもそれは開始早々、頓挫の兆しを見せた。

この新戦略のスタートとしてバイデンが鳴り物入りで呼びかけた「世界民主主義サミット」は開催すらできないという醜態をさらした。「世界サミット」と豪語するだけの参加国を集められなかったからだ。米欧式「普遍的価値観」の押しつけによる「民主主義国家vs専制主義国家」の色分け、世界の分断をよしとしない国々が絶対多数であることが早くも明らかになった。

もう米国は世界から「特別な使命を負う」国家だと認められなくなっていたのだ。

さらに米国にとって深刻な打撃は2022年開始の、ロシアの「特別軍事作戦」によるウクライナ戦争だった。これはバイデンの新冷戦戦略シナリオに致命的な障害をもたらすものだった。

元々、対中ロ新冷戦戦略は当面の攻撃目標を中国一本に絞り込み、ロシアとの二正面作戦は避けるというのが米国の基本シナリオだった。弱体化した米国にはそれだけの余力がないからだ。しかしプーチン大統領は「特別軍事作戦」という先制攻撃で米国を否応なしに二正面作戦に引きずり込んだ。

二正面作戦を強いられた米国が絶体絶命の窮地に追い込まれたことは、今日のウクライナ事態の結果を見れば、好むと好まざるを問わず周知の事実となっているから詳細は省く。

いまやウクライナ惨敗を目前にしても米国も欧州諸国も為す術(すべ)はなく、「米欧供与の長射程兵器によるロシア領内攻撃許可を」!のゼレンスキーの失地挽回策、「最後の勝利計画」のための必死の懇願にも「Yes」とも「No」とも言えない迷走状態にある。「Yes」とすればプーチンの言う「ロシアとNATOの戦争になる」ことを恐怖するからだ。

バイデン式の米国「例外主義」は万事休す、機能不全は明らかになった。

更に重要なのはウクライナ戦争という米国の代理戦争を契機に米「G7」からの世界の離反が進み、新しい国際秩序への転換的局面が開かれる結果をもたらしたことだ。

対ロ制裁はロシアを経済的窮地に陥らせるどころか逆にG7「先進国」諸国の燃料危機、食糧危機など「制裁」が自らの経済危機を呼び込む羽目になり、対ロ制裁に加わらないグローバルサウス諸国は弱体化したG7を尻目に中ロとの経済関係を強化、ひいては中ロと共にドル金融体制に代わる独自の金融秩序をつくるに至るや米ドル支配体制を突き崩す脅威的存在にまでに成長した。

昨年7月のG7広島サミットにはブラジル、インド、ベトナム、インドネシアなどグローバルサウス主要諸国首脳を招きG7側に引き寄せようとしたが、ゼレンスキーまで呼ぶ「ウクライナ支援支持」会議にしたことが裏目に出てかえって開発途上国首脳の怒りを買い、グローバルサウスの離反に拍車をかける結果となった。

そこにまた中東でのハマスのイスラエル先制攻撃を契機にガザ戦争までが加わり、米国は三正面作戦まで強いられる更なる窮地に追い込まれた。いまや戦線はレバノンにまで拡大、さらにはイランにまで及ぼうとしている。この戦争はまた深刻なガザ人道危機を呼びイスラエル支援の米国・G7の「ダブルスタンダード」非難加速で米国からの世界の離反を決定的なものにしている。

まさにバイデン式「例外主義」のために米国覇権は「進むも地獄、退くも地獄」の絶体絶命の窮地に立たされたというのが、2024年11月の「米国第一」トランプ圧勝劇前の米国の直面する現実だった。

大統領選でのトランプ圧勝は「世界の民主化」よりも「米国国民のための民主主義」を! との要求を「米国第一」のトランプに託した「米国民の勝利」ではある。しかし同時にそれは「例外主義」バイデン主導の国際協調路線で進退両難に陥った米覇権の復権を企図する米支配層による「米国第一」トランプに託す起死回生策でもあることを見ておくべきだろう。

◆対中新冷戦に集中、これを「日本第一でやれ」がトランプ「米国第一・覇権」

トランプ圧勝を受けて次期トランプ政権の主要陣容が発表された。

それは当然ながらウクライナ、中東での戦争を収拾し、すべてを対中新冷戦に集中するための起死回生の陣容だ。国務、国防、経済の主要閣僚、安全保障担当大統領補佐官などはすべて対中強硬派で占められた。

トランプ政権発足は新年になるから、その具体的な路線、政策は不明だ。でもその基本方向は大まかに推測できる。

バイデン式の「例外主義」に代わる米覇権回復戦略転換の使命を負うのが次期トランプ政権だ。

トランプ式「米国第一・覇権」はバイデンのように「世界に特別な使命を負う」などと無駄に終わった「ウクライナ支援」のような国益を損なうまでの分不相応な気負いは捨てる。米覇権回復をするにしても国益を損なわない程度にし、過重な負担を負わない、代わりに同盟国に負担を分担させる。

そのスローガンは同盟各国も「自国第一」!

それはこういうことだ。

「米国は助けもなくたったひとりで国際秩序を護ることを強いられる理由はありません」-これは「日米同盟の変容」、「日米同盟新時代」を誓約した4月国賓訪米時の岸田首相の言葉だ。続けて岸田首相は「日本が最も近い米国の同盟国としての役割をどれほど真剣に受けとめているかを知っていただきたい」と「日本の覚悟」を強調した。

この「日本の覚悟」、「最も近い同盟国としての役割を果たす」覚悟を「自国第一」のスローガンでやれ、これがトランプ流の米国覇権、「米国第一・覇権」ではないだろうか。

「国際秩序を護る」ことは同盟各国の死活的利害、「国益を護る」問題だ、だから同盟各国もこれまでのようにこれを「負担」と考えるのではなく「自国の国益を護る」問題とし、「自国第一」でやれ! 米国が「米国第一」なら日本も「日本第一」に転換する。

結論的に言えば、「米国第一・覇権」への転換、それはある意味、多極世界に向かう時代の趨勢に即した覇権の転換であり、脱覇権の多極化ではなく多極化覇権と言えるものになるのではないかと想う。

すなわち超大国「米国第一」、米国中心の国際秩序擁護を同盟各国が「自国第一」で支える、これがトランプ「米国第一・覇権」だ。

トランプは「同盟軽視」と言われるが、それは同盟国に「気を遣わない」、いや「苛酷である」、つまり「相手軽視」という言い方が正しい。

またその「米国第一」は「米国の過重な負担を減らす」、その分、「同盟国により多くの負担を求める」、それを各国「自国第一」でやらせるというもの、これこそがトランプ「米国第一・覇権」であると言えるだろう。

だからトランプ「米国第一・覇権」は、「同盟弱化」、ましてや「モンロー主義」、「内向きになる」孤立主義では決してない、むしろ同盟強化であり、その同盟強化は重い責務を「自国第一」のスローガンで同盟国に押しつける方向で解決する。

「バイデンからトランプへ」で変わるのは何か? と言えば、同盟国への対し方が強硬姿勢に変わる、それも「自国第一」のスローガンの下に同盟各国が自主的、主体的に受け容れるように!

バイデンからトランプに代わろうが、米国の対中ロ新冷戦戦略自体は変わらない。

そもそもこの新戦略が、2017年末、第一次トランプ政権時代の国家安全保障戦略改訂で打ち出された米覇権回復の死活的戦略だから、トランプはより強力にこれを推し進めるだろう。

そして日本にとって最重要なことは、4月の岸田国賓訪米直前に「古い時代が終わり新しい時代が始まる」とエマニエル駐日米大使が「ウオール・ストリート・ジャーナル誌」寄稿文で規定した「日米同盟の変容」、「日米同盟新時代」、その推進は変わらないどころか「日本第一」のスローガンの下にいっそう加速されるということだ。

「日米同盟新時代」の核は、日米安保の「攻守同盟化」だ。

これまでのように「国際秩序を護る」戦争を米軍だけに任せてきた「片務的同盟」から自衛隊も「国際秩序を護る」戦争を担う「双務的同盟」に変容する、この日米安保の「攻守同盟化」を岸田首相は米国に誓約した。

 

ハガティ発言「読売」記事

これはバイデン政権との約束だが、トランプ政権時の駐日米大使、ハガティがこの「日米同盟新時代」移行について「トランプとも話し合った」ことを4月11日の読売新聞は伝えている。そもそも「日米同盟新時代」を誓約した岸田首相の米議会演説の実現に尽力したのがトランプの腹心ハガティだったことも明らかにされている。

何を言いたいかと言えば、トランプ政権になっても「日米同盟新時代」推進は変わらない、むしろいっそう強化されるということだ。

変わったとすれば、「国際秩序」は日本の「国益」に直結する問題であり、「国際秩序を護る」ことは「日本の国益を護る」問題だから、「日本第一でやれ」という覇権の手法だ。

トランプ「米国第一・覇権」は、「日米同盟新時代」の核心である日米安保の「攻守同盟化」推進を日本に迫るうえで、「米国に負んぶに抱っこ」の時代は終わったのだから、もっと自分自身の問題として自分が責任を持って解決せよと、それを「日本第一」でやることを強く求めてくるだろう。

とりわけ「攻守同盟化」の障害物である日本側の問題、「憲法9条の制約」を取り払うという難問解決に、より主体的に取り組むことを強く日本に求めてくる。

「いつまでも米国任せにするな」、「日本第一でやれ」! この基本要求として「憲法9条改憲」を迫る。これがトランプ「米国第一・覇権」が日本に迫ってくる「キーポイント」であることをしっかり見ておく必要があると思う。

〈Ⅱ〉「対米従属でない日米基軸」石破政権、実はトランプ「米国第一・覇権」に忠実な「日本第一・覇権」政権

◆「石破とトランプは合わない」や「日米足並みの乱れ懸念の石破外交」は眉ツバ

 

「日米安全保障条約の『非対称双務条約』を改める機は熟した」石破発言

このところ南米でのAPEC、G20会議に参加する帰途に石破首相が米国でトランプに会う計画と伝えられたが、トランプが「多忙」を理由に断る可能性が高い(実際に破談)だとか、「石破とトランプは相性が悪い」などといった類の石破首相とトランプ次期政権とは波長が合わないという「マスコミ観測」が垂れ流されている。

その根拠は石破首相の「アジア版NATO」や「日米地位協定改訂」発言が米国の不興を買って「日米足並みの乱れ懸念の石破外交」(朝日新聞)だとか「米国第一」で同盟軽視のトランプ外交に石破首相はついていけないからといったものだ。

果たしてそうだろうか? 私は眉ツバものだと思っている。

「日米同盟新時代」推進、その核となる日米安保の「攻守同盟化」実現の上で懸案の「憲法9条の制約」を除くことを急ぐトランプ「米国第一・覇権」だが、このトランプ路線推進、「日本第一・覇権」に最適の人物として石破茂に白羽の矢が当たった節がある。

「国民的人気の高い石破氏のような自民党政治家を担いで」与野党連合政権のような挙国一致体制をつくる-これは「トランプ大好き」人間、橋下徹の主張した「政権変容論」のシナリオだが、「秋の政局」で変則的ではあれ事態はそのように進んだ。国民に抵抗感の大きい「憲法9条改憲」(実質改憲を含め)をこの挙国一致政権で実現する、これはトランプ「米国第一・覇権」の望むところではないだろうか。

◆石破「対米従属でない日米基軸」はトランプ「米国第一・覇権」に忠実な「日本第一・覇権」

石破首相の総裁選候補以降の基本主張は「対米従属でない日米基軸」だ。これは言葉を換えれば「日米基軸を日本第一でやる」ということ、トランプ「米国第一・覇権」と軌を一にするものだ。

石破首相は総裁選に名乗りを上げる頃、米国の「ハドソン研究所」に論文を寄稿した。

寄稿直後の報道は「アジア版NATO」や「日米地位協定改訂」など「日米関係に不協和音をかもす」的な部分だけが強調されたが、最近はもっと本質的な部分がちらほら伝えられるようになっている。それも小出し的に、でもこの「小出し的な」内容に事の本質を見る必要があると思う。

いくつかあるがここでは一つだけ、でも最重要と思われるものをとりあげる。

「日米安全保障条約の『非対称双務条約』を改める時は熟した」とハドソン研究所への寄稿文で石破は述べた。

「日米安保条約の『非対称双務条約』」という概念は一般には理解の難しい抽象概念だが、それはこういうことだ。

この石破の新しい主張はかつてのトランプの不満発言に答える形になっている。

トランプは日米安保の「不公平」さに不満を唱えている。

「(日米安保条約は)不公平な合意だ。もし日本が攻撃されれば私たちは日本のために戦う、米国が攻撃されても日本は戦う必要がない」(2019年6月発言)

「日米安全保障条約の『非対称双務条約』を改める時は熟した」という石破の言葉はこの不満に答えるものになっている。

トランプの言うように、世界の常識からすれば「日米安保条約は不公平な合意だ」。通常、二国間の安全保障条約は軍事同盟である以上、「もし日本が攻撃されれば米国は戦う、米国が攻撃されれば日本は戦う」双務的条約にならねばならない。ところが日本の場合は憲法9条の制約から「他国のための戦争ができない国」である。

石破首相の言う「非対称双務条約を改める」とは、「米国にのみ日本のために戦う責務があり、日本には米国のために戦う義務がない」とトランプが不満を漏らした「日米安保条約の不公平さ」を「改める」意思を示したものだ。

さらに問題は「改める時は熟した」という一歩踏み込んだ発言をしたことだ。

最近、石破首相は持論の「憲法九条第二項・交戦権否認と戦力不保持の削除」については「(改憲の国民投票にかけるには)長い時間がかかる」、だから代案として「安全保障基本法のようなものの制定」で「実質改憲」をやればいいといった発言をし出した。

改憲ではなく新たな法律制定なら国会審議だけで与野党の賛同を得られれば「実質改憲」の目的は達成できる。国民投票に問う「改憲」という「長い時間がかかる」ことはやらずに「日米安全保障条約の『非対称双務条約』を改める」方策をすでに石破首相は腹案として持っているということだ。

その上、この腹案実現はいまの自公少数与党政権の国会運営方式、「野党の意見も採り入れる」与野党連合的手法ならじゅうぶん可能だと勝算も持っている。まさに「時は熟した」のだ。

いまの野党多数派は「日米関係を損なってはならない」が金科玉条だから、それが米国の強い要求というなら賛同を得るのは難しいことではない。野党第一党の立憲・野田代表は「(かつて党として反対した集団的自衛権容認の)安保法制は違憲だが、日米関係を考えれば納得できるものだ」などと「憲法より日米関係重視」的な言動を平気でやっている。「立憲主義」の党首としては聞いて呆れる発言だ。まして維新や国民民主に至っては「9条改憲」さえ賛成する野党だ。石破首相の「実質改憲」策、安全保障基本法はたいした反対も国会論戦もなく、それこそ挙国一致的に採択されるだろう。

ここで言いたいことは石破「対米従属でない日米基軸」はトランプ「米国第一・覇権」に忠実に従うものだということだ。そもそもトランプ「米国第一・覇権」は「“米国に負んぶに抱っこ”的従属をやめろ」ということだから石破の「対米従属でない日米基軸」は、まさにトランプが日本に求める「日本第一・覇権」そのものだと言える。

この石破寄稿文にはその他、アジア版NATOとの関連で「核共有論」と「核持ち込み容認論」も展開している。

また「米国に不評」とされるアジア版NATOだって米国の言うアジアにおける「格子状同盟への転換」、日韓、日豪、日比、クアッド(米日豪印)、AUCUS(豪英米+日)といったインド太平洋地域の国家間軍事同盟を格子状に網羅するという形で米国もアジア版NATO構築を急いでいるからなんら不協和音を生じるものではない。

結論として石破「対米従属でない日米基軸」は「米国第一・覇権」に従うことこそが「日本第一・覇権」であるということ、このことを強調しておきたい。

◆転機の2025年 「日米基軸のリスク」回避策は「戦後日本の革命」

「例外主義・覇権」のバイデンによって陥った戦後世界秩序「瓦解」事態の起死回生策を、対中新冷戦に集中するトランプ「米国第一・覇権」に託した米国だが未来は暗い。

三正面作戦が一正面作戦になったからといって中国を軍事、政治、経済的に凌駕する力はいまや米国にはない。ましてや日本やNATO諸国に「自国第一」で「地域の国際秩序擁護を主体的にやれ」と責任転嫁をしたところで米国よりも力で劣る。これらが束になっても「烏合の衆」だろう。「自由と民主主義・普遍的価値観」も色あせて久しい、米国民すら信じないそんなご託宣にはもう世界の誰も耳を貸さないだろう。

確実に時代は変わった。「パックス・アメリカーナ」の戦後世界秩序は完全に崩壊している。それは米中心の国際秩序が「G7・先進国」、旧帝国主義列強の現代版植民地主義、覇権主義の不正義の国際秩序だと世界が知ったからだ。さらに加えてウクライナや中東ガザで世界はそれを嫌と言うほど痛感させられた。

世界は新しい国際秩序、脱覇権多極化の時代へと大きく動きを開始した。来る2025年はまた新しい転機の年となるであろうと思われる。

でもわが国では「対米従属でない日米基軸」石破政権、それも与野党連合「挙国一致」的政権下でトランプ「米国第一・覇権」の要求に従い「日本第一」のスローガンの下、わが国の対中対決の代理“核”戦争国家化が着々と進められていく。

この「日米基軸のリスク」は同じ代理戦争でも“核”が入ることで「東のウクライナ」どころではすまないだろう。

「日米基軸のリスク」回避策は、くどいようだが「米国についていけば何とかなる」生存方式から脱すること、「戦後日本の革命」をやるしかない。だからといって、いまこれを担える主体、政治勢力が全くないとは思わないがいまだ少数で力も微弱。はっきり言って展望はまだ見えない。もしかしたらピョンヤンからは見えないところで新しい動きがあるのかもしれないが・・・。

「ピョンヤンから感じる時代の風」には大きな希望を感じる。日本でも時代の風を感じる人は多いはず、時代に敏感な若い人たちに希望を託したいというのがいまの素直な気持ちだ。

2025年にはどうか日本にも新しい風の吹くことを切に祈っている。

ピョンヤンの地で考えること、吠えること、祈ることはできる。できることをやり続けていれば何時か希望も現実になることを信じるだけだ。

若林盛亮さん

▼若林盛亮(わかばやし・もりあき)
1947年2月滋賀県生れ、長髪問題契機に進学校ドロップアウト、同志社大入学後「裸のラリーズ」結成を経て東大安田講堂で逮捕、1970年によど号赤軍として渡朝、現在「かりの会」「アジアの内の日本の会」会員。HP「ようこそ、よど号日本人村」で情報発信中。

◎ロックと革命 in 京都 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=109

◎ピョンヤンから感じる時代の風 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=105

『抵抗と絶望の狭間 一九七一年から連合赤軍へ』(紙の爆弾 2021年12月号増刊)

『一九七〇年 端境期の時代』

 

ハンセン病、薬害エイズ被害患者の救済から飯塚事件などの冤罪訴訟まで、常に弱者の立場に立ち、法廷で声なき声を代弁してきた徳田靖之(とくだ・やすゆき)弁護士 ──。「6・5 飯塚事件『不当決定』を許さない」と題された9月14日大阪講演の記録を全6回連載で報告する。(企画・構成=尾﨑美代子)

◆飯塚事件の再審を勝ち取ることの意義

私たちは今、福岡高裁で即日抗告審を闘っています。ここで今、Оさんの初期供述をだせという証拠開示の闘いを挑んでいるわけですが、これまでの闘いで私たちが体験していることからいうと、真犯人を特定しない限り再審の扉は開かないのではないかと思っています。

そういう私たちに、実は、ある刑務所で服役している人から、彼が以前の事件で服役中に、同房になった男から「自分が飯塚事件をやってしまった」という告白を聞いたという情報が寄せられています。これはまだ私たちがその証言の信用性を固めていくということをやっていかなくてはならない。しかし、なかなか固めるということは難しいという、そういうレベルの段階ですが。

ただ、私たちがこの飯塚事件をやっていて確信に近い思いをもっているのは、私たちが一生懸命闘っている過程に、新しい証拠、新しい道がどんどん開いていくわけです。第一次再審請求がだめだったときに、木村さんが現れる、Оさんが現れる、そして第二次再審の壁が塞がれたとき、新たな道が開かれている。つまりこの飯塚事件というのは、時間が経てば経つほど、久間さんが犯人でないという確信を、この事件にかかわる人たちにもたらせている、そんなようになるわけです。

飯塚事件こそ、死刑制度の根幹を改めて問うという、飯塚事件の罪の深さを改めて私たちが考えるときにおいても、この飯塚事件の再審を勝ち取ることは、とても大きな意義があるのではないかと考えています。

◆再審法の規定を変えなくてはならない

その飯塚事件の再審を勝ち取るためにも、何を今一番にやらなければならないと思っているか。それは、再審法の規定を変えなくてはならないということです。日本の再審法は大正11年(1922年)に作られた旧刑事訴訟法の規定がそのまま残されています。戦後、変えられたのはたった一点、検察官には再審請求権がない、この一点だけです。

戦後、刑事訴訟法は改定されましたが、時間がなかったからという理由で、再審規定だけはそのままだった。いずれ改めて検討するという国会での議事録が残されていますが、手つかずのままでした。

それが何をもたらしているかというと、特に2つの大きな害悪をもたらしている。1つは証拠開示規定がないということです。刑事訴訟法は改正されましたので、今は、検察官は手持ちの証拠を開示しなくてはならないとなっている。

しかし、再審事件に関してはこの規定がありません。ですから検察官は、再審請求に関して、本当は真犯人ではないかという証拠があっても出す義務がないんです。捜査というのは、誰が犯人だろうかということで、いろんな証拠を集めていくわけです。その人を犯人にしていくための証拠と、その人が犯人でないという証拠をふりわけていくわけです。その人が犯人だという証拠だけを集めて裁判に提出するというのが捜査のやり方です。だから、彼が犯人でないという証拠は眠っているわけです。再審請求では、その眠っている証拠を出させることがとても大事なわけです。

でも日本の刑事訴訟法には、再審請求のときは証拠開示権が提示されていない。これを何が何でもかえなくてはならない。大崎事件でも狭山事件でも、隠されていた証拠が少しずつ開示されていくなかで、無実が明らかになっていくという経過をたどっています。飯塚事件で新証拠が開示されれば、間違いなく久間さんは無実だと明らかになると確信しています。

もう一つ、日本の再審制度で決定的に問題なのは、再審開始決定がでたあとに、検察官が不服申し立てできることです。このために、袴田さんは何十年も苦労してきた。大崎事件もそうです。何度も再審開始決定がでたが、検察官が即時抗告し、また再審開始が取り消されるということがおこっている。

この2つの問題を早急に改めさせることが急務になっています。まもなく袴田さんの再審無罪判決がでます。これをきっかけに、私たちは全力をあげて、日本の再審制度を変えていかなければいけないと思っていますし、それが変われば飯塚事件は死刑執行という厚い壁をこえて、間違いなく再審開始になるだろうと私たちは確信をしております。

すみません。お話しするたびに怒りが沸いてきまして、とりとめのない話になってしまいましたが、以上で私からのご報告とさせていただきたいと思います。どうぞ、これからも飯塚事件にご支援をお願いしたいと思います。ありがとうございました。(完)

◎徳田靖之弁護士講演会 6月5日飯塚事件「不当決定」を許さない(2024年9月14日 大阪浪速区大国 社会福祉法人ピースクラブにて)

◎《講演》徳田靖之弁護士・声なき声を聞く ── 飯塚事件再審[全6回連載](構成=尾﨑美代子)
〈1〉弁護士として、自ら犯してしまった過ちをいかに一人の人間としてどう償うのか
〈2〉失われていた物証と証拠の改竄
〈3〉無実の人を殺してしまった日本の裁判所
〈4〉死刑判決の理由は、全部間違いだった
〈5〉裁判官は、「エリート」であればあるほど最高裁に「忖度」する
〈6〉日本の再審制度を変えていかなければいけない

▼徳田靖之(とくだ・やすゆき)
弁護士。1944年4月大分県別府市生まれ。東京大学法学部卒。1969年弁護士登録。大分県弁護士会所属。「らい予防法」違憲国家賠償請求訴訟西日本弁護団共同代表、ハンセン病市民学会共同代表、薬害エイズ九州訴訟共同代表。飯塚事件弁護団共同代表

▼尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58

尾﨑美代子著『日本の冤罪』

◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/4846315304/

◆2.1. 地下水と化石水の問題 富山市内の5つの温泉施設

経産省資源エネルギー庁とNUMOは、富山県で、地層処分に関する最初の説明会を開催しました。彼らは、高校生をアルバイトで雇い、サクラに仕立てて説明会を盛り上げます。この説明会に出席した多くの富山県民が、経産省資源エネルギー庁とNUMOは、富山県内で高レベル放射性廃棄物=ガラス固化体とTRU廃棄物を地層処分するつもりでいる、と思いました(高校生をアルバイトで雇い、サクラに仕立てる彼らの反社会性にも怒りましたけど!)。

しかし、地層処分はどのようなものなのか、具体像がよくわかりませんでした。そこで、先日亡くなられた原子力資料情報室共同代表の伴英幸さんや、大学で核物理学を教えている教授等を招いて、地層処分を詳しく知るためのセミナーを高岡市で開催しました。その後、僕は僕なりの勉強をはじめたのですが、ガラス固化体とTRU廃棄物の地層処分は、現実を無視した無謀な計画であること、にもかかわらず、不勉強な経産省資源エネルギー庁とNUMOは、専門家のふりをして計画を無理やり推進している、と思うようになりました。

経産省資源エネルギー庁とNUMOは、すでに述べた地熱の問題を深く考えていません。そして、地層の深さや、地下水と化石水の問題をまったく考えていません。[表3]は、文科省地震調査研究推進本部が開示した、富山市内の5つの温泉施設のボーリング調査結果です。

[表3]

温泉水は化石水の一種で、水脈が地上付近にまで上昇している場合もありますが、ふつう、岩盤付近に滞水しています。したがって、岩盤内にガラス固化体とTRU廃棄物を地層処分するのであれば、温泉井戸の深さが建設する地下施設の深さの目安になりますが、富山市の5つの温泉井戸はかなり深いですね。表3の孔底深度は、温泉井戸の深さです。すべて1200m以上あります。

([表3]は、これまで本誌に寄稿した原稿に何度か記載したので、ご存じの読者も多いと思います。僕は。経産省資源エネルギー庁とNUMOが富山県で開催した4回目の説明会で、温泉井戸の孔底深度を指摘して質問しました。経産省資源エネルギー庁とNUMOは、地下1200m以深に地下施設を建設するつもりでいるのか、その場合、坑道の全長は何㎞になるのか、あるいは、300m以深であれば合法であると判断し、泥岩層内で地下施設を建設するつもりでいるのか、その場合でも、「泥岩層も花崗岩層と同様な天然バリアである。ガラス固化体を10万年保管できる」などというつもりなのか、等々の質問をしました。彼らは無言でした。文科省地震調査研究推進本部が開示したデータを元にして質問したので、「文献調査をすればわかることです」などということも、できなかったと思います)

◆2.2. 大惨事

他にも大きな問題があります。富山市の5つの温泉井戸は、もっとも浅い場合でも、礫層深度が150mです。これは、富山平野が扇状平野であるからともいえますが、とはいえ日本の地層は沖積層です。ヨーロッパのような洪積層ではありません。富山平野の礫層だけが、例外的に深いわけではありません。日本の地層の礫層深度は、たいがい100m以上あると考えてよいと思います。そして、礫層内の地下水の流れ(以後、「地下水系」と呼びます)が立体交差している場合があります。しかし、NUMOは、ヨーロッパの廃炉処分等を参照して、礫層の想定深度を30~50mにしているように思います。経産省資源エネルギー庁とNUMOは不勉強、というしかありません。

(富山県には、地下水学会の会員が大勢おられます。中学や高校で理科の先生をしておられた方が多いですね。僕は、何名かの方に、地下水学会は礫層内を流れる地下水系を把握しているのですか、と質問したことがあります。みなさん、地下水系の把握は技術的に無理、立体交差している場合は当然あるが、把握なんてできない、とおっしゃいました。礫層内を流れる地下水系の把握は、断層を把握する以上にむずかしいことのようです)

日本の地層は礫層深度が深く、しかも日本の年間降雨水量はヨーロッパの約2倍です。人工バリアで包んだオーバーパックとTRU廃棄物を地層処分する場合、礫層内を流れる地下水系が大きな問題になりそうですが、経産省資源エネルギー庁とNUMOが説明会で配布した資料を読む限り、彼らはまったく無頓着です。「岩盤内に埋設する、岩盤内に埋設する」といいながら、僕が地下水問題を指摘しても、温泉井戸の孔底深度に言及しないで、礫層の地下水を汲み上げる井戸(「ふつう」の井戸)の孔底深度に言及し、方向を見失った発言を繰り返すだけです。

経産省資源エネルギー庁とNUMOの思惑(あるいは希望的観測)がどうあれ、人工バリアで包んだオーバーパックとTRU廃棄物を岩盤内=花崗岩層内に埋設する場合、少なく見積もっても、地下500~750m以深の地層処分になりそうです。他方、50年の工事期間中に礫層内の地下水が浸水し、それまで埋設した人工バリアで包んだオーバーパックとTRU廃棄物が水没する危険を想定して、水没を防ぐ対策を考えなければなりません。

礫層内の地下水系は、年間10~20m移動します。地震が勃発した場合、より大きく移動します。また、豪雨や豪雪後、新しい地下水系が生じる場合があります。そして、地下水系が坑道の壁を突き破り、坑道に水が流れ込む場面があり得ます。NUMOは、そのような場面では、クラッキング工事で対処するというのですが、クラッキング工事は道路のトンネル内で漏水等が生じた場面で施す工事です。しかし、トンネルは「横坑」です。地上施設と地下施設を結ぶ坑道は「立坑」です。地下水系の水流のパワーはかなり強く、クラッキング工事で岩盤水等の浸水を阻止することができても、地下水の流入を阻止することはできません。

すでに述べましたが、礫層内の地下水が流れ込めば、短時間で地下施設と坑道が満水状態になり、地上施設に水が溢れ出ます。そして、人工バリアで包んだオーバーパックとTRU廃棄物が水没します。フランスのビュール県でしたら、水没する前に地上に引き上げることができるかもしれませんが、日本の場合、全長200~300㎞(あるいは500㎞以上)のらせん状の坑道で地上施設と地下施設をつないでいるので、引き上げることができません。その後、人工バリアで包んだオーバーパックとTRU廃棄物に50~75気圧(ひょっとして100気圧以上)の圧力がかかります。

当然、TRU廃棄物を詰め込んだドラム缶は潰れますが、NUMOが、耐用年数1000年と豪語するガラス固化体を格納したオーバーパックも潰れるでしょう。地下施設と坑道内の水が放射能汚染水になり、地上施設に溢れます。そして、地下水系が放射能汚染水系になり、放射能汚染水が海に流出します。

[図7]は、地下水系が坑道の壁を突き破り、水が地下施設に流れ込む場面のイメージです。

[図7]

[図8]は、地下施設に埋設した高レベル放射性廃棄物=ガラス固化体とTRU廃棄物が破損した場面のイメージです。

[図8]

大惨事ですが、経産省資源エネルギー庁とNUMOは憂慮していないですね。だから、彼らは地下水の勉強もしていません。(つづく)

◎平宮康広 僕が放射性廃棄物の地層処分に反対する理由(全7回連載)
〈1〉日本原燃が再処理工場を新設する可能性
〈2〉ガラス固化体の発熱量は無視できても、地温は無視できない
〈3〉NUMOがいう地下300m以深の「岩盤」は、本当に「天然のバリア」なのか
〈4〉ガラス固化体以外の廃棄物が低レベル放射性廃棄物であるとの考えは、乱暴すぎる 
〈5〉地震や豪雨・豪雪で地下水系は大きく変わる

▼平宮康広(ひらみや・やすひろ)
1955年生まれ。元技術者。オールドウェーブの一員として原発反対運動に参加している。富山県在住。

〈原発なき社会〉を求めて集う 不屈の〈脱原発〉季刊誌『季節』2024年夏・秋合併号《創刊10周年記念特集》どうすれば日本は原発を止められるのか

〈原発なき社会〉を求めて集う 不屈の〈脱原発〉季刊誌
『季節』2024年夏・秋合併号(NO NUKES voice 改題)
A5判 148ページ 定価880円(税込み)

《グラビア》
「幻の珠洲原発」建設予定地 岩盤隆起4メートルの驚愕(写真=北野 進
「さよなら!志賀原発」金沢集会(写真=Kouji Nakazawa

《創刊10周年記念特集》どうすれば日本は原発を止められるのか

《報告》小出裕章(元京都大学原子炉実験所助教)
 原子力からこの国が撤退できない理由

《報告》樋口英明(元福井地裁裁判長)
 なぜ日本は原発をやめなければならないのか

《報告》井戸謙一(元裁判官/弁護士)
 事実を知り、それを人々に伝える

《報告》山崎久隆(たんぽぽ舎共同代表)
 核武装に執着する者たち

《報告》後藤政志(元東芝・原子力プラント設計技術者)
 課題は放置されたまま

《報告》森松明希子(原発賠償関西訴訟原告団代表)
 原発被害の本質を知る

《インタビュー》北野 進(「志賀原発を廃炉に!訴訟」原告団団長)
 珠洲原発・建設阻止の闘いは、民主主義を勝ち取っていく闘いだった

《対談》鎌田 慧(ルポライター)×柳田 真(たんぽぽ舎共同代表)
 東京圏の反原発 ── これまでとこれから

《報告》今中哲二(京都大学複合原子力科学研究所研究員)
「核融合発電」蜃気楼に足が生え

※          ※          ※

《回想》松岡利康(鹿砦社代表)
 創刊から10周年を迎えるまでの想い出

《墓碑銘》松岡利康(鹿砦社代表)
 お世話になりながら途上で亡くなった方への追悼記

《季節創刊10周年応援メッセージ》

 菅 直人(衆議院議員・元内閣総理大臣)
 守りに入らず攻めの雑誌を

 中村敦夫(作家・俳優)
 混乱とチャンス  

 中嶌哲演(明通寺住職)
「立地地元」と「消費地元」の連帯で〈犠牲のシステム〉を終わらせる

 水戸喜世子(「子ども脱被ばく裁判の会」共同代表)
『季節』丸の漕ぎ手をふやして、一刻も早く脱原発社会を実現しよう

 山崎隆敏(元越前市議)
「核のゴミ」をこれ以上増やさないために

 今野寿美雄(「子ども脱被ばく裁判」原告代表)
 裁判も出版も「継続は力なり」

 あらかぶ(「福島原発被ばく労災損害賠償裁判」原告)
 隠された「被ばく労働」問題を追及し、報じてほしい

※          ※          ※

《報告》なすび(被ばく労働を考えるネットワーク)
《検証》あらかぶさん裁判 原発被ばく労働の本質的問題 

《報告》北村敏泰(ジャーナリスト)
 棄民の呻きを聞け 福島第一原発事故被害地から

《講演》和田央子(放射能ゴミ焼却を考えるふくしま連絡会)
「復興利権」のメガ拠点 「福島イノベーション・コースト構想」の内実〈前編〉

《報告》平宮康広(元技術者)
 水冷コンビナートの提案〈1〉

《報告》原田弘三(翻訳者)
 COP28・原発をめぐる二つの動き
「原発三倍化宣言」と「気候変動対策のための原発推進」合意

《報告》三上 治(「経産省前テントひろば」スタッフ)
 総裁選より、政権交代だ

《報告》板坂 剛(作家/舞踊家)
   タイガー・ジェット・シンに勲章! 問われる悪役の存在意義

《報告》山田悦子(甲山事件冤罪被害者)
   山田悦子の語る世界〈24〉
   甲山事件50年を迎えるにあたり
   誰にでも起こりうる予期せぬ災禍にどう立ち向かうか(下)

《報告》大今 歩(高校講師・農業)
   洋上風力発電を問う 秋本議員収賄事件を受けて

《報告》再稼働阻止全国ネットワーク
 時代遅れの「原発依存社会」から決別を!
 政府と電力各社が画策する再稼働推進の強行をくい止める

《老朽原発》木原壯林(老朽原発うごかすな!実行委員会)
 6・9大阪「とめよう!原発依存社会への暴走大集会」に1400人超が結集

《女川原発》舘脇章宏(みやぎ脱原発・風の会)
 女川原発の再稼働はあり得ない 福島事故を忘れたのか

《福島》黒田節子(請戸川河口テントひろば共同代表)
 浪江町「請戸川河口テントひろば・学ぶ会」で
 北茨城市大津漁協裁判で闘う永山さんと鈴木さんの話を聞く

《柏崎刈羽原発》小木曽茂子(さようなら柏崎刈羽原発プロジェクト)
 7号機再稼働で惨劇が起きる前に、すべての原発を止めよう!

《首都圏》けしば誠一(反原発自治体議員・市民連盟事務局長)
 福島原発事故の責任もとれない東京電力に
 柏崎刈羽原発を動かす資格はない!

《浜岡原発》沖基幸(浜岡原発を考える静岡ネットワーク)
 静岡県知事と御前崎市長が交代して
「一番危険な原発」はどうなるか

《島根原発》芦原康江(さよなら島根原発ネットワーク)
 政治に忖度し、島根原発2号機運転差止請求を却下
 それでも私たちは諦めない!

《玄海原発》石丸初美(玄海原発プルサーマルと全基をみんなで止める裁判の会)
 玄海町「高レベル放射性廃棄物・最終処分場に関する文献調査」受入!

《川内原発》向原祥隆(反原発・かごしまネット代表)
 私たちは歩み続ける

《規制委》木村雅英(再稼働阻止全国ネットワーク)
 原子力規制委員会を責め続けて11年
 原子力規制委員会は、再稼動推進委員会・被曝強要委員会

《反原発川柳》乱鬼龍

◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/B0DB1GZ5CM/

◎鹿砦社 https://www.rokusaisha.com/kikan.php?bookid=000748

龍一郎揮毫

私たちは唯一の脱原発雑誌『季節』を応援しています!

去る11月20日、小説家51名、映画監督97名の、トランスジェンダーにつき「苛酷な差別言説が氾濫」などという2つの声明が出た。前者は、同日発売の『小説新潮』12月号にも掲載され、その問い合わせ先として指定されている柚木麻子氏、山内マリコ氏の対談がある。

対談から分かることは、発案者は李琴峰氏で、米国保守派が、同性婚が実現したので次の標的としてトランスジェンダー差別をし、その波が日本に上陸、翻訳して拡散させている、と説明している。

偽りである。女子トイレを男性器ある人の一部が利用公認される考えなぞは、外国の動きと関係なく多くの人が反対する。筆者も孫娘らを心配し、酷い刑事事件も扱ってきたから、少しでも女子トイレに入りやすくなってはならず、反対している。考えてみればトランス女性は男性の多様性であり、男子トイレを「共用に戻して」解決できるものでもある。

声明は第十稿目で完成したという。山内氏いわく「メッセージはマイルドにしつつ、メッセージは伝わる形に落とし込んでいく ── その塩梅に気を遣いました。」「世界的には、ブラック・ライブズ・マター以降、声を上げないと差別に加担していると受け取られても弁明できない流れがあると感じています」という。

声明には、肝心な「何をもって、差別とするか」の記載がなかったが、対談でも分からない。対談は、性自認至上主義での論争点である「女性スペース」や「女子スポーツ」という単語さえもない代物である。そして、李氏はこの対談でも自らが生得的男性であることは述べていない。

その李氏は、この2つの声明が発表された同日、自らインターネット上のnoteに、強いられてトランスジェンダーであることをカミングアウトする、として6400字程の声明を出した。中国語と英語での文章も出した。

驚くべきは、その中では、生得的には男性であることを中国語で示した市井の女性の、名前、住所街区が示され、その他の人についても情報を下さい、としたことである。ドキシング「身バレ攻撃」である。

李氏は、この女性を被告としてプライバシー侵害を理由に台湾の地方裁判所に提訴していたのだが、10月31日に全面敗訴したところだった。李氏は同様に筆者に対しても東京地裁に提訴しているが、11月13日李氏代理人にも生得的男性であることの様々な証拠を出したところだった。このnoteは、こんな個人情報を示したからだろう、翌日には運営側から閉鎖された。が、李氏はフェイスブックに更に台湾女性の誕生日や出身大学まで書いたものを掲載した。

筆者は、李氏が架空のものである小説でどのように記述しても問題としない。しかし、李氏は、エッセイや新聞記事への寄稿において、性自認至上主義を進める立場の者としての見解を示している。そこには、女性、レズビアンとの紹介があるだけである。多くの人は芥川賞を受賞した著名な「生得的女性の意見だ」と誤解する。
実は李氏は、多くの文章で様々な立場の「真ん中だ」として、トランス女性であることも匂わし、いわばそれをウリもしてきた方でもある。更には女性の買春の事実などまでエッセイ「愛おしき痛み」に書いている(リレー・エッセイ集『私の身体を生きる』、2024年5月文藝春秋社)。李氏は、リアルの世界でも性自認至上主義を進めようとするならば、「生得的男性だ」と指摘されても、受忍すべき立場ではなかろうか。

「性同一性障害特例法を守る会」の代表で、李氏と同じく法的女性になっている美山みどり氏は、こう述べている。

「意見はそれを言った人とは切り離して扱われるべきだ」という考え方もありますが、しかし、そういう客観性を破壊して「当事者でなければわからない現実がある」などと「立場理論」を振りかざしてきたのは、李氏を含むトランス活動家の側なのです。二重の意味で「誰が言っているか」がきわめて重要な問題なのです。私自身、李琴峰氏と同じく、男性から女性へと性別移行した者として言います。議論の当事者として、自らの立場を隠して議論するのは、アンフェアで不誠実なやり方であると。

◎美山みどり「李琴峰氏のカミングアウト問題について」 https://note.com/gid_tokurei/n/n49907a16cdbf
 
今回の、「苛酷な差別言説が氾濫」といいつつ、何をもって差別とするのか書かない、書けない各声明は、「トランス女性は女性だ」と言う思想運動に対して疑義を述べるな、議論拒否という雰囲気づくりの役目をはたす。あわせて、その中心人物である李琴峰氏のこのような不誠実な姿勢を、ガードする役目を果たす効果をもつこととなった。李氏が「強いられた」とするカミングアウトの露払いのような声明だった。

小説家は子どもではない、映画監督も子どもではない。この148名は責任をもって、これらの疑問について答えなければならない。

LGBTQ+差別に反対する小説家の声明

トランスジェンダーを含むLGBTQ+差別に反対する映画監督有志の声明

▼滝本太郎(たきもと・たろう)
1957年神奈川生。市井の弁護士。オウム真理教と闘う。信者との話し合い活動や被告人らとの面談によりカルト心理を知る。脱会者の集まり「カナリヤの会」窓口、日本脱カルト協会の元事務局理事。女性スペースを守る諸団体と有志の連絡会世話人。共著に『宗教トラブル110番』(2015年民事法研究会)、『LGBT異論』(女性スペースを守る諸団体と有志の連絡会=編著/2024年鹿砦社)

『LGBT異論』と『LGBT問題を考える』

◎『LGBT異論』 https://www.amazon.co.jp/dp/B0DHGBQC8X/
◎『LGBT問題を考える』 https://www.amazon.co.jp/dp/4846315592/

 

ハンセン病、薬害エイズ被害患者の救済から飯塚事件などの冤罪訴訟まで、常に弱者の立場に立ち、法廷で声なき声を代弁してきた徳田靖之(とくだ・やすゆき)弁護士 ──。「6・5 飯塚事件『不当決定』を許さない」と題された9月14日大阪講演の記録を全6回連載で報告する。(企画・構成=尾﨑美代子)

◆第二次再審での争点

私たちはそのOさんの古い供述と新しい供述について、裁判所がどちらが正しいか判断するとしたら、Oさんが言っていたように、女の子を見たのは別の日だが、警察官にむりやり事件当日だとされたということを明確にするには、Oさんが最初に警察から取り調べを受けたときの捜査記録を出したら、Oさんが今言っていることが正しいかどうか一目瞭然ではないかと考えます。

Oさんが最初に警察に調べをうけたときの捜査メモ、捜査報告書があるはずだから、これらを出すように裁判所に要求しました。じつは遺留品発見現場で久間さんの車と似た車を見たという人の最初の捜査報告書は残されているんです。そこには何が書いてあるかというと「紺色のワゴン車をみた」「そこから一人の男がおりてきた」という言葉が捜査報告書に残されているんですね。だとしたら、Oさんの警察での最初の初期供述が残されていないはずはないんですよ。

だから私たちはそれを出すようにと要求してきた。しかし、検察官は「ない」というんですよ。こういうとき検察官はなんというかというと「存在しない」とは言わない。「不見当」、見当たらないというのです。なぜか? これはあらゆる冤罪事件で検察官はそういいます。あとからできたときに説明ができるように「不見当」、見当たらないというのです。

今回の飯塚事件も、木村さん、Oさんが最初に警察に呼ばれた時の初期供述を出せというと「不見当」だというのです。私たちは「そんなことはありえない」と裁判官に強くいいました。裁判官は検察官に「そうだとしたら、警察から検察に証拠が送られてきたときの目録はあるのか?」と聞きました。すると検察官は、ちょっとうかつだったと思いますが「ある」といったのです。

裁判所は「その証拠の目録をだしなさい」と勧告しました。私たちはこの目録が出てくれば、Oさんが最初に警察に聞かれたときの捜査報告書が目録に必ず記載されているはずだと確信していました。

裁判所から検察官に勧告がだされ、検察官が何といったと思いますか? 「目録がある」と答えてしまっているわけですから、もう「不見当」とは言えない。そうしますと検察官は「裁判所がそのような勧告をする法律的根拠がない。したがって我々は勧告に従わない」と言ったのです。

日本の検察官は自分たちは「公益の代表」などと言っていますが、彼らは真実を発見しようという気が全くない。本当に彼らが飯塚事件に関して、久間さんが犯人と確信しているのなら、目録を出してくればいいじゃないですか。あるのだから。でも出せない。なぜか? 目録にはOさんの初期供述が残っているからです。目録をだしたら「不見当」といっていたOさんの初期供述を出さなければならなくなる。だから「裁判官がそのような勧告をする法的根拠がない」という理屈をつけて拒否したわけです。

◆警察、検察官は、遺留品発見現場での目撃証言を強引に誘導して、事実と違う供述をつくった

このようなことをされたら、裁判官は普通どうすると思いますか? 自分たちの勧告を拒否したのだから、普通の裁判官だったら「出せ!」と命令するでしょう。検察官は「ある」といった上で、出さない理由として裁判所に勧告する権限はない」と言っているのですから。あらゆる再審事件で「証拠を開示しろ」という勧告をすべての裁判でやっています。「法的根拠がない」という理由で拒否したのは、今回がはじめてです。

私たちは「命令を出せ」と裁判所に言った。しかし裁判所は「命令は出さない」といった。命令を出せないといったから、我々はそれをどう受け止めたか。裁判官は、検察官が勧告を拒否したことで、その目録の中にOさんの初期供述があると確認したはずだ。目録を出さないといったことは、検察官はOさんの初期供述を表に出したら、すべてが明らかになる、これを何とかして拒むために勧告を拒否したと裁判所は判断したと、私たちは思ったわけですよ。

しかし、蓋を開けてみたら、Oさんの新しい証言は信用できない、古い証言の方が信用できると言った。ふざけんなよ! そんな判断をするなら、古い供述の前の初期供述を出せといえばいいではないか、それをしないでOさんの古い証言の方が信用できるとは……よくそんなことが言えるものだなと思いました。

◆裁判所は、事実に目をふさいで、再審請求を認めなかった

警察、検察官は飯塚事件に関しては、これだけのことをやっているわけです。DNA型鑑定の写真を改ざんしました、遺留品発見現場での目撃証言を強引に誘導して、事実と違う供述をつくった。そのうえで、裁判所の勧告を無視して、Oさんの供述が正しかどうかを徹底的に明らかにするはずの証拠の目録の提出を拒んだ。

これだけのことをしたのに、裁判所は事実に目をふさいで、再審請求を認めなかった。なぜ裁判所はそんなことをするのか? 私に言わせると、少なくとも証拠目録を開示しないと言われたら、その理由はどこにあるのかを裁判官は考える義務があるはずだ。なぜなら、裁判所は怪しいと思ったわけですよ。Oさんの初期供述は「不見当だ」といった。それを怪しいと思ったから裁判所は「目録はないか?」と聞いた。すると検察官は「ある」といったので、裁判所はそれを出せと勧告をした。怪しいと思ったからですよ。いや、少なくとも目録がでてくれば、検察官が言っている「不見当」が信用できるかどうかの判断ができると考えたから勧告したのです。

そこまでしておきながら、なぜ命令をせずに、そのうえで「古い供述のほうが信用できる」などと判断したのか。皆さん、どう思われますか? 結局裁判所は怯えたのですね。再審開始をしてしまうということにです。Оさんの新しい供述が信用できると言ってしまったら、再審開始することになってしまう。そうなると、久間さんという無実の人を裁判所が殺してしまったことになる、そうなることに裁判所は怯えたのだと思います。

そこから今度私たちは、ではどうして裁判所は証拠開示の勧告をしたんだろうか、と考えました。そんな結論を下すなら、なぜ証拠開示の勧告をしたのだろうか。その証拠開示の勧告をしたあとに、裁判長の次に経験のある右陪席が交代したんです。

エリート裁判官でした。証拠開示の勧告をした裁判体と、再審請求を棄却したときの裁判体では、一人構成が代わっていたんです。その人は経歴的にはエリート裁判官です。私らはこの裁判官の交代が、証拠開示の勧告をしながら、再審請求を棄却する決定をするという矛盾を示す、ひとつのカギを握っているのではないかとみています。

似たようなことが、実は、第一次再審請求のときにも、もっと露骨に起こったのです。第一次再審請求の時の裁判長は、科警研のDNA型鑑定がいかさまだと早くに察知しました。彼はそこで、自分が定年退官する前に再審請求の判断をすると、私たちに明らかにした。その裁判官の定年が8月に予定されていたので、私たちは7月中に決定がでると思っていた。

ところが、決定がでないまま、裁判長は定年退官をしてしまった。そのあとに新たな裁判長が赴任したのです。この人もまた超エリート裁判官。この裁判長が半年後に再審請求を棄却する決定を書いたのです。第一次再審請求の時も、そういう裁判官の交代という事実が、再審を認めないという決定に影響したのではないかと、私たちは思っていた。

そのことが第二次再審請求でも繰り返された。エリート裁判官という言い方をしていますが、こういう経歴の人というのは、最高裁にいわば「忖度」傾向が極めて強い人たちです。

私たちは、飯塚事件の再審請について正々堂々と闘っている。私たち弁護団や支援者の多くは、常識的な意味で、これだけの証拠をだせば、必ず再審の扉が開くと思っていますが、このレベルの闘いでは扉が開かない。もう「この人が真犯人だ」というような新しい証拠を出さない限りは、再審の扉が開かないくらいになっているということです。死刑を執行してしまっているからです。(つづく)

◎徳田靖之弁護士講演会 6月5日飯塚事件「不当決定」を許さない(2024年9月14日 大阪浪速区大国 社会福祉法人ピースクラブにて)

◎《講演》徳田靖之弁護士・声なき声を聞く ── 飯塚事件再審[全6回連載](構成=尾﨑美代子)
〈1〉弁護士として、自ら犯してしまった過ちをいかに一人の人間としてどう償うのか
〈2〉失われていた物証と証拠の改竄
〈3〉無実の人を殺してしまった日本の裁判所
〈4〉死刑判決の理由は、全部間違いだった
〈5〉裁判官は、「エリート」であればあるほど最高裁に「忖度」する
〈6〉日本の再審制度を変えていかなければいけない

▼徳田靖之(とくだ・やすゆき)
弁護士。1944年4月大分県別府市生まれ。東京大学法学部卒。1969年弁護士登録。大分県弁護士会所属。「らい予防法」違憲国家賠償請求訴訟西日本弁護団共同代表、ハンセン病市民学会共同代表、薬害エイズ九州訴訟共同代表。飯塚事件弁護団共同代表

▼尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58

尾﨑美代子著『日本の冤罪』

◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/4846315304/

斎藤元彦・兵庫県知事(写真右のガッツポーズしている男性、折田楓社長NOTEより)。

 

渡瀬元県民局長(2024年7月自死とみられる)による内部告発文書について自ら犯人探しをしてしまうなど、公益通報者保護法の趣旨に反する行動から議会による不信任案可決で失職。しかし、2024年11月17日執行の兵庫県知事選挙で劣勢の下馬評をひっくり返し、〈逆転勝ち〉しました。

10月に入ってSNSでは、#さいとう元知事がんばれ というハッシュタグが流行。また、筆者が斎藤元彦知事の疑惑を追及する動画などを投稿すると、アクセスが殺到し低評価が大量につくという状況がありました。

斎藤知事=既得権益と闘う正義の士=ネットで真実を探し当てた市民vs稲村候補=外国人参政権推進の極左、大半の自民党系市長が推す既得権益=テレビなどオールドメディアという構図が、ネット上で出来上がりました。そもそも、冷静に考えれば、極左と自民党など水と油なのですが、そんな論理矛盾もお構いなしに、事実と異なることがあっという間に広がりました。

◆県の仕事をしている社長がフルコミットした斎藤選挙

選挙後、これは何だろう?と思っていたのですが、その種明かしを、仕掛け人自らがネット上でしてしまいました。その仕掛人とは、株式会社merchuの折田楓社長です(写真のガッツポーズしている女性。)。折田社長は、斎藤陣営の広報全般を仕切っていたことをご自身のノートで報告しました。ホームページなどによると折田社長は1991年生まれ。フランスESSEC大学留学 後 慶応義塾大学をご卒業され、フランス大手金融機関に勤務。きらびやかなご経歴です。その後、母親の会社を手伝いながら、株式会社merchu創業されたとのことです。

 

折田社長のnoteより

斎藤知事が就任された 2021年より兵庫県地方創生戦略委員、2022年より兵庫県eスポーツ検討会委員、2023年より兵庫県空飛ぶクルマ会議検討委員 をされているほか、会社のある西宮市で産業振興審議会委員もされています。兵庫県、広島県、山口県、徳島県、高知県、神戸市、藤沢市、倉敷市、広島市、江田島市、由布市、株式会社リクルートや有馬グランドホテルなど、これまでに150以上の行政・企業・団体の広報・PRを手がけておられるそうです。

その折田社長のもとを斎藤知事自ら訪れ、会議を行われたそうです。プロフィール写真撮影、コピー・メインビジュアルの一新、斎藤知事を応援するSNSアカウント立ち上げ、「#さいとう元知事がんばれ」ハッシュタグをはやらせること、などを立案・実行。

選挙期間中には折田社長が「私が監修者として、運用戦略立案、アカウントの立ち上げ、プロフィール作成、コンテンツ企画、文章フォーマット設計、情報選定、校正・推敲フローの確立、ファクトチェック体制の強化、プライバシーへの配慮などを責任を持って行い、信頼できる少数精鋭のチームで協力しながら運用」されたそうです。

◆事実なら買収罪か規制法違反が成立 「詰み」の状態 

とにかく、委員会の委員など県の仕事をされている社長が斎藤元知事(当時)の選挙運動を必死でされたわけです。それも広報全般を請け負ったということです。SNSの広報は、これは、代価を受け取った場合は、公選法違反になります。車上運動員、運転手、事務員以外の給料=報酬が発生すればアウトです。他方で、折田社長がやった仕事は、どうみても、社員を一か月半動員しています。無償でやった場合は、労務の提供になる。おそらく、1000万円くらいの仕事になるだろう。個人が政治家にできる寄付の上限は150万円です。政治資金規正法でアウトになります。

また、委員など県の仕事を継続できることと選挙運動が引き換えだった場合も公選法上の買収罪が成立しかねません。いずれにせよ、斎藤知事も折田社長も将棋で言えば「詰み」です。

斎藤知事は、現時点では「法に触れることはしていない」としておられます。しかしそうなると、折田社長の公表した記事とどう見ても矛盾してきます。折田社長と斎藤知事。どちらが正しいのでしょうか?あるいは、どちらがどの程度嘘を言っているのか。特に公職にある斎藤知事には説明責任が求められます。

◆前提「斎藤=既得権益と闘う正義の士」は本当か?

ネット上では斎藤知事の支持者により、折田社長に対する困惑のコメントも相次いでいます。既得権益と闘う正義の士・斎藤知事の足を引っ張るな、と言う趣旨です。しかし、そもそも、斎藤知事の支持者の皆様の既得権益のイメージが古すぎるのではないでしょうか?

既得権益と言うと、一定年齢以上の方は、土建屋さんとか公務員とか、そんなイメージの方が多いかもしれません。それは、自民党よりも、どちらかというと、いわゆる野党やマスコミによって煽られていた面もあります。

しかし、今は、原材料費の高騰や賃金の高騰などで、土建屋さんも大変です。公務員も、昔のような(給料が安い代わりに)楽な仕事でもない。

この10年くらいで随分と地方行政における意思決定過程も変わっています。米国など外資系の企業に近い首長(広島県の湯崎英彦知事もその典型例)とか、広島で言えば、平川理恵・県前教育長や今回登校する折田社長のように、きらびやかな海外経歴の女性・若手の「躍進」が目立ちます。言い換えれば、政治・行政の米国化が進んでいます。

むろん、まだまだ、昔風の特に年配男性のエライ人も健在ではある。そういう中で、実際には、地元で地道に頑張っていたようなタイプの中堅・若手、すなわち、多数派を占める人たちが意外と割を食っている感じがします。そうした中で、割を食った中堅・若手がアホらしくなって県外へ流出する、そういう構造が広島でも起きています。広島の教育現場でも現場の先生が平川氏の「改革」に振り回された後遺症に悩まされています。

そうした構造を把握した上で、行政・政治を批判していかないと、あるべき方向と明後日の方向に兵庫も広島も日本も向かいかねません。ちなみに、折田社長は、広島県や広島市でも仕事をしておられます。折田社長的な人たちに県や市の仕事をしていただいていて、本当に広島のためになっているのだろうか? 広島市民・県民、また市議や県議の皆様にも改めて注意を喚起する次第です。

▼さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士/参院選再選挙立候補者。1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)、片目失明者友の会参与。
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タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2024年12月号

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NKJF祭として行われたKICK BOXING JAPAN CUP 1st ROUND 55kg級トーナメント、8名参加の初戦(準々決勝)4試合は与那覇壱世、森岡悠樹、古村光、前田大尊が準決勝へ進出。

◎NJKF CHALLENGER 5th / 11月10日(日)後楽園ホール17:20~21:43
主催:NJKF、(株)オフィス超合筋 / 認定:ニュージャパンキックボクシング連盟

戦績はパンフレット参照にこの日の結果を加えていますが、一部省略しています。

◆第10試合 JAPAN CUP 55kg級トーナメント準々決勝3回戦

KNOCK OUT-REDスーパーバンタム級チャンピオン.壱センチャイジム
(=与那覇壱世/センチャイ/ 54.85kg)39戦29勝(10KO)9敗1分
VS
NJKFバンタム級チャンピオン.嵐(KING/ 55.0kg)17戦12勝(6KO)3敗2分
勝者:壱センチャイジム / 判定3-0      
主審:中山宏美
副審:和田30-28. 多賀谷30-29. 秋谷29-28

開始早々は蹴り中心の牽制、嵐はローキックで前進する中、股間ローブローを受けて中断が認められて回復を待つと、壱世陣営のセンチャイ会長が激怒し「やれよ!」と抗議するシーンもあった。

壱世は様子見の間は下がり気味ではあったが再開後、前蹴りで嵐のアゴ狙って繰り出し前進を止め、嵐の出方を見極めると次第に蹴りで前進を強め、嵐がロープ際に詰められるシーンが増えていく。

主導権を奪った壱世の左ミドルキックが嵐に炸裂、巻き返しは難しかった劣勢の嵐

第2ラウンド後半には壱世が主導権支配した流れで、蹴りもパンチも組み合っても壱世が優り、焦る嵐を上回った。試合終了すると嵐は負けを確信して蹲り、壱世は勝利を確信してロープに駆け上がって歓声に応えた。

次第にロープ際に詰められる嵐、壱世のパンチが襲う

◆第9試合 JAPAN CUP 55kg級トーナメント準々決勝3回戦

NJKFスーパーバンタム級チャンピオン.真琴(誠輪/55.65→55.65kg/計量失格、減点2)
15戦10勝(1KO)3敗2分 
      VS
スックワンキントーン・スーパーバンタム級チャンピオン.森岡悠樹(北流会君津/ 54.9kg) 
26戦15勝(8KO)9敗2分
引分け 0-1 / (森岡悠樹が準決勝進出)
主審:和田良覚
副審:多賀谷27-28. 中山28-28. 秋谷28-28 (真琴に計量失格減点2含む)

初回、ローキックとパンチが中心の牽制の様子見。真琴が右ストレートヒットで主導権を奪った流れに移る。

第2ラウンドにはパンチで出て来る森岡悠樹に右ストレートヒットでノックダウンを奪った。調子付いて攻めの前進した真琴だったが、森岡悠樹の右ヒジ打ちが真琴の側頭部にヒットし、マットに膝を着いたがロープにも救われスリップ扱い。

不利な展開ながら森岡悠樹の蹴りも勢いがあった

森岡が更にヒジ打ちも含めた攻勢で巻き返したいところだったが、一進一退の攻防が続いて終了。

最終第3ラウンドについては三者三様だった。結果は引分けとなったが、真琴は計量失格の為、森岡悠樹が準決勝進出となった。

コーナーに追い詰めつつある中、真琴のこの右ストレートヒットでノックダウンを喫してしまった森岡悠樹

◆第8試合 JAPAN CUP 55kg級トーナメント準々決勝3回戦

古村光(FURUMURA/ 54.75kg)14戦9勝(7KO)4敗1分 
      VS
WMC日本スーパーバンタム級チャンピオン.佐野祐馬(創心會/ 54.35kg)
17戦9勝(3KO)8敗 
勝者:古村光 / TKO 2ラウンド 1分47秒
主審:秋谷益朗

初回、ローキックで牽制の両者は古村光が徐々に優ると脚にダメージを負う佐野祐馬。首相撲とパンチで追う古村光は組んでからのヒザ蹴りでノックダウンを奪った。

第2ラウンドも古村光の攻勢は続き、ローキックでノックダウンを奪い、更にヒジ打ちで佐野祐馬の右瞼を斬り、コーナーに詰め、パンチからヒザ蹴りで攻めたところでレフェリーストップとなった。

古村光が攻勢を維持し、佐野祐馬をコーナーに追い詰めてミドルキックをヒット

古村光のヒジ打ちで右瞼を斬られた佐野祐馬はより苦しい展開に陥る

◆第7試合 JAPAN CUP 55kg級トーナメント準々決勝3回戦

NJKFスーパーバンタム級1位.大田一航(新興ムエタイ/ 54.9kg)  
      VS
WBCムエタイ日本フェザー級4位.前田大尊(マイウェイ/ 54.85kg)
引分け 三者三様 (前田大尊に優勢支持、準決勝進出)
主審:多賀谷敏朗
副審:和田29-29(9-10). 宮沢29-30(9-10). 秋谷29-28(10-9) / 延長戦は1-2

両者は昨年7月23日に対戦し、前田大尊がノックダウンを奪って判定勝ちしている。今回も互角に進む展開で、軽いローキック中心の牽制から徐々に激しさが増して行く。

第1ラウンドはジャッジ三者とも前田大尊が取り、第2~3ラウンドは三者は揃わないながらもやや大田一航が優った。延長戦も1-2と分かれるほど差が出ない展開。どちらの戦略が優って勝利を導くか微妙な攻防の中、前田大尊の成長を見せた踏ん張りが印象的だった。

一進一退の攻防の中、前田大尊の右ローキックヒット

前田大尊の左ミドルキックが大田一航の脇腹にヒット、気力で戦う両者

◆第6試合 64.0kg契約 3回戦

NJKFスーパーライト級チャンピオン.吉田凜汰朗(VERTEX/ 63.75kg)
27戦12勝(3KO)10敗5分 
       VS
サムランチャイ・エスジム(元・ルンピニー系スーパーバンタム級2位/タイ/ 63.5kg) 
引分け 三者三様
主審:中山宏美
副審:児島29-29. 宮沢29-30. 少白竜30-29

吉田凛汰朗は相手の出方に合わせてローキックからパンチ、パワーと手数で前進し、サムランチャイをロープ際に下がらせる時間は増えていく。サムランチャイは徐々にスタミナ切れの様子で吉田のパンチでの攻勢が続くが、サムランチャイは返す技は上手く、第3ラウンドにはヒジ打ちで吉田の左眉尻辺りを斬った。アグレッシブな吉田の攻勢は目立ったが、ベテラン、サムランチャイを倒すには至らず、ヒジ打ちを喰らってしまうのは勿体無い展開だった。

◆第5試合 ウェルター級3回戦(PRO-KARATEDO達人ルール) 

WBCムエタイ日本ウェルター級チャンピオン.青木洋輔(大和/ 67.7kg)
       VS
掠橋SAVAGE秀太(PRO-KARATEDO連盟達人日本ウェルター級1位/理心塾/ 67.8kg) 
無判定引分け
主審:ながいひろあき(正式名不明)

この試合はPRO-KARATEDO達人ルールでオープンフィンガーグローブ使用。投げ技、グラウンド状態での10秒間の打撃も有効。

初回、両者ともパンチからローキックの様子見から組み合うと投げ技で寝技に入る体勢。手数は出ているが、あまり激しい攻防とはならない。

第2ラウンドは組み合ってから崩しや投げからグラウンドが多くなるが、青木洋輔が蹴りとパンチヒザ蹴りと攻勢を強めていくと掠橋はスタミナも切れて劣勢に陥った。立ち技でもグラウンドでも青木が優っていく展開で終了。採点は付けない為、規定どおりの引分け。

グラウンドの展開で顔面蹴りも見せた青木洋輔、総合系の在り方は賛否両論である

◆第4試合 スーパーバンタム級3回戦

NJKFスーパーバンタム級3位繁那(R.S/ 55.3kg) 14戦11勝(6KO)1敗2分
      VS
藤井昴(KING/ 54.95kg)4戦2勝(1KO)2分
引分け 三者三様
主審:児島真人
副審:多賀谷29-30. 少白竜30-29. 中山29-29

◆第3試合 フライ級3回戦

NJKFフライ級8位.愁斗(Bombo Freely/ 50.65kg)10戦5勝(3KO)3敗2分
        VS
NJKFフライ級9位.永井雷智(VALLELY/ 52.35→52.2kg/計量失格、減点2)
6戦5勝(4KO)1分
勝者:永井雷智 / TKO 2ラウンド 2分37秒
主審:宮沢誠

◆第2試合 59.0kg契約3回戦

NJKFフェザー級10位.和斗(大和/ 58.75kg)8戦5勝(2KO)3敗
        VS
Ryu(クローバー/ 58.9kg)6戦3勝(2KO)2敗1分 
勝者:和斗 / 判定3-0
主審:少白竜
副審:多賀谷30-26. 児島30-27. 宮沢30-28

◆第1試合 女子(ミネルヴァ)53.0kg契約3回戦(2分制)

ミネルヴァ・スーパーバンタム級1位.SHIORIN(GRATINESS/ 53.0kg)6戦4勝2分
       VS
スックワンキントーン・スーパーフライ級チャンピオン.Mickey (Y’s Promotion/ 52.9kg)
10戦8勝(3KO)1敗1分
引分け 1-0 (29-29. 30-29. 29-29)

※アマチュアU15 EXPLOSIONルール2試合は割愛します。
予定カードにあったNJKFスーパーフェザー級王座決定戦は中止となりました。

《取材戦記》

試合翌日の「KNOCK OUTプロモーション」記者会見では12月30日、横浜武道館での「K.O CLIMAX 2024」に於いてのKICKBOXING JAPAN CUP 55kg級トーナメント準決勝の組み合わせが発表。壱・センチャイジムvs前田大尊、古村光vs森岡悠樹が決定しています。

正式イベント名は「KICK BOXING JAPAN CUP 1st ROUNDヒジあり、55kg最強決定トーナメント」です。

今回のNJKFは各試合インパクトを残しながらもプロ10試合中、6試合が引分け。大田一航vs前田大尊戦はNJKF坂上顕二代表に二度確認しましたが、公式記録は引分け、延長戦は上位進出を決めるもので、優勢ポイントを得た前田大尊が準決勝進出です。

ただ、リングアナウンサーによって「勝者、前田大尊」とコールされているので、前田大尊が勝利したと解釈しているファン、関係者は多いでしょう。そうアナウンスされているので仕方ないことです。これは事前に確認して運営関係者には徹底しておくべき項目だったでしょう。

この大田一航vs前田大尊戦の試合結果はNJKFホームページにおいても規定の3ラウンドまでの公式戦は引分けとなっています(11月21日現在)。

壱世はリング上でコメントし、放送インタビュー等もあったかと思いますが、何度も同じ振り返りさせては申し訳ないところ、「試合開始後は出鼻を挫かれたという感じですね。嵐くんがパンチコンビネーションで来ると見て、それに合わせてヒジ打ちとかパンチを準備していたんですけど、嵐くんが意外と小技で勝負して来たので、その作戦は出来なかったなあという印象です。」と語った。

それでも嵐の出方に合わせて上回る戦略を練って出たのは経験値から来るものだろう。

今回の興行について、坂上顕二代表は「他団体との交流戦のトーナメントで盛り上がったとは思います。反省点はいろいろありますけど、嵐くんの煽りの件もそうですし、総合系もルールを曖昧にやってしまったことも反省点ですね。」と語った。

リングに敷かれたキャンパスマットの下にはシュートボクシングから借りて来たというジョイントマットが敷かれていました。ジムでも使われること多いジョイントマットなので、「ジムと同じ感覚だ!」と言うウォーミングアップ中の選手もいました。後楽園ホールのリングとしてはいつもより軟らかいキャンパスで、青木洋輔vs掠橋SAVAGE秀太戦に合わせた対策でしたが、過激なルールながら激しさはあまり無かった試合でした。今後も取り入れられる訳ではない模様で。NJKF祭として開催される興行での試みではありました。

嵐はマッチメイクが決まる8月8日から壱センチャイジムを挑発していましたが(YouTubeの記者会見)、2月11日の甲斐元太郎戦でも同じように、挑発しながら試合は荒れることなくクリーンファイトを展開します。

年齢的にも気性が激しい血気盛んな年頃ですが、煽ったのは彼一人の仕業ではない。そして嵐ファンが、勝った壱センチャイジムに罵声を浴びせたり、前日のMuayThaiOpen興行では穏やかな対応をしていたセンチャイ会長が、嵐がローブローを受けてインターバルを取る試合中に感情的になり、観衆の前で怒鳴るのもやめておいた方が良かっただろう。

昭和50年代からキックボクシング界に関わる年配者が19歳の挑発に乗ってはいけない。そんな各陣営からファンを巻き込む悪循環が増して行きました。話題を振り撒いて煽って盛り上げても一時的なもので、競技を確立させるならスポーツマンシップに則った運営が必要でしょう。

NJKF年内興行、関西ではは12月1日(日)大阪市平野区の平野区民ホールで、13時より「NJKF 2024 west6th Young Fight 」が開催されます。

関東では12月8日(日)GENスポーツパレスに於いて18時より新人の登竜門「DUEL.32」が開催予定です。

2025年は2月にNJKF2025 1stが予定されています。おそらくCHALLENGERシリーズでしょう。

準決勝へ駒を進めた4名と武田幸三プロモーターと山口元気プロモーター

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
昭和のキックボクシングから業界に潜入。フリーランス・カメラマンとして『スポーツライフ』、『ナイタイ』、『実話ナックルズ』などにキックレポートを寄稿展開。タイではムエタイジム生活も経験し、その縁からタイ仏門にも一時出家。最近のモットーは「悔いの無い完全燃焼の終活」

横浜地裁の法廷で医師から、「うさんくさい患者」で「会計にも行ってないと思います」などと名指しで罵倒された患者が、医師の証言は事実無根で名誉を毀損されたとして、神奈川県警・青葉警察署に刑事告訴した事件に展開があった。青葉署はこの案件を横浜地検へ書類送検したが、地検は不起訴に。これに対して患者は、10月30日、横浜検察審査会へ処分の審査を申し立てた。

審査申立書の一部(P01-P02)

審査申立書の一部(P03-P04)

審査申立書の一部(P05-P06)

◎審査申立書の全文 http://www.kokusyo.jp/wp-content/uploads/2024/11/MDK241121.pdf

検察審査会制度とは、不起訴処分になった事件の妥当性を審査する組織で、処分に対して、事件の当事者を含む一般市民から不服の申し立てがあった場合、一般市民から選ばれた11人の検察審査員が、処分の妥当性を審査する制度である。

医師の証言の中で、患者が病院の「会計にも行ってない」ことを前提事実として、「うさんくさい患者」と人物評価を下したのだが、会計に行った証拠があった。診療報酬を支払ったことを示す領収書が残っていたのだ。

患者が検察審査会に提出した審査申立書の文面からは、尋問の場で医師がいかに根拠のない証言をしたかが、浮かび上がってくる。事実に基づいた患者の人物評価であれば、その内容が他人の名誉を毀損していても、法的な責任を免責されるが、事実とはかけ離れたことに基づいた人物評価は、たとえ法廷の場であっても、刑事責任を問われることがある。

なお、この事件の概要は、下記の通りである。事件の概要を把握している読者は、概要をスキップして、「証言は事実とは異なる?」の節に入っても、内容が理解できる。

【事件の概要】(以下、敬称略)

この事件の発端は、2016年までさかのぼる。この年、横浜市青葉区にあるすすき野団地に住む藤井将登・敦子夫妻は、煙草の副流煙をめぐるトラブルに巻き込まれた。おなじマンション棟に住むA夫と妻、それに娘の3人が、将登が吸う煙草の煙で健康を害したとして、藤井夫妻に対して自宅での禁煙を申し入れてきたのである。

将登は喫煙者であるが、1日に2本、3本の煙草を嗜む程度である。ヘビースモーカーではない。しかも、喫煙場所は防音構造になって外部とは完全に遮断された音楽室だった。将登の職業は、作曲や演奏を担当するミュージシャンで、自宅にいるときは、その大半を音楽室で過ごしていた。仕事の関係で自宅を不在にすることも多かった。従って煙の発生量は微量だった。近隣へ迷惑をかける量ではなかった。

それに音楽室から、A家の窓までは8メートルほどの距離(空間)があり、しかも、両家の位置関係は、藤井家が1階、A家が斜め上の2階になっていて、常識的には、音楽室から漏れた煙草の煙がA家に入り込む余地はなかった。またA家も、窓をビニールで覆うなどして、外気の侵入を防ぐ措置を施していた。こうした状況からすれば、副流煙による被害を直訴すること自体が不自然だった。

 

◆       ◆        ◆

なお、煙草の煙の成分を含む化学物質による人体影響に警鐘を鳴らしている専門医の中には、科学的な見地から「香」による被害を訴えて来院する患者の中に精神疾患に罹患しているケースが多く存在するという見解を発表している者もいる。たとえば千葉大学予防医学センター特任教授の坂部貢医師は、被害を訴える患者の約80%が精神疾患に罹患していると環境省に報告している。

しかし、将登は、隣人の訴えに配慮し、念のために2週間ほど喫煙を止めてみた。元々、ヘビースモーカーではないので禁煙することに苦痛はなかった。しかし、それでもA家の3人による藤井家にたいする苦情はやまなかった。A夫が将登の行動を病的なまでに観察していたことも、後にA夫が裁判所へ提出した自らの日記により明らかになっている。

そのうち藤井敦子もヘビースモーカーだという噂が、団地の中に広がり、何者かが元日早々に、藤井夫妻の自宅のポストに敦子を誹謗中傷する怪文書を投函するに到った。敦子は非喫煙者だった。喫煙したことはあるが、それは10年以上も前のことだった。煙草も吸わないし、酒も飲まない。

しかし、事態はさらにエスカレートしてA家の弁護士が、将登に宛てて内容証明郵便で禁煙を申し入れてきた。提訴もほのめかしていた。また、神奈川県警青葉署の刑事らが、2度に渡って藤井家を訪れ、敦子を事情聴取し、将登の音楽室に入って、喫煙の痕跡を調べるに至った。

藤井夫妻は、煙草をめぐる尋常ではないトラブルに巻き込まれ、平穏な日常を奪われたのである。

◆       ◆        ◆

この事件が社会的に注目を集めるに至る直接的な出来事は、2017年11月に起きた。A家の3人が藤井将登を被告とする裁判を起こしたのである。この訴訟で、A家は4518万円の金銭支払と、藤井将登の自宅での禁煙を求めてきた。敦子は訴外だった。

藤井夫妻は、夫はミュージシャン、妻はフリーランスの英語教師という身の上で、高額所得者ではなかった。裁判官が判決で、高額な金銭支払いを命じた場合、自己破産に追い込まれる怖れがあった。

◆       ◆        ◆

この別件裁判で、A家を全面的に支援し続けたのが、日本禁煙学会理事長で、当時、日本赤十字医療センターに勤務していた作田学医師であった。

作田は、A家3人のために「受動喫煙症」の病名を付した診断書を発行し、そのなかの1通で、「1階のミュージシャン」が煙の発生源であると事実摘示を行った。

通常、診断書には、裏付けのないことは記入しないものだが、作田は現地を取材することもなく、A家の訴えを信用して、将登が副流煙の発生源であることを事実摘示したのである。

さらに作田は、裁判の審理が進む中で、次々と意見書を提出してきた。その総数は5件にも及ぶ。意見書の中でも作田は、煙の発生源は、藤井将登であると摘示し、将登が禁煙することが最も効率的な解決策であるとまで述べている。大上段に振りかぶって将登を罵倒し続けたのである。

しかし、やがて風向きが変わる。作田がA家の3人に対して交付した診断書に重大な疑惑が次々に浮上したのだ。まず、A娘の診断書が2通存在し、双方の診断書の病名が異なっていた事実である。これは単純な表記ミスだったが、ひとりの患者の診断書が2通存在すること自体が不可解だった。

第2に作田が、A娘を直接診察せずに「受動喫煙症」の病名を付した診断書交付していた事実である。これは患者を診察することなく診断書を交付することを禁じた医師法20条に違反する。もちろんインターネットを通じた診察も行っていない。つまり、作田はまったく面識のない人物に対して診断書を交付したのだ。

第3に診断書のフォーマットが、作田が外来診療を行っていた日本赤十字医療センターのフォーマットとは異なっていた事実である。自分のパソコンで診断書を作成した可能性が高い。

これらの点に不信感を抱いた藤井敦子は、作田がどのようなプロセスを経て診断書を交付しているかを直に調査するために、2019年7月17日に酒井久男を伴って、日本赤十字医療センターの作田外来を訪れた。酒井は非喫煙者で、煙草の煙やほこりに対するアレルギーがあった。

酒井が藤井敦子の計画に協力したのは、敦子の夫が高額訴訟の法廷に立たされた後、敦子も心身ともに疲弊していたのを、見るに忍びなかったからである。敦子の髪の毛は、夫が法廷に立たされた後、真っ白になっていた。こうした状況の下で、将登が敗訴すれば、パニックにも陥りかねないと心配したからである。

酒井は、藤井家が勝訴するための証拠を集めるために協力するのが人道だと考えたのである。それにA夫妻の言動を熟知していた。A家の訴えも、どこかおかしいと思っていた。酒井は、青葉区の土着の人だった。

そこで、酒井は、地元のユミカ内科小児科ファミリークリニックを受診し、MRI検査などさまざまな精密検査を受け、担当医に作田外来を受診するための紹介状を交付してもらった。

2019年7月17日、酒井は精密検査のデータを持参し、藤井敦子を伴って日本赤十字医療センターの作田外来を訪れた。作田は、酒井が持参した検査データを確認することなく、問診を行っただけで診断を下し、即座に診断書を交付した。問診の中で、酒井は煙草の煙だけでなく、衣服の繊維を吸い込んでも、咳き込んで仕方がないと訴えた。しかし、作田は診断書に「煙草の煙のないところでは全く症状が起こらない」と記し、「受動喫煙症」の病名を記していた。

ちなみに、受動喫煙症という病名は、作田が理事長を務める日本禁煙学会が独自に定めたものに過ぎず厚労省では認めていない。もちろん世界保健機関(WHO)が定める国際疾病分類(ICD)にも入っていない。つまり受動喫煙症という病気は、公式には存在しないのだ。受動的に副流煙を吸い込む状況はありうるが、それを病名に転換するのは論理に飛躍がある。日本語としてもおかしい。副流煙を吸い込んだ結果、たとえば気管支炎になったという表現なら十分にありうるが、受動喫煙症とう病気は存在しない。

◆       ◆        ◆

藤井将登を被告とする別件裁判は、2020年10月、将登の勝訴で終わった。A家の訴えは、まったく認められなかった。判決が確定したのを受けて、藤井将登夫妻は、A家の3人と作田学を相手どって「反スラップ」訴訟を起こした。訴権の濫用によって精神的・経済的な被害を受けたというのが提訴理由だった。

この訴訟の尋問の場で、作田は裁判の争点とは直接関係のない藤井敦子と酒井久男による作田外来受診の件を持ち出し、「うさんくさい患者さんでした。」「うさんくさい人だなと思いました。」、「当然、会計にも行っていないと思います。」と供述したのである。作田によるこれらの言動が酒井の名誉を毀損するかどうかが、刑事事件の争点だった。ちなみに酒井は、この事件で民事訴訟も起こしている。

 

◆証言は事実とは異なる

さて冒頭で述べたように、この刑事事件の争点は、作田医師が法廷で行った証言が、酒井の名誉を毀損したかどうかという点である。その発言とは、「会計にも行ってないと思います」という事実摘示を前提とした「うさんくさい患者」という人物評価である。

作田医師の言い訳は、酒井と藤井敦子が診察室を立ち去った後、3分後に煙草の匂いがしたので、女性職員に2人の後を追わせ、構内放送も行ったが、2人が診療室へ引きかえさなかったから、酒井が会計をせずに病院を立ち去ったものとみなし、「うさんくさい患者」と評価したというものだった。従って作田が女性職員に酒井を探すように指示していなければ、人物評価の前提事実がないわけだから、「うさんくさい患者」という人物評価は事実に基づかない暴言ということになる。

既に述べたように、酒井は、刑事告訴とは別に作田に対する民事訴訟も起こしている。その訴訟の本人尋問の中で作田は、女性職員に酒井を探すように指示した行為について、弁護士の質問に答えるかたちで、次のように述べている。作田が女性職員に酒井らの後を追うように指示したかを見極めるために重要な部分なので、引用しておこう。

弁護士 陳述書でも書いていただいたように、一つには診察が終わった後に男女の2人組みが出てったら、うっすらとたばこのにおいがしたんだと。それで事務方の方にも確認してもらって、やっぱりたばこのにおいがすると。これは、もしかしたら誤った診断書を出してしまったかもしれないと思って、慌てて後を追ってもらったんだと。ただし見つからなかったという報告があったと。こういう出来事があったことが一点でいいですか。もう一点としては、後に提出された酒井さんの診断書には、検印、割り印ね。病院の印鑑が押してなかった。この2点がまず挙げられているということでいいですかね。

作田 はい、そのとおりです。(略)

弁護士 診察した後に書類を整理していたら、たばこのにおいがしたというわけですね。

作田 はい。

弁護士 そのたばこのにおいがしがしたというのは、患者さんと思われる二人組が出ていってから何分ぐらい経っていましたか。

作田 まあ、3分ぐらいでしょうね。

作田は尋問の中で、自分が酒井に対して「誤った診断書を出してしまったかもしれないと思って」、事務の女性に後を追わせたと証言しているのである。従って、特別な事情がない限り、酒井の診断記録を訂正するはずだ。ところが作田が、酒井の診断記録を訂正することはなかった。

この点については、酒井を作田に紹介したユミカ内科小児科ファミリークリニックに対する情報公開請求で明らかになった。酒井が、同クリニックに対して作田から送付されたはずの診断記録の開示を求めたところ、開示された診療記録には、「受動喫煙症」などの病名が記されていた。訂正はされていなかった。

つまり作田が酒井らの後を女性職員に追わせたという証言は事実とは異なる可能性が極めて高い。法廷での暴言を正当化するつくり話だったと考え得る。「うさんくさい患者」で「会計にも行ってないと思います」といった証言は、事実とは異なる暴言であり、酒井の名誉を毀損しているのである。

余談になるが、酒井らが立ち去って3分後に煙草に匂いがしたというのも、不自然な証言である。

しかし、横浜地検はこの事件を不起訴とした。ただ、酒井が刑事告訴をした時期には、作田医師の証言(タバコの匂いがしたので、診察の間違いに気づいて、酒井のあとを追わせたという証言)は、証拠として警察に提出されていなかった。検察審査会に審査を申し立てるに際して、酒井はこの証言を証拠として提出している。今後、検察審査会の判断が、注目される。

本稿は『メディア黒書』(2024年11月20日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』(鹿砦社)

一つの事件が一人の人生を狂わせることがある。この事件もそうだ。被害者M君は関西の某国立大学大学院博士課程に通う若き研究者だった。〝かの事件〟さえなければ、今は、どこかの大学で学生に囲まれ研究者生活を送っているだろうと思うと不憫に感じられて胸が詰まる。さらには今でもリンチのPTSDに苦しんでいる。それを仲間とのラクビーで紛らわせているという(おそらくラクビーで鍛えた体力がなければ、壮絶なリンチで亡くなっていただろう)。一方加害者の李信恵は能天気に講演三昧の生活を送っている。行政機関や弁護士会、市民団体などが、リンチ事件の存在を知ってかどうかわからないが、李信恵のしたり顔に騙され「もっともだ、もっともだ」と聞き惚れている。世の中どこか狂っている。

10年前の2014年師走12月17日未明、大阪一の盛り場・北新地、その一角で、〝かの事件〟は起きた。 ──

〝かの事件〟から10年が経とうとしている。ここでは2回に分けて、この事件を振り返り、現代の社会運動における〈意味〉を考え、加害者、これに連なる者、あるいは被害者M君やわれわれに敵意さえ抱きトンデモ判決を出した裁判所、無視・隠蔽を決め込んだマスメディア、「知識人」らの〈責任〉を問いたい。

さて、〝かの事件〟とは、「反差別」運動の象徴とされる李信恵ら5名が、この中の1人、金(本田)良平がネトウヨ活動家から金銭を授受したとの噂を撒いたとして深夜、仲間だったはずの大学院生M君を呼び出し激しいリンチを加え瀕死の重傷を負わせたという事件である。

事件の詳しい内容は、私の話を聞き驚き途中から真相究明活動に加わったジャーナリストの黒薮哲哉が本誌、みずからのサイトMEDIA KOKUSHO、「デジタル鹿砦社通信」などでレポートし、なによりわれわれは「特別取材班」を作り、精力的に調査・取材を行い、これまで6冊(紙の爆弾増刊)の本にまとめ発行しているので、本誌では紙幅の都合もあり、ここでは省く。それらをぜひご一覧いただきたい。

ただ、私に対し意図的な誹謗中傷を振り撒く人間がいるので、一言だけ述べておく。かつて構造改革系の新左翼系小党派のリーダーだった笠井潔という人が、リンチ加害者側に立って被害者M君を執拗に攻撃し提訴され敗訴した野間易通と昵懇(共著もある)の仲ということからか、私を「デマゴギスト」などと言いふらしているようだが、われわれはそう言われないように、これまでになくヒトとカネを使って最大限の調査・取材を行い、これはそれなりに評価されている。

ちなみに、笠井にはかつて一度だけ会ったことがある(1985年)。原稿執筆の依頼で尼崎で行われた、その党派も含む構造改革系の追悼集会でだったと記憶する。彼の文章は『敗北における勝利』という本に掲載され、彼は田舎に引っ込んだりで、以来会ってはいなかったが、そんな誹謗中傷を行っているということで思い出した次第だ。それなりの知識人だと思っていたが見損なった。彼は私たちが心血を注いで取材した本を読んで私を「デマゴギスト」と言ったのだろうか? おそらく読んでいないだろうと思い、関係者を通じ届けるように送っておいた。読んだのであれば、読後感を聞きたいところだ。それでも「デマゴギスト」と言うのか!?

◆事件は1年以上隠蔽された

くだんのリンチ事件は、加害者側に立つ者らによって必死の隠蔽工作が図られ、なんと1年余りも隠蔽された。さらに驚くのは、やはり加害者側につながる人物が当社内にもいたことが発覚し、3年も勤め、それでも尻尾を出さなかった。

当時われわれは「西宮ゼミ」といわれる市民向けのゼミナールを隔月ペースで開いていたが、たびたびこれに参加していた者が「相談があります」と言って別の日に資料などを持ってやって来て初めて、このリンチ事件の事実を知ったのである。なかでも驚いたのはリンチ直後の被害者の顔写真だった。言葉もなかった。これが2016年の1月のこと、事件から1年以上が経っていた。

この間、被害者M君らが手を拱いていたわけではなかった。メディアの記者に会ったり、弁護士に会ったりしながら、その都度失望の目に遭ってきた。あえて名を出すが阿久沢悦子なる、当時大阪朝日社会部の記者に相談し、関西の社会運動のいろんなところに顔を出している自称「浪速の歌う巨人」歌手・趙博を紹介され、貴重な資料一式を渡し、われわれとも会い加害者糾弾を共に行おうと約束したが、この直後、趙は李信恵に会い謝罪するという掌返しに行っている。その資料がどこに行ったのかわからないが、万が一権力に渡ってでもいたら、度し難いスパイ行為である。この男は、関西の社会運動のいろんなところに顔を出しているが用心したほうがいい。一部の党派では「スパイ」と見なされていると聞く。

この事件が1年以上も隠蔽されていたのにはいくつか理由がある。加害者・李信恵が「反差別」運動のリーダーで当時ネトウヨ活動家を相手取り裁判闘争を行っていたこと、いわゆる「ヘイトスピーチ規制法」国会上程が準備されていたことなどが挙げられる。関係者一同、心の中では「なんということをやってくれたんだ」と思っていたとしても不思議ではない。

◆われわれは即刻行動を起こした!

驚いたわれわれが躊躇することはなかった。われわれの出版活動は弱い者の味方ではなかったのか、という素朴な正義感のようなものが自然と沸き起こった。

また、「反差別」運動の旗手といわれる者が起こした傷害事件なのに、なぜマスメディアは報じないのか、という素朴な疑問も湧いた。阿久沢記者のような、スパイ行為に加担するような行為をする者までいるのには驚いた。その後、阿久沢記者は静岡に異動になったりしたが、その際、私たちが追及したところ、驚き狼狽し逃げ回った。今からでも取材に応じるなら静岡でもどこでも行く用意はある。

一方被害者M君の味方は、いなかったわけではないが、正直言って力が弱い者ばかりだった。メディア関係者はいなかったので情報が外に向かうことはなかった。

◆事件前後

ここで少しリンチ前後の情況を振り返ってみる。李信恵ら加害者は、前日夕刻から飲み始め、事件に至るまでに5軒の飲食店を回り「日本酒に換算して1升近く飲んでいた」(李信恵のツイッター)ことをみずから明らかにしている。「1升」といえば、常識的に見れば泥酔の域にあったといえよう。前日は対ネトウヨ訴訟の期日で、これが終わり報告会、そして十三の仲間のたまり場の店・あらい商店で食事をしながら飲み始め5軒の店を飲み歩いていることが明らかになっている。

リンチ直後の被害者M君の顔写真。これを見て何も感じない者は人間ではない!

長時間のリンチ後、加害者らは苦しむ被害者を放置して立ち去っている。人間の心があれば、急救車を呼ぶとかタクシーを拾って乗せるとか、それぐらいはするだろう。それさえせずに……。被害者M君は必死でみずからタクシーを拾い自宅まで戻っている。この時のM君の心中は察するに余りある。異変を感じたタクシーの運転手は運賃を受け取らなかったという。

一夜明け、酔いが醒めた加害者らは、おそらく「しまった!」「まずい!」と思ったに違いない。身近な者らも、「なんということをしてくれたんだ」と思っただろう。

その日のうちに、加害者と昵懇の有田芳生(当時参議院議員)が、そして中沢けいらが相次いで来阪している。そこで何が話し合われたかはわからないが、おそらく混乱していたことは容易に想像できる。

そして、年が明け事件から1カ月余りが経った2015年1月27日、李信恵の姉貴分の辛淑玉が悲痛に「Mさんリンチ事件に関わった友人たちへ」と題する文書を配布する。

また、2月3日には李信恵らによる「謝罪文」も送られ、同時に活動自粛も約束される。

辛淑玉文書にしろ李信恵の謝罪文にしろ、また実行犯の金良平、李普鉉の謝罪文にしろ、のちに反故にされるが、少なくともこの時点では、多少なりとも反省の念があったことは認められる。

しかし、被害者が、ほぼ孤立無援状態であることを見透かした加害者らは反省も活動自粛も反故にし、逆にM君に対して村八分にし、あらん限りの罵詈雑言を加え攻撃に転じる。被害者なのになぜ攻撃されなければならないのか? M君のどこに非があったのか? 加害者、陰に陽に彼らをサポートした者らは、われわれの素朴な疑問に答えていただきたい。月日が経っても、われわれは許さない。

◆訴訟の果てに ──

まずM君は、逡巡しながらも、加害者らの不誠実な態度に怒り刑事告訴に踏み切った。しかし、加害者らは逮捕されるまでもなく略式起訴で、最も暴行を働いたエル金こと金良平に罰金40万円、凡こと李普鉉に罰金10万円、あろうことか李信恵は不起訴だった(2016年3月1日)。この刑事処分には大いに疑問が残る。これだけの傷を負い、今に至るもPTSDに苦しみ、人生を狂わせられて、これか。あまりにも理不尽だ。

しかし、M君の苦難は、以後の民事訴訟でも続いた。 ──

民事訴訟は、鹿砦社の顧問弁護士の大川伸郎弁護士を中心として進められた。当初弁護団に名を連ねた弁護士でサボタージュしたり利敵行為を行った者もいて、それなりに加害者(特に李信恵)防衛で一致する加害者側弁護団に比すると脆弱さは否めなかった。

実際に、被害者M君が李信恵ら加害者5人を訴えた訴訟では、勝訴したとはいえ、金額的にも内容的にも被害者、およびM君に寄り添ったわれわれにとっては不満の残るものであった。金良平(控訴審で賠償金113万円+金利確定)、李普鉉(同1万円+金利確定)に賠償金が課されたとはいえ、李信恵ら5人は免責された。特に実質的首謀者と見なしてきた李信恵に何の咎も課されなかったこと、そして共謀を認めなかったことには被害者のM君のみならずわれわれにとっても意外だったし大ショックだった。普通の感覚で常識的に見れば、李信恵の教唆、5人の共謀は当然と言えるが、裁判官という人種の眼は常人とは異なるようだ。

司法はもはや被害者の味方ではない。われわれには計り知れない〝力〟が働いているのかもしれない ── 実際に、М君対加害者5人組との訴訟、鹿砦社対李信恵との訴訟、あるいは鹿砦社対藤井正美(鹿砦社の元社員にしてしばき隊/カウンターのメンバー)との訴訟にしても、裁判官は1件(後述)を除いて、ハッキリ言って公平・公正ではなかった。むしろわれわれに対し敵意さえ窺われた。

こうしたことを認識したわれわれは、訴訟合戦の後半になって、「日本裁判官ネットワーク」の中心メンバーで「市民のための司法」を目指して活動してきた、元裁判官の森野俊彦弁護士に依頼、森野弁護士は受任され、一審で全面敗訴に屈した、李信恵が原告、鹿砦社被告の訴訟の控訴審では、著名な精神科医・野田正彰によるM君の「精神鑑定書」、国際的な心理学者・矢谷暢一郎ニューヨーク州立大学元教授、ジャーナリスト寺澤有の意見書を提出し真っ向から押し戻し、大阪高裁は李信恵の非人間性を認定した。さすがに、瀕死の重傷を負わせておきながら、無垢のままにしておくわけにはいかなかったのだろうか。裁判官としての良識の欠片は残っていたといえよう。一部を挙げ、ひとまず本稿を擱く。

「被控訴人(注:李信恵)は、本件傷害事件の当日、本件店舗において、最初にMに対し胸倉を掴む暴行を加えた上、その後、仲間である金がMに暴行を加えている事実を認識していながら、これを制止することもなく飲酒を続け、最後は、負傷したMの側を通り過ぎながら、その状態を気遣うこともなく放置して立ち去ったことが認められる。」

「本件傷害事件当日における被控訴人の言動自体は、社会通念上、被控訴人が日頃から人権尊重を標榜しておきながら、金によるMに対する暴行については、これを容認していたという道義的批判を免れない性質のものである。」

「被控訴人の本件傷害事件当日における言動は、暴行を受けているMを目の当たりにしながら、これを容認していたと評価されてもやむを得ないものであったから、法的な責任の有無にかかわらず、道義的見地から謝罪と補償を申し出ることがあっても不自然ではない。」(以上、令和3年7月27日、大阪高裁第2民事部判決から)

(松岡利康)

《関連過去記事カテゴリー》
 M君リンチ事件 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=62

Amazon https://www.amazon.co.jp/dp/B07CXC368T/
鹿砦社 http://www.rokusaisha.com/kikan.php?bookid=000541

斎藤元彦知事の不信任決議・失職に伴う兵庫県の出直し知事選挙は11月17日執行され、斎藤知事が返り咲きました。序盤では、立憲民主党や国民民主党、連合兵庫、県内の多くの市町長に推された前尼崎市長の稲村和美さんに大きくリードされていましたが、猛追、そして劇的な逆転勝ちとなりました。

当選 斎藤元彦 無所属前  1,113,911
   稲村和美 無所属新   976,637
   清水貴之 無所属新   258,388
   大沢芳清 無所属新    73,862
   立花孝志 無所属新    19,180
   福本しげゆき 無所属新  12,721
   木島ひろつぐ 無所属新  9,114

斎藤元彦さんは1977年神戸市須磨区生まれ。東京大学経済学部ご卒業後総務省を経て、大阪府の財政課長などを歴任。2021年の知事選挙で当時の上司だった吉村洋文大阪府知事=大阪維新の会代表=に命じられる形で立候補し、自民党(現在は裏金問題で離党・無所属)西村康稔元経産相ら自民代議士にも応援され、元副知事や共産党推薦候補を下して初当選しました。現在手掛けている目玉政策としては、県立大学の県民向け完全無償化が挙げられます。

しかし、2024年3月、渡瀬元県民局長(当時)が斎藤知事によるパワハラや、物品の「おねだり」疑惑、片山安孝副知事らが中心となった信用金庫への補助金をタイガース・バファローズ優勝パレードにキックバックさせた疑惑など県政私物化を告発する文書を県議やマスコミに送付。これに対して斎藤知事らは、公益通報者保護法に基づいて第三者に任せることをせずに、自分たちで「犯人捜し」をしてしまいました。そして、すでに再就職先も決まっていた渡瀬元局長の退職を取り消したうえに、内部調査だけで「懲戒処分」にしてしまいました。こうした中で、パレード担当課長が自死。さらに、百条委員会で証人尋問される前に渡瀬元局長自身も自死したとされています。

その後、9月に県議会は斎藤知事の不信任案を86対0の全会一致で可決。斎藤知事は、9月30日、失職し、出直し選挙となりました。こうした中で、前尼崎市長の稲村和美さんや、維新の参院議員だった清水貴之さん、共産党系の医師の大沢芳清さんらが対抗馬として手を上げましたが、稲村さんが優勢と言われる状況が10月中旬にはありました。

しかし、ネット上ではいつの間にか「斎藤知事は公務員の既得権益に切り込もうとしてクーデターを起こされて引きずりおろされた」という「神話」が広がっていきました。これを選挙の終盤には旧統一協会が機関紙「世界日報」で取り上げるなどし、斎藤候補を援護射撃しました。

兵庫県知事選 「告発はクーデター」説バズり“パワハラ知事”斎藤元彦氏、逆転か

◆NHKではなくデモクラシーをぶっ壊す「立花孝志」さん

特に、知事選挙の候補者の一人・立花孝志さん(無所属ですが、NHK党党首)は、渡瀬元県民局長が「10人の女性職員と不倫をしていた」さらには「10人と不同意性交していた」などと、後でご自身も根拠薄弱と認めるデマを堂々と政見放送やポスターなどで拡散していました。さらに、百条委員会の奥谷委員長の自宅兼事務所にも選挙演説と称して大勢で押しかけ、奥谷委員長は母親を避難させる事態になっています。また、立花候補が煽った誹謗中傷を背景に、同じく百条委員会で活躍していた竹内英明県議が辞職に追い込まれるという異常事態が起きています。

口から出まかせのようなことを繰り返し、注目を浴びた立花候補。斎藤候補は、自らの手を汚すことなく、対抗馬を引きずり落とすことができました。両者の間に面識はない、ということですが、両者をつなぐ大物がいた可能性もあります。

ともかく、立花候補が「NHK党で10人候補を出す」などと大ぼらを吹いたおかげで、兵庫県選管は公営掲示板を急遽増設し、空振りに終わりました。これだけでも、県費と労働力(ただでさえ人手不足なのに)、木材の無駄遣いで、大迷惑です。

また、今後、立花候補のようなことをするものが出ないよう、公選法による規制が厳しくなる恐れもある。結果として行政の選挙運動への介入も強まりかねない。立花候補はNHKをぶっ壊すどころか「デモクラシーをぶっ壊す」男です。

◆稲村陣営も『反斎藤』まとめられず失速

一方、対抗馬の稲村さんも、急激に失速した感は否めません。今回の選挙の大義名分は、「自分についての告発文書が出たら第三者機関に任せずに自分で犯人捜しをしてしまう組織のトップは失格」ということです。政策うんぬんではないのです。そこを押さえておく必要がある。稲村さんは、「斎藤候補は組織のトップ失格」だという人の票をまとめる必要があった。その点が、今回は弱かったように思えます。その結果、求心力が低下していった。

保守の方の中には『稲村さんは外国人参政権を推進していた左翼だから支持できない』という人が現れました。他方でいわゆる左派やリベラルの中には『稲村さんは維新でもやらなかったような保育園廃止をガンガンやるなど新自由主義者だ』という声も強くなってきました。

出口調査では、れいわ支持層の半数も斎藤候補に流れました。これは、稲村さんの新自由主義的な部分を嫌った可能性がある。アンチ新自由主義が一番の判断基準の人が多いから、維新の清水さんもダメ、最近れいわ攻撃を強めている共産党の大沢さんにもいれたくない。消去法で斎藤君と言う人も多かったのかもしれません。それが正しい選択だったかは別として、です。むろん、『さとうしゅういち後援会』の兵庫県内の会員は稲村さん支持で、選挙を手伝うなどさせていただきました。ただ、れいわ支持者全体の動きにはなりませんでした。

とにかく、呉越同舟で反斎藤ということでまとまる絵柄を出せればよかったのだが、それがなかった時点で斎藤候補に付け入るスキができました。

筆者の個人的な稲村さんについての政策的な評価は、小池百合子氏と蓮舫氏を足して二で割った感じです。だから保守からは左に見えるし、リベラルからはネオリベに見える。戦略を間違うと意外と票がのびなくなるのです。  

なお、東京の場合は、一定年齢以下のインテリの共働き夫婦が小池岩盤支持層で、石丸氏(大金持ち及び若いシングル男性が支持基盤)もそこは食い込めず勝てなかったのです。この層は国政では立憲、都政は小池ファースト、経済政策はネオリベだけど子育て支援は推進で選択的夫婦別姓やLGBT関係は推進という感じの方が多いような印象があります。原発問題についてはまあまあ脱原発寄りで環境重視。しかし、その層は兵庫県内では薄かった。そのことも、『兵庫の石丸』ともいえる斎藤候補に有利に働いたとみられます。

とにかく、告発文書が出た時点で、自分で犯人探しをしてしまう人は首長としてアウト。この一点での選挙にできなかったのが稲村さん陣営の最大の敗因です。あとは横綱相撲を取りすぎた、言い方を変えれば、戦術レベルでガバガバ過ぎたという情報が入っています。男子大学生にマイク納めのマイクを握らせているのを動画中継で拝見し、コロナ感染の後遺症でふらふらしていた筆者は椅子から崩れ落ちました。もともと、稲村さんは、市民派の白井文市長(どちらかといえば日本共産党に近かった)が二期連続務めた後、後継者としてわりと楽な選挙で3回当選しています。周囲にも油断があったかもしれません。

◆そもそも「公務員の既得権益」とは何ですか?

今回、斎藤知事は「公務員の既得権益を打倒する正義の味方」として持ち上げられました。しかし、そもそも「公務員の既得権益」とは何か?

近頃の公務員は、労働条件で言っても昔と比べてもキツイ面も多いのです。例えば、モンスターカスタマー(住民)も多い。例えば、名札を名字だけに等の対応もせざるをえない状況が広島市役所でも起きています

実は、公務員の労働環境がきつい状況は10年くらい前からありました。

2011年、筆者は広島県庁を退職しましたが、その後、後輩たちの状況は急速に悪化していたのです。2014年の広島土砂災害の直後、あるイベントの場で『私たち公務員だって大変ですよ!』と、後輩の女性正規職員からガツンと指摘されました。後輩諸君の労働条件がそんなに厳しいのか、と驚いたのをおぼえています。その後も、最近、広島県でも、他の都道府県でも、20代、30代の職員の退職が増えています

そもそも、公務労働者とは労働基本権が制限される代わりに、人事院勧告で給料・労働条件が決まるものです。

人事院が民間企業の労働条件を調査し、それをもとに決めるのです。そして、各都道府県にも国からそれを通知し、各自治体もそれをもとに人事委員会勧告を出し、議会の議決を経て決まるのです。従って、高すぎもしなければ低すぎもしない、と言えます。政治家は、こういう仕組みをきちんと市民に知らせるのも仕事です。

公務労働者が労働基本権を制限されたり、政治活動を制限されたりしていることをいいことに、叩きまくるのは禁じ手です。これは、別に斎藤候補だけでなく、尼崎市長時代に職員のボーナスを削りまくった稲村候補、あるいは「元祖・公務員叩き」の維新の参院議員だった清水候補にも申し上げたいことです。

公務労働者が安心して働けなければ、防災や教育、福祉と言った住民の暮らしに不可欠なサービスが成り立ちません。

▼さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士/参院選再選挙立候補者。1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)、片目失明者友の会参与。
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タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2024年12月号

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