本コラムでご紹介した関西大学での講義「人間の尊厳のために」がいよいよ終盤を迎えている。6月19日には小出裕章さん(元京都大学原子炉実験所助教)の二回目の講義が行われ、原発だけでなく戦争へ向かう時代への警鐘が語られた。

6月26日には先の講義を受けて鹿砦社松岡社長へのグループ討論の発表と質疑が行われた。松岡社長は講義にあたりA4用紙にして、5枚のレジュメを準備し、その中では講義中より踏み込んで「表現の自由とプライバシーの関係」等への松岡社長の考えが紹介されていた。

◆討論前には「松岡社長の逮捕は当然」を主張する学生グループも

鹿砦社松岡社長

この日の討論に先立ち準備的に行われたグループ討論の中から「松岡社長の逮捕は当然だった」という意見のグループがあった。これまで出版物やその言論活動に様々批判を浴びてきた松岡社長だが、その逮捕については必ずしも同じ立場ではない学者、出版人からも「逮捕の必要性はない」との意見が殆どであったため、いささかこの「松岡逮捕は当然!」の主張には驚いたようで、先週の講義の際に逮捕のきっかけとされた「アルゼ王国はスキャンダルの総合商社」を多数持参し「一度これを読んでおいてください。その上で私の逮捕が妥当なものだったかどうか意見を聞かせてください」と「松岡逮捕当然!」と議決したグループの学生さんたちに無料で当該の書籍を手渡していた。

26日は28あるグループの中から9グループが松岡社長の意向で選ばれ、グループ討論の意見発表と質疑が行われた。講義中に紹介されたPaix2(ぺぺ)への評価を行ったグループ、「琉球の風」などのへの関わりに関心を寄せたグループの他「表現の自由とプライバシー」の問題についての討論を発表したグループが多く見られた。

その中には「松岡逮捕は当然!」を主張していたグループも含まれており、先週手渡された「課題図書」読後、どのように意見が変化したか注目された。当該グループの発表者は「最初講義で配られた資料(新聞記事)だけを読んで『逮捕されても仕方ない』と考え、グループの意見もそうなったが、先週本を貰い読んでみると、その内容は記事を書いた人が取材記録を淡々と書き綴っているような内容で、特に過激でもない、取材日記のような感想を受けた。この内容で逮捕されたとは知らなかったし、今は逮捕の必要ないと思うようになった」と語った。事実を示すことで松岡社長は誤解を解くことに成功したようだ。

「表現の自由とプライバシー」については様々な意見が発表されたが、受講生のほとんどがまだ1年次生ということもあり、暗中模索の感もあった。しかし皆が真剣に考え個々の問題として捉えていった事ははっきりうかがえた。

◆私たちが厳しい目を向けるのはあくまで社会的強者であるということ

鹿砦社松岡社長

学生グループ発表の後、松岡社長は「私が大学1年生の時、皆さんのように物事を真剣に考えていたかどうかと言うと、恥ずかしい気持ちになります。ただ今後の人生の中で皆さんは必ず私がお話ししたことと関係することに直面する場面があるでしょう。『表現の自由』について様々真剣な議論の発表がありました。誤解して頂きたくないのは、私たちは決して一般市民や社会的に弱い立場の人々のプライバシーを暴いたり、踏みにじったりしてはいないということです。社会的強者である政治家や上場企業など、いわゆる『公人』については厳しい目を向けますが、一般市民にも対してはそのような態度ではありません。資料にも詳細を書きました。これは是非理解しておいて下さい。今後の人生でたぶん皆さんもこの問題に直面することがあると思います。「生き恥をさらして」と言いましたが、皆さん個々がどうお考えになるかは別にして、その時『私(松岡)のような考えと体験をした人間がいたな』と思い出して頂ければ幸いです。ではこの講義はこれで終わります」と結んだ。教室は拍手に包まれた。

来年度も行われる予定のこの講義、松岡社長は初の大学での講義プラス討論だったためか、最初は「スロースタート」の感もあったが、講義2回目中盤から語り口も俄然熱を帯び出し、「生き恥晒す」覚悟は討論と質疑を経て学生さんに確実に伝わったことだろう。予想外の「逮捕は当然!」というグループ出現も、かえって議論の深みを持たせる役割を果たす事となり、漠然と「表現の自由」と言い名の講義を受講するよりも「生きた現実」を示された学生さんたちは深く考えざるを得ず、自分自身の問題として考えることが迫られたのではないか。

学生さんには「知」と「体験」を聞き考察することにより、机上論ではない実践を基とした「生き証人」を前にして思索を巡らせる貴重経験となった事だろう。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

◎〈生きた現実〉の直撃弾──鹿砦社松岡社長が自身の逮捕経験を「告白」講義
◎『噂の眞相』から『紙の爆弾』へと連なる反権力とスキャンダリズムの現在
◎《6.8公判傍聴報告》やっぱり不当逮捕だった!火炎瓶テツさんら3人全員釈放!
◎廃炉は出来ない──東電廃炉責任者がNHKで語る現実を無視する「自粛」の狂気
◎「大阪都構想」住民投票を否決し、姑息なファシスト橋下に退場の鉄槌を!

月刊『紙の爆弾』──タブーなきスキャンダルマガジン

『NO NUKES voice』──世代と地域を繋げる脱原発情報マガジン

SEALDs KANSAI(自由と民主主義のための学生緊急行動 – 関西)による「安保関連法案」に反対する大規模デモが行なわれた。
6月21日(日)、約2200名の参加者が京都市内を4km・2時間15分にわたって行進したのだが、もしかしたら、それは学生たちによる街の占拠が行われたと言っても良いかもしれない。

以下はその全容を捉えた映像で少しばかり長いのだけど、テンポ良く撮影~編集がしてあるのでまず観て頂きたい。

[動画]戦争立法に反対する学生デモ/SEALDs KANSAI – 2015.6.21 京都市(19分17秒)

自分の話で恐縮だが、「ここでダメならどこへ行ってもダメ」というのが私の信条で、そう思いながらずっと創作活動や仕事を全力で続けてきた。
「関西には(あるいは東京以外には)国会や国の行政機関が存在しないから、デモや抗議をいくらやったって無駄だ」と言われることがあるが、日本のどこであろうと彼らのように本気で叫び、何かを変えたいという気持ちがあれば人を動かす力になると私は思っている。
このような考えの持ち主ということもあり、私は全国各地のローカル・デモを精力的に撮影している。

デモというのはもう既に「今、そこにいる人に訴える」という、「その場」だけのものではなくなった。
携帯からでさえもデモは実況・配信され、どこにいてもリアルタイムで観ることができる。記録された写真や動画はいつでもどこでも繰り返し再生できる。
プラカードひとつとっても、優れたデザインのおそろいのものが全国のコンビニで安価に出力でき、市民にとって意思表示をする場が日本中のどこでも良くなった。

永田町や霞が関、人であふれかえる東京の繁華街でやったって意味がない行動はいくらでもあるし、「自分たちの住んでいる場所で、自分たちのできることをやる」というのは正しい選択だ。
更に言えば、自分たちのやりたいような方法で意思表示をしているSEALDsは等身大で信頼できる存在だと思った。
自分たちがやってるスタイルで主張が届く相手がいると信じることは大切なのだ。

「一般の人」を意識し過ぎたり気にし過ぎたりしている運動も多いが、市民感覚とはむしろ自分たちと「一般の人」を分けて考えないことなのではないだろうか。
自分たちは「ここ」で暮らしているから「ここ」で声をあげる、この選択をし、全力で行動を起こした関西の学生たちに最高の敬意を表したい。

このデモではスマートなプラカードを手にした学生たちが先頭を軽やかに歩き、彼らから「アダルトチーム」と呼ばれた大人たちは、彼らを後ろから支えるかの如く、デモの後方を歩いていた。
こんな学生たちの動きを大人は頭数で、言葉で、特に寄付で支えよう。
自ら先頭に立つことを選んだ彼らを居丈高に批評・非難する恥ずかしい大人の群れが、今の日本を作ってきたのだから。

SEALDs KANSAI:サイト / Twitter
SEALDs:サイト / Twitter / Facebook

[2015年6月21日(日)・京都府]

▼秋山理央(あきやま りお)
1984年、神奈川県生まれ。映像ディレクター/フォトジャーナリスト。
ウェブCM制作会社で働く傍ら、年間100回以上全国各地のデモや抗議を撮影している現場の鬼。
人々の様々な抗議の様子を伝える写真ルポ「理央眼」を『紙の爆弾』(鹿砦社)で、
全国の反原発デモを撮影したフォトエッセイ「ALL STOOD STILL」を『NO NUKES voice』(鹿砦社)にて連載中。

◎《ウィークリー理央眼004》若者に影響された沼津の戦争法案反対デモ
◎《ウィークリー理央眼003》自民党街宣へのカウンターin福岡・天神
◎《ウィークリー理央眼002》福島/名古屋ヘイトデモ反対行動
◎《ウィークリー理央眼001》150回目の首相官邸前抗議

『NO NUKES voice vol.4』原発いらない!全国から最前線の声を集めた脱原発情報マガジン!

戦争法案の審議と国会会期延長、更には辺野古での基地建設、TPP推進などの市民を虫けらとも思わない安倍政権に対して全国各地で様々な抗議活動が行われている。6月24日(木)には国会前に3万人が集まり「戦争反対」、「安倍政権倒せ」の声を上げた。またここへ来て若者の街頭活動も見られるようになってきた。


◎[参考動画]「とめよう!戦争法案 集まろう!国会へ6・24国会包囲行動」

◆反対する契機は「純粋な怒り」

同意できない政策を推し進めようとする、政府や行政への抗議行動は時代により形や規模が異なりながらも綿々と続いてきた歴史がある。2011年3月11日、福島第一原発の事故で初めて街頭行動に足を運んだ人の中には、「原発爆発」という脅威により初めて「目が覚め」て「居てもたってもいられず」行動を起こした方々が少なくなかっただろう。

そういった「普通」の人はそれまで「市民運動」に関わっていたわけではなく、ましてや政府に対する抗議行動などとは無縁の方々で、「どうしてくれるんだ!」、「政府・東電は責任を取れ!」という純粋な怒りと恐怖が街頭行動の動機となっていた。少なくとも私が直接知る複数の人々はそうだ。

原発に限らず、戦争反対の前段階である自衛隊の海外派兵や、教育基本法改悪への反対、国家国旗法制定への反対行動は3・11以降「目が覚めた」人々がまだ、あまり興味を抱かない頃から、一般市民には異端視されながらも行われていた。

3・11以前、街頭での抗議行動が低調であった頃には「デモに行く」と言えば、極端に危険な行為に加担するような偏見で見られることは当たり前だったし、あらゆるテーマを掲げて集会を行っても、組織動員がなければ東京でも万の単位の集会開催はほぼ皆無に等しかった。


◎[参考動画]爆笑!偽安倍晋三──2006年12月6日ヒューマンチェーン第3波に偽の安倍さんが現れた!

◆「冬の時代」から声を挙げ続けてきた人々

でも、忘れてはならないのはそういう「抵抗冬の時代」から怯むことなく声を挙げ、時に権力に不当弾圧されながら、一般市民から「変わり者」と蔑視されようと、この島国の権力者たちが推し進めようとする悪意に満ちた政策と正面から闘っていた人々の存在だ。


◎[参考動画]なぜ警告を続けるのか~京大原子炉実験所・”異端”の研究者たち

抵抗や闘争のテーマは数限りなくある。「改憲」はいよいよここにきてその危険性が広く認識されることになったけれども、1955年、保守合同により発足した自由民主党の党是が当初より「自主憲法制定」=「改憲」であることを知っていた人々は早期から各地に「九条の会」を立ち上げ地道な活動を行って来た。

千葉県に位置する空港は、そこに住む農民の意見を聞くこと一切なく建設が決定され、その反対運動は熾烈を極めた。自分の生活の糧である農地や家が一方的「国策」により奪われる、と聞かされた農民は実力闘争に踏み切らざるを得ず、学生や労働者も空港建設反対の運動を支援した。多くの死者も出した。

そこではあからさまな「暴力」が数々繰り広げられた。「強制収容」という名で農民の家が重機により取り壊された。それに抵抗する農民達は家や立木に自分の身体を括りつけ機動隊の暴力に抵抗した。

◆不合理な国策への抵抗は自然

ここで読者の皆さんに問いである。世界のあらゆる場所、あらゆる地帯で「無用」な暴力は排除されるべきだと私は考える。

だが、ご自身の住居が合理性のかけらもない「国策」により取り壊されたら、何も言わず、何もせずに沈黙していられるだろうか。「住居取り壊しをやめろ!」と叫びそれに身を持って抵抗するのは不自然だろうか。

千葉県にある空港は「国際化に伴い羽田では敷地が手狭になるから」と言う題目で建設が強行されたが、一時国際線を控えていた羽田空港(正式名称は「東京国際空港」)はその後拡張工事を行い、現在乗り入れている国際便を運航する航空会社の数は30社に上っている。国際線専用ターミナルも人であふれている。一時「新東京国際空港」が正式名称であった千葉県の空港は国際線の発着を羽田から引き継ぎ、専門に担うはずだったが現在国際線乗り入れ航空会社数は43社止まりであり、名称も2004年に「成田空港」と変更され、実質的に首都エリアで「国際空港」の名は通称「羽田」の「東京国際空港」だけである。

この現実を見て土地を奪われた農民や、反対運動で傷つきあるは亡くなった反対派、推進派の方々はどうお感じになるだろうか。国が引き起こした無茶非道理を尽くした「空港政策」の犠牲になった方々の多数はもうお亡くなりになっているけれども、現在も農地を国に奪われることを阻んで闘っている農家の方が存在する事実を前にどう申し開きするのか。

「極端な例を出して」とソッポを向かれる読者もいるかもしれない。でもこの構造は何変わることなく今日に引き継がれているじゃないか。

先に霞が関で抗議行動最中に不当逮捕された被害者の方から直接お話を聞くことが出来た。その方は勾留されている間にネット上や批判的な人々から「逮捕される方が悪い」、「警察が逮捕したのは当たり前」などの言葉が交わされているのを接見した弁護士から知らされ、「とても残念に感じた」という。「逮捕を肯定する人は『権力』の本質がわかっているのでしょうか」とも語っていた。

◆抗議行動には様々な形態があっていい

本質的な対立が生じれば国家権力は当然反対者を弾圧(逮捕)する。いくら「非暴力直接行動」などと言っていても、そんなことに一切配慮はされない。「反国家」、「非暴力」は市民が定義するものではなく、国家がその時の都合で一方的に決めつける。そのことは70余年前の戦争時代に何が起きたかを振り返れば明らかだ。

6月27日渋谷ハチ公前SEALDs街頭アピール行動に参加した山本太郎さん(山本さんのfacebookより)

抗議行動には様々な形態があっていいと思う。その方が画一的な運動より健康だろう。だが、最終的に国民の「抗議・抵抗」に対して国家は「非和解」であること私は考える。

私は戦争に反対する。だから抗議する。
私は原発に反対する。だから抗議する。
私は差別に反対する。だから抗議する。
私の目的は「抗議」ではない。
受け入れない政策や行動の阻止だ。

「抗議を続ける」ことは長期戦では重要だ。でもそれ自体が目的になっている人がいるとすればもう一度考えてほしい。本当に獲得すべきものは何なのかと。


◎[参考動画]BO GUMBOS「目が覚めた」

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

◎《6.8公判傍聴報告》やっぱり不当逮捕だった!火炎瓶テツさんら3人全員釈放!
◎〈生きた現実〉の直撃弾──鹿砦社松岡社長が自身の逮捕経験を「告白」講義
◎3.11以後の世界──日本で具現化された「ニュースピーク」の時代に抗す
◎廃炉は出来ない──東電廃炉責任者がNHKで語る現実を無視する「自粛」の狂気

『NO NUKES voice』Vol.4──世代と地域を繋げる脱原発情報マガジン!

 


自民党の安倍に近い若手議員議員懇談会に呼ばれた作家の百田尚樹が「政治家は国民に対してアピールが下手だ」、「沖縄の二つの新聞はつぶさなければならない」と発言した。会に出席した議員からは「経団連に働きかけて広告を引き揚げさせてもらっては」など、報道批判の意見が相次いだそうだ。

また、6月25日に予定されていた自民党の「過去を学び『分厚い保守政治』を目指す若手議員の会」が講師に漫画家の小林よしのりを呼ぶ行う予定だったが自民党幹部の「安保法制審議批判に火をつける」との理由で中止になった。小林よしのりは「ああ負けたんだなと思った。自民党は全体主義になっている」と感想を述べている。

もうこれだけ書けば本当は付言することはない。誰にでもわかるだろう。言論弾圧はこれまでも山ほどあったけれども「沖縄の二つの新聞はつぶさなければならない」という言葉には、単なる敵意以上に琉球を侵略、支配してきたこの島国支配層の差別と選良意識が隠すところなく吐露されている。


◎[参考動画]安倍晋三「沖縄慰霊の日」全戦没者祈念式典スピーチ(2015年6月23日)

◆「沖縄2紙をつぶせ」の百田尚樹は「呼べば暴言」の自民党腰巾着

もっとも百田は確信的な歴史修正主義者であり、これまでも数々の暴言を吐いてきた。NHKの経営委員に就任するも都知事選に出馬した田母神俊雄の応援演説で、「南京大虐殺はなかった」、「他の主要候補は人間のくずみたいなもの」と語るなど品位の欠片も名無い発言を連発し、任期途中で退任に追い込まれた経歴がある。関西ファシズム牽引役芸能人だった「やしきたかじん」没後の経緯を書いた「殉愛」では遺族から名誉棄損だとして「出版差し止め」と1100万円の損害賠償請求も起こされている。

百田を呼べば暴言を吐くことは織り込み積みで自民党の連中は講師にしたに違いない。そして奴らは馬鹿だから、百田が大問題発言をしてもその重大性に気が付くどころか、それに乗じて「経団連に頼んで広告を引き揚げさせよう!」とこれ以上ない報道弾圧発言を何はばかることなく吐き続けたのだろう。

「つぶさなければならない」と名指しされた「琉球新報」と「沖縄タイムズ」はむしろこのような連中から本気で恐れられている新聞だということが逆に証明された訳で、これは皮肉ではなく「喜ばしい」事態と言っていいだろう。本土のほとんどのメディアが「官報」と変わりない体たらく振りの中で「琉球新報」と「沖縄タイムス」にはジャーナリズム精神が残っていると誌面を読むたびに感じてきたけれども、それほど敵にとっては目障りであり「脅威」の対象だということが図らずも証明されたということだ。


◎[参考動画]翁長知事「沖縄慰霊の日」全戦没者祈念式典スピーチ(2015年6月23日)

◆沖縄の怒りの度が増し、「琉球独立論」は加速するかもしれない

けれども、それは事件を斜めから見た私の感想であり、この発言に沖縄の人々が更に怒りの度を増すことは違いない。そこここで議論されている「琉球独立論」が加速するかもしれない。先の衆議院選で自民党は沖縄の小選挙区で1人の当選者も出せなかった。たった2割の得票で当選できるいびつな「小選挙区」システムですら全く支持が得られていなかったのだ。そのことへの思慮や洞察すら自民党の連中は持ち合わせてはない。

百田や自民党議員の意見には言わずもがな100%反対だが、恥ずかしくも同じ島国に生まれ沖縄を苦しめる「本土」に居住する人間としては恥ずかしく、申し訳ない気持ちが一層つのる。政権もろとも歴史修正主義者を徹底的に糾弾しなければならない。


◎[参考動画]宮沢和史 慰霊の日に 沖縄の唄者と共に『島唄』熱唱(NEWS ZERO 2015年6月23日放送)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

◎《6.8公判傍聴報告》やっぱり不当逮捕だった!火炎瓶テツさんら3人全員釈放!
◎〈生きた現実〉の直撃弾──鹿砦社松岡社長が自身の逮捕経験を「告白」講義
◎廃炉は出来ない──東電廃炉責任者がNHKで語る現実を無視する「自粛」の狂気

 

1999年、当時勤務していた大学である企画を準備していた時、私は携帯電話による通話を「盗聴」されたことがある。ややデリケートな国際問題にも関係する企画だったので、外務省や政治家との折衝のため霞が関や永田町に何度も出向かねばならなかった。ある時通話が明らかに「盗聴」されたと分かった時には本当に驚いた。まだ「盗聴法」もなかったし、そもそも「携帯電話の盗聴技術」は相当な資力と技術力のある団体でなければ無理だろうと考えていた時代だった。私の通話を「盗聴」したのは、某国の諜報機関であった。日本の捜査機関ではない。わざわざその証拠を私達に解る形で残して行ったから間違いない。

◆1999年にはすでに確立されていた携帯電話の「盗聴」技術

その時、私は議員会館の某議員の事務所で通信社の記者と待ち合わせする予定になっていた。私と彼は共に周りに誰もいない場で、携帯電話により落ち合う場所と時間を確認していたから当事者2人以外にその打ち合わせ時刻と場所を知る人間はいないはずだ。しかし議員の事務所に定刻の15分ほど前に見知らぬ人物が現れて「ここに田所さんが来ると聞いたんですけれども」とだけ言い残し去っていったと秘書に伝えられた。打ち合わせは議員を含め1時間を超えたがその間その人物が戻って来ることはなかった。

私も通信社記者も、もう一度その待ち合わせについて誰か他人に話をしていなかったかを思い返した。かなりセンシティブな内容でもあったので誰にも話していない事が再度確認された。そうであれば可能性としてはどこかで通話を聞かれたと考えるしかない。固定電話の「盗聴」はいとも簡単だけれども、1999年の時点で携帯電話の「盗聴技術」もその筋では確立されていたわけだ。

◆威嚇するかのように尾行され、通信妨害も企てられた

「盗聴」はともかくその時は打ち合わせを終えて、私は次の場所へ徒歩で移動した。ところがどうも背後が気になる。普段感じた事のないような視線のようなものが、勘違いかもしれないが背中に張り付いている。霞が関の昼間は大きなビルが林立する割に舗道を歩く人の数はさほど多くはない。幾度か後ろを振り返るとかなり後方にだが2人が等距離で付いてきている。試しに地下鉄の階段を下るとやはり彼らも距離を詰め、後ろからやってきた。

明らかな尾行であることが判明したが、いかんせん人目の多い場所だ。精神的に圧迫を加えるのが目的だろうが、それ以上に手出しは出来まいと考えたし、実際にそうだった。私は地下鉄のホームから再び地上に上がり次の目的地へ向かった。

だが彼らの攻撃はそれでは終わらなかった。イベント当日私達はゲストの移動や進行の把握に携帯電話での通話を予定していたのだが、電波が弱い地域でもないのに、いくらダイアルしてもどこにもかからない。私の携帯電話だけでなく、連絡を取り合うことになっていた全ての携帯電話(皆至近距離にいたのだが)が通話不能になっていた。

電話会社のシステムトラブルであろうかと、最初考えたが身内の関係者が複数のアンテナを車の後ろに立てた不思議な自家用車が周辺を行き来しているのを発見した。その不審な自家用車が遠ざかると携帯電話の発信が可能となる。また近づいてくると全く携帯電話は使い物にならない。いわゆる「妨害電波」を発信することによって彼らは我々の通信妨害を図っていたのだ。

と、ここまでは私の昔の経験である。読者の中にこれまで「盗聴」をした(されたではない)経験の持ち主はいるであろうか。仮にいても「あるよ!」と名乗り出られることはないであろう。

◆「盗聴」されていることは固定電話よりも携帯電話の方が分かりにくい

私も「盗聴」ではないが、法で定められた範囲で他人の電話会話を「傍受」した経験がある。

日本に電話会社が一つしかなかった時代、そこへ勤務していた時のことだ。当時は電話局と呼ばれていたその場所には「局内」と呼ばれる場所が主として地下に位置していた。電話回線を交換機に結ぶいわば電話機能の心臓部があり、「ジャンパー」と呼ばれる細い線が「収容位置」により各固定電話が認識され、交換機と接続され通話が可能となる仕組みであった。当時電話の交換機には旧型の機械的なものからコンピュータ化された最新型への入れ替えが盛んであり、古い交換機は中国などへ輸出されてもいた。

電話回線は自然災害や不慮の事故がない限り概ね安定的なものであったけれども、時にそれを確認するためにランダムな電話番号を短時間「チェック」(傍受)して安定性を確認する業務があった。勿論「通信の秘密」を厳守すべきことは先輩方から厳しく指導され、その上で業務にあたるわけだが、同時にその場所は新たな固定電話を設置した際に現場から回線が問題なく開通しているかなどの試験を行う場所でもあり、その確認作業も行うので、そこそこ賑やかな場所でもあった。

通話が安定的に保たれているかは交換台に座り所定の手続きを行えば、特定の電話番号を一時的に傍受が可能となり、それにより問題がなければ速やかに切断することになる。私がこの仕事に従事していたのは「盗聴法」が施行されるはるか昔のことだで、この業務は「盗聴」ではなくあくまでも通信回線の安定性を確認するためのものだった。

実は警察や捜査関係者あるいは「犯罪者」でなくとも、固定電話の「盗聴」は技術的にはたやすい。少し電気の知識と技術それに簡単な器具が準備できればさほどの困難なく「盗聴」は可能だ。実際私も前述の企画を進行中に関係者宅が一斉に「盗聴」されて困惑した経験がある。詳細は犯罪防止のために省くが特定の方法で「盗聴」をされると通話の音質が変わり、エコーのような反響が起こるので、予備知識のある人間には直ぐに判明する。だが、「局内」からの「傍受」の際にはそのような通話状態の変化は起こらない。

他方、今日は固定電話よりも携帯電話が主流となっている。携帯電話の「傍受」技術はとうの昔に確立されているだろうが、固定電話と異なり、携帯電話は電波により通話をしているため、話者が「盗聴」をされていても通話音質の変化などで「盗聴」に気が付くことはない。

通信傍受法(犯罪捜査のための通信傍受に関する法律)」により理由づけが行われば誰の電話が「盗聴」されても、技術的にも法的にも不思議ではない時代になった。万が一程度の可能性だろうが注意をするに越したことはない。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

◎「チャイナスクール」出身外務官僚の不思議な価値観への違和感
◎《6.8公判傍聴報告》やっぱり不当逮捕だった!火炎瓶テツさんら3人全員釈放!
◎〈生きた現実〉の直撃弾──鹿砦社松岡社長が自身の逮捕経験を「告白」講義
◎廃炉は出来ない──東電廃炉責任者がNHKで語る現実を無視する「自粛」の狂気

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数年前、叔父が風呂場で亡くなった。

極寒の日、従兄弟が電話をかけても返答がないので不思議に感じ、叔父宅を訪ねたところ浴槽の中で既に息絶えていたらしい。従兄弟は救急と警察に電話した後私に急を知らせてきたので、駆けつけた。叔父の亡骸はまだ浴槽の中で警察による「検死」が行われていた。

警察の義務なのだろうか、第一発見者の従兄弟にはかなり詳細な事情聴取が行われ調書も取られた。浴槽内でどのような体勢で叔父が亡くなっていたかなどかなりの枚数の書類を作成していたので、亡骸を布団に安置できるまで発見から4~5時間は要したろう。

◆葬儀の段取りをしている最中、警察が何遍も失礼な家捜しを繰り返す

警察は引き上げ、従兄弟と私は葬儀の段取りなどの打ち合わせや親戚、知人への連絡に忙しくしていると、玄関のチャイムが鳴る。戸を開けてみるとさっきまで検死に従事していた警官のうちの1人が立っていて「ちょっと忘れ物をしたかもしれませんので恐れ入りますが中を見せてもらっていいですか」という。こちらには断る理由はないから家の中に入れるとあちこちをうろうろ探し回っているが、表情に落ち着きがない。しばらくして「ないみたいですわ。失礼しました」と言い残し警官は帰って行った。

私たちは手を止めていた葬儀の段取りの相談を再開する。叔父は病に伏せていたわけではなく体調は崩していたものの急逝の部類に入るだろう。だから従兄弟とて心の準備もなかったのでショックと目前のしなければならない段取りとで神経は相当消耗していた。

あれこれ1つづつ話を進めていると、また玄関のチャイムが鳴る。再び戸を開けると先ほどとは別だがやはり検死に立ち会った警官が「何度も恐れ入ります。もう一度お宅の中を探させて頂きたいのですが」と。

先に何かを探しに来た警官は亡骸を安置している部屋を含めてくまなく「何か」を探して出て行っていた。こちらにすれば身内でもない人間にあまり踏み荒らしてほしくない場所である。同じことをまたしたいのだという。

夜も遅いことだし取り合えず警察官を家に入れたが「いったい何をさがしてはるんですか」と従兄弟が問いかけた「いえ、バインダーみたいな形をした物なんですが…」と答えの歯切れが悪い。検死が終わってもう4時間以上経過しているのに今頃まで何を探しているのだろうか、我々には想像できなかった。しかしこちらは急な不幸に見舞われその対応に追われている最中だ。

先ほどの警察官と同じように亡骸を安置している部屋の中どころか、布団までめくって中を調べている。

「何ですの? 布団かけたのはあんたらが帰ったあとだからその中には何もありませんよ」私は少し不機嫌に言い放った。果たして「バインダーみたいな形をしたもの」は見つからず非礼を詫びて帰って行った。

それから30分も経過しないで三度目の玄関チャイムが鳴る。今度は検死の際に指揮を執っていた刑事が立っている。「何度も夜分申し訳ございません。ちょっとお詫びとお話をさせていただきたいのですが」と。居間に通すと刑事は深く一礼し「実は…」と話を始めた。

刑事によると検死が終了して車で署に帰ったが、検死で作成した調書や書類が見当たらないという。

「どういうことですの?」と私が聞くと「担当者がどこかに置き忘れたんだと思われまして今鋭意探しているところであります」と言う。

◆警察は調書や検死関係書類を「紛失」してしまっていた

最初は刑事の話が飲み込めなかった(そんなばかげたミスがあるとは思わないので、もっと複雑な事情があるのではないかと考えていたのだ)が、要は調書や検死関係書類を「紛失」してしまった、しかもそれが家の中にないし、警察署の中にもない。だから今家から警察署への帰り道を順次探しているのだと言う。

調書には従兄弟の証言が書かれている。いわば「事件性がない」証明の文章だ。と言うことは警察の作文の前提には「もしこの件が事件であったら」の仮定形の文章も含まれる。そんな文章は万が一にも他人様には見られたくはないし、出てこないとなれば余計に気分が悪い。そのほかの書類にしても警察以外の人の目に触れるべき性質のものではない。人の死に関するものなのだ。私は怒りが頂点に達したが従兄弟が「親父の遺体の横だから穏便に」と言うので、押し殺した声で刑事に向かった。

普段は決して部屋の中では吸わない煙草を咥え刑事の顔に煙を吹きかけた。

「あんたら、それミスではすまへんのはわかってるわな。こいつ(従兄弟)を散々絞って長時間かけた調書をどこかで失ったて? 出てこなかったらどうするんや? お? あるいは他人が見たらどうしてくれるんや? さっきから何べんも失礼な家捜し繰り返しやがって。わかってるやろな」

刑事はうつむいて「申し訳ございません。鋭意探しておりますので……」と言うのが精一杯だ。

◆深夜の道路わきを大動員体制で書類を探し続ける黒ジャンバーの警察官たち

腹は立つが、こちらもあれこれ段取りがある。「はよ探せや!」と言って帰らせると私も従兄弟もどっと疲れが出た。家に食べるものもなかったので近所のコンビニまで気分転換に買い物に行こうと言うことになり外へ出た。

道路の両側に50メートルから100メートル毎に黒いジャンバーを着た男たちが4、5人で懐中電灯を照らしている。刑事が言っていたのはこの事だった。家からコンビニまでは400メートルほどだが、その間に数十人は下らない黒ジャンパーの男たちが深夜の道路脇に懐中電灯を向けている。亡くなった叔父は悪戯好きな性格だったので「おっさん、ただでは死なへんな、警察大動員させるなんてさすがやな」と従兄弟と冗談を苦笑しあった。

コンビニからの帰路、一群れの黒ジャンバー軍団に「見つかりそうでっか?」と私は話しかけた。途端に鋭い視線と「何ゆうてるんやあんた!」と言うキツイ調子の言葉が返ってきた。

「何言うてるて、書類なくされた田所やがな」と言うと黒ジャンバー軍団は一気に顔色が青ざめ「大変失礼いたしました、鋭意捜査中であります」と全員が深々と礼をして来た。

「ご苦労さんやな。夜遅くに」言い残すと家に戻った。自宅周辺だけであれほどの人数が配置されているなら警察署に帰るまでの道のりは相当あるから動員は100の単位ではきかないだろう。ひょっとしたら市警だけでは人数が足らず、県警にも応援要請を出しているのかもしれない。こちらも迷惑だが、書類を紛失した警官は立場がないだろう。

◆失態を演じた警官にどんな処分が下されたのか?

空が白み始めた頃玄関のチャイムが鳴った。戸を開けると「あ、ありました!発見しました!」と見たことのない顔が興奮している。

「お宅は誰」と聞くと「失礼しました。××署の△△であります!」と写真の入った身分証明書をこちらに見せた(警察手帳のような形態ではなかった)。「詳しくは後ほど報告するものが参りますので」と言い残し急いで△△氏は去って行った。

夜が明けて説明に来た刑事によると家から3キロほど離れたトンネルの中で書類が散逸している状態で発見されたらしい。見つかった書類を見せられたが確かにタイヤに踏まれた跡が何箇所もある。トンネル内だったので人目には触れていないこと、散逸の原因は検死を終え警官達が車に乗り込む際、書類を持っていた警官が、バインダーごと書類をトランクの上に置いたのを忘れて、車を走らせたためと思われる、と説明があった。

こちらは一睡もせずに朝を迎えたが、検死に関わった警官たちも生きた気がしなかったろう。幸い見つかったから良かったものの、散逸場所が別の場所ならば発見できなかった可能性もあったわけで、そうなれば関係者の処分も格段に重いものになったろう。

その事件があった直後にマスコミに情報を流す選択肢もあったが従兄弟が「今回は穏便に済ませたい」と言うので、それをすることはしなかった。失態を演じた警官にどんな処分が下されたのかは知らない。が、今でも検死の際に指揮を執った刑事の携帯電話の番号は私の携帯電話に残してある。従兄弟の意見を尊重して当該警察がどこであるかも伏せておく。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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◎基地も国民も「粛々」と無視して無為な外遊をし続ける安倍の「狂気と末期」
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『飛松五男の熱血事件簿 私だけが知っている不可解事件の裏側と真相』

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あまりにも当然なことだけれども、私達は日々「生活」をしている。「生活」の延長線上には、誰にも平等に「死」が待ち受けている。若くて持病もないうちは「死」を意識することはそうそうなないのだけれども、そこそこの年齢になり、友人の逝去や自分の身体の衰えを感じ始めるとおぼろげだった「死」について、嫌でも考えを巡らせる時期がやって来る。

個人的営為の最終章としての「死」くらいは、世相や流行と関係なく我流でお願いしたいと考えても、「終活」というマニュアルが葬儀関連企業や書籍によって示される。仕方がないと言えばそうなのだが、今日生れ出てから「死」を迎えるまで、意識しても、しなくても必ずその周辺に待ち構えている資本や企業や団体、時によっては宗教の食い物にされのを避けるのは至難の業だ。


◎[参考動画]2013年イズモ葬祭CM

◆不合理を隠して進むマニュアル化「就活」「婚活」

発語すれば同じ音である「しゅうかつ」を「就活」と表記した時に、その各段階でリクルートという企業が悪辣な仕組みを立ち上げ、巧みに利益を上げる構造を確立していることは過去にこのコラムで述べた。
「就職活動」が「就活」と言い換えられた時代にリクルートのこの分野での収益構造はたぶん完成していたのだろう。学校を卒業して直ぐに仕事を見つける作業は、その先が企業であれば採用側も、応募側もほぼマニュアル化していて、渦中の人達はその「不合理さ」や「非人間性」に気が付くことはない。


◎[参考動画]2015年リクナビCM(リクルートキャリア)

更に、伴侶探しに市場があると目星を付けた連中は「婚活」という言葉と収益事業を立ち上げた。「結婚相談所」という業種やボランティアは昔から大小含め全国にあったけれども、その業種に漂っていた、どこか「人には言いにくい」心理的側面を「婚活」という言葉で切り落とし、これまた多彩に「お見合いパーティー」や「価値の高い男・女になるために」、異性への話の仕方やデートの方法、果てはプロポーズをするのに適した場所やその言葉まで丁寧に指導してくれる「婚活」セミナーが出現した。

女性が美(と言われているもの)を追及するエステティックサロンは昔から存在したが、近年男性は頭部以外の体毛が嫌われる傾向にあるらしく、脚や腕から始まってヒゲの脱毛も女性の好感を得るには有効との宣伝がある。その手の男性エステの広告には出演料も高かろうにジャニーズのタレントなどが多用されている。

ヒゲなんかを脱毛して皮膚に悪影響はないのだろうか(私が心配する筋合いは微塵もないのだが)、一体いくら取られるんだろうかと、面倒くさい(馬鹿らしい)から取材する気にもならない。どうでもいいのだが、どうしてそこまでして自分自身の価値を一時的な流行、しかも企業が作り出したそれに沿わせようとするのだろうか。


◎[参考動画]2014年ゼクシィCM 広瀬すず篇

◆とめどなく広がりつづける「●活」というマニュアル世界からの離脱

「活」が幅を利かせているのはそれだけではないようだ。まだあまり一般的ではないかもしれないがかつては「胎教」と呼ばれた言葉を「妊活」(妊婦としてどう過ごすか)と言い換えたり、「育活」(要するに育児)なども「活」と言う範疇に囲い込まれようとしている。「現代用語の基礎知識」にはその他「離活」、「朝活」、「保活」、「温活」、「寝活」、「ソー活」、「友活」など、ここまで来るともう訳が分からない「活」が満載されている。

出産も育児も教育も、そして進学も就職も結婚も、更には「死」も、言わば人生の全てが情報商品化の対象となり、折々その周囲に控えている企業や医療機関、教育機関や冠婚葬祭社へのより収益性の向上が見込まれるキャッチコピー「○○活」と名付けられる。薄気味悪い。人生の「総マニュアル化」と言ったら言い過ぎだろうか。

「慶弔ごとは値切らない」という慎ましくも(払わせる側には)ずうずうしい習い性のようなものが長く支配的であったこの島国では「婚活」や「終活」で結局ボッたくられる人が多発しているだろう。「婚活」をしたことはないけれども、少なくないの「葬式」を出した経験から、黙っていると本来支払えばいい額の数倍を要求してくる葬儀業者が少なくないことを不幸にも私は知っている。そんな業者に限って綺麗なパンフレットで生前からの「終活」を勧める互助会などへの勧誘に熱心だ。

◆自分の「生活」を全うすること──誰かに命じられたり誘導されたりしない生活

生活していれば楽しいこと、悲しいこと、嬉しいこと、悔しいこと、様々経験して最後に人生を閉じる。それは似ているようでいても一人一人全く異なる人生史の編纂作業であり、便利で自らの個性に合致した制度やサービスは採用すればよいけれども、企業が利益目的に「これが今トレンドですよ」と誘導する選択肢に人生を委ねるほど、没個性的な事はない。それはまた、遠くかけ離れてはいるけれども「付和雷同」、「事なかれ主義」といった社会態度を底支えするものともなり、さらにうがった見方をすれば、2015年時点での現社会体制=戦争準備の時代に少し加担することにも繋がる、と此処まで言うと極端が過ぎようか。一人一人が誰かに命じられたり誘導されるのではなく自分の「生活」を全うすることが、実は地味に見えて大切なのではないかと思う。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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◎沈黙する大学の大罪──なぜこんな時代に声を上げないのか?
◎粗悪な食文化の伝道企業=マクドナルドの衰退は「自然の理」
◎イオン蔓延で「資本の寡占」──それで暮らしは豊かで便利になったのか?

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ついに文科省が大学へ最終恫喝を始めた。2014年8月、文科省から全国の国立大学へ、「教員養成系、人文社会科学系学部の廃止や転換」が「通達」されていた。これは13 年6月に閣議決定された「国立大学改革プラン」(PDF)を受けたものだ。

「人文社会科学系学部」の廃止とはつまるところ「考える学問を止めろ」と言っているに等しい。学問に冠される名称は今日やや過剰なほど細分化、多彩化しているけれども、太古の昔に立ち戻ればすべての学問は後に「哲学」と名付けられる研究を出自にしている。それが「文学」、「芸術」、「天文」、「数学」と発展してゆき、概ね「人文科学」、「社会科学」、「自然科学」との分類が行われるようになった。

文科省の言う「人文社会科学系学部廃止」は自然科学と一部社会科学(金儲けに直結する社会科学)を除いてその他の学問を「やめろ」と言っているに等しい。「学問殺し」と言っても過言ではないだろう。大学で学問が許されなければそこはもう大学ではない。単なる「国家の要請に応じる研究工場」だ。無茶苦茶もここまで来ると笑うしかない。

◆そのうち「カジノ学部」が設立されかねない状況

上記「『国立大学法人の組織及び業務全般の見直しに関する視点』について(案)」は、学問とは何かを一度も考えたことのない人間が作成したとしか考えられない、読むのも恥ずかしいほど程度の低い内容が満載されている。

「◇組織の見直しに関する視点」では堂々と、

・「ミッションの再定義」を踏まえた組織改革
・教員養成系、人文社会科学系は、組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換
・法科大学院の抜本的な見直し
・柔軟かつ機動的な組織編成を可能とする組織体制の確立

と。ここまであからさまに文科省の本音が示されると、あまりのアホさ振りにかえってスッキリするくらいだ。文科省は近く経産省の傘下に入るか合併されることを望んでいるのだろう。教員養成系、人文社会科学系を廃止すればいったいどれほどの大学・学部が閉鎖されなければならないか。「社会的要請の高い分野」かどうかで大学の教育内容は左右されるものではない。間もなく「カジノ」を認める法案が成立しそうだが、「カジノ」が一大産業になれば「カジノ学部」を設立されても良いと言外にこの「通達」は語っている。また、「戦争法制」成立の暁には「有事研究学部」などを設置申請すれば喜んで補助金が山ほど出るだろう。

◆「経済的に苦しいから私学は無理だが国立ならなんとかなる」という時代の終焉

教育行政で一貫して大学(のみならずすべての学校)の「邪魔者」であった文科省=国の本性が、これで誰の目にも明らかになったという点においてのみ、この破廉恥極まりない「通達」は意味を持つかもしない。

続く「◇業務全般の見直しに関する視点」では、

(1)教育研究等の質の向上
・学生の主体的な学びを促す教育の質的転換
・社会貢献・地域貢献の一層の推進
・人材・システムのグローバル化の推進
・イノベーション創出(大学発ベンチャー支援)
・入学者選抜の改善
(2)業務運営の改善等
・ガバナンス機能の強化
・人事給与システム改革
・研究における不正行為、研究費の不正使用の防止

とあり、「大学は研究教育機関ではなく営利目的企業」に転換せよと迫っている。ことあるごとに私が批判してきた「グローバル化」はここでも金科玉条だし、「イノベーション創出(大学発ベンチャー支援)」は大学生に学問ではなく「事業を起こせ」、「企業といちゃつけ」と迫っている。そうでなくとも大学法人化以降国立大学には独自の資金獲得が脅迫され、学費だって年額60万円近くに上がってしまっているが、まだ「経営効率化・企業化」の度合いは足らないらしい。

「経済的に苦しいから私学は無理だが国立ならなんとかなる」というかつての志願者の発想はこの高額学費の前ではもう成り立たない。文教行政にことのほか冷たく、薄いこの国の予算配分はますますその傾向を強化し、「金は出さないのに口を出す」ずうずうしさだけが誰はばかることなく進行する。

「ガバナンス機能の強化」とは学長権限の強化と教授会権限の弱体化に他ならない。企業に例えるならワタミやユニクロのような「独裁社長制を導入せよ」ということだ。ブラック企業化(すでに一部ではそうなっているが)した大学では、まともに生活が出来ない給与の人が今にもまして多数現れるだろうことは企業の現状を見れば明らかだ。

「研究における不正行為、研究費の不正使用の防止」とは結構なお題目だ。是非社会や人間にとって害毒以外の何物でもない「原子力研究者」に支給された「科研費」(科学研究費助成事業、研究者の応募から選択して給付される研究費)を全額過去にさかのぼり没収し、その研究自体を取りやめさせろ。

◆大学に恫喝かけ放題の文科省こそ教育界の「災禍」である

16日には下村文部科学大臣が、国立大学の学長らを集めた会議に出席し、入学式などでの国旗や国歌の取り扱いについて、「国旗掲揚や国歌斉唱が長年の慣行により広く国民の間に定着している」などと述べたうえで、各大学で適切に判断するよう要請した。

文科省はもう「大学」をかつての「大学」と思ってはいないから、何でもかんでも恫喝をかけ放題だ。さすがに滋賀県立大学の佐和隆光学長や京都大学の山極壽一総長、琉球大学の大城肇学長はこの要請に従わない、もしくは棚上げにする旨を表明したが、これ程明らさま・解りやすい国家による教育現場への介入はない。

「改革」の名は常に錦の御旗で、それに異を唱えると「守旧派」とレッテルをはられる。でもここしばらく「改革」の名の下に行われた政策で真っ当なものが1つでもあっただろうか。年金記録が5000万件も紛失して「社会保険庁」は「日本年金機構」と看板を架け替えたが、「3年で解決する!」と言い放った紛失記録の探索作業はまだ終わっていない。それどころか「きりがないからもう止めます」と小声で言いだしたとたんに125万件以上の情報流出が起きたではないか。

行政は10年先どころか3年先の予測や責任すら取りはしない。いっそう教育界の「災禍」でしかない「文科省」こそ廃止してはどうか。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

◎なぜ安倍政権には「正論」が通じないのか?──加速度を増す日本の転落
◎《6.8公判傍聴報告》やっぱり不当逮捕だった!火炎瓶テツさんら3人全員釈放!
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◎「共生」否「強制」で分裂する青山学院大「地球社会共生学部」
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大学人の必読書!矢谷暢一郎『日本人の日本人によるアメリカ人のための心理学━アメリカを訴えた日本人2』(鹿砦社)

 


「戦争法案」(安保関連法案)の成立阻止行動が全国各地で活発化してきている。
6月13日(土)には戦争法案反対デモが静岡県沼津市でも行なわれた。

以下がそのデモの映像なのだが、年齢層が高めにも関わらず緊張感があり非常に激しいコールをしている。


[動画]ストップ!戦争法案・市民大集会 – 2015.6.13 静岡県沼津市(2分49秒)

国会前等で頑張っている若者達を意識した速いテンポのショート・シュプレヒコールが特徴で、「コール&レスポンス」(短いコールの連続の掛け合い)まで取り入れている。

「戦争!」「反対!」
「憲法!」「守れ!」
「安倍!」「辞めろ!」

この一連のコールは若者からアドバイスをもらったわけではなく、デモの主催者の方が若者達のデモ動画を見て研究し、今回初めて採用したという。
普段はリズミカルとは言えないロング・シュプレヒコール中心なので、ショート・コールに戸惑っている方もいたが、「こういうのも悪くない」-と参加者の評判もまずまずだった。

世代を問わず、良いと思ったスタイルを自分の地元のデモで取り入れたりしながら、ずっと声を上げ続けることは非常に大切だと思う。
アピールに効果的なスタイルを老若男女が日本中で真似したり真似されたりしながら、より良い方向を皆で目指して全国各地のデモが進化していくという、デモのあるべき「未来」と「希望」が沼津で垣間見えた。

[2015年6月13日(土)・静岡県]

▼秋山理央(あきやま りお)
1984年、神奈川県生まれ。映像ディレクター/フォトジャーナリスト。
ウェブCM制作会社で働く傍ら、年間100回以上全国各地のデモや抗議を撮影している現場の鬼。
人々の様々な抗議の様子を伝える写真ルポ「理央眼」を『紙の爆弾』(鹿砦社)で、
全国の反原発デモを撮影したフォトエッセイ「ALL STOOD STILL」を『NO NUKES voice』(鹿砦社)にて連載中。

普通の人こそ脱原発!──世代と地域を繋げる脱原発情報誌『NO NUKES voice』Vol.4

タブーなきスキャンダルマガジン月刊『紙の爆弾』!

http://www.rokusaisha.com/

このブログは、小説家やライター志望の人も多く見ているようだ。志望者に少しだけ役にたつ話をしよう。

「若桜木虔小説講座」の塾生だけが対象となっているクローズドな会だったので、時間も場所も記せないが、作家養成で知られる実力派の若桜木虔氏が主宰して、大阪から上京してくる時代小説家の上田秀人氏の歓迎会・親睦会に行ってきた。不良塾生である僕にとってはうれしい限りだ。

もはや上田秀人氏は時代小説のトップランナーであるのは疑いがないだろう。上田氏の本がもし書店にないとしたら、もう本屋を引退したほうがいいほど、売れているのだ。歯科医を続けながら、大賞をとっていない中で、上田氏(佳作はあり)は、執念でデビューし、今の地位にたどり着いた努力の人である。やはり継続は力で、後に2010年(平成22年)、『孤闘 立花宗茂』で中山義秀文学賞を受賞。2014年(平成26年)、『奥右筆秘帳』シリーズで第3回歴史時代作家クラブ賞シリーズ賞を受賞する。

生徒が「文章技術以外で、もしデビューに必要なことがあるとしたらそれは何ですか」と聞くと「執念です」と即答した。別の生徒が「執筆時間はどうやって捻出していましたか」の問いには「時間は作ればなんとかなる。治療中にも執筆していました。麻酔を一本打ったら、5分あく。そうしたら2行は書ける」と答えていた。

◆今、書籍は「時代小説」と「ビジネス本」しか売れない

なにしろ、今、書籍は「時代小説」と「ビジネス本」しか売れない。この2つはすでに独立したコーナーが書店にあるほどだ。そう、今はこの2つのジャンルを制覇すれば版元としても生き残れると各出版社は見ているのだ。だが現実として「プロの時代小説家」「プロのビジネスライター」になるのにはハードルが高い。そうした状況下で、山のような原稿が編集者のところに持ち込まれる。

困ったことに、多くの「作家志望者」は、「自分に才能がある」と思い込んでいるふしがある。「いつから連載を始められますか」と平気で週刊誌の編集者に言ってのける。連載など、たとえば週刊誌の編集者と10年以上つきあっている僕でさえ、いまだにとれないというのに。

そういうバカに限って、「今、手持ちの原稿はない。どんなものを書けばいいですか」と言い出すから始末が悪い。ストックがない時点で、作家志望者としては、名刺なしで営業しているようなものだ。無礼にもほどがある。

◆「感覚」で書くか、「手法」で書くか

さて、時代劇を書きたい人たちにとっては、「時代考証」が大きく立ちはだかる。たとえば、織田信長の時代に望遠鏡はあったのかなかったのか。時間を知るのに人々はどうしていたか、という生活考証だ。時代考証には、たとえば、若桜木氏と長野峻也氏が共著の「時代劇の間違い探し」(角川書店発行)がなかなか秀逸だ。「大名行列に一般民衆は土下座しなかった」「峰うちをしたら刀はポキッと折れる」など意外に知らない事実が、蘊蓄としてこれでもか、これでもかと展開されるので時代劇志望者は必読だ。

小説を「プログラムで書く」という実験的なことにトライしているのは、小説家の中村航氏だ。氏は、「僕は小説が書けない」という小説を中田永一氏といっしょに書いた。

これは小説を「感覚」で書くのか、「手法」で書くのかという難しいテーマに挑戦した力作だ。たとえばシナリオにはもうハリウッド御用達のプロットプログラムがある。主人公や敵、恋人などをデータで打ち込めば、ある程度は展開してくれる。ただし英語だが。

中村氏の小説の中で、「僕たちは才能がないぶん、道具で切り開いていくしかないんだ」として「ものがたりソフト」で小説を作っていく登場人物は、たとえば才能がない僕には共感できる。

◆上田氏は「プロットは書かない」

話を上田氏に戻せば、氏は「プロットは書かない」と名言した。これは、書かないということではなく、膨大な資料を読み込む氏のことだから、頭の中にすでに展開されていることだと思う。僕が雑誌や書籍での文章のライティングを教わった、エディトリアルライターとしての師匠、瀬戸龍哉氏は「有能なライターは、取材したらもう原稿用紙に何を書くか決まっている。ひとりにインタビューしたら、もう原稿用紙10枚から20枚くらいは頭の中に展開されているものだ。あとは、ライティングしながら削っていく。『ひとまずテープを起こさないと』なんて言っているやつはプロじゃないんだよ」と言いきった。

そうなのだと思う。

運がいいことに、僕が所属していた編集プロダクションには後にミステリー作家になる北森鴻がいて、手取り足取り、文章の書き方や、記事の切り口、発想のなどを丁寧に教えてくれた。これは今でも役にたっている。残念ながら北森氏は2010年に亡くなられたが。

若桜木氏の小説メソッドだと、重要なのはプロットを練り込み、誰も発想しないような展開を文章でつづることだ。実際に、ハリウッドの映画製作会社などは、映画を作るときに何十通りもプロットを作り込む。日本のテレビ製作会社だって、原作がある本を脚本にするときなど、何十種類もプロットを作る。プロット専門のライターがいるくらいだ。

いずれにせよ、時代小説家は今、不足している。チャンスといえばチャンスである。

同時に不足している「ビジネスライター」についてはまた機会があれば言及しよう。

※上田秀人公式HP「如流水の庵」

(小林俊之)

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