◎[参考動画]映画『遺言 原発さえなければ』 2017年劇場用予告編(映画『遺言』プロジェクト)

東日本大震災が起こった2011年3月12日から福島第一原発の事故に際して取材に駆けつけたフォトジャーナリスト二人が、3年にわたり記録し続けてきた250時間の映像をまとめたドキュメンタリー映画『遺言 原発さえなければ』(監督/豊田直巳、野田雅也)。総時間225分に渡り、全5章。「第一章 汚染 取り残された住民たち」「第二章 決断 酪農家人生の崩壊」「第三章 避難 ご先祖さまを残して」「第四章 故郷 つなぐ想い」「第五章 遺言 原発さえなければ」だ。

 

『遺言 原発さえなければ』

それぞれの章を紹介しよう。第一章では、原発から約30キロ離れた飯舘村が、京都大学の今中哲二助教が強い放射能に汚染されていることを村に報告する。何も知らされていなかった村民だったが、徐々に村全体が汚染されていることを知り……。
第二章は酪農家たちのドキュメンタリーだ。飯舘村計画的避難区域に指定され、酪農家たちも避難を余儀なくされる。だが酪農家にとって避難は牛を捨てての廃業を意味する。苦悩にさいなまれる酪農家たちだったが、人の命には変えられないと悩んだ末に決断を下す……。

第三章は飯舘村から避難する住民に焦点を当てている。福島市内から山形、横浜まで避難する人もいる。原発によって家族がバラバラになってゆく姿をみて、原発事故が奪っていったものを知っていく……。

第四章は、お盆に合わせて飯館村に帰郷してきた各地に避難している村民たちの記録だ。バラバラになってしまった村民たちだが、久しぶりに会ったことからか皆の顔に笑顔が浮かんでいる。バーベキューをしながら近況報告をする人たちの中には涙を浮かべる人たちもいて……。

そしてラストの第五章だ。この映画のタイトルにも関連する言葉「原発さえなければ」がテーマになっている。この言葉は酪農家が自ら命を絶った際に、堆肥小屋の壁にチョークで書き残したもの。「残った酪農家は原発に負けないで頑張ってください」という遺言を守るために酪農家たちは新しい生活を続けるが、故郷の汚染は続いていて……。

グリーンイメージ国際環境映画祭大賞、江古田映画祭グランプリ受賞。現在第二弾を6年経った飯舘村で撮影している。バラバラになった村民たちのかねてから懸念されていた帰村は始まるのだろうか。

現在日本の脱原発運動は危機にあるといってもいい。一部の人たちは精力的に活動しているものの、かつてのような国民運動的な勢いが原発運動にはなくなってきてしまっている。それは忘れやすい、水に流すという文化がある日本人ならではないのだろうか。イタリアにおける原発再開の中止、ウェスチングハウスの倒産、アメリカも原発から撤退傾向にあるなど一部の国を除いて世界は脱原発に流れつつある。

事故当時の思いを忘れないためにも、この映画を見て、原発事故直後の飯舘村で暮らす人々に思いを馳せてもらいたいものだ。

◎『遺言 原発さえなければ』HP http://yuigon-fukushima.com/
◎『遺言 原発さえなければ』facebook https://www.facebook.com/yuigon.fukushima

(渋谷三七十)

〈原発なき社会〉を求める声は多数派だ!『NO NUKES voice』11号!

多くの人たちと共に〈原発なき社会〉を求めて『NO NUKES voice』11号

これこそ世紀の「くだらない座談会」として、ギネスにでも遺すべきだろう。なんと週刊新潮の8月11・19日合併号では「特別読物 原子力の専門学者座談会 御用学者と呼ばれて」シリーズで、「反原発」に「反対」する学者たちの座談会が開かれているが、テーマは「もんじゅ」でタイトルは『なぜ「もんじゅ」が日本の平和と環境に資するのか!』というタイトルが打たれている。

参加しているのは高木直行教授(東京俊大学大学院)、澤田哲生助教授(東京工業大学)、奈良林直教授(北海道大学大学院)、河田東海夫(原子力発電環境整備機構=MONO元理事)の4人が「もんじゅ」こそが環境と平和に資すると平気でのたまう。

「週刊新潮」2016年8月11・18日号より

記事を抜粋する。記事はまずこんな前文から始まる。

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「週刊新潮」2016年8月11・18日号より

原子力規制委員会が引導を渡したのは昨年11月のことだった。高速増殖炉「もんじゅ」について、機器の点検漏れが数多く発覚したことなどを理由に、今の原子力研究開発機構(JAEA)は信用できないので、それに代わる新しい運営主体を探すよう、文部科学大臣に勧告したのだ。もんじゅはプルトニウムとウランの混合酸化物、MOX燃料を使い、発電に使ったプルトニウム以上の燃料を生み出す「夢の原子炉」を実用化すべく建設されたもの。日本の核燃料サイクル戦略の中核に位置づけられていたが、それが存続の危機に追い込まれたのだ。規制委員会が突きつけた回答期限のメドは「半年」。すでに半年を超え、8ヶ月が経過したが、新しい受け皿の具体案は示されない。「もんじゅ」は消滅するのか。もはや必要ないのか。澤田哲生氏を進行役に、専門学者たちが議論を交わした。

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「週刊新潮」2016年8月11・18日号より

この馬鹿野郎たちの議論の前に解説すると、「もんじゅ」について原子力規制委員会が「運営母体を変えろ」と勧告したのに続いて、今年1月にIAEA(国際原子力機関)が実施するIRRS(総合規制評価サービス)の監査が入ったと澤田氏が指摘している。そう、まずはIRRSの監査の基準がなっていないという議論から始まる。規制委員会の田中俊一委員長が「核燃料サイクルや高速増殖炉開発の意義を十分に納得していない」と高木氏は吠える。

「週刊新潮」2016年8月11・18日号より

そして議論は「もんじゅを再稼働するのには、電力会社の協力が必要だ」という最悪の論調に走っていく。

奈良林氏の言葉を抜粋する。
『今、電力会社は自分の発電所の再稼働問題で手一杯。再稼働が進めば余力もできるでしょうが、今がタイミング的に一番まずい。再稼働がなかなか進まない点は、IRRSがいみじくも言っています。今の原子力規制庁と規制委員会は、新規則基準を作るまではよかったが、規制の運用が〝初期段階〟だと。日本の規制は世界から見ると小学生だというのです。だから、もんじゅを安全にする指導もできず、無駄な書類ばかり作らせている。』

「週刊新潮」2016年8月11・18日号より

この国はもんじゅの再稼働に141億円をつぎ込もうとしている。これだけの金があれば、いくつ被災者住宅が建つというのか。

もんじゅは、1995年にナトリウム漏れ事故を起こしている。
直近では、7月下旬に、点検漏れが新たにあったとして報道された。もんじゅは今や「瑕疵つき物件」なのだ。

あいた口がふさがらないことに、河田はこんな発言をしている。

『高速増殖炉は軽水炉とはまったく体系がちがいます。それに、もんじゅは研究開発のための原子炉ですから、一生懸命に稼働率を稼ぐ必要はなく、保全計画が適正であるのを検証しつつ、一歩ずつ前に進めばいい。ミスが全然ないように学びながら作りあげていくものです。だから規制庁による点検漏れだ、違反だという指摘は、基本的にはフィロソフィーが違うのかなと。規制のあり方を一度ゼロベースに戻すべきです。また、もんじゅに関わっていた人は「運転する自信はじゅうぶんある」と言います。ですから、きちんと実働しながら、それを紙の体系とすり合わせていくことが大切だと思います。』

「週刊新潮」2016年8月11・18日号より

おいおい、何度も事故を起こした車の運転手が「自信が十分にある」「学びながら運転します」といえばあんたたちはその車に乗るのか。

ナトリウムが漏れたということは、拡大すれば端的にいえば体のタンパク質がとけていくかもしれないということで内蔵疾患の原因にもなりかねない。

座談会の学者たちよ! そして「週刊新潮」の人間たちよ!
福島の被災者住宅のど真ん中で座談会をやってみよ。
それができないなら、すぐにお詫びと訂正記事を出せ。

(渋谷三七十)

『週刊新潮』(2016年1月28日号)特別読物原子力の専門学者座談会第12弾「御用学者と呼ばれて」

ずいぶん以前の話だが、「反・反原発」路線で売っている『週刊新潮』の1月28日号で、「特別読物 第12弾 原子力の専門学者座談会 御用学者と呼ばれて」の連載で「高速増殖炉もんじゅと日本の核燃料サイクル」と題して、東京工業大学・澤田哲生助教授、東京都市大学大学院・高木直行教授、東京大学大学院・岡本孝司助教授、北海道大学大学院・奈良林直教授らが「もんじゅ」をテーマに語っていた。
なんてことはない。掲載当時は「もんじゅ」の運営を原子力規制委員会が、日本原子力研究開発機構(JAEA)にかわる主体にゆだねるように馳浩文部科学大臣に勧告した頃だ。要するに、「もんじゅが必要」という論調にもっていきたいのが見え見えの呆れた座談会だ。日本原子力研究開発機構の高速増殖炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)を再稼働させると、少なくとも5800億円の費用がかかると文部科学省が試算していることがアナウンスされている。冗談も休み休み言ってくれよ、週刊新潮! 吐き気すらするこの記事を抜粋しよう。

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澤田 仮に、今回の勧告でもんじゅが廃炉に向かうとしたら、日本のエネルギー政策、原子力政策にどんな影響が及ぶでしょうか。核燃料サイクルはフランスのアストリッドと協力してやる話もあるようですが、国内の六カ所村などの再処理施設はどうなるのか。エネルギー小国の日本がもんじゅを捨てるのは、あまりにもったいないと思います。
岡本 エネルギーを司る役所は経産省と文科省に分かれますが、今回の勧告に監視、経産大臣は「もんじゅは文科省の所管です」とにべもなく語っている。経産省は、核燃料サイクルを推進しているはずですが、地震が多い日本では使えないフランスのアストリッドに期待しているのか。そもそも、もんじゅがつぶれたらアストリッドもありません。
高木 経産省はもんじゅに見切りをつけ、アストリッドとの協力で核燃料サイクルを進めるというのでしょうか。でも、もんじゅをやめた時点で多くの人は、日本が高速増殖炉開発をやめたと思いますよ。
奈良橋 もんじゅをやめてしまうと、日本では二度と高速炉を建設できないと思います。ナトリウムを流して高速炉を運転するのは特殊な技術で、日本は30年かけてナトリウムを使える人を育ててきた。それを絶やしてしまえば、アストリッドと協力しても、日本側から適切なアドバイスをする人がいなくなってしまう。(『週刊新潮』2016年1月28日号)
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おいおい「週刊新潮」よ、いや新潮社の諸兄よ! チェルノブイリの被害を描いてノーベル文学賞をとったベラルーシの女性作家、スベトラーナ・アレクシエービッチ氏の『チェルノブイリの祈り――未来の物語 』(岩波現代文庫)を読んで感想文を書け。そして福島の被災者住宅に個別配付し、悔い改めよ! もしくは、「もんじゅ」の再稼働を署名で止めろ!

まだまだ腐った「原発推進メディア」はたくさんある。ひとつとして許すことはできない。機会があれば、紹介しよう。

(渋谷三七十)

膨大な知識量には感嘆するものの、「知の巨人」だとしても言説は斬るべき。間違いは間違いだ。『「反原発」異論』(論創社2015年1月)で吉本隆明は、こう綴る。故人を攻撃しているわけでもなんでもなく「間違いを正して原発を廃止する」ための方策で取り上げるので、けして吉本の人格を斬るわけでない。
吉本は「反原発で猿になる」というタイトルでこう書いている。

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 僕は以前から反核・反原発を掲げる人たちに対して厳しく批判をしてきました。それは、今でも変わりません。実際、福島第一原発の事故では被害が出ているし、何人かの人は放射能によって身体的な傷害が生じるかもしれない。そのために〝原発はもう廃止したほうがいい〟という声が高まっているのですが、それはあまりに乱暴な素人の意見です。今回、改めて根底から問われなくてはいけないのは、人類が積み上げてきた科学の成果を一度の事故で放棄していいのか、ということなんです。考えてもみてください。自動車だって事故で亡くなる人が大勢いますが、だからといって車を無くしてしまえという話にはならないでしょう。ある技術があって、そのために損害が出たからといって廃止するのは、人間が進歩することによって文明を築いてきたという近代の考え方を否定するものです。そして技術の側にも問題がある。専門家は原発事故に対して被害を出さないやり方を徹底して研究し、どう実行するべきなのか、今だからこそ議論を始めなくてはならないのに、その問題に回答することなしに沈黙してしまったり、中には反対論に同調する人たちがいる。専門家である彼らまで〝危ない〟と言い出して素人の論理に同調するのは「悪」だとさえ思えます。(中略)一方、その原子力に対して人間は異常なまでの恐怖心を抱いている。それは、核物質から出る放射線というものが、人間の体を素通りして内蔵を傷付けてしまうと知っているからでしょう。防御策が完全でないから恐怖心はさらに強まる。もちろん放射能が安全だとは言いません。でも、レントゲン写真なんて生まれてから死ぬまで何回も撮る。普通に暮らしていても放射能は浴びるのです。それでも、大体九十歳までは生きられるところまで人類は来ているわけです。そもそも太陽の光や熱は核融合でできたものであって、日々の暮らしの中でありふれたもの。この世のエネルギーの源は元をただせばすべて原始やその核の力なのに、それを異常に恐れるのはおかしい。(吉本隆明『「反原発」異論』論創社)
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おいおい吉本大先生よ、核が「ありふれたもの」だって? バカも休み休み言っていただきたい。すると北朝鮮で金正恩が核開発しているのも「日常のひとコマ」ってわけだ。天国で福島原発事故の際に亡くなった人の怒号を聞け!

(渋谷三七十)

JR東海傘下の『WEDGE(ウェッジ)』は原発推進団体からよほど金が流れているのか、摩訶不思議な雑誌だ。外交評論家の金子熊夫の原稿で、タイトルは「日印原子力協定は日本の非核主義と両立する」という脱力するようなものだ。

驚くべきことに「日本とインドの原子力協定を後押しする」というコンセプトのもとで、以下の残念な内容が展開されている。つまり金子は「インドが核実験をする」ということと、「日本が原発技術をインドに提供する」ことは別物だと言いたいのだ。

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外交評論家の金子熊夫

 2015年12月半ばに訪印した安倍晋三首相とナレンドラ・モディ印首相との間で、日印の民生用原子力協定を可能にするための二国間原子力協力に関する「原則合意」が成立した。長年この協定の重要性を唱えてきた者として、大変喜ばしいことである。しかし、日本国内では対印協力に対する懸念が繰り返し報道されてきた。世論への配慮からか、政府の締結に向けての歩みは決して早くない。日印原子力協定は、原子力の問題ではない。日本の安全保障、アジア全体の安全保障という、もっとも大きな文脈で捉えられるべき問題であり、細かい技術論で大局的な政治判断が損なわれることがあってはならない。残念ながら、日本人はインドに対する理解が浅い。日本が唯一の戦争被爆国としての立場ばかりを主張するなら、愛想を尽かすのはインドの方だ。日印の協定交渉は、民主党政権時代に始まってから間もなく6年になるが、この間もっとも双方が対立してきたのは、核実験再開時の扱いだった。日本国内では、インドが核実験を行ったら、直ちに対印協力を停止することを協定に明記すべきとの意見が根強い。(中略)
 日本としては、今回安倍首相がニューデリーでの首脳会談で、はっきり「インドが核実験を再び行った場合には、日本からの協力を停止する」と伝えているのであるから、これで十分ではないか。日印協定案を国会が承認する歳に衆参両院が付帯決議を採択して日本の立場を宣明するのも一案だろう。そもそも、インドが核実験を行った場合にどう対応するかというようなことは、協定や条約には本質的になじまない。そのような場合には何よりも必要なのは、日印両国政府が急遽協議することだ。協定や条約の運用について締約国同士が随時緊密に協議することは当然のことで、そのことを原子力協定に明記しておけばよく、それで十分だと筆者は考える。(『WEDGE』2016年4月号)
◎金子熊夫の略歴紹介HP http://www.eeecom.org/old/KKprofile.htm

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おいおい、金子よ! 正気か? 同じことを広島の原爆ドーム前で拡声器を使って真顔で言えるのか。インドが核実験を行う場合、その原子力のメカニズムは、日本からの原発技術供与と関係ないと誰が言えるのか。原発技術と核実験が密接に関係しているのは、小学生でももはや知っている事実である。

(渋谷三七十)

あいかわらず無反省の経団連御用達マガジン 『WEDGE(ウェッジ)』3月号に国際環境経済研究所前所長の澤昭裕が病床から書いたというコラムであり、遺稿となった「戦略なき脱原発へ漂流する日本の未来を憂う」を斬ってみる。澤の言論は、あくまで「原発推進」を軸にして進む。澤は原子力事業を一社か二社かに再編した上で、火力や水力も含む包括的合併を提唱する。

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 東芝や日立といった原子力メーカーが進めてきたような、海外電力事業者との連携を契機とした再編も選択肢の一つだ。電力会社と例えば米国電力事業者との間でアライアンスが実現すれば、安全保障上の連携効果も高まる上、閉鎖的な我が国の原発オペレーション能力を海外に効果的に発信していく契機ともなる。若手技術者が「直営技術力」を高めていく絶好の機会ともなろう。(中略)
 海外事業者とファンドを組成して国内の原発資産を購入していくことも考えられるし、先に上記のような「原子力地域連合」を作り、ファンドが出資することも一案だ。こうした再編を進めた場合、特に経営規模の小さい会社にとっては、投資体力や技術人材プールの充実、発電ポートフォリオ拡大による不稼働リスク分散等の効果が期待できる。ただし、原子力の場合、既に地理的な分散やアウトソースが進んでおり、「重複・過剰設備の廃棄による効率化」や「研究開発や人件費等の固定費縮減」までは期待できない。
 また、「全電源停止」が生じリスク分散の意味はない、したがって、「再編はリスクの大きな電源の寄せ集めになる」との指摘もある。また、電力事業の歴史的経緯を考えると、他業種の再編事例をそのまま当てはめることは現実的とは言えない。各社は「政府及び他社に対する経営の自主・独立性」に強い自負を持ち、「地元密着で建設・稼働を進めてきた実績」をレゾンデトールとしてきた。今は苦境にあるとはいえ、送配電の「地域密着の安定収益基盤」を有していることもあり、従来の路線を変えてまで再編に踏み切るほどの危機感を持つ会社は未だ多くはないのではないか。このように各社・単独の能力・体力では状況の打開が難しいことが明らかな一方で、すぐに事業再編が進む地合いも整っていない。「事業者間協力」のあり方としては、会社再編に限らず様々なバリエーションを想定する必要があるし、協力の促進に向けては、漸新的・現実的なアプローチが必要であろう。(戦略なき脱原発へ漂流する日本の未来を憂う『WEDGE』2016年3月号
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故人が病床で書いた遺稿にケチをつけるのはやや気が引けるが、それでも間違いは間違いである。「原発推進のための電力事業の大同団結」などクソ喰らえである。もしも包括的に事業を統合するなら「脱原発のための電力再編」であるべきなのは、当然だ。

真剣に電力のありかたについて考え、病床で新しい電力事業のスタイルについて書いたことは認めよう。しかし澤よ、天国で今一度、電力について考えていただきたい。

(渋谷三七十)

愛国者として名高い三橋貴明氏(経世論研究所所長・中小企業診断士)が書き下ろした「原発ゼロの真実」(TAC出版)は、冒頭から終わりまで突っ込みどころは満載だ。僕は第五章「原発と核燃料サイクル」の「小泉元総理のあきれた主張」に注目した。三橋はこう書く。

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三橋貴明『原発ゼロの真実』(TAC出版2014年7月)

 筆者は本書を執筆するに際し、「できるだけ、現場を訪れ、取材したうえで本を書く」と決意していた。そこで、実際に日本各地の「電力サービスの現場」を訪れ、各施設を自分の目で見たのである。だからこそ、日本のサービスについて、ろくな知識もないくせに、「原発ゼロ!」などと無責任に言ってのける政治家たちを軽蔑する。その代表が、2014年2月の東京都知事選挙において、引退していた陶芸家の元首相(細川護煕氏)を担ぎ上げ、「脱原発一本!」と例の調子で東京都の権力を奪おうとした小泉純一郎元総理大臣だ。小泉元総理は、「原発ゼロ」を謳い、我が国のエネルギー行政を混乱に陥れた挙げ句、2月9日投開票の東京都都知事選挙のために、細川元首相を引っ張り出した。小泉元総理の一連の発言は、以下の通りである。
「即時原発ゼロにすべき」
「(原発を)再稼働すると言っても核のゴミの最終処分場が見つからない。原発の運転の再開はせず、直に原発ゼロの決断をすべきだ」
「これから日本において、核のゴミ(使用済み核燃料のこと)の最終処分場のめどをつけられると思うほうが、楽観的で無責任すぎる」
「政治で一番大事なことは方針を示すこと。原発ゼロの方針を政治家が打ち出せば、知恵のある人が必ずいい案を作ってくれる」
「総理が決断すれば、原発ゼロ反対論者は黙ってしまう。原発ゼロに反対なのは自民党だけ」
 ひと言だけ、感想を述べよう。無責任きわまりない。使用済み核燃料の再処理や地層処分の技術は、ほぼ確立している。あとは、地層学的にもっとも適した地点を検討し、政治が決断すれば済む話なのである。
 ついでに書いておくと、たとえ時の総理大臣が原発ゼロを決断したとしても、筆者は黙らない。なぜならば、原発を再稼働しないことで、我が国のエネルギー安全保障が極端に弱体化し、貿易赤字が拡大し、我が国の国民が働いて稼ぎ出した所得が奪われ、経済成長が抑制され、エネルギー関連の投資も減少せざるを得ないためだ。
 脱原発を主張することは、それは個人の価値観である以上、構わないと思うが、それにしても「脱原発のプロセス」について、高レベル放射性廃棄物の処理を含めて提案しなければ卑怯というものだ。(三橋貴明『原発ゼロの真実』TAC出版)

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いいか、三橋よ! まずは脱原発のプロセスは、現在の政府に要求せよ。もはや「単なる老人」と化した小泉元首相が、過去を反省し、現在の政府に「脱原発」を突きつけていることは、過去を猛省している証左であり、これはこれで「是」ではないか。原発を推進するロジックを過去の人に求めるのはフェアではない。

まあ、こうした「原発推進猪突猛進文化人」に冷静な議論をせよというほうが無理というものかもしれないが。

(渋谷三七十)

経歴詐称問題で一躍時の人になったショーン・マクアドール・川上こと川上伸一郎氏。当初メインキャスターに決まっていたフジテレビ系の新報道情報番組「ユアタイム~あなたの時間~」(4月4日スタート)への出演取り止めに関して、関係者間で責任のなすりつけ合いが繰り広げられている。

ショーンKオフィシャルサイトより

◆大学に入り直すことも検討しているという川上氏だが……

「基本的にプロフィル管理は事務所がするのが当たり前です。テレビ局側はよっぽどのことがなければ身辺調査なんてしませんが、今回は報道番組のメインキャスターということもあって、問題になってしまったと悔やんでいますね。当然損害賠償の話も出ているようで、その額は億単位と言われています」(番組制作会社スタッフ)。と針のむしろの川上氏だが、周囲の勧めもあってか大学に入り直すことも考えているという。

「川上氏は詐称した経歴に少しでも近づけるために再度大学に入りたいと周囲に漏らしているそうです。かつての共演者たちも今からハーバードに入ればいいなんて言っていますしね」(番組制作会社スタッフ)。もしもハーバードでMBAを獲得すれば、後付だが経歴通りになるがその後のテレビ番組に復活することはできるのだろうか。

「川上氏はすでに48歳、もしも今から大学に入学したとしても卒業するころには50歳を優に超えてしまいます。年齢的にもきついし、テレビは一度忘れられたら基本的にはおしまいですから」(番組制作会社スタッフ)と現実的な答えが帰ってくる。ならば忘れられないように詐称を売りにテレビ出演をするのでは、なんてうわさ話もあるとか。

◆意外に多いショーンK擁護の声

「佐村河内氏とユニットを組んでみては? なんて意見もありますがさすがに悪ふざけがすぎるとテレビ局も二の足を踏んでいます。彼に残されたスキルはネイティブなみと言われている英語力だけ。もはやこれを活かして翻訳家か通訳にでもなるしかないのでは」と言われている。

また大手出版社が川上氏の自伝を出版しようとオファーしているようだが、小保方氏や酒鬼薔薇聖斗の書籍のような反響はないだろう。大手出版社の編集者はこう語る。

「やったことと言えば経歴詐称だけですから大した内容にならないことは明白。だけど話題になっている今なら結構売れるんじゃないか。実際にオファーしたという知り合いの編集者もいる」

甘いマスクにダンディな低音ボイス……。擁護の声が多いのは意外だが、彼らの想いが叶って、川上氏を再びお茶の間で見られることになるのだろうか。

(渋谷三七十)

7日発売!タブーなきスキャンダルマガジン『紙の爆弾』5月号!

抗うことなしに「花」など咲きはしない『NO NUKES voice』Vol.7