今回の問題は、「カウンター大学院生リンチ事件」(いわゆる「しばき隊リンチ事件」)に対する、私たち鹿砦社による被害者支援と真相究明に陰ながら不快感を持っていた『週刊金曜日』編集部内の日本共産党としばき隊につらなる人たちによって画策されたものと推察いたします。くだんのリンチ事件の加害者側代理人と植村社長の慰安婦訴訟の代理人兼事務局長は同じ神原元弁護士ですしね。

この非人間的なリンチ事件に関わり始めてから、これについての取材と支援、訴訟などの内容を2016年以来6冊の本にし出版、同時に『金曜日』にもその都度巻末広告を出広してきました。それ以前にも広告は定期的に出広してきましたが、一度たりとも抗議などありませんでした。『金曜日』に抗議がなされ始めたのは、これ以降だと思われます。

これが問題の広告。たった4分の1の小さな広告で大騒ぎする輩と、これに簡単に屈した『週刊金曜日』

北村肇さんによれば、『金曜日』の定期購読者は3つに分かれていて、(1)日本共産党支持者、(2)社民党支持者、(3)無党派だということですが(今はれいわ新選組なども出来たので少し変わったかもしれませんが)、(2)の一部と(3)の読者が鹿砦社の読者と重なるそうです。また、小さな会社なのに組合も3つあり、なにかあればいちいち3つの組合と団交しないといけないそうで疲れるとこぼされていました。北村さんの命を縮めた一因は組合だということは元社員からも聞きました。誤解ないように私たちは組合の存在と活動を否定しているわけではありません。

生前の北村肇前社長。太っ腹な方だった

今回の鹿砦社に対する「ヘイト出版社」扱い、森奈津子編『人権と利権』に対する「差別本」呼ばわりで私たち鹿砦社も、まさに「名誉毀損」に遭っているというほかありません。植村隆社長ら『金曜日』の見解が一方的に喧伝され、特に重なる読者層の方々に誤解を生むことを懸念します。『金曜日』と鹿砦社の力関係は、マジョリティとマイノリティですから。鹿砦社の書籍や雑誌の広告が掲載できなくなることで、ますます私たちの出版活動の内容を外部に知らせる場が一つなくなりました。

今回の件で、『金曜日』に言論の多様性などなく、異論を簡単に排除する左翼教条主義的な組織に成り下がったことを実感しました。今後は「多様性」とか「表現の自由」とか言うなよ!

鹿砦社は「ヘイト出版社」? 森奈津子さんは「差別者」? 人の人権を顧みず、簡単に「ヘイト」だ、「差別」だと言う者こそ差別者だ!

以下、このかん寄せられた読者の皆様方からのご意見です(一部の方を除いてお名前を省いています)。畏敬するゲバリスタ(元・日大全共闘)、板坂剛さんからは11・2金曜日30周年集会へ「乗り込む」ことが提起されました。狂犬・板坂さん一人で乗り込ませるわけにはいかんでしょう。私も抗議のビラ撒きぐらいはやりたいと考えています。行動を共にしてもいいという方はご連絡ください。久しぶりに「老人行動隊」(古い!)を組みましょう! 情宣貫徹! 闘争勝利!

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◆板坂 剛 『マツオカ』へ 1       
 怒りと笑いが同時にこみあげる今回の『週刊金曜日』の広告拒否事件。鹿砦社の出版物に不適切な表現があったから、鹿砦社の広告を掲載するなと、多くの読者から脅迫的な要求があって、それで発行人が今後同誌に鹿砦社の出版物の広告を一切載せないことになったという。完全な倒錯である。
「文春砲」と揶揄され現実の巨悪を撃つ『週刊文春』の足元にも及ばない『週刊金曜日』の末路というべきか。文章で表現された内容に異議があるなら、文章で反論すればいい。
 百歩譲って鹿砦社の出版物の内容を否定するなら、鹿砦社に抗議するのが筋であろう。それを同業他社に広告の掲載を打ち切るように迫るなど卑怯の極み、昭和の右翼が好んで用いたヤクザまがいの手口だ。
『週刊金曜日』の読者がここまで低レベルであったことに驚くと共に、そんな姑息な言動に屈するのは出版人として自殺行為であることを自覚できない『週刊金曜日』の編集者には、もはやジャーナリスト失格であると言い渡しておこう。彼らには自分の仕事に対する意地も誇りもないのだ。今まで『週刊金曜日』を書店で購入したことは何度もあったが、もう二度と買わない。

◆板坂 剛 『マツオカ』へ 2       
 どうも腑に落ちない『週刊金曜日』の鹿砦社に対する広告打ち切り措置。事実上の絶縁宣言であるにもかかわらず「鹿砦社を否定するわけではありません」というヒラ社長のコメント。
「今回の『人権と利権』の広告問題で、『もう鹿砦社の広告をやめるべきだ』という読者の声がさらに強まりました。社内でも『広告取りやめやむなし』いう意見が大多数です」って、ヒラ社長よ「読者の声」「社内の意見」ではないあんたの本音を聞かせてくれと言いたい。
『人権と利権』のどこが問題なのか、自分の言葉で語った上で、今後一切鹿砦社の広告を取りやめる必然性があるのかを説明しない限り、鹿砦社の支持者=読者は納得しないだろう。説明責任を果たさないのは自民党だけで結構。
 11月2日木曜日に日本教育会館一ツ橋ホールで『週刊金曜日』創刊30周年記念大集会が行われるという。私はここに乗り込むつもりである。鹿砦社シンパ関西派の結集を望む。

◆黒薮 哲哉 わたしの新刊の広告も同じスペースで掲載された(週刊金曜日の)号なので、具体的にどのような事情があったのか、週刊金曜日と仁藤氏には説明してほしい。

◆週刊金曜日が鹿砦社の広告掲載を止めた、だけの理由ではなく積もり積もったもの(北村肇さんへの敬意を踏みにじられたことなど)もあり、定期購読を止めました。他人を排斥するなら、自分も排斥されることを知るべきです。

◆本日付の「デジタル鹿砦社通信」を読みました。 6月29日付の記事とあわせ、この間の事情がよくわかりました。松岡さんのおっしゃることは理路整然としており、賛同いたします。
『週刊金曜日』は長く定期購読してきた愛着のある雑誌であり、西宮ゼミでお会いした北村肇さんのお顔も浮かぶのですが、自ら省みることができないようなら区切りをつけるべきかと思案しております。
これに代わる週刊誌が今の日本に無いので困るのですが…。

◆創刊からの購読者でしたが、とっくにやめました。

◆ちょっとひどい ネ、中島氏はやめちゃうし、週刊金曜日にがっかりした。

◆(『週刊金曜日』の)7/7日号確認しました。「社会的には非正規雇用問題を批判しながら、社内に同じ問題を抱え込んでいる」とおっしゃってますが、今回の問題が決定的だったんでしょう。残念です。

◆本多勝一さんのような文章成金がうらやましいですよ。

◆特にというのも変だが2014年のブルデモやリンチ事件のことは今後も何かと付きまとうであろう…

◆週刊金曜日 8/11 1435号読書会から 植村社長鹿砦社決別宣言について さいたま読者から 仲良くしろよ。
と言あり、要は単なる喧嘩口喧嘩のレベルか?
できれば紙の爆弾読書会を開いてこの問題を討議できないだろうか?

◆金曜日に問う
週刊金曜日の植村さんは、自分への攻撃には敏感のようだが、その際の自分の反撃がどういう意味をもっているのかを判断する力は弱いようだ。
反ヘイトなどの運動体の中には、内包する問題を指摘されているところもある。それにつけこんで、誹謗中傷する輩もいる。
しかし、まともな疑問や批判に対しても、誹謗中傷あるいは差別だと逆にレッテル貼りをすることがないとはいえない。
その運動体が社会的にも、さらにさまざまな運動を支持しているひとたちにも、認知をされている場合、この団体が「虐められている」と声を挙げれば、その主張が受け入れられやすくなる。
しかし、大事なことは、事実関係をきちんと押さえ、そのことに歴史的にも理論的にも、正しい解釈をすることだ。感情に流されてはならない。
今回の記事だけでは、当該団体の詳細が分からないので、そのことには触れない。
ここで明らかにされているのは、週刊金曜日が、鹿砦社の出版物の広告を掲載したが、某団体のクレームを受けたら、鹿砦社とは何の話し合いをすることなく、自分が広告掲載を了承した本を「差別的だ」と決めつけたうえ、某団体への謝罪を表明した、ということだ。
右翼の脅迫を受けて、一度出していた会場使用許可を一方的に取り消す自治体の例を想起してしまう。
しかし今回は、ことなかれ主義の自治体が行ったのではなく、言論機関である。それも、一部のリベラル勢力が信頼を寄せているメディアである。
直ちにいい悪いの結論を出す必要はない。
何が問題点であるのか、議論を闘わせてほしい。特に、金曜日に寄稿している人々には、その論争に参加すべき義務がある。

◆「一番弱い所」として生け贄にされた「週刊金曜日」。
カウンター界隈に煽動されたColabo

◆一番の問題点は『金曜日』が鹿砦社を今後無視することだと思う。

◆公開討論を開催するべき案件。

◆「買ってはいけない」の非科学性を(もっと言えば「トンデモ」)を訴え続けた熊野寮OBたちの意見をガン無視し続けた段階で、『週刊金曜日』の購読をやめています。あそこ、サヨクの悪い所を煮詰めたようなところがありますね。

◆う~ん、『週刊金曜日』は左翼なのかなあ。私にはリベラルという認識しかないけど。

◆僕がカタカナで書くときは基本的に「リベサヨ」という、軽蔑的ニュアンスを込めています。

◆松岡さん応援しています。

◆言論弾圧に屈せずに、おかしいことにおかしいと言う松岡さんの姿勢断固支持します。
今日、八鹿高校事件の動画を見ていました。
汗水垂らして働く必要の無い特権階級どもが、デマや暴力で言説を封殺する。今も昔も全く変わらぬ構造に悔しさと虚しさが溢れてきます。
出身や性別や民族やセクシュアリテで括る左派が何故人民大衆に見放されたか。
それは貧しい者、所得の低い者、低賃金労働者を見殺しにし、差別問題や民族問題、LGBT問題にしかとりくまなかったからだ。
左派が被差別者と規定している者たちの中にも、富裕層や搾取収奪を繰り返してきた輩はたくさんいる。
持つ者と持たざるもので分けるべきところ、部落か否か、在日か否か、女性か否か、ゲイか否かで分ける。
こんなふざけたことを未だに続けている。
上記のどれにも当てはまらなくても、ギリギリの生活をしている者はたくさんいる。餓死する人も首括る人もいる。
多くの左派はそんなことなどおかまいなし。彼ら自身が富裕層だから。活動家も2世3世が多い。
労働組合を名のりながら、労働とは無縁の貴族ども。

浅野健一 松岡さんの投稿に賛同します。私が山口正紀さん(故人)、中嶋啓明さんの三人で担当していた「人権とメディア」連載を打ちきり、小林和子編集長(当時)が私を完全排除(植村社長の業務命令)したのも、もう1つのターニングポイントだったと思います。YМ子助教の私の週刊金曜日記事の盗用を不問にしたのも、縁故主義、編集の私物化でした。植村氏は、私に対しては絶縁宣言をしていません。

◆大内問題というタブーも抱えてしまった。タブ―なき雑誌を売りにしていたのにタブーだらけになっては魅力がなくなってしまう。タブーに挑戦する若さも勇気もなさすぎ。

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紙爆の最新号を紹介します。今回も興味を惹かれた記事を深読み、です。取り上げなかった記事のほかに、テレ朝の玉川徹処分の背景(片岡亮)、ヒラリー復活計画(権力者たちのバトルロワイヤル、西本頑児)が出色。読まずにはいられない情報満載の最新号でした。

◆安倍晋三の旧悪を追及することこそ、真の弔いになる

 

最新刊 月刊『紙の爆弾』2022年12月号

国会における野田佳彦元総理の安部晋三追悼演説が好評だった。とりわけ、安倍晋三の「光」とその先にある「影」を検証することこそ、民主主義政治の課題だというくだりが、議員たちの政治家魂を喚起させたことだろう。

だがその検証は、安倍晋三の旧悪をあばき出し、現在もなお続いている安倍トモ政治を批判することにほかならない。それを徹底することにこそ、安倍晋三という政治家の歴史的評価が議論され、真の意味での弔いになるのだ。

その第一弾ともいうべきレポートが「旧統一教会と安倍王国・山口」(横田一)である。

安倍晋三が地元下関の市長選に並々ならぬ力を入れてきたのは、市長前職の江島潔の時代に「ケチって火炎瓶」(自宅と事務所への火炎瓶事件)、すなわち暴力団(工藤會)との癒着までも明らかになっていた。ちなみに、江島元市長は現在参院議員であり、統一教会のイベントに参加したことが明らかになっている。

◎[参考記事]【急報‼】安倍晋三の暴力団スキャンダル事件を追っていたジャーナリストが、不思議な事故に遭遇し、九死に一生を得た! 誰かが謀殺をねらったのか?(2018年8月18日)

安倍晋三の元秘書である現職の前田晋太郎市長もまた、旧統一教会の会合に参加していたことを定例会見で明らかにした。子飼いの政治家たちが、ことごとく元統一教会とズブズブの関係だったところに、「安倍晋三の影」(野田佳彦)は明白である。票のためなら相手が反日カルトであろうと斟酌しない、安倍晋三の選挙の強さは、ここにあったのである。

さて横田一の記事は、前田市長のあと押しで下関市立大学に採用され、今年4月に学長になった韓昌完(ハンチャンワン)が統一教会と深い関係にあるのではないかという疑惑である。

その疑惑を市議会で共産党市議に追及された韓学長は、事実無根として「虚偽告訴罪」での刑事告発を検討していると返答したのだ。

だが、韓学長が所属していたウソン(又松)大学を、安倍晋三と下村博文(安倍の子飼いで、元文部科学大臣)が訪問していた事実に、接点があったのではないかと横田は指摘する。

というのも、単科大学(経済学部)だった下関市立大学が、突如として「特別支援教育特別専攻科」なるものを新設し、教授会の9割以上の反対を押し切って韓教授を採用したからだ。

この事件がおきた2019年以降、下関市立大学では3分の1の教員が中途退職・転出しているという。学園の私物化が告発されてもいる。具体的には新設学部の赤字、市役所OBの天下りなどである。これはしかし、氷山の一角にすぎないのではないだろうか。

◆鈴木エイト×浅野健一 ── 旧統一教会問題

9月号につづいて、鈴木エイトの記事である。講演会をともにした浅野健一が鈴木の講演録を、わかりやすく紹介するスタイルだ。ちなみに、講演会の司会は「紙の爆弾」中川志大編集長が務めた。

まず第一に読むものを原点に立ち返らせるのは、カルト問題が政治と宗教の問題以前に、人権問題であるという鈴木の一貫した視点である。

そして第二に、信者たちを利用して「ポイ捨て」する政治家たちの「カルトよりもひどい」実態である。

全体にカルト統一教会の触れられなかった10年間を顧みて、ジャーナリズムが執着を持つことが必要だったのではないか。持続的、継続的な取材こそ、組織の闇を解明できるとの印象を持った。

この運動に関連する事件にも、少々触れておこう。

記事では触れられていないが、この連続講座の一か月後に開かれた「10.24国葬検証集会」において、浅野健一も参加した鈴木エイトの講演があった(記事中に記述あり)。このとき、機器の不具合で発言時間をオーバーした浅野にたいして、佐高信がクレームを付けたという。詳細は下記URLの浅野健一ブログを照覧してもらいたいが、声帯をうしなった障がい者(浅野)に、発言時間のオーバーを批判したのは明白な事実のようだ。

おそらく佐高において、初対面の障がい者ならばこのようなクレームはつけなかったであろう。かりに政治的慮りでクレームが左右されるようなら、明らかに障がい者差別である。浅野によれば佐高は過去にセクハラ事件(同志社でのイベント後の飲み会)を起こしているという。運動内部の批判は遠慮するべきではない。日ごろから批判的な論評をもっぱらとする者ほど、自分が批判されたときに謙虚になれないものだ。佐高は浅野の抗議に何も反応していないという。

◎[参考記事]10・24国葬検証集会エイトさん講演 佐高氏が浅野非難 : 浅野健一のメディア批評 (livedoor.jp) 


◎[参考動画]2022.10.24 安倍「国葬」を検証する ―講演:「自民党と統一教会の闇をさぐる」鈴木エイト氏(ジャーナリスト)、浅野健一氏(無声ジャーナリスト)、スピーチ:佐高信氏(評論家)

◆氷川きよし「活動休止」と「移籍説」の裏側

喉のポリープの手術後で、長期休養に入るとされていた氷川きよしの、事務所事情である(「紙爆」芸能取材班)。

2019年の芸能生活20周年を機に、自分らしく生きたいと(ジェンダーレス)表明したkiinaこと氷川きよし。舞台での女装や松村雄基との恋愛関係、プロ並みの料理など、スキャンダラスで華やかな魅力がファンを魅了してきた。


◎[参考動画]氷川きよし「革命前夜」in 明治座【公式】

肥った男性の女装は勘弁してほしいと思うことがあっても、kiinaの場合は別だという方は多いのではないか。LGBTQとは無縁なつもりでも、誰でもアニマ(内的女性性)・アニウス(内的男性性)があると言われている(ユング心理学)。

たとえば艦隊これくしょんや美少女ゲームに興じる男性には女体化願望があり、その願望がゲームの中の少女に同化するのだ。女性の場合はもっと露骨で、ボーイズラブ志向として、やおい小説・やおい漫画に熱中することになる。

このようなアニマを体現するリアル系が、氷川きよしの女装化だと言えるのだ。Kiinaの場合は、おそらく誰もが受け容れる美貌のゆえに、イケメン演歌歌手からロック女装、舞台での女装が歓迎されてきたのであろう。

しかるに長期休養の裏側に、事務所(神林義弘社長)の暴力的な体質があるというのだ。氷川きよしの自宅の抵当権(3億4500円)も長良プロが設定しているという。

問題は休養後に、長良プロからスムースに移籍できるか、であろう。記事のなかで氷川きよしの名付け親を、ビートたけしとしている(大手プロ役員)が、じっさいは長良プロの神林義忠会長(故人)である。ということは、芸能人がプロダクションを移籍するときに起こりがちな、芸名の商標登録をめぐるトラブルの可能性である。来年からのKiinaの休養が、つぎの活躍へのステップになるのを期待してやまない。記事ではほかにGACKTのスキャンダルもあり、美形歌手たちの危機が気になるところだ。 


◎[参考動画]氷川きよし / 限界突破×サバイバー ~DVD「氷川きよしスペシャル・コンサート2018 きよしこの夜Vol.18」より【公式】

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

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6月17日に、浅野健一さんの「朝米首脳会談」シンガポール取材報告が行なわれた。書くものもめっぽう面白いが、しゃべりの面白さにかけては右に出るものがない。いや、自虐ネタも交えたトーク、まなざしのある語りは聴く者を元気にさせる。そんな浅野健一同志社大学大学院教授がすこし喉を痛められ、やや滑舌にかげりを感じさせた。どうかご自愛ねがいたいものだ。

氏の報告記事は次号『紙の爆弾』(7月7日発売)に掲載されると思われるので、ここでは氏独特の節まわしで語られる語録を挙げてみよう。14回を数える訪朝では、同志社の学生を引率したこともあるという。

浅野健一さん

「学生も連れて、何度か訪朝してきました。共和国に行くなんて、親御さんが危ないんじゃないかと言うから、わたくし浅野健一が付いてるからだいじょうぶだ。いや、浅野が引率するから危険なんじゃないか、ぜったいにダメだ。となる。ですからゼミ生が10数人いても、行くのはいつも2、3人。まぁ、仕方ないですね。その代わり、河合塾の経験者はだいじょうぶですね。浅野先生がいっしょなら問題ないと。河合塾はわたしみたいに、偏向した先生が多い、いたって開明的なところですから」

歯に衣着せぬ発言からか、朝4時からの番組しか呼ばれなくなった浅野さんは、ワイド番組には厳しいことを言われる。いやいや、言うところはいちいち、頷くしかないものだ。

「トランプの気まぐれで、朝米会談が中止になりそうになった時のことです。テレビのワイド番組は『それ見たことか!』『やっぱりだ』と、みんな喜んでましたよね。平和のための会談が流れそうになったことを、かれらは喜んでいたんですよ。とくにテレ朝の羽鳥さんの番組に出てる長島一茂ね。べつに政治に見識があるわけではなし、どうして彼なんか出すんですかね。父親が偉かったというだけで、あれは野球でダメだった人でしょ。AKB48に語らせるなら、まだわかるんですよ。若い人がどう思っているのかと。あんなのを出すくらいなら、わたしを出せと言いたい。こいうことばっかり言うから、朝の4時にしかお呼びがかからないんですけど」

これは記事にされる思うが、浅野さんの新聞の読み方にはいつもながら感心させられる。

浅野健一さん

「今回の会談の記事で、歴史的な出来事である『朝鮮戦争の終結』をきちんと報じたのは、じつは4月19日の読売新聞でした。一面のここにちゃんと見出しで出てます。朝日も毎日も、この点は読売の後塵を拝しています。とくに毎日がダメで、朝日はいちおう紙面の中のほうを見ると『戦争終結』が出てるのに、毎日は活字にしていません。とは言っても毎日がなくなると困りますから、頑張ってほしいものです。というわけで、読売はやはり一流紙なんです、社説と論評さえ読まなければですね、しっかりした記事が読める」

自虐ネタや批判ばかりではない。このまなざしを読め。

「わたしは戦後の食糧難のなか、ユニセフやGHQのミルクとパンで育ちました。昨日まで敵国だった日本の子供に、国際社会は手を差しのべてくれた。中国も日本の人民も軍国主義の犠牲者だったと、自国民が日本人を殴るのを禁じた。アジアの人々は、日本人(軍民)が無事に祖国に帰れるよう、配慮してくれたのです。共和国の人々が飢えていることを笑うのではなく、手を差しのべるべきじゃないでしょうか」

そういえば、冒頭で浅野さんは「わたしは高校生の時に米国に留学しましたし、米国の建国の精神である自由・平等・博愛を愛しています。そのいっぽうで、軍事力で世界をねじ伏せようとする米国は嫌いです」イベントの後段では「いわば青い米国と赤い米国がある。青い米国(民主党)を愛しています(※赤と青は党の色であって、思想という意味ではない)」と述べた上で「今回は赤い米国(共和党)が思いきった判断をした」と。

そしてこれも、氏が記事にするであろうと思われるが、今回の米朝会談を契機にした和平への流れは、トランプ大統領と金正恩委員長の思いつきや単なるパフォーマンスではなく、韓国の文在寅政権の成立(朴大統領の追放)が舞台を準備し、朝鮮労働党中央委員会の意志統一があり、米国共和党の判断のもとに、会談と朝鮮戦争の終結への意思確認が行なわれたのだと。この政治の裏側を読み取る視点は、いまのマスメディアには露ほどもないものだろう。

横山茂彦。著述業・雑誌編集者。近著に『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

タブーなき『紙の爆弾』2018年7月号!

横山茂彦『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

久しぶりの講演に会場は満員!
「共謀罪」が政治過程に上る中、
「名誉毀損」に名を借りた自らの逮捕・勾留事件の体験を話す!

松岡利康=鹿砦社代表

4月15日(土)夕刻、東京・水道橋の「たんぽぽ舎」が運営する会議室「スペースたんぽぽ」に多くの方々に集まっていただきました。久しぶりに私が12年近く前(2005年7月12日)の自らの逮捕・勾留事件について話す機会を与えていただいたからです。会場は、予想を越えて90名近くの方々で満員、熱気溢れる講座でした。菅直人元首相の講演以来の盛況だったとのこと、当初用意したレジメ・資料30セットでは足りずに、慌てて増刷りをしたほどでした。

この集まりは、たんぽぽ舎が3・11以来適宜継続的に行っている講座の一環で、実に今回が460回目だということです。今回は「浅野健一が選ぶ講師による『人権とメディア連続講座』」の第8回で、テーマは「表現の自由弾圧事件--懲罰としての逮捕、長期勾留」。私は「私が巻き込まれた、『名誉毀損』に名を借りた出版弾圧事件」について自らの体験と、逮捕以来12年近く思ってきたことを話させていただきました。

単なる地方小出版社の経営者にすぎない私の話になぜ多くの方々が関心を抱き参加されたかというと、「共謀罪」なる稀代の悪法が政治過程に上り国会審議が始まったからだと思われます。主催のたんぽぽ舎や浅野健一さんの狙いもここにあるのでしょうか。

つまり、私が逮捕・勾留された当時は、これに至るには刑事告訴→検察(あるいは警察)受理→捜査という一定のプロセスを経るわけで、それなりの日数もかかりますが、「共謀罪」が制定されれば、法的なお墨付きが出来るわけですから、そのプロセスは必要なく、すぐに逮捕することが可能になります。参加者が多かったのは、この危機感をみなさんが感じ取られていたからでしょうか。

◆「表現の自由」「言論・出版の自由」は〈生きた現実〉の中で語るべきだ

講座の内容は、追ってYou Tubeでも配信されるということですから、詳しく知りたい方はそれをご覧になっていただきたいと思いますが、私の話の概要は次の通りです。

一 事件の経緯、二 人権上問題となること、三「表現の自由」「言論・出版の自由」とは何か?、四「表現の自由」「言論・出版の自由」上の問題
ということでした。

私が最も言いたかったことは、憲法21条に高らかに謳われながらも形骸化、空洞化しつつある「表現の自由」「言論・出版の自由」──耳障りの良いこれらの言葉を机上でこねくりまわすのは簡単ですが、それではまさに〈死んだ教条〉になってしまいます。「共謀罪」や権力弾圧がリアルに〈生きた現実〉として迫っているのですから、私たちも〈生きた現実〉として語らなければならないということです。

事件の経緯を振り返れば、事件の一因となった書籍を刊行したのが2002年4月、それから出版差止仮処分、刑事告訴、逮捕→勾留、有罪判決(懲役1年2カ月、執行猶予4年)と民事訴訟での高額賠償金(600万円+利息)、控訴審、上告審を経て確定、執行猶予を不服とする再告訴、これが不起訴となる2011年6月まで9年間の月日が掛かり苦しめられました。本当にきつかった。これは体験した者でないとわかりません。

この間に、私が経営する出版社「鹿砦社」は壊滅的打撃を蒙り、いちどは地獄に堕ちました。正直「もうあかん」と思いましたし、弁護士もそう思ったとのことでした。しかしながら多くの方々のご支援により運良く再起できました。私も「このままでは終われない」と死に物狂いで働き運良く再起できましたが、普通は死に物狂いにもがいて地獄に堕ちたままでしょう。

「こいつはイジメたらんといかん」と警察・検察・権力に目をつけられたら、それは凄まじいものです。当時「ペンのテロリスト」を自称し、「巨悪に立ち向かう」と豪語、これが当時警察キャリアを社長に据えていた警察癒着企業や警察・検察を刺激し、警察のメンツにかけて本気にさせてしまったようです。

今でも「われわれにタブーはない!」をモットーとする私たちの出版活動に対しては批判も少なからずありますが、私たちを批判する人たちの多くは、自らは〈安全地帯〉にいてのものです。果たしてどれだけ体を張った言論を行っているのか!? 私は半年余り(192日間)ですが、1カ月でも2カ月でも拘置所に幽閉されたらキツいぞっ!

◆心ある方々のご支援で奇跡的再起を果たした私たちは〝支援する側〟に回ります

私、および私の出版社「鹿砦社」は、奇跡的ともいえる再起を果たすことができました。私も死に物狂いに働きましたが、保釈後挨拶に出向き塩でも撒かれ追い返されるかと思いきや高級すし屋に招いてくれ、「人生にはいろんなことがあります。私は支援しますので頑張ってください」と激励し仕事を受けてくださった印刷所の社長(当時)はじめライター、デザイナーさんら多くの方々のご支援の賜物と言わざるをえません。私の能力など、出版業界では並で、大したことはありませんから。本当に有り難い話で、事件から12年近く経ち、あらためて感謝する次第です。

私たちは今、再建なった中で、3・11以降、たんぽぽ舎はじめ幾つかの脱原発の運動グループを継続して些少ながら支援しています。いちどは壊滅的打撃を蒙りながら地獄から這い上がってこれたことへの〝恩返し〟です。かつて支援された側が、今度は支援する側に回ります。もう支援される側には戻りたくありません。

また、私たち鹿砦社は脱原発を今後の出版方針の一つとして定め、たんぽぽ舎のお力を借りて脱原発情報マガジン『NO NUKES voice』を創刊し、すでに11号を数えました。脱原発の老舗市民グループ・たんぽぽ舎はもう30年近くになるということですが、脱原発をライフワークとされる柳田・鈴木両共同代表はじめスタッフの方々のピュアな想いにも励まされ、齢65になった私の今後の方針も見えてきました。鹿砦社東京編集室の〝隣組〟ということもありますが、今後共、最大限共同歩調を取っていきたいと思います。

最後になりましたが、今回の講座で東京で久しぶりに、くだんの「名誉毀損」逮捕事件について話す機会を与えてくださったたんぽぽ舎のみなさん、及び逮捕直後から支援され今回も自身の連続講座の一つに組み入れてくださった浅野健一さんに感謝いたします。 

(鹿砦社代表・松岡利康)

〈原発なき社会〉を求める声は多数派だ!

『NO NUKES voice』11号

2017年3月17日の那覇地裁。山城さん初公判の日

◆5カ月の拘束後に保釈

辺野古新基地・東村高江ヘリパッドの米軍基地建設への抗議行動を巡り、威力業務妨害や公務執行妨害・傷害、器物損壊の罪で逮捕(2回)・起訴されている沖縄平和運動センターの山城博治議長が3月18日夜、5カ月ぶりに解放された。証拠隠滅も逃亡の恐れもない軽微な事件で、152日も投獄された後の解放だった。2015年に悪性リンパ腫で入院したことのある山城さんの長期拘束については、国連人権委員会でも問題になり、国際人権団体アムネスティ・インターナショナルが健康状態を懸念して釈放を呼び掛けていた。

地裁は山城さんに対し、接見禁止を続け、3月13日に初めて妻の面会を認めた。5カ月の投獄は実質的な懲罰だ。

保釈になったのは那覇地裁(潮海二郎裁判長)で初公判が行われた翌日だった。弁護側は山城さんら3人の初公判の閉廷後に保釈請求(12回目)し、那覇地裁は同日夜、保釈を認めた。しかし、検察側は執行停止を求め、福岡高裁那覇支部が18日に保釈を決定。高裁那覇支部は、接見禁止の延長を求めた地検の抗告も棄却した。

報道によると、山城さんは那覇拘置支所前に集まった支援者らに「これから何カ月かかるか分からないが、皆さんと一緒に公判で無罪を勝ち取ろう」と涙ながらに話した。

筆者は3月8日、那覇地裁総務課に「記者席」での取材を要請したが、新盛誠・広報係長は10日、「記者クラブ(13社加盟)の報道機関以外の申請は認めない。傍聴券を求めて並んでほしい」と通告してきた。

那覇地裁の正面玄関には鉄柵でバリケードが築かれ、裁判所の職員、民間警備員が2列で警備した

地裁本館の玄関前にいた警察官がビデオカメラを示威行動する市民に向け続けた

17日午前8時半から9時まで地裁近くの公園で傍聴券配布が行われ、一般傍聴の22席に379人が並んだ。私は抽選に外れ傍聴できなかった。

昨年、宇都宮地裁で行われた今市事件、東京地裁のジャカルタ事件の裁判では、日本雑誌協会の代表取材の形で、フリージャーナリストの記者席での取材を認めているが、那覇地裁は門前払いだった。沖縄の裁判所にも、最高裁と企業メディアが談合する強固なキシャクラブ制度がある。

◆横暴な中央政府に抵抗した正当な闘い

山城さんは昨年10月17日に逮捕され、身柄拘束が5カ月に達していた。山城さんの弁護人、池宮城紀夫弁護士らによると、山城さんは罪状認否に先立ち、「長期勾留と被告人の権利を奪う不当な処遇」に抗議し、「これはまごうことなき不当弾圧だ。闘いは不滅だ」と強調した。米軍キャンプ・シュワブのゲート前にコンクリートブロックを積み上げたとされる威力業務妨害罪について「やむにやまれずとった抗議行動で、正当な表現行為だ」と主張した。

山城さんは米軍北部訓練場への侵入防止用の有刺鉄線1本(2000円相当)をペンチで切断したとされる器物損壊罪について、外形的事実だけ認め、「機動隊の暴力的な排除に対し、やむにやまれず行動を起こした」として、起訴事実のすべてについて行為の正当性を主張した。

弁護側は「政府の横暴さ、圧倒的な警察権力に対する正当防衛だった。刑事処罰は、表現の自由を保障する憲法に違反する」と表明した。

これに対し、検察側は冒頭陳述で「被告が抗議行動の中心を担い、工事を遅延させた」と指摘した。沖縄の民意は新基地反対である。民意を無視して自然を破壊する工事を強行する反対運動の中心を担うことが犯罪になるのか。工事が遅延したのは、翁長知事を先頭とする島ぐるみの非暴力抵抗闘争の成果であり、平和運動を刑事事件にすること自体が憲法違反、国際人権規約違反だ。

山城さんと共謀したとして同様に起訴された添田充啓さんと稲葉博さんも無罪を訴えた。

共同通信などは「山城被告と共謀したとして威力業務妨害罪に問われた66歳の男と、公務執行妨害と傷害の罪に問われた44歳の男も否認した」などと報じた。沖縄のメディアは「山城議長」と報じているのに、ヤマトのメディアは「山城被告」だ。他の被告人2人を「男」と呼ぶのは無罪推定の法理に反している。

照屋寛徳衆議院議員(社民、弁護士)と池宮城弁護士(右)

◆裁判所前で市民約300人が支援集会

3月17日午前、那覇市の城丘公園では3人の裁判勝利や即時釈放を求める事前集会(主催・オール沖縄会議など)が開かれた。その後、裁判所前に約300人の市民が集まり、支援集会を開いた。支援者は夕方まで裁判所付近で「山城さんは無実だ」「いますぐ保釈せよ」などと声を上げた。「裁判所は人権を守れ」「裁判官は市民の声を聞けというシュプレヒコールも繰り返された。

支援会が配布したチラシに「沖縄タイムス、琉球新報の報道は山城博治さんに大きな励みになっている」とあった。

17日夜、県庁まで支援集会が開かれ、池宮城弁護士は「この事件は山城さんら3人の事件ではなくて、皆さん1人1人が裁かれている」と述べた。照屋寛徳衆議院議員(社民、弁護士)は「弁護士として博治に14回接見した。博治が意思を曲げず、日々を送れたのは支援者のおかげと感謝し、無罪であること、沖縄の正義を訴えていくと言っている」と報告した。

◆戒厳令のような那覇地裁の異常警備

那覇地裁は初公判の日、地裁はすべての門を閉じた。正面玄関には鉄柵でバリケードが築かれ、裁判所の職員、民間警備員が2列で警備した。裁判所構内も含め周辺に多数の制服警察官が配置され、機動隊員があからさまに行進するなど警備していた。正面玄関の鉄柵前には市民が座り込んだ。地裁本館の玄関前にいた警察官がビデオカメラを示威行動する市民に向け続けた。鉄柵には「防犯カメラ作動中」と書いた張り紙があった。

憲法で裁判は公開とされている。山城さんの無実と保釈を訴える市民を排除する裁判所は人権無視だ。ここには、国家の暴力装置を使って民衆の抵抗を弾圧する安倍政治の意思と「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される」(日本国憲法第七六条3)という条文を忘却している裁判所の醜い姿がある。

3月17日夕方に行われた沖縄県庁前集会

▼浅野健一(あさの・けんいち)
アカデミック・ジャーナリスト。同志社大学大学院社会学研究科メディア学専攻博士課程教授(京都地裁で地位確認係争中)。1948年香川県高松市生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。共同通信社時代に『犯罪報道の犯罪』(1984年学陽書房)を上梓。1994年に退社し、同年より同志社大学教授に就任。「人権と報道・連絡会」世話人。
浅野教授の文春裁判を支援する会HP: http://www.support-asano.net/index.html
「人権と報道・連絡会」HP: http://www.jca.apc.org/~jimporen/
浅野ゼミHP: http://www1.doshisha.ac.jp/~yowada/kasano/index.html

冤罪とジャーナリズムの危機──浅野健一ゼミin西宮報告集

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