平均寿命が延び、高齢の親御さんやご親戚家族の健康について、悩みを抱える方が多いのではないでしょうか。私自身、予期もせず元気で健康、快活だった母の言動に異変を感じたのは数年前のことでした。そして以降だんだんと認知症の症状が見受けられるようになりました。今も独り暮らしを続ける89歳の母、民江さん。母にまつわる様々な出来事と娘の思いを一人語りでお伝えしてゆきます。同じような困難を抱えている方々に伝わりますように。

◆朝の電話

今日は、民江さん89歳にまつわる切ない気持ちを聞いてください。

10年以上前から私は、民江さんに朝電話をかけて、声で体調を確認したり、その日の予定を聞くことが日課になっています。けれどその日は民江さんから電話が掛かってきました。「なっちゃん、トイレが流れない!」「流れない? 詰まったの?」「流れないの!」「何か詰まったのね?」「知らない!」 事件が起こった時は、だいたいこんな調子で始まります。私も出かける時間が迫っているので声が大きくなりますが、冷静に冷静に。

まず民江さんを落ち着かせてから、便器から汚水が溢れたのかどうかを聞き出し、その状態に応じて対処しなければいけません。携帯電話を持ったままトイレに行き、トイレの中には足を入れず、覗き込んで今の様子を伝えるように一言ずつゆっくりと電話越しに指示を出します。

興奮すると電話が切れるので、何度も掛け直さなくてはなりません。現状を把握するまでに長い時間とたくさんのエネルギーを消耗するのは毎度のことです。やっと何かの原因で排水管が詰まり、便器からマットがびしょ濡れになる程の水が溢れ、代わりに風呂場で用を足していることがわかりました。

さあ、どうしましょう。今日は大好きなデイサービスに行く日ですし、私は午後しか行くことができません。結局マンションの管理会社にお任せして、無事に詰まりは解消しました。民江さんも少し時間をずらしてデイサービスに行くことができました。皆さんに感謝です。

◆夕方の電話

しかし夕方です。また民江さんからハアハア言いながら電話が掛かってきました。「ベランダに干しておいた私の大切なピエールカルダンのトイレマットが見つからない!」と言うのです。あらら、大切なものだったのね……。実は、民江さんの留守中に掃除と消毒に行った私は、ベランダに干してあったベトベトのマットをゴミ袋に入れて持ち帰り、捨ててしまったのです(!)

民江さんの話は続きます。「マンションの周りを一回りして探したけど落ちてないの。マンションの管理会社に電話したらすぐ来てくれてね、私がご近所一軒一軒聞いて回るわけにいかないと言ったら、見つかったら連絡をくれるって」「だって私が一軒一軒……」

興奮状態の民江さんの口からは、荒い息と一緒に次々と言葉が出てきます。捨てたことを言えなくなってしまった私は、「10階だからね、洗濯バサミで止めていないマットが飛んで行っちゃっても仕方ないよ」と言いましたが、民江さんの気持ちはおさまりません。

一旦こんな状態に陥ると、しばらく5分10分刻みで電話が鳴るので、できる限りお付き合いすることになります。幸いこの日は姉の「古かったからちょうどよかったじゃない」の一言で早々に鎮まり、民江さんは眠りについたようです。翌日、私は新しいマットをトイレにこっそり置いてきました。できればマットがなくなったことは忘れてほしいと願いながら。

管理会社の方のお話から推測すると、今回は尿パッドを流したようです。トイレットペーパー以外の物を絶対に流してはいけないと繰り返し言ってきたのにです。果たしてこの一件で、マットがなくなってしまったことよりも、そちらが重要だということが脳にインプットされたでしょうか。なるべく優しく「うっかり落としてしまったのなら、これからは絶対に気を付けてね」と何度も言っておきましたが、どうでしょう。嫌がられても毎日言い続けていれば、覚えてくれるでしょうか。

◆辛いですか。辛いでしょうね。

民江さんの家の中には、私の書いた張り紙が幾つかあります。ゴミの捨て方やデイサービスから持ち帰った下着の置き場所についてのお願いが大きな文字で張り付けてあります。しかしそれらの張り紙に何の効力もないことを思い起こしながら、あらためて民江さんが一人で生活をすることの難しさを痛感しました。デイサービスで難読漢字をいくらすらすらと読んでいても、目の前にぶら下がった紙には興味がないのでしょう。

普通にしていたことができなくなった民江さん、辛いですか。辛いでしょうね。娘に毎度世話を焼かれたくないでしょうね。明日も私は箪笥や部屋のあちらこちらから脱いだ下着を探して持ち帰りますね。

▼赤木 夏(あかぎ・なつ)
89歳の母を持つ地方在住の50代主婦。数年前から母親の異変に気付く

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平均寿命が延び、高齢の親御さんやご親戚家族の健康について、悩みを抱える方が多いのではないでしょうか。私自身、予期もせず元気で健康、快活だった母の言動に異変を感じたのは数年前のことでした。そして以降だんだんと認知症の症状が見受けられるようになりました。今も独り暮らしを続ける89歳の母、民江さん。母にまつわる様々な出来事と娘の思いを一人語りでお伝えしてゆきます。同じような困難を抱えている方々に伝わりますように。

◆近所の家電量販店からの領収証

高齢者を狙った犯罪が後を絶ちません。詐欺や窃盗など、刑法に触れる犯罪は社会的に深刻な問題です。しかしそこまでいかない、普段の生活の中でちょっとした『ごまかし』によって、高齢者を騙して得をしようと企む人はたくさんいるようです。民江さん89歳にまつわるそんなエピソードです。

ちょうど二年前なので、まだ自分である程度身の回りのことをこなしていた頃のことです。「リビングの蛍光灯がつかなくなったんだけど、交換してもらって明るくなったわ」と嬉しそうに電話が掛かってきました。ゆっくり聞き直すと、昨夜電気がつかなくなったから、朝、近所の家電量販店に行き、先程お兄さんが来て交換してくれて、ありがとうと現金を支払って、お兄さんは帰ったということでした。

電気がつかない時に疑うのは、壁スイッチがOFFになっていることか、単なる蛍光灯の寿命のはずですが、なんとなくおかしい。「ところで何を交換してもらったの? 蛍光灯の管? まさか本体?」聞いても返事は曖昧です。「いくらだったの?」すると領収証を見ながら「35,000円よ」と。

つまりシーリングライト本体を交換したということです。民江さんにその時の様子を尋ねても、お兄さんが車に戻ってこれを持って来てくれたということ以外、詳細を聞き出すことはできません。

私は翌日民江さんの家へ行きました。なんと明るいのでしょう。6畳の居間は煌々としています。そして案の定、複雑なリモコンのどのボタンを押したらいいのかわからなくて今度は怒っています。

私は型番号を控えて家に戻り、製品について調べてから販売店に電話をし、事情を尋ねました。「お母様がLEDをご希望されましたので、そのような器具に取り換えさせていただきました」と。

それからやり取りをすること約30分。年配者には明るい方がいいから部屋の3倍である18畳用で、今後切れる心配のないLEDのシーリングライトに交換したという事がわかりました。そして販売店は蛍光灯を交換するだけで対処できたことを認めたのです。この件は、後日店舗へ行き、一番シンプルで使いやすいリモコンの付いた12畳用の商品に交換し、差額を返してもらうことで決着しました。

◆地銀のクレジット機能付きカード

次は半年ほど前の話です。民江さんから「○○銀行がお金をくれない! 私のお金なのに!」猛烈な勢いで電話が掛かってきました。カードが間違っていないか聞いても「お金が出てこない!」の一点張りです。たまたま居合わせた女性が電話を替わって現場の様子を教えてくださいました。日曜日なので行員さんは不在だし、非常用ボタンを押したためにSECOMが駆けつけて、とにかく大騒ぎになっているようです。私はすぐ家を出るので30分ほどで着くことを伝えて、急ぎ銀行へ向かいました。

到着すると、突っ立った若いSECOMのお兄さんに向かって民江さんが「こんな銀行!」と鬼の形相で怒鳴りつけ、横に女性が付き添ってくださっているという状況でした。まずその親切な女性にお詫びとお礼を申し上げました。それからカードを確認し、難なく希望の現金を引き出しましたが、民江さんの興奮はおさまりません。「もうこんな銀行には来ませんよ!」と大声で叫んでいます。現金を引き出す様子を離れて見守っていたSECOMのお兄さんにお礼を言い、民江さんを抱えるように車に乗せて家まで送りました。

さて、何故このような騒動になったのかということです。銀行のカードの図柄が以前使っていた物と違うことは、私にも一見してわかりました。紫色のそのカードは、クレジットカードとキャッシュカードが一体になっています。差込口に入れる時には、小さな文字を確認して矢印の向きに入れなくてはなりません。差し込む方向がわかりにくいのです。

私の知らない間に、民江さんはこの銀行でクレジット機能の付いたカードに変更をすることを勧められ、何もわからないまま了承して変更をしたということでしょう。

民江さんは昔から「クレジットカードで買い物するということは、借金をして買い物をするということだから、私は絶対にしません」と、クレジットカードを持つことすら拒否し続けてきた昭和一桁生まれです。この銀行は、もう数十年間も民江さんのメインバンクで、年金の振り込みを含めて日常的に利用し、最近では暗証番号を忘れたり印鑑を間違えたり、その都度お世話になっている地方銀行です。ですから民江さんの老化に気付いてくださっていたと思います。

その上でこのカードを勧めたのでしょうか。クレジットカードなんか使うわけがないじゃないですか。万が一落とした時はどうなりますか。サインレスでしょ。簡単にごまかすことができる高齢者を利用しようという人間の心理が働いていたのだと、私は思います。

余談ですが、この銀行は民江さんが端の破れた一万円札を持って交換のお願いに行った際、「ここではできませんので日銀に行ってください」と言ったそうです。90近いお婆さんにです。幸いすぐ傍の別の銀行に寄って交換してもらった民江さんが一枚上手でしたけど。

私達が気を配っていないと、本人が気付かないまま軽く騙され、結果高齢者はデメリットを被ることがあるのです。

▼赤木 夏(あかぎ・なつ)
89歳の母を持つ地方在住の50代主婦。数年前から母親の異変に気付く

衝撃満載!月刊紙の爆弾10月号

民江さん89歳の食生活にまつわるエピソードです。

民江さんは、どちらかと言えば料理が得意だったと思います。最近のお母さん(お父さん)は、動物やアニメのキャラクターを細かく形どったお弁当を作るようですが、昔の民江さんもアルミのお弁当箱に彩りよく手作りのおかずを詰め込んでくれていました。

サラダ菜やキュウリ、ニンジン、ハム、チーズなどを花束の様に食パンで巻いたサンドイッチは、私のお気に入りでした。ガスオーブンからバターたっぷりのマドレーヌが焼きあがる時の香りは忘れられません。当時は外食など滅多にしませんし、レトルト食品や冷凍食品なんてほとんどありませんので、手間と時間をかけて毎日美味しい手料理を作ってくれていました。

◆一人でランチを食べ歩く

そんな頃から半世紀が過ぎ、幸いにも胃腸や歯に何一つ問題のない民江さんは、毎日美味しいランチを一人で食べ歩くようになりました。80歳を過ぎて一人暮らしなのですから無理もないことと思います。お気に入りの店がいくつかあり、時々一緒に行きます。私が「今日は車なんだから、いつも行けないお店にしたほうがいいんじゃない?」と言っても、自分の行きつけの店に私を連れて行きたがりました。

席に着くと「いらっしゃいませ。いつものでよろしいですか。」店員さんの言葉に笑顔で頷きながら民江さんは「娘です」と私を紹介し、「いつも母がお世話になっております」と私は頭を下げます。なぜだか一層背筋を伸ばして微笑む民江さん。「私は一人ぼっちの老人じゃないんですよ。」という心の声が聞こえてきました。

◆「私はこれが一番好き」

民江さんの言動に異変を感じ始めたのは二年ほど前ですが、このようなお気に入りの店ができ、その頻度がだんだん高くなり、いくらなんでも通い過ぎだと思うようになったのもその一つです。一週間に三回同じステーキを食べる。ある時は「私はこれが一番好き」と言ってカキフライ定食が続く。サンドイッチ屋さんのスタンプカードがあっという間に一杯になる。

昨年の春、88歳の誕生日の事です。久し振りに二人の娘家族全員9人が集まり、ホテルのステーキハウスで米寿のお祝いをしました。和食ではなくお肉にしたのも本人の希望です。家まで送り、「じゃあ、夕食はどうする? お寿司でも買ってこようか」と尋ねました。ところがいつものサンドイッチを食べると言うのです。民江さんの意向に従い、私は隣の駅のサンドイッチ屋さんに行きました。

本人にサンドイッチの種類を聞いても「いつもの」と言うだけなので、店員さんへ「あのぅ、たぶん毎日のように88歳の母がいただいているサンドイッチを、今日はお持ち帰りでお願いしたいのですが……」と言ってみました。すると若い店員さんは笑顔で「はい、では卵と野菜とロースハムのサンドイッチだと思います。」と。さらに88歳の誕生日だということを説明すると、小さなメッセージカードを添えてくださいました。私は民江さんがこの店に通い詰める理由は、何よりもお店の雰囲気が心地よいのだと感じました。

◆「毎日おでん」「毎日アイスクリーム」

そんな食生活が数年続いていましたが、さらに驚くことになったのは一昨年の秋ごろです。昼食は相変わらずお気に入り店へ通っているのですが、夕食は近くのコンビニへ行くようになりました。そこで買うのは『おでん』です。コンビニのおでんはお出汁が染みて美味しいらしいですし、栄養的にも問題ないと思いますが、その頻度が問題です。毎日です。コンビニには他にも美味しそうなお総菜がたくさんあるにもかかわらず何か月も毎日『おでん』とサトウのご飯です。

以前から家計簿をつける習慣がありましたので、毎日電話で聞いてみると、毎日千円程度の『おでん』を食べています。でも私が夕食を作って届けてあげられるわけではないので、夏になったらどうなるんだろうと思いながら、そのまま様子を見ていました。

暑い季節になりました。すると今度はアイスクリームを買ってくるようになったのです。その頃は、前日どころかついさっきの記憶も曖昧になり、電話での普通のやりとりではなかなか実態が把握できないようになっていたので、私は少々罪悪感を持ちながらも細かく聞き取りを始めました。

「今、冷凍庫に何本入ってるのか見てきて」「昨日の家計簿にいくら買ったと書いてあるの?」「冷凍庫に入ってるアイスは何?」それを続けてわかったことは、ガリガリ君などのアイスバーやカップのアイスクリームを毎日10個以上食べているということでした。いくら暑いとは言え、一日に10個以上の『アイス』を食べているのです。夜中に目を覚ましても食べているのです。家での食事は朝食のパンと『アイス』だけで、前日に買ったアイスが翌朝にはなくなり、また買いに行っているのです。

私の不安は『おでん』より膨らみましたが、止めさせることはできません。自分の足で買いに行きますし、「私のお金で買っているのに、何がいけない!」と怒鳴るのですから。お腹を壊すことも体重が変わることもなく、こうして夏は終わりました。

◆今年のこの猛暑でもアイスは一度も食べていない

この頃ちょうど昨年の夏から、デイサービスに通っています。異変を感じてから半年後に初めて認知症専門外来に行き、要介護度1の認定を受け、そろそろデイサービスに行った方がいいのではないかと思っていたら、突然本人が行きたいと言い出したのです。

地域の老人会も拒否していた民江さんなので大変驚きましたが、本人の中で何かが変わり始めた証だと思います。そしてあの時コンビニに通い詰めていたことは、今では全く記憶にないようです。今年のこの猛暑でも『アイス』は一度も食べていません。冷凍庫の中には空箱が二つ入ったままです。

▼赤木 夏(あかぎ・なつ)
89歳の母を持つ地方在住の50代主婦。数年前から母親の異変に気付く

発売開始!月刊紙の爆弾10月号

母、民江さんの異変が気になり始めたのは、まだ2年ほど前、民江さんが87歳の時でした。二人の娘を嫁に出した後に夫が亡くなり、ひとり暮らしが17年。「私は今が一番幸せ」が口癖になっていた頃の事です。

いつからか自分で作る食事といったら、トーストと温泉卵と牛乳という簡単な朝食のみ。昼食は、近所のサンドイッチ屋さんやカニクリームコロッケが自慢の洋食屋さん、わざわざ電車に乗ってデパートの地下にあるステーキ屋さんへ行くこともしばしば。日替わりで美味しいランチを食べ、サトウのごはんとスーパーで買った好みのお総菜を夕食にしていました。量だって普通の一人前をペロリと平らげます。食事のついでに立ち寄ったデパートで買った高価でそっくりなデザインのブラウスは、いったい何枚あるのでしょう。日々の暮らしがこうなのですから「幸せ」に間違いないと私は思っていました。

二年前のある日、「あら、なっちゃん。もう退院してきたの?あのね、隣の○○さんがね……」と。毎朝欠かさず電話していた私が、忙しくて三日間も電話をしそびれてしまった後の民江さんの言葉です。えっ?!ピンピンしている私を勝手に病人にしたの?!と、まず思いましたが、そんなことは仕方ありません。私が電話をしなかったのですから。

それより問題は「娘の私が入院しても、全く心配をしていないこと」です。驚いたと言うか、がっかりしたと言うか、悲しかったと言うか……。このとき私が初めて意識した民江さんの異変でした。もちろんそれまでも民江さんの老いを感じることは度々ありました。何度も何度も同じことを聞かされると私は、「もうそれ百回聞いたよ」と返事していました。けれども、同じ話をまるで初めてのように喋る民江さんを見て「ああ、昨日や一昨日どころじゃなくて、いま話したこと自体を忘れるからこうなるのね」と思ってあげられるようになりました。この一件がきっかけです。

あれからたった二年です。たった二年で変わってしまいました。どんなふうに変わったかと言うと、まず、歩き方が大変遅くなりました。若い頃から民江さんは運動が得意で、80歳を過ぎても一日に二、三回は散歩に出かけていましたし、スクワットを披露してくれていました。ところが明らかに歩みが超スローになったのです。足腰に全く問題がないのに、「転ぶといけないから」と本人は言います。もっともな理由ですが、どうにも遅すぎます。

第二に、顔つきが変わりました。会話中に目が合うことはほとんどありません。視点が定まらず空を見ているようですし、たまに娘の私が見たことのないほど目を細くして微笑みます。別人のような表情になりました。怒っているのではなくて笑っているのですからまだマシですが、娘としては不自然で受け入れがたいものです。

第三に、言葉数がすっかり減ってしまいました。PTAの役員をやっていた全盛期は、それはそれは恥ずかしいくらいのお喋りでした。それが普通になったというレベルではありません。元が100だとしたら、今は0.2ぐらいかと思います。認知症初期の頃、何度か「80歳になったなっちゃんを見てみたいわ」と言いました。その都度私は「見れるものなら見てよ」と言い返しながら、心の中で反省していました。私の口調が厳しいことを、民江さんは遠回しに訴えていたのでしょう。現在はそれすらありません。

そして最も深刻な変化は、清潔に対して無頓着になったことです。きれい好きだったはずなのに、いつの間にか全く気にしていないのです。これは大変衝撃的でした。洗濯をしていなかったのです。掃除をしていなかったのです。食器を洗っていなかったのです。これらに関して気が付いてあげられなかった私達の責任は重大です。「洗濯は洗濯機がしてくれる」と言いながら、まさか着替えをしていないとは思わなかったし、白髪が茶色っぽいと思ってもまさか髪を洗っていないとは思わなかったのです。それが何か月に渡っていたのか、知ることはできません。相談に行った福祉の窓口の方はおっしゃいました。「大丈夫ですよ。お食事さえ忘れずに食べることができていれば、まだお一人で暮らせますよ」と。でも娘としては、とても頷くことはできません。安全で清潔に生活できる方法をせめて本人に代わって考えてあげなければなりません。

最近の電話口での民江さんの第一声は「ハアハア(荒い呼吸)、なっちゃん、もう寝るね」です。(何時でもです!)けれども二年以前の第一声は、いつも「だいじょぶよー」でした。あの声を思い出しては後悔しています。その頃から大丈夫ではない状況が始まっていたのでしょう。「大丈夫かどうかなんて聞いてないのに」と思っていてごめんなさい。

最近私と同様に50歳を過ぎた者が数人集まると、認知症の家族の話題になります。ですから65歳以上の7人に1人は認知症という統計には納得です。こんなどこにでもいるような民江さんですが、日々いろいろな事が巻き起こっています。

▼赤木 夏(あかぎ・なつ)
89歳の母を持つ地方在住の50代主婦。数年前から母親の異変に気付く

『紙の爆弾』9月号

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